リリカルガーデン   作:青桜

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第三話

 

 

 開始の合図と共にヒサトは挨拶代わりに誘導制御型の射撃魔法を放ちつつ、斜め後ろ上空へと飛び上がっていく。

 対するシュテルはヒサトの放った9発のライトグリーンの誘導弾へと迎撃の魔力弾を撃ち、ヒサトへと迫るように突撃しようとした。

 

「パイロシューター、ファイア! 」

 

 彼女の杖より放たれた炎弾とヒサトの魔法弾がぶつかり合い、互いに相殺し合って爆発する。

 シュテルは爆風をものともせずに突っ切り、彼へと一直線に迫る。

 

「セイリオスシューター、シュート」

 

 ヒサトは追い迫るシュテルへと再度誘導弾を放つ。だがその魔力弾は先ほどの丸い玉とは違って、矢じりのようなフォルムで、先ほどより弾速が増している。さらに個数も2個増え、計11個である。

 速度を増した薄緑色の弾はまさに矢のような速さでありながらその軌道は捉え辛い。

シュテルは迎撃するのは困難だと瞬時に判断を下し、防御魔法によるバリアを張って周りを覆う。

 

 ――クッ。

 着弾したシューターの負荷に彼女は思わず呻きをこぼした。

 魔力の防壁にぶち当たった弾は彼女の予想以上に威力があり、ノーダメージではあったものの、明らかに彼女は隙を生んでしまう。

 ヒサトはシュテルが防御を選択するのを見て取るやいなや、足を止めて魔法の構築へ移る。

 彼の周囲には次々と多数の魔力スフィアが展開された。

――放出。薄緑色のスフィアが目にも止まらぬ速さで前方へと放射線状に飛ぶ。

 

(散弾による面射撃? いや、違う)

 

 高速で放たれた魔力スフィアは周囲に適度に散らばったか後、ピタリとその場に制止した。

 

 ――これは拙いです。

 シュテルは自らの周囲を囲むようにしてスフィアが散らばっているのを確認するや、自らが苦境に立たされているのを悟り、苦悶の表情を浮かべる。

 

(とは言え、結局のところ当初の作戦通りに接近してショートレンジの戦いに持ち込む。この状況の打開策はそれしか――)

 

「ライトニングディザスター」

 

 乾坤一擲、加速してショートレンジへと持ち込もうとしたシュテルの出鼻を挫くようにして、ヒサトの無慈悲な攻撃が放たれる。

 辺りに漂うスフィアが彼の掛け声と共にシュテルへと四方八方から空を引き裂く閃光のような速さで突っ込み、彼女のプロテクションを滅多打ちにする。

 全てが終わった時、シュテルには飛ぶ力さえ残っておらず、一瞬フラッとよろめいた後、気を失うようにして墜落する。

 慌ててヒサトはシュテルへと浮遊の魔法を掛け、怪我が無いかを確認した。

 

「そこまで。勝者、ヒサト・クラフト」

「おい、ヒサト。お前大人げないぞ! 何、初っ端から本気でガンガン攻めてる訳?

 そこは空気読んで彼女にも見せ場を与えてあげるべきだろうが」

「エッ、いや初見の相手に対してそんな余裕無いし、彼女も本気でやろうって言ってたよね」

「だーかーら! 彼女にも本気を出せる機会を与えてやれと言ってるんだよ、バカめが」

「あー、上手く流れが運んじゃったからつい……」

「何がつい……、だよ。お前そんなのでこの先彼女と上手くやっていけるのか」

 

 ほとんど一方的な展開ですぐに勝負をつけてしまったヒサトに対して、ショウは非難するような目つきで駄目だしをする。

 

 ――まったく、見たかったのはシュテるんの戦い方であって、ヒサトが圧勝するところなんてどうでもいいんだ。しかし、ジャケットは局員のものなのはともかくとして、デバイスと魔力光、あと炎熱の変換資質持ちであるのは自分の知識と照らし合わせてもだいたい一致している。

 けど彼女、アクセルフィンは展開してなかったな……。

 そもそもファミリーネームも『スタークス』では無いし、今は新暦64年でまだ高町なのはも闇の書事件には関わっていないはずだ。というより、そもそも彼女はさっきの自己紹介で歳は11歳だと言っていたな。

 ……まあ、年齢なんて自分たちが現在11歳ということになってるが、実際は8年半程しかこの世界で生きていないという例があるのを考えれば、あまり当てにならないかもしれんよな。

 まあ、これは転生者が関わることによる何らかの改変が起きたという可能性が濃厚だろうか。

 ……いったいこの世界の地球では今、一体どうなってるのだか気になるな。

 ショウは内心でそんなことを考え、この世界がどうなっているのか不透明なことに歯噛みする。

 

〈……それはそうとヒサト、君はここに来るまで彼女と話をしていたようだけど、何か彼女の情報について知らないか。

例えば家族構成だとか、生まれたところだとか、些細なことであってもいいから私に教えてもらえないか? 〉

 

 些細なことでも情報が必要だ。そう感じたショウは自分たちと会う前に彼女と会い、何かしらの話をしながら歩いて来ていたであろうヒサトに念話で尋ねた。

 

〈話と言っても互いの出身とか、メシアを紹介しただけだよ。……出身はミッドチルダで姉が一人いて、今実家は花屋をやってるらしいよ〉

 

 彼女の母親が元管理局員で、既に亡くなっているということは流石にペラペラと喋るべきではないと考え、ヒサトは伝えなかった。

 

〈……そうか。情報提供に感謝する〉

〈いやいや、こちらこそ彼女についてショウ、君には色々と聞きたいことがあるしね。初対面での彼女に対する君の様子から察するに知ってるんだよね、彼女について〉

〈まあな。君も彼女のデバイスを見て、何となくは察してるだろ? ……詳しい話は後でしよう〉

〈フム。そうだな、その時ハルトと一緒に色々聞かせてもらうことにするよ〉

 

 念話での秘密のやり取りはそれで打ち切り、ヒサトは消耗の激しいシュテルに背中を貸し、魔法で補助しながら彼女を背負った。

 どうやら大した怪我はしていないようであり、ヒサトはホッと胸をなで下ろす。

 

「お手数をお掛けします」

 

 シュテルはこころなしか申し訳なさそうにぽつりとそうこぼした。

 

「いや、そもそも俺の責任だしな。ホントに大丈夫か」

「少し休めば問題無いかと思います。……今度は負けませんから」

「……ああ。俺も本気の勝負なら負けるつもりは無いから」

 

 短く、ある意味ヒサトが一方的に圧倒しただけの勝負であったが、それでも二人は互いについての一端を知ることが出来た戦いだったと言っても良いだろう。

 シュテルはヒサトの実力の一片を。ヒサトはシュテルの持つ炎熱変換という資質、そして彼女が持つどこかで見たような形状のデバイスにより、初めて自己紹介し合った際に感じた既知感の訳がある程度理解が出来た。

 今の戦いでお互いが知ることの出来たことは、当然ながら僅かでしかないだろう。

 だが、実際に矛を交えることでしか分かり得ないものもあるのだと、ヒサトは今生において理解をした。それは今生における友たる二人、――特にショウと戦う時、顕著に感じたものだとヒサトは思い返す。

 

 

 

 隊長やショウたちのところまで戻ってきたヒサトは背よりシュテルを下ろして、椅子へと座るように勧めた。彼女は再び感謝の言葉を述べつつ、素直にその言葉に従う。

 

「さて、俺と彼女の一戦は終わったわけだが、今の模擬戦での反省会を先にする? それともハルトとショウの模擬戦でも彼女に見てもらうかい」

 

 ヒサトはシュテルからショウたち二人の方へと顔を向けて聞く。

 

「おい、私とハルトの戦いはルール次第で結果が見えているものだろうが」

「そこはもう分かってるだろうと思うけど、初っ端からショウが能力使うのは禁止だ。ハルトにも本気を出せる見せ場を与えてあげるべきだよ。そうだよな、ショウ君」

 

 ショウの言葉に対して、ヒサトはイイ笑顔でそう述べた。

 

 ――すまなかったから、勘弁してもらいたい。

 ショウは今回ばかりは逃げ道が思いつかず、内心では既に涙目であった。

 

「ヒ、ヒサト。別に無制限ルールでの模擬戦でいいよ。むしろ、強打入ったら決着の方が僕としても助かるというか……」

 

 ヒサトの意趣返しに泣きが入ったショウに対してハルトが助けに入り、そう提案する。

 ちなみにこの場合の無制限ルールとは、互いに何でも有り、つまり両者とも能力の制限なしのこと。強打決着は各自の持つ決め技、つまり必殺技を相手に当てた方が勝ちというルールである。 正直これは模擬戦のレベルを逸脱しているように思われるが、ハルトは近頃までは『撃墜って、味方がやられることだよね』という意識的に撃墜されようとしないと撃墜しない、と言っている方も良くわからない、とにかくオートプロテクション&オートリジェネーション仕様の撃墜知らずであった為、当てれば勝ちというルールの勝負以外の本気仕様の模擬戦ではショウ以外からはほぼ不敗という戦績を誇っていたのだ。

 尤も、ここ最近はヒサトにも負けが込んでいるし、そもそもほぼ訓練することが与えられた仕事だった、入局してすぐの頃とは違い、現在は部隊の任務に他の分隊と共に駆り出される。だから疲れを残し過ぎるような戦いは現在、相応の時間的余裕が確保できない限りやらないのである。

 もちろん若くて、まだまだ伸び盛りの彼らは日々現状の状態を維持するだけの訓練量では無く、己の実力を高める為に切磋琢磨をし合うし、時にはそれぞれ思い思いの修練を積んでもいる。

 

 まあだが、彼ら三人に関しては、互いに全力でぶつかり合うことで成長する段階はもう過ぎたというのも確かなのだ。

 三人とも現状も成長は続いているのではあるが、互いのスペックや手札はほぼ把握し合っており、互いを強力な仮想敵として戦うことの刺激も少なくなっているため、定期的な互いの成長を確かめる以外では別段本気でやり合う意義も薄くなりつつあるのだ。

 だがしかし、魔力等のスペックが人並み外れて高い以外は自己の能力が把握できておらず、他の二人に比べて特徴が無いことに、無意識ではあるがコンプレックスだったヒサトの暗中模索の努力に刺激を受け、引きずられるかのようにして他の二人も修練に打ち込み、結果として、現状に留まることなく三人は実力を高め合っている。

 

 ――ヒサトの意識しない悩みの要因はむしろ節操無く色々と手を出しているせいとも言えたのだが、きちんとした成果を比較的短期間で出し、自らの血肉にしているあたり万能なのが特徴であると言えるだろう。

 実際、コンプレックスが顕在化しなかったのは、己の努力がそのまま結果として出せる並はずれた自身のスペックの高さは十分優れた才能だというのを理解していたことや、そもそも魔法が使えること、特に空を飛べるのが彼にはとても楽しいことであった為、これまで己の境遇に不満を抱くこともなかったのが要因である。

 むしろこれほど恵まれた環境で、無意識とはいえ劣等感を抱く時点でヒサトの心の奥底には自分が優れてないといけないという傲慢さや己の持っていないモノへの執着といったどす黒いものがはびこっているだろうことは、想像に難くないのかもしれない。

 実際、本人も表面的な振る舞いはともかく、自身の内面が人間として良いものではないことを自覚しているつもりのようだ。

 

 それはともかくとして、ハルトの提案にショウはまるで神を見るかのような表情で感激した。

 それはすなわちハルトの実力がショウにとって自らの能力無しに張り合うのが難しいほどであるのと共に、ショウの能力が使うだけで勝敗を決し得るものということでもある。

 ――勝ち急がないで、適度に手心を加え合いながら戦えばいいという意見はそもそもこの場の意図にそぐわないものとして却下である。シュテルと三人が互いの実力を見せ、把握し合うことでこれからの任務におけるチームプレイを円滑に行えるようにするというのが、言い出しっぺのハルトが意図した今回の模擬戦における目的であり、この場の皆が理解していることである。

 まあ、ヒサトとシュテルの戦いの結果を見ても分かるだろうが、一度の模擬戦で互いの力の全てを把握し合うのは無理であろう。けれども手を抜いてぐだぐだとやればいいってものでも無い。

 例え瞬く間の戦いであったとしても、その実力のほどを垣間見ること自体が互いの実力を知る上で重要な情報となりうるのだ。

 

「まあ、ハルトがそれでいいならその条件で戦えばいいさ。ショウ、あまり酷いことはするなよ」

「今更そんなことは言われなくとも分かっているよ。

……それじゃあハルト、お互いお手柔らかに」

 

 ヒサトは既に結果が見えている戦いだと理解しつつも、ショウへと釘を刺しておく。

 ハルトとショウの二人はフィールドへと飛び立ち、向かい合う。

 ハルトは自身の刃の先から握りまで緑一色で金の意匠が凝らされた両刃のバスタード・ソード型のアームドデバイス、『ローレル』を右の腰辺りで右斜め外側に剣先を向け、構える。

 対するショウは自身の所持する二つのデバイスのうち、局から支給されたストレージデバイスの方を出した。

 

ちなみにヒサトのデバイスに関しては、現状は局から支給されたストレージデバイスのみである。まあ、そうは言っても、今のデバイスは支給品といえどもそれなりに質の高いものをまわしてもらっているし、優れた魔導師であるヒサトに専用の特注品デバイスを作成するという案件も既に決定済みであり、現在作成中とのことだ。

 

「クラフト三尉。……ショウさんと言いましたか、あの人は何か凄い技能を持っているのですか」

 

 そういえばあいつ、彼女にきちんと自己紹介してなかったな。ヒサトは奴が変な声を上げた所為で紹介できて無かったことを思い出し、説明する。

 

「あいつのフルネームはショウ・レザンスカ。現在、空戦Aランクで階級はハルトと同じ空曹長だ。ショウの力については……まあ、実際に戦いを見た後に説明するよ」

 

 そう言って言葉を濁したヒサトは試合を始めるべくフィールドの方へと向き直り、『始め』と合図の言葉を発した。

 

 

 ――シュテルにとってその勝負の決着は一瞬だった。

 『始め』と共にハルトがショウへと斬りかかろうと動いたその瞬間に、二人はその場から消え、何故か地面でショウがハルトの首を裸絞めした状態になっていた。

 

「よし、模擬戦終了だ」

 

 ヒサトは何でも無いように、そう判断を下した。

 シュテルは何が何だかわからないといった表情で、彼に説明を催促した。

 

「まあ結論から言えば、時間停止能力を保有しているんだよ、ショウは」

 

 ヒサトはショウの力について相も変わらず何でも無いように述べた。

 

「……そんなこと実際にできるんですか」

「理屈についてはどうも『時間の隙間に割り込む』感じで発動しているらしいけど、それ以上詳しいことは俺もあまり知らないなぁ。あ、でも今回の模擬戦の過程を説明するとだな、ショウがハルトを引き下ろしてそのまま絞めたって展開だったな」

「それがいつものパターンなんですか」

「いや、そんなことないよ。ショウの十八番のトドメは上空より勢いを付けての蹴りだし」

「そうなんですか。……えっ、じゃあどうして今の戦いで蹴りを使ってないことが分かるんですか。……ああ、地面の様子を見てですね」

「いやいや、そうじゃなくて、単に時間が停止している間も俺は見てたからだよ」

 

 ――そんなことできる訳無いでしょう。彼女は最初はそう思った。

だが、目の前にいる人物は今日初めて会ったばかりだがそんなくだらない嘘はつかないタチだろうと考え、その言葉を信じることにした。

 

「ああ、いきなりそう言われても、『ハイそうですか』とは返せないことは理解しているし、俺もきちんと説明や証明はできない。けど嘘や自慢で言った訳じゃないこと。そして隊のメンバーになったんだから、お互いの能力とかできることはなるべく知っておいて貰いたいと思って言った訳だ。ま、一応頭の片隅に留めておいてくれ」

 

 ヒサトが止まった時間を感知でき、動けさえするのは事実だ。尤も、その理由は分からないし、メシアもそれについても、頑なに答えてくれなかった。

 もしかすれば、自分にも時間に干渉できる力があるのかもしれないとヒサトは思ったわけなのだが、結局その訳は今でも分からずじまいのままである。

 

 そうこう話しているうちにショウとハルトが戻ってきた。

 

「ショウ、さっきは人に偉そうな講釈たれたのにいきなりあれって酷くないか。

もうちょっと我慢できないのか。男なのに早すぎるのは情けないと思わないの」

 

 ヒサトはそう言って、先ほどとは逆にショウに対して駄目だしをした。

 実際ハルトは剣を構えただけで、シュテルにはアームドデバイスを使う人という情報しか分からなかっただろう。

 ……もう一戦やらせた方がいいか? むしろハルトが勝つまでやらせても誰も文句言わないんじゃないかな。

 ヒサトはそう考え、彼女の方を見て聞く。

 

「もう一回二人にやらせる? 」

「いやいや、止めてほしいな。ハルトとまともにやり合えば、私がボロボロになるからね。

 ここは君とハルトが戦えばいいと思う訳だが、どうかな」

 

 シュテルへの提案にショウがそう言って割り込んだ。

 確かに自分とハルトの戦いならば、大方は見ごたえのあるものになるだろう。とヒサトは思う。

 だがそれに対して待ったをかける人物がいた。

 

「朝っぱらから長々と模擬戦ばかりやってる時間はあるのかな。

 模擬戦で荒らした訓練場を修復するのははたして誰になるのだろうかねぇ」

 

 先ほどまでずっと黙るままであった、カラント隊長である。

 隊長は露骨にわざとらしく、ヒサトにそう問いかけた。

 

「あ、えーと……。自分であります」

「ほうほう、君は訓練をしつつ修復もできる訳か。いやいや、優秀なことだ」

 

 決まりが悪くなって、一瞬言葉に詰まりながらも答えたヒサトに対し、隊長は追撃を加えた。

 

 ――時間の心配してるなら、そうとだけ言えばいいだろうが。わざわざ遠回しに皮肉るのはやめてもらえませんかね、隊長殿。

 ヒサトは内心でそうごちる。

 今更のことだが、この隊長殿はなぜ任務中は無駄口をたたかないのに、日常ではこうも皮肉めいた迂遠な言い回しをするのだろうかと彼は不思議に思う。

 

(趣味、とかだったら嫌だな。……うん、あまり考えないでおくべきだ)

 

 後一月の付き合いになるのであろうこの分隊長について、普段なぜこうも厭味が多いのかを知ったとしても、おそらく自分自身がこの人の評価を上げることにはならないだろうとヒサトは考えて、唯々無表情を取り繕うようにして返答する。

 

「ハッ、申し訳ありません。確かに時間がおしておりますので、そろそろ通常訓練に移行すべきでした」

 

 その後も隊長の説教は続き、実際は短くあったが、聞く方の精神は長い時間を浪費したように感じられたありがたいお言葉を頂いたのだが、それは記憶のかなたに吹き飛ばすことにする。

 

 

 朝の決められた訓練メニューをヒサトたちがこなした後、ハルトはヒサトより部隊長が君を呼んでいるとの旨を伝えられて、レイファラ部隊長のところへと行った。

 カラント隊長も何やら所用があるようで、ヒサトに対して『本日の午後、私のところに顔を出すように』と言い残し、何処かへとそそくさ立ち去っていった。

 

「ショウ、すまないがフェンリッヒ一士にここの事を色々と案内してあげてくれないか。

 俺はちょっくら日課の飛行訓練をしてから戻るからね。

 それと一士。今日の昼飯、俺らと一緒に食べようぜ。席取りについてはショウ、君が一士と駄弁るついでにやっておいてくれると助かるよ」

 

 そう二人に言って、ヒサトはまだ時間があるのを確かめると、訓練場のフィールドへと飛び立ち、日課である飛行訓練を始めた。

 

 

「……凄い動きですね、クラフト三尉は」

 

 ヒサトは二回転ひねりを入れたり、上昇下降をジグザグに繰り返したり、高速でどう見てもおかしな曲がり方をしているとしか思えない角度のターンをしながら飛んだり、あるいは後ろ向きに飛んだりとしている。

 

「ああ、あの物理法則を無視してるとしか思えん高速からのターンは未だに見てて慣れんよ。聞くところによると、あれはほぼ転移魔法の応用による位置変換を行っているとかなんとか。

 ……例えそんなのが出来ても、それだけで出来る訳が無いけどな、あれは。

 で、見ててわかるとは思うがあいつのあのでたらめに飛ぶ日課はレクリエーションというかモチベーション維持というか。まあ、気分転換に遊んでるんだよ、アレ」

 

 そう言うショウに対して、シュテルは尚も感心した様子で規則性なく気ままに飛んでいるヒサトを眺めている。

 ――ショウの言ったようにヒサトのこの日課はいわば遊びだ。前世と違って見える、この世界において彼が見ることが出来る違った景色の最たるもの、それは自由に空を飛ぶことだ。

 こうして思いつくまま好き勝手に空を飛ぶことは彼にとって、庇護してくれる存在の不在で心の奥底に得もいえぬ孤独感を抱える自分の不安を誤魔化したり、逆に全てから解き放たれて自由だと感じられる至福の時である。

 自他共に、その内飽きるだろうと思っていたこの日課は今も変わらずに行われているのであった。

 

 

 そうして彼らを取り巻く環境がまた一つ動いていった日の、午前の時は過ぎてゆく。

 

 

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