「地球か……。何もかも、皆懐かしい」
「そうか? まあ、確かに日本語とか見ると、何だか胸がキュッとなったが」
おもむろに放たれたショウの言葉に対して、ヒサトは少しずれた返答をした。
「いや、そういう反応をされると困るのだが。もしかして元ネタ分からないのかね」
「……知っているよ。沖田艦長の言葉だろ。けど今はそう言った一部の人にしか分からんようなネタは慎もうよ。今は仕事中なんだから」
乗りが悪いなぁ、と言いたげな表情のショウに、ピシャリとヒサトは言い放つ。
現在ヒサト達、本局1256航空隊第五分隊の面々は第97管理外世界“地球”へと到着し、その際に志願して現地の捜索要員へと加わっているのである。
現地に降り立ったヒサト達四人は管理局員服の上に各々の持つ薄手の上着を羽織った出で立ちで海鳴市を捜索している。
いくら上着で隠しているとはいえ、この制服で地球を練り歩く事にショウは難色を示したのであるが、ヒサトが『じゃあ、持ってきている私服着れば?』と聞くと、たちまち言葉に詰まってしまったのである。
ヒサトはむしろそこでショウが言葉に詰まった事に対して驚いた。こちらに来た際、こうして外を歩くだろうことはほぼ分かっていたはずなのに私服を準備してきてないとは、彼にしては珍しい事もあるものだな、とも思ったものである。
「さて、早速だが闇の書の捜索を始めようじゃないか」
昼を少し過ぎた時間、道の往来でヒサトはそう宣言した。尤も、ショウやハルトはやたらと懐かしそうに周囲を見回しており、きちんとヒサトの話を聞いているのはシュテルだけであったが。
〈ショウ。ショウ。八神はやての家ってどの辺か知っているか〉
ヒサトはコホンと咳払いをしつつ、念話でショウに尋ねた。
〈あー、うーんと……。確か中丘町という説が有力だった気がするが〉
〈そうか、ありがとう。よし、ショウの記憶を信じてその辺りを重点的にサーチしよう。ハルト、ショウの記憶が確かなら中丘町に八神家はあるそうだ。君の広範囲サーチでその辺りの魔力反応を調べてくれ〉
ショウから情報を聞き出したヒサトはハルトに広域サーチを頼んだ。ヒサトも広域サーチは出来るのではあるが、ハルトの能力を使ったサーチの方が隠匿性に優れており、他人に気取られる可能性は幾分か少ない。
複数の転生者が跋扈しているであろうこの地で、下手に魔力反応を察知されるのは宜しくないとヒサトは判断して、ハルトに任せたのである。
管理局の制服を着ている時点で目立つのを避けられるとはヒサト自身も思わないのではあるが、迅速かつ静かな行動を心がけることで、もしかしたら何事も無くこの任務を終えられるかもしれないといった微かな希望も心中に存在しているのであった。
「あの辺りから魔力反応があるね」
ハルトが他の三人へとそう伝える。あの後、中丘町がどこにあるのか調べた一行はその周囲へと赴き、ハルトによるサーチを行ったのである。
ヒサト達はハルトが示す方へと足を進め、遂に目的地へと辿り着いた。
「ここなのかね。……猫は見当たらんな」
猫とはもちろんグレアム提督の使い魔の二人の事であるが、ショウが言及するまでヒサトはその存在を失念、というより慮外にしていた。
実際、今の段階で猫姉妹がここに居ようが居まいが、最早大局に影響する事は無いだろうと彼は思っている。
「バリアフリー構造の家。魔力反応を検知。パッと見た感じではここかな。表札を確認しよう」
ヒサトがサッと周りを探り、ここだろうという確信を伝える。
表札を確認すると“八神”とある。
「よし、ビンゴだ。部隊長に連絡を入れよう」
ここが八神家であるのを確認したヒサトは捜索本部たる次元航行艦に待機しているレイファラ部隊長へと報告をする。
「こちら、ヒサト・クラフト二等空尉。目標とおぼしき反応を確認。接触を図るべきと思うのですが、指示を願う。繰り返す……」
〈こちらマーガレット・レイファラ一等空佐。君たちの位置は確認した。よろしい、責任は全て私が持とう。説得や交戦ほかどのような判断を下そうが君に一任する。応援の戦力についてはおよそ十四分ほどで周囲に完全展開する見込みだ。それを念頭に入れて事態に当たりたまえ〉
ヒサトの報告を受けて、レイファラ部隊長は現場判断の責任を自分が持つとヒサトに伝えた。
古代遺物管理部一課の指揮官に断りは入れたのだろうかとか、自分に簡単に丸投げしてよかったのかだろうかとヒサトは少々心配になったのだが、今それを考えても仕方ないだろうと思い直し、ショウ、ハルト、シュテルの三人に目配せした後、意を決したように八神家のインターフォンを押す。
ピンポーンと高めの音が鳴る。ヒサトはとても緊張した面持ちで、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
『はーい、どちらさんですか』
少し間が空いた後、玄関のスピーカーより独特のイントネーションをした声が聞こえてきた。
ハァッと息を吸い込んだ後、ヒサトはその声に答えた。
「あ、すみません。こちら時空管理局のヒサトと申します。八神はやてさんは御在宅でしょうか」
……いきなり『時空管理局』とか、傍から聞いているとすごく電波である。しかも挙動不審な様子が若干声にも出ている。
『えっと……、八神はやては私です』
八神はやてもどことなく戸惑い気味な雰囲気なのが口調の端々から現れていた。
「あ、そうですか。それで要件なのですが、お宅に第一級捜索指定ロストロギア“闇の書”があるとの通報がありまして――」
傍から見ても完全に電波ゆんゆんだ。いくら嘘をつくのは良くないとの判断であっても、いきなり訳の分からん単語で捲し立てるのは拙いのではなかろうかと傍で聞いてる三人は思った。
ショウは『これは110番も視野に入れるべき』と、どこか公僕を隠れてやり過ごせる場所が無かったかの検討に入り始めた。
『え、えーと、お話長くなるんでしたら、中でお茶でもお出ししましょうか』
何と言う事だろう、あんな訳の分からん説明を真剣に取り合ってくれて、家の中に入れてまでくれるとは。さすが八神はやてちゃんマジ光の
……もしかすると家の前で訳の分からない事を言っている輩を近所の人に見られたくなかったという可能性も無くは無いが、ショウは前者であると思いたいし確信したかった。
ヒサトが振り向いて、『やったぜ』と喜びの表情を伝えてきたのだが、その表情がドヤ顔に見えて少し癪に障り、ショウは苦笑した。
『玄関入ってすぐ右がリビングですから、そこで待っといてください』
「ではお言葉に甘えまして、お邪魔させてもらいます」
そうしてヒサトは中へと歩んでいった。ハルト達も慌ててヒサトの後に続いてゆく。
「お邪魔します」
玄関から入る際、ヒサトは改めて言葉を掛ける。言われたように入ってすぐのドアを開け、中を覗くとリビングで、テーブルにL字型のソファが置いてあった。左の方はダイニングルーム、キッチンへと続いており、キッチンでは車椅子に乗ったセミショートの茶髪の少女――八神はやてがどうやらヤカンで湯を沸かしているようだ。
「あ、どうかちょっと待っていてくださいね。今お茶入れますから」
はやてはヒサト達に気付いたのか、そう声を掛けた。
「突然お邪魔して申し訳無い。えーと、他にお手伝いさんとかは……」
「いえ、生活費とかの面倒を見て下さってる人はいますが、この
ヒサトは八神はやてが守護騎士が現れるまで一人で暮らしていたという事は知識としては知っていた。しかし、実際にこの広さの家に少女の独り暮らしというのは意外と心にくるものがあった。
〈一人で暮らしてるとさ。八神家に住んでいる転生者がいなくて助かったな〉
ショウからヒサトにそう念話があったが、ヒサトは何とも言えない気持ちになった。
確かに余計な面倒が無いのは良かったと言えるだろう。されど、オリ主を拾うことに定評のあるはやてちゃんと言われるほど、二次創作で不審者をホイホイ住まわせちゃう彼女ではあるが、その気持ちが今、何となく分かった気がするのだ。
正直、ヒサトはショウたち身近な関係の人物に対しては自分はドライで冷たい人物な言動をして来たし、実際、自分の根っこの部分は自分本位で不人情な輩だと思っていたのに、車椅子の少女が一人でヤカンに湯を沸かす光景にショックを受けるとは、自分自身も戸惑っている。
……まあ、冷静に考えれば、だからなんだという話だが。自分が他人の事を内心でどう思おうが、そんなの実際どう接するかに比べれば些細なことだ、今は目の前の事に取り組もう。ヒサトはそうして気持ちを切り替えた。
ヒサト達四人は少しの間ぼんやりとはやてがお茶を入れるのを眺めていた。初めにハルトが『手伝いましょうか』と申し出たがやんわりと断られた為、お茶を彼女がこちらへと持ってくる段になってシュテルが半ば無理やり運ぶのを手伝うまで、手持無沙汰であった。
「さて、落ち着いたところで話に移ろうか」
はやてがこちらへと来た後、そうヒサトが切り出す。
「えーと、お兄さん達は……時空管理局やっけ? そこから来て闇の書とかいうのを探してはるってことでしたっけ」
「その通り。改めて名乗らせてもらうと、俺は時空管理局本局1256航空隊第五分隊隊長ヒサト・クラフト二等空尉だ。ほかの三人も第五分隊のメンバーで、君から見て左から順に紹介すると、シュテル、ショウ、副隊長のハルトだ」
はやての質問にヒサトはそう言って自分たちの詳しい素性を名乗る。
ほか三人も思い思いに挨拶をする。
「でだ、俺達はその闇の書の存在をとある筋より報告を受けて捜索に来た訳なんだが……」
「えーと、……まぁ何となくその闇の書っぽいものに心当たりは有りますけど」
ヒサトの言葉を受けてはやては席を外す。そしておそらく自分の部屋なのであろう奥の部屋へと向かい、手に一冊の本を携えて戻ってきた。
それはまさしく目的のものである闇の書こと夜天の書であった。
ヒサト達は『それです』と示すようにコクンと頷く。そして八神はやてへと諸々の説明を始めるのだった。
「それで、この子はどーなるんですか?」
管理局の事や闇の書もとい夜天の書についてのあらましを聞いたはやてはヒサトへと尋ねた。
「幸いと言っていいのかは分からないけど、一応それなりに円満な解決法に成り得るすべを俺の相棒が持っているから、彼女に協力してほしいんだが大丈夫かな」
そう言ってヒサトは自らの内よりメシアを呼び出す。急に現れた薄緑の光と妖精のように小さな少女にはやては目を見開いて驚く。
「ああ、こいつも紹介すべきだったな。こいつは俺の相棒の――」
「メシアと申します。よろしく」
メシアはニッコリと微笑んで自己紹介をした。
「じゃあメシア、頼む。それとハルト、部隊長に連絡入れておいてくれ」
「わかったよ」
「了解しました。――はやてさんどうかご協力の方よろしくお願いします」
ヒサトの言葉を受けて、ハルトはレイファラ部隊長へと念話による連絡を取る。
どうやら当初の予定通りに事を運べそうだと、ヒサトはひそかにホッと息をついた。
一方、メシアは、はやてと闇の書の元へと近付き、彼女と共に闇の書に触れる。
――その瞬間、白と薄緑の光が彼女達の持つ書を中心に発せられる。白き光は書を中心に仄かに輝き、緑の光ははやてを包むようにいくつもの魔法陣となって展開される。そこにメシアの姿は見られなかった。……どうやら闇の書へと潜ったようである。
(頼んだぞ、メシア)
ヒサト、そして他の三人も緑色の長髪の少女が成功を導く事を祈る。
「あれからもう四十五分ほど経ってる訳だが、まだ問題解決には至って無いのかヒサト」
ショウがしびれを切らしたのか、ヒサトにそう尋ねる。
「うーん、最悪のケースを想定してか、彼女の方からリンクは現状ほぼ切られているからな。そもそも俺と彼女は一つになっているのがベストかつデフォルトみたいだし、分かれて活動するのは本来とは逆に通常状態では無いってことらしいよ」
「つまり、君も何も分からないと」
「そうだな。けど取り立てて異常は見られないし、今のところ問題無いだろう」
ヒサトはグッと体をほぐすように伸びをしながらそう答えた。
あの後、十分置きぐらいに部隊長へと入れつつ、メシアが書の異常を解決しているのを見守っていた訳だが、流石に直すにしても長すぎるとヒサトも思っている。八神はやても動かないし、魔法陣が放つ薄緑色の光の明滅だけが、あの周りの時が歩んでいるのを示してくれているのだ。
シュテルも気が抜けたようにぼんやりと魔法陣を眺めているし、ハルトもリビングとダイニングルームの辺りを時折うろうろし出していた。
そうして第五分隊の面々の緊張感が抜け始めていたその時、周りに展開していた魔法陣が消え、メシアが書の中より出てきた。
「報告を頼む」
ヒサトはメシアへと近寄り、簡潔に聞いた。
「イエス、マスター。まず守護騎士プログラムを簡易ロックを掛け隔離。その後、防衛プログラムの消去に取りかかり、これを消去。管理人格たる管制融合騎に関しては書の主たる八神はやてと共に接触を行ないはしましたが、その機能に触れるのはリスクが高いと判断いたしました故に、不介在とさせていただきました」
メシアはつらつらと報告を述べる。ヒサトは彼女の言葉を聞きつつも横目でちらりとはやての方を見る。何やらぼんやりと闇の――いや夜天の書を眺めているようだった。
「うん、とりあえず最悪の事態は防げたと見て良いな。ありがとうメシア、君のおかげで助かったよ」
ヒサトはまずそう言ってメシアを労った。そしてその後に続けて彼女に尋ねる。
「それはそうと、思ったよりも時間が掛かったんだな」
メシアはその問いに対し申し訳なさそうにしつつも、はにかむような表情で答える。
「すみません、管制融合騎の方――リインフォースさんや八神はやてさんとの会話が思いのほか弾みまして……。あ、そうです、リインさんとはお友達になりました」
――そうか、それは良かったが、君は今しがた過剰な接触はリスクが高いと言ってたような…… メシアの言葉にヒサトは内心そう思ったが、コミュニケーションを取る分には特に問題は無いのだろうと思い直し、『それは良かったな』以外、何も言わなかった。
(しかし、よくよく考えてみるとメシアにはこれまで友人は存在していなかったよな)
ふとヒサトはそう思う。自分にはショウやハルトといった友がいたが、メシアはあまり積極的に他人と関わり合いを持つ事は無かった。自分以外で一番彼女と話した事があるのはショウだろうが、正直言って、互いが互いを友人だとは思っていないだろうし、ヒサトから見てもそう言った間柄では無いと思うのだ。
そもそも先ほどヒサト自身が言ったように、ヒサトとメシアは一心同体であるのが常であり、彼女はヒサトの意思と関係無しに出てきたりする事はあれど、飲食をしたり、ましてやヒサトから離れてどこぞへ行ったりなどした事はヒサトが知る限りこれまで一度たりとも無かった。
そうした意味合いでは、彼女の自主性というものは知識の出し渋り以外で今まで発揮される事が無く、ヒサトもそうした点に関心を払っていなかったのである。
だからこそ、彼女が友人を作ったという事に驚くと共に、彼女が持つ人間的な一面を見られたという事をヒサトは嬉しく感じるのだった。
「ま、話していた内容も是非聞きたいところだが、今はとにかく待機しているレイファラ部隊長を含めた他の皆に交渉結果を報告すべきだな」
そう言ってヒサトは部隊長へと念話による通信を行った。
――彼らが知るこの世界、そして何より彼ら自身の運命の歯車は確かに変わり始めていた。