「――それでですよ、彼女は――で――なんです」
あの後メシアはヒサトに先のリインとはやてを交えてした話をいつもの必要以上に話す事が少ない彼女と違って、委細漏らさないかのように絶えることなく喋り続けた。
嬉しそうな顔で矢継ぎ早に話すメシアに、ヒサトはやや押され気味になりつつも、珍しく饒舌な彼女の様子に微笑ましいものを感じているのであった。
そうこうしているうちに、ヒサトがこの場所まで来た方向から、誰かがやって来る気配がした。
「ああ、そこに居たのか」
気配の正体は、はやてを伴ったレイファラ部隊長のものであった。どうやら彼女らはヒサトを探していたようで、二人はヒサトの方へとやって来ると、互いにチラリと目配せし合ってどう切り出すか相談しているようだった。
「どうかしましたか」
ヒサトは首を傾げながら率直に尋ねた。……切り出しづらい要件なんて嫌な予感しかしないからあまり進んで聞きたくは無いんだけどな。ヒサトは内心ではそう身構えつつも二人の言葉を待った。
「ああ、どうも彼女が君に頼みがあるみたいでな、それで探していたんだよ」
「頼み……ですか?」
部隊長の言葉に対して、ヒサトは二人を交互に見ながら再度首を傾げる。
「ああ、実はだな――」
それだけを思わせぶりに言うと、部隊長は続きを言うようにはやてを促した。
はやては何やら言いにくそうにモジモジとしていたが、意を決したようにして口を開いた。
「えーっと、私空を飛んでみたいなーって思ってるんやけど」
「ふむふむ、それで俺に飛び方を教えて貰いたいと」
それは別にわざわざ俺に頼まなくていいんじゃないかと思いつつも、ヒサトは取りあえず相槌をうつ。……尤も、人に教えるのは得意ではないし、あまり彼女とべたべたするのは正直、気が引けた。なので、やんわりと断ろうと考えていたのだが――
「いや、それも頼みたいが、今日のところは君が彼女を抱えて飛んで貰いたいんだよ」
部隊長の口から発せられたのは、彼の予想を斜め上にいく要求だった。
始めヒサトは何を言われたのか理解するのを頭が拒んで、心身共にピシリと石になったように固まってしまった。しかしすぐさま持ち直すと、笑えないような表情を急いで取り繕い、部隊長を鋭く見抜くと口を開いた。
「そういうことならば、もっとがっしりした体格を持つ人に頼みましょうよ」
ヒサトは穏やかな表情を作ろうと努力した。しかし、その目だけは笑っていない事は余程に鈍い人物でも分かっただろう。
この場にショウあたりが居合わせれば、そこまで嫌がる事は無いだろう、と呆れてツッコんだろうが、あいにくこの場にはヒサトと部隊長とはやての三人しか居なかった。
「ヒサト君、君は分かっていないなぁ。こちらの深窓のご令嬢は君をご指名なんだよ。つまり、君を信頼しての事なんだ、そこを理解したまえ」
……いや、信頼も何も、そもそも俺は彼女と今日、初対面なんですが。それに信頼云々にしてもハルトの方が明らかに勝っていると思う訳だが、その辺りについてレイファラ部隊長はどうお思いなんですかねぇ。というより、この人は身近にいる女性と俺をくっ付けるように上から密命でも帯びているのか? ヒサトはゲンナリした気持ちでそう思った。
当然ながら部隊長はそんな命令は誰からも受けていないし、ヒサトに女の世話をするような意図は、今のところは存在しない。尤も、ヒサトと八神はやてを親密にさせておきたいといった意図は少なからずあるようだが。
ヒサトもヒサトで、過剰反応が過ぎる点があるのではないかと思われるところがある。普段の彼であれば何でも無いかのように、しれっとした態度でそつなくこういった事に対応するものなのだが、少々八神はやてという存在に対して意識し過ぎているようである。
そんな威嚇するような雰囲気を漂わせたヒサトの様子に部隊長は静かに苦笑した後、スッとはやての耳元に顔を寄せると、何やらゴニョゴニョと言った。
その言葉を受けたはやては何やら納得したしぐさをした後フフフと笑うと、ヒサトの方へ近づいてきた。
「ヒサトさん、お願い」
はやては祈るように手を合わせ、上目遣いでヒサトに頼み込んだ。露骨に典型的かつ必殺の威力を有する女の武器であった。
――上目遣いをするのは反則だと思う訳だがなぁ。
いくら可愛いしぐさをして頼まれたとしても、あくまで強情に突っぱねて拒否するという選択肢をとれなくも無かったのだが、考えた末にヒサトは、今回ばかりは古くからの男女間における交戦規定に基づいて白旗を上げることにした。
「そこまでされたら仕方ない。でもやっぱり恥ずかしいし、緊急時以外は人を抱えて飛ぶのはこれっきりにさせて貰いますよ」
ヒサトはそう言って、『ハァー』とため息をつく。ヒサトが折れたのを見て取ると、女二人はしてやったりとでも言いたげに互いにフフフと笑い合った。
その後、気が変わらないうちにさっさと要求を叶えて貰おうとヒサトをトレーニングルームまで急かすと共に、途中で逃げ出さないようにヒサトにはやての車椅子を押す役目を任命するという抜け目の無さを彼女達は発揮したのであった。
道中、ルンルン気分で鼻歌まで歌ったはやてとは対照的に、ヒサトは何度もため息をもらし、諦め顔であった。
「そう言えば、検査はどうだったんですか」
いつまでもムスッと黙っているのも良くないとヒサトは思い、部隊長に尋ねた。
「ん? ああ、この子の体調は今後、快癒に向かうだろうことは確かだよ。ただ、夜天の書に関してはまだ何とも言えんな。その辺りは君の方が良く分かっているだろうと思うが、守護騎士どももまだ出ていないし、管制人格の方の問題も解決していないんだろう? 古代遺物管理部の連中が先ほどおっかなびっくりとは調べていた訳だが、君の報告以上の芳しい成果は今現在のところ見られていないよ」
部隊長はそう言って、ヒサトを何か含む事があるような目線で見た。ヒサトはそれに気付いてはいたが、藪をつついて蛇を出すのは面倒だと思い、あえて気付かないふりをした。
後々になって、ここで部隊長を問い詰めなかった事を少し後悔する破目になるのだが、そんな事は今のヒサトには、まだ悪い予感をおぼろげに想像する程度でしかなかった。
そんなこんなでヒサト達三人は目的地である時空航行艦内より続く、トレーニングルームへと辿り着く。
ヒサトは室内に他の利用者が居なかった事に内心安堵した。利用者が居ればそれを言い訳にしてその場を逃れられた可能性も想定したが、この部隊長の場合はむしろそいつらを追い出してしまう可能性の方が高かった。その場合、女の子を抱えて飛行するという恥ずかしい場面を他人に見られる事になり得るのだ。そんな事態になったらヒサトは何もかも投げ出して一目散に逃げ出す自信があった。いや、今もすぐにでも逃げ出したい気分だが。
そんな気恥かしさを押し殺しながら、さっさと飛んで終わらせようと思いながらヒサトははやてへと近付いた。
デバイスは起動しなかった。軽く飛行するだけなら無くてもヒサトは大丈夫であるし、どのみち両手が塞がる訳だから、デバイスは持てないのだ。
「……それじゃあ、失礼するよ」
一言断ってからヒサトは少し屈んでからスッとはやてに手を伸ばした。
はやてもここに来てやっと恥ずかしくなったのか一瞬躊躇うような素振りを見せたが、すぐに意を決したのか頭から縋りつく形でヒサトに身を預けた。
ヒサトははやての背中に手を回し、もう片方の手もヒザの下に差し入れてグッと彼女を持ち上げ、彼女も両腕をヒサトの首の後ろへと回して掴まる。
はやてはどちらかといえば小柄な方とはいえ、ヒサトぐらいの年齢の人物が持ち上げ続けるには少々不安がありそうなものだが、しかしながらヒサトは羞恥心で居心地悪そうにはすれども、とりたてて彼女の重さを苦にした様子は無い。
だが、密着したことで彼女の女の子が持つ特有の香りがヒサトの鼻腔をくすぐり、その心の奥底を溶かすように甘美な匂いに、ヒサトは柄にも無くどぎまぎしてしまうのであった。
はやての方もどうやら男性に抱きかかえられるというこのシチュエーションに羞恥心を刺激させられたのか、ほんのり顔が赤くなっているようにヒサトには思えた。
「それじゃあ、恥ずかしいし、ささっと飛んでしまうけれど大丈夫? 一応、絶対に離さない事は確約をするけど、やっぱり怖いから止めたいとかだったら言うように。すぐに下ろすから」
いざ飛ぶという時の前に、ヒサトははやての目を覗きこむようにしてそう尋ねた。
彼の問い掛けに、はやては『わかった』と言ってコクコクと素直に頷き、了承の意を示した。
そんな彼女にヒサトは満足げな顔をして頷き返すと、タンッと地を蹴って空中へと飛び上がる。
ヒサトは勢いそのままに一気に上昇した後、ピタリとその場で静止をした。そして急な上昇に驚いてギュッと掴まる力を強めたはやてをチラリと見て何も言わずにニヤリと笑うと、くるりと弧を描くようにして縦に一回転した。
はやては思わず『ひゃわぁ』と声を上げてしまった。それを聞いたヒサトは再びニヤリと笑うのだった。
(アカン、この人意外といじめっ子や)
はやてはその時、これから自分に待ち受けるだろう苦難を想像すると怖さ半分、期待半分という心持ちになった。もう下ろしてくださいと素直に言えばそれまでなのだが、この程度で泣きを入れるのは悔しいという気持ちの方が勝り、『絶対負けへん』と心の中で闘志を燃やした。
だがしかし、そうしたはやてに肩透かしを食わせるかのごとく、それからのヒサトは始めのような急な動きや回転はせずに、ふよふよと浮遊するかのごとく、ゆったりした飛行を行った。
先の事はタチの悪いちょっとしたイタズラだったんだろうか、とはやてが油断しかけたその時、彼は先ほど見せたサディスティックな笑みを浮かべながらはやてに言った。
「……じゃあ、そろそろ本気出そうと思うんだけど、大丈夫?」
(……上げて落としにかかるんですか、そーですか)
――正直ここで止めておくべきかもしれない。ふと一瞬、はやてはそう思った。だが女も度胸、何でも来い、とはやては自らを奮い立たせ、再び闘志を燃やす。
「ええですよ、ここまで来たらどんなことでもドーンと来いやで」
「その心意気や良し。……じゃあ、しっかりと掴まっていてね」
はやてが出したゴーサインを受けて、ヒサトはいつもの日課ほどハチャメチャでは流石に無いが、与えられた空間内を縦横無尽に飛び回り始めた。
――それからの事はあまりはやての記憶には無い。必死に彼にしがみついていた感触は今も手に残ってはいるが、終わってみれば、あれは一瞬の出来事だったと言われても納得してしまうだろう。『キャー』とか『ヒャッハー』といった、思い返してみれば女の子としてどうなのかと思われる声を出してたような気もするが、とにかく楽しかった。
終わってみれば、始めの気恥かしさはどこへ行ったのやら、ヒサトとはやての二人は互いに笑顔で見つめ合っていた。
「いやぁ、楽しかったー。ヒサトさん、またお願いしてもええですか」
「おいおい、さっき今回だけだと言ったじゃないか。……まあ、前向きに検討だけはしておこう」
はやての再度のお願いに、ヒサトは呆れたような顔をしつつも、強くは否定しなかった。
彼のその様子に、これは頼み方によっては次がありそうやな、と確信したはやては心の中でグッとガッツポーズをした。
「えーっと、何しているんだいヒサト」
さて、人が来ないうちにさっさとこの娘を降ろそうかと思っていた矢先に、突如として後ろよりそう声を掛けられる。
声を掛けられた方へとヒサトが顔を向けると、そこにはハルトがいた。
「おいハルト、何でお前がここにいるんだ」
突如として現れた目撃者に、ヒサトは内心では心臓が早鐘を打ちながらも、それをおくびにも出さずにそう問いかけた。
「えっ、えーっと、その、あれだよ、君がどこにも見当たらないから探していたんだよ」
実際はレイファラ部隊長がここに呼びつけたのだが、本人より念話による口止めが行われた結果、その事実は闇へと葬られる運びとなった。
――とにかくこれ以上他のやつにこんな所を見られる訳にはいかない。そう考えたヒサトはそそくさと急ぎ、はやてを降ろそうとした。しかし、いざ降ろすという段になっても、はやてはガシッとヒサトの首の後ろに回した手を掴んだまま離さなかった。……いやむしろ、よりきつくしがみついたのだった。
「またこうやって抱き上げて飛んでくれると確約……してもらえます?」
……くそっ、こいつめ、やりおるわ。 ヒサトは自分がはめられた事に気がつくと共に、この年にして未来における狸の片鱗を見せたはやてに対して、内心嫌そうにそうつぶやいた。
実際、この事態はかなりピンチである。
「……前向きに検討すると言っただろうが」
「そんな玉虫色の回答やなくて、確固とした約束が欲しいんやけど」
はやてはニッコリと微笑みながらも、その目だけは獲物に食らいついた獣の如き鋭さであった。少なくともヒサトにはそう思えた。
「わかったわかった、約束するよ。でもこういった本位でない事を強いるのはもう勘弁してほしいな」
ヒサトは回答を引き延ばしても、事態が悪化する事はあれども好転はしないだろうと悟って渋々ではあるが了承をした。
――いくら彼女が気立てのいい美少女だと分かっていたからといっても、首やら懐を無防備に晒したのは油断しすぎだったか……。つーか改めて思うが、女は強かで怖いよな、ホントに。
ヒサトは心の中でひっそりとため息をつきながらそう思った。
「いやー、ありがとう。ヒサトさん大好き」
……こんな美少女に『大好き』とか言われたら、もっと喜ぶべきかもしれないのだが、もちろんヒサトはそんな事は無かった。
そもそも思い出してほしい、ヒサトとはやてはまだ今日、初めて出会ってから半日も経っていないということを。そして彼には女性を口説く手管は多少はあれども、彼女に対してそれを使った覚えは無い。むしろ適度に距離を置こうとしたぐらいだ。
それなのに彼女の言葉を額面通りに受け取って、自分は彼女の好感度を稼いだなんて思うほど、ヒサトは呑気な頭はしていない。
故にはやてが言った『大好き』との言葉の頭には、チョロい男で、とか、言う事聞いてくれて、などの意味が、例え彼女が実際はそうは思っていなくとも、省略されているも同然なのだ。
だからといってこれしきの事で歳下の、それも十に満たない少女に対して本気で腹を立てるのは狭量が過ぎる事は、ヒサトとて心得ている。それに、そもそも今回の事を裏で糸引いていたのはレイファラ部隊長なのだ。故にヒサトが憤るならば、一番の対象は部隊長であって、はやてに対しては笑って許すべきだろう。――調子に乗らないように釘は刺しておくべきだとヒサトは思っているが。
「レイファラ部隊長、……自分、いつでも出せるように辞表は書いてあるんですよ」
別にこの程度で管理局に嫌気がさしたりはしないが、あまり舐めた真似や無茶振りをされるようになるのも業腹だと、ヒサトは軽く忠告する意味合いで時空管理局を辞める事をチラつかせた。
「辛くなったとしても、そんなものを出さなくてもいいように私が取り計らうから、その時はきちんと相談したまえ」
それに対して部隊長は若干苦笑したように見える顔をしながらも、いけしゃあしゃあとそう言ってのけた。
うまくかわされた形になったヒサトは別に怒る様子も無いが、それでもフッと様々な思いを込めたごちゃ混ぜの笑みを浮かべると、とりあえずはやてを彼女の車椅子へと優しく降ろした。
そしてつかつかとハルトの方へと歩んで行くと、ポンと彼の肩に軽く手を置いて言った。
「俺が彼女を抱えていた事がショウやシュテルの口から面白おかしく聞かれることになったら……わかるよね?」
「アッ……、ウン」
ハルトは何故ヒサトがはやてを抱えていたのかは分からないが、それを他の人に吹聴するな、という事は理解して、水飲み鳥のようにコクコクと何度も頷いた。
「ああ、それとだヒサト二尉」
ハルトに口止めを行っているヒサトに、横から部隊長が声を掛けた。
その声に、まだ何かあるのかと若干訝しげな顔をしつつヒサトは部隊長の方へ首を向けた。
「しばらく君達、第五分隊には彼女の家に寝泊まりする役割を与えるからよろしくね」
――何故そんな事をしなくてはならないのかは愚問だ。まだ安全とは断定できない夜天の書とその持ち主を見ていなくてはならないからだ。
しかし何故自分達が、という疑問はある。彼女と歳が近いからと部隊長は言うのかもしれないが、まず思い出すべきだ、自分達は航空隊、武装隊なのだ。そも、そうしたロストロギアの監視については、それって古代遺物管理部の領分ではなかろうかと思う訳だが。
只でさえ自分は独断専行じみた形で当初の目的となるものを所持する人物の元に赴き、目的物を弄って正常に戻すという手柄の独占行為をやらかしたのだ。この上、対象の監督任務も自分達がするというのではますます良いとこ取りになる。それで他の局員から不満が噴出したりはしないのだろうか。
それとも闇の書なんぞ怖くて近寄れるかとでも思っているのか。……まあ、それは無い。ヒサトはそう独りごちた。
古代遺物管理部の人についてはよくわからんが、レイファラ部隊長が取り纏める本局1256航空隊の面々にそんな惰弱な精神を持つ局員はいない、……自分以外には。
いくら一人で考えても答えは出そうにないとヒサトは結論を出し、その辺りについて率直に部隊長に尋ねた。
「部隊長、自分達ばかりが良いとこ取りをして、不満に思う方はいないのですか」
ヒサトのその問いに、部隊長はニンマリと人の悪い笑みをして答える。
「そんなの君が心配する事じゃあ無いよ。ま、そうした他人への気配りが出来る事はえらいね」
「茶化すのは止めて貰いたい。それに心配するなと部隊長は言われますが、あまり手柄を独り占めすると心無い人からのやっかみが心配ですよ。……只でさえ俺は面倒な身の上なんですから」
子供扱いにしてはぐらかそうとする部隊長に、ヒサトはため息をつきながら愚痴をこぼした。
――フフッ、良く言うものだ。以前に散々陰口をたたかれていた時は、他人事のようにどこ吹く風だったくせに。レイファラ部隊長は内心そう思う一方で、確かにもう、からかいでもこの少年を子供扱いするのは止める時期かもな、とも考えた。
ちなみにどうでもいい話だが、その時陰口を言っていたやつらの一人は後日、僻地の定置観測隊へと飛ばされていった。他に加わっていた人物も居心地が悪い状況になったのか、皆それから半年以内に転属やら退職を申し出てどこぞへと去っていった。
その話を知った際のヒサト達は『イヤァ、誰ガヤッタンダロウナー』とすっとぼけた感想をもらし、互いに見合って苦笑したものだった。
「そうか、ならばその心配を少しは晴らしてあげようか。……と言っても別に私は何もするつもりは無いよ。只、うちの隊の連中は君もわかっているだろうが良い子ばかりだし、心配せずとも他にすべき事などをやらせている。君の分隊にその役目を振り分けたのは、それが適当だと私が判断したからであって、依怙贔屓や厄介事の押し付けじゃあない。古代遺物管理部の連中に関しても問題無いよ。表向きの手柄はあちらに譲っておいてやればいいことであるし、むしろアチラに貸しを作れて、私としては嬉しいくらいだよ。あ、手柄を譲るとは言ったが、ちゃんと君の事は私の手腕を駆使して、ねじ込こむようにしてでも昇進させて貰えるように取り計らうからその点は安心しておいてくれ」
部隊長はヒサトに対し、自信に充ち溢れたようなとてもイイ顔でそう宣言すると共に、彼にこっそりと念話を送った。
〈それにだ、名声よりも重要なのは人の和、つまり人脈だ。頼れる友人を多く作っておくのは大切な事だよ。ある意味、いざという時に頼れる友人の数が真の名声であると私は思うのだが、君は孤高のヤリ手魔導師の肩書の方が惹かれるタチかな?〉
……ああ、なるほど。まあ、この人ならそうだろうとはうすうす感づいてはいたが、だから彼女と親密になるように部隊長は謀を巡らせた訳なのか。ヒサトは部隊長の思惑について確信を得て、心の中だけで苦笑した。
〈いえ、そんな事はないですが。後、むしろこちらが心配してるのは彼女を我々が抱き込もうとしてるのが露骨過ぎてあちらと摩擦を起こさないかといった事なのですけれど。表向きの手柄で納得してくれますかね、あちらは〉
〈そこを上手く納得させるのが、本当に上手い大人の話し合いのやり方さ。それに言っては悪いが、実際にまんまと手柄を立てたのはこちらだ。欲張って全部自分達のものにするのには分が悪い事はあちらも理解してるさ〉
――不健全なやり取りだな。ヒサトはそう自嘲した。『管理局がこんな腐った組織だなんて……。これじゃ、俺……次元世界を守りたくなくなっちまうよ』とでもうそぶきたくなるくらい、傍から聞くと不健全なやり取りだ。
次元世界の平和を守る、時空管理局に所属する局員だって普通の人間だ。いつぞやヒサトは比較的良心的な人間の集まりだと言ったような気もするが、全員が真面目で正義感に溢れる人物という訳じゃない。それはヒサトという人物自体が時空管理局の一員ではあるが、決して善人では無い事を考えれば、我ながら説得力があるものだとヒサトは皮肉ながらにも思うのだ。
まあ、融通のきいた、話の分かる上司を持てて幸せだと思うし、今はこんな話をしているが、この人は汚職などには手を染めていない(はずの)、常にやるべき事をそつなくこなす頼れる部隊長だ。
それにもしも仮に他の、例えば融通の利かない堅物の人物が上司だとしても、ヒサトはおそらくその上司にテキトーに調子を合わせて、大人しく黙々と仕事をするだろう。だが、それでもやはりその上司と何らかの摩擦を起こしそうではある。
尤も、レイファラ部隊長にしても、ある意味面倒な上司に違いないのは確かな訳だが。
「大方の疑問は氷解した訳ですが、一応肝心な点を聞いていませんでしたね」
「と、言うと?」
腹黒い話で若干滅入った気を入れ替えて、ヒサトは聞いておくべき事を尋ねようとした。
部隊長は首をかしげるそぶりを見せて続きを促した。
「肝心の八神はやて本人からの了承は取っているんですか? ……まあ、部隊長の事ですし、もうすでに了承を取り付けていると思いますが、そこのところどうなっているのか彼女に聞きたいですね」
そう言ってヒサトははやての方を見た。まあ、正直なところ彼女の答えだとか、これからの自分達の辿るだろう運命はもう既にヒサトにも分かりきっているのだが、自分の予想を裏切る展開が来てほしいとの一縷の望みをかけた問いだった。
対するはやては彼からの目線を受けると、満面の笑みを浮かべて答えた。
「それはもう既に全然問題あらへんって、この部隊長さんには伝えてますよ。だからヒサトさん、これからよろしゅーな」