剣丞へと繰り出された拳を止めたのは、細い女性の手……鬼の首魁であるとされるエーリカであった。
「そこまでです。既に貴方の役割は果たしています、自分の役を超えた動きは誰も望みません」
「ほう、やっと出てきたか……」
拳を引き、藤十郎は地面に刺していた槍を引き抜く。
「貴方は剣丞どのの成長に、そして鬼という存在を定着させるために十分働きました。もう舞台から降りて……」
「降りるのは貴様だ」
エーリカの背後から純粋な暴力といっても過言ではない一撃が振るわれる。
「……貴方も、既に役割を終えたはずですが?」
「と、桐琴……さん?」
「はっ!久しいな、孺子。相も変わらず甘いようだが」
一瞬だけ剣丞を見た桐琴の視線は既にエーリカに向いている。
「……時は満ちました。動ける者も動けぬ者も……悉くを終焉の地へと招くことが……」
「吉野の目的か」
藤十郎の言葉にエーリカが黙り込む。
「図星か。人を使い、鬼を使い。まるで自分が上位者であると
突如、藤十郎たちは寺の境内のような場所へと転移させられていた。この場に現れたのは藤十郎、剣丞、そして久遠。
「な、久遠!?」
「剣丞か!?我は何故このような場所に……」
「天正十年六月二日。織田信長は本能寺にて明智光秀に討たれる。これが外史ではない世界での出来事。これこそが正史。……私は所詮、物語で決められた役割を果たすだけ」
ふわりと空中に浮かび上がるエーリカの元に久遠が引き寄せられ、手に持っていた剣の柄で殴り気絶させる。
「さぁ、終わらせましょう」
ふっと消え去るエーリカ。
「……剣丞」
「と、藤十郎?」
明らかに先ほどまでと雰囲気が違う藤十郎に戸惑う剣丞。
「ここは本能寺、であっているな?」
「う、うん。たぶんだけど、エーリカの言葉と
「そうか。……お前の記憶に、俺という存在はいるか?」
「……ごめん。知らない」
「そうか。……葵は?」
「……葵は、たぶん俺たちの世界なら知らない人はいない……」
「それで十分だ。剣丞、聞こえるか?お前を呼ぶ声が。お前の力となるべく、この場所を目指している力の奔流を」
藤十郎の言葉に剣丞が耳を澄ます。地鳴りのように多くの人が動く音。高らかに名乗りを上げる声。鬼の啼き声、人々の叫び。そして、剣丞を呼ぶ声。
「そうだ、これが戦場だ。戦になれば人は死ぬ。俺たちのような将や、大名として動く者は常にその責を負わねばならん。……次は間違えるな、剣丞」
「藤十郎……?」
「剣丞、最後に教えておこう。鬼の首魁はエーリカではなく吉野。それは知っていると思うが……奴は
藤十郎が力強く刀を振ると、何もない虚空が裂ける。
「ほぅ、荒加賀が裔ではなく鬼日向が朕に牙を剥くか」
裂けた虚空から見た目は男とも女とも取れる人物が顔を覗かせる。
「貴様が吉野の方か」
「ふふふ……ははははは!!そうだ、朕こそが王の中の王。この世界を治めることになる存在ぞ!」
「剣丞、お前は信長……久遠どのを助けにいけ。あっちはお前の仕事だ」
「藤十郎!?」
「こいつは俺が殺る。……それが俺の仕事だ」
「面白い。既に舞台の幕は降りる寸前ではあるのだが……最後に少し遊んでやろう。朕の世界へ招待しよう、鬼日向よ」
裂け目の中へと帰っていく吉野。それを悠々と追う藤十郎。剣丞は刀をしっかりと握りなおし、寺の中へと駆け出す。
「……剣丞」
藤十郎の声は剣丞に届いていないだろう。それでも藤十郎は呟く。
「後は頼んだぞ。……葵のことも、お前であれば悪いようにはせんだろう」
寺の門を激しく叩く音。誰かが門の前まで到着したのだろう。まもなく破られるであろうその瞬間に、藤十郎は裂け目の外へと何かを投げ捨て入る。
「藤十郎っ!!!」
「藤十郎いないです!?」
「藤十郎さん!?」
葵と綾那、歌夜が門を突破し本能寺の境内に突入するが、そこには鬼も人影もない。瞬間、本能寺が紅蓮の炎に包まれる。
「なっ……!?」
「葵さま、お下がりくださいませ」
悠季が葵を庇うように前に立ち、なにやら調べる。
「ま、正信さま!」
震える手で小波が手渡してきたのは、藤十郎の字で綴られたたった五文字の言葉。
『行って来る』
「ここは……」
「この世でもない、あの世でもない。人為らざるモノが生まれ墜ち、そして消えてゆく。朕の作った世界だ」
何もない空間。藤十郎の前に自然体のまま佇む吉野を容赦なく槍で貫く。
「怖い怖い。朕の世界で、朕にその下賎な槍が届くと思うか?」
「届かぬのならば届かせるまで!」
繰り返し繰り返し槍を振るうが、それが吉野を傷つけることはない。
「ほれ、折角であるからよいものを見せてやろう」
吉野の背後に現れたのは巨大な鏡のようなもの。そこには葵たちが鬼に囲まれ、必死で戦っている姿が映っていた。
「明智の演じ手と違い、朕の鬼は無限に生み出すことが出来る。貴様が朕に膝を屈し、新たな世に生きるのであれば一匹程度ならば生かしてやってもよいぞ?」
「断る」
再度槍を繰り出す。
「ふふふ……人の身で朕に触れることは出来ぬぞ?少しずつ疲弊し、傷ついていく愛するものを見ながら絶望せよ!それこそが朕の力の源になる!!」
「まだまだっ!!綾那はやれるですっ!!」
「綾那!突出しすぎよ!まずは殿をお守りすることを意識して!左翼に増援を!」
「……葵さま、一旦はこの辺りに結界を張っております」
「えぇ。怪我をした兵はここまで下げ、治療を……」
「我らの魂、家康様とともにー!!」
「勝成様の代わりにお守りするのだ!!」
「ふぅ、全く。藤十郎どのは男も女も関係なく蕩らしているようですなぁ。……葵さま、此処は援軍が来るまで耐えるのです」
「……ええ」
「ほぅ、思ったよりも耐えるではないか。貴様も、この女共も」
「成る程。此処があの世とこの世の狭間というのも理解できてきた。そして……絡繰も分かった」
「……なんだと?」
「此処では俺が諦めぬ限りは終わらぬのだろう?だから俺に絶望を与えようとする」
「……ふふふ、実に面白い。どれ、貴様の友人である荒加賀が裔も絶望する姿を……」
「いいや、必要ない。絶望するのは」
吉野の腹部から刃が生える。
「貴様だ、吉野の方」
驚愕に目を見開き、背後を振り返る吉野。そこにいるのは既に人の形をしていない人為らざるモノ。
「き、貴様……っ!異形に堕ちるかっ!!」
「人でなければ、貴様に届くのだろう?ならば捨てればいい。目の前で鬼に為る者を見た」
「貴様の、その呪われた技は何だ……!?」
「知らん。生まれたときより使えた。『見たものと同じ事象を引き起こす』、それが俺の御留流……。貴様も見ていたのだろう、俺を」
刀を抜き、再度構える。
「かかっ!ならば貴様の持つその刀が神器として……」
「神器?……壇ノ浦で失われた……そういうことか、ならば簡単なことだな」
刀をほうり捨てる。
「何だ?捨てたところで」
落ちて来る刀を両の手で挟む。
「まさか……!?貴様も鬼に変質したのであれば、その刀は!」
「あぁ、やばいな。まるで全身を切り刻まれるような感覚だ。……だがな」
ミシリと音を立てる刀。静かに一瞬、藤十郎は目を閉じると「すまぬ」と呟く。刀が光を放ち、次の瞬間砕け散る。
「ば、馬鹿なっ!?」
「さぁ、神器がなければ何も出来ない裸の王は何をする?人を捨て、鬼と為った俺と戦うか?それとも……南朝の時代と同じく負け犬となって逃げ堕ちるか?」
「貴様ぁっ!!」
吉野が逆上し、手をかざす。
「朕の
「思い?……はははははっ!!」
「何がおかしい!!」
「想いなら負けるわけがなかろう!俺には葵がいる」
「舐めておるのか!!しかし最早貴様が人に戻ることなどできぬ!そして人の言を喋ることも。理解もされず、何も出来ず!そして人としての意識を失い愛するものを喰らう!滑稽ではないか!!」
「俺が葵を喰らう?そんなことできるわけがないさ。俺は葵に勝てた試しはない。綾那だっている。それに死ぬのは貴様だけじゃない」
身体がどんどん鬼に為っていく藤十郎。
「俺の寿命もほとんど残っていない。だから……この空間ごと吹き飛ばしてやろう」
「なっ……!朕の子らよ!この者に絶望を……」
「絶望は俺が与える。貴様が面白い呼び名を言っていたではないか」
わらわらと現れる大小無数の鬼の群れ。吉野を守るように現れたそれを一瞥し、鬼となった今では小さくなってしまった朱槍を持つ。
「徳川が一番槍は!水野家当主水野藤十郎勝成が承る!我が前に道はなく!我が後に道は続く!!」
既に視界に映るすべてが鬼といった状況でありながら、藤十郎は怯むことなく名乗りを上げる。
「我が武の全ては徳川の……葵の為に!我が武の全ては友共の力!さぁ、八百万の神々も御照覧あれ!!藤十郎が最後の戦舞台、とくと見よ!!」
「鬼日向とは、俺のことだっ!!」
圧倒的で、最早戦いとすら呼べないほどの蹂躙であった。無限に湧き出る鬼と、ありとあらゆる御家流を使い大立ち回りをする藤十郎。鬼の一撃を受けては数十数百の鬼をなぎ払い、返す拳でまた数十をなぎ払う。
「ば、馬鹿な……っ!?寿命も尽きたはずなのに……何故貴様は動ける!?」
「オレガ、オレデアルタメ……!」
人の言葉を失っていく感覚。その中で、吉野の問いに返す。はっと気付くのは吉野。自らの目前まで接近されたことに気付かなかったのだ。元と比べれば一回りか二回りほど巨大になった藤十郎が吉野の身体をつかむ。
「は、はなせっ!!」
「モウ、放サヌゾ。地獄ヘ供ヲシロ!!」
そのまま握りつぶすように吉野の身体が両断される。
「が……っ!!だ、だが、既に、鬼の種は日の本に蒔かれた!き、貴様も……!」
空間が裂ける。
「愛する者たちを……!ころ、すがいい!!呪ってやるぞ、貴様を、この世界を!!」
高笑いが誰もいなくなった空間に響く。
吉野の方の野望は、ここに潰えた。
バックグラウンドでは剣丞と久遠がエーリカ解放イベント中でした(ぉぃ
まもなくこの外史は終わりを迎えます。
最後のときまで楽しんでいただければ幸いです!