「鬼の勢いが……弱くなった?」
鬼の軍勢と対峙して部隊指揮をとっていた歌夜が感じたことだ。明らかに鬼が湧き出る速度は低下している。
「綾那、もう一押しよ!」
「分かったです!!」
身体に闘気を漲らせ、綾那が周囲の鬼を殲滅していく。
「今が好機です!徳川が精鋭たちよ、鬼たちを全て駆逐するのです!」
「「おおーっ!!」」
機を見るに敏な葵の言葉に徳川勢は勢いづき、疲労を感じさせない突撃を鬼に繰り返す。
「私も……」
「小波は待ちなさい」
「正信さま?」
「……こほん、貴女の技は徳川にとっても切り札になるもの。今はまだ使いどころではないということです」
悠季の言葉に驚いた様子の小波であったが、素直に頷き葵の背後を守るように立つ。それと同時に背後の門が開き、鬼が更に増える……かに見えた。
「さぁ、突撃せよ!北条の精鋭たちよ!我が地黄八幡の旗とともに!」
「地黄八幡……北条綱成どのですな」
「援軍……!これで押し返せる……!」
「葵!!」
その声は、藤十郎ではなくつい先ほどまでは敵として戦っていた相手……剣丞の声だった。
「剣丞どの……」
「おや、自ら討たれに来たのですかな?」
「本多の。今はそういった冗談を言っている場合ではないだろう。……葵、互いに色々と言いたい事もあろうが、今は民が先決だ」
「久遠……姉さま……。そうですね」
鉄砲の音が少しずつ近づいてきている。恐らくは織田か、剣丞隊も近くまで来ているのだろう。少しの安心感、そして。それを破るように現れる漆黒の鬼。明らかに周囲の鬼が恐れて距離を置いている。漆黒の鬼が一歩歩くたびに道が開く。その鬼を目にした者は恐怖か、身を震わせてしまう。
「あの鬼は……まずいですね」
悠季が顔を引き攣らせながら呟く。
「ここは綾那がお相手するです!!」
漆黒の鬼と対峙するのは綾那。東国無双の武者である。すぅと息を吸い込むと身体中に闘気を漲らせる。
「行くですっ!!」
地面を蹴り、一気に漆黒の鬼との距離を詰め槍を突き出す。通常の鬼ならばこの一撃で終わりであろうそれを漆黒の鬼は己の腕で受け止める。
「綾那の一撃を腕で!?」
驚いたのは歌夜だ。幼い頃からずっと一緒に居て、綾那の強さは誰よりも知っている。だが、あんなに軽々と綾那の一撃を初見で受けたのはそう居ない。
「次はそっちの番です!!」
声は出さないが、綾那の言葉に反応するように漆黒の鬼が腕を振るう。すると身体を纏う黒い気が槍の形になって綾那に襲い掛かる。一本、二本と避けるが、その数は十を超える。
「それなら、全部叩き落すです!」
気合の一撃で飛来する黒い気の槍は全て掻き消える。にらみ合う二人を鬼たちも見守るように停止している。
半刻ほどの攻防。流石の綾那も疲れが見え始めるが、漆黒の鬼にはそれがない。そして。
「まるで、綾那の攻撃を知っているかのような動き……?」
違和感。歌夜、そして戦っている綾那はそれを強く感じていた。
「下がれ本多の小娘。それはワシが相手する」
愛槍を肩に担いだ桐琴が姿を現す。
「あれ、お母さんです?」
「おう、地獄の底から帰って来たぞ。……詳しくは後でな。その鬼はワシがやる」
瞳に炎を燃やした桐琴が有無を言わせず綾那を押しのけ鬼と対峙する。
「……」
「……」
言葉もなく、じっと互いを見合う。
「行くぞ……」
槍を構える桐琴。失った左腕の篭手がカチャリと音を立てる。漆黒の鬼が手をかざすと、その手には巨大な漆黒の槍が現れる。所々に紅が混ざったそれはまるで獲物を求めるかのように脈動していた。
「はああああっ!!」
桐琴の声とともに鬼と桐琴がぶつかり合う。その一撃で互いの身体に無数の傷がつく。
「鬼に傷を!?」
「まだまだぁっ!!」
捨て身の攻撃を繰り出す桐琴と、漆黒の鬼が幾度となく交差する。桐琴の攻撃にあわせているかのような鬼の技は少しずつではあるが桐琴を押し始める。
「ちっ!流石にやりおる!!」
「……え……?」
小さく葵が何かに気付いたように顔を上げる。
「声が、聞こえる?」
漆黒の鬼を見つめる。一歩、また一歩と鬼に向けて歩を進める葵。
「葵さま!?」
悠季が、小波が葵を止めようとするが、それを振り切り鬼に向かっていく。
「……」
桐琴が槍を下ろす。そして静かに目を閉じる。
「ふん、行け。気づく前に片付けるつもりだったのだがな」
鬼の目の前に立つ葵。恐怖を形にしたようなその姿であるが、何故か恐怖は感じなかった。
「……藤十郎?」
「……」
何も言わない漆黒の鬼。だが、その手にあった槍は既に消えゆっくりと葵に手を伸ばす。まるで躊躇うかのように、だが壊れ物を扱うかのように優しくそっと葵の頬に触れる。その手を葵は自分の手で触れる。
「やっぱり、藤十郎なのね」
瞳に涙をためながらも優しく微笑む葵。
「そんな姿になるまで戦って……そこまでして私を……いいえ、私が夢見る日の本を守ってくれたのね」
鬼がチラと剣丞を見る。
「……藤十郎……えぇ、分かったわ」
すっと鬼から身を離した葵が剣丞を振り返り。
「剣丞どの。藤十郎と……葵からの願いを聞き届けていただけませんか?」
「その刀で、藤十郎を殺してください」
心臓の音が大きく聞こえる。極度の緊張状態なのだろう、それは分かる。だって、俺は……今から友を殺さなくてはならないから。
「……」
まるで、そのときを待っているかのように微動だにしない鬼……藤十郎。
「藤十郎」
藤十郎と交わした言葉を思い出す。人の死を担う、ということ。幾度となく言われた覚悟を決めろという言葉。
「……今度こそ、間違わない」
抜いた刀を構える。……これで、二度目。自らの意志で相手の命をしっかりと奪わなくてはならないのは。だが、エーリカのときは久遠がともに背負ってくれた。
「今度は、俺が!!」
刀を大上段に構える。鬼に対しては圧倒的な力を持つ剣丞の刀。……鬼という存在そのものを消し去るといっても過言ではないだろうそれを震えそうになる気持ちを押さえつけて。
「藤十郎……待ってるからな!」
藤十郎が微かに頷いたように見える。それを見た剣丞は刀を振り下ろす。
光の粒子となって消え去る藤十郎。気がつくと周囲の鬼は消えていた。
「……ありがとうございます、剣丞どの。心より礼を申し上げます」
「葵……」
「……剣丞よ、我らは壬月たちと合流し鬼の殲滅に向かうぞ」
「葵さま、我らも先に行っております」
全員がその場から立ち去る。本来であれば護衛の一人も残さずに去ることなどありえないだろうが、今はそうすることが正しいと全員が感じていた。
「……藤十郎」
誰も居なくなった境内。ポツリと葵の言葉が、そして雫が落ちる。
「藤十郎っ」
一度堰を切って流れ始めた涙は止まることはなく。
「私は……私は貴方が居れば、それで良かった!あの時に、私が一緒に逃げることを選んでいれば!!」
自分の選択が間違っていたのかと思う。だが、それをしてしまうと藤十郎の行動を否定することになってしまう。ポツポツと空からも水滴が零れ落ちる。葵の涙を隠すように、まるで天が泣いているかのように。
この日、織田と徳川は和議を結び関ヶ原の戦いと呼ばれる戦は本能寺にて終結する。
人々の心に、大きな傷を残して。
次回、最終話。