仕事の関係で今回は少し短めになります……。
数ヶ月の間、葵の屋敷に住むことになった藤十郎。蟄居というわけでも閉門というわけでもなく、実際のところはかなり自由な生活を送っていたのだが、ある日葵と悠季に呼び出されることになった。
「……俺が織田に行く?」
「えぇ。久遠姉さま……織田家と松平家は同盟を結ぶことになったわ。三河の地はまだまだ内政に力を入れなくてはいけない状況だから私たち全員で行くわけにはいかない」
「と、なれば。ある程度家格があり、武に秀でた者が出向くのが礼儀である、ってところか」
藤十郎は血筋としては水野家だが、実のところ葵とは従兄弟にあたる。そういう意味でも適任ということで選ばれたのだろう。
「ふむ……まぁ、城作ったりするなら嫌いじゃないが書簡を纏めたりするよりは幾分か楽しそうではあるな」
「……頼めるかしら?」
「あぁ。最近は姫さんの屋敷に篭ってばかりで身体が鈍りそうだったからな。ちょうどいい」
「ふふ、まったく。あれだけ綾那と遊んでいながらよくそんなことが言えるわね」
葵が呆れたように笑う。
「それで藤十郎殿。織田殿のところへ行った後、調べて欲しいことがあるのです。天人・新田剣丞。勿論、ご存知ですよね?」
悠季の言葉に藤十郎は頷く。
「田楽狭間に降り立った阿弥陀如来の化身……だか何だかの胡散臭い奴だろ。綾那が嬉しそうに言っていたな」
「そう。その御仁が一体どのような者なのか。そしてどのような思考、理想で織田殿と共に行動しているのか。それを確りと調べて頂きたく……」
「断る」
悠季の言葉を斬るように拒絶の言葉を吐く。一瞬悠季の目付きが鋭くなり、言葉を続ける。
「思うのですが、断る理由を聞いても?」
「人に言われずとも、己が眼で見、耳で聞いて人は判断する。阿弥陀如来の化身って言うのは胡散臭いと思うが、絶対似ないとはいいきれないだろう。ならば……」
悠季の目を正面から見据え。
「俺の……姫さんの理想の邪魔になるようなら、織田もろとも俺が斬り捨てる。傀儡に成り下がっているようなら悉くを打ち砕く。それなら構わんだろ?」
「……ふむ。ならば何故私の言葉を止めたので?」
「なんとなく」
藤十郎の言葉に葵も悠季も固まる。
「なんとなくだけど、言われたままにするのが気に入らん。そう感じたから言った。反省はしていない」
「少しは見直しかけた私の気持ちをお返しくださいますか、藤十郎殿?」
軽く頬を引きつらせながら悠季が言う。
「はっはっはっ!一度口から出たものを返せとは女子の言っていい言葉ではないな!姫さん、そういうことなら今から行ってくる!綾那と歌夜に話は頼んだ!直接言うと煩そうだ」
「ちょ、ちょっと藤十郎!?……もう行ったわね」
「あの男はまるで嵐のようですね……葵様、早馬を出します」
「えぇ、お願い。……藤十郎にも文を書くわ。くれぐれも久遠姉さまに失礼のないように……って」
恐らく無理だろう、と思いながら悠季は静かに頭を下げる。あの男が尾張につくよりも先に文を送るには草を使うしかないだろう、と考えながら。
「ほぉ、ここが清洲……織田の本拠地か」
藤十郎は周囲を歩く人たちを見る。その表情は輝いており、この地はそれだけ潤っていると判断できた。
「ふむふむ。米の相場やらもそこまで大きな差はない、か。後は……」
勢いで岡崎城から飛び出してきたが、城に直接向かってそのまま入る……なんて出来るわけがないだろう。名乗れば通れる可能性もあるが、時間がかかり確実かどうかは微妙。侵入も不可能ではないだろうが、危険ばかりでいいことは一切ない。
「……もうちょっと考えて動くんだった」
「藤十郎様」
突如、人気のない場所から名前を呼ばれる。ちらと視線を向けると、そこには松平の草が立っていた。
「ん、どうした。小波の使いか?」
顔見知りの草……現代で言うならば忍者である小波のことを思い浮かべる。食事を誘っても「私は草ですので」の一言でドロンと雲隠れ。何度か任務で一緒に行動したこともあるが、なかなか打ち解けることが出来なかった。
あるとき、藤十郎が忍術に興味を持って小波の里に忍術修行に行ったことがあり、そのときから少しばかり距離が近づいたということもあった。
「いえ、頭領は別の任務についております。何かご連絡がありますか?」
「いやいや、大丈夫だから。それで何か用だよな?」
「はっ。殿よりの文をお渡しするようにと本多様よりのご命令です」
「本多……悠季のほうか」
文は二通。一つは藤十郎宛、もう一つは松平の家紋印が押された親書のような物だろう。
「どれどれ……」
文を読んで固まる藤十郎。そっと文を畳むと着物の内側にそっと入れる。
「あー、何だ。戻って悠季に伝えて欲しいことがあるんだが」
「はい?」
「……姫さんの好きなもんを買って渡しておいてくださいお願いします、って」
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