「そ、それって本当なのっ!?」
剣丞をはじめとした織田の若手組の行き着け食堂でもある一発屋。そこで、ここまで興奮した様子の看板娘を見たものがこれまでにいただろうか。
「う、うん。ボクも宣言のとき聞いてたし間違いないよ。な、二人とも?」
「うんうん。犬子も聞いたから間違いないよ!」
「そだねー。剣丞くん二号だよねぇ……ってあぁ、きよちゃん藤十郎くんと知り合いだったねー」
話は少しさかのぼる。いつものように食堂にやってきた三若の注文をとって品を持っていったときに話していた話題。「藤十郎が蕩らし御免状を貰った。しかも立場を問わないらしい」という話だ。これは、普通の民であるきよが知り得る方法の無い情報だった。
「そ、そうなの。……へぇ、藤十郎が、ねぇ」
複雑そうな表情を浮かべるきよを不思議そうに見る三若。
「……あれ~?もしかして」
雛が何かに気付いたようにニヤニヤしはじめる。
「ち、違うからね!?」
「ん~?ねぇねぇ雛ちゃん、何の話?」
「あー!今日は皆大盛りにしてあげちゃおうかな!」
「!!き、きよちゃん!犬子、いっぱい食べていいの!?」
「いいよ~!今日は私に任せておいて!」
……犬子は滅茶苦茶な量の食事を食べるのだが、雛の口を封じるために苦肉の策を選ぶ。一日の仕事が終わった後に、きよが疲れ果てた顔でため息をついたのは仕方が無いことだろう。
それから数日、悩んでいる様子のきよ。一発屋の店主である父は元々言葉少ない男であったが、見かねたのかそれとも娘の気持ちを知っているからなのか……一言だけきよに告げる。
「……行ってこい」
「お父さん……」
一瞬驚いた顔を浮かべたきよであったが、父の言葉の意味を理解し頷く。着替え、旅の支度を整えたきよに差し出されたのは庶民であるきよにとっては大金といっても過言ではない金額だった。
「ちょ、ちょっとお父さん!?」
「……藤十郎に頼むと伝えてくれ」
それだけ言うと、朝の仕込みをはじめる。そんな父を涙の浮かんだ目で見つめるきよ。
「……帰ってくるからね。お父さん、行って来ます」
少しは平和になったとはいえ、戦国の時代……女性の一人旅は危険なものだ。特に鬼という存在がいる以上はなおのことだ。
「う~ん……やっぱり和奏たちに護衛お願いしたほうがよかったのかなぁ」
尾張と美濃などの比較的近距離での旅は経験があったが、京に向かうというのは実はきよにとって初めての経験であった。心配した和奏が事細かに宿の場所などを記した紙をくれたのには正直驚いた。
「えっと……和奏の説明だと、この辺りは危険だから早く抜けるように、と。危険って……も、もしかして」
鬼に襲われたときのことを思い出し、顔を青くする。だが、それを思い出せばもう一つ思い出す……藤十郎のこと。逆に思い出してしまうとドキドキと鼓動が早くなるのを感じる。
「い、いけないいけない。ここは早く……」
ガサガサ。独り言を言っていたきよの背後の草むらを掻き分け、数人の男が現れる。
「……女」
「傷つけんなよ。値が落ちるし遊ぶにしても、な」
「ヒヒ、上物だゼ」
身の丈ほどある巨大な斧を持った大男、長い槍を持ったリーダー格らしき男、短刀を両手に持ったチビと剣丞が見れば「うわぁ、如何にもな奴らだ」と思ってしまうほどの三人ではあるが、一般人であるきよにとってみれば恐怖の対象でしかない。……しかも、鬼以上に身近であるが故に、である。
「に、逃げ」
「……逃がさない」
斧を片手にきよの前に立ちはだかる。こういったことに慣れているのである三人は既にきよを取り囲むように立っていた。
「う……」
目の前に立つ大男の圧力に後ずさるが、それをリーダー格の男が背後から羽交い絞めにする。
「おぉ、上物じゃねぇか」
男の手がまるで物色するかのようにきよの身体をまさぐる。恐怖と嫌悪で身体が縮こまるような感覚に陥る。
「こりゃいい玩具……」
男の言葉がそこで止まる。それは、羽交い絞めされている……戦場などに出たこともないきよですら感じるほどの恐ろしい殺気。それを直接向けられた三人の男たちは一斉に同じ方向を見る。そこに立っているのは一人の男。漆黒の鎧に真紅の外套。顔には鬼の面をつけている如何にも怪しい男だった。
「な、何だテメェ!」
威嚇するように怒鳴る男の言葉に答えるように真紅の槍をぶんと一度振る。
「ちっ、テメェら、やっちま……」
生温い風。男はそう感じたが、そんな優しいものではなかった。ドンという音と共にチビの男が吹き飛び背後の木にぶつかり動かなくなる。気がつくと羽交い絞めにしていた男の腕の中にきよはおらず、少し離れたところに鬼の面の男が抱きかかえていた。
「ど、どうや……!?ぎゃあああ!お、俺の腕がぁ!?」
男の腕だけを切り落とし、きよを助けたのだ。きよは目を閉じ、しがみついているので状況は見えない。
「外道が。消えろ」
これが、ものの一分に満たない時間の出来事である。
「もう大丈夫だぞ、目を開けて」
男の優しい声。聞き覚えがあるというよりは、これから会いに行こうと思っていた相手の声に内心ドキドキしながら目を開ける。そこにある顔は鬼の面。
「……あ、すまん。忘れていた」
面をはずすとやはりきよの予想した顔……藤十郎がそこにいた。
「また、助けて貰っちゃったね」
「はは、そうなるな。しかし間に合ってよかった」
「ど、どうして来たの?もしかして私に……」
「あぁ、そうだ」
藤十郎の言葉にきよが固まる。
「三若からの伝言を小波が持ってきてくれてな。きよが京に一人で向かってるから誰か迎えを頼みたいってな。何故か小波が俺に言ってきてくれたから迎えに来て見たら……ってところだ」
「和奏たちが……」
心の中で和奏たちに感謝しつつ、藤十郎をチラ見する。先ほどから所謂お姫様だっこの状態で運ばれているきよは恥ずかしさで下ろしてもらいたい気持ちと、このままで居たいという真逆の感情に揺れ動く。
「まだ立つのが難しいようならこのまま少し進むか?それとも休むか?」
「は、早く京に着きたいし進んでもらえると嬉しいかなー、なんて」
「そうか。なら行くか」
あっさりときよの願いを受け入れた藤十郎に抱かれたまま、きよは京へと向かうことになる。……内心はいつまでも京に着くな、というものであったが。
「しかし、久々だな。前にあったのは……俺が尾張を離れる頃だからかなり経つな。そんなに回数も会ったわけじゃないからよく覚えていたな」
「あはは、そりゃそうだよ。私の仕事柄、ね」
厳密に言えば仕事柄ではないのだが、素直に言うのはやはり恥ずかしいのだろう。ごまかすようにそんなことを言う。
「流石だな。で、京に用事というのは聞いたが偶然だな。俺も今、京にいるんだ」
「へ、へぇ!そうなんだ!」
知ってます、ときよは思うが素直になれない。
「二条の傍であれば先ほどのようなことはないだろうが……まぁ、一人で行くなんて危険は犯すんじゃないぞ」
「うん……分かったよ」
あのような目にあえば流石に拒否することは出来ない。
「それでどうする?京が初めてってことなら、俺が案内してもいいが」
「ぜ、是非お願いしたいなっ!」
食い気味な勢いできよがいうのに少し驚くが、藤十郎はクスリと一つ笑い頷く。
「分かった。じゃあ京についたら色々な場所に案内しよう」
思いがけず藤十郎と町を歩けることに感謝しつつ、藤十郎によって運ばれるきよ。……結果として、半刻ほど藤十郎に抱きかかえられた後も藤十郎の馬に二人で乗ったりとある意味気の休まるところがないきよであった。
次はきよちゃんのお話です!
基本的には2話ずつは書く予定です。
ですが、予定ですので、伸びたり伸びたりはあると思います!