次の朝。
「……む、あのまま寝てしまったか」
隣でスヤスヤと眠っている剣丞と周囲の惨状を見て藤十郎が呟く。彼らの周囲以外は片付いていることから気を利かせて二人の周囲だけそのままにしておいたのだろう。
「剣丞、おきろ」
「うーん……詩乃、あと五分……」
そういって腕を引っ張ろうとする剣丞に苦笑いを浮かべながら藤十郎は迷わず拳を振り下ろす。
「いってぇっ!?な、何っ!?」
「おう、起きたか」
「って、藤十郎?……あ、あのまま寝ちゃったか」
「みたいだ。……貴様、朝はいつもあんな感じなのか?」
「あんなって?」
「えぇ、いつもあのような感じですよ」
背後から聞こえてきたのは詩乃の声。
「詩乃、おはよう」
「おお、詩乃か。昨日は話す間がなかったからな。元気にしておったか?」
「はい、藤十郎どのもご健勝そうで何よりです。……お世継ぎもお生まれになられたと。直接お祝いを申し上げておりませんでしたね。おめでとうございます」
「ありがとう。……しかし剣丞はいつもこのような感じなのか」
「えぇ。毎日毎日、私やひよやころが起こして差し上げますが……」
「え?え?俺何かした?」
「……自覚無しか」
「末恐ろしい方でございますよ」
そんな会話をしながら、今日は藤十郎は剣丞隊へとお邪魔することとした。葵は仕事をしていないと落ち着かないらしく、久遠の手伝いをするといっていた。
「お頭ぁ~!おはようございますぅ~!って、藤十郎さんっ!?」
「おう、ひよ子、だったか。久しいな」
「藤十郎なのーっ!」
そういって飛びついてきた鞠を優しく抱きとめる。
「鞠どの、久方ぶりですな。また一段と立派になられて」
「うん!藤十郎、鞠は鞠でいいの」
「はっはっはっ!鞠どのは今川のお屋形様でしょう。それと、剣丞の嫁になられたのでしょう?俺に抱きつかれたりしては剣丞がやきもちを焼きますよ」
頭を優しく撫でながら言う藤十郎。
「……なんか、以前にお見かけしたときとはだいぶ雰囲気が違いますね」
転子が剣丞に耳打ちする。
「まぁ、戦場であったりが多かったからね。でも、なんていうか……」
「……鞠ちゃんと並んでると、その、なんというか……」
「親子みたい、ですわね」
剣丞が言いよどみ、ひよ子も同じく戸惑っている間に梅が全員の感想をはっきりという。
「剣丞ぇ~」
鞠がとたとたと剣丞の元へと走ってくる。
「ん、どうした?」
「藤十郎に抱きついてごめんなさいなの。鞠、剣丞のお嫁さんなのに」
「あはは、いいよいいよ。藤十郎ってお兄ちゃんみたいな感じなんだろ?」
「そうなの!泰能と同じでとっても頼りになるの!」
「藤十郎、もしかしてたまに今川の手伝いとかしてるの?」
「ん、あぁ。葵が凄く気にかけておるからな。あの辺りは朝倉と同じく鬼が棲みやすい土地になってまっているようだから俺が出張って時折、な。ついでに家中の仕事も少しばかり」
「ころちゃんころちゃん、藤十郎さんって森一家とは違ったんだね」
「ちょ、ひよ!?聞こえたら怒られるよ!?」
「聞こえておるぞ。……森と一緒、か。言いえて妙かもしれんな、なぁ詩乃?」
「どうでしょう。森一家よりは常識が通じると思いきや、戦場では森一家よりも手がつけられず、ですが書や茶などにも精通している、と幽どのからもお伺いしております」
「茶の湯や書などは武家の嗜みだろうて。そのくらい森一家にも……」
「出来る、と?」
「……むぅ」
詩乃の言葉に思い浮かべた桐琴や小夜叉には正直できそうな想像が思い浮かばず唸る。
「ははっ。まぁ、今日は藤十郎が剣丞隊の仕事の手伝いと鍛錬をしてくれるそうだから皆、がんばろう」
「……ちょ、ちょっとお頭?今なんていいました?」
ガクガクと震えながらひよ子が剣丞に聞き返す。
「え、藤十郎が一緒に仕事の手伝いとかしてくれるって」
「いや、お頭その次ですっ!!」
転子も同じように少し震えながら訊ねてくる。
「鍛錬してくれる……はっ!?」
「「「剣丞さまぁっ!?」」」
「ふっふっふっ、覚悟しておれよ、本気で扱いてやろう」
「あ、あのぉ、出来れば少し手を抜いてもらえたり……」
「ならん。鍛錬の意味がなかろう。代わりといっては何だが、全員で構わんぞ」
愛槍を肩にポンポンとしながら藤十郎が言う。
「け、剣丞さま、私と雫がここにいると巻き込まれて死んでしまいますが」
「ま、まさか、藤十郎もそこまで……あ、だめだ」
剣丞が藤十郎を見ると見る見るうちに気が跳ね上がっていくのが分かる。それはまるで壬月が御家流を撃つときと同じ化け物というにふさわしいものだった。
「おーほっほっ!ハニーには指一本触れさせませんわ!」
「鞠も行くのっ!」
「……なぜでしょう、梅さんがとても頼もしく見えます」
「詩乃、流石にそれは……」
「雫は違うのですか?」
「……」
黙りこむ雫から視線を藤十郎に戻す。……正直見ているだけでも震え上がるほどの闘気を漲らせた藤十郎。対するこちらは剣丞隊全員。そう、一般の兵も含めた全員だ。
「あのぉ、御家流で全員一撃で吹き飛ばされるとか無いですよね?」
「……本気出されたらあり得る」
「お頭ぁっ!?」
「さ、準備も整ったようだな。はじめるとしようか。水野家御家流」
……鍛錬は十分ほどで終わったという。
「その程度では南征の際に苦労するな」
「な、何だよあの御家流……!?」
「ん、昔使っていた奴が鬼になったあとに変わってなぁ」
「藤十郎強すぎなの……」
うにゅうとでも効果音がなりそうな雰囲気で鞠が呟く。
「それで全員生きてるってのも驚きだよ」
「峰打ちだからな」
「槍に峰打ちがあるかどうか、疑問ではありますが……もう今は考えが纏まりません」
「同じく、です」
軍師組が息も絶え絶えに言う。
「主戦場に出ることは無かろうともう少し体力をつけたほうが良いな。強行軍に何処まで耐え切れるか今のままでは分からん」
「返す言葉もありません」
「ひよ子、転子の二人は部隊運用は問題なかろう。ただ状況によっては『命を賭ける』場所の見極めを出来るように、な」
「「は、はいっ!!」」
「梅は戦場の見極め、個人の武、共に高いところまで来ているな。腕はまだまだ鍛えようがあろう。自分が動けぬ状況を考え、ひよ子辺りに指示の出し方などを教えろ」
「わ、分かりましたわ」
「鞠どのは個人の武は問題ありませんな。場合によっては俺と同等ですから。俺から伝えられることはほとんどありませんな」
「分かったの!」
「剣丞、貴様には」
厳しい言葉を予想していた剣丞はその予想が外れることになる。
「成長したな」
「……え?」
「自力も上がっている。全体を見る力も強くなっている。まぁ、腕前はまだまだ鍛えようがあろうが。……成長したな」
「藤十郎……」
「だが!」
「……えっ?」
「その程度では嫁たちは守れんぞ。今俺が本気で嫁たちに襲い掛かったとして止められるか!」
「ちょ、ちょっと待てよ!それ止めれるの日の本で何人いるんだよ!?」
「だが、嫁たちはきっとお前に守ってほしいと思うはずだが?」
視線を感じ剣丞が振り向くと何故か全員期待したような目でこちらを見ている。
「……」
「さぁ、どうする」
「……と、藤十郎、勝負だっ!」
「うむ、それでこそ漢だっ!!」
「それで、剣丞どのをボコボコにした、と?」
「いや、葵それは違うぞ。あれは鍛錬の一種で……」
「そう言うことを言っているんじゃないわ。互いに同盟の盟主たる存在であることを理解しているのかしら?」
正座して藤十郎が葵に詰問されている。傍では苦笑いを浮かべながら剣丞が久遠から塗薬を塗られているところであった。
「大体藤十郎は……」
「ふふ、本当に仲がいいものだ、な!」
「いてっ!久遠、もうちょっと優しく!」
「五月蝿い。男ならこれくらい耐えろ。葵、それくらいにしてやれ。剣丞にもいい薬になっただろう」
「ですが久遠姉さま……」
「我が良いといっておるのだ。ほかのものにもいい経験になっただろう」
「ま、確かにね。目で見るのと耳で聞くの。そして自分の身で経験するのじゃ全然違うからね」
「葵、久遠どのも剣丞もこういっていることだ」
「と、う、じゅ、う、ろ、う?」
「……はい」
「くくっ……あの鬼日向を立派に尻に敷いておるじゃないか」
「久遠姉さま!」
「ははっ、すまぬすまぬ。だがよい経験になっただろうというのは事実だ。兵の練度というのはどれだけ質のいい戦いを経験できるかによるからな。鉄砲以外の練度は剣丞隊はどうしても低いのも事実だ」
「……そこまで仰るのでしたら。……ただ藤十郎は、しっかりと反省しなさい」
「わ、分かった」
その日の夜は剣丞、久遠、結菜、藤十郎、葵の五人での食事となった。
「久々に結菜どのの作った食事を食べるが流石だな。……ふむ、どこか葵の料理と似ている気がするが……」
「っ!」
「ふふ、その理由は秘密、よね?葵ちゃん」
「そうですね、結菜さん」
首を傾げながらも食事を続ける藤十郎。結菜の元に暇を見つけては料理を習いに行ったり、逆に結菜が教えにきたりしていたことは剣丞や久遠は知っているが藤十郎は知らなかったりする。
「今日は二人は同じ部屋で構わんな?」
「あぁ。そうだ、勿論小谷式で構わんぞ」
「……市め、余計なことまで言いおって」
「ははは、仕方ないだろう。俺も葵と結婚したばかりの頃は悠季の仕掛けになんど困らされたことか」
「あら、でも葵ちゃんはずっと藤十郎のこと……」
「ゆ、結菜さん!?」
「バレバレだったよねぇ。藤十郎もだけど」
「む、俺が何だって?」
「いや、葵のこと好きなのバレバレだったよなって」
「隠したつもりはないが。まぁ、自分で葵のことを愛していると自覚できたのは剣丞、お前のおかげだったがな」
「え、俺?」
「ふふ、覚えておらんのなら気のせいかもな」
「昨日、どんな話をしたの?」
「剣丞とか?……早く世継ぎを作れって」
「……ふふ、藤十郎らしいわね」
「あ奴は種無しの噂が出るぞ。……そんな気はせんのだがなぁ」
「藤十郎だって、私以外はまだでしょう?」
「む、それを言われては弱いが……藤千代がいるからな」
「ふふ、本当に藤千代が好きよね、藤十郎」
「葵と藤千代、どちらかを選べといわれると困るが……そうだな、二人とも助けて俺も生き残る」
「わがままね」
そういって笑う葵を抱き寄せる。
「悪いか?」
「ううん、藤十郎らしいわ」
藤十郎の胸元に頬を摺り寄せる葵。
「……葵、いいか?」
「……えぇ」
二人の影が静かに重なっていく。そして夜は更けていく。
この外史だと、新婚旅行を日本で初めてしたのは葵と藤十郎ってことになりますね。
ちなみに坂本竜馬が日本初の新婚旅行者だそうです。