私には分かりました(ぉぃ
「大将棋……だと?」
「えぇ。うちの湖衣と是非勝負していただきたいと思いまして」
「ひ、一二三ちゃん……」
ニコニコと微笑みながら言ってくる一二三と何故か慌てている湖衣。
「藤十郎どの、やり方はご存知ですよね?」
「勿論しってはいるが。……まぁ、よかろう」
既に準備された盤の前に胡坐をかく藤十郎。
「で、どちらが先手で行く」
「藤十郎どのと大将棋……一二三ちゃん何を考えているの?」
「ふふ、いまや同盟となった徳川と戦で勝負を決することは出来ない。なら、簡易とは言えどれ程の軍才が藤十郎どのにあるのか、知りたくはないのかい?」
「……知りたくないといえば嘘になるけど……一二三ちゃん、絶対何か企んでるでしょ」
「企んでるなんてとんでもない。ふふ、彼の人がどれ程のものか、興味があるだけだよ」
「……」
「……」
パチ、パチ、と駒を打つ音だけが響く部屋。藤十郎の表情は真剣そのものである。対する湖衣も真剣な顔で駒を進めるが、若干の焦りのようなものを感じる。
「……へぇ」
感嘆の声を上げるのは一二三だ。正直なところ藤十郎に対して猛将としての想像は出来ていたが、まさか湖衣に対してここまでの善戦……いや、むしろ湖衣を押している現状に驚いた。
「……(手が進むたびに追い込まれていく……こうなれば……)」
「悪手、だな」
湖衣の手にそう言うと迷いなく次の手を打つ。
「……」
「さぁ、どうする」
「……参りました」
湖衣の言葉にふぅとため息をつく藤十郎。
「ふぅ、こんなに梃子摺ったのは久々だぞ。さすがは『遠くまで見通せる目』を持っているだけのことはあるな」
そういってニヤリと笑う藤十郎。
「な……!?」
驚きの表情を浮かべた湖衣と一二三。
「もののたとえだ。俺もまた『よく聞こえる耳』を持っている身だからな」
「なるほど。しかし御見それしました、藤十郎さま」
そういったのは湖衣である。
「折角の機会ですので」
さっと取り出したのは地図。それを藤十郎の面前で広げる。
「軍議の場と仮定して戦略を……」
「ほぅ……川中島か?」
地図を見てその場所をすぐに把握する藤十郎。
「はい。今は同盟関係にありますが、我ら武田と長尾とが争っていたときの状況を再現してあります。この状況下に藤十郎どのがいたとすれば……どういう策を講じるか」
「一騎駆けが最も楽な選択なんだがな。まぁいいだろう」
地図を見た藤十郎が頤に手を当てる。
「ふむ。相手は美空でいいのだな?」
「はい」
「(へぇ、あの湖衣が男相手に……ねぇ。ふふ、天下の蕩らし人という噂も伊達じゃないかもしれないわね)」
話を続ける二人を見ながらそう一二三は考える。
「それで、私はこう作戦を立案したのですが」
「いかんな。相手は美空なのだろう?……あ奴ならば恐らく」
駒で美空たちの軍勢を指すものを移動させる。
「こう、奇襲を読んだ上で攻めてくる」
「っ!」
「へぇ、まるで本当に見ていたかのような判断じゃないか」
「一度は戦場で見えた相手だ。そうなれば武田は敗走するしかあるまい。それを防ぐ手立ては……」
藤十郎の言葉に真剣に耳を傾ける湖衣。
「そんな策が……」
「ただし、これは相手が美空であると考えた場合は、だがな。俺の知る限り他の勢力であればそれで勝ちは間違いないだろうな。……まるで啄木鳥のような策だが俺は好きだな」
「っ!そ、そんなに認めてもらえるとは思っても見ませんでした!」
「……あれ、思ったよりも藤十郎どのと仲良くなってる?」
いつの間にやら対面の状態から知らないものが見れば寄り添っているような形になっている藤十郎と湖衣。流石の一二三も予想外であったらしく目を大きく見開いている。
「いい策に間違いはない。ただ、相手を選ばねば奇策は愚策に成り下がる。策を弄じるのならば剣と同じだ。先の先を読まねばならん」
「慧眼、御見それしました。申し遅れましたが私の通称は湖衣と申します。藤十郎さま、是非通称を」
「ははは、そこまでかしこまることもなかろう。はじめのようにどのか呼び捨てで構わんぞ、よろしく頼むぞ湖衣」
「おやおや、うちの湖衣を蕩らし込むなんて……剣丞くんにも出来なかった偉業を成し遂げるとは……」
「何故か褒められている気がせんのだが。で、お前も俺の見定めは終わったか?」
「ふふ、さすがは剣丞くんのお友達だねぇ。私は一二三って言うんだ。気軽にって言うのなら藤十郎くんって呼んでもいいかい?」
「俺をくん付けで呼ぶ奴ははじめてだが構わん。よろしく頼む、一二三」
「へぇ、それはそれは。剣丞くんから少しは聞いてたけど思ってた以上に凄い経験をしてたんだねぇ、藤十郎くんは」
「藤十郎さん……大変だったんですね……」
感心する一二三と悲しそうな表情になる湖衣。
「今となってはいい……いや、よくはないが思い出だな。おかげで力は増した」
言いながら拳を握る藤十郎。
「そうだな、軽くは聞いているだろう。俺の御留流」
「えぇ。見た御家流を己のものにする……剣丞くん曰くちーとな技だと」
「相変わらず不明な言葉を使う奴だ。まぁ、厳密には『自らが見た事象を再現することが出来る』といったほうが正しい。つまり」
「使っているところとその結果。両方を知って初めて使いこなせる、と?」
「湖衣は察しがいいな。そうだ、ただし使うにはかなりの精神力を使う。ものによっては寿命もな」
「先の戦いで数多くの技を見せたと剣丞くんに聞いたけど大丈夫なのかい?」
「どうだろうな。あちらの世界に行き、一度は死んだ身だ。いつまで生きられるかは誰にも分からん。……ただ、以前のような反動は少なくなっているのは事実だな」
「敵にならなくて安心できる話だねぇ、湖衣」
「うん。敵だと策の意味すらも為さなくなってしまうような相手は策を立案する側としては……ね」
二人からそういわれて藤十郎が笑う。
「光璃どのも、それこそ美空も。たった一人で戦略を覆す力がある。一葉どのもそうだ。まだまだ知らぬ地に同じような奴もいるだろう」
そういう藤十郎を見て一二三が笑う。
「あっはっはっ、楽しみで仕方ないって感じじゃないか!」
「そうだな、未知の知識や存在とは楽しいものだ」
「わ、分からなくもないですが……まずは安全を考えるべきです。徳川のご夫君ともあろう方がそんなことでは……」
「大丈夫だ」
湖衣の言葉を切る形で藤十郎が言い放つ。
「俺は葵よりも後に死ぬと決めている。一分でも、一秒でもな。……まぁ一度は死に掛けたんだ。次は俺の存在に賭けても必ず守ると誓った」
まっすぐな目で二人にそう言う藤十郎に一瞬見ほれる一二三と湖衣。
「ん、どうした?」
「い、いえっ!?」
「ふふ、蕩らしの片鱗を魅せられた、といったところかな」
「で、どうなんだい湖衣?」
「ど、どうって何のこと、一二三ちゃん?」
「いやぁ、藤十郎くんと結構いい雰囲気だったなぁと思っただけだよ」
「そ、そんなこと!……そんなこと……」
「もしかして、藤十郎くんのこと、気に入っちゃったかい?」
一二三が湖衣をからかうように言うと、顔を真っ赤にして俯く湖衣。
「……あれ、案外外れでもなかったかい?」
「そ、そういう一二三ちゃんだって!」
珍しく反撃に出た湖衣であったが。
「そうだね。藤十郎くんも確か望むものであれば地位に関わらず結婚できるんだよね」
「……え、ひ、一二三ちゃん!?」
「ふふ、いい機会かもしれない。湖衣、あれだったら一緒に貰ってもらうかい?」
「……そう」
即断即決といった具合に一二三が湖衣を引きずるように光璃の元へと連れて行くと藤十郎のもとへ嫁ぎたいと言い出したのだ。慌てる湖衣とは対象的にいつもと変わらず飄々とした様子の一二三と、言葉を聴いてもそこまで驚かず静かに言葉を返した光璃のほうが凄いのだろうが。
「い、いいんですか!?」
「……自由。……でも、意外」
驚く湖衣を見つめる光璃。
「……蕩らされた?」
「っ!!」
「少し予定外ではありましたが。……で、本当にいいのです?」
「……いい。……でも、武田の諜報部が二人というのは困る」
「あっはっはっ、きっと藤十郎くんなら分かってくれますよ、お屋形様」
「……そう願う」
「……はっ?」
「いやぁ、だからね。私と湖衣も貰ってくれないかという相談だよ、天下の蕩らし人さん」
「……藤十郎?」
葵と二人でまったりしていた藤十郎の元にやってきたのは光璃と夕霧、そして一二三と湖衣であった。そして一二三の口から出てきた言葉に藤十郎が驚く。
「ま、待て葵。俺も状況がよく分からんのだが」
「……もう蕩らしやがりましたか。兄上のことをとやかく言える立場じゃないでやがりますな」
「……剣丞、似てる?」
「……はぁ。そろそろ奥中法度も考えなくちゃいけないかしら……」
小さくため息をつきながら葵が呟く。
「突然ではあるが……まぁ確かに結婚については問題なかろう。……だが、どうして突然」
「そうだねぇ。私は興味がある、っていうのが一番かな?」
「わ、私は……」
顔を真っ赤にして言葉に詰まる湖衣。その様子を見て葵が何故か微笑む。
「……藤十郎、責任はしっかり取りなさい」
「ちょ、ちょっと待て。俺が何をした!?」
「ふふふ、一二三さんに湖衣さん、ですね。湖衣さんもよかったら藤十郎の何処が気に入ったのか教えてもらえると嬉しいわ」
「あ、あの……葵さまとの、その……」
「……藤十郎、何の話をしたの?」
「何か特別なことは言っていないと思うんだが。……う~む」
「葵さまよりも、後に死ぬと誓っている……と」
その言葉に次は葵が頬を染める番だった。
「もぅ、藤十郎ったら。あんなこと人様に言うなんて……」
「隠すことでもないだろう?……まぁ会話の流れで言ってしまったのも事実だが」
「……まぁ、各家との繋ぎの意味もあるから駄目とは言わないけど……」
藤十郎の隣に座るとその肩に頭を乗せる。
「……私だって、本当は独り占めしたい気持ちはあるのよ?」
「……すまんな。だが俺は……」
「いいわ。それ以上は言わなくても分かってる。だから……」
こうして、武田での日々も過ぎ去っていく。
最後に正妻の貫禄を見せた葵。
書いていけば書いていくほど葵のことが可愛く思えてくる。
不思議ですね!