というわけで読んでくださっていた方への感謝をこめて最終話を投稿します。
……あの戦からどれだけの月日が流れただろうか。友と駆けた戦場、全国統一のために激戦を繰り広げた。特に記憶に残っているのは四国の猛者、長宗我部との戦や北陸の佐竹や独眼竜率いる伊達だろうか。やはり一筋縄ではいかない相手が沢山いた。
そんな長く続いた戦も、ついには決着を迎えた。久遠と葵を……剣丞と藤十郎を中心とした天下統一を成し遂げたのだ。鬼も最早、ほとんど姿を見なくなった。
「よい人生であったな」
「ふふ、何を言っているの」
長らく床より起きることの出来なくなった最愛の妻……葵のそばで藤十郎が言った言葉に笑顔で葵が返す。藤十郎の顔には深い皺が刻まれており、知らない者が見ても頑固な爺に見えるだろう。その藤十郎が「俺よりも弱い奴に娘はやらん!」と公言していた……そして娘が―剣丞曰くファザコンであった―なかなか結婚することがなく最終的には後の世に大阪の陣と呼ばれる戦にまで繋がった。
平和な世を作るために天下を統一したのに……といわれているが、規模が大きすぎるお家騒動のようなものだ。その戦は冬から夏にかけて二度大きな衝突があり、その結果として剣丞と久遠の息子との結婚へと繋がったのだから無駄なことではなかったのだろう。
「それにしても、今日は体調がよさそうだな」
「えぇ。久しぶりに少しなら起き上がれそう」
そう言ってゆっくりと床から起き上がろうとする葵を優しく支える藤十郎。
「……互いに、長く生きたものだな」
「そうね」
多くいた仲間や、嫁たちも一人、また一人と先に旅立っていった。勿論、二人とも沢山悲しんだ。だがそれでも共に作った平和を維持するために二人は尽力し続けた。
天守閣……江戸幕府の権威の象徴であるその頂点へと二人は歩を進める。今は娘たちも孫たちも仕事で奔走している時間だ、こちらには来ることも無いだろう。ゆっくりとこれまでの人生を二人で笑いながら話し合う。
「まさか、孫の結婚にまで藤十郎が口出しするとは思ってもみなかったわ」
「……若気の至りだ」
「もうおじいちゃんだったでしょ、あなた」
危うく二度目のお家騒動になろうかという状況になりかけたそのときは流石に剣丞や久遠、葵だけでなく葵のように麗しく生長を遂げた藤千代―父の名をついで藤という真名を与えられた―によって食い止められた。決定打になったのは藤の父様のこと、嫌いになりますよ?という発言だったのだが。
「しかし、あの剣丞があそこまで立派に成長するとは思わなかったな」
「剣丞どのは立派な殿になったわね。……結局、往生されるまで嫁を増やし続けて久遠姉さまや結菜さまは複雑そうだったけれど」
「人蕩らしだからな、あいつは」
そんな剣丞も数年前に看取ることになった。彼の死は深く悲しまれたが、それ以上に神格化されるだけのことも起こった。彼が息を引き取った後、この世界に現れたときと同じように後光が差し吸い込まれるように消えたのだ。
「最後の最後まで面白いやつだった」
藤十郎の親友でもある剣丞はどうなったのか。それは誰にも分からないが、藤十郎はきっとあるべき場所へと還ったのだろうと考えていた。もしかしたら、もう一度、藤十郎が見たような別の世界……外史を旅しているのかも知れない。どの世界であっても、剣丞は剣丞だろうと思うと少し笑ってしまう。
二人は天守閣の頂上に作られた部屋へと到着した。
「……久しぶりに見たけれど、やっぱり綺麗ね」
「あぁ。……これが葵が成し遂げた天下だ」
視界に広がる広大な街。そこには多くの人が住み、今日も元気に営みを続けている。戦で荒れ果てた国も街も今は存在しない。流石に全てが城下並みではないだろうが、剣丞の策によって生活水準は明らかに高くなった。病の対策や国の制度にいたるまで。
すっと、葵の前に布団が敷かれる。それを見て葵が堪えきれないといった具合に笑う。
「ふふ、どこから出したのかしら」
「今日くらいは許してもらおう」
横になった葵がふぅとため息をつく。
「大丈夫か?」
「えぇ。今日は気分がいいから」
そんな葵の手を握る藤十郎。
「……何年一緒にいると思ってるんだ」
「……」
夏から秋へと移り変わる季節の優しい風。外から差し込む光を眩しそうに目を細めながら葵は静かに空を見る。
「いい、人生だったわ」
「あぁ」
「藤十郎と結ばれて、沢山の仲間に恵まれて。子供や孫に囲まれて、こんなに幸せな人生きっとないわ」
「そうだな」
それは俺もそうだ、と藤十郎は心の中でつぶやく。愛する者と結ばれた。それも一人や二人ではない。そして多くの子も、多くの孫も。臣下や友、好敵手にも恵まれた。
「少し……眠くなってきたわ」
「……そうか。ならゆっくりと眠るといい……」
「手、握っててくれる?」
「勿論だ」
ふっ、と息と吐いた葵が目を閉じ、静かに口を開く。
「うれしやと
葵の句に静かに息を飲む藤十郎。
「藤十郎……」
「葵」
「ありがとう」
若い頃と変わらぬ優しい笑顔で微笑んだ葵の手から力が抜ける。
「……あぁ、葵。また」
いつか、必ず――。
「父様、お加減は如何ですか?」
「あぁ、いいな」
葵が旅立ってから十数年。藤十郎は生きた。文化人として、晩年には禅の修業をし、法躰として。ここ数日、体調を崩し江戸にすむ娘の屋敷にて療養していた。
「そんなこといって。父様はいつも同じことを仰るのですから」
「はは、俺は鬼日向だからな」
そんな話をしている藤十郎も、娘の藤も既に藤十郎がそう長くは無いだろうと思っていた。既にほかの娘たちにも早馬をおくっており、こちらに向かっている。
「しかし……だからといって娘たち全員を呼ばずともよかろうに」
「何を言っているんですか、父様。……私は母様が旅立たれたときも一緒にいることができなかったんですよ。父様くらいは看取らせてください」
「はは、そのはっきりとした物言いは葵に似たな」
「父様もでしょう。私は二人に似たんですよ」
既に隠居したとはいえ、藤は未だに政治にかかわっている。にも関わらずここのところは藤十郎に付きっ切りだ。そばに座った藤は、藤十郎が葵にしたように優しく手を握る。
「……父様、私は幸せです。大好きな母様と父様の間に生まれられて。剣丞義父様や久遠義母様と、父様と同じくらい大好きな夫。そして子供たちに恵まれて」
「……そうか」
「父様……」
既に瞳を潤ませた藤を見て微笑む。
「はは、何泣いている?まだ早かろう?」
「……父様っ!藤は……」
「なぁ、藤。俺たちは、天下を統一した。お前はそれを安定させ、さらにその子に託した。……そうして世界は紡がれていく。それが……きっと俺たちの作り上げた外史だ」
「外史……可能性の世界、でしたか」
「あぁ。……はは、楽しい人生だったぞ。誰よりも長く生きてやった」
そう言って笑う藤十郎には後悔の色はまったく見えない。
「藤……後は任せるぞ」
「っ!……はい」
葵が最後に残した言葉を思い出しながら。
「先に行く あとに残るも 同じこと 連れて行けぬを わかれぞと思う」
これにて藤十郎の外史は終わりを迎える。
彼は戦場を駆けた水野の荒武者として、鬼日向として、徳川を支えた四天王として。そして……。
天下を治めた名君として語り継がれていくことだろう。
長らく続きましたがこれにて藤十郎の物語は終了となります。
お付き合いありがとうございました!
使用した辞世の句は共に徳川家康のものと言われているものです。
水野勝成の辞世の句と言われているのは
『下の情をしる事はこれ虚無僧たりし故なり』
というもので、名君と呼ばれた彼らしい言葉です。
有名にして無名な武将だと思いますが、これを機に好きになってもらえたら嬉しいと思います。是非、色々な逸話を見てみてください。
かなり間があいたため、打ち切りのような書き上げになりましたがこれまで楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またいつか何処かで再びお会いできることを期待してます。