あるいは語られたかもしれない、彼と彼女の青春ラブコメ。 作:きよきば
どうかお手柔らかに…
昼ごろだろうか。俺こと比企谷八幡は、チャイムの音で目を覚ました。
リビングのソファーでぼーっとしているといつの間にか寝ていたらしい。小町がいない所を見るとまだ寝てるかどこかに出かけたのだろう。共働きの両親は当然留守で、俺が応対するしかない。こんな時間に来るということはアマゾンで注文したマッ缶が届いたのだろうか。
軽くバシャバシャと顔を洗って玄関へ向かう。
足はもうかなり良くなってようやく高校に行くことができる。入学ぼっちが確定はしたがあの浮かれた気分で行くよりはダメージは少ないだろう。
そのへんにあったサンダルに足を通して、荷物を受け取るべくドアを開けた。
「はーい……え?」
きっと、アマゾンの箱を抱えて宅配の人が立っていると思って開けたドアの先には営業スマイルを貼り付けたお兄さんはいなかった。
代わりに、小さな箱を抱えた女の子が立っていた。
歳は俺と同じくらいだろうか、黒髪にお団子、童顔で身長は俺より低いが、大きな胸をお持ちである。不安げな表情を浮かべてこちらを伺っている。その子は一般的に見てかなりの美少女で、思わず見惚れてしまったのは男だから仕方ない。
とは言え、俺は美少女の宅配など頼んでいないし、そういう系の店の人が来る家を間違えたという訳でもなさそうだ。
「えっと…ど、どちら様でしょうか?」
親や小町の知り合いなら後で来てたと言えばいいし来る家を間違えたなら教えなければならない。だからとりあえず誰なのかを聞いたのだが、この美少女は声をかけられるなりびくっと怯えるような反応を見せてあうあう言いながら顔を赤くして縮こまってしまった。
「………」
「………」
え、なに?なんなのこの時間。自慢じゃないが俺にはコミュニケーション能力というものがほぼない。初対面の美少女に優しく対応してあげるなんてことは到底不可能である。本当に自慢できないな。
しかしこのままだと近所から不審な目で見られかねない。せめて用事があるのが比企谷家の誰かなのかくらいは聞いておかなければならないだろう。
「あの、うちの誰かのお知り合いか何かですかね…?」
なけなしのコミュ力を全て動員して話しかけるとまたこの美少女はびくっとして上目遣いで俺を見ながらぼそぼそと喋り始めた。
やめなさいそれ目のやり場に困っちゃうから。
ほら、その、なに。可愛いし。
「あぅ…えっと…えっと…ひ、比企谷…はたっ…はち、まんくんに用事があって…」
「………え……」
「あぅぅ……」
どうもこの美少女は俺に用事があるらしい。ハニートラップを一瞬疑ったが俺を罠に嵌めるメリットがない以上それはないだろう。高校にはまだ行ってないからイジメられる原因もないし。…まだ。
顔を真っ赤に染めたこの子はそのまま倒れそうなくらいに胸に抱いた箱をぎゅっと握っている。
しかし、まあ。この子が誰なのか俺は知らないが向こうは知っているらしいし、話を聞く必要が出てきた。とりあえず不審がられたくはないので中に入ってもらうか。
「比企谷八幡は俺です、けど。とりあえず入ってもらえますか?」
3度、びくっとした美少女はこくっと頷いて顔を上げた。
ドアを閉めてリビングに案内して、コーヒーを準備していると、美少女はきょろきょろと落ち着かない様子で部屋中を眺めていた。
「あ、そのソファーに座っていただいて…」
ソファーを促すと、4度、びくっとして頷いた。え、俺そんなに怖いかなぁ…ちょっとショックだなぁ…ああ、目か。そりゃあ仕方ない。
コーヒーをカップに入れながらちらりとソファーを見やると、名前も知らない美少女はなぜかソファーの上にちょこんと正座していた。
いや、なんでだよ。緊張してるのん?それとも日本の文化を間違って理解した外国人なのん?
…なんかこっちの緊張感がなくなってきた。
まあ、まずは要件を聞かないとな。
コーヒーをテーブルに置き、反対側に座った。
「…あの、ソファなんで正座しなくても」
「…ふえぇっ!?あ、そ、そっか…」
その慌てようにこみあげる笑いをごまかすためにコーヒーをひと口啜り、本題に入ることにした。
「それで、俺に用事っていうのは…あと、お名前は…?」
それなりに丁寧な言葉を選んで喋る。見た感じ同い年くらいには見えるけれど。
「あ、そ、そうだ…あたし、総武高1年の由比ヶ浜結衣、っていいましゅ…」
いや、言いましゅって。クラス変わって初日の自己紹介の時の俺かよ。
「はぁ、比企谷八幡です…」
とりあえず自己紹介を返すとまたしても無言。この子どんだけ緊張してんの。ほら、お兄さん怖くないよ?
「えっと…あの…ごめんなさい!」
「…はい?」
怖くないからっていきなりフられるのは嫌だなぁ…せめて告白してからフってほしいなぁ…どっちみち振られちゃうのかよ。
自己紹介のついでに俺を振った由比ヶ浜さん、だったか。は俺が何かに気づくのを期待するような眼差しを送ってきた。ごめんなさい、わからないです。
「えっと…なんで俺いま振られたんすかね…ラブレター出した覚えはないんですけど…」
「わっひゃぁぁ!?ち、違うよ!?そーいう意味のごめんなさいじゃなくて…!」
なるほど、振られた訳ではないらしい。
つまりまだチャンスがあるってことだな。違うか、違うね。
とにかくこのままだと話が全く進まない。もはや俺のコミュ力はヒットポイントが尽きているが、それでもなんとか言葉を捻り出す。
「前にどっかで会いましたか?」
5度、びくっとして…というパターンかと思ったが、由比ヶ浜さんはキリッとした顔をして頭が膝に着くんじゃないかってくらい頭を下げた。
「にゅっ…入学式の日にサブレ、あ、えと…!い、犬を助けてくれてありがとうございました!あたっ…あたしのせいで怪我させちゃってごめんなさい!」
噛みながらもひと息で言い切った由比ヶ浜さんはふーっ、ふーっと呼吸を荒くした。
ああー…あの犬の飼い主がこの由比ヶ浜さんと。あの時は犬しか見えてなくて飼い主まで気が回らなかったが、そうか。
「ああ、あの犬の…」
「はい…あの、本当にごめんなさいっ!」
もう一度、頭を下げながら由比ヶ浜さんは持ってきた箱を差し出してきた。緊張のあまり強く抱きすぎて角の方とか凹んでしまっている。
ああ、総武の1年って言ったっけ。同級生か。そりゃあ余計に気にするわな。友達とか作るのに最初の3週間まるまる休ませるようなことしたらそりゃ気にするなってのが無理な話だろう。
だからここは素直に謝罪を受け取るのがベスト。尾を引かないようにこの場で事故の全てを終わらせておいた方が良いだろう。
「…あの犬は、元気?…ですか?」
「あ、うん…えと。タメ口で、いいよ?」
「…わかった。なら、良い。こうして家まで来て謝罪もしてもらったわけだし、これで終わりってことで」
「え、でも……」
ごめんなさいで済んだら警察はいらねえんだよ!みたいな罵倒を覚悟していたのか、あっさり終わったことに由比ヶ浜さんは驚きを隠せないらしい。
いや、そんな罵倒とかしても何も変わらないもんなぁ…ごめんなさいで済むし。ほら、俺犬とか猫とか超好きだし。ギャーギャー騒いで人を傷つける趣味もないし。
「いや、本当にいいんだよ。たぶん事故がなくても俺ぼっちだし。勉強もまだついていけるレベルだし」
「でも……」
「気にするなってのも難しいかもしれんが、本当に大丈夫だから」
まあ、時間が経てば忘れてくれるだろう。こんだけ可愛いんだから友達もたくさんいるだろうし、イケメンを捕まえることもできる。俺みたいな底辺とは本来交わらないタイプだ。元々接点のないものが何かの間違いでちょっとだけ交わって。それがまた元に戻るだけだ。
「…わかった」
納得はしてないようだが、由比ヶ浜さんは頷いた。それでいい。
要件は済んだし、後は送って行こうかな、などと思っていると、由比ヶ浜さんはゴソゴソとバッグの中を漁って携帯を取り出した。
その携帯を俺に見せながら、謝る時以上に赤い顔をしながらぽしょりと呟く。
「じゃ、じゃあさ…事故のこととか関係ナシで、と、友達になろ?」
そのひと言はまったく予想外で、面食らった俺は思わず固まってしまった。
「あれ?ひ、比企谷くん?お、おーい?」
しばらく停止していると由比ヶ浜さんが目の前で手を振っていた。
「あ、ああ悪い。で、なに?」
「えと、と、友達になろ?」
「え、いや…なんで?」
「な、なんで?えっと…あたしも高校に友達とかあんまいないし…事故とか抜きにして仲良くできたら、って思ったんだけど…」
これは俺の予想だが。
由比ヶ浜さんはその可愛いさが良い方に向かわなかったタイプなのではなかろうか。
こんだけ可愛いし、まあ、なに。これだけ立派な胸をお持ちだと中学生くらいの男子ならそこばっか見るだろうし女子だって嫉妬したりなんだりで友達になれなかったりするだろうし。
それでも嫌われまいとした結果、さっきまでのような、相手を伺うような振る舞いが身についたのかもしれない。
なるほど、友達が少ない原因もいろいろだなぁ…
あとあれだろうな。女子カーストのトップに君臨する女王様タイプのやつって自分の言いたいこと言って人の言うこと聞かないから、こういう子に対して強気に出て、ものを言わせない癖にそういうハッキリしない態度がどうとか言っちゃう。おお怖い。
まあ、なんにせよ。せっかく友達になろうなんて言ってくれた人に対して拒絶するようなことはしない。過去の俺がまた騙されるんじゃないかと警告しているが、この由比ヶ浜さんの表情が、振る舞いが演技なのだとしたら、そりゃもう参ったと言うしかない。
そもそも俺が1時間も早く家を出たのは新しい環境に期待したからだったはずだ。その結果がこれなら、一度だけ、手を伸ばしてみてもいいんじゃないだろうか。
これでダメなら仕方ない、ぼっちの世界のエリートとして自分を磨いていくほかない。
だから、一度だけ。こんな腐った目をした俺なんかに友達になろうなんて言ってくれたこの子にだけ。踏み込んでみようと、そう思った。
だから、俺も携帯を取り出して、もごもごと喋った。
「わかった。まあ、せっかくだしな」
「あっ…うん!せっかくだから!」
心底嬉しそうな顔をして俺の携帯に番号をうちこんでいく。打つの早えなぁ…
「できたっ!じゃあえっと…よ、よろしくお願いします…」
「…こ、こちらこそ…」
戸惑いながら、互いに踏み出した一歩目はどこかこそばゆくて、照れくさくて。
それでも。
俺は久しぶりに、自然な顔で笑えているような気がした。
「なあ、由比ヶ浜さん」
「なに?…うーん、由比ヶ浜さんって何か他人ぽくてやだなぁ…」
「いや、他人ぽいもなにも他人なんだけど…」
「そうじゃなくてこう…もうちょっとふらんきー?なのがいいかなって」
「…ああ。フランクな」
もうちょっとフランキーになるとん〜〜〜〜…スーパーー!とか言っちゃうから。
「ふえっ!?し、知ってるもん…」
拗ねたように頬を膨らませる由比ヶ浜さん。
なんだろう、文字にするとあざといことこの上ないしぐさだが、その顔には作ってる感がない。天然だ。
「で、フランクな呼び方って何かあんの?」
「うーん…名前で呼ぶ、とか」
「ごめんなさい無理です」
「早いよ!」
それから、アホな駆け引きの末になんとか由比ヶ浜と呼ぶことで落ち着いた。
そして話題は俺をどう呼ぶのか、ということに移った。
「比企谷って珍しいもんね。うーん…はちくん、八幡くん…ハッチー…」
比企谷って珍しいもんねとか言っといてあだ名全部八幡からきてるんだけど。あとそのあだ名の羅列やめろ。嬉し恥ずかしいから。
「比企谷、ひきがや…えっと…そだ、ヒッキー!ヒッキーってどう!?」
良いこと思いついた!が顔に出すぎだろ。
世間的にヒッキーってたぶん悪口だぞ。
でも、まあなんだ。せっかくつけてくれたし?ほら、柏崎さんだって肉なんて呼ばれてたのに喜んでたし?由比ヶ浜にヒッキーと呼ばれるのは別に嫌じゃないというか。
…うん、柏崎さん、気持ちわかる。初めてつけられたあだ名って嬉しいよな。
「じゃあ、ヒッキーで」
「うんっ!ヒッキーかぁ…えへへ…」
お互いをどう呼ぶのかが決まったところで、由比ヶ浜は帰らないといけない時間になったらしい。
来た時と全然違う顔で帰り支度をしながら、由比ヶ浜はそうだ、と話しかけてきた。
「学校でなんかわかんないこととかあったらいつでも聞いて?クラス違うけど遊びに行くし!」
「わかった」
でも遊びには来ない方がいいと思います。
下衆の勘繰りタイムが始まっちゃうから。
送っていくと言ったが近くまで親が車で迎えにきているということで玄関前で別れる。
ドアに手をかけ、ガチャっと開いたところで、由比ヶ浜は振り向いた。
「じゃ、じゃあヒッキー。また学校で、ね?」
「…ああ、また学校でな」
胸の前で小さく手を振って由比ヶ浜は出て行った。
あれ?そもそも由比ヶ浜何しに来たんだったか…まあいいか。
既に閉じたドアを見つめながら、3週間遅れて始まる高校生活に、俺は少しだけ期待を膨らませた。
由比ヶ浜が帰った後、俺はリビングのソファに座り読書をしていた。小町のニヤニヤ顔にうんざりしながら。
「ねえお兄ちゃん、さっきの超可愛いひと誰?」
「さっきも言っただろ。犬の飼い主だ」
「なーんで謝りに来た人がお兄ちゃんのことヒッキーなんて呼んでるの?」
「そりゃお前、と、友達にだな…」
人に言うのは恥ずかしいものである。
「ああ、こいつ?ダチだから」みたいな軽いノリで紹介できるやつってなかなかのメンタルの持ち主だな。
「これはお兄ちゃんのお嫁さん候補筆頭…タイミングよく小町が寝てるなんてこれは…運命?」
「おい、聞こえてるぞ」
今日初めて話した人になんてこと言うんだバカ妹め。
「お兄ちゃん、逃しちゃダメだよ?」
「だからそーいうんじゃないっての…」
この妹大丈夫かしら…担任の先生が女だったら先生までお嫁さん候補にしちゃいそうでお兄ちゃん心配。…大丈夫だよね?
そんな、友達ができた日の夜。
明日からの登校ということで、たいへんな緊張と少しの期待を胸に抱きながら準備をしていると、携帯が震えてメールを受信したことを知らせた。
画面を見ると☆★ゆい★☆の表示である。…スパムメールにしか見えないけど変えたら怒りそうなんだよなぁ…
From ☆★ゆい★☆ 21:45
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おつかれ〜( ´ ▽ ` )ノ
明日から学校だね!休み時間とかに話せたら嬉しいデス☆
これからよろしくね!^ ^
まあ、なんというか。女の子のメールってこんなものなのかしらん。今までの女子は俺が送ったメールを本文そのままに数秒で送り返すというスタイルを採用している人がほとんどだったからよくわからない。
まあ、返しておこう。
From 八幡 21:50
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おう、よろしくな
ちょっと考えてから送ったメッセージは一文。パーフェクト。これこそ《ブブっ…》
早い、ガハマさん返信早い!
From ☆★ゆい★☆ 21:51
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なんかヒッキー、怒ってる?!?(・_・;?
え、なんで?
何がいけなかったのかよくわからないが怒ってることは否定しておく。
From 八幡 21:54
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いや、別に怒ってねえよ
いったい全体どこを見て怒ってると判断したのか、後で小町に聞いて《ブブっ…》
だから早い!ガハマさんてば返信超早い!
From ☆★ゆい★☆ 21:55
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絵文字とか顔文字使わないと怒ってるみたいに見えるよ( *`ω´)
顔文字使っても怒ってるように見えるんだけど…
まあいい。絵文字か顔文字を使えばいいわけだ。
From 八幡 21:57
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(( _ _ ))..zzzZZ
From ☆★ゆい★☆ 21:58
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寝るなっ!(*`へ´*)
おやすみ、ヒッキー(-_-)zzz
どっちだよ。寝ていいの?ダメなの?永遠の眠りにつけってことなの?
だめだ、わからん。
けどまあ、なに。メールが来るっていいものです。
「なあ、小町」
「なに?」
「このメール、どこか間違ってたか?」
「んー?……なに、これ」
「え、なにって…なに?」
「こんの…バカ、ボケナス、八幡!何なのさ、このメール!」
「八幡は悪口じゃねえだろ…いや、だからなにって…なに?」
「この八幡め…そこに正座!」
「おい、だから八幡は悪口じゃ『せ、い、ざ!』……はい…」
また由比ヶ浜とメールする機会があれば、小町のいう通りにちゃんと文章で返そうと思いました。まる。
という夜を過ごして、いよいよ登校初日を迎える。遅れてやってくるヒーローのごとく輝く…つもりはないのだが…まあ、なるようにしかなるまい。
小町の説経中ずっと正座してたせいで痺れた足をさすりながら、コーヒーをひと口啜った。
ということで、こんな出会い、可能性としてはあったのではないでしょうか?
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!