あるいは語られたかもしれない、彼と彼女の青春ラブコメ。   作:きよきば

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当然、天使と部長もまた1年早く彼の元へ現れる。

春の陽気をまだまだ残しつつ、気温も上がり始める5月。

2回目の勉強会以降、放課後になれば由比ヶ浜に勉強を教えるのが習慣化していた。

サイゼだったり図書館だったり。日によっては途中からただの雑談だったりするのだが、まあそれはそれでいいだろう。

幸いまだ高校生活の序盤も序盤。焦る必要もない。

気づけば由比ヶ浜といる時間がどんどん長くなってきて、それが嫌かと言えば決してそんなことはない。ステルスヒッキーは相変わらず不調だが、今のところ由比ヶ浜にキモい男に付きまとわれてるとか、あの2人付き合ってるらしいなどといった噂が立つこともなく、関係は順調といえば順調だ。

そして、今日の放課後も勉強会をすることになっている。ここのところ平日はほとんど毎日こんな感じだ。

疑問がないわけじゃない。むしろ超ある。女子高生ってのは女子同士で買い物に行ったり長話したりといった放課後を過ごすものだと思っていたのだが、少なくとも平日に由比ヶ浜が誰かと出かける予定があるなんてことを1度も言っていない。昼休みもベストプレイスに毎日当然のようにやってくる。俺が入院している間一緒に食べてたクラスメイトとやらはどうしたんだよ。

気にはなるものの、やはり俺はまだそこに踏み込んでいいのか決めかねている。

別に今の関係に不満があるわけじゃない。ただ、もう一度だけと決めた決意が、由比ヶ浜の俺に対する接し方が、俺の頭に訴えているのだ。もう一歩、先に進みたいと。

けれど、どこまでもヘタレな俺は、まだその一歩を踏み出せずにいた。

 

 

 

 

そんな、悶々とした気持ちを抱えたまま授業を消化し、放課後を迎える。

ホームルームが終わると途端に騒がしくなるこの光景にもいいかげん慣れた。入学してひと月も経てば自分のことで精一杯だった彼らも徐々に回りに目を向けはじめる。男子同士、女子同士のグループを作れば次は誰が可愛いカッコいいなんて話題が飛び交い始めるのだ。ボリューム調整に失敗した男子グループの会話からちょくちょく由比ヶ浜の名前と胸がどうのという頭の悪そうなワードが聞こえてくる。時と場所は弁えるべきじゃないですかねえ…知り合いの名前とか出るとちょっと反応しちゃってうっかり筆箱から出そうとしたハサミがすっとんで誰かの頭に突き刺さっちゃうかもしれませんねぇ、うふふふ。

投げ込む先を確認してロックオンしようとしていると、視界の端にこちらをじっと見つめるジャージ姿の美少女を捉えた。ふむ、俺も視野が広がってきたか。つまり俺もまあまあ青春できてるってことだな。違うか、違うな。

名前も知らない美少女と目が合う。小柄なそいつは初めて会った日の由比ヶ浜のようにびくっとしたものの、何故か目を離さない。おいやめろよ俺に気があるのかと思っちゃうだろ。

距離にして5メートルほど。声を出せば届く距離なのだが、互いに無言の見つめ合いが続く。

俺は見つめ合うと素直にお喋りできないためものすごく困る。

…まあ、由比ヶ浜との約束もあるし、あの美少女は人間観察の趣味でもあるのだろう。あれは観察というより監視にも見えるけど。

納得した俺が教科書をバッグに詰め込み、立ち上がって教室を出ようとすると、後ろからえらく綺麗なソプラノボイスが聞こえた。

 

「ひ、ひきがやくん!」

 

声の発信源は推定5メートル後方。たまに聞こえていた声はどうやら気のせいではなかったらしい。小さな声ではあったが距離が近いぶんなんとか聞こえた。

さすがに気のせいでは済まないし、比企谷くんはこの学校に俺1人のはず。浮びかけた黒歴史を心の奥底に沈めて振り返った。

 

「……?」

 

「………」

 

いや、無言て。

その佇まいはあの日の由比ヶ浜と良く似ている。声をかけたもののどうしていいのかわからないのだろう。何か用事あるならそれ言ってくれればいいんだけど。

 

「何か用事か?」

 

「あ、うん、えっと、比企谷くん、だよね?」

 

「ああ」

 

いや、違ったらどうするつもりだったんだよ。あと上目遣いやめろ上目遣いを。

 

「ぼくのこと、知ってる?」

 

知らない。

とは言えない。さすがにそんなストレートに言ったら傷つくだろう。ここは仕方ない事情があることを匂わせつつ引き出すしかない。というかボクっ娘なんて今どきいるんだな。

 

「ああ、悪い。俺休んでたし女子と関わりないから知らないんだ」

 

「あの、ぼく、男なんだけどな…」

 

「………は?」

 

まさかのカウンターに俺は間抜けな声を返すことしかできない。

あれか、バカの秀吉的なタイプか。それとも友達が少ない幸村的なタイプか。それは女じゃねえか。

 

「しょ、証拠…見る?」

 

おいやめろジャージに手をかけるな。捕まるだろ、俺が。俺かよ。公然わいせつより強制わいせつが適用されるのかよ。

 

「いや、いい。ところで、何か用か?」

 

「あ、名前言ってなかったね。戸塚彩加です」

 

「はあ、比企谷八幡です…」

 

名乗られたので反射的に名乗り返すと、戸塚はくすりと笑って数歩距離を詰めてきた。おいおい、これが男かよ…

 

「比企谷くん、平塚先生に聞いたんだけど入学式の日に犬を助けて事故に遭ったんだよね?」

 

「え?…ああ、一応」

 

ちょっと?平塚先生なに人の過去を勝手に話してんの?どんな状況になれば「比企谷はなぁ…」って話をするようになるの?

 

「それでいつも1人でいたから気になって見てたんだけど…あ、ヘンな意味じゃなくてだよ?」

 

戸塚はわたわたと慌てながら纏まらないままに喋る。

その様子を見るとなんとなくわかる。戸塚は俺とも由比ヶ浜とも違う理由で友達が少ない。原因まではわからないがこの喋り慣れていない感じはぼっちによくある症状のひとつだ。

だから対処法はわかる。ちゃんと聞いてやるのが一番だ。相槌以外に下手に口を挟むとぼっちは萎縮して喋れなくなる。ソースは俺。

 

「…そうか」

 

「うん…ぼくも友達とか少ないんだけど比企谷くん、そういうの気にしてない感じがするっていうか…」

 

別に気にしていない訳じゃない。単純に興味がないのだ。

などと語ったところで話の腰を折るだけだからやめておこう。

 

「だから、すー…ふう…比企谷くん!」

 

「え、お、おう…」

 

突然、戸塚は深呼吸をするとジャージの裾を握って俺の顔を見た。

驚いた。声の大きさ以上にその可愛さに。

 

「ぼくと友達になってください!」

 

「……え?」

 

驚いた。言われた言葉以上にその可愛さに。

いやダメだろ。ちゃんと話聞けよ。

 

「ダメ…かな…」

 

困る、というのが正直な感想だ。いや当然嬉しさはあるのだが、突然過ぎて理解が追いついていない。

まあ、友達になろうと言われて嫌ですなんて返すのは変だし、そもそも嫌じゃないし。

友達になろうといって友達になったものの仲良くはならないというパターンがほとんどの世界だし、ここは頷いておけば万事解決。

 

「いや、ダメじゃない。驚いただけだ。まあ、よ、よろしく…」

 

「ほんと?嬉しいな…」

 

と、思ったのだが、よく考えれば戸塚も友達が少ないと言っていた。

あとこの超嬉しそうな顔見てるとさっきの思考に対する罪悪感がすごい。

まあ、あれだ。由比ヶ浜の時と同じ。この仕草が、反応が演技で、俺をからかっているのだとしたら参ったと言うほかない。

それなりに人の悪意を見てきた俺は多少はそれを察することができると自負しているのだが、由比ヶ浜といい戸塚といいそんなものが全く感じられない。

せっかく差し出された手だ。喜んで掴もう。当然、中学時代の俺が警戒を促すものの、だからといって拒絶していては総武に来た意味がない。

 

 

 

しばらく、嬉しそうに笑う戸塚を見て頬を緩めていると開いていた教室のドアから由比ヶ浜が入ってきた。

 

「ヒッキー、珍しく遅いね」

 

「ああ悪い。ちょっとな」

 

ふーん、と言いながら隣に立った由比ヶ浜は戸塚に気づくと目をぱちぱちとすると驚いた様子で戸塚を指差した。

 

「ど、どうしたのヒッキー、こんな可愛い子…」

 

まあ、気持ちはわかる。可愛い。あと指差すのやめなさい。

あとそこの男子グループ、由比ヶ浜の登場にニヤニヤするんじゃねえ。部活行け部活。1年のくせにダラダラしてんじゃねえよ。

 

「とりあえず、戸塚は男だぞ」

 

「………マジ?」

 

「マジだ」

 

気持ちはわかるぞ由比ヶ浜。ちょっとした仕草とか完全に女子だからなぁ…

あとそこの男子グループ、なんでお前らが驚いてんだよ。知ってなきゃおかしいだろ。

 

「あ、比企谷くんの友達、かな?戸塚彩加です」

 

「あ、由比ヶ浜結衣、です…」

 

この頭につく「あ、」って何なんだろうな。俺もよく使ってしまうけど。

 

「あ、」について考えていると、由比ヶ浜と戸塚は比企谷くんの友達なら、ヒッキーの友達ならということで仲良くする流れになったらしい。人をコミュニケーションの媒介にしないでください。

ともあれ、2人目の友達誕生である。それはいいのだが、この2人と歩いてたら俺美少女2人を侍らせてるようにしか見えないんじゃないかしら…

 

「えっと、じゃあ…さいちゃん、でいいかな?」

 

「うん。じゃあぼくは由比ヶ浜さんで」

 

ぼけっとしているうちにお互いの呼び方が決まったらしい。俺にもそんな感じの普通のあだ名つけてほしかったなぁ…ヒッキーだもんなぁ…俺とか対人に関してはマジヒッキーだからべつにいいけど。

 

「ヒッキー、外で待ってるね!」

 

由比ヶ浜は俺の返事を待たずにぱたぱたと教室を出て行った。

ジャージを着ていることから戸塚も何かしら部活をしているのだろう。1年だし早く行かないといけないかもしれない。俺も由比ヶ浜を待たせているし、そろそろ解散だろう。

 

「じゃあ、俺も行くから」

 

「あ、ねえ比企谷くん!」

 

「なんだ?」

 

バッグを持って歩こうとしたところで戸塚に呼び止められた。

とりあえずそのジャージの裾を握るのやめてくれないかなぁ…

 

「ぼくもヒッキーって呼んでいい?」

 

「いや、それは嫌だ」

 

即答だった。

いやべつに戸塚がどうこうではなく、ヒッキー呼びは1人でいいというか。

戸塚はそっか、と頷くと数秒考えた後に上目遣いで微笑んだ。

 

「じゃあ…八幡?」

 

何それ超いいじゃんそれにしようぜ!

あと3回くらい呼んでほしいけど時間ないし我慢しよう。

 

「…まあ、それで」

 

「うん!じゃあ僕、部活行くから、またね、八幡!」

 

「お、おう、またな」

 

軽く手を振って戸塚は走って教室を出て行った。

由比ヶ浜と戸塚の居なくなった教室からは男子がゾロゾロと出て行く。正直ですね君たち。

突然の出来事に俺の理解はまだ若干の遅れを見せている。

けど、まあ。友達が出来たし、めでたしめでたしということで。

 

 

とはいかない。めでたしめでたしで読者は本を閉じることができても、登場人物の話はその後も続くのだ。

というか俺の高校生活始まったばかりだし。むしろ俺達の青春はこれからだ!みたいな感じだし。やっぱり本は閉じられちゃうじゃねえか。

 

まあいいか。とりあえず勉強会に行こう。

こぼれ出た笑みを咳払いでごまかして、俺は由比ヶ浜の待つ廊下へ向かった。

 

 

 

 

とある日の昼休み。

俺達3人はベストプレイスにて昼食をとり、のんびりと座って風を感じていた。

メンバーを紹介しよう。

 

・目の腐ったヒッキー

・美少女1、ガハマさん(胸が大きい)

・美少女2、戸塚(ただし男)

 

共通点は友達が少ないこと。

なんだこれ。

俺だけ悪口じゃねえか。自分で紹介してんのに悪口ってどういうことだよ。

 

戸塚と友達になって3日ほど経つ。テニス部に所属する戸塚は放課後の勉強会には参加していないが、昼休みはこうしてベストプレイスに集まるようになった。

特に会話もなく、ぼんやりと過ごすこんな時間を戸塚は割と気に入ってくれたらしい。

もっとも、俺も由比ヶ浜も話題を提供するのが下手だからこうなっているだけなのだけど。

 

戸塚はテニスコートを眺めて物憂げな顔をし、由比ヶ浜はどこか遠くに目をやってはふうとため息をついている。

そこには風以外の音があまりない。昼休みを楽しむ生徒の声や走り回る足音が小さく聞こえるだけ。

そして俺はというとマッ缶を眺めながらどうすればこの味が家で作れるかしらとしょうもないことを全力で考えていた。やっぱり練乳が重要だな。なんたってコーヒーよりも練乳と砂糖の方が多く入ってるし。割合的には7:2:1で練乳が7だろうか。何それ超甘そう。

 

まだまだ昼休みは長い。黄金比率について考えよう。

そう思って思考を再開しようとすると、背後からコツコツと歩く音が聞こえてきた。昼休みにここに来るような人間が俺達以外にいたのは見たことがない。どんなぼっちかしらん。あるいは先生だろうか。

と、興味本位で振り向くと、同じく足音に気づいていたらしく戸塚と由比ヶ浜も同じように振り向いた。

そこにいたのは、平塚先生。と、由比ヶ浜や戸塚に負けず劣らずの容姿の生徒が1人だった。

 

……いや、誰?

両隣の2人を見てみたが2人とも知らないらしく、首を横に振った。

先生、3人とも知らない人を連れてこないでください。僕たちこう見えてコミュニケーション能力に難があるんで。俺は見た目通りだな。

平塚先生に連れられてきたらしい女子生徒は口を真一文字に結んで姿勢を正している。その所作自体はパーフェクトウーマンのそれなのだが、あいにくここには理由は違えど友達の少ない者が、言ってしまえばぼっちが3人。俺は当然のこと、戸塚も由比ヶ浜もなんとなく察したらしい。

この人、同じタイプだよ…

程度の差はあるだろうが、おそらく由比ヶ浜と同じような理由のぼっちだと思う。美少女、美少年は同性からの妬み嫉みが激しいからなぁ…

いやいや、決めつけはよくない。まずは話を聞こう。

 

「なんか用すか」

 

「なに、君と由比ヶ浜に客人を連れてきただけだ」

 

「いや、知らない人連れてこられても…」

 

「うわ、キレー…」

 

聞いたところでさっぱりわからなかった。由比ヶ浜に至っては女子生徒に見惚れてしまっているし。やめてあげなさい、直立不動でカチカチなところを見るとあの人けっこう緊張してるから。

 

「ほら、雪ノ下。せっかく会うと決めたんだ。固まっていたら意味がないだろう」

 

平塚先生は女子生徒を促すものの、当の本人は俺達を見るだけで動こうとしない。

どうして俺の周りには初対面の時喋れない人しかいないのだろう。俺も人のことは言えないけど。

 

「比企谷、あとは任せる」

 

「え、いやちょっ…」

 

しっかり青春したまえ、と言い残して平塚先生はさっさと来た道を戻っていってしまった。

いやこの状況で放置されましても…

 

「えっと…す、座ったら?」

 

「えっ…ええ…」

 

気を利かせた由比ヶ浜の言葉に従い、俺と戸塚の向かいに由比ヶ浜と女子生徒が座るかたちになる。

 

「…………」

 

「…………」

 

無言である。この場にいる誰もがこういう時の対処法を知らないらしい。俺は当然、戸塚も由比ヶ浜も。由比ヶ浜なら知ってそうだと思ったんだが。

ええ…俺から喋るしかないのん?ヒットポイントゴリゴリ削られちゃうんだけど。

 

「その、比企谷八幡です…」

 

とりあえず自己紹介。オーケー、超クール。

要件を聞き出すことが先決だが、焦るな。

 

「ゆ、由比ヶ浜結衣です…」

 

「戸塚彩加です…」

 

「あ、私は雪ノ下、雪乃、です…」

 

出た、「あ、」。やっぱり出ちゃうよね!うん、仕方ないよね!

とりあえずこの女子生徒は雪ノ下と言うらしい。

 

「それで、雪ノ下?さん?は何の用で…」

 

相変わらず緊張気味の雪ノ下さんとやらはこれまた見覚えのあるびくっとするリアクションを見せた。それもう3回目だよ…

あと、何故か隣で戸塚が息を呑んでいた。君は緊張しなくていいよ?大丈夫、俺が守るから!

 

「あの、その……ごめんなさい」

 

「………なあ、由比ヶ浜。なんで俺は告白してもいない女子にフラれるなんて経験を2回もしなくちゃいけないんだ?」

 

もう嫌だ…せめて告白してからフってくれよ…やっぱりフラれちゃうのかよ…

 

「あれは忘れてったら!ほ、ほら、雪ノ下さんも落ち着こう?なんかあったんだよね?」

 

慌てる由比ヶ浜がガチガチの雪ノ下さんになんとか落ち着いてもらおうと頑張っている。

というか、このパターンだともしかするよなぁ…

俺が誰かに謝られるとしたらアレしかない。だから予想はつく。

 

「もしかして事故の関係か何か?」

 

図星らしい。雪ノ下さんは引きつった顔でこくりと頷いた。

由比ヶ浜は驚いた様子で「え?…え?」と完全に処理落ちし、戸塚は何故かぷるぷる震えながら手をきゅっと握っていた。大丈夫、お前は俺が守るから。

しかし由比ヶ浜といい雪ノ下さんといいわざわざ俺のところまで来て謝罪するとは随分とアフターサービスのしっかりしていることだ。

あの事故に関していえば、誰も悪くなどないのだ。注意していてもリードを離してしまうことだってある。いきなり犬を追いかけて出てきた俺を轢くな、なんて無理な話だ。犬に車に気をつけろなんて言っても仕方ないし。

つまり、誰もが被害者なのだ。被害者が被害者に謝罪なんてする必要はない。

というのはあくまで俺の意見だから2人がどう思うかは知らないが。

 

「そ、そうなの?」

 

「……ええ。比企谷くんを轢いた車に乗っていて…」

 

「…そうか。まあ、もうなんともないし、あの事故があったからこうして友達もできた。謝罪も受け取ったしこの話はもういいだろ」

 

「けれど…」

 

雪ノ下さんはまだ何か言いたげな顔をしている。

まあ、こういうのは言いたいことを言わせるのがいいだろう。途中で遮って強制終了するよりは吐き出した方がいい。

 

「お見舞いにも行かず、退院してからも学校に来てからもずっと何もしないなんて失礼千万だわ。本当に、ごめんなさい」

 

ああ、謝罪が遅れたのを気にしていたのか。

何度も言うが謝罪など必要ない。

…一瞬だけ、自己満足の謝罪だろなどというまさに失礼千万な考えが浮かんだが、逆の立場になってみろ。謝るだろ?謝るな。超謝るね。

だから受け取る。

 

「…わかった。受け取る。だからもう事故のことは解決な。雪ノ下さんが運転してて俺を狙ったとかなら別だけどそうじゃないし」

 

「…比企谷くんがそう思うなら、しつこく謝られた方が迷惑かもしれないわね」

 

わかってるじゃないですか。もう受け取ったんだからこれ以上上乗せされたら重みで潰れちゃう。

由比ヶ浜もそれでいいか、と聞こうとすると、「お見舞いにも行かず…うぅ…」と1人で落ちこんでいた。

 

「おい、由比ヶ浜」

 

「うぅ…ご、ごめんね?ヒッキー、お見舞いも行かないで…」

 

「わざわざ家まで来たんだから気にすんな。さっき雪ノ下さんが言った通りだ」

 

「そ、そっか…」

 

とりあえず、事故のことはこれですべて解決したと言っていい。これ以上関係者が増えることもないだろうし。

そして、用事が済むとどうなるか。

超気まずい空気が場を支配する。話題提供のできない3人と初対面が1人。…どうしろと?

 

「……八幡…」

 

「……ヒッキー」

 

おいやめろ、俺に丸投げするんじゃねえ。むしろ女子同士なんだから由比ヶ浜か戸塚が適任だろうが。

 

「では、私は…」

 

気まずさに耐えきれなくなったのか、雪ノ下さんが立ち上がろうとする。

まあ、目的は果たしたんだからそれはいいのだが。

 

「まあまあ、せっかくだしちょっと話そうよ!」

 

由比ヶ浜が良しとしなかった。肩をぐいっと抑えられ、「ひゃうっ!?」と驚きながら雪ノ下さんが座り直す。強制的に。

 

「いや、話そうったってお前…」

 

「あ、いやあたしも話題はないけど!」

 

いやだからそれが被害者の会みたいな空気を生むんじゃないですか…

戸塚なんてどうしていいかわからなくてオロオロしちゃってるじゃねえか。可愛いからしばらくこのままにしておこう。

ええ…やっぱり俺から喋るしかないのん…?

 

「なあ、雪ノ下さん」

 

「何かしら。あと、同い年なのだから雪ノ下で構わないわ」

 

緊張が多少ほぐれたのか普通に喋れるようになっている。なるほど、こっちが本来の喋り方か。

 

「そうか。じゃあ雪ノ下。失礼なこと聞くけど、…友達、いんの?」

 

「本当に失礼ね…そうね、まずはどこからが友達なのか、定義してもらってもいいかしら」

 

「オーケー、よーくわかった」

 

やっぱりぼっちだった。

どうすんだよこれ、ぼっちが4人になっただけじゃねえか。どんなコミュニティだ。

俺が困っていると次に口を開いたのは由比ヶ浜だった。

 

「じゃ、じゃあさ、雪ノ下さん、友達になろ?」

 

「…はい?」

 

「あ、いいねそれ!せっかく会ったんだし…ね、八幡!」

 

「え、お、おう…そうなの?」

 

戸惑う俺と雪ノ下と対照的に由比ヶ浜と戸塚は嬉しそうだ。雪ノ下の何かが2人の琴線にふれたらしい。

まあ、気持ちはわかる。雪ノ下もこの2人同様に、裏表がないというか、計算されたものがないというか。俺の人生においては今まで出会ったことのない人種だ。

この短期間で3人もこういうタイプに出会うというのは信じがたいことではあるのだが。

 

「ゆきのん!ゆきのんとかどう!?」

 

いつの間にか雪ノ下のニックネームまで決まっていた。相変わらずセンスに若干難がある。

本人はおろおろするばかり。悪いがさすがに助けられない。

おろおろしてはいるが、その表情はさっきより明るいし、あとお前の友達だし。

でもゆきのんはどうかと思うなぁ…

 

「ゆきのん…可愛いね、それ!」

 

だよね!可愛いよね!俺が言ったら怒られそうだけどね!

 

なんというか、由比ヶ浜と戸塚は俺の知り合い→友達になろう!みたいな謎の流れを持っている。本当にどうしてなのかわからん。

 

「まあ、雪ノ下。せっかくだし」

 

「…そうね。その、…よろしく」

 

 

昼休みのベストプレイス。

友達が1人増えた。

でもこれ以上はいい。この流れを繰り返すのは疲れる。

 

こうして、俺の人生でも間違いなくトップ3に入る純粋な眼を持つ3人と、目の腐った男1人という奇妙なグループが完成した。男女比は1:3。

あれ、戸塚がふくれっ面でこっちを見てる気がするな。可愛いからしばらくこのままにしておこう。

 

 

 

 

 

 

また、とある日の昼休み。

俺達4人はベストプレイスにて昼食をとり、のんびりと座って風を感じていた。

メンバーを紹介しよう。

 

・目の腐ったヒッキー

・美少女1、ガハマさん(胸が大きい)

・美少女2、戸塚(ただし男)

・美少女3、雪ノ下(←NEW!)

 

共通点は友達が少ないこと。

なんだこれ。俺だけ悪口じゃねえか。

そんな昼下がり。どんな昼下がりだよ。

コミュニケーション能力に問題のある4人が集まったところで会話が活発になるわけがなく、それぞれがぼんやりと時間を潰していた。

こうして過ごす時間が俺は嫌いじゃない。予鈴がなるまでの間、ここに座っているだけの、この穏やかな時間が。

右に戸塚、左に由比ヶ浜、そのまた左に雪ノ下。

…これ、いよいよ美少女侍らせてるやつにしか見えないんじゃないかしら…

 

…俺が考えても無駄か。

幸いなことに、いやありがたいことに今は3人とも穏やかな顔をしている。

戸塚と目が合えば頷いてくれ、雪ノ下と目が合えば薄く微笑んでくれる。由比ヶ浜と目が合えば、「どうしたの?ヒッキー」と言ってくれる。

ああ、心地良い。このままでいればきっと楽しい。

けれど、俺の本心は。

一歩先へ進みたいと、ずっと訴えている。

この心地良さに埋没するのではなく、もっと先へ進みたいと、そう訴えている。

 

 

踏み出す一歩が相手にとって嬉しいものだとは限らない。人は誰しも自分だけのスペースがあって、そこに許可なく踏み込まれることを嫌う。そこに踏み込むと最悪人間関係をこじらせてしまうかもしれない。

俺なりに、踏み出してはきた。石橋を叩きに叩いてそっと渡ってきた。

けれど、いつも肝心なところで引っ張ってくれる手に甘えて。時折曇った表情を見せることに気づいているのに何もしないで。

そんな状態で享受する心地良さに、なんの意味があるのだろう。

 

「……ヒッキー?」

 

そっと気遣うような声になんでもないと首を横に振った。

膝を抱えるように座り直したため表情はこちらから窺うことはできない。

もしまたあの曇った表情をしているのなら。俺はどうすればいいのだろう。何ができるだろう。

 

 

 

 

手を握ってくれた日を思い出す。

もしも同じように手を握って、引っ張ったとして、その時彼女はどんな顔をするのだろう。

拒絶されたくない。彼女にだけは、拒絶されたくない。けれど先へ進みたい。

子供のワガママのような考えが、浮かんでは消え、また浮かぶ。

仮に、一歩先へ進めたとして、そこにどんな俺達がいるのだろう。その時にならないとわからないけれど。

進んだ先に何があるのか、そこで俺はどうしたいのか、何が欲しいのか。

 

纏まらないこの感情の正体を、俺はまだ知らずにいる。

 

 

 


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