鉄火の銘   作:属物

17 / 110
エピローグ【オープン・ワン・アイ・アンド・ウォッチ・ザ・ダーク】

【オープン・ワン・アイ・アンド・ウォッチ・ザ・ダーク】

 

ネオサイタマの郊外には幾多の新興都市がある。その殆どはメガロシティが労働力を確保するためのベッドタウンとして建設された、コピーエンドペーストのフラクタル構造都市だ。その性質上、衛星都市の政経民全てはメガコーポに尽くす様に形作られている。

 

だが、新興都市の全てがメガコーポの忠実な奴隷というわけではない。ここエイトオージシティの駅から足を踏み出せば一目でそれが理解できるだろう。並び立つビルディングにネオンサインで描かれるのは巨大な「目」。通りを歩く人々全てを、遙かな高みから「目」が見下すように見つめている。

 

ネオサイタマ西部郊外最大級の都市を支配するのは新宗教『メガミ教』だ。街角の露店にも、高級ブティックのウィンドウにも、ありとあらゆる所にメガミ教を示す「目」が恭しく飾られている。町をゆく群衆も蛍光タトゥーや埋め込みピアスで形作った「目」で自らの信仰を示している。

 

そしてそれら無数の信者からの信心を受け止めるのは、エイトオージシティ中央通りの果てにそびえ立つ、ビッグメダマビルディング。ここがメガミ教の中枢にして総本部である。その前面には見る者全てを圧倒する余りに巨大な「目」……眼球を意味するエンシェントカンジが都市の全てを睥睨している。

 

今、ビッグメダマビルディングの入り口に停車した重装甲リムジンから一人の男が降り立った。海外ブランドスーツにバッファロー皮革ブーツ、18金で輝く腕時計と高級サイバーサングラスを身につけている。典型的なカチグミの出で立ちだ。ただし、彼のタイピンとネクタイには「目」の文様がある。

 

カチグミ男は迎えに来たメガミ教の僧侶と、交差させた両手で両目を覆う奇っ怪なアイサツを交わす。その動作は営業担当サラリマンの名刺交換めいて滑らかだ。ここにいる誰もが日常的にこの異様なアイサツを交わしているのだろう。ただ一人、重装甲リムジンの運転手が薄気味悪そうに肩をすぼめている。

 

運転手の態度に、「不信心」のLED文字がサイバーサングラスから突きつけられた。メガミ教の僧侶も両目を覆う布の奥から敵意の視線を投げかける。一つ目の国では両目を持つ人間が見せ物小屋に入れられるのだ。「アイェェェ!」恐怖の声と共にその場から逃げだした運転手を、誰が責められるだろうか。

 

不信心者が去ったことを確認し、カチグミ男は正門大扉を抜けた。大小の「目」に彩られたエントランスを抜け、無数の「目」が並ぶ長い廊下を歩き続ける。勘のいい者なら「目」の中にレンズの輝きを見いだすだろう。ビル内では「目」は単なるシンボルではない。高度な監視システムを成している。

 

まともな人間なら恐怖を覚える数え切れない監視カメラの「目」も、信仰深いカチグミ男にとっては素晴らしい喜びに変わる。数限りない「目」とその向こうのメガミ様が、自分を見出し、見つめて、見送っていらっしゃるのだ。大いなる存在に自己の魂を委ねきるヤスラギを感じながら男は歩みを進める。

 

そして長い長い廊下の果てに、男は三つの「目」を持つ扉にたどり着いた。聖印である「目」が三位一体めいて三角に並ぶ扉の向こうは、一部の信者と高位の僧侶しか入れないメガミ教の奥の院。自らがメガミ様の選民である歓喜に身を震わせると、男は祈りの間へと足を踏み入た。

 

そこは一切の逃げ場無き、視線のキルゾーンであった。壁に、天井に、床に、数えることがバカバカしくなるほどの「目」が刻まれ、その全てが新たなる客人を観察している。この目線に僅かでも熱量があれば、カチグミ男は人間松明となっていただろう。

 

碁盤目に区切られた天井は、その一つ一つに本物もかくやの「目」が描かれ、吊り下げられたボンボリは「目」の意匠から視線めいた光を放って祈りの間を照らす。床のオーガニックタタミは職人の手によるものか、イグサの濃淡で「目」を描いている。当然タタミ端の意匠にも一列に「目」が並ぶ。

 

左右後ろの壁は「目」刺繍した垂れ幕が覆い、その上に両手の指より多い豪奢な掛け軸が並ぶ。「アナタを見つめる」「目を離さない」「メガミ様はいつも見ている」そこに記されるのは、信じぬ者を不安がらせ、信じる者を安心させる数々のカルト標語だ。

 

入り口前面の壁には、浮き彫りされた三角に並ぶ巨大な「目」。ミコ・プリーストめいた長い黒髪の女神官は、入り口扉と同じ三つ「目」前でタタミに正座して、「目」アイマスクで男をジッと見つめている。数え切れない「目」線に見つめられ、カチグミ男の目から随喜の涙がこぼれ落ちた。

 

喜びにうち震える男はエンドルフィン過剰のふらつく足取りで女神官の前に跪く。涙溢れる両目を両手で覆ったまま女神官に向けてタタミに額をすり付けた。「お目かけください、お目かけください、メガミ様」涙と共に祈りのモージョーを漏らし、男は全てを信じる神に委ねた。

 

全身全霊を一心に献身する男を、無数の「目」が音もなく見る。壁の垂れ幕の「目」、天井の絵とボンボリの「目」、床のタタミの「目」。そして女神官の「目」と、その背後の三つ「目」。三種のホーリーアニマルが当てはめられた三つ「目」は、土下座するモータルをそれぞれの目つきで見つめる。

 

一つは、欲望のままに全てを貪る『豚』の視線で。もう一つは、快楽のままに全てを忘れる『鶏』の目線で。最後は……憤怒のままに全てを憎む『蛇』の眼差しで。

 

【オープン・ワン・アイ・アンド・ウォッチ・ザ・ダーク】終わり


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。