鉄火の銘   作:属物

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第三話【トロード・ザ・ホイール・オブ・フォーチューン】#2

【トロード・ザ・ホイール・オブ・フォーチューン】#2

 

時が止まったかのように立ち尽くすシンヤからフジキドは目を離し、診察準備をするロン先生へと視線を向けた。「ドーモ、ロン先生。こちらの方は?」「彼はキャンプのヨージンボーの、カナコ・シンヤ=クンだ。今日は調子が悪いようだがね」ロン先生の言葉に驚きを示すようにフジキドは片眉を上げた。

 

ヨージンボーやバウンサーは腕に覚えのある荒事屋の生業だ。だが巨漢でもスモトリでもなくサイバネもないシンヤは、端から見れば単なるハイスクール生。場末の浮浪者キャンプとは言えその身でヨージンボーを果たすと言うことは、並大抵ではないカラテの持ち主であることを示している。

 

青ざめた顔のシンヤはキアイを振り絞って平静を装いながらフジキドへとアイサツした。「ドーモ、初めまして。カナコ・シンヤです」心臓は16ビートを遙かに超える速度で内側から胸を叩き、冷たい脂汗が短髪の隙間からこぼれ落ちた。ニンジャアドレナリンが血中に吹き出し、時間感覚が粘性を帯びだす。

 

「ドーモ、初めまして。イチロー・モリタです」(((ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです)))偽名でオジギを返すフジキドの声が、幻聴と重なってシンヤの耳の奥で響いた。瞬間、無限のイクサ可能性が平行分岐世界めいてシンヤの意識下に展開する。

 

恐怖と緊張の余りフジキドのアイサツを引き金に、シンヤの無意識がイマジナリーカラテを始めてしまったのだ! (((ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ブラックスミスです)))有効度合いごとに色彩を変えた無数のカラテ選択肢が、アイサツを基点にグラデーションめいて目前に広がる。

 

(((イヤーッ!)))ブラックスミスの選択は踏み込み同時の鉄槌拳だった。左右に逃れるならば裏拳かカラテフックで、真後ろならカラテパンチで追撃を掛ける。(((イヤーッ!)))ニンジャスレイヤーは即座に前方へと倒れ込んだ。アグラ体勢をクラウチングスタートめいて崩し、ダッシュで鉄槌拳の打点をずらす。

 

タックルめいた接近を逆手でガードしつつ、ブラックスミスはその場に踏みとどまる。密着寸前のワンインチ距離。互いの顔が近い! (((イヤーッ!)))(((イヤーッ!)))ブラックスミスはコンパクトな膝蹴りを鳩尾へと放つ。それを肘鉄迎撃してニンジャスレイヤーは反動カラテアッパーを打ち込む。

 

(((イヤーッ!)))(((イヤーッ!)))首をそらして紙一重回避しながら、ブラックスミスはマネキネコ・パンチをこめかみへと振り込む。反動カラテアッパーの腕で流れるように防御しながら、次なる打撃のためニンジャスレイヤーは力強く大地を踏みしめている。

 

(((イヤーッ!)))(((ヌゥーッ!)))ガードは間に合ったが重量感のある衝撃がブラックスミスの骨身に染み入る。両足で地面を掴み衝撃を堪えるその隙に、ニンジャスレイヤーがすぐさま接近と同時に打撃を打ち込んだ。すぐさまブラックスミスも近接カラテで応える。

 

(((イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!)))(((イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!)))一辺数mも無いロン先生のテントの中、肌が触れ合う超至近距離でカラテ火花が咲いては散る。無数のカラテ選択肢が瞬く間に現れては消えゆく様は、まるで無限の色彩を顕すイクサの万華鏡だ! 

 

アドバンスショーギめいた巧緻なるカラテタクティクスのぶつかり合いは永遠に続くかとすら思えた。だが現実は異なる。(((イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!)))(((イヤーッ! イ、イヤーッ! ヌゥーッ!)))一手遅れてチョップを受けたブラックスミスが歯を食いしばって堪える!

 

お互いがモータルであるロン先生を慮って生じた偶発的拮抗状態は、さほども経たずに雪崩めいて崩れ始めた。木人拳めいた最大接近距離での純粋カラテの応酬は、互いの実力差を残酷なまでに表してしまう。徐々に傾くイクサは双方のカラテ差をくっきりと浮き彫りにしている。

 

(((イヤーッ!)))(((グワーッ!)))苦痛を堪える一瞬をつき、裏拳めいたサミングがブラックスミスの視界を奪った。ここで怯めば暗黒カラテ奥義で即死は確実。恐怖を押し殺し最も信頼できるカラテを以て応える! (((イヤーッ!)))超音速の破裂音と共にカラテパンチが虚空を穿つ!

 

……虚空を? そう、そこにはニンジャスレイヤーはいない。ならば何処に? (((イヤーッ!)))(((グワーッ!)))真後ろだ! 腰に手が回され天地がひっくり返る感覚と共にブラックスミスは宙を舞った! ニンジャスレイヤーの全身が古代ローマ建築に通じる流麗なるアーチを描く!

 

中欧戦国史の専門家ならばその技を知っていよう。それはかつてドイツ貴族(ユンカー)が戦場で用いたとされる、ゲルマンカラテ奥義「ジャーマン・スープレックス」である! 本来は高速で地面に叩きつけ甲冑ごと脊椎を叩き折る殺人技だが、ニンジャスレイヤーは殺傷力の低い投げっぱなし方式で使用した。

 

それは周囲への付随被害をできる限り抑えるためだ。例えお互いに注意しても、交わすのはモータルならざるニンジャのイクサ。NRSに衝撃波と、コラテラルダメージは無視できない。同時にそれは周りを考慮してカラテを選択できるという、ニンジャスレイヤーの圧倒的優位を示してた。

 

(((イヤーッ!)))肌に当たる風の感触でテント外に投げ出されたと理解したブラックスミスは、コンクリートにクナイを突き立てて急ブレーキをかける。その霞む視界に映るのは連続バック転で迫るニンジャスレイヤーの姿。その両手をつくタイミングを狙い澄まして首狩り水面蹴りを放つ。

 

(((イヤーッ!)))(((イヤーッ!)))だがニンジャスレイヤーは床を力強く掴むと、地球ゴマめいたウィンドミル回転蹴りで水面蹴りを迎撃する。即座にブラックスミスもウィンドミル回転蹴りでこれに対抗。流れる動きで互いは連続メイアルーア・ジ・コンパッソへと移行した。

 

(((イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!)))(((イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!)))恐るべき致命の回転が重なり合い、二人はカラテとカラテの二輪と化した! 此処にバイオ水牛が足を踏み入れたならば、瞬く間に同質量のハンバーグ材料となったであろう。

 

(((グワーッ!)))二重カラテ歯車の回転は被打の声で停止した。地面を跳ねて吹き飛ぶのは……ブラックスミスだ! ノーカラテ・ノーニンジャ。カラテに劣る側がイクサの勝ちを拾えるはずもない。それでも、と血を吐きながらブラックスミスは体勢を整える。その首筋に『死』の手が触れた。

 

(((イヤーッ!)))直感が訴えるままに瞬間生成したクナイ・ショートホコで後背を貫く。手応えはない。だが首に触れる『死』に変わりもない。何故? 振り向きながら相対した上下逆の「忍」「殺」メンポがその答えだった。(((イヤーッ!)))チョークスリーパーと共にニンジャスレイヤーは高速回転!

 

首を折られまいとブラックスミスも高速回転する。だが、これを利用し、ニンジャスレイヤーは瞬時に上下を入れ替える。(((イヤーッ!)))(((アバーッ!)))チョークスリーパー体勢のまま、回転力を加えて抱えた頭部を一気に地面へ叩きつけた! これはジュー・ジツ奥義「D・D・T」だ!

 

コンクリートに叩き付けられた頭蓋が脳味噌ごとセンベイ・クランチめいて砕け散った。必死の表情で駆け寄ろうとするキヨミが最期に見えたのが僅かな救いか。前と今、二つの家族の記憶がソーマトリコールに映る。(((サヨナラ!)))その全てに礼を告げ、ブラックスミスは爆発四散した。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

柔らかく濡れた感触が頬を撫でた。「シンちゃん!? シンちゃん!?」「……キヨ姉、ナンデ?」目を開いた途端に視界に入ったのは、想像と同じ焦燥の顔をしたキヨミだった。違いはたっぷりと涙を湛えた垂れ目と、手に握る濡れた黒錆色のハンカチーフ。これで顔を拭われたらしい。

 

シンヤは徹夜後めいて霞む意識を無理矢理回す。(((未だ俺はイマジナリーカラテを続けているのか?)))だが、全身に傷はない。いや、拭われた顔に手を触れればべったりと赤い血が指につく。それを見てシンヤはようやく自分が椅子に腰掛けていることと、口中に鉄の味が満ちていることに気づいた。

 

血の出所は両目と鼻と口中だ。どうやらイマジナリーカラテでニューロンを酷使して出血したらしい。「意識が戻ったようだね。すぐに診よう」横合いからロン先生の声がかけられた。キヨミだけではなくロン先生にも心配をかけていたようだ。他の患者とアイサツした途端に血を吹き出せば心配もするだろう。

 

他の患者……そう、ニンジャスレイヤー=サン! シンヤの脳裏にイマジナリーカラテで味わったチョップの、メイアルーア・ジ・コンパッソの、そしてD・D・Tの感触が蘇る。想像の中で砕かれた頭蓋へ反射的に手を当てる。「頭が痛むのかね?」「い、いえ」ロン先生の声を流しつつ、ベッドへと目を向ける。

 

当然そこにはフジキドが居た。油断ならない凄みを帯びた眼差しで、シンヤを刺し貫く様に見つめている。最期の瞬間がVRを超えるリアリティでシンヤの脳裏に再生される。敗北感と『死』の恐怖がシンヤの心臓を握りしめた。フジキドの目に射竦められ、シンヤは飢えたヘビ前のカエルめいて硬直する。

 

「過呼吸にニューロン過動出血、硬直反応。ストレス由来か?」ガチガチに固まったまま荒い呼吸を繰り返すシンヤを難しい表情でロン先生は見つめる。シンヤの反応はない。聞ける状態ではなかった。目はフジキドにからめ取られたままで、全身が竦み上がって指一つ動かせない。

 

眼筋すら恐怖でピン止めされ、ニューロンは死の感触に塗りつぶされる。目も耳も異常はない筈なのに、何も見えず何も聞こえない。「先生! シンちゃんはダイジョブなんですか!?」その鼓膜を家族の声が揺さぶった。声はニューロンから死の感触を払い落とし、全身を縛り上げる恐怖を蹴り飛ばした。

 

「俺はダイジョブだよ、キヨ姉」キヨミの言葉はシンヤの意地を蹴り上げた。未だ流れる血涙と鼻血を袖口で拭い口中に満ちた血を一息に飲み込むと、涙をこぼすキヨミに歯を剥いて太い笑みを浮かべた。それでもキヨミの心配顔は晴れない。用があって来てみたら弟が血を流して痙攣していたのだから当然だ。

 

「でも……」「知ってるだろ? 俺は頑丈なんだ。何でもないさ」実際、ニューロンを除けば肉体へのダメージはほぼゼロだ。ニューロンのダメージも深刻なものではない。シンヤのワザマエが足りないことが幸いした。もしもタツジンならばニューロンを焼き切られて爆発四散していたことだろう。

 

(((キヨ姉の前だぞ、コンジョを見せろカナコ・シンヤ! お前はニンジャだろ!)))ただし、精神への打撃はスゴイものだった。少しでも気を抜けば意識をアノヨに飛ばして失禁しそうだ。だが家族の、キヨミの前でカッコ悪い様は見せられない。矜持がシンヤの精神をドヒョー際にしがみつかせていた。

 

「ウーム、出血はさほどでもないが原因のストレスは気にすべきだな。今日はタノシイを処方するから一日休みなさい。明日もう一度来るように」「判りました」ロン先生の診断にシンヤは素直に頷いた。実際、今日は図書館にカンヅメで、その時間を作るため数日前からワタナベの分まで働いていたのだ。

 

ニンジャ耐久力があるとは言え疲労もするし判断も鈍る。初対面のフジキド相手にイマジナリーカラテを仕掛けるという大ポカがそれを証明していた。単にカナリ・シツレイだけでなく、手の内を明かした挙げ句に敗北して、恐怖を植え付けられまでしたのだ。正直、シンヤとしては頭を抱えて蹲りたい気分だ。

 

しかし、それをすれば未だ心配の解けないキヨミがもう一度泣きかねない。家族に涙を流させるなどゴメン被る。だからタフな姿を見せて少しでも安心させるのだ。震え出しそうな体を血が出るまで拳を握って抑えながら、シンヤは不貞不貞しく笑ってみせる。

 

「モリタ=サン、先ほどはタイヘン・シツレイしました。カラテが非常にお強いですね」「イエイエ。カナコ=サンも若くして中々のワザマエですよ」フジキドの言葉は礼儀正しいが、シンヤを刺し貫く凄絶な視線に変化はない。膨れ上がる恐怖を堪えようと握り込み過ぎた爪が手の中で割れた。

 

「カラテ?」「いやなに、モリタ=サンとイメージの中でカラテをやったんだよ。大負けしちまったけどね」シンヤのやせ我慢を知ってか知らずか、涙を拭い終えたキヨミが小首を傾げた。慣れ親しんだその顔を見るだけで、折れかかった背骨を芯が貫く。痛みより決意より、キヨミの顔が一番の特効薬だった。

 

「ロン先生、モリタ=サン。ご迷惑をおかけしました」シンヤは深くオジギして二人に謝罪と別れのアイサツを告げた。「私は仕事だからかまわんよ。明日来るのを忘れないように」タノシイドリンクの小瓶を手渡しながらロン先生は手を振る。その横のベッドでアグラ体勢のままフジキドは目礼した。

 

「シンちゃん、ホントにダイジョブなの?」「心配しすぎだよ、キヨ姉。ホントにダイジョブさ」怯える自分を胸中で叱咤激励しつつ、未だ心配を続けるキヨミを伴ってシンヤはロン先生のテントを離れる。その背中を容赦ない視線でフジキドは見つめていた。

 

【トロード・ザ・ホイール・オブ・フォーチューン】#2終わり。#3へ続く。


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