鉄火の銘   作:属物

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第五話【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#5

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#5

 

「何を惚けている、ウォーロック=サン!? 仕事をしろ!」「ええ、ええ、私は呆けてなどいませんよ!」乗っ取ったキングの表情を醜く歪め、ウォーロックは驚愕に乱れた意識を整える。正気に返ったとはいえ、インターラプターに特製のジツは通じる。ニンジャスレイヤーの重傷も直ったわけではない。

 

違いは一つ、ワタナベの宣言だけだ。そしてその一つでもうプランBは叶わない。最早、ワタナベがウォーロックの讒言に心惑わされることは絶対にあり得ないからだ。その目に燃える光が、その身に纏う空気が明確に物語っている。ならばどうする? (((ええ、プランCを実施すればヨロシイ!)))

 

手元のマイクを握り直し、憑依したキングの声でヒョットコ達に呼びかける。「約束の子らよ、再び耳を傾けよ」重装備ヒョットコの耳にキングの新たなる演説が響いた。一言も聞き漏らすまいと必死の顔でイヤホンを押さえるヒョットコ達。「キング!」「キングだ!」「キング! 導いて!」

 

ニンジャの恐怖に曝される彼らにはその声はブッダが垂らすスパイダー・スレッドに等しい。イヤホンから響く天啓めいた指令に、全てを委ねたヒョットコの顔が依存の安堵に緩む。「諸君等の前には浄化すべきドブネズミがいる。それ以外はヒョットコでも太陽でもない! 故に気にするな!」

 

「「「キング! キング! キング!」」」縋る重装備ヒョットコ達から盲信と妄信の唱和が響く。だが想定より些か小さい。ウォーロックは製造ライン検品担当めいた「物」を見る目で、スモーク越しにヒョットコ達を観察する。そしてその原因を見つけるとマイクを片手に取り直した。

 

「……だが、浄化の義務から逃げる愚者もいる」放つ声の色合いが寒色へと変わった。「約束を破り下らない感傷に溺れる惰弱者は、その命を以て約束を果たさなければならない!」その言葉を合図にウォーロックはマイクと逆の手に握るスイッチを押し込んだ。

 

スイッチからの電波信号はある重装備ヒョットコの秘匿IRC受信機が受け取った。彼は自らオメーンとイヤホンを外していた。だからキングの演説の変化も聞いてなかった。それよりもあの声が聞きたかった。ヒョットコもセンタ試験から逃げ出した敗北者だ。ワタナベの雄叫びは彼の心に届いていた。

 

SIZZLE! 「アババーッ!?」だが、オメーンを外し一人の人間としてワタナベの言葉を聞こうとした彼が、最期に聞いたのは自分が熱々にローストされる音だった。受信機は設計通りに着火装置のスイッチを入れ、装甲服に仕込まれたヒツケ・ナパームを点火した。キングは彼の改心を許さなかったのだ。

 

「オメーンを被ったその時から諸君等は火炎の化身である。約束のため化身と成った諸君等は自らを燃やしてでも義務を果さなければならない……いいね?」オメーンを外したヒョットコは瞬く間に人間松明と成り果てた。今度は王を讃える声が挙がらなかった。恐怖に押し潰された静寂だけが空間を支配する。

 

「い い ね ?」「「「ア、アィェェェーッ!」」」バイオカツオのタタキめいて火炎に炙られ最期の痙攣をする同胞が、反論も文句も全て封じた。恐怖のままに何もかも投げ出して逃げ出そうとするヒョットコ達。「アバーッ!」だが新しいベイクドヒョットコの無惨なミノ・ダンスにそれすら阻まれる。

 

「約束の子等よ、ゆけ」「ウワァァァッ!」もう逃げる先は敵陣にしか無かった。絶望と恐怖の声を上げて救いを求めるように泣き叫びながら武器を振り回す。あの男のような聖人なら彼らを許し救いを与えただろう。だが、ここにいるのはただの人間だ。苦難に立ち向かう覚悟を決めた、ただの人間達なのだ。

 

「ホノオ!」BLATATATA! 「「「アバーッ!」」」それ故に彼らには容赦がない。どんな残虐な行いもやり抜き、恐怖を制して明日を生き抜く意志を固めている。狂気に染まっていたはずの臨時防衛隊員ですら、今や両目に覚悟と殺意を宿して火器を握りしめている。

 

BLAM! 「足を狙え! 走れなければカミカゼもできん!」ナンブ隊長は錆びた声を張って、泣き喚きながら走るヒョットコの膝を打ち抜く。「「「ハイヨロコンデー!」」」BLATATATA! 「「「グワーッ!」」」ナンブ隊長に従い防衛隊員が放つ銃火の津波が、ヒョットコ達の両足を奪い取る。

 

グンバイが振るわれる度にヒョットコは苦痛のブレイクダンスを踊る。二足歩行するヒョットコがいなくなるのは時間の問題か? しかしヒョットコは余りにも多い! BLAM! 「ファック! 死んじまえ!」土嚢にしがみつく重装備ヒョットコの膝めがけ、防衛隊員は悪態と共に弾丸を叩きつける。

 

「ウワァン! オタスケ!」だが、恐怖とZBRのダブルアドレナリン効果に狂うヒョットコは銃弾が骨を砕く感触にも気づかない。涙と洟をまき散らして小便と血液を垂れ流しながら、ヒョットコは堡塁を乗り越えて助けを求める。そんなヒョットコに与えられるのは死のヤスラギ一つだけだ。

 

SIZZLE! 「アバーッ!」「「「アババーッ!」」」それでも初めて戦果を出したゴホウビに、住民の鉛玉ではなくキングのヒツケ・ナパームがヒョットコを永遠に変えてくれた。オメーンの由来通り火炎となり、両手の指より多い防衛隊員を巻き添えにできた彼は、きっとジゴクに行くのだろう。

 

SIZZLE! 「アバーッ!」「「「アババーッ!」」」 SIZZLE! 「アバーッ!」「「「アババーッ!」」」 SIZZLE! 「アバーッ!」「「「アババーッ!」」」自走ヒョットコ火炎爆弾に各所で犠牲者が続出する! 正気の指揮官なら構成員を捨て石めいて使い捨てることはない。

 

だが、彼らを指揮するウォーロックはニンジャだ。ニンジャがモータルの構成員に価値を覚えることもないのだ。便所紙めいて次々に消費されていくヒョットコ達。そして消費の数だけ防衛隊の犠牲者は増えていく。「ブッダ!」ナンブ隊長は巨大な篝火と化した幾つもの堡塁を苦い表情で睨む。

 

先のように秩序だった防衛戦ならば十分に対抗可能だが、自殺攻撃で乱戦となった今は数の少ない防衛隊が大きく不利だ。こうなれば状況を仕切り直す必要がある。決断的選択でジリープア(徐々に不利)な現状から傷を最小限に押さえるのが指揮官の義務だ。

 

ナンブ隊長は歯を食いしばりグンバイのインカムに怒鳴りつけた。「第一前線は堡塁を放棄し第二前線へと後退! 第二前線は全火力を持って後退を支援せよ!」「ハイヨロコンデー!」即座に返ったのは指揮官として換算に入れてなかった、しかし住民として心のどこかで期待していた声だった。

 

「ハイーッ!」「「「アバーッ!」」」その巨岩めいた拳が振るわれれば食らったヒョットコが水平に吹き飛び、数体を巻き添えに粗挽き肉になる。「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」その巨木めいた脚が一度振るわれれば食らったヒョットコが上下に分離して、数体を巻き込み前衛芸術になる。

 

「おお、助かった!」「これで勝てる!」「流石なカラテだ!」その拳と脚の持ち主を見た住民の誰もが安堵の息をこぼし、その大きな背中を見たキャンプの誰もから不安と恐怖が霧散する。それは住民を守る役割をその大きな背中に背負ったキャンプのヨージンボー、サカキ・ワタナベに他ならない! 

 

「これ以上やらせはせんぞ!」第一前線の堡塁に縋るヒョットコの残りを片端から吹き飛ばしながら、迫る残りのヒョットコ達を睨みつける。「今です! イヤーッ!」「グワーッ!?」だが、それこそがウォーロックの狙う一瞬だった。強烈な神経衝撃にワタナベは大きくバランスを崩す。

 

ウォーロック特製のジツは未だに有効だ! だが、それでも膝は突かない。もう二度と突かない。皮膚を破るほどに拳を握りしめて血涙を流し、苦痛を越えた苦痛を堪える。「無駄な抵抗だ! これでオシマイです!」想定を越えるワタナベの耐力に歯噛みしながらも、ウォーロックはスイッチを連打する。

 

SIIIZLEEE!! 「「「アバーッ!?」」」救いと助けを求めて迫り来る全てのヒョットコが、名前通りに火焔へとその姿を変えた! 炎の大津波が向かう先は、ニューロンアタックに歯を食いしばるワタナベがいる! 「グワーッ!」火炎の濁流に飲み込まれ、ワタナベは炎の中に姿を消した。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「グワーッ!」巻き上がる炎がキャンプの防人を飲み込んだ。「ホホホホ! ボスの指令はもう一つありましてね! 復帰を拒むなら殺せと指示されております!」勝利を確信したウォーロックの哄笑が炎を揺らめかせる。カトン・ジツに匹敵する特製ヒツケ・ナパーム多重点火は絶大だ。

 

ソウカイヤ最強と謳われたインターラプターでも、ジツで精神の集中を奪われてナパーム火炎に沈めばオタッシャは確実。「後は芯まで焼き上げてあげましょう! イヤーッ!」轟炎で包み上げ特製のジツを加えてニンジャローストの完成となる。仕上がりの爆発四散はさぞかし見応えのある代物に違いない。

 

(((シックスゲイツ筆頭もたわいないもの! 私のシックスゲイツ入りも時間の問題ですね!)))作戦を破られ陰謀を覆された屈辱感は燃え盛る勝利の美酒の中に溶け消える。「ワタナベ=サンが!」住民の誰かが燃えさかる火に叫ぶ。鼓膜を心地よく揺らす絶望の声にウォーロックの嗤いが深まる。

 

BLAM! 「グワーッ!?」ウォーロックの甘やかな微酔に冷水をかけたのは一発の銃弾だった。目を向ければ仁王立ちで拳銃を構える一人の防衛隊員がいた。彼をヨタモノから救ったことをワタナベは覚えていないだろう。それは単なる日常業務の一つだった。だが彼は救われた事を忘れはしなかった。

 

BLAM! 「非ニンジャの屑が!」「グワーッ!」怒りの声を上げてウォーロックが煙幕越しに引き金を引いた。防衛隊員が崩れ落ち、赤い水溜まりが静かに広がる。ウォーロックのネンリキは凶悪極まりない。飛び来る弾丸は悉く逸らされ、放つ鉛玉は軌道調整されて必ず致命傷となる。

 

「ワタナベ=サンを守るんだ!」「スモーク向こうの奴だぞ!」しかし死を見せつけられた筈の住民達は、次々に立ち上がって武器を構えた。彼らの顔には恐怖も憤怒もない。どれほど疑っても尚、自分たちを守ってくれた敬愛するヨージンボーを助ける。ただその覚悟一つで銃火に身を晒していく。

 

BLAM! BLAM! BLAM! 「邪魔! 邪魔! 邪魔!」「グワーッ!」「アバーッ!」「アババーッ!」防衛隊員がまた一人、また一人とアノヨへ旅立つ。ニンジャとモータルの差は歴然としている。ウォーロックが一発撃てば住民一人が確実に死んで、住民達が百発撃ってもウォーロックに傷一つない。

 

BLAM! BLAM! BLAM! 「撃て! 撃て! 撃て!」「奴を倒すんだ!」「ワタナベ=サンは死なない! 死なせない!」だが死の恐怖に怯えて逃げ惑う住民は誰一人として現れない。白煙に映し出された巨大ヒョットコ・オメーンに向けてがむしゃらに銃弾を叩きつけ続ける。

 

「無駄! 無為! 無能!」無敵のネンリキは全ての弾丸を逸らす。だが、それは同時にウォーロックの集中を妨害し続けている。つまり、ワタナベに掛けるジツの集中が阻害されているということでもある。効果としてはほんの僅か、せいぜい流れる血涙の多寡でしか判らない程度だろう。それで十分だった。

 

「え」全身に巻き付いた炎はただ一震いで吹き散らされた。ザムラ・カラテ守りの奥義カラダチは業火すら触れることを許さない。火勢の逆光の中で巌めいた影法師がかいま見える。露出した肌の多くは火傷に覆われ、身に纏るテックコートは炭屑めいて焼け焦げている。だが、サカキ・ワタナベは健在だった。

 

燃え盛る炎に包まれながら、それよりも紅い血涙を流す目で白煙の向こうをワタナベは見据える。その視線は揺らぐことなく、火炎と蒸気を越えた先のウォーロックを睨みつけている。「アイエッ!?」ウォーロックの脊椎に氷柱めいた悪寒が走り抜け、思わず口から震えた声が漏れた。

 

ウォーロックは不死身と自負している。手足となるのはフドウノリウツリ・ジツで乗っ取った犠牲者達。拷問を受けても残酷に殺されても自分には傷一つない。少々のニューロン負荷以外のリスクなしに安全圏から一方的に他人を操れる。秘密のゼン・キューブに居る限り誰も触れられない。その筈だった。

 

だがワタナベは白煙の向こうでロウバイするキングを越え、ジョルリ人形めいてそれを操るウォーロックそのものを観た。ナパーム火炎より高温の視線が遙か彼方の安全地帯でザゼンするウォーロックを刺し貫く。キングが恐怖に震える。否、震えているのはキングではなく憑依したウォーロック自身だった。

 

右腕に燃え盛るバーンドヒョットコを握りしめたワタナベが上半身を捻る。キリキリと締め上げる音を幻聴するほどに強く、背中どころかヒョットコを握る腕が前を向くほどに深く。撓められた上体と右腕の異常な緊張は、ザムラ・カラテ攻めの奥義タタミ・ケンを意味している。

 

白煙後ろのキングまで数十m、ゼン・キューブに潜むウォーロックは居場所すら不明。カラダチで捕らえた敵を挽き潰すタタミ・ケンが届く距離ではない。だがウォーロックのニンジャ第六感は最大級の警告をかき鳴らした。長い安全の中で眠っていた危機感が叩き起こされ、驚異と脅威が心臓を握り締めた。

 

「イ、イヤーッ!」恐怖に駆られるままにジツを仕掛けるウォーロック。その判断は正しかった、だが余りに遅かった。「ハイィィィーーーッ!!!」裂帛のキアイと共に業火が引き裂さかれ、人型の影が水平に飛んだ! タタミ・ケンの破壊力を乗せられた火炎ヒョットコ・シュリケンが音より迅く虚空を貫く! 

 

ベイパーコーンを残像めいて残したヒョットコは、スモークに映し出された巨大ヒョットコ・オメーンをソニックウェーブで跡形もなくかき消す。最早、キングの身を隠すものは何もない。彼がモータルであったなら理解も恐怖も痛みすらなく一瞬の内に死ねただろう。

 

だが憑依したウォーロックはニンジャだ。ニンジャアドレナリンと恐怖アドレナリンの二重効果で遅延した時間の中、全ての痛みを逃げ場無く味わう。ヒョットコの腕が肩を打ち、肺腑と心臓を突き抜ける。ヒョットコの脚が腹を蹴り、内臓が抉り出される。自分が四散して死んで逝く様を存分に堪能する。

 

「アィィィェェェッ!!」安全無欠のゼン・キューブに恐怖の声が響きわたった。反射的にウォーロックは声の主を捜す。だが誰もいない。いるはずもない。そこは自分だけのザゼン空間なのだ。周囲に目を向けて漸く、自分が口を開いて喉を震わせていることに気づいた。叫んだ事すら認識していなかった。

 

「アッ、アィ、アィェ」ウォーロックは必死に口を押さえ、漏れ出る声を抑えようとする。だが歯の根は合わず、震えは止まらぬ。肉の失せた薄い胸の奥で心臓は狂乱のビートを刻み、冷え切った脂汗が紐めいて痩せた身体を滴り落ちる。何をしても悪寒は鎮まる事はなく、戦慄は精神を抉り続けている。

 

不死なる憑依ニンジャ「ウォーロック」。無敵のフドウノリウツリ・ジツは一切のリスク無しに全ての負債を被害者へと押しつける。今もその身は血の一滴たりとも流してはいない。だが総身に傷一つなくとも永劫に消えぬ恐怖は刻まれた。ワタナベはそのカラテで、敗北をウォーロックの魂に焼き付けたのだ! 

 

ドオン! キングが四散して一秒後、腹の底を震わせる重低音が地下空間全てを揺らした。燃え盛る轟炎が爆風で膨れ上がって弾け飛ぶ。放射状に生じた衝撃波が全ての火を爆発消火めいて消し尽くした。全身から焼け焦げた煙とカラテ排熱の蒸気を上げて、ワタナベはゆっくりとザンシンを決める。

 

その視界の先には何もない。TNTバクチクすら霞む圧倒的破壊の前にバイオドブネズミ一匹たりとも残らなかった。全てのヒョットコは打ち倒され、キャンプの勝利は決まった。残るはワタナベ達三忍の勝利だ。想像も出来なかったの事態にロウバイする紅白ニンジャへとワタナベは視線を向けた。

 

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#5終わり。#6に続く。

 


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