鉄火の銘   作:属物

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第七話【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】#2

【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】#2

 

「ああ、ああ」嫌うバイオピーマンを幼子が拒むように『彼』は何度も何度も抱えた頭を振る。その目の中にヨージンボーとしてキャンプ住人を、大黒柱としてトモダチ園の家族を、命を懸けても守ろうとした鋼鉄めいた意志は一片もない。果たすべき役割をも忘れ去り、沸き上がる混乱と不安に顔を覆うだけ。

 

「アアー!」故にインターラプターはもう止まらない。打ちのめされた『彼』がジツの使い方すら忘れた為か、拘束は引き千切るまでもなく自ら崩れ落ちた。全身を縛り上げていたスリケン鎖と布紐の残骸を震い落とすと、インターラプターは緩慢なチドリ足で避難所へと向かう。

 

一歩、また一歩と恐怖が住人達へと近づいてくる。制止の手段も対抗の手筈も何一つない。恐怖に抗しうるニンジャ達は全員助けに来れない。一人は赤影ニンジャを食い止めるのに必死、もう一人は死に体の白影のジツに崩れ落ちた。最後の一人は、今避難所へと足を進める恐怖の化身そのものだ。

 

「逃げろ!」「ブッダ!」「死にたくない!」逃れようのない恐怖とパニックの火が避難所を沸騰させ、冷静さが住民たちの脳裏から蒸発する。「こっちだ! 急いで!」だが全員ではない。危機的状況ながらも未だヘイキンテキを保つタジモ村長が声を張り上げた。指さす先は当初の避難経路である。

 

そこはヒョットコ進入を防ぐために土嚢で封印されていたが、トライハームのエントリーで破られている。その向こうにヒョットコはもういない。万一のためにタジモ村長が確認済みだ。つまり当初の予定通りにここから外へ脱出できるのだ! 

 

「急げ! 急げ!」「通してください!」ジゴクに垂らされた蜘蛛の糸に群がるように、唯一の脱出経路へと住人達が押し寄せた。「一人ずつ並べ!」「沢山は通れんぞ!」タジモ村長とナンブ隊長の指示を受けた防衛隊員が列の整理にかかるも、防衛隊の大半が死に絶えた現状では余りに人手が不足している。

 

「並ぶんだ!」「押さないで!」「潰れる!」「俺が先だぞ!」「荷物は諦めろ!」住人同士が互いに押し合いへし合うせいで避難は遅々として進まない。既にインターラプターは避難所の目前に迫っているというのに、まだダース単位の住民が残っている。どう考えても時間が足りない。

 

BLATATATA! 「顔面に集中射撃! とにかく目を眩ませろ!」その時間を稼ぐべく、死兵となった残存防衛隊員が最後の防衛線で奮闘の真っ最中だ。「目だ! 目を狙え!」「「「ハイヨロコンデー!」」」肉体が鋼鉄を遙かに超える強度だとしても全器官がそれとは限らない。

 

「アー」足下を這い回るバイオアントの群から目前を飛び回るミュータントフライ群程度には昇格できたのか、インターラプターは鬱陶しそうに腕で顔を覆う。「イヤーッ!」視界が遮られたその隙に防衛隊員が飛びついた。火薬をたっぷり詰めたパイナップルが全身に鈴なりになっている。

 

「逝ってこい!」「逝きます! バンザイ!」全身に残りの手榴弾をまとめて巻き付けた防衛隊員は、紐で括られたピンを全て引き抜いた。最期の瞬間は太く笑う。それが湾岸防衛隊魂だ。KABOOM! 「アバーッ!」「アーッ!」爆風が空気を轟かせ、無数の鉄片が吹き荒れた。硝煙と土煙が巨体を包む。

 

「今!」「「「バンザイ!!」」」好機を見いだしたナンブ隊長がグンバイを振り下ろす。合図と共に死の恐怖を戦場の狂気で塗り潰し、残る爆弾全てを身にまとった隊員達が駆けた。KABOOOOOOOOM!! 「「「アバーッ!」」」「アーッ!」弾けた爆炎が網膜を焼き、轟く爆音が鼓膜を叩く。

 

「グワーッ!」ナンブ隊長は爆発の衝撃に打ちのめされ散々に転がった。防衛隊全員の死で一体何秒が稼げた? どれだけの合間、歩みは止まる? 脳震盪に崩れる意識をつなぎ止め、閃光に霞む目を凝らす。爆発中心の巌めいた影は動かない。重篤なダメージを負ったのか? 

 

「アー!」否! 奇妙な防御姿勢を解くと影は遅滞なく動き始めた。ザムラ・カラテ防御の奥義、カラダチは火炎も鉄片も衝撃すらも通さない。「カミカゼもさせてくれんのか……ブッダ……どうか目を、覚ま……」希う声が掠れ消え、絶望と共にナンブ隊長の意識は闇に沈んだ。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「そこを退け! 俺が逃げる!」「神様! ブッダ! オーディン! 何でもいいからお救いください!」「皆死ぬんだ! 死ぬ! 死ぬ! イヒーヒッヒッヒッ!」動物的本能のままに他者を踏みつけて逃げ出す者、奇跡を夢想して超越者に縋る者、現実から目を背けて狂気に走る者。

 

煮えたぎるアンコシチューは、焦げ付きの果てに遂に火を吹き上げた。残存防衛隊の壊滅と避難所に踏み入るインターラプターを目の前に、残された住民たちの精神は限界を超えたのだ。防衛線の崩壊と共にモラルも崩壊し、避難所は混沌という言葉を超えたアビ・インフェルノの狂乱と絶望の最中にあった。

 

「潰れる!」「出して!」「通りたい!」唯一の脱出口は逃げだそうとする人々がみっしりと詰まり完全に蓋をされている。その背後に迫るインターラプター。堡塁をトーフめいて砕く拳が振り上げられる。「「「アイェェェ!」」」「アァー」逃げ場もなく救いもなく、確実な死だけがそこにあった。

 

「アァーッ!」「「「アバーッ!」」」CRAAASH!! 絶望する暇すらなく、そこにいた全員の魂はアノヨへと叩き出された。加えて細切れ人肉と粉砕コンクリートが降り注ぎ、脱出口の封鎖はより完璧となった。可能性とも呼べないゼロコンマ以下であったが脱出の確率はこれで完全に無くなった。

 

「アー! アー! アー!」自作した有機物と無機物の合い挽きを前にインターラプターは大きく身震いをする。それは何度と無く身を浸した殺戮の喜びの再体験か、それとも僅かに残るワタナベの正気が流す滂沱の代わりか。どちらにせよ溢れる体液に覆われた顔から、感情を示す表情は読みとれない。

 

「「「ウワァァァン!」」」「ダイジョブよ! ダイジョブだから!」「心配するな! 何とかなる!」破壊と殺戮、死と絶望。許容量を遙かに超えた現実に子供達は泣きわめく事しかできず、必死に宥めるキヨミとコーゾの言葉も空疎に響く。

 

「アァ」子供等の泣き叫ぶ声に反応したのかインターラプターが声の出所を空っぽの目で見つめる。「「「ウワァァァン!!!」」」ニンジャの圧倒的恐怖に子供達の絶叫がオクターブをあげた。シンヤ由来のNRS耐性でショック死しないだけマシか。それともNRSで気を失って死ぬ方が幸福か。

 

いつでも呼べば助けに来るはずだった家族のヒーローは、邪悪なジツに魂ごと打ち据えられて茫漠と虚空を眺めている。いや、泣きじゃくり響きわたる子供達の声に『彼』もまた顔を向けた。泣き叫ぶトモダチ園の子供達、死に物狂いで盾になろうとするコーゾ、涙を滲ませて抱きしめるキヨミ。

 

ドクン! 心臓が跳ねた。記憶は全て白痴の向こう。光景の意味も判らない。(((……レ)))「あ」だが、何かが頭の奥で声を上げる。(((……シ・レ!)))「ああ」黒い熱が腹の底で煮えたぎる。(((ハ・シ・レ!!)))「あああぁぁぁっ!」コールタールめいたドス黒いエネルギが沸騰し、『彼』のケツを蹴り上げた! 

 

「うわあああぁぁぁっ!!」耳に届く泣き声も目に映る涙も何一つたりとも判らないまま、吹き上がる衝動に従って『彼』は駆ける。訳の判らない大声を上げながら堡塁を飛び越えひた走る。涙をこぼし両手を振り回すその様は、道理も判らぬ子供の癇癪そのものの姿だ。

 

それでも速度はニンジャのそれ。並び立つ堡塁を一跳び二跳びで超えると瞬く間に避難所へと飛び込む。一路向かう先は子供達に向けて拳を構えるインターラプターだ! 「ワァーッ!!」速度をそのままに『彼』は文字通りの肉弾攻撃を加える! 拳の振り方すら忘れた『彼』に出来るのは体当たりが全てだ。

 

それでもニンジャの速度で人間の質量が”モータルに衝突すれば”交通事故以上の結果が待っている。しかし相手はニンジャだ。跳び来る『彼』にインターラプターは構えた拳をそのまま振るった。「アァーッ!」「グワーッ!」巨拳に正面衝突した『彼』は空中三回転捻りで避難口前の有機土砂に突き立った。

 

「え……?」焼け付く恐怖よりドス黒い絶望より、ただ茫漠たる空白が満ちた。トモダチ園の誰もが呆然の顔で、向き直る巨体と逆さに突き立った家族を交互に見つめている。彼らを見据えるインターラプターはエラーを起こしたUNIXが再起動を繰り返すか如く、何度も何度も拳を握り直す。

 

「アアー」モータルの子供達でも判るほどゆっくりと震える拳が振りかぶられた。コーゾがインターラプターにしがみつく。だが止まりなどしない。キヨミが子供達に覆いかぶさる。だが防げなどしない。キヨミの肩の隙間から、エミは捻りに捻られたインターラプターと異常に緊張した拳を見た。涙が溢れた。

 

……時に幼い子供は大人の飲酒を強烈に嫌悪することがある。認識能力の未発達な彼らには、泥酔した大人が異様な怪物にしか思えないのだという。エミもそうだった。体液にまみれ狂気で塗り潰された声で死を迫る『インターラプター』は、幼いエミにとって恐怖のモンスターでしかなかった。

 

「オジチャン、タスケテ……」だからエミは優しいオジチャンを、『ワタナベ』を呼んだ。「ハィィィーーーッ!!」最期のシャウトと轟音が地下空間を揺るがした。

 

【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】終わり


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