鉄火の銘   作:属物

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第二話【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】#2

【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】#2

 

すべての感情を押し殺しスカートに手をかけるキヨミ、下劣なる喜びを露わにそれを眺める巨漢ヤクザ。そしてその光景を見ながらも何一つできないシンヤ自身。

 

(((アナタが求めれば今すぐにでも!)))その声が悪魔との契約であることは、直感が明言していた。その代価が破滅的な代物であることも。だが、今踏みにじられ奪われようとしているものに見合う代価などない! 

 

シンヤは全てをかけて叫んだ! (((ヨ! コ! セ!)))倒れるシンヤの口から漏れたのは、か細い吐息でしかなかった。だが、シンヤの声をそれは聞き届けていた。脳裏に契約成就の喜びに満ちた三眼が瞬く。その瞬間、シンヤは自らの頭蓋が暗黒なエネルギの内圧で弾け飛ぶ姿を幻視した。

 

頭部を吹き飛ばして油田めいて吹き上がる暗黒なエネルギ。その中心から延びる01ライン。原油めいた暗黒なエネルギは、01ラインに絡まりながら黄金立方体へと毛細管現象めいて近づいていく。そして遂に暗黒なエネルギが黄金立方体に触れる。

 

突如現れた鉤爪の人型が01ラインを切断するより早く、影が01ラインを伝い暗黒なエネルギの源へと流れる。それは蛍光色の人影にフィルタリングされ、『何か』を除いてシンヤへと注ぎ込まれた! 

 

「ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア」砕けたシンヤの口から声がほとばしった。崩壊したはずの顎と歯の痛みはない。四肢の痛みもない。代わりに全身を満たすのは、薬物めいた激烈な多幸感と、痛みに等しいほど強烈な爽快感。

 

「ザッケンナコラー!?」混乱した巨漢ヤクザのヤクザスラングが聞こえた。声音の奥に隠れた恐怖も聞き取れる。困惑の顔に浮かぶ皺一本一本の形も、カラテを構える筋繊維の動きも見える。シンヤの五感はデジタル処理済みデータめいて、全ての感覚を鮮やかに明確に映し出していた。

 

「イヤーッ!」シンヤは寝そべった状態から、習った覚えのないタイドー・バックフリップで跳ね起きる。脳裏に超常的なアクションのイメージが浮かび上がり、肉体は一切遅滞なくそれに応える。全身が軽い! そして強い! 

 

今までの自分は何だったのか。今がオーバーホール済みの最新鋭兵器なら、以前など重金属酸性雨に錆つぶれたゴミに等しい! 自らの力を確かめるように、シンヤは掌を見つめ一度、二度と手を開いては閉じる。その手が暗黒なエネルギに包まれる。

 

シンヤの想像が現実となったのか? 否、手を包むのは黒錆色の繊維だ。超自然の力で虚空より生じた繊維が、互いに絡まり編み上げられ、装束を成していく。全身も同様に虚空から現れた繊維を装束としてまとっていく。最後に口を赤錆めいた金属が覆う。それがメンポだ。シンヤには理解できた。

 

そしてシンヤの変身を見つめる周囲の人間たちも、シンヤが何になったのかようやく理解できた。「ニンジャ、ニンジャナンデ!? アイェェェ……」NRSに震える巨漢ヤクザの口からこぼれた言葉が現実を表していた。そう、シンヤはニンジャとなったのだ! 

 

「クッハハハハハハ!」全身に溢れるパワが、哄笑となってシンヤの口から漏れだした。脳裏に声がコダマする。(((そう、ニンジャのパワ!!)))なんとスゴイ! なんとスバラシイ! 高揚感に身を任せ、シンヤは無造作に巨漢ヤクザへと足を進める。

 

「く、来るな!」ヨタモノに追いつめられた犠牲者オイランめいて、巨漢ヤクザは必死に両手を振り回す。そこに先までの人食いライオンめいた凶悪さは微塵もない。恐ろしいメキシコライオンも、強大なドラゴンを前にすれば野良猫と同じだ。ニンジャとモータルとの間にはそれほどまでの開きがある。

 

そしてオイタをした野良猫は薬殺処分が妥当だ。「お前、服を脱いでドゲザとか言ってたな?」巨漢ヤクザの両腕を容易く掴み、シンヤはマンリキめいた圧力を加える。巨漢ヤクザは必死でもがくものの、両腕はマンリキめいたニンジャ握力で完全に固定されている。

 

加えてシンヤは殺意を込めた視線を巨漢ヤクザの両目に叩きつけた。「アイェェェ!」巨漢ヤクザはしめやかに失禁! 「すぐやります! だから離して!」動けないことを確認したシンヤは片手だけ握力を緩める。

 

巨漢ヤクザは赤黒く変色した腕を抜くと、震える手で不器用にアロハシャツのボタンを外し始めた。「いいや、その必要はない」「エッ?」シンヤの手が巨漢ヤクザを制止した。恐怖に彩られた不可思議の顔で巨漢ヤクザがシンヤを見つめる。

 

「俺が皮ごと脱がしてやる!」「アイェェェ!」嗜虐の愉悦に満ちた台詞と共に、掌に塵が集まり形をなす。それは音叉とクナイ・ダガーを足して二で割った姿だった。その形状がどんな意味を持つのか、巨漢ヤクザは即座に体感させられた。

 

PEELING! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」巨漢ヤクザの右腕が服ごとバイオゴボウめいて剥かれる! 人体模型めいてむき出しになった筋肉からリンパ液と血液がにじみ出る。恐怖と激痛に巨漢ヤクザは右腕を振り回そうとするが、ニンジャ腕力で固定され全く動かない! シンヤは腕を持ち替える。

 

PEELING! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」巨漢ヤクザの左腕が服ごとバイオゴボウめいて剥かれる! 人体模型めいてむき出しになった筋肉からリンパ液と血液がにじみ出る。恐怖と激痛に巨漢ヤクザは左腕を振り回そうとするが、ニンジャ腕力で固定され全く動かない! シンヤは両腕をまとめて掴む。

 

PEELING! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」巨漢ヤクザの胸が服ごとバイオゴボウめいて剥かれる! 人体模型めいてむき出しになった筋肉からリンパ液と血液がにじみ出る。恐怖と激痛に巨漢ヤクザは腕を振り回そうとするが、ニンジャ腕力で固定され全く動かない! シンヤは両腕を手放した。

 

「イタイ! イタイ! ヤメロー!」「ドゲザは?」絶望と痛みに泣き叫ぶ巨漢ヤクザに、シンヤは問いかけた。ドゲザの恥辱は母親との前後を強要され、記録素子に残されるに等しい。だが巨漢ヤクザはすすり泣きながら床に頭をすり付けた。それほどまでニンジャの恐怖と痛みに心折られていたのだ。

 

「クッハハハハハハ!」その光景をシンヤは指さして笑う。苛立たしい敵を思うがままに踏みにじる、何とタノシイ! 腹立たしい相手を望むがままに殴り倒す、何とキモチイイ! ALAS! 暴力の悦びよ! ALAS! 遙かにいい! コーゾの怯えた目も、キヨミの涙を湛えた目も気にならなかった。

 

「ゴメンナサイ! もうしません!」「そうだなぁ」涙に濁った巨漢ヤクザの声が、暴力に酔いしれるシンヤの耳に届いた。ドゲザを続けて許しを乞う巨漢ヤクザの頭を踏みしめ、道化めいてあからさまに考える振りを演じる。溺れる者が掴む藁めいて、ドゲザする巨漢ヤクザはそれにすら縋った。

 

「ユルシテ! お願いします!」「ダメだ」だが当然、シンヤに許す気はない。トーフプレス機めいて踏みしめる足にさらに力を加えていく。「ヤメテヤメテヤメテ!」「ダメだ」巨漢ヤクザの頭蓋骨が激痛と共に致命的な音を上げる。シンヤはあえて力を加える速度を緩めた。

 

「アーッ! アーッ! アーッ!」巨漢ヤクザの口からは絶望と恐怖と激痛が入り交じった叫びが漏れ、床が涙と鼻水と涎で濡れる。決定事項の死が明確に示された。最早救いはない。慈悲もない。脳裏に浮かぶのはスライド写真めいた無価値な人生のダイジェスト。ソーマトリコールが最期の瞬間を占めた。

 

BREEAK! 「アバーッ!」「クッハハハハハハ!」ニンジャ脚力に屈した頭蓋骨が中身をぶちまける! 巨漢ヤクザ脳漿で床が再塗装! 血臭と静寂に満ちた部屋に、シンヤの狂喜に溢れる嗤い声だけが響く。アビ・インフェルと化した談話室とNRSの衝撃で、子供達はとうの昔に意識を手放している。

 

「ナンダッテンダー!?」巨漢ヤクザの断末魔に叩き起こされたのか、目を覚ましたパンチパーマヤクザが混乱と恐怖に大声を上げてわめき散らす。その様をに光る目でねめあげると、シンヤは加虐的な声音でつぶやいた。

 

「そう言えば、お前もドゲザをさせていたなぁ」「アイェェェ……」ニンジャとなったシンヤの視線が意味するものを理解したのか、パンチパーマヤクザはしめやかに失禁。談話室の床に尿が滴った。頭巾の奥から覗くシンヤの目が不快そうに歪む。

 

「床が汚れちまった」「ッ!……ハ、ハイ」抗議を考えたのか声を上げようとするも、巨漢ヤクザの頭部破裂ゴア死体を目にしてパンチパーマヤクザは従順に従った。アロハシャツを脱ぐと必死に自分の尿と相棒の脳漿をふき取ろうとする。だが、アロハシャツ一枚では到底足りない。

 

「舐めてキレイにしろ」「エッ?」理解が追いついていないパンチパーマヤクザはシンヤと床を交互に見る。理解の遅さに苛ついたシンヤは、足早に近づくとパンチパーマヤクザの頭を掴んだ。ニンジャ握力に頭蓋骨が悲鳴を上げる。

 

「こうするんだよ!」「グワーッ?」頭蓋骨に続いてパンチパーマヤクザが悲鳴を上げるより先に、シンヤは汚れた床にパンチパーマヤクザの頭を叩きつけた。続けて顔面をモップめいてすり付ける。潤滑剤代わりの脳漿と尿があっても、ニンジャ腕力で押さえつけられれば無いのと同じだ。

 

「ほれ、イヤならドゲザだ」「グワーッ!?」床をヤスリ代わりにパンチパーマヤクザの顔面が削れる。鼻がへし折れ、唇が引き千切れ、頬が擦り削られる。あまりの激痛にパンチパーマヤクザは容易く屈した。

 

「ドゲザします! ヤメテ!」「早いな。あっちはもう少し持ったぜ?」巨漢ヤクザの頭部破裂ゴア死体を指さし、シンヤは必死のパンチパーマヤクザを嘲笑う。伏せた顔から屈辱と恥辱のうめき声が漏れる。

 

「グググ……」だが、逆らう様子はない。目の前の恐るべきニンジャは、たとえ逆らわなくとも気軽に暴力を振るうだろう。それも致命的な力を、楽しみだけを理由にして。そう確信できたからだ。

 

屈辱と恥辱と激痛を押し殺し、パンチパーマヤクザは脳漿と尿で濡れた床に額をすり付けた。「グググ……ゴメンナサイ」「クッハハハハハハ!」ドゲザ姿のパンチパーマヤクザをひとしきり笑うと、シンヤはその頭に足を乗せた。さっきの巨漢ヤクザの時と同じ体勢だ。

 

先のスプラッタ光景を思い出し、コーゾが息をのんだ。「イタイ! イタイ! ヤメテ! ヤメテ!」「ダメだ」コーゾの予想通りにシンヤは足に力を加える。パンチパーマヤクザの頭蓋骨がゆっくりと、不可逆に変形し始める。

 

「何なんだよ、何だよオマエ!?」逃れられようのない理不尽な死に瀕して、足の下でパンチパーマヤクザが絶叫した。それは襲いかかる理不尽に対する、単なる拒否反応めいた言葉だった。しかし、その言葉にシンヤの奥底で何かが反応した。

 

(((俺は何だ?)))暗黒なエネルギとは違う、ニンジャのパワとも違う、重要な何か。だが、それを認識する前に、吹き上がる暗黒なエネルギ、溢れるニンジャのパワ、そして全身を浸す暴力の悦びが疑問を吹き飛ばす。(((アナタはニンジャ! アナタが主役! 誰も止められない!)))

 

合成音めいた声が頭蓋の内側に満ちる、まるでシンヤが何かに気づくのを拒むように。「クッハハハハハハ!」(((そうだ、俺はニンジャだ! ニンジャとなったんだ!)))脳裏に蛍光緑の哄笑が明滅する。(((そして相応しい名前を付けてあげましょう!)))

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

(((そして相応しい名前を付けてあげましょう!)))そうだ、「己」の名前を名乗るのだ! 脳裏の声とシンヤの声が同期する。いや、脳裏の声こそがシンヤの声となる。パンチパーマヤクザに向けて両掌を合わせ威圧的なオジギをすると、ニンジャは狂気と狂喜が匂い立つようなアイサツをした。

 

(((ドーモ)))「ドーモ」(((コルブレインです)))「コルブレ「シンちゃん、ヤメテ!」だがそれはタックルめいて腰に抱きついた、キヨミの手によって中断された。NRSとスプラッタ光景の衝撃に震えながらも、キヨミは必死の形相でシンヤを押しとどめようとする。

 

「シンちゃん、こんなことはお願いだからヤメテ!」それは単なる偶然だったのか、それとも人生の大半を共に過ごしたが為の直感だったのか、キヨミ自身にも解らない。しかしそれが、決定的な一線を踏み越えようとするシンヤの、最後の盾となった。「キヨ姉」シンヤの目から狂気の色が薄れていく。

 

(((ジャマだ!)))瞬間、暗黒なエネルギがシンヤの額を内側から殴りつけた。暴力衝動にシンヤの全てが黒く染まる。腰にしがみつくキヨミを小石めいて蹴り飛ばす。一切の手加減無いニンジャ腕力に振り払われて、ただのモータルが、ましてや一般女性がその力に耐えられるはずもない。

 

「ンアーッ!」合成ゴムマリめいて跳ね飛んだキヨミは、談話室の壁に叩きつけられた。壁を背に泥めいて力なく崩れ落ちるキヨミ。その右足はカワイイジャンプめいて人体構造上不可能な方向にねじ曲がっている。

 

(((俺は、俺は何を……)))閃光めいて衝動は一瞬だった。シンヤは振り払った腕とキヨミの足を繰り返し見やる。その目はZBR効果が抜け落ちた薬物酩酊者のそれだ。そして薬物酩酊者は覚醒と同時に、快楽に酔いしれていた自分が何をしたのかを見せつけられるのだ。

 

へし折れたキヨミの足がシンヤの目に入る。膝間接を軸に前方90度回転し、内出血で青黒く変色した横向きの足。下手をしなくても後遺症を残す怪我だ。「アッ……」シンヤは震える手で持う一方の腕を掴む。この手で守るべき家族を傷つけた。二度と元に戻らない傷を与えた。家族との絆もまた。

 

キヨミは吐き気を覚えるほどの痛みをこらえ、必死で顔を上げる。その目がオコリを発症したかのように震え出すシンヤの姿を見つめる。視線に気づいたシンヤが頭巾の奥の瞳を向けた。二人の視線が重なる。目を逸らしたのはシンヤだった。

 

「ウワァァァ!」オバケに出会った子供と同種の絶叫と共に、シンヤは全力で駆けだしていた。当然踏み込みもニンジャ脚力の全力である。「アバーッ!」踏みつけられていたパンチパーマヤクザ頭蓋骨破裂! パンチパーマヤクザ脳漿で床が再々塗装! 

 

CRAASH! 黒錆色の風となったシンヤが窓を砕いて飛び出した。突然の轟音が談話室にコダマした。「アイェェェ!」コーゾの悲鳴がそれに続いた。その後はただ雨音が響くばかり。「シンちゃん……」キヨミのか細い声も談話室の血臭に溶けて消える。

 

シンヤが飛び出した窓から、重金属酸性雨のケミカル臭が漂いだす。その窓をしばらく見つめた後、キヨミは壁に手を突き立ち上がった。右膝から断続的に襲い来る、ニューロンを直接ハンマーで叩くような激痛に歯を噛みしめて耐えながら、キヨミは子供たちとコーゾの元へと向かった。

 

【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】終わり


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