鉄火の銘   作:属物

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今年も一年、皆様にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


第四話【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#1

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#1

 

「ワォ……ゼン……!」手渡された赤銅色のガントレットに、”カナコ・シンヤ”は思わず呟いた。月触の色を両腕にはめて握る。開く。また握る。石、鋏、紙、キツネ、グッド、サレンダー、チョップ。カラテパンチを虚空に放つ。デントカラテ攻撃から防御の構えへ。全て無音かつシームレスだ。

 

「完璧です。流石ドウグ社のワザマエですね」「ご満足頂けてなによりです」新規顧客の感嘆の声に”サブロ老人”は満足げに頷いた。シンヤが『絶望の橋』を渡ったのは一月前、ガントレット注文の為だった。『原作』にて主人公を幾度と無く助けたワザマエ。それを自分も生かすべく前金で依頼したのだ。

 

そして受け取ったドウグ社製ガントレットは想像以上の代物だった。両腕を二周り巨大化させるサイズながらも、絶妙な質量配分で重量感は絶無。しかも精密な関節稼働域と衝撃吸収構造により、打撃力と器用さを両立している。僅かとはいえ物作りに携わった身としては、この出来映えに脱帽せざるを得ない。

 

「自分も趣味のDIYをしますが、やはりプロフェッショナルは違いますねぇ」「我が社の哲学は『人の手足な』。作った道具が手足となってこそですよ」唸るシンヤにサブロ老人は笑って見せた。ジツで小道具を作った経験は多々あれど、シンヤがこれほどの物を仕上げたことはない。自分に作れるだろうか。

 

いや、作れるかではない。作りたい。ムラムラと沸き上がる創作熱が赤銅色に覆われた指先を蠢かす。それでもガントレットは擦れる音一つたてない。「できれば制作現場を見せて欲しいのですが……「それは企業秘密です」……デスネー」そりゃそうだ。ため息を吐いてガントレットを桐ケースにしまい直す。

 

拍子に一枚の写真が目に入った。伏せられた写真立てから写された映像は伺い知れない。だが想像はできる。恐らくは別れた妻子と並んだ家族写真だ。そしていずれ息子マノキノの遺影が並ぶ。『原作』知識で、それをシンヤは知っている。自分が開発したモータードクロの手で最期を迎える事を知っている。

 

だが、何もしない。知っていて何もしない。できないのではない。ニンジャの力がある、『原作』知識がある。オウガ・ザ・コールドスティールのストーリーを、最小限の被害に改変できる筈だ。マノキノを死なせる事無く、サブロ老人と関係修復させられる筈だ。まるでヒーローのように。

 

それで、その後は? デモンストレーションを見物するラオモト・カンは必ず第二のニンジャ存在に気づく。そしてソウカイヤはすぐさま”ブラックスミス”……シンヤの名前を引き出すだろう。トモダチ園が無事なのは単に捨て置かれているからだ。敵と判断されれば、瞬く間に探し出され家族が殺される。

 

だから何もしない。自分の家族を言い訳にして、この人の家族を見殺しにする。「……近々、オオヌギの再開発にオムラが乗り出すそうです。ここも危なくなります」シンヤは絞り出すように呟いた。どう答えるかも判っている。これは単なる自己満足だ。だが、それでも言わずにはいられなかった。

 

「ここが先祖から引き継いだ、私のカイシャです。それにご近所付き合いもありますので」予想通りサブロ老人は笑って首を振った。ドウグ社の稼ぎを、そして自分のことだけを考えればオオヌギ・クラスター・ジャンクヤードを出て行くのは容易いだろう。だが彼はここで仕事を続けている。

 

その理由は彼が受け継いだ伝統であり、そして彼が培った人間関係でもある。オオヌギは吹き溜まりの町だ。ここから出ていける人間ならここに流れ着くこともない。オオヌギでしか生きていけないご近所を見捨てて、代々住み続けた地を捨てて逃げるなど彼の誇りが許さないのだろう。

 

「……また、仕事をお願いします。今日はアリガトゴザイマス」「アリガトゴザイマス。またご贔屓に。オタッシャデー」目を伏せ声のトーンを落としたシンヤに、サブロ老人は奥ゆかしいく問うことなく言葉を返した。

 

「オタッシャデー」深々とオジギして振り返ると、戸口の逆光を人影が遮っていた。見知らぬ間であれるよう、一礼に合わせて顔を伏せて横を通り過ぎる。「ドーモ、ドウグ社=サン。オジャマシマス」聞き覚えのある声だった。建物の前で足が止まる。咄嗟にニンジャ野伏力で路地裏に隠れる。

 

「またあんたか」後頭部にぶつかったサブロ老人の声音は、客に対するそれではなかった。しつこい蚊を払うような呆れかえった声。「何度来ようが同じだ。ドウグ社は合併せんと言うておる」「以前もお話しした通り、フェデラル所属は合併でもM&Aでもありません」対する声は木訥だがねばり強い。

 

「工員・資材・仕事を融通しあうウィン-ウィン関係なんですよ。互助関係だからフェデラルに属しても独立です」「フン! その手の甘言は悪徳営業から聞き飽きとる」フットインザドアで契約を押し込み、茹で蛙で奴隷契約に作り替える。暗黒コーポの基礎手口だ。だが話し手は違う。シンヤは知っていた。

 

「技術があっても一社では弱くて小さい。だから自身で探し出した生き残り方法がフェデラルなんです!」「誇りも歴史も捨てて寄生虫めいて生き残るくらいなら、カイシャを終わりにした方が先祖に言い訳できるわ!」「貴方が伝えてきたワザマエをここで絶やしては、それこそ先祖に顔向けできませんよ!」

 

「何様のつもりじゃ! 帰れと言うとるだろうに!」金属めいた音。クラフトマン・ツールを黒檀テーブルに叩きつけたのだろう。サブロ老人は職人という概念そのものだ。実直でひたむき。技術に対するプライドは高く、感情の沸点は低い。

 

「帰れ! 帰れ! 持って帰れ!」「また来ます!」扉から人影が飛び出し、後を追って菓子折りが投げつけられる。長いため息と共に歪んだ紙箱を拾い上げる。中身のミタラシソースがこぼれていた。肩を落とした人影はソースを拭うとトボトボと『絶望の橋』へ向けて歩き出した。

 

その背中へシンヤは声をかけた。「思い人に振られましたか、ゲンタロ=サン」振り返ったのは着慣れないスーツ姿よりも工場作業服の方がよっぽど似合うだろう人物だ。オダンゴの菓子折りを抱える岩めいた手には、労災傷とアカギレが乱数文様を刻み、タールめいた鉱物油が真っ黒にスミ入れしている。

 

「……もしや、シンヤ=サンか!?」思い出との思わぬ再会に白髪混じりの厳つい顔が綻んだ。熟練工らしく汚れきった指先の持ち主は、かつてシンヤがパートタイム勤務していた、オータ・コーバの最優秀工員である”ゲンタロ”であったのだ。

 

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鉄板に広げた白くべた付く粘液が沸々と泡立つ。それをヘラで半々に切り分け、漂白剤が臭う紙皿2枚にすくい上げた。二人は透明な発泡飲料入りの紙コップを掲げる。「では、再会を祝して」「「カンパイ!」」ケモソーダ純粋味は前世で飲んだラムネかソーダ水を思い出させた。

 

「再会記念でここは奢ろう」「じゃあ遠慮無く」乾燥オキアミとバイオネギをこれでもかとまぶしてテリヤキソースをどっぷりとかける。駄菓子めいてチープな味だ。悪くない。はふはふと舌を焦がしつつ、甘いケモソーダで流し込む。まさに外食の醍醐味。自宅でやったらキヨミにお小言を頂くだろう。

 

「『縁はミステリー』とは言うが、こんな所で出会うとは思っていなかったな」「私もですよ。私はドウグ社に依頼品を取りに来たんですが、ゲンタロ=サンは別件みたいですね」寒空の下、遅めの昼食を楽しみながら二人は再会の理由について話し出した。

 

「ああ、フェデラル参加を打診しに来たんだが、散々に振られてしまったよ」「フェデラル、ですか?」返答の代わりにゲンタロは名刺を差し出した。背景は8つのクラフトマン・ツールを握りしめたアシュラ像。文字はこうある。『コーバ・フェデラル、オータ・コーバ、上級工員”コイズミ・ゲンタロ”』

 

「以前話したよな、一つのコーバだけじゃ生きれないって」記憶を遡れば、別れの時にそんな話をしていた覚えがある。「それでコーバの社長達が集まって話し合い、生き残りをかけてコーバ同士で大連合を組むことになったんだ。それがコーバ・フェデラルだ」ナルホドと頷くシンヤだがふと疑問が浮かんだ。

 

連邦(フェデラル)ですか? 連合(ユニオン)でなく?」「そこが問題なんだよ」ゲンタロは大仰にため息をついた。「零細コーバの社長といえども全員一国一城の主だからな。明日からサラリマンですと言われてもハイヨロコンデーと頷ける者ばかりじゃない。会議はオーボンの夜祭りより踊り狂ってたぞ」

 

無論、コーバの社長達も単なるお山の大将として反対したのではない。コーバや社員を守るために手を組むというのに、上からの辞令一つで首を切らざるを得ない立場になるのは納得しがたい。しかし一丸とならねば、暗黒元請けに各個撃破されて元の木阿弥、いや今まで未満の奴隷的立場となるだろう。

 

結果、完全独立な共同体(アライアンス)でも、完全一体化な連合(ユニオン)でもなく『高度の独立性を維持しつつ臨機応変に協同する』……つまりはナアナア・リレイションで中途半端な連邦(フェデラル)が妥協として選ばれたのだ。「お陰でフェデラル内部は主導権争いの内乱真っ最中。工員の俺が営業してるのもそれが理由だよ」

 

「どうりで。ゲンタロ=サンに営業やらせるなんて、オモチ屋にスシ握らせるようなもんですからね。それなら、ウチから営業員貸す方がよっぽどマシですよ」結局、オモチ屋のモチが一番旨い。プロフェッショナルな専門家が一番のワザマエなのだ。「そう言えば、シンヤ=サンは今何してるんだ?」

 

「サラリマンですね。人材派遣会社で汎用派遣社員です」「フェデラルに誘おうと思ったが、先を越されたか」苦く笑ってケモソーダを呷る。シンヤがコーバのバイトを退職してから一年近くたった。いつまでも無職で居る筈もない。技術者の当てがまた一つ外れた。どこかに腕のいい技術者がいないものか。

 

「……なあ、シンヤ=サンの人材派遣会社は職人も派遣しているか?」「してますね。派遣料はワザマエ次第ですが」元浮浪者キャンプ住民の顔をいくつか浮かべる。元技術者も何人かいたはずだ。「実力者で頼む。カネは…………何とかする」脂汗を絞り出すような声でゲンタロは頭を下げた。

 

「自分が立候補しますので、いくらか勉強できると思いますよ」コネコムの特殊案件対応要員、つまり企業ニンジャであるシンヤは高給取りで発言力がある。その上、N要員として動けるよう日雇い仕事しか請けられない。立場の割にヒマなのだ。知り合いの仕事を優先するくらい朝食以前である。

 

「助かるよ。期間工も頼めるか?」「それなら結構な人数が集まりますよ」「それはありがたい。必要な人月と予算は……」エアろくろを回しながら仕事の話を回していく二人。二社の幸福なジョブマッチングに話は弾み、蒸気を立てていたアツアツのモジョーガレットは気づけば煙の上がる炭屑となっていた。

 

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#1おわり。#2へ続く。


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