鉄火の銘   作:属物

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第三話【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#1

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#1

 

「安いよ安いよ! 二十歳オイランがたった1万!」「シャッチョ=サン、ちょっと飲んでく? サケが2時間飲み放題!」駅近くの繁華街には今日も猥雑な喧噪が響く。仕事帰りのサラリマンの財布を狙い、客引き店員が大声を上げている。仕事の疲れを癒そうと、多くのサラリマンがここで飲み食い前後する。

 

そんな騒がしい繁華街でも路地裏に一歩入れば、驚くほどの静けさに包まれている。僅かに響くのは重金属酸性雨の残りが滴る音か、あるいはバイオミケネコがゴミ箱に飛び乗る音か。だが、路地裏の静寂を楽しむ者は少ない。対酸処理の切れ端を幾重にもまとった浮浪者でもそうはいない。

 

その理由は涙目で壁に背を預けた二人の女学生が証明している。「アイェェェ!」「ウレシィネェ!」彼女らの周りにはボンズヘッド、ドレッドヘア、バンダナのヨタモノが計三人。全員が全員とも下卑た笑みをニタニタと浮かべている。そう、路地裏はタテマエも最低限の礼儀も通じない悪徳の巣窟なのだ! 

 

ネオサイタマ音楽コンクールが終わり、横笛部の放課後増強練習がなくなった今日。親友同士の二人は久しぶりの自由な放課後を楽しんでいた。プリクラ(注:娯楽用証明写真)、タラバー歌カニ、和喫茶スイーツ。そして最後にいつもはやらないバリキ・イッキ。これが拙かった。

 

バリキハイと若さ故の勢いで、二人は駅までの路地裏ショートカットを試みてしまったのだ。決して子供だけで入ってはいけない路地裏を女学生だけで通る。単なるスリル体験感覚で行ったそれは、メキシコの荒野でオーガニック和牛ヤキニクをするのと変わらない、スゴイ級に危険行為だ。

 

香ばしく甘い匂いに誘われた空腹のハイエナめいて、あっという間に涎を垂らしたヨタモノが女学生を見つけだした。バリキハイも吹き飛ぶ恐怖にさらされて震え上がる少女たちは、ハイエナの顎に挟まれた獲物も同然だ。

 

あとは散々に味わい深く楽しまれて、夕方のニュース番組のワンカットになるだけ。いやニュースになれれば幸運なほうだ。大半の犠牲者は、NSPDの行方不明者リストに追加されるだけで、発見すらされないのだから。

 

「ヤメテ! アイェェェ……」「フヒーッ! カワイイ!」ボンズヘッドがお下げの女学生の腕を掴む。必死で振り解こうとするが非力な横笛部員の腕力では、薬物重点済みのヨタモノを振り払えない。弱々しい抵抗が薬物に酔いしれたヨタモノの興奮を盛り上げる。

 

それを見ながらドレッドヘアとバンダナが、下品な表情でアイコンタクトを取る。とりあえずここでつまみ食いした後、ねぐらでたっぷり楽むのだ。女の子たちも思いっきり楽しめるよう、ドラッグの準備も万端にしてある。二度と戻れないくらいどっぷり漬ければ逃げ出す心配もない。好き放題に楽しめる。

 

「アイェェェ!」「さぁー、ヌギヌギしようねぇ!」お下げ髪の学生服にボンズヘッドが手を掛ける。「ヤメテ!」それを止めようとセミロング女学生がしがみつくも、ドレッドヘアが引きはがした。バンダナは危険濃度ZBR注射器をポケットから取り出す。これで意識朦朧とさせて薬物前後の予定だ。

 

過剰薬物で中毒にされた女学生のその後は? 壊れるまでオモチャにされて、死体は湾岸でマグロの朝食かゴミ箱でネズミの夕飯だ。誰かの心配をする人間なら、ヨタモノになどなりはしない。かくして少女たちは不用意の代償に、人生全部を支払う羽目となったのだ。

 

このまま二人は、薬物前後されたあげくのファックアンドサヨナラという、ネオサイタマではありふれた最悪の最期を迎えることとなるのか。おお、ブッダよ! あなたは寝ているのですか! だが、今宵のブッダは目を開けていたらしい。

 

「イヤーッ!」路地裏に響きわたるカラテシャウト! 何処から? 上からだ! 黒錆色の影がビルの上から奇襲を仕掛けた。垂直落下式高高度カワラ割パンチがボンズヘッドの頭蓋に直撃する! 「アバーッ!?」剃り上げられた頭部はトマトめいて炸裂! 胴体もカワラ割パンチで分断される! 当然即死! 

 

「ナンダ! ナンダ!」「アイェェェ!」女学生を突き飛ばすとドレッドヘアは折りたたみナイフを取り出し、襲撃者とおぼしき黒錆色に刃先を向ける。ZBR注射器を捨てたバンダナも腰からスタン警棒を抜き放つ。

 

「ズッケンナ!」「スッゾ!」ヨタモノ二人はヤクザスラングを真似た声を上げて、襲撃者を威嚇する。薬物効果もあり、ヨタモノに恐怖は微塵もない。仲間を殺された怒りとお楽しみを邪魔された怒りに溢れている。当然、後者の方が大きい。

 

だが、それは黒錆色の影が暗がりから姿を現すまでだった。黒錆色のニンジャ装束をまとい、赤錆めいたメンポで口元を覆ったその姿。点灯不良で点滅する街灯に照らされた影は、あからさまなほどニンジャだったのだ! 

 

「ニ、ニンジャ!?」「ナンデ!?」「「アイェェェ……」」急性NRSによりヨタモノはパニックに、女学生は虚脱状態に陥った。理解の埒外の恐怖を目の当たりにして、狂ったように武器を振り回すヨタモノ。度重なる恐怖に晒されて、抱き合ったまま崩れ落ちた女学生二人は、足下をしめやかに濡らす。

 

ニンジャは女学生を一瞥すると、ヨタモノ二人へ無造作に歩み寄った。「く、来るな!」必死の形相でナイフを突き出すドレッドヘアの腕を掴んで捻る。「グワーッ!?」ヨタモノ右腕骨折! ニンジャ腕力の前にはモータルの腕などワリバシよりも容易に折れる。文字通りのベイビーサブミッションだ! 

 

骨折の痛みに呻くドレッドヘア顔面へとそのままカラテパンチ! 「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャのカラテに耐えられるはずもなく、頭蓋骨ごと顔面崩壊! 即死! 「アイェェェ!」恐怖が限界に達したバンダナは、選択肢を闘争から逃走へと切り替えた。わき目もふらず繁華街へと向かって駆ける。

 

「アバーッ!?」その背中に異形のスリケンが突き立った。脊椎と心臓がまとめて両断! 即死! 瞬く間に路地裏は三体の死体が転がるジゴクめいた光景と化した。あまりの恐怖に女子生徒二人は、地面に横たわって失神している。その光景を見るニンジャの、シンヤの目には複雑な光が宿っていた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

三つのカラテ殺死体にNRSで失神した少女二人。繁華街の路地裏はアビ・インフェルノそのものだ。その光景を見つめる頭巾の奥の目は、暗く重い色を宿している。(((もう、俺はニンジャなんだ)))黒錆色のニンジャ装束姿で立ちすくむシンヤの脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。

 

踏み砕いたヤクザ頭蓋、怯え竦む子供たちとコーゾ、そして青黒くへし折れたキヨミの右足。トモダチ園を血で汚し、皆に恐怖を振りまき、キヨミに重傷を負わせた。皆、拒絶するだろう。当然の報いだ。トモダチ園には帰れない。

 

借金回収ヤクザ襲撃から数日後。トモダチ園を飛び出したシンヤは廃ビルをねぐらにして、暴力衝動解消を兼ねたヨタモノハントで日銭を稼いでいた。暴力と血にまみれた生産性のない日々。トモダチ園での平穏な毎日は最早遠い。

 

頭巾の奥の両目が痛みに等しい悲しみに歪む。シンヤは胸のオマモリ・タリズマンを握りしめた。悲しみと痛みの入り交じった感覚に耐えながら、シンヤはバンダナヨタモノに近づき、背中から斧めいた異形のスリケンを抜き取った。スリケン・トマホークとでも呼ぶべきか。

 

自由自在に成形したスリケンとクナイ・ダガーを生産する。これこそがニンジャとなったシンヤのユニーク・ジツであった。円盤状に形作ったスリケン・チャクラム。刀身を延ばしたクナイ・ソード。アイディア倒れの代物ならまだまだある。自分の力を調べる時間は、一人過ごす寂しさの慰めとなった。

 

だが、シンヤは自分の能力を知る度に、自分の暴力を振るう度に、一歩また一歩と邪悪存在たるニンジャに近づく感覚を覚えていた。悲しみも過去も自分の行いすら忘れ、暴力と破壊と悪逆に耽溺するニンジャとなるまで、そう長くはかからないだろう。どうすればいい。どうしようもない。それでも。

 

シンヤは頭を振って答えの出ない思考を追い出す。とりあえず二人を安全な場所に連れ出さねばならない。抱き合って気絶した二人をまとめて抱き上げる。ふと、お下げ髪の開けた肩が目に入った。生白く滑らかな若い肌と、薄い桃色の下着。

 

(((快楽のままに全てを忘れるのもイイ!)))煌々と輝く蛍光色のイメージと共に、幻聴が耳の奥に響いた。シンヤの背筋にオコリめいた震えが走った。それは冷たい恐怖であると同時に、快楽への煮え立つ期待でもあった。

 

(((欲望のままに全てを貪るのもイイ!)))「ヤメロー! ヤメロー!」幻聴は繰り返し響き、シンヤの精神を責め立てる。腕の中の柔らかな女体の感触が、驚くほど鮮烈な色合いで意識に浮き上がる。シンヤには震える手で女学生二人を壁にもたれかけさせるの精一杯だった。

 

暗黒なエネルギが頭の中を占める。頭蓋の穴という穴からコールタールめいた粘液が溢れ出す幻影。(((憤怒のままに全てを憎むのもイイ!)))「ヤメテヤメテヤメテ!」幻覚が現実より現実らしく瞼の裏に映し出される。

 

(((アナタはニンジャ! アナタが主役! 誰も止められない!)))「ダメだ……ダメだ……」シンヤは襲い来る幻聴と幻覚にすすり泣く。襲いかかる誘惑と恐怖に、震えながら胸のオマモリ・タリズマンに縋って耐え続ける。その姿は薬物治療中のZBR中毒患者めいて、余りに痛々しく哀れであった。

 

それからどれだけ経過したのか。そう時間はたっていないだろう。実際、女学生二人は未だ安らかな無意識の中だ。だが、シンヤにとっては数十時間にも等しかった。「ハァーッ、ハァーッ」荒い呼吸をこぼし、メンポと頭巾を外して顔を拭う。顔は脂汗と冷や汗と涙のカクテルでべったりと汚れている。

 

トモダチ園を離れて以来、内面から来る悪魔めいた誘惑は激しさを増し続けていた。シンヤの心はカツブシめいて擦り削られる一方だ。精神のファイアウォールは廃テンプルのショウジド同様に穴だらけ。陥落の日は遠くないだろう。

 

(((まだ、心まではニンジャではない。そのはずだ)))それでもシンヤは人間でいたかった。ヒノ、オールドセンセイ、ゲンタロ、トモダチ園の皆、そしてキヨミ。自分が慕う人々が笑いかけてくれたのは、人間のシンヤだったからだ。決意を込めて、静かに歯を食いしばり、強く拳を握りしめた。

 

(((とにかく二人を保護してもらわねば)))シンヤにそれは出来ない。自身がNRSの原因だし、何より誘惑に屈してしまいかねない。かと言ってNSPDを利用するのは危険が多い。一般人の振りをすればトモダチ園に連絡が行きかねない。

 

単純に交番に置いてくるという手もあるが、確実に保護されるか不安が残る。大半のマッポは常態化した過剰勤務により事なかれが横行しているし、キングピンを筆頭とする堕落マッポの存在もある。となればどうするか。

 

シンヤは今までの人生、そして「過去」の記憶から答えを出そうとニューロンを振り絞る。(((ソウダ! あれで行こう)))思いもかけないところに答えはあった。答えが出たなら、後は実行あるのみ。

 

シンヤはオマモリ・タリズマンに手を当てて、深呼吸を繰り返し、意志を堅く保つと、壁を背に眠る女学生二人を抱き抱えた。「イヤーッ!」黒錆色の突風と化したシンヤは、建築物に切り取られた長方形の闇夜へ消えた。

 

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#1終わり。#2に続く


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