鉄火の銘   作:属物

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第四話【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#4

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#4

 

「マガネ=サン、オジャマシマス」約束の三日後、ゲンタロとシンヤの二人はスタジオを尋ねた。「こいつはマズいかもしれんな」モルグめいた闇に包まれるスタジオに、ゲンタロが苦々しく呟く。老齢のマガネが家族全てを奪われて、身を省みずに命を捨てる覚悟で三日三晩カタナを打っていたのだ。

 

それは残り短い寿命の蝋燭をヤスリ掛けするに等しい。「だとしても……いえ、尚のこと、依頼は果たします」単なるお願いではない。それは人生全てをかけた誓願だ。そしてシンヤは、ブラックスミスはそれを請けた。ミーミーに生きるニンジャとして、誓いを果たさない選択肢はない。

 

「炉はまだ点いているぞ」仕事場の炉には、センコめいた弱々しい熾火が灯っていた。闇の中、シンヤの目がカナトコに向かい倒れる真っ黒な人影を見つけた。「マガネ=サン!?」「居たのか!? ダイジョブか!?」モータルの目には闇と炉の火しか見えない。

 

だがニンジャ視力はドゲザめいた体勢で倒れた黒い影を捕らえていた。「今、電灯をつけるぞ!」ゲンタロがスイッチを入れ、白熱したタングステン・ボンボリがスタジオを覆う闇を引き裂く。だが影は真っ黒なままだった。「おお! ブッダ!」なぜならば、それは人影ではなく人型の炭だったからだ。

 

ドゲザめいた姿の炭化死体は一振りのカタナを差し出していた。束も、鍔も、鞘もない。銘も、刃紋もすらない。研ぎ上げられた刀身のみのカタナ。白雪か、白銀か、白骨か。息すら凍りつくような純白の刀身。一切の生を許さぬが故の死に絶えた、しかし圧倒的なまでの美がカナトコに置かれていた。

 

「これは……」だが、それを手に取ったシンヤが三度目の感嘆を呟くことはなかった。そこにゼンは無かったからだ。代わりにあるのは悪意によって生まれた(オン)だった。色を重ね続ければ黒になるように、光を重ね続ければ白になる。これは積層鍛造された純白の憎悪だ。

 

シンヤに憑依したソウルの名は”タンゾ・ニンジャ”。自身同様『原作』外の存在だ。クランもジツも正しくは知らぬ。だが判る。文明の簒奪者たるニンジャに於いて例外の生産者であったと、殺人具作りに長けた刀鍛冶であったと。故に判る。このカタナに込められたソウルが、刀身に打ち込まれた怨念が。

 

炉の炭が音を立てて爆ぜた。熾火の赤が刀身を滑り、細く赤い軌跡を描いた。センコめいた赤光が目に映る、それをカタナが映し、瞳が反射し、刃が照り返す。それは古の神話より学校の怪談に至るまで、語り継がれた合わせ鏡のオマジナイ。二つ鏡の夢幻回廊は魂を何処へと連れ去るのか。

 

おお、赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が眼球に映る赤光が刀身に映る赤光が……

 

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……燃え上がる。炉の炎が赤々と上がる。金属以上の強度と黄金以上の価値を持つオーガニック備長炭が火の中へと次から次に放り込まれていく。まともな損得勘定の持ち主なら絶対にしない行為だ。つまり、それをするのは損得など捨て去った狂人であろう。事実、マガネ・クロイは狂っていた。

 

怒りに狂い、憎しみに狂い、怨みに狂い、悲しみに狂っていた。床には過去形でしか語れない家族が眠る。額に三角巾を被り、家族仲良くお揃いの死に装束を纏う。血を分けた愛娘、マガネ・ギンコ。次代を託した娘婿、マガネ・スアカ。そして、心より愛した孫、マガネ・アオイ。

 

一人一人を優しく抱き上げ、強く抱きしめる。思い出が脳裏と胸中に浮かんでは消える。そして、マガネは炉の中に我が子の死体を入れた。超高級炭が追加の酸素を吹き付けられて超高温の淡紅に染まる。死体は瞬く間に燃え上がり、炭と化していく。これは自宅火葬なのか!? ナムアミダブツ!

 

そして狂気は留まることを知らない。続けて愛弟子が火中に投じられた。自身のワザマエ全てを伝え、全てを託した。七代目のマガネ・クロイを襲名するはずだった。だが死んだ。高熱に曝された大柄な肉体がイカジャーキーめいて丸まる。それは、まるで炭屑となった妻を抱きしめるように見えた。

 

最後に抱き上げたのは一番幼い死体。最後に抱き上げたのは半年前だったか。プレゼントを渡した誕生日に、大喜びで抱きつく初孫を抱き上げた。10に成り立ての小さな身体は、初めて抱き上げた日よりもずっと重かった。なのに、今はこんなにも軽い。最後にもう一度抱きしめる。

 

炉の熱を存分に浴びていたのに、その身体は冷たかった。最後の家族が炉に入れられた。音を立てて燃え尽きていく。炎が愛した全てを呑み尽くす。家族を薪に代えて、積み重ねた鉄片が沸き立つ。引きずり出した真っ赤な銑鉄をカナトコに寝かせると、マガネはハンマーを振り上げた。

 

カィン……カィン……カィン……カィン……。繰り返し繰り返し、焼けた鉄を打つ音が響く。荒鉄を打ち据え、炭素を叩きだす。悲嘆を打ち据え、惰弱を叩き出す。ひたすらに純度を高めていく。殺意の、憎悪の純度を高めていく。鉄が真のカタナへと火を以て造り変えられていく。

 

両手の数より折り返した無垢の玉鋼は何時しかカタナのシルエットを得た。さらにセンとヤスリで荒く仕上げて輪郭に詳細を与える。常のカタナ造りならばこのまま焼き入れし、研上げて終わりだ。しかし、マガネは刀身を炉に差し込むと懐から儀礼的タント・ダガーを差し出した。

 

それはアオイの成人祝いに渡すはずだった守り刀だ。鍛刀の過程には不必要な護身刀の切っ先をサラシで締め上げた腹部に当てる。そして……ALAS! 「ヌゥゥゥーーーッ!!」ハラキリ! そのままタント・ダガーを十文字に滑らせる! 「ヌゥゥゥッッッ!!!」ナムアミダブツ!

 

マガネ家断絶を苦にしてのセプクか!? 否、その目には未だ赤熱する憤怒と憎悪を宿している! 「ハァーッ! ハァーッ!」噛みしめ過ぎた口の端から血が流れる。震える手で引き抜かれたタントダガーは血でべっとりと汚れていた。

 

だが、まだ終わりではない! 「カーッ!」砕けた歯を血ごと吐き捨てる。家族をくべた炉で炙られた刀身を引き抜く。濡れたテヌギーで赤々と熱を発する刀身を握りしめる。そして、赤熱するそれを…………おお! ブッダ! 傷口からハラワタへと! 差し込んだのだ!

 

SIZZZZZLE!! 「AGHHH! AGHHH! AAAGHHHHHHHHH!!」鉄臭い蒸気が吹き上がる! 計り知れぬ苦痛に血を吐き絶叫するマガネ! だが刀身を離しはしない! 自らの血と内臓でカタナに焼き入れる! 絶望を! 憎悪を! 憤怒を! ソウルを! 全てを!!

 

贄を炉にくべ、己を刃金に捧げてカタナを得る。それはマガネ一族に伝わるおぞましき鍛鉄法。愛する全てを奪われたマガネは躊躇無く邪術を実行に移した。「AGHHH……」焼き入れられた刀身を引き抜いた。凍える程に白いカタナだ。血生臭く白い息が漏れる。滴る血涙が音を立てて白い蒸気を上げる。

 

未だ熱を残す刀身を握りしめたまま、復讐に燃えるマガネは荒研ぎに入った。そう、マガネは燃えている。自らが炉にくべた家族同様、余りの高温に炭化したハラワタは炉の火と同じ赤に燃えている。その赤は残る肉を焦がしながら広がっていく。炭と化した人影に赤の亀裂が脈打つ。それでも影は研ぎ続ける。

 

荒研ぎから下地研ぎ。研ぎが進む度に脈は弱まり赤は失われていく。下地研ぎから仕上げ研ぎ。それでも炭黒の人型は研ぎをやめない。仕上げ研ぎから化粧研ぎ。研がれる度にカタナは色を失っていく。そして化粧研ぎを終え、遂に影は動きを止めた。カナトコには一切の色無き、純白の一振りがあった。

 

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そうだ、だから()()は復讐を果たさなければならない。我が子の、弟子の、孫の仇を討たねばならない。許しはしない。慈悲はない。犯忍を殺す、ワシのカタナで殺す、必ず殺す、殺す、殺すべ「……=サン! カナコ=サン!」誰だ、誰が呼んでいる。誰を呼んでいる。誰の名だ。これは…………俺の名だ。

 

「ゲンタロ=サン?」「ショックなのは判るが、ダイジョブなのか?」赤と黒の白昼夢が消え失せる。カタナに込められた怨念の最中、シンヤはマガネの憎悪を幻視した。憎悪に呑まれて自分がマガネ・クロイであると錯覚していた。ゲンタロの呼んだ自身の名が呼び戻してくれたのだ。だが……カィン……。

 

「ええ、ダイジョブです」……カィン……カィン……「それならいいんだが」……カィン……カィン……「それにしてもマガネ=サンは一体何をしたんだ」……カィン……カィン……「約束の通りカタナを打ったんですよ。犯忍を殺すためのカタナ、それがこれです」……カィン……カィン……。

 

シンヤの耳の奥で未だ幻聴は響いている。鉄打つ音が鳴っている。手に捧げ持つ白銀の刀身に指を滑らせた。黒錆色の繊維が束を巻き、スリケンが鍔を象る。だが足りない。まだ足りない。黒錆色の闇がわき出して呪具を成した。ノロイ・チズル。ソウルが導くままに切っ先を走らせ鎚を打ち込む。

 

カィン……カィン……カィン……。一文字、二文字、三文字。ルーンカタカナが揃い、コトダマが意味を成した。それは償いを、報復を、そしてインガオホーを表す、古きパワーワード”ムクイ”。銘は刻まれ、復讐のカタナはここに完成した。「マガネ=サン。アダウチ代行、承りました」……カィン……。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

理由は様々だがネオサイタマには廃ビルが多い。解体費をケチったか、偽装建築がばれたか。テナントが夜逃げしたか、武装アナキストに乗っ取られたか。この廃ビル『みかん』の理由は極めてシンプルだ。朽ちた首吊り縄とオーナーの白骨死体がそれを示している。

 

「フーム、これもナカナカ。流石は刀匠マガネ、いいカタナを作る」その横で洗い立てシーツめいた白装束のニンジャ”コレクター”はカタナの手入れに勤しんでいた。ネオサイタマ最高峰の刀匠であるマガネ・スタジオで強盗斬殺して奪い取った作品だ。どのカタナもお眼鏡に適う逸品ばかり。

 

しかし思いの外、数が少ない。もう少し多くのワザモノが手にはいると思ったが、大半が既に売られていた。目の前で子供をなぶり殺しても差し出さなかったのだから、本当に無かったのだろう。手間と成果を比べればトントン・イコールといった処だろう。長い息を吐き、カタナをまとめ、腰を浮かせる。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャ第六感が予期したとおり、危険が襲いかかった。黒錆色の巨大クナイが貫いたのは純白の残像。その上にアンブッシュの下手忍が仁王立っている。「ドーモ、初めましてコレクター=サン。コネコムのブラックスミスです。マガネ一家殺害のアダウチ代行に来ました」

 

「ドーモ、ハケン・ヘゲモニー社のコレクターです。如何にして俺を見つけた? 答えよ」コレクターは普段使いのカタナを抜き放ち油断無く構える。ジツか、監視者か、野伏力か。問い返しとニンジャ五感で伏兵を探る。「アイサツを訂正しろ、それが答えだ」隠す気もないブラックスミスはあっさりと答えた。

 

「なるほど、お前は首切り代理も兼ねていたか」いぶかしむコレクターの目に納得が浮かぶ。度重なる職場放棄と業務外殺人に、ハケン・ヘゲモニー社のカンニンブクロは遂に炸裂した。コネコムとの交渉を受け、コレクターの凶行を追求しない代わりにその居場所と殺害許可を伝えたのだ。

 

「ならば履歴書と転職サイト登録が要るな。得られたカタナの割に面倒の多いことだ」肩を竦め苦く笑う。逆に考えよう、目の前のニンジャから逃げ切れば面倒無く次にいける。「面倒が嫌いか? 安心してくれ、お前の命ごとすぐに無くなる」吐き捨てたブラックスミスは背負う報復のカタナを抜き放った。

 

息を呑むほど白い刀身が虚空に顕れ出た。黒錆色とのコントラストは闇夜を裂く銀月の様。ガントレットの赤銅色と合わされば、それは触に消える一瞬の月。「ワォ……ゼン……!」コレクターは言葉を失った。美しい、余りに美しい。乾ききった口中に呑みきれぬ程の唾が湧く。これを欲しい、これが欲しい!

 

「なんという……なんというカタナだ。これは、刀匠マガネの作品か?」期待と興奮に掠れた声で問いかける。構えるカタナの切っ先も心中と同じく揺れ動く。一方、言葉を返すブラックスミスの声は、手に握る一刀めいて白々と冷たい。「そうだ。銘を『ムクイ』、お前を殺すための一振りだ。感謝して死ね」

 

「感謝しよう、マガネ一家を皆殺した三日前の私に。ああ、子供をなぶり殺して本当によかった、本当によかった! アリガト!」「言葉を変えるぞ。生きていることを心底後悔させた上で殺してやる……!」ブラックスミスの両目に殺意が灯った。わき上がる憎悪と憤怒のままにカタナを天へと突き立てる。

 

その形は前世記憶が教える一刀必殺の剣法。京都の路地で、鹿児島の戦場で、その二の太刀無き抜即斬は幾多の武士を叩き割った。それは薬丸自顕流が一刀『蜻蛉』である! 「キェーッ!」「イヤーッ!」ブラックスミスが猿叫を吼え、コレクターがシャウトで答える! 白と黒が交錯し、血華と火花の赤が咲く!

 

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#4おわり。#5へ続く。


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