鉄火の銘   作:属物

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第五話【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】#3

【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】#3

 

『人間も一呑み』『誰よりもデカい』力強い書体でショドーされた掛け軸。巨大クジラ墨絵のビヨンボ。まさにヤクザの事務所である。一般人ならアトモスフィアだけで怯えきって失禁するだろう。しかし今、ビックホエール・ヤクザクランの事務所を包む空気は全く別種の恐怖であった。

 

「だから、お前は俺を呼びだしたと?」「ハイ! スミマセン!」それを示すようにオヤブンは額を床にすり付けている。「なあ、ソウカイヤはお前の小間使いだったか?」「イイエ! スミマセン!」高価なヤクザスーツが汚れるのも構わずドゲザするオヤブン。だが配下のヤクザがソンケイを失うことはない。

 

なぜなら彼らも全身全霊でドゲザしている。文字通り、土の下に座する程だ。額を床に沈めて死んでいる。「だよな? ならこれはビジネスだな?」「ハイ! スミマセン!」組長机に腰掛ける裏社会食物連鎖の頂点がそれをした。シャークマウス・メンポのソウカイニンジャ”ランドシャーク”である。

 

「でも規定の金額に足りてないな? ソウカイヤを嘗めているのか?」「ハイ! スミマセン! イイエ! スミマセン!」「どっちだ? ソウカイヤを嘗めているのか? いないのか?」「イイエ! スミマセン!」オヤブンは必死で否定する。ランドシャークの機嫌を損ねれば部下のように必ず死ぬ。

 

「だから、どっちだ?」「嘗めていません! スミマセン!」正直言ってビックホエール・ヤクザクランは落ち目だ。時流に乗り損ねて金もない。だから再開発地区のジアゲに賭けていた。「なら金は?」「払います! 内臓も売ります! 事務所も売ります! 縄張りも売ります! スミマセン!」

 

なのにカラテドージョーの立ち退かせに失敗し、進退窮まってソウカイヤに泣きついた。足りない金はジアゲの代価で支払うつもりだった。「つまり払うんだな?」「ハイ! スミマセン!」だが甘かった。ソウカイヤの恐ろしさを理解していなかった。その代価は部下の血で支払う羽目になった。

 

「じゃあ、帰ってくるまでに全額用意しておけ、いいな?」「ハイ! スミマセン!」そして残り分も自分の血肉で精算する他にない。内臓も事務所も縄張りも看板も、全て売っても足りないのだから。大洋を泳ぐホエールは泣かない。だからビックホエール・ヤクザクランのオヤブンは泣いてはいけない。

 

父からクランとサカズキを受け継ぐとき、そう聞かされた。だがもう泣いてもいいだろう。「ヒヒ……ヒッヒ……」これからクランも、命も、未来も、何もかもが無くなるのだから。自作の黄色い水溜まりの中、破滅が確定したビックホエール・ヤクザクランのオヤブンは、笑いながらすすり泣いた。

 

―――

 

ペントハウスを踏み台に、一歩。ゴンドラクレーンを飛び越えて、また一歩。一匹の人喰い鮫が降りしきる重金属酸性雨を泳ぐ。衝突寸前のコケシツェペリンを強化ドトン・ジツですり抜けて、路地裏の上空を掠め飛ぶ。嗅ぎつけた血とカネの臭いを追って、ランドシャークはネオサイタマの闇を駆けていた。

 

これからやることは簡単だ。まず邪魔なカラテドージョーを潰して、それからビックホエール・ヤクザクランも潰す。ジアゲの代金を払えないならそれを理由に潰す。払うなら難癖つけて潰す。そして縄張りとシノギをソウカイヤがいただく。アブハチトラズだ。

 

港湾地区は再開発地帯のボトルネックになっている。ここを手に入れれば一帯のヤクザ勢力図は大きく変わる。入るカネも桁が違う。それだけの成果を上げればラオモト=サンの覚えもいい筈。シックスゲイツへの推薦もあり得る。これが自分のサクセスストーリーの第一歩なのだ。

 

ランドシャークはメンポの下で下品に唇を湿らせる。これから味わうだろう未来に涎が止まらない。彼は『トミクジ予定で借金する』というコトワザを知らない。知っていても無視しただろう。非ニンジャのカラテドージョーを潰すことにも、モータルのヤクザクランを潰すことにも、何の困難もないのだから。

 

それに想像できる筈がない。「ドーモ、ランドシャーク=サン。ニンジャスレイヤーです」「え」目の前に突然、死神がPOPするなど。しかもその殺意の標的が自分であるなどとは。赤熱する憎悪と火を噴く憤怒がランドシャークを射抜く。通りすがりでも偶然でもない。間違いなく自分を狙っている。

 

「ド、ドーモ、ランドシャークです。ナンデ貴様がここに!?」状況判断でもなんでもいい。ここから逃げ出すために一秒でも時間が欲しかった。「お前が何に手を出そうとしているかは知っているぞ! その罪深さを貴様の血肉に刻んでやる!」だが加速する狂気はその一秒すらも与えてはくれない。

 

そして双方のカラテ差は一秒未満で理解できた。「死ね! イヤーッ!」ギロチンめいて突き上げられたチョップから紅蓮が吹き上がる。『モスキート・ベイル・トゥ・ファイア』ニンジャアドレナリンで鈍化する時間感覚の中、たった一つだけ知っているコトワザがランドシャークの脳裏に浮かんだ。

 

―――

 

チーン! 「ナムアミダブツ」「ナムアミダブツ」オリンの涼やかな音に合わせ、シンヤとヤングセンセイは両の掌を合わせた。今日はオールドセンセイの月命日だ。シンヤは万感の思いを込めてオブツダンの遺影へと頭を垂れる。

 

(((遅くなって申し訳ありません、センセイ)))伝えたい言葉、伝えたかった言葉、伝えられない言葉。胸中に無数のコトダマが浮かんでは消える。だが一番伝えなければならない言葉は伝えたくても伝えられない。

 

(((スミマセン、センセイ。ヒノ=サンはまだ行方知れずです)))セイジの探索は行き詰まったままだ。未だにオールドセンセイへのよい報告はできずにいる。捜索の専門家に依頼し、自分たちでも足がボーになるまで探し回った。

 

だが、かき集めた情報で判ったのは「赤黒の発狂マニアックが暴れ回っている」、それだけだった。必要な情報は得られないまま、カネも希望も門下生も減るばかり。増えるのは焦燥感だけだ。(((モリタ=サンもいったい何やってるんだか)))行き詰まった状況に思考は明後日の方向へと逃避する。

 

ソウカイニンジャを呼び寄せる為と言え、こうもあからさまだとナンシーや他の協力者が巻き込まれかねない。レベナントの悲劇を回避するために一言告げた方がいいのか、デッドムーンとの出会いを阻害するマネは避けるべきなのか。そもそもどうやって連絡を取るのか。

 

乱れる思考のままに視線を逃避させれば、窓向こうでドクロの月が嘲笑っている。その月が陰った。雲の影? いや人の影だ。額の裏で掻痒感が爪を立てる。ブツダンとヤングセンセイを背にかばった。SPLASH! 「グワーッ!」「アイェーッ!?」ガラスの雨が舞い、人影が苦痛の声と共に飛び込む。

 

瞬時に闇に似た黒錆色に染まったシンヤは飛び入り参加の影と相対する。「アイェェェ……」「ドーモ、初めましてブラックスミスです。新規入会希望者の方はドアからお入りください」NRSに震えるヤングセンセイを背中に庇い、赤銅色の両手を合わせた。

 

窓から侵入するようなシツレイ者はドージョーから死体で叩き出す。アイサツで言外に告げる。だが、しかし。(((ナンデ?)))赤錆めいたメンポの奥でシンヤは眉根を寄せた。超感覚が知らせたように相手はニンジャだ。それはいい。だがナンデ血塗れで焼け焦げている?

 

「ニンジャ!? ブッダム! ドーモ、ブラックスミス=サン。初めましてランドシャークです」闖入者は歪んだシャークマウスのメンポ越しにアイサツを返す。悪態混じりの汚い受け答え。シツレイにはまだ当たらないだろうが、礼儀が良いとはとても言えない。

 

受け答えの態度もそうだ。血走った目線はせわしなく泳ぎ回り、合掌どころかファイティングポーズを解こうとすらしない。世界の王と思い上がった傲岸不遜な態度、ではない。震える肩と小刻みに鳴る歯がそれを教えている。恐怖。恐怖に震えている。恐怖に竦み上がっている。さては……

 

「なあ、ブラックスミス=サン! 狂人に追われているんだ! 赤黒い無差別大量殺忍鬼! アンタもニンジャだろ!? 手を貸してくれ! オネガイシマス!」死神に襲われたランドシャークは失禁しかねないほどに怯えきっていた。無理もない。絶対捕食者を超えるデス・オムカエの化身に襲われたのだ。

 

「お断りします」「ナンデ!?」だがブラックスミスには恐れる理由がない。死神は知り合いだからだ。「まあ、話をして帰ってもらうから安心してくれ。アンタが死んだ後にだが」「死ぬ前にしてくれ!」ランドシャークの精神は限界に達している。このままだとニンジャなのにストレスで禿げて死ぬだろう。

 

「カネもオイランも用意するからタスケテ!」「断る」「ナンデ!?」だが彼を追うデス・オムカエは慈悲深かった。「ソウカイヤにも口利きアバーッ!」毛髪が存命の内に、燃えさかるスリケンで絶命させたのだ。股間と心臓を上下左右に分割調理され、焼きサシミになったランドシャークが断末魔をあげた。

 

「サヨナラ!」爆発四散の粉塵が、扉から吹き込む風に舞う。ドージョーの扉を開いたのは血の色をした人影。ブラックスミスの予想通りだ。赤黒のニンジャ装束。赤に輝く瞳。「生きる価値のないニンジャの屑め、お似合いの死に様だ」そして()()の炎を纏う両腕と、『忍』『殺』の二文字が()()()()メンポ。

 

それもブラックスミスの予想通り……ではない。「ドーモ、ブラックスミス=サン。ニンジャスレイヤーです。お望み通り帰ってやるから安心しろ。無論、貴様が死んだ後でだがな!」「ニンジャ、キラー=サン?」呆然と口の中で呟いた名前は、幸運なことに誰の耳にも届くことは無かった。

 

―――

 

「ニンジャの屑めが、よくもドージョーを薄汚い足で踏み荒らしてくれたな……俺の神聖なカトンでその脚ごと貴様の存在を焼却してくれる!」憤怒と共に吹き上がる炎は鮮やかな紅蓮。ニンジャスレイヤーの操る不浄の炎ではない。つまり別人だ。そしてブラックスミスは彼を『原作』で読んだことがある。

 

彼はニンジャスレイヤー(ニンジャ殺す者)を名乗りながらも似て非なるニンジャ『ニンジャキラー(ニンジャ殺人鬼)』だ。「ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン? ブラックスミスです」条件反射のアイサツをぎこちなく返すブラックスミス。その両目は困惑と混乱で白黒に点滅している。

 

(((待て待て待て待て! お前の出番は3部だろ!? ナンデ今出てくるんだよ!? ハヤイすぎるだろ!)))なにせ彼が『原作』に姿を現すのは第3部『ニンジャスレイヤー・ネバーダイ(不死身のニンジャソウル)』。目の前の光景はあり得ない筈だ。ソウカイヤとの抗争の合間には影も形も……ある。

 

ニンジャキラー誕生のきっかけとなったのは、ソウカイヤによるカチグミ一家襲撃と、それを察知したニンジャスレイヤーによるスレイ。時系列的には1部の、つまり今現在の話だ。そして『原作』で彼は自警活動の末に絶望してディセンションを起こした。それが何らかの理由で早まったのだとしたら。

 

(((そうか、詰まるところインガオホーか)))原因はおそらく自分の起こした蝶の羽ばたきだろう。本来なら復讐を終えて生きる理由を失った、フジキド・ケンジを再起させる大きなきっかけとなる人物だ。殺すわけにはいけない。しかし今や、その未来はカオス乱数の中に消え失せた。

 

ならば、目の前にいるのは時季外れな『原作』キャラでも、憧れに縋る哀れな少年でもない。ただの敵だ。ヤングセンセイへと身振りで下がるよう伝えると、ブラックスミスは赤銅色のガントレットを打ち合わせ、殺る気スイッチを入れる。僅かな共感と微かな違和感を捨て去り、殺意のデントカラテを構えた。

 

しかし、その敵はアイサツを交わした直後から動きがない。一流のニンジャならばアイサツ後コンマの合間でスリケンを放ちカラテを打ち込むもの。「なんだ、それは……?」アイサツを見るに手練れは確実。なのにニュービーめいて、或いは先のブラックスミスめいて、不可解な光景に戸惑っている。

 

「なぜ、ニンジャの屑がデントカラテを構える!? 汚らわしいぞ!」震える指を突きつけて裏返る声で糾弾する様は、ニンジャというより潔癖先鋭な思想家青少年のそれだ。「そうか、わかったぞ! デントカラテを盗み取り我が物とするつもりだな! 貴様がドージョーを襲ったのはそのためか!」

 

そして即座に仮説を現実と入れ替え確信する点も、実に主義者らしく見える。「ニンジャ存在にふさわしきなんたる卑しき性根! 粛正してやる! イヤーッ!」脳内理想に邁進するまま、怒りを露わにした赤黒の殺忍鬼が、燃えさかるスリケンを撃ち放った!

 

―――

 

「イヤーッ!」紅蓮を帯びたスリケン群が迫る! 「イヤーッ!」黒錆色のスリケン編隊がインターセプト! SPARK! 対消滅の火花が壁めいて一面に広がった。「イヤーッ!」それを突き破るは紅蓮を宿した必殺のチョップ! モータルならば半身消失、サンシタニンジャであろうと縦割り即死は免れぬ!

 

「イヤーッ!」だがブラックスミスはサンシタではない! 水銀めいて重く滑らかに流れるサークルガードが弾道跳びチョップ突きを受け流す! さらに突き出された腕を飴の如くに絡め取る! 攻撃は最大の防御というが、デントカラテでは防御もまた攻撃だ。受け流した腕を絡めてへし折り、追撃で仕留める!

 

情にサスマタを突き刺せばメイルストロームへ流される。ならば身を捨ててこそ浮かぶ世あれ。「イヤーッ!」致命の未来に気づいた赤黒のニンジャは、抗することなく受け流しに自ら飛び込んだ! アイキドー30段のエアロ投げ、あるいは同段位のエアロ受けめいて宙を舞う。その腕に負傷なし。無傷である!

 

なんたる巧妙にして高速な攻勢カラテの交錯か! 「アィェェェ!」モータルでしかないヤングセンセイの目には、赤黒と黒錆の旋風が絡み合い吹き荒れる一瞬しか見えない! だがその一瞬の合間に無数のイマジナリと必殺のカラテが交錯している。これがニンジャのイクサなのだ!

 

しかもこれは単なる前哨戦に過ぎぬ! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」空を引き裂く赤黒から、チョップ連打の暴風が吹き荒れる! 紅蓮を帯びたそれはまさに火矢の雨霰。このジゴクめいた嵐にバイオスズメが晒されれば、熱々ゴハンに最適なロースト挽き肉ソボロになるに違いない!

 

猛火めいたチョップの豪雨をサークルガードで捕らえるのは不可能。守りに入れば『負けを待っての犬死』しかない。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ならばとブラックスミスは防御の構えからのコンパクトかつ精緻な防御と、高速かつ精密なカラテパンチ狙撃で応じる!

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」それは怒れる千手観音の殴り合いか。火花を散らし、爆音をかき鳴らしながら、二忍の両腕は視認困難な速度域で無数の残像をぶつけ合う! チョーチョー・ハッシ!

 

なんたる高速にして強烈な一進一退のカラテ攻防か! 「アィェェェ!」モータルでしかないヤングセンセイの目には、赤と黒の烈風としてぶつかり合い正面衝突する光景にしか見えない! だが停滞状態であった筈の殺意と敵意を押し合う殺戮暴風域に変化が訪れる。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ!? イ、イヤーッ!」紅蓮の焼殺旋風が黒錆の撲殺烈風に押され始めたのだ。赤黒のカラテは確かに手練れ。しかしそのワザマエには僅かな綻びがある。まるで樹木にバイオバンブーを継いだが如きチグハグな違和感を、ブラックスミスは見逃さぬ!

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イ、イヤーッ! イヤーッ! イヤ「イヤーッ!」ヌゥーッ!?」チョップ対応限界を比喩無く突いて、黒錆色のカラテパンチが紅蓮の手刀を弾き飛ばす! 即座に次なるチョップを振るわんとするも、このままでは既に狙い澄まされたカラテパンチの方が先んじて着弾する!

 

(((僕は死ぬのか?)))そりゃあ、死ぬだろう。このカラテパンチを突き込まれれば正中線に大穴が空く。即死は間違いない。確実な死を目の前に時間感覚が粘性を帯び、脳裏には無数の記憶が影絵めいて映し出された。ソーマト・リコール。ニューロンが超過駆動し、過去の全てから生存の可能性をかき集める。

 

『泥臭くブザマな回避より、受け止めて華麗なウケミを魅せるべきです』若先生の声が響く。(((違う)))今は泥臭くとも生き延びる手段を選ぶ。『なら前進だ。パンチが最速に達する前に体で受け止め殴り返せばいい』友が笑って答える。(((違う)))体勢が崩れきっている。前進より先にパンチは最速に達する。

 

『カワラ割りパンチを最初に覚える意味を知りなさい。これこそがカラテパンチの弱所を突き、欠点を埋める補完のカラテなのです』そしてセンセイの教えが浮かび上がる。(((これだ!)))カラテパンチは大地を踏みしめた反動力を起点とする。故にそのカラテ伝達経路上、真下への打撃力は極めて僅少!

 

「イヤーッ!」赤黒の影は崩れた体勢をさらに崩し、イナ・バウアめいたレイバック状態で足下に潜り込む! 「ヌゥッ!?」射角下方90度のカラテパンチは構造上有効打にならぬ! 「イヤーッ!」加えて背筋のバネと両腕の筋力を解放し下半身を跳ね上げる。おお! あれは伝説のカラテ技!

 

「イヤーッ!」サマーソルトキックに他ならない! 直撃すれば首がもげ取れる、決殺のデッドリーアーチだ! だが、直撃ではない!? 「イヤーッ!」ブラックスミスは有効打にならぬことを承知の上で、カラテパンチを真下に打ち込んだのだ! 足下より迫るサマーソルトキックに向けて!

 

打ち込まれたカラテパンチの打撃力分、サマーソルトキックの運動力が減衰! 更に作用反作用の法則に従い、ブラックスミスが弾き飛ばされる! 「ナニィーッ!?」サマーソルトキックは掠めるのみだ! なんたる想像力を越える敵の想定外行動にも応じてみせるニンジャ判断力の瞬発的対応か! ゴウランガ!

 

かくして互いに痛打ならず。「イヤーッ!」「イヤーッ!」二忍は連続側転にて距離をとり、鏡写しのカラテを構える。ジリジリとお互いの距離を詰める。胸の奥底で紅蓮の火が燃えている。放出されたニンジャアドレナリンが時間を引き延ばし、世界を狭めていく。敵と自分とカラテ。全てが収束していく。

 

ブラックスミスの両目が殺意に輝き、牙を剥くタイガーめいて無意識に笑った。まるで『ブチノメス』と告げるように。両の瞳を敵意に燃やす赤黒のニンジャも、飢えた猛獣めいてメンポの奥で微笑んだ。あたかも『ブッコロス』と吼えるように。そして、互いの射程が……重なった!

 

「「イヤーッ!」」BLAM! 完全同期のシャウトと共に銃声めいた激烈な踏み込みの音が響く。黒錆と赤黒、二色の弾頭が音にも届かん速度で跳んだ。CLAAAAAASH!! 互いの弾道跳躍カラテパンチがぶつかり合い、衝撃波と表現すべき轟音がドージョーを揺らす!

 

「アィェーッ!?」陰に隠れたヤングセンセイごとビヨンボが吹き飛ぶ。全運動エネルギーを対消滅させた二忍はその場に着地。「イヤーッ!」「イヤーッ!」CLASH! 即座に二撃目のカラテパンチ相殺音が響く! カラテ衝撃波で産まれた円形空間をドヒョーリングに、超至近距離カラテ合戦が始まった!

 

「イヤーッ!」敢えて肘から先を駆動させぬワンインチ・カラテパンチ! 接射で内臓を破裂させるゼロレンジのカラテが紅蓮と共に襲い来る! 「イヤーッ!」黒錆の回転防御はそれを防ぐ! 肉体駆動が極めて制限される密着状態でありながら、腰運動の最大活用でサークルガードを実現しているのだ! ワザマエ!

 

「イヤーッ!」エッジの効いたローキックが神話に語られる神剣めいて足下を刈る! 「イヤーッ!」瞬時に膝を跳ね上げて回避! しかもそれは顎を刺し貫く二段構えの膝蹴りでもある! 鉄壁を想像させる堅い防御と精密な打撃、業火が脳裏に浮かぶ苛烈にして峻烈な猛攻。二つのカラテがガッチリと噛み合った!

 

なんたる恐るべき鮮烈にして峻烈なるゴジュッポ・ヒャッポのカラテ相殺空間か! 「アィェェェ!」モータルでしかないヤングセンセイの目には、赤と黒の双竜が互いの喉笛に食らいつかんと牙を剥き合う神話的映像にしか見えない! 「あれは……」だが、違和感に気づいたのはヤングセンセイが先だった。

 

『タチアイニンが投了を告げる』アドバンスド・ショーギ由来のコトワザにあるように、時に部外者が先んじて真実に気づくことがある。ヤングセンセイの目では追えるはずもないニンジャのカラテ。だが、その動きが、技が判る。それはまるで二人のカラテを『見慣れている』かのようだった。

 

遅れて二忍も気づく。互いの動きが余りに噛み合いすぎている。右のショートアッパー。逸らして鳩尾狙いのチョップ突き。(((読める)))膝で受け止め顎を跳ね上げる。ダッキングでかわし、股間めがけて直突きを構える。(((見える)))阻止の踵落としを延髄に落とす。突きをキャンセル、しゃがんで回避。

 

(((だが、何故?)))疑念と不安が急速に膨らむ。肺を圧されたように息苦しさが増す。こいつを自分は知っているのか。こいつは自分を知っているのか。距離をとり、再びカラテを構える。既視感が消えない。この光景を知っている。この光景を見たはずだ。でもそれは、ある筈がない。

 

『アイツ』がここにいる筈が……ない! 「「イヤーッ!」」敵意と殺意ではなく、否定と願望を込めて二忍は同時にカラテパンチを放った。顔面中心から拳一つ横を掠めるだけの一撃。お互いに紙一重のカラテパンチを避けなかった。弾け飛ぶメンポの下には、驚愕の張り付いた見覚えある顔があった。

 

「カラテ王子…………嘘だろ……!?」

 

「カワラマン? ニンジャ、ナンデ?」

 

ニンジャ判断力で判らない筈もなかった。だが、判りたくなど無かった。しかし、判らざるを得なかった。殺すべき敵が、殺すべきニンジャが、再会を約した筈の友なのだと。(((俺はニンジャスレイヤーだ……)))自分が口にした言葉が、耳奥に響くソウルの声が、耳鳴りめいてセイジの脳裏にコダマしだす。

 

(((ニンジャスレイヤーに過去はない……)))『俺』はニンジャスレイヤーだ。アレはニンジャだ。ニンジャを殺すのがニンジャスレイヤーだ。「アァ……」でも『僕』は友達なんだ。アイツの友達なんだ。友達を殺したくない。(((ニンジャスレイヤーに慈悲はない……)))だがニンジャを殺すしかない。

 

「ウゥ……」でも友達を殺したくない。(((ニンジャスレイヤーに容赦はない……)))だがニンジャを殺さなきゃいけない。「ウゥゥゥ……」でも友達を殺したくなんかない。(((ニンジャスレイヤーに感傷はない……)))だがニンジャを殺す他にない。「ウゥゥゥッ!」でも友達を殺すのはゴメンだ。

 

(((ニンジャを殺す……)))でも友達を殺すなんて嫌だ。(((ニンジャを殺す)))友達を殺すなんて嫌だ。(((ニンジャを殺す!)))殺すなんて嫌だ! (((殺す!)))嫌だ! (((殺すべし!)))嫌だ!! (((殺すべし! 殺すべし! 殺すべし!)))嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!!

 

(((ニンジャ殺すべし!)))「ウワァァァッッ!!」自分に掛けた自作のノロイに、自我の全てが飲み尽くされる。失敗作のアンコめいて焦げ付いた恐怖が火を噴いた。言語化するより早く、言葉にならない情動が吹き上がる。アンコシチューよりも混沌とした感情のままセイジは叫び声を上げて走り去った。

 

赤黒の風と化して逃げ去るセイジ。その背中に声をかけることも追い縋ることもできず、シンヤは石くれめいて見送った。かけられる言葉は無く、追い縋った処で何を伝えればいいのかも判らない。そもそもシンヤは何をすべきなのか何一つ判らなかった。ただ現実を咀嚼し、現状を消化するので手一杯だった。

 

ニンジャキラーの本名はセイジだ。『原作』から知っている。カラテ王子の本名もセイジだ。本人から聞いている。でも、アイツが? そんな筈はない。だって、アイツはいい奴だ。アイツは同門の同期生だ。アイツはカラテ王子だ。アイツは友達だ。アイツは……アイツは……「ヒノ=サン、なんだぞ?」

 

現実に打ちのめされて茫洋と佇むシンヤを、現実を受け止めきれずNRSを希うヤングセンセイを、現実を拒絶して路地裏を狂奔するセイジを、重金属酸性雲の切れ目からドクロの月が嗤っていた。全てを見ていた月から響く、インガオホーの声無き嘲笑が、重金属酸性雲に吸われて消えた。

 

【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】おわり。


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