鉄火の銘   作:属物

96 / 110
大変遅くなりました。本年中にもう一話……ガンバロ


第一話【クリーピング・アイズ・フロム・フット】#1

【クリーピング・アイズ・フロム・フット】#1

 

 

「ゴキゲンヨ!」「ゴキゲンヨ!」

 

マリエとトモエの像の元、今日も朗らかな声がコダマする。レンガ作りの通学路を行くのは、淡い色彩をまとったうら若き少女達。スカートを乱さぬよう上品に。背筋を揺らさぬよう滑らかに。登校風景だけで躾と教育を感じさせる。

 

『規律正しく美しい』。マリエ・トモエ学園のモットーだ。スナリヤマ程に名高くなくとも、ネオサイマタで上から数えられるお嬢様学園である。ある種イビツなまでに均一に美しく整えられた彼女らは、まるでロビーに飾られるカドー・オブジェを彷彿とさせる。

 

 

しかし、例外はどこにでも存在するものだ。

 

 

「まぁ」「あれは」「いやね」「いらっしゃったわ」小鳥の群れめいたざわめきをBGMに、水彩画に白黒の輪郭線が差し込まれた。スカートを蹴り上げるような大股歩き、僅かにたわめた背筋はバイオミケネコめいて揺れている。

 

柔らかな色の制服を無彩のジャケットで覆い隠す。墨色のパンプスと合わせればスカートが白に見えるほどのコントラスト。規則違反ギリギリの髪飾りもモノトーンで、色彩そのものにキツネサインを突きつけるかのよう。

 

ファッションだけではない。白帯ながらジュドー地区大会で優勝を果たし、成績順位はいつも上位をキープ。持て囃されるだけの成果を挙げながら、敷かれたレールを直角に我が道を行く。まさしく粗にして野だが卑にあらず。

 

故に人影が纏うのは墨絵竹林のタイガーめいた気品ある野生だ。その背中に向けられるのは恐怖、嫌悪、軽蔑、興味、憧憬。どれ一つとして対等の感情はない。その全てを一顧だにせず、黒錆めいた鉄魚は養殖パステルカラーの川を颯爽と泳ぎ去っていく。

 

彼女の名は“ウトー・ユウ”、均一均質なマリエ・トモエ学園にくっきりと浮かび上がる異端児だ。

 

今日も問題児は不快感と不機嫌を露わに、背の高い門を潜る。「ドーモ」「……ドーモ」門周りを清掃する用務員相手に気怠いアイサツを返し通り去る。「え」その足が止まった。振り返る。

 

視線の先には黒錆色の特徴がない男が一人。ただ目だけが殺人者めいた異様な光を放っている。「え……え?」「ありゃ」その目は彼女と同質の、しかし少々薄めの驚きで見開かれていた。

 

いち早く驚愕から脱した男は帽子を脱いで丁寧にアイサツをした。「ドーモ、()()()()()()。本日より当学園にて務めることとなりました、用務員の“カナヤ”です。ヨロシクオネガイシマス」「へ?」

 

「…………ナンデ?」「以後お見知りおきを」同郷にして縁深い“カナコ・シンヤ”からの初対面めいた社交辞令に、ユウはただ惚けるばかりだった。

 

---

 

「ちょっと! ちょっとこっち来て!」「ちょっと引っ張らないでいただけます!? ちょっと!」「ちょっとくらいいいでしょ! ちょっとで作り直せるんだから!」「ちょっと! 初対面なのにちょっとそれはないでしょう!?」「ちょっと!? 初対面って、ちょっとそれこそないでしょ!」

 

『ちょっと』多めの会話しつつ、ユウは黒錆の用務員を廃墟となった旧校舎裏へと引っ張り込む。聞きたいことは山ほどある。ナンデ学園に来たの? ナンデそんな格好をしてるの? ナンデ偽名なんか使ってるの? ナンデ初対面のフリをしてるの? 

 

「……」「で、なんですか? 女生徒さん」言いたい事は溢れんばかりだが、言葉が渋滞して口から出てこない。「…………」「だから、なんなんですか? 女学生さん」思わず顔を見つめる。目つき以外は意外と柔らかめなんだ。「………………」「そうですか。じゃぁこうしましょう。女子高生さん」じっと見てしまう。じっと見返される。頬が熱い。

 

「私たちは初対面です、いいね?」「アッハイ……っていいわけないでしょ!!」流れで思わず頷きかけた。ノリツッコミの勢いでコトダマを押し出す。「それでいいんですよ、二つで十分ですよ」「よくない!」何が二つだ。四つは答えろ。

 

「とにかく答えて! ナンデ学園に来たの?」「仕事です」「ナンデそんな格好をしてるの?」「仕事です」「ナンデ偽名なんか使ってるの?」「仕事です」「ナンデ初対面のフリしてるの?」「仕事です」

 

「答える気あるの!? シンヤ=サン! 「カナヤです」ザッケンナコラーッ!」答える気はないようだ。ヤクザスラングと気炎を吐くユウ。対してカナヤことシンヤは冷静に返した。

 

「そもそもナンデいちいち聞くんですか?」「えっと、それは、その……」問い返しに言葉が詰まる。不安? そりゃあるが問い詰めて全部聞き出すほどではない。不信? 救ってくれた相手を疑うほど人間性を失ってはいない。言われてみれば自分でも訳が分からない。理由が出てこない。

 

「理由はない感じですか。なら、いいじゃないですか。用務員の仕事だから迷惑はかけませんよ」「…………」シンヤの説得に頷く自分がいる。悪い人物でない事はよく知ってる。安心もできる、信用もできる。そもそも彼の仕事(it's not my business)だ。口出しすべきではない。それが正しい。

 

「ご理解いただけたようでよかったです。ではオタッシャデ「ダ、ダメ!」」しかし出てきたのは首を横に振る自分だった。訝しげにシンヤは表情を歪める。「ナンデ?」「えっと、それは、その……」聞かれてもやっぱり答えは出てこない。自分がナンデと聞きたいくらいだ。

 

「理解できても納得できない、ということですか? そう言われましても困るんですが」そうじゃない。いや、そうなんだけどそうじゃなくて。適切な言葉が見つからない。もどかしい。ユウは空転する思考を必死に回す。「!」遠心力で発想が飛び出た。

 

「シンヤ=サンが学園に来たのは用務員の仕事だから」「はい」「その格好も用務員の仕事だから」「……はい」そう言った。そう聞いた。ならおかしい。「偽名も用務員の仕事だから?」「……必要だったので」「初対面の振りも用務員の仕事?」「…………必要だったので」

 

つまりこうだ。「シンヤ=サンは用務員を隠れ蓑に別の仕事で学園に来た。証拠を残したくないから、偽名で初対面の振りをした」「それで?」素人の推理ごっこにつきあわされるシンヤから、苛立ちと共に超自然の気配が漏れ出す。

 

「それで私は生徒だから初日で初対面の()()()()()()より学園に詳しい」「だから?」怯えたバイオスズメが必死に飛び去り、群れなすバイオラットが泡を食って逃げる。頂点捕食者の恐怖が場に満ちる。

 

「……だから、私が役に立つ……と、思う」「……はぁ」赤い顔で目を逸らすユウを前に、シンヤから毒気と超自然の圧力が抜けた。人殺しめいた目は生暖かく緩んでいる。それは親の仕事を増やす子供のお手伝いを見る目だ。

 

「探偵体験ならプロにインターン依頼できますよ?」だからチビたちに接するようにシンヤはやんわりと奥ゆかしく断った。「そうじゃなくて! 私が役に立ちたいの!」対して頑是無い子供めいてユウは首を左右する。

 

「えっと、それに、その……助けて貰った、お礼、ちゃんと、してなかった、し……」そして親に甘えなれてない子供めいて、下手な言い訳をモゴモゴと口ごもる。自分の態度が嫌になる。まるで出来の悪いツンデレヒロイン……ヒロイン? 誰の? 「……ッ!」顔の紅色が耳まで染める。

 

顔をほてらせて俯くユウを前に、シンヤは長い息を吐いた。「わかりました。ではお願いします」「ッ! ありがとう! ……じゃなくて、ハイヨロコンデー!」

 

「あと、調査費を支払いますので、後で書類にハンコください」「え……わたし、お金欲しくてやったんじゃ「社会人の義務です、いいね?」アッハイ」プロフェッショナルの圧力でユウの首を縦に振らせる。

 

それを確認するとシンヤは一枚のメモを握らせた。「コレが調べもの?」「はい、これの在処に繋がる情報を集めてください。何か見つかったらまず連絡を」手書きのメモをためつすがめつ、記憶を探る。()()()()()()()()()なんて何処にあるのか。学園博物館にあるだろうか。

 

「長々とつきあわせてゴメンね! じゃあ探して来るから!」一礼すると軽やかすぎる足取りでユウは駆け出した。「えへへ」足元が不確かなくらいふわふわしてる。頭の中もふわふわのパステルカラーだ。「うふふ」自然と表情が緩んでしまう。足取りも心臓もお下げもスキップしてる。今体温何度あるのかな。

 

宙に浮きそうな、そしてそのまま帰ってこなそうなユウを見送り、シンヤは長い息をまた吐いた。「どーしたもんかなぁ」現地協力者に頼むくらいなら、ルール違反とは言わないだろう。それ以外は心配事だらけだが。ありゃどう見てもアレだ。

 

ともかく自分の方でも調べ始めるべきだろう。暖かい壁に手をやり背筋を伸ばす。「……暖かい?」春は始まったばかりで、ここは日陰だ。事実他の壁面は皮膚が張り付きそうに冷たい。

 

超自然の五感で中を探る。確かな熱と振動がある。安定器か、ケーブルか、それとも別の電機器具か。動作してなければ熱と振動は産まれない。つまるところ、この廃墟は生きてる。シンヤは凶相を歪め、旧校舎跡を睨むように眺めた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「……でしてね、”ジュウジ”・センセイ。もう少しお話を……」「ハハハ、また後でね。待ってるよ」女の園に若いイケメンとくれば自然と熱い視線が集まるものだ。品よく追い縋る生徒を軽やかにかわし、教育実習生のジュウジは教室を後にした。

 

「センセイ、ゴキゲンヨ!」「ごきげんよう、リンゴ=サン。素敵な声だね。オウタ部の練習も今度見に行かせて貰おうかな?」「まぁ! センセイったら!」まして女性の扱いになれたジェントルなカネモチなら尚のこと。恋に恋する箱入りお嬢様から夢見る眼差しが小麦色の肌に向けられる。

 

普段ならちょいと一人二人と摘み食いを考えるところだが今は仕事の身だ。さらりと声を受け流し、流れるように歩み行く。向かう先はベンダーマシンの並んだ休憩室。トークンを流し込み一つ二つと飲み物を選ぶ。アンココーヒーの缶を手に持ち、片方を……投げ上げた? 

 

宙を舞ったアンコーヒー(抹茶味)は物理法則に従い、美しい放物線で排煙窓を通り抜け、黒錆色の手袋に収まった。「アリガトな。流石はお嬢様学園。いい豆使ってんな」「そうかい? それなりだと思うけど」壁向こうは渋い顔だ。ジュウジ……否、“セイジ”は喉の奥で笑った。

 

「お前はいちいちカネモチアッピールが多いんだよ」「悪いね。産まれがいいからさ」「その産まれで女学生を何人たぶらかした? カラテ王子。ヨシノ=サンが泣くぞ? また庭で正座するか?」「ルッセーゾ、カワラマンこそ現地協力者と何やらナカヨシじゃないか。キヨミ=サンに偏向報道が必要だな」

 

「……」「……」壁越しに無言が走る。いつものルーティンが終わり、仕事が始まる。「整理しよう」「おう」ことの始まりはシンヤの『原作知識』だ。開帳された高次世界由来の機密情報は“ナンシー・リー”に幾つもの武器とアイディアを与えた。

 

「目標」「学園が所有するインフラ古地図の回収、ないし複写」その一つが百目巨人との論理戦争で力を発揮した、いにしえのハイストリームデータケーブルだった。ポートを利用出来れば対ソウカイネットで極めて大きな優位を得る。だがツキジ地下以外の経路は不明だ。故にそれを示す地図を持つ学園へと、訓練も兼ねて二人は潜入することとなった。

 

「古地図の目星」「学園博物館」「なし。博物館倉庫」「なし。目録確認済み」シンヤは陰気な用務員『カナヤ』、セイジは陽気な実習生『ジュウジ』として学園に忍び込んだ。因みに配役は顔立ちと対人コミュスキルが理由だ。大いにコミュ強マウントされたシンヤはケモソーダをラッパ飲みした。

 

「その他可能性」「旧校舎の地下倉庫。学園博物館の展示物は元々あそこに保管されてた」しかし緊急用ジェネレーターが爆発事故を起こし、旧校舎は廃墟となりニューク汚染で立ち入り禁止になってる。事故後、主要な展示物は移送したが取りこぼした小品は多い。可能性は高い。

 

「気になる点が一つ。旧校舎の電気が生きてる」「隠すに適当だな。違法ドラッグの話なら耳にした」「合法ベンダーのヨロシサン飲料でもトリップできる。黒魔術カルトじゃないか? 女生徒が噂してたぞ」「ペケロッパのご高説なら五分も歩けば拝聴できるぜ。下校の寄り道で手軽に気軽な淫祠邪教だ」

 

どちらもありえる。そしてどちらも仕事と無関係だ。「まぁ、かち合わないならどうでもいいか」「ああ。けど、かちあったら?」「カラテだ」「おう」DING! 壁越しにお互いの拳が鳴った。DONG! 休み時間終わりのチャイムの音が鳴った。

 

投げ上げたコーヒー缶が逆再生めいた放物線をなぞり、排煙窓を潜り抜ける。そしてゴミ箱から渇いた音が響く時には、壁の内外ともに人影は消え去っていた。運動エネルギーの余りが不満げな残響を立てたが、それもまた瞬く間に消え去った。

 

【クリーピング・アイズ・フロム・フット】#1おわり。#2に続く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。