宮守の神域   作:銀一色

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今回で爽(と揺杏)との麻雀は終わりです。
今回の麻雀では揺杏が全くと言っていいほど目立たなかったなあと反省してます。ごめんよ揺杏……


第109話 北海道編 ⑧ これが普通

 

 

 

 

 

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視点:獅子原爽

東三局 親:おじさん ドラ{八}

 

小瀬川 28,700

おじさん 11,100

獅子原 47,300

岩館 12,900

 

 

 

(どう打ったら……勝てる?)

 

 

前局、心から震えて怯えてしまうほどのプレッシャー……威圧をまともに受けた私は、表面上は落ち着いたようにも見えるが、やはり内心はさっきまでの熱意は無い。完全に私の熱意は小瀬川の凍りつくような威圧によって掻き消されてしまった。さっきまではあんなに自信に満ち溢れていたのに、まだ小瀬川に勝てる可能性を確かに感じていたはずなのに、今ではそんな事想像すらできない。勝てない未来しか見えてこなかった。一体どうやれば小瀬川を上回れるのか、どうしたら小瀬川を上手く出し抜けるのか、分からない。ついさっきやったはずなのだが、今となってはそもそもそんなこと可能なのかと疑いたくなるほど、自信を喪失してしまった。……これだと少し意味合いが違ってくる。喪失というより小瀬川に文字通り叩き潰されてしまったという方が正しい表現だろう。麻雀の点棒という観点から見れば勝っているはずなのに、追い詰めようとしているのは私なのに、その一方で精神面は完膚なきまでにボコボコにされた。それも、一瞬の威圧だけで、だ。そんな彼女は私の方に向かって悪魔のような笑みを浮かべている。もしかしたら小瀬川白望という雀士は、『悪魔のような』ではなく、本当に悪魔なのかもしれない。そんな馬鹿げた想像が容易くできてしまうほど、小瀬川白望という雀士は恐ろしかった。いや、強ち間違いではないのかもしれない。どうやったら普通の人間があんなに無感情になれたり、尋常でない威圧を発せられるのだろうか。そう考えれば、小瀬川白望は本当に悪魔なのだろう。逆にあれで人間だと言われた方が信じられないレベルだ。

 

「配牌を取りなよ……獅子原さん……」

 

そしてただでさえ切羽詰まっている私に追い討ちをかけてくるかのように無慈悲に小瀬川は私に配牌を取らせようと言葉で促す。先ほどまで笑っていたはずの小瀬川のその言葉には一切の感情はのっていない。無感情で、尚且つ機械的な声色で私に言う。さっきも感情があるかと言われると微妙ではあるが、さっきの小瀬川の表情は確かに笑っていた。それがまるで小瀬川がマシンになったかのように、突然感情を失ったのだ。その変貌ぶりに再度私は小瀬川に恐怖する。

それと同時に、私は配牌を取り始めた。取り始めた、というよりも小瀬川に言われて反射的に取らされた、と言った方が正しいのかもしれない。配牌を取っている最中の今も、半ば頭の中が混乱しながらも強引に体を動かして配牌を取っている。当然最初に取った四牌がなんなのかすらも頭に入ってこない。頭の中は小瀬川白望という悪魔で埋め尽くされている。そこに情報処理するための余裕など一切ない。

 

獅子原爽:配牌

{一九⑧12244668北発}

 

そしてこの局での私の配牌はこの陣容。面子がなく、よりにもよって五向聴。まるで今の私の精神を表しているような配牌であった。だが、この配牌、明らかにどうしようもないというわけではない。私のカムイを使えばこの配牌、役満にだって仕上げることができる。使用条件が厳しくて使える機会が殆どないカムイ。

 

(シランパカムイ……!)

 

そう、シランパカムイ。又の名を樹木のカムイという。配牌時に緑一色を形作る{23468発}が手牌の中に半分以上存在するときに任意に使用することができ、そのカムイを使用したあとはどんどんと{23468発}が手牌に送り込まれる。今手牌の中には八枚存在しているので、ここが使いどきだろう。私はシランパカムイを呼び出す。

そしてそのあとは次々と手牌に{23468発}が集まって行き、七巡も経てば私のあのゴミ手五向聴が役満の緑一色一向聴と、聴牌目前となっていた。

だが、好調に事が進んだのもここまで、小瀬川がニヤッと笑うと、1,000点棒を取り出して牌を曲げて河に向かって打ち、リー棒を放る。

 

「リーチ!」

 

 

小瀬川

打{横②}

 

 

 

(うっ……!)

 

やはりこの局も先手を取ってきたのは小瀬川。カムイを使用していても御構い無しといった感じだ。というより、カムイを使ってやっと追いつけれるかどうかとは一体どうなっているんだ。カムイはアイヌにとっての神様のような存在であるはずなのに、それを使っても対等以下とは、末恐ろしいことこの上ない。逆に言えば、私がカムイを使わずにまともに闘おうとすれば、一瞬のうちに捻り潰されるということだろう。そう考えると恐怖が込み上げてくる。

だが、そうは言っても私の手は次のツモで聴牌確実なのだ。それで追いつくとができる。もし仮にこの緑一色に無防備な小瀬川が和了牌を掴んでしまえば、32,000の直撃となる。そう考えれば、小瀬川のリーチは些か危険な判断だったと言える。それもこれも小瀬川が私のカムイを察知することができないからである。もし小瀬川にカムイを使ったかどうか察知されてしまえば、私は一切太刀打ちできなくなるであろう。

 

(来た……!!)

 

そしてその直後のツモ、当然ながら私はこの緑一色という栄光の架け橋の最後の仕上げの一牌を掴み取った。

 

獅子原爽:手牌

{12234466688発発}

ツモ{3}

 

 

これで打{1}で{8発}のシャボ待ち。役満緑一色の完成である。

無論私は緑一色に邪魔な鳳凰、{1}を手牌から取り、河へと放つ。だが、その瞬間声が発せられた。当然、小瀬川白望から。

彼女は邪悪な笑みを浮かべて、手牌をゆっくりと倒す。

 

「ロン……!」

 

小瀬川:和了形

{二二六六③③⑥⑥⑨⑨155}

 

 

「リーチ一発、七対子……裏無し。6,400」

 

私はその七対子{1}待ちを見て驚愕する。その単騎の{1}が私の()()()(){1}を狙った地獄待ちであることに対しては勿論、彼女がリーチ時に切った牌である{②}は場に生牌である。ツモ和了るには絶好の牌であったはずだ。そもそもこの{1}は今さっき掴まされた{1}ではない。もともと配牌から存在していたのだ。私が{1}を持っていると断言できるわけがない。だが、それでも彼女が{1}で狙い打ったということは、私が緑一色に向かうことも、私が{1}を配牌から持っていて、尚且つ最後に溢れると読んでいたのだろう。何の根拠もなしに、だ。

有り得ない……そんな言葉を今日だけで何回使っただろうか、だが、どうやらまだ使い足りなかったようだ。

 

その後は私の親である次局の東四局では私の端の数牌を狙われて小瀬川に振り込んでしまったことで呆気なく親を流され、南場に入ってからはカムイを強引に駆使しても小瀬川には何一つ敵わなかった。あの才能なのか努力の賜物なのかは分からないが、卓越した読みで私自身が予測していた事の三手くらい先を予想して打ってきて、しかも私はまさにその予想通りに動いてしまうため、どう思案しても小瀬川には足元にも及ばなかった。そして南二局、二回目の小瀬川の親では大量に点棒を吐き出し、八連荘が採用されていれば今頃トンでいただろうというレベルで連荘を続けていった。それと同時に私の点棒も湯水のように溶けていき、さっき八連荘があればトンでいただろうと言ったが、実際今もトビかけている。現在私の点棒は2,600。一時期あった4万の点棒は見る影もない。そして未だに小瀬川の親を誰も流すことができず、九本場となっている。それだけ和了られているのにまだ誰もトンでいないのは、小瀬川が大きい打点で和了らないからだろう。常識からは考えつかない意味不明な変則的な打ち方をするので、その分打点が下がっているのだ。だが、今の2,600という点差ではそんな呑気な事は言ってられない。多分この局和了られれば、私がトンで終わりだろう。

 

「リーチ……」

 

打{横七}

 

 

(来たっ……!)

 

 

だが、この九本場にしてやっと私にチャンスが舞い降りる。この小瀬川がリーチした時、実はもう既に私は奇跡的に聴牌することができた。故に、私はあのカムイを使うことで次の巡、小瀬川に私の和了牌を掴ませる事が可能となっている。

そんな夢のようなことを可能としてくれるカムイの名は、

 

(パコロカムイ……!)

 

パコロカムイ。相手に自分の和了牌を掴ませる事ができるカムイ。多分普通の小瀬川ならば掴ませたとしても溢れる事はない。だが、今は別。リーチをかけている今ならば小瀬川は避ける事は不可能だ。どんな天才であろうともリーチをかければ凡夫となる。小瀬川は多分今の流れは自分がツモ和了ることのできる流れだと読んでいたからこそリーチをかけてきたのだ。……恐らくその読みは当たっている。磨き上げられた感覚、感性。だが、他者に支配されればそれはまた別の話。今回はそれが仇となった……!

私の待ちは辺張の{③}待ち。純チャンが確定しており、ドラの{一}が暗刻となって跳満の手に仕上がっている。そして何も知らない小瀬川は、山から牌をツモってくる。それが{③}であることも知らずに、自分がツモった牌をただ切ることしかできない凡夫だとは知らずに……!

 

「・・・フフ」

 

小瀬川がツモった牌を確認すると、私に向かって微笑みかけた。それが何を意味するのかは分からなかったが、とりあえず小瀬川がその牌を放つ前の私は手牌を倒して、小瀬川に見せる。

だが、小瀬川はまだ笑うのを止めなかった。何故だ。何故笑っている?その事に対して私が小瀬川に聞こうとした瞬間、

 

「ツモ……」

 

 

と宣言する。思わず「は?」という間抜けな声を出してしまう。何故だ。小瀬川は{③}をツモったはずじゃないのか?

戸惑う私を気にもとめず、小瀬川は手牌を倒す。それと同時に私は驚愕する。

 

 

小瀬川:和了形

{四五六八八八③222東東東}

ツモ{③}

 

「リーチ一発ツモ東、三暗刻……」

 

 

「裏を見るまでもなく……トビで終わりだね」

 

確かに小瀬川がツモったのは間違いなく{③}だった。だが、その代わりに小瀬川の待ちは{③}単騎待ちであった。言うまでもない事だが、リーチ宣言牌の{七}を手牌に入れていれば{三六九、四七}の五面待ち。それを蹴っての{③}待ち。もはやそれだけでは驚かなくなった。多分、これが小瀬川にとって普通、正常なんだろう。それなのに私がおかしいと思ったところで、何かが変わるわけではない。むしろ小瀬川にとっては至極当然の事で、事実それが正解なのだから。

 

(・・・完敗だ)

 

 

 

 

 

 

 

 




後数話で北海道編も終わりです。
その次はどこに行きましょうかね……?

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