宮守の神域   作:銀一色

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レジェンゴ戦です。
あまり進んでないという事実


第142話 奈良編 ⑤ 逃げない

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視点:小瀬川白望

 

 

 

 「……打ちましょうか」

 

 私は赤土さんを真っ直ぐ見据え、ゆっくりとこう言い放った。私の言葉によって、部屋の緊張感が高まっていく。今も尚松実さんは私に抱き、さっきまで私の胸を堪能して幸せそうにしていたが、その松実さんでさえも一気に表情が険しくなった。

 

 「……」

 

 すると赤土さんは、何も言わずして先ほどまで松実さんがいた席に座った。しかし、この一連の動作が分からないほど私は鈍感ではない。雀士同士が卓についたということは、それは即ち勝負をするということと同義である。

 私は少しニヤリと笑い、松実さんに退けてもらうように促す。残念がるかなと思ったが、意外にも松実さんはすぐに私から退いてくれた。恐らく、この空気を読み取ってくれたのだろう。

 そしてその直後、私がこの『阿知賀子供麻雀クラブ』に入る直前に感じたオーラ以上の圧力感が赤土さんから放たれていた。どうやら、赤土さんの中で何か決心したのだろう。しかし、まだ未完全だ。やはりまだ赤土さんの中には何かがいる。一時の感情で突き動かされてはいるものの、心の根っこの部分はまだ恐怖によって縛られている。

 

 (さあ……赤土さん。あんたが何を抱えているのか……見せて貰おうか)

 

 

 

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視点:赤土晴絵

 

 

 「……打ちましょうか」

 

 そう小瀬川から放たれた瞬間、私の時が一瞬止まったかのような錯覚を受ける。心臓が激しく脈動しているのが手を当てずとも分かる。額には嫌な汗によって濡れていて、あまりにも緊張しすぎて、自分でも緊張しているというのが何となくでしか分からなかった。

 本音を言えば、今すぐ逃げたい気持ちでいっぱいだ。()()()()()()()()もまだ完全には癒えてないと自分でも分かっているし、今目の前にしている子がソレと同等……もしくはそれ以上の脅威であるのかもしれない。もう二度と、あんな思いはしたくない。

 

 (……だけど)

 

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。本当に、今この場から逃げていいのだろうか。確かに、あの時のトラウマは少しずつではあるが癒えて行っている。しかし、それは単に打ち勝ったわけではなく時間が癒してくれたものである。根本的な事を言ってしまえば、何も私は乗り越えてはいないのだ。ただただ自分のトラウマという名のハードルが下がっていくのをじっと見守っているだけ。果たして本当にそれで私はトラウマを、小鍛冶健夜を乗り越えたことになるのだろうか。

 そう、これはある意味チャンス。私のトラウマに、脅威に……私をこれまで追い詰めてきた忌々しい過去に打ち勝つことのできるチャンスではないだろうか。そして、ここでこのチャンスを失えば、二度と私は自分のトラウマに打ち勝つ事も、そのチャンスも来ることはないであろう。一生背負っていくことになる。例え全て時間が癒してくれたとしても、だ。

 だからこそ、私は闘う。例えどんな酷い負け方をしたとしても、これ以上のトラウマを背負ったとしても、そんなこと私にとってはもうどうでもいい事だった。

 ただ、逃げてはいけない。逃げたくない。そう思ったから。その一心に尽きる話だ。

 

 (……小瀬川、いや……()()()()()。……殺す気で行くぞ)

 

 私は玄がさっきまで座っていた椅子に座る。そして、私が今持てる最大限の闘志を燃やす。

 ーーいつ振り、……あの時以来か。私がこれほど麻雀に命を燃やしたのは。……いや、それでは少し語弊がある。

 

 (……まだ足りない)

 

 そう、まだ足りない。決心はしているはずなのに、心の底の底。そこがまだあのトラウマによって縛られたままでいる。まだあの時には及ばない。しかし、

 

 (縛られているのなら……焼き尽くすまで、さ)

 

 闘志という名の焔で、焼き尽くしてしまえばいい。そう心の中で決意を満たしながら、私は再度小瀬川白望の事を見た。しっかりと目を合わせる事ができる。確かに目を合わせた瞬間の圧力は凄まじかったが、耐えられる。

 

 「シズ……憧。入ってくれるか」

 

 そうして、私はシズと憧に向かってそういった。二人は少し戸惑っていたが、私と小瀬川白望の威圧感にあてられたのか、そそくさと椅子に座った。

 

 

 

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視点:神の視点

東一局 親:赤土晴絵 ドラ{2}

 

小瀬川白望 25000

高鴨穏乃  25000

赤土晴絵  25000

新子憧   25000

 

 

 

 名目上は娯楽麻雀。しかし実際には小瀬川白望と赤土晴絵の己の信念を賭けた博打。それが今始まった。

 東一局、親は赤土晴絵。赤土晴絵から配牌を取り始め、手牌が赤土晴絵が十四枚、他の全員が十三枚になったところで、赤土晴絵の第一打から勝負は始まる。

 

 (……まあまあ、か)

 

赤土晴絵:手牌

{四七八④赤⑤⑦⑧1225中中}

 

 赤土晴絵が自分の配牌に目をやりながら、そんな事を心の中でそっと呟く。赤土晴絵のこの配牌、手自体はかなり良い。役牌対子の三向聴で、尚且つドラの{2}も対子。親の連荘を決めたい、そして打点も欲しい今の赤土晴絵にとってまさにこの{中}と{2}の対子は僥倖といえよう。

 しかし、赤土晴絵はこの好配牌に恵まれたとしても、全く喜ぶ様子は見せなかった。

 

 (こっちの手牌は二の次……小瀬川、小瀬川の手牌……)

 

 そう、今赤土晴絵にとって最重要であることは小瀬川白望の配牌であった。先ほどまで、松実玄との勝負を赤土晴絵は見ていたが、正直な話赤土晴絵は小瀬川白望がどんな雀士かという全体像を掴めていない。確かに、松実玄との一戦は赤土晴絵にとって衝撃なものだった。しかし、肝心な小瀬川白望という雀士については全くもって分かっていない。少なくとも彼女が確信しているのは、小瀬川白望という雀士はデジタル、オカルト……そのどちらにも属さない異端な存在であるという事だけだ。

 それが赤土晴絵にとっては非常に厄介であった。小瀬川白望がどんな打ち回しをしてくるか予想がつかない。だからこそ、自分の配牌などはあまり関係ないのだ。例え自分の配牌が超好配牌だったとしても、小瀬川白望がそれを阻んでくる可能性もあるからだ。

 しかし、そんな小瀬川白望でも配牌が悪ければどうにもすることができないはず、そう赤土晴絵は読んでいた。故に最重要なことは、小瀬川白望の配牌が悪いか否か。それが一番であった。好配牌はその次、二番目のことである。……まあ、配牌が悪くとも小瀬川白望は幾度となくノーテンリーチなどのブラフを駆使して乗り切ってきた功績があるので、一概に赤土晴絵の考えが正しいとは言えないのだが。

 そして、そんな小瀬川白望の配牌は赤土晴絵の希望が叶ったのか、酷い有り様であった。

 

小瀬川白望:手牌

{二七九③③13469西北北}

 

 最悪、とまではいかないもののその二歩くらい手前の三向聴。三向聴とは名ばかりで、嵌張が目立つ他にもオタ風の{北}が対子など、普通の四向聴よりもタチが悪く、融通のきかない配牌。言い換えるならばクズ手といったところか。

 しかし小瀬川白望は、そんなクズ手をただ真っ直ぐな瞳で見つめる。そうしてから、小さく笑った。

 

 (始めようか。赤土さん)

 

そうして新子憧が卓に置いた{八}を見て、自分の手牌にある{七九}を晒した。

 一巡目で、尚且ついきなりの事に、卓にいる小瀬川白望以外の全員が驚きを隠せないでいる。

 しかし、そんな事は関係ないといったふうに小瀬川白望は宣言する。

 

 「……チー」

 

小瀬川白望:手牌

{二③③13469西北北} {横八七九}

 

 本来ならば、誰がどう考えても見逃すはずの{八}。しかし、小瀬川白望は鳴いていった。ここにいる小瀬川白望以外の人は、まだ気づいてはいない。これが既に、小瀬川白望の最初の布石、その始まりであることに。

 




次回もレジェンゴ戦。

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