モチベーションも昨日に比べれば格段に上昇したので、今日から続けていきたいと思います。
-------------------------------
視点:鶴田姫子
「姫子と白望はそこの椅子に座って待ってて。昼食の支度は私がやっと」
「あ、ありがとうございます」
「ありがと……」
私と手錠で繋がれた白望さんは椅子に座って昼食の支度を始める部長を見届ける。手錠で繋がれているため何をするにも二人で行動しないといけないし、何より私が手錠で繋がれいるのは右手。右手も満足に使えないようでは食器すら使えない有様である。手伝いたい気持ちはあるが、絶対に足手まといになるため、ここは我慢するしかない。
隣に座っている白望さんは、手錠に繋がれているという超異常な状態におかれているはずなのに、まるでそれが普通の状態であると言わんばかりに寛いでいる。部長も部長で、あっさりと今の状態を受け入れているし、この異常な空間は自分が招いたはずなのに、何故かこの状況の中では自分が一番常識人に見えてきて仕方がなかった。
「何かリクエストあるか?」
そう私が考えていると、部長が私と白望さんに向かってそう質問してきた。この状況下で特別何か食べたい物などあるはずもなく、「部長のお任せでお願いしますばい」と答えた。隣に座る白望さんも、「じゃあそれで……」と言って再度凭れ掛かった。
それを聞いた部長は、「そいぎあ簡単なチャーハンでよかか」と言ってエプロンを装着する。久々に見る部長のエプロン姿。こういう状況でなければ、きっと私の気分は最高であっただろう。
そうして部長がチャーハンを作り終え、私と白望さんの目の前にチャーハンが盛られた皿とスプーンを置く。部長は「それじゃあ私は部屋の掃除ばしてくる。二人で食べな」と言って先ほど私たちが麻雀をしていた部屋へと行った。そして部長の手作りチャーハンを出された私と白望さんは「いただきます」と言って目の前にあるチャーハンを食べようと右手を動かしてスプーンを取ろうとした私だが、右手が良いように動かない事に気付いた。
「あっ……」
そこで私は、白望さんと手錠で繋がっている事を思い出した。そうだ。さっきまで皆が何事もなかったかのように振る舞っていたため忘れかけていたが、今自分の右手は満足に使えない状態であった。当然、左手だけで食べる事も利き手的な意味にしても、礼儀的な意味にしても食べる事ができなかった。
白望さんも白望さんで、手錠で繋がれているのは左手だが、鎖の部分が短いため皿を左手で支えたり持ったりすることができず、不便なために食べる事ができなかった。私が白望さんの事をどうしようかという風に見るように、白望さんもどうしようかと言わんばかりに私の方を見る。そして暫くの間悩んでいた二人だったが、ここで白望さんがある事を思いつく。
「姫子はさ、右手が使えないんでしょ?」
「は、はい」
「じゃあ、私が姫子の右手の代わりをやるよ。その代わり、姫子が食べ終わったら少しだけ私の左手を動かせるように、姫子の右手をうまく動かしてよ」
「……えっ?」
白望さんがとんでもないことを私に向かって告げる。白望さんは狙ってかそれとも天然なのかは分からないが、『右手の代わりをやる』という事はつまり白望さんが私にチャーハンを食べさせる、いわゆる「あーん」という恥知らずのカップルがやるものだ。いくら白望さん相手とはいえ、「あーん」をまともにできるほど私は恥知らずではない。部長相手でもちょっと厳しいほど、これは恥ずかしい行為であるのだ。そんなこの上なく恥ずかしい案であるが、白望さんは自分で思いついたこの謎の案を実行すべく、私の目の前に置いてあったスプーンを手に取り、チャーハンを掬う。そしてチャーハンが上に乗っかってある状態のスプーンを私の口の前まで持ってきて、「口、開けて」と言ってきた。
さっきも言った通り、この上なく恥ずかしい行為ではあるが、ここで折れてしまってはこの先やっていけない。こういう恥ずかしい行為が少なくとも夕食の時にもあるし、トイレの時、果てにはお風呂や睡眠の時にもあるのだ。この関門たちを乗り越えるためにも、ここらで現状に慣れておいた方が良いだろう。
まあ、この状況はあくまでも自分が招いたこと。自業自得であろうと自分に言い聞かせながら、口を開ける。私が口を開けるのを確認した白望さんは、手に持っているスプーンを私の口の中へと運ぶ。そうして白望さんがスプーンを口の中で静止させたのを見た後、私は口を閉じる。私がチャーハンを味わい始めたのを同時に、白望さんはスプーンを私の口の中から引き抜いて、直ぐさま皿に盛られてあるチャーハンを掬う。
(パラパラしてる……)
こういった状況であるが、チャーハンは普通に美味しいのは確かだ。俗に言うベットリとしたチャーハンではなく、ちゃんとパラパラしていて美味しい。流石部長だと心の中で呟き、チャーハンを胃の中へと運ぶと、既に待ち構えていたかのようにして私の口の前で静止しているチャーハンを白望さんに運んでもらうべく口を開ける。二回目にして、この一連の動作にはもう慣れ始めてきた。最初は恥ずかしくてどうしようかと頭を抱えていたが、案外やってみれば慣れるものだ。……いや、実際はあまりの恥ずかしさにただ吹っ切れているだけなのだが。
そうしてチャーハンを食べる、もといチャーハンを食べさせてもらうこと早十分。流石に食べさせてもらっているため食べる速度は普通に食べるよりも遅い。そんなに多くない量のはずなのだが、見た限りこれでもまだ半分以上は残っているだろう。
そんな今までの事に比べれば随分と平和な悩みについて考えていた私の思考は、部屋の掃除を終えた部長の一言についてストップする。
「ふ、二人して何やっとるんだ!?」
「あ、哩」
部長は顔を赤らめて私と白望さんの事を見てそう言う。私は突然の事に思考がストップし、チャーハンを食べさせてもらうべく開けた口が塞がらなかった。
こんな状況でも白望さんは平然として「何って……姫子が右手使えないから食べさせてるんだけど」と返す。そう言われた部長は遂に(私が勝手に)誤魔化していたある事を突いてくる。
「そ、それって結局は『あーん』って事……」
「それがどうしたの」
しかし、白望さんはあっさりと受け流してしまう。私の顔は完全に紅潮しているのに、白望さんは平然と受け答えをする。そして白望さんにそう言われた部長は少し顔を逸らしながら「だって二人してそんな……う、羨ましか……」と言った。
流石にこの言葉に白望さんは少し返答に困っていたが、すぐに部長は「じゃ、じゃあ!」と私と白望さんに向かってそう言った。
「姫子が食べとる時は、私と白望で交代して食べさせっと。……そ、そして白望が食べる時は私が食べさせっと!……それでよかか?」
部長の提案は、言うなれば自分も「あーん」させたいという欲望がダダ漏れのものだったが、白望さんは少し笑ってから「じゃあそれでいいよ」と言ってから私の目の前に静止したあったスプーンを部長に「はい、スプーン」と言って手渡す。渡された部長は深呼吸してから、私に向かって「姫子……行くぞ」と言い、私は口を開ける。そうして部長はスプーンを私の口の中へと動かす。口の中にスプーンが入った事を確認した私は直ぐさま口を閉じる。さっきの十分間によって、この一連の動作は完全に極まっていた。そしてスプーンを引き抜いた部長は私に向かってこう言う。
「姫子、美味しいか?」
「……美味しいばい」
私は、ありったけの笑顔で部長の質問にそう答えた。
次回も佐賀編。
いやあ私も哩さんにあーんさせてもらいたい(殴)