宮守の神域   作:銀一色

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東京編です。


第214話 東京編 ⑰ 貸し

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視点:小瀬川白望

 

 

「……シロ」

 

 

「ん、智葉……」

 

 

 私が縁台で夜の風景を眺めていると、智葉がやってきて私に声をかける。私は智葉の方へ振り返ると、そこには智葉だけでなく、札束を持ったネリーとメグもいた。

 何事かと思い、三人に問いかけようとしたが、それよりも早くネリーが私の前に出てきて、札束を私に差し出すようにして私にこう言った。

 

「お金、返すよ……ネリーには受け取れないよ」

 

「……どうして?」

 

 私が聞き返すと、ネリーは顔を下に向けて私に向かってこう続ける。

 

「……本当は、これはあなたが稼いだお金。それこそ命を賭けて、死ぬ気になって勝ち取ったお金。……だけど、ネリーは……肝心のネリーは何もしてない。そんなの、受け取れない。あなたが良くても、ネリーが良くない……」

 

 なるほど……そういう事か。言いたい気持ちは分かるし、ネリーにも思うところがあるのだろうが、私からしてみればネリーは何もかもを背負いすぎている。そんな感じがしてならなかった。いくら他力本願が嫌だと言っても、少女一人が背負うには重すぎるほどの重圧。そういうものは、私のような自由気儘な人間に背負わせていればいいのだ。確かにそれは客観的に見れば俗に言うズルい生き方ではあろうが、賢く生きるという観点からしてみれば立派なものだ。私は自分のような生き方が賢い生き方だとは思ってない。正しいとも思っていない。ただ、こう生きたいから生きているだけ。

 そんな自由に生きている私から見れば、ネリーは随分と窮屈な状態であった。まあこうなった人間は意固地のため、何か妥協策を考えないといつまでたってもお金を返す、返さなくていいの水掛け論だ。

 

「……じゃあ」

 

 そこで私はあることを思いついて、うつむくネリーの頭にポンと手を置く。ネリーが顔を上げ、目があうと同時に私はこう提案した。

 

「こうしよう。私はネリーに、この2000万円を"貸す"。約束事として、ネリーは私から借りたこのお金で元あった借金を返すこと。……返済に期限はないし、利子もない。だからそのまま返さなくても、2000万揃えて私に返しても、それはネリーの自由」

 

「えっ、でも……」

 

 ネリーが何かを言おうとする前に、私はネリーに向かって話を続ける。相手が言い淀んだらあとは畳み掛けるだけだ。

 

「……いつでも待ってるからね」

 

 そう言って私はネリーに札束を強く握らせて、智葉に向かって「あとはよろしく」と言う。そうして私は廊下の向こうへと行こうとしたが、智葉に「何処に行くんだ?」と呼び止められる。

 

「……別にここに待っていれば、直ぐに迎えの電車は来ると思うが?」

 

「いや……ちょっと用事がある」

 

 

 そう言って私はネリーと智葉を置いて廊下を歩こうとすると、少し遠くからネリー達のことを見ていたメグがそっと私に耳打ちしてきた。

 

「……本当に良かったんでスカ?あんな大金、全部ネリーに上げるなんて……人が良すぎますよ」

 

「別に、私はお金とか興味無いし……優しいと思われたくてやってるわけでもない。……理由は単純。肥大化したお金は人間の心を縛る。ただそれだけ……それだけだけど、結構ここが重要だったりもする。流石にあれほどの額になってくると、邪魔でしか無いからね。……それに」

 

「ソレニ?」

 

「ネリーは真面目だから、いつかちゃんと2000万、耳を揃えて返してきてくれると思うよ。まあ、その時も私は絶対に受け取らないけど。麻雀で勝負してでも私は受け取らないよ」

 

 それを聞いたメグはフフフと笑って、「流石シロサン……敵わないですよ……」と言う。そうして話し終えた私は、廊下を歩いていた黒服に声をかけ、戒能さんが今何処にいるかを聞く。果たして私が話かけた黒服が智葉のところか、それとも相手側なのかはわからないが、とりあえず教えてくれたので良しとしよう。

 

 

(……ここか)

 

 そうして黒服が教えてくれた部屋へと入る。するとそこには組長さんと話している戒能さんがいた。組長さんは私が入ってきたことを確認すると、そっと立って部屋を出て行った。

 組長さんがいなくなり、戒能さんと二人だけになったこの状況で、戒能さんは私に向かってこんな事を聞いてきた。

 

「……あなたは、どうしてそんなにストロングなのでしょうか」

 

「……さあね。強いて言うなら……あの時私は死んでも構わないと思ってた」

 

「死んでも構わない……ですか」

 

「そこの意識の差だと思うよ。あの時戒能さんは死を意識して、勝負から降りた。……死にたく無い、って思ったんだろうね。でも、私は違う。私は死んでも別に良い。そう思っていたから、私は前へ進んだ。そこの差……」

 

「成る程……私が二流と呼ばれる訳ですね」

 

 戒能さんは何処か満足したような表情でそう呟く。実際私は戒能さんと少し話がしたかっただけで、実はもう用事はなかった。そうして私は智葉達のいるところに戻ろうとすると、戒能さんは私を引き止めた。

 

「……ウェイトです。小瀬川さん」

 

「何……?」

 

 私は疑問そうに戒能さんの方を見る。まだ何か聞き足りないのかと思っていたが、戒能さんは携帯電話を取り出して、私にこう要求した。

 

「……明日、私から連絡しますので……」

 

「……?」

 

 勝手に話を進めようとしているが、私には何が何だか分からないため、少しばかり混乱していた。そんな私を見て「……どうかしましたか?」と聞いてくるが、それは私のセリフだ。一体どうしたのだ。そう聞こうとすると、戒能さんは私に向かってこう言った。

 

「……あなたが私が負けたら、一日なんでも言う事を聞くって言ったんでしょう?」

 

「……あっ、そういえば……」

 

 しまった。完全に忘れていてしまっていた。そもそも、その約束はあくまでも戒能さんを勝負にやる気にさせるための建前であり、本気でやるとは思っていなかった。だから私も今の今まで忘れていたのだが、まさか戒能さんが本気にしていたとは。

 

(……かといって断ることもできないしなあ)

 

 仕方なく、私は戒能さんとメールアドレスと電話番号を交換する。正直、こうなるとは予想だにしていなかったため、びっくりしていたのだが、まあこうなってしまった以上断ることもできまい。そもそも私から最初にふっかけたし。

 

(またアドレスが増えた……別に嫌ではないけど、塞や胡桃にまた怒られるのはダルいしなあ……)

 

 戒能さんも戒能さんでまた面白そうな人であるため、嬉しくないと言われればそれは嘘なのだが、それによってまた塞や胡桃とかに怒られるのが非常にダルいのだ。確かに、会って一日も経っていない人とポンポンメールアドレスを交換するのは危ない事だし、何か悪用とかされるかもしれないが、いくらなんでも過保護ではないだろうか。

 

「まあ……明日連絡するよ」

 

 そう言って私は改めて部屋を出ようとする。戒能さんはどこか嬉しそうな表情をしていたが、そんなに私とメールアドレスを交換した事が嬉しかったのだろうか。

 

「……おかえり、シロ」

 

 私が携帯電話を見つめながら歩いていると、どこか不機嫌そうな智葉が立っていた。私は智葉に何か言おうとしたが、それはメグによって止められた。

 

「……智葉に何かあったの?」

 

「ハア、智葉を宥めるワタシの身にもなってくれると嬉しいんですガネ……シロサン」

 

「……どういう意味?」

 

 メグにそう聞いたが、メグは「なんでもないデス」と言ってはぐらかされた。肝心の智葉は「戒能良子……いくらシロの挑発でああいう約束をしたとはいえ、それを利用するなんて……」と何かを呟いていたが、気にしないでおこう。

 

「……ねえ」

 

 そんな智葉を見ていると、ネリーから声をかけられる。私はネリーの方に振り返って「……何?」と聞くと、ネリーは私に向かってこう宣言した。

 

「絶対にネリーはお金を返すから、忘れないでよ!」

 

 そんなネリーに向かって、私は微笑みながらこう返した。

 

「いつでも待ってるよ。ネリー」

 

 そう言った瞬間、後ろにいるメグに「……テンネンとは恐ろしいモノですネ」と言われたが、とりあえず無視する事にした。

 




次回も東京編。
こうなってくると、ネリーの原作でのセリフの「ネリーにはお金がいるの」という発言の印象もまた違ってきますよね。

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