宮守の神域   作:銀一色

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前回に引き続きです。



第325話 地区大会編 ③ 王

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視点:神の視点

 

 

 

「ロン、5200!!」

 

 

「っ……!」

 

 全国高校生麻雀大会の予選……言い換えれば奈良県のインターハイ出場校を決める地区大会の、その一回戦第一試合の先鋒戦がラストの小走やえの和了であり、松実玄から狙い打った5200で終了した。最初こそは松実玄が持ち前の火力で高打点を積み上げていたものの、最初の小走やえの親を皮切りに形勢が逆転、一変し小走やえのワンサイドゲームと化してしまった。無論、小走やえの手牌にドラは来ないために松実玄の火力とは天と地の差があるのは明々白々であるのは間違いない。しかし、そこは王者を自称するに相応しいほどの卓越した技量と常人には無い度胸で精神面に劣る松実玄を圧倒し、終わってみれば二位の阿知賀と3万点以上……正確には37300点差をつけて離し、全体の収支では先鋒戦だけで+50000点近いという十分過ぎるほどの結果で終える事ができた。

 

(……英語ならキング、ドイツ語ならケーニッヒ、イタリア語ならレッ……そう、この大胆不敵ながらも悠々とした打ち方。これこそが王者の打ち筋。……だが)

 

(この勝負、まだ決まったわけじゃ無い……ここからどうなるかはこの段階じゃ分からない……)

 

 恐らく阿知賀の中で一番火力が高いと思われるだろう松実玄は自身が完封することはできたが、後続が振るわなければ三万点の差など残す8回の半荘の内に優に吹き飛ぶであろうということを小走やえは危惧していた。無論、自分のチームメイトを信頼していないというわけでは無い。小走やえはチームメイトのことを十分に信頼しているし、自身も信頼を置かれている。だが、それでも尚あの阿知賀は侮れないという事だ。それほどまでに小走やえは阿知賀の事を一目置くほど、再評価したというわけだ。

 

(ニワカが王を討てないというわけでは決してない……その慣れない剣で牙城をどう打ち崩してくるか……見ものだな)

 

 

 

 

 

 

「お、お、お姉ちゃん……」

 

「玄ちゃん……」

 

 小走やえが今後の事について色々と思案していたのに対し、同じく対局室から出てきた松実玄は自分と入れ替わりで対局室へ向かおうとしていた松実宥のことを見つけると、思わず涙を流しながら松実宥に向かって抱きつく。

 

「ごめん……三万点も点差付けられちゃって……皆の点棒、守れなかったよ……」

 

「ううん……玄ちゃんはよく頑張った」

 

「で、でも……私、何もできなくて……」

 

「そんな事ない。待っててね……玄ちゃん。全部ひっくり返してくるから」

 

 

 そう松実玄に向かって言うと、松実宥は首に巻いているマフラーを解いて松実玄の涙を拭く。松実玄は驚いてそのマフラーを手に取って「お姉ちゃん……これ」と呟いた。極度の寒がりな松実宥にとって必要最低限の装備であるマフラーを外すということは、常人で考えてみれば極寒の地で防寒具を外すという事に等しい。そう思って松実玄は慌てて涙を拭ったマフラーを返そうとするが、松実宥は気にせず対局室に向かっていった。

 

 

「……大丈夫、玄ちゃん。玄ちゃんの点棒を取り返そうって思ったからか分からないけど……私……今最高にあったかいから……」

 

 

 そう言い残し、松実宥はマフラーを装着せずに対局室の中に入っていった。しばらく松実玄はその場で佇んでいたが、控室のテレビでマフラーを外した松実宥を見たのか、高鴨穏乃と鷺森灼が後からやって来た。

 

「玄さん!宥さん、どうしちゃったんですか!?」

 

「多分宥さん寒いと思……」

 

 松実宥の事に対して心配を抱いていた二人だったが、松実玄が「お姉ちゃんなら大丈夫だよ……きっと私の分、取り返してくれるよ」と言うと、二人は松実玄の妙な説得力に納得し、松実宥のマフラーを持ったまま控え室へ戻った。

 

 

「玄。お疲れー!」

 

「お疲れ様。あの小走相手に良くやってくれたよ……」

 

 控え室に戻って来た松実玄はまず新子憧と赤土晴絵に労いの言葉をかけられるが、当の本人は少しシュンとした表情で「でも……皆に迷惑をかけちゃって」と言うが、赤土晴絵が「今のままじゃしょうがないさ。小走は小学の頃から全国大会の常連なんだ、玄じゃなくてもあれ程の点差……いや、玄だからこそあそこまで抑える事が出来たんだ」と松実玄を賞賛する。

 

「まあ色々言うことはあると思うけど……それは一先ず置いといて、皆を応援する事が今私と終わった玄にできることさ」

 

「後続は任せて下さい!玄さん!」

 

「絶対負けられない……」

 

「み、みんな……うん、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

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(……結局、私の思い描いていた通りになってしまったか。皮肉なものだ……王の予言が的中してしまったが故に、王の城が陥落する事になるとはな)

 

 

 先鋒戦が終わってから数時間、ずっと控え室にあるモニターを睨むように見つめていた小走やえは大将戦が終了するのを確認すると、黙って立ち上がり、控え室を後にした。結果は一位の阿知賀に6800点差で二位。次鋒戦と中堅戦で大きく差を詰め寄られ、副将に勝ち越し、その後は大将の高鴨穏乃に逃げ切られてしまった。チームメイトである丸瀬紀子はそんな小走やえに何か声をかけようとしたが、とても声を掛けられるような雰囲気ではなかった。

 

 

(あと二回……いや、一回直撃を食らわせていたら違っていたか……?)

 

 小走やえは廊下を歩き、記者たちが質問しようと寄ってくることなど気にもせずにただただその"タラレバ"について考えていた。しかしそれも結局は仮定の話であり、ああしていればどうなったかなど考えるだけ無駄だと気付いた時には、既に記者たちの姿は見えず、代わりに前方に阿知賀の面々を見つけた。本来なら今一番会いたくない人物たちなのだが、これも王たる所以か、素直に負けを認めて阿知賀のメンバーに向かって声をかける。

 

「おい、お前ら」

 

「あっ、小走さん……」

 

 最初に反応を示したのは先鋒戦を闘った松実玄であり、それに続くように他のメンバーも小走やえの方を見る。小走やえはふふっと笑って松実玄に近付き、手を差し伸べると「良い勝負だった……だが、今のままじゃ到底インターハイじゃ敵わないからな。それだけは覚えておけ」と言い残し、その場を後にしようとする。そして去り際に、小走やえは振り返って阿知賀の面々に向かって「お前ら、全国で醜態晒したら承知しないからな!」と捨てセリフを吐き、走るようにしてその場を去っていった。

 

 

 

 

(……これで私に残されたのは個人戦か)

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていた小走やえは携帯電話で取り敢えず団体戦の負けを小瀬川白望に報告しようと思ったが、途中で手が止まり、それまでに紡いでいた文を全部消すと、メールを送る事なく携帯電話をしまった。

 

(……王が何の功績も無しに報告するなんてできるわけないだろう)

 

 そう心の中で自分に言い聞かせると、後日に行われる個人戦に向けて準備を始めた。

 その後は晩成高校を破った阿知賀が破竹の勢いで勝ち進み、インターハイ出場を決めると、それに続くようにして個人戦では小走やえがそれまでの奈良県の最高記録を更新するほどの圧倒的収支で一位通過、インターハイの切符を獲得することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回完全に主人公が王者さんでしたね……
王-yae-みたいなスピンオフ、どうでしょう?(やっつけ)

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