宮守の神域   作:銀一色

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第379話 二回戦A編 ㉒ 背負

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視点:神の視点

先鋒戦終了時

千里山 153700

阿知賀  71800

劔谷   77400

越谷   87100

 

 

 

 先鋒戦が終わり、ようやく対局室から出ていた松実玄はとぼとぼと下を向きながら控室へと歩いていた。先鋒戦だけでも三万点弱失点した上、トップの千里山とは八万点差以上離されており、まだ十半荘中の二半荘しか終わっていないのにも関わらずもはや追いつける点差ではなく、もう勝負が決まってしまったようなものである。

 いや、八半荘で八万点差を埋めるのであるから、単純計算で一半荘に一万点分差を詰めれば達成できる。そう考えてみれば勝負を諦めるほどの点差ではないように思えるが、相手があの千里山という事を考えれば、その点差の持つ絶望感は容易に想像できるであろう。何も強いのは園城寺怜だけではない。中堅の江口セーラと大将の清水谷竜華はもちろん、次鋒の二条泉と副将の船久保浩子も三年トリオで隠れてはいるが、相当の実力者である。これらの事を踏まえて単刀直入に言って仕舞うと、大将戦が終わった時にはこれより点差が広がっている可能性だって十分にあり得るのだ。

 そう言った意味では、松実玄は先ほどの先鋒戦、最少失点でバトンを次鋒戦に渡さなくてはならなかった。一位は無理だとしても、できるだけ失点を抑えて後続に託すのが彼女の使命であった。が、結果はこのザマである。松実玄は溜息を繰り返しながら廊下を歩いていると、前方から松実宥がやって来るのが見えた。正直なところ、松実玄が申し訳ないという理由で今一番顔を合わせたくないと思っていた松実宥と出会ってしまい、どうすればいいのか分からずパニック状態に陥っていた。そんな妹を見て、姉である松実宥はゆっくりと松実玄を抱きしめた。

 

「……玄ちゃん」

 

「お、お姉ちゃん……ごめん……皆の点棒……」

 

 抱きしめられた松実玄は涙ぐみながらそう言うが、松実宥は「ううん、大丈夫だよ。玄ちゃん」と言う。

 

「……私がなんとかして見せる」

 

 珍しく強気な発言をする松実宥を見た松実玄は若干驚いていたが、松実宥から「……また私のマフラー、いる?」と聞かれると、首を横に振って「ううん……大丈夫」と言い、「……お姉ちゃん、頑張ってね」と姉を応援して対局室へと送り出した。

 そうして送り出された松実宥が対局室の中に入ると、暑そうな自身の服装とは正反対の服装をしている二条泉が卓の側に立っていた。松実宥はその二条泉を見据えながら、心の中で名前を呟く。

 

(……千里山の副将、二条さん)

 

 一年生ながらにして超強豪校の千里山のレギュラーを任されている二条泉。一年生が故に牌譜などの情報が少なく、どれほど強いのかは松実宥からしてみれば全くの未知数。強い事には変わりないのだろうが、松実宥はそれに怖じけることなく真っ直ぐと見つめる。

 

 

「お手柔らかにお願いでっす」

 

 すると二条泉がわざと松実宥の方を向いてそう話しかける。いきなり話しかけられた松実宥は警戒するが、取り敢えず「よ、宜しくお願いします……」と返した。

 

(……向こうも気合い入っとるな。まあ、妹の仇っちゅうところか)

 

 二条泉が松実宥の表情の裏に隠された闘志を見抜きつつ、心の中で素晴らしい姉妹愛だと称賛し感嘆する。が、それと同時に二条泉はこうも思っていた。

 

(……そっちにも譲れんもんはあるのかもしれんけど……ウチかて園城寺先輩の決死の覚悟を背負ってここに立っとるんや。それに関して言えば引けは取らんで)

 

 そう、松実宥は松実玄の思いを背負ってここに立っているのかもしれないが、二条泉もまた園城寺怜のまさに命を賭す覚悟を背負ってここに立っているのだ。先輩である園城寺怜が命を賭けて闘っている以上、後輩の自分がその覚悟を無駄にすることなどできない。違いこそあれど、人一人分の思い、覚悟を背負っている事には変わりはなかった。そうして、互いの譲れないもの、背負っているものを賭けた勝負が、次鋒戦が始まった。

 

(……玄ちゃんのためにも……負けられない……!)

 

(園城寺先輩の決死の覚悟……無駄にはさせへん……!)

 

 

 

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「……始まったなあ」

 

「せやね、怜」

 

 一方、まさか自分の思いやら覚悟やらを後輩の二条泉に背負われているなど思ってもいなかった園城寺怜は清水谷竜華の膝枕に頭を乗せながらそう呟く。実は先程園城寺怜が新たな境地を開拓すべく胸枕を清水谷竜華に頼んだのだが、あっさり断られてしまったため若干乗り気ではなかったが、それはまた別の話である。

 

「……なあ船Q、松実の姉の方も何かしらの能力を持っとるんやろ?」

 

 江口セーラが背凭れに寄りかかりながら船久保浩子に向かってそう尋ねると、タブレット端末を手に取りながら「そう言うと思って……これ、見てください」と言う。江口セーラが身体を起こして船久保浩子の持つタブレット端末を見ると、「……成る程な」と呟いた。

 

「はい、妹のドラ爆体質ほど分かりやすいものではないですけど、この偏りは異常です。見事に萬子と中に偏っとります」

 

「……ほーん、じゃあ姉さんの方も萬子と中を捨てられへんのか?」

 

「いや、多分そうじゃないと思います……普通に捨ててる場面がチラホラあったんで。でもまあ、萬子と中を警戒すれば手は狭まりますが対処は楽かと思います」

 

 それを聞いていた園城寺怜が「成る程なあ……でも、それを鵜呑みにするんは良くないと思うで」と船久保浩子に向かって警告する。船久保浩子を含めその場にいる全員がどう言う事だという表情をしていたが、その直後に二条泉が{6}を切って松実宥に振り込んだ。しかも、萬子の染め手でもない普通の手に。

 

「なっ……怜、もしかして」

 

 清水谷竜華が何かを言いたそうに園城寺怜の事を見てそう言うが、園城寺怜はふふふと笑って「さあ……何のことやろな」と言って誤魔化す。その一方で、今の和了を見た船久保浩子が自分が収集したデータをもう一度入念にチェックし直すと、新たな結論が出たのか、ふーっと一息つきながらこう言う。

 

「成る程な……これは盲点でした」

 

「どっか間違ってたんか?」

 

 江口セーラが船久保浩子に向かってそう聞くと、船久保浩子は「いや、間違ってたと言うより……足らなかったって言う方が正しいですかね……」と言う。

 

「……萬子と中だけやないってことか」

 

「ええ……集めてるんは萬子と中だけやなく……赤い牌ーーですね」


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