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視点:神の視点
二回戦Aブロック第二試合が行われた日の真夜中も真夜中。小瀬川白望はベランダから無限に広がる東京の夜空を見上げながら黄昏ていた。宮守で見ていた夜空も、ここで見ている夜空も同じはずなのに、どこか全く違うようにも見える。やはり、都会の夜空は星が宮守の夜空ほどあまりはっきりとは見えないのだろう。そんな事を考えていた小瀬川白望だったが、部屋から臼沢塞がベランダに出てきて、小瀬川白望の名前を呼んだ。
「……」
「シロ……?」
「ん……塞……寝てたんじゃ……?」
小瀬川白望が臼沢塞に向かってそう質問すると、臼沢塞はそっと小瀬川白望の隣に入りながら、「……緊張してるからかは分かんないけど、あんまり眠れなくてね。っていうか、シロの方こそこんな時間まで起きてて大丈夫なの?」と、逆に小瀬川白望のことを心配する。
「……今何時?」
「今何時って……それも分からずに起きてたの?もう夜中の1時よ」
臼沢塞からの返答を聞いた小瀬川白望は少しばかり驚いたような表情を浮かべる。小瀬川白望自身、ここまで夜更かしをしたことなどそうそうなく、大概は眠くなって直ぐに寝てしまうのだが、今日に限ってはどういうわけか気が付かぬ内にそんな時間になっていたらしい。
「多分……大丈夫じゃない?」
「……もし寝坊したら承知しないわよ」
臼沢塞に前もって忠告を受けた小瀬川白望はふふっと笑って「その時は塞に起こしてもらうよ……」と言う。臼沢塞はそれを聞いて何か言いたそうな表情であったが、それ以上何も言わずにこの話を強引に終わらせる事にした。
「……私達、明日の二回戦で勝てると思う?相手はシロの知っている人たちなんでしょ?」
二人がしばらく黙ったまま東京の夜景を眺めていると、突然臼沢塞がそう口を開く。小瀬川白望はそれを聞いて少し考え込んでいたが、臼沢塞が「気を遣わなくても大丈夫よ。正直に言ってくれても」と加えた。
「……実際、勝てるかどうかは今の時点では判断できない。皆私が会った時とどれくらい成長しているかは分からないし、なんとも言えないのが本音」
「そっか……」
「……でも」
小瀬川白望はそう前置きして体を東京の夜景から臼沢塞の方に向ける。そして臼沢塞に向かってこう言った。
「私は負ける気は無い……宮守っていう名前のためにも、ここまで一緒に来た塞たちのためにも、博徒としての信念のためにも、負けるわけにはいかないから……」
「……そっか」
小瀬川白望の宣言を聞いた臼沢塞は微笑してそう答える。すると小瀬川白望もそろそろ眠くなってきたのか、ひとつ欠伸をすると、目をこそばせながら「……塞、もう寝る?」と遠回しに自分が寝たいといいことを打ち明ける。本当はもっと二人の時間を楽しんでいたい臼沢塞ではあったが、眠そうな小瀬川白望を無理やり起こしているのは気が引けたのか、臼沢塞はこう返す。
「……眠くなってきた?」
「うん……塞の声を聞くと……急に眠くなって……」
「なんだそれ……」
臼沢塞が疑問そうにそう呟くと、小瀬川白望は「多分……塞の声を聞くと安心するからだと思う……」と答える。それを聞いた臼沢塞は少し戸惑いながら、赤面させていた。そう、こういう事を平然と言えるから小瀬川白望は恐ろしいのである。赤面していることを悟られまいと顔を伏せた臼沢塞は小瀬川白望の腕を掴んで部屋へと入る。
そうして今にも寝そうな小瀬川白望をベッドの上に横たわらせると、そのまま「おやすみ」という言葉と共に眠ってしまった。臼沢塞は暗闇の中で、小瀬川白望の寝顔を見つめながら一瞬邪な考えが頭の中をよぎるが、すぐに我に返ると、先ほどの小瀬川白望の言葉を思い出しながら心の中でこう呟く。
(安心できて眠くなるって……子守唄って言いたいのか私の声は……まあ、嬉しいんだけどさぁ……)
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「……洋榎。何処に行くんや?」
「ああ、恭子。起こしてもうたか……ちょっと飲み物を買いにな。ちょっくら行ってくるわ。すまんな、起こして」
そのほぼ同時刻、同じホテルで一夜を明かしていた姫松の末原恭子が部屋から出ようとする愛宕洋榎に声をかけ、愛宕洋榎は真夜中に起こしてしまってすまなさそうにそう言う。末原恭子は「まあ別に良いですけど……なるべく早く戻って来てくださいよ」と言い、愛宕洋榎の事を送り出すと、再び眠りについた。
(自販機とかどっかに無いんかな〜……っと、あれはもしや……)
愛宕洋榎が周りを見渡しながら廊下を歩いていると、自販機とその近くの椅子に座っているある人物を発見した。愛宕洋榎がその人物のところまで小走りで移動すると、その人物に声をかける。
「おー……やっぱ辻垣内やったか」
「愛宕……お前も眠れなかったのか?」
辻垣内智葉がそう質問すると、愛宕洋榎は首を横に振って「いや、さっきのさっきまでグッスリしとったよ。ただ飲み物を買いに来ただけや」と答える。
「そうか……」
「そういう辻垣内はなんや?眠れへんのか?」
「まあそういう事になるだろうな……」
そう言いながら、辻垣内智葉は右手に持った缶コーヒーを口につける。愛宕洋榎はそれを見ながら(いや、それのせいちゃうかな……)と思いながらも、口には出さずにぐっと堪える。
「……愛宕。お前らは明日、シロのいる宮守と当たるが……勝機はあるのか?」
「勝機、か……ウチはシロちゃんとは当たらんけど……まあ一番可能性があんのはシロちゃんに回す前に終わらせる事やろうな。ま、できるかは知らんけど」
「まあ極論はそうなるな」
「……まあ、ウチの役目はトップで絹、恭子にバトンを回すことや。後は絹と恭子に任せる。……荷が重いやろうけどな」
「そうか……」
そんな会話をしながら愛宕洋榎はポケットの中を弄って硬貨を手に出し、自販機の前で数えていると「……あ、三十円足りひん」と言い、丁度三十円無いことに気付いた。それを聞いていた辻垣内智葉が少し呆れたような表情をして愛宕洋榎のことを見ていたが、すっと立ち上がって愛宕洋榎の手の平の上に十円玉を三枚乗せた。
「辻垣内、お前これ……」
「……足りないんだろう?私の奢りだ」
「おお、サンキューな!三十円、いつか後で返すからな」
「いや、別に返さなくてもいいぞ。三十円くらい貸しにはならんしな」
それを聞いた愛宕洋榎は感心したような表情で「おお……セーラなんてまだ三十円返せって言っとるからな……これが器の違いってやつやな……」と呟く。
「いや……江口がそこまで言ってるんなら返してやれよ……」
「かまへんかまへん。三十円はウチとセーラを繋ぐ概念やしな。セーラも心の中で返されないことを願っとるやろ」
そう言って愛宕洋榎が自販機から清涼飲料水を購入すると、「そんじゃ、ほな、またな」と呟き部屋に戻ろうとする。すると愛宕洋榎が去り際、辻垣内智葉の方を向いてこう言った。
「……臨海と準決で打てることを願っとるからな。負けるんやあらへんぞ」
「……それはこっちのセリフだ。叩き潰されるなよ」