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視点:神の視点
東四局 親:宮守 ドラ{⑧}
姫松 90500
永水 116400
清澄 89700
宮守 103400
前半戦の東四局以来の鷲巣麻雀となった小瀬川白望の親であるこの局、まだ配牌が行われる前だというのにもかかわらず、小瀬川白望は鷲巣麻雀における盲牌を禁止するための革手袋を右手に装着しながら、永水の石戸霞のことを、正確にはその後方にいる鷲巣巌の事を闘志をむき出しにしたまま睨みつけた。
それに対して鷲巣巌も、小瀬川白望の姿をかつてのアカギしげるに投影……いや、アカギしげるそのものとして認識し、歩んできた栄光の人生に唯一、黒星という汚点を塗られた怒りや恨みが身体全身から滲み出ている。その反面、またアカギしげると再戦することができるという嬉しさを表現するかのように邪悪な笑みを浮かべ、『カ、カカ……カカカカカカ…………!!』と常人が聞けばそれだけで精神を破壊されそうな狂った奇声を発する。
生前、どれだけ願おうとも、渇望しようとも叶うことのなかったアカギしげるとの再戦。それが今、石戸霞の容態次第ではあるが、この局を含めて少なくとも後三局は残されている。鷲巣巌にとってはこれほどの悦びはない。天上天下、唯我独尊の鷲巣巌が生まれて初めて自分と同等、もしくは格上と認めたアカギしげる。ある意味で言えば、鷲巣巌にとって彼はこの地球上で唯一の理解者であり、またある意味で言えば、頂点を立つ者として絶対に殺したい、殺さなくてはいけない者、宿命の敵なのだ。
こうして小瀬川白望と鷲巣巌という、一代で時代を築くだろう者と、一代で時代を築いてきた者。常識という物差しを完全に無力にする化け物同士が互いに睨み合うことで、場は局が始まる前から既に吐き気を催すような緊張感に包まれ、まさに一触即発といった雰囲気を呈していたが、その中で末原恭子は、革手袋を手に嵌めると、視線を小瀬川白望から雀卓の中央に空いている穴の方に向けて、心の中でこう呟く。
(にしても…………鷲巣麻雀、やったか。鷲巣の馬鹿げた引きは置いといて、牌が四つの内三つ透明ってなるのはウチとしては正直助かるな…………。普通に考えれば、手牌の四分の三が見えるんや。だいたいの手の内は分かるし、見た感じでどれくらいの打点かも分かる。相手が捨て牌が意味を成していない白望ならその恩恵は尚更や)
透明牌故の利点を次々と頭の中で述べながら、末原恭子は鷲巣麻雀が自分に対して助けになる、自分にとって幾分か有利になるという安心感を感じる。
しかし、末原恭子は知らない。確かに、末原恭子の言うことはごもっともである。手牌の半分以上が筒抜けとなる状況下では、相手が張っているかどうか、張っていたとして待ちはどの辺りか、打点はどれくらいか。本来捨て牌からでしか探すことのできない情報を、手牌から直接得ることができる。確実性も勿論、捨て牌からの情報とは一線を画する。
が、その情報が中途半端に見えてしまうということこそ、決断を迷わせる毒牙となり得ることを、この時末原恭子は知らなかった。何も末原恭子だけではなく、宮永咲もこの時同じことを思っていたが、やはりこの鷲巣麻雀の真の恐ろしさを知ってはいなかった。
なまじ見えているからこそ打てない。なまじ分かっているからこそ迷い悩んでしまう。問題なのは、その集めた情報を頼りに、極限状態の中で自分が如何にして舵を切っていくかだ。この緊張、緊迫感の中で、果たして正常な判断が行えるかどうか。仮に判断できたとして、それをそのまま実行できるかの勇気、鷲巣巌から言わせれば本当の意味で狂っているのか。鷲巣麻雀は雀士に対して、博徒に対してそのような問い掛けをする。そしてその問い掛けこそが、精神を粉々に破壊する恐怖の宴であることを、末原恭子と宮永咲は知らない。
そしてその恐怖を最大限に利用してくる、できるのがアカギしげる、もとい小瀬川白望であることも彼女らは知らなかった。鷲巣巌は前半戦に、圧倒的な力の差を見せつけた。いくら小瀬川白望が相手とはいえ、あれほどの豪運を思うがままに発揮できれば十分勝つ事は可能だ。しかしそれでも尚、鷲巣巌が小瀬川白望に対して躍起になっている事から分かるように、鷲巣巌のあの強大な力、豪運を持ってさえも、戦況をひっくり返し、豪運を無力化することができるのが小瀬川白望だ。しかし、彼女らは目先の安心、救いにしか目が行かず、何故鷲巣巌が小瀬川白望に対して神経を張り巡らせているのかと疑問にも思わなかった。
宮守:配牌
{一裏四七七②裏裏⑧37裏東西}
打{西}
そして小瀬川白望の第一打で始まった後半戦東四局、立ち上がり小瀬川白望の配牌は見た所平凡。前の時のように黒牌だらけというわけでもなく、見えている牌だけで見てもそんなに優れているとは言い難い。
鷲巣巌もまた、先ほどのような超高速かつ超高火力といった配牌には恵まれず、配牌に関しては両者同じくらいの出来となる。いつも豪運が自然と好配牌を呼び寄せる鷲巣巌からしてみれば凡庸どころかクズ手に見える配牌を見ながら、小瀬川白望の配牌も見てこう呟く。
『……平衡している。今のところは、互いに五分五分と言ったところか……』
確かに配牌だけで言えば五分五分に見える。が、鷲巣巌にとってしてみればそれだけで一歩遅れたような気分になった。いくら自分が豪運とは言え、配牌というスタートラインが同じであればツモだけで抜き去るのは厳しい。鷲巣巌だろうと凡人だろうと、麻雀においてツモは一巡につき一回。このルールを逸脱することはできない。だからこそ鷲巣巌は実質十三回分のツモといえる、配牌の時点で大きく差を広げておきたかった。
『つまり…………狙っとったというわけか……!わしが出るこの東四局で、この状況になるのを、逃げ回りながら……!』
『………………ならば仕方あるまい……奴の土俵に上がるしかないじゃろ…………!』
しかし、配牌が確定してしまった今もう一度やり直しはきかない。本来ならば上がっては勝ち目の薄い小瀬川白望の土俵だが、こうなってしまった以上土俵に上がる他ない。奴の得意分野であることは重々承知しているが、鷲巣巌もただ毟り取られるために立ちはだかっているわけではない。今一度自分が頂点である事を示すために、奴を殺すために立っているのだ。
『その上で、奴を殺す…………ッ!』