笛吹いてたら弟子に推薦された (へか帝)
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笛吹いてたら弟子に推薦された

俺はただ狩猟笛を讃えたかっただけなのにどうしてこんなものができあがってしまったのか


 これは詳細を省くが俺は転生者で狩猟笛使いのおっさんだ。

 

 

 

 いや詳細を省きすぎだろとか脈絡がなさ過ぎてもはや意味不明だとかそういう意見は受け付けない。

 俺は転生者で、狩猟笛使いで、そしておっさんである。

 大切なのはこの三点で、これさえわかっているなら詳細などどうでもよいんじゃないか。少なくとも俺はそう思ってる。

 この三要素で、俺が一度死んで別世界に転生して、そんでその先がモンハンの世界だったもんだから狩猟笛が得物のハンターとして生計を立てており、おっさんと呼べる年齢まで頑張りなおしたと。

 ここで俺の精神年齢においておっさん+おっさんの式が成り立ち、おっさんという外見に対して思考が枯れ始めているのも致し方なき事。

 それだけの情報が読み取れるはずなのだ。だから自己紹介はあれでいい。

 肝心なのはここからだ。

 俺とてかつてのモンハンブームの経験者よ。なかなか世界観への対応も早いもんだった。やっぱり既知って大事。

 というかこの世界の住民より知っている部分があったりなかったり。

 例えば。この世界においてずっとずっと古くから語り継がれてきた黒龍伝説。今や形を変え誰もが知るおとぎ話。

 どこの誰に聞いたって空想上の怪物、あるいは子供たちを戒めるための童話だっていうだろう。

 

 

 ──かの龍は実在する。 クソ恐ろしいことに転生者の俺はその名を知っている。

 公式が徹底的な情報統制を行い、告知や公式攻略本においても正式名称はおろか特徴などの情報すら皆無という徹底ぶり。

 

 ゲームで遊んでいた当時適当に目を滑らせていた装備詳細テキストの『装備した者は"居るはずのない何か"の存在を感じとり、やがて狂気に身を落とす』という類のものが真実であったと痛感せざるを得ない。

 当時の「ファーww装備説明文のインフレわろすwwww」とか思っていた自分のお花畑っぷりが今や懐かしいよ。いらなかったやいこんな転生特典は。

 というかいかにも黒龍伝説にまつわることは危険でっせと匂わせているが、実は迂闊極まりないことに俺はその名を口に出したことがある。ハンターとしての活動が安定し始めてしばらくのときのことだ。

 ようやく生活の足場が固まってきて、気が緩んでいたのもあるんだろう。マイルームで天井を見つめながら

 

 『やっぱハンターなら最終目標は■■■■■■とか■■■■■かな~なんちってHAHAHA!』

 

 といった具合で。

 

 もうね、アホかと。バカかと。

 直後、シュレイド城のある方角(知らないがきっとそう)からちびるほど(かなり控えめな表現)の圧と視線を感じたよね。ばっちり二つ。

 不思議だなーおかしいなー俺の知る限り亡国シュレイドはギルドが完全封鎖していて、モンスターはおろか古龍すらも立ち入らない領域だったとおもうんだけどナー。

 

 というか名前だって地域によっては詩の内容に記されてたりするジャン?ナンデ?ナンデ?

 アッ、【実在を確信していて】【何処にいるのか知っていて】【姿を明確にイメージしていた】のがキーですか?そうなんですか?だから逆探知されたんですか?

 そういえば実在を知っている人物はいても、その姿を目の当たりにして生還している者は誰一人としていないんでしたね……?

 

 

 とまあ、当時はおっさん×2回分の人生のなかでぶっちぎりトップで焦ったんだが、実際は何か起きたわけでもない。

 いや、以来日にちを跨ぐにつれてどんどんどんどん気配が強まってきて、やがて赤衣の男を連れた黒いドレスの少女と、古めかしい騎士を従えた白いドレスの少女が訪れてきたが特に関係はないだろう。

 彼女らは何か目的があったようだが、俺の愛用の笛【アヴニルオルゲール】に興味を惹かれていたので、一曲奏でてみると満足して帰っていった。彼女らは今でもふらっと現れては音色を聞きに来る。ちょっとした常連だ。

 超がつくほど怪しいが、素性に関しては考えないこととする。

 先日、「特別に許す!」とシュレイド城への招待状として渡された、ひとりでに輝く純白の鱗があらゆるモンスターの鱗の特徴と合致しないことや、それでいて全てのモンスターの鱗の原型として、マスターピースの如く合致することについても考えないこととする。いいね?

 

 そうそう、さっき名前を出したこの【アヴニルオルゲール】にも強い思い入れがある。

 俺がまだまだ青臭かったころ、火山の奥地で一つの巨大な金属塊を発掘した。

 それを持ち帰った時、火山からの帰りの便の船長はでかくて重くて邪魔だから捨てろといわれたが、俺は風化した鉄塊の奥でうすぼんやりと光る花緑青の光を見たときに、これが古代文明の遺産であると確信していたから、無理を言って載せてもらったものだ。あの親父殿には本当に感謝している。

 

 だが、その鉄塊を磨き上げるにも莫大なゼニーと研磨材として大量の【大地の結晶】が必要だった。

 どちらも日々の生活すら危かった当時の俺には到底用意できないものだ。

 だが明確な目標を得た俺のハンターとしての働きは、まさしく獅子奮迅の働き。モチベーションという意味ではあの頃が最高だったと思う。

 ほぼ全てのクエストでどこかに【大地の結晶】はないかと血眼で探し回ったものだ。

 工房で研磨を依頼するときも、その作業に同席させてもらった。

 初めて心臓部の黄金の円盤が露出したときは、目を輝かせて親方と共に手をたたいて喜んだものだ。

 

 やがてその姿を現した【アヴニルオルゲール】の全容は、まさしく異様。

 その機械的な外見もさながら、光を飲み込む漆黒のフレームと金色に輝く巨大な円盤は、他の狩猟笛とは一線を画す雰囲気だった。

 オルゲールの名の通り、息を吹き込むとゼンマイと円盤が回り音を奏でる。

 演奏中は黒いフレームと円盤に赤い文字が浮かび上がるのが、なんとも神秘的だった。

 工房に聞けば、これが何でできているか徹頭徹尾わからないという。

 だがこれが恐ろしく硬質であり、狩り武器として何ら不足がないことは保証してくれた。

 しかもどうやらこの狩猟笛は何らかの情報を受信、それに応じて円盤が変容し、奏でる音楽が変わるという。

 それはパーティにもたらす狩猟笛の支援が不安定になりかねないデメリットでもあったが、むしろ無限の可能性を秘めていると前向きにとらえた。

 そんでどこに行くにしてもこのオルゲールを担ぎまわしてたら、どうやらそれなりには名が知れてきたらしく、知らずオルゲールの男、ゲールマンと呼ばれるようになっていた。

 

 なんかとてつもなく話がそれたな。そう、肝心な話があるんだ。

 というのも俺の使う狩猟笛に関する話だ。

 この世界において狩猟笛使いといえば、とにかく珍しいことで有名だ。

 かの【幻獣キリン】に例えられるほどと言えばわかるか。

 なにせ笛使いとパーティを組むと幸せになれるなんて与太話があるくらいだ。四葉のクローバーかっての。いや四葉のクローバーの方がまだ多いけどさ。

 

 このままでは笛使いが絶滅してしまうと危惧した俺は、笛使いを増やすべく行動してきた。

 具体的には、右も左もわからない新人ハンターを捕まえて笛を握らせ、いくつかクエストに連れていく。

 特にやむにやまれぬ理由でハンターにならざるを得なかった者たちに照準を絞った。

 

 望んでハンターになるような連中は多くの場合、武器や狩りに何らかのこだわりを持っていることが多い。

 だがそうでない者たち、ハンターというものに憧れやら尊敬を持ち合わせていない者にとっては、狩りとは安全がすべてだ。とにもかくにもまずはハンター稼業を安定させて、実家に仕送りやらなんやらをしたがっているはず。

 ──そこで狩猟笛だ。

 サポートに重きを置いた狩猟笛は攻撃力こそ他の武器に一歩劣るものの、狩りの成功率を上げるという一点においては他の追随を許さない。

 ゲームの時と違って正真正銘命懸けのこの世界では、その価値は計り知れない。

 

 昔俺はオルゲールの資金繰りのため一つの街に留まらず、旅をしながらあちこちでパーティに参加してきた。狩猟笛をパーティに組み込んだ時の安定感の違いは昔より知れている。旅の途中俺以外の笛使いを見てないしな!

 今や『絶対に失敗できないクエストには狩猟笛を呼べ』というのがハンターの常識。

 

 何が言いたいってつまり狩猟笛使いが歓迎される地盤は既に整ってるって話よ。

 例えぺーぺーの新人であろうと"狩猟笛が扱える"というただそれだけでパーティの勧誘率がぐんと上がる。というか将来有望な笛使いを囲わんと競争が発生するレベル。幻獣キリンと並び称されるだけのことはあるのだ。

 なんなら重量とリーチの長さに物を言わせて適当に振り回しても強いからな!

 

 熟練の狩猟笛使いは支援旋律を切らさずに演奏でモンスターの気を引き、そしてモンスターの頭に的確に攻撃叩き込むことでめまいを引きおこしチャンスを生み出す。そうして狩りを共にしたパーティはもう狩猟笛のいない狩りなど考えられなくなるだろう。

 この域まで達した笛使いの需要は絶大であり、まさしく引っ張りだことなる。

 そうして狩猟笛の悦びを知った新人ハンターは狩猟笛を尊ぶのだ。

 具体的には新人がやがてベテランとなった暁には、新たに新人を指導するときその手にそっと狩猟笛を握らせることだろう。

 

 つまりまったくそれでよいのだ。

 そしてついには『狩猟笛離れもできてねぇ坊主が』みたいな慣用句が生まれるに違いない。

 そんな妄想をしながら活動し始めたのが数年前。具体的な数字は忘れた。

 教え子の人数も把握してない。一応顔を見ればそうとわかるんだけどな。

 というか新人ハンターを捕まえては強引に狩猟笛を与え扱い方を叩き込んでるだけだしな。もはやテロである。

 しかしこんな乱暴なやり方でも当初の目的通りにいっているらしく、時折俺の居場所を突き止めて礼を言いに来る奴がいたり、感謝の手紙が届いたりする。

 そうして今も、俺の教え子が訪ねてきていた。

 

「師ゲールマン、お会いできて嬉しいです」

「久しいな。最後に会ったのはユクモ村のときか?」

 

 タマミツネの装備で身を固めた女性だ。精悍な顔立ちが印象的な美人といえる。

 前に会った時はジンオウガの装備だったと思うが、新調したらしい。彼女は新人の時から定期的に俺の元を訪れているが、その度に身に着けている装備が変わり、身体つきもよりハンターとしても女性としても成長していた。

 彼女に狩猟笛テロを仕掛けたのはまだ少女と呼べる年齢だったし、成長期真っ盛りなんだろう。

 ずっと変わらないのはその静謐な印象と、背中の武器。

 

「お前はずっと、バグパイプだな。変えないのか?」

「師のくださった大切な狩猟笛です。それに銘もフォルティッシモに変わりました」

「確かにフォルティッシモは良い笛だ。相手を選ばぬ安定した性能に、対応力の高い攻防一体の旋律効果。鉱石で強化しやすいのも良い。だが──」

「──師よ、私はこれで良いのです。これが良いのです。

 この狩猟笛こそが私のハンターとしての全て。私の魂の場所なのです。

 好きな笛を、好きなように吹く。私たち狩猟笛使いはずっとそうしてきて、これからもずっとそうしていくのだと。そう教えてくださったのは、他ならぬゲールマン師ではないですか」

「──そうか、そうだったな。

 無粋なことを言った。忘れてくれ。」

 

 教え子が想像以上に狩猟笛カッコガチになっていてビビったとか言えない。

 軽い気持ちで与えた量産型のメタルバグパイプをあそこまで大切にされるとなんか心が痛むよね。

 しかも出来るだけ元の形を損なわない方向性の加工までしてるのがなんだか重……いやなんでもない。

 それにフォルティッシモが良い武器だという武器評も本当のことだしな。

 

「それに他の笛を持っていないというわけでもありません。ただ使う気が起きないというだけです」

 

 余計重くない??

 コレクションってわけでもないんでしょ??

 俺ひょっとして結構やべえやつを弟子にしてしまったのかな??

 眠れるディアブロスを高周波で叩き起こしてしまったのかな??

 

「しかし俺としたことが、そんな当たり前のことを忘れるとはなぁ。

  いよいよ焼きが回ったかね。ハンター稼業もここらで引退どきか「師よそこでお話があるのです」

 

 随分食い気味ですねぇ!?

 

「実は私、この度ハンターギルドより新大陸古龍調査の第五期団として推薦を頂いているのですが」

「ほ、ほう。栄誉なことじゃないか」

「師を引率の特殊アドバイザーとして推薦、無事認可されました」

「うん?」

 

 えっ?今なんて言った?

 

「帰りの便はありませんので、よろしくお願いします」

 

 

 




果たしては彼は招待状放ってどっかいっても大丈夫なんですかね


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おうちにかえして

白状しよう、出涸らしであると
ていうか前回弟子の名前書くの忘れてるやんけ!?
セレノアちゃんです。かわいがってあげてくだしあ



 どうしてこうなったと、俺は声を大にして叫びたい。この喧噪の中ならそう目立たないだろうし。

 迷惑だからしないけど。俺は分別のつくおっさんなのだ。

 

「本当は私のバディになってほしかったんですよ?」

 

 新大陸行きの船の中で、俺がやべぇ奴の疑いをかけている教え子セレノアが、いかにも諦めきれていないような声色で言う。

 ああそうとも断り切れなかったんだよ。聞けばセレノア一人の為に出航を遅らせていたとかでなぁなぁ連れ込まれた瞬間即船が出航してしまったっていうもののやつ。

 

 なんかセレノアは随分と期待されているようで、凄腕だったりするらしい。お前そんなにすごかったんか。いやしょっちゅう装備を変えてるくらいだから狩りに狩りまくってるとは思っていたけどさ。

 なんだかんだで教え子と一緒に狩りに行ったことはないからなぁ。身に着けている装備で推察することしかできん。

 そして困ったことに、その凄腕のハンターが師と慕う人物というレッテルが俺に貼られてしまったことだ。なにそれこわい。ハードルあがりゅぅぅぅぅ。

 

「編纂者ってのは情報管理のエキスパートだろ? 余所から破格の待遇で引き抜いてきてるって話じゃないか。笛吹きしか能のない俺にゃ務まらねぇよ」

「私はそうは思いませんが」

 

 セレノアが何言ってんだこいつみたいな顔でいいよる。編纂者って新大陸の情報とか植生とか記録したり、地形のスケッチとかとって地図作るんでしょ?無理無理。

 ギルドが勝手に俺を編纂者に仕立て上げたりしてなくてよかったよ。いやあり得ないことだとは思うけど。

 

「そもそもセレノアが俺を推薦したっていう何とかアドバイザーってのもよくわからん。こりゃあ一体どういう役職なんだ」

「特にないです」

 

 ん?

 

「今なんて言った?」

「私が"月の狩人"を呼ぶって言ったら、ギルドの偉い人が新しく役職をでっち上げてくれてですね」

 

 あ?

 

「月の狩人ってなに?」

「"月の狩人ゲールマン"。師の名はどこの街でも耳にしますよ。

 曰く、月を背負った腕利きのハンターがいる。金月の調べがクエストに絶対の成功を保証する。といった具合で」

「ナイスジョーク」

 

 月ってオルゲールの黄金の円盤のことですか。確かに見えないことも無い。

 でもさすがに誇張しすぎだと思いまーす。絶対名前負けするって。第一恥ずかしい。

 ていうか本当に俺のこと編纂者にでっち上げられてないよね?この一瞬でギルドに対する信用が地に落ちたんだが?

 

「本当のことですよ。師はパーティを組んでクエスト失敗したことないでしょう」

「それは、まあそうだが。パーティのクエスト成功率を押し上げるのが狩猟笛使いの務めだろう。そう珍しい話でもあるまい」

「それをできるのはあなただけですよ。新米ハンターならまだしも師ほどのハンター歴でその成功率は異様に過ぎる。そんなだから伝説になるんです。

 一時期、あなたと接点を持つために新人を装って指導を受けようとするハンターもいたんですから」

 

 大げさすぎわろす。俺はしがない笛吹きだぞ。

 モンスターの正面をキープして殴り続け、適時オルゲールを回す簡単なお仕事です。

 ていうかあの偽装新人どもそういうつもりだったのか。いや別に狩猟笛の人口が増えるならいいやと思って教えてたけど。

 オルゲール以外に武器を用意しない都合上、金が溜まっていく一方なんだが、どうにも使わないのに金をためるも気分が悪いってんで余りがちなゼニーで手ごろな笛を作っては新人どもに押し付けてたからな。

 

「かくいう私もその一人ですよ。狩猟笛使いに限らず、あなたに憧れるハンターはずっと多かった」

「狩猟笛使いに限らないのか」

「はい。全てのクエストにおいて、共に戦うパーティメンバーを必ず五体満足で帰してきたという実績は、やはり同業者として感じ入るものがあるのでしょう。ハンター稼業も命ありきですから」

「そういうものか」

「そういうものです」

 

 めちゃくちゃに褒めちぎってもらってるんだが、それほど凄いことをしている実感がない。

 俺はずっと笛を吹いていただけだ。

 それが大型モンスターターゲットを俺一人に集中させるためとか、体勢を崩したメンバーを逃がすためだったりとかその都度目的は違うけれど。

 ていうかそれはどうだっていいんだよ。そんなことより。

 

「上が役職をでっち上げたとも言ったな。あれはどういう意味だ」

「そのままの意味ですよ。今回の調査団はハンターを中心に構成されておりますが、既に推薦・志願枠ともに定員分集まっています。五期団のメンバーはみな殺到する応募の中から選び抜かれた実力者たち。通常では新たに枠を設けることはありません。

 

 ────ですが"月の狩人"となれば話は別。

 規則に囚われあなたを引き入れるチャンスを逃がすなど、まさしく愚の骨頂ですからね。上も多少の融通を利かせるというものです」

 

 セレノアがしたり顔で言う。なんだその言ってやった感溢れる顔は。

 というか久しぶりに会った教え子が俺のことを持ちあげすぎてなんだか怖い今日のこの頃。

 あとでお小遣いくださいとか新しい笛くださいとか言い出すんじゃなかろうか。

 あるいはなんか悪いことしたから今のうちにご機嫌取っておく作戦かもしれない。

 

「それに我々第五期調査団は、40年以上続く新大陸調査に終止符を打つことを期待されているのです。私がとどめで、師の存在はダメ押しの一撃といったところでしょうか」

「じゃあ俺いなくてもいいじゃないか」

「いいえ他のハンターのモチベーションに関わります。

 特に私」 

「帰っていいか?」

「できません」

 

 おい待て。ダメ、じゃなくてできませんってどういうことだ。

 俺の知ってる限りではセレノアはつまらない冗談を言うやつでもないし、嘘を吐かれたこともない。ないのだが、不思議とそのせいで今は嫌な予感がする

 

「……まさか本当に帰りの便がないってわけじゃあないんだろう」

「帰りの便は、ですね。その、ないことも無いです」

 

 セレノアが珍しく煮え切らない様子で答えた。普段がストレートかつ端的な物言いだけに余計気になる。たぶん今の俺の顔色は良くない。

 

「ないことも無いってなんだ」

「新大陸近辺の海は非常に不安定なんです。ですので現にほら、通常では船が出せないほど荒れた海を無茶に渡っているのがその証拠でして、船長が言うにはこれでも最高のコンディションだ、っとと」

 

 セレノアが言いながら体勢を崩す。元より安定とは程遠かったが、ここにきて揺れが強くなってきた。どうやら海面の調子がさらに悪くなって来ているらしい。

 テーブルに手をついて体を支えつつ、加えて尋ねる

 

「これで最高のコンディションたぁ、酷いもんだな。

 で、結局のところよ。ここの海はどれくらいの周期で安定するんだ?」

「ぁー……。原則、古龍渡りの時期と一致するそうですよ?」

 

 

 

 船が揺れる。

 俺はセレノアをじっと見た。

 

 

「なあセレノア。古龍渡りの周期はおおよそ十年。そうだな?」

 

 セレノアは目をそらした。

 

 

「……そして今がまさに古龍渡りの時期なんだろ。調査団は古龍渡りに合わせて派遣されるって言ったのはお前だもんな」

 

 

 船がまた、揺れる。

 俺はセレノアから目を離さない。

 

「ってことはだ。次に帰りの便が出せるほど海が安定するのは、十年後。そう言いたいんだな?」

 

 

 船がひと際強く揺れる。

 セレノアは冷や汗をかいている。

 

「わ、私たちが古龍渡りの調査を完遂すれば安定するかも。きっと。たぶん。おそらく」

「根拠は?」

「ないです!」

「何か言い残すことは?」

 

 

 

 

 

 

 

 船が、転覆した。

 

 

 

 

「不束者ですが向こう十年よろしくお願いしますぅーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 




いかにもクールですみたいな雰囲気してるのにおちゃめな子すき。
ところで皆が必死に環境や道具を駆使してモンスターと戦ってる中、真っ向から笛一本で渡り合って笛吹くような変態がいるそうです。一体どこのどいつだ。


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ロートルはつらいよ

最初は言葉遊び的に名前を借りただけだけど、せっかくだからMHWは時系列不明という設定を悪用して名実ともに最初の狩人になっていただきました。
しかし、あれだね、名は体を表すね。確実に名に実が引っ張られていくね。
というか別にそんなつもりなかったのに登場人物がどいつもこいつも勝手にゲールマン信者になっていく



 

 流通都市アステラ。新大陸におけるすべての流通を担うアステラはあらゆる物と人が集う場所。常日頃から喧騒の絶えない場所であるが、今日は海難に遭った五期団を手厚く迎えるため、一層の騒がしさだった。

 

 船こそ海上でひっくり返ったものの、俺は大きな怪我なくアステラに流れ着くことができた。あの後逆さまになった船は姿を現したゾラ・マグダラオスの巨体に引っ掛かり奇跡的に元の体勢を取り戻した。船内は荷物や調度品と海水が混ざり合ってしっちゃかめっちゃかだったが、あの状況で怪我人こそいれども死者がいないのは流石といったところか。

 おかげ様であの海難が嘘のようにゆとりをもって着港することができた。夜も明け朝日が顔を出した今、怪我人の手当も完了して安静な場所へ運び出し終え俺は船内から状態の良い荷物を流通エリアまで運搬していた。

 

 聞けば海難の原因は、五期団の船が新大陸に渡るゾラ・マグダラオスの背後を追うように航海していた最中、突如として件のゾラ・マグダラオスが興奮状態に陥り、海面が大荒れ。俺たちの船は転覆の憂き目にあったって事らしい。

 だがゾラ・マグダラオスにとって我々の船は取るに足らない存在のはずであり、そもそも認識されていたかすら怪しいレベル。五期団の接近は興奮の原因たりえない。何かゾラ・マグダラオスを刺激する別の要因があったと考えるべきだ──というのがアステラに滞在する研究員らの出した結論。

 

 今や生態研究所ではゾラ・マグダラオスほどの超大型古龍に影響を与えた"何か"についての議論が白熱している。他の古龍級生物の接近を感じ取ったのか、いや五期団のハンターは粒ぞろいだ彼らに身の危険を感じたのかもしれないいやいや相手は超大型古龍だいくらなんでもありえないetcetc……。ゾラ・マグダラオスの動向は今回の調査の肝になるので、学者諸君は知略の眼鏡をいつもより多めに光らせていた。

 

 

 え?ゾラ・マグダラオスを刺激する別の要因?超大型古龍を脅かすほどの"何か"?いやあ拙者にはとんと見当がつかないでござる拙者なにも知らないでござる無関係にござる。

 

 と、いつもだったらシラを切る(現実逃避ともいう)ところだが、今回ばっかりは俺以外に大きな影響が出てしまった以上、軽率な自身の行動に責任を感じざるを得ない。

 実際対面に座ってたセレノアはあのまま海に放り出されていったしなァ!

 

 まああのセレノアがあの程度でくたばるとは思えない。セレノアは強かな女だ。でなければ女性の身でハンターなど志すまい。

 それに船から取り落とされる前に自分の狩猟笛だけは抱えて落ちていったから、あとはどうにかフォルテッシモを浮袋にして漂流していることだろう。きっと新大陸のどこかに流れ着くさ。

 

 ただ五期団の船のうち一隻がゾラ・マグダラオスに乗り上げてしまい、そのときの衝撃で三人ほど行方が知れないという。間接的に原因を作ってしまった身としてはこう、ずっしりと罪悪感がのしかかる。

 

 そもそもあんな物騒なもの(祖)を持ち歩くなっていうのもわかる。至極もっともな言葉だ。でもどうしてもあの招待状を置いていく気にはなれなかった。だってあんなヤバ気なものから目を離すなんてできないって。だって直々に賜った招待状(祖)なんだぞ。他の誰かの目に入ろうものなら確実に波乱は免れない。

 そして件の白いドレスの少女が訪れたときに、もしも俺が招待状を持っていなかった場合。俺が思うに一番あかんシチュエーションがこれだ。彼女(祖)が寛容であることを願うばかりだが、身の安全のためにも不興を買う可能性はすべて摘み取っていくスタンスである。 

 

 だが今の不安の種は招待状ではなく、遭難した三人のことだ。どうせ無事だろうセレノアはともかく、その三人の実力というか生存力を俺は知らない。五期団入りしてる以上信頼のある者たちであるに違いないが、もしもということもある。今回の海難の原因の一端を担うものとして無事を願うばかりだ。

 現在遭難者の捜索は総司令の孫、調査班リーダーの青年が向かってくれている。なんとか朗報が届くことを祈る。

 

 

 

 

 

  

 それからしばらく、太陽が南に昇った昼ごろだろうか。巨大なあばら骨のような特徴的なアステラの入り口に複数の人影が見えた。

 

 

「狩猟笛使いは超人ぞろいと聞いていたが……想像以上だよ。そら、この天然の門構えの先が調査拠点『アステラ』だ。五期団はお前たち以外全員到着している」

「ここがアステラ! すごい活気ですね!」

「今回ばかりは流石の私も死を覚悟したがね。存外なんとかなるものだ」

「運が良かったと言わざるを得ませんね」

「……笛が無ければ死んでいました」

 

 

 先頭を歩くのは調査班リーダーの彼だろう。あと最後尾で死にそうな顔してるのはたぶんセレノアだな。フォルテッシモ抱えてるし。

 あとの三人は別の船に乗っていた遭難者で違いなさそうだ。どちらも目立った外傷もないし、歩き方に違和感も見られない。ひとまず無事であってくれてよかった。

 

 一人は『星の船』に勤める受付嬢と似た黄色い服装をしている。ただ受付嬢の服装よりも腰に括り付けた大きな本を見るに、編纂者なのだろう。

 あとの二人はここからじゃよくわからん。とりあえず狩猟笛を背負っているのは見えたのでハンターのようだが。ひょっとして俺の教え子か?

 

 いやどうだろう。一昔前までは笛使いと言ったらほぼ確実に俺の教え子だったもんだが、近頃は教え子の更に教え子だったり、各地で一流のハンターとして名を馳せた笛使いに憧れ自発的に狩猟笛を持つ者もいる。

 いやはや良い時代になったものだ。地道に草の根活動を続けてきた甲斐があるというものよ。ちなみに俺の企みではこのまま狩猟笛使いがネズミ算的に増加を続け一つのパーティに一人の狩猟笛使いというのがゴール。もういっそ供給過多で【近距離武器・遠距離武器・笛】みたいに分類されろ。

 

 

「ふむ、やはり我々が最後か。で? それなら肝心の先生はどこにいる。それともやはりセレノアが見た都合のいい幻覚かね?」

「アイリーンは私を何だと思ってるんですか」

「そも貴様が神出鬼没のゲールマン師を五期団に引きずり込んだという話自体眉唾だろう。日がな師のお姿がどこにも見えぬと嘆いていたのは、他ならぬ貴様であろうが」

「ですがセレノアさんがたびたび突発的にモンスターを狩っては見栄えの良い装備を作らせ、慌ただしくどこかに赴いているという話を聞きました」

「ほう? シルリアはいつも良い情報を仕入れるな。以前より貴様が時折り見た目ばかりの半端な装備をしているのを見ては妙に思っていたが……。セレノア貴様、ひょっとしてあれは先生のもとへ訪問するための正装か? クク、些か業腹だが俄然今回の話に信憑性がでてきたじゃないか」

 

 

 お、二人の狩猟笛使いの姿が見えてきたぞ。先ほどセレノアがアイリーンと呼んだ女性は流麗に煌めく長い金髪が良く目立つ。その表情は深くかぶった軍帽は僅かに血に濡れ歪んでおり、鋭い視線が垣間見えた。こわい。

 かすかに窺い知れたその顔立ちは美人というに何ら遜色はないが、一種の気品や気高さを感じさせつつも獣の如き獰猛な意志を内包している。きっと狩りの最中は抑えきれない好戦的な笑みを口元に堪えながら戦うんだろうな。

 身もふたもない形容するとおっぱいのついたイケメンってかんじ。

 彼女はぬらぬらとした不気味な艶を放つドス黒い装備に身を包んでおり、胸元や肩から露出させた地肌は息を飲むほど艶めかしい。だがもっとも目を引くのは、漆黒の生地のあちこちを走る深紅のライン。まるで生きて脈動するかのように赤黒い光を仄かに放っていた。

 ──グリードZ装備だ。

 

 上位の更に上、G級と呼ばれる最高難度の世界で常軌を逸した凶暴さで知られるイビルジョーが極度の飢餓状態に陥った、正真正銘の怪物から作成できる装備。前世の記憶でデザインこそ知っていたものの、まさかその実物をお目にかかるとは……。

 極めつけが背中の狩猟笛。大型の深紅の銅鑼は防具と同じように血管のようなものが脈動している。あれは『絶衝鼓【虎舞】』で間違いない。ティガレックス希少種の素材から作られるあの狩猟笛は超攻撃的な本体性能に加え、ティガレックス希少種同様に粉塵爆発を引き起こし対象の防御力を貫通して追加ダメージを付与する特性すら備えているだけに留まらず、攻撃力UPや聴覚保護といった攻撃の為の支援旋律を有している。とにかく笛で殴り殺すことにかけては狩猟笛の中では文句なしで最高峰の一品と言える。もっと言えば爆破属性の武器は常に相手を選ばずに一定以上の効果を発揮できるという点でもグッド。

 ハンターは装備で自らの実力を示すという。彼女を見た俺の結論はこうだ。

 

 

 あのハンター超つおい。

 

 ……世界でも上から数えた方が早そうな実力のハンターはさておき、次はもう一人のシルリアと呼ばれていた方だ。

 またしても女性で、紺色の混じった黒髪を肩まで伸ばしており質実剛健といった言葉がよく似合う。異世界で前線を指揮する姫騎士とかしてそう(偏見)

 

 背中に見える歪曲した巨大な鉄塊の如き狩猟笛は【メルトヴォンヴァ】に違いない。高い物理攻撃力で自身の戦闘力を確保しつつも、防御力UPや気絶無効といった守備的な旋律を取りそろえパーティの事故を防ぎ着実に貢献できる狩猟笛だ。特に醜悪ともとれる見た目からは想像もつかない美しい音色はいっそ衝撃的ですらある、良い狩猟笛だ。

 

 そして装備。鈍い白色をした重装鎧のような見た目は、肉体の露出を徹底的に最小限に留めつつも金属鎧とモンスター素材を組み合わせており、遠目からでも絶大な防御力を秘めているのが分かる。あれは十中八九【白き神】とも呼ばれるウカムルバスの装備。この時点ですでに彼女の実力は保証されたも同然であるというのに、俺の目には彼女の背に花緑青のマントがたなびいているように見える。

 それがどうしたって? つまりあれ、G級デザインなのよね……。

 

 

「あのう、そのゲールマンという方はどんな人なんですか? 相棒のお師匠様っていうのはわかるんですけど」

 

 

 推定編纂者よ、ゲールマンってのはあんたら斜め向かいで木箱に座り込んで引退のチャンスを窺ってるおっさんのことだぞ。そしてセレノア。お前今目が合ったよな?なんか言えや。

 

 

「貴様……先生を、月の狩人を知らんのか? 伝説的な古い狩人だよ。狩猟笛を用いた最初の狩人であるとも聞く」

 

 

 君さっきから俺を先生って呼ぶけどぼくは君のような獰猛系イケメン女子を知らないよ。

 ていうか俺って初めて狩猟笛を使ったハンターだったの?

 ひょっとして今までずっと俺以外の笛使いを見かけなかったのは、狩猟笛が誕生して間もない時期だったとかそういう? そういえばハンターとして身を立ててまず工房の親方に狩猟笛を注文したとき、怪訝な顔をしていた。たまにこういう仕事が来るから辞められねぇ、久々に腕が鳴ると言ってたね。

 ……つまり俺がこの世界に"狩猟笛"という概念を持ち込んだ可能性が微粒子レベルで存在する?

 

 

「先生は世界各地を飛び回りながら数多のパーティで狩猟笛の有用性を証明し、電撃的な戦果を残し続けた」

 

 

 ……電撃的な戦果とはいうけどねぇ。生憎と俺はハンターとして華々しい結果を残したことはないね。ましてや目の前の彼女らのように古龍や古龍級生物を討伐した経験もない。

 情けない話だが、年を取って後進の育成を手掛けるようになったのは自分にハンターとしての天井を感じたからだ。俺の限界はリオレウスやディアブロスのような、中級者から上級者としての登竜門まで。それもパーティ時に限定されていて、ソロ討伐など敵うべくもない。

 

 

「私たち狩猟笛使いの戦い方はすべて師ゲールマンの戦闘スタイルが源流にある。彼は狩猟笛の何たるかを世界に知らしめたのちに、狩猟笛の扱いを指導して回ったのさ。

 ──私のように、生きる術を持たない無力な小娘とて、例外ではなかった」

 

 

 狩猟笛はサポート寄りの武器だからソロには向かない──などと狩猟笛に責任を擦り付けるような情けない真似はしない。事実ソロハントに適した狩猟笛は存在するし、そもそもソロで満足にモンスターが狩れないようでは狩猟用武器としての価値はない。

 狩猟笛を自らの至らなさの言い訳に使うなど、一介の狩猟笛使いとして決して認めない。それは信頼すべき狩猟笛への裏切りであり、侮辱であるからだ。

 

 だが自らのうちに巣食うこの枯れた諦観ばかりはどうすることもできなかった。俺にできるのは未来あるハンターたちが不慮の事故で命を落とすことが無いようにそっと後押ししつつ狩猟笛の素晴らしさを植え付けたり、行き場のない新人に狩猟笛との出会いの場を整えることだけだ。

 ……他に何もない。

 

 

「師ゲールマンの活躍で狩猟笛の価値が知れてまもなく、狩猟笛を背負うハンターの存在はまさしく宝玉そのものだったよ。

 真実彼は自らの行動がもたらした変革を見通し、狩猟笛がただ戦場を鼓舞するだけの道具でなくなると理解していたのだ。

 なにせ物を知らず、性根は腐り果て、生まれさえも後ろ暗いこの私にだって居場所があった。誰もが私を必要としていた。

 血と獣の香りの中で、屍のように夜を越してきたこの私が、今や協会の名誉ある狩人などと。まるで悪い冗談だ、悪い夢じゃあないか。

 いつかこの悪い夢が覚めて、またあの頃に、無力な小娘に戻ってしまうのでないかと思わずにはいられない。

 けれど。けれどね。そうはならないんだ。

 嘲りと罵倒。それでも私は成し得たのだ。

 先生が私を導いてくれた。瞳を覗くように明らかに。

 なぁ……わかるかね?

 私には私の魂の場所がある。それはこの狩猟笛そのものであり、私たちのことだ。

 彼が私たちに与えたものは、彼が変えた世界で無限の可能性を秘めていた」

 

 

 

 

 

 

 

 

     私はもう、とっくに、老いた役立たずだよ……。

 

 

 

 





ゲールマンくんは言うなれば亀仙人みたいな感じですね。
実力的にはとっくに弟子に追い抜かれて着いていけないけれど、ずっと弟子に慕われ続ける的なアレ。ただしアルミメンタル
ちなみに昔のアイリーンちゃんは気弱なロリッ子です。どうしてああなった。




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弟子がこわい



 前回アイリーンの装備をグリードXRと表記したんですが、グリードZと指摘を受けて慌てて名前と描写を修正しました。スマヌス。
 
 


 

「ははぁーっ。相棒のお師匠はほんとにほんとに凄いお人なんですねっ!」

 

 黄色い服の編纂者が感心したように声をあげ、それをアイリーンとシルリアの二人が鷹揚に頷きながら聞いている。

 

 あー……。どうもこういうのは居心地が悪くてだめだな。別に褒められるのが嫌いってんじゃあ無いんだが、こうも実力のかけ離れた相手が言うんじゃ惨めに思えていけねぇ。幸いまだ気づかれてないみたいだし無関係を装って場所を変えよう。

 頼むから余計なことをしないでくれよ、と念を押すようにセレノアにアイコンタクトを送る。伝わったか?

 

「そうとも、わかってきたじゃないか。だが近頃は先生の実在を疑問視するような不埒な輩すら出てきているそうではないかいや近頃はお年も召され、狩りに出たという話も聞かんし一応は理解できる。できるがしかしそれで納得できるかと言えば絶対に否でありそもそも我ら狩猟笛を使うものにとって――――」

「そのことですがアイリーンさん、お耳に入れたいことがあります」

「……なんだ話の腰を折ってまで。今いいところだろうが」

 

 

「あちらをご覧ください」

 

 伝わってなァーいッ! 完全に人選を誤った! こっちを指さすんじゃあないッ! もうどうやっても逃れられないだろうがァーッ!

 セレノアお前それで完璧に務めを果たせたとでも思っているのか!? 思ってるよなぁその『私成し遂げました』みたいな顔見ればわかるわ!

 

「ぇ……あ……せ、先生……?」

「人違いデース。デハ仕事があるのでこれで」

 

 アイリーンがいまいち目の前の現実が信じられないような、絶妙に焦点の合っていない眼でふらふらとこちらに寄って来る。しかし悪いな俺はもうマイルームに帰って一日の疲れを癒す大事なお仕事があるんだ。

 ていうかお前数秒前の覇気とか纏って人殺せそうな視線はどうしたんだよもう見る影もないじゃんつついたらそのまま崩れ落ちそうだぞ。

 が、流石は歴戦のハンター、この一瞬のうちに正気を取り戻したらしく正しく現実を認識し始めている。

 

「な、い、いやこの私が先生を見間違えるものか! 

 私です、アイリーンです! 覚えはありませんか!?」

「いいやないねッ! 俺の知る中でアイリーンという名の女は白いワンピースで麦わら帽子を被って花畑に囲まれてはにかんでるのが似合うような儚い女一人だけだ!」

「えぅ、ぁ……うぅ……」

 

 

 いやその反応はおかしい。さてはお前人の話を聞かないタイプの奴だな? そもそもどうして俺がこんなゴリゴリの超一線級ハンターに絡まれなければいけないのか。だがアイリーンが勢いを失った今がチャンスだこの機を逃す手はない!

 

 

「お待ちくださいマスター」

 

 

 し か し 回 り 込 ま れ て し ま っ た !

 

 ゲェーッ、シルリア!? という俺の心の声は何とか押し殺せたものの、視界いっぱいに白い甲冑が立ちふさがり、俺の逃走のための初動は完全に殺されてしまった。離れて見れば気高さや凛々しさを感じる姿も、シチュエーション次第ではこれほどまでに威圧感を感じるものか。というか迫力と外観に反して意外と素早いのね君……。 

 

 シルリアは素早く俺の腕と肩を掴み、側の木箱へと押し込むように座らせ覗き込むようにぐっと顔を寄せてきた。

 シルリアの端正な顔立ちで俺の視界が埋め尽くされているこの状況、普段なら美人との接近を無邪気に喜べるのだが、相手がフルウカムのスーパーウーマンという現実がそれを許さない。

 

 

「私です、シルリアです。ロックラックの街で身をやつした双子の娘を導いたのを覚えてはいませんか」

 

 

 あー……? ロックラックの街で身をやつした双子の娘とな……?

 んんんん……そういえばロックラックの辺境でモンスターに住まいを襲われて腐ってた娘ふたりを拾ってハンターに叩き上げたような……。

 え? お前らがあの時拾った連中? もう見る影もなくないですか?

 当時はもっと痩せ細って身を寄せ合いながら『明日を迎えられるかすら怪しいのに、とどめのように命懸けの狩りに笛を持ちだすキチガイおじさんに目をつけられた』って顔をしてたじゃん。

 でもさっきアイリーンはなんか病院に連れていかれる子犬みたいな顔してましたね……。

 

「思い出していただけましたか」

「正直信じられねぇが……ずいぶん見違えたな」

 

 冷や汗混じりに何とか言葉を絞り出すと、後ろでアイリーンの表情に光が満ちるのが見えた。お前その外見に反して百面相なところに俺は困惑を隠せないでいるからね? そしてシルリアよ正直なところ無表情なまま瞳だけじっとりと熱を帯びているお前が怖い。いつになったら掴んだその手を離してくれるんだろうか。

 

 

「マスター。全てあなたのお陰です」

「言い過ぎだ。俺はきっかけを作ったにすぎん」

 

 いかん完全に退路をふさがれた。自分の教え子に申し訳ないとは思うけど、君ら怖いんだよなぁ……。と、そこで正気を取り戻したらしいアイリーンがシルリアを引き剥がそうとするのがちらりと見えたが全く動じていない。

 

「で、どうして逃げようとしたのです」 

「い、いやまぁその、なんだ。合わせる顔がないと思ってな」

 

いくら生きる術を持たぬ無力な子供とはいえ、示した道が死の危険と隣り合わせのハンター稼業というのは過酷に過ぎる。ましてや当時の彼女らにとっては唯一の選択肢だったはず。どうやらハンターとしては大成したのは間違いなさそうだが、そんなものは所詮結果論、免罪符にならない。

 

「俺はお前たちには恨まれても仕方ないと思ってる」

 

 話す内容に嘘は無いが、これは突然シリアスな話題を持ちだし相手の油断を誘う作戦でもある。

 言うや否や至近距離のシルリアが少し離れる。どうやらアイリーンがついにシルリアを引き剥がしたらしい。だが依然俺の腕と肩を離す気はないらしい。というか掴む力が強くなってるねこれは。

 わたくしゲールマンはここに作戦の失敗を宣言します。

 

 

「何を言うかと思えば……我々が先生を恨むなどあるはずがない」

 

 

 アイリーンは側に跪き俺の空いていた左手を両手で包みこみながら、優し気な声で言い聞かせるように言う。

 わたくしゲールマンはここに戦況の悪化を宣言します。

 プロポーズさながらじっと俺を見上げるアイリーンの頬は僅かに赤みを帯びており、そして不思議なことに俺は今対面するアカムトルムとウカムルバスに挟まれたアプトノスのような心境でいた。脳裏に浮かぶ四字熟語は絶体絶命の孤立無援の四面楚歌。

 

「もっと早く先生のもとへ顔を出したかったのだが、どうしても足取りが掴めなかった」

「マスターはずっとどこに居られたのですか」

 

 アイリーンは俺の手を完璧にホールドしてもはや一ミリも動かせないし、シルリアは俺の服をねじるように手繰り寄せ何が起きても離さないという鉄の意志を感じる。俺はもうだめかもしれん。

 

「いつも通り野暮用がてら各地を放浪してただけさ」

 

 嘘です最近はユクモの霊峰まで行って嵐を司る古龍のご機嫌を窺いに行ってました。だって昔ユクモ村に湯治のため滞在してたら大嵐の夜に天女みたいな装いの人がオルゲールの音を聴きに訪ねてきちゃったんだもの。

 

 どういうネットワークで俺の事を知ったのかはわからんが、ユクモ村に遊びに来られると我々非力な人間としてはたまったものではない。実際過去にはその古龍の怒りを買った村は一夜にして荒地に変えられたという。幸いにして俺の時は機嫌が良かったのでそんな悲劇は起きなかったがいつもそうとも限らない。

 

 あの人がいる場所は彼女の意思に関わらず無条件で暴風雨が吹き荒れる。彼女がやってくるとユクモ村近辺の渓流地帯が水害や土砂崩れでどえらい事になってしまうので、定期的に俺の方から霊峰に伺い宥めにオルゲールを鳴らしに行っているのだ。だって放っておくと痺れを切らしてまた遊びに来かねないし。

 

「まあどのみち10年先まで帰るアテは無いんだ。これまで通り気ままに過ごすさ」

「その方が我々としても安心ですが……。そもそものところ、先生はなぜ五期団へ?」

「そりゃあれだ、気が付いたらセレノアにぶち込まれていた」

「ぶち込みました」

「でかした」

 

 セレノアの即答にアイリーンは親指を立てサムズアップで応えた。お前ら意外と仲良いのか……。

 

「お陰様で特別アドバイザーとかいうよく分からんポストに収まってる。まあお前らのような腕利きばかりのようだし、特別助言も必要ないだろう」

「いいえマスターの言葉であれば値千金の価値があります一言一句聞き逃しません」

 

 なあシルリアよ。

 その即答しつつ息継ぎ無しで言い切るの迫力のあまりビビるからやめてほしいんだけど……。

 だがここでこの状況を覆す妙案を思いついたぞ!

 

「今更俺がお前たちに何か教えられるとは思えないが、まあアステラの案内くらいはさせてもらおうか。リーダー! こいつらの面倒は俺が引き継ぐぜ」

「おう! まだまだ忙しいんでな、そうしてもらえると助かる」

 

 木箱から立ち上がり、掴まれた両手をそっと振り払いつつ奥の調査班リーダーやセレノアのいる方へ歩みを進める。様子こそ見えなかったが、今までセレノアや黄色い服の編纂者と話し込んでいたらしい。多忙な調査班リーダーには少し申し訳ないことをしたかもしれん。

 

 だがなんとか了承をもぎ取ったおかげで自然な流れであの双子に取り囲まれた状態から脱することができた。あれは胃袋がいくつあっても足りん。普段から来訪する古龍のせいで消耗が激しいというのに。

 リーダーはそのまま総司令の方へ足を運んで行ったが、まあ遠からずまた顔を合わせることになるだろう。

 

「そう言えばお前ら、バディとの顔合わせは済んでるのか?」

「ん、言っていなかったか。私たちは互いにハンター兼編纂者としてここにいる」

「……それってすごいことなんじゃ」

「とんでもないことですよっ!」

 

 黄色い服の編纂者がすっ飛んできた。やっぱ凄いことなのか。

 

「あ、申し遅れました、私はセレノアさんの相棒をやっている者です!  

 それでですね、編纂者というのは博物学や地理学といった幅広い知識が求められる難関職なんです! それをお二人のようなハンターとしても優秀な方が資格まで持っているだなんて、自信失くしそうです……」

「そうは言うがね、ギルドガールや受付嬢と違い編纂者はハンターとしての知識や経験の応用が利く部分も多い。それに私たちは元来ペアでハンターをしていたからな。探索やクエストにも同行される以上この方が都合がいい」

「マスターがクエストに出るときは是非お呼びください」

「いやそんな予定はないが」

 

 もう俺のポンコツボディがどれだけ通用するか。正直あんまり芳しくないのが実情だ。迂闊に狩りに出たらぎっくり腰とかでぽっくり逝きそう。

 

「でだ。俺たちが今いるここが流通エリア。アステラで一番活気のある場所だ。アイテムなんかはここで買いそろえることになる。他にも生態研究所だの植生研究所だの、調査の為の重要施設はこの辺にあるんで、お前たちハンターは必ず世話になるから時間作って早めに顔合わせは済ませるんだな」

「師匠。私を海に流した埋め合わせで一緒に狩りに付き合ってください」

「船から振り落とされたのはセレノア、お前の責任だろう。俺が海に放り投げたみたいに言うな」

 

 アステラに着いてからの時間で復活したらしいセレノアが、いつもの調子を取り戻してきた。このバイタリティは流石ハンターといったところか。

 

 と、ここで大きな角笛の音がアステラ中に響く。

 思っていたより早いな、流石に話し込みすぎたか。

 

「先生、これは?」

「招集の合図だ。五期団も揃ったことだ、恐らく作戦会議ってところだろうな。悪いが案内はここで打ち切って総司令の所に向かうぞ」

 

 

 






 前話ではアイリーンが余りある存在感で場を支配してしまいシルリアが空気で心配だったたのだが、ちょっと動かしてみたらなんか思ってたよりヤバい子になってしまったぞ



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げきつよジジイ

誤字報告が雪崩のように来るぞ。みんなありがとう。
あと観念してフロムソフトウェアのタグつけました。
先に言っておくと今回のオルゲールのイメージ曲は『スプラッターハウスED オルゴール』で検索してでてくるやつ。
『戦場のメリークリスマス』とか『失われた彩画』のオルゴールアレンジもええぞ



「あ゛ぁ゛~。ようやく一息吐けそうだ」

 

 先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように霧散した。

 作戦会議を終えてあの騒がしい弟子たちはアステラ付近の探索のために出払っており、心身ともにようやく休める時が来た。

 作戦会議場の椅子を引っ張り出し、全ての体重を預けるようにどかりと座り込む。

 

「そなたはまこと気苦労の絶えぬ男よな」

「言うな。あんたに言われると泣きたくなる」

 

 隣で同じく腕を組みながら座りこんだ全身鎧の男が、フルフェイスの兜の奥からくぐもった声で言う。

 要所にリオレイアの素材を織り込んだアーマーは紋章入りのサーコートの他に各所のベルトに小さなポーチやナイフがいくつも括り付けられ、それが見栄や形だけの代物ではなく、戦闘の為に洗練されたものだと分かる。

 全身にある膨大な量の細かい傷が、男の戦闘経験の証拠だった。

 

 

「驚いたぜ。ずっと昔に姿を消したドンドルマの英雄が、まさか海の向こうに居ただなんてな」

「好敵手を追ってここに来た。40年前の話だ」

 

 男はそれだけ言うと、静かに兜の傷を撫でる。見れば右肩と兜に巨大な爪痕が走っており、硬質のはずの鎧が粘土のようにひしゃげていた。よく鍛えられた上質の鎧にここまで大きな傷を残せる威力もそうだが、この百戦錬磨の男を相手に渡り合い、挙句の果てに有効打さえ見舞えるという時点でその好敵手とやらはおおよそ尋常のモンスターではないらしい。

 

「狙った獲物を絶対に逃さねぇのは相変わらずのようだが……新大陸にゃあんたをして好敵手と呼ぶような化け物がいるのかよ」

「炎王龍だ」

 

 男は何気なくその名を呟く。炎王龍といえばまずテオ・テスカトルの事で間違いない。古龍種の中でも攻撃的な性格で、爆発性の粉塵を巻き起こす危険極まりないやつだ。だが、その男……ソードマスターと呼ばれる男が好敵手として相手取るには幾分不相応に思えた。

 だってそうだろう。この寡黙な男は、俺の知るうちの最強を──黒龍ミラボレアスを討伐した、全てのハンターの頂きに立つ男だから。

 

 

 

 でもそれはそれとしてミラボレアス討伐の報せの翌日の夜、何食わぬ顔でいつぞやの黒いドレス少女がやってきた件。

 ちなみにその時、俺は発見されて間もない頃の古塔の調査に赴いており、塔の頂上でのんきに古龍の痕跡を探しながら、今日の空は重苦しくて不気味だなぁなんて考えたらなんか普通にしれっと来たのだ。いやほんと気が付いたら既にいたよね。

 

 その時は片目は潰れ衣服はずたずたに裂かれ、頭から赤いペンキのバケツを被ったように血まみれだった。限界までオブラートに包んで例えるとトマト祭りの参加者みたいな感じ。

 あれは誰かがあの場面を見ていたら問答無用でギルドナイトを呼ばれていたであろう程に危険な絵面だったな。実際にはそれ以上に危険だけど。無論社会的ではなく生命的にな?

 

 彼女は『疲れたから気の利いた曲のひとつでも寄越せ』とだけ言い残したきり、どさりと倒れこんでしまった。

 もはやどこからどう見ても弱り切っており、まさしく虫の息。なぜ彼女が健在で、どうやってここに来たのかは分からない。彼女の正体に感づいている俺には、手柄を求め彼女にとどめを刺す選択肢もあった。瀕死の彼女に何か一撃くれてやれば、きっと避けることすらできずにその命を終えて、俺は第二の黒龍討伐者として一躍名を馳せるだろう。

 

 しなかったけど。

 だってそうじゃん。事情は知らんけど俺のオルゲールの音を聴きに満身創痍の体引きずってここまで来た相手にそんな仕打ちできないね。そこまで落ちぶれた覚えはない。

 結局俺は、少女の傍らで夜が明けるまでオルゲールを奏でた。あんな長時間笛を吹いたのはあとにも先にもあれきりだ。普段の狩りでは一小節分しか吹かないのもあってそりゃもうしんどかったね。

 

 アヴニルオルゲールの奏でる音楽は時間とともに変わる。ゲームのテキストには未来を予言する力があると書いてあった。工房の親方はどこかと交信してるって言っていたか。人間の俺にはこのオルゲールの音がどういう意味を持つのかさっぱりわからない。しかし当時を生きた古龍や古代人は、きっと奏でる音の意味を理解できていたのだろう。

 あの夜にオルゲールが奏でたのは美しくて不気味で、なにより悲しい曲だった。狩りにおいては常に勇ましく戦う意志を昂らせるような音色のオルゲールが、今はこんな音楽も奏でられたのかと驚いたのは記憶に新しい。

 ずっと二人きりの塔の上で、ただオルゲールの静かな音だけが響いていた。

 いつしか横たわる少女の姿は無く、そこには静かに寝息を立てる黒龍があった。

 何十層にも重なる紫黒の甲殻はあちこちが剥がれ落ち、夜を包むような翼膜さえ隅々まで切り刻まれ、頭部の角に至っては目玉もろとも四本すべてが半ばから切り落とされていた。

 ちなみにそのあとは黒龍の目が覚める前に塔からスタコラサッサですよ。だって怖いし。

 死の半ばで深く眠りについてなおあの迫力ですよ。なんで一瞬でもとどめを刺そうなんて考えたんだろうね(白目)

 ていうかその時は俺の所に会いに来たとかうぬぼれたけど、思い返すと別にそうじゃなくね? ただ古塔に休みに行ったら顔馴染みがいたからついでに一曲献上しろやの精神だったよねアレ? 何勝手に勘違いして奮起してるわけ? やだ思いあがりすぎて恥ずかしい。いやそんなことどうでもいい。この記憶は隅に追いやり厳重に封印しよう。

 当時の俺は初めて目にする黒龍の威容もそうだが、それ以上に黒龍をあれほどまでに追い詰めたハンターの存在に心底慄いたね。

 お前のことだよソードマスター。

 

 だいたい俺と同じドンドルマからハンターとして身を立てた同期だっつーのにお前は新人のうちからココットやらポッケやらに派遣されては無双してるしよぉ。俺が笛布教の為に奔走してる間に同期のお前はシェンガオレンにクシャルダオラあげくの果てにミラボレアスと来た。生ける伝説、いや生けるチート。もうぜんぶお前ひとりでいいんじゃないかな。

 

 

「そりゃあまあ、確かに強大な相手だとは思うぜ。俺じゃ例え命が3つあったとしても手が届かないだろうよ。だが、だがあんたは違う」 

「──某もまた、老いた。昔のようにはいかぬものだ。敵は長きを生き抜いた歴戦の個体であった。時と場所が違えば、必ずや二つ名を有していたと確信できる程に。悠久を生きる古龍とは、かくあれかし」

 

 ソードマスターは少しの沈黙のあと、淡々と言葉を続ける。しかしそこに自らの老いと衰えを恥じるような色はなく、一心に相手を讃える気高さだけがあった。この男は、ずっと昔から変わらない。

 

「……やっぱあんたにゃ敵わねぇわ」

「フ、面白いことを言う。であるなら、某もまたそなたに同じ言葉を返そう。

 モンスターをいたずらに討伐するでも、闇雲に保護するでもない。ただそこにあるものとして調和に至る。まさに狩り人の本懐よ。狩りを全うするしか能のない某には、そなたが少し眩しく見える」

「そりゃ気のせいだ。だいたいあんたの狩りは世界が違うじゃねぇの。やめだやめだ、話を変えようぜ」

 

 これほどの男にそう言われるとまあ悪い気はしない。しかも世辞でない本心からの言葉だというのだから始末に負えねぇ。だいたい俺は小胆なんだ、勘弁してくれ。

 

「意固地な男だ。ならば……そうだな、そなたは何故この新天地に参った?」

「柄じゃないのもわかっちゃいる。弟子に引きずり込まれたんだ」

「ならばここにいるのは、そなたにとって不本意ということか」

「実をいうとな、そうでもないんだ。なにせここの連中は俺を知らないんで居心地がいい。俺が妙にかしこまられたり敬語を使われるのを嫌うのは知ってるだろ? 弟子どもはほとんど言っても聞かねえしな。

 俺とて引退間近の身だ、狩人として最後に一つ成し遂げてみるのも悪くねぇ。今回の調査は渡りに船だった」

「ふむ。であるなら、そなたにひとつ頼みがある」

「あんたが俺にか」

 

 

 なにそれこわい。俺に何をさせる気だ。肩慣らしと称して古龍相手の大連続狩猟みたいなデスマーチに連れていかれるんじゃなかろうか。

 

「総司令よりとある古龍の調査を頼まれている。そなたの力を借りたい」

「さっき言ってた炎王龍か」

「否。別件だ」

 

 うーむ。ソードマスターがてこずるレベルの炎王龍が相手ってわけでもない……とはいえ、それでもソードマスターにまで依頼が回ってくるくらいには相手も相応の古龍なんだろう。申し訳ないが今回は頷きかねる。

 

「悪いが下りる。無茶のできる体じゃないのは、俺も同じなんだ」

「そう、か。いや、無茶を言ったな。すまぬ」

「……どうした、あんたらしくもない。妙に弱気じゃねぇか」

「やはり老いばかりは隠せなくてな。新しき装いもさっぱり身につかぬ」

「まあ俺たち老いぼれが気張らなくたってよ、若い芽は確実に育ってる。無理することはねえさ、気楽にやろうや」

「同感だ。が、最後のそれは否だ。某も弟子を持って身の振り方を考えるようになった」

「弟子だって? あんたの?」

「総司令の孫に大剣の扱いを仕込んだ。あやつは将来化けるぞ」

 

 調査班リーダーがソードマスターの弟子だと。確かに奴の背中の大剣『オオアギト』は年齢に見合わず随分と使い込まれた代物だと思っていたが、元々ソードマスターのものだったとしたら納得がいく。

 

「師なくして弟子はなく、弟子なくして師なし。ただ衰えるばかりの某が、新しい弟子を得たのだ。暗い諦観の中で、だが確かに光の糸を見た。某とていつ満足に体が動かせなくなるかわからぬ。最後の大舞台、弟子に晴れ姿を見せたいと思うのはおかしい事か?」

 

「そういうのは最初に言え馬鹿野郎が。 

 ──いいぜ、あんたの為に笛を吹いてやる」

 

 





ゲールマンとらぶらぶちゅっちゅしたいのが白いほうだけだと思ったら大間違いだぞというエピソード。
ところで黒いほうの公式テキスト漁ったら『再生』だの『蘇る』みたいなワードがいっぱい出てきた話する? まぁ伝説の黒龍が殺したくらいで死ぬわけないよね(白目)
ちなみにこの作品のソードマスターのモデルはMH2主人公です。公式で黒龍やっつけてる人。ポッケとココットの英雄はどちらもドンドルマからの派遣ハンターで、のちに行方不明になってるし正体は新大陸のお前ダァーッ!(捏造)



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恋するドラゴン

新生活とお引越しで多忙なんじゃ。やっとネットにつながったんじゃ。
とりあえず時間を見つけて書き上げたものなので推敲不足でも多めにみて
さて、ここでは狩猟笛始めました が挨拶だ。
わかったな? よし通れ


 半ばから朽ちるように崩れた石の壁、そこかしこに横たわる折れた支柱。砕け剥がれた石床。そして虫の声さえも聞こえぬほどの不気味な静寂。どこを見ても一目でここが無人の廃墟、それも大規模な廃城であると分かる。

 更に鉄柵の重厚な城門や見上げるほど高い城壁、各所に備えられた大砲とバリスタ、そして極めつけの撃龍槍まで目を向ければここが対モンスターを想定した空間であるのも分かる。尤も、この有様からして撃退には及ばなかったようだが。

 

 撃龍槍の起動台には仄かに輝く白のドレスに身を包んだ妙齢の女性が腰かけていた。重苦しい雰囲気の廃城とかけ離れたその姿は、しかしそれこそが彼女の美しさを一層際立たせていた。

 ぼんやりと空を眺める彼女は、所在のない両足をばたばたとふらつかせながら何かを考えているようだ。

 

「うーん。今回はちょっと遠いかな」

「遠い? 一体何がです」

 

 彼女がぽつりと呟くと、黒衣の少女が城の奥から現れた。その姿は埃を被り足元には煤や灰が纏わりついている。つい先ほどまで城内で何かをしていたようだ。彼女の衣服の惨状から、この城塞の末路が窺える。

 この城塞が既に対峙した何らかの存在に敗れたのは明らかだが、彼女に積もった煤や灰からして更にその後余すところ無くこの城は焼き尽くされたらしい。以来人の手は一切入らず、建物の内部に至るまで放置され続けているようだ。城内は埃まみれとみて間違いないだろう。

 

「彼の居場所。装いを新たにしたから、見てもらいたくって。彼のために魅力的な女性の姿を調査したのよ、言葉遣いだって勉強したんだから。気に入ってくれるといいんだけど」

「……古き王よ。いたずらに人化するのはおやめください。それに突然容姿を変えてしまうと、彼に気づいてもらえないかもしれませんよ」

 

 体に降り積もった埃をぱたぱたと払いながら、黒衣の少女が不躾に言う。それは不安をあおる言葉であったが、白い女性に動揺は無く、余裕を崩さずにゆったりとそちらへ視線を向けた。そこにあるのは一種の信頼であろうか。

 

「いいえ、臆病で抜け目のない人ですもの。きっとわかってくれるわ。もし気づかれなくたって、私はそれくらい楽しんで見せるわ。ひょっとして彼の新しい一面が見られるんじゃないかしら。

 ……でももし。もし本当に気づいてもらえなかったら、やっぱり少し寂しいかな」

 

 か細く庇護心を煽るような微笑みはさながら深窓の令嬢のよう。泡沫のような儚さの内に強かな熱を伴うそれは、ともすれば国を傾けんばかりの魔性の笑みであった。直視すれば魅了されること請け合い、彼女がである。幸いにもこの場に心奪われた哀れな犠牲者はいなかった。

 

「というか、人化を控えろって言ってるあなた自身が人化してるじゃない。それじゃあ納得がいかないわ」

「これは閨の清掃の為です。あれらは我々にとっては有象無象ですが、彼にとっては同胞の亡骸。彼を招くにあたって失礼があっては申し訳が立ちませんから」

 

 黒衣の少女が城の奥から引きずり出したのは、真っ黒に焦げた炭のような物体であった。かすかに人型の面影が見えるそれは、この城とともに焼かれたかつての兵士であろうか。見れば城内に続く廊下には鉛筆で線を引いたように黒いすすの道が伸びていた。

 

「やだ、まだ片付けてなかった? 面倒だけどどこかにまとめて影も残さず処分しないと」 

「いやはや、数ばかり多くて敵いません。建物を破壊すれば手っ取り早いんですけど」

「だめよ、彼に瓦礫だらけのみっともないところは見せられないわ。私もあとで手伝うから丁寧にやりましょう」

「承知していますよ。取りこぼしを彼が見つけたら怯えて逃げてしまいます」

「そう? 彼なら案外逃げも怯えもしないんじゃないかしら」

「それでも、礼は尽くすべきです」

「なら彼のために人化の練習をするのも礼を尽くすうちに入るわね」

「む」

 

 してやったり、と言わんばかりに白い女性が笑みを浮かべた。黒衣の少女はすぐさま反論が浮かばず、渋い顔をしている。

 

「遊びでこの姿になっている訳じゃないのよ。あの古い巫女の似姿と違ってこの姿は慣れてないから、長くはもたないの」

「それはまぁ、わかりますが」

「あなたも練習する口実ができていいじゃない。訪ねた先で彼と一緒に居られる時間が延びるわ」

 

 白いドレスの女性が楽しそうにニコニコと笑っており、黒衣の少女はばつが悪そうにたじろいだ。

 

「人間は寿命が短いんだから、私たちが足踏みしてちゃだめよ。彼がここに来てくれるのも当分先だけど、それは備えを怠る理由にはならないもの」

「……なぜ彼がすぐに来ないと分かるのですか。先ほども遠いとおっしゃっていましたが、彼の持つ片鱗は今どちらに?」

「海の向こう」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

「あんたがゲールマンだな。あんたの名は伝え聞いてる。いつか顔を合わせて話をしたいと思ってたんだ」

「おう。しばらく俺の弟子が世話になるだろう。俺からもよろしく頼むぜ」

 

 俺は熱気のこもったドーム状の工房施設の中、ベルトコンベアを間に挟んでゴリゴリの鉄人のような大男、二期団の親方と話していた。その隻眼は、何十年も赤熱した金属をじっと見続け金槌を振るい続けた熟練の加工屋の共通点。彼が鍛冶をする姿はまだ見たことがないが、それでも彼の実力を疑う余地はなかった。大自然がそのまま残るこの新大陸に拠点アステラを築くため尽力した彼は既に第一線を退き、後進の育成に力を注いでいるようだ。

 

「会えて光栄だぜ。狩猟笛使いを歓迎しない職人はいねぇからな」

「そりゃ初耳だな。どういうこった」

 

 まったく繋がりが見えん。素行がいいとかそういうのか。

 

「俺たち加工屋はよ、ただ鉄を叩いて延ばせばいいってもんでもねぇ。そこにモンスターの素材をうまいこと組み合わせていかなくちゃならん。それはモンスターの牙だったり内臓器官だったり色々だが、どれも一筋縄じゃいかねぇ。だから俺たちは夜な夜な特性を研究してる」

 

 確かにそうだ。どんな形であれ生き物の一部を激しい狩りの中でさえ壊れないように組み合わせるのが容易なはずがない。俺たちハンターには知る由もない高度な技術が幾重にも積み重なってできているのだろう。

 

「だが寝る間も惜しんで見つけ出した素材の特色が武器に活かせるとは限らねぇのが現実だ。無理に組み込んで使いにくくなったら元も子もねぇからな。

 そこで狩猟笛なのさ。ゲールマン、あんたの興した狩猟笛ってのはイレギュラーだ。なにせ武器であることと楽器であることを両立させなくちゃならねぇんだ。こんな妙なもんは他にねぇ」

 

 おうおう狩猟笛のこと妙なもんっていうなや事実だから反論できないけど! ナンバーワンよりオンリーワン。どうも狩猟笛です。

 

「すると使い道のなかった素材の特性が活きてくる。強度を保ったまま音を出すってんだ、否が応でも必要になる。せっせと蓄え残してきたものが実るのさ。

 言っちまえば狩猟笛ってのは俺ら職人の腕試しなのよ。単純な技術力は当然欠かせないがそんで良いもん作ろうとすれば素材への造詣の深さが物をいう。同じ狩猟笛っちゅうカテゴリでも、新たに狩猟笛を作ろうとすればノウハウの流用はほとんど利かねぇ。加工そのものが挑戦の連続。だから腕利きの職人ほど狩猟笛の加工に飛びつくし、見習いは上達せんと食らいつく」

 

 はえー。そういえばオルゲール使うまでは確かに世話になってた加工屋さんの眼ギラギラしとったな……。

 

「俺がまだ向こうに居た頃にゃ狩猟笛使いが名を上げたら職人仲間に"あの笛を作ったのは俺だ"って自慢すんのが流行ったもんよ。五期団もいい時期に来てくれた。あんたのお陰で狩猟笛を使ってる奴が多いんでな、当分は退屈しないで済みそうだ。新入りどもにもいい刺激になるだろう」

「今回の連中はとびっきりだぜ。俺の手には余る。掛け値なしの凄腕だ、期待してくれや」

「導いたのはあんただろ? 名高きゲールマン直系の弟子だ、大仕事を期待してるぜ」

「よせ、誰が導いたって同じさ」

「あんたをおいて他の誰が笛を教えられる? あんたに掛かれば道端の石だって宝玉に変えられる」

「偶然目についたのがたまたま原石だっただけのこと。それに最近はいつ引退するか、そればかり考えてる」

「辞めるって、ハンターか、それとも助言者をか?」

「どっちもだよ。少し疲れた」

「まああんたの勝手だけどよ。ならいつ辞めるか目処はついてるのか? 当分帰りの船は出ないって話だぜ」

 

 ああ、知っているとも。セレノアに一杯食わされちまった。弟子入りのために新人を装ったりする程度には狡猾な女だ。ちゃっかりしてやがる。

 俺だっていい加減観念したさ。それにここも案外居心地が悪くない。向こうに帰ったらまた面倒なしがらみがありそうだしな。でも。

 

 

「辞めるのは晴れた日って決めてる。

 ──明日は雨らしい」

 

 

 




白いほうはのびのびとした自由人であってほしいし、黒いほうはそんな白いのに翻弄されていてほしい。需要があるからではなく、供給がないから書く。二次創作ってそんなもん
だって老ハンター(狩猟笛)が弟子と古龍に言い寄られてあたふたする話見たいじゃん?



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インビジブルババア

いたずらに擬人化させていくスタイル


 

 親方との雑談を済ませた後、工房の脇の階段を登った先、丘の上の見晴台に来ていた。最上部の星の船よりはいくらか低いものの、アステラを一望するにはほど良い高さの高台だった。崖際には簡素なやぐらがあり、工房の熱気を冷ますのに心地いい風が吹いている。いわゆる穴場なのか付近に人の姿はなく、聞こえる喧騒も遠いものだった。

 木造の屋根の下で、ぼんやりと古代樹を眺める。きっとあの大樹のどこかで恐ろしい弟子たちが笛を吹いているのだろうなどと考えながら。

 

「なんだい坊主がいっちょ前に黄昏ちまって。随分痩せたじゃないか」

 

 突然、最初からそこにいたように一人の老婆が現れた。いや、きっと本当に最初からそこにいたのだろう。

 夕焼けに夜を下したような不気味な紫の衣装だった。視線を切るような、大きすぎるつばのとんがり帽子に、継ぎ接ぎだらけのように見えて、しかし縫い目がどこにも見つからない奇妙なローブ。まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女だった。腰を低く丸め、顔は巨大なとんがり帽子ですっかりと隠れてしまっている。

 

「……ユーリアさん」

「あんたも古い名前であたしを呼ぶね。せっかく姿を変えても意味が無いじゃあないか」

 

 この胡散臭い婆さんは会うたびに姿が違う。前回はシルクハットの紳士で、その前はくたびれたコートの男だった。声も背格好も、性別も異なっているが、

 毎度共通するのは誰もいないはずの空間からぬるりと現れることだった。

 ユーリアという名前は俺がまだ駆け出しハンターだった頃、初めて彼女と出くわした時名乗った名前だ。

 ハンターとしての俺の第一歩は武器を扱う練習だった。だって当時じゃ狩猟笛の使い方なんて誰も教えてくれないからね。採取クエストの合間に笛の吹き方を試行錯誤していた。まだオルゲールではなく、竜骨を削り出して作られた狩猟笛のプロトタイプだ。前世含め楽器の経験は持ち合わせていないんで奏でる音はひどいもんだったんだが、聴くに堪えなかったのか文句を言いに来たのが最初の邂逅だ。その時はヴェールで顔を覆った貴婦人だった。

 木漏れ日の差し込む森丘の奥地でのことだった。滅多に生き物の立ち入らない場所で、モンスターだってモスかアイルーくらいしか姿を見せない場所だから声をかけられて驚いたのを覚えてる。そんな辺境にまで顔を出すほど俺の演奏はひどかったって事だな。正直すまんかった。

 自宅に白いドレスの少女が突撃してくるよりも前の話だったが、あんな怪しいを極めたような紫色を見たら正体察するよね。腐っても転生者なんだ俺は。

 

「こっちに来てたのか」

「葬送くらいはしてやらないとねぇ、古い友人のよしみさ。ほら、あんたら人間がゾラなんたらとか呼んでるアイツだよ」

 

 あらやだお知り合いでしたのね。嘘だろこのババァいくつだよ。え? あのゾラ・マグダラオスの通常では考えられない規格外のサイズの秘密は、超々高齢であるが故って話だろ? 俺は詳しいんだ。研究所の爺さん達とはよく話すからな。そのマグダラオスと古い友人? 古龍の寿命ってなんぼですか……?

 

「あんた古王様の片鱗を抱えたまま追っかけまわしただろ? 老いた龍を脅かすような真似は勘弁してやりな」

 

 とんがり帽子をぐらりと傾けて老婆が咎める。たぶん俺を見上げているんだろうがまだまだ顔がつばで隠れて見えない。もはや一種の巨大なキノコのようだ。

 

「だが、あれをどこかに置いて離れるなんざ怖くてできねぇぞ」

「何処に捨てたって手元に戻ってくるから心配はいらないよ。ま、あんたが肌身離さずもってるお陰で古王様も機嫌が良くて結構だけどね。自分で外堀埋めてくれる分には困らないからねぇ」

 

 墓穴を掘ったともいう。

 ていうか捨てても手元に返ってくるってマジ? 呪いのアイテムかよ。偉大なる航路のビブルカードとは訳が違うんだからな。虚化の仮面でも可。

 

「あたしゃ龍大戦よりずっと前から古王様の臣下だけどね、あんなお姿は永らく見てなくてねぇ。今も坊主のことを手ぐすね引いて待ってるだろうよ」

 

 そうやって重要情報ぽろぽろこぼすのやめてもらえませんかキャパオーバーなんですけどこれから研究所にどんな顔していけばいいんですか。

 

「もうわかるだろう? あたしは古王様の臣下だ。とどのつまり応援してんだよ。ま、無茶の無い範疇で便宜図ってやろうじゃないか。借りを返す分も含めてね」

 

 ユーリアさんが便宜を図ってくれるって何それすごい。でもその権利行使したら外堀埋まるどころか正門開放レベルまで追い詰められない? 

 そもそも借りを返すってなんだ。この婆さんに貸しを作るような偉業を成し遂げた覚えはないぞ。

 

「貸しを作った覚えはないぞ」

「あるとも。あたしの仕事の話だよ」

「ますますわからねえな」

 

 そもそも仕事ってなんだ。仕事とかあるのか。古龍だよね? 俺が深読みの勘違いしてるだけでユーリアさん健全な人間なの?

 

「あたしは顔が広くてねえ。忍び込むのも逃げ出すのも得意。加えて平和主義者で名が知られてる。非力なあたしがこれほど生き永らえることができたのはそういうことさ。

 このあたしに課せられた仕事は、斥候みたいなもんだよ。不意に暴れ出すような無粋なやつがいないか、見張るわけだね」

 

 だから、と老婆が続ければ、ひときわ強い風が吹いた。つばがぶわりと揺れて初めて口元に胡乱な笑みを浮かべているのが見えた。

 

 

「この前気が立ってる龍に坊主のことを教えて回った」  

「ババァお前なんてことを」

 

 古龍の謎ネットワークの秘密はお前か。何でそんな超重要案件黙ってたこの野郎。俺が抗議の視線を向けていると、ユーリアさんは笑いを堪えるように肩を震わせ始めた。

 

「まァまァ、どうせ古王様と知己なんだ、それに比べれば他は石ころみたいなもんじゃないか。心配しなくたってコンサートの最低限のマナーとして人の姿を真似るように言いつけてある。実際今まで龍の姿のまま顔を出すような無粋なやつはいなかっただろう?」

 違いますーインフレして感覚おかしくなるけど古龍ってだけでやばいんですー。人の姿とっていようが古龍特有の威圧感というかそういうプレッシャーは健在なんだからそこらへんのアフターケアしっかりしてよね。

 

「冗談は口だけにしてくれよ。緊張と過労で死んだらどう責任取ってくれる」

「そりゃあ杞憂だね。古王様がすっとんできて、そんで血を捧げられて眷属になるだけだよ。人としての生を全うするまでちょっかいをかけてこないのは古王様なりの気遣いさね」

 

 久々にワロタ。祖龍様ってばなんでもありだなぁお茶目なんだからもうー。馬鹿野郎お茶目で済まされるか。眷属ってなんだよ吸血鬼か何かですか俺はどうなってしまうんですか。

 おかしい。どうしてこうなった。俺はただ笛を吹いていただけのはずだ。それがなぜこんな死後の就職先が決定するような事態になる。どこで道を誤ったんだ。調子ぶっこいてお名前呼んだあの時ですね分かります。

 

「そんなことより坊主、お前さんあのクソガキを追うんだろ?」

 

 そんなことってあなた。生粋の人間としてはそんなことでは済まされないレベルのお話でしたけどね。というかクソガキって誰の事だ。あんたからしたらみんなクソガキじゃん。

 

「何呆けてるんだい、現王を斃した狩人に頼まれていただろ?」

「聞いていたのか。知り合いのようだが、クソガキ呼ばわりとは相当だな」

「あの輩はね、老いさらばえ眠らんとする同胞の肉を喰らう悪食だよ。あたしゃ好きになれないね。古い友人もいくらか餌食になっててねぇ、流石のあたしも心中穏やかじゃいられない。あんたが懲らしめてくれるってんなら、清々するね」

 

 古龍を喰らう古龍ってポテンシャルすごそう。どう考えても体内に喰らった古龍の強大なエネルギー秘めてるよなぁ。

 しかしユーリアさんの期待には応えられそうにないぞ。新大陸の古龍を相手に正面切って戦えるほど俺は元気じゃないんだ。

 

「あくまでも承ったのは調査だぜ。懲らしめる所までは保証できねぇな」

「そりゃ残念。だが気を付けるんだよ。奴は天候を操るような力はないが、古龍を喰らって得た力を全て膂力と再生力に回している。様子見だけと気をぬかないことだね」

「肝に銘じておくぜ」

 

 本当にな。古龍との戦闘なんざ俺の身の丈に合ってないことぐらい百も承知だ。せめて心構えだけでも万全でなくてはならない。いつもそうしてきた。うっかり逝ったら永久就職コースだからな……。

 

「最後にひとつ警告だよ。この大陸は今ちょいと様子がおかしい。あんたらの調査とやらも一筋縄でいくと思わないことだね」

「もう40年も難航してるんだ、今更いい方向に向かうなんざもちろん思っちゃいないけどよ──」

「あーっ! 師匠ようやくみつけましたよ!」

「ん?」

 

 背後から俺を呼ぶ声がして振り向くと、セレノアが丘を登りながら顔を出していた。そういえばもう弟子連中が調査にでてからそれなりに時間が経つのか。背中の狩猟笛にまだ土汚れや返り血が付着しているのを見るに、こちらに戻ってても休憩を挟まず俺を探していたらしい。少し悪いことをしたかもしれん。

 

「アステラにこんな場所があったとは。どうりで姿が見えないわけです。でもこんなところで何をしていたんですか?」

「何ってお前、そりゃあ……」

 

 ユーリアさんと話していたに決まっているだろう、と言いかけて気づいた。あの不気味な老婆が佇んでいた場所には、もう影も形も残っていない。何の痕跡も残さないあたり手慣れているな。おそらく俺が振り向いた隙に姿を消したのだろう。彼女としては俺以外の者に姿を見せるつもりはないようだ。だったら俺もそれに合わせるのが筋というものだろう。

 

 

「しじまの向こうと話していた」

 

 

 

 

 




オオナズチはババアにするって心に決めてました。
どうせもう新大陸にいるんだろオルァァン!?
「しじまの向こう」はオオナズチのクエスト名です。カプコンさん言葉選びのセンスが天才的すぎる。


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おはなし


今まで海の上で堅物指揮官したり前線で日記つけてたりしてました。
気が向いたときにまた更新します



「君、セレノアっていったか。お前さんの言うお師匠の名前は僕も知っとる。どれだけ凄いハンターなのかも、少しくらいは聞いたことがある」

「でしたら」

「でもそれとこれとは話が別やろ」

 

 この方言交じり竜人族の研究者と話してもうどれくらいになるだろうか。竜人族とセレノアの会話は、ずっと平行線をたどっていた。

 

「古龍渡りが、老いた古龍が死に場所を求めるためのものであるっちゅうんは、我々研究者も有力な説だとは考えとる。けどな、その古龍を狙う古龍がいるっちゅうあたりからきな臭いんや。僕はそんな古龍は聞いたことがない。僕やて遊びで新大陸の生態研究のてっぺんやっとるわけやないのは、後ろの資料みればわかるやろ。まあ、ちょっと散らかっとるけどな。

 そんでこんなぎょうさん古本読み漁っても、君の言う古龍と同じような特徴を持つ古龍はどの文献にも記述がないんや」

「未確認の新種という可能性は」

 

 そもそもこの状況の原因はゲールマンにあった。ゲールマンを迎えに行ったセレノアは、それからすぐに生態研究所の所長に伝言を頼まれてしまったのだ。なにをどうやったのか、未知の古龍の情報を入手したのだと言い、必ず伝えるようにと釘を刺されてしまった。

 他でもないゲールマン師からの頼まれごと。セレノアは必ずやり遂げなくてはいけないと意気込んだ。とはいえ、あくまでも単なる伝言。難しいことはない、軽く済ませればいいかと考えていたのだが――。

 

「それは確かに大いにありうる話や。現に新大陸で見つかっている多くのモンスターが、完全なる新種な訳やしな。だが、君の言うそいつには、物的証拠がないやんか」

「うっ」

 

 この調子であった。まったく相手にしてもらえていない。いや、真剣に向き合ってはくれているのだろう。ただ、信用されていない。セレノアはゲールマンの名前を出せばすぐに話が進むと思っていたようだが、実際はそう甘くなかった。

 

「せめて鱗や爪痕のついた痕跡のひとつでもあれば、また違うんやけどな。申し訳ない話ではあるけど、僕たちも暇やないんや。動かぬ証拠が見つかるまでは、僕も君の話に真面目に付き合うことはできん」

「うー。まあ、わかりました。とにかく伝えましたからね、失礼します。貴重なお時間をありがとうございました」

 

 結局、伝言は真面目に取り合ってもらえないまま会話は打ち切られてしまった。だが、ゲールマンからはとにかく伝えればいいとだけ頼まれていたので一応、伝言の任務は果たした形になる。だが、どうしても不安は残る。

 

「これで、良かったんですかね……。師もどうしてこんな訳の分からない伝言を。だいたいなんなんですか『しじまの向こう』って……」

「待ちぃや」

 

 セレノアが拭いきれぬ不安を誤魔化すようにぶつくさと独り言をぼやきつつ、来た道を戻ろうしたことろで所長から鋭い声で呼び止められた。なにか、気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。そう勘ぐるほどに、切羽づまった声色だった。

 

「……何でしょう?」

「今、僕の聞き間違いでなければ、『しじまの向こう』と言ったか?」

 

 振り返ってみて見た所長の顔は深刻そのものだった。

 

「え、まあ、はい。先生はこの情報を『しじまの向こう』からの伝言だと仰っていましたけど……」

 

 言い終わるのとほぼ同時に、生態研究所の所長は頭を勢いよく下げた。

 

「これまでの非礼を詫びる! だからどうか、先ほどの話をもう一度詳しく聞かせてはもらえんやろか。そうか! いや良い返事が聞けて嬉しいで! ああ少し待っててもらえるか今記録するものを取ってくるで!」

「あの、まだ何も言ってないんですけど……」

 

 所長はセレノアの返事も待たずに背後の本の山に突っ込みペンと紙を探し始めてしまった。非礼を詫びるどころか、現在進行形で加算する行為であった。

 

「待たせたなさあ話してくれて構わんでまったく君も人が悪いんやから真っ先にその名を出してもらえれば僕も初めから一言一句漏らさず聞いて議論に議論を重ねて真剣に検討したっちゅうのに!」

 

 埃をかぶりながら本の山から所長が飛び出してきた。

 流石のセレノアも、ずっと難色を示し続けていた所長の豹変ぶりについていけなかった。

 

「ま、待ってください。どうして急に信じる気になったんですか。それに『しじまの向こう』って……」

「なに? まずはそこからになるんか。ふむ。まあええで。いい機会や、じっくり話しちゃる。

 ええか? 『しじまの向こう』っちゅう名は、古龍を研究する者であれば一度は耳にするもんや。古龍研究の歴史において、その研究が飛躍的に進歩をしたとき、必ず裏には『しじまの向こう』の影があった」

「はあ」

 

 気の抜けた返事をしつつ、ゲールマンの言葉を思い返す。

 思えばゲールマンが意味の分からない言葉を会話の最中にこぼすのは、今までも稀にあったことだった。

 セレノアは単にそれをゲールマンの生まれ故郷にある慣用句の一種かなにかだと思っていたのだが、あれはそんな単純なものではないらしい。

 

「『しじまの向こう』は我々に古龍研究の中枢を為すような価値のある情報をもたらしてきた。それは誰も知りようのないものであると同時に、常に一種の絶対性を持っとった。なにせ研究が進めば進むほどその情報を裏付ける証拠が増えていくわけやからな」

「何者なんですか、一体」

「知らん。僕も実際にお目にかかったことはないで。ただ一つ分かっとるのは『しじまの向こう』が、すなわち姿なき声であるということくらいやな」

「姿なき声、ですか?」

「そうや。えー……確かこれとこれと、……これにも出とったはずやな。君、字は読めるか? ここ見てみぃ」

 

 所長が本の山から本をひきぬき、それぞれページ開いてセレノアに差し出した。

 

「えっと、壮年の男性。母親の声、こっちには童子のわらべ歌? どれも統一感がありませんね」

「おもろいやろ? それ全部『しじまの向こう』の言葉を参照した研究書や。参照元で、ぜーんぶ特徴が違うんや。遭遇したっちゅう奴の話を聞いても、その声の特徴がまるで一致せん。

 困り果てた僕らはいっぺん、『しじまの向こう』を全力を挙げて調査しこともあるんやで。ま、結局なーんも分からんまま終わったんやけどな。

 結局、『しじまの向こう』っちゅうんは古い竜人族の末裔かなんかが集まった組織で、何らかの理由から姿を隠して接触してきているんやないやろうかーなんてふんわりした通説があるくらいや。君、たまごシンジケートは知っとるか」

「え、あ、はい。知っていますよ、あの有名な秘密結社ですよね」

 

 突然転換した話題に、慌ててついていく。

 たまごシンジケート。ハンター活動をしていると、時折耳にする名だ。

 でも、いったいたまごシンジケートと今の話に一体何の関係があるのだろうか……という疑問よりも、ずっとセレノアが思っている事がある。

 

(話が長い……!!) 

 

 長い、長いのだ。いちいち細かい説明がある上に話があちこちに脱線していく。そもそも軽く伝言を伝えるだけのはずが、全然聞いてもらえず粘り続け、結局諦めて引き返そうとしたところでこれである。

 

「有名な秘密結社という肩書もなかなかおもろいもんやけどな。我々の認識もまたたまごシンジケートと似たようなものなんや。一体なんの関係があるかわからんやろ? でもな、ちゃんと理由があるんや。

 そもそもたまごシンジケートっちゅうんは──」

 

 ようやく伝言を聞いてもらえるかと思ったのに、この脱線ぶりである。進展する気配がまったくない。ただ、時間だけが過ぎていく。

 

「――ただその存在のみが知れ渡っているものの、肝要な目的・思想の一切が不明。ただ、我々が拝領するその知識に値千金の価値があるってわけでな。おい、ちゃんと聞いとるか」

「き、聞いてます」

「ならいいんや。話の続きなんやが……」

 

 

(先生、もしかしてこれの身代わりの為に私を使ったんですか──!!)

 





三人称むずかしい。違和感しかない。でも今からこだわりだすといよいよ更新できなくなるで妥協した。今度修行する。
こちら後半にゲールマン視点が入る予定だったんですけど、ここからまた忙しくなって更新できなくなるので突貫工事で仕上げたものになります。


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顔馴染み

こっそり更新しちゃうぞ


 

 慌ただしい到着をした五期団たちの迎合もひと段落つき、調査団は本格的に新大陸の調査に乗り出した。

 古代樹の森には一度ジャグラスの討伐で数名が出向いているが、その際にゾラ・マグダラオスの痕跡らしき岩石と、それに伴って気が立ったプケプケが確認された。

 ゾラ・マグダラオスの痕跡調査を行う前にまず、周辺の安全を確保したい……のだが、いかんせん拠点が少ないのでまずは手始めに調査をより盤石に進めるためのキャンプ設営を行うことになった。これには他の五期団たちと違って初めの海難で装備を海に流されなかった件の弟子たち+セレノアの編纂者を合わせた四人組が矢面に立ち、事を進めた。

 

 調査の初動を担う重要なクエストだが、彼女らはキャンプ候補地を巡ったついでに候補地をそのまま縄張りとするクルルヤックを討伐するなど、獅子奮迅の活躍であるそうだ。厳めしい表情が印象的な総司令も順調な滑り出しに満足そうな笑みを浮かべていた。

 現在彼女たちは続く古代樹の森の調査を他の調査員に任せ、アステラから東へと海沿いに進んだ先にある『大蟻塚の荒地』というフィールドに向かっている。調査に向かう学者たちの護衛任務だそうだ。

 普段のハンター業務には滅多にない類のクエストになる。俺よりよっぽど修羅場を越えているであろう彼女たちでも、幾分手を焼くクエストではなかろうか。

 

 まあ、なんとかアドバイザーとかいう詳細不明の役職にぶち込まれた俺にはあまり関係のない話だ。

 俺の今のところの主な業務は、次々と運び込まれる新素材の運用について工房の親父や若い連中も交えて相談するくらいだな。

 現役のハンターたちに聞けばいいと思うかもしれないが、調査団のハンターは皆例外なく多忙で、調査に出向いては帰り次第武器の強化や修理依頼を工房に持ち込んで、瞬く間に寝て起きてまた調査に向かっていく。傍から見ていると本当にすさまじいもので、ハンターという人種の人間離れしたスタミナを実感せざるを得なかった。

 

 そういう訳で、工房の人間たちも悠長にハンターと話をする時間が作れないってんで、ハンター歴の長いロートルの俺が有り余った時間を使って口を挟ませてもらっている。

 工房の強化方針はひとつのモンスターの素材を用いて徹底的に強化するよりも様々なモンスターの素材をどんどんと付け足していくようなものとなっている。

 また、新大陸のモンスター素材についてはまだ造詣が浅く、工房としても従来のように強化に合わせて武器の外見を大きく変えるような強化が困難だという事情もあった。

 幸い五期団のハンターは狩猟笛を主に扱うハンターが多く、俺が口を挟める余地はそれなりにあった。

 さて、あとはソードマスターとの約束もある。彼に助力を頼まれた任務とは、各地で発見される"棘のような何か"について調査。新大陸ではモンスターの死骸にマーキングするかのように、謎の棘の突き刺さっていることがあるそうだ。その痕跡の持ち主を探るのが任務。が、どうもソードマスターが言うには尋常ならざる相手が持ち主だというので、大層な厄介ごとの気配を感じずにはいられない。

 

 とはいえ、今のところは調査の方も進展があまり芳しくない。弟子連中が新しいエリアの開拓をしてくれるのを気ままに待ちつつ、昼間から食堂で食事をさせてもらっていた。

 

「ややっ! その辛気臭い顔はゲールマンだな!」

 

 唐突にくぐもったハスキーな声で呼ばれ、俺の神聖なランチタイムを妨げるのはどこのどいつかと顔を向ける。

 そこには金属製のマネキンのようなものが立っていた。

 

「お前は……ローランか。ローランだな。お前のような奇人を俺は他に知らん」

「私のような常識人を捕まえて奇人呼ばわりとは、とんだご挨拶じゃないか」

「せめてその時代錯誤なパワードスーツを脱いでから言うんだな」

 

 彼女が装備しているのはアーティアと呼ばれるシリーズの防具だ。薄く緑がかった金属で全身を覆う防具で、表面には流れるような溝が彫られている。明らかにモンハンの世界における現時点での技術力を超越して作られたもので、俺のオルゲールと同様に掘り当てた遺物を研磨して利用した装備だ。

 全身を隙間なく覆う曲面の鎧はまさにマネキンのようですらあり、頭装備に関しては構造的に明らかに前が見えない。まあローランの様子を見るになんらかのテクノロジーで視界は確保されているらしいが。

 しかし装備そのものの希少性含め、これを好き好んで着用するようなやつを奇人と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 

「パワードスーツという概念はよくわからないが、こいつの性能は本物だよ。私がこれを磨いて以来、未だに傷が一つも増えていないのが何よりの証拠だ」

「だがよくあの難破で溺れなかったもんだ。流されなかったってことなら装備したままだったんだろう?」

「ああ、それなら」

 

 ローランの言葉の途中で、彼女の背後からぬっと大男が現れた。2mは超えるだろうか。

 

「俺が岸まで運んでやったのよ。よう。久しいなゲールマン」

「お前、ボリスか」

「中々顔を出せなくて悪かったな。大急ぎで装備をこしらえててよ」

 

 懐かしい顔だった。彼も俺と同じ流れのハンターで、村々を旅するさなか、しばしば顔を合わせたものだ。何度かパーティを組んだこともあるが、大きな図体と粗野な口調に反して、丹念な準備をしてからクエストに臨む男だった。一方で予め用意した作戦にこだわるような頭でっかちでもなく、柔軟に立ち回れる。上級ハンターの体現だ。誰かに信頼できるハンターを一人紹介しろと言われたら、俺はきっとボリスの名を上げるだろう。

 

 しかしアーティアシリーズで身を包んだ女を一人抱えて岸まで運びきるとは中々人外じみているが、そういえばボリスはタンジアの港で身を興したハンターだと、いつかの酒の席で聞いたことがある。タンジアの港のハンターといえば水中をも狩りのフィールドにすることで有名だ。多彩な男だとは思っていたが、まさか泳ぎまで堪能だとはな。

 また一つボリスという男の評価が上がってしまった。

 

 しかしボリスは平凡な装備だった。貧相と言い換えてもいい。黄色い外套を見るにジャグラスの素材を用いたものだろうが、ボリスの実力を鑑みれば悲しいほどに不釣り合いだ。

 

「お前も海に流されたか」

「まあ時の運ってやつだ。嘆いても仕方がねぇ。潜って探しても良かったが、ローランが沈む方が早くてな」

「うん、その折は世話になった」

 

 ローランが鷹揚に頷く。アーティアの頭装備はのっぺらぼうで一切表情がわからないが、本人のコミカルなジェスチャーのお陰で外観に反して無機質な印象は全く受けない。多分才能だぞそれは。

 

「まあ、"バズソー"の看板も守れたことだしな」

 

 ボリスが到着して、二人は俺と同じテーブルに着いた。

 誰とでも馬の合うボリスは、しかし永らく固定パーティを組むことはしなかった。譲れないポリシーか、過去の因縁か、それとも単なる本人の気まぐれか。残念ながら本当の理由を俺は知らない。ただどういう風の吹き回しか、ある時期を境にローランとパーティを組み続けている。金属人形とずんぐりした大男の組み合わせは良く目立ち、そして実力もある。直接会わずとも彼らの噂をよく耳にしたものだ。

 そして二人に付いた通り名が"バズソー"。丸ノコギリという意味のそれは、ローランの得物《アルトエレガン》を象ったものだろう。

 

「海水で錆びないか不安だったけどねぇ。何ともなかったよ、うん」 

「古代文明の遺物は流石だな」

 

 ローランが背に吊るしていた《アルトエレガン》をテーブルに立てかけ、しげしげと眺める。いや、鉄仮面で表情は窺えないので予測なのだが。

 

 スラッシュアックスと言えば剣形態と斧形態を使い分ける武器だ。必然、その機構は複雑なものになる。だが《アルトエレガン》のそれは常軌を逸している。

 回転ノコギリと大刃のチェーンソーという徹底的にモノを断つことにだけ特化した二つの姿は、その内に尋常ならざる技術の粋が詰まっている。

 包み隠さずに言ってしまえば、これは"スラッシュアックスに似た構造の何か"である。

 

「いやあ、ロマンだよねぇ。私の《アーティア》とおんなじ材質だよこれ。夢が広がるねぇ」 

「お前の学者気質にケチつけるつもりはないけどよ。あまり深入りしない方がいいぜ」

「おや、第一人者からの警句かい?」

 

 第一人者って……。でもまあ、そういうことになるのか。

 俺が火山から《アヴニルオルゲール》を発掘した時点では前例が無かった。"古代文明の遺物が優れた狩猟武器になる"という事例を最初に作ったのは俺ということになる。

 そういうことなら、強くは否定できないな。

 

「エピタフプレートと、エンシェントプレートっつう大剣がある。知ってるか」

「お、エピタフプレートなら知ってるよ。解読不明の碑文の刻まれたやつ」

「俺もエンシェントプレートを担ぐハンターが知り合いにいる。べらぼうに強力な龍属性を秘めているそうだな」

 

「そこまで知っているなら話が早い。ついこないだ、エピタフプレートの碑文を解読した学者が失踪した」

 




念願の男ハンター登場。わあい


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蟻塚の調査

最後に更新したのアイスボーン発売前だった去年の四月ってマジ???




「……これだけ? 私が懇切丁寧に語ってやった内容の一割も使ってないではないか」

 

 アイリーンの苛立ち交じりの声は、音の無い大蟻塚の荒地には良く響いた。

 

 古い木の甘いにおいを乗せた夜風が、そびえたつ蟻塚の隙間を音を立てて通りぬける。

 夜の大蟻塚の荒地は、月明かりを受けて白く輝いていた。

 周囲には苛烈な狩りの痕跡が残っており、傍らに立てかけられた絶衝鼓【虎舞】には赤黒いフォルムを一層赤く変える血化粧が施されている。

 

 今回は大蟻塚のふもとに確認されたゾラ・マグダラオスの痕跡の調査が目的である。既に障害となりうるモンスターの討伐は完了しており、今は狩りを終えたあとの、小休止のひとときであった。

 

「さっきから何読んでるんですか?」

 

 アイリーンの零した独り言に興味をもったセレノアが、狩猟笛に付着した血を拭う手を止め、アイリーンの手元の本に視線を合わせる。

 

 果たしてそれはケバケバしいデザインの表紙だった。赤や黄色など目に刺さる痛々しい原色をこれでもかというくらい敷き詰めてある。

 言い方は悪いが、チープな本だった。

 あまり視界にいれたくない類の配色だったが、それでもセレノアは興味を惹かれたので、悪趣味かつ大げさに変形されたタイトルを読み取ってみることにした。

 

「『古今ハンター大全』……ですか」

 

 口に出して読んでみたところで、アイリーンから溜まり切った不平不満をいっしょくたにしたようなため息を共に本を投げ渡された。

 

「その題目通りさ。各地で活躍するハンターの勇姿と逸話を集め記した本だ」

「はぁ……」

 

 これが? と言いそうになったのをセレノアはぐっと堪えて、パラパラとページをめくってみる。

 セレノアの予想に反してその内容はしっかりとしたものだった。ハンターの人となりや狩りの逸話が独特の雰囲気のある文章で端的に紹介されており、傍らには装備の細部まで丁寧に描かれた挿絵もある。挿絵の出来映えはとても完成度が高く、モンスターの素材を利用した武器防具の特徴をよく捉えている。

 

「なんとギルドからのバックアップを受けた書籍さ。挿絵は王立書士隊が担当している」 

 

 下品なデザインの表紙からは想像もつかないほどの上質な出来栄えの理由はそれだった。

 

「表紙で損してますよね、これ」 

「村の英雄たるハンターの在り様に憧れる、年若い少年少女に向けた本だとさ」

 

 改めてセレノアは本の表紙を眺めてみる。確かにしつこいほどに主張するこのデザインはチープでげんなりする要素ではあるが、カラフルで大仰な構成は無邪気な子供の興味を引くには適しているだろう。

 

「私が納得いかんのは先生の項目だ。あのすっとんきょう共、先生の情報が欲しいと言うから快く取材に応えてやったというのに……。ふん、体のいい広告塔にされたらしい」

 

 アイリーンがそう吐き捨てる。本の内容に目を通せば、アイリーンとシルリアの二名は大きくページを使って大々的に特集が組まれてることがわかった。

 

 両名は女性でありながらトップクラスの実力を持つ敏腕のハンターであり、近年急速に話題を集めている狩猟笛の使い手である。付け加えるならば彼女らは固定パーティを組まずに各地を流浪する流れのハンター。

 個人やペアで活動するハンターであれば、運が良ければ狩りを共にできることもある。

 じわじわと数を増やす女性ハンターと、美女を侍らすことを夢見る男性ハンター。その両方から憧れの眼差しを向けらている。

 

 そうした背景から、この本では二人を重点的に起用しているのだろう。話題性は抜群である。

 

 対するに先生もといゲールマンの項目だが、大変遺憾なことにかなり後ろの方のページに小さく区切られ、他の有象無象ハンターと一緒くたにされていた。

 羅列した文字列に素早く目を通す。その文章量及び情報量はごくわずか。

 先述のアイリーンたちとは比べるべくもない。

 

 

『ゲールマン』 

 年々増加傾向にある狩猟笛使いのハンターにおいて、今なお最強の呼び声が高いハンター。

 狩猟笛という狩猟武器の先駆者としても知られる。

「歩く絶対クエスト成功する券」「一番新しい古龍」など、耳を疑う大げさな通り名の持ち主。

 

 一方で、現代においてはその活躍を目の当たりにした者はごく少なく、若年層にはその実力を疑う者も多い。

 

 

「いや、全然じゃないですかこれ」

 

 文面に目を落としたセレノアも、アイリーンとまったく同じ感想を抱いた。

 確かにこれはひどい。確かに間違った事は書いていないものの、これでは偉大なる師の偉業がなにひとつとして伝わらないではないか。第一にスペースが少なすぎる。見開きはおろか、丸々本を一冊書くべきだろうに、この分量はいったいどうしたことだ。

 それだけでも業腹なのに、書いてある内容のほとんどが曖昧で中身が伴っていない。

 まさかアイリーンが師の語りに手を抜くとは到底思えないので、これは明らかにインタビューをしたものの怠慢。アイリーンが憤慨するのもわかるというものだ。

 

「余裕だな。苛烈な狩りだったと記憶しているが」 

 

 セレノアがアイリーンと気持ちを同じにして憤激していると、男性の低い声が耳に入った。

 声の持ち主の名はルート。今回の大蟻塚の調査を共にしたハンターである。

 

「そうかね? 相応に楽をさせてやったつもりだったが」

 

 セレノアに代わり、手持ち無沙汰となったアイリーンがルートに応える。

 

「ああいや、随分と助けられた。……狩猟笛。話には聞いていたが、噂以上だったよ」

 

 黒い骨の『ドーベル装備』に身を包んだルートが感慨深げに言う。

 

「狩猟笛とパーティを組むのは初めてと言っていましたね」

「ああ。今回は修羅場になると踏んでいたが……当てが外れた。嬉しい誤算だ」

 

 ルートも酒場のハンターたちが大げさに狩猟笛使いの存在を囃し立てているのは聞いたことがあった。命が惜しけりゃ笛使いを捕まえろ。初めにハンターを志して間もないとき、そう声を掛けられたことは覚えている。

 

 だが狩猟笛使いというのは絶対的に数が少なく、そこからフリーの者となるとまず目にすることはない。

 一度でも狩猟笛使いとの狩りを経験したパーティは、以後血眼となって笛使いをパーティに加えようとする。だからこそ狩猟笛使いは固定パーティを組んでいる場合がほとんどで、滅多に狩りを共にすることはできない。

 

 ルートはまさにそれで、噂ばかりは聞くものの肝心の機会はないままベテランと呼べる実力までのし上がっていた。

 だが、そこでアイリーン達との狩りである。

 

「連中の言葉は、決して大げさなんかじゃあなかったな」 

 

 彼女らの組織だった活動は広く世に知れている。アイリーンら姉妹に限らず、月の狩人を師と仰ぐ彼女らは卓越した技量を持つ一方で固定パーティには属さず、街から街を渡る流れの狩猟笛使いたちだった。

 

 目的はと問えば、皆一様に布教するためと答える。すなわち、ゲールマンに始まり興った狩猟笛の価値の布教だ。

 その活動は正しく実を結んでおり、事実狩猟笛使いをパーティに求めるハンターたちは枚挙に暇がない。そしてそれは、なによりも彼女らのハンターとしての実力の高さに依る部分が大きかった。

 

 他の武器に無い狩猟笛の特性は、まさしくその支援能力にある。

 ライトボウガンや操虫棍などの武器にも支援行為は可能だが、狩猟笛のそれは他の追随を許さない。攻撃強化や強走に始まり、寒冷・温暖適応や防音などその範囲は多岐に渡る。

 

 押し迫る脅威を正面から斬り伏せんとする豪腕の大剣使いに、更なる破壊力で以ってそれを約束しよう。

 舞うようにしなやかな斬撃を繰り出す太刀使いには、会心を見切る達人の世界に至らしめよう。

 攻守を併せ持つ片手剣は、これより攻防一体の『汎用』を『全能』の域へと押し上げよう。 

 鬼の如き連撃が閃く双剣に、訪れる乱舞の終わりを忘却させよう。

 

 砦と見紛う防御を構えるランスを、何物にも怯まぬ剛体を伴った無敵要塞に作り替えよう。

 烈火の息吹で吠えるガンランスの前には、めまいを起こした無防備なモンスターを差し出そう。

 天を貫く剛角をさえへし折らんとするハンマーに、咆哮も意に介さぬ横行覇道を用意しよう。

 変形を活かした猛攻を繰り返す剣斧に、おのずと傷の癒え続ける不滅の狩りを許そう。

 

 合体と分解による威容が映える盾斧に、致命の逸れる加護の下で大技を振舞わせよう。

 縦横を闊歩する操虫棍は、無尽蔵の体力で今日から好きなように好きなだけ空を舞わせおう。  

 大地を右へ左へ駆ける弓に、弦を幾度引こうと緩まぬ剛腕を贈ろう。

 一心に弱点を穿つボウガンが、ただそれだけに没頭できる環境を構築しよう。

 

 こんな狩りの経験を忘れられるハンターが、いったいどれだけいる?

 どの武器であろうと抱える、大小さまざまな悩み。その悉くを、狩場に響く旋律がかき消す。

 これが狩猟笛という武器の真髄だった。

 

「こんな楽な狩りをしたのは初めてだったぜ」

 

 ルートの使う武器は大剣である。大剣はどうしようなく重く巨大な武器であり、代償に動きは鈍重になる。咄嗟の逃走ができなくなるため必然的に命の危険も大きい。だからこそ大剣使いにはパーティメンバーのフォローが不可欠だった。

 

 狩りにおいて、ハンターは常に余裕という言葉とは無縁の環境に置かれる。人間という脆く矮小な存在がモンスターという大自然の暴威を相手に命の取り合いをしようというだから、それは自明の理である。

  

 重尾を斬り落とす剛剣も、堅殻を砕く鉄塊も大いに結構。だが、世にあまねくハンターたちが心底から欲するものはそれではない。

 必要なのは使いきれぬほどの莫大な金銭でも、希少なモンスターの幻とさえ語られるレア素材でもない。

 

 それらを五体満足に生きて持ち帰る力だ。

  

 ハンターの能力を後押しする狩猟笛の存在はありがたいものだが、裏を返せばなくてもよい存在でもある。それでも多くのハンターたちに求められるのは、狩りをより快適にする狩猟笛の存在がハンターの生存率の向上に大いに貢献するからだった。

 

「一つのパーティに二人の狩猟笛なんて、そう経験するものでもないでしょうから」

「ああ、とんでもない贅沢をした気分だ」

「楽をしたのは我々も同様だがね」

 

 狩猟笛という最大の欠点は、決定力の無さにある。

 一見すると巨大な狩猟笛も、その中身は演奏の為に空洞の空間が設けられており、その攻撃力は重厚なハンマー等には一歩劣る。

 だからこそ、重い一撃を見舞うことのできるルートの存在は構成として上手く噛み合っていた。

 それは狩りの戦闘に限った話ではない。セレノア達は大蟻塚の台地に赴くのはこれが初回であったが、ルートは事前に蟻塚の調査を実施しており、土地勘の強さがあった。

 ルートがパーティに加わっている最大の理由はそこにある。

 

「男一人がおんぶにだっこじゃ、格好がつかねぇだろう」 

 

 大蟻塚の地図は既に作成済で、モンスターを追跡する導虫もある。けれど、それだけではままならないのが狩りの難しいところ。

 原生の植生を利用した対応もまたハンターの力。現状ではまだ回復薬及び回復薬グレートの入手は現地での調合による調達がほとんどを占める。

 限られた回復手段の入手を怠るような愚かなハンターはいない。もしいるとすれば、それは死んだハンターのことだ。

 

 そうした環境利用の助言、忠言をルートは適時共有していた。

 このフィールドの知見においては戦闘以外においてもルートは一日の長がある。彼はそれを存分に活かしていた。

 ルートもまた五期団のハンターに相応しい能力の持ち主であった。

 

 セレノアが興味本位で手元のハンター名鑑を索引通りにめくってみれば、ルートの名もまた名鑑に載っていた。

 

"龍骨"ルート。

 墨を落としたような黒ずんだボーン装備のハンター。

 ボーン装備はいわゆる駆け出しハンターの装備であり、黒く汚れた骨を見て「ボーン装備すら満足に整備できない粗末なおちこぼれ」と嘲笑される姿が見受けられる。

 だが、黒骨の正体は【ドーベル】と呼ばれる古龍種の遺骨を用いた超一級の装備。古龍はただの骨と化してなお尋常ならざる威圧を放つ。

 だからこそ、それすら感じ取れぬ未熟者ばかりがルートを指して「落ちこぼれ」と評するのだ。

 

 ルートは、そうした青二才には寡黙にして言い返さず、また自らの実力を誇示するような真似もしない。

 誰に何を言われようと、彼の実力は彼が内に秘めた狩りの記憶が保証してくれるからだ。

 誇りはいたずらに他人に見せびらかすものではない。ただ、自らの心の中にのみあれば良い。

 そうした彼の静かな背中に憧れるハンターは多い。

 

 かなり好意的な文章だ。

 踏み入った描写は無いが、この名鑑においてもルートという人物を高く買っていることがわかる文面である。事実それに見合う力をセレノアは目にした。

 少しばかり気になるのは、敬愛する師よりも文章量が豊富なことくらいだろうか。

 

 そうして休憩がてらに時間を潰していると、近い場所に二人の人影が見えた。

 アイリーンが前に出て応対する。

 

「戻ったか」

「はい。学者のおじい様方の調査は完了しました。安全圏までの護送も完了しています。これにてクエスト完了です」

 

 片方は雪のように白い甲冑。アイリーンの妹、シルリアだった。

 だが、もう一人は見知らぬ人物。男性だ。尖った耳は竜人族の証。

 

「さて。そちらの方はどなたかな?」 

「一期団のハンターだ。良ければ話を聞かせてもらえないか。訪れたのだろう? また、古龍の渡る時期が──」

 




"英雄"ヴィンセント
 凄惨な狩りで知られる凄腕のハンター。
 特別な信条を持たず、モンスターを殺す愉悦を目的にハンターを続ける人物。
 その振る舞いから、実力とは裏腹に彼を嫌うものは多い。
 我欲に身を委ね、愉悦を貪るその狩りは、
 だが背後で滅びに瀕した村々を救い続けた。
 故にこの狩人は英雄である。


 登場予定どころか性別も未定です。

感想にたくさん元気もらってます、いつもありがとうございます。


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マッハダイバー

ようやくMHWにミラボレアス実装されましたね!(激遅)
ミラボレアスという言葉が元来『空の龍が火を噴いて人の街を焼き払う光景』を指していたという衝撃の新事実。より正確には龍による一連の災厄全てを指すんでしょうか
だから姿の違う龍が同じ名前で呼ばれていたわけですね

それはさておき、モンハンライズでは狩猟笛が大きく強化され、使用感が大きく変わりました。
複雑な気持ちになった使い手も多いかもしれませんが、私としては狩猟笛が武器種まるごとリストラされなかっただけで満足です、マジで


 俺のいかにも不吉な話を聞いてすぐ、二人はあっという間にこの場を去った。

 興味津々に次を促すローランの腕をボリスが強引に引っ張って話を切り上げたのだ。

 俺が二人に話したのは古代文明にまつわる謎を追った科学者の話。

 

 『エピタフプレート』『エンシェントプレート』という解読不能の文字が刻まれた碑がある。

 各地で稀に出土する金属板を、絶大な龍属性を秘めているのをいいことにそのまま武器に仕立て上げた大剣だ。

 龍属性というのは武器種を問わずに大変貴重なもの。ましてや古龍への挑戦が視野に入ってくる上位ハンターともなれば、それが得体の知れぬ板であろうと喉から手が出るほど欲しがるのも十分わかる。

 だが、だとしてもそういう古い産物に手を出すのだけは『やめておけ』と言いたい。

 

 エピタフプレートとエンシェントプレートの違いはその状態の良し悪しにある。

 エピタフプレートはほぼ完全な状態で出土しており、一方のエンシェントプレートは碑の大部分が削り取られるように朽ちているのだ。

 その様はまるで巨大な竜の爪で裂かれたかのよう。刻まれた碑文をかき消すように巨大な爪痕が走っている。

 考えてもみろ。古代の人は、なぜ強力な龍属性を帯びた金属を碑に選んだ? 龍にとって都合の悪い"何か"を書き残そうとしたからだ。

 少なくとも龍を遠ざける意図はあったに違いない。でなければそこらの石にでも刻めばいい。

 龍は嫌悪する龍属性を帯びた金属板の文字を、それでもなお抹消した。

 その"何か"を決して歴史に残すまいとしたのだろう。

 

 その抹消漏れが、エピタフプレート。

 今よりも遥かに高度な文明をもつ者たちが、後の時代に伝えようとした"何か"。

 エピタフプレートにはそれがまるごと書き遺されている。

 もし、当時の憎悪と怒りを知る龍の生き残りがまだ存在していて、この世界のどこかでじっと息を潜めているとしたら。

 彼らはその智慧の継承を、決して許さないだろう。

 

 ──だから碑文の解読に成功した学者は謎の失踪を遂げた。

 

 とまあ、どう考えても"かの龍"が一枚絡んでいる。

 太古の時代、龍と人の双方を絶滅寸前まで追い込んだ凄惨な大戦争があった。たぶん、その"何か"とやらが戦争の引き金となったのだろう。

 それが真実なんであるかはこの際いいだろう。ともあれ、これは通常であれば知り得る知識ではない。ゲーム『モンスターハンター』においてまことしやかに囁かれる裏設定の一つだった。

 大げさな捉え方になるが、太古の謎に迫るというのは龍の怒りに触れるというのとイコールになる。知りたがりのローランが、何かの拍子にでも真実に触れちゃまずいことになる。ただの学者ならまだしも、あれほど腕の立つハンターだと万が一がありかねない。

 何も知らない友人がそうとも知らず近づくのを、それとなく警告するくらいはいいだろう。

 

 ほとんどがこの話を聞いて馬鹿な与太話だと一笑に付すだろう。あるいは、晩に酒を飲んで翌日には忘れているか。

 ただ、生き残るハンターというのは危険察知能力というか、野性的な第六感を持っている。

 ローランがどうだかは知らないが、ボリスのやつはここら辺がよく冴えている。ローランの探求心については、ボリスがよく言い含めてくれるだろう。

 引き際を弁える。言葉にすれば簡単なことのように思えるが、ただそれだけの事が出来なくて死ぬやつは多い。

 ただの都市伝説や与太話にしか思えないような話でも、それを聞いてすぐに『この件についてこれ以上首を突っ込むのはやめだ』と即座に決めたボリスの判断力は、流石名の知れたハンターといったところか。ローランのような好奇心旺盛な奇人にとっては良いブレーキ役となるだろう。

 若いハンターなら、臆病風に吹かれたと思われたくないがためだけに意地を張る馬鹿者もいる。恥も外聞も捨てて、慎重な自分を変えないボリスの鋼の判断力は俺も見習うところがある。

 

「ゲールマン」

 

 ぼんやりそんなことを考えていたら、唐突に誰かに声を掛けられた。

 上の空だった意識を慌てて呼び戻す。声の主は長い銀髪を煌めかせる女性だった。白銀を基調とした衣で身を包んでいる。つい先ほどまでボリスらの座っていた席にごく自然に佇んでいた。

 

「マジかよ」

「……久しい。ね……?」

 

 親しげに俺に声を掛けてきた人物は、一見すればただの麗人。だがその青い瞳と深紅の虹彩だけは露骨に人間離れしている。風貌に散りばめられたヒントから、察しのいい人であれば特徴が一致する古龍に思い当たるだろう。

 

 ──天彗龍、バルファルク。

 数多の伝承や古文書においてその存在が語られる伝説上の古龍。

 世界各地の古い言い伝えでその姿が謳われる一方で、今日に至るまで一切の目撃情報がないため"既に絶滅した種"として認定されている古龍だ。

 

「あー……。まずは、長旅ご苦労?」

「──?」

 

 挨拶代わりに掛けた定型的な俺の言葉に、彼女は何を言っているのかさっぱりとでも言いたげに首を傾げた。どうやら種族の違い、というか移動手段による距離感覚の違いという奇特なギャップが発生してしまったようだ。

 

「いや、悪い。俺らは向こう岸からこっちまで渡るのに数日は跨ぐもんでな」

「……そっか……」

 

 この古龍が世に認知されない秘密は、その特異で驚愕的な飛行手段にある。

 天彗龍は翼の先端部から『龍気』と呼ばれる赤いエネルギーをジェット噴射し、超高空域を音速に比肩するスピードで翔けるという、我々の常識を超越した手段で空を飛ぶ古龍。

 その飛行能力は、他の全てのモンスターと一線を画す。

 生き物という枠組みを超越するその生態は、荒唐無稽な古龍と形容するのにふさわしい。

 赤い尾を引いて空を飛ぶ姿は彗星のごとく。だから誰もそれが龍だと気づかなかったのだ。

 天空に輝く彗星の正体が、実は遥か昔に絶滅したと思われていたドラゴンだった。

 今に伝わる古文書にはこんなロマン溢れるおとぎ話のような真実があったのだが、そのロマンの化身みたいな古龍がなんと新大陸までエントリーしてきてしまっている。

 確かにこいつなら古龍渡りなんて楽勝だろうさ、古龍渡りRTA世界記録保持者はこいつで間違いなし。

 記録の更新は他の誰にも不可能だ。

 

「……それなら、帰るときは私が──」

「待て。その提案は俺の命が危ぶまれるから無しだと言ったはずだ」

 

 今こいつ絶対『背中に乗せようか』とか言おうとしたぞ。

 やめてくださいしんでしまいます。生身の人間にあのスピードと高さは無理だって。

 いや、俺もハンターという屈強な肉体を持つ者の端くれ、ひょっとしたら存外なんとかなるかもしれない。

 だがよしんば無事だったとして、それが愉快な空の旅になるかといえば絶対にNO。

 古龍が人を背に乗せるなど、それが破格の申し出であることは百も承知。

 そも、天彗龍はゲーム中において『乗りへの強い抵抗』というレア特性を持つ数少ないモンスターだったというのに。それが向こうから乗せようなどとしきりに提案してくるのは相当なことだ。

 だが、その好意に考えなしに飛びつけるほど馬鹿にはなれない。

 なぜなら"良かれと思って"そのまま遺群嶺や古塔までお持ち帰りされてしまう懸念があるからだ。

 先ほどは『帰るときは』と言葉を続けていたものの、その帰る場所とやらが俺の家を指すとは到底思えないのだ。

 特に遺群嶺に関しては行き来の困難な高地に位置しており、モンスターも多い。龍識船が停泊していなければ自力で人里まで帰るのは絶望的。

 彼女は好意からかたびたびこのような提案を持ちかけてくるが、以上の理由で毎度丁重にお断りしている。

 

「…………」

 

 俺の拒絶を受け取った彼女は、大変不服そうにへの字に結んで口を噤んでいた。

 彼女の外見上の特徴として、目つきが著しく鋭いというのがある。

 目は口ほどに物を言うなんて言葉もあるが、じっと俺を見つめる彼女の目つきはまるで上空で獲物を視界に捉えた猛禽類のよう。

 

「ま、まあ、その……何かいい方法が見つかったら、その時は頼む」

 

 しまった、またやってしまった。

 きっぱりと後顧の憂いを断てば良いものを、また期待を残すような言葉で濁してしまった。でも仕方ないと思う。彼女の生来? の目つきの悪さに苦手意識があるわけではないが、今の無言の間の時の目はかなりヤバかったんだ。もし目力の強さでビームが撃てるとしたら、多分さっきので俺は蒸発して消滅する。

 まあ彼女が強硬手段に出る様子がないのだけはありがたい。生態ムービーでルドロスを相手にやっていたように高空から急降下して連れ去られないだけ良しとしよう。

 俺が先ほどフォローを入れずに無言を貫き通していたらそうなっていた可能性が垣間見えるのには肝が冷えるが、うん。きっと大丈夫。

 

 そういえばカムラの里という地では、鉄蟲糸という硬質で高い粘着力を保持する糸があるらしい。カムラのハンターにはそれを利用した"操竜"なる技術があると小耳に挟んだが、俺はこれに関する情報を意図的に調べていない。

 なぜならその知識を目の前の天彗龍が知ったら、その鉄蟲糸とやらで背中に括りつけられ空の旅の道連れにされかねないからだ。

 でも俺はまだ操龍に関する詳細を知らない。だから嘘はついてない。これで大丈夫。

 

「……気が変わったら言って。ね」 

「覚えておこう。それより……大丈夫なのか、こんな場所で」

 

 よし。それらしく頷いておいてさりげなく話を逸らすことに成功した。

 こんな場所、というのは俺たちが今いるここはアステラの料理長が仕切る食事場だ。他の調査団も飯を食っているし、かまどの方では料理長やその弟子達がせっせと調理に励んでいる。

 こんな人の目の多い場所でアプローチがあって大丈夫なのか不安だったので、直接聞いてみることにしたのだ。

 

「大丈夫……」

「さいですか」 

 

 いいらしい。超高速で空を飛び回っている割にはマイペースな気質なのか、返事に独特な間のある彼女が珍しく即答した。

 たぶん自信満々な返答だったのだろう。

 にしたって、こんな白昼堂々からお構いなしかよ。まあ向こうが良いって言ってるんだから良いってことにしよう。

 とはいえ不安は不安。不審がられないように何気なくちらりと他の調査団の様子を伺ってみる。

 

 見てみれば、確かに他の調査団員が気づいた様子はない。彼らの食事中の話題は新大陸でセッチャクロアリが発見できず一部の加工が難航している、代替素材として期待されていた大蟻塚のハコビアリだったが実際は狩猟武器の材料に使うにはどうしても耐久力に難があり──というものだった。

 食事の合間に挟む雑談にしては実のありすぎる話題。

 1ハンターとして普通に興味深い。できれば俺もそっちに混ざりたいな。

 だが俺が相手しているのは超VIPなお客様。それをほったらかしにして加工接着用ありんこトークに花を咲かせるわけにはいかないのだ。

 今大切なのは彼らが話に夢中で──青い光を放つ腰の虫カゴに気づく様子がないこと。

 

 ……おい、なんだあの反応。初めて見たぞ。

 俺たち新大陸のハンターは『導蟲』という緑に光る蟲を、虫カゴに入れたまま腰に吊り下げて携帯している。

 こいつは従来の狩猟生活の常識を一変させる革新的な存在だ。フィールド中のモンスターの痕跡を辿って追跡する他、狩りに有能な環境植物に反応して群がり、暗所では照明代わりにまでなってくれる可愛い奴らだ。過酷な新大陸の調査を影から支える緑の下の力持ちとはこいつらのこと。 

 

 こいつらは通常は緑の蛍光色で発光するか、危険が及んだ場合に赤く光ると教わった。

 導蟲が青色に光るのなんて見たことも聞いたこともない。明らかな異常反応だ。

 原因を調査するまでもないことが不幸中の幸いか。サンプルが少ないが、どうやら古龍種にはこういった反応を示すらしい。

 

 周囲の反応を確認した俺の結論はこうだ。

 ──全然大丈夫じゃねぇ!

 くそ、通りすがりに天災を振りまくような連中の『大丈夫』なんて言葉を一瞬でも信用した俺が間抜けだった。

 バレないから大丈夫という意味ではなく、関係ないから大丈夫という意味だったらしい。向こうの価値観からすればそりゃそうだよな。

 一度場所を移すことも考えたが、こんな見慣れぬ白銀の戦闘機レディを連れて歩く方が目立つに決まってる。加えて他のハンターの導蟲が反応するリスクもある。

 気が気でないが、このまま食事処で会話を済ませるしかない。頼むから今はまだ誰も気づかないでくれ。

 

「あー……単刀直入に聞かせてくれ。今日は何の用だ」

「……伝えることがある。これはある御方から、貴方に向けたお願い」

「えっ」

 

 ある御方って、シュレイド地方在住のあのお方ですかね……?

 だとしたらもう断るなんて選択肢は自動的に取り上げられるんですけども。

 とはいえ、予想していたことでもある。というのも、彼女が祖なる龍の言葉を俺まで伝えに来るのはこれが初めてではないからだ。

 彼女らも自身の影響力はよく把握しているのだろう、シュレイド地方から離れることは滅多にしない。過去俺の自宅に突撃してきたのが例外すぎただけだ。

 じゃあ天彗龍なら突撃してきても問題ないのかと問われれば絶対にそんなことはないのだが、伝説が降臨するよりマシなことに変わりはない。

 しかし、まさか伝言のためにわざわざ新大陸までやってくるなんて。

 俺が『祖龍の鱗』とかいうこれ以上ない発信機を所有してしまっている以上、地上のどこに居ようと天彗龍の飛行能力を以てすれば捕捉など容易いのだろう。

 今回、大海を隔てた新大陸まで彼女が飛来してきたことでそれが証明されてしまった。

 ひっそりと嘆く俺に構わず、天彗龍は言葉を続ける。

 

「……瘴気の満ちる谷に、同胞がいる」

「そりゃ初耳だな」

 

 同胞、すなわちまだ見ぬ古龍がこの地にもいるらしい。

 だが調査団は現在、新大陸に『瘴気の満ちる谷』とやらをまだ確認してない。大峡谷によって内陸部への進路が阻まれているからだ。

 過去、乗ってきた船を気球に改造し峡谷超えを企てた3期団はモンスターの襲撃により失敗し遭難している。3期団の無事は確認できたそうだが、大峡谷を越える手段は未だ見つかっていないのが現状だ。

 そんな未開の地の話を俺に今されても……というのが正直な感想だが。

 

「その谷底に眠る墓守を、どうか労ってあげてほしい。他ならぬ貴方だからこそ頼みたい。そう仰っていた」

「……うまくやれるかはわからねえが、やってみよう」 

 

 "労う"とか"墓守"とかちょっと気になるワードが飛び出したが、どういうことかね。何か役割を担っているのか?

 古龍とはただ存在するだけで周囲に絶大な影響を及ぼすもの。自然現象が具象化したような存在であり、生ける環境といって差し支えないような力を持つものばかり。

 谷底の同胞とやらもきっとそうなんだろうが……。まあ、今すぐどうこうできる話でもなさそうだ。

 ただ、俺も今までよりもっと調査に精力的に協力する理由ができた。もとより大峡谷越えは調査団にとって目下の課題だ。

 いろいろとやりようを考えなくてはな。何も思いつかないが。

 

「……ありがとう。今日は、それだけ」

 

 天彗龍は簡潔に礼を言うと、傍にやってきた光蟲を手に取った。この光蟲は階下で育てている古代樹の苗木に寄せられた一匹だろうか。

 

「じゃあ、ね」

 

 彼女が手元の光蟲をこつんと指で弾くと、たちまち周囲に強烈な閃光が迸る。

 視界を焼くような光が止んだ後には、もう彼女の姿はなかった。

 周囲のハンターも少し驚いた様子だったが、大して気にした様子も無くすぐに食事を再開していく。

 光蟲は閃光玉の素材となる有益な蟲。ショックを受けた場合や絶命時に眩い閃光を放つ習性がある。突然の閃光もハンターなら驚きこそすれど、疑問に思うことはないだろう。野性の光蟲が死んだだけだとすぐに納得する。

 けれど隣の席に座っていた編纂者の受付嬢なんかは、目ざとく遥か上空の赤い彗星に気づき指さしていた。

 勘のいいことに他のハンターから導蟲を借りて異変を探っているようだが、とっくに感知範囲外らしい。元来の緑色に戻った導蟲は行く場を失くしてその場に留まっていた。

 

「でも微妙に配慮が足りないんだよな……」

 

 彼方を飛ぶ彗星を見送りながら、俺はそう小声で呟いた。

 閃光によって周囲の視界を遮った一瞬でその場を離れる手管は見事だったが、残念ながら俺のテーブルは生じた龍風圧によって食器が無残に飛び散っているのだ。

 食事を盛りつけた皿などは無かったので惨事にはならなかったのは不幸中の幸い。

 

 ところで、散乱した果物などを目立たないようにそそくさと片づけていたら、一部の食器が龍気を浴びた影響で龍属性を帯びているのに気づいてしまった。

 どうしよう、予期せず滅龍フォークと滅龍スプーンが誕生している。

 ……このまま返却したらいずれ事件に発展しかねないよな。

 

 ……気は引けるがこのまま持ち帰ろう。




※モンハンライズネタバレ注意

以下、三音演奏時の音色です。

カムラノ忍笛:カムラ祓え歌の1分30秒~
狐鈴コトノハナクテ:妖艶なる舞の24秒~
荘厳なるクロスクオ:溶岩洞のテーマの50秒~
ギガンズ=ロック:溶岩洞のテーマの22秒~
王牙琴【鳴雷】:閃烈なる蒼光
ドラグマ【弐式】:大社跡のテーマの1分10秒~
ストライプドラゴング:牙を剥く轟竜、イントロ
グィロティスカ:零下の白騎士、1分5秒~
夢幻のメロウフォロウ:寒冷群島のテーマ、イントロ
フォルティッシモ:英雄の証の一部
ヒドゥントーン:闇に走る赤い残光、イントロの笛の音
毒妖笛ヒルヴケーレ:モンハンワールドのバグパイプの演奏音
蛮顎笛フラムコルヌ:同上
クイーンリコーダー:旧密林のテーマ? 英雄の証の一部?
土砂笙【獣ノ音】:土砂と熱風、14秒~
蛙式・ヒキ音シ:寒冷群島のテーマ、1分8秒
風鎌笛ネズロ:大社跡のテーマ、31秒~
ロア=ルドラ:水没林のテーマのイントロ部分 短縮アレンジ?
ネイティブホルン:英雄の証の一部
デュアルホルン:双角猛る砂漠の暴君、13秒~
ワイルドグラント:大社跡のテーマ、45秒~
フレイムフラップ:森丘のテーマ、27秒~
ピコ・プリモッソ:モンハンワールドのボーンホルン演奏音
フルフルフルート:フルフルの咆哮
セロヴィウノノワール:砂原のテーマ、7秒~
セロヴィウノベルデ:水没林のテーマ、34秒~
セロヴィウノブラン:寒冷群島のテーマ、イントロ
禍ツ琵琶ノ幽鬼ウラザ:マガイマガドのテーマ、2分4秒~
雷電太鼓:ラージャンのテーマ:8秒~
あかしまの神笛Ⅱ:イブシマキヒコBGM
かんなりの神笛Ⅱ:ナルハタタヒメBGM
毒奏ファンガサクス:モガの村のテーマっぽい?
マギアチャーム=ベル:乙女チック★サウンド
蛛琴コルノピオン:ベルナ村のテーマっぽい?
狸獣笛ブンブジナ:大社跡のテーマっぽい?
百竜派生:反撃の狼煙

え? 武器BOXに狩猟笛がなくて検証できない?
なんだって!? 大変だ、なら今すぐ高評価と感想を書いて全狩猟笛を作成しないと!!!!!!!


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古龍捕獲ってできんの?

MHWのストーリー全体で見ると、まだ序盤すぎて震えますよ…


 

 先日、新大陸古龍調査団から新たな任務が正式に発令された。

 題して、『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』。

 この作戦が発令されるに至った経緯は複数ある。

 最も大きい要因はゾラ・マグダラオスの痕跡捜査が実を結び、学者たちがそこからゾラ・マグダラオスの進行ルートを割り出したこと。

 こないだアイリーンらが三爺の護衛も兼ねて大蟻塚の台地に赴いた甲斐もあったというものだ。

 ゾラ・マグダラオスの痕跡を持ち帰るため、わざわざ大八車を押して任務に向かって行ったのは鮮烈に記憶に残っている。

 

 調査の結果、ゾラ・マグダラオスの向かう先は大峡谷だと判明した。

 総司令は4つの理由から、この作戦の決行を決断したという。

 一つ、熔山龍の現在位置を特定できていること。

 一つ、巨大かつ鈍重な熔山龍が標的であること。

 一つ、調査完遂を趣旨とした五期団の来航により、人材に不足がないこと。

 一つ、これほどの好条件は、今を逃せば次は無いと確信できるほどの奇跡であること。

 

 ならばと気になるのが"捕獲"という手段について。

 古龍は捕獲できない。ハンターに刷り込まれた常識だ。ベテランであるほどその傾向は顕著だろう。

 作戦会議で総司令からの提案があった際にも、大多数のメンバーが驚愕していた。俺だってその一人だ。

 だが、それを頭ごなしに否定する者がいなかったこと、そして反対意見が一つも挙がらなかったことにもまた驚いた。

 俺はそこに新大陸古龍調査団が奇人と変人で構成された天才集団と目される所以を見た。

 

 そもそも古龍種が捕獲不能とされる理由を研究班のリーダーに伺ってみると、俺も新しく知ることがたくさんあった。

 まず、古龍種が従来の生物の枠組みから逸脱し過ぎているというのがある。

 何を活力の源とするのか。食事や睡眠は摂るのか、皮膚の下に血は流れているのか。麻酔は効くのか。

 何から何まで悉くが未知数。ゆえに捕獲という手段を取るというところまで至れないのだと。

 それに加え、中には古龍を捕獲することが災いを招くと恐れる派閥もいるのだと。そうした理由が積み重なり、今まで古龍の捕獲は行われてこなかった。

 だが古龍の捕獲を"しない"理由はあっても"不可能"な理由はない。

 研究班は鼻息を荒くしてそう息巻いていた。

 

 では肝心の手段だが、あの山のような巨龍をどのようにして捕獲するのか。

 まずは高山のひしめく大峡谷という地形を利用して、これを天然の要塞とし熔山龍の移動を制限。

 事前に十分な設備を構築し、大量の拘束弾で雁字搦めにして物理的にゾラ・マグダラオスを捕獲してしまおうという強引な手法だ。

 荒唐無稽にも思えるが、バリスタを駆使してワイヤーを引いた拘束弾の効果は各所で前例がある。ラオシャンロンやジエン・モーランといった超大型古龍にも通用する拘束手段だ。

 

 この捕獲作戦は永続的な捕獲を目的としてものではなく、今後の継続的な追跡調査の礎となるもの。

 モンスターの生態のプロフェッショナルの意見を伺ってみても、豊富な資源と人員を熔山龍に特化して準備すれば捕獲は可能と判断を下している。

 ゾラ・マグダラオスという、何もかもが規格外な古龍が相手だからこそ通用する作戦ということだな。

 

 古龍の捕獲と聞けば突飛な発想だと感じるが、総司令は新大陸を訪れた当初からこの案を温めていたという。

 過去の古龍渡りの調査対象はキリン、テオ・テスカトル、クシャルダオラの三体だったらしい。

 いずれもゾラ・マグダラオスと比べれば高速かつ小柄で、足取りを掴むのは困難を極めただろう。

 一期団は上陸時に大規模なトラブルに見舞われ、二期団と三期団は拠点作成に注力、四期団は対象がキリンだったということもあり追跡に失敗。

 順調に追跡できている現状と、五期団の潤沢な人材があって初めて古龍捕獲の実現に手が届こうとしている。

 

「古龍の捕獲。お前はどう見る、ゲールマン」

 

 大峡谷の拠点でそう語りかけてくるのは、獰猛な雰囲気を隠そうともしない女ハンター。

 名をヴィンセント。"殺し屋"というハンターに対する最低の蔑称と、"英雄"という最大級の賛辞の二つで呼ばれる異色の凄腕。

 ろくな手入れの施されていないぼさぼさの金髪をたなびかせ、傷だらけの顔で堂々と佇む姿はもはや自然の一部、一員。俺はこいつをモンスターといって差し支えないと思っている。

 ヴィンセントは渡来時の海難で装備を海に流された大多数のハンターに含まれるが、既にアンジャナフの防具で全身を固め、背にもアンジャナフの双剣を提げている。

 海に沈んだ装備に幾許の執着も見せず、ゼロから新大陸でハンターを始め瞬く間に装備を整えてみせる手腕は本物。

 アンジャナフと言えば、古代樹の森で現在確認されている中で最も危険度が高いモンスター。ほぼ全てのハンターが振り出しに戻った中で最先端を行くヴィンセントは、エリート揃いと名高い五期団の中でも筆頭の実力者だ。

 装備で実力が測られるのはハンターの常だが、新大陸ではそれがより顕著になるだろう。 

 

「捕獲が上手くいくかどうかを聞きたいのか?」

「興味がない。知りたいのは、どうなるかだ。専門家だろ、お前」

「古龍のか? そんなもんになった覚えはないが」

 

 ない。ないはずだ。

 いや確かにここ最近の活動や交友関係を思えばかなり深く古龍が関わっている。

 そういえば古龍周りで人に物を尋ねられることもかなり増えてきているが……。

 もしかして俺が知らないうちにそういう評価が出来上がっているのか?

 俺が否定しても説得力がないのが悲しいところだ。

 せめて自称だけはしないようにしよう。

 

「古龍と遭遇した数で言えば、お前がダントツだ。私ですらまだやり合ったことがない」

 

 大峡谷に砦が忙しなく組み立てられていく様子を遠景に眺めながら、ヴィンセントは不服そうに言った。

 

「嵐みたいなもんだろう。遭わないならそれに越したことはない」

「私は待ちかねている」

 

 そりゃ、お前のようなハンティング大好き人間ならそうだろうがね。

 古龍狩りを誉れと思うやつもいれば、管轄外だときっぱり身を引くやつもいる。

 古龍を狩るのとモンスターを狩るのとでは、やはり大きな隔たりがあるのだ。安易な延長線上にあるものではない。

 

「一番の大物で、かつて同行したウカムルバスがそうだ」 

「シルリアのか」

「話を聞きつけて無理やり同行した」

「見上げた根性だ」

「二度とあるかもわからん機会だったからな。大変だった」

 

 弟子のシルリアがウカムの装備を身に纏っていたことは記憶に新しい。そう滅多に出現するモンスターではないと思ってはいたが、狩りにはこいつが同行していたか。

 北の雪山深部に生息する原始飛竜のウカムルバスは、古龍でこそないもののそれに匹敵しうる強大さであり、そこらのモンスターとは明らかに一線を画す。

 

「流石のお前も古龍級生物ともなれば骨が折れるか」

「いや。クエストの出立に間に合わない所だった」 

「そっちかよ」

「道すがらキリンを追うラージャンに出くわしたんだ。ポッケ村に向かうポポの荷車が崖下に落ちてしまってな、結局徒歩で行くはめになった。

 大変だったぞ、うん」 

「のんきな奴だ」

 

 そして、すさまじいガッツだ。そこらの並ハンターなら、運に恵まれない限りそこで終わりだろうに。

 よしんば助かったとして、俺なら嫌になって村につき次第宿を借りて寝るね。そのままの足でウカムルバス討伐に参加とか冗談じゃない。

 こいつとはちょくちょく親交があるが、このブレなさは相変わらずだ。 

 西に強いモンスターが出れば行って狩り、東に狂暴なモンスターが現れれば行って狩る。

 信念も脈絡もなくモンスターを狩り続ける姿はまさにハンターの鑑そのものであり、だからこそ"殺し屋"などと揶揄され貶められる。 

 あるいは、英雄と持て囃されることもあったか。当の本人は周囲の評価などまるで気にせず狩りに没頭しているようだが。

 まあ、フィールドに出れば肩書も評判も、感謝も罵倒も何ら意味を為さない。こいつの性格なら自身の風評など微塵も頓着しないだろう。

 

「古龍は普通のモンスターと違う」

 

 ヴィンセントは神妙にそう呟いた。

 

「ただの強いモンスターではない。そうだな?」

 

 確認するように寄越された問いに、俺は頷いた。

 力、知恵、存在。どれをとっても生物の枠に当てはめるのが愚かしく思えるような規格外なのが古龍というものだ。

 天災が生き物の形を象っているようなものだと俺は思っている。

 

「今さらだな。お前もあの影を見ただろう」

「ゾラ・マグダラオスだな。規模、寿命、生命力。あらゆる生物と比べることも叶わぬ、生ける環境。だが、あれだって生き物じゃないか」

「だから狩りたいって?」

「私はハンターだぞ」

 

 俺はやめておいた方がいいと思うんだがね。なかなか聞き分けが悪い。

 何をどうしてそこまで焦がれるのか。生粋のハンターではない俺には、どうにも理解が及ばない。

 

「古龍を狩るのは、私の目標だ。ゾラ・マグダラオス捕獲作戦はその前哨戦になる。

 新大陸にだってそのために来た。まだ見ぬモンスターに、古龍渡り。面白いじゃないか」

「お前はいつまでも元気だな」

「古龍と見えぬまま引退するハンターの方が多い。私がそうならない保証などどこにもないからね。

 それに、古龍に臨むなら早いに越したことはないだろう。老いて衰えた身で立ち会えるなどと思い上がりはしない。

 海を渡って古龍に近づけるというなら、乗らない手はないだろう?」

 

 ヴィンセントは静かな口ぶりで語る。使命感に駆られるのとは違う。ただそうするのが、生きていくうえで当たり前なのだと本気で思っている。

 モンスターハンターという称号がもっともふさわしいのはこいつだ。ハンターを志すやつには金とか憧れとか、俗っぽかったり必死だったりと様々な理由があるもんだ。

 古龍に挑むにも同じことが言える。復讐、功名、力試し、強敵に挑むには、誰しもそれに相応しい理由があるだろう。

 こいつにはそれがない。古龍がいるから狩りに行く。

 シンプルすぎるが故の異質な思考で、古龍に挑まんとしている。

 こいつはもうハンターという種族に生まれた生き物。もはやそういう生態。俺はそう解釈してる。

 明らかに他のハンター連中とは熱が違う。周りからしてみれば、その異物感にはドン引きするだろう。好き勝手言われるのもやむなしだ。

 

「古龍への挑戦。その肌感を感じるのにはいい機会になると思うぜ」

「何が起きる?」

「俺が知るかよ」

「ふむ。お前に分からないなら、誰にも分からないか」 

 

 作戦決行の日は近い。




ローラン
火山の鉱脈から出土した、謎の金属製の武器防具を愛用する女ハンター。
既存の加工理論を根底から覆す未知の武器防具は加工屋も考古学者も垂涎の品。
だがそれは、なによりもハンターにとって至高の品であり、故に度重なる貸借要請を彼女は全て断っている。
装備としての価値は、彼女のハンターとしての名声が雄弁に物語っているだろう。
 
ボリス
モガの村出身のベテランハンター。
安全な狩りを進めるための計画性と準備力を持ち合わせており、熟練した狩りをする。
ボリスがしばしば新人ハンターに言い含める。
「悲観的に準備して、楽観的に実行し、客観的に成否を判断しろ」
それを実行できるだけのハンターは、実のところ多くない。


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