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(0) なんだ、このバケモノは?
(0)
(0) それは、双角の悪魔が目の前の騎士に抱いた、純粋な恐怖だった。
(0) 悪魔の表皮は、生半可な刃なら通さない。突き立てた剣が鈍らなら、そのまま砕けてしまうことすらある。
(0)
(0) そんな同族の首が、一撃で落とされた。
(0)
(0) そもそもの話。今の斬撃は決して、剣の間合いではなかったはずだ。
(0) 何をされたのか、わからない。
(0) 故に、双角の悪魔が最初に選んだのは、攻撃ではなく回避行動だった。
(0)
(0)《i》「くそがっ!」《/i》
(0)
(0) 翼を広げ、上空への跳躍。
(0) 魔術士や魔導師との戦闘とは違い、騎士を相手に戦う際のセオリーは、距離を取ること。こちらに遠距離攻撃の手段があるのなら、剣の間合いの外から攻撃していれば、一方的に嬲り殺せる。
(0) だが、この騎士は剣の間合いの外から、斬ってくる。だから、さらに距離を取らなければ……
(0)
(0)「遅い」
(0)
(0) 無慈悲な宣告の通り、その思考がすでに遅い。
(0) 騎士の持つ大剣は二振り。二刀であるということは、そのまま手数の多さを意味する。
(0)
(0)《i》「なっ……」《/i》
(0)
(0) 結論から言えば、悪魔は跳躍することができなかった。
(0) 地面に突き立てられた、左の大剣。
(0) そこから、地面を通じて網のように放射状に広がった氷が、その片脚を捉え、凍結させたからだ。
(0)
(0) そして、二撃目。
(0)
(0)《i》「ッ……ァァアアアアア!」《/i》
(0)
(0) 再び閃いた右の斬撃が、双角の悪魔の片翼を両断した。
(0) 騎士の多くは、魔力の多くを身体強化のみに回して戦うが、中には魔術を併用して戦う器用な人間も存在する。
(0) 断たれた翼の根元から、血液が垂れ落ちる。しかし、双角の悪魔は、痛みを堪えて思考を止めない。
(0)
(0) この女は氷雪系の魔術を使う。魔術の相性的には、こちらが有利。
(0) 足を凍らせて動きを止めたつもりかもしれないが……こんなものは、一瞬で溶かせる。
(0)
(0) 一歩ずつ、重厚な音を響かせながら、またゆったりと近付いてくる騎士を睨めつけ、悪魔は己の牙を砕かんほどに噛み締めた。
(0) 右の大剣が、構えられる。
(0) 女騎士が片手剣のように振るっている大剣は、俗に『ロングバスターソード』と呼ばれるもの。両手で構えて振るうことが前提の、大きすぎる得物だ。それを片手で軽々と振るう、身体強化の魔力出力には目を見張るものがあるが……得物が大き過ぎる以上、どうしても隙は生じる。
(0)
(0)《i》「バカが」《/i》
(0)
(0) 短く呟くと同時、異形の両手から、炎が噴出した。
(0) 双角の悪魔が操る魔術の特性は、炎熱。大規模な魔導陣を用意すれば、屋敷を一瞬で焼き尽くし、たとえ魔導陣を用意せずとも、手のひらから吹き出す炎は、直撃すれば人をいとも簡単に火達磨に変える。
(0) 足を固定していた氷が、一瞬で蕩け落ちる。
(0) そのまま、炎の噴射を自身の推力に変換して、悪魔は今度こそ跳んだ。正面への、捨て身の突貫。逃げるためではない。目の前の相手を、確実に殺すために。
(0) それは、大剣による斬撃の間合いの内側。必死の中に決死の覚悟で見出した、渾身の一手。
(0)
(0) かつん、と。
(0) 鋭い爪が鎧に触れて、僅かに音が鳴る。
(0)
(0) 思考の駆け引きに打ち勝ったのは、悪魔だった。
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(0)《i》「燃えろ」《/i》
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(0) 頭兜の中で、息を呑む気配がして。
(0) そして、蒼銀の鎧は爆炎に包まれた。
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(0)
(0)
(0)《center》◇ ◇ ◇《/center》
(0)
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(0) 勇者と出会った日のことは、今でもよく覚えている。
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(1) パンツを見られた。
(0)
(0)
(1) それが、アリア・リナージュ・アイアラスと勇者が出会ったきっかけだった。今でもよく覚えているが、たしかあの日は白だったと思う。
(0) 王国の首都にある、騎士学校の入学日。アリアは着慣れない制服に身を固め、入学式の会場に向かって一人で歩いていた。
(0)
(0)「……はぁ」
(0)
(0) これから始まる、三年間の学生生活。希望に満ち溢れた門出の日に、深い溜め息を吐く。
(0) 隣国の第三王女を、騎士学校に特待生として迎え入れる。自分の強さが認められた、と言えば聞こえは良いが、これは要するにアイアラス家が王国へと献上した人質である。アリアは同級生達と仲良くなりたかったが、向こうがアリアの身分とその強さに萎縮して、ろくな世間話すらできやしない。
(0) 人と関わるのが好きなアリアにとって、そんな環境は気分を憂鬱にさせるには充分過ぎた。
(0)
(1)「やめたやめた。入学式さぼろっと」
(0)
(0) どうせすでに一線を引かれているのだ。今さら不良のように見られたところで、関係ない。むしろ、体調不良による欠席だと後で言っておけば、いかにも『お姫様』らしくて、角も立たないだろう。
(0) 人気のいない、簡単には見つからないような場所を、まだ慣れない学校で探す。なんとなく高い場所から景色を眺めたくて、アリアは屋上を選んだ。
(0) しかし、扉を開くと先客がいた。
(0)
(0)「あ」
(0)「お」
(0)
(0) 短い呟きが重なる。
(0) アリアと同じように、制服の胸に造花をつけていたので、その少年も新入生であることは一目見てわかった。
(0)
(0)「きみも入学式、サボり?」
(0)「そちらも?」
(0)「うん」
(0)「度胸あるなぁ」
(0)「堅苦しいの苦手で」
(0)「わかるわかる」
(0)
(0) 中身のない会話だった。しかし、そういう気を遣わない会話がひさしぶりで、楽しかった。
(0)
(0)「隣、いい?」
(0)「どうぞどうぞ。べつにおれの場所じゃないし。お名前をお聞きしてもいいですか、お嬢さん?」
(0)
(0) 気安い少年の口調は、話していて好きなタイプだったが……名前を伝えたら、また引かれてしまうのかな、と。アリアは少し躊躇った。
(0)
(0)「あたしは……」
(0)
(0) その時、風が吹いた。
(0) いい感じに、スカートが捲れた。
(0) とても自然に、少年の目が下に吸い寄せられた。
(0)
(0) それから、間があった。
(0)
(0) 一拍の沈黙を置いてから、アリアは聞いた。
(0)
(0)「……見た?」
(0)「……その、なんというか、はい。正直に言うんだけど……見ました。というか、見えました」
(0)「……」
(0)「ごめんなさい。ごちそうさまです」
(0)
(4) あたしのパンツはごはんじゃない。
(0)
(0)「……はぁ」
(0)
(0) アリアはまた溜め息を吐いた。
(0) ついてない日には、そういうこともあるだろう。
(0)
(0)「まぁ、べつにいいけど。じゃあね」
(0)
(0) 気まずくなってしまった。
(0) やっぱりこのスカート、式典などでの見栄えを意識しているとはいえ短すぎるな……などと思いながら、踵を返して歩き出す。
(0) だが、慌てたのは少年の方だった。
(0)
(0)「あ、ちょ……まってまって!?」
(0)「なにか?」
(1)「なにかって……いや、なにか見ちゃったのはおれの方だけど。その……なんというか、びっくりしちゃってさ。てっきり、悲鳴をあげるかビンタくらいはされるものかと覚悟してたから」
(1)「いやだって……たかがパンツだし」
(0)
(0) 所詮は下着である。もちろん、裸を見られればアリアだって恥ずかしいが、布を一枚、ちらりと見られたところで、どうということはない。むしろ、同年代の少女達がパンツをみられた程度で、どうしてあんなに悲鳴をあげてきゃーきゃー騒ぐのか、アリアにはわからなかった。
(0)
(2)「えぇ……見ちゃったおれが言うのも変な話だけど、自分のパンツはもっと大事にした方がいいって。きみのパンツには、きみが思っている以上の価値があると思うぞ? お姫様なんだし」
(0)「……ふふっ。なにそれ……え?」
(0)
(0) パンツを大切にするってなんだよ、と。
(0) アリアはあきれて笑ったが、その後の一言の方が引っかかった。
(0)
(1)「あれ? あたしのこと知ってるの?」
(1)「うん。特待生のアイアラスさんでしょ。隣の国のお姫様って聞いてたけど、違った?」
(1)「いや、あってるけど……」
(0)
(0) 知っていて、自分と話をしていたのか。
(1) ぷくり。アリアの心の中に、少年への興味の芽が出た。
(0)
(0)「ねえ、きみ。どうせ暇でしょ?」
(1)「それはもう、見ての通り」
(1)「じゃあ、あたしと模擬戦しない? パンツのお詫びってことで。色々鬱憤が溜まってて、体動かしたいんだ」
(0)「……お、いいね」
(0)
(0) 予想以上に、少年は乗り気だった。
(0)
(0)「お姫様、強いんでしょ?」
(0)「そりゃもう、あたしは強いよ」
(0)「やったぜ」
(0)
(0) にっと少年が笑う。それは、話し始めてから、最も嬉しそうな笑顔だった。
(0)
(1)「おれ、魔王を倒して世界を救いたいから、なるべく強いやつと戦いたいんだ」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) 結果。
(2) ヒートアップした激闘の余波で屋上が吹っ飛び、それはもう大変なことになった。
(0) 学校中に響き渡る警報。警備の騎士達の怒声。それらを、どこか他人事のように遠くに聞き流しながら、
(0)
(0)「やり過ぎたね……」
(0)「やり過ぎたな……」
(0)
(0) アリアと少年は二人揃って、なんとか崩れずに残っている屋上の隅に、大の字に寝転がり、空を見上げていた。
(0) 少年が勝った。アリアは負けた。
(0) アリア・リナージュ・アイアラスにとって、人生はじめての敗北だった。
(0)
(0)「あたし、結構強いつもりだったんだけどなあ」
(0)「強かったよ。すごく強かった」
(0)
(0) 上半身を起こした少年は、ボロボロになった制服の上着を脱いで、アリアの体にかけた。同じようにボロボロになっている、アリアの制服への配慮だった。
(0)
(0)「さっきも言ったけど、あたし、べつに見られても気にしないよ」
(0)「おれが気にする」
(0)「……そっか。ありがと」
(0)
(0) 少年の上着を前に抱いて、体を起こす。
(0)
(0)「きみは、どうしてそんなに強いの?」
(0)「まだまだ弱いよ。おれはこれから、魔王を倒して世界を救わなきゃならない。お姫様一人を相手に、こんなにボロボロにされてたんじゃ、先が思い遣られる」
(0)「え〜、なにそれ? 負けたあたしに対する嫌味?」
(0)
(0) 冗談めかしてそう言ってから、アリアはふっと体の力を抜いて、また地面に寝転んだ。
(0)
(0)「きみはかっこいいなぁ。強さの芯に、おっきな目標があって」
(0)「ん?」
(0)「あたしには、そういうものがないから。責任がある王家に生まれて、生まれた時から体に『魔法』があって。才能があるって言われたから、言われて流されるままに訓練して」
(0)
(0) でも、そんな強さはどこまでもいっても空っぽだ。
(0) 少年のように、確固たる信念と意志を宿した強さには、どれだけ手を伸ばしても届かない。
(0)
(0)「だから……羨ましいな」
(0)「じゃあ、おれと一緒に行こうよ」
(0)「え?」
(0)
(0) ぐっと膝に力を入れて、彼は立ち上がる。
(0)
(1)「さっきも言った通り、おれはこれから世界を救いに行く。でもほら……さすがに、一人だと死にそうだから、おれのことを守ってほしいんだ」
(0)
(0) 大きく背伸びをして、腰に手を当てて、空を見上げて。
(0) そんな何気ない背中が、なぜかアリアにはとても大きく見えた。
(0)
(1)「お姫様で騎士なんだろ? それなら、ますますちょうどいい」
(0)
(2) 守れるし、守ってもらえる、と。振り返って、彼は笑った。
(0)
(1)「きみのことは、おれが絶対に守る。だから、時々でいい。おれの背中を守ってほしい」
(0)
(0) 言ってから恥ずかしくなったのか、彼は少し目を逸した。
(0)
(1)「……だめ、かな?」
(0)
(1) 冷えていた心に、熱が宿る予感がした。
(0)
(1)「だめじゃないよ」
(0)
(1) 起き上がって、彼の横に並ぶ。
(0)
(3)「わかった。あたしが、あなたの騎士になってあげる」
(0)
(2) それから、ゆっくりと跪き、戦いでやはりボロボロになった剣を掲げた。
(0)
(1)「それでは、主よ。名前を教えていただけますか?」
(1)「……やべえ。おれ、まだ名乗ってなかったっけ?」
(0)「うん。聞いてない」
(0)「ごめんごめん。おれの名前は」
(0)
(0) かくして、アリア・リナージュ・アイアラスは誓いを立てた。
(0)
(0) その誇り高き剣を、勇者に捧げることを。
(0)
(0)
(0)
(0)《center》◇ ◇ ◇《/center》
(0)
(0)
(0)
(0) 燃える。
(0) 鎧に触れた、双角の悪魔の右腕が、爪の先から肩に至るまで、燃え上がる。
(0)
(0)《i》「グッ……グォオオオオアアアア!」《/i》
(0)
(0) 絶叫し、痛みを堪えきれず、悪魔は膝をついた。
(0)
(0)「熱そう、だね」
(0)
(0) 消える。
(0) 鉄すら溶かし尽くす、悪魔の渾身の火炎が、蒼銀の鎧から一瞬で消え失せる。
(0)
(0) なんだこれは。
(0) なんだこれは?
(0) なんだこれは!
(0)
(0) これは、自分が撃ち出した炎ではない。目の前の騎士から放たれた炎だ。
(0)
(0) 声にならない叫びが、心をかき乱す。
(0) 完璧だった。読みを通した。勝てるはずだった。
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(0) それなのに、なぜ?
(0)
(0)《i》「なぜだっ! なぜだっ! なぜだっ! オマエの魔術は、氷雪系のはず……!」《/i》
(0)「え、違うけど?」
(0)
(0) 声の調子が戻っていた。
(0) かわいらしく首を傾げるその仕草に、恐怖を覚える。
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(0)「だってあたし、騎士だからろくな魔術も使えないし」
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(0) 一瞬、燃える痛みすらも忘れて。双角の悪魔の全身から、血の気が引いた。
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(0)《i》「そ、そんな……そんなバカな話があるかっ! ならば、あの氷はなんだ!? この炎はなんだ!」《/i》
(0)
(0) 叫びながら、悪魔は胴体に炎が移る前に自身の腕を引き千切った。怒りと痛みで、全身が痙攣するように震える。
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(0)
(0)
(2)「あたしの魔法は、自 分 自 身 と 触 れ た も の 全 て の 温 度 を 変 化 さ せ る の 」
(0)
(0)
(0)
(0) 飛び散る血の赤を踏み締めて、騎士は宣言した。
(0)
(0)「この剣、一応『聖剣』でね。右の大剣は、魔力を喰って火を放出し、操る。逆に左の大剣は、魔力を喰って水を放出し、操る。あたしはそれを変化させて、魔術の真似事をしているだけなんだよ」
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(0) 最初の攻撃は、一瞬だけ薄く伸ばした火炎の斬撃だった。次の攻撃は、地面に流し込んだ水流の凍結だった。
(0) 火を炎に。
(0) 水を氷に。
(0) たったそれだけの種明かしに、悪魔は慟哭する。
(0)
(0)《i》「変化させる……? 聖剣は、莫大な魔力が注ぎ込まれた遺物だぞ! その魔力性質を、触れただけで変えられるはずが……ッ」《/i》
(0)「変えられるよ。だって、それが『魔法』だから」
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(0) 悪魔は、絶句する。
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(0) その騎士は、触れた全てに熱を与える。
(0) その騎士は、触れた全ての熱を奪う。
(0) 心に誓いを宿した騎士は、何ものにも屈しず、倒れず、迷わず、ただ前へと進み続ける。
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(1) それは、燃え上がる情熱と、凍える冷徹さが一つとなって完成した、絶対零度の紅蓮。
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(1) 『紅氷求火 』。アリア・リナージュ・アイアラス。
(0) この世界を救った、最高の騎士にして、魔法使いである。
(0)
(0)
(0) 自分自身と、触れている物体の温度を自在に変化させる、ということは。
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(0) 彼女には、悪魔の炎は絶対に通用しない。
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(0) 万事休す。
(0) 遂に、双角の悪魔は、人間に頭を垂れることを選んだ。
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(0)《i》「騎士よ……どうか、どうか慈悲を」《/i》
(0)「ん? 何か話す気になった?」
(0)《i》「それ、は……」《/i》
(0)「無理だよね。だってきみたち、どうせ何も知らないだろうし」
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(0) 表情は見えない。ただ、頭兜 の奥から覗く瞳だけが、悪魔を静かに見下ろしていた。
(0) ようやく、双角の悪魔は理解する。
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(0) 怒りだ。
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(0) この騎士は、最初から怒っている。鎧の内側で、最初から、滾るような怒りを燃え上がらせている。
(0) 彼女にとって、それほど大切な存在に手を出そうとしたことが、そもそも間違いだったのか。
(0) 二刀が交差し、首筋に当てられる。
(0)
(0)「もういいよ」
(0)
(0) どこまでも冷たく、
(0)
(0)「勇者を殺す、と。そう言ったな?」
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(0) どこまでも熱く、
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(0)「もっともっと、命乞いをしなよ。悪魔くん」
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(0) 騎士は、剣を振り下ろす。
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(1)「あたしが守るべき誇りに、唾を吐きかけた罪。その命だけで償いきれるものではないと知れ」
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(0)
(0)
(0)
(0)
(0) 世界を救う直前。魔王が放った最後の攻撃は、勇者ではなくアリアに向けられたものだった。
(0) 仲間を狙えば、彼は必ず庇って守る。幾度も交えた激戦の中で、最後の最後に魔王は、勇者の性質を看破し、悪辣にその優しさを突いた。
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(0) 動けなかった。
(0) 限界だった。
(0) そんな言葉は、言い訳だ。
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(0) 勇者は、決して消えない呪いを浴びた。
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(0) ──どうして、あたしを庇ったの?
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(1) ──おれが、絶対に守るって。約束しただろ。
(0)
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(0) ああ、そうだ。約束をした。誓いを立てた。
(0) その背中を見上げるのではなく、隣に立って一番近くで彼を守り抜くと。そう誓ったはずだったのに。
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(0) 守れなかった。
(0) 彼の名前と、彼が好きだった人達の名前の全てを、奪われた。
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(0)
(0) あたしのせいだ。
(0)
(0)
(0) アリア、と。
(2) 彼に名前を呼んでもらうのが、大好きだった。
(0)
(1) 愛には触れられない。愛の温度は測れない。
(1) それでも、もし。人を想い、世界を想う気持ちに熱量があるのなら、彼ほどの熱を持っている人間を、アリアは知らない。
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(2) だから、愛そう。彼が自分を大切にしてくれた想いに、精一杯の献身で応えよう。
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(1) 最後の最後に、騎士としての自分は彼を守ることができなかった。その後悔は、片時も衰えることなく、胸の中で燃え続けている。
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(0) 彼女は、世界を救った勇者を愛している。
(1) 彼に好意を寄せる者が多いのはわかっている。
(1) それでも、アリア・リナージュ・アイアラスは断言する。
(0)
(0)
(23) ──あたしの愛が、最も熱い。