僕の青春ラブコメは。 (にゃんこ少年)
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プロローグ

雨宮(あまみや)悠里(ゆうり)です。よろしくお願いします」

 

先生から促され教壇の横に立ち、しっかりと丁寧な挨拶をする。もちろんその時に爽やかな、柔らかい笑顔も忘れない。

他人に不快感を持たれない程度には整っている僕の顔は、こういった場面で爽やかを演じることで生きる。自意識過剰、というわけではないが、客観的に観て自分を知るということはとても大切なことだ。特に、僕みたいな人間にとっては。

とめどない拍手とともに、先生に指定された後ろの方の席へと腰掛ける。このあとやってくるであろう質問タイムにうんざりしながらも、転校生の初日なんてそんなものかと考える。それに、最初の立ち回りは今後の学校生活においてかなり重要になってくる。

第一印象での掴みは上々だ。今もひしひしと周りからの好奇の視線を感じる。あとは次の質問タイムで僕に関する情報を少しずつ与えていくことで、これからの僕の立ち位置を確立させる。そのためにも重要になってくるのはクラスカーストトップの人物との接触&友好を築くこと。

 

「好きなスポーツとかある?」

 

「音楽とか何聞くの?」

 

「今彼女とかいるの?」

 

案の定、ホームルームが終わり先生が教室を去ってすぐ、僕の席の周りにはたくさんの人が押し寄せてきた。正直鬱陶しいことこの上ないが、一つ一つ、みんなの質問に答えていく。

そんな中でじっと周りを観察して、見つけた。

 

「あ、君は名前なんていうの?」

 

「俺かい? 俺は葉山隼人。わからないことはなんでも聞いてくれ、雨宮」

 

「ありがと。よろしくね葉山君。あ、それと僕のことは気軽に悠里でいいよ」

 

「わかったよ悠里。俺のことも隼人でいいよ」

 

「了解、隼人君!」

 

そのあと、隼人君のグループ(お友達)のみんなと軽く自己紹介を済ませて終わった。

 

ーーと、その時。僕は気になる人物を発見した。

 

窓際に一人でぽつんと座っている彼は、横目で興味なさそうに僕を見ている。僕と視線が合うと少し慌てたようにして晒したが、間違いない。

 

ーーあれは僕に気付いている(・・・・・・・・)目だ。

 

興味が出てきたな、彼。雰囲気的に人前では話しかけない方がいいだろう。おそらく彼はそれを嫌がるだろうし、それで僕に対して嫌悪感を抱かれてしまえば少しだけまずい。いや、すでに気付いているのなら今更だけれどね。

一時間目を知らせるチャイムが鳴り響く。僕の周りにガヤガヤと集まっていたみんなは各々席に戻ると同時に、教科担当の先生が入室する。

そんな中でも依然、僕の視線は窓際の彼に向けられている。

他の人からバレないよう、あらかじめ(・・・・・)調べておいた(・・・・・・)全校生徒の情報があるタブレット端末から彼を探し出す。そして、見つけた。

 

ーー比企谷八幡、ね。

 

こうして、僕の新たな学校生活が幕を開けた。




大好きな俺ガイル! 新刊出てくるのを楽しみに日々生きています……なんて。


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雨宮悠里は目をつける

転校してからある程度の日数が過ぎた。当初は波のように押し寄せてきた人達も今では落ち着き、僕自身快適に過ごすことができている。

ちなみに現在僕はどのグループにも所属していない。元々僕が欲しかった立ち位置は周りから好意的に見られる人物であって、クラスカーストのトップに立ちたいわけじゃない。カーストトップの隼人君グループと懇意にしているのもあくまでその立ち位置の維持のため。あんまり目立ちすぎると前の学校の二の舞(・・・・・・・・)になりかねない。

さて、ここで大きく話が変わるがなんと明日から夏休みに入る。まぁそれを狙ってのこの時期の転校なのだが。

夏休みという約一ヶ月ほどの準備期間を使って次のステップに進まなければならない。皆んなの関心や評価は短い期間で必要な分は得た。あとは……

と、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ふと掲示板に貼られてある一枚の紙が目に入った。

そこに書かれているのは【夏休みボランティア】の文字。どうやら千葉村というところでの小学生の宿泊学習でのボランティア要員の募集をかけるもののようだ。目を通していると、どうやら内申点を稼ぐこともできるらしい。

 

「にしてもボランティア、か」

 

そう呟いて思い出されるのは、過去の記憶。僕に感情をくれた一人の少女。

 

『ねぇ悠里。絶対に届かないとわかっていても手を伸ばしてしまうのは、愚かなことなのかな?』

 

……余計なことまで思い出してしまった。

振り切るようぶんぶんと頭を横に振ると、もう一度貼り紙を見る。

せっかくの機会だ。教師からの信頼や好感度も得ておいて損はないし、むしろこれからのことを考えればプラスに動く。

僕はボランティアに参加すべく、早速この募集をかけた主である平塚先生の元へと足を向けた。

 

 

 

 

「ほう。まさか君がやってくれるとはね、雨宮」

 

「そんなに意外なことですかね?」

 

「ああ、いや、そういうことじゃないんだ。……一応君のことは少し、前の学校の教員から聞いていてね。聞いていたイメージと違うからつい、な」

 

「……へぇ」

 

「っ!? 雨宮……?」

 

何か驚いたような顔をする平塚先生。まぁ、それもそうか。自分でもわかるくらいに今の僕は冷たい目をしているのだろう。

前の学校でのことはまさに失敗だった。あいつさえいなければ僕の目的は果たされたというのに。

……ま、今更そんなことを言っても仕方がない。

僕はいつも通りの笑みを浮かべて、再度話しかける。

 

「ああ、すみません。それで、ボランティアに参加しても大丈夫ですか?」

 

「……まぁ、そうだな。君が参加してくれるならありがたい。詳しい日程は把握しているか?」

 

「はい。掲示されたものには一通り目を通したので」

 

「そうか。なら当日は頼むぞ」

 

会話を終えた僕は綺麗に礼をして職員室を後にする。

まぁ、教師ならば前の学校でのことを知っていて当然だろうから、予想の範疇といえばそうだ。

 

ーーさて。内申点のためとボランティアに参加するわけだが、実はそれだけが理由ではない。

平塚先生は【奉仕部】という、まぁ言うなればボランティア部の顧問をしている人だ。それにその部活を参加させないわけがない。そしてその奉仕部には、転校初日から少し気になっている比企谷八幡も所属している。接触するには良い機会だろう。

……あの目。あれは下手したら僕の本質に気付くかもしれない目だった。現時点で僕が作り上げたこのキャラを露呈させるわけにはいかないし、何よりただ純粋にほんの少しだけ気になった。

きっとあの人は周りに何の期待もしていない。そういうところは僕に似ているところがある。

 

「千葉村までの移動手段は……まぁあいつに頼めばいっか」

 

夏休みのボランティアに向けて、僕は頭の中で立ち居振る舞いを考えるのであった。願わくば、一歩でも僕の目的に近付けるように。




次はボランティアっすねぇ。ルミルミだねルミルミ!


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そうしてボランティアは始まる

「それで? なんで私が足に使われてんのかなぁ」

 

「いつでも暇で車持ってる人って菜月(なつき)しかいないんだよね」

 

「……はぁ。まぁいつものことだしいいけど」

 

時は巡り夏休み真っ只中。現在例のボランティアのため千葉村に向かっている僕は、友人である片瀬(かたせ)菜月(なつき)の車に乗っている。

菜月は僕より三つ年上の二十一歳。とはいえ大学には通っておらず、若くして夜は小洒落たBARを営んでいる。元々美人だったことと性格故か、それなりに繁盛しているらしい。ちなみに僕もよくお世話になっている。

なんだかんだで仲が良い僕ら。こんな急なお願いでも聞いてくれる菜月であるからありがたい。

菜月は僕の目的を、願いを知る数少ない一人であり、勿論前の学校でのこともしっかりと把握している。いや、多分言わなくても裏で色んなところから情報収集をしている菜月のことだからすぐにバレていたに違いない。

 

「で、内申だけが目的じゃないんでしょ?」

 

「まぁ、ね。少し気になる奴がいるんだ。現段階で一番僕のキャラを看破しそうな奴」

 

「……それ、大丈夫なの? 前みたいなことになったらさ」

 

「大丈夫だよ。二度も同じ失敗は繰り返さない。昔からそうだったでしょ?」

 

「そうだけどさ。……気を付けなよ?」

 

「言われなくても」

 

それからはラジオをBGMにたわいもない話をして千葉村に到着した。車から降りると、見たことない顔の他に見知った顔が見える。

葉山隼人、三浦優美子、戸部翔、海老名姫名、由比ヶ浜結衣。僕の所属するクラスのカーストトップグループのメンバーだ。それと話したことはないが同じクラスの戸塚彩加。顔とある程度の情報はタブレット端末に入っているデータから知っている国際教養科二年J組に所属する才色兼備の雪ノ下雪乃。そして、今回の目的の一つでもあった比企谷八幡。あともう一人中学生っぽい女子がいるけど、おそらく比企谷八幡の妹だろう。あのアホ毛とか似ているし、端末の情報にも比企谷八幡の家族構成に中学三年生の妹はいたからな。

ここまで送ってくれた菜月に手を振ると、菜月も手を振り返してから引き返していった。

 

「やぁ、悠里。まさか悠里も参加しているなんてな」

 

「やぁ、隼人君。こっちも、僕以外に結構参加していて驚いているよ」

 

「っべー。雨宮君も一緒とかー、テンション上がりまくりっしょー!」

 

一通り隼人君グループと会話を済ませてから比企谷兄妹、雪ノ下雪乃の元へと足を進める。

 

「初めまして。雨宮悠里です。F組に転校してきました。今回のボランティアで一緒になったので、よろしくね?」

 

「私は雪ノ下雪乃。J組よ」

 

「比企谷小町です! ここにいるごみぃちゃんの妹で中三です!」

 

「……小町ちゃん? お兄ちゃんそんな扱いされてショックなんですけど」

 

「まぁまぁ、仲が良いのは良いことじゃないか比企谷八幡君」

 

「……お、俺の名前知ってたのか?」

 

「まぁ同じクラスだしね」

 

「あら、良かったわね比企谷君。あなたの名前を覚えてくれる人がいてくれて」

 

「……なにそれ嫌味? まぁいいけどよ」

 

……もしかしたら思い過ごしだったのかもなぁ。

確かに比企谷君は僕に対して警戒心はあれど、僕のキャラを看破しているようには見えないし、そういう僕の本質的な面に気付いた素振りもない。前の学校でのこともあってか少し過敏になっていたかもしれないな。

それからほどなくして平塚先生から集合がかかる。どうやら小学生達の前で紹介するらしい。

まぁ、取り敢えず気は抜かずに、比企谷君や一応他の人達も警戒しながらやっていきますか。

 

 

 

 

小学生達の前での紹介が終わり、現在森の中でスタンプラリーのオリエンテーリングをやっている。僕も小学生の時にやったなーとかどうでもいいような感想を抱きながらも、森の中を歩いて行く。

隼人君グループを筆頭に進む中で、僕は一番後ろを歩いていた。まぁその方が彼らの行動を把握しやすい、というのが一番の理由だけど、少しだけ気になる子がいたのだ。

 

ーーぽつん、と一人だけ露骨な間を空けてグループ行動している子達。一番後ろにいる彼女は、誰がどう見てもハブられている。

どうやらそのことに気付いているのは僕以外に比企谷君、雪ノ下さん、隼人君だけみたいだ。

すると何を思ったのか隼人君がその子に声を掛けに行った。あまり良いやり方ではないと思うけど、ヒーロー君は黙ってはいられなかったみたいだ。あんな中途半端なことしたって、ただの偽善にしかならないというのに。でも、ああいう優しさも人によっては美点なのかもね。

他の班員に嘲笑われながらもその後ろを俯いて歩く少女を尻目に、僕も足を進めた。




取り敢えずの2話連投。3話はいけるかなぁ。


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そうして彼女と接触する

時刻はお昼に差し掛かり、調理実習と称したカレー作りが各々始まった。僕らボランティア組はそれぞれの班での小学生達のサポートをするというものだった。皆んなが楽しそうに作業している中、僕は人知れず少し上の方にある場所まで歩き、腰を下ろす。

力強く立ちすくむ木に背を預けぼーっと眺めていると、隼人君が例のハブられ少女に声をかけていた。

 

ーー悪手、だな。

僕らボランティア組の中でも目立つ隼人君があんなに堂々と声をかけてしまっては、ハブられ少女にとっては迷惑極まりない行為だ。

憧れの高校生を体現している隼人君の人気は、彼が動けば周りの小学生達も付いてくるくらいにはある。つまり隼人君がハブられ少女の元へ行けば必然的にその小学生達も付いてくるわけだ。あれじゃあ軽い公開処刑だな。

 

「……どうしてこうも変わらないのかなぁ世の中は。馬鹿ばかりだ」

 

「ほんと、馬鹿ばっか」

 

ふと声のした方に視線を向けると、いつの間にかハブられ少女が隣までとぼとぼ歩いてきていた。まぁあの場所にはいたくないから逃げてきたんだろうな。他と違って一人離れたところにいる僕のところに。

 

「僕は雨宮悠里。君は?」

 

「……鶴見(つるみ)留美(るみ)

 

「そっか、よろしくね。留美ちゃん」

 

「ん……」

 

お互いの自己紹介を済ませてから、しばらくの沈黙が流れる。

すると流石に沈黙に耐えられなくなったのか、僕の隣に腰かけた留美ちゃんは口を開いた。

 

「なんか、悠里はあの人達と違うね。私も違うの、あのへんと」

 

「違う?」

 

「周りは皆ガキなんだもん。くだらないし、一人でも別にいいかなって」

 

「……でも、それで中学に上がったとして、多分君の今の状況は変わらないよ。それこそ、別の学校から来た奴らも含めて、ね」

 

「やっぱりそうなんだ……。ほんと、馬鹿みたいなことしてた」

 

そういう留美ちゃんの表情はどこか辛そうで、それでも話を続ける留美ちゃんの言葉に僕はしっかりと耳を傾けた。

 

「誰かがハブられるのは何回かあってね、でも一時的なもので、いつも誰かが言い出して、なんとなくそういう雰囲気になんの」

 

よくある話だ。僕が小学生の時にもそういうことがあった。僕はそれに参加したことも、ましてや標的になったこともなかったけれど、そういった風潮というか雰囲気が嫌いだった。

結局は、皆確かめたいだけなのだ。自分の立ち位置を。

小学生、それも高学年となれば自我というのもある程度形成され始める時期だ。だからこそ自分と他人との立場や、他人と比べての優位性なんかを確かめたくなる。そうして自分は誰かの上に立っているということを確認して、安心したいのだ。それは、無意味な行為だとも知らずに。

 

その後の話は、簡単に纏めてしまうとこうだった。

留美ちゃんと仲の良かった子がハブられ始め、そして気が付けば今度は自分がそうなっていたと。

 

「中学でも、こういう風になっちゃうのかなぁ」

 

嗚咽の入り混じった震える声音、ぎゅっと握りしめられ震える小さな拳。

平気そうなふりをして、どうでもいいかのようなふりをして。それでも彼女の心には自分がハブられているという事実が、この先も続くのかという不安が、彼女の小さな体にのしかかっていたんだ。

 

「……え?」

 

ぽん、っと留美ちゃんの頭に手を置くと優しく撫でる。いきなりのことにきょとんとした表情を向ける彼女に僕は笑顔を向ける。

 

「明日、確か自由行動の時間があったよね」

 

「う、うん……」

 

「じゃあその時間、僕とプチデートしよっか」

 

「……へ?」

 

クールだった彼女の口から気の抜けた声が聞こえ、僕はくすりと笑った。

 

 

 

 

本日の日程も無事終了し、ボランティア組である僕達は少し遅めの夕飯の時間となっていた。みんなで集まりご飯を食べていると言うのにどこか重苦しいこの空気は、おそらく留美ちゃんの一件ゆえだろう。

そうなれば当然、話題もその話になる。彼女の問題に対してどう動くか。

 

「俺は、出来れば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」

 

隼人君が言ったその言葉は、彼らしいと思った。

とても優しい言葉だ。やんわりとした言葉。責任なんてない言葉。みんなの人気者葉山隼人としては満点解答だ。でもーー

 

ーーそんなんじゃ誰一人救えない。

隼人君が考えている以上に、この件は面倒なものだ。そんなちょっと僕らが何かしたからって状況が良くなることでもないし、ましてや解決なんてしない。むしろ下手すれば更に悪化してしまう可能性だってある。

中途半端な覚悟でやるなら、関わらないことこそが本当の優しさだ。

 

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 

雪ノ下さんの冷たい声が場の空気に突き刺さる。それはまるで、過去にもそうであったかのように。

 

「そう、だったかもな。……でも、今は違う」

 

「どうかしらね」

 

なんとも言えない空気が二人の間を流れる。それは当然周りにも伝播して、この場には重い沈黙がのしかかった。

 

ーーこれ以上、話すことは僕にはない。そもそも、何か話した記憶もないけれど。

唐突に席を立った僕に全員の視線が集まる中、僕はロッジに向けて足を進める。

 

「どうした雨宮」

 

「いえ、少し気分が優れないので先にお休みさせていただきます」

 

「そうか。無理しないようにな」

 

「はい、ありがとうございます先生」

 

勿論嘘だ。多分、このまま話し合っても何も決まらない。ならば、そんな無駄な時間を過ごすことはない。明日には留美ちゃんとのプチデートの予定も入っているし、もう一度ルートを確認しておくのと体調は万全にしておかないと。多分比企谷君あたりが解決策、ないし解消策は何か思いつくだろうけど、念のためもしもの時のために出来るだけ体を休めておかねば。

ぽつぽつとまばらに後ろから聞こえる「おやすみ」の言葉に手をひらひらさせて返事をしながら、僕は淡々と歩いていった。




なんか戸部はどうでもいいけど戸塚全然といっていいほど出て来てない……。近いうちに戸塚とお話しする回も書かないとなぁ。なんて。


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雨宮悠里は予測する

「おはよ。それじゃあ少し歩こうか」

 

「……うん」

 

翌日。約束通り留美ちゃんと合流した僕は二人で森の中を歩き始めた。とは言っても実は今歩いているこの道、今夜行われる肝試しのルートなのだ。何故そんな所を歩いているのか、と聞かれれば勿論いくつか理由があるが最大の理由は僕ら以外誰も来ないということ。別に変なことを考えてるわけでもなく、ただ単に第三者に聞かれるとこの後のことに支障が出るかもしれないという可能性を潰すためだ。

きっと今夜、僕以外のボランティア組は留美ちゃんの件に関して何かしらの動きを見せるだろう。おそらく、だけど比企谷君あたりが策を出すと思う。とはいえあの中からだと、という消去法での話だが。

まぁ仮に誰かが解決策ないし解消策を提案しようと、今夜の肝試しのなんて使えそうなイベントを利用するに決まっている。

その時に留美ちゃんが直面した時、少しでも選択肢を広げられるようにという、いわば下見の意味合いも兼ねているのだ。

 

ーーさて、ここまで来れば万が一誰かが来るなんてことははないだろう。

急に足を止めた僕に合わせて留美ちゃんも止まる。どこか不安そうに僕の顔を伺う留美ちゃんに安心できるよう笑顔を向けて話す。

 

「多分今夜、肝試しを利用してボランティア組が留美ちゃんが現在置かれている状況を変えるために動くと思う。大方比企谷君あたりの策だろうけど」

 

「八幡が?」

 

「あれ? 比企谷君のこと知ってたの?」

 

「うん。昨日、悠里と話した後に話したの」

 

「ふーん、なるほど、ね」

 

まぁ予想してなかったわけではない。となると雪ノ下さんや由比ヶ浜さんとも話しているだろうな。あの三人同じ部活みたいだし。

 

「ま、それは置いといて。とにかく、彼らはなんらかの策に出る。その時に対応出来るように肝試しルートの下見って感じでここまで来たんだ」

 

「……それって、意味あるの?」

 

「うん。なきにしも、あらず。まぁ一応の保険だと思ってくれればいいよ」

 

なんの保険か、と首をかしげる留美ちゃんにそのまま続けて話しかける。

 

「留美ちゃんはさ、あの四人のこと嫌い?」

 

「……別に。嫌いっていうか、どーでもいい」

 

「好きの反対は無関心、っていうくらいだから留美ちゃんはまさにそうなんだろうね。で、留美ちゃんはあの四人のことどう思う? 無関心なりにも彼女達からの嫌がらせは受けているんだ。何か思うことはあるでしょ?」

 

「どう思うって、別に。なんで、こんな事するんだろうって。……私も、なんであんなことしてたんだろうって」

 

「ああ、それはね、弱いからさ」

 

「弱い?」

 

「そう。子供でも大人でも、成長すれば自分というものができてきて、そして他人と自分を比べ始める。あいつより優れている、あいつより劣っている。言ってしまえば自己の確立の一部さ」

 

そうさ、自己の確立の一部なんだ。特に小学生なんていう多感なお年頃にはよくある話だ。

他人と比べようが、優れてようが劣っていようが、結局自分というのはどこまでいっても自分でしかないというのに。

だからこそ、比企谷君のことだ。そこを的確についてくる策に違いない。例えば、そう。留美ちゃんを含めたあの五人グループ内の不和。それこそ互いの本心が曝け出されてしまう場を作ってやればあとは簡単だ。

はたから見ていてもわかる。彼女達は本物の友達なんかではない。だから少しつつけばその関係はあっという間に崩壊する。

正直僕としてもあまり気持ちのいいことではないけれど、あのあと調べた比企谷君の今までを振り返ればそういう考えに至ってもおかしくない。

 

「きっと留美ちゃんには選択が迫られる。その時にどう動くのか。それは留美ちゃんが決めることだ」

 

「……何言ってるのかよくわかんない」

 

「わかるよ。少なからず、肝試しの時には」

 

あまり納得のしていない表情ではあるが、留美ちゃんは僕の言葉にコクリと頷いて来れた。さて、僕が出来るのなんてここまでだ。あとは彼らに任せよう。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろっか」

 

そう言い留美ちゃんの手を引く。急に手を握られたことに驚いたのか一瞬だけビクついたが、間も無くして僕の手をその小さな手でぎゅっと握り返してくれた。

それがどうにも僕の妹に似ていて、少しだけ、ほんの少しだけ頰がつり上がったのを感じたままロッジの方へと戻っていった。

 

 

 

 

留美ちゃんを送り届けたあと、みんなが集まっていたようなので何事かと顔を出すと、案の定留美ちゃんの話だった。そしてどうやら、比企谷君が何か策を思いついたらしい。

その内容はいたってシンプル。夜にある肝試しで留美ちゃんの班を自然に一番最後のグループにする。そしてそこに僕達高校生が何人かで彼女達を脅し、彼女達の本性を曝け出させて関係性をバラバラにしてやる、とのことだった。

予想通りの策に内心ほくそ笑む。確かにこれであれば問題を解決はしないが解消することはできる。まぁしかし、一歩間違えれば問題になりかねない行動だ。慎重にやらねばならない。

 

「その役、俺にやらせてくれないかな」

 

「……いいのかよ?」

 

「ああ。それに、俺は彼女達が一致団結する事に賭ける。根はいい子達だと思うんだ」

 

脅し役を引き受けたのは意外にも隼人君だった。僕的にはてっきり比企谷君本人がやるのかと思っていたけど。でもある意味効果は絶大かもな。人気者の優しかったお兄さんが! って考えると隼人君以外に適役はいないだろうし。

その他の役にはチャラチャラした外見の戸部君と、いかにもギャルって感じの三浦さんが引き受ける事になった。

ここまでは僕の予想通りに進んではいるけれど、問題はこのあと。正直な話、留美ちゃんがどう選択し行動するのか予測不可能だ。これまでハブられ続けてきたんだから自分一人だけ助かるかもな、とも思うけど彼女は優しい。もしかしたら何人かは助かるかもしれない。

 

「……どうしたもんかねぇ」

 

みんなが肝試しの脅かし役での衣装で盛り上がっている中、僕は誰にも聞こえない声でぽつりとそう呟くのであった。




次でボランティアの話は終われるかなぁ?そのあとは花火大会の話に入るか、それとも文化祭にいっちゃうか、オリジナルの話にするか。迷いどころですね。


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鶴見留美は選択する

夜。ついにやってきた今回の最後のイベント、肝試し。

予定通りに留美ちゃん達の班を自然に、さりげなく最後のグループになるよう進行しているのは比企谷君の妹の小町ちゃんだった。比企谷君の性格とは反対と言えるくらい明るい彼女だからできる事だろう。

僕はそれを見届けながら人知れず森の中へと入る。

隼人君達が彼女達を脅すポイントはわかっている。おそらく比企谷君、雪ノ下さん、由比ヶ浜さんもそのポイント付近で事の成り行きを見守る予定だろう。ならば僕は、さらにそれも含めて観察する位置に行く事だ。

しばらく静かに森を歩いていると、案の定一緒にいる比企谷君達と、平然とスタンバイしている隼人君達が見えた。

ちらりと比企谷君に視線を向けると何やらスマホを確認していた。あの様子からするに、小町ちゃんから連絡が入ったのだろう。ということは、もう間も無く留美ちゃん達がここに来る。

じっと、舗装された道を眺めていると彼女達は姿を現した。

 

「あ、お兄さん達だ」

 

隼人君の姿を確認するや否や、パタパタと嬉しそうに駆け寄って行った。普段の格好でいることと、見知った顔がいた事に安堵したのだろう。彼女達はこれまでよりも一層くだけた感じで彼らに絡んで行く。

が、戸部君はそれを乱暴に振り払い、まさにヤンキーのそれとも言えるような比較攻撃的な声で吠えた。

 

「あ? お前、何タメ口聞いたんだよ?」

 

「ちょっと、あんたらチョーシ乗ってんじゃないの? 別にあーしら、あんた達の友達じゃないんだけど?」

 

「え……」

 

昼間の時とは違う、突然の豹変ぶりに戸惑いを隠せない彼女達。そしてその表情は次第に怯えるように震えるだけとなった。

誰かが謝罪の言葉を述べても、戸部君達はそれを許さない。じりじりと追い詰められて行く彼女達は隼人君、戸部君、三浦さんの剣幕に怯え、最終的には彼らに三角形のように囲まれることとなった。

そして、そんな中で隼人君は提案する。

 

「こうしよう。半分は見逃してやる。後の半分はここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」

 

ある意味それは、死刑宣告みたいなものだ。誰かは助かり、誰かは助からない。正直後々問題になりかねない行動だが、比企谷君の狙いはここにある。

絶対にまず、ハブられている留美ちゃんが犠牲の一人になる。が、それでも後二人はこの場に残らなければならない。

本物の友達ではない、絆も信頼も存在しない薄い関係性しか彼女達にはないのだ。お互いがお互いを攻め合うまで、そう時間はかからなかった。

 

「……由香(ゆか)がさっきあんなこと言わなければ」

 

「由香のせいじゃん」

 

「そうだよね……」

 

誰かが名前を挙げればそれに続く声が上がる。庇うものなんて誰もいない。何故なら今の彼女達は、自分が助かることしか頭にないのだから。

 

「違う! 仁美(ひとみ)が最初に言いだした」

 

「あたし、何も言ってない! 何も悪くない! (もり)ちゃんの態度が悪かったの! 森ちゃんいつもそう。先生とかにもそうだし」

 

「はぁ? 私? 普段のことなんて関係ないでしょう? 最初が仁美でそのあと由香だったじゃん。なんで私のせいになってるの?」

 

「もうやめようよ。みんなで謝ろうよ……」

 

彼女達の争いは引きそうにない。ついには泣きじゃくる子まで現れ始めた。しかしながらそんな同情に惹かれるはずもなく、「三十秒だけ待ってやる」という残酷な言葉に彼女達の怯えはより一層顕著なものとなる。

そうしてついに、二人目の生贄が選ばれた。先程由香と呼ばれていた子だ。当の本人は何が起きているのかわからない、という風だった。

 

「……ごめん、でもしょうがないから」

 

誰かがぽつりとそう呟く。

しょうがない。そうさ、しょうがない。

誰もが空気や雰囲気には逆らえない。そこに子供も大人も関係ない。何故なら、みんながそうするから。みんながそう言うから。みんなが。みんなが。みんなが……。

そのみんなっていうのは、いったいどこにいる? いや、どこにもいないんだそんなものは。集団という魔力が作り出した幻想だ。まやかしだ。個人が持つ悪意を隠すための亡霊だ。

誰かの犠牲の上で成り立つ世界。そんなものはーー

 

『ごめんね、悠里……』

 

ーーそんなものは、ただの偽物(・・)だ。

 

「十、九……」

 

隼人君のカウントは非情にも刻一刻とタイムリミットまで迫る。

そのカウントに紛れるのは焦りによる怒号と、諦めによる啜り泣く声。どうやらもう潮時のようだ。

あとは比企谷君がこれがドッキリだったと告げれば終了。お互いの本心がわかった今、これ以上こんなことを続ける必要もない。

比企谷君は非難されるかもしれないが、ほんの少しだけフォローしてあげれば多少なりとも非難は緩和することができるだろう。

留美ちゃんに視線を向けると、じっと静かに目を瞑っていた。首から下げたデジタルカメラをお守りのようにぎゅっと握りしめているその手は、僅かに震えているように見える。

一応昼間に僕達ボランティア組が肝試し中に策を出す、とは伝えていたけど流石にこんなことだとは予想していなかったんだろう。きっと今ではそのことも忘れてしまっているに違いない。

 

「ん?」

 

カウントが迫る中、いっこうに比企谷君達が動き出す気配がない。いったいどうしたのいうのか。

 

「五、四、三……」

 

「あの……」

 

隼人君の声を遮るように留美ちゃんが手を上げた瞬間のことだった。

隼人君の他の二人の視線も、なんだ? と留美ちゃんに集まったその時。

強烈な閃光が弾けた。連続で鳴る機械音から察するに、おそらく留美ちゃんが首から下げていたデジカメからだろう。

 

「走れる? こっち。急いで」

 

明滅する視界の中、留美ちゃんの声だけが聞こえた。そして数人の走る足音が聞こえる音が僕が隠れている木々の横を通り過ぎていく。

こっちの道に来たってことは、どうやら昼間の帰り際、ふと話したスタート地点に戻る最短ルートを行ったようだ。

いや、それにしても……

 

「自分だけでもなく、誰かでもなく、全員助ける(・・・・・)とは……。優しいなぁ留美ちゃんは」

 

もしあの時、僕も留美ちゃんと同じような選択をしていればあるいは……

 

「……なんて、ifの話なんてしても仕方がないか」

 

彼女の選んだ答えは見届けた。もうここにいる理由もない。

僕は留美ちゃん達の後を追うように、スタート地点へと戻っていった。

 

 

 

 

「いやぁ予想外の結果だったねぇ比企谷君」

 

「……雨宮か」

 

「まさかみんな助けるだなんて。優しいことこの上ないねぇ」

 

「ーー鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないのです」

 

「……へぇ。夏目漱石か。その理屈で言うと、鋳型に入れたような善人もいないし、いざという間際に急に善人に変わるようなことだってあるかもね」

 

「ああ、そうだな」

 

まさか夏目漱石をここで入れてくるとは。そういえばデータに国語学年三位とか書いてあったな。それなら納得だけど。

でも、例えそれで善人に変わることがあったとしても、そんなものは一時の感情に過ぎない。そもそも、善人なんてこの世の中にいないんだから。

 

軽く挨拶を交わしてから誰もいない方へと歩いていく。適当なところで腰を下ろすと、僕の横に誰かが座る。ふと視線を向けると、そこにいたのは留美ちゃんだった。

 

「……ありがと」

 

「んー? 何が?」

 

「少しだけ、だけど。前よりは楽になったから」

 

「そっか」

 

「……やり方は最低だったけど」

 

うっ。それを言われるとぐうの音も出ないけど、そもそもあんな策考えたのは僕じゃなくて比企谷君だし。僕は悪くないし。

しかし、そう言う留美ちゃんの顔はどこか晴れ晴れとしていて、見違えたかのように見える。

彼女達の薄っぺらい友情関係は壊してしまったけど、その気になればまた一から作り直すこともできる。完全に終わったわけじゃない。その証拠がきっと、さっきの留美ちゃんの行動だったかもしれないから。

 

「はい、これ」

 

「……何?」

 

「僕の連絡先。なんか留美ちゃん僕の妹に似てるし、ほっとけないからさ。何か困ったことでも暇なときでもいいや。いつでも連絡して」

 

「もしかして悠里、ロリコンなの?」

 

「あっはっは。妹みたいって言葉聞こえなかったのかなぁこのちっちゃいお耳は」

 

指で留美ちゃんの耳をぺちぺちと叩くとくすぐったそうに顔を背ける。すると留美ちゃんは少しだけ頬を赤らめながら、僕の方を向いた。

 

「……ありがと、悠里」

 

「……別に。僕は何もしてないよ」

 

「連絡、絶対するから。その、妹にも会わせてよね」

 

「もちろん!」

 

ぱたぱたと走り去っていく留美ちゃんを眺めながら一つため息を吐く。

……きっと、自己満足なんだろうな。僕が留美ちゃんに対してここまでするのは。妹みたいっていうのは、嘘じゃない。でも本当は違う。留美ちゃんが、あの時の辛そうな表情が、どこかあいつ(・・・)に似ていたから。

 

「……みんなのところ行くか」

 

花火片手に盛り上がっているボランティア組の方へと足を向ける。

その時見上げた夜空には儚くも力強く、数多の星々が爛々と輝いていた。




この調子で明日も投稿できればいいけど、FGOの新しいイベント来るからなぁブレイバー。夜ずっとそれやってそうでもう。


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