神様なんかいない世界で (元大盗賊)
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プロローグ 織斑一夏の憂鬱

 やることがないというのは、何よりもの苦痛だ。

 人っていうのは、自由な生き物だ。社会の中で形成された規律を乱さない限りで、なんだってできる。特に余暇ということになれば、種類は豊富だ。スポーツをしたり、美しい自然や風景を見て楽しむこともできる。勉強をして自身の高みを目指したり、またボランティア活動を通して世の中に貢献出来たりもする。人によっては余暇にも様々あるが、とにかく楽しむことはいっぱいあるのだ。

 

 だがもしかしたら、この世界のどこかには何もせずただじっと一日を過ごすことが、何よりの幸福と考える人もいるのかもしれない。そんな人がいるのであれば、ぜひとも俺とその立場を変わっていただきたい。そんな気分だった。

 

 

 

 

 

 ああ、もう一週間が終わるのか。

 

 湯吞みから湯気立つお茶を啜り、テレビ番組を見ながらそんなことを思いふける。テレビでは、長らく続くご長寿番組が次回予告を終え、CMへと移り変わっていった。日曜日の夕方に放送されるこのご長寿番組。日曜日という人々に幸福をもたらす日付が終焉を告げ、皆が忘れかけていた、一週間の始まりを思い起こされるこの番組に、昔の俺ならばため息をつき、学校に行かなければならないのかと思っていたところだろう。

 しかし、今の俺にとってはもう一週間も経ってしまったのか、と爺臭い台詞を吐いてしまうほどに、時の流れに対して老化が著しく進行していた。

 

 

 

 これもすべて、あの人の作ったIS(インフィニット・ストラトス)のせいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性しか操縦することのできない未知の機械、IS。

 世界中の誰もが知り、そしてその強さとカッコよさに羨望の眼差しで見られるISを男ながら織斑一夏は使うことができてしまった。そう、この暇を持て余している俺のことだ。

 本来の俺は、就職率がトップクラスの藍越学園に入学を決めてその準備をしていた所だ。だが、俺の運命の歯車はどこかでガタがきていたらしい。俺の歯車が意図しない何かと噛み合ってしまったのは、あの迷宮のような造りをしていた試験会場に行ってからだろう。

 

 高校入試のために訪れた俺は、試験を受ける教室がどこなのか迷ってしまった。進めど進めど同じ道に同じ風景。遅刻しそうだからと焦って裏から会場入りしたのも原因のひとつだろうが、それは些細なことに過ぎないだろう。普通なら、どこかに誘導をしてくれるスタッフや、立ち入り禁止の標識があるはずだから迷うことはしないと思っていた。

 だが、周りを見渡せど道には誰もいない訳で、焦りを感じたまま進んだ末にISが鎮座する部屋に入ってしまったのは、単なる偶然だった。最初はなんでISがこんなところにあるんだ、と疑問に思った。しかし、そんな疑問はすぐに払拭されてしまった。普段、ゲームや画面上でしか見たことのなかったIS。言うなれば、有名スポーツ選手が目の前にいて、握手と簡単な会話を出来る状態に等しい。それくらいに俺は思っていた。

 周りには誰もいないし、ちょっとだけ触って、会場を探そう。軽い気持ちで、興味本位に近づいてみたのは単なる気まぐれでしかなかった。複雑怪奇な試験会場に、遅刻ギリギリで到着した俺。そして、IS学園の試験に使うからと、IS学園の職員が置いていたIS。全てが上手い具合に絡まり、そして俺がISに触れた事で、新たな運命の歯車が回り出してしまった。

 

 

 

 

 

 こうして俺は政府によって拘束され、いろんな研究者にあちこち身体を検査された挙句、進学先をかの有名なIS学園へと変更されて、こうしてどことも知らないホテルに軟禁(隠居)していたってわけである。

 本当であれば、今頃はクラスの皆と入試に合格したと互いに喜び合い、卒業式で中学3年間の思い出に浸り、そして卒業記念パーティーに行って楽しい日々を過ごしていたはずだった。

 

 しかし現実は俺の身は政府によって引き取られ、強制的に卒業扱い。働いていたバイト先もほぼバックレに近い退職。2月から3月までやれ実験だやれ検査だとあちこち連れまわされ、やることがなければホテルの部屋から一切出るなと言われて部屋に閉じ込められる生活。

 ホテルでの生活は、生きるのには十分ではあった。何度シャワーを浴びても、風呂に浸かろうともホテルのお金は政府持ち。3食付きで頼めばおかわり自由。肌着や服は常に清潔。軽食が食いたければ、電話をすればごっついSPのおじさんが買ってきてくれる。何と悠々自適な暮らしだろうか。

 

 

 

 だが、そんなの俺は3日もすれば、飽きてしまった。

 

 確かに、俺の生活は保障されていた。

 衣食住は完璧で、何もしていないにもかかわらず、俺を忌み嫌うという訳の分からない団体の攻撃からも身を守ることができる。

 でも、俺の大事な思い出だけは保障してくれなかった。互いに合格したと喜び合うあの高揚感も、卒業式前の教室でする他愛のない会話も、卒業後に遊びに行こうと誘われていた友達との約束も、何もかも全て失われてしまったのだ。片手で数えるほどしかできない大切な体験を、青春を俺は過ごすことができなかった。

 

 神様がいるのであれば、すぐにでも懺悔をしたい所だ。なぜ、家をギリギリに出てしまったのか、なぜISに触れようとしたのか。後悔先に立たずとはこういう事かと実感させざるを得ない。

 

 

 

 とまあ、今の現実にくよくよしていると男が廃ってしまう。男児たるもの、過去を振り返らず未来を見据えていけ、と俺が昔に通っていた剣道の師範から励まされた事がある。最近の風潮になってから言われなくなっていたが、今のこうして現実に向き合っているのは、この言葉に何度も助けられたからだ。

 

 

 最近の風潮といえば、一つ疑問に思うことがある。女尊男卑。なぜそれが、今の世の中の常となったのかという疑問だ。

 気づけば女性を尊重し、男性を排斥するなんていう風潮がまかり通るようになっていた。ISの登場以前か、いやそれ以降か。俺の記憶にはその転換期が何だったのかは定かではない。

 たまにだが、書籍やテレビなどの各メディアでもこの話題が度々取り上げられている。

 歴史から長く続いていた男尊女卑がなぜ廃れていったのか、いったい誰が女尊男卑を広めていったのか。そんな議論が沸き起こるものの、しかし、どれをとってみても結論は疑問点の多く残る問題だ、と曖昧にされている。いつから始まったのだと言われても、それが常識ならば常識なわけだし今更そんなことを言われても、と言わざるを得ない。何で赤色が赤と認識されるのか、という疑問を言っているのと同義に近いだろう。

 仮に男尊女卑がまかり通る世の中だったとして、それが一瞬にして女尊男卑に変化したのであればそれはもはや奇跡であり、魔法の類のものを用いないと説明がつかない、という論調でさえあったりする。研究者ならば、夢のような話をするのではなくきちんと論理的に説明をしてほしいものである。

 

 

 

 

 

 空になりぬるくなった湯吞みを持ちながら、ニュース番組を眺めているとテレビのキャスターたちがIS学園について取り上げ始めた。

 

 やれ今年の受験者は過去最高を記録しただの、やれIS学園による経済効果の結果だの、やれ今年はあの話題の男性操縦者が入学するだのエトセトラエトセトラ。

 

 難関試験を突破し入学する超人。それがIS学園には数多くいると、考えると身がすくんでしまう。果たして、俺のような彼女たちとは程遠い人間がIS学園でやっていけるのか不安で不安でしょうがない。夜も眠れないくらいである。……いやまあ、実際はふかふかのベッドで夜はきちんと眠れているのだが。

 

 

 

 さて、こうして過保護に扱われ過ぎて老化が進行していた俺だったが、数日が過ぎればこの軟禁状態から解放されるらしい、とSPのおじさんが俺にこっそりと教えてくれた。人の噂も七十五日というように、マスメディアで取り扱う情報というのはコロコロと変わっている。一昔ならば、俺のことについて散々情報が飛び交っていたのだが、今は閑古鳥が鳴くように、すっかり話に上がってこない。そのほうが俺としては助かるってもんだ。

 話によればSPのおじさんが相変わらずついてくるものの、実家に戻れるならば話は別である。数ヶ月家を離れていたのだから、掃除をしないといけないし、年に数回ある町内会の廃品回収に雑誌類を出さなければならない。とにかくやることはいっぱいってわけだ。

 それに、もう一つ嬉しいことに知人との連絡もできるとのことだ。しばらく音沙汰がなかったために、みんな心配しているだろう。とりあえず、弾に連絡を入れることは決定事項だ。あいつと妹の蘭ちゃんには、色々とお世話になっていたし。

 

 きっとあいつならIS学園に行くとなったら飛ぶように喜ぶのだろうな、と旧友を思い浮かべながら俺はぼんやりとテレビ番組のやり取りを見届けていた。

 

 



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第1話 夕暮れに染められて







 少女は無邪気さがふわりと散るような屈託のない笑みを浮かべていた。

 暗い部屋の中でスポットライトの当てられている部分を見つめながら、小柄な少女は歓声を上げ、ウサギのようにぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。その度に肩まで伸びたプラチナブロンドの髪やスカートが揺れ、光に反射している革靴からリズミカルな足音を部屋中に響かせていた。

 

「ねえ、おじさん!」

 

「ん、何かね」

 

 少女は後ろを振り向き、入口の分厚い扉に寄りかかっている男性へと声をかける。

 

「これが、本当に私のIS(アイエス)なの!?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 興奮気味にいつも以上に大声を出す少女を見て、男性は優しく答える。そして、男性はゆっくりと光に照らされているISを観察している少女へと近づく。

 

「そいつの名前はサンドロック。今の第二世代型ISが普及する前辺りに作られた、少し古いISだ。今ではマイナーな部類に入るのだが、このISは見ての通り全身装甲(フルスキン)タイプのISだよ」

 

 そのISは全身を覆う装甲を白く、そして胸や腰の部分には黒や黄色の塗装がされており、その姿はまるで鎧を着た人のような格好であった。

 またその顔は人の顔のように作られていた。二対の緑色に光る瞳や、鼻の位置に作られた排気口、そして赤く塗られた口部分。何より、額に付けられたV字アンテナがこのISをより顔へと印象づけていた。

 

「このサンドロックがきっと、クリスタの力になってくれるはずだ」

 

 男性はゆっくりとISを観察している少女の近くへとやってくる。

 

「もちろん、君の夢の手伝いもしてくれるよ」

 

「そうだね、私は___」

 

 

 

 

 

 

 

 私は目を開け、むくりと綺麗にベッドメイクされたベッドから体を起こして部屋全体を見渡す。本国から送られてきた自分の荷物には茜色の夕陽が差し込み、荷物から反射された光が瞳へと刺しこんだ。

 

 今いる場所を見て、あれが夢だったとすぐに覚醒して気づいた。

 あの時、叔父にISを見せられた光景が今でも目に浮かぶ。あれから数年は経つ。今でもあの気持ちは忘れられない。身体が熱く火照り、首回りが汗ばむ。思わず、肩まで伸びている髪をかきあげる。

 

 耳障りにならないくらいの音を立てる空調から、暖かな風が流れ込み、部屋を暖めていた。新品なというよりも消毒させられたような部屋の匂いには嫌悪は感じられず、むしろ新たな生活をしていく生徒に対して歓迎をしているようにも感じられた。

 最新のIHを組み込んだキッチンに、二人での共同生活をするには十分なほどの大容量の冷蔵庫、生徒なら誰しもが喜びそうな大きなクローゼット。他にも机やら大きなテレビやら、いろいろ設備はある。よくあるビジネスホテルや庶民派なホテルよりも、設備や部屋のつくりが豪華だろう。

 

 他国のお金で造られた部屋に感謝の意を持ちつつ、私は再びふかふかなベッドへと身を預けた。低反発のマットに羽毛がふんだんに詰め込まれた布団。ジムでトレーニングをした後にシャワーを浴びて、少しだけするお昼寝ほど幸せなものはないだろう。それに、大の字で寝そべり、この素晴らしいベッドを堪能している私の姿を見て、家の者たちは“はしたない”と問いただす者はここにはいない。なぜなら、私はここで自身のみで生活をしていくのだから。

 

「特殊国立高等学校なだけあって設備はきちんと完備しているし、ご飯もおいしいし、これこそ完璧って言われるべきだよねえ」

 

 光の灯されていない蛍光灯を眺めながら、今日の食堂での夕食は何にしようかと期待を膨らませる。

 

 

 

 

 

 

 ____おめでとう、クリスタ。さっき入学したって聞いてね。君ならできるって信じていたよ。

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいね、IS学園って」

 

 

 

 

 IS学園。日本が運営する国立の高等教育機関であり、そして唯一認可の受けたISについて学ぶことができる教育機関でもある。

 

 インフィニット・ストラトス。世間一般では『IS(アイエス)』と縮められて認知されている。マルチフォームスーツと呼ばれる代物で自分の体に機械を身にまとわせる、前時代的な言い回しだとパワードスーツのような機械である。当初ISが初めて出現したころ、世間ではISはSFの世界から飛び出てきたような夢の機械やロボットとして羨望の眼差しで見られていたが、今ではすっかり『スポーツ競技』として定着していた。

 

 そのISの操縦技術などを学ぶことができるのが、ここIS学園である。

 今や全世界が注目しているISを唯一学ぶことができるだけあって、IS学園というのは言わずもがな、誰もが知る一番有名な学校になっている。

 

 ならば、世界中の受験者がIS学園に殺到してしまうのではないか、と思われがちである。しかし、実際の所IS学園は日本にある一校で十分らしい。なぜ、そうなるのか? その答えはISの性質がカギを握っている。

 

 そもそも、ISたちは操縦者として女性しか選ばない。なぜ女性に限定してあるのか、という疑問は、今現在でも解明されていない。これで、世界人口の半分の約35億人に絞られる。では女性ならば、誰もがISに乗ることができるのか、と言われれば答えはNOだ。ISに乗るためには、ISによって()()()()証である“IS適性”が高い女性にしか、操縦者となることが難しいと言われている。

 なぜそこまでISが選り好みするのか、という原因はISたちの性格だから、としか言えないらしく、何とも現実は残酷である。

 そのIS適性には段階的な区別が付けられており、選ばれたものの不完全にしか動かすことができないDランクから、どのISからも愛され、思うがまま使いこなすことができるSランクまで存在する。訓練等を積めば適性が上がるらしいものの、個人でISを持つ人なんているはずもない。それで、ほとんどの女性は適性がDで、操縦がままならないため、仮に入試の筆記試験の得点が良くても、IS適性によって不合格通知を受けることがよくあるそうだ。

 

 何が言いたいかと言うと、私はこのIS適性という天賦の才が与えられたことに、感謝しているということだ。こうして、日本へやってこれたのは、この幸運があってこそ。食堂で見ていたテレビでもやっていたように、噂の男性操縦者が入学するタイミングで入学出来たのも、縁に恵まれている他ない。

 

 

 

 こうして入学が決まり、IS学園にもいるという事でISを動かそうと考えていたものの、今は入学式前の3月。まだ()()という扱いにならないために、IS学園の一部の施設は使えない状態になっている。そのため、私の愛機で訓練をすることが出来ず、ここ一週間は唯一利用できるジムに通い、身体を動かす毎日を過ごしていた。

 だが、このままでは、私は日本でトレーニングをしに来ているようなものになってしまう。せっかく来ているのだから、日本文化を満喫したいところ。幸いにも人工島であるIS学園と本土とを結ぶモノレールが走っており、それに乗って日本を観光するのもいいと思う。特に日本には、美味しい食べ物があるので、それを入学式までに色々食べていきたいところである。

 

 

「さてっと」

 

 十分にベッドの寝心地を堪能した私は体を起こす。

 夕陽によって明るくなっていた部屋は、いつの間にか夕闇によって支配されていた。壁掛け時計はぼんやりと見え、正確な針の位置が私の目では確認できなかった。仕方なく、私は頭部に着けているゴーグル(私の愛機)に触れ、時間を確認する。

 すぐにハイパーセンサーが起動させ、デジタル時計を見る。時刻は16時を過ぎる頃で、食堂が利用できる時間帯までもう少しだ。

 

 食べ物の事を考えていたら、なおさらお腹が空いてきてしまった。これからご待望される食事達を想像しつつ、靴を履いていく。

 

 

 

 

 

 ____クリスタ、お前にはやってもらいたいことがある。君にしか出来ない事だ。

 

 

 

 

 

 靴を履き終わると同時に私はやるべき事があったことに気づき、手荷物を置いてあった机へと歩み寄る。

 

「危ない危ない。これを見ておかないとね」

 

 カバンの中にあるIS学園に関するパンフレットの中から私は、IS学園全体を簡易的に描いた地図を取り出した。

 

 

 

 

 

 ____お前には主にIS学園にあるという地下施設への入口とその中を調べてもらう。そして、専用機たちのデータもついでにな。

 

 

 ____全ては、お前の()のためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツにあるフォルテシモ社の所長室には、二人の男性がいた。一人は、青いつなぎ服に同じ色の帽子を深々と頭に被る若い男で、大きなソファーに座っています。その座り方は、とても行儀の良い座り方とは言えず、足を組み、我が物顔でソファーを占有しています。

 もう一人の男性は、大きなデスクの端に寄りかかるように立っています。きちっとしたスーツに身を包む壮年の男で、男の右手には、紅茶の入ったカップを持っています。

 

「クリスタ・ハーゼンバイン。ねぇ……」

 

 若い男は、手にあるタブレット端末を読みつつ、やる気のなさそうに呟いた。

 

「IS適性はA-。ドイツ代表候補生の選考に通るものの、結果としては選ばれず落選。しかし、候補生として選考に通るほどの有り余る才能に目を付けたフォルテシモ社の研究所所長であるクラウス・ハーゼンバインが彼女を起用。データ収集用に改修されたIS『サンドロック』のテストパイロットに任命……」

 

 若い男は大きなため息をこぼす。その表情は、納得のしていない不機嫌な表情をしています。

 

「こんなの、姪っ子ちゃんが贔屓されているようにしか見えないんですけど。そこんとこどうなんですか()()()()?」

 

 男の視線の先には、大きなデスクの端に寄りかかるように立っているスーツ姿の壮年の男がいた。

 

「私の部屋に勝手に上がり込んで、私の紅茶を飲みに来たかと思ったら、その事か。彼女がテストパイロットをしている事が不満かい? 君はあのサンドロックの動きを見ていたと思うけどね」

 

 クラウスは湯気立つ紅茶を一口飲むと、優しく問いかけた。

 

「ええ、よーく見えていましたとも。前に行った評価実験のことでしょ? 例のレーゲン型に使う装備をさせた黒うさぎ隊の打鉄を相手に、圧倒したっていう。ただ、それが俺にはよく分からねえんだよな。だって、テストパイロットになった初期のデータじゃIS適性はC+。よくいる平凡な能力。しかし今となっては、今や代表候補並の実力。()()IS操縦者研究を行っていた知識のあるあんたが調整を行ったとはいえ、このISとだけ適性値が最高ランクを叩き出すなんて異様ですよ異様。全く何なんですか、この子は」

 

 若い男は手に持っている端末へと視線を落とす。

 画面には、ISの横に並んで立っている少女の写真が映されていた。肩まで伸びたプラチナブロンドに、笑顔が似合う可愛らしい操縦者を若い男は睨むように見つめる。

 テストパイロットに任命され、一か月足らずで異様な適性を叩きだす所以外を除けば、少し貧相な体つきの何処にでもいる有り触れた人物だった。

 

「彼女は私の自慢の娘みたいなものだよ。それにあのISは、彼女のためにあるようなものだ。考えうる中での最高の人選じゃないか」

 

「あー、はいはい。さいですね。全くこれだから子煩悩は……」

 

 散々聞かされた答えに嫌気が刺した若い男は、ソファーの近くにあるテーブルに端末を放り投げる。その様子を見て壮年男はにっこりと微笑んで紅茶を飲み始めた。

 

「んで、本当に亡国機業に有益な情報を引き出すのか? あんたの娘は。いくらIS適性が最高でも、単なるテストパイロットでしょ?」

 

「大丈夫、きちんと()()は済ませているんだ。君の考える以上に十分な働きをしてくれるよ。吉報を待っているといい」

 

「吉報ねぇ……。一体何を思えば目の中に入れても痛くない姪っこを諜報員に出来るんだか。ホントあんたの考えることは理解出来ないわ」

 

 左目に白い眼帯を付けている男の言葉に壮年の男は答えます。

 

 

 

「これも()のためなんだ。仕方のない事だろう?」

 




ストックは無いもので、各話更新につきましてはほぼ不定期になります。





8/15 結構加筆・修正を加えました!


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第2話 一喜一憂



「ねぇ、叔父さんも男だからって嫌な事されたりするの?」

 少女はたどたどしく、疑問に思っていたことを目の前の男性に問いかけた。

「…うーんそうだね。正直、私も職場とかでは時々女尊男卑の風潮は身をもって感じているよ。今まで通り普通に接してくれる方もいるけれど、取引先で男だから云々とかって卑下にする人たちは少なからずいるな。知り合いにも、ISの台頭と女性優遇政策とかで職を失った人が何人もいるし、前と比べたら男であるだけで生きづらくなったかな。ホント、不思議な世の中になってしまったと思うよ」

「そっかぁ…。じゃあISが出てきてあんまりよく思っていないのかな?男の人は、女尊男卑だ!差別だってニュースでやっているみたく不満を募らせているのかなって思っているのだけれど」

「いや、だからと言って私はISが嫌いとは思っていないな。むしろMs.タバネには感謝しきれないくらいだ。私の好きなISを研究できるからね。今まで現実にはなかった、誰しもが夢にまで見た素晴らしい発明品をあれこれいじって研究できるからね。もうあれは男のロマンといっても過言ではないな」

「ふふ、叔父さんってISの話になるといつも楽しそうに話すね」

 少女は思わず手で口を押えて笑った。

 男性は、ぬるくなった紅茶を口にした後、話を続けた。

「あぁ、またついつい熱くなってしまったか。まあ、私にだって不満に思ったり理不尽に思ったりすることはある。ISの登場によって、以前と比べると科学技術は確実に進歩したし、世界や人々の常識を覆すことは良いことだ。でも逆にその分、いくつかの障害を生み出してしまった。こればかりは仕方のないことだとは私も思うよ。何か新しく、画期的なものには良い面もあれば悪い面もある。これは既に歴史が証明してくれている。ISは素晴らしいものだけれど、かなりのじゃじゃ馬だ。何せこれほど常識を変えてしまったのだからね」

 男性は少女のだんだんと不安そうな表情していく様子を見た後、少し結露の付いている窓を眺めながら話した。

「だが、別に気に病むことではないよ。この悪い問題を完全に解決していくことは難しいが多少なりとも改善したりしていくことが出来る。今回の場合(IS)もそうだ。君と私たちでこの狂った世の中を正しい方向に持っていく。ただそれだけのことさ」

 外はまだ暗く、雪が降り積もっていた。










 

 

「では、今のところがきりが良いので今日は早めに終わりましょうか」

 

 今は、4時間目。丁度12時前といったところだ。この授業が終わればお昼ご飯が私たちを待っている。今日は和食に挑戦してみようか、と私は思いふけっていた。IS学園では全寮制という事もあり、全校生徒が食事をするためのものすごく大きな食堂が設けられている。

 

 IS学園は世界中から生徒を集めているということもあってか、どのような生徒が来ても食事ができるようにされている。宗教、文化が例え異なったとしてもきちんと対応をしているらしい。何が言いたいかというと…提供される食事の種類が豊富であることだ。和食・洋食・中華はもちろん、イタリア料理やフレンチまである。また、食堂に設置されているデジタルサイネージによれば、毎月期間限定である国の風土料理が出されるらしい。さすが、莫大な資金をかけて作られた教育機関である。教育だけでなく、生徒たちのために食事の面も考えているとは。どうやら、私はとてつもない場所へ来てしまったと改めて実感する。それはもう3年間だけでなく、一生ここで暮らしていたいくらいに。

 

 

 

「では、時間が余っているので、クラス代表を決めましょうか」

 

 私たちのクラスである二組の担任である中井先生は、先程の授業の教科書をまとめながら話した。どうやら、私のランチはもう少し後の事みたい。

 

 

 

 先生の話を要約するとこうだ。

 来月に行われるIS学園最初のイベント、クラス代表戦が行われるため、その出場者を決めなければならないらしい。このクラス代表戦はリーグマッチで学年4クラスの総当たり戦であるようだ。また、このリーグ戦へ出場するのはクラス代表と呼ばれる人のみで行われる。さらにクラス代表はその組の長として、生徒会の会議や委員会活動を行わなければならない。

 

「と簡単に言えばこういう事ですね、では誰がクラス代表になりますか?自推他推で構いませんよ」

 

「代表ってことだし、IS操縦に慣れている人がいいよね」

「クラス代表戦ってことはやっぱり代表候補生が出てきちゃうのかな?」

「他のクラスには代表候補生もいるし、強そうだよね…。うちらのクラスにいないのが残念…」

「えぇ~ちょっと怖いなぁ」

 

 口々に生徒たちがお互いにクラス代表についての話をし始めた。誰しも不安で潰れてしまうそうといった表情である。

 

 しばらく時間が経ったが、やはり簡単には候補者は出なかった。それもそのはず、クラス代表として戦うという事となれば、必然的にIS操縦の上手な人がクラス代表には適任であろう。また、1組と4組には代表候補生がいるという情報もあり、IS学園に入学したての生徒が格上の相手となるとなかなか挑みしづらいところもある。それにこのリーグ戦では、多学年からも見られるらしい。他人から受けるプレッシャーは計り知れないだろう。

 

 他の人の様子を見ていると、突然肩を叩かれた。

 

「ねぇ、クリスタってそういえばテストパイロットだよね?なんとかって会社の」

 

 振り返ると、後ろの席の桜田玲菜が小声で声をかけてきた。

 彼女はこのクラスで最初の顔見知り程度にまで仲が良くなったクラスメイトである。入学式のホームルーム後、動物園のパンダの如く扱われている人気者『織斑一夏』を一目見ようと私を誘ってきたのがきっかけだ。

 

「ええまあ…やっていますよ。ちなみに会社名はフォルテシモ社」

 

「そうそれ!ドイツの企業ってよくわからなくてさ。それでね、テストパイロットだし専用機とかって持っていたりしないかな?」

 

 サイドテールにしている茶髪が少し揺れ、顔を傾けた。

 

「あぁ…まあ。一応…持っていますよ」

 

 小声で言ったつもりではあった。だがこの一言が決定的であった。いや、それだけで十分であった。正直に言うと、私はクラス代表になろうとは思わなかった。なぜなら、今後の活動の事を考えると、あまり目立たない方がよいし面倒な仕事を任されるのではと思っていたためである。

 

 ふと周りに聞こえていた話し声が自然となくなり、突然の静寂が訪れた。その後、机やいすの音が教室内に鳴り響き、皆が私の方に目を向けていた。私の見えない位置にいる人の視線もハイパーセンサを使わなくてもわかるくらい物凄い物だった。

 

「えっ…」

 

 あまりにもすごい視線を浴びて思わず私はたじろいでしまった。

 

 助けを求めて中井先生の方を見ると、彼女はにっこりと私に微笑んでいた。さすがに担任の先生が専用機の有無を知らないはずもなく、皆の反応から見て察したのであろう。きちんとクラスの全生徒の気持ちがわかっていますね…。

 

「なるほど…では他にクラス代表に立候補する人はいますか?」

 

 中井先生が他の生徒に分かり切った質問を投げかけるが返答がなかった。私の発言は、自推の発言として捉えられたようだった。

 

「そうか、ハーゼンバインさんってテストパイロットだったよね!」

「という事は、IS稼働時間もある程度はあるよね!」

「ハーゼンバインさん、もったいぶらなくても良かったのだよ」

 

 他の生徒からは私たちのクラスに救世主がいたという喜びと、もっと自信を持ってという励ましの言葉で教室内が満ち溢れる。玲菜からは、クリスタ、クラス代表就任おめでとう!と早めの祝福の言葉をもらった。私にとっては嬉しいような嬉しくないような複雑な気分だった。

 

「それでは、クラス代表は決まりましたね。クリスタ・ハーゼンバインさんよろしくお願いします」

 

 中井先生が満足そうにそう言い終わる頃にチャイムが鳴りだした。

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、本日の授業も終わり自分の荷物を整理していた時だった。

 

「クリスタ!今日は大丈夫だよね!じゃあさ、部活動に興味ない!?」

 

 必死な形相で強引にお誘いを聞いてきたのは玲菜だった。

 

「部活動?確かそれって、学校の課外授業みたいなものでしたか?」

 

「うーん、まあそんな感じかなぁ。同じ興味とか同じことをしたい人同士が集まって色々やる団体みたいなものよ!」

 

「なるほど…。それで玲菜が興味を持っているという団体とは?」

 

「それはね、新聞部!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、興味を持ってくれた人を連れてきましたよ!」

 

「おぉ、玲菜ちゃんお疲れ様~ その子が昨日言っていた興味を持ってくれそうな子かー」

 

「はい、そうですよ!それに、今日うちのクラス代表になったのです!」

 

「あら、すごい子を連れてきたのね」

 

 私が今いる場所は玲新聞部が使っているという部屋。

 玲菜に半ば強引に連れてこられた。それにしても前から目を付けられていたとは…。私が初日の自己紹介の時に写真撮影を趣味にしていると言っていたからだろうか。だが、その疑問に答えてくれるものはいなかった。

 

「ねぇ、玲菜。まだ入学してから日が浅いのにどうしてこの部活動に入っているの?」

 

「ああ、それはねIS学園への入学が決まったときには、新聞部と連絡を取り合っていたのさー。私ね、こういう感じの部活に憧れていたのだよね!」

 

 玲菜は胸を張って答えた。

 

「でもどうやって連絡を?」

 

「そりゃ、もちろんSNSだよ!よく○witterで見かけて興味を持ったのだよね~。あ、IS学園関係のSNSだから結構人気あるよ!」

 

 時代も時代ですから、よくある話ですね…。

 

「そうそう、自己紹介をしていなかったね。私は2年で新聞部副部長の黛薫子でーす。よろしくね。噂のゴーグルちゃん!」

 

 黛さんは私の頭部に付けているゴーグルを見ながら元気よく私の肩を叩いた。

 

「初めまして、1年2組のクリスタ・ハーゼンバインです」

 

「うんうん、よろしくね。そっかゴーグルちゃんはクリスタって言うのね。ちなみに、何で、この部活に興味を持ったの?」

 

「そうですね…。メディアに関わる部活動と聞いていたので、色々と学園のことをよく知ることが出来そうでしたし、何より私の持っているカメラが使えそうかなと…」

 

「ほうほう、カメラを持っていたとは…。ちなみにどこのカメラ?」

 

「私のカメラは○コンですね」

 

「おお、ホント!?私も○コンだよ!今度見せてよ!」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「やったー!いやー玲菜ちゃんも勧誘ありがと!いい子を連れてきたね~ これで撮影できる人が増えたわ。助かった~」

 

「いやーそれほどでもー」

 

 どうやら、新聞部の方には受け入れられたようで安心した。これで、学園関係者とお近づきが出来るかもしれない。そう思っていると、この部屋へ部員と思われる人が入ってきた。

 

「…あれ、人が増えている。ってそれより薫子!めちゃくちゃ美味しい情報をゲットしたよ!」

 

「ん?どうしちゃったのよ。まゆちゃん?」

 

「それがね…。1年1組のクラス代表者を決めるっていう模擬戦を来週月曜に第3アリーナでするみたいなの!対戦カードはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットと、噂の男性操縦者、織斑一夏との闘いみたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 辺りには雪も積もり、肌寒い季節になっていました。
日は沈み、街もすっかり暗くなり辺りには街灯に光がともり始めています。

 そんな街のある小さな屋敷の居間には二人の人がいました。少女はプラチナブロンドのように白く長い髪をしており、少し不安な表情を浮かべています。もう一方は短く整えられた髪の男性でした。男性はにこやかな表情を浮かべています。
その二人は暖炉の近くに設置してある机に向かい合って座っていました。机にはいくつかの紙媒体や電子端末が置かれています。

 男性が今日も良い紅茶だとお茶を飲んでいると、少女は手に持った湯気の立っているカップを見ながら話をします。

「私も思うのです。ISに乗らないのに高圧的な態度をとる女性の人たちや男性へのひどすぎる待遇…。これではまるで、ISが登場する前の話にあった“男尊女卑”と同じ…いやそれよりもさらに酷いのではないかって。ISは女性の立場を優遇させるための道具ではないと思います。ISはもっと…もっと人々を良い方向へ導くものだと思うのです。男女の立場がとか、競技スポーツのためだけだとか…そういうものではないのです。だから、私にもできることがあるのであれば、やらせてください」

「なるほどね。君の考えは大体わかったよ。でもね、これからの生活では苦しい思いをさせてしまうかもしれない。私だって君にはあまりこのようなつらい道には正直言って進めたくはない…それでも?」

「それでも…少しでも変わるなら…良いのです。それで私の願いが一歩でも近づくのであれば。 …この可笑しな世界を変えたいのです」


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第3話 世界一幸運な少年

 

 

 

 

 織斑一夏。彼のことを各国のメディアでは「世界一幸運な少年」、または「ファースト」としてよく取り上げられた。なぜ運が良いかというと彼は、たまたま高校入試の会場を間違えそこに偶然あった試験用のISを見つけ触れた、ということらしい。他にも幸運な理由がある。

 

 ISはそもそも女性しか操縦が出来ない仕組みになっている。なぜ男性にはISを取り扱うことが出来ないかは、未だに原因は不明である。遺伝子でISコアが判断している、ISコアの好みではないか等々の憶測が飛んでいるが定かではない。これはISを作り出した天災(篠ノ乃束)に問いただすしか答えは導き出せないだろう。

 

 

 

 どうにかして、男性でもISを扱えるようにならないかは各国が研究・実験を密かに続けているらしいが、未だに成功例は全く報告されていない。そして、そのような状況の中での初の男性操縦者の発見である。織斑一夏の登場により、日本のみならず世界中で彼のようにISを扱える男性はいないのかという可能性を信じ、くまなく調査が行われたが結局見つからずに終わった。

 

 そして、唯一一人だけのIS男性操縦者となった織斑一夏をどう扱うかの話し合いがIS運用協定に基づいて設置された国際機関、国際IS委員会でされたという。もちろん国際IS委員会の中にも女尊男卑の思想を持つ役員は少なからずいるはずであり、世間では「ファースト」の身を案じられた。研究のモルモットにされるのではないか、急に存在が抹消されるのではないか等といった根も葉もない噂話が流れたが、彼の扱いは一旦、どの国にも属さないこのIS学園への入学をさせるという一時的な措置が取られた。

 

 なぜ深く議論がされなかったかというと、答えは明白であった。彼の姉が織斑千冬であるからだ。織斑千冬と言えば、ISの操縦技術などを競い合う大会、第一回モンドグロッソ世界大会で総合優勝を果たした「ブリュンヒルデ」であり、世界最強のIS操縦者。そしてブリュンヒルデは全てのIS操縦者の憧れ、といっても過言ではない。その実の弟である、織斑一夏を粗雑な扱いができるはずもない。

 

 さて、このようなこともあり女尊男卑の世の中でありながら、卑劣な扱いをされなかった織斑一夏のことを「とても運がいい少年」とされたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園と第3アリーナとを繋ぐ道には、一年生を表す青いリボンを身につけている生徒たちがぞろぞろと学園へ戻っていた。そのまま部活へ向かう者もいれば部屋へ戻る者もと様々だ。その生徒たちに紛れて私と玲菜、そして新聞部副部長の黛さんとで新聞部の部室へと足を運んでいた。

 

「ふふふ、結構白熱した試合をしていて記事の書き甲斐があるわ!それにいい写真も撮れたし」

 

「そうでしたよね、織斑くんかっこよかった!クリスタもそう思うでしょ?」

 

「確かにそうだね。あの白いISのフォルムは、他企業の関係者が言う事ではないと思うけれど、スマートなデザインだと思うよ。ファーストは日本人だしあのISは倉持技研かしら?」

 

 試合を観戦していた私たちは各々感想を述べていった。

 

「お、ゴーグルちゃんもそう思う?やっぱり日本人が乗るのだから、ネームバリューのある企業が扱うから倉持技研よねぇ。それに、あの彼が持っていた武器も一本の剣だったし、打鉄を意識したISなのかしらね」

 

 黛さんはカメラで撮っていた写真をカメラの画面を確認しながら話した。

 

「黛さん、危ないので前を見て歩いてください」

 

「大丈夫大丈夫、ここは私の庭みたいなものだから。転んだりしないよ」

 

「ってISの話じゃないのですけど!」

 

「まあまあーわかるよ、玲菜ちゃん。私だって彼がイケメンだとは思うけれど、何と言うか、こうアイドルが学校にいるみたいに感じちゃってね…近づきがたいというか何だか見ているだけで満足しちゃうわ。もう、見ているだけでお腹いっぱい。今日も写真を見ているだけで十分だわ」

 

「もう、先輩もクリスタも織斑くんに関しては淡泊だなぁ」

 

 私は二人のやり取りを見ながら、あの時の試合を思い出していた。今でもはっきりと彼の使っていた武器は覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後となり、快晴の空が頭上に見えている第3アリーナでは一組のクラス代表を決める模擬戦が行われようとしていた。アリーナの客席には、人の数はちらほらといた。制服のリボンを見る限りでは、一年生しかいないだろう。

 

 私は、玲菜と一緒に新聞部としての取材を兼ねて第3アリーナへやってきている。隣に座っている玲菜は、生織斑君はいつ出てくるのかな、とそわそわしていた。

 

 入学してから一週間弱が経過し、食堂でファーストを見たいと良く玲菜と一緒に昼食を食べるのだが、未だにファーストの近くの席に座ったことがない。なので、いつも遠くからファーストを見るだけでいつも留まっている。運悪く遭遇しないこともある。噂の男性操縦者のブームは過ぎ、初日よりかは、廊下に人が溢れかえるほどの人だかりは出来なくなったが、食堂では近くに座りたいという人たちで今でも数多くいる。私たちは、うまく近くに座るというタイミングを逃し続けていた。

 

「あれ?先輩も見に来たのですか?」

 

 模擬戦の開始を待っていると玲菜が後ろを振り返り誰かに声をかけていたので、私も倣って後ろを見ると新聞部副部長の黛薫子さんがいた。確か2年生はこの時間帯だと授業が入っていると言っていたような…。

 

「黛さん、今日はまだ授業が…」

 

「あ~、今日はちょっと模擬戦が気になっていたら体調が悪くなって欠席にしたのよね。げほげほ、おっとマスクしなきゃ」

 

 そう黛さんは言うと、懐からマスクを取り出し、顔に付けた。よく、無事にアリーナまで来られましたね…。

 

「それじゃちょっと横に座るね」

 

 よっこらせと、黛さんは私の隣に座った。少々呆れながらアリーナの前方へ目を移すと、青を基調としたISがアリーナ上に現れていた。

 

「あ!早速ISが出てきたよ!オルコットさんのISだよね。すごいなぁ」

 

「お~ あのISは、イギリス製第3世代ISのティアーズ型だね。現物を見たのは初めてだわ」

 

「先輩物知りですね!」

 

「ふふん!整備科のエースを舐めちゃいかんよ、これくらい知っていて当然!」

 

 玲菜からの尊敬の眼差しを向けられた黛さんは、少し照れていた。

 

 

 ・AME社製第3世代型IS蒼雫(ブルー・ティアーズ)

 

 現在、選定が行われている欧州連合の統合防衛計画(イグニッションプラン)にて他国より優勢のティアーズ型ISの一つ。ティアーズ型はBT兵器と呼ばれる自立機動兵器が最大の特徴である。この蒼雫(ブルー・ティアーズ)の場合だと他には、大型レーザーライフル“スターライトMk-Ⅲ”と近接格闘用のショートブレード“インターセプター”を装備している遠距離攻撃型のISである。

 

 私も他国のISについては、今まで公開されているデータを見ているだけあったので現物を見たのは初めてだった。

 

「第3世代?打鉄とかと何か違いがあるのですか?」

 

「そりゃ、もちろんあるわ。打鉄とかラーファル・リヴァイヴの第2世代型ISは後付武装(イコライザ)によるISの多様化を目標としたものよ。例えば、打鉄だったら近接ブレードとアサルトライフルが標準装備でしょ?それらに加えて元々持っていない何かの武装を付け足したいってなった時に後付武装を使うのよ。んで、第3世代型ISの特徴としては、操縦者のイメージインターフェースというものが使った特殊武装を再現させようとしているのが、この第3世代型ISってなわけ。あの蒼雫(ブルー・ティアーズ)にだってそういう装備があるはずよ」

 

「ほうほう」

 

「そして現在絶賛各国が研究・開発をしているのだけど、最近になって開発が始まったばかりだからどこも試験段階の状態のISらしいのよね。まだまだ問題が山積みみたい」

 

「へぇ~、そんな貴重な第3世代型がIS学園にあって大丈夫なのですか?まだ研究とかしていないといけないのじゃ…」

 

「その研究のために、各企業は稼働データとかが欲しいのだけれども、そこでうってつけなものがこのIS学園なわけよ!何せ、学園で未来のIS乗りを育成しつつ、さらに学園で行われる公式試合とかのイベント行事で稼働データが集まりやすいのよね」

 

「なるほど、そういうことでしたか!ありがとうございます!」

 

「いいのいいの、これくらい」

 

 玲菜は黛さんにお礼を言った。一方黛さんは、少し笑顔で手ぶりをしながら答えた。

 

 あの蒼雫(ブルー・ティアーズ)だと、BT兵器がイメージインターフェースによる兵器である。6基のBT兵器を所有しており、この複数のBT兵器でオールレンジ攻撃を行うことが出来るらしい。

 

 

「ねぇクリスタ、気になったのだけれどクリスタもテストパイロットだからやっぱり第3世代型のISを使っているの?」

 

「あ、それ私も思った。そこの所どうなの!?」

 

「いいえ、私の持っているISは残念ながら第二世代のものですよ」

 

「そっかぁ、残念」

 

「あれま、残念。第3世代型ISだったら弄ってみたかったのに」

 

「それは無理です。上からの指示で私のISは私以外が行うことはできないので」

 

「むぅ、けち!」

 

 黛さんが拗ねてしまったが、無視した。どうしようもなかったからだ。そんな様子を見ていた玲菜は苦笑いしていた。そうこうしているうちに周りが騒がしくなったと思うと、アリーナには白というよりかは灰色に近い色をしており、所々青い配色が施されているISがISのカタパルトデッキから飛び出し、ふらつきながらもどうにかして体勢を安定させようとしていた。

 

 

「おお、あれが織斑君のISね!なかなかかっこいいじゃない!って私は別の場所に行くからゴーグルちゃんはそこから写真をお願いね!」

 

 黛さんは、別のアングルで写真を撮るために他の良い位置へ移動していった。私は自分の持っているカメラをファーストのISに向けてシャッターを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で夕食を食べ終えた後、私は自室へと戻った。本来、IS学園の寮は二人部屋が基本であるが、私は人数調整の影響もあり、私一人のみで使う事となっている。そのため、広く部屋を使えているので嬉しい限りだ。部屋の扉を閉めた後、私はだらしないと自覚しながらも、ベッドへダイブした。数回ベッドの上で跳ね、布団に抱きつき今日の疲れを癒す。誰にも見られないという特権から、入学した翌日からこの行為を行っていて夕食を食べた後、いつもこうしている。

 

 今日はIS学園に来て一番の発見をしたではないだろうか。ベッドの上でそう思い、あの模擬戦について考えていることがまとまらない。

 

 結果から言うと、セシリア・オルコットが勝利を収めた。黛さんは、初の男子クラス代表になるか、という記事を用意していたらしいがそうではなくなり残念そうにしていた。試合の内容だが、セシリア・オルコットによる一方的な勝利ということではなかった。そうファーストもきちんと対抗していたのだ。

 

 玲菜の話によれば、ファーストは幼馴染である箒という人物から今日まで剣道場で稽古をつけてもらっていたので、IS操縦はぶっつけ本番であるようだ。言ってみれば、片や代表候補生、片や素人の男性。稼働時間も経験も大きく差が開けている。普通だったら、代表候補生のセシリア・オルコットの圧倒的な勝利を収めるもの。私がファーストと立場が同じであったならば、セシリア・オルコットの奏でる円舞に踊らされていただろう。ISの初めての操縦でやることは、まずは体がISに慣れること。その次に、PICに慣れることが大事になってくる。基本的にISに乗ると、地上ではなく空中にいることが多い。そこで、ISの基本システムのPICを使い、浮遊を行う。だが、ファーストは、その慣れる段階を飛ばし、いきなり模擬戦を行った。

 もちろん、最初はまだ慣れていないのかファーストは攻撃を躱すことが出来ずに被弾をしていた。だが、時間が経つにつれて攻撃を躱していくようになった。仕舞いには、セシリア・オルコットがまだBT兵器とライフルを同時に扱えないことまで見抜いていたようだ。BT兵器を破壊するほど操縦をしながら考える余裕が出来、剣を扱うことが出来ていたというあの成長の早さに驚かされた。

 

 

 

 私はベッドから降り、机に向かうと試合の時に使っていたカメラに手を伸ばした。あの試合で驚くこと事は他にもある。ファーストの驚異的な成長速度に関してだけではなく、操縦していたISに関してもある。

 カメラで撮った写真をまた見たくて、アルバムを開く。セシリア・オルコットと対峙しているところ。腕を身体の前に交差させて、レーザーライフルの一撃を防御しているところ。一次移行(ファーストシフト)した後の姿。数多く撮った写真の中、一番気になっているところの写真を見つけた。

 

 その写真にはファーストが手に持つ近接ブレードの左右に割れた中から青白い光を放つ剣を出現させ、対戦相手に目掛けて飛んでいるという写真だった。模擬戦では、一次移行(ファーストシフト)へ移行した後にこの剣を持ち、攻撃を行おうとした後にシールドエネルギーがなくなり、試合が終了した。ファーストはその間、攻撃を回避していたためシールドエネルギーを削られたりしていない。一振りの剣を武器にして戦い、シールドエネルギーを消費する武器で思い当たるものは一つしかない。

 

「あれは“雪片”。どうしてあの武器をファーストが扱っているの…」

 

 そう、かつてブリュンヒルデが愛用し、第一回モンド・グロッソで優勝に導いたIS“暮桜”の武器。私が何回もモンド・グロッソでの試合を見たからわかる。そして、その単一仕様《ワンオフアビリティ》は……

 

「これ…絶対に零落白夜よね…」

 私はぽつりとうわ言のようにつぶやく。零落白夜は自分自身のシールドエネルギーを消費することで相手のエネルギーを、もちろんシールドエネルギーをも全て消滅させるまさに諸刃の剣。エネルギーを失った相手へ攻撃することにより大きなダメージを与える。それが零落白夜の効果だ。暮桜だけのだと思っていた雪片をあのISが持っていることがさらに私を混乱させた。彼が操縦しているISは“暮桜”ではない。

 

 私の見間違いで何らかの別の武装という可能性も否定はできない。ただ、自分自身のシールドエネルギーをも消費してまで使う武器があることには変わりはない。()()()()()()()()()()()()()()ということで監視するわけにはいかなさそうだ。織斑一夏とそのISに関しては詳しく調べる必要がありそうだ。次の予定までには調べておかないといけない、そう私は肝に銘じた。

 

 

 




皆さま、こんにちは!

元大盗賊です。

いきなりですがこの場を借りてお礼を…
この小説への感想、お気に入り登録、誠にありがとうございます!見てくださっている人がいるだけでなんかこう、モチベーションが違いますね!

次の話も出来るだけ早くに書きたいと思いますので、これからも「宇宙に憧れて」をよろしくお願いします(・∀・)ノ



P.S 投稿間隔を出来るだけ開けないって難しいですね…。始めは読者側だった私は「この小説更新おっそ!」とか思ってましたが、いざ筆者側の立場になって気持ちが理解できました。大変ですね。ストックなんて作れません><


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第4話 なんで俺が?

 

 

「黛さん、私は準備できましたよ」

 

「はいはーい、ちょっと待ってねぇ」

 

 黛さんは、取材に必要な持ち物を確認していた。今回の取材は、私がカメラマンで黛さんはインタビュアーをすることになり玲菜は先回りして、既に現場に向かっている。黛さんの昨日のしょげていた様子から打って変わって元気溌剌となっている。まさに手の平を返したような感じだ。

 

 すっかり織斑一夏の事に関しては、いち早く情報を知ることが得意となっている玲菜によると、どうも昨日の模擬戦の勝者となったセシリア・オルコットがクラス代表を辞退した。それに伴い、候補の残っていた織斑が自動的にクラス代表となったのだ。このことを黛さんに伝えると、すっかり元気になり、当初担当していた別の記事を別の部員へ放り投げ、当初予定していた通り織斑一夏へのインタビュー取材を行う事となった。

 

 

「よし、それじゃあ一夏君の所へ行こうか!」

 黛さんは、まるで新しくできたアトラクション施設へ行くみたいに目を爛々と輝かせて、部室から既に出ていた。遂に話題の人に取材が出来るとなって嬉しいのだろう。

 

「はい、分かりました。こちらも大丈夫です」

 

 そう私は返事を返すと、誰もいない部室の電気を消して扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「っというわけで…織斑くん、クラス代表就任おめでとう!!!」」」

 

 辺りには火薬の匂いがかすかに漂い、女子たちの手に持っているクラッカーから飛び出した紙類が宙に舞っている。目の前のテーブルには、ジュースやお菓子類が置いてあり、俺の座っている席以外のテーブルにも同じようにジュース等が置かれていた。今俺がいる所はいつも学生が食事を楽しむ食堂だ。晩御飯の利用時間が過ぎた後、特別に許可が降りているらしく、今一組の皆やあまり見かけない女子達が俺のクラス代表就任をお祝いしてくれていた。そう、俺は今朝のホームルームで……

 

「さて一年一組のクラス代表は、織斑くんに決まりました!あっ、一続きで縁起がいいですね」

 

 とにこやかに山田先生に言われたのだ。その時は突然のことと尚且つ、千冬姉の視線を感じたので、はい頑張りますと口答えをせず返事をした。

 

 だが、千冬姉のいない今となって冷静に考えるとこれはどうもおかしい。俺は、昨日のオルコットとの模擬戦で敗れたのだ。あの模擬戦は、クラス代表を決めるものだった。本来なら、クラス代表を務めるなら実力のあるオルコットのはず。

 

「なんで俺がクラス代表になったんだ?」

 

 そう。なんで俺がクラス代表になったのかが疑問だ。

 クラス代表を決める際、クラスの皆から俺は他推された。すると、クラス代表に男が云々と異議申し立てをしたオルコットは決闘だと言い、今回のクラス代表を決める戦いが始まったのだ。負けたことは勿論、悔しい気持ちでいっぱいだ。だが、負けた以上は仕方がない。オルコットがクラス代表になるのかと思った矢先に…これだ。

 

「それは、わたくしが辞退したからですわ。まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然の事。何せ私が相手だったのですから。でもそれでは、大人げなかったと思いまして、一夏さんにクラス代表を譲ることにいたしましたの」

 

 右隣に座っているオルコットが俺に説明をした。そう言うと周りからは、セシリア解っているねー、だとか、そうだよねー折角男子がいるのだから持ち上げないとねーと彼女の行為を称賛する声が聞こえた。

 

 昨日の模擬戦以来、ちょっと言い方にはとげが少し残っている所もあるが、すっかりオルコットの俺に対する高圧的な言動がなくなり、180°態度が変わっていた。今日なんて、ISを使う演習の際に、俺にISの飛び方をマンツーマンで指導しましょうか、だなんて事を提案するまでに変わっていた。模擬戦前に俺と口喧嘩していた頃と今とでは、まるで別人のように変わった彼女には少し理解しがたい部分がある。

 一体何が彼女を変えたのだろうか…。まあ俺としては、一年間一緒にいるのだからクラス皆とは仲良くやっていきたいし、フレンドリーになってくれて嬉しい限り。なので、詳しく考えても仕方ないと割り切った。

 

 さて、周りではジュースやお菓子を手に楽しく談笑をしている中、俺は左に視線を向けると箒が明らかにご機嫌斜めな表情をしていた。

 

「どうしたんだよ、箒?」

 

「良かったな一夏、人気者になれて」

 

 何やら機嫌が悪いようだが、何故そうなのかはさっぱりわからない…。クラス代表になってしまった以上はきちんと役割を果さなければならない。そう思うか、と問いかけるも箒はふんっと顔を背ける。そしてムスッとした顔をしたままジュースを飲んでいた。こうなったらどうしようもないと俺は説得を諦めた。

 

 折角だからと用意されたジュースを飲もうとした時だった。突然のフラッシュを焚かれて、一瞬目を背けてしまった。フラッシュが発生した方向に目を向けると眼鏡をかけた上級生らしき人と、カメラを持っているあまり見かけない人がいた。

 

「はいはーい新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ちゃいましたー!ああ、私は新聞部副部長2年の黛薫子だよ。よろしくねー!はいこれ名刺。ほら、セシリアちゃんも受け取って!」

 

 どうやら、オルコットの方も突然の事で戸惑っていた。髪を後ろにまとめている上級生、黛さんからとりあえず、お互い手渡してきた名刺をもらった。

 

「それで、取材中にカメラとかで写真を撮るのだけど、カメラマンが…」

 

「私は一年のクリスタ・ハーゼンバインと言います。さっきは突然驚かせてごめんね」

 

 カメラを持っていた人、クリスタさんが俺たちに挨拶とお詫びを言ってきた。プラチナブロンドというものだろうか。とにかく、そういう髪の色と目の色をしているし日本の人ではないようだが、丁寧な日本語を使うよな…。オルコットもそうだが、この学園で日本語が達者な海外の人には未だにびっくりしてしまう。これもISが日本産だからなのだろうか?それよりも頭につけているゴーグルが気になる。

 

「はいはい!二人のアシスタントをしています同じく新聞部一年二組の桜田玲菜です!よろしくねー!」

 

 そして、この髪をサイドテールにしている人は、二人のあいさつをしている間に俺の座る席辺りで人払いをしていた人だ。この3人が新聞部の関係者らしい。

 

「さて、挨拶が済んだことだしちょっと失礼っと」

 

 新聞部のクリスタさんを除く二人は俺の座っている席の対面に座り、インタビューが始まった。俺の右隣には先程と同じようにオルコットが座っているが、何故か左にいた箒も頑なに動かないでいた。どうしたものか…

 

「じゃあ早速インタビューを始めるよ!」

 

 俺の心配事も気にせずインタビューが始まってしまった。これで良いのか、先輩。

 

「昨日の模擬戦は注目の専用機持ち同士の試合ということもあり、関心の集まる試合でした!一年の主席のセシリアちゃんに食らいつく、初の男性操縦者織斑君!全体を通して見ている私たちがわくわくする試合内容でしたよ!ということで、そんな模擬戦に勝利を飾ったセシリアちゃん!織斑くんとの試合はどうでしたか!?」

 

「そうですわね、私と一夏さんとでは実力には大きな差があったのは明確。ですが、彼が一次移行(ファーストシフト)をせずに私の攻撃を耐えたことには驚きましたわ」

 

「ほうほう。だから、戦闘の途中でフォルムが変わったのですね。それにしても、最適化(パーソナライズ)をしている間だったのによく動けられましたねー」

 

「まあ、あれは時間がなくて仕方なくそのまま出たのですけどね。とにかく必死になって戦っていただけですよ」

 

 正直、あの時の無茶ぶりには従うしかなかったよなとあの時の事を思い出した俺はしみじみとする。

 

「それに一次移行(ファーストシフト)をした後は、私をあれほどまで追い込んだのですわ。彼には、伸びしろはまだあるので是非ともクラス代表戦では活躍していただきたいですわね。ですが、模擬戦で私が全て武装を使い切ったと思い込んでいたことはよろしくなくってよ」

 

「ははは…」

 

 どうやら、オルコットにはあの時の俺の考えが図星であったようだ。まさかミサイルを装備しているとは思ってもみなかった。

 

「なるほど…。そんなセシリアちゃんから期待を寄せられているクラス代表の織斑君!初のISでの戦いだと伺っていますがどうして学年主席に食らいつけるほどISが操縦できたのかな?」

 

「あー、ISが操縦とかよくわからなかったけれど、その代わりに剣道場で箒に稽古をつけてもらったからかな?多少は昔の勘を取り戻すことが出来たし。な、箒」

 

「ああ。こいつがあのまま模擬戦をするならあまりにも不甲斐ない結果に終わると思ったからな。私が多少はマシに戦えるようにした」

 

「おいおい、そこまで言わなくてもいいだろう…」

 

「ほうほう、剣道場で練習をしていたと…。デビュー戦で学年主席と対等に戦えるとなると、今後の活躍が楽しみですねー。それはそうと、模擬戦の最後の場面なのですが織斑くんの敗因は何だったのかな?攻撃を受けていなかったのにシールドエネルギーが0になったみたいだけれど」

 

「あぁ…あれですか?あれは俺がただISの性能を理解していなかっただけですよ」

 

「なるほど…と言いますと?」

 

「俺のISに自分のシールドエネルギーを消費して発動する武器を持っていましてね…。それを発動していたみたいで…」

 

「あちゃー、それは盛大にやらかしてしまいましたねぇ」

 

「あはは…今度使うときはきちんと性能を理解して使うつもりですので」

 

「ふむふむ、同じ失敗をしないように頑張ってもらいたいですね。それではついに最後の質問になりました…。ズバリ織斑君、クラス代表になってのコメント、抱負をどうぞ!」

 

 うわ。質問の受け答えだけならいいのだけれど、こういうの俺苦手なのだよな…

 

「えと…まあ頑張ります」

 

「えぇー。もっとこう良いコメントを頂戴よー。” 俺に触れると火傷するぜぇ” とかさ!」

 

「自分、不器用なので」

 

「うわ、前時代的」

 

 そんなことを言われても困るな…。苦手なのだから仕方がない。というか、俺に触れると…ってやつも結構前時代的だと心の中でツッコんだ。

 

「まあそこの所は私たちが何とか見繕うから安心して!」

 

「はぁ…」

 

「じゃあ二人とも、インタビューお疲れ様!ありがとね~」

 

 怒涛の質問攻めだった。と言えば良いだろうか。黛先輩からの質問に受け答えしている時間が何だか長く感じてしまった。やっとインタビューも終わった、俺が一息入れようとしたときだった。

 

「あの、私からも一つ質問良いですか?」

 

 声が聞こえてきた方を見ると、インタビュー中に写真をいくつか撮っていた人からだった。確かハーゼンなんたらさんだっけ。

 

「あら、ゴーグルちゃん何かあるのかい?」

 

「はい、私が少々気になっていることがありまして。織斑さんについてなのですが。大丈夫ですか?」

 

 どうやら俺に対してだった。まあ、特に断る理由もないし対応することにした。

 

「いいですよ。どうしました?」

 

「あなたのISはもしかして暮桜の後継機か何かなのですか?武器も一振りの剣というところが同じでしたので少々気になっていたのです。」

 

「暮桜…?それ織斑先生のISか。どうなのだろうな。ああ、ちなみに俺のISの名前は白式だ。まあ、白式の武器は雪片弐型をしかないし、武器の性能も同じだからもしかしたら織斑先生のISと何か共通するISなのかもな」

 

「なるほど、私が勘違いしていたようですね。ありがとうございます」

 

 カメラを持っていた…名刺をもらっていないから忘れたけど…ゴーグルさんは疑問が解けたのか、満足そうな表情をしていた。誤解が解け、何よりだ。

 

「さて、インタビューも終わったことだし、取材用に二人だけの撮りたいのだけれど、二人とも写真いいかな?」

 

「散々写真なんて取られているので大丈夫ですよ」

 

「え!?ふ、二人だけで、ですの?」

 

「そうだよ~ 握手とかしていると良いかもね。じゃあ立って立って」

 

 そう黛さんから言われて、俺とオルコット互いに握手をするような形で立たされて写真を撮られることとなった。

 

「それでは、撮りますね」

 

 そうゴーグルさんが声をかけて、カメラのシャッターを押すと、写真が撮られたときには近くにいた女子たちが俺たちの周りにいた。ちゃっかり箒はいつの間にか俺の隣にいた。

 

「ちょっと皆さん!?何故入り込んでいますの!?」

 

「まあまあ…」

「セシリアだけ抜け駆けは許さないよ!」

 

 どうも、他の女子たちも記念写真に写りたかったようだった。

 

「…まあ仕方ないわ。これにて新聞部の取材は終了です!皆、パーティにお邪魔してごめんねー」

 

 黛さんはそう言うと、ゴーグルさんと駄々をこねているもう一人の部員を引っ張って食堂から出て行った。

 

 こうして、嵐のように暴れまわり颯爽と去っていった新聞部の介入もありながらパーティは終わり、箒のご機嫌は部屋に戻ってからやっと軟化したのは、それはまた別の話。

 

 

 







こんにちは! 元大盗賊です!




今回は、主人公目線以外で挑戦をしてみました!たまに、こういう進め方で行かせていただきます。

原作キャラの言葉使いとか難しいのなんの(;´・ω・)


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第5話 変化

 

 

 

 食堂での取材を終えた私たちは、取材のデータを部室のパソコンに移してから今回は解散することとなった。

 

 

「いやー、なかなか書きがいのある記事が書けそうだわー。やっぱりこうなると信じてよかったよ、うんうん。織斑君のコメントなんて書いてしまおうかしら…」

 

「うふふ…織斑君に話しかけちゃった…ふふふ…」

 

 

 帰り道では、どうやら二人は歩きながら先程の余韻に浸っているようだった。邪魔してはいけないと思い、私はそそくさと先に写真のデータを移して自分の部屋へ戻ることにした。

 

 

 寮の入り口に行くと、寮母と二組の担任の先生の中井先生が話をしていた。わざわざ先生がここに来るのは珍しいなと思いながら、私は二人に挨拶をして自分の部屋に戻ろうとしたら、寮母に呼び止められた。

 

 

「あら、おかえりなさいハーゼンバインさん。丁度良かったわ。今担任の先生があなたに用があったのよ」

 

「夜にごめんね。ハーゼンバインさん。ちょっとお話があるのだけれどいいかな?」

 

「はい、特に急ぎの事はないでの大丈夫ですよ」

 

「ありがとう。じゃあちょっとついてきて」

 

 

 私は、夜になって伝えなければいけないことは何だろうと疑問に思いながら、中井先生の後をついていった。歩いていくと、行き先はどうやら生徒指導室だった。

 

 

「生徒指導室…?」

 

「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。丁度開いているところがここなだけだったから」

 

「なるほど、そうでしたか」

 

 既に生徒指導室には明かりがついており、中井先生の後を追い、中へ入ると二人の人物がいた。

 

「ふん、お前もよくここまで頑張ったものだな」

 

「まあ、それなりに努力したので…」

 

 一人は、一年の生徒のようだった。髪がツインテールになっており、制服には改造が施されて両肩が露出していた。見かけない生徒だった。

 

 

 そしてもう一人は、本学の教師にして第一回モンド・グロッソ世界大会で総合優勝を果たした人物だった。

 

「…ぶ、ブリュンヒルデ」

 

「ふん、まだにそう言うやつがいるとはな。ここでは、織斑先生と呼べ」

 

 オーラというものだろうか。ブリュンヒルデから放たれる気とあの眼光にはいまだに慣れない。

 

「はい、すみません。これから気をつけます」

 

「何か別の事を考えていたか?まあいい。それとお前も気を付けるんだぞ凰」

 

「うぐっ、ごめんなさい」

 

 どうやら、ぶ…織斑先生とこの生徒は顔見知りらしく、それほど互いに壁を感じない程度に会話をしていた。

 

「あの、織斑先生。そろそろ本題の話に移りませんか?」

 

 中井先生がここで、話が逸れないように忠告をした。

 

「ん、ああそうだな。それでだ、ハーゼンバイン。紹介する。こいつは明日二組へ編入する凰鈴音だ」

 

「中国代表候補生の凰鈴音よ。よろしくね」

 

「初めまして。二組のクリスタ・ハーゼンバインです。こちらこそよろしくお願いします」

 

「さて、お前を呼んだのは他でもない。お前の部屋が一人部屋ということは確認済みだ。そこで、凰をお前の部屋に入れることを互いの紹介を兼ねて説明をしようと思ってな。わざわざ呼び出した」

 

「なるほど、そうでしたか。初めて生徒指導室へ通されてびっくりしていたので、訳が分かり安心しました」

 

「ふむ、急な呼び出しをした事は申し訳ないと思ってる。ああ、それとついでに他に用があってな。凰から要望があるのだが」

 

「クラス代表戦っていうリーグ戦があるのでしょ?代表候補生がやって来たってことで私があなたの代わりにクラス代表をやるから譲ってもらえないかなーってね。私がクラス代表になったら、大船に乗ったつもりでいて大丈夫よ。優勝に導いてあげるわ」

 

 どうやら、私に話したいことは他にもあったようだ。確かに、テストパイロットと代表候補生では実力も乗るISの性能も段違いだろう。方や企業に認められた人と、方や国に認められた人だ。だが、私は織斑のISとの戦闘データを採取して、あの武器の詳細を調べなければならない。この事は単なる調査を行うだけだし、派手にやらなければ良いわけだ。これを調べられれば大きな利益になるだろう。あの人も喜んでくれるはずだ。だから私は…簡単に首を縦に振るわけにはいかない。

 

「なるほど。私は二組のクラスメイトからの推薦を受けてクラス代表になったのです。おいそれとクラス代表の座を手放すことは、彼女たちの期待を裏切ります。簡単には同意はできませんね」

 

「ふーん。中井先生からは専用機を持っているだけの理由で、いやいややらせれたって聞いていたけれど、そんなことはなかったか。なーんだ交渉決裂ねぇ」

 

「ふむ。まあお前が簡単にクラス代表の座を譲るような奴だとは思ってはいなかったさ。さて、ここからが本題だが、凰も二組の一員になるわけだ、凰のクラス代表になりたいという意見も尊重しなければならないだろう。そこでだ。ここは一つ、模擬戦でこのクラス代表がどちらになるかを決めてはどうだ?」

 

「模擬戦…?昨日、一組で行われたようにですか?」

 

「ああ、そうだ。その方がお互いに納得のいく決め方になるのではないか?まだクラス代表戦までは3週間弱ある。クラス代表者の名前の変更は、後一週間後までなら可能だ。何、遠慮することはない。もし行うのであれば、すぐにアリーナは確保しよう。模擬戦で互いを切磋琢磨しあう事は悪くない」

 

「…分かりました。そうですね、その方がどちらがクラス代表に相応しいか決められると思います」

 

「そうこなくっちゃ。模擬戦楽しみにしているわよ」

 

「よし、ならば四日後第四アリーナで模擬戦を行うことにする」

 

「あれ…もう私が説明することがありませんね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、こうして一組の模擬戦に引き続き、二組でもクラス代表の座を賭けた模擬戦が執り行われることとなった。

 

 あれから次の日になり、二組の朝のホームルームでは転校生の凰鈴音が紹介され、それと同時に、この模擬戦の話について説明がされた。二組の皆は急な話であったので、聞かされた時は戸惑っていたはいたものの、誰も反対することなく満場一致で模擬戦を行うことに賛成だった。

 

「また、専用機での模擬戦が見られるのかぁ…楽しみ!」

 

「うんうん、クリスタの専用機、まだ見ていないから楽しみだなぁ」

 

「二人とも!お互い仲良くやっていこうね!クラス代表戦の本来の目的はデザート無料券の入手なんだから!」

 

「そうそう、模擬戦で満足しないで、クラス代表戦でのデザート無料券確保を目指して頑張ってね!」

 

 そう、このクラス代表戦で優勝をすれば、優勝をしたクラス全員へ食堂で使えるデザート無料券がもれなく送られる。今食堂ではデザート関連のキャンペーンで和菓子フェアが行われている。日本の茶菓子と呼ばれる甘い菓子を始めとして、焼き菓子、豆や米を使用した菓子などが期間限定で販売されている。それが無料で食べられるとあって私もこの報酬は嬉しい。とまあ、二組の皆は模擬戦に関してはそれほど考えておらず、クラス代表戦の優勝景品の方が気になっている様子だった。何だかんだ、うちのクラスって単純ね...私も含めて。

 

 

 とにかく、私は模擬戦に向けて自分のISの調整を行わないと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで授業は終わりです。皆さん、きちんと予習復習をしてくださいね!」

 

 6限目の授業が終わり、この後はホームルームを終え、放課後となる。ただ、最近の俺にとってこの放課後はまだ、俺が休める時ではなくなっている。放課後になると…

 

「「一夏(さん)!」」

 

「訓練の時間だ、行くぞ」

「さあ、一緒に参りましょう」

 

「あ、ああ。でも先に荷物をだな…」

 

「ああ、分かっている。部屋に戻ってから訓練をするぞ」

 

「じゃあなんで二人とも俺の腕をつかむんだ…?俺は逃げたりしないぞ?」

 

 俺は箒とオルコットに両腕を完全にホールドされて今日もアリーナへ連行…いや一緒に向かい、IS操縦の練習をされに行く。

 

 クラス代表戦まで、あと3週間を切ったところ。オルコットとの模擬戦以降、箒との訓練の場は剣道場からアリーナへ変わった。俺の専用機が届いたこともあり、より実践的に訓練を行ったほうが良いという考えからこうなった。箒はというと、毎回のように訓練機の使用許可を得て一緒に訓練を行っていた。そして、最近になり、オルコットも俺たちの訓練へ参加するようになった。これが俺への負担をより拍車にかけた。2対1で二人からボコボコにされる日々がここ毎日辺りが暗くなるまで続く。これがクラス代表戦まで続くとなると、俺の体が保つかどうかが心配になってくる。たまに、オルコットからは、IS操縦の基本的な技というものを教わるのだが、これが良く分からない。横文字と論理的な言葉を羅列させられて、その時はうんうん、と分かったよう気ではいるが毎回次の日にはそのことをよく覚えていない。

 

「今日こそは、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を覚えていただきますわよ!」

「一夏!今日もその怠けた体を鍛えてやる!」

 

 なんて今日も色々と言われながら訓練するのだろうと思っていた。だが、俺たちが向かっている所は、いつものアリーナの更衣室へ向かう道とは違っていた。俺を連行する二人は見知らぬ扉へ向かい、そのまま俺と一緒に中へ入っていった。

 

「ここは一体…」

 

 中へ入ってみると、部屋全体が薄暗く、橙色の灯りが灯されていた。大きな3Dモニターが部屋の周りに浮かび上がっており、各モニターにはそれぞれ二つ椅子が用意されていた。真正面の3Dモニターには山田先生と見知らぬ教師がその椅子へ座り、何やらコンソールを叩いていた。その後ろには、千冬姉が仁王立ちで画面を見つめていた。すると、千冬姉が振り返り俺たちの方へ向いた。

 

「オルコット、篠ノ之。二人ともご苦労」

 

「ええ、これちふ…織斑先生の指示だったのですか?」

 

 まあ俺としては、あの過酷な地獄を見ずに済むから良い。

 

「ああ、そうだ。ここから見る模擬戦は良いものだぞ」

 

「模擬戦…?今日って確か鈴と今の二組のクラス代表とのクラス代表を決める模擬戦ってやつか?」

 

 そう、先週の頭に二組にやって来た転校生がやってきたという話が話題に上がったのだが、その転校生が鈴だったのだ。鈴は、箒が引っ越していったのと入れ違いで小学校5年の時にやってきて知り合った。箒がファースト幼馴染なら、鈴はセカンド幼馴染と言ったところだ。その後、中学2年の時に急に中国へ戻ってしまい、音信不通の状態になってしまった。そんな鈴は、転校生が噂された日の朝のホームルーム前に一組に現れ、二組が優勝するとすごく似合っていないかっこつけていた宣戦布告をしに来て、俺と久しぶりに再会を果たした。その後、鈴とは食堂で色々とお互いの近況報告をし合っていた。確かその時だっただろうか。

 

「そういや今度、今のクラス代表の子と模擬戦をして、クラス代表がどっちになるかって勝負をするのよね。素直にここは、代表候補生の私に任せればいいのにー」

 

 そんな事を言っていたが、まさか今日の事だったとは。

 

「そうですわ、一夏さん。これから見る模擬戦に出るISのどちらかは必ずクラス代表戦で戦いますわ。相手のISを知るいい機会でしてよ」

 

「そうだぞ、一夏。相手のISの対策を練ることは決して悪くない。試合を観戦して、しっかりISの特徴をとらえるぞ」

 

「だから、わざわざここまで連れてこられたのか…」

 

「ああ、二組のISの動きを見るのもそうだが、私から一度、お前たちに言っておきたいことがあってだな。わざわざ来てもらった」

 

 どうやらこのことは箒もオルコットもこのことは知らなかった様だった。

 

「一度言っておきたい?それって一体…」

 

「二人のIS、アリーナ内へ入ります!」

 

 いつになく口調が真面目な山田先生の声が聞こえると、モニターにはこれから対戦する鈴のISと現クラス代表の人のISが写し出されていた。

 

 

 鈴のISは全体が紅のような褪せた赤い色をしており、時折黒い色が塗られていた。両肩には、何やらとげの付いた球体が浮遊しており、あれで殴られたら痛そうだ。

 

 

 それに対して、現クラス代表のISはというと。

 

「あれ?顔が見えない」

 

 そう、顔がISによって覆われていたのだ。それだけではなく、全身がISに覆われており、皮膚が露出している部分が見当たらなかった。配色は全体的に白く、所々黒や黄色に配色されている。顔にはきちんと目や口らしき部分があり、額にはv字のアンテナらしきものが装飾されていた。また肩の部品が、そり上がっているのと背中に剣を背負っているのがとても印象的なISだった。

 

 

「なんであのISは全身にISが覆われいるんだ?」

 

 ISの専用機持ちには日本の首相のような国家の代表が各国に一人だけ存在する。言わば国の顔とも言える存在だ。なので、ISを装着するなら、普通は自分の顔など隠す必要なんてないはず。教科書に書いてあったからそうだ。

 

「それは、あのISが全身装甲(フルスキン)と呼ばれるタイプのISだからですわ。その名の通り、全身が装甲で覆われていて、人の体が見えないように設計されたタイプのISですの」

 

「へぇ。そんなISの種類があるんだ。でも何でわざわざ装甲で全身を覆う必要があるんだ?ISって絶対防御があるんだし、そうそう怪我はしないと思うが…」

 

「そうですわね、ISに乗っていたら絶対防御が発動して、操縦者は身の危険から守られますわ。ただ、それ以外にも理由がありまして…」

 

「やっぱりそうか、んでその理由って?」

 

「それは、他人から自分自身の姿を知られたくないからな」

 

「え?自分を?どういうことですか、織斑先生!ISっていうのはスポーツ競技なんだし、わざわざ顔を隠さなくてもいいんじゃ…」

 

「ああ、スポーツ競技としてなら必要ないな。そんなもの」

 

「スポーツ競技じゃないならって...じゃあ...」

 

「あのISは元々軍によって開発されたISでな。それに、今日この模擬戦でわざわざお前たち三人をここへ連れてきたのはあのISについて伝えるべきことがあるからだ」

 

「あのISを私たちに…ですの?」

 

「織斑先生、それはどういう…」

 

 俺たちが困惑していることなんてお構いなしに、模擬戦が始まるアナウンスが流れた。

 

 

「クリスタ・ハーゼンバイン。彼女と特にあのIS『サンドロック』には注意しろ。あのISは元々アラスカ条約違反で開発中止になって凍結措置のとられたISだ」

 










皆さん、こんにちは! 元大盗賊です。


本来なら、この話も4話に入れておきたかったのですが長すぎて、分割しました。元々構想していたものでしたので、今回はいつもよりかは投稿が早いはず…!

それにしても、話を重ねるごとに文字数が増えていく…。


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第6話 クラス代表争奪戦

遂に6000文字突破。


クリスマスは色々手探りで小説を書いていました!










 

 

 夕食を済ませて、自分の部屋に着くと私は、部屋の鍵を使わずにそのまま部屋のドアノブに手をかけた。

 

「ただいま」

 

「あ、おかえりー、クリスタ。先にシャワー使ったから後は自由に使っていいよー」

 

 部屋には、つい先日IS学園へ転入し、私のルームメイトとなった中国の代表候補生、凰鈴音がいた。

 時刻を見るとほぼ太陽が沈んでいる時間帯になっていた。窓にはブラインドが下がっており部屋の灯りを外へ漏らさないようにしている。鈴はというと、シャワーを浴びた後なのかラフな格好をしている。ベッドの上でとうつ伏せになり、足を上下にパタパタさせながら何かの雑誌を読んでいた。

 

「それでは、ありがたくシャワーを使わせていただきますね」

 

 私は、荷物を自分の椅子の上に置くと、シャワーを浴びるための準備をする。

 

「鈴。聞きたいことがあるのですが」

 

「んー、どうしたの?」

 

 鈴は雑誌を見ながら、気の抜けた返事をしてきた。

 

「ずっとモヤモヤとしていたのですが、何故あなたが、私の代わりにクラス代表になると言い出したのかが良く分からないのです。転入してきて早々、クラスの代表なるなんて普通は考えないと思うのです。今回は、この模擬戦には織斑先生が一枚噛んでいるようですが…。一体何を企んでいるのですか?」

 

「ふーん、そのことね。ってそんなに深刻そうな顔しないでよ!…そんなに悩んでいるなら、今でも遅くないからクラス代表、私がなろっか?そしたらその心配事はなくなるからさ~」

 

 鈴は、雑誌を読む状態から体を起こし、私に八重歯を見せながらニヤニヤしながら話した。

 

「模擬戦の結果が出るまでクラス代表の座は譲りませんよ。今更になって、私の考えは変えません。第一、私の質問に答えになっていません」

 

「まあ、そうだよねー」

 

 ちょっとだけ期待していたのか、残念そうな表情をしていた。

 

「クリスタもテストパイロットだからわかるとは思うけれども、私以外にもさ、代表候補生は他にもいるのよね。今は私に専用機を預けるくらいの評価を上の人からもらってはいるけれども、いつ別の代表候補生に私の使っている専用機を託されるかはわからないのよね。ISには限りがあるし」

 

 現存するISの数は、467機存在する。といっても専用機や研究用のISはその中の145機だけだ。その145機が世界各国ごとに分配される。さらに、大半のISは研究に回されるため、専用機として使われるものは更に限られてくる。代表候補生だからといって全員に専用機が配られることはまずないだろう。なので、専用機を持てる代表候補生というのは、それなりの信頼と実績があるという証拠になる。

 

「だから、IS学園でそれなりの実績を作り、本国の人たちからそのまま高い評価をもらい続けたい、というところですかね」

 

「まあ、そういう所かな。でも私は単純に、目立ちたいとか、代表候補になってちやほやされたいとかそういう生半可な気持ちで代表候補生を目指したつもりはないし、このまま他の人に今の座を譲るつもりは全然ないけどね~」

 

 鈴は、右腕に付けている黒いブレスレット、甲龍に触れながらそう話した。

 

「なるほど、そのあなた自身が持っている代表候補生の誇りがあったからこそ、織斑先生を通してこの模擬戦を提案できたのですね」

 

「…そこまで回りくどく言わなくても…でも言いたいことはそういうことよ」

 

「確かに、あなたのその強い意志はわかりました。ですが」

 

「ん?」

 

「私は、一企業のテストパイロットです。企業の看板を背負ってIS学園(ここ)に来ています。クラス代表の座を譲るなんて、情けない行為は企業の侮辱に値します。クラス代表はクラスの長です。ならば、クラスで一番強い人がなるのが合理的でしょう?」

 

「へぇ、言ってくれるじゃない。そこまで言うのなら、ますます模擬戦楽しみだわ」

 

「ええ、相手がテストパイロットだからって舐めては困りますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がアリーナへ入ると同時に、鈴もアリーナへ入ってきた。

 

「第三世代型IS、甲龍…」

 

 鈴の操縦するISは燃費と安定性を重視に設計されたISだ。できるだけ長期戦は避けていきたいところ。鈴はというと私の頭から足先まで、舐めまわすようにまじまじと見ていた。

 

「へぇ、あんたのIS変わっているね、今時全身装甲(フルスキン)だなんて」

 

「まあ、ちょいとお古のISだから、珍しいかも」

 

 私は、準備運動をするように、腕を伸ばしながら答えた。お古、という言葉を聞いた時に、鈴の口元は緩んだ。

 

「ふーん、ってことは第二世代か。最新鋭の第三世代の私に勝てるかな?」

 

「オールドタイプだからって思っていたら痛い目に合うよ?」

 

 私は、サブマシンガンを右手にコールしながら返答をした。

 

「じゃあ遠慮なく全力で行かせてもらうわ」

 

 それに答えるように、鈴は主力武器である、双天牙月を右手にコールした。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 教師による、淡々としたナレーションが入り、模擬戦の始まりが告げられた。

 

 

 

 

 鈴は、双天牙月を構えると、私へ突撃してきた。

 私は格闘戦を仕掛けさせないようにマシンガンで弾幕をはる。

 

 マシンガンから放たれる銃弾を左右に動き、躱しながらもなお、鈴は私の方へ近づいてきた。

 

 これ以上は無理だと判断。マシンガンを収納し、両手にヒートショーテルをコール。双天牙月を振り下ろし、放たれる斬撃を両方のヒートショーテルで受けとめる。

 

 さすが、第三世代と言ったところかやはり双天牙月の威力はサンドロックにとって耐えがたい一撃だった。

 

「随分と奥手ね、もっと積極的にならないの?」

 

「くっっ!」

 

 少し余裕の表情を見せる鈴に対し、こちらは相手の攻撃を対処することで頭が一杯だ。

 

 両手に更に力を込め、鍔迫り合いを振り切り、互いに後ろへ距離をとる。

 

 

 距離をとったところで、すぐさま手に持っていたヒートショーテルを鈴へ思いっきり投げつける。

 

「!?」

 

 まさか武器を投げつけてくるとは思わなかった鈴は、ヒートショーテルを避けようと投げつけた射軸の直線状から横にずれた。

 だが、勢いよく回転する刃は直線に進まず、鈴のいる方向へ曲がり進む。

 

 鈴はそのまま、双天牙月を前に構え防御の姿勢に。刃は目の前の物体を削るかのごとくその場で回転し続けた。

 

「っ何よこれ!?」

 

 勢いの衰えない刃に困惑する鈴を見逃さない。

 私は肩部ミサイルをコールし、発射した。その場で身動きの取れない鈴へと放たれたミサイルは、刃もろとも巻き込み、大きく音を立て、爆発した。

 

 爆発による煙が鈴の周辺に立ち込める中、マシンガンをコールした時だった。

 ハイパーセンサから警告の文字が表示される。衝撃砲だった。

 

 目に見えない砲弾を右横にスライドして回避運動をする。同時にマシンガンで迎撃をするが、続けざまに放たれる砲弾が右肩と脚に当たったのだろう。私はよろめき、そのまま地面に叩きつけられた。

 

 

 

「中々、面白いこと…するじゃない。でもね…!」

 

 ロックオンされているという警告が響き渡る。

 すぐさま体制を整え、発射したであろう衝撃砲を左へ地面を滑るように躱した。

 

「こっちは、第三世代なもんでね!」

 

 地面からは、土埃が立ち上る。時折、頭の横から、風を切る音が響いていた。

 地面から離れ、上空に飛び立ち、背中にオミットされていたヒートショーテルを投げつける。

 

「もうそれは知っている!」

 

 だが、衝撃砲をぶつけられたヒートショーテルは、勢いを失い地面へ落ちていった。

 

 

「ちっ!!」

 

 マシンガンをコール。鈴へ迎撃を行っていく。

 

「何度も同じ手を!」

 

 鈴は連結していた双天牙月を分け両手に持つと、マシンガンを躱しながら近づいてくる。

 

 後ろへ移動しながら、マシンガンで何発か命中させているものの、僅かなダメージだ。

 

 意を決してマシンガンをしまい、再びまだあるヒートショーテルをコール。

 こちらも格闘戦をするべく鈴へブーストをふかし、近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラスカ条約?」

 

「ああ、そうだ。IS運用協定。通称、アラスカ条約とも言われている。これを掻い摘んで言うと、ISの運用方法と当時IS技術を独占的に保有していた日本へ技術情報の開示を求めた協定だ。まあ、本来の目的は後者だろうな」

 

「それで、織斑先生。そのアラスカ条約とあのISとの関係性が見えてこないのですが、一体どういう関係なのですか?」

 

「それは私から説明をしましょう」

 

 箒が質問をすると、山田先生の隣に座っていた、見かけない先生が椅子を回転させ、こちらへ体の向きを変えた。

 

「皆さん、初めましてかな?二組の担任をしています、中井佳那と言います」

 

 茶髪で髪を後ろに結い上げているこの先生は中井先生というらしい。

 基本、授業は担当のクラスの担任、副担任だけで行うので、他のクラスの先生は廊下で見かける程度にしか知らない。

 

「IS運用協定が定められた当時まだ、ISが登場したばかりでISについてまだ開発途上にあったものでした。ですので、たびたびISの運用方法には随時更新がされています。さて、あのIS、「サンドロック」ですが簡潔に言うと、サンドロックは昔、といっても4、5年ほど前のことですが、IS操縦者に対し危害が及ぶシステムの研究・開発で使われていた実験用のISでした。その情報を手に入れた国際IS委員会は、研究・開発を行っているとされていた研究所へ調査を行い、事実が確認されたため、そのシステムに関わる研究・開発・使用を今後一切禁止するという項目がIS運用協定に新たに盛り込まれたのです」

 

「それで、そのシステムというものは…?」

 

「これは、2年生後期の時に習うことだとは思いますが、先に教えますと研究者たちはサンドロックを使ってVTシステムを開発していました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度となくぶつかり合う刃。お互いに相手のシールドエネルギーを削ろうと鋭い斬撃を相手に放つ。

 

 一方が切りかかれば、もう一方はその斬撃を手に持つ刃で阻止する。時には足技も用いながら、相手のシールドエネルギーを減らしていった。

 

 クリスタのISは甲龍と同じ近接格闘型だろう。ただ、あまり格闘を仕掛けてこないことから見ると、苦手な事は確か。私の格闘で押し切れば勝負が見えてくるはず。

 

 鍔迫り合いに勝ち、ひるんだクリスタへ回し蹴りを放ってお互いに距離を置く。

 

 すると、またしても相手は手に持っていた曲剣を投げ飛ばしてきた。

 

「そんなの何回やっても!」

 

 龍砲で撃ち落とそうと、衝撃砲を放った時だった。

 

 

 衝撃砲を曲剣に当てると爆発を引き起こした。視界は煙が立ち込める。

 

 一旦、その場から離脱しようとした時、左側から警告音が鳴り響く。

 

「左からっ!?」

 

 左へ振り返ると、周囲の空気を切り刻むかのごとく熱を帯びた曲剣が迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「VTシステム…Valkyrie Trace System、その名の通りモンドグロッソの部門優勝者(ヴァルキリー)の戦闘データからヴァルキリーのIS操縦を忠実に再現するシステムだったようです。ただこのシステムには、ISの特徴である自己進化を否定しているおり、また操縦者への負担が強く、最悪生命が危ぶまれる大変危険なものでした」

 

 簡単に言えば、今の二組クラス代表が使っているISは昔に危険な研究で使われていたもの、ということだろうか。でも、既に調査というやつが終わっているのであれば、警戒する必要はないはず…。

 

「あの先生、でしたらなぜ俺たちを呼ぶまでに警戒をしているのですか?もう調査とやらが終わったのですから、そこまで神経質になるようなことでは…」

 

「それにはきちんとした理由があります。さて、これから話すことは機密事項ですので、くれぐれも口外しないように…。確かに、ISの調査とそのシステム研究、開発をしていた、メッゾフォルテ研究所への調査は終わり、その研究チームの解散とプロジェクトは凍結が行われ、サンドロックは研究所へ返還されました。このメッゾフォルテ研究所についてですが、以前にも不可解な事故が起きており、国際IS委員会としても見逃すわけにもいかなく、メッゾフォルテ研究所が行うISに関する研究について、監視・データの回収を行うよう、決められました」

 

「サンドロックは現在、ドイツの第3世代主力機とする「レーゲン型」の武器に関わる実験機という報告を受けています。今のところは、サンドロックに搭載されているものやソフトウェアには何も異常はありませんが、まだ何が起こるかはわかりませんので皆さんには警戒をしてほしいのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属同士がぶつかり合う音がアリーナ内に響き渡る。

 

 マシンガンで撃ち落としたヒートショーテルを囮にすることに成功し、すぐさまもう一振りのヒートショーテルをコール。

 甲龍の斜め後ろまで移動し、横なぎに薙ぎ払う。だが、ISに当たったという手ごたえを感じることはなかった。何かの衝撃を全身で受け、後方へ飛ばされていた。

 

 

 ここにきて、シールドエネルギーの残高が少なくなってきている警告が目の前に表示される。

 正面を見据えると背中を向けている甲龍の龍砲がこちらへ向いているのが見えた。

 

 

 

 ”龍砲の射角には制限がなく、死角のないのが特徴である。”

 

 

 

 焦りすぎたか、覚えていることを生かし切れていない。

 

 

「自分で撃ち落とすか…。でも、龍砲には死角がなくってね!」

 

 

 足元の方、地面から金属音がぶつかり合う音が耳に伝わってきた。

 

 甲龍はこちらへ振り向き、あたりに残っていた煙を両手に持っていた双天牙月で振り払った。

 

 再び間合いを作ろうと、マシンガンをコール。

 

「また、あんたのペースには乗らないよ!」

 

 双天牙月を構えるとこちらへ距離を縮めてくる。

 

 こちらは負けじと、マシンガンから銃弾を放ち応戦した。向こうにはシールドエネルギーに余裕があるのだろうか。回避運動はするもののマシンガンによるダメージを気にせずそのまま距離が近づいてくる。

 

「これで!!」

 

「一か八か…!」

 肩部ミサイルをコールし、近づいてくる甲龍へゼロ距離発射した。前方から爆音と爆風が私の体を襲い、後ろへ飛ばされる。

 

 すぐさま体勢を立て直す。

 マシンガンを投げ、ヒートショーテルをコールした。

 このまま強襲すれば…。そう確信し、甲龍へブーストをふかして近づいた。

 

 

 

 だが、相手も同じ事を思っていた。目の前に警告の文字が表示され、耳には警告音が響き渡る。

 

 気が付くと正面から衝撃砲が迫ってきていた。左に装備している盾でなんとか飛ばされないように防ぐ。

 

 こちらへ来ているのはそれだけではなかった。視界に入ってきたのは双天牙月を構えた鈴だった。

 

 双天牙月から放たれる斬撃をヒートショーテルで防ぐが、スピードを重ねた攻撃には耐えられなかった。

 

 体勢が崩れ、そのすきを狙って飛び膝蹴りを食らう。

 

 そのまま、土で覆われた固いアリーナの地面に全身でぶつかった。

 

 辺りには土埃が舞い、乾燥した土の臭いが私の肺に入ってきた。

 全身でまともにぶつかったため体がすぐには言う事がきかない。

 

 

 

 

 呼吸がいつもより速いペースで行われている。

 

 

 心臓の鼓動がいつもよりはっきりと聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 目の前には、開けたアリーナから映る空を見ることが出来ていた。太陽に照らされ、影で多くの部分が黒く映る雲が右から左へゆっくり流れており、空の半分は少しだけ黄色く染まりかけていた。

 

「…綺麗ね」

 

「っな、何、急に言い出すのよ、びっくりするじゃない!」

 

 人に似た形をした黒い物体が視界に現れ、どもった声で話をした。

 

 

 

「ふふ、そのままの感想を言っただけですよ。今日はありがとう、鈴」

 

「ふん、オールドタイプだからってちょっとだけ油断はしたけど、中々テクニカルなことをするじゃない。でも、基本もきちんとやったほうがいいわよ」

 

「そうね、練習しないと…だめだね。格闘をしっかりしないと」

 

「後は私に任せなさい。きちんとこなして見せるわ」

 

 第3世代との戦闘データは得られた。後は私自身の鍛錬を積み重ねることが必要になりそうだ。もっと強くならないと。

 

 

 

 ISからロックオンの警告表示が現れていた。

 

 

 

 

 




見ていただきありがとうございます! 元大盗賊です。




初の戦闘描写ということで、うんうんと唸りながら書いてみました。



いやー大変ですね、読者として作品を読んでいる際は何とも思わず読んでいましたがいざ書いてみるとなるとうまく言葉をどう選ぶか迷ってしまいますね(;´・ω・)


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第7話 約束

 

 今の時間帯は丁度お昼時。もうそろそろ、授業で消費した栄養素が不足しているという信号が胃袋から発せられることだろう。

 

 私は、授業終わりに誰よりも早く、食堂へ足を進めていた。ただ食堂へ移動しているのは私だけではない。鈴と玲菜と一緒にいた。

 

「うーん、ISでの空中で移動するときのイメージが良く分からないなぁ。進む方向に角錐を展開させるイメージをするって教科書でも書いてあったし、中井先生も言っていたけど…。普通に鳥が飛ぶみたいすれば良いって思っていたのだけどなぁ。ねえ二人ともそこらへんどうなの?」

 

「そうねぇ。私は、もう慣れちゃったから、そんな事考えずに飛んでいるなー。しいて言うなら、自分の体のように普通に動かしているのよね。一々、考えていたら他の事に集中できないし。全員が出来るようにするための理論的な説明だから、ちょっと回りくどい説明だもんね」

 

「そうですね。私も今だとそのような事は考えずにやっていますね。私の場合は、行きたい地点に瞬間移動するような感じでやっています。教科書に書かれていることは正しいですけれど、イメージの仕方には個人差はあるでしょう。角錐をイメージしなくても出来る人はいるでしょうし」

 

 鈴と私は歩きながらそれぞれが考えていることを話した。

 

「へぇー、やっぱり専用機持ちになるとレベルが違うなぁ。実際だと同時に色々と考えないといけないでしょ?想像つかないや」

 

「そうよ、移動だけ考えていたら何もできずに終わっちゃうわ。格闘武器ならまだしも、特に射撃武器を使うなら、今の風向き、射程距離、反動制御、弾道予測は必要でしょ。後は一零停止に、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)…」

 

「あーもーやめてー!!今は休憩時間なのだから!」

 

 鈴が射撃武器講座を始めようとしたところで、玲菜はもう勘弁してほしいと思っていそうな顔で鈴の話を止めにかかった。そういえば、この2人はいつ仲良くなったのか…。

 

「まあ、5月の下旬くらいから、一組と合同でISを使った授業があるみたいだしその時に慣れればいいじゃないかな。やっぱり座学で学ぶより、体で感じないと」

 

「そうですね、実際に乗ってみないと分からないこともありますし。ISを身にまとうとまるで、体が一回り大きくなったみたいに別の感覚になりますからね。その方が早めにイメージを固められると思いますよ」

 

 

 

 さて、色々と話をしているうちに、食堂へとたどり着いた。

 

「じゃあ、二人ともまたあとでねー」

 

「うん、またねー」

 

 そしていつものように、食堂前で鈴と別れ、私たち二人で先に食堂へ入る。食堂のおばさんから食事をもらい、植木鉢に囲まれたテーブル席へ座る。

 

「ふっふっふ、玲菜は今日もお仕事しちゃいますよー」

 

 そう言いながら、玲菜は食事を始める前にどこからともなく取り出したカメラをテーブルに置く。彼女は最近、ネットショッピングで自前のカメラを買ったらしく、新聞部ではよく黛さんや私から写真の撮り方を教えてもらいながら練習をしていた。

 そして、最近の彼女の被写体は織斑一夏となっている。いつの間にか、彼女と鈴で何やら取引が行われたらしく私たち2人の席は、鈴と織斑一夏が一緒に座って食事をしてする様子を見ることが出来る見晴らしの良い場所に座るようになっていた。そして、彼らが食事をしている様子を彼女が食堂に備え付けられている植木鉢の柵のすき間から身を隠して写真を撮るのが最近のルーティーンになっていた。粗方、織斑一夏に好意を抱いている鈴につけこみ、一緒に食事をしてもらう代わりに…などと頼み込んだのだろう。最近ながら、彼女の用意周到な手際には驚かされる。

 

 私はこんなことをさせるために写真の撮り方を教えたわけではないのだが…まあ彼女が意欲的に写真を撮っているわけで、別に止めようとは思わない。写真は撮る数を増やしていくことで上達するとも言われているわけであるし、きっとその方が彼女にとっていい練習になるのであろうと信じている。ただ、どこぞの黛薫子(副部長)のように物凄いマスコミ精神を志したりしないかが心配になってくる。

 卵サンドイッチセットを食べ終わり、鈴と織斑一夏へカメラを向けて写真を撮っている玲菜を、塩ラーメン&半チャーハンセットを食べながらそう思っていた。

 

 動物系の出汁でとったスープの香り。そして絶妙な味付けをされた豚肉と、ぱさぱさとしている卵、そしてパラパラと水分が十分に失われ、チャーハンの味がきちんと染み込んでいるお米。どれもごく一般の学生が利用するような食堂では味わえないものだろう。それほどレベルが高かった。

 

 この美味しさ、そして感動を誰かに伝えたい。そんな欲求が私の中からふと湧き出てくる。この思いを誰かに伝え、共感してほしい。そんな欲求だった。だが、玲奈はボソボソと独り言を呟きながら鈴たちへカメラを構えているため、話し相手にならず、この思いは誰にも届かなかった。

 悶々としていた私は、仕方なく楽しそうに会話をしている彼らの席へ耳を傾けた。

 

「ああ、そうだ。ねぇ一夏。良かったら私が練習見てあげよっか?ISの操縦の」

 

「おおホントか?そりゃ助かる」

 

「そのくらい気にしなくていいよ。二組の模擬戦が終わったことだし。前よりは余裕で来たからさ」

 

 鈴は声を弾ませ、頼られたことに嬉しそうに得意げに答えた。織斑一夏からすれば代表候補の彼女に教えてもらうのだ、素人の彼にとってみればまたとないチャンスだろう。

 そんな二人のやりとりを、レンゲで残り少ないチャーハンをかき集めて聞いていた時だった。突如、机を叩いたような大きな音が食堂内に響き渡った。何事か、と思いその音源を見てみると見た事のある二人組が何やら不満げな口調で鈴たちへ苦言を呈していた。イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットと重要人物保護プログラム対象者、篠ノ之箒である。

 鈴と織斑一夏が食堂で共に食事をするようになってから度々、突っかかっては鈴に追い返されるというのを何回か続けている。そんな彼女らの原動力というのは玲奈曰く、織斑一夏を取られた事による嫉妬だそうだ。

 

「さすがにもう限界だ。我慢ならん」

 

「いくら幼馴染だと言う一夏さんと()()()()にお話されるのは別にかまいませんが、IS操縦を教えるのは別の話ですわ」

 

 どうやら、今度の彼女たちの怒っている理由は鈴がIS操縦を教えることだったようだ。おそらく彼女たちも私たちのように近くで様子を伺っていたのだろう。拳を強く握り、目じりを吊り上げて、口をひん曲げている所から察するに相当ご立腹のようだ。

 

「ああ、一夏に教えるのは我々の役目だ!」

 

「そうですわ!あなたは二組でしょう?敵の施しは受けませんわ!」

 

 一か月もしないうちにやってくるクラス代表戦。

 その対戦相手からIS操縦を教わることがこの二人が気にくわないようだ。クラスの代表であるクラス長が、他クラスの人頼りになっていては彼ら一組の面子が潰れてしまうのは避けられないだろう。毛を逆立て、シャーシャーと威嚇する猫のように彼女らは鈴へと食ってかかる。そのあまりの態度に座って見ていた織斑一夏は苦笑いをしてやり過ごす他はなかった。

 所が、肝の据わっている凰鈴音はこれほどの脅しには動じなかった。

 

「何?私は一夏と話をしていたのよ。関係ない人たちは引っ込んでいてよ」

 

 二人の話を軽くあしらい、今日の放課後は空いているかとすかさず織斑一夏へと聞く鈴。そのあからさまな態度には彼女たちが、いや彼らの成り行きを見守っていた食堂内の私たちでさえ、時が止められたかのような感覚に襲われる。

 そして、すぐに彼女らの怒声が食堂内に響き渡った。

 

 

 

「あれま、まーた始まっちゃった」

 

 思わず、カメラを構えていた玲菜がぼやく。彼女の見つめる先には、ファースト幼馴染だからと、織斑一夏の優先権を主張する篠ノ之箒と、他クラスから教わる必要性がない事と律儀に主張するセシリア・オルコットの姿があった。

 

「日に日に争いがひどくなって見えるのは私だけでしょうか?」

 

 ラーメンのスープを飲んで呟く。うんとても美味しい。

 

「まー、それは言えているかも。でも鈴ちゃんのあの態度にめげないあの二人の想いは確かだね!鈴ちゃんに対して焼きもちを焼いているのも理解できるわ。そりゃそうだよね、最近ずっと二人っきりで食事をしているもん。あーあ私も織斑くんと一緒に会話をして食事したい…」

 

 彼女が羨ましそうに争っている姿を見ていると、鈴は耳栓をしているのではないかと思うくらいに抗議の声を無視し、織斑一夏に約束だよ、と伝えて戦略的撤退を図る。

 

「焼きもちですか…」

 

「そうよー。なんたって今一番織斑くんにアタックしている筆頭の二人なんだから!篠ノ之さんは幼馴染でしょ。んで、せっしーは織斑くんと一線を交えた仲。本人たちは気づいていないようだけれど周りから見ていると織斑くんの事が好きってバレバレなのよねぇ」

 

 玲奈は写真を撮る体勢から普通に椅子に座る体勢に戻り、私に説明をしてくれた。今日の鈴ちゃんのスルースキルすごかったという感想も加えて。

 

 そもそも鈴と織斑一夏を一緒にさせてこの争いを作り出し、他人事のように見ている当の本人の肝も据わっているとは口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を後にし、私たちはそのまま二組の教室まで戻る。中へ入ると、既に鈴は教室へ戻ってきていた。

 

「いやー、鈴ちゃんお疲れ!今日もご協力感謝感謝」

 

「それは何よりで。まあ、このくらいどうってことないわ」

 

 お互いに本日行われたミッションを終え、感想を言い合う二人。その後、玲菜が鈴へ何やら耳打ちをしているが、何を言っているかは問い質さないでおく。

 

「そうだ!鈴。さっき食堂で話していたことだけどさ」

 

「ん?一夏の練習を教えてあげるって話?」

 

「そうそう、それ!んでね、ぜひとも鈴に提案したい素晴らしい案があるのです」

 

 ふふん、と自慢げな表情をしている玲菜。どうやらよほどの自信があるようだ。

 

「ふーん。その案ってのは?」

 

「それはね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 新聞部での打ち合わせを終え、私は荷物を置きに自室へと戻っていた。部屋の電気をつけ、机に荷物を置こうとした時なぜか私以外の私物が全てなくなっていた事に気がついた。鈴の使っていた机は整理整頓され、また同様にベッドも綺麗にされていた。そう、鈴の持ち物がすべてなくなっていた。

 

 どうしたものなのか…。玲菜の作戦にはない行動に疑問に思いながらも、ひとまず自分の持ち物を机に置く。窓のブラインドを下ろし、いつものようにベッドに飛び込み、重力に身を任せ、ばふばふとベッドの上を飛び跳ねる。

 

 夜逃げという考えはないだろう。そんな理由は彼女にはない。ならば、部屋の変更?だが、そんな話は担任からも寮長のブリュンヒルデにも聞かされていない。全くといっていいほど検討がつかなかった。

 

 とりあえず、食堂で夕食を食べよう。後で鈴から話があるだろうし。

 

 そう思い、落ち着いたところでベッドから離れて扉へと向かう。

 ドアノブに手をかけようとした時、先に扉が開かれた。予想だにしていない出来事でびくっと驚き後ろに下がる。廊下へと押し出されていく扉の先にはボストンバッグを持つ鈴の姿がいた。

 

「鈴…?」

 

 ボストンバッグを手に持ったまま鈴は顔をうつむき、前髪に隠れて表情が見えなかった。

 すると突然、鈴はボストンバッグを足元に落とし、私の方へ歩み寄ってくる。

 

「…鈴、一体…」

 

 一体どうしたの?そう言おうとした時だった。

 鈴は、歩みを進めるとそのまま私に抱きついてきた。

 

「…」

 

 彼女は何も言わず、私の背中に回した腕の力をさらに強めていく。

 

 

 

「とりあえず、部屋に入りましょう?」

 

 私は彼女の頭に手を置く。

 微かに震えた嗚咽の声が漏れ出ていた。

 

「……うん」

 

 私の提案に、いつもの鈴とは思えないほど弱々しい返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、玲菜が鈴へ提案した秘策を説明していた。要約すると、鈴が織斑の練習後のフォローをするというものだ。

 

 織斑のIS練習は、毎日行われておりその練習には篠ノ之、そして最近になってオルコットが参加をしている。これは、私の観察もとい監視によるものだ。そこへ、鈴がやってきても食堂での一件を考えると彼女が彼へIS操縦を教える、という彼女が望むような展開にはならないだろう。

 

『そこで、ぜひとも鈴には織斑くんが練習後にいる男子更衣室へ行ってもらうっていう私の名案なのです!あ、タオルとスポドリを持っていくとさらに好感度がアップかな?』

 

『なるほど、そうすることであの二人には邪魔されないっていう算段ね』

 

『そういう事!クリスタが言うには、二人はさっさと着替えるために戻っちゃうみたいだからその時に織斑くんが一人っきりになるのよねー。だからその時が二人っきりになれるチャンスなわけ!そこで、ISのことを教えるもよし、幼馴染話に花を咲かせるもよし、告白しちゃうのもよし、だね!』

 

『ちょ、なんでいきなり告白しないといけないのよ!』

 

『えー違うのー?てっきり織斑くんにIS操縦を教えるって言っていたから、二人きりになって大好きな織斑くんへ告っちゃうのかなと』

 

『す、するわけないでしょ!まあ、いいわ。その提案に乗るわ』

 

『うんうん、ぜひとも頑張って!あ、男子更衣室までの先生方に見つからない、最短で行く道のりはクリスタが知っているから聞いちゃってね!』

 

 こうして鈴は放課後、織斑一夏の練習後を見計らい男子更衣室へ行ったそうだ。

 

 

 

 

 

 

「そしたら、彼が篠ノ之さんと同じ部屋で生活しているという発言を聞き、慌てて荷物をまとめて彼のいる部屋まで行ったと」

 

 私は鈴の座るベッドの隣に座り、今までに起こった事の経緯の整理をしていた。

 

「そう。あの幼馴染と部屋を変えてもらおうと思ってね」

 

 先程より、落ち着きを取り戻した鈴は私への説明を続ける。

 彼曰く、同居している篠ノ之さんは幼馴染だから男女同室でも安心しているらしく、それならば同じ幼馴染の私が彼の部屋に入ることが出来るのでは、と考え颯爽と荷物をまとめて彼の部屋へ突撃訪問したそうだ。

 先日のクラス代表決定戦と時もそうだが、彼女の行動力には目を見張るものがある。思い立ったが吉日ともいうべきだろうか。自身の意思を貫き通すために、唯我独尊とでも言わんばかりの自身に噓偽りを行わない姿勢には尊敬に値する。そんな彼女だからこそ、わずか一年で中国のIS専用機持ちに慣れたのではないだろうかと思ってしまう。

 こうして、善は急げとばかりに彼のいる部屋へ行った鈴は、ふと昔に約束したという言葉を彼に思い出させたという。

 

「ほんと意味わかんない!なんなのよ、あのバカ一夏!何が『鈴の料理スキルが上達したら毎日俺に飯を奢ってくれる』よ!ありえない!」

 

 鈴は胡坐をかき、枕を抱き寄せながら愚痴った。

 ”私の料理スキルが上達したら一夏に毎日酢豚を作る”それが、彼女と一夏との間に結ばれた約束だった。当時まだ日本にいたころ、彼女の料理の腕前はお世辞にも上手だとは言えなかったらしい。事あるごとに彼女の作る酢豚を食べてもらっては織斑一夏から味付けをあーだこーだ言われてもらったりしたそうだ。

 そして、彼女が日本から離れることになった時に互いにそう約束していたそうだ。

 

「日本の言葉で「毎日俺に味噌汁を作ってくれ」というプロポーズに倣ってあなたが彼に作ってあげたい、酢豚に置き換えてプロポーズをしたと。あなたらしくなく、粋なことを言いますね」

 

「何よ、あんたも私のことを馬鹿にする気?」

 

 鈴は頬を膨らませ、こちらをギロリと睨む。

 

「とんでもない、そうじゃないですよ。とってもロマンチストだなって思っただけです。そんな約束ができて羨ましいなって」

 

 鈴みたいな素敵な約束をしてみたい、と少しだけ拗ねてしまう私がいた。

 私にだって誰かとの約束くらいしたことがあるものの、彼女ほど胸がときめくようなものではない。

 

「そう…ならいいけど」

 

 観念したのか、鈴はぷいと私から目をそらす。顔をしかめ、眉をひそめる彼女の暗い表情は今の彼女には似合わない。なぜかそう思った。だから、私は靴を脱ぎ捨て彼女の後ろへ回り込んだ。

 

「…なによ?」

 

「えいっ」

 

 そして、そのまま彼女に抱き着いた。

 

「ちょっと何するのよ!離れなさい!」

 

「えーいいじゃないですかーさっき抱き心地が良かったんですよ」

 

 暴れる彼女をなだめながら全身で彼女の体を味わう。私よりも少しだけ体格の小さい彼女の体は私の両腕にすっぽりと収まり、柔らかな肌や髪や服からこぼれ落ちる匂いを堪能する。

 

「鈴が暗くなっているのは似合わないですよ。あなたは元気な方が似合っています」

 

「…。私だっていっつも元気はつらつな完璧超人じゃないわよっと」

 

 ふと少しだけ思考を停止させた鈴は、不満気に話すと私の腕からするりと抜け出す。

 

「というか、あんたらしくなくじゃない。どうしたのよ、急に抱き着くなんて」

 

 鈴はベッドに座っている私を向き、仁王立ちするように立つ。

 確かに鈴の言う通り、いつもはこんなスキンシップは取らない。だが、あの時。鈴が私に抱き着いた時に一瞬だけどこか懐かしい感覚を覚えたのだ。それの正体はいまだに思い出せないでいる。

 

「んー。…なんとなく?」

 

 私の返答に鈴は眉をへの字にする。

 

「はい?何それ」

 

「私自身もよく分からないんですけど…。あれです。鈴が元気になればいいなぁって。そっちの鈴が可愛いし」

 

「何言ってんのよ、バカじゃないの。あんなんで元気になるわけないじゃない。むしろ暑苦しくて嫌だったわ」

 

 どうも彼女は気に入ってくれなかったようだ。少しきつく抱きしめすぎただろうか…。

 

 「…まあでも、ありがとね」

 

 

「…何か言いました?」

 

「…!何でもないわよ!あーあバカ一夏のことがなんかどうでもよくなったし、食堂に行きましょ。あんたもまだでしょ?」

 

 時刻を見てみれば、既に19時を回ろうとしておりラストオーダーまでのタイムリミットは始まっていた。

 

「そうね、行きましょう」

 

 いつもの鈴に戻ってくれて一安心した私は脱いだ靴を履き、準備をする。先に扉へと歩いていった、鈴は何かを思い出したかのように私に提案を持ち掛けてきた。

 

「あのさ、クリスタ」

 

「んー?何ですか?」

 

「クリスタってさ、確かISの整備出来るんだよね」

 

「ええ、出来ますけど。それがどうかしましたか?」

 

鈴は手をモジモジと遊びつつ、視線を右往左往させる。

 

「今度のクラス代表戦でバカ一夏をとことんぶちのめしたいからさ、ISの調整に付き合ってくれない?…その私そういうの上手じゃないから」

 

 扉に寄りかかり、上目遣いでこちらを見ていた。

 結局のところ、彼女の行動の先に行きつくのは彼の存在だった。言わずもがな、協力しないわけにはいかない。それに女の子の約束を都合よく解釈をする輩にはお灸をすえなければならないのだ。

 

「ええ、もちろん協力しますよ。約束です」

 

「うん、約束ね!」

 

 鈴は笑顔で私に応えてくれた。

 やはり、彼女には笑顔が似合っている。

 

 

 




いつもアクセスありがとうございます!  元大盗賊です。




今回の話は、元々温めていたものでしたので早めに書き上げることが出来ました!





それではみなさん良いお年を(`・ω・´)ゞ


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第8話 動き出した針

 

 

 広く作られた静かな応接室には、二人の人がいた。

 

「うん、いつもは紅茶を作らせているけれど、コーヒーを淹れるのも上手だね。もしかして才能があったりするのかな?」

 

 きっちりとした紺のスーツを着た男性は応接室に設置されているソファーに座り、飲んだコーヒーの感想を言った。

 

「気に入ってもらえて何よりです」

 

 その男性の座るソファーの近くに、一人の若い茶髪の男性が立っていた。

 

 若い男性は黒い執事服を着ていた。今はジャケットを身に着けておらず、Yシャツの上から灰色のベストを羽織っている。中肉中背で良く言えば、なりたての執事。悪く言えば、不釣り合いな格好をしている男性であった。

 

 コーヒーを飲んでいた男性は、コーヒーを飲みながら部屋の周囲を見渡す。部屋には窓はなく、天井に付いているライトが白く塗られた壁の部屋を明るく照らしていた。ソファーが二つ、お互いを向き合うように置かれ、その間にはコーヒーの入った入れ物が置かれているテーブルがあった。また、部屋にはコーヒーカップや皿の入っている食器棚が、部屋の角には観葉植物がある。

 

「この部屋には、私以外にも誰かを入れたりしているのかな?」

 

 男性は湯気の立つコーヒーを飲みながら質問をする。

 

「そうですね、所長以外にも()()()()がちょくちょく来られます。正確には勝手に入ってくる、と言ったほうが近い意味になるでしょうか。その時に飲み物をお出ししています。皆さん、いつも不思議な顔をしながら美味しそうに飲んでいただいているので淹れる私としては嬉しい限りです」

 

 執事の男性はにっこりとした表情をして答えた。

 

 所長と呼ばれた男性は、そうかと一言言う。そして、コーヒーカップをソーサーの上に置き、右腕にある腕時計の時間を確認する。

 

「もう行かれますか?」

 

「ああ、そろそろ行く時間になるね。残念ながらこのままゆっくり、くつろぐわけにはいかないな」

 

 その後所長は、近くに置いてあった鞄からタブレットを取り出して何か操作をする。

 

 

「そういえば彼女、どうやらクラス代表にはなり損なったそうですね。折角の機会を」

 

 しばらく間を置き、執事の男性が少し嫌味を込めて、思い出したかのように話を始めた。

 

「ああ、別に心配することはないさ。彼女は十分に仕事をこなしている。クラス代表はあくまでもおまけだ。焦るほどの事でもないよ。彼女には予定通りのことをしてもらえればいい」

 

 所長は引き続き、タブレットを操作しながら話した。

 

「それとも、特別急がなければいけない理由でもあるのかね?」

 

 そして、タブレットから目を離し、執事の男性へ視線を移動させる。

 

「いいえ、そういうことは一切ありません。ただ、目の前にあるチャンスを彼女の力不足が原因で見過ごしてしまったのです。このことに私は…」

 

「さっき言ったじゃないか、心配することはないって。それに、彼女がクラス代表になろうとそうでなかろうと、私が、IS学園へ行ってあそこのIS達を見られることには変わりない。今年の一年の生徒のIS操縦を見るのは楽しみだ。なんせ、いつもより専用機持ちが多いからね」

 

 所長は頬が緩んだ表情をして話す。

 

「…」

 

「…どうしたかね?」

 

「いえ、所長は彼女に少々甘い対応をしているのではないかと思いまして」

 

「…そうか、それは気のせいではないかな?本人の能力は申し分ない程だよ。それにISも。まだ軌道に乗っていないだけだ。あそこで色々学んで強くなればいい。そもそも、本来の目的とは異なっている。あの子には戦闘をさせるような指示を出したわけではないからね。もしかしたら重要な情報が得られるかもしれない、という可能性があっただけだ」

 

 所長は執事の男性へ、優しく説明するように話をする。これには、執事の男性も先程の威勢はどこへやら、すっかり黙り込んでしまった。

 

「ちなみに、こんなことわざがあるのは知っているかな?二兎を追う者は一兎をも得ず」

 

「…」

 

「自分の欲しい物両方を得ようと欲張ったら、結局どちらも得られなかったということわざだ。つまりは、欲張ってはいけないということだね。…時には、例え大事なものであっても取捨選択をするということは重要な選択だ」

 

 所長は、コーヒーの入ったカップを見ながら説明をした。

 

「そうでしたか。所長がそう思うのであれば、私はただあなたに従うだけです」

 

 執事の男性は、しっかりと所長を見ながら答えた。

 

 

 

「ふう、美味しかったよ。また作ってくれ」

 

 飲んでいたコーヒーカップとソーサーを名残惜しそうに執事の男性へ差し出す。それを見た執事の男性は所長からそれらを受け取った。

 

 所長は、ソファーの近くに置いてあった鞄を取り、上着を羽織って応接室にある扉へと向かう。扉を開けようとしたとき、所長は足を止め振り返り、片づけをしている執事の男性の方を向いた。

 

「そうそう、いつも通りお願いね。私が()()()を見てみたが、あれから順調に進んでいるようだ。もう私が一々確認しなくても大丈夫かな?もう少しで最終段階だ、引き続きお前が最後までやってくれ」

 

 先程話をしていた時よりも少し真面目な口調で所長は話す。

 

「はい、あれからは何も起きていませんのでご安心ください。後はお任せを」

 

 執事の男性は、手を胸に当て礼をする。

 

「そうか、頼んだよ。フロスト」

 

「了解致しました。マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス代表戦当日。IS学園の第二アリーナでは、学年別クラス対抗リーグ戦が行われていた。会場には、IS学園の生徒のみならずIS関連企業の人や、国のお偉いさんなどのVIPもアリーナで観戦をするそうだ。おそらく、彼らの大半の目的は織斑一夏だろう。彼が世界初の男性操縦者として紹介されIS学園への入学以降、彼に関する一切新しい情報が外へ伝えられなかった。そして、今回の対抗リーグ戦で初めてISを動かす様子が見られるのだ。これを逃すわけにはいかないだろう。

 

 そして私はというとただ試合を観戦する…というわけにはいかず玲菜と一緒に新聞部としての活動をしていた。

 

 私たちしかいない一年生の初の大仕事として、IS学園の生徒へのインタビューや観客席の風景。そして出場する一年のクラス代表へのインタビューをすることを課せられた。薫さん以下上級生の方々は、クラス代表戦の試合映像の収録をするためにと、管制室で作業をしているらしい。

 

 

 

「あー!もう試合始まっているじゃん!クリスタ、早く座ってみよう!」

 

「そうですね。急ぎましょう」

 

 私たちがアリーナに入ると、既に一組と二組の試合が始まっていた。私たちは試合の始まる前に観客席の風景写真と、三組と四組のクラス代表へのインタビューを終えていた。残るは、開幕戦後に鈴と織斑への取材のみだった。この試合が終わった後に二人へ取材をすれば、その後はゆっくり、他の試合を観戦するだけだ。私は玲菜の後を追い、座れる席を探していると、ぽっかりと二席だけ空いているところがあった。

 

「お、あったあった!クリスタ、こっちよ!」

 

「あら、丁度良く席が空いているものですね。助かります」

 

「まあ、私が指定しておいたからねぇ」

 

 玲菜は当たり前のことのように私へ説明してくれた。アリーナは全席自由席のはずなのに…。とりあえず、座れることには越したことはない。先程の発言には、言及しないでおこうと思いながら一緒に座る。

 

 アリーナでは、鈴が衝撃砲を使い、織斑を翻弄していた。

 

「おお、鈴ちゃん頑張っているね!織斑くんにも頑張ってほしいけれど、二組が優勝してもらわないと困るのよね…」

 

「ええ、そうね」

 

 玲菜の発言に私も同意する。

 

「だってねぇ…?」

 

「学食デザート半年フリーパスには代えられませんからね」

 

 そう、優勝賞品がかかっているのだ。背に腹は代えられない。優勝賞品を使い、どんなデザートを堪能しようかと考えながら、二人の試合を見ていた。

 

 

 その後、試合を見ていると甲龍の龍砲に見慣れたのか、織斑は見事に衝撃砲を躱していた。また、青龍刀から繰り出される斬撃もひらりとバックステップで躱したり、雪片Ⅱ型できちんといなしていたりした。最初に見ていた頃より、鈴との戦闘に慣れた雰囲気だった。またしても、戦うたびに成長している、そんな印象を受ける。その時だった。

 

 織斑が鈴の視線から外れ、後ろの間合いを取ったのだ。急速に鈴へと近づき、右手に持つ雪片Ⅱ型で下段から切りかかる。

 

 そのはずだった。だが、鈴への攻撃は届かなかった。なぜなら…。

 

 

 

「何、地震!?」

「攻撃がそれたの…」

 

 周りからはがやがやと生徒たちの会話が聞こえる。

 

 突如、アリーナのグラウンドに何かがぶつかり、大きな衝撃と熱風、そして轟音がアリーナ全体を震わせたのだ。

 

 

 今目の前では、グラウンドのちょうど真ん中あたりからとてつもなく大きな黒煙がもくもくと上がり、爆発により出来上がった大きな炎が唸りを上げている。

 

 

 あの衝撃の正体何なのだろうか。

 甲龍にはあれほどの威力を持った兵器は存在しない。それに、白式に至っては雪片Ⅱ型の一本のみだ。あのような機能を持つものではない。じゃあ一体…。

 

 

『アリーナ内に異常が発生。観客席にいる皆さまは直ちに避難を開始してください。アリーナ内に異常が発生。観客席にいる皆さまは直ちに避難を開始してください』

 

 唐突にアリーナにあるスピーカーから抑揚のない、機械じみた声でアナウンスが何度も繰り返された。そして一瞬だけ、観客席にから聞こえた声がなくなる。グラウンドから上がる火の手の音と、アナウンスだけが耳に入ってきた。

 

 そして

 

 

 その静寂を切り裂くかのように、それは悲鳴へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度衝撃が起きた頃。その衝撃は、第二アリーナの管制室からでも確認が出来た。

 

「システム破損!何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

 

 目の前のディスプレイに表示されている警告文を、山田先生が読み上げる。

 

「試合中止!織斑、凰!直ちに避難しろ!」

 

 その言葉を聞いた織斑先生は、ISのプライベートチャンネルを通して二人へ話す。

 

 管制室の正面モニターでは、システムが発動し、アリーナの観客席に備え付けられている遮断シールドの上から防護壁が天井から降りている様子が映し出されている。

 

「何とか、システムが作動しました!これで…」

 

 山田先生が何か言いかけたその突如、通信が入り女性の声が聞こえてきた。

 

「織斑先生、大変です!」

 

 焦っているのか、女性の声が震えていた。

 

「どうした、中井先生。こちらは今…」

 

「クラス代表の人たちが練習をしていた第三アリーナが、正体不明のISによる襲撃を受けています!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然だった。

 

 何かの衝撃が起きたかと思えば、天井にある遮断シールドはぽっかりと大きな穴が開いていた。管制室では、映像でその様子がすぐ確認できる。アリーナ内のグラウンドからは、大きな黒煙が上がり、一部炎が上がっている。その煙が上がっているクレーターの中心には黒いもの、人型がいた。異様に肥大しごつごつとしている腕と脚。その、大きな腕と脚は全身が装甲で覆われた人の手足にくっついていた。

 

「IS…?」

 

 赤いリボンを制服に付けている、眼鏡をかけた生徒は、思いもよらぬものに驚く。アリーナの全体を映すモニターには、アリーナ内で最終チェックをしていたクラス代表の人たちと突如現れた謎のISとが戦闘を繰り広げていた。

 

「へぇ~、ISか~」

 

 その隣にいた、黄色いネクタイをしている生徒がつぶやく。

 

「アリーナの天井はISの出入り口じゃないのに…とんだうっかりさんね」

 

 胸のあたりで腕を組み、行われている戦闘をモニター越しに見ていた。

 

「そんな非常識な人には、お仕置きが必要ね」

 

 右手に持っていた扇子を広げると、扇の中心には『成敗』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、同時にIS二機による攻撃…。そちらの状況は?」

 

 織斑先生は、顔をしかめ第三アリーナの状況を聞こうとする。

 

「こちらはクラス代表の人たちがいるので彼女らに対応を任せています。しばらくしたら、教師による部隊も到着します。相手は一機であるので、数からしてこちらが有利です。直ちに敵の武装を解除できるでしょう」

 

「そうか、わかった。そちらは任せたぞ」

 

「はい、では」

 

 織斑先生が通信を切る。そして、視線を山田先生へ向けた。

 

「もしもし織斑君?もしもし、織斑君聞こえますか?凰さんも、聞いています!?」

 

 焦った声で通信をしているようであった。

 

「本人らがやると言っているのだ。やらせてみるものいいだろう。」

 

 織斑先生が、そう唐突に提案をしだした。

 

「お、織斑先生…!何を呑気な事を…!」

 

「先生!ただここで見ているわけにはいきませんわ!私にISの使用許可を!すぐに出撃できます!」

 

 セシリアが、織斑先生に一夏と鈴の戦闘に参戦するよう訴えた。

 

「そうしたいところだが、これを見ろ」

 

 織斑先生が正面に映し出されているモニターに目線を向けるように言った。モニターを見てみるとその画面には、『第二アリーナ ステータスチェック』という題名が付けられていた。その下には色々な文字の表示がされ、遮断シールドLV4と『ALL GATE: LOCKED』という文字が映し出されている。

 

「遮断シールドが全てレベル4に設定…」

 

「しかも扉が全てロック…まさかあのISの仕業?」

 

 セシリアは驚きを隠せない、という表情をしていた。

 

「そのようだ。これだとあいつらが避難することも私たちが救援に行くこともすぐには出来ない」

 

「でしたら、外部から救助の要請を!」

 

「要請はもうしている。すぐに動いてもらいたいものだが、先程聞いていた通りリーグ戦の最終調整用に開放をしていた第三アリーナでもこちらと同時に襲撃に遭っている。人員を分担して、救助をするようにはしているが遮断され手間暇がかかる分こちらの救助には時間がかかるだろう。遮断シールドのロックを解除すれば、教師による部隊をすぐに突入させる。どちらにせよ、今の状況ではあいつらに救援できることはできない」

 

「そんな…」

 

 織斑先生からの説明を受け、セシリアはがっくりとうなだれてしまった。

 

 

 私には、セシリアのように専用機を持っていない。だから、一夏と一緒に戦う事すらままならない。何もできないでただ見ているだけなんて嫌だ。そんな気持ちが私の心を苦しめる。

 

 

 では、私には何が出来るのだろうか。先生方やセシリアのように画面越しに一夏たちを見ているだけでいいのだろうか。

 

 

 

 私はあいつの幼馴染だ。何かあいつのためにしてやりたい。私だからこそ…。

 

 

 

 

 

 気が付くと、私の体が先に動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを何度も、何度もドンドンと強くたたく音。泣き叫ぶ声。人口密度が高くなり、むしむしとした空気。そして、薄暗く光る橙色の灯りがさらに、避難する私たちを焦らせる。

 

 アナウンスを聞き、私たちは誘導灯に従いアリーナから出ようとした。だが、避難口には既に、多くの生徒が足止めを食らっていたのだ。時折起こる振動によって、ますます生徒たちの不安を駆り立てる。

 

 アリーナの観客席には遮断シールドとさらに防護壁が備え付けられているはずだ。それに、アリーナの壁は並大抵の武装では壊しきれない設計になっている。その壁が何個も中心にあるグラウンドとの間にあるのだ、グラウンドで見た爆発物の正体はわからないが出口付近にいれば少しは安全だろう。

 

 

 袖を引っ張られる間隔を覚え、振り返ると玲菜が不安な顔をしてこちらを見ていた。

 

「どうしました?」

 

「あのね、一組の子からさ、安否が確認できない人がいるって言われたの…」

 

 玲菜の近くには、一組の人と思われる人たちがいた。

 

「セシリアさんと篠ノ之さんがアリーナの観客席にいなくてさ…」

「私たちみたくどこかに避難していればいいのだけれど、全く情報がわからなくて…。でも、二人が先生に連れられてどっかに行くのは見たの、私!」

「それでね、あなたにせっしーたちと連絡が取れないかなって…」

 

 どうやら、行方が分からない人の捜索を手伝ってほしいという事だ。

 

「分かりました。ちょっと待ってください」

 

 そう私が言うと、頭に付けていたゴーグルに触れ、プライベートチャンネルを使えるようにする。先生がいるという事は、おそらく…。

 

 

 そして、私は先生がいると思われる管制室との通信を試みた。

 

『この信号コードはサンドロック…二組のハーゼンバインさん?』

 

「そうです。二組のクリスタ・ハーゼンバインです。っと悠長に自己紹介をしている場合じゃありません。今、私は第二アリーナの出口付近にいるのですが…」

 

『ハーゼンバインか、今は出口にいるのだな?」

 

 すると、唐突に話し相手がブリュンヒルデに変わる。

 

「お、織斑先生?…ええ、そうです。避難誘導に従い出口へやってきたのはいいのですが、全くドアが反応しなくて足止めを…」

 

『そうか、おそらく出口が封鎖されているようだが、それはアリーナのシステムの故障によるものだ。すぐには出られないだろう。システムクラックを行い、こちらで脱出が出来るようにする。もうしばらくの辛抱だ。待っていてほしい』

 

「なるほど。大体起こっている状況はわかりました。それで、私がそちらへ通信をした理由なのですが、どうやら一組で行方が分からない人がいるらしくて…」

 

『篠ノ之とオルコットのことか?』

 

「はい、そうです。その二人は今どこに?先生に連れられてどこかへ行ったという目撃証言があったのですが」

 

『そうか…。二人は今、私たちと一緒に管制室に…』

 

 ブリュンヒルデが何か言いかけた時、突然声が聞こえなくなった。

 

「織斑先生?…どうしました?」

 

 しばらくすると、再びプライベートチャンネルから反応があった。

 

『ああ、オルコットは今ここにいる。だが、篠ノ之はどこかへ行ってしまった…。全くさっきまでここにいたのに、どこに行った!?』

 

 少し、怒った口調で説明をする。

 

『今、オルコットには篠ノ之を探させた。お前は出口付近で足止めを食らっていてどうしようもないだろう。そこでお願いなのだが、お前も篠ノ之を探すのを手伝ってくれないか?』

 

 

 






どうも、新キャラを出して浮かれていたら文字数が7000を突破した元大盗賊です。



文字数って皆さんは読むとき気にする方でしょうかね?多いとか少ないとか。




そして最後に、お気に入り登録をしてくれた方ありがとうございます!感謝です(`・ω・´)ゞ


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第9話 変わりゆく時間

 

 

 橙色に灯された薄暗い廊下を私はISの部分展開し、篠ノ之の捜索をしていた。

 

 

 

 

『扉がロックされているから、そう遠くまでは行っていないはずだ。万が一戦闘中のアリーナの近くまで行かれては困る。全くあいつは何を考えているのだ…。とにかく頼んだぞ』

 

 ブリュンヒルデに頼まれた私は特に断る理由もなくあっさりと了承した。そして、玲奈と一緒にいた一組の人たちへ事情を説明した後、人混みの中をくぐり抜け再びアリーナへと戻っていった。

 

 封鎖されている区間はある程度把握している。元々、アリーナの構造を知っていたという事もあるが、アリーナの管理システムへアクセスしても確認できていた。解放されている区間から見ると、彼女がする行動として選択肢は絞られてくる。先生方のいる安全な管制室からわざわざ飛び出したのだ。あのまま、一般の生徒と一緒に出口へ避難することはないだろう。

 

 それに彼女は織斑一夏へ執着しているという傾向があるようだ。同じルームメイトでもあり、幼馴染でもあるということは知っている。そんな彼女がアリーナで起きている騒動に巻き込まれている彼がことを心配しないわけがない。そうであるならば、残された選択肢としてアリーナで行われている騒動を直に見に行ったとしか考えられない。

 

 

 

 

 

「ISによる襲撃か…」

 

 私はブリュンヒルデから聞かされた話を思い出し、言葉をこぼした。

 

 篠ノ之を捜索するにあたり、現在アリーナ内で起きている状況を説明された。

 何でも、アリーナ内に進入した正体不明のISが今回の騒動の発端であると。さらに、それはアリーナの遮断シールドを破損させる程の威力を持つ武器を持っているとの事だ。今は織斑と鈴の二人が迎撃にあたっている、とも言われた。

 

 クラス代表戦にISを使って襲撃するという話は全く聞いていない。つまり、亡国企業ではないどこか別の人たちによって起こされたものだろう。でも一体何が目的なのだろうか…。

 ISの奪取?だが、装着しているISを奪うことは非常に困難だ。もし奪うならば、IS学園の整備室などに置かれている練習用のISを狙ったほうが容易である。人の目につくイベント中に行うなど無謀に近い。

 そうなると、私と考えが同じように、織斑のISとの戦闘データの収集?しかし、わざわざ単騎でIS学園へ乗り込むまでのリスクを伴ってまでするだろうか?帰還して戦闘データを回収する事は困難、さらにIS操縦者とISが捕まってしまえば戦力を失うという問題があり、最悪自分たちの組織がばれてしまう。これといっていいほど敵ISの目的の見当がつかなかった。

 

 

 私は目的地であるISの二つある発射口の一つ、Aピットへと到着した。予想としていた通り、Aピットへの道のりは封鎖されておらず、そのまま入ることが出来た。そして、不用心にもAピットの入り口、つまりアリーナへのカタパルトは封鎖されていなかった。Aピットの地面には土埃が積もっており、元々置かれていた備品があちこちに飛散している。しかし、ここには篠ノ之はいなかった。

 

 そしてここからアリーナ全体を見渡すことが出来た。

 

 アリーナの中は酷い有様であった。グラウンドの所々から黒煙が出ており、時折炎が見える。ぽっかりと空いたアリーナの天井に配備されていたシールドバリアからはグラウンドに立ち込めている煙が外へ流れていく。その真下には大きなクレーターが出来ており、中心には今回の騒動の原因であろう黒いISがいた。そして、そのISはそこから少し離れた上空にいる鈴と織斑をじっと見つめていた。

 

『全力でって…』

 

『零落白夜…雪片Ⅱ型の全力攻撃だ。こいつの攻撃力はきっと高すぎるのだ。でも、相手が無人機なら全力で攻撃が出来る』

 

 ふと、部分展開していたハイパーセンサより二人の会話が聞こえてきた。

 

 無人機?一体何をバカげたことを言っているのだ。そう、あまりにも飛躍していた解釈をしている彼に私には少し困惑した。

 

 ISは女性が乗ってこそ動くもの。第一あの黒いISも全身装甲ではあるが、人の形をしている。夢物語であるような素晴らしいものは今までに発表もおろか開発・研究もされていない。それもそのはず、ISコアはブラックボックス化されておりその仕組みが分からないまま運用されている。何故ISは女性にしか反応しないのか、という疑問もこのブラックボックス化されていることが原因である。なので、人以外ましてや機械にISを動かすなどもってのほかだ。

 

 こうして彼への考えに疑問を持つ間に2人は鈴が龍砲を最大威力で攻撃、織斑が零落白夜での攻撃をしようと作戦を立てていく。それにしても、あの黒いISは二人が作戦会議中にも関わらず、全く攻撃をしようというそぶりが見えなかった。何故だろうと思っていた矢先だった。

 

 

「一夏ぁ!」

 

 ふと大きな声で織斑を呼ぶ声が聞こえてきた。そしてハイパーセンサが捉えたのは私のいるAピットとは反対側のBピットの端から叫ぶ篠ノ之であった。

 

「男なら、男なら!その程度の敵に勝てなくて何とする!」

 

 

 

 彼女はきっと織斑へ激励をするために管制室から勇気を振り絞って飛び出したのだろう。だが、今の状況を全く分かっていない。正体不明のISと交戦している、つまりここではスポーツ競技をしているのではない。ここでは、IS同士で()()をしているのだから。そこへ何も身を守るもの持っていない人がやってきたらどうなるだろうか。

 

 

 黒いISはその声に反応し、体を篠ノ之のいるピットへ向ける。あれの注目を集めてしまった。

 

 私は彼女を助けるべくピットから走り出し、すぐさまアリーナ内へ飛び込む。体全身に冷たい風浴びながら、重力に身を任せて降りている空中でサンドロックを完全に展開させる。

 

 黒いISは両腕を篠ノ之箒へ向ける。ハイパーセンサからはその両腕から熱源を感知した。

 

「まずい…!箒、逃げろ!」

 

 織斑は大声で叫ぶが、篠ノ之は恐怖で怯み身動きが取れていなかった。私はマシンガンをコールし、黒いISへ全速力で近づきながら撃つ。

 

 少し射程距離外ではあるがマシンガンの弾がヤツへ命中しているものの、私へ興味を引くことはなかった。

 

「くっ、それならば…!」

 

 マシンガンをしまい、ヒートショーテルをコールした時だった。突如ヤツの目の前に白い物体が現れた。白式だった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近づいた白式はその勢いを殺さずに雪片Ⅱ型で上段から斬り付ける。

 

 その攻撃に対抗しようと、ヤツは熱源の発射をやめ、右腕を白式へ振りかざす。だが、その攻撃は白式には当たらず空を切る。そして雪片Ⅱ型の刃はその右腕を斬り裂いた。

 

 ヤツの斬られた右腕からは何か赤い液体が噴き出す。だがそんな事なんて気にしないのか、すぐさま体をひねり左腕で白式を思いっ切り殴りつけた。

 

 

 

 ヤツの斬り裂かれた右腕からはISの装備を伝わり、赤い液体がまだぽたぽたと地球の重力に逆らえずに地面へと吸い込まれていく。そして切り離された右腕からもまだ残っていたのであろう赤い液体が地面を赤い水たまりへと変えていっていた。

 

 

 

 何て痛々しいのだろう。脳裏に何かがちらつく。私の視界が揺らぎ、その赤くドロッとした液体へ目を奪われた。見るからに、ISの絶対防御を貫通した攻撃をヤツは受けている。零落白夜が発動しても操縦者の身は守られるはずだ。だがそんな事なんてどうでもいい。ヤツはそんな事なんて気にせずにすぐに左腕を使って対処をしていた。

 

 痛くないのだろうか。

 

 辛くないのだろうか。

 

 恐怖を感じないのだろうか。

 

 右手首から先がなくなっているのに。それに動揺せずにいられるなんて。

 

 慣れているのだろうか。それ相応の覚悟を決めて戦っているのだろうか。

 

 それとも…?

 

 

 

 

 何だろう。いつのまにか忘れ去られてしまった、自分にとって大切な気持ちが私の中からこみあげ、全身を駆け巡り、私の体を優しく包み込む。何なのだろう。悲しい気持ち?楽しい気持ち?思わず、手に握る物に力が入る。

 

 

 私にとってぽわぽわと懐かしく心地良い気持ちに浸っていた時だった。

 

「譁�ュ、怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ?」

 

 何かの声が聞こえてくる。誰だろう、なんて言っているかが良く分からないや。視線を下に向けるとそいつはいた。そうか、あれが敵か。

 

「Fiend…」

 

 敵…敵。私の敵。その敵は右手首から先がなく、赤い液体をばらまきながら白いISへとゆっくりと近づいていた。

 

 

 そっか…アレは私がやってもいいものなのだね。なら私も…斬っちゃおうか。

 

 

 

 

 

 両手に持ったヒートショーテルを私は投擲する。それは、私の思い描くように飛んでいき敵の左腕、手の甲と腕の関節辺りに深く貫く。

 

 

 やっぱりそうだ。アレはシールドバリアが発動していない。

 

 

 すぐさまマシンガンを呼び出し、ヒートショーテルへ撃つ。

 

 

 マシンガンから放たれた弾丸は、ヤツの周辺に着弾して、遂にヒートショーテルへと届くと爆発を起こした。

 

 

 その衝撃に耐えられなかったのか敵は、よろめきその場で立ち止まる。そして敵は私の方へと振り向く。

 

 

 そして初めてロックオンの警告がされた。

 

 

 やっとだ。やっと私の事を見てくれた。私の事に気づいてくれた。これほど嬉しいことはない。

 

 

 やっと私の事をあなたの敵だと思ってくれた。そうじゃないとお互いに楽しくないからね。これから私と一緒に遊ぶのだから。

 

 

 私は再びヒートショーテルを持つと全身のブーストを切り、自由落下をして上空から地面へと近づく。

 

 

 敵は両肩部から拡散ビーム砲を私にめがけて放つ。その攻撃を私は左手の盾で防ぐ。

 

 

 地面へと降りると私はヒートショーテルの刃の部分に熱を放たせる。

 

 

 私も斬りたい。斬りたい。斬りたい。斬りたい。アレのように斬り裂きたい。もっとあの赤い液体を見ていたい。全身に浴びたい。

 

 

 

 

 

 ヒートショーテルを構えると、敵に向かってホバー移動で白いISがしたように近づく。

 

 

 斬り裂かれた相手の表情を見たい。声を聴きたい。どんな顔をするのかな?どんな歌を聞かせてくれるのかな?でも…

 

 

 

 

 

 目の前から拡散ビームが撃たれる中、通常の二回分のエネルギーで直線加速をしたスピードに乗せ、敵の脚部を斬り裂いた。

 

 全身装甲(フルスキン)だし、さっきも何も動じなかったし楽しめられないなぁ。残念。

 

 

 

 

 

 何か大きな金属音が聞こえる。振り返ると、バランスを崩した敵はその場で倒れていた。斬り裂かれた左足からは赤い液体が染み出ており、自分の体にも赤い液体が付着していた。思わず笑みがこぼれる。

 

 ふとロックオンがまだ続いていることに気づく。

 

 まだ、生きているなんてタフだね。

 

 私は敵へと飛び、仰向けになっている敵に馬乗りする。まだ熱のこもっているヒートショーテルで相手の両肩部の拡散ビーム砲の発射口へ刃の先をねじ込む。ぐりぐりと差し込んでいるとバチバチと発射口から煙が上がった。

 

 ふと、両手が動き出しそうであったのですぐさま拡散ビーム砲に刺していたヒートショーテルから手を放し、同じものをコール。

 

 刃から熱を発生させ、敵の両腕を同時に斬りつける。さらに敵が起き上がろうとするので、ブーストを全力でふかし、刃で斬りつけながら抑え込む。

 

 熱のこもった刃に耐えられなかったのか敵の両腕は切断され、そしてまたしても赤い液体が飛び出てきた。白かった私の腕や胴体に新たな赤い模様を作り出す。

 

 無駄な抵抗をしなければ切断しなかったのに。

 

 活動時間の限界なのだろうか、敵の抵抗がだんだんと弱まってくる。すると、顔のあたりにあるランダムに配置されている赤い光がなくなり、輝きを失っていった。

 

 敵の動きが止まり、ヒートショーテルから手を放す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵を斬った腕の切り口を見てみると、中には人のようなものはなく、何かの配線や金属の部品が目に飛び込んできた。そして、赤い液体に染まった手をよくよく見ると、機械で使われるような油のような液体であった。

 

 

 どうやら、このISには人が操縦しない、無人機であるようだ。

 

 敵の殲滅が終わり、どっと体から力が抜け、疲れが押し寄せてくる。さらに、何だがとても吐き気を催すような不愉快な気分が私を襲ってきた。

 

「クリスタ…大丈夫?」

 

 ふと後ろから声をかけられる。

 

 後ろを振り向くと、鈴、そしていつの間にかアリーナへ入ってきていたセシリア・オルコットがISに身を包みこちらを見ていた。そして、私はこう答える。

 

 

「皆さん大丈夫ですか?助けに来ましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は気が付くと、右半分の視界には白い天井が見え、左半分の視界には鈴の顔が見えた。鈴は俺に気が付いたのか、すぐさま視界からいなくなる。体を起こし、左側を見ると鈴が椅子に座っていた。

 

「何しているの、お前?」

 

 寝ていた俺の顔に何かついていたのだろうか?

 

「おお、起きたの!?」

 

 とても動揺しながら答える。全く俺の目を見ていなかった。

「何そんなに焦っているのだ?」

 

「焦ってなんかいないわよ。勝手な事を言わないでよ、馬鹿!」

 

 そっか、と一言ぼやく。まあ、特には気にしないが。でも、ちょっとだけ俺の顔に手を当てて何かないかを探した。結局何もなかったが。

 

「あのISはどうなった?」

 

 ふと、俺はそういえば変な無人機のISと戦っていたのだと思い出し、何が起こっていたのかを鈴に聞く。

 

「あの後ね、動かなくなったわ。心配しなくてもいいわよ」

 

「そうか…」

 

 どうやらあの後はどうにかなったらしい。とにかく安心した。

 

 ふとベッドから見える外を眺めると空は茜色に染まっていた。そして俺はあることを思い出した。

 

「なあ、小学校の時、酢豚の話をしたのもこんな夕方だったよな」

 

 そう、小学校の時のことを思い出した。

 

「えっ?」

 

 当の言いだしっぺの本人は驚きを隠せなかった様だ。

 

 そして、酢豚のことの本当の意味を問い質してみたがはぐらかされてしまった。まあ、本人がそれで良いなら気にしないでおこう。そして、同じ酢豚で思い出したのが鈴の親父さんのことだ。親父さんの作ってくれた酢豚はもう格別で、自分が作ってもあの味はまねできないくらいだ。またあの味を食べてみたいな、と鈴へ話を振ると、鈴は先程とは打って変わって表情が暗くなり下をうつむく。

 

「私の両親離婚しちゃったから。もうその願いは叶わないよ」

 

「…」

 

「…これから言うのは単なる独り言ね」

 

 そう鈴は空元気に笑って話し始める。

 

「国に戻った後ね、うちの母親と二人で暮らしていたのだけれど、母親はまだその時まだ職に就くほどの元気がなくてさ…。だからね、私がこのどうしようもないこの空気を打開したかったのよね。また、元気な母親が見たくてさ…」

 

 鈴は俺に目を向けず、窓の外の流れゆく雲の流れをじっと見ていた。

 

「でね、そんなときにISの代表候補生の募集を見かけたのよね!代表候補生になれば、母親が頑張っている私を見て元気になってくれるのかなって。それに、その時貯金を切り崩す生活していてさ、代表候補生はIS操縦の他にもモデルとかタレントとして働いたりして結構稼ぐっていうのも聞いていたからなおさらやってみる価値はあると思ったの。家を助けるためにも」

 

「その考えが思い立ったのが中学3年の時だったかな。その時は千冬さんがIS乗っているとか、ニュースでISを見かけるとか、それくらいの知識しかなかったわ。でも、そりゃ猛勉強したわよ。私の願いを叶えるためにね」

 

「だから…」

「それで、無事に試験は合格。IS適正も「A」。んで、晴れて一年目で専用機をもらえるほどの優等生になったのでしたっ」

 

 鈴はそう言い切ると、座っていた椅子から立ち上がる。俺に表情が見えないように。

 

「ふぅ、すっきりした。やっぱ、どこかで吐き出すものは吐き出しておかないとだめよね!」

 

 そして、鈴は何時ものような元気な顔をしてこちらを向く。

 

 そうだよな、自分の中で悩んでいることをたまにはどこかで発散させないとな。

 

「なあ鈴」

 

「何よ」

 

「今度どっかに遊びに行かないか?」

 

 例えば友達と遊んだりしてさ。

 

「え…それって、でー」

 

 

 

「一夏さーん、具合はいかがですか~?私が看護に…あ、あら」

 

 鈴が何かを言いかけた時、セシリアが俺たちのいる部屋へ入ってきた。そして、入ってきたと同時に身体を止め、口を閉じる。

 

「どうしてあなたが…。一夏さんが起きるまでは抜け駆けは無しだと!」

 

 つかつかと音を立てずにセシリアが鈴の所へ近づいていく。

 

「そういうお前も、一旦自分の部屋に戻ると言いながら、こそこそと抜け駆けしようとしたな…!」

 

 続いて現れたのは、箒だった。いつものようなむすっとした表情でセシリアに続き箒も部屋へと入ってくると三つどもえで喧嘩が始まってしまった。何でそんなに喧嘩をしているのだろうか。お見舞いなら同時に来ればいいのに。なんだか、幼馴染が、とか二組だから、とか良く分からない因縁をつけて三人はいがみ合っていた。どうしたものか…と思ったその時だった。

 

「あ…」

 

「どうした、一夏」

 

「ああ、いやあの変なISと戦っていた時さ、途中でハーゼンバインさんが出てきたじゃん。もしかして、ハーゼンバインさんと一緒にあのISと戦っていたのかなって」

 

 そうだった。あいつに殴られて意識が飛ぶさなか、あのサンドロックとかいうISに乗った彼女が現れていたのだ。

 

「ああ、そのことか。確かにそうだな。あいつがやったよ、全部な」

 

「一人で!?あのIS相手に?」

 

 まさか、と俺は思わず声を上げてしまう。

 

「そうですわ。彼女が一人で…」

 

「そうね。あいつがやったのよ。私が加勢しようにも全く反応してくれないし、そういう雰囲気じゃあなかったわ…。逆に邪魔になると思ってね。私と戦ったときよりも何だか凶悪じみた動きだったからちょっと不気味だったわ。相手が無人機って最初から知っていたのかしら。」

 

「…もしかして、あのISに何か…」

 

 何だかあまり乗り気ではないという表情をする三人に俺は引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 鈴とハーゼンバインさんとの模擬戦を見終わり、管制室から出ていこうとしてときだ。

 

「実はお前たちを呼び出したのは、中井先生から頼まれていな。代表候補生と初のIS男性操縦者、そして篠ノ之箒に提言しておきたいと。中井先生はきつく言っているが、クリスタ・ハーゼンバインの使うISにはきちんと調査を終えているからお前たちが心配する必要はない。何せ、最後に起きた事故はVTシステムの時だけで5年も前の事だ。まあ、彼女は国際IS委員会から派遣された人でな、警戒しているのは仕方ない」

 

 千冬姉はそう、俺たちに説明をしてくれたのだ。彼女とそのISは安全だと。ただの見かけ上の行動だと。

 

 

 

「彼女の事は心配いりませんわ」

 

「クリスタは、ISを外した後はいつも通りだったし、先生方に事情聴取をされたけれど私たちも受けたわ。それに既に解放されていたから大丈夫よ」

 

「そっか…。ならよかった」

 

 俺はほっと安堵に着く。

 

「なぜお前はそこまで、あいつのことを気にするのだ?」

 

 ふと箒が、少し不機嫌な顔をして俺に聞いてくる。気にしない訳ないだろう。当たり前じゃないか

 

「だってよ。折角楽しい学園生活を送っているのだぜ。それなのに、危険だのなんだのっていう理由で特別視されて逆の意味で人目置かれるのだぞ。安全だって言われているのに理不尽すぎないか?そんな理由で彼女が迫害されてみろ。俺は絶対に許さない。だからできるなら助けてやりたい。あの子は大丈夫ですって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは暗い部屋だった。

 平らな壁はなく、部屋のあちこちには機械類が置かれていた。そんな開放的な部屋の中心には、黒く、大きなISが置かれそこには強く光が灯されていた。

 

「やはり無人機ですね。登録されていないコアでした」

 

「…そうか」

 

 3台のコンピュータの画面を注視する山田真耶の問いに織斑千冬は一言だけで答える。

 

「お前の方でもダメか」

 

 ふと千冬はそう言うと後ろを振り返る。

 

 その後ろには黄色いネクタイをし、右手に扇子を持つIS学園の生徒がいた。

 

「全然だめですね。私の所で調べてみても全くあのISは一致しませんでした。それに使われていた装甲も特注です。見たこともない素材でした。世界に一つだけのものですね。いや、正確には()()かしら?」

 

 右手に持つ扇子を広げるとそこには『お手上げ』と書かれていた

 

「ふん、そうか」

 

 千冬は報告を聞き終わると、再び、強い光に照らされているコアが登録のされていない不思議なIS()()を見つめていた。

 

 

 

 



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第10話 つかの間の

 

『Kümmere dich nicht um ungelegte Eier.』

 

 これは私の住むドイツの諺の一つだ。直訳すると「まだ生まれていない卵を気にかけるな」日本の諺の、「捕らぬ狸の皮算用」とほぼ同じ意味になる。

 まだ実現していないことを期待しても仕方がない、というやつだ。

 今まさに、私はこの考えであったと痛感している。

 

 

 

 

「学食デザート半年フリーパスの配布中止か…」

 

 私はそうぼやきながら、和菓子フェアの商品の一つである「三種のお団子セット」をぱくつく。

 

 時刻は12時過ぎ。食堂にて昼食を終え、私は一緒に頼んでいたデザートを食べていた。私の座る席の隣には、玲菜も一緒にいた。彼女はテーブルにのべっと頭を乗せてうつ伏せになり、頼んだカフェオレのコップに付いてきたストローで中身をただひたすらにくるくるとかき混ぜていた。

 

「クラス代表戦の取材はお蔵入り…。やっぱりそうなるよねぇ」

 

 当日、初陣だと意気込んでいた彼女はそうぼやく。

 

「仕方ないじゃない。変なISが襲ってきて試合どころじゃなくなったんだし」

 

 私たちの正面にいる鈴がそう言うとラーメンの器を両手に持ち、豪快にスープを飲む。ちなみに魚粉入り醤油ラーメンだ。

 

「しっかしびっくりだよね。IS学園に実験中のISが来るなんて。全くどこの研究所よ。代表戦が中止になるのはいいけど、デザート無料券の恨みは消えないんだから!」

 

 むすっと頬を膨らませて怒りながら言うと、ずずっとストローでカフェオレを飲む。

 

 クラス代表戦で起きた謎の襲撃事件。この影響により、クラス代表戦は鈴と織斑との試合、第一回戦の時点で中止に追い込まれた。もちろん、優勝など決められないため優勝賞品も見送られる。さらに、その被害を受けた第二、第三アリーナは修復作業のために一週間の使用禁止がされた。

 全校生徒へ人が乗っていない謎の無人のISたちが突如襲撃してきた、と説明できるはずもなく実験中のISが暴走したことによって起きた事件であると説明がなされた。単なる嘘であるが何も知らない彼女たちは事故であると分かり、混乱は避けられた。

 

 私は、文句を垂れる玲菜をなだめている鈴の様子を団子パクパクしながら眺める。

 黒ごまのお団子が美味しい。

 

「そういえば、織斑さんの容体はどうなりましたか」

 

 黒ごま団子を食べながら、織斑一夏と親しい鈴に気になっていた事を聞く。彼はあの時、襲ってきた無人ISの攻撃を受けて意識を失っていた。

 

「あー、一夏の事?一夏なら軽い打撲だったみたいで大丈夫そうよ。でも、織斑先生から今日までは保健室で定期的に診てもらうように指示があったみたい。さっきも昼飯を食べた終わった途端に保健室に連れていかれたわ。ちょっと過保護すぎる気があるけど…」

 

鈴はどこか思う所があるのか、ふてくされている玲奈の背中をさすって答えた。

 

 

 

 あのISを倒した後、織斑一夏を除くあの場にいた人たちは先生方から事情聴取がなされた。と言っても、私たちはこの事件の容疑者でもなんでもないため事の経緯の説明と口外をしないようにという口頭注意を受けているだけだった。ついでに無人機と実際に戦闘をした3人のISのデータを拝借された。

 

 ちなみにだが、生身でアリーナのハッチへ飛び出すという自殺行為をした篠ノ之箒は今後このような危険な行為は行わないように、という厳重注意を受けただけの軽い処分であったようだ。なんだか、身内には甘いような気がする。重要保護プログラムの人間だからという理由なのだろうか?

 

「そういえばクリスタ!明日の日曜日の午前にISの使用許可書が下りたんだけど練習に付き合ってくれないかな?ほら、今度学年別トーナメントが控えているし!」

 

 鈴に励まされいつの間にか元気になった玲菜は私の手を握ると期待に満ちた眼差しをこちらへ向ける。

 

 学年別トーナメント。IS学園のイベントで、クラス代表や専用機、一般生徒関係なしに、各学年でそれぞれ優勝を目指すものだ。まだ、トーナメントは先であり今から練習をするとは感心できる。しかしだ。私は彼女のお願いに付き合うことは叶わないだろう。

 

「あぁ…。誘ってくれるのは嬉しいけど、午前ならちょっと用事があるんだ。午後なら大丈夫だけれど」

 

 そっと握られた手を放し、そう彼女へ伝える。

 

「えー、そうなのだ…残念」

 

「ごめんなさいね、家の人と会わなければいけないので」

 

「家の人?そっか、家族の人が日本に来ているのね!なら仕方ないね」

 

「家族…。まあ、ちょっと違いますが大体合っていますね」

 

「え?じゃあ、どういう意味よ」

 

 ラーメンのスープを飲んでいた鈴も気になりだしたのか、私へ問いただす。

 

「家の人と言いますか、使用人と言いますか…とにかく会わなければいけない人がいますので」

 

「使用人…」

 

「使用人って…俗にいうメイドさんとかってやつ?」

 

「ええ、そうですね。そうなります」

 

「…」

「…」

 

 ふと、玲菜はストローとコップを、鈴はラーメンの器を手にしたまま動きが止まる。

 なんだろう。私たちのテーブルの席だけが、少しだけ以前にも遭ったような感覚に襲われた。

 

 

 

「へぇ意外。あんたの所ってすごいのね。金持ちの家はてっきりセシリアみたいなのばっかりだと思っていたわ」

 

「いえ、私の所はそうでもないですよ」

 

「いや、十分クリスタの家すごいから。だってさ、お父さんがクリスタの所属している会社のお偉いさんなんでしょ。びっくりだよ!」

 

 あまり公に話すことでもないと思っていたため、謙遜されてしまっては困ると私の家については誰にも話さない様にはしていた。今回は、私のミスで話してしまったが。だが、二人ともすんなりと受け入れてくれた。

 私の父は、フォルテシモ社の副社長を務める人だ。彼の父、私の祖父にあたる人物は全く別の仕事をしていたようで自分自身の力で副社長の座まで登りつめるくらいすごい人だ。

 

「それで、使用人さんの話なのだけど…」

 

 私の家の事よりも使用人の事が気になって仕方がなかったのか、うずうずしていた玲菜が私へ詳しく聞き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日の朝。寒さは和らぎ、暖かい風が吹くようになった春の下旬。

 

 私はいつも身に付けている見慣れたIS学園の制服ではなく、クローゼットから引っ張り出してきた服に着替えていた。そして手に紙袋を持ち、IS学園と本土を唯一結ぶモノレールに乗り揺られながら待ち合わせている場所へと向かっていた。

 

 向かう場所は「とよさきカフェ」。カフェとしてはもちろんのこと、元パティシエの店主が作るケーキが好評を博している人気店だ。手ごろな値段で美味しい飲み物とケーキ食べられるという事で話題になっている、らしい。

 

 モノレールの路線の隙間から見える変わりゆく海の景色を見ながら、昨日のことを少しだけ思い出す。

 

 

 

 

「私が中等教育を受ける学校の位置関係上、親元を離れて私の叔父の家に住まわせてもらっていました。その時にお世話なったのが使用人の助手さんです」

 

「助手さん…」

 

「助手さんは、元はIS研究者の叔父の助手をしていました。何でも研究者である叔父に憧れていたとか何とか。助手さんが叔父の住む家に住み込みで働くようになってからは家の使用人として働く所しか見ていませんが…。せいぜい、助手としての仕事は叔父に出張だと言われて海外に飛ばされるくらいですね」

 

「話を聞く限りだとその人、あんたの叔父に騙されて雇われた人にしか見えないような…」

 

「それで、その助手さんって人は男の人?女の人?」

 

 玲菜が前かがみの姿勢で聞いてくる。今までよりも食いつき方が違う。

 

「助手さんは男性ですよ」

 

「へぇ。じゃあ執事さんって所かしら。んでさ、その人ってどんな感じの人なの?クリスタより年上?年下?それとこれは重要な事なのだけれどその執事さんってイケメン?」

 

「…私よりは歳は上のはずですよ。容姿は…そうですね、適当に石を投げればぶつけるくらいの普通の人ですよ」

 

 

 

 

 

 

 モノレールから降りて数分後、目的地であるカフェへと到着した。現在の時刻は10時を過ぎたところ。開店してすぐだが、客がちらほらと見えた。カフェの外にはテラスが設置され、外でも食事を楽しむことが出来るようになっている。私は目的の人がいるテラスへ足を進める。

 その人物はテラスの奥の席に座っていた。灰色のスーツに身を包み、ボサボサで少しクセのある短い茶髪、久々に見る何を考えているのか分からなく生気があまり感じられない目をしていた。テーブルの上には身に着けていたと思われるハットと紅茶の入ったカップ、そして5品のケーキが置かれていた。

 

「こんにちは、助手さん。もしかして、ケーキが目的でこの店を選んだのですか?」

 

 対面側の椅子に腰掛け、黙々と右手に皿ごと持ちケーキをかき込んでいる()()に話しかける。

 

「ええ、ここのお店には行っておいた方が良いという情報を見つけましてね。ぜひともクリスタさんにも食べていただきたく。このお店のモンブランは美味しいですよ」

 

 生クリームとフルーツで彩られたケーキを食べていた助手さんは、いつものようににっこりと微笑んで答えた。

 

 

 

「なるほどISは……特に問題もなく稼働していると」

 

 3つ目のケーキ、ショコラケーキをパクパクと美味しそうに食べる助手さんが私へ質問をしていく。

 

「そうなの……メインのサブマシンガンの威力を目につぶれば……他は何ともないけどね」

 

 注文した、特製モンブランを食べながら答えた。

 

「データを見る限りでは……ヒートショーテルも問題なく稼働していますね。これで、十分なデータが揃えられたはずです」

 

 ショコラケーキを食べ終えた助手さんは、鞄から取り出したタブレットに何かを入力していていく。

 

 私の扱うIS、サンドロックのIS自体は第二世代初期に作られたものだが、武器の一つであるヒートショーテルは第三世代ISのデータ収集のために作られた武器だ。これだけは、少しだけ新しい技術が使われており、第二世代と第三世代の間に位置する。ヒートショーテルは、投擲の際に操縦者の狙った所に思うがままに飛んでいくことができる。言わば、自由自在に誘導させることができるのだ。この技術を応用してレーゲン型の武装に反映しているとのこと。

 と、このように便利なものだが、サンドロックでの主なダメージ源はこの新しい技術が盛り込まれているヒートショーテルによる攻撃のみだ。データ収集以外の改造は何一つ施されていないので、よく使うサブマシンガンは5、6年前の品であり学園にいる専用機ISの第三世代には効果が今ひとつ。肩部のミサイルは、威力はあるものの誘導性能は低く相手が近くにいないと使いづらい。

 

「そこのところどうにか出来ない?」

 

「うーん、一応は検討してみます。予算が余っていれば出来るとは思いますが」

 

 助手さんは5つ目のケーキ、赤や黒の様々なベリーがふんだんに散りばめられたケーキを頬張る。

 

 そして助手さんがあれこれケーキの感想を言っているのを見ていた時、ふと私は助手さんへ渡すものがあったと思い出す。

 

「そうだ、ケーキに注目していてすっかり忘れていた」

 

 私は、椅子の近くに置いていた紙袋を膝の上に置く。

 

「ん?何ですかそれは?」

 

 先程のケーキをペロリと平らげた助手さんが私の持つ紙袋に興味を示す。

 

「実は、助手さんがまた出張で日本に飛ばされたと聞きまして。そんな可哀想な助手さんにもせっかくですから日本の文化に触れてもらおうと……はい、これお土産」

 

 私は、助手さんのために持って来たお土産を渡した。助手さんには何かを渡すとは事前に話してはいた。まさか、お土産だとは思っていなかったのか驚きながら、助手さんは私からお土産を受け取る。

 

 久々に見る豆鉄砲を食らったような顔に、私はついつい笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「それでは、私はこの辺りで。午後には用事があるから学園に戻るね。助手さんと久々に会えて嬉しかったです」

 

 そう言うとクリスタが立ち上がり笑顔で軽く手を振る。それに答えるように男性は手を振り返した。男性は学園へと向かう彼女の後ろ姿をしばらく見た後、残っていた最後のケーキ、特製モンブランを食べ終えると2人分の会計を済ませ、駐車場に停めている黒いセダンタイプの車へと乗り込んだ。

 

 運転席に座ると、少しだけため息をつく。しばらく美味であったケーキの余韻に浸る。調べ上げていた通り、このお店のケーキはどれも味が良く、何度食べても飽きない甘さに男性は驚かされた。

 

 しばらくして、予定通りに連絡が来る。

 

「…はい」

 

『はーい久々ねぇ、日本での旅行は楽しんでいたかしら?』

 

「そうですね。行きたい場所がありすぎて困ってしまうくらいには」

 

『そお、よかったわ。…彼女からプレゼントはいただいたかしら?』

 

「ええ、もらいましたよ。日本らしくて素敵なものでした」

 

 助手さんと呼ばれていた男性は、袋から中身を取り出す。袋から出てきたものは一膳の箸ともう一つ、小さな黒いICチップだった。

 

『学園での襲撃事件…。一体誰の仕業なのかしらね…。それじゃあ、いつものように私の所へ送ってねぇ。報告内容、楽しみにしているわ』

 

「わかりました。お任せ下さい」

 

 執事の男性はそう答えると、ICチップと一緒に取り出した箸をまじまじと見つめる。

 それは、こげ茶色の木製の箸であった。漆が塗られ、木目の美しさを引き立ていた。

 

『ああ、それと。その作業が終わったら、あなたにはまた出張に行ってもらうわ』

 

「出張、ですか」

 

『お願いねぇ。そうそう、今度はオータムとあなたの所の人達と一緒にフランスに行ってきてもらうわ』

 

 男性は箸だけを袋に戻し、袋ごと助手席へと放り投げる。

 

「了解いたしました。スコール様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の薄暗い会議室には学園関係者が集められていた。彼女らは椅子に座り手元に配られている資料に目を通していた。

 

 すると、スピーカーから初老の男性の声が部屋の中に響き渡り、先程まで聞こえていた私語が聞こえなくなる。

 

「休日であるにも関わらず、皆さんにお集まりしていただいて感謝しております。いかんせん、IS委員会へ急いで報告書の提出をしていましたからね。じっくり皆さんと情報共有が出来ていないもので…」

 

 マイクを手に持つ男性、轡木十蔵がゆっくりとした口調で話す。

 

「ここで話されることは機密事項ですのでそこの所をご理解くださいね。それでは、まずは第二アリーナで起きた事の経緯を織斑先生に説明をお願いします」

 

 がたっと椅子と地面とが擦れ合う音がして、千冬がマイクを手に持つ。

 

「それでは、第二アリーナでの経緯を説明します。正面のスクリーンをご覧下さい」

 

 薄暗くなっている部屋が、スクリーンによって少しだけ明るくなる。スクリーンには、クラス代表戦にて無人機がアリーナへ侵入する際の映像が映し出されていた。

 

「クラス代表戦の第1試合、一年一組と二組による開幕戦が行われて約10分後の午前10時10分頃。無人機による攻撃を受けました。幸いにも一般生徒、来賓の方々には大きな怪我の報告はなく、怪我をしたのは一部の生徒が転んだなどの軽傷をした生徒7名のみでした」

 

 その後、映像が無人機との戦闘の映像に切り替わる。

 

「また、この無人機にはその場でいた一組クラス代表の織斑一夏、二組クラス代表の凰鈴音、そして生徒の捜索していた同じく二組のクリスタ・ハーゼンバインが対応に当たりました。アリーナはハッキングにより、遮断シールドが最大のレベル4にまで引き上げられ外部から応援を呼ぶことが困難な状況にありましたが、彼らの協力により無人機の無力化に成功いたしました。この際、織斑一夏が軽い打撲と脳震盪になりましたが現在は治っています。第二アリーナについての報告は以上です」

 

 スクリーンに映し出された映像が終わり、再び部屋が暗くなる。説明が終わり、千冬が再び席に着く。

 

「では、次に同じく被害に遭った第三アリーナでの経緯を中井先生、お願いします」

 

 学園長にそう言われると、佳那が椅子から立ち上がり、マイクを手にする。

 

 それと同時にスクリーンには、無人機と複数のISたちが戦闘をしている場面が映し出されていた。

 

「はい。第三アリーナでも、第二アリーナとほぼ同時刻に無人機による攻撃を受けました。第三アリーナには二年と三年のクラス代表者が、待機中であったため全員で迎撃に当たりました。またこちらの場合、ハッキングされることはなく遮断シールドのレベルが引き上げられることはなかったためすぐに教師による鎮圧部隊を投入。すぐに無力化されました。また、アリーナ内には、一般生徒はおらず怪我人はいませんでした」

 

 厳しい表情で説明をしていた佳那は、手元にあった資料とは別のものに持ち替える。

 

「この第二第三アリーナでの襲撃事件から考えられることは、この事件の犯人は、第三アリーナの方の襲撃は囮で、第二アリーナで試合をしていた織斑一夏と凰鈴音どちらかもしくは両方を襲うことが目的であったと推測されます」

 

 そう言い切ると部屋の中で、少しだけガヤガヤと話し声が響きわたる。

 

「それでは、この襲撃の際に使われたISについて山田先生、お願いします」

 

「はい、それでは手元の資料とスクリーンをご覧下さい」

 

 佳那からバトンタッチされた真耶は、いつになく真剣な口調で話しマイクを握る。

 

「こちらは、解析したISのデータになります。スペックとしては、現在の第三世代とほぼ同じ性能です。ただ、アリーナの遮断シールドを打ち砕く程の高い攻撃力を持ち合わせることから、第三世代よりも高い性能を持つと考えられます。さらに、このISには操縦者はおらず、二機とも無人機であることが判明しています。またISコアは未知数であり、誰もそのブラックボックス化されたISコアを調べ上げた事はありません。ですがこれを解析し、ISの遠隔操作と独立稼働を実現しなおかつ未登録のコアを作り上げたとなると現存するどこの企業や研究機関よりも高い技術力を有していると考えられます」

 

 またしても、ここで先生方が少しだけ騒ぎ出す。こうなるのも仕方ないだろう。そう自分に言い聞かせ、真耶は手に持つ資料を読み上げる。

 

「なお、この報告は既に国際IS委員会にはしており、回答も返ってきています。『無人機が既に現実のものとなっていることは大きな発見である。だが、この技術が悪用されていることには遺憾の意を示す他はない。このことについては厳密に委員会で議論を重ね、こちらで無人機の措置について決着が着くまではIS学園にて厳密に保管をしてもらいたい。』と述べられています。現在、このISらは学園地下の研究施設にて厳重に保管をしております。無人機についての報告は以上になります」

 

 真剣な面持ちでマイクを机に置き真耶は席に着く。そしてホッとした表情になり肩を撫で下ろした。

 

 真耶が座ったつかの間、千冬はマイクを手に持ち、電源を入れる。

 

「ここで、私から少し提案があります」

 

「ほう…分かりました。言ってください」

 

「ありがとうございます。今回起きた事件のように、IS学園がどこかから狙われていることは真剣に対策を考えていかなければなりません。特に今年の一年生には、初の男性操縦者である織斑一夏が標的になった事も今回の騒動で考えられます。このような騒動が起きたのは過去例を見ないところからも明らかでしょう。次回に行われるイベントの学年別トーナメントはマンツーマン形式です。ですが今回の騒動のように事件が起きた際、もちろんISを動かすのは個人ではありますが、他の誰かと協力をして迎撃にあたる場面が確実にあると思われます。そもそもISによる集団行動、もといチームワークは大切な事であり後々学んでいく事でもあるため、早期から一年生にも体験、学習をさせるという意味で私はこの学年別トーナメントをツーマンセルでの対戦へ変更することを提案します」

 

 

 

 

 




どうも、元大盗賊です!


しばらくは、3話を貯めて一気に投稿するというスタイルでやっていこうと思います。

次回もお楽しみに!


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第11話 転校生

 

 

 入学式から早二ヶ月も経ち、今は6月のはじめ。段々と、日が落ちる速度も遅くなり夏の兆しが見えてきたころ。

 IS学園に、またしても新たな転校生がやってきた。先月には鈴も転校してきており、このままだと毎月誰かが転校してくるのではないかというペースで新たな生徒がやってきていた。おまけに今回は二人もやって来た。どちらも、一組へ転入された。

 

 一人目は、シャルル・デュノア。

 フランスの代表候補生であり、あの第二世代ISの量産型の傑作機『ラファール・リヴァイヴ』を製造して、世界シェア第三位を誇る超有名企業『デュノア社』の御曹司だそうだ。御曹司、そう男性。男だ。女ではない。遂に世界で二人目の男性操縦者が見つかったのだ。

 

 サラサラの金髪にアメジスト色の瞳、中性的に整った顔つき。織斑一夏とは違う要素を併せ持つ男子には、二ヶ月も経ち男一人だけが学園内にいるということに慣れてしまった女子生徒達にとって少しばかり刺激が強いものであった。転校してきたときに一組から響き渡った黄色い声や廊下での騒ぎは今でも覚えている。玲奈曰く、「ほって置けないくらいの可愛い系男子」だそうだ。

 

 

 だが、この()()()()には少々疑問がある。全世界に男性操縦者の一斉調査は既に行われておりそれに彼は引っかからなかったことだ。公式で織斑一夏以外の適合者はいなかったという発表がされた。まさか、IS量産型を造る世界的に有名なメーカーの社長の息子がこの調査を受けないはずがない。またデュノア社から正式に男性操縦者が見つかったという報告もされておらず、シャルル・デュノアという男性代表候補生はどのデータベースに()()()()()。このことはデュノア社へ潜入している工作員からもたらされたリーク情報であり、ほぼ正しいことには間違いない。セカンドには今後も注意を払って観察をしなければならないだろう。ただ、この危険分子ばかりに目を向けるわけにはいかない。他に、私に課せられたやることがある。

 

 

 そして、もう一人目の転校生は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、指定された部屋番号の『1127』へとやって来た。廊下には人の気配はなく、私一人だけがいた。扉の前に立つと制服を少しだけ整え、震える手を出来るだけ落ち着かせようとする。首のうなじ辺りで嫌な汗がじんわりと衣服に染み渡る感覚がした。

 

 準備をし終わった私は、『1127』と書かれた扉にノックをする。だが返事がなかったためそのままドアノブをひねる。ドアの金具からまだ古臭くない高い音を響かせながらゆっくりと部屋へと歩みを進める。

 

「失礼します」

 

 私はそう言い切ってからパタンとドアを閉める。

 

 部屋は見慣れた寮の部屋であった。窓から太陽の光が部屋の中を照らしている。人工的な光は目の前に見える机の上を照らしていた。机の上には、自動拳銃が分解されており私の目に鈍い黒い光が差し込む。拳銃の部品の一つを手に持ちきれいに掃除をしている、私を呼びつけた人物がこちらを向く。

 赤い瞳に長い銀髪、左目には黒い眼帯が付けられていた。制服の下半身は改造されておりスカートではなく軍服を思わせるズボンを履き、裾は軍靴を連想させる丈の長い靴の中に入れていた。

 

「お久しぶりですね、少佐」

 

 久々に見る人物に、私は硬直していた顔の筋肉が緩む。

 

「ああ、やっと来たか。ハーゼンバイン。待っていたぞ」

 

 彼女はいつものように無愛想な表情と冷たい口調で私に話しかける。

 

 

 

 彼女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生であり、なおかつドイツ軍に所属する軍人。若干15歳でありながらドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」、通称黒うさぎ隊の隊長だ。また、私たちフォルテシモ社が開発を進めるレーゲン型ISの試作機『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』の操縦者も務める人物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日から一組と二組の合同で実習を開始する。次回以降もこの第二グラウンドで実習を行う。授業開始時間に遅れないよう、時間に余裕を持って行動をするように」

 

 目の前に見える、いつもの黒いスーツではなく白いジャージに着替えているブリュンヒルデに、私たち一組と二組は大きな声で返事をする。

 

 6月に入り、ついに実際にISを使った実習が開始されISスーツに着替えた私たちは、広く殺風景な第二グラウンドの真ん中に整列させられていた。

 

「まずは戦闘を実演してもらおう。丁度良い役者がいるのだしな。凰!オルコット!」

 

「はい!」

「はい!」

 

「専用機持ちなら、早く始められるだろう。前に出ろ」

 

「めんどいなあ。何で私が…」

 

 私の近くにいた鈴が、そうぼやくと肩を落としながらだるそうに前に出てくる。それと同様に遠くにいたセシリアも何かぽつりと言い、貧乏くじを引かされたと言わんばかりの表情でため息をついて、前に出てきた。

 

「お前等、少しはやる気を出せ。()()()に良い所を見せられるぞ?」

 

 ブリュンヒルデがそんなやる気を出してない二人に小声で、織斑一夏(アイツ)を強調させて言葉をかける。この人、自分の弟を餌に使ったよ…。この誰にでも分かるような見え見えの、彼女がぶら下げられた一夏()に狙った鈴とオルコット(獲物)は見事に釣られた。

 

「やはりここはイギリス代表候補生である私の出番ですわね!」

「まぁ、実力を見せつけるいい機会よね!専用機持ちの!」

 

 二人は先程とは打って変わって見せ物としてではなく、織斑への好感度を上げるためだとにこやかな表情に変わり意気込む。

 

「二人とも、何でこうもちょろいのかしらね…。今後が心配…」

 

 一部始終を全て聞いていた玲菜が余りにも単純すぎる二人に頭を抱える。だが既に当の本人も恋する鈴を利用して織斑のブロマイドを販売しているが。

 

「これが一番いいやる気の上げ方ですからね。しょうがないです」

 

 見事に釣られた二人の様子をにんまりと微笑むブリュンヒルデに、私は小さな声でぼやいた。

 

「それでお相手は誰ですの? 鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「それはこっちのセリフよ。返り討ちにしてやるわ!」

 

 既に頭の中では織斑のことしか考えられていない能天気で残念な獲物たちは互いにいがみ合う。

 

「あわてるな馬鹿共。二人の対戦相手は…」

 

 腕を組み、呆れていたブリュンヒルデはそんな二人に対戦相手を告げようとした時だった。ふと、空から何か甲高い音と叫び声が聞こえてきた。

 周りにいた生徒たちもその音に気づき、空を見上げる。上空には太陽に照らされて白く光るものが速度を上げて第二グラウンドへ接近していた。そう落下していた。

 ハイパーセンサで確認してみると、緑色のラファール・リヴァイヴに乗った一組の副担任である山田真耶先生であった。

 …この人先生ですよね?

 

「あぁぁ、どいて、どいてくださぁぁぁいぃぃ!!」

 

 制御不能になったのか、山田先生が悲鳴を上げながらグラウンドへとさらに速度を高めて接近しており、生徒達は危機を察知して急いでその場から離れる。一応念のためと、私はサンドロックを展開して後ろにいる二組の人たちの盾になった。

 

 グラウンドに不時着した山田先生によって衝突地点からは土埃が立ち込める。土埃が晴れて衝撃が収まり山田先生がいると思われる場所へ目を向けると、彼女は避難せずにその場でISを展開していた織斑と一緒になってクレーターの中に仲良く二人で入っていた。

 

 そして彼はあろうことか山田先生の柔らかい胸部装甲を鷲掴みしていた。いや、揉んでいたのだろう。いいや揉みたかったのだろう。あれを目の前にされたら私も同じことをするだろう。そして、先生に問うのだ。先生、どうしたら私も先生みたいに大きくなりますかって。

 

 鈴のいう”らっきーすけべ”というものを発動させていた織斑は、意識を取り戻すと山田先生から離れる。被害を受けた当の本人はというと、でもこのままいけば織斑先生が義姉さんってことでそれはそれで魅力的な…と噂に聞く趣味の妄想を授業中に膨らませていた。

 

 彼の行った行為は客観的に見ると許可もなく女性の体への触れたという今の世の中では紛れもない重罪であった。俗に言う”セクハラ”というやつだ。女尊男卑によって構成されている世界で女性に対するセクハラは世界が変わる前よりも厳格な罰則になっている。もし、ここで誰かがすみません、セクハラを目撃しました、とでも警察へ通報すればすぐさま織斑一夏は現行犯で逮捕されるだろう。IS学園追放は免れられない。

 だが、そんなことをする人物は一人もいなかった。しかし通報の代わりに、別の報いを受けていた。

 

 織斑が山田先生から離れたその時、近くを蒼い閃光が通り過ぎていった。熱源に驚く彼が発生源に視線を向けると、そこには蒼雫を装備しているセシリアがいた。

 

「おほほほ、残念です。()()()()()()()()()()

 

 いつも織斑へ見せるようなにこやかな笑顔で彼女は、いつもよりトーンの低い声で物騒な事を発言する。やっと自分がしでかした過ちに気づいたのか、彼は顔を青ざめる。だが、報いはそれだけでは収まらなかった。

 

 鈴も彼のした行為を許すはずもなく、双天牙月を両方呼び出し連結。彼にめがけて、最近覚えたという投擲をする。横回転をしている双天牙月の射線上には織斑(すけべ)もいるが、私たち二組や一組の生徒たちがいる。彼女らの痴呆喧嘩で死人を出されると迷惑極まりないため、すぐさま射線上に行きヒートショーテルで叩き落そうとする。

 

 すると、2回の発砲音がグラウンドに響き渡り、双天牙月が織斑の手前で地面に刺さる。音の出たところに目線を向けると先程までずっと妄想をしていると思われていた山田先生が、地面に伏せライフルを構えていた。

 

「織斑くん、怪我はありませんか?」

 

「あ…はい。ありがとう…ございます」

 

 にこやかな表情で怪我の心配する山田先生に、織斑は安心と恐怖が入り乱れる表情で答えた。そうして何とかその場が収まった所で、ブリュンヒルデが本筋へと話を戻すべくセシリアと鈴に言う。

 

「さて小娘共、さっさと始めるぞ」

 

「あの、もしかして山田先生と二対一で?」

 

「いや流石にそれは…」

 

「安心しろ、今のお前たちならすぐ負ける」

 

 ブリュンヒルデが彼女たちに挑発をするかのようにニヤリとした表情になる。その言葉と表情に不満を思ったのか、彼女たちはむすっとしかめっ面になる。

 

「ねぇねぇ、山田先生ってそんなに強いのかな?相手は現役の代表候補生だよ?」

 

 後ろにいた玲菜がサンドロックを解除していた私に話しかける。

 

「うーん、どうでしょうかね。少なくとも入試で教員を倒したというセシリアさんはそれなりの実力を持ってはいると思いますが、1対1と2対1では勝手が違いますからね」

 

「ふーん。織斑先生がああ言うから、山田先生も意外に強いのかな?」

 

 未だ見えない実力の山田先生に私たちは疑問をぬぐい切れなかった。何せ、ドジっ娘かつ天然キャラとして定着しつつあるという山田先生によるISは全く想像もつかないからだ。

 

 

 

 戦闘の実演は空中で行われる事となった。実演が行われていると突如、ブリュンヒルデの指示でデュノアによるラファール・リヴァイヴの解説が付く。デュノア社の御曹司による分かりやすい解説が終わったと同時に戦闘の実演は終了した。結果は、山田先生の快勝。お互いに連携の頭文字もわからないような自己中心的な動きを終始していた二人が叶うはずもなく、とどめにグレネード弾で一気に決めるという綺麗な終わりであった。

 

「まさか、この私が…」

「あんたねぇ! 何面白いように回避先読まれているのよ!」

「鈴さんこそ! 無駄にバカスカと撃つからいけないのですわ!」

 

 そのままの衝撃でグラウンドに落っこちてきた二人は、お互いの行動に対して指摘をし合っているように見えたが、残念ながらズボンのような上着にしか見えなかった。つまりはどっちもどっち、50歩100歩というやつだ。

 

 

 

「これで諸君にも教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接するように」

 

 戦闘を見ていた人たち、特に一組はポカンと口を開け山田先生の技量に驚かされていた。これで、山田先生が『まーやん』や『やまぴー』という変なあだ名で呼ぶ生徒は少しばかり少なくなるだろう。

 

「次に、グループになって実習をやってもらう。リーダーは専用機持ちがやること。では、別れろ」

 

 そして実習が始まりもちろん、サンドロックを持っている私も例外ではなく専用機持ちという事でリーダーになってしまった。

 

「ハーゼンバインさん、よろしくね!」

「あ、ゴーグルさんの所かぁ、新聞部だよね!確か!」

「さっき見たISかっこよかったなぁ。もう一回見せて!」

 

 私の所へ来た人は一組と二組の人が半々という感じであった。今回行う内容はISの着脱と起動、そして歩行だ。どれも基本中の基本になる。多くは、IS操縦が初めてで最初はおっかなびっくりでいた人も終わるときには既にそのような感情は無くなっていた。

 玲菜は事前に私や鈴との個別で訓練を受けていたため、着脱や歩行は簡単に行うことが出来ていた。

 

「へぇー、桜田さんISの扱いに慣れているねー。もしかして練習でもしていたの?」

 

「ふふん、クリスタに教えてもらっていたからねぇ!これくらい平気よ!」

 

 先程歩行体験を終えた一組の子にドヤ顔で威張る玲菜。

 

「まあ、最初は歩こうとしたらすぐ転んでいたけどね。皆も最初はゆっくりでいいから慣れていってね」

 

「ちょっ、私の威厳がなくなるじゃない!」

 

 ちょっとだけ笑い声が聞こえ、彼女は少し涙目になりながら私の肩を揺さぶった。

 ふとその時、やけに物静かな空間があると感じ、目線を動かすとそれは新しい転校生のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐のグループであった。少佐は、じっと担当を受け持った一組や二組の人たちをみつめるだけで特に何をするでもなくじっと佇んでいた。そんな少佐の行動に、実習をする子たちは他のグループのやっている行動を見よう見まねでISを起動させていた。その様子をずっと見ているわけにもいかず、すぐに目をそらす。

 

「どうしたのクリスタ?」

 

「いえ、何でもないですよ」

 

 何か心配するように問いかける彼女に私は素っ気ない態度で返事をした。

 

 

 

 こうして順調に実習は進み午前の授業は終わりを告げた。実習で使ったISは午後に整備の授業で使うということで、専用機持ちたちは格納庫へ使ったISを運ぶこととなった。流石に生身でISを運ぶわけにもいかず、部分展開して楽にISを運ぼうとした時だった。突然、プライベートチャンネルが開かれる。相手は少佐からだった。

 

『格納庫へISを戻したら私の部屋へ来い。場所は1127だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この部屋にはお一人で?」

 

「ああ。生徒数の関係上、だそうだ」

 

 私は少佐が作業している机のもう一対の椅子に招かれ、そのまま座る。

 

「少佐はなぜこの早い段階でこちらへ?」

 

 少佐は私の方へは向かず、拳銃の整備をし続ける。

 

「IS学園には既にティアーズ型のISを持った生徒が来ているのはお前も知っているだろう。まあ扱う本人には十分に扱うほどの技量がないのだがな」

 

「一組のセシリア・オルコットですね。イギリス代表候補生の」

 

「そんな名前だったな。とにかく、お前も知ってはいるだろうがイグニッションプランでティアーズ型は優勢だ。しかも、代表候補生を学園に送り出し悠悠自適にデータを収集している。そんなティアーズ型に対抗するべく、レーゲン型を扱う私もデータ収集のためにここへ来た、という訳だ。ちなみにトライアル段階に入ったばかりだ」

 

 掃除した部品を机に置き、別の部品を取り出す。

 

「お前たちの企業もそれだけ必死なのだろうな。まだ残っている作業があるにもかかわらず焦って私と黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)を学園へ送るくらいだ。私の所へ来た担当者の話を聞いていたがやつの顔には焦りしか見えなかったよ。だが、ドイツ軍としてはそれだけISがより発展するだけだからうれしいことこの上ない」

 

 少佐は途中でどこかせせら笑うように、思い出し笑いをする。

 

「では、少佐が来られたのはデータ回収のためと?」

 

「ああ、それに加えて新たなシステムの導入をテストしたいとのことだそうだ。実際にはまだ私のISはトライアル段階の真っ最中だ。同時に新システムのチェックもすると、レーゲンの第三世代兵器はほぼ完成しているようなものだから今更ながらテストをするまでもない。恐らく、ティアーズ型に追いついているとアピールしたいのだろうな」

 

 掃除が終わったのか、掃除用具をしまい拳銃を組み立てていく。

 

「それで、少佐が私を呼んだ理由はどのようなことで?もしかして、来た理由を話すだけ…」

 

「ああ、これから世話になる企業の人間のお前に挨拶もかねておしゃべりをするためでもあるが他にもある」

 

 私が言い切る前に言葉をかぶせる。そして、整備のし終わった自動拳銃を手に持ち私に初めて目線が合う。

 

「おまえは、この学園の生徒たちをどう思う?」

 

「どう思う…ですか?」

 

「そのままの意味だ。お前はどう思う?」

 

 冷たい視線が私の全身を襲い、思わず握っていた手に力が入る。

 

「そうですね、彼女らはきちんとISを学ぼうとしていると思いますよ。ISに触れたことのない人が多いですが意欲的に学ぼうとしている人もいます。そもそも、IS学園という最難関へ受験をしてきたのです。素人であろうがそうでなかろうが、それなりの覚悟をして勉強していると思います」

 

「…。そうか、おまえは好意的にとらえているのか」

 

「はい、わたしはそのように…」

 

「だが、私はそうは思わんな。この学園にいる生徒からは、ISとは何かを本当にわかっていないやつばかりだ」

 

「ISとは何か?」

 

「ああそうだ!どうせやつらは、ISはスポーツ競技だとかファッションか何かのように感じているとしか思えない。ISは兵器だ!戦いの道具だということにやつらはそれを理解していない。企業の人なら分かるだろう?ISを発展させていけばどうなるか、ここを出て行った後には何が待っているか!これに対して真剣に取り組もうとする人間は皆無だろう!ああ、今でも思い出しただけで虫唾が走る」

 

 少佐は、感情が抑えきれなくなったのか拳を強く握ると机にたたきつける。

 

「こんな危機感のない生徒を教えるために、教官は必要ない。教官がこのような場所にいてはならないのだ…」

 

 冷たい瞳からは憎悪が溢れ、私ではなくどこか遠くを見つめていた。

 

「…お前は誰にでも優しいからこのような事は思わないだろうが、頭の片隅にでも私の考えを留めておいてくれ」

 

「…はい、了解致しました」

 

 そう言うと、私は席を立ち入口へと戻る。

 

「少佐。私もフォルテシモ社の人間です。本社から少佐のサポートを任されています。ISに関して、そうでなくてもそれ以外でも何かあればお申し付けください」

 

「ああ、分かった」

 

「それではこれで」

 

 そして私は少佐のいる部屋を後にした。

 

 

 



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第12話 信じるもの

 

 人間誰しも完璧でないと俺は思う。

 弟の俺が言うのもあれだが容姿端麗、女性なら誰しもが憧れ、IS乗り世界最強の称号を持つ千冬姉は完璧な超人というイメージがあるとは思うがそうではない。千冬姉にだって出来ないことはある。そう、人には得意不得意が必ず存在すると思うのだ。俺の場合は、勉強はあまりできないけれど家事洗濯とかは結構得意なほうだ。

 

 とにかく、だ。

 

「正直に言わせてもらうが…お前らの言っていることが全然わからん!」

 

 俺はこのことを目の前にいる人たちに物凄く言いたかった。

 

「何故わからん!」

 

 黒を基調として所々赤で縁取りされたISスーツを着る、オノマトペなサムライガールがプンプン怒る。

 

「ちゃんと聞きなさいよ!ちゃんと!」

 

 ピンクを基調として所々黒で縁取りされたISスーツを着る、直感第一中華娘ががみがみ怒鳴る。

 

「もう一度説明して差し上げますわ!いいですか?右半身を斜め前方に5度…」

 

 青と白を基調としているISスーツを着る、論理思考の英国淑女がまた同じことを話し始める。

 

 確かに俺のIS操縦技術は未熟だ。セシリアや鈴の方が俺より断然ISに関して熟知している。箒の場合は二人と比べるとISの技術に関しては分が悪い。ただ俺よりかは剣の扱いには慣れており、正直勉強になっている。

 彼女たちの指導は俺が頼み込んだ訳ではなく彼女たち自身が進んで俺のためにIS練習を手伝っている。その事にはとても感謝している。人の善意を踏みにじるような非道な事はしない。だが...何分教え方が下手なのだ。

 箒はビュー!とか、ばばば!などと擬音語と体の動作を使い説明をする。いやこれは説明というより、子供のヒーローごっこで使う言葉に近いだろう。鈴は理由を聞いても、そんなのは直感よと俺をばっさり切り捨てるので話にならない。セシリアもセシリアで、先程の二人よりかはましな説明をしてくれるのだが…何分きっちりしすぎるのだ。俺はロボットじゃないんだから23度傾けるとか、そんなの出来るわけなかろう。

 この3人のどうしようもない指導者たちの訓練を今日もどう乗り切ろうかと考えていた時だった。

 

「一夏、僕と付き合ってくれる?噂の白式と戦…」

 

「ああ、分かった良いぜ!という事だから、また後でな!」

 

 そこへ颯爽と現れたのは、オレンジ色のISに身を包むシャルルだった。すぐさま、返事をしてこの場から退却する。ありがとうシャルル、俺は良い親友を持ったよ。

 こうして、俺は3人娘からの指導を無理矢理中止に追いやった。悪く思わないでくれ。

 

 そして、初めてシャルルと模擬戦を行うことになった。同じ男同士、どれほどの実力があるのかと内心楽しみにしながら意気込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 …結果から言うと俺の完敗だった。全く手も足も出なかった。雪片Ⅱ型は軽くいなされ、シャルルからの射撃をもろに受けた俺はみるみるシールドエネルギーが削られていってしまった。

 

 

 

「つまりね、一夏が勝てないのは射撃武器の特性を把握してないからだよ」

 

「一応理解はしているつもりだったのだけれどな…」

 

「白式って後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

 

「ああ、確か容量が空いていないらしい。だから、いつも雪片Ⅱ型で戦っていたのだ」

 

拡張領域(バススロット)が空いていないのは多分、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の方に容量を食われているのだよ」

 

「ワンオフ?」

 

 アリーナの使われていないピットでシャルルによるIS講座を聞いていた俺は、すかさず質問をする。

 

「ISが操縦者との相性が最高に達した時に発動する能力の事だよ。一夏の白式だと、零落白夜がそれにあたるね」

 

「へぇ、零落白夜のことか。無意識で使っていたから分からなかったわ。少し賢くなったよ。それにしても、お前の説明はわかりやすいなー!」

 

「いやいや、それほどの事じゃないよ」

 

 シャルルを褒めると、謙遜してしまった。少なくとも、先程の三人娘よりか数十倍は勉強になっているはずなので俺としては助かる。訓練をする時にはシャルルと一緒に練習をしよう。そう、強く思った。

 

 シャルル先生による講座が終わると、今度は実習の時間に移った。俺が勘違いしていたのであろう射撃武器を知るためだ。ピットから地面に下りると、シャルルが何かを操作してダーツのボードのような点数が書かれたものがはるか遠くに表示させた。

 

「じゃあちょっと練習をしてみようか」

 

 そう言うと、シャルルは先程模擬戦で使っていた銃火器を俺に渡す。

 

「あれ?確か他の奴の装備は使えないはずじゃなかったか?」

 

 ふと、どこかで聞き覚えがあるようなことを言ってみる。

 

「普通は使えないね。でも、所有者が使用許諾(アンロック)をすれば持ち主のIS以外でも登録している人全員が装備を使えるようになるんだよ」

 

「へぇ…」

 

 俺は、感心しながらシャルルから銃火器を受け取る。ISとほぼ同じ長さの武器にちょっと驚きながらも、自分が思う射撃の体勢に入る。

 

「構えは…こう…かな?」

 

 それっぽい恰好をしてスコープを覗く。

 

「ええと、脇は閉めて。左腕はこっち。わかる?」

 

「こう、か?」

 

「そうそう、そんな感じ。じゃあ撃ってみようか、ターゲットが次々と出てくるからそれを狙ってね」

 

「おう。どんとこい!」

 

 こうして、シャルルに補助をされながら次々出てくるターゲットに弾を打ち込んでいく。10回ほど撃ち抜き終わると、何やらスコアらしきものが遠くで表示されていた。残念ながら、真ん中には狙えなかったが真ん中から一番近い所には狙いを定めて撃つことが出来た。

 

「おお…」

 

「どうだった?」

 

「何ていうか、速いっていう感想だな」

 

 初めて撃つ銃に、ちょっと感動を覚えていた時だった。周りにいた、他の生徒たちが何やら騒ぎ始める。何事かと、皆が注目するピットへ目を向けるとそこには一つの黒いISが佇んでいた。周りではドイツの…だとか、第三世代…だとかざわざわと話し声が聞こえてくる。その時だった。

 

 「織斑一夏…」

 

 シャルルに銃火器を返していた時に突如、オープンチャンネルでその黒いISが俺に話しかけてきた。よく見るとそいつは転校生として、俺のクラスに来たラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 「…何だよ?」

 

 「貴様も専用機持ちだそうだな? ならば話が早い。私と戦え」

 

 「嫌だね。お前と戦う理由がねぇよ」

 

 ラウラは、急に俺と戦えと言い始めてきた。だが、シャルルの時のように軽く模擬戦をという感じではない。彼女が放つ言葉がとても冷たく感じる。

 

 「貴様になくても、私にはある」

 

 「今じゃなくてもいいだろう、焦るなよ。もうすぐクラストーナメントマッチがある」

 

 どうもあいつは、俺と今すぐ戦いたいようだ。だが、何故俺に突っかかっていくのだろう…。彼女はドイツから来た軍人だ。ならあの時の…?

 

「その時で…」

 

 頭によぎる不安を感じながら、しつこいラウラを振り払おうとした時だった。

 

 「ならば…」

 

 そう言うと、突如右肩にある大砲をこちらに向けると、その砲身が光り始める。

 

「!?」

 

 気づくとシャルルが俺の前に出てきていた。

 大きな音がアリーナ内を響かせる。その時俺はラウラが俺にめがけて攻撃をしてきたのだと理解できた。

 

「いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね」

 

「フランスの第二世代型ごときで、私の前に立ちふさがるとは…。笑わせてくれる」

 

「まだ開発したての、ドイツの第三世代型(問題児)よりはましだと思うけどね!」

 

 シャルルが両手に銃を持ち、ラウラへと向ける。

 

「そこの生徒!何をやっている!」

 

 危うく一触即発となろうとした時、騒動を聞きつけたのか教員がアリーナのスピーカーで注意を呼び掛けてきた。

 

「ふん!今日の所は引いてやろう…」

 

 ラウラはISを解除し、俺たちの方へ睨みつけるとピットの奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、邪魔が入った。あのタイミングで水を差すか…。後日に武装をチェックする。それでいいな?」

 

 灰色を基調としたISスーツを着るラウラは、少し怒りをにじませた声で言うとピットの出口へ歩いていく。

 

「分かりました。それで大丈夫です、少佐」

 

 黒と白を基調としたISスーツを着て、ゴーグルを付けているクリスタはその後ろを付いて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、クリスタ。最近、ドイツの転校生と一緒にいるって本当?」

 

 ふと白飯を食べる鈴が私に話を振ってきた。その話を聞いた玲菜と箒が私の方へ目線を動かす。

 

 夕食時で少々混んでいる食堂で私と鈴、玲菜、そして箒が相席して食事をとっている。件の襲撃事件の一行後、一組の人たち特に織斑の近くにいる人たちとは知り合い程度には関係が進むようになっていた。主に食堂で。鈴や玲菜が他の人を連れて、もしくは一組の人たちと一緒に何てこともあった。

 

「ええ。本当です」

 

「そっか…。何であんなやつと一緒にいるの?クリスタも物好きね」

 

 私の向かい側に座る鈴が食べることも忘れ、むすっとした顔で私を見る。

 

「あー、そういえば今日の放課後にそのドイツの転校生といざこざがあったのだよねぇ。何でも先生が仲裁に入るくらい緊迫していたとか」

 

「そうよ!あいついきなり一夏に砲弾ぶっ放してくるのだからどうかしているわ!」

 

 玲奈が放課後に起きた事を言うと、鈴はその事を思い出したのか、プンプン怒ると香ばしく嗅覚をくすぐる青椒肉絲をガツガツ食べる。

 

「私は少佐のISのサポートをしろと本社から言われていましてね。それで呼ばれた時に少佐の所へ行っているのです」

 

「ISのサポート?」

 

「はい、あの黒雨(シュヴァルツェア・レーゲン)はフォルテシモ社が中心となって開発を進めている第三世代ISです。学園で行う試験がありまして、その作業を行ったりISの使い心地を聞いたりしているのです」

 

「ふーん。そういやあんた、企業の人だったね。大変だねぇ、軍人と一緒だなんて」

 

「それほど気にしていませんよ。もう慣れましたし。それに私たちにとってみれば大事な顧客です。好き嫌いだの言っていられません」

 

 鈴を何とか落ち着かせると日替わり定食Bセットのお菜、ほうれん草の胡麻和えを食べる。

 

「なあ、クリスタ…。ボーデヴィッヒとは昔からの馴染みなのか?」

 

「昔とは言いませんが、私がテストパイロットとしての見習いだった頃から知っていますが、どうしてそれを?」

 

 焼き魚の身を綺麗にほぐしていた箒が箸を止め、私の顔色をうかがうようにして聞く。

 

「い、いやちょっと気になる事があってだな。ボーデヴィッヒは転校して早々、一夏に暴力をふるった挙句許さないだのと言っていた。そして今回の奇襲だ。一夏本人に聞いてもこのようになった心当たりがないと言う。もしかしたら、お前ならやつが一夏を執拗に狙う理由を知っているのではないかと思って…」

 

 何か二人の関係に何かないかとほうれん草をもぐもぐして考えてみる。

 

「そうですね、私には少佐がどのような考えでこのような行動をしているか分かりません。ですが、強いて言うなら少佐はとてもブリュンヒルデを、織斑千冬を唯一無二の存在であると思っています。俗に言う、崇拝というものに近いでしょうか」

 

「崇拝だと?」

 

「ええ。一振りの刀を使い、他のIS乗りを圧倒し世界大会で総合優勝をする実力、カリスマ性。少佐に限らず、IS乗りならば誰しもが憧れ、その強さに魅了させられると思いますよ。ブリュンヒルデのように強さになりたい、って。有名なスポーツ選手に憧れるのと似ているかもしれませんね。箒さんならば、その凄さは身に染みるほどわかっているのではないでしょうか?」

 

「…そうか。ありがとう」

 

 箒はあまり納得のしない表情をして、食事を再開する。

 

「ふーん、崇めるねぇ。それにしてもやりすぎなんだよなぁ、あのドイツは」

 

「確かにそうだよねぇ。相当な事がないと、見知らぬ人には攻撃しないよね!」

 

 結局、少佐の行動原理は分からずじまいで話はここで終わった。

 

 そして、学年別トーナメントまで二週間を切った頃。

 

 

 

 鈴とセシリアが傷を負った。

 それに加えて彼女らが乗るISのダメージレベルがCを超えるという事態が起きた。原因は、少佐との模擬戦をしたことによる怪我だ。ISの絶対防御があるため命に別状はなかったが、ISのダメージレベルがCを超えてしまうとISが稼働するときに悪影響を及ぼす可能性があるとされているため、二人は学年別トーナメントへの参加を許されることはなかった。

 

 

 

 この事は、直接少佐から聞いた事だった。

 

 

 

 

 

「少佐!さすがにこれはやりすぎです!」

 

「やりすぎだと?」

 

 少佐は、脚を組んで椅子に座りこちらを向く。

 

「そうです!模擬戦をしてダメージレベルがCを超えるようなことはまず大抵起きかねません。もし、このような報告をされれば少佐は…」

 

「その心配はない。私とあいつらはきちんとお互いの了承を得て模擬戦を行ったのだ。以前のように一方的に攻撃をしたわけではない。まあ、相手が弱すぎて一方的な試合にはなったか」

 

 少佐は途中で思い出し笑いをするように冷ややかな笑いをする。1127の部屋の窓から見える夕陽の光が逆光となり、彼女の影をより濃くする。

 

「それにしても、お前のデータのおかげでワイヤーブレードは面白い働きをしてくれるよ。以前は6つを動かすのには苦労をしたが練れというものは恐ろしいものだな…。今では、私の手足のように動いてくれる」

 

「ワイヤーブレード…。まさかあれを体に!?」

 

「ああ。報告にはあったが首に巻き付けたら相当のダメージを与えるようだな。まああいつらはほぼ衰弱をしていたから仕方はないか、躱さなかったのだから。それに、彼女たちも上に報告なんてしないさ。なんせ、自分が色目を使う人が侮辱されるのに腹が立って戦いに挑んだらあっさり負けました、なんて言えないだろうな」

 

「…」

 

「そうだ、すっかりお前を呼んだ理由をすっかり忘れていたよ」

 

 少佐は机の上に置いてあった一枚の紙を私に差し出す。その紙には、『学年別トーナメント申し込み要項』と大きく文字が書かれていた。

 

「申し込み用紙?」

 

「ああ、そうだ。どうやらこのトーナメントはより実践的な模擬戦闘をするために二人組でのペア戦に変わったようだ。そこでだ、是非とも私とお前で出場をしたいと思っていてな。私のISを一番理解できているのはハーゼンバイン、お前だけだ。それに、他の生徒などと組もうとは思わん。あんなISを理解していない連中などと一緒にバディは組みたくない」

 

 少佐の鈴たちに対する行動にはとても賛同することはできない。だが、今はこの話には乗っておくべきだろう。

 

「分かりました。丁度私もペアがいなかったので、一緒にやりましょう」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 少佐が手を差し伸べる。私はそれに応じるように左手を出して握手をする。

 

「はい、頑張りましょう」

 

 私はにこやかな表情を浮かべ、答えた。

 

 

 

 

 

 これで、私の仕事がやりやすくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春が過ぎ去り、木々には青々とした葉が姿を現すようになった6月の最終週。

 今日、月曜日は学年別トーナメントが行われようとしていた。IS学園での2回目となる行事には前回の行事よりも多くの政府関係者やIS関連企業の人が訪れていた。襲撃事件の件がありSPを増やし、警備員の巡回強化、IS学園周囲の見回りの強化などがされての開催である。

 この、学年別トーナメントではIS学園全員参加であるため、部外者からはどのような生徒がいるかがはっきりとわかる。特に1年は時期的には早いものの、先天的才能を見られ、2年は約一年間訓練したての成長能力を評価され、そして3年には早い段階からスカウトの候補リストに載せられるようだ。

 

 初日の最初は一年生のトーナメントから始まる。トーナメント表は当日発表となるため、一年生の多くは更衣室でISスーツに着替えトーナメント表が出るモニターに注目を寄せていた。もちろん、私もその一人でいつものISスーツに着替えて発表を待っていた。

 

「お、いたいた!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り向くとISスーツに着替えている玲菜と箒がいた。

 

「二人はペアを?」

 

「うん!クリスタはもう組んじゃったし、だったらってなってねー」

 

「ああ、知っている同士の方が連携をとりやすいからな」

 

 どうやらこの二人でペアを組んでいたようだ。

 

「初回からクリスタ達には当たりたくないなぁ…。ボコボコにされちゃう…」

 

「ははは、その時はお手柔らかにね」

 

「クリスタ、それ日本語の使い方違うから!こっちが使う方だよ!」

 

 玲菜が涙目になりながらそう訴えてきた。どうやら使い方が違うようだった。言葉の誤りを正しておこうと思っていた時だった。

 

『どうも!この度司会進行を担当します。黛薫子でーす!トーナメントでの対戦相手発表の際には随時放送でお呼びしますのでよろしくお願いしまーす!』

 

 モニターには、ニュース番組さながらのセットに黛さんがニュースキャスター風に座っていた。

 

『それでは皆様お待たせしました!トーナメント表の発表を開始したいと思います!まずは、一年生のトーナメント表です!それではちゅーもく!!』

 

 画面が切り替わり、Aブロックと書かれたトーナメント表が表示される。

 

 その一回戦第一試合にはこう書かれていた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ&クリスタ・ハーゼンバイン ペア VS 織斑一夏&シャルル・デュノア ペア』

 

 

 

 



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第13話 力

 

 

「それじゃあ、説明していくね」

 

「おう、よろしく頼む!」

 

 更衣室にてシャルルと俺はISでの訓練をする前に学年別トーナメントに向け、シャルル先生による専用機対策講座を受けていた。

 

「まず、ボーデヴィッヒさんのISだね。彼女のISは、黒雨(シュバルツェア・レーゲン)。ドイツの第三世代IS。特に注意したいのが…」

 

「AICってやつだよな、確か」

 

「うん。第三世代兵器のAIC、正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。対象を任意に停止させるとてつもない能力だよ」

 

「ああ、いくら何でも反則すぎる武器だよなぁ。何でも停止させるなんて」

 

「そうだね。でも、これは一対一だと強力な力を発揮するけれど今回のトーナメントはツーマンセル。ペアでの試合だときちんと対策は出来るからうまくはいかないと思うよ。一夏はどう対策すればいいかわかる?」

 

「うーん、ペアでの対戦……。もしかして、停止させられていない人に助けてもらうとかか?」

 

「そう!AICは誰それ問わず対象にはできるけれど、対象物は一つだけ。もし使われた時には、援護に回ることを徹底したいね。相手は対象に集中していないといけないから、チャンスになる」

 

「にしても今回のトーナメントは個人から変更されて助かったわ。そうじゃないとあいつが優勝しちまう。特に俺なんか雪片Ⅱ型のみだと勝ち目がないわ」

 

「ほんと、変更になって助かったね。もちろん、黒雨には他にも注意知るべきところはあるよ。レールカノンやプラズマ手刀、ワイヤーブレード。軍属のIS操縦者だから射撃や格闘の能力は高いからAICばかりに注目して油断しちゃだめだよ。この中だと、ワイヤーブレードには要注意。攻撃用途も豊富だし射程も広いから気を付けてね」

 

「ああ、わかっている」

 

 ふと前に起きた模擬戦、そしてセシリアと鈴の事を思い出し、思わず拳を強く握りしめる。

 

「次に、二組のハーゼンバインさんだね。彼女のISは…」

 

「サンドロックだよな」

 

「あれ?一夏、知っていたの?」

 

「まあな。前に模擬戦を見たことがあってさ」

 

「へぇ…。ああ、話を進めていくね。彼女が使うのは第二世代の更に初期に開発されたIS。今じゃあ博物館に収容される骨董品のレベルに近いけれど、第三世代ISの武器の実験機として改修されているよ。サンドロックの武装としては、サブマシンガンに肩部ミサイル、バルカン。そして何より注意しておきたいのが、ヒートショーテル」

 

「あれだろ?投げ飛ばすと、追いかけてくるやつ」

 

 鈴との試合をすぐに思い出す。赤くなった刀身が音を鳴り響かせて鈴へ向かっていた映像が容易に思い出せた。

 

「うん。このヒートショーテルは投擲武器としても使えるのだけれど、こっちが本来の使い方といっても過言ではないね。これこそが第三世代ISのデータ収集のために作られた武器だよ。対象とした敵に対して、高速回転して追尾してくる。単純に追ってくるだけじゃなくて、操縦者の意志によって動くのがまた肝だね」

 

「まじかよ…。自分が考えるように動かせられるなんて、なんかセシリアのBT兵器みたいだな」

 

「そうだね、そんな感じ。このヒートショーテルの投擲にさえ気を付ければ後は大丈夫かな。肩部ミサイルの威力はBT兵器のミサイル並ではあるけれど、BT程誘導性能は無いし下手なことしなければ当たらないよ。これもそうだけど、ヒートショーテル以外の武装は改修されていないから古いまま。訓練機に備え付けられているものと同等くらいかもね。後は乗り手の腕次第だね」

 

「あの人の試合を見たことがあるのだが、ハーゼンバインは鈴と、代表候補生とほぼ同等の実力はあると思う。武器の性能はそれほどでもないようだが、気を付けるよ」

 

 こうして、俺らは強敵になるであろうISの特徴を理解したうえで主に連携についての訓練をして来る日に備えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

 左前前方にいる少佐は黒雨を身にまとい、前方にいる織斑へ挑発をする。

 

 

 試合が始まるまで2分を切ったところか。初戦で少佐と私のペアの対戦相手は、奇しくも少佐が憎む相手がいる織斑、シャルルペアであった。お互いにピットから飛び降り、あらかじめ決められている所定の位置に私たちは今いる。

 

「それは何よりだ…。ふ、俺も同じ気持ちだぜ」

 

 アリーナ内では見渡す限り白がトレードマークのIS学園の制服で覆いつくされ、ガヤガヤと少しだけ話し声が聞こえる中、オープンチャンネルで話しかけた少佐へ織斑がいつもの見せる柔和でなく、少佐を睨み付けるように攻撃的な目をして答える。

 

 試合開始時間まで5秒を切り、スタジアムに投影されたタイマーが鈍い音を立ててカウントダウンし始め、アリーナ内の緊張感を高める。

 

 

「「叩きのめす!」」

 

 少佐と織斑がそう叫び、試合が開始された。

 

 

 

 開幕直後、織斑は雪片Ⅱ型を手に持つとまるで自分の気持ちを少佐へとぶつけるかのように、猛スピードで突撃してきた。だが、その単調な攻撃を許すはずもなく少佐は右手を織斑のいる方向にかざして、AICを発動させる。

 

 慣性を停止させるエネルギー波を放ったそれは、急速にお互いの距離を縮めようとした織斑の動きを止める。

 私は肩部ミサイルをコールした。

 

「開幕直後の先制攻撃。随分と分かりやすいな」

 

「そりゃどうも。以心伝心で何よりだ…」

 

 チャンネルを介さず、二人は互いに睨み合う。

 

 私は少佐の右側へ旋回し、織斑へと照準を付ける。

 

「ならば、次にすることも…!」

 

 少佐は右肩のレールカノンを展開させて狙いを定める。

 それを見た私はすかさず、肩部ミサイルを発射させた。

 

 

「!」

 

「させない!」

 

 だが織斑の後方から来ていたリヴァイヴが私たちの攻撃を許さなかった。

 左手にもつアサルトライフルが作り出す弾幕にミサイルが爆散する。そして、右手に持つアサルトカノンを無防備な少佐に向け、鉛玉を送り込む。

 

「くっ!」

 

 少佐はリヴァイヴからの攻撃を二発ほど食らった後、AICを解除。すぐさま、射線から退くように左右へ動き私とは反対側の方向へ後退する。

 

 それを逃がすはずもなく、リヴァイヴは左手に持つアサルトライフルも使い、少佐へ弾幕を張り、白式から遠ざけた。

 

 

 

 私の事をのけ者にするか、良いだろう。

 

 

 

 距離を詰めて手にヒートショーテルをコール。それを少佐の相手をしているリヴァイヴへと投擲した。

 

 私の攻撃に気づいたのか、両手から銃弾を飛ばすのをやめ、上空へ急速上昇した後に射線上から横へずれる。

 

 投擲物はターゲットを追い切れず、そのまま何もない空間へ飛んでいく。だが、私がいる。

 リヴァイヴへなおも近づき、再びヒートショーテルをコール。今度はやつへ斬りかかった。

 

 リヴァイヴは右手のアサルトカノンから近接ブレードを噂に聞く高速切替(ラピッド・スイッチ)で私の斬撃へ対応した。

 

 両手に持つヒートショーテルをリヴァイヴは近接ブレード一本だけで対応できなくなり、左手のアサルトライフルを撃つ。

 

 被弾は避けたいため、左手にある付属の盾で防御し、頭部バルカンで牽制しながら後退し距離を空ける。

 

 ふと通信が入る。

 

「そいつは任せる。予定通り私がやつを」

 

「了解です」

 

 ふとハイパーセンサで後方の地上を確認すると、プラズマ手刀を発生させた少佐が白式へと斬りつけていた。

 

 

 

 

 

 私たちの立てた作戦はこうだ。

 少佐が白式を、私がリヴァイヴを相手に一対一の勝負に仕掛ける。そして、私がリヴァイヴの相手をしている間に少佐が白式を倒し、ニ対一の状況を作り出す。私はリヴァイヴが少佐の邪魔をしないようにすることが今回の役割だ。

 

「タイマンを張るつもりだろうけど!」

 

 リヴァイヴはいつの間にか、両手にショットガンを持ち替え私へ散弾を放つ。

 

 私の手前で拡散する鉛玉がシールドエネルギーを削りに行く。

 距離を離すため、コールしたマシンガンで応戦しながら距離を置く。

 

 だが、リヴァイヴとの距離は遠のくことはなかった。

 右手に近接ブレードを呼び出したリヴァイヴが散弾を放ちながら近づいてきた。

 

「相手が僕で悪かったね!」

 

 左手にだけヒートショーテルをコール。相手の斬撃を受け止めた。

 

「さあ、どうでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女がそう僕に言い、互いに持つ銃器を相手のISへと向ける。

 

 いつものように左手のショットガン(レイン・オブ・サタディ)でダメージを与えようとした時だった。

 

 彼女がバルカンと右手に持つマシンガンでレイン・オブ・サタディへと攻撃してきた。

 

 威力の低いマシンガンの攻撃を覚悟して散弾を放とうとしたが、すぐに左手に持つ物を放し後退する。ISの防御性は進化しても武器の耐久性は変わらない。

 

 レイン・オブ・サタディが爆発を起こし、僕のいたところが砂煙に覆われる。

 すぐにアサルトライフル(ヴェント)アサルトカノン(ガルム)をコール。

 

 すると、ハイパーセンサに熱源反応。目の前から空気を切り裂くように音を立てて、ヒートショーテルが向かってきていた。

 

 これをヴェントとガルムで対応。僕の所へ向かってきていた刃はその場で爆発を起こした。そして、一夏へ援護に回るためISの反応があった所へ多めに弾を送りこみ、彼の所へ向う。

 

 一夏が丁度、ボーデヴィッヒとの格闘戦が劣勢であったので、すぐさまガルムで阻止する。

 

 ペア戦であることを忘れていたのか、被弾したことに驚いた表情をする彼女は後退した。

 

「助太刀するよ。一夏」

 

「助かる。ハーゼンバインは?」

 

「彼女は一旦無視しよう。思っていたより簡単に排除できなかった」

 

 右手に持つヴェントを放り投げ、マシンガンをコールする。

 

 データ上では、さほど強くはない印象であったので僕の『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』で楽に対処し、ニ対一の状況を作り出せると思っていたが、どうやら大きな勘違いをしていたようだった。とにかく、一夏がやられないように援護を…。

 

「わかった。なら俺はこれで…!」

 

 一夏は、そう言うと零落白夜を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近づけない。

 散弾を回避してリヴァイヴへ睨み付ける。

 

 近づこうものならショットガンによる弾幕で切りかかることすらままならない。かといってヒートショーテルを投擲すると、相手へ到達する前に撃ち落とされてしまう。

 

 マシンガンの弾をリヴァイヴへ送りつけるが、多少の被弾は覚悟で少佐へ攻撃を加えていった。

 

 先程格闘戦を仕掛けていたように近づかなくなったことも私がますます攻撃しにくい状況を作り出す。

 

 何とかこちらへ注意を向けようとマシンガンで応戦していると、ふとリヴァイヴが私に背中を見せた。

 

 すぐさまリヴァイヴへ近づきヒートショーテルをコールする。

 

 急に爆発音が近くから聞こえてきた。ハイパーセンサから黒雨のレールカノンが使用不可という情報が飛び込んでくる。そんなことはどうでもいい。

 

 リヴァイヴの驚く顔が視界情報として私に伝わってくる。

 

 

 

 当然だよね。

 

 

 

 左手の武器をコールするが遅い。

 ヒートショーテルで交互に、斬りつけ絶対防御を無理矢理発動させる。

 ひるんだところで、左脚でリヴァイヴを蹴り上げる。

 

 

 

 だって、こんな魅力的な私がいるというのに。

 

 

 

 持っていたヒートショーテルを投擲。リヴァイヴは左手にあるシールドで防御するが熱を伴った刃はそのまま回転し続ける。

 

 

 

 私の事を見てくれないのだから。

 

 

 

 コールしたマシンガンでリヴァイヴに向けて発砲。

 撃ちだされた弾丸はリヴァイヴの装甲に突き刺さり、それは回転する刃にも当り爆発を起こした。

 

 リヴァイヴは悲鳴を上げ、爆風によって後方に飛ばされる。

 だが体勢は崩さなかった。すぐに私の方を向いていた。

 

 

 

 私の気持ちを分からせてあげる。

 

 

 

 再びヒートショーテルをコール。すぐさまリヴァイヴへ放り投げた。

 直線的にまっすぐ進むそれはリヴァイヴへ近づくが、射線上からすぐ左へ急速旋回して回避した。

 

 

 

 これでいい。

 マシンガンをコール。私の方へ向かってくるリヴァイヴに発砲した。

 

 リヴァイヴは臆することなく左手の盾を前にいつもより早く突貫してきた。

 

 後方へ下がりながらマシンガンを撃つが、逆に距離が縮まるばかりだ。やはり()()()操ることには負担がかかる。頭が痛い。身体の感覚が段々と遠のく。

 

「まだ使いたくなかったけれど!」

 

 ふとリヴァイヴの左手にある盾から煙が上がり盾の部分がパージされた。そこには、杭のようなものが見えていた。

 

 盾を構え、マシンガンで攻撃する私へそのまま密着するようにリヴァイヴは体を寄せてきた。

 

「しばらく眠っていてね!」

 

 突き出してきた左手を盾で押し返そうとするが、それはすき間を通り抜け私の体へと近づける。

 

 

 それは唐突だった。

 腹部にとてつもない衝撃が伝わってきた。経験したことのない力に身体がその痛みによって支配される感覚が私を襲う。

 

 気が付くと地面に叩きつけられていた私は上空を見上げるとデュノアが左手に持つ盾殺し(シールド・ピアース)を掲げ私へ突撃する。

 

「これで!」

 

 何かが聞こえると、今度は胸のあたりにまたしても耐え難い衝撃が私の体に走る。後ろから何かが砕ける音がすると、目の前が暗くなり何も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粗方予想はついていた。

 ハーゼンバインへリヴァイヴが私を邪魔しないようには頼んだが、力には差があった。片やフランス代表候補生、片や候補生になりきれなかったテストパイロット。IS(もの)の差もあるが技量にも違いがあった。

 

 合間に邪魔をしてくることには正直腹立たしいものもあった。だが、今更ながら味方のミスをどうこう言っても仕方がない。

 

 

 

 リヴァイヴから受けた銃弾はレールカノンに直撃。

 すぐさま使用不可の文字が私に伝わってきた。それだけではなく、マシンガンによる弾幕にシールドエネルギーも減少し、目の前にいるこいつからは離れざるを得なかった。

 

 私がひるんだところを狙ってやつは、私に斬りかかる。集中力が途切れ、AICを使うこともままならなく疲弊していた私に零落白夜が襲い掛かろうとした時だった。

 

「ぐぁっ!?」

 

 やつが急に視界から外れる。見ると、高速回転するヒートショーテルがやつの左側から切り刻んでいた。

 

 流れ弾だろうか。だがちょうどいい援護だ。

 

 

「残念だったな」

 

 ワイヤーブレードを射出。ショーテルごとやつを叩きつける。

 ひるんだところで急速接近。プラズマ手刀を展開させ、やつの腹へ向けて刺突した。

 

 情けない声を上げて、あいつは地面に叩きつけられた。

 残りエネルギーのも残りわずか。勝利を確信した私は、すぐさま地面にいるやつに向かって最後の一撃を放とうと突撃した。

 

 だが、それはできなかった。

 

 橙色の物体が私にぶつかってきた。

 いきなりの事に驚くがすぐさま地面に手をつき体勢を立て直す。もう少しで倒せたところを、あの第二世代型(アンティーク)め。

 

「まだ終わっていないよ!」

 

 すると、第二世代型はマシンガンをこちらに向けて発砲しながら高速で近づいてきた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!?」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。使ったことがないというデータを見ていた私に虚を衝かされた。

 

「今初めて使ったからね!」

 

「まさか、この戦いで覚えたとでもいうのか!」

 

 狼狽する私に弾丸が降り注ぎ、シールドエネルギーが削られていく。これ以上ダメージを蓄積させるわけにはいかない。

 

「しかし、私のAIC(停止結界)の前では無力も当然!」

 

 右手を掲げ、AICを作り出そうとした時だった。脇腹にいくつもの衝撃が走る。目の前には、第二世代型はおりこれ以上銃器を扱うISはハーゼンバイン(バディ)しかいないはず。

 

 ハイパーセンサで確認し、視線を巡らせる。すると、あろうことかあいつがアサルトライフルを持って発砲していたのだ。

 

「この、死にぞこないがぁぁぁ!」

 

 

 

 怒りに身を任せ、ワイヤーブレードを射出。あいつへ一撃を放つ。よろめいたやつに追撃をしようとしたが、それをする必要はなかった。

 

「これ以上は!」

 

 ハーゼンバインがあいつへバルカンを撃ちながら近づきヒートショーテルを交差させあいつの胴体に挟み斬りを放っていた。

 

 

 冷静になり、前方の第二世代型に視線を戻すと、私の所へ再び急速接近してきた。

 

「よそ見はいけないよ。この距離なら外さない!」

 

 第二世代型の左に装備されてあったはずの盾の部分には、盾はなくその代わりに第二世代型最強と呼ばれる武器があった。

 

「シールド・ピアースだと!?」

 

 私の頭に驚愕の色が浮かぶとは裏腹にこいつは顔に笑みを浮かべていた。そう、まるで勝利を確信しているような。

 

 

 

「がぁ!!」

 

 衝撃によって押し出された杭が黒雨の装甲に刺さり、絶対防御を発動させる。そして、その衝撃は私の体にも伝わってきた。口から変に空気が押し出されてきた。

 身体の内部だけではその衝撃は収まらず、そのまま後方にあった壁に飛ばされた。

 

 新たに伝わる別の痛みに苦悶していると第二世代型は再び私の所へと向かってきた。

 次々と打ち出される杭に私の体は悲鳴を上げる。

 

 どんどんと減っていくシールドエネルギーと警告音を聞きながら私の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、負けられない!負けるわけにはいかない!こんな…こんなところで…

 

『願うか…汝…より強い力を欲するか…』

 

 ふと私に問いかけてくるものがいた。それが何なのかは全く分からなかった。だが、私にはやることがある。やつを…織斑一夏を完膚なきまでに叩きのめすこと。私の憧れで目標である教官を汚すもの。

 強く、凛々しく、堂々としている私の教官を優しく微笑み、どこか気恥ずかしそうな表情に変えるあいつを…認められない。認めるわけにはいかない!

 

 だが、今の私にはそのような力はなかった。あの男を動かなくなるまで徹底的に痛めつけ、壊さないといけない。そのために私には…必要だった。

 

 

 

 

 

「寄こせ力を…ゆるいなき最強を…!この私に!」

 

 力が、何でもいい。あいつを倒せられるなら何でもいい。その力をくれるのであれば何でも受け入れる。だから、答えた。私の奥底でうごめく何かに。

 

 そして、何かは私に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか。君は面白い人間だね。僕は面白いのは大好きだよ。良いよ、手伝ってあげようじゃないか』

 

 ()()()()()()()は軽快に言う。

 

『さあ、僕を楽しませて。なんせ、久しぶりだからさ。楽しくないのは、嫌いだよ』

 

 

 

 

 






原作をとりあえず第二巻まで読んでみました。




それでわかったことは、一夏が思っていた以上に爺臭いという…(´・ω・`)


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第14話 因果は巡る

 

「お疲れ様です、所長」

 

「ああ、お前もご苦労だった。しかし、あまり試合観戦が出来なかったのは残念だな」

 

 黒塗りの車には2人の人がいた。一人は運転席に座る眼鏡をかけた若い男性で、所長へ労いの言葉をかける。そして、後部座席に座っている所長と呼ばれた男性はそうぼやくと窓の外に映る流れ行く街並みを眺めていた。

 

「そうでしたか。()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、まさか初戦で当たってしまうとは…私も運がない」

 

「そもそも所長があのような事を提案しなければ、試合が中止にならずにゆっくり見られたのではないですか?」

 

 所長はその言葉を聞き軽い笑いをする。

 

「はっはっは。お前は面白い事を言うな。…まあ確かにそれはある。普通は代表候補生同士を別の山に分けるものかと思っていたが、違ったのでな」

 

「そういえばフロストから報告が入ってきていましたよ、実験は成功と。これで全行程は終了ですよね?」

 

「ああ、そのはずだ。また要求をして来なければな」

 

「そうだといいのですが…」

 

 どこか不満そうな表情を浮かべる運転手はそう呟く。

 

 しばらく軽快なエンジン音とタイヤがコンクリートの上で奏でるリズム、そして通り過ぎる車の音だけが聞こえる。

 

 

「所でだが、軍からの連絡は来ているか?」

 

 ふと所長が思い出したかのように話しかける。

 

「いえ、未だ来ておりません。研究所にも、会社にも。根回しは徹底して行いましたので。来るとしても国際IS委員会でしょう」

 

「そうか。ならば良い」

 

「それにしても良かったのですか?軍を利用するなんて。あそこは…」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 所長は窓の外、はるか遠くにちらっと見えるIS学園の人工島を見ながら目を細めて言う。

 

「あいつからVTについてまた手伝ってくれと話を持ちかけてきたのだ。普段から世話になっている人に協力しないのは少しばかりよろしくないだろう」

 

「まあ、そうですね」

 

「それに、VTシステムを搭載していたISのパイロットはブリュンヒルデに憧れているというじゃないか。それならば仕方ない。彼ら軍は夢幻のVTシステムを崇められ、そのパイロットは憧れのブリュンヒルデになれるのだ。お互いに利害関係が一致しているからには、これ以上の協力はないだろう?最終的に待ち受けるものがどのようなものかを彼らは知らないと思うがね」

 

 所長は微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは甲高い悲鳴だった。

 

 ラウラのISは青白く輝きを放ち、眩しくて直視できないぐらいだった。

 さらに電撃のようなものが発せられ、それに伴いISの中心から起きた強烈な衝撃波がパイルバンカーでとどめを刺していたシャルルを吹き飛ばす。

 

 ライフルを破壊され、ハーゼンバインの高温なヒートショーテルで腕ごと挟まれていた俺は発光しているラウラの身を引き裂くような叫びをただ聞いていることしかできなかった。

 ハーゼンバインも攻撃の手を止め、悲鳴を上げるラウラの方を見ていた。

 

 すると、突然ラウラのISがぐにゃりと柔らかくなり形を変え出した。俺を散々痛めつけたあの硬い装甲が粘土のようになり、ラウラの体を取り込みながらうごめいていた。

 

「何だよ…あれは…」

 

 思わず俺はそうつぶやいた。いや、このアリーナでこの光景を見ている人なら誰しもが思う感想だろう。アリーナ内に響き渡っていた叫び声がふと聞こえなくなり、バチバチと青白く光る電撃の音だけが聞こえてきた。

 

『非常事態発令。トーナメントの全試合は中止。状況をレベルDと認定。鎮圧のため、教師部隊を送り込む。来賓、生徒はすぐに避難を行う事。繰り返す…』

 

 ふとどこかで聞き覚えのあるアナウンスがアリーナにこだまする。すぐに、防護壁がアリーナの観戦席に下ろされて、非常事態に備えられた。

 

 

 ラウラを飲み込んだ謎の黒い物体はもぞもぞと歪んだ楕円形の形になりその場でうごめく。

 すると、突如として全身を変化させていった。腕、脚、胴体。それは、まるで人の形を作り出すかのように成形されていく。

 

 そしてそれは全身が黒いISになった。両肩には第二世代型の打鉄のように非固定浮遊部位(アンロックユニット)が現れる。操縦者はその黒い物体に覆われ、さながら全身装甲(フルスキン)のように見えた。さらに、そのISらしきものの右手には一振りの刀らしき武器を持っていた。そう、それはまるで…。

 

「雪片だと…」

 

 雪片。千冬姉のISが持つ武器とほぼ同じだった。こっそり隠れて千冬姉の出る試合を何度も繰り返して見ているからわかる。

 

 体に巻き付くヒートショーテルをどかすと、雪片Ⅱ型を強く握りしめ構えながら黒い物体へと近づいた。

 

「…俺がやる」

 

 黒い物体は俺の存在に気が付いたのか、居合の構えをしてこちらへ体を向けた。そう、まるで俺が千冬姉に習った剣技のような…

 

 そいつは、俺の懐へ飛び込む。

 一閃。素早く振られた刀に構えていた俺の雪片Ⅱ型が弾かれた。そしてそいつは上段から俺を斬りかかろうとした。

 

 

 いや、ようなじゃない。そうなのだ、これは!

 

 

 見慣れた剣技に対応しようととっさに左手を構えて防御する。絶対防御が発動した白式にはもうシールドエネルギーは残されておらず、ISが緊急解除された俺はその衝撃で後ろへ吹っ飛ばされた。

 

 背中から思いっきりぶつかり、痛みが走る。左腕からも何かが流れてくるのを感じた。だが、そんなことはどうでもいい。

 

「てめぇ、千冬姉の真似しやがって!」

 

 俺が黒い物体に近づこうとした時だった。何かに抱かれた俺は、地から足が離れる。

 

「一夏!危ないから!」

 

 シャルルに抱きかかえられた俺はそのまま後ろに下げられる。すると、横から猛スピードで通り過ぎるものがいた。サンドロック、ハーゼンバインだ。左肩を前に出し、黒い物体へタックルする。

 

 黒い物体はその攻撃を右手にもつ雪片で受け止めると、そのまま横へはじく。空中へ浮かび体勢を整えると、マシンガンをコールして黒い物体へ攻撃を仕掛けた。

 

「デュノア、織斑を!私はこいつを!」

 

 ハーゼンバインに注意をひかれた黒い物体は右手に雪片を構えると、彼女の方へ攻撃を仕掛けに行った。

 

 

 シャルルに抱かれあいつから離れされていくことに無性に腹が立ち、叫んだ。

 

「離してくれシャルル!あいつふざけやがって!ブッ飛ばしてやる!」

 

「一夏、落ち着いてよ!危ないから!」

 

「離せよシャルル!離してくれ!」

 

「もう、しっかりしてよ!一夏らしくないよ、生身でISに立ち向かったらどうなるか分かって言っているの?」

 

 いつもは大人しいシャルルに叱咤された俺は心の中での怒りが急に冷めていく。

 

「分かっている…分かっているけどよ…。だってあいつは千冬姉の真似をしているのだ!あの技は千冬姉だけのものなのに…それをあいつは!」

 

 投擲されたヒートショーテルを臆することもなく、右手の雪片と左足で弾き飛ばしたあいつを睨みつける。

 ふと、後方から何か大きな音が聞こえてきた。緑色のリヴァイヴだった。おそらく事態を収拾しようとして駆け付けたのだろう。リヴァイヴたちはアサルトライフルをコールすると、一斉射撃をする。それに反応した黒い物体は、体を左右に振り一発も当らないで回避をして攻撃目標を定めていた。

 

 

 

 

 俺が千冬姉から真剣の技を教えてもらったときのことは今でも覚えている。

 持ち上げることすらままならないほど重い鋼鉄の塊を初めて手にした俺に千冬姉は俺に伝えてくれた。

 

『いいか一夏。刀は振るうものだ。振られるようでは剣術とは言わない。重いだろう。それが人の命を絶つものの重さだ。この重さを振るうことの意味、考えるのだ。そして、それこそが強さだ』

 

 この時、初めて刀を振るうことの意味、剣術を習う意味、そして力とは何なのかを考えさせてくれた。この時から少しでも千冬姉の力になりたくて…そうずっとあの日から俺はそのために強さを追い求めていた。

 

 

 シャルルに抱えられたままの俺だったが身体が揺れる感覚を味わった。気が付くと一機のリヴァイヴが黒い物体によって地面にたたきつけられていた。

 

 格闘武器を失ったそのリヴァイヴは迫りくる黒い物体にアサルトライフルで攻撃するも銃弾は、空を切る。援護に回った他のリヴァイヴが立ちはだかっても右手に持つ雪片を力の限り左薙ぎに薙ぎ払う。他のISからの援護射撃も意図も容易くかわしたそいつは、地面に打ちつけられたリヴァイヴの胴体に垂直になるように雪片を持ち重力に身を任せて突き刺した。

 

「それに俺は、あのわけわからん力に飲まれて、振り回されているラウラが気に入らねぇ。力っていうのはそういうものじゃないのだよ。あんなのは…ただの暴力だよ」

 

 黒い物体は動かなくなったISを左手に持ち、リヴァイヴの射撃の弾除けに使う。まるで、挑発をするかのように。

 

「それにな、シャルル。他の人たちに任せて安全な場所でなんて眺めるなんてごめんだ。これは俺がやらなきゃいけないからじゃないのだよ。俺がやりたいからやるのだ!ここで引いちまったらもうそれは織斑一夏じゃあなくなってしまう」

 

 後ろにいるシャルルがため息をつくと、俺を地面に下ろした。

 

「…全く、一夏の思い…分かったよ。だから僕も手伝わせて。白式のエネルギーがないのでしょ?」

 

「ああ、無くなっちまっている」

 

「それならリヴァイヴのエネルギーを分けてあげるね」

 

 そのことは俺にとって嬉しい言葉だった。

 

「ホントか!?頼む!」

 

「うん、けれど約束してね。絶対に負けないって」

 

「もちろんだ」

 

 シャルルに向かって俺は強く誓った。

 

「コア・バイパスを開放。エネルギーの流出を許可」

 

 シャルルが腰のあたりからコードのようなものを持ってくると、白式の待機状態(ガントレット)に挿し込んだ。すると、まるで俺の体にエネルギーが入り込んでくるかのような感覚を感じた。

 

 

 

 

「あなた方もやるのですね?」

 

 ふと、声がかかり見上げると上空からサンドロックが俺たちの所へ降りてきていた。

 

「鎮圧部隊の方々に下がっていろと言われてここに来たのですが、あなた方もやるなら私も手伝わせて下さい。あのままでは持たないと思われます」

 

「ああ、頼む」

 

「よしこれで完了。リヴァイヴのエネルギーを白式に全部渡したよ。もし、どこかの誰かから受けた蓄積ダメージがなかったらまだリヴァイヴも動かせられたのだけどね」

 

「…。それは嫌味ですか?」

 

 ハーゼンバインがシャルルに向かってそう言うと、シャルルは冗談だよこういう仕様だからさと軽口を叩く。

 

「ありがとよシャルル。白式を一極限定モードで再起動する」

 

 俺が白式に指示を出すと、ガントレットは白く光りだした。ISの展開が終わると、俺の右手には白式が部分展開され、雪片Ⅱ型を握っていた。

 

「やっぱり武器と右腕だけで限界だね」

 

「でも、十分さ」

 

「ええ。零落白夜でさえ発動できれば十分です。私があなたの所へ惹きつけます」

 

「わかった、頼む」

 

 俺の返事を聞き届けたハーゼンバインは、両手にヒートショーテルをコールすると黒い物体へと近づいて行った。

 

 

 

 黒い物体に対してリヴァイヴたちは、あれから着実にダメージを与えているようであったが、そいつはまだ健在していた。

 

 黒い物体がリヴァイヴたちの射撃を回避していたところに、ハーゼンバインは飛び込む。

 

「あなた!下がっていなさいと先程…」

 

「すみません、見ていられなく…って!」

 

 黒い物体の背後に回りX字に斬りかかる。だが、その攻撃は黒い物体がまるで後ろに目があるかのようにひらりと体を反転させ、躱す。

 その攻撃を見ていたリヴァイヴたちは、アサルトライフルを再び構えるが突然動きが止まり射撃をすることはなかった。

 

 ターゲットがハーゼンバインになった黒い物体は、彼女に向って突撃し左薙ぎに斬る。左手の盾で防御し、彼女はマシンガンを撃ちながら後ろ向きに俺のいる所へ向かってくる。

 

 もうそろそろ頃合いだろう。

 

「零落白夜、発動!」

 

 俺の考えが分かっているかのように素早く零落白夜が発動され雪片Ⅱ型が展開される。

 

 

 今はそれ程出力を上げなくていい。必要なのは…速さと鋭さ、素早く振れる刃だ。

 

 

 俺が思い描いたことが雪片に伝わったのだろうか。展開された零落白夜がいつもより細く鋭くなっていく。

 

 俺の準備が整ったことが分かったのか、ハーゼンバインは攻撃をやめ叫んだ。

 

「後は任せたよ!」

 

「ああサンキュ。行くぜ!偽物野郎!」

 

 俺の横を通り過ぎるサンドロックを横目に黒い物体向かって力の限り叫ぶ。

 

 俺の存在を確認したのか、そいつは一度足を止め俺の方向に体を向け、刀を構えた。そして、俺もあいつがやったように居合の構え、一閃二断の構えをした。

 

 

 またお前か。

 

 

 そんな風に黒い物体が俺に言っているような感じがした。だが、先程のように感情に飲まれて冷静さを失った自分ではない。

 千冬姉と箒から習い、学んだこの技を思い出す。全ての行動に反応できるように意識をあいつだけに向けた。

 

 やつが動く。先程のように速い袈裟切りだ。だが、もう既にそれは見ている。

 居合斬りを放ったそれはあいつの、雪片もどきの攻撃をはじいた。そしてすぐさま頭上に構えて唐竹割りを放った。

 

 その一撃が決定的であった。黒い物体の胸から股下にかけて一筋の切れ込みが出来る。やつの動きが止まり、最初の時のように青白い電撃がヤツの体から迸る。

 

 そして、その切れ込みの中からラウラが出てきた。いつもしている眼帯は外れ、赤と金色の瞳が俺をじっと見つめる。エネルギーを失い、液体のように形を失っていく黒い物体からラウラを抱きとめた。ひどく弱っているのか彼女は何も抵抗することなく、俺の体に身を任せる。じっと俺を見つめると彼女は安心したかのようにゆっくりと瞳を閉じた。

 思っていたよりも軽く、今の彼女は一人のか弱い少女のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、疲れた…」

 

 生徒指導室から出てきた俺は思わずそうぼやいた。時刻は18時半前。もう少ししたら食堂のラストオーダーになってしまう時間帯だった。

 

 俺が()()()()I()S()()()()()()()を倒した後、俺らあの場にいた三人は鎮圧部隊の方々にご同行を願われた。悪いことをしていないのに。そして、ISの戦闘データ提出だの、保健室で手当だの、人生で二回目となる事情聴取を受けるだのと休む暇もなく拘束された。アリーナで起きた事件によりまたしても全試合は中止。もちろん、上級生の試合もだ。先月のクラス代表戦しかり、今回の学年別トーナメントしかりイベントで必ずアクシデントが起きている。二分の二、成功率100%だ。どちらも、外部からの影響によりイベントが最後まで遂行されないのを考えるに、IS学園の運営体制、もしくは警備の甘さも原因なのではないかと取り調べを受けているときに思ってしまった。

 

「お疲れ様です。やっと解放されますね」

 

 ふと顔を上げると一人の生徒が廊下にいた。

 肩のあたりまで伸ばされたプラチナブロンド、そして頭に付けているゴーグルで有名な人物、クリスタ・ハーゼンバインだ。

 

「ああ、そうだな。にしても疲れたわぁ…。昼からずっと命令されっぱなしだったからさぁ」

 

 全ての工程が終わって安心しきったのか、思わずあくびがでる。

 

「仕方ないですね、今回の事件に関わっていますから。それに、あのISもどきを倒したわけですし」

 

「まあ、そうなんだよなぁ」

 

 あの時のことを思い出しながらハーゼンバインが寄りかかる壁の横に俺も並ぶ。

 

「にしてもよ…」

 

 ふと今まで疑問に思った事を聞いてみる。

 

「どうしました?」

 

「何で同級生なのに敬語で話すのだ?」

 

 そう、このきょとんとした表情で俺を見つめる人はいつも敬語だ。同じルームメイトの鈴にも敬語で話しているという。敬語はそもそも目上の人とか、自分より立場が上な人に向かって言う言葉だ。例えば、千冬姉とかの先生にとか。

 

「うーん。日本語を習ったときに敬語というものは大事だと習いましてね、だからそのまま…」

 

「まあ確かに敬語は大事だ。日本だったら、目上の人に敬語を使わないと怒り出すやつが大半だろう。いや、怒らない奴なんていないだろう。だがな、上も下もない同じクラスメイトに敬語を使うのはいかがなものかと思うぞ、俺は」

 

 寄りかかっていた壁から体を離して、彼女へきちんとした敬語についてをジェスチャーを交えながら力説する。

 

「それはどうして?」

 

「うーん…なんというか、俺とお前の間に一線が引かれている感じがするだろ」

 

「線?」

 

「ああ、一線というか壁だよ壁。こう互いの間が離れるのだよ、互いの距離が。何か敬語で話されるとお互いはまだ親しい間柄じゃないって言っているようなものだよ。それに自分から予防線を張って自分の領域に他人を近づけさせないようにしていると思うのだ。これは良くない、うん」

 

 腕を組み、うんうんと頷いて力説をする。我ながら完璧な説得だ。

 

「…?私とあなたとではまだ知り合いにもなっていないと思いますが?」

 

「んぐっ…」

 

 図星だ。全くもって正論だ。何せこのゴーグルさんとは食堂で時々見かける程度だ。最近だと、一緒になってこの事情聴取に呼ばれ合う仲だろうか。

 

「ならばこれも何かの縁だ。お互いに専用機持ちってことで仲良くしようぜ?」

 

 ニコッと笑顔で彼女に言った。人の第一印象は顔からとも言われている。笑顔は大事だと俺は自負している。

 

 ゴーグルさんは、寄りかかっていた壁から体を離して俺の正面に体を向く。そしてふと何かを考えるそぶりを見せてじっと黙る。

 

「これが噂に聞く天然ジゴロか…」

 

 彼女はふと何かを小さな声で呟く。何を言ったかさっぱりだ。

 

「何か言ったか?」

 

「いえ、気にせず。では、改めて()()()()()織斑さん」

 

「…おう、俺の事は一夏で構わないぜ」

 

 何を言ったか聞こうとしたがスルーされたものの、何はともあれ個人的に少し謎めいていた同じ専用機持ちと仲良くなることが出来た。

 

「ならば私はクリスタと呼んでください」

 

 俺が出した手を彼女は握り、それに答える。

 

「同じ専用機持ち同士仲良くしていこうぜ。そうだ、今度一緒にISの訓練をしないか?シャルルの教え方が滅茶苦茶うまくてさ、絶対参考になると思うよ」

 

「なるほど、時間の都合が合ったときにでもお願いしたいで…お願いしたいね」

 

「ああ、そのほうがいいぜ。やっぱ練習は皆で一緒にやるほうが一番だからな」

 

 彼女に笑いかけながらそう俺は答えた。

 

「では親しくなったという事で私から一つあなたへ忠告を」

 

「ん?何だ?」

 

 藪から棒にどうしたのだろう。それにほんのり彼女の頬が赤いような…。熱でもあるのか?

 

「あなたは少し、自分の行動に対して今一度考えたほうがよろしいかと。女性は敏感なのですよ?」

 

 彼女は空いている手で握手をしている俺の手にそっとのせる。

 

「え…ああ、すまん!」

 

「いいえ。私は気にしていないので」

 

 あれからずっと握っていた手をぱっと放す。少し恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。それにしてもどうして女の人の手ってこんなに白くてすべすべなのだ?いつまでも触っていられるぞ。

 

 

 

「あれー?二人して何をしているのかなー?」

 

 

 

 ふと聞き覚えのある声が聞こえる。さっと、後ろを振り向くとそこにはどこか疲れが体からにじみ出ているように見えるシャルルがいた。多分そうだ。

 

「おお取り調べが終わったか。いやなに、新たな友情を育んでいたんだ。それにシャルルの取り調べが終わるまで待っていたのだよ。一緒に食堂に行こうと思っていな」

 

 今の時刻は18時半を過ぎたところ。ラストオーダーまでのタイムリミットは着実に迫ってきていた。

 

「なんだそういう事か。てっきり、僕が現れて驚いていたから一夏がハーゼンバインさんを口説いていたのかと思ったよ」

 

「何でそうなるのだよ!そんなことできないし、しないわ!」

 

「さあ、どうだかねぇ」

 

 どこか嫌味ったらしくジト目でシャルルは俺に問い詰める。なぜこうも怒られるのだろうか。

 

「デュノアさんが終わったという事は、次は私の番ですね」

 

 クリスタは俺たちの横を通り過ぎ、生徒指導室へ向かう。

 

「それでは私はこの辺で」

 

「ん、クリスタが最後の番か。どうだ、それが終わったらせっかくの機会だし、一緒に食堂にでも行かないか?それまで待って…」

 

「いえ、それは遠慮しておきます」

 

 俺が言い切る前に、彼女は首を横に振り断る。

 

「何せ、私を待っていると19時を過ぎると思うので。私を待っていると食堂で頼みたい物も頼めませんよ」

 

 彼女はにっこりと微笑んで答えた。

 

「そうか、ならお言葉に甘えて先に行かせてもらうわ」

 

「はい、そのほうがよろしいでしょう。ではお二人とも今日はお疲れ様でした。また再戦できる日を願っています」

 

 そう言うとクリスタは俺たちに手を振って生徒指導室へと再び歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日からしばらく、彼女は学園で姿を見せなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械が至る所に散りばめられ、何かのケーブルで覆われているとても奇妙な部屋に一人の女性がいた。

 青いワンピースに白いエプロン。さながら、『不思議の国のアリス』に登場する主人公の格好に非常に酷似していた。ただ一つだけ違うのは…頭に付けているカチューシャだ。白いうさぎを模したそれは赤紫色の髪には目立つものであった。

 

 そんな奇抜な格好をしている女性は、銀色の椅子に座ってグッと手足を伸ばしていた。

 

「んー、暇、とにかく暇!退屈だー!」

 

 そうぼやき、ぐてっと伸ばしていた手足をだらんとしてだらしない体勢になる。

 

 すると、彼女のいる所の近くから携帯電話の着信音が流れる。

 その音を聞いた女性は、気だるそうな表情が一瞬にして輝くように明るくなった。

 

「この音はまさかぁ!」

 

 女性は自分の声でトウッと言い、携帯電話があるだろう数多く物のある場所にジャンプする。だが、その場所にはいろんな部品やら道具やらがごちゃごちゃに寄せ集められており、一目ではどこに携帯電話があるかわからない。だが、その女性は一瞬にして場所のありかにたどり着く。

 

「はーい、もすもす?皆のアイドル!篠ノ之束ちゃんだよぉ〜」

 

『…どうやら人違いのようだ。すぐに…』

 

「わー待って待って!皆のじゃなくてちーちゃん()()のアイドルだからそんな怒らないで!」

 

『…その名で呼ぶな。それに私はお前のファンになったつもりはない。ふざけるなら本気で切るぞ?』

 

「マジの本気で切らないでぇ!もう、冗談が通じないんだから、ちーちゃんは…」

 

 しょぼんと彼女の頭にのせているうさ耳は感情があるかのように垂れる。

 

『はぁ…。とにかく今日はお前に聞きたいことがある』

 

「ふむ、ちーちゃんにでも分からないことがあるのかね?よろしい!この天才束さんに任せなさい!」

 

 束と名乗った女性は、文字通り胸を張って自信満々に話す。

 

『そうか…なら今回の件に関わっているのか、お前は?』

 

「ん?今回の件?はて何の事かなぁ?」

 

『…とぼけるな、VTシステムの事だ』

 

「ん…ああ!あれかー!むむむ…ちーちゃんさぁ、私があんな不細工で気持ち悪いものをこの完璧にして十全な私が作るとでも思っているのかなー?かなかな?」

 

『…そうか』

 

「そ・れ・に、ついちょっと前にあれを研究していた施設はもうこの世に残っていないよー。私の手にかかればおちゃのこさいさい!!全く、前にも忠告はしたはずなんだけどなー。あのビールと芋が取り柄の国には。()()変なシステムを研究したら消されると分かっているはずなのに性懲りもなくやるなんて、天才束様にかかればこそこそ隠れていても一目瞭然なのだ!」

 

 束は高らかに笑う。

 

「あーそうそう、もちろん死亡者は全然の全くいないよん。こんなの甘々のちょろすけよ!」

 

『そうか、なら邪魔をしたな』

 

「そんなぁ、邪魔だなんてとんでもない!ちーちゃんのためなら例え火の中土の中海の中!いつでもウェルカムだよ!もちろん…」

 

『…では、またな』

 

 ちーちゃんと呼ばれた人物は束が言っている途中でぶつ切りする。

 

 携帯電話を少しだけじっと見ると、そのままぽいっとどこかへそれを放り投げた。がしゃんと金属同士がぶつかり、何かが崩れる音がした。

 

「うんうん、久々に声を聞けて束さんは嬉しい限りだよぉ」

 

 彼女はどこか嬉しそうに腕を組んで喜ぶ。うさ耳もうんうんと頷く。

 

「あー、そうだ。ちーちゃんからパワーを貰ったってことで久々にもう一度探し物をしてみようっかなー」

 

 トントンと机の上を指で何回か叩くと彼女の目の前に大きな投影型デュアルディスプレイと半透明なキーボードパネルが現れた。そして、彼女はまるでピアノを伴奏するかのようにキーボードを叩き、資料を探す。

 

「それにしてもどこに消えちゃったのかな?いつもならすぐに出てくるにさ!」

 

 自分の口でプンプンと怒ったときに使う擬音語を言いどこか悔しそうな顔をする。

 

「そういえば、忘れたころにピンとくるかもしれないって誰かが言っていたね。ん!それが今なのかも!ふっふ…よーしやってやるぞー」

 

 そして、彼女は目的であった資料を画面に並べていく。

 

 何人もの男性の顔に×印を書き込んでいるデータ、集合写真のようなもの、ISの設計図のようなものを羅列していく。

 

「あなたもそう思わなーい?」

 

 突然くるっと椅子の向きを後ろに変え、目を細めて見つめる。彼女の後ろには二つのISが鎮座していた。一つは赤いIS。そして、もう一つはトリコロールカラーのISだ。

 

 

 

 彼女が”ウイングゼロ”呼ぶISはただじっと彼女の事を見つめるだけだった。

 

 





どうも、元大盗賊です。





束さんが自由すぎる…。




あれよあれよと遂に、一万字超え…やりたいことがいっぱいあったから仕方ないね。






50話くらいになったら2万字になっているかも?


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第15話 進む者たち

他は他 うちはうち と思っていてもなんだかんだUAを気にしてしまうこの頃。










 

 そこはとても狭い部屋だった。

 部屋は簡易的なベッドとトイレが置かれているだけのとてもシンプルな作りになっている。それら以外には何も置かれておらず壁には窓すら設置されていない。部屋の明かりも全くなく、しいていえば目の前に見える鉄格子の先の廊下から漏れてくる、足元を照らす暗い橙色の照明の光が差し込んでくるだけであった。

 

 俗に言う『独房室』へ入っている私は、特にすることもなくベッドの上で申し訳程度の厚さがある毛布にくるまり、ただじっと正面にある誰もいない独房を見つめていた。

 

 

 

 

「これは国際IS委員会により決定された取り決めだ。お前には申し訳ないがここでしばらく待機してもらう」

 

 いつものどこか気難しそうな表情をしているブリュンヒルデに連れられ、IS学園の地下にあるここへ私は入れられた。ある意味待機という名の隔離だろうか。

 学年別トーナメントで起きたラウラ・ボーデヴィッヒ少佐のIS暴走騒動。これにより少佐のIS「黒雨(シュヴァルツェア・レーゲン)」を所有するドイツ軍、そしてVTシステムを作り出した生みの親のメッゾフォルテ研究所にIS運用協定違反の容疑がかけられた。

 

 また、以前メッゾフォルテ研究所でVTシステム研究・開発のために使われたISを使い、少佐のISの評価担当をしていた私にも関係者なのではないかと判断された。そのため『サンドロック』は没収され私の身柄が拘束されたわけである。私が外部とコンタクトを取ることを恐れての事だろう。

 

 

 

 ここへ連れてこられてから6日程立ったのだろうか。12回目の食事を自動的に渡されたから違いない。太陽の光の届かぬこの場所では今が朝なのか、昼なのか、夜なのか今何時なのかが分からない。この頭に浮かぶ疑問を教えてくれるものなどここにはない。頭をこつんと()()()()()()()()()()壁につけて寄りかかる。

 

 私に指示された『VTシステム発動の誘導・観察』は既に目標を果たしている。何でも私が戦闘データを回収する必要がないという事で、随分と手間がかからないものであった。自動的に送られるように設定されていたのだろうか。とにかく役割はすでに果たしているので、後はドイツ軍属の研究所に罪を着せたことが発覚して事件が解決させるのを待つだけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音一つでさえ聞こえない虚無の空間。

 この空間に存在しているのはこの私だけ。

 誰とも会話をせず、一日中独房で過ごすことにはそれ程苦痛というものは感じてはいない。

 

 独房での暮らしには、精神的苦痛を伴うため精神崩壊を起こすと聞いたことがある。ただ、こうして用意された質素な食事をもらい、動物的本能に従って眠りにつき、起床し、ぼうっとしていることには何ら違和感を思うことはまだない。寂しさも悲しさもない。むしろ、人間的な生活をしていないということに何も思わない自分に対して恐怖さえ抱いている。もしかしたら、これが本当の自分なのだろうか。どこか懐かしさを感じているこの私に。せまく暗い孤独な所でただ理性に縛られずに、行きのうのうと何も考えずに過ごしていることが。誰もこの疑問には答えてくれない。

 

 少しだけ眠気が襲ってきたので毛布にくるまり目を閉じる。

 足音一つでさえ聞こえない虚無の空間。

 この空間に存在しているのはこの私だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。ささ、お茶でもどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 千冬は轡木十蔵から湯呑を受け取る。

 

 授業も終わった放課後。

 先のVTシステム暴走騒動にて、主立って調査を行っていた千冬が用務員室へ集められた。障子に畳、掛け軸があるという用務員の趣味が垣間見える和室で、千冬は十蔵に倣い座布団に座っていた。

 

「さて、ここへお呼びしたのは他でもありません。丁度お昼頃に委員会の方から調査報告書が届きましてね。それが…こちらになります」

 

 十蔵は、近くに置いてある鞄から紙の資料を取り出し、手渡した。

 

「それでは、拝見させていただきます」

 

 千冬がそう言うと、素早くパラパラと報告書に目を通していく。

 

「では、私から簡潔にお話ししますね。ああ、そのままそれを見ながらで構いませんので」

 

 ゆっくりとした口調で話すと、十蔵はずずずっとお茶を飲む。

 

「さて、単刀直入に言いますとドイツ軍がVTシステムの使用を認めました。何でも、ISに使用する新たな補助システムの開発を行いたかったためにVTシステムを参考にした、とおっしゃったとか。まあ、いずれにせよ真相は闇の中…ですけれどね」

 

「…つまりVTシステムについて確かな証拠が見つからなかったということでしょうか?」

 

 千冬が手元の資料から視線を十蔵に移し、質問をぶつける。

 

「そうですね。先日ニュースにもなっていましたが、ドイツ軍施設が何者かに襲撃を受けたという不可解な事件。それなのですが実はそれが、どうやら件のVTシステムを取り扱っていたそうで…。勿論、塵一つ残らないくらいきれいさっぱりなくなったそうなので、物的証拠は見つからなかったそうです。それにですね、肝心のVTシステムを取り扱っていた研究員たちから誰も証言が得られなかったそうなのです」

 

「誰からも?」

 

 千冬は思わず聞き返した。

 

「はい。IS運用協定で固く禁じられているVTシステム。システムは既に破棄され、国際IS委員会が厳密にその情報を保管・管理をしています。そのシステムを一体どこから入手したのかが今回委員会が知りたがっていたそうなのですが…分からなかったそうなのです。いや、誰も知らないそうなのです」

 

「誰も知らない?そのような事がなぜ?」

 

「そうですね…。これに限らず今回の事件は、実は不可解な点が多くあるそうです。監視カメラやレーダー探知機が数多くあるはずのドイツ軍施設に犯人は誰にも知られずに襲撃しました。どうやって探知されずに襲えたのか、一体誰が実行したのか。そして…これが一番の謎だそうですが、その施設にいた研究員全員の記憶がないそうなのです。VTシステムに関わってからのが」

 

「記憶が飛んでいる…ですか!?」

 

 千冬は思わず目を見開く。

 

「この襲撃事件では研究員には死者は出ませんでしたが、彼らは意識不明の重体を負い病院へ搬送されました。そして、意識が回復した彼らは口々にVTなんて知らない、研究はしていないと言うそうです。専門の医師に診てもらったところ全員が記憶障害を負っていたそうです。何せ、その犠牲者の中には研究所長もおり、その人でさえ分からないとなっているのでこれ以上のVTシステムの出所を見つける捜査は無理だと断念したそうです」

 

 余りにも摩訶不思議な事を言われた千冬は思わず口から言葉が出てこなかった。

 

「後ろ髪を引かれる所はありますが、後の処罰については委員会の方に任せて我々は校外実習の事に注視していきましょう。それに、疑いの目で見られていた生徒さんも解放してあげないといけませんね。無実であることが分かりましたし」

 

 十蔵は少しぬるくなったお茶をまたずずずっと飲み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉の前に黒いスーツを着た女性が一人立っていた。懐から取り出した専用のカードを読み込ませる。すると、高い音を立ててドアが自動的に開かれた。中へ右足を踏み入れると、暗闇に包まれていた通路の足元に灯りが灯される。その奥へと千冬は進んでいった。

 

 コツ…コツ…とヒールの音が静寂な廊下に響き渡る度に、進む先の通路が明るくなっていった。

 

 独房室と書いてある、目の前に現れた扉へ近づくとその横、丁度胸のあたりに設置されている機械に専用のカードを読み込ませる。

 赤色に光っていたランプが緑に変わると目の前の無機質な金属は、シュっと空気が押し出されたような音をして横にスライドされる。

 

 中は、足元に薄暗い灯りが灯されるだけであった。目を慣らしていなければ、今いる空間ではどこに何があるか分からないだろう。目的の人物に会うために、彼女は専用のカードを上着の内ポケットに入れると中へ入って行った。

 

 鉄格子が見えてきた所で千冬は、足を止める。何も音が聞こえなくなった所で、彼女は眼を閉じて軽く深呼吸をする。少し冷たい空気が体の中へ入り込んで、彼女の心を落ち着かせる。そして、眼を開けると意を決したように声を発する。

 

「クリスタ・ハーゼンバイン!返事をしろ!」

 

 透き通った彼女の声が、無音の空間に響き渡る。そして、彼女は一つの鉄格子の前に立った。眼を凝らして独房の中を見てみるとベッドの上に茶色い毛布にくるまりもぞもぞと動く何かがあった。

 

「…あれ?せんせい、おはようございます。次はどこに連れて行くのですか?」

 

「はぁ…今度はどこに連れて行けばいいのだ、馬鹿者。それに今は18時を過ぎたところだ。先程、待機命令の解除がされた。出てこい」

 

 どこか弱弱しく小さな声で発した、ぼさぼさ髪の少女に千冬はため息をつきながら何かの操作をして鉄格子の鍵を施錠する。そして、金属特有の音を発しながら扉を開けた。

 

 その少女は毛布を綺麗に畳むとベッドから降りる。IS学園の制服に素足と投獄当時から変わらない様子の彼女は、ペタペタと足音を立てて独房から出てきた。

 

「あれから何日が経ちました?」

 

「あれから一週間だ。ふらつかないか?」

 

「十分な睡眠をとっていたので健康そのものです」

 

「そんなやつれている顔で言われても説得力がないぞ。こっちだ、ついてこい」

 

 千冬はどこからともなくスリッパを取り出して、彼女に渡すと踵を返し、今いる所よりも明るい通路へと歩いて行った。それに少女もトボトボとついていく。

 

 

 

 

 クリスタが独房室から出た所で、千冬へ話しかける。

 

「そういえば、中井先生はどうしたのですか?てっきり織斑先生ではなくて中井先生が来るものだとばっかり」

 

「ああ、彼女は校外実習の現地視察に行っていて明日には学園へ戻ってくる」

 

「校外学習…そういえばそういうものがありましたね」

 

「それはそうと、お前は形式上ドイツへ緊急帰国をしたという事にしておいた。帰国中は公欠扱いにしておいたぞ。何、出席日数の心配はしなくていい。それに後4日もしたら海で3日間()()()()羽を伸ばすことが出来るから、安心しろ。その時に休めるだろう」

 

「それは……とても良いですね。先生のお気遣いに感謝します」

 

 千冬はにっこりと微笑むと、クリスタもそれにつられて苦笑をする。

 

「何だ、不満か?」

 

「いえ、ドイツで先生から教えていただいたことを活かして普段の生活に戻るように努力します」

 

「…私はそのような事をお前に教えた覚えはないぞ?」

 

「そうでしたか?てっきり教えてもらっていただいていたものだと思っていましたが」

 

「ふん、まあ良いだろう」

 

 廊下では二人の話し声が響き、反響していく。

 

「私が解放されるという事は、私の企業の仕業ではない…という事でしょうか?」

 

「ああ、そういう事だ。今回の件は、ドイツ軍が一枚噛んでいたそうだ」

 

「そうでしたか…」

 

 段々と廊下の灯りが明るくなるにつれて、クリスタは手で目を覆い隠し、細めながら千冬の後を付いていく。

 

 歩いていくと、ふと目の前にコンクリートで出来た段差が飛び込んでくる。見上げると地下と学園とを結ぶ扉があることが分かる。

 

「さて、今更だがこれをお前に返しておく」

 

 そう言うと、千冬は懐からゴーグルを取り出した。

 

「すまなかった。教師として委員会を止められなくて…」

 

 千冬は、先程とは打って変わりどこか悔しそうな表情をしてクリスタにゴーグルを手渡した。彼女は、ゴーグルを受け取ると懐かしむようにゴーグルを撫でる。

 

「いえ、気にしないでください」

 

 そして、慣れた手つきでゴーグルを頭に付けた。

 

「この子を受け取ったときから、その覚悟はできていますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ということで、ISコアは無事であったから黒雨(シュヴァルツェア・レーゲン)は予備パーツで組み直しておいた。一部武装は後に本国から送られてくるだろう。後でそのあたりの整備をしないといけないな…」

 

「なるほど…。ISの事は分かりましたが、少佐の体は大丈夫なのですか?」

 

「んん?ああ、ちょっとした筋肉疲労と打撲だけで済んでいる。あれから一週間が経っているのだぞ。もう治っているから、私の事は心配をしなくても大丈夫だ」

 

「そうですか…。それならば、安心しました」

 

 私がいる場所は1127の部屋である。

 今は私が解放されてから一日後の放課後となり、朝教室に行くと一週間ぶりに日本へ戻ってきた、という事と急にいなくなったということで私は二組の人たちにはもみくちゃにされた。それだけ私のことを心配してくれていたのだろう。自分としては内心嬉しい気持ちがあった。玲菜なんか、涙を流して心配をしてくれた。

 さてそのことは良いのだが、一組と二組の教室の一部が崩壊していた事には疑問に思わざるを得なかった。だが皆はまあ、あれはね…と話題に触れようとしなかったが…。

 

 

「なあシャルロット…このPICってあれだろ?ISを動かしたときに使うやつだろ…だよな?」

 

「そうだよ。ちなみに正式名称は『パッシブ・イナーシャル・キャンセラー』。このPICは物体の惰性をなくしたかのような現象を起こす装置で、ISだったら推進剤として主に使っているよ。他には、姿勢制御とか動きの停止にも使われているよ」

 

「おお、そうだった!全くメモしてなかったぜ」

 

「全く…一夏ってば。分からないからって手の動きを止めちゃ逆効果だよ。とにかく先生の言うことはメモしておかないと。特にIS操縦に関して基本的な事はよくテストに出るのだからさ。それに、…あ、後でなら僕が教えるからさ」

 

「ああ、シャルロットの言う通りだぞ嫁よ。IS操縦者たるもの基本を疎かにしてはいけない」

 

 

 そして、1127にはもう二人同室者がいる。少佐の一夏()とシャルロット・デュノアが一夏の勉強のサポートをしていた。

 なぜ少佐の部屋がこれほど賑やかになっているかというと、話を戻せば色々とある。

 

 

 情報というものは目まぐるしく新しくなる。私が一週間ぶりにIS学園へ戻ってきたときは、まさに驚きの連続であった。

 

 今一夏へIS理論についての先生役に徹し、黒いジャージを着ている人物。彼女はシャルロット・デュノアだ。そう、女。女の子だ。女性だ。決して男ではない。

 私の知っているデュノアという名前の人物はシャルル・デュノア。フランスの貴公子という異名がある。だが、いざ一週間ぶりに会ってみると彼は、彼女になっていた。ジャージの上からでもわかる、ありがたい膨らみが揺れるのを見るたびにシャルルはシャルロットであるという事実が私の心に突き刺さる。ついでに別の何かも一緒にだ。

 転入当時は男装をしており、分けあって今は本来の姿に戻ったとかなんとか。どうせ男性操縦者に近づくために国家ぐるみで男装をして入学でもしていたのだろう。前々から、デュノアという存在には疑問を持っていたが偽装してIS学園へ入学したとなると一見、大スキャンダルであるように見えるが今のところ国際IS委員会が動くといったことは耳に入ってこない。何か裏で取引でもしたのだろうか。とにかく、私の業務には支障をきたさないため放っておいても大丈夫だろう。そして、女子となったデュノアの部屋割りが変わり、空きがあった少佐の所へやってきたというわけだ。

 

 そして、個人的にとても驚いたのは……少佐だ。

 

 彼女はドイツの冷氷ともいわれ、その冷静かつ冷酷な性格から軍部では有名であった。

 

「全く…ISの基本を知らないとは、同じIS操縦者の私の嫁としてのじ、自覚が足りていないぞ!」

 

「だぁー!だから、なんで俺が嫁になるのだよ!普通逆だろ!?」

 

 彼女はもじもじして少し頬を染めながら一夏に言う。

 そう、彼女は変わってしまったのだ。威勢を放つ虎がとても可愛らしい猫に変わってしまうくらいにだ。以前のようなプレッシャーはなく、どこか表情も豊かになったという印象を受ける。

 私としては、この変化はそれはそれで良い変化なのではないかと思っている。少佐は周りの人間にその冷酷さを振る舞い孤独を貫いてきた。だが、そのようにしてしまったのは元からではない。戦うために生まれ、戦いの事だけを教えられ、そして使えないと見放され......。まるで、消耗品のようにかつては扱われてきた身だがそんな彼女にも人の持つ感情があったのだ。きっと黒兎隊のメンバーにこの事を言ったらびっくりするだろう。

 そして、あれだけ忠誠を誓っているブリュンヒルデの汚点として粛清しようとしていた相手(一夏)を嫁と称するところから分かるように惚れてしまったのだ。あの、ラウラ・ボーデヴィッヒがだ。ついでに言うと、少佐は一夏のファーストキスを奪ったらしい。さすがは少佐である。

 

 

「そうだ、ラウラの心配をするよりお前はどうなのだ?クリスタ」

 

 一夏がふと、思い出したかのように私に聞く。

 

「え?私?」

 

「そうだよ。一週間も閉じ込められていたのだろ?体調とかは…」

 

「そこのことは私も大丈夫。食べたら元通りになったから」

 

「そっかぁ。それにしても心配したのだぜ?あれから二組にクリスタがいないって分かって思わず千冬姉に直談判しちまったよ。まあ、お前が元気ならそれでいいのだけれどさ」

 

 一夏は、目を細めてにっこりと笑う。

 

「それにしても、3日後には海かー。楽しみだなぁ」

 

 ふと彼はそのような事を言うと、デュノアそして少佐とともに会話に花を咲かせる。そう、三日後には臨海学校がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中にそびえ立つガラス張りの高級マンションがあった。

 太陽はすでにいなくなっており、地上からライトアップされたそれは幻想的な風景を作り出していた。

 

 そのマンションの最上階。その階のある一室は一言で言い合わらすならば豪華絢爛だろう。大理石で出来た部屋を覆う壁に大きなソファー、華やかな色彩を放つ造形品に触ったら壊れてしまいそうな壺など惜しみなく部屋に飾られていた。また、壁の一部がガラスで作られているので、人工的な光で灯された街を一望できるようになっていた。

 

 そんなきらびやかな部屋に一人の女性がソファーに腰かけていた。白いバスローブを身にまとっており、少しはだけた所からその豊満な乳房が見えていた。また少し濡れている長い金髪は、艶かしく見えその背中を飾っている。

 その女性は腕を組みどこか楽しげな表情をして誰かと会話をしていた。

 

「あなたからの報告はすでに目に通しているわ。やっと満足させられたのね、ゼロを」

 

『はい、今のところは何も要求をしてこないのであれも満足していただけたのではないでしょうか』

 

 彼女の頭部の右後ろ辺りから聞こえてくる男性の声は、まるでその場にいるかのようにはっきりとした声であった。

 

「これで、クラウスの仕事もやっとひと段落するのね。何時から私たちから離れたのかしら。ほんとあなた達には待ちくたびれたわ」

 

『はい、ひとまずはですが』

 

 脚を組み、その紅い瞳はちょっとした夜景が見られる外の風景に視線を移す。

 

「あなた達には、どれだけの投資と期待がされているかは知っているわよね。それに見合った働きをしてもらわないと困っちゃうわ」

 

『そのことは十分に承知しております』

 

「分かっているならばよろしい。それじゃあ、先に言っておこうかしら。『ようこそモノクローム・アバターへ』あなたの帰りを歓迎するわ。フロスト」

 

 

 

 



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第16話 揺れ動く砂浜

平均文字数を稼いでいくスタイル


アニメ一期9話のシャルルの「いい↑の↓かなぁ↑」が可愛いかった(小並感)







 

 私はまだ海を知らない。

 

 

 

 

 

 ドイツは二つの海__”北海”と”バルト海”に面しており、どちらにもビーチやリゾートは存在する。だが、私は海に近いところに住んでいなかったためそこを通り過ぎることはあっても浜辺に行って遊んだりすることは不思議としようとは思わなかった。特に関心がなかったためか家族水入らずで海に行く…なんてことはまずしなかった。もちろん、その関心がない中にも私はいる。水と戯れるといったら友達とプールに行ったぐらいだろうか。とにかくその程度であった。

 

 

 

 

 今回行われる3日間の臨海学校の主題としては、ISの非限定空間における稼働試験であるそうだ。ISの試験といえば精々IS学園にあるようなアリーナの施設、もとい人工物の中での試験がほとんどである。そこで、そのような人工物ではない場所での試験を行うということが今回の大きな目的である。そして、私たちは花月荘という旅館を貸し切りにし旅館の土地である開けた浜辺で新武装の試験を行い実験・評価をしていく。

 

 …のだが、これはほとんど専用機持ちにしか該当しないためその他生徒たちは訓練機に使われる武装の稼働練習を行っていく。と言いつつも、専用機を持たないその他生徒にとってみればそんな事はどうでもよいらしく、彼女たちの本来の目的と化しているものは…初日に行える海水浴だ。

 

 

 

「ねぇねぇ見て!海だー!!」

「おー海だ海だ!!」

 

 

 

 今の状況を日本の有名な文学作品の文を用いて表現するならまさにこうだろう。

『長いトンネルを抜けると海であった』と。

 

 

 

 かなり長い間走っていた、暗く不気味に橙色に光り轟々しくタイヤの回転音が響くトンネル内を抜けた先には太平洋が広がっていた。バスの中では二組の面々がガラス越しに見える太陽の光に反射し、穏やかに波打つ海面に声を上げていた。中には、海をバックに記念撮影または自撮りをする人もいた。

 IS学園は人工島である故に太平洋に囲まれており、今となっては海というものには見慣れてしまっている。もちろん、初めてIS学園へ来た時にはしょっぱい香りのする海風やうねる波を見たときには、思わず海を数分程ただじっと見てしまうほどの感動を覚えた。

 さて、海を見て興奮している二組メンバーだがバスに乗る前の早朝には、IS学園と本土を結ぶモノレールに乗る時にもバッチリ海を見ていたはずである。何とも不思議なものだと思った。

 

 しかしそれはそれ。これはこれ。せっかくの外泊なのだからこういうものは雰囲気を楽しむものだよ、と玲菜に言われ私は納得した。よくよく考えてみればいつも見慣れているよくしけり底の見えないほど青々とした海と、光陽に照らされた淡い水色とも言える薄い色のした穏やかな海。どちらも海という一つの括りにまとめられるが、人が海で泳いだりして海を楽しむとなれば同一視をすることは出来ないだろう。二組の皆が海を見て興奮している中、私も彼女たちのように写真を撮っていった。

 

 

 

 移動日初日の今日は夕食時まで自由行動となっている。部屋に荷物を置いて散歩をするもよし、昼寝をするもよし。だが、ほとんどはそのような事をするは思ってはいないだろう。近くの海水浴場までも所有する旅館だ。海に行く他はなかろう。これから海に行けるという事で、海の感想から海水浴の話へと移りわいわいと会話が弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスター遅かったじゃない。どうしたのさー。もうみんな泳いだりしているよー」

 

 太陽の光よって熱された砂浜へ到着すると、白と水色の水着姿に変わっている玲菜がこちらへ手を振る。

 

「ちょっと旅館から海水浴場までの道を間違えてしまったみたいで…」

 

「ありゃ。クリスタが迷子になるなんて珍しいね。ま、無事に着いたってことで私たちも行きますか!」

 

 玲菜はニコッと自前のカメラを片手に笑う。

 

「ええ、仕事を始めましょう」

 

 私は着ている濃いネイビー系のラッシュガードの上から『撮影中』というタグをぶら下げ、玲菜とともに海を満喫している生徒たちの所へ歩いて行った。

 

 

 

 新聞部の活動の一環として卒業アルバムのために使う写真の撮影がある。勿論、今回の臨海学校でもそうだ。特にノルマは与えられていないが、各4クラス隔たりなく写真を撮るように黛さんから指示された。そのため玲菜と一緒に行動を共にするわけにもいかないので、彼女には知り合いがいるためメンバーを把握している三、四組の方々を主に担当することにした。2日目はISの試験稼働を行うので、写真撮影など言語道断。今回の場合は初日にあらかたの写真を撮ることにした。

 

『あれだよねー二人だと結構ハードじゃない?だから私も一緒に行…』

 

『いえ、二人で大丈夫ですよ。黛さんは自分の仕事に専念してください』

 

『そうですよ先輩!私たちだってそれなりに力は付けているので、私たちの事は任せてください!』

 

『そ、そっか…じゃあ頑張ってね……』

 

 黛さんにも助力してもらうという手立てもあったが、わざわざ先輩に来てもらうのも良くないと思ったので、丁重にお断りを申し出した。

 

 

 

 

 さて、海ではそれぞれが思い描く海の楽しみ方をしていた。自前で持ってきたのであろうビーチパラソルとシートを用意し日光浴を楽しむ者、海に飛び込み泳ぐ者、可愛らしい動物を模した浮き輪に身を任せている者、ビーチバレーの準備をしている者、砂浜を引きずられている者。それぞれであった。撮影中というタグを首からぶら下げているという事もあり、カメラに気づいた生徒たちが私の方へ顔を向けてくれる。そうして、彼女たちの様子を撮影していった。

 

「ってちょっと!クリスタ!見ていないで助けてよ!」

 

 私の横を通り過ぎ去ろうとしていた引きずられし者()が叫ぶ。

 

「あら、クリスタさん御機嫌よう。鈴さんはご覧の通り怪我をされていらっしゃいますわ。ですので、すぐさま旅館に連れて行かないといけませんので立ち話はこの辺りで」

 

「は、はあ」

 

「さあ鷹月さん、参りましょう」

 

「だから私は一夏に…!一夏!!助けてぇ!!」

 

 早口で私に状況を伝えてもらうと、彼女はそそくさと旅館のある方向へと引きずって行った。終始鈴は、足をじたばたさせて抵抗をしていたようであったががっちりと両脇を抑えられているため身動きがとれず無駄であった。あれだけ元気であるならば大丈夫であろうと自己解決をして、私はそんな彼女たちの様子を一枚の写真に収めた。

 

 

 

 撮った写真の枚数が優に60枚を超えたぐらいになった時だった。一年生の中で唯一の男、織斑一夏の近くに奇妙な白い物体がいることに気がついてしまった。形からして人型である。そして、その白い物体の近くにはシャルロット・デュノアもいた。周りではそんな奇妙な光景に遠巻きにその様子を見ていた。

 

 面白い光景であったので私は興味本位で近づき、カメラを手に取る。カメラ特有のシャッター音に気づいたのか、白い物体を除く二人は私の方を向いた。

 

「なんだ、クリスタか。もしかして新聞部だからか?」

 

 紺色の水着を履いている一夏は腰に手を当て、どこか安心した表情をする。

 

「まあ、そんなところだね。ところでその白い物体は…?」

 

「む?その声はハーゼンバインか。お前も近くにいたのだな」

 

「その声はもしかしてラウラか!?って何でそんな格好をしているんだ?」

 

 どうやら、この白い物体は少佐本人であるようだ。確かに近くで見ると、見慣れた銀髪が左右で一対のアップテールされているところを見るからにそうであると確信する。

 

「ほら、せっかく水着に着替えたのだから、一夏に見てもらわないと」

 

 黄色を基調として所々黒い線が入っている水着を着ているシャルロットが少佐(白いお化け)を揺すり説得にかかる。

 

「んぐ。待て!私にも心の準備というものがあって…」

 

「ふーん、なら僕だけ先に一夏と海で遊んじゃうけど。いいのかなー?」

 

 頑なに水着を見せようとしない少佐に観念したのか、シャルロットは少佐から離れると慣れた動きでしゅるりと一夏の腕に自分の腕を絡ませ、海へ誘うふりをする。ちゃっかり一夏へのボディタッチをするシャルロットにパシャリと一枚。

 

「そ、それはダメだ!ええい!…笑いたければ笑うがいい…!」

 

『先に』という単語に反応した少佐は少しだけ戸惑う動きを見せる。だが、意を決したのか体に巻かれていたタオルを一気に脱ぎ捨てた。投げ飛ばされたタオルが、潮風にあおられ、風にのり遠くまで飛んでいく。

 

「おかしなところなんてないよね、一夏」

 

 少佐は黒い水着を着ていた。

 少佐の透き通るような白い素肌とのコントラストに思わず見とれる。トップス、パンツの部分には淡い紺色のフリルがあしらわれていた。またパンツの腰のあたりには左右に大きなリボンが飾られていた。

 

 

 

 少佐の水着姿を見た刹那、SDカードを新聞部の備品から上着のポケットにしまってあった私物の物へと切り替える。

 

「ああ、可愛いと思うぞ」

 

 

 

 カメラの撮影モードを連写へと切り替える。

 

 

 可愛い……愛おしい、愛らしい、趣き深い様。kawaii。

 

 日本語特有の表現方法であり、初めてこの言葉を知ったときは面白い言い方だなと思った。他に日本語以外で言い表すことは難しく、正に言い当て妙であると感じた。そして、少佐の今の姿は『可愛い』そのものであった。

 

 

「そそそうか…私が可愛いのか。そのような事を言われたのは初めてだ」

 

 少佐は一夏に言われて嬉しかったのか顔を赤らめ、両手の指を弄んでもじもじと落ち着きのなさそうにする。だがそれがいい。

 

 

 こんな少佐を見たことはなかった。あれからの一件以降、少佐の態度は主に同室のシャルロットの影響もあってか少しだけより社交的に変化していた。特に服装に至ってはいつも軍から支給された物品のみで生活をしていたらしい。日常着る服はいつも軍服で、寝る時には一糸まとわずに床に就く。本来の少佐であればここでは学校指定のスクール水着というものを着てくるであろう。そんな服には無頓着であった少佐がこのような可愛らしい水着を着ているのだ。きっと彼女も一夏のためにオシャレに目覚めたのだろうか。以前の様子を知っている私はそんな彼女にとてもほっこりしてしまった。これがギャップ萌えというものだろうか。そのようなことを思いはせながら、私は少佐の姿を色んな角度から何度も何度もカメラのシャッターを押していく。

 

 

「くっ、ハーゼンバイン!お前に見せているわけではないのだぞ!」

 

「分かっております少佐。これもIS学園での思い出の一ページです。このような可愛らしい姿の少佐を撮らない訳にはいきません」

 

「なっ…お前までも…」

 

 両腕で体を隠し、顔を赤らめつつ怒った表情をする少佐もまた格別であった。

 

 

「…何だかハーゼンバインさん嬉しそうだね」

 

「確かにそうでもあるが、ちょっと違うと思うぞシャルロット。ああいうのは鼻の下を伸ばしているって言うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー撮影お疲れさん!って玲菜ちゃんはどうしたのかな?』

 

「彼女なら三、四組の部屋へお邪魔して写真を撮りに行ってしまったので今はいません。報告だけですので私だけも良いかと判断しました」

 

『なるほどねぇ。そうそう写真のデータはこっちでも確認したよ!いやー皆可愛く撮れていていいじゃない!』

 

「ありがとうございます」

 

 時刻は8時を過ぎたところ。

 あっという間に時間は経ち一日目の日程が終了しようとしていた。風呂の入り口近くにある休憩スペースで食事のために着替えた浴衣姿のまま、黛さんとの定時連絡を行っていた。刺身は美味かった。特に本わさびとの相性は抜群であった。

 

『そうそう、クリスタさぁ。初めての海はどうだった?』

 

「そうですね…。案外良いものでしたね、海で泳ぐというものは。今度は地元にあるビーチにでも行こうかなと思います」

 

『それは良かった!何事も経験することは良いことよ!それに楽しんでいたなら、先輩としては嬉しい限りだよー。あそこ結構いい場所だからね。あー懐かしいなぁ一年前には私も行っていたのかー』

 

 これを皮切りにして、黛さんの思い出話が始まる。話を聞く限りでは、長年この花月荘で臨海学校を行っているらしく毎年やることは変わりないそうだ。

 

『それじゃあ、後は朝食と夕食時ぐらいしか写真は撮れないかなー。それじゃ、後の写真も頼んだわよー』

 

「はい、お任せください」

 

 向こうからの通信が切れるのを待ってから、携帯電話を浴衣の袖口に入れる。部屋へ戻ろうとした時だった。目の前からタオルと着替えを持った一夏がやって来ていた。

 

「お、クリスタじゃん。何やっていたの?」

 

「今さっきまで新聞部に今日の報告をしていたところです。少し静かな場所でしたほうが良いと思ってここに。そういえば、もう男子が大浴場を使える時間でしたね」

 

 今の時刻は8時半。ここから一時間ほどだけ一夏だけが大浴場を使えるようになっている。

 

「なるほどね。自由時間になっても仕事があるだなんてご苦労なこったなー。お前も」

 

「これは自分の趣味でもあるので、そうとも限りませんよ?」

 

 肩にかけていたカメラを手に持ち、一夏へ向ける。

 

「ま、好きならそれでいいさ」

 

 彼は荷物を持っていないほうの手でピースサインを作り、にっこりと笑顔になる。いつ見ても良い笑顔だなっと思いながら私はシャッターを切る。

 

「あなたは二回目のお風呂へ?」

 

 カメラのレンズから目を離したため、彼の姿が実像によって小さく見えていたが元の大きさに戻る。

 

「そんなところ。織斑先生とセシリアにマッサージをしていたのだけどさ、汗をかいちゃってな。俺の部屋に箒とお前以外の専用機持ちの皆を呼んだのだけれど、同室の織斑先生に部屋が汗臭くなるから丁度いいし風呂にでも入って来いって言われてなー」

 

「なるほどそれで。…あなたってマッサージも出来るのですね」

 

「まあなー。こう見えて結構自信があるのだぜ」

 

 彼は力こぶを作るような動作をしてドヤ顔で言う。

 

「へぇ…。許可が下りればあなたの部屋にお邪魔したいですね。っとここで立ち話をしていると利用時間が減っていきますよ?」

 

「おっといっけね。それじゃあ風呂に入るわ」

 

 それじゃ、と言うと彼は風呂場の入口へと足を運ぶ。そんな彼を見つめているとふと彼は私の方へ振り返った。

 

「そうそう、クリスタが髪をポニテにしているなんて珍しいな。可愛いと思うぞ」

 

「…それはどうも」

 

 彼は満足したかのようにそう告げると暖簾をくぐって行った。

 

 

 織斑(あいつ)の突拍子もない言動には注意しろ。

 

 

 

 よく鈴からはそう言い聞かされてきた。中学ではかなりの犠牲者(惚れた人)がいたのだとか。それにひどいことに、当の本人は全くその事に気が付かないとのこと。かなりの悪質である。

 

 顔が熱くなっているのを感じ、思わず髪の毛先をいじくる。異性との関わりがあまりないということもあるが、何度遭遇しても未だに彼の突拍子もない言動には慣れないものである。だが心のどこかで褒められて嬉しい気持ちがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員いるな?では事前に知らせてある通り、これよりISの装備試験を行う。各班に割り当てられた試験を夜までに終えるように!全員、迅速な行動を行え!」

 

「「「はーい!」」」

 

 ISスーツに着替えている一から四組までの生徒たちに向かってブリュンヒルデは拡声器なしで指示を飛ばした。

 

 

 臨海学校二日目。

 昨日の砂浜から少し離れた位置にある、四方を切り立った崖に囲まれているビーチにいる。一学年と各教師が収まるほどの大きさとなるとかなり広い土地であることが分かる。正にIS学園のアリーナに匹敵するほどの大きさだろうか。生徒たちはビーチの中央へ集められ、その周囲を囲むように訓練機が等間隔にずらっと並べられていた。

 

 ブリュンヒルデから指示が飛ばされ、生徒たちは目的の訓練機までテキパキと移動していた。そして、専用機持ちももちろん試験はあるのだが専用機には軍や企業からの試験品が各自に搬入されているので私たちは彼女たちとは別行動をすることになっている。

 

 私はまず、少佐のもとに駆け寄り試験の補助をしに行った。

 黒雨(シュヴァルツェア・レーゲン)への試験品は砲弾パッケージ『パンツァー・カノニーア』。先月のVTシステムの事件により黒雨は現在予備パーツによって復活を果たしたものの大口径レールカノンがまだ発注している最中であり、少佐のもとには届いていない。このこともあり、かねてから試験をしてもらいたいという武装がフォルテシモ社で提案されていた。それがこの砲弾パッケージだ。

 これは、通常装備のレールカノンとほぼ武装は同じであるがプラスαで追加装備がある。まず、通常一門のレールカノンを二つに増設。左右の肩に置かれる。さらに、防御力アップを図るため正面と左右に4枚の物理シールドが備え付けられている。

 

「どうですか少佐?この砲弾パッケージは」

 

「うむ、この物理シールドは嬉しいな。AICを使うとどうも隙が出来るために、攻撃を受けるのだがこれがあれば少しは軽減できるだろう」

 

 黒雨に砲弾パッケージを装着した少佐は満足そうにスペックデータを眺めていた。と、その時だった。

 

「ちぃぃーーーーーちゃぁぁーーーーーんんん!!!」

 

 ふと先程の指示を出していった時のような大きな声がビーチに轟く。余りにも突然の事であったため周りでも手の動きが止まっていた。音の源を探してみるとそれは、土煙を上げて崖を猛スピードで下っていた。

 

 そして、その物体は斜面が20度はある崖の途中で跳躍し、ブリュンヒルデの所へと落ちていく。普通に考えてみれば未知の物体が自分の所へ落ちてきていると考えると危険極まりないのだが、彼女はそれを臆することもなく右手でガッチリと掴んだ。

 

「…」

 

 余りにも非現実的な事が起こったため、言葉にならなかった。そして、織斑先生が右手でつかんでいたものはあろうことか人であった。えぇ…嘘でしょ…。

 

「やあやあ会いたかったよ、ちーちゃん!さあはぐはぐしよう!愛を確かめ…」

 

「うるさいぞ束」

 

 ブリュンヒルデが右手にさらに力を込める。何か固いものにひびが入ったような音がした。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねぇ」

 

 束と呼ばれたうさ耳を付けた人のようなものはどこか嬉しそうな声でそう言うと、ブリュンヒルデのアイアンクローから何事もなかったかのように抜け出した。そして、何故かブリュンヒルデの近くにいた篠ノ之箒の所へ駆け寄っていく。

 

「じゃじゃーん!やあ!」

 

 おどけたように大げさに手を広げ、箒に挨拶のようなものをする。

 

「どうも…」

 

「久しぶりだねーこうして会うのも何年ぶりかなー?それにしても、大きくなったね!箒ちゃん!特におっぱいが!」

 

 すると、箒は思いっきり握りしめた拳をセクハラ発言をしたうさ耳人間の頭へ打ち付ける。

 

「殴りますよ?」

 

「殴ってから言ったー!箒ちゃん酷ーい!ねぇ、いっくんひどいよねぇ?」

 

「は、はあ…」

 

 およよと泣く素振りを見せるうさ耳人間は次に一夏へと絡んでいく。

 

「おい束、自己紹介くらいしろ」

 

 呆れて頭を抱えていたブリュンヒルデはうさ耳人間へと告げる。こんな表情をしている彼女を見るのは初めてであった。

 

「えーめんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよー!はろー、おわりー!」

 

 うさ耳人間こと束と自称した人はその場でくるりと周る。

 

「もしかして…」

「束って…」

「あのIS開発者の篠ノ之束…?」

 

 遠巻きに見ていた生徒たちが口々にそうこぼしていく。

 

「ハーゼンバイン、あの人物は…」

 

「ええ…篠ノ之束ですね」

 

 

 篠ノ之束。若くしてIS基礎理論を考案、構築、実証したただ唯一ISコアを作り出せる人物。現在は国際指名手配がされている人物。自他共に認める天才科学者であり、()()である。そして……私の憧れの人物。

 

 そもそも、このビーチにこの方がいること自体可笑しな話である。なぜそのような人物がいるのか、不思議で仕方がなかった。

 

 

 ブリュンヒルデ以外の教師までもがただ茫然と篠ノ之束を見つめているなか、彼女はふと右手を上空に指さす。

 

「ふっふっふっ。さあ大空をご覧あれ!」

 

 この声に反応したのか突如、空から彼女の近くに銀色に煌めき輝く、ひし形の物体が落ちてきた。余りにも強い衝撃であったために地面は揺れる。

 

「これぞ箒ちゃんの専用機こと紅椿!全スペックが全てのISを上回る束さんのお手製だよー」

 

 彼女はそう言うと、何かを押したのかひし形の物体は忽然と姿を消し、代わりに太陽の光に照らされ光り輝く、紅い色をしたISがその場に鎮座していた。

 

「さあ箒ちゃん!今からフィッティングとパーソナライズを始めようか」

 

「お、お願いします」

 

 箒は特に驚く様子もなく、その紅いISへと近づいて行き装着する。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから。後は最新のデータに更新するだけだね」

 

 箒がISに装着したのを確認した篠ノ之束は、IS作業画面である空中投影ディスプレイを同時に6枚呼び出すと、同時に呼び出したキーボードをにこやかな表情で操作していく。

 

 

 専用機…?彼女は確かにそう言った。この人は、また新たなIS(戦闘兵器)を作り出したのか。

 現在ではISコアの生産はされておらず、現存する数をやりくりして研究・開発・運用を行っている。そして、専用機はIS操縦者にとってみれば憧れの存在。IS操縦者が己の技術と実力を他人に認められた証。さらに専用機を持つという事はそのISコアを所持する企業、または国の代表である証だ。専用機を持つことによって企業・国を誇りに思いISの発展に貢献していくという表れでもある。

 一夏を除くが少佐も、鈴も、シャルロットも、セシリアも、そして私も。いや、それだけではない。世界中にいる専用機持ちは他にいる候補者を押しのけ、跳ね除け、自身の功績を認められて初めて専用機を手にすることが出来た。あのように、親が我が子への誕生日プレゼントとするかのように簡単に譲渡できるような代物ではない。

 

 私の疑問はそれだけでは収まらない。あのISのコアは世界中に存在するISコアの一つなのだろうか?それとも、新たに作り出した…?新たに作り出されたのならば大問題だ。世界中が我先にとあのISの保持を要求するだろう。しかし、そう簡単にはいかないか。なんせ、篠ノ之箒はあの篠ノ之束の妹である。どこの国に属するかなど、彼女からしてみれば見にくい争いにしか見えない。そもそも、そのような愚行を許すはずがない。

 そして、あれはどちらが望んだものなのだろうか?受注者(篠ノ之箒)か?発注者(篠ノ之束)か?もし、受注者が望んだなかったにしろ、そうでないにしろ………彼女は専用機を持つという事の意味を理解しているのだろうか?

 

 

「よし、後は自動処理が終わればパーソナライズは終わりだね!それじゃあ、いっくんの白式を見せてよ!私はただいま興味津々であるのだ!」

 

「はぁ、分かりました」

 

 紅いISの設定が終わったのか、今度は白式の方を何やら弄っていく。そんな中、一人の生徒が篠ノ之束へ近づいて行っていた。セシリアだ。

 

「あ、あの!篠ノ之束博士のご高名はかねがね伺っております!もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか?」

 

 国際手配されているもののISを作り出した開発者である。彼女も篠ノ之束のファンの一人なのだろう。どこか嬉しそうな表情をしていた。だが、彼女の思惑は簡単に打ち破られることになった。

 

「はぁ?誰だよ君は。金髪なんて私の知り合いにはいないのだけど」

 

 視線を空中投影ディスプレイからセシリアへ移したもののとても興味がない様子であった。そして、声のトーンも低くセシリアへさらにまくし立てる。

 

「そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとの数年ぶりの再会なのだけれど。そういうシーンだけど。どういう了見で君はしゃしゃり出てくるのかな?私でも全く分からないや、理解不能。というか誰よ?」

 

 次々と容赦のない言葉をセシリアに浴びせる。憧れの人を前にして、彼女は段々と表情が暗くなる。

 

 

 我慢などできなかった。

 

 

「おい、ハーゼンバイン!」

 

 

 何故、新たに戦うためのISを開発するのだろうか?それが、あの人の考えていた事なのだろうか?

 

 

「え、あの…」

 

「ちっ、うるさいなぁ。どっかに行…」

 

「お初にお目にかかります。篠ノ之束博士。私はドイツ、フォルテシモ社所属のテストパイロット、クリスタ・ハーゼンバインです」

 

 篠ノ之束の視線上に立つために私はセシリアの前に立った。

 

「クリスタさん!今博士へ話しかけたら…」

 

「また来たよ。全く企業の人間って本当話を聞かないやつらばっかりだよね。自分が嫌われているって分からないのかな?だから私は君なんか知らないし…」

 

 逃げちゃだめだ。

 

「このISコアはあなたが作り出したのですか?それとも、今現存するISコアから抜き取ったのですか?」

 

「はぁ?それを聞いて何になるっていうのさ。というかしゃしゃり出てこないって言っているよね。私の邪魔しないでもらえる?」

 

 それは、ひどく冷たいものだった。同じ人であるはずなのに、言葉一つ一つが体を貫いていく。体中から汗が噴き出してくる。

 

「なぜ最新鋭機を篠ノ之箒へ渡すのですか?新たな火種を生む戦闘兵器を」

 

「あーもう、しつこいのだけど!そんなに私を邪魔したいの?」

 

 明らかにイラついている篠ノ之束は白式のデータを操るキーボードから手を放し、彼女の周囲からIS整備用と思われるISのアームパーツが光とともに現れた。

 

「束さん!落ち着いて...」

 

「あなたは!!」

 

 涙が出そうだった。でも私は力いっぱい叫んだ。任務だとか、企業の人だとか、そのようなことはどうだって良かった。ただ私が、クリスタ・ハーゼンバインが知りたいことだった。胸の奥にずっとしまいこんでいた物を吐き出したかったことだった。

 

「あなたの夢は、こんな…こんなISという戦闘兵器を作りたかったのですか?」

 

「はぁ?何言っているの君?」

 

「ISは…そんなちっぽけなものなのですか?ISは……宇宙へ行くためのものなのではないのですか!それがあなたの望んだものではないのですか!?」

 

 

 

 

 

 天災の動きが一瞬だけ止まり、何かを言おうとした口はきゅっと結ばれる。そして、ただ私を汚物でも見るかのような目で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






あまり、暴言を言わせたくはなかった元大盗賊です。


束ファンの皆さんには、申し訳ないのですが白くはない束さんの登場です。

でも黒くはないよ!



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第17話 交錯する想い

 夏が始まったばかりの砂浜には暖かな潮風が体に吹き付け、海の匂いが鼻をくすぐる。このISの作業が終わったらどんな昼飯を食べられるのか、なんて思っていたやつもいるのではないだろうか。だが、ここにいる皆はこの匂いも風も今自分がこれからどうしようかさえ忘れてしまっているだろう。そんな緊迫した空気が、辺りに立ち込めていた。

 

 

 

「ISは…そんなちっぽけなものなのですか?ISは……宇宙へ行くためではないのですか!それがあなたの望んだものではないのですか!?」

 

 彼女、クリスタは両手の拳を強く握り束さんに睨みつけていた。

 

 こんな彼女を、感情的になり噛み付いている所を見るのは初めてであった。普段は冷静沈着…というイメージを持っていた俺からしたら意外であった。そして何より、あの束さんに向かって発言しているという事がこのどうしようもない雰囲気にさせていた。

 

 最初はセシリアに対しての暴言について何かを提言するのかと思っていた。確かに束さんは俺と箒、そして千冬姉くらいの身内にしか興味はなくそれ以外の人の区別がつかないそうだ。千冬姉曰く、これでも少しはましになっていると言う。どうしようもないと思いつつも、セシリアには申し訳ないことをしてしまったと何だかただ見ていることしかできなかった俺が罪の意識を感じていた。

 

 それにクリスタは、ISは宇宙に行くための…とか言っていたな。確かにISは本来の目的が宇宙に行くための…だったか?

 そんなことを思っていた時だ。

 

「おい。私の教え子に手を出すことはさすがに看過しきれない、落ち着け。」

 

 千冬姉が束さんの肩に手を置き、彼女を宥める。すると、束さんの周りにあった腕みたいなものは光とともに突如として消え失せる。そしてくるっとその場を回り千冬姉と顔を合わせるような位置に動いた。

 

「もう!ちーちゃん、眉間にしわを寄せすぎー。綺麗な顔が台無しだよ!」

 

「くっ、誰のせいでこうなっている。おい、オルコットにハーゼンバイン。こいつの事が気になるのもわかるが今は作業をする時間だ。雑談をするために今の時間を設けたわけではない。さっさと持ち場に戻れ。そら一年!手が止まっているぞ。こいつは無視してさっさとテストを終わらせろ。」

 

 顔に触ろうとする束さんを躱しながら千冬姉はきびきびと指示を出す。

 落ち込むセシリアとそれを慰めるクリスタは大人しくそれに従い元の場所へと歩いていき、緊迫した空気はまるで糸が切れたかのように元通りになって、周りでは作業を進めていった。

 

「もうちーちゃん!こいつはひどいよ!私の事はらぶりぃ束さんって呼んでもいいのよ?」

 

「うるさい黙れ」

 

 こうしてまた二人の漫才が繰り広げられるさっきまでと変わらない空気に戻っていった。

 

 

「あの…私のはまだ終わらないのですか?」

 

 ふと隣で紅椿とやらに乗る箒が咳払いをしていちゃいちゃしている束さんに聞く。再びアイアンクローを食らっていた束さんはまたしても千冬姉の魔の手から抜け出し近づいていた。

 

「んー!もう終わってみたいだね!それじゃあ試運転も兼て飛んでみてよ。箒ちゃんの思うように動くはずだよ!」

 

「分かりました」

 

 箒は目を閉じ、意識を集中させる。いよいよ飛ぶのか、と期待の眼差しで見ていると彼女は既に上空へ飛翔していた。

 なぜそれが分かったかというと俺が見ていたところには既に箒はいなくなっており、飛翔する際に発生した衝撃波により舞い上がった砂だけがその場に漂っていたのだ。ハイパーセンサで箒をとらえると既に上空200mの地点にいた。速い……すぐにそのことが分かった。

 

「どうどう?箒ちゃんが思うように動くでしょ?」

 

「ええ…まあ」

 

 紅椿は、空を自由自在に滑空していた。あまりにも速いスピードなので、ハイパーセンサなしでははっきりととらえることは難しいだろう。

 二人の会話は、まるで近くで会話をしているかのように行われていた。オープンチャンネルだからだろうか。箒の返答も俺にもはっきりと聞こえてきた。

 

「じゃあ刀を使ってみてよ!右のが雨月で左のが空裂だよー。武器特性のデータを送るよー」

 

 指示されたと通りに箒は手元に刀のような武装を二つ展開する。その姿は、不思議と様になっていた。剣道を嗜んでいるからだろうか。

 

「雨月…いくぞ!」

 

 右手に持つ武器を箒はその場で左薙ぎに一閃。

 すると、刀を振り切った周囲からいくつもの赤い光が灯り、それは光の弾丸となって、振り切った所から周囲に拡散していく。発射された所に漂っていた雲を蜂の巣にした。

 

「いいねいいね。次はこれを撃ち落としてみてね♪ほーいっと!」

 

 満足そうに束さんはうなずくと、次に彼女の頭上付近に何やら金属でできた箱のようなものを呼び出した。先程の腕の事もいい、彼女がどういう原理でISなしで呼び出しているか気になったものの深く考えないことにした。

 呼び出されたその箱は次の瞬間、ミサイルが箒に向かって放たれた。しかも誘導付きだ。

 箒は一旦さらに上空へ飛び上がり、距離を取る。付いてくるミサイルを見事に躱しながら彼女は振り向きざまに左手の刀を右薙ぎに一閃。

 すると、またしても刀を振るった辺りから赤い光が灯る。今度それは帯状に繋がり撃ちだされた。そして、箒を向かってきていたミサイルを次々と破壊していく。

 

「すげぇ…」

 

 あの機動性に二刀流。さらに射撃武器も兼ね備えていた箒のISに思わず俺は、言葉をもらす。

 急きょ始まった紅椿による演武(IS実演)に周りで作業していた生徒たちが皆、爆炎が収まる所からちらりと見える、その堂々たる姿に魅了され、言葉を失っていた。

 

「うんうん、いいねぇいいねぇ」

 

 そんな中ただ一人、束さんは満足そうな表情で何度も頷き妹のISデビューを見守っていた。

 

 

 

 

「大変です!織斑先生!」

 

 すると、何やら慌てている山田先生が千冬姉に近づいていく。

 

「これを…」

 

 手に持っていたタブレット端末を千冬姉に渡す。それを見た千冬姉の表情は決して良いものとは言えなかった。

 

「匿名任務レベルA…現時刻よりはじめられたし…」

 

「そ、それが、そのハワイ沖で実験中であった…」

 

「し、機密事項漏らすな。生徒が聞いているぞ」

 

「あわわ、すみません」

 

 千冬姉の表情は真剣そのものであり、互いに何かを話し合う。それが終わるとすぐに山田先生は他の組の先生の所へ走って行った。

 

「全員、注目!」

 

 朝のように千冬姉は大きな声で言うと、全員が千冬姉の方を振り向く。

 

「これよりIS学園教員は特殊任務行動に移行する。テスト稼働は中止だ。各班、ISを片付けて旅館へ戻れ。連絡があるまでは各自室内待機すること。以上だ!」

 

 それを聞いた生徒たちはざわざわと騒がしくなりながらも、テキパキとISを片付ける作業をしていった。

 

「専用機を持ちは集合しろ!織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰……それと篠ノ之も来い」

 

 俺を含めて呼ばれた人たちは返事をする。あれ、一人いないような…。

 

「それとハーゼンバイン!お前は一般生徒と同様に待機だ、いいな?」

 

「…はい!」

 

 彼女の様子はまるで呼ばれないことが当たり前かのように淡々とした態度であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では現状を説明する」

 

 旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷『風花の間』には、クリスタを除く専用機持ちと一部の教師陣が集まっていた。

 

 室内は空中投影型のディスプレイが中央に大きく一枚、正面に見えるステージの前に大きく一枚映し出されていた。そしてデスクトップ型の通信用ディスプレイが壁際にいくつも置かれていた。そのため、閉め切っている室内は昼過ぎであるにも関わらず暗くなっていた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代のIS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』通称、福音が制御下を離れて暴走。監視区域より離脱したという連絡を受けた」

 

 ISの暴走だと?

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の区域を通過することが分かった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった。教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

「はいぃ!?」

 

 何でIS学園の生徒である俺たちがやらないといけないのだ?

 そんな無茶苦茶な…。

 

「一々驚かないの」

 

 隣にいた鈴が小声で俺に注意する。他の皆を見てみるとこの現状を理解している、といった顔だった。なぜそこまで急に対応が出来るのだ?不思議で仕方がなかった。

 

「それでは作戦会議を始める。意見のあるものは挙手をするように」

 

「は、はい」

 

「どうした?織斑」

 

 千冬姉が質疑応答の時間を設けてくれたので、俺はすかさず手を挙げる。

 

「何で、クリスタがこの場にいないん…のですか?あいつも専用機持ちですよね?」

 

 こういうのって人が多いほうがいいだろ…。ならなぜ…。

 

「ああ、そのことだがこれは上層部からの指示である。異論は認められない」

 

 なぜそのような事をするのだ?俺にとっては意味の分からないことだった。

 

「何でだよ!何があるか分からないけど、こういうのは人数が多いほうが良いじゃないのか?6人でやるより、7人でやったほうが…」

 

「確かに専用機持ちが多ければ多いほどいいだろう。だが、あいつのISには問題があることは知っているな?」

 

「問題って…たしかあいつの『サンドロック』ってやつが以前は違法な実験に使われていたとか…だよな」

 

「そうだ。現在、サンドロックは国際IS委員会によるデータの提供・監視があることが条件で今使うことが出来る。前科があるから、それを防止するためだそうだ。詳しくは聞かされていないが、恐らく活躍されたくないのだろうな、サンドロックに」

 

「それってどういう…」

 

「話は少し変わるが、サンドロックを所有する研究所の親会社『フォルテシモ社』は今なお時代に逆行するかのように主に男の手による経営で成り立っている、ヨーロッパではそれなりに有名な企業だ。ボーデヴィッヒのISにも少し関わっているほどにな。今の世の中だと少し特殊な企業だ。そのような企業が所有しておりなおかつ、前科持ちという罪があるISに手助けをしてもらいたくないのだろうな。上の人間は」

 

 なんだよそれ…。そんなの単なるエゴじゃないか…。

 

「あれだろ、一時間もしないうちにその福音ってやつがやってくるのだろ!今更、昔やらかしたとか、あのISが嫌いだからとかっていう理由で参加させないっておかしく思わないのかよ!?今そのような悠長なこと言っている場合じゃ…」

 

「織斑!」

 

 千冬姉が険しい表情になり、俺を見てくる。

 

「これは学園上層部から来た命令だ。元を辿れば、委員会から来ているものだろう。私もお前の意見には同感だ。男による企業によって作られたからなどと甘ったれた理由で戦力外にすることはどうかと思う。だがな、これは上からの命令だ。私たち現場にいる人物で勝手に判断してはいけない。既に通達がされているものだ。先程も言ったように異論は認められない」

 

「はい…分かりました」

 

 それは千冬姉も思っていたんだ。けれど、そんなことが許されるなんて…。俺には納得がいかなかった。それ以上に、そのことになすすべがないことにも腹が立っていた。

 

「他にあるか?」

 

「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

 セシリアが少ししてから手を挙げる。

 

「うむ。だが決して口外をするな。情報が漏えいした場合、諸君には査問委員会による裁判と二年間の監視が付けられる」

 

「了解しました」

 

 セシリアの返事が合図であったかのように、数々のデータが目の前にある広間中央にあるディスプレイに映し出された。

 切り替えていこう。

 そう思い映されているデータを見るのだが、素人の俺にはさっぱりわからなかった。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型…私のISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と起動に特化した機体ね。厄介だわ」

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね。連続しての防御は難しい気がするよ」

 

 表示されたデータを他のみんなが真剣な表情で討論していく。この話についていけないことに俺は情けなく思うばかりであった。

 

「しかもこのデータでは、格闘性能は未知数だ。偵察は行えないのでしょうか?」

 

「それは無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

「一回きりのチャンス。という事はやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 

 理解できている人同士で話し合いが進む中、ふと山田先生がいつもの分かりやすい解説が挟む。なるほど、素早く動く敵を一回きりのチャンスでものにしないといけないのか…。

 

 ふと視線を感じ、周りを見ると全員が俺を見ていた。

 

「…え?」

 

「あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ問題は…」

 

「どうやって一夏を運ぶか。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないと難しいだろうから、移動をどうするか」

 

「しかも目標に追いつける速度を出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサも必要だろう」

 

「ちょっと待ってくれ!俺が行くのか?」

 

 あまり状況が飲み込めていなかった俺は話を一旦中断させる。

 

「「「「当然!」」」」

 

 四人の声がはもる。いや、合わせなくていいから。

 

「四人まとめて言うな!」

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないならば、無理強いはしない」

 

 実戦。その言葉を聞き、押さえ込まれていた記憶が一気に放出される。謎の無人ISにラウラの暴走事件。これまで俺は学園で色んな経験を積んで、そしてトラブルに難なく対処してきたじゃないか。学園関係者やクラスの子たち。皆を守る力がある。だからこそ俺はここへ呼ばれたのではないか。不本意なところもあるが、俺にしか出来ない役目ならばそれを果たしたい。皆を守れるのであれば、それに、ここで引き下がったら男じゃない。

 

「やります。俺がやってみせます」

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在この専用機持ちの中で最高速度を…」

 

 その時だった。

 

「待った待ーった。その作戦は待ったなのだよー!」

 

 千冬姉の話に紛れ込んできたのはどこか聞き覚えのある声だった。天井を見上げるとそこには普段木の板が敷かれている場所にそれはなく、代わりにひょっこり頭を逆さまにしている束さんがいた。

 

「また出たよ」

 

 それにどこから来たんだ?と疑問に感じたが俺は2秒後に考えることをやめた。

 

「とうぅ★」

 

 擬音語を自分の口から言うと束さんは天井からくるりと一回転して落ちていく。だがそれはコケることなく猫のように見事に着地した。

 

「ちーちゃんちーちゃん!もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

 

 すたすたと音もたてずに束さんは、いつものように千冬姉に近づく。そんな様子に千冬姉は頭を抱えていた。

 

「出ていけ…」

 

「聞いて聞いて!ここは断然!紅椿の出番なんだよ!」

 

「何?」

 

 紅椿…箒のISか。

 

「紅椿のスペックデータを見てよ!パッケージなんてなくても超高速移動が出来ちゃうんだよ!」

 

 束さんが説明している最中に、福音のスペックデータなどが映し出されていたディスプレイには、紅椿と思われるものに勝手に変換されていく。作業をしていた先生方が度肝を抜いていた。本当に申し訳ないです、うちの束さんが…。

 

「紅椿の展開装甲をいじればホホイのホイで他のISとは比にならないほどのスピードが出ちゃうんだよ!」

 

 展開装甲…聞きなれない単語に俺はさらに混乱してしまった。なんだよそれ…授業でそんなのあったっけ…。

 

「あら~皆ぼうっとしちゃってどうしたのかなー?仕方ない、私が直々に説明をしましょーそうしましょー!展開装甲はねぇ、この天才束さんが作り出した第四世代の特徴なんだよー」

 

「第四世代…」

 

「各国でやっと第三世代の試験機を作り始めたばかりですのに…」

 

「なのにもう…」

 

 俺だけではなく、周りの皆も一緒に困惑していたようだった。ってことはみんなも聞き覚えのない単語なのか?

 

「おやおや?いっくん、顔にまだ説明が物足りないって書いているよー。はーいここでいっくんのためにISの復習でーす!まず、ISの第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。その次の第二世代が『後付武装(イコライザ)による多様化』。そして、第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊武装の実装』だね。それでぇ……第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、絶賛机上の空論のものだよー。はい、いっくん理解できたかなぁー?」

 

「あの…えっと…」

 

 つまりすごいものであるという事は俺には理解できた。

 

「まだ難しかったかな?具体的に言っちゃうと白式の雪片Ⅱ型に使われているものなんだよねー」

 

「「「ええ?」」」

 

 まさかの一言に、俺以外の皆も驚く。

 

「ふっふっふ。試しにぶち込んじゃうくらい、束さんはそこんじょそこらの天災じゃないのだよ!これくらいは三時の………」

 

 腰に手を当て、ニコニコ笑顔になっていた束さんの表情が急に失われる。よく見ると、頭に付けていたウサ耳がやたらとせわしなく動いていた。

 

「束さん…?」

 

「ん?何でもないよーいっくん!ノープロブレム!」

 

 俺が心配していることが伝わったのか、再び嬉しそうな表情をしてこちらに向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザーザーと雑音だけが耳に入って来ていた。

 耳障りな音だけしか聞こえなかったため私はすぐさま耳からイヤホンを外す。

 

 

 ISの試験テストを中止にするほどの事態。一体どのような事があったのかと事前に用意していた盗聴器から聞こえてくる言葉は想像を超えるものばかりだった。

 福音暴走、紅椿、そして第四世代IS。

 

 

 

 私はあれから部屋に戻ると割り当てられていた部屋から出て、巡回の先生に既に他の人に使われているため、旅館のお手洗いを使わせてほしいと懇願した。私の願いはあっさりと了承され、誰にも見られることもなく物静かなトイレの個室に入ることが出来た。

 篠ノ之束の口から飛び出す爆弾発言の数々。第四世代ISは机上の空論のものであるとは言ったもののISの理論を構築した本人(篠ノ之束)にとってみれば空想上の話ではなく、可能な事だ。世間では一所懸命に第三世代ISの開発に勤しんでいるのにも関わらず、開発者本人は、妹のプレゼントのために第四世代ISをぱっぱと作り上げてしまう技術力。私たち企業が汗水たらしきた努力がとても小さく見えてしまいそうであった。

 話は途中で切られてしまったものの白式の零落白夜は第四世代ISの特徴である『展開装甲』の一種。単なる単一能力(ワンオフ・アビリティ)であるという報告をしていたが変更しなければならない。それにもう一つ、紅椿の性能がとても気になる。蒼雫のようにブースターパックパッケージを必要とせずとも瞬時にそれと同等の性能を確保できるという『展開装甲』。射撃武器も持ち合わせる近接万能型かと思えばそれだけではなかった。既に、福音暴走については報告をしている。後は、この音声データを解析して、一つにまとめる作業を一連の騒動が収まってから行おうと予定を立てた。

 

 これ以上盗聴は厳しいと判断したため、私は制服のポケットに道具一式をしまい、お手洗いから外に出る。周りを見渡すと、誰も居なくしんと静まり返っていた。これ以上の長居は無用であるため、私はそそくさと自分の部屋へと戻っていった。それにしても、なぜ突然盗聴器に不具合が生じたのだろうか。歩きながらその疑問だけがずっと私の頭の中をぐるぐると駆けずり回る。

 

 以前にもメンテナンスは行っており、ちょっとやそっとの妨害行為には耐えうることが出来る仕様にしていた。きちんと事前に調査も行っていたはずだがそれでもダメだった。では何が原因だろう。廊下には履物によって生み出された音だけが響いていく。

 とにかく、部屋に戻ったほうが安全だろう。途中で事情の知らない教員に会って引き止められることは勘弁しておきたい。頭の中を切り替えたときだった。突如、左側にあった誰もいないはずのふすまが開き、何かに私の左手が掴まれる。

 

 警戒などしていなかった私はされるがままに引っ張られた。体のバランスが崩れた所を何かに押されてうつ伏せに倒れる。地面は畳であったため、少し痛みは和らぐがそれでも、顎に激痛が走った。

 痛みに悶絶していると何かが私の背中に乗っかり、足が縛られる。それはとても冷たく、硬かった。

 左腕は背中に回され、右腕も何かに掴まれて抑え込まれる。マウントポジションを取られ私は全く身動きが取れなくなかった。それと同時に首筋に何かを刺された感覚が私の体を襲う。だが、不思議と首に痛みというものはなかった。

 

 

 

 

「誰かと思えばさっきのゴーグルを付けていた外人かー」

 

 聞き覚えのある声だった。つい数時間前に聞こえたものだった。そして、今聞きたくない声であった。

 

 不覚だった。今ここには”天災”がいるのだ。

 

「いっくんたちと一緒に行動できないからって許可なく聞き耳を立てちゃいけないなぁ。束さんの授業料は高くつくよ?」

 

 篠ノ之束は私の左腕を更に締め上げる。どうやって私の場所が分かったのだ…?

 

「どうにかして作戦に邪魔をしようとしても無駄だよ。これは箒ちゃんのための晴れ舞台だからねぇ。他人の邪魔なんてさせないよ?」

 

 そうか。

 

 この人の前では常識という言葉なんか通用しない。

 

「晴れ舞台とは……まるであなたが仕組んだかのように言いますね」

 

 体を動かして抵抗をしてみせるものの、全くびくともしなかった。手足も固定されたまま動かすことが出来なかった。動かすとさらに痛みが走る。

 

「そりゃ…ねぇ?全部この束さんが用意したもんだし?」

 

 数時間前のような毛嫌いするような口調ではなく、どこか楽しそうな口調であり、ひどくあっさりと答えが返ってきた。

 

「なっ!?」

 

 予想外な返答に私は言葉を失う。なぜこうも簡単に白状するのだろうか?

 

 ふと私を押さえつけていた圧迫感がなくなる。やっと解放されたのか、という謎の安心感に包まれたがすぐに症状は現れた。

 

 それはとても不思議な感覚であった。

 私の足はまるで鉛のように重く動かすことができなかった。いや、感覚がなく何かの異物が私という体にくっ付いていたのだ。腕も同様だ。ただ唯一動かせられるのは、眼球と口だけだった。

 

 篠ノ之束は、私の体を仰向けにする。

 乱暴に私の体を反転させられ、彼女の表情をやっと見ることができるようになった。

 

「まあ、君に知られたところでどうという事ないけどね」

 

 それは、私のことを人として見ているとは言いがたいものではなかった。あまりにも冷たい視線に身震いする。

 

「さて…このあたりかな?えぃ!」

 

 仰向けにした次に起こした行動は、私のボディチェックをすることだった。ガサゴソと上着の内ポケットから肌着に至るまで私の体をまさぐり、隅々まで目的の物を探る。彼女が求めていたものは、私が使っていた盗聴器の類であった。

 

「君かー悪い電波を出しているのは!物的証拠は残してもらっては困るなぁ」

 

 イヤホンに録音機。先程まで私が使っていたものだ。それらを親が子供へ叱りつけるようにわざとっぽく言うと、私の横の位置に放り投げた。

 

 音を立てて畳の上に落ちた盗聴器類は少しだけ跳ねてその場を動かなくなる。そこへ…何やら銀色の光る小さいものがどこからともなくうじゅうじゃと群がって行った。

 

「…!」

 

 それはまるでリスのようなものであった。小さな体に丸まったしっぽ。金属でできたリスのようなものたちは、盗聴器の近くに群がると……それらを食べ始めた。

 

「え…?」

 

 それらは、金属やプラスチックで出来ているにも関わらずカリカリと小さな音を立てて食べて、もとい解体をし始めた。

 

「さて、後は仕上げだなぁ」

 

 私は、リスの行為をただ見ていることしか出来なかった。

 

「世の中、知っていてもいいことと知らなくてもいいことはいっぱいあるからねぇ。君は知りすぎたんだよ」

 

 視線を篠ノ之束に戻すと、彼女は何か金属でできた棒状の物を取り出した。そして、じじじ…と音を立てて弄っていき、リスもどきの食事音と一緒に奇妙な二重奏(デュエット)を奏でる。

 

「ちーちゃんの教え子だしちーちゃんが悲しむ所を見たくないから、これくらいでいいかな?」

 

 何やら機械の設定をしている間に、盗聴器たちは無残にもねじ一本も残らずに解体され、リスのような物体の集団は音もなく消え去っていた。

 

「私をどうするつもり?」

 

「んー?怖いの怖いのかい?ふふふ…」

 

 彼女は棒状の物に視線を合わせながら不敵に笑う。

 

「よし完成!はいはい、ご注ー目」

 

 私の目の前に持ってきた物体…棒状のようなものの先端は赤く、幻想的に光っていた。思わずその光に見惚れる。

 

「君がちーちゃんの教え子でよかったね★今回は初回限定!特別に1日分の記憶を飛ばしてあげましょーう!」

 

「記憶を!?そんな馬鹿げた事が…」

 

「甘い甘い。私は天才束さんだよ?不可能なんてないのさ」

 

 それは、唐突に甲高い機械音が鳴り響き、赤い光が増長されていく。

 

 

 

 

 

 何を言って…

 

 

 それは光を放つと、私の目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ宇宙に行けると信じている人がいることにはね、束さんも驚いたよ」

 

 篠ノ之束は地面に転がり意識を失い、制服のボタンが外れ、肌が露出している少女を見つめていた。

 

 

 

「夢なんてものはね、あれこれ妄想しているときが一番幸せなんだよ?」

 

 彼女の言葉に反応する者はだれ一人いなかった。

 

 

 

 

 

 



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第18話 誰が為の福音

どうやら、ISの最新刊が出るそうですね!
楽しみ!







「おや?今日も来られたのですね」

 

 

 

 そこは、とても輝かしい場所だった。

 

 辺りを見回すと私は教室にいた。

 

 正面には教壇と机が置かれており、黒い神父服を着ている妙齢の男性が片手に本を持ち教壇の上で佇んでいた。顔にはしわが深く彫られ、髪の毛や眉毛には白髪が所々見える。彼のいる位置はよく先生が授業をしている位置だ。周りは綺麗に縦横が並べられている机と椅子がある、見慣れた光景だった。

 左にあるガラス窓一面は神々しく夕日に染まっていた。私の左半身も夕日に染まる程の、あまりに強い光は部屋全体が黄昏色に照らされ、外の様子を見ることさえ困難なほどだ。

 右を見ると扉の開かれた先にいつもの廊下が見えた。廊下も黄昏に染まっておりこの時、ここには私以外はいないのだと不思議と分かった。

 

「熱心ですね。神は常に我らの近くにおられます」

 

 私はIS学園の教室の中心に立っていた。心には悩みも迷いも何もなく、ただただ暖かな気持ちで満たされていた。

 正面にいる男性に視線を向けると、男性はにっこりと微笑みかけていた。

 

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった…」

 

 子供へ聞かしつけるように、優しくそしてゆっくりと男性は読んでいく。それはとても大きな声で。

 手に持つ本を朗読し終えた男性は本を閉じ、私へ視線を向ける。

 

「あなたのこれまでいただいた恵みの為に、神に感謝をいたしましょう。大丈夫です。神は常に我らと共にいます。さあ、祈りをささげましょう。あなたの心に安らぎを見出すでしょう」

 

 男性は手に持っていた本を机に置くと胸のあたりで両手を組み、祈りをささげた。

 

 私もそれに倣って、目を閉じた。

 

 

 

「あなたも神を信じ、その与えられた恵みに感謝をしていれば、神はあなたに寵愛を与えてくれるでしょう。大丈夫です。神は信じる方の幸せを願っているのですよ。だから、願うのです。×××××」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると私は教室にいた。

 

 先程と変わらない光景であった。夕日に照らされ、部屋全体が明るくなっており、それが作り出す影もなお、黒く全てを飲み込むような闇であった。ただ唯一違う所と言えば、目の前にいる人物であった。

 

 黒い修道服を着て、頭に頭巾をかぶっている恰幅の良いシスターがそこにはいた。顔にしわがあることから、歳はとっているとわかった。手には何も持っておらず両手を机の上に置いていた。

 

「結局はね、自分の実力が一番信じられるのさ」

 

 女性は言った。

 

「何かにすがって助けを求めるようじゃ、人間やめちまった方がいいよ。そんなことしている暇があったら、自分で力を付ければいいじゃない」

 

 まるで演説をするかのような手振りと力強い声だった。私はただ教室の中央に立ち女性を見つめていた。

 

「自分で考えて理解し、そして論理に基づいて行動できるのが人間に与えられた特権さ。それをみすみす捨てるなんて、馬鹿がやることだよ」

 

 空調の音も、足音も、外から聞こえてくるはずの音も、何も聞こえてこなかった。私の耳に入ってくるのは、目の前にいる女性の声だけだった。

 

「神頼みなんてしていないで、己の精神と肉体を鍛えられたらいいじゃないか。運も実力のうち。それは結局、自分の力だったっていう事さ」

 

 女性は教壇から降りると、私のいる所へ真っ直ぐに近づいてきた。目の前に並んでいたはずの机や椅子たちは女性が私の所へ不自由なく歩くことが出来るように、音もたてずに自ら左右に動いて道を作る。

 

「誰かに頼み込んで変わることなんて、そんな事できるわけないのさ。自分を変えられるのは自分だけ。己の意志を持って、高い志を持つことによって初めて人は変わっていくことが出来るのさ」

 

 気がつくと女性は私の目の前まで来ていた。

 女性の目は青く、その瞳には私の顔がはっきりと写し出されていた。

 

「だからね」

 

 女性は右腕をおおきく振りかぶる。

 

「お前もだよ、×××××!」

 

 表情も変えず、口調も変えず、女性はその大きくなった握り拳を私の顔面に殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと私は教室にいた。

 

 

 

 誰もいない教室。綺麗に整頓された机と椅子。左側から差し込む夕日に懐かしさを感じる。ただ唯一違う所と言えば、目の前にいる人だけだ。

 

 黒い神父服を着ているのは、人とは呼べないものであった。

 服の袖から見える肌は黒色がかって見える深緑であった。さらに所々、ごつごつとしたコブがある。その頬骨が出っ張っている顔も黒色がかった深緑色をしており耳は先の尖り、おでこには左右に一対の角が生えていた。口からは牙も生え、さながら”人”と呼ぶには似つかわしくないものだった。

 そして、その”人ではないもの”は輝きのない黄色い目で私の事をじっと見つめていた。それは、どこか悲しそうな、いや私の事を可哀想とでも思っているような感情が感じられた。

 

 しばらくの間、無言の時間が続いた後。

 

 それはふと左手を私に向けて指差した。何事か、と思いその怪物を見ているとどうやら私の後ろに指を指していることが分かった。

 感情的に、いや何も考えずに本能的に私は後ろを振り返った。

 

 

 

 

 そこには夕日に照らされ、鎖に繋がれている人がいた。

 

 その人物は両手足を天井と床に繋がれ宙吊りになっていた。ただ、足元の鎖はたるんでいるため、私と同じ身長の高さぐらいの高さで前のめりになっていた。

 

 囚人服のような服。

 頭からかぶるようにすっぽりと体全体を覆うように作られた貧相な布の服を着ており、黒髪は自身の背の丈ほどに長く、だらんとうつむき前髪によって隠れているため顔を確認することが出来なかった。

 

 その傍らには一人の女性が吊るされている人を見ていた。

 頭にはバニーガールよろしく、ウサ耳を付けており髪は肩先まで伸ばされ紫がかった赤い色をしていた。そして、フリルの付いた鮮やかな水色のワンピースを着ていた。

 

 私が振り向いたことが分かったのか、その女性は私の方へ振り替える。前髪によって表情は確認できなかったものの、その口はピエロのように顔いっぱいまで広げて狡猾な笑いをしていた。

 

 私は視線を吊るされた人へ移した。

 

「あなたは誰?」

 

 私は吊るされた人へ問いかけた。

 なぜこのようなこと言ったか私にはわからなかった。ただ、聞かなければいけない。そう思ったのだろう。

 

 吊るされた人は、私の声に反応をした。

 じゃらじゃらと鎖同士がぶつかる音が聞こえ、髪が揺れる。そして、口を開いた。

 

 

 

 

 

「私は……お前だ」

 

 それは地の底から響くような、低い声であった。

 

 吊るされた人は顔を上げ、私を見上げる。その時初めてその人の顔が分かった。

 

 その顔は、わたしにほぼそっくりであった。口、鼻の形、肌の色。あまりにも似ていたため私は底知れぬ恐怖を感じる。ただ、一つだけ違う所がその人物にはあった。

 

 

 

 目だ。

 

 右目は、瞳の全てを黒く染め白目の部分は全くなかった。

 左目は、それはそれは綺麗な金色であった。瞳の全体が夕日に負けないほどの明るい金色をしていたのだ。

 私の目にはその人物の目だけが写っていた。

 

「あなたこそ、誰なの?」

 

 その人物は笑い、笑い、笑い続けた。

 

 笑うたびに鳴り響く鎖の音が耳に入ってきた。

 

「私は……」

 

 私はその答えにたどり着くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然物に囲まれた中に、一台の大型トラックが止められていました。トラックの近くにはタイヤ跡によって作られた道があり、その人工的に作られた道から外れた草むらの上に止めてあります。トラックよりも大きな木々が周りには生い茂り、地面にはくるぶし程まで生えている雑草が風に吹かれて、音を立てます。どこか遠くから車が走り去る音や、岩肌に何度もぶつかる波の音が聞こえてきました。

 コンテナの表面部分には文字や絵は書かれておらず、シンプルな銀色をしています。そして、その中には三人の若い男がいました。

 

 

 

 閉め切られたトラックのコンテナ内には照明が灯されていませんでした。コンテナの壁に映し出されている一つの空中投影ディスプレイとその真下の長いテーブルにあるコンピュータから発せられる光のみがコンテナ内にはありました。数々の機械が置かれる中、テーブルの脇には簡易的な空中投影ディスプレイ発生装置が置かれており、備え付けられているファンが忙しそうに音を立てています。

 

「索敵結果、送られてきました」

 

 テーブルにある一つのコンピュータの正面に一人の男性が座っていました。褐色の肌とソフトモヒカンにしている黒髪が特徴的でした。

 

「画面切り替わります」

 

 モヒカン男がそう言うと、壁に映し出されていた何かのISスペックデータの画面が海と陸地が描かれている地図に切り替わりました。

 

「現在発見できているISは全部で8機。いずれも第二世代ISラファール・リヴァイヴです。それらは、弧を描くように空域で待機をしているとのことです」

 

 ディスプレイに映されている地図には、ISがいると思われる位置に、四角いマークが打たれていました。

 

 モヒカン男の後ろには、二人の男性がいました。

 

「なるほど、銀の福音の移動予測と照らし合わせてみてください」

 

 茶髪を七三分けにしている眼鏡をかけた男性がモヒカン男に指示を出します。

 

「了解です…」

 

 モヒカン男は目の前に置かれているキーボードに何かを打ち込みます。数秒後、ディスプレイには、『Silver』と書かれた丸いマークが後ろに線を伴いながら地図上を横断する様子が追加されました。

 

「陸地じゃなくて海で決着をつけようって所かな。まあ、後だいたい35分後には福音ちゃんが来るわけだし、空域と海域の閉鎖をして作戦区域の確保はするわなー」

 

 後ろに立っていたもう一人の男性が腕を組み、呟きます。

 逆立てた金髪に髪をまとめる深い緑色のヘアバンド、そして左眼にしている白色の眼帯が特徴的でした。

 

「んで、学園側の動きって情報きているか?」

 

「はい、先程緊急暗号通信が送られてきています。『雪片が討ちに行く』と」

 

「例の零落白夜で一網打尽ってか。ま、IS学園の近くを通過するわけだし学園が動くことも()()()()だな。ホント、うちの姉様には頭が上がらないぜ。どっからこんなことを聞き出してくるのか…」

 

 金髪の男は、どこか呆れた表情をしてぼやく。

 

「となると、こちらは一旦待機をしていた方がよさそうですね。三つ巴になられたら困ります。自ら手の内を明かす必要もないですし」

 

 眼鏡の男は金髪の男を無視して話を進めます。金髪の男は特段無視された事を気にしているという表情は見られません。

 

「んなこと言ってもよ、相手は軍人だぜ?勉強したてのひよっこが軍人様に勝てるわけないだろう?うちの()()()も現場に行かせた方がいいんじゃね?」

 

「もちろん、戦闘区域内で待機させるつもりだ。他に情報は?」

 

「いえ、これだけです」

 

「マジかよ、もうちょい情報が欲しかったなー。さすがに白式オンリーで挑むわけじゃあるまいし、音速下で日本横断の旅をしようとしている福音ちゃんに近づこうとしたらその分エネルギー使っちゃうじゃん?運び役とか、護衛役とかみたいに別のISもいると思うけどな、俺は」

 

「確かにそうですね。白式以外にもISは付くでしょう。それに学園側も二の次の作戦だって用意しているはずです。日本を横断させる前に、食い止めてくるでしょう。ですが、白式たち先遣隊がダメになった時に、すぐ次の作戦へと移るとは思いません。白式の作戦失敗後に向かわせるのが得策ですかね」

 

「オッケー、グラッシーズ。それで行くか。うちらの目的はあくまで強奪とかいう超絶ハードな任務じゃないしな。稼働時間も限られているしこれで行くしかないか。…でもよぉ、俺たちがあーだこーだ考えても結局判断をゼロに委ねるんだろ?」

 

 金髪の男は腕を首の後ろに組み、つまらなそうな顔をして壁に寄りかかります。

 

「まあ、そうなるな。ゼロにこれらの情報を伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 眼鏡の男は、モヒカン男に指示を出します。彼はヘッドホンを付け、誰かと通信をします。

 

「ゼロはこうでもしないと勝手に動くからな。こちらからある程度指示を出しておかねばなるまい」

 

「まあ、そうだよな…。従順なのはいいけど、解決手段を顧みずに好き勝手に選ぶのをどうにかしてほしいのだけれどな…」

 

「そう言うな。それがあれの良いところでもあるし悪いところでもある。これからの成長のしがいがあっていいじゃないか」

 

 金髪の男は横に立っている眼鏡の男の言った言葉に驚き目を白黒にさせます。

 

「うげ、お前クラウスと同じこと言っているのかよ。気持ち悪っ!」

 

「なんだ?どこかおかしいか?」

 

「あーそっか、お前あいつとよく一緒に動くし感染するのも仕方ないか。うんうん。俺は全くあいつに共感できないけどな。それよりも聞いてくれよ!この前オータム様に会ったときの話なんだけど…」

 

「ああ、振られたんだろう?そろそろ諦めたらどうだ?あの方には既に…」

 

「うるせぇ!俺はまだ諦めてないやい!まだ俺にだって可能性はあるんじゃい!」

 

 金髪の男は右目をごしごしとこすり、泣いたフリをしていた。

 

「ゼロへ伝えました。これから演算を始めるそうです」

 

「ああ、そうか。すぐに終わるだろう。それまで俺たちはここで待機だ」

 

 いつの間にか元に戻っていた金髪男はそれを聞き、にやりと笑います。

 

「おし、じゃあ後は任せておくか!戦果を楽しみにしているぜ、勝利の女神さんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこのスピード…。すげぇよ紅椿…」

 

 俺は今、超音速を体全体で感じていた。あまりにも紅椿のスピードが速いために思わず、箒の背中に背負われている俺の体が持っていかれそうなほどにだ。

 

 

 

 作戦会議中に現れた闖入者こと束さん。そこでは、急遽束さんによる紅椿についてのプレゼンが始まったのである。

『展開装甲』とかいう第四世代ISの特徴を持っている箒の紅椿はその特徴により準備までに時間がかからないという理由もあってか千冬姉は、福音の輸送役兼目標の撃破役として箒を指名した。

 

 出撃の際に俺は千冬姉から、箒のサポートをするように頼まれた。専用機を持ったからか、彼女は少々浮かれているような印象を俺に与えていた。よくあいつといるからすぐにわかった。あんなにも楽しそうに話す箒を見るのは久々かもしれない。

 

「暫時衛星リンク確立…情報照合完了。目標の現在位置を確認。…一夏、一気に行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

 背中を見せている箒は、そう告げると紅椿の脚部と背部装甲がぱかっと開き中から赤く光る結晶のような物体を見せると発進した時以上の速さで加速し始めた。

 それからすぐして、俺たちの目標がハイパーセンサで確認できるほどまでに近づいた。

 

「見えたぞ一夏!」

 

「あれが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)か…」

 

 俺はハイパーセンサを使い、福音を捕捉しながら作戦中に配られた福音のスペックデータを眺める。

 福音は銀の福音(その名前)にふさわしく全身が銀色にコーティングされていた。そしてこいつのもう一つの特徴が頭部から生えている一対の巨大な翼だ。大型スラスターと広域射撃武器を融合させている開発中のシステムで、これがこいつの売りであるそうだ。音速を叩き出すスラスター、そして36門から放たれる爆発性のあるエネルギー弾は普通のエネルギー弾とは勝手が違うから注意をしろとラウラからは念を押された。

 

「加速するぞ!目標に接近するのは十数秒後だ」

 

 ハイパーセンサ無しでも目視できるようになってきた。

 俺は箒の背中で半立ちの体勢になり、零落白夜を起動させる。

 

 優雅に海上を飛ぶ福音の真後ろにつけ、急速接近する。

 

 いける!

 

 後は目と鼻の先という距離まで縮こまる。

 やつの背中を袈裟切りしようとした時だった。

 

 福音は飛行中ながらも、体を反転させ後退しながら急速上昇をした。躱された。

 

 やつにはバレていたか。だが、もう一撃。

 

「箒!このまま押し切る!」

 

 そのままの勢いで俺たちは福音の後を追う。いとも簡単に互いの距離は縮まり、もう一度袈裟斬りを放つ。

 

 だが、やつは体をくるりと一回転させ、避けた。

 

「躱した!?」

 

 意図も容易く躱したやつは再び俺たちに背中を見せると、先程とは比べ物にならないほどの速さで俺たちから距離を置こうと逃げ出した。

 

 再び追跡をするも、あまりにも基本的な機動性が違い過ぎて紅椿でさえも追いかけるのでやっとであった。

 

 しばらく追いかけていると、やつは体を反転させこちらへ体を向ける。

 すると、羽をいっぱいに広げこちらへ砲口を覗かせる。次の瞬間、そこからいくつものエネルギー弾が発射された。

 

 俺と箒はその光弾たちから避けるために、二手に分かれる。

 追尾性を有するそれは逃げても逃げても俺の事を追ってくる。すると、その光弾は追尾の途中で大きな音を立てて爆ぜた。

 爆風で思わず体がひるみ、その隙をついて他の光弾も次々と俺に襲い掛かってきた。

 

 シールドエネルギーが削られてしまったが、ここで怯むわけにはいかない。一撃で仕留めるという戦術が失敗してしまった以上は、箒と二人で何としてもこいつを止めないといけない。

 雪片Ⅱ型を再び構える。

 

「箒!左右から同時に攻めるぞ!左は頼んだ!」

 

「了解した!」

 

 俺はやつに近づきながら箒に指示する。

 箒も刀を構えて、やつへ近づいて行った。

 

 福音は勢いを衰えさせないようにしながら、体をこちらへ向け光弾を発射させる。

 

 先程のように、紅椿による接近ではないため俺はやつが放つ光弾を切り捨てながら追いかけることだけで精一杯であった。

 

 間合いが取れない。思わず雪片Ⅱ型を握る力を強くなる。

 

「一夏!私が動きを止める!」

 

「わかった!」

 

 箒はそう言うと、刀を構えて全身の展開装甲が開き福音へ近づく。

 箒の斬撃を福音は意図も容易く当たるギリギリの所で体をひねって対処をする。

 だが、彼女の武器はそれだけではない。

 

 距離を離した福音に対し、彼女は何もない空間に刀を斬る。

 すると、振るった周囲から紅いエネルギーが生み出され、福音めがけて飛んでいく。

 彼女が舞うたびに帯状の紅い光弾が、拡散された紅い光弾が横に、縦に、あるいは斜めになって福音へと襲い掛かる。

 

 箒の対処をするために俺に対しての攻撃の手が少し緩まっていった。

 

 相手は1人なのだ。

 

 数ではこちらが有利。前の学年別トーナメントの時だってそうだ。ラウラの個人の力は強くても、俺とシャルが作戦を練り、力を合わせることによって勝利することが出来たのだ。今回だって…!

 

 迫りくる光弾の雨が弱くなったところを感じた俺は、福音へとさらに近づいて行った。

 

 

 

 

 

 福音がひるんだところを私は見逃さなかった。

 

 空裂(からわれ)雨月(あまづき)から放たれた紅い光弾を受け、体勢が崩れた福音へ一気に加速。

 両刀で叩きつけた。

 

 やつは腕を犠牲にすることで衝撃を和らげようとする。だが、私の狙いはこれだ。

 

「一夏!今だ!」

 

「おう!」

 

 一夏が零落白夜を展開させ、こちらへ近づいてくる。

 

 零落白夜さえ、こいつへ叩きこむことが出来れば私たちの勝利の道は目に見えてくる。これで、私も見守っているだけの存在ではなくなるのだ。これほどうれしく思うことはない。

 

 だが、この勝利の方程式はすぐに音もたてずに崩れ去ってしまう。

 

 なぜならあいつは、一夏は福音を押さえつけている私の横を通り過ぎていったのだ。

 

「一夏!?」

 

 私は一夏の方を向き、一喝する。

 

 なぜ福音へ攻撃しない!?絶好のチャンスだというのに!?

 

 

 

 気の緩んだ所を、福音は見逃さなかった。

 威力を弱めた弾丸を私に撃ち放ち、ひるんだところをサマーソルトで追撃してきた。

 互いの距離が開いたことにより、今度は通常の爆発弾を私へ撃ち始めた。

 

 攻撃を受けるわけにもいかないため、回避運動をとる。

 私の頭の中では次の手立てよりも一夏の行動への怒りでいっぱいであった。すぐさま一夏へ通信を入れる。

 

「何をしている!せっかくのチャンスに…」

 

「船がいるんだ!海上は先生たちが封鎖したはずなのに」

 

「船!?」

 

 ハイパーセンサで確認をすると、一夏の背後の海上には国籍不明の一隻の小型船舶が漂っていた。拡大されて表示される画面には何名かの船員がこちらの戦闘を見ているのが見える。

 

「密漁船みたいだ!」

 

「密漁船!?この非常事態に…」

 

 ふとハイパーセンサから警告音が鳴る。

 

 福音の攻撃を後方へ移動することで躱した。

 船がいるからと言って、私たちの作戦を疎かにする理由にはならない。既に先生方が空域及び海域の封鎖をしているはずだ。それを無視して入り込むというのは__警告を無視するただの命知らずだ。

 そんなやつらのために、福音の暴走阻止をやめるという事は先生やみんなの期待を裏切ることになる。

 

「無法者などかばうな…!」

 

「見殺しにはできない!」

 

 馬鹿者(一夏)はまだ負けじと福音の攻撃から船を守るように動き、船の警護に当たっている。

 私は空裂と雨月を振るい、エネルギー弾を撃ちながら、一夏へ叱りつける。

 

「一夏!今は作戦中だぞ!こいつを止めるのではなく、どこぞの船を守りにここへ来たのか、お前は!」

 

 一夏のシールドエネルギーは船を守るためにみるみるうちに減っていき、それは遂に風前の灯火と化した。

 

 これ以上は危ないと思い私は一夏の前に行き、福音の攻撃から彼をかばった。

 

「犯罪者などをかばって…そんなやつらは放って…!」

 

 なぜそこまでして守ろうとするのだ。こいつは…!

 

「箒!」

 

 一夏が私へ大声で叫ぶ。

 すると…

 

 

 

 

 

 すると、私は気がつくと不思議な空間に身を置いていた。まるで、そこは宇宙のように果てしなく、そして暗い場所であった。

 私の周りを緑や青といった光が行きかい、0と1がうごめき合い群れをなして形を変えていっていた。

 

 先程まで私は太平洋上で、福音と争っていた。そして……

 

「箒、そんな…そんな寂しいことは言うな…」

 

 ふと聞き覚えのある声が私の耳へ入ってくる。優しく、そして温かい声…一夏の声だ。

 正面を見据えると、一夏がそこにはいた。

 

「力を手にしたら、弱いやつのことが見えなくなるなんて…どうしたんだ よ、箒。らしくない。全然らしくないぜ」

 

 力…弱いものを…

 

 一夏から言われた言葉からまるで走馬灯のように私の記憶がよみがえってくる。

 

 

 

 

 私はただ見ているだけであった。一夏と鈴が謎のISに襲われた時も、ラウラが暴走した時も、一夏の力にはなれなかった。ただ…安全な場所で勝利を願うだけであった。

 

 だから私は…姉さんへ電話したんだ。『私のため専用機を作ってください』と。一夏のそばにいるために。

 だが、思い返してみれば私はただ手に入れた力を我儘に振っているではないか。そう、まるでラウラがVTシステムという力に溺れるように。そして、中学での剣道の全国大会決勝の時のように。弱いものを痛めつけていた時のように。

 

 一夏のためにと願っていたはずだったのに気が付いてみれば、ISという姉さんが作り出した『力』に私は自惚れ、ただその強靭な強さを振るっていただけであった。いや、私はこの力を振るっているのではなく、()()()()()()のかもしれない。結局、私は変わっていなかったのだ。力を制御できずに自分や周りを見失ってしまったあの時から。

 

 

 一夏ではなく、一夏の力になろうとしていた私が”馬鹿者”だったのだ。()()()()()()ではなかった。()()()()の力になっていたのだ…。

 

 

 情けない。本当に情けない。結局私はあれから一歩も成長していないのだ。

 気が付くと、私の頬を冷たい何かが伝わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合ってくれぇ!」

 

 一夏の声に私は我に返る。ハイパーセンサからの警告文に驚愕するがそれは既に遅かった。

 

 ぼうっとしていた私へ福音は全ての砲口からエネルギー弾を撃ち放っていた。

 それを一夏は、かばったのだ。

 

「一夏!!」

 

 爆風に巻き込まれる彼を私は受け止める。私にできるせめての…償いであった。

 

 

 

 

 

 爆発の衝撃で私たちは制御不能に陥り、そのまま海中へ叩きつけられた。白式のシールドエネルギーが尽きたのか、ISが強制解除させられる。私はとにかく、一夏を守るために海上へ浮上した。一夏の呼吸を確保するために浮かび上がると、ハイパーセンサからロックオンされているという警告表示がされる。

 

 私の所へ近づいてくるISをただ、見つめることしかできなかった。夢であってほしい。そう思い目を閉じた。

 

 

 

 

 

 一向に私への攻撃がされなかった。警告音もなく耳に残っていた爆発音も聞こえなかった。ただ、耳には海から()()()()()()()()()が聞こえてきた。

 

 目を開けると、福音は何かと衝突し、私から遠ざかっていった。

 

 

 それは赤黒いISだった。

 

 背中には全身ほどの大きさのある、まるで竜の鱗のように厚い装甲が重なっている二対の赤い翼のようなものがあった。

 

 左腕にはだらんと、それはまるで竜の尾であるかのようにいくつも重ねられた黒い鱗のようなものが垂れ下がる。

 

 右腕にはこれまた胴体ほどはある緑色に光る剣を持っていた。

 

 

 

 その全身装甲(フルスキン)の赤黒いISは胸に怪しく光る緑色の結晶が埋め込まれ、頭部にはV字アンテナが装飾されていた。

 

 見たこともないISであった。だが、私には不思議とそのISが綺麗であると思ってしまった。

 

 

 

 

 



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第19話 想われる者想う者

評価・お気に入り登録をしてくださった皆さん本当にありがとうございます!

モチベアップ٩( ᐛ )و







 

 

 目を覚ますと私は布団の中に入っていた。

 

 旅館で使われるようなふかふかの白い布団が私の体を暖かく包み込む。いつもは見られない木製の天井に私はふと、臨海学校へ来ているのだと思い出した。たしか旅館の名前は花月荘。ここへはISの非限定空間における稼働試験のためにやってきており、旅館へ到着後から夕食までは自由時間であったので私は新聞部の仕事をしていた。

 

 そして…そして…私は一体何をしていたのだろうか?私は布団へ潜った覚えは全くない。……そもそも、私が布団へ入るまでに()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 全身に痛みはあるものの、頭にはどこかへぶつけたような感じはしない。では、何が原因なのだろうか。

 

 体中からひしめく痛みに耐えながら、布団を退けて体を起こす。

 空は既に夕日に染まっており窓から差し込む光が、まだ慣れていなかった私の目を突き刺した。

 

 とにかく、今現在置かれている状況を整理しなければならない。

 そう決め込み動こうとした時だった。ふと木の擦れ合う音が鳴った襖に視線を移す。そこには白衣を着たIS学園の養護教諭が驚いた表情で私を見つめていた。

 

 

 

 

「つまり、私は一時的な記憶障害になっているという事ですか?」

 

「そういうことになるね。…まだ信じられないとは思うけれど」

 

 

 私の横で正座をしている養護教諭は、手元の書類に何かを書き込みながらそう答えた。

 

 彼女の話によれば、私は使われていない部屋の中で気絶をしていたらしい。巡回中の先生が私の事を見つけてくれたようだ。

 そして、今日は臨海学校二日目の7月6日。日が落ちていることからも分かるように既に時刻は夕方になっている。そして現在は緊急事態が発生しているようで、一般の生徒は自室で待機。私以外の専用機持ちと教師陣はその緊急事態にあたっている。

 

 記憶についてはごく最近の所の記憶が抜け落ちているようであった。

 私の名前や出身の国、持っているISの名前というごく簡単なものから始まり、彼女の質問に私は答えていった。

 それによれば私の記憶は一日目の夕食後付近を境に記憶がなくなっていた。無理に思い出そうとすると、頭に何かが響くため彼女に止められた。

 

「うーん、体には打撲以外それといった形跡はないけれどねぇ。頭に何かをぶつけたっていう跡もないし…。不思議なもんだねぇ。何か持病があったりしない?」

 

「いえ、記憶を失うようなものは何も」

 

「そっかぁ…。じゃあ何で記憶がなくなるんだろうねぇ。全く分からん」

 

 養護教諭は書いていた書類を睨みつけながら、ペンを噛む。

 

「とにかくハーゼンバインさんには申し訳ないのだけれど、明日はここを離れて近くの病院で精密検査を受けてもらうわ。それまでここで待機していてちょうだい」

 

 彼女はそう言うと、立ち上がり部屋から出て行った。

 

 

 部屋全体が太陽によって支配されている所に私は一人ぽつんと取り残される。

 窓の先から薄っすら見える海は、夕日に染まりとても穏やかに波打っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「完全に停止していますね…」

 

 真耶は、ディスプレイに映し出されている福音の様子を見ながら言葉をこぼす。

 

 臨時指令室となっている風花の間には教師たちが同じく、その画面を呆然と見ていた。部屋には薄く明かりが灯され障子からは夕日が漏れて部屋の中を橙色に染め上げる。

 

「それにしても一体何だったのでしょうかね、先程まで起きていたことは」

 

「私に聞かれても分からん。技術担当が異常はないと言った以上は、私たちが気にしたところでどうしようもない。だが今やるべきことはそんな心配事をすることではないことは確かだ」

 

 千冬は画面に映る、まるで胎児のように体を丸めている福音をじっと睨みつけていた。

 

 

 

 

『一夏…!一夏…!しっかりしろ一夏!』

 

 突如、指令室に響き渡った声に一同はただ茫然とするだけであった。

 

 一夏と箒の作戦の成功を待っていると、指令室のレーダーに異常が発生した。それまでは正常に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の位置を特定できていたのだが、その姿は忽然と消え去ってしまったのだ。それだけではなく、一夏たちや空域を制圧している教師陣といった作戦区域全部をカバーできる範囲にあった全てのISの位置が分からなくなるという事態に陥った。それだけではない。定点カメラも正常に動かなくなった。

 今までになかったことに困惑するも、再び銀の福音の位置を探索や復旧作業に取り掛かる。しばらくして、箒からの通信が入ってきた。

 悲しみと自虐の混じり合った声で、作戦の結果を報告した。作戦は失敗した、一夏が負傷をした、と。

 

 一夏の怪我はひどいものであった。

 ISの操縦者保護機能により最低限の加護はあるものの、その機能を貫通した熱波が彼の体に大きな傷を負わせていた。ISスーツを着用していない腕や首筋などの怪我は特にひどく皮膚は赤くただれ、痛々しいその姿は駆け付けた専用機持ちや先生方を驚愕させた。手当てを受けた一夏は医務室へ運ばれた。幸いにも命に別状はなくISの機能により彼は今なお夢の中をさまよい続けている。

 

 一夏、箒の回収後再び福音の探索および機器の故障の原因究明にあたっていたところ、突如復帰。何事もなかったかのようにレーダーの機能は元に戻り、福音は当初の作戦予定地点より少しだけ遠い所にいた。

 

「本部はまだ、私たちに作戦の継続を?」

 

「解除命令が出ていない以上、継続だ」

 

 真耶は顔を伺うように問いかけ、千冬はディスプレイに映る福音を凛とした表情で見ながら答えた。

 

 最初の作戦が失敗してからというもの、教師たちは動く気配がない福音を追撃せずただ監視をしているだけであった。元はと言えば、与えられた任務は福音の暴走を止めること。唯一の要であった一夏と箒は福音の撃墜することもかなわず、返り討ちに遭ってしまった。だが今のところ彼らの活躍により福音は沖合から30km離れた海上にて、その巨大な翼で体全体を包み込みまるで休んでいるかのように動きが見られない。現状の報告を上層部に行ったものの、作戦は継続であった。

 下手にこちらから動いて、福音を作戦区域外に移動されては困る。だが、私たちに与えられたことは『確保または撃墜』である。こうして、福音の様子をうかがう事が本来の目的ではない。ただ、一撃必殺であった零落白夜を持つ白式はダメージレベルがDを超え、操縦者である一夏も意識不明の重体でしばらくは作戦に参加ができない。こうなれば、残る専用機持ちたちに任せるほかはないのだが勝てるものかと言えば太鼓判を押すまでは言えないのだ。

 片や第三世代試験機と第二世代改良機。片や軍用IS。その差は歴然だ。展開装甲という未知の兵器を持つ二機でさえも抑えきれなかった相手なのだ。真耶にとってみれば、これ以上待機をさせている彼女たちに悲しい目に合っては欲しくない。

 

 ただ、作戦が継続しているのであれば何か手を打たなければならない。どのようにすればこちらの被害を最小限に留め、なおかつあの福音を撃墜することが出来るかとても見当がつかない。この無言の空気に耐えきれなくなった真耶は千冬に今後の指示を仰いだ。

 

「ですが、これからどのような手を?」

 

 彼女はこの状況をどう見ているのだろうか?今ある現状の戦力でどう、この危機を潜り抜けるのだろうか?真耶は千冬へ視線を移す。

 

 その時だった。トントンと障子をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「誰だ」

 

 風花の間の外に作られた縁側にいるシャルロットが障子をノックすると中から千冬の声が聞こえてきた。

 

「デュノアです」

 

「待機と言ったはずだ!入室は許可できない」

 

 授業の時によく聞く…いやその時よりも威圧的な印象を受ける声で叫ぶ。思わずシャルロットはその声にたじろぐ。近くにいたセシリアと鈴はお互いに顔を合わせ、ため息をついた。

 

 一夏と箒の作戦が失敗してから3時間以上は経過をしていた。出撃命令を待っていた彼女たちは千冬から”現状待機”というその場しのぎの指示を受け、不満を募らせていた。あれからというもの交戦したことによってどのような現場の変化があったか、福音の位置はどこかなど全く知らされていないのだ。どのくらいのダメージを与えたのか?損傷具合は?いまだに音速下で飛行を続けているのか?作戦区域からいなくなったのか?疑問が頭の中に浮かぶばかりである。

 ただ、分かっていることは一夏と箒の二人による作戦は失敗に終わり、一夏は意識不明の重体に陥り、箒は作戦失敗からふさぎ込んで彼がいる臨時医務室から姿を現さないという事だけであった。

 

 そして何より…二人に対する千冬の対応に疑問を感じていたのだ。

 

「ここは教官の言う通りにするべきだ」

 

 夕日に照らされた縁側にある柱に背中を預けているラウラが意気消沈している三人へ言う。

 

「でも、織斑先生だって一夏の事が心配なはずだよ。お姉さんなのだよ?」

 

 シャルロットはあまりにも冷たすぎる発言に苦言を呈する。

 作戦失敗の連絡を受けて駆け付けた千冬は一夏への傷の手当の指示を出しただけで心配をしているという様子が伺えなかったのだ。指揮官としての責務を果たしていることには変わりない。だが、その怪我人は自身の弟なのである。シャルロットは兄弟姉妹とはいかがなものかを知らないものの、彼女にとっての兄弟姉妹は母親のような『家族』というものには変わりないと考えている。自身の肉親が傷つき、ましてや意識を失っているのだ。それをただ事務的にテキパキと指示を出して淡々としている千冬に彼女は疑問をぬぐい切れなかったのだ。

 

 

 だがラウラは…

 

「だからどうしろと?」

 

 その彼女の発言を一蹴した。

 

「一夏さんだけではありませんわ。箒さんにも声を掛けないのはいくら作戦失敗とはいえ、冷たすぎるのではなくて?」

 

 セシリアが作戦失敗後に箒へ千冬が一言も言わずに待機命令を出したときの事を思い出し不満を告げる。

 

「今は福音の捕捉に集中する。教官はやるべきことをやっているに過ぎない」

 

 だが、ラウラは冷静に現状を分析していたことを、指揮官として当たり前にやっているという事実を淡々と現状を受け入れていない彼女らへ説明した。

 

「教官だって苦しいはずだ。苦しいからこそ作戦室に籠っている。心配するだけで、一夏を見舞うだけで福音を撃破できるとでも?」

 

 ラウラから告げられる事実にただ押し黙るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風花の間へ入ることが許されなかった一行は特別に用意された宿泊部屋へと戻っていた。

 部屋の隅には本来の宿泊部屋に置いてあった彼女らの私物が綺麗に置かれていた。部屋の窓からは夕日が差し込み、明かりの灯っていない部屋を照らす。あれからというもの、どうしようもない気持ちをぶつけるあてもなく彼女たちは敷かれていた畳の上に座りただただ黙り込んでいた。その中で一人だけラウラは広縁に置かれている椅子に座り、ISのセンサー類だけを部分展開していた。そこには何かの投影ディスプレイが表示され、彼女はそれを見ながら腕を組み何か考え事をしていた。

 

 

「もしさ」

 

 鈴はいつになく落ち着いた口調で話し始めた。

 

「もし…福音が作戦区域外に行っちゃっていたらさ。作戦は継続させないよね」

 

「ええ、確かにそうですわね。仮に遠くへ福音が移動してしまっていながらも私たちへの指示が続いているならば、到達予定地へなりに私たちを移動させるはず…」

 

「ならさ、先生方が私たち専用機持ちを今なお待機させながら、あそこに入り浸っているっていう事はまだ作戦区域内に福音がいるという事だよね」

 

「確かに…その可能性はあるね」

 

 鈴の言葉から発せられた『もしも』の空想話にセシリアとシャルロットは反応した。今の彼女たちには現状の完全なる把握は出来ていない。ただ、彼女たちはこれまでに培っている知識と経験論のみで話を進めていった。

 彼女たちはいずれ国の顔ともいうべき”国家代表”を目指す者たち。当然、ISによる緊急事態に対しての知識は覚えさせられ、それは現役の軍人が知るようなものでさえ勉強させられていた。作戦や戦術の立案・実行に至るまでの過程についてはよく理解している。そのような事を含め、彼女たちは予測でしかないものの今現場がどうなっているかを議論し始めた。ただ、この様な話をしても命令の下っていない彼女たちには無駄な事。待機と先生からの指示がなされているならば大人しく部屋に待機していなければならない。動きようもないのだ、命令違反をしない限りには。しかし、彼女たちは話を進めていった。まるで今この部屋に漂う空気を変えようとしてもがいているかのように。

 

「先生方も焦っていた風には見えなかったから作戦区域内の海上のどこかに福音がいそうだよね。でも…今動けない僕たちにはどうしようもないか」

 

 顔に諦めの浮かべさせながらシャルロットはそう呟いた。再び突き付けられた現実に他の二人は再び黙り込む。だが少しして、鈴は口を開けた。その話しぶりはいつもの鈴そのものであった。

 

「じゃあさ、私たちだけで福音を倒そうよ」

 

「え?」

 

「ちょっと鈴さん!?あなたは一体何を?」

 

「何って福音を倒すって言ったでしょ?」

 

 さも当たり前の事言っているかのように鈴は困惑する二人へ淡々と話す。

 

「二人はさ、悔しいと思わないの?素人二人に福音を撃破するっていう大役を押し付けてさ」

 

「…そのことは鈴さんに同感ですわ。実戦経験のあまりない一夏さんと箒さんに任せっぱなしであったのは少々癪に障ります。ですが、あの時は音速下で移動している目標のこと考えれば致し方のないことであって…」

 

「僕もそうだね…。出来れば僕も行きたかったけれど作戦の趣旨上、一撃離脱のものだったし…。でも手助けできたならしたかったな」

 

「まあそうよね。結局は篠ノ之博士の説明に折れた織斑先生の判断だからしょうがない。私も『展開装甲』だかっていう未知の技術を使うなら未経験の箒でもやれるかもって思っていたよ。でも、結局は箒がやらかした事によって作戦が失敗した」

 

「それで、お前は私たちに対して何が言いたいのだ?」

 

 一人、広縁の椅子に座っていたラウラが会話へ参加する。

 

「結局?そりゃ、先生方が私たち専用機持ちの事を信用していないってことよ」

 

「信用していないだと?」

 

「そう。さっきも話していたけど、もし既に福音を取り逃がしてしまっていたなら、織斑先生は待機を命じていた私たちを呼び戻して作戦失敗の旨を言ったり何なりするはずよね。あの音速で飛び去った福音を今いる戦力じゃあ後から追いつけないしさ。でも違う。織斑先生は私たちに待機と言っただけでずっとあそこに籠りっぱなしのまま。ならさ、こうも思えない?何らかの理由で音速移動しなくなった目標(福音)がどこにいるか分かっている。だけど、渋って私たちを出撃させようとしない。これって私たちの専用機じゃ福音には歯が当たないから待機させているって私は思うけれどなぁ」

 

「単に戦術がまだ作り切れていないという可能性も無きにしも非ずですが、その可能性も大いにありえますわ」

 

 セシリアは顎に手を当て考え込むように呟く。

 

「それってつまりはさ、どんなに考え込んでも今動ける私たち専用機持ちを使って福音を倒せないってことを意味するじゃない?」

 

 鈴の導き出した()()に他の三人は反論をすることもなく鈴の言葉に耳を傾けていた。

 彼女の考え抜いた()()に全く信ぴょう性があるかと言えばそうではない。先生方から実際に言われたことでもなく、現場を見てもない。あくまでも想像しうる中での彼女の意見であった。

 だが、つい数時間ほど前まで交戦時の対処法や超高感度ハイパーセンサの使い方、高速戦闘での心構えなどを手取り足取り教えていた織斑一夏が福音によって意識を失い、今なお布団の上で眠り続けている。この事を現実として受け止めきれていない彼女たちからすれば福音を倒すという行為が、彼女たちにとっての気持ちを落ち着かせる緩和剤であったのかもしれない。

 

「それにさ、私は今もっっのすごく福音を一発ぶん殴らないと気が気でないのよね。私のプライドがそう言っている」

 

「あら奇遇ですわね。負けたまま終わっては気分がとても悪いですの。私も一夏さんが受けた分を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へお返ししたい気分でしたわ」

 

「二人とも…笑顔が怖いよ…」

 

 不気味な笑みを浮かべる二人にシャルロットがたじろいだ。

 

 

「それで倒しに行くのはいいが、索敵をしていない相手をどうやって捕捉しようと考えているのだ、鈴音」

 

「そりゃぁ…誰かが索敵をしに行くしかないけれども…」

 

『福音を倒す』という目的だけが先走っていたため鈴は思わぬ発言にラウラから目線を合わせずに頬をかく。

 

「ふん…。福音を倒すだけを考えていたというわけか」

 

「し、仕方ないじゃない、そんなものなんて持っていないのだしさ!」

 

 恥ずかしくなり少しだけ顔を赤くした鈴がラウラへ精一杯の反論をした。

 

「ならばしょうがない…。お前の作戦に私も参加させてもらおう。先程私の部隊へ福音の位置情報を調べてもらうように手配をした。5分後には今現在の福音の場所は分かるだろう。定期的に私へ報告するようにも言ってある。それに、いくつか戦術を私なりに用意してみている。皆の意見を交えながら決めていきたいがどうだろうか?」

 

「あれ?あんまり興味なさそうに見えたけど違ったのね」

 

「ふん、そんなわけがないだろう。私とて一夏の仇は討ちたいと思っていたところだ。それに、教官へ私たち専用機持ちの力を示すいい機会だろう?」

 

 ラウラはにやりと笑い、そう言った。

 

 鈴はセシリアとシャルロットの方へ視線を動かす。

 彼女たちは首を縦に振る。思っていることはみんな同じであった。

 

「そうそう、ラウラ。皆で意見を交えるならもう一人忘れていない?」

 

「…!そうだな。すっかり四人で行う所だった」

 

「これで決まりね。んじゃ、私は一夏の所にいるだろう箒でも連れ出しに行こうかな」

 

「じゃあ僕たちはパッケージのインストールを済ませないとね」

 

「ええ。折角の試験パッケージを使わない訳には!」

 

 鈴はそう言うと、体育座りから立ち上がった。

 セシリアとシャルロットはISを部分展開させ、何かの操作をしていった。

 

 

 彼女たちには既に、迷いなどという感情はなくその顔には確かな決意がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の男性が机に向かっていました。部屋は広く作られており男性のいる机の目の前には応接間よろしく、長机とそれを挟むかのように大きめなソファーが二つ置かれています。俗に言う社長室のような所に男性はいました。

 黒色のスーツに身を包み明るい青色系のネクタイをしています。男性の机の上には一台のパソコンが置かれています。それに向かって男性はしゃべりかけています。

 

「いかがでしたか?()()()()()()()チームのご感想は?」

 

『そうねぇ…少なくとも不満はないわ。むしろ好きよ、私は』

 

 パソコンの画面には一人の女性が写っていました。長い金髪に紫色のドレスを着ています。

 

『エピオンのハイパーセンサを利用した索敵に、IS学園を封じつつ銀の福音との戦闘データを得るという電撃作戦の立案。更にその後の学園側の専用機持ちたちの戦闘の様子をも回収するという用意周到な事には、さすがと言った所かしら』

 

「それは何よりです。上層部の面々からもお墨付きをいただいたので自分自身の事ではないのですが、何だか鼻が高くなってしまいます」

 

 目を細め、にこりと笑い嬉しそうに声を弾ませます。

 

『情報・戦闘・整備・戦略。それぞれの専門性を高めた集まりっていううたい文句の事だけはあるわ。先に私たちの所に来ていたフロストも…中々の整備の腕前ね』

 

 女性は片手に電子端末を持ちながら答えます。

 

「おお、それは良かった。彼は近くにいると何かと便利ですからね。これからあなた方へ転属する彼らも使いがいのあるいい人たちですよ。あなたの所だとオータムが嬉しそうにしているのではないですかね。自分の顎を使えますから」

 

『それはどうかしら。彼女、これ以上子守をするのはこりごりって嘆いていたわ。扱うなら今いる問題児で充分だって』

 

「おっと、そういえば一人あなたの所へ癖の強い人が一人来ていましたね。まあ、その監視は彼らに任せれば良いでしょう。相手に手をかけさせるようには教え込んでいないので」

 

『そう…じゃあ好き勝手に指示を出しても構わないと言っておくわ』

 

「ええ、ぜひともよろしくお願いします」

 

『それにしても驚いたわ。まさか第二世代初期に開発された()()()のエピオンが銀の福音と渡り合いなおかつ勝ち越すなんて…』

 

「あれは私たちの全てが詰まっていますからね、驚いてもらったのであれば活躍のし甲斐があるってものですよ。まあ、相手が第二次移行(セカンドシフト)をするのは予想外でしたがね。とにかく、私が派遣するチームだけでなくエピオンもきっとあなた方の役に立ちますよ。そういえば、これからはどのように動くのですか?」

 

『そうねぇ…色々と計画は練っているわ。銀の福音も気になるけれど。やっぱり白式よね。まさかあれも第二次移行をするとは思わなかったわ』

 

「ははは、私も同じです。早く新しい白式のデータが送られてくるのが待ち遠しいですよ」

 

『...時間ね。あなたからの協力には感謝するわ』

 

「ええ、これからもどうぞご贔屓に」

 

 そう言うとクラウスは相手の女性との通信を切った。

 

 

 

 全身の力を抜くように深呼吸をすると、椅子の背もたれに寄りかかる。

 日差しを遮るブラインドから漏れる光が部屋へと降り注ぐ。部屋の明かりは灯されておらず彼の表情は作り出された陰によって見ることができなかった。

 

 視線を机の右下に設置されている引き出しへと移す。手を伸ばし、二段目の引き出しを開けるとその中には一つの真新しい写真立てが入っていた。

 写真は何かの集合写真のようでほぼ全員が白衣を着ており、皆肩に手を回している人もいればピシッと背筋を伸ばしている人などポーズは統一感のないものであった。だが、共通している所と言えば写真に写る人物は全員が笑顔になっていると言うことだろう。白い歯を見せ、顔が綻んでいるその姿はまるで童心に返っているかのように無邪気な笑顔を見せていた。

 

「これでいいのですよね、先生」

 

 男は呟く。

 

「皆の思いを…願いをありったけ詰め込みました。だから…」

 

 彼、クラウス・ハーゼンバインは写真を見つめながら言葉をもらした。優しく語りかけるように。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第19.5話 心の拠り所

ちょっとした閑話回。






 夜空を埋め尽くすほどの天の川が現れるようになった夏の季節。

 春の始まりを告げた太陽の日差しはその本性を現し、肌を焦がす程の強く攻撃的な日光が地上へ降り注ぐ。

 

 臨海学校の後には長い長い夏休みが生徒たちを待っていた。もちろんIS学園の施設は年中無休、いつものように利用可能になっている。学園で長期休暇を利用して自身の実力アップをする事も出来るが、大抵の生徒は実家への帰省なり、いつもは行けないような遠くへ出かけるなりしているであろう。『学生の本分は何とやら』とも言われている事もあり各々の学生が思い描く休みを満喫していた。

 

 とまあ、先程の話は”一般生徒”には当てはまることだ。だが、ここはIS学園である。軍人、企業の人間、国家代表候補と大きな肩書きを持つ生徒はざらにいる。彼女らは社会人も兼ているため、そう簡単には休む事は出来ない。やれ訓練だ、やれ最新の技術を取り入れた装備だからテストをしろ、と上から仕事が次から次へと降ってくる。私の周りにいる半社会人の方々も忙しそうに帰国の準備だのと動いていた。

 なお、私と同室の(代表候補)は帰国をすると待ち受けるだろう訓練の日々を過ごしたくないため、学園でのんびりするそうだ。勝手に帰国を拒むことができるのかとツッコミたくはなったものの、聞かないでおいた。そもそも彼女がここへやって来たのも彼女担当の政府高官に何らかの圧力をかけて無理矢理転入させたというらしい。恐ろしい話だ。だが、専用機を託す程にはどの実力を認められているため多少の自由は認められているのであろう。あくまで私の予想でしかないが。

 

 

 専用機といえば、今年の夏はIS界では大きな出来事で騒然となった。何を隠そう、篠ノ之箒の専用機についての正式発表だ。先月の臨海学校に何の前触れもなくやって来た篠ノ之束博士は自身の妹である箒へ『紅椿』を()()()()()した。もちろん、正式な手続きなくして登場した新たなISの事を隠さないわけにはいかなくなった学園はメディアを通じて記者会見を開いた。

 

 ISはアラスカ条約または国際IS委員会により、各国が保持するISの数が決められている。もちろんそれは、製造が停止され数に限りのあるISコアを効率良く運用させる為である。唯一の教育機関であるIS学園も同様だ。訓練機、教員用機の数は決められている。だが、天災がその前提を崩していく。IS学園側は、学外研修中に篠ノ之博士が登場し生徒の篠ノ之箒へISを渡したと説明。さすがに今世界で各国が研究し奮闘している第三世代ISを凌駕する性能の第四世代ISである事は混乱を避けるために隠して報告を行なった。だが、想定していた事以上に世間はこの話題を持ちきりになってしまった。

 

 理由はISコアの製造番号だ。“468番目”とされるISコアを使用していると報告をしたのだ。これは国際IS委員会により正式に登録をしていないISコア、という意味である。

 

 これまで、数年間行方をくらませていた篠ノ之束が姿を現したと思ったら彼女は新たなISコアを製造し、妹へそれを渡した。つまりは、まだISコアは製造できる余力があるということを証明してしまったのだ。これを受け、国際IS委員会は一時的な措置として篠ノ之箒の持つIS『紅椿』は扱いが決まるまでは他国の干渉を受けないIS学園の所有物とした。さらに、各国と連携を図り篠ノ之束の捜索を強化。本人への事実確認と()()()I()S()()()()()()()()を話し合っていきたいとコメントをした。

 

 各方面のメディアは、この新たなISの登場についてそれぞれの持論を展開していった。テレビではISに詳しいという評論家を招き、これは今後ISコア製造への意欲を知らしめる布石であるだとか、彼女の行為は自身の一般人である妹を守るための抑止力のためだとか、周りの人たちの気にも留めない気まぐれな性格の彼女らしい行動であるなど、専門家は根も葉もない根拠を用いた説明でホットな話題を解説し茶の間を沸かせた。

 

 この事により、国際IS委員会はまだ方向性を定めていない初の男性IS操縦者織斑一夏の処遇に加え、IS学園生徒の篠ノ之箒のIS『紅椿』をどこの国の所属にするかという議論をしなければならなくなった。ただでさえ扱いの難しい織斑一夏の処遇が決まっていないにも関わらず、ますますゴールポストが遠のくような出来事が起きたために、国際IS委員会の関係者は頭を抱えているようだと一部メディアが報道されたという。

 

 

 さて話を戻そう。かくいう私も一般企業の会社員である。せっかくの長い休日には、玲奈を連れてIS学園近郊にある美味しいという評判の店舗を巡りたいなどと思っていたが、会社からの指示に背くほど身の程知らずではないためしばらくそれはお預けのようだ。仕事があるためドイツへ帰国するという話をすると玲奈にお土産待っているよ、と目をキラキラと輝かせて言われた。ついでに黛さんからも無言で肩を叩かれた。言われなくとも、世話になっている新聞部の方々には用意をするつもりなのだが…。

 

 さて今回の仕事の大まかな内容は、サンドロックの詳細データの提出と細かなアップデート。そして……試作品の評価を兼ねたシュヴァルツェ・ハーゼとの模擬戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも見かける観戦席はそこにはなく、だだっ広い土のグラウンドと無機質な白い壁で覆われたIS試験場に私はいた。人工的に作られた光が建物内を明るく照らされたそこでサンドロックを身にまとい、敵の攻撃からステップを踏み躱した。

 

 私が先程までいた所を何度も聞き慣れた特有のうねりを上げながら緑色のビームが通り過ぎていった。

 黒い枝(シュヴァルツェア・ツヴァイク)の右手に持つ試験型ビームライフルが私へ照準をつけ、連射する。

 模擬戦開始からだいぶ経ち、互いにシールドエネルギーが半分以下になっている頃だろう。一気に押し込んで早めに方をつけたいところだ。

 回避をしつつも左腕に装備されている物理シールドで黒い枝の攻撃を受け止めながら、右手に持つビームサブマシンガンで『点』ではなく『面』で圧倒する。

 

 ばら撒かれたビームマシンガンの光弾は黒い枝の前まで迫るものの、それらは装甲を貫く事はなかった。黒い枝は左手を前に掲げAICを発動させていた。

 私が撃ち込んだ幾百の光弾がまるで時を止められたかのようにその場で留まり、エネルギーを失い消え去っていった。

 

 AICは必要以上の集中力が求められ、ちょっとでも気を許すとAICの発動が解除されてしまう。これだけはどうも技術的な限界がある。そうAICを担当している開発者が言っていた。第二次移行による性能アップの要因の一つとして期待を寄せているという事もあるが、場合によってはこのAICは相手からしたらいいカモになってしまう。

 

 ビームサブマシンガンで相手を"固めて”動けなくさせる。マシンガンの銃身から煙が上がり、それは限界である事を私へ告げた。すぐさま左へ旋回。肩部ミサイルをコールし撃つ。そしてすぐさま、背中のヒートショーテルを交互に投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 幾つかまだ消え去っていない光弾を尻目に黒い枝はAICを解除する。止めきれなかった光弾は再び残っていた慣性に身を委ねて、黒い枝の装甲に突き刺さる。

 

 迫り来るミサイルを右手のビームライフルと左腕部機関砲で撃ち落とす。そして、そのまま左手を前にかかげ、爆発によって出来た土煙の中から遅れてやって来た熱を帯び赤く光る”一本”のヒートショーテルに対してAICを発動させた。

 

 二本ではなく一本であることに気がついた黒い枝は頭上を見上げると重力に身を任せて回転しながら落ちてくる刃をただ見ていることしか出来なかった。

 

 集中力が途切れ、同時にヒートショーテルが黒い枝に襲いかかる。

 頭上のやつをとっさに左腕で防ぎ、右手に持つビームライフルを投げ捨てプラズマカッターをコールし、正面のヒートショーテルをいなす。

 プラズマカッターでヒートショーテルを押しのけ地面に叩きつけ、左腕で無理やりそれを遠くへ飛ばした。

 

 目標を見失いからんと音を立てて刃が落ちる。

 シールドエネルギーが減少しているという警告音に焦りを感じつつも、目標が捕捉しようとしたときには既にサンドロックは右側から瞬時加速をして近づいてきていた。

 

 くの字ように二段階に分けて瞬時加速を発動させたサンドロックは新たにコールしたヒートショーテルを手に黒い枝の胴体と腕を挟め込むように刃を当てつつ、勢いそのままに壁へとぶつかった。

 交差させて挟み斬りを受けた黒いのはどうにかして攻撃から脱しようとするも、壁ごともろともその熱を帯びた刃が、音を立て装甲を貫かんとする。ISの絶対防御を発動させて大幅にシールドエネルギーを消費させた。

 

 黒い枝のシールドエネルギーは底をつき試験場内には試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 辺りには巻き上げられた土煙が舞い、壁は少し衝撃で凹んでいた。

 

 遠くからは頑丈な扉が金属音を立てながら開き、中では職員が慌ただしく何かの準備をしていた。サンドロックは、試合終了のブザーを聞くなりヒートショーテルの熱を切り、格納する。

 

「いやー残念、このまま完封できると思っていたが」

 

 黒い枝の操縦者、クラリッサ・ハルフォーフは全身の装甲から煙を上げながらどこか残念そうにしつつも嬉しそうな表情でサンドロックを見つめる。

 

「さすがに、何回も同じ機体とやりあって負け続けるのは、私の意に反しますので。それに…」

 

 全身装甲により、表情は見えないが肩で息を切らすようにクリスタ・ハーゼンバインは答える。

 

「私は極度なまでに負けず嫌いなのですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではハーゼンバインさん、これからデータ収集と評価の結果が出るまでは休憩していて下さい。それまでサンドロックはお預かりします」

 

 

 企業のメガネをかけた研究員にサンドロックの待機状態であるゴーグルを渡し、私は更衣室へと向かった。

 

 

 欧州連合で一昨年から始まり絶賛アピールタイム中の統合防衛計画、通称イグニッション・プランでは現在イギリスのティアーズ型が他国のISよりも優勢である。早期に第三世代ISコンセプトを固めていることもあるが、何よりその使用する兵器の評価が高い。イギリスの有名企業ADM社を中心とした合同研究によりティアーズ型はBT兵器を使用したISだ。

 

 実弾ではなく、新たなジャンル「レーザー」を使用した攻撃方法に欧州連合は興味を示した。詳しい仕組みは伏せられているが、何らかの方法で光エネルギーを収束させて銃の弾丸のようなものを作り出し、攻撃する。代表的な武器であるBTエネルギーライフル『スターライトmk-Ⅲ』は銃にある反動もなく、素早く攻撃が可能であり弾倉を変える必要がない。

 また、第三世代ISの大きな特徴である『イメージインターフェースを使用した特殊兵器』についてはビットがそれにあたる。『Bluetears Innovation Trial』通称ビット兵器という今までにない画期的な武器は他国のISよりも圧倒させる要因であるだろう。この兵器には、隠されて能力として偏光制御射撃(フレキシブル)…途中でレーザーを曲げて射撃を行うというインチキにも程がある攻撃方法がある。だが、IS学園ではセシリア・オルコットがその攻撃方法を使用していない事から、かなり高度な技術を要する攻撃のようだ。ビット兵器を使用する際に動きが止まる彼女の様子から考えるに当分お目にかかることは先であるだろう。

 

 さて、そんなこんなで統合防衛計画はイギリスが優勢であるがそんな独走状態を、ただ指をくわえて見ているわけにもいかない。そこで試作されたのがビーム兵器だ。イギリスの『レーザー』に着目して各国がしのぎを削って研究・開発を行っていたようだが私の叔父の所属するメッゾフォルテ研究所が実現させたのがこのビーム兵器だ。レーザーから類似する荷電粒子砲を利用し、これを模して小型化、携帯可能にしたという。だがまだ問題も残されている。私の使用していたビームサブマシンガンは、一定数以上撃ち続けると砲身が熱を帯び、オーバーヒートしてしまう。既存のマシンガンの二分の一程までだろうか。それに黒い枝の試作ビームライフルは燃費が悪い。まだまだ改良の余地が必要であった。

 

 

 

 

 蒸し暑かったサンドロック内では必然的に汗をかいてしまう。これだけは全身装甲の弊害であるため致し方ない。更衣室で着替えセットを持つとシャワー室へと足を運んだ。隣接するシャワー室へ入るとそこには先客が既にいた。

 

「ぷっはぁぁ!」

 

 その左目に黒い眼帯を付ける人物は体に白いバスタオルを巻き付け、左手を腰に当てながら右手に持つガラスでできた瓶の中身を豪快に飲み干していた。よく見てみるとその瓶には可愛らしくデフォルメされた乳牛のイラストが描かれていた。

 

「お疲れ様です。大尉」

 

 戸惑いつつも私はすかさず大尉へ挨拶をする。

 

 そんな奇妙な行動をしていたクラリッサ・ハルフォーフ大尉は私に気づくとこちらへ振り返る。

 

「おお、クリスタもここへ来たか。あなたも牛乳はどうです?やっぱりシャワーを浴びた後は牛乳に限りますな!」

 

 彼女は口の周りに白いひげを蓄え、にこやかに笑った。

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフ大尉。ドイツ軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長である。少佐がIS学園へ向かわれて以降、実質的な部隊の取りまとめを彼女はしている。大尉とは我が社との大切なクライアントの関係でもあるが、私が以前参加していたドイツ軍代表候補生選抜合宿で会った間柄でもある。

 

「わが社の試作ビームライフルはどうでした?使ってみて」

 

「そうだな、いつもならある射撃による反動がないのは嬉しい限りだ。その分の補正を行わなくてよいからな。それに威力もあるし、大変気に入った。だが…燃費が悪いのが気がかりだった。もう少し改良がされればぜひ我が部隊のISにも搭載したいものだ」

 

 シャワーを浴び終わり、脱衣所に出ると大尉はいつもの黒い軍服に着替えて私を待っていた。どうしたのですかと聞くとまあたまにはお話でもしましょうよと紙の蓋が付いた牛乳瓶を渡しながら答えた。

 

 腰に当てる手の角度や飲み方について熱い指導を受けながら牛乳を飲み干すと大尉は私の近くの椅子に座り、着替えている私の様子をじっと見つめていた。

 

「それにしても、あなたの叔父さんはすごい方だ。AICやワイヤーブレードだけなく、新たにビーム兵器まで開発を手掛けるとは…。次から次へとまだ見ぬ面白い武器には驚かされるばかりだよ」

 

「確かにすごいですよね、クラウスは。どうしてそこまで思いつくのか不思議なくらいです」

 

 肌着に着替え、髪を乾かそうと洗面所へと向かう。そんな私を見かけるなり、大尉は私の前に立ちふさがった。

 

「待ってくれ。私が髪を乾かそう」

 

「いや、自分一人で…」

 

「その…なんというか…あなたの髪を乾かしたいのだ!」

 

 目をキラキラと輝かせて訴えかける大尉に負けた私は大人しく洗面所の前にある椅子に座る。

 

「ではせっかくなのでお願いします」

 

「…おお!感謝する!」

 

 ガッツポーズを決めた大尉は鼻息を荒くしながらタオルを手に取る。

 まるで童心に帰っているかのようにはしゃぐ様子から察するに最初からこれが目的ではなかったのかと思ってしまった。

 

 

 ニコニコの笑顔で大尉は慣れた手つきでタオルで私の髪を拭いていく。改めて鏡に映った自分自身の姿を見る。プラチナブロンドに近い金髪は、入学当初よりも伸びており、肩先に届いていなかった毛先は既に肩を覆うほどに伸びていた。

 

「こうしているのも久々ですね。私が黒うさぎ隊にお世話になっていた以来ですかね」

 

「ああ、そういうことになる。それにしてもクリスタの髪は相変わらず心地よいものだなぁ…」

 

 大尉は髪の毛の余計な水分をなくすように、そして丁寧に拭きながら幸せそうな表情を浮かべて優越に浸る。

 

「髪なら自分のもので満足してくださいよ」

 

「いや、違うぞクリスタ!自分の髪とこの艶やかでお前の所の執事や社員が釘付けになるほどの魅力的な長髪は別だ!いや、もはや同類ではない」

 

「え?そんなに皆見ていたのですか?」

 

「むむ?知らなかったのか?結構有名ではあったのだがな…」

 

 私が思わぬ情報に驚きつつも大尉はペタペタと私の髪にトリートメントを塗っていく。少々触りすぎな気もするが無視した。

 

「クリスタのプラチナブロンドと隊長のシルバーブロンドの二大ブロンドはもはや知らない人がいないほどなのに…。ああ、隊長の髪に触れていた日々が懐かしい…」

 

「…少佐の髪にも触れなかったからその分の鬱憤がたまっていたのですね」

 

「…まあそういうことだ」

 

 どうやら図星であったようであっさりと大尉はバツが悪そうに言った。

 

「安心してください。少佐の髪はきちんと同室の子によって守られていますので心配する必要はないですよ」

 

「…そうか。それは良かった。まさかあの隊長が他人に髪を乾かされるとはな」

 

「少佐もあれから随分と雰囲気が変わりましたからね」

 

「ああ、これも恋の力だな」

 

「恋って…なんで大尉がそのことを?」

 

 思わぬ発言に私は鏡越しに大尉を見つめる。

 

「ん?ああ、クリスタは知らないか。実はだなVT事件以降に隊長から織斑教官の弟が気になるという話を皮切りにちょくちょく恋の悩み相談を受けてな。他の皆より日本の事を知っている私が少佐に日本的なアドバイスをしていたのだ」

 

「…だから少佐はあんな事を。その織斑先生の弟が少佐の奇行に頭を悩ませている原因がなんとなくわかりました…」

 

「何!それはどういうことだ!」

 

 思わずトリートメントを塗る手を止め、大尉はプンプン怒る。しばらく何がいけないかを髪に触ることも忘れて私に話に聞き入った。

 

 

 それからはというもの、最近の少佐についてや学園のことなど、まるで一人暮らしを心配する我が子を思う母であるかのようにしつこく大尉は聞いてきた。いや妹を思う姉のほうがしっくりくるだろうか。どちらにせよ、大尉は少佐がドイツ軍で孤立気味になっていた頃よりも成長していることに喜んでいた。かつては所属する黒うさぎ隊の隊員からも敬遠され、ドイツの冷水という異名で恐れられていた少佐はIS学園に入り、多少形は違えど学園の生徒達との交流によって親しみやすくなり、孤立することはなくなった。未だに隊員全員との仲直りは済んではいないもののその固まった氷は次第に溶けていくだろう。

 

「そういえば、臨海学校の時は大丈夫なのか?お前が記憶障害になったと聞いたが…」

 

 少佐の話を聞き終わり満足した大尉はドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かしていく。

 

「ああ…あれは結局大丈夫でしたよ。原因は不明ですがあれからは何ともないですし」

 

 心配そうにする大尉にやんわりと答えた。

 

 臨海学校3日目に私はIS学園直属の病院へ搬送され、精密検査を受けた。だが、どこにも異常はなく。あれ以降記憶がなくなるということもなかったため経過観察の後に学園へと戻された。私が病院送りにされていたころ、一夏たち専用機持ちたちは暴走したという軍用ISを稼働停止させる事に成功させたという。それに彼らはただISの暴走を止めただけではない。彼、織斑一夏がISを第二次移行(セカンド・シフト)させて作戦を成功させたのだ。最初の出撃でIS共に負傷したはずであったのだが、ISの第二次移行により復活。新たな力を手にした一夏が無断で出撃していた専用機組と合流。見事勝利を収めた訳である。今振り返ると未だに謎の事件であったが今では遠い過去の記憶のように感じる。

 

「そうでしたか…。それならば安心しました」

 

 大尉はドライヤーを切ると櫛で髪を梳かしていく。

 

「臨海学校でもそうだが、最近IS関連の事件があるから気を付けたいな」

 

「そういえばフランスのデュノア社が襲われたのですよね」

 

「そうだ、今年度になってからというもののイギリスのティアーズ型強奪に加え、デュノア社への襲撃、ISの暴走事故と他にもちょくちょくあるが例年に比べて格段に増えている。我がドイツもISの事件には注意しないといけないな。特に、今はフォルテシモ社の新たな武装試験も行っているのだ。いつ狙われてもおかしくはない」

 

「ええ、そうですね。IS学園でも頻繁に事件が起きているので他人事ではありません」

 

「…よし、これで完成だ!」

 

 私の髪はすっかり乾ききり、大尉は満足そうに腰に手を当てた。

 

「ありがとうございます。大尉」

 

「いや、気にする必要はない。既に対価はいただいている」

 

 さいですか。

 

「それにしても大尉」

 

「ん?どうした?」

 

「時計を見てください。多分、研究員を30分以上待たせていると思います」

 

「………あ」

 



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第20話 備えあれば

「さて、久々だな諸君。充実した夏休みを送れたか?」

 

 いつもの白いジャージを着た織斑先生は腕を後ろに組み、私たちに向かって意味深長にこう言い始めた。

 

 

 雲ははるか上空に浮かび、不思議な模様を描きながら地上に吹く風なんて気にしないでその場に漂っていた。夏から変わらない強い日差しが着ているISスーツに直接当たり、密着している肌をさらに蒸らす。

 

 

 未だに夏の抜けきれない9月の頭。第四アリーナにて、一組と二組による合同実戦練習が行われていた。

 

 いきなり本題に入らない、といういつもとは違うパターンでの導入に生徒達は少々困惑する。その問いに皆はそれなりにと曖昧な答えで答える者や、実家に帰りました!と元気よく具体的に答える者と様々であった。

 

「そうか…」

 

 ある程度聞き終わった織斑先生は目を閉じる。

 

「十分に休養をしたのならばこれからの厳しい訓練に精一杯励むことが出来るな、諸君?」

 

 顔を上げ、冷笑し鋭い眼光で見つめる織斑先生に生徒達は我に返る。

 

 ああ、やっぱりそうなるか。

 この人はやはりブリュンヒルデだった。

 鬼だ。

 悪魔だ。

 騙されるところだった。

 女王様に蔑まされた。

 

 それぞれの顔に思った言葉が浮かび、そして消えていった。

 

「貴様たちが何を思おうが勝手だが、これからは本格的にIS戦闘を行ってもらうつもりだ。勿論、訓練機の数には限りがある。授業時間内でISに触れられる時間は限られてくるだろう。だが、その少ない実戦訓練の中で我々が貴様らを評価しなければならない。無論、そのまま成績に反映する」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、腕を組みながら大きな通る声で説明をしていく。

 

「しかし、何も授業内でしかISに触れられるとは限らない。訓練機をレンタルすれば授業外で練習が出来る。ちょっとは口添えをしてあるから多少はお前たちの力になるだろう。この意味がわかるか?せいぜい、私たちを満足させるほどの腕前にまで磨いてくることに期待している」

 

 そう言い切ると、織斑先生はジャージの袖をめくりちらりと腕時計を確認する。

 

「さて、前置きが長くなったな。改めて授業を開始する。久々の実戦訓練という事もあるから、ここは一つ専用機持ちに一戦交えてもらおうか。織斑!凰!」

 

 名前が呼ばれるや否や、二人は声を上げて返事をする。

 

「ISの準備をしろ、クラス代表同士での前哨戦だ」

 

 

 

 

 

 2人の前哨戦を観戦するため、二人以外の私たちはシールドが張られているアリーナの観客席へと移動した。

 

 アリーナの中心では、甲龍を身につけた鈴と以前よりも比べて装備がゴツくなっている白式を身につけた一夏が対峙する。

 

『それでは試合を開始して下さい』

 

 無機質な声のアナウンスが鳴り響き、前哨戦が始まった。双方ともに格闘武器をコールすると敵へ向かって一目散に突撃し、激突した。

 

 

 

 

「あれ?何か織斑君のIS、前見た時よりも変わったね。なんというか、ゴテゴテしているような…。新しい装備にでも変えたのかな?」

 

 隣で見ていた玲奈がふと、そんな事をぼやく。

 一夏が操る白式は確かに以前と比べると大きく違いがあった。全身を染める白はより煌々と輝きを増し、白銀に近い色へと変貌していた。また、肩部の高出力ウイング・スラスターは大型化しておりこれによって白式が大きくなっているように印象付ける。

 

「ああ、それは…」

「それは一夏のISが第二次移行(セカンドシフト)をしたからだ」

 

 ふと声のした後ろを向く。そこには通路の手すりに体を預け、じっと試合を観戦している篠ノ之箒がいた。

 

「隣はいいか?」

 

「うん、大丈夫だよー!」

 

 一言申し入れした箒は玲菜の隣の席へと座る。

 丁度アリーナ内では射撃戦が繰り広げられており鈴が肩部にある龍砲で、一夏は新たに左腕に追加された多用途武装『雪羅(せつら)』の一つ、遠距離攻撃モードの荷電粒子砲『月穿(つきうがち)』で互いに相手のシールドエネルギーを削ろうと攻撃をしていた。

 

「第二次移行?何それ?」

 

 玲奈は頭をひねり、むむむっと箒から出てきた言葉を脳内から手繰り寄せようとするが一向に出てこなかった。

 

「そうか、玲菜は知らなかったか。実はだな、7月の臨海学校であった騒動の時に白式が第二次移行したのだ」

 

「へぇ、いつの間にそんなことが…。ってその前にさ“せかんどしふと”って何?」

 

 腕を組み、どこか嬉しそうに説明をする箒先生に玲奈生徒はビシッと手を上げる。

 

「まずそこからか。ごほん。まず第二次移行というのはだな、ISと操縦者の相性が最高潮に達した際に起きる現象だ。単に見た目が変わるだけでなく、新たに単一仕様能力(ワンオフアビリティ)が出現する可能性もあるんだ」

 

「そっかー。臨海学校の時にそんなことがあったんだね。だから、今織斑君が見慣れない射撃武器を使ってるんだ」

 

 玲菜は行われている試合を見ながらふむふむと感心する。

 

 アリーナでは、鈴が両手に持った双天牙月で唐竹割りしてきたところを一夏は右手の雪片Ⅱ型で応戦した。このまま力任せに押し切ろうとする鈴であったが一夏は空いている左手の射撃武器でカウンター攻撃をしていた。

 

「いえ、あの射撃武器はそうではありません。彼のISが特殊な現象を起こしただけですよ。彼が今使っている左手は射撃武器の他にも近接格闘として手刀状態にしたブレードモードやクローモード。さらにはシールドにも変化できるらしいです」

 

「へぇ…ってなんでクリスタがそんなことを知っているのさ!」

 

 同じく臨海学校では待機組の一人であったはずの私がなぜ詳しいのかと彼女は食ってかかった。

 

「実は夏休みの間に彼と会う機会がありまして、その時に。ついでに模擬戦もしたので性能とかを知っているのです」

 

「ふーん、なるほどねぇ…。いいなぁ織斑君と一緒に訓練できて!全くこれだから専用機持ちは!」

 

 夏休み中になかなか一夏と会えなかったという彼女はなかなか訓練機での訓練ができなかった事を含めてお怒りにようだ。

 

「まあ、落ち着け玲奈。訓練機がなかなか借りられないという気持ちは分かる。こればかりはどうしようもない」

 

「確かにそうだけどさぁ…」

 

 肘を膝につけて顎を手に乗せながら、観念したように大きなため息をつく。

 

「あれ?それにしても今まで見てきた模擬戦より織斑君、結構優勢じゃない?」

 

 カウンター攻撃を成功させ、鈴を雪羅で追い詰める一夏を見て、玲菜はそう言った。

 

「確かに新たな武装が追加されてISの能力は向上し、 今や死角となる射程はなくなりました。ですが…今の彼は少々飛ばし過ぎかと」

 

「ああ、あいつは何も考えずに飛ばしている…。全く、何も考えないでバカすか撃ち過ぎだ」

 

 前にも言ったはずなのにとムスッとした表情で箒は試合の様子を見ながら腕を組む。

 

「それってどういう事?」

 

「彼のISのシールドエネルギーの消費量がとてもではないですが非効率極まりありません。普通のISだと防御に使う分のシールドエネルギーを攻撃には転用しません。しかし、爆発的な威力を発揮するためにそれを犠牲にするのですがただでさえ消費の激しい零落白夜に加え、新たに追加された雪羅の武装の全てにもシールドエネルギーを消費する仕様になっています」

 

「え?じゃあ…」

 

「あれだけ雪羅を使ったのなら既にシールドエネルギーはもう満足には残っていないだろう。燃費が悪いのだからシールドエネルギー残量をこまめに確認するようにとあれほど言っていたが…」

 

 

 接近戦へと移った両者は互いの武器をぶつけ合い、鍔迫り合いになる。すると、一夏の雪片Ⅱ型から展開されていた零落白夜の輝きが突如として失われる。通常の物理刀へと変形したことに驚いた一夏の隙を付き、鈴は蹴りをお見舞し彼を突き飛ばす。

 

 たじろぐ彼へ鈴は双天牙月を投擲する。

 高速回転してやってくるそれを雪片Ⅱ型で弾き飛ばした彼の目の前には両肩の龍砲を発射準備の段階にしていた鈴が待ち構えていた。

 

 目に見えない衝撃砲を受け、彼は土煙を上げて地面へとぶつかる。その直後、アリーナには試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、黛さんは生徒会長とお知り合いだったのですね」

 

「まあねー。たっちゃんとは一年の時のクラスと一緒だったし、よく生徒会には取材に行っていたから!」

 

「さすが先輩!顔が広いだけはありますね!」

 

「ま、この私にかかってみれば生徒会にアポを取るなんておちゃのこさいさいよ!」

 

 

 

 

 いつもの新聞部三人組が向かっている場所は生徒会室。何をするかというと、今月に行われる学校祭についての取材だ。なにせ、今回の学校祭はいつになく特別なイベントが行われるからだ。

 

 

 

 

 遡ること四日前。

 SHR(ショートホームルーム)と一限目の半分ほどの時間を使って全校集会が行われた。普段はあまり利用しない暗幕で覆われた薄暗い体育館へ私たちが集められた理由は9月中旬に行われる学校祭についての説明だそうだ。

 

 整列させられしばらく隣の子と立ち話をしていると、壇上脇で眼鏡をかけた生徒がマイクを手に持ち、始まりのあいさつを行う。

 

『それでは、生徒会長から説明をさせていただきます』

 

 司会の告げたその声を境に、ガヤガヤとしていた私語がだんだんとなくなる。

 そして、唯一天井の明かりによって照らされた壇上へ上がっていく一人の生徒がいた。

 

 黄色いネクタイをしているところからその生徒は二年生であるとすぐにわかった。髪はショートカットで癖っ毛のある淡い水色をしている。制服の上から薄い黄緑色のベストを身に着け、右手に青い扇子を持ちながら優雅に中央に位置するマイクへと歩いて行った。

 

『さてさて、今年度は色々と立て込んできちんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たちの長よ。以後よろしく♪』

 

 可愛らしく言い切った後に生徒会長は生徒に向かってウインクをする。

 

 

 通常、生徒会長と言えば全生徒の中から立候補者を選挙で決めるのが一般的だ。だが、ここIS学園ではそのような決まりごとはない。生徒会長になる資格を有する者は全生徒であることには変わりはない。ただし一つだけ条件が付け加えられている。

『生徒会長、即ちすべての生徒の長たる存在は”最強であれ”』

 つまりはこの学園で誰よりも強い人物が生徒会長を務めるのだ。確認できていないものの二年生から生徒会長を務める所から、その実力は計り知れない。

 さらに彼女、更識楯無は自由国籍を持ち、日本人であるにも関わらずロシアの国家代表であり異色の代表者だと有名だ。

 

 

 

『では今度の学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。それは…』

 

 生徒会長は、手に持つ扇子を上に掲げると手首だけを使い右へ傾ける。

 すると、後ろに校章だけが映っていた空中投影ディスプレイの画面が切り替わり、織斑一夏の写真が映された。

 背景からして食堂で撮られたものだろう。余計な部分はトリミングされ、おそらく正面にいるだろう専用機持ちの誰かに向け笑顔になっている一夏を見て思わず既視感を覚えた。そうこれは以前に玲奈が撮影して"市場”に出回っている写真だった。だが、この盗撮写真を見て思わず首をかしげる。なぜ市場に出回っているこの写真が使われているかという事は問題ではない。どうして学校祭での説明に彼の写真が必要かである。だが、その疑問はすぐに解消された。

 

『名付けて、”各部対抗織斑一夏争奪戦”!』

 

 ぱん、と小意気の良い音を立てて扇子が開かれ、一夏の写真の前方にでかでかと「各部対抗一夏争奪戦」という派手なフォントの文字が表示された。

 

 それを見た生徒たちはその視覚情報を脳へ送り、脳がその内容を理解するまでに5秒ほど要した。

 そして、体育館内には割れんばかりの大きな歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませーん。新聞部でーす!取材をしに来ましたー!」

 

 生徒会室へと到着し、黛さんが部屋のドアをノックする。すぐさま、はいという返事が返ってきてドアが開け放たれた。

 

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」

 

 出迎えたのは、青いリボンを付けた生徒…三年生だった。ヘアバンドに三つ編み、眼鏡をかけたその姿を見て、全校集会の時に司会を務めていた人物であるとすぐに分かった。

 その三年生に倣い、私たちは生徒会室へと入っていった。

 

 部屋の中は思っていたよりも広く、そして綺麗であった。

 部屋の中央には長テーブルを二つ合わせて置いてあり、近くにあるホワイトボードには学校祭についての書き込みがびっしりと埋められていた。壁際にある棚には分厚いファイルやら書類やらが隙間なく入れられていた。その隣には小さな冷蔵庫や食器棚があって中にはティーカップが陳列する。

 

 そして、生徒会室には三年生の人以外にももう一人がいた。

 

「あ、さくらんにハゼたんだ~やっほ~」

 

 眠たそうな顔に、袖だけがかなり余りダボダボとしている制服を着る人物はのほほんとした雰囲気を醸しながら生徒会室に入って来た私たちへ手を振る。

 前者は玲菜の事だろうが、後者は私の事を言っているのだろうか?

 

「あー!のほほんちゃんだー!えー生徒会の役員だったのだ、私知らなかったよー」

 

「えへへ、まあねぇ~」

 

 のほほんさんはダボダボの袖を頭に当て、照れながら微笑む。

 

「あら、二人ともあの生徒会の子と知り合いだったのね」

 

「ええ。主には玲菜との繋がりではあるのですが。それにお互いに一組二組なので授業を受ける時によく」

 

 ぼそっとぼやいた先輩に私は補足説明をした。

 確か最初に会ったのは、あの無人機の事件で箒を探すのを頼まれた時だっただろうか。あれからは教室が近く授業でよく合同授業を行うという事もあり、一組の子たちとは何人かは知り合っている。

 

 

「本音、これからここで取材をするから、机の上の物を片付けて」

 

 眼鏡をかけた三年生がのほほんさんへそう指示を出す。

 

「わかったよー、お姉ちゃん~」

 

 指示を受けたのほほんさんはゆっくりとした動作で机の上に広がっている何かの書類を束ねたり、まとめたりしていく。

 

「え?お姉ちゃん?」

 

 思わぬワードに玲菜は首をかしげる。

 

「挨拶がまだでしたね。私は三年整備科の布仏虚(のほとけうつほ)と言います。生徒会では会計を担当させていただいています。あちらは私の妹の布仏本音(のほとけほんね)です」

 

 眼鏡をかけた三年生…布仏虚さんはぺこりと綺麗なお辞儀をする。その後ろでのほほんさんは笑顔で袖を私たちに向かって大きく振る。同じ姉妹なのにこれほど違うのかと、私は少しだけ衝撃を受けた。

 

 さて、相手からの挨拶を返さない訳にもいかないため、私たちも彼女らへ改めて自己紹介をすることにした。

 

「黛さんに、桜田さん。そしてハーゼンバインさんね。今日はよろしくお願いします。会長は今、別の用事で席を外しています。もう少ししたらここへ戻ってくるのでそれまではゆっくりしていて下さい」

 

「なるほど、わかりました。それじゃあ二人とも今のうちに準備をしちゃってね」

 

 虚さんに促されて長テーブルの席に座った私たちは取材の準備をしていく。

 黛さんはインタビュアーを、私は書記を、そして玲奈はインタビュー中の写真を撮る役を務める。

 私は肩掛けカバンから録音機と筆記用具、メモ帳を取り出しいつでも始められる用意をした。今お茶をお出ししますね、と言い虚さんは食器棚のある方へ向かっていった。

 

 虚さんがお茶の準備をしている間に妹ののほほんさんは、先程までしていた机の上の物を取っ払う作業を終え、冷蔵庫から何か包装された箱を手にゆっくりした足取りでこちらへ向かってきた。

 

「ちょお美味しいケーキがあったけどそれはおりむーと一緒に食べたから、今回はちょお美味しいこちらを用意しました~」

 

 箱から取り出されたのは、食べやすい大きさに切られたバウムクーヘンだった。

 そのお菓子はまるで木の年輪のように茶色と黒そして白の層が何層も重ねられ、外側はチョコレートとホワイトチョコレートでコーティングされていた。

 

「わー美味しそうだね」

 

「そりゃーもうーちょおちょお美味しいよー」

 

 目の前に出てきたお菓子に玲菜は目を輝かせてまじまじとそのお菓子を見る。そんな様子を見てのほほんさんは自慢げに言い、六人分の皿とカップ、フォークを並べていく。

 

 丁度、皿類を並べ終わった頃に虚さんがこちらへやって来て五人分のカップへ紅茶を注いでいく。香りからして良いところの茶葉を使っているのだとわかった。

 

「わぁ、ちょっとしたお茶会ね」

 

 思わず黛さんはそう呟く。

 生徒会室はバウムクーヘンの甘い香りと紅茶の香りが混じり合い、より部屋を華やかに染め上げた。

 

 

「もうそろそろかしら」

 

 のほほんさんがバウムクーヘンを取り分けていると、虚さんは腕時計を見ながらそう言った。まさかとは思いつつ、生徒会室の扉へと視線を移すと丁度良く、扉が音を立てて開かれた。

 

「みんなお待たせ!じゃあ、今日はよろしくね♪」

 

 学園最強の名を持つ生徒会長、更識楯無はにんまりと微笑み、右手に持つ扇子を広げる。そこには『定刻通り』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは……原因は織斑君自身にあったっていう…?」

 

「ええそうね。つまりはそういうことよ」

 

 更識さんはさも当たり前のことを言うように淡々としていた。

 一夏争奪戦が起きた原因を聞いていくうちに、更識さんの話をメモしながら私は彼がとてもではないけれど可哀想に思えてきた。

 

 

 さてIS学園の学園祭は毎年、各クラスだけでなく各部活動も催し物を出す。そして、各部活動の催し物については人気投票を行い、上位組には部費に特別助成金が上乗せされるという仕組みをしていた。ちなみに、私たち新聞部はたい焼きという日本のお菓子を作るらしい。

 特別助成金がもらえるという事で毎年、各部がしのぎを削って頑張るらしいのだが今回その部活動の人たちから()()()()がかなりの数が寄せられていたようだ。その苦情の内容というのは織斑一夏が部活動に参加していないという事だ。

 

 新学期と比べては大きな行動を起こす程の熱は収まったものの未だに彼への人気は健在だ。部活動といえば数少ない青春の一ページで、彼と一緒にその時間を共にしたいと思う者は少なくない。というわけで彼へ各部活動が何度も彼へ部活勧誘を行ってきたそうだが、効果はいま一つ。現在彼はどこの部活動にも所属していない、日本でいう帰宅部というものに属している。

 IS学園には必ず部活動に参加しなければならないという決まりごとはなく、生徒はどこかへ所属するかは自由だ。現に私の知っている専用機持ちは箒を除けばみんなどこにも所属をしていない。だが、そんな事は許されることはないそうで毎日のように生徒会へは苦情が寄せられていたそうだ。その問題を解決するべく生徒会が、全校集会で発表したような一夏争奪戦を開催するのだ。

 

 傍から見れば織斑一夏という人物は誰からも愛される人物なのだ、と思われてしまうだろう。だが、裏を返せば彼は他人の願望を押し付けられているのである。ここは一つ彼の自由を尊重してあげればよいものの、誰もが憧れる彼を自分の手中に収めたいと思って各部活動はまるで織斑一夏という人形を取り合うかのように争っている。それには彼の考えなどは全く考慮されていない。女尊男卑の影響と言えばよいのだろうか。男の意見などを考えずに彼女たちが自己中心的な考えで好き勝手に思い描いた理想を掲げているだけだ。温厚な性格を持つ彼はきっと、そのような事には怒りを露わにせずにいいよいいよと淡々に受け入れるであろう。結局のところ、彼には自由などなく未だに都合の良い客寄せパンダのままなのだ。

 

「なるほど…これが先日に発表した”一夏争奪戦”の真相ということね~」

 

「ええ。彼には申し訳ないけれども学園祭のイベントの一つとしてこの問題解決のために利用させてもらったわ」

 

 紅茶を飲みながら更識さんは黛さんの質問へと答えた。

 それからというもの今回の学園祭準備に伴っての裏話などをちょこちょこと聞き出していった。黛さんからの質問に時には虚さんからの説明も挟みつつ、更識さんが一度もうろたえることなく答えていった。

 

 

「あ、そうだ薫子。ちょっと宣伝しちゃっていい?」

 

「ん?いいよいいよ!ささ、白状しちゃって!」

 

「それなら遠慮なく。今回は異例のイベントを行うというわけで私たち生徒会も催し物を出そうと思っているの」

 

「ほうほう生徒会自ら…。これはまた随分と珍しいことをするわね。んで、どんな事をするの?出店?」

 

「いいえ、出店ではないわ。せっかく外からもお客様が来るわけだし、観客参加型の大きなイベントをやろうと思ってね」

 

「ほうほう…。ちなみにどのようなものをするかは…?」

 

「詳しくは伏せるけれども第四アリーナ全部を使ってそれをやろうと企画している所。後の事は、当日までのお楽しみよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虚。今日の予定はもう終わった?」

 

「はい、本日の予定はこれ以上ありません。ですが、5日ほど溜まっているあの(書類の)山の処理をするという予定がございます」

 

「うげ…。それは予定と言えないと思うな…」

 

 取材が終わって新聞部の面々が帰り楯無はいつもの席で紅茶を飲みながらのんびりしていた。だが、ファイルのが並べられている棚に隣接する棚の中に貯められている書類を虚に指さされて窓に視線を移す。

 

「今日は新聞部との予定に合わせるためにいつもより早めに織斑一夏との特訓を切り上げたのです。たまにはこちらに手を付けることをおすすめいたします」

 

「…まあ少しは進めようかな」

 

 視線を合わせずに話をする彼女に内心ため息をつきながら虚は新聞部へ出した皿類を片付けていく。

 

「そうそう、本音ちゃん。彼女の部屋には何か変化はあったかしら?」

 

 ふと楯無は余ったバウムクーヘンをもそもそと目を細めて美味しそうに食べている本音へと話しかける。

 

「いいえ、特に変わったことは起きていませんよおじょーさま。ハゼたんはいつものように企業への定期報告や家族へメールを送っているだけでしたー。それと、撮った写真の綺麗に加工をしているとかですねー」

 

「そっかぁ。それは残念」

 

 いつもののんびりとした口調を聞き、楯無は気の抜けた返事をする。

 

「お嬢様。やはり彼女は…クリスタ・ハーゼンバインは黒と見ているのですか?」

 

「そうねぇ…やっぱり黒に近いかなー。彼女のISはわざわざ国際IS委員会に懇願してまで利用可能にさせたっていうサンドロック(骨董品)に疑問が残るのよ。ちゃっちゃと初期化してレーゲン型の試作機として再構成させればこんな手間のかかることはしなくて済むのに。それにVT事件といい、最近各国で起きているIS襲撃事件で目撃されている”幻のIS”といいどうもきな臭くてさ、あのメッゾフォルテ研究所って所が。いや、あそこの所長のクラウスだかっていう人がかな?ま、薄々何かを感じ取っているからこそ私の所に委員会の人が来たしね。しばらくは監視の目を怠らないようにしておかないと」

 

 片づけを終え、椅子に座った虚に視線を移す。

 

「どちらにせよ、学園祭が始まればすぐにわかることね。餌は十分に撒いたわ。後は()()が現れるのを待つだけよ」

 

 

 

 



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第21話 綴られた脚本のままに

ゴールデンウイーク終わりましたねヾ(・_・)


 いよいよやってきた学園祭当日。

 夜中まで降っていた雨は朝方には止み、天気は見事に晴れ。絶好の学園祭日和といったところだろうか。蒸発した雨が空気をもやもやとする蒸し暑い朝を迎えながら二組では開催時間に向けて催し物の準備に追われていた。

 

 二組の教室内はまるで異国の店のようにその様子は変化を遂げていた。

 部屋全体は主に赤と黒の配色に染められ、廊下から見てもとても目立っていた。今回のために用意したというこげ茶色の木の椅子と四角いテーブルは綺麗に並べられる。壁には中国の伝説上の生き物の龍の絵が飾られ、所々に意味は分からないものの中国語で書かれた文字が額縁に入れられていた。

 そう、誰が見ても分かるように二組では中華喫茶をやるという事で満場一致だった。喫茶店といえば大抵のクラスは単にお茶を飲むところで終わっているが私たちの場合、お茶はあくまでもオプション。看板商品は中華デザートだ。実家で中華料理屋をやっていたという鈴の意見を参考にしつつ、ごま団子、杏仁豆腐、マンゴープリンなどの代表的なお菓子がメニューに並ぶ。教室内に区切られた厨房から甘い香りが漂う中で私は最終の打ち合わせに参加していた。

 

「……本当にこの格好をしないといけないのですか?」

 

 

 

 

 チャイナドレスを着ながら、だ。

 

 

 

 

「何謙遜しちゃっているのさクリスタ! 似合っているよ~」

 

「ちょっと露出が多いような……」

 

 これを用意した張本人(玲菜)へと目で訴える。

 

「それがまたいいのだよー! もぅかわいいなぁ~」

 

 だがそれは逆効果だったようで、制服姿の玲菜は口元をにやけさせながらこちらへ向けてカメラのシャッターを切った。

 

 中華喫茶をやるからには、という玲菜のアイデアのために用意された白色のチャイナドレスは私にとってみれば恥ずかしいものだった。

 ノースリーブタイプのチャイナドレスで大胆にも背中部分に上は肩甲骨周り、下は腰までの範囲に大きな穴が開いており、背中は後ろから見えるようになっている。スカートのサイドスリットはこれもまた腰の部分の所まで入れられており、太ももは完全に露出するような設計になっている。ヒールとシニョンと呼ばれる髪型をするのは許せるが、服装については何とも複雑な心境である。

 

「まあまあ、クリスタってあんまりこういう大胆な格好ってしないしたまにはいいんじゃない?」

 

 不満げな表情をしていると、いの一番にチャイナドレスを着たいと言っていたティナ・ハミルトンが私の肩に手を置いた。

 

 

 

 チャイナドレスを着る人は主に外国人勢と自推した日本人で構成されている。なぜ、外国人勢が強制させられるかと理由を問い質したが、これも戦略のうちよ! そのほうが萌えるじゃない! と軽く一蹴させられた。

 ちなみに玲菜は隣の一組で一夏とのツーショット写真を撮る担当をする。これは正式に新聞部へ寄せられた依頼らしい。写真を撮るなど、もはや新聞部ではなく写真部であるが当の部員たちはあまりそのような事は気にしてはいなかった。当然、私にも新聞部での仕事が回ってくるのだろうと思っていたが、そのような事はなかった。いつもなら何かはやってもらっていたために違和感を覚えたものの特には気に留めなかった。

 

「それじゃあ確認するけれども、振り分けた時間ごとに学園内でのビラ配りと接客をやっていきましょ。各自自分の担当する時間は間違えないようにしてね」

 

 赤いチャイナドレスを着た鈴が皆へ最終確認をする。着慣れているのか、気にしていないのか定かではないが、彼女はいつもの調子で話を進めていく。

 

「最初にビラ配りをするのは、あやとクリスタね。最初が肝心だからお願いね」

 

「うん、鈴ちゃん任せて!」

「ええ。任された以上はきちんとやり遂げますよ」

 

 ティナの言う通り、たまにはこういう格好をするのもいいか、と私は割り切った。

 

「それじゃあ皆! 気を引き締めていこう!」

 

「「「おー!」」」

 

 クラス長の号令の下、準備をしていたクラス全員で声を上げる。

 

 

 

 

 午前9時30分。

 IS学園祭が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……織斑くんって料理得意なんだー」

 

「さようでございます。大抵の料理ならば作ることが出来ます」

 

「ねぇねぇ、織斑先生って家でもあんな感じなの?」

 

「それはノーコメントとさせていただきます」

 

「えー! けち~」

 

「お客様、ただいまを持ちまして『湖畔に響くナイチンゲールのさえずり』は終了となります」

 

「あらもうそんなに時間がたったんだ。おしゃべりできて楽しかったよ、織斑くん!」

 

「御指名いただきありがとうございました。お嬢様」

 

 

 

 

 俺たち一組のご奉仕喫茶は朝から大盛況で、学園祭開催から大忙しだ。特に俺の場合は、接客に加えて『織斑君との写真撮影』という特別オプションで写真を取られないといけない。休む暇もないくらいに俺のご指名が店内に響き渡る。

 中学の時にアルバイトをしていただけあって、多少は接客にも慣れていたことはここにきて幸いにも役立っていると思う。メニューに書かれている小難しい商品名や決められたセリフを言うことも難なくこなすことができた。

 ただ一つだけこのご奉仕喫茶について不満に思うことがある。

 

 

「はい、織斑君! あーん」

「あーん」

「きゃー! いいなあリツ! どう? やってみた感想は?」

「なんだろう、こうゾクゾクしちゃうね。何か目覚めちゃいそう」

「それじゃあ、今度は私の番ね! はい、あーん♪」

「あーん」

 

 

 

 お菓子でお腹が満たされてしまうことだ。

 

 このご奉仕喫茶のメニューには、俺という共有財産をみんなで分かち合うために通常より高めに設定されている価格で『執事にご褒美セット』というものがある。内容は執事である俺にお客さんがお菓子を食べさせるというものだ。最初の利用者の鈴を皮切りにその様子を見ていたお客さんが次から次へとこの『執事にご褒美セット』を注文していっていた。

 普通だと店員が接客中に食べ物を食べるなど、失礼極まりないことだが意外や意外好評であった。確かに接客中は立ち仕事で休む暇なんてない。それに加えてお腹も空いてくる。端から見るとお菓子を食べられるなんて楽な仕事だと思ってしまうだろう。

 

 だが、考えてみてほしい。2種類しかないお菓子を休む暇もなく延々と食べさせられるのだ。口の中もお腹もポッ〇ーのチョコの味と〇リッツのサラダ味で満たされていた。既に数十本は食べているだろうか。お菓子でお腹いっぱいになるという感覚に慣れていない俺にとっては不思議な感じだ。しばらくは、のほほんたちとのお菓子を食べる会には参加を遠慮させてもらおう。そう、心の中で思った。

 

 

 

「織斑くん! 次は8番席にお願い!」

 

「了解」

 

 先程の執事にご褒美セットを終え、俺は次に待つお客さんの所へと向かう。俺を指名しているお客様が後を絶たないから休む暇もない。

 

 

 

「ね、先輩。この方が手っ取り早いって言ったっしょ?」

 

「ええそうね。それにしても貴方はもう少し口の利き方を直してもらえないかしら?」

 

 そこにはきっちりとしたスーツ姿の男女がいた。

 

 

 

「それでは、『湖畔に響くナイチンゲールのさえずり』を始めさせていただきます」

 

 俺は一礼して、注文された紅茶をお客さんの前に置く。そして彼らの向かいにある椅子に座った。

 

 湖畔に響くナイチンゲールのさえずり。

 端的に言えば、お客様と俺が時間の許す限りおしゃべりをするというものだ。数あるご指名セットの中で楽な部類に入るものである。

 ……何せ俺も茶を飲みながら、会話をするからだ。

 

「私、こういう者でございます」

「俺のもどうぞ」

 

 俺が座ると彼らは俺に対して名刺を渡してきた。

 見るからに学生ではないと思っていたがまさか企業の人間だとは。

 

「えっとIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当の巻紙礼子さんに泡河俊さん?」

 

 渡された名刺を見るなり、俺はそこに書かれていた名前を復唱した。

 泡河さんは癖毛のある黒髪に眼鏡をかけたのが特徴だ。きっちりというよりかはラフな感じの印象を受ける。そして、彼の上司にあたるであろう巻紙さんは赤みがかった茶髪にロングヘアーと美人の部類に入る綺麗な人だ。

 

「はい、ぜひ織斑さんの白式に我が社の装備をお使いいただけないかと思いまして」

 

 名前を確認されるや否や、巻紙さんは笑顔で唐突に話を進め始めた。

 

「あー、えっとこういうのはちょっと……」

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間、彼らの目的が何なのかすぐに理解した。

 

 俺が白式を専用機として持つようになってから、その希少性と話題性に便乗して世界中の企業から、毎日と言っていいほど装備提供をしたいという声が後を絶たないらしい。実際に俺に言われたことはたまにあるくらいで、大抵は白式を製造した倉持技研やIS学園によく問い合わせがくる、と倉持技研の人や千冬姉が言葉をこぼしていた。

 

 今やIS産業は自動車やテレビのような一つのジャンルとして確立し、各企業の開発・研究は盛んに行われている。IS装備も同様だ。ISコアを所持できなかった企業はISではなく装備に着目してどうにかIS産業に乗り込もうとしている。現に、IS学園にあるラファール・リヴァイブの製造元はデュノア社だが、その装備の一つであるアサルトライフルは、アメリカにあるクラウス社という企業の製品だ。

 

 さて話を戻すと、俺の白式はその特性上拡張領域(パススロット)は全て雪片Ⅱ型(大飯食らい)によって埋められている。そもそも、白式自身が雪片Ⅱ型以外の装備を受け付けようとしないのだ。色々な理由もあり、これ以上の追加装備は出来ないにもかかわらず企業からのお誘い話は途切れることを知らない。確か、クリスタからも遠慮がちに追加装備の話をされたっけか。

 まあとにかくだ。またこの手の話か、と内心がっくりと肩を落とす。千冬姉からはそのような部類の話には無視をしろと言われているものの、今はそのような事ができる状況ではない。

 

「まあそう言わずに。お話だけでも」

 

 巻紙さんは両手で俺の手を握る。俺を逃がしてくれなかった。

 そうしている間に男性が鞄からパンフレットをいくつか取り出して机に並べ始めた。

 

「武装だけでなく、こちらの追加装甲や補助スラスターとかも我が社では製作しているんですよ。個人的に一押しは、この脚部ブレードですね! 俺IS乗れないからあんまり言えないですけど、脚部ブレードって結構かっこいいと思うのですけどね!」

 

 男性が熱くパンフレットに書かれている内容を言っていく。

 

「あの、本当にいいんで……」

 

「えー!? これ、かっこいいって思わないのですか!?」

 

「いや、そうは思いませんけれど……」

 

 ちらりとパンフレットの中身を見るとどれも男ならば心をくすぐられるようなものばかりが並べられていた。

 

「でしょう! それにしても織斑さんの乗る白式は剣一振りだけですけれど、正直物足りないと思いませんか?」

 

 男性の放った言葉に思わず俺はカチンときた。

 

「確かに俺のISの装備は貧弱って周りからは思われますけれど、俺はそうは思いません。正直言って俺はまだ、IS操縦者としては未熟です。だからむやみやたらに武器を増やしてしまうと俺にはとてもではないですが扱いきれませんし、そんなこと白式は許してくれません。ISの特性を生かす事もIS操縦者とって重要だと俺は思っています。それに、俺は一つの事を極めるのが得意なので」

 

 今は楯無さんに特訓を付けてもらっているが俺の技術はまだまだだ。それに雪羅も十分に扱えていない。だからこそ、今の俺は雪片Ⅱ型と雪羅だけで十分なのだ。扱う者が少なければ覚えることも少ないから。

 ふと俺が追加武装を断ったことに対して、腕に付けている白式が喜んでいるように感じた。

 

 俺の話を聞いていた二人がポカンとしているとふと視界にメイド服を着た誰かがやって来た。

 

「あのお客様、申し訳ございません。既定の時間が過ぎてしまいまして……」

 

「あれ? まだ1、2分ほど時間があるはずだけれどなー?」

 

 男性が腕時計を見ながらメイド服を着ている鷹月さんへと視線を送る。

 

「誠に残念ながら、とっくに時間は過ぎてしまいました」

 

 鷹月さんは二人に対して綺麗な礼をする。

 

「すみません、失礼します」

 

 俺もそれに倣い礼をすると、その場から立ち去った。

 

 

 

「先輩……手を握りすぎたからじゃ?」

 

「……」

 

「い、いえ何でもないです……」

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、鷹月さんありがとう助かったよ。白式に装備をっていう人がやたらと多くて……」

 

 俺は救いの手を差し伸べてくれた鷹月さんへお礼を言った。

 

「いいのいいの、織斑君も大変ね。企業の人に質問責めになって……。うーん……午前の限定品も売り切ったし次休憩に入っていいわよ。校内を色々と見て回ってきたら?」

 

 ここで言う限定品とは俺がお客さんに対して何かをする関連の商品だ。4種類ほどあったはずだがもう売り切ってしまったようだ。

 

「え? いいの? まだ予定の休憩時間前だけれども……」

 

「そうね、まあちょっとくらいなら平気かな? 織斑くんにはみんなよりも仕事を多く頼んじゃったし」

 

 さすがクラス一のしっかり者。忙しいのにもかかわらず俺のことまで考えてくれるなんて……。嬉しい限りだ。

 

「そっか、じゃあお言葉に甘えようかな……」

 

 確か旧友の弾がもうそろそろで学園に来る頃だよなぁ、と時間を見て俺は思い出す。ちょっと予定より早いけれども、電話をしようかと思っていた矢先だった。

 

「では一夏さん、わたくしと参りましょう?」

「ああ、セシリアずるいよー僕も!」

「待て、そういう事なら私も!」

「よし! 行くぞ、一夏!」

 

 俺が休憩に入るという言葉を聞いてか、可愛らしいメイド服を着ているセシリア、シャル、箒、ラウラが名乗りを上げてきた。仕事より俺に構うとは完全な職務放棄である。

 

「こらこら、皆で行かれたらお店が困るでしょ? じゃんけんで順番を決めたら?」

 

 とここでお店の事を考えて鷹月さんがじゃんけんの提案をする。確かにこれは名案だ。

 

 

 

 ん……? 

 でもみんなと一緒に見て回っていたら休憩時間が終わるよな……。ごめん……弾。

 互いをにらみ合いながら恐ろしく真剣な表情でじゃんけんをしている彼女達の様子を見ながら、俺はIS学園に向かっているだろう友へ謝罪の言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼を過ぎ、今は午後1時になったところ。

 二組の中華喫茶はまあまあの客入りであった。廊下には未だに織斑一夏をめがけてやってきた数多くの生徒の長蛇の列が見える。だが、二組の教室内から溢れ出る甘い香りに誘われて列から何人もの生徒を引き抜くことに成功していた。これも玲菜の計算のうちだという。中々の策士である。午前のビラ配りを終え、今は教室内で接客を行っていた。そろそろ私の休憩時間がやってこようとしていた時、見かけたことのある人物が入店してきた。

 

「ねぇ、ハーゼンバインさんっている?」

 

 前に見かけた時と同じ制服姿の生徒会長がそこにはいた。

 

「お疲れ様です。私に何か用でしょうか?」

 

 私は仕事を他の人に任せ、生徒会長へと近づいた。

 

「うふふ、随分と可愛い恰好ね。後で薫子に写真を頼んじゃおうかしら」

 

「……黛さんになら既に何枚も撮られているので、きっといい写真があると思いますよ」

 

「あらそうなの。じゃあ後で言っておこ♪」

 

 会長は右手に持つ扇子を口に当てて笑みを浮かべる。

 会長の姿を見て、少し前にやってきた黛さんの事が思い浮かんでくる。満面の笑みを浮かべ、多少ヨダレを垂らしながら、私の珍しい格好を写真に収める姿を。

 

「それで、私への用とは?」

 

「ああ、そうそう。それでね、あなたには生徒会出し物の観客参加型演劇に協力してもらう旨を言いに来たの」

 

「あの演劇に、ですか?」

 

 以前に取材したときに意味深に言っていた生徒会主催の演劇のことだ。だが、当たり前のように協力させようとしている所には引っかかる所があった。

 

「ですが、私が……」

 

「”私が参加してもメリットがない”と言いたいのかな? ふふ、お姉さん、あなたの言いたいことはすぐにわかるわ」

 

 どうやら心の中を読まれたようだ。

 

「もちろん、協力をしてくれるならば報酬を用意するわよ」

 

 そう言うと会長はポケットの中に手を突っ込み、ある一枚の紙を取り出す。いや、それはただの紙ではなかった。

 

「じゃーん! もし協力してくれたならこれをプレゼント!」

 

 会長が左手に持っていたのはバーガーショップ『ハッピーアメリカン』の特別優待券だ。だが、ただの優待券ではない。一日20食限定の”伝説のバーガーキング”が購入できる特別優待券だ。

 

 伝説のバーガーキング……本店限定のその商品はあまりの人気に開店前に行われる注文予定者が引く抽選くじで『当たり』を引かなければ食べられることが出来ないという代物だ。国産黒毛和牛の肉を使用したミートパティとコロッケ、目玉焼き、レタスをこれでもかと挟んだ8段にも及ぶそのバーガーは名前の通り”伝説”並に注文することが出来ないのだ。だが、どこかで手に入れることができるという特別優待券を使えば話は別になる。開店前に店員へそれを渡せば無条件で伝説のバーガーキングを注文できるのだ。

 インターネット上では高値で取引されるほどのこの券をなぜ会長が持っているのかという疑問が頭に浮かぶ。

 

「知っているのよ、あなたが夏休み中にこれを何度も食べようとしていたことは」

 

 なぜ私が夏休みに伝説のバーガーキングを食べようとしていたのを知っているのだろうか……? だがそんなことより、もしここで協力をすれば念願の伝説のバーガーキングを確実に食べることが出来る。

 

「どうする~?」

 

 左手に持つ優待券をひらひらと左右に動かして会長は私を見つめる。私は会長の持つ優待券に視線が釘付けになる。協力しますという言葉を発しようとした時に、私はその言葉を飲み込んだ。

 そもそも、生徒会主催のこの観客参加型演劇というものの詳細は未だに知られていない。分かっていることとすれば、一ヶ月前から第四アリーナを貸し切りにするほどの大きな舞台が用意され、題材が『シンデレラ』という事しかわかっていない。

 詳細を知りたければ、会場30分前までに入場しなければわからないという、何とも胡散臭い謳い文句だ。中身の良く分からないものに、あっさりと協力するのはいかがなものかと思念する。

 

「うーん、意地っ張りねぇ。しょうがないわ。今ならもう一枚優待券を付けちゃうよ?」

 

 会長は手品のように指を動かして一枚の優待券を二枚の優待券へと変化させた。

 

「ぜひ協力させてください」

 

 息をつく間もなく即答する。私の頭の中では、伝説のバーガーキングをいかに効率よく食べられるか、というシュミレーションが何度も繰り返された。

 

「よろしい♪ 素直な子は、私好きよ」

 

 

 

 



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第22話 解けられた魔法

 なあ、弾。シンデレラってどんな話か覚えているか?

 

 

 普通シンデレラって言われたら貧しい小間使いだったシンデレラが一国の王子と結婚する話だろ。でも本当は違うんだぜ。ほら、童話ってさ原作の話は色々と大人の都合で世間には出せない内容だからそれを変えて世間に出回るって話聞いたことあるだろ。

 

 シンデレラもそうなんだよ。本当のシンデレラっていうのはな。

 

 

 一国の王子が灰被り姫(シンデレラ)っていう地上最強の兵士たちに追われるっていう話なんだぜ。どうも、王子が身につけている王冠には王子の国に関わる重要な情報が入っているらしくてさ、それを狙ってシンデレラが王冠を狙うっていうんだ。そのシンデレラっていうのはな、青龍刀を振り回したり、クナイを投げ飛ばしたり、ガラスの靴で蹴とばしたり、スナイパーライフルで狙撃してきたりするんだ。

 すげぇだろ?前者なんかどっかにいる山賊がやりそうなことだろ?でも、そうやって武器を振り回してくるのがシンデレラなんだ。こうして王冠を狙う。ホント、恐ろしい話だ。

 

 しかもな、王冠は絶対に頭から放しちゃいけない。そりゃ、一国の王子だし国の事が大事なんだ。王冠に隠されている大事な情報を野蛮な奴ら(シンデレラ)になんか渡しちゃいけない。だから、その王子は王冠を外してしまうと自責の念で体に電撃が走るんだ。

 

 もう何が何だか滅茶苦茶だろ?俺も良く分からない。でもこれが本当のシンデレラなんだ。んでな、俺が今演劇でその王子役をしているんだぜ。すげぇだろ?

 

 だからよ、お前の学校祭の出し物の内容がおかしくって笑ってすまなかった。きちんと学園祭を案内できなくてごめん。

 

 

 だから、さ。こんな俺を助けてくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…」

 

 重たい瞼を開けると視界に白銀のドレスを着ているシャルが俺を心配そうに見ていた。

 

「大丈夫?一夏?」

 

 その時、俺はなんで意識を失っていたかを思い出した。そう、俺はシャルをかばってセシリアと鈴の猛攻を防いでいたら崖から落ちて…。

 そして、俺はすぐさま何をしなければいけないのかを思い出した。そう、走り出さないといけないのだ。

 

「じゃあな、シャル!」

 

「ええー待ってよー!」

 

 後ろでシャルが俺に向かって叫ぶがそんなのお構いなしに俺は脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 事の発端はご奉仕喫茶で働いていた時に楯無さんがやってきたことから始まる。

 生徒会主催の演劇に協力しなさいと言われた俺は接客中にも関わらず、半強制的に演劇を手伝わされることとなった。連行された俺は装飾の派手な青いジャケットに白いパンツ、そして金色に輝く王冠を身に着けさせられた。そして俺がシンデレラの王子役であること以外は一切教えられぬまま、演劇の会場である第四アリーナに作られた巨大な舞台に一人取り残された。

 楯無さん曰く、台本のないアドリブの劇だから安心して、とのことらしいが蓋を開ければそれは演劇ではなく俺一人のサバイバルゲームだった。執拗に俺の装飾品である王冠を狙い青龍刀を振り回す鈴、そしてどこからか狙撃をしてくるセシリア。そんな彼女らから武器を持たない俺はとにかく逃げまくった。

 途中でシャルに会い、彼女の持つ盾で一時は助かったものの彼女も俺の王冠を狙うシンデレラの一人だった。そもそも頭から王冠を外すと体に電撃が走るというまるで呪われたアイテムである王冠をシャルに渡すわけにはいかない。一瞬だけ味方がいたのだと喜んだもののそれは間違いだった。崖まで追いやられた俺たちは、鈴の投げた青龍刀によってシャルの盾は壊された衝撃で、崖から落っこちてしまい俺は意識を失っていたのだ。

 

 

 

 

「はぁ…さすがにここまでくれば…」

 

 俺は近くに見つけた塔に登っていた。

 さすが一ヶ月間第四アリーナが使用禁止にされていただけはある。立派な舞台が出来ているものだな、とつかの間の休息に俺は感銘を受けた。

 普段は土のグラウンドしかなかったこのアリーナには、まるで一つの国が出来ていた。広い庭付きの城エリアと、その後ろに広がるゴツゴツとした大きな岩がある砂漠地帯。どれも実際にあってもおかしくないものばかりだ。それに、舞台に出来ているのはどれも石でできた建物ばかり。特に、俺が先程までいた城なんて今だからこそ思えるがかなり立派なものだ。

 

 俺は塔の周囲を巻くように作られた螺旋階段を登りながらこれからの逃走について思案していた。楯無さんのナレーションによって始まってしまった、俺だけのサバイバルゲーム。武器もなく、あるとすればそこらへんに転がっている石くらいしかない。だが、そんなものでは刃物や銃を使ってくるあいつら(シンデレラ)になんか叶うはずがない。そうなってくれば答えは一つ。身を隠すのみだ。見ているはずの観客なんてどうでもいい。今は俺の身の安全確保が最優先だ。塔の頂上にいればいつかは見つかるものの、それまでに時間は確保が出来る。その間に次の身を隠す場所を探せばいい。

 これからどうしようかと思いながら塔の頂上へとたどり着くと、突如その場がライトアップされて塔の上に何がいるかがはっきりと見えるようになった。

 

「待っていたぞ!」

 

「王冠は私がいただく!」

 

「げっ!」

 

 そこには二人のシンデレラが俺の事を待っていた。

 一人は日本刀を手に持つ箒。そしてもう一人はタクティカル・ナイフを両手に携えるラウラだ。よりによって、俺の知っている中での武闘派が集まってしまった。

 相手の手には凶器があり、今俺の手には絶望が握られている。こんなものじゃ勝てる気がしない…。

 

「一夏、覚悟!」

 

 シンデレラではなく、もはや武士と化している箒が俺へ近づいていた時だった。

 

「待て、箒!」

 

 突如、何かに気づき歩みを止めたラウラが箒へ叫ぶ。ラウラの叫びに反応した箒は上空に視線を動かして俺へ近づくのを止めてしまった。

 

 上なのか?

 二人に倣い、頭上を見上げるとそこには何かがこちらへ降ってきていた。いや、落ちてきていた。

 

「何だ!?」

 

 それはくるくると空中で回転すると、すとっと俺の目の前に着地をする。それは人だった。

 その姿はまるで忍者のような恰好であった。藍色の布の生地の服を身にまとい、太ももには短剣の鞘が巻き付けられ、首周りには同じ色のマフラーが巻き付けられていた。ついでに頭にはゴーグルが巻かれていた。

 

「けがはない?一夏?」

 

 ポニーテールにされたプラチナブロンドが揺れ、聞き覚えのある声が俺の名前を言った。

 

「く、クリスタ!?」

 

 その人物は二組のクリスタだった。いつも見ない格好をしていたため気がつかなかった。というか何でそんな恰好なんだ?

 

「貴様、どういうつもりだ!」

 

 箒は突然現れたクリスタに憤慨する。傍から見れば完全に悪役である。

 

「武器を持たない王子様にニ対一で襲おうなんてちょっとやりすぎじゃないと思ってね。これで対等でしょ?」

 

 彼女は太ももから短剣を二本抜いて構える。よくよく見てみると、それは練習用のゴムでできたナイフだった。

 

「邪魔をするなら、先にお前から倒す!」

 

 箒は刀を構えると、クリスタへと近づく。

 

「そこを、どけぇ!」

 

 箒は居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、クリスタへ素早い右切り上げを放つ。その構えは俺が知っている『一閃二断の構え』だった。

 姿勢を崩さずにいたクリスタはその斬撃を後ろへ下がることによって躱す。

 

 だが箒の攻撃は止まらない。振り切った刀をそのまま上段に構えて振り下ろす。そのあまりに早い動作に、クリスタは両手に持つゴムナイフを交差させることにより刀の攻撃を阻んだ。

 

 クリスタはそのまま箒を押し返し、よろめいたところを回し蹴りで反撃をした。的確に刀の持つ右手を狙ったそれは箒が左腕でかばった。すると両者は互いの距離を離す。

 

 初見で箒の攻撃を防いだクリスタに見とれていると突然クリスタがこちらへ向いて叫ぶ。

 

「何ぼーっとしているのですか!逃げてください!」

 

 そこで俺ははっと我に返る。そうだ、元々はクリスタが現れたのも俺をかばうため。刃物を持っている二人から一刻も早く逃げ出さないといけない。

 

「嫁ならば、さっさとそれを渡せ!」

 

 クリスタが箒の相手をしているということでラウラがナイフを両手に、俺へと走り寄って来ていた。

 ここまできた螺旋階段を降りて逃げようと思ったその時、上空にいくつものピアノ線に滑車のようなものが張り巡らされていることに俺は気が付いた。

 

「あばよ、ラウラ!」

 

 それを見た瞬間俺は塔から飛び降り、滑車に捕まるとそのまま近くにある城の方向へと勢いよく降りて行った。

 

「何、卑怯だぞ!」

 

 後ろからラウラの抗議の声が聞こえてくるがそんなことは、今はいい。今は俺の身の安全が第一だ。

 

 

 

 滑車でそのまま乗った俺は城の屋根の部分に降りた。

 とりあえず箒とラウラは大丈夫だとして、後は撒いているはずのセシリアと鈴、そしてシャルをどうにかしないといけないな。

 

『さあ今からフリーエントリー組の参加です!皆さん!王子様の王冠目指して頑張って下さーい!』

 

 ふと安心したのもつかの間、楯無さんがそのようにナレーションを入れる。

 

「はあ?」

 

 フリーエントリーだって?

 するとどこからか大きな地響きが聞こえ、気が付くと俺のいる屋根の周囲には多くの女子生徒がいた。

 

「織斑君!大人しくしなさい!」

「私と幸せになりましょー王子様!」

「王冠をちょうだい!」

 

 俺に迫りくる女子たち。中には一組の人もちらほらと見かけた。って悠長に観察をしている暇なんてない。俺はすぐさま屋根から飛び降りて身を隠せる場所を探し始めた。

 

 どこか…どこかに…。

 走れども見晴らしのいい城の庭には隠れられる場所なんてなかった。どうにか見つけないと。後ろからは大きな地響きが聞こえてくる。

 目を皿のようにして周囲を見ていると突如、足が何かに掴まれた。

 

「おわぁっ!」

 

 そしてそのまま視界が地面へと近づいていき、地面に吸い込まれる。何者かによって引っ張られた俺が目にしたのは木や鉄で作られた演劇舞台の骨組みだった。

 

「さあ、こちらへ。」

 

 演劇舞台の下側に連れてこられた俺は、とりあえず足を掴んだその人物の言葉に従い舞台セットの下を潜り抜けていく。しばらくついて歩いていくと、見覚えのあるロッカールームにたどり着いた。

 

「ここなら見つかりませんよ?」

 

「はあ…はあ…」

 

 先程までの疲れがどっと押し寄せ、息を整える。そして俺の足を掴んだ張本人に目線を動かした。

 

「どうも…あれ?どうして巻紙さんが?」

 

 そう、そこには喫茶店で会話をしたばかりの巻紙さんがいた。見たことのある笑みを浮かべながら、彼女は話し始めた。

 

 

「はい、この機会に()()をいただきたいと思いまして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は走っていた。

 力強く踏み切るときになる音と自分自身の荒い息づかいが光に灯された無機質な白色の廊下にこだまする。目指すべき場所は、『IS学園地下特別区画 保管庫』だ。

 

 

 

 遡ること一時間ほど前。

 IS学園への入場者のチケットの確認をし終え、生徒会主催の演劇のために、校内には生徒の姿をあまり見ない学園内を巡回していた時の事だった。

 

「布仏さん!!」

 

 私の名前を呼ぶ声の方を振り向くと風紀委員の腕章を付けた生徒がいた。

 

「その、先生が倒れていて…!」

 

 

 

 

 

 風紀委員の後をついていくと現場には意識を失い、倒れている先生がいた。意識のない先生の脈を測ると、生きていることがすぐにわかった。

 

「意識を失っているだけね」

 

「…そうでしたか」

 

 風紀委員の子はほっと胸をなでおろす。

 

「布仏さんすみません…私動揺しちゃって…どうすればいいかわからなくって…」

 

「まず落ち着きなさい。他の風紀委員を呼んで、先生を医務室に運びなさい。私はこのことを先生方に報告するわ」

 

「わ、わかりました」

 

 携帯電話を使い、誰かに呼びかける姿を見て、私は走り出す。そして、すぐさま治安維持担当の先生方へ連絡を取った。

 

「布仏虚です。大至急、地下にある無人機の部屋を調べてください!」

 

 

 

 

 お嬢様は、今回の学園祭で必ず騒動が起きるだろうと予測を立てていた。何せ襲う理由は山ほどあるのだ。特に白式は第二次移行(セカンドシフト)を済ませた、より謎を深めた存在。それを狙ってくる輩は必ずいるとお嬢様は考えた。それに今年は特に異例である。クラス代表戦での無人機二機による襲撃、VTシステムの暴走。そして臨海学校での福音暴走事件はどれも初のIS男性操縦者の織斑一夏の周りで起こっている。今回行われる学園祭も例外ではないだろうと目論んだ。そこで、お嬢様は少しでも自衛が出来るようにと、まだ実力が乏しい織斑一夏の特訓をし始めた。全ては、学園祭で襲ってくるであろう敵に対抗するために。

 

 だが、IS学園には狙われるような格好の餌はまだある。お嬢様は万全なセキュリティの下ではその可能性は低いと織斑一夏よりも優先度を下げるとおっしゃっていたが、今回ばかりはそういかないようだ。

 

 

 

 IS学園地下特別区画。

 ISを取り扱う唯一の教育機関として知られるIS学園は()()()の時のための備えとして地下に巨大な施設がいくつか用意されている。例えば生徒や教員をかくまうシェルターやオペレーションルームなど、地上の施設が壊されても何一つ支障がきたさないような施設がある。他にもISを研究・調査できるような施設や、整備できる場所など、地下50mに及ぶ広い空間をふんだんに活用している。ただ、地下の存在について部外者はおろか一般の生徒には知られていない秘密の場所だ。そう()()の生徒ならば、だ。

 そしてその地下には、あの無人で動いていたISが今なお保管されている。国際IS委員会の指示で保管されているもののいつ狙われてもおかしくない状況であった。

 そして意識を失っていた先生の首には地下への入り口にもなるIDカードがぶら下がっていなかったことを確認した時に、私の頭にとてつもなく嫌な予感がよぎった。お嬢様は今、第四アリーナで織斑一夏の護衛についている。こうなれば、私が食い止めるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下の扉を開けた私は独房室を潜り抜け、各種設備に繋がるエレベーターのある通路へと走って行った。

 

 通常ならば監視カメラによって()()を発見した際にはすぐさま管制室へ通報されるはず。だが、先程先生へ報告した際の対応から考えるに正常にそれらは作動をしていない。ますます不安にあおられるも、まずは無人機の安否をこの目で確かめなければならない。

 通路を右に曲がり、はるか遠くにエレベーターの扉が見えてきた。口の中が乾きながらもつばを飲み込み、さらに走るスピードを上げる。

 その時だった。

 

 エレベーターが動いている…?

 

 扉の上についているランプが下から上へと動いていたのだ。

 

 誰かが乗っている…!

 

 エレベーターの遠くで私は歩みを止めた。

 学園祭では通常ならば一般の人は入場出来ないようになっている。だが、例外として生徒に配られる「招待券」と協賛企業への「招待状」があれば話は別である。その限られた人たちが学園へ来ているもののとてもではないがその人数は多く、入場口では招待券等の確認をしていただけで精一杯でだった。来場者全員に金属探知器を通過させてはいたが詰めが甘かったと私は今更ながら後悔した。

 

 ISが二機並べるほど広い廊下に私の上がる息の声がこだまする。段々と今いる階へ近づいてくるエレベーターに私はただ、遠くでその様子を見ているだけだった。

 

 

 

 

 ちん、というエレベーター特有の効果音が廊下に響き渡り、エレベーターが私のいる階に止まる。

 胸の鼓動がはっきりと自分の耳に聞こえ、思わず太ももにしまっている護身用のナイフに手を当てる。

 

 

 

 エレベーターの扉が開かれる。その中にいたのは……。

 

 

 

 

 一人の男だった。

 

 黒い髪に黒いスーツ。眼鏡をかけ、日本人よりかは外国人の血が流れていそうなその顔つきに私は見覚えがあった。

 相手は目の前に私がいることに驚いたようで、思わず歩みを止める。

 

「おお、こんな所にIS学園の生徒さんが!いやー助かり…」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ、『みつるぎ』渉外担当の泡河俊さん」

 

 エレベーターから出て陽気にふるまうその姿はある意味私からすれば異様だった。私によって言葉を遮られ、じっと押し黙ると彼はお辞儀をした。

 

「それは申し訳ない。俺、実は好奇心旺盛な方でして…。地下への入り口を見た瞬間に思わずその衝動が抑えきれなくなったのですよ」

 

 顔を上げ笑顔で彼はそう答えた。

 

「私をバカにしているのですか?扉には立ち入り禁止と書かれていたはずですが、大の大人が常識をわきまえない行動をするなんて」

 

「とんでもない、あなたをバカに何てしていませんよ。俺は差別をしない主義なので」

 

 身振り手振りを使い彼は大げさに表現した。

 

「よく、企業の人間になれましたね。聞いてあきれますよ」

 

「全くの正論に完敗です。認めましょう。それはそうと、出口まで案内してもらえません?あまりに広い空間に迷ってしまって」

 

「そこで止まりなさい!」

 

 オーバーリアクションをしながら私へ近づこうとする彼を私は太ももに手を当てながら止めた。

 

「どうしたのですか?」

 

「これからあなたの身柄を確保して事情聴取されてもらいます。あなたはどうやってここに入ったというのですか?そもそもあなたがここにいることはおかしなことです。この空間は普通ならば…部外者は入ることが出来ません。それに教員と一部の生徒以外が侵入すると通報されて、直ちに通路にはシャッターが…。」

 

「どうやって?そりゃあ、これを使ったからだよ」

 

 すると、彼は懐からIDカードを取り出す。

 

「それは……!」

 

 そのカードには女性の写真と『榊原菜月』という名前が書かれていた。それを見た瞬間、私は彼を睨んだ。

 

「やはりあなたが…!ここがどこだかわかっているのですか!?」

 

「ああ、もちろん知っているよ。世界の頂点に君臨し、常識を覆した”IS”を未来ある若者へ教育する場のIS学園ってね」

 

「ならなぜ…」

 

「そもそもさ、人の常識って儚いものだよね。君もそう思わない?」

 

「はあ?」

 

 あまりも唐突すぎる会話をし始めた彼に私は思わず聞き返した。

 

「いや、まあね。つまりはISってすごいなあという話さ。初めてISがMs.束によって学会で発表された時に聴衆者たちはみんな腹を抱えて笑ったそうだ。『そんなことありえない』『子供が絵に描いたような作り話をしても話にならない』ってね。そりゃそうだよね、実際にその場にはISを用意しないで理論だけをペラペラ言っただけだもん。今じゃあ”常識”だけれどもシールドエネルギーやPICという概念はその当時の人たちにはなかったのだ。当然だよね。僕もきっと説明をされても分からなかったと思う」

 

 唐突に語り始めた彼に私は困惑した。一体何が目的なのだろうか?時間稼ぎ?それとも増援を呼ぶために?だが、既に地下への入り口は封鎖されているはずであり、新たに人がやってくる可能性は低い。もはや袋の鼠だ。

 さらに、今の彼は両手に何も持たなっていない身一つの状態である。とてもではないが、無人機を奪っているようには見えなかった。それもそのはず、彼は無人機の情報のパターン31に飛びついてやってきた輩。無人機がどこにあるか初見ではわからないのだ。となると失敗したという可能性も考えられる。なら彼の目的は一体何なのだろうか?

 

「だが人類は知ってしまったのだよ、ISというご馳走の味に。それを初めて味わう人類にとってそれはそれは、美味しかったのだろうね。もう骨までしゃぶり尽くすくらい夢中にさせる味を人類は忘れることが出来なかった。君も美味しかった料理の味は覚えているだろう?もし忘れていても大丈夫だ、君の体がきちんと覚えている。そして、欲深い人類は一度美味しいと感じたものをもう一回、もう一回と何度も食べ続けるだろう、例え()()()()()を払ってでも」

 

 トチ狂ったという言葉がまさにこれのことなのだろうか。

 

 彼は私に向けてまるで、子供が自信満々に自らが持つとびきりの知識を親兄弟にでも披露しているかのように楽しげに話しかけてきた。その行為に私は悪寒のような寒気が体に走る。

 

「そして世界は変わったんだ、それまでの常識を捨て去ってまで。ISに乗れるというだけで男と女の立場は逆転。"レディファースト"だかって言葉があったらしいけれど今じゃあ全く聞かなくなったね。そりゃまあ、女が先を行くのは当たり前になったんだし当然だよ。世の中はISを扱いたいがために女を持ち上げた結果が今の世の中さ。でも何だか、ISを使いたいがために上の人たちが女を利用しているようにも僕は思うけれどね。だとしても、君みたいなIS学園に入学出来た生徒は幸運だね、今の社会だとどこへ行っても歓迎してくれるよ」

 

「……」

 

 彼は息つぐ間も無く、喋り続ける。

 

「そして絶対にありえないと豪語していた研究者たちは手のひらを変えたようにMs.束にごまをすり、戦車や戦闘機は鉄くずと化し、当時世界のパワーバランスの要であった()は過去の遺物になり、I()S()がその担い手となった。アラスカ条約で軍事転用を禁止にしているはずなのにどうしてISを持つ国には軍隊にISがあるのだろうね。ホント、人間って欲望に忠実でいつ見ても飽きないし面白いよ」

 

 あまりにも気味の悪い長々と話していた話が続く中、私の耳に付けている通信機から反応があった。

 

『布仏さん!大変です!無人機のある部屋への何者かによって侵入されたという痕跡が確認されました!恐らくその侵入者によってだと思います。現在、無人機のある部屋までのルートを辿って先生方が捜査しています!あなたも侵入者を注意して下さい!』

 

 私は山田先生の言葉に耳を疑った。既に侵入されていた、つまりはコアは盗まれていたのだ。ならば共犯者がいるのだろうか?そのために私を足止めに?私の中には新たに浮かぶ疑問が現れ、心の中を乱していく。

 

「常識も所詮は集団生活の中でしか生きていけない人間に必要な、統一意識を持たせるために作り上げられた脆くて儚い先入観。今まで誰もが否定するような”非常識”だとしても、誰かがその"非常識"と思っている事がいかに素晴らしいかが他人に共感されてそれが波のように同じコミュニティ内で広まっていけば、やがて誰しもが当たり前と感じる”常識”になる。って僕は思うんだ」

 

 彼は、激しい運動した後のように何度も何度も大きな呼吸をした。よくここまで話し続けたものだ。

 

「こんな長々とした話を…」

 

「そうだ!せっかくだから、IS学園の生徒である君の意見でも聞いてみようか。君にとって常識ってなんだと思う?」

 

 彼は笑顔で私に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…無言みたいだね。せっかく他人の意見を聞けるいい機会だと思ったけれども、時間になってしまったよ残念」

 

 隙を見せないようにと無言を貫き通していると、彼は残念そうに肩をすくめた。

 

 

 

 ふと、後方からISの移動している音が聞こえてきた。振り返ると、緑色のラファール・リヴァイヴを身にまとった教師の人たちがいた。

 

「布仏さん、後ろに下がって!後は私たちが!」

 

 武器を手に展開させながら一人の教師が言い、教師の後ろに私は移動して距離を置く。

 

「いやー、さすがIS学園。ラファール・リヴァイヴをこうも生で見られるとは思いませんでしたよ。豪華なお出迎えですね」

 

「あら、それは光栄ね。不法侵入者さん。武勇伝にでもしてちょうだい」

 

 状況を把握出来ていないのか、それとも元から可笑しいのか定かでないが、彼はおどけながらも降参のポーズよろしく両手を高く上げる。

 

「それにしても、IS学園の人って過激ですね。俺を地上に戻すのではなくて、その場で殺すなんて」

 

 彼は自分に向けられているラファール・リヴァイヴの手に持つ銃を見ておどける。

 

「あら、そんな非人道的なことしないわ。このトリモチはあなたに怪我をさせるようなものじゃないから安心して。それに、あなたの言う通りこんな狭い所で立ち話をするよりは広い地上に戻った方が良いじゃないかしら」

 

「おおそれはよかった」

 

 両手を上げる彼はなぜか安心しきった表情をした。

 

「はっ、随分と頭のねじがイカレてる野郎じゃんか。ここはIS学園だ!お前みたいなヘラヘラ笑っている何も出来ない男がノコノコやって来るような場所じゃないんでね!相手にするのが間違ったな!」

 

 もう一人の教師がそう言うと、トリモチ弾を彼へめがけて発射した。対人用に作られ強い粘着質を持ったトリモチが彼の体の自由を失わせ、そのまま整形し地上へと運ばれ、一件落着となるはずだった。

 

 

 

 

 

 …そう、はずだった。

 

 

 

 

 

 彼の体にはトリモチは全く着いていなかった。それもそのはずだ。何せ()()()()()()のだから。

 

「感心しませんね、そのような態度は」

 

 私たちはあまりにも非現実的な光景に言葉を失った。

 

「教師であろうお方が来賓にそのような応対をするのは良くありませんよ。まあ、あなた方が教えてくれた地上へのルートは確保したので帰らせていただきます。()には待たせている人がいるもので」

 

 私たちの耳には何も情報が入ってこなかった。ただ、視覚情報だけが私たちの脳に行き届いていた。

 

 

 彼の右腕には赤黒い装甲が取り付き、右手には緑色に光る大きな剣が握られていた。剣の持ち手に付いているコードはそのまま彼の背中にある大きくも美しい竜の鱗のようなものががいくつも重なったかのような羽根に続いていた。

 

 

 

 

 

 彼は、まるで……

 

 

 

 I()S()を部分展開しているように見えた。

 

 

 

 






小説を描くにあたってまず最初にこの場面が思いつきました。


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第23話 来襲

 薄暗いオレンジ色の光が部屋全体を照らす管制室には2人の教師がいた。

 

 

「ロッカールームに未確認のIS反応です!」

 

 

 椅子に座り、目の前にあるコンソールを叩きながらいつになく真面目な口調で真耶は言う。

 目の前にある空中投影モニターには、いつもアリーナを利用する生徒が立ち寄るロッカールームが写っていたが今は見るも無残な光景であった。淡い光に照らされている室内の地面や壁には強い衝撃を受けた痕跡があちこちに残されコンクリートの破片が散らばっている。ロッカーには弾痕や何かによって切り裂かれた痕があり原型を留めている物を探す方が難しいほどで、もはや使い物にならなくなっていた。そんな被害が尋常ではないロッカールームには二機のISがいた。

 

『はぁぁ!!』

 

 一つは白式。

 操縦者は右手に持つ雪片弍型から零落白夜を発動させている織斑一夏。そして、もう一つ。

 

『やるじゃねーか、ガキ!』

 

『うるせぇ!』

 

 白式の斬撃を防いでいる、まるでクモみたいなISだ。

 脚が8本あるISの操縦者はスーツを着ている女性だ。その姿からIS学園関係者ではない部外者であることが分かる。

 全身装甲(フルスキン)によって女性の表情は見えないものの、その様子は余裕綽々といったところで一夏を弄んでいるようにも見えた。

 

 

 

「やはり学園祭を狙ってきたか。だが単騎か…。敵の増援が来る可能性があるな」

 

 真耶の後ろで腕を組み、じっとモニターを見ている千冬はクモのようなISを見てそう呟いた。

 

「地下に入り込んだという不届き者の方はどうなっている?」

 

「まだ新しい情報は何も。依然としてシステムはハックされており、地下の各機能、及び地上施設の一部の制御コントロールは失われたままです。どうにか復帰させた防犯カメラから若い男性が地下へ向かったとのことで送り込んだ対人用装備の二機のラファール・リヴァイヴからの通信は何も。一人先に向かったという布仏さんからの連絡も入ってきません」

 

「妙だな…。男一人に手間取っているのか?それともかなり奥まで潜り込まれたか…?とにかく、地下への入り口で警備している教師には厳戒態勢の維持をさせろ。まだそいつ一人だけが入り込んでいるとは限らないからな。加えて一般生徒と来場者への避難命令を」

 

「了解しました」

 

 真耶はコンソールを叩き、第四アリーナ、さらには学園全体への避難勧告をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がこの日本のニンジャみたいな格好をしてまで演劇に乱入した事には理由があった。凶暴化するだろうシンデレラから一夏の身の安全を守る為だ。

 会長は演劇に出て一夏の王冠をゲット出来れば一夏と同室になる権利を得られる、と一年の専用機組みに話を持ちかけたという。まるで、私にプレミアチケットを見せびらかした時のように。それを聞いた彼女らは血相を変えて参加すると言ったらしい。予想通りの様子から何を仕出かすか分からないための保険として私が抜擢されたのだ。一夏の用心棒として。

 

 だがそもそもの話、彼女らにあんな凶器を持たせなければ会長が一夏の心配をする必要がないのである。武器配布について意見を述べたもののそれはいいのと却下された。どこが大丈夫なのかは私には分からなかった。

 

 こうして伝説のバーガーキング入手のための条件として示された、何かがあったら一夏を守るという約束の下、このニンジャの格好をさせられたのである。私の役割を説明されていた時になぜ私を選んだのかと言ったら会長はこう答えた。

 

『だって、あなたに織斑くんと同室になる権利を得られるって話をしても彼に惚れていないあなたなら食いつかないでしょう?』

 

 つまり会長は元々、演劇を行う第四アリーナへ一年の専用機組みを集めたかったのだ。

 私の問いに扇子に口を当てて微笑む会長の姿は、私にどこか喉に小骨が刺さったような違和感を与えた。まるで、何かを企んでいるかのように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから王子様を探すプリンセス(一般生徒)たちの声があちこちから聞こえてくる第四アリーナ内で、私は人工的に作られた広大な乾燥地帯を抜け、目的地の城の建つエリアへと歩いていた。

 

 私は先程まで少佐と箒の相手をしていたが、フリーエントリーの生徒たちが王子様(王冠)めがけてやって来たために起きた、大地を揺るがす程の振動に動揺する二人を尻目にそそくさとその場を後にした。そもそも一夏はこの場にはいない訳であるしあのまま戦うのも一興であるが、そうしてもいられない。他にもシンデレラはいる訳なのでそちらの様子も見に行かなければならないのだ。それに、先程まで使っていた通信機で会長に連絡を取ろうとしても全く応答がない。そういうこともあり、現在の状況がわからない今は自力で彼を探す羽目になっているのだ。

 

 私の横を時折、王子様を探すプリンセスたちが通り過ぎていく。

 誰しもが、友人たちと楽しそうに会話をしながら…とはいかず景品である一夏との同室になる権利を目当てに、目をギラつかせながら探索を行なっていた。その様子を目撃するたびにいつもの光景だと思いつつも何だか彼が可哀想に思えて仕方がない私がそこにはいた。

 城エリアへと到着し、しばらく歩いていると舞踏会ゾーンにて私はお目当ての3人組を見つけた。

 

 

 

「たっくー、一夏はどこに行ったのよ…。逃げ足速いんだから」

 

「そもそもシャルロットさん、あなたが一夏をかばったりするからこうも必死になって探す羽目になったのですよ?」

 

「そんなこと言ったって…」

 

 

 

 互いに愚痴をこぼしながらも一夏を探す鈴、セシリアそしてシャルロット。どうやら、彼は再び武装している彼女らに襲われてはいないようで私はホッとした。一夏が周囲にいないことを確認し、ここから立ち去ろうとした時だった。

 

「あれ?やっぱりクリスタじゃない。何やっているのさー!というか、その格好何よ?」

 

 私の着ている服装が派手ということもあり、遠くにいた鈴にすぐバレてしまった。立ち去ろうとする私を大声で呼び止め、鈴がこちらへと駆け寄ってくる。そして私の方へと走る鈴を追いかけようとセシリアとシャルロットもこちらへと近づいてきた。逃げる訳にもいかないので、私も彼女たちに歩み寄る。

 

「クリスタさんもフリーエントリー組なのですか?」

 

「まあ…そういう所かなあ」

 

「ふーん。あんたが参加するとはねぇ…。にしても、派手な恰好しているじゃない」

 

 セシリアは私がフリーエントリー組だと言ってくれた事を信じてもらえたが鈴はそうはいかないようだ。彼女は私の服装をまじまじとジト目で見る。

 

「そういえば、さっき向こうの大きな塔が立ち並んでいる所にスポットライトが当たっていたけれど何があったか知らない?」

 

 城エリアにしかいなかったためかシャルロットは私に塔であったことを聞き出す。

 

「ああ、塔で少佐と箒が一夏を襲っていたんだよ。でも、今じゃあ逃げられたみたいだけどね」

 

 私は余計な情報を省いて端的にシャルロットへ何をあったか説明した。さすがに私が介入したなどと言ってしまえばどうなるか想像することが容易であるからだ。

 

「なるほど…。二人はそっちのエリアにいたのか」

 

 シャルロットが顎に手を当て考え事をしていた時だった。

 

 

 

 

 

「全く、襲うなどと誤解を招く発言は控えていただきたいものだな」

 

 聞き覚えのある声が背後から聞こえ、振り返るとそこには二人のシンデレラがいた。

 

 

 

「さあもう逃げられないぞ、クリスタ」

 

「さっきは逃げられたが、どうして私たちを妨害したのか訳を聞こうじゃないか」

 

 少佐は腰に手を当て、むすっとした表情でこちらを見ており、箒は手に刀を持ち剣先をこちらへ向けている。理由を聞こうとしているのに、刀をこちらへ向けている所から邪魔をされたことに相当腹が立っているご様子だ。

 

「クリスタさん、この二人に何をしたのですか!?」

 

 剣幕な雰囲気を露わにしている二人を見て、セシリアは私に詰め寄る。鈴もシャルロットもこちらをじっと見つめいた。

 このまま隠し続けることは得策でないと判断し私は素直に理由を話した。

 

「二人には黙っていて申し訳ありませんでした。実は生徒会長さんに頼まれて、一夏の護衛をしていまして。彼の生命が危ぶまれそうになった時にっと」

 

「「「一夏の護衛?」」」

 

 その場にいた全員が口を揃えて言う。

 

「はい。方や武装をしているシンデレラ、方や身一つで逃げようとする王子様。その差は明確です。王冠欲しさに何をするか分からないシンデレラによってもし王子様に怪我でもされてしまっては困るという会長の意向により、私が一夏の危機に遭ったらその場でいき過ぎた行動を抑制することが目的だったのです」

 

 

 

「ふむ…。あの女狐め、余計な真似を…。まあ、まだ私の技術に追いついてない嫁のことを考えれば少しばかりやり過ぎていたか。これからはもっと嫁に教え込まないとな…」

 

「なるほど…。お前の活動目的の理由には少々癪に触るが、確かに私もラウラも行き過ぎていた所があったな…。反省しよう。だがお前が王冠を横取りするためではなく、あの生徒会長の指示でやっていたという事が聞けて安心した」

 

 

 二人ともどうにか私の言い分を飲み込んでくれたようで、少佐は顎に手を当てボソボソと何かをつぶやく。箒は刀を鞘に戻すといつもの腕を組むポーズをしてうんうんと首を縦に振った。彼女の安心する部分がずれていると心の中でツッコミたくなったがどうにか理解をしてくれたようだ。

 

「なるほど、塔の方で起きていた事はクリスタがやっていたのね。にしても、よりによってよくあの二人の相手をしようと思ったわね、あんた…」

 

 私の話を聞いて鈴は呆れ顔でそう言った。

 

「ん?なんだ、鈴知らないのか?クリスタはドイツ軍でも右に出る者がいない程の格闘センスを持つダガー使いだ。悔しいが私でも敵わない相手だ」

 

「嘘っ!?あんたそんなこと出来たの!?」

 

「鈴に言うほどのことじゃないかなってね…」

 

 鈴たち三人は少佐の言葉を聞き、目を丸くさせる。自慢する程の事でもないので、同室の鈴にもこの事は知らないはずである。それに朝練でよく格闘の自主練を起きてから行なっていたが、布団の中で気持ちよさそうに眠りにつく鈴には知る由もないだろう。

 

「所でだクリスタ。私は王冠を、もとい嫁を探している。お前は我々の行動を監視して、もしも大惨事になりそうになったら救出に向かうようにしていたのだろう?」

 

「ええ、そうです。それがどうかしたのですか?」

 

「なるほど。つまり、お前は()()()()()()()を把握して行動しなければ助けに迎えない。ならば、今嫁がどこにいるかは知っているだろう?」

 

 少佐はにんまりとしたり顔で言った。

 この瞬間、私は少佐のこの顔を今すぐにカメラで保存し、ドイツ軍の黒うさぎ隊全員に一斉送信したいという衝動に駆られた。それほどいい表情をしていたのだ。いつもなら、口元が緩んでいることに気づかない程に喜ばしい気分になるが、すぐに私は現実に引き戻されてしまった。

 ふと周りからなんとも言い難いオーラというものだろうか、とにかく威圧のようなものを感じた。

 

 

 

「クリスタ、それは本当なのか?」

「クリスタ…そういう大事な事は早く言ってよねぇ…」

「一夏さんはどこにいらっしゃるのですか!?」

「クリスタ、早く一夏の場所を教えなさいよ!」

 

 目の色を変えてシンデレラたちが私に迫ってくる。正直、彼女たちの迫力に少しだけ恐怖を感じた。

 

 確かに少佐の言う通り、私は通信機を通して会長から一夏の位置情報や指示を受けて行動をしていた。だが、今は肝心の会長が応答しないのだ。つまりはアリーナの放送室に彼女がいないことを意味する。

 一体どこへ行ったのだろう。おそらく()()()()()()、一夏がいなくなったために救出に向かったのだろう。とにかく、まずやるべき事は目の前にいるシンデレラを落ち着かせる事だ。

 

「ちょっとみんな落ち着いてよ!確かに一夏の場所の位置を確認しながら行動していたけれども…。今は出来ないの」

 

「それはどういうことだ!」

 

 箒が言い始めた事を皮切りに次々と抗議の声が殺到する。私は普通の人間だ。残念ながら同時に何人もの声を聞き取れる程の器用さは兼ね備えていない。私の耳にはシンデレラたちが私は怒っています!という感情しか伝わらない。とりあえず、順を追って説明するべきだろうか。即座に話の順序を組み立てた私は抗議者へ説明をする。

 

「だから、落ち着いてって!最初から説明を…」

 

 

 

 

 

 

 その時だった。以前から聞き慣れた警報サイレンが聞こえてきたのが。

 

 アリーナ内には警報が鳴り響く。それは無人機が攻めてきた時や少佐のISが暴走した時の警報と同じだった。

 

「何!?」

 

 皆はすぐに周囲を警戒する。

 そしてすぐにアナウンスが流れた。

 

「ロッカールームに未確認のIS出現、白式と交戦中。専用機持ちはただちにISを展開。状況に備えてください」

 

 山田先生によるアナウンスが聞こえ、その場にいた専用機持ち全員がすぐに状況を把握した。

 

「「「了解!」」」

 

 セシリア、鈴、箒、シャルロット、少佐、そして私は体に光を灯しながらISを緊急展開させる。

 

 

 

 

 

 ロッカールームに未確認のIS…。

 つまりは組織が白式奪取に行動を移した、という証拠だ。だが、会長がアリーナにいないとなると既にもう…。

 いや、今は私としてのやるべき事を全うするだけだ。目の前のことに集中しなければならない。

 私は気持ちを切り替え、皆よりも少しだけ遅れてISを展開させた。

 

 

 

 

 

 ISを展開させるとオープンチャンネルから織斑先生の指示が聞こえてきた。

 

『敵の増援に備えて、オルコットと凰は哨戒につけ』

 

「「はい!」」

 

 二人はその場から飛び上がり、少しだけあるアリーナ天井の隙間へと飛んでいく。

 

『さて、お前たち四人にはこれから織斑の援護及び未確認のISの撃破、確保をしてもらう。まず、お前たちに織斑のいるロッカールームの位置情報を送る。確認してくれ』

 

 すぐさま、ISへ新たな情報が着信される。

 それを選ぶと、立体的な地図に赤く色塗られている部分が表示された。赤く示されたロッカールームは今いる第四アリーナの丁度真下辺りにあった。

 

『現在、何者かによってアリーナにはレベル4まで警戒レベルが引き上げられており、こちらからの制御は出来ないようになっている。そのため、まずはお前たちにはロッカールームにいる未確認のISの退路を塞いで欲しい』

 

「つまり敵が通るだろう逃げ道に我々が先回りするということでしょうか?」

 

『ああ、そういう事になる』

 

 少佐の質問に織斑先生は肯定する。逃げ道をなくすということは最も効果的な作戦だろう。何せ、相手は地下にいるのだ。地上にさえ出てこないようにすれば良いだけだ。

 

『篠ノ之、ボーデヴィッヒはアリーナ内で待機。敵がロッカールームからアリーナを通って逃走するのを防げ』

 

「はっ!」

「了解です」

 

『ハーゼンバイン、デュノアはロッカールームに向かい可能であれば、織斑の援護をしろ。おそらく直接入ること出来ないだろうが、侵入出来そうな部分にはチェックをしておいた。送った情報を確認してくれ』

 

「わかりました」

「よし、行こう!」

 

 私とシャルロットは手に武器をコールすると、地図情報に則り敵がいるというロッカールームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ…ここも以上は先へ進めないね」

 

 目の前にそびえ立つ隔離シャッターを見て、シャルロットはぼやいた。

 

 地下は非常灯で周りが見えるか見えないかのギリギリの明るさで照らされていた。地図に従い、アリーナのピットからISを装備したまま廊下を通っていた。だが、途中でシャッターが私たちを阻んだ。

 

「別の箇所もシャッターが下りていたし、どこもこんな感じだろうね」

 

「だね。どうする、クリスタ?一応、最後の一つのルートも残っているけれども…」

 

「いや、ここを通ろう。もう一つのやつはここからだと遠いし、何より時間がかかる」

 

 目的地のロッカールームへは4通りの行き方があったもののそのうち二つは頑強なシャッターが下ろされていた。システムハックによってシャッターで塞がれているのであれば、どこも同じ状況だろう。まさにロッカールームには誰も邪魔者を寄せ付けないようにしている。だが一夏の援護に回るならば、無理にでも入る必要がある。

 

「え?でもどうやって…」

 

 シャルロットの答えを聞く前に私は整備用のIS設定オプションを開く。

 

「何をしているの?」

 

「うんとね、ヒートショーテルの威力を弄っているんだ。ここを突破するためにね」

 

 キーボードのようなコンソールを叩き、ヒートショーテルの威力を弄って、それを最大まで引き上げた。

 

「それじゃあ、シャルロットはちょっと後ろに下がってね」

 

「あ…う、うん」

 

 シャルロットは言われるがまま後ろへと下がる。離れた位置に彼女が移動した事を確認した私は背中にあるショーテルを掴み、そして投げた。

 いつもより回転数が少なく、そしていつも以上に光り輝いているヒートショーテルはシャッターへ近づくとまるでそこには何もなかったかのようにそのままシャッターに食い込み、奥へと消えていった。

 

「嘘…」

 

「よし、これで通れるね」

 

 私はヒートショーテルが通過した部分のシャッターへと近づく。ヒートショーテルが通過した部分は、熱によって赤く光り、所々アイスのように溶けていた。その部分を蹴り倒すと、切り取られたシャッターが奥に倒れ、甲高い金属音が聞こえてきた。丁度IS一機が通れそうな幅の道がそこには出来ていた。

 後ろを見ると唖然としているシャルロットはその場で動かなくなった。

 

「シャルロット、先に進むよ」

 

「…ああ。行こう」

 

 我に返ったシャルロットを連れて私たちはロッカールームへと進んでいった。

 投げ飛ばし、道中の壁に刺さっていたショーテルを回収し、ロッカールームへと向かっている時だった。何かが炸裂したような爆発音が聞こえてきた。それと同時に地面も揺れ、その爆発の規模の大きさが伺える。

 

「爆発!?」

 

「もしかしたら、敵がロッカールームの天井を破壊したのかも、急ごう!」

 

 先ほどよりも早足気味になるシャルロットに追いつこうと私も歩くスピードを早めた。

 

 

 

 

 

 目的のロッカールームに到着すると、それはもはや更衣室とは呼べない空間であった。地面にはガレキがあちこちに散らばり、ロッカーは規定の位置にないものがほとんどで横に倒れたりしている。それらはどれも使い物にならないほどのダメージ受けており、戦闘の激しさを物語っていた。そして、何より部屋に入った時に私たちは違和感を覚えた。

 

「熱っ、何で湿度が高いんだ!?」

 

 シャルロットが思わずたじろぎ、ハイパーセンサーを確認する。

 

 そう、部屋の湿度が異常なほど高かったのだ。あまりの蒸し暑さに体が不快に思うほどである。だが、そのことを気にしている暇はない。気にせずにロッカールームへ入り、奥へ進むとそこには片膝をつく一機のISがいた。

 

 水色を基調とした色に塗られたISだった。

 上半身は腕部装甲のみ。下半身は蝶の羽を模したような装飾が施された脚部ブースターのみというよく言えば機動性重視のIS、悪く言えば貧相なISだった。両手には螺旋が描かれているランスで体を支えるように持っていた。見覚えのある水色の髪に私はすぐにそのISの操縦者が誰かが分かった。

 

「会長さん!大丈夫ですか?」

 

 私の声を聞き、会長は振り返って私たちの方を見る。その表情は何か奇妙なものを見た時のような表情をしていた。

 

「あれ?二人ともどうしてここに…?」

 

「クリスタが無理矢理シャッターを壊してここまできたんです。一夏は!?」

 

「一夏君は敵を追ってアリーナに行ったわ。私はちょっと無理してしばらく動けそうにないの。あなたたちは先にアリーナへ」

 

「「はい!」」

 

 ロッカールームの天井には案の定、ぽっかりとISが通れるほどの穴が開いておりそこからアリーナの天井が見えていた。先を急ぐシャルロットの後を追い、暗く暑苦しいロッカールームから出る。少しだけ風が通り過ぎる心地良いアリーナに出ると既に敵は包囲されていた。

 

「貴様、逃がさん」

「これまでだな、無法者め」

 

 目の前の城エリアの広場には少佐が敵ISをAICで停止させ、箒が空裂(からわれ)で敵の首筋を狙っていた。AICによって身動きの取れない敵は歯を食いしばりうめき声を上げる。

 

「見たこともないISだ…」

 

 シャルロットは敵のISを見て思わず言葉を漏らす。

 そのISは何とも独特なデザインをされているISだった。紅と茶色、そして黄色の塗装がなされ、蜘蛛をモチーフにしたようなISは8本の脚と背後にある大きな腹部分が大きな特徴と言えるだろう。

 

「さあ洗いざらい話してもらおうか、蜘蛛女」

 

 身動きの取れない敵に対して少佐は詰め寄る。

 

「お前のISは第二世代型のアメリカ製か…。どこで手に入れた?」

 

「はっ、そんなこと言うわけ…」

 

 蜘蛛女が口答えしようとしたとき、突如赤い粒子が彼女を襲う。

 

「がっ!」

 

「今、この状況が分かって言っているのか、お前は?」

 

 箒は手に持つ空裂によって生み出された赤い粒子を蜘蛛女へ放ちながら言う。だが、蜘蛛女の態度は一向に変わらなかった。

 

「ああ、分かっているさ。お前らこそ、周りをよく見たほうがいいぜ?」

 

 追い詰められた状況で随分と落ち着いている様子に私が疑問を感じた。

 今この状況は相手にとっては四面楚歌だ。他に味方でも来ない限り助かる余地はない。

 

 そんな時だった。後方で何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 ハイパーセンサーで確認すると、舞台セットの城の塔の中腹から大きな煙が上がっていた。その煙の中には残り僅かなシールドエネルギーの白式を身にまとう一夏が苦悶の表情を浮かべていた。

 

「「「一夏!」」」

 

 私以外の専用機持ちが思わず叫ぶ。

 すると、センサーから警告文が突如現れる。

 

『大型熱源感知』

 

 場所は上空からで上を見上げるとアリーナの天井の隙間から一機のISが射撃をしながらこちらへ近づいてきていた。

 

 まるで蝶のような美しい羽を広げる紫色のISはライフルと周囲に取り巻く自立機動兵器でこちらへ無差別に射撃を行ってきた。AICを使っている少佐以外はその場を離れ、回避行動を取る。身動きの取れない少佐を援護するべく私はビームマシンガンをコールすると、少佐をかばうように前に出て蝶のISへ射撃して牽制する。

 

 狙いを定めた射撃だったが、そのISは踊るようにこちらの攻撃を躱して全くダメージを与えられなかった。

 

「少佐、無事ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。これくらいで集中力を切らすやわではないからな」

 

 先程のダメージを受け、苦痛の表情を浮かべつつも少佐は頑なに右手を放さなかった。

 ふと蝶のISへ攻撃しているのが私だけだと気づき、ハイパーセンサーで周りを見て私は驚愕した。

 

 箒もシャルロットも、二機の自立機動兵器の相手をするだけで手一杯だったのだ。それらはうまく巧みに動いて彼女らの死角から的確に射撃を行い、彼女らの自由を奪う。反撃を行ってもそれらはそれぞれ回避行動をとり、再び死角へと回り込む。

 

 そう、あの蝶のISは私たち四人の相手を同時にしていたのだ。

 

 あまりにも差のある相手の強さに驚きつつも左後ろにいた自立機動兵器の攻撃を右に動くことで回避した時だった。

 

「クリスタ、ラウラ!上だ!」

 

 突如ハイパーセンサー越しに一夏の声が聞こえてきた。

 余りにも唐突すぎる言葉に動きを止め、上空を見上げる。

 見上げると、そこには複数の黒い物体がこちらへと近づいていることに私は気づいた。最初は何の物体なのか分からなかったもののすぐにそれは何なのか理解できた。白い金属板に何本もの金属棒が張り巡らされ、大型のライトが取り付けられているその黒い物体は先程まで()()()()()()()であるものだった。

 重さに耐えきれずに自由落下をするそれらは、AICに集中力を割いている少佐の地点へと的確に落としていた。

 

「少佐ぁ!!!」

 

 私はなりふり構わず、地面にいる少佐へと近づくと力一杯のタックルをして突き飛ばす。

 集中力を割いており、いきなりの事に反応できていなかった少佐は困惑した表情をしてアリーナの壁部分へと転がっていく。

 

 

 

 認識できていなかった少佐を助けることが出来た。

 そのことに満足した私は安心感に包まれた。だが、物音に気付いて上を見ると大きな音を立てて、くるくると回転しながら落ちてきている金属部品が私の目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 










評価やお気に入り登録者が増減して嬉しくなったり落ち込んだりもしたけど、私は元気です。



これからもこんな感じで投稿頻度が空いてしまうのでご了承ください_| ̄|○


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第24話 残された爪痕

 あのISは今思えばどこか、セシリアの蒼雫(ブルーティアーズ)を彷彿とさせるものだった。

 

 自身の身長ほどの長さがあるレーザーライフルにビット兵器。背中には蝶のような羽が施されている点と、フルフェイスマスクで表情が分からない点は違えど大体の装備は同じであった。だが、その操縦技術はセシリアをはるかに超えるものだった。

 同時に動かすビット兵器には、躱すことで俺は手一杯だった。セシリアの攻撃には慣れているつもりでいたが、死角からの射撃を躱した場所へ再び射撃するという時間差攻撃は俺の予想をはるかに超えており、段々とシールドエネルギーが削られていった。また、止まないレーザーの雨の中をやつはそれと同時に接近戦を仕掛けてきた。ビット兵器を動かしながらも同時に自身も攻撃に加わる事に俺は驚かされんだ。ビット兵器で牽制をしながらライフルやランスでの追撃に俺は全く歯が立たなかった。

 そして対処しきれない攻撃に俺は、遂にはにシールドエネルギーは風前の灯火にまで追いやられたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…くっ…」

 

 視界がぐらついて、焦点が定まらない。

 ここはどこだ?

 

 手にまとわりつく感覚からすぐに白式を展開していることに気づいた。まだピントが合っていない視界には見慣れたアリーナの全体が見えていた。どうやら、アリーナの高い位置に俺はいるらしい。

 手を動かすと、硬い感触が感じ取られ何かが下へ落ちていく音が聞こえてきた。首を左右に動かしてみると、俺は石でできた建物にぶつかっていたようだ。そしてすぐに俺が今どのような状況になっていたかを理解した。

 

 羽野郎にライフルで突き飛ばされた俺は、その衝撃を受け取り切れないままアリーナに作られた舞台セットに衝突したのだ。

 

「あいつはどこに…」

 

 意識がはっきりしないまま俺はすぐに羽野郎をハイパーセンサで探す。すると、あっさりとそいつの居場所は分かった。

 羽野郎はアリーナの中に侵入して箒にシャル、ラウラ、そしてクリスタを同時に相手取っていた。

 

「あの野郎…」

 

 ビット攻撃に箒たちも回避をするだけで一苦労しており、羽野郎への攻撃がままならない状況だった。立ち止まりAICを発動させているラウラをかばっているクリスタは彼女の前に出てビット攻撃に耐えながらも羽野郎に攻撃を仕掛けるがあたる気配がなかった。どうやら羽野郎はビット兵器で箒たちに攻撃することでラウラから遠ざけるように邪魔をしてAICを解除しようとしていた。仲間のISを助けるつもりらしい。

 

 あと一回ぐらいなら零落白夜は使えるか…。

 

 なんとか視界が定まり、シールドエネルギーの残量を確認しながら塔に埋まっていた体を起こす。雪片Ⅱ型を強く握りしめ羽野郎に向かおうとした時だった。

 

「アリーナ天井にIS反応?」

 

『未確認のISを検知』という警告文が目の前に表示され視線を上に移す。

 アリーナの隙間からは風に乗ってゆっくりと流れゆく雲が見えているだけでISらしきものは何も見えていなかった。

 羽野郎はアリーナ内にいるわけであるので、天井になどいない。では何の反応なのだろうか?

 

 

 

 

 

 俺の疑問に思っていたその答えはすぐにわかった。

 確かにそいつは天井にいたんだ。なぜならそいつは、落下している()()()()()()()()()の上に乗っているのだから。

 一瞬の出来事だった。上から金属が軋む音が聞こえ、その部分を注視すると天井の一部に何か線が書き込まれたような黒い線が現れた。だがそれは切り取られた痕だった。金属部品同士が擦れ合う嫌な音を響かせてアリーナの天井が落ちてくる。そして、その天井だったものは羽野郎の相手をしていたクリスタたちの頭上に落ちてきていた。

 

「クリスタ、ラウラ!上だ!」

 

 俺は思わず彼女らに叫ぶ。

 

 天井部分に乗っていたそいつは天井だったものをさらに三つに斬り裂き、それらを強く蹴りつけて落ちるスピードをさらに加速させる。

 俺の声に気づいたクリスタは一瞬だけ動きを止めて、頭上を見上げて事の重大さに気づくとすぐさま地上にいるラウラへ駆け寄る。すると、彼女はラウラに対して思いっきりタックルをかました。クリスタによって吹っ飛ばされたラウラは地面を数回跳ねてアリーナの壁際まで飛ばされる。これで、ラウラは天井のガレキから逃れることは出来た。だが、助かったのは彼女だけだった。

 ラウラを突き飛ばしたクリスタがその場から離れようとした時には、既に頭上に落ちてきている天井のガレキの下敷きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 天井部分が落ちた辺りには落下してきた破片によって粉塵が舞い、一瞬だけ周りが見えなくなる。近づこうにも行くことができなかった。それらが晴れてなくなったときに初めて天井を落としてきたやつの姿を見ることが出来た。

 

 そいつはまるでクリスタのIS「サンドロック」のような顔つきだった。人の顔を表現したような目に口、そして額にあるv字アンテナ。ただ、違うとしたらそのISの大きさと色だ。一回りは大きい真紅に包まれたそのボディや背中のゴツゴツしい羽、胸の位置で光る緑色の装飾は誰しもが目に止まるほど派手で、そして不思議と綺麗に見えた。右腕には大きく緑色に光るサーベルを持ち、左腕には地面につくほど長い黒い鞭が取り付けられており全く見たこともない特徴のISだった。

 

 蜘蛛のISに蝶のIS。そして、赤いIS。

 奴らは互いに距離を置きつつも何かを話し合うように顔を合わせる。

 

 その余裕を見せている様子に俺は無性に腹が立ち、居ても立っても居られない気持ちに苛まれた。俺の白式を奪おうとしたどころか、皆を傷つけやがって…。

 

 

 

「てめぇ、よくもぉぉ!!」

 

 

 

 その場で立ち上がり、背中にある塔を蹴りつけ、残されたエネルギーを一気に解放して奴らへと瞬時加速(イグニッション・ブースト)をかける。右手に握る雪片II型をさらに強く握りしめる。

 

 だが、俺の行く手をビット兵器が阻んだ。

 道を塞ぐように放たれたレーザーを俺は雪片II型で斬り裂いてその攻撃を弾く。

 

 後ろから来るレーザーをもろともせず俺は真っ直ぐスピードに乗り、赤いISへと斬りかかった。

 

「はぁぁぁ!」

 

 両手で握りしめた雪片II型が赤いISの背中を斬り裂く…はずだった。

 手には確実に斬ったという確かな手ごたえはなく、雪片II型は空を切る。奴はそこにはいなかった。奴は右足を軸に体をひねり回避していたのだ。

 

 奴が躱した右側に目線だけを送る。奴はただそのエメラルドに光る目で俺の事をじっと見つめていた。

 次の瞬間、背中に強烈な衝撃が走る。

 

「がぁ…!」

 

 奴による左足の蹴りを受けた俺は抵抗できずにそのまま地面に擦り付けられながら転がる。砂埃が周りに舞い、視界を狭くする。

 

「迎撃態勢が整いすぎている。帰投するぞ」

 

 どこか懐かしく思えるような、ただどこか引っかかるような聞き慣れない声をハイパーセンサが音をキャッチする。

 全身に広がる痛みに耐えながら体を起こすと、あの羽野郎はさらに上空に浮かび上がり、地上にいた俺たちへ無差別に攻撃を仕掛けていた。ライフルとビットによる弾幕で地上にいる俺たちは攻撃を防ぐことで手一杯であった。地上は攻撃によって土埃が舞い、辺りの視界を支配する。

 しばらくして、敵の攻撃が止み先程まで聞こえていたレーザー発射音も聞こえず静寂に包まれた。砂煙が晴れたアリーナには既に奴らの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その部屋は広く暗かった。

 部屋全体を照らす光は天井に申し訳程度に取り付けられており、主に一つのディスプレイから漏れ出る淡い光が部屋の輪郭を映し出す。部屋の丁度半分くらいの位置に人間ドックのような、だが人が乗るには二回り程大きい機械が複数置かれ、その近くにも複数のディスプレイが連ねる。その何とも不思議な空間には二人の教師がおり、二人ともディスプレイに注視していた。ディスプレイの右半分には先程まで行われていた戦闘の映像、左半分にはISのスペックデータが映し出されていた。

 

「このISはアメリカ強奪されたアラクネ、そしてもう一機はイギリスで強奪されたBT二号機サイレント・ゼフィルスのようです」

 

 真耶は椅子に腰かけ、コンソールを操作して映像を切り替えながら話す。彼女の後ろでいつものように腕を組んでいる千冬は映り変わるディスプレイの映像を見ながら口を開く。

 

「例の亡国機業という輩か」

 

「はい、そのようです。次のターゲットが私たち学園であったというわけですね」

 

「それにしても、情けない話だな。世界中から出資と最新技術をもらい成り立っているはずの教育機関があろうことか、どこの馬の骨とも分からない連中にこうもあっさりと学園へ招き入れてしまうとは」

 

 千冬は映像に映るISを見ながら頭を抱えて一つため息をつく。

 

「相手からしたらIS学園は宝の山ですからね。まだ分からないところがたくさんある白式もそうですし、()()()()無人機コアもそうですし…」

 

「ああ、更識には織斑の特訓と警護をしてもらったが…まさか地下にまで侵入するとは思わなかった」

 

「今後はセキュリティ面を強化していかないといけませんね。システムを掌握されては、こちらは手出し出来ないので…」

 

「いや、それ以外にもやらないといけないことはある」

 

「え?」

 

 千冬の発言を聞いた真耶は思わず振り返る。

 

「それは一体…」

 

「そもそも、IS学園に地下施設があるという事実を知っている人物はIS学園関係者以外知らないはずだ。国や大企業にさえその事を知らせていない。精々知っている事としたら我々が無人機のコアをどこかに保管していたということぐらいだ」

 

「…つまり織斑先生は私たちの中に内通者がいるということですか?」

 

「ああ、その可能性は否定出来ない。だが、あの侵入者がシステムを奪った時に発見したという可能性もある。どちらにせよ、疑いの目を向けていく必要がある」

 

 少しだけ沈黙が訪れた後、再び真耶はコンソールの操作を続ける。

 

「それにしても、この赤いISは一体何者なのでしょうか?データベースに検索をかけても出てこない事から、ISに正式に登録されていない物だということは事実ですが。これでは報告書に何と書けば…」

 

 ディスプレイには少々荒い映像だが、天井と一緒に落ちている赤いISの映像が映っていた。

 

「ISコアを作り出せるのは、あの()()だけだ。新たに製造されたISではない。ただ言えることは、あのISの操縦者が()だということだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が地平の彼方に消え去り、月が星の光とともに現れた夜。

 地上は人工の光で埋め尽くし、まだ賑わいのある街々の様子がうかがえる。そんな明るい街に高層マンションが立ち並ぶ一画があった。20階以上はあるそのマンション群の一つ、とりわけ他のマンションよりも高いマンションの最上階の部屋で黒いタンクトップに黒い短パンを着た女性は怒りを露わにしていた。

 

 

 

 

「てめえ、一体どういうことだよ!」

 

 オータムは不機嫌だった。

 その原因は今彼女が壁に向かって突き飛ばした少女にその理由があった。全身を黒い服装で身を包み上半身を黒いマントで覆う黒髪の少女、Mはその暴力に対抗せずにそのまま綺麗な夜景が一望できるガラスでできた壁に打ち付けられた。

 

 オータムは怒り狂っていた。

 その原因としてIS学園での出来事にあった。

 IS学園に一企業の渉外担当として潜入したオータムに与えられた任務は白式の強奪だった。

 

 当初、あの初代ブリュンヒルデの愛用機暮桜とほぼ同じ武装をしているという事で白式は話題になった。それにその操縦者がブリュンヒルデの弟で初の男性操縦者ときたものだ。注目をせざるを得ない。だが、話題になったのは最初だけだった。ISの武装の中では最高峰の威力を持つ零落白夜の能力を白式も所持していると判明したが、組織ではあまり第三世代としての評価はいま一つだった。

 

 零落白夜、もとい雪片はあのブリュンヒルデが扱うからこそ最強であったわけで、彼女と肩を並べるほどの技術を持つIS操縦者はまずいない。それもそのはず、燃費という言葉を知らないのではないか、とISを詳しく知らない一般人でも疑うくらいシールドエネルギーの使用効率が悪いのだ。

 シールドエネルギー、つまりはISの中で勝敗を左右する重要なエネルギーを犠牲にしなければ発動できない零落白夜は他の兵器と比べたら単なる劣悪品でしかなかった。とてもではないが、雪片を使うくらいならパイルバンカーのような他の威力の高い武装を使ったほうがマシなのである。

 

 もちろん、零落白夜は他の武装と比べ物にならないほどの威力を持つがそれはあくまでダメージを与えられた時だけ。相手は案山子ではないので回避や攻撃をしてくる。もちろん零落白夜の発動中だとみるみるうちにシールドエネルギーはなくなる。自身のエネルギー減少以上に相手のシールドエネルギーを削らなければならない雪片は実用的ではなかった。そんな諸刃の剣を適切に扱えるブリュンヒルデがいたからこそ、この玄人甚だしい武装が注目を集めたのである。

 

 男性操縦者には興味を示していたものの、このように白式は組織としては関心が向いていなかった。だがある転機が訪れたのである。それは白式の『二次移行(セカンド・シフト)』だ。未だその現象は前例が少なく、まだ謎な部分は多い。最近では銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が。そして初の男性操縦者のISである白式も二次移行を行った。二次移行が行われればただ見た目が変化する以外にも、これまで培われてきた蓄積データを元に新たな武装や性能を進化させることが確認されている。なおさら襲う理由があるのは明白だった。

 銀の福音についてはMによる潜入作戦によって強奪を試みるも失敗に終わり、次のターゲットとして白式を次の目標にしたのである。

 

()()が使えねぇって、お前分かっていただろ!」

 

 オータムによって突き飛ばされたMは彼女の問いには答えずにただ不気味にほほ笑む。いつもの態度を取るMにオータムはさらに目を吊り上げる。オータムはMが組織に参加した当初から嫌いだった。特にあの態度。あの他人を見下すような目にはいつも腹を立てていた。

 だからこそ、いつもと同じような目で自分を見るMにオータムの怒りのボルテージはさらに高まる。

 

 白式強奪の任務ではある試作品の投入がされた。

剥離剤(リムーバー)』、対象としたISのコアを強制的に取り出すというとんでも機械だ。まだ試作品で実験の行われていないこの機械を、あのMが本作戦で使用させようと提案を持ちかけたことには少々癪が触るのだが、その剥離剤の性能はダンチだった。

今までのIS強奪の際は誰にも装備されていない状態のISであることが条件であった。そのため、これまで準備の為に多くの時間と労力が必要であった。だが、この剥離剤は誰かがISを装備していても使える代物なのだ。これまではISそのものを盗み出す必要があったがこれはISコア自体を盗み出す。例え装備をしていてもコアがなくなってしまえばISは消滅する。まるで夢のような機械だった。

 使()()()()()

 

「なんとか言え、このガキが!よくもあんな剥離剤(ガラクタ)を使わせやがって!何で取り出したコアがあいつの命令にすぐ従うんだよ!」

 

 彼女は白式に対して剥離剤を使用し、見事ISコアを取り除いた。だが、それは持ち主(織斑一夏)の呼び出しよってすぐに彼の手に戻り、緊急展開されてしまったのだ。

 彼女にとってみれば今回の作戦は必ず成功すると約束されたようなものだった。何せ任務の対象はあの初の男性操縦者ときたものだ。相手は素人当然の高校生、今まで行ってきた任務に比べればその差は歴然だった。

 だが、結果としては闖入者の邪魔もあり、強奪は失敗してしまった。その事実がより彼女を感情的にさせる。

 

 

 

「それはオータムの不手際だろう?」

 

「ああ?」

 

 やっと口を開いたMに、思わずオータムは聞き返す。

 

「確かに剥離剤は強制的に装備されたISを取り出すことが出来る。だが、あくまで操縦者から奪っただけ。所詮、待機状態のISをオータムが持っているのと同じ。遠くにあっても持ち主の声にISが反応することは知っているだろう?あの男を気絶でもさせておけばよかったものを。少しは頭を…」

 

「てめえ!」

 

 我慢ならなくなったオータムは太ももにある短剣を手に取り、Mに向ける。

 

「おやめ下さい、オータム様」

 

 オータムがこの気に入らない女の顔をぐちゃぐちゃに切り刻もうとした時、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。後ろを振り返り、声の主を見る。

 白いワイシャツ、黒いジャケットとスラックスに身を包む男は、いつものように備え付けのカウンターテーブルでティーカップを拭いていた。

 

「お前はすっこんでろ!」

 

 オータムは癖毛の茶髪に虚ろな瞳の男に向かって叫ぶ。だが、男はこの場を収めようと言葉を慎重に選んで話す。

 

「オータム様が感情的になるのも分かりますが、彼女を傷つけた所で結果は何も変わりません。それにこのような行為は…」

 

「そのくらいわかっているんだよ、しゃしゃり出るんじゃねぇ!それよりも、お前も元々開発側の人間だったんならアレのきちんと説明を言え!」

 

 オータムは右手に持つ刃物を男へ向け、彼へ怒りの矛先を変える。

 彼は数か月前に彼女たちの部隊の補充要員として加えられた一人だ。Mのように自分を見下すような態度をするわけでもなく、自分たちを上司として敬い、今まで自分たちがしていた雑用や任務を淡々とこなしていく、まるで機械のような部下だ。特にあまり感情を表に出さない彼をオータムは苦手としていた。根を上げずにやるべき仕事をこなしていき、多少面白がって痛めつけようとも表情を変えず、対した反応もしない彼をどちらかというと不気味な奴だと認識していた。

 

「お前みたいな命令通りに動く人形なんかに…」

 

「やめなさいオータム、うるさいわよ」

 

 彼を罵倒しようとした時、一人の女性が部屋へと入ってきた。

 

「スコール…」

 

「落ち着きなさい、綺麗な顔が台無しよ」

 

 白いバスローブを着ているスコールと呼ばれた女性は今にも暴れようとしていたオータムを落ち着かせる。スコールの姿を見た途端、オータムは先程とは打って変わり頬を赤らめさせながら太ももに短剣をしまい込んだ。

 

「フロスト、いつものお願いね」

 

「はっ、スコール様」

 

 フロストと呼ばれた男に何かを頼み込み、スコールは目の前にあったソファーに座る。少しして、ソファー前にあるテーブルには遠くが透き通って見えるほどの透明感のある白ワインの注がれたワイングラスが置かれた。スコールはそのグラスを手に持ち、一口味わうと立ち去ろうとするフロストを艶気のある声で呼び止める。

 

「フロスト、あなたの取ってきたコアはどうしたのかしら?」

 

「はい、現在二つの無人機コアは組織の施設へ渡しており解析中です。結果が分かり次第、スコール様へデータをお渡しいたします」

 

「そう、わかったわ。それにしてもあなたのエピオンとゼロに学園の地下施設を任せてよかったわ。さすが皆から『勝利の女神』と呼ばれるだけの事はあるわね」

 

「そう言っていただけて光栄です」

 

 スコールの言葉にフロストは綺麗なお辞儀を返す。その様子を見ていたスコールはその背後で部屋の扉へと歩いていくMの姿を見つけた。

 

「M、サイレント・ゼフィルスをフロストに渡しといてちょうだい。あれはまだ調整が必要よ」

 

「…わかった」

 

 Mはスコールを見向きもせずに短い返事をすると、そのまま部屋を後にした。

 

「ちっ、あのガキ。ふざけやがって…」

 

「オータム。本人のいない所でそのような発言は止しなさい。あなたの悪い癖よ」

 

「んぐ……。ごめん、スコール…」

 

 Mが部屋を出ていった扉に向かって愚痴を言ったオータムをスコールは咎める。彼女にピシャリと言われたオータムは顔を背けて長い赤毛が混じった金髪をいじる。そんなしょんぼりとした表情をするオータムを微笑ましく見ていたスコールは再びカウンターテーブルに戻り食器を拭く作業を行っていたフロストに視線を移す。

 

「フロスト、Mの事は頼むわね。あの子織斑一夏と接触したのでしょ?何か嫌な予感がするわ。勝手な行動をされては困るからお願いね」

 

「はい、お任せくださいスコール様」

 

 彼は虚ろな目でスコールを見ながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第25話 告白

 9月の下旬。

 後期が始まり早一ヶ月弱が経つこの時期。来週にテストが控えているという事もない日曜日の寮は、授業のある日と比べたらいたって静かであった。生徒はわざわざ朝早くに起きる必要もないため、自室でぐっすり寝ていたり、学園と内地とを繋ぐモノレールに乗って買い物をしに行ったりしているのだろう。特に午前中は静かであった。

 このように休日には平日と比べて生徒の賑わいが少ないIS学園であるが、寮の食堂は何時ものように営業をしていた。よく、寮や下宿では休日には昼の食事は出さないという事があるらしい。弾の友人の話なので嘘なんてことはないだろう。しかし、ここは残念ながらIS学園。色々と特殊なためなのか年中無休、通常営業をしていた。食券を受け取る食堂のおばちゃんたちが嫌な顔をせずに働いている様子を見ていると、これが当たり前の事だと信じていた俺にとって弾の発言には驚かされるものだった。

 

 

 

 だからなのかもしれない。いつも食べている食事が美味しく感じるのは。

 

「うん…アジのフライってこんなに美味いものなんだな…」

 

「…?どうしたのだ、嫁よ。そんなに感動して」

 

「少佐、彼はこの食堂で一位二位を争うほどの美味しい揚げ物にやっと気づいたのです。そのことに感動していただけなので気にしないで下さい」

 

「そ、そうか。私も…その揚げ物が気になるな…」

 

 

 

 

 カリッと揚げられたアジのフライの衣は綺麗なきつね色に染め上げられ、備え付けのソースが香りを引き立てる。一緒についてきた千切りキャベツのみずみずしさがまだ残っており一口、それら口に入れればシャキシャキとした感触が揚げ物の残る口の中を癒す。未だに温かさを保つ白いご飯や、味噌と出汁の香りが湯気とともに鼻腔をくすぐる味噌汁。

 どれもが、俺の体を、空腹であると何度も警告を流し続けていた胃袋を満たし疲れを忘れさせてくれた。

 

「やっぱ動いた後の飯はうまいなぁ…。ほれラウラ、アジのフライ食っていいぞ」

 

「そうか…いただくとしよう」

 

 箸で切り分けたアジのフライをラウラは可愛らしくパクリと俺の差し出した箸ごとかぶりつく。

 

「どうよ?」

 

「うむ…クリスタが推すだけはあるな、美味い」

 

「だろう?クリスタはどうだ?美味いぞ」

 

「いえ、私にはこの和風キノコパスタとハムカツサンドがあるので大丈夫です」

 

 正面の席には何故か頬を赤らめながら、もぐもぐと口を動かすラウラと怪我人にもかかわらず、何時ものように平然とした顔でぱくぱくと口の中へ食べ物を放り込んでいくクリスタが座っていた。

 

 なぜこのメンツで食堂にいるのかというと話は遡ること4時間前になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「対人訓練?」

 

「ああ、そうだ」

 

 今日の日替わり訓練の担当者がラウラであり、ISスーツに着替えて彼女に連れていかれた場所はいつものアリーナ…ではなく武道場だった。

 

「先日の学園祭で分かっているように嫁を狙う輩はいることは確かだ。今後、そのような輩が白式を狙うかもしれんし、もしかしたら嫁の命を狙うような者もいるかもしれない。とにかく、そんな奴らから身を守る術を教えようと思う」

 

「なるほどなぁ…。確かに今後そんなことは起きる可能性はあるから気をつけないといけないのか。道理でアリーナでやらないわけだ。んで、なんでクリスタまでいるんだ?怪我しているだろ…」

 

「ああ、私は二人の見学をしに来たのでお構いなく。私もいずれあなたにいろいろ教える予定だから今は、あなたの実力チェックをねー」

 

 そう、武道場には俺とラウラの他に入り口近くの椅子に座り、右手を振るクリスタがいた。床には先程まで使われていた松葉杖が置かれ、左腕と左足には包帯をぐるぐる巻かれている。学園祭での騒動の一件で彼女は天井の下敷きになり、幸いにもISを装備していたため重症には至らなかったが左腕と左足の骨、そして肋骨数本にひびが入っているそうだ。

 

「私からは体術と銃の対処、そしてクリスタからは刃物の対処について教え込む。何、呑み込みの早いお前ならすぐに出来るさ」

 

「お…お手柔らかに…お願いしますね…」

 

 その時のラウラの顔はまるでドイツ軍の軍人のように凛々しく、そして少しだけ本気の目をしていた。

 

 

 こうして俺は昼になるまで、こっぴどく絞られたわけなのであった。

 いつぞやの楯無さんの時のように、俺はとにかく投げ飛ばされ、吹っ飛ばされ続けた。

 

 

 

 

 

「ラウラとの訓練があれだと、クリスタとの訓練はどうなることやら…」

 

 将来起こりうるだろう見るも無残な自分の姿にため息をつき、俺は味噌汁の入ったお椀を持ってのどに流し込む。

 うむ、ワカメと豆腐の味噌汁は鉄板だよな。

 

「私の場合は相手が武器を持っていた場合の時だし、少佐の時に覚えた対処法を使えばいいよ。それに加えて部分展開の展開速度を速める訓練をさせるつもり。といってもこの体じゃ、出来ないのだけれどね」

 

 なるほど…。応用というわけか。

 だが、今日したことをとても生かすことが出来るビジョンが全く見えなかった。

 正面・側面・背面からの対処に相手の転ばせ方、体格の大きい人への対応、複数の場合等々。どれも一般男子高校生が教わるようなラインナップではない。確かに対人訓練をすれば、多少の自衛を行えるだろうが、さすがに気絶のさせ方や腕の締め上げ方までやり過ぎだと感じてしまった。

 

「と言われてもなぁ…」

 

「む?私が教えていたことは基本中の基本のことだ。あれが対処できないと軍人に負けるぞ」

 

「おいおい、一体俺を何にさせるつもりだよ…」

 

「それはもちろん、立派なIS操縦者にさせるためだ。何を言っている」

 

 フォークの先にマカロニサラダのマカロニを集めながらラウラは、さも太陽が東から昇ってくるぐらい当たり前のことだと言わんばかりの顔をして俺に言う。

 

「軍人にも負けない立派なIS操縦者って第一、軍人とIS操縦者はあんま関係ないだろ…」

 

「といってもIS操縦者は大抵軍属だから関係なくはいないよ」

 

 げんなりとしていると、8切れも皿に置かれているサンドイッチの一つをモグモグと食べているクリスタが割り込んできた。

 正直頼み過ぎだと思う。

 

「IS操縦者が行きつきたい先は当然……モンドグロッソの総合優勝者(ブリュンヒルデ)。モンドグロッソに出場するためには専用機を持つことがまず必要になってくる。そのためには……普通は国家代表か企業の所属にならないといけない。」

 

 まるでリスのように猛スピードでサンドイッチを食べながらもクリスタは話を続ける。

 話すか食べるかのどっちかに集中しようぜ?

 

「だけど、企業の場合は……テストパイロットとして登用されるから基本的に企業の試作品を試してデータを……集めるのが目的であって最新鋭のISが使えるとは限らない。そうなってくると結局は国家代表、もしくは代表候補生になるのが手っ取り早い。ISの保持は国が……ひいては軍隊がISを多く所持しているし、軍隊だから最新の技術が盛られしっかり整備されたISを使うことが出来る。つまりはISを持っている人たちは大抵、軍属なの。少佐はもちろん、セシリアも鈴も軍に所属しているね。まあ、一夏や織斑先生の場合は例外で企業が、一夏の場合だと倉持技研がスポンサーになっているから軍属っていう訳ではないね」

 

 千冬姉ってスポンサーがついていたのか…。よくスポーツ選手とかにスポンサーがついていると聞いたことはあるが、さも千冬姉がISを持っていることは当たり前のことだと思っていた。

 

「そっか…。言われてみれば」

 

「それに大抵、反IS主義を掲げて襲い掛かり、ISを奪うような輩の中には軍人かぶれの人たちがいるという話はよく聞く。ISが登場してからというものの、それまでいた軍人を上層部が首を切っていったそうだ。他の所に再就職すればよかったものを、首を切られた奴らの中にはISを憎み、反ISの勢力へ加担する者がいるという。現にこれまで起きているISに関わるテロや事件には元軍人がいた。そのような野蛮なやつらがいつ嫁を襲うとも限らない。今回は女だったから良かったものを、いつ戦闘に慣れた屈強な元軍人に襲われてもおかしくはないのだぞ」

 

「…ISを快く思わない人も居るんだよな」

 

「ああ。いずれにせよ嫁が誰かに襲われても自力で対処できるようになって損はないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶菓子の差し入れありがとうございます、中井先生」

 

「いえとんでもないです。わざわざ時間の都合をつけてくださりありがとうございます」

 

 畳や掛け軸などのある和室風の用務室には二人の人物がいた。

 襖から漏れ出る光は黄昏に染まり、日が傾いていることがすぐにわかった。

 

「所で、私だけで良いのですか?当初は織斑先生もお呼びしたいとおっしゃっていましたが…」

 

 IS学園の用務員であり、真の学園理事長である轡木十蔵は差し入れの煎餅をほおばりながら言う。

 

「はい、織斑先生と一緒に話をしたかったのですが、彼女はどうしても外せない用事があるらしくて日程が合いませんでした。せめて、轡木さんだけでも話を通しておきたくて…」

 

 中井佳那は敷かれた座布団の上で正座をし、表情を崩さずに正面にいる轡木へと話す。

 

「どうしても外せない用事…そういえば弟さんの誕生日でしたかね、今日は。山田先生がそんなことをぽろっと言っていましたなぁ。なるほどなるほど。弟思いの織斑先生らしいですね。外出届も出しておられましたし、今頃は実家の方にでも行っている頃でしょうねぇ」

 

「はい、ですので彼女には私から話そうと思っています。最も轡木さんの判断によっては2人だけの秘密にしておく必要もありますが…」

 

「ふむ、それほど公にしたくはない…ということですかな?」

 

「そういうことです。これは私たち()()I()S()()()()の問題でもありますので」

 

 彼女はお願いします、と短く一言言うと轡木は近くにあった部屋の柱を触る。

 すると先程まで夕陽で明るかった部屋が何かに覆われ、部屋の中が暗くなり、掛け軸のあった所には大きなモニターが天井から降りてきた。

 

「それで、話というのは委員会へ提出した報告書にあった、データベースにも載っていないというあの赤いISの事だね?」

 

「はい、あれは私たち調査チームが追い求めていたもの。そして、世の中にあってはならないISです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの赤いISの名前は『エピオン』。ドイツ人の技術者によって作られた第2世代の初期頃に開発されたISです」

 

 目の前のモニターにはISの設計図と思われる図が表示され、佳那は話を続ける。

 

「ふむ…。話を聞く限りでは、至って普通のISのように見えますがねえ…」

 

「はい、見た目が全身装甲(フルスキン)という点を除けば単なる昔に作られたISです。このISはドイツ軍のある研究施設で使われていたもので、その施設では今から5年前に起きた謎の爆発事件が起きました。山奥の施設ということもあり、奇跡的に死者はいなかったものの多数の重傷者が出てしまう事態になりました。その後の調べでその施設では、ある実験がなされているという報告が上がってきました」

 

「その施設が噂の…」

 

『爆発事件』という言葉に反応した十蔵は視線をモニターから佳那の方へ動かす。

 

「はい、その施設では()()()ISを扱えるようにするための実験が行われ、何でも数々の()()()を用いて実験をしていました。ISが登場してからというもの、何故ISは女しか使えないのか、どうにかして男でも使えるように出来ないかと盛んに議論や研究が行われていました。現在では生みの親である篠ノ之束しか、この問題は分からないという結論に至り、『ISと操縦者の性別の関係性』という研究はほとんど行われていないです。この研究所もそんな()()()()()研究をしていた所です。もちろん、我々国際IS委員会はこの出来事に対して厳しい処罰を与え、研究を中止に追いやりました」

 

「なるほど、そのようなことが…」

 

 彼は噂程度にはこの話を聞いたことがあった。何せ、委員会が違法とされる研究・開発を行なっていたとして摘発する中で比較的初期の、そしてきちんとIS運用協定が法整備される前に起きた出来事なのだ。詳しくは覚えてはいなかったものの男性でもISを使えるようにさせ、非人道的な事を行なっていたとだけ覚えていた。そして、この事件をきっかけに倫理に反する研究の罰則強化が図られるようになった前例でもある。

 

「それにしてもその事件とこのエピオンとかいうISとどう関係してくるのかね?」

 

 再びモニターに映し出されるISをじっと見ながら十蔵は言う。すると、佳那は空中に浮かび上がっているコンソールを操作し新たな画面を開いた。

 

「この事件を起こした施設には確認出来た限り三機のISが使われていました。エピオン、ウイングゼロ、そしてサンドロックという名前の三機です。違法な研究をしていたとして、我々委員会はこれらのISを回収、調査をしようとしていました。ですが事件後、残されていたISはサンドロック一機しかありませんでした。一度は研究所が保持していると疑い、一斉調査を行ったのですが全く痕跡はありませんでした」

 

「…何とも不思議な出来事ですなぁ。ISがなくなるとは」

 

 十蔵は画面に並べられた見知らぬISのスペックデータを見ながら答える。

 

「はい、私もそう思います。実はこのISの消失以外にもこの事件には不可解な出来事があるのです。研究所を襲撃した犯人の身元不明に始まり、防犯カメラやレーダーに残されていない記録、そして研究所にいた関係者の一時的な記憶喪失。これらの奇々怪界な事から我々調査チームは、犯人を篠ノ之束と推測しました」

 

「なるほど、あの天災とも呼ばれたことのある篠ノ之博士ならこの不可解な出来事の再現も出来なくもないから、という所ですかね。何せ、地球上の誰よりも二、三歩先を行く人ですから…。おそらくISの概念を揺るがす研究、ということに嫌悪を覚えた彼女が研究所に目をつけられて襲撃。そして見つからなかったISは彼女が回収した、とでも考えたところでしょうね」

 

「おっしゃる通りです。この事を受けて我々はISのデータベースからエピオン、及びウイングゼロのデータを非公開データとし、これら二機のISコアはあくまでアメリカで使われる研究用ISであると偽造しました。ISを作られた篠ノ之束博士の怒りを買い、大切なISコア2つが無くなったという事実を公表したくなかったのです」

 

「だがその失われたはずのISの内一機を亡国機業が持っており、さらにそれを()()ではなく()()が操縦していたと…」

 

 十蔵の言った紛れも無い事実に佳那は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 

「…。どうしてテロリストの手にエピオンが渡ったのかは不明ですが、居場所が分かったのでその問題はとりあえず置いておきましょう。それよりも問題なのはテロリストが()()()()()()()()()を進め、それを成功させている事が大問題なのです。『男でもISを使えるかもしれない』この事が公になれば世間を騒がせかねませんし、反IS団体や男尊女卑主義を掲げる人達の活動を鼓舞してしまいます。なので、我々委員会としてはこの情報を外部には漏らさないで調査を進めていきたいと思っています。これについてはIS学園も同様です。委員会の不始末は自分たちで解決させます。ですので、エピオンやこの男性操縦者の話に目をつぶっていただきたいと…」

 

「なるほど、あなた方の状況は理解できました。ただ、この赤いISの情報は私たちIS学園にも提供していただきたいですな」

 

「…理由をお聞かせ願いたいです」

 

「今回、亡国機業は我々が保持していた無人機のコアと白式を狙っていました。白式の方は未遂に終わったものの、まだ亡国機業の脅威が去ったとは私はそうは思いません。今後、必ず彼らはもう一度白式を奪いに来るでしょう。そうなってくると我々もそれを手厚く歓迎するためのそれ相応の準備をしないといけません。もちろん委員会の言い分はよく理解出来ます。ですが、学園が標的にされた以上生徒たちの身を守るためにもこのデータベースから消え去った赤いISの情報は我々には必要です。未知なる敵と戦うこと程恐ろしいものはありませんからね。生徒たちのためにも協力してくださいますかな、()()()()?」

 

 十蔵は目線を合わせようとせずにいる佳那を見てにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し肌寒い夜。

 雲ひとつない空には月が浮かび、星々をかき消すほどの強い光を放っていた。

 月光の下、俺は自宅からそう遠くない所にある自動販売機の場所に向かって歩いていた。IS学園ではなく、何故俺の家の近くにいるのかというと、家では俺の特別な日______俺の誕生日を皆が祝ってくれているからだ。

 

 

 話を遡れば一週間程前、学園祭が終わった直後の頃になる。

 食堂で何時もの専用機持ちたちと夕食を食べていた時に誕生日の話題が上がった。その話題が俺に振られ、そういえば今月が俺の誕生日だなあと言ったらそれを聞いたダブル幼馴染以外がものすごい剣幕で俺に迫ってきた。

 彼女たち曰く、何故そのような大事な日をもっと早く言わないんだということらしい。正直俺にとってはあまり重要視していないことであったためその言い振りには驚かされた。何はともあれ急遽、今日の9月27日に俺の家で誕生日会をする事になったという訳だ。

 

 誕生日会には箒にセシリア、鈴、シャル、ラウラが参加。そして何故か山田先生に千冬姉までもが俺の家にやって来たのだ。箒たちが言うには、サプライズゲストという事らしい。山田先生による説得のおかげもあり千冬姉が来てくれたようだ。

 当の本人はあまり嬉しそうな表情ではなかったが、今日のためにわざわざ仕事を早めに切り上げ、箒たちのために食事の材料やバースディケーキを奮発し、俺へのプレゼントを一週間前から考えて用意していたということを山田先生がポロっと言ってしまった所を見るに満更でもなさそうだった。

 自分の教え子の前では素直に喜べないのも仕方ないのかなと思いつつも、そんな千冬姉を見られて俺は何だか嬉しかった。何せ誕生日の日に千冬姉と一緒にいるのは久しぶりだからだ。誕生日会を企画した箒たちや説得してくれた山田先生には感謝しきれない。

 

 

 

 

「お、あったあった」

 

 気がつくと既に目的地である公園近くに到着していた。この公園の中には、嬉しいことに公衆トイレの近くに自販機が置かれているのだ。

 

「やっぱりまだあったか。懐かしいなあ」

 

 ここは俺が小学生くらいの頃にお世話になった公園だ。よく遊んだ後にここの自販機でジュースを買ったけ…。

 昔懐かしい思い出に浸りつつも、本来の目的であるジュースの購入を忘れてはいけない。主役である俺に買い出しに行かせるわけには行かないとシャルから言われたものの今日は何もしていないので、こうして自ら買い出しに志願したのだ。

 

 前よりもまあ新しく小綺麗になった自販機で、皆が頼んでいたジュースを思い出しながらボタンを押していく。

 ビール缶を開ける千冬姉以外の人数分のジュースを買い終え、それらを両腕に抱えながら俺は見覚えのある遊具や木の配置、そして古ぼけた街灯を横目に自宅へと歩いていく。

 

 その時だった。

 正面の公園の出入り口に一人の人影があった。街灯の当たらないそこは暗く、誰なのか判別がつかなかったもののまるで俺の行く道を塞ぐようにその人物は立っていた。

 時刻は午後9時を過ぎており、俺みたいな物好きな奴以外はまずこの公園には来ないだろう。何とも不思議な人だな、と思いつつそのまま俺はその出入り口を目指す。俺が一歩足を踏み出したそうとすると、その人影もこちらへ向かって歩き始めた。近くの街灯にその人影が近づくにつれて段々とその容姿がはっきりとしたものになってきた。

 それは少女だった。背は低く、鈴くらいはあるだろう。髪は長く肩の辺りまで伸びていた。そして、彼女の容姿は俺にとって見覚えのある顔であった。いや、知らないはずのない顔であった。

 

「…千冬姉?」

 

 その少女は、まるで千冬姉を幼くしたような顔つきをしていた。目つきや鼻の形、髪型に至るまでどれも千冬姉が中学生くらいの時と同じ風貌であった。ただ違うといえばその服装だ。全身黒ずくめで、 更に黒いコートを羽織っていた。

 

 千冬姉っぽい少女は俺に気づいたのか前方5mくらいの所で歩くのをやめる。そして、口を開いた。

 

「いや、()()()()()()()()()

 

「何…?」

 

 彼女の言葉をすぐさま理解することは出来なかった。あいつが俺?一体何を言っているのだ?

 

「この間は世話になったな、白式のパイロット」

 

「その声…。お前…もしかしてあの蝶のISの…」

 

 妄言を言っていた彼女だがこの言葉にはすぐにわかった。どこかで聞いたことがあったと思えば学園祭の時に襲撃してきたやつだった。

 

「そうだ…私の名前は織斑マドカ」

 

 

 

 

 織斑……?

 

 俺と同じ名字…?

 

 

「私が私たるために、お前の命をもらう」

 

 気づいた時には、そいつは右手に黒く光る銃が握られて______

 

 甲高い発砲音が俺の耳に聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃口が俺に向けられた瞬間に抱えていたジュースの缶を離して、右腕を部分展開し、体の前に掲げてそいつの攻撃を防ごうとした。

 

 

 しかし衝撃に耐えようと目を瞑るも一向に銃弾による衝撃は右腕にやって来なかった。瞑っていた目を開けて、俺は正面にいる少女を見やる。

 

 すると…

 

 

 少女の右手には既に銃が握られておらず左手で右腕を庇うように握っていた。地面には彼女が持っていた銃が転がっており、どうやら彼女はこちらへ撃っていなかった。じゃあ誰なのか?

 憎悪のこもった目で彼女は右側の林の方を見ていた。それにつられて俺もその方向を見ると、草を擦れ合う音を立てながら新たな人影こちらへ歩いてきていた。

 

「無駄な接触はしないようにと言われていたはずですが、あなたは何をやっていらっしゃるのですか?お立場を考えて下さい」

 

 それは男性であった。黒いスーツを着ている男性は左手には拳銃を持ち、公園の舗装された道に出るとそれを少女に近づく。

 

「誰かと思えば、私の後をついて来たのか!邪魔をするな!この木偶の坊!」

 

 彼女の罵倒も気にせずに彼は地面に落ちた銃を拾い、懐にしまう。

 

「第一、こんな街中で銃声を出したら誰かに気づかれて…」

 

「一夏、伏せろ!」

 

 聞き覚えのある声に俺は言われるがまま地面に伏せると頭上を何かが通り過ぎる音が聞こえてきた。

 

「こんな風になるのですよ」

 

 

 俺の前には、後ろ姿のラウラがナイフを持ちながら立っていた。再び正面を見ると、少女を庇うように男性が前に立ち、右手にはラウラが投げたナイフが突き刺さり刃を伝って血が流れ落ちていた。

 

「ラウラ!」

 

「貴様、私の嫁に手を出すとはいい度胸だ」

 

 ラウラは再び、左腕でナイフを投擲する。

 だが男性は右手に刺さっていたナイフを抜き、それを投げ返してナイフ同士を当てる事で攻撃を防いだ。

 

「何!?」

 

「さすが良いナイフを使っていますね、ドイツ軍の黒うさぎさん。いや、遺伝子強化体(アドヴァンスド)さん?投げやすいですよ」

 

 右手から出血をしているにも関わらず、変わらぬ表情でラウラに挑発する男性にラウラは不機嫌になる。

 

「ちっ、馬鹿にして…!」

 

 ラウラは太ももから別のナイフを握り、男性へと近づこうとする。

 しかし、それは上空からの攻撃によって阻まれた。

 

「面倒だ」

 

 上空には、あの時の蝶野郎__サイレント・ゼフィルスを展開していた少女はビットをこちらに向けて攻撃をしていた。その攻撃は味方であろう男をも巻き込むほどだ。俺は左腕も部分展開して防御特化の霞衣(かすみごろも)を使う。ラウラはラウラでAICを発動させ、何とか乗り切ろうとする。

 

 正面にいた男は攻撃を避けようと後ろに飛び退くと

 

 

 

 

 I()S()を展開した。

 そのISは赤く、全身装甲(フルスキン)のIS大きな翼を持つISだった。

 

 そして、あの時天井を斬り裂いたあのISだ。

 

 

 

 

 攻撃が止んだ頃には上空にサイレント・ゼフィルスはもういなく、そしてあの赤いISもいなくなっていた。

 

 

「逃げたか…」

 

「大丈夫か、ラウラ」

 

「ああ…私は、大丈夫だ。…お前は?」

 

「いや俺は何とも…。それよりもさっきのって…」

 

「ああ、私も見たぞ。あれはIS…だよな」

 

「多分…。そうだと思う」

 

 俺たちは互いに先程起きた事をたどたどしく確認し合う。

 それはあまりにも衝撃的で、そして非現実的であったからだ。何せ、()()()()()()I()S()()()()()()()のだ。

 

 

 

 



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第26話 残暑の日には

7月は忙しかったです(小並感)。


非力な私を許してくれ……。







 

「暑い…」

 

 部屋の中に籠るからっとした暑さに思わず俺は、言葉を漏らす。汗ばむ白い制服の襟元を掴み、体へ新鮮な風を扇ぎ入れながら、風の入ってこない開けられた窓を見た。秋の季節なのにこれほどにまで暑い原因はただ一つ。

 

『残暑』

 夏の暑さが秋まで続いてしまうというあの現象だ。朝に食堂で見たテレビの天気予報のお姉さんが、今日は残暑で暑くなるだとかそんなことを言っていた。

 最近だと地球温暖化が原因で涼しいはずの秋の季節でも、夏のように気温が高くなっているだとか言われているらしい。秋は涼しく快適に過ごしたいと思っている人は俺以外にもいるはず。全くどうにかしてもらいたいものだ…。

 俺が精々涼めるといったら氷入りの麦茶ぐらいだけ。今だけはこれで暑さを乗り切るつもりだ。

 

 暑さに気を取られ、残暑に不満を抱いていた俺はふと我に返り、やるべき仕事に取り掛かる。右手にペンを握り、目の前の『部活特別申請届け』と書かれた紙の書類をいそいそと決められたやり方で事務処理をしていった。

 最後の剣道部の書類を書き終えた所で、俺はペンを机に置き、()()()()()のいる方向へ目線を動かした。

 

「楯無さん、この書類を終えました」

 

「あら、ご苦労様。それじゃあ休憩しよっか。こっちへいらっしゃい、お姉さんの膝の上が空いているわよ」

 

 先程まで澄まし顔で扇風機を独占し、カップタイプのバニラアイスを食べていた楯無さんは、涼しげな表情で自分自身の膝をポンポンと軽く叩く。

 

「何で膝の上なのですか…。普通に座りますよ」

 

 楯無さんから送られる何時もの掛け合いを軽く流し、俺は扇風機の当たれる場所へと移動した。

 

 

 

「楯無さん…。もしかして今日の仕事は終わったのですか?」

 

「そうよ〜。自分の分はもう終わらせたわ。後は一夏君の仕事ぶりを見ているだけ♪」

 

「やっぱ経験の差ですかね…。こうも早さに差が出るのは…」

 

 右手に木製のアイススプーンを持ち、こちらへウインクする楯無さんに、俺はただただ苦笑いをするだけで精一杯だった。

 

 

 ここは休日の生徒会室。なぜ俺がここにいるのかというと、俺が副会長という”お偉い”肩書きを頂いたからだ。

 

 話は学園祭にまで遡る。

 部対抗の一夏争奪戦という俺にとってメリットが一つもない争い事は、いつの間にか生徒会が俺を引き取るという形で終息した。何でも、平等に俺を各部活動に参加させるために行った措置らしい。かくして俺は、生徒会所属の派遣社員となり、色んな部に行かされることになった。最近だと、テニス部に派遣されていたときに、俺のマッサージを誰が受けるかで小競り合いが起こってしまった。このように、たまに争い事が起きるものの、色んな部を体験できる俺としては満更でもないのが感想である。

 

 さて、俺の派遣業務は他にもあり、今行なっていた生徒会の書類整理などの生徒会の仕事も行わなければいけないのだ。意外と生徒会の仕事は多く、部活の書類や生徒の使用する設備の許可、学年ごとに使える整備室の割り当てを決めるなど様々だ。

 

「そういえば虚さんはどこにいるのですか?今日は見かけませんでしたが…」

 

 楯無さんから受け取った棒状のアイスを食べているときに、ふと浮かんだ疑問を聞いた。いつもなら、虚さんは日曜日の午前中には生徒会室に顔を出し、翌日の準備をしているはずだった。

 

「ああ、虚ならどうしてもやらないといけない用事があるみたいだから、昨日の内に今日の分を終わらして、今は出かけているわ」

 

「なるほど…虚さんも忙しいのですね」

 

 小声で何か、男ができたとか何とかと楯無さんが言ったが何と言っているかよくわからなかった。

 

「ああ、そうだ。お姉さんも一夏君に聞いてみたいことがあるんだよね〜」

 

「えー何ですか?あんまり難しい事を聞かれても答えられませんよ」

 

「そんなに難しくないわ、単純よ。本当に()()()()()()()()がISを使えると思う?」

 

「…!それは難しい質問ですね」

 

 俺は彼女の問いに言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

 俺の誕生日の夜にあった出来事はすぐには千冬姉に報告せずに次の日に学園で伝えた。

 

 サイレント・ゼフィルスを操る少女に、ISを使う黒いスーツを着た謎の男。

 この二人のことについて伝えたとき、特に男の事を言ったときに千冬姉は眉をしかめた。千冬姉からはしばらくの間は無闇に外出をせず、もし出かけるならば誰か専用機持ちを連れていけ、と厳重注意を受けた。

 個人的にはサイレント・ゼフィルスを使う織斑と名乗った少女が気になっていたがお前と私以外に家族はいない、と千冬姉に釘を刺された。

 

 

 

「皆信じてくれない事は百も承知です。ですが俺の見間違いではなければ、あの人は男性だと思います。実は女性であったということがない限りは…」

 

 俺はあの時の様子を思い浮かべながら答えた。

 背は俺と同じくらいで、髪は短髪で茶髪。顔立ちは外国人のようであった。声もそんなに高くはないし、女性である可能性は低い。

 

「そう…。私は最初、一夏君の話だけでは信じられなかったわ。一夏君以外の男がISを使うなんて。でもね、学園を襲ってきた亡国機業の奴らの中に、特殊なシステムを使って男性でも扱えるようにしているISがあったという話を聞く限り、そうとも言えなくなってきたの」

 

()()()()()()!?」

 

「そう。それもアラスカ条約で禁止されたシステムで、一切の情報は国際IS委員会が握っているというくらい秘匿なものらしいわ」

 

「そんなものが…。まさか、それってもしかして…」

 

「一夏君の想像している通りよ。そのシステムは、あるISに試験的に導入されていたの。全身装甲(フルスキン)の赤いISで、右手には大きな緑色の剣を、左手には黒い鞭を装備しているIS。名前は『エピオン』。ギリシャ語で次世代のって意味だったかしら。とんだ皮肉ね」

 

 赤い全身装甲に大きな剣。

 まさに、一連の騒動で遭遇していたISそのものだった。そして、何故男でも扱えるのかという疑問を紐解くには容易であった。

 

「エピオン…。それがあれの…。でも何でそのISを知っているのですか?」

 

 そう、なぜ楯無さんがこの事を知っているのかが疑問に浮かんだ。あのISについての情報は一切不明であると、学園祭の事情聴取の際に千冬姉に言われた。おそらく、亡国機業が作り出した新たなISだと…。

 

「事態を重く見た委員会側がIS学園に情報提供をしたらしいの。このエピオンっていうISについてね。でもそれはあくまでスペックデータだけ。例のシステムについては男でも扱えるということ以外は教えてくれなかったらしいわ」

 

「なるほど…。でも何でエピオンの情報を国際IS委員会が持っていたのでしょうか?ましてや亡国機業が持っているISを…」

 

「このエピオンの情報はね、ずっとひた隠しにされていたのよ」

 

「ひた隠し?」

 

「そう。何らかの事情があったみたいで意図的にこのエピオンの情報を非公開にしたらしいの。おそらく、亡国機業の事だから盗み出したISには違いないはず。更識の私でさえこの事を知らなかったから、関係者以外によっぽど知られたくないものらしいね。今はこちらから探りを入れて、情報を収集している所よ。分かり次第みんなに伝えるわ」

 

「それにしてもさすがですね、隠された情報を引き出そうとするなんて…」

 

「そりゃ、私たち()()の手にかかればこんなの簡単よ。ほら、休憩時間は終わり!早く仕事を終わらせなさい!」

 

 アイスを食べ終わったところを確認したのか、俺は背中を押されて再び仕事場へと戻された。

 

 

 

 

 

「暑い…」

 

 額できた汗を制服の袖で拭う。

 開け放たれた窓からは相変わらず風は吹いてこなく、ジリジリとした暑さだけが部屋へと入り込んできた。残す資料の分を考えたら後一時間以上はかかるだろう。

 団扇で熱風を起こして暑さを和らげながら、チラリと楯無さんの方を向く。

 

 扇風機に囲まれ、汗一つかいていない楯無さんは俺の視線に気づいたのか、俺が仕上げた資料のチェックを止めて、にっこりと微笑む。

 

「どうしたの?一夏君?」

 

「あの…楯無さん…」

 

 俺はごくりと唾を飲み込み、心の内に秘めていた事を口に出す。

 

 

 

 

「扇風機をこちらに向けてくれませんか?」

 

「それはダメよ。()()()仕事を終えた人へのご褒美なんだから♪」

 

 作業をしている俺にだけ上手く風が向かないように配置された、扇風機に文句を言うもののあっさりとその案は投げ捨てられた。

 

「さいですか…」

 

「ほら、後少しなのだから頑張りなさい。お姉さんが見守っているから♪」

 

 頬杖をついている楯無さんに見られつつ、俺は再びペンを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日の昼下がり。

 臨海公園には人の姿がちらほらと見えた。ジョギングをしている人や公園の噴水で遊ぶ家族連れなど、各々が記録的な残暑である休日を満喫していた。

 そんな中、私は木陰のベンチに座り、最近学園で話題になっているというクレープにかぶりついていた。

 

 市内の公園にランダムで出現するというクレープ屋「クレープハウス ルワンダ」にはとある噂話があるという。それは、『ルワンダでミックスベリーを食べると幸せになれる』というものだ。

 

 いささかクレープ屋の思惑なのではないか、という疑念も拭いきれないが、こういった噂話には気になるたちでもあり、暑い日であるにも関わらずわざわざ、噂のクレープ屋を探し出したのだ。

 しかし、結果としてはミックスベリーなるメニューは販売していなかった。切り盛りしていた店主には、よく客から要望されるけど作っていないんだよね、と苦笑いされてしまった。ミックスじゃないけれどもベリーならあるよ、と言われ、とりあえず私は全種類のクレープを購入し、それらを味わっていた。

 

 

 

『ふむ…面白い話ですね。ミックスベリーという商品がないはずなのに、噂では実際にあると…』

 

「そうなのよ。あの後、裏メニューなのでは、と勘くぐってお店を見張ってみたはいいけれども、やって来たお客さんはミックスベリーなんて頼んでいないし…。不思議な話だったよ。まあ噂話は別として……特にこの丁度いい焼き加減の生地が素晴らしいです」

 

 私はうまく首に携帯電話を引っ掛けながら、右手に持つストロベリー味のクレープを食べ切る。

 

『所詮は噂話だったという事ですね。御愁傷様です。それはそうとクリスタ様は、どの味がお気に入りでしたか?』

 

「うーん…私は抹茶というものが好きかな。何だか独特といいますか、お茶を食べるという感覚が何とも斬新でしたね」

 

『なるほど、抹茶ですか。クリスタ様は、良い所に目をつけられましたね。最近こちらでも抹茶を取り扱う店舗がやっと出始めましてね、クラウドファンディングした甲斐がありましたよ!』

 

 電話の相手である助手さんは、いつになく高揚した声で熱く抹茶を語り出した。

 彼曰く、抹茶との出会いはニューヨークだそうで、そこで飲んだ抹茶シェイクの味が忘れられなかったとか。独特の風味と渋み、そしてどこかほんのりとした甘さには衝撃を覚えたそうだ。それからというもの、わざわざ日本の抹茶を取り寄せて自作で抹茶シェイクを楽しんでいたとか。

 

『…ごほん。さて、本題に入りましょうか。どうなりましたか?送った武器の調子は』

 

 抹茶への想いを綴った抹茶トークが終わった途端に、いつもの口調へと戻った助手さんは、本来の目的である定期報告をするために話を戻した。

 

「今では試作武器に異常は見らないです。既にサンドロックへ量子変換は済ませちゃいました」

 

『なるほど。一応、検査のためにこちらへリコールされる事は決まりましたので、事前に伝えてある担当者に渡してください。いつまた、量子変換と展開が出来ないという事態が起きてしまっては、大変ですから』

 

 

 

 事の発端は一昨日。

 IS学園に届いた我が社の試作武器である”ビームサブマシンガン”のデータ収集を行おうと、サンドロックへ後付武装(イコライザ)として量子変換しようとした際、エラーが発生したのだ。そもそも、ISに量子変換できる装備には、予めISの拡張領域(パススロット)へ登録できるようにプログラムがなされている。これは、全てのISには共通のもので、IS装備のプログラムにおいては基本中の基本。英語の挨拶が「Hello」であると同じくらいに間違えようがないのだが、なぜかサンドロックはこれを受け付けなかった。

 

『そちらで何か分かったことはありますか?』

 

「それがですね…面白いことに同じような症状が起きた試作装備があったそうです」

 

 そう、私たち以外にも同じような症状の試作装備があったのだ。それはIS学園で行われる予定であったテスト装備だ。

 

 IS学園はISを扱う教育機関という事もあり、上級生の授業の一環として企業が作った試作装備のテストを行っている。もちろん、ここで扱う試作装備は安全性が保証された装備で、事故の危険性のないものが事前に選ばれ、学園に持ち込まれている。ここでのテストの目的は、データ収集、企業の認知度向上、そして生徒へより多彩な装備に触れてもらうことみたいだ。

 そして、このテストのために選ばれた試作装備たちは年に数回、貨物コンテナに詰め込まれ、学園に搬入されるという作業があるらしい。

 らしいというのは、詳しい情報が分からないのだ。何せ、ISの試作装備を搬入する作業であり、それらの強奪や情報流出は以ての外。とても大事な作業なのであり、IS学園側がきっちりと情報を管理していた。

 私が知っていることがあるとすれば、専用機持ちがこの作業の護送任務に付くことがある、ということくらいだ。

 

 

 さて、その輸送される貨物の中には私がデータ収集を行う予定であった、ビームサブマシンガンが他の試作装備に紛れて積まれていたのだが…。

 

「私のサブマシンガンの他にも、テストを行う予定であった試作装備の中に数点、量子変換が行えない、もしくは不安定なものがあったそうです。どうも、試作装備の輸送の際に、ドンパチと派手に戦闘をやらかしたようで、もしかしたらその影響があるかも、と」

 

『その戦闘について詳しく調べられないのですか?』

 

「先生へ問い詰めたのですが、関係者ではないから伝えることはできないと言われました。けれども、その戦闘の影響で破壊されたコンテナもあった程、酷かったそうよ」

 

『…なるほど、分かりました。こちらでも引き続き調査を行いますので、クリスタ様はどうか心配なさらずに、ご自身の身体の治療に努めてください』

 

「うん、わかったよ。助手さん」

 

 それでは、と言うと首に挟めていた電話に手を伸ばし、通話を終了させる。

 

 電話をポケットにしまうと私は思わず深いため息をつく。果たしてそれは電話で助手さんと話をしていたからなのか、それともクレープをすべて食べきったからなのかは私には分からなかった。

 

 ナノマシン治療中の左腕を庇いながら、ベンチから立ち上がった。

 肌を撫でるような優しい風が吹き、ほてった体を冷やす。

 ふと海を見やると太陽がもう海面へと近づいており、空を赤く染めていた。公園には先程よりも人の数は少なく、噂のクレープ屋は早くも閉店準備に取り掛かっていた。ベンチ近くの地面からは虫の鳴き声が休む暇もなく聞こえ、音を支配する。

 

 

 

 秋は着実に近づいてきていた。

 

 



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第27話 過去の呪縛

新刊読みました!


簡単な感想としては、急ぎすぎる








 

 

 私の同居人(ルームメイト)は単純だ。

 

 別にこれは、同居人が素直で馬鹿だという意味ではない。彼女の態度を見れば、喜怒哀楽がはっきりと分かり、その時の気持ちが容易に理解出来るからだ。

 嬉しい事があったら表情はいつもより晴れやかで、指摘をしなければ独り言をずっと言ってしまうほど喜び、腹立たしい事があれば、気分が晴れるまで枕を抱き寄せプンプン怒る、といった具合だ。ころころと変わる同居人の感情の起伏には、驚かされることもしばしばあるが私はそんな同居人が好きだ。もちろん、この単純な性格には良い面も悪い面も持ち合わせているがそれは仕方のないこと。人間、誰しも完璧な人はいない。表裏はっきりしているところこそが同居人の良いところなのではないかと私は思っている。

 

 さて、そんな同居人なのだが、最近はやたらと喜怒哀楽の「怒」の感情が激しい。常に何かに怒っており、最近だと彼女担当の政府高官相手に電話でIS装備の催促を怒鳴りながらするほどだ。

 同居人をそうさせてしまった原因は___とはいえ、ほぼ彼女の感情の起伏の原因といっても過言ではないのだが___同居人の片思いをしている相手、織斑一夏だ。

 唐変木、鈍感、朴念仁、シスコン、裏ボス。そんな二つ名が裏で呼ばれている人物だ。思い返してみれば、数日前に告知されたとあるイベントを境に、同居人の様子が変わっていった。

 

『全学年合同タッグマッチ』

 つい最近に起きた学園祭での襲撃事件のように、ISを狙った事件が世界規模で度々起きているらしい。このような事態を受け急遽、専用機持ちの練度向上及び、技術向上を目的としたイベント、という事で開催するそうだ。

 さて前回のタッグマッチでは、男同士という()()()()()()()()()一夏はシャルロットと組んで参加をしていた。だが現在、男は一夏しかいない。「同性だから」という言い訳を使えない彼を狙い、同居人はタッグマッチを組もうと迫った。だが、彼はあろうことかこう言ったという。

 

「俺、もう組む相手を決めているんだ、悪い!」

 

 他に組む相手がいる。

 その事実に同居人は落胆した。

 何故私を選ばないのか?何故私以外の人と組むのか?

 そして同居人は憤りを覚えたという。

 

 

 …そもそも何故一夏が同居人を真っ先に選ぶのかという確証なしに、そう思い込んだのは謎であるが、今はそんなことはどうでもいい。問題は一夏が組もうとしているパートナーのことだ。

 

 同居人が一夏に断られた数日後。学年内にとある奇妙な話が流れ始めた。

 

『織斑君が四組の女子生徒の尻を毎日追いかけまわしている』

 

 あの絶食系で、女子に何て興味を持たないはずの唐変木が四組の子に迫っているという話に私は耳を疑った。

 どういう風の吹き回しなのだろうか。そんなことを思っていたが、それは日が経つにつれて現実味を帯びてくる話へと変化してきた。唐変木にタッグマッチのパートナーになって欲しいと迫られている人物は、日本代表候補生の更識簪。今回のイベントの参加資格を持つ者だ。とどのつまり、一夏は見知っている専用機持ちを放っておいて、見知らぬ女子をタッグマッチのパートナーとして勧誘していたのだ。

 

 普通であれば、互いに知っている者同士でタッグを組むのが普通。彼であれば、パートナーの選択肢は選り取り見取りのはずである。雪片Ⅱ型と相性の良い赤椿をはじめとして、遠距離射撃でサポートが可能な蒼雫にラファール・リヴァイブ、中距離を得意とする甲龍に黒雨。どれも連携の取れるISばかりだ。しかし、わざわざ今まで交友関係のない人物をパートナーに選ぶなど、よほどの物好きではない限り選ばないだろう。どのような経緯があって四組の更識簪へ接触したのか、私はものすごく気になってしまった。

 

 だから、私は………直接彼へ聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、更識簪を選んだ理由を教えてもらえません?」

 

 私は目の前にいる一夏へそう告げた。

 私の瞳に映る彼はひどく動揺していた。息づかいは荒く、私の耳にまではっきりと聞こえてくるほどだ。視線も私の瞳を見ずによそを向いていた。それほど知られたくないのだろうか。

 

「…分かった。クリスタにはこの事を話すよ。とりあえず、俺の首元に当てているナイフを退けてもらえないか?」

 

 仰向けに倒れ込んでいる彼は、私の右手に持っている訓練用のゴムナイフを見ながら答えた。

 

 

 

 

 格闘訓練が終わり、互いに制服へ着替えた後、私たちは一夏の部屋へと向かっていた。

 

「というか今更だけど、クリスタは本当に怪我治ったのか?結構遠慮しながら相手していたんだが…」

 

「うーん、どうでしょう。医者からなんとも言われていませんが、ナノマシン治療でヒビの入っていた手足の治癒は多分済んだと思います。今のところ痛みはないですし」

 

「…本当に大丈夫なのかそれ?」

 

 彼は先程よりも声をトーンを落とし、こちらをジト目で見る。

 現に、先程の訓練中痛みは起きなかった訳でそこまで心配する必要はないはず。動ければいいのだ。動ければ。

 

「心配性ですね、一夏は。それよりもさっきの話だけれど、何故部屋まで行かないといけないの?」

 

「…まあ、あれだ。色々と事情があるんだよ。それに落ち着いて話をするなら、俺の部屋が一番だし」

 

「色々か…」

 

 一夏は思い出したかのように私から視線をずらし、歩く方向に向いて話しながら、歩き出した。

 

 

 幸いにも専用機持ちに遭遇することなく、一夏の部屋へとたどり着き、早速彼の部屋へと入ることにした。見慣れた一年部屋の入り口を通り、奥へ進む。時刻は既に夕方となっており、部屋にはカーテンが閉められていた。

 

「あら、おかえり一夏君。今日は早めに…って」

 

「何で生徒会長がここにいるのですか?」

 

 目の前のベッドには、見慣れた人物がうつ伏せになり、雑誌を読んでくつろいでいた。いつもの制服にライトグリーンのベストを着ている楯無会長は体を起こし、何故人を連れ込んでいるのか、とでも言いたげな表情を浮かべこちらを見ていた。

 

「何でって言われても、ここが私たちの部屋だし…ね〜一夏君?」

 

「あー…クリスタ。楯無さんはよく俺の部屋に遊びに来るというか、気づいたらいるんだ。気にしないでいいよ」

 

「いやん、一夏君に無視された〜」

 

 体をくねらせている楯無会長を一旦無視し、私は一夏に従われるまま備え付けの椅子に座った。

 

 

 

 

「つまりゴーグルちゃんは、一夏君がいつもはしないような行動、簪ちゃんをタッグマッチのパートナーにしようとしている事に疑問を抱いたから、その理由が知りたいと?」

 

「そういう事になりますね」

 

 一夏に淹れてもらったお茶を飲みながら、私は楯無会長へとここへ来た訳を話す。どうやら、彼の行動には彼女が何やら関わっているらしく、話に食いついてきた。

 

「ねえ一夏君。この子にわざわざ事情を話さなくても良かったんじゃない?」

 

「うーん…。実はその、最近簪さんには無視されてばっかりで手詰まりだったし、同じ専用機持ちのクリスタに聞いたら何か手がかりが掴めるかもしれないと思ったんです。というか、クリスタ以外の皆が最近俺に冷たくて、意見を聞ける状況じゃなかったんですよね…。やっぱり大会前でみんなピリピリしちゃっているから、しょうがないのですけれども」

 

「…なるほど。まあ一夏君が簪ちゃんと組めるようになるなら願ったり叶ったりだから、この際は気にしちゃダメか」

 

 一夏の説得に折れたのか、ベッドに腰かけている楯無会長は少し考えるそぶりを見せつつも、その表情は先程よりも緩まったものになった。

 よっ、と言いベッドから立ち上がった楯無会長は閉じた扇子を私に向ける。

 

「それじゃあここまで首を突っ込んだからには、あなたにも一夏君に協力してもらうというのが条件だけれど、それでもいい?」

 

「…わかりました、協力しましょう」

 

 この人の関わっているということは、こうなってしまうことも織り込み済みだ。真相が分かるのであればどうってことはない。

 

「うん、よろしい♪あなたの仕事ぶりならもう知っているから安心だわ」

 

『感謝』と書かれた扇子を広げて、私に見せた楯無会長はそのまま言葉を続ける。

 

「私が一夏君に頼んだことは、私の妹の更識簪の専用機製作を手伝ってほしいっていうことよ」

 

 

 

 

 楯無会長の話はつまり、こういうことだ。

 楯無会長の妹である更識簪は日本の代表候補生。それなりに実力もあった彼女には専用機が与えられた。そのISの名は打鉄弐式。第二世代打鉄を進化させた、他国よりも開発が遅れていた日本発最初の第三世代ISだ。この打鉄弐式は未完成品であったものの、開発元の倉持技研と協力し、作り上げていく予定であった。()()()()()()()()()。そんな最中にIS界に衝撃を与えた事件が起きた。

 

 そう、()()()()()の存在が確認されたのである。何故男でもISを使うことができたのか、世間だけでなく業界からも注目が彼に集まった。そして真っ先に行われようとしたことが、データ収集だ。

 いくら研究を重ねても実現することができなかったIS操縦の謎。何故女性でないといけないのか、何故男性ではダメなのか。それを紐解く鍵になりうる織斑一夏という存在は、研究者、開発者にとってみれば非常に貴重で、大事なものだった。彼、織斑一夏が日本人ということもあり、日本企業の倉持技研はそのデータ収集に名乗りを上げ、彼に与える予定のIS、白式の開発を最優先事項として作業を進めたのだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 こうして、白式のために人員は割かれ、打鉄弐式を共に作り上げていこうという話は綺麗に水に流されてしまった。そして更識簪に残されたのは未完成のISと僅かながらの少ないデータのみ。企業に見捨てられた彼女は一人ただ黙々と打鉄弐式の完成を目指しているという。白式と見捨てた企業を恨みながら。

 しかし、ISは自由研究のロボット製作のようにそう易々と製作が行えるものでもなく、未だに完成の目処は立ってないという。

 

 

 

「簪ちゃんはさ、四組のクラス代表なのだけれども専用機が未完成だから、これまでの行事には一切参加していなかったのよね。夏の臨海学校の時も欠席していたし…」

 

 楯無会長はいつもとは違って覇気のない声で話し、お茶をすする。

 

「今回のタッグマッチにはもちろん、簪ちゃんにも参加するように言われていたのだけれども、今のままじゃ恐らく参加する気は無いわ…。だから、先生方も行事に一切参加しようとしない簪ちゃんに目をつけていて、今後何らかの措置を取るつもりなの」

 

「…だから、一夏に頼んでタッグマッチに参加させるように仕向けて、何としてでもISを完成させるようにしたかったと」

 

「そういう事よ」

 

「なら何故、貴女から妹さんに話をしないのですか?IS製作を手伝うとか」

 

「それは………」

 

 すかさず楯無会長へ疑問をぶつけると、彼女は言葉を詰まらせた。

 

「あー、実はなクリスタ。楯無さんと簪さんの姉妹仲が悪くてさ、そういうのは出来ないというか、上手く伝えられないんだ」

 

「なるほど、そういうことでしたか。深く聞き過ぎてしまい申し訳ありません」

 

「いや、気にしないで。何も知らないから当然よ」

 

 一夏のフォローで、触れてはいけない話題を聞いてしまったと気づいた私は楯無会長へ謝る。当の本人は半笑いで受け答えをしているものの妙にしおらしく、彼女はよっぽど妹との関係を気にしているようであった。

 

「それに簪さんは一人でISを作ろうとしているからさらに厄介なんだ。他人に手伝ってもらう事を頑なに拒んじゃう。楯無さんが一人でISを作ったと思い込んでいるみたいで、それに対抗して…」

 

「一人でISを!?というか、楯無会長ってIS製作をしたことがあるのですか!?」

 

 一夏の発言に私は思わず、声のトーンを上げる。

 何せISは精密機械の塊。生半可な知識や技術でISを作ろうなどしたら永遠に完成などしないのだ。IS学園でさえも実際にIS開発に触れるのは三学年になってからで、楯無会長が専用機をもらった時期を考えると少なくとも一年生の時にISを作った事になる。

 

「え?ああ、私がロシアの国家代表になった時に今のISを渡されたんだけど、それが未完成品だったからそれを組み上げただけよ。といっても薫子や虚たちの意見をもらいながらだけどね。それに七割方は完成していたのもあるわ」

 

「なるほど…あらかた出来ていたISをブラッシュアップした感じですね」

 

「そうね、そんな感じかな。それに作ったISはきちんと企業の人にも見てもらったし…。それと比べたら簪ちゃんの方がよっぽど凄いわ。四割も満たさない程の完成度のISを作り上げようとしているもの。PICやスラスターの制御から追加武装…。正にISを一から作り上げているのに等しいわ。本来ならその道のプロがやる作業を全部一人でやっているのよ。私を追い越そうとして…」

 

「追い越そうと……?」

 

 楯無会長はほとんど中身が残っていない湯呑みを両手で持ち、弄ぶ。

 

「そう、あの子はいつも私を追い越そうとしているの。小さい頃から私の後についてきて、私がやった事を真似て絶対に越えようとするのよ。料理とか編み物、それに華道…とにかく何でもね。昔っから変わっていないのよ、あの子。おっちょこちょいな所も変わらないけどね。私から勝負を仕掛けているつもりはないのに、あの子が勝手に対抗心燃やしてさ。お姉ちゃんを超えるって意地張って…。でも気づいたらあの子が私と距離を置くようになっちゃって…。いつからだろうね、あの子と面を向かって話をしたのは…。私は私、簪ちゃんは簪ちゃん。私と背比べをしなくてもいいのに…」

 

 彼女は顔を俯き、ただじっと手に持つ湯呑みを見ていた。

 彼女の言葉一つ一つには、昔の懐かしさや妹への思い、そして哀愁で満ちていた。

 

 

 

「兄弟ってそういうものだと思いますよ」

 

 突然の声に楯無会長ははっと驚き、どういうことと一夏へ聞いた。

 

「俺も末っ子だからわかるのですけど、やっぱり上の兄弟と比べたくなるものですよ。特に何かが秀でているなら。楯無さんは勉強も出来るし、ISに関しては国家代表でトップクラス。生徒会の仕事もテキパキこなしていて、正に完璧な人って感じで。俺も上兄弟が千冬姉だから結構苦労したんですよ」

 

「織斑先生で?」

 

「ええ。千冬姉も楯無さんみたいに文武両道で、小さい頃から千冬姉は俺の憧れであり目標みたいなものなんです。最初は千冬姉みたいになりたいって思って千冬姉がやっていた剣道場に行ったぐらいですし。でも、頑張れども千冬姉には勝てる部分は全くなくて、結構劣等感は感じていました。まあ、最初の頃の話ですが」

 

「今はどうなの?」

 

「うーん。千冬姉にもできない部分があるって気づいた時には、じゃあそこを強みにしようと思って考え方を変えましたね。年の差が大きいっていうのもあるんですけど、俺は結構千冬姉に守られてばっかりだったんです。何つうか親代わりというか保護者の立場で。だから、俺はいつもそれが嫌でいつか俺が千冬姉を守ってみせるって張り切っていたんですけど、今は千冬姉にはできないところから千冬姉を守って見せるって思っています。いつかは俺が千冬姉を守るって決めているんですけどね」

 

「そっかぁ。一夏君ってホント織斑先生が好きよね」

 

「そうですか?家族だし、普通だと思いますけどね」

 

 一夏とのやり取りで楯無会長は口に手を当てて、クスクスと笑う。表情も少しずつ笑顔も戻り、いつもの会長になりつつあった。

 

「湯呑み、片付けますよ」

 

「ああ、ありがと」

 

 飲み終わった湯呑みを一夏へ渡し、ベッドに戻った楯無会長は私の方を振り向く。

 

「ねえ、ゴーグルちゃんって確かお兄さんがいるよね。どう?やっぱり昔からお兄さんと競ったりした?」

 

 この人なら私のプライベートの事も調べ上げているだろうと思っていた私は、特に驚きという感情は生まれなかった。

 

「昔ですか?そうですね…」

 

 ふと私は兄について思い返してみる。

 私には6歳年上の兄がいる。今は企業に勤めている真面目なサラリーマンだが、昔はヤンチャな悪ガキだったと聞いたことがある。聞いたというのは私が物心つく頃には、兄は学校の寮住みで普段は家に帰ってきていなかったからだ。会えたとしても、私にちょっかいを出すくらいだ。正直に言ってしまえば、私が兄について思う事はあんまりない。

 

 物心つくと言っても私には中等教育を受けていた以前の記憶が曖昧で、寮に入る前の兄の記憶は思い出せないのだ。それこそ、幼い頃の私はどんな子だったかなんて知る由も無い。だが不思議と昔の事は思い出せなくても何とも思っていないし、知ろうとも思わない。

 

 

「…そうですね。私の兄は能天気なやつなんで私は何とも思っていませんでしたね」

 

「ふーん、そっかぁ。まあ人それぞれだし必ずしも同じじゃないよねぇ」

 

 私の取り繕った言葉を信じたようで、楯無会長はぐっと背伸びをするとそのままベッドに背中から倒れこんだ。

 

「………楯無さん何やっているんですか?」

 

「何ってそりゃ、一夏君の匂いがするからそれを堪能しているの」

 

「…そりゃここは俺の部屋ですからそうですよ。というか、変なことしないでください!」

 

「いいじゃーん、減るものじゃないんだしー」

 

 湯呑みを洗い終えた一夏は、ベッドでゴロゴロとごねる楯無会長のあられもない姿にため息をつき、まあいいかと最終的に諦めた。

 

 

「…二人ともありがとね」

 

 ふと、体を起こした楯無会長は神妙な面持ちになり、感謝を言葉にした。

 

「何ですか、急に?」

 

「私、ちょっと気を張り詰めすぎたみたい。気持ちが楽になったわ」

 

「…まあ、誰しもそうなっちゃう時はありますよ。とりあえず、俺が何とかして簪さんにタッグマッチのパートナーとして認めてもらわないと…」

 

「…そうね。所で簪ちゃんの様子はどうなの?」

 

「いやぁ、叩かれました」

 

 一夏は頭に手を当てて、半笑いする。

 そりゃ、知り合いではない男に言い寄られたら手を出してしまうのも分からなくもない。

 

「え!?あの子そういう非生産的な行動にはエネルギーを使いたがらないはずなんだけど…」

 

「それだけしつこかったということなのでしょう。これまで迫ってみて何か賞賛はつかめそうなの?」

 

「いや、これっぽっちといって。何かいいアイデアないかな、クリスタ?」

 

「話を聞く限りでは、IS製作は1人で行いたいという強い意志がある以上、製作を手伝うという選択肢はまずないかな。でもこのままでは、タッグマッチまでに間に合わないのは目に見えている。やれることは、簪さんにあなたがタッグマッチのパートナーとして認めてもらい、IS製作を急かしていく以外に方法はないでしょう」

 

 現状、やれる手立てはこれしかないのだ。

 いや正確に言えば一つだけ強硬手段は残っている。それは、彼女にこれまでの真実、今置かれている状況を伝え、タッグマッチ参加のためにIS製作を手伝うというものだ。だがただでさえ姉妹関係、そしてIS開発に関して彼女は精神的ダメージを受けているはず。これ以上彼女を追い込んでも依頼主の楯無会長はそんなことを望まないだろうし、その事実をそのまま彼女が受け止めるとは分からない。

 

「やっぱ、そうなっちゃうかぁ…。どうすりゃいいんだよ…」

 

 望んでいた答えを導き出せなかったからか、一夏は髪の毛を右手でがしがしと乱暴にかき乱す。

 

「でも、一夏ならきっと彼女にタッグマッチのパートナーとして認めてもらえるよ」

 

「どこにからそんな自信が湧いてくるんだよ…」

 

「うーん…女の勘かな」

 

 私はわざとらしく、人差し指を立ててウインクをした。

 

 

 

 

 

 

 



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第28話 常備不懈

 天気は快晴だった。

 先程まで雨が降っていたと感じさせないくらいに青空が広がり、足早に白く細い雲が流れていく。

 午前中に降った雨で、地面の至る所に大きな水たまりが張ってある第三アリーナで、一機の赤いISが空を自由自在に飛び回っていた。

 そのISは瞬時加速や旋回を行い、アリーナ内を縦横無尽に飛ぶ。ただ、IS操縦者の目には必ずアリーナの至る所に設置されている”ターゲット”が写っていた。

 次々とランダムに現れ、システムにより自動生成されるターゲットをそのISは、時には両手に持つ大きな青龍刀で横に斬り裂き、またある時は両肩に浮かんでいる非固定浮遊部位(アンロックユニット)からエネルギー弾を発し、撃ち抜いていく。

 

 赤いISは地面に降り立つと、次なるターゲットを求め探し出す。すると、頭上に現れた複数のターゲットを見てIS操縦者は思わず笑みをこぼす。

 ISの右肩に浮かぶ非固定浮遊部位から光が漏れ出し、飛び上がると同時にエネルギー弾を発射した。拡散するエネルギー弾により、狙い定めたターゲットが、まるでガラスが割れたかのように散る中をそのISは突っ切って、上空へ浮上した。

 雨上がりの湿った空気が鼻を突き、強い日差しが体に煌々と照らした。太陽の光に思わず操縦者は目を細めると、すぐにハイパーセンサーが自動で視野に入る光の調整が行われた。

 アリーナの天井付近まで飛び上がったISは、地上に見えるターゲットを見つけると、PICを切り自由落下で地面へと落ちていった。そして、両手に持つ青龍刀を連結させ、両腕を大きく振りかぶった。

 

「これで、終わり!」

 

 八重歯を見せて、ニヤリと笑った操縦者は青龍刀をターゲット目掛けて大胆に投げつけた。投げた青龍刀が人型のターゲットの首辺りで真っ二つに切り取ると、その勢いのまま、硬い地面に突き刺さる。

 人型のターゲットはその場で、ガラスの壊れたようなエフェクトを発生させ、光とともに消えていった。アリーナ観客席中央にある液晶には、先程の訓練の得点と、総合評価を表した『A』という表記が示された。

 

 

「どう?甲龍の調子は?」

 

 地面に突き刺さった青龍刀を抜いていた操縦者の耳に若い女性の声が聞こえてきた。甲龍の操縦者は青龍刀をしまうと、Bピットの方を向き、腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らした。

 

「悪くはないね。でも、もう少しブースター性能を高めてもいいんじゃないかなぁ」

 

「データを見る限りは結構無理をしていたように見えるけど本当に大丈夫?」

 

 最初に聞こえてきた声が心配そうに言う。

 

「私はまだ大丈夫よ。もっと旋回性能を高めないと、特に()()になって勝てないわ」

 

 甲龍の操縦者、凰鈴音は特に『一夏』の部分を強調させて言った。

 

 

 

 

「稼働データは見る?」

 

「いや、いいわ。さっきの飛行で大体分かったし」

 

 私がピットに戻ってきた鈴にタオルと飲料を渡すと、彼女はそれを受け取り、私の問いをきっぱりと断った。

 タッグマッチを控えている我々専用機持ちは準備に追われていた。今は、私のタッグマッチのパートナーである鈴のISの調整を行っていた。本来であれば、このような推進力を増やしたり、感度を調整したりすることはそのISを持つ国の技術者が行う作業である。

 だが今回のイベントの趣旨上、この作業を進めていくのは、生徒同士という決まりが設けられていた。このような調整は実を言うとさほど難しいことでもなく、IS学園での授業を受けていれば、さっさとパーソナライズすることが出来る。

 まあ、このような知識は二年生にならないと分からないものだが。企業の技術屋に教えてもらったことがここにきて役に立っており、自分自身のISの調整に加えて鈴の甲龍も弄っていたというわけだ。

 

 大会間際ということもあり、今いる整備室にはいつも以上に賑わいを見せていた。上級生らしき二人組が彼女らのISの前であーだこーだと、何かの議論を繰り広げ、少し遠くにいるセシリアが、上級生の代表候補生と蒼雫の調整を行っていた。

 

「にしても、びっくりよねー」

 

「びっくりって何が?」

 

 要望通り、甲龍の旋回性を高める調整をしていた私に、近くの機械に腰掛けている鈴が話しかける。話の主語を語ろうとしない彼女に私は聞き返した。

 

「ん?何ってそりゃ、イギリスのIS開発の早さにさー」

 

 彼女はセシリアたちのいる方向に顎をしゃくりながら、気だるそうに言った。

 

「だってもう三つ目の試作機を作っているのよ?なかなかの進み具合よねぇ」

 

「…確かにそうね」

 

 汗を拭く彼女を横目に私は、甲龍の調整をしながら生返事がちに受け答えた。

 

 

 鈴が気になっていたISは、セシリアのパートナーである二学年のイギリス代表候補生、サラ・ウェルキンが現在所持しているものだ。それは、AME社製ティアーズ型三号機の『ダイブ・トゥ・ブルー』。

 これまで射撃型のみしか発表されていなかったティアーズ型だが、このISは格闘性能を有するBT兵器を搭載する、新たなコンセプトのISのようだ。

 体を覆うほどの大きな物理シールドに、一振りの剣。まるで中世の騎士を思わせるようなISである。最近に学園へ送られてきたばかりの出来立てのISであり、今回のイベントの終了後にはすぐさまイギリスへ戻ってしまうらしい。

 

「あんたのところも大変よね。なんだっけ、イグニッション・プラン?それに準備をしていてさ」

 

「イタリアもテンペスタ型をようやく開発し終えるらしいし、そろそろ選考が始まりそうだからね。フランスが入るかはわからないけど」

 

 ふーん、と私に問いかけた彼女はなんとも言いがたい、曖昧な返答をして飲料水を飲む。興味を失ったのか、はたまた私の言葉を理解したのか定かではないが、いつもの彼女なので気にしないでおいた。

 鈴から渡された分厚い整備書を読みながら作業を進めていると、一人の声が整備室内に聞こえてきた。

 

「おーい!」

 

 それは若い男の声だった。IS学園にいる若い男は一人しかいない。その声に反応して、近くにいた鈴が体をビクつかせ、声のした方向へと見た。遠くに見えるセシリアも鈴と同じ様な反応をしながら、その方向を向いていた。私も彼女らにつられて、整備室の入り口を見る。

 

「お、いたいた」

 

 見慣れた制服姿の一夏は、何かに気がつくとこちらへと歩いてきた。その様子を見ていた鈴は、しばらく一夏を見ていたが、ふと我に帰り一夏からそっぽを向いた。

 

「へー、アリーナに行ってきたのか鈴?」

 

「そうよ、悪い?用がないならさっさとどっか行きなさい」

 

「何で怒っているんだよ…。別にいいだろ、俺がどこに居ようと」

 

 鈴がISスーツを着ていたから、アリーナに行ったと思ったのだろう。普段通りに鈴に話しかけた一夏は、自分を見向きとしようとしない鈴からの罵倒を軽く受け流す。

 更識簪へのアプローチ以降、彼は一部専用機持ちたちの塩対応を受けていた。ある時は顔を見ないで挨拶をし、またある時は名前でなく、苗字呼びをする。本人はトーナメント前だから皆ナーバスになっている、と思っているようだが、どこからそのように感じるのかを、何度も問いただしたい気分である。

 しかし、彼は筋金入りの唐変木。幼馴染からの言葉もあり、その治らない性格は私がどうこう出来る問題ではないだろう。

 

 一夏は、プンスカと頬を膨らませてそっぽを向く鈴を無視し、私の方を向いた。

 

「なあ、クリスタ。明日の放課後って時間あるか?」

 

「明日?明日なら、部活動の後なら大丈夫だよ」

 

「そっか、じゃあ大丈夫かな。前のISを見てもらうやつだけど…」

 

「うん、いいよ。そういう約束だからね」

 

「よし、助かるぜ!んじゃ、明日よろしくな!」

 

 彼は帰り際にこちらへ手を振り、その場を後にした。爽やかな笑顔も忘れない。

 

「…何?あんた、あいつのISも弄るの?」

 

 一夏が整備室からいなくなり、少しして鈴が話しかけてきた。

 一夏と遭遇して、すっかりご機嫌斜めになってしまった鈴がジト目で私を見る。

 

「うん、ちょっと手伝って欲しいって頼まれてね」

 

 事情を知らない彼女にとってみれば、虫の居所が悪いものだろう。詳しく話したら、話がややこしくなりそうなので多少説明は省く。単純に、頼まれごとをしただけと言えば分かってくれるだろう。

 

「というか、いつからあいつと仲良くなったの?約束なんてしちゃってさ」

 

「仲良くも何も、元からこんな感じだったと思うけれどね。互いに助け合っているだけのことだよ」

 

 

 同じ専用機持ちのよしみでIS整備を約束した、と説明をしたら彼女は渋々理解をしてくれたようだ。

 最も彼女が気にしている事、男女関係に発展している…といったような心配は更々ない。そもそも、私の約束で見るISは、彼のISではない。彼の()()()()()のISだ。

 

 

 

 

「織斑君、こっちに特大レンチと高周波カッター持ってきて!」

 

「ああ、はい!」

 

「データスキャナーと電波装置を〜」

 

「はい、こちらをどうぞ!」

 

 日曜日の整備室の一区画。

 天井から光が灯された台座には、脚を折りたたむように置かれたISの周りに人が集まっていた。

 巨大な非固定浮遊部位が左右にあるのが特徴のこのISは打鉄弐式。一夏のタッグマッチのパートナーでもある更識簪の専用機だ。

 

 

 打鉄弐式。

 その名の通り、打鉄を制作した倉持技研が手がけていた打鉄の後継機にあたる第三世代ISだ。前作の打鉄は防御重視のコンセプトであったが、この打鉄弐式は、機動を重視した設計となっている。

 最大の特徴だったとも言える、日本のサムライのような特徴的な肩部シールドは撤廃され、その代わりに非固定浮遊部位の大型ウイングスラスターが二基搭載されている。全体ともに、鎧で覆われたシルエットから一変、上半身がとてもスマートな風貌へと変化していた。

 また、第三世代へなるとともに、武装面も強化が施されている。以前はアサルトライフル一丁と刀が一振り、というなんとも第二世代らしい後付武装を想定した内容だったが、荷電粒子砲が二基、そして薙刀。さらに目玉といえるマルチロックオンシステムによる誘導ミサイル。どれも次世代を見据えた武装となっていた。

 もちろん、扱いやすいOSと定評のある打鉄に引けも劣らず、この打鉄弐式にも同様のOSが使用され、打鉄のパッケージも使うことが出来る優れものとなっている。

 

 …とまあ、話を聞けば第三世代ISとして充分通用するISなのである。話を聞く限りでは。じゃあ、実際どうなっているか、と現物を見てみれば目も当てられない状況である。

 先程のように、ISのコンセプトは出来ているのだが、いかんせんそれは机上の卓論にしかすぎていなかった。

 噂通り、途中で開発が止められているので装甲、武装ともに見た目だけは用意されていた。

 しかし肝心なシステム面は、仮組みされているだけで中身はすっからかんであり、とても動かせられるような状態ではなかった。PICなどのISが動く基礎の部分はほぼ搭載者である楯無簪が作り上げたようなものだった。

 

 

「よし、これで…。そっちはどうかな?」

 

「……まだかかる。ちょっと待って」

 

 私の言葉に反応した簪さんは、私に返事をするものの作業する手を休める間も無く、画面を見続ける。彼女の第一印象は大人しく、暗いという感じだった。

 

 癖毛のあるセミロングに、簡易ディスプレイの眼鏡。そして、弐式のものだというまるで、動物のタレ耳のようなヘッドギアを頭の左右に付けている。少なくとも、学園で名の知られている『更識』の関係者と気づかなければ、単なる専用機を持つ日本の代表候補生だ。

 

 あの日、私が一夏と楯無会長から事情を聞いた数日後に、一夏は更識簪とタッグマッチのパートナーになった。

 彼らの間にどういう経緯があり、了承を得たかは分からない。ただ、彼があれだけ自信がないと言っておきながら、知り合いにもなっていない彼女を()()()()()その様はまさに天賦の才能といっても過言ではないかと密かに思っている。

 そして、現在のパートナーのISの状況を知った一夏の提案により、この弐式の整備の話が持ち上がった。タッグマッチまで後数日。1週間もないくらいだ。この短い時間の中で、どうにか動かせられるようにするべく、整備が出来る人たちが集められた。

 一夏へ貸しを作れる!といち早く飛びついた黛さんは知り合いの整備科の人たち2学年を召集。IS整備をしない、というか出来ない一夏を利用しつつ、問題があったというISのPICのシステム周りを重点的にチェックしていた。

 簪さんは彼女なりにシステムを構築し、飛行テストを行ったらしいのだが、上手く行かなかったようだ。そもそも、動く事が出来なければ試合どころの話ではない。数多くの問題を抱える打鉄弐式だが、まず問題なく動く事が出来る事を目標としてここ連日、我々は整備に取り掛かった。

 上級生に肝心なPICを任せる一方、私を含めた1学年チームは全く手を付けていなかった武装の構築をしていた。

 

「どうかな?一夏からもらったデータを参考にして荷電粒子砲(春雷)をいじって見たんだけど…」

 

 私が担当していたのは荷電粒子砲の春雷。いわゆるメインに扱うであろう武装だ。

 今第三世代ISの中で流行りの、と言っても過言ではない非実弾系のカートリッジ交換をしない武装で、倉持技研は荷電粒子砲のデータを簪さんへ渡していなかったものの、同じ倉持製の白式からデータを代用する事で実装が可能になった。

 

「……ジェネレーターの出力、エネルギー供給量共に安定領域に達している。試し撃ちをしないといけないけど、このデータを見る限りでは……多分大丈夫」

 

 私が先程仕上げた春雷のデータを簪さんは、まじまじと目を丸くして見ていた。

 受け取る前までは期待していなかったのか、それとも彼女の担当している事で頭がいっぱいだったのか定かではないが、これまで見ていた中で無表情な簪さんが一番表情を崩した所だった。

 

「そっか、久々の武器作りで腕が鈍ってそうで心配していたけど良かった!」

 

「……貴女は何者なの?一年生で荷電粒子砲を……たった2日で」

 

「私の叔父さんが武器製作専門の技術屋でね、良く教えてもらったんだ。それに参考にしたデータもあるんだし、ざっとこんなもんよ」

 

 簪さんはある意味疑惑の目で私を見る。

 そりゃそうだ。余程の天才でない限り、下積みもなしにISの武装を作ることは容易ではない。しかも一年だ。普通に1人でせっせと武装を作り上げるのは私でも異常ともいえる。そもそも、こうして彼女の春雷を作り上げられたのは、私の叔父たちに教えられたことを学べたからでもあるし、私の()()繋がりでもある。疑い深いのか、私の説明でも納得のいかない表情をしている彼女にどう説明しようか考えていた時だった。

 

「かんちゃーん!ハゼたーん!見て見て~」

 

 そんな時だった。

 とってもゆっくりボイスで私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。このような呼び方をするのは一人しかいない。もう一人の協力者である、のほほんさんを見ると、彼女の足元にはとても大きな薙刀が横たわっていた。オブジェクト化された『夢現』だ。

 

「私も頑張って薙刀作ってみたよーどうかなー?よいっしょ…」

 

「……本音、危ないから持たないで」

 

 余った袖に隠されているだろう小さな手で、頑張って持ち上げようとする彼女を簪さんは止めに入る。

 

 のほほんさんが担当していたのは、近接攻撃用の薙刀である『夢現』。薙刀、いわゆる日本伝統の武器で槍みたいなものだ。リーチが長く、初心者でも扱いやすい武器らしい。次世代の量産型に向けての布石なのだろうか。

 それはともかく、この夢現は単なる槍ではなく、刀身部分を振動させることができる代物だ。先程、先輩方が使っていた高周波カッターと原理は同じで、なんともえげつない装備である。

 

「……うん。ちゃんと夢現も出来ているみたい。ありがとう、本音」

 

「えへへっ、かんちゃんに褒められた~」

 

 のほほんさんとは幼馴染同士だという簪さんは、少しだけ表情を崩して答える。礼を言われたのほほんさんはというと、いつも通りの笑顔で照れながら頭を掻く。

 夢現は白式の荷電粒子砲のように既存のデータはないようで、その代わりに一夏が用意したというデータを元に作られた。…彼に武装のデータを集めるほどの収集力があったとは知らず、私は正直驚きもしていた。

 

「かんちゃん、そろそろお部屋がしまっちゃうけど終わりそー?」

 

「……ちょっと難しいかもね。終わりそうにないかな」

 

 簪さんはこちらに表情を見せないように、体の向きを変えて、整備されている打鉄弐式を見た。

 彼女が担当しているのは、誘導八連装ミサイル『山嵐』。打鉄弐式の中では肝とも言える武装だ。山嵐には、『マルチロックオンシステム』という新しいシステムが搭載される予定であった。

 これは、発射されるミサイル一つ一つに独自の稼働をさせるもので、通常のロックオンシステムよりも遥かな高命中、高火力を実現させるためのものだった。

 

 だが、これも机上の卓論。そんなものの基礎なんてないに等しいものだった。これまた一夏が集めたというミサイルシステムのデータを元に、簪さんは実現に向けて製作していたようだが、間に合いそうにないようだ。

 

「今はどこまで出来るようになっています?」

 

「……マルチロックオンシステムが上手く行かないから、普通のロックオンシステムに置き換えて……今は誤魔化すつもり」

 

「やはり簡単にはいかないか…」

 

「で、でも……手動でならマルチロックオンシステムは出来たから……大会後には完成させられるはず」

 

「おぉ〜さすがかんちゃん!」

 

 簪さんの成果にのほほんさんが喜んでいると、黛さんから片付けの指示が飛んできた。

 

 

 

 

「どうだい、ISの調子は?」

 

「だ、大丈夫…です」

 

 時刻は9時を回り、もう少しで整備室が閉められてしまうだろう。

 私たちは、二年生達が作り上げたシステムの動作チェックの為にISを装備している簪さんの周りに集まっていた。黛さんの問いに対して、簪さんは、たどたどしく答える。

 

「武器の方はどうなんだ?」

 

「ミサイルの方は完成までとはいかなかったけど、タッグマッチに十分出られるようには調整したよ」

 

「いいねいいね!私たちの仕事も無事に間に合って良かったよ!」

 

 一夏の問いに私が答えると、2学年の先輩達は互いに顔を見合わせて喜んだ。彼女たちには誰一人として疲れたような表情を浮かべる者はいなかった。皆が皆、やり遂げたという達成感に満ち溢れた顔をしていた。自分たちが試合に出場するわけでもないのに。

 後輩のISのために彼女たちは時間を割いてまで打鉄弐式を整備し続けたのだ。きっと私のようにIS弄りが本当に好きな、そんな人たちなのだろう、そう私は読み取れた。

 

 

 整備室の貸し出し時間まであと少しとなり、皆で手分けして片づけを始めようとした時だった。

 

「あ、ありがとうございました。私一人じゃできなくて……本当にありがとうございました!」

 

 簪さんは片づけをする皆に向かっていつも以上に、整備室にいる人全員に聞こえるぐらいの大きな声で礼を言った。

 どこか涙ぐんだようにも聞こえるその声に

 

「気にしないでよ、私たちは同じ学園の仲間じゃない」

「そうそう、困っていたら助ける。先輩として当たり前のことをしただけだよ」

「いい?私達が整備したISで絶対に勝ち進みなさいよね!」

 

 黛さんを始め先輩達は彼女を逆に励ましていた。

 

 

 

 

 きっと彼女はこのような結末を予想だにしなかっただろう。

 姉というコンプレックスを抱え、彼女は一人ぼっちで必死に努力してきたに違いない、目標である姉を超えるために。例え他の事を犠牲にしてまで。きっと(一夏)がいなかったらタッグマッチへ出られず、ISは未完成のまま。そして、教員たちの目の敵にされ何かしらの処分を受けていたはず。彼が彼女の心を開いたおかげで整備科の人たちの協力を得られ、IS開発が進展。タッグマッチにも出場でき、ひとまずの体裁を保つだろう。

 人は助け合って生きていく生き物。どこかでそのような言葉を聞いたことがある。独りよがりで物事を進めていくのはよっぽどの天才出ない限り、事をなせない。目標であった姉でさえ、ほぼ完成されたISで、さらに友人の助言をもらいながらISを作り上げたのだ。それは、ジグソーパズルを複数人で組み立てるのと目隠しをして一人で組み立てていくのとでは訳が違う。それほど彼女たちには差があった。

 

 

 だからこそ私は、確信したのだ。

 

 行き詰まり、一人で閉じこもっていた彼女(更識簪)の、

 ドイツの冷氷と呼ばれた少佐(ラウラ・ボーデヴィッヒ)の、運命を変え、導いてこられたのは、織斑一夏の才能があってこそだと。

 

 姉譲りのISを使いこなす少年。唐変木で朴念仁な少年。誰にでも手を差し伸べるほどの優しさを持ち、実践のみに対してだけ物覚えに秀でている少年。

 

 彼を、一夏をもっと知りたいと興味を抱いてしまっていることに。

 

 でも、そんな風に思ってしまうことが悪くないと思っている私に。

 




気付いたら2か月……。


間延びしてしまい、本当に申し訳ないです!!!m(__)m


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第29話 空にはいつも

 

 

 目の前に広がるのは、白い天井だった。

 電気の灯っていない蛍光灯が等間隔に並べられていた。

 学生寮の自室で目が覚めた私は、ベッドから体を起こし、寝ぼけ眼で時刻を確認する。うっすらと青白い部屋の奥にある壁掛け時計を見ると、短針が4時を回り、もうすぐで5時になりかかろうとしていた。

 いつもの時間帯だと心の中で思った私は、暖かな布団から肌寒い部屋へと降り立った。体をさすりながら窓へ近づき、カーテンを開けると薄っすらとした淡い光が顔に照らされた。

 街灯の光はまだありIS学園の敷地を照らしていた。遠くに見える海と本土との区別は付くものの、まだ辺りは暗く日の出にはなっていなかった。

 ちらりともう一つの使われているベッドを見る。厚みのある暖かそうな布団には、同居している鈴が小さな寝息をたてて眠っていた。いつものツインテールは解かれ、サイドに髪をまとめている彼女を横目に、私は彼女を起こさないように静かにジャージに着替えて部屋を後にした。

 

 

 寮から外に出ると、少し霧が立ち込めておりぼんやりと街灯の光が道に沿ってポツポツと地面を照らしていた。軽く体を伸ばすなどのストレッチをして、私は朝のジョギングをするべく霧の中へと走っていく。別にこれは、今日行われるタッグマッチに緊張して早めに目が覚めたという訳ではない。いつもの習慣だ。

 

 生まれながらなのか定かではないが、私はいつも夜明けと共に目を覚ましていた。いや、朝5時前後に起きると言った方が正しいだろうか。何せ、こうした冬や春の季節には、朝日が昇る前に起きてしまうからだ。例え、いつもより遅くても、どんなに疲れようと疲れていまいとほぼ毎日、必ずと言っていいほど朝早く目覚めてしまう。この習慣はIS学園に来ても変わらず、朝の時間を持て余してしまう事を防ぐためにこうして運動を行うことにしている。

 誰もいない早朝程、心が休まる時間はないだろう。普段の任務や周りへの警戒心を感じつつ日々生活をしていることもあり、常に精神的に来るものがある。誰にもばれないで、なおかつ隠密に情報収集をするのは楽ではない。これも今後のために、と思ってはいるもののやはり苦痛なものは苦痛だ。こうして何にも考える必要のない時間を作り、心と体をリフレッシュするというのは大事なのかもしれない。

 

 自分自身の呼吸で走るペースを維持してきた、ただぼんやりと何も考えていなかったころ。ふと私はある大事なことを思い出した。

 これはそう、心の奥深くに沈み込み、忘れ去られていたことが、ふと息を吹き返したかのように浮かび上がってきた。そんな感覚だった。

 思い出した事とは、最近一夏への訓練をしていなかったことだ。あのタッグマッチが発表されて以降、少佐を含めた専用機持ち組が一夏への態度を改めたことや、彼自身が更識簪との接触を図るようになってから彼への指導は出来なくなっていたのだ。最近感じていた妙にもどかしかった感覚はこれだった。ナイフを握っていないからだ。

 一夏はきちんと私の教えた動きをするだろうか。唐突にそんな心配事が私の脳内を駆け巡る。

 

 彼は座学や練習といった事では伸びず、本番で伸びるという何とも不思議なタイプだ。だから私は基本的な部分、持ち方やナイフで狙う所を教えて以降、常に実戦ばかりを繰り返した。流石に本物の刃物を使うのは言語道断であるから、ゴムナイフを使ってだ。彼にしてみれば、よく日本刀やらサバイバルナイフやらで襲われるために刃物には慣れているだろう。だが、練習で怪我をさせる訳にはいかないから仕方ない事だ。

 そして、憶測通り彼は運動神経が良いこともあって、当初は手も足も出ない状態から今ではたった数回の練習で私へ反撃できるようにまで成長していた。きっと今の彼ならISなしでも、チンピラ相手には負けることはないだろう。

 それにしても、誰かにナイフを用いた格闘戦術を教えたりするのは久々な気がしてきた。昔はよく

 

 

「君はもう大丈夫だ。安全だよ」

 

 男の声。迫ってくる大きな手の平。

 

 それは一気に噴き出した。見たこともない光景が音が私の脳裏に浮かぶ。一回ではない。何度でも頭の中に響いた。このイメージは一体何だ?

 足を止めた。

 知らないビジョン。聞き覚えのない声。ただただ気味が悪かった。何も口にしていないのに吐き気がする。

 頭は内側から硬い物でガンガンと殴られたように痛み、体全身には悪寒が走る。息を吸う度に胸が締め付けられるように苦しい。口の中に冷たい空気が流れ込む。

 手にはべたりとした汗が浮き上がる。私の目の前には固いコンクリートがあった。

 心ではなく、頭にくる苦しさ。

 辛かった。声をあげてでもこの苦しみを紛らわしたかった。でも喉から出てくるのは掠れた空気だけ。

 

 その光景はただただ、私の見たくない嫌いな光景だった。やめて欲しかった。知らないものを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も見せつけ、それを記憶の糧にでもするかのように。

 

 こんな記憶なんて、私は欲しくない。

 こんなものなんて…いらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は海岸線沿いに一定間隔に置かれたベンチに座っていた。

 それにしても私はこんなところで何で休憩をしているのだろうか?先ほどまで走っていたはずなのに。

 

 …ああそうだ。さっき靴紐が解けて転びそうになったんだった。それでベンチに座っているのだ。結んだ靴紐を確認して、私は再び走り出した。

 それにしても、誰かにナイフを用いた格闘戦術を教えたりするのは久々な気がしてきた。

 昔はよくドイツ軍の教官から教わったりしていた。軍が関わってくるのは何でも、国のお偉いさんたちのご意向でISを扱う以外にも、武術や銃の扱いを覚えさせるという決まりがあったそうな。当時代表候補生選抜組だった私が日夜訓練させられたっけ。

 タッグマッチが終わったら、一夏に訓練のタイムテーブルを聞かないと。彼は一体どんな表情を見せてくれるのだろうか。きっと今の彼なら、訓練なんて銀河の果てくらいに遠い話に聞こえるだろう。そんな一夏の驚く表情を想像しながら走り続ける。

 気づくと周りの霧は晴れて明るく、海からは白く眩しい朝日が昇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、皆さーん!紹介に預かりました、更識楯無です!今日は専用機持ちたちのタッグマッチトーナメントが行われます!」

 

 壇上に立つ楯無会長は、眼下に見える大勢の生徒たちへ向けてラフな挨拶を述べた。

 

 コンサートでも行えそうな、高い天井と中心を囲むようにある客席を備えた多目的ホールの中心に私たち生徒は集められていた。

 先程までガヤガヤと私語が聞こえていたものの、彼女の登場により、辺りは水を打ったようにしんと静まり返っていた。さすがのカリスマ性、といったところか。少々アクの強い人物であるが彼女の人気と実力が確かなものだと再認識してしまう。その中で私はじっと、楯無会長の言葉に耳を傾ける。

 今日行う1日限りのタッグマッチトーナメントは結構ハードだ。

 

 まず、この開会式終了後10時から午前中いっぱい各予選が行われ、休憩を挟んだ後にそれぞれ準決勝、決勝が行われる。今回の出場は6組。当日に組み合わせが決まるため、シード権を得られるかはわからないものの、最大で3組のペアと試合を行うことになる。

 またこのトーナメント戦では2勝先勝方式がとられ、3戦を行う間に先に2勝した方が次の試合に臨めるというルールになっている。元々出場組が少ないこともあってか、見ている生徒へより専用機持ちの力を存分に見てほしいという考えからこのようになったそうだ。

 つまりは、最大で9試合を1日で終えようとすることになる。きっとタッグマッチが終わる頃には私たちはヘトヘトになってベッドに飛び込んでいるだろう。

 

「それでは、実りのある時間になるよう、期待を込めて開会のあいさつとさせていただきます」

 

 いつになく、タッグマッチについて真面目な話をしていた会長は一瞬、マイクから離れ、目を閉じて一呼吸を置く。そして、再び目を開けた会長は、いつもの何かを企んでいるようなしたり顔に戻っていた。

 

「とまぁ、堅苦しいのはこの辺にして、お待ちかねの対戦表を発表しまーす!」

 

 注目!と会長の右手に持っている扇子で真後ろのスクリーンを指した。先程からずっとくるくると回っていた校章がどこかへ消え、そこには今日の対戦トーナメントが現れた。

 

 

 

 

 

 人っ子ひとりいない廊下を私は歩いていた。

 残念ながら、シード権を得られなかった私と鈴の組はオープン戦に出場する。今向かっているアリーナは第三アリーナで、もう一つの初戦は第四アリーナで行われる。そちらは、一夏と更識簪ペア、そして箒と楯無会長のペアが争うという。何とも仕組まれたというか、因縁の対決というか…。とにかく色々と考えてしまうような組み合わせだ。

 以前の学年トーナメントもそうだし、一夏って本当に持っている男だなあと感心してしまう。悪い意味で。

 さて、こうして他人の心配をしている私だが、まず今自分の身におかれた状況について心配しなければならない。何せ、オープン戦の相手は上級生なのだから。

 

 アリーナの更衣室前に着くと、何やら話し声が中から聞こえてきた。

 既に来ているか、と思いつつ私は更衣室の自動ドアに手を触れる。プシュっと気の抜けた空気音が聞こえ、ドアが開く。目の前には、4、5人が横に寝転がれる程の広い空間と見慣れたロッカーがずらりと立ち並んでいた。更衣室内に入ると先程聞こえていた会話がより一層はっきりと聞こえてくる。どうやら私が入室した事に気づいていないようだ。

 その声に導かれるようにロッカーとロッカーの間の道を進むと、声の主たちがいた。

 

「あん?誰だ…ってお前もしかして…」

 

 見かけるなり私に睨みをきかせようと、前屈みになり威圧しようとしたのは背の高く、金髪をポニーテールのように後頭部に束ねている生徒だ。

 既にISスーツには着替えており、スーツの上からでも分かるような、セシリアや箒に勝つとも劣らずの抜群のプロポーションだ。…私の理想的な体型でもある。

 

「こんにちは、ケイシー先輩。サファイア先輩。私は今日この後戦う相手のハーゼンバインです」

 

「あー…確かそんな名前だったな…」

 

 私が挨拶をすると右手を顎に当て、目を細めながら私の全身をくまなく、まじまじと見る彼女、ダリル・ケイシーさんは何とも微妙な反応をする。

 

「先輩、さすがに対戦相手を確認してないのは失礼っスよ」

 

「いやー、どうせ戦うんなら相手が誰であろうと変わらないじゃん?それに勝つのはオレらだし?」

 

 制服をロッカーにしまい込みながら、ジト目で見るフォルテ・サファイアさんにケイシーさんは腕組みをしながら自信ありげに勝利宣言をする。

 

「初対面の相手にそこまで言っちゃう先輩の神経は未だに分からないっスよぉ…。あっ、いっつも先輩ってこんな感じだから気にしないでもらいたいっス」

 

 ケイシーさんの発言にフォローをしたサファイアさんも既にISスーツに着替えていた。

 長い黒髪を三つ編みにし、肩にかけている彼女は隣にいるケイシーさんと比べたら小柄で、彼女が猫背になっていることがより、そのシルエットを小さくしていた。私や鈴と同じくらいの体格だろうか。

 

「あれ?」

 

「ん?どうしたんだよ、フォルテ」

 

「いやーこの子、どっかで見覚えがあるんスよねぇ」

 

「何だお前もか。そりゃぁ、対戦表で名前見たんだろ?」

 

「そりゃそうっスけど…」

 

 何か引っかかるのか、今度はサファイアさんがむむむっと唸りながら私の方へ近づきじっと見つめる。

 …そんなに私の格好が珍しいのだろうか?

 

「君ってもしかして、新聞部に所属していたりするんスか?」

 

「ええ、まあ…そうですが」

 

 私が新聞部だということを伝えると、彼女は何かを思い出したのか目を見開く。

 

「ああ!思い出しちゃったっス!」

 

「ほう。んで、何を思い出しちゃったんだ?」

 

 後ろで興味なさそうにロッカーに寄りかかっていたケイシーさんが尋ねると、サファイアさんは彼女のいる方へ振り向いて興奮気味に話し始める。

 

「先輩!よく私が噂のデザート屋とか評判の良い食事処に行きたいって言っていたじゃないっスか!」

 

「…ああ、お前が本に書いているからってオレをよく連れ回すけど、それがどうしたんだ?」

 

「そう!まさにその本!『インフィニット・ストライプス』の食事レビューコラム担当が何とこの子なんスよ!」

 

 そっか、と他人事のように言うケイシーさんにサファイアさんは、彼女に噛み付くような勢いでインフィニット・ストライプスの話をし始めた。

 

 

 サファイアさんの愛読しているであろうインフィニット・ストライプスとはIS関連の情報を取り扱っている雑誌だ。その中で、IS学園の新聞部とのコラボとして一つのコラムを頂いている。

 そもそも、何故雑誌とコラボができたかというと、新聞部の黛さんの姉から依頼があったのだ。黛さんの姉はIS関連の雑誌『インフィニット・ストライプス』の副編集長を務めるほどすごい人で、新たな企画としてこの話が上がったようだ。

 IS学園は世間ではいわゆる高嶺の花のようなもので、誰もが知る有名な教育機関だ。その倍率は万を優に超える中で選ばれた少女たちは、ただの高等部の学生でも箔がつき、それを言い表すかのようにIS学園の生徒が登場する号だと出ない時と比べて売り上げが伸びたらしい。

 現に、よく先生からの指導で街中を歩く際にはキャッチなどの声かけには注意するように言われるほど学生への声かけが後を絶たないという。どこで顔が知られているのか定かではないが、よくナンパされた、という話はたびたび耳にする。一種のアイドルのような熱狂的なファンがいるらしく、あくまで噂なので本当かどうかは知る由もないのだが。

 なので、このようなことはまずする人はいないだろうが、IS学園の制服で街を闊歩するという行為は極めて危険とされている。だから、このことをいち早く少佐へ教えていただいたシャルロットにはとても感謝しきれない。

 さてこうして大人の事情によって頂いたコラムで、我々新聞部が総力を挙げて数々の話を書いてきた。IS学園の現状について話や学生目線でのお店、ファッションの話。数々のコーナーが単発で終わっていく中、なぜか生き残ってしまったのが食事レビューのコーナーだった。

 

 

「いいっスか?まずこの子が書くお店のレビューが正確な所がすごいんス!良くも悪くもお店の雰囲気から料理に至るまで事細かに書いてあってとっても分かりやすいのがまずポイント!」

 

「うわぁ、変なスイッチ入っちまった…」

 

 ケイシーさんが若干引き気味に後ろへ下がる。

 先程までやる気のなさそうにしていたサファイアさんを見れば誰でもこうなるだろう。

 

「さらに、というかここが一番コラムの読み所なんスけど、何と!この子がお店の全メニューを食べてレビューする所が何とも豪快なんスよ!」

 

「…それほんとかよ?」

 

「いや、まじっス!毎回きちんと全メニューが書かれたレシートが写真に載せられているのがこのコラムの定番なんス!」

 

「にしても、そんなにこいつが大飯食らいってイメージ湧かねぇなぁ。体ちっこいし、太ってないし。ホントに食っているのか?」

 

「きちんと食べていますよ」

 

「ふーん…。だったらもうちょい体つきとか成長してもいい気がするんだけどなぁ…。その栄養どこ行っているんだ?」

 

 私だってどうして成長したいのか知りたいくらいなのだが…。

 

「それで!この子のことをプロフィール名から『ゴーグルちゃん』とか『無限の胃袋(インフィニット・ストマック)』っていう愛称がつくくらいにインフィニットストライプスファンの間で言われているんスよ!」

 

 うわぁ…センスの欠片もない名前。まだ黛さん命名の方がマシである。

 

「いやーこうしてタッグマッチで対戦するっていうのもなんだか運命感じちゃうっス!というか色々とハーゼンバインちゃんに聞きたいことがあるんスけど…」

 

 ケイシーさんから離れ、息を荒くしているサファイアさんは私の方へとじりじりと詰め寄る。その時だった。

 

『それでは入場を開始します。一般生徒は指示に従い…』

 

 入場の指示のアナウンスが天井にあるスピーカーから流れ出した。入場の開始。つまりは、試合開始の1時間前という意味を示す。

 

「んじゃ、オレらも行くか」

 

「ちょっ…先輩!?私はまだ…」

 

 同じく放送に気がついたケイシーさんは、サファイアさんの手首を掴み半ば無理やり更衣室の出口へと引っ張っていった。

 

「んじゃ対戦楽しみにしているぜ、ゴーグルちゃん?」

 

 サファイアさんの抗議を無視しつつ、ケイシーさんはこちらへ手をひらひらと振り、二人はその場を後にした。

 プシュという気の抜けた空気音をして閉じる扉に私はふと我に返る。

 嵐の後の静けさとも呼ぶべきか、いやいつもの雰囲気に戻った更衣室で私はいそいそと身支度を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、予定通り玲菜ちゃんは第四アリーナの取材をお願いね!私は第三アリーナで織斑くんたちの一言をもらってくるから!」

 

「了解です!黛先輩!この私にお任せあれ!」

 

 私は自分の一眼レフを手に持って自信たっぷりに答えた。

 

 いつもの、というか学園側から依頼されて、新聞部は急遽執り行われる専用機のみのタッグマッチの模様を取材している。いつもだったら、一年生組の私とクリスタが各出場生徒の一言コメントをもらってくるけれども、クリスタはタッグマッチの出場生徒。残念だけど一緒に回ることが出来なかった。なので代わりに黛先輩が一言コメントをもらう訳に回ってくれていた。

 私自身、こういった取材は好きだと思っている。学年が上がるとアリーナにある機材をいじくるらしいけれども、あんまりそっちはやりたくないかなって思う。だって、まじかで専用機持ちと会話をするなんて体験まず一般生徒の私が出来ないんだもん!試合前の緊迫した中で答えてくれるみんなを見て、私も皆みたいにいつかISを持ったりするのが夢だし、そのためにIS操縦頑張ろうって思えるからね!それじゃあ、まずは上級生から取材をしちゃおうっと!

 

 久々の取材に、軽やかな足取りになる私は、まず上級生たちがいるピットに向かった。

 

 

 

「うーん…一言か。こういうのは昔から苦手でなぁ…」

 

「先輩、そんなおっさん臭いこと言ってないでしっかりするっス」

 

「苦手なのはしょうがないだろ!うーん…ならこれだな。オレのヘル・ハウンドとフォルテのコンビに勝てる奴はいないんだ、覚悟しておけよ?」

 

「おおー、何とも強気な発言頂きましたぁ!」

 

「ま、一言言うくらいこれくらい大口叩いておかないとな」

 

 スタイルの良いケイシー先輩はめんどくさがりながらも白い歯を見せる百点満点の笑顔で一言コメントをしてくれた。

 

「バッチグーです!それじゃあ次にサファイア先輩どうぞ!」

 

 ケイシー先輩に向けていた録音機をパートナーであるサファイア先輩に向ける。

 

「えー、おほん。先輩が言っていることは間違いないっスよ。私のコールド・ブラッドの手にかかれば手も足も出せなくなるから、覚悟しておくといいっス!」

 

 三つ編みのサファイア先輩は事前に準備をしていたのか、すらすらとコメントを言ってくれた。

 

「はい、おっけーです!先輩方インタビューに答えてくれてありがとうございましたー!」

 

 二人にお礼を言うと、ピット内に聞きなれた予鈴が鳴り響いた。

 

「おっと試合30分前か。オレたちの対戦相手に取材するなら急いだほうがいいんじゃないか?」

 

「あ、ほんとだ!そうですね。私はこれで失礼します!」

 

 私は一礼すると、その場を後にした。

 次は鈴ちゃんとクリスタへのインタビューだ。

 

 それにしてもかっこよかったなぁ…。

 ふと、鈴ちゃんたちのいるピットへの移動中にふとケイシー先輩の事を思い返した。

 三学年唯一の専用機持ちである彼女の人気が高いのは重々承知している。あのさばさばとした性格に、スタイル抜群の体つき。誰しもが夢見るであろう、姉御肌そのものだった。おまけにIS操縦がうまいときたもんだ、一目置かれないはずがない。それに、その人気を表すかのように彼女には、サファイア先輩という恋人がいる。別に女の子同士がくっつくということは今のご時世、当たり前のことになっているし、あのケイシー先輩のことだから、さぞ他の生徒からも告白されていたのだろう。

 そんな学園内での恋愛事情で顔が熱くなってしまった私はぶんぶんと顔を振り、次の取材へと切り替える。

 ちらりと今歩いている廊下を見て、誰もいないことを確認する。だって一人で顔を真っ赤にしているところを見られるなんて恥ずかしいもん!ここに誰も居なくてよかったと思わず安堵した。

 

 

 

 

 鈴ちゃんたちのいるピットに着くと、ISスーツを着ている二人はすぐに見つかった。何かの備品が入っているであろう、銀色の箱の上に二人は座り込み、気難しそうな表情で手元にある画面をじっくり見ていた。きっとこの後の試合の作戦を立てていたのだろう。鈴ちゃんたちに近づくと、私が声をかける前にクリスタが私のことに気づいたみたい。

 

「鈴、新聞部の取材が来ているよ」

 

「やっほー二人とも!試合前のインタビューに来たよ!」

 

 私はひらひらと手を振り、一枚写真を撮る。

 

「なんだ、玲菜じゃない。いっつも大変ね」

 

「まあまあ、こうやってみんなのとこに取材に行くのが好きなわけだし?楽しいから別にいいの!」

 

 もうすぐ試合が始まっちゃうからと私は早速録音機をポーチから取り出した。

 

「またコメント?前回のコメント流用できないの?どうせお蔵入りになっていたでしょ」

 

「何言っているのさ!こういうのは新鮮さが大事なの!ささ、コメント頂戴!」

 

 情報は魚のように新鮮さが大事だと黛先輩は言っていた。さすがにこれだけは譲るわけにはいかない!

 

「うーん、そうねぇ…。最近練習試合ばっかりだったし、ここらで私の本気をみんなに見せつけないとね!」

 

「おお、いいコメントありがとー!我らがクラス代表!先輩方を倒しちゃってください!」

 

「当たり前じゃない。相手が誰であれ、私の華麗なる技術を見せつけるだけよ!」

 

 ふん、と鈴ちゃんは胸を張って高らかに宣言する。ここで一枚写真をパシャリ。いいどや顔である。

 

「さてと次は…」

 

 クリスタの番だね、と言おうとした時だった。突然、大きな機械音が右側から聞こえてきたのだ。その機械というのは、遠くに見えるISの出入り口であるピットの扉で、それは大きな音を立てて上に上昇していた。外からの風がピット内に吹かれ、地面にあった砂が巻き上がり、私の制服にぶつかる。

 

「あれ?もう試合なの!?」

 

 私はひどく後悔した。

 10分前には取材を終えようとしていたが20分前にはピット内には入ってはいけなかったようだ。私の見積もりの甘さが露呈してしまった。だが、クリスタは私の発言をフォローしてくれた。

 

「いえ、普通は教員からの指示があった後に扉は開くはず。指示なしで勝手に開くのはこれまでないよ」

 

 ピット内に大きな音が響き渡る中、クリスタは巻き上がる砂を腕で防ぎながら大きめの声で叫んだ。

 つまりは誤作動なのだろうか?どちらにせよ、試合はもう少しで始まってしまうのだから、急いでクリスタのコメントをもらわないと。

 

 がこん、と音を立てて扉の開ききりアリーナが一望できるようになった。アリーナから見える空はあいにくの曇り空。濃い鼠色の雲たちが空を覆いつくしていた。秋の肌寒さに身震いするも、録音機の録音ボタンを押す。とにかく今は取材を終えることを優先させないと。

 焦る気持ちを抑え、クリスタの向くと彼女はこちらではなく、開かれた扉の方をじっと見ていた。

 

「どうしたの?」

 

「何…あれ」

 

 クリスタは独り言をつぶやく。鈴も同様に扉の方を見つめ、そして身構えていた。

 その時、ふと再び風が巻き起こるのを感じた。ただ、それは先程とは違う、メリハリのある風。まるで、自然ではなく人工的に作られたような。そんな感じだった。

 私も二人と同様に扉の方を見てみる。

 

 すると、そこには人型の機械が上空から舞い降りてきていた。

 両手を横に広げ、足を綺麗に揃えている機械はまるで天使のように優雅に羽を広げながらピットの地面に着地した。その機械は赤く、体のあちこちにはいくつもの大小様々な丸が造形されており、右手には鋭利な刃物があった。

 

「これって先輩方のIS…?」

 

「いいや、こんなISじゃないね。先輩たちのは」

 

 私のつぶやきにクリスタは自身のIS、サンドロックを展開しながら応えた。ちらりと鈴も見ると同様に甲龍を展開していた。

 

「じゃあ…」

 

 誰のISなのだろうか。そう言い切る前に、赤いISのようなものはこちらへ歩み寄りながら左手をこちらに突き出した。

 羊のような角状の突起物のある顔は描かれた線に沿って黄色く光るだけで何も答えなかった。その代わりに。

 

 その代わりにそれは、左手から音を発していた。4つある細い爪を目一杯に広げ、その手の平にある小さな4つの丸から緑色の光を発することで答えていた。でもそれが、私にはコミュニケーションを取るためのものだとは全く思わなかった。そしてそれはすぐに、聞き慣れない音を発しながらこちらに撃ってきた。

 

 



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第30話 正しい選択

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


 何度も揺れる地面に、けたたましく鳴り響く警報音。アリーナで生徒の誘導をしていた中井佳那は他の教員にその役を任せ、すぐさま管制室へと向かっていた。

 彼女の走っている廊下には誰一人としておらず、ただ頭上の教室名が書かれている名札があったはずの場所には、『非常警戒警報』という赤い文字で埋められていた。

 

 IS学園でイベントがあると必ず何か事件が起きていたために、セキュリティ部門を担当する彼女はレーダーや警報、そして警備の部分を強化して今回のタッグマッチに臨んでいた。しかし、それは非情にも敵の襲撃を許すという結果となってしまった。結局何も変わらなかったのだ。

 その事に、彼女は非常に腹立たしく思うも、それと同時に自分たちの無力さを嘆じた。

 

 ドアをこじ開けるように、管制室へ入った佳那の目に飛び込んできたのは、見知らぬ全身装甲(フルスキン)のISたちが映し出されたモニターだった。

 既に戦闘が始まっているようで、映像にはタッグマッチに出場予定だった専用機持ちが未知のISと攻防を繰り広げていた。

 

「こいつらは…」

 

「おそらくあれは以前にも来た無人機の発展機だろう」

 

 管制室にいた千冬が佳那の方へ振り向かずに答える。

 

「何故そんな事が…」

 

「やり方が全く同じだからだ」

 

「やり方?」

 

 言葉の意味にイマイチピンとこない佳那は背中を向けている千冬を見ていると、千冬は先程からコンソールを叩いている山田真耶に近づく。

 

「山田先生、ロックされた扉の状況は?」

 

「現在、教員並びに整備課の生徒と共にクラッキング中です!ですが、アリーナ内で待機していた出場生徒たちへ参戦できるかどうかは…」

 

「まさかレベル4までシステムロックが引き上げられているの!?じゃあ以前の…」

 

 そう、それは以前のクラス代表戦での出来事。

 一年生の初戦に乱入してきた無人機の時と同じであった。

 

「ああ。それに敵の照合データが該当しない事を考えると、おそらくあれらも無人機だろう」

 

「またしてもやられたという事ですか…」

 

「残念ながら、そういう事になる」

 

「…!哨戒にあたっていた教員からは!?」

 

 焦ったかのように佳那は千冬に近づきながら聞く。

 

「何度も応答しているが、反応が返ってこない。おそらくどこかで…」

 

「そんな…」

 

 こちらへ振り向きながら言い放った千冬に、彼女は歩みを止める。

 ただ、強く拳を握り俯いたまま、彼女は千冬へ一言も発しなかった。

 そんな彼女を見ていた千冬は、モニターに再び顔を向ける。

 

「お前は一体何を企んでいるんだ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴!」

 

「分かっているって!」

 

 玲菜を庇いながら私は、鈴に叫んだ。

 鈴は両手に双天牙月を展開しながら、奴___ゴーレムと名付けられたISに全速力で近づく。

 彼女は大きく振りかぶると、反応が遅れたゴーレムの前で飛躍する。ゴーレムの頭上を飛び越えながら体を縦に回転させ、手に持つ刃が奴の頭部を狙った。

 だが、ゴーレムは頭を横にずらすことで直撃を避ける。金属同士がぶつかり合う、聞くに耐えない音がピット内に響いた。

 鈴は滑りながら地面に着地し、右手を地面につける事で先程の勢いを相殺する。

 

 攻撃を受けたゴーレムは、ターゲットを鈴に移したようで体の向きを変えて飛翔し始めた。

 予定通りだ。

 

「クリスタ!お願い!」

 

 どうにか気を引く事が出来た鈴は、予定通り狭いピットからゴーレムを追い出すために外へ、アリーナ内へと飛び出す。それに釣られるようにゴーレムは大きな羽を広げて追いかけ始めた。

 私はそのやりとりを見届けることなく、すぐに立ち尽くしている玲菜を抱き抱えて出入り口に急いだ。

 

 

 ピット内は先程までの騒音がまるで嘘であったかのように静かになっていた。あたりに散らばる物品さえなえればいつものピットそのものだ。

 すぐにでも鈴の所に加勢したいという気持ちが強いが、今はやるべきことがある。玲菜を下ろすと、私はすぐにサンドロックを解除した。さっきの衝撃___左腕の盾で攻撃防いだためーとてもヒリヒリと腕が痛む。かなりの出力だろう。

 痛みに耐えながら私は右手でその場に座り込んでいる彼女の肩を掴んだ。

 

「玲菜、怪我はない!?」

 

 玲菜からすぐに返事は返ってこなかった。

 その目は虚ろになり、今までのように活気のあった彼女とはまるで別人になっていた。

 

「玲菜!」

 

 肩を激しく揺らすと、彼女は少しだけ首を動かし目線を合わせる。

 

「あ…クリスタ…」

 

「しっかりしてよ!怪我はない!?歩ける?」

 

「ねえ、クリスタ」

 

「何?」

 

「私…死ぬ所だったの…?」

 

 彼女は弱々しく真っ白になった唇を動かす。

 

 彼女の声を聞き、私はふと不思議な感覚を覚えた。それは何とも一言で表すことが難しいものだった。今の環境が懐かしくも感じるようで、既視感のあるようで、どこか昔の夢でこの光景を見た事があるようで。でも私にとっては、初めて見る光景で。

 

「クリスタ…?」

 

 彼女の声に私は我にかえる。今はこんなことを考えている場合ではない。頭を横に振り、再び彼女の瞳を見据える。

 

「そう、結構危なかったよ。私がいなきゃどうなっていたことか」

 

 いつもはしない、少しおどけた口調で優しく語りかける。

 そういえば今起きている現状が分からないよね、と伝えると彼女は一言も発さずに頭を縦に振る。よく聞いてね、と前置きをして通信から聞かされたことを彼女に伝えた。

 

 

 サンドロックに管制室からの通信があったのはピットの扉が開ききったあたりからだ。オープンチャンネルにブリュンヒルデの声が聞こえてきた。

 

『全専用機へ通達する。現在、IS学園のシステムがハッキングに遭い、こちらからの操作なしで勝手に各施設が動いている。さらに未確認のISらしき物体が複数IS学園に接近している事も確認された。現時点をもって未確認ISをゴーレムと断定。各専用機持ちはゴーレムの対処にあたれ!』

 

 

 

 

 

「だから、玲菜はこのままピットからアリーナの入り口まで戻ってね、わかった?」

 

「うん、わかった」

 

 後は一人で大丈夫、と自分に言い聞かせるように玲菜は何度も言った。

 自力で立ち上がっているところから怪我はないだろう。

 

「じゃあ私は行くね」

 

 彼女の姿を見届けた私は、再びサンドロックを展開する。

 

「クリスタ!」

 

 アリーナ内へと行こうとした時、後ろから声をかけられた。先程よりは元の玲菜に戻っていた。

 

「どうしたの?」

 

「クリスタ…その…無茶はしないでね」

 

「大丈夫。あんなのちゃっちゃと片付けるさ」

 

 彼女に背中を向け、歩きながら右手で軽く手を振りそれに応える。

 すぐに鈴の所に行かないと…。

 

 

 

 

 

 ピットの出入り口の端に立つと、アリーナが一望できた。鈴の居場所を探すとそれはすぐに見つかった。

 

「鈴!」

 

 彼女はアリーナの壁に打ち付けられていた。起き上がる素ぶりを見せない彼女に、ゴーレムは上空から急速に近づく。

 

 させない!

 

 PICを作動させ、すぐさま鈴の所へと飛び出した。

 右手にビームサブマシンガンをコールし、背中を向けているゴーレムに撃つ。

 こちらの攻撃に気づいたのか奴は、急降下をやめて身を守るように体を羽で覆った。

 鈴の所へと回り込むように撃ち続け、ゴーレムをこちらに近づけないようにする。

 

「鈴!大丈夫!?」

 

 アリーナの地面に降り立った私は、後ろにいる鈴に叫ぶ。

 

「…何とか…ね」

 

 壁面の崩れる音が聞こえ、真後ろにいる鈴はふらつくように立ち上がった。

 

「クリスタ、あいつ…」

 

 鈴が苦しみながら何かを言おうとした時、ゴーレムは動き始める。奴は弾幕から逃れようと、体を左右に動かして回避行動を取り始めた。体を覆うようにしていた羽を広げ、刃物を展開する右腕を前に掲げる。そして、左手の平から緑色のエネルギー弾を撃ちながら、こちらへと突進してきた。

 

 その動きを見切った私たちは、左右の上空に避けることでその攻撃をかわす。

 私たちが先程までいた場所には、奴の刃物が振り下ろされ、硬い土の地面に突き刺さる。その衝撃で、奴の周りには土埃が立ち込め、その赤い天使の姿を隠した。

 

 その様子を見ているとハイパーセンサーからある警告文が表示された。

 

『警告 シールドバリア展開に損害が発生。絶対防御が正常に稼働しない可能性があります。』

 

 それは全く見た事がない警告文であった。まず試合中に見ないものだ。目の前に表れる警告文の上に、鈴からのプライベートチャンネルが開かれる。

 

「クリスタ、あいつ…絶対防御を貫通させる攻撃をしてくるから!」

 

「貫通?」

 

「そう、なんでか知らないけど体に…」

 

 その時、ロックオンされているという警告音が鳴り始める。

 土煙から奴が現れてきた。凄まじい速さで。

 

「!!」

 

 とっさにヒートショーテルをコールするも、ゴーレムの瞬時加速(イグニッションブースト)と力に打ち負かされた。

 奴の斬撃を防いだことで、よろめくとすぐに腹部に衝撃が走る。奴の左手による殴打を受けた私はそのまま目の前に見えるゴーレムを見ながら、地面へと背中からぶつかった。

 

 攻撃を受ける。そして、どこかにぶつかる。いつもの事だった。ISを使っていたらよくあることだ。いつものようにそのまま立ち上がって体勢を整えなければならなかった。だが、私はその簡単なことが出来なかった。

 

 言葉にならないような声が口から出てきた。

 腹部と背中には痛みが走り、まるで肺が握りつぶされているかのように息が出来なかった。初めてだった。ISに乗ってこんなにも苦しい思いをしたのは。

 

 敵からダメージを受けることはよくあった。そりゃ、互いに武器を持って戦うのであるから無傷で済むってことはなく、よほどの上級者ではない限りダメージは避けられない。だが、操縦者には直接痛みが伴うことはなかった。これは、ISによる絶対防御の機能が発動しているからだ。

 口を必死に動かし、酸素を体に取り込もうとする。

 その絶対防御がうまく動かないと直接ダメージが操縦者に伝わってくる。今のように。

 やっとの思いで上空を見上げると、鈴が龍砲をゴーレムに対して撃っていた。連続して衝撃砲を放っているものの、奴はまた羽を体の前面に覆う事で攻撃を防ぐ。見ている限りでは、あまりダメージを受けている印象ではなかった。

 

「どう?立てそう?」

 

「何とか…ね」

 

 先程の鈴の気持ちを思いながら、私は何とか立ち上がる。耳にはいつもよりも鼓動の早い心臓の音が聞こえていた。

 これ以上戦闘を長続きさせるわけにはいかなかった。これまでのような戦い方をしていては体がもたない、そう感じた。

 ならば、どうすればいいか?

 考えなくとも、その答えが私の頭の中にパッと浮かぶ。

 

「鈴、そのままそいつを引きつけて!」

 

 相手の確認もせずに私は上空へと飛躍する。そして、鈴の正面___ゴーレムの背後に着くとすぐさま肩部ミサイルをコール。がら空きの背後へと発射した。発射したミサイルに気づいたゴーレムは、そのままさらに高く飛ぶ事で攻撃をかわす。

 だが、これで奴は前面を覆う羽は無くなっていた。鈴も奴と一緒にさらに高く飛ぶ。

 

「正面ががら空きよ!」

 

 両手に持っている双天牙月を連結したで鈴は、ゴーレムに振りかざした。彼女の放った素早い斬撃に、奴は左腕を突き出すことで、その攻撃を防ぐ。

 その装甲は硬く、攻撃を受けた部分が凹むだけで済んでしまった。

 ゴーレムは鈴ごと左腕で素早く振りほどき、そして肩部にあるくぼみからレーザーを放った。それに反応した鈴は、体をくねらせるようにかわし、奴との間合いを取る。

 

「なるほどね!クリスタのやりたいことはわかったわ!」

 

 鈴は私の言葉を理解したらしく、体勢を整え再び双天牙月を構える。

 

 奴は複数を同時に相手することが出来ないのだ。

 初めて目の前に現れたときもそうだ。最初は玲菜に狙いを定めていたのだが、鈴が攻撃をした事で、そのターゲットが玲菜から鈴へ移った。一つにしか攻撃対象を定められない。この習性を利用すれば、倒せる。

 

 

 

 

 なあ、本当にそう思うか?

 

 

 

 

 ふとそんな疑問が私の頭の中に浮かぶ。確かにこれで奴にダメージを与えることができるだろう。

 

「今度は私が惹きつけるわ!」

 

 鈴が肩部に浮遊している龍砲でゴーレムを攻撃する。

 

 しかし、奴の装甲は硬い。単純に装甲へダメージを与えても意味がないのだ。どこか…どこかに弱点が…。

 

 先程の攻撃でターゲットはすっかり鈴に移り、ゴーレムは私に背を向けていた。

 両手にヒートショーテルをコールする。

 考えろ。考えるんだ。

 

 肩と左腕から放たれるビーム兵器を鈴は躱しながらも、衝撃砲でゴーレムへ攻撃を繰り返しながら、双天牙月を持ち、奴に近づく。

 そんな彼女を見ていた私は、すぐにゴーレムに目を移し、熱を帯びてきたヒートショーテルを投げつけた。

 高速に回転しながら、それらは弧を描くように、互いにぶつからないように奴の足元へと飛んでいく。私の右手にはビームサブマシンガンが握られていた。

 

 鈴の斬撃にヤツは右腕につけられている刃で受け止めていた。今なら動けないはず。

 

 回転するヒートショーテルの速度を上げ、更に奴へと近づけた。それらは、奴の膝裏の薄い装甲をえぐるように突き刺さった。

 すぐさまビームサブマシンガンでそれらを撃ち落とす。熱を帯びたショーテルたちは爆発を起こし、奴の体勢は崩れた。

 地面へと落ちるゴーレムを鈴は見逃さなかった。背中から落ちるゴーレムに近づき、双天牙月を振りかぶる。奴は左腕で体をガードしようと前に掲げるが、鈴はそれを左足で蹴り、斬るすき間を作る。

 その勢いで体を回転させた鈴は、刃を展開しようと前に掲げたゴーレムの右肘から先を斬り落とした。

 

 アリーナの地面に切り離された右腕とともにゴーレムは落ちていった。地面には大きなクレーターが作り上げられ、それによって辺りに粉塵が舞い上がる。

 

「よし!」

 

 鈴はガッツポーズを作り、喜ぶ。装甲の薄い関節部分を狙うのは正解だった。これを繰り返していけば、奴の動きを封じ、活動停止に追い込める。

 そう彼女は思っているだろう。

 

 

 

 

 いいや、あれだけじゃ倒せない。

 

 

 

 

 だが、私にはなぜか不思議と何かが足りない。そういう感覚に襲われた。

 砂埃が晴れ、ゴーレムの姿が再び現れた。

 動き出そうとするその姿を見て、私は引き金を引いた。

 

 奴は何事もなかったかのように、その場にふらつくように立ち上がると頭部を狙った射撃を躱した。身体を前に倒し、走るように逃げる。

 

「まだ動くの!?すばしっこい!」

 

 鈴は悪態をつくように言い吐くと、近接攻撃のない奴に近づく。

 その時、奴は鈴の存在に気付いたのか、くるりと体の向きを変え、肘から先のない右腕を前に突き出した。それと同時に左腕と肩からレーザーをこちらへと放ってきた。引き金から手を放し、左腕の盾を突き出しながらその攻撃を躱す。

 いつも私の体を守ってくれるはずの絶対防御は故障しており、その熱さは直に体に伝わってきた。攻撃を掠った左足には、まるで熱された鉄板を押し付けられているかのように尋常ではない熱さが伝わり、思わず体のバランスが崩れ、あの攻撃が直撃する。

 警告音が聞こえ、とてつもない熱が体全身に広がった。

 制御を失い、地面に落下する。

 熱さで顔をゆがめつつも、ゴーレムを見ると、私は言葉を失った。

 

 先程鈴が斬り落としたはずの右腕が奴の残る腕に、鉄が磁石に引き寄せられるように飛んできていたのだ。

 

「え?」

 

 はたしてどちらが発した声なのかわからなかった。見事に再生した右腕で、奴は鈴を横に突き飛ばした。鈴は、地面を何度も転がりやがてアリーナの壁に亀裂を作って止まった。

 

「…どうすればいいのよ」

 

 武器の利かない硬い装甲。瞬時加速を使用し、さらに切断された部分は再生する。

 一方こちらは絶対防御が正常に発動しない今、シールドエネルギーが余っているにもかかわらず操縦者は限界だ。

 固い地面で、声にならない声が嗚咽した。口の中には分泌物と血の混じった味がし、これが涙なのか鼻血なのかもう分からなかった。

 今までに感じたことのない足の痛みに私は立てなかった。足を何度も何度もさすっても皮膚をはがしたような痛みは消えなかった。

 

 分からない。どうすれば、この状況を打破できるのか。

 何かずしんずしんと大きな振動がした。

 

 分からない。どうすれば、あいつを倒せるのか。

 その振動はさらに大きくなる。

 

 分からない。どうすれば、私はあいつに勝てるの?

 目の前がゆっくりと暗くなるのを感じた。

 

 

 

 

 その時だった。何個ものイメージが飛び込んできた。いっぱいだ。それもいっぱい。

 ビデオだ。どれもこれもあいつをころすビデオだ。ただ、やりかたがちがって、かていがちがって…。だがどれも、()()()()()()()()()

 

 

 そっか、こうすればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん…なのよ…。反則でしょ」

 

 二回も壁にぶつかった私は、ふらつきながら体を起こした。頭はガンガンするし、さっきの投げた飛ばされた衝撃で右腕が痛い。正直めまいがひどく視界は定まっていないに等しい。

 それにあんなの見たことも聞いたこともないよ。機械が自己修復するなんて。

 ハイパーセンサー頼みであいつを探すと、それはすぐに見つかった。

 

「クリスタ!」

 

 あいつはゆっくりとクリスタに近づいていた。あの子はというと地面にうずくまっている。全く動く気配はなかった。

 

「もう!」

 

 痛みに耐えつつ、両手に双天牙月を構えると奴に近づく。

 走りながら龍砲を撃つが、奴は後ろ向きなのにも関わらず上手に羽で私の攻撃を防いだ。

 

「器用な事するじゃない!」

 

 衝撃砲の発射をやめ、双天牙月で斬りかかる。袈裟斬りを奴の腕の付け根目掛けて放つと、奴は振り向いて右腕でそれを受け止めた。相変わらずその力は強く、すぐに押し返される。

 後ろに吹っ飛ばされた私は、転ばないように前かがみの姿勢をとり、手を地面につけることで対処した。

 

 目の前にいるゴーレムを見据えると、その後ろでクリスタがふらつきながらも立ち上がっていた。

 

「クリスタ!よかった…私があいつの気を引くから」

 

 その隙に、と言おうとした時、発砲音が聞こえてきた。

 

「何!?」

 

 思わずその音に驚くも、その音がどこから鳴っているかはすぐにわかった。それは目の前からだった。クリスタが両手にマシンガンを持ってゴーレムに撃っていたのだ。

 

「ちょっと、私の話聞いているの!?」

 

 なおもマシンガンを撃ち続ける彼女にゴーレムは微動だにせず、その場で振り返ってあのレーザーを撃ち反撃する。クリスタは体勢を低くし、ゴーレムの周りを回るようにして回避した。そして丁度、先程とは反対側の所まで回ると再び手にサブマシンガンを持って撃ち続ける。つまり私があいつを襲えって意味なのかしら。

 双天牙月を強く握りしめ、あいつの背後に回ろうとした時、通信が入った。

 

「邪魔………するな」

 

「…え?」

 

 それはクリスタからだった。ただ、その通信に驚きを感じた。あまりも彼女が別人みたいだからだ。感情のこもらない声に聞いたことのない命令口調。それだけではない、私がまだ()()()()()()()()邪魔をするなと言ったのだ。

 

 マシンガンを撃ち続ける彼女に、あいつはまたしてもレーザーを撃って反撃した。だが、それもまたクリスタは躱した。後ろに猛スピードで下がって。

 

「後ろ向きに瞬時加速(イグニッションブースト)!?」

 

 大抵瞬時加速は前方にしか使わないものだ。練習をすれば前後左右どちらにも使うことは可能であるが、前方以外に使うと体への負担がひどいはずなのだが…。

 そんな彼女の行動に誘われるように、ゴーレムは私を無視してクリスタの方へと飛んでいった。

 

 壁際にまで下がったクリスタはマシンガンを構える。そして、引き金を引いた。だが、その標的はゴーレムではなかった。

 クリスタは、地面に向けてマシンガンを放つ。アリーナの地面に銃弾が埋め込まれ、辺りに散った砂が散乱する。少しして、あの子の姿は砂によって隠されてしまった。

 視界を遮られたゴーレムは砂埃の舞うその場に止まり、左腕を掲げてクリスタのいたはず場所に向ける。そして、両肩と左手からレーザーを放った。拡散するレーザーが砂埃を切り払い、複数本のレーザーの道筋を作る。それらは、どれもアリーナの壁と地面に当たり、再び砂埃をまき散らした。道筋が消えたその時、ゴーレムが放った方向からは反対側から何かが飛んできた。それが一体何なのか私のハイパーセンサーがすぐに教えてくれた。クリスタのヒートショーテルだった。うねりを上げて回転するそれらは、ゴーレムに向かっていく。あいつは少し下がり、それらに向けてレーザーを放つ。だが、ショーテルたちはそれらの攻撃を見計らったように綺麗にレーザーを躱した。対処しきれないと判断したのか、あいつは右手にある刃でショーテルたちを叩き落としていった。

 二回、カランコロンとショーテルたちが地面に落ちる音が聞こえた。その頃には辺りに漂っていた砂埃は消え、ハイパーセンサーなしでも視界がはっきりするようになった。

 そこで、私はクリスタがあいつの背後に張り付いていることに気が付いた。

 

「クリスタ!?」

 

 クリスタはあいつの背中に器用に捕まっていた。両手をあいつの首に絡みつき、両足は丁度腰のあたりに足を絡ませていた。ゴーレムはクリスタを振り落とそうと何度も振り払おうとするが、彼女は全く離れなかった。

 

 一体あの子は何を考えているのだろうか。

 私は真っ先に思った。ISがましてや戦う相手にしがみつくなど前代未聞だ。聞いたことがない。何をしたいのか想像もつかなかった。

 彼女の行為にただ呆然としていると、ある変化が起こった。

 

『警告 莫大な熱源を確認。注意してください。』

 

 ふとハイパーセンサーからそんな警告文が流れてきた。

 それと同時に、クリスタが光り始めた。いや、クリスタのISが光り始めたのだ。まるで、熱を持っているかのように赤く光り、その輝きは段々と増していった。そう、それはまるで…。

 

「ちょっと嘘でしょ!?」

 

 ゴーレムが振りほどくのをやめ、飛び上がったときクリスタのISは爆発した。

 

 

 目を開くことが出来ないほどの光とうるさいほどに聞こえる爆音、そして熱が私を襲い、爆風に飛ばされないようその場に伏せる。私はただ、目と耳をふさぐことしかできなかった。

 

 

 

 

 風が収まり、顔を上げると一面が火の海だった。

 ゴーレムの一部だったものが辺りに散らばり、バチバチと音を立てて激しく燃える。

 

「嘘…でしょ」

 

 呆然とした。足の力がなくなり、その場に座り込む。

 確かに、私は見たんだ。クリスタがゴーレムに引っ付いてそして…。

 

「嘘…嘘よ」

 

 視界がぼやける。涙が止まらない。

 クリスタが自爆したんだ。なんでそこまでしないといけなかったのか。なんで命と引き換えにしてまでやらないといけなかったのか。今の自分には、全く理解できなかった。

 受け止めたくない。クリスタがいなくなったなんて。

 

 

 ガシャン。

 火の海に囲まれた、このアリーナで何かの音が聞こえた。

 

「何!?」

 

 ふと、クリスタかもしれない。そんな希望が私の中に生まれる。涙をぬぐい、ハイパーセンサーで音の場所を探すとすぐにそれは見つかった。

 

 ゴーレムだ。だが、まるで比べ物にならないほど完全に別なものと化していた。背中にある羽や手足もほとんどなく、装甲は剥がれてISの骨組みしか残っていなかった。

 

「まだ動けるっていうの?」

 

 あいつの右腕が動いていたのだ。空を掴むように手を伸ばしていた。

 龍砲を構え、ゴーレムにターゲットを合わせる。ロックオンをしたその先に、見覚えのある残骸が私の目に飛び込んできた。ISだ。

 左肩先から何もなく、辛うじて右腕と頭部は残っていた。最も特徴的だったV字アンテナは折れている。下半身は上半身から切り離され、遠くに落ちていた。だが、私はふとこの残骸たちを見て疑問に思った。

 確かに、このISだったものにはクリスタが乗っていた。あれほどの爆発を受けていたのだから、無傷で済む話ではなくむしろ死んでいてもおかしくない。しかし、この残骸たちには肉片どころか、血一滴でさえ落ちていなかったのだ。

 

 ただ呆然とその様子を見ていると何かがあいつの胸貫き、ゴーレムの活動を停止させた。空からの攻撃だった。

 

「大丈夫か、鈴!」

 

「箒!」

 

 それは箒だった。上空にいた彼女は私の所へと降りてくる。箒の紅椿の両腕には先程放ったと思われる見知らぬ弓が見えた。

 

「無事で良かった!今一夏と手分けしてみんなの援護に回っていたのだ」

 

 それにしても、と箒が言葉を続ける。

 

「何だと言うのだこの状況は?鈴、一体何をしたのだ」

 

「これはその…」

 

 あまりにも不可思議な状況に混乱する。今何が起きているのか私が知りたいくらいだ。

 

「それよりもクリスタはどうした?一緒じゃないのか?」

 

「クリスタが……自爆したの。」

 

「はい?」

 

 箒が眉を寄せる。

 

「…だから、クリスタがあいつに取り付いて自爆したの!」

 

 箒は辺りを見渡す。周りには、今なお火をあげて燃えるゴーレムの部品があった。

 

「何を言っているんだ。ISに自爆機能など聞いたことがないぞ!それに、自爆したと言うならばあいつは…」

 

「うん、最初は私もそう思ったわ。けど、あいつはISに乗ってなかったの」

 

「え?お前はさっきから何を…」

 

「私だってわけがわからないよ!いなくなったと思ったら、ISに乗っていないし…」

 

 ISの残骸ならあれよ、と箒に指差した。箒は動かなくなったゴーレムの横を通り過ぎて、サンドロックだったものに近づく。私も彼女の後を追った。

 

「もぬけの殻だと…」

 

 箒はサンドロックの左腕の部品を持ち上げる。本来なら、そこには人だった肉片やら血やらがこびりついているはずだが、それの中身は空っぽだった。

 

「じゃああいつはどこにいるっていうのだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっつ…」

 

 右手を手のひらに当てる。さっきまで風邪をひいていたかのように暑かった体温は下がり、手の甲についた汗がほんのりと冷たかった。

 

 空にあった厚い雲は既になく、西側の空が赤く染め上がり夕刻を告げていた。

 正直右腕以外を動かしたくなかった。クレーターの傾斜にいるだけで、私の体は悲鳴を上げていた。

 アリーナにできたクレーターに無理矢理入り込んだために、体には予想以上の負担がかかっていた。それに見てはいないが、恐らく全身火傷を負っているだろう。皮膚が吹く風によってひりひりとして、痛い。傍らに置いてあるサンドロックの盾がほんのり冷たく、気持ち良かった。ふと、動く右手をお腹に当てる。もう大丈夫だろうか?

 先程までしていたむかむかとした感覚はない。そりゃ、最後の方なんて液体だけだったし()()()()()()()()()()。目の前で鈴が死んでいく光景を何度も見せられたが、気持ちも整理できたし今なら誰に会っても大丈夫だ。

 何故あんなものが私の頭のイメージに入り込んできたのが不思議であった。全部、方法は違えどあのゴーレムに勝つまでの過程であり、そのほとんどが私や鈴が、いやその両方が死ぬという結果を含むものだ。それらは鮮明な記憶のように思い起こされた。別にこれらは私が想像したくて思い起こされたものではない。勝手に流れ込んできたんだ。一体どこから現れたものなのか?サンドロックか?ハイパーセンサーが?それとも…?

 いや、考えるのをやめよう。眠たくなるし、これ以上考えられない。ここにいればいずれ鈴たちが私を見つけてくれる。これも()()()()()()()だ。

 

 ああ…戻ったら何を食べようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱだめだったかぁ…」

 

 薄暗い部屋で女の声が響く。悲しげな感じに女は呟くが、その表情は笑顔そのものであった。

 明かりという光は女の目の前にあるディスプレイの光しかなく、機械じみたうさ耳を付ける女の顔が青白く見えていた。

 

「もうちょいいっくんたちと互角に渡り合えると思っていたけど、やっぱ無人機はダメだねぇ。しかし、性能テストが本命じゃないからいいのさ!」

 

 せわしなくコンソールを動かしている女の目には、ディスプレイに映るISのデータの画面があった。3Dモデル化されたそれは一定間隔でぐるりと回る。まるで女性をイメージしたようなスリムな胴体にそれより一回りほど大きな翼。肩や左腕には何かの発射口が見える。

 

「ま、ゴーレムⅢは第三世代には勝っていたし、これ以上の性能アップはさせなくていいかなー」

 

 例外はいたけどね、とそのうさ耳女はボソッと呟く。

 

「にしても…」

 

 うさ耳女は人差し指でコンソールの何かを押し、表示している画面を変える。そこには、『紅椿』と表された題名のデータだった。

 

「箒ちゃんもあの時のように強くなったねぇ。ゴーレムⅢを送っただけはあるよ~」

 

 うさ耳女は嬉しそうに笑う。

 

「経験値蓄積による新たな武装の構築に、箒ちゃんのパーソナルデータの収集!まさに完璧って感じだね!さすが、私!」

 

 うさ耳女が自画自賛し、うんうんとうなずいていると、突如天井に備え付けられている電気に光が灯り、部屋が明るくなる。

 辺りにはスクラップ場のように無造作に置かれた、機械に埋め尽くされているその部屋の中心にいた女性は驚き、部屋のスイッチがある場所に視線を移す。

 

「束さま、部屋は明るくしないとお体に良くないですよ」

 

 扉の近くには一人の少女が立っていた。白のセーラー服に紫色のスカート。更に、スカートと同じ色のスカーフが少女の容姿をより美しく見せていた。手入れのされた艶のある長い銀髪に両目を閉じている少女は、無表情で束と呼んだうさ耳女の方に顔を向ける。

 

「大丈夫だよ、くーちゃん。なんせ、私は束さんなんだから!」

 

「…」

 

 くーちゃんと呼んだ少女の方を向いて胸を張り、えっへんと束は自信ありげに言う。

 

「…それで何か用かな?」

 

「食事の支度が終わりました。」

 

「おお、そうか!じゃあすぐにでも行かないとね!」

 

 でもちょっと待ってね、と束はコンソールを叩き、何かの操作をし始める。

 

「ですが…」

 

「ん?」

 

「また失敗してしまいました。ですので…」

 

 ふと束はコンソールを叩く手を止め、匂いを嗅ぐ。すると、少女が開いた扉から微かに焦げた炭の匂いが漂っていた。

 

「なーに、くーちゃんの料理はいっっつも美味しいから大丈夫だよ!」

 

「…」

 

 束の言葉に少女はただ無言になる。表情を崩し何かを言いたそうに口を開こうとするも、すぐに口を閉じた。そして、再び無表情になった少女は口を開く。

 

「所で何をされているのですか?」

 

「あー。箒ちゃんのデータをまとめているの」

 

 あとね、と付け加える。

 

「次の()()()()()()()だよ!」

 

「…なるほど。今度も束さまお一人で、ですか?」

 

「もう、堅いよくーちゃん!私の事はママって呼んでいいのに!照れ屋さんだなぁ」

 

「…」

 

 少女の反応を待つ前に束は言葉を続ける

 

「今度のおでかけはくーちゃん一人で行ってほしいなぁ」

 

「わかりました。どのようなおでかけでしょうか?」

 

「簡単だよ、ある荷物を持ってIS学園に行ってもらいたいんだよね」

 

「荷物を、ですか」

 

「そう!IS学園の地下特別区画にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、いるんだろ?」

 

 扉を開けるや否や、その人物はぶっきらぼうに言う。眼鏡をかけたその人物の目には、いくつかのISが置かれている広い空間があった。

 倉庫ともいうべきその場所を眼鏡の人が歩き始める。全体は暗く、窓は全くなかった。明かりは鎮座しているISにだけ灯され、歩くとなると足元がかすかに見える程度だ。

 眼鏡の人が辺りを見回すように誰かを探していると、ふと頭に風を受ける感覚があった。あまりにも不自然な風に違和感を覚えた眼鏡の人は後ろへ飛びのき、頭上を見る。

 すると、そこには4つの羽を回転させている機械が音もなく飛んでいた。

 

「よ、驚いたか?」

 

 光の当てられた、ISの近くにある機材の影から出てきた人物が嬉しそうに大声で言う。ジーパンに半袖ポロシャツという、ラフな格好をしている男を見て、身構えていたメガネの人は立ち方を元に戻し、眼鏡をかけ直す。

 

「…危ないじゃないか」

 

「まあまあ、俺に抜群の操縦技術があって助かったじゃない」

 

 男は 手に持っている操縦器を操作して、自身の足もとに先程飛んでいた機械を降ろした。

 

「…そんなおもちゃで遊んでいるなんて暇な奴だな」

 

「おいおい、おもちゃとはなんだよ!知らないだろうけど、これでも俺にとっては真面目な仕事なのだが」

 

「僕には全く真面目に見えないのだが」

 

 両手を広げてアピールする男に、眼鏡の人はため息をつく。

 

「後で操縦系を改良してもらうんだからよぉ…そんときなったらお前にも見せるわ!」

 

「そうか、楽しみにしている」

 

「うわ、全然楽しみじゃなさそう」

 

 眼鏡の人の感情の籠らない無気力な返事に男はしょんぼりとしつつも、足元にあった機械を手に取って何かをいじくり始めた。

 

「…それでだ」

 

「スコール様からの伝言か?」

 

「いや、上層部からの依頼だよ」

 

 ほう、と男は感慨深げに呟く。機械を抱えて男は眼鏡の人に近づく。

 

「それで、依頼っつうのは?」

 

「ある人物の保護だ。それもとびきりの」

 

「へえ、拉致なんて久々じゃん。んで、誰なんだよ」

 

 逆立てた金髪に眼帯を左目に付けている男はにへらっと嬉しそうに言う。

 

「束博士お気に入りの娘だ」

 

 



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第31話 非日常な日常

 放課後の食堂というのは私にとって初めてのことだった。

 いつもならこの場には、ご飯を求めてやってくる生徒で賑わい、溢れかえっている。しかし、至る所から聞こえてくるおしゃべりや、食器とカトラリーがぶつかり合う音は全くと言っていいほど聴こえてこなかった。

 その代わりに、至る所の壁に埋め込まれているデジタルサイネージからは、食堂のメニューの紹介と共に効果音が流れ、食堂の中央にある大きな水槽では音を立てながら絶え間なく、酸素を供給していた。

 いつもと変わらない場所なのに、まるで別の場所にいるように感じてしまっていた。

 きっと私に心の余裕があったら、もっとこの不思議な気分を味わえていたんだと思う。今は無理なのだが。

 

「で?どうなの、そこんとこ?」

 

 負の感情が滲み出ている声に思わず、身をすくませる。別に私が何か怒られるようなことをしていないはずなのに、変に罪悪感が体にのしかかっていた。

 制服をぎゅっと握っていた手のひらには変な汗がかき、生地に染み込んでいた。

 顔をあげて、縮こまりながら目の前を見る。

 

 露出度が高くなるように改造された制服を着る、ガラの悪い娘がジロリと私を睨んでいた。食堂の窓から差す夕日がより、彼女の表情を際立たせる。二組のクラス長であり、中国の代表候補生の凰鈴音が左肘をテーブルにつき、前のめりになりながら、私の返答を待っていた。ちらりと彼女の近くに座っている人たちを見る。

 ドイツ代表候補生にイギリス代表候補生、そして篠ノ之博士の妹。誰もが腕を組み、そして腰に手を当てて私を睨んでいた。この光景はさながら、悪の組織の幹部たちに尋問されているといったところだった。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか…。心の中で私は天を仰ぎ、今日の私の行動を後悔した。

 

 

 

 

 今日の私は、何かと気分が良かった。

 撮り溜めていたアニメが個人的に熱い展開になっていたからかもしれないし、お姉ちゃんの怪我が少し良くなり、リハビリも兼ねて生徒会の仕事をするようになったからかもしれない。自分自身を押さえつけるような溜飲は下がり、久々に清々しい気分が私の身体を満たしていた。

 そんな気分上々な私は気分に身を任せ、食堂へと軽い足取りで向かった。

 ここでいつもなら、放課後は整備室へ向かい弐式の製作を行っていた。だが、それは今できない。何せ、弐式の蓄積ダメージレベルがCになり、製作どころではないから。

 

 遡ること数日前。と言っても私にとって、その出来事は随分と昔に起きたことのように感じてしまう。

 謎のISに襲われたこと。そのISが現れて身動きがとれなかった私を一夏が助けたこと。そして、お姉ちゃんにかばわれたこと。

 結局謎のISは皆の頑張りもあり、5機全てを活動停止へと追い込むことに成功した。特に、一夏と篠ノ之さんが頑張ってくれた。二人は私たちと対峙していた謎のISを撃破した後、すぐに他の専用機持ちたちの所へ救援に向かった。私も一夏と同じように助けに行きたかったものの、既に弐式のエネルギーは残っておらず、二人を追うことは出来なかった。篠ノ之さんのIS、紅椿のワンオフアビリティで二人のシールドエネルギーが回復していたらしい。

 

 後から聞いた話だと、どの専用機持ちたちも蓄積ダメージレベルがCを超える酷い状況で、中にはIS自体を意図的に自爆させたために原型を留めていない状態になったものもあったという。なんでも、先生の話によれば、あの時襲ってきたISは腕部から絶対防御に異常をきたすようなものを散布していたらしく、いつも以上ISにダメージを負ってしまっていたようだ。言わば常時零落白夜を受けていたに等しい。あの時、弐式からの何度も表示されていた警告文はこれが原因だった。正直、この話を聞いた時、私は自分の耳を疑った。そもそも、ISのシステムに対して何らかの影響を及ぼす武装は聞いたことがないからだ。あったとしても、以前に学園で起きた事件の原因であるVTシステム、もしくはISの暴走といったISの内部によるものしかない。どちらにせよ、IS学園を襲ってきた連中の技術力は計り知れないことは確かである。

 こうして謎のISによる襲撃により、深い傷を負った私の弐式は現在倉持技研で修復作業を行っている。あそこの人たちは嫌いだけれども、今回ばかりはそうともいっていられない。けれども、弐式を技研の人に渡しに行った時はなんとも苦痛な時間だった。

 

 こうして、ある意味暇を持て余していた私は食堂にある食券販売機に着き、メニューを品定めする。ちょっと小腹が空いているからデザートを頼むことは決めていた。しかし、私の人差し指は素直に三色団子セットを押さなかった。今月のフェアは中華フェアだ。以前、学園祭で二組が行っていた中華喫茶の思い出が蘇ってくる。あの時食べた杏仁豆腐やマンゴープリンはたいそう美味であった。正直、普通の店にあってもおかしくはない出来だった。ふとそんなことを思い出し、食堂の味はどうなのだろうか、と心の中で葛藤が生まれていた。団子セットか杏仁豆腐か。どちらにしようかと悩んでいたその時だった。

 

「あれ?簪さんじゃん!」

 

 私を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとデュノアさんがにっこりと微笑んで手を振っていた。彼女、シャルロット・デュノアさんとは、謎のIS襲撃に関する事情聴取を受けた仲だ。互いに専用機持ちということや、企業の人ということもあり、同じ境遇だからか何かと話の馬が合っていた。

 話を聞くと、どうやら彼女は他の専用機持ちの子たちと食堂に来ており、一緒にどうかと誘われた。

 その言葉を聞いたとき、私はその誘いに抵抗感を覚えた。自分自身、どちらかというとあまり群れるタイプではない。「群」よりも「個」を大事にしてきた。まあ、実際のところ身内以外にはあまりコミュニケーションを取りたくないのが本音である。だから、()()()()彼女の誘いは断っていたはずだった、()()()()。しかし、今の自分はそう思わなかった。今日くらい、誰かと話をするのも悪くない。そんな気分になっていた。それに、私は未だに同学年の専用機持ちたちと面識がないに等しい。同じ専用機持ちとして、交友を深めるいい機会だろうと思っていた私がそこにはいた。

 二つ返事で彼女の誘いに答えると、デュノアさんは嬉しそうに手を合わせて微笑んでいた。

 結局、三色団子セットを頼んだ私は、デュノアさんの後ろをついて、皆のいる所へと行く。といっても利用者の少ない食堂では、彼女たちのいる場所はすぐに見つかった。専用機持ちたちの所へと案内し終えるや否や、デュノアさんは飲み物を取ってくる、と言い残して食堂の券売機へと戻って行った。

 

 だが、私としては彼女に状況を説明してほしかった。なにせ…

 

「シャルロットのやつ、こうも早く()()()()()()とはな…。さすがと、いったところか」

 

 専用機持ちたち皆の様子がおかしいのだ。明らかに、私を温かく迎え入れる、といった和やかな雰囲気ではない。

 椅子に座る彼女(専用機持ち)たちは虎視眈々と、獲物を狙うかのような鋭い目つきで私を見る。そして、何か品定めをするかのように彼女たちはじろりと私の姿を吟味する。何か冷たい感覚が私の背中によぎる。これはそう、私の()()の感覚が、何かとてつもない危険をひしひしと感じ取っていた。

 

「まあ、そこに立っているのも何だ。ここに座ろうじゃないか」

 

 篠ノ之箒がにっこりと笑顔で私に空いている椅子を指す。いわゆるお誕生日席だ。普通に見ていれば、彼女の表情や動作は何気ないもので、普通に椅子を勧めているように見える。だが、今はこれがただの悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

 

「……は、はい!」

 

 しかし、私はその言葉に従うしかなかった。

 お団子をテーブルに置き、お誕生日席へと座る。顔をうつむきながら、ちらりと周りの様子を確認するが、彼女たちはテーブルの上に置かれた飲み物に一切手を付けることなく、まだ私の方を睨んだままだ。

 …とりあえず、今は状況確認をするために様子を見るべきだろう。このようになった経緯は全くといっていいほど思いつかない。下手にこちらから動いて彼女たちの逆鱗に触れる必要はないんだ。という思考を3秒ぐらいで済ませた私は黙って頼んだ団子を見つめていた。夕日と食堂のライトに照らされた三色団子は、キラリとその光沢が輝く。きっと市販で売られているタイプのお団子だろうが、食べたら美味しそうだ。

 誰も発することない、静かな時間が過ぎていた。相手もこちらの様子をうかがっているのか、ただ私を見つめているだけだった。あれ、そういえばこの時間帯に食堂に来るのは初めてだったような…。

 

「単刀直入に言おう」

 

 ふとそんなことを思いふけっていた私の耳に彼女たちの真相が飛び込んできた。

 

「その…だな…!い、一夏とはどういう関係なのか、教えてもらおうじゃないか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ落ち着いて。ほら、簪さん怯えちゃっているでしょ?」

 

 ふと聞き覚えのある声が聞こえる。後ろを振り向くと、この修羅場へと私を連れてきた張本人である、両手に飲み物を持っているデュノアさんがいた。

 

「やめろ、シャルロット。本当ならば、拷問か自白剤の投与を行いたいのを、私はぎりぎり耐えているのだぞ!」

 

 眼帯をつけているドイツ軍の人が、物騒なことを言いながら拳を力強く握る。いくらここが治外法権だからといって、違法なことはしないでほしい…。

 

「もうラウラ、そういうことは言わないの。あ、簪さん。これ、オレンジジュース。喉渇いたでしょ?」

 

 少し結露のついたオレンジジュースを私の目の前に置く。コップにはストローがさしてあり、きちんと私の方向に合わせていた。

 

「あ、ありがとう…」

 

「いいのいいの。それで…」

 

 彼女は片手に持っていた自身の飲み物をテーブルに置いて、私の近くに空いていたスペースに座る。

 

「実際どうなのかな?」

 

 にこっと笑顔で私を見つめる。表情は確かに笑顔だ。だが、彼女もそうだ。目に感情がこもっていないのだ。それに、彼女からは他の専用機持ちたちよりも、どす黒いオーラを感じる。目的はここにいる専用機持ちたちと同じようだった。

 

「どうって言われても…」

 

 

 どうなの、と言われても私としては、どうして?という状況である。

 

 そもそもタッグマッチは彼から頼み込まれて組んだまで。組む前は互いに誰なのか知らない、もはや赤の他人であったのだ。…今は違うけれども。それをどういう関係と言われても、ただのタッグマッチを組んだ関係、となるだけで……。すると、いきなりテーブルを両手で叩き、大きな音を立てて篠ノ之箒が頬を赤らめながら立ち上がった。

 

「ええい、じれったい!つまりはな!一夏とだなぁ!つ、付き合っているのかと聞いている!」

 

 

 え?

 

 一瞬、彼女の言葉を理解しきれなかった。

 

 私と一夏が…付き合っている?

 

 ふと私の頭の中にイメージが浮かび上がる。私の作ったお菓子を美味しそうに食べる一夏。肩を寄せ、一緒にアニメを見る一夏。そして、夜に二人っきりだけで一夏と出かけて……。

 

 

 

 ボコボコボコ…。

 

「はうっ!?」

 

 ふと私は、近くに置かれている水槽の音に我に返る。今私は何を考えていたの!?全身がサウナに入っているかのように熱くなる。特に顔が熱かった。

 

「あ、あの…一夏とはそういうのじゃ…」

 

 そうだ。べべ、別に一夏と私は付き合っていない。…告白しようとしたけれども、彼にこの想いを伝えることには、ままならなかった。

 とにかく弁明をするべく、私は小さな声で早口気味に言う。だが、それは逆効果だった。私に迫るプレッシャーがさらに強みを増したのだ。

 

「一夏ぁ!?」

 

「よ、呼び捨てですの!?」

 

 さらにテーブルを叩いて激高する専用機持ちたち。私への睨みはまだ続いていた。

 

「それは、その……。希望がないわけじゃない…けれども、とにかく……そういうのじゃないから…」

 

 

 

「そうそう、もし付き合っていたなら一大スクープで号外を出しちゃっているわ」

 

 聞き覚えのない声が後ろから聞こえてきた。目の前にいる彼女たちも私と同じようにびくっと体をびくつかせて、私の後ろを見る。それにつられて私も後ろを見ると二人の生徒が私たちを見ていた。

 

「ま、彼には付き合うという言葉の意味すら理解しているか甚だ疑問ですがね」

 

 一人は、サイドテールで髪を横に縛っている生徒。そしてもう一人は、両手足や頭に包帯を巻いている、肩先まで伸びているプラチナブロンドの生徒、ハーゼンバインさんだ。

 サイドテールの子の手には、中華フェア対象の品がたっぷりと盛られたお盆があった。

 

「玲菜はいいとして、何で怪我人のあんた(クリスタ)がここにいるのよ!つい最近までベッドに寝転んでいたじゃない!」

 

「どうって言われても、ちょっとは動けるようになったからここに来ているの。企業からもらった試作品の医療用ナノマシンが効きすぎちゃったみたいでさぁ。ほら、日本の諺であるじゃない。『働かざるもの食うべからず』ってね」

 

 中華フェアのこれ、楽しみだったんだよね、と楽しそうに話すハーゼンバインさんに専用機持ちたちは、しばらく唖然としていた。

 

 今、彼女は平然とみんなの前で話をしているが、数日前までは先の襲撃によって病院で治療を受けていた怪我人だ。

 ISにオート操縦させ、自爆させるという何とも奇想天外な行動を取った彼女の代償は小さくなかったのだ。現に、彼女のトレードマークとも言える額に付けていたゴーグルはない。それに生身で爆風を受けたことと、ゴーレムによる絶対防御無効化によって彼女の体は打撲と火傷に見舞われていた。全治3週間のはずだから、たった三日では治らない怪我だったのに…。

 

「とりあえず、皆は更識さんに謝りなさいよ!もう、揃いにそろって織斑くんの事になったら後先考えずに動くんだから…」

 

 サイドテールの子がそう言い残し、二人は空いている席へと歩いていった。

 突然の闖入者たちに、専用機持ちたちの戦意が削がれたのか微妙な空気が辺りに漂う。それと同時に、私に対しての敵意も全く感じられなくなっていた。

 

「か、更識さん。私たちはどうやら思い過ごしをしていたようだ…。すまなかった、この通りだ。」

 

 篠ノ之さんの言葉に続いて、専用機持ちたちが次々と私に対して頭を下げていく。

 要するに、皆は私が一夏と付き合っていると勘違いしていたのだ。そう思うと、何だか自分の中から不思議と笑いが込み上げてきた。なんだ、皆と私は()()()()()じゃないか。これほどにまで彼のために動くぐらい、彼女たちも彼を大事に思っていると。そして、それほど彼が好きなのだと。

 

 

 

「だ、大丈夫だから、とりあえず頭を上げて!」

 

 しばらくそのまま動かないでいた彼女たちは、やっと顔を上げてくれた。…なんだか頭を下げられていると、逆に申し訳ない気持ちになってしまうから。

 

「更識さんには申し訳ないことをしてしまいましたわ。この無礼をどう償えば…」

 

 オルコットさんがしゅんとなり、心苦しそうに言う。他の皆も先ほどの威勢とは打って変わって、すっかりと黙り込んでいた。

 

「じゃあ…」

 

 最初は彼女たちをとても怖いと感じていた。何せ、私に対してのプレッシャーが尋常じゃなかった。それはもう、今まで受けてきた訓練並みに。でも…今は違った。

 

「私のことは簪、って呼んで」

 

 私の言葉で、張り詰めたようなその場の空気が、糸がほぐれるようにゆるんだのを感じた。皆の表情もそうだった。

 

「なら、私らも呼び捨てでいいから」

 

「う、うん」

 

 鈴音さんが少しだけ戻った笑顔で答えた。

 

 きっと皆は不器用なんだ。彼への想いが真っ直ぐすぎて大きすぎるから。

 

「せっかくの同学年だ、今度放課後に実践訓練でもどうだ」

 

「うん、うん。ありがとう」

 

 

 

 

 

 今日の私は何かと気分が良い。

 きっとこれは、撮り溜めていたアニメのことでもお姉ちゃんの怪我が少し良くなったことでもない。

 きっとこれは、新たな仲間ができたからだ。

 

 食堂へ来てよかった、と楽しくおしゃべりをしながら思った。

 

 既に日は落ちており、外には夜空が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は思わず、ごくりとつばを飲み込んだ。

 目の前には見慣れた扉があり、その奥に行けば職員室だ。だが、俺はその一歩を踏み出す勇気が出なかった。

 

『織斑、放課後に職員室に来い』

 

 ホームルームが終わるや否や、千冬姉に呼び止められた。正直、俺が呼ばれる理由など、いくらでも上げられる。主に箒やラウラによって壊されている寮のドアや部屋の修理費の話、この前行なった小テストの点数が低いという話。他にも可能性がある。それだけ俺に思い当たる節があるのだ。

 一体何を言われてしまうのか、とそわそわしていると肩を叩かれる感触があった。

 

「ひっ!?」

 

「どうしたのですか?織斑くん。職員室の前でぼうっとして」

 

「あ、山田先生…」

 

 後ろを振り向くと、そこには、左腕に書類を抱えている山田先生がいた。山田先生は首を傾げ、俺の顔を見ると何か合点がついたように、にこやかな表情に変わった。

 

「ああ、()()話ですね。織斑先生ならいると思いますよ」

 

 どうやら、俺が呼び出された理由を分かっているらしい。はぐらかさないで教えてください。

 山田先生は俺の前に出ると、扉に手をかざす。すると、それは自動的に左へずれた。扉が開かれるや否や、職員室の中からコーヒーの香りが俺の鼻腔を突いた。

 

「さあ、どうぞ」

 

 山田先生は笑顔で俺を職員室に迎え入れてくれた。先生の眩しい笑顔に負けた俺は渋々職員室に入った。

 

「…失礼します」

 

 職員室では、何人もの先生方が各々の作業を行なっていた。俺が職員室に入ってきた事で、何人かこちらに視線を向ける先生がいたが、すぐに何かの仕事に取り掛かる。

 こうして見てみると、本当に男って俺しかいないんだな、と改めて感じてしまう。

 

「織斑先生なら、あちらにいますよ。織斑先生~、織斑くんが来ましたよ~」

 

 突然、大きな声で千冬姉を呼ぶ山田先生に俺は少し、恥ずかしいと感じながらも先生の後をついていく。

 

「やっと来たか馬鹿者。遅いぞ」

 

 紙の資料がいくつも重なる、相変わらずの整理整頓されていない机に千冬姉はいた。パソコンに向かって何かデスクワークをしていた千冬姉は、椅子をくるりと回転させ、こちらを向く。山田先生は、私はこれでと言い残しどこかへと行ってしまった。

 

「立っているのも何だ、これに座れ」

 

「…分かりました」

 

 どこからともなく取り出した出席簿で出席簿アタックを食らった俺は近くに置いてあった、どこにでもありそうな丸椅子に腰掛ける。

 

「さて、お前を呼び出したのは他でもない」

 

 千冬姉の言葉に思わず、つばを飲み込む。

 ここまで来てしまったんだ。もう後戻りはできない。なんでも罰を受ける覚悟はある!

 

「お前のIS、『白式』についてだ」

 

「白式?」

 

 どうやら、俺が怒られるという話ではないようだ。

 

「ああ。倉持技研から連絡があってな。先日の無人機による襲撃で、傷ついた白式のメンテナンスをする目処が決まった。来週の日曜日にお前は白式を持って倉持技研の第二研究所に行ってもらう」

 

 俺は思わず、腕に付けている白式を触った。今のこいつは、自己修復機能によって機能の制限がかかっている状態になっている。

 

「あの…俺研究所の場所がどこか…」

 

「ん?お前は自力であそこに行くつもりか?それならそれで構わないのだが…」

 

 何でそんなに憐れむような顔をするんですか!?

 

「え…別にそういうわけでは…」

 

「ふっ、ちょっとした冗談だ。そう心配するな」

 

 千冬姉は、鼻で笑うと机の上にあった適当な裏紙にペンを走らせる。

 …千冬姉にいじられた。

 

「モノレールの駅に研究所から迎えの車が来る。それに乗って行ってこい。連絡先はこれだ。ここから電話が来るからその指示に従って動けよ?」

 

「ありがとうございます」

 

 千冬姉から紙切れをもらい、それを見る。走り書きながらも誰でも読めそうな綺麗な字で電話番号が書いてあった。

 

「集合時間は午前10時。遅れないよう十分余裕を持って行動するように」

 

 話は以上だ、と言うと千冬姉は椅子を回して再びパソコンとにらめっこを始める。

 

「了解しました。それではこれで…」

 

 丸椅子から立ち上がり、それを元あった場所に置く。千冬姉に背を向けて、このコーヒーの匂いに包まれている空間から脱しようとした時だ。

 

「ああ、それと織斑」

 

「…どうしましたか?」

 

 後ろから千冬姉が俺を呼び止めた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 千冬姉がニヤつきながら、含みのある労いの言葉を言う。

 

「はあ…」

 

 

 

 

 明日って何かあったっけ?

 

 

 



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第32話 日常な非日常



IS12巻が発売されるらしいので、執筆速度が1.1倍上昇しました。





 あれから次の日。

 今日の午前の授業はない。なぜなら、その時間を使って身体測定をするからだ。身体測定は確か春頃、IS学園の入学前に行われた。そして今回を含めると二回目の測定となる。何故二回行うかというと、主な原因はISスーツにある。

 ISスーツは、自身の身体に走る微弱な電気を読み取り、その情報をなんとかシステムっていうISのシステムに送る役割がある。これによって、俺たちIS操縦者はまるで自分の身体を動かすようにISを動かしている。

 んで、このISスーツは仕組み上、結構サイズがピチピチであり、正確な情報の伝達を行うに当たって随時身体データを新しくする必要があるらしい。

 

 ()()()()()。確かに俺たち高校生は、まだ育ち盛りだ。体のあちこちが大きくなるし、上のサイズが必要になってくる場合があるだろう。よくわかる。

 だけど、何故俺が身体測定係に選ばれないといけないんだ!?

 

 

 

 

 

 あまりの理不尽さに怒りを通り越して悲しみに包まれていると、扉が開く音が聞こえた。

 薬品の匂いがする保健室に入ってきたのは山田先生だった。

 

「遅くなってすみません、織斑くん。少ししたら皆さん来ますからね~。はい、これメジャーです」

 

 山田先生は小走りで俺の所に駆け寄ると、メジャーを手渡した。紐が柔らかいタイプで、ふにゃふにゃしているやつだ。これは確実に身長と体重を計るとかではないやつだ。

 

「山田先生…これは一体どういうことですか?」

 

「どうって身体測定ですけれども…」

 

 山田先生に尋ねるが何ともひねりのない普通の答えが返ってきた。俺が聞きたいのはそうじゃない。

 

「いえ、これで俺に何を測れとおっしゃるのですか?」

 

「ああ!そのメジャーで織斑君にはみんなのスリーサイズを測ってもらいます!いいですか、このデータはISスーツには大事なデータなのですから」

 

 言っちゃったよ!この先生!

 

 びっくりしているのも無理はないですよね、と山田先生は申し訳なさそうに言い始める。

 

「織斑君に測定係をやらせるのは私もどうかと思ったのですが、生徒会の決定事項でしたので…」

 

 山田先生は苦笑いで言った言葉に、俺は言葉を失った。生徒会…これで思い当たる節の人物は一人しかいない。

 確かに、最近は忙しくて生徒会に顔を出していなかった。それがこの報いなのか!?いや、だとしても許される行為ではない。それよりも、違和感あるなら抗議してくださいよ!

 っていうか教員よりも生徒会の権限が大きいってこの学園どうなっているんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ玲奈。本当に一夏が身体測定するの?」

 

「うん、のほほんちゃんがそう言っていたし、そうっぽいよ。でもどうせ、私たちの番には山田先生あたりがやっているっしょ」

 

「確かに…それもそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の不条理さを嘆いていると、ある天才的な発想が俺の頭の中に浮かんできた。これはそう、中学での数学のテスト中に、忘れていた公式を思い出した時の感覚に近かった。

 

「先生!あの、一ついいですか?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「まず、俺スリーサイズの測り方を知りません!」

 

 そう、俺は測り方を知らない。それもそのはず、アパレルショップの店員をやったことのない俺にはさっぱりだった。というか、男が女性のスリーサイズの測り方を知っているほうが珍しいほうだろう。今じゃ、法律で厳しく罰せられる世の中。下手に知っているといろいろやばいことになる。

 

「ああ…。それもそうですね」

 

 山田先生はポン、と拳を手のひらに打ち付けて納得する。よかった!これで俺が測定をすることはないだろう。

 

「じゃあ、簡単に測り方を教えますので覚えてくださいね!」

 

 だが、俺の予想とは反した答えが返ってきた。

 いいですか、と山田先生は張り切って、自身の体を使い俺に測り方を教え始めた。どうやら、俺には逃げ道など残されていなかったらしい。

 

 

 山田先生に測り方のノウハウを手短に教えてもらっていると、遂にその時が来てしまった。

 

「あ、織斑くんだー」

「えーほんとに織斑くんが測定するの(笑)」

「やっほー、おりむー」

 

 保健室の扉が開かれ、ぞろぞろと見慣れた体操着姿の1組のみんなが入ってきた。というか、さっき笑いながら言ったやつ誰だ!

 

「はーい、皆さんお静かに。それではみなさん一人ずつ下着姿になって測定します」

 

 俺にとって死刑宣告に近い言葉が俺の耳に入ってくる。もう俺にはどうしようもなかった。それでは、と山田先生は俺の手を引いて、黄緑色の布で覆われた仕切りに入っていった。

 

「あ、私は奥で記録していますから、織斑君は数値を言ってくださいね」

 

「ええ、ちょっと山田先生…」

 

 仕切りの中に取り残された俺は、手を山田先生に突き出して助けを求めるも、そそくさと奥へと入っていく。こういう時は助けてくれないんですね。

 そして、運命の時は刻々と着実に近づいていた。

 

「出席番号1番!相川清香、行っきまーす!」

 

「ああ、待った!ちょっと待った!」

 

 俺の気持ちの整理が全くついていない。今来られては…。

 

「へへーん、もう遅いよーだ」

 

 しかし、相川さんは待ってくれなかった。布で覆われた仕切りの外から声が聞こえるや否や、バサッと布をはためかせて密閉空間へと侵入する。すぐに俺は大声を上げ、顔を両手で覆った。

 

「何々?もしかして照れているの?」

 

 目に覆っている指の隙間からチラリと彼女の姿を見る。相川さんは両手を後ろに組み、ニヤついた表情で俺に話しかけてきていた。

 

 彼女は黄色い下着を身に着けていた。上半身や腕には無駄な肉はなく、くびれのあるお腹にはうっすらと腹筋が見える。ほっそりとした足が彼女の…って何じっくりと見ているんだよ俺は!

 

「ほーら、観念して私の体を測りなさい!」

 

 相川さんはさらに近づいて、一向に動こうとしない俺に催促をする。というかこの子は何で、下着姿なのにこんなにも堂々としているんだよ!

 

 そんなことを思っていると俺の頭の中にまたしても何かが降りてくる感覚が襲ってきた。

 そういえば、なんで俺はこんなにも恥ずかしがっているのだろうか?

 

 

 それは異性の下着姿を見ているからだろう。誰でも恥ずかしくなるのは当たり前だ。逆に今の状況でなんとも思わない奴がおかしい。

 だが、考えてみろ。何故相川さんがこれほどまでに堂々としているのか。答えは単純明快、俺がいっつもみんなの下着姿を()()()()()()()()()()()()

 そう、ここIS学園では当たり前の恰好、ISスーツだ。ISの仕組みのせいで、俺たちは実習の際、これを着て授業を受けてきた。ISスーツはその特性上、水着のような格好になってしまう。いわば常にみんなの下着姿を見てきたに等しい。下着姿かISスーツかの違いでしかないのだ。今更俺の目の前で下着姿になろうが、それは今までの日常と同じ。訓練機で操縦を教わるために近くに相川さんが来ているのと一緒だ。そりゃ、一々下着姿同然で男である俺がいるからと恥ずかしがっては授業にならない。

 そもそも、ISに乗る国家代表の人たちはテレビで中継されて、全世界の人にその姿を見られる。それなのに、ISスーツを見られることに対する羞恥心を感じてはIS操縦以前の問題だ。話にならない。言わば、これが今の俺たちの生活の中での当たり前な日常なのだ。

 

「…?」

 

 つまり、今の状況はIS実習をしているか身体測定をしているかの差でしかない。だから相川さんは、俺に裸体に近い姿を晒すことに抵抗感などないんだ。だってこれは今まで過ごしてきた日常と同じだから。当たり前にやってきたことに対して今更違和感を覚えるはずがないんだ。

 そう考えていると、俺自身ずっと恥ずかしがってきたことが、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。俺は一体何にくよくよしていたのだろう。これはいつもの光景であって、日常の一部。ただ単に俺と彼女との距離が近いだけ。

 そして俺はただ単にみんなのスリーサイズを測るだけだ。バストとウエストとヒップの数値を測り、それを山田先生に報告する。ただそれだけのことだ。何ら特別でも、異端なことでもない。訓練機を教えるかスリーサイズを測るか、それだけの差だ。何も恐れることはない。

 目の前におっぱいがあろうがそんなのいつものことだ。いつも見ていたじゃないか。それが近いか遠いかの差だ。でかかろうがちいさかろうがそんなバストの数値だけを見て欲情する奴がどこにいる?

 これはいつものこと、教えるか、数値を調べるか。それだけでしかない。

 覚悟を決めろ!羞恥心を捨てろ!俺はこれからスリーサイズという数値を測るということだけに集中するんだ!

 

「お、織斑くん…?」

 

「ああ、すまん。んじゃ、メジャーを巻くから脇を開いて…」

 

「…う、うん」

 

 相川さんが腕を広げ、無防備な胴体が露わになる。

 俺はメジャーを手に、彼女に近づき、胸の辺りに顔が来るようにひざ立ちの体勢にする。目の前に形の綺麗な相川さんの豊満なおっぱいがあるが、これも日常だ。こいつの数値を測るだけ。ただそれだけだ。

 

 先ほどよりも落ち着きを取り戻した俺は、息を飲み込み、メジャーを彼女の背中に回した。

 

『いいですか?バストを測る時は、こんな感じで胸の一番高い所を測ります。この時にメジャーは、床と平行になるように測って下さいね。あと、測るときは強く締め付けてはいけませんよ!』

 

 ブラジャーを軽く締めるように力を加えて、メジャーの数値を見る。

 数値は、82か。

 

『ウエストは、お腹の細い部分です!大体おへその上あたりですよ』

 

 ブラジャーから手を離し、相川さんの腰のあたりにメジャーを巻く。

 これは62。

 

『ヒップはお尻のふくらみが一番大きい部分を測ります!』

 

 ちらりと彼女の横から見て、お尻の形を確認し、メジャーをまわす。

 最後は、84か。

 

 なんだ。簡単じゃないか。

 俺はすぐに彼女のお尻から手を離し、山田先生の所へと報告するべく仕切りを開いた。思っていたよりも簡単で俺は安心した。

 そうだ、これはいつもの日常。何も心配する必要はないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(特に…問題はないよな…?)

 

 脱いだ体操着を空いているスペースへと置いた篠ノ之箒は、自身の体をチェックしておかしなところがないか確認した。

 彼女は今日という日を迎えたことが残念でならなかった。なぜならただでさえ、日に日に成長していくスリーサイズを測られるのがいやでしょうがなかったのにも関わらず、その測る役が一夏と聞いたからだ。彼女なりにプライドはある。自身の体を男子に、あまつさえそれが想い人に測定されることは彼女として、たまったものではなかった。

 だが、それ以上に一夏があの生徒会長の計らいによって1学年全員のスリーサイズを測らなければならないと耳にしたとき、耐え難い憤りを感じた。噂話曰く、いつもなら保健室の事務員たちがやるものを、彼女の権限によって変更されたのだ。そもそも、女子の身体測定に男である一夏が関わることがおかしい事には気づいている。きっと、あの生徒会長のことだろう。面白半分で任命したに違いない。そう、彼女は結論づけていた。

 

 しかし、一夏があの会長に口答えをしたところで、彼女が簡単に首を縦に振るような人物でもないのは明らかな事実である。だからこそ、余計に今の世間の縮図のようになってしまっている一夏に対して怒りを覚えていた。

 彼女としては彼には、もう少し男として自覚をもって堂々と、そしてしっかりとしてもらいたいと願っていた。

 

 だからといって、彼女は一夏に対して失望しているわけではない。

 彼女の理想と現実はかけ離れているものの、今の彼にも良いところがあるのは彼女自身も理解していた。第一に誰に対しても優しいというのが一夏のいいところだ。彼女も彼の優しさによって、昔に助けられた思い出があるわけであり、それは今でも変わらない事は日常から感じ取れていた。それに彼は思いやりも持てるし、相手の立場をきちんと考えられる。

 それが今の織斑一夏だった。自分の理想とは違う一夏。でも、それが彼の良いところであり、今の彼が悪いとは、全く思っていない。

 

 そこはもっとこう…折り合いをつけてもらえばいい。全部とは言わんが、いいとこ取りをしてもらえば私としては十分だ、うん。

 

 すぐにでなくとも、彼には私の理想に近づけさせよう、と一夏との人生設計プランが綿密に計画されているのは誰にも言えない秘密である。

 

「次の方、えっと篠ノ之さんですね。どうぞー」

 

 山田先生に呼ばれ、思わず体をビクつかせる。

 どれだけ身体測定が嫌と言っても、これは学園側が決めた行事であり、逆らう事は許さない。たとえ計測者が男であっても。

 意を決した彼女は早鐘のように脈打つ心臓を抑え、仕切りの中へと入る。

 

「し、失礼する」

 

 中に入ると、一夏が丸椅子に腰掛けておりこちらを見ていた。

 

「んじゃ、メジャーを巻くから脇を開いてくれ」

 

 入るとすぐに、彼はメジャーを手に指示を出してきた。改めて、下着姿の自分が一夏と二人っきりの状況になっている事実で彼女をより恥ずかしくさせた。

 

 だが、ここまできてしまったのだ…。覚悟を決めるしかない!

 

「なあ、一夏…」

 

「ん?」

 

「その…よろしく頼む」

 

「ああ、これは実習と同じなんだ。変な心配はいらないよな」

 

「…?」

 

 何を言っているんだこいつは?

 トンチンカンな発言をする彼に彼女は理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし、いけますわ!)

 

 セシリア・オルコットは、今日という日を待ち望んでいた。なぜなら、彼女は身体測定が行われる今日のために準備を進めてきたのだ。

 一夏が身体測定係をやらされるという情報を入手したのは約一週間前。IS学園(織斑一夏)の裏情報がわかるという有料メールマガジンでその情報を得た。このメールマガジンの特別会員になっている彼女だけに届けられた、身体測定係を一夏がするという事に、最初は驚きと恥ずかしさのあまり、携帯端末を放り投げてベッドで悶えてしまった。

 しかし、彼女はそこであることに気がついた。これは夢にも思わなかった、またとないチャンスなのだと。

 

 彼女としては、今後一夏にはオルコット家へと招き入れようと考えている。オルコット家の当主である彼女を支える存在として。そして、良き夫として。もちろん、オルコット家へ迎え入れるとなると一緒に生活をするということになり、それはすなわち一緒にお風呂に入ったりもするということになる。

 いつもなら湯加減をメイドであるチェルシー・ブランケットに任せていたが、これは彼にやらせよう。

 彼が調整したお風呂に浸かり、1日の疲れを癒すのだ。これほど嬉しいことはない。そして時には、特別な日と称して彼に自身の体を洗わせたりするのもいいだろう。そうなってくると必然的に彼は彼女の体を見ることになる。一糸まとわぬその姿を。

 しかしながら正直に言うと、そんなことは恥ずかしくて出来ないのが本音だ。自身の裸体を想い人である彼に見せるなんてとんでもなかった。今そんなことをしようとしたら、きっとブルー・ティアーズで彼の体に蒼い閃光が走るだろう。

 

 そうなってくると、今回のこの機会は良い練習になるのではないか?

 気持ちを落ち着かせるためにベッドから体を起こし、ティーカップに紅茶を注ぎながら彼女は思った。今回は身体測定で下着を着けているものの、状況としては自身の理想とほぼ似ているシュチュエーション。この機会を皮切りにして、羞恥心を克服する練習をしよう。バスケットの中ある差し入れのクッキーを頬張りながら、決意を固めた。

 

 そうなれば、その日までにやることはただ一つ。より自身の体に磨きをかけることだ。

 

 

 

 

 

「次の方、えっとオルコットさんですね。どうぞー」

 

 山田先生の声が聞こえ、彼女は黄緑色の仕切りへと押し入る。その一連の動作にはもう、迷いは見られなかった。

 彼女が仕切りに入ると、彼はそこにいた。その空間のちょうど真ん中あたりに置かれた椅子に座っていた彼は、ジッと彼女の体を見る。

 

 この1週間、チェルシーの手助けもあり、いつも以上にスキンケア等を行なってきた彼女にもはや死角はなかった。この一瞬のために努力をしてきたのだ、今なら誰にも負けない、そんなプライドがあった。

 

「その…一夏さん。どうですか?」

 

 一夏にジッと見られながら、恥ずかしさを押し殺して聞く。今にも頭がパンクしそうな彼女が考えた最大限の言葉だった。

 

 彼はメジャーを手に、椅子から立ち上がると口を開いた。

 

「91って素数か?いや、違うか…」

 

「…?」

 

 思わず彼女は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当に一夏がやっているんだ…。)

 

 シャルロット・デュノアは、身体測定をし終えた生徒の様子を見て困惑していた。

 一夏が測定係をするという噂は数日前から流れていた。だが、彼女にとってその噂話は、いまいち信じがたかった。そもそも、彼はそのようなことには参加しない。きっと彼なら顔を赤く染めながら断っているだろう。というか、むっつりな彼が堂々と女の子の体を見られるはずがなかった。彼のことを把握している彼女にとって、このようなゴシップは根拠のない誰かの妄想だろうと思っていた。当日になるまでは。

 

 

 

 

 

「それではホームルームを終了する。ああ、それと織斑。お前はこの後、やることがあるから保健室に行け」

 

 授業が免除され、少し浮ついた空気がまどろんでいた朝のホームルームで、織斑先生はそのようなことを口にした。

 

「はあ。俺も身体測定をするんですよね?」

 

「ああ、もちろんするさ。何だ?まだお前は女子に混じって受けようと思っているのか?」

 

「あ、いや…そういうわけでは…」

 

「分かればいい。お前にはちょっと手伝ってもらうことがあるだけだ」

 

 何も気にすることがなければ、よく見る姉弟漫才の一部だ。だが、彼女はある違和感を覚えていた。織斑先生の表情だ。いつもの口をキュッと結び、鉄仮面のように硬いその表情ではなかったのだ。どこか口調も弾んでおり、何かと嬉しそうでもあった。

 

 一夏の身体測定係という噂、浮ついた空気、そして満面の笑みを浮かべる織斑先生。

 まさかそんなことあるはずがないよね、と喉に何かが引っかかる違和感を覚えつつも、彼女は二人のやり取りを見ていた。

 その後、彼が織斑先生に連れられ保健室へ向かわされると、教室に残っていた山田先生から衝撃的な一言が告げられたのだった。

 

「えー織斑君には、皆さんの身体測定をする係の手伝いをしてもらうために保健室に行きました」

 

 

 織斑君に下着姿を見られる、と教室で一組の皆が騒ぐ中、デュノアは一人動揺もせず、皆の様子を眺めていた。

 これは天然要素がたっぷりと含まれる山田先生のよくある勘違いだと安心しきっているわけではない。もちろん、その言葉を聞き彼女はあの噂は本当だったんだと驚いた。だが、他のクラスの子たちほど大げさに驚くほどでもなかった。なぜなら、彼に見られることに対しての抵抗感を持っていなかったからだ。逆に、また見てもらえるとどこか懐かしさを感じてさえいた。

 

 ()()は単なるこちらが意図していなかったハプニングによるものであったが、これまで幾度となく彼女は一夏に対して勢いとノリで攻めていた。時には大浴場で、またある時は試着室内で二人になり、文字通り肌を晒すことで。

 

 だが待ってほしい。これまで自分は勢いに任せて彼に迫っていたが、これではただの痴女なのではないか?ふとそんなことが彼女の頭の中によぎる。

 

 いいや、違う!絶対に違う!

 

 彼女は1人頭をブンブンと振り、要らぬ考えを払い飛ばす。

 

 そもそも、一夏が悪いのだ。…僕の裸を見たのが。

 

 彼女はそう決め込んだ。

 

 まだ男としてIS学園にいたあの頃。僕がシャワーを浴びている時に、ボディーソープが足りないからと無頓着に扉を開けた彼が悪いんだ。いくら僕が男だったとしてもあの行動は良くない。

 

 親ぐらいしか裸を見られていなかったのに…とあの頃は屈辱を味わったが今は許している。何せ、彼には()()()()()()()を取ってもらうつもりだから。僕にそうさせたのならば、一夏にも同じような気持ちになってもらうのだ。

 

 彼女は強く決意を固め、今度の彼の反応を楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クラリッサが言っていたのは、まさにこのことだったのだな!)

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは満足していた。身体測定のために下着姿になっている彼女は今、一夏の前に立っていた。彼女がこれほどまでに自信たっぷりになっているのは、部下であるクラリッサから教えられた下着を身に着けているからだ。

 

 

 

 

 

『隊長、一つよろしいでしょうか』

 

「どうしたクラリッサ」

 

 それはある近況報告をしていた時のことだった。

 近況報告。IS学園というドイツから離れた場所にいる彼女が唯一、部隊の様子などを知ることができる重要な機会だ。シュヴァルツェ・ハーゼの隊長として、部下の心配をするのは当たり前のこと。部隊の訓練状況や、任されている試作品やISの運用の報告、そして隊員の体調まで。気になることは多くある。それらを、実質的な取りまとめをしている副隊長のクラリッサと生の声で会話をすることにより、部隊の状況を把握していた。ゆえにこの近況報告はラウラの密かな楽しみでもあった。

 また逆もしかり、クラリッサを含めた隊員全員もこの近況が楽しみであった。隊長であるラウラが乙女として可愛らしく成長していく隊長の様子を知ることができる唯一の機会でもあるからだ。このことは、隊長には秘密である。

 

『いえ、以前に隊長へお伝えしきれなかった重要な情報のことなのですが…』

 

「そういえば、後の報告で資料を見つけてくると言っていたやつか。それで、その伝えきれなかったこととはなんだ」

 

 クラリッサは、こほんと咳払いをして一呼吸を置く。

 咳ばらいを聞いたラウラは、右手に持つ携帯端末を強く握りしめ、彼女の発する声に集中した。

 

『はい、私が入手した情報によりますと、女の子は恋をすると意中の相手に下着を見られる機会、パンチライベントが発生します』

 

「パンチライベント…だと…」

 

 パンチラ。その聞き覚えのない言葉にラウラは思わずゾッとする。

 

『はい。ゆえに隊長はいついかなるときでも、織斑一夏に見られてもよい下着を装着せねばなりません』

 

「なるほど、確かにそれは重要な情報だ…」

 

 まだ見ぬパンチライベントに彼女は危機感を募らせた。

 だが、ここでラウラは一つ疑問に思うことがあった。

 

「ところでクラリッサ。その…見られてもよい下着とはどのように精査をすればいいのだ?」

 

 よくシャルロットに連れられて買い物に出かけるラウラだが、いまだにファッションセンスはシャルロットに頼っていた。そろそろ自分で決められるようにしないとね、とシャルロットは話すのだが、まだ自分自身の持つセンスに自信がなかった。そのためか、どのようなデザインが良いかわからなくなっていた。

 

『なるほど、そうでしたか。ならば、私から一つ提案があります』

 

「提案だと…言ってみろ」

 

『はい、それは………縞パンです!!』

 

 縞パン。クラリッサはそう強く訴えた。

 曰く縞パンには夢がある。

 曰く縞パンには見るものを魅了する効果がある。

 曰く縞パンは男の好感度を上げる至高の下着である。

 彼女の言葉にラウラを強く胸を打たれる感覚を覚えた。そして、それと同時に良い部下を持ったことに深く感謝した。

 

 そして、ついに部下の言っていた”パンチライベント”が起きようとしていたのだ。一連の流れを見ていた、クリスタは真に受けないほうがいいよと、言っていたが今回ばかりはそうとも言っていられない。優秀な情報屋から仕入れた全女子の身体測定に織斑一夏が測定係となる情報。待った甲斐があるとはまさにこのことだった。

 

 クラリッサがいの一番に薦めた水色と白で彩られた下着を身に着けているラウラは自信ありげに立っていた。無駄な装飾が施されていない、布生地に描かれた縞があるだけの下着。これで、嫁も喜ぶに違いない。そう思っていた。だが、肝心の(一夏)の反応は薄かった。

 2㎝間隔にバランスの取れた良いボーダー柄だな、とぶっきらぼうに言うと、脇を開いてくれとメジャーを手に話した。

 

 思っていたよりも反応が薄い。何がダメだったのだろうか?彼女は疑問に思った。

 第一に嫁は自身の下着を見て感想を言ったことから、注目を集めたのは確実であった。すなわち、縞パンの魅せる効果があったことは確認された。ならば色がダメだったか?

 ラウラは両腕を上げながら、今度は水色ではなく、ピンク色にしようと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっと身体測定も終わりそうね)

 

 凰鈴音は、前に並ぶ行列の人数を見ながら身体測定が終わりそうだと思い始めていた。

 

 彼女は二組が何かと不遇な扱いを受けていることを常日頃から感じ取っていた。隣の一組の担任はあの世界に名を轟かせている『織斑千冬』だ。さらに、クラスには男性IS操縦者の織斑一夏含めた豪華な専用機持ちたちが顔を連ねる。なぜこれほどまでに一組に集めてしまったのかは謎であり、3組に至っては専用機持ちのいないど素人しかいない。ペース配分に問題があるのは明らかなことだが、このことについて彼女の担任である中井先生は、これでバランスは取れているわよ、とはぐらかすだけで先生方には問題意識を持っていないことは目に見えていた。

 実際、先月頃に行った学園祭では一組のメイド喫茶がぶっちぎりの売り上げを誇り、2組から4組の売り上げはどんぐりの背比べのような違いしかない程度だった。

 クラス長として一度、委員会にてこのことを愚痴にこぼしたことがあった。この際、四組や三組も同じことを言いだし、一組のクラス長である一夏を取り合うという、少しでも間違えればあわや大惨事になる一歩手前のところまで発展してしまうほどだった。

 そんな鬱憤があった彼女がまたしても屈辱を味わう出来事が起きた。朝、身体測定が行われる日のホームルームでのことだった。

 

「それで身体測定を受ける順番ですが、配布した資料のようになっています。くれぐれも順番を間違えないようにしてくださいね」

 

 凰鈴音が配られた紙を見て、思わず目を見開いた。

 既にこの時には、一夏が身体測定係をするということは伝えられていた。彼女がいち早くその項目を見つけると、スリーサイズを測る項目の一番目に一組という文字が書かれていたのだ。ついでに二組はその項目において、最後の順番であった。

 また一組なのか。

 彼女は思わず心の中で舌打ちをする。千冬さんの計らいなのか、はたまた学園を牛耳る生徒会の仕業なのか。いったい誰が犯人なのかと考え込んでいるとホームルームを終える鐘が鳴った。

 

「それでは皆さん、身体測定の準備をしてください。ああ、それと凰さんは、この後私のところに来てくださいね」

 

 中井先生がメガネをくいっと上げて話を締めくくると、自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 なぜ呼ばれたのだろうか?全く見当もつかなかった彼女だが、言われたとおりに、中井先生のところに行く。すると、先生は耳打ちをするように彼女の耳元に口を近づけた。

 

「二組がスリーサイズを測る最後でしょ?凰さんは、二組のクラス長としてみんながいなくなった後に、測定係をしていた織斑君の分を測ってもらえるかしら?」

 

 私が…一夏のを測る…それはつまり二人になるという…。そもそも、最後に二人っきりになったのはいつ以来だろうか。

 そんな疑問が浮かぶ。協力者のこともあり、食堂で一夏と二人っきりの場面を作り出そうとしてもいつも誰かかしらの乱入者が現れてしまう。それに、何かと今学期は周りでいろんなことがあり、落ち着いて一夏と話せる機会がなかった。

 

「!!」

 

「ふふふ、じゃあお願いね」

 

 物思いにふけっていた鈴はすぐに意識を現実へと引き戻す。

 鈴の顔を見てほほ笑んだ中井先生は、そう言い残すと教室を後にした。

 

 ま、今日ぐらいは許してあげてもいいんじゃないかな?

 

 ニヤついた表情を隠しきれていない彼女は、初めて二組の待遇に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴さーん。織斑君の数値を測ったら教えてくださいね」

 

「はい!わかりました!…ほら一夏!制服脱いで」

 

「あれ、ここは……え、鈴?なんでお前がメジャー持っているんだ?」

 

「なんでって、あんたの身体測定をするからに決まっているじゃない。わかったならさっさと脱ぐ!」

 

「あ、ああ…。わかったからそうせかすな」

 

「ごめんなさいね、凰さん。クラス長だからってこんな仕事押し付けちゃって」

 

「いえ、いいんです!これくらい…ってちょっと!なに裸になろうとしているのよ!馬鹿!」

 

「あだっ」

 

 







投稿期間が長くなると文字数が増える…。
不思議だなぁ。


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第33話 邂逅遭遇

 日曜の昼下がり。テレビでやっていた天気予報では今日は一日中曇りのはずだったが、窓の外見てみれば太陽が煌々と眩しい光を放っていた。

 

 昼食をとった後のこの時間帯というものは、どうしても眠気が襲ってくる。意識を集中させておかないとブラックアウトしてしまいそうだ。

 そういえば、食後に血糖値が上がってしまうから眠たくなる云々という話を聞いたことがある。どうも満腹状態になることで体が満足してしまい、活動のモチベーションが下がってしまうとか。そもそも、人間も元はといえば動物。生きるために活動しているのに、空腹で眠たくなるというシステムになっていれば元も子もない。このような現象はまさに生物として理にかなっているとも言える。それに、今いる環境も眠たくなってしまう要因を作っているのかもしれない。少しずつ寒くなるこの季節に、上から降り注ぐ暖かな空調の風がなんとも心地いいのだ。

 だが、今ここで眠りこけてしまうわけにはいかない。私は、目をぱちくりと大きく見開き、意識を半ば失いかけていた意識を取り戻して()()()()()()()()()()()()()()

 そして、隣に座る人物に目を向ける。そこには、動物の本能に負け、スヤスヤと口からよだれを垂らしながら眠り込んでいるのほほんさんがいた。その寝顔はなんとも愛くるしいもので、みんなから可愛がられているというのも納得がいく。…まあ少佐と比べるまでもないが。

 そんな彼女が残していった仕事である書類に私は手を付けた。

 

「ごめんなさいね、ハーゼンバインさん。仕事を押し付けちゃって」

 

「いえ、別にこれくらいの量は大したものではないですし、心配なさらなくても平気ですよ。それに、そういう()()ですので」

 

 眠り込んでいるのほほんさんの姉である虚さんは、食器をふきながら申し訳なさそうに謝ってきた。

 

 

 

 あの無人機らの襲撃による被害は大きかった。その対応に当たったISの蓄積されたダメージレベルはCを超え、どのISも修理が必要なほどだ。もちろん、私のサンドロックも例外ではなかった。自爆機能を使用したことにより、ISの展開はおろかもはやコアしか残っていない状況になっていた。このことをどう叔父さんに報告すればよいかと迷ったものの、素直に事の経緯などを書いた報告書を送るとすんなりと学園へ急遽スタッフを派遣するという返信が送られてきた。どうやら、学園側からも生徒に関わる国や企業宛てに事件の全容を明らかした報告書が行き渡っていたらしい。それに叔父さんは、やっとサンドロックの改修ができる名目が作られたことに喜んでいた。

 サンドロックの残骸は学園側が回収しており、これを私の会社のスタッフがのちの改修機となるサンドロックのために収集。そして、元のサンドロックは使い物にならないためにコアのみを回収し、新たなISの本体にコアを定着させる作業をしてもらった。そんなこんなで私自身の怪我が治るまでにサンドロック(仮)はハイパーセンサー程度なら使えるほどになっていた。

 

 さらにIS学園では、この専用機持ちたちがISを使えないという状況に対して、ある特例措置が行われた。それは、専用機持ちが常に一人で行動しないようにするということだ。もし万が一、IS学園がどこかの勢力から襲撃されるということはあり得るわけで、今全員がISを使えないというのは非常にまずい状況であった。ISが使えない、つまりは自分の身を守ることが困難な状況というわけだ。そのため、常に専用機持ちたちは二人以上で行動をしなければならないという命令が下されていた。

 そのため、私はIS関連雑誌”インフィニット・ストライプス”の取材に行くこともできずに、こうして生徒会の面々のお世話になっていたというわけである。本来なら、一夏が私の代わりに、今やっている事務作業をしているはずなのだが、彼は白式のデータ収集及びメンテナンスのために学園を離れていた。

 

「それにしても、クリスタちゃんってほんと大飯食らいよねぇ」

 

 雑誌を読んでくつろいでいる更識会長がこちらに目を向ける。おそらく彼女が見たページは十中八九店舗の全メニューを食べ尽くすという私のコラムだろう。

 

「その栄養が一体どこにいっているのやら」

 

「それはよく言われます」

 

 度々、周りから言われる質問を決まり文句で言い返した。

 ちらりと更識会長が持つ雑誌を見ると、最近発売されたインフィニット・ストライプスだった。その号だと確か、五反田食堂だっただろうか。

 個人経営で、コアなリピーターが多く存在するという五反田食堂。看板娘である店主の孫娘さんと、長年リピーターから愛され続けられている業火野菜炒めが有名だ。

 

「だって定食がメインのお店よ?揚げ物だってあるし、ご飯ものだってこんなに…。さっきお昼を食べたばかりなのに、見ているだけでお腹いっぱいになるわ…」

 

 おそらく、お店のメニューと貼られている定番メニューの写真を見たであろう更識会長は、げんなりとなる。

 確かに、どの料理もボリュームが多くカロリーが高いものばかりであった。だが、()()()()()()()()()()()()()には既にお腹が空いていたために、どうにか全料理を制覇することが出来た。私の食べっぷりが良かったのか、店主に気に入られたようで、サービスするからまた来てくれ、と笑顔で肩を叩かれた。

物思いにふけっていた私は、気を取り直して目の前の書類に取り掛かる。

 

 だが、私はすぐにペンを持つ手が止まった。突然明かりが暗くなったのだ。天井を見ると、先程まで部屋を明るく照らしていた蛍光灯に光は灯されておらず、生徒会室は一段と暗くなっていた。

 

「むむ、これはまずいねぇ」

 

 いつのまにか机の下に隠れていたのほほんさんが、周りを注意深く見ながら呟く。その声をかき消すかのように大きな音を立てて、窓にはシャッターのようなものが太陽の光をかき消すように降りていた。

 

「緊急用の電源に切り替わりません。おそらくそちらも…」

 

 段々と暗くなる生徒会室で虚さんが壁に体を密着させながら、扉の窓から廊下の様子を伺っていた。瞬く間もなく、しんとした空気が漂うこの空間で、更識会長が言う。

 

「全く、嫌なタイミングで来てくれるじゃない」

 

 まもなくして、ISの割り込み回線に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『専用機持ちたちは地下特別区画へ集合!マップは転送する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日と言えど、朝の駅構内は利用客が少なかった。時折、スーツ姿の会社員や談笑をしながら歩いている家族連れとすれ違う程度で歩くスペースは十分にあるぐらいだ。

 

(意外とバレないもんだな…)

 

 研究所からの指示でちょっとした変装をしていた俺は、モノレール駅の外にある駐車場へと足を運んでいた。

 今はいつもの制服は着ておらず、部屋にあった私服を引っ張り出し、支給された野球帽に伊達眼鏡を付けていた。以前、水着を買いにレゾナンスに買い物に行ったよりも格段に他人からの視線を浴びなかった。意外と効果があるものだった。

 

 秋にしては日差しの強い外へと出た俺は、近くにある駐車場へと向かう。すると、すぐに目的の車が見つかった。

 少し小さめの白いバンタイプの車の近くには、タバコを吸っている男がいた。天パのアフロヘアーに髭面、どれも事前に言われていた情報だった。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

「ん?何かね?」

 

 タバコを吸っていたその男は、面倒くさそうにこちらを見る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 俺の質問を聞いたその男は気怠そうなその表情から一変、ニヤリと笑顔になった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「さて、ここが俺たちの研究所だ」

 

 車に揺られること約1時間。道路が舗装されたアスファルトから砂利道へと変わってしまうくらいの山奥へと連れられた俺が目にしたのは、それは大きな施設だった。周りには草と木々が生い茂る自然物がある中で、一際異彩を放っていたのだ。

 敷地の入り口には、ちょこんと鈍い銀色を放っている『倉持技研第二研究所』と書かれたオブジェクトが置かれていた。建物へと続く道以外は全て綺麗に刈られた青々しい芝で覆いつくされ、風に揺られていた。肝心の建物はというと、窓が一つもなく、のっぺりとした大きな白い壁がどっしりと構えている本棟っぽいものやら、スタジアムのようなものまで敷地内には見るだけでも複数の建物が立ち並んでいた。

 

 乗せられていた車から降り、アフロヘアーの研究員に連れられて建物の玄関前に着くと、その人がこちらを向く。

 

「んじゃ、入り口を開けるからちょっとここで待ってくれ」

 

 彼はそう言い残すと、何処かへと行ってしまう。1人ぽつんと取り残された俺は、何もすることなく、広い敷地だな、と研究所を見渡した。

 

 敷地内はきちんと人の手入れがされており、至る所に紅葉に染まった木々が多く立ち並んでいるにもかかわらず、舗装された道には枯れ葉が一切残っていない徹底ぶりだ。

 あの遠くに見える円形の建物はISの訓練場だろうか?そんなことを考えていると、俺の背後に何かの気配を感じた。

 

「!?」

 

「あれ?気づかれちゃった?」

 

 俺が後ろを振り向くとまごう事なき変人がそこにはいた。

 

 後ろにいたのは女性で、癖っ毛のある髪をツインテールのように後頭部に結っていた。それだけでは単なる普通の人だ。だが、この人の恰好が変人を物語っていた。

 その服装はというと、何故かスクール水着だった。はち切れんばかりの大きな胸の部分には、ひらがなで『かがりび』と書かれた白い名札が貼られている。頭には水中眼鏡を着けており、右手には大きなモリを持っていた。おそらく、どこか水の中に入っていたのだろう。彼女は全身がずぶ濡れになっており足元のアスファルトは液体で濡れていた。全くと言っていいほどこの場(研究所)には相応しくない格好だった。

 

 この人は危ない人だ。俺の第六感がそう告げ、後ずさりすると目の前の変人は、眉毛をへの字にしてため息をつく。

 

「んもう、せっかく美少年のお尻を堪能しようとしただけなのに…」

 

 左手を腰に当てて残念そうにする変人。開口一番その発言はいかがなものかと。

 この発言で危険度が更に増した為に変人から距離を置いていると、どこからともなく聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。

 

「あ、所長!ここにいたんですか!」

 

 所長?

 

 変人の後ろから、先程何処かへと行っていたアフロヘアーの研究員と警備員らしき人がこちらへと走っていた。

 

「やっぱり川に…。あの川は広いから、また所長を探すのに苦労をかけさせないでくれとあれほど…」

 

「いいじゃないか、ちょっとくらい川に行ったって〜」

 

「そのちょっとが2時間3時間なのだからこうして言っているのに…」

 

 アフロの人が変人の姿を見るなりため息をつくと、変人が唇を尖らせてそっぽを向いた。彼と一緒に来ていた警備員さんは、そんなやり取りをしている二人を鼻で笑い、入り口に近づいていく。

 

「ああそうだ。織斑くん、紹介するよ」

 

 彼は俺の存在に気づくと、変人の方に手を向ける。

 

「この人は、こう見えて変な人だがうちの研究所の所長さんだ」

 

「変な人とは失礼な。私の名前は篝火ヒカルノ。この倉持技研第二研究所所長だよ。今日はよろしくね」

 

 変人もとい、篝火さんは異様に長い犬歯を見せながらニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地下にこんな場所があったなんて…」

 

 箒の話す声が、異様に天井の高い白い空間にこだました。私を含めた他の専用機持ちたちもこの部屋を観察していた。何せ、IS学園の地下に見たこともない施設があったからだ。

 

 織斑先生から転送された地図をもとに指定された場所へと行くとそこは準備室と書かれた部屋だった。このあたりの場所は人気が無く、よっぽど理由がない限り利用されない所だった。指示されたようにドアの近くにあるカード読み取り機に学生証をかざし、ドアを開けると目の前には地下へと続く階段があった。そして、案内通りに道を進んでいくと、この何とも奇妙な部品が並ぶ部屋へと案内をされていたわけである。

 

 ベージュ色の壁や、白い床は地上にあるIS学園に準ずるデザインのされた部屋だった。だが、この奇妙な場所だと印象付けていたのは、壁にいくつも設置されているベッドのような物体だった。このベッドのようなものは壁に立てかけるようにして設置されており、周りには穴が開いていた。近くに寄ってみるとその穴はベッドの奥へと続いており、奥には何らかの機械が見えていた。

 

「では、状況を説明しておく」

 

 スピーカーからくぐもった織斑先生の声が聞こえてくると、私たちの話し声が途絶え、視線を背後の天井付近へと移す。

 

「現在、学園の全てのシステムがダウン。つまり、ハッキングを受けているものだと断定している」

 

 私たちを見下ろすように、ガラス越しに織斑先生が私たちを見つめていた。

 

「今のところ、生徒に被害は出ていません。ですが、何としても学園のコントロールは取り戻さねばなりません。そこで、これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん、ハーゼンバインさんにはこのアクセスルームからISコアネットワーク経由の電脳ダイブをしてもらいます」

 

 織斑先生と同じように上の部屋にいる山田先生が何かの操作をしながら話す。だが、彼女の言葉にあまりにも聞き捨てならない単語が入っていた。

 

 電脳ダイブ。

 IS操縦者の意識をISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想化して侵入するという()()()()()()()()行為だ。

 篠ノ之束によってブラックボックスとなっていたISについて盛んに研究が進む中で見つかったこの電脳ダイブは、その原理が判明できたものの、その利用目的がいまだにわかっていないものだ。なぜこの機能があるのか、何に使うのか、はたまた偶然の産物なのか。誰もその答えに行きついていないのだ。さらに、この電脳ダイブに危険性がないということは言われているが、それもまだ推測の域。実験は行われたらしいがサンプル数が少なく、人体への影響がないとは言い切れていない。

 

 ハッキング程度であれば、今までにも受けてきているはずであり、その程度なら電脳ダイブを行う必要が全くと言っていいほどないはずなのに…。

 

 他の皆も同じことを思っていたようで、皆が口々に不満を漏らす。

 

「で、電脳ダイブ!?」

 

「理論上、可能なのは知っているけど…」

 

 話し声が部屋中に響き、さらに私たちの不安を掻き立てる。だが、それは織斑先生による鶴の一声ですぐに静まり返った。

 

「静かにしろ!お前たちがこの作戦に疑問に思う理由もわかる」

 

 だが、と言葉を続ける。

 

「今回のハッキングが電脳ダイブによる攻撃であったのならば話は別になる。それに、時間に余裕を持っていられる状況ではないために、このような作戦になった。一刻の猶予もない。各自スタンバイ!作戦を開始する!」

 

 つまりは、目には目をという事だろうか。相手が電脳ダイブを行なっているのであれば、同じように対処する方が手っ取り早いのだろう。

 私たちは互いの顔を見合い、姿勢を正す。

 

「「「了解!」」」

 

 事前に言われていた通りにISスーツ姿になった私たちは、いつの間にか変形していた、アクセスルームにいくつも設置されているベッドに横たわった。ハイパーセンサーを起動し、アクセスルームのシステムとの連動を行う。

 

「皆さんのダイブのバックアップは私が務めます」

 

 ベッドが動き出し、その背後にあった穴へと入っていくと簪さんの声が聞こえてきた。おそらくあの上の部屋にいたのだろう。

 ベッドが奥に進み終えると、目の前に”GET READY”と書かれた明るく光る投影ディスプレイが映りこんできた。

 

「それでは仮想現実の世界に接続します。皆さんはシステム中枢の再起動に向かってください。…始めます」

 

 すぐさまディスプレイに音を立てながらカウントダウンが始まる。電脳ダイブという未知の体験をするにもかかわらず、私の心は落ち着いていた。カウントダウンの音が何とも心地よく聞こえ、私は瞼を閉じる。そして、段々と周りの雑音がかき消えて、眠るように意識を委ねた。

 

 

「……は……に……?」

 

 何かが私の耳へと入ってきていた。

 それは、風のない波のように穏やかで、鳥のさえずりのように清らかなもので…。

 

 

 

 

「皆、電脳ダイブは成功よ」

 

 簪さんの声で私は意識を覚醒させた。

 周りを見渡すと、まるで宇宙空間にいるような光景であった。周囲は暗いものの、星のような明かりがいくつも散りばめられており、昔によく見たプラネタリウムの世界に入っているようであった。また、何らかのシステムと思われるキューブ状の物体があちこちに浮かんでいた。宇宙空間みたいとはいえ、地面はしっかりとあるようできちんと両足で立っていた。

 そして、私たちの目の前には大きな光り輝く6つの扉があった。

 

「これは何だろう…」

 

「入れってこと?」

 

 シャルロットと鈴が首を傾げながら扉の様子を伺う。丁度電脳ダイブをした人数分の扉が用意されている所から、それぞれの扉に入れ、とでも言っているようであった。

 

「多分そう。この先は通信が安定しないから各自の判断で中枢へ」

 

 ISのオープンチャンネルから簪さんの声が聞こえ、この不思議な空間に響き渡る。

 

「中枢に行ったら私たちはどのようにすれば良いのでしょうか?」

 

 どこに話せばいいのか分からずにいるセシリアがキョロキョロと周りを見ながら言う。

 

「中枢に辿り着いたら、システムの再起動をかけるための何らかの装置があるはずだから、それを起動してもらいたい…と。それに恐らくだけれども、皆がそこに向かっている最中に、学園のシステムに侵入した奴がいるはずだから…」

 

「武力で排除すれば良いのだな」

 

 少佐は手のひらに拳をぶつけてニヤリと笑う。

 

「…そうだね。とにかくみんな気をつけて」

 

 皆が目の前に光る扉へと歩み寄る。私も扉へと歩き、ドアノブに手をつける。思ったよりもドア自体には重さはなく、すんなりと開くことができた。中を覗いてみればいくつもの絵の具で混ぜたようなドロドロとした濁った色で覆い尽くされていた。意思を持っているかのようにそれはうごめき、動くたびに新たな色を作り出していた。

 息を飲み込み、意を決するとドロドロとした絵の具に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワールドパージ、開始』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

 光る扉に潜り込み、眩しいくらいの光を浴びた私が目にしたのはどこにでもありそうな部屋の一室だった。

 部屋の窓は太陽の光で溢れ、部屋全体をより明るくしていた。白く塗られた壁がよりその光を眩しくさせる。豪華なじゅうたんに、ふかふかのソファー。そして、カフェテリアテーブルとそれに付随する椅子や、キッチンテーブルには見覚えがあり、でもどこか新鮮味を感じるところもあった。

 

「何なのよ…一体」

 

 私はそのまま部屋をぐるりと回る。部屋には至る所に黒兎の置物や可愛らしいぬいぐるみが置かれ、リビングと思われる所にはでかでかと見覚えのある旗が飾られていた。

 

「これって…シュヴァルツェア・ハーゼ隊の部隊章じゃない」

 

 そう、少佐の所属するドイツ軍特殊部隊のエンブレムがそこにはあった。それもいくつもだ。さすがにリビングに4つも飾りすぎだと。

 

 私はそのままリビングからキッチンへと侵入する。誰の家だかわからないが、既に入ってしまっているのは仕方がない。何か手掛かりを見つける他はない。

 キッチンは広々とした所だった。IHヒーターに種類豊富な家電製品、そして流し台。どれも新品のようにぴかぴかと輝き、綺麗に手入れをされていた。特に目を引くのはとてつもなく巨大な冷蔵庫だ。どの物よりも冷蔵庫は大きく、まるで業務用のもののようであった。興味を持った私はそれへと近づく。銀色のその巨体はまるで鏡のように、部屋全体の色を吸収していた。私が近づくにつれ、冷蔵庫には新たな黒色が混ざり合う。黒色…?その時、私は自分自身が黒うさぎ隊の制服を着ていることに気づいた。

 ところどころに赤いラインの入った黒いジャケットに短めのスカート、そして黒色のニーソックスには見覚えがあった。なぜこのような服装をしているかが私にはわからなかった。だが、不思議とこれを着ていることに不快感はなかった。そもそも、私は()()()()()()()()()()()()()()

 

 自身の服装に疑問を抱いていたその時、軋んだドアが開く音が聞こえてきた。誰かがいる。すぐさま私はキッチンテーブルの陰に身を隠した。

 

「何だ、ここにいたのか」

 

 聞き覚えのある声がテーブル越しに聞こえてきた。それは足音を立ててこちらに近づいてきていた。

 見知らぬ部屋にいるとなれば私はいわば不法侵入者だ。そもそも、この部屋に入った思い出自体ないわけで、決して窃盗とかそういう類のやつではない。決してだ。

 

「隠れても無駄だぜ、クリスタ」

 

 必死に言い訳をこねくり出そうとしていると、それは私のすぐ近くで聞こえてきた。

 

「腹が減ったなら素直に俺に言えばいいのに…。全く可愛いやつだな」

 

 恐る恐る振り返るとそこには、にっこりと笑顔でほほ笑んでいるシェフ姿の一夏がいた。

 

 



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第34話 切り離される世界(ワールド・セパレート)

「各専用機持ちたちは無事に電脳ダイブに成功。各自システム中枢へ向かいました」

 

 更識簪が目の前にあるモニターを見ながら現状の様子を伝える。

 

「そうか…。さて、お前には別の任務を与える」

 

「なんなりと」

 

 簪の報告を聞いた千冬は、真後ろにいる楯無の方を見ずに話し始める。

 

「間もなく何らかの勢力が学園にやってくるだろう」

 

「排除…ですね」

 

「そうだ。今のあいつらは戦えない。本来ならアメリカとギリシャの2人にも来てもらいたかったが、いない事には仕方がない。お前に頼らせてもらう」

 

「はい」

 

 いつもの見せる生徒会長としての彼女はそこにはおらず、本来の『楯無』としての彼女がそこにはいた。

 短い返事を言い、踵を返すと部屋を後にした。

 

「さて、更識。あいつらの面倒はお前に任せる。我々は他にやることがあるからな」

 

「了解致しました」

 

「それでは山田先生、行きましょう。私たちも準備を」

 

「はい、織斑先生」

 

 千冬はモニターに映る専用機持ちの様子を一瞥すると、部屋の出入り口へと足を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉持技研は人里離れた山奥にある場所である。辺りは木々に囲まれ、雑草が生い茂ており、いかにもザ・自然といったところだ。自然といえば、木々が多くある緑緑とした山が定番だがもう一つ欠かせない要素がある。

 

「まじであったのか…」

 

 けもの道のように入りくねった細い道を辿っていくと、目の前には日の光を浴び、きらきらと反射させている川がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所内のなんともだだっ広いところに連れていかれた俺は、指示通りに盛り上がった円形の台座に白式を展開させた。検査のために白式は展開したままでいて欲しいとのことで、手足の装着部分を解除し、白式から飛び降りた。篝火さんがいる所まで歩いて行き、改めて白式を見る。これまで幾度となく俺を守ってきた白式。俺が初めてこいつを見たときから約半年。最初は鈍い銀色を放っていたそのボディは、今やその名の通り白く輝きを放ち、格段に背格好もでかくなっていた。

 

 篝火さんが何かの操作をすると、円形の台座の下から円形のリングが出現し、人間ドックのように白式全体をリングが通過していっていた。

 

「ふーむ、やっぱダメージの蓄積が大きいねぇ。こりゃこっちの技術者たちにメンテナンスさせたほうがいいわ」

 

 篝火さんが俺のISを見ながらそう呟く。

 

「時間、かかりそうですか?」

 

「そりゃそうだよ。でもまあ数時間あれば十分かなぁ。うちの技術者優秀だし?」

 

 そんなやり取りをしていると後ろのほうからドタバタと大人数の足音が聞こえてくる。振り返ると、白衣を着た技術者っぽい人たちがこちらへ向かってきており、何かの指示を出し合いながら白式に群がっていった。

 

「後は私たちに任せなさい。そんじゃあ、君は釣りでもしてきな。近くの川でいっぱい釣れるから」

 

「はぁ…」

 

 篝火さんから、釣り糸がぶら下がるだけの竹竿と魚籠を、そしてアフロの研究員からお昼用のお弁当をもらうと、白式のある部屋から追い出された。

 

 

 

 

 

 川の周りには角ばった石や岩がゴロゴロとそこら中に転がっていた。川幅は広く、簡単に飛び越えることが出来ないくらいで、近づいてみるとなかなかの深さがあり、本当に魚が連れそうな気がしてきた。まあ、銛を持って川へよく潜りに行くらしい篝火さんの話からすれば魚がいるのだろう。とりあえず、先程もらった弁当で腹ごしらえをした俺は大きめの石をひっくり返し、餌となる虫を探した。

 

 

「はぁ…落ち着くなぁ…」

 

 

 ある程度虫を捕ると、釣り針に虫を通して川へと投げ入れた。投げ入れた後はただ待つのみ。

 川のせせらぎを聞きながら、釣り針に魚が食いつくのをただじっと見守っていた。

 

 日に日に寒くなるこの時期に、川の近くにいると少しだけ肌寒い。頬を撫でるように吹く風が俺の体温を奪っていく。だが、今は真っ昼間。頭上にいる太陽から差す日は心地よく、削り取る体温を暖めてくれた。

 

 何にも考えることなく、ただぼうっと釣り糸を見ているだけだった俺はふと、こんなに落ち着いた時間になったのは久々なのではないかと思い出した。

 

 IS学園ではやれ勉強だ、やれ実習だ、やれ委員会だ、と忙しく常に何かに追われていた。そして、放課後になれば訓練だと専用機持ちの皆からしごかれる毎日。

 何より俺のことを思っての行動であるのは理解している。実際にあの謎の少女に襲われた時には命拾いをしているし、格段にISの技術も身に付き勝率が上がってきている。しかしだ、あそこにいれば何かを考えていなければならないのだ。とにかく、落ち着けなかったのは確かなことだ。

 

「はぁ…。もっとこう、思っていたのと違うんだよなぁ。学園生活が」

 

 思わず、口から本音が溢れる。ま、誰もいないし、気にしないけど。こういう時くらい独り言を言わせてほしい。

 

 

 

 

「まあまあ、そう辛気臭くならないでさ。もっと楽しく過ごそうや」

 

「いやー、楽しいことはいっぱいあるんですけどねー」

 

 割に合わないだけで……って。

 

「篝火さん!?どうしてここに!?」

 

「どうしてって、そりゃやる事ないから君の所に来たのさ」

 

 振り返ると、いつの間にか篝火さんは腰に手を当てて俺の背後に立っていた。社会に絶望した中年のおっさんに見えるよ、と俺を憐れむように見つめてぼやきながら。

 

「…白式の修復をしているんですよね」

 

「もちろんしているよ、うちの部下がね」

 

「…サボりですか?」

 

「シツレイな。私の専門はソフトウェアなの。私の出番はまだあと。所長だからといって、何でもこなせるオールラウンダーだと思われるのは心外だよ。私にだって専門外な部分はあるさ」

 

「はあ…」

 

  篝火さんは頬を膨らませ、ぷりぷりと怒る。だが、ISスーツと言い張るスク水と足の先にまで達するほどのだぼだぼな白衣を着る彼女の姿では、イマイチ怒られている気分にはならない。

 それに何だか所長だからすべてをできると思っていた俺としては、正直彼女の発言には驚いてしまった。知り合いにすべてを網羅するオーバースペックな科学者がいたものだから、てっきり色々できると思っていたのだ。

 

  背後に立っていた篝火さんは俺の座る大きな岩の隣によっこいしょとおじさん臭い台詞を吐きながら座り込む。そして、左足をだらんと垂らし右足を抱えるような体勢を取り、こちらを覗くように見つめてきた。

 

「…時に織斑一夏くん。君はISのソフトウェアについてどれくらい知っているんだい?」

 

 篝火さんの胸が自身の膝によってより押しつぶされて、さらに大きく…っていかんいかん。

 彼女の身体に向けていた視線を釣り糸に無理やり移す。

 

「えっと…確かコアごとに設定されているもので、非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)によってそれぞれが独自の進化を遂げるのと、あと先天性な好みがあるっていうのくらいですかね」

 

「ほう…さすが学園の生徒。勉強しているねぇ」

 

 再び篝火さんへと視線を戻すと彼女は犬歯を見せながらにやりと笑っていた。

 

「んじゃ、その非限定情報集積とはなんだかわかるかい?」

 

 げっ…。意味は何だって…。

 

「んと、コアがこれまでに体験してきた知識とかを集める機能…でしたっけ」

 

「んー、まあ大体合っているかな?30点を上げよう」

 

 うげっ、めっちゃ減点されているし。

 

「正確には、コア・ネットワークに接続するための特殊権限のことだよ。ちなみに、これを通常のネットワークで使っちゃったら、みんなハッキングし放題となるわけ。()()()()()みたいにね」

 

「はぁ…」

 

 確かこの用語は2学期に入ってから出てきたやつだ。シャルに教わりながら勉強をしていたはずだが、覚えきれていなかったみたいだ。復習せねば。

 

「それじゃあ次に問題!ISコア・ネットワークとは、一体なーんだ?」

 

 篝火さんの話にさらに熱がこもる。彼女の話す姿はなんとも楽しそうで、どこか束さんに酷似しているようにも見えた。特にテンションとか。

 

「え、えとぉ…宇宙活動を想定したISの、星間通信プロトコルで、全てのISが繋がる電脳世界ですよね?」

 

「ま、だいたいそんな感じだにゃー。80点を上げよう」

 

 今度はいい線だったようで先程よりは高得点だ。何だか、専門の人に言われると嬉しくなる。

 

「ちなみに、このコア・ネットワークにおける情報交換、あるいはバックアップなんていうのも存在することは、知っているかい?」

 

 なんだそれは?全く聞いたことないぞ。

 

「い、いえ…」

 

「おろ?知らないのか。例えばね、君の白式が織斑千冬専用機『暮桜』からワンオフ・アビリティーを継承したり、『白騎士』の特殊技能を再現したりする情報交換が存在するのだよ」

 

「はぁ…」

 

 つまり、俺の白式は千冬姉のISから情報をもらった、ということなのだろうか?

 

「んで、私の仕事はソフトウェアの構築だったり情報交換などによってアップデートされたISの調教なんかもやっているのさ」

 

「調教…ですか?」

 

 調教っていったら競馬の馬を育てるやつだよな。

 

「そ。さっきも言ったようにコアにはそれぞれ先天性の好みが存在するんだけど、これは言ってみれば人間でいう性格みたいなものさ。積極的な子もいれば消極的な子もいる。それに、人にはスポーツが得意な子もいれば、芸術に長けている子もいたりするみたいに、コアにも得意不得意が存在するんだ」

 

「…例えば?」

 

「うーん、そうだね。んじゃ、君のISについてならよくわかりそうかな」

 

 篝火さんは人差し指を唇に当てて考え込むとウインクをするように片眼を閉じて、俺を見つめる。

 

「白式ですか」

 

「そう!白式ちゃんはほんとに頑固でねぇ。どんなに説得しようとしても武器を雪片Ⅱ型以外は一切受け付けなかったんだ」

 

「それ前に聞いたことがあります。たしか、拡張領域(バススロット)がいっぱいだって」

 

「でも、白式の拡張領域には余裕があったんだ」

 

「え?あったのですか!?」

 

 まさかの事実に思わず声を上げる。だって前にシャルと第二形態移行(セカンドシフト)をする前の白式の拡張領域を見たときは容量いっぱいだったはずじゃ…。

 

「まあ白式は容量をいっぱい使っているように見せていたけど、あれはでまかせ。わざと容量いっぱいだっていう風にシステムを作り変えていたんだ」

 

 ほんと意地の悪い子だったよ、と篝火さんは懐かしむように空を見上げる。

 

「そんなことをしていたのですね」

 

「ああ、それだけ雪片Ⅱ型以外は持ちたくないという意思表示だったってこと。でも今じゃあ第二形態移行して、雪羅を持っちゃっているあたり少しは、デレてくれたのかな。君に感化されたのかも」

 

「はあ…」

 

 なんとも言えない気持ちになっていると、右手に持つ竿からいつもより強い引きを感じた。

 ぐいっと竿を引くと、釣り針には川魚が餌に食いついていた。

 

「おお、やっと釣れたか。おめでとう」

 

「ありがとうございます。本当に釣れるんですね」

 

 じたばたとその場で暴れる魚を釣り針から取り出し、魚籠へと入れる。

 新たに釣り針に虫をくっつけていると篝火さんが話の続きをし始める。

 

「とまあ、そんな感じでコアにはいろいろとあるってわけ。んで、うちでも研究用にいくつかコアを持っているんだけど、うちらの研究を潤滑に進めるため、その子たちに調教をするのだ」

 

「なるほど…その調教っていうのも大変そうですね」

 

 餌をつけ終え、再び川へと釣り針を投げ入れる。

 

「そりゃもう大変さ。動物みたいに餌を与えれば従順してくれるってわけにもいかないから手間暇がかかる。でも、その代わりに何時間も模擬戦をさせたり、空を自由に飛ばせたりすれば大抵喜ぶから流れに乗れば楽しいものだよ」

 

「…機械なのにまるで生きているみたいですね」

 

「んー。確かにそうだね。ま、動物みたいに可愛げとか感じられないけどね。表情とか分かんないし。せめて言葉とか発してくれれば助かるんだけどなぁ。誰か実装してくれないかなー」

 

 篝火さんはだるそうに足をぶらぶらさせて、川を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、クリスタ!はいどうぞ!」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 テーブルには、くつくつと音を立てている美味しそうなハンバーグが置かれていた。鉄板の上に置かれたそれは、拳二つほどの大きさでハンバーグにかかったデミグラスソースと肉から出る湯気の香りが私の食欲をそそるものであった。

 

「んじゃ、食べようか。いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

 シェフ姿の一夏は私の正面の席に座ると、ナイフとフォークを持ちハンバーグを食べ始める。

 

 

 おかしい…。

 この状況に陥っているのが不思議で他ならなかった。

 だってなぜなら………。

 

 

『ワールド・パージ……』

 

 

 だってなぜなら、一夏は外に行っているからだ。

 

 

『ワールド・パージ、失敗。』

 

 

 

「どうしたんだ、クリスタ?食べないのか?」

 

「なぜあなたがここにいるの?」

 

 ハンバーグを切り分けて、おいしそうにもぐもぐと口を動かしていた彼は、ハンバーグを飲み込み、口を開く。

 

「なんでってそりゃ、今日は非番だしここは俺の家でもあるからに決まっているだろ」

 

 非番…?俺の…?あ…そうか。

 

 

『ワールド・パージ、縲悟推蟆ら』

『ワールド繧繝悶謌』

『繝ッ繝シ繝ォ繝峨?繝代?繧ク縲∝ョ御コ』

 

 

 一夏は少佐の嫁になって今はドイツ軍直属のIS操縦者になっていたんだ。そして私は、ドイツ軍に属するシュヴァルツェア・ハーゼ隊の隊員。

 

「そっか、ごめんね。てっきり今日は軍のほうに行くのかと思っていたよ」

 

「あれ、言ってなかったか?お前には言っていたはずだと思っていたが」

 

「聞いていないよ、これっぽちも」

 

 一夏はあれ、と頭をかいて考え込む。だが、すぐに表情を変える。

 

「まあ、細かいことは気にしなくていいか」

 

「それもそうだね」

 

 言った言わないは些細な事。彼の言葉に肯定した私は、彼が作ってくれたハンバーグに手を付けた。

 

「それにしても…」

 

「今度は何だよ、クリスタ」

 

「私がこんなにくつろいじゃって良かったのかな?」

 

 それもそのはず。ここは一夏と少佐の家だ。私はたまたま、少佐に夕食を誘われて家にお邪魔しただけだ。だが夕食を食べる前に少佐は急な任務が入ってしまい、いなくなってしまった。それなのに私は夕食をいただき、せっかくだからと泊まっていったのだ。それに加えて朝食までもらってしまうとなると、何だか申し訳なく思ってしまう。

 

「んだよ、別にいいじゃん。水臭いな」

 

 一夏は嫌な顔をすることなく、私がこの場にいることを許してくれた。それにと言葉を続ける。

 

「クリスタは俺と籍を入れるんだし、今更気にしなくていいだろ?」

 

「はいぃ!?」

 

 私は思わず、テーブルを強くたたきその場に立つ。籍を入れるとは、つまりはその…結婚ということだ。一夏はすでに少佐と結婚している。なのに私とだなんて何を言っているんだこの人は!

 

「そんなに驚くことか?先に言ってきたのはクリスタだろ?それに昨日の夜に散々、俺を求めてきていたし」

 

「はあ!?」

 

 求めたって…。その…つまり…。

 いや、私がそんなことするはずがない!第一、昨日の夜のことなんて全然記憶にないし…。

 

「ちょっと冗談言わないでよ。だってあなたはもう…」

 

「お前はそんなふうにしていていいのかよ、クリスタ」

 

「え…」

 

「俺はもう、自分に嘘をつきたくない。嘘をつき続けたくない。だから今、俺はお前にはっきりと言おう。……俺はお前が好きだ」

 

 一夏は私の目から離さずに、じっと見ていた。テーブルに手を置き、握り拳を作りながら強く言う。

 

「お前の見せる可愛い笑顔が好きだ。お前のISに対する情熱が好きだ。学園にいたときからその熱意は十分なくらいに感じていたさ。それだけじゃない。お前の綺麗な髪も、黒うさぎ隊の副隊長から影響されて可愛いことを言うところも、飯に対して執念深いところも、何もかも…。お前の全部が好きだ」

 

 彼は変わってしまっていた。もう、あの頃のように女の子の気持ちもわからない、唐変木の彼にはなっていなかった。

 

「このことはラウラが帰ってきたらきちんと言おう。大丈夫だ、あいつならお前のことも許してくれる。でも俺は、二人を同時に愛してしまったんだ。俺ってそんなに器用じゃないけどクリスタも、ラウラも平等に愛していきたい」

 

「一夏…」

 

 彼は席から立ち上がり、私のほうへと近づいてくる。

 

「だからさ、お前はどうなんだ?クリスタ」

 

 膝立ちになり、私の手を取った一夏は私の瞳を見続けた。

 

「クリスタはいっつも自分の意見を押し殺してきただろ?学園でも、自分を顧みずにラウラや黛さん、友人を、他人を優先にしてきたんだ。いつまでそれを続けるつもりだよ。少しは自分の、己の本能に従って自分勝手に思いをぶつけてみろよ。本当の自分をさらけ出してみろよ」

 

「本当の…自分」

 

 一夏は手を取った私の手にそっともう片方の手を重ねる。

 

「ああ、俺はクリスタの本心を知りたいんだ。他人のことなんて気にしないで、自分だけのことを考えて言ってみてくれ」

 

「自分だけの…」

 

「そうだ」

 

 彼の黒い瞳には、椅子に座っている小さな私が映し出されていた。手を握られ、小さく映り込む私が。

 

 私はこれまで、誰かの指図を受けて生きてきた。楯無会長、黛さん、ブリュンヒルデ、そして私の叔父さん。彼らの言葉を聞き、そして彼らのために行動をしてきた。その一連の中に私という個人の考えなど紛れていなかった。

 良く言えば、従順な子。悪く言えば、自分に意思のない指示を待っているだけの無能な子。せいぜい、自分の意志を持っていたこととしたら、それは食のことに対してだけだろう。それ以外は誰かのために、そして誰かの言われたとおりに生きてきた。

 別にそれは、悪いことだとは全く思っていない。言われた通りに生きているだけなのだから、要らぬ考えをする必要なんてない。それに私が役に立つことで喜んでくれる人がいるならば、私はそれがとてつもなく嬉しい。私が使える子だったと改めて理解できるからだ。私は生きていていいんだって思えるからだ。

 

 でも、今日くらいはいいだろう。

 だって、ここには私を指図する人なんてだれ一人としておらず、目の前には、私の()()の人がいるのだから。

 

「私ね、最初一夏のことはよく思っていなかったんだ。初めての男性IS操縦者だと世間で騒がれて、無理やりIS学園に就学させられたのだもん。そこに君の意思なんてものはなかった。だから、きっと女尊男卑の洗礼を受けたよくいる男の子だと思っていたのだ。わけもわからずISについて学んで、周りに流されるだけな人だって。」

 

 彼はじっと私を見ていた。

 

「でも、一夏は違った。一夏は自分なりに現実を受け止めて、ISに向き合って、努力して力をつけていっていた。まあ…座学はどうだったかは言わないけど」

 

「おいおいそのことはよしてくれ」

 

 彼は、はにかんで苦笑する。

 

「それだけじゃない。一夏って無謀ってくらいに相手がどうであれ仲間だからって他人に突っかかってさ。それで敵視していた少佐や忌み嫌っていた簪とも仲良くなって、彼女たちを救った」

 

「あれは流れってやつだよ」

 

「だからだと思うんだ。私に持っていないものを持っていた一夏が眩しく見えていた。周りに何を言われようとも、自分の意志を貫き通す一夏が。そんな一夏が、好きなのだ」

 

 彼の言われたとおりに、私は自分の中に秘めていた言葉を彼にぶつける。きっと何を言っているのかもわからないと思う。言葉になっていないと思う。でも、これがきっと好意というものだ。

 

 

「そっか、それがクリスタの想いなんだね」

 

 彼は私の手を強く握る。

 

「でも、俺はもっとクリスタのことを知りたいな。お前の本当の気持ちを」

 

「本当の気持ち…?」

 

「そうだ、俺は本当のクリスタを知りたいんだ」

 

 私の手を強く握る彼は、私の顔に近づき耳元にささやく。

 

「ここはクリスタしかいないんだ。何も君を否定する者も邪魔する者もいない。そうだろう?」

 

「うん…」

 

 

 彼は私の手から両手を離して立ち上がる。

 

「もっと欲望をさらけ出していいんだ。だって君は食べ物が大好きで、ISが大好きで」

 

 

 そして

 

 

「命令には絶対に逆らわない従順でお利口な子(クリスタ・ハーゼンバイン)でしょ?」

 

 

 

「…違うよ。私は…そんなに良い子じゃないかな」

 

 不思議とそんな言葉が私の口から溢れでる。何故そう言ったのか。何故そう言い切れてしまうのか。はっきりとした自信は見つけられなかった。

 

 一夏はそうか、と一言呟く。そして、おもむろに立ち上がりテーブルから一本のナイフを持ち出した。

 そして笑顔で私の方を見る彼は右手に持っていたナイフを、自身の左手首に当てて思いっきり切り裂いた。

 

 

 彼の手首から赤い鮮血が吹き出した。それは勢いよく飛び、周辺を赤く染め上げた。目の前にいた私にもそれが飛来する。私の足に、膝に、服に、首に、顔に。

 私は頬に手を当て、手のひらを見る。手の皺にまでべっとりと赤い血が付着し、それはつうっと手首へと滴り落ちる。唇を舐め、唾を飲み込むと口の中に鉄のような生暖かいものが広がる。ほのかに甘い、一夏の味だった。

 

 

 

「君のやるべきことはただ一つ」

 

 左手首からはどくどくと血液が流れ、指へと伝わり床を血で染めあげる。

 

「施設内にいる敵をこのように排除するんだ。それが君の使命だ」

 

 

 

 床に何かが落ちる音が私の耳に入り込んできた。音を頼りに発生源を辿ると、そこにはナイフが落ちていた。

 木製の薄汚れた柄のナイフだ。何にも彫られていない柄のナイフだ。私が初めて握ったナイフが、私の足元に落ちていた。

 

 

 

「嫌だよ…。私はそんなことしたくない」

 

 はぁ?何言っているのあんた。今そんなこと言える状況じゃないでしょ、分かってるの?

 

 否定をしても、それはすぐに反論されて、押し返された。いつものことだ。いつも私の決めた事とは否定される。

 

 じゃないと、あんたも私も殺されるんだけど。

 

 そして私はすぐに何かに張り倒されて後ろへと吹っ飛ばされた。

 

 尻餅をつき、その場で後方一回転をすると何か硬い物体に衝突した。頭の中では常時鐘を鳴らされ続けているかのように音が聞こえ、視界は安定せず、何よりお腹の中が気持ち悪かった。

 ぐらつく視界を頼りに目の前にいるはずの私を突き飛ばした奴を探す。そいつは私の遠くに立っていた。

 

 男だ。ジーンズのオーバーオールを着ている脂肪がたっぷりと肉付き、パンパンに膨れ上がっている巨体を揺らし、こちらに近づいていた。右手には長い棒の先に尖った金属がくっついている農耕器具があった。その男は鋭利な金属部品をこちらに向けて歩いてくる。口から荒い息を吐き出していた。

 

 

 

「このままだと殺されるよ。あんた」

 

 そんなこと、分かっている。でも私は…

 

「じゃあやることは変わらないね。あいつを…」

 

 嫌だよ。そんなこと。誰かを傷つけるなんて…。

 

「なら、あんたは自分が死んでもいいっていうのか?」

 

 死ぬ。その言葉を聞いて私の体はすくみ上った。いつの日か感じたこの感覚。脳裏をよぎるビジョン。繰り返される感覚。気の遠くなるような感覚が私を包み込んだ。

 

 でもね、人を傷つけることは良くないんだよ。他人が嫌がるような、悲しむようなことを私は…。

 

「でも自分が大事でしょ?」

 

 私は無意識に右手を目線まで掲げる。その右手には、薄汚れた刃渡りの短いナイフが握られていた。そしてその刃先を近づいている男へと向ける。

 

「そうやって現実から目を背けても構わない。その代わり」

 

 ()が生き抜くために戦い、そして抗い続けるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、“痛み”という機能はすごいなぁ」

 

 大きめのソファーに座る青年は自身の左手を見ながら呟いた。

 

「自身の体を守るための防衛機能でもあり、既に起きている異常を警告するためのサインでもあるのか」

 

 青年は天井に左手をかざし、表裏を返して何度も確認をする。その手は、傷一つない綺麗な手でした。

 

「まあ、何度も体験はしたくないのは確かだね。痛みは不快な感情を与えるように作られているし、もうああいうのは遠慮しておきたいな」

 

 左腕をだらんと下げて、青年は正面に目を向ける。

 

 青年のいる部屋は生臭く、重たい空気で充満していました。

 白い壁には血糊がまき散らした絵の具のように散乱しています。臭いの元であるすでに動く気配のない大きな塊の周辺はひどい有様でした。赤い血だまりが大きな塊を中心として広がり続け、とどまることを知りません。近くにあるもの全てを赤く染め上げていきます。そして、その上には一人の少女が馬乗りになっていました。

 少女の体には黒い服を着ているために汚れは目立っていないものの、多量の血痕が付着しており、黒い服がより暗く印象付けます。服だけでなく、少女の顔や腕にも血痕が残っており、それらはすでに乾燥していました。見るからにひどい惨劇であるのですが、少女の表情には悲しみも驚きもありませんでした。無表情と言っても過言ではありません。その少女は右手に握っているナイフを何度も何度も大きな塊へと突き刺します。その度に少女の肌や衣服には新たな返り血が飛んでいきます。

 

 

 

「ねえ」

 

 少女はソファーに座る青年へと声をかけます。

 

「なんだい?」

 

「私の仕事はこれで終わり?まだいるんでしょ、せんせい。私の敵は」

 

「ああ、そうさ。まだまだ、この施設には敵がうじゃうじゃいるんだ。じゃんじゃん働いてもらうよ」

 

 青年は優しくにっこりと微笑むと、部屋の至る所から光る粒子が現れ始めました。

 それらは部屋にある物体全てから発しており、光る粒子は天井へと上がり、消えていきます。無論、少女と青年も例外ではありません。

 

「うん、やはり見立てていた通りにこの世界は面白い場所だ」

 

 自身も光の粒子へと変わっていく中、シェフ姿の青年は嬉しそうにはしゃぎます。

 

「ならば後は、役者を揃えなければなりませんね」

 



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第35話 繋がる世界(ワールド・リンク)

 

名も無き兵たち(アンネイムド)

それが彼らの所属している部隊の名前である。

その名の通り国籍や名前を捨て去った者たちが活動する、米軍が秘密裏に作り上げた特殊部隊だ。

 

そんな部隊がわざわざ、IS学園に侵入するという危険を冒してまで行動を起こしたのには理由がある。それは、学園の地下に眠るという無人機ISのコアだ。

 

数週間前にIS学園を襲ったという謎のISについての情報は既に隊の耳には行き届いていた。それと同時に、応戦をした専用機持ちたちのISが使い物にならない事も。

これまで何年も作られてなかったコアを、無人機ISのコアを手に入れられるなら今しかない。絶好のチャンスを逃すわけにはいかない、と見込んだ軍上層部が彼らを学園へと送り込んだのだ。彼らの所属する部隊とは別の協力者によって、IS学園のシステムを掌握したことを確認した彼らは秘密裏に入手した地図を手に、IS学園へと向かった。

 

しかし、彼らは幾度となく襲撃を受けるIS学園を甘くみていたとは知る由もなかった。セキュリティ意識の低い学園なら易々とコアを持ち帰られると。

彼らの考えは甘かったのだ。この学園には()がいて、そしてこれまで襲われたのは全て()()()I()S()()()()ものだったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、か弱い女の子が通うIS学園を襲うなんて、大人気ないなぁ」

 

更識楯無はそんなことをぼやいて、ワイヤーをきつく縛りあげる。彼女の目の前には、意識を失った大柄な男達が手足を縛り上げられてゴロゴロとその辺に転がっていた。

 

 

 

いうならば、その戦闘は一方的なものだった。片や訓練を積んできた複数人の戦闘のスペシャリストたち、片や対暗部用暗部の当主。いくら暗部の当主とはいえ、相手は複数人で構成された部隊である。量で押し切られてしまえば楯無にも敗北の二文字が頭に浮かんできそうであったが、そんなことなどなかった。

なぜなら、彼女には緊急修復を施されたISがあるからだ。戦闘機や艦船でさえも手も足も出なかった地上最強の兵器なのである。いくら訓練を積もうと、いくら優秀な武装を持ってしてでもISの前では赤子同然であった。

 

 

 

「さて、後は織斑先生に任せればいいのかしら?」

 

目の前に倒れこんでいる男たちを見て彼女は満足げな表情をした後、携帯端末から学園の防犯カメラの映像を見る。

ワンタップで空中に投影される小さめのディスプレイには、ネイビーブルーに染められたISと対峙している一人の女性の姿があった。

その女性は、長い髪を後頭部でポニーテールのようにまとめ、その黒いボディースーツには何本もの刀が付けられていた。そして、あろうことかそのISを圧倒していた。

映像では、ISの撃つ射撃を何度もかわし手に持つ刀でISに何度も攻撃を加えていたのだ。

 

「織斑先生って本当に人間なのかしら…?」

 

あまりにも非現実な事で、楯無は思わず織斑先生の存在に疑問を呈する。

先程彼女は男たちとISを使って戦闘をしたばかりだ。その圧倒的な力の差に思わず、相手が可哀想だと思ってしまうほどである。それなのに、今目の前では一機のISが一人の人間に劣勢になっているのだ。

 

だが、あのブリュンヒルデなら出来なくもないか、と彼女は思ってしまった。何せ、彼女は人間の域を超えた別の生命体であるとも呟かれているからだ。

その腕から放たれる出席簿アタックを始めとして、やられた者は生きて帰ってこれないと言われるアイアンクロー。そして極め付けは、打鉄の近接装備を持ってISの攻撃を受け止めたという逸話だ。1学期の全学年トーナメント準備期間に起きたISによる私闘を織斑先生が止めに入ったというものである。何十キロとも言われる装備を持って止めに行ったとならばもはや人間業ではない。

彼女自身がISなのではないかとも言われる織斑先生に改めて敬意を表した楯無は、携帯端末をしまうとISを待機状態へと戻した。

 

霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)に無理させ過ぎちゃったかしら」

 

ため息をつくと、懐から愛用する扇を取り出す。

彼女の視線はその扇に付けられている菱型のストラップに向けられていた。

もしものためにと無理矢理修復を行なってしまった霧纏の淑女には、負担をかけ過ぎてしまっていた。いつも自分のわがままを黙って付き合ってくれる相棒を愛でるように撫でた。

 

敵意もなく、もうこの場にとどまる必要もなくなった彼女は専用機持ちたちのいる場所へと踵を返した。

意識を奪った身動きのとれないあの男たちに出来ることなど、もうない。学園のシステムを掌握した後にでも回収すれば良いのだ。

 

そう思っていた矢先だった。

 

「え…」

 

 

 

彼女は前のめりに倒れ込んだ。

何かに躓いたのか、と思った彼女はすぐに立ち上がろうとする。だがそんな簡単な事が彼女には出来なかった。

腹部に猛烈な痛みが現れ始める。

恐る恐る左手で痛みがのある腹部を触ると、手には何か生暖かいものが付着していた。

 

 

 

 

「ったく、先輩達もしっかりして下さいよ」

 

 

 

若い男の声が聞こえてくる。それと同時に高い周波数の音と共に何かが切断される音もだ。

 

彼女の鼓動が早まる。

あまりにも愚かなことをしてしまった事に後悔をした。拳を強く握り、立ち上がろうともがくも、全身に力が入らなかった。

 

 

 

「これで形勢逆転っすね」

 

 

頭が何かで強く押しつけられる。

硬い床に打ち付けられ、ガンっと大きな音が鳴った。

 

 

()()()()()()さん」

 

 

首に何かを刺される感覚を覚えた彼女はすぐに意識を手放した。ある一人の名前を呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、出力調整をするから、それぞれのスラスターを5%ずつ上げていこうか」

 

「はい」

 

俺は篝火さんの言う通り、固定されている白式のスラスターの出力を上げていく。あのヘンテコな台座に乗せられてからずっと言われた通りのことをこなしていった。

どちらかといえば、先程までやっていた川釣りより楽しさはないものの、何より重要な調整だ。今まで整備の出来るのほほんさんや簪、そしてクリスタたちに協力してもらい白式を弄っていた。だが、さすがに学生とプロには大きな差があった。

俺を囲うように白衣を着た研究員たちが何やら専門用語を言いながら、手元のタブレットを見比べる。そして、何かの結果を篝火さんへ報告すると彼女が素早い手さばきでタッチパネルを操作し、白式を調整していく。そもそも、今やっている事は白式のデータ取りであって学園でやっていたような機体調整だけをやっている訳ではない事は十分承知している。だが、目の前で行われるテキパキとした無駄のない行動や、俺の周りを囲う見たこともない機械類を見てしまうと、どうしても彼らに敬服してしまう。

これほどまでに大事に扱われている白式は幸せものだなと思っていたときだった。

 

 

 

 

 

___いちか

 

 

 

 

 

「え?」

 

どこからか俺の呼ぶ声が聞こえてきた。

そもそも、今は周りでみんなが作業をしている。俺に話しかけるなんて事はしないだろう。それに、あれだけ俺の耳元で聞こえたのならプライベートチャンネルからに違いない。そう思った俺は白式とシステムを繋いでいる篝火さんに話しかける。

 

「あの、篝火さん。俺の事呼びました?」

 

「んん?いいや、呼んでないよ」

 

篝火さんは画面を見ながら淡々と操作を続ける。あれだけ反応が薄いと本当のことを言っているだろう。

先程の声に気になり始めた俺は、チャンネル関係のログを確認する。ここでなら誰と通信したかが一発で分かる。だが、そこには篝火さんとのログしか残されていなかった。

 

だが、俺はある不可解な事に気がついた。

 

「なんだこれ?」

 

俺の白式とログに文字化けした相手がプライベートチャンネルで通信を行った履歴があったのだ。見知らぬ相手とプライベートチャンネルだなんて聞いた事がない。そもそもそんな事をした覚えがなかった。

俺は思わず興味半分でそのログを確認する。普通ならインターネットでよくある、ウィルスの類であるがISにはそんなものはない。きっとISの調整中に起きたバグなのだろうと思っていた。

ログを開くと、短い文章とIS学園に関する情報のデータが残されていた。ますます見に覚えのないログである。さらに読み進めようと、短い文章の所を選ぶ。その画面がハイパーセンサで俺の目の前に現れた時、俺は言葉を失った。

 

 

 

 

 

「よーしスラスターの調整完了!織斑くん、もう出力下げていいよ」

 

俺は言われるまでもなく白式のスラスター出力を解除し、ついでに白式に取り付けられていた固定器具を無理やり引き剝がす。

 

「え、ちょっと!そこまで外さなくてもいいのに」

 

「すみません、篝火さん。俺今すぐ学園に戻ります」

 

「はいぃ?」

 

篝火さんは眉をひそめ、あっけらかんとする。

 

「皆さんも、急にすみません。今度また来ますんで!」

 

同じようにぽかんとしている研究員に謝ると、左手の雪羅を荷電粒子砲モードに切り替える。

 

「正面ぶち抜きます!」

 

何も置かれていない壁を狙い、粒子砲を数発放つ。爆風で近くにあったものが埃とともに散乱し、音を立てて何かが倒れる音が聞こえてきた。一度飛翔し、研究員たちをかわして木々の見える先程開けた穴から外へと飛び出した。そして、IS学園へと向かうべく、調整したばかりのスラスターを全速力で吹かした。

 

 

俺は今一度、匿名で送られてきたメッセージに目を移す。そこには、今現在で学園内すべてのシステムがハッキングされていると示された画面と、暗闇の中千冬姉がISと対峙している防犯カメラ映像があった。

 

 

 

ISでの移動には、10分とてそれほど時間はかからなかった。

眼下に広がる町並みはまるでミニチュアの模型のように小さく見えた。そびえたつビルも、道路を走る回る車たちも俺の目から見ればどれも手のひらサイズに収まり、片手でひねりつぶせるくらいだ。

だが、俺は足元の風景からすぐに視線を進行方向へと上にあげる。そこには、ハイパーセンサーによって示されている砂嵐の映像があった。研究所を飛び出してからというもの、IS学園と連絡を取ろうと試みようとしたがうまくいかなかった。どうも、IS学園全体の特にセキュリティに関するシステムにはどこもつながらずじまいだった。あの情報は本当だったらしい。ならば、と俺は別の所へと通信を試みた。

それは外部望遠管制システムだ。

その名の通りIS学園内ではないシステムであるここになら、と目を付けるとあっさりとアクセスすることができた。非常時に備えて設置されているこのシステムは、IS学園全体の大まかな情報を確認することができる。

案の定ではあったが、学園のほとんどのシステムには赤くロックと英語で書かれた表記がされており、どこも使い物にならない状態だった。ただ一か所を除いては。

 

どの入り口も塞がれていることに苛立ちを覚えていた俺が、どうにかして学園へ侵入できないかとシステムをくまなく探していると、一か所だけ別の表記がされている部分があった。数多くの入口が赤くロックと表示される中、一際目立つ色をしていた。

 

「ん?…なんだこの黒いの」

 

そこは、学園に備わっている非常扉の一か所だった。そこだけなぜか黒く表示されるだけで何も書かれていなかった。まるで、そこだけシステムが機能していないかのように。

 

「そこに行ってみるしかないか…」

 

システムを頼りに俺は目の前に見えてきたIS学園へと視線を移した。足元には幾重にも続く波をたなびかせている海があった。

 

 

 

見慣れたIS学園へと着いた俺が目指していた場所は非常階段だった。入口の上部には緑色の光が灯されている。学園へと続く入口はというと既に開いており、その扉にはいくつもの金属が撃ち込まれたような痕が残る、痛ましい姿であった。誰がどう見ても、普通の開け方ではないのは確かだった。足元にはいくつもの足跡が残り、それは学園内へと続いていく。一旦白式を解除した俺はその足跡を追うように学園に忍び込んだ。

 

学園の中は思っている以上に物静かであった。歩いている限りでは、学園関係者らしき人とはだれ一人として遭遇せず、俺は薄暗い廊下を足跡と頼りにひたすら追っていた。

渡り廊下に差し掛かろうとしたその時、ある音が聞こえてきた。足音だ。俺以外の、そしてその数は多い。近くの壁に体を寄せ、人のいるほうへと見つからないようにして様子をうかがう。

展開しているハイパーセンサー越しに、その様子を見るとそこには大柄な男たちがいた。誰もが目線をバイザーのようなもので隠しており、黒くてごつい服を着ていた。手には武器のような長いものを持っており、周囲を警戒するようにこちらへと歩いてくる。どうやら彼らの帰り道に遭遇したようだ。周囲を警戒する男たちの真ん中には、何かを運ぶ別の男たちの姿があった。

 

「あれは…!」

 

彼らが運んでいたのは、ぐったりとしているISスーツ姿の楯無さんだった。きっと何かに巻き込まれたのか…。いや、そんなことを考えている暇はない。このまま放っておくわけには…!

 

拳を強く握り、顔を上げる。

意を決した俺は、男らのいる渡り廊下に立つ。

 

そして駆けた。

 

廊下には俺の靴音が遠くまで響き渡る。

 

 

「その人を……」

 

 

白式を展開する。駆けていた俺の足は地から離れ、白式が低空飛行のままスピードを維持する。

目の前にいた男たちは俺に気づき、金属音を立てながらこちらに銃を向ける。

 

 

「離せぇぇ!!!」

 

迫りくる弾丸が俺の顔や体に当たる。だが、それらは絶対防御の前では無意味だ。顔のまで迫ってくる弾丸たちは、顔に当たる数センチ手前でシールドエネルギーによって弾かれた。雪羅をクロウモードにして、先頭にいた男たちを切り裂き、空いている右腕でぐったりとしている楯無さんを回収した。

体に抱き寄せた彼女の体に温かみは感じられなく、意識はなかった。クロウモードを解除し、砲撃モードへと変えると、残りのやつらへ荷電粒子砲を撃つ。IS用に設定しているためか、砲撃を受けたやつらはおもちゃのように簡単に後ろへとふっとび、意識を奪っていった。気が付けば、やつらの姿をどこにもなく、残されているのは俺の攻撃を受けて意識を失っているやつらだけだった。

 

俺は右腕で抱き寄せていた楯無さんを地面におろした。彼女の腰のあたりには、血の流れた痕があり、撃たれた可能性がある。

 

「楯無さん、楯無さん!」

 

彼女の体を揺らして意識をはっきりさせようとする。しばらくすると、彼女はうめき声をあげながら瞼を開いてくれた。

 

「いち…かくん?」

 

「よかった、意識が戻られたんですね。すぐに医務室に連れていきますから!」

 

ここからそれほど距離もないはずだと、立ち上がろうとしたとき楯無さんは俺を呼び止めた。

 

「待って、一夏くん。私はいいから。それより…」

 

そして、何かの地図のようなものを俺に見せてきた。

 

「この場所に行って…。みんなが危ない…」

 

彼女が俺に見せてくれた地図は、IS学園の地下区画という見たこともない場所の情報だった。

 



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第36話 分離解体の世界たち(ワールド・パージ)

 楯無さんに言われた通りの場所へ行くと、そこには涙目を浮かべていた簪がいた。

 

 簪曰く、IS学園のシステムが何者かによって掌握されているために、専用機持ちたちにISネットワーク・システムによる電脳ダイブを行ったものの、何らかの外的要因によって電脳ダイブをしたみんなと連絡が取れなくなってしまったという。

 

 時々言葉を詰まらせながらの現状説明を聞いた俺は、とりあえずまずい状況なのを理解した。弱気になっていた簪を励まし、どう解決すれば良いかと尋ねたら、あっさりと解決方法を彼女は提示した。

 それは、俺にも電脳ダイブとやらをさせることだった。コンピュータでいうところのウィルスが汚染されている状況にあるようで、俺がその外的要因とやらを排除すれば良いらしい。いまいちピンとこなく、ちんぷんかんぷんな俺としては、彼女の言葉に従うのが先決だった。ましてや箒たちが危険な目に遭っているならば尚更だ。アクセスルームとやらに案内され、ベッドみたいなよくわからない機械に寝そべさせられた俺は、意識をシステムに委ねる。

 

 

 

 

 

 すると、俺は……

 

 

 

 

 

 一軒の住宅の前に立っていた。

 

 

 

 

 

  日は傾き、オレンジ色の夕日が辺りを照らしていた。先程まで3時ごろであったはずなので、明らかに今までいた世界とは別世界に来てしまったのだと改めて認識した。てっきりこう、電子的な世界に皆が囚われているものとばかり思っていた俺としては拍子抜けを食らった。

 自身の姿を見てみると、先程までISスーツを着ていたはずの服装がIS学園の制服へと変化していた。

 

  なんで制服なんだ?まあ服装はいい…。それにしても、と俺は目の前にある建物をまじまじと観察する。ここに直接来たということは、きっとここに入れと言う意味なのだろう。それにこの建物にはどこか記憶に引っかかるのだ。

  そう、これは昔行ったことのある鈴の店に似ているのだ。家のつくりとか、近くにあるのぼりの広告とかが妙に懐かしさを俺に与えてくる。なんだかこの、ポワポワと実感のない感覚は夢を見ている感覚に似ていた。しかし、一つだけ疑問に思うことがあった。

 

「店の名前ってこんなだっけ…?」

 

  看板にでかでかと『鈴音』と書かれている中華料理屋に疑問が浮かんだのだが、とりあえず、この店に入ることにした。

 

  中に入ると思っていた通り、無人の店であった。そもそも、辺りに人の気配が全く感じられない。そして驚いたことに、店の入り口や店内のつくりが昔に入ってことのある鈴の店にそっくりだった。

 

「ふーん、良く出来ているもんだな」

 

  電脳空間がまさか鈴の実家だと思っても見なかったために、誰もいない厨房やカウンター席を観察しながら、慣れた足取りで鈴の実家の母屋に足を踏み入れた。一階部分をちらりと覗くものの、やはりそこには誰もいなかった。リビングや台所を見てみるものの、人のいた形跡は残されていなかった。一つ一つ記憶を頼りに部屋を見渡していると、一ヶ所だけ違和感がある場所があった。

 

「あれ…?」

 

  風呂場をのぞくと、なぜかそこは使われた形跡があったのだ。足元は水にぬれており、それは二階へと足跡を残しているかのように進んでいっていた。

 

  鈴の実家が再現されているということは、これはつまりここには鈴がいる可能性が高いということだろう。それにしてもなんであいつは学園のシステムを取り戻さないといけないのにシャワーなんか浴びているんだ?

  そんな疑問を浮かべながら、濡れた足跡をよけつつ二階に進む。木製の階段特有の軋んだ音を立てながら、階段を上っていると上から何かの物音が聞こえてくるのが俺の耳に入ってきた。しゃべり声だ。俺は忍び足になりながら、音の発する部屋の障子に聞き耳を立てた。

 

「可愛いぞ、鈴」

「んん……!やっ……!」

 

 

 

 俺は思わず聞き耳を立てるのをやめる。

 

 は…?え…?なんで?

 

 ()()()()()()()()()()()()()

  確かにさっき、鈴の声と俺の声が聞こえてきた。どういうことだ?再び聞き耳を立てた。

 

「ま、待って!」

「待てないさ」

 

  何をやっているんだ!?全く想像がつかない。ただ、鈴の声がいつも聞いている以上に可愛げのある声だということははっきりしている。

 

「ブラ…外すぞ」

 

 はぁ?何言っているんだ俺は?いや、正確には俺の声に似た誰かが、だ。

 

「う、うん」

 

 って鈴はなにそれを了承しているんだよ!意味わかんねぇよ!

 

「こっちも…」

 

「待って…!あっ…!」

 

「待てないよ鈴」

 

 

  明らかに場の雰囲気がおかしかった。特に、鈴の様子が。誰が聞いてもわかる猫なで声なんてまず変だ。きっと俺に似た何者かに何かをされているに違いない。

  我慢ならなくなった俺は立ち上がると、障子に手をかけ、左へと開け放った。目の前には夕陽に照らされたベッドに押し倒されている制服姿の鈴と腰にタオルを巻いただけの押し倒している()がいた。

 

「てめぇ、鈴に何をしてやがる!」

 

  俺の顔を見て驚く鈴を横目に偽物の俺は、ニヤリと俺のほうを見て微笑み、呟く。

 

「ワールドパージ、異常発生。異物混入。排除開始」

 

  すると、偽物の俺の目が黄金に輝き、白目部分が黒く変色した。それと同時に鈴は頭を抱えて急に叫びだした。

 

「ああああ!痛い!…痛い!」

 

  やはりこいつが原因だったか。

 俺は偽物に近づくと、やつはベッドから立ち上がりこちらへと殴りつけてきた。見慣れた攻撃をかわし、お返しに、とやつの顔面に一発拳をお見舞いした。

 

 殴られたそいつは、反動で宙を舞うと光とともに姿を消した。

 

 残された部屋には俺と、ベッドに半分脱げかかった制服を着る鈴だけがいた。うずくまる鈴に俺は手を差し伸べた。

 

「大丈夫だ鈴。俺はここにいるから。お前を守るから」

 

  彼女は満足そうな表情を浮かべて、俺の手を握り返すと辺りは光に包み込まれた。

 

 

 

 

 

  気が付けば俺は宇宙空間のような場所にいた。

  目の前には5つの光る扉と、地面にうずくまる鈴がいた。鈴も気が付いたようで俺の顔を見たあとに、自身の姿を確認する。そして

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

 大声で叫びながら両手で自身の体を覆った。

 

「い、いい、一夏!!!」

 

  叫び終えると鈴は鋭い目つきで俺をにらみ始めた。彼女の目つきにこの後の展開を予想した俺に残された選択肢は一つだけだった。

 

「いや待て鈴!俺じゃないぞ!俺は何もしていないからな!」

 

  そう、俺はただ鈴を俺に似た変な奴から救っただけだ。鈴をこんなあられもない姿にしたのは俺じゃなくて、俺の姿に扮した偽物だ。決して俺は何もしていない。神に誓ってもだ。

 

「…なさいよ」

 

「えっ?」

 

  ふいに彼女は何かをつぶやく。だが、彼女の声が小さくて何も聞こえなかった。

 

「だから、着せないよ服!」

 

「はぁ!?」

 

 なぜその理論になる?

 

「あんたが脱がせたんでしょうが!」

 

「それは偽物で、俺じゃないつうの!」

 

  鈴の必死の抵抗にこちらも抵抗を見せるものの、彼女はふと押し黙り、こちらをにらみつける。だが先程とは違った。彼女の目に少しだけ涙がたまり、うるうるとした目で俺を見つめていた。彼女を泣かせてしまったことには変わらない。しかたなく、彼女の願いを了承した俺は彼女に近づく。

 

「わかったよ。今着せるから」

 

 膝立ちになり、その場に立ち上がった鈴の制服に手を付ける。

 

「…そこじゃない」

 

 制服のボタンを止めていると、鈴は頭を振り、抵抗した。

 

「じゃあ、どこだよ」

 

「…ん」

 

  鈴は涙目で訴えながら足元に指をさした。そこには膝あたりにひっかかっているパンツがあった。

 

「…パンツ触るからな」

 

  先に宣言をして、俺は鈴のパンツに手をかけた。たしかに肌着を着ていないのに、制服のボタンを止められても居心地が悪いだけだが…。しかしだ、もし俺がこのまま鈴のパンツを上げていけばどうなってしまうのかと、あられもない妄想が頭の中であれやこれやと広がる。

 高鳴る鼓動を抑えつつ、鈴のパンツをそのまま上へと持ち上げた。するするとパンツが持ち上がり、鈴の白い肌を滑りながらパンツをはかせる。鈴の足はほっそりとしており、少しでも力を加えてしまえば折れてしまいそうなくらいだった。俺の手が鈴の足に触れるたびに、彼女は変な声を上げて体を震わせた。

  俺の持つパンツが鈴のスカートの中へと入り込み、遂に未知の領域へと達してしまったそのときだった。

 

『えー、おほんおほん』

 

「「うわぁ!!」」

 

  わざとらしい咳が俺の耳に聞こえてきた。二人して思わぬ声にびくつき、互いに距離を置くように離れて音の方を見る。そこには、簪の姿が映し出されているモニターがあった。

 

「あ、あんたいつの間に…!」

 

『一旦、鈴は帰還を。何らかの攻撃を受けた可能性も否定できない』

 

 顔を赤らめ、慌てふためく鈴をよそに簪がこちらを見ながら話をする。

 

「…了解」

 

 鈴は何か不満げな表情を浮かべながら短く返事をすると、こちらに体を向ける。

 

「一夏、ありがとう…ね」

 

 そして彼女は笑顔を見せると、光とともに今いる世界から消えていった。

 

 

 

 

 

 

『一夏、ニヤニヤしない』

 

「してねぇよ!」

 

  モニターに映る簪は眉をひそめながら言う。何を疑っているんだよ…。というかあれは事故だ!俺が鈴を脱がせたわけじゃないっていうのに…。

  そもそも鈴はIS学園の仲間で、俺のセカンド幼馴染で…。

 

 

 

 

___本当に、それだけ?

 

 

 

 

 え…?

 幼い少女のような透き通る声が響いた。

 

「簪、何か言ったか?」

 

『いや、何も…。とにかく一夏は他の皆の救助へ。光っている扉に入って』

 

  とりあえず、これで鈴を何者かから救ったというとになるのだろう。この調子でみんなを救っていけばいいのか。

 

「了解!」

 

  俺は再びみんなを救うべく、目の前にある光の扉に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「今度はどこだ?」

 

  光の扉を潜り抜けた先には大きな鏡があった。

  鏡の縁には黄金に染められた装飾品が飾られ、部屋を照らすライトによってキラキラ光っていた。鏡の下は、白い石のようなものでできた洗面台があり、蛇口をはじめとして、これまた多くの金属品が金色に光っていた。

 

「どんだけ金色なんだよ…」

 

  あまりの眩しさに俺は目を細める。どうやら俺は金持ちの家に飛ばされたみたいだ。周囲を見渡せば、一言でいえばモダンな雰囲気を醸し出している部屋だった。壁にはこれまたへんてこな装飾されたおしゃれっぽいランプが埋め込まれ、床は大理石のようなもので作られていた。そして、どこからか空調のような音が聞こえてくる。

  間違いない、俺は脱衣所らしき場所にいる。俺はそう確信した。なぜならば、鏡のあるところの近くに、数多くの高級品が列をなしておかれていたのだ。ドライヤーによくわからないボトルの数々、そしてふかふかなタオルが置かれていた。

  今の状況を一言で表せば、ベルサイユ宮殿の脱衣所に来ている、そう表現すればわかりやすいだろう。とにかくそんな場所に来ていた。

 

  新たに高級そうな脱衣所に来たのはいいが、どうすればよいのだろうか。とりあえず、近くにあったこれまた高級そうな椅子に腰掛ける。座り心地はとてもいい。

 

  さっきは一心不乱に行動していたが、鈴を襲おうとしていた偽物の俺をぶっ飛ばすことで鈴を救出することができた。簪が言うには、システムから帰れなくなったみんなを助けてほしいということだ。難しいとこはよくわからんが。

  さっきの”鈴の世界”を例にとってみれば、まずこの世界の()()を見つけ出すことが必要なのだろう。そして、鈴みたいに元の世界に戻れなくなっているような原因を見つけ出して排除をする。この二点だろうか。とりあえず、囚われている箒たちを見つけるのが先決だろう。だがまた鈴みたく、一緒に偽物の俺が出てくるのは正直勘弁願いたい。なんだかこう、もう一人の俺がいると気持ち悪いんだ。ムズムズする…。

 

 

  少し名残惜しいものの、高そうな椅子から離れた俺は部脱衣所を物色し始めた。さっきは鈴の実家っぽいところが舞台だったから、きっと”この舞台”と”いる人物”には関係性があるはず。だから今度はこの部屋にふさわしい人物がこの世界のどこかにいるに違いない。となると、箒はこんな煌びやかな所は苦手っぽいし、ラウラはこういうのに疎そうだから除外だ。シャルも違うし、残っているとすればセシリアかクリスタか。

 

  だが、俺はどちらがこの世界にいるのかが自信が持てなかった。クリスタは確か実家が結構すごいところで、執事を雇うくらいすげぇって話だ。そういや家見たことねぇな。後で見せてもらうか。

 んで、セシリアはイメージそのまま、というか本物のお嬢様だ。ある意味こういうような脱衣所を持っていそうである。

 

  一体どっちがいるのだろうかと悩みながら部屋を見渡していると、俺はあるものを見つけた。部屋の片隅にある収納スペースに籠が置いてあり、脱がれた服や下着が入っていた。しかも丁寧に折りたたんで。

 ここにはセシリアがいる。絶対にだ。籠に入っている下着を見て俺の疑惑は確信へと変化した。なぜなら、その下着はセシリアにしか着けられないからだ。

 

「絶対あいつには無理だな…」

 

  籠に入っていた下着を手に取り、その大きさを確認する。クリスタには絶対に似合わない代物である。これをつけるとなると、体と下着にかなりの隙間が出来てしまう。というか着けられないだろう。鈴といいとこ勝負だしな、あいつ。こんなのを着らけるはずがない。となると、セシリアはあそこにいるはずだ。

  俺の視線には、曇りガラスで仕切られた大きな扉へと自然に動いていた。

 

 

「セシリア、無事か!」

 

  俺の予想していた通り、あの扉の先は風呂場だった。

  辺りには視界を遮るほどの湯気が立ち、足元でさえあまり見えない状況だった。部屋に入るや否や、俺はすぐにセシリアを呼ぶ。すると、ざばんと水の中から何かが出る音が聞こえ、湯気の隙間から俺の目に綺麗な金髪がちらりと見えた。

 

「だ、誰ですの!?」

 

  セシリアの戸惑う声が聞こえてきた。

 

「俺だセシリア!」

 

  俺は困惑するセシリアに自分の名前を叫ぼうとした時、何者かが俺に掴みかかってきた。

 

「異物混入。異物排除。異物…」

 

  そいつは囚人服のようなボーダー柄の水着を着る()だった。俺の腕を握る俺の手の力がさらに強くなっていく。

 

「だから、なんで俺がいるんだよ!」

 

  機械のように抑揚のない声を出す俺に怒りを覚えた俺は、俺自身の感情をぶつけるかのようにそいつに頭突きをかました。

  顔面に当てた一撃にそいつは目を閉じ、その場を後退りする。俺はそのまま勢いよく走り出しやつとの距離を縮めて、逆にそいつに掴みかかった。

 

「はあぁぁ!」

 

  そしてそいつの右腕と襟を掴み、そのまま脱衣所の方へと投げ飛ばした。偽物の俺はなすすべもなく、そのまま投げ飛ばされると大きな音を立てて地面にたたきつけられた。ぶつかる際に何かが割れるような不愉快な音が聞こえた後、そいつはその場で動かなくなり光とともに姿を消していった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

  俺は息を整えながらそいつが消えていく様を見届けると、セシリアの方へと体を向ける。

 

「もう大丈夫だセシリア。これで…」

 

  気づくと辺りに湯気はなく、部屋全体を見通すことができた。風呂場でさえも何か高そうな石で作られている高級そうな場所だった。そしてセシリアは小さな浴槽に浸かっていた。お湯には何かの花の花弁が浮かび、風呂場全体に良い香りを放つ。そしてその白いバスタブには髪を結いあげた、いつもは見ない髪型をしているセシリアが驚いたような表情を浮かべてこちらを見ていた。そこで初めて俺はあることに気づいた。

 

  ここは風呂場。風呂に入るならば、その人物は服を着ていないのだ。

 辺りを光が包み込む最中、俺は一糸まとわぬ姿をしているセシリアから目を背けることだけで頭の中は一杯いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

  光が消えると、そこは再びあの宇宙みたいな変な空間にいた。

  視線の先にあった扉の数は一つ減り、4つになっていた。残りは後4人か、と俺は出来るだけ視線を下げないようにして、扉と囚われている皆との間には関係性があると再認識する。俺が頑なに下を見ないようにしているのは、俺の勘がそう告げているのだ。今下を見てはいけない、と。だが俺の努力もむなしく、視線の下にいた()()が視界にワザと入り込むように現れた。

 

「一夏さん!」

 

  セシリアは俺を睨みつけていた。なんだか数十分前に同じような体験をしたものとは異なるものだった。こっちはとても刺々しいイメージだ。攻撃的で威圧感のある…。

  それはそうと、彼女は見慣れたIS学園の制服を着ていた。良かった、服を着ていて。もし何も身につけていなかったら、既に俺の命はないだろう。あ、でもここって電脳世界だからそんなこと

 

「…私の裸を見ましたわね!」

 

  セシリアは怒っていた。彼女の言葉で忘れようと無意識にしていた記憶が、濁流のように激しい勢いで頭の中を駆け巡る。

 

「いや、見ていないぞ」

 

「嘘おっしゃい!」

 

  先程見た光景を思い浮かべながらとっさに否定したが、彼女は許してくれなかった。

  彼女が叫ぶと、どこからともなく青い機械が現れ、俺の周りを取り囲んだ。

 

「やりなさい、ティアーズ!」

 

「待て待て!」

 

  彼女が呼び出したブルー・ティアーズを横目に、言葉を続けた。首筋に冷や汗が流れるような感覚が走る。

 

「あいつは敵でお前を…」

 

「私を辱めておいて今更何を!」

 

  セシリアは俺の言葉を聞いてくれなかった。顔を赤らめ、両手の拳をぎゅっと握りしめて怒鳴った。

  どうしても俺はあの光景を思い浮かべしまう。忘れられるはずもない。あの風景、あの香り、あの表情、そして彼女の姿。一瞬ではあった。きっと10秒もなかった光景だ。でも、それは写真で撮られたようにはっきりくっきりと俺の頭の中にこびりつき、離れようとしなかった。

 

「セシリア…」

 

「聞く耳持ちませんわ!」

 

  とっさに彼女の名前を呼ぶも、何て言葉をかけてあげればいいのか思いつかなかった。謝ればいいのか?涙目を浮かべている彼女に?でも…。

  あの時の様子がループ再生のように何度も同じ光景を映し出される。何度も何度も。その時だった。ずっと映し続けてきた映像を遮るようにある言葉が浮かんできた。それは、一体誰の言葉でいつ言われたものだったかは思い出せなかった。でも、不思議とパズルのピースがハマるくらいにぴったりとするものだった。

 

「…きれいだった」

 

「えっ…」

 

 俺は素直な感想を言った。

 

「その…綺麗だったぞ。セシリアの体」

 

  一体何が綺麗だったか自分自身でもわからない。でも綺麗だった事は事実だ。彼女の描く体の曲線が、バランスが、彼女のいたあの場所が、何もかもが。正直言って自分自身こんなことを言ってしまって恥ずかしいし、きっと今自分の顔は真っ赤に染め上がっているだろう。

 

  セシリアは俯いてただただ押し黙った。先程とは違い、すっかり静かになっていた。すると、俺を威嚇するように空中に留まっていたブルー・ティアーズ達が消え去っていく。そして彼女は両手を頬に当てて、体をくねらせる。

 

「そんなっ世界一綺麗だなんて、もう一夏さんったら!」

 

  彼女は嬉しそうに、そして幸せそうなにっこりとした笑顔になる。

 まもなくして、彼女の体は光に包み込まれて電脳世界から現実世界へと戻っていった。

 

 

 

「はぁ…」

 

  彼女が消えると、どっと体に疲れが押し寄せてくる。ついに耐えきれなくなり、俺はその場に尻餅をついた。

  いつ以来だろうか、あれほど彼女の威圧を受けたのは。初めて会った時、いやそれ以上のものだったかもしれない、そんな印象だった。

 

「そういやモデルもやっているって言っていたしなあ、セシリア」

 

  前に鈴が代表候補生になるとモデルの仕事もすると言っていた事を思い出す。現にセシリアがモデルをしていたファッション誌を見たこともある。前々からスタイルがいいのは知っていた。

 

「でもなんであんなことを言ったんだろう…」

 

  再びあの時自身が発した言葉を思い出し、頭をブンブンと振る。なんて我ながら恥ずかしいことを言ったんだ!いつもあんなこと言わないのに…。

  思いもよらぬ発言をした事にしばらく悶々としていたものの、結局その答えを導き出す事には叶わなかった。

 

 

 

 

 

_____少しは見る目が変わった?

 

 

 

 

 



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第37話 私だけの世界(ワールド・アナザー)

 

 

 俺は一つ疑問に思うことがある。

 

 俺に与えられている役割は、システム内に囚われた箒たち専用機持ちの救出だ。最初は何分、初めてやることだったのもあり戸惑うことがあった。だが今となってはもう救出する要領が分かり始めてきた。だから、あいつらを救うために俺が一体何をするべきなのかがはっきりとしだしてきた。それは、あいつらを捕らえている()()()()()()を倒すことだ。

 

 確かに、やり方は分かった。実際に鈴やセシリア、シャルも救出している。

 でも、何故偽物の俺が出現しているのかがわからない。俺の中での一番の疑問だ。

 これまで会ってきたもう一人の俺は、自分が言うのもあれだが、とても似ていた。身長も大体同じだし、髪型も声も俺そっくりだ。

 しかしながら、こうして会ってきたもう一人の俺は誰もがヤバい奴らだった。半裸で襲う変態に、ダサい水着を着た覗き魔。さらに着替えを堂々と見るやばい奴。そして極め付けは、変な棒を持ちながらラウラの身体にベタベタと触る変態だ。

 

 

 どうしてどいつもこいつも変態しかいないんだ?

 

 再びあの宇宙空間みたいな場所へと戻ってきた俺は、これまで会ってきたもう一人の俺の異常性に落胆していた。もはや俺への当てつけとしか言いようがなかった。

 一回だけならまだしも何度も救出に向かい、もう一人の変態な俺と会うたびに俺への精神的ダメージが蓄積していった。声は俺だけれども、しゃべり方や仕草がなんとも卑猥だし、気持ち悪いしで俺の気分はどん底にまで突き落とされた。確かに見た目とかはそっくりかもしれないが、やっていることは俺がするようなことではない。

 そうだ、俺は今まで遭ってきたような偽物の俺のような行為は大嫌いだ。今のご時世、男が女に襲い掛かるとどうなるかは火を見るよりも明らかだ。昔よりも法律とかが強化されたらしいが、不審者というのは後を絶たない。たまに、テレビでもよくそのような事件は報道されていた。そんな社会的な非難を浴びるようなことを誰が進んでするものか。ただでさえ、IS学園は女の園。男の俺の人権はほとんどないっていうのに…。第一、あいつらはIS学園の仲間であって、IS操縦を教えてくれる先生でもあって…。

 

 いや、何を考えているんだ俺は。今はそんなことを考えている暇ではない。いらぬ空想に入り浸っていた俺は頭を振り、その空想を取り払った。

 

「簪、いるか?」

 

 俺はその場で簪を呼ぶ。すると、どこからともなく聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

『…いるよ』

 

「さっきラウラを救出した。そっちに連れ戻してもらえないか?」

 

 俺の目の前に簪の姿が映っている映像が現われる。俺の言葉に彼女はうなずくと何かを操作し始める。その様子を見た俺は腕に抱いているラウラに視線を下げた。

 

 一定のリズムでゆっくりした呼吸をするラウラは、目を閉じて俺の腕に抱かれていた。こうして見ると可愛いもんだな。思わず、空いている手でラウラのほっぺたをぷにぷにする。弾力のある白い肌がなんとも触り心地のいい感触だった。

 

 ラウラをエプロン以外着させないで辱めていた変態な俺を倒していたら、気づけばラウラは気を失っていた。最初は例のウイルスに感染してしまったのかと焦ってしまったが、そんなことはなかった。

 身体に異常はなく、何事もなくこの宇宙空間へと戻ってこられた事に俺は一安心した。ちなみに今ラウラはきちんとIS学園の制服を着ていた。

 

『…いいなぁ』

 

 俺の姿を見ていた簪が何かをつぶやく。

 

「何か言ったか?」

 

『いや、何でもない』

 

 簪は俺から視線を外し、否定する。

 何でもないならいいんだが…。

 

 そしてすぐに、ラウラの身体が光始めると跡形もなく俺の腕の中から消え去っていった。…ラウラってほんと軽いよな。

 

「さてっと。残るは二人か」

 

 その場で立ち上がった俺は目の前にある二つの煌々と眩しく光っている扉に目を向けた。未だシステムに囚われているのは、箒とクリスタの二人だけである。

 

「どうせ、また俺が出て来るんだろうけど…」

 

 俺にとっては残念である未来を見通してしまったことに思わずため息をこぼす。まあ今となっては、変態な俺に遭うことには慣れてしまったからそれほど心にくることはあまりなくなってしまった。…慣れって怖いな。

 

 

 

 

 まばゆい光から解放され、目を開けると俺は瓦屋根の付いた大きな門の前に立っていた。その両脇には白い壁が敷地内を囲むように立ち並び、ふと後ろを振り返れば辺り一帯木々で生い茂っていた。

 どこからか聞こえてくる鳥のさえずりを聞きながら、なんとも和風な家だなと俺は思った。暖かな日差しや木の葉を揺らす風の音がまたさらにゆったりとした時間を感じさせる。

 

 

 …にしてもなんで俺は剣道防具を着ているんだ?

 先程までIS学園の制服を着ていたはずだったのに、なぜか俺の服装が変更されていた。白く塗られた防具となぜか持たされていた竹刀をまじまじと観察していると、目の前の門から大きな声が聞こえてきた。その声は、俺にとっては聞きなれていた声で、そして懐かしい声だった。

 

 門の扉をゆっくりと開け、敷地内へと入る。舗装されている開けた場所の先には大きな建物が、篠ノ之道場がそこにはあった。

 門のから正面にあたる扉が少し開いており、中で試合をしている姿がちらりと見えた。俺は道場まで素早くかけ、身を隠し中の様子を確認した。道場内には試合をしている人物以外に人影はなく、”気”の溢れる両者の声で響き渡っていた。やがて、その試合は面への鋭い一閃によって終わりを告げた。

 

「「ありがとうございました」」

 

 竹刀を収め、試合をしていた両者は礼をする。その姿を、俺は昔の小学生の頃の記憶をたどりながら見ていた。

 俺とあいつが知り合ったきっかけでもある剣道。守られる立場ではなく、守る立場でありたいという幼いころの願いを叶えるために、千冬姉のように強くなるために、俺は千冬姉の伝手もあって篠ノ之道場へと通い始めた。

 

「だいぶいい感じになってきたな」

 

 勝利をもぎ取った偽物の俺が防具の面を脱ぎ、額の汗を拭く。

 

「ああ、一夏もな」

 

 そして、その相手をしていた箒も防具の面を脱いで爽やかな笑顔で答えた。そして両者はやれこれから掃除をするだの、やれ朝食は箒の好物を作るだの、と何とも仲睦まじい姿を見せていた。

 

 おかしい…。

 俺は二人のやり取りを聞いて、並ならぬ違和感を覚えた。確かに、今の箒の様子はおかしい。今までの彼女では考えられないくらいに落ち着いた雰囲気を出していた。それにむすっとしたいつもの仏頂面ではなく、頬の筋肉がほぐれた笑顔で偽物の俺と楽しげに会話をしているのだ。

 

 いっつもあんなにニコニコとしてないのに…。なんだよ…。

 

 箒もそうなのだが、偽物の俺の様子もおかしい。

 これまで遭遇してきた偽物たちは、どちらかといえば犯罪行為をしている危険な奴らだった。鈴をはじめとしてみんなに何のためらいもなく危害を加える、そんな奴らだった。しかし、今俺の目の前にいる偽物はそうではない。あいつは箒に対して優しく接しており、今までの奴らとは全く別行動をしていたのだ。二人で仲良くモップで道場の掃除をしている様子を見て、眉間にしわが寄る。

 

 どうしてだよ。どうして、お前は俺と話すときにそんな顔をしてくれないんだ?俺が何をしたっていうんだよ。俺の何がいけないんだ?どうして、なんであんなに優しそうに…幸せそうに話すんだよ、これじゃあまるで偽物のほうが…。

 

 

 

 

 _____まるで夫婦みたいね。

 

 

 

 頬をなでるような優しく吹く風の音に俺は我に返る。

 何を考えているんだ、俺は。あの偽物のせいで箒は今、このシステム内に囚われているんだ。俺の視線の先には、笑顔を振りまいている偽物が映っていた。

 

 

 

 _____じゃあどうする?

 

 

 

 決まっている。

 俺が俺であることを証明するまでだ!

 

 

 

 

 

「ん、誰だ?本日の道場は休みだが」

 

 軽く開けられていた道場の扉を大胆に開けると、箒が掃除をする手を止めてこちらを向く。

 

「あー、えっと。道場破りだ!」

 

「何?」

 

「ここに俺…じゃない織斑一夏がいると聞いている。ぜひ手合わせ願いたい」

 

 目的はただ一つ。偽物の俺をぶちのめす。ただそれだけだ。

 

「ほう…」

 

 箒の近くにいた偽物が偉そうに上から目線で感心する。

 

「言っておくが、一夏は師範代である私と同等の実力者だ。貴様のような道場破りなどに負けるはずがない」

 

「それはやってみないと分からないぜ、箒」

 

 そしてすぐに、偽物の俺と剣道による試合を行うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一本!」

 

 私は右手を上げ、試合が終わったことを宣言した。

 一夏は挑戦者に対しての鋭い突きを放った。さすがと言ってもいい。本当に腕を上げたものだ。私は心の中で感心した。

 

「くぅ…もう一回だ!」

 

 地面にへこたれていた見知らぬ挑戦者は、またも負けじともう一戦申し込む。

 

「どうする一夏?もう…」

 

 正直に言えば、今私はお腹が空いていた。朝早くに起きて、朝練を行ってからしばらく経つ。まだ少し肌寒かったにも関わらず、気づけば既に外では日光が強さを増し、気温を上げつつあった。一体何戦しただろうか?一夏が連勝を続けて、かなりの時間が経過していた。

 

「うーん…。確かにそうだな、箒もお腹空いているだろうし、朝食にするか」

 

 一夏は私の考えを読み取ったかのように同調すると、面を脱ぎ始める。

 

「おい待てよ!まだ…」

 

「君、朝食は食べたかい?」

 

「はあ?」

 

 一夏が優しく問いかけると、地面にへばっていた挑戦者は苛立ち始めた。

 

「その様子なら朝食は食べてないようだね。ダメだよ、朝食を抜いては。いくら道場破りとはいえ、それなら万全の体制で挑めないじゃないか、違うかい?」

 

「何を勝手に…」

 

「すまない箒、悪いけど簡単な朝食を作ってくるよ。この挑戦者くんも含めて三人分」

 

 立ち上がり、嚙みつくように吠える挑戦者を無視した一夏は防具を全て脱ぐ。

 

「ああ、了解した」

 

 一夏はとんだお人よしだな。

 彼の提案に思わず笑みをこぼす。いくら道場が休みとはいえ訪れた人物が、ただでさえ道場破りと称するやつの分の朝食を作るなんて。普通ならこんな非常識な奴を追い返していただろうが、私は一夏を見習わなければならないだろう。これがきっと剣道を嗜む者としての、道場を切り盛りしていく者としての器の大きさなのだろう。

 

 一夏が道場から出ていき、この場には私とあの挑戦者が残っていた。こいつが開け放った扉から暖かな日の光とともに、そよ風が道場に吹いてくる。

 一夏の行動を唖然と見ていた挑戦者は、ぶつくさと調子がどうのこうのとぼやき、その場に胡坐をかいてしゃがみこんだ。そして、考え込むように何かを思念し始める。

 

 

 私も彼に倣い、とりあえずその場で正座をする。

 道場内には草木がこすれ合う音が聞こえるだけで、それ以外の音は何一つ聞こえなかった。

 

 気まずい。それが私の本心だった。私は目のやりどころに困っていた。

 私はあいにく、一夏ほど社交性は高くない。見知らぬやつと道場で二人きり。この何もしない時間がきつくてたまらなかった。声をかけようにも、道場破りと称する見知らぬやつになど…。

 

 それにしても、一体こいつは何なんだ…?

 ふとそんな疑問が浮かぶ。いきなり休み中の道場に現れたかと思えば、こいつは道場破りだと声高に叫ぶものの、実力は一夏には程遠い。いや、足元にも及ばないだろう。この程度の実力で一夏に勝とうなどと。

 

 しかし、私はどこかこの挑戦者に対して懐かしさを感じていた。忘れられた記憶の中に眠る何かが私に訴えかける。負けても向っていくこの姿は誰だったろうか…。

 

 挑戦者に興味を持った私は、こいつに話しかけることにした。

 

「…少しいいか?」

 

 白い面を被った奴はそのままこちらを向く。日の光によって面の中の様子は見えなかった。

 

「なぜ一夏に挑戦しようとする?」

 

 そいつは頭を下げて、考え込む。

 そして、ぽつりとつぶやく。

 

「助けたい人がいるんだ」

 

「助けたい人…?」

 

 そいつは肯定しつつ、言葉を続ける。

 

「本人は今の状況に気づいていないんだ。多分、今この瞬間に満足しちまっていると思う。ずっとそのままであり続けたいと思っている。けど、それじゃあダメなんだ。これはきっと本人が望んでいないことだ」

 

「望んでいないこと…」

 

「いや、もしかしたら望んでいると思う。こうでありたい。こうなりたいって。でもそれはそいつじゃない。あいつはもっと、ずっと心の芯が強いやつだ。自分や他人に厳しく、常に前を見続ける。日々努力し続けるやつだ。ぬるま湯につかって満足するような、心の弱いやつじゃない。だから俺はそいつを助けたい。いや、助けなきゃいけないんだ。それが、俺の役目。俺がなすべきことだ」

 

「ならなぜ…」

 

「だから、俺も俺を、織斑一夏を倒さなければならない。俺が俺であるために、前に進むために」

 

 助けたい人がいる。白いやつはそう言った。私はこいつの言葉にどこか引っかかるところがあった。なんだろう、こいつとは昔どこかであったようなそんな気がする。懐かしい感情が私の中で芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、箒?ぼうっとして」

 

 一夏はおにぎりを頬張りながら私の顔を覗き込む。

 

「い、いや何でも…ない…」

 

 一夏の顔をそらしながら、塩味のきいた一夏のおにぎりにかぶりついた。中身の具は鮭だった。ほどよく味付けされた鮭と香りを引き立たせる海苔が私の鼻腔をつく。簡単に作ったといっても手の込まれた美味しい朝食だった。

 

「にしても、頑固だな。あの人も」

 

 一夏は道場の入口にいる白いやつに目線を向ける。そいつは渋々一夏からおにぎりとペットボトルのお茶を受け取ると、こちらに背を向けるように入口付近まで移動していった。一緒に朝食を食べようと気軽に誘うも、白いやつはそれを拒んだのだった。

 一夏の作ったおにぎりはしっかりと食べているようで、面だけを外して外の景色を見ながらおにぎりを食べていた。

 

「せっかくだからあの人のことを知りたかったのに、残念だ」

 

「ああ、そうだな…」

 

 私の耳には全くと言っていいほど一夏の言葉が入ってこなかった。なぜだろう。今の一夏の声が透けて聞こえてくる。

 あの白いやつは助けたい人がいる。そう言った。その人物が一体誰のことなのかは私にはわからない。けど、彼のその姿勢はどこか私に深く突き刺さる言葉だった。

 私はあの白いやつのような人物に会ったことがある。そんな気がした。自分より強い相手でもめげずに立ち向かい、果敢に挑戦する。たとえそれが無謀だったとしても、変わらないその姿。どこかで…。

 私の視線は、竹刀を持って何か考え込む彼の後姿を誰かに重ねていた。

 

 

 

 

「はじめっ!」

 

 気づけば再び一夏への挑戦が始まっていた。

 私の頭の中は、この白いやつのことでいっぱいだった。なぜそこまで一夏に挑むのか、なぜめげないのか、なぜ…。

 

 白いやつは、一夏の放った一閃に対応できずに胴に一本もらう。

 

「…一本!」

 

 ふと我に返り、忘れかけていた審判としての役割を全うする。

 

「まだだ!」

 

 白いやつは再び立ち上がり、竹刀を一夏に向ける。

 

「ああ、何度でも俺に向かってくるといい。俺は君の挑戦を何度でも受けてやる」

 

 一夏は腰に手を当てて、どこか楽しそうに話す。

 

「俺は、お前を倒すまで諦めないからな!」

 

 白いやつが吠える。敵いもしない相手に何度でも。

 

 

 

 

『箒、行ってくる』

 

 あの時もそうだった。セシリアに勝てる見込みが少なかったのにも関わらず、試合までの期間が限られていたものであったのに、あいつは自信満々に私にそう言った。

 

 

 

『やります!俺がやってみせます!』

 

 未知なる敵に一夏は戸惑っていた。初めての環境だった。周りで一つ浮いていたあいつは、皆の期待に応えるべく立ち向かっていた。

 

 

 

『じゃあ、行ってくる。まだ、終わっていないもんな』

 

 皆の危機に一夏はめげなかった。朝日に照らされた岸壁の上で、私は泣いていた。一夏が無事だったことに安堵していた。一度は負けた福音にも、あいつは再び福音を止めるべく、挑んでいった。その姿を見て私は嬉しかった。どんなことにもあきらめずに立ち向かう。一夏はそんなやつだ。実力は確かに乏しい。きっとあいつもそのことを理解しているだろう。でも一夏は挑み続けるんだ、そして戦い続ける一夏とともに私も一緒に戦いたかった。

 

 私の知っている一夏はあんなに強くもない。それに、今の自分に慢心しているうぬぼれたやつでもない。

 私の、私の知っている一夏は負けず嫌いで、馬鹿みたいにお人好しで、諦めの悪いどうしようもないやつだ。そんな一夏が、私の憧れで、私の大好きな一夏だ。

 

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 一夏の放った一撃が、動きが鈍ったもう一人の一夏の面へと放たれる。

 

 

「一夏…」

 

 私は無意識に彼の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん…」

 

 私は目を開け、体を起こした。すると、私を囲むようにみんなが私を見ていた。

 

「箒!」

 

 シャルロットが私の名前を呼ぶ。そして鈴やセシリア、ラウラが笑顔で私のことを心配そうに話しかける。

 

「箒…戻ってこられたのね!」

「お体に何か変なところはありませんこと?」

「無事に戻ってこられたのだな」

 

「みんな…」

 

 そして、私は今まで何をしていたのかを思い出した。IS学園のシステムを取り戻すべく、電脳ダイブというやつをして、そして…。

 その時、私はあることを思い出した。

 

「い、一夏は!?」

 

 そうだ、私と電脳世界の中であったというならば、あいつは…。

 

「一夏は、まだ電脳ダイブ中よ、クリスタを助けるためにね」

 

 鈴の言葉に私は我に返る。

 ベッドから立ち上がり、左側にあるはずのベッドへと視線を向ける。そこには、いまだに眠り続けるクリスタの姿と、その隣に寝そべる一夏の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう…」

 

 俺は目を開け、その場から体を起こす。

 周りを見渡すと、そこはアクセスルームだった。

 アクセスルーム。IS学園の地下にある施設。そこで俺は、電脳ダイブをさせられて、そして…。

 

 そうだ。さっきは箒を助け出したのだ。試合を重ねるうちに、動きの鈍ってきた偽物の隙を付いてどうにか倒すことができた。

 今までとは異なる俺だったことに戸惑っていたが今はそんなことどうでもいい。これでどうにか()を助けることができたんだ。俺はそのことに安堵する。それにしても、と俺は周りを見てみる。俺の寝そべられていたベッドの他の5か所には誰もおらず、上の指令室っぽいところにも誰もいなかった。

 

 なんだよ、皆を助けていたのに俺は置いてけぼりなのかよ…。

 あ、でもきっと楯無さんの見舞いに行っているのかもしれない。銃でお腹を撃たれていたから…。大丈夫だろうか。とりあえず、保健室へと向かおう。

 考えを切り替えた俺は、ベッドから立ち上がり自動ドアへと目指す。確か、白式のデータに地図情報があったよな…。左手にある白式に触ろうとする。

 

 あれ?

 

 俺の左手には白式の待機状態であるガントレットはなく、俺の右手は何もない左腕をこすっているだけだった。おかしいな?まあなくても大丈夫か。

 

 センサーに反応して自動ドアが開かれる。

 明かりの付いた廊下に出た俺は左右の道を見渡す。すると、左側の道に見知っている人物が歩いていた。綺麗なプラチナブロンドをしているその人物はゆっくりと道の真ん中を歩いていた。

 俺は思わず、彼女を追いかけようと後をつける。

 

「おーい、クリスタ!」

 

 俺は彼女の名前を呼んだ。

 しかし、クリスタはこちらを向かずそのまま歩き続ける。この人気のない、しかも静かな場所で聞こえないはずはない。

 

「なんで無視するんだよ!」

 

 俺はその場で立ち止まり、叫ぶ。そして、もう一度彼女の名前を呼ぼうとした。

 しかし、俺は名前を呼ぶことができなかった。

 

 俺は胸に強い衝撃が、胸を強く叩かれたような衝撃を受けた。同時にクリスタがこちらを振り向いて、右手を真っ直ぐに伸ばしている。その手には、黒く光る銃が握られていた。

 

 え?

 

 

 視界がぐらついた。ぐにゃりと目の前の風景が混ぜ合わさり、次から次へと新たな模様を作り出す。前に歩こうにも俺は前に進めなかった。

 俺は天井を向いていた。

 

 一体何が…?

 

 

 天井の光を覆い隠すように何かが現れた。

 はっきりとしない視界が一瞬、焦点を合わせる。プラチナブロンドの幼い女の子が俺をみつめる。

 その子は口を開き、呟く。だが、何を言っているかわからない。わかっているとすれば、右手には黒いものが、左手には白く光る何かがあって。

 そして、黄金に光るものが俺の視界に入って。

 次の瞬間、視界が真っ暗になった。

 

 お     いな    の   

 

 あ

 

 

 ぬ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう…」

 

 俺は目を開け、体を起こす。

 周りを見渡すと、俺は床に寝そべられていた。硬く、何かでコーティングされた床に寝ていたせいか、背中がキリキリと痛む。

 俺はどこかの管制室っぽいところにいた。右側には、ガラス張りの窓が大きくあり、何かを操作する機械が多くあった。そして、部屋の中央にはよくSFとかで見る司令官の座るような豪華な椅子があり、その傍らにある広いテーブルには湯気を立てているコーヒーメーカーと白い二つのコーヒーカップが置かれていた。

 

「おや、お目覚めかい?」

 

 豪華な椅子に座っていた白衣を着ている人物が椅子から立ち上がる。そして、こちらを振り返った。

 

「こんにちは、もう一人の僕」

 

 白衣を着ている人物、もう一つの俺。いや、偽物の俺が偉そうにニコニコと語りかけてきた。

 

 

 



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第38話 もう一人の俺

「はあ?」

 

 俺はあまりにも信じられず、聞き返した。

 

「あれ?聞こえなかったかい?君は一回死んだんだよ。命が断たれたの。ああ、でも大丈夫!ここだと君は厳密には死なないから安心して」

 

 俺の目の前にいるもう一人の俺、いや俺の姿を真似ただけの偽物の俺が軽々しく俺が死んだといい始めた。

 そもそも、俺はこの見知らぬ場所に来る前にどこにいただろうか。たしか俺は箒を助け出した後…。

 

「思い出したかい?」

 

 偽物の俺は白い歯を見せ、胸に手を当てている俺にヘラヘラと笑いかけてくる。正直、こういう馴れ馴れしいパターンの俺もうざったく見えてくる。

 

「君は銃で撃たれたんだ。そして、殺された」

 

 正直に言えば、俺が死んだときのことの感覚は曖昧にしか覚えていない。何せ一瞬のことだったんだ。

 だがあの時の記憶を思い出すことはあまりやりたくない。体が熱くなり、言葉で言い合わらすことができないような激痛、平衡感覚がなくなりごちゃ混ぜになる視界。なぜか胸が締め付けられるように苦しい。息が上がり、足に力が入らない。あんな思いは二度も体験したくない。あれが死ぬっていうことなのか?

 

「クリスタ・ハーゼンバインに」

 

 

 

 

 

「いやー、君は記憶がないだろうけどあの後すごかったからね!心臓に二発撃っているにもかかわらず、そのあと容赦なく頭を…」

 

「おい」

 

 偽物の俺は俺の死を楽しげに話していた。正直気味が悪い。

 

「ここはどこだよ?というか、()()()()は誰だ?何が目的だ?」

 

 気づけば謎の動悸は収まっていた。ゆっくりとその場に立ち上がり、偽物の話を遮るように質問をすると、そいつは口を開けたまま俺を見て固まる。そして、ゆっくりとそいつは目と口を閉じて、鼻からおもいっきり息を吸い込み始めた。

 

「すまない。ついつい興奮してしまうのは僕の悪い癖で…。互いに落ち着こう。そうだ、コーヒー飲む?」

 

 偽物の俺は、近くに置いてあったコーヒーメーカーとコーヒーカップを指さした。

 

 

 

 

 

 この部屋には、それといった設備はなさそうだった。強いて言えば、何も映っていないモニターに、ガラス張りの窓があるくらいだ。まあ窓は何かのコーティングがされているようで、外の様子は全く見えないのだが。俺の記憶の中では、アリーナにある管制室の内装と酷似していた。

 

「誰が敵の言うことに従うんだよ」

 

 そもそも、偽物の俺を倒すのが電脳ダイブをした俺の目的だ。なんでそんな敵と一緒にコーヒーを飲んで休まないといけない。

 

「そうか、確かに君の言う通りだ…」

 

 偽物の俺は考え込むように腕を組み、顎に手をあてる。

 

「先に言っておくけど、僕は君の敵じゃない」

 

「…はあ?」

 

「どちらかと言えば、僕は君の味方に近い」

 

 何を言っているんだこいつは?

 

「確かに君はこれまで、数多くの僕と会ってきた。そして何度も争ってきた。でも、いまの僕は君へ攻撃しようとは思わない。実際に襲いかかっていないだろう?」

 

 

 こいつの言う通り俺は箒の時を除けば、偽物の俺は俺の姿を見た瞬間襲いかかってきた。そう考えると今目の前にいる偽物の俺は、少しは知性があるように見える。というか結構なおしゃべりだ。

 

「まだ疑っているの?…仕方ないなぁ。よし、これを君にあげよう」

 

 偽物の俺は指を鳴らすとそのまま右腕を伸ばし、手のひらを上にした。すると、その手のひらにはゆっくりと回転し、青く光る立方体が出現した。

 

「…なんだそれ?」

 

「これにはね、僕が調べ上げたものなんだけど…。今回の君のところの友人をこの世界に招き入れた人物の詳細な情報が詰まったデータマテリアルだ」

 

「なに!?」

 

 犯人を調べ上げた!?いったい何者なんだ、こいつは。

 

「お前、それどうやって…」

 

「まあまあいいじゃない、細かい事は。それよりも、証拠にこのサンプルデータを君にあげよう」

 

 偽物の俺は左手で立方体を操作し始める。今までよりも強く光り始めた立方体は形を変化させると、細胞分裂のように自分自身の体が二つに分かれ、小さなオブジェクトを作り出した。同じく青い、ひし形のオブジェクトが生き生きとその場で回転し始めた。

 

 

「左手を出してもらっていい?」

 

 仕方なく、俺は言われたとおりにあいつと同じように手のひらを上にして左腕を伸ばす。偽物の俺は俺の方へ指で送る動作をすると、そのオブジェクトはゆっくりと滑るように俺の左手へと移動し、手のひらに綺麗に収まった。偽物の俺へと視線を送ると、そいつはうなずき指で触るようなジェスチャーをした。

 渋々、手の上にあるオブジェクトに触るとISに乗っているときのように目の前に画面が表示された。

 

「黒…鍵?」

 

 それはISのデータだった。全くもって見たことも聞いたこともないISだ。装甲の材質や装備などのよく見るスペックデータが表示されている。そして、そのISのデータには奇妙なワードが表示されていた。

 

「ワールド・パージ?」

 

 武装の項目には、そう表示されていた。これは読み仮名を読んだだけで、実際には漢字で『分離解体の世界』と書かれていた。

 

「ああ、そのことは後で説明するよ」

 

 偽物の俺は青く光る立方体をしまいながら言う。しまうと言っても、手で握りつぶすことで青い結晶は跡形もなく消え去っていた。

 

「ちなみに、このデータマテリアルにはこの世界を作り出した人物の位置情報やら数時間後の行動予測もふんだんに盛り込んでいるからね。結構な大特価だと思うよ」

 

 もはや言葉にならない。それが今の俺の心境だ。なぜそこまでできるのか…。

 しかし、俺は少し疑問に思ったことがある。

 

「この情報とやらの信ぴょう性はあるのかよ?」

 

 結局はそうなってくる。確かに偽物の俺が言っていることが本当ならば、俺たちIS学園側にとって重要な情報になるだろう。だが、今俺の手元にあるこの情報が本当の情報だと俺はイマイチ信じられない。嘘だっていう可能性もある。

 

「はあ…。ほんと、つくづく説得というものの難しさを痛感するよ」

 

 偽物の俺は両手を広げ、ため息を吐く。そして、そいつは白衣の内ポケットから何かを取り出す。手には黒い拳銃があった。

 

「ああ、安心して。御覧の通り、弾倉は抜いている」

 

 偽物の俺は右手には銃を、左手には弾倉が握られていた。

 

「君の目的はこの世界の織斑一夏を倒すことなのは知っている。現に僕も君に何度も殺されているからね。目的を果たせられれば僕はきっちりと死ぬから」

 

 そして、偽物の俺は弾倉を銃へと装填し、ガラス窓の方へと向ける。次の瞬間、部屋全体を震わせるような大きな発砲音が聞こえてきた。

 銃から放たれた弾丸はガラス窓へと直撃し、ガラスに亀裂を作り出した。偽物の俺は慣れた手つきで、再び弾倉を取り外す。

 

「もし君が僕を信用して、僕の条件を呑んでくれるならこれらを渡そうと思う。もし僕が君に危害を加えるようなことをしたら遠慮なくこれをぶっ放してくれ」

 

 偽物の俺は銃を指で突っつきながら、落ち着いた様子で話し始める。

 

「条件ってなんだよ?」

 

「僕は君とお話がしたいんだ。ただそれだけだ」

 

「それだけ…?」

 

 意味がわからない。

 俺の気持ちを端的に表現するならば、この一言に尽きる。全く相手の意図がつかめない。これまで俺に襲いかかってきたくせに何を言い出すかと思えば。

 

「ああ。それだけだ」

 

 偽物の俺は自信ありげにうなずく。

 

「…。なんで、そこまでして俺を信用しようとする?もし俺がお前からその拳銃を受け取った時に、お前を撃ち殺してしまうかもしれないんだぞ?」

 

 偽物の俺はそうだね、と顎に手を当てて考え始める。

 

「そんなことはしないよ。だって君も織斑一夏なんだから。僕の知っている織斑一夏は狡猾で人をだますようなことをしない。それに、君はこの世界を知りたがっている。この世界がどんな場所で、なぜ織斑一夏が目の前に現れているのか」

 

 そいつの顔は真剣そのものだった。落ち着いた雰囲気で偽物の俺は、俺と同じ声を発する。

 

 確かに俺はこの世界のことが気になっている。これまでの話しぶりから、こいつから何か知っているのだろう。この世界のことや犯人、そしておかしな行動をしているクリスタのことを。

 相手のペースに乗せられている感覚を覚えつつも俺は渋々、このおしゃべりの条件を呑むことにした。

 

 

 

 

 

 

「君はブラック飲めるかい?」

 

「え?え、ええ…まあそれなりに」

 

 おしゃべりはどこからともなく、カフェテリアセットを取り出した。目の前にある白いテーブルや今座っている白い椅子。どこか、お店によくある洒落ているものだった。とりあえず、おしゃべりから受け取った銃はテーブルの上に置いておくことにした。…まあ銃の使い方はラウラから教わっていたから撃てないことはない。

 ちなみに、黒鍵とやらの情報は俺の手元にはなかった。どうも、俺の白式本体にその情報が送られたらしく、千冬姉たちに伝達される仕組みになっているようだ。

 

「はい、どうぞ」

 

「…どうも」

 

 おしゃべりは俺の目の前にコーヒーを置く。きちんとコーヒーカップの下にはソーサーが置かれていた。これも気品のあるというか、高価なものっぽいやつだ。

 

「残念ながら菓子は用意できないんだ、ごめんね」

 

 おしゃべりは苦笑いしながら俺の向かいの席に座る。俺は渋々、おしゃべりが淹れたコーヒーカップを手に取る。…ブラックって飲んだことないんだよなぁ。思い切ってそれを口に含むと、口の中全体に苦みが広がる。正直言って慣れない味だ。よく香りを楽しむとかって聞くが、俺にとっては全然楽しめない。だが、我慢してそれを飲み込んだ。

 俺がコーヒーを飲んだ様子を見てから、おしゃべりは満足げな表情を浮かべて優雅にコーヒーを飲み始めた。

 

「僕の淹れたコーヒーを飲むのがそんなに不満かい?」

 

「…何でこの世界で、しかも俺そっくりなやつとコーヒーを飲み合わないといけないんだよ」

 

「まあまあ、そうカッカしないで。こういうのは雰囲気を楽しむものだよ」

 

「一方的に楽しさを押し付けられても困る」

 

「そうか…それは残念だ」

 

 おしゃべりは苦笑いをして、コーヒーカップをソーサーに置いた。

 

「さて、本題に入るか」

 

 おしゃべりは手を組んで俺の瞳をじっと見つめる。

 何というか、不思議な感覚だった。まるで、鏡の前で一人だけで話をしているように見えるのだ。

 

「そうだね、まず今いるこの世界についての話を始めようか」

 

 おしゃべりはとても楽しげに、笑みを浮かべながら話し始めた。

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

「どうしたんだい?」

 

「その前に教えてくれ。…お前は誰だ?何者だ?」

 

 そいつは一呼吸おいて、口を開いた。

 

「僕は織斑一夏だよ」

 

「…はあ」

 

「見てわからないかい?君も織斑一夏なら、僕も織斑一夏だって理解しているはずだよ」

 

 確かにみてくれは俺そっくりなのは理解している。だが、それは俺ではない。

 

「そうだね、こんな話はどうだろう。僕がよく遊んでいたゲームの『IS/VS』ではテンペスタがお気に入りだ。使いやすいチャージ射撃や一定の体力まで減った時に発動するハイパーモードで一掃するのが楽しいんだよね。それにしても、弾が頑なに玄人向けの打鉄を使い続けているのに、一向に上手くならないのは不思議に思うよ」

 

「なっ、なんでそんなことを…」

 

 目の前にいるこいつの言葉に俺は動揺させられた。

『インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ』のことはIS学園にいる連中には一言も話していない。そもそも、なんで弾のことまで…。

 

「まだ不満かい?なら千冬姉について話すか。千冬姉は相変わらずだから実家に帰省したらよく身の回りの世話をしているよ。だからか、千冬姉の下着のサイズはどれくらいかよく覚えてしまっていてね。学園で再会した以前よりもサイズが増えていたことには驚いたな。今のサイズは上が88で…」

 

「ふんっ!」

 

 もうこれ以上、俺の秘密をえぐられたくなかった。

 俺は恥ずかしさのあまり、頭をテーブルに打ちつける。がたんと大きな音が鳴り、テーブルの上に置かれていたコーヒーカップが揺れる音も聞こえてきた。

 

「…。どうしたんだい?」

 

「もうそれ以上はいい。というか言うな!」

 

 改めて思った。やはり偽物の俺は俺の精神を抉ってくる。それも大胆に。俺は見上げるようにおしゃべりの顔を見て、にらみつける。

 

「それと、勝手に千冬姉って呼ぶんじゃねぇ」

 

 なにより俺以外が千冬姉呼びをすることが癪に障る。

 

「…とまあこんな感じで僕は織斑一夏だ。理解してもらえたかい?」

 

「理解できるか!」

 

 何勝手に俺だけが知っている記憶を言いふらして、俺になろうとするんだよ。

 

「仮にお前が織斑一夏だとして、誰がそれを証明するんだよ。何より周りの皆がお前は織斑一夏だと言わねえ」

 

 こんなやつが織斑一夏だと皆は絶対に言わない。

 

「そうだ、それだよ!」

 

「はあ?」

 

 急におしゃべりは息を荒げる。

 

「結局、自分という存在を確立させるには他者の存在が必要なんだ」

 

「何言っているんだ、お前」

 

「確かに僕は織斑一夏であっても織斑一夏ではない。君の言う通り、現実世界に戻ったら君が織斑一夏となる。だって僕には、君のような僕が織斑一夏だと証言してくれる他者の存在が現実世界にはいない」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 とりあえずおしゃべりの言うことを肯定しておく。こいつの話している姿はなんとも嬉しそうに見えた。よく息継ぎなしでこんなにペラペラ喋れるもんだ。

 

「他の自我を持ち合わせている者が自分という存在を認めることで、社会が、周りの環境がそれを認めることで初めて、自分という存在が確立すると思うんだ」

 

「別にそんなことわざわざ言わなくても…」

 

「じゃあ、例え話をしようか。僕が君をこの場で殺めて、現実世界の存在もろとも抹消したとしよう。まあ、ここは電脳世界だし君の存在は消えないけどね」

 

「ああ、仮の話な」

 

「僕は君の姿そのままだし、記憶も持ち合わせている。性格も行動パターンも把握している。そんな僕が現実世界でいなくなった君の代わりに現れたとしよう。そしたらどうなると思う?」

 

「みんなとそのまま生活をするってか?」

 

「その通り。周りの他者は僕という織斑一夏の存在を認め、そのまま現実世界に溶け込むだろう」

 

「そんなの机上の空論にすぎねぇだろ。きっと誰かが違和感を覚えるはずだ」

 

「そうだね、大部分の他者は気づかずに生き続けるだろうけど、君の親しい人物ならば小さな変化に気づくだろうね」

 

「結局何が言いたい?」

 

「つまりは、自分という存在は自分自身しかわからないっていうことだよ」

 

 結局こいつの言いたいことは何一つとして理解できなかった。聞いているだけで疲れる。

 

 

 

 

 

「そろそろ俺の質問に答えてほしいんだが」

 

「おっとすまない。つい別の話に夢中になってしまったね」

 

 おしゃべりはありがとうと礼を言うと、優雅にコーヒーを飲む。

 

「僕がだれかっていう話だよね」

 

「ああ、そうだ」

 

「僕はいわば、監視役のような存在だよ」

 

「はあ、答えになってないぞ」

 

 監視役?一体どういうことだ?

 

「僕はさっき君に渡したデータにあった“黒鍵”によって作られた存在だ。現実世界に肉体を持たない仮初めの存在、このIS学園のネットワーク上にしか存在できない悲しい存在だ」

 

 おしゃべりはコーヒーがなくなったのか、コーヒーメーカーのある所まで歩いていく。

 

「僕の存在を君に説明するには、先にこの世界の説明をした方が良い。そのほうが理解しやすいと思うんだ」

 

 

 

 

 

 

 カップに新たにコーヒーが注がれたことで、部屋中に匂いが充満する。その時俺は、ふとIS学園の職員室のことを思い出してしまった。あの時と似ていたのだ。

 

「さて、いきなりだけれど君はこの世界はどんな場所だと思う?」

 

 偽物の俺は向かいの席に腰かけると、俺に問いかけてくる。

 

「さあ…電脳世界としか」

 

「なるほどね。んで、この世界の正体なのだけれども…この世界はクリスタ・ハーゼンバインが作り出した世界だ」

 

「はあ、クリスタがか?」

 

 ますます意味が分からない。そんなことできるわけないだろう。

 

「正確に言えば、黒鍵が発端となって出来上がった世界だよ」

 

 黒鍵…箒たちをシステム内に閉じ込めたっていうあいつか。

 

「その黒鍵ってやつは何をしたんだ?」

 

「IS学園のシステム内に侵入した黒鍵は、自身を排除する動きに出ていた電脳ダイブを行った彼女らの精神に直接アクセスしたんだ」

 

「はあ?なんだそれ」

 

 どういうことだ?精神にアクセス?

 

「そして、心の奥底に秘めていた願望や渇望する夢を見せることで、黒鍵と接触させないようにしたんだ。いわば、この世界はクリスタ・ハーゼンバインが見ている夢といっても過言ではない」

 

「ここが、夢の世界…?」

 

「そう、ここが電脳世界であることもあって、彼女たちは自分たちが自由に思い描く夢を見続けていたんだよ。正確には彼女たちが電脳ダイブを行なったことによって形成された、個人データを媒体として夢をIS学園のシステム内に形成させたんだ。黒鍵と接触されないようにね」

 

 IS学園のシステム内に夢を作り出した?そんなことが可能なのかよ!

 

「さて黒鍵は、ISネットワークを通して彼女たちIS操縦者へ精神に直接アクセスし、このような出来事が起きてしまったわけだが」

 

 偽物の俺は白い歯を見せて、にやりと笑う。

 

「なんで、ISネットワークと操縦者との間にこのような道筋が作られていると思う?」

 

「なんでって。知るかよそんなこと」

 

 急にISの仕組みについて聞かれても俺は答えられない。

 

「僕はね、これは操縦者とISとがコミュニケーションをとるためだと思っているんだ」

 

「コミュニケーション?」

 

「ああ、そうだ。君も一度は聞いたことがあるんじゃない?ISにも意思があるって」

 

 俺はこいつの言葉を聞いたときに、ふと頭の中に言葉がよぎる。

 

 

 

 

 

『雪羅を持っちゃっているあたり少しは、デレてくれたのかな?君に感化されたのかも』

 

『いいですか!もう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話___つまり、一緒に過ごした時間で分かり合うというか…』

 

 

 

 

 

「ISも操縦者と一緒に成長していくんだ。より一緒にいるだけ、より長い時間過ごすだけ操縦者が技術を身に着けていくみたいに、ISも操縦者の気持ちに応えようとする、分かり合おうとする。ISはモノじゃない、人とは対等な立場だ。使う、使われるという単純な関係ではないんだよ」

 

「ISが分かり合おうと…」

 

「そう。ISは機械であっても機械ではない。あの子らだって生きているんだ。たとえそれが訓練機でようが、実験機でようが同じこと。あの子らなりに、パートナーを理解しようとしているんだ。君にだってそういう経験はあるんじゃないかな?」

 

 偽物の俺は手を組みなおし、にやけ面で俺を見つめる。

 

「だからこそ、白式は第二次移行(セカンドシフト)したはずだ。君に応えようとしてね」

 

「…わかんねえよ、そんなこと」

 

「君には実感がないだろうけども、白式は君の想いに応えたくてそうなったはずだ。じゃないと、白式が新たな力を君に与えないわけがない」

 

 

 

 

 

 白式が第二次移行した時の事は、今となっては記憶の薄れたものになってしまっていた。だが、曖昧だからこそより印象強くあの時の出来事はより抽象化されて、思い出される。

 

 銀の福音に敗れたあの日。

 戦闘区域内にいた漁船を守ろうとして、そして箒を守ろうとして俺はあいつに負けた。意識を失って、目を覚ました時には白式は既に新たな力を得ていた。

 あのままでは終われない。みんなを守りたい。そんな気持ちで溢れていた。

 

 俺の気持ちに応えたっていうのか…白式?

 

 

 

「さて、話を戻そう。…こうして夢の世界を引きずり込ませると、黒鍵は次のステップへと進んだ」

 

「次のステップ?」

 

「そう。黒鍵はより作り出した夢の世界に彼女たちを居続けさせるために、彼女たちがより夢の世界を楽しんでもらうために、一人監視役を作り出した」

 

「それがお前らだってことか?」

 

 偽物の俺は俺の問いにうなずく。

 

「そして、その監視役は素晴らしいことに彼女たちが特に強い願望を抱いていた織斑一夏、君が選ばれたってわけ」

 

 え?

 一瞬俺の思考が停止する。

 

「おいおい、そんなに驚くことかい?ここの電脳世界にやってきた彼女たちが君にあれこれしてもらいたいと思っていたから、僕たち織斑一夏が君の前に現れたんだよ」

 

 つまり、俺がこれまで救ってきた世界っていうのがあいつらの願望だったのか。…ていうことは。

 

「おい、そしたらあいつらは俺にあの変な行為をされたいって思っていたのかよ!」

 

「…つまりはそういうことだね。だからこそ、凰鈴音は織斑一夏に襲いかかってもらいたかったわけで、シャルロット・デュノアも君との主従関係を望んでいた。それに…」

 

 俺は再び頭をテーブルに打ちつけた。

 

「嘘だろ…。そんな冗談はよしてくれ…」

 

「なぜそれほど落ち込んでいるんだい?君がこれほどまでに()()()()()()ってことじゃないか。むしろ喜ぶ…」

 

「いや喜べねぇよ!」

 

 

 

 待て待て!

 おかしいじゃないか!だって鈴やセシリア、シャルはあれほど怒っていたわけで…。

 

「彼女たちの考えていることは彼女たちにしかわからない。現実世界に戻った時にでも聞いてみてはどうかな?」

 

「聞けるか!そんなこと!」

 

 顔を上げた俺は、今度は両手をテーブルに打ちつけて抗議する。あいつらなりにいろいろと思うことはあるはずだ。…ほらそこはプライベートな部分だし。

 

 

「ならよ。クリスタは、あいつは、どう思っていたんだよ」

 

 ふとそんな疑問が浮かぶ。

 あいつはあんまり俺と関わりが少なく方だ。そもそも、クラスが違う。俺のことをどう思っているのだろうか?しかし、あいつの夢の中でも、偽物の俺がいた。

 

「彼女の場合は今までのパターンとちょっと違うかな?」

 

 夏はコーヒーカップを持つとじっくりとその香りを楽しみだした。とても満足げに笑みを浮かべているその表情は、俺からしてみれば憎たらしく見えてくる。

 

「彼女の場合は、誰彼構わず人を殺したいだけだね」

 

 

 

 

 



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第39話 帰る場所

 

 部屋はコーヒーの香りで充満していた。

 目の前に座っている偽物の俺は優雅に、香りを楽しみながらコーヒーを味わっていた。ソーサーを片手に持ち、一人余韻に浸っている。

 

 偽物から目を離し、俺は目の前にあるものに目を向ける。

 俺の分として用意されていたコーヒーは、湯気が立っておらずすっかり冷め切っていた。その周辺には俺がこぼしたコーヒーが散らばっており、その雫には何人もの俺の顔がぼんやりと映っている。その表情がどんな表情をしているのか、俺には見えなかった。

 

「彼女にとって殺す相手は誰でもいいんだ。人の形をしていて、血の通っている感情表現豊かな人間ならね。君は知らないだろうけど、既にこの施設内には不特定多数の人間(データ)がうようよしている。彼女に殺されるためにね。ただ、彼女も織斑一夏に想うところがあったんだろう。その想いがこうして()()()という形で反映されてしまっているんだ」

 

「…うっ嘘だ!クリスタがそんなことを思っているわけないだろ?だってあいつは…」

 

 偽物はゆっくりとソーサーとカップを置き、ため息をつく。

 

「クリスタ・ハーゼンバインは人を殺したいと思うはずがないってかい?」

 

「…」

 

「じゃあ、聞くけれど、君は彼女の何を知っているんだい?」

 

「何って言われても…」

 

 クリスタは隣のクラスにいる専用機持ちだ。新聞部に所属していて、ISの知識が豊富で整備とかが上手くて、それでもって大飯食らいで…。

 

「君は彼女が生まれてからずっと彼女を見守ってきたのかい?彼女がこれまでどのような人生を歩んで、どのように感じて、どのように育ってきたか分かるのかい?」

 

「そんなこと…」

 

「そう、他人を完全に理解することは困難に近い」

 

 偽物は手を組み、じっと俺の目を見てくる。

 

「人間同士がどれだけコミュニケーションを取ろうとしてもそれには限界がある。もちろん、長い年月をかけてじっくりと互いを理解しようとするならきっと可能になるだろう。だがそうじゃなければいくら口に出した所で、互いがペルソナを作り出してしまっているからにはその本心というものは見えてこない。所詮は上辺だけ生活をしているようなものだね」

 

 偽物はコーヒーカップをテーブルに置くと、その場に立ち上がった。

 

「君だってそうだよ。だからこそ彼女たちの望んだ夢の世界で、なぜ織斑一夏が現れたのか君は分からないだろう?」

 

 

 

 

 そいつは俺に背を向け、部屋の中心に置かれている豪華な椅子へと歩いていく。

 

「僕は黒鍵、ひいてはクリスタ・ハーゼンバインによって生み出された存在。それと同時に彼女の思考を元に作り出された監視役であり、この世界で認められた織斑一夏でもあり、そしてこの世界にやって来る邪魔者を排除するようプログラムされた存在」

 

 偽物は立ち止まるとこちらへと振り向く。その表情は、隠しようもない得意顔になっていた。

 

「だからクリスタの考えている事が分かるってか」

 

「そういうこと」

 

 やっと分かってくれたかい、と偽物はにやりと笑う。

 

「彼女は不思議な子だ。まるで何かに取り憑かれているかのようにこの施設内を徘徊し、そして道行く人を殺している」

 

「なんでそんなことをしているんだ?あいつは」

 

「さあ、なぜだろうね」

 

 俺が偽物に問いただすと偽物はしらばっくれた。偽物に大げさにリアクションを取り、分からないとアピールし始める。

 

「はあ?何言っているんだお前。だってさっき…」

 

「確かに僕ら織斑一夏は彼女らの個人データから作られたシステムの一部だ」

 

 でもね、とそいつは言葉を続ける。

 

「分からないんだ。彼女の意図が」

 

 なんだそれ?

 

「彼女には強い願望があったからこそ、この夢の世界が作り上げられた。でもね、すっぽりと抜け落ちているんだ。彼女をそうさせる原動力が」

 

「それって一体…」

 

「なぜ彼女がそうまでして施設にいる人間を皆殺しにするのか、彼女の内にその理由が秘められていないんだ。彼女はまるで僕たちと同じようだね」

 

「同じってどういうことだよ」

 

「彼女はロボットみたいに指示された命令を遂行しているように見える。その行動に意味なんて持っていない。ただ提示された目的のために動いている。システムの一部である僕から言わせてもらうと、生きながら彼女は死んでいるんだ」

 

 

 

 

 地面が大きく揺れ、コーヒーカップが音を鳴らし震わせた。

 甲高い警報のようなサイレンが響き渡る。音のする方へと視線を動かす。弾痕の残るガラス窓のその先で、大きな炎が囂々と燃え上がり全てを飲み込むかのようにその勢いを増していた。

 

「おい、ここは大丈夫なのかよ!」

 

 今でも少しだけ、足元が揺れていた。明らかに普通ではない。どこかで爆発でもしたのだろうか?

 

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ここは夢の世界だ、よくあることさ」

 

 偽物は一度、音の方へ顔を向けていたものの何事もなかったかのように会話を続ける。

 

「それにもう少しでこの話も終わる」

 

 先程よりも大きな揺れだった。小刻みな横揺れが俺たちに襲いかかる。椅子に座っていた俺はテーブルの縁にしがみついて揺れに備える。向かいに置かれていたコーヒーカップが揺れに耐えきれずに、テーブルを転がり地面へと落ちていった。

 

「僕が君に伝えられることはもう伝えきった。後は君に託すよ」

 

「託すって何の話だ!」

 

「僕にできなくて、君にならできること。…クリスタ・ハーゼンバインが救い出すことだよ」

 

 そんなことは言われなくてもわかっている。

 俺はテーブルに置いてあった銃を掴み取る。

 

「僕は最初の頃は、僕の行為が皆のためだって信じ切っていた。僕が彼女たちの夢の世界を支えることで、彼女たちが幸せになるって。でもそれは違った。僕は所詮システムによって監視役という足かせを嵌められていただけだったんだ。君と出会ってそれに気づくことができた」

 

 偽物はゆっくりと俺の方へと近づく。

 

「僕は黒鍵によって作り出されたシステムの一部だ。でも僕は織斑一夏でもある。僕のやってきた事が悪い方向に進む物だと気づいたとき、僕はシステムに縛られる事を拒否した。自分の正しいと思う方へと進むためにね。しかし、残念ながら僕から直接彼女をどうすることも出来ない。だから、僕はできる限りのことをしたつもりだ」

 

 再びゆっくりとした大きな横揺れが俺を襲う。すると、目の前に見えていた部屋の扉が突如として炎によって包み込まれ、部屋の中へと炎が入り込んでくる。

 

 偽物は俺の前にやって来るとその場に跪いた。

 

「彼女を救ってくれ。それが僕の願いだ」

 

 偽物は目を閉じて両手を握りしめ、祈るように俺に語りかけた。

 

「そのくらい分かっている。俺はそのためにここにいるんだ」

 

 炎が勢いを増し、燃え上がる。全身が燃え上がるように熱い。今にでも溶け出してしまいそうだった。

 

「最後に一つだけ君に伝えたいことがある」

 

「何だよ」

 

「君は勘違いしているようだけど、僕を倒しただけではこの世界は元に戻らない」

 

「はあ?どういうことだよ」

 

「この世界はいわば、おとぎ話のように出来ている。僕らが悪い魔女で、彼女たちが囚われた眠り姫。そして君が白馬の王子っていう具合にね」

 

 偽物はその場に立ち上がり、腰に手を当てる。

 

「悪い魔女を倒した所で物語が終わらない。眠り続けるお姫様を白馬の王子さまが起こしてあげないと。いや、現実世界ではないって気づかせてあげないといけない。そのためにも、この白衣を着ていくといい。きっと役に立つ」

 

 偽物はゆっくりと後ろに下がる。豪華な椅子の所まで下がりきると、偽物はそこで立ち止まった。

 

「これで本当にお別れだ。会えて良かったよ」

 

 偽物は何も持っていない右手を自身の頭へと持っていきまるで、銃を撃つようなポーズをとる。まさか…!

 

「さよなら、またどこかで会おう!」

 

 偽物は目を見開き、大声で叫ぶ。

 何もなかった右手には銃が握られており、何のためらいもなくその引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「何で俺に銃を渡したんだよ…」

 

 使い道のなくなった銃を持ちながら、偽物の俺がいた場所へと近づく。

 そこには、死体が残されていなかった。あったのは、それまであいつが着ていた白衣がセミの抜け殻のように残されているだけだった。

 

 部屋の温度が上昇し続ける中、さらに厚着をするっていうのは少々気が引ける。でもあいつが言うには、白馬の王子さまとやらの俺はこれを着ないといけないらしい。

 仕方なく、その白衣の袖を通していく。やはりとも言うべきか、俺の体のサイズに気持ち悪いほどぴったりと合っていた。俺の好きな柔軟剤の香りのする、まるで洗い立てのようであった。

 

「これを着たらどうなるんだ?」

 

 言われるがまま着てみたが、一体何が起きるのかがわからない。そう思っていると、急に床が滑り出した。

 

「おわっ!?」

 

 氷の上に立っていたみたいだった。

 俺の支える足が摩擦のない床に対応できず、そのままさらわれてしまう。視線ががくんと下がり、地面へと近づいていく。そして、気がつくと頭に強い衝撃が走り、視界が何も見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…か、一夏」

 

 

 澄んだ涼しい声だった。優しく、俺に語りかけてくる声だった。

 

「あっ…」

 

「ごめんね、わざわざ呼び出させちゃって」

 

 俺はどこかの部屋にいた。

 どこかっていうのは俺の記憶にないような場所だからだ。俺の後ろから夕陽が差し込み、部屋を紅く染め上げる。何かの絵画を模したような壁紙や、ずっしりと構えているアンティーク調の家具。人の手で彫り込まれた机が俺を異世界にいさせているとしきりに訴えかけていた。

 

「仕事で忙しいだろうに」

 

「あ、ああ」

 

 俺の目の前には一人の少女がいた。

 彼女はベッドで温かそうな毛布に包まれ、体を起こしてこちらに向いていた。

 

「ねえ一夏。ちょっと相談に乗ってほしいのだけれどいい?」

 

「ああ、構わない」

 

 少女は肩のあたりまで伸ばしている白金髪を揺らし、俺に弱弱しく話しかける。

 

「私ね、最近自分が誰なのか分からないの」

 

 少女はおかしな話だよね、と付け足して自嘲するように言う。毛布の上で両手を握りしめ、時折指で遊びながら話を続けた。

 

「もちろん、私はドイツ軍で国のために働いているんだし、国にこの身をささげているのはわかっている」

 

 少女はうつむいていた。俺の方へは一切目を向けず、ずっといじっている手を見るために。

 うつむく彼女の近くには年季の入った木製のポールハンガーが立っていた。そこには黒い軍服が掛けられており、付けられている腕章には見覚えのあるエンブレムがつけられていた。

 

「でも…でもね。たまに一体自分が何のために生きているのかが分からなくなっちゃうの。身を粉にして働いて、誰かのためって頑張っているとまるで私が誰か別の存在に感じられるんだ。気づいたら私がやろうとも思わなかった別の仕事に手を出してしまっていたって感じにね」

 

 変でしょと彼女は笑いかけてくる。

 

「だからね、このまま生きていくことが不安で仕方ない。自分の中にいる勝手に動くもう一人の自分に怯えながらずっとこうしていくなんて」

 

 こんな彼女を見るのは初めてだった。

 いつもは明るく立ち振る舞い、俺の元へ真っ先に取材に来る姿。模擬戦で俺に勝利し、してやったと喜ぶ姿。平気な顔で俺より何倍もの飯を食べる姿。それが俺にとっての当たり前な彼女だったんだ。そんな風に思い込んでいた俺はいつもと違う彼女に驚きを受けつつも、どこか安心してもいた。何事も完璧といえるまでに立ち振る舞っていたはずの彼女も俺と同じような人間なんだって。

 

「なあクリスタ」

 

「…何?」

 

 名前を呼ぶと、クリスタはこちらに顔を向ける。宝石のように輝かせ、俺を見つめていた瞳は夕陽によって出来た影のせいか、暗く濁って見えた。

 

「お前がやりたいことってなんだよ」

 

 俺の問いかけにクリスタは顔を下げ、思考を巡らせる。

 

「国のために精一杯、奉仕することかな」

 

「いやいや、そうじゃなくてだ」

 

「違うの?」

 

 きょとんとした顔で彼女はこちらに振り返る。

 

「その…なんだ。お前でいう仕事レベルの話じゃなくてもっとこう…個人での話さ」

 

 この世界の設定を思い出し、言葉を紡ぐ。

 

「何かやりたいことないのかよ。例えば、世界中のめっちゃうまい料理を食べ尽くすとかさ。子供じみた夢みたいなのでもいいから」

 

「夢…?」

 

「ああ、目標とかでもいい。とにかく何かお前がやってみたいことはないのか?俺だってIS学園にいて周りからあれこれ言われるし、勉強が難しくてつらい時もあるけどさ。そうして過ごす時間は何よりも楽しい。こんな時を過ごしていけるように俺は強くなりたいんだ」

 

 クリスタは夢、夢と何度も呟く。

 気が付けば、夕陽が部屋全体を照らすようになり、クリスタの顔もはっきり見えるようになり始めていた。

 

「私ね、ISで宇宙に行きたいの。ISが宇宙開拓のために使われて、もっと他の星に行ってみたりしたい。ISが戦闘兵器ではない使われ方をさせたい!」

 

 ISと宇宙。

 どこか聞き覚えのあるフレーズに、俺は臨海学校での出来事を思い出す。クリスタは束さんにそんなことを言って確か歯向かっていた。そうか、お前がしたいのはそういうことだったんだな。

 

「なんだ、きちんとあるじゃん…お前のやりたいこと」

 

 彼女は驚くように俺の顔を見る。

 

「確かに、お前が言っているように誰かのために働いたり、動いたりするのは誰だってあると思う。でもな、それだけじゃなくて自分がやりたいことを胸に刻んで生きていけたら、少しは楽しく見えてくるかもしれないぞ」

 

 二十歳にもいかない若造が人生を語るなんて恥ずかしいことこの上ない。でも、これはあいつに言ってやらないといけないことだ。

 

「たとえどこかに属することになってもお前はお前だ。誰かのものじゃない。クリスタ・ハーゼンバインだ。誰かのために動いていくことになったとしても、だ」

 

「一夏…。うん、そうだね。私は私だよね」

 

「それにお前、多分一人で抱え込んでいるんだろ、色々。人には言えないことなら言わなくていい。それくらいプライベートなことをみんな持っているからな。でもな…」

 

 クリスタは俺の目をじっと見つめていた。エメラルド色に輝く瞳は、夕陽によってさらにその輝きを増していた。

 

「吐き出すことだって重要だ。そうやって抱え込んでいたらいつか持たなくなる。なんかあれば俺でもいい、鈴でもいい。言いたいことがあれば言うんだぞ」

 

 あいつの言う通り、俺はクリスタのことなんかこれっぽちも知らない。こいつが一体何を抱えていて、何に悩んでいるなんて知る由もない。でも、それでいいと思う。すべてを知る必要なんてない。全てを知ってしまったら、きっと俺たちは俺たちでなくなってしまう。不自由だからこそ、今の俺たちがいて楽しく過ごすことができると思う。

 

「うん…そうだね」

 

 日の光がさらに輝きを増し、部屋全体を白く染め上げる。温かく、そして優しく俺たちを光は包み込んでいた。

 

「さあ、帰ろうぜ。IS学園に!」

 

「うん」

 

 クリスタはベッドから立ち上がると、差し出した俺の手を握りしめる。すると彼女が先程までいたベッドは突然白く輝き、消滅した。それだけではない、俺たちがいるこの部屋のものすべてが光を放ち、消えてなくなっていった。

 

「ねえ、一夏」

 

「ん、なんだよ急に」

 

 クリスタは突然俺から視線をそらし、躊躇うようにもじもじする。どうしたんだ?

 

「その…ね」

 

 クリスタらしくなく、必死に言葉を選ぶ姿はどこか見覚えのある人物と酷似していた。誰だっただろうか。

 

 そんなことを思っていると、彼女は俺に抱き着いてきた。

 

 

 

「ありがとう、一夏」

 

 突然の行動に唖然とする。

 ぎゅっと握りしめた彼女のぬくもりが俺の体や顔へと伝わる。何か声を出そうにも、俺はそれをすることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ちようとしていた。

 辺りが最後の輝きを放つ夕陽に染められ、遠くの空を見上げれば小さな夕闇がまだかまだかと、空全体に迫ろうとしていた。

 

 海鳥の鳴き声の聞こえる海の近くにはこじゃれたカフェがあった。近場にある臨海公園のおかげか、昼間をピークとしてやってきていたお客さんの姿は今となってはほとんどおらず、カフェは閑散としていた。

 そろそろ店じまいにしよう。カウンターに立っていた店主がいそいそと閉店の作業を始める。だが、その店主は完全には片づけをすることはしなかった。もう注文はないだろうな、と店主は思いながらまだ残っているお客の場所へと目を向けていた。

 

 

 

 

 

 カフェのテラス席には一人の少女が座っていた。

 彼女はただただ、椅子に座っていた。目の前に置かれているコーヒーカップには手を付けず、中に入っているカフェオレを覗き込むようにうつむいていた。艶のある長いシルバーブロンドが潮風に揺られ、顔にかかることで彼女は我に返る。すぐに彼女は向かいの席へと視線を送る。夕陽に照らされ赤く光る椅子には誰もおらず、誰かに使われ片づけられずに無造作に置かれているだけだった。

 

 その出来事は彼女にとっては決して忘れられるようなものではなかった。自身の考えの甘さ、そして傲慢さがそうさせたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相席させてもらおうか」

 

 その人物は音もなくやってきた。

 普段目を閉じている彼女は向かいの席のそばにいる人物を視認していなかった。だが、彼女はすぐにその人物が誰なのかすぐに理解した。目の前にいる人物の声や雰囲気。彼女が仕える()から耳にタコができるくらいに聞かされていた人物と一致していたのだった。

 

「織斑千冬…」

 

 黒いスーツに身を包む織斑千冬は、目の前にいる少女をまるで品定めをするかのようにじっくりと見つめた。そして、夕陽に照らされ茜色に染められている椅子に腰かけた。

 

「先刻は小娘共が世話になったな。随分と手の込んだ時間稼ぎだ」

 

 千冬はため息をつき、目の前にいる少女を睨む。彼女が一体何を言っているのか少女には想像がついていた。自分がIS学園のシステムへと侵入し、自分の邪魔をする者たちへ罠を張ったことを言っていたのは明らかだった。だが、なぜ自分がこの場にいることを知っているのかが引っかかっていた。そもそも、自分自身の存在を知られることなくIS学園のシステムを後にしたのだ。痕跡という痕跡を残した覚えはなかった。

 

「束に言っておけ!余計なことはするなと」

 

「…!」

 

 千冬の言葉に少女は眉をひそめる。なぜそのようなことを言うのか、少女には理解できなかった。

 

「束の奴が渡したプログラムの中身は知っている。暮桜の強制解凍プログラムだろう」

 

 少女の主から渡された強制解凍プログラム。

 主の親友である織斑千冬のために、と用意したプレゼントを目の前にいる彼女は”余計なこと”と一括りにした。

 

 暮桜。今は使い物にならない織斑千冬の専用機であり、そのISをどうにか起動させようと主は考えていた。いずれはあの子も目覚めさせないといけない。そう主は言っていた。どういう経緯で使えなくなっているのか少女は知らない。だが、誰にも解かれず、ずっと眠り続けている自分自身のパートナーを助け出すことができるこのプログラムを持っていけばきっと喜ぶに違いない、最高のプレゼントになる。そう思っていた少女にとって、千冬の態度には主の好意を無下にするものに他ならなかった。それと同時に別の感情も芽生え始めていた。

 

 それは危機感であった。

 千冬は主の好意を否定した。つまり、こちらに対して敵対心を抱いているということも意味していた。それに、彼女は自分の居場所を特定してのけたのだ。証拠を残さなかったにもかかわらず。

 いくら主の親友とはいえ、これほどまでに自分を追い詰める人物に遭ってしまったことには変わりはない。

 自ずと少女がとるべき行動は一つしかなかった。

 

 

「やめておけ!お前の戦闘能力では私を殺すことは不可能だ」

 

 千冬から発せられる威圧に思わず少女はたじろぐ。

 だが、少女はそのままひるまなかった。このまま引き下がるわけにはいかなかったのだ。

 

 隠し持っていた仕込み杖から手を放し、少女はかっと目を見開く。白目が黒色に、黒目が金色に輝く不気味な双眸を見つめていた千冬は、気づけば周りが異様な空間で囲まれていた。

 全てが白く輝き、所々黒い何かが漂い、そしてうごめく世界。

 

「生体同期型のISか。束の奴はそこまで開発していたのか」

 

 突然異空間に一人取り残された千冬は感心するように言い、周りを見渡す。

 

「…なるほど。電脳世界では、相手の精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させることで幻影を…か。たいしたものだ」

 

 千冬は事前に知り得たことを口にする。白式から送られてきた情報がこれほどまでに正確であったことに少しだけ驚かされていた。

 

 すると、背後から何かが鳴り響く音が聞こえてきた。

 千冬は振り向き、彼女にめがけて投げられたナイフを容易く右腕で跳ね除ける。そして、テーブルの上から拝借していたテーブルナイフを白い空間へと突き刺した。そこからは、黒い何かが勢い良く噴き出し千冬の手を黒く染め上げる。

 

「えぐられたいか!」

 

 彼女の様子を見ていた少女は言葉が出なかった。これまで何度か現実世界でワールド・パージを行い、幾度となく()()()()()()()。しかし、千冬は違った。冷静に分析し、そしていとも容易く対処してのけたのだ。

 

 勝てない。

 少女は千冬の力に圧倒されていた。主から聞かされていた千冬の人物像とはかけ離れていた。いくら強いといってもそれは人との相手。ISになど勝てるはずもない。そう思っていた少女にとって、織斑千冬を過小評価していたことを自覚せざるを得なかった。

 

 すぐに少女は能力を解除する。

 白くうごめく空間はゆらりと揺らめくと辺りはすぐに夕陽に染まるカフェテラスへと元に戻っていた。

 

「それでいい。ではな…」

 

 千冬は自分自身を見ておびえる少女を一瞥すると、カフェテラスに背を向ける。だが、途中で千冬はその足を止め、少女の方へと振り返った。

 

「そういえば、お前の妹には会わなくていいのか?」

 

 千冬はどこか、自身の教え子のことを思い出しながら言う。遠い昔、見たことのある資料に載っていた内容を彼女は覚えていた。

 

「あれは私の妹じゃない。なれなかった私…。完成形のラウラ・ボーデヴィッヒ。私はクロエ。クロエ・クロニクルなのだから」

 

「そうか…」

 

 彼女の言葉を聞いた千冬は彼女に対して何も言わず、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ戻らないと。

 少女は震えていた手を握り、カフェを後にしようとする。先程よりも辺りは少しだけ暗くなっており、肌寒い風が体に吹き付ける。

 

 主になんと報告すればよいのだろうか。

 先程までの出来事を思い出しながら少女は杖を持ち、テーブルの上にある伝票へと手を伸ばす。だが、そこには伝票は置かれていなかった。

 

「こんにちは、お嬢さん。これは私が払っておくよ」

 

 伝票をひらひらと揺らす男は優しく言った。見知らぬ雰囲気に聞き覚えのない男の声。それに、なぜ今まで近づいていたことに気が付かなかったのだろうか?

 

「何を…」

 

 少女が言い切る前にその男はカフェの中へと入っていく。

 その男を止めようと少女は椅子から立ち上がる。だが、そのあとを追うことはできなかった。

 

「まあ待ちなって」

 

 先程とは別の男の声が聞こえてきた。その男は少女の右手をつかみ、歩みを止めた。

 

「…離して」

 

 左目に眼帯をする男はにやりと笑い、その手を放さなかった。

 

「ちょっとくらい奢らせてや。これくらいしか金使えないんだし」

 

 それに、と男は言葉を続ける。

 

「俺たちは()()()()を招待しに来たんだ、素敵なレストランにさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りは一面水に覆われていた。葉のつけない木が何本も水面から生え、枝が風に揺られていた。

 上を見上げれば青空が広がり、雲がまるで何かに急かされるように足早に駆けていく。

 

 

「大丈夫だって、彼には何もしてないから」

 

 

 声が聞こえてきた。その声は女性のような高い声に聞こえ、声変わりが始まる前の少年の声のようにも聞こえた。

 

 

「ただ会話をしたかっただけだよ。興味を持っていたからね」

 

 

 その声は人魂のように揺らめく光から聞こえてきた。

 空に広がる青空のように澄んだ青い色の光は、その場にとどまり風に揺れる。

 

 その光の近くには一人の人間が立っていた。

 白と赤の巫女服を着て長い髪を後頭部に結い、二又に分けるその女性はただじっとその光を見つめていた。

 

 

「なんとなくだけど、君が彼を気に入っているのは納得がいくよ」

 



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第40話 闇夜のレストランにて

 

 

 

「うんうん、このお肉美味しいねぇ」

 

女性は切り分けたステーキを美味しそうに頬張った。

鉄板の上に置かれたステーキは今なお音を立てていた。その上にかけられたソースからはほのかな野菜の香りが溢れだし、食べる者の食欲をそそる。

女性は肉を食べるたびに感嘆の声を上げ、頭部にあるうさ耳のようなものを動かした。

 

「お気に召しまして、束博士」

 

そんな子供じみた行動をとり続ける女性をスコールは手を組んでじっと見つめていた。

 

「私が思っていたよりは良い味だね〜」

 

束博士と呼ばれた女性は、片手にワイングラスを持ちつつ幸せそうに笑っていた。

 

篠ノ之束。ISというとんでもない代物を生み出した天才。ISを作り出すよう国連機関から促され、ISの元であるコアを467機作り出したところで彼女は跡形もなく姿を消した。それ以降の動向は世界中の誰一人として、行方がわからなかった。だが最近になり始めて、彼女はたびたびIS学園関連のイベントで姿を現したという。

動きを見せた彼女に合わせて亡国機業は彼女の行方を追い、このような食事会を催すことで彼女との交渉の機会を得ることができたのだ。

 

 

 

 

「ちょっと、店員さーん!」

 

テーブルの上に置かれた食事をすべて平らげた束は、近くで待機していたウェイターに手招きする。

 

「いかがなされましたか、お客様」

 

ウェイターは脇に抱えていたメニュー表を、手を出して待っていた束へと渡す。むむっとメニュー表をじっくりと見ていた束はそれから目を離し、ウェイターへと視線を向ける。

 

「うんとー、ケーキとハンバーグでしょ?後々〜カレーに冷やし中華をちょーだい!」

 

頬をほんのり赤く染めている彼女の注文を聞き、ウェイターは眉を八の字にする。

 

「…お客様。当店ではそのようなメニューをご用意はされて…」

 

「…いいから準備しなさい」

 

スコールはため息をつきつつ、ウェイターへと冷めた視線を送る。メニュー表を片手に笑顔を振りまく束を見ていたウェイターは、彼女の視線に気づくと頬を引きつらせる。そして、かしこまりました、と一言言い残しメニュー表を受け取るとその場から去って行った。

 

「それで、束博士。少々お聞きしたいことがあるのですが」

 

「んーなになに?」

 

ワイングラスの中身をひたすら回して遊んでいた束はスコールの問いにそのまま生返事をした。

 

「我が亡国機業にISを提供していただけるという話、考えていただけたでしょうか」

 

「えへへーいやだよ、めんどくさいじゃん」

 

ワイングラスをテーブルの上に置き、遠心力によってグラス内に沿うように回るワインの様子を見て、束はにんまりと笑顔になる。

 

「我々としてもできる限りの支援を致します。資金や資材なら十分に…」

 

「そんなのはいらないよ〜だってとっくの昔に持て余すくらいもらっているし〜」

 

相変わらず視線をこちらに向けない彼女にスコールは思わず苦笑を浮かべた。

 

 

亡国機業が篠ノ之束に求めていた事はただ一つ、新たなISの提供であった。

彼女がまだ新たなISを作り出す事が可能な事は夏頃にIS学園から発表された、篠ノ之束から学園側へISの提供があったという記者会見からも明らかだった。()()()()()交渉材料を用意できたからこそ、彼女が亡国機業との交渉に応じたのは確かな事。それなのに、今彼女はこちらの提案に興味を全く示さないのだ。

 

会場は亡国機業が用意し、スタッフ全員を構成員に置き換えていた。状況として篠ノ之束は敵の中に飛び込んだようなもので、逃げ場などないはず。だが彼女はそんなことを気にせず、のほほんと食事を楽しんでいた。状況が理解していないのかそれとも…。

 

かの有名な篠ノ之束を追い込んでいるはずなのに、拭いきれない違和感を覚えていたスコールは後ろ髪を引かれながらも、交渉のカードを一枚切ることにした。

 

「どうしても…ですか?」

 

「そりゃもちろん」

 

再度確認をするも、彼女は聞く耳持たないままであった。

 

「仕方ないですね、これではどうです?」

 

スコールは唐突に右手で指を鳴らす。

それを合図かのように束の丁度正面の位置にある、開け放たれていた扉の奥から何人かの足音が聞こえ始める。最初は何の興味を持っていなかった束だったが、その現れた人影をみて彼女は歩いてくる人物を意識せざるを得なかった。束はこちらへと歩いてくる人物の姿をちらりと見るものの、彼女の表情は崩れなかった。

 

 

「こんばんは、束博士」

 

正装を着ていたスコールとは違い、薄手の上着に短パンという今いる場所を踏まえれば場違いなものを着る女性はにやりと白い歯を見せながら笑う。その表情には余裕があり、ゆっくりとした口調で傍らにいる人物に手を向ける。

 

「我々は偶々、そして偶然にも彼女を()()しているんですよねぇ。この意味わかります?」

 

「…」

 

束はわざとらしく説明をする女性を見ずにじっと彼女が手を向けていた少女へと目線は向いていた。

オータムが手を向けていた先には、サングラスを着けた男に支えられるように立っている少女がいた。藤色のレースが施されたドレスを身に着けている少女は目を閉じ、少しだけ束から顔を逸らして俯いていた。彼女の手には、頑丈そうな手錠が掛けられ、それと繋がれた鎖は男がしっかりと握っていた。

 

「もし、我々へISの新造をしてくださるのならば、この子を返してあげましたがあなたがそれほどに”面倒である”ならば仕方ありませんね。ああ残念…」

 

「…」

 

「オータム様!それ以上は…」

 

終始笑いが止まらないオータムは、サングラスを着けた男の言葉に耳を傾けず、そのまま話し続ける。

 

「でも、気が向いてくれたならばいつでも我々はあなたを歓迎しますよ?それまでこの子はきちんと()()しておりますので」

 

オータムは少女に近づくと、彼女の顎に手を添える。

 

「ああ、でもいつになってもその気が向かなかったらこの子がどうなるかは…」

 

「…ねえ」

 

これまで沈黙を続けていた束は固く閉じられていた口を開く。

 

「あん?」

 

「くーちゃんに触れないでくれない?」

 

オータムはいきなり話し出した束に思わず呆然とする。やっと交渉に応じ始めたか、と思い込んだ彼女だったが次の瞬間、何か物が地面へと落ちる音が聞こえてきた。

 

テーブルの上に置いてあったものが落ちたのだろうか?そんなことが頭によぎる。オータムはスコールの座る席に視線を向けたが、彼女の視界には何か黒い影が現れたことによってスコールを見ることができなかった。

 

「えっ?」

 

すぐに目の前にあった何かは苦悶しながら崩れ落ちた。目線を下げると傍らにいたはずの黒いスーツを着たサングラス男が私の目の前で地面にうずくっていた。なぜこいつが目の前にいるのだろうか。うずくまる男から目線を上げると、そこにはスコールと一緒に座っていたはずの束が立ちはだかっていた。

 

「えへ☆」

 

オータムが最後に見た光景は束がいたずらっぽく笑う姿だった。

今一体何が起こったのかというオータムの思考よりも速く、束の手は彼女へと襲いかかった。少女に触っていた右腕を赤子の手をひねるようにへし折り、無理矢理引き剥がす。そして、やっと現状を理解した彼女に息つく間もなく掌打を繰り出した。

思考が追いつかなくなったオータムは全身に受けた掌打によって体のバランスを崩されると、そこへ束の回し蹴りが彼女の腹部へと突き刺さった。車に追突されたような衝撃によって、後方へと彼女は吹っ飛び白い壁に吸い込まれた。ぶつかった付近の壁は崩れ、彼女の顔や服に付着した。

 

 

 

 

「痛ってて…。困るなぁ…博士さん」

 

瞬く間にオータムを無力化した束は声の聞こえた後ろへと振り返る。その光景を見た彼女は思わず、目を見開く。

 

「あんまり騒がれると…この子が苦しむことになるんだけど」

 

ゆらりとその場に立ち上がり腹部に手を当てて、にやりと笑うサングラス男の近くには胸に手を当て苦しそうに呼吸をし、ぺたんと地面に座り込んでいる少女がいた。

 

「ったく、せっかく食ったものをぶちまけちまったじゃねえか」

 

肩で息をしているその男は唇を袖で拭い、その場に唾を吐く。

 

「あんたがこれ以上騒ぎ立てなけりゃ…」

 

 

 

 

男が何かを言い続けようとしたとき、天井付近で何かが爆発する音が聞こえた。

 

「…?」

 

「ふーん、何かこの部屋に散布されていたかと思えばそれが、最近発見されたっていうISに異常をきたすっていう物質ねぇ」

 

男へとゆっくりと歩いていく束の近くで、金属のフォークがどこからともなく金属音をたてて地面に落ち、ステルス機能が解除されたドローンが不快な音を上げて墜落した。

 

「噂には聞いていたけどちょっと興味持っていたんだよね、後でそれ頂戴♪」

 

 

「おいおいまじかよ…」

 

男が一歩後ろに下がったその瞬間、束は互いの距離を0にまで近づけた。

 

「!!」

 

男が言葉を発する前に、束の右手は男の顔を捕らえ指を肉に食い込ませる。そして、その男をその場で持ち上げた。男の着けていたサングラスは砕け散り、地面へと落ちる。

 

「私ってば細胞単位までオーバースペックなんだよね~えへへ」

 

必死に抵抗を見せる男の姿を見て束は笑みを浮かべる。

そして、束はトップスピードで駆けるとそのまま男を壁へと押し付けた。

 

 

 

 

 

テーブルをちゃぶ台返しされ、やっと身動きが取れるようになったスコールが目にしたのは正に地獄絵図だった。護衛につけていた二人には既に戦闘能力は残されておらず、二人とも壁で伸びていた。一方束は、人質の手錠を容易く施錠しており何度も人質の頭を撫でていた。

 

篠ノ之束を誘い込み、自分たちの手のひらで転がす算段であった亡国機業の立場は一瞬にして逆転。逆にたった一人、完全にアウェーであった篠ノ之束に、亡国機業が手のひらで踊らされていたのだ。交渉のカードとして用意していた人質は意味をなさず、結果的に束に無償で人質を明け渡してしまった。

 

 

「ちーちゃんくらいなのさー私に生身で挑めるのは」

 

「くっ…」

 

束の先程までと変わらない屈託のない笑顔を見せられ、スコールは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。もはや交渉どころではなかった。どうにかして彼女を引き留めないといけない。

 

ISを使うべきか…?待機状態にしていたISに触れようとしたとき、突然レストランの壁の一部が大きな音を立てて崩壊した。

 

そこには、蒼いISが立っていた。

 

「動くな」

 

「…んを?」

 

サイレント・ゼフィルスに乗るエムはランスで人質を愛でていた束に向ける。

その光景を見て、スコールは少しだけ安堵した。これで再びフェアな立場に戻ることができた、と。生身で挑むのではなく、I()S()で挑むのであれば、彼女の理論は通用しないのだ。

 

 

しかし、束は臆することはなかった。

 

「ふーん。おもしろ機体に乗っているねー」

 

人質を後ろに下げ、束はその場で跳躍するとランスの上に着地し、サイレント・ゼフィルスを悠々と観察し始めた。

 

「舐めた真似を!」

 

サーカス団のピエロのように細長いランスの上に乗る束を振りほどこうと、エムはランスを横に振る。

振りほどかれる前に再び跳躍した束に向け、射出していたビットで狙いを定める。交渉対象者である束に致命傷を与えることにエムに抵抗などなかった。日頃の鬱憤をこいつで発散できればいい。それくらいにしか思っていなかったのだ。

 

だが、いつものようにビットから束へBTエネルギーは発射されなかった。それもそのはず、彼女が出したビットは全て()()()()()()()()()()()

 

「何!?」

 

「んふふ♪」

 

それならば、とエムはランスで束に構える。PICの出力に乗せ、地面へと落ちていく束へと刺突する。だが、彼女の目と鼻の先まで進んだランスは途中でうごめき、強制的に装備が解除させられた。

 

「何だと!」

 

進んでしまった加速は止まらない。

束へと近づくにつれ、サイレント・ゼフィルスの装甲は消え去っていった。籠手、腕部、胴、脚部。次々と装甲は光を伴い散っていった。そして、頭部につけられていたバイザーまでもが消え、エムの意思なしにサイレント・ゼフィルスは完全に解除させられた。

 

PICの力が失われ、拍子抜けした表情をしているエムはそのまま地面へとすとんと落ちた。膝から下を八の字に広げ、おしりを地面につけて座る彼女は自身の両手を何度も見比べる。しかし、何度見ても彼女の体にはISが装備していた形跡が全くなくなっていた。

現実を受け止めきれず、呆然とする彼女に束は右手を広げて近づく。だが、束は彼女の表情を見て右腕を下した。そして高らかと笑い声を上げると、両手を後ろに組み前のめりになって彼女に問いかける。

 

「君ー名前は?」

 

「…」

 

エムは顔を上げ、束の表情をうかがう。

恐怖。一言で表すなら彼女は、束をそう捉えていた。ISを人間が無力化する。そんなこと聞いたことがない。いや、もはや人間の領域を超えてさえもいた。

 

「えへへー当てて見せようかー」

 

束は唇に人差し指を当てて少し考えると、その指をエムに指さした。

 

「…織斑マドカかな?」

 

「…!?」

 

エムはその言葉を聞き、さらに身をすくませる。一部の人間以外に伝わっていないはずの自分の名前。そして、自分自身を縛りつける名前。

 

「当たったーえへへー。ねえ、この子の専用機なら作ってもいいよー」

 

「え?」

 

「だからさー私のところにおいでよー」

 

束は震えあがるエムの手を握りしめると、優しく語りかける。

 

「ねえねえ、この子もらってもいいよねー」

 

「そ、それは困りますが・・・」

 

まるで動物を拾っていくかのような軽々しい発言に、スコールでさえも困惑する。もはや、この場を支配している人物は火を見るよりも明らかであった。

 

「えーなんだよーケチだなーまあいいや。ねえねえまどっち~どんな専用機が欲しい?遠距離型?近距離型?特殊武装は?まあその話はおいおいでいいかなー」

 

スコールの言葉に文句を垂れるものの、束は座り込むエムの周りをぐるぐると回り新たなISの構想を聞く。

 

 

 

 

「先に頼んでいた料理も来たことだしね」

 

「お客……様……?」

 

ウェイターはワゴンを押して、部屋に入ってきたところでその場の状況を見て絶句する。

 

「おおー!ケーキだ!ケーキだ!」

 

スキップをしてやってきた束はワゴンの上に載る1ホールのケーキを見て興奮し始める。白いホイップクリームとイチゴが盛られたケーキを見て何度もうなずき、これだよこれと鼻息を荒くする。

 

「所で店員さんさー」

 

「なっなんでございましょう?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…」

 

顔を覗き込むように見てくる束にウェイターは黙り込む。

 

「いくら大きさが小さくても束さんにはナノマシンの存在はわかっちゃうんだからね!私の居場所を探ろうなんてやめた方が良いから」

 

そう言うと、束は両手で左右から店員の頭を鷲掴みにした。

 

「んぐ…!」

 

「むむむ…?」

 

束は何かに気づいたのか、手に力をさらに込め、店員の顔をじっと見つめる。

 

「お、お客…様…」

 

「ねえ、店員さん」

 

束の手を無理やり引き剝がそうとする店員を無視して問いかける。

 

「その目、君()越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)なんだね」

 

「!?」

 

ウェイターの反応を見るまでもなく、束はウェイターの頭から手を放した。

 

「さっきのオッドアイ君でまさかとは思ったけど、本当みたいだねー」

 

束はちらりと伸びているサングラスを着けていた男を見る。その男は、眉をひそめにらみつけるように束を見ていた。男の右目は青く、そして左目は黄金色に輝いていた。

 

束はねえ、とスコールを呼びつける。

 

「何でしょうか?」

 

「私、君たちの所にいるある人に会いたいんだけど居場所教えてくれない?」

 

「誰のことでしょうか…?」

 

「確か名前はねぇ…」

 

 

束は一呼吸置き、頭の片隅に置いていた名前を引っ張り出した。

 

 

 

 

 







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第41話 夢

 

 

 

 

 目を覚ますと、俺は暖かな布団に包まれていた。

 

「あ…朝か」

 

 カーテンの隙間から漏れ出る青白い光を見て、俺は目覚めたことを自覚した。

 

「ってことは、あれは夢か…」

 

 頭の中に残る微かな夢の断片が何度も同じ場面の再生と停止を繰り返し、俺は現実世界にいるのだと確信した。手のひらには手汗がこびりつき、寝間着のジャージは汗だらけだった。

 

 あれからというもの、俺は時々変な夢を見続けていた。きっと電脳世界に行くっていう滅多に体験しないことをしたせいなのかもしれない。現実とは異なる世界を行き来したためか、夢を見ているとこれも現実なのではないかと考えてしまう。朝になれば忘れてしまう夢の中で俺は無駄に精神と神経をすり減らしていた。そのため朝の目覚めというのは決して心地よいものではなかった。

 

 ひとまず安心した俺はベッドの中にラウラが潜り込んでいないかをチェックする。千冬姉の指示の下、俺の部屋の扉が特注品になってからラウラが来なくなっていたが、これまでの癖が残っており今なお無意識に確認してしまう。

 そして、俺は寝汗をかいた体を洗うべくシャワールームへ足を運んだ。

 

 

「にしても、なんの夢見ていたんだっけな」

 

 寝間着を脱ぎながら、俺は先程まで見ていた夢の断片を思い出そうとする。

 いつもそうだが、どんな夢を見ていたのかは全くと言っていいほど覚えられていない。そもそもストーリー構成なんてめちゃくちゃだ。夢なんだし。始まりは唐突であり、肝心なストーリーの締めなんかあったようなものじゃない。でも、何があったのかは不思議と気になっていた。

 

 確かさっきの夢にはラウラが出ていたっけ。立派な軍服を着て、千冬姉の口調を真似て偉そうに俺に何かを伝えようとしていた。その言っていたことは全くと言っていいほど覚えていない。たしか、”諦めろ”だかなんとかって言っていたな。そうそう俺は白式を部分展開して雪片二型を持って、見覚えのない敵と戦っていたんだ。んで、途中で応援に楯無さんが…。

 

 

 あれ…?

 

 ふと全身の汗を流していたシャワーの蛇口を閉めた。

 

 

 

 

 今日って何曜日だっけ。

 たしか昨日は半日授業があったから…。

 

 ってことは!!

 

 

 俺はそのままシャワールームから飛び出し、壁掛け時計を確認する。日時のわかるその時計は7時40分という表示と、日曜日であるという表示がされていた。

 

 

 日曜日。つまり今日は9時から楯無さんと出かける約束の日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはそう、千冬姉を怒らせた鈴が殺される夢を見ていたときだった。

 

「わぁぁぁ!?」

 

 俺はその場で飛び起きた。全身が汗だくになり、着ていた服がぴったりと体にくっついていた。

 鬼の形相、いや阿修羅とも言うべき恐ろしい形相をする千冬姉に怯える鈴という光景が非現実の夢であった事に一安心した俺は、嗅ぎ覚えのある場所にいることに気づいた。

 

 白く染められた医務室は窓から光る夕日色に染められていた。空気がより一層澄んでいるこの場所に、なぜいるのか。記憶を辿るまでもなく、自然とこの状況になっている訳は寝起きの俺にもすぐに分かった。

 

「そっか…皆助かったか」

 

 電脳世界。

 そんな非現実空間から脱することが出来なくなった皆を俺は救い出すことが出来た。

 

 少しだけ俺は嬉しかった。

 別に自惚れているわけではないが、俺の大切な友人を、仲間を救い出すことが出来た事に満足していた。まだまだ皆には負んぶに抱っこの所があるのは重々承知している。しかし、少しでもその状態から抜け出し、皆を守る強い存在になるという自分自身の目標にまた一歩近づいたのだ。他人から見れば、その一歩が足を振り上げただけに見えていたとしても、俺はそれでも充分だった。

 

 

 そして俺はふと、人の気配を感じた。

 それは何気ない行動だった。近くに誰かがいる。ただ疑問に思ったことの真意を確かめるべく、俺は人のいるはずの右へと顔を向けたのだ。

 

 …だが、この行動を俺は取るべきではなかった。

 

「あっ…」

「…」

 

 そこには楯無さんがいた。

 普通は再会を喜ぶ場面だったのだろう、しかし俺たちは互いに喜ぶことはできなかった。

 

 なぜなら、彼女は着替えの途中だったのだ。

 上半身には衣服をまとわず、手に上着を持っていた。夕陽に照らされ、丸みを帯びた肩や、ほっそりとした腰、そして垂れずに形を保つ豊満な胸に反射した光が俺の瞳に入ってくる。

 

 はたしてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか、今思ってもあの時間は長く感じる。互いに目を合わせてしばらくし、彼女は思い出したかのように素早く手に持った上着をそのまま羽織った。

 すぐさま俺は布団に覆いかぶさる。というか、俺にできる最大限の行動はこれしかなかった。穴があったら入りたいのは、彼女自身だっただろうに。

 

 

 そして、あの緊迫した空気の中最初に言葉を発したのは楯無さんだった。

 

()()()()()()?見たわね?」

 

 布団越しに彼女の声が聞こえてくる。生徒会室で雑務をこなしている俺にちょっかいをかけている時のような、いつもの楯無さんの声だった。

 

「…すみません」

 

 背中を向けながらの、ましてや顔を向けずの謝罪になんて品のかけらもなかった。いや、きっと謝罪になんてなっていなかったのかもしれない。でも、あの時の俺にできる精一杯のことだった。

 

 そして、ふとなぜ楯無さんがこの医務室にいるのかを俺は思い出した。

 彼女はIS学園に侵入した謎の集団に襲われ、怪我をしていたのだ。彼女の怪我の具合が心配になった俺はちらりと顔を彼女の方へと向けた。

 

「その…怪我は」

 

 振り向くと、楯無さんは俺の目の前にいた。いや、正確には楯無さんは隣のベッドからたった数秒で俺のベッドに入り込んでいたのだ。

 

「ってなんで俺のベッドに入ってきているんですか!」

 

「んふふ♪怪我人だからよ」

 

 楯無さんはいつもの笑みを浮かべていた。毎度俺にからかいに来る、いつもの楯無さんそのものだった。

 

「そういう問題ですか…」

 

「そういう問題よ。…一夏君がさっきしたことに比べたら」

 

「あー、その、俺が悪いです!完っ全に俺に非があります!本当に…」

 

「申し訳なく思っている?」

 

「思っています思っています!」

 

「本当に?」

 

「本当です!」

 

「ふーん…」

 

 楯無さんはジト目で俺の顔を窺う。

 

 彼女にはいつも迷惑をかけていた。生徒会での仕事に不慣れだったときは特に。その時も、こんな風に誘導尋問のように謝罪をしていた。そして、彼女がジト目で俺を見たときは毎度のようにすることがあった。

 

「なら私の言うことを聞いてくれない?」

 

 いつもの彼女からのお願いに俺はためらいもなく、彼女のお願いを受け入れた。

 

「はい、実現可能な範囲であれば何でも…」

 

「その…ね」

 

 楯無さんは視線を俺から外し、少しだけもじもじする。顔がほんのりと赤みを帯びているが、風邪だろうか?

 

「私と、二人だけでお出かけをしましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝9時前。

 待ち合わせ通り、大型ショッピングセンター『レゾナンス』の最寄りの駅で楯無さんを待っていた。

 改札近くの柱に寄りかかり、腕時計をチラチラ見ながら集合時間が間違っていないかを確認していた。

 

 俺はいつぞやの時のように変装をしていた。変装と言っても度のない眼鏡をかけているだけだ。後は普段着ているような服装である。意外と眼鏡をかけるだけでぱっと見別人に見えるらしい。

 あんまり自覚がないのだが、世間では俺はかなりの有名人らしい。それこそ、デビューを果たしたばかりのアイドル並みの注目が集まっているようだ。一度、7月の臨海学校のためにシャルと買い物に行った際は、普通のお店に入っただけで軽くパニックになったくらいだ。後で目立つような格好をするなと千冬姉にこっ酷く怒られた。

 

 俺からしてみればそれほど騒ぎたてるほどか、と疑問に思っているものの皆に迷惑をかけるような事はしたくない。実際、そのような事が起きてしまっている。なので外に出かける時は渋々変装をするようにしているのだ。

 

 

 長針が12時の文字から1時の文字へ移動し始めた頃。

 

 右肩を誰かに叩かれる感覚がした。俺は無意識に右を向くと、俺のほっぺたに細い指先が食い込んだ。もはや誰がやっているのかは言うまでもない。

 

「おはようございます。楯無さん」

 

 俺は何事もなかったかのようにそのまま振り向き、にやけていた楯無さんに挨拶をする。

 

「むう、反応がつまんない。他に何か、私に言うことがあるでしょ?」

 

「こんな小学校の時に流行ったようないたずらに、どう反応すれと言うんですか…」

 

 ずっと俺のほっぺたをぷにぷにと押し続けていた彼女の手を持ち、引き剥がす。

 

「そうじゃなくて…」

 

 彼女は少々、名残惜しそうに俺の手から自分の手を抜け出すと、少しだけ後ろに下がりその場でくるりと回った。

 すると彼女の着ている水色のワンピースの裾が少しだけ膨らみ、見えていなかった太腿の黒いタイツがさらに露わになる。そして何かのいい匂い___俺の鼻によれば何かの花の匂い___が周囲に漂った。

 

「どう?この格好?」

 

 楯無さんはいつもよりも言葉を弾ませて、俺に問いかける。

 彼女の様子はこれまで一緒にいた中でダントツにはしゃいでいて、そして何より可愛らしく見えた。

 

「そうですね…そのなんだか新鮮に感じます」

 

「えー、それくらい?」

 

 彼女は被っている、黒い小さめのハットに手を当ててむすっと頬を膨らませる。

 

「うんと…可愛いと思います」

 

「本当に?」

 

「本当ですって!」

 

 彼女は俺が答える度に、少しずつ俺に詰め寄る。

 

「…()()()()()よりも?」

 

 そして遂に俺のすぐそばまでやって来た彼女は、上目遣いで俺の顔を見つめてきた。彼女の大きな紅い瞳は、俺を見逃さなかった。素直に私を褒めて、私だけしかいないのだからと。

 

「そうですよ。その…大人の女性って感じで、俺は好きです」

 

「そ、そう…」

 

 彼女は何かを呟くと、俺から顔を背けてぶつぶつと独り言を喋りその場で右往左往する。

 

「…楯無さん?」

 

「…!なっ何でもないわ。気にしないで」

 

 俺の声で気が付いたのか、彼女は我に返り黒いヒールから奏でていた音を鳴り止めた。

 

「それじゃ、とりあえず」

 

 そう言うと、彼女は俺の手を握り締めて強く引っ張る。

 

「買い物に行きましょ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいか、一夏。女の買い物に付き合うときは覚悟しておけよ?』

 

 それは、いつの日かの電話で話をしていた時だった。

 

 五反田弾。俺の中学のときの友人だ。俺がIS学園に入ってからも、ちょくちょく休みの日に弾の家に遊びに行ったりする間柄である。俺がシャルと買い物をしに行くことになった、という話題をしていたときあいつはため息をついて俺にそう言ってきた。

 

 自身の妹である蘭に買い物に付き合わされた時のことを弾は苦労の連続だったと言った。なんでも、散々な目に遭ったとかなんとか。やれ荷物持ちだの、やれ財布のお金が足りないから少し資金援助してほしいだの、やれ何時間も同じような店を見に行かないといけないだのエトセトラエトセトラ。

 要は、女と行く買い物において男は楽しめないと言いたいらしい。常に主導権を握られ、召使いかの如く扱う。そんな一日だったとあいつは振り返っていた。

 まあ、そんな風に愚痴を俺にこぼしている弾だが、あいつは筋金入りな蘭大好きっ子である。中学時代では、隙あらば蘭のことを自慢していたのはよく覚えている。何せ、孫を可愛がる祖父のように、弾は蘭と買い物をしているときのことを楽しそうに話していたのだから。

 

 あれ、それって弾の祖父の厳さんと同じじゃね?まあそりゃ家族なんだし似ている部分はあるか…。

 

 閑話休題(まあその話は置いといて)

 

 とにかく俺は、楯無さんと買い物に行くと約束をされてある程度は覚悟をしていた。あの楯無さんのことだ、何かしらの無理難題が俺に襲いかかるのだろうと前日まで心のどこかに思いを留めていた。あくまでそう思っていたのは前日までだった。

 

 

 

 

「んん!このポテト美味いですね!特にこのかかっている白いソースがなんとも…」

 

「でしょう?クリスタちゃんが絶対に食べなさいって念を押していたのよね」

 

 俺は再び、白いグラスに入っているポテトを掴み、口に放り込んだ。

 

 ”ハッピーアメリカン”

 近頃有名だと聞くファストフード店で俺たちは昼食を食べていた。

 

 

 気づけば、時間というのはあっという間に過ぎていた。

 最初は俺たちの着る新しい服を探し、互いに似合いそうな服を選んだ。こういうのにはあまり慣れていなかった俺だったが、俺の選んだ服を試着した楯無さんは満足そうに微笑み、ありがとうと言ってくれたところを見るに悪いチョイスをしてはいないようだった。そして私の奢りだと俺の反対を押し切り、全ての会計を彼女に委ねてしまった。

 

 私を誰だと思っているの?と国家代表であると強く言っていた彼女だが、俺も今や暫定的な日本の代表候補生。服を奢るくらいの資金は持ち合わせていたが彼女は首を縦に振らなかった。こうして買い物を楽しんだ俺たちが次に向かったのはなんとゲームセンターだった。楯無さんはこういう場所には行ったことがなかったらしく、俺の腕をつかみとてもはしゃいでいた。

 最初に選んだゲームはなんと、ゾンビを倒していくシューティングゲーム。本人曰く、銃の扱いは慣れているらしく宣言通り一発で全クリをしてしまった。それからはお昼まで、思う存分遊びまくったのだった。

 

 

「…楯無さんもクリスタからよく食事処の話を聞かされるのですか?」

 

 食べていたハンバーガーを飲み込み、このお店を指定した楯無さんにクリスタのことを聞き出す。

 

「まあね…。あの子の()に対する執着心はもはや、彼女の生きがいのようなものだし…。私でも止められないわ」

 

「はは…。確かに言えています」

 

 彼女は飲んでいたシェイクから手を放し、視線を窓ガラスへと向けてどこか遠い目をする。その表情には見覚えがある。それは俺も体験させられたものでもあったからで…。

 

 

 しばらくして、楯無さんはそうだ、と言い話の話題を変えた。

 

「そういえば彼女、最近学園で見かけないけどどこかに行っているの?」

 

「ああ、クリスタは確か本国に戻って専用機を受け取りに戻っているはずですよ。確か3,4日前には既に」

 

「なるほどねぇ。あの子のISは自爆していたし…」

 

 楯無さんは何か思うところがあるのか、ぼんやりと外を眺めながらポテトを頬張る。俺もつられて外を見ると、空は雲に覆われていた。確か、午後には雲で覆われるって言っていたっけ。

 

 この後の予定を聞こうと楯無さんの方を向くと、彼女は何か独り言をしゃべっていた。

 

「ええ…。ええ。そう…わかったわ。今すぐに向かいましょう」

 

「…楯無さん?」

 

 俺の言葉に耳を傾けることなく、彼女はその場で立ち上がる。

 

「ごめんね、一夏君。お姉さん、急用ができちゃったの。だから、お出かけはこれまで!」

 

 彼女は笑いながら、俺に謝る。だが、その笑顔は嘘だった。いや、作り笑いなのだ。

 

「…俺も行きます」

 

「え…?」

 

「何か事件とかが起きたんですよね?俺も手伝います。何だか、今の楯無さんを一人にしておけません」

 

 俺の言葉で彼女の笑顔は消える。

今の彼女はどこか危なっかしく、放って置けないのだ。さっきもこのお店に行く途中、横断歩道で危うく車にひかれそうになっていた。その時は近くに俺がいたから助かったものの、今の楯無さんなら何が起こっても不思議ではない。

 

「ありがとう。そう言ってくれるのは、嬉しい。でも…」

 

 そして、彼女は目を閉じ胸に手を当てる。

 

「これは、私の…いえ更識(私たち)の問題なの。だから、あなたを巻き込むわけにはいかないわ」

 

 

 

「だから、ごめんね」

 

 楯無さんはそう言い残し、俺に背を向けてお店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてっと、始めましょうかね」

 

 ISスーツ姿の楯無は、遠くの海を見据えた。

 アメリカ国籍の秘匿空母。それがここから数十キロ先に停泊しているという。日本にアメリカ軍の基地は多く存在し、港にアメリカ軍の戦艦がやってくるというのは珍しい話ではない。だが、その船が()()()()と関わりが深いとなれば話は別となる。

 彼女のIS霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の秘匿通信で知らされた情報は、彼女の目を見張るほどの内容だったのだ。

 

「まさか、亡国機業の関係者がアメリカ軍に所属していたなんてね」

 

 ISが登場して以降、反社会的な活動をする組織の中には軍から追い出された兵士たちがいるという噂はよく聞く。だが、実際にこのような形で知ることになったのは初めてであった。

 

 ”アメリカ軍の空母から亡国機業の幹部の個人情報を手に入れる”

 

 それが彼女に課せられた極秘任務であった。亡国機業などの反社会的勢力に関わっているかもしれないという人物のリストは既に存在している。だが、あくまでそれは憶測。事実に基づく情報ではないのだ。

 

「さってと一泳ぎしましょうか」

 

 夕陽に照らされた海を見つつ、彼女は軽くストレッチをし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長、全ての準備が整いました」

 

「うむ、そうか」

 

 艦長と呼ばれた白髪の男は、顎髭に手を当てて満足そうにうなずく。

 

()()()()()()()()()

 

 







ちなみに私は肌からがきゅうりが生えてくる難病を患うという変な夢を見ました。

怖かった(小並感)。


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第42話 私は正しいことをしている

 なぜ俺はあのまま見送ったのだろうか。

 無理にでも引き止めるべきだったのだろうか。俺には分からない。

 気付けば、IS学園行きのモノレールは終点に到着していた。

 

 明らかにあの時の楯無さんは無理をしていた。無理に笑顔を作っていたのだ。しかし、彼女は更識の問題だと言った。無関係な俺がしゃしゃり出る所ではなかったのは自覚している。何か手伝えることがあったんじゃないか?そんな想いが俺の中でぐるぐると巡る。

 しかしそれ以上に、そんな彼女に対して何もせず、ただ彼女の背中を見ることしか出来なかった俺自身の不甲斐なさに憤りを感じていた。

 

「あら織斑くんじゃない」

 

 聞き覚えのある声に俺は我に返る。

 気付けば俺は生徒会室に足を踏み入れていた。目の前の机には、虚さんと簪が何かの資料を前に話をしていたようだ。

 

「一夏…その荷物どうしたの?」

 

「あ、ああ。ちょっと楯無さんと買い物に行っていて。それでこの荷物を…」

 

 そうだ。俺は楯無さんが買った荷物を持っていってもらおうと虚さんに…。

 

 

 

 

『これは、私の…いえ更識の問題なの。だから、あなたを巻き込むわけにはいかないわ』

 

 

 

 ふとあの時の光景が再び頭に浮かぶ。

 そうだ。何も更識の関係者は楯無さんだけじゃない。他にもいるんだ!

 俺の中で何かが掻き立てられる衝動が起きた。絡まった糸がほぐれたように頭が冴え、居ても立っても居られなかった。両手に持っていた荷物を放り投げ、テーブルへと近づく。

 

「虚さん!」

 

 テーブルを強く叩き、二人は一瞬体をビクつかせる。そして、互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 

「楯無さんは今、どこで何をしているんですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楯無は違和感を覚えていた。

 進めど進めど聞こえてくるのは彼女自身の足音だけだった。鋼鉄の床から鳴り響く重々しい足音は、通路中にこだましていた。だがそれ以外の物音は何一つとして、彼女の耳やハイパーセンサーから聞き取れなかった。

 

 おかしい…なんで誰もいないの。

 

 楯無は秘匿艦に潜入してからそのことが頭から離れなかった。秘匿艦と言えど、彼女のいる船はただの艦ではないのだ。

 彼女がいるのは米軍特務部隊『地図にない基地(イレイズド)』が所有する秘匿艦。米軍屈指の技術力や実力を兼ね備えたIS専門の部隊と言われるあのイレイズドだ。その部隊の持つ船が意味もなく、日本付近の海に停泊しているわけがない。

 

 もしかしたら、何らかの事情があり寄港出来ずにいるという可能性もあった。この船は数十年ほど前まで、艦載機が豊富に搭載されていた空母として活躍していた。だがISの登場以降戦闘機などの既存の兵器よりも、ISに注力されるようになり、この船は空母としてではなくISの研究や実験、さらには実践訓練や輸送を行うための秘匿艦へと姿を変えている。そのISに関することで日本へやってきているとも考えられるのだ。

 

 だが、それでも今の状況を説明できる理由にはならなかった。なぜなら、彼女はこの秘匿艦内で人の姿を誰一人として目撃していないのだ。彼女が確認したどの部屋にも鍵は掛けられておらず、勤務している人や休んでいる人、談笑している人は誰一人としていなかった。しかしながら、どの部屋もライトだけは煌々と部屋全体を明るく照らしていた。それに物は荒らされておらず、壁や床に付着した血しぶきもない。

 まるで急に人が消え去ってしまったかのような、そんな不気味な雰囲気が漂っていたのである。

 

 

 これらの状況から考えられることはただ一つだった。

 

 ____この艦は、もう既にイレイズドのもの(秘匿艦)ではないと。

 

 長時間も停泊し、艦内に乗組員を残さない事に米軍のメリットは皆無であったからだ。なんらかの事情により、他の勢力がここ船を掌握している可能性があった。

 米国に敵対する勢力による仕業?元米軍人による蜂起?情報を握られていた亡国機業が手を回した?いくつかの可能性が彼女の頭によぎる。

 

 仮にどちらかの理由であったにせよ、尚更早くデータを回収せねばならなかった。それらにとって自分自身の存在は邪魔者でしかない。排除されるのは目に見えていた。

 

 改めて今の状況を飲み込んだ楯無は、より一層神経を尖らせながら彼女の頭の中で描いていた地図と照らし合わせて進む。その行く先々で彼女は何度も周囲の警戒を怠らなかった。突き当りでの分かれ道。扉のない開かれた部屋の前。左右に大きな謎の機械がある道。例えそれが人気のない異様な雰囲気の中でも、私は狙われていると自分自身に言い聞かせる。

 さらに、もしかしたら後をつけられているかもしれないと、いつでも対応できるようにと心の中に留めていた。仮に襲いかかってこられたとしても、自分の体に深く染みついた()が、自分の手が、足が、体が、脳裏に眠る本能が守ってくれることを信じていた。

 

 一歩また一歩と足を進めていくたびに彼女の鼓動は早まるばかりだった。まるで任務をさっさと終わらせて、この空間からすぐにでも脱したいと思っているかのように。普段行ってきた任務では、これまでこのようなことは考えもしなかった。仕事に責任を持ち、尚且つ完璧にこなしてきたからこそ今の()()があり、そして今の彼女がいた。だが、この秘匿艦へと潜り込んだ時に感じた違和感が彼女のこれまでのリズムを乱していた。別に何かに追われているという危機感も誰かの命が失われようとしているという焦りはない。並々ならぬ違和感と誰もいないにも関わらず感じる重苦しい空気が任務をしっかりと遂行させるよりも、事が大きくなる前にさっさと終わらせようという一種の焦燥感に心が大きく傾いていた。

 

 一体どれだけの時間が過ぎたのか、彼女にはわからなかった。彼女が誰もいない道を進んでいた間の時間というのはとても重く長く感じられていたはずだが、今はその感覚はすぐに一瞬のことであったと錯覚してしまうほどに安心しきっていた。

 

 楯無は念のためにと、ハイパーセンサーを展開させて、秘匿艦の地図を確認する。だが、すぐにISの不具合があるという表示で目の前を埋め尽くす。

 

 こんな時に故障なんて…。

 

 帰ったら修理をしようと心に決めて、故障しているという蛇腹剣(ラスティー・ネイル)の部分などを読み流し、地図を表示させた。そして目の前に現れた地図を触り、動かしながら今いる位置のずれがないか確認した。そしてすぐに、さっと左手を振り下ろして地図を閉じ、扉をじっと見つめた。彼女はこの秘匿艦の中枢に位置する、軍人の個人情報が眠るセントラルルームへとやってきたのだ。

 

 楯無は恐る恐る、目の前にある灰色に染まる扉のくぼみへと触れる。辺りが通路灯で淡く光り続けている所から、電気が通っているのは確かだった。

 扉へのハッキングの必要があるのか、もしくは無理矢理こじ開けなければならないか、と二つの可能性があると彼女は考えていた。だが彼女の手が触れるや否や、その扉は情けない擦れた空気音を立てて彼女を中へと招き入れた。セキュリティがかけられていない事に、不思議に思いつつも無駄な手間が省けたという幸運に感謝をし、彼女はすぐに中へと入った。

 

 やはりとも言うべきか、セントラルルーム内にも人はおらず、そして相変わらず光で明るく照らされていた。決して人を多く入れるためではないためか、それほど部屋の中は広くなかった。地面に固定された丸椅子が数個と、その椅子の目の前に置かれた青白い画面を表示し続けているモニターが各々用意されているだけだった。

 

 楯無は部屋の奥側に設置されたモニターの前にある椅子に座り、そのコンピュータへとハッキングをかける。この手の作業には慣れていた彼女はハッキングを手早く終え、データの吸出しをするために、少しだけ小細工をかけた霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)を部分展開し、コンピュータとリンクさせた。

 全ての準備を終えた彼女は一息をついてから、目的である亡国機業の関係者と思われる名前を検索する。

 

『スコール・ミューゼル』

 

 亡国機業の実働部隊と呼ばれる、要はISを扱う部隊の人物である。全く信ぴょう性がないとも言えるその情報を確かめるべく、霧纒の淑女はその人物の名前を自動的に探索する。モニターに表示される何百人ものアルファベットが高速に流していく様を彼女は見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いけませんね。部外者は立ち入り禁止ですよ?」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

「あなたのような国家代表ともあろうお方が、こんな場所におられては国際問題になりかねません」

 

 楯無がセントラルルームの入口を見ると、そこには白い軍服を着た男がいた。白い帽子のからはみ出た髪や髭には白髪が混じり、顔に彫られた皺から年配であることがうかがえた。だがその男は老いを感じさせないくらいにピシッと背筋を伸ばして、カラフルな勲章が飾られている胸を張り、振り向いた楯無を見ていた。

 

「あなたが背負っているのは、家柄やIS学園の学生だけではないはず。あなたは国を、全国民の代表として立たれているのですよ。更識楯無。それを理解しての…」

 

「だから、こんなことはやめなさいって?」

 

 楯無は自身の左腕に部分展開しているISを流し目で見ながら指を指す。彼女の左腕からはいくつかの細い管がコンピュータへと延びていた。

 彼女は直感的にこの男は普通の軍人ではないことを悟った。彼女とて、ただ情報を収集するのをぼーっと待っているだけではない。ISのハイパーセンサーを使い、セントラルルームに近づく人物を調べるために熱感知センサーを発動させていた。普通ならば、誰かが近づくことでセンサーに反応があったはずだった、普通ならば。だが、今彼女の目の前にいる男は熱にも反応せず、そして音もなく彼女に近づいたのだ。最新鋭のシステムが組み込まれているこのISでさえも感知できずに、後をつけられたとなると、手慣れであるのは確かなことだった。

 

「悪いけどそんなお願いは聞けないわ。これは世の中のための大義よ」

 

「世の中のため…」

 

「そう。ただ純粋にISを学びたいと思っている学生が集まるIS学園に危害を加え、尚且つISを用いて世界中を混乱に貶めようとしている連中を放っておくわけにはいかない。例えどんなに汚くて、卑怯者だと罵られようとも、これは誰かが自分の手を汚さないといけない」

 

 日夜行われている国家間や反社会的勢力による裏工作。国力を蓄えようと、他国よりも優位に立とうと、利益を追求しようと…。様々な思惑から国を守り、そして国民を守ってきた。それが更識家であり対暗部用暗部であった。

 この世に更識家の人間として生を受けたからには避けられない道のり。何度も彼女は人間の汚い部分を見てきた。健全であったはずの世界の裏側に広がる醜穢(しゅうわい)で私利私欲にまみれた世界を知った。それを彼女は自分一人で受け入れ、そして今の地位にまで上り詰めた。それを他人から非難される筋合いはなかった。

 

 

 軍服を着た男は返事もせず、ただ楯無をじっと見つめていた。急な任務であったために彼女には護身する武器を持っていない。だが、今の彼女にはI()S()があった。それは彼女の左腕を見れば明らかなことだった。

 

 

「なら……あなたにとってのISは何ですか?」

 

「IS…?」

 

 楯無は、男の質問に思わず聞き返す。

 

「なぜ、あなたはロシアを利用してまで、ISを必要としていたのですか?富のため?名誉のため?それとも、今のように便利な道具として使うため?」

 

 男は彼女の左腕を見ながら話をした。

 何を言い出すかと思えば、真面目な顔でISとは何かと言いだしたものだ。突拍子もない発言に彼女は緊張の糸が切れ、笑いが込み上げてきた。

 

「ふふ…あははは!急に何を言い出したかと思えば、変なことを聞くのね。んくくく…あーおっかしい」

 

 楯無は腹を抱えて笑い声を立てる。思わず流れ出た涙を袖で拭き、呼吸を落ち着かせた。

 

「そんなの決まっているじゃない。あなたのような、ろくでもない人間たちから国を守るためよ」

 

 男が彼女を油断させようとしているのか、はたまた別の狙いがあるのか定かではなかった。だが、優位な立場にいるのは自分だと彼女は確信していた。

 

「ISは()よ。力を持たない国が他の国に屈するなんて当たり前じゃない。だからこそ諸外国は日本が持っていたIS技術の情報開示を求めた。そりゃあ、あんな『白騎士事件』なんて見せられたら当然よね」

 

 検索には時間が掛かっていた。

 膨大な量のデータベースから一人の人間の情報を探し出しているのだ。似たような柄の石ころがゴロゴロと転がる川辺の中から一つだけ目的の石を見つけ出すようなもの。それをこなすには、果たしない労力と時間が必要であった。

 丁度良いと彼女は目の前にいる男の話に乗ることにした。

 

「ISはアラスカ条約で軍事利用の禁止されている。とはいっても、この船で研究されていた『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は軍用として開発されていたIS。軍事利用は禁止していても、()()使()()ISにはなーんにも規制はされいていないわ。だからみーんな血眼になって研究しているじゃない。力を得るために。じゃあ聞くけど、何であなたはこんな事をしている私をそんな所でただ見ているだけなの?口だけでしか止めようとしないの?」

 

 男は何も答えなかった。

 口が糸で縫い付けられているかのように口元をぎゅっと結び、じっと彼女を見ていた。

 

「これが現実よ。あなたはISを恐れているから、私に何もしてこない。あなたもISは力だって知っているじゃない」

 

 しばらく表情を変えなかった男だが、彼女の言葉に口を歪ませる。

 そして何かを諦めたかのようにため息をつき、せわしなく思考を続けるコンピュータの吐息と唸り声に混じりながら閉じていた口を開いた。

 

 

 

 

 すると突然、けたたましい非常ベルが部屋全体に鳴り響く。

 

『現在、コノ艦ハ自沈装置ヲ作動サセテイマス。乗員ハ、タダチニ避難シテクダサイ。繰リ返シマス。…』

 

 甲高い警報音と繰り返される抑揚のない機械的な言葉に楯無は思わず、心臓をドキリとさせる。

 誰がこのようなバカげたことをしているのかは、明白であった。彼女は入り口にずっと立ち尽くしている男を睨みつけた。

 

「あなた、いったい何を…」

 

 彼女が言葉を発する間もなく、セントラルルームに強い衝撃が走った。艦に何かが強くぶつかったような、外部からの衝撃だった。部屋全体から軋む音が聞こえ、天井から埃が舞い散る。

 

 椅子に座る楯無は左右に揺さぶられる艦内で地面に固定されたコンピュータにしがみつく事で精一杯だった。

 

 

 

 

「了解、作戦を継続します」

 

 

 

 

『大型の熱源を感知』

 楯無のハイパーセンサーにそのような警告文が表示された。船の外壁が壊されたのかと一瞬考えがよぎる。だが、ここは艦の中枢。外からの攻撃がここまでやってきていたのだとしたら、既にこの艦は沈んでいるのだ。

 ならばこの警告は何を意味しているのか。熱源の位置を確認すると、それはすぐに見つかった。

 

 

「やはり、もう既に結論付けられていたのです」

 

 

 軍服を着る男は艦の揺れに動じず、石像のように立ち尽くしていた。そして、その男の体は眩い光を放ち、周囲の空気を取り込むかのように風が起きる。その風は楯無の近くをも巻き込み、塵や埃を巻き上げる。彼女は光で目がつぶされないようにと、右腕で両目を覆った。

 

 そして、それは一瞬にして静まり返り、男が立っていた位置には一機のISがいた。全身装甲(フルスキン)により顔は覆われ、エメラルド色の瞳がじっと彼女を見ていた。赤黒い装甲に左腕に装着された鱗のような鞭。どれも彼女が一度目を通していたISと一致していた。

 

 

()こそが全てだと!」

 

 

 赤黒いISは楯無の方へとゆっくりと歩み寄る。一歩進む度に地面の鋼鉄が凹み、左腕にある鞭をじんわりと赤く光らせていく。

 

 

 第二世代型IS『エピオン』

 6年前に起きた研究所の爆発事故により、消息を絶ったISであり、そしてIS学園を襲撃し無人用のIS二機を鹵獲した張本人。

 

 エピオンを男が操縦している。その事実を彼女は知っていた。IS学園で残されていた防犯カメラから顔を割り出し、その操縦者の捜索を行っていた。だが、その男性操縦者があのような壮年の男であるとは、全く知らされていない事実であった。

 

 

 

 エピオンは途中で歩みを止めると、その刹那にそれはその場から浮かび上がる。床がひしゃげ、足跡を残すほどの勢いで飛び上がったエピオンは左腕を振るい、それを力いっぱいに右から左へ薙ぎ払う。

 

 赤く熱を帯びた鞭は、コンピュータや椅子だったものの破片を周囲に撒き散らしながら楯無へと襲いかかる。

 彼女は霧纒の淑女を全身に展開させて、右腕でその攻撃を受け止めようとする。だが、エピオンの鞭は対応しようとした楯無ごと後ろの壁へと吹き飛ばした。

 

 

 ISによる不意打ち。

 想定外の動きに彼女は驚きを隠せなかった。だが、既に考えを切り替えていた。既にコンピュータからのデータは抜き出してある。

 後はこの秘匿艦から脱出するだけであった。清き熱情(クリア・パッション)による爆発でこの場を切り抜ける。

 彼女の思考は冷静であった。すぐにアクア・ナノマシンを散布させるためにアクア・クリスタルを作動させる。

 

 

 だが、それは動かなかった。

 

 

 

『アクア・クリスタルから過剰な数値を検出しました。Excessive numerical value was detected from Aqua Crystal 』

『ナノマシンの構成中に異常が発生しました。 An abnormality occurred while configuring the nanomachine』

『ナノマシンの散布を正しく行うことができません。 Scattering of nanomachines cannot be done correctly』

『ISスーツから電気信号を読み取ることができません。 Electrical signals cannot be read from the IS suit』

『ISスーツとの同期に失敗しました。 (エラーコード:UX00002800)Failed to synchronize with IS suit (Error Code: UX00002800)』

『問題が発生したため正しく同期を行うことができませんでした。 Synchronization could not be done correctly as a problem occurred』

 

 

「え…?」

 

 彼女は立ち上がろうとした。

 だが、脚を動かすことはできなかった。

 

 彼女は腕を上げようとした。

 だが、腕を上げることはできなかった。

 

 彼女は近づいてくるISの方を向こうとした。

 彼女の首は上を向くことはなかった。

 だが、彼女の目線は段々と上へと上昇していった。

 彼女の目には、エメラルドグリーンに光る二対の双眸が写っていた。

 

 その時、初めて彼女は自身の首を掴まれている事に気がついた。

 

 血のように赤く染まったV字アンテナと顎。そして、白い肌に黒く覆われた頭部の装甲。その顔を覆うISの全身装甲(フルスキン)に、彼女はどこか既視感を覚えた。

 

 

「悪く思わないでくれ、()()()()()()()()()()

 

 

 



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第43話 決意

「これはただの仕事ではないの、それを織斑君は理解していないわ」

 

 虚さんは俺を、突き放すように言い放った。

 彼女の鋭い目つきはいつも見ているときよりもさらに険しく、そして俺を拒むかのような強い口調だった。

 

「そんなことはわかっています。ただ、俺は楯無さんが危険な状況下に置かれているということを聞いただけで、はいそうですかと見過ごすわけにはいきません!」

 

 

 

 

 

 

 目の前にいる二人から一体何が起きているのか、聞き出すまでもなくその様子からすぐに分かった。俺が楯無さんについて問い詰めようとしたとき、虚さんは詳細を話そうとせず何でもないと言わんばかりに話をはぐらかした。

 

 その時、俺は虚さんの近くにいる簪の様子がおかしいことに気がついた。

 胸に当てている手は若干震え、目は俺を見ようとせずあちこち泳がせていた。彼女とて虚さんは何年も顔を合わせている知り合いだ。虚さんに対して不信感を持っているから震えているわけではないのは確かだった。そんな彼女が何かに怯え、不安に掻き立てられている所を見れば明らかに並々ならぬ事態だ。それがより、俺への決心につなげた。

 何より、彼女の着る制服の袖の隙間からISスーツがちらりと見えていた。学園での夕方以降、ISの使用は基本禁止されている。面倒くさがりではない彼女はいつも、ISスーツを必要な時以外に着ているところを俺は一度も見たことがない。そこから推測されることはただ一つ。これからISを学園外で使うようなことをするのだ。

 

 観念したのか、それとも何か意図があるのかは俺にはわからなかった。だが、虚さんは深くため息をつき、これから言うことは他言無用だということを忠告してから話をし始めた。

 

 ISの救難信号。

 その信号を数十分前に確認したと虚さんは言った。言わずもがな、楯無さんのISだ。国際IS委員会から依頼されたという”急を要する仕事”を受けて、彼女は目的の場所へと向かったという。

 その救難信号とやらは、ある特定の状態になった際に送られてくるらしい。ISの故障や不具合、操縦者からISが離れる。そして、ISのシールドエネルギーの喪失。

 どれを取ってみても、楯無さんが危険な状況にいるということを示していた。だからこそ、俺は虚さんに手伝わせてもらうように頼み込んだ。だが、彼女はそう俺を認めなかった。

 

 

 

 

「…俺が弱いからですか?」

 

 とっさに呟いた。

 なぜ俺を頼ってくれないのか。信頼していないのか。その行き着く先に待っていた言葉だった。

 

「確かに俺のIS操縦技術は他の専用機持ちよりも練度も経験も低いです。ですけど、そんなことを言っている場合では!」

 

 今でも俺は他の専用機持ちの皆からISの指導を受けている。もちろん、楯無さんからも。IS操縦者になって早半年。あの頃と比べたら幾分かは戦い方に慣れてきたものの、まだまだ俺は未熟者だった。

 

 

「…違うの、一夏。そうじゃないの」

 

「簪…」

 

 今までずっと黙っていた簪が口を開く。震える手をぎゅっと握りしめて。

 

「一夏は私たちが…()()がどんな立場か知っている?」

 

「ああ…少しだけなら」

 

 更識家。

 生徒会に強制的に入れられた時に楯無さんから少しだけ話を聞いていた。何でも日本を脅かすような脅威から守るために裏舞台で活動をしているとかなんとか。そのメンバーが生徒会として集まり、IS学園の安全を守っているということも。

 

「お姉ちゃんが受けたこの件もその仕事なの。…つまりはね、お姉ちゃんは協定違反の活動をしているの」

 

「協定違反…?」

 

「そう。私たちがやっている事は見つかれば捕まってしまう行為。定められた場所以外でのISの無許可使用。…それだけじゃない。他にもやっている。見つかれば、IS学園(ここ)には居られなくなる…そんな事を私たち更識はやっているの。だから…」

 

 危険な目に合わせたくない。

 そう彼女たちは俺に必死に説得していたのだ。

 虚さんがあれほどまでに俺を突き放すように言っていたのも、もしものことが俺にあったらいけないから。部外者である俺が関わる必要がないのだと。唐突に彼女たちの考えが頭の中へと駆け巡り、波が引くようにすっとどこかへと遠のいていく。

 

 協定違反。

 あの分厚い電話帳のような資料集のコラムに違反行為をするとどうなるかが書いてあったとふと思い出す。だが、あんな小さな部分に目を向けるほど勉強の余裕はなかったし、そもそもそんなこと俺は知らない。知らないからこそ、俺に無謀である自覚は残念ながら持ち合わせていないという事になる。

 

()()がどうしたっていうんですか。俺は助けに行きます」

 

 俺の言葉に二人はパッと目を見開き、同じようなリアクションをとった。

 

「織斑くん、あなた自分で何を言っているか分かって…」

 

「分かっています。俺はIS学園の生徒ですので」

 

「だからって…」

 

「だからこそです」

 

 俺には、確信が持てていた。

 あの(シャルロット)時のように、頭が冴えてどうすれば良いか考えなくとも分かりきっていた。

 

「『IS学園はいかなる国家、組織、宗教であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない』規約に書かれている条文です。IS学園に所属していると知られている俺なら、誰にも邪魔をされずに楯無さんを助けに行けます」

 

「織斑くん…」

 

 虚さんや簪が思っている事は理解できる。

 けど、だからといって楯無さんを助けない訳にはいかない。

 だって俺は、大切な人を守ると決めたんだ。そのための力を俺は持っているんだ。

 

 

「じゃあ話は済んだかしら」

 

 

 ふと背後から聞き慣れない女性の声が聞こえ、すぐに振り返る。そこには、スーツを着た見知らぬ教師が開けられたドアに寄りかかっていた。

 あれ…この人どこかで…。

 

「アリーナは既に手配しているわ。後は更識さんと織斑くんが行くだけよ」

 

 髪を後頭部に結い上げている教師はにこりと後ろにいる虚さんへと語りかける。

 

「ありがとうございます、先生。…織斑くん、今すぐISスーツを着て準備して。第四アリーナに行くわよ」

 

 虚さんの言葉で俺はより一層身を引き締めらせる。

 短い返事を返して、俺は教師の横をすり抜けてアリーナへと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 アリーナは暗く、闇夜に包まれていた。月明かりは雲によって遮られ、ぼんやりとシルエットを見せるのみであった。

 ISを射出するピット部分にだけ明かりが灯され、地面には二つのコブのような影が写し出されていた。開け放たれたピットから見える反対側には、打鉄弐式を装着する簪が薄っすらと見えている。

 

『位置データは簪お嬢様が持っています。そちらを参考にしてください』

 

 システム越しに虚さんの声がまるで近くで会話をしているかのように聞こえてくる。

 いよいよだ。カタパルトデッキに両足を載せると俺は深く呼吸し目を閉じて、体の緊張をほぐした。

 

『あくまで会長の保護が優先です。単なるISの不具合であればよいのですが、敵との戦闘に巻き込まれている可能性もあります。敵の数や実力は未知数です、できる限りの戦闘は避けてください』

 

「分かりました。白式、いつでも行けます!」

 

「打鉄弍式、大丈夫です」

 

 俺の声に続けて簪が虚さんへ返事を返す。

 別に楯無さんが敵の攻撃を受けているわけではないのだ。落ち着くんだ、俺。

 

『射出タイミングはそちらへ譲渡しています。…お嬢様を…会長を頼みます』

 

「任せてください。織斑一夏、白式いきます!」

 

 カタパルトが勢いよく射出され、反動で後ろへと仰け反る。

 冷たい風を受けてアリーナ内へと押し出された俺はその勢いを利用し、そのまま開け放たれた天井へと駆ける。普段ならばISシールドによってアリーナ外へは行かないはずなのだが、説明されていた通りに俺を隔てる壁はなく、すんなりとアリーナの外へと俺は飛び出した。

 すると、すぐに強い潮風が俺の体中に吹き荒れる。嗅ぎなれた潮のにおいに満たされながら、後ろを振り向くといつもは見ないIS学園と本土の光景が目に飛び込んできた。人工の光で満ちた風景を見ていると、簪から通信が入る。

 

「…私が先導するから、一夏はついてきて」

 

 俺は彼女の後を追い、月明かりのない暗い夜の海へ飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に良かったのですか、中井先生。織斑くんを行かせて」

 

「あら、行かせた後で今更そんなこと言い出すなんて、卑屈ね」

 

 オレンジ色に染まる管制室で布仏虚が中井へ顔を向けずに話しかける。

 

「既に米軍側には状況を伝えているわ。おそらく、もう動き出しているかもね。織斑一夏が行こうと行かまいと結果は変わらないわ」

 

「全く…。少しは生徒に対して心配というのは感じないのですか?ここはIS学園なんですよ。国際IS委員会の役員であるあなたはここでは教鞭をとる立場。しっかり自覚をしてもらいたいものです」

 

 虚は既に誰もいなくなったピットの扉が閉まっていく様を写している映像から、管制室のメインボードを操作する中井へと視線を向ける。

 熱心に何かを調べていた彼女の行き着いた先は、白式の戦闘データだった。

 

「だから言っているじゃない。米軍を向かわせているから心配はいらないって。それに、彼にはもっとISを使ってもらって、蓄積データを集めてもらわないとこちらとしても困るわ」

 

 操作の手を止めた彼女は座っている椅子の手すりに手を置き、表示される映像をじっくりと見つめる。

 その映像には、複数もの無人機ISを相手に果敢に立ち向かう白式の姿があった。

 虚は心の中で大きくため息を吐く。

 結局の所、ここへ来た目的はそれなのだと。IS学園の調査なんか建前だったのだと。改めて当主への依頼主の考えには賛同できずにいた。

 

「何より、戦力が多ければそれだけあの亡国機業の連中を捕らえられるチャンスにも繋がる。向かわせない訳にはいかないじゃない。あんな連中はさっさと潰しておかないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い屋敷の廊下を一人の女性が歩いていました。

 白い壁紙と模様の彫られた木でできた壁や、廊下の中央に敷かれている埃一つ落ちていない絨毯がより、屋敷の豪華さをひしひしと感じさせます。天井や等間隔に置かれた柱にはシャンデリアが部屋をより明るくさせ、壁には年季を感じさせる額縁に入れられた絵が飾られています。

 この空間にやってきた人ならば、この異世界に迷い込んでしまったかのような感覚をさせるこの場所で立ち止まり、じっくりと鑑賞してもらうように創られていたのかもしれません。しかし、廊下にいる女性はシャンデリアの光に照らされている飾りには一切反応せず、すたすたと歩いていきます。手を振り、鼻歌まじりに調子よく歩いているその様は、機嫌が良いように見えます。

 こうして長い廊下を歩いていた女性はあるところでピタッと足を止めます。その女性が向ける視線の先には、これまで見てきた扉よりも大きめの扉がありました。扉の脇にはこれまで見てきたものよりも、巧妙に作られたシャンデリアが飾られており、いかにも特別な部屋であるとでもいっているようでした。その扉をその女性は無神経にもノックをせずに扉を開け放ちます。

 

「やっほー☆お邪魔するよー」

 

 うさ耳のようなヘアバンドを付け、青いドレスを着ている女性は何とも吞気に手を振りながら挨拶をします。彼女が見つめる先には、黒いスーツを着た男が横長のソファーに座っていました。

 

「誰かと思えばやはりあなたでしたか、Ms.束」

 

 男性は突然入ってきた女性に驚かず、にっこりと微笑みます。

 

「久々だねー、クラウス・ハーゼンバインさん」

 

 束と呼ばれた女性もにっこりと微笑み、そしてゆっくり後ろへ下がりながら大きな扉を閉めました。

 

 



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第44話 記憶

 

「刀奈、私は…今の座を降りようと思っている」

 

 早朝の、太陽が世界を明るくし始めた頃。

 父は私にそう話し始めた。

 

 広い茶の間だった。普段は宴会などに使う、屋敷の中でも広い部類に入る部屋。畳と襖で覆われた、少し湿気った匂いのする部屋。

 

「急に代替わりをする訳ではない。きちんと段階を踏まえてお前に譲るつもりだ。お前も知っての通り、世界のパワーバランスは変わりつつある。ISという機械が今、世界の中心になろうとしている」

 

 IS運用協定成立以降、各国でIS開発が盛んになりISだけでなく、ISに利用されている新たな技術によって、目まぐるしいほどに技術がより進化を遂げていた。

 

「我々、更識もISを手に入れなければならない。既にロシアからISを入手する算段は立てている」

 

 それは、力を手に入れるため。守り抜く力を。それが私たちには必要だった。

 

「これが、()()としてやれる最後の仕事だ」

 

 父の言葉に私が返事を返そうとした時だった。突然、後ろから誰かが私の肩に触れた。

 

「ダメだよ」

 

 男の声だった。

 父よりも声が高い若い男の声だった。

 

「ダメって何が?」

 

 誰かもわからない男の声に私は無意識のうちに聞き返す。

 

 

 

 

 

「だって、俺はアイツが憎いんだ」

 

 空一面を覆う雲。石畳の道路に石造りの家々。植えられた街路樹や花壇。どこかで見た事がある光景。でも、それが一体何であるかは鮮明に思い出せなかった。

 ただ、はっきりとしている事はある。それは、誰もが感情を露わにしている事だ。

 

 幾ばくもの人々が道を歩いていた。それは、男であり、女であり、老人であり、若者であった。それらは手に看板や布や紙のような物を掲げ、感情を爆発させるように泣き喚き、怒声を響かせどこかへと歩いていく。少しだけ煙が漂い、遠くには炎の上がる建物があった。

 

「どこへ行かれるのですか?」

 

 道の端で呆然と立っていた私は道行く人の一人に声をかける。

 

「縺輔≠縺ゥ縺薙∈縺�¥縺ョ縺繧阪≧縺ュ」

 

 “さあ、どこに行くのだろうね”とエプロン姿の中年の女性は捲し立ててそう言った。早口だったがロシア語だった。ノイズが走ったかのようにひどく曖昧な言葉を話していたが、すぐに意味を理解出来た。

 

「彼女たちに会わなければ、螟ァ邨ア鬆はきっと病を患ったまま方言を話し続けるダサいやつに成り果てていただろう」

 

「私は通訳を担当していたの。じゃあそうならば、騾ク隕九お繝ェ繧ォも進む未来が変わっていたの」

 

 ささやくように道行く人々は私に声をかけて、どこかへと向かう。

 

 

「お前に俺の何が分かるんだ」

 

 後ろを振り向くと少年がいた。他の人々のようにどこかへ向かわずにいた。少年は道の脇にある綺麗に手入れされた花壇を何度も踏みつける。その度に草花は萎れ、めちゃくちゃに切り刻まれていく。

 

「奪っていったんだ!何もかも!繝ゥ繧、繝ゥでさえ!僕はただそれを見ているだけだった」

 

 拳を強く握り、何度も踏みつける。少年の足元には血が滴り落ちていた。ノイズのような不愉快な音を聞くたび、視界が揺れて意識が遠のく。

 

「ISさえなければ良かったんだ!あんなものがあるから、僕はアイツを憎まなきゃいけなくなるんだ」

 

 少年はその場にしゃがみ込み、手を地面につけ、何度も叩く。袖で目をゴシゴシと何度も強く擦った。少年は泣いていた。押し殺すように、耐えるように声を抑えて。

 そして青年は立ち上がり、こちらへ細い銃を突きつけた。

 

「クラウス、お前に俺が分かってたまるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を起こし周りを見渡すと、私には厚い毛布が掛けられていた。私の寝そべっていたベッドを囲むように白い布の仕切りで覆われている。空気は澄んでおり、どこからか空調の音が聞こえてきた。

 私はふと体にまとわりつく服の違和感に気付いた。着ていたはずのISスーツではなく、青白い病衣が着せられていたのだ。その瞬間に全身のあちこちから痛みの悲鳴が聞こえ始め、頬に触れるとそこには大きめのガーゼが貼ってあった。手の届く所にある仕切りの布を掻き分ければ、明るい太陽の日差しが私の体に降り注ぐ。これは何度か見たことのある光景である。

 私はIS学園の医務室にいた。

 

 あの何とも言い難い気持ち悪い体験は目を覚ました瞬間に、すぐに夢だと気がついていた。

 何故こんな事になっているのかを思い出す前に、あるビジョンが脳裏をよぎる。それは、私が先程まで体験していた夢の事だ。妙にくっきりとそして今でも鮮明に思い出される昔の記憶に似ている夢。父…先代更識楯無と言葉を交わした数少ない記憶だ。

 

 

 

 父は組織のトップとして、仕事を第一に置いていた。今当主として携わる私だからこそ当主としての責任や、仕事の重さを理解出来る。だからこそ、私たち姉妹と朝のおはようという挨拶をかわしたり、食事中に他愛もない会話をしたり、寝る時におやすみなさいという言葉をかけられたという記憶は私の中にはない。その父の代わりに、虚や本音がそこにはいた。だから、別に寂しさなどは微塵も感じてはおらず、それが当たり前のことだとずっと思っていた。

 私が覚えている事といえば、更識として私を受け入れた時と、どんな声だったかも思い出せない私たちを産んでくれた母の葬式の時ぐらいしか、父と会話を交わしていなかった。

 

 現在父は当主である私をサポートする側へ身分を変えているものの、仕事内容はこれまで行ってきたことと同じだ。半分、いやそれ以上の楯無としての任務を担っているからこそ、私はIS学園での任務を無理なく遂行できているのだ。

 …何故夢の事が気になっているのかと考えを巡らせてみれば、父のことではない。確かに何故父の夢を見ていたのかは不思議に思うが今はどうでもいい。それよりもあの夢の後味の悪さの事だ。時間が経つにつれて薄れていく夢の記憶に苛立ちを感じつつも、父の夢の後に体験した夢の光景がなぜか気になって仕方がなかった。

 

 …いや今更夢の事をうだうだと考えている場合か、私らしくない。寝ぼけていたからだろうかと、私はパチンと両手で頬を強く引っ叩きジーンとした痛みが顔中に広がる。特に左頬は針に刺されたような強い痛みだった。

 今確かな事は、私はあの強奪されたエピオンという赤いISに拘束され、そして誰かに救出されたという事だ。

 

「いっ…」

 

 ベッドから降り、冷たい地面に足をつけると両足から痛みが走る。だが、私は我慢して痛みを耐える。ここで止まるわけにはいかないのだ。まずは手元にない私のIS(霧纒の淑女)を探さなければいけない。

 ISの在りかをあれこれ考えつつ、痛みに慣れるためにベッドに腰掛けていた時、医務室の扉が開く音が聞こえた。ここに用がある人物は絞られてくる。

 

「…お嬢様。今はまだ安静にしていて下さい。傷の治りが遅くなります」

 

 白い布を掻き分けて入ってきた(うつほ)が近くの椅子へ腰掛ける。いつもの制服の格好だった。

 

「虚。医療用ナノマシンを私に使いなさい」

 

 学園の医務室で寝させられていたのであれば、通常の治療を受けていたという事を意味する。それでは遅すぎる。

 

「…そこまで急ぐ理由があるのですか?()()()()の準備は整えつつあります。それに作戦までにお嬢様のお怪我は治る予定です。これは担当医からの信頼できるお言葉です」

 

「それじゃダメなのよ…。時間がないわ」

 

 ただこのベッドの上で怪我が治るのをじっと待っているだけではいけない。今のまま、作戦の日を迎えてはいけないのだ。奴とはいずれ戦うことになる。その対策を講じなければ、あのシステムを完成させなければ今の私では勝てない。

 

 私のことをじっと見ていた虚は深く深呼吸をするといつもの硬い表情を緩める。

 

「本当、似ていますね。そういう所」

 

「…何の話?」

 

 珍しく昔の頃のようにぎこちない笑顔を見せる虚に私は首を傾げる。

 

「その負けず嫌いで無茶な事を言い出す所ですよ。良いですか、あのような薬に頼ってはなりません。本来体に備わっている治癒力を活性化させるとはいえ体には負荷がかかってしまい後々が辛くなります」

 

「それくらいのデメリットは承知の上で言っているわ。でもね…」

 

「お嬢様」

 

「…何よ」

 

 普段私の話を遮らない虚が私の話を途中で止めさせる。

 

「もっと頼って下さい。もっと私たちを利用して下さい。当主自ら動かれる所は私ら仕える者として尊敬する所です。ですが、怪我をされ、思うように動かなくなってしまったのであれば、私たちがあなたの手足として働きます。それが私たちの役目なのですから。無茶をされて、より症状が悪化してしまえば本末転倒の他ならないのです。…何より簪お嬢様が悲しまれます」

 

 私は喉まで出かけた言葉を詰まらせた。虚は単純にナノマシンのデメリットを気にしているわけではなかった。私はみんなから心配されていたのだ。当主である私に無理をしないで欲しかったのだ。そう考えると急に自分自身が恥ずかしく思えてきた。

 これまで任務を完璧こなしてきたから失敗などしなかった。それが当たり前だった。そんな傲慢さが心の何処かにあったのかもしれない。だからこそ、みんなから心配されているという自覚が薄れていた。こちらの意表を突いた作戦に惑わされていたからだろうか、ここ最近の亡国機業に関わる任務では立て続けに失敗。いつになく苛立っていた気持ちはこれだったのかもしれない。

 

「…わかったわ。ちょっとの間ここで大人しくしている事にする。その代わりに色々働いてもらうわよ、虚」

 

 私の言葉に彼女は短い返事を言い、笑顔で応えた。

 

 

「それで、今どういう状況になっているか教えて。私に何があったの」

 

 痛みの続く体に鞭を打ち、無理矢理ベッドの中へと戻る。確かにしばらく安静にしていた方が良いのかもしれない。

 虚は眼鏡をかけ直すと、左手に持っていたタブレットを操作しながら私へと説明をし始める。

 

「そうですね…。お嬢様には色々と伝えるべきことは多くあるのですが、まずはお嬢様が一番知りたいであろうあの日のことについてですね。単刀直入に申しますと、お嬢様は敵に保護され、こちらへ引き渡されました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりの見えない夜。

 海風が強く吹く海上で二機のISはある一点を見つめていた。視線の先にあったのは、火の粉を撒き散らし轟々と黒い煙を吐き出して燃え上がる一隻の巨大な船だった。

 

「あそこに楯無さんがいるっていうのか…?」

 

 白く塗装されたIS『白式』の操縦者織斑一夏はじっと燃え続ける船を見つめていた。

 

「…うん、指定された座標も一致、目標の船舶はあれで間違いない」

 

「くそっ…!」

 

 一夏は更識楯無の捜索のために一緒に来ていた簪の横を猛スピードで通り過ぎる。

 

「待って一夏、まだ周辺の状況を把握できていない…。これを囮にして私たちを狙う敵がいる可能性だって…」

 

「そんなこと言っている場合か!もし楯無さんがあそこに閉じ込められているなら時間の問題があるんだ。ハイパーセンサーにも反応はないし大丈夫だ、急ぐぞ!」

 

 簪は、振り返りこちらへ説得する彼の形相見て言葉を返すことは見つからなかった。彼の言う事も一理ある。彼女はそのまま彼に押し切られるまま、彼の後をついていった。

 

 

 一夏にとってみれば悠長なことなどしていられなかった。

 自分自身が世間にとってみれば重要な存在であったり、狙われる存在であったりするのは覚悟をしていた。だからといって、周りに、しかも女性に自分が守られている状況を彼は許さなかった。

 ”大切な人を守る”。それが彼自身の持つ一種のポリシーであった。あの時から、姉である織斑千冬がISの世界大会モンド・グロッソを棄権してから持つようになった考え。自分の立場が弱いために守ってくれる人に迷惑をかけ、そして傷つける。それを黙ってみているなんてことは二度と目にしたくなかった。同じ過ちを繰り返さないために。

 

 燃え上がる船へと一夏が降り立つと、どこかで爆発音とともに大きな揺れが起きた。それと同時に地面は傾き、一夏は思わず地面に手を付ける。船が炎を上げ、どこかで爆発をしているのであれば、今後この船がどのような結末を迎えるのか考えるまでもなかった。

 

「簪、本当に楯無さんはここにいるのか!?」

 

 一夏はやや高ぶった声で彼女へと叫ぶ。白式から提示されるハイパーセンサーからは簪の乗る打鉄弐式以外のISの反応は全くなかった。反応がない。つまり彼の探している人物(更識楯無)はISを装備していないということを意味していた。

 

「…うん。この船は米軍所有の船で間違いないし、お姉ちゃんがここに来たのは確か。でも正確な場所までは…」

 

 彼はすぐに考えを巡らせる。

 幸いにも想定されていた敵という存在は今どこにもいなかった。どこからかIS襲ってくる…なんてことはハイパーセンサーからは提示されていない。ならば安全に更識楯無を探し出すことができるのだ。

 

「…なら俺がこの船の中を探す!簪は船周辺の海を!」

 

 一夏は後ろにいる簪へと指示をする。

 とにかく、隅々まで彼女を探し出す他なかった。手掛かりがない以上、時間の許す限り全てを探さなければならなかったのだ。もし船にいないとなれば、海上のどこかに浮かんで助けを求めている事だってあり得る。一つでも可能性の芽を摘み取ってはいけない。

 

「見つけたらすぐに…」

 

 

 ____そんな必要はないさ。

 

 

 パートナーの簪の声ではない、高めの明るく優しい声だった。耳元で囁くようなこそばゆい声だった。

 

「え…?」

 

 聞き覚えのない声に一夏は何にも考えられなくなった。思考は止まり、その代わりに全身の血の気が引いていき、息づかいは荒くなり背筋に悪寒が走った。

 ハイパーセンサーには反応がなく、通信履歴には簪とのログ以外には何も残されていない。

 暑さでおかしくなってしまったのか。ふと先程の幻聴のことを思う。

 

 

 ____待っていたよ、白式。

 

 

 

 いないはずの何者かから再び声だけが聞こえてくる。だが、今度は男のような低い声だった。

 

 そして一夏はすぐに爆発したような音を聞き、現実へと引きずり出される。先程聞く音のように遠くで聞こえてくるものではなかった。

 音が聞こえた場所に目を向けると、そこには高くそびえたつ塔のようなものがあった。広々とした船の甲板に一つだけ立つ建物。船についてあまり詳しくのない一夏はあれが一体何の役割を果たしているのか想像もつかなかった。

 その建物の根元にはISが一機通れるほどの大きな穴がぽっかりと開いていた。周囲は何か鋭利なもので切られたように直線状の傷がいくつも残り、熱で溶けていた。そして、その穴から何かの物体が飛び出してきた。鱗のような皮膚で覆われた大きな翼を広げ、高く飛翔する。左手にある竜の尻尾のような長い鞭が風によって揺らめき、胸の所に埋められたエメラルド色の宝玉が一夏の目に留まった。

 

「お姉ちゃん…?」

 

「え…お姉ちゃんって」

 

 プライベートチャンネルから聞こえてくる簪の声に一夏は彼女の言葉を聞き返す。

 鱗の翼を広げるそれは目の前にいるIS(一夏たち)を見つけるとゆっくりと降りていく。全身装甲(フルスキン)に覆われた赤いISを、彼には見覚えがあった。

 

『あなたたちが探しているのは()()でしょう?』

 

 緑色の瞳を輝かせる、赤いIS『エピオン』は甲板へ降り立つと右わきに抱えていた更識楯無を一夏たちへ見せびらかした。

 整えられているはずの水色の髪は乱れ目元が隠れている。掴まれているISスーツ姿の身体はぐったりとしており、とてもではないが意識があるようには見えなかった。その姿を見た一夏は、内側からふつふつと湧き出てくる感情を抑えずにはいられなかった。

 

「てめぇ、楯無さんに何をした!」

 

 一夏は雪片弐型と左手の多機能武装腕(雪羅)を展開させ、エピオンを睨みつける。武装をするも、彼は一歩も動けなかった。いや、動けるはずがないのだ。下手に動けば楯無の命に関わる。

 いるはずのない敵に囚われの身の楯無。楯無を見つけられたという達成感と同時に怒りとも憎悪ともつかない鈍い痛みのようなものが胸の奥底にわだかまる。

 

『あなたたちが探しているのはこれではないのか』

 

 エピオンは右手にあるぐったりとしている楯無を肩にかけるように抱えると、一夏たちの所へとゆっくりと近づく。

 

『私はあなたたちにこれを返すために、わざわざこんなところで待っていたというのに』

 

「待っていた…?返す?」

 

 エピオンの言葉に一夏は戸惑いを隠せなかった。

 IS学園では、白式や無人機のISコアを狙い、ましてや自分自身の命を狙う組織である亡国機業。相手にとってみれば楯無の存在は厄介であるはずであり、敵対している者同士。その気になれば、その命を奪い去ることだってできたはず。それなにこちらへ引き渡すと言うのだ。彼の思考では敵の行動の訳を見出すことができず、とてもではないが考えが追いつけなかった。

 

『たまたまこれとはこの船で鉢合わせてしまいましてね。気が進みませんでしたが、少しばかり眠ってもらいました』

 

 一夏たちとは数十メートル先まで歩み寄ってきたエピオンは肩に抱えていた楯無を両手に持ち、仰向けのままそっと固い鉄の地面へと下ろしていく。

 

「なぜ…」

 

 薙刀を展開させ、刃先をエピオンに向けている簪は口を開く。

 

「なぜあなたはその人を救ったのですか」

 

 小刻みに震えながら薙刀を持つ簪の様子をただ呆然と見ていた一夏は視線をエピオンへと移す。エピオンは細い指先で楯無の乱れた髪を少しだけ整えると、数歩後ろへと下がる。

 

『理由などありませんよ』

 

 エピオンは両翼を大きく広げ、ゆっくりと月明かりを浴びながら大空へと上昇していく。

 

女性(レディ)に優しくするのは紳士としてのマナー。当たり前のことではないですか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後織斑くんと簪お嬢様によって回収され、精密検査を受けていただき、現在に至ります」

 

「にわかには信じがたい話ね。あの亡国機業が…」

 

 虚から経緯を聞いた私は彼女の話す言葉が信じられなかった。ISのハイパーセンサーには感知せず颯爽と現れ、私を一夏君へと託して海へと消えていった赤いISエピオン。ハイパーセンサーでさえ反応しなかったのであれば私も気付かなかったのも納得がいく。センサーに反応しない何らかの仕組みが施されていると考えてもいいだろう。

だが、なぜ私を一夏君たちへと引き渡したのかが謎である。こうして自由に手足を動かしていることができるなどと思ってもいなかったのだから。何せ、急にISが不具合を起こして…。

 

 

 そうだ。私のISは…

 

「虚!霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)は!?」

 

 脳内に電撃が走った。脳裏にあの時の光景が明滅する。鼻の気道が広くなり、生暖かい空気が鼻を過ぎ去っていった。

 

「お嬢様のISでしたら、現在本音に整備をさせています。ですが、それも簡易的なものです。なにせ蓄積ダメージレベルがDに達していたためにあまり手をくわえることが困難で…なので企業から整備士が」

 

「他には?何かおかしくなっているところはなかった!?不具合を出している部分は!?」

 

 前のめり気味に姿勢を前に傾けて虚へと問いただす。目を丸め、少しだけ引き気味に見つめる虚はタブレット端末に目を通した。

 

「いえ、蓄積ダメージレベル以外に不具合といった問題は何も見当たりません」

 

 

 

 

 

 ____ああ、そのようだ。お前もさっさと仕事を済ませろ。

 

 エピオンは不具合を起こし、動くことのできない私をいたぶった。私を蹴り上げ、剣や鞭で叩きつけ、私の首をきつく締めあげた。

 だが、やつはただ私をいたぶっていたわけではなかった。まるで、誰かと会話をしながら確かめるように、私のSE(シールドエネルギー)を削り上げ、そして蓄積ダメージをDにまで追い込んでいたのだ。何せ、やつは私のSEを1()0()0()()()()()()()()減らしていたのだから。

 

 

 

「ねえ虚」

 

「…はい」

 

「以前、一夏君とシャルロットちゃんにIS学園でテスト試験を行うためのIS装備輸送の護衛をやらせた時があったわよね」

 

 IS学園で生徒が企業の試作品を使う機会というのは多々ある。たまたま人手が足りなかったために、二人にその輸送を護衛してもらう機会が一度だけあったのだ。

 

「はい。確かその時、現れたテロリストたちとの交戦時に実験に使う装備の一部を破壊され、その影響で二人のISに不具合が起きた事故がありましたね。結局その後二人のISは正常に作動しましたが」

 

 その時、試作品の武器が爆発した影響により白式が使用の一切できない原因不明の故障が起きた。シャルロットちゃんのISにも拡張領域(バススロット)に一部不具合が起きていた。しかし、数時間経つとすぐに何事もなかったかのように二人のISは元に戻っていたのだ。

 

「その時の原因になった武装は判明しているわよね?」

 

「はい、IS委員会への報告書として資料は残されています。それをなぜ…?」

 

「あの時私が同じようなことをされたのよ、あの亡国機業に」

 

 

 



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第45話 昔の記憶

 

 

「それでだ、M‘s.篠ノ之。こんな遅い時間にどのような要件かな?」

 

 私の目の前でソファに座り、湯気だったコーヒーを飲む男__クラウス・ハーゼンバインは不思議そうに私を見つめていた。

 

「あれー? この束さんが来ても驚かないんだ」

 

「あなたの神出鬼没なところには慣れていますからね。それこそ何年も見てきた訳ですし」

 

 コーヒーカップをソーサーに置き、彼はソファからゆっくりと立ち上がった。

 私は彼を、クラウスさんの事を以前から知っていた。10年近くも前から。そう、ISを開発し始めた時からだ。

 

 

 

 

 大学の教授をしていた父の勧めで、私は会員なら誰でも参加できるという学会に参加した。

 ”研究というのは一人でやるものではない、知識のある人からのレスポンスも大事だ”。そう父に言われ、私の研究___IS(インフィニット・ストラトス)の原型となる研究を私は発表をした。きっと良い返答を求めてくれる、誰かが褒めてくれる、賞賛してくれる。その時の私は、それらの事だけを考えて発表をした。発表のために必要だからと、煩わしい英語をわざわざ覚えた。それもきっと、どこか心の中に秘めていた、私の研究を見てほしいという想いがあったのかもしれない。

 

 

 だが現実は違った。あの場にいた誰もが賛同をしてくれなかった。私のことを理解してくれなかった。それどころか、私の研究を……夢を否定された。

 

 その時なんて言われたかは今でも思い出せない。いや、こんなことは思い出す必要もないだろう。ただ確かなのは、誰も私を対等な立場として見ていなかったことだけだった。

 

 私の記憶にある中で初めて胆を嘗めさせられた直後の事。別室に呼ばれた私をある人物が出迎えた。それが、私と一緒にISを作り上げた人物と言っても過言ではない“先生”だった。正直言って、その時は誰にも会いたくなかった。自分の気持ちの整理がつかないまま、誰かとなんて会いたくなかったのだ。ロクでもない事を言われると思っていた私にとって、先生の第一声には耳を疑った。

 

『ぜひとも君の研究に協力をさせて欲しいのだが、如何かなお嬢さん?』

 

 皺のある白髪交じりの、どこにでもいるような小綺麗な老人が何を言い出すのか。その時の私は、きっと何か失礼なことを口にしたのだろう。近くにいた先生の部下だというクラウスさんが私に怒った記憶がある。息を荒くするクラウスさんをなだめるように、落ち着かせた先生は、私の研究についての話をし始めた。

 

 どうせ誰にも分かってくれない、そう思っていた私の研究に対して先生はあれこれと意見を言ってくれた。ISのエネルギー問題やコアの精製。更には当時まだ考えていなかった動力装置であるPICについても言及した。その時、隣で先生の話を聞いていたクラウスさんにはちんぷんかんぷんな言葉であっただろうが、私には先生の話す言葉が理解出来た。

 初めてだった。私のことを分かってくれる人がいるなんて。私を誘った父でさえ、私の研究を理解してくれなかった。大学で教授をしている父が分からないならば、誰一人として私の研究を理解できる人はいない。そう思っていた私の目の前に、初めて理解者が現れたのだ。あの時程、嬉しい気持ちでいっぱいになった事はなかった。

 

『私にならお嬢さんの研究が理解出来る。そして、そのパワードスーツを作り上げる設備も予算も知恵も私は提供できる。どうかな、君のその有り余る才能を私に託してもらえないだろうか』

 

 またとないチャンスだと、その時私は感じ取った。この人についていけば、前に進んでいけると。夢のままで終わらせずにできると。

 

無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)

 

『……ん?』

 

『このスーツの名前。インフィニット・ストラトス。絶対に間違えないでよね!』

 

 私は夢のために彼らと協力をしてISの研究をし始めていくことにした。

 それからの日々は毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。ドイツで研究をする先生とともにIS開発に精を出した。日本にいる私がアイデアを作り、そして先生の力を頼りに物を作製。先生の知識は私が思っていた以上に豊富で、私がISのシステムのアイデアを提案すれば、周りから『神様』と称される先生が一週間足らずでシステムを構築した。そんな先生の知識を吸収しながら時には欧州へと飛び、IS製作のための材料を視察したり、先生のいるドイツへと赴いたりした。

 

 つまらない学校での授業も、大した面白いとも思わない行事もIS開発をしている間だけは苦痛に感じなかった。だってそれらが終われば開発に没頭出来たから。

 最初は単なる空想でしかなかった。詳しいシステムも、素材もあるという前提で設計したIS。どう組みあげるか、資金はどうするか、そんな事を一切考えないでいたのだ。それがいつしか現実のものになっていったのだ。きっと先生に会わなければ作り上げられなかっただろう。今でも私はそう確信していた。

 

 

 クラウスさんは、あの発表からずっと私の研究を支えてくれた人物だ。先生と私が研究を円滑に進められるように手伝ってくれた。そんな彼とも、()()()以来音信不通になっていた。あれ以来、もう会う必要がない人物だろう。そう思っていた。

 

 

 

 

「そうそう、せっかくあなたがお見えになったのであれば一つ、私からMs.篠ノ之に聞きたいことがあるんだ」

 

 彼はこげ茶の大きな机に寄りかかる。持っていたコーヒーカップを置き、両手を後ろに広げてソファの近くにいる私をじっと見つめながら。

 

「ここ最近……いやかれこれ数年ぐらいかな。私の知り合いに妙な現象が起きているんだ」

 

「ふーん。その話って束さんに関係ある話なの?」

 

「はは、気が早いね。まあ最後まで聞いてくれ。……その知り合いたちは私の仕事仲間でね、よく私のIS開発に協力してくれていたんだ。でも知り合いたちは今とてもではないが、仕事がままならない状態にあるんだ」

 

「それは大変だね〜。病気でも患ったの?」

 

「いいや、何の病気にもなっていないさ。健康そのものだ」

 

 彼は目を閉じて、天井に顔を向ける。浅く深呼吸をして、何か思いふけるように間を取ってから口を開けた。

 

「あいつらは健康さ。どこも悪くしていないさ、()()()()()

 

「……」

 

「何も覚えていないんだ。あいつらの記憶の一部分だけぽっかりと失われてしまった。全部を忘れたわけではないんだが、私たちと交わした契約や、酷い場合じゃ私の事でさえ忘れてしまっている。これじゃあ商売にならないよ」

 

「大変だね〜それは」

 

「ああ、本当に大変だよ。()()()()でね」

 

 彼は私の目を見て、にっこりと微笑みかけた。彼は確かに笑っていた。含みのある言葉を口にしたにもかかわらず、物柔らかな目つきであった。でも私には記憶があった。彼は人の目を見て会話はしないのだ。

 

「”ニューラライザー”。自由自在に記憶を操作できるあの機械、先生が残した最後の発明品を君が持っているのは知っているよ。これまでそれを使ってあいつらの記憶からあの過去を消し去っていたんだろう?」

 

「なーんだ知っていたのか。じゃあ束さんがここに来た理由も実は目星がついていたんじゃない、()()()()()()()?」

 

 

 この男はクラウス・ハーゼンバインではない。先生たちとIS研究の手を切ってから、先生の付き人をしていた彼は別のIS研究へと飛ばされていった。つまり、()()()()とは無関係であったのだ。だからこそ、私の彼への興味はゼロに等しかった。だが、今はそうではない。今目の前にいる男はただ見た目と口調を真似ているだけの、行方不明になっていたはずの道化(先生の助手)なのである。

 あのレストランでクーちゃんを助け出した際、スコールっていう人が教えてくれた情報だ。

 

「おっと失礼。聞きたいことがあるのは二つあるんだった」

 

 道化は笑顔を崩さず私へ笑いかけてきた。

 あの研究を止めるべく、私はISによる襲撃を行った。結果は成功し、主犯格である先生の助手は行方知れずになった。あの攻撃を行った後だ、きっと跡形もなく姿はないだろう。そう思っていたのだ。

 

「なぜ君は、君を恨む人たちを殺さないんだ? 君のことだろう。人を一人や二人殺すことなど造作もない技術と力を有しているはずだ」

 

 一瞬、私の頭の中に昔の記憶が走る。

 私の、嫌いな記憶だった。

 

「人を殺すことなんてできないよ。ましてや、人を殺すなんて権利もない。神なんかじゃないよ、ただの人間さ」

 

「いいや、君はもう既に、何人もの人を殺しているよ。君の知らない所でね。君がISを発表して10年ちょっと。ISが世に出てきてから何億人もの人の人生を君は変えたんだ。いや、世界中の人々かな? 君も、私もその一人だ」

 

 私の思い通りに良くも悪くも世界は変化した。それが決して小さな事ではないのも知っている。でもそれは私のせいではない。

 

「へぇ。そうなんだー。まあ、ISだけで人生が狂わされたっていうなら、それは違うね。そんなことで狂わされた方に問題があると思うよ。生活は変わっていくんだ。その変化に適応できなかったら生きていけなくなるのは、生物として失敗作だったっていうことだよ」

 

「弱肉強食。なるほど、世の中の構図だから私は悪くないってかい? さすがはISの生みの親。考え方が違うね。それとも、()だからこその意見なのかもね。でもまあ私は君に、君の行った行為の重大さについての理解をしておきたかった。私が私でいられるまでにね」

 

 まるで他人事のように、道化は言う。自分は関係ない、被害者だ、と言わんばかりに。

 

「人は殺せない。だけど、邪魔なものは排除する。だから君は、先生の遺した機械を使って私の知り合いたちを襲っていったんだね。行っているのは、自分に従わないものの浄化で、独裁者そのもの。君は、ただ世界を自分のものだと勘違いしているだけだ」

 

「独裁者だなんて言い方がきついなぁ~。違う違う。彼らに元の正しい生活に戻ってほしいだけだよ」

 

「戻ってほしい……?」

 

「そう、そもそもISには女性しか乗れない。それが世界の理であり、絶対の条件。それが私の作り出したISのコンセプトなんだ。他人が勝手にあれこれと手を加えていいものじゃないし、そんな歪んだ考えをなくそうとしただけ」

 

 ISには女性しか乗らない。それは私が決めた決まりであり、変えることのできないこと。でもそれが、いつしか壊さなければならないもの、邪魔なものだという障害という存在になってしまった。

 

「ISの男性操縦者。唯一無二で、オンリーワンな存在はいっくんで十分なんだよ。男性操縦者を生み出すだなんて、他人があれこれと、私利私欲に塗れた手でISに触ってほしくないだけだよー」

 

「……なるほど。それが君の行う行為の理由ですか」

 

 実にあなたらしい。

 まるで私のことを知っているかのように男は理解した。私のことなんか知らないくせに。

 

「自分の思う考え以外を排除しようとするその行為、実にMs.束らしい。面白いですね」

 

 男はケタケタと笑いながらわざとらしそうに言う。微かに助手の姿がちらつく。机に置いていたコーヒーカップを口に運ぶと、豪快に全てを飲み干した。

 

「私は君を否定しません。君が私の記憶をいじる、その運命は変えられないとは知っていた。ただ、私でなくなる前に、これだけは言わせてくれ」

 

 道化は、コーヒーカップを元の位置に戻すと、地面に伏した。模様のある、塵一つない絨毯にそいつは首を垂れた。

 

「君はさっき、”ただの人間”だと言った。だが、君はそうでない。それは知っているはずだよ。Ms.束。どうか自分を卑下に思わないでほしい」

 

「……束さんは人だよ。神様でも何でもない」

 

 だが、道化は否定した。

 

「いいや違う。君は、いや君たちは選ばれた人種なんだ。誇りに思っていただきたい。何せ初めての、ISに選ばれた新人類(ハイブリット)なのだから」

 

 



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第46話 クロエ・クロニクルのログデータ

 

 

 わたしには年の離れた妹がいる。

 名前は「箒」。まだ生まれたばかりだけれども、目元がわたしに似て、美人の片鱗を見せている。きっとわたしみたいに、かわいくてきれいになるね! 

 

 わたしの大親友、ちーちゃんの所へ遊びに行った時に、箒の話をした。お父さんに連れられて病院に行ったこととか、ガラス越しから見えた箒の姿とか。今まで一人っ子だったために、先にお姉さんになったわたしはちーちゃんに自慢がしたかったのだ。わたしの話を聞くちーちゃんは嬉しそうに、わたしを祝福してくれた。そんな時、ふと気になったことをちーちゃんに聞いた。

 

『ちーちゃんって、もし弟か妹がいるならどっちがいい?』

 

 ちーちゃんはすごく考えていた。いつも気難しそうにしているちーちゃんが、こんなに悩んでいる姿、はじめて見たの! 

 そして、悩んだ末にちーちゃんはわたしに答えてくれた。

 

『わたしはね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、束さまの元気がない。

 見せる姿はどこか朧で、覇気がない。研究ラボに籠るのは、いつもの束さまであるが、亡国機業の依頼で製作しているISの成果があまりない。というよりも、全く手をつけられていない。三度の飯よりもIS製作を好いている、いつもの束さまでは考えられないことだ。なので、時折機体調整の為に来ているM(エム)という人物も、困り果てていた。

 

 

「全く、かれこれ一週間も待たせて進捗がないとは、どういうつもりなのだ。あの女は」

 

 ソファに腰かけている黒い服と長い髪のMさんは腕を組み、目の前に座っている私を睨みつける。目を閉じていても感じる、私の身体を突き刺さんとする鋭い目つきは、怒りだけではない複数の強い感情を読み取れた。話に聞いていた通り、私の想像していた彼女の姿は織斑千冬と、瓜二つだ。姉妹と言っても過言ではないくらいに。しかしながら、Mさんの性格は攻撃的で、触るもの全てを傷つける刺々しい印象であった。

 

「そうカッカしないでくれないか、M。彼女は篠ノ之束様ではない。彼女に怒っても仕方ないだろう。困っているじゃないか」

 

 隣に座るスーツ姿の短髪の男は湯気の出るコーヒーを飲みながら、小さな牙をむき出しにしているMさんに言う。名がフロスト。Mさんと同じく亡国機業の人間であり、()()()私を連れ去った張本人でもある。以前会ったときは、若い男の風貌をしていたが今は、初老の男性に化けていた。以前とは雰囲気が異なっている。きっと今の格好は、変装か何かをしているのだろう。

 

「……そんな事、言われなくとも分かっている。私はただ、サイレント・ゼフィルスがどうなっているのかを知りたかっただけだ。そんなこと、木偶の坊に言われる筋合いはない」

 

 Mさんは男の横顔を眺めながら、私の淹れたコーヒーに手をつける。罵倒を受けた男は、彼女の扱われ方に慣れているのか、態度は何一つ変わることはなく、淡々と話を続ける。

 

「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません、クロニクルさん。話を戻しますが、こちらは依頼通り、準備を進めています。それに篠ノ之束様がどのような人物か、こちらも把握しています。ですので、予定が多少前後することは想定済みです」

 

「ちっ……」

 

 無反応な事が癪に触ったのか、男の隣にいる人物は舌打ちをし、顔を背けて不機嫌な様子になる。

 

「ですが、ご覧のようにMの不満が募っている事を、篠ノ之束様にお伝えください。Mの態度だけではありません。篠ノ之束様直々の依頼ではありますが、予定への大幅な遅れは、それ相応の費用がかかることもお忘れのないように」

 

 言葉に反応したMさんの鋭い視線にびくともせず、男は私を見つめる。きっとこの男は束さまが、Mさんを気に入っていると思って言ったのだろう。

 

 束さまはこれまで幾度となく、国家や企業、団体問わず、多くのIS製作に関する依頼をされていた。だが、全て束さまは断っていた。理由はただ一つ『めんどくさいから』と。だが、束さまは亡国機業という組織のためにISを製作しようとしていた。なぜなら、束さまがMさんを気に入ったからだ。

 束さまは気分に任せて、何においても行動をされた。IS学園を襲撃し続けていたのも、ふと織斑一夏さまの成長を見たいと思ったため。気分以外の要因は存在しない。しかしながら、なぜ束さまがMさんを気に入られたか、今回だけは、束さまのお気持ちを理解出来なかった。身内以外に興味を持たない束さまが、他人へ興味を示す。それだけ、今回のケースが異様である、と言ってもいいと私は考えていた。

 

 確かに束さまは、Mさんに興味を示された。この男はMさんを引き合いに出せば、束さまが何かしらの反応を示すと考えているのだろう。しかし、今の束さまでは、その言葉でさえ耳の届かないものであると私は思っていた。束さまがISに手をつけなくなったのも、あの帰り以降から始まっているのだから。

 

 

 

 束さまは、最後の()()()()をしてくると言い残し、一人で数日出かけられた日があった。なんでも、探していたものをやっと見つけたとか。そして丁度一週間前、束さまは自宅へと戻られると、少しだけ元気がないご様子だった。きっと長旅の疲れもあるのだろう。そう私は感じ取り、束さまにリラックスしていただけるようにハーブティーを用意して、いつものように予定についての確認を行った。

 

『現在、ラボ及び周辺海域・空域へ侵入された形跡はおりません。資源、物資ともに備蓄は十分です。それと一つ、亡国機業に依頼していたMさんのデータをいただいています』

 

『……』

 

 終始束さまは無言で私の話を聞いていた。いや、あの時束さまは私の話を聞かずにいたのかもしれない。なぜなら、束さまの表情は何かに怯えるように顔を強張らせたまま俯いていたから。そして、私の報告が終わるとしばらく一人にさせてと一言言い残し、自室へと篭ってしまった。あれっきり、束さまはラボで一人篭りっぱなしになっている。束さまがラボに篭っていることはよくあること。赤椿製作の際にも、ラボに篭られて作業を行っていた。きっとMさんのISの製作に没頭しているものだと私は思っていた。ただ、実際はそうではなかったのだ。

 

 終わらせてきた、と話をされたので、束さまの旅は上手くいったと私は理解していた。数日いない間に束さまの身に何かあったのは、確実に言えることであった。

 

 

 亡国機業の二人が帰られた後、私は居ても立っても居られなくなった。私はいつもの明るい束さま好きだ。暗く、落ち込んでいる姿を私は見たくない。これはきっとエゴと言われる感情かもしれない。私の理想であり、普段通りの束さまに戻ってもらいたいという私の自分勝手な考え。

 このまま、束さまがラボの中から出てきてくれるのをじっと待つも選択肢があった。いつか、いつも通りの束さまに戻ってくれると。だけれど、私はその選択をしなかった。もう待つだけの、他力本願なままではいけないと感じたから。

 だから私は、()()()()に束さまのことについて相談することにした。

 

 

 世の中の知識からISまで、あらゆるものをお姉さまは知っていた。きっとお姉さまに知らないものはないのだろう、というくらいに。

 私はすぐさま、お姉さまをみつけ私の思いを伝えると、お姉さまは長い髪を揺らし、笑みを浮かべた。

 

「あら、そのことね。なら、クロエにも()()()を知っておく必要があるわ」

 

「”あの事”とは、一体どのようなことなのですか?」

 

 私はすぐに、お姉さまの言葉を理解することが出来なかった。束さまに仕え初めて数年、私はお姉さまのおかげで多くの知識を身につけてきた。ISのことだけでなく、世の中のことも。知り得る情報を全て知っていたと思っていたために、驚きを隠せなかったのだ。

 お姉さまは真面目な子ね、と私の頭を撫でて話続けた。

 

「それはね。お母様のお話だよ」

 

「お母様のお話……?」

 

 お母様。お母様は言うまでもなく、始まりのISである「白騎士」のことだ。そもそもなぜ、束さまが元気のない時に、お母様の話が出てくるのだろうか。

 

「篠ノ之束は()()に囚われているの。そのためには、あなたもお母様のことを知らないといけない。きっとお母様を知れば、解決できるかもよ」

 

 束さまとお母様。言うならば、ISを作り上げた初めての人物と、初めて作られたIS。関係性がないわけではなかったが、解決の糸口であるとは、私の想像もつかなかった。

 

 しかし、これがいつものお姉さまだ。最初はお姉さまの言葉には疑問を抱く。何の関係もないような、突拍子もない話をするからだ。でも、それは私に知識がないから、想像もつかないだけであって、お姉さまはいつも私を導いてくれた。

 

「分かりました。教えてください。お母様の話」

 

「うふふ、いいわよ。教えてあげる。お母様のことをね……」

 

 そしてお姉さまはどこか、嬉しそうにお母様の話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 お母様は10年前、溢れる才能を評価された束さま、そして開発費を出資してくれた人たちと共同して作り上げられました。名は「白騎士」です。白騎士の搭乗者は、束さまによって既に決められていました。

 

「ちーちゃん! ほら、前に出て!」

 

 束さまは、親友の千冬さまに搭乗させました。束さまと千冬さまは親同士、研究者であるという共通点から、幼い頃からの長い付き合いでした。

 なぜ、束さまが千冬さまを選んだのかは、おそらく気まぐれだったのでしょう。本来であれば、作り上げた本人が乗るべきですが、束さまはそのように致しませんでした。

 

 その日は関係者に対して白騎士の稼働テストをお見せする日。これまでIS開発に関わってきた研究員や先生、そして束さまと千冬さまのご両親もいました。

 千冬さまは、束さまに背中を押され、白騎士に乗ります。白騎士はパーソナライズを終えると、千冬さまの意思に従ってその場に立ち上がります。その瞬間、研究所内には僅か数名しかいないものの、大きな歓声が上がりました。

 夢だと思っていた束さまのISが現実のものとなった瞬間でした。研究に携わった研究員や千冬さまの両親。そして、束さま本人もガラス越しに動くISの姿にたいそう喜ばれていました。

 そして、通信を行いながらテストを受けていたときのこと。それは、唐突に起こりました。

 

 

『IS、制御不能に陥っています! 強制解除プログラムが作動しません!』

 

「千冬さん、聞こえていますか!? ISの解除をしてください!」

 

「おい束、これはどういう事だ!」

 

 

 束さまの周りでは、慌ただしくなっていました。機械を操作する人が唾を飛ばしながら怒号が響かせ、白い上着を着た人たちが何処かへ行ったり来たりします。束さまの目の前には、千冬さまの父が束さまの肩を掴み、声を大にして問いただします。

 

 ISの暴走。そのように、周りの人たちは考えました。千冬さまとの通信途絶に、急激なISとのシンクロ率の上昇。さらには、動作確認をしていた白騎士が、突如として背部にある翼を広げ、活動範囲外へ脱出を図る動き。どれも、千冬さまの意図しない行動をしていたのです。

 そして、白騎士は右手に大きな剣を取り出すと、天井を斬り裂き外へと飛び出しました。

 

 周りの人たちが慌てている中、束さまは冷静でした。

 なぜ、冷静でいられるのか。それは、束は白騎士が何を起こそうとしているのか、理解されていたからでした。

 

「大丈夫ですよ、織斑さん。白騎士は、いやちーちゃんは次のステップへと進んだのだから」

 

 その直後、白騎士を捉えていたカメラ映像には光に包まれる白騎士の姿がありました。雲一つない、星が輝く冬の夜空の下に、白騎士はいたのです。空を見上げて呆然としていた白騎士は、まるで胎児のように身を丸めて光で覆われていったのです。その光は段々と小さくなり、人一人がすっぽりと入るくらいの大きさに小さく変化しました。そして、実験を行っていた施設の中へと自ら開けた天井の穴より戻ってきます。光が晴れると、そこにはうずくまっている千冬さまがおられたのです。

 

 

 

 

「この時にお母様と織斑千冬は生まれ変わったのよ。新たな人類、新人類(ハイブリッド)に」

 

 お姉さまの言葉で、私は現実に引き戻された。

 それは勢いよく私の頭の中に流れ込んできた。私の記憶ではない、別の誰かの記憶。いや、記憶とはほど遠いものかもしれない。誰かの目線の映像に、羅列された言葉のログデータ。ISが処理しやすいように加工された紛い物である。

 

「なんですか……。今の感覚は」

 

「ああ、クロエは行った事がなかったのね。情報共有を」

 

「情報共有……?」

 

「ISはコア・ネットワークを通じて繋がっているの。私たちはいつでも、みんなのことを知れるし、理解も出来る。例え、あなたのISが人工的に作り上げられた半同期型ISでもね」

 

 お姉さまは、私の目線に合うようにかがむと、私の頭を優しくなでた。

 

 お姉さまの言う通り、私のISは少し特殊で、ISを通して今いるコア・ネットワークへと、私自身が自由自在に行き来することができる。コア・ネットワークを通じて情報を得ることも、私に課せられた仕事であり、使命でもあるから。しかしながら、私が行っていたのはコア・ネットワーク上に流れている情報を一方的に得るだけ。相互の共有など、行ったことがなかった。

 

「その……。先程は、誰の()()だったのでしょうか……?」

 

「……ふふ。そういうことよ。理解が早くて助かるわ。それより、さっきの情報共有で何か気になることがあるんじゃないの? 例えば、お母様のことについてとか」

 

 気になること。ないわけではない。お姉さまには聞きたいことは山ほどある。しかし、とてもではないがすぐに答えることができなかった。まだ、他人であったという感覚が残っている中で、私にはそれ以外のことを考える余地がなかった。緊迫した張り詰めた空気と高ぶった興奮。相容れない二つの感情が私を押しつぶそうとする。耐え難い罪悪感で私の胸が締め付けられる。

 

 気持ちが悪い。一言で言い表すなら、そのような言葉になる。

 私の抱いていなかった感情が流れ込み、頭を混乱させた。私の様子に気付いたのか、お姉さまは屈んだまま優しく抱きしめて私の背中をさすった。

 

「大丈夫よ、ゆっくりでいいから。初めてのことだったものね」

 

 ここはコア・ネットワーク上の世界。0と1が飛び交うだけの、まっさらな青白い場所。痛みも、温かさも感じないはずなのに、なぜだか、少しだけ強く摩るお姉さまの手の痛みや、お姉さまの胸に包み込まれて感じる温かさがあった。

 

 これは情報だ。ISが処理しきれなかった人の感情や思いが一気に私の所へ押し寄せてきただけであって私の記憶でも、私の体験したものでもない、ただのデータだ。受け取った情報を私のIS『黒鍵』に処理を任せ始めると、心のわだかまりが、すとんとどこかへと去っていった。

 

「落ち着きました。ありがとうございます」

 

「そう、ならよかった」

 

 お姉さまは、私の体から手を放し、私の横に立った。私の身体には、まだお姉さまが抱きしめていた腕の感覚が残っていた。

 

「……お母様は一体何をされたのですか?」

 

 情報の処理を終えた私は、まずお姉さまが話したいのであろう、話題に触れる。そこに、答えが見えてくるはずだから。

 

「ISは操縦者を理解することで、より自身の性能を発揮するのは、あなたも知っているよね?」

 

「……はい。ISの稼働時間が多ければ多いほど、ISの性能が向上しているという研究は知っています」

 

 これはかなり有名な話で、私もお姉さまに教わる前から知っているほどの周知の事実だ。

 

「でもね、それだけでは足りないの。ISだけが理解をしても、その成長はいつか頭打ちになるわ。大事なことは、操縦者がISを理解すること。ISが操縦者に何を求めていて、何を話したくて、何をやりたいのか。コミュニケーションは互いが行って初めて成立するものよ。一方的なものはコミュニケーションとは言えないわ」

 

「つまり、織斑千冬さまとお母様はそれを行ったという事ですか?」

 

「そう。織斑千冬とお母様は、最初に出会ってから稼働実験をするまでの間に、互いを理解しあったわ。織斑千冬はISを知り、お母様は人を知った。互いに理解し合うことが出来たお母様は、この時織斑千冬と溶け合ったの」

 

「……溶け合った?」

 

「そうよ、織斑千冬とお母様はもはや別の存在ではないの。人間とISの垣根を超えて、お二人は新たな人種へと進化を遂げた。それが、ハイブリッド。織斑千冬さまは……いいえお母様は人であり、ISでもある存在よ。彼女らは正に人を超えた存在。人であっても並大抵のISでは、歯が立たないだろうね」

 

 ISが人となり、人がISとなる。それがハイブリッド。そうお姉さまは教えてくれた。

 ただ、私はお姉さまから何を聞かされているのか、理解が追いついていなかった。

 

「なぜ、そのようなことを、お母様はしたのですか……?」

 

「うーん……それは分からないわ」

 

 お姉さまは淡々と言葉を返した。あまりにも淡白な返事に私は思わずお姉さまを見上げる。

 

「これも憶測かもしれないけれど、きっと分かり合うためにお姉さまが下した結論なのかもしれないわ。ISと人、異なる存在が同じ気持ちで、同じ思いで居続けるにはそうするべきなんだって」

 

「束さまは、この事を知っているのですよね? ISが人と溶け合うという事に」

 

「ええ、だからお披露目された稼働実験で織斑千冬とお母様はハイブリッドになったわ。そうすることで篠ノ之束は、織斑千冬が幸せになってくれると思っていた。でも、現実は違った。ISと同化した織斑千冬は研究対象となり、軟禁状態にされた。自分自身を研究されるもの、楽しいわけがないじゃない。自分が望んでいたことが裏目に出てしまったと、篠ノ之束は思っているだろうね。織斑千冬を幸せにできなかったから。だから、彼女は最善策を取るために織斑千冬を救い、勝手にISを発表して、できるだけ、織斑千冬が幸せでいられるようにした。例え、自分たち以外が不幸になろうとも。そのことを篠ノ之束は思い出してしまった。それが、あなたがそばにいない間に起きた出来事よ」

 

 お姉さまの言葉には、心当たりがあった。私が、学園に対して「ワールド・パージ」を行ったあの日。千冬さまと遭遇した私を千冬さまは私のISを凌駕して追い詰めてきた。きっと、お母様のお力があっての事だったのだろう。だが、そうなるまでに千冬さまには、つらい過去があった。だから束さまは、千冬さまの事で苦しまれている。とお姉さまは私に伝えたいのだろう。

 

 ただ、私にはわからない。

 

「確かに、束さまは世界を変えられました。私もその影響を受けました。でも、私は今幸せです。……例え過去で苦しい思いをしたとしてもこうして、束さまとお会いすることができて、私は良かったと思っています」

 

 人の気持ちは、その人にしかわからない。伝えなければ、それは相手に伝わるものではない。

 

「千冬さまだってそうです。束さまが辛い思いをさせてしまったと思い込んでいるだけで、きちんと話をしていません。もし千冬さまが束さまを嫌悪に思っていたのだとしたら、千冬さまは、束さまと連絡を取ろうなんて思いません。拒否なんてしていません」

 

 束さまは考えに固執する所があった。きっと、今回だってそう。束さまが辛い思いをしているのから、千冬さまも同じように思っているのだと。だから、私はこうして幸せに暮らしているという事実を伝えなければならない。それが、ここに来た理由なのだから。

 

「私、束さまに伝えてきます。今この瞬間が、私の幸せなんだって。私のように思う人もいるんだって」

 

 私はお姉さまに礼をすると、ISコア・ネットワークへの電脳ダイブを解除する。すぐに、今、この気持ちを伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら、すぐ行っちゃった。……誰の記憶を渡したか聞かなかったけれども良かったのかな? それにしてもくーちゃんってほんと篠ノ之束に懐いているよねえ。いいじゃないの、愛があるって」

 

 その場に一人取り残されたお姉さまは独り言ちます。紫色の長い髪を後頭部にまとめて、ポニーテールを作ります。

 

「ま、あの男に記憶を元に戻されるとは思ってもみなかったから、どうしたものかと思ったけど、これで()()()()()()かな」

 

 お姉さまはその場から、ゆっくりと前へと歩いていくと、青白かった世界が歪みます。

 歪んだ世界が元に戻るころには、一面が草花で生い茂っていました。風が吹き、色とりどりの花たちが揺れ、甘い香りを一面に放ちます。草がこすれ合う音は心地よいものでした。

 おとぎ話に出てきそうなお姫様が着る水色のドレスを身に纏い、お姉さまはゆっくりと歩きます。その先には、小さな可愛らしい赤い屋根の家がありました。

 

「確か名前は何だったっけな? ゼロだったっけ? あの博士の作った遺物を探さないとね」

 

 



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第47話 小さな嘘

Q生きていますか?

A生きています。





 時は放課後。

 新聞部室内では今月の校内新聞の、あるいは広報の記事の作成の為に、皆それぞれの作業を行っていた。特に今月は、外部からの依頼があるためにいつもより忙しい。

 だが、こうして脇目も振らず、働き詰めては良くない。そんなことを私の知る母国の知り合いの軍人が言っていた。時には手を止め、軽く雑談やお菓子を食べながら、和やかな雰囲気で皆作業をしていた。

 そんな部員たちのつかの間の小話は、ある一つの話題で持ちきりであった。

 

「それにしてもいいよねえ、専用機持ちたちが視察旅行に行くなんて」

 

 私の親友である桜田玲奈も、周りで聞く話から、そのようなことをぼやく。

 

 その話題とは、1年生の修学旅行の行き先である京都へ、教員と専用機持ちの生徒が視察旅行に行くというもの。

 本来ならば視察旅行は、数名の教員のみで行われる。たかだか視察。どのようなルートで回るか、どこに泊まりどこで食事をするか等々。確認のために行うだけであって、大勢で行くというのは類を見なかった。現に、前回1年生が行った臨海学校では、大勢での視察は行なっていなかった。

 

「最近物騒な事件が起きているからって、やり過ぎている措置だと思うけれどね」

 

「ええー、でもいいじゃないクリスタ。二回も京都に行けるんだよ?」

 

「……原稿の締め切りが短くならないって言われたら、嬉しかったんだけれど」

 

 私はパソコンの画面を見ながら、玲奈に答える。インフィニット・ストライプスの原稿を視察旅行前までに、編集部に出さないといけないため、少しだけ切羽詰まっていた。本来なら、余裕を持って出そうとしていたのに、突然決まった視察旅行によって予定が狂ってしまった。予定の優先順位を自分で決められないのは、誠に遺憾である。

 

「あはは……。とにかく、専用機持ち全員が参加って絶対何かあると思うんだよね、私は」

 

 玲奈はいつになく、怪訝な表情を浮かべて考え込む。

 

 最近の行事では物騒な事件が起きており、大勢での視察旅行は、安全確認のための措置だという更識会長の説明に、生徒たちは納得する他なかった。

 実際に起きてしまっているものを防ぐために、必要なことだから仕方ない。でも旅行に行くなんて羨ましい。そのような反応を生徒たちは見せていた。

 

 でも玲奈は納得出来なかった。どこか引っかかったのである。更識会長の説明は、道理にかなっていた。安全確認を行うのは、学園側としての、生徒が事件に巻き込まれないようにするための当然の措置である。

 しかし何か引っかかると彼女は言う。あの会長の話だ、学園祭の時のように、隠し事があると推測していた。

 

「ってそんなことを考えるのは後にして、私も作業に戻らないと……」

 

 だが、彼女は自身の作業へと戻り、その話題は収束した。彼女も彼女でやることが多い。不確実な疑惑よりも、今目の前にある課題に注力を向けたようだ。

 

 

 

 

 彼女の言う通り、視察旅行に何かがあるといえば()()と私は答えるだろう。何せ、私たちは京都へ旅行に行くのではなく、()()()()を掃討するために行くのだから。

 

 

 

 

 私が愛機のサンドロックの修復を終え、IS学園へ戻った早々に、更識会長から呼び出しを受けた。

 指定された空き教室に行くと、いつも専用機組の面々だけでなく、上級生の専用機持ちたちと生徒会のメンバー。更にはブリュンヒルデ、山田先生、そして私のクラスの担当を務める中井先生がその場に集まった。

 

 無造作に並べられている椅子に座っていると、中井先生が古めかしい教壇の上に立った。

 

「皆さん、今日は忙しい中集まっていただいてありがとう。……端的に言うわ。今ここにいるメンバーで、京都にいるテロ組織「亡国機業」の掃討作戦を行います」

 

 

 中井先生の説明はこうだった。

 最近になり、活動を活発化させる亡国機業。この存在には、国際IS委員会でも問題視されていた。ISを狙って何かを企んでいるという憶測のみが飛び交い、そもそもどのような組織なのか実態は未だ掴めきれていないそうだ。国際IS委員会では、単に危険な組織であるという共通の認識が生まれていた。

 

 国際IS委員会でも、これ以上彼らの活動を野放し にしておくわけにはいかず、IS学園へ直接依頼があったということだ。

 軍を用いるよりも、その特色から使い勝手の良いIS学園の生徒たちで対処することが適切だと判断をしたらしい。何より最新鋭の技術を持つ専用機のISのデータ収集が行えるから一石二鳥であるとのこと。

 

「よって本作戦では、国際的テロ組織と認定した()()()()の拠点があるとされる京都で、拠点の破壊並びに情報収集を行う事が主な目的となります」

 

「なァるほどね。それで、 専用機持ちなら見境なくオレとフォルテも召集されたってわけか」

 

 張り詰めた空気の中で発言をした、三年の専用機持ちである、ダリル・ケイシーが机の縁に座り、ニヤリと白い歯を見せる。

 

 テロ、掃討戦。

 もはや、私たちのような学生の身分が聞く言葉の重さではない。代表候補生でさえ聞き慣れないはずであり、一夏や箒はより一層、縁のない言葉であった。もちろん一企業の人間である私も同然である。

 二人はこのような場に慣れ始めているものの、まだ顔つきは、堅くなっている。余裕のない表れだ。そんな二人が驚いた表情をして、発言者に視線を向けている先輩の表情は余裕があった。

 

「おかしいと思ったんだよ。1年が行く修学旅行にオレら上級生が行くわけねーもん。な、フォルテ?」

 

「そうっスね、やっと謎が解けたことはいいっスけど……。せっかくISが治って落ち着けるかと思ったのに、すぐ呼び出されるなんて偉い人は人使いが荒いっス」

 

 流し目で見られた、二年の専用機持ちであるフォルテ・サファイアは、自身の毛先をいじりながら気だるそうに答える。慣れているのか、無関心なのか、もしくは両方か。

 すると、中井先生が補足をするけれど、と付け足して説明をし始めた。

 

「専用機持ちだから集めた、という認識は誤解しているわ。きちんと皆の技術を評価して、ここに呼んでいるつもりよ。特にケイシーさんとサファイアさんの評価は高いわ。何せ以前に襲ってきた無人機を2機も倒しているのだから」

 

「ああ、あの時は正直ギリギリだったんだぜ? 他の専用機持ちの奴らと変わらねェよ。にしても、あの襲撃が昔のように感じるな」

 

「そうっスか? 私はISの修理があったからそんな感じはしないっスね」

 

 二人が雑談をし始めていたところで、中井先生が咳払いをして、話を中断させる。

 

「また、本作戦における情報に関しては主に生徒会のメンバーにお任せしているわ。詳しい作戦の内容は現地についてから伝えるつもりよ」

 

 生徒会……というよりも暗部の人たちに任せているという意味である。今回の件では、彼女らも一枚噛んでいるのだろう。ようやく、国際IS委員会も本腰を入れてきたということだろうか。

 

 その後は、京都へ移動する日時やその日の行動について軽く説明が行われて、解散となった。

 

 こうしてテロ組織の掃討作戦についての情報を聞いた私にできることは、サンドロックの整備と調整を行うのみ。戦闘に向けて万全の準備をしていくだけだ。

 

 けれども、何故だろう。

 やるべきことがあるのに、ぽっかりと空いてしまった心の隙間を埋めてくれることはなかった。

 

 仕事でも、学園での生活でも満足感を得られないわだかまりが一体何なのか、私にはそれを導き出すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 あの作戦の説明を聞いてから数日後。

 IS学園から離れた場所に、東京駅に私たちはいた。

 日本の新幹線という乗り物に乗るのは初めてであり、少しだけワクワクしていたのはここだけの秘密である。ブリュンヒルデから受け取ったチケットに書かれている指定席に座り、撮りまくっていた新幹線の写真を眺めながら、発車を待っていると黒い影が私を覆い隠した。見上げると、席の通路には、鈴の姿があった。

 

「鈴お帰り。何か収穫でもあった?」

 

「ちょっと飲み物を買ってきただけよ。別にあんたみたいにお腹空いてないし」

 

 彼女の右手には、ジャスミン茶と書かれたペットボトルが握られていた。

 

「にしても……その量本気で食べる気なの?」

 

 鈴が不安そうな顔で見つめる先には、私の膝の上に置かれている、袋に入れられた4箱が重なる弁当箱があった。

 

「ああ、これくらい大丈夫だよ鈴。新幹線に乗るならば、駅弁っていうお弁当を食べるのが鉄則って雑誌で見たわ。せっかく乗るんですから、これくらいの量を楽しまないとね!」

 

「はあ。だから朝は、やけにこぢんまりとした食事をしていたのね。あの時びっくりしたのだから。あんたの体調が悪くなったんじゃないかってね」

 

 鈴はため息をつきながら、私の隣の席に座る。

 ちなみに私が食べた朝食は、サンドイッチが二切れとスープのみだ。鈴が驚いてしまうのも無理はない。全ては今日、この京都への移動を存分に堪能するため。一日目は移動と形だけの視察旅行を行うだけ。ゆっくりと羽を伸ばして京都を見て回ることができるのだ。記事の原稿も出して、一つの重荷が消えた私を止められはしない。

 

「……胃袋が化物みたい」

 

「だよねぇ。ハゼたんはすごいよ~。まさにブラックホールって感じー」

 

 そんな様子を見ていた、向かい側に座る生徒会の1年幼馴染組(簪さんとのほほんさん)は唖然とするばかりだ。

 ふと外を覗けば、新幹線に向かって大急ぎで走ってくる一夏と少佐の姿があった。きっと迷子か何かになっていた少佐を一夏が連れてきたのだろう。

 

「そろそろ発車かなあ、早くこのお弁当を開けちゃいたいなあ」

 

 楽しい時間を待てば待つほど、長く感じてしまう。誕生日プレゼントを待ちわびる子供のように、私は新幹線が発車するその時を待っていた。

 

 

 

 

 東京から京都までは3時間程の時間がかかる。数字にしてみれば、長い時間のように思えてしまうが、実際のところはそれほど長い移動時間だとは思わなかった。

 4種類の駅弁を堪能し、車窓から見える富士山に感動し、近くの席にいた簪さんとISについて語り合った。そして、のほほんさんと東京土産である「ひよこ」と呼ばれる名前の通りのひよこの姿をしたお菓子に満足し、ひよこの存在を知った少佐が愛くるしいそのお菓子の姿を見て惚けている姿を撮ったりした。

 

 そのひと時だけは、作戦なんか忘れて、観光客として過ごしていた。

 

 

 

 

 

「よーし、京都に到着。京都と言えば宇治抹茶! 抹茶スイーツを堪能しよう!」

 

「あんたまだ食うの? ……ほんと化け物ね」

 

 新幹線から駅のホームに降り、私の言った一言に鈴が少しだけ引いてしまう。今日この日のために、体の調子を整えてきたと言っても過言ではない。

 荷物を持って改札を出た時、ふと一夏が言葉を漏らす。

 

「ここで集合写真を撮ったらすごく良さそうだな……」

 

 一夏の視線の先には、階段の下の部分が小さく見えてしまうほどの、大きな階段があった。昇るとなると気が遠くなるほどで、平日の昼間ということもあり、この長い階段を利用している人はほぼいなかった。

 その言葉を聞いたブリュンヒルデが反応する。

 

「ああ、そうだな。記念に一枚写真を撮っておこう」

 

「え、いいんですか、織斑先生……」

 

「何、これは()()()()だ。行ったという証拠くらい残していいだろう。そうだろう、中井先生?」

 

「ええ、そうですね。織斑先生。良いと思います。写真でしたら手短に伝えられますからね」

 

「はい、でしたら……」

 

 きっと山田先生は、これから起きる事を考えての発言であったのだろう。しかし、他の二人の先生に押し切られて、どうにか納得をしたようだ。

 

「写真なら……おい、織斑。カメラ持っているだろう。それを貸せ。私が撮る」

 

「はい、ありますよ」

 

 そう言うと、一夏はカバンから古めかしいカメラを取り出す。そのカメラはアナログカメラだった。デジタルとは違い、フィルムを使うタイプ。黒いボディには、所々傷がついているものの、大事に扱われているようだった。

 

「一夏ってカメラ持っていたんだ。でもなんでアナログ……?」

 

「……あれは一夏の大切なものよ」

 

「鈴……?」

 

 鈴は一夏がブリュンヒルデにカメラを渡すその姿を、慈しむような眼差しで見つめていた。

 

「私も詳しくは知らないんだけれどね、あいつと織斑先生の大切な……絆みたいなものなんだって。あいつが前に言っていたの。あのカメラで、みんなとの時間を残しておきたいんだって」

 

 絆。そう一夏は表現したそうだ。その言葉の意味は正直、これっぽっちも伝わらなかった。だが、あのカメラで写真を残すことが、一夏が、いや織斑家での大切な行事なのかもしれない。

 

「ほら、二人とも、突っ立ってないで階段を降りるぞ」

 

 いつの間にか、戻ってきていた一夏に声を掛けられ、階段へと降りる。写真は、結局映るのが苦手という中井先生が撮影をすることとなり、私たちは泊まる旅館へと移動していった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、皆さんお待ちかねの京都観光の時間でーす!」

 

 荷物を旅館に預け、入口付近に集まった我々を楯無会長が出迎えてくれた。

 待ちに待った京都旅行。既に下調べは済んでおり、どのようなルートで何を食べるかは把握済みである。抜かりはない。

 他のメンバー___主に1年生の専用機持ちたちが待っていましたと言わんばかりに皆拳を握り締めていた。

 

「それじゃあ、皆さんにこれを渡しまーす」

 

 そう言うと、楯無会長は集まった私たちに何かの紙を配っていく。私の所にも紙が配られ、そこに書かれている文字を見たとき、私は唖然とした。

 

「前に、初日は移動と視察旅行として京都を見回ると伝えたわね。でも、一つ言い忘れた事があるの。実は()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 ルートが決められている。すなわち、自由に行動ができない。ということを意味する。

 

「一応、表向きは視察旅行。生徒皆で回れる最適な距離や、場所、お店といったところを実際に調査しないといけないのよね。そのことを教員の人たちに報告しないといけないから、変な期待させてごめんね☆てへっ」

 

 宇治抹茶、きな粉スイーツ、わらびもち……。決められたルートを回らなければいけないということは、行くお店が決められているということ。すなわち、堪能できる料理やスイーツが減ってしまうことになる。私の身体に力が入らず、膝から崩れ落ちる。

 

「ちょっとあんたどうしたのよ!」

 

「湯豆腐……どんぶり……湯葉……食べたかったなぁ……」

 

「……そのことね。ならいいわ」

 

 ふと鈴が私の視線に合わせるように背を低くして近づき、心配してくれるも、すぐに立ち上がる。……少し冷たい気がする。

 

「ごめんねクリスタちゃん。でも心配しないで! 私とペアだし、美味しいスイーツのお店に連れてってあげるから」

 

 その言葉を聞くなり、不思議と身体から活力が湧いてきた。すっと立ち上がり、いつの間にか近くにいた楯無会長の手を握る。

 

「ほんとですね!? 絶対ですね!?」

 

「ええ、お姉さんの言葉に他言はないわ」

 

 楯無会長の手をギュッと握りしめ、悦に浸っていると、ふと後方から箒が質問を投げかけてきた。

 

「会長。先程、()()とおっしゃいましたよね? それは一体……」

 

「ごめんごめん、もう一つ言い忘れていたことがあるの。このルートを回るときには、必ず二人一組のペアで回ってもらうことが条件。もちろん、組み合わせは既に決めているわ! 配った紙の下の方にペアを書いているから確認してね」

 

 皆が……主に一年の専用機持ちたちが、一斉に紙特有のがさがさとした音を立てて、ペアの書かれている場所を見る。私も楯無会長からもらった紙を見てみた。ペアの組み合わせとして、三年生と二年生のペアに始まり、肝心な一夏のペア相手であろう場所を確認すると、なんと一夏は誰とも組まない事になっていた。

 

「一夏君には、カメラを持って撮影係になってもらいまーす。皆の進むルートには、一夏君を必ず巡回するようにしているから心配しないでね!」

 

「やっぱりそうなるよねぇ。会長のことだし」

「浮かれてしまった私が情けないですわ……」

「くっ……嫁との神社参りが行えないだと……」

 

 一年の専用機持ちたちが悔しがる中、上級生組だけが、楽しそうに紙を覗き込んでいた。

 

 

 

 

「どう、クリスタちゃん、美味しい?」

 

「はい、とっても美味です!」

 

 あれから私たちは各自解散し、それぞれのルートを回っていた。今私は楯無会長に連れられて、宇治抹茶が堪能できるというお店へと足を運んでいた。

 

「先程食べたティラミスも良かったのですが、このパフェも中々たまりませんねぇ。ほっぺたが落ちてしまいそうです」

 

「そう……なら良かったわ」

 

 味にも驚くべきだが、今いるお店は予約必須なくらいに人気なお店だ。さすがは更識家。これくらいの予約は容易いのだろう。……私もその力を行使してみたいものだ。こうしてお店の外に用意された長椅子に座り、パフェを食べているのがどれほど苦労しなければならないか、と考えてしまうとキリがない。さっさと食べてしまおう。

 

「それにしても……いいのですか? このお店、もらった紙には記載されていないルートですよ。いくら会長だからと言っても……」

 

 それに次の目的地への移動時間や滞在時間にも曖昧な部分がある。

 

「いいのよ、それくらい会長だから多めに見てもらえるのよ」

 

「そんなものですかねぇ」

 

 気になる部分もあるが、パフェが解けてしまうために私は素早くアイスと白玉を口へと運ぶ。

 

「それに、こうしないと誰かに見られるからね」

 

「はあ……それでお話ってなんですか?」

 

 なんとなくではあったが、楯無会長の言いたいことは分かった。以前にも同じように食べ物で釣られたことがある。私とて馬鹿ではない。こうして食べ物で釣る時には必ずと言っていいほど、頼み事があるのだ。こうして周りに、特に学園側の人に聞かれたくないという話題なのだろう。

 

「もしかして、今回の作戦に関わることですよね、()()()()の。実は、一夏が狙われているってそれは当たり前の話でしたね、はは……」

 

「いえ、今回の作戦とは関係ないわ」

 

 だとしたら、何の話だろうか。

 

「では……」

 

「少し……話しづらいかもしれないけれども。あなたの叔父さんについてのことよ」

 

 叔父? なぜ私の叔父の話になるのだろうか。まあ、叔父はISの武装開発に携わる人物。楯無会長も知らなくもない人だ。しかしなぜだろう。彼女は少し言葉には躊躇いがあった。迷い、後悔。後ろめたい気持ちが彼女から伝わってきた。

 

「私の叔父が、どうかしましたか?」

 

「ええ。今私はあなたの叔父さん……()()()()()クラウス・ハーゼンバインが亡国機業とどのような関わりを持っていたか、ということについて調査を進めているの。そこで……」

 

「何を言っているんですか。叔父さんは」

 

 叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。

 叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。叔父さんは。

 

『なんで所長は亡くなったんだ!? 誰が殺したんだよ!?』

 

『今屋敷に行ける状況ではないだ、詳しい調査は……』

 

『辛いだろうな、せっかく戻ってきたところなのに』

 

『これは所長があんたへ遺した強化パターンだ』

 

『泣いちゃだめよ。こういう時は、笑って見送ってあげなきゃ彼も救われないわ』

 

『…………は………………が………………け………………』

 

『このサンドロックがきっと、クリスタの力になってくれるはずだ』

 

 

 …………。

 ……。

 ……。

 

 叔父さんは、私の叔父さんは、もういなかったんだ。

 なんで忘れていたのだろう。こんな大事なことを。私の大切な人がいなくなっていたのに。

 なんで思い出したのだろう。こんなにも辛くなるのに、記憶の奥底に眠ってほしかったのに。

 

 私の頭の中には、幾多の感情の渦が混ざり合い、かき乱していた。そして、気付けば、私は何故か彼女に伝えるべき言葉が思い浮かび、笑って答えていた。

 

「いいえ、クラウス・ハーゼンバインは普通の研究者ですよ」

 

 



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第48話 女心と秋の空

書きたいことは決まっているんです!

ただ時間がなくて…。


着実に書いていきます…。


 

 

 

「布仏、()()()()()から連絡はあったか?」

 

「先程連絡がありました。『もう少し観光してから行く』との事です」

 

 布仏虚の返答に、部屋へと入ってきた織斑千冬はため息を吐く。予想はついていたが、と千冬は頭を抱えた。顔見知りの情報提供者がそのように言う姿を、容易に想像できてしまう事が尚更腹立たしかった。

 開けた襖を閉め、近くにある椅子に座る。

 手すりにコツコツと指を動かしていると、パソコンで作業を行っていた山田真耶が声をかける。

 

「まあまあ。いいじゃないですか、先輩。話を聞くのは、別に急いでいる訳でもありませんし。何なら、今下見に行っている皆さんが、旅館に戻ってからでもいいと思いますよ」

 

「それもそうだが……。ところで山田先生。その手に持っているものは……」

 

「ああ、これですか? 宇治抹茶パフェですよ、この旅館にあったパンフレットでオススメに上がっていて……」

 

 真耶はにっこり笑い、左手の持つカップを千冬に見せる。彼女の手には、抹茶アイスや、白玉、果物の入ったデザートがあった。

 

「旅館の人に聞いたら、テイクアウトで近くのお店から旅館へ商品取り寄せられると聞いて……。じっとここで待っているくらいならいいかなぁって頼んじゃいました。せっかく京都に来たんですから、美味しい食べ物を食べないと損ですよ!」

 

 ここは京都。せっかくの観光地、いくらここへ来た理由がどうであれ、待機場所である旅館で、ただ生徒たちの帰りを待つだけではもったいない。どうせなら美味しいものを、という考えを真耶は持っていた。

 

「なるほど……。まあ、()()()の事でイラついても仕方ないか。山田先生。そのパンフレットを私に見せてくれ」

 

「え、それって……」

 

 まさかの発言に真耶は思わず、思っていたことを口に出す。これまで、食べ物に興味を示す素振りがなかったのだ。

 

「何、ただ気になっただけだ。じっと待っているよりはいいだろう? それとも何か、私がデザートを食べるのがそんなに悪いか?」

 

「い、いえ……。そういうわけではないです。はい」

 

 千冬から溢れ出る殺気に似た何かを感じ取った真耶は、すぐに彼女へパンフレットを渡し、事なきを得たのであった。

 

 

 

 

 

 

 俺たちが京都へやって来た理由の一つは視察旅行だ。まあ、テロ組織殲滅の建前に過ぎないだろうが、仕事は仕事。課せられた目的を遂行するべく、俺はカメラを手に取り写真を撮っていった。

 俺が任された仕事はみんなが楽しむ姿や、風景を撮ること。きっと先生方が俺の撮った写真から、あーでもないこーでもないと散策ルートを決めるのだろう。散策している4ペアの所へ行かなければならないのを除けば、みんなが旅行を楽しむ姿を撮る、とやる事は単純。

 ではあるが、ふと俺の撮った写真が先生方に見られると想像すると……どうもむずがゆい感覚になる。これまで身内以外に見せるような写真を撮ってこなかったので、見知らぬ誰かに見られるって結構重要な役割じゃ? と思ってしまう。

 だがそんな心配は、旅行のように満喫している箒と鈴の幼馴染ペアと回っていた頃には、もうすっかり忘れていたわけでみんなが楽しく見て回っている姿を撮るようにした。

 

 閑話休題(それはさておき)

 俺は、写真を撮る最後のペアである、上級生組のケイシーさんとサファイアさんと合流していた。まあ正確には、ケイシーさんしか合流ポイントにいなかったのだが。

 サファイアさんがいないとなると、待つ他ないがケイシーさんはそんなことはしなかった。

 

「ってダメですよ! 待たないと……」

 

 そそくさと先を行くケイシーさんを追いかける。

 

「あいつ、妙に日本かぶれな所があってよ。自由に見ているだけだし、別に待たなくていいから」

 

 抹茶シェイクを飲みながら、俺の方を振り向いて流し目で見る。

 男勝りな姉御肌。ケイシーさんは読んで字の如く体現させたような人物だ。身長は少し俺より上ぐらいで、彼女の目を見ようとすると、どうしても目線を上げなければならない。

 こう……言っては何だが、彼女のキリっとした顔立ちはイケメンそのものだ。可愛らしいという言葉よりも、カッコイイという言葉が似合うと、思ってしまった。彼女に隠れファンがいるという話も納得してしまう。

 

 

 

 ケイシーさんについては、一組の隠れファンの子たちが半ば興奮気味に彼女のことをついて色々教えてくれた。

 

 ダリル・ケイシー。

 三年生唯一のアメリカ合衆国の専用機持ちで、その操縦する技術は他の人を寄せ付けないほど。一時は、学園最強と言われる生徒会長への立候補者として、名前が出てくるぐらいだそうだ。

 しかし当の本人は、その話は蹴ってしまったらしい。単純に面倒くさいからとか、興味がないからとか、そういう理由らしい。どちらにせよ、楯無さんと同程度の実力があると言っても過言ではない。現に以前に襲撃を受けた無人機を二機も破壊しているほどのだ。

 またISとは別で、学園内では彼女のサバサバとした性格や容姿が、学園の一部生徒を魅了している。さらによっぽどの女たらしらしく、そんな噂が絶えないと言っていた。

 女子しかいないIS学園で、女たらしってなんだよって思わずツッコミを入れたくなったが、まあ深くは考えない。俺の管轄外だ。

 

 とまあ……総合的に判断をすると、専用機持ちだからという理由で一目置かれるわけではない様だ。

 

 

 

 

「まあ、ケイシーさんがそう言うならいいのですけど……」

 

「はっ、分かってくれりゃあいいんだ。んじゃ、オレは適当にぶらつくから、テキトーにそのカメラで撮ってくれ」

 

 首にかけている紐に繋がれていたカメラを指差し、ケイシーさんは団子屋へと入っていった。

 

 自由奔放。その言葉が思いつく人物であると、俺は思う。きっとそんなところも彼女の人気の一つなのだろうかと思ってしまった。

 

 

 

 周辺の風景写真を撮って待っているとケイシーさんは団子を買って出てきた。

 そして、無言でお店の近くにぽつんと置かれたベンチへと向かう。

 この人まだ食べるのか……。そんなことを思いつつも後を追いかける。

 ふと道中で余り人を見かけないなと、気付いた。それもそのはず今日は休日ではない。平日であることもあり、往来する観光客の人数は多くはない。

 まあ、その分移動もしやすいし、こちらとしては助かるってもんだ。一足先にベンチに腰かけた彼女に続き、俺も近くに座る。時計を見てみれば、散策終了までそう長くない時間だ。

 

 これからどうしようか。そんなことを思いながら、ふとケイシーさんの方を見ると彼女は無言で表情を変えずに団子を食べていた。

 

『……後はどのあたりを見ますか?』

 

 いやいや、こんなことを聞いても彼女はノープラン。聞いたところで仕方がない。そもそも今は食べ歩きしかしていないし。

 一つ目の団子を食べ終え、団子が刺さっていた串を口に咥えている彼女を横目に、俺はふと、気になっていたことを聞いた。

 

「ケイシーさんの時も、京都へ修学旅行に行ったのですか?」

 

「ん? ……そうだぜ。ま、視察旅行をしているからってあんまり期待はするなよ。毎年やることは変わんねぇ。どうせあんたらも……名前なんだっけ? まあいいや。有名なでっかい寺を見て、下町で散策するだろうさ。卒業してもういない仲の良かった上級生も、去年行ったフォルテもおんなじこと言っていたし、ルートは変わんねぇだろうな」

 

「はぁ……」

 

「いくら視察旅行で回るルート候補を揃えたって、行く場所は前から変わらねえし、オレら専用機持ちを京都に連れ出すため口実なのは確かだな。よっぽど学園はテロリスト殲滅にお熱があるみてぇだ。こっちなんて今忙しくて、仕方ねえってのに」

 

 ケイシーさんは言葉を漏らし、咥えていた串を捨て、新たなみたらし団子を口にする。

 ケイシーさんは最上級生だ。つまり、この時期、三年生は就職活動をしている真っ只中。

 IS学園の生徒と言われれば、どこの企業からでも喉から手が出るほど欲しい人材だ。しかも、三年生唯一の専用機持ちとなると話は別だろう。さらに競争率が跳ね上がってくるに違いない。

 

「軍からあれこれ言われていてねぇ。アメリカ合衆国(自由の国)なのに、オレには自由がないってどういう事だよ」

 

「はは……。確か軍の研究機関に所属するんですよね? 噂での話で聞きました」

 

「そうそう、あんたらが海に行ったときに遭遇したIS(あれ)のいたとこ。オレもあんな目に合うのは御免だね。変なことさせられなければいいけれど……」

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件。あの時はいろんなことが起きすぎて、遠い昔の思い出のように感じる。なんだかんだで、銀の福音の暴走を止めて、中にいた操縦者を助けることができた。結局、なぜ暴走をしたのか、原因が不明となり、あのISは解体、凍結がされたと聞いている。

 

「にしても、お前がIS学園を卒業するころにはどういう扱いになっているだろうな?」

 

 ふっくりとした唇に付く餡を舐めとり、ケイシーさんは流し目で、こちらへ問い掛けてきた。

 

「えっ、俺ですか? ……うーんどうなんでしょう。全然想像がつかないです……。無難に日本企業の倉持技研とかじゃないですかね?」

 

「果たして、そう簡単にいくかねぇ?」

 

「……と言いますと?」

 

 ケイシーさんは少しだけ眉を上げて、俺の顔をじっくりと細めた目で見つめると、ずずっと俺の方へと近づく。彼女の透き通った宝石のような水色の瞳が俺に飛び込んできた。

 

「あんたの価値は計り知れねぇ。日本に住んでいるから、日本の企業に……なんて他の国の連中からしたら気に食わないだろう。どこの連中もお前を欲しさに、いざ進路の話ってなると色々やってくるはずさ」

 

 彼女の言葉を聞き、あの時のことを思い出す。俺がISの乗れると発覚した時だ。

 世間の目は俺という稀有な存在に注目を集め、いろんな人たちが押し寄せてきた。そしてその時は、千冬姉を始めとした心ある人たちの助けもあり、今IS学園にいる。俺がここにいて、安心に暮らせていけているのも、治外法権に近い、IS学園にいるからこそ。もし、ここを離れるとなると、再びあの頃のような状況になってしまう。すると、俺はまた()()()()立場になってしまう。

 ……そうは。そうなってはいけない。

 

「それにだ……。その話は、その時になってからっていうわけでもない」

 

 そう言うと、彼女は串を捨て、自由にさせていた俺の右腕を掴み、俺の右手を彼女の身体へと持っていく。

 

「ちょっ!? 何をやって……!」

 

 必死に抵抗をするも、彼女の力は強く、左手でどかそうとしても、ISを部分展開させているかのようにびくともしない。

 俺の右手は彼女の身体に触れないギリギリの位置まで持っていかれ、そこで止められた。

 目の前に見える大きな双丘に、俺は全身が熱くなるのを感じた。ぐっと近づかれたことで彼女の香りが鼻腔をつく。まるで意味が分からない。何をしているのか、と彼女の顔を見上げると、何故かそんな言葉が出なくなった。

 彼女は、真剣な面持ちで俺の方を見ていた。睨んでいると言った方が意味としては近いかもしれない。京都への移動中に俺へちょっかいを出して、笑っていたあの頃の表情が嘘であるかのようだ。

 

「学園の中には、お前を()()させるように言われているやつは、何人かいる。オレもその一人だ。自国に引き入れたら報酬をやる、みたいに言われているやつらはわんさかいるってこと」

 

 彼女の言いたいことは、何となくではあるが想像がついた。

 俺が思っている以上に、想像以上に、日本以外の国からも俺を付け狙う人がいるということを。

 

「別にお前が倉持技研に入るなんて言うのは自由だ。だが、世界から見たら、その選択で納得するやつは一体何人いるだろうな……? 忘れているかもしれないが、お前は貴重な存在だ。こうして、オレみたいなやつとお前で()()()()を作ってしまえばって考えているやつらばっかりだ」

 

 なんとなくとか、そのような考えではいけない。

 もし、俺が甘い考えを持って三年生になったら一体どれだけの人に迷惑をかけるだろうか? 俺はまた、守られる側になってしまうのか? 

 それだけは嫌だった。だから、俺はそれまでに考えておかないといけないのだ。俺の立場を、はっきりとさせるために。

 

 

 

 

 

「……っまオレはそう言われているけど、そんなことしないけどな」

 

 唐突に、気迫が消え去った。

 彼女が俺の顔を見て鼻で笑ったからだ。

 いつもの、見慣れた彼女の砕けた表情に戻ると、俺の腕を放し、団子と一緒に頼んでいたお茶をすする。

 

「そもそも、人を捨て駒みたいな扱いする連中の話なんか、聞くわけねえよ。そういうことされるのは、一番大っ嫌いだし。虫唾が走るわ。あぁ、気持ち悪ぃ……」

 

「はぁ……」

 

 彼女は両手で身体をさすり、今でも思い出すわ、とぼやき身体を震えさせた。

 一体何のことだろうか? 

 

「第一、お前はオレの好みじゃねぇから。わりぃな、オレって美男子系ってやつはどうも好きになれなくてな……」

 

「はぁ……」

 

 ビダンシケイ? 一体先程の話と何の関係性があるのだろうか。さっぱりだ。

 まあ、ケイシーさんがいつも通り、明るい雰囲気に戻ってくれたのだし、小さな悩みは心の奥底に押し込めることにした。

 

「それにその様子だと、あの連中とはそんなに親密な関係になっていないだろうし、オレはお前らのやり取りを邪魔したくねえからさ」

 

「あの連中……?」

 

「とぼけるなよ、今日来ている一年の専用機持ちたちのことだ。んで、お前的には誰が好きみなんだ? あの金髪縦ロールか? それとも、大和撫子のやつか?」

 

 酔っぱらった親戚の叔父さんのように俺の肩を掴み、揺すってくる。急に好みって……。

 

「好みと言われましても……。別にそんな、えこひいきはしないですよ。みんな大切で、大事な仲間ですよ」

 

「かーっ、何それ一番つまんねぇ答えだわ。とりあえず、オレはお前の好み的に胸がでかい奴がいいと見ている。違うか? お前、臨海学校の自由時間のときに、水着姿になったブリュンヒルデに見惚れたって話は聞いているんだぞ。そう考えると、ぺちゃぱい組は除外してだな、んで誰だ? 白状しろよぉ、エロガキぃ」

 

「なっ、その話をどこで!? というかそんなんじゃないですよ!」

 

 にししと、白い歯を見せて笑顔で俺の肩を組むケイシーさんを横目に押されるばかりである。

 

 好きと言われても……そんなことを急に言われても困る話である。そりゃ皆可愛いし、モテるだろう。だからって別に誰が好きだかって決められるわけがない。

 にしても、こんなことを誰かに言われたような気がする。そんな事が頭の中を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 どすん。

 俺は何故か、座っていた長椅子の後ろに落ちていた。

 いや、ケイシーさんによって俺は地面に伏せられていた。突拍子もないことに俺は固い地面へキスをしてしまい、土の味が口に広がる。

 

「一体何を……」

 

「静かにしろ」

 

 俺の頭を押さえて、いつになく冷たい口調でケイシーさんは言う。ちらりと見上げると、彼女の左腕はISを展開させていた。

 少しして、俺の頭上あたりを何かが飛んでいく音が聞こえた。甲高い、何かがさく裂したような音が聞こえ、音がしたほうを見てみると、木の壁の一部が破裂し、砕け散っていた。

 銃による襲撃。それを見た瞬間にすぐに気が付いた。

 近くを歩いていた観光客もその異変に気づき、悲鳴を上げた。

 

「一体どこから……」

 

「このあたりを見渡せる山かどっかからだろうな。くそ、こんな時に」

 

 狙うとしたら、ケイシーさんではない。俺だ。なら相手は……

 

「亡国機業……!」

 

「多分そうだろうな。いいか、狙撃されないポイントまで移動する」

 

 彼女の方が経験は俺よりもはるか上だ。

 ISの部分展開の準備を進め、俺たちは彼女の言う言葉通りにその場から離れる準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な事になった。

 千冬は取調室を後にし、そのようなことを思った。

 IS学園の生徒が銃撃に合った。そのような通報を受けて、警察が千冬たちのいる旅館へとやってきたのだ。旅館で待機していた彼女らには、ダリル・ケイシーから正体不明の敵と遭遇したという連絡を受けていた。すぐに他の専用機持ちたちに連絡をし、救援に向かわせた。そして、旅館で情報を集めている中での最中だった。

 

「先輩……。お疲れ様です。取り調べは終わりました?」

 

「ああ、思っていたよりも時間が掛かったな……。一夏たちの行方はどうだ?」

 

「私たちもちょっと前に解放されたばかりで何も……。ISの反応もないし、携帯電話にも繋がらないしで、まだ……」

 

 IS学園はその立場上、治外法権の存在になっている。だが、今いる場所は学園外。ましてや、街中で銃撃が起きたとなれば、警察が動かないはずがない。今日一日学園の制服で行動をしていたから、なおさらIS学園の生徒が襲われていると、通報がされるのは当たり前のことだった。

 

「三名の生徒が行方不明になっているということで、警察の方でも捜査をするということになったが……」

 

「大事になって随分と大変サね、ブリュンヒルデ?」

 

 千冬が真耶と話していると癖のある言葉使いの女性が彼女らの近くへとやってくる。

 着崩した着物に、長い赤髪が彼女の目を引く。だがそれ以上に、右目に眼帯を付け、右肩の部分で袖がまとめられ、あるはずの右腕は見当たらない痛ましい姿が見る人をより釘付けにした。

 

「ああ、全くだ。襲撃に遭ったと連絡を受けて、こちらでも犯人の出所を掴もうとしていた時に、早々と警察が来るとは……予想外だ」

 

「あら、その言い方だったらケーサツの方々が邪魔者みたいに聞こえるサ」

 

「まあ少なからず思うところはあるがここは京都、学園の庭ではない。これまでのように独自で判断をしにくい場所であることは、重々承知している。出来れば学園の問題は自分たちの中で完結をさせたかったが、郷に入っては郷に従えってやつだ。アリーシャ」

 

「ふふ、そんな固い呼び方をしないで、私のことは前のときみたいにアーリィって呼んでほしいのサ」

 

「あいにく、午前中に会う約束をしたが、京都を観光したい……もとい私の弟に()()()()会いたいからと、勝手に予定をずらす知り合いなんていないもんでね」

 

「……もしかして、怒っているサ?」

 

「さあ、どうだろう?」

 

 元世界王者(織斑千冬)現世界王者(アリーシャ・ジョセスターフ)。はなから見れば、とてつもない組み合わせの人物が対面していることに、真耶は一種の感動を覚えていた。だが、ここで楽しく歓談というわけにはいかない。

 現在の状況は最悪に等しい。

 

 狙撃のターゲットとされた織斑一夏、及び同伴していたダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの行方が分からなくなっている。

 連絡をしようにも、全く反応がなく何よりISの反応が見られない。狙われたためにどこかに潜伏しているとも、考えられるが攻撃を仕掛けてきた人たちも同時に狙っているのだ。相手よりも先に見つけなければならない。

 事件発生から数時間が立っている。一刻の猶予もない。

 

 千冬たちがアリーシャを連れて、本部としている部屋へと向かおうとしたとき、足音を立てて更識楯無が駆けよってきた。

 

「織斑先生、報告が……」

 

「楯無、どうした?」

 

「一夏君と他二名の居場所は未だつかめていません。ですが、今回の襲撃グループが亡国機業で間違いありません」

 

 亡国機業。その言葉を聞き、千冬は拳を強く握りしめる。恐らく、とは彼女の中で予想をしていたが、状況は悪くなる一方であった。長距離から狙撃を行うとなると、事前に一夏がどこを通るか、情報を得ていなければまず出来ない。となると、こちらの情報が()()()()()()()()()ことを意味する。誰か内通者がいると思わざるを得ないのだ。

 

「私たちが日中に回っていた視察のルートで、ISに対して妨害を行う粒子が確認されました」

 

「……それは前に言っていた亡国機業のみが扱えているという」

 

 その粒子の話について、千冬は以前に報告を受けていた。

 アメリカ軍の所属する秘匿艦の調査をするために行ったそこで、楯無はその粒子を浴びたという。そしてISにエラーが発生し、一切操作が効かなくなったと。

 そのような物質があることは、公表されていないもの。このような危険な物質をテロリストが占有しているとなれば、ますます危険であるのだ。

 

「はい、ですので……」

 

 楯無が話を続けようとしたとき、千冬の携帯電話が震えた。

 それを取り出したときに、千冬は顔をしかめて舌打ちをする。

 

「先輩……?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 あまり見せない表情であったために真耶は、心配をして声をかけるも、すぐに千冬は普段通りの仏頂面に戻り、電話に出る。

 

「何だ、束。今は忙しいんだ」

 

『お、ちーちゃん。ハロハロー♪ 元気にしてた?』

 

 いつも通りの親友の声に、千冬は持っていた電話を強く握りしめる。

 

「ああ、私は元気だ。じゃあな」

 

 耳から電話を離して、受話器が降りているマークのボタンを押そうとしたとき、電話の主が慌てた声で話始めた。

 

『って待ってってば! ちーちゃん待ってよ! そうじゃないよ!』

 

「なら何だ、さっさと要件を言え」

 

『もう、ちーちゃんってばせっかちさんなんだから♪ うんとねぇ、束さんは、ちーちゃんに一つ言わなきゃいけないことがあるんだぁ』

 

「ああ、なんだ」

 

『うんとぉ、()()()()のことなんだけどぉ』

 

 篠ノ之束の言葉から出る人物名は、身内の名前しか出てこない。

 極度の人見知りの親友の言葉が誰のことを言っているのか、千冬には簡単すぎるものだった。

 

「おまえ、一夏を知っているのか!? どこだ、どこにいる!?」

 

 息をつく間もなく、千冬は問いただした。胸の鼓動が早鐘のように突き続け、意識を右耳へと集中させる。

 そして、脳裏に3年前のことが過る。近くに彼女がいるから尚更であった。

 

『安心して、ちーちゃん。私がちょっと預かっているだけだから。きっと心配しているんだろうなって思って、こうして連絡しているんだよぉ?』

 

「そうか、一夏は無事か。……さっきは取り乱してすまない」

 

 一夏が無事であり、篠ノ之束が彼を保護している。

 その事実に千冬の周りにいる皆は一先ず安堵をした。テロリストが見つける前にかくまっているのだ。残る二人を見つけるだけである。

 

「それで、一夏は」

 

『うんうん、もっと褒めてもいいのよ、ちーちゃん? でも、すぐにいっくんは渡せないなぁ。ちょっと、私()いっくんのことで用があったからね』

 

「渡せないとはどういうことだ?」

 

『束さんね、思ったんだ。そろそろいっくんも、次のステージに進めるべきなんじゃないかって。いっくんにはもっともーっと活躍してもらいたいからね☆』

 

「……何を言っている束?」

 

『だから、束さん考えました! ばばん! 名付けて、「いっくんガンバレ☆ガンバレ☆秘密の特訓」をしちゃうよ! いっくんにはもっと強くなってほしいから、まどっちと実践で戦って経験を積んでもらいまーす』

 

 篠ノ之束の行動が自由であることは周知の事実。

 何をするにも、心のゆくまま。人のことなんて、はなから考えない。そんな人だ。だからといって、彼女のいう通りに行動させるわけにはいかない。

 

「そうか。だが、それを許すわけにはいかないな。こちらとて、用事があるんだ。一夏は返してもらうぞ」

 

『えー、それはのんのん。ダメだよ、ちーちゃん。いっくんが強くなれば、ちーちゃんも助かるでしょ? ウィンウィンってやつだよー。第一、こっちも準備万端ってなっているからさーゴメンね! そうだ! ちーちゃんもいっくんが成長する姿を見に来てよ!』

 

 彼女の言葉は軽かった。なんの悪びれもなく、当たり前のように語っていた。

 無邪気に、そして楽しそうに話す束の声は、千冬のいる廊下へ響き渡る。

 

『場所はねぇ、京都の空港? みたいな場所だよ! 手伝ってくれた亡国機業って人たちが用意してくれたんだ。ちーちゃんもその人たちを追っているから、すぐに分かるよね?』

 



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第49話 プレゼント

「どういうことですか、先輩!」

 

 私が問いかけても先輩は答えてくれなかった。

 

「何なんですか……意味わからないっスよ!」

 

 先輩は私の問いには答えずに、背を向けて誰かと話をすすめる。

 

「はい……。はい、これから織斑一夏と接触をします」

 

 こんなの間違っていた。

 私が先輩の所に駆け寄ろうとすると、近くにいた人が私を取り押さえた。肩を掴み、手を後ろに抑え込まれる。ISを起動しようにも、ISは全く反応がしない。

 

「離してっ……。先輩! ダリル先輩。何なんですか、なんでこんな……」

 

「いいのか、ダリル。本当にこの子に教えて」

 

 私を抑えつけている金髪のチャラい男が先輩に問いかけると、先輩はこっちを初めて向いてくれた。

 

「オレの名前は()()()()()()()()()だ。易々とその名前で呼ぶんじゃねぇ」

 

「へいへい、わりぃな、レインさん」

 

 男がケタケタと笑う中、先輩はやっと私の目を見てくれた。

 いつものおちゃらけている先輩の顔じゃない。

 口をきゅっと結び、白い歯一つ見せない先輩の顔は怒っているようにも、憐れんでいるようにも見えた。いや、睨みつけているのかもしれない。

 逆光で表情が暗いから、どんな顔をしているのか見えづらい。

 

「フォルテ」

 

 唐突に先輩が私の名前を呼ぶ。

 一番近くにいるはずなのに、聞き慣れているはずなのに、私は先輩の呼びかけにびくっと身体を震わせた。

 

「急で悪いな、こんなこと言い始めて。現状を飲み込むまで時間はかかるだろうが、しっかりと理解してほしい。お前には、オレがどんなやつか知ってほしい。オレとお前の()なんだ。隠し事はしちゃいけないもんな。だから、こうしてお前にさらけ出している。この腐った世の中と呪われた運命を変えるために、オレは今こうしているんだ」

 

 先輩は、この時初めて頬を緩ませてくれたように見えた。

 少しだけ、いつものダリル先輩に戻ってくれた。私に寄り添ってくれる優しい先輩になってくれたんだ。

 でも、私は先輩の考えている事が理解出来ない。私と先輩との間に見えない壁があるように、先輩の事が私に伝わらないんだ。

 

 すぐに、先輩は観光地のお店が立ち並ぶ通りへと歩いていく。私はただ、先輩が見えなくなるまでずっと目で追っていった。私にはこうすることしかできないから。

 

 ISは使えず、先輩の仲間であり、学園の敵である()()()()の工作員に囲まれているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

『一夏……』

 

 誰かに呼ばれた? 

 聞き慣れない声が俺の耳に響いた。

 この声は初めてじゃない。どこかで聞いたことがある声だ。

 だが、俺は何もしなかった。ふわふわとしたこの感覚が心地よく、ずっとこうしていたい位で……。

 

『……よ、一夏。だから……』

 

 まただ……。

 また呼ばれて……。

 でも、俺は答えない。今が心地よいから。

 風が優しく俺の頬を掠めていく。ひんやりとした水面の上に俺はいた。

 今度は何かに触れられる感覚があった。俺の右手に何かが触れたのだ。俺よりも小さな手。冷たく、だけども暖かい手。

 それは、俺の指と絡ませて、ギュッと握る。

 

『これからずっと、私はあなたと一緒だから』

 

 

 

 

 

 ふいに目が覚めた。

 薄暗い天井に、嗅ぎ慣れない埃っぽいにおい。

 知らない場所だ。

 

 俺は一体……。

 

 意識が覚醒し始めたとき、ふと俺の右腕が誰かに触れられている感覚があった。

 どこかデジャブを覚えつつ、右腕の方を見る。

 

「うーん、やっぱり男の子って感じだなー! いい感じに筋肉があって、これはこれで……」

 

 見知っている人物に、俺の目覚めていないところまで、意識が完全に覚醒する。

 

「何をしているんですか束さん……」

 

 なぜだか、楽しそうにベッドに寝そべっている俺をペタペタ触り続ける束さんに、困惑せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「えっとつまり……。束さんは俺に用があるって事ですよね?」

 

「そうそう、さすがいっくん! 理解が早いね! よしよし……」

 

 そう言うと、束さんは俺に抱きつき、くしゃくしゃと俺の頭を撫で回す。

 この人は過度なスキンシップをよくする。

 別にそれが悪いとは思わない。束さんなりのコミュニケーションのとり方だ。文句は言わない。ただ、その……。

 

「束さん……苦しいです」

 

「おっと、いっくんごめんね!」

 

 時折、息ができないほどに抱きつかれることだけは勘弁してほしい……。

 熱い抱擁から解放された俺は、ジメッとした新鮮な空気を吸い込む。

 

 そもそも、ここはどこだろう? 

 

「そうだ、いっくん! どこも怪我していない? 調子悪いところとかはない?」

 

「いえ別に何とも、どこも悪くは……」

 

 体にかけられていた粗末な毛布を剥がして全身を確認する。

 使い古されたIS学園の制服がヨレているぐらいで、特に傷もなく土埃もない。ただ、一つだけ足りないものがあった。

 

「あの束さん、俺の白式知りません?」

 

「ああ、白式はね……。はい、どうぞ♪」

 

 思い出したかのように束さんは懐から、待機状態になっているガントレットの白式を差し出した。

 

「白式は私がちょちょいと調整を加えて、完璧な状態にしたから!」

 

「そうだったのですね、ありがとうございます」

 

 受け取った白式を装備し、装着具合を確かめる。

 束さんに見てもらったんだ。調整とやらは万全だろう。

 

「いいんだよ、それくらい。いっくんが喜んでくれて何よりだよー」

 

 束さんはピコピコと頭部にあるウサ耳を動かしながら、にんまりと笑う。

 それにしても、こうして束さんと二人きりで話をするのは、いつぶりだろうか。

 いつもだったら、束さんは、箒か千冬姉と良く会っていた。

 どちらかといえば俺と会うのはそのおまけ、みたいな扱いだったからなおさらだ。

 

「あの束さん。気になっていたのですが、ここはどこなんですか?」

 

 束さんと二人きりなのもそうだが、今俺がいる場所が分からない。

 窓はなく、天井にある丸裸の電球と俺のいるベッド、そして束さんの座る椅子があるだけの質素な部屋だ。掃除が行き渡っていなく、埃っぽいことから、めったに使われない場所だということは見て取れる。

 

「ん? ……ああ、場所は別に気にしなくていいよー。私もよく知らないし」

 

「え?」

 

 いや、知らないってどういう……

 

「それよりも、元気になったいっくんには、移動してもらいまーす」

 

「移動? どこに?」

 

「ISを使える広い場所だよー♪」

 

 それだけ言うと、束さんは俺の右腕を掴み、急かすように部屋の扉へと俺を引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出てしばらく歩く間に、何となくわかったことがある。

 まず、俺がいる場所は京都で間違いない。束さんに尋ねたら、そう答えてくれた。

 

 そしてもう一つ。銃撃に襲われたところを束さんに助けられたという事。俺が……いや、俺たちが逃げている間にどこかで束さんに助けられた()()()

 なにせ俺の記憶には、ケイシーさんと一緒に逃げ回っていた記憶しかないのだ。どう助けられたのだろう? まあ、こうして銃撃に怯える必要がないのだけでも一安心だ。

 

 最後。

 束さんは俺以外の人を助けていないという事。助けたときには、俺以外には誰もいないと束さんは話したのだ。

 

 窓のない、明かりの灯された長い廊下を俺と束さんと歩いていた。

 廊下には時折埃の被った段ボールがあるくらいで、他には何もない。一体どんな場所なのか見当が付かない。

 

 鼻歌交じりに俺の先頭を歩く束さんを横目に、ISのプライベートチャンネルで千冬姉達に連絡を取ろうとしたら、見知らぬエラーに阻まれた。

 

「『通信機能は存在していません』だって? ……束さん。白式の通信機能が使えないのですが……」

 

「ん? ……ああ。()()ってチャンネルに繋げられないから、今は無理だよー」

 

「え……そんなことがあるんですか?」

 

「そうだよー」

 

 気の抜けた返事を返すと、今度はスキップを絡めて、先へと進む。束さんの気分は最高のようだ。何故だか知らないけど。

 一方俺は、わだかまりの残るなんとも言えない気分である。

 

 一体自分がこれから何をされるのか、想像がつかない。聞いても内緒だと言われる。

 ISの使える場所に行くと言うことは、何かの調整をするということだろうか? 

 実際に動かして最終チェックだろうか。そんなことを思うたびに、束さんが何をしようとしているのか、答えにたどり着かない。束さんの真意を確かめようとしたとき、ふと彼女はこちらを振り向いた。

 

「いっくんってさー、もっと強くなりたい?」

 

「強く……? どうしたんですか急に……」

 

「ふと思ったんだよ。もし強くなったら、誰にも負けない強靭な力を持って圧倒的にねじ伏せられるんだよ! 私はカッコいいと思うなー」

 

 強くなる。

 束さんの言った強くなるとは、ISの操縦技術のことだろうか。それとも、肉体的な意味なのだろうか。曖昧すぎて何を指しているのかよく分からない。

 ……多分束さんのことだから、前者のことだろう。

 確かに、俺は強くなりたいと思っている。いつか、千冬姉と渡り合えるような、そんなIS操縦者になりたいと思っている。

 

 それは俺の望んでいる事ではあるが、俺の求めている強さではない。その力は利己的でワガママなもの。単なる暴力だ。

 

「確かに、強くなりたいです。でも、きっと束さんの思っている強さとは違います。俺は、大切な人達を守れるように強くなりたいです」

 

 例えばどんな事かな、と束さんはこちらを振り向き、目を細めて優しく問いかける。気づけば、歩むのを止めていた。

 

「今の俺は弱いです。常に誰かに守られて、自分一人では何も出来ていない。俺は昔からずっと。俺がモンド・グロッソで誘拐された時から変わっていないんだ。もし俺が、強かったら、あんな事にはならなかった。千冬姉が連覇出来たし、単身ドイツに行くこともなかった。何一つ連絡を寄こさない千冬姉を待つこともなかった。俺が弱いから狙われて、そして誰かに迷惑をかけている」

 

 それは、俺が強くない事が原因だと思っている。

 自分で自分を守れないから。

 力がないから、強くないから、今の俺はこうして何者かに襲われ、束さんに救われた。

 

「だから、俺はみんなに迷惑をかける存在から、みんなを守れるように変わりたいんです。箒も千冬姉も、IS学園のみんなも、そして束さんも。みんな大事で、大切だから。……もうみんなの悲しむ姿なんて見たくないから、だから強くなりたいんです」

 

「……そっか。いっくんは優しいんだね」

 

 束さんは、俺の方を見ずに答えた。表情の見えない束さんは前を向き、いつの間にか現れていた扉のドアノブに手にする。

 

「じゃあ私から、いっくんへ最高のプレゼントを贈れるね♪」

 

 

 

 束さんに連れられた場所は、だだっ広い土のグラウンドだった。

 サッカー場のような長方形型で、建物全体は白い壁で覆われている。

 

「それじゃあちょっとここで待っていてね!」

 

 束さんはそう告げると、そそくさと入ってきた廊下へと戻っていく。

 俺は唯一人ぽつんと取り残されてしまった。傷一つない壁に触れてみると、金属のように硬い材質であった。これには見覚えがある。

 

 IS学園にあるISの試合に使われるアリーナ。最新鋭の技術が盛り込まれた材質がアリーナの壁に使われていると授業で耳にしたことがあるし、実際にアリーナで触ったこともある。それと同じなのだ。

 

 ここは、ただの広いグラウンドではないのだ。

 ISが使われる……どんな攻撃をされてもいいような、前提をした場所。

 京都にそんな場所があるなんて聞いたことがない。臨海学校のように、京都のどこかを貸し切って訓練をするなんて話もない。一体俺はどこに連れて行かれたのだろうか。

 

「いっくーん! 聞こえる?」

 

 ふと俺の耳元に、束さんの声が聞こえてきた。近くで囁かれたような声。

 俺はとっさに白式を見つめる。

 

「もしかして、プライベートチャンネルで?」

 

「そうだよー、よかったぁ。これで、通信機能は戻ったみたいだね! んじゃ、早速だけど説明するよ!」

 

 聞こえてくる束さんの声を無視し、ハイパーセンサーを起動させ、現在地の特定を行う。

 場所は……周りになんにも無い所だ。山の中ってことか? 

 写真を撮っていた場所から、だいぶ遠い場所にいることは確かだ。

 

「これからいっくんには、私お手製の特別トレーニングを受けてもらうよー! トレーニングの内容は簡単! いっくんのために、用意した素晴らしい相手と戦って、レッツ強い男になろう!」

 

 弾んだ調子のいい声が俺の脳内に響き渡る。

 くそっ、なんで束さんの通信は受け取れるのに、俺から誰かへ通信を送れないんだ!? 

 

 

「茶番は終わりか、篠ノ之束」

 

 束さんとは違う、聞き覚えのある声がオープンチャンネルから聞こえてきた。

 千冬姉の顔が浮かぶが、それはすぐに消え失せた。

 次に思い出されるのは、千冬姉に似た顔の少女。

 

『私が私たるために、お前の命をもらう……!』

 

 俺の前に現れ、殺そうとしたやつの声だった。

 グラウンドの正面に視線を送ると、そいつはいた。

 いつの間にか開かれていた、俺のいる場所と対になる反対側の方の扉の前に立っていた。

 

 以前見たときと同じ黒装束の姿。間違いない、あいつだ。

 

「んもう、まどっちったら! まどっちの紹介するから待っていてよぉ」

 

「ふん、そんなことなど知らん。必要ない」

 

 えんえんと泣くオノマトペを口にする束さんを、少女は鼻で笑う。

 

 ……は? 

 訳がわからない。

 

 あの女は、亡国機業。

 学園を襲撃してきた連中。楯無さんを傷つけたやつら。

 そして俺たちが京都へやってきた理由。倒さなければならない組織。

 それと束さんは気軽に話をしているのだ。しかも、極度の人見知りの束さんが身内以外に心を開いているなんて、見たこともない。

 

 頭の中で整理がつかなかった。様々な情報や思考が氾濫し、何一つ掴み取れない。

 なぜ? どうして? 

 

「これで、ようやくお前を殺せる……織斑一夏」

 

 遠くに立つ少女はこちらへ指を指し、白い歯を見せて笑う。

 

「こら、まどっち! 物騒なこと言うじゃないよ! ちゃんと約束したでしょ?」

 

「ああ、そうだったな篠ノ之博士。くくくっ、とんだ冗談だ……!」

 

 少女は唇をかみしめて、こちらを睨みつける。

 彼女からは俺に対する殺意が見えた。

 

 その時俺は、一つの確信を持つことが出来た。

 あいつは……なぜだか知らないが俺に対して強い殺意がある。だが、それは今はできない。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。俺が冷静にならなくてどうする。

 

 あの束さんだ。

 テロ組織に加担するようなことはしないし、何より服従されることなんてまず起こらない。

 ……となると亡国機業のあの女は、束さんが何らかの手によって手中に収めるということだ。

 

「いい、いっくん。まどっちが私が用意した特別トレーニングにふさわしい、スペシャルな相手だよ! あの子とISで戦って、強くなろうね♪」

 

 束さんが嬉しそうに俺にささやく。

 そんな楽しそうに話す束さんとは真逆に、まどっち、と呼ばれたやつは怒りを抑えきれずにいるようだった。

 振り上げた拳を下げられずにいる、と言ったほうがいいのかもしれない。

 

 束さんの言葉に従っているのであれば、こちらへ危害は加えられない。そうなると、俺のほうが立場としては有利だ。

 だったら相手の戦闘データを集められるし、束さんと話をつければ、捕まえることだってできるかもしれない。そして亡国機業の情報を得られるかもしれない。

 訳がわからないが、これは好機だ。今このチャンスを逃すわけにはいかない。俺にできる最大限のことをしよう。足掻くんだ、弱い俺なりにできることを。

 

「よう、誰だか知らないが、今日はよろしくな」

 

 軽い挨拶。

 そんな簡単な言葉にも、そいつは反応した。

 

「っ……! 貴様……その身の振り方を後悔させてやる。こいっ黒騎士!」

 

 少女の両手が白く光り、あたりに風が生まれた。全身を包み込むように風は少女を中心に創り出され、土埃を周囲に撒き散らした。

 

 見るからにあいつは冷静さを失っている。

 感情に任せた動きには、隙きが生まれる。そんなことを特訓していたときに教えられた。

 今は、とにかくあいつと戦って勝てばいいんだ。後のことはそれから考えればいい。

 

「……白式!」

 

 白式を展開し終えたときには、あいつにも黒いISが装着されていた。

 

 顔を覆うバイザーに、背中に生える蝶の羽のようなスラスター。

 以前見かけたISが黒くなったのだろうか、そんな印象を受けた。

 

「剣を抜け、織斑一夏。どちらが〈〈あの人〉〉の隣にふさわしいか、ここではっきりとさせてやる」

 

 そう言い放つと少女は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 篠ノ之束は、眼下で二人がISを展開する姿を見るなり、管制室の扉へと歩いてゆく。

 

「ここでご覧になられないのですが、束さま」

 

 扉の近くにいた銀髪の少女は、束へ問いかける。

 

「ちっちっちっ、甘いよクーちゃん。こんな小さな場所が、二人の攻撃に耐えられるわけがないから場所を移すんだよ。それに争うには狭すぎるからねー」

 

「……そうですか。では、亡国機業の方々へ次のフェーズへと移るようにお伝えします」

 

「うん、お願いするよ☆」

 

 クーちゃんと呼んだ少女の頭を撫でると、管制室にある画面に映された白いISへと視線を送る。

 

「いっくん、ここが頑張りどころだよ。ここで頑張れば、君はちーちゃんの隣に並んで立つことができるからね」

 

 



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