エリート警察が行くもう一つの幕末 (ただの名のないジャンプファン)
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プロローグ

新小説です。お楽しみください。


 

 

 

 

 

 

侍の国‥‥かつてこの国がそう呼ばれていたのは、今はもう昔の話‥‥。

宇宙から突如襲来した異人・天人により江戸幕府は無理やり開国され、更に刀を持つことを禁止する廃刀令により、侍は衰退の一途を辿っていった。

だが、幕府や天人達のやり方に反発をした志のある攘夷志士達は天人達に対して戦争を起こしたそれが世にいう‥‥

 

『攘夷戦争』

 

だった‥‥

 

その戦争に名を刻まれた英雄達‥‥

 

『白夜叉、坂田銀時』

 

『狂乱の貴公子、桂小太郎』

 

『鬼兵隊、高杉晋助』

 

『桂浜の龍、坂本辰馬』

 

この者達が天人達と戦い、そして敗北した歴史‥‥それがこの日本の歴史である。

そして、これは攘夷戦争の後に出来た、とある警察組織に所属する1人の少女が別の世界の日本‥幕末、明治を駆け巡り、彼女がどのような人生を送ったのかを記した物語である。

 

 

 

 

~side江戸~

 

「やっと追い詰めた‥‥観念して私に斬られて、攘夷志士、桂小太郎」

 

赤い目に黒みがかった藍色のロングの髪に全身白ずくめの制服を着た女性が刀を構えて無機質な声で言う。

彼女が所属している組織の名は見廻組‥‥。

江戸を中心とした治安を守る武装警察組織である。

見廻組は同じ警察組織である真選組とほぼ同じ職務を行っている。

その編成は名門の良家出身の中から剣術に優れた者のみで構成されたエリート集団である。

それにしても、警察組織の人間が投降を呼びかけずにいきなり斬りかかるのはどうなのだろうか?

 

「ふっ、さすがは見廻組副長、今井信女‥‥」

 

同じぐらいロングの黒髪をした桂と呼ばれた男性が不敵な笑みを零しながら、懐からあるモノを取り出す。

 

「だが甘いぞ!!これでどうだ!?最近とあるルートから手に入れた新作爆弾だ!!」

 

爆弾を取り出した時、桂はこの爆弾を買った時の事が脳裏に蘇った。

 

数日前‥‥

 

「次元爆弾‥だと?」

 

「そうきに、こげん爆弾はただの爆弾ではないぜよ!!」

 

陽気な土佐弁で桂に商品である爆弾の説明するモジャモジャ頭にサングラスをかけている何とも胡散臭い男。

彼の名は、坂本辰馬。

攘夷戦争では、『桂浜の龍』と呼ばれた男でかつての桂の盟友だ。

今は株式会社快援隊商事の社長にして快臨丸の艦長として、宇宙で星間貿易を行っている宇宙商人。

取り扱う商品は人身売買以外のモノならば、大抵揃えてくれる。

そんな桂は、先日、昔の好で彼に何か変わった新商品は無いかと坂本の船が地球に来た時に、彼の下を訪ねていた。

そこで、坂本は桂にある商品を売った。

 

「惑星クロノスのテクノロジーの結晶で爆発に巻き込まれた相手を異次元に引きずり込むそれはおっそろしい代物ぜよ。その余りの威力からクロノスでは生産中止になってそれが最後の1つなんぜよ。いや~手に入れるのは一苦労だったぜよ~」

 

「この爆弾にそんな性能があるのかどうか怪しいモノだな」

 

桂が手にした次元爆弾は坂本言う性能を秘めている割には余りにも小さいので、彼の言っている事が本当なのか怪しい。

桂は手にした爆弾を訝しむ様に見つめる。

 

「疑うのであれば、今この場で爆発させてみようかぜよ?その威力、身をもって体験するといいきに」

 

坂本が桂の手から爆弾を取ると、爆弾を炸裂させようとする。

 

「止めろ!!分かったから!!」

 

桂は慌てて坂本を止めた。

性能がどうあれ、この至近距離で爆弾なんて炸裂させられたら、自分も吹き飛んでしまう。

まだやるべきことが山ほどある桂にとってこんな所で死ぬわけにはいかない。

とりあえず、性能は兎も角として、その大きさから携帯には便利だと思った桂は坂本からその爆弾を購入した。

 

そして、現在‥‥

 

桂の取り出したその爆弾の大きさは、手のひらサイズの大きさであり、形は丸く真ん中に穴があった。

その爆弾を見た信女は、

 

「あれはっ!?ドーナツ!!」

 

するとさっきまで桂を斬ること以外興味を示さない目つきをしていた信女の目が急に子供の様に輝いた。

 

「くらえ!!」

 

桂がポイっと爆弾を放り投げる。

放り投げられた爆弾に信女はまるで犬がボールをキャッチするかのようにその爆弾に飛びついた。

何度も言う様であるが、桂が放り投げたモノは決してドーナツではなく、爆弾なのに!!

 

「はむっ!」

 

桂の放り投げた爆弾をまさに犬がボールを口でキャッチするのと同じように口でキャッチする信女。

 

すると、

 

カチッ!!

 

キュー!

 

ドーン!!

 

信女が口でキャッチした瞬間、ドーナツ(爆弾)は炸裂し、とてつもない光を放って爆発した。

 

「ぬぅぅ、なんという威力だ‥あのバカ、俺にこんな物騒なモノを渡したのか!?」

 

桂の言うバカとは彼の昔の盟友である、もじゃもじゃの声のでかい人、坂本の事を指していた。

 

「んっ、敵とは言え、女子を殺めてしまったか‥さすがに死体ぐらいは残って‥‥ん?消えている‥‥だと?」

 

爆煙がおさまると桂の目の前にいた筈の信女の姿は無く、死体はおろか肉片の一片、髪の毛1本、一滴の血の痕すら無かった。

それはまるで今井信女と言う存在が最初からその場に無かったかのようのだった‥‥

 

 

 

 

~side京都近くの某所~

 

此処では、先日人買い商人にその護衛、そして商品となった人達の一行が山賊に襲われ、1人の少年を除いて皆殺しにされた。

ペリーの黒船来航以来、幕府の力は衰え、各地で賊が出没していた。

そんな賊も1人の剣客の手によって1人残らず殲滅させられた。

剣客は生き残ったその少年に近くの村に行く様に言うとその場を去って行った。

それから暫くして、その剣客は村に行き、酒を買う序にこの前助けた少年が元気にしているかを尋ねた。

しかし、酒屋の主人の話では村に来ていないと言われ、気になった剣客は少年を助けたあの場所へと戻った。

村に来ていないと言う事はこの世に悲観してその場で自殺をしたのかもしれない。

今のこのご時世では、それはよくある事だった。

せめて、死体を葬ってやろうと思い、剣客があの場所へと来ると、そこにはおびただしい程の木で出来た墓標があった。

少年はあの日から穴を掘って、この場で殺された人達の墓を作っていたのだ。

それは、自分達に襲い掛かって来た賊も自分を商品として扱った人買いも差別なく全員だった。

そして、自分同様、人買に買われ、自分に優しくして最後まで自分の事を守ってくれた3人の女の人達には木の墓標ではなく、墓石代わりに手ごろな岩をおいた。

剣客は少年の話を聞き、3人の女性の墓石に買ってきたばかりの酒を弔いの為にかけた。

 

「小僧‥名は?」

 

「‥‥心太」

 

「剣客にはあわんな、お前はこれから剣心と名乗れ」

 

「えっ?」

 

心太‥改め剣心がどういう事なのかを剣客に尋ねようとしたその時、

 

ドサっ、

 

近くで物音がした。

 

「ん、何だ?」

 

剣客は物音がした方に視線を向けると、そこには薄紅色の下地に薄緑色の紅葉柄の着物を着た4歳ぐらいの少女が倒れていた。

 

「おい、こいつもお前といたのか?」

 

「‥‥知らない」

 

剣心は倒れていた少女は全く知らないと言う態度をとった。

 

「はぁ~これも何かの縁だ。こいつも連れていくぞ」

 

この辺りにはまだ野盗が多い。剣心だけを連れて行き、その後でこの少女が野盗に殺されては目覚めが悪い。

剣客は倒れていた少女を抱き起し、剣心と共にその場から去って行った。

 

 

~side山奥~

 

2人の子供を連れてきた剣客は未だに目を覚まさない少女を看病していた。

そして夜中になると、

 

「うっ‥‥う~‥‥此処は?」

 

少女は目を覚まして当たりを見回した。

 

「ドーナツ!?‥桂は?‥‥それにここ裏路地じゃない‥‥‥‥?」

 

そしてふと少女は自分の姿を見たら、

 

「‥‥縮んでいる‥‥」

 

いつもより短い手足、伸ばしたはずの髪は短くなり、大きく膨らんでいた胸はしぼんでおり、あの美乳の痕跡は一切ない。

 

「よう‥やっと起きたか‥‥」

 

突然、声をかけられてその場から飛び起き、素早く後に下がり腰に手を当てたが、信女の手は空を切った。

 

(刀、無いの!?)

 

普段から愛用していた長刀が無い事に気づく。

少女は相手との距離をとって、声をかけた剣客の様子を窺った。

少女の一連の動作を見て剣心は目を見開いてポカンとし、

反対にこれを見た剣客は、

 

「お前だいぶ鍛えられているな‥‥小娘、お前の名は?」

 

(コイツ、ただの小娘じゃねぇな‥‥それに、コイツからは血の匂いがしやがる‥‥)

 

年の割に似合わない動きをし、一流の剣客が嗅ぎ分ける事の出来る体中から染み渡る血の匂いを嗅ぎ分けた剣客は少女を一目見て、彼女は只の小娘でない事を見抜く。

 

「人に名を尋ねる前にまずは自分から名乗るんじゃなくて?」

 

「ふっ、助けてやったのにその態度は気に食わんが、まっ、いいだろう。俺の名は比古清十郎だ。で?お前は?」

 

剣客、比古清十郎から名を名乗ってもらった少女は、

 

「信女‥‥今井信女‥‥」

 

赤い無機質な目で比古をジッと見つめつつ自らの名を‥‥

大切な人から貰った名を比古に告げた。

 

 

 

 



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第1幕 新撰組

更新です。


 

信女が自分の知る世界と似ている様で似ていない世界に流れて、信女と剣心が比古の下で飛天御剣流を学んでから幾月の年月が流れた。

ただ、剣心に至っては修業の途中、何を思ったのか突然比古の下から去り、長州藩、高杉晋作が率いる奇兵隊に入隊していった。

去り際、剣心と比古の喧嘩は物凄かった。

信女は引き続き、比古と共に山での生活をしていたが、ある時風の噂で剣心が京都にて、人斬り抜刀斎と呼ばれる剣客になっていると言うのだ。

その噂を聞いた比古は、

 

「信女」

 

「なに?」

 

「今日で、お前の修業は終わりだ。後は好きに生きろ‥‥ただし、此処に留まるって選択以外だ」

 

それだけ言って比古は信女を半ば追放の様な形で山から降ろした。

しかし、信女にはこれが比古なりの気づかいだと分かっていた。

信女自身も剣心の事が気にならなかったわけではない。

だが、比古はどうも不器用な性格故、この様な口ぶりとなってしまったのだが、信女も人付き合いが得意な方でない為、比古の事がよく分かった。

 

比古から山を下りる様に言われた信女は剣心の行方を探る為、京都の地へと降りたった。

今の京都が物凄く治安が悪くなっている事は知っていた。

剣の腕が劣っているとは思ってはいなかったが、どうもこの世界では男尊女卑の傾向があるようだ。

信女がそれを知ったのはかつて、自分の世界で所属していた見廻組の隊士募集に応募した時の事であった。

面接した隊士は信女が女と言う理由で募集受付は出来ないと言われた。

例え女でも自分はそこら辺の武士よりも剣の腕が立つと自負していた。

しかし、信女は剣術試験さえも受けさせてもらえず、門前払いを喰らった。

次に信女は比古から貰ったお金で男物の着物を買い、男装をして、自らの名も今井信女から、かつて自分に名を与えてくれた男の名を借り、今井異三郎として、再び見廻組の募集を受けたが、今度は道場からの紹介状がなければ、受ける事は出来ないと言われた。

比古に頼んでも「面倒だ」とか言って紹介状を書いてくれるとは思えない。

自分の世界でも見廻組は良家のエリートで編成されていたエリート部隊。

そんなエリート部隊に女の自分が入れたのはトップであった佐々木異三郎が自分と深いつながりが有る為であった。

異世界からの流れ者で、この世界では比古と剣心以外、知り合いが居ない信女。

そんな中、信女はかつて自分の所属していた組織と協力しつつ対立したもう一つの警察組織、新撰組の隊士募集の張り紙を見た。

しかし、この世界の新撰組は『しん』の文字が真ではなく、新であった。

信女が新撰組隊士募集の張り紙をジッと見ていると、

 

「若造、その張り紙に興味があるのか?」

 

信女は突然声をかけられた。

声がした方を見ると、虫の触角の様な髪型に目つきが細いがその心の内はまるで狼の様な凶暴性を秘めている男が居た。

 

「見廻組の方へも行ったが、断られた‥‥紹介状が必要だと言われて‥‥」

 

「成程、隊士を選ぶにしても選民意識が強いアイツら、らしい募集の仕方だな」

 

「新撰組も同じではないの?」

 

「いや、俺達は剣の腕が強ければそれでいい」

 

「俺達?貴方も新撰組?」

 

「ああ」

 

「そう‥‥」

 

「それで、どうする?受けるのか?受けないのか?」

 

「安い挑発‥‥でも、そんな風にいうのであるなら、それなりに腕が立つのだろう?」

 

「フン、お前こそ、随分な自信の様だな?」

 

「事実」

 

「いいだろう?ならばこの俺直々に相手をしてやる」

 

狼の様な男は不敵な笑みを浮かべて信女を新撰組屯所の道場へと案内した。

 

「ほぉ、斎藤君が直々に拾って来た者とは興味深いな」

 

「僕もですよ、近藤さん。一体どんな人なんだろう?」

 

「あの斎藤がね‥‥」

 

「でも、斎藤相手に入隊試験はちと厳しい様な気もするが‥‥」

 

斎藤が直々に剣術試験を行うと言う噂を聞き、屯所の道場には新撰組の幹部達が揃って来た。

一応、剣術試験と言う事で真剣ではなく、獲物は木刀を使う事になった。

互いに距離をとり、対峙する斎藤と信女。

 

「では、入隊試験‥始め!!」

 

土方が号令をかけると、斎藤は左手で木刀を握り、まるで照準を合わせるかのように右手で木刀の剣先を持つ。

 

(あれは、平突きの構え‥‥でも、ちょっと我流が入っている‥‥)

 

信女の世界の真選組の隊士たちも平突きを得意としていた。

あの技は突きを外しても間髪入れずに横薙ぎの攻撃に変換できる二段構えの技‥‥常に命のやり取りをしている真選組ならではの技であった。

どうやら、それはこの世界の新撰組も同じようだ。

 

「はぁぁぁー!!」

 

斎藤の得意技、左片手平突き、牙突が信女へと迫る。

 

(速い‥‥でも‥‥)

 

信女は突きを右側に避ける。

すると、次に横薙ぎの攻撃が信女へと迫る。

信女は横薙ぎの攻撃を木刀でいなすと、

 

「たー!!」

 

此方も斎藤の背中に横薙ぎの攻撃をくわえる。

すると、斎藤は道場の壁に突っ込む。

 

『‥‥』

 

斎藤の得意技である牙突をかわし、反対に斎藤に一撃を加えた事に近藤達は驚く。

 

「もう、終わり?」

 

信女が壁に突っ込んだ斎藤に挑発めいた言葉を発する。

すると、その瞬間、斎藤は先程の牙突以上の速さで信女に牙突を繰り出して来た。

 

「っ!?」

 

信女はその攻撃を防ぎきれず、今度は信女が道場の壁に突っ込んだ。

 

「おいおい、ちょっとやりすぎじゃねぇか?」

 

新撰組二番隊組長、永倉新八が入隊希望者相手にちょっと大人気ないんじゃないかと言う。

 

「永倉さん、アイツがそんな軟な訳ないじゃないですか」

 

斎藤は信女が突っ込んだ壁から視線を逸らさず、永倉に言う。

信女は壁から神速の抜刀術で斎藤に迫る。

斎藤はその抜刀を受け止める。

すると、信女は天井や壁を蹴って勢いをつけて全方位からの攻撃を斎藤に仕掛ける。

斎藤も信女もいつしか本気になり、互いにボロボロになるまで剣を振り続けた。

これ以上は流石に剣を振っている当人と道場がヤバいと感じた新撰組の幹部達は2人を止めに入った。

 

「斎藤さん、落ち着いてください!!」

 

「お前は入隊希望者を潰す気か!?」

 

斎藤を沖田、永倉が止め、

 

「やりすぎだぞ、君!!」

 

「お前は入隊希望に来たのか!?それとも屯所の道場を壊しに来たのか!?」

 

信女は近藤と土方が止めた。

こうして信女の剣術試験は、決着がつかない結果で終わった。

 

「で?結果は?」

 

屯所の道場をボロボロにしたにも関わらず、近藤達に試験の結果を聞く信女。

彼女はある意味、大物である。

 

「そんなもんきまってんだろうが‥‥」

 

土方がイライラした様子で信女に試験結果を伝える。

 

「不合‥‥「合格だ」」

 

土方が信女に試験結果を言う前に斎藤が信女に試験結果を伝える。

 

「おい、斎藤、テメェ何勝手に‥‥」

 

「土方さんも見たでしょう?コイツの剣の腕を‥‥これ程、腕の立つ奴をみすみす維新志士にくれてやるのは余りにも勿体ないと思いませんか?」

 

「僕も斎藤さんの意見に賛成です」

 

斎藤の提案に沖田も賛成する。

 

「ちっ、近藤さん、アンタはどう思っている?」

 

土方は局長である近藤の判断を仰ぐ。

 

「‥‥私も斎藤君の意見に賛成だ」

 

近藤も信女の新撰組入隊を歓迎する意向を示した。

 

「と言う訳だ‥お前は今日から晴れて新撰組隊士だ‥‥だが、それなりに不自由な生活は覚悟してもらうぞ」

 

斎藤は信女にそう忠告する。

 

「ん?どういう事かね?斎藤君」

 

近藤が斎藤の言葉の意味を理解できず、斎藤に尋ねる。

 

「近藤さん、コイツ男の恰好をしていますが、女です」

 

『えええーっ!!』

 

斎藤の暴露に驚く近藤達。

 

「って事は斎藤、お前さん女相手に壁に叩き付けられたのか?」

 

永倉が笑みを浮かべながら、斎藤の肩を叩きながら尋ねる。

 

「‥‥喧嘩売っているんですか?永倉さん」

 

斎藤が引き攣らせた笑みを浮かべながら永倉を見る。

 

「お前、本当に女なのか?」

 

土方が信女に本当に女なのかを尋ねる。

 

「‥‥確かめてみる?」

 

信女は袴の止め紐を緩め、袴を脱ごうとする。

 

「よ、よしなさい!!」

 

すると、近藤が慌てて止めに入る。

 

「でも、どうするんですか?今更、女の人だからと言う理由で放り出すのはやっぱり勿体ない気がします」

 

沖田は信女を手放すのはやはり惜しいと言う。

 

「じゃあ、斎藤、お前がコイツの面倒をみてやれ」

 

「は?」

 

土方の発言に斎藤はまるで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 

「お前が連れて来たんだ。ちゃんと面倒をみてやれ」

 

「よろしく‥斎藤さん」

 

「‥‥」

 

信女が挑発を含めて斎藤に声をかける。しかし、信女の顔は無表情であったが、斎藤は顔を引き攣らせていた。

こうして信女は新撰組へと入隊を果たした。

 

 

 

・・・・続く

 

 




ではまた次回。


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第2幕 十字傷

更新です。


 

 

 

意外な巡り合わせから、信女は新撰組に入隊する事になった。

入隊した新撰組隊内でも信女が女だと言う事実はあの時、道場に居た一部の新撰組幹部のみで、その他の隊士には信女の本当の性別は秘密とされた。

大勢の男所帯の中、女一人が居ればどうなるか?

それは飢えた狼の群れの中に子羊一匹を放り投げるようなものだ。

故に信女の性別は新撰組の中でもトップシークレット扱いとなっていた。

一方、男装生活を余儀なくされた信女は入隊試験の際、使用した名前、今井異三郎と名乗り続けた。

そして、信女の面倒を見る事になった斎藤は信女の性別がバレない様に身近に置く事にした。

新撰組での信女の役職はその容姿を生かした監察方と面倒を見ることになった斎藤が身近に置いておくことから、監察方兼三番隊組長補佐と言う役職となった。

しかし、いきなり入ってきた新参者がいきなり組長の補佐と言う役職に着くことに不満を抱いた先輩隊士も居た。

特に新撰組入隊以降、未だに役職が与えられていない平隊士にとっては到底我慢できるモノではなかった。

そんな先輩隊士達は信女の面目を丸つぶれにしてやろうと剣術勝負を挑む者達が居たが、入隊試験で斎藤と互角に戦った信女に先輩隊士とは言え、平隊士如きが勝てる筈も無く、次々と信女に敗北していった。

また、前の世界にて、生まれた時から暗殺組織に居た為か人の悪意と言うモノには人一倍敏感な信女に対し、陰湿な嫌がらせをしようとした輩も居たが、これも全て不発に終わった。

 

新撰組に入った信女は、剣心を探す序に合法的に人を斬る事が出来るこの新撰組の居心地に意外と慣れ親しんだ。

 

「今井さん、今日は非番ですし、一緒にお団子か餡蜜でも食べに来ませんか?」

 

と、沖田はよく信女を非番の日にお出かけに誘い、信女と共に京の甘味処へと一緒にでかけてお団子や餡蜜を食べる仲となった。

この世界の沖田総司は自分が知るあのドSな沖田総悟と違い、何かと自分の事を気遣ってくれる青年であり、信女も最初はどう付き合って良いのか戸惑ったが、時を重ねるうちに次第にそう言った戸惑いは消え、表情も段々と豊かになってきた。

近藤はそんな沖田と信女の関係を微笑ましく見ていた。

また、沖田の他にも土方や永倉からはよく剣術の稽古に誘われたりしている。

ただこの世界において、信女が唯一の不満があるとすれば、町にドーナツを売る店が無かった事だった。

この世界は天人襲来前の世界と同じレベルの文明故、仕方がないと言えば仕方がなかった。

そして、新撰組に身を置いて、徐々に人斬り抜刀斎の情報が入って来た。

容姿に関しては赤毛で背が男にしては小さく、最大の特徴は左頬に大きな十字傷があると言う事だった。

そして剣腕は物凄く強く、一回の抜刀術で三人を一気に薙ぎ払ったと言う噂も聞いた。

また、剣の腕だけではなく、その動きも物凄く速いと言う。

未だに人斬り抜刀斎の姿を見ていない信女であったが、彼と共に山で修業をしていた信女は‥‥

 

(赤毛‥‥確かに剣心は赤い髪をしていたし、背も私より小さかった‥‥)

 

実際、山で一緒に暮らしていく中で、信女の身長は剣心の身長を追い抜き、ソレを見た比古が剣心をからかっている姿を目にした事もあるし、その事で剣心が自分に対して嫉妬心を抱いているのも分かっていた。

唯一自分の知る剣心と違う点は左頬の十字傷‥‥山を下りた後、今日までの動乱の中で着いたモノなのだろうか?

信女が剣心の事を思っている中、運命はこの二人を再会させた。

敵同士と言う形で‥‥

 

ある日の夜、この日も京の町を暗躍している維新志士を新撰組は取り締まっていた。

いや、この場合取り締まりと言うよりは維新志士を斬る人間狩りであった。

 

「俺を置いてお前は‥‥逃げろ‥‥」

 

「何を言う‥‥もう少しで俺達が夢見た新時代が来るんだぞ‥‥」

 

一人の維新志士が手傷を負った仲間の維新志士に肩を貸しながら、新撰組の追撃から逃げていた。

 

「いたぞ!!」

 

「こっちだ!!」

 

しかし、維新志士達は新撰組の追手に追いつかれ見つかってしまった。

 

「くっ、もはや此処までか‥‥」

 

追手に見つかり、手負いの仲間を連れてこれ以上は逃げきれないと悟った維新志士。

しかし、運は彼らを見捨てなかった。

 

「後は俺が引き受ける‥‥お前達は逃げろ‥‥」

 

「緋村さん!!」

 

維新志士達の傍にはいつの間にか小柄で赤髪、左頬に十字傷がある一人の剣客が立っていた。

 

「あれはっ!?」

 

「赤髪に左頬の十字傷‥‥間違いない‥‥アイツは‥‥」

 

「人斬り抜刀斎」

 

新撰組隊士は人斬り抜刀斎を前にして緊張した面持ちで抜刀する。

 

「さあ、早く行け」

 

人斬り抜刀斎は仲間の維新志士達に逃げる様に言う。

 

「かたじけない」

 

「すまない」

 

維新志士達は彼に礼を言って、仲間と共に逃げて行く。

 

「逃がすな!!」

 

新撰組隊士は維新志士達を逃がすまいと人斬り抜刀斎へと斬りかかって行く。

しかし、一対複数にも関わらず、人斬り抜刀斎は新撰組隊士達を斬り殺していく。

 

「ぐあっ!!」

 

「ごふっ!!」

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」

 

眼前に居た新撰組隊士を全員斬り殺した人斬り抜刀斎は刀に着いた血を振り払う。

 

「みぃーつけた」

 

惨殺死体が転がる京の町角で、この場に似つかわしくない声がした。

 

「っ!?」

 

人斬り抜刀斎はその声がした方に視線を向けると、其処には新撰組隊士の証である浅葱色のダンダラ羽織を纏った一人の新撰組隊士が立っていた。

 

「‥‥お主‥もしや‥‥信女か?」

 

「久しぶり‥緋村」

 

「お主も京の町に来ていたのか‥‥しかし、その恰好‥‥」

 

先程はほぼ無心で新撰組隊士を切り殺した人斬り抜刀斎‥もとい、剣心であったが、新撰組隊士姿の信女を見て明らかに驚いていた。

 

「その目つき‥‥随分と変わったわね‥‥人殺しの目‥‥それに血の匂いが凄いわよ‥‥」

 

久しぶりに再会した剣心の目は自分と同じ、殺人鬼の目をしていた。

そして身体からは血の匂いがプンプンしていた。

山で共に修行していた時、剣心は此処まで鋭い目はしておらず、年相応の少年の目をしていた。

勿論、身体からは此処まで血の匂いを発する事もなかった。

だが、今信女の前に居る剣心はあの時の少年の面影は全く無かった。

唯一変わらない事と言えば‥‥

 

「でも、身長はあまり変わっていない‥‥」

 

目は変わったが身長は山を下りた時とあまり変わっていなかったので、そこは変わっていなかったと指摘した。

 

「ぐっ、身長の事は言うな‥‥」

 

しかし、身長に関しては、剣心にとってコンプレックスなのか気まずそうに言う。

 

「まぁいい‥‥今の私は新撰組隊士‥そして、今の貴方は維新志士で私達は敵同士‥‥さあ、斬り合い‥‥ましょう」

 

そう言って信女は神速で剣心と距離を詰め、まずは抜刀術で切り合う。

しかし、剣心も信女と一緒に修行していた仲、信女の剣筋は分かっていた。

 

ガキン!!

 

剣心も抜刀し、信女の剣を受け止める。

 

「くっ」

 

「‥‥」

 

突然切りかかって来た信女に対して思わず顔を歪める剣心。

一方の信女は無表情のまま剣心に切りかかる。

それから何合か斬り合ったが、決着はつかず、

 

ピィー

 

ピィー

 

呼び笛の音が鳴り響き、この場に新撰組隊士達が集まって来る。

 

「今夜は此処まで‥‥」

 

先程まで斬り合っていた信女と剣心であったが、信女は剣心から距離をとり、刀を鞘に納刀する。

 

「信女‥‥」

 

「早く行って‥‥邪魔が入る‥‥」

 

「‥‥」

 

剣心はまだ信女に色々聞きたい事があったし、まだ話したい事があったが、信女の言う通り確かにこの場に居れば、新撰組隊士達が大勢来て、信女と話す余裕なんてなくなる。

此処は信女の行為に甘えるしかなかった。

それに信女が山から下りて来て、しかも居場所は分かった。

この先、信女と接触する機会はまだある。

剣心はそう思い、今宵は引き下がった。

信女は剣心が去って行った夜の町角をジッと見ていた。

 

「盗み見で高みの見物とは、随分と良い身分ね、斎藤さん」

 

信女は視線を逸らさず、物陰に潜んでいた斎藤に話しかける。

 

「お前、抜刀斎の知り合いだったのか?」

 

すると、物陰から斎藤が出てきて信女に語りかける。

 

「彼とは剣の流派が同門なだけよ」

 

「‥‥屯所では奴との関係を俺以外には決して口にはするなよ。変な疑いをかけられるぞ。今夜、お前が抜刀斎を逃がした事も目を瞑っといてやる」

 

「彼とは邪魔されずに一対一で斬り合いたいだけ」

 

「成程‥だが、奴と斬り合い、奴を討ち取りたいと思っている奴は新撰組の中には大勢いるぞ。果たしてお前に抜刀斎が討ち取れるかな?」

 

「そう言う貴方もそうなのでしょう?」

 

「ふっ、さあな‥‥」

 

斎藤は口元をフッと緩めて、

 

「ボサッとしていないで、次の現場に行くぞ、維新志士は抜刀斎一人だけではないのだからな」

 

斎藤の言葉に信女は無言のまま、頷き、斎藤を始めとする新撰組の仲間たちと共に京の町の治安維持活動に従事した。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回


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第3幕 恋心

更新です。


 

 

 

~side剣心~

 

あの日の夜も俺は、新撰組から逃げている同志を助ける為、夜の京の町へと繰り出した。

 

「いたぞ!!」

 

「こっちだ!!」

 

「くっ、もはや此処までか‥‥」

 

案の定、新撰組の追手に見つかり、逃げている同志が居た。

 

「後は俺が引き受ける‥‥お前達は逃げろ‥‥」

 

「緋村さん!!」

 

「あれはっ!?」

 

「赤髪に左頬の十字傷‥‥間違いない‥‥アイツは‥‥」

 

「人斬り抜刀斎」

 

「さあ、早く行け」

 

「かたじけない」

 

同志が礼を言って逃げて行く。

この先、無事に逃げ切れるかは、アイツらの運次第だ。

新撰組の別働隊に見つかるかもしれないが、そこまでは面倒を見切れない。

俺は今、目の前に居る敵を斬らなければならないからだ‥‥

 

「逃がすな!!」

 

新撰組隊士は同志を狙って切りかかって来る。

しかし、連中はどうも平隊士の様で、俺の敵ではない。

 

「ぐあっ!!」

 

「ごふっ!!」

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」

 

平隊士を片付け、刀に着いた血を拭っていると、

 

「みぃーつけた」

 

突如、この場には似つかわしくない声がして、振り向くと其処には余りにも意外な人間が立っていた。

 

「‥‥お主‥もしや‥‥信女か?」

 

「久しぶり‥緋村」

 

其処に居たのは、新撰組隊士の証である浅葱色のダンダラ羽織を纏った今井信女だった。

 

今井信女‥‥かつて、俺が剣の師匠である比古清十郎に拾われた時、同じくその場に居た女だ。

ただあの時は、ほんのさっきまで俺以外の人の気配なんて感じなかったのに、何時の間にかあの場所に倒れていた。

師匠は何かの縁だと言って俺と一緒に信女も拾っていった。

それから俺は信女と共に剣の修行をした。

しかし、信女は男の俺よりも剣の上達が上だった。

師匠が言うには信女は元々剣の才能があったと言う。

故に山に来た時は、信女に嫉妬した。

しかも身長まで俺を抜いていった。

師匠は剣の腕どころか身長までも抜かれた俺をからかった。

無性に腹がたったので、黙らせてやろうと斬りかかったら、いとも簡単に返り討ちにされた。

 

俺が山を下りる少し前、信女も10代となり、体つきも女らしくなった。

ある日、わざとではないが、水を汲みに行ったとき、偶然滝つぼの近くで水浴びをしている信女の姿を見た。

その時の信女は当然水浴びをしていたので、衣服を脱いだ生まれたままの姿であった。

俺は思わず信女のその姿に見とれてしまった。

水に濡れた黒みがかった藍色の髪、白い肌に膨らんできた美しい乳房。

信女は俺が見ている事には気づいていないのか、暫くの間水浴びをしていた。

俺はと言うと、信女が水浴びを終えて、着替えてその場から立ち去るまで、ずっと信女の姿に目が釘付けとなっていた。

それからだった‥‥

俺が信女を一緒に修業を共にする仲間から一人の女として意識する様になったのは‥‥。

しかし、山の下では動乱となり、力を持たない者達が傷ついている事を知る。

早々に動乱を終わらせ、信女と一緒になりたいという気持ちから俺は山を下りることを決心した。

そして師匠にその旨を伝えるも意見が合わず、一日中揉めた末に俺は師匠の下を飛び出した。

勿論、その時信女も誘ったが、信女は、

 

「私はあの人に負けたままじゃ、私の気が済まない。だから、剣心とは一緒に行けない」

 

信女の言うあの人が師匠である事は直ぐに分かった。

信女は意外と負けず嫌いな所があり、これまでずっと師匠に負けてきた事を気にしていた様だ。

故に師匠に勝つまでは此処に居ると言う。

師匠同様、信女も負けず嫌いで頑固な面もあった。

だからこそ、俺は早々に動乱を終わらせ、信女を迎えに来ようと決意し、山を下りた。

 

山を降りた俺は、長州藩で身分も経歴も問わない兵、奇兵隊隊士の試験場へと向かい、そこで俺は桂さんから実力を買われ、影で幕府の要人暗殺を請け負う人斬りとなった。

全ては動乱を終わらせ、弱者が虐げられない新時代を‥信女と平穏に暮らせる世の中を作る為に‥‥

そんな暗殺者としての任を全うしていく中で、見廻組幹部の暗殺を行った際、俺はその場に居合わせた従事の男と斬り合いとなり、左頬に一つ目の傷を付けられた。

その後も暗殺を続けて行く中、新時代のためとはいえ人斬りとしての自分に疑問を抱き始めた最中、俺は一人の女と出会った。

出会った女、雪代巴が俺の近くに住み、一時的に身を隠す際に夫婦として大津で暮らすことになった。

だが、所詮仮の夫婦‥俺は巴を一度も抱くことはなかった。

そして、巴の正体は幕府側の影の暗殺集団、闇乃武の協力者であった。

闇乃武の首領である首魁と一騎討ちの中、それまでに首魁の団員との闘いで五感の中で視覚・聴覚・触覚を一時的ながら失い俺は目が見えていない状態でほぼ捨て身の攻撃を首魁に斬り込んだ。

その時、巴は首魁と俺の間に割り込み、首魁を短刀で斬り、俺は巴を斬ってしまった。

巴が俺に斬られた時、巴が持っていた小刀が手から抜け落ち、俺の左頬に二つ目の傷が付き、俺の左の頬の傷は十字傷となった。

その後、巴が残していた日記を見つけ、中を読んでみると以前、京都で俺は巴の許嫁であった男性を斬っていたことを知り、新時代が来たらもう二度と人は斬らないと俺は心に誓った。

京都に戻った俺は、影の人きり役を志々雄真実と言う男に影の役を任せることになった。

桂さんが言うには俺と同じ位剣の腕が立つ男だと言う。

しかし、今日まで顔を合わせた事は一度も無い。

影から表に立った俺は、先陣を切って幕臣達と戦う「遊撃剣士」として今日まで剣を振るって来た。

そんな中、俺はアイツと‥‥信女と再会をした。

京に信女がいると言う事は、信女は師匠に勝てたのだろうか?

いや、それ以前に何故、信女が新撰組の恰好をしているのだ?

困惑する俺に対して信女は、

 

「その目つき‥‥随分と変わったわね‥‥人殺しの目‥‥それに血の匂いが凄いわよ‥‥」

 

と、俺の目つきと身体に染み込んだ血の匂いを指摘して来た。

信女の言う通り、俺の目は信女と一緒に居た時と比べ、きつくなり、完全に人斬りの‥‥人殺しの目だ。

それに身体からも血の匂いがしている。

人斬りとなってからは何を飲んでも血の匂いしかしていない。

信女は其処を的確に突いて来た。

 

「でも、身長はあまり変わっていない‥‥」

 

「ぐっ、身長の事は言うな‥‥」

 

信女はやはり、性格は変わっていない。

負けず嫌いな所もあったが、馬鹿正直な所もあり、なんでもズバズバと口にする。

その難儀な性格故か、よく師匠にド突かれていた。

俺は昔の事を思い出し、心の中で笑みを零した。

心の中とは言え、笑ったのはいつ以来だろうか?

そんな俺に信女は、

 

「まぁいい‥‥今の私は新撰組隊士‥そして、今の貴方は維新志士で私達は敵同士‥‥さあ、斬り合い‥‥ましょう」

 

いきりなり斬りかかって来た。

やはり、信女は新撰組の隊士となっていた。

つまりは俺の敵になっていた。

それから何合か斬り合ったが、決着はつかなかった。

 

ピィー

 

ピィー

 

辺りからは新撰組の呼び笛の音が聴こえる。

このままでは新撰組の奴等が此処に集まって来る。

すると、

 

「今夜は此処まで‥‥」

 

信女は刀を鞘に納めた。

 

「信女‥‥」

 

「早く行って‥‥邪魔が入る‥‥」

 

「‥‥」

 

俺は信女に色々聞きたい事、話したい事があったが、信女の言う通り、このまま此処に居ては何かとマズイ。

此処は信女の厚意に甘えて、俺はこの場から去って行った。

 

新撰組の隊士となった信女と再会してから、数日間、俺は信女の事ばかりが頭から離れなかった。

男所帯の新撰組の中で、女の信女が居て大丈夫だろうか?

一番の心配はやはりそれに尽きる。

成長した信女はやはり美しい女になっていた。

そんな信女を新撰組の連中が慰みモノにしていないか気が気でなかった。

 

「どうした?緋村。上の空の様だが?」

 

「うわっ、か、桂さん」

 

いつの間にか俺の近くには桂さんが居た。

敵意が無かったとはいえ、あそこまで近づかれていて気づかないなんて、俺も少し腑抜けたか?

 

「で、どうした?緋村。何か悩みでもあるのか?」

 

桂さんは、俺の近くに腰を下ろす。

 

「‥‥」

 

俺は信女の事を桂さんに話すか少し迷ったが、信女が長州に来てくれれば、心強い。

そう思って俺は思い切って桂さんに信女の事を話した。

 

「ほぉ~緋村と同じ流派の‥‥」

 

「はい。女ながらも剣の腕は確かです。俺が保証します」

 

「しかし、その者は今、新撰組に居るのだろう?まぁ、よく女ながらも新撰組に入れたと思うが‥‥」

 

「ええ、どういった経緯で彼女が新撰組に入ったのかは分かりませんが、此方側についてくれれば、俺としても心強い味方となります」

 

「‥‥その者の説得はできそうなのか?」

 

「わかりません‥でも、やってみる価値はあります」

 

「よかろう。その者の説得は君に任せよう」

 

「はい」

 

こうして俺は信女を説得する事になった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第4幕 非番

更新です。


 

 

~side剣心~

 

あれから俺は信女と何とか話し合う機会を探ったが、いざそうなるとなかなか機会が訪れなかった。

新撰組は京都の治安維持活動を名目としているので、基本隊士達は複数で行動をするので、信女一人という機会がなく、昼間、信女以外の隊士を切り捨て、話そうと思っても昼間では関係のない者達を巻き込んでしまう恐れがあるし、人目につきやすい。

夜は警戒が厳しく、長々と話すことは無理。

正直、八方塞がりだ。

しかし、信女の周りを探っている内に彼女の新撰組での生活が少しずつ分かって来た。

どうやら、信女は男装して新撰組に居る様子で、新撰組内では今井異三郎と名乗っている。

そして、役職は監察方兼新撰組三番隊組長補佐という役職についているという。

入隊してから僅かな間で準幹部の役職についているのは、信女の剣の腕か?

それとも信女の正体を新撰組の幹部連中が知っているためか?

それについても信女に尋ねる必要がある。

しかし、俺も四六時中新撰組の屯所を張っている訳では無いので、信女の非番の日を知ることは出来なかった。

そんなある日、俺はアレを見てしまった‥‥

 

その日、俺は京の町を歩きながら、どうやって信女と話す機会が得られるのかと模索していると、

 

「それにしてもその着物とても、よくお似合いですよ、今井さん」

 

と、信女の苗字が聞こえたと思って、声のした方を見ると、其処には女物着物を着た信女の姿があった。

 

 

此処で少し時間は過去に戻る。

 

~side信女~

 

この日、非番だった私は沖田さんに誘われて京の町に来ていた。

そして、定番となった甘味処巡りをした。

お団子や餡蜜もいいけど、やっぱりドーナツ‥ポンデリングが食べたい‥‥。

この国にドーナツが来るのは一体いつになるのだろう?

私がドーナツに思いをはせながら、お団子を食べていると、

 

「あ、あの‥‥今井さん‥‥」

 

「何?」

 

「今井さん、その‥‥着物とかって、興味ありませんか?」

 

「ん?」

 

沖田さんにそう言われて、私は着物屋に来た。

 

 

~side京のとある着物屋~

 

「すみません」

 

「はぁーい」

 

沖田と信女が着物屋の暖簾をくぐり、沖田が声をかけると、店の奥から女将が姿を現した。

 

「あら?沖田さん」

 

「どうも」

 

「それで、今日はどういった御用でしょうか?」

 

「実は、この子、訳あって、男装をしているんですけど、たまには本当の姿にしたいと思いまして‥‥」

 

「‥承知しました。では、此方へ‥‥」

 

女将は沖田の頼みを聞いて、信女の手を引いて、店の奥へと姿を消した。

こういった店は個人の秘密を大事にしてくれる。

故に信女が本当は女だと言う事を他に言い触らさないと沖田は分かっていた。

そして、暫くして、

 

「お待たせしました」

 

女将が信女と共に戻って来た。

 

「あっ‥‥」

 

沖田が信女の姿を見た時、彼が言葉を失った。

信女は元々の素材が良かった為か、化粧はうっすらと施し、浅葱色にオレンジ色の蝶が刺繍された着物に白いリボンを着けていた。

 

「どうでしょう?沖田さん。今井さん、べっぴんさんになりましたか?」

 

女将が沖田に尋ねた。

 

「え、ええ‥‥今井さん‥とても良くお似合いですよ」

 

「そ、そうかな‥‥」

 

「そうですよ」

 

それから、沖田と信女は店を出て、京の町を散策した。

信女は何時も腰にぶら下げている刀、袖に仕込んでいる小太刀が無いのがどうにも慣れないのか、ソワソワとちょっと落ち着かない様子。

それもそのはずで、信女自身、女物の着物を着るなんて、前の世界に居た頃を合わせても数える程度しかない。

そんな信女に沖田は、

 

「それにしてもその着物とても、よくお似合いですよ、今井さん」

 

改めて着物姿の信女を褒める沖田。

そこへ、

 

「信女‥‥」

 

信女の耳に見知った声が入る。

 

「っ!?」

 

信女が慌ててその声がした方に顔を向けると、

 

「‥緋村‥‥」

 

まぁ、同じ京の都に居るのであるから、こうして遭遇する確率が全くないとは言い切れなかったが、まさか、刀が無いときにこうして会うとはマズイ状況だ。

剣心は腰に獲物をちゃんと帯びている。

 

「へぇ、人斬り抜刀斎が白昼堂々と新撰組の前に現れるとは、大した自信ですね」

 

沖田が不敵な笑みを浮かべて信女を守るかのように剣心の前に立つ。

 

「新撰組一番隊組長、沖田総司‥‥」

 

「光栄ですね、人斬り抜刀斎に名前を憶えてもらえるなんて‥‥」

 

沖田は愛刀の柄に手をやる。

しかし、剣心は刀を抜こうとはしない。

 

「沖田さん、今日の私達は非番であり、新撰組隊士じゃありませんよ」

 

信女は非番の日に白昼堂々と斬り合うなと言う。

 

「緋村も今日のこの場は引いて、此処で斬り合えば、大事になる」

 

「‥‥」

 

信女の言う事も尤もであり、剣心はこの場は引いた。

ただ、引いた時の剣心の顔は悔しそうだった。

沖田と斬り合えなかった事が悔しかったのではなく、女の‥‥本当の姿になった信女と一緒に歩いていた沖田に嫉妬していただけだった。

信女も剣心の意を酌んだのか、こっそり、剣心に口パクであるメッセージを伝えた。

剣心がすんなりとこの場から引いたのはそのメッセージを瞬時に理解した事も関係していた。

剣心が引いた後、沖田は、

 

「今井さん、もしかして緋村さんと知り合いなんですか?」

 

剣心との関係を尋ねた。

 

「‥昔‥一緒に剣の修業をした同門の仲よ」

 

信女は斎藤から自分と剣心の関係を新撰組の仲間には話すなと言われたが、今の剣心とのやり取りを沖田に見られては、隠すことは不可能だ。

それに沖田も斎藤同様、新撰組隊内で信女と剣心との関係をベラベラ喋るような輩ではない事はこれまでの付き合いでわかっていた。

だからこそ、信女は沖田に自分と剣心との関係を話した。

 

「あの‥‥今井さん」

 

「何?」

 

「その‥‥今井さんの本当の名前‥なんて言うんですか?」

 

沖田は信女の本当の性別は知っていても本当の名前は知らなかった。

 

「それって口止め料?」

 

「まぁ、そんなモノです」

 

沖田はいたずらっ子の様な笑みを浮かべて信女に本当の自分の名前を尋ねてきた。

 

「信女‥‥今井信女‥それが本当の私の名前‥‥」

 

「信女さん‥‥じゃあ、今度から二人っきりの時はそう呼びますね、信女さん」

 

「‥好きにしなさい」

 

信女は半ば諦めた感じで沖田に本名を呼ばせた。

 

それから、数日後‥‥

 

信女の姿は京の町のとある茶店に居た。

彼女は今回、土方に無理を言って、今日は休みにしてもらったのだ。

団子とお茶を食べながら信女はある人物を待っていたのだが、彼女はまだ待ち人が来る前に、料金を払ってその茶店を出た。

 

「お代、此処に置いておきますね」

 

「はい、毎度」

 

信女は団子を咥えながら、茶店を後にし、京の町を当てもなく、歩き回りそして、人気の無い、裏路地へと入る。

そして、不意に立ち止まる。

すると、信女の前には浪士が二人、後ろから一人が信女を挟む様に立ちはだかった。

 

「何か用?」

 

「新撰組、三番隊組長補佐、今井異三郎とお見受けする」

 

「だったら?」

 

「天誅を下す!!」

 

そう言って、浪士達は刀を抜く。

どうやら、この浪士らは維新志士達の様だ。

 

「丸腰でうろつきまわるとはまさに飛んで火にいる夏の虫」

 

確かにこの維新志士が言うように信女は今、腰に刀を帯びていない。

 

「覚悟!!」

 

維新志士が信女に斬りかかって来た。

すると、信女は手を一度、袖の中にしまい、次に出すとき、彼女は何かを握っており、それを眼前の維新志士の一人向かって投げた。

 

「ぐぎゃぁぁ!!」

 

すると、突如維新志士の一人が悲鳴をあげる。

彼の目には団子の串が突き刺さっていた。

これは、先程信女が居た茶店で食べていた団子の串だった。

 

「なっ!?」

 

いきなり目に走る激痛にその維新志士の勢いは止まり、突如仲間が何らかの攻撃を受けた事で、他の維新志士達の勢いも止まる。

信女はその隙を見逃さず、目の前の維新志士達に接近し、袖の中に仕込んでいた小太刀で失明した維新志士を斬り、隣にいた維新志士の心臓を小太刀で貫く。

そして、その維新志士の脇差しを抜いて、背後の維新志士に向かって投擲する。

 

「ぐはっ!!」

 

投擲された脇差は背後の維新志士の心臓を貫き、その維新志士はその場に倒れた。

丸腰かと思っていた信女であったが、この物騒な京の町を丸腰で出歩くわけがなく、両方の袖の中に小太刀を仕込んでいた。

二人目の維新志士の心臓に突き刺さった自分の小太刀を抜き、血を振り払い、両手の小太刀を袖の中に仕込み直す信女。

そして‥‥

 

「緋村‥‥そこに居るのでしょう?出てきたら?」

 

背後に声をかけた。

 

「信女‥‥」

 

すると、背後から剣心が現れた。

沖田と共に剣心と出会ったあの日、信女は剣心にこの日、あの茶店であう事を口パクで伝えたのだが、どうも無粋な輩が信女の周りに張り付いていたので、敢えておびき寄せてこうして片付けたのだ。

あんなのが居たのでは落ち着いて剣心と話す事も出来ない。

しかも相手は剣心と同じ維新志士。

新撰組隊士である自分と剣心が出会っているのを見られたら、剣心が裏切り者として処断されるかもしれない。

其れゆえに信女はあの無粋な輩を消す必要があった。

剣心としてもその無粋な輩の存在には気づいていたのだが、相手は同じ維新志士。

信女と会うだけで、同志を斬ることが出来なかった。

しかし、剣心自身もあの信女がそう簡単にやられるとは思っていなかったが、まさか、袖の中に小太刀を仕込んで、あんな方法で同志を斬るとは思ってもいなかった。

 

「私に話があるのでしょう?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

信女はついさっき人を殺したにも関わらず、そんな事など無かったかのように普段通りの態度で剣心に尋ねる。

剣心も信女の態度に若干引きはしたが、信女と話があるのは事実。

 

「場所を変えよう‥‥此処は話し合いをするのに相応しい場所ではない」

 

「そうね‥‥」

 

流石に人の死体が転がっている場所では、長々と話すにはあまり相応しい場所ではない。

それに誰かに見られたら厄介だ。

今日、京の町で人の死体が転がっていても何ら不思議ではないが、下手人だとバレルと何かと面倒だ。

ただでさえ、維新志士と新撰組隊士がこうしてであっているのだから‥‥。

剣心と信女は場所を変えて、話し合う事にした。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第5幕 立場

更新です。


 

 

 

 

剣心と信女はある旅館の一室にて互いに向き合いながら、座っていた。

この旅館は幕府、維新志士両方が密会や会合に使用する旅館で、そこで働く従業員らも秘密厳守をモットーにしているので、こうして維新志士の剣心と新撰組の信女があっていることに関しても一切干渉して来なかった。

 

「それで。話というのは何かしら?」

 

信女が早速、剣心に話したい事とは何かを尋ねる。

 

「あ、ああ‥単刀直入に言う。信女、俺の所に来ないか?」

 

剣心が信女を長州へ‥維新志士側へ来ないかと誘う。

 

「剣心は‥‥」

 

「ん?」

 

「剣心は何故、あの時、比古の反対を押し切って山を下りたの?」

 

信女は剣心にあの時山を下りた理由を剣心に尋ねる。

 

「それは‥早く動乱を終わらせ人々を救いたかったからだ。この動乱で多くの弱い人々が傷つき、苦しんでいる。その人達が平和に暮らせる日が一日でも早く来るのであればと思って‥‥」

 

「なら、どうして、維新志士なの?」

 

「えっ?」

 

「幕府側でもよかったんじゃない?」

 

「‥‥」

 

信女は剣を振るうのであれば、何も維新志士側ではなく、幕府側でもよかったのではないかと言う。

確かに未だに徳川幕府は健在で、それに弓を引いているのは長州であり、いわば長州は賊と認識されている。

会津を始め、東北の各藩は幕府側であり、薩摩は未だにどっちつかずであるが、戦況によっては幕府側につく可能性もある。

そんな中、敢えて長州側についている剣心の心情を尋ねる信女。

 

「‥‥剣心は‥もしかして幕府に失望しているんじゃないの?」

 

「っ!?」

 

信女のこの一言で、剣心をビクッと身体を震わせる。

確かに剣心が幕府に対して期待をしていると言えば、それは嘘になる。

財政難、そして鎖国を続けていたせいで、諸外国との技術力が大幅に遅れているにも関わらず、それを認めず、今や弱体化している徳川幕府。

諸外国とまともにやりあう事が出来ずにのらりくらりとするか弱腰に諸外国の言いなりとなりかけている徳川幕府。

そんな幕府の体制の結果が野党や賊の増加を生み出し、あの悲劇が起きたのだ。

そう思えば、剣心は心のどこかで幕府を恨んでいたのかもしれない。

 

「ならば、何故信女、お主は幕府側に居る?」

 

剣心は、信女に幕府側に属している理由を尋ねる。

 

「維新志士達の夢‥‥新時代‥‥それって要は徳川の座っている権力と言う名の椅子に自分達が代わりに座りたがっているって事でしょう?」

 

「‥‥」

 

「でも、数多くの維新志士達の分、全てにその権力と言う名の椅子は用意されているの?」

 

確かに維新志士と言っても人間であり、様々な思惑や夢を持った人間がおり、それらすべての維新志士達の夢がかなうとは限らず、役職だってすべての維新志士達がつけるとは限らない。

権力を持つのは強い力を持っている一部の者だけ‥‥皆が皆、平穏に暮らせる夢の様な世の中をつくる。

それは維新志士達の大前提なのかもしれないが、あくまでそれは壮大な夢物語だろう。

 

「貴方達維新志士が造った新時代とやらで、貴方は何をやるの?敵も‥味方も裏切って、誰も居なくなった瓦礫の上に作られた権力と言う名の砂の城の上でふんぞり返っているだけ?そんな砂の城、すぐに崩壊するに決まっているわ‥そんな砂の城に居るくらいなら、地べたで這いずり回っていた方がマシ」

 

前の世界でも幕府側についていた信女としてはこの世界でも志士は好きになれなかった。

故に剣心の誘いを断った。

 

「それで、貴方の誘いを断った私を貴方はどうする?この場で斬る?」

 

信女は剣心の動きに警戒しつついつでも袖に仕込んだ小太刀を取り出せるようにする。

剣心には袖に小太刀を仕込んでいるのは見られている。

本当ならば、剣心が斬りかかって来た時の為の秘匿武器だったのだが、あの無粋な輩のせいでばれてしまっているが、丸腰で剣心とやりあって勝てる程、剣心は弱くはない。

だが、本音を言えば、剣心を斬りたくはない。

 

「‥信女‥お主の答えがあくまで幕府と共にあるのであれば、俺はもうお前を誘う事はないし、止めもしない」

 

「一つ訂正して‥私の居場所は幕府ではなく、新撰組よ」

 

「そうか‥‥」

 

「それで、どうするの?此処でやる?」

 

「いや‥お主は、今日は新撰組隊士、今井異三郎ではなく、飛天御剣流の同門、そして、一人の女、今井信女なのだろう?」

 

「そうね」

 

「ならば、今日の俺は人斬り抜刀斎ではなく、一人の男、緋村剣心としてこの場に居る‥‥同門の仲としてだ‥‥」

 

「‥‥」

 

「それで、その‥‥同門の今井信女に一つ頼みがあるのだが‥‥」

 

「何かしら?」

 

剣心は信女にある頼みごとをした。

 

そして‥‥

 

 

京の市中にある一組の男女が歩いていた。

ただ、身長は女性の方が高いので、その光景はまるで姉弟のようにも見えた。

 

「‥‥これが貴方の頼み?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

信女はやや無機質な声で剣心に尋ねる。

今、信女の服装は先日の非番の時、沖田に薦められたように女物の着物を着て剣心の隣を歩いている。

剣心の頼み‥それは非番の時でいいから、今井異三郎ではなく、今井信女として‥女性本来の恰好で自分と付き合って欲しいと言うものだった。

まぁ、信女としては剣心の事が気になって山を下りてきたので、彼の頼みを聞いてあげたのだった。

 

 

それから、数日後の夜‥‥

 

この日も剣心は遊撃剣士として仲間の維新志士達のために剣を振るっていた。

そんな中、剣心は宿命ともいえる出会いをした。

新撰組の平隊士を切り捨てた後、剣心の眼前には新撰組一番隊組長の沖田とまるで狼を人間にした様な目つきの鋭い男が立っていた。

 

「また会いましてね、緋村さん。貴方の飛天御剣流、益々凄みを増して来たみたいだ‥‥」

 

沖田は剣心に不敵な笑みを浮かべて愛刀を抜刀する。

すると、

 

「沖田君‥‥君は下がっていたまえ‥‥」

 

沖田の背後に立つあの男が沖田に下がる様に言う。

 

「心配はいりませんよ、僕だってこれでも新撰組の一番隊組長なんですよ」

 

沖田はあくまでも下がらないと言うが、

 

「だが、今は身体を病んでいるのだろう?」

 

「っ!?」

 

今まで医者以外に隠して来たことを的確に指摘され、沖田は動揺する。

 

「俺の目は節穴じゃないよ‥」

 

そう言いながら、剣心の方へと歩み出す。

 

「‥‥あの男は‥‥人斬り抜刀斎は‥‥この新選組三番隊組長、斎藤一が獲る!!」

 

斎藤は抜刀して剣心に斬りかかる。

当然、剣心も斎藤の斬撃を迎撃する。

 

(三番隊組長‥‥そうか、この男が、信女の上司か‥‥)

 

剣心が目の前の狼の様なこの男が新選組における信女の上司だと知る。

斬撃の後、互いに距離をとると、斎藤は左手一本で刀を持ち、右手で剣先を乗せ、剣心に照準をつけ、

 

「死ね、抜刀斎!!」

 

斎藤は物凄い勢いの平突きを剣心に繰り出して来た。

剣心はそれを紙一重に躱した。

しかし、それは本当に紙一重で、あとほんの僅かに反応が遅れていれば、串刺しになっていた。

 

「くっ」

 

「ちっ」

 

斎藤は自慢の左片手平突き、牙突を躱された事が悔しかったのか、思わず舌打ちをする。

そして、再び両者は距離をとる。

斎藤も剣心もにらみ合いながら、互いの動きを警戒する。

 

(フッ、沖田君や永倉さんが、夢中になるのも分かる。俺の牙突を躱したのは維新志士達の中ではお前が初めてだからな‥‥)

 

斎藤は新撰組幹部がしきりに抜刀斎に夢中になる理由がわかった。

そして、信女が以前言ったように、抜刀斎とは一対一で邪魔される事無く、斬り合いたいと言う理由も同時に理解した。

 

(確かに、お前との斬り合いに他の奴が入るのは余りにも無粋だな‥‥)

 

命のやり取りをしているにもかかわらず、斎藤は心の中で笑っていた。

それから何合も斎藤と剣心は斬り合ったが、結局決着はつかず、斎藤のほんの一瞬の隙を見計らって剣心はこの場から離脱した。

 

「逃げられちゃいましたね、緋村さんに‥‥」

 

剣心と斎藤の勝負が終わった後、沖田は斎藤に声をかける。

沖田自身も抜刀斎との決着は一対一でつけたいと思っているので、今回の斎藤と抜刀斎との戦いに水を差さず、静観していた。

そして、今回の勝負の結果、剣心の逃亡と言う形で斎藤の不戦勝となったが、斎藤や沖田達一流の剣客にとっての本当の勝利とは、相手の首を討ち取ってこそ、真の勝利なのだ。

相手が生きている限り、勝利ではないのだ。

 

「まぁ、奴が生きていれば、また斬り合う機会もあるだろうさ」

 

斎藤はそう言いながら、刀を鞘に納刀した。

 

「でも、次は僕が緋村さんとやりますからね」

 

沖田は次に剣心と対峙した時に剣心の相手は自分がやると言う。

 

「そうか‥しかし、抜刀斎は一人、当然討ち取れるのは只一人‥早い者勝ちだ」

 

「ああ、酷いですよ、斎藤さん。今回は譲ってあげたんですから、次は絶対に僕の番ですよ」

 

「しかし、今井の奴も抜刀斎を狙っているぞ」

 

「えっ?信女さんも!?」

 

沖田は咄嗟の事で、信女の名を口走ってしまう。

 

「信女?それが今井の本当の名か?」

 

「あっ!?」

 

沖田はしまったという顔をしたが、時すでに遅し、斎藤にはしっかりと信女と言う名前を聞かれてしまった。

 

「あ、あの‥この事は信女さんには‥‥」

 

「分かっている、聞かなかった事にしておいてやる」

 

「ぜ、絶対ですからね」

 

沖田は慌てて斎藤の隣に並んで、確認をとった。

 

(沖田君も‥‥そして、あの抜刀斎も信女に惚れていると見える‥‥まったく、面倒な女だよ、アイツは‥‥)

 

斎藤はやれやれと言った感じで夜の京の町を歩いた。

 

しかし、この先、時代の渦は大きくなり、時代の流れが加速して流れて行った‥‥。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第6幕 新時代にかける思い

更新です。


 

 

 

剣心と話し合い、信女は維新志士への誘いを断り、自らは幕府の‥新撰組に残ると宣言した。

敵と味方に分かれた剣心と信女であったが、信女が非番の日には、彼女は本来の性別に戻り、女性本来の恰好で、新撰組隊士、今井異三郎ではなく、今井信女として、剣心と付き合った。

しかし、剣心ばかりに付き合っていた訳ではなく、沖田も当然、信女に本来の恰好で付き合ってほしいと言われ、沖田とも付き合った。

剣心も沖田も信女にはお熱の様子であったが、肝心の信女はどうにも鈍感で2人の好意には気づいていなかったし、剣心も沖田もどちらかというと奥手でアプローチには分かりづらかった。

 

そんな中、時代の流れは一気に加速して行った‥‥

 

1866年3月7日、いがみ合っていた筈の長州と薩摩が同盟を結んだ。

これが世にいう薩長同盟である。

この同盟により討幕派の勢いは一気に勢いづいた。

偶然ではあるが、幕府は薩長同盟が締結された翌日に第二次長州征伐を発令した。

7月18日に幕府軍と長州軍は開戦するが、事前に薩摩との連携後軍備を整え、西洋兵学の訓練を施された長州軍は幕府軍を圧倒。

各地で幕府軍の敗報が相次ぐなか、1866年8月29日 第14代将軍、徳川家茂が大阪にて病死、徳川宗家を相続した第15代将軍、徳川慶喜は和睦を模索し、広島で幕府側の使者、勝海舟と長州側の使者、広沢真臣・井上馨らの間で停戦協定が結ばれ、第二次長州征伐は終焉を迎えた。

そして、1867年11月9日 徳川慶喜は政権返上を明治天皇に奏上した。

これが世に言う大政奉還であり、この大政奉還により260年以上続いた江戸幕府による政権は形式上終了した。

1868年1月3日に、王政復古の大号令が発せられ、慶喜の将軍職辞職を勅許、幕府・摂政・関白などが廃止され、天皇親政を基本とし、総裁・議定・参与などからなる新政府樹立が発表された。

しかし、薩長は武力による徹底的な討幕を図り、西郷隆盛らは浪士を集めて江戸に騒擾を起こし、旧幕府側を挑発した。

あくまで、話し合いによる討幕を進めていた坂本龍馬の暗殺が大きく影響していた。

一説には、武力による討幕を目指していた薩長が目障りとなった坂本を暗殺したのではないかとさえ後の歴史家はそう指摘した。

薩摩の狼藉に対して、江戸市中の治安を担当した庄内藩や勘定奉行小栗忠順らはこれに激昂し、薩摩藩邸を焼き討ちした。

 

江戸での薩摩藩邸焼き討ちの報が慶喜の居る大坂城へと伝わると、城内の旧幕兵も興奮し、「討薩表」を掲げ、京への進軍を開始した。

そして、1868年1月27日 鳥羽街道・伏見街道において薩長軍と旧幕府軍との間で戦闘が開始された。

鳥羽伏見の戦い‥戊辰戦争の始まりであった。

数に勝る筈の旧幕府軍であったが、この時、薩長軍が使用した新型のライフル、大砲の前に旧型ライフルや刀、槍を主力兵器としていた旧幕府は敗退を続け、大将である慶喜は全軍を鼓舞した直後、軍艦で密かに大阪城を脱出し、江戸へと脱走した。

慶喜のその行動が旧幕府の士気を大きく削いだ。

 

「これが俺達の最後の戦いになるかもしれないな‥‥抜刀斎‥‥」

 

「ああ、そうだな‥‥」

 

この鳥羽伏見の戦場で斎藤と剣心は、鉢合い両者ともこれが最後の戦いとなる事を予感し、剣を交えた。

しかし、戦場で敵味方、大勢の将兵が交わる中、一対一での戦いなどできる筈もなく、当然両者の間には邪魔が入り、結局この戦場でも斎藤と剣心との決着はつかず、両者が再び再会するのはこの先、10年後となる事をこの時、2人は知る由もなかった。

 

 

信女もこの戦場を新撰組の仲間達と共に駆け巡ったが、薩長軍の新型ライフルの前に次々と仲間は斃れていく、

そんな中、

 

「今井君、危ない!!」

 

「っ!?」

 

敵兵を切っている中、狙撃手の1人が信女に狙いを定め、引き金を引いた。

すると、1人の新撰組隊士が信女を庇った。

 

「ぐはっ!!」

 

信女を庇った事により、その真撰組隊士は敵の銃弾をその身に受けた。

 

「くっ」

 

信女はその狙撃手を仲間の仇だと言わんばかりに切り伏せ、自らを庇った新撰組隊士の下へと駆けつける。

 

「井上.....しっかり.....井上!!」

 

信女を庇ったのは新撰組六番組組長、井上源三郎だった。

倒れた井上を信女は抱き起す。

 

「ぐっ‥‥ごぼっ‥‥」

 

井上は口から大量の血を吐く。

 

「うっ‥‥今井君‥‥わしはもう‥‥これまでだ‥‥は、はやく‥‥皆を連れて‥‥逃げろ」

 

「だめ、あなたを置いては‥‥」

 

「は、はやく‥‥行け‥‥」

 

「いたぞ!!」

 

「こっちだ!!」

 

敵兵がぞろぞろと信女と井上の下に集まって来る。

 

「此処は‥‥わしが食い止める‥‥だから、早く‥行け‥‥」

 

井上は死に体に鞭を打ち、刀を杖代わりに起き上がり、敵兵が来る方向を睨む。

 

「行け!!早く!!」

 

「くっ‥‥ごめん‥‥井上‥‥」

 

信女は歯をグッと噛みしめ、この場から離脱した。

 

(この戦、長引くだろう‥‥今井君や土方君達若者は生き延びてもらわねば‥‥)

 

井上の視線の先にはライフルを構えた敵兵の姿が見えた。

 

「新撰組六番隊組長、井上源三郎、参る!!うぉぉぉぉぉ!!」

 

井上が刀を構え敵兵に突っ込んで行く‥‥

それからすぐに信女の背後からいくつもの銃声が木霊した‥‥。

 

鳥羽伏見の戦いにおいて、薩長軍の陣には官軍を意味する錦の御旗が翻り、幕府軍が賊軍となり、幕府派であった藩からは次々と裏切り者さえも出る始末であった。

この鳥羽伏見の戦いの敗北で西日本における旧幕府勢力は完全に瓦解した。

 

鳥羽伏見の戦いが終わり、薩長軍は勢いづいて討幕を目指し、江戸を目指し進撃する中、剣心は、維新志士側から離脱し、1人流浪の旅へと出ることにした。

その旅へと出ようとする剣心に、

 

「志士を抜けるんだってな?緋村。まだ鳥羽伏見の初戦にかっただけで、維新・回天はこれからだって時に‥‥おまけに刀を持たずに何処へ何しに行きやがる?」

 

「赤空殿‥‥」

 

緋村に声をかけたのは京都にて、刀匠業を営んでいる新井赤空で、剣心が人斬り抜刀斎時代に使用していた刀を打った刀匠でもあった。

 

「俺はこれから人を斬る事無く、新時代に生きる人達を護れる道を探すつもりです」

 

(それに信女の事も‥‥)

 

剣心は戦場の混乱に乗じて信女と共に戦場から離脱するつもりであったが、広大な戦場で人一人を見つけるには無理があり、剣心は信女を見つけることが出来なかった。

今井異三郎が討ち取られたと言う報告は受けておらず、剣心は、信女が必ず生きていると信じていた。

 

「ふん、そんな道があるなら、ぜひ俺にもお教え願いたいもんだ‥‥何人も何人も殺しておいて、今更逃げるんじゃねぇ!!剣に生き、剣にくたばる、それ以外にテメェの道はねぇ筈だぜ」

 

そう言って赤空は持っていた一振りの刀を剣心に放る。

 

「餞別だ。出来損ないだが、今のお前には十分すぎる一振りだ。とりあえず、ソレを腰に差して剣客をやってみろ!!自分の言っている事がどれだけ甘い事か身に染みてわかるってもんだ。ソイツが折れた時、それでもまだ甘い戯言を言い続けられるなら、もう一度、俺を尋ねて京都に来な‥‥」

 

そう言い残し、赤空は去って行った。

剣心が赤空から餞別だと言われた刀を鞘から抜いてみると、その刀は妙な刀で、刃と峰が逆向きに打たれた刀であった。

これが剣心と逆刃刀との出会いであったが、赤空とは今生の別れとなった。

 

 

新撰組と旧幕府軍の敗残兵達は命からがら、鳥羽伏見の戦場から軍艦で江戸へと向かった。

その船上の中、とある船室にて、信女は1人の男の介抱をしていた。

男の名は、山崎烝。

新撰組諸士調役兼監察と言う役職で、信女にとっては斎藤とは別のもう1人の上司に当たる人物であった。

山崎も鳥羽伏見の戦いにて重傷を負いながらもなんとか仲間の手によって救出されたのだ。

 

「山崎...しっかりしてよ‥‥」

 

寝台の上で苦しそうに呼吸する山崎を信女は必死に励ます。

 

「このまま、戦が続けばこの先まだまだ、怪我人が出るわ。医療担当の貴方には早く元気になってもらわないと」

 

山崎は監察方の他、新撰組隊内の医療担当も司っていた。

 

「‥‥いつまでも‥‥横になって‥‥楽をしている‥訳には‥‥いかない‥か‥‥」

 

山崎は息を切らしながらもやんわりと微笑む。

しかし、それは無理にでも笑みを浮かべている様だった。

 

「そうよ‥江戸に着いたら忙しくなるんだから、だから今のうちにしっかりと傷を癒してね」

 

信女は山崎に背を向けて薬と水の準備をする。

山崎はそんな信女の姿を見つめていたが、次第に瞼が重くなり、眠くなってきた。

そして、彼は瞼を閉じた‥‥。

 

「さっ、ちゃんと薬をのんで‥‥っ!?」

 

パリン‥‥

 

信女が山崎の方へ振り返り、彼を見た時、信女の手から水が入った湯飲み茶碗と薬の包みが床に落ち、湯呑み茶碗は音を立てて割れた。

 

「‥やま‥‥ざき‥‥‥‥?」

 

信女はゆっくりとした足取りで恐る恐る山崎に近づく。

 

「山崎?山崎!!‥‥くっ‥‥」

 

そして、必死に山崎の手を取り、彼に声をかけるが、山崎が再び目を開けることはなかった。

 

 

信女は近藤、土方らに山崎が死んだことを伝えた。

船上で死亡したと言う事で、山崎の遺体は布で丁寧に包まれ、新撰組の仲間達が見守る中、水葬された。

 

「‥‥斎藤」

 

「なんだ?」

 

「井上も山崎も‥決して犬死になんかじゃないよ...ね?」

 

目の前で大勢の仲間が死んだことで、信女は少しセンチメンタルになっていた。

 

「当たり前だ‥新撰組は徳川の殿様の為に戦って来た訳では無い‥幕府の上連中がいくらやる気がなくとも、それは俺達には関係ない」

 

「‥‥」

 

「俺達が戦うのは俺達の正義の為だ‥‥悪・即・斬‥それが俺達新撰組の正義の筈だぞ、今井」

 

「斎藤の言う通りだ」

 

「土方」

 

「江戸にはまだ戦力が残されている。幕府の軍艦だって無傷だ。江戸に戻ったら、喧嘩の仕切り直しだ」

 

「‥‥わかった」

 

大勢の仲間を失おうとも新撰組の士気はまだ衰えてはいなかったが、新撰組、そして徳川幕府の崩壊はもうすぐそこまで来ていた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第7幕 総司

更新です。皆さんの知ってるものと少し違うように書かせてもらいました。そこはご了承ください。


 

 

 

 

 

 

土方は『江戸に戻ったら喧嘩の仕切り直しだ』と言ったが、これまでの長州征伐の失敗と鳥羽伏見の戦いでの敗北、慶喜が行った裏切りにも近い行為‥それらの為か、旧幕府軍の士気は決して高いモノとは言えず、それどころか、幕府側だった筈の藩からは、新政府側に寝返る藩もあり、また海上戦力においても信女達が大阪から江戸へ撤退するのに使用した富士山丸を始めとし、朝陽丸、翔鶴丸、観光丸の計4隻の軍艦は、明治政府へと上納された為、新政府軍は労せずに4隻の軍艦を無傷のまま、手に入れることが出来た。

富士山丸は後に、他艦と協力して幕府軍の軍艦、咸臨丸を駿河湾にて拿捕した。

拿捕された咸臨丸は乗組員に大勢の犠牲者を出し、その後、新政府軍の輸送船となった。

 

江戸に戻った土方は、鳥羽伏見の戦いから、幾つかの教訓を得て、これからの戦いはもう剣だけではなく、ライフル(銃)の時代である事とその必要性を感じると共に、服装も着物では、機動力が大きく削がれ、これからの戦闘や行軍には不向きであり、反対に洋装の方は機動力が十分に確保できる事から、自らも着物から洋装へと鞍替えし、隊士達にも洋装の軍服を支給した。

 

「ん?コレ、どうやって着るんだ?」

 

「こうか?」

 

「いや、こうだろう?」

 

隊士達が慣れぬ洋装の軍服に苦戦している中、信女は‥‥

 

(洋装‥‥随分と久しぶりに袖を通すけど、やっぱりこっちの方がしっくりくるわね)

 

前の世界でも着物より洋装の方を着こなしていた信女は久しぶりに袖をとした洋装に懐かしさを感じていた。

 

(でも、この洋装‥真選組の幹部服に似ている様なのだけれど、気のせいかしら?)

 

偶然にも信女の洋装はかつて、自分の世界に存在していた真選組の幹部達の隊服に似ていた。

 

1868年3月、新撰組はその名を甲陽鎮撫隊と変え、甲府城を防衛拠点としようとした。

しかし、東山道を進み信州にあった土佐藩士・板垣退助、薩摩藩士・伊地知正治が率いる新政府軍は、板垣が率いる迅衝隊が甲州へ向かい、甲陽鎮撫隊より先に甲府城に到着し城を接収した。

甲陽鎮撫隊は甲府盆地へ兵を進めたが、土方隊に居た信女、斎藤の剣椀をもってしても甲府城を奪取できず、新政府軍と戦った旧幕府軍は完敗し、江戸へと撤退した。

 

沖田は鳥羽伏見の戦いの前から体調が優れず、鳥羽伏見の戦いには参加できなかったが、この甲州勝沼の戦いには何とか参加する事が出来た。

沖田が所属していた部隊を指揮していた近藤は行軍中に大名旅行のように振舞いをし、更には天候の悪化なども重なり時間を無駄に消費し、その結果、沖田は病が進行し、敵と刃を交える事無く途中で江戸に戻る事になった。

沖田は久しぶりに近藤の為に戦えると出陣前は気合を入れていたが、結局一戦も交える事無く、江戸に引きかえす事になり、悔しがっていた。

だが、彼の不幸はこれだけではなく、彼を診察した医師からは絶望的な診断結果を受けた。

 

「それ‥‥本当なんですか‥‥?」

 

沖田は震える声で、自らを診察した幕府の医師、松本良順に尋ねる。

 

「‥‥残念だが、本当だ。君の病は労咳(肺結核)だ」

 

「そ、そんな‥‥」

 

当時、結核は治療薬も無く、不治の病とされていた。

 

「もう‥‥治らないんですか‥‥?」

 

「‥‥それは、わからん‥しかし、その体ではもう、戦に出ることは無理だ」

 

「‥‥」

 

沖田は肺結核に侵されたどころか、戦に出ることも出来ないと言われてしまった。

これまで、近藤の‥‥新撰組の為に剣を振るってきた沖田にとって、もう剣が振れなくなるかもしれないと言う事実は余りにも残酷な現実であった。

その後、沖田は松本の好意により、千駄ヶ谷のとある植木屋に匿われ、そこで療養生活を余儀なくされた。

 

(何故、自分がこの大事な時に労咳だなんて‥‥)

 

沖田は布団の中で自分の運命を呪った。

そんな中、

 

「総司‥‥」

 

「‥信女さん?」

 

沖田の見舞いに信女がやって来た。

信女は沖田との付き合いの中で、彼の事を名前で呼ぶ仲になっていた。

 

「変わった格好ですね、ソレ」

 

「土方の命令よ、おかげで胸元が苦しくて仕方がないわ」

 

沖田は信女の洋装姿を見て、苦笑し、信女は胸元に手をやる。

着物と違い、きっちりとした洋装では、サラシをきつく巻かなければ、信女の胸を完全に隠すことが出来ない。

信女はちょっと苦しそうな仕草でそう言った。

 

「そう言えば、先生方や家の人は?見かけないみたいだけど?」

 

家の中を見回しても沖田の医療担当の松本の姿もこの植木屋の家の人間も見当たらない。

 

「先生は往診で、家の人は遠方でお仕事みたいです」

 

「そう‥‥」

 

沖田の話では今、この家に居るのは沖田だけだと言う。

 

「近藤さんや土方さん、皆は元気ですか?」

 

「ええ、元気...だから、貴方も早く戻って来なさい。皆、貴方の帰りを待っているわ」

 

「そのつもりですよ、あまり寝てばかりいると、人の斬り方を忘れちゃいますから」

 

弱々しくも笑みを浮かべる沖田。

身体は弱っていてもまだ、彼には剣客としての闘気が残っている。

それは沖田の目を見れば分かった。

しばし、談笑した後、沖田は布団から起き上がる。

 

「平気なの?起きて?」

 

「今日は気分がいいですから‥‥」

 

そう言って、羽織を羽織って、中庭へと出る。

信女も沖田の後ろを歩く。

 

「こうして、晴れの日に中庭に出ると、あの時の事をよく思い出します」

 

「あの時?」

 

「ほら、京に居た頃、屯所界隈の子供達とよく遊んだじゃないですか」

 

「ああ‥‥」

 

信女も沖田の言葉で、京に居た頃、沖田と共に近所の子供達と遊んでいた頃を思い出した。

沖田は男の子達と鬼ごっこをしたり、チャンバラごっこをして遊び、信女は女の子達と人形遊びやお手玉をして遊んだ。

沖田と信女が京に居た頃の思い出に浸っていると‥‥

 

「っ!?」

 

(殺気!?)

 

信女は突如、沖田に向けられた殺気を感じ、刀を抜き、沖田の前に立つ。

すると、沖田に向かって手裏剣が投げつけられ、信女はそれを刀で叩き落とす。

手裏剣での投擲が失敗したせいか、刀で確実に切り殺す為に下手人達がぞろぞろと姿を現した。

 

(忍び装束‥忍びの者ね‥‥未だにこんな旧時代の遺物が残っていたなんてね‥‥)

 

現れたのは忍び装束の集団、忍者達で、沖田を狙ったと言う事は連中が、薩長に属する忍びである事は明白であった。

 

「総司、コイツ等は私が引き付けるから、貴方は裏口から逃げて‥‥」

 

信女は、今は病気で満足に戦える体ではない、沖田に此処から逃げろと言う。

しかも今の沖田は丸腰の状態で、状況は最悪だ。

しかし、沖田は、

 

「そうはいきませんよ‥新撰組一番隊組長が敵前逃亡だなんて、目も当てられない」

 

「今の貴方は剣を持っていない。それでは足でまとい、それに...戦える体じゃない。」

 

「刀が無ければ、敵から奪えばいいだけですよ」

 

そう言って沖田は信女が叩き落とした手裏剣を拾う。

忍者たちは刀を抜き、信女と沖田に迫って来る。

 

「くっ」

 

後方の奴等は飛び上がり、手裏剣を投げてくる。

信女は最低限の動きで手裏剣を落としていき、接近戦を挑んできた忍者を斬り、連中の1人が持っていた刀を沖田に放る。

 

「総司!!」

 

信女から放られた刀を受け取り、信女の背後から斬りかかって来た忍者に手裏剣を投げ、沖田も忍者へと斬りかかる。

しかし、激しい動きをしたためか、沖田は膝をつき、咳き込む。

その隙を忍者達は見逃さず、沖田に斬りかかるが、信女と言う厚い壁が忍者達の刃を遮る。

忍者達も沖田よりも先にこの厄介な壁を始末しようと、複数の人数で斬りかかって来た。

 

(病気の総司1人に一体に何人使うつもりなのよ!?)

 

いくら沖田が新撰組最強と言われた剣客でも今は病気の為、満足に戦える体ではない。

にも関わらず、薩長は異常ともいえる刺客を沖田に差し向けてきた。

 

(コイツ等も、後がないってこと?)

 

新時代になれば、忍びの生きていける場所は無くなるのかもしれない。

故に彼らは沖田の暗殺を成功させて、自分達の居場所を新政府に求めたのかもしれない。

彼らにも彼らなりの理由があるのかもしれないが、だからと言って自分がコイツ等に殺されてやる義理もないし、まして、沖田の首を差し出すつもりも毛頭ない。

 

2人の忍者の斬撃を刀で受け止めていると、背後から別の忍者が信女に斬りかかる。

そこを沖田は無理をして立ち上がり、その忍者を斬る。

 

(マズイ、やっぱり総司は戦える体じゃない‥‥早く、コイツ等を片付けるか、此処から逃げないと‥‥)

 

信女は沖田を心配するあまり、剣に焦りが生まれた。

焦りは隙を生む事になり、暗殺のプロ集団である忍び連中はその隙を見逃さず、信女に斬りかかる、

 

(しまった!!)

 

「信女さん!!」

 

其処を再び、沖田が剣で受け止めるが、忍者達は更に追撃をかけ、別の忍者が沖田を左右から突き刺した。

 

「ぐっ‥‥」

 

体を突かれて沖田は苦悶に満ちた顔をする。

 

「総司!!」

 

「うわぁぁぁ!!」

 

突き刺された沖田は最後の力を振り絞り、自らを突き刺した忍者達を斬る。

 

「貴様らぁぁぁ!!」

 

庭に信女の絶叫が響いた。

そこから信女は阿修羅の如く忍者を切って行った。

沖田はもうこれで死ぬだろうと判断した忍者達は撤退しようとしたが、信女はそんな忍者達を逃す事無く、遠くの忍者は、斃れている彼らの仲間から奪った手裏剣やクナイを投げ、息の根を止めるか、動きを封じた後に殺した。

そして、今ここで信女を始末しなければ、ならないと判断した忍者も信女が返り討ちにして、此処に侵入した忍者達を1人残らず殲滅した。

庭には忍者達の死体と彼らの血だまりが出来ていた。

賊が全員殲滅させられたのと同時に、

 

「こ、これはっ!?」

 

往診を終えて、沖田の診察に来た松本が庭の惨状を見て思わず声をあげる。

 

「先生!!総司を!!総司を助けて!!」

 

血塗れの沖田を抱き上げながら、信女は松本に悲願する。

松本と信女は沖田を家の中にあげ、急ぎ治療するが、既に手遅れなのは目に見えて分かっていた。

それでも、信女は諦めきれずに沖田を励まし続ける。

 

「の、信女‥‥さん‥‥」

 

「なに?」

 

沖田が信女に声をかけてきて、信女の襟元を掴んだと思ったら、グッと自らの顔に寄せて、

 

「「んっ」」

 

信女の唇を自らの唇に重ねた。

 

「‥そ、総司?」

 

「西洋では‥‥ふぁーすときっす‥‥っていうらしいです‥好きな女の人にやる行為‥らしいですよ‥‥僕のふぁーすときっす‥信女さんにあげました」

 

「‥‥バカ‥‥私だって‥そうだったのよ」

 

信女自身も前の世界を含めて、今までキスなんてした事が無かった。

 

「それじゃあ‥‥僕は‥‥緋村さんに‥‥勝った‥わけですね‥‥」

 

信女は何故此処で剣心の名が出てくるかわからなかったが、今は兎も角、沖田には死んでほしくなかった為、剣心の事よりも目の前の沖田に集中していた。

しかし、沖田は満足そうに微笑むとゆっくりと瞼を閉じる。

 

「信女さん‥‥もっと‥‥もっと‥‥早く‥貴女と会いた‥‥かっ‥‥た‥‥‥」

 

「総司?‥総司!!目を開けて!!開けなさい!!総司!!」

 

信女がいくら沖田に声をかけても体を揺すっても沖田は二度と目を開ける事はなかった。

 

「総司?総司?‥‥いやぁぁぁぁぁー!!」

 

信女にとって沖田は友達以上恋人未満の人物だったのかもしれないが、それでも死んで悲しまないと言う筈もなく、信女は沖田の体に縋りつき、涙を流し、声を上げて泣いた。

松本も信女の様子を見て、目からは一筋の涙が流れた。

 

どれだけ泣いたか分からないが、死んだ沖田をいつまでもこのままにしておくわけにはいかないので、血で汚れた体を清め、綺麗な着物に着替えさせ、顔も返り血と沖田自身の血も落した。

沖田の顔はとても死んでいる様には見えず、ただ眠っているようにしか見えなかった。

信女はこれでまでの人生で大きな後悔をこれで三度した。

一度目はあの人の家族を守れなかった事、

二度目はこの世界に来た事により、あの人の約束を‥‥あの人を斬ると言う約束を果たせなかった事、

そして、三度目は沖田の気持ちに気づいてやれなかった事、

もう、旧幕府軍と新政府軍の戦いがどうなろうと知った事ではない。

このまま沖田と共に居たいと言う気持ちもあったが、それはきっと沖田は望まないだろう。

 

(総司‥ごめんなさい‥‥でも、私が総司の分まで戦うから‥‥だから、ゆっくりと眠って‥‥)

 

「んっ‥‥」

 

信女は静かに眠る沖田の唇に自らの唇を重ね、永遠の別れをした。

 

 

「先生‥総司の死は、隠せるだけ、隠し通してください」

 

信女は松本に沖田の死をなるべく秘匿してくれと言った。

 

「ん?何故かね?」

 

「総司の存在は新撰組の中でも大きい‥此処でもし、総司の死が知られたら、新撰組の士気は大きく下がる‥‥総司もきっと悲しむ‥‥だから、お願い...お願いします」

 

「‥‥分かった‥隠し通せるだけ、隠そう‥だが、この先ずっと隠すことは出来ぬぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

信女は松本に深々と頭を下げ、礼を言った。

 

(さよなら‥総司‥‥)

 

信女は一度振り返り、沖田に最後の別れをして、屯所へと戻った。

屯所へと戻る際、彼女は一度も振り返る事は無かった‥‥‥。

 

 

 

・・・・続く




沖田を応援してくれた方誠に申し訳ございません。


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第8幕 生き恥

更新です。


 

 

 

 

 

 

「‥‥」

 

「そうか、総司の奴が‥‥」

 

新撰組の屯所へと戻った信女は、松本には沖田の死を秘匿できるまで秘匿して欲しいと言ったが、新撰組結成前から付き合いの深い近藤と土方には沖田が暗殺者の手にかかって死んだことを伝えた。

 

「傍に居ながら、沖田組長を救えなかった罪‥‥この責任は万死に値いたしますが、出来るのであれば、沖田組長の仇討ちの機会を是非‥‥」

 

信女は近藤と土方に土下座をして沖田の敵討ち‥すなわち引き続き、新政府軍と戦わせてくれと近藤と土方に頼み込んだ。

 

「‥‥総司も一介の剣客だった‥病で死ぬよりも暗殺者とは言え、戦って死ねたのだ。総司もきっと本望だろう。今井君、君には何の責任も罪もない」

 

沖田の死を信女が話している時、沈黙を続けてきた近藤はそう言って、信女に責任は無いと言う。

 

「それで、総司が死んだのを知っているのは、お前と俺達、松本先生だけなんだろうな?」

 

土方が現時点で沖田の死を知っているのは松本、信女、近藤、そして自分だけなのかと尋ねる。

 

「はい。松本先生には沖田組長の事は隠せるだけ、隠して下さいと言っておきました」

 

「懸命な判断だ。今の新撰組で総司の奴が死んだと知られれば、士気はガタ落ちだからな。お前も総司が死んだことは口外するなよ。いいな?」

 

「えぇ」

 

土方は信女の判断は正しかったと指摘し、沖田の死が公式のモノとなるまで、黙っていろと言われ、信女はそれに従った。

 

3月8日、近藤は江戸引き上げを宣言した。この頃、永倉新八、原田左之助らは勢力を結集して会津において再起を図る計画を立て、3月11日には江戸和泉橋医学所において近藤と面会し、その計画を近藤に話した。

しかし、近藤は、永倉・原田らの計画に対して自分の家臣となる条件を提示したため両者は決裂し、永倉・原田は新撰組を除隊した。

沖田に続き、新撰組最強格の永倉の新撰組離脱は、大幅な戦力低下につながった。

 

新政府軍が江戸の目と鼻の先に迫っている中、江戸城の中では江戸城の無血開城の意見がまとまっており、その意見に反対の幕臣達はそれぞれ、部隊を率いて江戸を出て行く準備や江戸の郊外に陣を構える準備をしていた。

官軍側は当初、江戸城総攻撃を3月15日と予定していた。

しかし条約諸国は戦乱が貿易に悪影響となることを恐れ、イギリス公使ハリー・パークスは新政府に江戸攻撃・中止を求めた。

出来たばかりの新政府にとってその維持には諸外国との良好な関係が必要だった。また武力を用いた関東の平定には躊躇する意見があった。江戸総攻撃は中止とする命令が周知された事と勝海舟と西郷隆盛との間で交わされた、慶喜の隠居、江戸城の武器及び幕府が保持している軍艦の引渡し等の条件によって江戸城は無血開城されることに決まった。

 

そんな江戸城の一室にて、勝がある集団を呼び出していた。

 

「これは既に幕臣達の会議で決まった事だ。江戸の町を戦火から守る為、江戸城は官軍に無血開城をする事になった」

 

勝の言葉にざわつく集団だが、一番先頭で膝まずいている男はジッと勝の言葉を聞いていた。

此処に集まった集団は、江戸城を築城当時から影で江戸城を守ってきた御庭番衆達であった。

長年、江戸城を守ってきた彼らにとって敵である新政府軍に戦うことなく城を明け渡す事に不満があった。

 

「皆の不満も分からない訳では無い。戦う前から負けを認めた事になったが、代々徳川が築いてきたこの江戸の町を京の様に火の海にするわけにはイカンのだ。開城の後、諸君ら、御庭番衆はこの江戸城の警護の任を解く事になるが、江戸の町全体の警護に務めてもらいたい。官軍連中が江戸の民に乱暴狼藉をするのであれば、その者にはそれ相応の罰を与えてくれ‥‥以上だ」

 

勝は御庭番衆達に江戸城開城の後の命令を下した後、部屋から出て行った。

 

勝が部屋から出て行った後、

 

「お頭、これでいいんですか!?」

 

「俺達が命を懸けて守ってきたこの江戸城をみすみす薩長の連中に明け渡すなんて‥‥」

 

「しかも一戦も交えずに!!」

 

「西洋の銃火器に頼っている官軍連中なんて、俺達御庭番衆の敵じゃありませんぜ!!」

 

「そうですよ!!お頭!!」

 

「こうなりゃ、弱腰の幕臣共に代わってお頭が軍の指揮を!!」

 

「そうですぜ、お頭!!」

 

「お頭!!」

 

御庭番衆の者達は一番先頭で膝をついていた男の下に集まる。

この男こそ、御庭番衆を束ねるお頭、名を四乃森蒼紫と言った。

部下達は江戸城の無血開城には当然反対で、江戸を舞台に官軍とやり合おうと意見するが、

 

「我等は代々、徳川に使えてきた影の者‥‥そして、勝殿の命令は徳川の意向だ‥‥逆らうわけにはいかん」

 

「‥‥」

 

四乃森は勝の命令し従う旨を部下達に伝える。

部下達もお頭である四乃森が勝の命令に従うと言うのであれば、お頭に従う御庭番衆達も四乃森の‥‥勝の命令に従うしかなかった。

しかし、この場にて、一番悔しがっていたのは他ならぬ四乃森本人だった。

その証拠に彼の拳はかなりの力が入っており、拳全体は小さく震え、掌からは爪が食い込んで、血が流れていた。

こうして、長年にわたり江戸城を影から守ってきた御庭番衆達の戦いは、江戸城の無血開城によってその終焉を迎えた。

 

 

永倉、原田の離脱後、近藤・土方は会津行きに備えて隊を再編成し、旧幕府歩兵らを五兵衛新田で募集し、近藤は偽名で大久保大和と名乗った。

しかし、流山で再起を図っていたが、4月3日に新政府軍に包囲され、近藤は土方達新撰組を逃がす為、越谷の政府軍本営に出頭した。

出頭後、近藤はあくまでも自分は大久保大和だと主張し続けたが、元新撰組隊士で伊東甲子太郎率いる御陵衛士だった加納鷲雄、清原清が、

 

「此奴は間違いなく近藤だ」

 

と、看破され、捕縛された。

その後、土佐藩と薩摩藩との間で、近藤の処遇をめぐり対立が生じたが、結局土佐藩が押し切り、4月25日、中仙道板橋宿近くの板橋刑場で罪人として斬首の刑に処せられた。

近藤の処刑から約半月後の5月15日、上野山で立てこもって徹底抗戦を主張した彰義隊は、大村益次郎率いる新政府軍に僅か1日で鎮圧された。

その彰義隊の中には近藤と袂を分かった原田の姿があったとされ、彼もこの戦いで命を落としたと言う。

上野戦争での旧幕府軍の敗北で抗戦派はほぼ江戸近辺から一掃された。

そして、近藤の死から約2ヵ月後、沖田総司の死が世間に知れ渡った。

しかし、その死因は暗殺ではなく、結核による病死とされた。

近藤は『暗殺されても戦って死ねたのだから、本望』と言っていたが、松本は新撰組最強の剣客が暗殺者の手によって死んだとなれば、剣客としての沖田の名誉に傷がつくと思い、死因を病死としたのだった。

 

 

近藤が自らを囮とし、時間を稼いだ後、土方率いる新撰組は先に軍を率いて江戸を脱出した大鳥圭介らと合流し、途中松戸小金宿から2手に分かれ、香川の駐屯する宇都宮城の挟撃に出立した。

これを聞いた宇都宮の香川敬三は、一部部隊を引き連れてこれを小山で迎え撃った。

兵数と装備で勝る旧幕府軍はこれに勝利し、4月19日には宇都宮で旧幕府軍と新政府軍勢力が激突した。

翌日には旧幕府軍が宇都宮城を占領するも、宇都宮から一時退却し東山道総督府軍の援軍と合流、大山巌や伊地知正治が統率する新政府軍に宇都宮城を奪い返された。

 

その後、大鳥率いる旧幕府軍と土方率いる新撰組は会津へと入った。

宇都宮での戦いで足を負傷した土方は約3ヶ月間の療養生活を送る事となった。

その間、東北の各所では幕府側の藩と新政府軍との間で激しい攻防戦が続けられた。

1868年6月10日、旧幕府軍は会津藩家老の西郷頼母を総督として、白河城を占領。

これに対し新政府軍は、薩摩藩参謀・伊地知正治の指揮のもと、6月15日に白河への攻撃を開始し、6月20日に白河城を落城させる。

旧幕府軍は、白河城の奪回を試みて何度も戦闘を繰り返したが、結局奪回には至らなかった。

西郷頼母は白河城を奪われ、奪還できなかった責任を会津藩藩主、松平容保から追求され、謹慎処分を受けた。

 

 

1868年8月12日 奥羽越列藩同盟の拠点の一つ棚倉城が落城。

9月2日に三春藩が奥羽越列藩同盟を脱退し、明治新政府軍はじりじりと北上した。

9月15日 新政府軍は二本松城を攻撃。城は落城し二本松藩主・丹羽長国は米沢へ逃れた。

この二本松の戦いでは、木村 銃太郎率いる二本松少年隊の戦いは会津戦争の悲劇の一つとして、後世に語り継がれる事となった。

また、新潟、長岡でも新政府軍と長岡藩との戦いは激烈を極め、この時、長岡藩が使用した回転式機関銃(ガトリング砲)は新政府軍にとって脅威の存在となった。

しかし、二本松が陥落した同じ日、9月15日に新潟港・長岡城は落城した。

二本松、長岡を占領した新政府軍では、次の攻撃目標に関して意見が分かれた。

大村益次郎は仙台・米沢の攻撃を主張し、板垣退助と伊地知正治は、会津藩への攻撃を主張した。

土方達も二本松、長岡を占領した新政府軍の次なる目標が会津、仙台のどちらになるかにおいて、議論が交わされたが、土方は真っ先に、「会津だ」と言い切った。

新政府軍‥特に長州は禁門の変において、旧幕府‥特に会津藩に対して強い恨みがあった。

長州にとって、その恨みを晴らす機会が訪れたのだ。この機会を逃す筈はなかった。

土方の読み通り、板垣・伊地知の意見が通り、新政府軍は会津藩を攻撃することとなった。

二本松から若松への進撃ルートは何通りか考えられたが、新政府軍は脇街道で手薄な母成峠を衝いた。

新政府軍は土佐藩を中心として兵力3000、対する旧幕府、会津藩の兵力は400。

戦力の差は歴然であった。

1868年10月6日 新政府軍は母成峠の戦いで旧幕府軍を破った。

10月8日 新政府軍は早朝、若松城下に突入した。

新政府軍の電撃的な侵攻の前に、各方面に守備隊を送っていた会津藩は虚を衝かれ、予備兵力であった白虎隊までも投入するがあえなく敗れた。

そして、城下町で発生した火災を若松城の落城と誤認した白虎隊士中二番隊の隊士の一部が飯盛山で自刃する悲劇が起き、二本松同様、此方も戊辰戦争の悲劇の一つとして、後世に伝えられる事となった。

 

塩川において旧幕府軍、新撰組がはっていた陣では、大鳥が今後の方針を打ち出した。

 

「我が軍はこれより、仙台まで後退する」

 

「バカなっ!?」

 

「このまま此処で戦っても会津が陥落するのは時間の問題だ。聞けば、榎本さんを中心とした旧幕府海軍も江戸を脱出し、海路を北上しているらしい‥此処は我々も仙台まで後退し、援軍を頼んで、再起を図るしか道はないと思う」

 

「それは、会津を見捨てると言う事か!?」

 

土方の会津を見捨てると言う言葉に斎藤がピクッと反応した。

 

「容保公はそれを承知したのか!?」

 

「‥‥これは、容保公の御意向だ」

 

「な、なんだと‥‥」

 

「ただし、容保公はこの会津にて、最後の一兵になるまで戦い抜くそうだ」

 

「ならば、我等も容保公の武士の気概に応えて共に戦うべきじゃないのか!?」

 

「容保公は武士の誇りを共に会津藩と運命を共にすることを決心された‥我々はその武士の誇りと気概を引き継ぎ、再起をかける!!」

 

「しかし‥‥」

 

「これは、総督としての命令だ」

 

「っ!?」

 

「仙台へ陣を移す。速やかに撤退準備を始めろ」

 

そう言って大鳥は各隊に仙台への後退を命じた。

 

「‥‥なんてこった‥これじゃあ、近藤さんの時の二の舞じゃねぇか」

 

土方の脳裏には自分らを逃がす為に命を懸けて時間を稼いだ流山での事が蘇る。

今の状況はあの時と規模が大きくなっただけで、全く同じ状況だった。

そんな中、

 

「副長、俺は、このまま会津に残ります」

 

と、斎藤はこのまま会津に残留することを言い出した。

 

「えっ?」

 

斎藤の言葉に信女は驚いた。

しかし、直属の上司である斎藤が会津に残ると言うのであれば、自分も会津に残ろうと決心する信女であった。

 

「斎藤‥‥」

 

「大鳥さんの言う通り、会津が落ちるのは確実でしょう。しかし、会津はこれまで俺達新撰組の世話を焼いてくれた藩‥‥此処は俺が新撰組の代表としてその恩に報いりましょう。武士として‥‥」

 

「武士として‥か‥‥ふっ、耳が痛ぇな‥‥」

 

土方は自嘲めいた笑みをこぼす。

 

「副長には今後も新撰組を‥武士を導く義務があります」

 

「全く、簡単に言いやがって、近藤さんと言い、お前と言い、とことんお前らは俺に荷物を背負わせやがる」

 

「ならば、荷物持ちくらいは、副長の手元においておきます。‥‥という訳だ、今井、お前も副長と一緒に仙台へ行け」

 

「っ!?なんで!?」

 

信女は斎藤と共に会津に残る事を決めていたのだが、其処を勝手に土方達と共に仙台へ行けと言う。

 

「さっき、副長に言っただろうが、お前は副長の荷物持ちだ。副長の隣に立って荷物を持ってやれ」

 

「‥‥」

 

勝手に自分の進退を決められ信女は斎藤を睨む。

 

「不服そうだな、今井」

 

「不服よ、斎藤。‥貴方が会津に残ると言うのであれば、私も貴方の部下として会津に残る義務があるわ」

 

「だが、俺はお前の直属の上司だ。部下のお前には俺の命令を聞く義務がある」

 

「‥‥」

 

斎藤のこの言葉を聞き、信女は苦虫を噛み潰したように口元を僅かに歪める。

 

「斎藤‥だが、いいのか?」

 

土方としては斎藤が会津の残るのであれば、剣の腕の立つ信女も此処会津に残していった方がいいのではないかと尋ねる。

 

「構いません、今更隊士が1人居た所でこの戦況に大きな影響はないでしょうから‥という訳だ、今井、達者でな‥‥」

 

そう言って斎藤は陣から去っていく。

 

「斎藤‥死ぬんじゃないわよ‥生き恥を晒してもいい‥‥絶対に死ぬんじゃないわよ」

 

と震える声で去っていく斎藤に声をかける。

 

「私は知ってる‥貴方の強さを...貴方の力はこの後の新時代でも絶対に必要な筈よ...だから、絶対に生きぬきなさい‥‥斎藤‥‥」

 

 

信女は去っていく斎藤に声をかけ、斎藤はそれに応えるかのように片手をあげた。

その後、会津藩は会津若松城に篭城して抵抗したが、9月に入ると頼みとしていた米沢藩をはじめとする同盟諸藩の降伏が相次いだ。

孤立した会津藩もついに11月6日、新政府軍に降伏した。

同盟諸藩で最後まで抵抗した庄内藩が降伏したのはその2日後の11月8日の事だった。

旧幕府軍の残存兵力は会津を離れ、仙台にて榎本武揚と合流し、蝦夷地(北海道)へと向かった。

戊辰戦争はいよいよその舞台を最終決戦地へと移っていった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回


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第9幕 劣勢

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

仙台にて、榎本武揚率いる旧幕府海軍と合流した大鳥率いる旧幕府軍と土方率いる新撰組は軍艦にて、蝦夷の地へと向かった。

蝦夷の地、北海道にも当然新政府軍の守備隊は居た。

明治維新時には松前・江差周辺の松前藩領を除き蝦夷地の大部分は幕府が直轄し、箱館奉行が置かれていたが、新政府はこれに代わり、箱館府を設置した。

幕府直轄時代には奥羽諸藩が蝦夷地に兵を派遣していたが、東北戦争に伴い悉く撤兵し、防備兵力は僅かな箱館府兵と松前藩兵のみとなっていた。

そんな中、榎本達旧幕府軍の北行が判明したため、箱館府は援軍を要請、一番近い弘前藩から4小隊が10月19日、秋田に入港していた福山藩兵約700名および大野藩兵約170名が野田豁通に率いられ10月20日に箱館に到着、これらで旧幕府軍を迎え撃つこととなった。

旧幕府軍は北海道上陸後、大鳥率いる隊が峠下・七重方面から、土方率いる隊が鹿部・川汲峠を経て湯の川方面からと、二手に分かれて箱館へ向けて進軍するが、無用な戦闘は意図しておらず、まずは箱館府知事・清水谷公考に使者を派遣した。

新政府への嘆願書をたずさえた人見勝太郎・本多幸七郎ら30名が先行するが、10月22日夜、峠下に宿営中、箱館府軍の奇襲を受け、戦端が開かれた。

10月24日、人見達と合流した大鳥軍が大野村と七重村で箱館府軍を撃破し、土方軍は川汲峠で箱館府軍を敗走させた。

各地の敗戦を受けて清水谷公考は五稜郭の放棄を決め、新政府軍は25日に秋田藩の陽春丸とチャーターしたプロシアのタイパンヨー号に乗船し青森へ退却した。

旧幕府軍は10月26日に五稜郭へ無血入城し、五稜郭を拠点に新政府軍を迎え撃つ事になり、艦隊は箱館へと入港した。

10月30日、旧幕府軍による箱館占拠の通報が東京に届き、新政府は直ちに津藩兵・岡山藩兵・久留米藩兵計約1,000名を海路で青森に送った。

そして、11月19日には旧幕府軍追討令が出された。

11月27日、青森に避難していた箱館府知事・清水谷公考が青森口総督を兼務することとなった。しかし、冬季作戦等の準備は全くないので、箱館征討は翌年の雪解けを待って開始することとして青森周辺に冬営した。

2月に新政府軍は陸軍の準備を整えると共に海軍の準備も整え始め、アメリカの局外中立撤廃を受けて、品川に係留されていた最新鋭の装甲軍艦甲鉄を購入。

3月9日、新政府軍艦隊(甲鉄・春日・陽春・丁卯)の軍艦4隻と豊安丸・戊辰丸・晨風丸・飛龍丸の運送船4隻は、甲鉄を旗艦として品川沖を青森に向けて出航した。

旧幕府軍は、新政府軍艦隊が宮古湾に入るとの情報を受けると、旧幕府軍としては北海道と青森間の制海権確保が急務となった。

そこで旧幕府軍は甲鉄を奪取する作戦を立案した。

 

「蟠竜と高雄を甲鉄の左右に接舷させて、甲鉄へ切込みを掛けて、甲鉄を強奪する‥‥なお、回天はその作戦の後方支援‥‥随分と無茶苦茶な作戦ね‥‥」

 

 

 

信女は土方から今回の甲鉄艦強奪作戦の作戦書を見ながら、呆れる様に言う。

現在信女は、斎藤が会津で別れ際に言ったように、土方の荷物持ちとして彼の小姓を務めており、その殆どの時間を土方の傍に身を置いて、土方を支えていていた。

 

「そう言うが、此処まで追い詰められた幕府軍としてもここいらで大きな戦果を得なければ、体勢の維持が難しいんだろうよ」

 

「そうね」

 

「今井、この作戦、失敗は許されねぇぞ」

 

「じゃあ、当分は陸じゃなくて、船の上での生活ね」

 

「ああ、早速明日からは強襲訓練を始める。今井、やるからには勝つ気でやるぞ」

 

「勿論よ‥ただ、土方、最近ちゃんと寝ているの?」

 

「あん?どういうこった?」

 

「休める時にはちゃんと休まないとだめよ‥貴方、ここ最近、全然休んでいないでしょう?」

 

「そうでもねぇ」

 

「夕べも夜遅くまで、部屋の明かりがついていたわよ」

 

「消し忘れだ」

 

「嘘ね」

 

「本当だ」

 

「嘘よ‥貴方の言っている事が嘘か本当かくらい分かるわ」

 

「‥‥ふっ、敵わねぇな、お前らには」

 

「だったら、今夜くらい早く寝なさい。足でまといはごめんだから。.....それとも1人で寝るのが寂しいのであれば、一緒に寝る?」

 

「そう願いたいが、そんな事されたら、総司の奴が化けて出てくるから、止めるわ」

 

信女は土方を寝台へと送った。

こうして土方らは、作戦実行日まで甲鉄艦強奪作戦の訓練を行った。

 

3月20日、海軍奉行・荒井郁之助を指揮官として、陸軍奉行並・土方歳三以下100名の陸兵を乗せた回天と蟠竜、箱館で拿捕した高雄の3艦は宮古湾に向けて出航した。

3月23日、暴風雨に遭遇した3艦は統率が困難となり、集結地点である山田湾には回天と高雄が到着したが、蟠竜は現れなかった。その上、高雄は蒸気機関のトラブルで速力が半分に落ちており、このままだと勝機を逸してしまうため、回天だけで作戦を決行することになった。

回天の甲板には土方の隣に信女の姿もあった。

 

「ついていないわね‥‥予定されていた兵力の半分以下なんて‥‥」

 

「ああ、全くだ‥だが、このまま何もせずに戻る訳にはいかねぇ、何としてでも甲鉄艦を手土産に持って帰るぞ」

 

此処で甲鉄艦を手に入れることが出来れば、新政府軍の進撃を大きく鈍らせることが出来ると土方達はそう思っていた。

 

3月25日 早暁、回天は、アメリカ国旗を揚げて宮古湾へ突入すると突如、アメリカ国旗を降ろし日章旗を揚げて、全速力で甲鉄へと向かった。

新政府軍はアメリカ国旗を掲げていた回天を当初、援軍かと思い、攻撃をせず、完全に騙されていた。

しかし、突如、アメリカ国旗を卸し、日章旗を掲げた回天に敵襲だと判断した頃には既に遅く、回天は甲鉄のすぐ傍まで迫っていた。

 

「白兵戦闘用意!!接舷と同時に乗り込むぞ!!いいな!?」

 

『おう!!』

 

「敵襲!!」

 

回天の奇襲は成功したが、外輪船の回天は甲鉄に横付けできず、甲鉄の側面に艦首を突っ込ませて『丁字』の形という不利な体勢になり、また甲鉄より船高が3m高いこともあり、兵が甲鉄へ乗り移りにくく、思うように迅速な動きが取れなかった。

そんな中でも土方と信女は甲鉄の甲板に乗り移り、斬り込みをかけるが、甲鉄に装備されていたガトリング砲の前に次々と味方は撃ち倒され、戦闘準備を整えた宮古湾内の他の艦船や反撃が始まった。

土方は斬り込み隊に予想外の犠牲者が多く出たため、作戦を中止したが、問題は撤退方法であった。

甲鉄よりも船高が3m高い回天へ戻るには、回天から通された縄に捕まり、回天の甲板へ戻らなければならなかったがその間、撤退者は完全に無防備になるため、絶好の的になる。

土方は甲鉄の遮蔽物を利用し、ガトリング砲へと接近し、砲手を斬り、甲鉄の乗組員へと発砲し、味方撤退の援護に回る。

 

「土方、残っているのはもう貴方と私だけよ!!」

 

「そうか!!では、俺達も逃げるぞ!!」

 

土方はガトリング砲の弾を撃ち尽くし、回天からも援護射撃を受けながら、信女と共に脱出した。

 

この作戦で旧幕府軍は、回天の艦長、甲賀源吾、旧新撰組の隊士、野村利三郎など19名が戦死した。

また、機関故障のため速力が出ない高雄も新政府軍の春日に追撃され、田野畑村羅賀浜へ座礁させた後、艦に火を放ち、乗組員は盛岡藩に投降した。

後に宮古湾海戦と呼ばれるこの戦いで、旧幕府軍は新政府軍から軍艦を奪うどころか、反対に軍艦を失う結果となった。

 

「劣勢な戦力の中、お前らはよく戦った‥」

 

「す、すみません。我々が非力なばかりに‥‥」

 

「作戦を成功できずに、無念です‥‥」

 

箱館へ戻る回天の船上で土方は生還した兵達を労った。

 

「今井‥‥」

 

「はい」

 

「今回の作戦が失敗し、じきに箱館は戦場となるだろう‥‥それでもお前はまだついてくるか?」

 

「それは愚問よ、土方」

 

信女は箱館で土方達と共に新政府軍を迎え撃つ覚悟でいた。

土方もこれ以上は信女に何も言わなかった。

 

 

宮古湾海戦に勝利した新政府艦隊は、3月26日には青森に到着。

兵員輸送用にイギリス船オーサカとアメリカ船ヤンシーをチャーターし、4月初旬には北海道への渡海準備が完了した。

そして、4月9日早朝、新政府軍は北海道の乙部に上陸した。

旧幕府軍は新政府軍の上陸を阻止すべく江差から一聯隊150名を派遣したが、上陸を終えていた新政府軍先鋒の松前兵によって撃退された。

4月12日には陸軍参謀・黒田清隆率いる2,800名、4月16日にも増援が江差へ上陸し、松前口、木古内口、二股口、安野呂口の四つのルートから箱館へ向けて進軍を開始する。

 

「政府軍はいよいよ五稜郭を目指して進行して来る。俺達は二股口で奴等を迎え撃つ。五稜郭には近づけさせるな!!」

 

土方達新撰組は二股口の守備を担当した。

 

「いいか、此処が正念場だ!!弾丸は山ほど、用意した。敵が来たら、無駄弾を気にせず、撃ちまくれ!!ただし、命だけは無駄にするなよ」

 

『はい!!』

 

「戦が終わったら、たらふく酒を飲ませてやる!!だから、死ぬんじゃねぇぞお前ら!!」

 

『おう!!』

 

土方軍は、天狗山を前衛として台場山周辺の要地に16箇所の胸壁を構築し、新政府軍を待ち構えた。

 

「政府軍の目的地は旧幕府軍の拠点、五稜郭だ」

 

兵達を鼓舞した後、土方は地図を取り出して、睨む。

 

「いよいよ、後がなくなったわね」

 

「その割には、お前は相変わらず、気楽そうだな」

 

「私達、前線の兵にとっては目的が単純だからよ、五稜郭に閉じこもっている上の連中はどうやったらこの戦に勝てるのか? 負けた時、自分はどうなるのか?色々考え込んでいるみたいだけど、私は仲間を守る為に敵を斬るだけ‥‥斎藤の言っていた、新撰組の正義、悪・即・斬の名の下にね」

 

「‥‥」

 

「最近になって、総司の事をよく思い出すわ」

 

「あいつは、いつでも気楽そうだったからな‥‥」

 

「此処に居れない事をきっと悔しがっているでしょうね。でも、だからこそ、私は総司の分まで戦うのよ」

 

「そうか‥‥」

 

「さあ、お客さんを出迎えましょう」

 

(総司...私は貴方の分まで...新撰組を守る...貴方も私に...私に力を貸して...総司)

 

信女は抜刀して、二股口へと迫る新政府軍をその冷たい目で見下ろした。

 

24日、滝川充太郎率いる伝習士官隊が新政府軍陣地に突撃を敢行した。

滝川充太郎は馬上のまま敵中に突進し、隊士達も一斉に抜刀して滝川に続いた。

不意を付かれた新政府軍は混乱し、自軍の敗走を単身食い止めようとした指揮官、駒井政五郎は銃弾を受けて戦死した。

指揮官を失いながらも新政府軍は新しい兵を次々に投入するが、土方隊を打ち破るには至らず、25日未明、ついに撤退した。

敗戦続きの旧幕府軍にとっては、久しぶりの勝利であった。

 

「政府軍、退却!!」

 

撤退していく新政府軍を見て、二股口からは歓喜の声があがる。

信女もホッとした表情となる。

 

「どうやら、守り切った様だな」

 

「そうね‥でも、連中の事だから、兵力と物資を整えてまた来るでしょうね」

 

この勝利はあくまで、一時的なものだと信女は土方に進言する。

 

「そうだな‥‥」

 

(何とか、連中の物資の集積所を潰すか、奪うかをする事が出来れば‥‥)

 

土方は新政府軍の物資集積所の強襲の必要性があると思った。

二股口が久しぶりの勝利で湧き上がっている時、

 

「ご報告いたします!!」

 

伝令兵が飛び込んできた。

 

「どうした?」

 

「政府軍、木古内、松前口を占領いたしました!!」

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

この二股口で勝利することは出来た土方達であったが、新政府軍に他の五稜郭の進撃ルートを新政府軍に確保された。

 

「土方、まずいわ。木古内、松前口を占領されたら‥‥」

 

「ああ、五稜郭からこの二股口までの間を分断されるかもしれないな‥‥」

 

もし、ここで五稜郭への退路を断たれて分断されれば、自分達はこの二股口で孤立し、二股口方面と五稜郭方面からの敵の挟み撃ちにあうかもしれない。

 

「今井、此処は撤退するしかない‥‥全軍に撤退命令を出せ」

 

「‥‥はい」

 

折角この二股口を死守出来たにも関わらず、土方達は退路を断たれる前に五稜郭へと撤退した。

 

その後、5月3日夜、新政府軍・遊軍隊のスパイ、斎藤順三郎により弁天台場の大砲が使用不能にされ、急遽、箱館湾に綱を敷設したものの、5月6日に新政府軍により切断され、軍艦を箱館湾に進出された。

5月7日の箱館湾海戦で回天が蒸気機関を破壊され、意図的に浅瀬に乗り上げ、浮き砲台となる。

5月11日の海戦ではただ1隻残った蟠竜が新政府軍の朝陽を撃沈し、旧幕府軍の士気は大いに高まったが、砲弾を撃ち尽くした蟠竜も浅瀬に座礁し、乗組員は上陸して弁天台場に合流した。

旧幕府軍の敗色はいよいよ濃厚なモノとなっていった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第10幕 土方

更新です。


 

 

 

 

 

 

5月11日、新政府軍は箱館総攻撃を開始、海陸両方から箱館に迫った。

午前11時ごろには箱館市街は新政府軍によって制圧された。

箱館市街を制圧した新政府軍は一本木関門方面に進出する。これに対して、土方歳三は孤立した弁天台場の救出に向かうが、一本木関門付近で指揮中に狙撃され戦死した。

5月12日には五稜郭に対して箱館湾の甲鉄による艦砲射撃が始まり、古屋作久左衛門が重傷を負ったほか、死傷者が続出した。また、旧幕府軍では脱走兵が相次いだ。

5月16日、千代ヶ岱陣屋が陥落、これが箱館戦争最後の戦闘となった。

翌17日朝、総裁・榎本武揚、副総裁・松平太郎ら旧幕府軍幹部は、亀田の会見場に出頭、陸軍参謀・黒田清隆、海軍参謀・増田虎之助らと会見し、榎本ら旧幕府軍幹部は無条件降伏に同意。

5月18日、早朝、実行箇条に従い、榎本ら幹部は亀田の屯所へ改めて出頭し、昼には五稜郭が開城。郭内にいた約1,000名が投降し、その日のうちに武装解除も完了した。ここに箱館戦争及び戊辰戦争は終結した。

 

これが箱館総攻撃から戊辰戦争終結までの大まかな流れであるが、時系列は箱館総攻撃から数日程、過去に遡る。

 

 

箱館近くの海岸、七重浜。

そこには新政府軍の物資集積所があった。

その近くの森には、新政府軍の集積所を睨む武装した集団が居た。

地面には煤で汚れた朱色の下地に金色で誠と書かれた旗がある。

 

「間違いありません、あの天幕は政府軍の物資集積所です」

 

「そうか、よくやった、相馬」

 

斥候を務めた男の名は相馬主殿、そして、今この部隊を此処まで率いたのは土方ではなく、彼の代理で一時的に指揮権を任された新撰組頭取、島田魁だった。

 

「よし、突っ込むぞ」

 

島田は部下達に突撃を命令する。

 

「えっ?良いんですか!?」

 

この場にはまだ土方が到着していない。

勝手に戦端を開いてよいモノなのかと相馬は島田に尋ねる。

 

「もう、これ以上は待ってられねぇ、俺達だけでやろう」

 

島田が突撃命令を出そうとしたその瞬間、新政府軍の兵士2人が自分達の方へと近づいてくる。

恐らく周辺の見回りに来たのだろう。

慌てて、身を隠す島田達。

このまま物音を立てなければやり過ごせるかもしれない。

しかし、島田が身を潜めたその場所には運悪く、アオダイショウが居り、島田はそのアオダイショウと鉢合わせする形となり、アオダイショウを見て島田はびっくりして思わず声を上げてしまった。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「ん?」

 

「其処に居るのは誰だ?」

 

見回りの新政府軍の兵士が島田達の下へ近づいてくる。

兵士達は地面にあった新撰組の隊旗を見て、驚き、

 

「新撰組!?」

 

「っ!?」

 

1人は銃を構え、もう1人は呼び笛を鳴らそうとする。

 

ザシュッ

 

ブシュッ

 

しかし、その兵士達の銃から銃弾が放たれることも、呼び笛が鳴る事も無く、彼らの腸からは日本刀の刃が生える。

日本刀の刃が引っ込むと、兵士達はその場に斃れる。

 

「土方さん。それに今井さんも」

 

兵士達を突いたのは土方と信女だった。

 

「待たせたな」

 

「ど~も~」

 

「御二方、遅いですよ」

 

島田が土方と信女に集合時間に遅れていると指摘する。

 

「うるせぇな、俺だって他の所を見回ったりして色々忙しいんだよ。んで、今井は俺の補佐をしていたんだ」

 

「土方さんは陸軍奉行並ですからね」

 

「偉くおなりで‥‥」

 

相馬と島田が皮肉めいたように言う。

 

「なんだよ、それ?」

 

「京に居た頃はこんなんじゃなかった‥‥土方さんはいつも俺達の傍にいてくれたよな?尾関」

 

「ちょっ、俺に振らないでくださいよ!!」

 

突然、島田から会話を振られた隊士、尾関雅次郎は面倒事は御免だと言う感じで言い返す。

 

「くそっ、ほんのちょっと遅れたぐらいで、なんでこんなに言われなきゃいけねぇんだ?」

 

土方が島田らの態度に愚痴る。

 

「お遊びはこれぐらいにして‥‥此処は戦場よ」

 

信女がいい加減切り替えろと言う。

 

「今井の言う通りだ‥それで、奴らの兵糧は?」

 

「あそこです。あの天幕の中です」

 

相馬が新政府軍の天幕を指さす。

 

「よし、行くぞ‥‥」

 

土方が号令をかけると、隊士達は皆頷く。

 

「尾関」

 

「はい!!」

 

尾関が新撰組の隊旗を持ち、旗を掲げる。

 

「突撃!!」

 

『おおおおおー!!』

 

新撰組隊士達は抜刀し、土方を先頭に新政府軍の物資集積所へ切込みをかけた。

夜襲を受けた物資集積所の警備兵達は大混乱となった。

此処は集積所のため、兵の人数もそんなに多い訳ではなかった。

集積所はあっという間に新撰組隊士達の手により占領された。

 

「物資は持って行けるだけ持っていけ、残りは全部、燃やせ!!」

 

持ってきた荷車に持てるだけの物資を乗せて、残った物資に関しては敵に再び奪われない様に篝火の火で燃やし、土方達は敵が戻って来る前に撤退した。

 

箱館山の山麓に布陣している新撰組の陣に戻った土方は、隊士達に言葉をかけた。

 

「お前達は実によく戦ってくれている。俺は心から褒めてやりたい。これからもいいか?徳川にも骨のある奴がいる事を薩長の奴等に思い知らせてやれ!!」

 

『おおおー!!』

 

「ささやかだが、先日の二股口での約束の品だ。これより、皆に酒を馳走する」

 

酒を振る舞うと聞いて、隊士達は浮かれ始める。

 

「ただし、言っておくが、大した酒じゃねぇ‥‥今しがた、薩長の奴等から分捕ってきた酒だ。好きなだけ飲めと言いたい所だが、此処は戦場だ‥あんまり飲んで、へべれけになっても困る。1人、一杯までだ‥‥相馬、皆に配ってやれ」

 

「はい。では、一同。各々器を持って一列に並んでくれ」

 

隊士達は自分の器を持って酒樽の前に並び始める。

 

「1人一杯だぞ!!素知らぬ顔をして、何度も並ぶな!!」

 

酒樽の前に並ぶ隊士達を見て、笑いながら注意を促す土方。

 

「‥土方も随分と変わった‥そう思わない?」

 

信女は島田と尾関に土方が人として変わったのではないかと尋ねる。

 

「ええ、鬼の副長と言われていた頃が嘘みたいですね」

 

「近藤先生が亡くなってから、あの人は変わった‥‥見て見ろ‥‥隊士達は皆、土方さんに惚れている」

 

土方の周りにはいつの間にか若い隊士達が土方を囲っている。

京に居た頃、隊士達は恐れおののいて、自ら進んで土方に近づく者は少なかった。

しかし、今隊士達は土方に自ら進んで近づき話をしたり、彼の話を聞いている。

 

「京に居た頃は無理矢理法度で縛った頃もあったが、今はそんなものは要らん」

 

「皆、心の底から土方を慕っている証拠‥‥」

 

信女は器に入っていた酒を一飲みした後、土方にこの後の予定を言いに彼に近づく。

島田と尾関も信女の後に続く。

 

「土方さん、皆、喜んでいますよ」

 

「敵の酒って言うのがいいだろう?」

 

「これからもちょくちょく分捕りに行きますか?」

 

「ソイツはいいな、ハハハハ‥‥」

 

土方達が笑っていると、

 

「土方‥そろそろ時間‥‥」

 

信女が懐中時計を取り出し、土方に時間だと知らせる。

 

「今日はこの後、武蔵野楼で榎本達と会合がある」

 

信女からこの後の予定聞かされ、ちょっと顔を歪ませる土方。

 

「アイツらと飲んでも楽しくねぇんだよな‥‥」

 

「でも、榎本達は土方を待っている‥‥」

 

「いいんだよ、真打は最後に登場するのが、芝居の鉄則だろう?」

 

「大丈夫なんですか?」

 

島田が心配そうに尋ねる。

 

「大丈夫だ。それより、今井、お前はここでちょっと待っていてくれ‥山野、蟻通、お前達は来てくれ」

 

「「は、はい」」

 

土方は島田、尾関の他に山野八十八、蟻通勘吾の4人を連れて、ある小部屋の中に入る。

 

「敵の様子を見てどう思った?」

 

土方が4人に敵の様子の意見を求める。

 

「兵の数が減っているように思えます」

 

「流石、元監察、よく見ているな」

 

「敵の兵が減っているのは分かっていたのですが、その理由は一体どういう事なんでしょうか?」

 

尾関は敵兵が減った理由として、敵に何があったのだろうかと投げかける。

 

「俺達に恐れをなしたんだろう?」

 

島田は、敵は撤退を始めたのではないと言うが、

 

「いや、敵は広範囲に分散配置させているのだろう」

 

土方の見解は違っていた。

 

「と、言う事は‥‥」

 

「敵は本気だ‥‥総攻撃は恐らくこの数日中にあると見て間違いないだろう」

 

「そう言う事だったのか‥‥なんだか、ゾクゾクしますね」

 

島田が武者震いをしながら言う。

 

「池田屋に皆で斬り込んだ時のことを覚えているか?」

 

土方は新撰組の名前を大きく知らしめることになったあの池田屋事件の事を口にする。

信女が新撰組に入ったのはこの池田屋事件の後だった。

 

「忘れた事なんてありません」

 

島田が言うと、尾関、山野、蟻通の3人も頷く。

 

「あの時の仲間で今も残って居るのは俺達5人だけだ」

 

「あれ?お前らそんなに前から居たか?」

 

島田は尾関達に池田屋事件の時から居たのかと尋ねる。

ちょっと酷い‥‥

 

「すみません‥目立たなくて‥‥」

 

山野が『どうせ、俺達は影が薄いよ‥‥』と言う感じで島田に言う。

 

「俺は新撰組の副長として、お前らに命じる‥此処を何としてでも死守し、箱館の町を守れ、箱館湾を取られたら、この戦、俺達の負けだ」

 

「土方さんはどうするんですか?」

 

「俺は五稜郭に戻る」

 

「えっ?俺達と一緒に居てくれないんですか?」

 

「俺は向こうで、全軍の指揮を執る」

 

「だったら、俺も土方さんの傍にいてぇな」

 

「それはだめだ」

 

「土方さんと一緒に戦いたいんですよ」

 

「私もです」

 

「一緒に連れてってください」

 

島田同様、尾関達も土方と共に戦いたいと言う。

 

「気持ちはありがたいが、此処は我慢してくれ」

 

「いや、我慢できねぇ」

 

真っ先に島田が拒否した。

 

「テメェはガキか?」

 

「ガキで結構!!」

 

「京に居る頃も、箱館に来た時も、新撰組の役目は市中の民を守る事じゃねぇのか?」

 

「わかっていますよ!!」

 

「だったら、此処に残れ」

 

「じゃ、じゃあ‥‥こうします‥誰か別の奴を頭にします。それで、俺は土方さんについて行く‥‥」

 

島田は震える声で、誰が自分の代わりが良いかを探す。

 

「尾関は古株だが、いまいち頼り甲斐がねぇしなぁ‥‥」

 

「島田、分かってくれ、俺はお前らに新撰組を率いて欲しいんだよ」

 

「そ、そうだ、相馬が良い‥‥アイツは若いが、頭が回る男だ‥‥うん、アイツが良い‥‥」

 

島田は土方の言葉を無視する様に代わりの人選に相馬を選ぶ。

 

「島田!!」

 

「土方さん!!俺は最後までアンタと一緒に戦いてぇんだよ!!」

 

「島田さん!!‥‥よしましょう‥‥」

 

「我等、身命を賭してこの箱館を守ってみせます!!」

 

「頼んだぞ‥‥島田、尾関、山野、蟻通‥新撰組はお前らに託した‥‥心配するな、戦はまだ続く‥すぐにまた一緒に戦う時が来る‥‥」

 

島田は最後まで、土方と共に戦いたいとごねたが、土方と尾関らの説得で何とか従ってくれた。

 

 

「待たせたな」

 

「遅い‥‥また遅刻よ‥‥多分、大鳥あたりが、きっとネチネチと小言を言うわ」

 

信女はやれやれと言った感じで土方に言う。

 

「あの人の扱いにも慣れた」

 

土方と信女は馬に乗り、五稜郭へと向かった。

 

 

「土方は‥‥」

 

「ん?」

 

「土方は榎本が嫌い?」

 

五稜郭に向かう途中、信女は榎本について尋ねる。

 

「あまり好きにはなれねぇな‥‥西洋の仕来りとか言って、兵士達が必死で戦っている中、のんびりと部屋で菓子を食っている男を信用しろと言うのには無理がある」

 

「でも、あれは幕府軍の大将‥‥」

 

「一門の人物だと認めるが、理屈で物を考えすぎる。そう言うお前はどうなんだ?」

 

「あの人は軍人と言うよりも政をする人‥でも、私達に戦場を‥戦う場所を用意してくれた人‥‥総司や皆の仇を討つ場所を与えてくれた人‥‥それだけ‥‥」

 

信女は自分が抱いた榎本の印象を土方に言う。

 

「それに関しては俺も同じだ‥‥近藤さんをこのまま罪人扱いにするわけにはいかねぇ‥‥これは弔い合戦だ‥‥近藤さんの名誉を回復できるのであれば、俺は命を落としても構わねぇ‥‥」

 

「‥‥」

 

この時、信女は土方が死に急いでいるように見えた。

 

五稜郭についた土方と信女は、作戦室へと通されたが、其処には榎本の姿はなかった。

自分達がこの五稜郭に来た事は榎本にも知らせが言った筈。

ならば、此処で待っていれば、榎本が来るだろうと思い、土方と信女は待った。

作戦室には、大鳥が造った立体模型が鎮座しており、土方と信女はその模型をジッと見ていた。

 

(こんなモノを作っている暇があるなら、もっとマシな作戦を立てればいいのに‥‥)

 

信女は立体模型を見ながら、そう思った。

やがて、奥から足音がして、土方と信女がその方向を見ると、作戦室にやって来たのは、榎本ではなかった‥‥。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第11幕 降伏

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

五稜郭に到着し、作戦室にて待てと言われて榎本を待っていた土方と信女。

しかし、やって来たのは榎本ではなく、大鳥だった。

 

「そろそろ来る頃かと思っていたよ」

 

「アンタと話している暇はない。至急榎本さんと会わせてくれ」

 

「総裁は部屋で休んでいる」

 

「火急の要件だ」

 

「要件ならば私が承る」

 

大鳥はそう言うが、信女は、

 

(嘘ね、多分土方からの話を榎本に話す事無く、握り潰す気ね‥‥)

 

ここ最近、土方と大鳥との間にも溝が深まりつつある中、大鳥が土方の言葉をすんなりと榎本に伝えるのだろうかと疑問視する信女。

 

「アンタじゃダメだ」

 

「私は陸軍奉行だ」

 

「‥‥ちっ、今日、薩長の奴等に夜襲をかけて来た時、兵の数が異常に少なかった‥敵はこの数日以内に総攻撃を仕掛けるハラだ。それについて、総裁、陸軍奉行はどのような策を練っているのか?をお聞きしたい」

 

土方は大鳥に新政府軍の箱館総攻撃についてどのような作戦を練っているのかを尋ねる。

すると、大鳥からは耳を疑う様な言葉が返ってきた。

 

「その事なんだが、我等は降伏する事に決めた」

 

「「っ!?」」

 

降伏と言う言葉を聞き、土方と信女は目を見開く。

 

「降伏‥‥そんな‥‥それじゃあ、今まで死んでいった仲間は何だった‥の!?」

 

「今井‥‥」

 

信女は声を上げて大鳥に詰め寄る。

 

「今更降伏なんて、虫が良すぎる!!」

 

信女としては降伏するのであれば、何故もっと早く降伏しなかったのかと言う言い分が含まれていた。

もっと早くに降伏すれば‥‥宇都宮城での攻防戦で敗れたあたりで降伏すれば、沖田は暗殺者の手にかかって殺されることはなかったのだ。

そう思うと信女には、今の大鳥達のやり方は到底我慢できるものではなかった。

 

「降伏する事が陸軍奉行のやる仕事か!?どうやれば、助かるかより、少しは勝つ策を練ったらどうなんだ!?」

 

「今井!!‥‥下がれ‥‥」

 

土方に言われてすごすごと大鳥から下がる信女。

これ以上信女を止めずにいると、彼女はそのまま大鳥を斬ってしまうかもしれないと思ったからだ。

 

「大鳥さん、俺も今井と同じ意見だ。アンタらはどう言うつもりで降伏する?」

 

「全滅を避けるためだ」

 

「全滅などさせない」

 

「しかし、総裁の心は既に決まっている」

 

「だから、総裁に会わせろ!!」

 

「今更決定に異を唱えられても道理に合わん。今夜、総裁は君を待っていたのだぞ、何故会合に来なかった?」

 

「俺はてっきり、今夜はな、アンタらが死ぬ覚悟で別れの盃を交わしているのかと思っていた。ところがどうだ?降伏を前にして助かる事を喜ぶための宴じゃねぇか!!」

 

「好きに言え、だが、状況を見て見ろ、日に日に悪くなっている。状況を見極め、采配を振るうのが我々の役目である。ただ斬り込むだけの戦好きとは違うのだ」

 

大鳥が立体模型の駒を動かしながら言う。

 

「その状況を此処まで悪くしたのは誰だ?」

 

信女は大鳥に冷めた言葉を投げかける。

 

「新撰組が二股口で勝ったにも関わらず、貴方達のせいで、撤退を余儀なくされた‥‥」

 

「次に攻撃を受けたら、危なかったから私は君達に撤退を薦めた」

 

「しかも聞いた話では、敵のありもしない反撃に怯えて撤退したそうじゃないか?おかげで、此方も折角勝って守った陣を手放す結果になった‥‥それが貴方の言う采配か?随分と立派な采配です事‥‥」

 

「口が過ぎるぞ、今井君!!それに君が言っているのは言いがかりだ!!」

 

「戦は勢いが必要‥敵に恐れていては勝機を失う。前に出ないで戦に勝てると思っているのか!!」

 

信女の修羅の様な雰囲気に思わず後退る大鳥。

 

「‥‥土方君、君は一体部下にどんな教育をしているのかね?」

 

「悪いが、俺も今井と同じ意見だ。大鳥さん」

 

「‥‥では、戦好きの新撰組の君達に一ついい事を教えてやろう」

 

「どうせ、くだらない事だろう‥‥」

 

「まぁ、聞いてやろうじゃないか、今井」

 

「ふん‥‥」

 

土方にそう言われて黙って大鳥の言ういい事を聞くことにした信女。

 

「降伏は申し入れるが、薩長の出方次第では、私は再び奴等と戦うつもりでいる」

 

「策はちゃんとあるんだろうな?」

 

土方が大鳥の策を‥‥どうやって薩長の連中と戦うのかを尋ねる。

 

「まず、この蝦夷地の民を味方につけ、武器・弾薬、兵糧を整え、五稜郭の地の利を利用して、敵を食い止める。そうすれば、あと半年は此処で粘る事が出来る」

 

「籠城か‥‥」

 

「此処で半年粘ればやがて、冬になる。敵がまだ経験した事のない厳しい冬だ。敵は兵を引いて出直すしかなくなる。その間に薩長に不満を持つ者達を声をかけ、再びこの蝦夷地へと集めるのだ」

 

大鳥は自信満々で策を披露するが、

 

「甘い!!」

 

「無理だ‥‥」

 

土方と信女は直ぐに大鳥の策を否定する。

 

「なっ、無礼であろう!!」

 

大鳥は自分の立てた策が否定され少し不機嫌だ。

 

「学者さん、もっと人の心を読めよ」

 

「どういう意味かね?」

 

「ちっ、今井、説明してやれ」

 

「‥‥会津も長岡も落ち、奥羽越列藩同盟は解散‥‥一度、大敗北を経験した人がこの蝦夷まで来る筈がない。奥州は政府軍が目を光らせている。その警戒網を破って、海を越えて蝦夷まで来るのは至難の技‥‥それにこの蝦夷の民だって完全には信じられない‥‥新政府軍が優勢な中、劣勢な此方に何時まで味方でいてくれていると思うのか?」

 

「そんな事を一々気にしていた何も出来ん!!」

 

「常に最悪な場合を想定して考えるのが策の筈‥‥鳥羽伏見の戦いの後、幕府から新政府軍へ寝返った藩や人が一体どれくらいいると思っているんだ!?」

 

「って、事だ。世の中、机の上で立てた紙の計算通りにはならねぇって事だ。よって打つ手は一つしかねぇ」

 

「参考までに聞かせてもらおう」

 

「打って出るんだよ」

 

土方の策を聞き、大鳥は目を見開いて驚く。

要塞があるにも関わらず、その要塞から出て野戦で戦う。

普通に見れば愚策にしか聞こえないからだ。

 

「ハハハハ!!」

 

土方の策を聞いて笑う大鳥。

 

「全軍でぶつかる訳では無い。小さな戦を何度も仕掛けるんだ。何度も出て小さく勝つ。海がヤバければ、山で敵を押し返し、敵の注意が山に向けば、海で敵を押し戻す」

 

(テロリストかゲリラみたいな戦い方ね‥‥)

 

信女は土方の策が前の世界での攘夷志士の様なやり方だと思った。

 

「そんな事をしてどうなる?」

 

「どれほどの大軍で押し寄せても、俺達が決して降伏しないと知った時、敵には恐怖、不安が生まれる。この戦が永遠に続くかもしれないと言う恐怖と不安だ。そうなりゃ、こっちのモノだ」

 

「そんな策があるか!!その先に待っているのは全滅だ!!」

 

「全滅はさせねぇ‥俺が約束する」

 

「土方、私も居る‥‥」

 

「ああ、心強いぜ、今井」

 

「‥‥もういい!!全ては決定した事である!!今更変えることは出来ん!!」

 

「だから、俺が此処に来ている!!」

 

「土方君!!‥‥君は此処では陸軍奉行並だ。新撰組では、近藤勇の影で好き勝手やっていたみたいだが、此処では我々の指示に従ってもらうぞ」

 

土方と信女は大鳥のその言葉を聞いて、無言のまま、作戦室を後に知る。

 

「こら、待て!!何処に行くつもりだ!?」

 

「総裁の所だ!!」

 

「私は陸軍奉行だぞ!!」

 

「お前では話ならん」

 

「『お前』とはなんだ!?」

 

「いいからどけ!!」

 

「邪魔‥‥」

 

「榎本と私の思いは一緒だ」

 

「じゃあ、榎本を斬って、その後、貴方も斬る‥‥貴方、ちょっと目障りだったしな‥‥」

 

信女が物騒な事を口走る。

 

「だ、誰か!!」

 

大鳥が大声で叫ぶと警備の兵たちが集まって来た。

味方同士で同士討ちが始まるのではないかと言うピリピリした空気の中、

 

ガチャ、

 

キィィィィ‥‥

 

榎本が居る総裁室のドアが開いて。

 

「土方君‥‥」

 

榎本は姿を現した。

 

「どうぞ、私の部屋に‥‥」

 

そして、榎本は土方を自らの部屋に招き入れる。

 

「し、しかし、総裁‥‥」

 

「いいから」

 

「それでは、私も‥‥」

 

大鳥は榎本を土方と信女の3人だけだと不安に思い、自らも付き合うと申し出るが、

 

「いや、君は外してくれ」

 

「えっ?」

 

榎本に断られて( ゚д゚)ポカーンとする大鳥。

 

「ワインとグラスを用意してくれ。ああ、後何か摘まめるモノを‥‥そうだな、サンドウィッチがいい」

 

「はい」

 

榎本は近くの警備兵にそれらを頼む。

 

「榎本さん、今井は連れて行くぞ、コイツは俺、専属の小姓だからな」

 

「好きにしたまえ」

 

「では、総裁がお呼びなので、行って来ます。」

 

土方は大鳥に皮肉を込めて言う。

信女も土方について行く中、

 

「あっ、そうだ‥‥」

 

何かを思い出したように呟く。

 

「去年、五稜郭に入った時のこと、覚えてるか?」

 

突然、大鳥に五稜郭入城の時のことを尋ねる。

 

「それがなんだ?」

 

「あの後、誰を総裁にするか、入れ札で選んだ‥‥」

 

「それがなんだ?」

 

「アメリカや欧州ではそうやって偉い人を決める制度らしい‥榎本がそう言っていた‥‥外国かぶれのあの人らしいやり方‥‥」

 

「それがなんだ?」

 

大鳥はもはや信女の言葉に同じ言葉しか出て来ていない状態となっている。

 

「結局、総裁は榎本に決まった‥でも、あの時、貴方にも1票だけ入っていた‥‥」

 

「そ、それが‥‥?」

 

「貴方、自分で自分に入れたんじゃないのか?」

 

「っ!?//////」

 

「貴方の行動‥‥とっても滑稽だったよ‥‥」

 

「ふっ」

 

信女と大鳥のやり取りを聞いていた土方も微笑して榎本の部屋に入って行った。

後ろでは大鳥が騒いでいるが、信女もそれを無視して、土方と共に榎本の部屋に入って行った。

 

「君達と大鳥のやり取りは見ていて面白い」

 

「総裁には申し訳ないが、あの男は‥‥」

 

「まぁ、そう言うな。アイツは君達がいつも予想外の策で勝利をおさめている事にやっかんでいるんだよ。アレも実は根っからの戦好きなんだよ。まっ、何はともあれ、君達が居てくれたおかげで、此処まで来ることが出来た‥‥私は君達が率いる新撰組は日本最強の軍隊だと思っている」

 

「最強の軍隊だと?」

 

「そうだ。後は天気さえ味方になってくれていたら、こんな事にはならなかった」

 

確かに榎本の言う通り、宮古湾海戦の時、天気が味方してくれていれば、甲鉄を奪えたかもしれなかった。

 

その後、土方は今回の降伏についての異議を唱えようとするが、榎本はワインについて、トランプ、サンドウィッチについての外国話を交えたうんちくをかたり続け、土方の言葉に耳を貸そうとしない。

 

「‥‥」

 

信女はお腹が空いたのか、サンドウィッチをジッと見る。

しかし、彼女は土方の小姓‥土方の許可なしに手を付けることは出来ない。

そんな、信女の様子に気づいた土方は、

 

「今井、腹が減っているなら、食べて良いぞ」

 

信女にサンドウィッチを食べる許可を出し、信女はサンドウィッチを食べ始めた。

 

(おいしい‥‥けど、やっぱり、ドーナツが食べたい‥‥)

 

モキュモキュとサンドイッチを食べる信女。

その間、土方と榎本の会話は白熱し、土方は、榎本に降伏をとり下げる為に等々抜刀し、榎本に刃を突きつけた。

それでも榎本は怯える様子もないし、助けを求める様子もない。

案外、この男、肝が据わっているのかもしれない。

土方は自分に100の兵を貸してくれたら必ず勝ってみせると豪語する。

そんな中、榎本のこの一言が信女に衝撃を与える。

 

「アンタ‥‥死にたいんだろう?」

 

「っ!?」

 

(土方が死にたがっている‥‥?やっぱり、さっきのあの表情は間違いなかった‥‥でも、土方、今貴方が死ねばそれこそ、新撰組までもが死んでしまう‥‥残念だけど、土方‥私が傍にいる限り、決して貴方を死なすわけにはいかない‥‥)

 

「お前さんは、戦場で死ぬことを誰よりも望んでいる‥‥口では勝つ様なことを言っているが、この戦、天地が引っくり返っても俺達が勝つことは無理だ。だからこそ、戦が終わる前に戦場で死にたい‥‥そう思っているんだろう?そんな奴に俺の兵を貸せるか!!」

 

「‥‥」

 

「分かってくれ、もう無駄な戦死者は出したくねぇんだ」

 

それでも土方は納得できず、終いには、兵は要らないから自分一人で斬り込ませて、自分が死んだ後に降伏しろと榎本に本音をぶちまけた。

 

「‥‥」

 

信女は土方の本音を聞き、サンドウィッチを食べていた手が止まる。

しかし、それでも榎本は土方の提案を受け入れない。

熱くなった土方に改めて榎本はワインとサンドウィッチを薦める。

榎本と土方は床にどっかりと座り、サンドウィッチを肴にワインを飲む。

 

「今井君、君もどうだ?」

 

「‥‥頂く」

 

榎本は信女にワインを勧め彼女もグラスを傾け、榎本と土方の話に耳を傾けた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第12幕 伝令

更新です。


 

 

総裁室にて、榎本と土方はワインを飲みながら、仙台からこの蝦夷まで来たこれまでの経緯を語り合っていた。

その話の中で、榎本が蝦夷で描いた壮大とも言える夢について土方は、一時はその姿に近藤を重ねたのだが、今回の降伏と言う決意に土方は失望した。

しかし、榎本は決して蝦夷の地に薩長とは別の国を作る事を壮大な夢物語で終わらせるつもりではなく、本気で蝦夷の地に新国家を作るつもりでいた。

今となっては、それは完全に夢物語となってしまったが‥‥

榎本は土方と信女を連れて、展望台へと登った。

 

「大体、薩長がやっている事は何だ?新しい国を作るとか言って、徳川の造った国を分捕って山分けをしているだけじゃねぇか」

 

(確かに)

 

榎本の言う薩長がしている事には賛同する信女。

以前、信女が剣心に言ったことを榎本も思っていた様だ。

 

「でも、私は薩長の連中とは違う‥‥何もない所から、一から新国家を作ろうとしていた。見た前、この豊かで広々とした土地を‥‥水は清く、土も良く、そしてその下には鉄や銅や石炭が計り知れない量が眠っている‥‥私はこの地へ来た時、此処なら、新しい国が造れると確信した‥‥私は君達と違い、人を斬った事もない‥‥侍らしからぬ侍だった‥‥でも、あの日だけは気持ちが高ぶった。薩長に対抗して、此処に新しい国を作る‥‥」

 

「俺は今までアンタの言う通り、此処に死に場所を探し求めていた。そんな中、アンタは薩長に貼り合って本気で此処に新しい国を作り、連中に勝とうとしていたのか?」

 

「勿論だ。外国ではそういう偉大な夢を抱く者をロマンチストというのだよ」

 

「ロマンチ?いや、アンタはただのバカだ」

 

「お褒めの言葉と受け取っておくよ。しかし、夢は醒めた‥‥醒めたからには、私は潔く白旗を上げる。これからは私の夢に従ってくれた人々をいかに救うかが私の仕事だ」

 

榎本が夜空をジッと眺めていると、そこに大鳥がやって来て、今後の方針を聞きたいと各隊の指揮官たちが集まっていることを伝える。

榎本達は指揮官が集まっている作戦室へと向かった。

作戦室に集まった指揮官は皆不安そうな顔をしていた。

そんな指揮官達に榎本は言葉をかける。

 

「長い間‥‥ご苦労だった‥戦はもう終わりだ。皆、よく此処まで戦ってくれた。心から礼を言う」

 

「此処まで来て本当に降伏するんですか!?」

 

やはり、指揮官たちの間でも降伏は不服のようだ。

 

「我々はまだ戦えます!!」

 

「なんで、薩長の奴等に降伏なんてしなきゃならないんですか!?」

 

「総裁、最後まで戦いましょう!!」

 

指揮官たちの悲痛な願いを聞きつつ、榎本は降伏する意思を曲げず、降伏することを伝え、解散を命じた。

指揮官たちが帰り、榎本も総裁室へ帰ろうとした時、

 

「貴方は、彼らの言葉を聞いて何も思わないのか?」

 

信女が榎本に尋ねる。

 

「‥‥」

 

「貴方は諦めないと言う事を忘れた‥‥土方も生きることさえを忘れた‥‥でも壮大な夢を抱いたのであれば、その夢を諦めないのがロマンチストなのではないのか?」

 

「‥‥今井の言う通りだ‥‥俺はただ、この戦に死に場所を求めていた‥‥でも、大事なことを忘れていた様だ‥‥俺は昔、ある男を日本一の侍にするという事を夢見て人生を費やした‥‥どうやら、俺はアンタや今井の言うロマンチに付き合うのが性に合っているようだ」

 

「土方、ロマンチじゃない、ロマンチスト」

 

「しかしだね、今井君、夢はもう醒めたと言ったではないか」

 

「いや、まだだ‥まだ、夢は醒めちゃいない‥‥これからは死ぬために戦うんじゃない‥生きるために戦うんだ。此処は俺に任せてくれ」

 

「中身次第だ。それで?どうする?」

 

榎本も信女と土方の言葉を聞いて、やる気を出してくれた様だ。

 

「まずは軍議だ」

 

「それでこそ、新撰組鬼の副長‥‥」

 

榎本達は作戦室へと戻り、策を練る事にした。

その作戦室では、大鳥が1人、立体模型をジッと見ていた。

 

「勝ちたい‥‥勝ちたい‥‥どうすれば、勝てる‥‥」

 

大鳥は同じ言葉を何度も繰り返す。

やはり、彼もこの戦に勝ちたかった。

大鳥自身も本音を言うと降伏には反対であった。

彼は将棋の駒を手に、立体模型の周りをウロウロしていた。

そんな時、彼の手から将棋の駒が落ち、駒は立体模型が置いてあるテーブルの下に落ちる。

 

「あっ‥‥」

 

大鳥がテーブルの下に潜って駒を手にした時、土方達が作戦室戻って来て、大鳥はそのままテーブルの下で縮こまった。

 

「散々見慣れた地図なのに、おかしなもんだ」

 

土方は大鳥の作った立体模型をジッと眺める。

 

「どういう事だ?」

 

「俺は今まで死ぬための策しか練ってこなかった。だが、今は生きるためにコレを見ている。そう思うと同じ地図でも別の様なモノ見えてくる‥‥決まった」

 

どうやら、土方の頭の中で策が練られた様だ。

 

「では、これより軍議を行う」

 

「お願いします」

 

「お願いします」

 

「名付けて‥‥桶狭間戦法」

 

「桶狭間?大きく出たな」

 

「これまでの策は攻めてくる薩長相手に守る一方だった。確かに箱館は守るとしては万全だ。南には天然の城壁箱館山、箱館湾には軍艦がある。これだけの守りがあれば、敵はやすやすと上陸は出来ない‥此処まではいいか?」

 

「ああ」

 

「だが、敵も同じことを考えている。奴らは北と西から取り囲むように攻めてくる。目的はこの五稜郭。奴らはまるで帯の様に横に連なって五稜郭に攻めてくるだろう」

 

土方は分かりやすく、首に巻いていたスカーフを脱いで、立体模型の上に置く。

 

「で?どうやって防ぐ?」

 

「防がない」

 

「は?」

 

「敵は一万に近い大軍勢だ。数で押し潰す勢いで攻めてくる。数でぶつかり合えば、当然、数が少ない方が負ける」

 

「それで?」

 

「少ない数の兵が勝つ手段‥‥それは奇襲だ」

 

「成程、兵が多ければ多い程、兵列が広がれば広がるほど、小さなほころびは見えにくくなる‥‥」

 

信女は模型に置かれたスカーフを榎本に持たせる。

 

「数が少ないのであれば、その小さなほころびを見抜いて、その一点を‥‥突く」

 

そして、置いてあったペーパーナイフで、スカーフを突き刺し、ナイフを上へと切込みを入れる。

切込みを入れられたスカーフは脆くなり、やがて、引き裂かれる。

 

「そうだ。信長が今川勢を破った時と同じだ。少ない兵で戦うのであれば守るのではなく、その少なさを利用して打って出るしかない」

 

「成程、それで桶狭間か‥‥」

 

「此処に土地の者しか知らない山道がる。この山道を一気に駆け抜けて、敵の本陣の背後を襲い、敵の大将の首を獲る」

 

「官軍参謀、黒田了介‥‥」

 

信女が自分達のターゲットである官軍の大将の名を呟く。

 

「必要な兵力は?」

 

榎本は土方に必要な兵の数を聞く。

 

「50で良い‥少ない方が、小回りが利くからな。その後、とって返して敵の背後から襲う。榎本さんは敵の乱れを見たら、五稜郭から出陣し、敵を挟み込む。これでアンタの好きなサンドウィッチだ」

 

「それで、軍の指揮は誰が取る?」

 

「アンタでいいだろう?」

 

「いや、此処は大鳥にやらせよう」

 

「あの人は俺の策には絶対に乗らないさ」

 

「それは本人聞いてみよう。いい加減に出てきたらどうだ?」

 

榎本は声をかけると、テーブルの下から大鳥が出てきた。

 

「気づいていたのか?」

 

「足元だからね、気づくなと言う方が無理だ」

 

「大鳥さん、さっきアンタの顔を見た時に思ったよ」

 

「なんの話だ?」

 

「総裁が降伏するって言った時、アンタは其処に居た指揮官の中で一番悔しそうな顔をしていた」

 

「‥‥」

 

「計算だけの男には出来ない顔だった‥‥後は任せた」

 

「‥‥ああ、任せろ!!」

 

こうして旧幕府軍は降伏から一転し、抗戦へと方針を転換した。

先程解散した指揮官は再び集められ、作戦が伝えられる。

作戦が全軍に伝えられたのち、

 

「今井、ちょっと来てくれ」

 

「はい」

 

信女は土方に呼ばれた。

土方に呼ばれた信女は土方の部屋に入り、土方はテーブルの引き出しを開けて、何かを取り出す。

そして、押し入れから風呂敷包みを取り出した。

 

「今井、お前に仕事を頼みたい」

 

「何かしら?」

 

「多摩の日野に佐藤彦五郎と言う男がいる。俺の義兄だ。その男にコレを渡して貰いたい」

 

「は?」

 

信女は土方の言っている事が一瞬理解できなかった。

多摩とは江戸の郊外の多摩地方を指している。

此処は蝦夷(北海道)の地、此処から多摩に行くと言う事は、一日二日で行って帰ってこれる距離ではない。

つまり土方は信女に戦線離脱を命じたのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って‥‥」

 

「それから、沖田ミツと言う女性にコレを渡してくれ、総司の姉さんだ。場所は彦五郎さんに聞けばわかる」

 

土方はシャンパンのコルクが入った巾着も手紙や写真、遺髪と共に小さな風呂敷の中に入れる。

 

「ちょっと待って土方!!」

 

「なんだ?」

 

「どういう事なの?」

 

「言った通りだ。お前にはこれから多摩に向かってもらう」

 

「多摩って江戸の郊外よね?」

 

「それ以外、どこに多摩がある?」

 

「なによ‥それ‥‥」

 

信女は絞り出すような震える声で言うと、土方に詰め寄る。

 

「そんな命令きけると思っているの!?今更ここまで来て、私だけおめおめ逃げろって言うの!?敵前逃亡は士道不覚悟じゃないの!?冗談じゃないわ!!そんな任務お断りよ!!」

 

「敵前逃亡じゃねぇ、立派な伝令任務だ。お前の監察方の俊敏な動きを見越してな」

 

「伝令だったら、他の人を行かせればいいじゃない!!私は貴方の専属の小姓なのよ!!伝令じゃないわ!!」

 

「命令に背くか‥‥ならば、上官犯行罪で斬る‥‥」

 

土方は抜刀し、信女に切っ先を突きつけるが、

 

「こんなくだらない伝令任務をするくらいなら、斬られた方がマシよ!!」

 

信女は突きつけられた切っ先をグッと握る。

土方の愛刀、和泉守兼定の刀身には信女の血がツゥーっと伝わり、やがて床にポタポタと滴り落ちる。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

土方と信女‥‥両者が睨み合っていると、先に引いたのは土方の方だった。

 

「なぁ、今井‥‥」

 

「やめて、聞きたくないわ!!」

 

「‥‥それでも聞いてもらいたい。確かに俺は今まで死にために戦ってきただが、さっき言ったように、これからは生き残るために戦う‥それでも、生き残れる保証はない。だからこそ、俺が生きた証を残してもらいたい‥‥新撰組が薩長相手にこの箱館でどんな戦いをしたのかを‥‥故郷の多摩の人達に語り継いでもらうために‥‥」

 

「だから、他の人にやってもらって‥土方、貴方だって私が戦っている理由ぐらい知っているでしょう?私は新撰組の正義と総司の思い、その両方を胸に抱いて戦っているのよ!!それに、新政府軍の総攻撃が近いと言う中、私を戦線から遠ざける余裕なんてあるの!?」

 

「お前が総司の思いを抱いて戦っているなら、俺だって総司の思いを汲んで、こうしてお前に伝令任務を頼んでいるんじゃねぇか」

 

「総司の思い‥ですって?」

 

「そうだ。総司はお前が戦場で死ぬことを望んでいると思っているのか?お前は会津で斎藤に言ったよな?『生き恥を晒してもいい、絶対に死ぬな』って‥‥お前が斎藤にそう言っていたように、総司だってもし、この場に居ればそう言うんじゃねぇのか?」

 

「‥‥」

 

「お前が本当に総司の思いと共に戦っていると言うのであれば、お前はこの先、生きて、生き抜いて、見届けろ!!俺達新撰組を受け入れなかった新時代が‥‥薩長の連中が徳川から奪った時代がどんな時代になるのかを見届けろ!!」

 

「‥‥」

 

土方の言葉を聞き、信女は膝から崩れ落ちる。

 

「行ってくれ‥‥頼む‥‥」

 

崩れ落ちた信女の肩に土方は優しく手を置く。

 

「‥そんな言い方‥ずるいわ‥‥土方‥‥貴方はずるい人よ‥‥」

 

信女は渋々、土方からの伝令任務を受けた。

その際、今の指揮官っぽい服装では官軍に怪しまれると言う事で、先程、押し入れから取り出した風呂敷包みを開ける。

其処には官軍兵士の詰襟の軍服が入っていた。

途中で変装して、多摩へ向かえと言うのだ。

信女は土方から託されたモノを大切に預かり、多摩への長い旅路へつこうとする。

 

「なぁ、今井‥‥」

 

そんな信女に土方は最後の言葉をかけてきた。

 

「何かしら?」

 

「お前が女だって言うのはあの時、道場に居た連中が知っていたが、お前の本当の名前、何って言うんだ?まさか、本当に今井異三郎って名前じゃないだろうな?」

 

「今井は本当の苗字よ‥‥でも、私の本当の名前が知りたかったら、土方、貴方も生き残りなさい、生きて多摩に戻って来なさい‥‥多摩で待っていてあげるから‥‥その時、私の本当の名前を教えるわ」

 

「‥‥ふっ、まったくお前は食えない女だよ」

 

「それじゃあ、多摩で待っているから‥‥」

 

信女はそう言い残し、箱館から離脱した。

 

信女が箱館から離脱した数日後、新政府軍は箱館山を一晩かけて登り、箱館市街に奇襲をかけてきた。

それは一の谷の崖を駆け下りて、平家の福原の都を奇襲した源義経の様だった。

突然の奇襲に箱館市街の守備に当たっていた新撰組は大混乱なり、この奇襲で土方が立てた桶狭間戦法は実行不能となった。

そして、土方は新撰組が立てこもる弁天台場へと救援に向かうが、その途中、敵の狙撃に合い戦死した。

また、この箱館市街戦で土方や島田と共に池田屋に斬り込んだ蟻通も戦死した。

 

箱館から多摩へ向かっている信女は市村鉄之助と名乗り、多摩を目指した。

箱館離脱から約2ヵ月後に官軍の包囲を掻い潜り、土方の親戚・佐藤彦五郎家に到着した。

しかし、その途中、信女は土方の戦死と五稜郭陥落、そして戊辰戦争の終戦を耳にした。

土方の戦死を聞いた信女は、箱館の方の空を見上げて、

 

「嘘つき‥‥」

 

と一言呟いた。

その時の信女の目からは一筋の涙が流れた。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第13幕 新時代

更新です。


戊辰戦争が終わり、明治の世が進んで、明治政府は徳川の鎖国政策により、遅れた文明や制度を必死に学び取ろうと西洋の文化、制度を基礎に日本を近代国家へと作り変えている中、政府の中では朝鮮との国交である揉事が起きる。

これが世に言う征韓論であった。

西郷隆盛・板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣らによってなされた、武力をもって朝鮮を開国しようとする主張が政府内に出た。

ただ、西郷に至ってはいきなり武力行使をするのではなく、ますは話し合いによる解決を模索しようとし、明治政府は西郷隆盛を使節として朝鮮に派遣することを決定する。

しかし、西郷の遣韓は岩倉具視の意見が明治天皇に容れられ、遣韓中止が決定された。その結果、西郷や板垣らの征韓派は一斉に下野した。

これが後に起きる士族たちの叛乱、板垣退助の自由民権運動の起点となった。

明治7年‥‥戊辰戦争終戦から約5年の歳月が流れた‥‥。

あの箱館の戦場から土方の命令で渋々、戦線離脱をした信女は土方の故郷、多摩にある沖田の姉、沖田ミツの下に身を寄せていた。

名前も政府からの追撃を逃れるため、佐々木総司と名を変え、男装も止め、本来の性別の姿に戻って生活をしていた。

総司なんて、男の人っぽい名前であるが、信女は生まれた世界において徳川の剣術指南役の家、柳生家の跡取り娘もとても女の子につける名前ではない名前を付けられている事を知っており、彼女の名前より幾分マシである。それに信女にとってこの名前は剣心やあの人と同じくらい、大切な人の名前だった。

そして、この5年間、信女は土方の墓には毎日お参りをし、週一のペースで沖田の墓にもお参りをしている日々を過ごしていた。

この日も信女は土方の墓参りをしていた。

そんな信女にある再会が齎された。

 

「‥‥それが副長の墓か?」

 

「っ!?」

 

土方の墓に花とお線香を供えて、目を閉じて手を合わせていた時、信女は突如、声をかけられ、ハッとした顔で声がした方へと視線を移す。

其処には1人の男が立っていた。

 

「‥‥もしかして‥斎藤?」

 

「随分な言い方だな?お前が会津で俺に『死ぬな』と言ったんだぞ。それと今は名を変えて藤田五郎と名乗っている」

 

「え、ええ‥‥そうだったわね‥‥土方は約束を守ってくれなかったからてっきり貴方もと思って‥‥それにお墓と言っても此処に土方は眠っていない‥‥遺髪だけよ‥‥それと私も今は佐々木総司と名乗っているから」

 

「総司‥‥そうか、沖田君の名を継いでいるのか‥‥」

 

「ええ、総司のお姉さんの許可をもらって‥‥」

 

そして、信女は視線を土方の墓に戻す。

その後、斎藤も土方の墓をお参りした。

 

「色々積もる話もあるでしょう?居候先だけど、其処で話しましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

信女は斎藤と共にミツの家に戻り、そこで、これまでの経緯を互いに話した。

 

「そうか‥‥副長が‥‥」

 

「‥‥」

 

斎藤は信女から会津を出た後から信女が箱館を離れるまでの経緯を聞いた。

 

「副長の最後を見取れなくて残念だったな‥‥」

 

「ええ‥あの時は、土方や皆の為に討ち死にしても良いとさえ思ったわ‥‥」

 

「‥それはちょっと困るな」

 

「それはどういう事かしら?」

 

「実は、俺は今警視庁の警官をやっている」

 

「警官?新撰組の貴方が?」

 

信女は斎藤が政府の狗とも言える警官になっていたことに驚いた。

 

「それで、お前も警官にならないかと思って、お前を探していた」

 

「私が警官?冗談じゃない。何で会津や新撰組を賊軍に仕立て上げた明治政府に協力しなくちゃいけないの?」

 

「だがな、今井。明治政府は侍をこの国から滅ぼす政策を打ち立てようとしている」

 

「侍を?維新の功労者は侍であり、維新志士達はその殆どが侍じゃない...政府の連中は自殺願望でもあるの?」

 

「確かに、戊辰戦争の時には連中は侍だったが、維新後、連中はその侍の身分をいの一番に捨てて自身を政治家と名乗っている。そして、その政治家連中は侍をこの国における不必要な遺物として処理しようとしている」

 

(私の生まれたあの世界と似た歴史を辿っているわけね‥ただそれを行うのが天人ではなく、同じ地球人‥しかも元侍がやるなんて、滑稽だわ‥‥)

 

「いずれは侍の権限すべてが奪われ、刀さえぶら下げる事も出来なくなるかもしれんぞ‥‥」

 

「‥‥」

 

「そして、刀を持てるのは軍人か警官のどちらか‥‥そうなる世の中も近い‥俺は明治に生きる新撰組として、悪・即・斬の信念と正義を貫く為、敢えて警官となり、明治政府の狗になり下がった‥‥しかしだ、例えこの国を動かすお大臣だろうと、私欲に溺れて厄災を仇なすのであれば、悪・即・斬の名の下に斬るつもりだ‥‥今井、お前はどうする?」

 

「どうするって?」

 

「お前も明治を生きる新撰組の1人として、お前はこのまま此処で剣客としての腕を腐らせて、余生を送るか?それとも俺と共に新撰組の信念を貫くか?」

 

「私は‥‥」

 

信女の脳裏に土方の最後の言葉が浮かぶ。

 

(お前はこの先、生きて、生き抜いて、見届けろ!!俺達新撰組を受け入れなかった新時代が‥‥薩長の連中が徳川から奪った時代がどんな時代になるのかを見届けろ!!)

 

(そうね‥‥土方‥‥私の中には総司や土方の思いが生き続いているんですものね‥‥)

 

「斎藤‥その話、受ける」

 

「ふっ、決まりだな」

 

信女は斎藤と共に明治を生きる新撰組の意志を固めた。

善は急げと言う事も有り、信女はミツにこの事を伝え、荷を纏めて、斎藤の下に身を寄せる事にした。

 

「今までお世話になった。」

 

「いえ、信女ちゃんが来てくれて楽しかったわ‥‥東京に行っても元気でね」

 

「ミツも元気で‥‥」

 

ミツに礼を言って、信女は斎藤と共に東京を目指した。

その途中、

 

「そう言えば、お前の名前、信女っていうのか?」

 

「えっ?何でそれを!?」

 

「さっき、沖田君の姉君がお前にそう言ってただろう?」

 

本当は幕末の頃に信女の名前を知っていた斎藤であったが、此処は敢えて知らないふりをした。

 

「そうだった‥‥ええ、私の本当の名前は今井信女‥‥その名前を知っているのは、貴方で5人目」

 

「5人?」

 

「1人は私の剣の師匠、もう1人は剣心、そしてもう1人は総司と総司のお姉さんのミツの5人よ。」

 

「確か、抜刀斎とお前は同門の仲だったな、ならば、知っているのも道理か‥‥」

 

「まぁ、今は総司の名を継いでいるから、どちらでも好きに呼んでいいわ。貴方は私との約束を守ったんですもの」

 

「そうか、ではそうさせてもらう」

 

「それより、斎藤。警官なんて、女の私に出来るの?」

 

信女は斎藤に警官は女も採用しているのかを尋ねる。

維新が成り立ち、四民平等とうたわれているが、実際は元維新志士、旧武家の名家が幅を利かせ、男女関係においても未だに世間は男尊女卑の風習は拭えていない。

女は家に居て家事を行い、夫を支え、子供を産み、子供を育てる。

それが女の仕事だ。

そんな世間の中、警官の職を女である自分に務まるのか疑問である。

 

 

「まさか、新撰組の時の様に警官になっても私に『男装し続けろ』なんて言うんじゃないわよね?」

 

警官の制服はみな詰襟である。

信女が箱館戦争当時に着ていた洋装でさえ、サラシをきつく巻いて苦しい思いをして、着ていたのに、ただでさえ、あの時の洋装よりもキツイ詰襟を着て、サラシを巻き続けて警官の仕事をしろだなんて無茶である。

 

「その辺については心配いらん、俺の伝手で、堂々と女のままで警官にしてやる」

 

「貴方の伝手?」

 

「こう見えて、会津戦争から今日まで様々な人脈を築いてきた。元新撰組三番隊組長の役柄もこの明治の世でもそれなりに役立ったから、任せろ」

 

「‥‥」

 

斎藤の言う事なので、怪しさを感じもしたが、胡散臭さは感じられなかったので、信女は斎藤の言う伝手とやらを信じることにした。

東京の斎藤の家についた時、出迎えた女性を見て、信女は思わず、

 

「斎藤‥貴方、女中を雇えるほどの高給取りなの?」

 

と、尋ねると、斎藤から意外な答えが返ってきた。

 

「何を言っている?コイツは俺の家内だ」

 

「えっ‥‥?」

 

斎藤の発言に思わず、手にした愛刀を落してしまうぐらい、斎藤の発言は威力があった。

 

「初めまして、藤田時尾です。えっと‥‥今井さん?で、よろしかったでしょうか?」

 

「‥‥」

 

時尾と名乗る女性から声をかけられても信女は放心状態であった。

 

「おい、今井‥おい!」

 

ポカっ!!

 

斎藤に頭を殴られてやっと正気を取り戻した信女。

 

「はっ!?私は何を‥‥確か斎藤の奥さんなんていう幻を見て‥‥風邪かしら、」

 

「何、寝言を言っている阿呆」

 

「えっ?」

 

「あははは‥‥」

 

信女の眼前には斎藤の女房、時尾はちゃんと存在している。

 

「えっと‥‥本当に、さい‥藤田の奥さんなの?」

 

「えっ?はい、そうですけど‥‥どうかしたんですか?」

 

時尾は首を傾げて言う。

 

「い、いえ‥まさか、かれが結婚をしているなんて思わなくて‥‥あの、大変じゃありませんか?これの奥さんを務めるなんて‥‥」

 

「おい、それはどういう意味だ?」

 

「言葉の通り」

 

「そんなことないですよ、五郎さんはとても優しい方ですから」

 

「へぇ~‥‥」

 

信女は斎藤からちょっと距離をとって、ジト目で斎藤を見る。

 

「おい、なんだ?その目は?」

 

「いや、別にぃ~‥‥」

 

「あの、それで、今井さん‥‥」

 

「あっ、失礼。今は名を変えて、佐々木総司と名乗っているから」

 

「総司‥男の方の様な名前ですね」

 

「ええ、忘れる事のない大切な人と同じ名前です‥‥」

 

「そうですか‥‥何はともあれ、ようこそ、我が家へ」

 

と、時尾は信女を藤田家に歓迎した。

 

「今井、剣の腕は鈍っていないだろうな?」

 

「その台詞、誰に言っているのかしら?何だったら、今から試してみる?」

 

信女はスッと愛刀の柄を掴む。

 

「ふっ、ならばいい‥‥明日、早速採用試験を受けに行くぞ」

 

「えっ?」

 

斎藤の言葉にキョトンとする信女だった。

 

翌日、信女は斎藤と共に早速警察官採用試験を受ける事になった。

 

「おい、斎藤‥これはどういうことだ?」

 

斎藤と信女の前に居る人物はやや不機嫌そうに斎藤に尋ねる。

2人の目の前にいる男の名は、川路 利良。

元薩摩の維新志士で今は警視庁の大警視(警視総監)を務めている人物である。

 

「どうもこうも、警官として腕の立つ奴を探して来たんですよ」

 

「腕が立つって、この者は女であろう!?女に警官が務まるか!!」

 

「‥‥」

 

川路に指をさされ、まるで女は役立たずだと遠回しに言われた信女はちょっとムッとする。

 

「大警視、コイツをただの女だと思っていると痛い目に遭いますよ。幕末時代、コイツは俺と同じ新撰組で剣を振るってあの箱館戦争で土方副長と戦っていたのですから」

 

「‥‥」

 

斎藤の言葉を聞きつつ、本当か?と疑惑の眼差しを信女の向ける川路。

 

「そんなに言うのであれば、実際にコイツの剣の腕を見てもらった方が早いでしょう。大警視が認める剣客警官をコイツにぶつけてみて下さい。それでもし、コイツが勝てたのであれば、警官として採用してもらいたい」

 

「よかろう」

 

こうして信女は斎藤の発案で川路が押す剣客警官と腕試しをする事になった。

 

(こうしたやりとり‥‥なんか新撰組に入る時のことを思い出すわね)

 

信女はかつて新撰組の入隊の際も今回のやり取りと似た状況だったと昔を振り返った。

 

やがて、警察署の敷地内に設置されている道場にて、信女と川路が押す剣客警官が集まる。

 

ただ、川路が連れてきた剣客警官は1人ではなく5人居た。

 

「この5人に勝てれば、お前を警官として採用しよう」

 

「やれやれ、今井‥いけるか?」

 

「問題ない」

 

信女は普段の様子と変わらず、相手をジッと見ていた。

 

「川路大警視、大事な用があるからって呼ばれればこれはどういうことです?」

 

「誰なんですか?あの女」

 

「諸君はこれより、あの者と剣の手合わせを行ってもらう」

 

『はぁ?』

 

川路の言葉に集められた剣客警官達は唖然とした。

 

 

 




ではまた次回。


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第14幕 薩摩

更新です。


 

 

明治7年、信女は斎藤と再会し、彼の紹介で警察官の採用試験を受ける事になった。

しかし、大警視の川路は女なんかに警官が務めるのかと疑問視する。

そこで、信女の剣の腕を見て、検討する事になった。

川路が押す剣客警官らが集められ、信女の姿を見て、彼らは、

 

「なんなんですか?この女?」

 

と、奇異の目で信女を見てくる。

 

「諸君らにはこれより、あの者と剣の手合わせを行ってもらう」

 

『はぁ?』

 

川路の言葉に集められた剣客警官達は唖然とした。

しかし、

 

「大警視、一体何の冗談ですか?」

 

「俺達は仕事で忙しい中、女とチャンバラごっこをする為に集められたんですか?」

 

彼らは不満を零し始めた。

 

「それなら、其方は全員で来てもいい‥‥私も1人ずつ相手をするのは面倒‥‥」

 

信女が冷静な口調で相手側にその旨を伝えると、

 

「あぁん?」

 

「なんだと!?」

 

「どの口がほざくか!?」

 

「女が生意気な!!」

 

「身の程を知れ!!」

 

剣客警官たちはたちまち不機嫌になる。

 

「君はそれでいいのかね?」

 

川路が一対五の条件で勝負するのかを聞く。

 

「それで良い‥‥さっさとやってさっさと終わらせる」

 

「さっさと終わらせるだと?」

 

「生意気な‥‥」

 

「俺達を舐めた事を後悔させてやる!!」

 

「終わらせねぇぞ、その身にたっぷり教えてやる俺達剣客警官を馬鹿にした事をな!!」

 

「ああ、その身で思い知るがいい」

 

互いに木刀を持ち、それぞれが構える。

 

(あの構え‥‥薩摩の示現流‥‥)

 

どうやら、剣客警官らは薩摩出身の者達らしい。

信女は抜刀術の構えをとる。

 

「では、始め!!」

 

川路が試合開始の合図を出す。

 

「うおりゃぁぁ!!」

 

「死にさらせぇ!!」

 

「うぉぉぉぉー!!」

 

「チェストー!!」

 

「うおらぁぁ!!」

 

剣客警官らは一斉に信女に向かっている。

 

「‥‥遅い」

 

信女は現役時代のブランクを感じさせない神速で剣客警官らに接近し、一回の抜刀術で一気に3人の剣客警官を叩き伏せた。

 

『なっ!?』

 

驚いたのは信女と戦っている剣客警官以外に川路も驚いていた。

斎藤はと言うと、現役時代のままの信女を見て、フッと小さく笑みを零した。

剣客警官らを神速の抜刀術で蹴散らし、足で神速の勢いを止め、次に信女は左手一本で刀を持ち、右手で剣先を乗せ、剣客警官に照準をつけ、

 

「覚悟‥‥」

 

勢いよく突っ込んで行く。

信女は放ったのは斎藤の得意技、左片手平突き、牙突だった。

 

「ぐはっ!!」

 

「後は貴方1人‥‥」

 

信女は残った剣客警官をジッと睨む。

 

「まだやる?」

 

念の為、信女は残った剣客警官に降参するかを尋ねる。

 

「当たり前だ!!女なんぞに負けてたまるか!!」

 

残った剣客警官は最後まで降参せずに信女と戦うと言う。

 

「うおぉぉぉー!!チェストー!!」

 

気合い一声と共に木刀を信女に向かって振り下ろすが、振り下ろされた先に信女の姿はなく、

 

「なっ、いない‥‥何処だ?」

 

剣客警官は辺りを見回す。

すると、彼の真上から信女が振って来た。

 

「飛天御剣流‥龍槌閃!!」

 

信女は空高く飛び上がり、落下重力を利用した斬撃で剣客警官を沈めた。

 

「ぐあっ!!」

 

ドサッ

 

「‥‥終わり」

 

信女は息一つ切らす事無く、5人の剣客警官を倒した。

 

「なっ、ま、まさか‥‥剣客警官達が‥‥宇治木達がやられるなんて‥‥」

 

川路は目の前の出来事が信じられない様子だった。

 

「これで、警官にしてもらえるんでしょう?」

 

信女はいつの間にか川路の近くに居て警官になれるのかを尋ねる。

 

「むっ‥‥」

 

「約束を破るの?大警視とあろう人が?」

 

「くっ‥‥」

 

川路は険しい顔をする。

 

「それとも、次は貴方が相手になる?」

 

信女は川路に木刀を突きつける。

 

「うぅ‥‥わ、分かった‥認めよう」

 

川路は渋々、信女が警官になる事を認めた。

日本の警察の歴史において、女性警察官が誕生したのは第二次世界大戦後の1946年からであったが、緋村剣心や志々雄真実ら影の功労者の名前が決して表の歴史に一切登場しなかった様に明治の世に誕生したこの日本初の女性警察官の名前は表の歴史にもそして日本警察の歴史にも名前が出る事はなかった。

 

その後、斎藤の言う通り、明治政府は侍に対する態度を硬化させていった。

現に信女が警官となったその年の頭には佐賀にて、政府のやり方に不満を持つ士族たちが江藤新平・島義勇らをリーダーとする佐賀の乱が起きた。

しかし、政府は約一ヵ月でこの反乱を鎮圧した。

この反乱に貢献したのは侍ではなく、前年の明治6年に山県有朋が提案した徴兵制によって編成された身分を問わぬ軍隊、日本陸軍の将兵達であった。

この徴兵制はこれまで軍事を独占していた武士の特権を奪う政策となった。

そして佐賀の乱の鎮圧‥これは侍相手に農民、町人が勝った事例となった。

徴兵制の起動が乗った山県は侍の拠り所を無くす政策を打ち出す。

明治9年、政府は秩禄処分を行った。

秩禄とは、華族や士族に与えられた家禄と維新功労者に対して付与された賞典禄を合わせた呼称であり、この秩禄を頼りにして来た士族は突如、収入を失う結果になった。

平成の世で言うと突然、生活保護または年金が政府により完全に打ち切られたのと同じ様なモノである。

更に政府は侍に追い打ちをかける様に廃刀令を発令した。

この法律により、大礼服着用者、軍及び警察以外の者は刀を身に付けることを禁じる事となり、武士は侍の魂である日本刀を帯びてはならないとされ、士族の誇りは大きく傷つけられた。

 

10月、熊本で旧肥後藩の士族太田黒伴雄、加屋霽堅、斎藤求三郎ら約170名によって結成された「敬神党」により、廃刀令に反対しての反乱がおきた。

この敬神党は反対派から「神風連」と戯称されていたので、神風連の乱と呼ばれた。

しかし、この乱は僅か1日で鎮圧され、加屋・斎藤らは戦場の中、銃撃を受け死亡し、首謀者の太田黒も銃撃を受けて重傷を負い、付近の民家に避難したのち自刃した。

指導者を失ったことで、他の者も退却し、多くが自刃した。

しかし、この神風連の乱に呼応して、神風連の乱鎮圧後の2日後、旧秋月藩の士族宮崎車之助、磯淳、戸原安浦、磯平八、戸波半九郎、宮崎哲之助、土岐清、益田静方、今村百八郎ら約400名によって福岡県秋月にて反乱が起きた。

秋月の乱である。

この乱も約半月ほどで政府軍により鎮圧された。

また、この秋月の乱に呼応し、山口県でも士族の前原一誠、奥平謙輔ら約200名によって反乱が起きた。

萩の乱と呼ばれる反乱であった。

この乱も一月半程で鎮圧された。

 

九州地方で起こった相次ぐ士族の反乱を鎮圧した山県は、自分の作った徴兵軍隊の強さに自信を持ち始めた。

しかし、何故山県は此処まで侍を嫌うのか?

それは山県の出生に関係していた。

長州藩の最下級武士の家に生まれた山県は身分による多くの屈辱を味わい、世襲の武士制度に強い疑問を感じていたからだ。

しかし、その山県にも鹿児島で隠居同然の生活をしていた西郷の影響力は未だに健在であり、その力は侮れなかった。

維新後、廃藩置県が行われ、鹿児島もその例外ではないが、それでも鹿児島だけはまるで独立国家の様相を呈していた。

西郷は、政治家を辞めた後、故郷の鹿児島へ戻り、『私学校』と言う名の学校を設立し、その学校の存在こそが独立国家の様な様子の中心となっていた。

私学校では、数多くの薩摩士族が此処に通い、文武両道の鍛練に励んでいた。

野山をかけ、身体を鍛え、銃、砲を使用しての軍事訓練も行っていた。

明治の世になっても薩摩では誇り高い侍が育っていた。

 

山県と西郷の因縁は深かった。

幕末の動乱や戊辰戦争を通じて、西郷と接する機会が多かった山県は、薩摩士族のみならず、官軍全体を掌握する西郷の大きさを肌で感じていた。

廃藩置県や徴兵制など、政府の大改革に際しても西郷が強大な力で反対派を押さえつける姿を見てきた。

何より実務に優れた山県の能力を評価し、陸軍卿の地位を与えたのは他ならぬ西郷だった。

山県は西郷の人格と実力を熟知していた。それだけに鹿児島で士族の人望を集めている西郷に恐れていた。

その頃、鹿児島の士族たちは侍潰しを行う政府に対し、不満を高めていた。

そして年が明けた明治10年1月。

政府は鹿児島県内の陸軍施設から密かに武器弾薬は別の場所へと移動させた。

この行動が薩摩士族たちの政府が鹿児島を潰そうとするのではないかと言う不安とこれまで政府が行って来た侍潰しの政策に対する不満が爆発した。

更に政府は鹿児島の同行を窺う為、密偵を送り込んでおり、私学校の生徒はその密偵を捕え、厳しい拷問にかけた結果、西郷暗殺計画を自白した。

その事実が薩摩士族が決起した理由の一つでもあった。

1月29日、二十数名の薩摩士族たちは政府の火薬庫を襲撃し、弾薬六万発を奪った。

その知らせは直ぐに西郷の下へ知らされた。

事件を聞いた時西郷は「しまった」と述べた。

そして、襲撃した士族たちに激怒したと言う。

しかし、その後も薩摩士族たちの行動は止まらず、連日政府の施設に襲撃をかけ続けた。

2月5日、西郷は決起を促す薩摩士族たちに説得され、自らが兵を率いて東京へ進軍する事を決断する。

 

「もうなにも言う事はなか、おはんたちがその気なら、おいの身体は差し上げ申そう」

 

この瞬間、西郷は薩摩士族たちと運命を共にする事にした。

 

明治10年2月14日、薩摩士族1万3千人は鹿児島を出発した。

侍たちは自らの行動を事前に政府に告知していた。

 

「政府に尋問の筋 これあり」

 

士族に対する酷な政策を問いただすことが挙兵の名目であった。

この時点では、西郷は征韓論の時と同じく武力行使は望まず話し合いを目的としていた。

当初、西郷軍は海路から長崎を奪い、そこから二軍に分かれて神戸・大阪と横浜・東京の本拠を急襲する策、

三道に別れ、一は海路で長崎に出てそこから東上、一は海路から豊前・豊後を経て四国・大阪に出てそこから東上、一は熊本・佐賀・福岡を経ての陸路東上する策、

の2つが出されたが、所有する船は3隻の汽船しかなく軍艦を持たない西郷軍にとっては成功を期し難く、熊本城に一部の抑えをおき、主力は陸路で東上」する策が採用された。

 

西郷の挙兵は政府を驚愕させた。

呆然とする閣僚の中で山県は西郷との武力衝突が起きると覚悟していた。

例え、相手が西郷だろうと、今ここで屈すれば、今まで自分が行って来た政策が全て無駄になる。

2月19日、賊徒政党令が出され、西郷たちは賊軍となり、山県はその鎮圧にあたる最高司令官に任命された。

2月21日、熊本城付近にて、西郷軍は政府軍と遭遇し戦闘となる。

この戦闘により、日本最後の内乱、西南戦争が始まった。

 

 

 




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第15幕 西南

更新です。


 

 

~side 剣心~

 

あの幕末の動乱からはや、10年が経とうとしている。

鳥羽伏見の戦い後、

拙者は『人を斬る事無く、新時代に生きる人達を護れる道』を探し求めて日本を渡り歩いた。

そして、信女の行方についても探したが、未だに彼女は見つかっていない。

あの日、信女が言った、『権力と言う名の砂の城の上でふんぞり返る』‥‥確かに仲間の維新志士達は権力を手にした者の多くはそうなってしまった。

また、『数多くの維新志士達の分、全てにその権力と言う名の椅子は用意されているの?』その言葉通り、全ての維新志士達が権力を手に入れた訳ではなかった。

新時代に夢を抱きながら戦い、その新時代を迎えてもその新時代が全ての維新志士達の夢に描いた時代とは言い難かった。

そう思うと、何のために戦って来たのかと考えさせられる事がある。

秩禄処分、廃刀令‥‥政府は侍には生きづらい世の中に作りかえている。

それは、侍と言う物騒な連中がいなくても平和な国を作ろうとする政府の方針なのだろう。

しかし、全ての武士が政府のやり方を理解してくれるわけでは無かった。

維新が成り立ってもそれはあくまで表面上の事なのだろう。

まだ、拙者の力を必要とする人は居る。

(信女‥‥お主は今何処で何をしているのだ?)

拙者は青く澄んだ空を見上げ、彼女もまたこの澄んだ空の下、何処かで元気にやっているのだろうか?と思いながら、流浪の旅を続ける。

 

 

その剣心の想い人である信女は今、九州の地に斎藤と共に居た。

西郷が挙兵した西南の役‥‥

明治政府は山県を最高司令官にして直ちにこの内乱を鎮圧せよと命令を出した。

その鎮圧軍には軍の他に斎藤や信女ら警察官達も後方支援部隊として参戦していた。

 

2月21日に始まった西南戦争。

翌日の22日 西郷軍は熊本城を包囲した。

この城を占領すれば、各地の政府のやり方に不満を持つ不平士族たちがともに立ち上がると期待していた。

しかし、谷干城司令官率いる3000の守備兵は粘り強く抵抗した為、戦線は膠着した。

余談であるが谷干城と新撰組にはある因縁があった。

彼は土佐の出身で同じく土佐出身の坂本龍馬を厚く尊敬していた。

そして谷は龍馬が暗殺された時、真っ先に現場に駆けつけ、瀕死の状態にあった中岡慎太郎から龍馬暗殺の経緯を聞きだし、生涯をかけて龍馬の暗殺犯を追った。

谷は事件当初より、犯人は新撰組と判断し、戊辰戦争の際には、流山で捕らえた新撰組局長であった近藤勇の尋問について薩摩藩と殊更対立した。

そして近藤を斬首・獄門という惨刑に処したのも谷だった。

 

当初西郷軍は所詮町人農民が中心となった素人の軍隊だと思っていた。

しかし彼らの予想は大きく異なり、政府軍の予想外の抵抗を見せた。

政府軍の予想外の強さ、その理由は政府軍の装備にあった。

主力兵器は当時、最新鋭のスナイドル銃‥‥弾丸の装填が早い後装式で、5秒に1発のペースで撃つことが出来た。

また、熊本城救出の軍は火力の大きな大砲やガトリング砲などの最新鋭兵器を装備していた。

さらに戦場の様子は開通したばかりの電信を使い、司令部にリアルタイムで逐次送られた。

一方、西郷軍の装備は政府軍と比べ見劣りするモノであった。

主力兵器は日本刀、使用するライフルも旧式のエンフィールド銃だった。

前装式のエンフィールド銃は弾の装填作業手順も多く、1発撃つのに30秒かかった。

戊辰戦争の時には最新鋭型のライフルだったエンフィールド銃も10年と言う歳月が経つと二線級、旧式の烙印が押されていた。

そもそも幕末に海外から輸入された銃自体、アメリカの南北戦争の中古品や売れ残りを在庫処分するかのように日本へ売られてきたのだ。

鎖国政策のせいで、外国の諸事情を知らない日本はそれらの中古品をアメリカが最新式と言ってきたのを信じ、高値で購入していた。

 

西郷軍が政府の軍施設を襲った時、政府はスナイドル銃の弾薬や銃を既に移動させており、西郷軍が手にする事が出来たのは、この旧式のエンフィールド銃だけだったのだ。

また政府軍は物資を後方から次々と調達できる反面、西郷軍は武器弾薬の補給路は乏しく、物資はすべて現地調達、連絡も人の足か馬を頼りにした。

そんな西郷軍は政府軍に勝るもの‥‥それは西郷が自分達と共に居ると言う安心感からの士気であり、彼らの士気は非常に高かった。

2月25日 山県は博多に到着、援軍を待ち、3月3日、前線に入る。

既に熊本の高瀬には先発隊が居り、山県が率いている主力の軍と合わせてその数15000。

一方、西郷も熊本城の包囲部隊の半分を割き、高瀬へと向かわせる。

両軍が睨み合ったのが‥‥田原坂

田原坂は熊本城の北にある標高80mの小さな丘だった。

西郷軍はここに厳重な防御陣地を築いた。

その長さは田原坂を中心に総延長10km。

7000人の西郷軍の兵士達が配備されていた。

田原坂の道は此処を難攻不落の要害とすべく戦国武将、加藤清正によって整備されていた。

北方から熊本城を攻めるにはこの道を通るしかなかったからだ。

清正は道を溝の様に細く掘り抜き、両側を高い土手にした。

坂を上って来る敵を高所から狙い撃つ為であった。

古の侍が残した遺産を西郷軍は見逃さず、高所から政府軍を待ち構えていた。

3月4日、田原坂の戦いが始まった。

物量に勝る筈の政府軍はいきなり苦戦を強いられた。

田原坂の地の利を活かして崖の上から射撃してくる西郷軍。

彼らの弾丸の雨が政府軍を寄せ付けなかった。

また兵士の戦う姿勢にも違いが見られた。

西郷軍は弾を恐れる事無く、身体を乗り出して、しっかりと狙いをつけてから発砲してきた。

戊辰戦争の時、薩摩の立ち撃ちと呼ばれる姿勢だった。

それに引き換え、政府軍は敵弾を恐れて銃だけを出して撃っていた。

命中率の差は歴然だった。

また、侍ならではの切込み攻撃も有効的だった。

猛烈な気合と共に斬り込んで来る薩摩武士。

銃の効果が薄い接近戦では圧倒的な強さを発揮した。

農民や町人が主体の政府軍の兵士は侍の刀での攻撃に怯えた。

突撃を命じても声を上げるだけで命令には従わず、脱走兵も続出した。

実戦経験も乏しく侍への恐怖が根強い庶民軍の弱点が露呈された。

開戦一週間で政府軍の死傷者は1000人以上出した。

政府はこの大苦戦に頭を抱えた。

それ以上に追い詰められたのが、最高司令官である山県だった。

政府からは士族を兵にして、戦場に投入せよとまで言われた。

しかし、今ここで士族の力を頼れば、自分がこれまで進めていた徴兵制が無駄になる。

農民、町人の軍隊でも戦争が出来る事を知らしめなければ、近代軍隊は作れないと思っていたのだ。

3月11日、4度目の次総攻撃が始まる。

しかし、またもや侍の切込み攻撃の前にあえなく失敗する。

誰が言ったか、

 

越すに越されぬ田原坂

 

世間ではそのような言葉が言われた。

 

田原坂の攻防が続く中、熊本城の籠城は既に2週間以上続いており、このままでは弾薬、食糧は尽きてしまうのは目に見えていた。

 

そんな中、司令部近くの物資集積所では、

 

「斎藤‥‥退屈‥‥」

 

信女が物資の入った木箱の上に座り、制帽を人差し指でクルクルと回しながら、足を上下にブラブラと揺らして、「私暇です」をアピールしていた。

 

「文句を言うな、軍の後方支援、それが俺達の仕事だ」

 

斎藤は煙草を吸いながら物資の目録が書かれた書類に目を通していた。

 

当時、信女や斎藤ら警察官達の多くは侍の出身者が多かった。

生活の糧を失った侍たちが大挙して雇用されていた。

そして、この戦場に派遣された東京、警視本署の警視隊は軍の後方支援、周辺の治安維持活動に従事していた。

 

「後方支援っていつも、怪我人か死体運びに弾薬、戦闘配食運びだけ‥‥つまらない‥‥目の前に土方達の仇が居るのに‥‥」

 

信女は木箱に立ち、ジッと田原坂の方を睨む。

 

「貴方だって、久しぶりに人を斬りたいんじゃないの?」

 

「まっ、否定はしない」

 

警官のクセに物騒な事を口走る2人だった。

 

「このまま田原坂で足止めを喰らっていたら熊本城は陥落するんじゃないの?」

 

「だろうな、籠城から既に2週間以上経っている‥‥」

 

「上申書でも書いて、川路から山県に出してもらう?」

 

「上申書?」

 

「そっ、私達警官が前線に出れるための上申書」

 

「‥‥」

 

それからすぐに警察官の間で噂が広まった‥‥自分達警察官も前線に出ると言う噂が‥‥

普通そんな噂が出ると、怖気づいてしまうものだが、此処に集まった警察官‥‥特に旧会津藩出身の警察官は士気が高かった。

ようやくここで戊辰の仇が取れると言って‥‥

噂が広まり、中には川路に直接直訴に行く警察官も現れ、川路は山県に戦争参加への上申書を出すが、山県はそれを却下した。

士族に頼るのをあくまで拒否したのだ。

しかし、田原坂は未だに落ちず、政府軍の負傷者が増える一方だけであった。

 

3月13日 山県はついに決断を下した。

警察官に戦争の参加を要請した。

そして隊の名前を山県自ら、『抜刀隊』と命名した。

抜刀隊の方針は、銃は持たず、太刀のみで斬り込むと言うモノであった。

薩摩の切込み攻撃に対し、切込み攻撃で迎え撃つ。

侍にしか出来ない戦い方だった。

抜刀隊は軍隊ではない。あくまでも警察官として戦場に送り込む。

抜刀隊と軍隊の違いの区別をはっきりさせて山県は徴兵制の面目を守ろうとした。

 

戦争への参加が決まり、信女は髪の毛を皮の紐で一括りにした。

その髪型を見た斎藤は、

 

「まるで馬の尻尾だな」

 

と呟いた。

信女の今の髪型は俗にいうポニーテールだったので、斎藤の言う事はあながち間違いではなかった。

 

「それにしても随分と嬉しそうだな」

 

斎藤は信女が嬉しそうにしているように見えた。

 

「当たり前‥‥土方や仲間の仇‥‥連中に思い知らせてやる‥‥」

 

此処まで気合の入った信女を見るのは初めてだった。

 

3月14日 早朝、抜刀隊は田原坂後方の西郷軍の陣地に迫る。

政府軍が切込み攻撃をかけてくるとは思ってもいなかった西郷軍は兵士の多くがまだ眠っていた。

しかし、全員が眠っている訳では無く、信女達の前に1人の西郷軍の兵士が見回りをしていた。

隊長はやり過ごそうと、皆に静粛を保つように手で押しとどめる仕草をとる。

しかし、信女はすかさず、その兵士の背後に回り、

 

「むっ!?」

 

手で口を押え、刀でその兵士の頸動脈を切断し、その兵士を失血死させた。

 

「さあ、行きましょう」

 

兵士の返り血を浴び、無表情の顔で振り向きながらそう言う信女に抜刀隊の隊員達はドン引きしていた。

やがて、信女が所属する抜刀隊は西郷軍の兵士が眠っている至近距離まで来た。

 

「突撃!!」

 

『わぁぁぁー!!』

 

突如、喊声をあげて斬り込む抜刀隊。

政府軍が振りかざす刀に大混乱となる西郷軍。

 

「飛天御剣流‥‥土龍閃」

 

信女は刀で地面をえぐる様に衝撃を与え土砂とその衝撃波を西郷軍の兵士に向けて飛ばし、相手が怯んだ隙に急接近し、相手を切り伏せ、囲まれると、

 

「龍巻閃」

 

回転による遠心力を利用し相手の攻撃を真半身でかわし、そのまま回転しながら相手の背後に回り込み後頭部や背中に斬撃を叩き付ける。

その後も信女は神速の抜刀術や牙突で西郷軍の兵士を蹴散らしていく。

 

「あ、あの女まるで死神だ‥‥」

 

「相手の急所を一撃で仕留めていやがる」

 

「何を呆けている!!女如きに負けるな!!我等も続け!!」

 

『おおおお!!』

 

先頭をきる信女の姿勢に他の抜刀隊も信女に続き、西郷軍の兵士を斬っていく。

この日、抜刀隊は西郷軍の陣地3つを陥落させる戦果を残した。

しかし、銃を持たず太刀のみで斬り込んだ抜刀隊は多くの死傷者を出した。

被害が9割に達する部隊もあった。

だが、この時一番に活躍したのは旧会津藩出身の警察官達で、彼らは西郷軍の兵士を斬る際、

 

「戊辰の復讐!!戊辰の復讐!!」

 

と叫んでいた。

 

3月15日、抜刀隊を先頭に政府軍は総攻撃を敢行。

西郷軍の最重要拠点を陥落させた。

3月20日、政府軍はようやく田原坂を突破し、熊本城救出に大きく前進した。

この田原坂の戦闘で政府軍は西南戦争全体の3割近い犠牲者を出した。

しかし、山県は政府軍存亡の危機を何とか瀬戸際で食い止めることが出来た。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第16幕 観柳

更新です。


 

 

 

田原坂を突破し、熊本城救出に大きく前進した政府軍とは裏腹に西郷軍は田原坂を突破されて以降、敗戦が続き、熊本から撤退し、鹿児島へと引き返す。

9月 追い詰められた西郷は城山へと立てこもる。

この時、西郷に付き従う士族は僅か400名足らずとなっていた。

西郷が立てこもる城山を40000の政府軍が城山を包囲した。

9月23日 山県は洞窟に潜む西郷にこれ以上の犠牲を出さぬためにも自害して戦いに終止符を打つべきだと言う内容の手紙を出す。

しかし、西郷からの返答はなかった。

翌日、政府軍は総攻撃を行う。

その時の攻撃により、西郷は腹と股に銃弾を喰らい、死期を悟る。

 

「もう、ここで‥よか‥‥」

 

西郷は付き従う士族の介錯を受けて、この世を去った。

西郷の死によって維新三傑と呼ばれた西郷隆盛、桂小五郎(木戸孝允)、大久保利通の内、2人が死んだ。

木戸は西南戦争勃発後の3ヵ月後の5月26日に病死していた。

嘗ての盟友、大久保利通は西郷の死にたいして、

 

「国家の為に賀すべし」

 

と一言呟いたと言う。

また、川路も西郷と同じ藩で共に戊辰を戦った西郷が反逆者となり彼と戦う事になった時、

国家とかつての恩師とも言える盟友、どちらをとるか選択を突きつけられていたが、川路は断腸の思いで国家をとった。

それは西南戦争で政府軍側の薩摩藩出身者すべてにそう言えたのかもしれない。

 

また、西郷の人柄を愛していた明治天皇は西郷の死を知って、

 

「朕は西郷を殺せとは言わなかった‥‥」

 

と、つぶやいたと言う。

 

西郷が自害した結果、西郷軍は総崩れとなり、西南戦争は終息へと向かった。

しかし、戦闘が終わったので、すぐに軍や警察が帰ると思ったら、それは間違いであった。

警察は逃げた西郷軍の残党や引き続き周辺の治安維持活動の任務が残っており、一部の幹部は政府や明治天皇への戦勝報告とやらで一足早く東京に戻ったが、斎藤と信女は未だに鹿児島の地に残って引き続き治安維持任務に就いていた。

そんな中、信女の下に東京に抜刀斎が現れ、辻斬り事件を起こしたと言う情報が入った。

 

(あの剣心が辻斬り?なんか腑に落ちないわね‥‥)

 

信女はあの剣心が意味なく人を斬るとは思えず、この辻斬り事件が本当に剣心の仕業なのか疑問に思った。

そんな中、ある任務が信女に下された。

 

『密命 佐々木総司警部試補は、東京において、武田観柳邸に赴き、かの人物の身辺調査を内密に行い、かの者の素性を調査せよ。現在、内偵により、かの者には、阿片製造及び武器密売の嫌疑がアリ』

 

「‥‥」

 

斎藤は警視庁からの指令書を見て、信女を呼んだ。

 

「武田観柳?」

 

信女は次の仕事に関する人物の名を口にする。

 

「そうだ」

 

「何で私が金持ちの所に...ソイツの警備とかでもしろって言うの?まだ、西南戦争の戦後処理が残っているんじゃないの?それとも例の黒笠がソイツの命を狙っているの?」

 

「いや、少し捜査でな...武田観柳は、表向きは青年実業家だが変な噂の絶えない奴でだ‥‥ちなみにお前の言う黒笠はもうこの世にはいない。先日、ソイツの死体が廃神社で発見された。」

 

「殺されたの?」

 

「いや、医者の見立てじゃ、自殺だそうだ。心臓に奴の脇差しが刺さっていた。ついでにお前が気にしていた例の辻斬り抜刀斎だが、偽物だった」

 

「偽物?やっぱり‥‥」

 

信女は辻斬り犯が剣心でなくて少し、安堵した表情を見せた。

 

(だが、気になる情報も入った‥‥偽抜刀斎事件に関して捕まった偽物の手下は本物の抜刀斎にやられたと証言する奴がいた‥‥それに黒笠の正体はあの鵜堂刃衛‥‥新撰組の裏切り者だった‥‥)

 

(医者の報告には、奴の右腕の神経は切断されて、周辺には何者かと戦った跡があった‥‥恐らく奴と戦ったのは抜刀斎‥‥部下に命じて黒笠事件についてはもう少し詳しく情報を集める必要がありそうだ‥‥)

 

(この10年、刃衛は辻斬り紛いな暗殺をして来たらしいが、全ての目標が皆、元維新志士‥‥コイツは何か裏があるのかもしれないな‥‥)

 

「斎藤?」

 

「ん?なんだ?」

 

「いや、『なんだ?』じゃなくて、突然無言のまま固まったから‥‥大丈夫?」

 

「ああ‥‥それでだ、武田観柳邸の捜査を警察上層部がお前に『やれ』と命じてきた。やれるか?」

 

斎藤が信女に武田観柳の内偵を出来るかと尋ねると信女は、

 

「いや」

 

即答で拒否した。

 

「.....」

 

信女の返事に斎藤はピクッと眉を動かすが、

 

「って言いたいけど...そいつの屋敷は確か東京にあるのよね?」

 

「あぁ‥そうだ」

 

「なら行ってあげる」

 

と、信女は武田観柳の内偵をやると言いだした。

 

「何だ?東京に何か用があるのか?」

 

「.....別に」

 

信女は斎藤からプイッと視線を逸らす。

 

「そうか、まぁ、詳しくは聞かないでおこう」

 

(大方、抜刀斎の事が気になったのだろう)

 

「武田邸潜入時は女中として潜ってくれ。すでに手配は出来ている様だ」

 

そう言って斎藤は煙草を咥えて火をつける。

 

「女中?何で?警官なんだし、堂々と屋敷内の警備とかでもいいでしょ?もしくは手っ取り早く‥‥」

 

と信女は鞘から刀を抜く。

 

「これで、口を割らせればいい」

 

「警察が警備するより女が女中で入った方があっちも油断すんだろうが、あほぅが。それに情報では、奴は既に独自の私兵団を所有している。警備の人手は足りているとさ」

 

と斎藤はふぅと煙草の煙を吐き、

 

「そういう事で頼んだ、それともし東京に抜刀斎がいるならそいつのチェックも頼んだ。特に今の奴の実力をな‥‥」

 

「.....!」

 

「何だ?その反応は?まさか知らないとでも思っていたのか?抜刀斎が動けばそれは飛びっきりでかい知らせになるだろう。ましてあの時代を生き残った者達は特にな」

 

「...そうね、なら早速、東京へ行くわ」

 

「あぁ」

 

信女はこの日の内に荷物を纏め、東京行きの船に乗り、東京へと向かった。

それから数日後‥‥

 

 

~side武田邸~

 

「ほぉ~君が新しい女中かね?」

 

「はい」

 

信女の姿は東京にある武田観柳の屋敷にあった。

 

「名前は?」

 

「.....今井」

 

「今井?下の名は?」

 

「そ...」

 

(総司と名乗るか...それとも本名で名乗るか...)

 

「ふん、まぁいい、しっかりと働いてくれたまえ...そうすればちゃんと給金は出そう。田舎の両親にも孝行したいのだろう?」

 

「は、はい‥‥よろしくお願い致します‥‥ご、ご主人様‥‥」

 

信女は女中が着る女物の着物の上にフリルのついたエプロンを着け、観柳に挨拶をした。

しかし、「ご主人様」の部分を言う時、僅かに顔を引き攣らせていた。

 

(私はどう言う設定で此処に送り込まれてきたんだろう?)

 

自己紹介を何とか切り抜けた信女は仕事をしながら武田邸の内部を観察していた。

 

(武田観柳‥‥なんか馬鹿っぽかった。...今の所は、何の問題もない...でも、さっきから...)

 

と信女は周りを見回すと血の気の多い男達がゴロゴロいた。

廃刀令が敷かれた筈のこの世間で堂々と日本刀を所持している男連中やヤクザっぽいガラの悪い連中、果ては拳銃を所持している者も居た。

しかし、信女自身はどれも自分より格下だと思い気にはしていなかった...あの男以外は‥‥

 

(さっきから感じるこの視線の主は‥‥)

 

できるだけ相手に視線を気づれない様に自分に視線を向けてくる主の所で、その姿を見た。そこには黒髪に長身でロングコートを着た男がいた。

腰に差しているのは日本刀ではなく小太刀。

 

(確か、この男は‥‥)

 

と信女は昔を思い出そうと考えたが、信女が思い出す前にその男は信女に近づいてきてそっと耳元で囁いた。

 

「女中にしては物騒なものを懐に入れているな?」

 

「っ!?」

 

男の囁きに対して、信女はできるだけ顔には出さずに反応した。

 

「.....昔も今も女は自分を守れないといけないの。あなた達男がしっかりしてないから...それに此処にはケダモノが沢山いる‥‥そいつらがいつ襲ってくるかわからないから護身用...それに最近の女中は主を守る役目も仕事の内なの‥‥」

と言う。

 

「...なるほど...」

 

信女のこの言葉にこの男もそこで一旦下がった。

しかし、完全に納得はしている様子はなく、逆に警戒を強めてしまったかもしれない。

 

 

「‥。お前が見た限り、あの女中‥どう思う?」

 

信女から離れたその男は誰も居ない通路で誰かに話しかけた。

だが、周りには誰も居ない。

にも関わらず、

 

「お頭が気づいたようにあの女中、怪しいです。気づかれない様に振舞っていますが、あの動き、周辺への警戒感、ただの女中ではありません」

 

何処からか別の男の声が聞こえて来た。

 

「それに奴は懐の中に‥‥」

 

「獲物を隠し持っている‥それに袖の中にもな‥獲物は恐らく俺と同じ小太刀だ‥‥」

 

「はい‥‥それでいかがいたしましょうか?」

 

「今は放っておけ」

 

「しかし、アヤツが観柳の命を狙っている暗殺者かもしれませんが?」

 

「その時は観柳の首をアイツに取らせて、アイツの首を我等で頂く‥‥そうだろう?」

 

「御意」

 

(そうだ‥‥我等が欲しいモノは金などではない‥‥強者を倒しつづけ、最強と言う名の称号を得る‥‥それこそが、我等御庭番衆の存在意義なのだ)

 

元御庭番衆お頭、四乃森蒼紫はグッと拳をつくり、力を込めた。

 

信女が武田邸に女中として潜り込んでから、しばらく経った。

それまで、信女は夜、観柳の私兵団からの夜這いを何度か受けたがそのどれもを返り討ちした。

私兵団員もまさか、女相手に返り討ちされたと知られたくないので、黙っている連中が多かった。

そんな中でも信女は常に何処からか視線を感じていた。

一つはあの黒髪コートの男。もう一つはどこからか正確には分からない。常に移動しながら自分を監視している事から相手は恐らくプロの忍び‥‥。

視線は、確実にその視線は信女を捉えている。

 

(忍び連中には憎さしかないのよね‥‥)

 

沖田を殺したのは忍びと言う事で、信女は忍者に対してあまりいい印象は持っていなかった。

視線は観柳を観察している信女を観察している為か、あちらから動いてくる様子は今の所なかった。

しかし、視線は四六時中感じ、それは買い物で武田邸を出た時も常に信女に張り付いていた。

そんな中、ある日信女は何時もの賄い様の食材の買い出しの為、屋敷の外へと出た。

背後なのか?

それてとも右か?左か?

常に自分を監視する視線を感じながら‥‥

買い出しが終わり、帰ろうとしている時、前から着物を着崩したちょっとガラの悪そうな男がすれ違い様に信女の身体に自分の肩をぶつけてきた。

 

「おいおい、人様にぶつかっておいて謝りも無しに素通りか?」

 

この男の行為は所謂当て屋と呼ばれるものだった。

 

「ぶつかって来たのは貴方の方、むしろそっちが謝って」

 

「なんだと!!このアマ!!」

 

そう言って男は懐から短刀(ドス)を取り出す。

短刀(ドス)の登場で周囲がざわつくが助けに入ろうとする度胸のある者はいない。

 

(こんな雑魚、瞬きする間に倒せるけど、あの視線が‥‥)

 

信女は此処で下手な動きは取れなかった。

 

「くらえ!!」

 

信女に短刀(ドス)が迫る中、

 

パシッ

 

何者かが短刀(ドス)を持つ男の腕をつかんだ。

 

「おいおい、昼間っから、そんな物騒なモノ振り回してんじゃねぇよ。それも丸腰の女に」

 

男の腕をつかんだのは、赤い鉢巻きに鳥を連想させる様な髪型の男だった。

 

「あん?なんだ?テメェは?」

 

「通りすがりの元喧嘩屋だ」

 

「喧嘩屋だぁ?ふざけんじゃねぇ!!このアマは俺にぶつかっておいて謝りもしない無礼な奴なんだぞ!!」

 

元喧嘩屋と名乗る男の腕を振り切って、元喧嘩屋に食って掛かる。

 

「テメェの方でぶつかっておいて無礼もなにもねぇだろう?」

 

どうやらこの元喧嘩屋は事の発端を見ていた様だ。

 

「あん?テメェいちゃもんをつけるのもいい加減にしろ!」

 

男は今度、その元喧嘩屋に殴りかかって来たが、

 

バキッ!!

 

「ぐはっ!!」

 

喧嘩屋を名乗るだけあって絡んだ男は拳一発で簡単にノックアウトされた。

 

「大丈夫か?」

 

「あっ‥‥え、ええ、ありがとうございます」

 

「なあに、良いって事よ。それじゃあな」

 

元喧嘩屋の男は踵を返して去って行った。

その男の着ている上着の背中に書いてある『悪』と言う文字がとても印象的だった。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第17幕 忍者

更新です。


 

 

 

東京のとある場所にその道場はあった。

門前には『神谷』と書かれた表札の他に達筆な文字で『神谷活心流 剣術道場』と書かれていたる看板が掲げられている。

しかし、剣術道場にも関わらず、道場の中からは門下生達の元気な声や数多くの竹刀が当たる事はせず、道場内に居るのは僅か2人だけであった。

1人はこの家の今の主にして、神谷活心流師範代である神谷薫。

もう1人は現在、神谷活心流の唯一の門下生である明神弥彦だった。

僅か1人の門下生しかいないが、薫は弥彦に剣術を教え、弥彦も強くなりたいと言う思いから、一生懸命に竹刀を振っている。

そんな中、

 

「2人ともそろそろお昼ご飯でござるよ」

 

と、道場に3人目の人物が現れる。

赤い髪に頬に十字傷のある男‥‥

この男こそ、紛れもなく幕末の京都で人斬り抜刀斎と呼ばれた緋村剣心その人であった。

剣心はあの鳥羽伏見の戦い後、逆刃刀を帯びて京都を除く、全国を回る流浪の旅へと出た。

そして、維新から10年が経ち、江戸から東京と名を変えたこの地にて、薫と出会い、そしてある事件に巻き込まれた形で、事件解決後もそのまま成り行きでこの神谷家に居候している。

 

「やった!!飯だ!!飯だ!!」

 

昼ごはんと言う事で弥彦は道場を勢いよく出て行く。

 

「あっ、ちょっと!!弥彦!!」

 

弾丸の如く出て行った弥彦に声を上げる薫だが、

 

「薫殿も手を洗って来るでござるよ」

 

「う、うん‥‥」

 

朝からずっと弥彦と共に稽古をしていたので、薫の方も実はお腹が減っていた。

剣心に促され、薫も手洗い場で手を洗った後、昼食が用意されている居間へと向かう。

 

神谷道場の全員が揃った時、

 

「うぃーす」

 

道場に新たな客がやって来た。

 

「なんだ、左之助。またタダ飯にありつきに来たのかよ」

 

弥彦が呆れた声でその人物に声をかける。

 

「しょうがねぇだろう。喧嘩屋辞めて金がねぇんだから」

 

その人物はまるで自分の家の様に居間へと上がり、どっかりと胡坐をかく。

 

「まぁ、左之の分もちゃんと用意してあるでござるよ」

 

「おお、流石剣心。分かっているじゃねぇか」

 

「全く、剣心ったら左之助に甘いわよ」

 

薫は剣心の行動に呆れながら言う。

神谷道場に来た新たな客の名は、相良左之助。

少し前までは喧嘩屋『斬左』の名でちょっとは名の知れた男であったが、彼も剣心との出会いでそれまでの人生を変えられた男であり、現在は喧嘩屋を辞めて気ままなその日暮らしをしている。

 

「あっ、テメェそれは俺が狙っていた沢庵だぞ!!」

 

「へっ、早い者勝ちだぜ」

 

弥彦が悔しそうに声をあげ、左之助はドヤ顔で沢庵を口の中に放る。

 

「それなら‥‥」

 

「あっ、それは俺が狙っていたがんも!!」

 

「早い者勝ちなんだろう?」

 

今度は弥彦がドヤ顔で、がんもを口の中に放る。

 

「ふ、2人とも、もっと沢山あるんだから、もっと落ち着いて食べなさいよ」

 

「そうでござるよ。あんまり勢いよく食べると喉を詰まらせるでござるよ」

 

やがて、昼ご飯が始まり、弥彦と左之助が奪い合うかのように昼食を食べている。

そんな2人のやり取りを薫と剣心は半ばあきれつつ言うが、2人の耳には届いていない様子。

この神谷道場の食事係りはもっぱら剣心の役割となっている。

別に剣心が居候だからと言う訳では無く、剣心が食事係りのその理由は、薫の作る食事は不味いからだ。

ただ剣心曰く、薫の料理は、

 

「食べるごとに味を増す料理」‥‥らしい

 

騒がしくも賑やかな昼食が終わり、食後の茶で一服していると、

 

「そう言えば、左之助。アンタ、この前女の人を助けたんですってね」

 

薫が左之助に会話をふる。

 

「おっ?なんでぃ、嬢ちゃんもあの場に居たのか?」

 

「ううん、赤べこの妙さんから聞いたの」

 

「へぇ~左之助もいいとこあるじゃん」

 

「ま、まあな」

 

「それで、どんな人だったんだ?」

 

弥彦が左之助に助けた女の人がどんな人だったのかを尋ねる。

 

「妙さんの話だと青みがかった黒髪の綺麗な女の人だったらしいわよ」

 

左之助ではなく、薫が妙からの情報である左之助が助けた女の人の特徴を剣心と弥彦に教える。

 

「青みがかった黒髪‥‥」

 

剣心は、薫の言った女性の特徴を聞き、感傷に浸るような声を出す。

彼の中で青みがかった黒髪の女性と言えば、かつて自分が恋心を抱いたあの女性を思い出させるのであった。

 

「剣心?」

 

「どうしたんだ?ボォ~っとして」

 

「あっ、いやなんでもないでござるよ」

 

剣心は慌てていつもの雰囲気を纏う。

東京に来れば信女の情報が何か入ると思って来たのだが、未だに信女の情報は入らない。

もしかして信女はもう死んでいるのではないか?

と最近思い始めてきた剣心であった。

食事が終わり、剣心が食器を洗いに洗い場へと向かった後、

 

「剣心、この後暇か?」

 

左之助が洗い場に来て剣心の午後の予定を尋ねてきた。

 

「おろ?この後は、特に予定はないでござるが‥‥」

 

今日は薫から買い物とかを頼まれていないし、洗濯物は午前中にやったので、剣心は午後の予定は特になった。

 

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれねぇか?この後、大事な用事があるんだが、剣心の力を借りてぇんだ」

 

「ん?喧嘩でござるか?」

 

剣心は左之助が自分の力を借りたいと言う事は、喧嘩などの荒事かと思ったが、

 

「いや、逆刃刀を使う様な荒事じゃねぇ。飛天御剣流の読みの力をちょっと借りてぇんだよ」

 

「おろ?」

 

左之助の言う事がちょっと理解できず、首を傾げる剣心。

逆刃刀は使わないのに飛天御剣流の読みの力を借りたいとは一体どういうことなのだろうか?

兎も角、喧嘩などの荒事ではなく、左之助が大事な用事と言っているので剣心は左之助のその大事な用事に付き合う事にした。

 

「あら?剣心、左之助と出かけるの?」

 

左之助と剣心が神谷家を出ようとした時、薫が2人を見つけ、声をかける。

 

「ああ、左之がちょっと大事な用事があるらしくてそれを手伝うことになったでござるよ」

 

「大事な用事?」

 

薫が何か不振がるような目で左之助を見る。

 

「左之助、アンタまさか、剣心に危ない事をさせる気じゃないでしょうね?」

 

「そんなんじゃねぇよ。‥‥ちょっとダチのとこで賭場をやるから剣心の力を借りてぇだけだよ」

 

左之助が薫に剣心を借りる理由を薫に耳打ちする。

剣心に賭場に行くと知られたら、剣心が付き合ってくれないかもしれないからだ。

すると、

 

「なぁんですって!!」

 

薫がキレた。

 

「アンタ、剣心を何て所に連れて行こうとしているのよ!!」

 

これ以上薫に騒がれると、不味いので左之助は、

 

「剣心行くぞ!!」

 

「おろ?」

 

左之助は剣心の手を掴んで、大急ぎで賭場が行われる左之助のダチの家へと向かった。

 

 

~side信女~

 

その頃、剣心の探し人である信女は今、武田観柳の屋敷に居た。

信女のこの屋敷での立場は女中と言う事で、炊事や掃除洗濯を行いながら、観柳邸の調査をしていた。

そして、ここ最近の調査で観柳の私兵団の大まかな編成が分かって来た。

もっぱら借金の取り立てや地上げを行うヤクザ隊

観柳の表向きの仕事を手伝っている小姓隊

そして、観柳の身辺警護を行っている剣客隊と銃士隊‥‥。

ただ、あの男はこれ等観柳の私兵団のどの隊にも所属していないし、常に自分を監視する忍者軍団だけは未だにその詳しい編成と人数は分かっていない。

それに此処までの調査は恐らく自分を監視している忍者にも知られているだろう。

 

(まったく、やりにくいったらありゃしない‥‥これだから、忍びは嫌いなのよ)

 

四六時中どこからか自分を観察している視線にうっとうしさを感じながら、信女は今日も家事に精を出していた。

そんな中、信女は屋敷内である女性を見かけた。

その女性は長い黒髪で頭に三角巾をつけ、白い割烹着を着て、身体からはクリスの匂いを漂わせていた。

 

(あの人、どこかで‥‥)

 

女性とすれ違い様、信女はその割烹着姿の女性を何処かで見た気がした。

 

(少し後をつけるか.....いや、まずは...)

 

信女は割烹着の女性の事が気にはなったが、それとは別に今はやるべき優先事項があったので、その女生とは違う方向に歩いていき、竹箒を持って屋敷の外の掃除を始めた。

 

「‥‥」

 

(やっぱりいるわね‥‥ホントしつこい、お手洗いやお風呂の時にはいないだけ、相手にはそれなりのモラルがあるみたいだけど‥‥やっぱり、忍びは嫌い‥‥)

 

掃除中にもやはり例の視線は感じた。

視線を感じつつ信女は普段の様子を装って外の掃除を続け、次第に屋敷の敷地内でも目立たない小さな林の中へと入って行く。

 

そして、

 

(屋敷の中に小さいとは言え、林があるとは流石金持ち‥‥でも、それはこっちも都合が良いわ‥‥)

 

「いい加減にしてくれない?ただの女中をつけまわすなんて、悪趣味よ」

 

(私の生まれた世界ならストーカーで訴えられるレベルね)

 

信女は何処かに潜んでいるであろう監視者に声をかける。

すると、

 

「ふん、ただの女中が、私の気配に気付けるはずがないだろ、貴様何者だ?」

 

と忍装束に腕には黒と赤の刺青をして顔に般若の仮面をつけた男が出てきた。

 

「『女中』‥と、以外に答える気はない...それにそろそろ私の事をつけるのをやめてくれない?...正直、イライラする‥‥それとも私に気があるの?」

 

(奇抜な服装‥‥ただの忍びじゃない‥‥恐らく中忍以上の実力者‥‥)

 

信女は挑発っぽく言い、そう聞かれて忍者は、

 

「ふ、ふふふ確かに気はあるさ‥ただ‥‥お前を殺る気だがな!」

 

忍はそう言って拳を一度打った後、構えた。

 

(.....あれは拳法の構え‥‥くっ、愛刀さえあれば...でも、今はこれでやるしかない)

 

「覚悟‥‥変態忍者」

 

信女は今、愛刀である長刀を持っていなかったので、仕方なく今持っていた竹箒で般若面の忍者を迎え撃つがいとも簡単に手で止められた。

 

「ふんっ」

 

「なっ!?」

 

(アイツ、手袋の下に何か仕込んでいる...さっきの音からして恐らく鉄甲‥‥これだから忍は...)

 

此方の先制攻撃が防がれた事に信女は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 

「では、今度はこちらから行くぞ、キェェェエエ!」

 

忍は信女に正拳突きを放った信女はその正拳突きを紙一重で躱す。

 

(紙一重で避けた‥これで...)

 

信女は相手の正拳突きを紙一重で避けた後、反撃に移ろうとする。

だが、

 

「っ!?」

 

信女は相手の攻撃を避けきれなく、

 

(何、今の!?...腕が伸びた!?そんなバカな!?)

 

ドカッ

 

「ぐっ」

 

顔にモロ、相手の攻撃を喰らった。

 

「どうした?...こんなものか?お前の実力は?」

 

「くっ」

 

仮面でわからないが余裕な表情しているのは声の口調からして確かだ。

その声を聞いて信女は、

 

(アイツ、殺ってもいいかな?)

 

ちょっとキレかけた。

任務の為、あまり大事にはしたくなかったが、此処までストーキングされた挙句、コケにされて黙っているのは無性に腹が立つ。

信女はそんな事を思って、袖に仕込んでいた小太刀を抜こうしたその時に、

 

「何をしている、般若?」

 

「っ!?」

 

ロングコートのあの男がいつの間にか立っており、般若と呼ばれた忍は、

 

「申し訳ありません、お頭」

 

まるで忠犬の様にロングコートの男に頭を下げる。

 

「まあいい、高荷恵が逃げ出した。今、観柳の私兵と癋見が後を追っている。お前も追え」

 

「はっ!!」

 

般若は高くジャンプし木の枝に上り、そのまま消えて行った。

恐らく高荷恵と呼ばれた人物を追いかけに行ったのだろう。

 

「.....」

 

お頭と呼ばれた男はそのまま無言で去ったが信女は、

 

(お頭...まさか、まさかあいつが.....)

 

信女はまさかあのロングコートの男が謎の忍者軍団を率いているお頭だと知った。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第18幕 阿片

更新です。今回はほぼ剣心視点です。


 

 

 

 

(お頭...まさか、まさかあいつが.....)

 

信女はあのロングコートの男が謎の忍者軍団を率いているお頭だと知った。

忍者らしくないこの男がまさか忍者軍団を率いるお頭だとは予想外だった。

 

(それにあの男が言った高荷恵‥‥高荷‥‥この名前、確か会津に居た時に‥‥)

 

信女はあの男が口走った高荷恵と言う名前に関して、高荷と言う苗字の人物を会津で聞いた覚えがあった。

とりあえず、いつも自分を監視している人物を見る事が出来た。

それにあのロングコートの男があの般若面の忍者の上肢であるお頭と言うのであれば、今後、あの般若面の忍者がこれまで通りしつこいようであれば、あのロングコートの男に直訴してやると意気込んだ。

 

 

此処で場面は変わり、左之助から大事な用事があると言われてついて来た剣心。

しかし、その大事な用事とは左之助が彼の友人達と博打をやるから、剣心の先読みの力でサイコロの目を当てて欲しいと言うモノだった。

だが、同じ勝負とは言え、剣術と博打は全くの別物なので、剣心の先読みのからは全然あてにならなかった。

 

「左之さん、今日は随分と気合が入ってんな」

 

「あたぼうよ、飴売りの宵太にちょっとした借りがあってな今日は利子つけて返してやろうとおもってやって来たんだよ。そういや宵太の奴はどうした?博打と聞けばすっ飛んでやって来る筈なのによ」

 

左之助は博打好きの友人の姿が見えない事に疑問を感じる。

すると、宵太の名前を聞いた他の友人達は暗い顔をする。

 

「ん?どうした?おめぇら」

 

「左之さん、知らなかったんですか?

 

「ん?何を?」

 

「その.....宵太は...死にました」

 

「なっ!?」

 

自分が知らぬ間に友人が死んでいた。

その事実は左之助を驚愕させた。

 

「なんだと!?病気か!?あの元気だけが取り柄のアイツがまさか!?おい、どうしたってんだよ!?」

 

「あ、阿片‥です」

 

「なに!?」

 

友人の死がまさか阿片(麻薬)による中毒死だと知り、更に驚愕する左之助。

 

「誰からか、そそのかされて『体にいい薬だから』って言われて‥‥」

 

「それが実は阿片だったと分かった時にはもう手遅れで‥‥」

 

(何処のどいつが宵太に阿片なんかを‥‥)

 

「しかし、妙でござるな、阿片はかなり高額の薬、普通の人間が中毒死するほど買えるとは思えんが‥‥」

 

剣心が左之助の友人の死に疑問を持つ。

すると、突然戸が開き、1人の女が飛び込んできた。

 

「助けてください!!悪い人達に追われているんです!!」

 

すると、次にガラの悪そうな男2人が入って来た。

 

「コラ、恵!!」

 

「テメェ、もう逃げられねぇぜ!!」

 

「今度はヤロー共かよ‥‥なんだ?テメェら?」

 

左之助はドスの効いた声で男達に正体を尋ねる。

 

「うるせぇ、俺達の用があるのはその女だ!!テメェはすっこんでいろ!!」

 

男の1人が恵の肩を掴む。

 

「いや!!」

 

恵と言われた女の人が悲鳴をあげると、男の顔面に拳が命中する。

左之助が男の顔面に一発ぶち込んだのだ。

 

「俺は今、気が立ってんだ!!口の利き方に注意しな!!」

 

「て、テメェ、こんな事をしてタダで済むと思ってんのか!?俺達は観柳さんの私兵団員だぜ!!」

 

残る男が自分らの正体を言うが、ちょっと声が震えている。

しかも観柳の名前を笠に着て、まさか虎の威を借りる狐状態だった。

 

「注意しろって言ってんだ!!」

 

左之助は残る男に博打で使った茶碗を投げつけ、顔面に茶碗がぶつかった男はその場に倒れる。

 

「武田観柳の手下どもか‥‥」

 

「いくら左之さんでも相手が悪いぜ‥‥」

 

「武田観柳?」

 

剣心は武田観柳って誰だ?みたいな顔で、その武田観柳の事を左之助に尋ねる。

 

「青年実業家‥‥とは表の顔、裏じゃ私兵団を抱えてかなり悪どい商売をしているって噂の胡散臭いヤローだ。アンタ、奴とはどんな関係だ?」

 

観柳の私兵団員が追いかけているのであるから、恵も観柳の関係者であることは明白。

左之助は恵に彼女と観柳の関係を尋ねる。

 

「私は何も知らないんです!!本当に!!」

 

しかし、恵は観柳との関係を否定する。

だが、

 

「嘘はいけねぇな高荷恵」

 

土間にはいつの間にか小柄な男が座っていた。

 

「監視役がふたりだけだと思っていた様だが、お前は常に俺達に見張られているんだよ」

 

「ふん、帰って観柳に伝えな!私は絶対逃げ切ってみせるってね!」

 

「ククク可愛いねえ。逃げ切れると思っている所なんか特にね…」

 

すると、小柄な男は何かを指で弾いた。

 

「ぐあっ」

 

「ぐっ」

 

「知!銀次!」

 

左之助の友人が何かを喰らい倒れる。

肩からは出血も見られる。

 

「次はこの"螺旋錨"で両足を射抜くぜ。お仕置きも兼ねてな」

 

螺旋錨と呼ばれるライフルの銃弾の様なモノが恵へと迫る。

そこを剣心が畳返しをして防ぐ。

 

「事情はよく飲み込めぬが、拙者、いたずらに人を傷つけたりするのを黙って見てはおれぬでござる」

 

「テメェよくも俺のダチを!!」

 

「えっ?えっ?」

 

右からは剣心、左からは左之助が迫り、小柄な男はどちらを攻撃すればいいのか躊躇してしまい、両方から怒りの鉄拳を喰らい、飛ばされて行った。

小柄な男をふっ飛ばした後、剣心はこの恵と言う女性が何らかの事件に巻き込まれていると思い、このまま放っておくわけにはいかず、神谷道場に連れて帰った。

ただ、女性の恵を連れて帰った事で薫との間にひと悶着があったのは言うまでもなかった。

 

 

そしてその日の夜‥

普段通り、信女は観柳に出す夕食の準備を行う。

バルコニーにて白いテーブルクロスがかかったテーブルの上にパンにワイン、サラダにスープ、そしてメインディッシュであるステーキを用意する。

 

「おや?今井さん、その顔はどうしましたか?」

 

昼間、般若からの一撃を顔に喰らった信女の顔にはカーゼが貼られていた。

 

「今日、掃除中に転んで‥‥」

 

信女は転んで傷を負った事にした。

 

「そうですか、気を付けてくださいよ」

 

てっきり使用人の事を案じるかと思いきや、

 

「この屋敷には貴女に払う一生分の給金よりも高価な美術品があるんですから」

 

観柳は屋敷内にある美術品の方を心配していた。

 

「は、はい‥‥」

 

(コイツ、使用人よりも美術品の心配かよ‥‥下衆ね)

 

信女の世界にも地球人を人とも思わず使い潰す天人はいたが、目の前の男もそう言った部類の最低男だった。

 

(アンタの美術品真っ赤に染めてあげようか)

なんて事を思いながら彼の夕食の準備をしていると、

 

「観柳さん」

 

観柳の私兵の中の剣客隊のリーダー格の男がバルコニーへやって来た。

 

「なんですかな?私はこれから夕食なんですけれど?」

 

椅子に座った観柳はこれから夕食だと言うのに、夕食前にやって来たその剣客隊のリーダー格の男を睨む。

 

「そ、それが高荷恵の奪還は失敗したそうです」

 

「ほぉ‥‥」

 

「それで、恵を追っていた連中が戻りましたが、いかがいたしましょうか?」

 

「たかが女1人を連れ戻す簡単なこともできないゴミに払う無駄金はありません。処分しなさい」

 

「はい」

 

剣客隊のリーダー格の男はニヤリと笑みを浮かべて、バルコニーから去って行った。

ただ、その男の顔に信女は見覚えがあった。

彼は以前、信女に夜這いをかけて、彼女に返り討ちをされた男だった。

去り際、信女の姿を見たその男は顔を歪めて去って行った。

信女も観柳の夕食の準備が出来、彼の隣で控える。

それから少しして、玄関先のロータリーには縄で縛られた2人の男達が震えていた。

男達の周りには観柳の私兵団員達がニヤついた顔で男達を取り囲んでいた。

 

「やめろぉ~」

 

「違うんだよ~!!」

 

「お願いだ、助けてくれ~」

 

「頼む、今度はこんなヘマはしないだから‥‥」

 

「お願いだよ、見逃してくれ!!なんでも‥なんでも言う事を聞くからよ!!おい、やめろぉ!!」

 

男達の命乞いを無視するかのように、剣を構えた剣客隊のリーダー格の男はその刃を男達に振り下ろす。

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

高荷恵の奪還任務に失敗した私兵団員達は、こうして粛清された。

その様子をチラッとバルコニーから見た信女は、

 

(羨ましい)

 

と人を斬った、剣客隊のリーダー格の男を羨んだ。

警官のくせにとんでもない事を思う信女であったが、彼女としては顔には出さないが、この屋敷へ潜入してから、いけ好かない男を「ご主人様」と呼び、お手洗いと入浴中以外、四六時中あの般若面の忍者に監視されて結構イライラが溜まっていたのだ。

 

「これも実業家としての性分なんですかね?役に立たないモノは直ぐに排除しないと落ち着かないんですよ。その点、お頭さんは、我慢強い方ですね。ほっほっほっほっ」

 

下で人が惨殺されたにも関わらず、観柳はステーキを食べている。

そして、そんな彼のすぐ近くには例のロングコートの男、御庭番衆お頭、四乃森蒼紫の姿があった。

ただ、このバルコニーの周囲からは後2人の気配を何となくだが感じる。

1人は今日の昼間、自分の顔面に一撃を与えたあの般若面の忍者。

もう1人は小柄な気配だ‥‥多分、剣心よりも背は小さいのではないだろうか?

 

「癋見達の頭はあくまでこの私だ。余計な口出しは慎んでもらおう」

 

「勿論分かっていますよ。とにかく私は恵さえ戻ってくれれば文句はないんですから」

 

「般若、高荷恵は何処に居る?」

 

「ハッ、町のさる道場に‥‥」

 

「よし、お前と火男で癋見の仕事に手を貸してやれ」

 

「ハッ」

 

「いいか、癋見。これ以上の失敗は許さんぞ」

 

「き、肝に銘じておきます」

 

何処からともなく2人の男の声が聞こえてきたと思ったら、気配が消えた‥‥。

 

「お願いしますよ、お頭さん。何せ大事な金の卵を生む、雌鶏。絶対に手放すわけにはいきませんからね」

 

観柳は四乃森にそう言った。

一方、信女は観柳から興味深い事を聞けたことと、目の前にいるこのお頭が観柳に変な事を言わないか緊張していた。

しかし、四乃森は観柳に信女について何も言わなかった。

 

それから数時間‥‥

四乃森は書斎にて英文の書物を読んでいたが、不意に気配を感じた。

 

「般若か」

 

「ハッ」

 

「それで、高荷恵は奪還できたのか?」

 

「申し訳ございません。要らぬ邪魔が入りまして‥‥」

 

「邪魔だと?」

 

「ハッ」

 

「詳しく話せ」

 

般若は高荷恵の奪還へと向かった道場での事を四乃森に話した。

 

「そうか、癋見と火男がやられたとはな‥‥その男、只者ではなさそうだな」

 

「あの太刀筋から見て、相当の使い手を思われます」

 

「よし、その剣客の正体を探るのだ。分かり次第報告しろ」

 

「ハッ、直ちに‥‥しかし、あの女中はいかがいたしますか?」

 

「俺が直々に監視する。お前はお前の仕事をやれ」

 

「ハッ」

 

返答直後、般若の気配が消えた。

 

(赤い髪、左の頬に十字傷‥‥ひょっとしてその男‥‥)

 

四乃森は癋見達を倒した剣客に思い当たる人物が1人浮かび上がった。

そして、翌日、近くの川で男2人の死体が発見された。

 

知らせを聞いた左之助と剣心、そして恵はその死体があがった川へと向かった。

 

「アイツら昨日の観柳の私兵じゃねェか‥‥」

 

「惨いでござるな」

 

「役に立たない者は容赦なく切り捨てる。観柳のいつものやり方よ」

 

その時、剣心の視線は川を跨いで反対側の岸辺へと据えられていた。

その先に見えた男を見て、恵が「観柳だ」と声を上げた。

 

「本当だ。間違いねえ。剣心見ろ、向かって左の奴が武田観柳だ」

 

(あれが、武田観柳‥‥しかし、それよりも気になるのが‥‥)

 

「それより右の方。あれは何者でござるか?」

 

「さあ…私兵団の団長じゃねぇーか?」

 

「違うわ!あれは…お頭…!」

 

「お頭?」

 

「あの男が‥‥」

 

剣心は昨夜、恵から観柳の私兵団についてその編成を聞いており、その私兵団の中でも元隠密「御庭番衆」‥そのお頭である四乃森蒼紫は強敵だと聞いていた。

 

「何にせよ、相手は胡散臭い実業家に危険な御庭番衆…ここで恵殿を放り出す訳にもいかぬでござるな」

 

剣心達は蒼紫達をジッと睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 




ではまた次回。


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第19幕 敵

久々の更新です。


 

 

 

神谷道場への襲撃が失敗に終わり、癋見、火男が当分使い物にならなくなり、四乃森は般若に神谷道場に居た赤髪で頬に十字傷のある男の調査を命じた。

 

「お頭」

 

「般若か‥‥」

 

「例の男、調べがつきました」

 

「報告しろ」

 

「ハッ」

 

般若は緋村剣心がかつて幕末の京都でその名を轟かせた人斬り抜刀斎である事を報告した。

 

「そうか、やはりあの男は人斬り抜刀斎だったか‥‥」

 

「ハッ」

 

(最強の維新志士‥人斬り抜刀斎‥‥)

 

四乃森の心の中で静かなる闘志が燃え始めた。

 

「それとお頭、例の女中の事ですが、気になる情報が‥‥」

 

「なんだ?」

 

「あの女中、実は‥‥」

 

般若は序に信女の事も調べていた。

剣心の事を調べている内に幕末の京都で活躍した新撰組。その新撰組の中で気になる人物が出たのだ。

今井異三郎‥‥新撰組監察方兼三番隊組長補佐を務めた人物‥‥。

箱館戦争後、その行方は分からず、死亡説も流れたが、どうやら名前を変えて生き延びた様だ。

その今井異三郎が‥‥

 

「あの女中と言う訳か‥‥」

 

(どおりで奴からは血の匂いがするわけだ‥‥しかし、新撰組の中に女が居たとはな‥‥)

 

「はい。しかも奴は今、警視庁の警官だそうです」

 

「警官?と言う事は此処へ来たのは観柳への密偵か?」

 

「恐らくは‥‥いかがいたしますか?観柳に知らせますか?」

 

「‥‥いや、放っておけ」

 

「は?」

 

「我らの狙いは最強の維新志士、人斬り抜刀斎だ。観柳如き、小物など、どうなろうと知った事ではない。警察に捕まるのであれば、所詮観柳はその程度の器だったと言う訳だ」

 

「御意」

 

(最強の維新志士、人斬り抜刀斎‥だが、その前に幕末の京都、そして箱館を生き抜いた新撰組の1人‥‥抜刀斎と戦う前の前座か肩慣らし程度にはなるか‥‥)

 

四乃森はそう思ったが、それは後にそれは大きな間違いであったと知る事になる。

 

 

河辺で剣心が観柳と四乃森が初邂逅をしたその日、信女はあの般若面の忍者からの監視はなくなった。

そのかわり‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

お頭こと、四乃森本人が信女の監視をしていた。

彼はあの般若面の忍者と違い、堂々と信女を監視していた。

 

「‥‥あの、何か用?」

 

竹箒でロータリーを掃いていた信女は手を止めて後ろを振り向き、四乃森に尋ねる。

 

「俺がお前を監視する理由‥それぐらいわざわざ言わなくてもお前ならばそれぐらい察しがつくだろう?」

 

「‥‥ふん」

 

信女は再び手を動かして掃除を再会する。

そして、あらかた掃除が終わった頃、

 

「お前は刀を振る時‥袴と洋装‥‥どちらが振りやすい」

 

「何を急に?」

 

信女は四乃森が何故この様な質問をしてくるのかその意味が分からなかった。

 

「質問に答えろ」

 

「‥‥ちっ、勝手な奴」

 

有無を言わさず、信女に答えを求める四乃森。

そんな四乃森に思わず舌打ちする信女。

 

「いいから早く答えろ」

 

「‥‥洋装」

 

「そうか‥‥」

 

そう言い残し、四乃森は踵を返して屋敷の中へと戻って行く。

 

「変な奴」

 

去っていく四乃森を信女はジッと見ていたが、彼女はこの後すぐに四乃森の言っている意味を理解するとになった。

 

 

高荷恵の居場所を掴んだ観柳は早速、行動に移した。

庭先の井戸で洗い物をする恵に般若が貸本屋のフリをして近づき、恵の口元を押さえ、試験管に入った何かを見せ付けると、恵は抵抗する事を止め、大人しく般若の後をついていった。

試験管の中身は水銀で、般若は恵に騒いだりしたら、水銀を井戸の中に放り込むと脅した為、彼女は大人しく般若の後を着いて行ったのだ。

彼女が連れて来られたのは、道場から少し離れた森の中だった。

そして其処には葉巻を吹かす観柳の姿があった。

 

「話って何よ?」

 

「言わなくともわかっているでしょう?いい加減戻って来てくれませんかねェ」

 

「そう言われて『はい』って答えると思って?あんたの所に戻るんなら死んだ方がマシよ!!」

 

恵は強気な態度をとる。

すると、紫煙を吐き出した観柳は、今までと表情を冷徹なものへと変えた。

 

「そうですか。それじゃあもう一言…あなたが戻らないんなら、神谷道場を焼き討ちします」

 

「なっ!」

 

観柳の言葉に恵は驚愕した。

私兵団と御庭番衆、周辺のヤクザを総動員し、総勢五百人という数で道場を囲み、火を放つと観柳は言い放った。

彼の言葉に恵は唇を噛み締めた。

悔しいが、観柳の財力を使えばそれぐらいは出来る。

 

「いい加減、夢を見るのは止めにしませんか?」

 

それまでの表情とは変わり、再び観柳の顔は優しいものへと変わった。

しかし、その表情は何か悪巧みを考えていますと言う表情だった。

 

「あなたが人を死に追いやる阿片を精製したことは揺るぎない事実ですよ。例え運良く家族と会えたとしても、あの誉れ高いあの高荷家の娘がそんなことをしていたなんて知られたら、家族の方々はどう思うでしょうかねェ?」

 

家族に再会する夢。

彼女の夢を打ち砕くような観柳の残酷な言葉にショックを受ける恵。

観柳はニヤッといやらしい笑みを浮かべる。

 

「今更逃れようともう無理なんですよ。あなたと私、それと阿片はもはや一蓮托生。この先ずぅ~っとね」

 

焼き討ちは今晩零時。それまでに戻って来いと遠回しに言うと観柳は姿を消した。

恵は1人、森の中で跪き、涙を流した。

やはり、どう足掻いても観柳からは逃げる事が出来ないと実感させられたのだから、ショックも大きかった。

 

「何故、あの様な回りくどい事をする?」

 

四乃森が観柳に声をかける。

 

「そもそもあれで高荷恵は戻って来るのか?」

 

「そうでなくちゃ困りますよ。あの十字傷の剣客が伝説の人斬り『緋村抜刀斎』だとわかった以上、力押しに事態を進めてその逆鱗に触れるのは避けた方が得策、『高荷恵は自分の意志で去っていった』 そうなれば、抜刀斎が動く理由は何処にも無くなりますよ。ほっほっほっほっ」

 

観柳はそう言って意気揚々と屋敷へ戻っていく。

その様子を四乃森はフンと鼻を鳴らし、観柳の後を着いて行った。

 

観柳の屋敷では、信女が屋敷内の掃除をしていると、神谷道場の近くの森から帰ってきた四乃森が手に風呂敷包みを持ってやって来て、信女に風呂敷包みを押し付けると、

 

「これに着替えてあの林まで来い」

 

と言って去って行った。

 

「?」

 

信女が警戒しながら手渡された風呂敷包みを開けると、そこには白いYシャツに黒いベストとズボン、そして黒い皮手袋が入っていた。

 

(そう、そう言う事‥‥)

 

信女は四乃森の意図を読み取り、彼に言われた通り、手渡された服に着替え、髪の毛を皮の紐でポニーテールに結び、一振りの日本刀を持って、般若と邂逅したあの林へと向かった。

 

(なまくらだけど、贅沢はいってられないわね‥‥それ以前に渡されたこの服‥‥サイズがピッタリなんだけど‥‥アイツら忍者じゃなくて変態集団ね)

 

一度鞘から抜いた日本刀を見て、急いで仕入れたものだからなまくら品なのは仕方ないと割り切る。だが、四乃森から手渡された服のサイズがピッタリだったことに驚く信女。

何時の間に自分のサイズを測ったのだろうか?

それとも監視と言う名の視姦でもしていたのかと思う信女であった。

やがて、あの林へと行くと其処には元御庭番衆お頭、四乃森蒼紫は静かに佇んでいた。

 

 

~side林~

 

「待っていたぞ」

 

「わざわざこんな所に呼び出して...」

 

「新選組三番隊組長補佐、今井異三郎」

 

「っ!?」

 

四乃森の発した言葉に信女は驚いた。この話は新選組そして剣心しか知らないはずの情報の筈

一体何処でこの男は掴んできたのだろうか?

 

「俺の情報網と収集能力もなかなか優秀だろう?般若の奴に調べさせたらすぐにお前の素性もわかった。それに...伝説の人斬り抜刀斎の事もな‥‥」

 

(伝説の人斬り抜刀斎...まさかっ緋村の事!?)

 

「ふふ、どうやら貴方には聞かないといけない事が山ほどあるようね」

 

信女は刀を抜いた。

 

そして

 

「ほう‥‥」

 

四乃森も小太刀を抜く、

 

信女の体勢は右腕を前に出して左腕を下げた。

 

「それが噂に聞いた新撰組隊士独自の技、平突きか?」

 

「この技はそんな生易しいものじゃないわよ.....やっぱり忍びは許せない‥‥忍は彼を殺した...それにあなた達が変態集団だと言う事も分かった‥‥」

 

ぐっと苦虫をかみ潰した顔をした。そしてまた

 

「此処で貴方を殺したら観柳の皮もめくりやすくなるでしょ?」

 

敵を目の前に信女は自分を抑えきれなくなってきていた。

 

「ほう、俺達を変態と抜かすか‥‥」

 

変態と言われ、四乃森もちょっと怒っている様子。

 

「同じ元幕府側の人間であるが、今の貴様は政府の狗に成り下がった飼い犬‥‥抜刀斎との戦いの前の肩慣らしには丁度いい」

 

「元幕府側?そう‥‥でも、貴方の顔、戦場では一度も見なかったわ‥‥私が飼い犬なら、貴方は戦いもせず、尻尾を巻いて逃げた負け犬ね」

 

2人の剣気と闘気がぶつかり合い、木の葉が地面に落ちたその瞬間、

一斉に動いた。

信女が牙突で一気に四乃森へ距離を詰める。

 

(速い!!)

 

四乃森は紙一重で信女の牙突を躱す。

信女の放った牙突でそれを喰らった木が倒れる。

 

「回転‥‥」

 

「飛天御剣流‥‥」

 

「剣舞!!」

 

「龍巻閃!!」

 

2人の技がぶつかり合い、倒れてきた木は粉々に粉砕される。

 

(コイツ‥‥)

 

四乃森は、信女は抜刀斎の戦いの前の前座だと思っていたが、今剣を交えてみて、予想以上の強さを持っていた。

観柳邸の林を舞台に激しい斬り合いが行われる。

四乃森が木に飛び上がれば、信女も木に上がり、四乃森の後を追う。

 

(コイツ、本当に新撰組隊士なのか?)

 

信女の身体能力の高さに四乃森は信女が新撰組隊士なのかと疑う。

自分と同じ忍びの者だと言われた方がしっくりくる。

信女は背中に仕込んだ小太刀も取り出してやや本気モードで四乃森とやりあう。

小太刀は通常の日本刀より軽く、小回りが利くので四乃森の基本戦闘は小太刀で相手の攻撃を防御し、拳法で相手を仕留める戦術であるが、信女も小太刀を取り出した事でその戦術が崩れた。

四乃森の小太刀を信女も小太刀で受け止めてそこを刀で攻撃する。

流石の四乃森も拳で日本刀を受けきることは出来ない。

信女と距離をとる四乃森だが、信女は神速で四乃森と距離を常に詰める。

四乃森と信女の戦いを密かに影で見守っている者が居た。

 

(お頭が押されている?いや、そんな筈はない‥‥)

 

(お頭は最強の武人‥‥たかが新撰組隊士ごときに遅れをとる筈がない‥‥)

 

般若の仮面で表情は分からないが、彼は今自分達のお頭が押されている事に冷や汗を流し、驚愕している。

 

(アイツ、あの時はわざと手を抜いていたと言うのか?)

 

眼前でお頭である四乃森と互角‥‥いや、互角以上に戦っている元新撰組隊士の実力を見て、あの時、自分と対峙した時、あの元新撰組隊士は手加減していたと思いそれが無性に腹がたった。

そう思っていた矢先、

 

ガキーン

 

信女が四乃森の小太刀を弾き飛ばす。

 

「これで終わり‥‥」

 

「お頭!!」

 

真剣勝負の中、水を差される事を四乃森は嫌っている事は般若自身も良く知っている。

しかし、今ここで四乃森蒼紫という自分達の光を失う訳にはいかない。

この距離から出は間に合わない。

そこで、般若は信女に向かってクナイを投げつけた。

 

「っ!?」

 

当然信女も般若の投げたクナイには反応した。

しかし、刀で弾けば、隙が生じる。

そこで、信女はやむを得ず四乃森から距離をとった。

 

「般若!!」

 

「申し訳ありませんお頭‥‥しかし、今我等はお頭を失う訳にはいかないのです」

 

般若は四乃森を守るかのように彼の前に立ち、信女と対峙する。

すると、

 

「ふん‥‥つまらない‥‥」

 

信女は四乃森との戦いに飽きた様な顔で刀を鞘に納めた。

 

「貴様、どういうつもりだ?」

 

「この勝負はもともとそっちが仕掛けてきた勝負‥‥一対一かと思ったら、伏兵なんか忍ばせて‥‥やっぱり忍びは好かない‥‥」

 

信女はクルッと踵を返して屋敷へと戻って行った。

 

(こんなつまらない奴から緋村の情報を聞きだすのは何か癪‥‥)

 

信女は本当ならば、剣心の事を知りたかったが、やはり忍は嫌いで例え聞いてもコイツ等が本当の情報を教えるのか疑問に思ったのだ。

 

しかし、彼女は間もなく、その探し人と再会する事になる事をこの時はまだ知る由もなかった。

 

そして、去っていく信女の後姿を四乃森と般若はジッと見つめていた。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第20幕 理由

更新です。


 

 

 

 

 

信女が観柳邸の屋敷の森で四乃森と戦っている中、恵は昼間、観柳と接触し、観柳相手に逃げ切る事は無理だと悟ると同時にある決意をした。

そして、神谷道場に置き手紙を残し、観柳の屋敷へと帰って行った。

恵が残した置き手紙は薫が見つけた。

そしてそこに記された内容に皆は静まり返った。

 

前略 誠に勝手ながら黙って去ることをお許しください。

観柳の追手も途絶えたようですので私たちはそろそろ会津に帰ることにします。

十日間程でしたが本当に有難うございました。

                                  草々 高荷恵 

 

恵の置き手紙にはそう書かれていた。

 

「なんか拍子抜けしちゃうなぁ…」

 

手紙を見て薫が小さくつぶやく。

そこには喧嘩相手を無くしたような喪失感に悲しみを滲ませた表情があった。

 

「しまった‥‥」

 

しかし、剣心はその手紙に込められた意図を見抜き、悔しげにグシャリと手紙を押し潰す。

彼の顔には焦りが露わになっている。

 

「剣心?」

 

そんな剣心の態度に薫は不思議がっている。

 

「会津には今、恵殿を待つ者は1人もいないはず……!観柳の奴がいつの間にか恵殿に接触して脅しをかけたに間違いない!」

 

手紙の文字は以前弥彦に穿たれた毒を解毒する材料を書いた字と比べるとわずかに震えていた。

 

「左之、観柳邸の場所はわかるな!行くぞ!」

 

剣心は焦りから声を荒げる。

だが、反して左之助は至極冷たく言い放つ。

 

「行きたかったら、勝手に行けよ」

 

「っ!?」

 

「あの阿片女のために何で俺が動かなきゃなんねーんだよ?」

 

「左之助!?」

 

その場に居合わせた剣心、薫、弥彦の三人は息を呑む。

人一倍人情の厚い筈の彼がそんなことを言うなんてあまりにも意外だった。

弥彦はそんな左之助の態度が気にくわず左之助に食ってかかる。

 

「てめぇいつからそんなダセェこと言うように‥‥!!」

 

剣心はそれを手で制した。

 

「剣心」

 

弥彦が剣心の顔を見ると、剣心の顔からは焦りが消え去り、ありありと浮かび上がるのは紛れもない怒りであった。

 

「いい加減にしろ、左之。お前らしくもない」

 

「…るせえよ。あの女の作った阿片で俺のダチが1人死んだんだぜ。それなのに何で俺が動かなきゃなんねー理由があるんだよ。俺はお前程お人好しでも、ましてや流浪人でもねェーんだよ!!

 

剣心は小さく溜め息を吐く。

左之助の中の葛藤も困惑も、全て見抜いたまま‥‥

 

「左之、お前‥恵殿の瞳をよく見てなかったでござろう」

 

薫とのやりとりや、これまでの恵との日常生活の中、いつも気丈にふるまっているが時にほんの一瞬見せる寂しそうな瞳。

あれは心を許せる家族に等しい仲間を探している目であった。

大切な人と会いたくても会えない辛さは左之助も分かっていた。

左之助だって助けたい‥でも、彼女のせいで友人が死んでいる。

それがどうしても許せない。

彼が動けないのは、そうした理由もあった。

 

「そうか‥‥しかし、拙者は恵殿を救いに行く。人が動くにいちいち理由が必要ならば、拙者の理由はそれで十分でござる」

 

左之助は剣心の言葉を聞きは言葉を失った。

静かに歩き出す剣心の後ろを弥彦が追って行く。

 

「ちょっと弥彦、アンタどこに行くつもりよ!?」

 

「決まってんだろう!!剣心と一緒に恵を助けに行くんだよ!!!」

 

「何言っているのよ!?アンタが行っても足手まといにしかならないわよ!!」

 

薫が足手まといになるだけだから止めろと言うが、

 

「うるせえ!俺は一度あの女に命助けられてんだ!ここは命懸けでも助けに行く!それが出来ねーで何が活人剣の神谷活心流だ!」

 

(そうだな、理由はどうあれ、アイツは弥彦を助けたじゃねぇか‥‥)

 

弥彦の言葉を聞き、左之助はポンと薫の肩に手を乗せ、口を開く。

 

「こいつぁ多分徹夜仕事になる。五人分の朝食と朝風呂の用意忘れんなよ」

 

「左之助!!」

 

「四の五の考えんのはもう止めだ。ここは俺らしくひと暴れして来るぜ!」

 

そんな左之助の様子に、剣心は「よし」と満足気に微笑む。

 

「行くぞ!!」

 

「「おう!!」」

 

剣心達は恵を助けるために観柳の屋敷へと向かった。

 

 

その頃、観柳の屋敷では、観柳の前にはほぼ無表情の恵が立っていた。

 

「お帰りなさい、恵さん。必ず帰ると思っていましたよ。あなたの帰る所はここしかありませんからねェ」

 

クスクスと不敵に笑う観柳。

 

「さっそくですが新型阿片『蜘蛛の巣』の在庫が切れそうなんですよ。作って頂けますね?」

 

しかし、恵は返事をしない。それをみかねた観柳は溜息を吐きながら彼女へと歩み寄る

 

「どうもあなたはいつも反抗的だ。私はいつもあなたを可愛く思っているんですけどねェ」

 

「可愛く思っているのは私が作った阿片の利益でしょ」

 

「ええ。ですから、そのついでにあなたも可愛がってあげているんですよ」

 

恵の顎に手を添えたまま、観柳は冷たくそう言い放つ。

 

「そう…でも生憎、私は阿片を作りに来たんじゃないの」

 

「は?」

 

スラリと恵の背後から煌めく短刀の刃が見えた。鞘がカラン、と音を立て床に落ち、刃先は観柳へ向けられていた。

 

「武田観柳を殺しに来たのよ」

 

恵がそう言い放つと、

 

ザシュッ

 

恵は観柳に斬りかかった。

彼女の渾身の一撃はまず観柳の左腕を傷付けるに止まった。

観柳はみっともなく悲鳴を上げながら後ろに飛び退く。

 

「安心なさいな、あんたと私は一蓮托生。私もすぐ後死んであげるから」

 

恵は再び短刀を振りかざす。

 

「言ったでしょう?ここに戻るくらいなら死んだ方がマシだって」

 

そして、恵は観柳に短刀を振り下ろすが、

 

「そこまでにしとけ…」

 

恵の手からは観柳に刺したはずの短刀が消えており、その短刀は、彼女の後ろにいる四乃森が盗っていた。

 

「こ…このっ、くそアマ!!」

 

観柳が恵の頬を拳で殴った。

武器が無くなったと思うと強気になる。悪党の中でも小物っぽい観柳であった。

 

「私兵団を呼べ!拷問にかけて精製法を吐かせてやる!」

 

声を荒げ四乃森に私兵団員を呼ぶように命じる。

 

~side信女~

 

その様子をじっくり見ていた信女

 

(なるほど...新型の阿片か...それに高荷恵..やっと思い出した...)

 

(会津の医者の名門家‥‥高荷家‥‥あの人は其処の家の人だったんだ‥‥)

 

(後はこの屋敷の裏を知りどうやって連中を捕まえるか...)

 

(1、全員斬る‥‥ダメだ派手に動きすぎる 2、とりあえず阿片ができたらそれを証拠に捕らえる、時間がかかるしさっさと此処から出ていきたい、3、暗殺...警察がそんな事...でも、それが手っ取り早い‥‥うーん、でもそれだと真相が全て闇の中‥‥どうすれば‥‥)

 

そんな事を考えていると外が騒がしくなってきた。

 

(なんか、うるさい、ケダモノ達が酒を飲んで花火でもしているの?)

 

と外を覗き始めた。

すると、其処には信じられない光景が広がっていた。

 

 

~side観柳~

 

時は同じく外の様子を知った四乃森が口を開いた。

 

「小姓隊以外は出払っているさ」

 

「何?」

 

「耳を済ませてみろ」

 

観柳が四乃森の言われた通り、耳を澄ませると、

 

ピィー!!ピィー!!

 

庭先から笛の音が聴こえた。

 

「こ、これは…非常用の呼子……!」

 

「あの男が…来た!」

 

四乃森がポツリと呟いた。

観柳が急いで窓から庭先を見ると、剣心と左之助が庭に居た剣客隊とヤクザ隊をボコボコにしながら、屋敷に向かって進撃して来る。

 

剣客隊とヤクザ隊を倒すと、

 

「銃士隊打ち方用意!!」

 

剣心達の前に整列し、拳銃を構えた男達が居た。

観柳の銃士隊だった。

しかし、拳銃如きに怯む剣心ではなく、銃弾が放たれる前に銃士隊の前衛を突き崩す。

 

「此奴、怯むどころか加速しやがった」

 

銃士隊のリーダーは剣心の行動に思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。

前衛は突き崩してもまだ銃士隊全員を片付けた訳ではなく、

 

「止まったぞ!!撃て!!」

 

動きが止まった剣心に狙いをつける銃士隊。

そこへ、

 

「弥彦」

 

「ん?」

 

「飛べ!!活躍して来いよ!!」

 

すると、左之助が弥彦を銃士隊の所へと投げ飛ばし、弥彦は銃士隊のリーダーと衝突する。

 

「き、貴様」

 

銃士隊のリーダーが突然自分に飛んできた弥彦に拳銃を向けようとしたが、その拳銃は弥彦の手の中にあり、突然の弥彦の乱入に唖然としていた銃士隊は剣心と左之助の手により片付けられた。

 

「こら、左之助、よくも人を放り投げたな!!」

 

「お前の出番をやったんだ。感謝しな」

 

「なんだと!?」

 

主力となる私兵団員が全滅した中、弥彦と左之助が言い合っている。

その様子を見た観柳は困惑していた。

 

「わからん何故だ?いったい何の理由があって緋村抜刀斎が……何の得があってあの女のためここまで動くと言うんだ!」

 

「人斬り抜刀斎が損得で動く様な男であれば今頃奴は陸軍の幹部にでもなっているさ。実業家のあんたには理解できんだろうが、維新志士というのはわれわれとは立場は違えど己の理想に殉じていった、そういう連中だった‥。明治の世になって多くの志士達は見る影もなく腐っちまったが、あの男はまだ活きが良さそうだ。十年ぶりに大物が姿を現した!あの男‥人斬り抜刀斎はおれたちの獲物だ」

 

「じょ、冗談じゃない…あの伝説の人斬りを敵にするなんて危ない真似できるか!!」

 

観柳は自分の屋敷へ近付く剣心達を見てガタガタ震えていた。

 

「そう言うな、御庭番衆は戦いたいんだ」

 

四乃森は不敵に笑みを浮かべる。

 

「観柳!!」

 

「ひっ!」

 

屋敷の外から剣心のデカい声が聞こえ、観柳はビクッと震える。

 

「っ…」

 

「…年貢の…納め時だ、武田観柳。恵殿を連れて降りて来い」

 

剣心は観柳を睨みつける。

すると、観柳は突然笑い出した。

 

「素晴らしい!私兵団五十人余りを息もつかぬ間に倒すとは、流石は伝説の人斬り抜刀斎!!私兵団五十人分の報酬を払いましょう。どうです、是非とも私の用心棒に!!」

 

観柳はつらつらと彼の事を褒め称え、剣心を勧誘し始めた。

 

「降りて来るのか来ないのか、どっちなんだ?」

 

剣心の低い声を出し、一歩一歩屋敷へと確実に近づく。観柳はどんどん報酬額を上げ彼に迫るが、剣心からの返事は勿論無い。

 

「わからん奴だな。金で懐柔しようったって無駄だ。緋村抜刀斎は損得で動く男ではないと言っただろう」

 

「わかった、私の負けだ、降参する。高荷恵は手放そう!だが一時間だけ時間をくれ!こちらの方でも何かと準備が居る!一時間後に必ず届ける!頼む!この場は大人しく退いてくれ!!」

 

観柳は剣心に交渉を持ち掛け、一時間の内に恵から新型阿片の製法を聞き出そうとしたが、

 

ドゴォッッ!!

 

剣心は庭にあったガス灯を切り、

 

「一時間以内にそこへ行く!心して待っていろ、観柳!!!」

 

「姑息な奸計は火に油か。成る程確かに激情家だ」

 

「お…御頭、御庭番衆の配──」

 

「もう済ませた。玄関につながる大廊下とそのつきあたりの階段に俺の右腕と左腕を配置した。俺は階段を登ってすぐのダンスホールで殿を勤める。この女は3階の展望室に幽閉しておく」

 

「いいか癋見や火男この様な役立たずのクズはもう真っ平だぞ!高い給金に見合うだけの働きをせん奴はこの私が許さんからな!!」

 

観柳がそう言った瞬間、

 

「『この私が許さん』とは、どういうコトだ?勘違いするなよ。御庭番衆を束ねるのはお前じゃない。俺の御庭番衆だ。何人たりとも卑下することは許さん!」

 

四乃森が観柳の胸倉をグイッと掴み上げた。

観柳を降ろした後、四乃森は恵を抱えて部屋から出て行った。

 

 

剣心が庭先で私兵団員を相手にしている時、

 

 

~side信女~

 

「間違いないあの姿‥‥緋村‥‥」

 

まさか、自分の探し人が向こうから現れた事に驚愕する信女。

 

「斎藤からの頼まれ事も果たせそうね」

 

窓の外で剣を振り、私兵団員をなぎ倒している剣士を見て、信女はそう呟いた。

ただ、その前に証拠品を抑える事にした。

今は、御庭番衆は自分の近くには居ないし、私兵団も屋敷の外で伸びており、屋敷内には居ない。

絶好のチャンスだった。

そして、観柳の書斎にて、新型阿片の精製方は分からなかったが、阿片による売り上げや、密売兵器の保管場所が書かれた書類を発見し、それらの証拠の品を抑えると、刀を持ち、剣心を出迎える準備をした。

 

 




ではまた次回。


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第21幕 再会

更新です。


 

四乃森は恵を屋敷の3階にある展望室へと運んだ。

それからすぐに恵は目を覚ました。

 

「気がついたか…」

 

「…ここ…は、展望室?いったい…」

 

「神谷道場の男達が、お前を奪回しに攻めて来た」

 

蒼紫の言葉に、恵は呆然とした。

 

「…うそ」

 

「事実だ。だが、ヘタに希望は持たない方がいい。奴等はここまでたどり着けはしない。一時間後にお前を待つのは、救済でなく観柳の拷問による死だ」

 

「‥‥」

 

「お前の短刀だ。苦痛の生か安息の死か。せめて自分で望む方を選べ」

 

四乃森は恵に短刀を投げ、展望室から去って行った。

 

庭先の私兵団員をかたずけ、玄関ロビーに入ると其処には般若面の忍者が居た。

御庭番衆の中でも上級の実力者である般若であった。

般若は腕に施された赤と黒の横縞模様の刺青で、腕を短く見えるよう錯覚を起こさせる伸腕の術で剣心を翻弄させたが、逆刃刀を物差し代わりにし、剣士は般若の伸腕の術を破り、般若を倒した。

 

般若を倒し先へと急ぐ剣心達。

すると、剣心は急に立ち止まった。

 

「‥‥」

 

「剣心?」

 

「どうしたんだよ?」

 

急に立ち止まった剣心を見て左之助と弥彦は首を傾げる。

すると、通路の奥からコッコッコッと革靴の音がした。

2人目の御庭番衆かと警戒する剣心達。

しかし、姿を現した人物を見て、剣心は目を大きく見開いた。

剣心達の前に現れたのは、他ならぬ信女だった。

 

「あっ、アンタこの前の‥‥」

 

左之助は信女を指さしながら声を上げる。

 

「あの時はどうも‥‥」

 

信女は左之助に一礼する。

 

「オメェ、観柳のとこの私兵だったのか?」

 

左之助がドスのきいた声で信女に尋ねる。

 

「私兵?違う‥‥私は‥‥」

 

「「「私は?」」」

 

「私は‥‥女中(メイド)よ!」

 

信女の背後には『ドーン』と言う文字が浮かび上がるように自分は女中だと宣言する。

 

「め、女中(メイド)だと!?」

 

「んな訳あるか!!そんな格好している女中(メイド)がいるか!!」

 

男装し帯刀している女中が何処に居るとツッコム弥彦。

 

「冗談はさておき、久しぶりでござるな、信女」

 

「そうね。緋村」

 

「えっ?剣心、アイツを知っているのか?」

 

親しげに話す剣心を見て弥彦が剣心に尋ねる。

 

「今井信女‥‥かつて拙者と剣の修業を共にした同門の仲でござるよ」

 

初恋の人とはさすがに言えず、剣心は同門の仲だと2人に説明する。

 

「剣心の‥‥」

 

「同門‥‥アイツが‥‥」

 

まさか、剣心に女の同門の仲がいるとは思わず、絶句する弥彦と左之助。

 

「それにしても信女には驚かされてばかりでござるな。幕末の京都で会った時もそうでござった」

 

「そう?でも、緋村、あの時よりも優しい目になったわ‥‥」

 

「おろ?そうでござるか?」

 

「ええ」

 

「そうでござるか‥‥しかし、信女、お主の目は変わらぬでござるな。相手の動きを警戒する鋭い目‥‥武人の‥‥人殺しの目のままでござるよ」

 

「この目は生まれつき、それに人を斬るにしても辻斬りの様な真似はしていないわ‥‥さあ、そろそろ始めましょう?」

 

信女はそう言って抜刀術の姿勢をとる。

 

「できれば、お主とは戦いたくはないのだが‥‥」

 

剣心も渋々抜刀術の構えをとる。

口で説得できる相手ではない事は昔から知っている。

 

「貴方達は侵入者で私はこの屋敷の女中‥‥戦う理由はそれだけで十分でしょう?」

 

2人は互いに抜刀術の姿勢を構え合う。

 

「なんつう、威圧感だ。」

 

両者が出す場を飲み込む威圧感それに加え一手で決まるかのような緊張感が空間を支配していた。

赤報隊そして喧嘩屋としてそれなりの場数を踏んできた左之助だが剣心と信女の対峙を見てレベルの違いを見せつけられた。

またまだまだ剣客として駆け出しの弥彦も左之助程ではないがこの異様な空気に飲み込まれていて言葉が出ない。

そして弥彦は冷や汗が流れ地に落ちた時に‥‥

 

ガキーン!

 

鋭い金属音が耳に響いた。

 

神速VS神速の戦いが始まった。

だが‥‥

 

(信女...一体何を考えている?)

 

ここからは左之助達が入ってこられない領域...だが剣心にはわかった。信女の動きが不自然だという事を

 

「左之、弥彦!お主達は先に行くでござる!!拙者には信女と話がある。だが恵殿の事も心配だ。お主達にはさっきに行って恵殿を助けてくれ、くっ!」

 

ガキーン!!

 

「よそ見?随分余裕ね、緋村。その間に死んでも知らないわよ?」

 

あっけに取られていた左之助と弥彦だが剣心の言葉にハッとなり、

 

「わかった!元同門だか何だか知らねぇがしっかりけりつけてこい!」

 

と弥彦を摘んだ。

 

「おい、左之助!剣心を置いていくのか!!」

 

「バカヤローがあの戦いの中、俺達がどうやって入り込むっていうんだ!?」

 

「だがよ...」

 

弥彦は心配そうに剣心を見た

だが弥彦も男だ。

 

「.....剣心!先に待っているからな!!」

 

と言われ剣心は瞳のみで合図をした。

 

剣心は床に刀をやりそして、

 

「飛天御剣流、土龍閃!!」

 

強い斬撃で飛び散った石のつぶてが信女を襲う。

だが信女は空を飛んだ。しかし信女の行動は、彼女の手の内を知っている剣心もまた次の技に入った。

 

「「飛天御剣流」」

 

信女は刀を振り落とす体勢、剣心はそれに向かい合うかのような体勢で、

 

「「龍翔(槌)閃!!」」

 

上からの地上に急降下する龍と空中に登る龍がぶつかり合った。信女は一回転して着地をした。

 

「...貴方達維新志士が望んだ新時代はこんなものなの」

 

斬り合う中、信女は剣心にこの明治の世の事を尋ねた。

 

「何が言いたい?」

 

「この時代...腐りきった政府により消える武士達、武士は消えたくない為に力の証明をした。...私達もそれをしたわ...だけど貴方は言った...『動乱を終わらせて平和な時代を作る』私には今の時代殺し合いがないだけ...それだけの狂った時代に見える」

 

キン!カンカン!キン!!

 

信女は新撰組が無くなっても悪・即・斬がモットー

 

「貴方もそう思うでしょ?」

 

剣心もよく知っていた。明治政府の方針で士族は力も富も失い不遇の目に遭っていた弥彦もその1人その為に犯罪に手を染めた事を...

 

「金持ちは金持ちで人の命より自分の財産に執着するだけ...これが貴方達維新志士が望んだ新時代?」

 

斬り合いの中信女の問に剣心は

 

「確かに、今も昔も人は変わらぬ、欲に目がくらみ、人を苦しめる...」

 

その言葉を言った時に剣心は信女に向かって行った

 

「だが!それでも拙者は人が変わると信じている!!」

 

キン!

 

信女と剣心の刀がぶつかりあった。

 

「時代が人を作るか...人が時代を作るか...拙者は時代が変われば病んだ人の心を救えると信じて刀を振ってきた!!不殺を決めて!!」

 

剣心の追撃に信女は防戦一方...と言うより剣心の答えを聞くかの様に守っていた。

 

「それは、理想論にしか過ぎない!!そんな甘い考えで人は救えない!!そんな甘い理想は捨てないと私には勝てない!!それに殺しを貫いても守れない事だってある!!それなのに不殺で人を守るなんて論外!!」

 

信女の脳裏には総司を始め多くの仲間達の顔が浮かぶ。

 

「.....拙者はこの戦いでお主にただ勝つつもりは無い、お主にもわかってほしい、あの時代を生き抜いて手に入れた平和を上ばかり見て決めずに下を見て幸せを感じてほしいあの頃には無かった笑顔があるという事を!!」

 

「飛天御剣流!」

 

剣心の追撃がさらに激しくなった。

 

「龍巣閃!!」

 

相手の急所を激しく追撃するこの技、いくら手の内を知っている信女でもこの技を全て封じることは出来なかった‥‥しかも剣心の剣筋がだんだんと鋭くなっていった。

剣心の思い...守りたい大切な者の命の為に、わかってほしい信女の為に

 

「...やっぱり...甘い.....そんな逆刃刀(おもちゃ)でこの先一体何ができるの?今あると言える貴方の言う笑顔....そんな物は暴風の中で灯ったロウソクに過ぎない...そんなモノ直ぐに消えてしまう‥‥それが消えても貴方は自分を抑えられるの.....?」

 

「全て救えるかはわからぬ...」

 

「ならさっさとーーー」

 

「だが目の前の灯火位なら守れる!!」

剣心の気迫に凄みがましこの時の剣心の気迫はあの時以上と感じた信女

 

「!?」

 

そしてまた剣心は信女に暖かい表情に戻り

 

「それから拙者は絶対諦めない、理想を掲げてこその維新志士でござる。」

 

信女はこの時少し俯いた。誰も気が付かなかったが少し口角が上がっていた。

 

「剣心...貴方が理想を捨てないなら...必ずまた力がいる時がくる...私がしてあげられるのはこれぐらい」

 

と刀を前に向けて、

 

「飛天御剣流...」

 

剣心は

 

(なんだ...これは!?龍巣閃...いや、あれよりも鋭い‥‥一体この技は‥‥)

 

信女の殺気の為か自分に起こる事が頭に湧いた。

 

(防御しきれぬ...)

 

剣心のイメージに湧いたのは体の部位の九つの部分が貫かれるイメージだ。

 

(九頭竜閃)

 

剣心が知らない飛天御剣流...剣心は全ての修行を終えずに山を降りた。

だが信女は最後まで修行をした為に恩師から授かった奥義。

それを覚える為の技‥それがこの九頭竜閃。

これを完全に防ぐには神速を超える速さで迎え撃つしかない。

だが、今の剣心にはまだ無理なので‥‥

 

「龍巣閃」

 

似た技で防ぐしか無かった。

九頭竜閃と龍巣閃の大きな違いそれは‥‥

圧倒的な‥‥

 

『威力』

 

だった‥‥。

ただ急所を追撃する龍巣閃と違い九頭竜閃は全てが必殺技に近い威力だ。

子供の龍と大人の龍と言うぐらいの違い、剣心に勝ち目はない...だが剣心は、

 

(負けぬ!!負けられぬ!!)

 

此処で終わってしまっては信女に何も伝わらないし、自分の気持ちも伝えられない。それだけではなく恵を救う希望さえも無くなってしまう、剣心のそのような気持ちが奇跡を生んだ。

 

パキーン!

 

信女の刀は技の威力に耐えきれずに折れてしまった。

 

「ちっ、やっぱりなまくら‥‥」

 

刀が折れた事で、九頭竜閃は不完全な形となり、威力は激減し、剣心は軽い傷を負いながらも無事だった。

元々信女も剣心を殺すつもりはなかった。

斎藤の言うように今の剣心の実力を知りたかった。

 

「今回は私の負け‥‥」

 

折れた刀を捨て、ソレを見た剣心も逆刃刀を鞘に納刀する。

 

「とりあえず、傷の手当だけはしてあげる」

 

ポケットから傷薬と包帯を取り出し、剣心へと近づく信女。

 

「信女‥‥」

 

「何?」

 

信女が剣心の手当の為に近づくと、彼女は突如、剣心から抱きしめられる。

 

「ひ、緋村っ!?」

 

「‥‥信女‥‥逢いたかった‥‥」

 

剣心はまるで迷子になった子供が母親を見つけ、感極まって抱き付くように信女に抱き付いた。

 

「私も‥‥緋村‥‥」

 

長い抱擁の後、信女は剣心の傷の手当てを行う。

傷の手当てをしている中、信女は自分が得た情報を剣心に与える。

四乃森は小太刀と共に拳法を併用する忍者であることを‥‥

 

「信女、また会えるでござるか?」

 

剣心としてはこのまま信女と居たかったが、彼にはまだ恵を助けると言う目的があり、このまま此処に居る訳にはいかない。

 

「私には私のやるべきことがあるけれど、こうして会えたのだから、まだ会える‥‥」

 

「必ずでござるよ」

 

「ええ」

 

後ろ髪引かれる思いで剣心は先へ急いだ。

信女は阿片密売の証拠を手に観柳の屋敷を出て行った。

 

信女の持ち込んだ証拠品を見て、警察署の浦村署長は警官隊を率いて観柳邸へ急行し、ダンスホールで伸びている観柳を逮捕した。

しかし、阿片製造に関わっている恵も当然、無罪と言う訳にはいかないが、剣心のベタな茶番と剣客警官隊の事件、黒笠事件で剣心に借りがある浦村署長は懲戒免職覚悟で剣心の言葉を信じ、恵を見逃した。

だが、四乃森蒼紫だけは、観柳の手によって殺された仲間達の遺体と共に行方知れずになった。

後日、剣心は、

 

「それで、署長殿、此処で働いていた女中達はどうなるでござるか?」

 

剣心は屋敷で働いていた使用人の処分を尋ねる。

 

「一応、事情聴取はとり、犯罪と関わりが無いと判断されれば釈放します」

 

「その中で、今井信女と言う女中はいなかったでござるか?」

 

「今井信女?」

 

浦村署長は関係者の名前が載った書類を見るが、

 

「その様な名前の使用人はいませんが?」

 

「そんな筈は‥‥」

 

剣心が書類を見て見ると、其処には信女の名前は載っていなかった。

元々信女は下の名前を観柳に伝えていなかったため、使用人名簿に名前が載っていなかった事と信女が浦村署長に口止めしていたことで、剣心は信女の手掛かりをつかみ損ねたのだ。

意気消沈して帰って行く剣心を警察署の署長室から見ている浦村署長。

 

「‥‥良かったのかね?あれで?」

 

浦村署長は署長室に居るもう1人の人物に声をかける。

 

「ええ‥‥」

 

其処には警官の制服を着た信女が立っていた。

 

(今、私が緋村の隣に居れば、緋村の実力を今よりも落してしまうかもしれないから‥‥)

 

信女は剣心の剣椀が昔より落ちていた事を憂いそれを案じたのだった。

 

 

 




ではまた次回。


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第22幕 神風隊

更新です。

注意点がひとつこちらの都合上1人登場人物の名前を変更しました。

佐々木平八郎→堀部平八郎に
テストなどで堀部平八郎とは書かないでください。間違えですから


 

 

 

 

 

 

観柳事件の後、恵は神谷道場のかかりつけの老医で小国診療所を開いている小国玄斎の下に身を寄せる事になった。

四乃森は相変わらず、行方不明で今もその所在が分っていない。

そして‥‥

 

(信女‥‥)

 

剣心は上の空状態で洗濯をしていた。

10年間探し求めていた人が再び姿を消してしまった。

剣心にとってこれはショックな事だった。

 

「剣心どうしたのかしら?」

 

薫はそんな剣心の様子を心配していた。

 

「左之助、アンタ何か知らない?」

 

「えっ?」

 

突然話をふられた左之助は気まずそうな顔をする。

大人な彼には剣心が何故あそこまで上の空なのか察しがついた。

 

(剣心の奴があんな状態なのは、やっぱりあの同門の女が関係しているのは明白だが、嬢ちゃんに言っても良いモノだろうか?嬢ちゃんが剣心の事を好いているのはこれまでの態度で分かったが、剣心は剣心であの信女って女を好いている‥‥)

 

三角関係の修羅場に関わりたくない左之助は、

 

「敵とは言え、御庭番衆の連中が目の前で殺されたんだ‥‥それがやっぱりショックだったんだろう」

 

そう答えた。

確かに左之助の言う通り、信女の事もショックであったが、般若達御庭番衆の死も剣心にショックを与えていた。

特に般若は剣心に活路を開くために、自ら捨て石となり、観柳の回転式機関砲の前に散って逝った。

逆刃刀で目の前の人だけは守ってみせると決意してきた剣心にとって今回の事は気落ちするには十分な事だった。

 

「そう‥‥」

 

薫は再び剣心を心配そうな目で見た。

 

「‥‥」

 

上の空状態で洗濯をしている剣心に、

 

「なぁ、剣心」

 

弥彦が話しかけてきた。

 

「ん?なんでござるか?弥彦」

 

「結局あれからどうなったんだ?」

 

「おろ?」

 

「いや、あの後俺達と分かれた後、あの信女って奴と‥‥」

 

弥彦は剣心と分かれた後の事を尋ねた。

まぁ、結果は今ここに剣心が居る事で、勝ったのは剣心であると分かるのであるが、弥彦はその経緯が知りたかった。

剣心と同じ飛天御剣流を使う女剣士‥‥一剣客としては興味がわかない筈がなかった。

 

「‥‥あの勝負は拙者が負けていてもおかしくはなかったでござるよ」

 

「えっ?」

 

剣心から「負ける」と言う言葉が出て来て驚く弥彦。

 

「あの時、信女が持っていた刀‥‥あれは彼女の愛刀ではなかった‥‥彼女自身、なまくらと言っていたから、恐らく観柳の私兵の為に用意されていたモノであったのでござろう。その為か、信女の技の力に耐えきれずに折れた‥‥だが、もし、あの時刀が折れていなかったら、拙者は負けていたでごさるよ‥‥」

 

「そんなに強いのかよ、あの女‥‥」

 

「ああ‥‥拙者が知る数多くの剣客の中でも文句なしに認める実力者の1人でござる」

 

剣心の表情から彼が嘘を言っている様には見えず、弥彦は思わず身震いした。

 

その信女はと言うと‥‥

 

「‥‥」

 

警視庁の資料室にて、剣心が東京で関わったとされる事件の資料を読み漁っていた。

 

偽抜刀斎辻斬り事件

 

人斬り抜刀斎が活人剣を振るう訳ないじゃない‥維新志士出身の警官共は一体何をしていたの?

そもそも姿形を見れば、一目で偽物だってわかるじゃない。

大体、緋村はこんな大男じゃないわ。

それぐらいわかるでしょう。

それとも昔、緋村と関わった事を知られたくなかったから黙っていたのかしら?

 

剣客警官隊事件

 

あっ、この宇治木って警官、私の警察官採用試験の時の相手‥‥へぇ~民間人への殺人未遂で懲戒解雇されたんだ‥‥。

まぁ、緋村に勝負を吹っ掛けて、そこを山県に見られたのが運の尽きね‥‥。

 

黒笠事件

 

下手人、鵜堂刃衛は維新後も暗殺家業を継続、その背後には出資者の存在があると思われるが、未だに不明‥‥か。

事の発端は、陸軍省官僚、谷の所に黒笠の斬奸状が届き、署長が緋村に助っ人依頼をして、斬奸目標を谷から緋村に移した‥‥。

緋村らしいわね‥‥それで、居候先の道場主が人質にとられた‥‥か‥‥。

最終的に下手人である鵜堂刃衛は自決、人質は無事に救出‥‥。

 

武田観柳事件

 

町医者の高荷恵が武田観柳に誘拐され、その場にいた緋村たちが助けに行く‥‥。

誘拐された被害者の救出した後、警察が調査した結果、観柳邸からは大量の阿片及び武器が発見された‥‥。

随分と真実を捻じ曲げたわね、この事件‥‥

 

高荷恵が阿片製造の首謀者と分かれば、極刑は免れない為、観柳事件に関しては大きく捻じ曲げられ、報告書も簡易的に纏められた。

 

この他にも集英組への襲撃にも剣心が絡んでいると言う噂があったが、集英組の組長はそれを否定し、警察沙汰にはなっていない。

 

黒笠、観柳事件‥両方とも敵に人質を取られているじゃない‥‥

緋村、目の前の人を守るって言って、貴方全然守れていないわよ‥‥。

まぁ、結果的に無事に救出出来ているからいいけど、今後もそんな幸運が続くとは限らないわよ、緋村‥‥。

斎藤からの頼みだから、彼にはこれまでの経緯を知らせるけど、斎藤怒らないかしら?

今の緋村の実情を知って‥‥。

 

剣心の今の状況を知りたがっていた斎藤に今の剣心の現状を知った時、斎藤は今の剣心に怒るか失望するかのどちらかだろうと思う信女であった。

信女自身も今の剣心の現状を知り驚いているのだから‥‥

 

それから数日後、鹿児島に居る斎藤の下へ信女が纏めた剣心の報告書が届けられた。

その報告書を見た斎藤は案の定‥‥

 

「あのヤロー‥‥」

 

と、不機嫌になった。

 

 

~side剣心~

 

 

「ねぇ、剣心」

 

「おろ?なんでござるか?」

 

「剣心、ここ最近元気がないみたいだけど大丈夫?」

 

「あ、ああ‥‥平気でござるよ薫殿」

 

薫に心配をかけていたと自覚し、必死に取り繕う剣心であったが、その言動には説得力がない。

 

「剣心、恵さんの件で色々あって疲れたでしょう?此処は気分転換に温泉でも行かない?」

 

「温泉‥でござるか?」

 

「そう、玄斎先生の妹さんが伊豆の温泉地で暮らしているの。家も広いらしいから、みんなで泊まっても大丈夫みたいよ。ねぇ、折角だし行きましょう?」

 

薫は剣心の為を思って伊豆の温泉へと誘う。

剣心も薫の気づかいに気づいて、彼女の言葉に甘える事にした。

 

「分かったでござるよ」

 

こうして神谷道場一行は伊豆の温泉地へと向かった。

しかし、その先でも一騒動が待っているとはこの時、誰一人知る由もなかった‥‥。

 

 

神谷道場一行が伊豆の温泉地へと旅行へ行った後、東京では‥‥

 

ある日の夜、とある料亭である密談が行われていた。

 

「今後ともお力添えの程よろしくお願いします‥‥」

 

そう言って商人は小さな布で包まれた小判を差し出す。

 

「お互い、持ちつ持たれつと言う訳だな‥‥」

 

「そう言うことで‥‥」

 

商人の向かいに座っていたスーツ姿の男‥恐らくは政治家か官僚の男はその小判を懐へとしまう。

この密談のやり取りはどう見ても賄賂の明け渡しで、江戸時代の時代劇によくある。

 

「越後屋、そなたもなかなかの悪よのう?」

 

「いえいえ、お代官さま程では‥‥」

 

な、展開である。

すると、突如障子戸が開くと、通路には黒マントを羽織った男達が立っていた。

 

「っ!?」

 

「なんだ!?貴様ら!?」

 

呼んだ覚えのない男達の登場で商人も政治家の男も驚く。

 

「己の地位を利用して私利私欲をむさぼる奸物め、我等神風隊が‥‥天誅に処す‥‥」

 

神風隊と名乗る男がそう言うと商人も政治家も顔中脂汗だらけになる。

2人は、この男達は自分達を殺しに来たのだと瞬時に悟ったのだ。

 

「だ、誰か‥‥」

 

商人が急いで立ち上がり、人を呼びに行く。

すると、神風隊の1人が素早く抜刀し、商人の後を追うと、

 

ザシュッ!!

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

商人を背中から一刀で切り殺した。

商人の悲鳴を聞きつれ、用心棒達が密談の部屋へと駆けつける。

 

「なんだ?テメェら!?」

 

すると、神風隊はその用心棒達が刀を抜く前にその用心棒達をあっさりと片付けてしまった。

残るは政治家の男だけとなったが、政治家は目の前で起きた惨劇に腰を抜かしていた。

 

「ひっ‥‥ひっ‥‥」

 

腰を抜かしている政治家の男に神風隊のリーダー格の男がゆっくりと近づいてくる。

 

「ま、待て‥‥幾らだ?幾ら欲しい?」

 

政治家の男は金を使い、命乞いをするが、

 

「‥問答無用」

 

神風隊のリーダー格の男は政治家の男の言葉に一切、耳を傾けず、刀を振るった。

 

ブシュッ!!

 

「ぎゃぁぁぁぁー!!」

 

翌朝の朝刊にこの料亭での惨劇は一面に載った。

 

 

~side信女~

 

 

「ふぅーん‥神風隊ねぇ‥‥」

 

警察署の資料室で信女は朝刊を見ながら記事を読んでいく。

そんな時、

 

「佐々木総司警部試補、署長がお呼びです」

 

信女は浦村署長に呼ばれ、署長室へと出向いた。

 

「神風隊の話は既に聞いていると思う」

 

「はい。昨夜も神風隊の事件があったみたいで、死亡者が多数出たと‥‥」

 

「うむ、これは黒笠事件に匹敵する重大な事件だ‥‥」

 

「ですが、殺されたのは皆、汚職の疑いがある政治家や官僚だと聞きましたが?」

 

「そうだ。民衆の中には神風隊の事を正義だと思っている者も居る」

 

「いかがいたしますか?黒笠事件の時の様に緋村剣心に協力を求めますか?」

 

「それが、朝一に伝令を出したのだが、緋村さんは今、伊豆へ行っている様なのだ」

 

「伊豆‥‥ですか‥‥」

 

「うむ、勿論警察の方でも警護はするが、君も神風隊の調査にあたってもらいたい」

 

「私も‥‥ですか‥‥」

 

「そうだ」

 

「‥‥一つ確認させてもらってもよろしいですか?」

 

「なんだ?」

 

「その神風隊の連中‥‥全員、切り殺しても構いませんか?」

 

「‥‥」

 

信女の質問に浦村署長は顔を引き攣らせている。

相変わらず警官とは思えない事を口走る信女であった。

 

「やむを得ない場合のみだ。それと主犯格は絶対に生きて捕縛しろ。いいか、くれぐれも皆殺しにはするな。これは厳命だぞ、佐々木総司警部試補」

 

「了解しました」

 

信女は浦村署長に敬礼し、署長室を出た。

とりあえず資料室に籠っては、手掛かりは掴めそうにないので、信女は調査を兼ねて町へ巡察へと出た。

しかし、暗殺集団も日中、人通りの多い中、堂々と暗殺騒ぎは起こさない。

調査と言ってもどこをどう当たればいいのか皆目見当がつかない。

そんな時、

 

「きゃあ!!泥棒!!」

 

信女の近くでひったくりが起きた。

 

「っ!?」

 

一応、信女も警官と言う事で、急いでそのひったくりを追った。

すると、ひったくり犯の前に1人の男が立ち塞がった。

 

「どけ!!」

 

ひったくり犯は勢いを殺す事無く、眼前の男に迫る。

しかし、男の方も退く気配はない。

そして、

 

「ふんっ!!」

 

ひったくり犯の袖と胸倉をつかんで投げ飛ばした。

 

「ぐぇ!!」

 

投げ飛ばされ、逃げる時間を大幅にロスしたひったくり犯は、

 

「窃盗の現行犯で逮捕する」

 

信女に御用となった。

ひったくり犯を町の警邏巡査に任せ、信女は被害者に何か無くなっている物はないかの確認とひったくり犯を取り押さえるきっかけとなった男の事情聴取を行う為、近くの交番でそれらを行った。

その結果、被害者の持ち物で無くなった物は無く、被害者はお礼を言って帰っていき、次にひったくり犯を投げ飛ばした男の事情聴取となった。

事情聴取と言っても名前と住所、職業を聞くだけの簡単なモノである。

 

机に向かい合っている時、

 

(この男、昔何処かで‥‥)

 

信女は目の前の男と何処かで会った気がした。

 

「‥‥」

 

すると、目の前の男も信女の事をジッと見ていた。

 

「なに?」

 

「あっ、いや、女の警官がいた事にちょっと驚いただけで‥‥」

 

「あっそう、じゃあ、まずは名前からいいかしら?」

 

「はい、堀部平八郎です」

 

「‥‥堀部‥平八郎‥‥?」

 

「はい。‥あの何か?」

 

「いえ、何でもない」

 

その後、住所と職業を聞き、堀部と名乗る男を帰した。

 

(堀部平八郎‥‥もしかしてあの男‥‥)

 

信女は帰って行く堀部の後姿をジッと見ていた。

 

 

 

 




ではまた次回。


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第23幕 火野派一刀流

更新です。


東京の某所にある屋敷の庭で、あの神風隊のリーダー格の男がテラスにて、その屋敷の主と思われる男と話をしていた。

 

「腕利きの刺客‥‥ですか?」

 

主の男は吸っていた葉巻の紫煙を吐く。

 

「今後、相手が大物になればなるほど警備は厳重になろう。今までの様に簡単にはいくまいて‥ならば、神風隊も戦力を補強せねばなるまい。居らぬか?かつて京でその名を轟かせたあの人斬り抜刀斎の様な刺客は?明治のこの時代にちと、無理な相談か?」

 

「‥‥1人心当たりが」

 

「ほう?居るのか?」

 

「はい。腕さえ鈍っていなければ、かの抜刀斎に勝るとも劣らないでしょう」

 

「よかろう。お前に任せる」

 

「ハッ」

 

神風隊のリーダー格の男は屋敷の主に一礼し去って行った。

 

 

~side信女~

 

 

警官とはいえ、24時間365日働いている訳では無い。

ちゃんと非番と言う休日がある。

信女は今日、そんな非番の日、藤田家の夕飯の買い出しに出ていた。

斎藤(藤田五郎)が居ない中、藤田家は今、信女と斎藤の妻、時尾の2人で、信女と時尾は互いに交代制で食事当番をしていた。

そして、今日は非番と言う事で信女が夕食当番であった。

 

(今日は良い大根が買えたから、山芋と一緒に煮ものにして、菜っ葉は油で炒めようかな?大根の葉は、お味噌汁にでも入れて‥‥)

 

買い出しした材料から今日の夕飯のメニューを考えながら川辺を歩いていると、土手では沢山の男達が修繕作業を行っていた。

その男達の中に先日あったあの堀部平八郎の姿があった。

 

(あっ、あの男は‥‥)

 

信女は鶴嘴を振りかざしている堀部に気づいてその様子をジッと見ていた。

 

「おーい、先生もその辺にして一服しねぇか?」

 

「明日もあんだから、そんなに精を出すこたぁねぇべ」

 

仲間の男達は堀部に休憩しないかと誘う。

 

「あと、少しでひと段落つきますんで」

 

そう言って再び鶴嘴を振り始める。

すると、マントに詰襟を着た怪しい男が堀部に突如斬りかかって来た。

 

「っ!?」

 

「たぁぁぁぁぁー!!」

 

マントの男の刀と堀部の持つ鶴嘴がぶつかり合い、鶴嘴が折れる。

しかし、堀部は折れた鶴嘴をそのまま木刀と同じ要領で持ち続け、マントの男に鋭い突き技を繰り出した。

マントの男の刀と堀部の折れた鶴嘴は互いに体に刺さる事無く寸止めされた。

 

「‥‥流石だ」

 

「誰だ?」

 

「お久しぶりです。堀部さん」

 

「お主、東馬?榊東馬か?」

 

「安心しましたよ‥腕は鈍っていない様だ‥‥」

 

「お主一体‥‥」

 

「いずれまた、近いうちに‥‥失礼」

 

神風隊のリーダー格の男こと、東馬は堀部に一礼し、その場から去って行った。

 

「でぇじょぶかい?先生」

 

「今のは、一体なんだったんだべぇ?」

 

仲間の土木作業員の男達は堀部と東馬のやり取りが分からず、2人のやり取りをポカーンとした顔で見る者、刀で襲われた堀部を案じる者と分かれた。

 

(あれは、火野派一刀流の技、紫電の太刀‥‥すると、やっぱりあの男は間違いない‥‥元京都見廻組、堀部平八郎‥‥)

 

信女と堀部は面識がない訳では無く、彼女が山を下りて見廻組の隊士募集の受付をしていたのが、堀部だった。

その後も新撰組と見廻組は京都において互いに協力したりいがみ合ったりした仲で信女は何度も堀部の顔を見ていた。

最も今と昔の堀部の顔は似ても似つかないくらい変わって居り、幕末の京都では凛々しい侍と言うイメージがあったが、今の堀部は頬がこけて髭を蓄えている姿で、元見廻組の武士とは思えない姿であった。

しかし、剣の腕は剣心と違い衰えている様子はなかった。

そんな堀部に斬りかかったあのマントの男‥‥

 

(怪しい‥‥)

 

堀部とあのマントの男は全く面識がないとは思えなかった。

この廃刀令が敷かれた明治の世で刀を振るっていると言う事は警察か軍人なのかもしれないが、一警官や軍人に今は民間人となった堀部に刀を向けるのはあまりにも不自然だった。

 

(しばらくあの男の傍を張り込んでみよう‥‥)

 

信女は堀部の周辺を張り込んであのマントの男の正体を突き止めることにした。

 

それから暫くの間、信女は堀部が住んでいる長屋を張り込んでいた。

すると、ある日の夜、堀部の下にマントを着た男達が訪ねて来て、彼を町はずれの神社へと連れ出した。

 

「堀部さん、先日はどうも失礼しました」

 

神社の境内にはあの時、堀部に斬りかかって来た東馬が待っていた。

 

「東馬、今更この私に何の用があるのだ?」

 

「私が火野派一刀流を学んでいた頃、貴方は師範代、私はまだ青二才に過ぎなかった‥‥」

 

「しばらく会わぬうち相当腕を上げたようだな」

 

「恐縮です」

 

「その間、一体何人、人を斬って来た?先だってのお主の太刀筋は明らかに血を吸った殺人剣‥‥」

 

「剣は人を斬る為にあるもの‥‥貴方の剣も一緒の筈だ‥‥その殺人剣‥‥もう一度活かしてみませんか?」

 

「暗殺か?」

 

「維新政府は我等士族を軽んじる一方、権力を利用して金儲けに現を抜かす輩が牛耳っているしまつ‥‥この腐った政府を叩きのめすには‥暗殺もやむを得んでしょう?」

 

「それで変わるか?この世の中が?」

 

「変えてみせますよ。この剣でね‥貴方だってこのまま一生を終えたくはない筈だ。どうです?再び日の当たる表舞台に立たれては?」

 

「どんな理屈があろうと、殺人を犯した者が日を浴びる事など無い。そんなバカな事、あってはならんのだ」

 

「なに?」

 

「今の私は剣を捨てた代わりに学問塾の子供達と言うかけがえのない宝物と出会えた。そして少しでもあの子達の力になってやることが、世の為であり、私が殺めた人達への罪滅ぼしと思っている。東馬、お主とは二度と会うことはないだろう」

 

堀部は東馬に決別の別れを言って踵返す。

 

「待て、我々神風隊は狙った標的は絶対に逃さない‥‥貴方とて同じだ‥‥どんな事があっても同志になってもらう」

 

「‥‥」

 

堀部は何も言わず去って行った。

 

(やっぱり、アイツらが今、噂になっている神風隊か‥‥)

 

(どうする?此処でコイツ等を皆殺しにするか?)

 

(いや、それだとコイツ等の黒幕へ辿り着けないかもしれない‥‥鵜堂刃衛の背後には出資者の存在が居た可能性があった。それなら、コイツらにも隠れ家や資金、暗殺の依頼をする黒幕が居る筈‥‥)

 

(‥‥仕方ない、とりあえず、今日は引いて、後日、堀部にあの東馬って奴の素性を聞くか‥‥)

 

信女は堀部や東馬に気づかれる事無く、その場から去った。

 

 

~side翌日~

 

日が登った翌日、時間も午後の頃合に信女は堀部の開いている私塾を訪れた。

 

(何かあの人みたい...)

 

信女はかつて自分の人生を最初に変えるきっかけとなったあの人の事を思い出した。

牢屋の中であの人は、信女に投獄される前、自分は私塾を開いていた事、そこで学んでいた弟子たちの事をよく信女に語っていた。

そんなことを思いながら信女は入っていった。中では元気よくはしゃいでいる子供達がいた。子供達は信女の姿を認識すると

 

「あれ?お姉ちゃんだれ?」

 

興味がありながらもちょっと不安そうに尋ねてくる子供。

 

「...おまわりさんよ」

 

信女はちょこっと微笑んで、自分の身分を子供達に教える。

 

「おまわりさん?」

 

「なんで、おまわりさんがココに?」

 

「まさか先生の事を捕まえに来たの!?」

 

子供達の反応に信女はからかう様に、

 

「だったら?」

 

と、悪乗りしてみる。

信女のこの返事に子供達は怖がる者も居たし後ずさりをする者も居た更には、

 

「お、お前なんかに先生は渡さないぞ!!先生は僕が守る!!」

 

と1人の少年が突進してきたので信女は手で少年の頭を押さえた。すると

 

「騒がしいな、何事だ?菊松」

 

と私塾の中から信女の目的の男が現れた。

 

「貴方はこの前の‥‥」

 

「どうもおまわりさんです。」

 

信女は少年の頭を押さえている方とは別の手を上げて堀部に挨拶をした。

 

少し落ち着いて子供達も遊び回っている中、信女は

 

(確かに緋村が言ったように子供達の笑顔は和むわね...)

 

信女は子ども達の遊び回る姿を見て少し心が和んでいた。

 

(元気にしているかしら、あの子達‥‥)

 

子供達がはしゃぐ姿を見ると、やはり総司と共に新撰組の屯所の近くのお寺で総司や子供達と遊んだことを思い出す。

 

「で、本日はどのようなご要件で?この前のひったくり犯の件ですか?」

 

堀部が信女に今日此処へ来た要件を尋ねる。

 

「...もっと大きな事...子供達に聞かれたくなかったら少し2人で‥‥」

 

信女の提案に堀部は、

 

「わかりました。菊松」

 

「はい」

 

「先生はこのおまわりさんとちょっと大事な話がある。みんなの事を少しの間、見ていてくれ」

 

「わかりました」

 

と教室の中に信女と共に入っていった。

 

「今回来たのは先日のひったくりとは別件よ...元見廻組、堀部平八郎」

 

「っ!?何処でそれを...」

 

と身構えた堀部これに対して信女は

 

「別に殺りあいたいけど、今の貴方は刀がない...それに今日、私が此処に来たのは昨日、貴方に接触したあのマントの男について話が聞きたいの」

 

「驚いた‥まさか、あの場所にいたんですか!全く気配に気付かなかった」

 

「それで、話して貰える?」

 

「は、はい‥‥」

 

堀部は話した。

 

「東馬がああなってしまったのは、元々私のせいなんです‥‥今の東馬はかつての私そっくりだ‥‥」

 

「‥‥」

 

「あの頃の私は、本気で剣一本で維新志士達からこの国を守ろうと思っていた‥東馬はそんな私に憧れ、私が京都に行った後も血がにじむ稽古を続けたに違いない。だが、これからの日本に必要なのは、もはや剣ではない。東馬は新しい時代についていけなかった可哀想な男だ‥‥しかし、私には責任がある。これ以上罪を重ねさせない為にも東馬を止めなければ‥‥」

 

堀部は昨日の榊東馬が自分の兄弟弟子で彼の性格を自分が作ってしまった事を信女に語った。

 

「.....だいたいの事情はわかった、私はここら辺を張らしてもらう、もし彼が来たのなら、捕えて彼の暗殺を止めることが出来る。貴方にとっても子供達の用心棒にもなる。これで良いでしょう?」

 

「それはありがたい、子供達に危害が及ぶのは...」

 

「ええ、私も子供は好きだから‥‥」

 

前の世界ではこんな感情を持ち合わせなかった信女であったが、この世界へ来て、様々な出会いと別れを経験して、ただ言われて人を斬る暗殺人形と言う駒から、今井信女と言う1人の人間へと成長させていった。

堀部の言葉に信女は頷いて学問塾の近くに身を潜め神風隊が来るのを待った。

 

 

~side信女~

 

信女は身を潜めながら神風隊を待つ中、連中の事を考えていた。

 

(彼等のような奴、何が目的でこんな事を...自分達の存在感を出すためか...あるいは...)

 

そんな事を考えていると、

 

(っ!?来たか‥‥)

 

気配に気付き信女は学問塾に忍び込もうとしている不届き者に声をかけた。

 

「こんな所で何しているの?失礼だけど何か身分を証明できるものは無い?」

 

「何者だ?貴様」

 

神風隊の隊員が刀を構えると信女は、

 

「おまわりさんよ」

 

信女は無表情で答えた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第24幕 連牙

更新です。


 

 

 

~side神風隊~

 

堀部平八郎を自分達の仲間にしようと画策して、彼が講師をしている私塾で子供を攫い人質にするか...もしくは堀部自身を拉致しようと動き、それを決行する直前、

 

「こんにちは。こんな所で何しているの?」

 

これが男の声ならば斬れば問題なしだが、予想外にも程があり、聞こえた声質は女子のもので、振り返るといたのは日の光が上手く反射して怪しく光る黒みがかった藍色の髪をし、無表情の顔で瞳は血にも似た赤い瞳そして腰には長刀をさした女子だった。

しかも女子にも関わらず、警官の服を着ていた。

 

「失礼だけど何か身分を証明できるものは無い?」

 

「何者だ?貴様」

 

「おまわりさんよ」

 

「警官...だと」

 

神風隊の隊員達は警戒心を高めた。

 

「これは驚いた。まさか女子の警官とは」

 

隊員ももしやとは思ったが無駄のない佇まいそして何より隠しきれない血の匂い

 

「貴方達が神風隊?」

 

「我等の名を知っているのか!?まぁ、警官なら当たり前か‥‥」

 

此処から声を潜めて

 

「この女1人だ、できるだけことを荒立てずに済ませるぞ。」

 

男は頷いてさっそく動き出した。

 

「1人で我等に挑んだのが運の尽き!!女子でも容赦するな!!斬って捨てい!!」

 

「覚悟!!」

 

信女を囲むように神風隊の隊員は陣をとり一斉に襲いかかってきた。

 

(これなら仕方ないわね、署長もやむを得ない場合って言ってたし‥‥)

 

次々と自分に迫ってくる刀を躱しながら信女は柄に手を置いて

 

「久しぶりに本気で斬れる‥‥」

 

相手の刀を受け止め違う方から来ると受け止めていた男を蹴り自分の柄取り出して

 

「貴方達程度にこの技を使うのは勿体ないけど、久しぶりだから抑えられない...飛天御剣流、双竜閃・雷!」

 

これで止まらない信女は斬った男の刀を奪い、

 

「飛龍閃」

 

目の先にいた男の脳天を上手く当て圧倒されている男達を次々斬り倒す信女

神風隊の隊員も目を光らせて、

 

「ただの女子では無いな、名は殺す前に教えてもらおう」

 

「佐々木総司、死ぬ前に覚えときなさい、貴方を殺す人の名を」

 

「ふん、粋がるなよ、この俺も榊様と同じく火野派一刀流を学んだ剣客!!たかが女の剣に遅れを取る事など無い!!」

 

「そう、それは楽しみ」

 

信女は不敵な笑みを浮かべる。

 

2人は互いに刀を構え合い、

 

そして‥‥

 

「行くぞ!!」

 

キン!

 

刃をぶつけ合うが、信女の神速の剣に神風隊の隊員はついていけなかった。

 

(な、何だ?この剣は...)

 

「どうしたの?堀部をまだ超えてないの?かたや刀を捨て今は私塾の先生をしている、貴方はずっと刀を振ってきている筈‥それでもーー」

 

「だ、黙れ!!そこまで言うなら見せてやる、火野派一刀流の奥義を超えた究極奥義、喰らえ!!紫電連牙の太刀!!」

 

突撃してくる神風隊の隊員に対して信女は、

 

「これが、紫電の太刀を超えた究極奥義?自惚れている」

 

紫電の太刀は本来一撃にかけた技これは一見それを補った技に思えるがそれは大きな違いであり、

 

「飛天御剣流!龍巣閃・咬!!」

 

「な、なんだと!?」

 

体の一部に集中乱撃する攻撃、普通は死ぬが信女はこの時敢えて急所を外した。

 

「はぁはぁ、こ、これは‥‥」

 

「貴方はもうじき死ぬ‥でも、その前に貴方の次の暗殺予定の人物、そして貴方達の雇い主を教えなさい。」

 

「はぁ、答える...前に...答えろ.....何故俺の技を...」

 

「貴方の攻撃は一見躱された対応策になっているけど2回目の攻撃に気を取られすぎていた。あれでは反撃の隙を与えている」

 

「ふっ、そうか‥‥まだまだ、修行不足と‥‥言う‥‥事か‥‥」

 

「さあ、答えなさい」

 

信女は地面に倒れている神風隊の隊員の胸ぐらを掴んで、次の暗殺のターゲット、もしくは自分達、神風隊の黒幕の事を尋ねる。

 

「はし‥‥づ‥‥め‥‥」

 

神風隊の隊員は一言そう言って息を引き取った。

 

(橋爪?それだけじゃ、この橋爪って人が狙われているのか黒幕なのか分からないじゃない)

 

信女は死んだ神風隊の隊員を地面に降ろす。

 

「佐々木さん!!」

 

其処へ、堀部が警官達を連れてやって来た。

 

「佐々木警部試補これは!?」

 

「神風隊の連中よ、見つけて職質したら、斬りかかって来たんで返り討ちにしたの」

 

「か、返り討ちって‥‥」

 

警官達は信女の発言にドン引きしている。

 

「此処は任せていいかしら?署長に報告することができたから」

 

「は、はい」

 

信女はこの場を警邏の巡査に任せ、署へと戻り、浦村署長に先程、神風隊と接触した事を報告した。

 

「なに!?神風隊と接触した!?」

 

「はい」

 

「それで、その者達は?」

 

浦村署長が神風隊の隊員の事を尋ねると、

 

「全員斬りました」

 

「なっ!?」

 

平然と答える信女に浦村署長は思わず絶句する。

 

「ば、馬鹿者!!どうするのだ!?これで手懸かりが無くなってしまったではないか!!」

 

「ですが、一つ手掛かりは掴めました」

 

「なんだ?」

 

「奴らの次の暗殺目標、または神風隊の黒幕らしき人物の名です」

 

「誰だ?其れは?」

 

「橋爪と言っていました」

 

「橋爪‥‥橋爪‥‥」

 

「署長、橋爪と言う苗字の政治家、官僚の周りを張り込んだ方が良いかもしれません」

 

「う、うむ。分かった」

 

「それと‥‥」

 

「なんだ?まだ、何かあるのか?」

 

「はい。これまで神風隊の手にかかった政治家や官僚‥もう一度調べ直して」

 

警察が神風隊の手掛かりをつかんだ頃、

その神風隊では‥‥

 

 

~side東馬~

 

「それで、先日申した例の新たなる同志の確保はどうなっている?」

 

神風隊の出資者の男が東馬に戦力補強の状況を尋ねた。

 

「只今部下を向かわせました。今日中には神風隊に向かい入れる事が出来るかと‥‥」

 

「そうか」

 

そこへ、隊員が血相を変えて飛び込んできた。

 

「榊様!!」

 

「なんだ?どうした?」

 

「そ、それが‥‥」

 

隊員が東馬に耳打ちすると、

 

「なに!?失敗しただと!?」

 

「は、はい」

 

隊員が言うには予定時間を過ぎても別動隊が戻らないので、周辺警戒をしていたこの隊員が堀部の私塾へ行ってみると、そこでは警官がごった返しており、地面には別動隊の隊員達が死んでいるのが確認できたと言う。

 

「ほう?失敗したと?」

 

「っ!?」

 

「東馬、お前らしくない不手際だな?」

 

「ハッ、申し訳ございません」

 

「いいか、今後はそのような失態は二度とするなよ。神風隊の隊長である貴様と言えど、次は、容赦はせんぞ」

 

「き、肝に銘じておきます」

 

「それで、お前の素性を知るその堀部とか言う者、早々に口を封じておけ」

 

「御意」

 

「我々の計画も仕上げの段階に入る‥‥いつでも決行できるように準備をしておくのだぞ」

 

「ハッ」

 

「目的が達成された暁にはお前を政府の要職に取り立ててやるつもりだ」

 

「身に余る光栄でございます」

 

自分達、神風隊の出資者に礼を言う東馬であったが、心の中では別の事を考えていた。

 

(まさか、あの堀部が別働隊を‥‥いや、そんな筈は‥‥)

 

先日、堀部を訪ねた時、彼はもう二度と刀を手にしないと言っていた。

その堀部が別動隊の隊員達を返り討ちにしたとは考えにくい。

堀部が昔の伝手を頼って用心棒でも雇ったのだろうか?

此処は直接自分の目で確かめてみる事にしよう。

東馬は、次はこの自分が堀部の下へ出向く事にした。

ただし、近くで事件があったと言う事で、暫くは間を置いた。

直ぐに言っても周りは警官だらけで、堀部も警察の調査が終わるまで私塾を休講していたからだ。

数日後、警察の周辺調査が終わり、堀部が私塾を再開した時、東馬が堀部の私塾を覗いて見ると、其処には警官の制服を着た女がお手玉をして、私塾に通う女子達と戯れていた。

 

(女の警官だと?まさか、別動隊はあの女に‥‥?)

 

(いや、そんな筈は‥‥)

 

東馬としては、別動隊が女一人に負けたとは堀部が再び刀を手にした事よりも考えにくかった。

いずれにしてもまずはあの女警官を片付けなければならなかった。

そこで、東馬はわざと自分の姿を見せて、警官を誘い出した。

 

 

~side信女~

 

先日の堀部の私塾への強襲後に掴んだ手懸かり‥‥

「橋爪」と言う名で政治家、官僚を調べると共に、今まで殺された政治家や官僚がただ汚職の疑いがあると言うだけの理由で殺されたのか?

もう一度洗い直してみると、ある事実が浮かび上がった。

 

(そう、そう言う事‥‥)

 

しかし、確実な確証がまだないので、此処は神風隊のあの東馬は捕縛して尋ねるしかなかった。

 

(まぁ、彼以外なら別に斬っても良い訳だし‥‥)

 

一応、信女は自分が導き出した結論を浦村署長に報告した。

 

「そんな事が‥‥うーん‥だが、しかし‥‥」

 

「もし、神風隊の言った『橋爪』がこの男だと、辻褄が合う」

 

「では、君の言う通りだとすると、次の標的は‥‥」

 

「ええ、あの人かもしれません‥‥ですが、まだ確証がないので、署長の言う通り、神風隊の隊長格は生きて捕えます」

 

「あ、ああ、そうしてくれ」

 

そして信女は再び神風隊の襲撃が予想される堀部の私塾へと向かい、其処で再び警護をしていた。

そんな中、私塾の塀の向こう側に黒マントを着た怪しい男が立っていた。

神風隊隊長、榊東馬だった。

 

(あの男、私を誘っている‥‥)

 

自分をこの私塾から引き離す罠か?

しかし、あの男以外、殺気立った気配は感じない。

どうやら1人で来た様だ。

 

(いいわ、その誘い、乗ってあげる)

 

信女は東馬を追いかけた。

 

そして、林の中で少し開けた場所で信女と東馬は対峙した。

 

「お前に恨みはないが、これも運命だと思え‥‥死んでもらうぞ!!いやァァァ!!」

 

東馬は抜刀し信女に斬りかかって来た。

信女は東馬の斬撃をあっさりと躱し、彼から距離をとる。

 

「女の警官と思って少し手加減をしてやったが、なかなかやるではないか」

 

「‥‥」

 

「どうした?何故その刀を抜かない?その刀は飾りか?」

 

「ん?貴方にちょっと聞きたい事があるの」

 

「聞きたい事?何だ?」

 

「この明治の世で暗殺をすると言う事は、貴方何か政府に恨みでもあるの?」

 

「ふん、知れた事、かつて幕末の京にその名を轟かせた人斬り抜刀斎‥‥私もあの抜刀斎の様にこの刀で世の中を変えてみせる。腐った奴を斬るのに剣ほど有効なモノはないからな」

 

「別に暗殺で維新が成り立った訳ではない‥今の政府の欲望が旧幕府軍より勝った‥‥それだけ」

 

「なれど、いくら明治の世になろうとも剣に生きる私には時代など関係ない。そしてこの剣で明治の世の中を変え、私は自分の運命を切り開いてみせる」

 

「貴方、生まれる時期が遅かったわね」

 

信女は東馬を哀れんだ目で見る。

確かに彼は堀部が言う通り、新時代に乗り遅れた人物のようだ。

そんなに剣を振るいたければ、今の自分や斎藤の様に警官か軍人にでもなればいいのだが、彼はどちらかと言うと上から命令されるのではなく、命令したい方なのだろう。

 

「おしゃべりはそこまでだ。さあ剣を抜け!!」

 

東馬が刀を再び構えると、

 

「榊様!!」

 

神風隊の隊員やってきて彼に何か耳打ちをする。

 

「ん?今夜?よし、わかった」

 

すると、東馬は刀を鞘に納めた。

 

「命拾いをしたな。貴様の様な奴、何時でも斬れる。堀部と共に首でも洗って待っていろ」

 

そう言って東馬は隊員と共に走り去って行った。

彼らの次の標的が決まった様だ。

 

(どうやら、動き出したようね‥‥)

 

(さて、此方も動くとしますか‥‥)

 

信女も踵を返して堀部の私塾へ戻った。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第25幕 橋爪

更新です。


 

 

 

東馬と接触した後、堀部の私塾へと戻った信女は堀部に先程東馬と接触した事を話、今夜彼らが誰かを暗殺する事を伝えた。

 

「そうですか‥‥何としてでも東馬を止めなければ‥‥しかし、奴は一体誰を‥‥」

 

暗殺の標的が誰なのか分からなければ、止めるに止められない。

 

「‥標的の検討はついている」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ」

 

「では、急ぎその人に知らせなければ‥‥」

 

「でも、いいのかしら?」

 

「?」

 

「その人は元維新志士‥貴方にとってはかつての敵対者」

 

「かまいません。東馬にこれ以上の罪を重ねさせるわけにはいきませんから」

 

「そう‥じゃあ、案内してあげる」

 

「お願いします」

 

信女と堀部はある所へと向かった。

その最中、

 

「佐々木さん」

 

「何?」

 

「その‥出来れば、東馬達は斬らないでもらいたい」

 

「何故?」

 

一応、東馬は生きて捕縛せよと言われているが、その他のメンバーはやむを得ない場合は切り捨てて良いと言われている。

彼らの暗殺を阻止する時、必ず彼らは抵抗するだろう。

そうなれば、切り捨てて構わない「やむを得ない場合」が適用される。

堀部の私塾での時もそうだった。

 

「あれでも、私の弟子達‥‥教え子達なのだ‥‥罪を犯したのであれば、その罪を償ってもらいたい‥‥」

 

「‥随分と残酷な事を言うのね、貴方」

 

神風隊のメンバーはこれまでの殺人を踏まえるとどう考えても極刑は免れない。

例え、信女が切らなくても死刑台へ送られるのは既に決まっている。

それならば、罪人として死刑を受けるのと剣客として信女と戦い討ち死にするのとどちらを彼らが選ぶのかは分かる筈だ。

それを堀部は敢えて罪人として裁かれる方を選んで信女にそれを頼んだ。

しかし、堀部としてはそれでも少しでも罪を償ってもらいたいと願っていた。

 

「まぁ、考えておく」

 

信女は堀部に一言そう呟いた。

その後、信女と堀部ちょっと寄り道をした後、神風隊が今夜暗殺するであろう人物がいる所へと向かった。

 

夕刻、東京のとある料亭の離れでスーツ姿の男達が密会をしていた。

 

「いよいよ、山県陸軍卿ですか‥‥橋爪さん」

 

「あの石頭め、我々が大商人と結託していると前々から目の仇にしていたからな。政治に金が要るのは当然のことだ」

 

「その通りですな」

 

「決行は今夜、迎賓館で行われる夜会の帰りに行う。まもなく片付く」

 

「ところで神風隊はどうするおつもりで?奴らの希望通り、要職に取り立てるおつもりですかな?」

 

「まさか、片がつき、役目が終わったら全員死んでもらう。今時、剣客なんて暗殺にしか、使い道はあるまいて」

 

「そうとは知らず馬鹿な連中だ」

 

「全くだ」

 

『ハハハハハ‥‥』

 

神風隊の出資者、橋爪琢磨とその仲間の政治家、官僚は神風隊の今後の事を言い合いながら、笑っていた。

これまで、自分達の為に暗殺をして来た彼らをまるで、使い古した雑巾を捨てるかのように‥‥

 

そして、夜も更け、迎賓館で行われたある夜会の中、その夜会に出席をした山県はその疲れの為か、一足先に帰ることにした。

 

「では、これでお先に失礼させていただきます」

 

帰り際、

 

「山県陸軍卿」

 

山県はある男に声をかけられた。

 

「なんですかな?橋爪さん」

 

山県に声をかけてきたのはあの神風隊の出資者である橋爪であった。

 

「近頃は物騒故、くれぐれも御気をつけて‥‥」

 

「お気遣い痛み入ります。では‥‥」

 

山県は礼を言って迎賓館の玄関口に止めてある馬車へと向かった。

その後姿を見て、橋爪はグラスを傾けて一言呟いた。

 

「さらばだ‥‥山県‥‥」

 

山県が明日の朝日を拝むことはないだろうと橋爪はこの時そう思っていた。

 

山県が迎賓館前に停めてある馬車のドアを開けると、

 

「むっ!?」

 

山県は驚いた顔をした。

 

 

その頃、近くの森ではコウモリが飛び交う中、

 

ザシュっ!!

 

「ピギャァ」

 

一匹のコウモリの両羽が斬られた。

 

(今に見ていろ‥私が剣を捨てた堀部平八郎とは違う‥‥あくまで剣客としてこの明治を生き抜く‥そのためにもこの剣一本で世の中を変えられることを‥証明してみせる)

 

「榊様!!」

 

「いよいよ、山県か‥‥行くぞ!!」

 

「ハッ」

 

精神統一を終えた東馬は山県を襲う場所へと向かった。

街路樹の影に潜む東馬達神風隊。

其処へ一台の馬車が近づいてくる。

 

(あれか‥‥)

 

東馬は目を細める。

確かにその馬車は政府の高官がよく使用する高級感のある大型の馬車で馬が二頭引いている。

やがて、馬車が襲撃ポイントまで近づくと、東馬は刀の柄に手を伸ばし、

 

「山県陸軍卿の馬車とお見受けする!!」

 

突如、山県の馬車の前に飛び出して来た。

 

「うわっ!!」

 

御者は突然前に飛び出して来た東馬を轢かない様に馬車を右にきる。

そして、神風隊は馬車が逃げる事が出来ない様に背後からも馬車を取り囲む。

 

「我等神風隊、義によって天誅を下す!!覚悟!!」

 

東馬は馬車に乗っているであろう山県を斬る為、馬車へと迫る。

すると、馬車のドアが開き、そこから出てきたのは‥‥

 

「ぬっ!?き、貴様は!?」

 

東馬は馬車から降りてきた人物を見て驚く。

馬車から降りてきたのは山県ではなく、信女と堀部の2人だった。

 

「ほ、堀部さん‥それに女警官‥‥なぜ其処に!?山県は如何した!?」

 

「山県は途中下車してもらったわ」

 

信女は東馬達に山県が馬車に乗っていない経緯を語った。

それは、山県が迎賓館を後にし、玄関前の馬車に乗った時のことだった‥‥。

 

「むっ!?」

 

誰も乗っていない筈の山県の馬車には1人の警官と着物姿の男が乗っていた。

 

「誰だ?君達は?」

 

「話なら馬車の中でするわ。早く乗って」

 

「‥‥」

 

山県は警戒したが、一応警官の制服を着ているので、信女の指示に従い馬車に乗った。

そして馬車はゆっくり山県の屋敷へと向かい走り出した。

 

「それで、君達は何者だ?」

 

山県は懐に持っている拳銃に手をかけて信女達に正体を尋ねる。

 

「一応、私はあの西南戦争で抜刀隊の一員だったんだけど、陸軍卿の前だから、包み隠さずに名乗る‥元新撰組、監察方兼三番隊組長補佐、今井異三郎」

 

「なっ!?」

 

「元新撰組!?」

 

「それで、此方は元京都見廻組の堀部平八郎」

 

信女は自分の正体を聞いて驚いている堀部に代わって堀部の事を山県に紹介する。

 

「元見廻組に元新撰組の2人が何の用だ?戊辰の仇討ちか?」

 

山県は顔を冷や汗だらけにして尋ねる。

 

「そうね、やってもいいけど、今の日本に貴方は必要な人材みたいだからやめておくわ。ただ、私以外の怖い人達が、今日貴方の命を狙っている」

 

「?」

 

「神風隊‥‥聞いた事ぐらいはあるでしょう?」

 

「あ、ああ、最近世間を騒がしているあの暗殺集団‥‥」

 

「その暗殺集団に殺された人達にある共通点があったのよ」

 

「ある共通点?」

 

「ええ、殺された人達は確かに汚職の疑いがあったけど、それとは別にみんな、ある人物と敵対していたのよ」

 

「そ、その人物とは?」

 

「橋爪琢磨」

 

「橋爪琢磨‥‥あの橋爪さんが?」

 

「知っているみたいね」

 

「あ、ああ。先程の夜会にも出席していた‥‥むっ、そう言えば‥‥」

 

「何か思い当たるフシがあるようね?」

 

「ああ、迎賓館から帰る時、彼に声をかけられた‥‥そうか、そう言う事だったのか‥‥」

 

信女の話を聞き、山県は先程迎賓館を出る時、何故、橋爪が自分に声をかけてきたのかを察した。

あれは、皮肉を込めた橋爪の別れの挨拶だったのだ。

 

「この先に浦村署長と警官隊が待機している場所がある。貴方は其処で降りて‥神風隊の対処は私達がやる」

 

「ああ、分かった」

 

山県の馬車は予定コースから一時外れ、警官隊が待機している路地裏へと入り、警官隊が待機している場所に止まる。

 

「山県閣下、御無事でなによりです」

 

浦村署長が敬礼して山県を出迎える。

 

「浦村君、君の優秀な部下に救われたよ。感謝する」

 

「恐縮であります」

 

「じゃあ、署長、行ってきます」

 

「うむ、頼んだぞ」

 

そして山県を下ろした馬車は予定のコースに戻った。

 

 

 

「‥‥って、事」

 

信女は東馬に山県が馬車に乗っていない事を話した。

 

「おのれ~我等神風隊をどこまでも愚弄しおって‥‥」

 

「東馬、これ以上罪を重ねるな‥目を覚ますのだ」

 

「ふっ、丁度口封じの手間が省けたものだ。貴様らを切った後、山県を斬れば済む事」

 

「それよりも少しは自分の身の安全を考えたら?」

 

「どういう意味だ?」

 

「政治家御用達の暗殺家‥‥貴方にとっては聞こえは良いかもしれないけど、抱えている政治家にとっては、貴方は都合のいい道具であり厄介な荷物なの。役目が終われば、即処分...」

 

「何を馬鹿な事を!!」

 

「貴方の飼い主が捕まれば、分かる事」

 

「たわけた事を」

 

「信じる、信じないは貴方の勝手‥さあ、始めましょう?」

 

信女は刀を抜き構えると神風隊の隊員達が、

 

「でぇぇぇぇ!!」

 

「うぉぉぉぉー!!」

 

一斉に斬りかかってきた。

 

「バカね‥‥」

 

信女は火野派一刀流の神風隊の動きを完全に熟知していた為に最低限の動きのみで斬っていった。

 

「はぁ~貴方達の動きはもう見飽きた‥‥」

 

神風隊の隊員達は次々と斬りかかって来たが、信女の完全な瞬殺劇により残り1人になった東馬。

 

「な、何だと‥‥我等神風隊が‥‥たった1人の女如きに‥‥」

 

東馬は目の前の現実が信じられず、悔しさで苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「何という剣だ。この人‥人を殺す為の技を極めきっている。」

 

堀部も冷や汗を垂らした。

信女の剣はそれ程脅威なのだ。

自信過剰の者にとって信女の剣を自分より下に見てしまう。

それは信女が女と言う外見に騙されているからだ。

だが、堀部や剣心のように戦線から足を洗いつつもそれでもなおある程度の実力を有している一流の剣客から見ればその様な目の贔屓がない。その為にレベルの差がはっきりする。

 

「これでも、時代は動かない。これでも大事な人は守れない。貴方はこれを超えられるの?」

 

「うっ‥‥」

 

信女の言葉に東馬は言葉が詰まった。

 

「分かった?少なくとも剣のみじゃ時代は動かない、時代を動かしたいならもっと大きな物背負う事ね、自分1人じゃ背負いきれない位大きな...」

 

「黙れ!戯言はこれを見切ってから吐け!!」

 

東馬は紫電連牙の太刀を放った。此の前の様に殺ってもいいが堀部からの頼みもあり、

 

一太刀目を躱して相手の懐に潜り柄頭で鳩尾に思いっきり衝撃を与えた。

 

ドン!

 

「ぐほぉ!?」

 

「これでいい?」

 

刀の柄で鳩尾を思いっきりド突かれて蹲る東馬。

信女の剣に圧倒されていて声が出なかった堀部。だが自分との約束を覚えていたのを驚いた。

倒れている神風隊の隊員達も斬られはしたが、死んでいる者は1人もいなかった。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「な、何故だ‥‥何故、二の太刀、紫電連牙の太刀を躱せた」

 

「紫電連牙の太刀と言うのか‥アレは‥‥」

 

火野派一刀流の元師範代である堀部も先程の東馬の技は知らなかった様だ。

 

「東馬、その技は最初から初太刀を躱されれば、すぐに二の太刀を放つ技だな?だが、その為にお前の初太刀は自然と浅くなる‥そこから二の太刀が来る事など、佐々木さん‥いや、今井さんには見切られていたのだ。一撃必殺あらずば、すなわち紫電の太刀あらず!!」

 

堀部の指摘に項垂れる東馬。

 

「所詮お前の太刀は天誅などと自惚れた殺人剣に過ぎなかったのだ‥‥」

 

そこへ浦村署長が一台の馬車と警官隊を引き攣れて駆け付け、倒れている神風隊の隊員達を捕縛していく。

そして、馬車からは橋爪琢磨が降りてきた。

 

「橋爪さん。神風隊に殺されたのは皆、貴方と敵対する者達でした‥‥すなわち神風隊の黒幕は‥‥橋爪議員、貴方だったんですね」

 

「し、知らん!!こんな人殺し共!!わしは知らん!!知らんぞ!!」

 

橋爪は神風隊との関係を否定するが、

 

「見苦しいですぞ、橋爪さん」

 

其処へ馬に乗った山県がやって来た。

 

「山県」

 

山県の近くには、夕刻あの料亭で密会した橋爪の協力者の政治家や官僚達が手錠をかけられた状態で連れて来られた。

 

「もはや、言い逃れはぬぞ、観念する事だ」

 

「こ、これは罠だ!!わしは無実だ!!」

 

警官が橋爪を取り押さえても彼はあくまで神風隊との関係を否定する。

 

「女警官‥‥お前の言う通り、私は只の道具として利用された様だ‥‥」

 

橋爪の言動を見て東馬は此処で信女が言っていたことが真実だったと理解した。

すると、東馬はユラリと立ち上がり、落ちていた刀を拾うと、

 

「橋爪!!」

 

橋爪に斬りかかろうとした。

 

「よせ、東馬!!」

 

橋爪の前に堀部が立ち塞がる。

 

「た、助けてくれ、罪は認める!!だ、だからこいつを叩き切ってくれ!!此奴は血に飢えた殺人鬼だ!!わ、わしは死にたくない!!」

 

東馬に斬られそうになり、ようやく関係を認めた橋爪。

 

「‥‥ふっ、もはや‥‥これまで‥‥でやぁぁぁ!!」

 

東馬は割腹自殺を図ろうとするが、

 

バキーン!!

 

信女は抜刀術で東馬の持っていた刀をへし折った。

 

「何故だ‥‥何故、死なせてくれない!!最後は武士らしく死なせてくれ!!」

 

「今、死ぬは卑怯ぞ、東馬。お前が犯した罪は重い。だが、どんな重罪になろうと潔く罪を認め刑にふくすのだ‥‥それが、お前の斬って来た人達への償いではないか‥‥これが、兄弟子としてお前に残せる最後の教えだ」

 

「ほ、堀部さん‥‥」

 

「榊東馬‥‥貴方を山県陸軍卿暗殺未遂の容疑で逮捕する」

 

信女は東馬に手錠をかけた。

東馬達神風隊の隊員、神風隊の黒幕、協力者は逮捕され、こうして神風隊事件は幕を下ろした。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第26幕 真古流

更新です。

今回から雷十太編ですがこれは完全にアニメ沿いです。


 

 

 

 

 

東京で信女が神風隊事件を追っているその頃、

神谷道場一行が旅行へ行った伊豆では‥‥

 

伊豆の地形を見渡せる崖の上に編み笠を被った大男が立ち、伊豆の地を見下ろしていた。

 

「この土地こそ、我が王国‥‥」

 

一言そう呟いた大男は腰に帯びていた日本刀を鞘から抜き、掲げる。

 

「いざ、祝福を‥‥野望の国に‥‥」

 

大男は支配欲に満ちた目で伊豆の地を睨んでいた。

 

 

「へぇ‥‥伊豆ってのはなかなか面白れぇところじゃねぇか」

 

「わくわくするぜ、こんな所で暫く遊べるって‥なぁ、薫」

 

左之助と弥彦は始めてきた伊豆の地を見て、興奮している様子。

しかし、薫は‥‥

 

「ちょっと黙ってて‥‥」

 

吊り橋でビビっていた。

しかし、この吊り橋を渡らないと下宿先である玄斎の妹の家にはいけない。

 

「おーい、よく来たな。みんなの事は兄さんから聞いとるよ」

 

すると、吊り橋の向こうには1人のおばあさんが立っていた。

そのおばあさんこそ、玄斎の妹であるハナだった。

ハナの姿を見て、剣心達は紛れもなくハナと玄斎が兄妹であると実感した。

 

「恐ろしいくらい兄(玄斎先生)に似た妹ね‥‥」

 

「「うん」」

 

薫はハナの印象を言うと、剣心と弥彦も頷く。

 

その後、ハナの案内でまず、ここいら一体の大地主である「坊ちゃま」に会って欲しいと言われ、剣心達は伊豆の森の中に立つ一際目立つ大きな屋敷へと案内された。

其処の屋敷の主、塚山由太郎は物心つく前に両親を亡くし、5歳であの屋敷の主となり、父親から受け着いたこの広大な土地の地主となった。

屋敷の中は高価な美術品が飾られており、さながら美術館の様だった。

一体どんな子なのかと思い、剣心達は由太郎に会ってみると、彼は剣術の先生を探している様だった。

ハナが剣心を由太郎に紹介し、彼は剣心の腕前を見たいと言ったが、剣心は別に彼の剣の先生になるために伊豆に来たわけではないので、剣心はその話を断った。

しかし、由太郎は観柳とちょっと似た条件で剣心を雇おうとする。

すると、由太郎の態度にキレた弥彦が由太郎に掴みかかる。

薫の介入で取っ組み合いにはならなかったが、どうも由太郎は小さい頃から大人に傅かれて育ったため、プライドが高すぎる性格になってしまったと剣心は言う。

そして、薫も剣術を学ぶことは心を学ぶ事でもあると言う事を由太郎に言う。

気分を害した由太郎は剣心達に出て行く様に言った後、馬で散歩へと出かけた。

そんな由太郎を見て薫は由太郎と弥彦は似ていると思った。

 

馬で散歩に出た由太郎は賊に襲われて誘拐された。

従者が屋敷に戻りその事を伝え、剣心達が森へと行くと其処では1人の大男が賊を斬り殺していた。

そして、最後の1人を殺そうとした時、剣心はその大男に石を投げつけて刀を弾き落とす。

由太郎は自分を助けてくれた大男に名を尋ねると、

大男は、自身を

 

「石動雷十太」と名乗った。

 

由太郎は自身を助けてくれた事と、雷十太が見せた剣腕に惚れ、彼を剣の先生として雇った。

 

由太郎が雷十太を剣の師として招き入れた後も剣心達は、伊豆の旅行を満喫していた。

そんなある日、剣心達が温泉へと行き、温泉に入っていると、薫が由太郎の事が気になって、屋敷に出入りしているハナに最近の由太郎の事を尋ねると、どうも由太郎はあれからかなり雷十太の事を心酔しており、半ば雷十太の言いなりだと言う。

その他にも妙な男達が集まり出しては屋敷の中を我が物顔で歩き回り、塚山家の家宝を勝手に売りさばき、そのお金で槍や刀を大量に購入していると言う。

何故、彼らがそんな大量の槍や刀を購入しているのかを尋ねると、ハナが「真古流」に必要だと言うと、聞き耳をたてていた剣心の顔が変わった。

剣心は由太郎を雷十太から離す様に進言するが、場所が悪かった。

話していた場所は温泉。

そして、剣心は今、全裸‥‥

薫達女性陣は剣心の全身を見てしまった。

 

「剣心のバカ!!」

 

不可抗力とは言え、全裸で女風呂に乱入した剣心は薫にボコられた。

 

夜、伊豆のある海岸の崖の上で、由太郎は雷十太からもらった刀を1人で素振りしていた。

とは言え、剣術に関しては全くのド素人でまして体にも手にも馴染まない刀を力まがいの変な振り方をしているせいで、由太郎の手は血豆だらけで、皮も所々破れている。

 

「アッ‥‥」

 

由太郎はバランスを崩してその場に倒れてしまう。

 

「その刀‥‥由太郎殿には似合わないでござるよ」

 

ハナから由太郎が真古流の連中と関わりを持ったことを心配した剣心が由太郎の様子を見に行くと、彼が真剣で素振りしているのを見つけ、彼は思わず由太郎に話しかける。

 

「随分1人で稽古をしたでござるな」

 

「先生の足元にも及ばないくせに!!僕は雷十太先生の様になるんだ!!」

 

「っ!?」

 

ただ純粋に強さを求める由太郎を見て、弥彦やかつての自分を思い出す剣心。

すると、そこへ雷十太が4人の男達を連れてやって来た。

男の1人が由太郎に屋敷へと戻る様に促し、由太郎は渋々その場を後にする。

しかし、由太郎は屋敷へと戻らず、岩陰から剣心と雷十太達のやりとりを覗いて見ていた。

 

「お主に話がある」

 

「拙者に話?」

 

すると、雷十太は明治における剣術について剣心に尋ねてきた。

廃刀令が敷かれた今、剣は竹刀へと変わり、剣術は生死をかけるやり取りからスポーツか趣味の領域へと変貌しつつある。

雷十太達は、自分達は死ぬ最後の時まで武士であり、刀を手放す事はないと言い、剣心を真古流へと誘った。

そして、彼は自分達、真古流の最終目標を剣心に語った。

それは伊豆を武士の独立国家へとする事だった。

しかし、明治政府は絶対にその様な事を認める筈がない。

だが、彼らには政府軍に勝てる自信があった。

伊豆の地形が天然の城壁となり、そして自分達の剣術は決して西洋かぶれの政府軍に負けないと言う自信があった。

しかし、それはあまりにも根拠のない自信だった。

それにもし、この地で政府軍と真古流が戦争になれば、伊豆の地の民を戦に巻き込む事になる。

真古流は、それは致し方ない犠牲だと言う。

剣心はそれがどうしても許せなかった。

故に剣心は雷十太の誘いを断った。

すると、雷十太達は剣心の口封じを図った。

四対一の圧倒的な不利な中、剣心は真古流四天王相手に善戦するが、その戦いを見ていた由太郎が海へと落ちてしまった。

剣心は由太郎を助けるため、真古流四天王を倒すと、伊豆の海へと飛び込み由太郎を助けた。

 

海から由太郎を助けた剣心はハナの家に戻り、恵に由太郎の事を託した。

一方、由太郎の屋敷では、由太郎が行方知れずになった事をいいことに雷十太が屋敷を完全に乗っ取ってしまった。

屋敷の使用人は屋敷内に屯する大勢の真古流の剣客達戸惑う。

ハナは使用人達に暫く屋敷を離れる様に伝えた。

使用人達も由太郎の行方不明に加えてこの怪しげな男達と居る事に不安感を感じ、屋敷を後にして行った。

 

ハナの家で目覚めた由太郎は、雷十太の下に帰ろうとするが、そこを弥彦が止めた。

 

「屋敷へと帰りたかったら、自分を倒してから行け」

 

と言って由太郎と剣術勝負をした。

しかし、身体に合わない刀と全くのド素人の由太郎は、これまで神谷活心流の稽古をつけてきた弥彦の足元にも及ばず、あっさりと敗北した。

由太郎の敗北原因は身体に合わない刀の他、雷十太が由太郎に一切稽古をつけなかった事だった。

雷十太だけでなく、真古流の剣客達は由太郎を同志と言いながら、誰も稽古をつけてはくれなかったのだ。

見様見真似の剣術稽古では成長するものも成長しない。

由太郎の動きを見た薫は神谷活心流の稽古を受けないかと誘う。

由太郎は強くなり、弥彦を倒すため、薫の稽古を受けた。

薫が見立てた通り、由太郎には剣の才能があり、僅か数日の間でその才能を開花させた。

由太郎の成長を見て、弥彦も次第に彼の剣の素質を見極め、自分もうかうかしていたら、あっという間に抜かれると思い始めた。

 

 

由太郎がハナの家で薫の指導の下、神谷活心流の稽古を受け始めた頃、東京の陸軍省にある報告が入った。

それは伊豆の地で真古流の総帥、石動雷十太の存在が確認され、全国に散っていた真古流の剣客達が続々と伊豆の地へと集結しているとの事だった。

また、その真古流の連中が剣心と接触したことも掴んだ。

その為、剣心とそれなりに交流のある浦村署長が山県の名代として伊豆の地へと赴く事になった。

山県は自らが直接伊豆へと出向いても良かったのだが、あいにく山県はここ暫くは大事な予定が入っており、伊豆の地へ向かうのは無理だったのだ。

山県は浦村署長を伊豆へと派遣する際、彼の護衛として信女にも浦村署長の同行を命じた。

神風隊事件後、山県は信女が元新撰組隊士‥しかも幹部クラスの隊士で剣の腕も立つとの事を知り、今回信女に白羽の矢が立ったのだ。

 

「真古流?」

 

「そうだ。維新直後に結成された剣客集団の事だ」

 

「あんなチンピラ素人集団、新撰組や見廻組、西郷軍に比べれば、ただの案山子ね。で?そのチンピラ案山子軍団がどうしたの?」

 

「連中が伊豆の地に集結しているとの情報が入った」

 

「伊豆に?」

 

(伊豆って確か緋村が行っている筈‥‥)

 

「そこでどうも連中と緋村さんが接触したとの情報が入った」

 

「緋村と案山子軍団が?でもなぜ?」

 

「どうやら、連中は伊豆を剣客の為の独立国にしようと画策しているらしい。恐らくその件で緋村さんに協力しろとでも言って来たのだろう。彼ら剣客達にとって人斬り抜刀斎の名はその名前だけでも影響力があるからな」

 

確かに人斬り抜刀斎の名は幕末を生きた剣客にとっては恐怖の象徴でもあり、崇める対象でもあった。

あの偽抜刀斎もそれを利用したのだ。

浦村署長から真古流の最終目的を聞き、信女は連中の行動に呆れた。

 

「笑えない冗談ね。あの榎本や大鳥、西郷でさえ、出来なかった事を案山子如きができる筈がないじゃない。榎本や大鳥がいたらきっと大爆笑するでしょうね」

 

榎本や大鳥も蝦夷を独立国家としようとした。

しかし、彼らの野望も箱館戦争でついえた。

 

「そして、政府はこれ以上、真古流の動きを見過ごす事は出来ない。息の根を止めろとの命令が下された」

 

「それは山県の命令?」

 

「うむ。ただ、緋村さんも伊豆におり、真古流と接触した事から緋村さんからも意見を求めて来いと山県閣下からの命令だ。私はこれから伊豆の地へと向かうが、その道中には君も同行せよとのお達しだ」

 

「私も?」

 

信女は顎に手をやり考える。

 

(人斬りは 一度定めた標的を斬るまでは鞘にはおさまらない。同じように一度戦端を開けば、彼らは案山子とは言え、武士‥全滅覚悟で戦うでしょうね‥‥緋村、それは貴方の望まない結果でしょうけど、話し合いが通じる相手でもないわ‥‥緋村がこの戦いでどうやって纏めるのか‥‥ちょっと興味があるわね‥‥それにまた人を斬れるみたいだし‥‥)

 

「わかりました。参りましょう。伊豆へ‥‥」

 

こうして浦村署長と信女は剣心のいる伊豆へと向かう事になった。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第27幕 役者

更新です。


 

 

 

 

由太郎が行方知れずとなり、塚山家の屋敷は完全に雷十太達真古流の拠点となっていた。

ロビーにあった美術品は全て消え、使用人達も姿を消し、居るのはむさくるしい男達だけ‥‥。

そんな中、

 

「‥‥以上が吾輩の計画である」

 

雷十太は伊豆の地図を背に独立国家の構想を説明する。

 

『おおおおー!!』

 

「最強の男達よ、失われし誇りを取り戻す時が来た。剣のみが我等を不滅にするのだ!!立て!!精鋭よ!!戦い取れ!!野望の国を!!」

 

『おおおおー!!』

 

雷十太の演説で真古流の士気は大いに高まった。

そんな塚山の屋敷を単眼鏡で遠目に見る一団があった‥‥。

 

「それで、今案山子‥もとい、真古流の連中はどこに集まっているんですか?」

 

信女は浦村署長に真古流の連中が伊豆の何処に集結しているのかを尋ねる。

聞いた話では、真古流の人数は数十人以上いると言う。

そんなむさくるしい大勢の男連中が隠れられる場所は限られる。

 

「かの地には塚山と呼ばれる大地主が屋敷を構えている。情報では雷十太達真古流は其処を拠点としている様だ。既に静岡県警の機動隊がその屋敷を見張っている」

 

「緋村は今どこに?」

 

「小国ハナと呼ばれる塚山家に出入りしている使用人の家らしい。其方は私が出向く。佐々木警部試補は塚山の屋敷へと出向き、静岡県警と合流し、開戦を少しでも送らせてくれ‥‥」

 

「わかりました。しかし、向こうが先に戦端を開くかもしれませんよ」

 

「その時は、やむを得まい‥政府の命令を実行する。君も参戦してくれ」

 

「わかりました」

 

信女は口元をほんのわずかに緩めた。

 

真古流の方も自分達が伊豆に武士の為の独立国家の建国を宣言すれば、明治政府が必ず自分達を攻撃して来ることは読んでいた。

その為、真古流も政府の動きを探知するために彼方此方に斥候を放っていた。

そしてその斥候が静岡県警の機動隊を発見し、雷十太へと報告した。

 

「何?警察の機動隊だと?」

 

「我々の動きを嗅ぎつけたらしいのです。銃撃部隊を発見したと斥候から伝令がありました」

 

「くそっ、予定より早すぎる」

 

「フフフフ‥‥望むところよ‥‥迎え討て!!打ち砕け!!奴らに知らしめるのだ!!鍛え抜かれた剣の技こそ、最強無二の殺人兵器だとな!!遂に我が王国の幕開けだ!!」

 

雷十太は真古流全同志に戦闘準備を命じた。

真古流と政府との戦いはすぐそこまで迫っていた。

 

塚山の屋敷が戦場になるかもしれない中、剣心達は川へ釣りに出掛けていた。

ハナの家に来てから由太郎は、初めてのことばかりを経験した。

剣術の稽古に薪割り、雑巾がけ、大勢の人と一緒に食事、そしてこの魚釣りもそうであった。

釣った魚を焼いて外で食べる。

普通の人にとっての当たり前が由太郎にとっては初めての事で屋敷を出てから見聞する何もかもが新鮮に見えた。

食事が終わった後、まだ時間があったので、この時間を無駄にするわけにはいかなかったので、折角なので、竹刀を振ろうとしたら、肝心の竹刀を忘れた。

由太郎はハナの家に竹刀を取りに戻ると庭先には警官の制服を着た男が1人立っていた。

 

「あの‥‥」

 

「失礼、警視庁の浦村です。緋村殿が此処に居ると聞いて東京から来たのだが‥‥」

 

「剣心なら今、川に居ますけど‥‥」

 

「君は?この家の者かね?」

 

「いえ、僕はこの近くの屋敷に住んでいる塚山由太郎と言います」

 

「塚山!?では、君か!?渦中の屋敷の‥‥騒動を避け此処に‥‥」

 

「何のことですか!?何かあったんですか!?僕の屋敷に!?教えて下さい!!」

 

由太郎の剣幕に思わず、浦村署長はある程度の概要を教え、事が終わるまで此処に居る様に言うと、剣心が居る川へと向かった。

 

「あれ?アンタは‥‥」

 

「警察署長さん」

 

「なんで伊豆に?」

 

「実は緋村殿にお伝えしなければならない事がございまして」

 

「なんでござるか?」

 

「少々内密な内容なのですが‥‥」

 

「分かった」

 

剣心達はハナの家に戻り、剣心と浦村署長は居間の障子戸を閉め、2人っきりで話をした。

 

「警察の機動隊が真古流を攻撃!?」

 

「新聞にも漏らせぬ機密です。政府が真古流の動向を探っていたのはご存知かと思います。此処で息の根を止めろと言う判断が下りました」

 

「山県殿も同じ御意見でござるか?」

 

「ほぼ‥‥」

 

 

士族を疎んじている山県にとっては武士の集団である真古流は西郷軍に次いで悩みの種であった。

総帥である雷十太を始め、日本中に散っていた彼らが伊豆に集結している今こそ、一気に殲滅するチャンスであった。

 

「しかし、緋村殿が真古流と接触したと言う情報を聞き、『ぜひ、意見を聞いてこい』と私は仰せつかってきた次第です」

 

「今、力で奴等を刺激すれば無駄な血が流れるのは必至‥‥」

 

剣心は何とか真古流と警察の機動隊が戦端を開く前に事態の収拾をつけねばと思った。

そんな時、

 

「剣心大変だ!!」

 

「由太郎君が居ないの!!何処にも!!」

 

弥彦と薫がハナの家にいる様に言った筈の由太郎の姿が消えた事を伝える。

その事実に剣心は慌てて浦村署長に尋ねる。

 

「由太郎殿に何か話したでござるな」

 

「すべて話したわけでは‥‥」

 

「どうしたんだ?剣心」

 

「まさか‥‥」

 

剣心と左之助の脳裏に最悪の事態が過ぎる。

 

「間違いない屋敷に帰ったでござる」

 

剣心達は大急ぎで由太郎の後を追った。

 

その頃、由太郎の屋敷の近くの森では静岡県警の機動隊がいつでも真古流を攻撃できるように待機していた。

その機動隊の指揮官に信女は接触し、山県からの指示を伝えた。

 

「ほぉ、東京からの‥‥」

 

「はい。全権は委ねられていませんが、その全権のある浦村署長からの指示で『真古流への攻撃は緋村剣心の意見を聞くまで待ってくれ』との事です」

 

「しかし、今、奴らを取り逃がすわけには‥‥」

 

「ですが、コレは山県陸軍卿からの指示でもあります」

 

「分かった‥‥だが、此方も真古流を殲滅せよと命令を受けている。午後4時まで浦村署長から連絡が無ければ、此方は総攻撃をかける。よろしいな?」

 

「‥わかりました」

 

指示と命令では、やはり命令の方が、強制力があるため、機動隊の指揮官はタイムリミットを条件に総攻撃を少し延期した。

しかし、タイムリミットの午後4時を回っても浦村署長も剣心も現れなかった。

 

「時間だ‥‥」

 

「‥‥」

 

信女は無表情のまま成り行きを見守る事にした。

ただ、浦村署長からはもし、真古流と戦闘になった時は参戦せよと指示を受けていたので、信女も参戦する気満々であった。

 

「前衛部隊、前へ!!」

 

ライフルを持った機動隊員達が塚山家の門を蹴破り、屋敷の庭へと進撃していく。

すると、

 

『うわぁぁぁ!!』

 

屋敷の窓という窓から剣を持った剣客達が機動隊員めがけて斬りかかって来る。

 

「撃て!!」

 

機動隊員は斬りかかって来る剣客達にライフルを発砲する。

少なからず被害を出しながらも真古流の剣客達は機動隊の懐へと飛び込み、斬りかかる。

西南戦争同様、近距離での戦闘にライフルは不向きであった。

 

「うっ‥‥」

 

前衛が突き崩され、後退りをする機動隊。

そこへ、

 

「ハハハハハ!!思い知ったか!!真古流の力を!!剣の力を!!」

 

真古流総帥、雷十太が前に出てきた。

 

「怯むな!!射撃用意!!」

 

機動隊が再び射撃体勢をとる。

 

「銃などなんの役にも立たぬわ!!この飯綱の前ではな!!」

 

ライフルに狙われているにも関わらず雷十太はひるむことなく、剣を振った。

すると、真空刃が機動隊を襲う。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「一時後退!!」

 

「怪我人を運び出せ!!」

 

「支援部隊を投入させろ!!」

 

雷十太の一撃で機動隊の前衛は門の外まで後退した。

しかし、雷十太は秘剣・飯綱を一発打った後、真古流の四天王の双刀の男と僧兵の様な男と共に何処かへと姿をくらました。

だが、機動隊を退けたことで真古流の士気は高く、門外の機動隊に追撃をかけてきた。

そこへ、

 

「飛天御剣流、土龍閃!!」

 

信女が土龍閃を放ち、真古流の剣客達に土石をぶつけて足並みを乱れさせると、一気に彼らに接近し、

 

「双龍閃・雷!!」

 

追撃を仕掛けてきた真古流の剣客達を斬り伏せた。

 

「す、すげぇ‥‥」

 

信女の剣撃を見た機動隊員は唖然とする。

そんな機動隊員を尻目に信女は剣を振り、真古流の剣客達を倒していく。

 

「我等も続くぞ!!突撃!!」

 

「おおおおー!!」

 

雷十太の飯綱が真古流の剣客達の士気を高めたのであれば、信女の飛天御剣流が機動隊の士気を高めた。

 

雷十太と信女、2人の剣が士気を高め合う中、真古流の一部は近代兵器、そして信女の振るう剣に恐れをなして裏から逃げようとする者達がいた。

だがそれを見逃さないのが、

 

「逃げられると思っているの?」

 

この女である。

信女はあらかた斬り倒してから裏から逃げた者達を追いかけた。

序に先程から姿が見えない真古流総帥の雷十太の捜索も行った。

 

「はぁはぁ、バケモノが、ここまでくれば‥‥」

 

「な、なんなんだよ、あの女」

 

「あんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ」

 

正面の戦場から命からがら逃げてきた真古流の剣客達。

一旦止まり呼吸を整えていると、

 

ズドーン!

 

いきなり近くの木が倒れた。

 

「人斬りは 一度定めた標的を 斬るまでは 鞘にはおさまらない そうでしょう 人斬りさん?」

 

「な、何!?」

 

「げぇ、来やがった!!」

 

「貴方達、敵前逃亡?それは士道不覚悟で切腹よ。武士の王国を作りたいのならまずは士道を学びなさい」

 

「ま、待ってくれ‥‥」

 

「お、俺達は‥‥」

 

「問答無用」

 

信女はそう言って逃亡を図ろうとしていた真古流の剣客達を斬って行った。

そして、最後の1人なった時、

 

「た、頼む、命だけは‥俺は雷十太の野郎に無理やり‥‥」

 

ザシュッ

 

「ぐあぁぁー!!」

 

残った剣客が剣を捨て、信女に言い訳と言う名の命乞いを行うが、信女は容赦なくその剣客を切り捨てた。

 

「やっぱり、ただの案山子ね‥‥」

 

「そこのお前!!何をしている!!」

 

信女が振り向くと其処には1人の少年が息を切らせながら立っていた。

 

「誰?」

 

「僕は塚山由太郎だ!」

 

「塚山?ああ、あの屋敷の御坊ちゃんね...私は警視庁の警官よ」

 

と信女は自分の身分証を出して、自らが警視庁の警官である事を由太郎に証明する。

 

「貴方の屋敷を取り戻してあげているの」

 

「僕の.....?」

 

由太郎が信女と話している中、

 

ガサっ

 

森の中で物音がした。

信女と由太郎がその音がした方を見ると、1人の男が倒れていた。

 

「た、助けてくれ‥‥」

 

男は丸腰の状態で倒れており、その恰好から真古流の剣客達でも警察関係者でもない事が窺えた。

ならば、この戦いに巻き込まれた一般人かもしれない。

信女と由太郎はその男に近づいた。

 

「足、撃たれちまった‥‥」

 

流れ弾が当たったのだろう。

男の右足からは出血が見られた。

 

「あっ、お前は!?」

 

由太郎が男の顔を見て、声を上げる。

 

「知り合い?」

 

「僕を誘拐しようとした山賊‥‥」

 

「山賊?」

 

由太郎の話ではこの男は一般人などではなく、以前自分を誘拐しようとした山賊の1人だと話した。

 

「賊?じゃあ、斬る?」

 

一般人でなければ、容赦する必要はない。

信女は剣を抜き構える。

 

「ま、待ってくれ!!あ、あの時は悪かった‥‥で、でもな、俺達は頼まれたんだ雷十太の奴に‥‥アンタを襲えと金を貰って‥‥」

 

「先生に?」

 

怪訝な顔をした由太郎は山賊を睨みつけて山賊は見逃してほしいのかペラペラと由太郎にあの時の誘拐が雷十太による狂言誘拐だと話し始めた。

 

「あれは雷十太の芝居だったんだ、あいつはあんたに恩を売りたかったのさ」

 

「う、嘘だ」

 

「本当だ、俺達も騙されーー」

 

と山賊が言っている時に信女は何かを感じたのか由太郎の後ろ襟を掴んで引っ張り後ろに下げた。

 

「な、何を!」

 

「死にたくなかったら黙っときなさい、」

 

その瞬間、雷十太の飯綱が飛んできて山賊の男を一撃で葬った。

 

「見つけた、真古流の総帥、石動雷十太」

 

「何者だ?貴様」

 

「見て分からない?ただの警官よ。‥‥どうやら役者が揃ったみたい。」

 

と言うと信女は後ろを見た。

 

「何?むっ!?」

 

雷十太も信女の視線を追うと其処には‥‥

 

「あぁ、剣心」

 

由太郎も視線を向けると其処には剣心の姿があった。

 

「の、信女」

 

「あ、あの女は...」

 

「あの時の女中(メイド)

 

左之助と弥彦は観柳邸で1度信女を見た事があるから誰かを知っていた...だが

 

「えっ?誰?」

 

この前の観柳の時には居なかった薫はまだ信女とは初対面で首を傾げていた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第28幕 生き地獄

更新です。


 

 

 

 

 

由太郎を追いかけ、塚山の屋敷へと向かった剣心達。

屋敷の敷地内では、雷十太や信女が去った後も機動隊と真古流の戦いは続いていた。

 

「撃て!!」

 

機動隊のライフルの前に倒れて行く真古流の剣客達。

 

「突撃!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「迎え撃て!!」

 

「うぉぉぉぉー!!」

 

機動隊の抜刀隊と真古流の剣客達の刃がぶつかり合う。

剣との勝負ではやはり機動隊よりも真古流の方が、若干分があった。

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

斬られて倒れて行く機動隊員。

塚山の屋敷は機動隊、真古流の剣客、双方の死傷者で埋め尽くされた。

そんな戦場と化した塚山の屋敷に剣心達が到着した。

 

「っ!?」

 

剣心は庭に倒れている機動隊員、真古流の剣客達を見て唖然とする。

 

「ひ、ひでぇ‥‥」

 

弥彦もこの戦場に一言呟く。

 

「由太郎君は!?」

 

薫は屋敷に戻った筈の由太郎の身を案じる。

そんな中でも戦闘は続いており、

 

「うぉぉぉぉー!!」

 

「はぁぁぁぁー!!」

 

ザシュッ

 

ブシュッ

 

「ぐわぁ!!」

 

「がはっ!!」

 

真古流の剣客達が機動隊員を倒し、次の獲物を狩ろうとした時、機動隊のライフルが彼らを撃ち抜いた。

 

ダン!! ダン!!

 

「ぐわぁ!!」

 

「がはっ!!」

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

真古流の剣客達は機動隊に斬り込みをかけるが、体勢を立て直した機動隊のライフルの前に次々と斃れていく。

 

ダン!! ダン!!ダン!! ダン!!ダン!! ダン!!

 

『ぐわぁぁぁ!!』

 

『ぎゃぁぁぁ!!』

 

後続部隊を次々と投入し、戦力を補強する機動隊とうってかわって次々と減って行く真古流の剣客達。

彼らはじりじりと後退を余儀なくされていく。

 

「くそっ、なんて数のライフルだ」

 

「やはり、王国など最初から無謀だったのか‥‥」

 

「なんと申す」

 

「えっ?」

 

「もとより死は覚悟の上‥‥武士の魂は時期、この神国日本より永遠に滅び去るのだ」

 

「鶴左殿‥‥」

 

「どうせ滅びるなら‥‥玉砕あるのみ!!」

 

真古流の四天王の1人、槍使いの鶴左衛門が愛槍を振りかざし、機動隊へと襲い掛かる。

 

「でりゃぁぁぁ!!」

 

「やめろおおぉぉぉぉぉ!!」

 

剣心が鶴左衛門に当て身を喰らわす。

剣心のこの行為で機動隊員は守れたが、鶴左衛門はその身に何発もの銃弾を受け、その場に倒れ息を引き取った。

斃れた鶴左衛門を見て剣心は、

 

『やめろおおぉぉぉぉぉ!!』

 

屋敷全体に響き渡る大声を出す。

剣心の声に戦っていた真古流の剣客達も機動隊員も手を止める。

 

「やめろ、殺し合いは‥敵も味方もこれ以上、無駄な血は一滴たりとも流させぬ!!」

 

「剣心!!」

 

「何者だ!?」

 

機動隊の指揮官は剣心に正体を問う。

 

「拙者が石動雷十太と勝負する。その決着がつくまで、どちらの攻撃も許さぬ」

 

剣心がそう宣言したのと同時に浦村署長が屋敷に到着した。

 

「浦村さん」

 

「緋村剣心殿言う通り、此処は攻撃を止められよ」

 

浦村署長が機動隊の指揮官に剣心の進言を吞むように言う。

 

「なに!?あれが‥‥緋村剣心‥‥ようし!!攻撃止め!!一時休戦である!!真古流も一時剣を引かれよ!!」

 

機動隊が攻撃を止め、真古流の剣客達もその提案を呑み、屋敷の庭での殺戮は終わった。

剣心は屋敷の裏の森の中へと入って行く。

 

「剣心」

 

「俺達も行こうぜ」

 

「うん」

 

左之助達も剣心の後を追った。

そして、森の中で剣心達は由太郎と‥‥

 

「‥‥どうやら役者が揃ったみたい。」

 

「あぁ、剣心」

 

「の、信女」

 

「あ、あの女は...」

 

「あの時の女中(メイド)

 

「えっ?誰?」

 

今回、信女との初邂逅の薫は首を傾げていた。

 

「剣心の同門って女だ」

 

「剣心の‥‥」

 

弥彦が薫に信女の事を説明する。

 

「生きていたか抜刀斎」

 

「この戦い‥これ以上の犠牲を出さぬため、拙者とお主とサシの決着をつけに参った」

 

「なに!?」

 

「これは我らが王国の戦い貴方の出る幕は‥‥」

 

雷十太に随行していた桜丸と月王は余計な手出しは無用と言うが、

 

「よかろう」

 

雷十太は剣心の提案を受け入れた。

 

「雷十太殿」

 

「かまわん」

 

「抜刀斎‥最強とうたわれた志士よ。こうなる事を待っていた。冥土の土産に見ておくがよい‥この国最古の秘剣‥飯綱をな‥‥」

 

雷十太は大きく剣を振りかざし、地面に叩き付けると、地面が裂けながらその真空波が剣心を襲う。

剣心はその真空波を躱すが、完全にかわしたわけではなく、剣心の着物一部が裂かれた。

 

「‥‥」

 

(‥昔の緋村なら、かすりもしなかった‥観柳邸でも剣を交えたけど、やっぱり緋村は‥‥)

 

信女は今の剣心が昔よりも優しくなった反面、非情さが抜けた分だけ、剣腕が落ちていると判断した。

 

「フフフ‥流石は抜刀斎。辛うじて躱したか‥しかし、次は如何かな?」

 

雷十太は再び剣を構える。

そこへ、

 

「待って下さい!!」

 

由太郎が雷十太と剣心の間に割り込む。

彼は自分が剣心に命を助けられた事、剣心が雷十太と同じ位勇敢な剣客である事を伝え、剣ではなく、話し合えば理解できると言うが、

 

「下がりなさい!!」

 

雷十太の動きに不審を感じた信女は由太郎にその場から下がる様に言う。

すると、雷十太は由太郎に飯綱を放った。

 

「くっ」

 

信女が慌てて由太郎に駈け寄るが、ほんのわずかに間に合わず、飯綱は由太郎の右腕を掠めた。

飯綱を喰らい吹き飛ばされる由太郎を信女がキャッチする。

 

「せ、先生‥‥」

 

由太郎は雷十太から飯綱を喰らった事が信じられず、呆然とする。

そんな由太郎に弥彦と薫が駆け寄る。

 

「てめぇ、自分の弟子を!!」

 

「やっぱり、貴方の目的は由太郎君の土地や財産だったのね!!自分の王国をつくる為、由太郎君を利用したんでしょう!!」

 

「う、嘘だ‥‥僕を弟子だって‥‥」

 

だが、由太郎はまだ雷十太の事を信じていた。

しかし‥‥

 

「フフフフ‥‥ハハハハハ‥‥もはや虫けらに用は無い!!」

 

雷十太のこの言葉により、由太郎は現実を突き付けられた。

 

「息の根を止めてその苦しみから解放してやっても良いぞ‥お前の好きな吾輩の剣でな」

 

「下衆やろうが」

 

「テメェみてぇな卑劣漢が、何が武士の魂だ!!何が王国だ!!」

 

「ホントに‥‥」

 

信女の雷十太のこの行為に我慢できずに刀を構えようとするが、そこを剣心が手で制する。

 

「緋村?」

 

「由太郎殿がどんなに貴様は尊敬していたか分かっていた筈だ」

 

剣心は雷十太の下へと歩み寄る。

 

「数多い剣客を修羅に変え、無垢な少年の心を嬲りものにした‥貴様には‥生き地獄を味合わせてやる」

 

(緋村‥怒ってはいるけど、昔ほどの剣気は出ていない‥)

 

怒りによって昔の抜刀斎の頃に立ち戻るかと思ったが、今の剣心の剣気を見る限り、昔ほどではなかった。

由太郎は意識を失い、剣心は薫にハナの家に連れて行く様に言い、左之助にはその護衛を頼んだ。

弥彦は由太郎の代わりに雷十太の最後を見届けると言う。

そして、

 

「信女、お主は‥‥」

 

「私は警官だから、コイツ等を捕縛する役目があるの‥‥最も生死は問わぬと言う命令だから、貴方の代わりに私がそのデカブツの相手をしても良いのだけれど?」

 

「お主が相手にするとコイツを斬り殺してしまうでござろう。コイツには死よりも辛い苦しみを与えねば、気が済まぬでござるよ」

 

「そう‥‥残念」

 

「大した自信だな」

 

「由太郎殿の犠牲、無駄にはせぬ」

 

剣心は由太郎の傷口を見て、飯綱がかまいたちによる真空波だと見抜いた。

 

「見切った所で俺を倒せるかな?伝説の人斬り抜刀斎を俺の剣が倒した時、我が王国に曙がおとずれる。祝いの膳に添えてやろう。抜刀斎の屍をな!!」

 

そう言って雷十太は飯綱を剣心に向けて放つ。

しかし、地面を伝って来るこの飯綱を剣心は簡単に躱す。

剣心が雷十太に指摘をすると、

 

「フフ、やはり纏飯綱では倒せぬか‥ならば‥飛飯綱!!」

 

雷十太は剣を空中で振ると、振っただけで真空波が出来、剣心を襲う。

 

「な、なんだ!?あの飯綱、飛ばす事も出来るのか!?」

 

弥彦は飛飯綱に驚愕する。

剣心は木と木の枝を飛んで飛飯綱を躱すが、

 

「読んだ!!」

 

剣心の動きを見切った雷十太の飛飯綱が剣心の右腕をかすり、小さな切り傷を作る。

 

「見たか!!これが飯綱よ!!究極の殺人剣よ!!」

 

剣心の息の根を止めた訳でもないのに喜んでいる様子の雷十太。そして剣心の身を案じて弥彦が飛び出そうとすると

 

「見ときなさい。」

 

「な!てめぇ!!」

 

「いいから、これぐらいでどうにかるような人があの時代は生き残れない。貴方も剣客何でしょ?」

と信女に言われて少し戸惑った弥彦も静かになり剣心の戦いを見守った。

 

(飛び技で喜んでいるなんて、ちょっと矛盾していない?しかも、獲物を前に舌なめずりや得意気に説明するのは三流であり、負けフラグよデカブツ)

 

「嬉しいか?」

 

「何?」

 

「このようなかすり傷つけただけでそんなに嬉しいか?」

 

「おのれ!!負け惜しみを!!」

 

「こんな醜い傷をつけた事を後悔させてやる!!」

 

(剣心、ちょっとナルシストが入っているわよ)

 

「貴様!!止めだ!!」

 

雷十太はまたもや飛飯綱を剣心に放つが剣心は抜刀術で飛飯綱を斬った。

 

「なっ!?」

 

自らの秘剣が斬られた事に驚愕する雷十太。

剣心はその間に距離を詰めて、

 

「土龍閃!!」

 

雷十太に石つぶてを当て、彼を飛ばすと、

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

雷十太の左肩に龍槌閃をくらわす。

その際、雷十太の左肩からはゴキッと鈍い音がした。

 

(剣客としての生命を断ち切ったわね‥‥確かにあのデカブツにとっては生き地獄を味合わせたわね。緋村)

 

雷十太が倒れ、真古流の四天王の1人、僧兵の月王が割腹自殺を図ろうとしたので、剣心が止めた。

弥彦が由太郎の屋敷へと行き、剣心が雷十太を倒した事を伝える。

 

「信女、まさかお主が警官になっていたとは‥‥それじゃあ観柳の屋敷に居たのも‥‥」

 

「そう‥‥観柳の屋敷を内偵していたの‥‥」

 

「それなら、あの時そう言ってくれれば‥‥」

 

剣心は信女が観柳の屋敷の女中でなければ、あの時戦う意味はなかったのではないかと思った。

 

「完璧に演じなければ内偵とは言い切れない」

 

「‥‥」

 

「それじゃあ、私は仕事があるから‥‥」

 

そう言って信女はダウンしている雷十太を引きずって由太郎の屋敷へと戻って行った。

雷十太に随行していた真古流四天王の桜丸と月王は武器を捨て投降した。

信女としては抵抗しても良かったのだが、『最後は潔く』と彼らは信女に投降したのだ。

真古流の剣客達は雷十太が敗れた事で次々と武器を捨てて投降する。

しかし、中には往生際が悪く逃亡を図る者も居た。

警察もそれを予見し、周囲に包囲網を敷いていた。

その中には白夜叉から番犬と言われた信女も居た。

 

「さっきも言ったけど、敵前逃亡は士道不覚悟よ」

 

「う、うるせぇ!!」

 

「俺達はぜってぇつかまらねぇぞ!!」

 

「おうよ、どんなことをしてでも逃げてやる!!」

 

逃亡者達は信女へと斬りかかってくるが、

 

「お馬鹿さん」

 

ザシュッ

 

ブシュ

 

『ぎゃぁぁぁ!!』

 

信女の剣の餌食となった。

 

ハナの家に運ばれた由太郎は恵の処置で右腕の切断まではいかなかったが、神経が切断されており、満足に右腕を動かす事は出来ないと言われた。

恵の診断を聞き、弥彦はとても悔しがった。

 

信女は西南戦争同様、まだ周辺に真古流の残党が潜んでいる可能性があるため、もう少し伊豆へ留まる事になった。

剣心としては後ろ髪を引かれる思いで、東京へと帰った。

また出会える事の出来た信女とまたもや分かれる。

その思いが剣心の足を鈍らせる。

 

「剣心?」

 

「どうした?」

 

「あっ、いや何でもないでござるよ」

 

(何でもない訳ないだろう。やっぱり、剣心の奴、あの信女って女に惚れていやがる‥‥今回は嬢ちゃんにも見られちまったし、いつ修羅場になってもおかしくねぇな‥‥)

 

左之助は近い将来血の雨が降るのではないかと予想した。

 

今回の事件の被害者でもある由太郎は右腕を動かす事も出来ず、剣の師と仰いだ雷十太に裏切られた事にショックを受けていたが、右腕の理療の為、独逸へと行く事になった。

由太郎の見送の際、この時も由太郎は意気消沈していたが、弥彦が由太郎に竹刀を振り下ろすと由太郎は咄嗟に杖で防御する。

そして、弥彦の荒治療で由太郎は、やはり剣術は辞めないと宣言し、独逸へと旅立って行った。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第29幕 修羅場

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

明治5年9月、新橋~横浜間の29kmの距離に日本初の鉄道が開通した。

世界中から船が集まる国際港、横浜から日本の首都、東京は一時間ちょっとの時間で結ばれた。

イギリスから輸入された蒸気機関車は8両の車両を引っ張り、時速40キロの速さで新橋~横浜間を走った。

日本の鉄道産業は文明開化の象徴の一つでもあった。

利用客は主に外国との商業取引をする商人達だった。

当時は機関車が出す火で火事になると信じられていた為、線路は海岸沿いに作られた。

晴れた日には車窓から下総の山々や富士山を見る事が出来た。

 

 

神風隊事件、そして伊豆での真古流事件を終えた信女は久しぶりの休みの日を手に入れることが出来、この日は藤田家の居間で、ぐてぇ~っとしていた。

それは普段、剣を振っている信女からは信じられない姿であった。

しかし、別の見方をすると、それほどまで信女は疲れていた。

そんな中、時尾が、

 

「ねぇ、信女さん」

 

「ん?なに?時尾」

 

藤田家に居候してから既に3年半の時が経過しており、時尾も信女の本当の名を知る人物となっていた。

 

「今日、陸蒸気で横浜まで行きませんか?」

 

時尾は信女が折角の休みなので、蒸気機関車で横浜まで遠出をしないかと誘って来た。

 

「行かない‥‥めんどい‥‥」

 

信女は時尾の誘いに即答で断った。

 

「えぇ~何でですか?」

 

時尾は不満そうに頬を膨らませる。

 

「私は疲れているの。休みの日は体を休めるモノよ」

 

そう言って信女はゴロっと寝返りを打つ。

そもそも信女は伊豆へと向かう際、新橋から横浜まで陸蒸気に乗って行き、そこから伊豆へと向かう船で伊豆に行ったのだ。

つい最近乗ったばかりの陸蒸気に何故また乗らねばならぬのか?

しかも折角の休みの日に‥‥

 

「でも、横浜には外国から珍しいモノが沢山入っているって近所の奥さんが言っていましたよ。先日、家族で陸蒸気に乗って横浜見物に行ってきたみたいなんで」

 

「その奥さんの自慢話を聞いて自分も行きたくなった‥と‥‥」

 

「あ、あははは‥‥」

 

信女は時尾が何故、横浜に行こうと言って来たのかを突く。

時尾の態度から見て、どうやら図星の様だ。

 

(珍しいモノって言ってもこの世界のレベルの物は前の世界に比べたら、殆どが旧式か当たり前の代物なのよね‥‥)

 

天人が来た地球の文化とこの世界の日本の文化では、あまりにも比較にならない。

この明治の世の珍しいモノは大抵、信女の世界ではごく当たり前の代物で中には子供の小遣いで買える様な代物がこの世界では物凄い大金で販売されていたり、コンビニで売っている様な代物が何ヶ月待ちなんて物もある。

そんな世界で生まれ、10代半ばまで過ごして来た信女にとっては、たいして興味がわかなかった。

 

「えぇ~そんなこと言わずに行きましょうよ。何でもショコラートって言う西洋菓子が甘くてとても美味しいらしいですよ」

 

(ショコラート?ああ、チョコレートの事ね‥‥あんなのコンビニや駄菓子屋で売っている代物なのに‥‥)

 

と、コンビニや駄菓子屋レベルで売っているお菓子にそこまで興味がわかない信女。

しかし、此処である方程式が信女の頭の中で出来た。

西洋菓子がある=チョコレートがある=もしかしたら、ドーナツがある。

そんな方程式だった。

この世界に跳ばされてもう二度と見る事も食べる事もないかもしれないと思っていたドーナツが横浜にあるかもしれない。

ドーナツが食べられる。

その思いが彼女を突き動かした。

 

「前言撤回、行きましょう。横浜に」

 

スッと起き上がり、時尾に横浜へ行こうと言う信女。

 

「えっ?どうしたんですか?急に‥‥?」

 

ほんのさっきまで『行かない』の一点張りだった信女が急に行こうと言いだし、ちょっと困惑する時尾。

 

「ドーナツが私を待っている」

 

「え?」

 

まだあるか分からないドーナツに思いを寄せる信女。

こうして、信女と時尾は陸蒸気(蒸気機関車)に乗って横浜まで遠出する事になった。

 

時尾は余所行きの着物を着たが、信女は観柳の時、四乃森から貰った(?)洋装を身に纏い、腰には愛刀をぶら下げている格好だった。

 

「折角の余所行きなんですから、信女さんも御洒落をすればいいのに‥‥」

 

「横浜は外国人であふれている‥‥中には人攫いをする外国人もいるかもしれない。そんな人たちがいる中、着物じゃ、動きにくい‥藤田が居ないとき、時尾の身に何かあったら、彼に顔向けできない」

 

ちょっとオーバーかもしれないが、警官をやっている信女にとって一般市民である時尾を守る義務がある。

日本刀も警官である信女は政府から帯刀許可を得ているので、廃刀令違反にならないので、こうして堂々と帯刀していても警官から職質をされたり追いかけ回されることもない。

こうしてやって来た新橋駅。

そこには沢山の人がごった返していた。

 

「なんかすごい人だかりですね」

 

「そうね、見物人にしては数が多すぎるわ」

 

蒸気機関車が日本の地を走ってから既に5年以上たっており、とてつもなく珍しい代物ではない筈。

それにもかかわらず、平日である今日の新橋駅は、人でごった返していた。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

時尾が気になり、近くにいた人に尋ねる。

 

「なんでも、イギリスの大商人が車両を一両貸切っているみたいなんですよ」

 

「へぇ~」

 

その人は何故、人だかりが出来ているのかを時尾に教えた。

 

「そんな事よりも早く行きましょう」

 

「そうね」

 

信女が時尾の手を取り、駅構内へと入って行く。

ホームでは沢山の見物人の他、なぜか警官の姿もあり、運送会社の男達が沢山の木箱を最後尾の車両に運んでいた。

その最後尾の車両も他の車両と異なり、特注仕様となっていた。

 

「なんでも小判を積んでいるらしいぜ」

 

見物人の中からそんな声が聞こえてきた。

 

「あっ」

 

「おっと」

 

そんな中、木箱を運んでいた男達が手を滑らせて木箱を落してしまった。

すると、中からチャリンと音がした。

その音から中には金属質のモノが入っていることが窺えた事から、あながち見物人が言った小判が入っていると言うのも嘘ではない様だ。

 

「おい、気をつけろ」

 

「す、すまねぇ」

 

特別車両への荷物の積み込みが終わり、一般乗客の搭乗が始まった。

時尾は、初めて乗った陸蒸気に興奮していたが、信女は陸蒸気よりも横浜で自分を待っているドーナツに思いを寄せていた。

 

時尾と信女が陸蒸気に乗っている頃、警察署の受付に1人の人物が訪れていた。

 

 

 

 

~side警察署~

 

「すまぬが‥‥」

 

「はい?」

 

「この警察署に女の警官が居ると思うのでござるが‥‥」

 

警察署を訪れたのは剣心だった。

 

「女の警官?ああ、佐々木警部試補ですね」

 

「おろ?佐々木?」

 

剣心は今井と言う名前ではない事に疑問を持った。

 

(信女の姓は今井だった筈‥‥もしかして、何処かに嫁入りをしてしまったのか?それとも名を変えたのか‥‥ともかく会ってみないとわからぬでござるな‥‥)

 

「ええ、うちの警察署にいる女の警官は佐々木警部試補だけですよ」

 

「‥‥その佐々木警部試補は今どこに?」

 

「えっと‥‥ああ、今日は非番ですね」

 

受付の警官は出勤簿を見て佐々木警部試補こと、信女が今日は非番である事を剣心に教える。

 

「どこに住んでいるでござるか?」

 

「なんでそんな事を聞くの?アンタ、佐々木警部試補とはどんな関係なの?」

 

受付の警官がジロッと剣心を睨む。

 

「あっ、いや、その佐々木警部試補とは知り合いで‥‥」

 

「知り合いなのに、住んでいる所を知らないの?」

 

「だから‥‥」

 

「怪しいな‥‥ちょっと話を聞こうか?」

 

「お、おろ!?」

 

剣心は警察署に行くと言う事で逆刃刀は置いてきたのだが、その風体と言動から不審者扱いされてしまい、浦村署長が来るまで取調室で事情を聴かれた。

警察署から戻った剣心に薫が話しかけてきた。

薫は由太郎の件が無事に終わった後、剣心にどうしても聞きたい事があったのだ。

 

「ねぇ、剣心」

 

「何でござるか?薫殿」

 

「その‥‥あの人とは、どんな関係なの?」

 

「おろ?あの人?」

 

「雷十太の時、一緒に居たあの女の人よ。警官の制服を着た‥‥」

 

「もしかして、信女のことでござるか?」

 

「ええ、そうよ。その信女さんと剣心ってどんな関係なの?」

 

「あっ、俺もソレ気になる。雷十太を倒した後、剣心、信女って人と2人っきりだったもんな」

 

そこへ、弥彦も乱入し、余計なことを言ってしまう。

 

「2人っきり!?どういう事よ!!剣心!!」

 

弥彦の言葉を聞き、剣心に詰め寄る薫。

 

(弥彦、余計なことを‥‥)

 

「だ、だから、弥彦や左之にも言ったように、信女は拙者と同じ、剣の同門で‥‥」

 

「本当にそれだけなの?」

 

薫はジト目となり剣心をのぞき込む。

 

「そ、それだけでござるよ~」

 

珍しく物凄く焦っている剣心。

剣心だって今ここで信女の事が好きだなんて言ったら、血の雨が降り、弥彦からからかわれる事は容易に読むことが出来たので、必死に自分の恋心を隠した。

 

「まっ、薫が気になるのもわかるぜ、何せ.....恋のライバルだからな」

 

ニヤニヤと楽しそうな表情で弥彦は薫を見る。

まさに人の不幸は蜜の味‥‥。

 

「なっ!?何言っているの!?この子は!!私は...その同門だとしても...あぁもう!!同門で、もしも色恋の関係なら不純だって言っているの!!」

 

此処で黙っていた左之助が、

 

「不純ってオメェ、あまり身分の知らねぇ男を家に泊めてる方がよっぽどーー」

 

此処で左之助は身の危険を感じた。これ以上言うとどこかに放り出されかねない。

折角タダ飯を食わしてくれるこの場所をみすみす逃す訳にはいかなかった。

それ故に彼は黙った。

 

「剣心!!」

 

「はいでござる!!」

 

剣心は何故か慌てて正座をした。

 

「剣を一緒に学ぶ仲間にそんな感情を抱くなんて万死に値する!!」

 

自分のことを棚に上げてよく言えたものだが薫の顔はこれ以上なく赤くそして目の錯覚か目がうずまきになり混乱している。

 

「これでもくらって少しは反省しろ!!」

 

と木刀を思いっきり振り回して剣心を襲う。

 

「おろ~!!」

 

とりあえず剣心は逃げた。

薫が正気に戻るまで今何か下手な事を言ったら包丁を持ってきかねないし、それ以前に今の薫は何を言っても耳に入ら無さそうであった。

 

「待て~!!剣心~!!」

 

剣心と薫の鬼ごっこは薫が腹を空かせ、正気に戻るまで続いた。

 

剣心と薫が東京の町を鬼ごっこしている中、信女と時尾を乗せた陸蒸気は横浜を目指して走り出す。

 

 

 

~side蒸気船~

 

「おぉ、流石陸蒸気、早いわね」

 

時尾は車窓から外の風景を見ながらとう言うが、

 

(いや、かなりの鈍足よ‥‥)

 

信女にとっては、陸蒸気は鈍足な部類に入る。

彼女の生まれた世界には電気の力で走る電車があり、時速100キロ以上の速さで走る。

それに比べ、陸蒸気は時速40キロ‥‥速度差は歴然である。

それでも当時の乗り物では最速の交通手段であった。

 

新橋を出て横浜を目指す陸蒸気。

そんな中、車両を見回った車掌が車掌室へと行くと、そこには車掌の制服を着た別の車掌が居た。

この車両の車掌は自分一人の筈。

 

「なっ!?‥うぐっ‥‥」

 

もう1人の車掌は車掌室に入って来た車掌の口を手で塞ぎ、車掌室へと引きずり込み、意識を刈り取った。

そして偽物の車掌は本物の車掌を縄で縛り、車掌室を出ると機関車の方へと向かった。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第30幕 強盗

更新です。


 

 

 

 

 

 

ある非番の日、信女は時尾の誘いで陸蒸気にて横浜へと向かった。

横浜へと向かえばドーナツを食べる事が出来る。

その思いが信女を突き動かした。

今回信女と時尾が乗った陸蒸気にはイギリスの大商人が大量の小判と共に特別車で便乗した。

そして、何やらキナ臭い事件も起きようとしていた。

 

走る陸蒸気から車窓を見ていた信女がふと時間を確認しようと懐中時計で時刻を確認した時、妙な事に気づいた。

 

(おかしい‥‥そろそろ車掌の検札がある頃なのに‥‥)

 

以前、伊豆へと向かう時に乗った陸蒸気では、決まった時間に車掌による検札があった。

しかし、今はその検札の時間を過ぎている。

 

「信女さん、どうかしましたか?」

 

懐中時計を睨んでいる信女に時尾が尋ねる。

 

「ちょっと車掌に確認することがあるから、時尾は待っていて‥‥」

 

「えっ?あっ、はい」

 

信女は時尾にこのまま席で待っている様に言うと、先頭の車掌室へと向かった。

その頃、機関車では機関助手が釜に石炭を放り込んでいた。

 

「ふぅ~」

 

ある程度、石炭を釜に放り込み、速度が上がって来た時、

 

「おーい!!」

 

「ん?」

 

車両から車掌が声をかけてきた。

 

「車掌だ。大変な事が起きた。すぐに汽車を止めねばならん」

 

「ん?」

 

汽車のシリンダーの音で良く聞こえなかった機関士は耳に手をやる。

その仕草から自分の声が届いていないと判断した車掌は先程よりも大きな声で機関士に言う。

そんな時、信女も先頭車両に到着し、先程車掌が汽車を止めろと言う声を聞いていた。

 

(汽車を止める?なんで‥‥)

 

「ん?‥っ!?」

 

車掌と機関士とのやりとりを見ていた中、信女は車掌室で縛られている車掌を見つけた。

信女は汽車に向かって声を上げている車掌に気づかれない様に車掌室へと入り、車掌を縛っていた縄を解く。

そして、頬を叩いて車掌を起こす。

 

ペチペチ‥‥

 

「うっ‥‥」

 

「起きなさい」

 

「うぅ‥‥こ、此処は‥‥」

 

「地球よ‥じゃなくて、車掌室よ。何があったの?」

 

「と、突然の事で‥で、でも、車掌室のドアを開けたら、別の車掌が居て、ソイツに‥‥」

 

「なるほど‥じゃあ、あそこにいる車掌は偽物ってことね」

 

「あ、ああ‥‥あんな顔の奴、見た事がない」

 

「じゃあ、ちょっと行って来る‥‥片が付くまでもう少し此処に居て」

 

「わ、わかった」

 

信女は本物の車掌にそう言って車掌室を出る。

 

「特別車の客が直ぐに止めろと言っている!!」

 

今度は声が聞こえた様なのだが、機関士達は顔を見合わせる。

 

「なんか妙だな」

 

「そうですね」

 

「おい、お前なんて名前だ!?見ない顔だが」

 

機関士は車掌の制服を着ているが、見慣れない顔の車掌に名前を尋ねる。

 

「どうした?答えろ!?」

 

「ちっ」

 

すると、車掌は豹変し、隠し持っていた短刀を取り出す。

 

「「っ!?」」

 

突然の短刀の登場に驚く機関士達。

 

「いいから止めろ!!」

 

声を荒げ汽車を止める様に脅す偽物の車掌。

そこへ、

 

「汽車を止める?‥認められない‥‥」

 

「な、なんだ?テメェは!?」

 

「通りすがりのおまわりさんよ」

 

「け、警官だと!?なんで、警官がこの列車に!?」

 

「ドーナツが私を待っているの‥‥此処で汽車を止められたら、ドーナツが食べられないじゃない」

 

「な、何を訳の分からない事を‥‥」

 

「私のドーナツ道を邪魔するなら、容赦しない」

 

信女の身体からは薄紫色の妖気な様なモノが出ているように見えた。

 

「ちっ」

 

偽車掌は信女のオーラに当てられて屋根の上に逃げる。

信女も偽車掌を追って屋根の上にあがり、偽車掌を追いかける。

屋根の上からドンドンと足音が聴こえ、乗客たちは、

 

「なんの音だ?」

 

と騒めく。

そんな中、乗客の1人が座席を立った。

 

(やれやれ、この橋は大変だ‥‥全く、商いと言い強盗と言い、計画通りにはいかないものだ‥‥)

 

その乗客は最後尾の特別車両へと向かった。

 

その頃、車両の屋根の上では‥‥

 

「ちっ、しつこい野郎だ」

 

「一応、警官だから犯罪者を取り締まるのも仕事なのよ」

 

「くそっ!!」

 

偽車掌は短刀で信女に襲い掛かってきたが、

 

「遅い‥‥」

 

偽車掌とすれ違いざま、信女は抜刀術で偽車掌を一刀のもと切り伏せた。

 

「ぐはっ」

 

偽車掌は口から血を吐きその場に倒れた。

 

信女が屋根の上で偽車掌を切り伏せた頃、最後尾の特別車のドアをノックする者が居た。

 

コン、コン

 

「何の用だ?」

 

イギリスの商人に遂行していた秘書が対応に出ると、其処には拳銃を構えた男が居た。

 

「な、なんだ!?お前は!?」

 

「騒ぐな‥下手な真似をすれば、身体に風穴が開く事になるぞ」

 

男は拳銃を構え、秘書にイギリス商人達を縄で縛らせた。

 

「ご主人、人前で運んだりしちゃいけないなぁ‥‥あれじゃあ警備の数も程度も知れちまう。『持って行ってください』って言っている様なもんだ」

 

拳銃で脅されイギリス商人は怯えつつも積み荷である小判を奪われる事に悔しさを感じている。

 

「おい、連結器を外せ」

 

拳銃男は次に車両と車両を繋ぐ連結器を外す様に秘書に言う。

そこへ、

 

「へぇ~まだ仲間が居たんだ」

 

信女が声をかけてきた。

 

「なっ、お前は‥‥アイツはどうした?」

 

「アイツ?ああ、あの偽車掌ね‥‥斬った」

 

「き、斬っただと!?」

 

信女のあっさりとした回答に驚く拳銃男。

 

「さあ、どうする?投降する?それともその拳銃で私と勝負する?」

 

信女は抜刀術の構えをとる。

 

「くっ」

 

拳銃男はイギリス商人を人質にしようとするが、その動きを見抜いた信女は拳銃男の拳銃を持っている手の甲に向かって小柄を投げる。

 

ザシュッ

 

「ぐぁっ!!」

 

手に走る激痛に思わず拳銃を落す拳銃男。

 

「ぐっ‥‥だが、これで、勝ったと思うなよ」

 

血が流れる手を押さえながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「?」

 

信女はこの拳銃男の言っている意味が分からず首を傾げる。

その直後、

 

ギギギギギギィ‥‥

 

機関車が急ブレーキをかけた。

 

「な、なに?」

 

線路の上には丸太が積み上げられて汽車の通行の妨げになっていた。

 

「なんだ!?」

 

「何があった?」

 

「止まった‥陸蒸気が止まったぞ」

 

突然の急停車に乗客たちも騒めく。

そして窓の外を見ると、そこには沢山の小型の帆船がおり、汽車を包囲するかのように近づいてきた。

 

「か、海賊だ!!」

 

帆船に乗っている人の姿を見て、乗客たちが騒ぎだす。

 

「フフ、お前のおかげで手順が狂ってしまったが、まぁいいだろう。小判を運び出すまで大人しくしてもらおうか?」

 

拳銃男は怪我をした別の方の手に拳銃を持ち、信女に銃口を突きつける。

そして海賊達は船から降り、線路に上がり始めた。

 

「大人しくしていれば、手荒なことはせんよ。私は紳士でね、血を見るのが嫌いなのさ」

 

「そう言っている割には自分の手からは血を流しているけど?」

 

海賊が迫りつつある中でも信女は表情を崩さない。

 

「黙れ!!この状況を見ていつまでその余裕を続けていられるかな?」

 

信女の態度にむかついた拳銃男は声をあらげる。

 

「くっ、この!!」

 

すると、秘書が拳銃男に掴みかかった。

 

「このっ‥‥」

 

突然の秘書の抵抗に苦虫を噛み潰したように顔を歪める拳銃男。

拳銃男は信女のせいで片手が使えない状況で、秘書を振り払い、

 

「コノヤロー!!」

 

秘書に拳銃を向けるが、信女が反撃する時間には十分だった。

 

「ふん!!」

 

ブシュッ

 

信女は拳銃男の腕を斬り落とす。

 

「ぎゃぁぁぁ!!腕が!!俺の腕が!!」

 

スッパリと斬られた腕を見て、叫ぶ拳銃男。

そして信女は叫んでいる拳銃男の後ろ襟を掴み沿線の海へと叩き落とす。

 

「外の海賊を片付けてくるから、縄を解いておいて」

 

「あ、ああ‥‥」

 

秘書に縛られているイギリス商人達の事を任せ、信女は線路に立つ。

 

「さてと‥‥海賊さん、折角来てもらったのに残念だけど、急いでいるの‥‥尻尾撒いて帰る?それとも此処で死ぬ?今の私はちょっと機嫌が悪い‥‥貴方達のせいでドーナツを食べる時間が遅れているから‥‥」

 

信女は線路に居る海賊たちを睨みながら言い放つ。

楽しみにしていたドーナツをこんなくだらない連中にお預けされているかと思うと無性に腹が立って仕方がなかった。

 

「ふざけるな!!」

 

「女の分際で!!」

 

「野郎どもやっちまえ!!」

 

「おおー!!」

 

海賊達が武器を振りかざし信女に襲い掛かる。

しかし、海賊達は信女の振る飛天御剣流の剣の前に次々と斃されていく。

信女の周りにはあの薄紫色のオーラがあり、動きは残像を残すかのように素早く、そして的確に相手の急所を突いて行く。

 

「な、なんだ?この女‥‥」

 

「ば、化物だ‥‥」

 

「聞いた筈よ‥『尻尾撒いて帰る?』って‥でも、逃げなかった事は此処で私に斬られる覚悟があったんでしょう?」

 

「ひぃ!?」

 

「た、助け‥‥」

 

ザシュっ!!

 

ブシュッ!!

 

「ぐぁぁぁー!!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

線路に居る海賊をあらかた片付けると、

 

「馬鹿め、此処からどうやって逃げ出すつもりだ」

 

信女に腕を斬られたあの拳銃男は海賊船に助けられた様で、船の上で手当てを受けながら、信女の行動を見る。

信女は車両の屋根を伝って先頭まで行き、線路を塞いでいる丸太の前に立ち、

 

「邪魔なモノは取り除くだけ‥‥」

 

そう言って飛び上がり、

 

「飛天御剣流‥龍槌閃!!」

 

信女は線路を塞いでいた丸太を一刀両断にした。

 

「そ、そんなっ!!」

 

「バカなッ!!」

 

船の上に居た海賊達はあまりにもその光景が信じられず、唖然としていた。

 

「邪魔物は片付けたわ。今のうちに」

 

「分かった」

 

障害物が取り除かれ、機関士達は再び汽車を動かす。

陸蒸気は煙を吐きながら動き出す。

 

「追える者は追え!!逃がすな!!」

 

海賊達は走り出した陸蒸気を追いかけるが、風の力かオールで動かす帆船と蒸気機関車では、勝負にならず、蒸気機関車と海賊船との距離はどんどん差が開いていく。

 

(鈍足とは言え、帆船と蒸気機関車とでは勝負にならないわね)

 

離れて行く海賊船を見ながら信女はそう思った。

 

「そ、そんな‥‥こんなことが‥‥」

 

「あの女‥一体‥‥」

 

海賊船の上では海賊達が呆然としながら離れて行く蒸気機関車‥というか、信女を見ていた。

 

「ただいま‥‥」

 

海賊を片付け、時尾のもとに戻って来た信女。

 

「何処へ行ってたんですか?」

 

「海賊を追っ払っていた‥‥」

 

時尾に今まで自分が何をしていたのかを話し、「ふぅ~」と一息ついて席に座る信女。

 

(やっぱり、この格好で来て正解だったわね‥‥)

 

今回、自分が洋装をチョイスした事で良かったと思う信女。

もし、時尾と同じように着物姿で来ていれば、あそこまで激しい動きは出来なかった。

途中、海賊と言うアクシデントがあり、到着時刻が遅れたが、信女と時尾を乗せた陸蒸気は何とか横浜駅に着くことが出来た。

横浜駅のホームに降りた時、信女はあの特別車両のイギリス商人に呼ばれ、

 

「貴女のおかげで、大切な小判をとられずに済みました。ありがとうございました。これはほんのお礼です」

 

と言われて、小判を一両貰った。

信女は特にお金には執着しないので、藤田家の財政を管理している時尾に小判を渡した。

突然小判を渡された時尾は大変驚いていた。

 

「さあ、行きましょう。ドーナツが私を待っている」

 

信女はようやくドーナツが食べられると思い、時尾の手を掴んで横浜の町へと繰り出した。

この時の信女は無邪気な子供の様に微笑ましい表情をしていたと後に時尾は斎藤に語った。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第31幕 願望

更新です。

『』の部分は英語だと思い下さい。


途中、横浜へと向かう陸蒸気にて、強盗事件が発生すると言うイレギュラーが起こりつつも時尾と信女は無事に横浜へと着くことが出来た。

伊豆へ行く時、陸蒸気を利用した信女であったが、あの時は直ぐに港へと向かい、そこから船に乗って伊豆へと向かったので、こうして横浜の町をゆっくり見物する余裕などなかった。

流石、国際港、横浜。

その街並みは首都、東京よりもヨーロッパの街並みに近かった。

行きかう人も日本人、中国人の他にイギリス、アメリカ、フランス、ドイツといった様々な人種が入り乱れていた。

 

「ほぇ~」

 

初めて外国人を見たのか、時尾は外国人の男を見てぼぉ~っとしている。

 

「時尾、どうしたの?」

 

「あっ、いえ‥うちの人も背が高いのですが、外国の男の方ってみんな背が高い人なんですね」

 

「まっ、食生活や住んでいる環境の影響でしょうね」

 

信女はスリに警戒しつつ、時尾と共に横浜の町を進んで行った。

時尾は外国製の洋服に興味を示し、ドレスや女物の洋装に目を奪われていた。

反対に信女は時尾と同じ女子なのに服については全然興味なさげだった。

 

「よろしければ、試着をしてみますか?」

 

「えっ!?良いですか?」

 

「勿論です」

 

「信女さん、信女さん、試着できるみたいですよ」

 

「そう、それは良かったわね‥‥」

 

「何言っているんですか、信女さんも一緒に着るんですよ」

 

「えっ!?ちょっと、時尾‥‥」

 

信女は時尾に腕を掴まれ、強引に試着室の中へと押し込まれた。

 

「結構強引」

 

「いいじゃないですか、折角なんですから」

 

こうして時尾に押されて信女は女物の洋装に身を包んだ。

 

「お二人とも、とてもよくお似合いですよ」

 

「そ、そうですか?」

 

「‥‥」

 

「折角ですから、記念にお写真をとってはどうでしょうか?」

 

「えっ?写真‥ですか‥‥?」

 

「はい」

 

幕末時に外国からカメラが入り、写真と言うモノが日本にも登場したが、この明治の世になっても『写真は魂を抜くモノ』 『1枚とると寿命が10年縮まる』と言う迷信を未だに信じている人もいた。

時尾もそんな迷信を信じている人の様で、写真と聞いて表情を強張らせている。

 

「そうね、折角だから撮ってもらえば」

 

一方、写真がどんなものなのか知っている信女は平然としている。

 

「で、でも信女さん、しゃ、写真は‥‥」

 

「『写真は魂を抜く』 『1枚とると寿命が10年縮まる』って言いたいの?」

 

「え、ええ」

 

「そんなの迷信よ」

 

「大体、写真を撮って魂を抜き取られたりしたら、明治帝はとっくに崩御している筈よ」

 

「‥‥」

 

時尾は信女の話を聞き、渋々写真を撮る事にした。

ただ、写真を撮る時も緊張しているのか時尾は顔が強張っていた。

笑みも何だが、ぎこちなかった。

写真を知っている信女も強張ったりぎこちない笑みではなかったが、無表情のままだった。

 

「はぁ、折角の写真なのに‥‥」

 

出来上がった写真を見ながら信女は愚痴る。

 

「だ、だって‥‥//////」

 

時尾も出来上がった自分の写真を見て、これは確かに無いと思い始めた。

 

(でも、信女さんも無表情じゃないですか‥‥)

 

強張っている自分の表情とはちょっと違うが無表情の信女の顔も無いのではないかと思う時尾であった。

 

服屋の次は、西洋菓子店へとやって来た時尾と信女。

時尾のお目当てであるチョコレートは直ぐに見つかったが、信女のお目当てであるドーナツは見つからない。

 

「ど、ドーナツが‥‥ない‥‥そ、そんな‥‥」

 

西洋菓子店にドーナツが置いてないことに大きなショックを受ける信女。

彼女はその場に思わずorzの姿勢となり項垂れる。

 

「の、信女さん」

 

時尾もあまりの落ち込み様の信女に声をかけづらかった。

 

「うぅ~‥‥もう帰る‥‥」

 

ドーナツが置いていなかった事に信女はもう横浜には用は無いと言うが、

 

「そ、そんなことを言わずにもっと他のお店も見て見ましょう。きっと見つかりますって」

 

時尾の励ましを受けて信女は他の西洋菓子店を見て回ったが、どれも空振り。

 

(まだ、ドーナツは日本に来ていないの‥‥ドーナツ‥‥私のドーナツ‥‥)

 

もしかして日本にはドーナツがまだ置いていないのではと思い始めた信女。

 

「あっ、信女さん、パン屋さんがありますよ」

 

そんな中、時尾が一軒のパン屋を見つけた。

 

「最近、パンの中にあんこを詰めるアンパンと言うパンがあるみたいなんですよ。折角ですから、見て行きましょう」

 

「‥‥」

 

(アンパンなんてコンビニに100円で売っている‥‥)

 

時尾に腕を引かれながら、信女はそのパン屋へと入った。

パン屋にある様々なパンに時尾が目を奪われている中、信女の視線がふと、あるモノを捉えた。

 

「あっ‥‥あっ‥‥あれは‥‥」

 

信女はそのあるモノが置いてある棚へとフラフラと近づく。

そして、

 

「あっ、あった!!」

 

信女の目の前には探し求めていたドーナツが置いてあった。

ドーナツと言っても信女が居た世界の様に様々な種類がある訳では無い。

置いてあったのはちょっと堅いオールドファッションとプレーンの二種類のドーナツのみ‥‥フレンチクルーラーもポテリングもないが、ドーナツには変わりはない。

 

「ご主人、コレ全部買う!!」

 

「えっ?全部ですか?」

 

信女は自分の持ち合わせていたお金を全部使う勢いでパン屋にあったドーナツを全て購入した。

その時の信女は時尾曰く、子供みたいで輝いていたと言い、先程取った写真もこんな笑みをしていたら、可愛かったのにと時尾はそう思った。

ただ、信女の行動にパン屋の店主は驚いていた。

 

パン屋を出た後も信女はドーナツが沢山入った紙袋を大事そうにギュッと抱きしめながら歩いている。

この時、時尾の目の錯覚か、今の信女の周りにはキラキラした何かが見えた‥‥様な気がした。

それに紙袋を抱いて微笑んでいる信女は同性の時尾から見ても可愛かった。

信女がようやくお目当てのドーナツを買え、引き続き横浜見物をしていると、何やら前の方で人だかりが出来、騒いでいる声が聞こえてきた。

 

「何かしら?」

 

「何でしょう?」

 

何事かと思い、時尾と信女がそこへ行くと、骨董屋の前で男達が騒いでいた。

 

「何をなさる!?品物が欲しければお金を払って下さい!!」

 

骨董屋の店主らしき男が品物を次々と荷車に乗せている男達に引っ付き、声を上げている。

品物を運んでいる男達は外国人の様で店主の言葉が分からないのか、無視をして店内に戻っては品物を店の前に停めてある荷車に乗せて行く。

やがて、この男達のボスらしき小太りに上等なスーツに帽子、杖をついた男がチャイナ服を着た男と共に店から出てきた。

そして、その男は店主に英語でなにかを言っている。

 

(英語?‥‥あの発音は‥‥アメリカ人じゃなくてイギリス人ね‥‥)

 

信女はその男の英語の発音から店主に何かを言っている男がイギリス人だと見抜く。

一方、店主の方は英語が分からないのか男が言っている言葉に首を傾げている。

すると、チャイナ服を着た男が片言の日本語を喋りだした。

どうやら、チャイナ服を着た男は中国人の通訳の様だ。

 

「オマエ、盗品ウッテイル!!コノ、品物全部、我々ノ物!!コレ全部、盗マレタモノ!!」

 

「言いがかりは止めて下さい!!これはちゃんと‥‥」

 

店主がイギリス人の男に自分の店の品物は決して盗品でないと説明すると、イギリス人の男は杖で店主を殴った。

殴られた店主は地面に転がる。

 

「警察届ケルゾ、コノ泥棒!!」

 

「信じて下さい、私は盗品何て売っていない。信じて下さい」

 

店主は周りの野次馬の人達に助けを求めるが、面倒事は御免だと店主を助けようとする人はいなかった。

 

「の、信女さん行きましょう」

 

時尾もこの場に居ては、騒動に巻き込まれると思い、信女にこの場から去ろうと言うが、信女はこの光景を見て、何だか腹の内からムカムカして、

 

「‥‥時尾、ちょっとコレ持っていて」

 

時尾にドーナツが入った紙袋を持ってもらうと、騒動の渦中へと歩み寄って行く。

 

「の、信女さん!?」

 

そして、信女は、

 

『イギリス紳士は博愛精神に富み、弱きを助け、強きをくじく。イギリス紳士は常に法を拠り所にし、犯罪や不正を憎み、正義を貫く』

 

と、イギリス人の男に英語で話しかけた。

すると、イギリス人の男は、

 

『お前は誰だ?どこで、英語を覚えた?日本人は猿真似がうまいな』

 

イギリス人の男は信女を小馬鹿にした顔をしながら言う。

 

『私がサルなら、そうね‥‥貴方はさしずめ‥‥白豚ね』

 

信女が不敵な笑みと共にイギリス人の男にそう言うと、イギリス人の男は怒ったのか、杖を振りかざしてくる。

信女は、

 

(やはり、豚ね、動きがまるで遅いわ。でも、貴方も天人から見たら、猿か豚と同じ獣なのよ)

 

いとも簡単に杖の攻撃を躱し、足を引っかけイギリス人の男を転ばせる。

 

『この・・やってしまえ!!』

 

イギリス人の男は手下に信女をボコボコにしろと命令する。

信女は襲い掛かってきたイギリス人の男達の拳を避けお返しに男達の急所を蹴る。

男達は急所を手で押さえ蹲る。

 

『き、貴様、調子に乗るなよ!!』

 

そう言ってイギリス人の男は懐から拳銃を取り出す。

拳銃の登場に周りからは悲鳴が出る。

信女も刀の柄に手をやる。

その時、

 

『待ちなさい!!』

 

其処へ別の人物の英語で声を上げる。

皆がその声をした方を見ると、其処にはイギリス海軍の軍服を着た軍人が立っていた。

 

『イギリス紳士は博愛精神に富み、弱きを助け、強きをくじく。イギリス紳士は常に法を拠り所にし、犯罪や不正を憎み、正義を貫く。君がまだイギリス紳士であるならば、暴力に訴えてはいけない。自らの正しさは裁判所で証明すべきだ。さもなくば、品物を全て返し、店主とあのお嬢さんに対し非礼を詫びるべきだ』

 

イギリス人の男は同国の軍人に歯向かうほどの気概も無く、また日本人である信女や骨董屋の店主に頭を下げるのは御免なのか、部下の男達と共に去って行った。

あの様子から本当にこの骨董屋の品物が盗品だったのかも疑わしい。

イギリス人の男達が去って行き、野次馬からは歓声があがる。

 

「信女さん、大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「見ていてヒヤヒヤしましたよ」

 

時尾が信女に慌てた様子で声をかける。

 

「そう?」

 

しかし、信女はいつものペースを崩さない。

 

「でも、酷い人達ね‥‥あの人達、警察で取り締まれないの?」

 

時尾は先程のイギリス人の男達の行いが許せないのか、ちょっと不機嫌そうに言う。

 

「それは無理。外国人を日本の法律で裁く事は出来ないの」

 

「えっ?」

 

信女の言葉に時尾を驚いた様な顔をする。

 

「治外法権‥‥日本人が外国人に対して窃盗や傷害、殺人をすれば裁かれるけど、外国人が日本人に対して窃盗や傷害、殺人をしても事実上、無罪なのよ」

 

「そんな‥‥」

 

(こういった治外法権はこの世界も私が生まれた世界も同じね‥‥)

 

信女が前の世界での天人と地球人の関係を思っていると、

 

『不愉快な思いをさせてすまなかった。でも、久しぶりに懐かしい言葉を思い出させてもらいました』

 

イギリス海軍軍人の人は信女に声をかけ、一言侘びと礼を言って去って行った。

 

 

~side???~

 

方治さんの護衛で、今日僕は横浜へとやってきた。

交渉事は方治よりも年の甲なのか、才槌老人の方が上手いと思うが、今回交渉で購入するのは何でも甲鉄艦だそうでコレを知るのはごく一部の人だけにする様にと、志々雄さんが言っていた。

だから、志々雄さんは常に自分の傍にいる方治さんに今回の交渉を任せたのだと言う。

でも、相手は上海マフィアの人らしいから、護衛も必要みたいで、僕が駆り出された。

相手の上海マフィアの人も護衛の人を連れていた。

何だか阿武隈四入道の様な人達を連れてきた人で、黒髪に黒い大陸の服を着た男の人だった。

交渉の様子を見た限り、交渉は問題なく進み、どうやら、志々雄さんのお目当ての甲鉄艦を購入できた様だ。

その後、方治さんは書店とかを見て回ると言い、僕にも好きに横浜の町を見て良いと言って来たので、お言葉に甘えて横浜の町を見て回る事にした。

まぁ、上海マフィアの人との取引が終わった後なら、方治さんの護衛は下っ端の兵隊さんの人達でも大丈夫だろう。

僕は1人、横浜の町を歩くことにした。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第32幕 笑み

更新です。


 

 

 

~side???~

 

方治さんから許可をもらい、僕は横浜の町を練り歩いていた。

 

「う~ん色々あるなぁ~」

 

そして、今は食べ物関係のお店を見ている。

折角横浜に来たのだから、志々雄さんや由美さんに土産でも買って帰ろうかと思っていたからだ。

アンパンやドーナツと言われている菓子パンなるものならば、少し時間が経っても大丈夫だろう。

ただ、商品を見ていると、ある棚の商品だけがごっそりと無くなっていた。

 

「あれ?この棚の品だけなくなっている‥‥」

 

僕がジッと商品が無くなった棚を見ていると、

 

「あっ、お客さん。すいません。そこの商品は先ほどある客が全部買っていってしまって...」

 

と、店主がすまなそうに謝る。

 

「そうなんですか‥‥」

 

棚一つの商品を全部買い占めるなんて一体どんな人なんだろう?

沢山買ったとなると外国の人かな?

それとも嫌味ったらしいお金の持ちの人かな?

結局気に入った品が見つからなかったので、僕はその店を出た。

すると今度は骨董屋の近くが何やら賑わっていた。

何か珍しいモノでもあるのだろうか?

僕は気になり骨董屋に近づき店の周りに居る野次馬の1人に何があったかを聞く。

 

「すみません。何かあったんですか?」

 

「ん?さっき女の人が1人で異国の連中をのしちまったのさ」

 

「えっ?女の人が‥ですか?」

 

「ああ、流暢な英語を喋っている女の人だったよ」

 

「英語を話していたって事はその女の人は外国の人なんですか?」

 

「いや、日本人だったよ。黒みがかった藍色の髪をした綺麗な女の人だった」

 

「英語が堪能な日本人の女の人‥ですか‥‥」

 

「ああ、イギリス人共があの骨董屋の主に難癖つけて店の商品を奪っていこうとしたのさ、其処を颯爽と現れて、英語で何を言ったかは、分からなかったけど、臆せずイギリス人共に立ち向かっていったんだよ。見ていて気持ちが良かったよ。外国人共の狼藉はここ最近でも目に余る行いだったからね」

 

「へぇ~」

 

僕は正直驚いた。

ただでさえごつい異国の人相手の面倒事はだいたいの者が関わろうともしないのに...

 

「ふ~ん、何か面白い話ですね。その人は何処に?」

 

「ツレの女の人と一緒にあっちに行ったよ」

 

野次馬の人は女の人が去って行った方を指さした。

 

「どうもありがとう」

 

と僕は笑顔でその野次馬の人に返した。

僕は土産を探す序にその女の人を一目見ておきたかった。

 

 

~side信女~

 

「あ、信女さん、ビールですってどんな飲み物何でしょう?」

 

「西洋のお酒よ。あっ、時尾。ごめん、これを食べたら行くから先に行っていて」

 

と手に持っていたドーナツの紙袋を見せる。

 

「そうですか、わかりました。」

 

時尾は一足先にビヤホールへと向かい、時尾を信女の2人は一旦別れた。

 

「時尾は意外と呑兵衛だから、つき合わされたら、次の日が大変なのよね~それよりも待ちに待ったドーナツ‥‥早速、いただきましょうか?」

 

時尾と別れた後にドーナツを食べようと思ったら、何やら近くが男達の怒声が聞こえていた。

信女の目の前には大男2人に囲まれた1人の青年の姿が目に入った。

 

「おい、てめぇ、何処に目ぇつけてやがる!?人様にぶつかっておいて謝りもしぇねぇで!!」

 

「やだなぁ~どこって此処じゃないですか。そんなの見ればわかるでしょう?それとも目が見えないんですか?」

 

と青年は自分の指で目を指した。

ガラの悪そうな大男2人に絡まれているにもかかわらず、その青年は笑みを浮かべていた。

 

「てめぇ、ふざけてんのか!!ああ?」

 

(ああ、めんどくさい人達だな‥‥殺っちゃてもいいかな?あっ、でもあまり事を荒立てるなって志々雄さんや方治さんに言われているし‥‥)

 

「さっきからニタニタしやがって!!俺達を舐めているのか!?ああ?」

 

「おい、有り金全部出しな。それで許してやらァ」

 

当たり屋の男達はそんな事を言って青年にいちゃもんをつけている。

しまいには脅しのつもりか短刀まで取り出した。

しかし、短刀を出されても青年は笑みを崩さない。

それを見た信女は、

 

「何をしているの?こんな往来のど真ん中で‥‥邪魔よ」

 

「あん?なんだ?テメェは?関係ない奴はすっこんでいろ!!」

 

「まぁ待て、見ればなかなかの上玉じゃねぇか」

 

信女を見るや目の色を変えたがそのすぐにまた目の色を変えた。

男達の目に入ったのは信女が腰に差している刀だった。

 

「なっ!?」

 

「テメェ廃刀令違反じゃねぇか!?」

 

「私はちゃんと許可を得て帯刀している。これ以上騒ぎを起こすようなら...」

 

とドーナツを口に咥え、そして袋を置き、刀に手を置いて、

 

「私が相手になろうか?」

 

殺気を込めて言う。

信女の殺気にあたった当たり屋はたちまち、

 

「ひ、ひ~」

 

「この女やべぇぞ」

 

「に、逃げろ~」

 

猛ダッシュで逃げて行った。

 

「ありがとうございます。女の方なのにお強いんですね」

 

青年は相変わらず、笑みを崩さず、信女にお礼の事をかけてきた。

 

「別に...」

 

素っ気ない態度とっていた信女であったが、絡まれていた青年を見ると、信女は驚いた表情となる。

 

「っ!?‥‥総司?」

 

「えっ?どうかしたんですか?」

 

「.....あっ、いや、知人に似ていたから‥‥あなた名は?」

 

「宗次郎、瀬田宗次郎です。そういう貴女は?」

 

「佐々木総司よ」

 

「総司‥‥女の方なのに変わった名前ですね」

 

「よく、言われるわ‥‥でも、私にとっては大切な名前なの」

 

「そうですか。あっ、さっき、総司さんは帯刀許可を持っているって言っていましたけど、もしかして、警官なんですか?」

 

「え?そう...だけど何か?」

 

「いえ、特には...ただ、何か貴女に興味が出たなぁっと思って‥‥」

 

「そ、そう‥‥」

 

宗次郎は瞑っていた目を開いて信女に言う。

 

(警視庁に放っていた諜報員から報告があったけど、この人が警察初の女の警官か‥‥)

 

(この宗次郎って言う子、血の匂いがする‥‥それになんだか、雰囲気が昔の‥‥奈落に飼われていた頃の私に似ている‥‥)

 

互いに互いを探り合う中、

 

クゥ~

 

宗次郎お腹が鳴った。

 

(あっ、そう言えば朝から何も食べていなかった)

 

此処で宗次郎は朝から何も食べていなかった事を思い出した。

 

「‥‥えっと‥‥これ、食べる?」

 

信女は紙袋からドーナツを一つ取り出す。

 

「ん?なんですか?それ?乾パン?」

 

信女から受け取ったドーナツを見て首を傾げる宗次郎。

しかも形状が乾パンに似ていたのでドーナツを乾パンと見間違える。

 

「ドーナツよ」

 

信女は宗次郎にあげたモノがドーナツである事を言うと、そのまま口に咥えていたドーナツを食べ始める。

 

「‥‥」

 

信女がドーナツを食べているのを見て、宗次郎もドーナツを食べ始める。

ドーナツを食べながら宗次郎はチラッと信女の様子を窺うと、

 

「~♪」

 

信女は微笑みながら、ドーナツを食べており、彼女の周りには桃色の光球が浮かんでいる‥‥様に見えた。

 

「やっぱり、ドーナツは最後の一口がおいしいわ」

 

そう言って手についていたドーナツのカスを舐めとっている。

 

「‥‥」

 

その姿に艶っぽいものを感じた宗次郎。

自分が尊敬し敬愛する志々雄の傍には駒形由美と言う元花魁の遊女がいるのであるが、目の前の女の警官はそれとは別の艶っぽさを持っていた。

元々、女性には大して興味を抱いていない宗次郎であったが、目の前の女の警官は別だった。

 

「ん?どうしたの?」

 

ドーナツ一つを食べ終えた信女は自分の事をチラチラ見ていた宗次郎と目が合った。

 

「い、いえ‥なんでもありません」

 

宗次郎は崩れかけた『楽』と言う名の仮面を再び着けて、信女にそう言いかえすと、ドーナツを食べた。

 

「そう?」

 

信女は宗次郎の事を気にかけつつも紙袋から二つ目のドーナツを取り出してまた食べ始めた。

 

「あっ、時尾の事をすっかり忘れていた!!」

 

信女は二つ目のドーナツを食べ終えた時、ビヤホールに先に行った時尾の事を思い出した。

 

「それじゃあね、またね。またどこかで会いましょう」

 

信女はドーナツが入った紙袋を手にして、宗次郎に別れの挨拶をした。

 

「は、はい‥‥またどこかで‥‥」

 

信女からの別れの挨拶を貰い、宗次郎も挨拶をかわし、2人は分かれた。

 

またどこかで‥‥か‥‥志々雄さんがこの国を取れれば、またあの人とあえるだろうか?

いや、あの人は警官‥‥

志々雄さんの国盗りが始まれば自分とあの人とは敵対関係になる。

次に会うのはもしかしたら戦場かもしれない。

 

そんな思いを抱きつつ、宗次郎は方治と合流する為、合流地点へと向かった。

 

「ん?先に来ていたのか、宗次郎」

 

「あっ、方治さん」

 

方治は宗次郎の他に来ていた護衛の兵に自分が買った大量の書籍を持たせており、先に宗次郎が待っていた事にちょっと意外性を感じている様子だった。

 

「ん?どうした?何か、機嫌良さそうだな?」

 

「えっ?そうですか?」

 

方治はいつもニコニコと笑みを浮かべている宗次郎であるが、この時ばかりは普段通りの笑みとは何だか違うように見えた。

 

「ああ」

 

「そうですね‥‥面白い人と会った‥‥そんな所ですね」

 

「面白い人?」

 

「はい‥いずれその人と剣を交えるかもしれません」

 

「ん?」

 

宗次郎はやはり笑みを絶やさず、方治にそう言った。

しかし、方治の方は宗次郎の言葉の意味が分からず首を傾げていた。

一方、時尾が待つビヤホールへと来た信女は、店内を見渡し、時尾を探す。

そして、

 

「あっ、信女さ~ん!!」

 

信女の姿を見つけた時尾が声をあげて信女を呼ぶ。

時尾の座っているテーブルには沢山のビヤグラスの他にワインのボトルやシャンパンの瓶があった。

 

「‥‥」

 

信女はそのテーブルの惨状に呆れる。

 

(時尾がお酒に強いのは知っていたけど、まさか、此処までとは‥‥)

 

信女も時尾が居るテーブルに座る。

 

「信女さんも一緒に呑みましょうよぉ~」

 

「ほどほどにしなさい、この後、また陸蒸気に乗って帰るんだから」

 

「は~い。あっ、お姉さん!!此方の方にもビールを下さ~い!!」

 

「は、はい」

 

時尾は近くのウェイトレスを呼び止めて信女の分のお酒を注文する。

ただ、ウェイトレスも時尾の吞兵衛状態にはちょっと引いていた。

 

「それじゃあ、かんぱ~い!!」

 

「乾杯」

 

時尾と信女はビールが注がれたグラスを軽く打ち合い、ビールを飲んだ。

こうして時尾と信女の横浜への遠出は様々な出会いや出来事がありながらも無事に終わった。

 

一方、方治と共にアジトへと戻った宗次郎。

 

「ご苦労、方治」

 

ソファにふんぞり返る様に座る包帯だらけの男が方治に労いの言葉をかける。

この包帯男こそ、剣心から影の人きり役を引き継いだ、もう1人の長州藩維新志士、志々雄真実その人だった。

彼は戊辰戦争当時、剣の腕と頭の切れは剣心と互角と評された実力者だったが、底知れない野心と支配欲を持っており、その欲とこれまで行って来た影の人斬りの功績を味方の維新志士達に危険視され、戊辰戦争の混乱に乗じて味方から奇襲された。

そして、倒れた後、全身に油をかけられ火に焼かれながらも密かに生き延びていたのだった。

以来、彼は明治政府への復讐を誓い地下で一斉蜂起の機会をずっと窺っていたのだ。

今回の方治の横浜への出張はその蜂起の下準備の1つでもある。

 

「首尾はどうだ?」

 

「ハッ、志々雄様の指示通りのモノは無事に発注できました」

 

「そうか、ご苦労だったな」

 

「恐縮であります」

 

「宗次郎も方治の護衛、ご苦労だったな」

 

「いえ、なかなか楽しめましたよ。あっ、コレお土産です」

 

宗次郎は横浜土産を志々雄に手渡した。

 

「‥‥おい、宗次郎」

 

志々雄は宗次郎からの土産を見て怪訝な顔つきをした。

 

「はい?」

 

「なんだ?コレは?」

 

「ドーナツです」

 

宗次郎が志々雄に土産として渡したのは沢山のドーナツだった。

 

「ドーナッツは最後の一口がとても美味しいんですよ」

 

「そ、そうか‥‥」

 

宗次郎は相変わらず笑みを絶やさず、志々雄にドーナツについて語るが、志々雄は大量のドーナツにちょっと引いた。

 

 

 




ではまた次回。


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第33幕 赤報隊

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ数日の間、大きな商家の蔵が強盗に襲われて、家の者が皆殺しにされ、蔵の金品や美術品が盗まれると言う強盗事件が多発した。

犯人達の特徴は深夜、商家の敷地内に侵入し、炸裂弾を使用し、蔵の扉や壁を壊し、中の貴金属や高価な美術品を奪い、刀で商家の家の者を殺すと言うモノだ。

犠牲者の近くには刀に着いた血を拭ったと思われる錦絵が捨てられていた。

錦絵に描かれているモデルは、赤報隊一番隊隊長、相良総三で、警察では赤報隊の残党の仕業であると判断し、犯人の行方を追っていた。

そんなある日、信女が勤務する警察署では‥‥

 

「また、アンタか?」

 

警察署の受付係の警官が呆れた声を出す。

 

「どうかした?」

 

夜勤明けでこれから帰ろうとしていた信女が受付に現れると其処には‥‥

 

「緋村」

 

「信女‥‥」

 

「‥‥緋村、貴方何か犯罪でもしたの?」

 

剣心は確かに幕末、多くの人を斬ったが、それは維新の為と合法的な殺人とされ、明治の世では、剣心が幕末に行った人斬りは裁かれない。

そんな剣心が何故、警察署に来ているのだろうか?

 

「ああ、思い出した。緋村、貴方たしか廃刀令違反だったものね。だから自首をしに警察署に来たの?」

 

信女はポンと手を打つと剣心が現在進行中でしている違反について指摘する。

今日の剣心も警察署に来ると言う事で逆刃刀は置いててきたが、信女は観柳の時も伊豆の雷十太の時も剣心が逆刃刀を所持しているのを見ている。

例え、逆刃であっても刀であることにはかわらないので、許可がなければ廃刀令違反となる。

そして、剣心は政府から帯刀許可を貰っていない‥‥。

故に剣心には廃刀令違反が当てはまるのだ。

 

「ち、違うでござるよ!!」

 

「じゃあ、何?」

 

「それは‥‥その‥‥」

 

剣心は信女から視線を逸らし、おろおろする。

すると、

 

「この人、この前も来て、『佐々木警部試補に会わせてくれ』って言って来たんですよ」

 

剣心に代わって受付係の警官が信女に剣心が警察署に来た理由を信女に話す。

 

「私に?」

 

「‥‥//////」

 

剣心は恥ずかしかったのか、顔を赤くする。

 

「はぁ~わかった。今日はもう仕事が終わったから、付き合ってあげる。色々話したいこともあるでしょう?」

 

「ほ、本当でござるか?」

 

信女の回答に剣心はまるで子供の様に喜んだ。

 

「ええ、じゃあ行きましょう」

 

信女と剣心は、警察署を後にした。

その頃、赤べこで友達と一緒に牛鍋を食べていた左之助は、そこの店主の娘の妙からお使いを頼まれた。

 

「錦絵?」

 

「ええ。ウチ、どうしても仕事で抜けられへんさかいに‥‥」

 

「で、代わりに買に行ってほしいってか?」

 

左之助は妙の頼みを聞いて、錦絵を買いに行く事になった。

その際、ついでに赤べこで働く店員、三条燕の分も含めて、月岡津南と言う名前の絵師が書いた錦絵を2枚買いに行った。

左之助が妙のお使いで錦絵を買いに出た頃、

剣心と信女は東京の町を歩きながら、今の信女の現状を話していた。

 

「では、信女は今、名を変えているでござるか‥‥」

 

「元新撰組‥それも箱館戦争まで戦ったから、新政府にとって私はお尋ね者になってもおかしくはなかったから‥‥」

 

「成程、それで、今井の姓ではなく、佐々木の姓を‥‥」

 

「ええ」

 

「名も変えたでござるか?」

 

「変えたわ。今は佐々木総司と名乗っている。でも、今までの名前を捨てた訳じゃないから、緋村も好きな方で呼んでいいわ」

 

「では、これまで通り、信女と呼ばせてもらうでござるよ」

 

(総司‥‥恐らく新撰組一番隊組長、沖田総司からとったのだろうが、その名をあまり口にはしたくない‥‥)

 

剣心は死んだ沖田への嫉妬心からか信女をこれまで通り、『信女』と呼ぶことにした。

信女と剣心、2人が連れ添って東京の町を歩いていると、絵草紙屋の前に剣心が見慣れた男の姿があった。

 

「うぃっす」

 

「いらっしゃい」

 

左之助が絵草紙屋の店主に一声かけた時、

 

「おう、左之」

 

「ん?」

 

左之助は別の方向から声をかけられ、その方に視線を向けると、其処には剣心と信女の2人が居た。

 

「おっ、剣心と‥‥えっと‥確か、信女?だったか?」

 

「ええ。それで貴方の名前は?二、三度会っているけど、私は貴方の名前をまだ聞いていない」

 

「あん?そうだったか?まあいいや、俺は相良左之助。剣心のダチの1人だ」

 

左之助は信女に自己紹介をするが、

 

(やべぇ、何でよりにもよってこんな時に会っちまうんだよ、俺‥‥こんな所、嬢ちゃんにでも見られたら、マジ、修羅場確定だぞ。剣心も嬢ちゃんの性格を知っているならそれぐらい分かっているだろうが‥‥ともかく、嬢ちゃんや弥彦に見つかる前にさっさと妙の使いを済ませて帰ろう‥‥)

 

もしこの場に薫が現れでもしたら、修羅場になり、剣心は死ぬのではないかと思う左之助。

また、弥彦がきてもいずれは彼の口から薫に伝わるのは時間の問題。

故に鬼(薫)が来ぬ間に自分はさっさと逃げようと決めた左之助だった。

 

「お?錦絵でござるか?‥左之にそんな趣味があったなんて意外でござるな‥‥美人画でも買いに来たでござるか?」

 

「ぶー」

 

「緋村、察しなさい。左之助だって年頃の男性なのよ。きっと春画よ、春画」

 

信女がそう言うと、

 

「信女の春画なんて拙者は絶対に認めぬでござるよ!!」

 

剣心は絵草紙屋の店主に掴みかかっていた。

 

「な、何の事だ?兄さん」

 

「緋村、どうしたの?」

 

(コイツ、剣心の気持ちに気づいていないのか!?)

 

「それで、何を買いに来たの?まさか、本当に春画を?」

 

信女は左之助に何の錦絵を買いに来たのかを尋ねる。

 

「ばっ、ちげぇよ!!知り合いに頼まれたんだよ。親父、月岡津南の伊庭八、2枚あるか?」

 

「えっ?あ、ああ‥津南の伊庭八ですかい?‥運がいいね、其処にあるのが最後の2枚だ。津南の絵は人気ですぐに売り切れちまうんだよ」

 

「へぇー」

 

「2枚で10銭だね」

 

「あっ、金持ってねぇや‥‥剣心、貸してくれ」

 

「お、おろ!?」

 

予想外の出費をしてしまった剣心であった。

 

「ほぉ~錦絵と言っても色々な絵があるんだな」

 

左之助は妙からのお使いを済ませた後、商品の錦絵を見て行くと、ある錦絵を見て固まる。

そして、その錦絵を手に取る。

 

「っ!?‥こ、これは‥‥相良隊長‥‥」

 

「ん?ああ、その錦絵かい?同じ津南の絵でもその絵だけはさっぱり売れんのさ。でも、あの人は必ず書くんだよね、偽官軍の親玉の絵を‥‥」

 

店主がそう言うと剣心は慌てて店主の口を手で塞ぐ。

 

「‥‥月岡は何処に居る?津南って奴は何処にいる!?教えろ!!」

 

左之助はムキになった様子で店主に相良の絵を描いた月岡津南の居場所を尋ねる。

 

「と、隣町のドブ板長屋だよ。けど、あの人、人間嫌いだから、行っても会えないよ」

 

「会うさ、アイツが俺に会わない筈がねぇ‥‥」

 

左之助は偉い自信でその月岡津南とやらに会いに行った。

そして、左之助は教えられた長屋の月岡家を訪ねた。

左之助の様子が心配になった剣心は彼の後を追い、信女も面白そうなので、剣心と一緒に左之助の後を追った。

 

「緋村、あの人、随分と相良総三の事を気にかけているみたいだったけど、何か関係があるの?同じ苗字だし‥‥」

 

「左之は元赤報隊の生き残りでござるよ」

 

「赤報隊の‥‥」

 

世間では偽官軍と言われている赤報隊であるが、その実情は世間一般に知られている物とは違い、赤報隊は当時の新政府軍に利用されるだけ利用され、偽官軍の汚名を着せられた隊であった。

警察にいる信女もその事を知っていた。

やがて、長屋の中から月岡津南が出てくると、左之助と何やら話し始めた。

その会話の内容から月岡津南も元赤報隊の生き残りの様だった。

 

「帰るでござるか?」

 

「そうね」

 

剣心も信女も彼らにとって赤報隊は特別な思い出がある部隊。

そこに部外者が入りこむのは余りにも無粋だった。

 

左之助の行き先を見届けた剣心と信女は再び幕末の京都の時の様に2人で東京の町を歩き、とある茶店に入ってお茶を飲んだ。

そんな中、信女がウトウトし始めた。

 

「ん?信女、眠いでござるか?」

 

「‥‥ん?うん‥少し‥‥夜勤明けで、昨日はあまり寝ていないから‥‥」

 

信女は目をこすりながら言う。

そして、

 

「緋村‥‥」

 

「おろ?なんでござるか?」

 

「‥その‥‥肩貸して‥‥」

 

信女はそう言って、剣心の返答を聞く前に剣心の肩に自らの頭を乗せ、そのまま寝てしまった。

 

「の、信女‥‥」

 

至近距離で静かに寝息を立てる信女を最初は驚いた顔で見ていた剣心であったが、信女の寝顔を見て、まるで我が子の寝顔を見守る父の様に暫く信女に肩を貸した。

そして、信女が起きたのは夕方であり、この日はその場で別れた。

剣心としては信女を家まで送りたかったが、信女は今ある人の家に居候させてもらっており、現在、其処の家主が仕事で遠出しており、家にはその家主の奥さんと自分の2人なのだが、男である剣心が来ては、近所に浮気を疑われるかもしれないとの事で、丁重に断った。

それ以前に、家主が斎藤であると知ると一悶着起きそうだったから、断ったのだ。

 

そして、その日の夜‥‥

 

とある商家の敷地内にある蔵で炸裂弾が炸裂した。

家の者が爆発音を聞き、起き出して庭に行くと、黒い詰襟を着た男達が次々と蔵の中の金品を運んでいく姿があった。

 

「な、何者だ!?」

 

「と、盗賊だ!?」

 

家の者の存在に気づいた賊の1人が、

 

「新時代を築く我等、赤報隊の軍資金としてお宝は頂戴するぜ」

 

そう言って腰に差してある刀を抜刀する。

 

「せ、赤報隊!?」

 

家の者が逃げ出そうとしたら、赤報隊と名乗るその男は家の者を刀で切り殺した。

 

ザシュ

 

ブシュ

 

「ぐぁっ!!」

 

「がはっ!!」

 

「フフフフ‥‥」

 

そして血で汚れた刀を相良総三が書かれた錦絵で拭った。

この事件は翌朝の新聞に掲載された。

信女は警察署の資料室にて新聞を広げ知った。

 

(これで、7件目か‥‥犯行手口は全て同じ、炸裂弾を使用し、現場には相良総三の錦絵が捨てられていた‥‥)

 

(赤報隊か‥‥)

 

信女の知る赤報隊はあの相良左之助と月岡津南の2人。

まさか、あの2人が‥‥と考えられなくもないが‥‥

信女は新聞を折りたたんで、町へと出て情報収集をしようとしたら、

 

「信女」

 

警察署の近くで剣心と出会った。

 

「緋村‥‥貴方も例の赤報隊の事件が気になるの?」

 

「ああ、左之は兎も角、あの絵師‥月岡津南の事が気になってな‥‥」

 

「私もよ」

 

信女と剣心は昨日訪れたあの絵草紙屋を訪れた。

 

「ん?相良隊長の錦絵?事件の事ですかい?」

 

「ええ、何か知らないかしら?」

 

「事件が起こる前に相良隊長の錦絵が大量に売れた店とかを知らぬでござるか?」

 

「うーん‥‥そう言えば、隣町の絵草紙屋でまとめ買いがあったって、仲間内で騒いでいましたね‥‥あんな絵を一体何に使うやら?」

 

「緋村」

 

「ああ、その絵草紙屋の者に聞けば、何か分かるかもしれないでござるな」

 

「さっき、津南さんも来て同じ事を聞いていきましたよ」

 

「月岡津南が?」

 

信女と剣心は互いに顔を見合わせたが、兎も角、事情を聴く為、その相良隊長の錦絵が売れた絵草紙屋へと向かった。

そして、ある人物に辿り着いた。

それは何と警察官僚の進藤帯刀と言う名の男であった。

進藤家の塀の上から話を聞くと、彼は警察官僚でありながら、不知火党と呼ばれる盗賊団と結託して商家を襲い、金を蓄えて、将来政界への道への軍資金としようとしていた。

そして、その罪を赤報隊に着せていたのだ。

一方、左之助の方も独自の情報網で進藤に辿り着き、剣心と信女より先に進藤の家に押しかけていた。

進藤家の庭で左之助は偽赤報隊こと、不知火党の連中と殴り合っていた。

すると、連中の1人が閃光弾を使い、左之助の視力を一時的に奪う。

 

「加勢する?」

 

信女が刀の柄を握り、剣心に尋ねる。

 

「いや、大丈夫でござるよ」

 

左之助がピンチとなった時、炸裂弾が投げ込まれ、不知火党の連中を吹き飛ばす。

しかし、火薬の量が上手い事調節されていた様で、死んでは折らず、吹き飛ばされて失神している。

左之助のピンチに現れたのは左之助と同じく元赤報隊の生き残り、月岡津南だった。

同じ赤報隊の生き残り同士、左之助と津南は息の合った動きで不知火党の連中と進藤をボコボコにのした。

まだ寝静まる前の時間に炸裂弾が破裂し、近所の住人がその爆音を聞いて警察に通報したのだろう。

遠くから、

 

ピィーピィー

 

と、警察の警笛の音が聞こえる。

左之助と津南は警察が来る前に進藤家から退散した。

 

「此処は、私に任せて、剣心は先に戻っていて」

 

「すまぬ」

 

その後、信女が駆けつけてきた警官に事情を説明し、進藤と不知火党の連中は全員逮捕された。

こうして、偽赤報隊強盗事件は犯人の全員逮捕で幕を下ろした。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第34幕 汚点

更新です。


 

 

 

偽赤報隊強盗事件が解決したそのすぐ後、内務省庁舎門前にて爆破事件が起こった。

犯人が使用したのは先の強盗事件同様、炸裂弾であったが、被害は門前で爆発が起こっただけで、警備に当たっていた警官及び内務省庁舎には被害が全くなく、また犯人の手掛かりが一切無く、後にこの事件は迷宮入りとなった。

そんな中、ようやく西南戦争の事後処理を終えた斎藤が東京へ帰ってきた。

斎藤は警察署に戻ると真っ先に信女の居る資料室へと向かった。

 

「あら?おかえり」

 

「おう」

 

2人は互いに短い挨拶を躱した後、斎藤は自分に用意されたデスクに座る。

そこへ、信女がお茶の入った湯呑と共にある報告書を斎藤に手渡す。

 

「なんだ?」

 

「伊豆での真古流に関する報告書」

 

「真古流?ああ、あのド素人集団か‥で、なんでその報告書を俺に見せる?」

 

「この事件に緋村が関係したから‥‥」

 

「ほぉ~」

 

斎藤は最初興味無さそうだったが、この真古流の事件に剣心が関係したと言う事で興味を抱いた。

そして、報告書を読んでいき、その中で信女が記した雷十太との戦闘記録を読み、ピクッと反応する。

 

「おい、信女」

 

「なに?」

 

「此処に書かれている事は事実か?」

 

「事実よ。残念だけど‥‥」

 

「そうか‥‥」

 

斎藤はまるで苦虫を噛み潰したような顔をすると、煙草を取り出してそれを吹かす。

 

(あのヤロウ、確実に弱くなっていやがる‥‥)

 

「信女」

 

「ん?」

 

「ここ最近、抜刀斎と接触しているのか?」

 

「ええ」

 

「そうか‥‥だが、暫く接触は控えろ‥ちょっと厄介な任務が入った」

 

「任務?」

 

「ああ‥‥川路からの直々の命令だ‥‥抜刀斎の力量を見極めろ‥とさ‥‥それも早急にな‥‥」

 

「緋村の‥‥力量を?‥‥でも、なんで今更?」

 

「どうも、幕末、維新志士共がしでかした過去の汚点が関係しているらしい」

 

「‥‥過去の汚点‥ねぇ‥‥」

 

「兎も角、抜刀斎の力量を測る役目は俺がやる」

 

「えぇー、ズルイ」

 

「お前では抜刀斎の力を引き出すことは不可能だ。それはお前自身がよく知っている筈ではないのか?」

 

「‥‥」

 

確かに斎藤の言う通り、観柳邸で戦った時、信女は力加減を調整して剣心の相手を務めたが、剣心は信女を本気で倒そうとはしなかった。

故に今回の川路からの命令‥『抜刀斎の力量を測れ』は、信女では実行不可能であった。

剣心と本気でやり合えると思った中、いきなり出鼻を挫かれた。

 

「それと‥‥」

 

「ん?」

 

「此奴を全部、読んでおけ」

 

ドサッ

 

信女の目の前のテーブルに無造作に投げられた書類。

それもかなりの量だ。

 

「なに?これ?」

 

「今回の任務に関する資料だ」

 

「資料?」

 

信女が怪訝な顔でその資料をみると真っ先に出てきたある人物の名前を見て、ピクッと反応する。

 

「志々雄‥真実‥‥」

 

「懐かしい名だろう?」

 

「そうね‥‥」

 

志々雄真実の名は元新撰組の信女や斎藤も知っていた。

影の人斬りだった志々雄の正体を掴む為、そして彼を討ち取る為、幕府側も様々な対策を講じたが、いずれも失敗に終わった。

新撰組の方も監察を使い、その正体を追ったが、辿り着けたのは志々雄真実と言う名前までだった。

 

「死んだと風の噂で聞いたけど、生きていたんだ‥‥」

 

「ああ、それが明治政府の過去の汚点だ」

 

「じゃあ、今度の任務って‥‥」

 

「志々雄真実の完全なる抹殺だ」

 

「でも、なんでその件で緋村の力量を?」

 

「使える手駒は1人でも多くあった方が良いだろうと言う政府の意向だ」

 

「自分達がしでかした過去の汚点を緋村や私達に押し付けるなんて随分と勝手ね。過去の汚点と言うよりも過去の尻ぬぐいじゃない」

 

「そう言うな。お前にとってそれなりに楽しめる事かもしれないぞ」

 

「‥‥」

 

維新志士達が過去に行った過ちを幕府側だった自分達が何故拭わなければならないのかとやや不満そうな様子の信女。

 

「それと、黒笠事件の犯人、鵜堂刃衛‥コイツの飼い主がやっと判明した」

 

「やっぱり、飼い主が居たんだ‥‥それって政治家か官僚?」

 

「よく分かったな」

 

「つい最近、それと似た事件を追ったから」

 

信女の脳裏にはあの神風隊事件が過ぎった。

 

「兎も角、俺はその飼い主の組織に潜入する。何でもその組織でも抜刀斎の暗殺依頼があるらしい。志々雄がその飼い主に依頼をしたのかもしれないが、抜刀斎の力量を測るのにコレを利用しない手はない」

 

「黒笠事件の最後の仕上げね。緋村においしい所だけもっていかせない‥‥そんな所かしら?」

 

「まあな‥‥それより、お前は抜刀斎の奴に暫しの別れを入っておけ」

 

斎藤にそう言われ、後日信女は剣心との密会において、

 

「緋村‥‥」

 

「ん?なんでござるか?」

 

「その‥‥暫く、緋村とは会えそうにないの‥‥」

 

「えっ?」

 

信女から暫く会えないと言われ、驚く剣心。

 

「厄介な仕事が入って、休めそうにないの‥‥でも、すぐにまた会えるわ」

 

「お主の『すぐに会える』はちょっと間が開くし、あった時には驚く事ばかりなのでござるが‥‥」

 

「‥そうね。でも、決して会えなくなるわけじゃないから」

 

「また‥会えるでござるな?」

 

「ええ‥また‥‥会えるわ」

 

「分かったでござるよ。また会える日を楽しみに待っているでござる」

 

(ごめん‥‥緋村‥‥もしかしたら、貴方を厄介な事に巻き込んでしまうかもしれない‥‥でも、その時は、私が貴方の助けになるつもりだから)

 

自分に微笑んでくる剣心に信女はすまないと言う気持ちと共にもし、剣心が志々雄の件に関わった時、自分は剣心のサポートをすると決めた。

 

この時の信女と剣心のやり取りを斎藤は密かに物影から窺っていた。

そして、

 

「覗きとは良い趣味ね、斎藤」

 

剣心と別れた後、信女は潜んでいた斎藤に声をかける。

 

「オマエを心配してやった上司心だ」

 

と、悪びれる様子はなかった。

 

「それより、例の暗殺組織の元締めに近々会う事になった‥‥お前はどうする?」

 

「影から覗かせてもらうわ」

 

信女もお返しとばかりにそう言って、斎藤と鵜堂刃衛の元締めである暗殺組織の親玉との密会を除かせてもらう事にした。

 

それから数日後、斎藤は背中に仕込み杖を隠し持ち、新撰組の密偵がよく使用した笠印の薬箱を背負って、剣心が居候している神谷道場へと向かった。

しかし、肝心の剣心は居なかったらしく、それからすぐに帰ってきた。

 

「緋村は‥‥いなかった様ね」

 

斎藤がほぼ無傷で帰ってきた事から斎藤は剣心と接触していないと判断した信女。

もしも、剣心と接触していたら、無傷では済まないだろう。

 

「ああ、不在だった。だが、俺の仕業であるように幾つかの置き土産を残して来た」

 

「血の匂いがするけど、誰かを殺したの?」

 

「いや、警察が民間人を殺すのは不味いだろう?」

 

(でも、血の匂いがするって事は、相手は流血したのよね?‥‥傷害にならないかしら?)

 

信女は斎藤の言う置き土産に首を傾げた。

 

一方の剣心は、信女と暫く会えなくなった中、新撰組だった信女と再会し、密会を重ねた為か、幕末の京都‥‥新撰組と対峙した時のことを思い出した。

その為か、一日ぼんやりと過ごしてしまっていた。

それは出掛けた先でも同じで、

 

「剣心?」

 

「‥‥」

 

「剣心ったら!!」

 

「あっ、ああ‥薫殿」

 

「『ああ』じゃないわよ。どうしたの?」

 

「‥‥」

 

また薫に心配かけてしまったと思い、剣心は今朝見た夢の事を薫に話した。

 

「新撰組?新撰組っていうと維新志士達の宿敵で有名なあの新撰組?」

 

「ああ 拙者も幾度となく剣を交えた事がある。一番の宿敵でござるよ」

 

 

朱に誠一文字の旗を掲げ、

浅葱色のだんだら模様の羽織を纏い、

卓越した剣腕と死をも恐れない闘志で京都中を震撼させた

"壬生狼"の異名を持つ男達

近代兵器の前に倒れはしたが、日本史上にして最強最後の剣客集団だろう

そんな剣客集団の中の紅一点であった信女も彼らに引けを取らない剣腕で維新志士達の強敵の1人だった‥‥

剣心が新撰組時代の信女の事を思っていると、

 

 

「でも新撰組って一人に対して数人で斬りかかる 集団剣法を 最も得意としたっていうじゃない。なんかそれってなんか卑怯だわ」

 

薫の言い分に苦笑いしながらも剣心は新撰組の実情を語る。

 

「京都の治安維持が彼らの任務でござったから、いざ尋常に勝負という訳にはいかぬでござるよ。それに強いと言っても各隊士に個人差もあったでござるし」

 

「へぇ」

 

「けど幹部級‥‥特に十番まであった実働部隊のうちでも一、二、三番隊の組長、そして三番隊の組長補佐は文句なしに強かった‥‥一と二、そして三番隊の組長と組長補佐とは幾度か一対一で闘ったが 結局 決着はつかずじまいでござった。その幹部達も今ではほとんど死んだと聞く‥‥ただ、敵ではあったが、私怨はなかった。立場は違えど互いに己の剣に命と信念を懸けて闘った事に変わりはない。もしかしたら今 政府の要職にいる維新志士〈なかま〉達より親しみを感じているかもしれぬでござる」

 

「ふぅん…」

 

実際にその場面を見ていない薫には想像しづらいのだろう。

彼女はよく分からないといいたげに相槌を打った。

その後、恵と偶然再会し、剣心は両手に花状態で神谷道場へと戻った。

しかし、剣心の目に映ったのはいつもの神谷道場ではなく、道場に穴が開いた状態で、唖然とする恵と薫を尻目に血の匂いを嗅ぎつけた剣心は道場へと飛び込む。

すると其処には‥‥

 

「左之!!」

 

右肩から出血をした左之助が倒れていた。

 

 

夜になり、斎藤はある料亭で暗殺組織の元締めとされる政府の官僚と会った。

信女はその様子を天井から聞き耳を立てていた。

 

「まずは一杯やろう藤田君。いや、この場はあえて斎藤君と呼んだ方がいいのかな?」

 

ニッと嫌な笑みを浮かべたスーツ姿の男は、斎藤に徳利を差し出した。

男の背後には屏風があり、その陰からはもう1人、人の気配を感じる。

 

「お好きな方でどうぞ。それと、酒は遠慮させて下さい」

 

しかし、斎藤はその誘いを丁寧な口調で断った。

 

「ほほう。君が下戸とは以外だね」

 

「いえ。そういうわけでもないんですけどね‥‥」

 

斎藤は微笑んだまま言葉を続ける。

 

「"クセ"でしてね。酒が入ると無性に人が斬りたくなるタチなんで…明治になってからは控えているんですよ」

 

「ふっ‥‥」

 

斎藤の言葉を聞いて男の顔が一瞬引き攣った。

 

「フフフ‥‥これは頼もしい限りだな」

 

薄い笑い声を上げた。斎藤は目を伏せる。

 

「どうも…」

 

「それで、早速本題に入るが…実は緋村抜刀斎は今‥‥」

 

「神谷道場とやらいう所に居るのでしょう。昼間行ってきました。まぁ、抜刀斎は留守でしたけどね。」

 

「おお、流石は元・新撰組三番隊組長。君が我々の仲間に加わってくれると聞いた時は、正直驚いたが。いや、やはり安心して"仕事"を任せられる男の様だ」

 

「驚いたと言えば、私の方もです。黒笠事件の黒幕で、鵜堂刃衛の元締めが…まさか元老院議官秘書、維新志士出身の、渋海サンだったとは‥‥」

 

斎藤は膳に添えられた湯呑をとり、中の茶を啜る。

 

「明治政府も、内部でいろいろとあるわけだよ」

 

「維新の敗者である私には、関係のない事です。私はせっかく生き延びた余生を、面白可笑しく暮らせればそれで十分。殺しは私の得意技ですから、暗殺稼業は願ってもない副業‥‥その上、最初の仕事が宿敵の抹殺とくればもう‥‥」

 

斎藤の目が鋭く光った。

 

「しかし、流浪人となった奴をわざわざ暗殺してくれなんて…一体誰なんでしょうね、この仕事の依頼人は?」

 

斎藤はどさくさに紛れて剣心の抹殺依頼をした依頼人について渋海に尋ねる。

 

「オイッ出過ぎた口をきくな」

 

すると、今まで屏風の裏に隠れていた人物がドスのある声で怒鳴った。

 

「君は報酬と引き換えに黙って人を斬るだけでいいんだよ。余計な詮索をせん方が君の為だ」

 

「これは、失敬、今後気を付けましょう」

 

斎藤は渋海に頭を下げる。

 

「いや、わかればいいんだよ」

 

「ケッ、新撰組が聞いてあきれるぜ」

 

屛風の裏の人物のこの発言に天井で聞いていた信女は思わず、切り殺したい衝動を必死に抑えた。

今此処で気配を出せば、斎藤の行為を無駄にする。

その思いで信女はとどまった。

 

「さ、仕事の話はここまでにして、存分に楽しもうじゃないか」

 

「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、そろそろ本職の方に戻らないと怪しまれますので…」

 

斎藤は立ち上がり、制帽を被り、白手袋をはめて、警官の上着を羽織り、

 

「では、本官はこれで失礼します」

 

と、料亭を出た。

そして、町中にて、斎藤は別ルートで料亭を出た信女と合流した。

 

「よく我慢で来たわね、あんなことを言われて」

 

斎藤と合流した信女は合流早々、斎藤に先程の料亭での一件を尋ねた。

 

「これも仕事だ」

 

斎藤も腹の内で、連中の事を斬り捨てたかった。

しかし、今はその時期ではない。

 

(自分じゃ何も出来ない男のくせに上からの目線で物を言う。権力的に見れば確かに斎藤や自分より奴の方が上。でも、その権力はどうせ維新で勝ち馬の尻に乗って手に入れたお零れじゃない‥‥そんな奴らが、近藤や土方、総司が築き上げた新撰組を侮辱するなんて許さない‥‥)

 

手に握る愛刀にギュッと力がはいる信女だった。

桜舞い散る夜の道を斎藤と信女は並んで帰った。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第35幕 一

更新です。


 

 

 

斎藤が神谷道場に置き土産を残したその日、剣心はそれが誰の仕業なのか既に検討がついていた。

しかし、何故10年も経った今になってと言う思いがあった。

それから数日後、斎藤の姿はとある蕎麦屋にあった。

 

「どうぞごゆっくり~」

 

店員は斎藤が注文したかけ蕎麦を出す。

 

「はいどうも」

 

パチンと割り箸を割って、

 

「それじゃあ、頂くとしますか」

 

そう言ってかけ蕎麦を食べ始める斎藤。

そこへ、

 

「フウン。かけ蕎麦一杯たぁ、随分しみったれた昼飯じゃねェか…なあ、斎藤サンよぉ」

 

斎藤の前に座ったのは、あの時、渋海との密会の中で屛風の裏に潜んでいた男、赤末有人だった。

 

「好きなんですよ、かけ蕎麦。それに、今は藤田です。赤末サン…でしたよね。私に何か用ですか?」

 

斎藤はかけ蕎麦を食べる手は止めず、赤末もそのまま喋る。

 

「用は無ねぇ。が、テメェが気に喰わねぇ。」

 

赤末の話によると、本来剣心の暗殺は赤末が受けるハズの仕事だったのだが、元新撰組と言う肩書でその役目は斎藤に譲られ、斎藤に横取りされたことが気に入らず、わざわざ脅しまでかけてきた。

 

「わかりました。では、この仕事、共同作業と言うのはどうでしょう?」

 

最初は斎藤の手助けなど、御免だと言う赤末だったが、斎藤が先を話す。

 

斎藤は神谷道場に、いくつかの証拠─抜刀斎が"斎藤一の存在"に気付くような─を残してきた。そこへ斎藤からの手紙が舞い込めば‥‥と言うモノだった。

 

「つまり、テメェが誘い役で‥‥」

 

「仕留役は赤末さん。暗殺代金は山分けでどうです?」

 

しかし、斎藤の提案にまだ納得のいかない赤末。宿敵である筈の剣心の暗殺をこうも易々と譲るのがどうも疑問らしい。

 

「渋海氏の手前、宿敵と言いましたが、本当は今更どうでもいいんです。言ったでしょう?私の望みは折角生き延びた余生を面白おかしく過ごす事だって‥‥危険をともなう大金よりも、確実に入る小金を狙う‥藤田五郎はそう言う男なんですよ」

 

斎藤が剣心暗殺の仕留め役を譲った訳を話してようやく納得して店を出ていく赤末。

 

「井の中の蛙の一番争いなんざ、俺の眼中には無いんだよ」

 

「でも、良かったの?あんな奴に譲っちゃって」

 

「ん?」

 

其処に別の席に座っていた信女がやってきた。

 

「構わん、どうせ噛ませ犬にもならない奴だ。何も出来やしない」

 

「確かに、今の緋村でもあんなオラウータンに負けるとは思えないけど‥‥」

 

「なんだ?」

 

「もし、あのオラウータン相手に苦戦する様なら‥‥今回の任務に緋村を下ろした方が‥‥」

 

「ふん、その時は、俺に殺されるだけだ」

 

「‥‥」

 

「不満か?」

 

「‥‥ちょっと‥流石に同門の仲が知り合いの手によって殺されるのは‥‥」

 

「死ぬ、死なないは抜刀斎の運次第だ」

 

「‥‥」

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

そこへ店員がやって来て信女に注文を聞く。

 

「あっ、天ぷら蕎麦下さい」

 

「かしこまりました」

 

「おい、上司の俺がかけ蕎麦で部下のお前が天ぷらか?」

 

「いいじゃない?好きなんでしょう?かけ蕎麦」

 

「まったく、食えない女だ」

 

やがて、信女が注文した天ぷら蕎麦が来ると、信女は、

 

「とぉ~おがらしぃ~」

 

天ぷら蕎麦に一味をかける。

すると、

 

ドサッ

 

一味の蓋が外れて中身の唐辛子の大半が信女の天ぷら蕎麦に落ちた。

 

「‥‥」

 

真っ赤になった天ぷら蕎麦を見て無言状態の信女。

 

「ふっ‥クククク…‥」

 

その反面、斎藤は笑っている。

 

「か、辛い‥‥舌がヒリヒリする‥‥」

 

震える箸で信女は真っ赤になった天ぷら蕎麦をむせながら食べ、目は涙目になっていた。

 

その日、剣心宛に一通の手紙が神谷道場に投げ込まれた。

手紙の内容は郊外の草原にて待つとの事で、手紙の最後には『一』と書かれていた。

剣心はこの手紙の送り主が誰なのか直ぐに分かった。

そこへ、

 

「おーい、剣心!!薫が豆腐買って来てくれとさ!!」

 

弥彦が薫からの伝え事を剣心に言うが、

 

「すまんが、弥彦。拙者はちと、用が出来たでござる。遅くなるかもしれないから戸締りだけはしっかりと頼むでござる」

 

そう言い残し、出掛けて行った。

 

「‥‥あっ、ってことは、俺が豆腐買いに行くのか?おい、俺だって暇な訳じゃないぞ!!」

 

弥彦は剣心に大声で愚痴るがその時には既に剣心の姿はなかった。

剣心が手紙の呼び出しに応じて出かけた後、斎藤も行動を開始した。

 

「それじゃあ、行って来る」

 

「‥‥行ってらっしゃい」

 

斎藤は神谷道場へと出かけ、信女もある人物達の案内と護衛の為、内務省へと向かった。

内務省に向かう中、信女は斎藤と行ったやり取りを思い出した。

 

「とりあえず、赤末に言った通り、俺は抜刀斎を呼び出す。そして、その間、俺自身は奴の居候先の神谷道場に行く」

 

「私は?」

 

「お前は内務省に行け」

 

「内務省に?何故?」

 

「今回の依頼人である川路達が今日、内務省にいる。お前は川路達と合流した後、神谷道場に来い」

 

「『達』って事は依頼人は川路以外にもいるって事ね。でも、川路達と一緒に行く意味ってあるの?」

 

「今回の任務は志々雄が絡んでいる。奴の情報網は蜘蛛の巣の様に綿密で広い。奴が密かに自分の討伐を抜刀斎にさせると知っているとしたら、見せしめに川路達を襲うかもしれん。そうなれば、政府も警察も大混乱になる。その隙を志々雄達は必ず突いてくる。今の日本にとって川路達を失う訳にはいかんのだ。わかるな?」

 

「‥‥分かった。ただ、斎藤」

 

「なんだ?」

 

「緋村の力量を図る時、冷静さを欠いてはダメよ。私が新撰組に入る時の入隊試験の時、貴方、私を殺そうとしたでしょう?あの時の様に冷静さを忘れては絶対にダメよ、いいわね。今回の任務は『抜刀斎の力量を図れ』と言うモノなんだから」

 

「了解した‥‥とだけ、言っておこう」

 

(‥‥なんか、不安ね)

 

斎藤の言動に一抹の不安を抱きつつ、信女も行動を開始した。

 

そして、斎藤が神谷道場の門前に来ると、

 

「そう言や手紙みたいなのを読んでいたぜ」

 

「手紙?」

 

「分かった女だ!!ありゃ恋文だな。あの信女って女の人からだな、きっと!!道理で行先が言えない訳だ!!へへへ、『遅くなるかも』だとよ~」

 

神谷道場の住人達が、自分が送った呼出状について話していた。

弥彦の言葉に薫は思わず、先程、弥彦が買ってきた豆腐の入った桶を落す。

桶は何とか弥彦がキャッチすることが出来、中身の豆腐は無事だった。

放心した薫に対して弥彦が、左之助が大変な時に剣心が女に現を抜かすことがある訳ないだろうと言って薫を正気に戻した。

薫と弥彦のやり取りを門前で聞いていた斎藤は、

 

(どうかな?抜刀斎も人の子だ。好いた女の為ならば、あの鳥頭の事を放っておくぐらいはするかもしれんぞ)

 

左之助は死んではいないので、それならば、剣心は信女との密会を優先するかもしれないと思う斎藤であった。

 

「ごめん下さい」

 

斎藤は愛想が良いお巡りさんを演じた。

 

「こちらの道場に、緋村抜刀斎さんがいらっしゃると聞いたのですが‥‥」

 

斎藤の発した『抜刀斎』と言う言葉に薫と弥彦は明らかに動揺する。

 

「あっ、私、この度、この街の配属となった藤田と言います。緋村さんの事は、署長から聞きました」

 

浦村署長の名が出てホッと胸を撫で下ろす薫と弥彦。

 

「なんだ、署長さんの部下の人か‥‥」

 

「剣心なら…あいにく留守にしていますけど。何か…」

 

「ええ、それなんですけど…実は未確認ながら、緋村さんを狙っている輩がいるとの情報が警察の方に入りまして…」

 

「「えっ?」」

 

「失礼ですが、何か心当たりがないか事情を聴きたいので、少し待たせてもらってもかまいませんか?」

 

「あ…はい。帰りは遅くなるかもしれませんが、それで良ければ…」

 

(剣心‥‥)

 

剣心を配する薫の背後で斎藤はニヤリとした。

 

一方、斎藤と分かれた信女は内務省庁舎へとやって来た。

門前では先日の爆破事件の影響の為か、警備の警官の人数が事件前よりも多い。

信女は身分証明書を警備の警官に提示して、内務省庁舎の中へと入る。

庁舎のロビーでは、川路が居た。

 

「どうも、川路総監」

 

相手は警察の長である警視総監にも関わらず、信女はフレンドリーな挨拶をする。

 

「佐々木警部試補、斎藤はどうした?」

 

「緋村抜刀斎の力量を図る任務についています。現在神谷道場にて、緋村剣心の帰宅を待っています」

 

「そうか‥‥間に合えばよいのだが‥‥」

 

川路も信女同様、斎藤と剣心がぶつかった時、果たして斎藤が任務の事を覚えているかどうか不安な様だ。

 

「あの‥‥」

 

「なんだ?」

 

「今回の任務‥あれは、川路総監が出した命令ではないのですか?」

 

信女は斎藤の言葉から、川路の他に依頼人が居ると察しはついていたのだが、それが川路の他に関わっているのが誰なのかを知らない。

そこで、川路に川路以外の誰が関わっているのかを聞いてみた。

 

「いや、私ではない‥‥命令を出したのは、私よりも上の方だ」

 

(川路よりも地位が上と言う事は、山県かしら?)

 

信女は陸軍卿である山県が今回の命令を下したのかと思った。

 

「それで、まだ神谷道場へは向かはないのですか?」

 

「うむ、その方が来るまでは此処で待機だ‥どうやら会議が長引いているらしい」

 

(志々雄真実が絡んでいると言うのにのんきに会議とは‥‥優先順位間違っているんじゃない?)

 

信女は真の依頼人に呆れた。

やがて、会議が終わったのか、ロビーにはぞろぞろと政治家や官僚、高級軍人らの姿が見え始めた。

そして、

 

「待たせてすまなかったね、川路君」

 

今回の依頼人が姿を見せた。

 

(っ!?この人が依頼人だったんだ‥‥てっきり山県だと思っていたわ)

 

信女は真の依頼人を見て、自分の予想と違っていたことに意外性を感じた。

 

「それで、状況は?」

 

「はっ、斎藤一が緋村抜刀斎の居候先に入ったと知らせがありました。彼女はその伝令役を行った佐々木総司警部試補です」

 

「どうも~」

 

「ふむ、では、急いでその神谷道場とやらに向かうとしよう。緋村にも今回の件を説明しなければならぬからな」

 

「ハッ」

 

信女は川路と共に今回の依頼人と共に神谷道場へと向かった。

 

 

その神谷道場では、剣心が赤末を倒して、神谷道場に戻って来た。

彼は門前で自分を待っていた薫から、剣心は命を狙われていると言う話を聞きながら道場に入る。

 

ガラ

 

「こちらが警視庁警部補の藤田五郎さんよ」

 

「っ!?」

 

道場に座る藤田五郎こと、斎藤一の姿を見た瞬間、剣心の動きがとまり、目つきは鋭くなる。

斎藤は剣心に背を向けたまま話しかける。

 

「その様子じゃ、赤末如きに相当、手こずったみたいだな‥‥お前も随分…弱くなったものだな。最後に戦ったのは鳥羽伏見の戦場だから、10年ぶりか」

 

「剣心、藤田さんを知っているの?」

 

「そうか、信女同様、お前も名を変えていたのか」

 

「10年…言葉にすればわずか二文字だが、生きてみれば随分長い年月だったな…」

 

「…ああ…人が腐るには、充分な長さのようだ…」

 

「剣心?」

 

剣心と斎藤のやりとりに困惑する薫。

その間も剣心は幕末時代の斎藤がどんな武士だったかを語るが、今の斎藤は自分にかませ犬(赤末)を寄こした事から、剣心は斎藤も武士としては堕落したと指摘する。

しかし、

 

「赤末がかませ犬?あんな小物、かませ犬にならない事ぐらい百も承知だ。人斬り抜刀斎の強さは俺達新撰組が誰よりも知っている。だが、今のお前は赤末如きに手こずった…"不殺の流浪人"が、お前を確実に弱くした」

 

そして、斎藤は剣心が東京で今まで関わって来た事件の事について語る。

刃衛の時も観柳の時も剣心は相手に人質を取られた事

格下の雷十太にかすり傷を追った事を指摘する。

 

「お前がどう思おうと構わんが…今の拙者は自分の目に映る人を守れる"流浪人"としての強さがあればそれでいい。人を殺める"人斬り"としての強さなど、もう必要ござらん…」

 

剣心の反論に安堵の表情を浮かべる薫と弥彦。

しかし、斎藤の顔には、侮蔑の色が映る。

 

「流浪人としての強さ…ねぇ。だとしたら今のお前は、"流浪人"すら失格だよ」

 

斎藤は警官の制服の第二ボタンまでをパチンとはずし、手を腰に伸ばす。

 

「お前が俺の策にはまって赤末に苦戦している間、俺はずっとココにいた。そして警官だということで、ここの住人は全く警戒しなかった」

 

斎藤の指摘に薫と弥彦はビクッと反応する。

 

「つまり‥‥殺ろうと思えば…いつでも殺れたという訳だ…」

 

そこには狼の様な目をした斎藤がすでに抜刀していた。

剣心はもはや斎藤との戦いは避けられないと踏み、斎藤と対峙する。

日が沈むと同時に2人の戦いは始まった。

先手は斎藤が牙突を剣心に放つ。

剣心は飛び上がり、斎藤に龍槌閃を放とうとするが、

 

「それで避けたつもりか!?抜刀斎!!」

 

斎藤は対空の牙突参式にて剣心の腹部を突き刺した。

 

「剣心!!」

 

道場に薫の絶叫が木霊した。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第36幕 抜刀斎

更新です。


 

 

 

日が暮れて薄暗い神谷道場の中では幕末の元志士と元新撰組の2人が対峙し、死闘とも言える壮絶な戦いを繰り広げていた。

斎藤が放ったのは、対空式の牙突、牙突参式。

牙突から牙突への連撃は隙がなく、ましてやリーチの長い斎藤にとっては、さらに攻撃の範囲も剣心より広くなる。

 

「剣心!!」

 

薫の叫びが道場に響き剣心の脇腹から血が吹き出す。

剣心は咄嗟に体を捻り、串刺しだけは何とか避けた。

しかし‥‥

 

「腰をひねって串刺しだけはさけたか。思ったよりはいい反応だ。だが…詰めが甘い!!」

 

斎藤はさらに斬りつけると、抜刀斎の頭を蹴り飛ばして壁に叩き付けた。

 

「突きを外されても間髪入れずに横薙ぎの攻撃に変換できる‥‥変術の鬼才、新撰組副長、土方歳三の考案した平突きに死角はない‥‥まして、俺の牙突ならば、なおさらだ」

 

 

斎藤は再び牙突の構えをとる。

序盤は斎藤が剣心を圧倒していたが、剣心は斎藤と戦っていく内に緋村剣心から緋村抜刀斎へと立ち戻り始めた。

 

「…立て斎藤。十年振りの闘いの決着が、これしきではあっけないだろう…」

 

斎藤の牙突を切り返し、彼を道場の壁に叩き付けた後、剣心は冷たい声で壁の向こう側に居る斎藤に声をかける。

 

「フ…フフ…本当は力量を調べろとだけ言われていたが…気が変わった」

 

斎藤はダンッと足を付き、立ち上がる。

壁に叩き付けられた為、額から血を流しているが、斎藤は痛がる様子もなく、反対にニッと笑いながら、

 

「もう殺す」

 

そう言い放つ。

 

「寝惚けるな。『もう殺す』のは、俺の方だ」

 

剣心も斎藤にそう言いかえすが、一人称がいつもの『拙者』から抜刀斎時代の『俺』に変わっていた。

それを聞き、薫はショックを受ける。

 

「止めて…だれかあの二人を止めて…」

 

薫の悲痛な叫びなど今の剣心には耳に入る事はなく、剣心と斎藤の戦いは尚苛烈して行く。

左之助はこの戦いを止められるのは幕末の京都の戦場を体験した者だけだと言う。

しかし、神谷道場の面々の中で幕末の京都を体験した者は剣心以外居ない。

薫たちにはこの戦いを止めることが出来なかった。

そんな中、剣心の逆刃刀と斎藤の刀がぶつかり合い、斎藤の刀が折れた。

 

 

その頃、東京の町中を一台の馬車が物凄い速さで走っていた。

 

「今井君」

 

「何かしら?」

 

「齋藤君がその神谷道場に入ってからどのくらい経つ?」

 

「‥‥約4時間と半ね」

 

信女は向かい側に座った人物から時間を尋ねられて懐中時計を見て、答える。

 

「そうか‥川路君、もっと急がせてくれ。あの2人にはこの国も明暗がかかっている。急げ、手遅れになる前に」

 

「ハッ」

 

川路が返事をし、御者にもっと馬車のスピードを上げる様に伝える。

 

その馬車が向かっている神谷道場では‥‥

刀が折れたにも関わらず、斎藤は戦う事を止めず、牙突の構えをとる。

 

「相変わらず、新撰組の連中は引く事を知らんな」

 

「新撰組隊規第一条、士道に背くあるまじき事…」

 

迎え撃つ抜刀斎に向かって、斎藤は叫ぶ。

 

「敵前逃亡は士道不覚悟!!」

 

斎藤の放った折れた刀を剣心は素手で払った。

斎藤は素手のままで剣心へと向かって行く。

神谷道場の皆はこれで剣心に勝負ありかと思われた時、

 

バチィッ!!

 

斎藤はベルトの留め具の金属部分で剣心の逆刃刀を弾き落とし、剣心の身体に拳の連打を浴びせた。

ベルトを使ってまさか、逆刃刀を弾き落とすなんて神谷道場の皆も剣心自身も予想外だった。

 

「これで…終わりだ!!」

 

素早く上着を脱ぐと、抜刀斎の首を絞め上げた。

剣心の首からは骨がミシミシと軋む音が聞こえる。

 

「締め技!窒息死させる気だ!」

 

「そんな生易しいもんじゃねェ。ありゃあ…首の骨をへし折る気だ」

 

弥彦と左之助が驚愕の表情を浮かべる。

 

「無駄だ、悪あがきはよせ!!」

 

斎藤自身はこれで勝負がついたと思ったが、

 

「がは!!」

 

剣心が鞘を使って斎藤の下顎を叩き上げた。

斎藤の腕が緩んだその隙に剣心は斎藤と距離をとり、荒い息をつきながら睨み合う2人。

 

「そろそろ…終わりにするか…」

 

「……そうだな…」

 

斎藤は手をゴキッと鳴らし、剣心は鞘をギュッと握りしめる。

 

そんな中、神谷道場の門前に一台の馬車が止まる。

信女は馬車が到着すると同時に川路達よりも先に馬車から飛び降り、齋藤と剣心が戦っている道場へと向かう。

そこで、彼女が目にしたのは力量を測るレベルの戦いではなく、生と死をかけた戦いとなっていた。

 

(斎藤ったら!!)

 

信女はすっかり任務を忘れて剣心と死闘を繰り広げている斎藤に呆れつつ、道場へと走って行く。

道場の入り口で剣心と斎藤との死闘を唖然と見ている神谷道場の面々の脇をすり抜け‥‥

剣心と斎藤がぶつかるかと思いきや、

 

キィィィィン!!

 

パシッ!!

 

齋藤と剣心の雄叫びと、薫の悲鳴。それに重なった金属音と乾いた音。

その場の時が止まったように思えた。

 

「あ、アイツ‥‥」

 

恵に肩を貸してもらっている左之助が言葉を発した。

薫達、神谷道場の面々の視線の先には斎藤の拳を右手で受け止め、左手に持つ刀で剣心の鞘を受け止める信女の姿があった。

 

「2人ともそこまでよ」

 

シーンと静まり返った道場に信女の凛とした声が響く。

信女の乱入と言う事で剣心は鞘を下ろし、斎藤も拳を引く。

 

「どういうつもりだ?今いいところなんだよ。信女、お前といえども、邪魔は承知しないぜ…」

 

斎藤が殺気に満ちた目で信女にそう言うと信女は‥‥

 

パンッ!!

 

斎藤の頬を叩いた。

 

「正気に戻りなさい、斎藤!!あれほど冷静に事を運べと言ったでしょう!?『抜刀斎の力量を測る』それが貴方の任務の筈よ!!」

 

信女も負けじと斎藤を睨む。

 

「今井、ご苦労だった」

 

其処に新たな来客が訪れる。

1人は警官服に身を包んだ警視総監の川路。

そしてもう1人は‥‥

 

「斎藤君。君の新撰組としての誇りの高さは、私も十分に知っている。だが、私は君達にも緋村にも、こんな所で無駄死にして欲しくない」

 

高そうな洋装を身に纏い、威厳に満ちた男が立っていた。

 

「そうか、真の黒幕はあんたか…元薩摩藩維新志士…明治政府内務卿、大久保利通」

 

剣心が洋装の男の正体を口にする。

しかしお子様の弥彦には大久保がどんな人物なのか知らずに首を傾げていた。

その間、信女は退室の為の後片付けをしていた。

斎藤の制帽と折れた刀、剣心の逆刃刀を回収する。

 

「手荒な真似をしてすまなかった。だが、我々にはどうしても君の力量を知る必要があった…話を聞いてくれるな」

 

「…ああ。力ずくでもな…」

 

大久保と抜刀斎の会話の直後、

 

ダッ‥‥タッタッタッタ‥‥

 

誰かが道場から走り去って行った。

剣心は大久保に注意が向いていたが、斎藤と信女はその気配を見過ごさなかった。

斎藤と信女はピクリと反応し、チラと視線を交した。

 

「フン‥‥」

 

斎藤は上着を取ると、剣心に背を向けた。

「久々に熱くなれたっていうのに、途端に白けちまった。決着はまた、次の機会に後回しだな。」

 

「命拾いしたな…」

 

「お前がな…」

 

斎藤は信女から刀を受け取り、そのまま道場を後にしようとしたが、其処を川路が引き留めた。

 

「待て、斎藤!!」

 

「任務報告、『緋村剣心の方は全く使い物にならない…が、緋村抜刀斎ならそこそこいける模様』‥以上」

 

斎藤は川路に『抜刀斎の力量を測る』と言う任務の報告を口頭で述べる。

 

「信女、行くぞ」

 

「‥‥ちょっと待って‥一つ確認したい事があるの」

 

「そうか‥‥外で待っている‥なるべく早く来い」

 

「ええ‥‥緋村、コレ」

 

「すまぬ」

 

剣心は信女から逆刃刀を受け取る。

 

「緋村、外に馬車を用意してある。来てくれ」

 

「此処で聞かせてもらう。この一件に巻き込まれたのは、俺1人では‥‥」

 

剣心はそこまで言うと、ハッとし拳を握り、自らの額を強く殴った。

彼は自分の一人称がまだ抜刀斎時代の『俺』になっている事に気づいた。

剣心の額からは血が流れるが、それを気にすることなく、彼は大久保に続きを言葉を言う。

 

「‥‥この一件に巻き込まれたのは拙者1人ではござらん」

 

剣心の口調と目つきが緋村抜刀斎から緋村剣心へと戻った。

その事に薫は喜んで剣心に抱き付くが、剣心は斎藤と死闘をして深手を負っている。薫は急いで恵に剣心の治療を頼む。

 

「‥‥」

 

このやりとりを見た信女は去り際、左之助に、

 

「緋村に伝えておいて‥後日、詫びに行くって」

 

「お、おう」

 

そう言い残し去って行った。

 

(やべぇよ、コイツが来たら修羅場確定じゃねぇか!!せめてコイツが来る日に嬢ちゃんが留守な事を祈るしかねぇな‥‥)

 

信女の言葉を聞いて左之助はこの後日、起こるかもしれない剣心をめぐって信女と薫の修羅場に戦々恐々した。

神谷道場を出ると、門前で斎藤は待っていた。

 

「見届けたか?」

 

「ええ‥‥緋村は人斬り抜刀斎よりも不殺の流浪人を選んだわ」

 

信女が残ったのは後日、神谷道場へ詫びを入れる事を伝えるのと、抜刀斎に立ち戻った剣心がこのまま抜刀斎でいるのか?それとも不殺の流浪人の剣心を選ぶのか?を見届ける為に残ったのだ。

そして、結果はご覧の通り、剣心は不殺の流浪人を選んだ。

 

「行くぞ、後始末が残っている」

 

「ええ」

 

神谷道場を後にした、斎藤と信女が次に向かった先は‥‥

 

「全くおろかね、あの渋海って人は‥‥」

 

フゥと溜め息をついた信女。

2人は渋海の屋敷‥‥彼の寝室の前にいた。

寝室の中からは渋海と赤末のやり取りが筒抜けである。

 

「信女、刀を貸せ」

 

「‥‥私が斬りたかったのに」

 

「これは俺の仕事だ。それに使うのはお前の刀だ。それで五分五分だろう?」

 

「‥‥なんか、釈然としないわね」

 

そう言いながら信女は渋々斎藤に自らの愛刀を貸した。

 

「そうか、斎藤は大久保の犬か…これはいい。斎藤に金を握らせて大久保の弱味をつかめば、次期内務卿も…」

 

「じょ…冗談じゃねぇ!!大久保みたいな超々大物を相手にしたんじゃ、命がいくつあってもたりねぇぜ!!そんな危ない橋を渡るのは御免だ。俺は安全な上海へでもトンズラさせてもらう、いいな?」

 

赤末が上海へと逃げ出そうとうするが、そうは問屋がおろさない。

彼が渋海の寝室を出ようしたその時、

 

「上海よりもっと安全な逃げ場があるぜ…」

 

この場には居ない筈の男の声がした。

 

「地獄という逃げ場がな…」

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

赤末の前には斎藤が立っていた。

 

ザシュッ

 

それは余りにも一瞬の出来事だった。

音もなく襖を開けると、斎藤の刀は赤末の首をいとも簡単に斬り飛ばした。

ゴロリと無造作に転がった赤末の首を見て渋海は腰を抜かす。

 

「渋海、お前は一つ勘違いをしている。お前達維新志士共は自分達だけで明治を構築したつもりだが、俺達幕府側の人間も『敗者』という役で、明治の構築に人生を賭けた。俺が密偵として政府に服従しているのは明治を喰い物にするダニ共を始末する為‥‥明治に生きる新撰組としてな‥‥大久保だろうが誰であろうが、私欲に溺れ、この国の人々に厄災をもたらす様なら…『悪・即・斬』の名のもとに斬り捨てる…」

 

「ま、待て‥待ってくれ‥金なら幾らでも‥‥」

 

渋海は斎藤に金で命乞いをするが、

 

「犬はエサで飼える…人は金で飼える…だが、壬生の狼を飼う事は…何人にも出来ん!!」

 

ブシュッ

 

「あの頃の様に新撰組は新撰組、狼は狼。そして、人斬りは人斬り‥‥だろう?抜刀斎」

 

そう言い残し斎藤は信女に刀を返し、渋海邸を後にした。

一方、剣心達神谷道場の面々も大久保から今回の一件、志々雄の件を聞き、志々雄を暗殺してくれと頼まれ、一週間後の5月14日に返事を聞くと言われた。

5月14日‥‥この日が重大な日となる事を斎藤も信女も‥‥剣心達神谷道場の面々も知る由は無かった‥‥。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第37幕 金

久々の更新です。


 

斎藤が剣心と神谷道場で死闘を演じてから数日後、

藤田家の台所では‥‥

 

「~♪」

 

信女が何かを作っていた。

 

「信女さん、何をしているのでしょう?」

 

「さあな、アイツが変わっているのは昔からだ」

 

信女が何をしているのか時尾と斎藤はわからず、時尾は首を傾げ、斎藤はわれ関さずの姿勢だった。

 

「~♪」

 

その間も信女は何かを作っていた。

信女が一体何を作っているのか?

それはドーナツだった。

信女は東京じゅうの市場を駆け回り、ドーナツに必要な材料を買って来てドーナツを作っていたのだ。

作り方は先日、横浜に行った時にパン屋からこっそり聞いており、ドーナツを作るのには問題なかった。

前の世界では信女はドーナツ作りどころか、家事などは一切出来なかったが、この世界に跳ばされ、比古に拾われてから、山の中で自給自足の生活となった時、否が応でも家事の技術を身に着けなければ、その日の食事にも満足にあり付けなかったのだ。

剣心が薫よりも家事ができるのはこういった経緯があった。

新撰組時代も食事は当番制だったので、家事は出来なければならなかった。

信女が今、家事ができるようになったのはこうした過去の経緯が存在した為なのである。

 

「そう言えば先日、信女さんと横浜に行ったんですよ」

 

「ほぉ~」

 

「その時、イギリス人の人が骨董屋の店主に強盗紛いの事をしたんですよ」

 

「まぁ、今の日本は治外法権で外国人を裁けないから、外国の連中はやりたい放題だろう?それでどうした?信女の奴が切り殺したのか?」

 

「いえ、信女さん、流暢な英語でそのイギリス人の人に立ち向かったんですよ」

 

時尾は台所にいる信女を見る。

 

「へぇ~、アイツが英語をねぇ~」

 

斎藤も時尾につられて信女に視線を向ける。

 

(アイツは新撰組時代から妙な奴だと思っていたが、まさか英語を話せるとはな‥‥)

 

斎藤は信女の隠された才能に感心していた。

 

「出来た~」

 

信女は自身が作ったドーナツを眺める。

横浜に行った時はオールドファッションとプレーンしかなかったが、今回はプレーンの上に粉砂糖を降り掛けたモノや横浜に行った際、時尾が購入したチョコレート少し分けてもらい、それを湯煎で溶かして、溶かしたチョコレートを塗ったチョコレートドーナツや餡子を塗ったドーナツを作った。

出来上がったドーナツを紙袋に入れ、警官の制服を身に纏い、腰には日本刀を帯び、懐には封筒と一枚の紙を入れて、信女は神谷道場へと向かった。

 

神谷道場では、薫たちが剣心の様子をチラチラと見ていた。

大久保が剣心に再び京都へと向かい、そこで志々雄を暗殺してくれと頼んでから、剣心は悩む様子もなく、普段通りの生活をしている。

もしかしたら、剣心の心の中では答えが出ており、その答えが大久保の要求通り、京都へと向かい、そこで志々雄を暗殺するのではないかと思っていた。

もし、剣心が志々雄を殺せば、剣心はもう流浪にの‥‥不殺さずの緋村剣心は死んでしまう。

そうなれば、剣心は二度と、自分達の下に帰っては来ないのではないかと思った。

そう言った不安が神谷道場のみんなの中にはあった。

剣心はみんなのそんな不安を余所に洗濯をしていた。

そんな中、

 

「ごめん下さい」

 

澄んだ声が神谷家の玄関に響いた。

誰かが神谷道場を訪れたのだ。

 

「おろ?」

 

剣心が洗濯していた手を止めて、来客者を出迎えようとした。

 

「あっ、私が出るわ」

 

薫が剣心の代わりに来客を出迎えるために門へと向かう。

 

「はーい、どちら‥様‥‥?」

 

薫の目の前には警官の制服を纏った女性‥‥

以前、道場にて剣心と斎藤の死闘を止めたあの女性が立っていた。

 

「貴女、あの時の‥‥」

 

信女の姿を見て、警戒するかのように顔を顰める薫。

 

「どうも」

 

「‥‥あの、何の御用でしょうか?」

 

(やれやれ、斎藤も随分嫌われたものね‥‥)

 

やはり、斎藤と行動を共にしていたと言う事で、警戒されている信女。

 

「先日、ウチの上司が此方の道場にご迷惑をかけたみたいで‥‥」

 

「‥‥」

 

「それで、政府からは道場の修繕費と緋村剣心氏、相良左之助氏への治療費を支払うと言う事で、本日その費用をお持ちいたしました」

 

信女は制服の懐から政府から支払われた修繕費と剣心と左之助の治療費が入った封筒を取り出す。

 

「結構です!!お引き取りください!!」

 

薫は政府からの施しを速攻で蹴った。

 

「ですが、受け取ってくれなければ、私が困る。横領されたと思われるので、この受領書に署名をしてもらえないと帰れない」

 

「政府からの施しなんかいりません!!帰って下さい!!」

 

薫が政府を嫌うのも無理もない。

明治政府は過去の自分達の汚点を剣心に押し付けようとしているのだから。

そんな政府からの施しなんて真っ平御免だった。

薫は一方的に興奮しているが、信女は至って冷静だった。

 

「どうした?薫。門前で騒いだりして、近所迷惑だろう」

 

「何かあったでござるか?薫殿」

 

薫の大声を聞いて弥彦と剣心が門前にやって来た。

剣心は門前に居る信女を見て、声をかける。

 

「信女」

 

剣心は信女の姿を見てふわりと微笑む。

 

「どうも~緋村」

 

信女は普段通りの口調で剣心に声をかける。

 

「それで、どうしたでござるか?薫殿。大声をあげたりして‥‥」

 

剣心は興奮している様子の薫に何があったのかを尋ねる。

信女は思った事をズバズバと口にする為、気性が激しい人や短気な性格の人を怒らせやすい所がある。

薫はどちらかと言うと気性が激しいタイプの人間なので、信女が何かを言って薫を怒らせたのではないかと思い、どんな経緯があったのかを聞くことにしたのだ。

 

「それが‥‥」

 

薫が剣心に今回、信女が来た目的を伝える。

 

「なんだよ、そんな事で喚いていたのか?」

 

弥彦が呆れる感じで薫に言う。

 

「そんな事って何よ!?」

 

弥彦の態度にムッと来たのか、薫が今度は弥彦に噛みつく。

 

「剣心をまた人斬りに戻そうとしている政府からの施しなのよ!!弥彦は何とも思わないの!?」

 

「でもよぉ~剣心や左之助の治療費を払った上に道場の修繕費までくれるんだろう?良いじゃねぇか。タダで道場が直る訳なんだからよぉ」

 

「コレだからアンタはまだまだお子様なのよ」

 

「なに!?」

 

薫のお子様発言にちょっとムッとした表情になる弥彦。

 

「いい、コレは修繕費とか言って政府の連中が、剣心に断る事が出来ないようにする汚い策の一つなのよ!!『あの時、金を渡して受け取ったのだから、京都に行け!!行かぬと言うのであれば、あの時の金をそっくり返してもらおうか?』って感じの!!」

 

「マジかよ!?」

 

「そうに決まっているじゃない!!剣心に過去の尻拭いをさせようとしている連中からのお金なのよ!!」

 

薫の説明に弥彦は薫の言っている事を信じた様子。

 

「だったら、そんな金受け取れるか!!」

 

薫の話を真に受け、弥彦も信女の事を睨む。

 

しかし、

 

「いや、それはないだろう」

 

剣心だけは反対意見を述べた。

 

「「剣心?」」

 

「大久保さんはあの時、ちゃんと『返事を待つ』と言っていた。それに大久保さんがその様な事を言うのであれば、斎藤かお主が斬っているだろう?」

 

剣心が信女に尋ねる。

 

「そうね、概ね間違ってはいないわ」

 

「だから、受け取っても大丈夫でござるよ。薫殿」

 

「でも‥‥」

 

剣心に言われてもなんか納得のできない薫。

すると、

 

「そうよね、折角のお金なんだし。貰えるのなら、やっぱり貰おうかしら?」

 

あれだけ受け取らないと言っていた薫が突然お金を受け取る意向を示した。

 

「なんでぇやっぱり、薫も何だかんだ言っても欲しかったんじゃねぇか」

 

弥彦がジト目で薫を見る。

 

「えっ?ちょっと、今のは‥‥」

 

薫が慌てた様子で何かを言うおうとしたら、

 

「当たり前じゃない。世の中はお金が全てよ。緋村、貴方も家事だけじゃなくて、日雇いの仕事でいいから少しは働いて家にお金を入れなさいよね」

 

「薫、お前そんな風に思っていたのか?それでよく活人剣なんて言っていられるな」

 

普段の薫らしからぬ発言に弥彦は完全に薫に軽蔑の視線を送っている。

 

「だ、だから今のは、私じゃあ‥‥」

 

言ってもいない筈の言葉に薫はオロオロと狼狽えている。

 

「悪ふざけは其処までにしておくでござるよ、信女」

 

剣心が信女に先程の薫らしからぬ発言は信女がしたのだと指摘する。

 

「あっ、バレた?」

 

「薫殿はその様な俗っぽいことは口走らんし、何よりも薫殿は拙者の事を『緋村』ではなく、『剣心』と呼ぶでござるよ」

 

「そう言えば、そうだったわね。うっかりしていたわ」

 

「えっ?今の薫の声、ソイツが出していたのか!?」

 

剣心と信女のやりとりを見て、先程の薫の声を信女が出したのかと尋ねる弥彦。

 

「そうでござるよ。信女は声帯模写が出来るでござる。そのせいで、昔、拙者がどれだけ師匠にド突かれた事か‥‥」

 

剣心が昔の事を思い出して少し落ち込んだ。

 

「まぁ、元気を出して、緋村。昔のことよりも今が大事よ」

 

「張本人のお主がそれを言うでござるか?」

 

「‥‥」

 

「そもそもお主はよく拙者の食べ物もとっておったでござる。」

 

「そんな事もあったけ?」

 

「師匠が何の気まぐれか、1度菓子を買ってきた時もそうでござった。」

 

「あれは貴方が『明日は槍でも降るんじゃないのか?』何て警戒していたから、仕方なく私が全部食べてあげたの。」

 

「‥その割には喜んで横から奪っておった気がするが?」

 

「...はぁ~緋村しつこい、貴方は姑?普段やっている事があれだから中身もそうなったの?」

 

「話を逸らすでない。」

 

剣心と和気藹々と話している信女を見て、薫は複雑そうな顔をする。

 

(この人は私の知らない剣心を知っている‥‥)

 

自分の知らない剣心を知っている信女にちょっと嫉妬心を抱いた薫だった。

 

「はい、これお土産」

 

信女は剣心に紙袋を手渡す。

 

「おろ?何でござるか?」

 

剣心は紙袋の中身を見て首を傾げる。

 

「ドーナツよ。知らないの?」

 

「西洋の菓子の事はさっぱりでござる。」

 

「時代遅れね。一応、沢山作って来たから、あの人達のもある筈よ。」

 

「.....信女、お主はそれだけの為にここに来たのか?他の用があるでござろう」

 

「ええ‥緋村は今回の件、どう思っているかについて聞いておこうと思って」

 

剣心は信女の質問に体をピクっと動かす。

薫も弥彦もそれを聞いて体を強張らせる。

 

「薫殿」

 

「えっ?なに?剣心」

 

剣心から声をかけられて、ハッと我にかえる薫。

 

「すまぬが、信女と少々話しがしたいのでござるが‥‥」

 

「えっ、えぇ‥‥いいわよ」

 

「かたじけない」

 

剣心は信女を神谷家の中にある自分の部屋へと招く。

神谷家の中にある剣心の部屋にて剣心と信女は互いに向き合って座っている。

両者の真ん中には先程、信女が作って持って来たドーナツとお茶が入った湯呑み茶碗が静かに湯気を立てている。

 

「それで、緋村‥貴方はどうするつもり?京都へ行くの?」

 

「まだ保留でござる。」

 

ズズっと茶を飲む剣心。

だが、それとは裏腹に信女は、

 

「そんな流悠長な事は言ってらんないわよ」

 

「それはどう言う意味でござるか?」

 

「志々雄の計画は多くの人の命が奪われる。まぁ、維新志士達の自業自得何だけど、川路達の言う事も最もよ‥今、日本で内乱が起これば、それに付け込んで諸外国は日本の内政に介入し、そのまま日本を植民地にするつもりよ」

 

と信女も湯呑み茶碗に手を伸ばし、茶を飲む。

 

「諸外国の力を借りれば、志々雄を倒す事はできるかもしれない。でも、その後に待つのは志々雄ではなく、外国人による植民地政策‥この国の飼い主が志々雄か外国人になるかの違いよ‥‥だからこそ、政府は内密に事を進めようとしている。まぁ、私は政府の連中は好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いな部類に入るけど、志々雄や外国人よりは幾分マシね」

 

「確かに、大陸の清国を見れば、列強諸国がこの国も狙う事は容易に考えられる」

 

「‥‥緋村、志々雄の件‥もし迷っているなら、断りなさい」

 

「‥‥」

 

「迷っている人やしょうがなく依頼を受けたなんて、嫌々気分で受けられても足手纏いだし、迷惑だから」

 

「‥‥」

 

信女の辛辣な言葉が剣心に突き刺さるが、剣心はこれは信女なりに自分の事を心配してくれている厚意だと分かっていた。

 

「緋村が来なくても、私や斎藤が頑張ればいいだけの話だし‥‥貴方には今の貴方の生活がある‥‥過去に維新志士達が行った尻拭いを警官でも軍人でもない貴方がやる事はないわ」

 

「‥‥」

 

その頃、剣心と信女が話している部屋の外では‥‥

 

「剣心の奴何話しているんだ?」

 

「ちょ、弥彦、押さないで」

 

「嬢ちゃん、うるせぇぞ、あいつらに気づかれちまうだろうが」

 

「お前の方がよっぽどうるせぇよ、左之助」

 

と、少し開けた障子戸を3人で覗き込む薫、弥彦、左之助。

3人は剣心と信女に気づかれていないと思っているが、剣心も信女もとうに気づいていた。

害はなさそうなので、放置しているだけだ。

 

「てか、あんたいつこっちに来たの?」

 

薫がいつの間にか神谷家に来ていた左之助に聞く。

 

「べらぼう、昼時になれば来るに決まってんだろう、それで何やら面白そうな事してんだ、首突っ込まずにいられるかい」

 

「昼にここ来るあんたの考えがわからないわよ。いつもいつもタダ飯食らいに来て‥‥」

 

呆れた表情と呆れた声で薫が言う。

 

場面は部屋の中に戻る。

 

「‥‥はぁ~、外が騒がしいから今日の所は帰るわね」

 

と信女が立ち上がり、帰る支度をする。

 

「そうでござるか、もうそろそろ昼時だから、食べてゆけばいいでござろう」

 

「う~ん‥今回は遠慮しとく」

 

「そうか、ではまた」

 

「えぇ」

 

と信女は受領書に署名を貰い帰っていった。

 

「さて昼の用意をするか」

 

剣心も昼ごはんの用意に入った。

そして、この日の昼食後、信女が作って来たドーナツは神谷家の皆には好評で、最後の1つを巡って薫、弥彦、左之助の間で壮絶な争奪戦が行われた事を信女は知らない。

また剣心もこのドーナツが信女の手作りだとは知らなかった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第38幕 決断

更新です。


 

 

 

剣心が大久保との約束の返答期限となった5月14日がやって来た。

神谷道場の面々はやはり、剣心を京都へ向かわせるのは反対であり、剣心自身も志々雄を抹殺する‥つまり、不殺さずを破る事になる‥それは理解していた‥しかし、志々雄をこのまま放置すれば、この国に住む大勢の人々に厄災を齎す。

それに志々雄との戦いには信女も参戦すると言う。

信女の剣の腕はもしかしたら今の自分よりも上‥志々雄相手にそう簡単に負けるとは思えないが、世の中には絶対などと言うモノはない。

それに人斬り抜刀斎を後継した腕の持ち主である志々雄真実も一筋縄ではいかないだろう。

それ故に苦戦は必至‥‥。

自分の愛する人の為、この国住む大勢の人々の為、自分もやはり戦うべきなのではないだろうか?

剣心の心は未だに揺れていた。

そんな中、恵は首輪と痺れ薬を用意して剣心を拘束しようとしていたが、とりあえず。剣心は大久保の下へと向かうことにした。

 

その頃、東京のとある蕎麦屋では‥‥

 

「ふぇくしょ、えくしょ、ふくしょ、えくしょ!!」

 

盛大なくしゃみをした人物がおり、口から食べかけの蕎麦を飛ばしている。

 

「‥‥」

 

「嫌だ、藤田さんったら、佐々木さん、大丈夫ですか?」

 

「あっ、失敬」

 

「‥‥」

 

店員の女が声をかけた。

斎藤は苦笑いで口々に詫びの言葉を言った。

 

「‥すみません、手拭いを貸してください」

 

「あっ、はい。すぐにお持ちします」

 

斎藤の向かい側の席に座っていた信女は斎藤のくしゃみを顔面にモロくらい、斎藤の唾、蕎麦の汁、麺の切れ端が顔についていた。

 

「ねぇ、斎藤‥時尾に何か言い残す言葉はある?」

 

席を立ち、刀の柄に手をやる信女。

 

「くしゃみは自然現象だ。そんな事に一々目くじらを立てるな。器が知れるぞ」

 

「他人の顔に唾や蕎麦をぶっかけておいて何その台詞」

 

斎藤の発言に顔を引きつらせる信女。

 

「手拭いです」

 

其処に店員の女が手拭いを持って来たので、信女は店員から手拭いを受け取り、顔を拭いた。

 

「そんな事よりもだ‥‥」

 

「そんな事って‥‥」

 

「抜刀斎はどう出ると思う?」

 

斎藤は店の柱にかかっていたカレンダーに目をやる。

 

(さりげなく、話を逸らした!!)

 

そう思いつつ、信女自身も剣心が大久保の依頼を受けるのか受けないのか気になった。

 

(まぁ、神谷道場の人達は必死に緋村を引き留めるでしょうけど、緋村はどうするのかしら?)

 

信女は席に着き、茶を啜った。

 

しっかし、緊迫した静寂は突如打ち破られた。

 

ガラッ

 

蕎麦屋のドアが開き、店内に息を切らせた警官が入って来ると、

 

「あっ、見つけました。藤田警部補!!佐々木警部試補!!た、大変です、すぐに署へお戻りください!!」

 

警官の様子から何かあったのだと思い、斎藤と信女は警察署へと戻った。

 

 

時系列は少し時間を巻き戻す・‥‥

明治11年5月14日、午前8時‥‥

大久保は、麹町区三年町裏霞ヶ関の自邸を出発した。

この日、大久保は明治天皇に謁見するため、2頭立ての馬車で赤坂仮皇居へ向かった。

 

(今日の会議は長引くな‥‥緋村の所に行くのは日が暮れてからか‥‥果たして緋村は動いてくれるだろうか?いや、何としてでも動いてもらわなければ‥‥)

 

大久保は馬車の中で剣心と交わした今日が期限の約束事について、不安を抱いていた。

 

「緋村が動かねば、この国は亡びる‥‥」

 

思わずこの国の未来を口にしたその時、

 

「心配性なんですね‥この国の行く末何て、無用な心配ですよ。今から死ぬ人にはね」

 

「っ!?」

 

馬車の車内には自分以外の人間の声がした。

大久保の視線の先には1人の青年が腰に短刀を帯びて馬車に乗っていた。

 

「なっ!?‥‥むぐっ!!」

 

突如馬車に乗り込んできた青年は大久保の口をふさぐと、

 

「志々雄さんからの伝言です」

 

自分が誰に頼まれてきたのかを大久保に語った。

 

「『緋村抜刀斎を刺客に差し向けようとはなかなか考えたモノだが、所詮は無駄な悪あがきこの国は俺が頂く』だそうです」

 

そう言って腰に帯びていた短刀を抜くと、大久保の額に突き刺した。

そして、青年は誰にも気づかれる事無く馬車を降りた。

やがて、馬車は、紀尾井町清水谷に差し掛かった時、馬車の前方から突如、刀を帯びた6人の男達が立ち塞がった。

 

「石川県士族、島田一郎!!」

 

「同じく、長連豪!!奸賊、大久保、覚悟!!」

 

男達は刀を振りかざし、大久保の馬車へと襲い掛かった。

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

男達は大久保が逃走できない様に馬車の馬と御者、中村太郎を刺殺した。

 

「よし、御者は殺った!!皆来い!!」

 

『おう!!』

 

「大久保出て来い!!」

 

島田が馬車のドアの取っ手を握りドアを開けると、

 

ドサッ

 

中からは既に死亡している大久保が落ちてきた。

 

「っ!?」

 

「し、死んでいる‥‥」

 

「俺達の前に誰が!?」

 

暗殺者達は戸惑いが隠せなかった。

大久保の屋敷からこの紀尾井坂に来るまでの30分間に大久保は何者かに殺され、馬車は大久保の死体を乗せたまま走っていた訳だ。

 

「ど、どうする?」

 

「既に政府と新聞社に斬奸状を送ってしまったぞ」

 

暗殺者達は既に大久保が殺されている事に狼狽する。

 

「どうもこうもない、大久保は俺達が殺したんだ」

 

「島田‥‥」

 

暗殺者の1人、島田は辺りを見回し、自分達以外の人がいないのを確認した後、

 

「目撃者はいない!!大久保は俺達が殺ったんだ!!」

 

そう言って大久保の遺体に刀を突き刺した。

 

「お、おう!!」

 

他の暗殺者達も島田に習い、大久保の遺体に刀を突き刺した。

 

 

「下がれ!!下がれ!!」

 

紀尾井坂には沢山の警官と野次馬が集まり騒然としていた。

その野次馬の中に今日、大久保に会いに行く途中だった剣心の姿があった。

 

「大久保さん‥‥」

 

筵の下に横たわる大久保の遺体を見て唖然とする剣心。

そんな剣心に、

 

「貴方も志々雄さんに歯向かわない方が良いですよ。あんな風になりたくなかったらね‥‥」

 

剣心の背後に若い男の声がして、剣心が振り向くと、野次馬の中から、去って行く1人の青年の後姿があった。

 

(志々雄‥真実‥‥)

 

 

大久保利通暗殺事件、後に日本史に残る「紀尾井坂の変」と呼ばれるこの事件は瞬く間に東京中を駆け巡った。

 

「号外!!号外!!内務卿暗殺!!大久保卿暗殺!!」

 

新聞社では号外が急いで刷られ、新聞配達人が号外をばら撒く。

 

警視庁にある川路の部屋には、川路、斎藤、信女、剣心が集まった。

 

ダンッ!!

 

「これが志々雄のやり方だ!!奴は暗殺の情報を事前に入手していたんだ‥この事件の表側の犯人が歴史上抹殺されるのは計算の内だ‥自分達は決して表に出ず一斉蜂起の時までに政府の力を徐々に排除していくつもりなのだ‥‥大久保卿‥‥」

 

机を叩き、志々雄ヘの怒りと、大久保の無念を思って涙する川路。

信女はそんな川路を無表情で見つめ、斎藤は壁に身を預けている。

 

「失礼します」

 

そこへ1人の男が川路の部屋に入って来た。

 

「福島県令の山吉殿…大久保卿と言葉を交した、最後の人だ…」

 

川路がこの男の事を信女達に説明した。

山吉は今朝、最後に見た大久保の様子を信女達に語った。

大久保曰く…国家の基礎を固めるには、30年の月日が必要であり最初の10年は創業の時期、そして次の10年は発展の時期、最後の10年は守成の時期だと山吉に語り、中でもこれからの10年、発展の時期は最も重要な時期であると捉え、自らが先頭にたってやりとげようとしていた。

そして30年かけて大久保が創ろうとしていた理想の日本。

それが、国民国家、ネイションステイト‥‥。

この国がネイションステイトになった時に漸く維新は完成されるのだと大久保は山吉に語ったと言う。

 

「国民国家、ネイションステイト‥‥江戸やこれまでの明治の様に 御上が全てを決めるのではなく、すべての国民が政治に参加し、国民が自分達の道を選んでいく国家‥‥」

 

「壮大すぎる理想だ」

 

信女と斎藤の言葉に、川路は肩を震わせ声を絞り出した。

 

「だが、信じるに足る理想だった…大久保卿さえ健在ならば…」

 

沈黙の中、山吉がおずおずと口を開いた。

 

「失礼ながら、いつもは寡黙な大久保卿が珍しく今朝は多弁でした‥今日は何か、日本の行く末に関わる大切な日だったのでしょうか?」

 

「‥‥」

 

山吉の言葉を聞き、剣心は大久保が真にこの国の事を思っていたのだと悟った。

そして、川路と山吉を部屋に残したまま、3人は警視庁の廊下を歩いていた。

 

 

「川路殿は随分、気を落としていたでござるな…」

 

「あいつはもともと、大久保卿にその才覚を見出された男だからな…」

 

「でも、大変なのは川路だけじゃないわ…」

 

信女は斎藤と剣心の2人の前に進み出て振り返った。

 

「これで維新三傑の最後にして、最大の指導者が失われて、政界には力不足の二流三流のカスばっかり‥‥これから確実に…日本の迷走が始まるわ。そして、その隙を志々雄は絶対に見逃さない」

 

信女の瞳には、困惑や憂いなどの迷いは一切無く、自身が己の中で定めた正義の色がハッキリと映っていた。

 

「信女‥それでお主は‥‥」

 

「私は予定通り、斎藤と一緒に京都へ行くわ」

 

「‥‥」

 

「‥緋村、もし京都へ行くのであれば、今日の夜までに返事を頂戴」

 

そう言い残し、信女は警視庁の廊下を歩きだし、斎藤も信女と共に歩き出す。2人の後姿を剣心はジッと見つめていた。

そして、その日の夜、斎藤と信女は剣心の下を訪れた。

 

「やっと 京都へ行く決心がついたか。神谷の娘に別れは言って来たか」

 

剣心はあの後、神谷道場へと戻り、京都へと旅立つことと、薫に別れを告げていた。

斎藤の発言に対して剣心は彼を睨みつけた。

 

「すまん 失言だった 。これからは志々雄一派と共に闘う同志なんだ。仲良くやろうぜ」

 

「共に闘う?」

 

斎藤の発言に怪訝そうな顔をする剣心。

 

「ああ 大久保暗殺の余波で川路の旦那に色々と雑用が増えちまってな、京都での現場指揮は俺が執る事になった…なんだそのものすごく嫌そうな顔は?」

 

「別に‥‥」

 

そんな剣心に斎藤は志々雄討伐についての事情を説明した。

 

「とにかくついて来い。今から横浜へ行けば朝一番の大阪行きの船に間に合う」

 

踵を返して、用意してある馬車へと向かおうとする斎藤。

そんな斎藤に対して、剣心は、

 

「いや、拙者は東海道を行く」

 

と、海路ではなく陸路で京都へ向かうと言う。

 

「なんだ、文無しか?船代ならちゃんと政府の方で出すぞ」

 

「そうよ、緋村。これは元々政府の連中が過去にしでかした汚点なんだから、資金ぐらい出してもらわないと割に合わないもの」

 

「そんなのではござらん」

 

斎藤と信女は剣心がお金の持ち合わせがないから、お金のかからない陸路で向かうと思った。

剣心はそんな2人の考えに対して心外だと言わんばかりの顔をして、理由を話す。

 

「大久保卿暗殺の件を見てのとおり志々雄一派は神出鬼没の連中だ。船でいきなり急襲してくる事も充分考えられる、逃げ場のない船上の闘いとなれば何も知らない人々を巻き込みかねん」

 

「…考え方は相変わらず"流浪人"か。平和ボケもたいがいにして早いうちに"人斬り"に戻った方が身のためだぞ。なんならもう一度 ここで闘っておくか?」

 

斎藤が刀の柄に手をかけると剣心も抜刀の構えを取った。

 

「止めなさい、2人共。今は時間が惜しいの、こんな所で無駄な時間をくっている暇はないわ」

 

信女の言葉に斎藤と剣心は渋々と言った様子で警戒を解いた。

 

「‥斎藤、お前との闘いにはいつでも応じてやる、だが拙者は これ以上抜刀斎に戻る気はない。この一件に誰1人 巻き込む気もない。そのために拙者は1人を選んだ」

 

(緋村、早速フラグを立てたわね‥‥)

 

剣心はこの件に誰も巻き込まないと言っているが、果たして彼の言う通りそう上手くいくだろうか?

そんな疑問が過ぎる信女。

 

「ふん、まぁいい、どの道を選ぼうが京都に着けば問題ない。常人なら10日前後の道のりだか、お前なら5日もあれば充分だろう?だが、志々雄は全国に蜘蛛の糸の様な情報収集の網を張っている。お前の行動は 全てお見通しのはず。忘れるな 志々雄との闘いは既に始まっている事をな‥‥」

 

「でしょうね、手駒の兵の数が多ければ、海路と陸路、両方に兵を配置しておけば、確実‥‥斎藤の言う通り、志々雄は緋村の思考も読んでいる筈‥‥それなら、私も緋村と一緒に陸路で京都へ行くわ。ちゃんと陸路で行けるように靴もブーツにしてあるし」

 

信女の言う通り、彼女は何時もの革靴ではなく、ブーツを履いていた。

 

「信女?」

 

「もし、大久保が暗殺されていなかったら、緋村は京都へ行かなかったかもしれない‥でも、彼が志々雄一派の手にかかって暗殺されたのなら、緋村はきっと、行くと思っていた‥それも陸路を使って‥‥だから、警官の私が一緒に付きあってあげる。緋村、未だに廃刀令違反ですもの」

 

信女が剣心の逆刃刀を見る。

 

「あっ‥‥」

 

信女の指摘に剣心も腰に帯びている逆刃刀を見る。

 

「警官の私と一緒に居れば、廃刀令違反で他の警官に追いかけられる心配はないわ」

 

「‥かたじけないでござる」

 

「それじゃあ、斎藤。京都で会いましょう」

 

「ああ、道中、抜刀斎のお守りを任せたぞ」

 

「お守って、心外でござるよ斎藤。拙者は子供ではござらん」

 

 

「了解。さっ、行くわよ。緋村」

 

「の、信女~おぬしまでもそう言うでござるか?」

 

信女は斎藤に敬礼した後、剣心の肩を一度、ポンと叩いた後、剣心と共に京都への旅路へとついた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第39幕 信頼

更新です。


 

 

 

 

 

「緋村、貴方は本当にこれで良かったの?」

 

東京から東海道への入り口にて信女は剣心に尋ねる。

 

「今ならまだ、引き返せるわよ」

 

信女の言う通り、今なら神谷道場に戻る事が出来る。

ただし、此処から一歩先に出ればもう引き返すことは許さない。

故に信女は剣心に本当の最終確認をしたのだ。

 

「信女‥‥お主は何か勘違いをしているでござるよ」

 

「勘違い?」

 

「京都へ行くのは拙者の意志でござる。決して明治政府から依頼された訳でも命令された訳ではござらん」

 

「緋村‥‥分かった。せいぜい足手纏いにならない様に私が背中を支えてあげるわ」

 

信女はそう言って東海道への一歩を踏み出し、剣心も後に続いた。

 

そして剣心が京都へと旅立ってから数日後‥‥

 

左之助は剣心が流浪人に戻り黙って京都へ行った事に腹を立てていた。

弥彦や左之助は大久保が暗殺された事で剣心は京都へ行く筈がないと予想していた為に剣心が京都へと旅立って行った知らせは左之助にとってまさに寝耳に水だった。

彼はかつて、剣心に『俺の許しなしに勝手に流浪れるなよ』と言っていた。

それを剣心は左之助に黙って京都へと向かってしまった。

剣心の行為は男と男の約束を破った裏切りに等しい行為だったのだ。

赤べこ屋で店内の物に八つ当たりをして、半ば妙から店を追い出される形で店から出て行くと、道端の火消し桶とかにも八つ当たりをしていた。

そんな左之助の姿に通行人はおろか、普段は善良な一般人に当たり屋をして、こずかい稼ぎをしている社会不適合者達も道の隅でガタガタと震えていた。

左之助は剣心の後を追い、京都へと向かう事にした。

京都へ行って剣心を一発殴らなければ、気が済まないと意気込んだ。

そこで、京都までの旅費を親友の月岡津南に借り、京都へ向かおうとした。

月岡家を出た時、左之助は弥彦とぶつかった。

 

「テメェ、どこぶつかっていやがる!?」

 

「うるせぇ!!テメェこそ、この大変な時にブラブラしてんじゃねぇ!!探したじゃねぇか!!そんなことより、薫がヤベェんだよ!!とても俺一人の手じゃ…?」

 

「弥彦、お前…尾行られたな。」

 

弥彦が言葉を切るのと、左之助が視線を動かしたのはほぼ同時だった。

左之助の視線の先には斎藤が立っていた。

 

「どこへ行く気だ?」

 

左之助と弥彦を鋭く睨みつける斎藤。

 

「京都に決まってんだろう。なんか文句あるか?」

 

「ああ、困るんだよ。お前等の様な、弱っちいのについて来られちゃな。相手の弱点をつくのは、戦術の基本中の基本。お前等が京都へ行けば、志々雄は必ず狙ってくる。だが、今の抜刀斎では、とてもお前等全員を守りきる事は出来ない…だから奴はお前らを置いて京都に旅立った。」

 

「なんだと!?」

 

斎藤はビシッと左之助を指さし、宣言するかのように言い放った。

 

「抜刀斎にとって、お前等の存在など…弱点以外の何でもないんだよ。」

 

斎藤の言葉にショックだったのか、左之助の手から荷物がスルリと落ちた。

 

「‥そうか、俺は剣心の弱点で守り切れないからアイツは‥‥」

 

「そういう事だ…俺がせっかく刃衛の真似をした猿芝居までうって、やっとそれをヤツに悟らせたというのに…お前等が京都へ行ったら全てがパアになる。お前等の出る幕じゃない…大人しくこの東京にいろ」

 

「そうはいかねぇ!!それを聞いて尚更、あいつをブン殴りたくなったぜ!!どけ、斎藤!!どかなきゃ力ずくでいくぞ!!」

 

「その言葉、そっくり返すぜ」

 

「うりゃぁぁぁ!!」

 

左之助の拳をかわした斎藤は、先日自分がつけた肩の傷を殴りつけると、左之助の身体をそのまま地面に打ち付け、その傷を靴の踵で踏み付けた。

 

「汚ェ!!汚ねぇぞ!!さっきから治りきってねェ肩の傷を…」

 

弥彦は斎藤の戦い方が卑怯だと言う。

 

「言ったろ…相手の弱点をつくのは戦術の基本中の基本。卑怯でもなんでもない。『正々堂々』なんて通用しない。これから京都で始まるのは、殺った者勝ちの『殺し合い』なんだ…お前等如き若僧の出る幕じゃない。大人しくここにいろ」

 

「嫌だね!!」

 

背中の竹刀の柄に手を掛ける弥彦と懐に忍んでいる炸裂弾を取り出そうとする津南。

 

「弥彦、克、お前らは手を出すな!!‥痛かねェ。全っ然痛かねェんだよこんな傷…こんな傷より…剣心に弱点扱いされた事の方が万倍痛えんだよ!!」

 

斎藤が振り返ると、左之助が立ち上がっていた。

そして再び斎藤に殴りかかった。左之助に殴られた斎藤は衝撃に飛ばされ、壁に激突する。

 

「どけ斎藤!!俺は京都へ行く!!京都で俺がヤツの力になれるって事を…この拳で証明してやるぜ!!」

 

左之助の言葉に、弥彦と津南は明るい笑顔を見せた。

 

「『拳で証明してみせる』…だと?」

 

「おうよ!!」

 

「ふっ、よく言うぜ、この前は俺にぼろ負けした癖して」

 

「なに!!」

 

斎藤の言葉にカチンときた左之助。

 

「挑発に乗るんじゃねぇよ!!」

 

弥彦が左之助に冷静になれと注意を入れる。

すると、斎藤はおもむろに腰に帯びていた日本刀を外し、

 

「相手が刀だから勝てませんでした…なんて言い訳は御免だからな。今回はお前に合わせてやる…拳の勝負だ。」

 

斎藤は左之助の戦意を完全に削ぐため、左之助の提案に乗った。

弥彦からは油断したら蹴りが飛んでくるぞ!!と言われたが、斎藤はホントに拳のみで左之助の相手をした。

 

左之助の突進からの渾身の一撃が斎藤を襲う。

斎藤曰くバカの一つ覚えかと思われたが、そこから繰り出された拳の乱れ打ち。

弥彦と津南は、今度は左之助に軍配が上がるかもしれないと思った。

左之助が斎藤と戦い、そして剣心との戦いを見て、彼なりに研究した斎藤の攻撃を、後の先をとる返し技と考え、返す隙を与えない為の攻撃だった。

そして、最後に大きな一発を斎藤に与えた。

しかし、

 

「フン…俺の拳は後の先の返しだと?笑わせるな…」

 

斎藤は左之助の拳の乱れ打ちを全てガードしていた。

左之助が呆気に取られた瞬間、今度は斎藤の強烈な乱れ打ちが左之助を襲った。

そして、顎への一撃を受け、左之助は倒れた。

 

「わかったか?お前は、俺や抜刀斎、そして信女にさえ、実力も経験も、ありとあらゆる面で遠く及ばない。俺達からすれば、お前など…口うるさいだけのヒヨッコに過ぎん。」

 

斎藤は冷たい目で左之助を見下ろしていた。

 

「うるせぇ‥‥」

 

左之助は斎藤を睨みつけるとゆっくり立ち上がった。

 

(まだ、動けるのか?)

 

斎藤も左之助のしぶとさには内心驚いた。

 

「だからなんでぇ!!!俺は京都へ行く。誰がなんと言おうとな!!うっ‥‥」

 

立った途端にガクリと左之助の身体が揺れた。

斎藤の最後の顎への一撃が足にきているようだ。

 

「お前は…京都へは行けん。」

 

斎藤は左之助に止めを刺すべく、刀を持たないが、牙突の構えをとる。

 

「あれは!!‥‥よけろ!!左之助!!そいつをくらったらマジでヤバい!!」

 

「無理だな、顎への一撃が足にきて、立っているのがやっとだ‥‥どんなにいきがろうが、あがこうが…お前はただのヒヨッコに…過ぎん!!」

 

斎藤の拳が左之助の顔面に入ったが、

 

ミシッ‥‥

 

「なっ!?」

 

左之助は両手で斎藤の手首を挟み込んだ。

 

 

「どうでェ。ヒヨッコにだって、てめえの腕を潰すくらいは出来るんだぜ。ちったぁ驚いたか?」

 

「貴様…」

 

「てめえも剣心も最初から今の強さだったわけじゃねェだろう?ヒヨッコだからって甘く見るんじゃねぇぞ」

 

「ふん」

 

斎藤は右の拳で左之助の頬を殴りつけると、くるりと背を向けた。

 

 

「止めだ。何を言ってもやっても、一向にわからんバカをこれ以上相手にするのは、時間と労力の無駄だ。京都に行きたくば勝手に行け。そしてさっさと殺されてこい…」

 

「なに!?」

 

「天性の打たれ強さに自惚れて、防御のいろはも知らない奴は…どの道長生きできん」

 

そう言い残し、斎藤は去って行った。

斎藤が去り、津南が手当てをしてやると申し出た。

左之助が上着に手を掛けた時、

 

(あのヤロウ‥‥)

 

左之助は去って行く斎藤の後姿を睨む。

何故ならば、あれだけ左之助に拳を打ち込んでいながら、最初の肩の傷には一撃も入れていなかった。

斎藤は本当に左之助に会わせて拳の戦いをしていたのだ。

左之助は今の自分と斎藤や剣心との間に確かに高い差を感じたが、京都につくまでの途中でその差を少しでも埋めてやると意気込んで京都へと向かった。

そして、左之助の他にも密かに京都へと向かった人物がいた。

観柳邸にて仲間を失い、そして剣心に敗北した元御庭番衆御頭、四乃森蒼紫その人だった。

彼は剣心との戦いの後、仲間の亡骸を葬った後、樹海で修業した後、新たな戦闘スタイルを身に着け、剣心が居るとされる神谷道場へと出向いたが、剣心は既に京都へと旅立った後だった。

薫も恵と弥彦に促され、剣心の旅立った京都へと向かった。

家人が留守の間、恵が神谷道場の留守を預かる事となり、恵はその際、四乃森と鉢合わせをしてしまった。

その時、斎藤が四乃森に剣心の行き先と剣心が抱えている現状を説明した。

しかし、四乃森は志々雄には興味を示さず、神谷道場を後にした。

神谷道場を後にした四乃森は修行場だった樹海へと戻った。

だが、その時四乃森が見たのは仲間たちの墓前で宴会をやっている志々雄の部下、阿武隈四入道の姿だった。

彼らは仲間の墓石を椅子代わりにし、墓前を酒瓶や徳利、弁当のゴミや食い残しで汚していた。

その光景にちょっとキレた四乃森。

そして四入道の話を聞き、「志々雄が自分に会いたがっているので来い」との事だったが、四乃森はその誘いを断った。

逆上した四入道を返り討ちにした四乃森に大久保を暗殺した青年、瀬田宗次郎が四乃森を煽り、彼もまた京都へと向かったのだった。

 

 

さて、東海道の陸路にて京都へと向かった剣心と信女はと言うと‥‥

行きかう一般人が剣心の逆刃刀を見てひそひそと話している。

その殆どが廃刀令違反だと、剣心を批判する様な言葉ばかりだった。

また、近くの村の駐在が剣心を逮捕しようとやって来たが、信女が政府に言って発行させた剣心の帯刀許可書を見せると、渋々戻って行った。

 

「信女、何時の間にその様なモノを?」

 

「大久保が剣心の所に来た次の日よ」

 

「それなら、どうしてあの時渡してくれなかったのでござるか?」

 

剣心は信女が神谷道場に来た時、渡してくれればよかったのにと思い、信女に確認する。

 

「‥‥もし、渡していたら、緋村は私と一緒に京都へ行ってくれた?」

 

「えっ?」

 

今回、剣心が信女と京都へと一緒に向かったのは、信女が警官であり、警官の信女と一緒に居れば、他の警官から廃刀令違反として追いかけられないと言う理由から剣心は信女と共に京都へと向かった。

だが、剣心が帯刀許可書を持参していたら、京都までの旅路に信女を同行させただろうか?

いや、恐らくさせなかっただろう。

志々雄との一件で自分と行動を共にすれば、志々雄一派との争いに信女を巻き込んでしまうからだ。

本当ならば、この京都への旅路だって信女と共に行くのはちょっと気が引けたが、廃刀令違反で警官に追いかけられては時間の無駄であり、自分を追いかける警官を志々雄一派との争いに巻き込んでしまう可能性もあったので、それに比べたら、腕の立つ信女と一緒に旅をすれば、被害を最小限にできると考えたのだ。

 

「そ、それは‥‥」

 

剣心は自分の考えを信女に伝えるのを迷った。

 

「‥‥まぁ、緋村の考える事はお見通しよ。だから、帯刀許可書(コレ)は渡さなかったの」

 

「‥‥」

 

「ねぇ、緋村?私ってそんなに頼りない?それとも女だから、背中を任せられないの?答えて!!」

 

信女はちょっときつめの口調で剣心に尋ねる。

 

「私は緋村の事を思ってこれまで行動してきた‥ねぇ、貴方はどうなの?」

 

「別に‥‥」

 

剣心の答えに信女は驚きそして怒るだが剣心の言葉には続きがあった。

 

「拙者がこれまで剣を振るってきたのは弱い人の為でござる。いつも人の思いを背中に背負いそして前を見続けた。どんな者でも拙者は『守る』だけでござるよ。」

 

「それって結局、私が弱いって言いたいの?」

 

信女が不機嫌そうに剣心を睨む。

 

「いいや、お主は強いでも、強かろうが弱かろうが『守りたい』事に代わりはない。」

 

慌てた様子で剣心は何とか信女の機嫌を取ろうとする。

 

「そう」

 

信女の怒りはどこかに消えた。

 

「わかってくれたか」

 

「わかるわけないじゃない、貴方は私よりも下、どちらかと言うと私が貴方を守っている気がする.....でも一つだけ納得はした。貴方がとてつもない馬鹿だと言うことに」

 

かと、思ったらそうでもなかった。

 

「お、おろ~!?」

 

「ほら、さっさと歩く!!今日中に小田原辺りまでは行かないと5日以内に京都には間に合わないわよ!!」

 

信女は剣心の背中を蹴り、剣心を追い抜くと、早歩きでせかせかと歩いていった。

 

「ま、待つでござるよ~!!信女~!!」

 

剣心は慌てて信女を追いかけていく。

2人の京までの道のりはまだまだ続く‥‥。

 

 

 




すいません。昨日更新できなくてこの頃平日より休日の方が忙しく感じるぐらい.....すいませんでした。

でらまた次回。


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第40幕 追い剥ぎ

こっちも久々の更新です。


 

 

 

剣心と信女は小田原へと着いていた。

しかし、京都までの旅を急ぐ2人は小田原の宿でのんびり一泊なんてする余裕はなかった。

このまま歩けば箱根の山で野宿となるだろう。

だが、今は時間が惜しい。

箱根の山で野宿して日の出と共に京都へと向かう予定だ。

小田原の宿場町につく少し前、剣心は信女に宿場町に着いたら、自分よりも2,3歩離れて歩くように言った。

信女は一応、理由を尋ねた。

剣心が自分を撒くためにそんな事を言ったのではないかと思って‥‥

すると、剣心は、

 

「信女に恥をかかせないようにするためでござる」

 

と言った。

信女は剣心の言葉に意味が分からず、首を傾げたが、とりあえず、剣心が自分を撒こうと考えている訳ではなさそうなので、剣心の言葉に従って宿場町では剣心の2,3歩後ろを歩いた。

 

「お泊りは当宿 おだやで!おだや 安いですよ、おだや!」

 

呼び込みの女が声を張り上げる中、剣心の姿を目に留め声を掛けてくる。

 

「そこ行く剣客さん!どうです?」

 

流石は宿場町、どの旅館もお客をとろうと必死に呼び込みをかけている。

それは明治の世に腰に刀を帯びている者も例外ではない様だ。

反対に警官の制服を着ている信女には声をかけて来ない。

警官なので、警察署に行くのだろうと思っているのか?

それともぼったくりでもしており、ソレを摘発されるのを恐れているのか?

 

「いや、拙者は先を急ぐから」

 

と、剣心が笑顔ながら困った様に手を振りやんわりと断りを入れる。

 

「先を急ぐってもう夕暮れだよ。今からじゃ箱根の山ん中で夜になっちゃうよ」

 

(流石は宿場町となると刀持ちも珍しくなくなるか‥‥しかし、ヘタに宿泊りをすれば、宿の人間や宿泊客に迷惑をかけかねん。出来るだけ人との接触を避けねば‥‥それに今は時間が惜しい)

 

剣心としては宿の人間に気を使っての事だが、当然それを知らない宿の人間から返ってきたのは、

 

「なんだい文無しかい」

 

と、東京で斎藤や信女に言われた言葉と同じ言葉だった。

舌打ち付きの答えに思わずこけた剣心。

覚悟していたとはいえ、往来で堂々と言われるとやっぱりちょっとショックである。

 

「そこいく剣客さん!!」

 

別の宿の人間が剣心を呼び止めるが、

 

「あぁ~みっちゃん、ダメダメ、それ、文無し」

 

「なぁんだ~」

 

他の宿の人間も文無しには用は無いと剣心に呼び込みをしなくなった。

信女はそれを見て、剣心の先程の言葉を理解しつつ指を差して笑っていた。

 

 

「さてと、野宿は久しぶりでござるな…」

 

「そうね、私は箱館から多摩に戻る時が最後ね‥‥」

 

山中まで来ると、周りの小枝を拾い焚火をし 剣心は木の根元に腰を降ろした。

そして信女は剣心の向かいに座り、焚火をジッと見つめた。

 

「‥‥」

 

「緋村」

 

「おろ?なんでござるか?信女」

 

「‥もしかして、東京に残してきた人の事を思っているの?」

 

「‥‥」

 

「‥女々しいわよ、緋村。そんなに気になるなら、最初からこの依頼を受けなければよかったのよ」

 

「うっ‥‥」

 

「そんなに東京に残して来た人の事が心配なら、1日でも早く志々雄を倒す事に集中しなさい。他の事に気を逸らしていると、緋村‥‥貴方、死ぬわよ‥‥」

 

信女の赤い無機質な瞳が剣心を貫く。

 

「‥そうでござるな」

 

ガサっ

 

その時、近くから音がして咄嗟に剣心と信女は刀を構える。

聞こえてくるのは女の声と複数の男の声が聞こえてきた。

 

「志々雄一派ではないな…」

 

「そうみたいね」

 

「山賊か追い剥ぎの類か、人との接触はなるべく避けるべきだが‥‥」

 

「そうも言ってられないみたいね」

 

剣心は声がした方へと向かって行く。

 

「ちょっ、緋村!!火の後始末!!‥‥ったく」

 

剣心は焚火をそのままにして行ってしまった。

信女は砂をかき集め、焚火にかけて、火を完全に沈下してから剣心の後を追った。

そして剣心に追いつくと、眼前では15、6歳の短パンの様な履き物に奇抜な衣装を着た女子が数人の男相手に戦っていたが、全員を倒すと男達が持っていたお金を奪っていた。

 

(何あの子、コスプレイヤー?)

 

あまりの奇抜すぎる衣装に信女はちょっと引く。

 

「こりゃ驚いた、追い剥ぎには違いないが 思っていたのとは逆で女の追い剥ぎでござるか!」

 

剣心が声を上げると、剣心の声にビクッと驚いた追剥少女が振り返る。

 

「誰よ?あんた達?女が追い剥ぎしちゃいけないっていうの?」

 

「いやいやいや、追い剥ぎ自体ダメだから。って言うか、緋村、貴方、ちゃんと火の始末ぐらいはしなさいよ。山火事になったらどうするつもりなの?」

 

「あっ、すまぬ」

 

「ちょっと!!あたしを無視するな!!」

 

「「ん?」」

 

「あら、まだ居たの?」

 

「ムカッ、あんた達 このあたしを無視するなんていい度胸じゃない。面白い、あんた達からも‥‥と、思ったけどなんか 緋い髪の方は貧乏っぽいわ…ひょっとして文無し?」

 

追剝少女からも哀れな視線を向けられる剣心。

 

「ったく、どいつもこいつも」

 

大勢の人から文無し扱いされて少しいじける剣心。

 

「それにしても貴女、警官の前で堂々と追剥予告をするなんていい度胸」

 

「はぁ?警官?女のアンタが?」

 

追剝少女は信女を見て、信じられないと言う顔をする。

 

「なに口から出まかせ言っているのよ、女の警官だなんて聞いたこともない」

 

どうやら、信女は警官だと知れ渡っているのは剣心達が住んでいるあの町ぐらいの様だ。

一応、信女は今、警官の制服を着用しているのだが、この追剝少女は信女の衣装を警官のモノマネだと思っている様子。

 

「それじゃあ腰に帯びている その日本刀。お金の代わりに剥いであげる!」

 

「はぁ?」

 

「おろろ?刀?」

 

「ええ この廃刀令下の御時勢にわざわざ腰に帯びているからには結構 値の張る刀なんで、しょッ!?」

 

「っと」

 

言葉尻と共に襲い掛かって来た追剝少女を避けるが、振り向き様に当て身を喰らう信女。

男の剣心よりも女の信女の方が倒しやすいと思ったのだろう。

 

「どうだ!」

 

「いや、『どうだ』って言われても‥‥」

 

得意気な追剝少女を見て信女は溜息を吐き、哀れんだ目で追剝少女を見る。

 

「貴女の様な軽量での当て身は威力が低いから当たっても痛くも痒くもないのだけれど?」

 

と言いながら、追剝少女から取り上げたお金の袋を持ち上げる。

 

「あー!!返せ!それはあたしのだ!!くらえ!"貫殺飛苦無"!!」

 

自分が奪ったお金を奪われた事に気付きそれに怒った追剝少女が どこから取り出したのか苦無を構え信女に向かって投げつけた。

信女は刀の柄に手をやって苦無を叩き落とした後、この追剝少女も斬ってやろうかと思った中、剣心が信女の前に立ち、地面に落ちていた外套で自身と信女を守る様に咄嗟に翻す。

 

「あーーーーッ!!あたしの外套ォ!!」

 

「あっ、すまぬ、つい‥‥」

 

剣心の手には苦無が刺さり、ボロボロになった外套があった。

 

「返せーあたしの外套とお金!!」

 

剣心の胸倉を掴んで更に怒る追剝少女に信女は完全に呆れ返って、もうこの追剝少女を斬る事さえ、馬鹿馬鹿しく思った。

 

「はぁ~だいたい、貴女がそんなモノ投げるから悪いんでしょう?外套がボロボロになったのは自業自得! それにお金は違うでしょう?」

 

「あたしが手に入れたんだからあたしのもんだ!!」

 

「じゃあ、今は私が手に入れたから、私のモノ」

 

「ぐぬぬぬ‥‥ああ言えばこう言いやがって」

 

信女との舌戦に不利なのか追剝少女が信女に敵意剥き出しで睨みつける。

 

(まるで躾のなっていない犬ね)

 

追剝少女は唸りながら信女を見るが、信女はあくまで冷静な表情。

 

(先程はギリギリ間にあったでござるな‥あのままだと信女はこの女子を斬っているところだったでござる‥‥)

 

一方、剣心は自分が間に合い、信女は人を斬らずに済んだことにホッとしていた。

 

「とりあえず、信女‥‥」

 

「分かっている。このお金を元の持ち主の所へ返すんでしょう?」

 

「ああ」

 

お金の入った袋を調べると、其処には店の名前が入っていた。

 

「うわぁ、折角ここまで来たのに戻るわけ?めんどい」

 

「そう言う訳にもいくまい」

 

「はぁ~しょうがないわね」

 

信女は面倒そうに踵を返して歩きはじめる。

 

「これからはもう 追い剥ぎなど 止すでござるよ」

 

「あ!ちょっと待て だから それはあたしのだって!」

 

結局振り出しに戻った遣り取りに剣心も呆れて踵を返した。

これから自分達はお金を返す役割があるので、これ以上この厄介な追剝少女と付き合いきれなかった。

 

「待てコラァ!!」

 

着いてくる追剝少女の後ろから先程倒された男達の内、1人が去って行く追剝少女を見ていた事は信女しか気付かなかった。

 

 

追剝少女から奪ったお金を返す為、また小田原に戻ってきた剣心と信女。

2人はお金の袋に書かれていた店に到着し、聞き耳をたてる。

「小田原宿 両替屋 田村屋、ここでござるな。どうやら盗みがあった事自体 まだ気づいてない様でござるな、返って好都合か」

 

聞き耳を立てると、店の中は静まり返っており、先程泥棒が入った事を知らない様子。

 

「はぁ~結局小田原まで逆戻り‥‥今日は貫徹ね」

 

信女は、今日は貫徹になる事にやれやれと言った様子。

 

「それじゃあ、さっさと返すでござる」

 

「はいはい」

 

剣心と信女はお金が盗まれた店の外壁の瓦へと飛び乗った。

 

「へえ 結構やるじゃない、あ わかった、実はあんた達も盗賊なんでしょ?」

 

どうしたら そこまで突飛な発想が出てくるのか?

それに信女は一応警官の制服を着ている。

追剝少女は信じていない様子だが、信女はれっきとした警官である。

追剝少女の破天荒な思考に信女は額に手をやり、剣心も呆れきっている。

 

「緋村‥‥」

 

「なんでござるか?」

 

「あの子、なんで付いて着ているの?」

 

「信女が持っているお金がどうしても諦めきれない様でござる」

 

「‥‥めんどいし、斬っていい?どうせ、追剝していたんだし」

 

「止めるでござる」

 

外壁の上で剣心と信女がこのようなやりとりをしていると、

 

「でもそのくらい あたしだって、ヤッ!!どう?」

 

追剝少女も外壁の上に飛び乗って来た。

そして、追剝少女が得意気に剣心と信女を見ると剣心は驚いたのか僅かに目を見開いた。

 

(先程の拳法めいた動きといい飛苦無といい…この娘ちょっと只者ではござらんな。いや恰好からして既に只者ではござらんか…)

 

追剝少女を観察していた剣心が 『年頃の娘が太もも出すなでござるよ…』とボソッと呟いたのが聞こえたので、信女は、剣心に拳骨を喰らわせ、

 

「緋村。貴方は、年頃の娘のどこを見ているの?」

 

と冷たい目で剣心に問う。

 

「い、いや‥拙者は‥‥それよりも早くお金を返すでござるよ」

 

剣心は必死に信女に小田原へ戻って来た要件を言う。

確かに剣心の言う事も最もであるので、信女はとりあえず、今はその怒りを引っ込めて、お金を返す事にした。

 

 

「これで良し」

 

泥棒が入ったと思われる蔵にお金の袋を置き、フッと息を吐く。

 

(まったく、とんだとばっちりだわ。緋村ったら早速フラグを回収したわね)

 

東京を出るときに今回の志々雄一派との一件に剣心は誰も巻き込まないと言うが、志々雄とは関係ない厄介事に巻き込まれた。

 

「これで良し!」

 

「ん?」

 

剣心と信女が振り返ると泥棒スタイルでお金を担ぐ追剝少女に剣心は転け、信女は呆れる。

しかも手に持っているのは最初に追剝をした量よりも多い。

 

「何考えているでござる、お主はもう!ほら 用が済んだらさっさと出る!」

 

「やっぱり斬る?」

 

信女は刀の柄に手をやる。

 

「信女も止すでござる」

 

「だってお金がないと京都に帰れないじゃない!」

 

「「京都?」」

 

追剝少女のその言葉に剣心と信女は思わず目を見合わせた。

 

お金が盗まれた両替屋を出て剣心、信女、そして追剝少女は町外れの橋を渡っていた。

その間、剣心は追剝少女に何故、追剝をしたのか、事情を尋ねる。

 

「つまりお主は京都に家があって‥‥」

 

「そ!それで 東京までの旅の帰りにお金がなくなっちゃったから追い剥ぎしていた訳、なのにあんた達が邪魔したから!」

 

「計画性のない子ね」

 

「なに~」

 

信女の一言を聞き、信女に噛みつこうとする追剝少女。

 

「まぁまぁ」

 

そこを剣心が仲裁に入る。

 

「それにしても娘1人で東京まで なんでまた」

 

剣心は追剝少女に何故1人で東京へ行ったのかを尋ねる。

 

「ちょっとね 、人を探しているんだ。私ね、生まれてずっと天涯孤独の身だったの。だけどね、育ててくれた人が居たんだ。もうずっと昔‥幕末の頃‥‥」

 

「その人を探しているでござるか?」

 

「そう、その人とその仲間。みんなで一緒に全国を旅していたんだけど、ある時、私1人だけ京都の老爺に預けられたの。でも やっぱりどうしても会いたくて、その人達の噂を聞きつけるたび 家を飛び出して探しているんだ。ところが毎回カラ振り!今度も会えなかった」

 

「まあ 事情は大体 飲み込めたでござるが、ええっと‥‥」

 

剣士は此処で追剝少女の名前を知らない事に気づく。

 

「ああ 名前?操だよ。巻町 操」

 

「いくら お金に困ったからといっても 人から盗るのはいかんでござるよ」

 

「じゃあ どうやって京都まで帰れって言うのよ!」

 

剣心の首を締めて八つ当たりする追剝少女こと、操。

そんな操に信女は手刀をいれて剣心から離す。

 

「持っているお金で遣り繰り出来ないなら無暗に旅になんかに出ない事ね。それで大勢の人に迷惑掛けるなんて本末転倒よ」

 

「なっ!そんな事言ったって…」

 

「しょうがないでござるな」

 

そう言って剣心は財布からいくらかのお金を出し、操に手渡すと、

 

「これで郵便を使って京都の老爺とやらに迎えにきてもらうでござるよ」

 

「おお、成程」

 

「緋村、相変わらず甘いわね」

 

「それと もうひとつ、先程操殿が倒した男達。あの手の連中は 大抵その宿場のヤクザ達とつるんでいるから 早いうちにこの宿場町から出た方が‥‥」

 

「もう遅いみたいよ」

 

「「えっ?」」

 

「いたぞ!!」

 

剣心が操に小田原から離れる様に言おうとした瞬間、数多くの足音が近付いてきたのが聞こえた。

しかも橋の両方から‥‥

 

(やれやれ、面倒な事になったわね)

 

信女は近づいてくる足音に面倒くささを感じた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第41幕 想い人

更新です。



 

 

 

 

 

 

小田原を過ぎ、ある山の中で、出会った追剝少女の巻町操。

盗まれた金を小田原の両替屋に戻しに小田原まで戻って来たのだが、操が倒した男連中は小田原の宿場町でヤクザ達とつるんでいるめんどい連中だった。

操が‥正確には操に倒された男連中が盗んだお金を元の持ち主の所へ戻した後、再び京都へと向かおうとした中、剣心、信女、操の3人は橋の両方からこの宿場町を牛耳っているヤクザ連中に挟み撃ちにされてしまった。

 

「いたぞ!!」

 

「こっちだ!!来い!挟みうちにしろ!!」

 

「な、何でこんな早く!?」

 

操はどうしてこんなにも早くヤクザ連中が集まっているのかを不思議に思っていた。

 

「貴女が山の中で倒した男の1人、まだ意識があったわ‥貴女、仕事が粗いわね」

 

信女はその理由を操に話す。

 

「気づいていたならソレを先に言いなさいよ!!」

 

「元々は貴女が蒔いた種でしょう」

 

大勢のヤクザが迫っている中でも信女は至って冷静だ。

 

「このアマァ さっきはよくも」

 

先程、山の中で操に倒された男の1人が声を荒げて言い放つ。

 

「ちっ、しつこいなァ ざっと30人か‥あんた剣客なんでしょう?そっちの人は手伝ってくれなそうだし 半分 任せていい?」

 

「やれやれ…今は人と関わりたくないというのに…」

 

「え?」

 

「何気取ってんだ!?このチビ!」

 

「てめえも死ねや!!」

 

イラッ

 

ヤクザのこの一言が信女を無性にイラつかせた。

とりあえず、無関係な筈の剣心に殺すなんて言うのだから、ちょっと信女もイラッと来た。

 

「ふぅ~‥‥盗みを働いたお主らも悪ければ追い剥ぎをした操殿も悪い、拙者達も付き合うから両成敗という事で勘弁するでござるよ」

 

剣心は刀を抜いて、そのまま橋を斬ろうとした。

 

「待ちなさい、緋村。貴方はまさか、この橋を斬るつもり?」

 

「あ、ああ。そうでござるが?」

 

「そんな事をしたら、貴方は器物損壊罪よ。それに橋を斬れば明日の朝、大勢の人に迷惑をかける事になる。分かっているの?」

 

信女は剣心が橋を斬ろうとしたので、それを止めた。

 

「う、うむ‥‥では、致し方ないか」

 

剣心はやれやれと言った様子で逆刃刀を構える。

 

「この追剝少女は私が後でお仕置きしておくから、今は眼前のゴミ虫を片付けましょう。片方‥‥任せる」

 

前髪の影で目は見えなかったが、この時信女の口は三日月型になっていた。

剣心は操にご愁傷様としか言えなかった。

 

「わ、分かったでござる。だが信女‥‥」

 

剣心は信女が眼前のヤクザ達を斬り殺さないか心配になった。

 

「緋村、貴方の言いたい事は分かっている‥‥大丈夫よ、殺しはしないわ。こんな斬り殺す価値にも当たらないゴミ虫共なんて‥‥」

 

信女は抜刀し、刃を返す。

 

「ね、ねぇ、ちょっと‥‥」

 

操が信女に声をかけるが、

 

「貴女は其処にいなさい。くれぐれも私や緋村に近づかない様に‥巻き込まれても責任は負えないわ」

 

信女は操の言葉を無視して、操に自分や剣心から離れる様に‥‥橋の中心から動かない様に言う。

 

「えっ?ちょっと、それってどういう‥‥」

 

操が信女に尋ねる前に信女も剣心もそれぞれダッと駆け出し、両端にいるヤクザ達を次々と薙ぎ払っていく。

そして、剣心も信女も最後の1人を倒した。

橋の上にはうめき声をあげるヤクザ達が転がっている。

 

「へぇ~アンタ達、なかなかやるじゃない」

 

ヤクザ達を片付けた後、操が剣心と信女に声をかける。

 

「でも、やっぱり、あたしが探している人達の方がもっと凄いけどね」

 

「さようでござるか」

 

「幕末の激動の中で江戸城を影で守り抜いた人達だもの」

 

「っ!?」

 

「今頃何しているのかな?蒼紫様や御庭番衆のみんな‥‥」

 

操のその一言に剣心はかつて観柳邸にて戦ったあの忍者達の姿が脳裏を過ぎった。

 

「四乃森‥‥蒼紫‥‥」

 

そして、その忍者達のお頭の名前を呟いてしまった。

 

「えっ!?」

 

操は剣心の呟きを聞き逃さなかった。

先程、自分は四乃森の名前しか言わなかったが、剣心は明確に四乃森蒼紫のフルネームを呟いた。

 

「アンタ‥蒼紫様のことを知っているの?御庭番衆のみんなは元気にしている?ねぇ?」

 

操は剣心に四乃森、そしてその部下達が今どうしているかを尋ねる。

しかし、剣心は答えるに答えられなかった。

その理由は四乃森の部下である般若達は皆、観柳に殺され、生き残った四乃森は行方不明となっており、今何処に居るのか知らなかった。

そして、もう一つの理由が‥‥

 

「ねぇ、追剝少女‥‥」

 

操の背後でダークオーラ全開の信女の存在の為であった。

 

「何よ?今、大事な話をしている最中なの、悪いけど引っ込んでいて」

 

操は剣心のみしか見えておらず、信女はアウト・オブ・眼中だった為、信女のダークオーラに気づいていない。

 

「ねぇ、それで蒼紫様は何処に居るの?」

 

「‥‥」

 

「ねぇ、聞こえていないの?ねぇってば!!」

 

「み、操殿‥‥後ろ‥‥後ろを見るでござる」

 

剣心は震えながら、操に後ろを振り向くように促す。

 

「後ろ?‥げっ!?」

 

「さっき、言った筈よね?『貴女にはお仕置きをする』って‥‥さあ、いらっしゃい。向こうで少し、O・HA・NA・SHIをしましょう」

 

其処には美しいけれども見ていると寒気を抱く様な笑みを浮かべた信女が立っていた。

そして信女は操の襟首をつかみ、森の中へと引きずり込んでいく。

 

「えっ?ちょっ!?あたしはアイツに蒼紫様の事を‥‥」

 

当然操は暴れて信女を振りほどこうとしたが、信女の手は外れる事無く、信女と操が夜の闇の中へ消えていく。

 

それから少しして‥‥

 

「ぎょぇぇぇぇー!!」

 

森の中から操の絶叫が木霊した。

 

「‥‥」

 

剣心が操の叫びを聞き、ビクッと身体を震わせる。

しばらくしてツヤツヤ肌の信女と足取りがフラフラで目が虚ろな操が戻って来た。

 

「‥信女、操殿に何をしたでござるか?」

 

「‥‥知りたい?」

 

笑みを浮かべたまま剣心に尋ねる信女。

 

「い、いや、遠慮するでござるよ」

 

「それじゃあ、先を急ぎましょう。今回の事で遅れた時間を稼がないと」

 

「あ、ああ‥‥」

 

信女と剣心は再び歩み始めるが、操も2人とある一定の距離を保ち、着いて来た。

足取りがおぼつかないとき、剣心は心配そうに振り返ったりしていたが、暫くしてから、足取りは元に戻った。

 

 

あの時、操の身に何があったのか?

それは流石に信女には聞けなかったので、後日、どうしても気になった剣心は操にあの時の事を尋ねた。

すると、帰ってきた返答が、

 

「あれ?あたしあの時、信女様と何かあった?」

 

「の、信女様!?」

 

と、光を宿さない単色の目(レイプ目)で操は剣心に尋ね返してきた。

信女の事を様付けで呼ぶ操に剣心はドン引きした。

人は過去の出来事において、あまりにもショックな出来事を経験すると、脳の防衛本能が働き、その時の記憶を排除する事がある。

これを逆行性健忘と言う。

操にとってあの時の事はまさに思い出したくもない出来事だった様だ。

剣心も操の思い出したくもない過去の事をこれ以上ほじくり返すのは余りにも酷だと感じて、これ以降、操にあの時の事は聞かなかった。

 

 

東海道を歩く中、後ろから操が着いてくる。

その際、信女も剣心も無表情のままただひたすら歩いている。

 

「それで、緋村」

 

「なんでござるか?」

 

「あの変態‥もとい、御庭番衆の連中はどうなったの?」

 

操に聞こえない様に小声で剣心に四乃森達の事を尋ねる信女。

 

「あの時、聞いてなかったでござるか?」

 

「四乃森が逃走したって事だけで、他の御庭番衆がどうなったかは聞いていないわ」

 

「‥死んだでござる」

 

「死んだ!?」

 

「しっ、聞こえると不味いでござる」

 

2人でチラッと後ろに居る操を見ると1人でポージングしながら何かを大声で叫んでいる。

 

(恥ずかしい‥‥)

 

「走るでござるか?」

 

「そうね」

 

タッタッタッタ‥‥

 

剣心と信女は顔を合わせて頷くと小走りで先を急ぐ。

すると、操も速度を上げて着いてくる。

 

「何よ!!チビ、赤毛、×傷、男女、廃刀令違反、悪趣味着物!」

 

「チビだってさ、緋村」

 

ププ、と笑って剣心を見るとちょっと落ち込んでいる。

操は、信女は四乃森の事を知らないと判断したのか、信女には毒は吐かなかった。

それ以前に何故か、信女には毒を吐けなかった。

吐こうとすると、無意識に体が拒絶反応をしてしまうのだ。

 

「一応 緋村 剣心と言う名前があるから、それで呼んで欲しいでござるよ。あと、拙者は廃刀令違反ではござらん。ちゃんと許可書をもっているでござる」

 

「それじゃあ その名前で呼んだらみんなの事教えてくれる!?」

 

「いや、それとこれとは話が別でござる」

 

パァ、と嬉しそうな顔をした操をさらっと流し、期待させといて期待外れな解答をする剣心。

すると、気分を害したのか、

 

「フザケンなこの野郎!」

 

と剣心に操の蹴りが入った。

 

「おろ!?」

 

「面白い顔になっているわよ、緋村」

 

「教えろ!!一体、蒼紫様たちは‥‥」

 

操の蹴りを喰らった剣心であるが、早々に復活し、信女と共に走って行く。

 

「おい、コラ!!」

 

結局いつまでも着いてくる操に2人は溜息を吐いた。

 

(忍者ってやっぱりストーカーの部類に入るんじゃないかしら)

 

しつこく後を着いてくる操に信女はウンザリした様子。

 

「斬る?」

 

「止めるでござる」

 

「それじゃあ巻く?」

 

「巻くか」

 

信女の提案に剣心もそれに賛同した。

このままこの娘を連れて行けば、志々雄一派との争いにこの娘を巻き込んでしまうかと思ったからだ。

剣心と信女は互いに頷くと、東海道の道をそれて、脇の雑木林に飛び込むと一気に走りだす。

 

「あっ!?待て!!」

 

チラッと後ろを見れば、息は上がって手足は途中木の枝で切ったかぶつけたのか所々切り傷を負った操が着いてくる。

 

「結構早めに走っているのに頑張るわね、あの子」

 

「それだけ蒼紫に会いたいのだろう」

 

「でも、この先もずっと連れて行くの?」

 

「いや、それは危険でござる。何としてでも諦めさせる」

 

走る速度をもっと上げて目の前に迫った崖を飛び越える剣心と信女。

操はその時、石に躓き、剣心と信女が崖を飛び越えた瞬間を見逃した。

反対側に着地して、立っている2人の姿を見て、操は2人が諦めたのかと思ったが、眼前に広がる崖を見て、驚いて立ち止まっていた。

 

「鬼ごっこはもう終わり」

 

剣心と信女が踵を返そうとした瞬間 苦無が飛んで来たが、剣心が抜刀による風圧で谷底へと叩き落とした。

 

「もう諦めて、おとなしく京都へ帰れ。どう言ういきさつで蒼紫がお主を預かるに至ったのかはよく わからぬが、闘い続ける修羅道に生きる御庭番衆の中ではお主は常に危険にみまわれる。蒼紫もそれがわかってお主を京都の爺やの所へ置いていったのでござろう。想いを断ち切って忘れた方が良い。それがお主の幸せのためだ」

 

剣心は操に四乃森達の事を諦めるよう説得する。

操が踵を返し歩く背中を見つめる。

剣心も信女もこの時は操が諦めたのかと思い、2人が踵を返そうとした その瞬間、

 

「好き勝手な事言うな、このウスラトンカチ!!」

 

振り返った操は崖に向かって走り出してきた。

 

「何が忘れろよ!!忘れられないからこうして探しているんじゃない、一番 想っている人を忘れる事の一体 どこが幸せなのよ!!」

 

「無茶だ!!よせ!!」

 

気付いた剣心が声を張り上げるが、操は走るのを止めない。

 

「たぁ!!」

 

操は無理だと分かりながらも崖をジャンプした。

 

「くっ、世話の焼ける」

 

「信女!?」

 

操が飛んだ一瞬後に信女は地を蹴り崖に飛び出すと、ジャンプ力が足りなく崖に落ちていく操をキャッチして、崖の途中の岩場を踏み台にして再び崖の上に戻る。

崖の上に戻った信女に剣心が慌てて駆け寄って来た。

 

「どういった心境の変化でござる」

 

「ちょっとだけ見直しただけよ‥‥大事な人を想うこの子の気持ちに」

 

信女は自分の腕の中で意識を失っている操を見つめた。

 

 

「ハッ!?‥‥あ、あたし‥気絶?」

 

「起きた?」

 

「‥‥どうして‥あんた達 起きるまで待っていたの?」

 

「ああ、理由あって拙者達の旅はいつ敵襲を受けてもおかしくないでござる。そんな危険な道中 他の者を供には出来ん」

 

「ついてくるなら 私達から少し離れて他人のフリをして‥‥また こんな無茶されたら敵わない。ただ人質になるようなヘマはしないでね。貴女の事だから、ダメって言っても意地でも着いてくるんでしょう?」

 

剣心と信女の言葉を聞き、操が嬉しそうな顔をして、

 

「あたりまえよ!!あたしは絶対もう一度 蒼紫様達と会うんだ!!」

 

と言って剣心と信女の後を着いて来た。

 

「やれやれ」

 

操の諦めない言動に剣心は少々呆れると同時に諦める。

 

(だから言ったでしょう?緋村、物事の最初でフラグになるような言葉は言わないモノよ)

 

そんな剣心の様子を信女はジッと見つめながら、京都へと続く道を歩いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第42幕 新月村


「ふぅ、新年明けましておめでとうでござる。」


「モグモグ、モグモグ、おめでとう。」
剣心とは真逆で何かを食べながら適当に済ませてる。

「信女、お主何をそこまで」

「もち米で作ったドーナツ。」

「頂こう.....って今はそんなことより、新年を迎え、皆様にご挨拶を」

「おめでとう。」

「何でそんなに適当何でござるか」

「新年何て迎えても、いいことなんて何も無いもの、年も...何でもない。」

「どうしたでござるか?もしやお主、歳を気にして、やはりお主も女子、気にするのでござるな~「ゴン!」おろ~何をするでござる」

「女性に歳を言うなんてデリカシーの欠けらも無いわね、緋村、」

「いてて、急に何するでござるか?お主はまだーーー」

「飛天御剣流」

ジャキン!
鞘から取り出す。

「すまぬでござるーーーー!!」
神速の如く走り出した剣心それを見送り

「はぁ、こんな感じで始めるけど文句無いわよね」





剣心と信女が東京を出発してから既に数日が経った。

本来ならば東海道の後半部分に差し掛かっていてもおかしくはないのだが、小田原での1件で時間を食い過ぎた。

 

「緋村ァ、信女様ァ、もうお昼だよ。そろそろご飯にしようよ。ねぇ、ねぇったらねぇ」

 

お昼御飯を強請る操に剣心と信女は黙々と歩き続け ムッとした操が苦無を投げた。

 

「シカトすんな!コラ!」

 

「おおおおお…」

 

「緋村、今ので髪の毛が5本ぐらい抜けたわよ」

 

信女は冷静に苦無がかすった部分を剣心に指摘する。

 

「アンタが無視するのが悪いんじゃない!!大体にしてなんでわざわざ森の中 通っているのさ!やっぱり まだ あたしを撒こうとしているんでしょ!」

 

剣心が髪の毛が抜けた部分を気にしながら、森の中を通る理由を話す。

 

「わざわざではござらん。ただ単に来た道を戻るより森を突っ切った方が近道になるからでござる。夕方には街道に出るが それまで拙者達は休むつもりはないでござる」

 

また歩き出した剣心の後を追いながら信女は操に、

 

「お昼ご飯なら歩きながら食べたら?」

 

と、一言入れた。

 

「成程 それじゃあ早速…あれ?緋村達は食べないの?」

 

「生憎拙者達は、あいにく弁当は持ち合わせてござらん」

 

「あっ、私はドーナツのオールドファッション持って来た。緋村も食べる?」

 

そう言って信女は剣心にオールドファッションのドーナツを見せる。

 

「頂くでござる」

 

操は乾パンを信女と剣心はオールドファッションのドーナツを食べながら歩いた。

尚、その過程で、御庭番衆の話をしながら歩く操に剣心も信女も全く関心がない様に歩く。

 

「あっ、緋村。そこにマムシが居る」

 

「本当でござる。危ない、危ない」

 

剣心はマムシを捕まえる。

すると、操がマムシに苦無を投げつけた。

 

「せっかくみんなの事話してあげてんのに ちゃんと聞け!!まったく、これからいよいよ蒼紫様の話だっていうのにさ」

 

「蒼紫…」

 

(アイツか…)

 

剣心が考え込むような表情を一瞬みせると、剣心同様、蒼紫と面識があり、戦った事のある信女は顔をほんの少し歪ませる。

しかし、それはほんの僅かな時間であり、次の瞬間には剣心は歩き出し 操は気付いてない。

信女も後に続きながら草木を掻き分けながら進む。

 

「何よ あたしの話より前に進む方がそんなに楽しい訳?草木をかきわけて歩くほうが!!」

 

そこまで言いかけて操は今までの行動を考えて 疑問に思ったらしく、

 

「ねぇ なんでわざわざ手間かけて草木を 選りわけているのさ」

 

と尋ねてきた。

 

「その方が歩きやすいでござろう」

 

「‥‥」

 

操は剣心達の人となりに少し感謝した。

 

その時、ガサッと音がして流石にハッとした信女は辺りを見渡した。

 

「緋村 今なんか音が‥‥」

 

「シッ‥操殿、出来るだけ静かに拙者達から離れるでござるよ」

 

操は今までの話を信じていなかったのか、

 

「もしかして……あんた達狙われているって本当だったの?」

 

「いいから早く‥信女」

 

「なに?」

 

「操殿を頼むでござる」

 

(今攻めて来られたら、操殿まで巻き込んでしまう‥やむをえん‥此処は此方から攻めるか‥‥)

 

剣心は操の事を信女に託し、刀を構えたまま森の中に走って行く。

 

「あっ、ちょっと!!」

 

走って行く剣士を追いかけて行く操。

 

「ちょっと、全く‥‥」

 

信女は剣心がその場に置いて行った荷物を背負って剣心と操の後を追いかける。

やがて、信女が2人に追いつくと、2人は既に虫の息となった男の前に佇んでいた。

男を見て操はハッと息を飲む。

 

「!?……この人死んでいるの‥‥?」

 

「いや、だが‥何か‥‥言い残す事はないでござるか?こうして死を見とるのも何かの縁、出来るだけの事はするでござる」

 

剣心はこの男の命がもう僅かな事を悟る。

全身からの出血が激しく、近くの診療所まではもたない。

 

「ん?」

 

信女は血まみれの男を見て、目を見開く。

 

「三島?もしかして、三島なの!?」

 

信女はこの血塗れの男が職場の同僚である事に気づき声をかける。

 

「さ‥‥佐々木‥‥警部‥‥試補‥‥」

 

「貴方、どうして此処に?確か休暇で実家に帰るって‥‥」

 

「佐々木‥‥警部‥試補‥‥た‥‥頼む‥‥弟と‥村を‥‥志々雄の連中から救って‥‥く‥‥れ‥‥」

 

そう言って男は涙を流し亡くなった。

 

「‥‥」

 

「‥知り合いでござるか?」

 

剣心が信女とこの男が知り合いの様だったので、念の為、尋ねる。

 

「ええ‥‥同僚よ‥‥」

 

「では、この者も警官でござるか?」

 

剣心の問いに信女は一度首を縦に振る。

 

「えっ?って事は、信女様は本当に警官だったの?」

 

今まで信女が警官だとは信じていなかった操は此処に来てようやく信女が警官である事を信じた。

 

「の、信女様!!これまでの数々の無礼お許しください!!」

 

操は土下座をして信女に許しを乞うた。

 

(も、もし、追剝なんて事をしていたことが京都の爺やにバレたら私、殺される)

 

土下座体制のまま、操はこれまでの所業が信女の口から京都に居る爺やにバレる事を最も恐れた。

 

「‥‥それじゃあ」

 

信女は操の耳元に口を寄せ、

 

「私の頼み、なんでも聞いてくれる?」

 

まるで悪魔が囁くように言う。

 

「は、はい!!信女様の為ならな、火の中水の中に行く所存であります!!」

 

操は勢いよくバッと顔を上げて信女に忠誠を誓うと言う。

 

(面白い)

 

「信女、悪ふざけはその辺にするでござるよ」

 

「そうね‥‥今は、三島を弔ってあげないとね‥‥」

 

信女は息絶えた同僚に視線を移し、彼を弔ってやらなければならないと言う。

そして、3人は亡くなった男の墓を作った。

 

信女から三島と言われたこの男の言った村は、東海道の沼津宿から少し離れた所にある人口二十人足らずの山間の小さな半林 半農の集落だった。

 

村の名は、新月村

 

ほんの2年前までは何の変哲もないごく普通の村だったという。

 

 

亡くなった男が懐に庇う様に抱えていた男子を木の根元に座らせ、意識を失っている少年が暫くしたら、気がついた。

 

「うっ‥‥」

 

「あっ、気がついた」

 

「お前らは‥‥?そうだ兄貴!兄貴は!?」

 

少年は目の前の3人が誰かわからず困惑気味だったが、直ぐに自分の兄の存在を思い出したのか辺りを見回す。

だが、少年の目に入ったのは刀を墓標代わりに立たばかりの兄の墓だった。

 

「っ!?」

 

「あたし達が見つけた時にはもう…」

 

操が気まずそうに言う。

 

「…ちくしょうッ!ちくしょうッ!」

 

兄を失い泣き崩れる少年の肩に剣心がそっと手を添えた。

 

「何がどうなっているのか事情を話してくれぬか」

 

「………他所者に話して何がどうなるっていうんだよ」

 

少年は不貞腐れる様に剣心に吐き捨てる。

 

「拙者達は志々雄に会うために京都へ向かっているでござる」

 

「あっ、会うって言っても決して志々雄の所で働く訳じゃないから‥‥むしろ、志々雄を殺しに行く側よ」

 

信女は少年に剣心の言う「志々雄に会う」と言う部分に補足説明を入れる。

 

 

「…2年前、志々雄って奴の部下が突然、村にやってきたんだ」

 

信女の補足説明を聞き、少年は剣心達にポツリポツリと事情を話し始めた。

それによると、志々雄一派は真っ先に駐在の警官を殺して村を占拠し、新たに派遣された警官も来る度に殺し続け、やがて2年もしたらとうとう警官がこなくなり、そして志々雄の配下の者がつぎつぎと村にやってきた。

そして新月村は政府に‥‥見捨てられた‥‥。

 

「そんな見捨てられたなんて大げさな、じっくり作戦でも練っているんじゃ‥‥」

 

やはり何処か呑気な操の言葉に対して少年はキッと操を睨みつけ、懐に手をやると、

 

「じゃあこれはなんなんだよ!?東京から帰ってきた兄貴が持っていた最新の地図!見ろ!!新月村の名前がなくなっている!!」

 

少年の懐から取り出され、広げた地図にはやはり新月村の名はなく、操はハッとして表情を引き締めた。

 

(政府の連中、志々雄を表に出さない様にこの子の村を切り捨てたようね‥‥)

 

信女は地図を見て、村は政府から見捨てられたと言う少年の言葉が間違いないと悟る。

 

「兄貴はそれを見つけて村の異変に気づき、とりあえずまず家族だけでも助け出そうとして そして殺されたんだ‥‥志々雄の直属の部下で、この村を直接統括する"尖角"の野郎に……!!」

 

少年は自分の兄が誰の手にかかって殺されたのかを剣心達に話す。

 

「戻らなきゃ…村にまだ逃げ遅れた親父とお袋がいるんだ!兄貴が死んだ今、俺が助けなきゃ!兄貴…、俺に…力を貸してくれ…」

 

まだ村に残っている両親を助けるために立ち上がり、兄の墓の前に立った少年は墓標が代わりの兄の愛刀に手を掛けた所を信女はそっと押さえた。

 

「なっ!?」

 

「‥‥貴方の兄‥三島に代わって私が力を貸してあげるわ‥貴方の兄とは同僚だったから‥‥」

 

「あ、兄貴と?」

 

「ええ」

 

「操殿、この子を頼む」

 

「えーっ!あたしも行く!」

 

「遊びじゃないの、ここで待っていなさい」

 

「は、はい」

 

スッーと周りの温度が低下し口端だけを釣り上げた信女の顔を見て背筋に寒気を感じた操は口をつぐむ。

そのまま剣心と信女は村に入っていった。

 

(ん?血の匂い‥‥)

 

信女は村に入った時から異常なまでの血臭が漂っている事に気づいた。

 

村は日中にも関わらず、外には誰もおらず、まるで廃村の様な雰囲気である。

だが、家の中からは人の気配と視線を感じるので、人は住んでいる様だ。

そして、少年の話では志々雄は半年に一度必ず村に一週間ほど逗留する。

大勢の部下を引き攣れているのだから、恐らくこの村のどこかに屋敷を構えているのだろう。

志々雄の目的はわからないが、普段この村は尖角とやらが統括しているらしい。

そして丁度 今志々雄が村に逗留しているので、その尖角は志々雄を持て成していると言う。

 

やがて、剣心と信女は村の中央広場にさらされているあるモノを見て、目元をキツくした。

 

(三島と同じく体の全身がなます斬り‥‥恐らく これも尖角とかいう奴の仕業‥‥)

 

信女が晒されているモノをジッと観察していると背後から、

 

「親父ッ!おふくろ!うああぁあああああぁああああああー!!」

 

何時の間にか着いて来ていた少年の叫び声が村に木霊する。

そして、少年の傍には操の姿もあった。

 

(全く、操ったら)

 

恐らく少年が頑なに村に行こうとして押し切られたのだろう。

すると、少年の声を聞きつけて志々雄の部下だろう者たちが何十と集まってきては剣心と信女の2人を取り囲んだ。

連中は手に槍や刀を持っている。

 

「貴様等他所者だな、他所者は生かして帰さん!」

 

部下たちの中で赤熊を被った隊長格の男が剣心と信女に言い放つ。

 

「…何故この人達を殺したの?」

 

信女がさらし物になっている少年の両親の遺体から目を逸らさずに、志々雄の部下に尋ねる。

 

「そいつらの息子達はこの村から逃亡を企てた。そいつらはその責めを負って尖角様が処刑した。もっとも吊るしたのは我々だがな」

 

「成程、つまり見せしめか」

 

他の村人に恐怖心を与えるには十分な方法である。

 

「ここは偉大なる志々雄様が政府のブタ共から勝ち取った領地!ここでの生殺与奪の権利は全て志々雄様、もしくは村の統括を担う尖角様にある!!尖角様の命により他所者には死あるのみ!!」

 

『覚悟!!』

 

志々雄の部下たちが一斉に武器を構える。

 

「「覚悟するのは お前達だ!!」」

 

ドガァッーと音を立てて今さっきまでペラペラ喋っていた隊長格の男が剣心の一撃で吹き飛んだ。

 

「あっ、私が斬りたかったのに‥‥」

 

先制攻撃を剣心がやったことに対してちょっと不満げな様子の信女。

 

「普段なら"ケガしたくない者はさがれ"というところだが 今 この場ではそうはいかん…。1人残らず叩き伏せる!!」

 

「‥‥私の場合は斬るわね‥‥貴方達、大勢の警官を斬ってきたのだから、斬られても文句は言えないわよ」

 

剣心と信女が抜刀し、志々雄の部下達に斬りかかる。

もっとも剣心は逆刃刀なので、強烈な峰打ちにして叩きのめすが、信女の場合は神速の剣術で相手の急所を一撃で仕留め息の根を止めて行く。

この場に居た志々雄の部下を全員倒した時、

 

「オイ、お前らこんな所で何道草くっているんだ!?」

 

不意に聞こえた声にそちらを見れば斎藤と操がいた。

その近くには志々雄の部下の死体が一体転がっていた。

剣心と信女相手では分が悪いと思いターゲットを操と少年の2人に絞ったら、背後から斎藤に刺殺されたのだろう。

 

「斎藤」

 

「何故 お前がここに」

 

「仕事だよ」

 

「?」

 

「ここに放った部下から今、志々雄がいると連絡が入ってな、討伐隊の京都到着までまだ 時間があるから少し足を伸ばした訳だ。もっともそいつは行方知れずになっちまったがな」

 

「貴方の部下‥三島は死んだわ‥‥」

 

あの状況で斎藤の言うこの村に放った斎藤の部下は先程、山中で息絶えた三島だと判断した信女は斎藤に三島の行方を伝える。

 

「そうか‥三島栄一郎は元々この新月村の出身。だからこそ怪しまれずに入れるだろうと送り込んだが、恐らく正体がバレたのだろう。それで せめて家族だけでも守ろうとして‥‥馬鹿な男だ。俺の到着を、待っていればいいものを」

 

斎藤の言い草にカチンときた操が吠えた。

 

「ちょっとあんた 死んだ部下に対して そんな言い草ないんじゃない!」

 

「オイなんだこの‥‥」

 

斎藤は操を指さし、操が誰なのかを尋ねる。

その際、彼の脳内では、

 

恵=狐

 

薫=狸

 

と言う方式が打ち立てられ、

操は‥‥イタチと言うイメージが沸き上がり、

 

「イタチ娘は?」

 

と剣心に尋ねる。

斎藤の言葉を聞いた操は、

 

「殺す!ブッ殺す!!」

 

両手に苦無を構えて吠える。

 

「まぁまぁ、あーゆう男なんだ、イチイチ腹を立てていたら キリがないって」

 

激怒した操を宥め それより、と剣心。

 

「フフフ‥‥」

 

イタチ娘と言われた操に対して思わず吹き出す信女。

そんな信女に対して、斎藤は、

 

「ちなみにお前は犬だ」

 

「なっ!?」

 

ガルルルとまるで噛みつく様な勢いで剣を斎藤の首筋に置く信女。

 

「勘違いするなよ、主人に従順な犬じゃない、誰にでも噛み付き主人を決めない野犬だ。」

 

「うっ‥‥」

 

齋藤からの指摘にぐぅの根も出ない信女。

 

 

 

「それよりも早く降ろして弔ってやろう」

 

剣心が三島の両親の遺体を降ろして埋葬してやろうと言う。

落ち着いた操も そうね、と頷くが何時の間に家の外に出てきたのか村人が止めに入った。

剣心達が志々雄の部下を倒したので安全だと判断して出てきたのだろう。

 

「待て!それを降ろしちゃあならん!勝手に降ろして尖角の怒りにふれてみい、儂ら 村の者はひとたまりもない。尖角の許しが出るまでそれはそのままにしておくんじゃ」

 

長老らしき男が剣心達にそう言い放ってきた。

 

 

 

・・・・続く





明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

後、良いお年をお過ごしください。


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第43幕 宗次郎と信女

こっちもお久しぶりですね~本当にすみません!!更新が遅くて...今現在進行形どちらもそろそろ手を抜けない状況になってまして...一応言い訳をさしてください。


 

 

 

志々雄討伐の為京都を目指していた剣心と信女。

その度の道中に出会った追剝少女改め、御庭番衆見習い?の巻町操は森の中で瀕死の男に出会う。

男は警視庁の密偵、三島栄一郎。

斎藤の部下の1人で信女の同僚の男であった。

その男は自らの弟と出身地の村を剣心と信女に託し、息を引き取った。

三島の弟が言うには彼の村は2年前から志々雄の領地になっており、明治政府は既に村を見捨てていた。

そして今、志々雄は村に滞在中であると言う。

志々雄が居ると言う事で村へとやってきた剣心と信女。

そこで見たのは村の広場に吊るされた三島の両親の惨殺死体。

志々雄の部下の兵との戦闘後、剣心と信女は吊るされた三島の両親の遺体を降ろしてやろうとすると、そこに村人が待ったをかけたのであった。

 

 

「何言ってんのよ!同じ村の仲間でしょ、その人達がこんな目にあっても まだあんた達は その尖角とやらに従うっての!」

 

操が老人の言葉に怒りに村人に向かって叫ぶが、老人はあくまでも冷静に返される。

 

「尖角に刃向かえば死…じゃが…刃向かわねば生きる事はできる!これ以上事を荒立たせぬよう村のためじゃ。お前ら他所者と三島の者は今すぐこの村を出ていってもらう。栄次、いいな」

 

自分達の保身のためにまだ元服前の少年を村から追放した老人の態度に再び怒りを露わにした操の頭を斎藤が掴んだ。

 

「怒るな。自分の命を賭けてまで人間の誇りと尊厳を守ろうと出来る者などそうはいないもんだ。ただ 生きるだけなら家畜同然、誇りも尊厳も必要ないからな」

 

斎藤が言葉通り、村人たちを人ではなく動物を見る様な蔑んだ目で言い放つ。

彼の言葉に村人は、

 

「何とでも言え」

 

「他所者に何がわかる」

 

「大体 お前ら警察がだらしないからだ」

 

「そうだそうだ」

 

と口々に避難を浴びせる。

しかし、その態度はまさしく負け犬の遠吠えにしか見えない。

 

「とにかく遺体を降ろすのは許さん、お前等余所者はさっさと出ていけ!」

 

斎藤や操と村人の遣り取りを黙って聞いていた剣心と信女は吊るしてある縄の下に行き、剣心は逆刃刀を返し、三島の父親を吊るしていた縄を斬り、信女は母親を吊るしていた縄を斬った。

三島の両親の遺体を降ろすと村人が騒ぎ立てた。

中には再び三島の両親の遺体を吊るそうと近づく村人も居たが、剣心と信女の眼光にビビっているしまつである。

 

「この村が滅んだらお前達のせいだからな!!」

 

「この人殺し!!」

 

村人のこの罵声に信女は、

 

「あら?そんな事を言っている余裕があるのかしら?」

 

「なんだと!?」

 

「遺体を下ろす前に私達は志々雄の部下の兵隊を斬ったのよ」

 

(斬ったのは信女、お主と斎藤だがな‥‥)

 

剣心はあくまで不殺しを貫いたため、殺してはいない。

 

「それを貴方達は黙って見ていた‥‥志々雄や尖角とやらが、それを知ったらどう思うかしら?」

 

「‥‥」

 

「村の連中は、『反乱の意志あり』と見なされても仕方ないわね」

 

「っ!?」

 

信女の言葉に村人に戦慄が走った。

 

「貴方達がとる選択肢は4つ、1つは私達と一緒に志々雄と尖角と戦う。2つ、志々雄と尖角に滅ぼされる。3つ、村を捨てて逃げる。4つ、志々雄側について私達と戦う‥‥もっとも4つ目を選ぶなら、志々雄一派と見なして容赦はしないけどね‥‥」

 

信女は刀の柄に手をやり、村人に選択肢を突きつける。

すると村人たちはぞろぞろと自分達の家に戻って行った。

去って行く村人を尻目に剣心達は三島の両親の遺体を荷車に乗せて山へと向かった。

 

「これがこの村の現状だ。そしてこれが、志々雄が造る新時代の日本の姿だ」

 

「斎藤、政府は本当にこの村を見捨てたのか?」

 

剣心が斎藤に新月村についての政府の対応を尋ねる。

 

「この村だけじゃない。既に10の村が見捨てられ志々雄の領地になっている。警察は既に村の奪回から手を引いている」

 

斎藤曰くやはり政府はこの新月村を見捨てており、その他にも既に10個の村が志々雄に占領されており、政府はいずれの村の奪還を諦めている。

 

「何かよくわからないけど 警察がダメなら軍隊を使えば」

 

操が、警察が村の奪還を諦めているなら、軍隊を使えば村は奪還できるのではないかと言う。

 

「阿呆、西南戦争からまだ半年だぞ。国の内乱にまた再び軍が出動しては内政の不安を諸外国に露呈するだろ」

 

列強諸国に日本の内情が不安定な事がバレるかもしれない。

万が一バレたりしたら、列強諸国が介入し、日本は志々雄ではなく列強諸国の植民地にされるかもしれない。

政府の政治家はそれも恐れていた。

 

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 

「仮に軍隊を使えるとしてもだ。まず上の政治家の連中が承諾しないさ」

 

「なんで!?」

 

政治家も軍隊も動かない事に操は驚くが、仕方ない事と信女は思う。

 

「操、さっきの村人の態度を見たでしょう?」

 

「は、はい」

 

「政治家連中も村人と同じ、志々雄からの報復を恐れているのよ。大久保の様になりたくない‥それが政治家の本音」

 

信女の言葉に剣心が続く。

 

「成程 軍隊を使えば村の奪回は可能だがその後の"暗殺"という報復は必至」

 

「政府要人にとって"暗殺"がいかに防ぎ難く恐ろしいモノがお前等ならわかるだろ。政府の連中も結局は人間、我が身かわいさのあまり"問題は誰かがどうにかしてくれる"と思っているんだよ」

 

「誰かって誰よ!誰がこの村をまともにするのよ!いったい誰が、いったい誰があのコの無念を晴らすっていうのよ!」

 

操は悔しそうにそう言った。

 

「後は俺がやる‥‥」

 

兄を葬った場所へと来ると、少年は鍬で両親を葬る為の穴を掘り始めた。

この時の少年は、家族を失った悲しみと家族を奪われた悔しさその2つが混ざった表情をしていた。

 

「村も警察も軍隊も政府も、そして何もかも このままでは志々雄の思いのままになる。だからこそ今、俺達の様な人斬りが必要なんだよ。志々雄の館の場所はわれている、京都より早まったが行くか?」

 

「ああ」

 

「元々志々雄を斬ることが今回の目的だしね」

 

剣心と信女は志々雄の館へと向かうと言う。

 

「待ってよ、あたしも行くよ!」

 

操は自分もついて行くと言うが、

 

「お前はダメだ、ここにいろ」

 

斎藤は却下した。

 

「なんでよ!あたしだってあんな事をする奴、絶対許せないわよ!」

 

着いてこようとする操を宥める様に説き伏せる。

 

「操」

 

「何よ!いくら信女様が何と言おうとあたしだって‥‥」

 

「操は栄次のそばに居てあげて」

 

信女は操に三島の弟、栄次の傍にいてくれと言いながら、チラッと穴を掘っている栄次の姿を見る。

操も信女につられて栄次の姿を見る。

栄次は天涯孤独の身となってしまった。

自暴自棄にならないか信女は心配だった。

故に操には彼の傍についてやって欲しいと操に栄次を託したのだ。

納得したのか、信女にそう言われた 操は頷くと栄次の側へと駆けて行った。

 

そして、3人が向かうは志々雄の居る志々雄の館。

その頃、志々雄の館では‥‥

 

屋敷内にある脱衣所では、1人の男が土下座をしていた。

 

「も、申し訳ございません。は、箱根の山で抜刀斎達は突然山中に入り、み、見失ってしまいました‥‥目下全力で行方を捜索中で‥‥」

 

土下座をしていたのは東京から東海道に渡って剣心と信女を尾行していた志々雄の工作員であった。

操を撒くために剣心と信女が東海道の山道においていきなり山中に入った為、彼は剣心と信女を見失ってしまったのだ。

その報告を彼は志々雄にしていた。

しかし、剣心と信女を見失った失態により、自分は志々雄に粛清されるかもしれない。

その恐怖が彼を支配していた為、彼は顔色が悪く体は声同様に震えていた。

 

「どうしますか?」

 

同じく脱衣所に居た宗次郎が風呂に入っている志々雄にこの男の処分を尋ねる。

自分は殺される。

男はそう思っていた。

だが、意外にも‥‥

 

「いいさ、許してやるよ」

 

志々雄は彼の失態を許した。

 

「半年ぶりの湯治で今は気分がいいんだ‥‥気が変わらない内に抜刀斎を探して来な」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

志々雄が許してくれたことに自分の命は助かり、彼はバッと頭を上げ、志々雄に礼を言う。

 

「よかったですね」

 

そんな男に宗次郎がゆっくりと近づき、彼の耳元で、

 

「でも、今度こんな失態をしたら、僕が許しませんから」

 

次は無いぞとさりげなく警告を入れた。

 

「は、はい‥‥」

 

男は顔を更に青くして脱衣所から出て行った。

 

「瀬田様!!」

 

男と入れ替わって別の男が脱衣所へと入ってきた。

 

「騒がしいな、何です?」

 

「そ、それが‥‥」

 

男が宗次郎に耳打ちする。

 

「へぇ‥‥」

 

耳打ちされた内容を聞き、宗次郎は志々雄に伝える。

 

「志々雄さん、志々雄さん」

 

「うるせぇな、今度はなんだ?」

 

「左頬に十字傷のある男と日本刀を帯びた警官2人が、どうやらこの館に向かっているみたいです」

 

「へぇ~俺が挨拶する前に出向いてくれるとは流石、先輩‥宗次郎、お前出迎えてやれ」

 

「はい」

 

「それと尖角に戦闘準備をさせておけ」

 

「尖角でしたら、もう準備は出来ていますよ。それじゃあ行ってきますね」

 

志々雄から来客を出迎える様に言われた宗次郎は脱衣所から玄関へと向かった。

 

(まさか、こんなにも早く貴女と再会するとは思っても見ませんでしたよ。総司さん‥いや、今井信女さん)

 

廊下を歩いている宗次郎はこの館に向かっている信女との再会に胸をときめかせていた。

 

その頃、山では栄次と操が3人の墓に手を合わせた後、栄次は兄の形見とも言える刀を持ち、歩き始めた。

 

「ちょっと、待ちなさい。アンタ、そんなもん持ってどこ行くつもり?」

 

「志々雄の館‥敵討ちだ」

 

「何言ってんのよ、アンタじゃ無理だって」

 

「出来る出来ないの問題じゃねぇ‥やるかやらないかだ!!俺はもう1人だ‥命なんて惜しくねぇ」

 

信女の見立て通り、栄次は半ば自棄になっていた。

 

「待ちなさい」

 

そんな栄次を操が呼び止めた。

 

「なんだよ?邪魔する気かよ、テメェ」

 

栄次は操が自分の敵討ちを邪魔するつもりかと操を睨みつける。

 

「スカタン、志々雄の館には尖角だけじゃないでしょう?志々雄って親玉も居るし、当然さっきの覆面の兵隊も居る筈よ。アンタなんて門前でボコボコにされるのがオチよ」

 

「だからって‥‥」

 

「だから、あたしが助太刀してあげる」

 

(気持ちはわかるよ‥あたしだってもし御庭番衆の皆が殺されたら命を捨てても仇を討つ。信女様、申し訳ないけど、あたしはこの子に力を貸すよ)

 

「着いてくるのは良いけど、足手纏いにはなるなよ」

 

ブチッ

 

栄次のこの一言にキレた操は、

 

「うりゃあ!!」

 

彼に跳び蹴りを喰らわせた。

 

 

剣心、信女、斎藤が志々雄の館に着くと、門前に1人の青年が立っており、やって来た3人を出迎えた。

 

「っ!?」

 

その青年の姿を見て、信女は顔には出さなかったが驚愕した。

 

「緋村抜刀斎さんに、斎藤一さん、それから‥‥今井‥信女さん‥‥ですね?」

 

「気をつけろ‥信女、斎藤。あれが大久保さんを暗殺した男だ」

 

「嫌だなぁ~今日はただの案内役ですよ。ほら、武器は一切持っていませんから」

 

宗次郎は笑顔で両手を振り丸腰である事を証明する。

 

「奥の間で志々雄さんが待ちかねています。さあ、どうぞ」

 

「‥‥」

 

剣心は何か罠があるのではないかと警戒するが、

 

「警戒した所でどうにもならんさ、行くぞ」

 

斎藤は『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の言葉通り、門前で立っていても何も解決しないと促す。

志々雄の館に足を踏み入れた3人を宗次郎は志々雄の下へと案内した。

 

「まさか、志々雄の仲間だったなんてね」

 

宗次郎の案内の下、廊下を歩きながら信女は宗次郎に話しかける。

 

「貴女もまさか、偽名を使っているなんて思いもよりませんでしたよ」

 

「偽名ではないわ。私の最初の名を知っているって事は私の事を色々調べたのでしょう?それなら、私が名前を変えなければならない理由もわかると思うけど?」

 

「ええ、斎藤さんと共に新撰組の一員であの箱館戦争まで官軍と戦い抜いたのですから、政府としては信女さんをお尋ね者として手配してもおかしくはないですからね。でも、志々雄さんがこの国をとれば、もうお尋ね者として手配されませんよ」

 

宗次郎は安易に信女を志々雄側へと誘う。

 

「うーん‥折角の誘いだけど、遠慮するわ」

 

「どうしてです?」

 

「志々雄のやり方が気に入らないから‥それだけよ」

 

「そうですか‥でも、僕は諦めが悪い方なんですよ」

 

「私が欲しいと言うのなら、私を倒しなさい。勝者には敗者の生殺与奪の権利があるわ。今の政府の様にね」

 

「勿論そうするつもりです」

 

「‥‥」

 

信女と宗次郎の会話を剣心は面白くないと言った表情で見ていた。

やがて、志々雄が待つ奥の間へと到着した。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回


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第44幕 動乱

更新です。


 

 

 

 

 

新月村の村はずれにある一際大きな屋敷。

その屋敷こそ、志々雄がこの新月村を統治、湯治をする為に立てた屋敷であった。

そして、門前にて信女は意外な人物と再会する。

以前、時尾と共に横浜見物へと行った際、出会った沖田とよく似た容姿の青年、瀬田宗次郎。

信女もまさか、宗次郎が志々雄の仲間で大久保暗殺の下手人とはこの時まで知る由もなかった。

そして宗次郎は信女に自分達の仲間にならないかと誘うが信女はそれを断った。

だが、宗次郎の様子から彼は諦めていない様子。

そんな宗次郎に信女は、「手に入れたくば、自分を倒せ」と言うと、宗次郎はその答えに納得し、それを実行すると言う。

その様子を剣心は面白くないと言った表情で見ていた。

やがて、3人は宗次郎の案内の下、志々雄が居ると言う奥の間についた‥‥。

 

「志々雄様、湯上りに一杯どうです?」

 

志々雄の傍にいた遊女の様な女性が志々雄に酒を勧める。

 

「来た」

 

志々雄は襖の向こう側に居る気配を感じ取り、一言呟く。

そして、志々雄の予見通り、襖が開かれそこから宗次郎、剣心、斎藤、信女が奥の間へと入ってきくると、3人は志々雄と対面した。

 

「お主が……志々雄真実でござるか?」

 

剣心は座布団の上に胡坐をかき、手にキセルを持つ包帯を纏った男に名を尋ねる。

 

「"君"ぐらいつけろよ、無礼な先輩だな」

 

「気にするな、無礼はお互い様でござる」

 

どうやら、この包帯男こそ、自分達が今回討伐すべき男、志々雄真実で間違いない様だ。

 

「オイ、そんな所にボーッと突っ立っていていいのか?抜刀斎、もしくは信女なら一足飛びで志々雄の所まで斬り込むぞ」

 

挑発序に斎藤が宗次郎に警告を入れる。

 

「大丈夫ですよ。今井さんはわかりませんが、緋村さんは斎藤さんと違って不意打ちなんて汚い真似、絶対しませんから」

 

宗次郎の笑顔に斎藤は『コイツ、見透かしてやがる…』と内心そう思いつつ舌打ちした。

 

「何故この村を狙った?お主の狙いはこの国そのもので小さな村の一つや二つではなかろう」

 

剣心は何故この新月村を支配したのかを志々雄に尋ねた。

すると志々雄は、

 

「‥‥温泉」

 

と、一言呟いた。

 

「ん?」

 

「ここに湧いている湯はこの火傷だらけの肌によく効いてな、でも他の湯治客が俺を見たら怖がってしまうだろ。だから俺のものとしたんだよ」

 

志々雄は新月村を支配した訳を剣心達に話す。

しかし、その内容があまりにも独りよがりな理由だった。

だが、どこまで本気なのかわからない。

本当に温泉だけが目的なのか?

それとも何か別の目的があるのか?

兎も角、剣心はその理由を聞き、顔を強張らせ、

 

「お前は……たったそれだけの事でこの村をメチャクチャにしたのか…」

 

剣心の言葉にククク…と笑う志々雄と隣に居る遊女。

 

「冗談だよ、冗談。ムキになるなよ、噂に違わずくそ真面目な性格のようだな」

 

「安い挑発だ。どこかの小娘みたいに一々ムキになるな」

 

斎藤が剣心に拳骨を入れて忠告する。

 

「この村を取ったのは東海地方制圧の軍事拠点にする為さ。まっ、ここの温泉も本当に気に入ってはいるがな」

 

志々雄はこの新月村を占領した訳を話す。

 

「志々雄‥‥」

 

剣心が再び志々雄に何か言おうとしたら、

 

「お前は黙っていろ」

 

斎藤が遮った。

 

「それで、ここを拠点に明治政府に復讐する気かい。包帯の若いの?」

 

斎藤が志々雄に今回決起に走った本当の理由を尋ねる。

 

「新撰組三番隊組長 斎藤一さんか…あんたは抜刀斎より俺に近い性質だからもっと理解っているかと思っていたが今イチのようだな。俺はなぁ、この傷をつけた連中に今更復讐する気なんてさらさらないんだよ。むしろ感謝しているくらいだ、この傷は身に染みる程いろいろと教えてくれた」

 

やはり、志々雄は過去の復讐などする気はなかった。

剣心達がきいた志々雄の動機はやはり表向きのカムフラージュだった。

志々雄は包帯が蒔かれた自らの体に触れ、過去の教訓を語った。

 

信じれば裏切られる

 

油断すれば殺される

 

殺される前に殺れ

 

「それから、"本当にいい男はどんなになっても女の方から寄って来る"って事もな」

 

そう言って志々雄は傍にいた遊女を抱き寄せる。

 

(それは人それぞれの好みだと思う‥‥って言うか剣心も志々雄もちょっとナルシストが入っているんじゃない?長州の志士は皆そうだったの?)

 

包帯の為、よく見えなかったが志々雄のドヤ顔を見て信女は心の中で呆れた。

 

剣心、斎藤、信女が志々雄と対面している頃、

屋敷の外では‥‥

 

「待ちなさいってば!!栄次」

 

「俺のことはもう放っておいてくれって言っているだろう」

 

「ちょっと、ちょっと」

 

「このままじゃ、何も悪い事はしていねぇのに尖角の奴に殺された親父やお袋、兄貴たちが浮かばれねぇ‥せめて俺の手で兄貴たちの仇を‥‥」

 

「気持ちはわかるけど、屋敷の中は志々雄の兵隊が厳重に警備しているのよ。そんな所にやみくもに飛び込んで行ったら、なぶり殺しにされるだけだわ‥尖角って奴に出会う前にね‥‥」

 

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!?どうしたらみんなの仇を‥‥」

 

「あたしに任せなさいって、これでも泣く子も黙る御庭番衆なんだから」

 

「御庭番衆?」

 

操の言う御庭番衆の意味が分からない様子の栄次。

 

「まぁ、見てなさい」

 

「おい、どうする気だ?」

 

操は手ごろな大きさの枝を拾うと、

 

「いい、あたしが合図したら走るのよ」

 

「えっ?」

 

操は手に持った枝を志々雄の館にある植木に向かって投げる。

すると、枝は植木に当たりガサガサと音を立てる。

 

「なんだ?」

 

「どうした?」

 

「こっちで物音がしたぞ」

 

庭を警備していた志々雄の兵隊は物音がした植木の近くに集まる。

 

「今よ」

 

操の合図と共に操を栄次は走り、彼女栄次の手を掴み、一気に塀の上にジャンプする。

そして、塀の上から庭の様子を窺う。

 

「なんだ?」

 

「フクロウじゃないか?」

 

「まったく人騒がせな」

 

集まっている兵隊を尻目にやすやすと志々雄の館に庭に侵入した。

 

「どう?ちょっとは見直した?さっ、行くわよ」

 

「お、おう」

 

操と栄次は尖角を求めて屋敷の敷地内を見つからない様に慎重に進んだ。

 

 

「そうかい、だったらいい加減静かにしてくれないか?お前1人の為に日本中を飛び回るのは結構 疲れるんだ」

 

「ええ、全くだわ」

 

志々雄1人につき合わされて不眠不休で日本中を駆け回るのは信女としても本当に勘弁だった。

 

「あんたも俺も先輩も、同じ幕末を生きた男だろ。まっ、そこの今井って奴は女だが… 男のお前らは何で俺の気持ちがわからないのかねぇ‥‥」

 

志々雄は呆れる様子で紫煙を吐く。

 

「攘夷だ、勤皇だ、佐幕だの言っても所詮 幕末ってのは戦国以来300年を経てやって来た、久々の動乱なんだぜ。佐幕派も討幕派もそれぞれがそれぞれの"正義"って 錦の御旗を掲げて日々 争い殺し合った動乱の時代‥そんな時代に生まれ合わせたのなら、天下の覇権を狙ってみるのが男ってもんだろ」

 

口端を上げて笑う志々雄に宗次郎と遊女が静かに拍手を贈る。

 

「貴方は生まれる時代を300年ほど間違えたわね」

 

強いその演説を聞いて信女が感想を言う。

 

「ああ、俺もそう思うぜ‥‥そんで、暗殺されかけてやっと傷を癒して出て来てみれば、動乱は終わって明治政府なんてもんが出来てやがった。しかも俺1人を抹殺するにも事も出来ない弱々しい政府だ。こんな弱々しい政府に国は任せらんねェだろう…ならば!!」

 

志々雄がそこで手に持っていたキセルをへし折る。

 

「動乱が終わったのなら俺がもう一度起こしてやる!俺が覇権を握り取ってやる!そして俺がこの国を強くしてやる、それが俺がこの国を手に入れる"正義"だ」

 

「だが……その正義のために血を流すのはお前じゃない。その血を流したのは今を平和に生きていた人達だ」

 

剣心の脳裏には弟を必死に守り死んでいった三島と彼の言う通り、幕末の動乱が終わり、やっと平穏な日常を送っている筈なのに志々雄1人のせいで命を落とした三島の両親の姿だった。

 

「この世は所詮 弱肉強食…と言っても先輩は納得しそうにないな」

 

「志々雄真実、お前1人の正義の為にこれ以上人々の血を流させるわけにはいかぬ」

 

剣心は逆刄刀を抜刀した。

 

「斎藤さん、あなたは?」

 

「俺はあいつの様に綺麗事言う趣味はないがな、どうやら志々雄を仕留める側の方が性分に合っていそうだ」

 

「信女さんもやっぱり斎藤さんや緋村さんと同じ考えですか?」

 

志々雄の言葉を聞き、何か心境に変化があったかもしれないと思い宗次郎は信女にも尋ねる。

 

「志々雄の言うことは自然の摂理としては間違っていない‥でも、人は理性を持ち、考える事の出来る生き物よ。彼の考えはどうも人間ではなく獣に近い考えね‥‥だから、私も彼の考えには賛同できない」

 

「俺も闘るなら闘るでも構わないけどな、どうせ闘るなら"花の京都"としゃれこみたいもんだ。まぁ どうしてもやると言うなら‥‥」

 

志々雄が、トントン と畳に手を付くと床下から筋肉モリモリマッチョマンな大男が畳を切り裂いて飛び出し3人の前に立つ。

 

「この新月村を統治する尖角が相手だ!!!」

 

畳の下から現れた大男は自らの名を名乗る。

 

「ハハハ‥‥尖角さん、相変わらず荒っぽいな」

 

宗次郎は相変わらず笑みを浮かべながら尖角のド派手な登場に驚いている様子もなく言う。

 

「尖角…栄次の両親と兄を殺した男でござるな」

 

剣心が尖角を睨む。

 

「それがどうした?」

 

剣心が逆刃刀を構える中、信女が手で剣心を制する。

 

「信女?」

 

「このデカブツは私が相手をするわ‥三島や大勢の警官達の恨み‥晴らしてやる」

 

「だが、信女‥‥」

 

「大丈夫‥殺さないようにするから‥‥」

 

「ふん、お前の様な奴が俺の相手だと?ふざけているのか?」

 

「大真面目よ‥‥貴方じゃ私に勝てない」

 

「ふん、ならば試してみるがいい!!ブァウアアアッ!!!!」

 

巨体の割に速さのある尖角が3人の目前までくると、斎藤と剣心はサッと避けた。

そして、正面にいた信女目掛けて自らの獲物を突き出すと衝撃と共に襖に叩きつけた。

 

「あっ!?信女さん」

 

宗次郎は敵にも関わらず、信女が殺されたのかと思い声を上げる。

 

「ふん、今井信女、恐るるに足りず!」

 

「‥‥言った筈よ、三島や大勢の警官達の恨みを晴らすって」

 

尖角の獲物を刃で受け止めつつ、無表情のまま尖角を見上げる信女。

 

「恨みを晴らす?だと?」

 

「ええ」

 

「フン、面白い!!今まで99人を刻み殺したこの尖角の100人目の獲物は‥‥お前だ!!!」

 

「99人‥すいぶんと斬ったじゃないか」

 

「ブァウアアアッ!!!!」

 

尖角は握り懐剣を振り回し信女を追いかける。

 

「なかなか、早いわねあの娘‥でも、速さ比べなら尖角も負けなくてよ」

 

「‥‥」

 

遊女の言う通り、尖角はその大きな体の割に信女の動きに着いてくる。

信女はある程度動くと切り返し、尖角の背後をとる。

 

「おい、新撰組ってのは背後に逃げ回る事しか出来ない臆病者なのか?そのくらいなら‥‥」

 

尖角はスッと動くと、信女の背後に回る。

彼の動きを見るとやはり一般人が相手では尖角は恐ろしい相手だろう。

 

「俺にだって出来るぜ‥速さは互角。だが、俺には貴様には無い剛力がある!!そしてこの握り懐剣がその2つを最大限に活かすのだ!!ブァウアアアッ!!!!」

 

再び尖角と信女の追いかけっこが始まった。

 

奥の間で信女と尖角が追いかけっこをしている頃、志々雄の屋敷の敷地内に潜入した操と栄次は、操が木の上から降りてきた蜘蛛に驚き声を上げてしまい、警備の兵隊に気づかれてしまった。

操は蜘蛛と毛虫は苦手だったのだ。

そこで操はやむを得ず、戦う事にし、近づいてきた兵隊5人をあっという間にのしてしまった。

その中の1人が呼び笛で仲間を呼ぼうとした時、栄次が刀を突きつけ、その兵隊を案内役に脅し、2人は屋敷の中に入れた。

 

「ブァウアアアッ!!!!」

 

尖角と信女の追いかけっこで立派な作りだった奥の間はボロボロになっていた。

最もボロボロにしているのは尖角であるが‥‥

 

「この、ちょこまかと‥‥貴様と俺の速さは互角!!ゴキブリの様にいつまでも逃げ回れると思っているのか!?」

 

逃げ回っている信女に尖角はイラついている様子。

 

「思っているからそうしているのよ」

 

「ブァウアアアッ!!!!」

 

「苦戦していますね‥‥信女さん‥‥助太刀しなくていいんですか?」

 

宗次郎が尖角と信女の追いかけっこを見て斎藤と剣心に尋ねる。

 

「冗談、あんなの相手に自分の太刀筋を見せる気にはなれん。だろう?抜刀斎」

 

「‥‥」

 

斎藤がチラッと剣心を見ると、剣心は信女よりも志々雄の事をジッと見ていた。

 

「ふん、見なよ。つい、さっきまで薄ら笑いを浮かべて喋りまくっていたのによ、戦いが始まった途端あの面だ‥敵(今井)の技を見極めようとしていやがる‥油断も隙もありゃしねぇ‥‥当然、今井の奴も志々雄のあの視線に気づいている‥だから、ああやって相手の自爆を誘っているのさ」

 

斎藤はなぜ信女が技の一つも出さずに逃げ回っているのか、その理由を宗次郎に語る。

 

「自爆?」

 

しかし、斎藤の言葉の意味を理解できずに首をかしげる宗次郎。

すると、戦いの決着がついた。

信女が尖角の背後をとり、尖角が信女に襲いかかろうとした時、尖角の足の筋肉の筋が切れた。

 

「ぐぁぁぁぁー!!」

 

突如襲い掛かる足の痛みに尖角は悲鳴をあげ、その場に倒れる。

 

「あ‥‥アぁ‥‥足…が‥足が‥お、お、折れた‥‥」

 

「無様ね‥‥」

 

倒れている尖角を信女は冷たく見下ろしていた。

 

「分からないって顔をしているわね‥‥いいわ、教えてあげる。貴方は速さを落とさず連続して動き続けたから、切り返しの際に、身体にかかる負担が限界を越えたのよ」

 

「バカな!?同じ速さで動いたのに、身体のヤワなお前より、俺の方が先に限界を越えるはずが…」

 

「同じ速さだから、体重が重い貴方の方が、身体にかかる負担も大きいのよ。そんな事も気づかないなんてとんだ脳筋ね」

 

「ば、バカな!?今までこんな事は一度もなかった!!俺の身体はこれ位の速さで限界を越えるはずは‥‥」

 

「バカが、まだ気付かないのか?」

 

叫び続ける尖角の言葉を斎藤が遮った。

 

「今井は切り返しの度に、徐々に速さをつり上げていたんだよ。"自分と今井は同じ速さ"と思い込んだ貴様は、そこにまんまと引っ掛かった訳だ。さっき99人を殺したとかぬかしていたが…100目は"自分自身"に決まりだな」

 

(へんなフラグを立てるからこうなるのよ‥もっともフラグを立てなくても勝っていたのは私だけどね‥‥)

 

呆然とする尖角を見据えて、ニヤリとする斉藤。

 

「さてと‥‥随分と痛そうね?その足‥‥」

 

信女が尖角の折れた足を見る。

彼の折れた足は変な方向に曲がっており、見るだけで痛そうだ。

 

「斬りとってあげましょうか?」

 

無表情の信女、その瞳は何も写ってないかのような...否、尖角には見えた。その瞳の奥に自分の足が斬られのたうち回る自分の姿を‥‥

 

「う…うそうそ。やってない!!やってない!!99人ってのは、言葉のアヤだよ、なっなっ…」

 

「でも、栄次の両親、三島を殺ったのは、貴方の仕業でしょう?少なくとも‥‥」

 

「うう…うぅ~‥‥」

 

事実を突きつけられ、口ごもる尖角。

 

「貴方が一般人を斬るよりずっと昔から私は千を越える者を斬ってきた。経験と実力の差ね‥‥いいお勉強になったでしょう?」

 

「尖角」

 

そして志々雄が尖角の名を呼ぶと彼はビクッと体を震わせる。

 

「最初からお前に勝ちなんざ期待しちゃいねぇが、このまま 技一つ出させないまま負けてみやがれ。この俺が直々にブッ殺してやる」

 

信女の殺気、志々雄が尖角に脅しをかける。

志々雄の言葉を聞き、尖角の顔は脂汗と冷や汗で汗まみれになる。

 

「うヴァあァあァ!!」

 

尖角は最後の力を振り絞り、懐剣を振り上げ信女に襲い掛かって来る。

そこを、

 

「飛天御剣流 龍翔閃!」

 

剣心が信女と尖角の間に割り込み、尖角の下から喉元を叩きつけ尖角を倒した。

しかし、志々雄に技の一つを見せてしまった失態に斎藤は、

 

「阿呆が…そんなデクの坊にまで情けをかけやがって、その甘さが命取りになるぞ」

 

「別に構わんさ、"後輩"相手にそう気張る事もあるまい!」

 

呆れた様に忠告したが、剣心は構わないと言い放った。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第45幕 逆刃刀

更新です。


 

 

 

 

 

~side操~

 

此処で場面は変わり、

庭を警備していた志々雄の兵を刀で脅し、尖角の下へと案内させていた操と栄次。

 

「此処?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

そして2人は漸くお目当ての尖角のいる場所へと辿り着き、

 

「ありがと」

 

ドガッ

 

「ぐはっ!!」

 

操は案内させていた兵に手刀を喰らわせ倒して襖を僅かに開け、中の様子を見ると、

 

「飛天御剣流 龍翔閃!」

 

剣心が尖角の下から喉元を逆刃刀で叩き付け、尖角を倒した場面に遭遇した。

尖角を倒すと剣心は逆刃刀を構え、

 

「…剣を取れ、志々雄真実」

 

次は志々雄と戦おうとしている剣心の姿があった。

 

「なんかよくわからないけど、凄い事になっている‥‥これは私達が手を出せる雰囲気じゃないわ‥‥」

 

尖角を倒した剣心に操と栄次は唖然としていた。

 

「だったらコソコソしてないで堂々と見物しな」

 

斎藤が襖を開けると、そこから操と栄次が奥の間になだれ込む。

 

「ただ、その場から動かないようにね‥‥あと、操」

 

「は、はい。信女様」

 

信女に声をかけられ、震える様な声で返答する操。

 

「言いつけを守れなかったから後でお仕置きね」

 

Σ(゚д゚lll)ガーン

 

信女のこの一言を聞いて操は、もうダメだ…おしまいだぁ…とこの世の終わりの様な顔をした。

 

「今の龍翔閃とかいう技、刀の腹で尖角のアゴを打ち上げたわけだが‥‥恐らく 本来は刃を立てて斬り上げる技だろ?」

 

志々雄が先程見た剣心の龍翔閃の本来の型を剣心に尋ねる。

 

「ああ」

 

(これで志々雄に龍翔閃は通じないわね‥‥)

 

志々雄が龍翔閃の本来の型を学んだことにより、彼にはもう龍翔閃は通じないと悟った信女。

 

「先輩が人斬りを止めたと聞いていたが、この目で直に見るまで信じ難がった。そんなんで俺を倒そうなんて100年早ぇ‥つまらねぇ闘いはしたくねぇ」

 

志々雄がパチンと指を鳴らすと傍に控えていた遊女が後ろの屏風を畳む。

すると其処には隠し通路の出入り口があった。

 

「京都で待っていてやるから人斬りに戻ってから出直して来な」

 

「尻尾を巻いて逃げるのか?」

 

剣心のこの言葉に志々雄はピクッと反応し、座布団の隣に立て掛けてあった刀を掴むとブンっと宗次郎に向かって投げ、宗次郎はパシッとその刀を掴む。

 

「宗次郎、俺のかわりに遊んでやれ」

 

「いいんですか?志々雄さんの刀を使っても‥‥」

 

「ああ"龍翔閃"とやらの礼にお前の"天剣"を見せてやれ」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

そういうと志々雄は遊女と共に屏風の後ろに隠れていた隠し通路の階段を降りて行った。

 

「緋村さん‥‥僕を倒さないとこの部屋からは出られませんよ。まず、僕と戦って下さい」

 

志々雄から受け取った刀を腰にぶら下げ、剣心と対峙する宗次郎。

 

(この男‥‥これまで戦ってきたどの相手とも違う‥‥全く心が読めぬ‥‥)

 

剣心は宗次郎をジッと見て、宗次郎がただの剣客ではない事を悟る。

 

「コラァ!!緋村!!何ボォッとしているのよぉ!!さっさとしないと包帯男逃げ切っちゃうだろう!!」

 

(剣心も早々にかたをつけたいのだろうけど、宗次郎はやっぱり、普通の剣客じゃない‥‥私よりも歪んだ剣客‥‥今の剣心に勝てる相手かしら?)

 

対峙している剣心と宗次郎を見て、はたして剣心が宗次郎に勝てるかと不安になる。

 

(普通、戦いにおいて殺気や闘気を剥き出しにするのは二流三流の剣客‥‥しかし、新撰組の斎藤や沖田の様な一流の剣客は敵に出方を悟らせぬため、殺気や闘気は内に秘めて表に出すことはない‥‥ところがこの宗次郎と言う男は外にも内にも殺気や闘気は微塵も感じられず、まるで玩具を手にした無邪気さしかない‥‥最も信女も似たようなものだが‥‥)

 

 

「ちょっと!!いつまでボサッと突っ立ってんの!!コラ!!緋村!!」

 

「?」

 

そして操が剣心に怒鳴ると、同時に剣心が宗次郎に剣気を飛ばし、その射線上にいた操が剣心の剣気に当てられ腰を抜かす。

 

「なに腰抜かしてんだよ!?」

 

「何?今の?」

 

操は一応、御庭番衆の教育を受けている為か、剣心の剣気に反応したが、栄次はごく普通の少年の為か剣心の剣気には気づかなかった。

 

「無駄だ、そいつに剣気をたたき続けても暖簾に腕押しだ。さっきから俺が ずっとやっている。」

 

「剣気?」

 

「剣客が持つ攻撃的な気のことよ。‥‥志々雄に斬り込みたかった剣心と斎藤は宗次郎の動きが読めなかったから動けなかったの‥そうでしょう?」

 

「ああ‥‥だが、今のではっきり分かった。そもそもその男は、剣気はおろか殺気も闘気も持ち合わせちゃいねェんだ」

 

斎藤の解答に剣心はピクッと眉を動かす。

そして当の宗次郎本人は相変わらず笑みを絶やさないままだった。

 

「すいません、早くしないと志々雄さんに追いつけなくなっちゃうんですけど…」

 

笑顔のままではあるが、何処となく困った様に宗次郎が言えば剣心は逆刃刀を鞘に納刀し抜刀術の構えをとる。

 

「やはりそれだろうな、後の先が取れないなら己の最速の剣で先の先を取るのが最良策だ」

 

「どういう事それ?」

 

斎藤の言葉の意味が分からないのか、操は質問をする。

 

「要するに宗次郎の出方が読めない以上、緋村の方から宗次郎に仕掛けるしかないって事よ」

 

斎藤の言葉の意味を信女が操に教える。

 

「へぇー抜刀術‥ですか。それじゃあ僕も‥‥」

 

宗次郎も剣心の抜刀術の構えを見て、自らも抜刀術の構えをとる。

互いに抜刀術の構えでジリジリと相手に滲み寄りながら機を読み、そしてお互いにカッと目を見開くと一瞬のうちに剣心の逆刃刀と宗次郎の刀がぶつかり合う。

剣速は互角の抜刀術は部屋中にキィンと音を立てた後、トスッと音を立てて剣心の逆刃刀の切っ先が畳に突き刺さる。

抜刀術の打ち合いの後、一瞬の沈黙が訪れたが、宗次郎がそれを破った。

 

「勝負あり‥かな?」

 

「ああ、お互い戦闘不能で引き分けってトコだな」

 

「えっ?」

 

宗次郎が、自らが手に持つ刀を見ると、彼が手にしていた刀は、折れはしなかったが、刃こぼれをおこしボロボロの状態だった。

 

「よっしゃ!流石緋村!!」

 

「へぇーこりゃあ凄いやーこれじゃあもう修復は無理だ‥‥まっ、いいや、どうせ志々雄さんの刀だし」

 

操は相手の刀をボロボロにした緋村を褒め、宗次郎は ボロボロの刃を見て驚きはしたものの自分の愛刀ではない事から悔しがることもなく『まっ、いいや』の一言で片付け刀を鞘に収めた。

 

「この勝負、確かに勝ち負けは無しですね。今日はこれで失礼しますけど、また闘って下さい。その時までに新しい刀、用意しておいて下さいね。‥‥あと、信女さん」

 

「何かしら?」

 

「出来れば、信女さんとも戦いたいです」

 

「ええ、私も貴方と手合わせしたいわ」

 

「もし、僕が勝ったら、僕の下に来てくれますか?」

 

「‥‥貴方が私に勝てたらね」

 

「約束ですよ。それじゃあ‥‥」

 

そう言い残し宗次郎は志々雄の後を追う為、隠し通路の階段を降りて行った。

折れた逆刃刀を鞘に納刀した後も、剣心は黙って立ち尽くしたままだった。

 

「緋村‥‥逆刄刀…折れちゃったね」

 

「志々雄達も逃がしちまったしな」

 

「コラ!!アンタだって言えた義理じゃないでしょう!!」

 

操が気を使ったのか剣心に話しかけると斎藤の余計な一言に憤怒する。

 

「なに‥刀はまた造ればいいし、志々雄達もまた追えばいい。とりあえず、この村から志々雄一派を退けられた。それだけでも良しでござるよ」

 

剣心は逆刃刀を失ったが、結果には満足した様子だった。

そんな中、栄次は倒れている尖角の様子を窺う。

すると、尖角を意識は失っていたが、呼吸はしていた。

呼吸をしていると言う事は生きている証拠‥‥

家族の仇が生きている事が許せない栄次。

今なら、意識を失っているので殺すには絶好の機会‥‥

栄次は刀を振り上げ、

 

「死ね!!尖角!!」

 

倒れている尖角に尖角にとどめを刺そうとした所を斎藤に止められた。

 

「勝手に殺すなよ。コイツから聞き出したい事は山ほどあるんだ」

 

「ソイツは俺の仇だ!!邪魔するな!!」

 

「止めなさい、栄次。敵討ちは明治6年に法令で禁止されている。もし、コイツを殺せば、貴方はコイツと同じ人殺しになるのよ」

 

信女は栄次をこのまま人殺しにはさせたくなく、説得する。

 

「そう言うことだ。これ以上余計な仕事を増やすんじゃねぇ。敵討ちせんでも此奴は取り調べの拷問と言う付録付きで死刑台送り決定だ‥‥気絶したまま死ぬより、よっぽど苦しいぜ」

 

ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる斎藤。

 

「鬼‥‥」

 

そんな斎藤の様子を見て操はドン引きしながら呟く。

だが、栄次は尚も食い下がり刀を握る栄次に剣心がそっと手を重ね、信女は栄次の傍に寄る。

 

「栄次‥‥三島の‥‥貴方の兄の刀は血に汚れていた?」

 

「えっ?」

 

「三島の刀をこんな奴の血で汚してはダメよ‥‥貴方を守る為、ボロボロになってまで貴方を守るために戦った三島の刀をこれ以上、ボロボロにして虐めてはダメよ‥‥三島は貴方にそんな事は望んでいない筈よ」

 

「信女の言う通りでござるよ。死んだ者が望むのは敵討ちではなく生きている者の幸福でござるよ。お主がこの小さな手を汚しても誰一人喜びやしない…時が経てばこの小さな手も大きくなりお主も大人になる。その時、志々雄一派の様に力で人を虐げる男にはなるな。村人の様に暴力に怯えて何も出来ない男になるな、最期の最期までお主を案じ続けたお主の兄の様な男になって幸福になるでござるよ」

 

「アニキ‥‥」

 

信女と剣心の言葉を聞き、兄の事を思い出した栄次は涙を流し、尖角への敵討ちは諦めた。

 

「取り敢えず、一件落着ね」

 

物事が落ち着き、操が呟いた。

 

「一件落着‥‥か‥‥」

 

斎藤は本当に一件落着したのか?と疑問視しながら、折れた逆刃刀の切っ先を見つめた。

 

やがて近くの警察署から警官が大勢駆けつけ、尖角は意識を失ったまま荷車に乗せられて連行されて行く。

その様子を見た人たちは声を上げて喜んでいる。

村を見下ろせる高所にて、その様子を見ている剣心達。

 

「これで、新月村も元通りになるでござるな」

 

「無責任にワーワー喜んじゃって‥なんかしゃくぜんとしないなぁ」

 

あれだけ志々雄達の暴力に怯え、三島家の皆をぞんざいに扱っていた村人達が喜んでいる姿に納得いかないモノを感じる操。

 

「大変なのはこれからさ」

 

「えっ?」

 

「この一件で村人同士、互いの心の醜さが露呈されたんだ‥‥人間関係が暫く荒れるぜ」

 

(確かに斎藤の言う通り、一度芽生えた負の感情はちょっとやそっとじゃ解消しない‥‥この村はもしかしたら、終わりかもね‥‥)

 

「なに笑ってんのよ!!コイツの性格もいまいち、しゃくぜんとしないわね」

 

「こんな村でも俺の故郷なんだ‥‥良くなることを祈るさ」

 

栄次は生まれ故郷はこれで見納めだと思いながら、村を見つめる。

例え志々雄一派がこの村を去っても恐らく栄次はこの村には居られない。

 

「さてとそれじゃあ俺はそろそろ戻るぜ‥今井、お前はどうする?まだ抜刀斎と京都へ行くのか?」

 

「ええ。それで栄次はどうするの?志々雄一派がいなくなってももう、この村にはいられないでしょう?」

 

「俺もお前も連れて行く訳にはいかんだろう?暫く時尾の所に預けて、落ち着いたら身の振りを考えるさ」

 

「そうね」

 

「ん?時尾はと誰でござるか?」

 

剣心が斎藤の口から出た時尾と言う人物に首を傾げる。

 

「‥‥家内だ」

 

斎藤の家内発言に驚愕する剣心と操。

 

「あ~あ~分かる、分かる。私も初めて時尾とあった時、幻かと思ったもの」

 

剣心と操のリアクションを見て当然の反応だと思う信女。

 

「か、か、か、家内!?」

 

「お主、結婚していたでござるか!?」

 

「ああ‥‥安心しろ、時尾はできた女だ。栄次の面倒はしっかり見てくれる」

 

「そりゃそうよね、この男の奥さん務めるなら‥‥」

 

「菩薩の様な人でなければ無理でござる」

 

剣心と操は時尾の容姿を菩薩そっくりな人だと想像する。

 

「こっちの心配はいらん。お前はとっとと京都に戻り、さっさと人斬りに戻れ」

 

「‥‥」

 

「この戦いで分かっただろう?流浪にのお前じゃ、志々雄はおろかその側近にも歯が立たない。逆刃刀が折れたのは丁度良い、いい加減覚悟を決めろ」

 

そう言い残し、斎藤は栄次と共に去っていった。

人斬りに戻れと言う斎藤の言葉に思い詰めた顔をしている剣心を操が励ましたが、からかわれていた事を知ると、操は剣心に跳び蹴りを喰わせた。

 

「随分と時間を食ったわ‥‥この先京都まで志々雄一派は襲い掛かってこないと思うけど、今は時間が惜しい‥‥志々雄の館に馬が居たからそれで京都まで行きましょう。緋村、貴方乗馬は出来る?」

 

「ああ」

 

「ちょ、ちょっと待って!!あたし、馬に何て乗れないわよ!!」

 

剣心と信女は馬に乗れるが操は乗れないと言う。

 

「だったら、私が一緒に乗せてあげるわ」

 

「えっ‥‥」

 

信女の提案に操は意外そうな顔をする。

 

「何?その顔は‥‥?それとも1人で京都へ帰る?」

 

「あわわわわ‥‥う、嬉しいな~信女様と一緒に乗馬何て~」

 

棒読みっぽい言葉ながらも慌てて操は信女に取り繕う。

その後、剣心達は志々雄の屋敷で飼われていた馬に乗り京都を目指した。

 

 

 

~ウラバナ~

 

尖角の敵討ちを剣心と信女の説得で諦めた栄次。

あとは近くの警察署の警官達が来るのを待っている頃‥‥

 

「さっ、操‥‥さっきも言った通りお仕置きよ」

 

「えっ‥‥あ、あの‥‥」

 

「何かしら?最後の言い訳ぐらいは聞いてあげるわよ」

 

「そ、その‥‥あ、あたしは栄次の傍に居ました。だから、約束は破っていないかと‥‥」

 

操の顔からはダラダラと滝の様に汗が流れ出る。

 

「栄次を敵地につれこんで、危険な目に遭わせたのよ。年長者としてその責を問うているの」

 

操は信女に言い訳は通じないと判断し、

 

「い、いや~!!」

 

信女のお仕置きが余程怖いのか逃げ出す操。

だが‥‥

 

「私から逃げようなんて100年早いわよ、操」

 

信女は操に追いつくと、足を引っ掛けて操を転ばせると、後ろ襟首をガシッと掴んだままズルズルと操を襖の奥の部屋へと引きずり込んでいく。

 

「いや~!!た、助けて!!緋村~!!」

 

操は剣心に手を伸ばして助けを求めるが、

 

「‥‥す、すまぬでござる操殿‥拙者は此処で散る訳にはいかぬでござる」

 

「薄情者~ぉぉぉー!!」

 

操のその言葉を最後にピシャッと襖が閉じられる。

その姿はまるでこれから処刑される死刑囚の様だった。

唖然としてその様子を見ていた剣心と栄次。

斎藤は興味なさげな表情をしていた。

やがて‥‥

 

「ぎょぇぇぇー!!」

 

屋敷中に響く様な操の絶叫がすると、剣心と栄次はビクッと体を震わせる。

そして、襖が開くと其処から出てきたのは、真っ白に燃え尽き口からエクトプラズムを吐き、よろよろと剣心達の方に向かって歩いて来る操とすっきりとした表情の信女。

 

「い、一体何があったんだ‥‥」

 

栄次はあの襖の向こうで何があったのか、操の姿を見て想像もつかなかったが、剣心が、

 

「栄次‥‥世の中には知らなくても良い事が有るでござるよ」

 

と、栄次に警告を入れたのだった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

遅くなりすいませんでした。


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第46幕 原点

更新です。


剣心と信女が京都へと旅立った後、一足遅れて京都へと旅立った左之助。

東京にて斎藤との一悶着の後、彼は今よりも強くならなければ、剣心の力になれないと実感し、東海道の山の中を修行しながら進んだが、これまで誰かに教えを乞うたことが無く、彼の修業はただの自然破壊で何の修行にもならず、さらに持ち前の方向音痴のせいで迷子になってしまった。

そんな中、とある山中で左之助は謎の破壊僧、悠久山安慈と出会い、彼が編み出したとされる破壊の極意「二重の極み」を教わった。

左之助はわずか一週間で二重の極みを覚え、意気揚々と京都を目指した。

 

その間、京都へと着いた剣心と信女。

流石に市中を馬に乗ったまま入る訳にはいかず、2人は馬を降り、手綱を引いて操の実家とされる葵屋を目指した。

尚、剣心は左頬の十字傷を貼り薬で隠して歩いている。

 

「緋村、信女様早く!!早く!!」

 

操が剣心と信女を葵屋まで案内していく。

 

「なにもそう焦らずとも」

 

「だって早く帰りたいんだもん。爺やや皆、元気にしているかな?」

 

(気が急くのも無理はござらんな、操殿も家が恋しいと思える)

 

(家に着けばこっちのもんよ、自白剤を飲ませて蒼紫様の事を吐かせてやる)

 

(なんか、邪な事を考えているわね、操)

 

そんな3人の思惑が渦巻く中、剣心と信女は10年ぶりに京都の市中へと入り、辺りを見回す。

 

(京都‥‥維新から10年‥日本中を流れてきたが、この地だけは2度と踏む事は無いと思っていた。幕末の動乱においては、血煙がたたぬ日は無い‥地獄絵図にも似た修羅道の戦場であった‥この京都‥‥)

 

(京都‥始めは緋村探しの旅だったけど、斎藤と出会い、新撰組の皆と出会った京都‥‥あの幕末の動乱では、死人の出ない日はなかった‥まさに生き地獄の様な土地‥‥井上、山崎‥‥そしてあの動乱で散っていた新撰組の皆が眠る土地)

 

剣心と信女が10年ぶりの京都に思いをはせていると、

 

「緋村!!信女様!!」

 

「っ!?」

 

「おろ?」

 

「『おろ』じゃない!信女様も何驚いているんですか?なーんか京都に来てから変よ、2人共。それと緋村、その刀なんとかならない?やっぱ京都じゃ目立って恥ずかしいわ」

 

「いや、どちらかというと操殿の衣装の方が‥‥」

 

「緋村、それは言ってはダメよ。本人はカッコイイと思っているかもしれないのに‥‥」

 

「あんだとォ!信女様まで酷いですよぉ~!」

 

「兎に角まずは、操殿は家へ帰る事が先決でござるよ」

 

「今頃家の人たちが心配しているんじゃない?家はどこ?」

 

「すぐそこ、もう着いたわよ ホラ、料亭『葵屋』」

 

「料亭?」

 

剣心は目の前の立派な料亭を見て目を丸くし、操は思ったよりいいトコのお嬢なのか、とつい彼女を凝視してしまう。

 

「そっ、料亭『葵屋』。京都ではちょっと知れた店よ。あ、おーい爺やー!」

 

操が店先を掃き掃除していた老人に声を上げ、手を振ると老人に飛び付いた。

それに気付いた老人は飛び付いた操を抱き留めた。

 

「ん?ひょーっ、操ォ!!」

 

「ただいまァ!」

 

「おお、お帰り!いつもより帰りが遅いから心配したぞ」

 

「ごめんごめん、色々あってね」

 

「ほう?」

 

当初は孫と祖父の感動的な再会シーンだったのだが、

やがて、操の体からミシミシと音が鳴りだし終いにはメキメキとまで音を立て始めた。

それを見た剣心と信女はこの老人が表情とは裏腹に怒っている事を察したが、他人事の様に思った。

 

「痛い痛いいたたいたたー!!」

 

「遅く帰った罰じゃい、おお あんた達が操を送ってくれたんじゃな」

 

「ええ…まぁ」

 

(追剝していた事を話したら操、殺されるんじゃないかしら?)

 

遅れて帰って来てこのお仕置きなのだから、道中追剝して路銀を稼いでいた事をしられたら、血の雨が降ると予感した信女。

でも、それはそれで少し面白そうだと思った。

 

「この子を連れて歩くのは大変じゃったろう?」

 

と尋ねてくる老人に

 

「ええ、そりゃもう、もの凄く」

 

と素直に答える剣心に信女は苦笑いした。

 

老人と操が戯れている間に葵屋から出て来た従業員らしき男女4人、板前風の男2人に仲居風の女性2人に囲まれる操を見て2人は安堵すると、挨拶をしてその場を去ろうとした。

 

「では 拙者達はこれで」

 

「待ちなされ、まだ礼をしとらんじゃろう?どうぞ、ゆっくりしていきなされ‥‥緋村抜刀斎殿、今井信女殿」

 

「っ!?」

 

「御老人…」

 

髭をリボンで結んだ変な老人と思っていたが、自分達の正体を知っていた事に警戒心を強める剣心と信女。

信女なんて、刀の柄に手をやっている。

 

「十字傷を隠しても分かる者には分かる。詳しい話は中で、ささどうぞ」

 

「「‥‥」」

 

結局、剣心と信女は断りきれず、馬を店先に手綱を結び、葵屋へと入ると操は風呂に入ると言って途中で剣心と信女と別れ、2人は老人の私室であろう部屋に通された。

 

「さてと…道中 あやつ、自分の事で"隠密御庭番衆"と言っておらんかったかな?」

 

「もしや…」

 

「貴方も‥‥」

 

「御察しの通り、この柏崎念至 昔は隠密御庭番の一員でな、その名も京都探索方"翁"!」

 

老人こと、翁は自らの正体を剣心と信女に伝えると、続いてこの葵屋の創立から現在までを話に聞き剣心は蒼紫の話はしておくべきだと思った。

 

「成程、だから蒼紫は此処に操殿を置いて行ったわけでござるか‥‥」

 

「蒼紫様をご存知で?」

 

「貴方には話しておく必要があるでござるな」

 

剣心は観柳邸における蒼紫、そして般若達の最後を翁に教えた。

 

「そうですか‥‥般若達は死に蒼紫様は行方知れずに‥‥」

 

剣心は蒼紫や般若達の事は話しておくべきと判断し翁に東京での出来事を話した。

 

「操殿にはしばらくの間、内密にしてもらいたいでござる」

 

「うむ、その方が良いだろう‥時に抜刀…いや、緋村殿。この10年 一度も京都に現れなんだ君が今頃になって現れたのはもしや、君の後継者…志々雄真実がからんでおらんか?」

 

翁の口から志々雄の名が出て剣心は目つきを鋭くする。

 

(流石、元忍者‥もう志々雄の情報を掴んでいたのね‥‥)

 

信女は翁が志々雄の情報を既に掴んでいた事に腐っても、年をとっても忍者は忍者なのだと思った。

自分がこれまで‥そしてこの先ずっと人斬りであるのと同じように‥‥

 

「昔取った杵柄、京都の裏も表も大概の事は全て儂にはわかる」

 

当初、翁は志々雄の暗躍は何かの誤報か質の悪い噂話かと思っていたが、こうして剣心が京都に現れたことで信憑性が増した。

 

「そこでどうじゃ この儂が君達の味方になってやろう」

 

「おろ?」

 

「は?」

 

翁は頼んでもいないのに剣心に協力すると言って来た。

 

「儂は今の京都が好きなんじゃ、この都を守るためいま一度老兵の出陣じゃ」

 

翁は昔の血が疼くのか完全にやる気満々の様子。

 

「そんな気軽に協力するなんて言っていいのかしら?」

 

「ん?」

 

「志々雄の情報収集力もかなりのものよ、貴方達が緋村に協力したなんて情報は直ぐに志々雄の下へと伝わる‥そうなれば、貴方を含め、この料亭の全員が殺される事になるのよ」

 

「何 葵屋の事なら大丈夫、みな元隠密御庭番衆 自分と操一人を守るくらいはやってのける連中じゃ」

 

「はたしてそうかしら?」

 

信女は総司の時のことを思う。

あの時、自分が居たにも関わらず、信女は総司を守り切れなかった。

例え、凄腕の隠密でも数の暴力には勝てない。

見た所、葵屋の従業員は翁を含めて5人‥‥志々雄の配下に凄腕の忍びが50人居たら、葵屋は皆殺しにされるだろう。

だが、翁は問題ないと言う。

 

「しかし」

 

剣心も志々雄の件でこれ以上無関係の人間を巻き込むのは気が引けるのか、翁に反論するが、

 

「嫌だといってもムダじゃよムダ。なんせ儂は操の育ての親じゃからな」

 

ニッと笑い立てた親指で自分を指差す翁に剣心はジト目で

 

「言い出したら聞かないと言う訳でござるな」

 

「ひょーっひょひょひょひょ、その通り」

 

(上1人の一存で下の者まで危険にさらすこの体制問題じゃないかしら?)

 

「それじゃ…お言葉に甘えて、頼み事を」

 

剣心は速攻で諦めたのか、翁を早速頼る事にした。

 

「おお、なんなりと」

 

「翁殿の情報網を使って人探しをして欲しいのでござるよ。刀匠、新井赤空と言う人物を‥‥」

 

剣心はかつて逆刃刀を打った刀匠を探してくれと言う。

彼が最後にあったのはもう10年の昔‥今も10年前の場所で店構えをしているとは限らない。

今の剣心には1分1秒でも早く、新たな逆刃刀が必要だったのだ。

 

「緋村、折角だからあの人にもう1度、修行を着けて貰ったら、折角京都に戻ったんだし‥‥」

 

信女は剣心に剣の師匠、比古清十郎に稽古をつけて貰ったらと提案する。

実際、剣心はまだ飛天御剣流の奥義を取得していない。

それに九頭龍閃も‥‥

信女の提案に剣心は顔を渋るが、彼女の言っている事も最もであり、志々雄との戦いの中、新たな技の取得とやや訛った勘を取り戻すには仕方がないと割り切った。

 

「それで、信女、師匠は今でもあの山にいるでござるか?」

 

「えっ?うーん‥‥今でもいる確証はないかも‥‥何せ、私も山を下りて10年以上、あの人とは会っていないし‥‥」

 

「‥‥翁殿、すまぬが、新井赤空の他にもう1人、比古清十郎と言う男を探してはくれぬでござるか?出来るだけ早く‥‥」

 

「うむ、承知した」

 

剣心からの人探しの依頼を翁は早速手配した。

堅苦しい話が終わり、

 

「しかし、あの新撰組に女子が居たとは驚きじゃ‥長生きするもんじゃのう」

 

「翁殿は知らなかったでござるか?」

 

「うむ、幕末時代、艶のある新撰組隊士が居たと裏では有名だったがまさか こんなに可憐な女性だったとはのう‥‥」

 

褒めちぎる翁に信女はノーリアクションだったが、剣心は内心 そうだろう、そうだろう!と大きく頷いていた。

 

「それじゃあ、私はこれで‥‥こっちの警察署にも顔を出さないといけないから」

 

「そうでござるか」

 

「剣心は赤空とあの人の居所が分かるまで此処に居るんでしょう?」

 

「えっと‥‥」

 

剣心はどうしようかと困った表情をする。

宿に止まれば、その宿に志々雄一派が襲撃して来る恐れもあるが、雨風を凌げる場所にあてがある訳ではない。

 

「それじゃあ、警察の留置所に泊まる?あそこなら志々雄一派も襲い掛かりにくい場所だし」

 

「流石に遠慮するでござるよ」

 

「ならば、此処に泊まっていきなさい」

 

翁は剣心に葵屋に泊まって行けと言う。

 

「しかし‥‥」

 

「何、既に協力をしておるのじゃ、部屋と食事ぐらいの協力も大したことではない」

 

翁の言葉に甘え、剣心は葵屋の一室を借りる事にした。

 

「信女はどうするでござるか?」

 

「うーん‥私は栄次を時尾の所へ送った斎藤が戻って来るまで警察署から離れる訳にはいかないから、警察署の宿直室で寝泊まりするわ」

 

「そ、そうでござるか‥‥」

 

心なしか剣心はちょっと残念そうだ。

 

(今井君は男泣かせな女じゃのう)

 

剣心と信女のやり取りを見た翁は剣心の恋が成就するのかちょっと心配になった。

そして、信女は馬2頭を引き攣れてこの町の警察署へと向かった。

 

 

翌日、翁の下に剣心が頼んだ探し人の内、1人の消息が判明した。

いや、正確にはその人物の死亡が確認された。

逆刃刀を作った刀匠、新井赤空は既に死亡していたのだった。

だが、その息子、新井青空は存命で今は鎌や鉈、包丁を作っていると言う。

剣心達は早速、その青空の下に行き、逆刃刀を作ってもらえないか依頼するが、青空はそれを断った。

操は青空の態度に納得できず、最後まで青空に嚙みついたが、剣心の方が先に折れて、刀探しは別の刀匠に当たる事にした。

しかし、剣心の行動を逐次、志々雄一派に監視されており、志々雄の部下の中でも凄腕の剣客集団、十本刀の1人、沢下条張、通称“刀狩”の張が青空の1人息子、伊織を人質に赤空最後の一振りが納刀されていると言う神社へと向かった。

操はその情報を掴むと、伝書鳩で翁に知らせ、翁の傍にいた剣心もその情報を掴むと伊織を助ける為、その神社へと向かった。

なお、その際、翁にこの事を信女にも伝える様に伝言を残して‥‥

翁は急いで警察署へ伝令を出した。

 

「す、すみません。警視庁から来た佐々木さんはいますか?」

 

「あら?貴方は葵屋の‥‥どうしたの?」

 

「そ、それが‥‥」

 

葵屋からの伝令を聞き、

 

「あのバカ‥‥」

 

信女も急いで緋村が向かった神社へと向かった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第47幕 張

更新です。


 

 

 

 

 

 

葵屋からの使いの知らせを聞き、信女は警察署を飛び出した。

青空の息子、新井伊織が志々雄一派に拉致され、剣心は赤空最後の一振りが納刀されている白山神社へと向かったのだと言う。

操の話では伊織を拉致した志々雄一派の者も赤空最後の一振りを狙っていたと言う。

今の剣心は逆刃刀が折れており、満足に戦える状態ではない。

そんな状態にも関わらず、剣心は伊織を助けに向かった。

相手は一人だったと言うが、その者の実力がもし、宗次郎並みの凄腕だったら‥‥いや、今の剣心だと尖角レベルの相手でも苦戦、もしくは敗北だってありえる。

 

「あのバカ‥‥」

 

兎も角、信女は剣心が向かったであろう白山神社へと急いで向かった。

そして、この日、京の人々の間で、おまわりさんがものすごい勢いで道を走り、壁を登り、屋根の上を駆け抜けて行ったと噂と目撃談があがった。

 

「ここか…」

 

剣心が白山神社へ着くと其処にはまだ誰もいなかった。

伊織を拉致した志々雄一派の者はまだ到着していない様子だった。

 

(ふむ、何とか間に合ったみたいでござるな)

 

そして、剣心は本殿の前で伊織と伊織を拉致した志々雄一派の者を待った。

その時、不意に人の気配を剣心は感じた。

 

(むっ、来たか!?)

 

剣心は志々雄一派の者が来たのだと警戒心を高めると‥‥

 

「ひぃ~むぅ~らぁ~」

 

やって来たのは志々雄一派の者ではなく、息を切らせた信女だった。

 

「の、信女!?」

 

(刃衛の時の薫殿よりもおっかないでござる)

 

「貴方、何をしているの!?」

 

白山神社に着いた信女は速攻で剣心に食って掛かる。

 

「信女こそ、どうして此処に?」

 

「葵屋の人から連絡を受けたのよ」

 

「葵屋から?」

 

「そうよ、剣心が鍛冶屋の息子が志々雄一派に拉致された事を聞いて飛び出していっちゃったって」

 

「そ、そうか‥‥」

 

「貴方、今の自分の状況を分かっているの!?逆刃刀が折れている中、どうやって戦うつもりだったの!?まかさ、鞘だけで勝てる相手だと思っているの!?」

 

「‥‥」

 

「相手がもし、あの宗次郎みたいな手練れだったら、鍛冶屋の息子を助ける以前に貴方は死んでいたのかもしれないのよ!!分かっているの!?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

信女が剣心に対して説教を始めると、剣心は先程警戒心を高めた剣客としての面影はなく、ただただ信女のお説教に対して相槌をうったりしている。

その姿は母親に叱られる子供の様だった。

 

「京都はほっそい路地や入り組んだ道ばかりで、ややこしい所や‥‥さて、赤空最後の一振り、どんな殺人刀か‥‥ん?」

 

信女が剣心に説教をしている中、青空の息子、伊織を拉致した志々雄一派の中でも指折りの実力者、十本刀の一人、沢下条張、通称“刀狩”の張が白山神社に辿り着くと警官の服装をした女が赤毛に腰には刀を差した着物姿の小柄男に説教をしていた。

剣心と信女が張よりも先に白山神社に来る事が出来たのは、張が京都のきめ細かい地理に迷った為であった。

 

(な、なんや?アイツら?廃刀令違反の取り締まりか?)

 

2人の姿に張は唖然としたが、いつまでもこの場で唖然としている訳にはいかない。

それに男の方はあの抜刀斎と特徴は一致する。

張が声をかける前に伊織が剣心の姿に気づき、声をかける。

 

「ごじゃる~~~!!」

 

「どうやら、来たみたいね」

 

「ああ」

 

伊織の声に気づいた信女が剣心への説教を止めて声のした方に顔を向ける。

 

「神社の参拝客やないな、あんたら誰や?」

 

「見て分からないの?おまわりさんよ」

 

信女はこの制服の仕事が分からないのかと張に問う。

 

「へぇ~女のおまわりさんなんて初めて見たわ。んで、そっちは?」

 

張は剣心に念の為、確認をとる。

すると、剣心は頬に貼ってあった十字傷を隠していた貼り薬を剥がすと、冷たい声で一言張に言い放つ。

 

「その子を放せ」

 

「左頬の十字傷…、成程 あんたが有名な人斬り抜刀斎さんかいな」

 

「ごじゃる~~」

 

「なんや思っていたより小さいんやなァ、なんか女子みたいなカンジや。そっちの女のおまわりさんよりもチビやんけ」

 

「背の事は言わないであげて、彼、結構気にしているの」

 

「の、信女~」

 

シリアスな空気をぶち壊す様な信女の発言は本当にこの場のシリアスな空気をぶち壊した。

 

「‥‥まぁええ、で、あんたも赤空の最後の一振り 取りにきたんか?」

 

信女がぶち壊したシリアスな空気を張が何とか取り繕った。

 

「…生憎 拙者が求めているのは別の刀でござる、赤空の最後の一振りが欲しくば持っていけ。ただ その前にその子を放せ」

 

「それは不要の闘いは避けたいって事でっか?そりゃそうでっしゃろう。頼みの逆刃刀とやらが折れて闘いたくとも十分 闘えへんのやさかい。まっ わいもそんな男を倒してもおもしろうないけど、敵と遭遇しときながら闘いもせんと済ませたら わい志々雄様に殺されてしまう。それに!」

 

張は鞘に引っ掛けていた伊織を包んだ風呂敷を枝に引っ掛けると共に抜刀して剣心に切っ先を向ける。

 

「せっかく 最後の一振りを手に入れても試し斬りの素材がなければ楽しさ半減。前から一度"赤ン坊斬り"やってみたかったんや」

 

(赤ん坊って言う歳には見えないけど‥‥)

 

「最低」

 

「あん?」

 

「子供は国の宝よ。無暗に殺めていいモノではないわ」

 

「へぇ~なんや、よう見ればエラい別嬪さんやなぁ!抜刀斎の女かいな?どや?そんな小さい男よりもわいに乗り換えへんか?」

 

「...そうね、とりあえず子供を離してその以下にも自慢みたいな頭を刈り上げて、地面舐めて『俺は犬や』って言うなら踏んであげなくはないわよ」

 

信女はそう言いその言葉に張は、

 

「何やと...女が舐めた事言うなボケが!!」

 

張は左手に持っていた刀の鞘を信女に投げつけ、その隙に信女に接近し突き技を繰り出して来た。

 

「もろうた!」

 

正面に来た張を避け鞘で背中を打ち付けると背負っていた2本の刀を砕き尚も振り切るとその反動を利用して信女は伊織のいる方へと跳ぶ。

信女としては切り殺してもよかったが、小さい子の居るまで人殺しはしたくないし、見た所、コイツも志々雄一派の中では幹部クラスの人間、生きて捕縛出来れば、得る情報もあるだろうと判断し抜刀せず鞘のままで張に刀を叩きつけたのだった。

 

「私を突き殺したいなら、牙突以上の技を繰り出しなさい」

 

倒れている張に信女は捨て台詞を吐き、

 

「ごめんね、怖かったでしょう?」

 

伊織に笑顔で話かけると伊織は嬉しそうに笑う。

 

「のぶねぇ~」

 

剣心が信女と呼んでいたのを覚えたのか伊織は信女の名を口にする。

 

「なんや、女子のわりに結構やるやないか。背中の愛刀がなかったら危ないトコやったわ。けど、この代償は高ぅつくで」

 

張は両手に持っていた刀をくっつけた。

今彼が持っている刀はただの刀ではなく、赤空が作った作品の1つで連刃刀と呼ばれる前期殺人刀だった。

刃と刃の間隔が短く、この連刃刀で切られると例え死ななくとも、傷口の縫合が上手くできず、傷口が化膿し、腐食して死に至らしめると言う刀だった。

張は連刃刀を振りかざし信女に切り込みをかけるが、信女と張の間に剣心が割って入り、連刃刀の刃と刃の間に鉄拵えの逆刃刀の鞘を割り込ませる。

 

「なっ!?」

 

突然の剣心の乱入に驚く張であるが、人質をとった張に対して正々堂々の勝負何て付き合ってやる義理もない。

今は一刻も早く伊織を助ける事、それが剣心にとって最優先事項だった。

 

「どうした?拙者が目的では無かったのか?」

 

そして、剣心は張の連刃刀をへし折り、人体急所の1つ、水月に龍翔閃を叩きつけた。

 

「緋村!!」

 

「またせたでござるな、今 降ろすでござるよ」

 

「ごじゃる~」

 

信女と伊織の方へと歩き始めると後ろではゆらりと張が立ち上がる。

 

「はっはっは‥‥どうやらわい、少しふざけ過ぎていたようや」

 

(水月に打ち込んだのにもう立てるのか?)

 

剣心は人体急所に打ち込んだにも関わらず張がこの短時間で何事もなかったかのように立ち上がったのを見て彼も左之助同様、打たれ強い身体の持ち主なのかと思った。

 

「ごじゃる~のぶねぇ~」

 

張が立ち上がった事で不安を感じた伊織が怯えた声を出す。

 

「すまんな、伊織。少し長引きそうでござるよ」

 

「へぇーこの子、伊織って言うんだ」

 

剣心は伊織を不安にさせない様に伊織に笑みを浮かべて、ちょっと時間はかかるが必ず助けると約束し、信女は此処で初めて伊織の名を知った。

 

「ガキと喋くっとらんとこっち向かんかいこのダボが!なめてっとそのガキ解体すぞ コラ!」

 

張は怒声を上げて、上着を脱ぎすてる。

すると、張の胴体には白銀色の防具の様なモノが巻かれていた。

 

(そうか、あの防具で、コイツは直ぐに起き上がったのか‥‥)

 

剣心は何故張がこの短時間で起き上がれたのか分かった。

張は左之助の様に打たれ強い訳では無く、あの胴体に巻かれている白銀色の防具によって事なきを得たのだと判断した。

張の『ガキ解体すぞ』の発言を聞き、剣心も信女も張を鋭い眼光で睨みつける。

一般人や三流の剣客では、恐れをなしてしまう様な中でも張は怯える事無く、むしろ興奮している様子だった。

 

「十本刀、刀狩りの張、此処からが真骨頂や」

 

張は左手を背中に回し、素早く前に出すと、剣心に向かって銀色の線の様なモノが襲いかかる。

そこへ、操、翁、伊織の父、青空が来る。

青空の話では、張が胴体に巻いていたのは防具ではなく、薄刃乃太刀と呼ばれる赤空の後期殺人刀で可能な限り刃を薄く鍛えた刀なのだと言う。

張が薄刃乃太刀を振ると剣先が方向を変えて後ろから迫る。

紙一重で避けた剣心に薄刃乃太刀が再び剣先を変えて突っ込んで行く。

 

「くっ、緋村!!」

 

信女が咄嗟に躍り出て刀を弾くが、薄刃乃太刀の剣先は信女の右足を掠めて張の元へと戻った。

 

「信女!!」

 

「大丈夫、かすり傷よ。それより緋村、貴方は伊織を助けて下がって、逆刃刀の無い今の貴方は足手纏いよ」

 

張が再び薄刃乃太刀を振るう。

鞭のように変幻自在にうねりながら動く薄刃乃太刀に翻弄される信女。

そして、信女の言葉がショックだったのか剣心の動きは若干鈍る。

その隙を逃さず、張の薄刃乃太刀は剣心の太ももを貫く。

薄刃乃太刀を見切る為に避け続ける剣心に張は、

 

「往生際が悪いなあ、状況わかってへんのか?ガキ一人に命張っている場合やないで」

 

その時、青空が神社の本殿に向かって走って行く。

 

「待っていろ!!伊織!!必ず助けてやるからな!!もうちょっと辛抱だぞ!!」

 

「なに観客が勝手に舞台の上に上がっとるんや!!」

 

張は青空に向けて薄刃乃太刀を放つ。

 

「飛天御剣流、飛龍閃!!」

 

信女は青空に迫る薄刃乃太刀を撃ち落とす。

その隙に剣心が張の間合いに入り込み、張の額に肘鉄をくらわすが、張の巻いていた鉢巻も鉢鉄の鉢巻きで張を完全に倒す事が出来なかった。

信女も飛龍閃で刀を飛ばしてしまい、拾いに行っている時間は無かった。

そんな時、本殿から赤空最後の一振りを手にした青空が、

 

「緋村さん!父の最後の一振りです、使って下さい!!」

 

と、父の最後の刀を剣心に向かって放る。

反射的に受け取ってしまった剣心は見て躊躇ってしまう。

 

(くっ、やっぱり今の緋村じゃあ‥‥)

 

「おい、あんた…人斬り抜刀斎やろう?人斬るのに何そんなに躊躇しとんのや?ええで、『人を斬る悦びを忘れました』言うんならこのワイが思い出させてやるわ。実演を踏まえてな」

 

チラリと横目で後ろに居る伊織を見る男に信女は鞘を構えると走り出す。

 

「そうはさせない!!伊織は‥‥この子は絶対に無事返す!」

 

薄刃乃太刀を避けて一足飛びで間合いに入ると横薙ぎの攻撃を払い脇下を狙うが奇しくも紙一重で避けた張に信女は舌打ちする。

その間に薄刃乃太刀は戻ってくると、今度は信女の左肩を掠り、血を滲ませる。

 

「くっ‥‥」

 

「次はその首、叩き切ったるわ!!」

 

張が再び薄刃乃太刀を構え、信女に止めを刺そうとする。

 

「信女‥‥おおおおお!!」

 

信女が斬られた事、そして信女が斬られそうな姿を見て剣心は我を忘れ、抜刀姿勢のまま俊足で張に接近する。

張が信女ではなく、剣心に向かって薄刃乃太刀を放つが、剣心は張に向かって飛びながら体を捻りそれを避け、続いて後ろからの剣先も超反応で躱すと、

 

「飛天御剣流 龍巻閃"旋"」

 

(な、なんや?今の超反応は!?まるで別人やんや‥‥)

 

を張に叩き込み、剣心の渾身の一撃を喰らった張はその場に大の字で倒れた。

張を斬った時の剣心の目はまさに人斬り抜刀斎の目であった。

人斬り抜刀斎となった剣心の技を見た操は唖然としていた。

 

「緋村‥その刀‥‥」

 

「っ!?」

 

信女の声に反応した剣心は改めて自分の手にしている刀を見ると、その刀は‥‥

 

「逆刃刀!?」

 

殺人刀ばかりを作っていた赤空の最後の一振りは剣心がこれまで使用していた逆刃刀と同じ刀だった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第48幕 不殺

すいません、中中更新しなくて久しぶりの更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍛冶屋、新井青空の息子、新井伊織を誘拐した志々雄一派でも指折りの剣客部隊、十本刀の一人、刀狩りの張を倒した剣心。

殺人刀ばかり作っていた刀匠新井赤空の最後の刀は以前、剣心が使用していた逆刃刀と同じ逆刃刀だった。

その場にいる皆が唖然としている中、白木の柄が剣心の技の威力に耐え切れずに粉々に砕けた。

しかし、刀身には損傷は見られず、壊れたのは握りの柄の部分だけだったので柄を変えればすぐに済む程度の事だった。

 

「それが逆刃刀ってことは‥‥」

 

操は剣心が倒した張を見ると、彼は意識を失っていたがちゃんと呼吸をしていた。

 

「生きている!!緋村、あんたは不殺を破っていないよ!!」

 

操の言葉を聞いて剣心は不殺を破っていなかったことにホッとしていた。

そして逆刃刀の刀身には、赤空が遺した句が彫られていた。

 

 

我を斬り

 

刃 鍛えて

 

幾星霜

 

子に恨まれんとも

 

孫の世の為

 

(赤空って刀匠は刀を作り続ける事によって自分の子供に恨まれても孫の時代には平和な時代が来ると願って刀を打っていたのね‥‥)

 

信女は赤空の辞世の句を見てそう思った。

幕末の時代、新時代を夢見て戦っていたのは武士だけではなかったと言う事だ。

 

その後、倒した張をどうするか?と話し合った。

翁は事情を聞く為に葵屋へと運ぼうと提案した。

しかし、剣心は張の身柄を警察に引き渡すと言った。

その理由は、既に斎藤は京都へとやってきている筈‥彼ならばコイツから志々雄一派の情報を上手く引き出し警官を使って志々雄一派の行動を抑止してくれるだろうと信じていたからだ。

張を倒した後、木にぶら下げられた伊織を信女が器用に木を登り助けた。

 

「のぶねぇ!!」

 

「怖かったでしょう?もう大丈夫よ。さあ、お父さんとお母さんの所に帰りましょう」

 

伊織を抱いて木から降りると信女は伊織を父親である青空へと手渡す。

 

「伊織!!良かった!!本当に良かった!!」

 

青空は息子の無事な姿に思わず涙を流し伊織をギュッと抱きしめた。

その様子を見て信女達はホッとして表情をする。

そして警官隊が白山神社へと到着すると張は意識が無いまま警察署へと連行された。

 

「逆刃刀・真打‥‥」

 

張を警察に任せた後、一同は葵屋へと移動し、剣心は新たな逆刃刀を前にジッとソレを見つめる。

剣心の脳裏にはあの日‥‥鳥羽伏見の戦いの後、赤空と最後に出会った時のことを思い出した。

息子の青空も父のこの辞世の句を見て父、赤空の真意に気づくことが出来た。

 

「お受け取り下さい、緋村さん。父もそれを望んでいると思います」

 

(赤空殿‥‥俺はまだ、貴方と同じく甘い戯言にかけてみたい‥‥だから‥‥)

 

「逆刃刀・真打‥‥有難く頂戴致す‥‥」

 

剣心はこの新時代を生きるこの国の人々を守れる道を探す為、逆刃刀・真打を貰った。

新たな逆刃刀を受け取り青空夫妻が帰る間際、伊織が剣心に向かって手を伸ばす。

 

「ごじゃる~あくす~あくす~ばいばいのあくす~」

 

リクエストに答え伊織の手を取った剣心。

すると伊織は信女にも手を伸ばして来た。

 

「のぶねぇ、抱っこ、抱っこ」

 

伊織は何と信女に抱っこを要求してきた。

どうすればいいのか対応に困った信女であったが、

 

「抱いてあげてください」

 

青空夫人が伊織を信女に差し出す。

 

「そ、それじゃあ‥‥」

 

信女は青空夫人から伊織を受け取り抱き上げる。

 

「さようなら、伊織‥元気でね」

 

伊織を抱いた信女は微笑みながら伊織に別れの挨拶を言う。

 

「「「‥‥」」」

 

伊織を抱っこしてあげる信女の姿を見て剣心、操、翁は‥‥

 

(子供を抱信女のも中々良いでござるな‥‥)

 

(あ、あの信女様が子供を抱っこして、微笑みながら子供と戯れている‥‥)

 

(ふむ、なかなか絵になるのう‥‥ワシも後3~40年若ければ‥‥)

 

剣心と翁は信女の姿に見とれ、操は信じられないモノを見た様な顔をしていた。

 

「あら?何だか、意外そうね?」

 

当然三人の視線に信女は気づいていた。

 

「あっ、いや‥その‥‥」

 

「だって信女様の性格から考えられないもん」

 

剣心は口ごもって誤魔化すが、操は馬鹿正直に感想を述べた。

 

「操‥後でちょっとお話しましょうね?」

 

信女が操に微笑むがその後ろには般若が見えた。

 

「ひぃっ!!」

 

信女のその笑みに操は思わず後ずさりをする。

 

「「今のは、操(殿)が悪い」」

 

剣心と翁が口を揃えてお仕置きされても仕方がないと言う。

 

「私はこう見ても子供好きなのよ。昔、ある人とよく近所の子供相手に遊んでいたんだから」

 

信女は幕末‥新撰組に居た時、沖田と共に屯所の近くのお寺で近所の子供らと遊んでからは子供好きになっていた。

 

「‥‥」

 

信女の話を聞いて彼女の言う『ある人』が新撰組の沖田であると悟った剣心は面白くないのか顔を僅かに歪ませる。

それから新井一家が去った後、

 

「ぎょぇぇぇぇぇー!!」

 

葵屋から操の絶叫が響いた。

信女の折檻を受けて魂が抜けた操の屍を見た剣心と翁が男同士だが、互いに体を抱き合い震えていたという。

操への折檻が済んだ後、

 

「緋村‥‥」

 

信女は周りに人がいない事を確認して剣心に声をかける。

剣心は頂いたばかりの逆刃刀・真打に鉄拵えの柄をつける作業をしている。

 

「ん?何でござるか?」

 

「‥‥貴方、あの人の居所が分かり次第、此処を出て行くつもりでしょう?」

 

この葵屋の従業員は皆、忍‥自分達の会話も恐らく筒抜けとなっているだろうが、信女は気にせずに剣心に語り続ける。

 

「‥‥」

 

「沈黙は肯定と見なすわよ」

 

「‥やはり、お主に隠し事は出来ぬな」

 

「はぁ~大方、今回の一件で此処に居ればいずれ此処の人達にも迷惑がかかると思っているんでしょう?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「いいわ‥それなら私も付き合ってあげる」

 

「信女‥‥」

 

「それに喧嘩別れしたあの人の居場所を知りたいって事は緋村‥あの人から奥義を習いたいんでしょう?」

 

「なぜ、それを‥‥」

 

「私は緋村よりも長くあの人の元に居たのよ‥貴方が奥義を習う前に貴方は山を降りたからね。それに志々雄の強さを考えていくら逆刃刀・真打を手に入れても今のままでは志々雄には勝てない‥あの宗次郎にも‥‥だから志々雄に勝つ為にあの人に奥義を習おうと言うのでしょう?」

 

「‥‥」

 

「でも、あの人の性格から喧嘩別れをした貴方に奥義を教えるとは思えない‥だから、私もあの人を説得するのを手伝ってあげる」

 

「信女‥‥」

 

「だから、絶対に奥義をモノにしなさい。緋村」

 

「元より拙者はそのつもりでござるよ」

 

剣心は覚悟を持った目でそう答える。

 

(良い目をしているわ緋村‥でも、飛天御剣流の奥義の取得は生半可なものじゃないわよ‥緋村、貴方にはまだ志々雄を倒す目標がある。だから、絶対に死ぬんじゃないわよ)

 

既に奥義を取得している信女は自分の経験則を踏まえて剣心に死ぬなと心の中で声援を送る。

此処で言ってしまっては奥義取得の差支えになる。

飛天御剣流の奥義の取得は文字通り命を懸けて行うものなのだから‥‥

 

「それじゃあ、緋村。私は一度警察署に顔を出すけど、あの人の居場所が分かったら、私の下に一度いらっしゃい‥忘れたりしたら‥‥承知しないからね」

 

「あ、ああ‥‥」

 

操への折檻を見ても‥忘れたりしたらそれ以上の事をされる。

それに信女の言う通り自分が師匠に頼み込んで素直に奥義の伝授をしてくれるだろうか?

15年前に喧嘩別れして一方的に山を降りた自分に‥‥

それならば自分よりも師匠の下で剣術修業をしていた信女が一緒に来てくれた方が説得しやすいだろう。

そう判断した剣心は、

 

「わかった。居場所が分かり次第、会いに行く」

 

「約束よ。緋村」

 

そう言って信女は警察署へと向かった。

警察署へと着くと信女は斎藤が京都に到着しているかを尋ねると斎藤はまだ京都へと到着していなかった。

 

(意外と遅いわね。何をモタモタしているのかしら?)

 

斎藤が到着していないでは仕方ないので信女は署長に伝言を残した。

まず、剣心が捉えた刀狩りの張の取り調べは斎藤が京都に着くまで待ってもらい、彼に直々に行ってもらう事。

それまで張は特別房に入れた後、彼の奪還または口封じの恐れがあるので24時間の監視対象にする事。

そして自分はここ数日の間に所用で暫く警察署を留守にする事を伝えた。

警察署を留守にする事に関して署長はいぶかしむが、信女が緋村抜刀斎の修業の為と言うと快く承諾してくれた。

それから自分達の師匠、比古清十郎の居場所は意外と早く見つかり、張を捕らえた翌日、剣心が警察署へと信女を迎えに来た。

 

「約束通り迎えに来たでござるよ。信女」

 

「‥‥」

 

剣心が約束通り来た事に意外性を感じる信女。

 

「ん?どうしたでござるか?」

 

「いえ‥緋村がちゃんと約束通りに来るなんて‥明日は雨を取り越して嵐かしら?」

 

「ひ、酷いでござるよ信女。折角約束を守ったのに‥‥」

 

「ふふ、冗談よ。さぁ、行きましょう。懐かしき師匠の下へ」

 

「ああ」

 

信女と剣心の二人は比古清十郎が居るとされる山を目指した。

 

 

その頃、京都の市街地では‥‥

東京から剣心を追いかけてきた薫と弥彦の二人が階段に腰を下ろして行きかう人の波を見ていた。

この中に剣心が居るかもしれないと言う期待を胸にして‥‥

しかし、二人が京都に入ってすでに3日が経っていた。

 

「京都に来てもう3日経つのに影も形も見えねぇ‥‥一体何処に居るんだ?剣心の奴」

 

弥彦は眼前の人波をジッと睨みつけながら赤毛に十字傷を探している。

 

「やっぱり無理かも‥この街で人一人探し出すなんて‥‥」

 

弥彦は諦めずに剣心を探していたのだが、薫の心境にやや諦めが見え始めた。

そんな薫に、

 

「喝!!」

 

弥彦が竹刀で薫に斬りかかる。

 

「なにすんのよ!?弥彦!!」

 

しかし、薫も伊達に神谷活心流の師範代ではない。

弥彦の切込みに対して白刃取りをして防ぐ。

 

「また頼りねぇ事言ってんじゃねぇよ!!剣心は必ず見つかる!!」

 

「そんなこと言ったって‥‥」

 

「しょぼくれた事言ってんなら往来でも眺めていろ。運が良けりゃ剣心が‥‥」

 

カチャ‥‥

 

弥彦が「剣心が通りかかるかもしれねぇだろう」と言おうとした時、カチャと鍔鳴りの音がした。

反射的にその音に反応した弥彦は音がした方を見ると長身にコートを羽織り、手には長刀を持った1人の男が目の前を通り過ぎて行く。

 

「アッ‥‥」

 

弥彦はその男に見覚えがあった。

 

(四乃森蒼紫‥‥なんでアイツが京都に!?)

弥彦の目の前をかつて観柳邸において剣心と死闘を繰り広げた御庭番衆お頭、四乃森蒼紫が居たのだ。

蒼紫の姿を見つけて弥彦は急いで階段を降りる。

 

「ちょっと弥彦!!何処に行くのよ!?」

 

突然階段を降りた弥彦に声をかけながら薫も慌てて弥彦の後を追う。

もしかして弥彦が剣心を見つけたのかもしれないと思って‥‥

 

「くそっ、もういねぇ」

 

人波に消えた蒼紫に思わず悪態をつく弥彦。

元々御庭番‥忍びのお頭である蒼紫を今の弥彦が追いかけ追いつくのが無理な事だった。

 

「どうしたのよ!?弥彦。まさか、剣心が居たの!?」

 

「いや、剣心じゃねぇ、蒼紫だ。あの四乃森蒼紫がいたんだ!!」

 

「蒼紫ってあの御庭番衆の‥‥」

 

薫も蒼紫と直接の面識はないが弥彦や左之助、恵や剣心から彼がかなりの手練れの剣客だと聞いていた。

そして剣心と戦かった事も‥‥

 

「おうよ、こちとら何の手がかりも掴んじゃいねぇんだ!!アイツを辿っていきゃなんか剣心に繋がるかもしれねぇだろう」

 

「あっ、待って!!」

 

弥彦の言葉を聞き薫は慌てて弥彦の後を追った。

弥彦と薫の反対方向からは操が走って来た。

剣心が信女を迎えに警察署へと来る少し前‥‥

 

「緋村君。頼まれていた比古清十郎の居場所じゃ‥‥」

 

翁が剣心に比古清十郎の居場所が書かれた紙を手渡す。

 

「翁殿、かたじけない」

 

「行くのじゃな?やはり」

 

翁の問いに剣心は頷き、

 

「操殿の事よろしく頼むでござる。蒼紫の事何も語ってやれずすまぬと‥‥」

 

「任せておけ」

 

「では‥‥」

 

剣心としては新井一家との事件の後、すぐに師匠の居場所が分かりホッとしていた。

葵屋に長居すればする程此処が志々雄一派からの攻撃を受ける危険性を高めるからだ。

 

「緋村君」

 

葵屋を去ろうとする剣心に翁が背後から声をかける。

 

「これだけは忘れんで欲しい。この先も儂は常に君の味方じゃ」

 

「かたじけない」

 

玄関を目指していた剣心だが、運悪く朝食の準備が出来たと言いに来た操と廊下で鉢合わせしてしまった。

 

「ああ、緋村。もうすぐ朝ご飯だよ」

 

「‥‥」

 

しかし、剣心は何も答えず廊下を歩いていく。

その様子から操は何かを感じ取った。

 

「待って、どこ行くの?緋村」

 

操は剣心を呼び止める。

 

「アンタ、まさかここを出て行く気じゃないでしょうね?」

 

「‥‥もうこれ以上、誰一人危険に晒したくはない‥これから先は拙者の戦いでござる」

 

「何か緋村、急によそよそしくなった。自分が人斬り抜刀斎って知れたから?」

 

操は張と剣心との戦いで剣心がかつて幕末の京都で暗躍した人斬り抜刀斎である事を知った。

剣心があの人斬り抜刀斎と言う事を知った時には驚いたが、操はその後も剣心に対して変わらずの態度をとっていた。

 

「そんなこと関係ないのに‥アンタがどうであろうと、アタシがあったのは人斬りのアンタじゃなくて流浪にのアンタなんだから」

 

操の言葉を聞き剣心は薫と出会った時のことを思い出した。

 

「ハハ‥」

 

「何がおかしいの?」

 

「東京で別れた人もまるで同じような事を言ってくれたでござるが‥‥まさか、古巣の京都に来てまでその言葉を聞くとは思ってもみなかったでござるよ」

 

そう言い残し剣心は葵屋を後にした。

追いかけようとした操を翁がいさめるが、操はどうしても納得が出来ずに剣心を追いかけた。

その最中、操は弥彦と正面衝突した。

 

「気をつけなさいよ!!チビ!!」

 

「何だと!?ぶつかって来たのはそっちじゃねぇか!!」

 

「弥彦!!女の子に何て口をきくの!?ごめんなさい急いでいたから」

 

「それよりも見失ったじゃない!!もう~緋村のバカ!!チビ!!男女!!」

 

操の発した緋村と言う苗字に弥彦と薫は反応した。

ふたたび操が剣心の後を追いかけようとした時、薫が操の帯を引っ張り、操は再び地面にダイブした。

 

「ぐはっ!!」

 

「貴女、今なんて!?剣心の事知っているのね?」

 

「‥‥」

 

「教えて、剣心は何処!?」

 

(もしかして、この人が緋村が言っていた東京で別れた人‥‥で、でも緋村は信女様が‥‥ど、どうしよう‥‥)

 

操は何か厄介事に首を突っ込んでしまったと今更ながらそう思った。

その頃剣心は信女を迎えに警察署へと向かっていたのだが、あの時、信女の折檻を受けて屍と化していた操はその事を知らなかった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第49幕 帰路

お久しぶりです。
そして更新です。


 

 

 

 

 

葵屋の翁を通じて剣心はかつての剣の師匠、比古清十郎の居場所を掴み信女と共に比古の下を訪れた。

暫く山の中を歩いて行くと山中の拓けた場所に出た。するとそこには陶芸の窯がポツンとあり、その釜の前に座る見覚えのあるマントの後姿‥‥。

間違いない比古清十郎である。

彼の姿を確認するといきなり抜刀し斬りつける剣心。

それを大きく飛躍して避けた比古は振り返り剣心を見た。

 

「一介の陶芸家にいきなり斬りつけるとは随分無粋な輩だな」

 

一介の陶芸家ならば剣心の先程の不意打ちを躱すことなど出来ずにノックアウトされていてもおかしくはない。

 

「『比古清十郎』は一介の陶芸家ではないでしょう‥‥?」

 

「なんだ、お前か‥‥」

 

「お久しぶりです、師匠」

 

「ん?おお!久しぶりだなあ!どうした、何年振りだ?」

 

「師匠?」

 

比古清十郎では有りえない歓迎振りと急に変わった態度に剣心は怪訝な顔をするが、近寄って来た比古が話し掛けていたのは‥‥

 

「久しぶり‥比古」

 

ペコッと比古に一礼し微笑む信女だった。

 

「『後は好きに生きろ』と言ったのに戻って来るとはな‥やはり俺が恋しくなったのか?それにその恰好は何だ?」

 

「おまわりさん」

 

「お前、警官になったのか?よくなれたなぁ‥‥」

 

信女の肩をポンポンと叩きながら笑みを浮かべる比古。

今の彼のこの姿も十分に考えられない。

そして剣心を尻目に話し始める比古と信女。

 

「し、師匠!!」

 

このままでは完全に無視されてしまうので剣心は大声で比古に声をかける。

 

「なんだ?五月蝿い奴だな」

 

折角の信女との再会に水をさされてちょっと不機嫌そうな顔の比古。

 

「比古‥とりあえず緋村の話を聞いてあげて」

 

「‥‥いいだろう‥兎に角家に入れ」

 

信女の態度を見て何か訳ありだと判断した比古は剣心と信女を家の中に誘った。

 

 

比古の家は住んでいる山を変えたとは言え、剣心と信女が修行していた頃とあまり変わらず家の中にはモノが少ない。

あるとすれば最低限の生活用品のみだ。

ただ昔と違いがあるとすれば比古が焼いたと思われる焼き物が棚に置いてあるくらいだ。

信女は比古に酒を用意するために盆に徳利を置く

 

「さて‥と、今頃になってノコノコ姿を現しやがってこの俺に一体何の用だ?」

 

比古は早速剣心に自分を訪ねてきた要件を聞く。

 

「『新津覚之進』といえば陶芸界でちょっとした注目の新人だそうですね。なんでまた陶芸家に?」

 

剣心がまず、比古の現状について比古本人に尋ねる。

比古は剣客の身分を隠し、偽名(ペンネームみたいなもの)で今は陶芸家となっていた。

 

「別に陶芸家でなくてもかまわないさ、ただうざったい人付き合いをせず暮らすには芸術家が一番てっとり早い」

 

生活するうえで明治のこの世の中、どうしても手に職をつけなければ食ってはいけない。

だが、剣客なんて既に時代遅れの代物となりつつある今、比古は最小限の人付き合いと言う理由で陶芸家になった様だ。

 

「随分と簡単に言いますね」

 

芸術家なんてそう簡単に芽が出る訳ではない。

この国以外でも世界中の彼方此方で芸術家を試みて挫折している者が大勢いるのに比古はあっさりと注目されている陶芸家になっていた。

だが、その内に潜む剣気はまだまだ現役の剣客だ。

陶芸家に身をやつしてもブランクは一切感じさせない。

まさに現代における最強の剣客の雰囲気だ。

 

「まあな、真の天才は何でもこなしてしまうものさ」

 

髪をかき上げてポージングしながら自画自賛をする比古。

だが、彼が言うと嫌味っぽく聞こえるのだが、腕が確かな分、反論できない。

 

(比古の自信家ぶりは相変わらずね‥‥)

 

比古の発言に信女は苦笑いしながら比古の隣に酒を置いた後、剣心の隣に座った。

 

「それで15年前、勝手に俺の所から出て行ったお前が突然戻って来るとは‥‥お前 何か言い辛い事を話に来ただろう?」

 

「っ!?」

 

まだ何も言っていないのに比古は剣心の心中を既に読んでいた。

 

「俺はお前の師匠だぜ。バカ弟子の考えなどすぐにお見通しさ」

 

「それでは‥‥」

 

剣心は逆刃刀を腰から抜いて両膝をついて比古に頭を下げると、

 

「単刀直入に言います。15年前にやり残した飛天御剣流奥義の伝授今こそお願い致したい‥‥」

 

比古に奥義の伝授をお願いした。

しかし、比古は‥‥

 

「断る」

 

剣心の頼みを一蹴りした。

 

「あの時 勝手に出ていったのはお前の方だぜ、それをなんで今更‥‥」

 

外套を翻し部屋を出て行こうとするその裾を掴んで剣心は比古を仰ぎ見るがその目は焦りが含まれている。

 

「お願い‥致します‥‥」

 

「私からもお願いするわ。比古‥‥」

 

信女もジッと比古を見つめる。

信女のその真剣な眼差しから何か切羽詰まった事情があるのだと判断した比古は、

 

「どうやら相当切羽詰まった事情の様だな。いいだろう、聞くだけ聞いてやる」

 

比古は剣心の話を聞いてやると言って再び踵を返して、先程座っていた木箱に再び腰を下ろす。

剣心が今回の一連における志々雄一派の話を比古にして居る頃‥‥

往来で偶然にも出会った薫と弥彦は操の案内の下、翁から探し人である剣心の居場所を聞くことに成功し、今まさに剣心の下に向かっていた。

 

「剣心の師匠?そんなのがいるのか‥‥」

 

「そう‥比古清十郎。飛天御剣流の技の全てを会得した者がその名前を代々受け継いでいるんだって」

 

「‥って事は、剣心はまだ会得していない技があるって事か‥‥」

 

「きっとそれを会得するために比古清十郎に会いに行ったのよ」

 

「なら、ソイツを教われば剣心は‥‥」

 

「そうよ、今よりさらに強くなるのよ」

 

「スッゲェぜ!!やっぱアイツは人間じゃねぇや!!」

 

「化け物よ!!化け物!!」

 

「「ハハハハ‥‥」」

 

この場に剣心が居ないのを良い事に好き勝手に言っている操と弥彦。

 

「あっ、そう言えば‥‥」

 

その時、弥彦が思い出したかのように声を出す。

 

「なに?」

 

「剣心の同門で今井信女って言う同門の奴が居るんだが‥‥」

 

信女の名前を聞いた途端、ビクッと体を震わせる操。

そんな操の事を知らずに弥彦は語り続ける。

 

「以前、剣心は信女って奴の事を『剣客の中でも文句なしに認める実力者の1人』って言っていたけど、そうするとアイツも化け物並みに強いって事か?」

 

弥彦が信女の強さを予測している中、操はガタガタと体を震わせている。

そこで弥彦もようやく操の異変に気付いた。

 

「ん?お前、何震えてんだよ?寒いのか?」

 

「の、信女様は化け物じゃないわよ‥神様よ‥仏様よ‥‥」

 

虚ろな目で震えながら操は決して信女は化け物ではないと言う。

 

「おい、一体どうしたんだよ?お前」

 

操の態度が余りにも妙なので弥彦はちょっと引いた。

 

 

志々雄一派の話を一通り聞いた比古の反応は微妙で15年前剣心と喧嘩別れした事を後悔していた。

あの時、剣心をふん縛ってでも山を降りる事を阻止しておくべきだったのかもしれない。

 

「やはりお前に飛天御剣流を教えたのは間違いだったかもな‥‥信女は間違いではなかった様だが‥‥」

 

「比古‥‥」

 

「なんだ?」

 

信女は真っ直ぐに比古を見ると剣心同様、腰に差した刀を床に置き、姿勢を正し三つ指を着いて頭を下げた。

 

「無理は承知の上です。ですが、今回はどうしても緋村に奥義の伝授を‥‥」

 

信女が比古に土下座までして剣心に奥義の伝授を頼み込んだ瞬間、

 

「コラァ!!」

 

「誰に向かって言ってんのよ!?」

 

「何だ?お前ら?」

 

「操殿、弥彦‥‥っ!?」

 

バンッと大きな音を立てて開かれた戸と同時に中に入ってきたのは操と弥彦そして‥‥薫の姿があった。

信女は来客である操達にスッと視線を外して姿勢を正す。

 

「知り合いか?」

 

「ええ‥‥」

 

「やれやれ、今日は千客万来だな。望んでもねぇってのに‥剣心、お前一走り沢まで降りて水汲んでこい」

 

「は?」

 

比古の言った事が理解できずに首を傾げる剣心。

 

「水だよ、水」

 

「何で拙者が?」

 

「ここには1人分しか蓄えがねぇんだよ。お前はともかく朝まで信女もこのガキ共も飲まず喰わずにしとく訳にいかんだろう」

 

「それなら師匠が行けば?」

 

「相変わらずいい度胸だな?いいからうだうだ言ってねぇで行ってこい!!」

 

「なら、私が行って来るわ」

 

信女は空気を呼んだのか?

それともこの場に気まずさを感じたのかは分からないが自分が行くと言う。

立ち上がって桶を探すと掴んだ取手ごと剣心に包まれて信女は剣心を見る。

 

「信女、余計な事は考えないで欲しいでござるよ」

 

「はぁ~好きにしなさい」

 

信女はもう1つ別の桶を手に取り沢まで下りて行く。その後を剣心が追いかけて行き、薫は神妙な面持ちだった。

薫の横を剣心が通り過ぎても薫は剣心に声をかけられず、剣心もまた薫に声をかけなかった。

 

「薫、なにボォッとしているんだよ?折角剣心に会えたのに」

 

弥彦が薫に何故剣心に一言も声をかけなかったのかを問う。

すると、薫は

 

「一目‥会えたから‥‥」

 

「かぁ~肝心な時にこれかよぉ~」

 

普段は男勝りな薫が肝心な時に乙女心一杯で動けない事に呆れる弥彦。

そして、弥彦と操の2人は比古へと目をやる。

 

(コイツが剣心に技を教えた師匠‥‥)

 

(飛天御剣流の継承者‥しかし、この男一体‥‥)

 

「おい、お前ら‥‥」

 

比古が薫たちに声をかけた時、

 

「「はい」」

 

操と弥彦はそろって手を上げる。

 

「その前に質問」

 

「アンタ一体何歳よ?」

 

「あん?43だ。それがどうした?」

 

「「えぇぇぇぇぇぇー!!」」

 

比古の年齢を聞いて驚く操と弥彦。

 

「この顔で43?」

 

「剣心もあれで28だ!!」

 

「28!?」

 

操は此処で初めて剣心の年齢を知りやはり驚いている。

 

「おう、28だ!!28!!」

 

「飛天御剣流は一体‥‥」

 

「「どうなっとるんじゃぁぁぁー!!」」

 

見た目と年齢が一致しない現実に混乱する操と弥彦。

 

「で?お前らは一体何しに来た?」

 

比古は改めて薫達に来訪目的を尋ねる。

 

「何って?‥剣心に会いに‥‥」

 

「それで?」

 

「えっ?」

 

比古の追加の質問に薫は答えられない。

 

「だから、会ってどうしたいんだ?東京へ一緒に帰りたいとか?告白したいとか?一緒に戦いたいとか?あるだろうが!!」

 

弥彦が薫に詰め寄るが、

 

「い、いや‥ただ‥ただ‥会いたかったから‥もう一度会いたいと思ったから‥それだけで‥‥」

 

「ほぅ~あのバカ弟子の何処が良いのか分からんが結構人気があるんだな」

 

薫の言葉を聞いて意外そうに言う比古。

 

「おい、お前!!ずっと前に分かれたくせに剣心の事を何も知らないくせに!!」

 

弥彦が比古の剣心に対するあまりに発言にキレる。

 

「それだ。そこの所を聞かせてもらおうか?」

 

「「「えっ?」」」

 

「明治になって10年‥あのバカ弟子が俺の教えた飛天御剣流で何をやっていたのか?俺の知りたいのは其処なんだ‥アイツ本人からではなく、アイツを知る者の口から聞きたい。まぁ、信女の方はあの恰好を見た通り警官をやってちゃんと働いている様だからいいが、あのバカ弟子は今職に就いているのか?」

 

比古は薫達が知る剣心について尋ねてきた。

そこで、薫達は比古に自分達の知る限りの剣心を話した。

その頃、沢まで下りて水を汲みに来ている剣心と信女は‥‥

 

(薫殿と弥彦が京都に来た‥とすれば、恐らく左之助も‥‥また一つ志々雄との戦いが困難になる‥なのに‥‥)

 

剣心が志々雄との戦いの中薫たちを巻き込まずに戦えるのかと思っていると、

 

「随分、あの人に好かれている様ね、緋村」

 

「えっ?」

 

信女が剣心に声をかける。

 

「態々戦場になるかもしれないこの京都に貴方を追いかけてくるなんて余程あの人は緋村の事を想っているのね」

 

信女の言う「あの人」は薫のことをさしているのだろうが、なぜか彼女の言葉は刺々しく感じられる。

 

「戦いに巻き込まない様に無理に引き離して京へ来たのに貴方の行為は無駄に終わったみたいね‥」

 

「信女」

 

「折角の機会だし、あの人を連れて東京に戻れば?」

 

「えっ?」

 

「葵屋で貴方はあそこの人達を巻き込まない様にと葵屋を出た。それなのに今度は東京から緋村の事を想ってあの人が来た‥‥あの人を守りながら志々雄と戦えるの?」

 

「‥‥」

 

信女の問いに剣心は「出来る」とは即答できなかった。

彼女からの問いは今まさに自分も心の中で抱いていた疑問だったからだ。

 

「緋村、私は貴方に言った筈よ。『迷っているならこの仕事を断りなさい』って‥‥あの人に会って緋村にはまだ迷いが生じている‥迷いは力を半減させるし、緋村が思っている通り、守りながらの戦いは不利になる。伊織みたいに人質にされるかもしれない」

 

「‥‥」

 

「だから、緋村‥あの人を連れて東京に帰って!!」

 

「信女」

 

「比古は貴方に奥義を教えるのは否定的だし丁度いいじゃない!!後は私と斎藤で何とかするから!!」

 

そう言って信女は剣心にそっぽを向く。

 

(あれ?私なんでこんなにイラついているの?)

 

信女の言葉とは裏腹に彼女は妙にイラついていた。

剣心が東京に帰れば、剣心は志々雄と戦わなくて済む、不殺を貫ける。

その筈なのに一方で剣心と離れたくない。

剣心が他の女の人といちゃついている事に何だか面白くないモノを感じる。

 

(何、考えているのよ、私は‥‥修学旅行に来た学生じゃないのよ)

 

信女は苛立った心を鎮めようとする。

その時、

 

「信女」

 

「えっ?」

 

信女は突如、剣心に抱きしめられた‥‥。

 

 

 

・・・・続く



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第50幕 開始

更新です。


 

 

 

「えっ?」

 

急に後ろから剣心に抱きしめられ信女は少し動揺する。

 

「ひ、緋村?」

 

「信女、どうしても拙者はお主に甘えてしまう。このまま東京に戻りお主の言うようにして平和を噛み締めながら余生を過ごしたい」

 

「なら戻ればいいじゃない。丁度お迎えだって来ているんだし‥後は私と斎藤に任せて‥‥」

 

信女は剣心の背まで腕を回して甘い声をかける。

剣心はそんな信女の顔を手で振り向かせて自分の目の前まで持ってきて、

 

「だがそれと同じぐらい拙者はお主の隣に居たい。」

 

「.....」

 

信女は黙って剣心の言葉を聞いていた。

剣心は目を瞑りながら、

 

「今回の仕事を引き受け、お主とした旅はとても心地よかった。もし叶うならもっと旅をしていたい」

 

激しく真剣に信女に告白するような気持ちで剣心は話していた。

剣心の言葉を聞いて信女の心にどれぐらい響いているのだろうか...そんなのは分からないだが

 

「それには平和が誰もが県と県を自由に行き来でき、夜も皆がゆっくり眠れる世界でお主といたいのだ。信女‥それには志々雄に勝って平和を手に入れるだけでは足りぬ、志々雄に勝ってお主も無事にいる世ではないと.....だから拙者も戦おう拙者の世界には薫殿達だけでなく信女お主もいるのだから。」

 

ここまで聞き終わると小さい声で、

 

「...ばか」

 

「信女?」

 

「‥緋村‥」

 

と身を屈めて次の瞬間剣心の顎めがけて頭突きを入れる。

 

「おろ~」

 

倒れ地面に激突する剣心。

 

「の、信女~不意打ちは酷いでござるよ~」

 

はぁ~とため息を履いて思いっきり見下して信女は言った。

 

「こんな攻撃も躱せないでどうやって私を守るの?どうやって志々雄に勝つの?」

 

いつつと顎を抑える剣心は上に目線のある信女に、

 

「い、いや~それはこれから強くなって...」

 

「そんな覚悟しかない人はこの修行で死ぬわよ。まったく、本当にバカで身の程も知らないで女を口説く言葉並べれば私がぐらつくとでもそれに急に抱きしめるなんて‥‥こういうのをセクハラって言うのよ、セ・ク・ハ・ラ」

 

「せ、セク?」

 

聞き覚えのない言葉に首を傾げる剣心。

 

「女子の身体に勝手に触れたら捕まるわよ、ヤらしい」

 

「そ、そんなつもりは...それにバカと言うならお主の方でござる」

 

「?」

 

「お主と斎藤だけではキツイから声をかけたのであろう?それなのに‥‥」

 

次の瞬間物凄い勢いで自分の隣を何が通り過ぎ、青ざめながら後ろを見るとそこには大木に刺さった信女の刀を見て信女の方に向き直すと信女はゴキゴキっと指を鳴らして

 

「ごめーん。手が滑った~」

 

完全に棒読みな信女。

 

「次は外さない」

 

どうやら攻撃を否定したのではなく完全に攻撃して外したことを指していた。

刀を木から引っこ抜き鞘に納める信女。

 

「わ、悪かったでござるよ」

 

「へぇ~何が?一体何が悪かったのかな~?」

 

「え、えっと~」

 

考えている内に既にボコられている剣心。

剣心は必死に信女を抑えようとしてやっとのことで抑える。

だが、体勢が不味かった。

剣心は信女を地面に押し倒し、信女の両手を抑えている状態だった。

しかも運悪く‥‥

 

「おい、お前ら帰りが遅いと思って来てみたら一体何してんだ?」

 

比古が帰りの遅い2人の様子を見に来ていた。

そんな比古を見た瞬間信女は、

 

「助けて~緋村に犯される~」

 

また棒読みで言うが剣心にとってはたまったもんじゃない。たちまち剣心は悲鳴をあげるように

 

「そ、それは卑怯でござるよ~信女~」

 

悪女に引っかかり完全に金をむしり取られた哀れなオスと同じ声が山に響くぐらい大きな声を上げた。

剣心はやはり信女には一生敵いそうにない。

添い遂げて夫婦になっても彼は信女の尻に敷かれそうだ。

 

「ほぉ~俺の山の中で強姦たぁ~いい度胸をしているじゃねぇか‥‥なぁ、バカ弟子‥最後に何か言い残す言葉はないか?」

 

比古の背後にはメラメラと燃える炎が見えた。

 

「まぁ、悪ふざけはこれぐらいにしておきましょう。緋村に強姦何て出来る度胸がある訳がないし」

 

「まぁ、それもそうだな」

 

剣心をからかうだけからかった信女は何事もなかったかのように冷静な態度を取り、比古と共に彼の家に向かう。

 

「あっ、ちょっと!!待つでござるよ~信女~」

 

剣心も慌てて後を追った。

しかし、一見冷静に見える信女だが、心の中では、

 

(なんか胸のドキドキが止まらない‥‥全く、緋村があんなことをするからよ‥‥)

 

信女は決して他の人‥特に剣心には知られまいと必死でこの胸のドキドキを隠す様に平然を装った。

だが、

 

「お前も女と言う訳だな、信女」

 

比古が信女の耳元でボソッと囁く。

 

「っ!?」

 

比古のその言葉を聞いて信女はビクッと体を震わせる。

 

「安心しろ、今のお前の様子にあのバカ弟子は気づいていない。だが、意外にもあのバカ弟子はモテるみたいだ‥‥添い遂げるなら首に縄を結ぶぐらいしないと横からあっさりと取られるぞ」

 

「わ、私は別に‥緋村の事なんて‥‥」

 

「少しは自分に正直になれ」

 

「い、今はそんな事よりも志々雄の件を片付けるのが先決の筈よ」

 

そう言って信女は速足で比古の家に向かう。

 

「やれやれ、俺の弟子はどいつもこいつも不器用な奴ばかりだな」

 

比古は足早に去って行く信女を見てやれやれと呆れる。

だがその反面心の中では、

 

(これからお前かあのバカ弟子が死ぬかもしれねぇから、未練は残さねぇ方がいいんだけどな‥志々雄との戦いは決して生易しいものじゃねぇぞ)

 

比古は真剣な眼差しで信女を見る。

話しを聞く限り、志々雄は今の剣心や信女よりも実力は上かもしれない。

そんな奴とこれから戦うのだ。

剣心が‥‥信女が‥‥その両方が死ぬ可能性もあるのだから‥‥

 

比古、信女、剣心が比古の家に戻り、再び彼が木箱に腰を下ろし、比古が剣心に薫たちから聞いた剣心の10年間の事を確認するかのように尋ねた。

 

「コイツ等から聞いたんだが、おまえこの10年流浪人になって人助けしながら全国を歩いていたんだってな。15年も時間を遠回りしてやっと飛天御剣流の真の理を自然に会得したのか、それとも人斬り時代に殺めた命への償いか?」

 

「…両方…でござるよ。目の前の人々が苦しんでいる、多くの人が悲しんでいる、どんな理由があろうとそれを放っておくなど俺には出来ぬ」

 

剣心は敢えて自分の一人称を『拙者』から抜刀斎時代の『俺』と言って意志が固い事を比古に伝える。

 

「比古‥‥」

 

「ん?」

 

「私からもお願いするわ」

 

先程、あのような事があったが剣心はもう東京に戻れと言っても戻らないだろう。

ならば、彼の生存率を少しでも上げる為にも奥義の伝授は何が何でもしてもらわなければならない。

 

「フン…信女にまで頭下げられちゃあな。しかもバカ弟子のくせにここぞと言う時には一人前に吠えやがる‥‥いいだろう。ついてこい!飛天御剣流最後の奥義、お前に伝授してやる!」

 

立ち上がった比古が言うと信女は口元を少し緩め、嬉しそうにしながらもしっかりと頭を下げ感謝の意を表した。

そしてあれだけ奥義の伝授を渋っていた比古が剣心に奥義を伝授すると言う発言を聞いて剣心と薫は驚いたかのように目を見開いた。

 

「何だかんだいって飛天御剣流の剣客として志々雄を放っておくわけにはいかんだろう。今から新しい弟子を探して仕込むには時間がない」

 

「師匠」

 

「俺自身が出張れば一番てっとり早えんだが、今更そんな面倒臭ぇ事は御免だ。お前が責任を持って志々雄真実を喰い止めてみせろ」

 

「はい!!」

 

もう日が落ちているにも関わらず、時間を無駄にしたくないと言う事なのだろう。剣心と比古は早速奥義の伝授の為の修業に入った。

 

「剣心‥‥京都に来たの…やっぱり怒っている……?」

 

「……半分、もう半分はどこかほっとした。志々雄一派はどこに潜んでいるかわからぬから、十分気をつけるでござるよ」

 

信女は剣心の世話役の為、比古の家に残った。

そして、薫たちにもう夜なのだから今日は泊まっていくかを尋ねると、薫たちは下宿先である白べこに戻ると言う。

夜の中に女性と子供‥しかも剣心の関係者と言う事で道中、志々雄一派が襲ってこないとも限らないので、信女は薫達を下宿先である白べこ、操を葵屋に送っていくことにした。

その道中にて‥‥

 

(き、気まずい‥‥)

 

操は気まずさを感じていた。

信女も薫も一言も口をきかずただ淡々と歩いているだけ‥‥

弥彦もその気まずさを感じたのか、この空気に対して息がつまりそうな思いになった為かこの空気を破る為に薫に話しかけた。

 

「今から白べこに戻るのか?何だよこんな夜中に帰る事ないじゃんか」

 

「剣心は奥義を得るための修業に入ったのよ。私達がいたら修業の邪魔になるわ」

 

「そうか‥‥」

 

薫の言葉を聞いて剣心の現状を理解したのか弥彦はそれ以上何も言わなかった。

反対に、

 

「でも、それで貴女は良かったの?」

 

此処で信女が薫に対して問う。

 

「えっ?」

 

信女から声をかけてきたのが意外だったのか薫は面を食らう。

 

「確かに緋村は奥義会得の為の修業に入った‥それでも何か出来る事があると思うけど?事実、私は緋村と比古の世話役で残るし‥‥」

 

「剣心に会いたいって言う私の目的は果たせたから」

 

面食らった薫であるがやはり信女と顔を合わせるのが気まずいのか薫は直ぐに信女から顔を背けてしまう。

 

「そう‥‥」

 

薫の言葉を聞いて信女はそれ以上、深くは何も言わなかった。

ただ、そんな自分の態度に信女はやや嫌悪感を抱いた。

 

(私はずるい女なのかもしれないわね‥‥今、この人が緋村の傍に居ないって事に安心してしまう自分が居た‥‥残る様に説得しなかった自分が居る‥‥)

 

信女が人知れず自己嫌悪していると、

 

「まぁ、それなら家に泊まっていきなよ。好きなだけ」

 

操も薫に自分の家を下宿先として提供すると申し出た。

 

「飛天御剣流の奥義ってどんなのだろうな?」

 

そして弥彦は飛天御剣流の奥義が気になった様子。

 

「なぁ、アンタも確か剣心と同門なんだろう?やっぱり、アンタもその奥義は使えるのか?」

 

弥彦は信女に飛天御剣流の奥義が使えるのかを尋ねる。

 

「ええ‥昔に比古に習ったわ‥‥でも、内容は教えられない‥‥一応、門外不出の技だから」

 

「そ、そうか‥‥ま、まぁ、最強の奥義なら仕方がないか‥‥ん?最強‥‥?」

 

弥彦が最強と言う言葉に関して何か引っかかる。

 

「ん?どうしたの?弥彦」

 

「あっ、いや‥何か剣心に伝えておかないといけなかった事があった気がして‥‥」

 

「あっ、そうよ、蒼紫」

 

「そうだ、四乃森蒼紫だ」

 

「っ!?」

 

弥彦と薫の口から蒼紫の名前が出た瞬間、操の顔色が変わり、信女もピクッと反応する。

操が蒼紫の事を「蒼紫様」と言った事から操が蒼紫の仲間と判断した弥彦は竹刀を操に向けて警戒するが、そこを薫が宥めた後、剣心から聞いた御庭番衆達の最後を操に伝えた。

操は般若達が死んだ事に当初は信じられなかった。

だが、相手があの回転式機関銃では流石の御庭番衆でも勝てない事は操でも理解した。

そして山を下りた後、

 

「それで、どっちに送ればいいの?」

 

「えっ?」

 

信女が薫達に葵屋と白べこのどちらに送ればよいのかを尋ねる。

 

「えっと‥‥」

 

「家に来なさいよ、薫さん」

 

操は葵屋を勧めるが、

 

「もうかなり夜遅くなっているわね‥‥翁さん心配しているんじゃないかしら?」

 

信女が翁の名を口にすると操の顔色がサッと悪くなる。

こんな夜遅くに帰ればきっと翁からのお仕置きが待っている。

 

「か、薫さん‥今日‥その白べこって所に私も泊めて」

 

「えっ?」

 

操は白べこに逃げる事にした。

そして翌日薫に頼んで翁に弁護してもらおうと考えた。

3人を白べこに送った信女は再び剣心が修業をしている山へと戻った。

 

信女が3人を白べこに送っている中、剣心と比古は夜にも関わらず、飛天御剣流の奥義の修業を開始していた。

 

「始める前に1つ言っておくことがある。最後の奥義を会得すれば、お前は俺や信女に匹敵する強さを得る事になるだろう。だが、自惚れるなよ」

 

「えっ?」

 

「お前1人が全てを背負って犠牲になって守れるほど、この時代は軽くない筈だ。そして同様に人1人の幸せも軽くない。お前が犠牲になればただお前に一目会いたいと願って京都に来た女が確実に不幸になる。そして‥‥」

 

「そして?」

 

「あっ、いや、なんでもない」

 

比古は薫が悲しむと同様恐らく剣心が死ねば信女も悲しむ事を伝えようとしたが、これからの修業の中、剣心が信女の事を意識しては修業に支障をきたすと思い信女の事は話さなかった。

 

「だが、これだけは覚えておけ、どんなに強くなろうとお前はただの人間‥仏や修羅になる必要はない‥‥話は終わりだ‥‥始めるぞ」

 

比古は修業に当たっての注意事項を伝え終わると愛刀、冬月を抜刀する。

こうして剣心の奥義会得の為の修業が始まったのだが、剣心の実力は比古が思っていたよりも下回っていた。

この腕では奥義会得の前に剣心が使い物にならなくなると思い比古はまず剣心に自分から一本とった後に奥義を教えると言う。

ただでさえ、時間がひっ迫している中、今は1分1秒惜しい。

剣心の剣に焦りが見えても仕方がなかった。

だが、焦れば焦る程、剣は単調となり比古からますます一本とるのが難しくなる。

次第に悪循環に陥る剣心だった。

その頃、葵屋にはある危機が迫っていた。

剣心の情報を得る為に蒼紫は志々雄と同盟関係を結んだ。

そして剣心の情報を得る為、葵屋を襲撃し翁を拉致、拷問にかけて剣心の情報を得ようとしたのだ。

しかし、志々雄が葵屋に放った強襲部隊はあっさりと翁達に返り討ちにあい全滅。

アジトに辿り着いた部隊のメンバーの1人はその場で息絶えたが背中に蒼紫宛ての伝言があった。

翌日、操達が葵屋に戻ると黒尉とお増が床の修理をしていた。

2人は操に翁が夕べ悪ふざけをして床をぶち抜いたと言うが、胸騒ぎを感じた操は押し入れを開けると昔翁が現役時代に使用していた忍び装束と武器が無くなっていた。

操は2人を問い詰めると2人は翁が蒼紫と決闘する事を伝えた。

2人から蒼紫と翁が決闘する事とその場所を聞くと一目散にその場へと向かった。

しかし、操が到着した時、決着はつき、翁は蒼紫に敗れた。

だが、全身を切り刻まれながらも翁は生きていた。

蒼紫が修羅となった事に操は傷ついたが、翁が残した手紙を読み、彼女は突如蒼紫に変わって御庭番衆お頭に自らがなる事を宣言し、剣心同様、御庭番衆を守りそして大切な人を守る事を固く誓ったのだった。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回


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第51幕 奥義


更新です。

るろうに剣心堂々再開!!再開早々にあんなド迫力ある技のオンパレードに立ち読みしながら涙流しかけました。これからもるろ剣が楽しみで仕方ないです!!


 

 

 

 

 

比古と剣心が奥義の修行に入ってから信女は2人に食事を作り、彼らの下に届けるだけの日々を送り、極力剣心の修行の邪魔にはならない様に過ごしていた。

ただその過程において‥‥

比古に未だに一撃入れられずにバテて大の字で倒れている剣心に対して比古が彼の黒歴史を暴露していた。

 

「例えばお前が最後に寝小便を垂れたのが8歳の秋だったとか‥‥」

 

「ああ、そう言えばあったわね、そんな事が‥‥緋村ったら、あれを私のせいにしようと必死だったわね。その姿はまさにお笑いだったわ」

 

「飢えのあまり笑い茸を食って死にかけたとか‥‥」

 

「あの時、私が止めるのを無視して美味しそうに笑い茸を食べていたものね‥‥あの時の緋村を見て、私の方も思わず笑い死にしそうになったわ」

 

比古が剣心の黒歴史を語り、信女と共に笑い合っていると剣心はガバッと起きる。

そして、また修行が再開され、ようやく剣心が比古にかすり傷程度だが、一撃入れた事により奥義を伝授して貰える事になった日が来た。

 

「いいか、絶対に微動だにするなよ。ヘタに動けば死んでそれまでだからな まずは御浚い。剣術に於ける斬撃の種類‥‥"唐竹(切落)" "袈裟斬り"に"逆袈裟" "右薙(胴)"に"左薙(逆胴)" "右切上げ"に"左切上げ" そして"逆風(切上げ)" 最後に最短距離の一点わ貫く"刺突" どの流派のいかなる技であれ斬撃そのものはこの9つ以外に無く、自然 防御の型もこの9つに対応して展開される。だが‥‥」

 

次の瞬間、比古の放つ技に微動だにするなと言われるまでもなく剣心は指一本動かす事が出来ずに呆然と立ち尽くす。

 

「飛天御剣流の神速を最大に発動しこの9つの斬撃を同時に打ち込めば防ぎ切る事は絶対不可能。これが飛天御剣流"九頭龍閃"」

 

(こ、これは観柳邸で信女が放った技‥‥)

 

(微動だに出来なかった‥‥)

 

「同じ乱撃術でも"龍巣閃"と違い9つの斬撃 全てが一撃必殺の威力を有すると同時に突進術でもある故回避し切る事も絶対不可能。俺が最も得意とする技だ」

 

「これが奥義‥‥」

 

「おい、おい、ボケッとしてねぇでとっととやってみろ」

 

「い、いきなりやれったって‥‥」

 

「寝ぼけてんのか?お前は?」

 

「だって師匠」

 

「手取り足取りで教えた技は身につかない。一度くらってそこから学び取った技こそ、いざって時こそ役に立つ。いつもそうして修行してきただろうが」

 

「「っ!?」」

 

比古にそう言われこれまでの修行の日々の事を思い出す剣心と信女。

 

「そう思うとよく生きていたわね、私達‥‥」

 

「全くでござる」

 

「まっ、一重に俺の巧みな力加減の賜物だな。ハハハハハ‥‥」

 

一度見た技をすぐに打てと言う比古に反抗したもののこれまでの過去で、そうやって修行した事を言われてしまえば打つしか手はなく剣心は実際に信女の不完全な九頭龍閃を含めて二度くらった訳であり、確かに微動だに出来なかったものの、見切れなかった訳ではないと剣心は九頭龍閃を撃ったが、比古の放つ九頭龍閃に敗れ倒れてしまう。

 

(打ちこんだ筈なのに‥‥同じ九頭龍閃なのに‥‥全て完全にせり負けた‥‥今の九頭龍閃は完璧じゃなかったのか?)

 

「いや、完璧だったぜ。だが、同じ飛天御剣流の同じ技でも使い手が違えば威力も当然異なる。乱撃術では腕の力、突進術では重量がものを言う。だが、そのどちらもお前は俺より圧倒的に劣る、つまり俺の九頭龍閃の前ではお前の九頭龍閃は通用しない」

 

「俺では‥‥奥義を使いこなせない‥‥」

 

折角習得した奥義も宝の持ち腐れとなる結果にショックを受ける剣心。

そこへ、

 

「‥‥緋村、貴方何か勘違いしていない?」

 

ショックを受けている剣心に対して信女が声をかける。

 

「えっ?」

 

剣心は九頭龍閃を飛天御剣流の奥義だと思っていた。

剣術において防御も回避も不可能。

一度に9つの技をほぼ同時に打ち込める技。

強力な技である事には変わらない。

しかし、

 

「よく思い出してみなさい。比古は九頭龍閃が『奥義』だなんて一言も言っていないわよ‥‥九頭龍閃は貴方がまだ覚えていない技なだけよ」

 

「っ!?」

 

「信女の言う通りだ。もし俺の九頭龍閃を破る技があるとすればその技はただ1つ‥‥それこそが飛天御剣流奥義"天翔龍閃"」

 

「なっ!?」

 

「図られたわね、緋村」

 

絶句する剣心に苦笑する信女。

確かにこれまでの会話の中で比古は九頭龍閃を一言も奥義とは言っていない。

比古の屁理屈に剣心はガックリと項垂れたが、それを超える技があるのならば‥と剣心は気持ちを早々に切り替えて比古を見据える。

比古の放つ九頭龍閃を回避する為にどうするか、九頭龍閃の性質を見極めろと言われた剣心はハッとして刀を鞘に納めると抜刀術の構えをとった。

 

「御名答、神速を超える超神速の抜刀術、それが奥義"天翔龍閃"の正体だ。だが 問題は抜刀術に不利なその逆刃刀で果たして神速を超える事が出来るかの話だがな‥‥」

 

以前、黒笠‥鵜堂刃衛と戦った際も刃衛は逆刃刀が抜刀術で不利な刀であると見抜いていた。

超一流の剣客である比古がその点を見逃す筈がない。

逆刃刀の弱点を指摘された剣心は構えを解いて改めて比古と対峙する。

 

「納刀したままでの無形の位‥‥それがお前の出した答えか?‥‥無謀だな」

 

「承知しています。しかし‥それでも‥‥命を捨ててでも俺は ここで奥義を会得しなくてはならない。その為ならば死など恐れてはいません」

 

剣心の目は幕末の人斬り抜刀斎の目つきに似ていた。

 

(緋村‥‥それは違うわよ‥‥貴方は間違っている‥‥)

 

剣心の覚悟を聞いた信女は目を伏せ俯く。

剣心はまだ飛天御剣流奥義の本質を分かっていない。

比古も冬月を鞘に納め踵を返す。

 

「師匠!!」

 

「今のお前には天翔龍閃は会得出来ん‥‥やはり お前はバカ弟子だ」

 

「えっ?」

 

「結局のところ何もわかっちゃいねェと来た」

 

「師匠‥‥」

 

「一晩時間をやる、朝までに己の心の中を探って"自分に欠けているもの"を見つけだせ。それが出来ねば奥義の会得はおろか、お前は本当にここで命を捨てる事になる」

 

そう捨て台詞を吐いて比古は小屋の中へと入ってしまう。

そんな比古の後姿を剣心は呆然と見送った。

奥義習得は自分との戦いである。

信女が答えを教えては何の意味もない。

 

「緋村、比古の言っている事は間違っていないわ‥‥時間がないのも分かっている。でも、剣の修行は一朝一夕で出来るものではない筈よ。貴方は明らかに焦っている。それでは志々雄と戦う前に比古に殺されるわよ」

 

「信女‥‥」

 

「緋村‥もう一度、自分と向きあって‥‥貴方が何のために剣を振るうのかを‥‥」

 

「‥‥」

 

そう言って信女も比古の居る小屋へと戻っていった。

 

夜、剣心は井戸の淵に腰掛け夜空を見ながら考え込んだ。

今の自分に一体何が足りないのか?

覚悟なら出来ている筈だ。

命を懸けてでも奥義を習得してみせる‥‥

それの何処が間違っているのだろうか?

これまでの修行だって命がけだったじゃないか‥‥

剣心は一晩苦悩する事になった。

 

 

「あれから19年‥そして奥義の伝授が成ろうが成るまいが明日が今生の別れか‥‥」

 

「そう‥なるわね‥‥」

 

「‥信女、お前も飛天御剣流奥義を会得はしているが、あの時は異例中の異例だ‥‥あのバカ弟子の時もお前の様な事が起きるとは限らないぞ」

 

「分かっているわ‥‥」

 

「それにしても全く、あんな朴念仁の何処がいいんだか‥‥」

 

比古は呆れながらグイッと杯に注がれた酒を一気に煽る。

 

「そうね、確かに比古の言う通り、緋村は朴念仁かもしれないわ。でも、緋村が今の自分に何が足りないのかを理解出来れば、少しはマシになるわ。元々は実直で馬鹿正直な男だし‥‥」

 

そう言って空になった比古の杯に酒を注ぐ信女。

 

「その実直で馬鹿正直な所にお前は惹かれたのか?」

 

比古がクックっと笑みを浮かべながら再び杯の中の酒を煽る。

 

「っ!?」

 

比古の指摘に思わず信女の顔が赤くなる。

 

「弟子をからかうその癖は一生直りそうもないわね‥‥」

 

そう言ってお盆に乗せた握り飯を持ち、外へと向かう。

 

「あのバカ弟子にはホント、勿体ない女だよ、お前はな‥‥」

 

信女の後姿を見ながら比古は杯に酒を注ぎグイッと煽った。

 

 

「緋村」

 

「信女‥‥」

 

「夕食‥‥少しでもいいから食べなさい」

 

「し、しかし信女、拙者は‥‥」

 

「いいから‥場合によってはこれが最後の晩餐になるかもしれないのよ」

 

「‥‥」

 

信女に促され、剣心は彼女が持って来た握り飯を食べ始める。

 

「ねぇ、緋村」

 

信女が剣心の隣に腰掛けながら声をかける。

 

「おろ?なんでござるか?」

 

「貴方に今欠けているもの‥それは人として大事なモノよ‥‥貴方と会うずっと前の私はそれを手放して生きてきた‥‥でも、比古に‥‥飛天御剣流の奥義を伝授してもらった時、それを忘れた‥‥ううん、忘れる事が出来た‥‥」

 

「信女は既に奥義を‥‥」

 

「ええ‥でも、貴方に答えを教える訳にはいかない‥‥これは貴方自身の問題なのよ」

 

「あ、ああ‥‥」

 

今の剣心に足りないモノ‥‥

それを見つけるのは剣心自身だ。

それでも彼にアドバイスぐらいならしてもいいではないかと思い信女は遠回しであるが、剣心に彼が今自分に足りないモノ、欠けているモノを伝える。

 

「緋村‥貴方の自己犠牲の精神は確かに人として立派なのかもしれない‥でも、それだけじゃ、飛天御剣流の奥義は会得出来ない‥だから、私から言えるのはこれだけよ‥‥緋村‥生き残りなさい」

 

「信女‥お主は何を‥‥」

 

色々と気になる事を言いつつも信女はその場から去って行った。

 

(生き残る‥‥)

 

信女の最後の言葉が妙に印象に残った剣心だった。

 

その頃、京都の警察署では斎藤がようやく京都に到着した。

 

「長旅ご苦労。予定より随分と遅れたな」

 

「ちょっと、道中で一事件ありましてね‥‥」

 

そして斎藤は早速、先日捕らえられた十本刀の張がいる牢屋へと向かった。

 

「それで署長、先日捕らえた志々雄一派の張と言う男は?」

 

「ああ、あの奥だ」

 

署長は張の居る牢屋へと斎藤を案内する。

 

「ところで署長、佐々木の奴は今何処に?」

 

斎藤は信女の行方を尋ねる。

 

「緋村剣心‥あの人斬り抜刀斎がなんでも剣の修行に入るとかでその世話をするので、しばらく彼と行動を共にすると言ってから音信不通となっている」

 

「そうですか‥抜刀斎が修行を‥‥」

 

「ああ、彼の修行が終われば、志々雄など簡単に討伐できるはずだ」

 

「‥‥」

 

(ならばいいのだがな‥‥)

 

志々雄の討伐がそう簡単に出来るのかと不安視する斎藤だった。

その最中、斎藤はある牢屋の前で立ち止まる。

 

「ん?どうかしたのかね?」

 

「‥‥貴様か?」

 

斎藤は牢屋の中に居る留置人に目をやる。

其処には、

 

「おう、相良左之助、堂々の京都到着だ」

 

不敵な笑みを浮かべた左之助が居た。

 

 

朝日が登る頃‥‥

小屋の前で対峙した師弟の2人は目の下にくっきりと隈を作り凄い顔をしていた。

 

「夕べは一睡もしなかった様だな」

 

「師匠こそ‥‥」

 

そんな2人を見て信女は苦笑しながら、

 

「とりあえず2人とも、まずは顔を洗ったら?」

 

信女がそう提案すると、2人は並んで顔を洗う。

その姿は師弟と言うよりも親子の様に見える。

しかし、それを言えば十中八九、2人は否定するだろう。

だが、互いに否定する姿もますます、親子に見える。

 

「で?欠けているものは見出せたか?」

 

「‥‥いいえ」

 

結局剣心は信女のアドバイスの意味が分からず、一晩考え続けた。

その結果が貫徹だった。

 

「所詮 お前はここが限界の男だったか…己に欠けているものが見出せぬ中途半端なままでは奥義の会得は勿論、志々雄一派に勝つこともまず無理だろう。百歩譲って仮に勝てたとしても、心に住みついた人斬りにも絶対勝てん。お前は生涯苦しみ孤独に苛まれ、人を斬り続ける」

 

少々苛立った様子で比古は身に纏っていた白い外套をはずし投げ捨てるとそれは重い音を立てて地面に伏した。

その重い音に剣心も驚いていたが、外套をはずした比古の刀一振りに更に驚く事となった。

 

「ならばいっそ奥義の代わりに引導をくれてやるのがお前の師匠としての最後の務め‥‥覚悟はいいな?剣心」

 

ビュッと風切り音を響かせた一振りは剣心の足元を割る。

剣心も初めて見る外套を取り払った初めて見る真の比古清十郎の姿に剣心は自分の手が震えている事に気付く。

身体が恐怖を感じているのだ‥‥。

それも無意識に‥‥。

 

(この感覚はやっぱり慣れないわね‥‥)

 

比古清十郎の背後に映る己自身の絶対の"死"‥‥。

見廻組に引き抜かれる前のそれはまでの人生は、天照院奈落にて暗殺者として生きてきた信女。

死を恐れず、生への執着を捨て、ただ機械の様に人斬りをしてきた。

吉田松陽の牢屋番をしていた時、松陽の語る「人」の姿に感銘を受け、同時に密かな憧れを抱くようになる。

しかし、それでも死に対する恐怖や自分の命など気にする事はなかった。

そんな信女が飛天御剣流奥義の伝授を受ける際にその認識を変える事になった。

いや、強制的に変えさせられ、認識させられたと言った方が正しい。

あの信女でさえ、死に対する恐怖、生き残りたいと言う生存本能を開花させる程の比古清十郎の真の姿‥‥。

そんな比古を前にしても剣心は命を捨ててでも今こそ奥義を…と言う思いのまま剣心は比古と対峙する。

 

「‥いくぞ」

 

比古が一歩前に踏み出した時、剣心は思わず後退る。

 

(恐れているのか?比古清十郎を‥その後ろにある絶対の“死”を‥‥)

 

(幕末の動乱で“死”の恐怖、“生”の執着など等に捨てた筈‥恐れる“死”を!!)

 

「この愚か者がぁぁぁぁぁー!!」

 

剣心の態度を見て、まだ彼が己の命への執着をしていない事に激怒する比古。

 

飛天御剣流‥九頭龍閃

 

剣心に迫りくる比古が繰り出す絶対の死を運ぶ九頭の龍達。

 

「ぬわぁぁぁぁぁー!!」

 

無駄だと分かりつつもそれを迎え撃つ剣心。

その瞬間、剣心の脳裏にこれまでの出来事が脳裏を過ぎる。

これが走馬燈と言う奴なのだろうか?

 

 

「流浪人の貴方にいて欲し‥‥」

 

「ちくしょう、強くなりてぇ」

 

「つぅ訳だからよぉ、俺の許しなしで勝手に流浪に出るんじゃねェぞ、剣心!」

 

「お前がいつまで流浪人などと言ってられるか地獄の淵で見ててやるよ」

 

「お前の全てを否定してやる」

 

「取り引きの材料にされて剣さんの枷になるくらいなら私は死刑台の方を選ばせて頂くわ!」

 

「この国の人々のため、今一度京都へ行ってくれ」

 

「一番 想っている人を忘れる事の一体 どこが幸せなのよ!!」

 

「動乱が終わったのなら俺がもう一度起こしてやる!」

 

 

「緋村‥生き残りなさい」

 

 

「っ!?」

 

死ねない‥‥

 

俺はまだ死ぬわけにはいかない!

 

ドガッ‥‥

 

凄まじい音を立ててぶつかり合った剣心と比古がすれ違う。

 

「そうだ‥‥それでいい‥許多の命を奪ったお前はその悔恨と罪悪感のあまり自分の命をすぐ軽く考えようとする。自分の命もまた1人の人間の命だという事実に目を伏せ、それがお前自身の真の強さを押さえる結果となり時として心に巣喰った人斬りの自由を許してしまう‥それを克服する為にはお前が今、生と死の間で見出した生きようとする強い意志が不可欠なんだ‥‥」

 

振り向き対峙した比古は気付いた剣心に僅かに笑みを見せる。

 

「生きようとする意志は何よりも強い‥‥剣心‥‥それを決して忘れるな‥生きろ‥剣心」

 

「師匠?」

 

「気にするな、"天翔龍閃"の伝授の結果は御剣流の師弟の運命だ。俺も先代の師匠の命と引き換えに"天翔龍閃"の伝授を受けた‥‥お前の"不殺"の誓いの外の事と思え‥‥」

 

そう言って比古はその場に倒れる。

 

「師匠!!」

 

「比古!!」

 

剣心と信女は慌てて倒れた比古に駈け寄る。

 

「師匠‥‥冗談でしょう‥‥?出鱈目に強い師匠が 奥義とは言え 逆刃刀の一撃で‥‥」

 

「緋村、ボサッとしていないで、手伝って!!」

 

「あ、ああ‥‥」

 

剣心と信女は2人がかりで比古を小屋の中へと運ぶ。

すると、剣心は小屋の中を引っ掻き回す。

 

「‥‥あった」

 

「何が?」

 

「俺が笑い茸の食い過ぎで死にかけた時、師匠が調合してくれた薬‥‥」

 

「‥‥もうちょっとマシな薬はないの?」

 

「無い。後は師匠の強さに掛けるしか‥‥」

 

「身体が丈夫すぎるのもある意味問題ね‥いざって時に薬がなくて大変だから‥‥」

 

急いで比古の作った薬を飲ませ、経過を見守る剣心と信女。

剣心は比古の強さに掛けるしかないと言うが、信女は信じていた。

自分の時の奥義の伝授の際にも死ななかった比古が逆刃刀の一撃で死ぬわけがないと‥‥

一方の剣心は気が完全に動転していたので、信女が飛天御剣流の奥義を会得しているにもかかわらず、比古が生きている事に関して疑問を持っていなかった。

結果はどうあれ、剣心は無事に飛天御剣流奥義"天翔龍閃"を会得する事が出来た。

後は比古が目覚めるのを待つだけとなった。

 

 

・・・・続く




ではまた次回


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第52幕 執念

更新です。


 

 

 

 

 

 

此処で時系列は約半日程過去に遡る。

ようやく京都に到着した斎藤は、早速この町の警察署の署長と面会する。

 

「長旅ご苦労。予定より随分と遅れたな」

 

「ちょっと、道中で一事件ありましてね‥‥」

 

「早速ですまないが、藤田君」

 

「何でしょう?」

 

「実は先日、町中で挙動不審な男を警邏中の警官が取り押さえたのだが、その男が志々雄一派の工作員で、志々雄がどうも京都破壊の計画を練っている様なのだ」

 

「京都破壊‥ですか‥‥」

 

「うむ、残念ながら、その男は志々雄から詳しい内容までは聞かされていなかった。そこで、もう1人、計画の内容を知っていそうな彼を尋問してそれを聞き出して欲しい」

 

「彼?」

 

「志々雄直属の特攻部隊『十本刀』の1人。通称“刀狩”の張。本名は沢下条張だ」

 

「分かりました。では、早速参りましょう」

 

留置場へと着き、その“刀狩”の張の居場所を尋ねる。

 

「それで署長、先日捕らえた志々雄一派の張と言う男は?」

 

「ああ、あの奥だ」

 

署長は張の居る牢屋へと斎藤を案内する。

 

「ところで署長、佐々木の奴は今何処に?」

 

斎藤は信女の行方を尋ねる。

 

「緋村剣心‥あの人斬り抜刀斎がなんでも剣の修行に入るとかでその世話をするので、しばらく彼と行動を共にすると言ってから音信不通となっている」

 

「そうですか‥抜刀斎が修行を‥‥」

 

「ああ、彼の修行が終われば、志々雄など簡単に討伐できるはずだ」

 

「‥‥」

 

(ならばいいのだがな‥‥)

 

志々雄の討伐がそう簡単に出来るのかと不安視する斎藤だった。

その最中、斎藤はある牢屋の前で立ち止まる。

 

「ん?どうかしたのかね?」

 

「‥‥貴様か?」

 

斎藤は牢屋の中に居る留置人に目をやる。

其処には、

 

「おう、相良左之助、堂々の京都到着だ」

 

不敵な笑みを浮かべた左之助が居た。

 

「ヘヘ、思惑通りだぜ。闇雲に足で剣心を探すより、まず警察の厄介になって、テメェを押さえる。その方がより早く、確実に剣心にぶち当たるってもんだ。もっといい表情(ツラ)をしろよ。こちとら、わざわざ険しい中山道を修行しながら来てやったんだぜ」

 

不敵な笑みを浮かべる左之助。

 

「知り合いかね?」

 

署長が斎藤に左之助との関係を尋ねると、

 

「いえ、全く」

 

斎藤はあっさりと左之助との関係を否定した。

 

「単なる人違いか頭がいかれているか‥どちらにしろ、鬱陶しいので暫く、此処に閉じ込めておきましょう」

 

「逃げるかテメェ!開けねーなら自分で開けるぞ!いいな!!」

 

留置場から左之助が吼える。

下らん、やれるものならやってみろと言わんばかりに斎藤が息を吐いた瞬間、木で出来た牢はもの凄い勢いと音を立てて壊れた。いや、壊れたと言うより、粉々に砕けたに近かった。

 

「驚いたかコラ、以前の俺と同じだとナメてかかると、テメェもこうだぜ」

 

「き、貴様」

 

「署長、こいつの始末は私がつけます。上で待っていて下さい」

 

では任せたぞと、上に上がる署長。

そして斎藤は左之助に近付く。

 

「テメェには聞きたい事が沢山あるが、まずは東京でのケンカの決着をつけるのが先‥‥ってコラァ!!」

 

左之助の話を無視した斎藤はしゃがみ、牢の残骸を手に取った。

 

「成程。技の発想は唐手の『透し』と同じ様なものだな。最も、威力は比べものにならんか‥‥で、俺の言った防御のいろははどうした?」

 

立ち上がって聞いた斎藤の問いに、左之助はお茶らけた様に笑いながら首を左右に振る。それを見てこめかみに青筋を浮かび上がらせた斎藤は左之助の胸倉を掴んだ。

 

「けっ!誰がテメェの言いなりにするかってんだ!防御なんざ、俺の性に合っちゃいねェ!俺は俺のやり方で闘わせてもらうぜ!」

 

「チッ、予定外の事件で手駒が不足しているというのに、使えないヤツめ」

 

「あっ、逃げるのかテメェ!」

 

「俺は忙しいんだ。お前と遊んでいるヒマはない」

 

「そうかい。じゃあこいつは俺の不戦勝って事だな」

 

「ああ、好きな様にしとけ」

 

「‥‥あ゛ーっ。やっぱり納得いかねェ!勝負!勝負!!勝負せい!!勝負だ!!‥‥って、なんだ?その部屋?他の牢に比べて随分厳重じゃねぇか」

 

喚きながら斎藤を追いかけていた左之助が目の前の扉が目に止まり静かになった。

その部屋は通常、木で出来ている留置場ではなく、分厚い鉄の扉で出来ていた。

 

「当たり前だ。此処に居るのは今回の事件に於ける第一級重要人物‥抜刀斎と今井が京都到着早々に捕えた‥‥」

 

斎藤は署長から預かった鍵を鍵穴に差して開ける。

ギィィィ‥‥と無機質で重量感のある音を立てて開いた扉の先には両手を手枷で封じられ、右足には足枷である鉄球を付けられている1人の男がいた。

 

「志々雄直属の特攻部隊『十本刀』の1人‥‥“刀狩”の張」

 

大人しく座っている男は片目を開け、のんびりとした声で話し始めた。

 

「なんや随分騒がしかったなァあんたら。こちとら、いい気分で寝てんやさかい。もちっと静かにしてえな」

 

「余裕だな。とりあえず、まずは質問したいことがある」

 

「なんや?」

 

「先日、神戸で起きた事件だ。やっと集結が完了した志々雄討伐隊‥軍と警察からより選った剣客約50人がたった1人の賊の手に掛かり、一夜にして壊滅した。志々雄の配下に、この様なマネが出来る奴がいるかどうか答えろ」

 

「居るで‥目の前にいる、十本刀の張という男なら、そんなん朝メシ前やで」

 

「本気で答える気はないか?」

 

「心外やな。ワイは本気で言うてんのに」

 

「質問に答えるかわりに裏に手を回して釈放してやってもいいぞ」

 

「別にワイ、シャバに未練などあらへんさかい」

 

「要するに、志々雄が怖いってワケか」

 

此処で斎藤と張の会話を黙って聞いていた左之助が口を挟んだ。

 

「ヘタに釈放されても、敵に捕まるヘマをしたおまえを連中が生かしておくわけない。逆に言えば、此処にいた方がまだ安全って事だからな」

 

「なんやこのトリ頭。ごっつムカつくわぁ」

 

「ムカつくのはこっちだぜ。臆病なくせして、へらず口ばかり1人前のホウキ頭が」

 

「ワイは別に志々雄様も死ぬのも怖かあらへん。ただ、お前らのよーなつまらん奴の言い成りになるのが嫌なだけやと言うとんや」

 

「つまらん‥‥」

 

神経がブチっと切れた左之助はペッと口にくわえていた魚の骨を吐いた。

 

「テメェは運が無えな。俺は今、京都についてから一番機嫌が悪いとこなんでェ。俺がつまるかつまらねえか、正々堂々と勝負だ!!ホウキ頭!」

 

「オウ、望むところや!!トリ頭!!」

 

左之助と張は「トリ」「ホウキ」の言葉の応酬を繰り返した後、

 

「いいか。このワイに勝ったらなーんでも質問に答えたる!だが、負けた時はどうなっても知らんでェ。そこのスダレ頭!ボケっとしとらんと合図や!!」

 

漸く口を割るつもりになった。

 

「怖いもの知らずも程々にしとけよ」

 

そう言って吸っていたタバコを放り投げる。

落ちていくタバコを2人は真剣な表情で見る。

ジッとタバコが床についた瞬間、2人は動き出す。

張は足枷の鉄球を左之助の頭部に当てる。

しかし、彼の予想外なことは左之助が常人の何倍も打たれ強い事だった。

頭部に鉄球をくらっても左之助はビクともせず、逆に左之助は二重の極みで張の手枷を破壊する。

白けたのか張は、「答えてやるからさっさと質問してとっとと失せい」と斎藤の質問に答えてやるからさっさと出て行けという。

しかし、結果は斎藤の一人勝ちである。

まず神戸での事件の犯人について、精鋭50人を1~2時間と言う時間制限付きで殺れるのは十本刀に2人のみだと言う。

その2人は、天剣の宗次郎と盲剣の宇水‥‥。

しかし、宗次郎は神戸での事件の時、犯行現場の神戸とは反対の東日本に居たので実行は不可能。

よって犯人は、もう1人の十本刀、盲剣の宇水の犯行だと張は言う。

宇水は元々幕府側の剣客だったが、幕末のある日、志々雄と対峙し両目を斬られて以来、志々雄への復讐のために修行を重ね、ついに剣術の1つの究極の型『心眼』を開き、そして今は『スキあらば、いついかなる時でも斬りかかって構わない』条件で志々雄の仲間になったと言う。

だが、同じ幕府側に居た斎藤は宇水と言う名の剣客に心当たりはなかった。

そしてもう1つ、京都破壊計画については、志々雄はかつて自分と同じ維新志士達が計画していた京都大火‥‥。

しかし、計画を練っていた旅館池田屋を新撰組が強襲し、計画は破綻したが、志々雄はそれを十本刀が集結次第行うと言う。

張の話ではそれは間もなくらしい。

左之助も斎藤も理由は様々であるが、京都大火は阻止しなければならなかった。

その為には剣心と信女を急いで探す必要があった。

 

その剣心と信女はと言うと、比古の経過を見守っていたのだが、いつしか眠りについてしまった。

だが、僅かな物音で信女が目を開けると其処には普段の様子と変わらない比古清十郎の姿があった。

 

「比古‥‥起きたのね」

 

「ああ‥ここまで深く寝入ったのは何十年ぶりだろうな‥‥」

 

「私の時の様に異例な事が起きたわね」

 

「まさか、二度も奥義を伝授して生き残るとはな‥‥こんな事、飛天御剣流の歴史でも俺が最初で最後だろう」

 

「ふふ、そうね‥貴方はいろんな意味で超人だから‥‥」

 

「だが、俺はお前に奥義を伝授した時に死んでいてもおかしくはなかったんだがな‥‥」

 

比古はチラッと自らの身体を見る。

そこには今回、剣心との修行でついた刀傷の他に古い刀傷があった。

 

「あの時は、本当に自分の死を覚悟したわ‥‥あんな感覚はこれまでの人生で初めてだったし、私自身も比古のあの姿を二度も見るとは思わなかったわ」

 

信女は比古に奥義を伝授してもらった時の事を思い出す。

 

 

剣心が山の下の現状を憂い比古と喧嘩別れして山を下りた後も信女は山に留まり続けていた。

そして、奥義の伝授を受ける日‥‥

 

「いくぞ‥‥信女‥‥」

 

「.....えぇ」

 

外套を脱いだ比古を初めて見た信女はこれまでの人生で初めて恐怖を抱いた。

刀の柄を握る手がカタカタと震えている事に気付く。

初めての経験‥‥でもこれが間違いではないのは今の自分でも分かる。

あの人は自分に涙を‥悲しむと言う感情を教えてくれた。

そして、比古は自分にあの人以外で自分の師となり恐怖と言う感情を教えた。

殺気も剣気も内に秘めている筈なのに嫌でも伝わって来る比古の殺気と剣気。

 

(これがこの男、比古清十郎の本気?.......疼く...疼いてくる。あの頃の私が...本能(私が)戻ってくる)

 

外套を脱いだ比古の実力は自分が知るあの男並ではないかとさえ思える。

天に使えながら天に辿り着いた鴉と‥‥

そしてそれと呼応するように久々に自分の中の血を求める本能と言う奴が目覚めてくるのがわかった。

信女も比古の九頭龍閃を初見した時、飛天御剣流の奥義が神速を超える超神速の抜刀術であると見抜き、抜刀術の構えを取る。

 

飛天御剣流‥‥九頭龍閃!!

 

比古から9つの龍が信女の命を狩る為に迫りくる。

 

死ねない‥‥あの人の約束を果たしていないのに‥こんな所で私は死ねない!!

 

死ぬわけにはいかない!!

 

当時、信女はまだあの世界へ戻る事を諦めていなかった。

いつかは元の世界へ戻れることを信じていた。

元の世界へ戻ってあの人との約束を果たさなければならなかった。

だからこそ、信女は今まで感じたこともない恐怖の中で生存本能が開花されたのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

信女は自身の生を掴む為、果敢にも比古を迎え撃つ。

 

ガキーン!!

 

比古の冬月と信女の刀がぶつかり合う。

2人が交差した時、信女は無我夢中の事で受け身を取れずに地面に転がるが、素早く刀を拾って、体制を立て直す。

 

「「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥っ!?‥‥何故みねで放った?」

 

息も絶え絶えな信女が比古を見ると、其処には比古が立っていた。

 

「.....幼女とはいえ、私から何本もとった人に、1本とっただけじゃ気に入らないからよ」

 

「.....フンっ、末.恐ろしい...ガキめ‥‥」

 

振り返った比古の身体には一筋の刀傷がついていた。

信女は緊張の糸が切れ、それと同時に膝が笑い地面に倒れる。

 

「懐かしいな‥‥お前は確かに童の頃から剣の腕に天武の才があった。だが、あの時は腕が良くても腕力が釣り合っていなかった‥それに直前でお前は器用に刃を反した‥‥だからこそ、俺はこうして生きているわけだがな」

 

比古が信女に奥義を伝授して生きている訳を語る。

彼の言う通り、信女が奥義を会得した時、信女がまだ小さく力が弱かった事、そして逆刃刀と同じく、刃を反して峰打ちにした事、そして比古が今よりも若かった事が影響していた。

 

「だが、あのバカ弟子と共に俺の所に来た頃、あのバカ弟子が笑い茸を食った時以外、お前はほとんど無表情だったな‥あの奥義の伝授の時、やっとお前の怯える顔を拝めることが出来た‥あの時の顔は忘れなれないな‥‥」

 

比古は信女が恐怖で震えている時の顔を思い出し、クックッと思い出し笑いをする。

 

「なっ!?」

 

「あの時のお前、思わず漏らすんじゃないかと思ったぜ」

 

「ちょっと、女性に対して漏らすとか失礼じゃない!?私は緋村と違っておねしょなんてしてないし、あの時も漏らしてなんかいないわ!!」

 

信女は羞恥で顔を赤くしながら比古に抗議するかのように言う。

 

「それにしてもこのバカ弟子は、何時まで寝ているんだ?俺達がこうして会話をしているのに起きる気配もねぇ」

 

比古はチラッと剣心を見る。

剣心は壁に背中を預けてスースーと寝息を立てている。

 

「テメェの師が生死の境を彷徨っていたかもしれねぇって時にこのバカ弟子は‥‥」

 

「緋村も疲れが溜まっていたのよ‥ここ最近は毎晩遅くまで貴方と打ち合っていたのでしょう?」

 

「それは、このバカ弟子があまりにも弱くなっていたからだ。奥義は伝授してやったが、これで本当に志々雄とやらに勝てるのか?」

 

「今は分からないわ‥‥でも、奥義を伝授する前の緋村だったら、確実に志々雄に負けていた…でも、こうして奥義を伝授してもらって“生”への執着が少しは着いただろうから、そこまで無茶な事はしない筈よ」

 

「ふん、だといいがな‥‥」

 

そう言って比古はツカツカと眠っている剣心に近づくと、

 

「何呑気に寝入ってんだテメェは!?」

 

「ぐぇ‥‥」

 

ゲシッと頭を蹴られた衝撃に剣心は目を覚まし驚きその姿を見つめた。

 

「テメェの帰りを心待ちにしている人間が大勢いるんだろう!?ぐずぐずしてねェでとっとと山を降りやがれ!!」

 

「し、師匠!」

 

剣心の目の前には普段通りの姿の比古清十郎が立っていた。

比古の無事な姿を見て感極まったのか思わず飛びついた剣心をヒラリと避ける。

剣心はそのまま向かい側の棚に激突する。

 

「俺は男に抱き着かれて喜ぶ趣味はねえんだ、気安く飛びつくな」

 

(でも、ビジュアル的に腐女子には人気がありそうだけど‥‥)

 

信女は前の世界にいる腐女子と呼ばれる女の子達なら、喜びそうなシチュエーションだと心の中でそう思った。

 

「けど良かった、あの薬がしっかり効いたんだ」

 

「ああ?こんなん効くかよ、大体 こいつは俺が出鱈目に調合したエセ薬じゃねェか」

 

「え、エセ薬‥‥」

 

(じゃあ、緋村はそのエセ薬のおかげで笑い死を免れた訳ね‥‥緋村の身体ってどんな構造をしているのかしら?)

 

笑い死にしそうになった時、そのエセ薬で治った剣心の身体つきに疑問を持った信女。

一方、剣心は比古が生きているのは薬のおかげではないとすると何があって比古がこうして生きているのかを疑問に思った。

 

「じゃあ、何故‥‥」

 

剣心の疑問を解くカギは逆刃刀にあった。

逆刃刀を見ると柄の釘が外れかかっていた。

その為、力が刀に吸収され、威力が僅かに弱まった為であった。

最も、比古は『そこまで逆刃刀を駆使させた自分のお陰だ!』と、彼の自信家振りに信女は苦笑いした。

本来は師匠の命の代価を得なければならない飛天御剣流の奥義を会得した剣心。

奥義を会得した今、剣心と信女は山を下りる事になる。

去り際、代々受け継がれるという白外套を差し出した比古であったが、剣心は自分が白外套を纏った姿を想像してドン引きして、似合わないのでいらないと言って、信女は吹き出した。

 

「の、信女、笑うなんて酷いでござるよ~‥‥師匠、外套は遠慮します」

 

自分が受け継ぐのは飛天御剣流の理のみという剣心に手前勝手だと文句を言いながら小屋に戻って行く比古。

そんな比古に剣心は、自分が志々雄一派と戦っている間、志々雄一派の別働隊から葵屋の皆を守って下さいと頼む。

しかし、比古は「甘ったれるな」と言って剣心の願いを取り下げるかと思ったが、最後に「余計な心配は無用、さっさと志々雄を倒せ」と言って小屋の中に戻って行った。

その言葉から比古は頼みを聞いてくれると確信し、剣心と信女は山を下りた。

 

「それで、信女。これからどうするでござるか?」

 

「麓の駐在所にでも行けばなんとかなるんじゃない?そろそろ斎藤も京都に着いている頃だし」

 

「そうでござるな、っと、ここか‥‥御免」

 

駐在所かその近くで馬でも借りて京都へと戻るつもりで駐在所へと入る剣心と信女。

腰に刀をぶら下げた連中が来た事で駐在警官は警戒するが、剣心が帯刀許可証と信女が身分証明書を提示して事情を話すと‥‥

何故か馬は馬でも馬車で京都市内の警察署まで連れて行ってくれる事になった。

 

「まさか、こんなVIP待遇を受ける事になるなんて思わなかったわ」

 

「ん?びっぷとはなんでござるか?」

 

車内でどうでもいい事を話しながらも、奥義を会得した剣心は明らかに今までの表情とは異なる。

 

「やっと少しは成長したって所ね」

 

「ん?どうしたでござるか?」

 

剣心が信女の視線に気づいて尋ねてくる。

 

「なんでもないわ‥ただ、緋村が少しいい男に成長したって思っただけよ」

 

信女は窓の外を見ながらボソッと呟く。

 

「えっ?」

 

信女の言葉に剣心は目を見開く。

 

「信女、それはどう言う‥‥」

 

剣心が信女にその言葉の意味を尋ねようとした時、馬車はタイミング良く、(剣心にとってはタイミングが悪い)警察署の前で止まった。

肝心の部分を聞きそびれた剣心は面白くないと言う顔をする。

そんな剣心を尻目に信女は場所のドアを開けて警察署の前に降り立つ。

続いて剣心も馬車から降りると、

 

「よう、平日の午後に馬車で来訪とはまるでどこぞの御大尽の様だな。で、どうだ?人斬りに戻る決心はちゃんとついたか?」

 

警察署の中から斎藤が窓を開けて剣心に尋ねる。

 

「さあ、どうでござるかな」

 

顔を上げて斎藤を見た剣心の表情に斎藤も何かを感じたのか、それ以上の事は言わず、剣心と信女に上がってくる様に言うと窓の向こうへと消えていった。

何か志々雄一派についての情報を得たのかもしれないので、剣心と信女は警察署の中に入って行った。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第53幕 金星

すいません、よく分からずに消しましたがこれは大阪と京都2面から見た話となっております。


 

 

 

 

 

 

 

比古清十郎の下へと戻り、苦心の末飛天御剣流奥義、天翔龍閃を会得した剣心。

山を下りて麓の駐在所から馬車で警察署の前まで来ると斎藤が剣心と信女を出迎えた。

 

「よう、平日の午後に馬車で来訪とはまるでどこぞの御大尽の様だな。で、どうだ?人斬りに戻る決心はちゃんとついたか?」

 

「さあ、どうでござるかな」

 

「まあいい。急ぎの話がある。さっさと上がってこい。五月蝿い奴も、今は飯を喰いに出ていて丁度いい」

 

斎藤は剣心の変化に気づきつつも今は志々雄の京都破壊計画の阻止の為、時間がないので、剣心と信女に中へ入る様に促す。

 

((五月蝿い奴?))

 

斎藤の言う五月蝿い奴が一体誰の事を指しているのか気になりつつも剣心と信女は警察署の中へと入った。

 

「「京都大火!?」」

 

警察署の資料室には斎藤、剣心、信女の3人の姿があり、剣心と信女はそこで張と捕縛した志々雄一派の工作員から聞いた志々雄の計画を聞いて驚きこそしたものの剣心と信女は何処かに引っ掛かりを覚えた。

 

「京都大火は今夜11時59分決行予定…これはまず間違いない」

 

「妙でござるな」

 

「そうね‥‥」

 

「お前達もそう思うか」

 

「確かに京都は日本にとっては歴史のある名所だけど‥‥それに、志々雄一派がいくら強いとしても数においてはこっち(警察)の方が圧倒的に勝っている‥‥」

 

「そうだ、故に奴らの戦法は必然的に奇襲と暗殺に重点が置かれている。だが、そんな奴等がこんなにも簡単に情報が漏れてしまっては奇襲も暗殺も成功するはずもない。奴らにとって情報の漏洩は何よりも憂慮すべき死活問題の筈だ‥‥」

 

「そうね」

 

「確かに‥‥」

 

「だから俺はこの地下牢にいる張にも志々雄からの刺客が差し向けられるものと考え、ずっと此処で網を張っていた。だが その気配は一向になかった‥‥」

 

「まるで『張から好きなだけ情報を得て下さい』と、言わんばかりね‥‥となると、京都大火はあくまでも囮‥‥本命は別にある‥‥ってことかしら?」

 

敵に捕まった張に対してあの志々雄が何もしなかった事に違和感を覚える信女。

これまでの志々雄のやり方を考えるのであれば、張に暗殺者が送り込まれても不思議ではない。

にも関わらず、志々雄は張を生かしたままだ。

どう考えても志々雄らしくない。

 

「信女の言う通り、どうやらこの京都大火の裏には十本刀の一員にすら全く秘密にされている何かもう1つ、別の狙いがあるようでござるな‥‥」

 

地図を広げた斎藤の隣で顎に手を当てて考え込む仕草で地図を覗き込む信女は先程から考えていた事を話し出す。

 

「ねぇ、斎藤」

 

「ん?」

 

「京都大火は池田屋事件の時に殺された維新志士達の計画をマネしているのよね?」

 

「ああ、国盗りも復讐も同時に楽しむ志々雄の事だ、必ず別の狙いにも、何かそういう遊びがあるはずだ」

 

「遊び‥‥池田屋事件‥幕末‥維新志士‥国盗り‥‥っ!?狙いは幕末の天下分け目の戊辰戦争・鳥羽伏見の戦いの時よ」

 

「鳥羽伏見の戦い?」

 

「ええ、あの鳥羽伏見の戦いの時に慶喜は、味方を欺き大阪湾から船で江戸へ逃げ帰り その行動が幕府軍の士気を削ぎ、逆に官軍の士気を上げる大きな要因になった筈よ‥‥思い出しただけでもイライラする‥‥」

 

鳥羽伏見の戦いの事を思い出したのか信女は若干顔を歪める。

あの戦いで井上、そしてその時の戦傷で山崎が死んだのだ。

信女にとって慶喜の行動は許せるものではなかった。

 

「官軍の勝因を志々雄が皮肉を込めて自分の勝因にしようとしていたら、目標は京都じゃなくて東京よ。今の政府の中枢は京都ではなく、東京だもの‥政府を転覆させるなら、京都は二の次の筈よ‥‥」

 

「成程、京都大火はあくまで作戦の第一段階!船による海上からの東京砲撃が奴の真の狙いでござるか」

 

「考えたな、京都大火は人目と人員を引きつけるためのいわば布石‥‥ならば志々雄一派と警官隊の全面衝突があった方が派手でいい。だからわざとこちら側へ情報を洩らす真似をした訳か‥‥あやうく出しぬかれるところだったぜ」

 

志々雄は京都に居るので東京は大丈夫‥‥政府の連中は恐らくそんな事を考えている可能性がある。

しかし、そんな時に志々雄が海上から東京を砲撃したら東京は‥‥政府の機能はどうなるだろうか?

恐らく東京中が大パニックに陥るだろう。

 

「海上に出たらこっちの手は打てなくなるわ」

 

「それだけは絶対避けねば!時間がない!急ぐでござる!」

 

新月村の件から、例え東京の明治政府に志々雄の東京湾からの東京砲撃を知らせても恐らく政府は海軍に出動命令を出さないだろう。

むしろ、志々雄を乗せた彼の船を海上で撃沈すれば志々雄を海の藻屑に出来るかもしれないのに、それをやらないし、やれない。

そう考えると、志々雄の言う通り、明治政府は弱々しい政府なのかもしれない。

だからこそ、志々雄を海へ出す訳にはいかない。

剣心は急いで大阪湾へ行こうと資料室を出た時、

 

「で、俺はまた置いてけぼりってか?」

 

ゴッと鈍い音を立てて、左之助は剣心を殴り付けた。

殴られた剣心は驚きと呆然とした顔で左之助を見た。

 

「今度はそうはいかせねぇぜ」

 

「さ、左之、どうして警察(ここ)に!?」

 

「『どうして京都(ここ)に?』って、お前の力になってやるために決まってんだろが!」

 

左之助の打撃で眩暈を覚えた剣心は体勢を崩したが、そこを左之助が片腕1本で剣心の身体を支えた。

 

左之助の力強い言葉に、剣心は下を向いたまま笑った。

 

「そうか‥‥」

 

「『足手纏い』になるの間違いだろうが」

 

「あんだと!」

 

「2人とも悪ふざけは後にして、今は大阪に急ぎましょう」

 

「そうだな、時間がねぇんだったな!積もる話は走りながらだ!」

 

「大阪まで走れるか ボケ。馬車だ 馬車」

 

「あ"ー!!どうしてテメェはそう揚げ足取りばっか――!!」

 

此処の警官に馬車の手配を任せ、馬車が来るまで部屋で待っていた時、剣心は信女に近付いた。

 

「ん?どうしたの?緋村」

 

「信女、すまぬが紙と筆を貸して貰えぬか?手紙を書きたい」

 

「手紙?誰に出すの?」

 

「葵屋の皆に‥‥彼らはこの京都を幕末の頃から見守り続けてきた‥‥その力が今度の京都大火の阻止に役立つでござる」

 

「成程」

 

剣心は信女から紙と筆を借りると早速今回の志々雄の計画、京都大火について警戒する様に手紙を書いた。

ただ剣心が手紙を書いている時、

 

「緋村‥‥」

 

信女が剣心に声をかける。

 

「おろ?なんでござるか?」

 

「‥貴方、字が下手ね」

 

「はうっ!!」

 

「これ、葵屋の皆は読めるかしら?緋村の字が下手で何が書いてあるかわかりませんでした。そのせいで京都は火の海になりました‥では、済まされないのよ」

 

「‥‥」

 

信女に自分の字を指摘されてショボーンと落ち込む剣心。

そこで、信女が代筆し、名前の部分は剣心本人が自分の名前を書いた。

 

「それじゃあ、この手紙を葵屋に届ける様に手配しておくから」

 

「あ、ああ‥頼むでござる」

 

信女と剣心のやり取りを見ていた左之助は、

 

「あの女、随分と物事をばっさりと正直に言うな」

 

と、信女の態度にちょっと引いていた。

 

「それが、信女でござるよ」

 

しかし、剣心は慣れた様子で答える。

 

「俺には分かんねぇな‥‥剣心、あの女の何処に惚れたんだ?」

 

「信女は何だかんだで、優しい女性でござるよ」

 

(アイツのどこが優しいのか俺には分からん‥‥)

 

剣心とは違い、信女との付き合いが長い訳ではない左之助には信女の優しさは分からなかった。

そして、葵屋へと宛てた手紙を手配した後、信女が剣心の所へと戻ると、

 

「信女、やはりお主も大阪に‥‥」

 

「当たり前でしょう」

 

剣心が信女に大阪へと行き、志々雄の船出の阻止に参加するのかを問うと、信女は即答する。

 

「まっ、そこの鳥頭よりは十分役立つさ」

 

「斎藤テメェ!!」

 

やがて馬車の用意が出来ると剣心と信女は図らずも再び騎乗の人となった。

街道を大阪に向かって大急ぎで走る馬車。

 

「翔ぶが如く。翔ぶが如く!翔ぶが如く!!目指すは大阪、いざ行かん!!」

 

左之助は馬車の屋根の上に居た。

斎藤曰く煙と何とかは高い所が好きだそうだ。

 

ドスッ

 

「っと!」

 

「ちっ、ハズしたか」

 

「斎藤‥‥」

 

車内では志々雄一派の話しをしていたが屋根の上で叫ぶ左之助が癇に障ったのか迷い無く愛刀で屋根をぶっ刺した斎藤に剣心は目が飛び出すほど驚いている。

 

「斎藤。これ、一応借りものなのよ。後で帰さないといけないのだから、傷物にしないで」

 

信女は信女で馬車の屋根に刀傷をつけた斎藤を咎める。

 

「テメェ!!斎藤、何しやがる!?」

 

「五月蝿くて話が出来ん、少し静かにしていろ」

 

「口で言えば済む話じゃないの?」

 

「話を続けるぞ」

 

「ちょっと!!ナチュラルにスルーしないで!!」

 

(なちゅ‥するー‥‥コイツは何を言っているんだ?)

 

(時々、信女の言う言葉理解できないでござる)

 

「京都の方には5000人の警官を配置してある。数では志々雄側の約10倍、これだけ置いとけばとりあえず京都大火は防げよう」

 

「信女、出る前に書いた手紙は‥‥」

 

「大丈夫、ちゃんと届けるように手配しておいたわ」

 

「抜刀斎、あれは何なんだ?」

 

「警官の数で500の兵は止められても、500の火種までは止められぬ。京都大火を防ぐには、幕末の昔から京都を見守り続けた彼らの力が必要でござるよ」

 

「大阪の警察の方には電信で連絡したが、人手はほとんど京都の方に割いてしまったから大阪湾に包囲網を敷くのはまず無理だ」

 

「悔しいけど今の所、志々雄の思い通りって訳ね」

 

「加えてこの馬車をどんなに早く飛ばしても大阪湾に着くのは12時前後‥時間的に見ても手当たり次第捜索していては間に合わんな。どうする?」

 

「ウダウダ言っていても仕方ねぇだろう」

 

屋根の上から聞こえる左之助の声に3人は反応する。

 

「例え失敗しても砲撃の一度や二度で壊滅する程、東京はヤワじゃねぇし、ここまで来たらあとは全力でぶつかるだけさ」

 

ドスッ

 

「ぢ!?」

 

今度は斎藤の刀の刃先が左之助の尻に刺さった様だ。

 

「ちょ、斎藤‥また貴方は‥‥」

 

再び馬車の屋根を傷物にした斎藤に呆れる信女。

 

「黙っていろと言っただろうがこのボケが、話のコシ折りやがって」

 

「左之、志々雄は何も東京壊滅を狙っているのではござらんよ」

 

「そうね、恐らく緋村の言う通り‥‥」

 

嘉永六年

浦賀沖にペリーが来航し、幕府に開国をせまった。

これが幕末の動乱のきっかけとなった、

いわゆる黒船来航‥‥。

初めて見聞きするその怪物に太平の眠りをさます。

上嘉撰たった四杯で夜も眠れず、

と狂歌にまでうたわれるほど江戸の町は狼狽した。

その時とその後の幕末の動乱の恐怖と不安は江戸が東京になった今でも人々の心の奥に確実に潜んでいる。

志々雄は人々のそうした恐怖心、不安感を高める目的があった。

 

「もし今見知らぬ船がたとえ1隻でも突然 東京湾に現れ都市に向かって砲撃を開始すれば東京は間違いなく大混乱に陥る」

 

「今の政府にそれを鎮めるだけの力はないわね‥‥」

 

「東京はすぐさま無法地帯と化し政府機能は停止するって 寸法さ」

 

「そして、その混乱に乗じて、政府の要人を暗殺、国の利権を奪う‥‥志々雄らしいやり方ね。暗殺を行いつつもその中に巧みな策を講じて利権を掌握する‥‥流石、地下組織を束ねているだけあって彼には妙なカリスマ性があるのでしょうね」

 

「成程な。よーくわかったぜ、事態は刻一刻逼迫しているってな。ならばなおさらの事、飛ぶが如く!!のおっ!」

 

左之助が叫ぼうとしたその瞬間、斎藤がドスドスと天井を突きまくる。

屋根は刀傷だらけとなり、信女はもう、何も言わなかった。

 

「御者!上のゴミをふり落とせ!!」

 

「あんだと!!コラ!!」

 

「緊張感の欠片も無いわね」

 

「‥‥」

 

信女が呆れながら言い、剣心も唖然としていた。

 

馬車が大阪湾に近づいている頃、時間は間もなく深夜12時に差し掛かろうとしている。

大阪湾には数多くの船舶が停泊している。

その中から志々雄の船1隻を探すのは困難だ。

 

「それで、緋村、どうやって志々雄の船を探す?」

 

「幕末の頃の経験則から言うと、人斬りが仕事を遂行するため動くのに好条件が2つあった‥‥1つ"夜の闇"に紛れる。2つ"人混み"に紛れ込む‥‥」

 

「1つ目の条件は既に満たしているな」

 

斎藤がチラッと馬車の窓から外を見る。

辺りは深夜の為、真っ暗で外灯の灯りがまばらにあるだけで、人の気配はない。

 

「2つ目、人混み‥‥つまり沢山の船の中に自分の船を紛れこませる。人斬りの中でも志々雄は拙者の跡を継いだ人斬り‥‥こんな時、奴はどんな方法でそれを成すか"人斬り抜刀斎"ならば手に取るようにわかる。恐らく志々雄は自分の船に何らかの擬装を施して民間船に紛れて堂々と停泊させている筈だ」

 

 

午前0時少し前、大阪湾。

 

大阪湾が見えてくると、信女と剣心は馬車の窓から身を乗り出し、志々雄の船を探した。

 

「剣心、どれだ!どれが志々雄の船だ!?」

 

「あれだ、あの大きな木造船!!あれだけが蒸気を吹いて出港準備をしている」

 

「よし 止めろ!」

 

大阪湾に辿り着き馬車を降りて遠目に見える志々雄の船を睨む。

一方、木造船に乗っていた志々雄は、船着き場にいる4人を見て小さく笑った。

 

「フッ、よくここが解ったな。それだけは誉めてやるぜ」

 

志々雄は持っていた望遠鏡で4人の顔を確認する。

 

「緋村抜刀斎、斎藤一、今井信女‥‥ん?知らんのが1人混じっているな」

 

「えっ?」

 

志々雄は望遠鏡を隣に居る宗次郎に渡した。

 

「ああ、あれは確か、緋村さんの友達でえっと‥確か‥‥」

 

「相楽左之助。東京では名の知れた喧嘩屋だという事ですが、横の3人に比ぶれば、はるかに劣る戦力です」

 

宗次郎も左之助の事は知っていた様だが、名前が出てこなかった。

そこで、方治が志々雄に左之助の素性を教える。

 

「ふーん‥‥要するにただの雑魚か」

 

 

志々雄は左之助には大した興味を抱かなかった。

 

「ぶぇっくしょいぃ。フッ、敵さん、俺達の揃い踏みに驚いてやがるな。だが、驚くにはまだまだ早いぜ」

 

志々雄がまさか自分の事を雑魚扱いしているとは知る由もない左之助は志々雄の船を睨む。

 

「さて、これからどうする?」

 

志々雄の船は見つけた。

しかし、問題はどうやって志々雄の船を止めるかだ。

 

「とにかくまず船まで潜って忍び寄るでござるよ。それから船底に」

 

「ちょっと待った、船に穴開けるなら刀より もっといーもんがあるぜ。東京を出る時に克が手土産にくれた炸裂弾だ。着火作業の要らねぇ最新型を使えば、あんなぼろ船‥‥」

 

左之助は炸裂弾を取り出してニッと不敵に笑ったが、

 

「阿呆が」

 

それを、呆れたように斎藤は溜め息混じりで吐き捨てた。いきなり阿呆と言われた左之助はプルプル震えながら怒りを抑える。

 

「テメェという男はいつも、いつも‥‥いったい俺のどこが‥‥」

 

「気がつかんならド阿呆だ」

 

「とうとう『ド』が付いたわね」

 

「まーまー、左之、いくら着火作業が要らなくてもそれを持って海に潜れば当然 中の火薬がしける。そうなればどんな高性能でも不発に終わるでござるよ」

 

剣心は左之助を宥めつつ炸裂弾の短所を指摘する。

 

「つぅー訳だ。刀のないお前は大阪の警官隊が来るまでここで大人しくしていろ」

 

斎藤がそう言った瞬間、カッと眩しい光が射した。

そして激しい轟音とともに志々雄の船は突如爆発した。

 

「な、なんだ!?」

 

「志々雄の船が自爆!?」

 

「大砲の不発か‥‥」

 

「いえ‥‥表面の偽装を取り払っただけみたい‥‥」

 

土煙が立ち込める中、船の姿が次第に見えてきた。

それはさっきの木造船より小さいが、全体を甲鉄に覆われ、大砲を幾つも揃えた軍艦であった。

海軍の連中が見れば喉から手が出るほど欲しがりそうな一品である。

 

「こいつが東京を恐怖のどん底に陥れる明治の黒船、煉獄の真の姿だ!!ハハハハハ‥‥」

 

煉獄の甲板上で志々雄が高笑いをしている。

 

「甲鉄艦か‥あんな代物が一個人の手に入るようじゃ、どの道明治政府も長くないな。抜刀斎、今井、お前達、『斬鉄』は出来るか?」

 

「ああ‥ただし、海中でなければな」

 

「作戦変更ね。それにしても甲鉄艦1隻を購入できるなんて、志々雄の財力は一体どれくらいあるのかしら?」

 

(それにしても甲鉄艦か‥‥宮古湾での戦いを思い出すわね‥‥そうなると、大砲の他に甲板にも武器が積まれている可能性が十分にあるわね‥‥)

 

甲鉄艦を相手にすると言う事で信女はかつて土方と共に行ったあの海戦を思い出す。

木造船なら割りと簡単に船を止められるが、相手が鉄で出来ている甲鉄艦はそうはいかない。

そこで、剣心は左之助の方を向き、

 

「左之。拙者と斎藤、信女で敵の銃砲をひきつける。その隙にお主は小舟を探して、迂回して志々雄の船に忍び寄り、炸裂弾で敵艦の後方の機関部を破壊してくれ」

 

「でも、気を付けてね‥あの装備だと多分、甲板に回転式機関銃も装備されている可能性もあるから」

 

信女は宮古湾海戦の経験から志々雄の船には回転式機関銃も積まれている事を指摘する。

 

「いくぞ!!」

 

甲鉄艦がアームストロング砲を発射する。

船着き場の破壊とともに3人は海に潜った。

左之助は海へと潜った剣心に小舟を探している余裕はなく、長い時間、敵の銃砲を買わせるのかを問うが、海に潜った剣心はその問いに答えない。

その時、左之助は海に浮いているあるモノに注目する。

 

ザパァ――ン!!!

 

海から飛び上がり甲鉄艦の甲板に着地した剣心、斎藤、信女の姿を見て驚く志々雄の兵隊達。

 

「決死の特攻ようこそ‥‥と言いたい所だがまだまだ甘ぇなぁ‥‥」

 

此方が志々雄の考えを見抜けた様に、志々雄もまた此方の考えを見抜いていた。

案の定、甲板に回転式機関銃が持ち出される。

しかし、狙いは甲板に居る3人ではなく、偽装に使用した木造船の残骸の上を渡りながら此方に向かって来る左之助だ。

回転式機関銃が火を吹くが、左之助は下諏訪で会得した二重の極みを海面に使い水の壁を作る事によって回転式機関銃の弾丸を防ぎ、炸裂弾を投げる。

方治はたかが手投げ式の炸裂弾、外装に多少の傷はつくが、内部は破壊出来ないと踏んでいた。

しかし、左之助の炸裂弾は使用した左之助自身が思っていた以上に威力があった。

機関部は大破し、スクリューシャフトは折れ船尾では火災が発生して手に負えない状況となり、ボイラーには大量の海水が流れ込み、弾薬庫には火が迫りつつある。

スクリューシャフトが折れ、ボイラー室が浸水した事で、煉獄の蒸気機関は使用不能となり、自走が出来なくなる。

さらに弾薬庫に火が迫っているので、このままでは煉獄は爆発を起こし、沈没は確実となる。

甲鉄艦、煉獄の沈没の原因を志々雄は剣心達を甘く見ていた自分の隙だと認めた。

 

「志々雄さん。新月村の決着、やっぱり此処でつけます?」

 

志々雄の背後からスッと出て来た宗次郎は、沈没寸前の煉獄の甲板上で戦うかと尋ねる。

しかし、志々雄は、

 

「ああ‥ただし‥‥」

 

「ただし?」

 

「場所は比叡山の北東中腹、六連ねの鳥居の叢祠‥‥俺達のアジトでだ。そこでなら一切の邪魔は入らん。もちろん、当方は俺と十本刀だけで迎え撃つ!」

 

志々雄は剣心達に決闘を言い渡す。

斎藤は宗次郎と同じく沈没までまだもう少し時間があるので、この場で決着をつけようとしたが、其処を剣心が止めた。

 

「それじゃあ、信女さん。比叡山でお待ちしていますから」

 

「ええ、必ず行くわ。宗次郎」

 

信女と宗次郎は互いに声をかけあう。

その様子を剣心は面白くなさそうに見ていた。

そして、志々雄と宗次郎は部下の用意した脱出用の小舟に乗り込み沈みゆく煉獄を後にした。

 

「恐らく、この船の乗員は志々雄一派の中でも選りすぐりの忠臣。志々雄をおいて先に脱出などまずしない。ここで闘えば全員の脱出が遅れて必ず犠牲者が出る。敵であろうと、犠牲者が出ないに越した事はない」

 

小舟で遠ざかって行く志々雄達を見ながら剣心は煉獄の甲板上で戦わなかった理由を語る。

 

「相変わらず甘い奴だな。それで志々雄に勝てるのか?」

 

「さあ。ただ、これでもうこの先、無関係の人々を闘いに巻き込む事はないでござる」

 

「まぁ、緋村らしいと言えばらしいわね。でも、これで貴方の望む形になった訳ね」

 

志々雄達が去った海を見ていると、後ろの方で水音が聞こえ、『よっしゃあ!!』と左之助の声がした。

 

「相楽左之助只今到着!さあ、志々雄真実はどこだ!?」

 

左之助の空気の読めなさに斎藤は青筋を浮かべ、剣心は固まり、信女はノーリアクション。

 

「志々雄なら」

 

剣心は志々雄達が乗っている小舟を指した。それに左之助は、『あ゛ーっ』と声をあげ、小舟の方を向いて怒鳴り始めた。

 

「阿呆が‥‥」

 

「まぁまぁ、抑えて抑えて、今回の一番の功労者は彼なのだから」

 

「信女の言う通り、左之はお前が思っているより、ずっと頼りになる男でござるよ」

 

「言われずともその程度は百も承知だ。だが、それでも奴が阿呆である事には変わりはない」

 

こちらに背を向けて言う斎藤を見て、信女と剣心は苦笑する。

 

「――どうやら京都(むこう)も無事の様だな」

 

京都の方を見ると煙が出ている様子はない。

 

「確かに火の手は上がってないが、ここからではわからぬよ」

 

「でも、大火による消失は喰い止めたはずよ」

 

ボヤは兎も角、志々雄が計画した大火ならば、此処からでもうっすらと煙は見える筈だ。

しかし、京都方面からその煙は見えない。

 

「初戦は、俺達の勝利だ‥‥」

 

「そうね‥でも、この後がいよいよ本番。気を抜かない事ね。」

 

信女の言葉に剣心は顔を引き締め頷く。

勝利の余韻に浸りたいところだが、船が艦尾から沈みかけていたので4人は船を後にし、事後処理を大阪の警察隊にまかせ信女達は京都へと戻った。

 

 

・・・・続く



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第54幕 壬生

更新です。


比古清十郎の下へと戻り、苦心の末飛天御剣流奥義、天翔龍閃を会得した剣心。

山を下りて麓の駐在所から馬車で警察署の前まで来ると斎藤が剣心と信女を出迎えた。

 

「よう、平日の午後に馬車で来訪とはまるでどこぞの御大尽の様だな。で、どうだ?人斬りに戻る決心はちゃんとついたか?」

 

「さあ、どうでござるかな」

 

「まあいい。急ぎの話がある。さっさと上がってこい。五月蝿い奴も、今は飯を喰いに出ていて丁度いい」

 

斎藤は剣心の変化に気づきつつも今は志々雄の京都破壊計画の阻止の為、時間がないので、剣心と信女に中へ入る様に促す。

 

((五月蝿い奴?))

 

斎藤の言う五月蝿い奴が一体誰の事を指しているのか気になりつつも剣心と信女は警察署の中へと入った。

 

「「京都大火!?」」

 

警察署の資料室には斎藤、剣心、信女の3人の姿があり、剣心と信女はそこで張と捕縛した志々雄一派の工作員から聞いた志々雄の計画を聞いて驚きこそしたものの剣心と信女は何処かに引っ掛かりを覚えた。

 

「京都大火は今夜11時59分決行予定…これはまず間違いない」

 

「妙でござるな」

 

「そうね‥‥」

 

「お前達もそう思うか」

 

「確かに京都は日本にとっては歴史のある名所だけど‥‥それに、志々雄一派がいくら強いとしても数においてはこっち(警察)の方が圧倒的に勝っている‥‥」

 

「そうだ、故に奴らの戦法は必然的に奇襲と暗殺に重点が置かれている。だが、そんな奴等がこんなにも簡単に情報が漏れてしまっては奇襲も暗殺も成功するはずもない。奴らにとって情報の漏洩は何よりも憂慮すべき死活問題の筈だ‥‥」

 

「そうね」

 

「確かに‥‥」

 

「だから俺はこの地下牢にいる張にも志々雄からの刺客が差し向けられるものと考え、ずっと此処で網を張っていた。だが その気配は一向になかった‥‥」

 

「まるで『張から好きなだけ情報を得て下さい』と、言わんばかりね‥‥となると、京都大火はあくまでも囮‥‥本命は別にある‥‥ってことかしら?」

 

敵に捕まった張に対してあの志々雄が何もしなかった事に違和感を覚える信女。

これまでの志々雄のやり方を考えるのであれば、張に暗殺者が送り込まれても不思議ではない。

にも関わらず、志々雄は張を生かしたままだ。

どう考えても志々雄らしくない。

 

「信女の言う通り、どうやらこの京都大火の裏には十本刀の一員にすら全く秘密にされている何かもう1つ、別の狙いがあるようでござるな‥‥」

 

地図を広げた斎藤の隣で顎に手を当てて考え込む仕草で地図を覗き込む信女は先程から考えていた事を話し出す。

 

「ねぇ、斎藤」

 

「ん?」

 

「京都大火は池田屋事件の時に殺された維新志士達の計画をマネしているのよね?」

 

「ああ、国盗りも復讐も同時に楽しむ志々雄の事だ、必ず別の狙いにも、何かそういう遊びがあるはずだ」

 

「遊び‥‥池田屋事件‥幕末‥維新志士‥国盗り‥‥っ!?狙いは幕末の天下分け目の戊辰戦争・鳥羽伏見の戦いの時よ」

 

「鳥羽伏見の戦い?」

 

「ええ、あの鳥羽伏見の戦いの時に慶喜は、味方を欺き大阪湾から船で江戸へ逃げ帰り その行動が幕府軍の士気を削ぎ、逆に官軍の士気を上げる大きな要因になった筈よ‥‥思い出しただけでもイライラする‥‥」

 

鳥羽伏見の戦いの事を思い出したのか信女は若干顔を歪める。

あの戦いで井上、そしてその時の戦傷で山崎が死んだのだ。

信女にとって慶喜の行動は許せるものではなかった。

 

「官軍の勝因を志々雄が皮肉を込めて自分の勝因にしようとしていたら、目標は京都じゃなくて東京よ。今の政府の中枢は京都ではなく、東京だもの‥政府を転覆させるなら、京都は二の次の筈よ‥‥」

 

「成程、京都大火はあくまで作戦の第一段階!船による海上からの東京砲撃が奴の真の狙いでござるか」

 

「考えたな、京都大火は人目と人員を引きつけるためのいわば布石‥‥ならば志々雄一派と警官隊の全面衝突があった方が派手でいい。だからわざとこちら側へ情報を洩らす真似をした訳か‥‥あやうく出しぬかれるところだったぜ」

 

志々雄は京都に居るので東京は大丈夫‥‥政府の連中は恐らくそんな事を考えている可能性がある。

しかし、そんな時に志々雄が海上から東京を砲撃したら東京は‥‥政府の機能はどうなるだろうか?

恐らく東京中が大パニックに陥るだろう。

 

「海上に出たらこっちの手は打てなくなるわ」

 

「それだけは絶対避けねば!時間がない!急ぐでござる!」

 

新月村の件から、例え東京の明治政府に志々雄の東京湾からの東京砲撃を知らせても恐らく政府は海軍に出動命令を出さないだろう。

むしろ、志々雄を乗せた彼の船を海上で撃沈すれば志々雄を海の藻屑に出来るかもしれないのに、それをやらないし、やれない。

そう考えると、志々雄の言う通り、明治政府は弱々しい政府なのかもしれない。

だからこそ、志々雄を海へ出す訳にはいかない。

剣心は急いで大阪湾へ行こうと資料室を出た時、

 

「で、俺はまた置いてけぼりってか?」

 

ゴッと鈍い音を立てて、左之助は剣心を殴り付けた。

殴られた剣心は驚きと呆然とした顔で左之助を見た。

 

「今度はそうはいかせねぇぜ」

 

「さ、左之、どうして警察(ここ)に!?」

 

「『どうして京都(ここ)に?』って、お前の力になってやるために決まってんだろが!」

 

左之助の打撃で眩暈を覚えた剣心は体勢を崩したが、そこを左之助が片腕1本で剣心の身体を支えた。

 

左之助の力強い言葉に、剣心は下を向いたまま笑った。

 

「そうか‥‥」

 

「『足手纏い』になるの間違いだろうが」

 

「あんだと!」

 

「2人とも悪ふざけは後にして、今は大阪に急ぎましょう」

 

「そうだな、時間がねぇんだったな!積もる話は走りながらだ!」

 

「大阪まで走れるか ボケ。馬車だ 馬車」

 

「あ"ー!!どうしてテメェはそう揚げ足取りばっか――!!」

 

此処の警官に馬車の手配を任せ、馬車が来るまで部屋で待っていた時、剣心は信女に近付いた。

 

「ん?どうしたの?緋村」

 

「信女、すまぬが紙と筆を貸して貰えぬか?手紙を書きたい」

 

「手紙?誰に出すの?」

 

「葵屋の皆に‥‥彼らはこの京都を幕末の頃から見守り続けてきた‥‥その力が今度の京都大火の阻止に役立つでござる」

 

「成程」

 

剣心は信女から紙と筆を借りると早速今回の志々雄の計画、京都大火について警戒する様に手紙を書いた。

ただ剣心が手紙を書いている時、

 

「緋村‥‥」

 

信女が剣心に声をかける。

 

「おろ?なんでござるか?」

 

「‥貴方、字が下手ね」

 

「はうっ!!」

 

「これ、葵屋の皆は読めるかしら?緋村の字が下手で何が書いてあるかわかりませんでした。そのせいで京都は火の海になりました‥では、済まされないのよ」

 

「‥‥」

 

信女に自分の字を指摘されてショボーンと落ち込む剣心。

そこで、信女が代筆し、名前の部分は剣心本人が自分の名前を書いた。

 

「それじゃあ、この手紙を葵屋に届ける様に手配しておくから」

 

「あ、ああ‥頼むでござる」

 

信女と剣心のやり取りを見ていた左之助は、

 

「あの女、随分と物事をばっさりと正直に言うな」

 

と、信女の態度にちょっと引いていた。

 

「それが、信女でござるよ」

 

しかし、剣心は慣れた様子で答える。

 

「俺には分かんねぇな‥‥剣心、あの女の何処に惚れたんだ?」

 

「信女は何だかんだで、優しい女性でござるよ」

 

(アイツのどこが優しいのか俺には分からん‥‥)

 

剣心とは違い、信女との付き合いが長い訳ではない左之助には信女の優しさは分からなかった。

そして、葵屋へと宛てた手紙を手配した後、信女が剣心の所へと戻ると、

 

「信女、やはりお主も大阪に‥‥」

 

「当たり前でしょう」

 

剣心が信女に大阪へと行き、志々雄の船出の阻止に参加するのかを問うと、信女は即答する。

しかし、

 

「いや、今井‥お前は京都に残れ」

 

「はぁ?」

 

斎藤が信女に大阪へは行かずに京都の残れと言う。

信女の方は自分だけ大阪ではなく京都に居残りと言う事で不満そうな顔をしている。

 

「ちょっと斎藤!!こっち(京都)には志々雄がいない事は分かり切っているでしょう!?それなのに何故、私は京都に居残りなのよ!?」

 

斎藤に食って掛かる信女。

そんな彼女を尻目に剣心は信女が京都に残る事にやや安堵していた。

確かに信女の言う通り、志々雄の性格から京都のアジトに居残り、部下全てに京都大火と東京砲撃を任せるとは思えない。

彼の性格上、志々雄は自ら先頭に立って陣頭指揮をとるタイプの男だ。

それに明治政府転覆を実際にこの手で行える機会がある東京砲撃に参加しない訳がない。

故に京都に志々雄が居る可能性は限りなく0に近い。

それに志々雄の傍には恐らく宗次郎もいる筈。

志々雄が京都に居ないのであれば恐らく宗次郎もいないだろう。

大阪でもしかしたら、志々雄との全面対決となるかもしれない。

その時は勿論宗次郎も戦うだろう。

宗次郎の相手は自分がしたかった。

それなのに斎藤は自分に京都に残れと言う。

当然、信女としては納得できるものではなかった。

 

「斎藤、理由を聞かせて頂戴!!」

 

信女は斎藤に何故自分は京都に居残りなのかその理由を尋ねる。

 

「まぁ、お前の言う通り、志々雄が京都に居残る可能性は低い。だが、絶対にありえないとは言い切れないだろう」

 

「そ、それは‥‥」

 

確かに齋藤の言う通り、志々雄が京都に居残る可能性は限りなく0に近いと言うだけで、絶対に居ないとは言い切れない。

何しろ京都大火をこうして敵である自分達にわざと漏らす様な奴である。

此方の裏の裏をかき、志々雄が京都に居残る可能性も完全には捨てきれない。

 

「そう言う訳だ。こっち(大阪)へは、俺と抜刀斎に任せてお前は此処(京都)でお前の務めを果たせ」

 

「‥‥」

 

「ちょっと待て、斎藤!!テメェ、俺を忘れているじゃねぇか!!」

 

すっかり斎藤からアウト・オブ・眼中をくらった左之助は思わず声をあげる。

 

「なんだ?お前も大阪に来るつもりか?」

 

「当たり前だ!!俺はこの拳で剣心の力になって決めたんだからな!!」

 

「左之‥‥」

 

「ふん、勝手にしろ」

 

斎藤は信女に対して京都に残る様に言ったが、左之助に関しては好きにさせた。

やがて、手配した馬車が警察署の前に到着する。

 

「おっしゃあ!!待っていろ!!志々雄真実!!」

 

左之助は気合を入れて馬車が停まっている警察署の前へと行く。

剣心は苦笑し、斎藤はほぼ無関心で資料室を出る。

信女も剣心達の見送りとして剣心達の後ろを歩いている。

左之助は何故か馬車の中ではなく屋根の上に上る。

斎藤が馬車に乗り込み、最後の剣心は乗ろうとした時、

 

「緋村‥‥」

 

信女は剣心に声をかける。

 

「おろ?」

 

「‥‥その‥‥気をつけなさい。幾ら奥義を会得で来たからと言って、志々雄や宗次郎はそう簡単に勝てる相手ではないわよ‥‥」

 

「‥‥」

 

大阪と京都‥志々雄が居る可能としては、やはり大阪の方が確率は大きい。

志々雄を止める為、やはり戦闘は避けられないだろう。

志々雄‥そして宗次郎の実力は未だに計り知れない。

戦うとしたら苦戦は必至の筈‥‥。

比古に言われて今まで心の隅に留めていた剣心に対する想い‥‥

その想いがここ最近、剣心と行動を共にする事によって、それが次第に強く表に出始めている。

それに大切な人や仲間と分かれ、そのままその人と会えなくなる‥‥信女の心境はあの箱館戦争における終戦間際に土方から多摩への伝令を任された時と同じ感覚を思わせる。

あの時、自分は沖田達の想いと共に多摩で土方の帰りを待とうと決めて多摩へと向かった。

でも、土方が信女の下に帰って来ることは永遠になかった‥‥

あんな想いはもう二度と味わいたくない。

正直に言えば自分も大阪に行きたかった。

でも、自分は剣心や左之助と異なり、組織の人間だ。

組織とは基本縦社会。

それは、警察に入る以前に見廻組、新撰組で経験してきている。

遊撃が許されるのは命令を受けた場合か戦場ぐらいで、今はまだ戦闘が開始されていない。

故に自分は上司である斎藤の命令を聞かなければならなかった。

自分の身を案じている信女に対して剣心は、

 

「ありがとう‥信女‥‥お主も気をつけるでござるよ」

 

ギュッと信女を抱きしめ、優しく呟く。

突然の剣心からの抱擁に驚く信女。

普段の信女ならば、躱すか、剣心に対して鉄拳制裁をする所であるが、やはり、函館戦争時の土方との最後の別れの時の事を思うと、それは出来ず、ゆっくりと信女の手が動き‥‥

 

「貴方もね‥‥絶対に生きて戻って来なさい‥‥緋村‥‥」

 

ギュッと剣心を抱き返した。

この信女の行動に剣心も驚きはしたが、こうして自分を抱き返してくれた信女を受け入れ、

 

「ああ、約束する‥‥必ず信女の下に帰って来るでござるよ」

 

長い様で短い抱擁を終えた剣心は馬車へと乗り込む。

馬上から剣心と信女の行動を見ていた左之助はあんぐりと口を開けて驚き、斎藤は見て見ぬふりをした。

時間も無いと言う事で剣心が馬車に乗り込むと同時に馬車は大阪を目指して走っていった。

信女は馬車が見えなくなるまでその場に立ち、馬車を見送った。

それから信女は近県から集められた援軍の警官5000人と共に今夜の京都大火阻止のための作戦に参加する事になった。

斎藤不在と言う事で、次席指揮官として警官らに京都大火の概要を説明し、志々雄一派との戦闘が避けられない事からかつて新撰組が行った集団戦法を取り入れる事を強く説明した。

いくら腕に自信があっても決して1人で挑まない事‥それを徹底した。

また、伝令の綿密や負傷者の救護‥救護場所の確認など、事前に準備は万端にした。

警備の方も斎藤が事前に指示をしており、その日は朝から警官が京都の市街地を巡察しており、何も知らない京都の市民達は、

 

「なんかあったんやろうか?」

 

「今日はエラいお巡りさんの数が多いでんな」

 

と首を傾げたり、いつもよりも数が多い警官達を不思議がっていた。

ただ、志々雄の京都大火計画は既に始まっているらしく、今朝不審な男に職質をかけるとその場から逃走し、警官がその男の身柄を捉えるとその男は志々雄一派の工作員である事が判明した。

京都は狭い路地や入り組んだ狭い道、そして木造の建物が多い町で火が広がればあっという間に京都は火の海となる。

まして深夜、人々が寝静まっている中、彼方此方で放火されれば犠牲者の数はかなりのモノになる。

斎藤は人気のない場所で不審な動きをしている者を見つければその者の身柄を拘束する様に伝えてあり、そう言った場所を重点的に捜査・警戒する様にも伝えていた。

そして、葵屋にも信女が代筆した剣心からの手紙が届いた。

尚、手紙が届く少し前、操はお増に回転式機関銃が闇相場で幾らなのかを尋ね、呆れさせる場面があった。

そんな中、剣心からの手紙が届き、手紙の中を見た最初の第一声が、

 

「これ、本当に剣心からの手紙?」

 

薫が手紙事態を不審に思った。

手紙の中の文字は綺麗な女文字だったので、薫が不審がるのも無理はなかった。

 

「だよな‥剣心の奴、字がこんなに綺麗な筈がねぇし‥‥」

 

剣心の字の下手さは薫と弥彦からも折り紙つきだった様だ。

 

「でも、緋村の名前の所、手紙の字と違って随分と汚いわよ」

 

操が手紙の内容の文字と最後の剣心の名前の字が異なる事に気づく。

 

「ホント、剣心の名前の字は間違いなく剣心の字だわ」

 

「それって、誰かに代筆してもらったんじゃ‥‥」

 

そこでお増が手紙の字が綺麗な事に推測を立てる。

お増の推測はまさに当たっていた。

それはともかく、剣心からの手紙が一体どんな手紙なのかを皆が読むと、その内容に一同は驚愕した。

 

「本気かよ‥‥」

 

「今日はやけに警官が多いと思ったんだけど‥‥」

 

「京都‥大火‥‥」

 

「無茶苦茶だわ‥‥」

 

「連中の無茶苦茶は今に始まったことじゃねぇさ」

 

「どうする?操ちゃん」

 

操は当然、京都大火阻止の為に早速行動に出た。

まず京都大火を知らせるために京都中に伝書鳩を飛ばした。

志々雄の京都大火の計画も実行時間も既に此方は掴んでいる。

時間がなくとも今の内に京都大火阻止の為の準備をしたのだった。

そして日は落ち、夜の闇が辺りを包み込む。

時刻は深夜11時59分‥京都大火の作戦が決行される時刻となった。

京都市街地を見渡せるとある小高い山では十本刀達が火の手を待っていた。

 

「時間だ‥‥遅い、火の手はまだか!?」

 

コウモリの様な小柄な男‥刈羽蝙也が懐中時計と夜の京都市街地を見ながら未だに火の手が出ない事に苛立っている。

 

「せっかちね、そう簡単には燃え移らないわよ」

 

大きな鎌を持ち着物姿の人物‥本条鎌足が諌める。

そこへ、

 

「伝令!!市内中に警官が配置され、各隊も作戦実行に移れません!!」

 

「あらあら、困った役立たずちゃん達ねぇ」

 

伝令の報告を聞いて呆れる鎌足。

 

「ふん、仕方がない。此処は作戦を変更して、お前達が火付けしやすいよう我々が発破をかけてやろう」

 

目の部分に『心眼』と書かれた両目を覆う眼帯をして、背中に亀の甲羅を背負った男、魚沼宇水がそう言うと、下諏訪にて左之助に二重の極みを教えた悠久山安慈が、

 

「宇水殿、我々十本刀の任務はあくまで要人の抹殺‥警官や民間人を殺すのは我々のするところではない」

 

と、無益な殺生はするなと言うが、

 

「どうせ火が回れば同じ事‥まっ、強制はせんよ」

 

そう言って山を下りる。

 

「あっ、あたしも行く」

 

鎌足は宇水と共に行くと言い彼について行く。

 

「それじゃあ、ワシと不二は遠慮させてもらうかのう」

 

胡散臭い仙人の様な老人‥才槌と相方とされる不二は行かないと言う。

そして、

 

「んとねぇ‥んとねぇ‥おれはねぇ‥‥」

 

巨漢の男‥夷腕坊が行くか行かないか迷っていると、

 

「バカは来るな。バカ‥邪魔だ」

 

「あ、あでぇ?」

 

蝙也から来るなと言われてしまった。

 

「‥‥」

 

残った安慈はそんな彼らを冷めた目で見送った。

 

 

深夜の京都市街地にはピィー、ピィーと警官の警笛の音が鳴り響く。

 

「警察の威信にかけて奴等の暴挙を食い止めろ!!」

 

「抜刀隊前へ!!」

 

5000人の警官相手に志々雄の兵達は本来の作戦行動がとれず、その数を見て逃げだそうとする者もいた。

しかし、逃亡を図ろうとした兵は、

 

「逃げたい人は逃げても良いわよ。た・だ・し、この死神の大鎌をくぐり抜けられたらね」

 

鎌足の大鎌の餌食となった。

そして、蝙也が空から警官を切りつけ、

 

「駒が死を恐れてどうする?特にお前達の様な『歩』風情が‥『歩』にあるのは全身のみ‥‥行け!!」

 

十本刀のメンバーから督戦を促され、志々雄の兵隊たちは警官隊へと突っ込んでいく。

 

「い、行け!!」

 

「怯むな!!全力死守!!」

 

警官隊も志々雄の兵隊達を迎え撃つ。

京都に残った信女も志々雄の兵隊を薙ぎ払いつつ志々雄を探す。

だが、志々雄の姿も宗次郎の姿も見つからない。

やはり、本命は大阪の様だった。

しかし、今からではとても大阪へは間に合わない。

ならば、自分は斎藤の言う通り、此処で自分に与えられた任務‥京都大火を阻止するだけだ。

幸いこの辺には試し切りする素材(志々雄の兵隊)が大勢いる。

決戦前の肩慣らしには丁度いい。

それにこうして京都で剣を振るっていると新撰組時代を思い出す。

 

(総司‥土方‥‥皆‥‥皆が守った町は必ず守ってみせるから!!)

 

信女は自分の隣にはまるで沖田や土方が居るかのように感じた。

 

 

 

 

京都の各所で警官隊と志々雄の兵隊が衝突しているが、志々雄の兵隊全てが警官隊と衝突しているわけではない。

十本刀メンバーの乱入により、隙が出来ると数人の兵隊が町へと入り油を撒いて其処に火をつけようとする本来の作戦‥京都大火を行う実行部隊も居た。

 

「この辺でいいだろう。本隊が警官隊と衝突している今が好機だ」

 

「おう」

 

撒かれた油の上に松明の火をつけようとした時、

 

「何やっとるんじゃ?」

 

突然家の障子窓が開き、住人が火をつけようとした志々雄の兵隊を睨みつける。

そして、

 

「皆の衆!!火付けじゃぞ!!」

 

大声を上げる。

すると、

 

「どこだ!?」

 

「お前達か!?コラァ!!」

 

周辺の家から続々と住人達が集まって来る。

 

「ちょ、ちょっと待て!?」

 

「なんで深夜にこんな大勢起きているんだ!?」

 

火をつけようとした志々雄の兵隊は深夜にも関わらず起きている大勢の住人の謎が分からないまま、住人達にボコボコにされた。

深夜に起きている住人達は皆、葵屋から飛ばされた伝書鳩の手紙から今日の深夜に放火をする輩がいると事前に情報を得ていた為、こうして起きていたのだ。

屋根の上から操達、京都御庭番衆はそれを見て、この辺は問題ないと判断すると、黒尉、白尉、お増、お近の4人にそれぞれの所定に散ってもらい、防火と住民の警護を命じた。

残った操も薫と弥彦をつれて次の現場へ行こうとした。

その時、操は背後に人の気配を感じた。

 

「どうも火の手が上がらないと思ったら、こんな小娘さんがねぇ‥‥」

 

操の背後には宇水が立っており、操に槍を振り下ろそうとしていた。

 

「操!!」

 

「操ちゃん!!」

 

操が気づいた時には、既に遅く宇水の槍は操に迫っていた。

しかし‥‥

 

ガキーン!!

 

宇水の槍が操を貫くことはなかった。

 

「油断し過ぎよ、操‥忍者が背後を取られてどうするの!?」

 

「の、信女様‥‥」

 

宇水の槍を信女が刀で受け止めていた。

 

「ほぉ‥この私の槍を受け止めるとは‥女にしてはなかなかやるではないか」

 

「心眼の眼帯‥アンタが盲剣の宇水ね‥‥?」

 

「私の事を知っているとは‥‥そうか張の奴、ベラベラと警察に喋りおって、やはりこの作戦の前に殺しておくべきだったな」

 

「‥‥操、この辺の人達と一緒に下がっていなさい‥邪魔よ」

 

「は、はい‥‥」

 

信女に邪魔と言われ、操は弥彦と薫を連れてこの場から遠ざかった。

弥彦としては一剣客見習いとして剣心と同じく飛天御剣流の剣士である信女の実力を見たかったが、宇水の禍々しい剣気を見て此処は悔しいがその場から去った。

 

「‥‥」

 

(真新しい血の匂い‥コイツ、此処に来る前に人を斬っているわね‥‥)

 

「‥‥」

 

信女は宇水と少し距離を取り、刀を構え、宇水も槍を構える。

 

「むっ?‥ほぉ~お前も宗次郎同様、感情がイカレている人間の様だな?」

 

宇水は信女を見てニヤッと笑みを浮かべながら彼女は宗次郎同様、常人とは異なる感情の持ち主だと見抜く。

 

「‥‥」

 

「フフフ、驚いている様だな?感情を表に出さなくとも、私には分かるぞ。この私の心眼の前に隠し事は出来ぬぞ。それはお前や宗次郎の様に感情が壊れた人間も例外ではない」

 

心眼と書かれた眼帯が無ければきっと宇水はドヤ顔をしていただろうが、相手が悪かった。

 

「なに、いい年したおっさんが、中二っぽい事を平然と言っているの?心眼?アンタ、バカじゃないの?例え、貴方が本当に心眼を会得していても目が見えていると思って相手をすれば貴方程度の奴、どうって事は無いわ」

 

信女は宇水の心眼を前に全然恐れている様子はなく、逆に呆れていた。

 

「あまり私の事を怒らせない方がいいぞ、女‥‥まぁ、お前は此処で私に殺されるのだからな、最後の遺言として水に流してやろう‥‥ここ最近、男ばかりで女は久しく斬っていないからな、精々私を楽しませ、その身体に流れる血を浴びせてくれ」

 

「貴方‥やっぱりただの変態よ」

 

ガキーン!

 

刹那の間に起る火花の花火‥信女の剣を亀甲の盾で受け止める宇水。

 

「硬い‥‥」

 

「その程度かい?」

 

挑発気味に笑みを浮かべながら言う宇水に信女はその挑発に乗るように距離をとる。

そしてあの構えを、幕末幾千の志士を貫き、仲間に迫る脅威を突き壊してきた壬生の狼の牙、牙突の構えを眼前の敵に向ける。

 

「貴方のその凝り固まった盾ごと貫いてあげるわ」

 

「フン、ならばその血に飢えた狼の牙でも貫けないものがあるという事を教えてやろう」

 

亀の甲に隠れる宇水を標的にピンポイントをおく信女。

 

「牙突‥一式!!」

 

地を蹴り、真銀の閃光が刹那の光が暗黒の空間を駆け抜ける。牙の刺突は闇を切り裂き空間を真っ二つの切れ目を入れる。

 

「っ!?」

 

闇夜に浮かぶ笑みが亀の甲から除き見える。

 

「宝剣宝玉百花繚乱!」

 

突如影のように伸びる槍や鉄球、まさに蛇が噛み付いてきた。信女は不覚にも2箇所噛まれてしまい思わず膝をつきかけた。

 

「ほう、あれだけの連撃でその程度の傷だけで済ますとはやはりやるな。」

 

「‥‥貴方の心眼も子供騙しね」

 

「その子供騙しにしては効いたみたいだな。」

 

ニヤリと浮かべる宇水の勝ち誇った笑みに血を吐き捨てる信女。血を拭いまた牙突の構えを見せる信女。

 

「また牙突か?お前にはほかの剣もあるのだろう。例えば飛天...」

 

「貴方を倒すのはこの剣、悪・即・斬の元に遂行する」

 

「ほう、下らない」

 

「勝手にほざきなさい‥この負け犬が‥‥」

 

信女は牙突を繰り出し、宇水もそんな信女を迎え撃つかのように亀甲の盾と槍を構え信女へと迫る。

しかし、

 

「っ!?」

 

信女は突如、第三者の気配を察し、宇水への進撃を止めて、後方へと飛ぶ。

その直後、2人の間に拳が飛び、宇水の槍はその拳により粉々に砕かれた。

信女も後方へ飛ばなければ愛刀が宇水の槍の様に砕かれていたかもしれない。

 

「何の真似だ?安慈」

 

信女と宇水の間に割って入ったのは安慈だった。

彼は両腕でそれぞれ二重の極みを繰り出して来たのだ。

 

「部隊の殆どが敗走を始めている。これ以上の交戦は無意味だ」

 

「そんな事ではない。何故私の楽しみの邪魔をしたと問うている。返答次第では貴様とて命はないぞ」

 

「お忘れか?生殺与奪‥それが私が十本刀の一員になった条件だ。無益な殺生は私が好むところではない‥‥」

 

「フン」

 

宇水と安慈は互いに睨み合ったが、

 

「女、命拾いしたな」

 

信女に対して宇水は捨て台詞を吐くが、

 

「何、勝手に撤収するつもりでいるの?私が貴方達を此処から逃がすとでも思っているの?十本刀の二刀をここで叩き折ることを私はできる。」

 

信女は宇水と安慈をこの場から逃がすつもりはなかった。

 

「言うのは簡単だがあまり図に乗るなよ、女。いくら新撰組だろうと、あの時代を生き抜いた者であろうとそれはこちらも同じなのだぞ。」

 

信女の言葉にカチンときた宇水は声を荒げる。

 

「それはこちらも同じ事、盲目のお爺さんにお坊さんが加勢する程度なんて、の〇太君にし〇かちゃんが助けに来た程度にしかならない。」

 

自分の元いた世界でなら通じる例えだが此処じゃ全く通じない例えをする信女に一瞬反応が遅れる安慈と宇水。

信女の読めない表情と相まって何やら何も言いにくい空気となりここの時間は一瞬止まる。

 

「...何が言いたいのかよくわからないが...幾らその剣に自信があろうと過信して...「過信じゃない。」」

 

遮る信女の声より先に安慈は感じた。ゆっくりと滾っている憤怒を、感情がいかれていると言った宇水...間違いなく感情は壊れている信女。

 

だが壊れているだけじゃ飛天御剣流の真髄には辿り着けない。

今の信女は前の信女ではない、壊れた感情を修復し秘める事により感情を表に出さないが1度ドアを壊せば凍てつく冷気のような憤怒が自分の間合いにいる全ての人間の生命を凍ら失くし砕き斬るであろう。

 

「余所者が勝手に入ってきて面白い挨拶してくれたのよ。私もお返ししてあげようとしているだけ。どこの町だろうと私は任務の為に斬るけどこの町だけは別よ。」

 

信女の絶対零度の殺気に当てられ安慈は思わず冷や汗をかいた。

これはダメだ。怒らせすぎるととんでもない事になる。そう本能が脳に信号を与え今の信女に刺激を与えないように思考を巡らせる。

 

「...それはすまなかった。今回は私達の負けだ。」

 

「この戦、貴方達の情報が漏えいしていた時点で負けていた。」

 

「いいや、こっちじゃない。...そう言えばわかるだろう。」

 

その言葉に微かに反応する信女、ピタリと足を止め言葉の意味を探る為に安慈を睨む。

 

「では、次に会う時は本気で勝負いたそう。こちらも負けられないものがあるのでな。」

 

安慈の方も信女がこの場での戦いは無意味だと察した。

そう告げてその場から去って行く宇水と安慈の2人。

2人が去り、

 

「‥‥総司‥‥土方‥‥貴方達が守った町は‥‥志々雄の手から守れたわよ」

 

信女は屋根の上から火の手が上がらない夜の京都の町を見て一言呟いた。

十本刀2人には逃げられてしまったが、京都大火は防ぐことが出来た。

夜空に浮かぶ星はまるで信女を祝福するかのように輝いていた。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第55幕 幕夜

更新です。


 

 

 

 

 

 

 

 

志々雄の切り札の1つである甲鉄艦、煉獄の沈没と京都大火の阻止から一夜明けて、剣心達4人は昨夜、京都大火阻止の為に志々雄の陽動部隊と戦い負傷した警官らが運ばれた寺に来ていた。

周りは怪我をした警官を運んだり、治療したりしている人がいて少し騒がしい。

 

「全焼0件、半焼5件、ボヤに至っては50弱あったみたいだけど、いずれもすぐに鎮火されたみたいよ」

 

信女が昨夜の京都であの被害報告書を剣心と左之助に読み聞かせる。

斎藤は事前に報告書を見たのか、報告書には目を向けずタバコを吹かしている。

 

「へぇ~なかなか奇跡的な数字じゃねェか」

 

左之助が京都での被害件数が思ったよりも少ない事にホッとしている様子だ。

 

「そうね、人的損害の方は警官の死亡数41名。重軽傷者多数。一般人の方はまだ分かっていないけど、今のところ命に関わるような被害報告は入ってきていないわ」

 

「41人もか‥‥」

 

剣心はチラッと寺の庭を見渡す。

そこには上から茣蓙をかけられた殉職した警官らの姿もあった。

建物は直せるが、失われた命は元には戻らない。

戦いである以上犠牲は防ぐ事は出来ないが、それでも剣心は辛そうだ。

 

「5000人のうちの100分の1にも満たん数だ。それで敵兵のほぼ全員を捕縛出来たんだから、上々だろう?」

 

被害を最小限に押さえて死亡者も半数以下なので確かに齋藤の言う通り上々な結果だが、剣心は斎藤に非難の視線を向けた。

信女自身も戦闘が起こったのだから、死者が出る事は予測で来ていたがやはり割り切れないものがある。

そう思うと、自分も昔に比べて甘くなったのかもしれない。

 

「そういう問題ではないでござろう」

 

「フン、まっ、どう思おうと人の勝手だからな」

 

「緋村達はこれから葵屋へ?」

 

「そのつもりでござる」

 

「志々雄のアジトに向かう前に、俺達は事後処理を済ます必要がある。連絡があるまでお前達は葵屋とやらで待っていろ」

 

「それじゃあ、緋村また後でね」

 

「ああ」

 

信女と分かれた剣心と左之助は葵屋へと向かった。

 

「しかしなんだな、共に闘うと言っても水と油の様に相入れないのは京都に来ても相変わらずだな」

 

葵屋に向かう途中で左之助が剣心と斎藤の様子を見て剣心と斎藤の仲を水と油に例える。

 

「左之は警察の厄介になっていた様だがひょっとして斎藤と和解したのでござるか?」

 

反対に剣心は何気なく自分に斎藤との関係を聞いた。

すると左之助は剣心に思い切り拳打をくらわせて壁にメリ込ませる。

 

「なんで俺があの陰険男と仲良くしなきゃなんねーんだ!?決着は志々雄一派を倒した後に必ずつける!‥‥それはそーと俺は腹減ってしょーがねーんだよ。早々と葵屋とやらに案内しな」

 

「はいはい」

 

剣心は呆れつつもこれ以上左之助の機嫌を損ねない為にも再びに葵屋に向かって歩き出す。

 

一方、斎藤と信女は煉獄の沈没の報告を署長に報告しに警察署へと向かっていた。

その最中、斎藤は意味ありげな顔で信女を見る。

 

「なに?」

 

「今井、抜刀斎と行動して甘さが移ったか?」

 

「確かに結果が上々なのは分かってはいるけど、色々思う所があるのよ‥此処は多くの仲間達が散って逝った場所だから‥‥」

 

信女がかつてこの地で散って逝った新撰組の仲間達の事を思うと、今回の京都大火を阻止する為に殉職した警官達にも思う所があった。

 

「そうか‥‥」

 

齋藤も信女の言っている事を理解してそれ以上何も言わなかった。

警察署に着いた2人は署長に煉獄撃沈の報告と志々雄から決闘のお誘いを受けた事、事後処理が終わり次第剣心達とともに志々雄のアジトに向かう事、そして護衛はいらない事を伝えた。

 

「僅か4人だけで大丈夫なのかね?」

 

「平気です。むしろ無駄に人を連れて行くと志々雄一派に狙われて、守る所か逆に私達の足手纏いになりかねません」

 

「そ、そうか‥‥」

 

信女は、増援はかえって此方が不利になるのでいらないときっぱりと拒否する。

斎藤も何も言わないが、信女の意見に賛成の様子だ。

 

「それより、いざ京都の町に何かあった時、頼りになるのはやはり警察です。ですから1人でも多くの警官を町に残して有事の際に備えておいてください」

 

京都大火にて志々雄の兵隊はほぼ捕縛したが、全てを捕縛したわけではない。

十本刀だって張以外今の所は無傷なのだから‥‥

 

「分かった。2人とも、必ずここに戻って来てくれ!」

 

「了解です」

 

「はい」

 

署長に敬礼と返答をして署長室を出た。

 

「今井。明朝、志々雄のアジトに向かう。それを抜刀斎に伝えろ。言ったら早々と戻って来い」

 

「それはいいけど、まず着替えたいわ‥‥」

 

「分かった」

 

信女は警察署の宿直室の脇にある風呂場にて入念に身体を洗い流して着替えた。

その間、まさか信女の入浴姿を覗こうとする輩が居ないとは思うが、念の為斎藤が出入り口で見張りに立った。

入浴と着替えを済ませた信女は葵屋へと向かった。

葵屋の前に着いた信女は、

 

「ごめん下さい。警察の者です」

 

と声をかけた。

少し待っていると人の気配が近付き、ガラッと戸を開けた。

 

「おう、誰だ‥‥ってアンタか。どうした?」

 

「斎藤から言伝を預かって来てね。それを緋村に伝えに来たのよ」

 

「そうか、なら中に入んな」

 

「店の人に許可を取らなくて良いの?」

 

「俺はよくわかんねェけど、皆奥に行っちまったんだ。確か、翁がどうとか言って‥‥まぁ、アンタなら良いんじゃねェか?一応、剣心の知り合いだし‥‥」

 

「そう‥‥」

 

左之助の案内の下、葵屋の奥へ奥へと進むと中庭に蒼紫との死闘で重傷を負った翁が意識を取り戻し足取りはおぼつかないが、杖を使い立っていた。

 

「剣心、斎藤からの使いだ」

 

「使い?」

 

「どうも、緋村」

 

「信女」

 

信女は身体中包帯だらけの翁に気づく。

 

「翁‥さん‥‥その怪我はどうしましたか?もしかして、志々雄一派に?」

 

事情を知らない信女は包帯だらけの翁に事情を尋ねる。

もしや、翁の傷が志々雄一派の手によってやられたのではと思ったのだ。

 

「いや、これは私闘で負ったモノじゃよ」

 

「私闘‥‥ですか‥‥」

 

「うむ」

 

翁は誰と私闘をしたのかは言わなかったが、志々雄一派の手によるものではないと信女に言う。

 

「それで、信女、斎藤からの使いと聞いたが?」

 

「ああ、斎藤からの伝言で、捕縛した志々雄の雑兵400人の借牢の手配と、残存兵の追跡といった事後処理でもう半日は手が離せないから、志々雄との決闘は明朝出発になったわ」

 

「まじかよ。こちとら、今スグにでも突っ込みてー気分だってのによ」

 

「はやる気持ちは分かるけど、我慢して」

 

信女はいきり立つ左之助を諌める。

 

「なんと、儂が伏せている間に闘いはそこまで進んでおったのか」

 

翁は自分が意識不明の重体となっている間に事態が此処まで進んでいた事に驚く。

 

「ええ、といっても十本刀はまだ9人も残っているでござるが‥‥」

 

「それともう1つ」

 

「さも当然のよーにウチに居るけどあんた誰!?」

 

操がビシリと左之助を指差せば翁も後ろで頷いていた。

 

「剣心、俺の事は何にも話してねーのかよ、オイ」

 

「すまぬ、こっちも色々忙しくて‥‥」

 

「ったく、しゃーねーなァ。俺は相楽左之助。ま、剣心達の東京のダチってトコだ」

 

左之助は自分の事が何も伝わっていなかった事に薫を責めるが仕方ないと少し恥ずかしそうに自己紹介をしたが葵屋の皆は疑いの眼差しを左之助に向ける。

その場を支配したのは『惡』一文字ならぬ『疑』一文字だった。

 

「信用しろッ!!コラっ!!」

 

疑惑の空気の中、どこまで疑われるのかと左之助が怒れば、葵屋の皆は言いたい放題で、

 

「ンなコト言ったってサ」

 

「ガラ悪いし」

 

「目つきも悪いし」

 

「大体 髪をおっ立てている輩にロクなのはおらん!張とかな」

 

翁はチラっと剣心を見ると今の左之助の状態に苦笑している信女を見て、剣心が宥めつつ翁に頷いた。

 

「左之は拙者が最も頼りにしている男の1人でござるよ」

 

剣心が左之助を弁護すると、

 

「ヨロシク!左之助君!!」

 

「…………うるせぇよ」

 

切り替わりの早過ぎる翁に左之助は何とも言えない顔をした。

 

「何はともあれ緋村君の仲間がこんなに集まったんじゃ、今夜は決戦前夜の壮行会という事でパァーッと飲もうじゃないか!!」

 

「駄目です!まだ傷が治ってないんだからお酒はいけません!」

 

翁が提案してくれたもののお増に止められ剣心もありがたいと思いつつ断りをいれる。

 

「お気持ちは有難いでござるが、明日は朝が早い。夕食を頂いたら今夜は早めに休ませてもらうでござるよ」

 

剣心の静かな声に周りは静かになった。

 

「さて、言伝はもう伝えたし、私も早々に署へ戻らないと仕事をしている斎藤に何を言われるか分からないから、帰るわね」

 

信女は伝える事は伝えたので、もう帰ると言うと、

 

「信女、玄関先まで送るでござるよ」

 

剣心が信女を玄関先まで見送った。

その様子を薫は複雑そうな顔で見ていた。

 

(やべぇ、剣心と信女の関係をすっかり忘れていたぜ‥‥)

 

剣心と信女の関係を知りつつ薫が居る所で2人を鉢合わせさせてしまった左之助は少なからず後悔したが、もはや後の祭りだった。

 

「それじゃあね、緋村。今夜はゆっくり休みなさい」

 

「ああ、信女も‥‥」

 

2人は葵屋の玄関先で別れた。

信女が警察署に戻ると斎藤から、遅いぞ阿呆という罵りをいきなり受け、その後は捕縛した志々雄の雑兵400人の借牢の手配と残存兵の追跡に2人は追われた。

一応、信女と斎藤以外の警官も今回の事後処理に当たったが、何分やる量が多すぎる。

 

「斎藤、これで最後よ」

 

「ああ」

 

信女と斎藤が仕事を終えた頃には日はとっくに西の彼方に沈んでいた。

 

「ふぅ~」

 

仕事が終わり机に突っ伏す信女。

剣心にゆっくり休めと言ったが自分自身はついさっきまで仕事をしていた。

故に信女が剣心の事を思ってしまうのは仕方がなかった。

 

(緋村、ちゃんと休んでいるかしら?)

 

机に突っ伏しながら、ふと剣心の事を思う信女。

葵屋では、夕食を食べたら早めに休むと言っていたが、どうにも信憑性が薄い。

比古から奥義を伝授してもらう前日も一睡もせずに外で考え込んでいたぐらいだ。

今も明日の志々雄との決戦の事を思って起きているのではないかと心配してしまう。

 

(まるで、遠足か修学旅行前日の学生ね‥‥)

 

そんな剣心の事をふと、旅行前の学生に例えるとついつい口元が緩んでしまう信女だった。

その剣心は信女の予想通り起きており、葵屋の屋根の上で星空を眺めていた。

そんな剣心の姿を用足しに向かった薫が見つけ、彼女も剣心の居る屋根の上へと昇る。

更にそんな薫の姿を見つけた左之助と弥彦、操も薫に気づかれない様に後をつける。

 

「剣心」

 

薫は屋根の上に上ると剣心に声をかける。

 

「薫殿‥‥」

 

「早く休むって言っていたのに大丈夫なの?起きていて‥‥」

 

「睡眠なら取ったでござるよ、一刻程」

 

「一刻?それで大丈夫なの‥‥?」

 

僅か一刻程しか寝ていないのにそれで明日の志々雄との決戦は大丈夫なのかと心配になる薫。

 

「薫殿こそ、こんな夜更けにどうしたでござる」

 

「ちょっと用を足しに起きて――って言わすな!」

 

剣心も薫にこんな夜更けに起きている理由を尋ねると、反射的に薫も起きていた理由を話すが、羞恥で思わず剣心に激しいツッコミを入れてしまう。

それから暫くは黙って2人で星空を見挙げていたが、不意に薫が剣心に奥義について尋ねる。

 

「ねぇ、聞いてもいい?奥義の事‥‥危険なモノなの?」

 

「心配しないでいいでござるよ」

 

「よくない。だって、剣心の命に係わる事なんだから」

 

「‥‥奥義は‥天翔龍閃は‥危険な技でござる。もし、斎藤や張との戦いの様に我を忘れてしまえば、今度こそ確実に拙者は人斬りに立ち戻る。だが、力を抑えれば早さを損なうことなく放てる‥‥死闘と言う極限状態で紙一重の生死を見極める‥ソレが出来て初めて拙者の天翔龍閃は完成する」

 

剣心は不殺で本来殺人剣の天翔龍閃を放ち、志々雄を殺す事無く倒す事が真の奥義の会得だと薫に説明する。

 

「‥‥すべては拙者の心次第」

 

「‥‥」

 

そんな剣心をジッと見る薫だったが、何かを思い出し、

 

「剣心、これ‥ずっと渡しそびれていたけど恵さんから預かって来た、剣心の無事を願う想い。私や恵さんだけじゃない みんなみんな 貴方の無事を願っているから」

 

薫が渡したのは恵特製の傷薬だった。

 

「かたじけない」

 

薫から恵特製の傷薬を受け取り懐へとしまう剣心。

それから2人は再び無言のまま星空を見る。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

だが、薫はまだ剣心に言いたい事、聞きたい事があるのかチラチラと剣心を見ながらソワソワしている。

そして、薫は意を決して剣心に再び声をかける。

 

「ね、ねぇ‥剣心」

 

「なんでござるか?」

 

「その‥‥剣心はあの信女さんって人の事をどう思っているの?」

 

「えっ?」

 

薫は剣心に信女との関係を尋ねる。

信女との関係を薫から問われた剣心は唖然とする。

しかし、薫の方は真剣な顔で剣心に信女との関係を聞いてくる。

 

「薫殿‥‥」

 

「教えて‥剣心‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

剣心と薫の視線が向き合う。

 

「拙者は‥‥」

 

剣心自身、いつまでも信女の事を黙っている訳にはいかない。

いずれは自分が抱いている信女への気持ちを薫に伝えなければならない。

それが今来ただけの事だ‥‥

 

「信女の事を‥‥」

 

剣心が今まさに薫に信女に対する自分の気持ちを伝えようとしたその時‥‥

 

「ぶえっくしょん!!」

 

屋根の隅の方からくしゃみが聞こえてきた。

 

「ちょっ、アンタこの大事な時になにくしゃみなんてしているのよ!?」

 

「し、仕方ねぇだろう!!出ちまったんだから!!」

 

「アンタ、そんなんじゃ、忍びに何てなれないわよ!!」

 

「うるせぇ、俺は忍びじゃなくて剣客を目指しているんだよ!!」

 

もはや隠れている事を忘れて言い合いを始める弥彦と操。

 

「弥彦、操殿」

 

剣心が声をかけると弥彦と操はピタッと言い合いを止め、姿を現す。

 

「け、剣心‥‥」

 

「緋村‥‥」

 

「「こ、これは‥その‥‥」」

 

2人はバツ悪そうに視線を泳がせながら自分達が何故、屋根の上に居るのかその言い訳を考えるが、突然の事で口ごもる。

しかし、剣心はそんな2人に密かに感謝しながらも声をかける。

 

「明日は留守の方、しかと頼むでござるよ」

 

「待てよ 俺は連れてってくれねーのか!?」

 

弥彦は置いていかれる事に不満を訴える。

 

「ったりめーだろボケ!」

 

更に加わった左之助に剣心が 、お!と声を上げるがその横暴ぶりに苦笑いした。

 

「お前等にもしもの事があったら溜まりに溜まった赤べこの俺のツケ誰が妙に払うって言うんだ!」

 

「「お前だ!!!」」

 

自分のツケは自分で払え!!と怒る2人にケチな師弟だな、などと文句を言う左之助に剣心は呆れる。

 

「言っている事がムチャクチャでござるよ、左之‥‥」

 

「俺も絶対に行くぞ、剣心!!俺だって こっちに来てから1日も稽古を欠かしてねーんだ!だから剣心が思っているよりずっとずっとずっと強くなっているんだぞ!!」

 

「分かっているでござるよ、弥彦。だからこそ拙者は お主に此処に唯々残れとは言わぬ」

 

剣心が立ち上がると真っ直ぐに弥彦を見つめた。

 

「明日 拙者達が志々雄と十本刀達と闘っている隙をついて、もしかしたら志々雄側の別の兵力が葵屋を襲撃する可能性が無いとは限らない。一応 拙者の方でも事前策は打ってあるがそれでも、その時はやはり闘いは避けられないでござろう。だから万が一に備えて、葵屋には1人でも多く残って欲しいでござる。いざというときの大事な防御の力として‥‥これは弥彦を信用して頼んでいるでござるよ」

 

「ダイッジョーブッ!!葵屋はこのあたしが守るんだからバッチリ任せてよ!」

 

操は胸を張って留守は任せろと言う。

だからといっちゃなんだけど…と操は、剣心に蒼紫を頼むと弥彦がそれに突っ込んで2人は喧嘩に発展する。

結局、翁や葵屋の全員までもが起きており、左之助の

 

「これじゃ壮行会とかわんねぇな」

 

と言った呟きに剣心は夜空を見上げて微笑んだ。

 

「あの‥‥剣心‥‥」

 

そんな中でも薫はやはり、剣心に信女との関係を聞きたかったが、

 

「さて、拙者は明日の為、もう一寝入りするでござるよ」

 

そう言って屋根の上から降りた。

 

「‥‥」

 

薫は結局剣心から信女との関係を聞きそびれ、剣心も薫に信女と自分の関係と気持ちを言いそびれた。

でも、剣心はどこかホッとしていた。

しかし、剣心のしたことは物事を先延ばしだけであった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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大56幕 決闘

更新です。
お久しぶりでございます。
更新が止まっていた時も、やってくださいという声があったのはとても嬉しかったです。


 

 

 

夜に葵屋の屋根の上で一悶着?がありながらも剣心はその後、睡眠をとり、夜明けと共に訪れた斎藤と信女を伴い朝陽が登る中、4人はいよいよ志々雄との決戦の地へと向かう。

 

「剣心!皆で一緒に東京に帰ろうね!!」

 

葵屋の前で見送る薫の声に振り向けば剣心は ああ!と返し笑顔で手を振り歩き出した。

目指すは志々雄のアジトがある六連ねの祠‥‥

 

 

その頃、決戦の地である志々雄のアジトでは‥‥

 

「志々雄様、斥候より、連絡が‥緋村、斎藤、相良、今井の4人が葵屋を出発したと‥‥」

 

「よし、十本刀を招集しろ」

 

「いよいよ真っ向から決闘と言う訳ですね‥‥なんだかワクワクしてきましたよ」

 

相変わらず表情はニコニコと笑みを浮かべているが、宗次郎は少し興奮しているように見えた。

 

「ほぉ~お前にしては珍しいな、宗次郎」

 

志々雄は宗次郎がこの決闘を楽しみにしている事に意外性を感じた。

普段ならば楽の感情以外、考えもなくただ刀を振るだけの宗次郎が剣心達との決闘を楽しみにしているのだから‥‥

 

「はい。この決闘で僕達が勝てば、志々雄さんはこの国を‥そして僕は信女さんを手に入れる事が出来るんですから」

 

「‥‥」

 

(『楽』以外の感情しかもたねぇ筈の宗次郎が今井に‥‥女1人に此処まで執着するとはな‥‥)

 

志々雄は宗次郎が新たに『楽』以外の感情を戻し始めた事にほんの僅かだが、危機感を覚えた。

 

(抜刀斎共の決闘で感情が戻って剣がぶれなきゃいいけどな‥‥まぁ、万が一、宗次郎が負ける事があるのであれば、宗次郎も所詮そこまでの男だったと言う事だな)

 

だが、すぐに普段の彼に戻った。

彼が信じるのは己1人のみ‥‥自分を慕う宗次郎も所詮は自分の駒の1つでしかなかった。

 

「志々雄様」

 

「あん?」

 

「十本刀召集の前に1つ、私から作戦の提案があります」

 

方治が志々雄に今回の決闘において作戦の具申をした。

 

「作戦?方治‥てめぇ一体何を考えている?」

 

「‥‥私が考えているのは常に1つ‥志々雄様の完全勝利です」

 

「完全勝利‥だと?」

 

「はい。今回の決闘‥緋村、斎藤、相良、今井の4人にたいして此方は志々雄様を含めて10人‥掛け値なしで此方に分があります」

 

「だったらいいじゃない。貴方の出る幕じゃないんじゃなくて?」

 

由美は人数のアドバンテージはこちらにあるのだから、今更作戦の変更など必要ないと言う。

 

「しかし、敵も精鋭中の精鋭‥このままぶつかれば十本刀の中でも実力を劣る者を確実に失う事になります。ならば、いっそ此方も少数精鋭、奴等にぶつけるのは十本刀三強に絞り、残り6人の十本刀で葵屋に残る者共の抹殺を敢行します」

 

「ちょっと、それじゃあ、こっちの数と同じじゃない。折角数で勝っているのにそんな作戦をとったら‥‥それに実力が劣っても相手も決して無傷では済まない筈よ」

 

由美は剣心達4人に対してこちらは志々雄を含めて4人、折角数のアドバンテージがあるにも関わらずそれをみすみす捨てる方治の作戦に噛みつく。

これはかなりの大博打になる。

志々雄の実力を疑う訳ではないが、万が一と言う事もある。

何しろ、志々雄は体にある問題を抱えているのだから‥‥

 

「由美、お前は志々雄様の実力を疑うのか?それに志々雄様と十本刀三強の他に此処にはあの男も居る‥恐らく緋村抜刀斎の性格上、必ずあの男ともぶつかる筈‥数ではまだ此方が上だ。それに京都大火では御庭番衆の暗躍によって阻止されたと言ってもいいでしょう。奴等は抜刀斎の重要な情報源となり、後方支援を担ってきました。つまり、連中を始末しなかったのが、全てのつまずきの始まりなのです」

 

「だからって騙し討ちみたいな作戦を?」

 

「忘れてはなりません。我々の最終目標はこの国の覇権を握る事、これこそ志々雄様の完全勝利!その為には騙し討ちも当然!今ここで緋村抜刀斎とその一同を同時に抹殺する事が最良!」

 

「‥方治‥‥てめぇ、いつから俺に意見できるほど偉くなった?」

 

志々雄はやや怒気を含んだ冷たい声で方治に問う。

 

「抜刀斎には決闘と言ったんだ。それを曲げるのは剣客としての俺自身が我慢ならねぇ!!決闘に変更はねぇ!!てめぇはさっさと十本刀を呼んでこい!!」

 

「‥‥その拳で志々雄様から修羅の覚悟を頂いて後、私は1つの決心をいたしました。私は志々雄様を絶対の勝者へと導くべく、全身全霊をもって策を練り遂行すると‥勝てば官軍!!歴史は勝者が作ります!!」

 

方治も己の命をかけてでも志々雄に今回の決闘の作戦変更を具申する。

 

「煉獄を失った今、十本刀は最後の切り札。それを無駄に浪費する策には何がどうなろうと、この方治、賛同する事は出来ません!!私は志々雄様に完全勝利を奉げると誓った!!その為にはどんな卑劣で卑怯な手段を使おうとも、人に、同胞に、そして志々雄様にさえ、忌み嫌われようとも私は‥私は‥一向にかまいません!!」

 

「‥飼い犬にここまで嚙まれるのは初めてだぜ‥‥もういい、宗次郎」

 

「はい」

 

「お前が十本刀を呼んでこい」

 

梃子でも動かない方治に業を煮やした志々雄は方治に代わって宗次郎に十本刀を呼んでこさせた。

そして、志々雄の部屋に集まった十本刀達を前に志々雄は訓示を行う。

 

「じき、決闘が始まる。だが、その前に煉獄の事について話しておきてぇ」

 

「そいつは是非私も聞きたかった。京都大火は実は囮、我々は捨て駒同然だったとか?」

 

宇水が他の十本刀を代表して京都大火の真の目的を問いただして来た。

まぁ、彼らにしてみれば当然と言えば当然だろう。

京都に居る政府要人の抹殺こそが主目的だと思われたのに、自分達は煉獄の出航を隠す為の囮だったのだから‥‥

もし、煉獄が撃沈されなければ自分らは囮だった事を知らずに戦死していたかもしれないのだから‥‥

 

「すまねぇとは思っている。実はお前達も煉獄に乗せて東京へ向かう筈だったんだが、囮は派手な方がいいと方治が作戦決行ギリギリで変更しちまったんだ」

 

「っ!?」

 

志々雄は京都大火の作戦変更は方治の指示だと十本刀のメンバーに伝える。

しかし、これは志々雄が決闘の作戦変更を唱える方治が邪魔だとか、飼い犬の分際で主人に噛みついた罰だとかそう言う訳ではなく、方治の忠誠心を試した行為だった。

自分達が捨て駒だと公にされて彼らがそれを黙って受け入れるだろうか?

いや、それは絶対にない。

血と戦いに飢えている戦闘狂連中である彼らは自分達を裏切り同然の行為をした方治に対して必ず報復行為を行うだろう。

その時、方治は我が身可愛さで保身に走るか?

それとも先程言ったように自分1人に悪意が集中するのを我慢し、志々雄を庇うか?

方治の行為を志々雄は見極めようとした。

 

「そうだったよな?方治?」

 

方治自身も十本刀の気の荒さは十分承知しており、彼らからの報復はあると分かっており、小さく震えている。

しかし、

 

「は、はい‥‥全ては私の責任‥‥どうかこの通り、許してもらいたい」

 

方治は自己保身には走らず、先程自分が述べた通り、自分1人に悪意が集中する様に事を運び、皆の前で土下座をした。

 

「なぁ~んだぁ~、私てっきり、志々雄様に捨てられたかと思ってショックだったのよぉ~」

 

鎌足は方治の言葉を信じたが、宇水は信じていない様子で、土下座している方治に近づくと、

 

「本当の事を話せよ方治」

 

「っ!?な、何の事だか‥‥」

 

方治は宇水から目をそらす。

 

「私の心眼の前に嘘は一切通用しない。本当の事を話せば痛い目に遭わずに済むぞ」

 

宇水はスッと方治の手の上に自らの手を乗せる。

彼には志々雄と方治が嘘を言っている事を自らの心眼で見抜いていた。

 

「‥‥」

 

しかし、方治は沈黙を貫く。

すると、宇水は方治の左手の親指の生爪を剥ぐ。

 

「っ!?」

 

「うわぁ~痛そう‥‥」

 

「ぐへぇ~」

 

生爪を剥がされた方治に鎌足は思わず口元を抑えながらちょっと引き、夷腕坊はその痛さを想像してか涙目となる。

 

「どうだ?本当の事を言う気になったか?」

 

「私は‥‥」

 

「ん?」

 

「私は、真実しか語らない。十本刀の7人への裏切りは全て私による独断によるもの!!その償いと、志々雄様への疑念と不信はこの七爪の罰を持って許してもらいたい!!」

 

方治は自らの爪を噛みちぎり左右合わせて7個の生爪を剥いだ。

 

「‥‥作戦を命令する!!宗次郎、宇水、安慈は此処で抜刀斎達と決闘!!残りの者は直ちに葵屋に向かい、全ての者の首を取って来い!!」

 

志々雄は方治の忠誠心を見て、彼の提案した作戦を採用した。

宇水を除く者は方治の行為に納得していたが、宇水だけは最後まで納得できない様子だった。

 

「覚悟のほど、見届けた。以後、汚れ役は任せる。その代わり、お前には居の一番に勝利を味合わせてやる。この俺の傍らでな」

 

「はい」

 

こうして方治の作戦が採用され、志々雄のアジトには志々雄、宗次郎、宇水、安慈‥そしてあの男以外の戦人が居なくなった頃、剣心達は志々雄のアジトの前にやって来た。

 

「六連ねの祠…」

 

「ここだな、よしいくぜ!!」

 

比叡山を登り中腹にあった鳥居を潜り抜けると先の扉の前に1人の女が立っていた。

着物の見た目からまるで遊女のような女だった。

 

「誰か‥居る‥‥」

 

「ようこそお待ちしておりました。中は奥に進むに連れて迷路になっております。迷わぬ様、これより先は不肖この私駒形由美が案内致します」

 

「女を使って油断を誘う、よくある手だ。気をつけろよ」

 

「志々雄は暗殺とかはするけど、そこまで馬鹿じゃない筈よ」

 

「そんな浅はかな手に掛かるのはせいぜいお前だけだ」

 

「志々雄はそこまで姑息ではござらんよ」

 

左之助は由美を使い不意打ちを狙ってくるかもしれないと言うが信女、斎藤、剣心はそれを否定した。

 

「ではどうぞ」

 

ショックを受けている左之助を尻目に由美の案内の下、志々雄のアジトへと入る剣心、斎藤、信女。

志々雄のアジトは洞窟をくりぬいた造りとなっており、迷路と言うよりも迷宮‥‥恐らく侵入者防止の為、彼方此方に罠が仕掛けてあるのだろう。

谷底にはいくつもの人骨が捨ててある。

 

(まさにテレビゲームのボスステージみたいね)

 

信女は辺りを見渡しながら文字通り、志々雄のアジトはゲームのラスボスのステージの様に感じた。

 

「戦いの方法ですが、決闘はあくまで1対1、此方は1つの部屋に1人だけ待機させておきますので、そちらも毎回闘う者を1人だけ選出して残りの3人は決して手出し無用‥いかがでしょう?」

 

最初の部屋の前で由美は剣心達に決闘の方法を説明する。

 

「上等、喧嘩はタイマンが一番!」

 

「いや、決闘だけど、喧嘩じゃないわよ。コレ」

 

「別に構わんがちまちま進むのは面倒だ。俺の相手は一度にまとめてくれんか?」

 

「緋村さんと今井さんは?」

 

「結構でござる。しかし決着がついて後 相手に止めを刺そうとするのは誰であろうと見過ごす訳にはいかぬ、拙者 決闘は承知したが殺し合いは御免蒙る」

 

「フフ、甘い人。今井さんは何かありますか?」

 

「物の見事に皆好き勝手言っちゃって‥‥まぁ、私としては貴女の提案に意見は無いけど、戦う相手は好きに指名できるの?」

 

「ええ、此方の相手に対して、其方は誰が相手になっても構いません。では1人目、どうぞ」

 

由美が扉を開けると、一番に目に飛び込んできたのは大きな不動明王像の姿。

その部屋は不動明王像造と言い、なんだかお寺の様な‥仏堂の様な造りの部屋だった。

 

「不動明王像?」

 

「仰々しい、十本刀には坊主でもいるのか?」

 

「ああ、道を踏み外した破戒僧が1人な‥‥あいつにゃ、聞きてぇー事がある。1番手は俺が貰うぜ」

 

その部屋にいた安慈を見て、最初左之助は固まったが、すぐに持ち直して安慈の相手を買って出た。

左之助の話では二重の極みを教えたのは他ならぬ彼だと言う。

形はどうあれ、やはり左之助のある意味師匠の安慈は強かった。

左之助は右腕1本で二重の極みを打てたが、安慈は両手両足の四肢全てで二重の極みを放つことが出来た。

 

(すごい‥‥もしかして、あの人は打撃と言う打撃全てにおいて二重の極みを打てるかもしれない‥‥当然、頭突きを含めて‥‥まさに人間破壊兵器ね)

 

階下で闘いを始めた安慈と左之助の2人を見て、信女は安慈に対して違和感を覚える。

 

「代わってやろうか?」

 

左之助が不利だと思った斎藤は彼に代わって安慈と戦ってやろうかと?と提案する。

 

「うっせェ!!」

 

安慈の二重の極みを目の当たりにして驚く左之助に斎藤のこの一言。

 

(斎藤‥‥もしかして、相手を挑発しているのかしら?)

 

「お前はもう少し頭の賢い男だと思っていた」

 

「そりゃ単なる買いかぶりだ」

 

「っせェッてんだよ!」

 

「左之!!ひるむな!剣術でも二刀流が一刀の技に勝るとは限らん!悪い頭でも考えれば勝機は掴めるはずでござる!!」

 

「どいつもこいつも人をバカ扱いしやがって」

 

(どうやら挑発じゃなくて素だったみたいね)

 

口を挟んだ剣心に由美が手出し無用と言えば手じゃなくて口だと言い切った剣心に思わず突っ込んだ。

 

「緋村、貴方はいつから一休さんになったの?」

 

「一休?信女、お主は何を言っているでござるか?」

 

思わずツッコミを入れてしまった信女に対して剣心は理解出来ずに首を傾げる。

 

「いえ‥‥それよりも緋村、斎藤」

 

「ん?」

 

「何でござるか?」

 

「2人は不動明王がどういったモノか知っている?」

 

「さあな、信仰にはあまり興味がない」

 

「拙者も‥‥」

 

「不動明王は大日如来の化身よ。でも、安慈の言う救世って悪い人を殺す事、でも不動明王は私達とは違い、無闇に殺したりしない筈よ。どんな大悪人ですら無理矢理にでも道を正し導く慈悲を持っている‥それが仏教でいう仏の姿よ」

 

「信女は博学でござるな」

 

「本当に道を踏み外したか?」

 

(そう言えば、コイツは英語も堪能だったな‥‥)

 

斎藤は時尾から信女は英語が堪能だと言う事を聞いており、信女の意外な博学さには驚いていた。

 

「貴女は頭もキレるのかしら?」

 

先程の会話から由美が信女に視線を送る。

 

「何でもは知らない。知っていることだけ」

 

階下で左之助と安慈の戦いを見ながらポツリと呟いた信女。

2人を見ればどちらも もう余力は残っていなそうだ。

二重の極みを撃ち合いながらもどちらも倒れない。

精神が肉体を凌駕しており、どちらもいつ倒れても可笑しくはない。

しかも安慈は刀剣によって、二重の極みを遠当てする事が出来た。

だが、そんな状況下でも左之助と安慈の闘いは満身創痍ながらも左之助が一応の勝利をおさめる事となった。

彼の口から語られた悲しい安慈の過去。

10年前の廃仏棄釈により、彼は寺も大切な人々も失った。

当時、彼の居た寺も廃仏棄釈により、廃寺と決まり、安慈は寺に暮らす子供達と共に出ていく事を決めた。

だが、当時の村長一味は寺を焼き討ちし、子供達は焼死した。

それから5年後、安慈は復讐鬼となり、二重の極みを生み出し、それを極め、村長一味を皆殺しにした後、世直しだと信じ、自らの信念とも言うべき救世と言う名の破壊活動を開始した。

その内、彼は同じ明治政府に怨みを持つ志々雄と出会い、彼の計画に加担した。

しかし、彼はもし、志々雄の作る新たな日本が自分の目指した国と異なるならば再び破壊活動を開始し、志々雄と敵対する事を宣言していた。

そう言う点では、十本刀は一枚岩ではない集団とも言える。

 

力を使い果たしそのまま眠る左之助。

左之助との戦いで敗北を認め、彼の前に座る安慈。

そんな安慈に信女は語り掛ける。

 

「人を殺した時点でどんな理由が有るにせよ、貴方はその子達を殺してしまった人と同じ人殺しよ」

 

「‥‥」

 

「でも‥それでも人を救いたいと言う気持ちが貴方にまだあるなら、罪を償って手に入れたその力で不動明王の如く悪人ですら許すその慈悲深い心で人々を救ってあげなさい」

 

「‥‥」

 

安慈は呆然としながら信女の言葉に耳を傾けた。

そして次の部屋と向かおうとした時、彼の口から衝撃的な事実が語られた。

この先に居る十本刀は宇水と宗次郎のみで、他の十本刀は葵屋に居る者の抹殺へと向かったと言う。

方治もいるが、彼はどちらかと言うと肉体労働よりも頭脳労働な男なので、決闘の頭数にはいれていない。

それにあの指ではまともに戦う事などは不可能だろう。

安慈からの忠告を聞いた剣心であるが、彼は葵屋に居る皆を信じて先を急ぐことにした。

あの迷宮を引き返して彷徨うよりも先に行った方が早いと判断した。

それに今回の騒動の大元となった志々雄を倒さなければ意味がない。

傷ついた左之助は安慈に任せ、剣心、斎藤、信女は道案内役の由美を連れて先を急いだ。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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第57幕 修羅

更新です。


 

 

 

元長州維新志士、志々雄真実‥‥

幕末の動乱で死んだと思われていた男はあの動乱の中、同志に抹殺されそうになったが、全身を炎で焼かれながらも彼は死ななかった。

そして、10年と言う歳月をかけて、日本へ‥‥明治政府へと復讐戦争を挑んできたかと思ったら、彼の目的は、戦争は戦争でも復讐ではなく、動乱の再来とこの国の覇権を手に入れることだった。

彼が戦国時代に生まれていれば織田信長と良いライバルになっただろうし、この国の歴史は異なっていたかもしれない。

それぐらい、彼は生まれた時代を間違えた男であった。

そして、彼の野望を挫く為、剣心達は京都へと旅立った‥‥

その中で、剣心達は志々雄の計画の一つ、甲鉄艦による東京砲撃を阻止し、志々雄の切り札である甲鉄艦、煉獄を撃沈する事が出来た。

志々雄は当初、剣心達を取るに足らない存在かと思っていたが煉獄を沈められた事で考えを改め、国盗りの前に剣心達の抹殺を意気込んだ。

志々雄は剣心達に決闘を申し込み、剣心はそれを受けた。

決闘の場所は京都の山奥‥志々雄が地下の活動拠点としたアジトであった。

そして、今、志々雄の最初の刺客、“明王”の安慈こと、悠久山安慈を左之助は何とか倒す事が出来た。

最初の決闘を終えた後、安慈から衝撃的な事実が明らかになる。

この先に居る志々雄の精鋭部隊、十本刀は“盲剣”の宇水と“天剣”の宗次郎の二人のみ‥‥

“百識”の方治も居るが、彼は戦闘には向いていないので、戦闘員と見なさず、決闘の人数には含まれていない。

その他の十本刀は剣心が京都にて世話になった元御庭番衆が営む料亭、葵屋へと向かい、その店の者達の抹殺に向かったという。

剣心は戻るかこのまま先を進み、従来の通り志々雄を討伐するか、それとも葵屋へと戻るか迷ったが、このままこの罠だらけの迷宮であるアジトを戻るよりも先に進んだ方が早いと判断した剣心は先へ‥‥志々雄の下へと向かうことにした。

でも、剣心はこういった事態を読んでいなかったわけでは無い。

剣心は自らの剣の師、比古清十郎に葵屋の護衛を頼んでいた。

万が一の事態だと思ったのだが、取り越し苦労にはならなかった様だ。

 

(師匠頼む‥間に合ってくれ‥‥)

 

ただ、葵屋が十本刀からの攻撃を受ける前に比古が葵屋に到着する事を祈るしか剣心には出来なかった。

 

「さあ、着いたわよ。次の間‥この部屋を開けたらもう引き返す事は‥‥」

 

由美が「引き返す事は出来ない」という前に、

 

「さっきも緋村が言ったでしょう。戻るつもりはないって‥‥」

 

「戻る」なんて選択肢はハナから存在しない。

この修羅道を歩んだ時から勝利という鍵を手に入れない限り日本は地獄から抜けることは無い。

信女が次の部屋の扉を蹴り倒す。

決闘の次の間‥そこは安慈が居た部屋と異なり、明かりが全くなく狭い部屋だった。

ここはまるで幕末の夜をもしているかのように感じられた。

 

「う、宇水‥どこ‥‥」

 

部屋の中は真っ暗なので、由美には人が居るのか居ないのか分からなかった。

しかし、剣心、斎藤、信女は確かにこの部屋から人の気配を感じ取っていた。

鉄臭い血の匂いと殺意が充満したこの部屋では殺気がブスブスと身体を刺してくる。

 

「宇水!!」

 

由美は声をかけても返事をしない宇水が居るのか分からず声のボリュームを上げる。

すると、

 

「やれやれ、騒がしい‥‥」

 

真っ暗な部屋の中から男の声がした。

通路の明かりが入り、暗闇に目が慣れてくると、その部屋の壁にはいたるところに目の絵が描かれていた。

 

「‥いらっしゃい」

 

そして部屋の真ん中にはカメの甲羅を背負った妙な衣装の男が居た。

 

(カ○仙人‥まさか、かめ○め波を撃つなんてことはないわよね?)

 

宇水の恰好を見て、某アニメ・漫画の登場キャラに見えた信女。

 

「宇水!!」

 

「そう気安く呼ぶな。お前など、志々雄亡き後、私の足を舐める価値もない女だぞ」

 

「なっ!?」

 

宇水の言葉に思わず絶句する由美。

女のプライド傷つける言い方に由美はカチンときた様だ。

 

「志々雄亡き後?」

 

そして剣心は宇水の言葉‥「志々雄亡き後」の部分に反応する。

彼は十本刀の一人いわば志々雄の部下のはずだ。

それにもかかわらず、彼は下剋上を公言しているので妙だ。

 

「ほほう‥たった三人か‥‥まぁ、いい‥志々雄を殺す前の試し斬りだ。さあて、先にあの世が見たいのは誰だ?」

 

「随分と威勢がいい事を言うわね。まさに弱い犬ほど、よく吠えるってやつね」

 

信女は冷めた目で宇水に言い放つ。

 

「女、あまり舐めた口をきくなよ。お前から血祭りにしてやってもいいんだぞ。ここ暫くは女を斬っていないからな‥‥久しぶりに女の肉を斬る感触と血を浴びたいのでな」

 

「貴方が私を‥‥?ふっ、目が見えないだけでなく、頭の回転も鈍っているのかしら?」

 

わざと挑発するような言い方は血気盛んな信女らしいと剣心と齋藤は思った。

勝気で自信過剰、自分の剣筋に全くの疑いもなく相手を斬る欲は獣と言うより、童子《どうじ》鬼の申し子のような彼女はどんな相手にもぶれない。

 

「ほざけ、女、お前だけでなく、貴様ら全員の首、志々雄の首と共に我が祝いの膳に据えてやる」

 

「宇水、貴方なんて事を!!今の言葉は即刻、志々雄様に伝えるわ」

 

「分からん奴だな、最初から宣言してあるだろう?隙あらばいついかなる時でも斬りかかって良いという条件で私は志々雄の下に居るのだぞ」

 

「くっ‥‥」

 

由美は懐に仕込んだ小刀を手にする。

 

「志々雄はその事を‥‥?」

 

剣心は宇水に自分を殺す暗殺者を同志に入れたのかを問う。

 

「むろん、承知。それでも奴は私が必要らしいよ。この心眼がね」

 

「心眼?」

 

(いい年をして中二病?)

 

宇水の心眼と言う言葉に剣心は訝しい顔をし、信女は呆れる。

二人のそんなリアクションを知らず、宇水はギロッと由美を見る。

すると、由美は抜きかかった小刀を再び鞘に納める。

 

「ほう、思いとどまったか、よしよし、そんな小刀では猫の子一匹も殺せないからな」

 

「まぁ、落ち着きなさい、貴女には道案内という役割があるんだから」

 

信女が由美の肩をポンポンと叩いて、彼女の事を諌める。

 

「くっ‥‥」

 

由美は悔しそうに顔を歪める。

 

剣心達が宇水の部屋に着いた頃、安慈の部屋にて左之助は目を覚ました。

そして現状を安慈から聞き、左之助は剣心達の後を追う。

方向音痴な左之助だが、安慈の部屋から宇水の部屋までは一本道なので、迷う事はなかった。

 

 

「ほう、その女よりも背が小さなヤツが、抜刀斎か‥‥その冷や汗は葵屋の事を知らされたか?安慈の奴、等々裏切りおったか‥‥」

 

「身長の事は触れないであげて、彼、結構気にしているのよ」

 

(信女‥‥)

 

「御託はいい、そこを退くか否か、さっさと決めるでござる」

 

剣心は逆刃刀に手をかける。

それと同時に心の中で信女に対して余計な事を言うなと愚痴る。

 

「緋村、落ち着きなさい」

 

「今井の言う通りだ。焦りは余計な緊張を生み、緊張は力を半減させる」

 

そんな剣心に信女は逆刃刀に手を添えて剣心を諌める。

そこへ、左之助が剣心に追いつく。

 

「左之。大丈夫なのか?」

 

「おうよ、なるほど、次の相手はコイツか‥‥」

 

「ああ」

 

「それで、どうする?アイツは私を相手にしたがっているみたいだけど?」

 

「いや、ここは俺がやる。お前達はさっさと先へ行け」

 

信女は宇水を相手にしても良いと言うが、そこを斎藤が宇水を相手にすると言う。

 

「斎藤‥‥」

 

「ダメよ。葵屋が皆殺しになろうが、此処で戦え、それが志々雄様の命令でしょう!?」

 

由美は納得できないのか声を荒げる。

 

「行け‥‥」

 

「すまぬ」

 

しかし、剣心は由美を無視して先へ‥志々雄の下へと急ぐ。

 

「待ちなさい!!そんな勝手‥‥」

 

「うるせぇ!!オメェも来るんだよ!!」

 

左之助が由美を抱えて先を目指す。

 

「コラー!!私に触れて良いのは志々雄様だけよ!!」

 

由美の声が宇水の部屋に木霊しながら遠ざかって行く。

 

「斎藤。一応、薬と包帯はここに置いておくわ‥‥先でまっているから‥‥」

 

「ああ」

 

信女は通路に薬と包帯を置いて剣心達を追いかける。

剣心達がこの部屋を通り過ぎる際、宇水は一切攻撃をしてこなかった。

武士道なのか、それとも斎藤に勝って追いかける自信があるのかは分からなかった。

 

「畜生 次の間はまだかよ!この重てぇ女担いで走るのは結構つらいんだよ!」

 

信女が剣心達に追いつき、三つ目の部屋を目指している中、左之助は由美が重い、走りづらいと愚痴る。

 

「なんですって!!」

 

「だったら、こう、膝裏と脇の下に手を置いて抱きあげれば少しは早く走れるんじゃない?」

 

「うぉっ、オメェ、足はぇな」

 

左之助はいつのまにか隣を並走していた信女に驚く。

そして、信女は由美が抱きにくいなら、お姫様抱っこすれば少しは走りやすくなるのではないかと言う。

 

「冗談じゃないわ!!そんな抱かれ方絶対に嫌よ!!」

 

しかし、由美は左之助からお姫様抱っこをされるのは嫌だと言う。

 

「それに宇水なんか死ねばいいけど、奴は斎藤を斃すわ。そしたら、次はアンタ達の番なのよ」

 

「斎藤があんな奴に負けるかよ」

 

「私もそう思うわ」

 

(志々雄の暗殺を公言しているけど、今のアイツは正直志々雄よりも下‥‥アイツはただ虚勢を張っているだけの負け犬‥‥)

 

左之助と信女は斎藤と宇水の剣腕を比べると斎藤の方が上だと言う。

そして信女は、志々雄の暗殺を公言している宇水は既に志々雄の暗殺を諦めていると判断した。

志々雄が無事なのが何よりの証拠である。

でも、これまでの半生を心眼の修業に費やしたにもかかわらず、志々雄への復讐を諦めれば、自分の生涯を否定する事になる。

それは宇水にとって耐え難い事なのだろう。

だからこそ、彼は志々雄の暗殺を周囲に公言し、虚勢を張り、自分よりも弱い者を手にかけてその憂さを晴らして来たのだろう‥‥

しかし、剣心の後を継いだ志々雄の事だ。

煉獄の件を見ても彼の勘の鋭さはかなりのものだ。

そんな彼が宇水の虚栄心を見落とす筈が無い。

とっくの昔に、彼の虚栄心と虚勢など見破っている筈だ。

それでも、宇水の剣腕はそこら辺の二流、三流の剣客よりは腕が立つので、敢えて駒として置いているだけなのだろう。

 

「アンタ達は知らないのよ。宇水の心眼を‥‥奴の心眼は血の匂いを嗅ぐたびに冴えわたるまさに神技なのよ」

 

(まるで鮫ね?あの中二病患者は‥‥)

 

由美は宇水の心眼を舐めるなと言うがそれでも信女は斎藤が宇水に負けるとは思えなかった。

 

「どうかしらね。潜った修羅場の数でならば、あの中二病より斎藤の方が上よ」

 

「ちゅ、中二病?宇水は目が見えないけど、そんな病にはかかっていない筈よ」

 

「変に格好つけている奴って事よ」

 

信女は由美に中二病について教えるが、剣心、左之助、由美の三人にはあまり理解されなかった。

 

「おい、次の間はまだかよ!?」

 

「強がならなくても、もうじきよ!次は十本刀最強、瀬田の坊やだからね!今度は こうはいかなくてよ!」

 

大久保暗殺の真犯人、瀬田宗次郎‥‥

十本刀最強とされる青年‥‥

剣心も信女も宗次郎の名前を聞き、緊張が増す。

彼の剣腕は新月村にてその断片的なモノしか見えなかったが、間違いなく彼は一流の剣客の領域に居る。

その宗次郎がこの次の部屋に居る。

新月村、煉獄と外部的要素で決着はつかなかったが、今回の決闘では嫌でも決着をつけなければならないし、決着をつける事になるだろう。

宗次郎が待つ部屋を目指している中、途中にある部屋にて、

 

「「っ!?」」

 

剣心と信女は人の気配を感じて立ち止まる。

 

(居る‥‥)

 

「緋村‥‥この部屋に居るのは‥‥まさか‥‥」

 

「ああ、間違いない‥‥奴だ‥‥」

 

剣心も信女もこの部屋に居る人物が誰なのか察しがついたみたいだ。

 

「気が早いわね、そこは方治の部屋で今は空っぽよ」

 

由美はその部屋に中には誰もいないと言う。

 

「そこは空だってよ、おい剣心!信女!」

 

左之助は剣心に声をかけるが、剣心はその場から動こうとはしない。

 

「それは違う‥‥この部屋には確かに居るわ‥‥禍々しい殺気を内に秘めている狂人が‥‥」

 

「あん?信女、あんたもか?間違いないんだな?この部屋には誰か居るんだな!?」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

信女、剣心の二人は確かにこの部屋には確かに人が居ると言う。

 

「テメェ 俺達をハメようとしたな!」

 

「ちょっと言いがかりはよしてよ!」

 

由美は左之助の言葉に心外だと声を荒げる。

 

「それで、どうする?緋村‥‥相手にするの?」

 

信女は剣心にこの部屋の中に居る人物と戦うのかを尋ねる。

この部屋の中に居る人物は志々雄でなければ、十本刀でもない。

葵屋がピンチの中、時間もない。

本来ならば、無理に戦って時間と体力の消耗をする必要もない。

無視をすれば出来なくもない。

それでも今、闘わなければ彼と戦う機会を失うのは必至‥‥

 

「―――約束で‥ござるから‥‥」

 

「‥‥そう」

 

「蒼紫を必ず連れて帰るという操殿との約束、そして蒼紫との再戦の約束。この機を失えば二つの約束は永遠に失われる。約束を果たすのは今‥‥この闘いの扉だけは‥‥拙者自らの手で開けねばならぬ‥‥」

 

剣心はそう言って方治の部屋の扉に手をかける。

 

(まったく、お人好しなんだから‥‥それだから、損な戦いしか出来ないのよ‥‥)

 

(でも、そんなところが緋村らしいんだけどね‥‥)

 

信女は方治の部屋へと入って行く剣心の後ろ姿を見つつ、自らも部屋の中へと入った。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。


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