アリスのおもちゃ箱 (ノスタルジー)
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護衛団入団

ノスタルジーです。
もし知っている方がいらっしゃればうれしい。知らない方は初めまして。

またなんか書いてみたんですが、3作同時に更新できんのかな?
あんまり何も考えていないのですが、週一ペースはキープしていきたいと思います。

できる限り。


 「あらあら?どうしたんです?」

 清らかな声。そのなかには人を嘲け笑う歪んだ音が含まれている。

 その発信源は少女。長い金髪に黒いゴシックドレス。整った笑顔。

 「はぁ…はぁ…テメェ…何をしやがった」

 男が尋ねる。男の周りには数人の男が、死んでいた。

 「さぁ?」

 くすくす。少女が口に手を当て、笑う。

 「く、くそがぁ!!何なんだよ!?テメェは!」

 「あなた方が誘ってきたのに、ひどい言われようです。興奮しすぎじゃないですか?」

 「うるせぇ!こいつらに何したんだよ!?」

 男は地面に横たわる仲間たちを指し示した。

 「あぁ分かりました。そこで寝ているあなたのお友達は興奮しすぎて、鼻血を出して出血多量で死んじゃったんじゃないですか?ご存じの通り、私かわいいですし。あれあれ?でも地面には血が全くないですね?う~ん…じゃあ吸血鬼かな。吸血鬼がみなさんの血を吸った。それで皆死んじゃった。どうです?この名推理」

少女はペラペラと饒舌に話し出した。楽しげに話す少女だが、その顔にはいまだに嘲笑が見え隠れしている。

 「…ふ、ふざけんなァ!!」

 男が声を張り上げ、自分より一回り小さな少女に向かっていく。

 いつの間にか男の手にはナイフがあった。

 「きゃー怖いー」

 話声が少女にとっては悲鳴なのか。全く恐怖心が感じられない。

 

 男が少女との距離を詰める。

 「『美しい少女が悲鳴を上げると、それはそれは恐ろしい怪物が現れました』」

 今までとは打って変わった様子で、少女は朗々と語りだす。

 男の目に巨大な、緑色をした醜悪な怪物が映った。太い腕、大きな体、汚い顔、手には棍棒。

 「『優しい怪物は人を殺して、どんどん醜くなっていきます。ですが―』」

 「な…な、なんだよ…何なんだよ!?」

 男が喚く。

 「『―醜い怪物は美しい少女のために』」

 少女が紡ぐ。

 「『また殺しました』」

 最期に男は怪物が大きな腕を振り上げ、自分を潰そうとその腕を勢いよく下ろしてきたのを見た。

 

 

 「くすくす…あぁつまらなかった。お祭りの方がまだましですね」

 少女は町の大通りに戻り、人ごみの中をかき分けて行った。

 祭りの煌びやかな光は少女の心には何の影響も及ぼさず。

 「帰ろう」

 少女は真っ直ぐに宿泊していたホテルへ帰っていった。

 少女の黒いドレスが光を飲み込み、金の髪が光を弾いた。

 「はぁ…早く来ないかなぁ…ゴン・フリークス君」

 少女の艶のある溜息が喧噪のなかに消えた。

 

 

 

 

 「どうしようかしら…?」

 少女の悩みは自身の目的に関することだった。少女の滞在するヨークシンでは毎年9月に多数のオークションが開催される。誰もが参加できるオープンなものもあれば、マフィアやギャングなど裏の人間しか知らないような黒いものもある。

 少女の目的はその裏のオークションに出品されるという一品に関係すること。その一品は「グリード・アイランド」―最高ランクのハンター、ジン・フリークスとその仲間たちが作り上げた、ゲームだ。

 「奪うのが手っ取り早いのだけれど…やっぱりやりすぎかしら?」

 物騒なことを言いながらも、少女は自分の使命を思い出し、踏みとどまった。

 「でも、もう早く終わらせたいし…うーん」

 数十秒の思考の後。ちょっと動くくらいならいいでしょう、と何の根拠もなく自信を納得させた。

 「じゃあ、コネを手に入れておきましょうか」

 裏社会で大事な、大事なコネ。それを手に入れておけば、後に役に立つときがくるだろう。少女は自身の目的のためにそこに躊躇なく飛び込むことを決めた。

 

 

 

 次の日。少女はある場所に来ていた。そこは少女のような華やかな人間が来るような場所ではない。いわゆるスラム街といった風な場所だった。少女に浴びせらせる視線には金欲や性欲が隠す気もなくにじみ出ている。しかし、少女はそんなどす黒い感情にも動じず、スタスタと道のど真ん中を歩いていく。

 その足がとある雑居ビルの前で止まった。少女は迷わず中に足を踏み入れ、コツコツと音を立てて、コンクリートの階段を上がっていく。

 目的の階まで来た少女は一つのドアを開け、中に入っていった。

 

 「ノストラードファミリーの護衛の雇用面接に参加したいのですが」

 開口一番。気ダル気に机に座る女性に向かって、そう告げた少女。

 「あんた…聞く必要もなさそうね」

 「何のことでしょう?」

 にこやかに尋ねる少女。

 「……明後日の午後1時にこの場所へ行きなさい」

 女は地図を少女に投げて渡した。何故少女はノストラードファミリーが護衛を募集していることを知っていたのかという疑問が女にはあったが、自分より年下であろう少女が発する圧迫感を感じ、その疑問が口から出そうになるのを抑え込んだのだった。

 「ありがとうございます」

 乱暴に投げられたにも関わらず、少女は笑ってそれを受け取るとすぐさま踵を返し、部屋を後にした。

 「……何にも聞くなってことね…とんだ怪物よ…」

 女は冷や汗を流し、少女と二度と会わないことを心の中で願った。

 

 

 その二日後。大きな屋敷の一室。高級そうな調度品が並ぶ部屋に少女はいた。少女は値踏みするように周りにいた男女をジロジロと見るが、皆はそれ気づいているにも関わらず、何も言わない。ただその翡翠のような綺麗な目に晒されるのをよしとしている。

 しばらくすると一人の中性的な容姿の青年が部屋に入ってきた。

あの人はすごく面白そうですね。少女はその青年を見て、そう思った。

少女がじっと青年を見ているとその視線に気づいた青年が少女と目を合わせた。すると青年の目には驚きと恐れが見て取れた。

 少女は青年に話しかけようと席を立とうとしたが、屋敷の執事が現れ、全員が揃ったという旨を告げ、手にしたリモコンを操作し始める。

 部屋に飾られた絵がモニターとなり、一人の男を映し出した。出花のくじかれた少女は少し不機嫌になりながらも、しぶしぶ腰をソファーに下ろしたまま。

 

 「このリストの中から一つ、どれでもいいから探して来てくれ」

 モニターに映る男がそう言うと執事が人数分のデータカードを取り出し、皆に配った。少女もそれを受け取り、見てみると珍しい品々が映し出された。

 「ふうん…なるほど…ですが、こんな面倒なことをするのは嫌なので――」

 ――ここにいる全員を殺したら合格にしてくれませんか?

 ふいに少女がそう言うと参加者たちは皆、自身の出来る限り出せる最高の反応と動きで少女から距離を取って構えた。

 「くすくす…冗談ですよ。皆さん、リアクションがお上手ですね。コメディアンにでも転職するのはいかがですか?」

 皆が恐ろしいものを見たかのような顔で少女を見るなか、視線を集めた少女は面白いおもちゃを見つけた子供のように笑うだけだった。

 

 「条件の変更はない。嫌ならとっとと帰ることだな、お嬢さん」

 モニターの男が言う。少女と同じ部屋にいる者たちは、その言葉に対して少女がどういう反応を見せるか、じっと固唾を飲んで見ていた。

 「あらあら、それは残念です。では、仕方ありませんから何か探してくることにしますね」

 にこやかに答える少女を見て、参加者たちは安堵の溜息を吐いた。

 「もう一度言う。そのリストの中のものを一つだけでいい、探し出して来てくれ。そうすれば正式に採用し、護衛と収集活動を任せよう」

 それをかき消すようにモニターの男が話を続けた。

 「では、検討を祈る」

 男がその言葉を言った後、モニターは再び絵を映し出した。

 

 男の説明が終わった後、参加者たちはさっそく品々を探しに行こうと、部屋から廊下に通じるドアに向かった。

 そんななか青年はデータベースの中のある一品を見て、動きを止めていた。少女は何が青年の目に留まったのか気になったため、先ほどのリベンジも合わせて声を掛けようとした。

 しかし、再び違う人間の声によって妨げられた。

 「ん?開かねーぞ」

 ドアに手を掛けた一人の男が言った。ガチャガチャとドアノブを回そうとする音が鳴っているが、ドアは一向に開かない。

 「一つ言い忘れたが、強いことが雇用の最低条件だ。その館から無事出られるくらい、最低な」

 モニターに男の姿が再び映り、そう言うと同時に部屋にあったドアが全て勢いよく開かれた。

 参加者たちはドアから素早く距離を取り、部屋の中央に集結した。少女はその中心でサプライズパーティが開かれたかのようにニコニコと笑っている。

 ドアから侵入してきたのは11人の黒装束の人間。その姿を目にすると、少女は笑顔を固まらせ、うんざりした顔に張り替えた。

 これは面倒ですね、と心の中で愚痴を言い、辺りを見回す。すでに他の参加者たちが黒装束と戦闘を開始していた。少女の目には放たれた銃弾を指に巻いた鎖で弾いた青年の姿が映った。少女はその光景を見て、小さく笑いながら迫りくる剣を華麗に回避してみせた。

 黒装束の攻撃は参加者たちに掠ることもなく、参加者たちは黒装束を殴り飛ばし、蹴り飛ばしていた。少女はただ回避に専念し、いつ終わるのでしょうかという一人ずれた疑問を胸に抱いていた。

 

 その少女の疑問に答えを出したのは、少女の気にする青年だった。

「奴らを止めろ。三秒待つ。1…2…」

 「オーケー、わかったよ!」

 青年が一人の男を捕え、ナイフを向けた。

 聞けば男は参加者の一人でありながら、もともとファミリーの護衛として雇われていたハンターで、試験官のような立場なのだと言う。青年は見事それを見破り、男を捕えてみせたのだった。

 それを見た少女はパチパチと拍手をし、青年に賞賛を送った。

 「すばらしい推理ですね。私は全くわかりませんでしたよ」

 考える気が更々なかったにも関わらず、少女は言った。

 「ふん…喜ぶのはまだ早いぜ?あと一人、潜入者がいるからな」

 捕まったトチーノという男が嘲るようにそう言うと、青年は薬指に巻いた重りのついた鎖を垂らし、潜入者を見つけるためのダウジングを開始した。

 参加者一人一人の前で鎖の反応を見ていく青年。少女にもその時が訪れたが、鎖は何の反応も示さず。その鎖が反応を示し、ゆらゆらと左右に揺れたのは、一人の若い男の前だった。

 「いたな…お前が潜入者だ」

 

 その後、潜入者と疑われた男は、確かに世間的に見れば論理性のかけらもないダウジングや心音で疑いを確かなものにされていった。

 

 「我が問いに 空言人が 焼かれ死ぬ」

 一人の男が能力を使って、真偽を確かめると言いだした。男曰く、「嘘吐きは 灼熱地獄に 落ちるわよ」とのこと。

 先ほどの青年と同じように参加者一人一人に確認していく。

 「あんたは、潜入者か?」

 そう聞かれた少女はここでYesと答えたら本当に焼け死ぬのだろうか、と思ったがそれ以上に気になることがあった。

 「質問なんですが、嘘を吐かなければいいということは、何も答えなかったら燃えないのでしょうか?」

 手を上げて、男にそう尋ねた少女。

 「ぬ?それは…そうだな…」

 「ではでは、黙秘権を行使します」

 少女は口の前で手をクロスさせ、バツを作ってそう言い放つ。

 「でもそれじゃあ、あなた疑われるわよ?」

 セクシーな容姿の女が少女に忠告をした。しかし、少女はそれを聞くと笑みを深くするだけだった。

 「はぁ…わかったわ」

 少女が場を自分勝手に面白おかしく混乱させようとしているのは誰の目にも明らかだった。女もそれに気づいたためか、潜入者と思しき男に近づき、ふいに口づけをした。

 「きゃー」

 年頃の少女らしい黄色い悲鳴を上げる少女。女の能力は「キスした者を自身の支配下におく」というものらしい。キスをされた男は犬のように這いつくばり、女の質問に答えていく。

 「くすくす…惨めですねー」

 女の「お前の能力は?」という問いにもハァハァと息を荒くしながらも、しっかりと答えた男。

 念能力者にとって自身の能力の子細が知られることは、死ぬに等しい最悪。だが、この惨めな男は仲間を含めて6人の人間にそれを告白した。

 少女はそれを聞き、楽しそうに笑うのみだった。

 

 

 

 潜入者を除く参加者たちが、傾いてきた日の光を体に浴びながら屋敷の庭を歩く。これから彼らはリストの中の品を探しに、行動を開始するのであろう。

 「俺は芭蕉。さっき見た通り、具現化系の能力者だ」

 俳句を現象化する能力。どうにも使い勝手が悪そうな能力ですね、と男には言えない感想を少女は抱いた。

 「私はヴェーゼ」

 「センリツよ」

 セクシーな女と変わった容姿の小さな女が名乗った。

 「心音を聞き分けるようだが、何系なんだ?あんた」

 芭蕉がセンリツに尋ねる。念能力の系統は6種類。心音を聞き分けることができる系統なんて強化系しかないと思いますけど、と少女は言おうとしたが―

 「さぁ?そのうちわかるでしょう…」

 とセンリツが言ったことで言うのをやめた。

 「あなたは?」

 青年にセンリツが尋ねた。少女は聞き耳をしっかりと立てて、それを聞こうとした。しかし、青年は黙ったままで答えようとはしない。

 「断る。まだ仲間になると決まったわけじゃない」

 センリツに二度目に名を尋ねられても青年はそっけなく、そう返すのみ。少女も青年の名を知りたかったが、青年はこの採用試験を確実にクリアしてくるであろうという確信があった。そのため青年の言葉を「仲間になれば教えてくれる」と解釈し、その欲求を押さえつけたのだった。

 「…で、嬢ちゃんは?」

 最後に芭蕉が少女に尋ねた。

 「私ですか?私は、アリスと申します。これからよろしくお願いしますね、皆さん」

 丁寧に少女は答えた。その返答はまた全員が会うことになるということを予期しているかのような口ぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 「オーケー!五人とも正式に採用だ」

 再び五人が集い、モニターの男と実際に対面した。皆がリストに書かれた品物を所持。もちろん少女もその中から一つを手に入れていた。

 「俺が護衛団リーダー、ダルツォルネだ。よろしく」

 モニターの男が名乗る。全く親しみの感じない挨拶をして、ダルツォルネはさっそく任務を少女らに言い渡した。その内容はボスの護衛。ヨークシンのホテルまでボスを送り届けるという単純な護衛任務だ。

 「何か質問は?」

 ダルツォルネがそう聞くと、青年が尋ねた。

 「ボスを狙う人物に心当たりは?」

 「答える価値もない愚問だな」

 少女はコクコクと頭を縦に動かし、賛成の意を示した。

 「どういう意味だ?」

 「アリスとか言ったな、お嬢ちゃん。この馬鹿に教えてやってくれ」

 「確かに襲撃者の情報は大事ですが、情報が錯綜する裏社会で未確定な情報や嘘の情報に流され護衛対象を危険に晒す、というのはよくある話です。ですので、リーダーさんは、どんな相手がいつ襲ってきても大丈夫なように護衛をしろ、と仰りたいのでは?」

 アリスがそう言うと、ダルツォルネは少し満足げな表情をした後、青年に向き直った。

 「その通りだ。俺たちは誰が、いつ、どこから、どんな方法で襲い掛かってこようともボスを守る。お前たちはそれだけを頭に入れておけばいい!」

 青年に迫力ある口調でそう告げたダルツォルネは、ボスに面会するからついて来い、と言って五人を部屋の外に連れ出した。

 

 

 「よろしくね!新入りさんたち!」

 マフィアのボスという人物は、アリスと同じくらいの年齢の少女だった。

 「はい。よろしくお願いしますね、ボスさん」

 アリスは他の四人が予想外の光景に驚き、固まっているのをよそに丁寧にあいさつを返した。

 「うわ~可愛い子ね!ねぇねぇダルツォルネ!この子は私のボディーガードにして!!」

 「お嬢様…護衛のプランというものがありますので…それは…」

 「いいじゃない!いっつも警護はおじさんばっかで花がないんだもん!!」

 「侍女たちがいるではないですか…」

 少女とダルツォルネが言い争うなか、話題の中心である少女はただただ、楽しげに笑っていた。

 

 

 

 「ねぇアリスは強いの?」

 「さぁ?どうでしょうか?」

 「何それー!またそうやってはぐらかすー!」

 「くすくす…いつか私の強さをお見せする時が来るかもしれませんから、その時まで秘密です」

 「むぅ~」

 ヨークシンへ向かう飛行船の中、その一室。二人の少女は楽しげに話をしていた。一人は金髪で黒いゴシックドレスを着た不思議な雰囲気の少女。一人はマフィアのボスとは思えない明るい性格の少女。

 「そうだ!アリス!占ってあげよっか?」

 「占い、ですか?」

 唐突にボス、ネオンが提案する。

 「うん!私の占いよく当たるって評判なの!いつもはめんどくさいからやらないんだけど、アリスは特別ね!」

 「なるほど…私も女の子ですし、占いは大好きです。お願いしていいですか?」

 「オッケー!決まり!じゃあさっそくこの紙に名前と生年月日と血液型を書いてね!」

 そう言ってネオンは侍女から受け取った紙をアリスに手渡した。アリスはそれを受け取ったあと、なんとも言えない表情をした。

 「ごめんなさい、ネオン様。私、自分の生年月日も血液型もわからないのです…」

 「えっ?そう…なの?えっと、なんかごめん…」

 「ふふ、いいんです。気にしてませんから。それよりトランプでもしませんか?私、大好きなんですよ、トランプ」

 暗くなりかけた雰囲気を明るくしようと努めるアリス。どこからかトランプを取り出し、ネオンを誘った。

 「うん、うん!やろっか!」

 ネオンも持ち前の明るさを少し嘘を混ぜながらも取戻し、侍女二人を混ぜて、彼女たちはトランプに興じるのだった。

 なお、戦績はどんなゲームでもアリスの勝ちだった。

 

 

 「なぁ、どう思うよ?」

 少女たちが楽しく遊びに興じる部屋の外。廊下で警護をしていた芭蕉は仲間に尋ねた。

 「それは…どっちについてかしら?」

 扉を挟み、芭蕉の隣に立つヴェーゼが問いを返す。

 「そりゃあ…どっちもだ」

 「ボスの方は予想外ね…どんな強面が出て来るかと思いきや、可愛らしいお嬢さんなんだもの。あの子の方は…味方なら心強いわね…」

 「全く同感だな…」

 念を会得した者ならアリスの強さはわかる。芭蕉たちでは束になってかかっても、敵わない。それは全員が理解していた。だからこそ、ダルツォルネは一番重要なポジションにアリスを置いたのだ。アリスが信用できるかどうかがわからなかったため、かなり渋っていたが。アリスをどこに置くにせよ、アリスが暴れだせばネオンを守れないことがわかっているのだろう。ダルツォルネは爆弾を抱えたような気でハラハラしていた。

 芭蕉とヴェーゼはそれ以来、会話をやめて警護に専念した。

 センリツと青年―クラピカはずっと黙っていた。

 

 次の日の朝。飛行艇はヨークシン近郊の飛行場に無事、到着した。

 



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競う競売街

タグにもつけましたが、原作既読をお勧めします。
というより、読まないと意味不明だと思われます…

早くもお気に入りや評価を頂けたようで。
ありがとうございます。


 「ええ~やだよ~これ以上増やしたらやめるって言ったでしょ~」

 「申し訳ございません…どちらも父君と懇意にされておられる方でして…」

 ヨークシンにあるホテルへ向かう車の群れ。その中心にあるものの中では、ネオンとダルツォルネが話をしていた。車の中には運転手とその隣、助手席にアリスの姿もある。

 

 ノストラード組。裏世界で急速にのし上がってきた注目株だが、その躍進は組長のライト=ノストラードの一人娘、ネオンによって成り立っているといっても過言ではない。

 「さっさと終わらしちゃおう!」

 【天使の自動書記≪ラブリーゴーストライター≫】

 ネオンの念能力。ノストラード組の宝。自動書記による占い。ノストラード組はこれを使って裏社会の重鎮と繋がりを得て、それを確かなものにしている。

 

 「便利な能力ですね。私も占ってほしかったです」

 ネオンの腕がスラスラと占いを記述しているのを見ながら、アリスはそう口にした。

 「……残念だったな」

 ダルツォルネはその言葉に対し、何と言うべきなのか迷った結果、そんな差しさわりのない返答をした。彼はネオンが書き上げた占いを受け取りながら、助手席に座ってバックミラー越しにくすくすと笑う少女を警戒している。

 ダルツォルネにはこの少女が金のために仕事をするなどという真っ当な人物には思えなかった。もちろん、裏社会にいる人物など真っ当な者であることのほうが珍しいのだが、彼にはあまりにもこの少女の心が読めなかったのだ。

 「ちっ」

 貴族のお嬢様と紹介されれば納得してしまいそうな雰囲気を醸し出してはいるが、その正体は全く不明。これまでに全く問題を起こしていないというのも気持ちの悪いことだった。

 本来。ダルツォルネはこの少女を何か適当な理由をつけて試験を失格にしたかった。だが、初めはモニターとカメラ越しに見たこの少女がここまでの存在だったとは気づかなかったし、初の対面の際は、「暗殺者一家ゾルディック家がネオンを狙っている」という情報が入っていたので、何が何でも強い奴が欲しかったのだ。

 そのため仕方なくこの少女を雇うことにしたのだが、ネオンが無性にこの少女のことを気に入ってしまった。一番の重要人物の傍に一番の強者を置く、というのはダルツォルネにとって問題ではないが、その強者がここまで読めない人物だというのは彼にとって誤算だった。

 もちろん。ダルツォルネは彼女自身がゾルディックであるという可能性も考えたが、文字通り「真っ白な」経歴と行動の遅さからその可能性をすでに撤廃していた。自ら疑われるような経歴を用意する暗殺者はいないだろうし、アリスがその気になればすでにネオンは殺されているという考えだった。

 落ち着かない空気の中で、裏切りの可能性はしかと認識したダルツォルネの胃をキリキリと痛めながら、車はヨークシンへと進んでいった。

 

 

 

 「任務ご苦労。早速、次の任務を言い渡す」

 一行がヨークシンの高級ホテルに到着した日の夜。護衛団の面々はリーダーであるダルツォルネのもとに集合していた。

 「地下競売で品物を競り落とす。金に糸目はつけない」

 プロジェクターに品物が三つ映し出された。面々はその品々をしっかり頭の中に叩き込む。そんななか、アリスはプロジェクターを見つめていた。しかし、頭では全く護衛やオークションとは関係のないことを考えていた。

 

 ―ゴン君は来てるのでしょうか?今年のハンター試験に合格したって情報が入ったから、多分来るとは思うんですけど…もしかしたら来年とか?―

 アリスの頭の中には護衛の「ご」の字も落札の「ら」の字もなかった。

 「アリス!アリス!」

 ダルツォルネがイライラした様子でアリスを呼んだ。

 「はい?」

 「貴様…任務の内容は聞いていたのだろうな?」

 「ええ、ええ。もちろんです。リーダー。私の役目はネオン様の護衛です」

 ニコニコとした笑顔で抜け抜けと言い放つアリス。もちろん、彼女は任務の内容を全く聞いていないし、理解もしていない。どうせそうだろうという予想の下、適当に喋っているだけである。

 「…まぁいい。お前にはあと一つ大事な任務があるが…それは後で言おう」

 「何でしょうか?大事な任務、楽しみですね。それはそうと、リーダーはサプライズ好きなんでしょうか?それはそれはさぞかし女性にモテるでしょう。私はノーサンキューですが」

 センリツにはダルツォルネからイラッという擬音が聞こえたらしい。

 

 

 

 ネオンの部屋。高級ホテルのスイートルーム。いまでは物が散らかされ無残なことになっているが、元々はこれ以上なく整っていたのだろう。

 「ヤダー!!ゼッタイ行くのー!!」

 「あらあら、ネオン様。わがままはいけないですよ?」

 「オークション行くー!ていうかアリスは私の護衛なんだから、連れて行って守ってよ!!」

 「くすくす…こんなか弱い少女にそんなことができるわけないじゃないですか。私は懐中時計くらいしか持てませんよ?筋力的に」

 「ひ弱っ!?何でボディガードなんてやってるの!?」

 「お給金がよかったから、というのが主な理由です」

 「わかってた!わかってたけど!そんな答え聞きたくなかった!!」

 「ほらほら、ネオン様。トランプしませんか?楽しいですよ、トランプ」

 「嫌!だってアリス強いんだもん。アリスとやってもつまんない」

 「ではでは、なぞなぞでもどうです?私、大好きなんですよ、なぞなぞ」

 「なぞなぞ?そんなことより―」

 「さて問題です。私と9月には似ているところがあります。それは何でしょうか?」

 「え?え?アリスと9月?う~ん…」

 「さぁさぁ考えてみましょう。もし正解できたら私から素敵な景品を差し上げます」

 「景品!?何々!?」

 「それは秘密です。お楽しみ、というものですよ。ですが、その景品がネオン様のお眼鏡に適うことは確信しています」

 「うむむ…よし!絶対当てるよ!!」

 「はいはい、頑張ってください。せいぜい」

 「むきー!!」

 

 

 

 「…アリス…9月」

 うんうんと唸るネオンを置いて部屋を出るアリス。そこにはダルツォルネが待ち構えていた。

 「ご苦労だった」

 「いえいえ、随分と楽なお仕事でした。他の皆さんに悪い気もします」

 他の連中は絶対やりたがらないだろうがな、という心の声を封殺したダルツォルネ。同時に自分の悩みの種が減って少し嬉しくも思っていた。

 その時。

 プルルル、プルルルとダルツォルネの携帯が鳴った。

 「何!?至急お前たちはビルへ迎え!リンセンたちには俺が支持をだす!――ちっ」

 「何かあったのですか?」

 焦った様子のダルツォルネにアリスが声を掛けた。早口で答えながらダルツォルネは携帯でリンセン―護衛団の一人に電話をかけ始める。

 「オークション会場の内部で不審な動きが―俺だ。状況は確認しているか?よし!お前たちも中へ入れ!!」

 携帯がピッという音を鳴らすと、すぐさま再び携帯が音を鳴らした。

 

 

 

 オークションに参加していた者たちが消え、出品を予定されていた品々も消えた。競売品を盗んだ者を捕まえれば、莫大な褒賞が捕まえた者に与えられる。それは褒賞だけでなく、マフィアとしての面子や名声にも関わってくる大仕事と言えよう。

「よし!絶対に俺たちで盗人を捕える!!スクワラ、犬を3頭ほど残しておけ!アリスは―」

 本当なら連れて行きたいがネオンに危険が及んでは元も子もない、との判断からアリスには引き続きネオンの護衛の任が与えられるはずだった。

 「ああ。ゾルディックなら来ませんよ?」

 「な、何?」

 「あれは嘘です」

 のうのうと言い切るアリス。ゾルディックが動いているというのはノストラード組の危機感を煽り、自身を雇わざるを得ない状況を作りだすためのアリスの流した嘘情報だったのだ。そんな重要なことをこんな場面で告白するアリスを恐ろしい形相で睨みつけるダルツォルネ。

 「き、貴様…」

 嘘に踊らされるのが嫌いなダルツォルネは怒りに打ち震えたが、できる限り冷静に努めてみれば、これはゾルディックという強大な危険を考える必要がなくなったということを意味していることに気が付いた。

 「……スクワラ、お前は護衛に残れ。アリス、貴様は俺と来い」

 「…あ、ああ。了解した」

 「はい。わかりました」

 底冷えするような声で指示を伝えたダルツォルネだったが、全く関係のないスクワラがビクビクと怯えて、彼の怒りの原因のアリスがニコニコと笑っているという奇妙な構図ができていた。

 

 

 

 

 

 爆音と悲鳴。

 ヨークシンから数キロ離れた荒野。

 「うらぁぁぁぁぁぁ!!」

 一人の大男が百人はいるであろうマフィアを文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げている。

 「桁外れに強い……!!」

 双眼鏡で様子を観察していたクラピカが呟く。護衛団の面々もその光景を見て、怖気づく。大男を捕まえるのは不可能だと判断した彼らは、リーダーであるダルツォルネに撤退を進言するが

 「…だが、任務を全うするためには黙って―――はっ!?お、おい、アリス」

 何かに気付いた様子で、希望を見つけた様子でアリスを呼ぶダルツォルネ。そのアリスは悲惨な光景を目にしたとは思えない笑顔。それを見た面々は彼女を恐ろしく感じたが、その状況では頼もしさの方がそれを上回った。

 「奴を捕まえて来い。――出来るか?」

 無茶な要求だとそこにいた誰もが思ったが、命じられたアリスは笑みを深くした。

 「くすくす…いいですよ。ですが、これは護衛任務の契約外ですので報酬はいただきますが?」

 「…俺が話をつけよう」

 「ふふ、では行ってきますね」

 そう言ってアリスは惨劇の渦中へてくてくと足を進めた。

 

 

 「待ちな」

 その時、低い声が地面から響いた。同時に地面がもこもこと盛り上がり、一人の気持ちの悪い容姿の男が姿を現した。

 「俺は陰獣の蚯蚓。お前らはどこの組のモンだ?」

 「…ノストラードだ」

 蚯蚓と名乗った男は辺りを値踏みするように見回し、アリスに目を止めた。

 「なるほど…確かに嬢ちゃんはやるようだが―」

 「―あいつらは本物だ。ここは俺たちに任せときな」

 いつの間にか現れた三人の男たち。痩せぎすの犬のような男にジャージを着た小さな男、いかにも不健康そうな太った男。彼らはマフィアの元締め、コミュニティの精鋭実行部隊―陰獣。

 

 

 アリスを除いた護衛団の面々は男たちの突然の登場に驚いていた。アリスは依然変わらず笑顔のまま。

 そんななか。渋顔でダルツォルネは陰獣の登場にどうすればいいか悩んでいた。彼にはアリスという駒がある。もしかしたらあの大男を捕まえることが出来るかもしれない駒が。アリスがあの大男を捕まえれば、褒賞も手に入り、組としての株も上がる独り勝ち。もし陰獣が大男を捕まえれば、組には何のメリットもない。だが、アリスが本当に大男を捕まえることができるという保証もないし、ここで無闇にごねれば陰獣に殺される可能性だってある。

 「そうですか。ではお願いしますね」

 ダルツォルネの葛藤をあざ笑うかのように少女の声が上がった。もちろん。その声はアリスのものだ。

 「なっ!?お、おい!ア―」

 「いやいや、助かりました。リーダーったら私一人であんな怪物を捕まえろなんて言うんですもん。ひどいと思いませんか?そうですよね。ひどいですよね。でもでも、助かりました。まさかあの陰獣のみなさんが来てくださるなんて。これで安心です」

 意図せず、抗議の声を上げようとしたダルツォルネだったが、アリスのマシンガントークによって封殺された。しめの「これで安心です」の際にはアリスの目に「黙ってろ」という意志が込められていたことに護衛団の面々は気づいた。

 

 

 

 「…どういうつもりだ?」

 ダルツォルネがアリスに尋ねた。

 「大丈夫ですよ。あの人たちじゃ彼には勝てません。絶対に」

 自信満々な様子で断言するアリス。

 「ですので、リーダーが心配しているような事態は起こりえませんよ」

 ダルツォルネの心を読んだかのような口ぶりで話す。

 「…では、何故彼らを行かせたんだ?」

 これでは見殺しにしたということだろう。とクラピカが尋ねれば、アリスは笑みを一層深くして答えた。

 「くすくす…彼らとの戦いで少しでも消耗してくれれば、楽になるじゃあないですか。私が」

 

 

 

 アリスの予想通り。陰獣の四人は少しの戦火を上げて、死んだ。

 「くすくす。では行きましょうか」

 そう言って大男の元へ向かおうとするアリスに声がかかる。

 「待て」

 様々な負の感情が入り混じった声でクラピカはアリスを呼び止めた。アリスは足を止め、長い金髪を翻して、クラピカの方へ向き直った。

 「私が行く」

 簡潔にそう言い切ったクラピカ。他の護衛団の面々はクラピカの無謀な行為を止めようと騒ぐが、止まる気配がない。アリスだけは勧めも止めもせずに、ただただ待っている。

 「聞いているのか!?命令だ!!ここはアリスにま―」

 ダルツォルネが苛立ったような強い口調でクラピカを止めようとしたとき、美しいフルートの旋律が荒野に響いた。

 「みなさん、落ち着いた?まずは冷静に作戦を立てましょう」

 フルートを持ったセンリツがそう進言した。クラピカもダルツォルネも先ほどまでとは打って変わって落ち着いた様子になっていた。

 「リーダー」

 いつもの冷静なクラピカがダルツォルネに話しかける。

 「勝算はある。やらせてくれ」

 

 

 

 

 「あのあの、何を食べたらそんなに大きくなるんですか?」

 車内。運転席にクラピカ、助手席にセンリツ、後部座席には鎖で縛られた大男とアリスが座っていた。

 アリスは自身の三倍の体積の大男に全く怯む様子を見せず、相も変わらずニコニコと大男に話しかけている。

 「あぁ?そりゃあ、肉だろ」

 鎖に囚われた大男―ウボォーギンはアリスの意味不明な質問にどんどん答えていく。

 「なるほどーあ、あとこれはいらないですよね?」

 不意にそう言ってアリスはウボォーギンの左足についていた針を取り、わざとらしく見せびらかすように掲げ、窓の外に捨てた。

 「けっ…そんなことより、さっさと殺さねーでいいのか?」

 「黙れ」

 運転席のクラピカが冷たい声で言い放つ。

 「こんな鎖で俺を捕まえたつも――がっ!?」

 鎖の持ち主であるクラピカを挑発するウボォーギンだったが、最後までその言葉を言うことなく、肥大化した鎖に体中を締め付けられて意識を失った。

 「おおーすごい鎖ですね」

 つんつんと鎖を突くアリス。

 「ふむふむ…おそらくかなり強い制約がかかってますね。命でも賭けました?」

 クラピカは軽い調子で尋ねてくるアリスをバックミラー越しに見て、視線を前に戻し、運転を続けた。

 

 

 

 

 「私は失礼しますね」

 ヨークシンにあるノストラードが所有するビルに着くやいなや、アリスがそう言った。

 「おい、待て!どこへ行く気だ!?」

 ダルツォルネが焦って尋ねる。他の面々もアリスがあまりにも自然にそう言うものだから、一瞬アリスが何を言ったのかわからないという顔をしていた。

 「どこって…お花摘みにですよ。一緒に来ますか?リーダー?」

 くすくすと笑って、ビルから離れていくアリス。緊迫した状況下でのあまりの自由さにあっけにとられ、誰も何も言わなかった。

 「……はっ!?待て!アリス!!アリース!!」

 アリスが姿を消した後。夜のヨークシンにダルツォルネの叫び声が響き渡った。

 

 

 

 「私としたことが…すっかり忘れてました。ゴン君のこと」

 アリスはネオンに光らされたヨークシンの街を一人で歩いていた。その美貌と無防備な姿に好色な目を向ける男たちをよそに、考え事に没頭しながら。

 そもそもアリスがヨークシンに来たのはグリード・アイランドとゴン・フリークス、この二つが都合よく同時に集まる可能性の高いところだからだ。

 「う~ん…せめて来ているのかどうかだけでも知りたいところですね…」

 ノストラード組に頼んで探してもらおうかしら、とも考えたが、却下した。確実に今は動いてはくれまい。本来はこういうことに使うためのコネなのだが、完全に失敗していた。

 「仕方ありませんね。じゃあ…探してもらいましょうか。皆さんに」

 アリスがそう言った五分後。「ゴン・フリークスの情報(居場所)」が五億ジェニーで急募された。

 

 

 「ふむふむ」

 公園のベンチに座り、携帯と睨めっこをしているアリス。アリスが求めるゴン・フリークスの情報は瞬く間に増えていったが、どれもが報酬目当てなのがバレバレの誤情報ばかり。

 「あまり期待はできませんね…」

 そう言いながらもいまだ携帯を手放さないアリスのもとに着信が入った。

 「はいはい。こちらアリスです。センリツさんですか?どうかされました?今トイレにいます。え?はぁ…わかりました。すぐに向かいますね」

 すくっと立ち上がり、アリスは伝えられた集合場所へ、しっかりと向かった。

 

 

 

 

 「リーダーはおそらく死んだ」

 「それはそれは…ご愁傷様です」

 「……これからどうするんだ?」

 「私はカジノに行きたいです。稼ぎますよ、私。どうです?投資してみませんか?」

 「まずボスに報告すべきだろう」

 「ネオン様の占いって適当な誕生日と生年月日を書けばどうなるんでしょうかね?」

 「だが、ボスっつてもただのガキだぜ?」

 「ガキと言えば、私はある子を探していまして、つきましては皆様のお力添えを頂けたらと思うのですが…」

 「俺たちの本当の雇い主はあの子の父親、ライト=ノストラードだ。彼が本当のボスさ」

 「あぁ、ボスという言葉で思い出しましたが、私は幻影旅団のボスと友達なんですよ」

 「リーダー以外は彼の連絡先を知らないが、あの子なら……は?」

 

 

 

 時が止まった。チク、タクと時計の音だけが部屋に鳴る。

 「――それは本当か!?」

 まず最初に動き出したのはクラピカ。端正な顔を驚きと怒りで歪ませ、アリスに詰め寄る。残りのメンバーたちも驚きを隠せない様子だ。それもそうだろう。まさか自分たちの仲間が幻影旅団の知り合いだなどとは思うまい。このことがこの状況を打破できるカギになるかもしれないという希望さえ持って、笑う少女を見た。

 「ごめんなさい。嘘です」

 再び時が止まった。

 

 

 「だって皆さんがあまりにも私を無視するから…」

 異常なほどキレたクラピカを筆頭にメンバーたちに散々怒られ、めそめそと涙を流すアリス。無論、嘘泣きである。

 「やっぱ報告しよう」

 護衛団はスクワラのその一言でネオンの部屋を訪れた。眠るネオンを起し、ライト=ノストラードの連絡を取る。クラピカをリーダーとした護衛団は本当のボスに指示を仰ぎ、行動を開始した。

 



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正しくない正直者

こう思うのは私だけではないと思いますが、旅団の戦闘員の能力って弱くね?


 「アリス!アリス!」

 ネオンが困った様子でアリスを呼びつける。

 「はいはい。アリスですよ。どうしました?ネオン様」

 アリスはニコニコと笑いながらネオンのもとに近寄っていく。ネオンの部屋には二人の少女とネオン付きの侍女が二人。

 「あのなぞなぞわかんないよ~答え教えて~」

 ネオンの言う「あのなぞなぞ」とはアリスがネオンの気をオークションから逸らすために作ったなぞなぞである。アリスの性格からして、正解があるのかどうかも疑わしいとクラピカたちなら思うだろうなぞなぞ。それをネオンは必死に考えていたようだ。

 「くすくす、答えを言ってはつまらないでしょう?ネオン様」

 「ええ~けどわかんないんだもん!じゃあヒント!ヒント頂戴!!」

 「ヒントですか…?わかりました。お教えしましょう。そうですね…ヒントは、同じだけど違う、です」

 「同じだけど違う?」

 「ええ」

 「う~ん…同じ…違う」

 ネオンは形のいい眉をハの字に曲げ、再びうんうんと唸りだした。アリスはそれを見て、愉快そうに笑っている。

 アリスを除く護衛団の面々はピリピリとした空気の中で忙しそうに動いている。その中でクラピカは大男―ウボォーギンを捕えるために動いているらしく、アリスにはネオンの子守りという重要任務が課せられていた。

 

 彼女にとっては重要人物の警護が大した仕事ではないのか、ネオンを視界に入れながら、アリスはカチカチと携帯を操作して「ゴン・フリークスの情報」を集めていた。

 「あら?」

 そんななか、アリスは気になるものを見つけた。

 「キルア・ゾルディック……」

 暗殺一家ゾルディック家。アリスが、本名でしょうか、と思ったのも当然。ゾルディックの名を語る奴はそうそういまい。

 興味を持ったアリスが情報提供者キルア・ゾルディックの流す情報を見てみれば、そこには――

 「ふふ」

 ――ヨークシンの街で取ったと思われる、ゴン・フリークスの写真が数枚あった。

 

 

 

 「――そうか。大体のことはわかった」

 翌日の朝。護衛団の面々は今までのことと現在の状況について、ヨークシンに到着したばかりのライト=ノストラードに報告をしていた。

 部屋には生き残った護衛団たちとノストラード親子。ネオンは椅子の上に体育座り、頬を膨らませて不満を精一杯アピールしている。

 「今後のことだが、まず娘は家へ帰す。それでいいね?ネオン」

 「……だって仕方ないじゃん」

 ヨークシンで行われる地下競売の競売品が全て盗まれ、それが中止になったとネオンには嘘を言った。ネオンは不満ながらも仕方ないというスタンスで渋々それを聞き入れたようだ。

 「センリツとアリスと言ったかな?今すぐネオンと侍女を連れて屋敷まで戻ってくれ」

 護衛団のうちの女性二名にそう命じたライト。性別のこともあれば、共に新人でハンターサイトにも名前が載っていないということも考慮した上だろう。

 

 「待ってください」

 その言葉に対し、反応を示したのはアリス。

 「私はここに残りたいのですが」

 そう自身の希望を告げた。そもそも何故アリスがそんなことを言い出したかと言えば、理由は簡単、アリスの一番の目的はヨークシンにいるゴン・フリークスとグリード・アイランドだからだ。屋敷に戻ってはそれらから離れてしまう。仕事より私情を優先させただけ。

 「何故だ?」

 「旅団を捕えることができるのはクラピカさんか私だけだと思いますが?」

 もちろんアリスはそんなことを伝えるつもりなど更々ない。ノストラード組を使って、というよりネオンを使ってグリード・アイランドを手に入れようかとも考えたが、彼らの資金的には難しそうだし、幻影旅団のこれから動きによっては全てのオークションが中止に追い込まれる可能性もあるから自分も動いておこうかと思っただけだ。

 アリスの言葉を聞いてライトはチラッとクラピカの方を見た。視線を受けたクラピカはアリスの言葉を肯定するように頷く。

 「……わかった。では、センリツと芭蕉でネオンの護衛を。ネオンは部屋に戻って支度をしなさい」

 「はーい」

 その言葉と共にネオンは部屋を出て、自室に向かった。アリスはその姿を見送り、満足気に笑った。

 

 「オークションは今夜から再開されるそうだ」

 バタンという扉が閉まる音が部屋に響いてから数秒後。ライトが口を開いた。

 幻影旅団の手に渡った競売品。それをいまだ取り戻していないのにも関わらず、コミュニティはそう決定した。マフィアとして面子を潰されたまま黙ってはいられないということだろう。コミュニティは盗まれた競売品を取り戻すために、プロの殺し屋たちに幻影旅団の抹殺を依頼した。

 「これはコミュニティに名を売るチャンスだ。――クラピカ、そしてアリス、お前たちに殺し屋のチームに参加してもらいたい」

 「……私たちがですか?」

 「ああ。お前には団員をサシで始末したという実績がある。……アリスはそのお前が腕前を認めるほどなのだろう?」

 ライトは本当はクラピカだけを行かせたいのだろう。アリスの強さに関して、疑問を抱いているようだ。それに先ほどのアリスのセリフ。コミュニティの動きを知っていたかのような口ぶり。ライトが一種の不信感を抱いても不思議ではない。ただ、補足しておけば、アリスはコミュニティの動向など知らなかったし、知る気もなかった。あたかも「わかってますよ」という空気を出して喋っただけである。

 ライトの胡乱な視線を受けても、アリスはニコッと笑ってライトを見つめ返すのみ。そうすると逆にライトが視線を外し、戸惑った様子をほんの少しだけ表に出す。

 「くすくす…私は構いません」

 「…私も、参加します」

 そうして、アリスとクラピカが旅団暗殺チームへの参加が決定し、ノストラード組は動き出したのだった。

 

 

 「アリス」

 一度解散をした面々。センリツと芭蕉はネオンの部屋に向かい、ライトはクラピカとアリスを暗殺チームに推薦するためコミュニティに連絡を取っていた。スクワラとリンセンはライトに付き従い、部屋の外へ。

 「はい?何でしょうか?」

 部屋で二人っきりとなったアリスとクラピカ。アリスはクラピカに興味を持っていたために自分から話しかけようかと思っていた矢先、クラピカの方からアリスに話しかけてきたのだった。

 「旅団は私一人でやる。邪魔はするな」

 そう簡潔に告げたクラピカ。同時にアリスに有無を言わせないようプレッシャーをかける。

 「ええ、ええ。わかりました。私は旅団には関わりません」

 その圧力を受けてもニコニコと笑って答えるアリス。クラピカはその態度にあっけにとられ、圧を緩める。

 「ですが、自衛くらいはしますよ?まさかそれも禁止なんて言わないですよね?」

 「あ、ああ。もちろんだ」

 「ふふ」

 おどけるアリスに毒気を抜かれたクラピカ。

 「……お前は一体何が目的なんだ?」

 不審の塊のようなアリスにクラピカが尋ねた。先ほどライトには旅団を捕まえる気があるというようなことを言ったかと思えば、クラピカには旅団とは関わらないと言う。クラピカでなくとも不審に思うのは当然というものだろう。

 「目的ですか?そうですね……探し物を探している、というのはどうでしょうか?」

 クラピカにはその言葉が本気か嘘か全くわからなかった。ふざけるな、と怒鳴りたかったが、そんなことをしたところでこの少女の顔に張り付く笑顔は取れないだろうと思い、クラピカは黙るのだった。

 

 

 

 「あいてはあの旅団だぞ?単独でやるにはヤバい相手だ」

 「ああ、最低限の協力は必要だと思う」

 ヨークシンのとあるビル。そこの一室に集ったのはその道のプロたち。暗殺者の集団だ。

その中には、アリスとクラピカの姿も見える。計十人。それが幻影旅団暗殺に集められた人間の数だった。

 現在。彼らが議論しているのは、旅団に対して単独で攻めるかチームで攻めるかということ。暗殺一家ゾルディック家のゼノ・ゾルディックとシルバ・ゾルディックを筆頭にした四人は動きづらくなる等の理由で、単独、自由行動を推している。その他の六人のうち四人は暗殺の万全を期すためにチームでの行動を。残りの二人、アリスとクラピカは何も言わずただただ黙って様子を窺っている。

 

 「あんたらはどう思う?」

 単独行動派の一人が尋ねた。もちろんアリスとクラピカにだ。

 「拙い連携は混乱を招くだけだ」

 クラピカは単独行動を推した。その後、唯一発言をしていなかったアリスに全員の視線が向かう。

 「ふむふむ…今は五対四ですか…じゃあ私が四の方に入れば五対五ですね。そうなったらどうします?殺し屋らしく殺し合いでもして決めますか?」

 ニコニコと物騒なことを口走るアリス。明らかにふざけている。メンバーの中にはその言葉にイラつきを覚えた者もいるようだ。キツイ視線が数個、アリスに向けられた。

 「くすくす…そもそも単独で殺せないと思ったのなら、何故この仕事を受けたんです?周りの人間が助けてくれるとでも思いましたか?もしそうなら随分と楽な仕事なのですね、殺し屋というのは」

 「くくく…嬢ちゃんの言うことはもっともだな。怖気づいたんなら帰ればいい」

 「自分の腕に自信のない奴もな」

 アリスの言葉とそれに賛同した単独行動派二人の言葉。チームでの行動を推していたメンバーはそれを聞いてプロとしてのプライドが刺激でもされたのか、反対意見は出なかった。

 「六対四か、決まりだな」

 一人の男のその言葉で暗殺者たちの会議は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 ネオンが姿を消した。クラピカにネオンの警護を担当していたセンリツからそう告げられた。オークション会場であるセメタリービルに向かう車内では、取り乱したライトが検問中の警官たちにネオンを保護するようにコミュニティを通し、通達を下した。

 

 「……どうやらお嬢さんはすでにセメタリービルの中にいますね」

 クラピカの念を使ったダウジングにより、ネオンの居場所が判明。すぐにセメタリービルに向かう車。その助手席に座るアリスは一人、考え事に没頭していた。

 アリスの頭の中を覗いてみれば、グリード・アイランドとゴン・フリークスについてしか存在しない。ライトが聞けば怒鳴り散らすような内容だが、読心能力者などではないライトにはアリスの頭の中など全く想像もつかないのだった。

 

 

 「ノストラード組のノストラードだ!娘が来ているはずなんだ!確認しろ!!」

 セメタリービルに到着するやいなや、ライトは入口を警護していたコミュニティの組員に激しい剣幕で尋ねた。答えを聞くとすぐさま中に入り、ネオンがいる501号室に向かった。クラピカもそれに続き、ビルの中を走る。だが、そこには彼らと一緒にいるはずのアリスの姿はなかった。

 「あまり得るものはなかったですね…自分で動くことにしましょうか」

 失望を含む声色でそう言いながら、アリスはヨークシンの闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「あん?何だ、テメーは?」

 「誰でもいいね。敵は殺す」

 「あらあら?間違えました」

 順に団員フィンクス、団員フェイタン、アリスのセリフである。アリスがヨークシンの街を歩いていると、爆音や悲鳴が聞こえた。アリスは旅団が暴れているのだろうと予想し、その発信源、一番近くの場所に向かったのだ。

 するとそこにいたのは長身で強面の男―フィンクスと小柄でバンダナをマスク替わりにした男―フェイタン。共に旅団の中では好戦的な部類に入る戦闘員だ。

 「あ?間違えた、だ?」

 アリスの発言に疑問を感じた様子のフィンクス。

 「へぇ…俺たちのこと知ってるみたいだな」

 フィンクスはアリスの言葉を「旅団の中で狙ってる奴がいて、自分たちはそいつではなかった」という意味にとったようだ。

 「鎖野郎かその関係者かもしれないね」

 フェイタンも同じ結論を頭の中で下したよう。フィンクスは好戦的な笑みを携え、フェイタンは身に纏う殺気を強くする。

 「今まで生きてきたなかで、鎖野郎と呼ばれた覚えはないのですが…そもそも野郎ではありませんし。ああ、けど、鎖を操る能力者は知っていますよ?」

 「ほう…」

 「お教えするんで、見逃がしてもらえませんか?」

 「その必要はないね。捕まえて私が聞いてやるよ」

 「そういうこった。まぁちっと一緒に来てくれや、嬢ちゃん」

 「困りました…どうしましょうか…」

 警戒をしながらじりじりと間合いを詰めるフィンクスとフェイタン。アリスは心底困ったという風に額に手を当て、首を振る。どうも本気で情報を渡せば見逃してもらえると思っていたようだ。

 「仕方ありませんね…気は進みませんが、作戦変更です」

 そう言って、アリスは一冊の本を取り出した。

 

 

 

 フィンクスとフェイタンはアリスの本を目に収め、警戒度を上げる。アリスの取り出した本が念能力の産物ではないのは、二人にはすぐにわかった。

 「くすくす…見てください、この本。作者名はAliceと書いてあるでしょう?あ、申し遅れましたが、私はアリスと言います。この本の作者です」

 茶色いハードカバーの本を見せびらかすようにひらひらと振るアリス。タイトルは「美少女と怪物」。何のひねりもない、つまらなそうなタイトルに二人は聞き覚えはなかった。

 しかし、同時にさらに警戒度を上げる。その行動がアリスの念能力の発動条件であろうという当たりをつけて、フェイタンがアリスとの間合いを急速に詰めた。

 「きゃー」

 明らかに適当な悲鳴を上げて、しっかりとフェイタンの手刀をガードするアリス。その視界にはフィンクスが右腕をぐるぐると回しているのが見えた。

 

 片手で本を開き、片手でフェイタンの攻撃をガードするアリス。しかし、すべてをガードしきれなかったのだろう、着ていた黒いゴシックドレスがところどころ破けている。にも関わらず、アリスは朗々とした口調で何かを話し始めた。

 「『あるところに美しい少女がいました。その少女を愛する醜い怪物がいました。』」

 すると、アリスの背後から大きな真っ黒の怪物がどこからともなく現れたのをフィンクスとフェイタンは確認した。同時にフィンクスが怪物に接近し、入れ替わるようにフェイタンが距離を取る。

 「『怪物の体は固く、どんな攻撃も効きません。』」

 アリスを守ろうと一歩踏み出した怪物にフィンクスは右腕を振るった。

 ドオォォォォォン。フィンクスは自身の目の前で生じた爆音を聞き、怪物の右腕が自分の右腕をしっかりと受け止めているのを驚いた様子で見た。

 「『怪物の力は強く、どんな岩をも砕きます。』」

 怪物が空いた左腕を振るいフィンクスが軽々と吹き飛ばされたのを視界に入れながら、フェイタンはアリスの朗読を止めようと猛スピードでアリスに接近。

 しかし、怪物がアリスの前に立ちふさがっているため迂闊には近づけない。

 

 

 アリスの能力。フィンクスとフェイタンは当たりをつけた。「自身が書いた本を読むことでその内容を具現化する能力」だと。彼らが考えた対策はただ一つ、読まれる前に殺す。

 森の中から戻ってきたフィンクスとフェイタンは合流し、言葉を発することなく、その考えを共有。

 アリスは自分を睨む二者の視線を感じながらも笑顔を絶やさない。それがまた二人を怒らせる。

 「具現化系だろ?嬢ちゃん」

 フィンクスがアリスに話しかける。能力を暴露することで揺さぶりをかけようとしているのだ。

 「さぁ?どうでしょうか?操作系かも特質系かもしれませんよ?」

 「ほざけ。嬢ちゃんの能力は自分が書いた本を読むことで書かれたことを具現化する能力だろ?えらくファンシーなこって」

 「くすくす…ファンシーなのはあなたの頭の中だと思いますが」

 「あ?」

 「あなたの能力は腕を回すことでパワーアップする能力でしょう?子供のころは扇風機にでもなるのが夢だったんですか?」

 「―――殺す」

 挑発するつもりが逆に挑発されたフィンクスは見事にそれに乗ってしまう。

 「俺がやる」

 お前は下がっていろとその目が言う。フェイタンは熱くなった相棒を止めることなく、下がった。熱くなったバカには何を言っても通じないと長年の付き合いでわかっているのだ。

 

 

 ぐるぐるぐるぐる。フィンクスが腕を回す。

 アリスはそれを見て、何をするわけでもなく笑っている。その笑顔がまたフィンクスを苛立たせる。

 十分に腕を回し、力を溜めたフィンクスは熱くなった頭を冷静に働かせ、考える。具現化系の能力は「有り得ないことは具現化できない」という絶対的なルールがある。それを考えると先ほどアリスが言った「怪物にはどんな攻撃も効かない」というのは具現化不可能だ。

 あの怪物は朗読によって生まれた念獣。奴はただ固いだけだ――「怪物は固い」ということは具現化可能なのだから。ただ、その固さはアリスの念能力者としての腕次第。あの怪物を倒せないということは念能力者として自身がアリスに劣っているということ。それはフィンクスのプライドが許せなかった。

 「殺す」

 アリスに言ったか自身に告げたか。それはフィンクスにしかわからないこと。

 フィンクスは怪物にその腕を振るった。

 




原作のセリフをどれだけ使っていいのかわからなかったので、ところどころ話が飛び飛びになっている部分があります。


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惑わせる惑わす

一万字くらい書く方ってすごい。


 「危なかったですね」

 一人。アリスは街の中を歩いていた。フィンクスとフェイタンはどうしたのかと言えば、どうもしていない。彼らは生きている。

 「二対一は厳しいです」

 あの後。莫大なオーラを腕に秘め、接近してくるフィンクスに対し、アリスはこう言ったのだ。

 『怪物は少女を守るため、その命を炎に変えました。』

 フィンクスはその言葉の意味を瞬時に理解し、怪物と距離を取った。今頃は炎に包まれた森を見ながら、怒りに打ち震えているのだろう。

 「そろそろ私も動くことにしましょう」

 そう呟き、アリスはその足をサザンピースに向かわせた。同時に携帯を弄り、キルア・ゾルディックにメッセージを送る。

 『ゴン・フリークスの詳しい居場所をさらに5億で買います。』

 「ふふ」

 幻影旅団というイレギュラー。自身の目的には邪魔だが、これはこれで楽しいなどと不謹慎なことを考え、アリスは再び闇の中へ消えた。

 

 

 

 次の日。

 「クラピカ!クラピカってば!」

 「あ、ああ。すまない、考え事をしていた」

 ヨークシンにあるとあるホテルのラウンジ。そこにいたのはゴン、キルア、レオリオ、クラピカの四人。彼らはハンター試験を共に戦い抜いた仲間。友。

 「考え事?」

 「……皆の安全のために、助っ人を頼むべきかとな」

 「助っ人?おいおい、そんなのがいるんだったら頼んどこうぜ?」

 「何か問題でもあるの?」

 幻影旅団の捕縛。それが彼らの目的だった。本来。ゴンとキルアはグリード・アイランドを手に入れるための資金、それを旅団を捕まえた際の褒賞で賄うつもりだった。しかし、現在は旅団にかけられた褒賞は取り消しとなり、その金策は失敗。二日後に行われるサザンピースオークションのために目標資金60億ジェニーを貯めなければいけないのだが、ゴンが「策はある。クラピカを手伝う」と言って聞かない。

 そうして、キルアとレオリオはゴンの我が儘に振り回され、旅団との戦いに身を投じることとなった。

 

 四人。旅団と戦うには十分な戦力とは言えない。クラピカが恐れるのは自分以外の三人、友が自分の復讐のために傷つくこと。なのだが。

 「……どうにも信用できない」

 「そりゃ命を預けらんねぇ理由としては十分だな…」

 「どんな人なの?」

 ゴンが興味を持ったのか、クラピカに尋ねる。クラピカは一瞬考える素振りを見せたあと、答えた。

 「人間を性格によってグループ分けするとすれば、ヒソカと同じグループになるだろう奴だ」

 「うわぁ…」

 キルアが何とも言えない顔で変な声を出す。関わりたくねーと彼の全身が語っている。

 「でも、強いんでしょ?」

 ゴンだけはめげずにその人物について、質問を続けた。

 「強い…とは思うが、どれくらい強いかはわからない。だが、私より強いのは確実だ」

 「クラピカより!?それって凄く強いよね!?」

 クラピカは旅団の一人を一対一で倒している。そのクラピカより強いということは、その人物は旅団に対抗できる人物ということになる。そうクラピカ以外の三人は考えた。キルアとレオリオも「それだったら、我慢しようか…」と気持ちを変更したようだ。

 「皆は何か勘違いしているが、私は強くはない。旅団に対して相性のいい能力を持っているだけだ」

 「そいつの能力は知らないのか?」

 「知らない。戦っているところを見たこともない」

 「…ほんとにつえーのか?そいつ」

 「レオリオはヒソカを見たとき、勝てると思ったか?」

 「あん?やべー奴だと思ったな…勝てねえかもとも」

 「そういうことだ。とは言っても、彼女はヒソカほど恐ろしくはない。普段は特に何の害もないんだが、ただ信用できないんだ」

 信用できない奴というのはハンターや裏の世界では最もダメな奴を指す言葉だろう。クラピカの中ではアリスの評価は最低のようだ。組織を勝手に抜け出し、行方をくらました時点で当然かもしれないが。

 「やめとこうぜ。信用できないってクラピカがそこまで言うんだったら相当だろ」

 暗殺一家ゾルディック家の子、キルアが静止の声を上げる。生まれたころから裏の世界で生きてきた彼には信用できない奴というのがどれほど危険かわかっているのだ。

 「そうだな…すまない。どうも少し焦っているようだ」

 「ねぇねぇ、その人の名前ってなんて言うの?」

 「彼女か?彼女の名は―――」

 

 

 

 「へっくち」

 可愛らしいくしゃみ。サザンピースのオークション会場近くのホテルの一室。そこにアリスはいた。

 「誰かが噂をしていますね…」

 ぶつぶつ言いながら携帯を触るアリス。見ているのはキルア・ゾルディックからのメールだ。『ヨークシンのデイロード公園』という文にそこでピースサインをしているゴン・フリークスの写真も添付してある。

 「オークションも普通に再開されるようですし…結局、何もすることがなかったですね…」

 本当はグリード・アイランドを一本奪おう、と人には言えないことを考えていたアリス。だが、旅団が全員殺され、オークションは引き続き行われることになっていたために急いで手に入れる必要もなくなった。とは言っても、旅団は死んだと思われているだけで死んではいない。そうでなければ、クラピカたちも動いてはいないのだから。

 「はぁ……明後日か」

 明後日。アリスの目的はきっと達成される。ゴン・フリークスとグリード・アイランドがサザンピースに集まる。そうすれば、アリスの目的の八割以上は達成されたも同然。

 「約束は守ります」

 アリスの呟きは部屋にこだまして、消えた。

 

 

 

 

 「―――アリスという」

 「え?」

 「アリスだって!?」

 その名に反応を示したのはゴンとキルア。

 「なっ!?お前たちアリスを知っているのか!?」

 クラピカの驚きのも当然。アリスの名を二人が知っているなどとは思うまい。同時にゴンとキルアも驚きを隠せない様子だが。

 「何だ?そのアリスって奴はお前らの共通の知人ってことか?」

 一人冷静だったレオリオの疑問。アリスの名に全く聞き覚えがない彼にとってはそうとしか考えられない。

 「いや、知人っつーか…最近、ゴンの情報を5億で買いますっていうのがあったろ?」

 「俺の情報を募集してた人の名前がアリスだったんだよ」

 「ああ!あの怪しい奴か!!…あいつがアリス」

 ゴン、キルア、レオリオはグリード・アイランドを買うための資金集めとして、アリスに情報を売った。怪しくはあっても短期間で莫大な金を稼がないといけない彼らには、自分たちの居場所を知らせるだけで5億が手に入るという誘惑に勝てなかったのだ。

 「お前たち…アリスが旅団かもしれないとは考えなかったのか?」

 「いや、それはない」

 クラピカの疑問に対し、キルアがそう言い切った。

 「募集が始まったのは、俺たちが旅団を追う前。旅団が俺たちのことを知らなかったときだし、俺たちの情報じゃなくて、ゴンの居場所に関する情報だけを集めてるんだよ、そいつ」

 「なるほど…だが、さらに謎が深まったな」

 神妙な面持ちのクラピカ。アリスにゴンが目をつけられているかもしれない、というのが気が気でないのだろう。ヒソカにしろ、アリスにしろ、ゴンはそういう星の下に生まれてきたのかもしれない。

 「…どうすんだ?」

 「クラピカがそれとなーく聞いてみるっていうのは?」

 「難しいことを要求するな、ゴンは」

 「だけど、何でそいつがゴンを探してんのかは聞いてみないとわかんねーぜ?」

 「何故ゴンを探している……ん?」

 会話の途中で動きを止めるクラピカ。何かに気付いた様子。記憶を遡っているようにも見える。

 「そういえば…アリスにお前の目的は何だと聞いたことがあった」

 「なんて答えたんだ?そいつ」

 「探し物を探している、と」

 「その探し物っつーのがゴンってことか?」

 「可能性は高いな」

 「だがゴンを探してる理由はわかんねーんだろ?」

 「…ああ」

 沈黙が場を支配する。その沈黙の中、まさか別れてまで頭を悩まされるとは、とクラピカはアリスを恨んでいたのだった。

 「ま!そいつのことは今は置いておいてさ!旅団を捕まえるために作戦立てよーぜ!!」

 場の空気を入れ替えるようにキルアが言った。

 「そうだな…アリスのことは私のほうで調べておこう」

 「うし!じゃあ打ち合わせの続きだな!!」

 「うん!」

 四人は旅団を捕らえるために、動き出した。

 

 

 

 

 「女?」

 廃墟。ボロボロのビルが乱立している。その中の一つ。部屋と言っていいのかもわからない場所にいたのは幻影旅団と呼ばれる盗賊集団。

 「ああ。昨日バトったんだが…取り逃がした」

 「次は殺すね」

 フィンクスとフェイタンが怒りに声を震わせる。

 「お前ら…二人がかりで何してんだよ…」

 着物に丁髷を結った男―ノブナガが溜息と共に声を漏らした。そう言われた二人はノブナガを睨む。だが、それだけで何も言わない。真実は少し違う、二人がかりで戦ったと言えるのかは微妙、なのだが彼らの失態であることに違いはない。

 

 「どんな奴だった?」

 興味を持ったらしい優男―シャルナークが尋ねた。旅団の頭脳労働担当の彼は出来る限り情報を持っておきたいのだろう。彼らの目的は鎖野郎と呼ぶウボォーギンの敵だが、その女が鎖野郎か、それに通じる者かもしれないためだ。

 「金髪、碧眼、ゴスロリ、うざい。能力はおそらく『自分で書いた本を読み上げることで、その読んだ部分を具現化する』能力だ」

 「なるほど…鎖野郎ではない、とは言い切れないか」

 「あ?鎖なんて使ってなかったぜ?」

 「その本の中に鎖が登場するかもしれないだろ?」

 「言うなれば、何でもありなんだよ。その能力は」

 旅団内でも頭が回る部類に入るシャルナークとマチ。フィンクスはアリスの能力と言葉から鎖野郎ではないと早々に判断したのだが、その判断は間違いだったと暗に言われた。事実だけを見れば、アリスは鎖野郎ではないのでフィンクスの判断は正しかったのだが、そんなことは今の彼らにはわからないことだった。

 「なかなか強力な能力のようだし、何かしらの制約はあるだろうね。たとえば『最初から順に読んでいかないといけない』とか」

 「そういや片手で本を開いたままだったな、あいつ」

 「多分『本を開くこと』は発動条件だろう。他に気付いたことは?」

 「そうだな……能力を使う前に自分が書いたっつー本を俺たちに見せて、名乗ったな。アリスってよ」

 「名前はアリスか…偽名である可能性もあるし、何とも言えないな」

 「それはねーと思うぜ?本の作者名もアリスだったしよ」

 「自己紹介も発動条件の一つってこと?」

 「う~ん…そうなのかも」

  

 「具現化系の能力者として『虚構の内容を具現化する』っていうのは可能なのか?」

 黙っていたフランクリンが疑問を投げかけた。

 「結論から言えば可能だね。そのアリスって奴はどうも制約や発動条件をいろいろつけて能力の質を上げているようだし、虚構と言っても具現化系の絶対的なルールを破っていたわけじゃないんだろ?」

 「出してきたのは怪物だけね」

 「念獣か」

 「…シャル、そいつは『怪物は固く、どんな攻撃も効きません』って言ったんだが、それは具現化不可能だよな?」

 「固いの部分は可能だけど、どんな攻撃も効かないっていうのは不可能だね」

 「わざわざそう言ったのか?」

 団員の話を聞いていた団長―クロロが口を開いた。

 「ああ」

 「……本としての表現の問題か」

 クロロは一瞬考える素振りを見せた後、結論を出した。

 「確かに『怪物は固い』だけじゃあつまらなさそうな本ですよね」

 「小説としてある程度の出来である必要があるのか」

 旅団のビブリオマニア二人、クロロとシズクがアリスの書いた本について考察する。

 「どうも便利なようでいて、いろいろ制限があるみたいだね」

 「…俺にはどう足掻いてもつかえねー能力だな」

 「使えそうなのは団長とシズクだけじゃないか?」

 「う~ん…私にも無理ですね」

 「俺もだ」

 「え?何でだ?」

 「俺たちは読み手であっても書き手ではないからな」

 「読むと書くはイコールじゃないから」

 「ふん。なるほどな」

 「ノブナガ…お前ぜってー意味わかってねーだろ」

 

 「それでどうすんだ?」

 ノブナガが皆に尋ねる。その問いはもちろん、そのアリスとかいう女をどうするか、という意味だ。

 「先ほど言った班、フィンクスの班で捜索しろ」

 フィンクスの班員はフィンクス、フェイタン、コルトピの三名。フィンクスは激しく、フェイタンは静かに、チャンスが来たと喜びを露わにしている。

 「よしきた!あの女、次は殺す!!」

 「できれば生け捕りにしろよー」

 「わかってるよ!!」

 「では、最終的な確認をしておこう」

 団長クロロの一言で、幻影旅団は動き出した。

 

 

 「へっくち…また誰かが噂を…」

 あっちでもこっちでも話題に上るアリス。とは言ってもどちらのグループでも好意的な感情を抱いている者はいない。不信感や殺意など、ろくでもない感情ばかりだ。

 「まぁいいでしょう。さてさて。ゴン君を見に行きましょうか」

 そんなことを露とも知らず、アリスは楽しげに笑いながら部屋を後にした。

 



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悩み、暗闇

一日ぶりに見たら日間ランキングには載ってるわ、評価は高いわ、なんぞこれ?

アウトのラインがわからないから原作のセリフをできる限り削った。すると、しょぼく見える。難しい。


ネギまで見切り発車はダメだと学んだのに、学習能力がないな…


 ―9/4 17:20―

 

 「ここがデイロード公園ですか」

 雨の日。黒いドレスに黒い傘。その白い肌、金色の髪と翡翠の目以外を真っ黒に染めたアリスは、キルア・ゾルディックからの情報をもとにデイロード公園に来ていた。

 「キルアさんに連絡を取ろうかと思いますが…」

 キルアへの連絡手段はある。断続的に「ゴン・フリークスの情報」を得るため、あらかじめ連絡先を聞いていたからだ。だが、アリスは携帯を弄る手を止め、悩む素振りを見せた。

 「キルアさんが本物のゾルディックだとすれば、こんな仕事でお金を稼ぐとは思えませんね…」

 暗殺一家ゾルディック家の名は有名だ。表の人間でも知っている奴は知っている。裏の人間で知らない奴はまずいまい。莫大な報酬を要求する代わりに、確実な暗殺を行うゾルディック家。そのゾルディックの人間が楽とはいえ、子供の居所調査などに熱心に参加するとは、アリスにはどうも思えなかった。

 「もし本物だとすれば、ゴン君のお知り合いでしょうか?」

 本物ならただの小遣い稼ぎ。自分の隣にターゲットがいるのだ。こんなに楽に10億儲けることの出来る仕事はないだろう。多少の危険度はあるが、ゾルディックならやってもおかしくはない。

 「偽物なら…何が目的でしょう?」

 ゾルディックの名を語り、アリスに情報を流すことで得られるメリット。

 「全くわかりません」

ふう、と溜息をつき、困り果てた様子を見せるアリス。

 「まぁ、ゾルディックだろうとなんだろうといいでしょう」

 そう言って、携帯を操作した。

 

 

 

 ブルルルル。キルアの携帯がメールを受信したことを知らせた。

 「誰だ?――っ!?」

 もちろん。メールの差出人はアリス。キルアはとある廃ビルの屋上にいる。彼は今、幻影旅団のアジトを見張っているのだ。

 『ゴン・フリークスの現在の居場所を5億で買います。メール受信から10分以内に返信をお願いします。』

 「またか…」

 キルアはそのメールを見た後。携帯を操作し、電話を繋げた。

 「もしもし、俺だけど」

 「動いたのか?」

 相手はクラピカ。キルアの電話を旅団の動きを報告するものと思ったらしい。

 「いや…そうじゃなくってさ。今アリスって奴がまたゴンの情報を買うって言ってきたんだけど…」

 「何?」

 「10分以内に返信しろってよ。どうする?」

 受話器の向こうで沈黙するクラピカ。この状況ではアリスが旅団ではないと思っていても、何かしらの繋がりがあると勘ぐってしまうのだろう。

 「……私がアリスに電話をしてみよう」

 「…オーケー」

 慎重に考えた結果。クラピカはそう告げた。

 

 「電話するの?アリスって人に」

 レオリオの運転する車の中。キルアとの電話を切ったクラピカにゴンが尋ねた。

 「ああ」

 クラピカは肯定を表す端的な返事だけを返し、アリスに電話をかけた。

 

 

 

 「あら?」

 携帯を持ってキルアからの返信を待っていたアリス。その手の携帯がメールではなく、着信をアピールした。

 「クラピカさん?」

 誰からの着信かをディスプレイに表示される名前でしっかりと確認した後、通話ボタンを押した。

 

 「はいはい。アリスです。クラピカさん、お久しぶりですね」

 「挨拶はいい。私の質問に正直に答えろ」

 「はい?」

 「今どこにいる?」

 「公園です」

 「この雨の中か?」

 「はい。そうですけど?」

 「お前は幻影旅団か?」

 「いいえ」

 「その関係者か?」

 「うーん…関係があると言えば、そうなのかもしれませんね」

 「…ゴン・フリークスという名に聞き覚えは?」

 「あら?何故クラピカさんがゴン君のことを?」

 「お前はこちらの質問にだけ答えろ」

 「怖いですねーはいはい、わかりました」

 「何故ゴンの情報を集めている?」

 「くすくす…さぁ?何故でしょうか?」

 「…貴様…ゴンに何をするつもりだ?」

 「特に何も」

 「…ゴンに何かしてみろ、私がお前を殺す」

 「出来るんですか?あなたの力で?死にますよ?」

 「っ!?…お前…一体何者だ?」

 「私はアリスですよ」

 「……もうゴンには関わるな」

 プッ。ツーツーツーツー。

 

 

 

 「どうだったの?クラピカ」

 様子のおかしいクラピカにゴンが心配そうに尋ねた。

 「奴には関わらない方がいい……どうやったかはわからないが…奴はお前たち以外知らないはずの私の能力の欠点について知っているようだ」

 「え!?それって旅団以外を攻撃したら死ぬっていう……」

クラピカの能力の欠点―旅団以外の人間を攻撃すればクラピカが死ぬ、ということを知っているのは本人と彼の師、そしてゴン、キルア、レオリオの五人だけ。アリスが知っているはずはないのだ。

 「…何かの能力か?」

 運転席のレオリオが可能性を提示する。

 「…可能性はある」

「相手の念能力を知る念能力ってこと?」

 「いや…パクノダのような能力かもしれん」

 アリスの能力について考察する三人。だが、全て的外れ。

 

 「何だったんでしょうか?」

 アリスはクラピカの能力について詳しいことは知らない。具現化系で鎖を具現化すること。何かしらの強い制約がかかっていること。アリスが知っているのはこの二点だけ。

 「まさかクラピカさんがゴン君とお知り合いだったとは…」

 アリスの能力では他人の能力を知ることなどできない。ゆえにクラピカの能力の欠点など知るよしもないのだ。アリスが、単純な力量の差で「死にますよ」と言ったのをクラピカは、あなたの能力を私に使えば「死にますよ」と取っただけのこと。

 「10分経ってしまいましたね。それはそうと、クラピカさんに張り付けば、ゴン君と会えるのでしょうか?」

 親切丁寧に教えたつもりのアリスだったが、完全に誤解を受けていた。ゴンたちの警戒心を上げ、自身の首を絞めている。

 「ふふ」

 そんなことに気付くはずのないアリスは楽しげに笑って、再び携帯を操作した。

 「もしもし、センリツさんですか?ええ、ええ。アリスです。あの、聞きたいことがあるんですけど…クラピカさんがどこにいるか知りませんか?」

 

 

 

 

 ―9/4 18:09―

 

 「し、知らねぇ!!本当だ!!そんな奴ら知らね―――がっ!!」

 「ならいらないね」

 「使えねーヤローだ」

 ヨークシンの路地裏。そこにはスーツの男が転がっていた。彼はとあるマフィアの一員。

今は首を綺麗に刎ねられた姿で息絶えている。

 「ダメね」

 「マフィアじゃねーのか?」

 その惨状を作り上げた二人、フィンクスとフェイタン。そこにシャルナークを加えた三人はとある人物を探していた。

 「鎖野郎は間違いないだろうけど」

 彼らが探しているのは鎖野郎とアリス。とは言っても鎖野郎―クラピカの方はクロロ率いる班が目星をつけて現在追っているため、彼らの本命はアリスということになる。

 

 「セメタリービルの方から来た念能力者だって言うから、マフィアの人間だと思ったんだけどな」

 シャルナークの予想は当たっている。アリスはマフィアのボディガードだ。いや、正確にはその時はマフィアのボディガードだったというべきだろう。

 彼らはマフィアの線からアリスを捜索しているようだが、その方法ではいつ見つかるかわからない。何故かと言えば、アリスの仕事はネオンの新人専属護衛であったため、ノストラード組の人間でさえもアリスの存在を知らない人間がいるからだ。他の組の人間が知っているはずはない。ヨークシンに来てからネオンとアリスはほとんど部屋から出ることがなかったため、当然と言えるが。

 「やっぱこんな地道な作戦じゃダメなんだよ」

 シャルナークが不満を口にする。マフィアを狩っていく、というのはフィンクスとフェイタンの出した案。当初、シャルナークは反対していたのだが、結局多数決で押し切られてしまった。

 「けどハンターサイトにも情報はなかったんだろ?」

 「確かにそうなんだけど――っと…団長からだ」

 クロロからの連絡。シャルナークの携帯が震えた。

 「うん…うん…了解」

 その言葉と共に携帯を耳から放したシャルナークにフィンクスが声をかけた。

 「何だって?」

 「例の子供を捕まえた。あと鎖野郎の情報も手に入れたから、一旦ベーチタクルホテルのラウンジに集合だって」

 「っち!」

 「アリスはまた今度だね。とりあえず、情報サイトで賞金をかけとく」

 シャルナークは携帯でアリスの情報を募集しようと情報サイトを開いた。

 

 カチカチと携帯を操作する音を鳴らし、数分後にその音が止んだ。

 「――これは…」

 「どうかしたね?」

 驚いた様子のシャルナーク。彼が開いていた情報サイトは奇しくも、アリスがゴン・フリークスの情報を集めるのに使ったサイトと同じだった。

 「…アリス、ゴン・フリークス」

 

 

 ―9/4 18:03―

 

 「見つけました」

 ヨークシンにあるリバ駅からベーチタクルホテルに向かう道の途中。アリスの目がクラピカらしき人物とゴン・フリークスを捕えた。

 「旅団を追っているとのことでしたが…」

 センリツから聞いた情報。アリスは旅団は死んだものと思っていたため寝耳に水だったが、それらしき男女を発見し、納得する。別段驚きもしていないようだ。

「あら?」

 そうこうしているうちに捕まった。アリスではない。ゴン・フリークスと友人らしき少年である。クラピカは路地裏に隠れたまま出てこない。オールバックの黒衣の男―クロロが携帯で誰かと会話している。

 

 

 しばらくして、携帯での会話を終えたクロロが待機していたマチとシズクに指示を出した。

 「シャルからの報告だ。ベーチタクルホテルに十九時、アリスを呼び出すそう――」

 アリス。思いがけない名前の登場に肩をピクッと動かし反応してしまったゴンとキルア。それを見逃すクロロではなく、その深い漆黒の目が二人を射抜いた。

 「アリスという名に聞き覚えがあるのか?」

 

 

 

 ―9/4 18:13―

 

 ブルルル。アリスの携帯が音を出す。メールの受信を知らせるバイブ。

 「キルアさんでしょうか?」

 10分はとっくに過ぎている。加えて、すでにゴン・フリークスを見つけていたためにキルアからの情報も必要ない。だが、そのメールがキルアからのメールではない可能性も考慮したアリスは携帯を開き、内容を確認した。

 『ゴン・フリークスについて直接会って話したい。十九時にベーチタクルホテルのラウンジに来られたし。』

 「ふむふむ。差出人は…Sさんですか」

 情報サイトから募集を削除するのをすっかり忘れていたアリス。そもそもアリスはゴン・フリークスの居場所が知りたかったわけであって、彼自身について知りたいわけではなかった。Sという人物はどうも「ゴン・フリークスの居場所」ではなく、「ゴン・フリークスの情報」を提示してくる様子。

 「いりませんね。無視しましょう」

 アリスはパタンと音を鳴らして携帯を閉じた。

 

 

 

 ―9/4 18:10―

 

 二人の脳内では、何故旅団がアリスを探しているのか、知っていると言えばどうなるか、知らないと言えばどうなるか、この三つの疑問が瞬時に生まれ、計算されていた。

 「……俺を探している人でしょ?」

 「お前を…?つまり、お前がゴン・フリークスか」

 先に口を開いたのはゴン。彼自身もアリスのことが気になっているのだろう。少しでも情報を引き出そうとしている。

 「そうだ」

 「団長、話が見えないんだけど?」

 クロロとゴンの会話。そこにマチが疑問を投げかけた。

 「シャルがアリスを呼び出すそうだ。俺たちの集合場所であるベーチタクルホテルにな」

 「なるほど…そこを捕まえると」

 得心した様子のシズク。

 「けど、そのことがこのガキと何の関係が?」

 確かにその説明ではゴンの名前をクロロが知っている理由にはならない。ゴンとアリスに何の関係性も見いだせない。マチはそこも気になったようだ。

 「アリスはこの子供を探しているらしい」

 「へぇ…じゃあいい餌になるね、こいつ」

 「…何でアリスって人を探してるの?」

 次なる疑問はゴンから。

 「鎖野郎と繋がりがあるっぽいし。あとちょっと因縁、でいいのか?まぁそんな感じなのがあってね。そんなことより、あんたらアリスって奴のこと知らないのか?」

 「知らない…何で俺を探してるのかも」

 「ふぅん」

 ゴンからの返答を聞き、クロロの方を仰ぎ見るマチ。クロロは何の反応も返さず、しばらくゴンをじっと見つめたかと思えば、ベーチタクルホテルに向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 ―9/4 18:17―

 

 路地裏を抜け、センリツと合流したクラピカ。ゴンとキルアが旅団に連行されていく姿を見つめていた。その背中に声が降りかかった。

 「クラピカさん、センリツさん」

 「なっ!?アリス!貴様、何故こんなところにいる!?」

 声の正体はアリス。彼女はゴンが連れ去られたのを見て、一人での救出が困難と判断し、クラピカと合流することにしたのだ。

 「だってクラピカさんを尾行してましたから」

 あっさりと白状するアリス。尾行対象だった人物に尾行してましたと打ち明ける人間はそうそういまい。

 「アリス…そんなことをするために私にクラピカの居場所を聞いてきたの?」

 「はい。けどそんなことより、ゴン君の救出方法について考えましょう」

 二人の言う「そんなこと」は全く意味が違う。

 「…アリス、もう一度聞くが…お前の目的は何だ?」

 「くすくす。そうですね…今はゴン君の救出でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 ―9/4 18:41―

 

 「ふふ…よく似合ってますよ、クラピカさん」

 笑いを堪え切れない様子のアリス。彼女の目の前には、ホテルの受付に変装、もとい女装したクラピカがいる。彼はその笑い顔になかなか大きな殺意を抱いているようだが、ゴンとキルアの救出にアリスが必要だ、と自身に言い聞かせ、何とか怒りをセーブした。

 「……お前の役割はわかっているんだろうな?」

 「もちろんです。用意できましたよ」

 そう言って、アリスが取り出したのはボイスレコーダー。

 「では、お願いしますね」

 「おうよ。任せとけ」

 「頼んだぞ、レオリオ」

それをレオリオに渡し、ホテルに向かう彼を三人は見送った。

 「では、私たちも行ってくる」

 数分後。裏口からホテルに入るクラピカとセンリツを見届けて、アリスはホテルの外で待機することとなった。

 

 

 

 ―9/4 18:54―

 

 「何時だと思ってんだテメェ!?」

 レオリオの怒鳴り声がホテルのラウンジに響く。暗号の伝達の開始を意味する合図。

 「バーカ!ベイロークじゃねぇよ!!ベーチタクルホテルだよ!!」

 ソファーに座る彼にラウンジにいた全員が注目する。もちろんそれはゴンやキルアだけでなく、クロロやマチやシズクも。

 「お!?見世物じゃーねーぞコラァ!!」

 自分にできる最大限のプレッシャーを辺りに巻き散らし、威嚇するレオリオ。彼の内心は旅団にキレられませんように、という恐れ満載なのだが、これは仕方のないことだろう。

 「いいか!?目ェつぶんのは今回だけだ!!次ヘマしたらわかってんな!?よく聞けよ!七時きっかりだ!!それまでにホテルに来い!!」

 暗号の伝達は完了した。ゴンとキルアもしっかりそれを受け取った。暗号は「七時に停電する。目を瞑って備えろ」。

 

 

 

 

 

 

 ―9/4 18:56―

 

 「アリスって人、来ないですね」

 シズクが呟いた。敬語ということは独り言ではなく、クロロに話しかけたのだろう。

 「感づいたのかもしれんな」

 クロロが返答を返す。残念だが、それは間違いであった。アリスはSという人物が誰かなど興味がないし、もはや放って置く気満々である。Sの正体が誰かなど考えることもなく、彼女の中ではなかったことになっている。

 「フィンクスとフェイタンが取り逃がすような奴ですからね…頭の方も―」

 マチの言葉を遮るように、ホテルの入口の自動ドアが開いた。

 「パク達が来た」

 シズクのその言葉と共に彼らの前に姿を見せたのはノブナガ、パクノダ、コルトピの三人。スクワラを追っていた三人である。

 「お!?何だオメーらまた捕まったのかよ!?」

 マチに両腕を抑えられているゴンとキルアを見て、うれしそうに声を上げるノブナガ。親しげに会話するノブナガに対し、ゴンとキルアは作戦決行の準備段階に入り、会話の流れで自然に目を瞑った。

 「パク。アリスとかいう奴の情報を持っていないか、確認して」

 「OK。でもさっき―」

 「待て。その前に、こいつらをもう一度調べろ」

 「何を調べる?」

 「何を隠しているか、だ」

 二人の行動に不審を感じたクロロがパクノダに命じる。それと共にレオリオの流すラジオが時刻、七時一分前を伝えた。

 「無駄だね!」

 キルアが最後の一分の時間を稼ごうと懸命に話をする。だが、それも叶わず、パクノダに口を塞がれ、両手でそれぞれの体を持ち上げられた。

 

 七時まで残り四秒。

 「偽証は不可能よ」

 パクノダのその言葉と共に、レオリオのラジオが止まり、その影に置いてあったボイスレコーダーから少女の声が流れた。

 『夜、女は自ら、男とのつながりを全て断ち切った。』

 3

 「さぁ」

 2

 「質問よ。何を隠しているの?」

 1

 

 0



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案内役暗躍

日間ランキングに載ってる。

評価が高いと優先的に書いてしまう性。
だって人間だもの。




 ―9/4 19:00―

 

 停電。ラウンジが闇に包まれた。

 事前に目を瞑り、これに備えていたゴンとキルアは停電に動じることもなく、即座に行動を起こした。

 関節を外し、マチの拘束から逃れたキルアは自身を掴んでいたパクノダの腕を折り、自由の身に。ゴンはパクノダの顎を蹴り上げ、その衝撃にパクノダはゴンから手を放してしまう。キルアに脱出されたマチは、停電に乗じることが彼らの企みだったと気づく。その時、ふと、先ほど聞こえてきた言葉が頭の中で蘇った。

 『夜、女は自ら、男とのつながりを断ち切りました。』

同時にキルアがマチを蹴り飛ばす。吹き飛びながらもマチはゴンだけでも逃がすまい、と左手の念糸を手繰り寄せるが―――

 「何っ!?」

 糸は切れていた。ありえない、とマチの脳が叫ぶ。彼女の念糸はゴンやキルアに切ることができるほど軟ではない。念糸は長さと強度が反比例する。だが、目の前に立たせていた二人を拘束する目的のために、無駄に長い糸を作ったりももちろんしていない。

 「つながり…!!私の糸のことか!!」とマチは判断を下す。先ほどの声の仕業―能力だと。

 

 自身を縛る糸がなくなった感触を確かめたゴンとマチを蹴り飛ばした後華麗に着地したキルアは即座にその場を離れようと足を動かす。

 「ちぃっ!!」

 ノブナガが“円”を発動。周囲の状況を確認。自分たちから急速に離れていく影を認識。ホテルの入口へ駆けて行く二人を捕えようと足を動かし、手を伸ばすが――

 

「ぐっ!?」

 急に間に割り込んできた影によって攻撃を受けた。急な攻撃に対し“円”のおかげか、何とか反応し、両腕を使ってガードしたノブナガだったが、左腕を負傷。衝撃で後ろに下がってしまう。その瞬間。ノブナガの顔面に向かって飛んでゆく投げナイフ。

「っつ!!」

絶妙な攻撃。だが、“円”を使ったノブナガは何とか頭を右にずらすことで回避。ノブナガの頬にかすり傷を負わせたナイフは彼の背後にあった柱に突き刺さった。

 

 もうそこにはクロロの姿はもちろん、ゴンやキルアの姿もなく、ノブナガを強襲した影が残した笑い声の残滓だけがあった。

 「くすくす」

 

 

 

 

 

 ―9/4 19:03―

 

 「あれ?団長は?」

ゴロゴロ。雷。停電で暗闇に包まれたラウンジを照らす。

 そこにいたのは幻影旅団のメンバーたち。ノブナガ、マチ、シズク、パクノダ、コルトピの五人。団長クロロと捕えていた二人の子供の姿はない。一瞬の沈黙の後。真っ先に口を開いたのは、ノブナガだった。

 「くっそがぁぁぁぁ!!」

 ラウンジにいる人間全員に聞こえるほどの大声。彼の頭の中には、クロロが捕まり、子供二人を逃がしたことに対する怒りと悔しさ。そして耳にこびりついたあの笑い声が離れない。

 ―くすくす―

 ノブナガを蹴り飛ばした影の声。その可愛らしい笑い声が、まるでノブナガを愉快な馬鹿だとでも言っているかのように彼には聞こえた。

 「そうかよ…あいつがアリスか……絶対に殺す!!」

 ノブナガは怒りに声を震わせる。他の面々も同じような心情のようだが、取り乱したりする者はいない。彼らは、幻影旅団。トラブルが起こっていちいち取り乱すような者はいない。

 「おい!追うぞ!!」

 「待って」

 大きな声を上げるノブナガを静かに静止させたのはシズク。彼女はナイフに括り付けられていた手紙を手に持ち、他の四人に見えるように差し出した。

 「たぶんパクに」

 パクノダに手紙が渡る。その時、パクノダの能力が発動。彼女は対象に接触することで、その記憶を読み取る能力があるが、これは物に宿った記憶を読み取ることも可能とする。一種のサイコメトリーである。その能力がパクノダにクロロが連れ去られたシーンを見せつける。

 ホテルの受付に変装したクラピカ。彼が鎖でクロロを捕えている。

 

 『二人の記憶。話せば殺す。追ってきても殺す。』

 パクノダは考える。クラピカたちの計画。七時の停電に合わせて、クラピカたちがどうやってこれを立てたのか。一時間ほど前に決まった集合場所。綿密な計画をあらかじめ立てておくのは不可能に近い。未来予知ができる能力者の仲間でもいれば別だが、彼女にもはや能力はない。ゴンたち、そしてスクワラから読み取った記憶では、そんな仲間は他にいなかった。

 そして。以前、鎖野郎=クラピカという図式がゴンたちから読み取れなかったのは、クラピカが自身の能力を彼らに教えていなかったからに他ならない。

 このことからパクノダは、クラピカは理知的で頭の回転が速い冷徹な秘密主義者と推測。メッセージを無視すれば、クロロは殺されるだろう。そして、彼らにはそれを確かめる術もある。

 

 「記憶…見られてるか、聞かれてるか…パク、あんたはこれから一言も喋るな」

 マチの言葉にパクノダはコクリと首肯を返す。

 「どうする?」

 「…一度体制を立て直そう。他の班に連絡を」

 ノブナガとマチが電話をかける。相手はそれぞれシャルナークとフランクリン。

 「……シャルの奴は電話に出ねぇ」

 「あたしだ。すまない…団長が攫われた。子供にも逃げられた。…ああ、鎖野郎…それとたぶんアリスって奴だ…ああ、わかった」

 「フランクリンは何て?」

 電話を終えたマチにシズクが尋ねる。

 「三人はアジトに残るらしい」

 「え?何で?」

 「ヒソカの予言だ。『仮宿から離れるな』。ヒソカをアジトから出すわけにはいかないけど、どう人数を分けても単独行動になる」

 ネオンの能力を奪ったクロロが行った予言。ヒソカは本来の予言を自身の能力で改竄。『仮宿から離れるな』という部分は彼が自ら作ったもの。鎖野郎に狙われている旅団は現在、クロロの指示で絶対に単独行動はさけるように言われている。アジトから出れないヒソカだが、アジトにいる三人をどう分けても誰かが一人になってしまう。それを考慮した上での「アジトに残る」だ。

 加えて、向こうにアジトの場所を知られているということは離れた隙に罠を仕掛けられたり、アジトに残ったメンバーを襲ってくるという可能性もあるからという理由もある。

 「なるほど…で、シャルの班はどうする?」

 「…何かあったのかもね」

 心配を含んだようなマチのその呟きをかき消すように、携帯の着信音。

 

 発信源は、パクノダのポケットの中。彼女の携帯。携帯を取り出し、発信者をディスプレイで確認したパクノダ。

 「…団長の携帯からよ」

 クロロの携帯から。しかし、クロロは鎖野郎―クラピカに攫われた。彼を縛るのは旅団一の力自慢だったウボォーギンでも脱出不可能な鎖。こんな短時間で自力で脱出しているわけはない。ならば、この電話の相手、一番可能性が高いのはクラピカということになる。

五人は同じ結論を頭の中で出したのだろう、一瞬顔を見合わせた。そして、パクノダが通話ボタンを押した。

 「はい」

 

 

 

 

 

 ―9/4 19:04―

 

 「あらあら?間違えました」

 ヨークシンの路地裏。逃走経路としてあらかじめ準備しておいた経路。アリス、ゴン、キルアの三人がそこにいた。クラピカたちはクロロを連れて車で移動している。何故彼女たちも車で逃げなかったかと言えば、車を用意する暇がなかったという理由。そして、レオリオとクラピカ以外に運転できる人間がいなかったという理由からだ。

 逃走手段が「走る」以外になかったために、出来る限り入り組んだ路地裏を選択したことが、裏目に出た。

 

 「見つけたぜ」

 「運がいいね」

 「へーそいつがアリスか…って何であいつらがいるんだ?」

 集合場所からホテルに向かってきていた三人―フィンクス、フェイタン、シャルナークである。片方にとっては最高の、もう片方にとっては最悪のエンカウント。この状況下では、なおさらその意味も増すだろう。

 「お久しぶりですね。またお会いするとは…運命でしょうか?」

 「くくく…そうかもな」

 アリスはあくまでも笑顔を張り付けたポーカーフェイス。対するフィンクスも何故か笑顔だ。

 「おい!あんた、こいつらと知り合いかよ!」

 アリスの後ろにいたキルアが声を上げる。その声に反応したのはアリスではなく、フィンクスだった。

 「あ?何だ、お前ら。何でこんなとこにいる?」

 今気づいた、という風。というよりアリスしか見えていなかったのだろう。

 「団長たちに捕まったって聞いたけど?」

 まさか逃げてきたのか、というシャルナークの言葉と共に三人のプレッシャーが増大する。膨れ上がる殺気に恐れるゴンとキルア。その向こうでは、シャルナークの握りしめた携帯が着信を示している。

 アリスはこの状況下、戦闘は不可能と判断した。二人の足手まといを連れて、旅団を三人相手にするのはクラピカやクロロであっても土台無理な話だろう。

 

 アリスはちらと後ろの二人を見て、声を発することなく「逃げます」と口を動かした。小さな頷きで了解の意を示した二人。アリスはそれを確認すると、再び顔を三人の方に向け、にっこりとほほ笑む。

 「ええ、ええ。今、私たち逃げている最中なんです。だから、逃げますね」

 そう言って、本を取り出そうとする素振りを見せた。その瞬間。動き出す五人。ゴンとキルアは来た道を全速力で戻り、逃走。旅団の三人は彼女の能力を封じようと―本を読ませまいと迫ってくる。

 

 「ふふ」

 それを見て、笑みを深くしたアリス。本を取り出したと同時、その本を三人に向かって勢いよく投げた。

 「「なっ!?」」

 ご丁寧に念で強化された本を投げつけられ、言葉で驚きを表すフィンクスとシャルナーク。フェイタンも声にはしないが、同様の気持ちを抱いた。まさか自身の念能力の媒体を自ら捨てる奴がいるとは、と彼らにしても思いもしなかったからだ。

 「『猫の道案内。従っても従わなくても。どっちにしても違う道。』」

 口を開くと同時。踵を返し、撤退。ゴンとキルアを追い、駆けだすアリス。黒のドレスが闇と同化し、金の髪が複雑に入り組んだ路地裏に消えていく。

 「ま――」

 

 「こっちだよ。こっちだよ」

 

 

 

 

 ―9/4 19:05―

 

 車内。エンジンと窓の外から聞こえる幽かな喧噪。四人の人間を乗せ、向かうは空港。息の詰まる雰囲気の中で最初に口を開いたのはクラピカだった。

 「大丈夫だ。敵の何人かは痛手を負った。加勢が来るまで動くまい」

 ちらちらとバックミラーやサイドミラーで後ろを気にするレオリオを安心させるように。

 「何を見ている?」

 そして。クラピカが次に発した言葉は先ほどとは対照的。

 「いや…鎖野郎が女性だとは思わなかった」

 クロロは鎖で囚われ、自身の命の危機であるにも関わらず、落ち着いた様子。

 「……私がそう言ったか?見た目に惑わされぬことだ。それより発言に気をつけろ。何がお前の最後の言葉になるかわからんぞ?」

 「ふ…俺を殺すならもう殺している。俺には何かしらの利用価値があるんだろう?」

 「……」

 クロロの利用価値。餌。団長であるクロロを殺すことは旅団に多大なるダメージを与えることは間違いない。もしかすると旅団を解散させることすらできるかもしれない。

 だが、今回のクラピカのターゲットは自身の弱点を含むあらゆる情報を有するパクノダ。彼女をどうにかしておかないと、自身の危険度は増す。パクノダ、そしてその後のクロロ。

パクノダをおびき寄せるための餌として、クロロは生かしている。クロロとしても自身が他のメンバーをおびき寄せるための餌として生かされていることは、可能性の一つとして気づいているのだろう。

 「…何なら今この場で殺してやっても構わないが?」

 「それはないな。あの娘の占いでは、俺は少なくとも今月中は死なない」

 「あの占いはあくまで予言だ。行動によってはどう転ぶかはわからないぞ」

 ネオンから能力の詳細を聞いたクロロはそんなことは知っている。そうでなければ、彼女の能力を奪えなかったのだから。

 「そういえば、この状態はあの予言には書いていなかったな」

 「……何が言いたい?」

 「この状態は予言するほどのこともない、とるに足らない出来事というわけだ」

 「――貴様!!」

 「落ち着け!クラピカ!!」

 「くっ」

 レオリオに窘められ、何とか気を落ち着かせようと努力するクラピカ。

 クロロの挑発。クラピカを揺さぶり、何かしらの情報を得るつもりなのか。そもそも死んでもいいと思っているのか。動揺を全く見せないクロロの心中はクラピカには予想もつかなかった。

 

 クロロから奪い取った携帯を手にし、クラピカは電話帳からパクノダの名前を捜索し、電話をかけた。

 「――はい」

 通話口から聞こえるパクノダらしき女の声。

 「いまから指示を出す」

 冷徹な声で、クラピカはそう告げた。

 

 

 

 ―9/4 19:11―

 

 「あ、もしもし?俺だけど…うん…それがちょっと困ったことになっちゃってさ、合流するのに少し時間がかかりそう……え?鎖野郎からの指示?今?…わかった。出来るだけ早く行くようにする」

 「ノブナガは何だって?」

 「今、パクノダが鎖野郎と会話中。何か指示出してるみたいだってさ」

 「っち…調子乗りやがって…どいつもこいつも鬱陶しい」

 イライラを隠せない様子のフィンクス。それも仕方のないことだろう、アリスに一度コケにされ、団長クロロは拉致され、そして先ほど再びアリスを取り逃がした。原因の三分の二を担っているアリスに彼の怒りの矛先のほぼ全てが向かっていることは、仕方ないことではないだろうが。

 

 「さてと…どうやってここから脱出するかだね」

 うんざりした風にも楽しげな風にも聞こえる声。シャルナークは十字路の真ん中からすべての道を一通り一瞥した後、自身の目の前に浮かぶシャム猫に視線を固定した。

 「どっちの道だい?」

 「こっちこっち」

 そう言ってシャム猫はシャルナークの右手の方の道を前足で指し示した。

 「あっちか」

 「…どうせまた嘘だろ?」

 「無視しても無駄だけどね」

 猫の指示に従っても従わなくても、彼らは路地裏から脱出できない。

 

 『猫の道案内。従っても従わなくても。どっちにしても違う道。』

 アリスの言葉が彼らの頭の中でリフレインする。

 「本を読む必要はなかったみたいだね。ダミーか」

 「……それは…すまん」

 「いや、多分俺も初見なら騙されていただろうし、気にしないで」

朗読。アリスの能力の発動条件だと思っていたが、違ったようだ。本を投げ捨てても、彼女の能力は発動している。

 「何の変哲もない、ただの本だね」

 アリスが持っていた本をパラパラと捲って中を確かめる。だが、本当に「ただの本」だ。

 「具現化系…言霊?いや…強力すぎるな…」

 「何だ?その言霊ってよ」

 考え込むシャルナークにフィンクスが尋ねる。

 「言霊っていうのは、ジャポンっていう極東の国にある信仰みたいなもの。簡単に言えば…発した言葉が現実になるっていう考え方かな」

 「おいおい…朗読より何でもありだぜ?それ」

 「うん…そうなんだけど、可能性は捨てきれないね」

 言霊。念能力としては強力すぎる。それを使うためにどれだけ強い制約をかけなければいけないか、想像もつかない。

 

 

 「う~ん……」

 悩みに悩むシャルナーク。

 そんな彼をよそに他の二人は猫を見ながら

 「こいつ殺したらいいんじゃねぇのか?」

 「無駄だろうね。そんな簡単にいくとは思えないよ」

 「だろうけどよ…一応やってみっか――おら」

 「……生き返ったね」

 「……生き返ったな」

 

 「う~ん……」

 シャルナークはどうもアリスの能力が気になるようだ。最初にフィンクスとフェイタンから聞いた情報では、「本を読むことで、読んだ内容が具現化した」という旨を理解した。しかし、今回は「本を読むことなく、口にした内容が具現化」している。

 このことから先ほどシャルナークが言った「言霊」がアリスの能力である可能性がかなり高い。もしそうなら問題はその発動条件や制約だ。何の制限もなく発動できるなら「死ね」と言えばよかった。だが、アリスが口にしたのはまどっろっこしい文言。

 「言葉の選択に制限があるのか…?」

 アリスの本を読み始めるシャルナーク。タイトルは「美少女と怪物」。活字で印刷された文字に目を通していく。

 本の内容は美しい少女に恋をした醜い怪物の話。怪物の正体は悪い魔女によって姿を変えられたとある国の王子で、その外見に囚われず少女と怪物は愛し合う。最後、二人は少女の美しさに嫉妬した魔女に襲われ、怪物は少女を守って魔女ともども死ぬ。

 「猫は出てこないみたいだな」

 全てを読んだわけではないが、どうにも猫は登場していないようだ。本に書かれていれば、読まなくてもいいのかもしれないとシャルナークは考えた。とすれば、他に本があったのかもしれないとも。

 「…あーわかんねー!とりあえず脱出方法を考えるか!」

大声を上げて、降参の意を示したシャルナーク。残りの二人はもはや考えることすらせず、地べたに座り込んで休憩している。

 

 「どっちの道だい?」

 「こっちこっち」

 シャルナークの質問に先ほどと全く同じ道を前足で指し示すシャム猫。じっとシャム猫を観察してみるシャルナークだが、何の変哲もないただのシャム猫だ。

 「殺しても復活したんだよな?」

 「ああ」

 シャルナークが気になっているのは、シャム猫から念が感じられないということ。だが、普通の猫は喋ったり、宙に浮く能力など備えていないし、復活もしない。

 「…フィンクス、フェイタン、前にアリスが出した怪物に念は感じられた?」

 「あん?そういえば……念は感じなかった気がするな」

 「…ワタシもね」

 念が感じられない。つまり、怪物も猫も念獣ではないということ。だが、それは――

 「どういうことだ?」

 わからない。怪物と猫が念獣でないということは、彼らは実際に存在する生き物ということになる。シャルナークは怪物のほうは見ていないから何とも言えないが、猫のほうはこんな生き物いるのか、と疑問を持ちたくなってしまう。だが、もしいるとするなら…

 「転送系の能力?」

 それでこの状況が説明できるか、と問われれば否。

 「はぁ…どうするかなー」

 溜息を吐きたくなってしまうのも仕様がない。緊急事態なのに薄暗い路地裏をウロウロしているだけでは、気も滅入るだろう。

 「いっそのこと壁やら建物やらぶち壊して行くか?」

 我慢の限界だったフィンクス。どこかの少年のようなことを言い出した。それもいいかも、と思ってしまった頭脳班の青年。だが、フィンクスの次に発した言葉で状況が変わった。

 「もうこのニヤニヤしたクソ猫の顔を見るのも鬱陶しいぜ」

 「え?」

 ニヤニヤした猫?そんなものはシャルナークには見えない。彼の目に映るのは至って普通のシャム猫だ。

 「……フィンクス、どんな猫だ?」

 「あん?」

 「案内役の猫はどんな猫だ?」

 「…何て言うんだ?雑種?そこいらにいる普通の猫だ。ニヤニヤ笑ってやがるのを除けばな」

 「フェイタンは?」

 「普通の黒猫ね。笑てはいない」

 「……なるほど…なるほど!そういうことか!!」

 アハハハ、と突如笑い出すシャルナーク。あまりに突然で他の二人は何が起こったかわからず、呆けてしまう。シャルナークは「いや!面白い能力だ!」やら「これは気づかない!」やら言って一人ではしゃいでいる。

 「お、おい!どういうことだ!?」

 しびれを切らしたフィンクスがシャルナークに声をかけるが、何がそこまで愉快なのか、シャルナークは涙を流し、笑っている。

 「あ、ああ、ごめんごめん…とりあえずここから脱出しよう。話はあとで」

 そう言って、シャルナークは携帯とアンテナを取り出した。

 



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繋がるピエロと繋がらない思惑

次話くらいでヨークシン編は終わりだと思います。

アリスの能力は次回、正体は今回でわかるかなと。多分。
まだストレートには書いていませんが、察しのいい方なら。多分。


 9/4 19:09

 

 

「はい」

「いまから指示をだす」

 ホテルのラウンジ。そこにいる数人の男女。その中の一人、すらりとした容姿の女性が携帯を手にし、連絡をとっている。他の者はその内容を聞き取ろうと聞き耳を立て、静かに立ち、女性を凝視している。

 女性―パクノダの通話の相手は冷徹さが滲み出る声で会話を進めていく。

「お前らのリーダーの命はこちらが握っていることを肝に銘じて聞け。まずは離れた場所に移動しろ」

 そう命じられたパクノダは、仲間とアイコンタクトをした後、ラウンジの二階に一人足を進めた。

「移動したわ」

「スクワラという男と接触したか?」

「ええ」

「では、こちらにセンリツという能力者がいる記憶は引き出したな」

「……ええ」

「ならば話は早い。偽証は不可能だ、よく聞け――」

 

 

 

 

 9/4 19:14

 

「あんのクソアマァ……マジで殺す!!」

 路地裏から大通りに足を踏み入れることができた三人。シャルナークの「操作」から解放されたフィンクスが自身の居場所を確認し、大声を上げる。その声に周りにいた人々は驚いたようだが、その発信源が変わった男たちだということに気付くと足早に過ぎ去っていった。

「とりあえず、ホテルに向かおう。皆と合流してからアリスの能力について説明する」

 周りの目など気にしていないのか、シャルナークが普段通りの雰囲気、いや少し嬉しそうに言った。おそらくアリスの能力の謎が解けたのが彼の心を弾ませているのだろう。心なしか満足げ。

 

 フィンクスとフェイタンもその提案に合意し、ホテルへのあと少しの距離を埋めようと歩き出そうとした。そのとき。

「あれ見るね」

 そう言ってフェイタンが、ついと指を人ごみの中に向けた。その先には一人の女性。

「あれ……パクノダ?」

「だろうな」

 自分たちの仲間。他のメンバーと一緒にいるはずのパクノダが一人で歩いている。

 おかしい――三人の心は一致した。

「ノブナガに連絡してみる」

「おう。フェイタン」

「わかたね」

 シャルナークが愛機を取り出し、ノブナガを呼び出す。残りの二人はパクノダを見失わないように、人ごみに鋭い目を向けた。

「あ、俺。うん、今さ、パクノダが一人で歩いてるんだけど、どういうこと?え?鎖野郎からの指示?うん、うん……アジトに?うん……ちょっと待って。フィンクス、フェイタン」

 電話から一度、耳を話したシャルナークが二人に話しかける。

「あん?」

「何か鎖野郎からの指示らしいよ。パクノダと会うんだって、他の奴らは全員アジトに戻ってるらしい」

「何だそりゃ?」

「ありえないね」

 シャルナークがそう言うとフィンクスとフェイタンは不機嫌さを隠しもせず表に出して、答えた。彼らにとって信じられないのは仲間のうち、誰もパクノダを追いかけていないということ。鎖野郎にパクノダが会うなら、彼女を追えば鎖野郎にも攫われた団長にも会える可能性が高いのにも関わらず。

「……どうする?」

 シャルナークも同意見なのだろう。相手の指示に従うことは得策ではない、と思っているようだ。この疑問の答えの予想もついているのだろう。

「そんなもん決まってんだろ――パクノダを追う」

 

 

 

 

 

 9/4 19:15

 

「追ってこないね……」

「どうにか逃げ切ったか」

 雨の音でその激しくなった呼吸音が消える。肩で息をしながら、ゴンとキルアは自分たちが走ってきた道をじっと見つめるアリスを見た。。

「……あんた、結局何者なんだ?」

 キルアが疑問を口にした。実は一度、ホテルから逃走する時に同じ質問を投げかけてはいるのだが、適当にはぐらかされた。その後。何とか情報を得ようと会話をしている最中に旅団の三人に遭遇したのだ。

「くすくす、アリスと自己紹介したと思いますが?」

 キルアにはその答えがどうにも自身を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。整った顔に張り付いた笑顔のせいか。上品な笑い声のせいか。

彼には「まさかこの短時間で忘れたと?一体どんな愉快な頭をしているのか、非常に気になります」というセリフが追加で聞こえた気がしたらしい。

「何で俺を探していたの?」

 キルアとは違い、アリスの態度に全くの怒りを抱いていないゴン。アリスの目をしっかりと見て、質問。

「そうですね……あなたに私のおもちゃ箱に来て頂きたかったから、とでも言いましょうか」

「おもちゃ箱?」

「何だそりゃ?」

 アリスの含みのある答えにますます混乱する二人。「アリスのおもちゃ箱」と言われても二人にはピンと来ない。

「招待状はお渡しませんが」

「はぁ?何だそれ?」

 じゃあどうやって行けばいいのか。どこにあるのかも、どんな場所なのかも全くわからないのに。

「くすくす」

二人が首をかしげて悩んでいる姿を見て、アリスは愉快そうに笑う。

その時、アリスの携帯が震えた。アリスがメールを開く。白く細い指が忙しなく動く。どうにもメールを打っているようだ。

「――では、行きましょうか。あなた方をクラピカさんにお渡ししないと」

 指を止めるとアリスはパタンと携帯を閉じ、そう二人に言った。

さきほどの話。情報が少なすぎて彼らには答えなど出せるはずもない。それはアリスも承知の上。いくら解答時間を設けても無駄。だが。アリスはそんなことは言わない。ただ少年たちに声をかけ、約束通りクラピカの元に送り届けるため、彼の待つリンゴーン空港へ向かった。

 

 

 

 

 9/4 19:16

 

 

「四人が戻るそうだ。フィンクスたちは連絡が取れないらしい」

「大丈夫なのか?」

「……嫌な予感がするな」

 幻影旅団のアジト。三人の男が冷たい瓦礫の山に腰を下ろしている。

携帯でノブナガからの報告を受けたフランクリンは他の二人―ボノレノフとヒソカにそれを伝え、すぐに黙った。無口な彼らが集まっても会話が弾むこともなく、雨音と雷鳴が暗いアジトに響くだけ。

 そんな中。ヒソカは一人悩んでいた。自身が予言を改竄したことで動きを縛ってしまった彼。加えて、彼がアジトを離れればクロロが死ぬ可能性が高い。クラピカの情報収集能力はそこまで高くはないが、万一バレればクロロは死ぬ。ヒソカの目的であるクロロとの殺し合いが達成できそうな好機ではあるが、うまく動けないジレンマ。

 それを解決するための策が彼にはあった。携帯でメールを打つ。二通。一人は友人の暗殺者に。そして、もう一通はゴン・フリークスの情報を求めていた少女に。

 

 

 

 

 9/4 19:21

 

 

「あいつら……まだ連絡が取れねぇ!」

 苛立った様子。ノブナガの声。通りを歩く四人。本来は七人でないといけないのだが、三人に連絡がつかない。三人のうちの二人は携帯を切っているようだ。

「シャルは無視だね」

 能力の発動に携帯が必要なシャルナークが電源を切るはずはない。電話をしてみても呼び出し音は鳴る。無視しているのだ。

「まずいね……あいつらのことだからパクを追ってる可能性が」

 高い。いや、かなり、高い。アジトにはパクノダを除く全員が帰るようにと指示を受けた彼ら。団長クロロの命を考え、彼らは鎖野郎からの指示に従うことにした。だが、残る三人はどうか。苛烈な二人はクロロの命を二の次にしてもおかしくはない。シャルナークはどう判断するかはわからないが、連絡がつかないということは二人の案に乗ったのだろう。

「どうするの?」

 シズクが静かに尋ねる。全員でアジトに戻る必要がある。だが、それは難しい。このままでは団長クロロが死ぬ。だが、どうすればいいのか。

「……アジトに戻る。どちらにしろ俺たちにはパクの行先がわからねぇ…三人には電話し続けよう」

 パクノダを見送った彼らは彼女が何処に向かったか知らない。行先に関しては鎖野郎がパクノダのみに指示をしたからだ。そして、すでに別れたあとでは追うこともできない。彼らは三人の行動が悪い方向に向かわないように祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 9/4 19:49

 

「クラピカ!!」

「ゴン!キルア!無事だったか!!」

 リンゴーン空港に停まっている飛行船。その中でゴンたちとクラピカは再会した。嬉しげに笑う少年二人。そしてアリスの知る限りはクールな一面しか見せなかったクラピカも顔を綻ばせている。彼は仲間が関わると普段の冷静さが失われるようだ。とアリスは感じた。彼女は三人から一歩下がったところでその様子を眺めている。その顔にいつもの笑顔はない。

「ご苦労だったな、アリス」

 クラピカがアリスに声をかけた。アリスとしては「ゴンに死なれては困る」という単純な理由で救出作戦に参加したに過ぎない。

「いえいえ、お二人が無事で良かったですね」

 アリスにとってはキルアはどうでもいい存在だ。ゴンを救うためにキルアを生贄にする必要があるなら、間違いなくそうしていた。

 無論。そんなことを口にする必要は全くないし、ただでさえ不審に思われているイメージを悪い方向に加速させるのはあまりよくない、と判断したアリスは優しげな微笑みを携えてイメージアップを図る。

「あぁ、お前がいなければ二人の救出かリーダーの確保かどちらかしかうまくいかなかっただろう」

 クラピカの発言を聞いたアリス。彼の背後で佇む影に目を向けた。鎖に縛られ、顔を腫らした青年が自身を見ている。自身の何が彼の興味をそそるのかはわからないが、とりあえずその視線にニコッと笑みを返すアリス。青年―クロロは彼女をじっと見たまま。

「……もうすぐ旅団の一人が来るが、お前はどうする?」

 ゴンの救出に成功したアリスはパクノダと会う必要性はないだろう。そんな考えを抱きながらもクラピカはアリスに尋ねた。

「そうですね……事が落ち着くまで私もここにいます」

 アリスは雨の降る外を窓から眺めて、そう答えた。

 

 

 

 

 9/4 19:51

 

 

「来たぞ!!」

 窓の外にパクノダらしき影を見つけたキルアが声を上げる。ゴンとクラピカは外に目を遣り、その姿を確認。

「待って!!」

 飛行船に向かってくる人物がパクノダだと認識した三人の背後から声がかかった。センリツが焦った様子で耳に手を当てている。三人は彼女の方に目を向ける。

「……足音が多いわ」

 外を見れば、パクノダの背後から三つの人影が迫っていた。

 

 

「待てよ、パクノダ」

 仲間に声をかける。そのこと自体は何ら不思議でも悪でもない。しかし。この状況下において、パクノダにはそのことをした仲間が酷く憎く思える。

「何で……何で来たのよ!?」

「そりゃお前、鎖野郎をぶち殺すためだろうが」

 ヒステリックに声を荒げるパクノダ。対して、彼女を追跡してきた三人はその姿に動じることもなく、普段と変わらない様子に見える。

パクノダは歯を食いしばり、どうやってこの状況をうまく纏めればいいか悩む。飛行船からこの場所は丸見えだ。となると鎖野郎に三人が自分を追ってきたことはバレている。

 

 ――指示に従わなければ殺す

 

 今。命令に背いた。ならばクロロが殺される。

 パクノダは振り返り、飛行船に目を向ける。

 何のアクションもない。鎖野郎からの連絡もなければ、飛行船が飛び立つということもない。何故、とパクノダは不思議に思った。

「鎖野郎はあん中だろ?」

「殺すね」

「――待って!!」

 フィンクスとフェイタンが飛行船に向かって歩く。どうするべきかの答えは出ていなかった。だが、状況がわからないのに勝手に動かれるのは困る、とパクノダが静止の声をかけても二人は止まらない。

「シャルナーク!!」

「二人ともちょっと待って」

「あん?」

 パクノダが二人の後ろをゆっくりと歩いていたシャルナークの名を呼ぶと、シャルナークは二人の足を停止させた。だが、これはパクノダの願いを聞いたわけではない。

「あれ」

 真っ直ぐに。飛行船の向こうを指さす。飛行船を挟み、対称の位置。

「あ?……ヒソカ?」

 携帯を耳に当てたまま佇むヒソカがいた。

 

 

 着信。携帯。クラピカがパクノダに電話をしようとそれを取り出した瞬間。まるで狙ったかのように震えた。発信者は、ヒソカ。

「……はい」

 少しの逡巡を見せたが、クラピカは通話ボタンを押した。ゴンたちは何故フィンクスたちがいるのか、何故ヒソカが今電話をかけてきたのかを考えている。アリスは窓に近づくとガラスの向こうにいるフィンクスらの姿を見て、少し微笑んだ。

「やあ」

気さく。ヒソカの第一声。

「何か用か?」

「つれないな、僕も混ぜてくれよ」

「何?」

 要点を得ないヒソカの言葉。一体こいつは何を言っているのか、とクラピカは怒り半分不思議半分に会話する。

「クラピカ……あれ」

 通話中のクラピカを呼んだのはセンリツだった。焦ったような表情でフィンクスたちの姿が見えるものとは反対側の窓を指さす。窓の奥、指の先。クラピカ、そしてゴンたちが目を向けると、ヒソカと目が合った。

 

「……何故お前がここにいる?」

 クラピカの疑問。彼の声には隠しきれない動揺がある。パクノダをおびき寄せ、彼女とクロロを始末すれば、彼の悲願の半分は叶う。その後、世界各地に散った仲間たちの目を集めれば全てが叶う。ゴンたちを救出し、クロロを捕縛し、パクノダを呼び出したところまではよかった。だが、イレギュラーが二つ。

「安心しなよ。影武者を置いて来たから。そんなことより、僕も飛行船に乗せてくれ」

 一つはヒソカ。いや、彼に関してはまだ予想できるものだったのかもしれない。彼がクロロとの決闘を望んでいたのはクラピカも知っていたのだから。

「おい!ヒソカ!!テメェ何でここにいやがる!!」

 問題はもう一つのイレギュラーだ。電話口の向こうからでも聞こえてくる大声。いつの間にかヒソカの元へ足を進めていた三人組。

 

「くっ」

 どうすればいい――クラピカは悩む。クロロを始末することは容易い。今ここで殺せばいい。だが、このままでは今回のメインターゲットであるパクノダを殺せない。もし万が一戦闘になっても勝てない。クロロを人質とする意味もないだろう。意味があったならそもそもあの三人組は現れていないのだから。

「クラピカ……」

 心配そうにゴンがクラピカの名を呼ぶ。クラピカは並ぶゴンとキルアに目を向け、すぐに逸らした。全滅。漠然とイメージが浮かぶ。

「とりあえず、全員中に入ってきてもらいましょう」

 そんなクラピカをよそに、自宅に友人を招待するようにアリスは言った。

 



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災難裁判

お久しぶりです。
ノスタルジーです。

活動報告にも書きましたが、八月から更新再開します。
どれだけのペースでいけるかは不明ですが。
ボチボチやっていきます。


 状況。十一人。飛行船の中はこれ以上ないくらいの緊迫。緊張。ピリピリとした雰囲気が辺りを包んでいた。

「お前が鎖野郎だな」

 クラピカを睨みつけ、フィンクスは言う。彼の隣にはフェイタンとシャルナーク。離れた位置にパクノダとヒソカが立っている。

「……そうだ」

 対するクラピカ。彼の頭にはこの状況をどう打開すればいいか、という問いがグルグルと回っている。答えは出ない。周りにいるアリスやゴンらは黙ったまま。

「とっととお前を殺して終わりにしようや」

 フィンクスは両の拳を突き合わせる。戦闘準備。万端。フェイタンとシャルナークも。

「ま、待って!!」

 その様子を見て焦ったように声を上げるパクノダ。クロロの救出を最優先にしていた彼女。このままではクロロがどうなるかがわからない。いや、きっと死ぬ。そう判断したのだろう。

「うるせぇよ、パクノダ。ノブナガたちもそうだが、お前らは蜘蛛を殺す気か? あ?」

 仲間であるはずのパクノダを敵を見る目で睨むフィンクス。

「くっ」

 蜘蛛を殺す――その言葉の意味はパクノダもわかっている。選択を間違えれば、蜘蛛が瓦解するほどの損害を被るかもしれない。クロロの命が失われることより、それは避けなければならない。

 だが、パクノダはクロロの命を捨てるほど非情にはなれない。理性と感情がせめぎ合う。

「はいはい。お取込み中のところ申し訳ないですが、少しよろしいですか?」

 そんなパクノダの葛藤を知ってか知らずか、アリスの軽い声を発した。

 

「あ? なんだよ? テメェも後でぶっ殺すから覚悟しとけ」

「くすくす…そんなことはどうでもいいではないですか。今はこの状況をどう動かすか。それが問題でしょう?」

「お前らを皆殺しにして終わりね」

「ほうほう、あなた方は団長さんが死んでも構わない。そう仰るんですね?」

「蜘蛛のためだ。最後に団長が生きてたら儲け。死んでても構わねぇよ」

「ふふ……そうですか、そうですか」

「何がおかしいね?」

「私はまだ死にたくありませんし、目的も果たしたい。ですので、この場は私たちが頂ます」

 

 

 

 アリスの言葉が皆の耳に入った瞬間。動き出した人間が二人――アリス。そして、ヒソカ。

「――ぐぁっ!?」

 アリスが近くにいたキルアを蹴り飛ばした。あまりに急な、予想外の事態。自身より技量が上の人間からの奇襲にまともな防御など出来るはずもなく、キルアの身体が宙を舞った。

「なっ!?」

 誰の言葉か。驚きを表す。

 宙に舞うキルアは場の真ん中、そこから飛行船の中心に近い場所に飛んでいく。何とか受け身を取ろうと身を捩ったキルアだったが、その目に映ったのは――自身に迫ってくるヒソカの姿だった。

「ナイスパス」

「ナイスキャッチです。ヒソカさん」

 そして。ヒソカは飛んでくるキルアをキャッチし、いつの間にか隣に移動していたアリスはそれを褒め称える。

 こうして。場は動き、三つ巴。

 

 

 

「どういうつもりだ! アリス!!」

「ヒソカ……お前何をするつもりだ?」

 クラピカとシャルナークが驚きと疑問。それぞれ配分が違う。他の面々も声にはしないが、同じような心。皆の視線が笑い顔を携える二人に注がれる。

「くすくす…言ったでしょう? 私は生きたいし、目的も果たしたい、と。そのために行動しているに過ぎません」

「ボクも似たようなものだね」

 アリスはクラピカへ、ヒソカはシャルナークへ。返答を返す。

「……お前の目的は何だ?」

「ここで話すようなことではありませんよ。それより、ほら、皆さん。楽しい楽しいお喋りを始めましょう?」

 笑う少女。笑うピエロ。

 

 

 

「まず、それぞれの希望を発表しましょう。はい、ではクラピカさん」

 急に場をしきりだすアリス。手のひらをクラピカの方に向け、発言促す。展開の速さについて行けない面々。アリスとヒソカ。二人がどういう関係か、いつから繋がっていたのか。疑問は尽きない。

「……ふざけるな。早くキルアを放せ」

「そうだ!! キルアを放せ!!」

 それでもかろうじて冷静さを見失わずにいるクラピカ。いや、すでに激昂していてそれを何とか抑えている。ゴンに関しては何が何だかわかってはいないが、とりあえず友人がピンチというくらいしか認識していないだろう。

「あらあら…困りましたね。会話のキャッチボールをしていただかないことには話が進まないのですが……仕方ありません。先に私たちの希望を発表することにしましょうか。ね? ヒソカさん」

「そうだね。どうも彼は頭に血が上っているようだし、落ち着くための時間が必要だろう」

 アリスとヒソカの悠長な会話がクラピカの怒りが加速させる。それでも仲間が人質に捕られては迂闊に動けない。キルアはヒソカの拘束に逆らうことなく、顔を青くしたまま黙っている。

 

「私の希望は私とゴン君が無事に生き残ること。それ以外の方はどうなっても構いません」

「ボクは自分とクロロ、そして出来ればゴンたちにも生き残っていてほしいね」

 希望。それを聞けば、察しが良い者には彼らがこれからどうするつもりかわかったようだ。

「なるほど。お前たちはこの場をお前たちに都合のいいような形で治めようとしているわけだね?」

 シャルナークがその解答を発表する。

「あ? そんなうまくいくと思ってんのか? 少なくとも俺たちは今、この場でお前たちを殺せるぜ?」

 キルアはクラピカたちに対する人質だ。フィンクスらには何の効果もないどころか、足手まといが増えただけだろう。

「ふふ、きっとあなた方にも利がある話だと思いますが?」

「…なに?」

「誰も欠けることなく、団長を救出できるかもしれない、か?」

「ええ」

 シャルナークがアリスの含みを掬い取る。

「ここで戦闘をすれば、団長さんとキルア君は確実に死にます。おそらく生き残るのは旅団の方が…二名といったところでしょうか」

 アリスの予想。シャルナークとクラピカは正しい、と感じた。

 

 今、戦闘を行えばアリス&ヒソカ組のキルアは彼らにとって邪魔だ。キルアを捕えたままでは旅団員との戦闘は不可能。ならば即座に殺すだろう。パクノダとシャルナークは旅団といえども直接戦闘を得意とするタイプではない。アリスとヒソカには負けるだろう。とは言っても、四対二ならばアリスたちに勝ち目はない。だが、クラピカがいる。クロロはパクノダ以外には人質として成立していないのだから不要。殺して戦闘に参加するだろう。仲間を殺したアリスとヒソカを狙うか戦力差と復讐を考えて旅団を狙うかは彼次第だが、乱戦を生き残れるのはおそらく旅団員四人のうちの二人ほどだろう。

 

「では、旅団の方々の希望を聞きましょうか」

 アリスがシャルナークを見て、言う。今までの会話から彼らの頭は彼だとわかっているのだろう。

「そうだね……団長の解放、鎖野郎の抹殺、俺たちの安全。一通り並べるとこんな感じかな」

 少し考え込む素振りを見せた後。シャルナークは答えた。

「しかし、その三つが全て十全に叶えられなくてもいいのでしょう?」

「う~ん……最優先は蜘蛛が生き残ることだからね。そこが守られれば」

 蜘蛛を優先するということはクラピカを殺せなくても、許容できる範囲があるということ。

「おい、シャル……テメェはこいつの妄言を聞くつもりか?」

 今まで黙っていたフィンクスが口を開いた。彼にはどうしてもアリスが信用できないのだろう。同じ旅団の仲間であるはずのヒソカもだろうが。

「蜘蛛のことを一番に考えるなら戦闘は賢い選択とは言えない。妥協案を考えるべきだろう」

「そう言えば、団長さんはどう思われますか?何かご希望があればお聞きしますが?」

 アリスがクラピカの鎖に囚われたまま、言葉を発しないクロロに尋ねる。皆の視線が彼に集う。

「……」

 だが、クロロは何も言わない。特にない、という意志表示だろうか。それともシャルナークと同じだ、ということか。

「団長さんは黙秘権を行使されました。では、クラピカさん。あとはあなただけですよ?」

 

「……私の希望は我々の安全の保障。そして……蜘蛛の頭と手足を全てもぐことだ」

 クラピカが答える。しっかりとアリスと旅団の面々を見て。紅い瞳が彼らを打つ。

「あぁ? テメェ……やってみろよ」

 それに恐れることなどなく、フィンクスが威嚇。フェイタンも殺気を発する。

 その時。パン、と空気を入れ替えるように乾いた音が鳴った。発信源はアリス。その手。

「はい! 全員の希望が出たところで、私から一つ案を」

 ニコッと笑って、アリスは話し始めた。

 

 

 

「旅団の皆さんの希望は蜘蛛全体を守ること。ですので、団長さんの解放、皆さんの安全を保障します。その代わりに私とヒソカさん、およびクラピカさんたちに今後一切手を出さないでください」

「そんなもん俺たちが守るとは限らないだろうが」

「それは大丈夫ですよ。ねぇ、クラピカさん」

 話を振られたクラピカはヒソカの方をちらと見て、小さく頷いた。

「なるほど…そういえば相手の言動を縛る能力があるんだったね」

 得心がいったという風なシャルナーク。

 

「私たちはキルア君を解放します。気になるようでしたら私にもクラピカさんたちへの攻撃を禁止する鎖を刺していただいても構いません」

 そう言ったアリスは隣に立つヒソカのほうをちら、と見た。ヒソカは将来、より強くなるであろうゴンとキルアと戦うという目的がある。ここで鎖で縛られてしまうと彼としては非常に困るはずなのだが、ヒソカは何も言わない。

「クラピカさんたちは旅団のみなさんへの攻撃を禁止していただきたいのですが……」

 おそらく無理だろうな、という顔でクラピカを見るアリス。クラピカは紅い目でアリスを睨み、重々しく口を開いた。

 

「それはできない。私の目的は旅団の抹殺だ」

 空気が一気に冷えた。

「……ゴンたちへの攻撃は禁止してもらう。私は含めなくていい。その代わり、パクノダに私に関する記憶を他人に話すことを禁じてもらう」

「ふむふむ」

 クラピカは旅団との抗争を止める気はない。その意思が表れている。パクノダを縛る程度の代替案しか出さなかったのは、それ以上は無理だろうという予想が立ったからか。

「私としてはどちらでも構いませんが?」

 完全に他人事のアリス。確かに彼女には関係のない話だが、そこまでストレートに言うと反感を買う。主にジャージ姿の男から。どれほど睨まれてもアリスは全く反応を示さないが。

「まぁいいんじゃないか? 鎖野郎を殺すチャンスがこちらにもあるということだし」

 とシャルナークは言った。クラピカとの戦いは彼らにとってメリットなどないが、単純にそういう問題ではないのだろう。

 

「クラピカさんと旅団のみなさんが殺し合いをするのはご勝手に」

 アリスはニコリと笑って、話は終わりだとばかりに手を叩いた。

「ではクラピカさん、お願いしますね」

「……ああ」

 

 

 

「ご苦労様でしたヒソカさん」

 ヒソカとアリスは二人で飛行場を離れていた。アリスは「クラピカたちに攻撃すると死ぬ」という制約を受けている。アリスからすれば、彼らに危害を加えるつもりはこれっぽっちもないので、全く気にはならない。

「いやいや、僕も無事に目的が果たせそうだしね。お互い様だよ」

 ヒソカもアリスと同じ内容の制約を受けている。アリスがそれでいいのかと聞くと、ヒソカはいいと答えた。

 今のゴンたちと戦うつもりはヒソカにはないのだから。彼らの成長を見届け、ゆっくりと除念をすればいいという考えらしい。

「それより、僕は君とも戦ってみたいね」

 少女に向けるにはおぞまし過ぎる目で隣を歩くアリスを見るヒソカ。だが、アリスは普段のようにくすりと楽しげに笑うだけ。

「私は遠慮しておきます。そもそも戦うのはそんなに好きではないので。それにヒソカさんには先客がいるでしょう?」

「ふふ、つれないね。まぁ、先客がいるというのは本当だし、今は我慢しておくとするよ」

「では、私はこれで。まだやることがあるので」

「そうかい? 残念だね。じゃあね」

「はい、ではまた」

 

「さてさて、あとはゴン君ですか」

 ヒソカと別れ、泊まっていたホテルに帰ってきたアリス。高級ホテルのスイートルーム。部屋のフカフカのソファーに勢いよく腰を下ろし、ゴンのことを考えていた。

「お金はないんでしょうから、やはりバッテラさんの審査ですかね」

 アリスは自身の荷物から一冊の書きかけの原稿を取り出した。ペンを手に取り、続きをスラスラと書いていく。

「ふふ」

 その表情は実に楽しげだった。

 




交渉とか私の頭ではやはり不可能。


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