コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ (チェリオ)
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原作開始前
第01話 「私の未来は明るくない」


 始めましての方は始めまして。
 他の作品をご覧になった方はどうもです。
 
 他の作品を書いているのですが堪えきれなく投稿してしまいました♪
 楽しんで頂けたら幸いに思います。


 唐突ですがオデュッセウスと言うキャラクターを覚えているでしょうか?

 

 神聖ブリタニア帝国の皇位継承権第一位であるオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一王子。

 

 アニメ第一期の登場時間はオープニングを入れても5分も無く、しかも登場シーンでは優柔不断な性格を出しただけである。知能がずば抜けているシュナイゼルやルルーシュ、武芸に優れているコーネリアなど他の皇族と比べるとかなり見劣りしてしまう人物だと私は思っていた。実際彼はブリタニア皇族にしては優しすぎるし頼りになりそうに無い印象を受けた。

 

 ただ彼が無能なのかと問われれば違うと断言する。

 

 悪さをした人物を処罰するだけでなく人々の役に立つような労働を条件に恩赦を与える更生プログラムを組むなど優秀な面もある。それだけでなくアニメ二期でルルーシュが王座を取った後は軍属になっているが、軍属となってランニングしているシーンにおいて周りの者は真剣な表情をしているなかで自然な笑みを浮かべている彼は異様であった。軍の鍛錬は軽い運動ではなく肉体と精神を鍛えぬく血反吐を吐くような訓練である。それを笑みを浮かべて行なうほど余裕があると言う事は彼は鍛えればかなりの実力を持っていたのではないかと思う。この世界の兵器であるナイトメアフレームはパイロットの運動能力に比例する物と考えている。それを考えると彼はコーネリアとまでは行かないかも知れないが小隊や中隊のエース級にはなれるのではないか?いや、武に優れた他の皇族を考えるともっと上になるかも知れない。

 

 彼は決して無能などではなく優秀な人物であった。ただ周りが優秀すぎて見劣ってしまった事と、優し過ぎた性格が競い争うブリタニアの中では活かせない為に低い評価を受けてしまったのだろう。歳の離れた弟に『あんな凡庸な男が』と言われるほどに…。生まれる国と時代を間違えたのだ。彼は平和な時代にこそ、その能力が発揮されるのだ。

 

 何故私がこうも彼、『オデュッセウス・ウ・ブリタニア』の話をするかと言うと私が『オデュッセウス・ウ・ブリタニア』だからである。

 

 意味が解らないだろうが私自身意味が解ってない。多分二次創作でよくある憑依なる物をしてしまったのだ。神様とやらに会った記憶は無いが前世の記憶はしっかりと残っている。

 

 「殿下。解らない所は御座いますか?」

 「今のところは大丈夫ですよ」

 

 私は今勉強をしている。と言っても前世の記憶がある為に数学や理科などはほとんど行なっていない。代わりにブリタニアの歴史や戦略に戦術、政治の勉強で手一杯なのだ。 

 

 ふりふりのフリルが付いた純白のシャツにブリタニアの紋章が入った灰色の上着を着た10歳の私の答えにしわのひとつも無いオーダーメイドのスーツを着た女性教師が感心するように頷いた。そのことに対して少し罪悪感を覚えてしまう。確かに勉強は難しい。十歳の子供に法律の授業なんてするもんじゃないと叫びたいが指示したのはあの父上…シャルル・ジ・ブリタニアである。九歳のルルーシュに『お前は死んでおるのだ』と無茶言った父上様なのである。出来るわけがなかった…。

 

 私が罪悪感を覚えているのはこうしてブリタニア皇族に失礼の無いように姿勢を正して誠心誠意尽くしてくれている彼女の授業の合間合間に別の事を考えているからだ。

 

 これからの私の人生設計だ。

 

 普通に過せばほとんどを弟のシュナイゼルにおんぶに抱っこしてもらって何とか生きて行けるだろうが、それだと最後はルルーシュにギアスをかけられてフレイヤで消滅と言う未来しかない。これをどうにかして回避してゆっくりとしたのんびりライフを送るにはどうするかと言う物だ。最初に思い付いたのがルルーシュが即位する現場に居ない事だ。だが、皇族の地位を捨ててもブリタニア皇族の血を捨てられる訳も無く要らぬ争いに巻き込まれ幽閉か死罪確定だろう。だったらシュナイゼルと共にダモクレスヘ行くか?もしかしたらルルーシュが殺される時の捕虜のひとりとして救い出されるかもしれない。しかし、出来れば…出来ればだがルルーシュを救ってやりたい気持ちもあるのであまり心情的に良くない手だ。では、ルルーシュに自分が「有能です」とアピールしての黒の騎士団に参加。…無理だ。第一王子で有名になっている私がブリタニア人を憎む日本人の中に入ったらリンチされてしまう。

 

 お先真っ暗な人生にため息を吐きたくなる。出来ればこの事をあのシュナイゼルに話して何らかの策を練ってほしいところだが、ダモクレスとフレイヤが支配する世界を完璧にしてしまう可能性が跳ね上がってしまう。それも嫌だし現状六歳の弟に「私の人生設計を組んでくれないか?」なんて言える訳もない。

 

 この部屋に居る教師と護衛役の黒服黒サングラスの計五名の視線を浴びながらノートを埋めて行く。授業と言うのは本来なら学校で行なうものだが正直レベルが段違いすぎて周りの生徒との学力が合わないのだ。ゆえに同年代の子と触れ合う事と、未来の布石の為に繋がりを作らせるという名目で午前中は学校で授業を受け、午後は宮殿の個室で自分のレベルに合った授業を受けているのだ。すでに十七時を過ぎた為に教師は深々と頭を下げて一言二言告げてから退席する。

 

 凝り固まった肩を三回ほど回して背筋を思いっきり伸ばす。ポキポキと骨が鳴り心地よい痛みが身体を走る。立ち上がり出口へと向かおうとすると当たり前だが黒服集団が四方を囲み追従する。彼らも仕事なのだろうが正直邪魔でしかなかった。この圧迫感はいつまで経っても慣れるものではない。扉の前に立つと自動ドアのように護衛の一人が開けてくれて感謝の言葉を述べつつ園に出る。

 

 「あにうえ」

 

 廊下に出ると同じく数名の護衛に囲まれた少年に声をかけられた。艶やかしい金髪に涼しい笑顔、純白の服装は彼をより一層際立たせる。我が弟にしてコードギアスのラスボス、シュナイゼル・エル・ブリタニアであった。

 

 「やぁ、シュナイゼル。今帰りかい?」

 「はい、あにうえはなにをなさっていたのですか?」

 「いつも通りの勉学だよ」

 

 まだ少し舌足らずなシュナイゼルと並んで歩く。こんな可愛らしい弟が目的の為ならば兄弟でも切り捨てる男になるなんて信じられない。もしかしたらすでに仮面を使いこなせて…そんな訳はないかな。

 

 「じゃあきょうはなにもないのですね」

 「…そうだね。予定は何かあったかな?」

 

 横に立っていた護衛の一人が懐から一冊のメモ帳を取って視線を動かす。まだ十歳の子供とは言え貴族が集まるパーティなどに皇族として出席させられたりするのだ。前世の記憶がある分十歳とは思えないほど落ち着いているのも関係してか何かしら呼ばれるのだ。もう少し子供らしい演技でもするべきだったか…そんな事を考えていると予定を確認した護衛の者が特にはありませんと告げてきた。なんていうか感情の一切無い機械的応答はどうにかならないかな?

 

 予定がない事を知ったシュナイゼルは嬉しそうに微笑みを向けてきた。こういう場合十中八九アレだろう。

 

 「またちぇすしませんか?」

 

 まだ幼いシュナイゼルだが外で遊ぶタイプではない。身体を動かすのが苦手と言う訳でなくただ単に身体を動かすよりも頭を働かすほうが得意だからチェスでよく遊んでいる。だが問題は遊ぶ相手が少ない事である。同い年のコーネリアはするものの一度もシュナイゼルに勝った試しがなく、月一程度しかしていない。負け続きのゲームを毎日やるような人は少数派の筈だ。それも六歳の少女となると尚更だろう。年上のギネヴィアはヤル気すらないようだった。あと相手をしてくれると言ったらこの宮殿に皇族に給仕している者達だが彼らは本気で相手をしてくれない。言わば接待プレイである。自分が負ける事前提で相手を楽しませる。そんな対戦相手に満足出来ないし皇族であるシュナイゼルが「ほんきでたのむ」と言ったところで相手が困るだけだ。

 と、言うわけで私である。兄弟で子供同士と言う事もあって本気でやれる。本当はチェスより将棋の方が好きなのだが西洋文化のブリタニアでは中々手に入らない…頼めば特注品を買って来てくれるんだろうがそこまでするのは少々面倒だ。

 

 「今日は勝てるのかな?」

 「勝ってみせますよ」

 「では、おやつでも賭けるかな」

 

 シュナイゼルと共に歩みつつたまにはケーキ類ではなく大福になってくれないだろうかと思うオデュッセウスであった。

 ちなみにチェスの結果はオデュッセウスの勝利であったがシュナイゼルに賭けた為におやつのケーキは没収された…。



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第02話 「とりあえず鍛えようか」

 私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアはただいま空中を回転しながら飛ばされております。

 

 今年で十二歳になった私は勉学だけではなく身体を鍛えようと決心しました。これから未来ではどうなるか解らない。このまま帝都ペンドラゴンで指示や催し物に参加するだけかも知れないし、総督としてエリアに着任もしくは部隊を率いて戦場で指揮を執るかも知れない。多分専属騎士を持つだろうが最前線に送り出したり、奇襲で本陣に白兵戦を挑まれたりと自分の身は安全なんて絶対はない。いざと言う時は自分の身は自分で守らなければならない。

 

 決して洋菓子の食べすぎでお腹周りが気になり始めたとかギネヴィアに「最近大きく(主にお腹が)なられましたね」などと言われた事が原因ではない。断じて違うのだ!そ、そう、これは私ののんびりライフの為に必要なことなのだ。

 

 と言ってもまだ十二歳の子供。過度な運動は身体の成長を妨げるだろうから今行なっているのはもっぱら基礎体力作りだ。ランニングに腹筋、背筋を軽めに行なう程度で慣れるまでは肩で息するほど疲労したが一ヶ月も行なえば同年齢の身体能力を上回っていた。さすがブリタニア皇族の肉体は凄いと感心したものだ。

 

 皆さんにも覚えがないだろうか? 

 

 小さい頃、特に小学生の頃は勉強や運動が出来る子が持て囃されていたなんて事が。勉強も出来て運動も出来る。そして皇族と言うオプションを持つ私は周りの者から持て囃された。特に嬉しかったのは同年代の女子にモテたことだ。子供は大人と違い純粋だ。その純粋な彼ら彼女らの言葉に前世ではモテた記憶の無い私は酔い痴れた。

 

 次のステップに進もうと剣術に手を出した。二ヶ月もするとあっさりと同い年の子供達と差を付け、今や中学生の全国クラスまでの腕前を手に入れた。私は周りの声と自分の肉体に増長して、多少傲慢になっていたと今では思う。

 

 増長した私は父上の側近中の側近であるビスマルクに試合を申し込んでしまったのだ。結果は完敗&惨敗…。容赦の無い太刀筋は一振りで慢心や増長を薙ぎ払われた。自覚した。私はなんと惨めで浅はかな存在なのだろうと。井の中の蛙如きが大海原でデカイ顔をするなど馬鹿でしかない。

 

 皇帝陛下の騎士であったとしても第一王子相手に容赦なく敗北させた事が当時その事で宮殿内でも問題視された。だが、これはどう考えてもビスマルクが悪い訳ではなく増長しきっていた私こそが悪いのだ。敗北して目を覚ました私は真っ先にビスマルクの下に駆けて暇な時で良いから剣術指南役をして欲しいと懇願した。最初こそ渋られていたが何度も頼む内に認めてくれたのか皇帝陛下の勅命が無い限りと言う条件で指南役をしてくれるようになった。

 

 そして私は下段からの攻撃を馬鹿正直に剣で防ごうとして空中へと吹き飛ばされたのだ。

 

 ドスンと重い音と共に背中から床に落ちた。背中に痛みが走るが声を漏らす事無く立ち上がり剣を構える。初めは痛みに堪えきれず蹲っていたら首筋に剣を向けられ「そのような事ではすぐに敵に殺されてしまう」と怒鳴られた。何でも、優秀な騎士なら痛みに悶えるより次の事を考えて行動するとの事だ。確かにいつまでも転がっていては殺して下さいと言っているようなものだ。

 

 ゆっくりと息を吐き出しながら頭を落ち着かせる。熱い気持ちは心に宿して思考は冷静に。相手の動きを見つつ行動する。直感も大事だがまずは基本を身につけ運頼りにしないだけの実力を付ける。その想いで懐に飛び込む。ビスマルクが持つ木で出来た大剣は小回りが悪く一太刀でも避ければ懐へと潜り込める。何とか一太刀目は避ける事が出来たがすぐに二太刀目が来た。どうやらビスマルクの策に嵌ってしまったのだろう。防御の構えを取ったが勢いは殺せず再び宙を舞った。

 

 「兄様、だいじょうぶですか?」

 

 ボロボロになるまで相手をしてもらった私にふんわりとして柔らかそうな紫色の髪の少女が心配そうに駆け寄って来た。

 

 彼女はコーネリア・リ・ブリタニア。我が妹にして後に最前線を駆ける戦乙女となる子である。元々身体を動かすことの方が好きな彼女は他の兄弟と馴染めないで居た。ギネヴィアは遊ぶこと自体珍しいし、シュナイゼルに至っては知能ゲームを主にしている。そんな所に身体を動かした兄である私が現れたのだ。彼女はよく私と遊ぶようになった。今ではこうして私が剣術指南を受けていると見学するようになったのだ。

 

 「うん、大丈夫だよ。心配かけたかな?」

 「はい…」

 「すまないね」

 

 謝りつつ頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。どうも私は妹や弟の笑顔に弱いらしい。今なら何でもお願いを聞いちゃいそうだ。身体は疲れきっているけど…。

 

 「殿下」

 

 褐色の肌に純白のナイト・オブ・ラウンズの正装で身を包むナイト・オブ・ワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿が小さな救急鞄片手に戻ってきた。本来なら皇族に何かあったらいけないと医務室に向かわされる所だが、大仰にしたくないのとちょっと打ったぐらいなら湿布でも貼っとけば大丈夫、と前世の思いで行かないのだ。それでも痛い所は痛いので、湿布を貼ったり消毒したりはする。母上に心配させぬように隠れてしていた所をビスマルクに見つかり今では終わると軽い治療をしてくれることになった。今日は膝を擦り剥いたのと打ち身が五箇所、後は背中の強打…まぁ、全部服やズボンで隠れる所だから良かった…。

 

 「兄様はいつも怪我をしてばかりです…」

 「怪我を怖がってちゃビスマルクの剣術指南なんて受けられないからね。それにまだまだ私は弱いから」

 「そんなに自分を卑下しないで下さいオデュッセウス殿下」

 

 あの大きなビスマルクが小さく縮まって治療をしてくれている光景には未だに見慣れない。と言うか慣れる事はあるのだろうか?

 

 「確かに殿下はまだ弱いですが最初の頃と見違えました。初めて手合わせをした時は剣に驕りがありましたが今ではそれらが無く真剣さが伝わってきます」

 

 背中を捲られ強打した所に湿布の冷たい感触が伝わってくる。まだ湿布の効能が効いてきた訳ではないが冷たさにより痛みが一時的に引いて行く。

 

 「最近では身体を捻るなどして最小限に抑えるようにして怪我も減ってきています。十分に上達しておられます」

 「ありがとう御座います」

 

 湿布の上から温かみのある大きな手を感じる。指南中は子供だろうが手加減しない鬼のような雰囲気すら出すが、終わるととても優しく接してくれるこの感じにとても好感を持てた。この人に指南役を頼んで本当に良かったと心の底から思える。

 

 「このまま怪我をしなくなれば私も楽で良いのですが」

 「あはは…ビスマルクはずいぶんと治療の腕が上がったね」

 「まったく殿下のおかげですな」

 

 ニンマリと笑うビスマルクを見て少し悲しくなる。こんな彼もいずれ討たれてしまうのかと思うと胸が苦しくなる。出来れば彼にギアスや皇帝の考えから身を引けと言いたいが説得するだけの力は無い。心の中でため息を吐くと何か言いたげにコーネリアが寂しげに見つめていた。

 

 「どうしたんだいコーネリア?」

 「…もう剣術の鍛錬はしないのですよね?」

 「そうだね。今日はお終いかな」

 「でしたら私と遊んでくれませんか」

 「えっ!?い、いやぁ…」

 

 かれこれ二時間近くも剣を振るっていたのだ。身体の疲労は限界に近付いていると言うのに元気いっぱいなコーネリアと遊ぶとなると身体が持たないと断言できる。

 

 「駄目なのですか?」

 「分かったよ」

 

 しょんぼりとする妹の視線に「NO」と言う事は出来ずに返事をしてしまう。視線でビスマルクに助けを求めるが苦笑いを返されるだけだった。

 

 「で、何をするんだい?それも二人で」

 「んー…クロヴィスも呼んできますね」

 

 トタタタ、と駆けて行く妹の背中を見送りながら巻き込まれたクロヴィスに心の中だけで謝っておく。クロヴィスも運動が苦手と言うわけではないんだがどちらかと言えば知的なタイプだ。

 

 「あにうえ、あにうえ」と訪ねてきて一日付き合った時は驚いた。チェスもしたが一日のほとんどが分厚い本に載せられた美術作品の数々を鑑賞して互いに評価したりするだけで過ごした。普通五歳の少年がやるかなぁと心底驚くと同時に感心したっけ。

 

 クロヴィスを巻き込んだコーネリアとの遊びは結局夕暮れ近くまで続くことに…、しかも、肉体が限界を超えて悲鳴を上げた頃にシュナイゼルにチェスをしましょうと誘われ、肉体どころか精神までも限界まで追い詰められる破目になったのだった。



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第03話 「イタズラ好きの女騎士」

 鍛錬を始めて一年が経ち、12歳から13歳へと上がった私は鍛錬を辞めた。辞めたと言っても毎朝のランニングと回数は減らしたがビスマルクの剣術指南だけは行なっている。

 

 理由はアレが来たからだ。コードギアスの世界を語るには外せない兵器。ナイトメアフレームがやっとの事で届いたのだ♪やはり男児として生を受けたからにはロボットに興味を持ってしまう。ナイトメアフレームと言ってもアッシュフォード学園の奥底で眠っていたのと同系のガニメデだけどね。

 

 平和に生きるも戦場で生きるも皇族という立場上関わる事必至なので基本理論を習っては運用方法を試行錯誤している。日本占領時にナイトメアを戦場で使用する為に機動力から攻撃力、制圧速度も異常な兵器をどのように扱うかのマニュアルが存在しない。基本論理を習っているという事を何処から耳にしたのか父上様が「オデュッセウスに任せる」と仰られたのだ。中学一年生に最新兵器の軍事マニュアル作らせるなんてネジが外れているんじゃないかと嘆くべきか信頼されていると喜ぶべきか。まぁ、どうせガニメデ基本で考えられた運用マニュアルなんてグラスゴーが出来た瞬間消えてなくなるだろうけど。

 

 ガニメデのマニュアルを作るに当たってアッシュフォード家が挨拶しに来たのだけど残念ながらミレイ会長には会えなかったよ。会った所でまだ産まれたばかりだろうから会話も何も出来ないのだが。

 

 ナイトメアの基礎学力が増えていくのは嬉しい限りなのだが最近シュナイゼルやコーネリアと遊んでやれないのが辛い。二人はまだ言う事を聞いてくれているが六歳のクロヴィスはそうはいかない。シュナイゼルが相手を引き受けてくれたりしているが三日に一度は私に遊んでとせがんで来る。

 

 大きくため息を吐き弟達と妹に申し訳ない気持ちを落ち着かせて目の前の事に集中する。

 

 私は今、ガニメデ用に作られた闘技場の観客席に座っていた。中央は十分な稼動スペースを確保して周りを防弾防護の特殊素材の壁やガラスで覆った円形闘技場ではガニメデの駆動調整が行なわれていた。一応機密の為に上部は元より塞がっており円形闘技場にしては大空が見えないのが寂しく感じる。

 

 手元にあるデータを受信しているノートパソコンから目を離して照明が無数に取り付けられた天井を見上げる。

 

 「だ~れだ?」

 「え…あ…」

 

 両目を温かい両手で覆われて視界は暗闇に襲われる。同時に女性特有の甘い香りに首元にとても柔らかい感触が伝わって来た。鼻の下が伸びそうになるのをぐっと堪える。何度も体験した事なので誰なのかは分かりきっている。が、ここですぐに答えては相手はつまらなそうにするし、答えを長い時間はぐらかすと頬を膨らまして不機嫌だと象徴しながら数十分に渡りじゃれて作業を中断しないといけないと言うどっちにしても困った人なのだ。

 

 少し考える素振りをしつつ間を開けてから答えを口にする。

 

 「…マリアンヌ様ですね」

 「正解よ」

 

 開放された視界には微笑むマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国皇妃の一人だ。その出は庶民だがガニメデのテストパイロットを勤めてナイトメア開発に貢献したことから騎士候を与えられ父上様に嫁いだ女性。

 

 「またシャルルに言われたお仕事?まだ十三歳なのに大変ね」

 「いえ、これもいい勉強になりますよ。こうやっていろんな事を体験するのが後に役立ちそうですし」

 「それにしてももう少し子供らしくしても良いのに」

 

 微笑み返した私の頬をぐにぐにと摘んで弄っているマリアンヌ様を見ていると本当に年上なのか解らない。見た目は20歳のお姉さんなのだが中身はまだ子供っぽいところが多い。

 

 満足したのか頬から手を離して隣に腰掛けて息を吐いた。 

 

 「最近ビスマルクが寂しがってたわよ。鍛錬の機会が減ったって」

 「ははは、あのビスマルクが?それは少し見てみたいですね」

 「貴方も少しは言うようになったわね。まったく誰に似たのでしょうね?」

 

 貴方ですとは当然言えずに微笑むだけで返す。当然察しの良い彼女は少し唸りながら頬を膨らませる。

 

 頬を膨らます横顔は本当に美しかった。

 

 くせのある艶やかな黒髪がたまに流れる風で揺れる。回想シーンでよく見たロングヘアーではなく後ろで束ねて肩の辺りから下へとかからないようにしている。

 

 視線に気付いたのか面白がって笑みを向けてくる。内心を吐露する訳にもいかずに自然な感じでノートパソコンに目を向ける。耳にクスクスと笑う声が入ったが気にしない。多分私の顔は真っ赤に染まっているだろうが。

 

 「それじゃあ仕事頑張ってね。私は少し遊んでこようかしら」

 「程々にしてあげてくださいね。対戦相手がかわいそうですから」

 「だったらビスマルクを呼ぼうかしらね」

 

 さらっと帝国内最強の二人が戦う事を口にするところこの人は凄いと思う。あとで整備士の人はオーバーホールする事になるだろうから心の中では良い顔しないだろうけど。私にとっては良いデータが手に入ることになるんだけどね。

 

 席を立って扉から出て行くマリアンヌ様を見送り、取り付けられたデータ収集用のカメラを動かして各ポイントを押さえる。このまま生で見ても良いのだが正直眼が追いつかない。

 

 帝国最強のナイトオブワンとナイトオブシックス『閃光のマリアンヌ』の模擬戦なんて超スローでなければ見れる訳がない。

 

 「今回は駆動系が壊れるのかな?いや、両方大破が妥当かぁ」

 

 本当に整備士の人には災難だなと思いつつ手は休めない。30分もしない内に呼ばれたビスマルクがガニメデのコクピットに座って中央に現れた。その表情は半分呆れたようだったが気のせいだ。何となくだがこちらをチラッと睨んだ気がしたがそれも気のせいだ。

 

 私は悪くない。うん、悪くないはずだ。視線は逸らすが…。

 

 二人の激戦が繰り広げられる中で私は瞼を閉じかけていた。

 

 朝早くに起きてランニングをこなして学校に向かい午後には帰宅後王宮内での特別授業、授業終了してからナイトメア関連で休む暇がなく働き続けた十三歳の身体は限界がきていたのだ。

 

 私は逆らえない睡魔に身を委ねて瞼を閉じる。

 

 

 

 模擬戦を終えたマリアンヌはまだ居るであろうオデュッセウスの下へと向かう。

 

 騎士候となって皇族や貴族と会う機会が増えた私は正直つまらなかった。出会った者すべてが他者を貶し蹴落とす事しか頭にない人ばかりだった。

 

 その中で彼は異質だった。

 

 十歳にも満たない彼は子供なのに無邪気さや誰かの色に染まる事もなかった。子供らしくない落ち着きにも驚いたが幼い筈なのに自身の色をすでに強く放ち、内から出る優しさや雰囲気が周りの人を和ませる。

 

 幼きながら優秀なシャルルの子供の中でも彼の才覚は目を見張るものがあった。確かに第二王子であるシュナイゼルも歳に似合わないほどの知性を持っていたが彼ほどではない。小学生にして高校生までの学を獲得し、難しい法や戦術・戦略までも知識を習得して今や知識だけは各総督並みである。

 

 そんな化け物みたいな子だけれども少し関わってみるととても可愛らしい子だと感じた。抱きついてみたりからかってみたりとちょっとしたことですぐに顔を赤面して照れる。イタズラしてみたらギャップが激しくて中々楽しい。

 

 扉の前から忍び足で近付く。

 

 今回はビスマルクと模擬戦を行なったが本当はこの子と行なってみたいものだ。ビスマルクの教えが良いのか剣の腕がかなり良い。ガニメデに乗ってもかなりの実力を発揮しそうで先が楽しみである。そうでなくとも知識だけで経験がない為にいろいろさせたいのだがあまり乗り気ではないようなのだ。

 

 気付かれること無く真後ろに立つと彼から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 正面に回って子供らしい寝顔を堪能しながら懐から油性マジックを取り出したのだった…。

 

 

 

 「ふぁ~」

 

 大きなあくびをしながら背筋を伸ばす。何十分寝ていたのだろうか?腕時計で時刻を確認したところガラスに何かが映った。慌てて手鏡を懐から取り出して顔を確認すると見事な顎鬚が描かれていた。

 

 あのマリアンヌ様の前で無防備な姿を見せるなんて失態だ。以前にも何度もイタズラにはあっていたと言うのに…。

 

 「ふぅむ、しかしこれはこれで」

 

 描かれた髭を見て原作通りに伸ばしてみるかと心に決めたのであった。



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第04話 「魔神(仮)が生まれた日。そして私の気まずい日」

 この『コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~』をご覧になられました皆々様、評価してくださった皆々様、お気に入り登録をしてくださった皆々様。
 まことにありがとう御座いました。ランキングで16位になっていた時はガッツポーズをして喜び、時間が経ってみて見ると3位に。そこからは数十分おきに小説情報やランキングを行き来していたら最終的に2位まで上がりました。その日は興奮しすぎて気分がハイッって奴になってしまいました。
 本当にありがとう御座いました。そして誤字報告してくださった皆々様にはお手数をお掛けして申し訳ありませんでした。大変助かりました。まさかアレほど誤字をしていたとは気付きませんでした。
 


 また一年が経った…

 

 この一年の前半は思い出したくもないほどの地獄の日々だった。午前は学校で午後は特別学習なのは変わらなかったが、その後の予定がガラリと変わった。「経験をつまなくちゃね♪」との一言でデータを見に来ていた私は幾度となくガニメデに乗せられ、マリアンヌ様かビスマルクと模擬戦ばかりやらされた。それも二人とも口調や表情は優しいのだが、模擬戦では絶対手を抜かない。その上こちらが抜いたら回数が三倍ぐらい増えるのだ。

 

 肉体はボロボロになり精神も追い詰められた。これは遊んでとせがんで来る弟&妹達ではない。あの父上様だ。歳が経つにつれて起きてる時間が延びたからなのか、書類系の仕事の一部を「あやつにやらせておけ」とガニメデの資料を作れと言った時と同じ風に言ったらしいのだ。…この前食事をご一緒した時に一言だけ「知識だけでは役に立たん」と経験を積め的な事を言っていたことから原因はマリアンヌ様だろうと予想している。

 

 しかしこの六ヶ月ほどそれらが少なくなった。最初の内は何故だとか理由は何なのだろうかとまったく詮索しなかった。ただただ久しぶりの自由な時間に喜び弟達や妹と戯れた。チェスの回数も減っていた事が原因か知らない内にシュナイゼルが異様に強くなっている事を実感した。勝率7割を超えていた筈なのにいつの間にか5割にまで減り、兄としてこれ以上下がらないように熱心に打ち込んだ。おかげで何とか7割…いや、6割まで戻すことが出来た。

 

 ガニメデの操縦訓練が激減してから、まったくマリアンヌ様に出会わない事の理由を知ったのが2ヶ月経ってからだ。最初は気にしてなかったものの次第に気になり始め、お付きの者に聞いて見るとお腹の中に赤ちゃんが出来て安静にしているとの事。それを聞いてから私は理解した。そろそろルルーシュが産まれる年じゃないかと。

 

 自分のうっかりさに呆れたが、それよりもまた新たな弟が出来た喜びのほうが大きかった。様子を見に行ったらよほど退屈していたのか数時間に渡って相手をさせられた。話を聞くとジッとできないマリアンヌ様の性格を理解している父上様が、監視をつけたらしい。それもナイトオブラウンズ三人ずつ交代で…。帝国最強の騎士が三人がかりじゃなきゃ止められないのか。

 

 そして今、私はSP達は入り口にて待機させ、皇族御用達の病院の待合室で出産が終わるのを待っていた。ドラマで落ち着きが無くうろうろしたり、祈るような仕草をして待っている男性を描かれるがそんな事はしなかった。椅子に腰掛けて背筋を伸ばしてただ待ち続ける。与えられていた仕事は予定をずらしたから何時間だって予定的には待っていられる。

 

 だが精神的に早く済んでほしい…。

 

 べつに待つのがしんどくなったとか、待つだけでは暇だからとかそんな理由ではない。横に居るのだ…。

 

 大股を開いてドカッと隣の椅子に腰を降ろし、腕を組んで目を瞑っている父上様が。

 

 威圧感が半端ないんですけど。何で父上様がここにいるのですか!?マリアンヌ様の様子を見に来られたのですよね。出来れば今すぐ帰りたい。だが、何の理由も無しに帰るのは不敬。されどこの場の居心地悪さに耐えられそうに無い。助けてシュナイゼル!!

 

 心の中で頼りになるであろう弟の名を叫ぼうが運よく来るはずも無く、ただ時間が過ぎるのを待つ。その時間も一分一秒がとても長く感じて気が滅入って行く。せめて何か会話でも出来たら幾分か気が紛れるのであろうが…。

 

 「父上」

 「ん」

 「ガニメデのマニュアルは如何だったでしょうか」 

 「悪くなかった」

 「そうですか」

 

 会話終了…。

 

 これほどまで共通の話題を持たない事に悔やんだ日は無かった。ここで『ギアス』の話でもすれば長々と会話できるだろう。代わりに自分の身に良くない事が起こるのは確定事項だが。

 

 マリアンヌ様が分娩室に入られた話はシュナイゼルやコーネリアにも伝わっているはずなのでそろそろ来てもおかしくない。特にコーネリアは皇族の中でもマリアンヌを敬愛している数少ない者だから一番来る可能性が高い。逆に来ないのはギネヴィアとクロヴィスだ。ギネヴィアは兎も角クロヴィスの母親があまりマリアンヌ様の事を快く思ってない為、息子であるクロヴィスを行かせることはないと予想できる。それでも形だけと言う事で後々見舞いには来るのだろうと思うがね。

 

 会話が終わって数時間にも思える数分を耐えていたら待合室の扉が開かれた。誰かが来たのか、それとも産まれたか、と思い期待の眼差しを向けると、そこに立っていたのは来る筈がないと思い込んでいたギネヴィアだった。

 

 父上様はチラリと見て誰か確認しただけで視線を逸らしたが、私は座るまで彼女を目で追い続けた。

 白く透き通るような肌。

 ふわっとして肩に掛かっている灰色の髪。

 紫色をメインとした足先まで隠すドレス。

 可愛い系ではなく綺麗系の整った顔立ち。

 十三歳には見えないほど主張をしている胸。

 美しい外見も兄弟・姉妹想いの性格ともに自慢の妹である。ただ彼女が皇族として権力を無駄に振るう事を好んでいる一点に関しては気に入らないが、人それぞれだと思い何も言わなかった。

 

 ギネヴィアは冷たい視線を私に向けて父上様に挨拶をして私の隣に腰を降ろした。居るだけで威圧感を放つ父上様が右で、話し難い雰囲気を纏っているギネヴィアが左に座って余計に動きにくくなった。

 

 表情は穏かな笑みを浮かべ、心は無心を目指してただ待ち続ける。

 

 静まり返っていた待合室の扉を開いたのは大勢の医者や看護婦を引き連れた医院長だった。皇帝陛下を前にして緊張したのか顔色があまり宜しくない。

 

 「へ、陛下。元気な男の子です」

 「分かった。案内せよ」

 「は、ハッ!」

 

 医院長の後に続いて部屋から出て行く父上様を確認してから私も向かおうと立ち上がる。

 

 「兄上」

 

 不意に呼ばれて何も考えずに振り向いた私に、十三歳とは思えない冷たい視線が突き刺さる。私、なにか嫌われるような事しましたか?不安に駆られる私の内心を余所に立ち上がったギネヴィアは視線を向けたまま私の目の前で立ち止まる。

 

 「なんだいギネヴィア」

 「兄上はマリアンヌ様の事をどう思っていますか?」

 「どうって――」

 

 普通に答えようとした私だったが口を噤んだ。彼女が、ギネヴィアが訊いている事はありきたりの言葉ではない。ギネヴィアは大多数の皇族・貴族と同じく、庶民出のマリアンヌが貴族達の世界に関わるどころか皇妃になった事実を毛嫌いしている。

 『兄上はマリアンヌ様の事をどう思っていますか?』

 つまりは…

 私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアはマリアンヌ側に付くか、ギネヴィア側に付くかの選択を促されている。

 

 ギネヴィア側に付けば大多数の貴族や皇族が味方となり生きていくのに不便はない。マリアンヌ様側だとその貴族や皇族と敵対関係になってしまう可能性にギネヴィアに嫌われるデメリットがある。メリットとしては軍部を味方につけれる事だ。軍属の人間は帝国に、皇族に、皇帝陛下に仕えている。優雅さや策略の世界ではなく、力が主の世界ではマリアンヌを騎士として崇拝している者が存在する。

 

 私はのんびりライフの為に五つの目標を立てた。一番の大前提が私の生存。これは絶対に譲れない項目である。二つ目は皇族・貴族の権利を奪われない為にルルーシュを皇帝にしない事。領地でのんびりしたいしね。三十台後半までには世界を平和にして出来れば妻が出来ているといいなぁ。その五つの中には弟妹達と仲良く過ごせたらと言うのも含んでいる。

 

 そんな目標を立てたからにはギネヴィアとの仲を悪くしたくない。けれどもマリアンヌ様と険悪な仲になるのも嫌だった。

 

 「そうだね――憧れかな」

 「…そう…なのですね」

 「ただ騎士としては、と、いうのが大きいが」

 「騎士としては?」

 「マリアンヌ様の騎士としての力は目を見張るものがある。それは君にも理解できるだろう」

 

 コクンと頷いたギネヴィアに強い安堵感を覚える。彼女は原作で戦場の最前線を駆けるコーネリアと違って戦場に出ることは無く、知略・智謀を行使するタイプである。ゆえに相手の話を端から聞かないのではなく、聞いてから判断する頭脳を持っている。ただ、まだ幼い為に前者もありえるかなと不安もあって、この反応は本当に安心するものであった。

 

 笑みを浮かべたまま片膝を着いて視線を合わせる。

 

 「でも貴族としての実感と言うか役回りをこなしてはいない。そこは問題かな」

 

 悪口を言っていると思うと罪悪感が襲ってくる。これは本人にも何度か言っている言葉であるのでそこまで重くはないが。

 

 「それは本心ですか?」

 「怖い顔をしないでくれよ。悲しいじゃないか」

 

 眉をハの字に曲げて頬をふにふにと揉む。予想外の行動だったらしく、目を見開いててしてしと腕を叩いて抵抗するが手は止めない。

 

 「にゃ、にゃにをひゅるのひぇすか!?(な、なにをするのですか!?)」

 「君は可愛いんだから笑顔の方が似合うと思うんだ」

 「―っ。し、失礼します!!」

 

 顔を真っ赤にしたギネヴィアが分娩室ではなく、出入り口の方に駆けて行くのを確認した私は、ソファに腰を降ろして全身の力を抜いた。疲れた。あの地獄の訓練以上に疲れることがあったなんて。今回は肉体的にではなく精神的にだったが。

 

 このあと様子を見に行った病室ではマリアンヌ様はとても元気そうで安心し、そんなマリアンヌ様を優しい眼差しで見つめる父上様というレアな表情が見れて『そんな顔もするんだ』と安心した。そして何より産まれたばかりのルルーシュが分かってか分からずか私の指を小さく、細く、儚い手でぎゅっと握ってきた事が嬉しく、先の疲れがいっぺんに吹き飛んだ。

 

 やっぱり弟や妹って良いですよね。




 安定して投稿出来ているので投稿期間を二週間に一回ではなく一週間に変更します。
 作者知識にゲームも追加します。


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第05話 「仕事を任せてみようと思う」

 多くの感想・新たなお気に入り登録ありがとう御座います。
 連日ランキングで16位前後に居て数日間興奮しっぱなしでした。
 
 そして誤字報告の数々、ありがとう御座います。


 幸せだ。

 

 私は幸福を噛み締めていた。産休と言う名の監視付き休暇から復帰したマリアンヌ様の訓練と、父上様から送られる書類の山に以前の私であれば不平不満を抱きつつ精神疲労していただろうが、今はどんな厄介事を押し付けられても苦もなくこなしてみせる自信がある。

 

 ルルーシュが産まれてから二年が経った。四つん這いでハイハイする所や初めて歩いた瞬間など、毎日様子を見に行っては成長の一シーンを目撃して感動し癒されて自室で眠る生活。

 

 最高だ。最高に幸せだ。この二年でルルーシュ以外にも新たな弟妹が産まれた。もちろん妹の中にはナナリーも居る。毎日毎日様子を見に行っては、ずるいと遊ぶ事をせがんで来るコーネリアやクロヴィスの相手を仕事の合間を縫ってする。充実感を感じる日々。ただ私に任されている仕事は、妹や弟が産まれる前段階を行なう為に、押し付けられているのではないかと少し思っている。本人に聞いた事はないが…。

 

 仕事をこなしている結果、まだ十六歳の小僧の私だが日に日にブリタニア内での影響力が強まっているのを感じる。最初は父上様の息子だからと言うのが大きかったが、今ではそれだけではないようだ。そこで私は自らいろんな事柄に手を出してみようと思う。今日はその為に三人を呼んだのだ。

 

 「今日はよく来てくれたね。ギネヴィア。シュナイゼル。コーネリア」

 

 ここは私が使っている執務室。壁際は仕事の関係資料や最近目を通している発表された論文などが、収められている本棚でいっぱいだ。中には気分転換に読んでいる小説なども混じっている。いつも使っている書類が山積みになっている執務用のL字型机、防弾ガラスを使用している窓枠、天井に飾られている小さなシャンデリアとそれぞれに高価な装飾が施されて中々豪華な内装となっている。決して自分で選んだわけでなく、もとよりこうだったのだ。

 

 今日ここに呼んだ三人は部屋の脇の長机を囲むように置かれたソファに腰掛けていた。長机にはクッキーとティーセットが用意されており、各々好きに口をつけていた。私としては苺大福と熱いお茶で休憩を取りたいところだがね。と、思いつつも頼みもしないから出てくる事もなく、コーヒーカップに口をつける。夜遅くまで仕事をする為に眠気覚ましでコーヒーを口にすることから紅茶よりもコーヒーと接する機会が増えてしまった。少し気をつけないと中毒になりそうだ。私の真似をしてかブラックのまま口を付けたコーネリアが渋い顔をしてクッキーを口に放り込んでいる。

 

 「兄上に呼ばれればいつでも駆けつけますよ。それも頼みごとと聞けば尚更」

 

 涼しげな笑みを浮かべるシュナイゼルを見ると、もう仮面を被ってないよなと疑ってしまう。いけないな。弟を疑うなんて…。そんなシュナイゼルと対照的にギネヴィアは無表情を貫き、目も合わせてくれない。あの待合室以降からずっとだ。やはり頬を触るなど少し馴れ馴れしかったのだろうか。今だって視線を向けたら目を逸らし……多少顔が赤い気がするのは気のせいだろうか?

 

 「して、頼み事とは何事ですか?」

 

 普段頼む事はあっても頼まれるという事がなかったコーネリアの嬉しげな表情に見とれながら、発言を聞いて本題に入ろうと持っていたコーヒーカップを机に置く。

 

 「今、私がある仕事に取り組んでいるのを知っているかい?」

 「はい、確か罪人を処罰するだけでなく更生させるものと聞いております」

 

 『臣民更生プログラム』

 裏稼業の人間をただ処罰するのではなく、ボランティアや社会復帰のための労働などを条件に恩赦を与える更生プログラムで、原作のオデュッセウス・ウ・ブリタニアが作り上げたものだ。これはオデュッセウスになった私の使命であると手をつけたのだ。しかし、思いの他難しく、まだまだ完成まで時間が掛かってしまう。こういう体験をすると本当に彼が有能であったことを思い知る。おかげで他に進めようとしていたプロジェクトにまったく手が付けられなくなってしまった。

 

 臣民更生プログラム以外には、空への備えとして対空防衛網の構築と防衛手段の確立を見据えた対空防衛プロジェクト。そしてアッシュフォード家と私専属の技術班の共同で工業・農業用ナイトメアを作るプロジェクトは自分で行なっている。アッシュフォードは正直放っておいた方が原作通りで良い筈なのだが、マニュアル製作で何度も関わっていたら情が移ってしまうのは当然だろう。少しでも彼らの足しになれば良いなという程度だが。もしこれで原作と変わってルルーシュ達の後ろ盾にならないなんて事があるならば、決して誰にもばれることなく私が何とかする気ではいる。

 

 「その通りだよ。それに結構手を焼いていてね」 

 「では私達はそのお手伝いを?」

 「いや、君達には違うプロジェクトを担当して欲しいんだ」

 

 まずはギネヴィアに手元に置いていた資料の一部を渡す。中には貴族の血縁者のリストやまだ実験段階で表に情報の出ていないガニメデのデータ、そして製作したマニュアルが揃っていた。

 

 「ギネヴィアには若手貴族による機動騎士団の設立をお願いしたい」

 「機動騎士?」

 「ガニメデは知っているね。ナイトメアフレームの」

 「ええ、知っております」

 「いずれナイトメアフレームが戦場の主役、ブリタニアの矛となると考えている」

 

 これは原作知識を用いている事だから分かる。現段階でのナイトメアは実験機であり戦闘用の量産機の段階まで行っていない。そもそも第一世代と呼ばれる戦車などに搭乗員を脱出させるコクピットシステムを開発。第二世代で、「マニピュレーター」「ランドスピナー」「ファクトスフィア」などが搭載された。そして動力源にサクラダイトを使用した第三世代であるガニメデでようやく兵器らしくなったが、全長はグラスゴーの1.5倍の大柄で手足も長すぎる。第一世代のコクピットシステムに第二世代で開発された機器類、ガニメデで実装されたサクラダイトにアッシュフォードが開発したフレーム。それら全てを合わせたグラスゴーになってから兵器として量産化されるだろう。

 

 正直に言うとグラスゴーが開発されてからでも良いのだが時期が分からない。もし開戦から間もない頃であれば圧倒的錬度不足で送り出す事になるだろう。そうなれば戦争そのものが長引いてしまう。戦争なんてものはしないのはもちろんだがやるなら短期間で済まさないと敵も味方にもいろいろと問題が発生する。それに自慢の弟のひとりであるクロヴィスが行くのだ。なにかしてやりたいじゃないか。

 

 「あの実験機がですか?」

 「ああ、あと十年もしたら量産化できると踏んでいる。その為に初のナイトメアフレームに熟練した騎士部隊を作りたい。すでに父上とアッシュフォードには話をつけて五機ほど生産してもらっている。その内の三機を預けるよ」

 「…兄上のお願いとあれば聞かない訳にはいきませんね」

 「ありがとうギネヴィア」

 

 お礼を言うと鼻を鳴らしながらまたそっぽを向かれた。やはり顔が赤く見える。風邪でもひいてしまったのだろうか?

 

 首を傾げているとシュナイゼルが手で口元を隠してなにやら考え込んでいるらしい。口元は見えないがニヤリと笑ったのは理解した。手を口元から退けるといつも通り涼しげな笑みを浮かべていた。

 

 「私は何をすれば宜しいのでしょうか兄上」

 「シュナイゼルにはこれをお願いしたい」

 

 シュナイゼルに渡したものはギネヴィアにも渡したガニメデ関連の資料と軍部で作られた対テロ用のマニュアルだった。これからナイトメアフレームは戦場の主役になると同時に、テロリストやレジスタンスが使用する可能性が高まる。ゆえにナイトメアフレームを使いこなし、対ナイトメア対策を行なえる対テロ部隊が必要と考えた訳だ。

 

 ざっと一通り資料に目を通したシュナイゼルは大きく頷いて顔を向けた。

 

 「分かりました。対ナイトメアフレーム戦術を備えたナイトメアフレームを運用出来る対テロ部隊の設立ですね。全部任せてくれるので?」

 「あ、ああ。お願いするよ。それとガニメデを一機渡そう。上手く使ってくれ」

 

 さすがシュナイゼル。必要になるであろう資料のみで私の考えていた事を熟知したのだ。恐ろしくもあり、本当に頼もしい弟だ。

 

 最後になったがコーネリアにも頼む事がある。と、言ってもプロジェクトといったものではない。中学生であるギネヴィアとシュナイゼルに頼んでる時点でアレだが、二人は現時点で部隊を運用出来るほど歳不相応に頭脳が機能している。対してコーネリアはまだその年齢に相応しくまだ幼い。

 

 「コーネリアにはナイトメアフレームに慣れてもらう」

 「慣れる?学ぶと言う事ですね」

 「学習と経験。回数は私より少なくなるけどガニメデを使用した模擬戦に参加してもらいたい」

 

 上二人にプロジェクトを任せていたのを見ていたコーネリアは自分も任されると思っていたのかガッカリしていた。と言っても気付かれないように装おうとしていたが。ゆっくりと立ち上がってコーネリアの側に腰掛ける。

 

 「コーネリア。君は前線に出て指揮を行える勇将になれる才能がある」

 「勇将…」

 「そうだよ。知将と猛将の両方を兼ね揃えた勇将に」

 「そんなものになんて…「訓練には私が付き合うから」…やる!」

 「うん?」

 

 嫌そうだったから説得出来ないかなと言葉を続けようとしたら、力強い返事で被せられた。私と一緒だからやるって言ってくれたのかな。そうだったら嬉しいんだが…。微笑みながら思っていると手をぎゅっと握り締められた。

 

 「学習も兄上と一緒ですか!?」

 「う、うん。分からないところがあれば…」

 「やった♪」

 

 ………なにこの可愛い生物。

 

 天真爛漫と言う言葉が似合う満開の笑みを浮かべる少女はだれぞ?どう見たって可愛い妹のコーネリアなのだが、大人びた原作とは似つかないのだが。そしてギネヴィアがさっきと違って凄く睨んできているのですが何故に!?

 

 「コーネリア。いつまで兄上の手を握っているの?邪魔になるでしょう。早く放しなさい」

 「嫌」

 「聞き分けのない子ね」

 「姉上様は恥ずかしがって甘えることが出来ないですもんね」

 「なぁ!?ななな、なにを言ってるのかしら」

 「ははは、兄上はモテモテですね」

 「兄冥利に尽きるよ…」

 

 そんなに私に懐いてくれることは凄く嬉しいのですが二人とも凄く怖いです。笑みを浮かべているコーネリアだけど雰囲気がピリピリしているし、ギネヴィアは視線だけで人を殺せそうな眼をしている。涼しい顔してクッキーや紅茶を味わってないで助けてシュナイゼル!!

 

 今日行なう筈だった仕事に手をつける事は出来ずに四人仲良くお茶をして過ごすのであった。仲良く…。



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第06話 「出会いは唐突に…仕事は行き詰まる」

 妹達や弟に仕事を頼んで数年が経ち、十九歳を迎えた。ギネヴィアの機動騎士団もシュナイゼルの対テロ組織…いや、対テロ騎士団も順調に育っている。勇将目指して励んでいるコーネリアは私やマリアンヌ様に鍛えられ、戦略・戦術は私以外にアンドレアス・ダールトン将軍に習っている。原作ではコーネリアと共に各地を渡って戦っていた事は知っているが、実際に見てみて彼と妹が上手くやっていけるか不安な所はあった。ダールトンは実力主義者の所があり、コーネリアは区別する者はきっちり区別する。いつの日にか衝突する事があるんじゃないかなと思っていた。けれど実際はそんなダールトンはコーネリアを認め、コーネリアはダールトンの姿勢を理解してお互いがお互いを理解して認め合っていた。良い関係を持っているのだが年の差からまるで親子に見えるんだよな。しかも実の父親よりも父親らしいってどうなの?

 

 何にせよ何事も上手く進んでいる事は嬉しい。自分が担当しているものを除いてだが。

 

 『臣民更生プログラム』は何とか形には出来て法案を通したが、後々になって詰めの甘さが露呈して、後処理とプログラム内容を追加すると言う事がすでに4件ほど起きてしまった。『対空防衛プロジェクト』は空戦用ナイトメアフレーム所かナイトメアの量産化の話も出てないので、現在の兵器で対応してみたが自分でも不十分なのが見て取れる。唯一成功しているプロジェクトはアッシュフォードと共同で作った工業・農業用の機体だけである。

 

 『プチメデ』

 アッシュフォードで開発されたガニメデを小型版にした姿の一般用フレーム。最初は一般用ナイトメアと名付けられていったのだがナイトメアは騎士の馬と言う意味なので合わないとの事でフレームになったのだ。後、表記は違うが悪夢とも被るのもあった。それでアッシュフォードが行っていた民生機の計画から改めて「フレーム」の名称を取ったのだ。ソナーなどのセンサー系を取り外し、流体サクラダイトではなく電気式に変更、軍用ではないために速度は最大40キロ、パワーも一トンから十トンまで職種によって分けたりと様々な変更を行なった。今では大型重機として幅広く使われている。

 

 今日、私は気分転換も兼ねてプチメデ生産工場にアポ無し訪問していた。

 

 別に生産状況を見ようとか、抜き打ちの視察と言う訳ではない。前々より工場見学させて欲しいと各分野から問い合わせがあり、今年より工場見学が許可されたのだ。最近になってミレイちゃんにそんな要望の声が上がっていた事を知らされた為に許可を出すのが遅れたのだ。あ、ミレイちゃんとはアッシュフォード家と関わりを持っていく中で友達になったのだ。原作時と違ってめちゃくちゃ恐縮されているのは少し寂しい。ガッツの魔法かけて欲しかった…。

 

 記念すべき第一回工場見学にはブリタニアの学生もおり、ブリタニアの未来を担う若者同士で話が出来たらなぁと、想いを抱いていたのだが見学用コースである通路には私にSP四人と工場長しか居なかった。どうも時間を間違えてしまった為に学生達はここを通り過ぎた後だったのだ。それを聞いてがっかりしたがこのまま工場見学するのも良いかと気持ちを切り替え見て周る事に。

 

 「ったく、うろちょろして!少しは私の立場を考えろ。お前のせいで監督生の私が呼び出されるのだぞ!!」

 「あは、それは申しわけなぁい」

 

 聞き覚えのある声に自然と顔が向く。視線の先には深緑色の髪にキリッとした面構えの生真面目そうな学生に、まだ十七歳で白髪で何処か抜けた感じのラフな学生が並んで歩いていた。会話からラフな学生が勝手な行動をして、生真面目そうな生徒が連れ戻しに来たのだろう。

 

 私の中ではそんな事はどうでも良かった。彼らをひと目見た瞬間私は身体に電気を流されたような感覚に陥った。

 

 「それが怒られている者の態度か!!」

 「あれぇ?あれって第一皇子様だったりしない?」

 「話を逸らすな!嘘をつくならもっとまともな……」

 

 目が合った。誰一人口を開かず静かな時間が過ぎる。観察するように爪先から頭まで見られてから、私を認識して顔を青ざめ始めた。

 

 「こ、これはオデュッセウス殿下!た、大変失礼しました!!」

 

 深々と頭を下げて申し訳なさそうにする。隣でにへらにへらしている学生の頭を掴んで同じ姿勢を無理やり取らせる。警戒するSP達を下がらせて、二人に歩み寄る。

 

 「そこまで畏まらなくていいよ。もっと楽にしてくれればいいから」

 「しかし殿下」

 「あはっ。分かりました」

 「アスプルンド!!」

 

 言われたまま頭を下げられた体勢からすっと元の体勢に戻る。こちらとしては畏まられるよりも気楽に接してくれた方が話しやすくて良い。大抵は神聖ブリタニア帝国第一皇子の地位で相手が萎縮してしまうのだが。

 

 「僕はロイド・アスプルンドと申します」

 「じ、自分はジェレミア・ゴットバルトと申します!」

 

 やはりと言うかなんと言うか…。こちらの世界で十九年過ごしていれば原作の知識も徐々に薄れてきた感があった。今になって思い出したが二人は私と二歳から三歳差で年齢的に高等部。学校名は忘れたが二人は高等部から寮も一緒だったな。

 

 「自己紹介ありがとう。私はオデュッセウス・ウ・ブリタニア。よろしく」

 

 二人はそれぞれの反応を見せる。また頭を下げてキチンと挨拶を返すジェレミアと、周りから見たら不敬と言われる態度で返すロイドと正反対である。

 

 ロイドはガラス越しに見える組み立て中のガニメデに視線を移す。

 

 「オデュッセウス殿下はガニメデの事にお詳しいと聞きましたが…」

 「殿下に無礼であろうが!!」

 「構わないよ。そのまま続けて」

 「もしよければ詳しいお話を聞かせて頂けれないでしょうか?どうも興味がそそられましてね」

 

 ジェレミアやSP達の睨みを物ともせずに言える事は素直に羨ましく思う。私はそういうの気にしちゃうから。それにしてもこれは良いチャンスかも。ここで彼らと親しい仲になっていれば後々何かあるかも知れない。まぁ、ただ単に原作キャラと仲良くしたいと言うのが一番だがね。

 

 「確かに私はガニメデに関してはアッシュフォード家に次いで詳しいよ。ここで語っても良いけど今は時間が無いんじゃないかな?」

 

 うろちょろしていたロイドを連れ戻しに来たという事は彼らは他の生徒たちをここより先の場所で待たせているという事になる。気付いたジェレミアは気まずそうな表情を見せた。

 

 「また今度宮殿に招待しよう。その時にゆっくりと話そう」

 「やった♪」

 「ジェレミア君も来るかい?」

 「よ、宜しいので?」

 「もちろんだよ」

 

 嬉しそうにする二人を早く他の生徒達と合流するように言って、私は工場見学を続けた。話を聞きながら彼らをどう持て成そうか思案する。帰ったらアッシュフォード家に連絡を入れて空いてる日を聞いて、彼らの学校を調べて何時にするか決めて連絡するかな。後はこの事をマリアンヌ様に知られないようにしないと。ジェレミアはマリアンヌ様の事を敬愛しているが、彼が出会ったらしき描写を知らない。あの性格を知ったらどう思うか…気にしないか幻滅するか。それ以前にマリアンヌ様が来たらいろいろと問題が起きそうな気がする。

 

 楽しみな事を思い描き、行き詰まっている仕事から目を背けたまま私は工場見学を終えて、宮殿へと帰ってきた。帰ってきたのは良いのだが…誰ですか貴方?

 

 「はぁ~」

 

 宮殿のテラスに一人の女性が手すりにもたれているのが視界に入った。抹茶色とでも言えばいいのか分からないが、髪は肩に掛かる事無く切られておりすっきりとしている。背丈からコーネリアと同年代ぐらいだと推測する。着ている服もコーネリアが通っている学校指定の物だ。多少色違いな所から後輩もしくは先輩だろう。

 

 にしても夕日に照らされる彼女は失礼かも知れないが格好良かった。佇まいは美しく、凛々しい横顔は見ていて時間を忘れるほどだった。数分間何もせずに見つめていると彼女は視線に気付いたのか振り返る。

 

 本日二度目の衝撃が私を襲うのであった。

 

 

 

 大きなため息を吐きながら、コーネリア・リ・ブリタニアは重く感じる足を引き摺るようにしてでも目的の場所へと向かう。

 

 今日はこの宮殿に友人…先輩を招いていたのだ。名をノネット・エニアグラムと言う。身体能力は私よりも高く、接近戦を挑んで勝った試しが無いほどの力の差がある。相手を経歴で捉えずに人格・実力で評価する人物。ただ豪放な性格は問題だがそれを補い得るだけの人で、私が信用できると感じた数少ない人物の一人だ。

 

 彼女を招いたのはその身体能力の高さからナイトメアを上手く扱えるのではないかと思った事がきっかけだ。さすがに実物に乗せる訳にはいかないので、シミュレーターで対戦を行なった。もちろん今日の事は他言無用でと約束してもらってだ。結果は三勝零敗で私の圧勝…と言いたいが圧勝とまではいかなかった。一回目と二回目は余裕があったが三回目は慣れたのか動きが鋭くなった。もう少しで片腕を切り落される所だった。初めて扱った初心者で長年鍛えてきた私の片腕を取りそうになったのだ。妬みや悔しさなどよりも彼女ならより上手くナイトメアを使いこなせるのではないかと期待のほうが大きかった。

 

 その後、彼女と話をしていたのだが、「もうちょっと鍛えれば殿下の好きなオデュッセウス殿下にも勝てますかな?」と冗談めいて言った彼女に私は怒鳴ってしまった。たまに合わない時があって彼女とは少し険悪になる事がある。大抵は彼女の方が私の怒りを受け止める側に回るので一方的に私が険悪になるだけなのだが、今回ばかりは違った。あのオデュッセウス兄上に勝つ?その発言を聞いた瞬間、胸の中でモヤモヤとした気持ちに包まれ怒鳴り散らしていた。

 

 落ち着いた今なら分かる。彼女のいつもと変わらない冗談。なのに私は冷静さを欠くどころか怒鳴り散らすなんて…。

 

 再び大きいため息をついて足を止めそうになる。気は重たいが足を止めるわけには行かない。こちらが悪いのだから謝るのが筋だ。もう少しでテラスが見えると言う所で足を止めてしまった。テラスから声が聞こえてくる。一人は彼女だがもうひとりは…。

 

 「コーネリアとそんな事があったのか」

 

 兄上だ!声の主を理解すると同時に顔が強張る。まさかあんな失態を兄上に知られたと考えると何とも言い表せない不安感が襲ってくる。テラスに出る事が出来ずに柱の影に隠れる。

 

 「はい、冗談にしても軽率でした。申し訳ありません」

 「ははは、君ならすぐに私を追い抜くと思うよ」

 「ご冗談を」

 

 声色から怒っている感じはなくホッと安心するが、何故だが兄上が楽しそうに喋っているのを聞いていると、先ほどとは違ったモヤモヤが心を覆ってくる。首を傾げながら聞き耳を立て続ける。

 

 「コーネリアは学校ではどんな様子なんだい?」

 「私が知る所では生徒の模範となるべき行動をとって、生徒・教師の両方から多大な信頼を得ていると感じております」

 「上手くやれているのか。それは良かった」

 「噂ではオデュッセウス殿下の話題になるととても饒舌に語られるとか」

 

 な、なんて事を兄上に言うのだ!?ただ私は表面上の兄上ではなく、身近な者として兄上の良さを知って貰いたく説明していただけで語るなど…。

 

 柱の影で赤面しながら言い訳を心の中で呟いているコーネリアだったが、オデュッセウスは語られた内容がどのようなものかが気になっていた。

 

 「コーネリアは真面目で強情なところが多々有るだろう」

 「いえ、そんな事は……ありますね」

 「本来彼女は兄弟姉妹想いの優しい子なんだ。今頃は君に怒鳴ってしまった事を悔やんでいるだろう。どうか許してやってくれないか?」

 「勿論です。殿下ほどではありませんが私も彼女の良さを知ってますので」

 

 兄上と先輩の言葉に気恥ずかしさより嬉しさで満たされる。二人に安らぎを感じて心を落ち着けたコーネリアはゆっくりと一歩を踏み出そうとした。

 

 「でも知らない事も多いだろう?まだ幼かった頃に大きくなったらお兄様のおよm―」

 「兄上!!何を仰られているのですか!!」

 

 熟れたトマトよりも顔を真っ赤にしてオデュッセウスに飛び付く。口を塞いで続きを言わせなかったが何を言おうとしたか理解した彼女はニッコリと笑っていた。謝ろうと言う事よりどうやって今のことを黙ってもらえるように説得しようかと悩むコーネリアであった。



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第07話 「自慢の弟達&妹達」

 歴史改竄…。

 

 本来あった流れを変えてしまう行為。時に死ぬべき定めの者を救い、生きるべき者を殺す。転生・憑依なんてものがあれば意図しても意図しなくても起こってしまうものである。

 

 「はなしてください!!」

 「そっちこそはなしなさいよ!!」

 

 私という存在がオデュッセウス・ウ・ブリタニアに憑依している事で改竄してしまった事も多く見付かるだろう。そのひとつが彼女達だろう。

 

 「オデュッセウスおにいさまとはわたしがあそぶんです」

 

 ふわふわの可愛らしいフリル付きの服を着て、癖のある髪をツインテールにしている五歳のナナリー・ヴィ・ブリタニアが、右腕を小さい手で必死に引いている。

 

 「なぁに言ってんのよ。オデュッセウスにいさまはわたしとおあそびになるのよ!!」

 

 赤い髪を髪飾りで二つに括っていて、ドレスなどではなく身体に合うぴったりとして動きやすい服装の六歳になったカリーヌ・ネ・ブリタニアが、そこまで重くない体重をかけて左腕を引っ張る。

 

 二人の争奪戦の対象である私は困った笑みを浮かべてされるがままの状態である。久しぶりに仕事を終えて暇になった今日を休日と設定した私の執務室には弟&妹が大集合していた。確かこのことはマリアンヌ様しか知らない筈なのだが…。あぁ、完璧にあの人が漏らしたんだろうな。こうなる事を分かって。

 

 「兄上は人気者ですね」

 

 ソファで紅茶片手にくつろいでるシュナイゼルから微笑みながらかけられた声が聞こえるが、それよりも助けてくれないかと願う。カリーヌとナナリーの仲が悪いと言うのはなんとなく知ってはいたが、私が憑依したことでより一層悪くなった気がする。主に私が原因だが…。

 

 「本当に兄上は人気者ですね」

 

 ナナリーやユフィには天使のような笑顔を見せるルルーシュなのだが、私に対してだけ冷たい視線と棘のある言葉が突き刺してくる。今まで兄弟・姉妹皆と仲良く接してきたのだが、何故かルルーシュに嫌われている節がある。未来の事を考えると非常に不味い。顔を合わせた途端に「死ね」ってギアスをかけられたらどうしよう? 

 

 何がいけなかったのか…。

 チェスで20連勝した事かな?

 それとも将来を見越してビスマルクやマリアンヌ様との模擬戦に参加させた事かな?

 もしかして間違ってルルーシュのおやつを食べてしまった事がばれたのかな?

 …いや、最後のは気付いて作り直してもらったから大丈夫。大丈夫のはず。

 

 いろいろな事を思い返してる間も左右に揺らされ続けられ、さすがに気分が悪くなってきた。

 

 「お二人ともお止めなさい」

 

 取り合いをしている二人を止めたのはコーネリアも溺愛しているユーフェミア・リ・ブリタニアだった。桃色の髪を腰まで伸ばした少女はムッと表情をして注意する。

 

 「だってナナリーが」

 「だってじゃありません。二人ともお兄様が困ってるのが分からないの」

 「うー…ごめんなさい」

 「わたしもごめんなさい」

 

 確かに困っていたが、これだけ慕われることは嬉しい事でもある。笑みを浮かべたまま二人の頭を撫でて、怒ってない事を伝える。撫でられて嬉しかったのかにっこりと笑う二人を眺めていると、ルルーシュより刺すような視線を感じる。

 

 「ルルーシュ!勝負の途中だぞ!!」

 「…そうですねクロヴィス兄様」

 

 まるで腹を空かせた肉食獣が弱った小鹿を見つけたような獰猛な笑みを浮かべた弟に少しだけ恐怖した。ルルーシュとチェスをしていたクロヴィスに心の中だけで手を合わせる。

 

 と、余所見をしていた私の手を誰かが掴んだ。振り向きその相手を認識するとそれは満面の笑みを浮かべるユフィだった。

 

 「オデュッセウス兄様。わたくしと遊びましょう」

 「「ユフィねえさまずるい!!」」

 

 さっきまで争っていたカリーヌとナナリーが同時に抗議する。ここでユフィは二人のように独占しようとせずに、皆一緒に遊んで頂きましょうと提案する。最初の頃は独占しようとしていたのだが、ナナリーやカリーヌなどの妹が出来てからお姉さんらしい余裕を持った態度で接するようになった。

 

 「大変そうですね」

 「ああ…けれどこういう時間は好きだからね」

 

 今感じる幸せを噛み締めながら部屋の中を見渡す。

 容赦の無い攻めで完全勝利を収めるルルーシュに、肩をがっくり落としながらもリベンジに燃えるクロヴィス。

 ユフィを中心になにをして遊ぶか決めかねているナナリーにカリーヌ。

 騒がしいのは嫌いと言っている割には満更ではなさそうに眺めるギネヴィアと、温かい眼差しでユフィを見守るコーネリア。

 静かに笑みを浮かべつつ、静観するシュナイゼル。

 

 本当に殺しあうのだろうかと疑問を抱き、こんな平和な日常がずっと続くんじゃないかと期待する。

 

 した途端にけたたましくドアが開けられた。突然の事だったがコーネリアは立ち上がって腰に提げていたナイフに手を伸ばす。同時に私はユフィ達を庇うように前に出ながら懐に手を伸ばす。

 

 「ハァ…ハァ…」

 

 ドアを開けたのはナナリーと同い年のキャスタールだった。よほど急いで来たのだろう。艶のある薄い緑色の髪が乱れ、呼吸は乱れきっていた。

 

 「どうしたんだいキャス?そんなに慌てて」

 「ま、また…パラックスが」

 「まさか……またかい?」

 「ボ、ボクは注意したんだよ。でもパラックスの奴が」

 「心配しなくても大丈夫だよ」

 「兄様。なんなら私が行きましょうか?」

 「いや、私が行くよ。慣れたしね」

 

 代わりを申し出たコーネリアを手で止めて、足早に部屋を後にする。後ろに付いて来るのは困った顔をしているキャスだけだった。

 

 キャスタール・ルィ・ブリタニア。

 兄弟の中では珍しい双子だ。そもそもブリタニアでは双子は忌み嫌われている存在である。特に貴族では跡継ぎの問題も絡んで余計に嫌われる者だが、皇族に関しては子供が多くて今更双子が出来たからって別に問題は無い。問題があるといえば皆が弟と間違えることぐらいだろうか。瞳の色を見ないと分からないと言うのだが別にそんな事はないと思うのだが。

 

 中庭に近付くにつれて、木と木がぶつかり合う音が耳に入ってくる。これで何回目と数えるのも馬鹿馬鹿しくなる。それだけ元気がある子に育ってくれたと喜べばまだ良い方かな。

 

 予想通り中庭では二人の子供が木の剣を振り回して戦っていた。

 

 ひとりはパラックス・ルィ・ブリタニア。

 キャスタールの弟で少しばかり血の気が多い男の子。キャスもナンバーズに区別ではなく差別意識を持っているが、パラックスのそれはキャス以上で、幼いゆえかはまだ分からないが結構な残虐性も持っている。コーネリアには危険視され鬼子とまで言われていた。その性格が問題視されたのか父上様に呼び出されたのだ。行く時に話を聞いた私は一緒に付いて行って先に謝ると、何故か困ったような表情をしていたのは不思議だったな。

 

 パラックスと木の棒をぶつけ合っている相手はオルドリン・ジヴォンと言う貴族の娘だ。

 一族からラウンズを輩出した事もあるジヴォン家のルルーシュと同年代の少女。しかし、少女だからと侮ってはいけない。彼女の母親の剣技はナイト・オブ・ラウンズにも劣らず、手合わせした時には正直見惚れるほどだった。そんな母親からマンツーマンで剣技を習った彼女が弱いわけが無い。実際、我流のパラックスを赤子を捻るかのように圧倒している。

 

 限界が来たのだろう。悔しそうにパラックスが大の字で地面に転がった。それを見たオルドリンは短く息を吐いて、剣を納める動作をして一礼する。

 

 「やぁ、またやっているようだね」

 「―っ!?こ、これはオデュッセウス殿下!失礼致しました」

 

 私に気付いたオルドリンは片膝をついて伏せる。幼い彼女の仕草は様になっており、どれだけ教え込まれたのかがよく分かる。

 

 「兄様…」

 「まったくパラックスはやんちゃだね」

 「すみません」

 「いや、そこが君の良い所でもあるんだ。怪我は無いかい?」

 

 倒れているパラックスを一通り見たが小さな擦り傷などはあるが、大きな痣や血が出るほどの怪我は皆無だった。さすがと褒めるべきだろう。

 

 「さすがマリーの騎士だね」

 「ありがとうございます♪」

 

 『マリーの』と言う言葉に喜んで笑みを浮かべる。オルドリンの後ろから近付いた少女がぎゅっと愛おしく抱き締める。

 

 「ま、マリー!?」

 「さすが私の騎士です」

 

 後ろから抱き締めたのは天使のような羽を付けたドレスに身を包んだマリーベル・メル・ブリタニア。オルドリンの幼馴染でルルーシュと同い年。あの時はルルーシュだけでなく、妹も出来たと大喜びしたっけ。

 

 マリーはオルドリンの手を引いて駆けて来る。パラックスは忌々しそうに睨んで、横に居るキャスタールが心配そうに見つめている。

 

 なんだか歳をとるにつれて前世の記憶を失いつつある。この四人はコードギアスのゲームか漫画に出ていたような気がするのだが記憶が薄いぶん思い出せない。思い出せないからって別に不都合は感じてないが。現にこうやって仲良くなれたのだから、それ以外は問題ないと判断したと言うのが正しいかな。

 

 「さて、皆も私の部屋に来て一緒にお茶でも如何かな?」

 「もちろん行きますわ」

 「ボクも行きます」

 「わ、私も宜しいのでしょうか?」

 「当たり前じゃないか」

 「ありがとうございます」

 「チッ…決着は今度つけてやるからな」

 

 キャスとパラの手を繋いで皆で並んで部屋へと戻る。戻ったらナナリーにカリーヌ、ユフィに囲まれ、居ない間に話し合った遊びの数々に付き合わされた。愛おしい妹・弟に囲まれる生活。本当に幸せだな。

 

 いずれ訪れる悲劇に気付かないまま今の幸せを噛み締めるのであった…。



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第08話 「初めての取材」

 今更ながらメディアの仕事を受ける事にしました。

 

 神聖ブリタニア帝国の第一皇子なら今までに受けていて当然だろうと思われるかもしれないが、今までガニメデでのデータ収集に最強騎士との模擬戦、多過ぎる書類仕事などでそんな暇などなかったのだ。シュナイゼルに話を聞いたところではすでに何回も受けてきたそうだ。

 

 なので私もメディアの仕事を受けてみたのだが概ね好評のようだ。ようだと言うのはシュナイゼルやギネヴィアが一般の反応を教えてくれたからで、自分で一般の反応を見た訳ではない為だ。ユフィを始めとした十歳以下の妹や弟達からは動物と戯れる姿が可愛かったと言われたから一般の反応などどうでも良い気もする。

 

 新たに出来た美術館にサファリパークや動物園などの訪問を放送したり、大手新聞社のベテラン記者による当たり障りない質問に答えるだけの記事などしたが今日ほど楽しみなものは無い。

 

 「はい。で、では撮ります」

 

 椅子に腰掛けた状態で笑みをカメラに向けて、表紙を飾るであろう写真を撮ってもらう。カメラから軽い機械音が鳴り、フラッシュの光で照らされる。写真を撮った女性はニッコリ笑顔でお礼を言って、話を聞く為に用意したテーブルの方へ案内する、

 

 彼女はメルディ・ル・フェイ。真っ赤なショートヘアが特徴的な年齢十七歳の新人記者である。

 

 本来なら新人記者と言うだけで断るのに大手の新聞社の推薦も無い彼女の取材を受けているのはこちらの不手際だった。下の者が弾く筈だった書類が間違って通過してしまい、私が受けると返事を送ってしまったのだ。その事を知ったギネヴィアは断るべきですと言ってきたが、受けますとこっちから言っておいて断ると言うのは相手に悪い。それがベテランだろうと新人だろうとだ。

 

 「本当に宜しいのですか兄様」

 「なにがだい?」

 

 この取材を受けるに当たって兄弟・姉妹からある条件を出された。それは誰かを連れて行くというものだった。兄弟から知略も優れているシュナイゼルが名乗りを挙げて、姉妹からはギネヴィアが付いてくる事になった。なにやらの手段で決めたらしくコーネリアが悔しがっていた。ちなみにさっきの写真では左右に椅子があって右にシュナイゼル、左にギネヴィアが座っていたのだ。出来れば皆で撮りたかったなぁ…。

 

 「あんな三流以下の記者の取材を受けることです」

 「こらこら、そんな事言ってはいけないよ」

 「ですが…」

 「良いではないですか。兄上は楽しそうですし」

 

 確かに楽しんでいる。正直申し込んだ彼女もまさか受けて貰えるとは思っていなかったらしく、皇族に対する礼儀作法を急遽覚えたっぽいし、着ているスーツは新人記者が買う物としては高そうではあるが身の丈にあってない。そして緊張からかガチガチに固まっている。今までこういう相手を見たことなかったから見ていて楽しい。

 

 表情からも「私、緊張してます」と伝わってくるメルディに案内されるまま、用意されていた席につく。一応高価な椅子らしいが宮殿にあるどの椅子よりも粗悪な物にギネヴィアの機嫌はまた一段と悪くなる。

 

 「で、ではオデュッセウス殿下に質問させていひゃ…頂きたく存じまする」

 

 隠す気の無いギネヴィアの態度に怯えながらも、臆する事無く質問しようとする彼女に感服する。私ならびびって顔色を窺うか黙ってしまうだろう。父上様相手だとそうしているし…。

 

 「メルディさん。気を楽にしてください。そんなにガチガチだと肩が凝るでしょう」

 「は、はい」

 

 とは言っても皇族を前に気を楽にする事は出来ないとは思うが一応言ってみる。やはりと言うか当然だが返事をするだけで緊張はしたままだった。

 

 「最初の質問なのですが普段どのようなお仕事をしていらっしゃるのですか?」

 

 -ガニメデのデータ収集を兼ねて、マリアンヌ様やビスマルクと模擬戦をしています-

 

 「ガニm」

 「父上の書類仕事を手伝っていらっしゃいます。ね、兄様」

 

 言おうとした言葉がギネヴィアの言葉で遮られる。何やら焦っているようにも見られるがどうしたのだろうか?

 

 最初っから軍事機密に位置付けられているガニメデの事を漏らそうとしたオデュッセウスに冷や汗を掻きながら、何とか誤魔化せた事にギネヴィアはホッとする。それはシュナイゼルも同じだったらしく安心したように息を吐いていた。

 

 代わりにギネヴィアが答えた事で『何か聞いちゃいけない事だったのかな?』程度の認識しか出来ずに次の質問を投げかけてくる。

 

 

 「先の遠征では多大なご活躍を成されたとお聞きしました。その感想を頂ければ」

 

 メルディが言った『遠征』とは、一週間前までオデュッセウスが総司令官として軍を率いて、エリアを増やしに行くように命じられた事だ。兵士は神聖ブリタニア帝国精鋭部隊を中心にしており練度も高く、軍からアプソン将軍が、貴族からカラレス公爵などが参謀として集められた。

 

 有能な兵士に参謀達で編成された軍団に対して、正直に言うと私は何もしていないのだ。いや、しないように指示をした。

 

 出発前に兄弟・姉妹のメディア関係の仕事でどのような事をしていたのか見ておこうと、いろんな記事やデータ保存されていたインタビュー番組を閲覧していたら、皆が皆、私の話をするのだ。

 

 ギネヴィア曰く、とても思慮深く、兄弟・姉妹想いの自慢の兄。

 シュナイゼル曰く、大きな器に優しい心を持つ人物で、その思考能力は群を抜いている。

 コーネリア曰く、努力を怠る事無く鍛えられた腕前はラウンズに引けをとらない。にも拘らず慢心する事無く鍛錬を続ける努力家。

 

 要約するとこのような高評価を貰っていたのだ。コーネリアだけは横に居たダールトン将軍に止められなければ延々と喋りそうだったぐらいだ。そのように見られている中で遠征で大手柄なんて挙げてしまったらエリア制定の為の将軍として派遣される事が多くなるかも知れない。私は戦いは嫌いだ。ゼロに近い確率かも知れないが可能性があるのなら完全に消すまで。

 

 と言う事で簡単な指示だけして、ほとんど椅子から離れずに書類仕事をしていただけだった。ただ疑いがあるってだけでナンバーズを大虐殺しようとしたカラレス公爵を止めたぐらいはした。何にしてもあの遠征で私は椅子に座っているだけで指揮も出来ない無能と思われたろう。

 

 オデュッセウスは安易にそのような評価を受けていると思っているが実際は逆に高評価を得ていた。カラレス公爵は邪魔をされて最初は不満だったが助けられたナンバーズにその家族、事実を知った者達がオデュッセウスに心を許し、占領後の他のエリアに比べてナンバーズの抵抗がほとんど無かったのだ。この事を現場の雰囲気と併せて見ていたカラレスは、皇族の方々が高評価している意味を知った。

 

 他にはアプソン将軍などは将や兵を信頼し、自らの手柄を自分達に譲ってくださる器の大きさを垣間見たと評価し、無策で攻めたり、虐殺目当ての無駄な戦いを一切せずに短期間で最大の戦果を手にする知将として認識されていた。

 

 遠征のことを思い出しつつ質問に答えようと口を開く。

 

 -私は何もしておりませんよ。すべてはブリタニアの為と戦ってくれた者達のおかげです-

 

 「私は何もしておりまs…」

 「兄上。謙遜ですか?戦場での評価は皆兄上を褒め称えておりました。集まった貴族達に将軍達はブリタニアの頭脳と評していましたよ」

 

 また途中で区切られた私はギネヴィアではなくシュナイゼルを見つめる。今度はオデュッセウスだけではなくメルディも困った表情で見つめていた。見つめていても爽やかな笑みを返されたので短く咳き込んで続きを促す。

 

 「皇族の方々の中にはすでに騎士を選ばれている方がおられますが、オデュッセウス殿下は何方を選ばれるのですか?」

 「その質問はいらない騒ぎを起こす可能性があるので」

 「好きなタイプの女性は?」

 「気品に溢れたお淑やかな方が良いですわね。ねぇ、兄様」

 「現在お付き合…」

 「いません!!」

 

 促されて次々質問してくれるのだが全てシュナイゼルとギネヴィアが答えていく。確かこれって私に対する質問だったよね?自信満々な笑みを浮かべる二人に何と言っていいのか分からない。最初はガチガチで緊張しかしていなかったメルディが困った表情ではなく呆れ顔をしていた。ごめんね本当に…。

 

 「えーと…コーネリア皇女殿下が仰られていたのですが身体を鍛えていらっしゃるとの事で」

 「毎日欠かさず鍛錬を行なっていますから」

 

 やっと遮られずに答えれたと内心歓喜の叫びを上げそうになった私の代わりに彼女の方が嬉しそうな顔をしていた。

 

 「では、どの程度鍛えていらっしゃるのでしょうか?」

 「ボディビルダーみたいに鍛えようとは思ってないので…そうですね。やっと腹筋が割れてきたぐらいでしょうかね」

 

 私の答えに満足そうに短く声を漏らしてカメラを取り出した。

 

 「もし良ければもう一枚いいでしょうか?出来れば身体のラインを出すような感じで」

 「不敬なっ!そのようなしゃs…」

 「構いませんよ」

 「っ!?良いのですか兄様!!」

 「…よっし!」

 

 少し恥ずかしいがそれぐらいならいいだろう。それと不敬だと言ったわりにはその嬉しそうな笑みはなにかな?

 

 許可を得たメルディは私達を先導して別室の衣装室に向かう。部屋内で待機していたSP達が予定外の行動に多少戸惑いながら、急ぎ衣装室内に危険物やカメラなどの類が無いかを調べる。急な事といっても手際が良く短時間で終了した事に見慣れた私達は良いとして、メルディだけは目を見開いて呆然としていた。衣装室内には数多の職業の制服からコスプレみたいのまで置いてあった。今回取材を受けるだけだったので衣装コーディネイターを連れて来ていない。どうしようか悩んでいると「あ!」と、何かに気付いたような声が響いた。急に声を挙げたものなのでSP達が懐に手を伸ばしていた。

 

 「すみません!カメラをさっきの部屋に忘れてしまいました。すぐに取って来ます」

 

 大慌てで衣装室を飛び出して行ったのを見たシュナイゼルは監視を兼ねてSPを二人付いていかせる。ギネヴィアは衣装の類を見て粗悪品と文句を言っていた。私はと言うと肉体を見せるという事からぴっちりとした衣装を探して、着替えてしまおうと行動していた。服もワンサイズ小さ目の物を探すだけだったからすぐに見付かった。

 

 服を着替える為に繋がっている更衣室に入ったまでは良かった。だが、問題はその後にあった。

 

 ボタンの外し方が分からない。

 

 冗談や嘘のように思われるかも知れないが、私はひとりで着替えを行なったことがない。幼い頃から周りに控えて居る者が衣類を用意して着替えさせてくれるのだ。前世の意識が残っている私は恥ずかしくもあり遠慮したのだが、下々の者達に傅かれる事に慣れよとの一言で却下された。隣り合った衣装室に居るのは同じように着替えた事が無いであろうシュナイゼルとギネヴィア。護衛のSP達と着替えを手伝って居る者はいない。さすがに事情を話してメルディに手伝ってもらう訳にも行かずに何とか脱いでみることに。

 

 ボタンやベルトを無理やりに近い感じで外していき、時間はかかったが何とか脱ぐ事は出来た。安心した私は心に余裕を持ち、着替えのカッターシャツに袖を通して絶望した。ボタンは外すよりはめる方が難しい。しかも下のジーンズもチャックは上げられたもののボタンが出来ない。ベルトは通せても止められない。

 

 焦りつつも現状を姿見で確認する。カッターのボタンを留めてない為に真ん中縦一文字に肌蹴て肌を晒している。そこには先ほど話した割れ目が見え始めた腹筋が覗いていた。ジーンズのボタンをしていないのもおしゃれに見えてきた。身体のラインを出す写真ということなのだからこれで良いのではないか?

 

 「着替え終わったよ」

 「あ、はい。ではこちr…」

 

 カメラを取りに行っていたメルディも衣装室に戻っており、笑顔で対応しようとして硬直した。先ほど姿見で見た時は問題ないと思ったがおかしな所でもあったのだろうか。不安に思いながら辺りを見渡してみるとギネヴィアが顔を真っ赤にして鼻を押さえていた。シュナイゼルはいつもと変わらない笑みを浮かべているが、微妙に手が震えているような気がする。

 

 まるで時間が止まったかのように静止していた時間は動き出す。

 

 「さいっこうです!!殿下。そのままで良いのですね!良いんですよね!!」

 「あ、はい」

 「ささっ、こちらに!」

 

 テンションの上がり具合に若干引きながら言われた通りに付いていく。止めに入ろうとしたギネヴィアは鼻から溢れ出そうになる物を押さえるのでそれどころではなかった。

 

 ちなみに帰る前にはシュナイゼルが珍しく慌ててお手伝いさんたちを呼び寄せて、着替えさせてもらってから帰ることが出来ました。それとオデュッセウスの写真が載せられた雑誌は皇族女性陣の愛読書になったとか…。




オリキャラ

名前:メルディ・ル・フェイ
身長:159センチ
体重:41キロ
スリーサイズ:72・54・77
血液型:B型
一人称:僕(取材時などは私)
年齢:十七歳

真っ赤なショートヘアが特徴的な女の子。
新人記者で仕事意欲旺盛。今回は試しに送っただけでまさか受けるとは微塵も思っていなかった。オデュッセウス殿下が取材を受けた新人記者として注目され、貴族から取材してくれとの依頼を受ける事になって大忙し。大手の先輩や作法が記されている本などを読んで猛勉強中。

多分、もう出ないと思う…。


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第09話 「僕とあいつ」

 僕の名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第十一皇子で第十七皇位継承者である。皇子や継承の番号でも分かるように多くの兄弟・姉妹が存在する。

 

 次代の皇帝を担う為に皇帝の子供が必要なのは理解する。兄弟・姉妹が出来る事は嬉しい事なのだが、皇帝の子供が年々増えていくのはどうなのだろう?この質問をギネヴィア姉様にしてみると『競い合わせてより優秀な子が皇帝を作り出す為』と答えられた。

 

 八歳になった自分もいろいろな習い事をさせられている事を思い返して納得した。通常の勉学は勿論、戦術に戦略、エリアの統治の仕方から軽い護身術まで必要なものは叩き込まれた。けれど、それらがまったく通用しない人物が居る。

 

 それは外交を行なっている十八歳のシュナイゼル兄様でも帝都ペンドラゴンよりエリアの一部を支配しているギネヴィア姉様でもない。ましてクロヴィス兄様はありえない。

 

 ルルーシュが居る室内にコトンと軽い音が響いた。

 

 「キングから?」

 「王様から動かないと皆がついてきてはくれないだろう」

 「そういうものですか」

 

 疑問に思った言葉を呟くと微笑を浮かべたオデュッセウス・ウ・ブリタニアが答えてくれる。今二人が居るのはオデュッセウス兄様の執務室で、久しぶりにチェスでも打たないかと誘われたのだ。

 

 彼こそすべてが通用しない人物である。そんな相手の打たれた一手に対してこちらも打ち返す。

 

 指揮をとれば最短で有効な手をいくつも行なう知将で、剣術はラウンズに並ぶ実力者。性格は温厚で平穏を求める平和主義。幾つもの国家プロジェクトを成功させ、あの父上からの信頼も厚いと聞く。

 

 正直に言うと僕はオデュッセウス兄様が気に入らない。

 

 別にあの地獄のようなガニメデ訓練に叩き込まれた事を恨んで気に入らないなんて事はない。いや、それも恨みのひとつと訂正しよう。

 

 『第一皇子様はそれぐらい簡単に出来たのに』

 

 何かしら比較される事が多いのだ。皆は声には出さないがそういう視線を感じるときがある。それもお母様から感じる事もあるからかなり堪える。自分はそんなに不出来だったのか、と。

 

 シュナイゼル兄様はオデュッセウス兄様と歳も離れておらず、比較される事はあったもののそれほどではなかったらしい。と、言うのもオデュッセウス兄様に十二歳の時に国家プロジェクトを幾つか任せられた事が大きかったのだと言う。普通は十二歳の子供にそんな事をさせる者など居ないだろう。実際は頼む者が居て成功させたという事実が出来た。それはギネヴィア姉様も同じで同時期に国家プロジェクトを幾つか成し遂げている。これらにより成功させた本人は周りから能力を評価され、頼んだ兄様は相手の力量を見抜く目を持っていると謳われた。

 

 僕も請け負ってない訳ではない。つい先日いきなり建物の設計図を渡されて、テロ対策の警備の配置を組んでくれと言われた。最初は何処かの廃れた劇場の設計図かと思ってやっていたら、新しく建てられた劇場だと知ったときは心底驚いた。お母様やナナリーと劇を観に行ったのだが、ちゃんと出来ていたかが気になって内容なんて覚えてもいない。

 

 コトリと音を立てて奇妙な手を打ってきた。意図が読み切れずに手が止まってしまう。悪手とも誘いの手とも受け取れるこの一手をどう返すか…。誘いの一手と考え乗ってやる事にする。

 

 「ほぉ…そう来るのか。どうしたものかな」

 

 いつからか伸ばし始めた顎髭を撫でながら困った表情で悩む兄様を見て、どうやら誘いの一手ではないと判断する。

 

 シュナイゼル兄様やギネヴィア姉様はオデュッセウス兄様を何でもこなす超人のように語られるが僕はそうは思わない。思っている事が表情で分かるタイプらしく腹芸は無理らしい。らしいと言うのが本人の言葉だから鵜呑みには出来ないが。後、本人曰く楽器の演奏や歌を歌ったり、絵を描いたりする事は苦手なのだとか。この辺りの話は僕にしかしていないと言われてもどう反応していいか困ったのを覚えている。

 

 「あ!そういえばナナリーがルルーシュの事を嬉しそうに話してきたよ」

 「僕のことを?」

 「この間の警備の事さ。お兄様は凄いって随分嬉しそうに語ってくれたよ」

 

 はははと笑う兄様を見て少しムッとしてしまう。

 

 ギネヴィア姉様は『競い合う』と言ったが兄様は違った。僕とナナリーはお母様が庶民の出だから差別的に見られることがあり、姉妹ではカリーヌと仲が悪かったりする。中には自分の方が優れていると主張する者も出てくる。しかし兄様は競う事を嫌っており、誰とでも仲良くしている。勿論お母様やナナリーとも仲が良く、僕が知らないところで会っていたりもする。

 

 面白くない…。

 

 僕の所有物ではないのだがなんだか盗られたような感じがするんだ。それが一番気に入らない。さっきの言葉はこんな事があったよと話してきただけなのだろうが自慢されているような受け取りをしてしまう。

 

 「…最近お仕事忙しそうですね」

 

 自分の中で大きくなりつつあった感情から目を逸らす為に違う話題を振ってみる。ちょっと前まで暇そうだったのに最近は忙しいのか執務室から出てこないのだ。僕が生まれる前後はもっと忙しかったらしいのだが。

 

 朗らかに微笑んでいた兄様は微笑んではいるが雰囲気が沈み、そのまま俯いてため息をついた。何か聞いてはいけないことだったろうか?

 

 「…うん、忙しいよ。メディアの仕事や父上からの書類仕事はまだいいんだよ。問題はマリアンヌ様なんだよね…」

 「お母様が?」

 

 予想外の名前に首を傾げる。確かにお母様はガニメデの性能テストと称した遊び…模擬戦を何度も兄様と行っている事は知っているし、聞きもしている。が、最近の仕事は模擬戦ではなく執務室での仕事。ならばお母様とは関係ないのではないかというのが率直な考えだ。

 

 「書類仕事ならお母様は関係ないのでは」

 「それがね…模擬戦を行なう為に新しい性能テストの企画を作ってくれと言われてね。どうしたものかと」

 「そ、それはなんと言ったら」

 「まぁ、それは置いといてチェックだよ」

 「あ!」

 

 まさかこんなに早くチェックをかけられるとは思ってなかった。というよりもあの一手に気をとられ過ぎた。何とか現状を打破して攻勢に持ち込まないと。しかし先の一手がその邪魔をしている。

 

 「最初から読んでいたのですか?」

 「ん?何のことだい?」

 

 白を切られたが十中八九こうなる事を読んでいたのだろう。なにが腹芸は無理だ。十分しているではないですか!!そうは思っても言葉にする事なく現状を打開する為に次の一手を思考する。

 

 このルルーシュはオデュッセウスが気に入らない。確かに気に入らないのだがイコール嫌いという訳ではないのだ。

 

 母親と妹を独占される事は確かに面白くないだろう。しかし多くの力添えを与えてもらっている事を知ってしまっている。

 

 ギネヴィアやクロヴィスの母親などは庶民出のマリアンヌの事を良く思ってない。表立っては行わないが嫌がらせは何度も行われている。マリアンヌ自体は気にも留めてないが、ルルーシュとナナリーは別だ。幼いぶん余計に敏感になってしまう。その盾になってくれているのがオデュッセウスだ。

 

 嫌がらせそのものを止める事はしないがその嫌がらせを本人に気付かせないようにするか、行おうとする時点で話しかけて話を逸らしたりといろいろと手を打ってくれている。それも相手に敵対しないように。相手に敵対させないように上手く立ち回っている。おかげでナナリーが心を痛めずに生活できている。

 

 カリーヌの件が良い例だ。カリーヌも周りの母親達の影響であまり良く思ってない。陰湿な嫌がらせはして来ないが口で攻めてくる。その意識を否定しないように説得して前よりはかなり減った。それでも会ったら会ったで少しは言われるが前に比べて優しくなったものだ。

 

 自分自身が冷たく接した事が幾つもある。その度に優しく受け止め、気にかけてくれた。突き放してくれたほうが楽だった事があっただろうに。

 

 これらの事や彼の性格も好ましく感じているからこそ嫌いになれないのだ。だからと言って気に入らない事には変わりないのだが…。

 

 ちなみにチェスで勝て無い事はその中には含まれていない。いつかは絶対に追い抜く目標としているからだ。

 

 

 

 ルルーシュをチェスで負かしてしまった後の執務室でオデュッセウスは頭を抱えていた。

 

 マリアンヌ様からの無理な要請は何とかなった。いや、何とかしたが正解か。一度撥ねられた試作兵器から試作センサー類などの再試験という項目で数十回の模擬戦を予定に組み込めた。ロイドに話を持っていったら嬉しそうに試作機器類のデータを送って来た。中には一発でオーバーロードして大爆発を起こしそうなものまで…。

 

 頭を抱えている理由はルルーシュにある。彼の好感度を上げようとない頭なりにいろいろ行なっていたが、あまり芳しくない。

 

 「はぁ…。どうするかなぁ…」

 

 シュナイゼルに訊いてみるのもいいかも知れないかな。やっぱり止めておこう。

 

 「あぁ…ユフィの事も何とかしないと」

 

 別にユフィに何か問題が起こった訳ではない。これから先に起こるのだ。

 

 エリア11に副総督についた時に周りの者はお飾りとしか見ていなかった。そのわりにはナリタでは責任を負いたくないだけにユフィに指示を急がせたりしやがった。

 

 私が他人なら同じことを思ったり行っていたりもしていたかも知れない。が、今は可愛い大事な大事な妹のひとりだ。もし目の前でそんな態度をとる者がいたら殴りかかってしまう。だからそんな事を言われないように準備をしなければならない。それはナナリーにも同じ事が言えるが…。

 

 出来ればそんな事にならないのが一番なのだがね。

 

 オデュッセウスは大きくため息をつきつつ、机の上に残していた書類を片付けることに専念する事にした。未来への不安を残し、ルルーシュの感情を読み取れないままに…。

 



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第10話 「私の伯父様がこんなに可愛いわけが………あった!」

 黄昏に浮かぶ神殿を無言の父上様と一緒に歩いている。何故こんな事になってしまったのか後悔せずにはいられなかった。

 

 事の発端は数時間前に遡る…。

 

 久しぶりに父上様と朝食をご一緒しているのだが…。一言二言話しただけで会話らしい会話もなく、ただひたすら食事をするだけの空間に正直暇になった。テーブルマナーを守っての食事は時間が掛かる。別に残しても良いらしいのだが勿体無いので却下だ。なので手と口は動かしつつ考え事に耽っている。

 

 コードギアスの特徴と言ったらナイトメアによるロボットアクションや少数で大多数を圧倒するゼロの奇策など、数多くのものがあるがやはり一番はタイトルの一部にもなっているギアスだろう。

 

 考えてみると不思議な能力なんですよね。中には催眠術や読心術みたいのから、物理現象に干渉するものなど種類が多いんだよな。そしてそのひとつひとつが強力で使い方によれば世界さえ動かすことが出来る。

 

 もし…、もしも私がギアスを入手できたとしたら生存率が上がるんだろうか?確かに争いごとに巻き込まれそうだが、使う事を前提に考えるのではなく何かあった時にあれば良いなという感じでいれば、巻き込まれる事もないのではないか?ジェレミアが持っていたギアスキャンセラーなど一番欲しい物である。

 

 そこまで考えたがギアスを貰う為にV.V.やC.C.にどうすれば会えるのかまったく分からない。嚮団の場所はアニメで中華連邦のどこかと言う事で探そうと思えば探せるだろうが、アポ無し訪問や一見さんは不法侵入者で瞬殺されるだろう。考えたところで無駄だと解っていても無い物を強請ってしまう。

 

 「ギアスかぁ…」

 

 今思えばこの一言が今回の原因なのだ。ぼそっと呟いた一言が父上様の耳まで届き、鋭い眼つきで睨まれて「話せ」と命じられたのだ。絶対遵守のギアスでなくて良かったと本気で思った。なぜなら「私がギアスについて知っているのは、この世界がアニメで放送されていた世界から転生憑依して来たからです」なんて発言をする所だったのだから。苦しい話だが父上様に金髪ロングの少年、マリアンヌ様が『ギアス』の事を話している夢を見たと伝えた。聞き終えた父上様は目を瞑って腕を組んで考え始めた。

 

 正直死を覚悟した。せめて記憶改竄でギアス関係の記憶を消す程度でお願いします!!

 

 しかし予想した考えからは外れて、午前の仕事を全てキャンセルして伯父上様に会うことになったのだ。

 

 私もギアスが欲しくて会いたいと思ったがまさか本当に会う事になるとは…しかも父上様同伴と言う最高の形でだ。着いたら殺すなんて事もないだろう。ないですよね?無いって言ってください父上様!!

 

 心の祈りなど聞こえる訳もなく、ギアス嚮団に到着してしまった。

 

 最初に目にしたのは奇妙な場所だった。全体に紫がかった鉄ともコンクリートとも違う材質で出来た床や壁、柱に囲まれた空間。父上様と共に来た神殿のようではなく、コンクリートで出来た簡素的な地下駐車場のように思える。後ろにはギアスの紋章が赤く輝く壁があり、そこまでレッドカーペットが続いている。立っている所から出入り口までの床には段があって、三段に分けられている。出入り口付近が一番低い床で、二段目の床には眼元以外は嚮団の紋章が入ったローブで隠した不審者…もとい、嚮団メンバー八人が並び、私が立っている床には背もたれが丸っこいオレンジ色に座る、ふわふわの金髪ロングの少年の伯父様が居た。

 

 「待ちかねたよシャルル。彼が君達のお気に入りのオデュッセウスだね」

 「ええ、そして夢とは言えギアスを知っている者」

 

 何か父上様と伯父上様が話しているが理解できなかった。自分が知らない言葉などで喋っているとか、手話などのハンドコミュニケーションを使用して意思疎通しているとかではない。ただ耳には届いているが頭まで入ってないだけだった。

 

 透き通るような白い肌に、煌びやかなブロンド。左右に髪留めをつけて、柔らかそうな髪を後ろに垂らしておでこを晒している。幼くも整った顔は怪しい笑みを浮かべて私を見つめる。

 

 この伯父上様めちゃくちゃかわいいんですけど!!撫でたい!髪を梳いてみたい!膝の上に乗せてみたい!!

 

 身動きひとつせずに凝視していたオデュッセウスを不審がったV.V.は顔を顰めつつ見つめ返す。そこで彼が何故凝視しているかを自分なりに考えてみた。すると一番最初に至極当然の答えが出た。まず自分がなにものでなんなのか。そして自己紹介すら行っていない事に気付いた。

 

 「現実でははじめまして。そして夢の中を含めたらお久しぶりとでも言っておこうかな。ぼくの名はV.V.。君の伯父にあたる」

 「はじめまして伯父上様。私はオデュッセウス・ウ・ブリタニア。貴方の甥です」

 

 にこやかに手を差し出すと今度はキョトンとした驚きの表情をした。逆に今度は自分が顔を顰める。自分は何か仕出かしてしまったのだろうか?

 

 当たり前の事だった。見た目十歳前後の少年が二十二歳の青年の伯父と言って誰が信じるのだろうか。それを原作知識があるがゆえに当たり前のように受け取ってしまったのだ。V.V.が不審がるのも納得出来よう。というかするほうが普通だろう。

 

 一時は驚いた表情をしたがすぐに怪しげで楽しげな笑みを浮かべ、手を握って握手を返してきた。

 

 「へぇ…君は僕が伯父と聞いても驚かないんだ」

 「?…ええ、嘘はつかれないと思っていたんですけど…あれ?」

 「本当に面白いね。どこまで見てたのか知りたいよ。君が見た夢とやらを」

 

 あ…これヤバイやつだ。

 

 今更ながら持っていた知識で喋った事を後悔するがすでに伯父様の視線から逃れる術を持ってない事に気付く。後ろには無言の重圧を向けてくる父上様に、前には怪しい笑みを浮かべる伯父上様。完全に逃げ場をなくした現状に頭が真っ白になりそうになる。それどころか気絶しそうなくらいだ。

 

 今までルルーシュが自分の命の危険人物第一位と勝手に思い込んでいたがここにもっと危ないのが居たんだ。冷や汗を掻きそうになるが必死にいつもの笑顔で平静を装いながら手を戻す。別に装う事に何の意味もないのだが。

 

 転生憑依した事やアニメでこの世界の事を知っているなどの真実を伏せて、夢で見たと伯父上様にも説明する。内容は父上様に話したものと一緒だ。正直彼らに嘘をつくのは恐ろしかった。もしマオのように頭の中を覗けるギアスユーザーがいれば嘘がばれて今まで隠していた真実が明らかにされてしまう。明日の訪れない世界…自分に優しい世界になってしまう。

 

 オデュッセウスの危惧を余所にV.V.は興味有りげに聞いていた。疑いの眼差しを向けられない事に安堵していると予想外の言葉をかけられた。

 

 「ふぅん…君もギアスを手にして見る?」

 

 どういう流れでこう言われたかは理解出来なかった。しかし棚から牡丹餅。欲しいと望んでいた物が手に出来る唯一の機会。しかもC.C.ではなくV.V.だから未来のルルーシュにも私がギアスユーザーとばれる恐れはない。そこに考えが至ったときにはゆっくりとだが頷いていた。

 

 「シャルルのお気に入り…どんなギアスが発現するかな」

 

 先の怪しげな笑みではなく愛しむような微笑みを浮かべて手を伸ばしてくる。無意識にそっと手を重ねるとV.V.の額にあるギアスの紋章が輝いたところで意識が遠退いた。

 

 灰色に染まった世界…

 

 神秘的な衣装を纏った少女達…

 

 明るくも暗い宇宙…

 

 何とも表現しがたい空間や景色の中を流れていく。その中にはマリアンヌ様とC.C.、父上様と伯父上様が草原でくつろいでいる物もあった。

 

 かちりと歯車と歯車が噛み合ったような音が体内に響いた。いつの間にか閉じていた瞼を開くと正面に伯父上様の姿はなかった。

 

 「こっちだよ」

 

 辺りを見渡していると後ろから声をかけられて振り向くと伯父上様と父上様、そしてその後ろには白衣を着た老人が取り押さえられていた。どういう状況なのか把握できずに脳内が停止する。

 

 深呼吸をしながら流れを確認する。父上様にギアスと呟き伯父上様と会って何故かギアスを貰って取り押さえられているお爺さんと視線が合った。うん。まったく意味が分からない。

 

 「ギアスを得たところで自分の能力がどんなものか知りたいだろう?」

 「まさか試してみろという事でしょうか?」

 「勿論そのつもりさ」

 

 さも当然かのように告げられた一言に唾を飲み込む。伯父上様からお爺さんに視線を向けると必死に助けを請うてくる。自分としても人殺しなど真っ平である。そもそも殺せなどとは一言も言われてない。もし絶対遵守のような効果なら死なせるような事を言わなければいいわけだ。何度も言い聞かせて相手を落ち着かせるように優しげな笑みを向ける。

 

 「大丈夫ですよ。危険な事は言いませんから」

 

 絶対遵守以外のギアスは己の強化か範囲型で周囲に影響を及ぼす。それら単体で直接死に関わるものはなかった筈だ。

 

 笑みを受け取ったお爺さんは祈るように手を合わせて覚悟を決めた。父上様が距離を置いたところで右目のスイッチを入れる。右目から何かが広がる感覚を得た。どうやらギアスが発動したらしい。しかし…

 

 「何も起こってませんね」

 

 疑問を口にした父上様の通りに実際問題何も起こっていなかった。そのほうが良いのだがギアスを授かったのは事実らしく作動してないと言うのはおかしい。これには伯父上様も首を傾げて悩んでいた。

 

 「うおおおおお!?」

 

 急に大声が響いて何事かと慌てて振り向くとお爺さんが勢い良く立ち上がっていた。足元に杖が置いてある事から立つのにも不便していただろう。

 

 ん?立ってる?

 

 杖を見て判断したのだが今のお爺さんは思いっきり立っていた。杖も使わず己の足のみで立ち上がっていた。驚きつつ見続ける。

 

 「今まで立つのも苦労していた腰痛が治った!!」

 

 興奮気味に叫ぶお爺さんにつられて辺りのギアス教団所属の者達が何処何処が良くなったと呟いている。父上様なんて肩を大きく回して何度も調子を確めていた。

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア

 発現したギアスは『癒しのギアス』。効果範囲は半径50メートル。直接触る事で効果は集中させる事が出来る。効果は肩こり腰痛などの回復に精神的安らぎを与える。

 

 とりあえず皇族じゃなくなってもマッサージ師やセラピー方面で生きていける事を確認した。

 

 

 

 「宜しかったのですか?」

 

 ギアス教団の者達を下がらせ、オデュッセウスを帰らせた後でシャルル・ジ・ブリタニアは兄であるV.V.とアーカーシャの剣の前で並んでいた。

 

 自分の息子の中でもオデュッセウスは特別な存在だった。幼き頃から見せた才能や学習の早さには驚かされた。書類仕事などを任せたり、軍の指揮をさせても何の問題もなかった。優秀な息子達の中で皇帝の座を誰が受け継ぐのかと問われれば間違いなくその名を告げるだろう。

 

 かなり重宝している存在だ。だからこそ、いや、奴だからこそ警戒もしている。

 

 皇族内のほとんどの者を味方につけ、貴族や軍部にも手を出している。特にアッシュフォード家や若手の新兵には支持を受けているらしい。マリアンヌは貴族内では疎まれ、軍部内では慕う者が多くいると聞く。これは腕は確かなのだが庶民出と言う事が強く関係している。ならばマリアンヌには及ばぬが腕は確かで皇族の血筋の人間ならばどうだろうか?結果は分かりきっていたかのようにマリアンヌを疎ましく思っている連中からの支持も受けて支持者は多い。最近では皇族や軍部だけでは飽き足らずにメディアを通して民衆からの支持も集めだしている。されど何かを行なうなどの気配は一向に見せないから要注意人物で留まっているが。

 

 個人的にはマリアンヌと仲がいいようだから別の意味でも警戒はしているが。

 

 ギアスを知り得たとは思わんが、夢で見たなどという話を信じるのは無理があった。それは兄上も同じ筈だと考えていたが…。

 

 「うん。実に面白いと思ってね」

 「面白い…ですか」

 「契約を行なう時は少なからず相手の事を覗けてしまうんだ」

 「ええ、前に聞いたことがあります」

 「なのに彼だけは何も見えなかった。いや、覗けなかった」

 

 純粋そうな少年の見た目に似合わない獰猛な笑みを浮かべていた。狂喜を纏い、楽しそうに、嬉しそうに微笑んでいる兄を見て困った笑みを浮かべてしまう。

 

 「気に入られたのですか兄さん」

 「結構気に入ったよ。どうにかこちら側に引き込めないかな?」

 「それはどうでしょう。あやつは私でさえ何を考えているか分かりませぬ」

 「ふふふ。それはまた随分…本当に何者なんだろうね」

 「まったくです。まだ『ワイアード』とでも判明したほうが説明がつくでしょうが…」

 「『契約せずに力を行使する者』または『繋がりし者』…。確かにそのほうが納得は出来たね。未だその存在は確認されてないけど」

 「もし…彼奴(あやつ)が我らの前に立ち塞がった場合には」

 「容赦なく叩き潰さなきゃね。辛いかい?」

 「いいえ。我らの願いが叶えばまた問題はありませんから」

 

 そこまで話すとお互いに黙って神殺しの剣『アーカーシャの剣』を見上げる。自分と兄さん、マリアンヌとC.C.の望みを思い浮かべながら。



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第11話 「私の騎士とパーティ」

 ノネット・エニアグラムは珍しく緊張した表情を浮かべていた。

 

 別に自分が歩いているレッドカーペットの脇に並ぶ貴族達に恐縮している訳ではない。そもそも貴族達よりも上の方々の相手をしている自分には緊張する理由にすらなりえない。士官学校でコーネリア皇女殿下と出会ったことが今回のキッカケにはなったのだろう。人格や実力で相手を見る自分と違って、ナンバーズをきっちり区別する方と聞いていたから最初は馬が合わないと思っていた。けれど、話してみると差別的な意識ではなく、力を持つブリタニア人と力を持たぬナンバーズを分けていると感じてから認識ががらりと変わった。今まで持っていた偏見が一切適応されなかった。ただ座して後ろから指示するだけではなく、自ら行動を起こす。見ていて惚れ惚れする方だった。

 

 いつの間にか仲の良い関係を築いていた。そんなある日、殿下に誘われるがまま王宮に足を運んだまでは良かった。その後些細な事で怒らせてしまったのだ。今思うとどれだけ軽率な発言だったのかと後悔の念しか湧かない。ため息をつきながらテラスより辺りを見渡していたらあの方と出会ったのだ。

 

 ノネットは思い返しながら自分の為に敷かれた真紅の絨毯を歩き、ある方の前で立ち止まり片膝をついて頭を下げる。

 

 あの方はある意味コーネリア殿下以上の存在だった。皇族でありながら庶民に近い感覚を持ち、争う事をよしとするブリタニアでは珍しく平穏をこよなく愛する。彼がいればその場での争いは収まり、笑顔で溢れかえる。

 

 「ノネット・エニアグラム。汝、ここに騎士の誓約を立てブリタニアの騎士として戦う事を願うか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 

 優しげにかけられた言葉をしっかりと受け、力強く返事を返す。

 

 そういえばあの方と出会ってから皇族の方々と接する機会が増えたな。最初はあの方か殿下だけだったのだが、自慢の弟・妹を紹介すると言ってはいろんな方に会わせてもらった。皇位を争っていると聞いていたが彼の前ではそんな様子もなく、本当に仲の良い様子だった。自分が一番ビックリしたのは内緒でガニメデの模擬戦に何度か参加させて頂いていた頃だ。まるで物語の少女のように朗らかに笑う女性と出合った。一瞬誰だろうと思った私は悪くない筈だ。まさか閃光のマリアンヌ様があの方を弄りながら現れるなんて誰が想像しただろうか。話を聞いたマリアンヌ様は「面白そうね」と呟かれ、何度も模擬戦に呼ばれるようになった。そして『ナイト・オブ・ワン』ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿に『将来有望な騎士』と紹介されるなど誰が思おうか。何度挑んでもあの二人には勝てなかった。あ、コーネリア殿下には勝てるようにはなった。きつくも楽しかった日々だ。ただ参加させられていたルルーシュ殿下は可哀相ではあったが。

 

 「汝、我欲を捨て大いなる正義の為に剣となり、盾となる事を望むか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 

 腰に提げていた剣を抜き、刃を自分の心臓へ向けて柄を支えながら差し出す。差し出す際に顔を上げたのだが本当に穏かで温かみを感じる表情をされていた。差し出された柄を握ったあの方は刃を上にして掲げ、ゆっくりと右肩へ向けられる。少し困った顔をされたのでハッとなって下を向く。何度も練習した筈なのだがまさか本番でやらかしてしまうとは思わなかった。やっと頭を下げた事で頭の上を通り左肩ヘと剣が向けられる。

 

 「私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアは汝、ノネット・エニアグラムを騎士として認めます」

 

 笑顔を向けられるあの方に微笑を返しながら顔を上げる。この後、渡した剣を受け取って鞘に戻し、立ち上がりながら振り返るのだが出来るならこのまま前だけを向いていたい。振り返れば貴族達の先頭に居るコーネリア殿下の嫉妬の眼差しをもろに受けてしまうから。

 

 

 

 本日、神聖ブリタニア帝国ペンドラゴンでは盛大なパーティが行なわれていた。皇族にも、貴族にも、民衆にも支持されているオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子が騎士を選んだ事に皆が関心を持っていた。ひと目見ようと多くの者が集まったのだ。勿論、ひと目見た後は貴族同士のパイプ作りや政治的な話をしている。

 

 パーティの主役であるオデュッセウスは人だかりから離れて、会場を眺める。先ほどから捉まって話を聞かれるを繰り返され少々疲れたのだ。横には騎士になったノネット・エニアグラムが待機していた。彼女もほとほと疲れたのか気付かれないようにしているがため息が多くなってきた。

 

 「少々疲れたかい?」

 「いえ、このぐらいでは…と言いたい所ですが質問攻めは効きましたね」

 「あれだけマリアンヌ様の模擬戦を行なった君がか。ははは」

 「笑い事ではありませんよ。私は殿下ほどこういう場には慣れてないんですから」

 

 うん。私は慣れたというか慣れないとやっていけなかったから。幼い頃からよく連れて来られたからね。それでも慣れるまで時間はかかったけど。その点シュナイゼルの順応能力には驚いたよ。初めてのパーティで優雅に振舞っていたからなぁ…。

 

 昔を思い出しながら笑っていると、何か殺気立った視線を感じて視線を向ける。その視線をノネットも感じ取ったのかこちらに頷いて私と視線の間に身体を割り込ませる。パーティ会場では小さな刃物程度なら隠したまま、大勢の人に紛れながら接近できるから危険な場所でもある。襲撃自体は見たことないが注意はしていた。ゆえにこの視線に気付けた。

 

 「こんな所に居られましたか兄上。そしてエニアグラム卿」

 

 背後から声をかけてきたのは左後ろに大柄で顔に大きな傷を持つアンドレアス・ダールトン将軍と、右後ろに騎士のギルバート・G・P・ギルフォードを連れた満面の笑顔のコーネリアだった。笑顔は笑顔なのだが目が笑ってないどころか怒っている。後ろに立つ二人が若干青ざめる程に。勿論、視線の矛先は私とノネットなのだが。

 

 「や、やぁ、コーネリア。今日は一段と綺麗だね」

 「ありがとうございます兄上」

 

 いつもなら上機嫌になってくれる筈なのに涼しい笑顔のまま流された。そろり、そろりと距離を取ろうとしている我が騎士よ。頼むから助けてください。

 

 「エニアグラム卿もおめでとうございます」

 「え、あ、うん。いえ、ありがとうございますコーネリア殿下」

 「兄上の騎士になる事に憧れていたのだが…エニアグラム卿ならその大役をこなしてくれると信じていますよ」

 「ああ、殿下の御身は必ず…」

 「なのに私を見たら兄上を置いて逃げようなどとしていたのは何故でしょうかエニアグラム卿?」

 「そんなに睨まないでくださいよ。あと怒っているのは分かってますから名字を強調して呼ぶのを止めてください」

 

 フンと鼻を鳴らしながら不貞腐れているコーネリアにたじろぎながらもノネットは何とか機嫌を直してもらおうと焦りながら言葉を続ける。そんな光景を見ていたらいつの間にか青ざめていた二人も微笑んでいた。っと、手にしていたワインを飲もうとしたら中身が空だった事に気がついた。

 

 「おかわりを持って来させましょうか?」

 「うん?いや、自分で取ってくるから良いよ」

 

 感情を読み取らせないような冷たい視線で見上げてくる少年からの問いに答えて、飲み物を貰おうと給仕の者を探す。

 

 伯父上様からギアスの契約をしてから三日もしない内に私は父上様に呼び出された。伯父上様と父上様が嘘をつかないというのは、知っているには知っていたが想像以上だった。

 

 『貴様はギアスを知った。ゆえに監視をつける』

 

 普通は侍従や内舎人、小姓って言って相手に悟らせないようにして忍び込ませると思うんだけど。まさかこの子を監視につけるからなんて真っ向から言われるとは思わなかった。癖のある短めの髪にルルーシュと同じ紫色の瞳が特徴的な少年で、ギアス教団で暗殺者として多数の仕事をこなしてきたロロであった。

 

 私もギアスユーザーとしてまだ能力すら解り切ってない無害そうな癒しのギアスに対して警戒しすぎだと思うのですが父上ぇ…。彼も彼でそんなに冷たい目で無表情をつらぬかなくてもいいと思う。笑えばとても可愛らしいのに。

 

 「きゃ!?」

 

 考え事をしていたら誰かとぶつかってしまった。慌てて前を見たが誰も視界に入らなかった。首を傾げそうになった時になってぶつかった相手が長身の私の視界に入り難い子供だった事が分かった。赤と白を基準としたふんわりとした洋服を着て、肩にかかる前に纏められたピンク髪の少女。今日は貴族のほとんどが参加している為に、行儀見習いで各宮殿に入っている貴族の子供達も家元に一時帰って参加していると聞いてはいた。だからってまさかここで出会うとは誰も思わないだろう。

 

 「申し訳ありません!」

 

 手には空のグラスが握られており、その中身が私の灰色のコートにかかっている事を今更ながら気付いた。少女は目を潤ませながら自分の仕出かした事に怖がって動けずに居た。後ろから事態に気付いた両親と思われる男女が深々と頭を下げる。少女は怯えて動けない為に無理やり頭を下げさせられていた。

 

 「我が娘の不始末をどうかお許しください!」

 「そんなに謝らなくて良いよ。コートが汚れただけで問題ないから。それよりも怪我はなかったかい?」

 

 膝をついて少女と視線を合わせようとして話しかける。まだ十歳にみたない幼子と高身長の私がぶつかれば彼女が転ぶのは必定。コートのシミなんて後でどうにかなるけど、今は怪我をしてないか心配するほうが先だ。

 

 怯えていた少女はゆっくりと頷きながらこちらを窺う。優しく頭を撫でながら微笑みかけると、安心したのか笑顔を見せてくれた。

 

 「すまなかったね。私も注意を怠った」

 「いえ、私が悪いんです」

 「では、お相子と言う事でどうかね?」

 「殿下はそれで宜しいのでしょうか?」

 「うん、構わないよ」

 「―っ!ありがとうございます!!」

 

 立ち上がった私は少女、アーニャ・アールストレイムとその両親に小さく手を振りながら場を離れる。もう少し彼女と話していたい気持ちはあるが、周りの視線も気になってきたので渋々離れるしかなかった。

 

 「あは♪お久しぶりですオデュッセウス殿下」

 

 あぁ、この会場で場違いな人物に見付かってしまった。表情を崩す事無く振り返ると、あはあはあはと変な笑い声を出しながら大きく手を振りながらロイド・アスプルンドが近付いてきた。

 

 「おめでとうございま~す」

 「ありがとうロイド。今日は学生服ではないんだね」

 「一応貴族としての参加ですからね。面倒ですけどこういう服を着とけって五月蝿いもんで」

 「ここで言っては元も子もないと思うんだけどね」

 「にしても子供には随分お優しいですね」

 「嫌う理由もないし、可愛いしね。それよりもロイド」

 「ほえ?」

 「何も伝えずに請求書だけ送るのは止めてくれないか」

 「あれぇ?言ってませんでしたっけ」

 「言ってないよ。まったく…いきなり知らない請求書に頼んだ覚えのない装備品らしきレールガンの材料が届いたら驚くだろう」

 

 あの時は誰の仕業か犯人探しにギネヴィアとコーネリアが殺気立っていたものだ。止めなかったら秘密裏の部隊を動かそうとするぐらい…。

 

 「兄上は誰にでも優しいですから」

 「まったく、とんだ人誑しですね」

 

 困ったように話しかけてきたのは普段よりも気合を入れて選んだであろうドレスを身に纏うギネヴィアと純白の正装姿のシュナイゼルだった。

 

 「ギネヴィアにシュナイゼルも来てくれたのか」

 「勿論です兄上。こんな祝いの席に参加しない訳にはいかないですからね」

 「それに今日を逃したら一週間も会えないんですから」

 

 そう言えばこのパーティはその件も兼ねていたのを忘れていた。明日から一週間程度ここを離れるのだ。

 

 「「お兄様!!」」

 

 背後からダブルタックルを受け、倒れないように何とか踏ん張った。何事かと思い視線を下げると腰の辺りに抱き付くナナリーとキャスタールの頭が見えた。後ろからは困ったような表情をしているルルーシュに呆れ顔のパラックスも来ていた。ルルーシュはしっかりしている分、ナナリーが心配なのは分かる。しかしパラックスよ。呆れた表情をするより同じように悲しんでくれても良いんだよ。そのほうが私的に嬉しい。あやすのが大変だけど。

 

 「行かないでください!」

 「どうしてお兄様が行かなきゃいけないのですか?」

 「二人とも…今生の別れという訳ではないのだから」

 「まったく一週間外出されるぐらいで大仰よね」

 「そう言いながらひとり寂しそうに泣いていたのは誰でしたか。ねぇ、カリーヌ?」

 「ああ!うるさい!!それ以上言うな!!」

 

 カリーヌにマリーベルも合流していつものメンバーに囲まれた。ただ自由奔放なロイドはこちらに来たコーネリアに睨まれてすかさず離れて行った。自由奔放というか自分の好きな事以外は適当過ぎて不真面目な奴と認識されたらしく、私と話していると「貴様のような奴が兄上の近くにいるだけで兄上の迷惑になるだろう!!」と怒鳴り込んで来た事もあったらしく、ロイドが一番苦手としている人物になってしまった。

 

 今回の騎士を選んだのもその外出が原因だ。騎士を選ぶのならまだ先でも良いかなと放置していたのだがやっと父上様から外出許可を頂いたのだ。前々から行きたかったのですぐにでも行こうと思ったのだが、外交問題もあって相手はブリタニア人を快く受け入れてくれないだろう。ゆえに実力確かなノネットに騎士を頼んだのだ。すぐにナイト・オブ・ラウンズに迎えられる事になるのだろうが、短い期間でも騎士として居て貰えるならこれほど心強い者はいない。性格も考え方も共感できる相手なら尚更だ。

 

 「暫しの間だよ。お土産を楽しみにしてておくれ」

 

 泣き出しそうな二人をあやしつつ、外出先となる国を思い浮かべる。

 

 いざ、行かん!我が心の祖国『日本』へ!!

 



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第12話 「髭がやって来た」

 side:スザク

 

 俺は父、枢木 ゲンブや桐原の爺ちゃん、親戚の皇 神楽耶など政府や名家の連中と一緒に空港に来ていた。今日はブリタニアから第一皇子が来るらしい。

 

 “強盗の国”

 

 前に父さんが夕食時にブリタニアの事をそう言っていたのを聞いた。枢木家の夕食にはいつものように偉い人が来る。夕食中の会話は政治的な事を話しているからどうしても難しい話が多い。これも勉強だからと言われて理解しようとはしているのだけれど話の半分も理解できないのは仕方ないだろう。だけど解る事もある。父さん達はブリタニアに対して良い感情を持っていないことだ。それだけは話の内容だけでなく、話している時の雰囲気で分かる。

 

 だから俺は気に入らなかった。なんでそんな奴を皆で出迎えなくちゃいけないのかと。出迎えに来るぐらいなら倉で遊んでいたほうが何倍も楽しいのに…。

 

 まだ見ぬ相手に苛立ちを募らせていた枢木 スザクはやっとブリタニアの専用機で日本に降り立った人物を睨みつけた。灰色のコートを着た間抜けそうな七三分けのおっさん。顎の長すぎないように揃えられた髭に視線が向かった。笑顔で手を振りながらタラップを降りてきた髭のおっさんは護衛と思わしき連中を連れていたが、髪の毛が緑色のお姉さん以外には距離を離させていた。

 

 「これはよく来られた。長旅お疲れだっただろう」

 「枢木首相自らの出迎え。痛み入ります」

 

 作り笑顔で握手する父さんに対して髭のおっさんは満面の笑顔で返すが、後ろのお姉さんは険しい表情で見つめていた。まるで鷹のようにするどい視線で背筋が震えた。まるで藤堂さんと立会いをした時のようなピリピリとした雰囲気に足が竦みそうになる。その視線を遮るように髭のおっさんが俺の前に立っていた。いつの間にか父さんとの挨拶を済ませていたらしい。

 

 「これは私の息子で枢木 スザクと言います。スザク、挨拶しなさい」

 「…枢木 スザクです」

 「はじめましてスザク君」

 

 したくはないけど仕方なく挨拶する。微笑みながら挨拶を返してくる髭のおっさんは本当に嬉しそうに挨拶してくる。なにがそんなに嬉しいのかまったく解らない。顔を顰めて見つめていた為、気になったのだろうか困った顔をしてしゃがんで来た。

 

 「私の顔に何かついているかい?」

 「…髭」

 「髭?ああ、これかい」

 「それ似合ってると思ってんの?おしゃれのつもり?」

 「これスザク!」

 

 思った事をそのまま口に出したら躊躇なく拳骨が頭に落とされた。あまりの痛みに喚きそうになるのを頭を押さえて我慢する。視界の隅で神楽耶がクスクスと馬鹿にしたように笑っているのが見えた。くそぉ……。

 

 「すまんな。まだ幼いところがあってな」

 「いえ…子供は純粋ですからね…」

 

 ナナリーやキャスタールから「ふさふさで気持ちいい」と気に入られていた自慢の髭を遠回しに似合ってないと言われて、拳骨を喰らわされたスザクよりも泣きそうなオデュッセウスを先程まで険しい表情をしていたノネットが噴出すほど笑っていた。

 

 順番に挨拶していると神楽耶の番になった。さっきは笑いやがったからあいつが何かやらかしたら思いっきり笑ってやろうと注視していたのだが、あいつは澄ました顔でスカートの端を持ち上げてぺこりと頭を下げた。あまりに上手にやるもんだから笑うどころか少し見惚れてしまって悔しい。それで終わりかと思ったら髭のおっさんが挨拶代わりに膝をついて手をとり、慣れたように手の甲にキスをした。突然の出来事に茹蛸のように真っ赤になって慌てるあいつが可笑しくてその場で笑い転げてしまった。これで当分からかうネタが出来た。

 

 空港での挨拶を済ませた後は少し街を回るようだ。日本の伝統どころか知識もなしに来たんだろうし、解らないところがあったら教えてあげなきゃと何故か神楽耶がヤル気十分で言っていたが、俺はどうするか決めかねていた。想像していたブリタニア人と違って常識的で優しそうに見える。でも、すぐに信用していいものか。

 

 綺麗に敷かれた砂利に大きく枝を伸ばす木、小さな橋の下には鯉が泳ぐ池がある庭を眺めながら一同は赤い毛氈の上に腰掛けていた。この日本ならではの風景の中で一服しようというのだ。髭のおっさんは何の説明も受けずに背筋を伸ばしたまま左膝をついて次に右膝と順番についてお尻の辺りに足が来るように座った。よく見ると親指と親指を重ねて足が痺れないようにしていたりと慣れているように見える。最初から最後まで姿勢を崩す事がなかった髭のおっさんに感心して見入ってしまうほどだった。

 

 「正座お上手ですね。ブリタニアで習われたのですか?」

 「ん?…あ、ああ、そうだよ。日本に行くのだから知っておかないとね」

 「殿下は勉強家なのですね」

 

 神楽耶や周りの大人たちが持て囃すがどこか違和感がある。大人たちではなく髭のおっさんの反応がどこか嘘っぽい。ブリタニアでは正座はしないのは見よう見真似でしようとしているお姉さんを見てれば分かる。すごく苦戦しているし、周りから胡坐をかくように勧められている。しかしさっきの動作はどう見ても知っているどころか慣れているものだった。だったら誰かに教えてもらったのが普通なのだが、それを誤魔化すような反応はどういったことなのだろう?ふと抱いた疑問であったがさほど悩むべきことでもなくすぐに気にならなくなった。

 

 その後も出された小さなお菓子を一口で口に含み、抹茶の入った茶碗を二度ほど回して飲んだ。髭のおっさんは穏かな表情のまま美味しそうに飲むもんだから試しに飲んでみたらやっぱり苦かった。

 

 「苦かったのかい?」

 「―っ!?そ、そんな事ない」

 「すみませんが何か甘い物はありませんか?」

 「だから俺は大丈夫だって!」

 

 渋い顔をしていたのが目に止まったのか声をかけてきた。そのまま俺の為か口直しに何かを頼む事に対して“強盗のブリキ野郎”に世話を焼かれるなんて真っ平と思って立ち上がりながら声を荒げてしまった。周りは困った顔をするが父さんからは険しい睨みが向けられた。ヤバイと感じた時には髭のおっさんは朗らかに笑っていた。

 

 「そうかそうか、それは失礼したね。だったら私と彼女の分を頼もうかな」

 

 指差した方向では同じく渋い顔をしていたお姉さんが…。多分あのお姉さんが最も信頼された護衛だと思うんだけど大丈夫なのかな。まぁ、握手のときの眼光を思い出すと問題なさそうなのだが。

 

 「いやぁ、あまりに美味しそうに飲んでいらっしゃったので…。でも苦いですけど風味は良いですね」

 「苦いのがまた良いんだよ。それで君達も頼むかい?」

 

 君達と言うのは俺や神楽耶に向けられていた。折角ですからと神楽耶は貰う事にしたようで俺のほうに笑みを浮かべる。そっぽを向いてぼそっと「食う」とだけ伝えると髭のおっさんは早速注文しに行きやがった。そんなの護衛か誰かにさせれば良いのに。

 

 ふとその護衛の中に同い年ぐらいの少年を見つけた。他の護衛と同じく離れて待機しているが何か違った。護衛対象に危険が迫らないように辺りに目を光らせているというよりは、その護衛対象に対して目を光らせているような感じだ。おかしいなと首を捻りつつ見つめていると注文したお菓子が届いたようだ。お菓子は手の平サイズほどの大福だった。

 

 小皿に乗せられて渡されるとすぐに髭のおっさんは手拭で手を拭いて、粉が付く事も気にせず鷲掴みにして一口頬張った。さっきから本当に美味しそうに食べるなぁと見つめていると俺は大声で笑ってしまった。髭のおっさんが何かあったかなと辺りを振り返るとさらに周りの大人も大声ではないにしても笑っていた事に気づいたようだ。なにがなんだか分からずに顔を顰めているので教えてやる事にした。

 

 「髭、髭」

 「髭?…おっと」

 

 大福を食べた時についていた白い粉で口の周りではなく顎鬚が真っ白になっていたのだ。慌ててハンカチで落としてこちらに向かってどうかな?どうかな?とまるで子供のように訊いてくるのでまた可笑しくて笑ってしまった。いつの間にか周りの全員が口を大にして笑っていた。勿論髭のおっさんもだ。

 

 どうも思い描いていた印象と違いすぎて少しほっとする。

 

 「なぁ、髭のおっさん」

 「髭のおっさんか。せめてお兄さんにしてくれないかな?」

 「さっきは悪かったな。その髭似合ってるよ」

 「そうだろう。妹や弟にも好評なんだ」

 

 隣で冷や冷やとイライラを募らせている父さんを気にしながら、髭のおっさんに対する認識を改める。まだ少しだがこの人は悪い感じがしない。

 

 スザクと神楽耶はその自慢の髭に触れてお互いに感想を言うという出来事が起こり、すぐさまその微笑ましい出来事は同行していたテレビ報道局の手により日本中に流され、深夜には世界中にダイジェストのように纏められ流された。

 

 スザクからは髭のおっさん、神楽耶からは髭のおじ様と呼ばれたオデュッセウス本人がその事を知ったときはある事を思い出し冷や汗を掻いたという。

 

 

 

 side:シュナイゼル

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアが外交という名目で日本に向かってから一日が経った昼頃。約束した時間に遅れてしまったシュナイゼル・エル・ブリタニアは少し早足で目的地に向かう。目的の部屋に到着するとドアの前に居たSPがノックをして来た事を内部の人間に知らせる。了承を得てドアを開けられると中は大型モニターが壁にかけられ、ソファが並べられ小さな映画館のようになっていた。

 

 すでにそのソファには先客が居た。ギネヴィア、コーネリア、ユーフェミア、クロヴィス、ルルーシュ、ナナリー、マリーベル、キャスタール、パラックス、カリーヌとオデュッセウスと特に仲の良い皇族の兄弟・姉妹が集まっていた。昨日の兄上の出来事をダイジェストにした番組が放送されると連絡が入ったので、皆で見ようとユフィの提案で集まったのだ。

 

 「少し遅れてしまったね」

 「大丈夫ですよ。まだ放送は始まっていませんから」

 

 微笑みながらソファに腰掛けてモニターを見つめる。給仕係の者が近づき「何に致しましょう?」と聞かれて紅茶を頼む。流れていたニュース番組が終了して内容がガラリと変わった。日本のテレビ会社から買い取った映像をブリタニアのテレビ会社が編集したのだが、兄上をアップしすぎではないだろうか。

 

 番組が始まると楽しみにしていたキャスタールに呆れ顔を向けていたパラックスも食い入る様に見つめていた。日本の美術館や動物園を行く様はまさに観光を楽しんでいるようだった。

 

 「兄上とは私が一緒に美術館に行きたかった」

 「私は動物園に行きたかったです」

 「ライオンの子供と戯れる兄様可愛かったです」

 「…ナナリー。それはライオンの子供が可愛かったのか?それとも戯れる兄上が可愛かったのか?」

 「「両方です♪」」

 

 ルルーシュの問いに食い付き気味にナナリーだけでなくユフィまで目をキラキラと輝かせて答える。いつもなら冷めた感じで一言二言呟くはずなのだがカリーヌも静かに見入っている。あそこまで心の底から楽しそうにしている姿を自分はする事は出来ないだろう。ゆえに少し羨ましくも思う。

 

 逆にコーネリアはナナリー達のようにのほほんとした心情ではなかった。確かに兄上を主に見ているのだが後ろを気にしているのがわかる。コーネリアの先輩で兄上の騎士になったエニアグラム卿だ。警護をしているのだが所々で何かを仕出かしている。大福というお菓子を食している時には足が痺れて悶えていたり、動物園では視線を外していたりと騎士として不安な要素が出ている。しかし、それは兄上も分かっているようでそんなタイミングでは付近に気を配っているようにも窺える。様子見を兼ねて二人で決めた方法なのだろうが気付いた者はひやひやものである。コーネリアは分かっているがそんな危険な事をする兄上にも、それに加担するエニアグラム卿にもイライラしているようだ。

 

 にしてもだ。どうやら兄上はあの子供を気に入ったらしい。日本の首相である枢木 ゲンブの息子、枢木 スザクという少年。見た目的にルルーシュと同い年ぐらいだろうか。気が強く我侭な子供というのが見ていた印象で兄弟・姉妹には見られない性格の子。だからこそ気に入られたのかも知れないが。

 

 「あの子にも何かあるのかな?」

 

 つい思った事を口に出してしまった。兄上が関わる事案、関わる人物は何かしらに繋がる可能性が高い。それは自身が体験した事でもあり近くで見て来たことである。だからまさかと期待してしまう。手を出したい気持ちもあるが兄上のお気に入りならわざわざ手を出すわけにもいかない。ただしこちらからは手は出さないが向こうからならいくらでも手はある。

 

 どうするかを簡単に思案しながら眺めていると到着した頃の映像に戻り、片膝をついて小さな女の子の手の甲にキスをした。挨拶の一種と言う事は理解したし、別に何の問題もないと私は思う。が、姉妹は違った。文字通り目を点にして硬直した姉妹に対して不安を覚える。

 

 「ずるいです!私だってしてもらったこと無いのに」

 「なんかああいうのって憧れますよね」

 「カリーヌは何かないのかしら?」

 「ふ、ふーん。別に羨ましい事ないわよ」

 「羨ましいんだ」

 「う、うるさい!」

 

 妹達の反応は羨ましがったり、憧れたりと微笑ましいものだった。ここで気になるのは年長組だ。目を見開いて硬直したまま微動だにしないコーネリアに、手にしたカップをカタカタと震わせながら平然を装うギネヴィアとこれは帰ってきたらいろいろと大変そうだ。

 

 その様子を想像しながらテーブルに置かれた紅茶に口をつけるのであった。



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第13話 「お仕事より遊びたい」

 オデュッセウスが日本に来て三日目。一日目は観光で、二日目は桐原さんや枢木首相を含めた政府関係者や大企業経営者との会食や会議で一日を潰した。そして三日目の今日もまた会食が予定されていた。そう、されていたのだ。 今朝起きてから体調が優れないとのことで今日一日の予定がキャンセルされたのだ。キャンセルと言ってもオデュッセウスが行く事が不可能になっただけで代理としてノネット・エニアグラム卿が行なっている。

 

 当の本人は日本政府が用意したホテルで休養を……ではなく朝の魚市場商店を嬉々として歩き回っていた。背後には多少呆れ顔をしていたロロが護衛としてついて来ていた。

 

 『貴様を我が息子、オデュッセウスの監視役として派遣する。表の監視役として』

 

 シャルル・ジ・ブリタニアは兄、V.V.から送られてきたギアスユーザーの少年にそう告げて送り出したのが数日前。裏の監視役であるギアスユーザーと共に対象の監視を行なう。それこそシャルルがオデュッセウスに監視であることを告げた真相だ。告げる事で囮であるロロに目を向けさせるのだ。

 

 ただこれには問題があった。実際にはありえない事なのだが監視対象が監視者を知っているという事だ。V.V.以外にシャルルでさえ知らない事の多いギアス教団を一回しか接触していないオデュッセウスが知りうる事はない。そうだ。その筈だったのに…。

 

 「おぉ…これは中々」

 「これは何という魚なんですか?」

 「これは鯛だね。色合いが鮮やかだね」

 

 大きなマスクで口元より顎鬚を隠していつもと違ってカッターシャツに黒いコート、ジーンズを穿いたオデュッセウスの隣には、純白のフリルチュニックに少し大きめな黒い帽子を被っているクララ・ランフランクが並んでいた。

 

 コードギアスの世界に憑依転生して23年が経って、元の世界の基本知識を除いた知識が徐々に薄れていく。コードギアスの知識も薄れていっているが大よその流れや主要メンバーの事はまだまだ覚えている。体調不良という嘘をついてまで出かけた魚市場を散策していたら、背後から視線を感じて振り向くとどの作品かは解らなかったが見覚えのあるキャラが立っていたのである。最初は目を逸らして「見てないですよー」とアピールしていたがオデュッセウスの方から声をかけて今に至る。

 

 目を輝かせながら見て回っているクララを見守っているオデュッセウスの隣ではロロが冷たい眼差しを向けつつ監視として追従していた。

 

 「宜しかったんですか?会食の約束を反故にした訳ですけど」

 「良くはないね。だけど今日の相手は意味のあるものでもないから」

 「それで昨日の会食相手はご自身で選んでいたんですね」

 「ああ、よく知っているね」

 

 すでにキョウト六家のメンバーに枢木家などの原作キャラクターに会っておかないといけない連中には二日目に会食を済ませた。今日の相手は知らないキャラクターで関係を持とうと魅力を感じなかった人々だ。ならば私よりもノネットが行った方が相手の本音を聞き出せるかも知れないし、中には物を渡して頼み事をしてくる者も出てくると思う。余計に相手にはしないどころか首相に報告しとこうかとも考えている。

 

 約束を破ってまで好き勝手に出歩いている事が気に入らないのか呆れた顔を向けている。

 

 「だとしても反故にするのは」

 「彼らと会食するより君と外出したかったからね」

 「はぁ?僕と……。まさかッ」

 「いやいやいや、手荒い事はしないよ。私ではどう足掻いても君には勝てないのは君が良く知っているだろう?」

 

 目を細めて威嚇しながらポケットの中に隠し持っている拳銃に手を伸ばしたロロに、敵意がない事を示す為に両手を挙げてアピールする。納得したのか手をポケットから出して警戒を幾らか解除した。

 

 「ではどういう魂胆なんですか?」

 「率直でいいね。別に魂胆らしい魂胆はないさ。ただ一緒に出掛けたかっただけだよ」

 「それにしても護衛ぐらい付けた方が―」

 「優秀な護衛がついているから問題ないでしょう?」

 「確かに僕は護衛も兼ねてますが基本は監視ですから」

 「ははは、それでも頼りにしているよ。ロロ」

 

 そっと差し出した手に顔を顰める。顰めるどころか不審な目まで向けてきた。

 

 「なんですかこの手は?拳銃を渡せとでも?」

 「護衛から守るべき手段を奪うほど愚かじゃないよ私は。迷子にならないように手を繋ごうと思っただけさ」

 「手を…繋ぐ?」

 「ああ、結構人も多いし、彼女も先に行ってるしね」

 「え…あ」

 

 途惑いながらも恐る恐る手を伸ばしてくる。微笑ましくロロを眺めて待っているのも良いなとは思ったのだが、クララが珍しそうに魚に見て回るように駆けて行くのでそろそろ見失いそうだ。手を取ろうとしていた彼の手をこちらから優しく掴んで並んで歩き始める。少しロロが気恥ずかしそうに頬を染めているが少し熱でもあるのだろうか?

 

 「失礼」

 「な、何を!?」

 

 前髪を掻き上げておでことおでこを当てて熱を測ると先程より真っ赤にして飛び跳ねて距離を取られた。しかも手はポケットの中へ伸びていた。

 

 「顔が赤かったから熱でもあるのかと」

 「違っ!な、なんでもありません」

 「そうかい?それならいいのだけれど…何かあったらすぐに言うんだよ」

 「分かりました。分かりましたからさっさと行きますよ!!」

 

 今度は顔を背けられながらもロロに手を握られて引っ張られて行く。その様子を少し先に行っていたクララがニンマリと笑って見つめていた。それに気付いて一瞬でいつもの冷たい目線に戻ったが関係なくクララにも手を差し出す。

 

 「じゃあ、行こうか」

 「は~い」

 

 帽子を被りなおして手を繋ぐクララに「帽子似合ってるね」と呟くと本当に嬉しそうな表情で返事をしてくれたのだが、少しだけ悲しそうにも見えたのは気のせいだろうか?

 

 そんな二人と手を繋いで赤や銀色に輝く魚を眺め、マグロの解体ショーも見物したりと一般市民が入れる魚市場を見て回っていると昼頃になっており、昼食もここでとる事にしたものの何故かメンバーが増えているのだが。

 

 長方形のテーブルを囲って座っているのだが私の両サイドに座るロロとクララは元々居たから良いのだが正面には神楽耶さんとスザク君が座っているのはどういう事なのだろう?しかも護衛か何か知らないが藤堂 鏡志朗も同席している。ちなみに神楽耶『ちゃん』ではなく『さん』付けなのはその方が子ども扱いではないからと喜ばれたからである。

 

 「ど、どうしてスザク君や神楽耶さんが来ているのかな?」

 「俺は神楽耶に巻き込まれて」

 「私はおじ様がホテルから出て来たのを目撃しましたので」

 

 見られていたのか?この変装なら絶対ばれないと思っていたのに…。少し項垂れながら頭を抱えていると今日何度目になるかロロの呆れ顔を拝む事に。そんな私をロロを除いた三人の子供達はクスクスと笑っていた。ただ藤堂中佐は腕を組んだままこちらをジッと睨んでいるだけだった。

 

 藤堂 鏡志朗

 原作で神聖ブリタニア帝国の日本侵攻の際にナイトメアを保持しない日本軍で初の勝利を飾った『厳島の奇跡』を起こした男。通称『奇跡の藤堂』。だが異名ほど奇跡や運に任せたのではなく、彼の鋭い状況分析や戦術・戦略に長けた指揮などによってもたらされた勝利であった。日本で最も優れた将軍であり、『帝国の先槍』と言われたギルバート・G・P・ギルフォードと渡り合うほどの実力を持つ騎士。

 

 その『奇跡の藤堂』がライフジャケットに日除けの帽子、クーラーボックスに釣竿一式を仕舞ったケースを背負ってまるで釣りの帰りみたいではないか。いや、まさかその通りなのか?

 

 「……私はただ釣りの帰りだ」

 

 こちらの視線を読んだのか自ら語ってくれたのだが本当に釣りに来ていた帰りだったのですか。リアルに釣りをする姿を想像して似合っている件については言わないでおこう。それより私が気がかりなのは彼らに私がここでさぼっていた事を報告されることである。

 

 「ところでこの事は…」

 「黙っといて欲しい?」

 「……はい」

 「私は構いません事よ。少し頼み事を聞いて頂けるなら」

 「俺はどうしようかなぁ?」

 「な、なんでも奢るから」

 

 悪戯っ子みたいな悪い笑みを浮かべるスザク君に、余裕のある雰囲気を漂わせながら微笑む神楽耶さんは黙っておいてくれそうだから良いのだが、一番の問題が日本軍所属の藤堂 鏡志朗中佐にどうやって黙っておいてもらうかだ。

 

 賄賂…。

 却下だ。金や権力で揺らぐような人じゃない。

 

 ならば脅迫…。

 そんな材料があるなら逆に聞きたいぐらいだ。というか最も恐ろしい手段過ぎて使えない。在っても使わないが…。

 

 力付くで…。

 武術・剣術にも自信はあるがそれが藤堂 鏡志朗相手に通じるかどうか分からない。現にビスマルクやマリアンヌ様には一勝すらした事がない。あ、ノネットにはまだ負けてないけど。

 

 いろいろ物騒な事を考えたが普通にお願いや交渉を持ちかけたほうが良いのではないか?将の器があるのなら理性的に聞いてくれるだろうし、外交官や政治家ほど口が達者と言う訳ではないだろう。ならば口で上手く言い包めれば………私がそれほど上手ではない。八方塞で突破口がまったくない。

 

 「おすすめ海鮮丼四つに海鮮ラーメン一つ、あら汁ふたつお待ちどうさまです」

 「あら汁は私と彼で」

 「俺、ラーメン」

 

 注文していた料理が届いた事で考えを据え置き、冷めないうちに頂く事とする。冷めないうちにというのは海鮮丼ではなくあら汁のほうである。

 

 一口啜っていると同じくあら汁を啜っていた藤堂さんは再び口を開いた。

 

 「今日は非番だ。軍に何らかの報告義務は無く、私はただ釣りの帰りに魚市場で誰かと相席となり昼食をとっただけだ」

 「感謝します」

 「だから何故とは聞く気もない」

 

 少し話しただけなのだが何となく安心感を与えてくれる人だ。いや、違うな。安定感と言ったほうが正しいか。その場に居るだけで圧倒的な雰囲気を放ちながら、どっしりと構えて気を張り巡らせている。まるで千年もの時を生き抜いてきた大樹のように。

 

 感謝の言葉を述べた私は昼食後に頼みや脅迫に近いお願いでアミューズメントパークに水族館、動物園と連れて行くこととなり、その場その場でいろんな物を奢らされた。これでも皇族のひとりなので財布的には何の問題もなく、ロロやクララ、それにスザク君と神楽耶さんと一緒に遊べたのは楽しかった。良い思い出に友人も増えて良い事尽くしで日本に来て良かったと心の底から思う。後は今日の帰りにでもお土産を買ってホテルへ帰ろう。一日代わりを務めてくれたノネットにも何か買って帰ろうか。

 

 動物園を出た頃には日は傾きかけており、そのままディナーも一緒にとったオデュッセウスは両手に大量の荷物をぶら下げてホテルに戻ったのであった。



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第14話 「突然の別れ…」

 枢木神社に隣接する屋敷の縁側より陽気な日差しを目一杯浴びた立派に育った木々を眺めつつ、みたらし団子のあんが残る口に緑茶をゆっくり味わいながら一息ついた。

 

 「良い日和ですねぇ~」

 「まるでご老人のような台詞ですね」

 

 隣には縁側に腰掛けるのではなく、立ったまま辺りを警戒しているノネット・エニアグラム卿が待機している。隣に座っても良いのにと言いはしたのだが、今日は護衛者はノネットのみなので護衛に徹するとのことらしい。いつもならロロも居るはずなのだが、外せない用事があるとのことで護衛から外れているのだ。

 

 今現在縁側でお茶を啜っているのは、スザク君と神楽耶さんを待っているからだ。昨日は一身上の都合で体調不良となった為に、最終日に回る予定だった枢木神社に行く予定を身体を休めるという理由で入れ替えてもらったのだ。すると知ったところだからと二人が案内してくれると申し出てくれたのです。くれたのですが中々姿を現さないのだ。焦ったり苛立ちを募らせるのは性分に合わないので、この時間をのんびりと過ごす事にしたのだ。枢木神社に行くのは公務ではなくプライベートで組み込んだのでこちらの日本の監視も少ない。

 

 にしてもノネットの言葉に棘のようなものを感じる。棘というには弱いのだがどこか怒りのようなものを感じる。だいたい見当は付いているのだが…。

 

 「そ、そんなに年寄り臭かったですかね?」

 「ええ、まったくもってご老人のような台詞でした」

 「昨日の事怒ってます?」

 「さぁ、どうでしょう」

 

 悪戯っこのような笑みを浮かべるが肩を回してあからさまに疲れたとアピールをしてくる。遊びたいが為に体調不良だと発表した結果、皺寄せがノネットにすべて向かったのだ。一応皇子ではなく騎士だから、表に出来ないような根回しを行ってくる者のあぶり出しも含んだ事だったのだが、朝に突然言った事がいけなかったのか。いや、それ以前にお堅い場所を好まない彼女にはストレスマッハだったと理解した。それが一番の不機嫌の理由だろうな。騎士と主の関係ではあるが公の場でなければ私は彼女とは友人だと考えているので問題はないが、コーネリアが見たら何て言うだろうか。

 

 二本目のみたらし団子に手を伸ばそうとすると、とたとたと駆けてくる足音が聞こえてきた。ノネットにも聞こえており一瞬ピクリと指先が動いたが、この足音には聞き覚えがあり、銃を抜く事無く目で追うだけで納めた。

 

 「待たせたな」

 「お待たせして申し訳ありません」

 

 現れたのは白い小袖の白衣に緋色の袴である緋袴の巫女装束姿の皇 神楽耶に、紺色の袴に剣道着姿の枢木 スザクだった。申し訳なさそうに謝る神楽耶を余所に、スザクは横に置いてあったみたらし団子を見つけて「もーらい」と告げて、パクッと食らい付いた。私の団子がと呟きそうになったが、美味しそうに食べる表情を見ていたら言うに言えなくなった。

 

 「二人とも似合ってますね」

 「お褒めの言葉嬉しく思いますわ」

 「良かったな。時間をかけて着替えたかいがあったじゃねぇか」

 「もう!そういうことは言わないで!」

 「レディの身支度というのは時間がかかるものですからね。それに綺麗な姿を見られて大変喜ばしいですし」

 「ありがとうございます。しかしお待たせてしてしまって退屈ではありませんでしたか?」

 「そんな事はありませんよ。待つのも楽しみの一つですから」

 「さすがはお髭のおじ様ですわ。少しはスザクもおじ様を見習ってみたらいかが?」

 「へいへい、どうせ俺は子供ですよ」

 

 こういう何ともいえない雰囲気を味わっていると兄弟・姉妹に会いたくなってきた。三日でホームシックになるとは予想以上に家族に依存しているのだろうか?

 

 ここで話しているのも楽しいのだが時間は無限ではない。話をしながら案内してもらうとしよう。団子の乗っていた皿と湯飲みを下げて縁側より立ち上がる。すると神楽耶さんが何やら期待した目で見つめてくる。何だろうと悩んだがすぐに理解して手を差し出す。

 

 「レディ。お手をどうぞ」

 「はい」

 

 嬉しそうに手を繋いではしゃぐ姿に頬が弛む。その光景を鼻で笑ったスザク君も、無理やりに近かったが手を繋いで同じ状況にする。当然のように仕返しと言わんばかりに神楽耶がクスクスと笑っていたが。

 

 「ところで最初は何処に行くのかな?やはり神社と言う事だから本殿からかな」

 「私はそれが良いと申したのですが…」

 「最初に行くのはこっちだよ」

 

 手を引かれるまま連れて行かれたのは道場であった。そこで原作でもスザク君が藤堂 鏡志朗に見下ろされていたシーンがあったなと思い出す。あれは柔道で投げ飛ばされた後だったのだろうか?しかしスザク君の服装は剣道着であり柔道着ではないんだよな。確か竹刀や木刀の類も見えなかったし…。

 

 年季の入った木造の道場内から活気に溢れた声が外まで届いてくる。それなりの人数が居るらしい。スザク君に連れられるまま道場内に入ろうとしたが、その前に一礼してから足を踏み入れる。自分で言うのもなんだがかなり姿勢良く出来たと思う。いつも通りの微笑を浮かべたまま顔を上げると私はそのまま固まってしまった。

 

 スザク君は道場の奥にいた人物に見学しても良いかと許可を取りに行き、私と神楽耶、ノネットの三人は道場端に移動して座って待つ。見学の承認はあっさりと出たらしく、すぐに戻ってきたスザク君も揃って見学をする。攻撃する部位の名を叫んで一撃を入れる剣道の迫力は、映像で見るのと生で見るのとでは迫力が違った。見慣れたスザク君はこちらの反応を窺い、感嘆の声を漏らすノネットを見て満足そうに笑う。

 

 奥に居る人物は昨日会った時とは完全に雰囲気が違う藤堂 鏡志朗が正座を組んで見つめている。離れていると言ってもびしびしと覇気が伝わってくる。それにもうひとりの人物に視線を向ける。道着ではなく緑色の日本軍服を着た50代中頃の初老の男性。軍人としての貫禄を漂わせる片瀬 帯刀少将が目を細めてこちらを観察していた。

 

 正直言って私はあの人の事を好いていない。むしろ嫌いな部類の人物である。日本の誇りを捨てず、日本独立の夢を諦めず、大国ブリタニアに挑む為に旧日本軍を集めて組織したなどの点については感心する。が、重度に守る事しか頭になく、敵に攻められれば慌てふためいて藤堂を頼りにして、少しでも自分が危ない目に遭えば部下を見捨てて我先に逃げ出す。片瀬少将ではなく藤堂中佐が指揮を執っていれば日本での抵抗運動はもっと激しいものとなっていただろう。ブリタニアの立場で言うと片瀬が指揮を執っていた方がやりやすいのだけれど。

 

 結構な活気と熱気を放つ練習を見ていると片瀬がのっそりと近寄ってくる。あからさまにはしてないが警戒を兼ねてノネットがいつでも動けるように腰を浮かす。気付いているのか立ち止まってそれ以上近付こうとはしなかった。

 

 「これは殿下。見学ですか?」

 

 ペコリと頭を下げ、頭を上げたときには先ほどの鋭い視線は消え、ニッコリと優しげに微笑んだ笑みを浮かべていた。

 

 「これは失礼を。私は日本軍少将の片瀬帯刀と申します」

 「私は神聖ブリタニア第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニアです。先の質問ですがその通り見学ですよ。日本の剣術はブリタニアでは見る事がありませんから」

 「ほう、殿下は剣術の心得を?」

 「毎日とはいきませんが習ってますよ」

 

 帝国最強のナイト・オブ・ワンに指南してもらっているけど何処の流派なんだろうか?もしかして我流だったりするのかな?などと考えていると大きく頷きながらニンマリと笑っていた。

 

 「どうですかな?参加してみては」

 「え?それは―」

 「藤堂中佐。少しいいかな?」

 

 そこまで言うと手を振りながら座禅をしている藤堂の下へと歩んでいく。こちらの回答は全無視でしょうか?確かに昔からビスマルクに仕込まれて腕には自信がある。けれど自分が強いかどうかは知らないのである。ナイトメア戦ならノネットやコーネリアに勝ったという事実があるが剣術はビスマルク以外と行ったことがなく、敗北の記憶しかない。他の誰とも手合わせしたことがないからどれだけの実力かも知る良しもなかった。一応、大会にも出たがこれは幼い頃だからカウントしないことにする。

 

 試合の場合、私個人の問題なら負けても良いのだが問題は立場も絡む事だ。神聖ブリタニア帝国第一皇子が軽い試合だからと言って敗北したなんて話が広まれば後々何か起こるのは必須。例えばブリタニアを良く思わない者達の蔑みの対象とか。私だけが悪く言われるだけでなく、こういう話は周りの者にまで被害が及ぶ。勝つか最悪でも引き分けに持ち込まないと不味い。

 

 と深く考えたが帝国の王子に怪我をさせるなんて外交問題に発展しそうな危険もあることだし軽い稽古程度のものだろうと考え直し、肩の力を抜いて立ち上がる。

 

 片瀬より話を受けた藤堂がチラリとこちらに視線を向けた後、目を瞑って一考してから傍らに置いてあった竹刀を手にとって立ち上がる。こちらに稽古を行なっていた日本人がひとり駆けてきて、怪我がないように防具に着替える為の場所を伝えに来たらしいが藤堂も道着に竹刀と防具をつけてないのでやんわりと断って竹刀を手に取る。

 

 「殿下。宜しいので?」

 「まぁ、大丈夫だろう。これ預かってくれるかい」

 

 灰色のコートをノネットに渡して中央のスペースへ足を運ぶ。目の前に立っていた藤堂が構えた為にこちらも構える。右手は柄の近くを握って、左手はひと拳分の間を空けて握る。体内の空気を全て吐き出すように息は吐き、胸中が落ち着いて静けさで満たされるまで瞼を閉じ、ビスマルクとの訓練を思い出しつつ瞼を開いて相手を見据える。常人なら気迫だけで圧倒されるのだがビスマルクで慣れているオデュッセウスにはまったくもって意味をなさなかった。

 

 「では―――参る!!」

 

 遅かった。いや、決して藤堂の剣筋が悪いわけではない。オデュッセウスが比較している相手に比べて遅いだけで、驚異的な速さである。構えから放たれた突きを受け止めようとしてまた思い出した。ゲームでプレイした『ロストカラーズ』などで見た藤堂の突きは単なる突きではなく、ランスロットに乗ったスザク君でも完全に避け切れなかった『三段突き』だった。

 

 防御しようとした竹刀をそのままに、地面から浮き過ぎないように横に軽いステップをして一撃目を避け、そして着地と同時にもう一度同じように避ける。さすがに一度目のように十分な距離の回避は出来なかったが、二撃目の突きも何とか回避できた。問題は最後の突き。一呼吸もおかずに連続で行なったステップでは回避するほど動けない。なのでここで受け止める。竹刀の先で剣先をずらして柄と柄をぶつけて動きを止める。上手く三段突きを凌ぎきると辺りの静けさが妙に心をざわつかせる。

 

 竹刀を引いた藤堂の目は先程より鋭いものとなり私を見つめるが、それも長くは続かなかった。

 

 「髭のおっさんすげえ!!」

 

 駆け寄って来たスザク君によって視線とピリピリした雰囲気が霧散して、ホッと胸を撫で下ろす。今ので刺激されたノネットが参加しかねないのですぐにここから離れようと決心する。これ以上の荒事は御免被る。

 

 「さて、次の案内をお願いしても良いかな?」

 「喜んで」

 

 話が決まると軽く竹刀を交えた藤堂に深く頭を下げて、来た時と同じく二人と手を繋いで道場を後にする。勿論出る際にも一礼はした。練習に参加できず少し残念そうなノネットには悪い事したなと思いつつも、足は止めずに歩き続ける。

 

 「今度は俺の秘密基地に案内してやるぜ」

 「その前に本殿でしょ」

 「焦らなくても本殿も秘密基地も逃げませんよ」

 「でも明日からまた忙しいのでしょう?」

 「一応外交で来ていますので。ですが、なるべく早く済ませて時間を作りましょう」

 「本当ですか?」

 「本当ですよ。そしたらまた遊びましょう。約束です」

 

 約束を交わしたら二人とも満面の笑顔で喜び、オデュッセウスは楽しそうに案内してくれる二人に引っ張られ、今日も今日とて至福のひと時を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 藤堂 鏡志朗は竹刀を元の位置に立てかけると近づいてきた片瀬に振り向いた。対面した片瀬は気付く事は無かったが鋭い眼が少しだけ揺らいでいた。

 

 「どう見た?」

 「厄介…としか言いようがありませんな。噂では剣術の腕はラウンズ並みで、指揮官としての才は将軍達を凌ぐとさえ言われていましたが」

 「皇族を持ち上げるだけのデマだと思っていたのだが認識を改める必要があるな」

 「はい。全てを鵜呑みにする訳にはいきませんが七割程度は事実と認識すべきだと考えます」

 「ふむ。しかし、いきなり三段突きをした事にも驚いたが見事凌ぎきるとはな」

 

 まるで予期されていたように凌がれた。いや、予期ではなく動きを途中で理解して対応したように見えた。最初は突きに対して防御の構えをとっていたが、急にステップで回避を行なった。しかも一撃目の途中で二撃目の突きを予想したのか回避体勢に入っていた。どんな思考能力と肉体能力を持っていればあれほどの対応を行なえるのだ?

 

 三段突きを凌がれた事よりも対峙したときのほうが印象に強い。相手の力量を測る為に気迫を向けて見たのだが、対抗する事もなく完全に受け流されていた。暖簾に腕押しの如くにだ。最初は軽い手合わせと考えていたのだが、そこまでされたら本気になってしまっていた。

 

 にしてもあれほどの者を敵に回すのは避けたいところだ。もし政府がブリタニアと戦争を行なうとなればオデュッセウスとも戦う事となるだろう。戦争になっても負ける気はないが勝つには難しい相手だ。しかし厄介な相手と認識したがそれ以上にもう一度立ち合ってみたいと望んでしまう。今度は別の物で競うのも良いだろう。

 

 「どうした藤堂?」

 

 不思議がる片瀬の言葉に疑問を覚えた藤堂だったが自然と自分が微笑んでいた事に気付く。そこまで気持ちが漏れていたかと思うと余計に頬が弛む。

 

 「いえ、出来ればまた手合わせをしてみたいものです」

 「そうか。今度は将棋でも打ってみるかね?」

 

 穏かな表情で頷きながら頭の中では明日にでも声をかけられないかと考えるが、藤堂の願いもスザクと神楽耶の約束も叶えられる事はなかった…。

 

 『マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア

  神聖ブリタニア帝国ペンドラゴンにてテロリストの襲撃に遭い死去』

 

 この訃報が伝えられた深夜に、オデュッセウスはブリタニア専用機にて日本からブリタニアへと急ぎ向かった…。



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第15話 「ブリタニア本国にて」

 僕は何もかもが憎い。

 

 母上の命を奪った奴が憎い!ナナリーの光を奪った奴が憎い!俺達兄妹を捨てて母上が死んだというのに何の感情も見せないあの男が憎い!俺達を外交の手段としてしか見ていないあいつらが憎い!この世界が…ブリタニアが憎い!!

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの生活はある日を境に一変した。神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの皇妃のひとりであり、ルルーシュとナナリーの母親であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが亡くなったからだ。病死や寿命などではなくテロリストにより殺害されたのだ。殺害現場は警備が帝国内で特に厳しい宮殿内。そんな宮殿内にテロリストが侵入して誰にも目撃される事なく逃げ果せるなどありえない。幼いながらも聡明な彼は、誰かが手引きした事は明らかであることを見抜いていた。

 

 マリアンヌは庶民出で。その生まれを嫌う貴族・皇族は多く居た。姉や妹ではギネヴィアやカリーヌ、皇妃で言えばギネヴィアとクロヴィスの母親がそれだろう。疑えば疑うほど容疑者が増えていく。

 

 テロリストの襲撃から翌日には父上であるシャルル・ジ・ブリタニアに謁見を求めた。が、結果は思いもよらないものだった。

 

 『それがどうした』

 

 母の死を告げると何の感情もなく冷淡にそう答えたのだ。さらに子供をあやしている暇などないと突き放された。あの男には哀悼することさえないのだろう。ふつふつと沸き起こった怒りに身を任せて皇位継承権を放棄すると宣言してしまった。これには父に対する怒りも含まれていたが、後ろ盾のない子供の身で皇族内を生き残れるほどブリタニアは甘くない。継承権を放棄する事で継承争いに巻き込まれないようにしたかったのだが、宣言に対して淡々と今までの現状と今起こっている現実を突きつけられ外交の道具として日本行きを言いつけられた。

 

 母上が撃たれた現場にはナナリーも居り、その際に足を負傷し車椅子生活を余儀なくされた。それよりルルーシュが気に病んだのは幼いナナリーが母親の死を目撃して心に大きな傷を負った事だ。その傷はナナリーの目を閉ざすだけの深い傷となった。なのに足の治療が完治するまで居る事も許されずブリタニアから追い出されるように日本に向かう事になってしまった。

 

 あの男が戻るまでは…。

 

 神聖ブリタニア帝国で一番大きな病院の個室に僕は居た。ベッドには目を隠すように包帯を巻かれたナナリーが座っており、日本行きを遅延させた男が傍らに居る。

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 昨日まで日本に外交で向かっていたブリタニア皇族第一皇子である。母を嫌う皇族内で数少ない母と親しかった皇族であり、僕たち兄妹の母違いの兄である。

 

 ブリタニア皇族に恨みの感情しか持たなかったルルーシュだがオデュッセウスだけにはその感情を持てないでいた。帰ってきたオデュッセウスは母の遺体と対面して涙を流しながら詳細を耳にした。皇帝である父上に帰った報告をするより先にナナリーに面会してまた涙を流した。その後の動きは早かった。予定を放棄して帰ってきた報告をする為の謁見の場でルルーシュとナナリーの日本行きに反対したのだ。当然の事のように皇帝は拒否するとナナリーが落ち着くまでは日本行きを遅らせるように頼み込み、何とかその条件だけは飲ませたのだ。病院の費用も日本に行くまでの生活費はすべてを持ち、ナナリーの病室の警備は第一皇子の騎士であるノネット・エニアグラム卿率いる親衛隊が行なっている。

 

 今まで気に入らないと冷たい態度をとっていた兄上に対して感謝の念しかなかった。ない筈なのだが…。

 

 「ナナリーの足がぁ~、目がぁ~」

 「兄上。いい加減静かにしてください」

 

 面会に来るたびに本気で泣き続けられ、悲しみに暮れていたナナリーが逆に励ます側に回っていた。と言うか五月蝿い。本気で五月蝿いのだ。

 

 「うぐっ。ひっく…だっで~」

 「まったく…そんなに五月蝿くされては治るものも治りませんよ。あとベッドを涙で濡らさない。ナナリーも笑ってないで言いたい事があれば言ってやればいいんだ」

 「いえいえ、こうやって見舞いに来てくれて私は嬉しいですから」

 

 事件当日は塞ぎ込んでいたナナリーだったが兄上が見舞いに来てから徐々に回復してきた気がする。傷がではなく心がだ。別に目が見えるようになったとかではなく、少しずつ再び笑うようになって来たのだ。

 

 「失礼します。廊下まで声が響いていますよ」

 

 呆れ顔で入室してきたエニアグラム卿の言葉を聞いてハンカチで目を覆いながら帰っていくのが見慣れた光景になって来た。が、今日は違った。涙目だが残念そうな表情をして兄上が立ち止まったのだ。どうしたのかと顔を顰めながら次の動きを待つ。

 

 「ここに入ってから二週間が経つね」

 「そうですね」

 「実は一週間前から父上に日本に行かせるように催促されててね。何とか遅らせて来たのだがこれ以上は…本当にすまない」

 「いえ、謝らないでください。兄上は僕たちの為にいろんな手を打ってくれたのです。感謝する事はあっても憎んだり、恨んだりする事は絶対にありません。それよりオデュッセウスお兄様にご迷惑をお掛けして」

 「本当にありがとうございました」

 「ルルーシュ…ナナリー…」

 

 やっと収まりかけた涙を再び滝のように流して大声で泣き始めた。本当に困った兄上だ。

 

 「毎日電話するから!何度でも何十回でも電話するから!!」

 「せめて月一でお願いします」

 

 そんなやり取りの三日後にルルーシュとナナリーは外交の道具として日本に渡ったのだった。

 

 

 

 ナナリーの病室から自分の執務室に戻ったオデュッセウスは、デスク前の椅子ではなくソファに腰を降ろすと泣き崩れた。自分はなんと無能なのだろうかと嘆くことしか出来ない。

 

 私は知っていたのだ。マリアンヌ様が亡くなる事もナナリーがああなってしまった事も、それを行なった黒幕が誰であるかもだ。だが、私はその日が近付いている事を忘れ、日本行きにはしゃいでこの様だ。だからと言って自分に何が出来ただろうかと考えると何も出来なかった。V.V.を止めようにもオデュッセウスの力では止める事は不可能であり、もしも止められたとしてもマリアンヌを暗殺しようとした事実を父上様が知れば、下手すればブリタニア軍とギアス嚮団の戦争になりかねない。

 

 事件を防げなかった罪滅ぼしとして父上様に二人の日本行きの中止、もしくは時間稼ぎの為の入院の交渉を行なった。何とか入院の許可を貰えたことは僥倖だった。そもそも日本行きは本気で中止させる気はなかった。このブリタニアに居ればV.V.に狙われる可能性があるから遠くに逃がす必要があったからだ。そしてこの二週間はナナリーの病室に通って『癒しのギアス』を発動させまくった。涙を隠すために伏せていたのはギアスの紋章が浮かび上がるのを見せない事も含まれていたのだ。

 

 この事件で生活を一変したのはルルーシュ達だけではなかった。アッシュフォード家もだった。確かにオデュッセウスと共に売り出したプチメデは順調に売れてはいるが、ガニメデの開発計画が無に帰したのだ。これはマリアンヌ皇妃が亡くなった事が大きいのだろう。マリアンヌが上へ上がっていくと後ろ盾だったアッシュフォードも上がっていった。両者は命綱を繋ぎ合って崖を登っているようなもので、片方が落ちれば両方落ちるのは解り切った事だった。正式量産化計画に弾かれて開発費に使用した多大な資金の回収も出来ない。それだけならプチメデの売り上げで20分の1だけでも取り返せた。が、オデュッセウスに伝えずにガニメデ以外にもイオシリーズの開発も行なっており、資金の回収は不可能になっていた。

 

 枯れる様子を見せない涙を流し続けるオデュッセウスが居る執務室にロロがノックを行なってから入室した。涙を流しながら顔を向ける。

 

 「殿下。飲み物を持った給仕係が来ましたが…」

 「ぐすっ…通して」

 「ハッ!畏まりました」

 

 日本での外出以降ロロからの私に対する雰囲気が柔らかくなった気がする。どこがと問われると雰囲気がとしか答えれない程度だが、淡々と話す中でふと優しげな雰囲気を漂わすんだ。最近はルルーシュとナナリー、マリアンヌ様の件で構って上げられなかったから落ち着いたら埋め合わせをしてあげないといけないな。

 

 軽く頭を下げたロロは退室して、代わりに飲み物の入ったポッドとティーカップを乗せたトレイを持ったアーニャが入ってきた。入ってきたのだが何処か…というか全体的におかしい。

 

 私の知っているアーニャは控えめで大人しい少女だ。原作ではあまり喋らない無口系少女といった感じだったか。しかし目の前に居る少女はにっこりと笑みを浮かべて、トレイを持ってない左手でスカートの端を摘んでお辞儀していた。口から「誰ですか貴方?」と出そうになったのを我慢して凝視する。にっこりと笑う表情に見覚えがあった。無垢な笑顔そうなのだがどこか悪戯っ子ぽい笑みも含まれていた。

 

 「…マリアンヌ様?」

 「あら?よく解ったわね。ひと目で気付いてくれて嬉しくもあるけど少し残念でもあるわね」

 

 すんなりと認めた見た目はアーニャ、中身はマリアンヌの少女は残念そうに言うが、表情はそれほどではなく普通に笑っている。それどころか本当に嬉しそうだ。

 

 「何時まで泣いているのかしら?」

 「だって…」

 「貴方にも子供らしいところがちゃんとあったのね。っと、お茶をどうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 

 涙を流して失った水分を持ってきてくれた紅茶で補給する。泣き続けて気付かなかったが随分と身体の水分を失っていたようで、紅茶を味わえるようになったのは四杯目になってからだった。いつの間にかソファに腰掛けたマリアンヌ様は座りが気に入らないのか何度も座りなおしていた。

 

 「ところで私に正体を明かして宜しかったので?」

 「なにか問題があったかしら?」

 「だってギアス嚮団のロロが居るんですよ。伯父上様にばれたら事ではないですか」

 

 心配して発した言葉だったのだが一瞬の驚きの後にニタリと嗤った。アーニャに入っているとはいえ本人がしないであろう行動を取るのは止めてもらえないかと考えている私は自分がどれだけ不用意な発言をしたのか気付けないでいた。

 

 「どうしてV.V.にばれたら不味いの?」

 「どうしてって……ッ!!」

 

 そこまで言われて気づいた。マリアンヌ皇妃が暗殺された件はテロリストの仕業とされている。噂で囁かれている中には厳重な宮殿に手引きした力を持つ貴族、もしくは皇族ではないかと疑いの話があることも知っている。その中には存在すら知られてないような伯父上様の名前はない。そもそもその名を知っているのは父上様にマリアンヌ様と会った事のないC.C.、後はギアス嚮団関係者のみ。なのに私は名を口にしていないものの関係性を理解している事を喋ってしまった。しかもその後にV.V.の名に反応した事で明らかに関係を持っている事を気付かれた。まだ顔合わせ段階だから伯父上様と父上様しか知らないのだ。

 

 不味い。全神経・全感覚が危険信号を掻き鳴らしている。心の中まで覗き込むように瞳を見つめられ冷や汗が止まらない。潤いを戻したはずの喉が渇いていく。緊張の中にいる私の唇に人差し指を当てて微笑む。

 

 「今の反応で解ったわ。別に聞こうとも思わないから言わなくても良いわ」

 「…良いのですか?」

 「他にも聞きたい事はあるけれど――貴方が今回の件に関わってないと知っているもの」

 「そうですか…あ!そうだ」

 

 マリアンヌの言葉にホッと胸を撫で下ろすと日本に行った時のお土産の事を思い出した。どうしてもお土産は初日に済ませたかったもので買った物はその日の内に本国へ送っていたのだ。無論、生ものは無しで。マリアンヌ様に買ったお土産を両手で支えつつ持ち上げた。

 

 「日本のお酒なんですけどどうですか?」

 「お土産は嬉しいのだけれど私は何歳に見えるかしら?」

 

 中身は成人であるが身体幼女にお酒を渡そうとしていたオデュッセウスは膝と両手をついて自分の失態を悔やんだ。酒瓶を脇に避けて頭を優しく撫でたマリアンヌはクスクスと可笑しそうに笑っていた。

 

 「まったくしっかりしているのかしてないのか不思議な子ね」

 「すみません…」

 「そろそろ私は戻るわ。この事はV.V.には内緒よ」

 「それは勿論です」

 

 立ち上がって見詰め合っているとフラッと立ち眩みでも起こしたようにふらついて、辺りを見渡し始めた。多分だがマリアンヌ様とアーニャが入れ替わった瞬間なのだろう。

 

 「わ、私は何を…ここは?」

 「ここは私の執務室だよアーニャ」

 「―ッ!?殿下!し、失礼を」

 

 記憶を共有してない為に何故ここに自分が居るのかも分からない状態で多少パニックになっている。いつも大人しい少女が新たな表情を見せてくれた事に嬉しくなる反面申し訳ない感情が私を襲う。

 

 「お茶美味しかったよ」

 「え?あれ?…あ、ありがとうございます?」

 

 とりあえず今はお茶を持って来た所と困惑した脳で認識したらしい。もっとも曖昧な認識に違いないが。これから彼女はマリアンヌ様と入れ替わるたびに記憶のない時間を不安に思う日々が続くのだ。彼女も私が止められなかった事の被害者である。そう思うと深いため息が出そうになる。

 

 「そうだ。日本に行ったお土産があるんだった」

 

 理解しきれない現状に困惑して首を傾げるアーニャに背を向けて、デスクよりお土産のひとつを取り出す。恐縮した様子で途惑っているアーニャの手をとってお土産を手渡す。掌にあるのは透き通った赤色の勾玉だ。

 

 「ありがとうございます殿下!一生の宝物に致します」

 

 歳相応の満面の笑みを向けて喜ぶアーニャを見ていると余計に罪悪感が強くなった。そして私のやるべき事も増えたわけだがそれは良い。兎も角今はアーニャと入れ違いに入ってきたロロの不機嫌を直す方が先決である。どうやらアーニャがプレゼントを貰っていた事に軽い嫉妬をしていたらしい。ロロには青い勾玉がついたネックレスを渡すと機嫌も多少直ってくれたがはてさてどうしたものか?




 


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第16話 「僕らの一週間戦争」

 side:スザク

 

 俺の秘密基地が奪われた。秘密基地と言っても今は使ってない家の土蔵を遊び場としていただけなのだが、今は自由に遊ぶことが出来なくなってしまった。

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアという兄妹が人質として我が家に来たからだ。神聖ブリタニア帝国の皇子と皇女なのだから屋敷の一室でも用意するかと思っていたら、俺の秘密基地としていた土蔵で暮すように父さんが言ったのだ。さすがの俺でも失礼なんじゃないかと思ったけど、屋敷の中だと父さん達の会話を聞かれる可能性がある為に却下。かといって別邸やホテルを用意するなどは屋敷から距離を離してしまうからと却下。屋敷内ではなく、屋敷からそう離れていない事から土蔵を選んだと教えられたが、他にも含むところがあったらしいけどそこまでは聞かなかった。

 

 秘密基地を盗られてイラついたけど、あいつらが髭のおっさんの弟と妹ってことで仲良くしようとは思った。思ったのだが出会った当日に思いっきり喧嘩をしてしまった。あのルルーシュって奴が凄く賢いのだけど相手を怒らせることにその才能を使っているのかってくらい人の神経を逆撫でしてきやがって、殴り合いの取っ組み合いになってしまったのだ。結果は俺の勝ちだった。ひょろひょろで体力もないブリキのもやし野郎にそもそも負けるとは一ミリたりとも考えてなかったが、最初に一発だけ良いのを喰らっちまった。まさか殴りかかったらそれを避けられて頬に一撃入れてくるなんて誰が思うかよ!?まぁ、避け方も大仰だったから慣れてはいないんだろうけど。

 

 それからあの兄妹とはあまり近づけないで居る。ルルーシュは難しい事を言い張る為になにを言っているのか解らないが、あいつ自体が凄く妹想いなのは理解している。誰かを頼る事無く全て自分でこなそうとして、妹が危険に巻き込まれないように動いているのは見ていれば分かった。喧嘩した日から結構日も経って頭も冷めて、あいつに謝ろうと何度か会いに行ったのだがその度に口論になって謝れずにいた。

 

 そんなルルーシュ達に対して俺はイライラとモヤモヤが募っている。喧嘩が尾を引いているなどではなく、原因は俺の父親である枢木 ゲンブの発言の結果にある。昨日の枢木家の夕食には桐原のおじいちゃんが来て、父さんとまた話をしていたのだ。食べながらでも話を聞いているとどうやら父さんが婚約するらしかったので相手は誰かと訊いて見たんだ。すると相手はあのナナリーとの事だった。

 

 ナナリーの母親はテロリストに殺された。その現場を目撃して心に深い傷を負って目を閉じてしまった少女。けれど彼女はただ現実に悲観するだけの子ではなく、心の強い気高い子だった。ある日にルルーシュに謝ろうと土蔵に行ったらあいつは留守で、ひとり留守番をしていたナナリーに出会ったのだ。俺がルルーシュと初日に喧嘩した相手だと分かると『殴るのですか?私も』と聞いてきたのだ。その後『抵抗はしません。でも、私の心まで殴れないという事を』と震えながらも言ったのだ。その言葉に悲しみに近い感覚に襲われ、彼女の心の強さに震えた。

 

 ……その現場を目撃したルルーシュは、俺が何かをしたと勘違いしてまた口論になって謝れなかったが。

 

 俺は今ナナリーとルルーシュと一緒に居る。昨日の話をナナリーは何処からか知って怖くて逃げ出したのだ。だけど目も見えず車椅子が移動手段では遠くまで移動できず、しかも俺が掘った落とし穴……もとい二代目秘密基地に落ちてしまったのだ。ついでに焦っているルルーシュから聞いて捜索していた俺も落ちたが……。そこでルルーシュとナナリーがどんな目に遭い、ルルーシュがどれだけナナリーを守ろうと奔走していたかを知った。その後になってルルーシュが俺とナナリーを見つけて今に至るわけだが今では憎いとか苛立ちなんて感情はなかった。なんとしてもこの二人を守りたいと心の底から願った。しかし10歳の少年に何が出来る訳もなく、やれる事といったら父親である枢木 ゲンブを説得する事だがあの性格から考えて耳も貸してくれないだろう。

 

 気付けば枢木 スザクは携帯電話を取り出して、この状況を打破すべくある人物に連絡をいれていた。

 

 

 

 side:オデュッセウス

 

 青空広がる気持ちの良い天気の日にオデュッセウス・ウ・ブリタニアはとある室内でティータイムを楽しんでいた。

 

 場所はギネヴィアが管理している機動騎士団が本拠地を置いている帝都ペンドラゴン内にある軍事施設。今まではガニメデで想定された訓練だったが、現在はグラスゴーを想定した訓練へと変更されている。すでに量産化体制の準備に移行されたグラスゴーは原作通り実戦で使用される事になるだろう。訓練内容も運用方法もガニメデと多少違うものの騎士達は変更に何の問題も感じていないらしいから、ガニメデの時から訓練を始めた事は間違いでなかったと思う。まだ訓練のみだから実戦ではどうなるか解らないが。

 

 室内にある八台のシミュレーターに乗っているのは機動騎士の面々ではなく、貴族や軍事関係の十歳前後の少年少女である。これは訓練ではなく適正を見る為のもので、今後ナイトメアフレームが軍に正式投入された際に貴族・軍人の適性検査をするのではなく、今のうちに有力そうな子を探しておこうという考えなのだ。

 

 それにしてもギアス饗団の監視役であるロロが仕事をしてない件について。

 

 監視をしているといえばしているんだろうけどほとんど上の空。今だって私が渡した青い勾玉のネックレスを嬉しそうに見つめている。嬉しそうなのは私としても嬉しいのだがそれでロロが怒られないか心配だ。

 

 カップを口元へ運びながら適性検査を受ける子供達を見つめる。その中にはオデュッセウスが推薦したアーニャ・アールストレイムの姿があった。他にも多くの子供が居るがアーニャ以外で目を引いたのはひとりだけ群を抜いて背の高い少年、ジノ・ヴァインベルグだった。群を抜いているのは背だけではなく全ての適正も群を抜いていた。ジノの後ろには中性的な赤毛の可愛らしい男の子が追従していたのだが、見覚えはあっても思い出せないでいた。確か大企業の御曹司とは聞いたが。

 

 親衛隊の数名に囲まれながらひと時を楽しんでいるとノネットが室内に入ってきた。騎士になったノネットは戦ったり、護衛したりが仕事の全てではなく勿論書類仕事もたくさん発生する。今日一日は書類仕事で潰れると思っていたのに予想外に早く終わったらしい。

 

 「早かったね。慣れてきたという事かな」

 「残念な事にまだ書類仕事は終わっていないのですよ」

 「では急用でも舞い込んだかい?」

 「電話がきておりますよ。枢木首相のご子息より」

 「おぉ!スザク君からか。電話をここに」

 「そう仰られると思ってお持ちしました」

 

 差し出された電話を受け取り電話に出る。

 

 「スザク君かい?久しぶりだね。元気にしてたかい?」

 『久しぶり…』

 「どうしたんだい暗い声をだして。何処か調子が悪かったりするのかい?」

 『そうじゃなくてナナリーを助けてやってくれ』

 「どういう事だい?詳しく話を聞こう」

 

 話を聞いているうちに怒りで感情が染まっていく。怒りっていうのは冷静さを欠くものだと考えていたのだがそうではないのだね。逆に頭は落ち着き冷静そのものだ。内容は40超えたおっさんが政略の為だけに私の大事な妹を嫁にするという。呆れを超えて笑えてくる。すでに顔は今まで以上に笑顔だが。

 

 「スザク君。私に二、三日くれないかな?何とかしよう」

 『本当か』

 「三日後に会おう」

 『え?どういう―』

 

 電話の途中だったが何の躊躇いもなく切った。笑顔のままノネットへと振り向くと青ざめた顔で数歩下がられた。それは周りの親衛隊も同様だった。ただひとり勾玉を眺めていたロロだけは気付けなかった。

 

 「何かあったのかいノネット。私から離れていっているけれど?」

 「あ、いえ、私の気のせいかも知れませんが――――怒っておられますか?」

 「怒ってないよ♪」

 「―――ッ!?」

 

 ぞわわと鳥肌を立てるノネットはオデュッセウスの笑顔に絶対的な死の恐怖を感じ取った。有り得ないのだが一歩でも動いたら死ぬと直感が危険信号を発している。ゴクリと生唾を飲み込みつつ動く事が出来ず待機する。

 

 「ノネット」

 「は、はい!」

 「皇帝陛下に謁見を申し入れてくれないか?」

 「何時頃に致しましょうか?」

 「出来れば今日。出来なければ明日かな。それとシュナイゼルやギネヴィア達と連絡を取りたい」

 「謁見はなるべく沿うように致します。それと達と言うのはどの範囲で?」

 「コーネリアにユフィ、クロヴィスにマリーベル、キャスタールにパラックス、カリーヌを」

 「兄弟・姉妹勢揃いですね」

 「勢揃いではないよ。マリーの妹であるユーリアは呼んでないからね」

 「では準備に移りますが殿下はどうなされるので?」

 「私は日本の大使館でルルーシュとナナリーの為のパーティの準備をしようかなと」

 

 電話をかけだしたオデュッセウスの護衛はその場の親衛隊に任せてノネットは急いでその場を移動する。自分はオデュッセウス第一皇子の騎士である自覚はある。ゆえに命令には沿うように行なわなければならない。が、どう考えても異常な殿下の事を誰かに相談せねばならない。権力を持った人物が暴走すると周りに大きな被害が出てしまう。それが帝国の皇子ならなおさらだ。コーネリア殿下が一番話し易いが、もしもの対策を行なうとしたらシュナイゼル殿下しかいないだろう。

 

 駆けて行くノネットの心配を余所に事態は一本の電話ですでに動いていた…。

 

 

 

 side:ルルーシュ

 

 今、枢木 スザクや皇 神楽耶を含めた僕達は日本にあるブリタニア帝国の大使館に来ていた。ナナリーの件で枢木首相と交渉しようとしたのだが、スザクの奴がこともあろうにオデュッセウス兄上に連絡して助けを求めたのだ。兄上には多くの恩を受けており、これ以上手を煩わせるのは気が引けたのだが話に拠ればすでに大きく動いているらしい。スザクが電話をした次の日に来た招待状もそのひとつだろう。内容は僕とナナリーが息抜きにでもと書かれていたがそんな訳はない。

 

 ナナリーと皇はスザクと一緒にパーティ会場で楽しんでいる。スザクとは険悪だったが皇はいつの間にかにナナリーと仲良くなっていた。ここでも話題がオデュッセウス兄上の件なのはとりあえず置いておくとしてだが。

 

 「久しぶりだね。ルルーシュ」

 「はい。お久しぶりです兄上」

 

 まさか大使館にオデュッセウス兄上が来るとは露ほども思わなかった。窓をカーテンで締め切った応接間のソファに向かい合って座り真意を探ろうと観察するが別段普段と変わりない姿だった。ただ気になるのが笑顔に違和感を感じるぐらいだ。

 

 「元気でやっていたかい?怪我や病気は?それより何か飲むかい?いい豆が手に入ったんだよ。あ、紅茶の方が良かったかな?」

 「兄上はどうなさるつもりなのですか?」

 

 余裕があるならゆっくり話すのも良いのだがナナリーが関わっている為にどうしても気持ちが急いてしまう。あのお優しい兄上の事だから外交官を通した文書で抗議するかと予想していたが、ここに居るという事は自身で枢木首相に抗議するという事か。ならあまり期待は出来ない。もしもの時は取引で何とかするしかない。手立てもあるし、相手の考えも予想済み。

 

 思考しながら対面するオデュッセウスの言葉を待っていたルルーシュはノックをして入ってきた人物を見て固まった。同時に数年前のトラウマに近い地獄の日々を思い出した。

 

 「ビ、ビスマルク!?」

 

 入ってきたのは片目を塞いでいる神聖ブリタニア帝国最強の騎士『ビスマルク・ヴァルトシュタイン』。後ろにはノネット・エニアグラム卿を含んだオデュッセウスの親衛隊が並んでいた。しかも親衛隊は少数ではなく、各小隊長が並んでいる事からこの大使館には親衛隊が集結している。

 

 親衛隊は仕える主君と親衛隊長を務める騎士『ナイト・オブ・ナイツ』の色を濃く現す。ギネヴィアの親衛隊は貴族中の貴族から選出されていたり、シュナイゼルの親衛隊は知性が高い者が多い。比べてオデュッセウスもノネットも相手の位で人は選ばず、各々の性格と腕前で選んでいる為に皇族の親衛隊の中では一番の精鋭部隊である。しかも位の低い貴族や地位の貧しい者にも別け隔てなく接する為に忠誠心も高い。

 

 自分の予想と大いに外れた人物達を見て兄上がなにをしようとしているのかを理解して睨みつけた。

 

 「兄上は戦争をする気なのですか?」

 「率直に聞くね。いつものルルーシュらしくないね」

 「兄上!!」

 

 はぐらかそうとしたのか苦笑いを浮かべながら対応しようとした兄上は、困った顔をしていったん間を空けた。それから大きく息を吐き出して何時になく真面目な顔で口を開いた。

 

 「……私は争い事が嫌いだよ。戦争なんてするものじゃないよ。出来れば地位や皇位を捨てて自然豊かな土地に移って、ゆっくりのんびりと暮したい」

 「しかし、ラウンズ最強のビスマルクに精鋭中の精鋭である兄上の親衛隊全員を連れて来ていることからどう考えても戦争をする気でしかないと思えますが」

 「親衛隊とビスマルクだけでは日本と戦争なんて出来ないさ」

 「ではどうする気なのですか?」

 「最初は脅迫。次に内部分裂。……それでも聞き入れてくれない時には戦争になっちゃうかな」

 

 今まで知っていた……いや、知っていた気でいた優しい兄上はそこには居らず、悲しげでありながら本気で怒りを露にしている。驚きと共に先の笑顔の違和感を理解する。あれはいつもの優しげな笑みなどではなく怒りを隠す為の笑みだったのだ。

 

 「何ゆえ兄上はそこまでするのですか?」

 「んー…父上には名目上は日本との外交を円滑にすべく圧力をかけると言ってはあるがね…」

 「その言い方だと本命は別にあるという事ですか」

 「本命は勿論ナナリーを助ける為に決まっているだろう」

 

 あっけらかんとした表情で答えられた言葉に唖然としてしまう。妹を救う為に全力を尽くしてくれている事に感謝する半面、その為だけに戦争を起こそうとしている事に対して驚きを隠せない。もうこの感情を驚きでは表現しきれない。周りの親衛隊の面々は知ってか知らずか自慢げに笑みを浮かべていた。ここに居る僕とビスマルク以外はこれぐらいでは驚くどころか納得しているらしい。唯一怪訝な顔をしていたビスマルクは「ここでの会話は聞かなかった事にします」と言って口を閉じた。

 

 「私に聞きたい事もあるだろうし、私も聞きたい事がいっぱいあるが今はパーティを楽しむとしよう」

 

 気付いたら怒気は消え去り、嬉しそうに笑う兄上に手を引かれてパーティを行なっている大広間へと向かって行った。

 

 後でノネットに聞いたのだが大使館防衛戦力として兄上が持っていたガニメデ三機が内密に持ち込まれていたのには言葉が出なかった。

 

 ちなみにビスマルクは皇帝陛下に頼んだら『よかろう』の一言で借りられたとの事。

 

 

 

 side:スザク

 

 楽しくも心配の募る日々であった一週間が過ぎて俺達は大使館から家に帰る事に。本当はパーティに参加するだけだったのだが、髭のおっさんが父さんや皇家と話をつけており、二泊三日も過ごしていた。

 

 屋敷に比べて狭く、自由に外に出られなかったが大人の目もなく本気で遊びまくった。ルルーシュにナナリーに神楽耶だけではなく髭のおっさんも含めて鬼ごっこしたり、缶蹴りしたりと遊び尽くしの日々だった。夜に行なった枕投げでは皆して髭のおっさんを狙ったっけ。

 

 「は~い、では撮りますよ」

 

 今俺達は髭のおっさんを中心に右側にルルーシュとナナリー、左側には俺と神楽耶が並んで写真を撮るところだ。カメラを持っているノネットにそれぞれ笑顔を向ける。フラッシュの光により目を閉じてしまったがそのまま数枚撮られる中、俺は気になったことを聞いてみることにした。

 

 「なぁ、髭のおっさん」

 「せめてお兄さんにしてくれないかな?……で、なにかな?」

 「どうやって止めたんだ?」

 

 一番に知らせた身であっても何が起こったのかは終ぞ教えてくれなかった。ルルーシュは知っているようだったが聞かない方が身の為だとしか教えてくれなかった。

 

 「えーと…話せば解ってくれたよ?」

 「どうして疑問系なんだよ。それに内容を知っていた俺は協力するけど、神楽耶はどうして呼んだんだ?」

 「前に来た時に約束を破っちゃっただろ。だからその約束を守る為にさ」

 「だからって今じゃなくても…」

 「あら?仲間外れにするんですか?」

 「いや、だって事が事だし…家の問題もあるだろうし」

 「恋愛の問題に家もなにも関係ありませんわ。それに友達を見捨てるような薄情者に見えます?」

 「神楽耶さん」

 

 嬉しそうに微笑むナナリーに四人全員が安心しきった表情を浮かべた。そうだ。どんな事をしたかなんてどうでも良い。俺達は守れたんだから。

 

 「そうだルルーシュ。後で礼を言うんだぞ」

 「はい。スザクや皇、兄上には感謝して―」

 「あぁ、スザク君は勿論だがシュナイゼルやギネヴィア達にもだ」

 「シュナイゼル兄上にギネヴィア姉様も巻き込んだのですか!?」

 「二人だけじゃないぞ。兄弟・姉妹のほとんどに協力を」

 「兄上はやり過ぎという言葉を知らないのですか?」

 「大事な家族の為だから『無い』と断言しよう」

 

 胸を張って答えた答えに皆が笑う。髭のおっさんはその日に帰国して二日後にはその笑顔で溢れた皆と撮った写真が送られてきた。

 

 

 

 side:ゲンブ

 

 スザク達が写真を撮る前日である、スザクに話を聞かれて六日目。

 

 日本国首相である枢木 ゲンブは軍の司令室にて苦虫を噛み潰したような表情で椅子に腰掛けていた。

 

 理由はあの人畜無害そうな若造のオデュッセウスからの連絡である。何処からか聞きつけたのかナナリーと政略結婚を止めるようにと言ってきたのだ。今更それを止める気もないし、あんな若造に言われてはいそうですかと聞く気もなかった。

 

 それだけなら軍事施設に入る事はなかったが、連絡内容の最後には実力行使も辞さないと言っていた。どちらにせよ神聖ブリタニア帝国とは遅かれ早かれ戦争をする事になるとは考えている。だが、いくらなんでも今は早過ぎる。そもそも日本が十カ国を支配しているブリタニアに勝てるとは微塵も思っていない。ゆえにナナリーとの政略結婚を行なおうと思案していたのだ。つまりはひとり国や民を見捨てて自身の保身を行なっていた訳だ。

 

 後にサクラダイトの発掘を仕切る桐原 泰三もブリタニアに積極的に協力して同じ日本人からは裏切り者に見られるが、彼は反ブリタニア勢力の支持者となり積極的に支援する目的があった為に別である。しかも時期は戦時ではなく戦後であるから尚更である。

 

 兎も角、何の準備も出来ていないのに戦争が起こっては困る。しかし、帝国の第一皇子だからと言って早々簡単に戦争を起こすことは難しい。今回の辞さないというのは単なる脅しでアピールだけだろう。だからこの件は公表せずに軍の情報分析官に情報の精査を命じてある。

 

 「首相。ブリタニアに入った者から第一報が入りました」

 

 脇で待機していた将官クラスの軍人が資料を渡してきた。ざっと目を通すが総司令官の名前を見て笑ってしまった。総司令官の名前はクロヴィス・ラ・ブリタニア。戦闘指揮を執った経歴なしの十七歳の小僧っ子だった。

 

 「あからさまですな。確かに将軍を多く引き連れていますが戦力的にも侵攻以前に海上の防衛網すら突破できますまい」

 「やはりブラフか。普段どおりで守りきれるか?」

 「普段の防衛体制だと不可能ですが日本の海上防衛戦力を集中させれば壊滅可能です」

 「一応監視は続けておいてくれたまえ」

 

 これでブリタニアからの戦争の可能性は消えた。オデュッセウスからの脅しはもう一つあって枢木 ゲンブはナナリーと政略結婚して自身の保身を第一に国民と国を裏切るつもりだと情報を流す用意があるという。さすがに周りからの批判や国民からの非難を浴びる事になるが、そんなことは何とでもなるし、するしかない。

 

 イラつきながら鼻を鳴らして立ち上がると、ブリタニアに送った連絡員からの情報を受け取っていた兵士が慌てて立ち上がった。

 

 「大変です!他にも移動準備に入った艦隊を確認したと!!」

 「他にも艦隊をだすだと!!規模は?指揮官は誰だ!?」

 「規模はまだですがコーネリア・リ・ブリタニアとユーフェミア・リ・ブリタニアが現地入りしたのを確認したそうです」 

 「そっちが主力艦隊か…」

 「新たにキャスタール・ルィ・ブリタニアとパラックス・ルィ・ブリタニアにも動きが!!」

 「カリーヌ・ネ・ブリタニアも確認。ただし報告された艦隊とは別艦隊との事」

 「皇族のマリーベル・メル・ブリタニアがエリアより集められた予備戦力の指揮官として―」

 

 次々に入ってくる情報に室内が騒然とする。複数の皇族が多数の艦隊を別々に指揮を執って日本に向かおうとしている。机に広げられた地図にそれぞれの艦隊の予想進路が書き込まれていく。敵の艦隊を相手に出来るほどの力は無い。まさか脅しの為にここまでするのか?疑問は連絡文の最後の言葉を思い返して背筋が凍る。

 

 『実力行使も辞さない』

 

 まさかなと思いたいが現実はその反対に進んで行く。冷や汗が止まらずに息を飲み込んだ。そんな中でも何か現状を打開する手立てを模索するが相手の動きは艦隊だけではなかった。

 

 「居場所を探していたシュナイゼル・エル・ブリタニアの居所を掴みました」

 「何処だ!?まさかまだ艦隊の指揮を執っている訳ではないだろうな」

 「そ、それが…中華連邦に。現在は大宦官と会食中とのことで」

 「なん…だと…」

 

 ふと思った打開策にはブリタニアを良くは思ってない中華連邦に手を借りるというものもあった。出来れば借りたくない手ではあるが最終手段としてぐらいは思っていたのだが先に潰された。連絡には無かったがギネヴィア・ド・ブリタニアはEUが動く事がないようにEUとの会合を行なっていた。

 

 「オ、オデュッセウス殿下と至急連絡を取りたい!急いで準備を!!」

 

 急ぎ連絡を入れて政略結婚を行わない事を伝えると艦隊はすべて撤退していき、最悪の事態は避ける事は出来た。ルルーシュとナナリーにはブリタニアから派遣された連絡員が様子を報告するようになり、手出しは出来なくなった。こうなってはもう保身に走ることなど出来なくなった…。




 流れ

 一日目 スザクが婚約の件を耳にする

 二日目 ナナリーが行方不明だったのを見つける。父親に言うが相手にされない。
     まだ幼い貴族のナイトメア適性を調べるオデュッセウスにスザク君より連絡が来る。

 三日目 オデュッセウス、皇帝陛下に日本との外交が芳しくない為に脅しをかける許可を頂く。
     皇族の姉妹・兄弟を集めて協力を乞う。
     極秘に日本のブリタニア大使館へ向かう。

 四日目 大使館よりルルーシュやナナリーにオデュッセウスよりパーティを用意したとの事で仲の良いスザクと神楽耶も誘われる。

 五日目 大使館入りする。と同時にゲンブにナナリーと婚約するなどほざくのなら日本を数日以内に攻めると脅す。

 六日目 皇族がブリタニアより出撃する。
     大使館では内密に運び込んだガニメデを三機機動準備を始めて、連れ込んだ親衛隊は防衛体勢に入る。

 七日目 日本…ゲンブは要求を呑んで婚約をしない事を伝え、ブリタニアは軍を引く。


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第17話 「私から見た一週間」

 「このッ!!」

 「え~い」

 「ちょ、待っ――わぷ!?」

 

 楽しそうな掛け声の後にくぐもった衝撃音と慌てた声が耳に入った。その光景を見ることは出来ないけど容易に想像でき、微笑ましくて頬が弛んでしまう。すると車椅子の持ち手に誰かが触れたのが伝わって来た。持ち手を持っている手を触れて相手を感じ取る。

 

 「どうされたのですかお兄様?」

 「いや、なんでもないよ…」

 

 そう言ったお兄様の手が震えていた。あのことで不安に思っているのだろう。だから私は優しく包むように手を添えて、答える。 

 

 「大丈夫ですよ。皆さんが来てくれたのですから」

 「…そう……だな。あぁ、そうだ」

 「それにオデュッセウスお兄様まで駆けつけてくれたのですから」

 「うん。兄上は別の意味で不安が残っているのだけど」

 

 お兄様がどんな意図を持って言ったのかは解らないけれど心の底から安心していた。確かに数日前までは怖かったけれど今は昔からの友人のようにお兄様と接する枢木 スザクさん、日本に来てから初めてのお友達となってくださった皇 神楽耶さん、そしてブリタニア本国から来てくれたオデュッセウスお兄様が大きな支えになってくれている。勿論ルルーシュお兄様には一番感謝している。感謝してもしきれないほど。

 

 事の始まりは四日前に枢木家の屋敷の人が立ち話をしていたのを耳にした事が発端だった。話の内容は私とスザクさんのお父様との政略結婚であった。ブリタニアに居た頃にもお姉様やお兄様達がこのままだとブリタニアはいつか日本と戦争をする事になるだろうと話していた事を思い出した。戦争回避や同盟をし易くなるように政略結婚をする事の理解はしている。しているのだがそれが納得出来るのかは別である。

 

 だから私は逃げ出したんだ。

 

 納得するのも理解するのも何もかもが嫌で逃げ出したのだ。

 

 何も見ることの出来ない目で音だけで辺りが何処なのかを察し、自分の足代わりの車椅子を必死に進ませた。

 

 突然の浮遊感の後に車椅子から強い衝撃を受けた。車椅子から転げ落ちて何が起こったか理解できず、辺りを触って現状を確認する。手からはひんやりとした土の感触が自分の背丈以上に続いている。土の壁は辺りを覆っておりなにかの窪みか穴だと理解するまでに時間はかからなかった。しかし下にはシートや本が置いてあったりと人が居た痕跡があることは不思議でならなかった。

 

 兎も角、人が居た痕跡があるという事はいつかは見付かるという事。ずっとここから出られないという不安は消えたがいずれ連れ戻されると不安が強くなった。

 

 誰かに助けを求めたいがルルーシュお兄様には相談するわけにはいかなかった。買い物などで出かけた際によく怪我をなされる。何があったかなどを話す事無く私に隠すようにしておられたが、消毒液の匂いや僅かにいつもと違う歩調で気付いて何があったかは想像出来た。そんなお兄様に相談しては私に黙って危ない事をしそう。それでお兄様に何かあったらと思うとそのほうが怖い…。

 

 ルルーシュお兄様以外に私には皇 神楽耶さんに相談するという選択肢があった。

 

 神楽耶さんは日本に来てから出来た初めてのお友達だ。出会いはお兄様がお出かけをなさっていた時に挨拶に来られた事がきっかけだった。自分はブリタニア皇族で相手は日本の名家という事もあり、何を言われるか内心恐々だったが…

 

 「お髭のおじ様の妹さんですのよね?」

 

 その一言で身構えていた不安要素が一蹴された。お母様が亡くなる数日前にオデュッセウスお兄様は日本に外交に来ていたのをテレビ放送で見て知っていた。話を聞いてみれば彼女がオデュッセウスお兄様と戯れていたのを見た覚えが有って、そこからは日本でどうだったか、ブリタニアでの普段はなどお兄様の話で盛り上がった。

 

 久々に長く話してしまった。日本に来てからは心が休まる時間などほとんど存在しなかったし、ルルーシュお兄様は周りの大人を警戒して気を張っていたからだ。買い物から帰ってきたお兄様が困惑して声を漏らしていたのを思い出す。知らない人物が帰ったら居る時点で困惑しているのにすぐに相手が名家である皇家の人間と知ったら尚更困惑していた。困惑と警戒の色を漂わすお兄様を余所に二人で話し続けていると『ここでも話題は一緒なのだな』と呆れながら呟いていた。そこからはお兄様に対しての質問攻めだった。あんなに慌てながら無防備なお兄様は久しぶりでこの目が見えたらどれだけ良かったと思ったことか…。

 

 話が逸れてしまったがそんな事があって以来神楽耶さんとは仲良くさせてもらっている。日本ではかなりの力を持っていることからいろいろと力になってくださるだろう。けれど初めてのお友達を巻き込んでしまって良いのかという考えが頭を過ぎる。しかもこれはブリタニア皇族と枢木家の話でお父様と話がついていればもはや拒否は出来ない。そもそも家同士の話に皇家を巻き込んで良い筈もなかった。

 

 落ちた穴の中でいろんな事に悩み、一人で苦しんでいると近くに何かが降って来た。鈍い衝撃音と痛みを堪えるような呻き声が聞こえ声をかける。

 

 「大丈夫ですか?」

 「痛たた…ってナナリー!?」

 「その声はスザクさんですね…」

 「あ…うん」

 

 この時の私はスザクさんに良い感情を持っていなかった。言葉使いも態度も乱暴で初日にルルーシュお兄様と大喧嘩をした相手。怖い人以上の感情を持っておらず、それを言葉から察したスザクさんは黙ってしまった。気まずい中での沈黙を破ったのはスザクさんの方だった。

 

 「なんでこんな所まで来たんだ?」

 

 たった一言だったが声色からいろんなものが読み取れた。酷い不安に少しの安堵、そして私を気遣っている事から私が逃げ出した理由を知っていると判断して話した。予想通り知っていたらしく本当に真剣に聞いてくれた。そして二人が落ちた落とし穴の話になってからここがスザクさんの秘密基地だった事を教えてもらって置いてあった本などの謎が解けた。が、出る手段がない事はどうにも出来なかったが。助けが来るまでの間は「ブリタニアでの暮らしを教えてくれよ」との事で私達が経験してきたものを教えた。時に笑い、時に怒り、時に悲しんだり感情を露にして聞いてくれたスザクさんに話の終わる頃には怖いという感情は無くなっていた。

 

 徐々に日が暮れて夕方になる頃にルルーシュお兄様が助けに来るまで話は続き、出た後ではスザクさんはお兄様に初日の事や事情を知らずに悪口を言ってしまった事を謝り、お兄様も思うところがあったのか少し照れながら謝っていた。二人が仲良くなってくれたことは本当に嬉しかった。そして事態は大きく動いた。お兄様が知らないうちにスザクさんがオデュッセウスお兄様に連絡したのだ。話を聞いたオデュッセウスお兄様に神楽耶さんも力になると強く約束して頂き、もうナナリーの心には不安の文字は存在しなかった。

 

 そして今、日本国にある神聖ブリタニア帝国の大使館で枕投げなる日本の遊びをしているらしい。

 

 「ナナリーもおいで」

 「え?お、オデュッセウスお兄様!?」

 

 腰と足を支えるようにオデュセウスお兄様に抱き抱えられる。急に持ち上げられるものだから驚いて声が上擦ってしまった。そのままお姫様抱っこの形で運ばれるとふんわりとした感触が伝わる布団の上にそっと降ろされた。

 

 「ナナリーも一緒に遊ぼう」

 「それが良いですわ」

 「オデュッセウスお兄様…神楽耶さん…でも私は目が」

 「なら私がナナリーの目になろう。だから、ね」

 「お兄様。はい、私も参加します」

 「チーム分けは私とナナリー、お髭のおじ様でスザクとルルーシュで分かれましょう」

 「おいちょっと待てよ!」

 「そうだ。ボクはナナリーとあぷ!?」

 

 勝手に決められたチーム別けに抗議の声を上げたスザクとルルーシュだったがナナリーがオデュッセウスの指示で投げた枕が直撃して最後まで言えずに終わった。

 

 「良いよナナリー。次はこの方向で仰角15度」

 「ここですね」

 「凄いですわ。スザクに命中です」

 

 指示通りに投げられた枕はスザクの顔面に直撃した。相手にナナリーが居る為に手出し出来ないルルーシュと、女の子に思いっきり投げる事の出来ないスザクはお互いに悩み口を開いた。

 

 「どうするんだよルルーシュ」

 「ボクはナナリーに投げたくない。君は?」

 「女の子に枕といえど思いっきり投げれないだろ」

 「だったら簡単だ。昔の戦場では砲弾の命中精度を上げる為に必要なものを排除するんだ」

 「つまりどういう事だよ!?」

 「敵観測手の排除。つまりは…」

 

 話し合った二人は同時にオデュッセウスに枕を投げる。位置がわからないナナリーに神楽耶が位置を教えてオデュッセウスは身体の大きさから良い的になった。このときのナナリーは久しぶりに心の底から楽しんだ。それはルルーシュもスザクも神楽耶も同じであった。赤く輝く右目をばれないように隠しているオデュッセウスもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 日本から本国に戻ったオデュッセウス・ウ・ブリタニアは堂々とした態度で微笑を浮かべたまま硬直していた。

 

 久しぶりに父上様から夕食を一緒に摂らぬかと伝言を受け取っていざ来てみれば、長すぎる長机の上座に父上様が手を組んで座っており、すぐ近くには長机に腰掛けているアーニャの姿があるが、状況から考えてマリアンヌ様なのだろう。いつもなら待機しているはずの執事やメイド、近衛は退席しており三人のみの空間である。監視役のロロは勿論、専属騎士であるノネットですら入室させてもらえなかった。

 

 不味い…。

 

 何が不味いか解らないが兎に角不味い。今すぐ踵を返したいほど嫌な予感しかしない空間に胃が痛むが、無理をしてでも空いている席に腰を降ろす。鋭い眼差しと悪戯っぽく微笑んでいる両者の視線がこちらに向けられ冷や汗が吹き出そうになる。

 

 「貴様は知っておるらしいな」

 「はい?何のことでしょう?」

 「惚けなくて良いのよ。貴方の事だから察しているでしょうに」

 

 すみませんが何の話かさっぱりなのですが…。時期的に起こる事と言えば日本との戦争だろうがまだ私は何もしていない。というか帝国議会で戦争の話は議題にもあがってなかった筈であるからする事など原作知識を使っての準備ぐらいだが。

 

 「マリアンヌを我が兄、V.V.が殺害した事だ」

 「その事でしたら知っております」

 「あぁ、心配しなくてもシャルルが貴方を疑っているわけじゃないわ。どちらかと言えば何かされるのではと危惧しているぐらいなんだから」

 「危惧ですか?」

 「うむ。今回貴様を呼んだのはその事に他ならない」

 

 伯父上様との関係は良好だと思っていたのは私だけなのでしょうか。初めて会った時はあまり会話しませんでしたが、ルルーシュとナナリーが日本へ向かった後に取り寄せた饅頭を持って行ったときには別に嫌われている感じはなかったのですが。それにしてもギアス饗団の子供達がお土産に大喜びしてくれたのは嬉しかったな。

 

 「私が狙われているという事ですか?しかし私にそのような危険性があるようには思えませんが…」

 

 オデュッセウスは『癒しのギアス』という殺傷能力・洗脳能力皆無の力と、性格的に合いそうな者を集めた親衛隊ぐらいを思いつつ発言したがマリアンヌ様のため息が否定を表した。

 

 「誰かしらね。少し脅してきますと言っておいて、本国の艦艇とエリアに派遣している予備戦力の艦艇まで掻き集めて出陣したのは?」

 「うッ…いえ、それは―」

 「しかも中華連邦とEUに対して牽制も行なう手際のよさは私どころかシャルルも驚いていたわよ」

 「あれは何と言いますか…」

 「いつの間にか日本にもパイプを持ったそうじゃない。ギアス饗団からの監視も手懐けたようだし」

 「何故それを!?」

 

 アーニャの顔でケタケタ笑うマリアンヌ様とは違って父上様は至って真面目な表情のまま見つめてくる。それだけヤバイという事なのだろう。口を閉じてこちらも真剣な表情で見つめ返すと口を開いた。

 

 「マリアンヌが殺される前に貴様に日本行きの話が出たのは兄さんの進言なのだ」

 「貴方がどこかに行きたがっているかを聞いた上でね」

 「タイミング的にここから離れさせねばならぬほど警戒はされている」

 「そこまでですか…」

 

 このままではのんびりライフを叶える前に暗殺もありえるのではと嫌な考えが頭を過ぎる。ロロや最近会ってないクララちゃんは何の根拠も無いが心配いらないとは思う。二人が大丈夫だとしてもギアス教団には暗殺に向いたギアスユーザーなんて余るほど存在するはずだから警戒なんて無意味なような気もするが。

 

 「ゆえにオデュッセウスよ。貴様に二ヶ月間日本に関わる事を禁ずる」

 「はい……………はい?」

 「当面の間はナイトメアフレーム関連の開発局創設から運用を任せる」

 「少しお待ちください。何ゆえ日本に関わるなと?」

 「シャルルはね。V.V.からルルーシュとナナリーを守る事も視野に入れて日本に対して宣戦布告をするのよ」

 

 戦争のどさくさで死亡したことにすればV.V.に狙われる危険性もなくなるという考えには納得する。が、守る事『も』と言った事から父上様達にとっては神根島の方が大事ということか…。悲しく思うがそれを表情に見せずに話を聞き続ける。

 

 「兄さんにこれ以上貴様を危険視させないためには大きな力を増やさない事が望ましいだろう」

 「貴方が外交をしてくれたら戦争もしなくて良かったんだけどね。でもそのままだと皇家に枢木家などと良い関係を築いちゃうでしょ?だから関わらないでほしいの」

 「これは神聖ブリタニア皇帝の命である」

 「――――了解いたしました皇帝陛下」

 

 自分の心を押し殺して返事をする。ルルーシュにナナリーは勿論、スザクくんや神楽耶さんの無事を祈るばかりだ。と言ってもいろいろと動くのではあるがそれは内緒という事で。



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第18話 「胃が痛む事態が襲って来た」

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは執務室に三日間立て篭もり、書類の山と格闘を続けていた。

 

 日本侵攻作戦が行なわれてから6ヶ月が過ぎ、原作通りに起こった出来事にオデュッセウスは当時かなり胃を痛めていた。ただ見ていることなど出来ずに多少ながら行動を起こした。

 

 日本に対してはまず皇 神楽耶と枢木 ゲンブに対して亡命を勧めた。が、神楽耶からは丁寧にお断りされてしまった。ゲンブはかなり乗り気だったが政略結婚を進めて自身の保身に走ろうとしていた事が関係者にばれており、国外に逃げる事が出来なかったのだ。つまり日本ではほとんど何も出来なかったのだ。ただ神楽耶からは親身に心配してくださりありがとうございますと言われるほどの信頼関係は築けた事を実感する事が出来た。社交辞令の可能性は無視して、余計にオデュッセウスの罪悪感がすごい事になったが…。

 

 逆に神聖ブリタニア帝国では今までの用意が適用されまくった。まずはガニメデ用に製作した運用方法は多少アレンジを加えた感じで運用され、ギネヴィアに任せていた機動騎士団は初の実戦だというのにグラスゴーを見事に使いこなしていた。後は友人となったロイド・アスプルンドが作りに作った武装やシステムも有って原作以上に強化された。

 

 侵攻作戦はほとんど原作通りに進んでしまった。グラスゴーの機動性と攻撃力により現行の地上兵器ではまったく相手にならず、侵攻作戦開始から一ヶ月で戦争終結。亡命も政略結婚も叶わなくなった枢木 ゲンブ首相は自暴自棄になったのか戦況を見ずに徹底抗戦を唱え、最後には自決した事で日本はエリア11と名を変えた。その侵攻作戦の中でもブリタニアは結果的に勝ったが実質的には藤堂に負けた『厳島の奇跡』も起こった。

 

 ただし原作以外の事も起こった。ひとつは『東京決戦』と呼ばれる序盤に起こった戦いだ。日本軍参謀本部はオデュッセウスを海上戦力でゲンブを脅したときより危険視しており、今まで行なっていた政策を徹底分析と徹底解明しようとしていた。その中にはほんの一部だがガニメデの案件も含まれており、情報は限りなく少ないが関わっている事でナイトメアフレームの危険性をかなり高いレベルで認識し、首都東京に関東の地上兵器のほとんどを掻き集めて決戦を挑んできたのだ。どうも撃退もしくは一機でも鹵獲して対抗兵器を模索する狙いもあったらしいが狙い通りにはならなかった。ギネヴィアの機動騎士団と素性を隠して機動騎士団と合流したノネット・エニアグラムの活躍により東京に集められた戦力は壊滅、ほとんどの戦力を失った関東防衛網は機能しなくなり、数日のうちに東北や中部防衛網まで撤退して関東は僅か三日でブリタニアの支配地域となり、これは日本敗戦の最大の原因のひとつとされている。

 

 原作と違ったのは『東京決戦』だけでなく、ナイトメアにも起こった。ポートマンの前に海中用ナイトメアが作られたのだ。グラスゴーの脚部両膝から下を大型の可動式ハイドロジェット推進脚部、頭部ファクトスフィアがソナーに変更され、コクピット左右には小型可動式ハイドロジェット推進、ショルダーパックには姿勢制御用のヒレを装備。武装は二つの筒を横並びにした銃のような二連装魚雷発射装置とスラッシュハーケンのみ。その水中用グラスゴーは現行の海上戦力を凌駕したが問題も複数浮上した。ほとんどグラスゴーのパーツを使用した為に水中での抵抗が結構なものだったのと、スラッシュハーケンがあまり役に立たない事だ。事例を挙げると海中で潜水艦を発見した水中用グラスゴーが残弾を気にしてスラッシュハーケンを打ち込んだのだ。すると艦艇部に穴を開けて食い込ませると水圧と衝撃でスラッシュハーケンが抜けなくなり、危うく潜水艦と共に水中用グラスゴーが海の藻屑と消える所だった。これらの問題点は次の水中用ナイトメアであるポートマン開発までには改善されるだろう。

 

 それよりもオデュッセウス的に大事だったのはルルーシュとナナリー、神楽耶さんとスザク君の安否だった。スザク君は戦争終結後に名誉ブリタニア人制度で名誉ブリタニア人になっていて安否は確認できた。神楽耶さんも皇コンツェルンの方で確認が簡単に取れたから良かった。しかしルルーシュとナナリーは別だった。戦争前から付けていた監視員が見失ってしまった事で安否不明になってしまった。アッシュフォード家が日本に向かって学園を建設する際に接触してくるまで一睡も出来ないほど心配で仕方なかった。この事はアッシュフォード家の人間と私しか知らない。アッシュフォード家と強い関係を築いておいて良かったと本気で思った。

 

 四人の安否が確認できてホッとした頃にブリタニアで不幸な出来事が起こった。マリーベル・メル・ブリタニアの母であるフローラ・メル・ブリタニアと妹のユーリア・メル・ブリタニアが離宮で起こったテロで亡くなったのだ。しかも爆弾を隠した少年を離宮に通したのは、母親が妹ばかりに構ってつまらなくてちょっと困らせようとしたマリーベルだった。罪の意識に苛まれるマリーベルをオデュッセウスとオルドリン・ジヴォンの二人が付きっ切りで支えた。途中父上様から呼び出しがあって記憶改竄しようとしたのは必死に止めた。もはや記憶は曖昧なのだが記憶を改竄して何か悪い展開に繋がった気がしたからだ。だから仕事の合間を見つけては癒しのギアスを使用し続け、オルドリンと共に支えて何とか立ち直らせられた。けれどそれ以上にオルドリンが心の支えとなり過ぎて、なんと言うかかなりオルドリンに依存しているような気もするが立ち直れたのは大いに喜ばしい。

 

 現在のマリーベルなのだが母親を失ってルルーシュ達と同じように皇位継承権を失った。これは父上様が母親を失ったマリーベルを皇族争いに巻き込まれないように危惧しての行為だと信じている。皇位継承権を失ったマリーベルはオルドリンの母親であるオリヴィア・ジヴォンが当主を務めるジヴォン家の下で暮している。この前の連絡ではオルドリンと軍学校に通うと言ってきたっけ。

 

 胃に穴が開きそうな事態が連続で襲ってきて正直情緒不安定になりそうだった。そんなオデュッセウスは神聖ブリタニア帝国の自分の執務室ではなくエリア12の総督府に設けられた執務室に居る。まったくあの父上様は鬼か何かなのだろうか。ナイトメア開発局設立の資料を製作しながら日本の事で悩んでいると、次の侵攻先を指示してきたのだ。

 

 こちらの手札は本国からの与えられた兵力に親衛隊と兵力的には問題なかったが、ナイトメアにまだ不慣れなパイロット達にノネットが居ないなどクロヴィス指揮の日本侵攻軍に比べたら錬度的に劣っていた。それからは大変だった。開発局の資料作りと侵攻軍の指揮で徹夜続きで事にあたった。本来なら開発局の資料作りを後回しにしようかとしたが期限はそのままだったので必死にこなすしかなかった。侵攻軍には民間人を巻き込む作戦や略奪行為をさせないようにし、相手が持っている兵器を消耗・破壊するように作戦を組み立てる。途中降伏しようとしてきたが戦力が残った状態で降伏されると、日本のように敗戦後の抵抗力を残してしまう事になる。罪悪感は残ったが言い掛かりに近い文句や曖昧な記述を探しては小出しにするなど時間稼ぎして戦争継続して戦力を失わせた。おかげで二ヶ月ほどかかってしまったが後の事を考えると問題ないと思われる。

 

 「あぁ……終わらない…」

 

 声を上げてデスクに頭から突っ伏した。出来ればこのまま寝てしまいたいが、戦後の処理をきっちり済ませておかないと後々自分に降りかかってくる。これ以上何かが起これば確実に胃に大穴が開いてしまう。少し唸り声を上げつつ身体を起こす。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 いきなり突っ伏した事で心配そうにロロが見つめていた。この執務室には簡易的な机が持ち込まれており、私の仕事量を見て手伝うと申し出てくれたロロと自身の仕事を行なっているノネットが書類仕事をこなしていた。他にも来月よりこのエリアの総督を行うキャスタール・ルィ・ブリタニアとパラックス・ルィ・ブリタニアも居り、ロロと同じく心配そうな表情を向けていた。

 

 「ああ、大丈夫だよ。すまないね心配かけて」

 「少しはお休みを取られた方が宜しいのでは?」

 「もう少しできりが良いのでね。そこまでは…」

 「オデュッセウス兄様。ボクの記憶違いでなかったら昨日もその言葉を聞いたような気がするんだけど?」

 「キャスタールは記憶力が良いね。そうだった。きりが良かったのだが休まなかったんだった…」

 「少しは自分を労わって下さい。兄様に何かあったらと思うと心配で心配で…」

 「すまないね。今日の夜はゆっくり休むよ」

 「仮眠で済まさないでくださいね」

 「……………善処しよう」

 

 そう言いながらキャスタールとロロの頭をひと撫でしているとパラックスと目があった。瞬間そっぽを向いたのでパラックスも撫でてやる。満面の笑みで受け入れる二人の反応も良いが、嬉しいが照れて恥かしそうにそっぽを向いて受け入れているパラックスの反応も可愛いものだ。

 

 ノネットがそんな様子に微笑みながら飲み物を頼んで来ますと席を外す。廊下へ出る彼女を見送ってから再び資料に目を向ける。現在ノネットが行なっているのは新たな部隊の編成案と兵士の選定を行なっている。新たな部隊と言うのはブリタニア初となるだろう外人騎士団である。過去の戦争でも自国の主な人種ではなく、他国の人種で作られた外人部隊…。ブリタニア的に言えばナンバーズ部隊であろうか。ナンバーズ内でナイトメア適性の高い者を選抜し、性格や思考を精査してスカウトしていく。父上様に試しに申し出た時には無理だと思ったのだが、まさかの「好きにせよ」で一発で通ってしまったのだ。本当に良いのかと思っていたらギネヴィアには猛反対を喰らってしまったがね。いつの間にか自分のところだけみたいになっていたが。

 

 我ながら嫌な考え方をしてしまう。そもそもナンバーズなんて呼び方が嫌いな割りにこうして文書では躊躇いもなく使っているし、騎士に選んだ者のほとんどは性格や思考以外に家族構成を調べ上げている。母親が重病や家族を食べさせる為にお金が回らない者などに部隊に入れば名誉ブリタニア人以上の生活と報酬を受けられるなどと選択肢のない勧誘をするのだから嫌になる。己がのんびりライフ達成の為に他の誰かを食い物にしている気がする。

 

 自分の行動と考えに嫌気が差し、作業を止めて背もたれに全体重を預けて楽にする。デスクの端に腰を乗せたパラックスが窓より外を眺めながら見下すような笑みを浮かべる。

 

 「ねぇ、兄上」

 「なんだい?」

 「ナンバーズって臭くない」

 「そうなのかい?衛生面を見直したほうが良いかな」

 

 ただ単にナンバーズを馬鹿にした発言のつもりだったがそのまんまの意味にとられてカクンとこける。その反応に首を傾げるオデュッセウスを見て笑い合う。余計に何なのか理解できず頭の上に疑問符を浮かべる。

 

 「お兄様らしいですよね。そういうところ」

 「本当にオデュッセウス殿下らしいです」

 「んー、話についていけてないんだけれど…どういう事かな?」

 「何で兄上はナンバーズにそんなに優しいのかって話」

 「……優しくなんかないよ」

 「そんな事無いって。連日製作している資料なんてここのナンバーズの事ばっかりだし」

 

 だって私が居る時にしとかないと君達がやんちゃしちゃうからに決まってるでしょなどとは言えない。二人とも可愛い弟達なのだが幼さゆえの残虐性なのか生まれ持っての残忍性なのかは解らないが、とても危なく危険な側面を持っている。一回だけ作戦を任せたら住民を巻き込んだ大虐殺しようとしてたのは本気で驚いた。止めて大虐殺なんて事態は回避したけど結構危なかった。

 

 今作っているのは名誉ブリタニア人制度以外のナンバーズ向けの制度作りである。十歳までを対象にしたセカンドブリタニア人制度である。小さい頃から神聖ブリタニア帝国の思想を教え込んでブリタニア人側に引き込む政策で、受け付けた十歳未満から十八歳までの期間まで教育費と食費はこちら持ちでセカンドブリタニア人制度の学校で教育修了書を貰うとブリタニア人として登録されるのだ。

 

 他にも複数の事案を抱えているが全部ナンバーズ関係を保護するものばかり。だけど忘れていけないのはブリタニアはナンバーズは大前提としてきっちりと区別する。それは差別と言ってもいいほどに…。ゆえにこんな事案がブリタニア全土で通るわけもなく、このエリア12のみの運用とするだけでも至難の業。すでに外人騎士団を通してもらっただけでありえない事態ではあるけれど通さなければならない。キャスタールとパラックスが無茶をしない事とユフィの特区の下準備の為に。もしこの案が通れば特区制定の際には事例としてユフィの手助けになるだろうから。

 

 そう思えば嫌気が差した心にやる気が戻って資料に向き直る。かけていたサングラスをかけ直して万年筆を手に取る。

 

 日本との戦争でルルーシュとナナリーの身に何か無いかと不安になった日々に、マリーベルの母親が亡くなった件などこの数ヶ月でかなりの事態が襲ってきた。それなのに私の精神はかなり安定してしまっている。悪い事という物は続く物なんだと実感しました。

 

 ………癒しのギアスが暴走しました。

 

 母親を失って不安定になったナナリーとマリーベルを安定させようとしたり、自身が不安定になりかけたのでギアスで抑制しようと乱発しているといつの間にか両目にギアスの紋章が点きっぱなしになっていた。慌てて伯父上様に相談しようかなと思ったけれど何だか嫌な予感がして、カラーコンタクトとサングラスで目を隠す事でばれないようにする事にした。『人の心を読む』ギアスや『絶対遵守』のギアスのように周りや自分に害をなすギアスでは無かった為に実害は無くすんでいるが困った問題である。

 

 本当にどうしたものかな?



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原作『反逆のルルーシュ』突入
第19話 「原作開始がいつなのか分からない件について」


 円形状の回転式テーブルに並んだ料理の数々から、中身が透けるほど薄い皮で巻かれた春巻きに箸を伸ばしてひとつを摘む。潰さないように優しく持ち上げてゆっくりと口の中に含む。パリッとした感触が伝わると中からぷりっぷりの海老が口の中に広がっていく。

 

 「これは美味しい」

 

 満足そうに笑みを浮かべながらオデュッセウス・ウ・ブリタニアは呟いた。ブリタニア本国や自分の食事はほとんど洋食で、日本食は外交官として日本に向かった際に食べたが中華料理と言うのは三十一年ぶりだった。忘れかけていた味を味わいつつ息を吐く。

 

 食事ひとつで幸せそうにする様子に、にこやかに笑っている少女の笑顔が目に入る。少女の名前は蒋麗華(チェン・リーファ)…と言っても分かる人は少ないだろう。この名はコードギアスのエンディングに流れなかった名で、分かり易い名で言えば天子様である。

 

 現在オデュッセウスは中華連邦に緊張緩和の交渉の為に来ていたのだ。緊張緩和と言っても大層な交渉をする訳ではない。大宦官が喜びそうな品を送るだけである。勿論名目上は中華連邦内で貧困に苦しんでいる民に対する救済措置としてだ。原作を知っているオデュッセウスとしては原作前の荒事を回避しておく必要があり、神聖ブリタニア帝国からではなく個人として送っている。名目上とはいえ実際に食料や衣料品も届けなければいけないからかなり出費が激しいが、プチメデや個人的に手にした資金に中華連邦にギアス饗団施設を隠し持っている伯父様からも資金を貰ったのでそれほど苦にはならなかったから良かった。

 

 「前菜のみで満腹になってしまいますぞ」

 「そうなんですよね。毎回ここの料理は美味しくてメインディッシュに辿り着けた事がないんでした」

 

 天子の横でこの会食に参加している大宦官が「ほほほ」と高い声で笑うのに対して笑みで返すが内心は表情ほど穏かではなかった。他国の民とはいえ圧政を敷き、ただただ我欲を貪る連中。彼らのような者を寄生虫と呼ぶのだろうか。シュナイゼルの爪の垢を煎じて飲ませたいほどだ。………訂正しよう。垢とはいえ彼らにやるのは勿体無さ過ぎる。

 

 「いつまでも食事に現を抜かしていてはいけませんね。さて、今日は何のお話を致しましょうか?」

 「先日申された日本という国の話が聞きたいです」

 「分かりました。天子様」

 

 正直彼らとの緊張緩和だけなら日帰りで本国に帰りたかったのだが、彼女と出会ってしまってからは別の意味で帰れなくなったのだ。交渉を行なう為に朱禁城に入った初日に天子様に謁見したのが始まりだ。純白の髪を揺らしつつ、小さな眉をハの字に曲げて困ったような少女は、不安や寂しさを纏っていた。今思えばエリア11の中華連邦大使館に黎星刻が行っていた事も原因のひとつだったのだろう。表向きの品と裏向きの品の受け渡しと軽い政治の話を済ませた私は会食の場で彼女に話しかけてしまったのだ。彼女が食い付きそうな朱禁城の外の話を。そしたら先ほどまで困った顔をしていた少女が赤い瞳をキラキラ輝かせて食い付いてきたのだ。面白いぐらい話に聞き入り、気になった事には「何故?」と可愛らしく聞いてきて、理解すると満足そうに笑みを浮かべたりと時間を忘れてしまうほどに話していて飽きないのだ。別れの時間が迫り、席を立とうとすると「明日もお願いしても?」と申し訳なさそうに聞いてくるのをどうやったら断れようか!それからずるずると一週間も滞在してしまった。別段本国の大きな役職に付いていないからと言って、エリア視察ならまだしも個人的理由で他国に滞在するには長すぎた。

 

 原作のオデュッセウスは皇帝代行を務めていたがこの世界ではギネヴィアが務めている。これは役職を自ら放棄したわけではなく、父上様が大きな役職に就けて伯父上様に警戒されないようにしてくださっているのだ。嬉しい事なのだが伯父上様とはお茶をご一緒したり、食事に御呼ばれする仲になったからそこまで危険視する事はないとは思う。主観だから見えていないだけなのか?

 

 純粋無垢な天子様の表情に癒され、またしても時間を忘れそうになるけれどもお別れを告げるためにも切りの良い所で話を終わらせる。出来ればこのまま話していたいところだが何分予定も入ってしまった。

 

 「では、天子様。私はこれで…」

 「また明日もお願いできますか?」

 「すみません。明日の早朝にはここを発つので」

 「そんな、せっかく初めてお友達ができたのに…」

 

 目をうるうると潤ませながら悲しみを全面的に出されては行き難い。席を立って天子の横でしゃがみ、振り向いた天子の手を優しく包むように手を添える。

 

 「確かにお別れです。ですがこれが今生の別れという訳ではございません。また次に会うときは外の世界のお話を持ってきます」

 「本当ですね。約束ですよ」

 「はい。約束されました」

 

 ここで永続調和の契りは交わさない。あれは黎星刻のようなイケメンと行なうから絵になるのであって、十九も離れた私がしたら問題がありそうな絵になりそうでやらない。

 

 オデュッセウスは見た目の事で判断したがそれ以上に妹達の反応がすごい事になる事を頭に入れてないのである。

 

 天子と別れたオデュッセウスは朱禁城を出て専用の車で大使館に向かう。道中は警備の為に中華連邦のガン・ルゥ六機にブリタニアの暴徒鎮圧用にカスタマイズされたプチメデ十機が護衛についている。この一週間の行き来で慣れた光景を見つめつつこの七年の事を思い返す。

 

 ブリタニアの日本侵攻前後は休みが無いほど本当に忙しかった。今では普通に休日が取れてゆっくりと休める。休める理由に優秀な者がオデュッセウスの下に付いた事も大きいだろう。まずはオデュッセウスのKMF(ナイトメアフレーム)技術主任を務めるウィルバー・ミルビルの名が挙がるだろう。彼は元々シュタイナー・コンツェルンのKMF技術主任を務めていたが、手薄な空の守りを充実させようと考える自身の案をオデュッセウスが全面的にバックアップすると言ったのがきっかけで夫婦でオデュッセウスの下に移ったのだ。彼自身は空中用の試作機をデータ内で試行錯誤している状態だがそれ以外にも活躍してくれている。技術系では博士号を持つブリタニアのナイトメア技術を支える人物の一人でありながら、指揮能力はアプソン将軍を超える能力を誇っている。ゆえにオデュッセウスの親衛隊『ユリシーズ騎士団』の将軍もこなして貰っている。

 

 しかし将軍の仕事もこなしていると技術部が疎かになる。ゆえに次に名が挙がるのはレナルド・ラビエ博士であろう。彼自身はナイトメアに関わっている訳ではなく、試作強化歩兵スーツの製作を行なっている。試作強化歩兵スーツは視神経から脳に特殊な信号を送り、人間の運動能力を飛躍的に向上させられるシステムを組んでおり、これを装着するだけで常人でもエース並みの動きを行なう事が出来る…筈だ。筈と言うのが装着相手を選ぶのだ。騎士団内でも装着出来るのはオデュッセウスとロロのみである事からギアスユーザーである事が関係していると思われる。レナルド博士は実験中の事故により半身麻痺状態で、娘のマリエル・ラビエが支えている。彼女は十八歳で既に大学を出ている才媛でレナルド博士と共に試作強化歩兵スーツを製作したひとりだ。ナンバーズに対して偏見は無いと言う所は特に気に入っているが、ぬけているところが玉に瑕かな。

 

 新たな出会いがあった中で別れもあった。オデュッセウスの騎士であったノネット・エニアグラム卿はもうユリシーズ騎士団には所属していない。七年の中でエリアを増やす戦いに参加した彼女の実力は皇帝の耳にも届くほどで、ラウンズへの召集がかけられたのだ。皇帝の命だとしても最初は渋っていたが、小さな騎士団長として居るよりもっと高みに行って欲しいと願ったオデュッセウスの言葉を聞いてラウンズ入りしたのだ。ラウンズ入りした今でも交流はあり、たまに様子見と騎士団を鍛える為に来るぐらいだ。

 

 ノネットが居なくなって大幅な戦力ダウンをしたが、ユリシーズ騎士団以外にもナンバーズの騎士団の『トロイ騎士団』も持っており、戦力的には弟達や妹達より大きい。ただトロイ騎士団はノネットの下へ向かわせている為に現状はユリシーズ騎士団のみだが。

 

 そういえば一番変わった事を忘れかけていた。『癒しのギアス』の暴走が収まりました。サングラス着用の生活が始まって半年が経った頃になって気付いたのだが、私このままだと弟達や妹達をレンズ越しでしか見る事が出来ない事に。それに気付いてからは流れ星に願いを祈る以上に一年近くただひたすら願い続け、いつの間にか普通の瞳に戻っていたのだ。ただギアスを使うときに片目ではなく両目になってしまったのは隠し辛くて堪らない。ゆえに使っていたサングラスはギアス使用時にかける為に持ち歩いている。

 

 「オデュッセウスお兄様!」

 

 大使館に到着し、車から降りて大使館内に入ったオデュッセウスの胸に金髪のツインテールを大きく揺らした少女が飛びついてきた。驚きつつも優しく受け止めつつ頭を撫でてやる。「んー」と甘えたような声を漏らし喜びをアピールしてくる。

 

 「今帰ったのかいライラ?」

 「はい。お兄様も来られれば宜しかったのに」

 「それはまたの機会にしよう」

 「約束ですからね」

 

 ふふふと笑うライラを見つめつつオデュッセウスは微笑む。彼女はライラ・ラ・ブリタニア。ブリタニア皇族の一人でオデュッセウスとは母違いの妹の一人だ。ミドルネームが『ラ』になっている事からクロヴィスの実の兄妹なのがお分かりだろう。本来ならメディアにも出さないように宮殿内に居るはずのライラがオデュッセウスと一緒に居るのは、クロヴィスより日本にライラを招こうとした際に本国の護衛だけでは心配だったのか、オデュッセウスに頼んできたからである。オデュッセウス自身は弟の頼みを断る理由も無く、そして久しぶりの日本行きをとても楽しみにしている。

 

 「ロr………白騎士もご苦労だったね」

 「いえ、これも任務ですので」

 

 男性か女性かも分からない機械的な声を出したのは全身純白の試作強化歩兵スーツを着た人物だった。身体のラインに添ったゴム系の素材を使ったフィットスーツの上から、身体を守る薄い装甲板が関節などの駆動部分に重ならないように付けられている。顔は口元まで覆った丸みのあるヘルメットと目元を隠す色付きの強化ガラスで覆われ、背には真っ赤なマントをなびかせている。『白騎士』という名はそのスマートながらも西洋甲冑を想わせる姿とメインカラーである白からきている。

 

 白騎士と呼ばれる彼はユリシーズ騎士団の騎士団長を勤めている。その正体はギアス教団からの監視役であったロロだ。ギアス能力を使用せずともロロのナイトメア操縦技術は騎士団内でも頭ひとつ抜きん出ており、アニメを見た感じでは四聖剣並みではないかと思うほどだ。白騎士の正体は最高機密並みに知られておらず、オデュッセウスを除けばロロの試作強化歩兵スーツを準備したラビエ親子のみである。

 

 「そう言えばミルビル博士とラビエ博士はどうしたんだい?一緒だったのではなかったかな?」

 「そうだったんですけどお邪魔みたいで…」

 「ああ、たまには親子水入らず、そして夫婦としてか」

 「だと思います。別にそう言われた訳ではないのですけどその方が良いかな。と、思いまして」

 「ライラは優しいね。警備はどうしてる?」

 「ユリシーズ騎士団第四中隊の第一、第二小隊をミルビル卿に。第三・第四小隊をラビエ博士に。各小隊には邪魔をしないよう警備・尾行させております」

 「さすが白騎士だ」

 

 ヘルメット越しに頭を撫でると表情は分からないが雰囲気で喜んでくれているのが分かる。空いている左手でライラも撫でつつ通信機材が置いてある部屋へと向かう。出立は明日だが前の日に連絡を入れていた方が良いだろう。部屋に入るとクロヴィスへの回線を開いてくれと頼み、モニター前に置かれている椅子に腰掛ける。ライラは隣におり、白騎士が引いた椅子に腰掛けた。白騎士がオデュッセウスの斜め後ろに立った所で準備が整ったのか回線が繋げられる。少し待つはめになるだろうと思っていたが、モニターはすぐに映った。

 

 濃い紫色を基調とした袖が肩先で二つに分かれた独特なコートを着て、ライラと同じ髪色でふわっと柔らかそうに垂れた髪を片手で弄りながら笑みを浮かべたクロヴィスの姿が映った。

 

 「これは兄上。突然の連絡…何かあったのですか?」

 「いやいや、明日にはそちらに向かうから事前に連絡しておこうと思ってね」

 「そうでしたか。では明日は盛大なパーティを行なう準備をしておきましょう」

 「ははは、それは楽しみだ」

 「ライラ、兄上に迷惑はかけてないだろうね」

 「勿論ですクロヴィス兄様」

 

 ライラは久しぶりにクロヴィスと話すのが嬉しいらしく今日の事から最近の事をクロヴィスに語り始めた。それを嫌な顔ひとつせず、逆に嬉しそうに聞くクロヴィスを見て妹想いの良い子に育ってくれたなと心から思う。まぁ、それはルルーシュやコーネリア、オデュッセウス自身にも当てはまるので皇族のほとんどがそうなってしまうが。

 

 二人の会話を耳に入れながらクロヴィスの後ろに目をやると大勢の着飾った人がおり、それぞれがお喋りや上等なワインや料理を楽しんでいた。どうやらパーティの途中だったらしい。パーティと言えば原作の第一話を思い出す。確かあの時もクロヴィスはパーティを行なっていた記憶がある。が、このパーティがその時なのかがさっぱり分からない。年代的にはそろそろなんだがヒントがパーティだけではいつまでかは分からないんだよな。そもそも皇族はいろんな行事を行なうし、役柄的にパーティなんて山ほどするからヒントにもなっていない。とりあえず何かあったら伝えてくれと言ってあるから何とかなるかな…。

 

 「殿下!」

 「ん?……少し失礼します」

 

 向こうのほうから結構お腹が出ている片眼鏡をかけた軍人…バトレー将軍が何かを耳打ちしている。会話中に無粋なと思いあきれた表情で聞いていたクロヴィスの表情が見る見るうちに険しい顔に変わり、「愚か者!!」とバトレーを一喝する。バトレーとライラは肩をビクリと揺らして、私は驚き目を見開いた。

 

 「申し訳ありません兄上。少し野暮用が出来たようです」

 「そ、そうか…何か大事なんじゃないだろうね?」

 「ええ、大丈夫ですよ。ではまた夕刻にでも連絡致します」

 「うん、待ってるよ」

 

 モニターが消えて不安そうな表情をするライラを宥めるように撫でる。心中に一抹の不安を抱えながら……。

 

 

 

 2017 a.t.b. 神聖ブリタニア帝国第三皇子 クロヴィス・ラ・ブリタニア 凶弾に倒れる…。




●トロイ騎士団を除いたオデュッセウスの戦力

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア ユリシーズ騎士団&トロイ騎士団総団長

 ウィルバー・ミルビル      KMF技術主任
                 将軍相当官

 レナルド・ラビエ        KMF技術副主任
                 試作強化歩兵スーツ班主任

 マリエル・ラビエ        試作強化歩兵スーツ班副主任
  
 白騎士(ロロ)          ユリシーズ騎士団騎士団長

 
●ユリシーズ騎士団(オデュッセウス第一大隊)

 第一中隊 ・グロースター士官機       四騎
      ・グロースター量産型       八騎

 第二中隊 ・グロースター量産型       四騎    
      ・サザーランド【バランス強化型】 八騎

 第三中隊 ・グロースター量産型       四騎    
      ・サザーランド【バランス強化型】 八騎
 
 第四中隊 ・サザーランド【バランス強化型】 八騎
      ・サザーランド【電子戦型】    四騎

 第五中隊 ・サザーランド【バランス強化型】 六騎
      ・サザーランド【一点突破型】   六騎

                    合計六十騎 

●個人機体

・グロースター【オデュッセウス用カスタム機】
 オデュッセウス用にカスタムが施された機体。射撃兵装は対NMF用スナイパーライフルにライフル。接近武器は軽量ランスとなっている。武装だけを見ると射撃戦メインのように感じられるが大幅な近接戦用のカスタマイズで接近戦のほうが優れた機体に仕上がっている。メインカラーは灰色。

・グロースター【白騎士専用】
 近接戦と得意とした白騎士専用グロースター。接近武器には軽量ランス二本に、グロースターには付けられてないスタントンファーを両腕に追加している。射撃武器はライフルのみの基本兵装。運動性能を主に強化している。メインカラーは白色。



…ちなみにゲームのステータスで表すと

名前 :グロースター TYPE-O(オデュッセウス)
HP :1800
近距離:60
遠距離:45
装甲 :44
運動性:34

名前 :グロースター【白騎士専用】
HP :1700
近距離:52
遠距離:42
装甲 :35
運動性:40

名前 :グロースター士官機
HP :2000
近距離:46
遠距離:48
装甲 :44
運動性:32

名前 :グロースター量産型
HP :1500
近距離:44
遠距離:42
装甲 :38 
運動性:30

名前 :サザーランド【バランス強化型】
HP :750
近距離:40
遠距離:40
装甲 :32
運動性:30

名前 :サザーランド【電子戦型】
HP :1200
近距離:45
遠距離:42
装甲 :40
運動性:36

名前 :サザーランド【一点突破型】
HP :1500
近距離:42
遠距離:50
装甲 :46
運動性:28

こんな感じです。


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第20話 「出発前」

 神聖ブリタニア帝国 帝都ペンドラゴン

 

 神聖ブリタニア帝国の中枢を担う帝都内には多くの主要機関が存在する。行政、軍部、医療、民間etc…。その中には帝都の守護騎士団や皇族専属騎士団の拠点も存在する。オデュッセウスの騎士団が所属する基地もまた帝都に存在した。ノネット・エニアグラム卿に選抜され、鍛え上げられた帝国内でも屈指の精鋭騎士団の『ユリシーズ騎士団』。忠誠心の高いナンバーズを集めた騎士団『トロイ騎士団』。まだ表には出されていないがセカンドブリタニア人制度を活用した後にブリタニア軍人となり、ナイトメア適性と性格を気に入った者を集めた『テーレマコス騎士団』も常駐している。

 

 三個大隊が配属されている基地ゆえに規模もかなりのものだ。現在トロイ騎士団は皇帝最強の十二騎士がひとりナイト・オブ・ナイン、ノネット・エニアグラム卿の援軍として出動しており、基地に居るのはユリシーズ騎士団とテーレマコス騎士団のみである。

 

 「総員、傾注」

 

 ユリシーズ騎士団のエリアにあるナイトメア格納庫に騎士と整備士を含めた240名が各所属ごとにわかれて整列する中、落ち着いていて冷たくも感じる声が響き渡る。声を出したのは騎士団に向かい合うように壇上に立っている試作強化歩兵スーツを着たロロ…ユリシーズ騎士団団長の白騎士。

 

 そして騎士団長である白騎士の斜め後ろ―壇上の中央には褐色金髪の白衣姿の痩せ型男性が立っていた。彼こそKMF技術主任兼将軍相当官のウィルバー・ミルビル博士である。人により科学者としての『博士』と呼ぶか、爵位を持つ貴族として『卿』と呼び方が変わる。彼は鷹のように鋭い目で全員の顔を見渡すと口を開けた。

 

 「諸君!我らが殿下より出撃命令が下った!」

 

 騎士のひとりひとりが感情を顔に出さないようにしているが、彼らの雰囲気は意気軒昂しているのが見て分かる。背後にある大型モニターに映像が映し出される。それはクロヴィス第三皇子が凶弾に倒れた地…エリア11。

 

 「すでに周知の事だと思うがクロヴィス第三皇子が凶弾に倒れられた。その事を含めてオデュッセウス殿下はエリア11に向かわれる」

 

 含めて…。

 

 ロロは別件で動いている筈のクララより極秘の命令書を預かっている。命令を下したのは皇帝陛下となっているが実際はギアス嚮団のV.V.であると推測される。命令の内容はV.V.と同じく『コード』を持つC.C.の保護、もしくは捕縛。確定情報ではないにしろエリア11に居る可能性が高いから確認して来いというものだった。

 

 「だがこれは総督として着任する事を意味する訳ではない。殿下はお忍びで入国する形となる。ゆえに護衛として出動するのはユリシーズ騎士団第一中隊のみとする」

 

 まだ公表はされてないがエリア11には18番目となるエリア制定に出ているコーネリア・リ・ブリタニアが総督として着任する事が決まっている。副総督として実の妹のユーフェミア・リ・ブリタニアも行くらしい。行動情報元であるオデュッセウス殿下は、いち早くエリア11の総督に名乗り出た妹君の邪魔はしたくないが、皇帝陛下の命令があるのなら仕方がないと建て前を言われていた。

 

 …が、妹君の――特にユーフェミア皇女殿下の晴れ舞台を見たいと言うのが本音だろう。何年の付き合いになると思っているのだろうか。クロヴィス殿下が描かれた絵が展示されると耳にしたら初日から並び、コーネリア殿下が初の出陣をする日にはギルフォード卿に無理を言って騎士団に紛れさせて間近で見たり、マリーベル殿下が士官学校を卒業する日には一般父兄を装って高性能ビデオカメラを回していたりといろんな事につき合わされてきたのだ。分からないとでも思っているのだろうか。

 

 ヘルメットで表情は見られる事はないロロは堂々と呆れ顔をしてため息をつく。だが、内心また殿下といろんな所に行けると嬉しくも感じている。正直に言ってロロはオデュッセウスに依存している。年齢が二桁に届かない前からギアスを用いて暗殺に狩り出されていた日常の中で変わった命令を受けた。とある皇族の監視と今までとは異なった任務。命じられたときは別に何の感情も疑問も抱かずただ多少毛色の変わった任務を行なうだけだと思っていた。だが、それまで変わることのない生活が180度ガラリと引っ繰り返った。殺伐とした泥沼に浸かったような生活から陽気なお日様の下へと引き上げられたのだ。そこからは毎日が楽しかった。自分のことを道具として扱う事はなく、優しく頭を撫でられたり、美味しい食べ物を食べに出かけたりといままで味わう事のなかった日常を心から満喫していた。今の日常は心地よく、手放したくないほど執着している。

 

 確かに執着してはいるが原作のR2でのルルーシュに対する執着心と比べたらまだまだ低いものだ。ルルーシュはナナリーだけを溺愛しており、記憶を改竄されたルルーシュからその全てを受けていた。対してオデュッセウスも確かに溺愛はしていた。けれどそれはロロ一人ではなく多くの者をだ。弟達に妹達、当時の日本で仲良くなった少年少女、ギアス嚮団の子供達とかなりの者達を溺愛している。だからロロとオデュッセウスがどれぐらいなのか例えると親しい親戚のおじさんぐらいに思ってくれたら正解だろう。敬うべき年上でありながら親しみ易いうえに優しく接してくれるそんな感じ。

 

 と、いらぬ事を考えていたら周りの者達が今度は意気消沈しているのを表情で表していた。ここに居る者たちは忠誠心がカンストしているから殿下の為に戦えると喜んでいたところを第一中隊以外の者は落とされたのだ。意気消沈するのは当たり前と言えよう。

 

 「そんな顔をするな諸君。第二中隊から第五中隊は別件で動いてもらう事となった。内容はユーロピア共和国連合に外交で向かう宰相のシュナイゼル殿下の護衛だ。無論、件の交渉の為である」

 

 件と言うのはオデュッセウスが前々からシュナイゼルに頼んでいた日本人の奪還交渉である。日本がブリタニアに侵略され、植民地での生活を拒んで何とか外国に逃げ込んだ者が結構な数いるのだ。中にはユーロピア共和国連合まで行った者も居るがその暮らしはエリア11のゲットー以下の生活を送らされている。狭い空間に押し込められ自治する事を認められず、ただただその日を過ごすのみ…。それはまるで粗悪な刑務所での暮らしと変わらない。だからまだ自由のあるゲットーに戻す為に『日本はエリア11として神聖ブリタニア帝国が管理している。ゆえに神聖ブリタニア帝国は日本人は我が民と認識し、即時返還を求めるものである』と大使館を通して伝えている。伝えているのだが中々返答を返してこないのでシュナイゼルに交渉してくれないかと頼んでいたのだ。

 

 ユリシーズ騎士団は純粋なるブリタニア人で構成されているが、この案件に異論を持つ者など居ない。彼らはあのノネット・エニアグラム卿が選んだ人間。忠誠心は高く、ブリタニア至上主義に囚われず、ナンバーズだからと隔てる事もない。逆に正しいと思う判断と主の願いを叶える為に沈んだ気持ちは高まっていた。

 

 「すでにユーロピア共和国連合とユーロ・ブリタニアは戦争状態に入っている。こんな時期に赴くのは何か考えがあると思われるが我らの任務は何者の蛮行も許さない事である。行くぞ諸君!我らが殿下の為に」

 

 ヤル気十分の騎士団を見渡し満足気にウィルバーは大きく頷いて壇上を降りる。本来なら総騎士団長であるオデュッセウスもこの場に居るはずなのだがとロロは思いつつ、二度目の大きなため息をつく。

 

 

 

 一方、オデュッセウスは…

 

 神聖ブリタニア帝国 帝都ペンドラゴン 中央病院

 

 怪我人が入院するよりは普通に生活できるほど広い部屋では面白い光景が広がっていた。病院着を着て上半身を起こしたクロヴィスに、切り分けられたりんごにフォークで刺して満面の笑みで「あ~ん、です。お兄様」と口元に差し出すライラ。そんなライラの反対側で溢れ出る涙をハンカチで拭き続けるオデュッセウス。そしてその光景を呆れ顔で眺めるカリーヌ。

 

 例えカリーヌでなくとも呆れるだろう。この病院にクロヴィスが入院して三日が過ぎたがオデュッセウスはそのほとんどをこの病室で同じように過ごしているのだから。しかも泣き続け…。

 

 「兄様いつまで泣いてるんですか」

 「…ぐずッ…本当に…クロヴィスが無事で本当に良かった…」

 「腹部に銃弾を三発受けていて無事と言えるのかはわかりませんが」

 

 シャリシャリとりんごを食べ、飲み込んだクロヴィスはオデュッセウスの一言に苦笑いを浮かべながら突っ込んだ。

 

 神聖ブリタニア帝国第三皇子でエリア11の総督として着任していたクロヴィス・ラ・ブリタニアは凶弾に倒れた。世界中にそのように報道されたが、ピンピンしてライラより差し出されているりんごを食べている。凶弾で倒れただけで別に命に別状もなく、傷口さえ塞がれば退院出来るらしい。

 

 三発も腹部を撃たれたのだが一発たりとも急所や内臓には当たっていなかったのだ。厳重な指揮用陸戦艇『G-1ベース』の作戦指揮を行うコンダクションフロアにまで侵入したテロリストは三発撃つとそのまま姿を消した。厳重な警備を誰一人見つかる事無く突破した犯人が、息のある総大将を殺さずに逃げた謎をいろんな所で議論されているようだ。

 

 何にしたってクロヴィスが死ななかった事は本当に喜ばしい事だ。原作では零距離で脳天を撃ち抜かれて即死だったのだから。悲しい想いを自分だけがするのならまだいい。クロヴィスを失った時のライラの悲しむ姿なんて見たくない。

 

 「ま、何にしたって命があったのは良かったわよね。止めを刺さなかったテロリストは間抜けとして発見が早くて」

 「確かに。バトレーは覚えていないと言っていたが、事実あの場には誰も居なかったからね」

 

 銃弾は急所を外れて即死は免れたが痛みのショックで気絶した後のほうがやばかった。原作通りコンダクションフロアにはバトレー将軍や参謀達が居らず、そのまま誰も気付かなければ出血多量で死亡もありえたのだから。エリア11のシンジュクゲットーへの攻撃命令を取り下げた事と毒ガスが蔓延していると聞いていたジェレミア・ゴッドバルト辺境伯が参謀の意見を聞こうと確認を取ったところ、コンダクションフロアにはクロヴィスしかいない事を知り、慌てて駆けつけると腹部を銃撃されたクロヴィスを発見。迅速かつ適切な応急処置とG-1ベース付近に救護班が配置されてあって多少血が流れる程度で済んだ。

 

 このときの事をクロヴィスは何も覚えていないそうだ。ブリタニア軍の歩兵スーツを装着した者に銃を付き付けられ、シンジュクゲットーに対する攻撃命令を止めさせるように指示されたところまでは記憶にあるらしいがその後の記憶が飛んでおり、目が覚めたら病院のベッドの上だったという。強化スーツは身体だけでなく頭を守る為のヘルメットと暗視機能のついたゴーグルも含まれ、犯人も着用していた為に顔がわからない。ただ、誰にも見られずG-1ベースに侵入した手際の良さと歩兵用の強化スーツを装備していた事から内部の人間…つまりブリタニア軍人が犯人ではないかという話は上がっている。

 

 「ところで兄上はそろそろ行かないで宜しいのですか?」

 「え!?私、邪魔だったかい?」

 「そうではなく、出立の時間が迫っているのではと」

 「もうそんな時間かい?あぁ、急がないと皆を待たせてしまうか」

 「あ~あ、私も付いていきたかったなぁ。オデュッセウスお兄様と」

 

 ロロから受け取った父上様の極秘命令書という大義名分を掲げて―掲げたら駄目だな。一応極秘でだし。ロロには『ユーフェミア皇女殿下の晴れ舞台が見たいのでしょう?』と言われたからそれを理由にして二人にはエリア11に向かう事を伝えてある。クロヴィスは怪我をして休養をしなければならないので、総督から降りたが担当していたエリアに行くのだから伝えておかないといけないだろうと思って伝えた。カリーヌは話をしようとした時に病室に居り、話をするだけで追い出すのもどうかなと言う事で秘密厳守の約束をした上で話した。

 

 総督は原作通りコーネリアがつく事になっている。騎士のギルフォードに将軍のダールトン、副総督就任でユフィも行くことに。少し違ったのはコーネリア以外にもエリア11の総督に手を挙げる者がいたということ。

 

 十歳の時に母と妹を亡くして皇位継承権を奪われた妹、マリーベル・メル・ブリタニアが是非ともと名乗りを挙げたのだ。七年前とは違って彼女は力を持ち皇族復帰を許された。特に彼女自身のスペックがありえないほど高い事が評価された。政治や統治者としての知識を理解し、戦術・戦略にも優れており、ナイトメアの成績はオールS。「天は二物を与えたというのか!?」とルルーシュは星刻を称したが、彼女は時間の余裕もありそれ以上の存在である。

 

 復帰したのはマリーベルの力だけでなく後ろ盾になっていたジヴォン家の口添えもあった。ブリタニアの貴族であるジヴォン家もまた七年間で大きく変化した。ジヴォン家当主であるオリヴィア・ジヴォンはブリタニア屈指の剣術の腕を持っており、それはナイトメア戦でも発揮した。その実力から皇帝十二騎士であるラウンズに招集された。オリヴィア・ジヴォンの弟であるオイアグロ・ジヴォンもまたオリヴィアに勝るとも劣らない実力を持ち、ブリタニア皇族と繋がりを持つ特殊部隊『プルートーン』の隊長を務めている。幼馴染であるオルドリン・ジヴォンはマリーベルと同じ士官学校で好成績を残しており、今から将来が楽しみである。マリーベルはオルドリンに依存してるし、オルドリンはマリーベルの騎士になると本人にも伝えているからマリーベルの騎士として活躍してくれることだろう。

 

 マリーベルはテロリストを心の底から憎んでおり、今回母違いの兄弟を殺されかけた事で怒りは頂点に上っていた。宰相のシュナイゼルや私のところにも総督として推薦してもらえないかと頼みにきたのだが断った。可愛い妹の頼みを断るのは辛かったが騎士団を持たず、怒りで我を忘れているマリーベルを向かわせるほど馬鹿ではない。

 

 「また様子を見に来るよ」

 「エリア11と本国を何往復する気ですか?」

 「連絡するぐらいで良いと思いますよ」

 「そうかな?じゃあ着いたら連絡するよ。カリーヌもクロヴィスも元気で。ライラはクロヴィスが動けぬ今のうちに兄妹の時間を満喫しておきなさい」

 「はい、わかりました」

 

 屈託のないライラの笑顔と微笑を向けるクロヴィスとカリーヌに手を振りながら病室を出る。短く息を吐き出して歩を進める。これからが大変だと気合を入れながら一歩ずつ進んで行く。



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第21話 「日本に来たから少し出歩いてみたら…」

 前回21話を「ストーカー行為?いいえ、これは兄の愛です」として投稿したのですが無理に原作に関わらせようとした為に自分としても納得出来なかったので書き直し。内容を変更して投稿しました。

 最初の方は同じです。


 エリア11…。

 

 元日本国であり、ナイトメアフレームを実戦で初めて使用された国。そして終戦から七年が経った今でも小規模とはいえ争いの絶えない地。そのエリア11では大きく動かざるをえない状況に陥っていた。

 

 五日前にテロリストに毒ガスが詰まったカプセルを奪われた事から事態は始まった。奪われた毒ガスを奪還すべくブリタニア軍はナイトメアフレームを使用してまでの大規模作戦を実施。シンジュクゲットーは瞬く間に血の海に染まった。強行した奪還作戦の結末は焦ったテロリストが毒ガスを使用。ゲットーに拡散したと発表して幕を下ろす筈だった。G-1ベースに侵入したテロリストにより神聖ブリタニア帝国第三皇子で総督のクロヴィス・ラ・ブリタニアが負傷し、落ち着いて治療する為に本国に帰還。総督不在となり、その穴埋めをクロヴィス付きの将軍、バトレー・アスプリウスが行なっていたがそれも二日間のみだけだった。

 

 ジェレミア・ゴットバルト。大貴族の出身で辺境伯の地位を持ち、ブリタニア至上主義を掲げ、純血派を組織した人物。ナイトメアの騎乗技術だけでなく政治手腕も優れており、ラウンズにまで名が知られるほどである。彼が純血派を立ち上げたのは過去の辛い事件が原因だった。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃が亡くなったテロ事件が起きた際、彼は初任務で警護の任についていた。敬愛するマリアンヌ皇妃を守れなかった事を強く後悔し、ご子息のルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子とご息女のナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女が日本侵攻時に亡くなったと知り深い絶望を味わった。その時より皇族を守る為の力を欲し、皇族の傍近くで仕える地位を求めて純血派を発足したのだ。そんな彼が覚えていないと訳の分からぬ言い訳をしてクロヴィス殿下を一人にして危機を未然に防げなかったバトレーを許せる筈がなかった。軍部を掌握したジェレミアはバトレーを拘束、自身が代理執政官として次の総督着任までの指揮を執る事になった。

 

 あの『オレンジ事件』までは…。

 

 クロヴィス殿下暗殺未遂で逮捕した名誉ブリタニア人の枢木 スザクを護送中に現れた『ゼロ』と名乗る人物によってジェレミアは大きく信用を失う事になった。ブリタニア至上主義を掲げているジェレミアは、名誉ブリタニア人制度を快く思っていない事とクロヴィス殿下暗殺未遂犯がブリタニア軍から出る事を恐れて、濡れ衣でも名誉ブリタニア人に罪を着せて裁いてしまえば、名誉ブリタニア人制度を廃止できると考えたのだ。勿論、真犯人はなんとしても見つけ出して表沙汰にならないように罪をあがなって貰うつもりだったが。『ゼロ』が「良いのか?公表するぞ『オレンジ』を」と言い放ってからも記憶がなくなったジェレミアは、枢木 スザクを逃がし『ゼロ』の逃亡を手助けし、味方である純血派の邪魔をしたと言う事実を突きつけられた。身に覚えはなくともばっちりカメラに収められ、全国へ流された映像には偽りはなく、彼の大失態の記録映像となった。しかもクロヴィス殿下暗殺未遂の真犯人は自分だと『ゼロ』が名乗った事で枢木 スザクは純血派によって濡れ衣を着せられたという事が露見。代理執政官として指揮を執らねばならないが、行政との連携はとれずに疑惑の眼差しで仲間内から見られる羽目になった。

 

 ちょっと空いた小腹を満足させようと近くの売店で買ったホットドックを頬張りながら、オデュッセウスはビルに取り付けられた大画面モニターで一連のニュースを眺めていた。

 

 エリア11に向かう飛行機内で『オレンジ事件』を知ったオデュッセウスはジェレミアに罪悪感を感じながら、正直ホッと胸を撫で下ろした。原作ではG-1ベースに侵入したルルーシュにより即死させられたクロヴィスは生きている。最初は別人の犯行かと考えたが、将軍や参謀がコンダクションフロアから離れた事やその時の記憶がない事など原作通りの類似点があったが判断がつかなかったのだ。しかし、オレンジ事件で現れたゼロは間違いなくルルーシュであったことからクロヴィスを撃った犯人も原作通りルルーシュだったと推測できた。ただ、その確認の為にジェレミアを見捨ててしまったので心苦しかったのだ。

 

 「にしても、誰も気付かないね」

 「…ただ不審な人には近付かないだけでは?」

 

 人通りが多い訳ではないがそれなりに居る通りなのに、誰一人ここに第一皇子が居る事に気付いていないことを呟くと、同じく隣でホットドックを頬張るロロが素早く突っ込んだ。水色の長袖に青色の半袖のジャケット、緑黄色系の半ズボンなど『ロストカラーズ』で登場した衣服を着て、顔を隠すようにつば付きの帽子を深く被っている。そんな少年らしい格好をしたロロに対してオデュッセウスはというと、黒のニットセーターに黒に近い紺色のジーンズ、黒のサングラスに黒のニット帽とほとんど全身黒尽くめでまさに不審者と言うのは正しいだろう。顎には耳元まで届きそうなぐらい大きなマスクを付けていた。このマスクはホットドックを食べる為に顎へ移動させた訳ではなく、特徴である顎鬚を隠すのに使っている。

 

 言われてから辺りを見渡すと確かに数人だが目線を合わさないように歩いている人達を確認した。自身ではどこが悪かったのか分からないが自分の服装を一通り見直す。それでも分からずに首を傾げる様子にため息を吐いた。

 

 「ふむ…やはり服を選ぶのは難しいな。……ん、口元にケチャップついてるよ」

 「え、何処ですか?」

 「ここだよ」

 「――ッ!?」

 

 唇についたケチャップを人差し指でそっと取ると何の気なしに舐め取る。もうついてないか確認するとロロは目を見開いて口をパクパク動かしていた。しかも頬が妙に赤いのだがどうしたのだろうか?

 

 「頬が赤くなっているが大丈夫かい?風邪かな」

 「そ、そうじゃなくて!い、今…」

 「今、なにかな?」

 「ななな、何でもありません!それより何か用があって出てこられたんですよね?」

 

 そっぽを向きながら問うロロは何も聞かされずに付いて来たのだ。というか護衛をひとりも付けずに外に出ていたオデュッセウスを大慌てで追いかけて来たというのが正しい。ギアス嚮団からの監視の役目の為ではなく、騎士団長として護衛する為に。それに対してオデュッセウスは…。

 

 「いやぁ…―――きたくて」

 「すみません。上手く聞き取れませんでしたのでもう一度宜しいですか?」

 「久しぶりの日本だったから出歩きたくて…ごめんね。謝るからそんな目をしないで」

 「いえ、何かあると考えてた自分が馬鹿らしくなっただけなんで気にしないで下さい」

 「本当にごめんね。あ、あそこのたこ焼き奢るからさ」

 

 困ったような笑みを浮かべて歩いて行くオデュッセウスを追いかけながらロロはふっと笑みを浮かべる。向かった先である広場の一部にはイレブン達が出店を開いていた。見渡してみると居るのはほとんどがイレブンか名誉ブリタニア人でブリタニア人の姿のほうがちらほらだった。『たこやき』なる食べ物を買いに行ったオデュッセウスは出店のおじさんに注文して船の形をした入れ物を渡され戻ってくる。船の上には丸っこい塊が六つあり、ソースとマヨネーズがかけられ、さらにその上に木屑っぽいものと緑色の粉が振ってあった。

 

 「そこのベンチにでも座って食べようか」

 「敷物はどうしますか?」

 「要らないよ。買いに行くのも時間がかかるし、冷めちゃうからね」

 

 少し汚れている事など気にも止めず腰を降ろし、ひとセットを渡してくる。本来なら皇族が口にする前に毒味が必要なのだが、お構いなしにひとつを口の中に放り込む。熱かったのかハフハフと熱気と声を漏らしながら食べて頬を弛ませる。幸せそうな表情にロロもつられて頬が弛む。

 

 「美味しいね。久々に食べたよ」

 「殿下は本当においしそうに食べられますね」

 「本当に美味しいからね」

 

 二つ目を頬張るのを見て少し息で冷ましながらひとつを食べる。言われた通りに美味しかった。中に入っていた弾力のあるものが何なのか分からなかったがその触感を気に入った。一つ目を飲み込むと二つ目を食そうとするが隣が気になり手を止める。

 

 「何やってるんですか?」

 「ちょっとジノやアーニャに送ろうかとね」

 

 懐から取り出した携帯電話のカメラ部分を自分に向けて、空いている右手でたこ焼きを顔の近くに持って行き写真を撮っている。たまにこの人は本当に皇族なのかと疑いたくなる。

 

 先ほど名が出たジノとアーニャは勿論、ナイト・オブ・ラウンズのジノ・ヴァインベルグ卿にアーニャ・アールストレイム卿の事である。アーニャとは給仕を行なっていた時から付き合いがあったが、ジノとは結構最近の事だ。出会い自体は若い貴族の子達のナイトメア適性検査の時に遡るのだが交流が出来たのは別だった。それはラウンズ入りして皇族と会う機会が増えた事でも、名門貴族との会合などでもない。ブリタニア本国で大きなパレードが催された会場でだ。護衛の目を盗んで抜け出した殿下は会場で、そこまで高くない私服で『これが庶民の祭りか!』と興奮していたジノと出会い意気投合。二人でパレードを楽しんでいる所をロロに発見され、事情を聞くまで殿下と分からなかったらしい。ただのそっくりさんと思っていたらしいがそれが普通だと思う。なにせ神聖ブリタニア帝国第一皇子が護衛のひとりもつけずに一般人に混じってパレードを楽しんでいるのだからまずは本人とは思わない。何はともあれそれから交流を持っているのである。

 

 写真を撮って送ってから三つ目に手をつけようとして止まった。目を細めた先が気になり向いて見るとそこでは不良らしきブリタニアの若者たちがひとりの売店の店員を囲んでいた。遠目でだが殴ったり蹴ったりと暴力行為に及んでいるのに誰も止めようとはしていない。そればかりか出店を営んでいる彼らは何もないかのように振舞っている。冷たくも思うがそれが正しい判断だと理解はする。もし下手に助ければ明日からそこで出店を開けなくなる可能性がある。それだけの理不尽が通るほどブリタニアとイレブンの間には大きな格差がある。道徳や人間としては一般的に間違っている事なのだろうが明日の生活がある彼らにそれを強いる事は間違っている。ゆえにロロは責める事も助ける事もしない。ただ隣の人物は違っていた。

 

 「ロロ。これを」

 「え?殿下お待ちを!」

 

 食べていた途中のたこ焼きを渡して何の躊躇いもなく向かって行く。たこ焼きをベンチに置きつつ懐に隠している拳銃を確認しながら追いかけるが、追いつく前に輪の中に入ってしまっていた。

 

 「君達何をしているのかね」

 「なんだテメェ」

 

 楽しそうに暴行を加えていた者達は間に入ってきたオデュッセウスにガンを飛ばす。正直オデュッセウスの性格は勇猛かどうかと問われれば臆病な方であると答えよう。しかし臆病といってもそこらの不良相手に臆するわけではない。あの程度の睨みなど効きはしない。なぜなら父親であるシャルル・ジ・ブリタニア皇帝の威圧と睨みによって鍛えられているのだから。

 

 対象をボロボロになっている店員からオデュッセウスに変更したひとりがにたにたと笑いながら殴りかかってくる。大振りの一撃を一歩右に動く事で簡単に躱し、肘をがら空きとなっている鳩尾に打ち込む。怪我をしないように手加減を加え、相手が気絶する程度ですませた。短く息を吐いて白目を向いた若者は足で身体を支えられなくなり地に伏した。その際には頭を打たないようにぎりぎりで身体を支えてゆっくりと降ろしたが。

 

 完全に相手が悪過ぎた。帝国最強のビスマルクに剣術を習った経験値が段違いの相手に素人が挑んだのだから。

 

 「争い事は嫌いなんだけどね。どうしよっか」

 

 にこりと微笑む表情とあっけなく意識を刈り取られた仲間を見比べて若者達はゆっくりと後ずさり、その場を離れようとする。

 

 「待ちたまえ」

 「ヒィッ!?な、なんでしょうか…」

 「彼も持って行きなさい」

 

 気絶した者を示した事で急いで両肩を支えて走り去っていく。呆れ顔を浮かべながらやはり殿下はこうだよなと納得しながらロロは横につく。ボロボロにされた店員を心配して声をかけたが店員は痛みを感じていないかのように笑い『いらっしゃいませ』と口にした。これ以上何かを言っても何にもならないだろうとオデュッセウスは判断して彼から商品を買う事に。

 

 再びベンチに腰掛けて先ほど買ったたこ焼きと焼きそばを膝に乗せて悩んでいた。このような状況をなんとかしてやりたいのだが総督はコーネリアなので彼女のエリアに口出しするのも間違っている。しかし放置も出来ないと板ばさみにあう。

 

 「あまり悩んでも仕方ありませんよ」

 「でも…うーん…」

 「飲み物でもお持ちしましょうか?」

 「ん、あぁ、お願いしようか」

 

 ロロは何かあったときの為に腰より予備の銃を渡して離れる。護衛としては問題なのだが以前にも似たようなことがあって『ひとりでも大丈夫だよ。少しの間だし』と押し切られたのだ。最低限の譲歩として銃を携帯してもらう事で折れたのだ。相手が銃やナイトメアでも持ってない限り負ける事はないだろうが。

 

 「貴方、優しいのですね」

 

 ふいに声をかけられて振り向くとそこには薄っすらと微笑みを浮かべた儚げでお淑やかな―――猫を被った赤毛の少女が立っていた。服装からアッシュフォード学園高等部所属の女学生である事が分かる。いや、分かっていた…。日本であるから可能性はあったのだがまさか出会うとは露ほども考えておらず、感情が表情に出ないように堪えるのが唯一出来ることだった。

 

 紅月 カレン。シンジュク・ゲットーで活動しているレジスタンスのリーダーであった紅月 ナオトの妹で黒の騎士団のトップエース。身体能力はスザク君ほどではないから何かあっても対応できると思うがその手に持つ分厚いナイフが収納されたピンク色のポーチがすごく怖いです。拳銃を渡されているがロロは気付いているのだろうか?私はナイトメアでナイトメアを潰した事はあるが、人を直接殺した事はないことに。絶対に躊躇するか後悔をするだろうから使えない…使いたくても使えないだろう。

 

 「優しいですかね?」

 

 出会った感動と興奮にもしもの恐怖を隠しつつ困った笑みを浮かべて言葉を返す。一瞬キョトンとした顔をしてすぐに微笑み直した。

 

 「優しいですよ。普通の人なら助けたりしないもの」

 「そうかな…私はただ自分の我侭を行なっただけだよ」

 「我侭ですか?」

 「私は眼前での出来事を天秤にかけてやりたかったことをやっただけですから」

 

 眼前で…。第一皇子の地位や今まで築いてきたコネクションを使えば多くの人を救えると理解している。理解しているのだがどうしても自分の命を天秤にかけてしまう。勿論出来る事なら幾らか行なっている。ヨーロピアン連合でエリア11以上に不当に扱われている日本人の返還要求に自分が担当していたエリアでのナンバーズ緩和策、一部地域では食糧支援として炊き出しや怪我や病気の治療で医師団を派遣した事もある。しかしこれらはすべては自分の命に関わらないと確信してからのものばかりだ。大きな動きをすると伯父上様に何か勘ぐられたりしているらしく、大規模に自身で動けない。

 

 「何も全てを投げ打って行なえる人なんて少ないですよ」

 

 前々から抱いていた罪悪感を感じていると温かく諭すように語りかけてくる。

 

 「それに眼前の人を救う事がいけない事ではないでしょう?人間一人にすべての人間を救う事は不可能だと思います……目の前の人でさえ救うのは難しいですから」

 

 言葉が胸にスーと入ってきた。それは私に向けて言っているつもりなのだろうが彼女自身に言い聞かせている部分が多い。ブリタニアから日本を取り戻す、彼女らはその為に行動を起こしている。しかし、この前のシンジュク・ゲットーの戦闘では結果的にシンジュク・ゲットーに暮らす民間人をも巻き込み、目の前に居た多くの者を救えなかったのであるから言葉の重みは凄く重い。

 

 「そろそろ行きますね。お連れの方が睨んでいますので」

 「ええ、ありがとう。本当にありがとう」

 

 軽く会釈して去って行くカレンを見送り、隣に並ぶロロに視線を向ける。表情は無表情を貫こうとしているが不機嫌なのが雰囲気で分かる。だが、私は逆に少しばかりではあるが晴れやかな気分に包まれていた。ほんの数分の会話だったが得るものはあった。

 

 「少し頼みたい事があるのだけど良いかな?」

 「何なりと」

 

 頼みを聞く前に仕事モードに入ったロロはスッと表情を引き締めて頭を軽く下げる。と言っても仕事は数日後で今日じゃないので今日はめいっぱい遊ぶことに。クロヴィスランドや映画館、ショッピングも楽しかったが撒いてしまった護衛の第一中隊の面々から心配したと抗議を受けたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 長いようで短い時間を沈黙で満たされた車内でジェレミア・ゴットバルトは頭を抱えて延々とあの忌まわしい奴を思い返していた。

 

 ゼロ…。

 

 そう名乗った奴により、自分の出世への道は閉ざされた。クロヴィス殿下殺害未遂の容疑で逮捕した枢木 スザクを奪われ、『オレンジ』なる覚えのない言葉で疑惑を持たれ、純血派内部で粛清されそうになったりとこの数日のうちに今まで築いてきた物がすべて音を立てて崩れ去った。

 

 『一パイロットとしてやり直すか……オレンジ畑を耕すかだ』

 

 総督に着任成されたコーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下の騎士であるギルバート・G・P・ギルフォード卿に留置所で突きつけられた選択肢が脳裏を過ぎる。勿論オレンジ畑など意味も分からぬ事は選択肢にはなく、一パイロットとしてやりなおす選択を取った。貴族としての爵位を失い、階級をふたつ落とされようとも自分なら這い上がれると思った。だが、冷静になって考えてもみたら不可能に近いだろう。一度疑惑という汚点が付いた自分が皇室のすぐ傍で仕える栄誉を賜る事はない…。

 

 留置所から釈放された際には純血派の誰も迎えには来なかった。キューエル卿は間違いなく来ないと思っていたがヴィレッタ卿まで来ないとは思わなかった。この事により自身の立場を理解させられた。そんな時だ、顔を隠すように帽子を被った男達についてきて欲しいと言われたのは。放心状態に近かった私は何の疑問も躊躇いも見せぬまま、誘導された車に腰を降ろした。自暴自棄というのもあったのだろう。昔の自分ではまったく考えられない行動だ。

 

 車体を揺らして車が停車し、廃墟と思われるビル前に降ろされる。そのまま促されるまま建物内へとついて行く。どうやら建物内には何人かの武装した者が警備に当たっている事からかなりの資金を持つ者が雇っているのが分かる。目に付いた者の動きでブリタニア軍人並かそれ以上の実力者だと判断したからだ。

 

 ジェレミアの予想は確かに当たっていたが予想を遥かに超えていた事に唖然とした。

 

 「久しぶりだね。元気にしてたかい?」

 「こ、これはオデュッセウス殿下!?」

 

 突然の殿下に驚き、片膝をついて頭を垂れる。いつもの皇族としての衣装ではなく黒一色の服装に灰色のコートを着ている事と事前に情報がなかった事からお忍びでこられた事を察する。

 

 「元気だったかいと聞きたいけれどいろいろ大変だったろう」

 「――ッ!ち、違うんです殿下!私はオレンジなど知らないのです!!私は…私はァ!!」

 

 殿下の言葉で取り乱してしまった。今の私は見るに耐えないほど見苦しいほどの醜態をさらしてしまっている。しかしそれでも訴えなければならない。もし殿下にまで信用されなかったら私は!

 

 薄汚れた床に何の躊躇いもなく膝をついて焦燥の色濃く縋り付くジェレミアの肩に優しく手を置く。その表情はいつもと変わらず微笑を浮かべたままだった。

 

 「分かっているよ。分かっている」

 「で、殿下ッ…」

 「そこでなんだがうちに来ないかい?」

 「は?」

 「今度騎士団以外に部隊を作ろうと思っているのだがそこの隊長をやってみないかい?疑惑を持たれた純血派の隊員も働き辛いだろう」

 「純血派の隊員ごと引き抜くと!?」

 「あぁ、その通りだ」

 

 想いも寄らぬ言葉に涙が出そうなほど気持ちが感極まる。悲願でもある皇族の近くで仕えられる。実際涙ぐみながらその手を取ろうと手を伸ばすが、ギリギリで手を引っ込めてしまう。その行動にオデュッセウスは首を傾げている。

 

 「どうしたんだい?」

 「有難過ぎるお誘いでありますが今疑いを持たれた私が殿下の下へ行けば殿下にご迷惑がかかってしまいます」

 「そうか…分かった。すまなかったね」

 「い、いえ…」

 

 謝られた事に今度はジェレミアが首を傾げるが聞く事はしなかった。微笑みながら立ち上がったオデュッセウスはその場を去ろうとする。

 

 「お。お待ちください殿下!」

 「ん?何かな?」

 「殿下はわざわざ自分の為にお越し下さったのですか?」

 「今ここに居る理由はそうだよ。君の友人として手を貸したくてね」

 「友人……殿下にそのように想われているとは感激の至りです。ありがたいお誘いを断っておきながらひとつお願いがございます!」

 

 足を止めて振り返るオデュッセウスは静かにその願いを聞いた。そういう変化もあるものかと思いながら。



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第22話 「力を持っていても心が追いついていないと意味が無かった」

 アニメ第一期の内容に入ってからオデュッセウスは極秘裏に皇帝陛下からの勅命を受けているという大義名分を持って、エリア11の観光地巡りや日本の料理に舌鼓を打ち続けていた。その間にも原作通りの出来事が起こり続けた。

 

 新総督のコーネリアにより中部最大の反ブリタニア組織『サムライの血』が壊滅させられたり、サイタマゲットーに潜伏する反ブリタニア組織の撲滅とゼロを誘き出す作戦を実行したりと数日の間にエリア11では多くの日本人が亡くなった。

 

 原作通りの出来事の中でも憑依転生したオデュッセウスが存在する事によりほんの少しだが変わった事もある。サイタマゲットーでの作戦は確かに行なわれたが死者の数は異なった。作戦開始前にブリタニア本国に居る白騎士よりコーネリアに連絡が入ったのだ。内容はテロリストを壊滅させる前にセカンド・ブリタニア人制度を呼びかけてくれないかというものだ。話を聞いた時こそ反対したコーネリアだったが逃がした中にテロリストが居れば、他の反ブリタニア組織と合流する。そうなれば芋づる式に見つけられるのではないかと判断して許可を出したのだ。これによりサイタマゲットーの多くの子供とその両親の命は助かった事になる。勿論、諜報部の監視対象になっているが…。

 

 戦闘前にセカンド・ブリタニア人制度に参加するイレブン達を護送したのはジェレミア・ゴッドバルト率いる純血派である。オレンジ疑惑をもたれる前より参加していたメンバーはかなり減ってしまったが、この事をジェレミアはまったく気にしていなかった。と言うのもこれはジェレミアがオデュッセウスに頼んだ事なのだから。今でも皇室の傍近くで仕える事を目標にしているが、オレンジ疑惑以来純血派そのものが疑いの目で見られてしまっている。自分ほどではないにしても彼らの忠誠心をそんな疑惑で潰すわけにはいかないと彼らを他のエリアで活躍できるように配置換えを申し出たのだ。ほとんどのメンバーがパラックス・ルィ・ブリタニアの下に送られ、前線で活躍している事だろう。

 

 同じ志の者を潰さず活かせる事が出来て、これで良かったんだと納得したジェレミアに嬉しい誤算が生じた。ひとつはヴィレッタ・ヌゥが残ったことだ。彼女はシンジュクゲットーでナイトメアを奪われるという大失態をしており、自分にはここ以外に這い上がれるところはないと残った。それだけでなくジェレミアを粛清しようとしたキューエル・ソレイシィも純血派に所属している。急な異動に疑問を覚えてすべては分かりきれなかったがジェレミアが何かをした事に気付き、何か考えはあるのだろうが表向きにはまだオレンジの疑惑は晴れてないから監視するとの事。しかし、以前のような疑惑を向ける眼差しではなく、むしろジェレミアの行動には別の何かがあったのではないかと疑っている様子だ。元々純血派はひとつの部隊ではなく純血派というコミュニティである。それが今はひとつの部隊として作られ総勢六名の騎士が所属している。

 

 ところで途中で白騎士ことロロがブリタニア本国に居ると書いたがこれはオデュッセウスのお願いと騎士団長としての白騎士に命じた事である。白騎士としては現在護衛としてオデュッセウスと共にエリア11に入っている騎士達のナイトメア搬送準備である。お忍びで総督のコーネリアに内緒の時点でナイトメアを持ち込むのは断念していたのだが、そろそろナリタ連山もあって必要になるだろうから準備に入ってもらったのだ。そのうち頃合を見てコーネリアには連絡を入れるつもりらしいが理由は現在考え中である。それと皇帝陛下の勅命であるC.C.捜索の経過報告をしにである。原作知識を持つ事からアッシュフォード学園を包囲すれば一発なのだが、捕縛する気も無く捜索もしていないのでそれらしい情報を書いただけの物になる。最後にお願いというのがコーネリアがゲットー壊滅作戦が起きた際にはセカンド・ブリタニア人制度を推すようにとの事と、すぐに受け入れるだけの準備をして欲しいと言うもの。本国に戻った際にゲットー壊滅作戦が起きたので通信履歴上も本国からなので今のところお忍びでエリア11入りした事はばれてない………はずだ。

 

 オデュッセウスはロロが居ない状況だからこそ出来る事がある。ルルーシュとナナリー、そしてアッシュフォード学園に通う事になったスザクの様子を遠くから見る事とか。決して…決してゼロのマスクを黒猫『アーサー』に奪われた猫騒ぎの際に放送室から発せられたナナリーの「にゃあ~」という声を聞きに行った訳ではない。当日にアッシュフォード学園前に黒一色の服装を着た男性がボイスレコーダーを持ち歩いていたという不審者情報があったが…。

 

 何にしてもロロが居ないからといって遊んでばかりはいられない。やるべき事が出来たのだから…。

 

 河口湖のコンべーションセンターホテルで行なわれるサクラダイトの国際分配レートを決定するサクラダイト配偶会議。ブリタニアと諸外国とのパワーバランスを決定するといっても過言ではない。その会議を狙って日本解放戦線の草壁中佐が人質を取って立て篭もるという話が原作であった。

 

 憑依転生した当初の自分であればこんな危険なイベントに参加するなどと考える事などしなかった。けれどここでオデュッセウスとして生きている中にいろいろと情が移りすぎた…。愛しくて可愛くて堪らない妹の一人であるユーフェミアがこの事件に関わるとあっては黙っていられなかった。

 

 が、問題が山積み過ぎた。一番最初に頭に浮かんだのは警備の強化、もしくはユーフェミアに行かないように伝える。この場合はどうやって説明するのか考えが出てこなかった。テロの情報を掴んだなんて理由は私じゃなくてテロ対策の部隊を持っているシュナイゼルが言うなら問題ないがそんな情報網は持ち合わせてない。ならばユフィに忠告………は、人質を無視して攻める選択をコーネリアが選ぶから却下。ならば初っ端からナイトメアで地下道に突撃!!………しても突破出来る自信は無いからこの案は捨てる。

 

 そして私は最後の手段を取る事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 人の影どころか気配すらほとんどしない河口湖のコンべーションセンターホテルのとある通路を三人の男が辺りを警戒しながら歩いていた。深緑色の旧日本軍服に軍帽を身につけ、手にはアサルトライフルを持った彼らは日本解放戦線と名を変えた日本軍残党である。すでに草壁中佐の部隊だけでコンベンションセンターホテルを手中に収め、今は建物内に隠れている者が居ないか捜索しているところだった。

 

 隠れそうなトイレに足を踏み入れて個室を空けながら銃を構える。が、そこには誰も居らずに息を吐くと同時に緊張を解きつつとっととトイレから出て行く。しかし最後尾を歩いていた兵士は出ようとした時に後ろから聞こえた物音で振り向いた。天井から振って来た黒尽くめの男と目が合った。

 

 「出合って早々で悪いがお休み」

 

 銃を向ける間もなく黒尽くめの拳が無防備だった顎を打ち抜いた。グルンと白目を向いた兵士は糸が切れたマリオネットのように力無くタイルに倒れそうになる。倒れられたら大きな音が立つので倒れないように受け止めて奥の個室に入れる。

 

 最後尾を歩いていた兵士が消えた事に気付いたひとりが肩を竦めてトイレに入ってきた。何かあったと判断したのではなくてそのまま用を足しているんだろう程度にしか思っていなかった。だから入った瞬間に銃を掴まれた手に対応しきれず、速攻で意識を刈り取られる。

 

 さすがに二人も帰って来ないことを不審がった最後の兵士は警戒しつつ足を踏み入れる。一番最初に視界に入ったのは奥の個室より伸びた二本の足だった。顔は見えなかったがズボンの色で日本解放戦線のメンバーだと理解出来る。唾をゴクリと飲み込みながらゆっくりと近付く。心臓はバクバクと高鳴り、頭の中ではヤバイと危険信号を発している。

 

 背後で物音がして振り向くとそこにはトイレットペーパーが転がっているだけで誰も居ない。何だったのかと考える時間は与えられず、首に衝撃が走り気絶した兵士はトイレのタイルに伏した。

 

 手際よく気絶させた黒尽くめの男――オデュッセウスは両手を合わせて小さく謝りつつ三人目の兵士を個室に連れ込む。体格が近い兵士の軍服を脱がして着用し、兵士達の手足をきつく結んで動けないようにする。勿論、口には猿轡がわりに布で塞いで騒げないようにするのは忘れない。

 

 オデュッセウスが悩んだ結果に選んだ手段は自分が乗り込む事だった。ナイトメアの技術だけでなく対人格闘術に射撃の腕前を叩き込まれた彼が一般兵程度に遅れをとる事はない。なにせあのビスマルクとマリアンヌに鍛え上げられた彼なのだから。

 

 作戦としては日本解放戦線の兵士に紛れて人質が集められているエリアに潜入し、監視している兵士を無力化する。撃つ前に気付かれなければ十人程度なら反撃を許す間もなく無力化できる。後は部屋内にあるもので入り口にバリケードを築いて立て篭もればこちらの勝ちだ。原作でもナイトメアを倒せるほどの武装は無かったらしいから強力な爆破物は持ってないという事が前提だが…。五分でも持ち堪えれば携帯でコーネリアに連絡すれば救出作戦ではなく、人質が居るエリア以外に対してテロリストに対する殲滅戦を行なえる。自分がこの場に居る言い訳は助かった後で考えよう。

 

 無線機のひとつを拾い上げて通路へと一歩を踏み出す。ユーフェミアにミレイ達を含んだ人質を救出する為に!

 

 

 

 

 

 ………の、筈だった。

 

 河口湖のコンべーションセンターホテルで人質が集められた部屋に前と同じく黒尽くめの服装にマスクで髭を、サングラスで目を隠したオデュッセウスは黙って座っていた。

 

 相手を簡単に伸すほどの技術を持ち、多数を相手に長時間戦えるだけのスタミナを持ち、モブ達を圧倒するほどの肉体的ステータスを誇っていたのだが心までは強くなかった。トイレの天井に張り付く前に見付かり銃を突きつけられた時、返り討ちにも出来たのだが銃を向けられた恐怖で足が竦んでそのまま連行されたのだ。幸い自分の身分を示す物は持っていないので自分が第一皇子である事は気付かれてない。

 

 泣きたかった。助ける為に来て不甲斐なく捕まった事もあるが、自分の真後ろに助けようと思ったユーフェミアが居るのに何も出来ない事にだ。

 

 オデュッセウスより後に来たユーフェミアは護衛と思われる女性と共に端の方に腰を降ろしたのだが、ユーフェミアはまだ後ろに居るのがオデュッセウスだとは気付いていない。背中合わせで座っているのもあって気付いていないのだろうが護衛の方は顔を顰めながら微妙に覗いてこようとしている節がある。出来れば気付かずに時間が過ぎて欲しい。時間が過ぎればスザク君が何とかしてくれるだろう。時間が経てば人質が屋上から突き落とされるがアニメではひとりしか飛んでいない筈だから自分の命は安全なのだ。アニメでは男性が落ちたと思うのだがこの世界ではツインテールの活発そうな少女が連れて行かれた。男性じゃないからと気にしてなかったがその後戻ってきた兵士の話によると落としたらしい。他の手段を選んでいれば助かった命を助けられなかった事にすでに罪悪感でいっぱいになっている。

 

 少しだけ顔を動かして反対側にいる少女達を見つめる。そこにはアッシュフォード家のミレイ・アッシュフォードにニーナ・アインシュタイン、シャーリー・フェネットの三人が不安を隠せずに震えていた。ミレイは何とか自身を奮い立たせ、不安がるニーナの手を握り、背を擦りながら不安を少しでも和らげようと支えていた。

 

 ユフィと彼女達だけでもここから助けてあげたい気持ちはあるが、この状況下では出来る事はない。…ひとつだけあるにはあるがそれは出来るだけ選びたくない。これは最後の手段として封印したいのだけど…。

 

 そんなオデュッセウスの考えはすぐに消し飛んだ。ミレイ達の近くで解放戦線の兵士が立ち止まる。人質を監視しているというよりは暇だから適当に辺りを見渡しているように見える。実際ここまでブリタニア軍が来るとは思ってないだろうから当然と言えば当然か。

 

 「…イレブン」

 

 ボソッと呟いた…呟いてしまった一言で無表情に近かった兵士の顔が一気に険しい物へと変貌した。

 

 「今何といった!!」

 

 顔を真っ赤にして銃を向けて怒鳴りつける。ミレイは怯えるニーナを庇うように抱き締め銃を向けないように言うが頭に血の上った彼を止める事は不可能だ。訂正を求める彼の声に反応して付近に居た解放戦線の隊員達が集まってくる。シャーリーが訂正すると強気に言ってしまうものだから余計に相手は怒ってしまっている。

 

 「貴様ら隣まで来い!じっくり教え込んでやる!!」

 

 三人を隣の部屋へ来るように怒鳴る中で私は冷や冷やしながらユフィに視線を移す。周りは見て見ぬ振りをするがユフィは何とか助けようと立ちあがろうとする。それに気付いた護衛の女性が腕を掴み、険しい顔で止めるように首を横に振る。しかしここまで原作通りなのだからこの後の展開も同じと考えて間違いはない。先ほどの考えを放棄して覚悟を決める

 

 何をされるか分かりきった状況で自ら動こうとはしないだろう。そんな三人に業を煮やした兵士がニーナの腕を掴んで無理やりに連れて行こうとする。悲痛な叫び声が部屋全体に響き渡る。護衛の手を振りほどき立ち上がろうとしたユフィの肩を優しく掴んで立たない様にする。代わりに立ち上がって兵士の視線を浴びる。今にも胃に穴が空きそうだ。

 

 「なんだ貴様!」

 

 急に立ち上がったオデュッセウスに怒鳴りながら銃を構える。無理に引っ張られ、連れて行かれまいと抵抗していたニーナは手を離されて床に倒れこむ。兵士だけでなく人質の視線を浴びて大きく深呼吸をする。マスクとサングラスに手を伸ばす段階でユフィの護衛が大きく目を見開いて気付いた。だが、止める気は無い。この行動こそ彼女達を助ける最善の手なのだから。

 

 「私を君たちの指揮官に会わせてくれないかい?」

 「なに!?」

 「私は神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニア」

 

 マスクとサングラスを勢い良く外し、名乗りを挙げると兵士も人質も驚愕の表情を晒す。特にユフィとミレイは驚きというよりも信じられないといった表情をしていた。

 

 この行動で彼女達は助かるはずだ。問題はこの後の私が原作通りだとゼロであるルルーシュと出会ってしまう事だ。もしもギアスでマリアンヌ様の暗殺事件の事を聞かれたらどうなるか分かったものじゃない。これは今まで生きてきた人生の中での大きな分岐点である。しくじれば命は無いものと思うと心が折れそうだ。

 

 「君、大丈夫かい?」

 

 自身の不安を隠すように倒れこんだニーナに微笑みながら問いかける。

 

 心の中ではスザク君早く来て下さいと願いながら…。



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第23話 「ホテルジャック終了のお知らせ」

 河口湖のコンべーションセンターホテルをエリア11で最も力を持つ反ブリタニア組織『日本解放戦線』が占拠して数時間。エリア11の新総督として着任したコーネリア・リ・ブリタニアは忌々しく睨みつけていた。

 

 ブリタニア軍の動きとしては人質救出作戦を実施しているところであるが中々上手くいかない。コンべーションセンターホテルは湖のど真ん中に建てられた高級ホテルで、政治的にも利用する者もいて攻められ難い構造になっているのが仇となってしまっているのだ。

 

 ホテルに向かうルートは三つ。陸地から繋がる橋を渡るか、海中から接近するか、地下の物資輸送用のパイプラインを通るかの三つ。しかし橋は封鎖され、海中から接近した特殊部隊は狙撃され、パイプラインから侵入しようとしたサザーランドは対ナイトメア用の榴弾を放つ多脚砲台によって壊滅。よってブリタニア軍の兵装での突破は不可能だとされた。

 

 移動指揮所であるG-1ベース内の参謀の中には女子供だけでも助けるべく、政治犯の釈放を飲むべきではとの意見が出始めている。しかし総督として、ブリタニア皇族としてテロに屈する訳にはいかないコーネリアは頑なに拒む。

 

 本来なら人質救出する為に最善を尽くすのは正しい。正しいのだがこれを指揮しているのがコーネリアだというのはおかしな事だ。彼女の性格を知っている者なら救出作戦を行なうよりもそのまま攻勢に出てテロリスト殲滅に努める筈である。

 

 「あいつは…ゼロは何故分かったのだろうな」

 「は?」

 「いや、なんでもない」

 

 グロースターのコクピットより上半身を晒して呟いた言葉にギルフォードが反応したが、反応を期待したのではなく本当に独り言なので短く言葉を返すとグロースターのシートに体重を預けた。

 

 愚弟クロヴィスを殺害しようとした仮面と黒のマントで素性や性別を隠しているテロリスト『ゼロ』。メディアに出るのを控えていたユーフェミアの事を知っていたばかりか人質と一緒に助けると言った。何にせよゼロが日本解放戦線と接触するならば一時的とはいえ時間が稼げ、隙も生まれよう。

 

 「特派の状況はどうか?」

 『ハッ、じきに終わるかと』

 「そうか。突入部隊の用意はどうか?」

 「ご指示さえあれば何時でも」

 

 特別派遣嚮導技術部。通称『特派』と呼ばれるシュナイゼル兄上の部隊で、エリア11では世界で唯一の第七世代ナイトメアフレームの実戦によるデータ収集に来ていた。ブリタニアは至る所で戦争を行なっているが、データ収集においてはこのエリア11ほど高環境は望めない。部品や弾薬などの補給は完璧で、技術者が安全なデータ収集を行なえ、適度に戦闘が発生する地。指揮権はシュナイゼル兄上にあると言っても実戦の機会をなるべく与えて欲しいと頼まれている事から指揮下に入っていると言っても過言ではないだろう。第七世代ナイトメアフレームの『ランスロット』のスペックもサザーランドやグロースターなど現行のナイトメアを軽く凌駕していた。

 

 しかし、コーネリアは特派を使う事に難色を示していた。

 

 と、言うのもランスロットの専属騎士が名誉ブリタニア人である事が大きい。ナンバーズとはブリタニアに負けた敗者であり、それゆえに恨み辛みを抱えている者も多い。いつ牙を剥くか分からぬ者らにナイトメアを預けるなど危険を増やすだけだ。オデュッセウス兄上にもそれとなしに忠告したのだが聞いてくれなかったが。名誉ブリタニア人だけでも気に入らないのに特派の主任研究員であるロイド・アスプルンドが居ることも拍車をかけていた。伯爵の爵位を持った貴族でありながら自覚は無く、いつもへらへらと人を馬鹿にしたような笑み…兄上の友人というのも含めてすべてが気に入らない。

 

 だが、現状を打破出来うる戦力は特派しかない。ユーフェミアを助ける為に人質救出作戦で突破可能なルートは地下のパイプラインのみ。すでに突入させたサザーランドのデータからサザーランドやグロースターでは突破は不可能。唯一可能性があるとしたら特派のランスロットだけであった。あると言っても机上の計算でもリニアカノンに対する回避率は47.8%と二発に一発は当たる計算だ。突破する前に撃破される可能性が高いがこの作戦こそが成功率のある作戦。ユーフェミアを助ける為には特派だろうが何だろうが使ってやる。

 

 『ところで姫様。ひとつお聞きしたい事が』

 「なんだダールトン?」

 『同じナンバーズを使っている部隊でしたら内部の情報提供をしてきた部隊ではなく、どうして特派を使われるのですか?』

 

 特派も指揮系統が面倒なのだがそれ以上に面倒な部隊が存在する。クロヴィスの元専属将軍であったバトレー直属の特殊部隊。『イレギュラーズ』と呼ばれる特殊名誉外人部隊である。騎士全員がナンバーズの部隊でそれぞれが特殊な技能を持っているとかいう話を聞いた。技能のほうは定かではないが全員がナンバーズであることは真実らしい。バトレーが失脚して以来は独立部隊として機能している。

 

 ホテルジャックの人質の中にはイレギュラーズの隊員が混じっていたらしく、内部情報を掴んだ後に日本解放戦線の兵士を挑発して外に出る算段をして、実際にホテル外への脱出を成功させたのだ。兵士が見せしめに誰かを落とす話を聞いてそれを利用しようと考えたらしいが、普通の人間ならあの高さから落ちたら大怪我どころか死亡するはず。なのに、報告に来た隊員である少女は怪我のひとつも負ってない状態で現れたのだ。湖を泳いで渡ってきたのでずぶ濡れであったが。

 

 「同じナンバーズの部隊ならシュナイゼル兄上の…そしてオデュッセウス兄上の友人である部隊を使うさ」

 『姫様はオデュッセウス殿下の事を好いていらっしゃいますからな』

 「―っ!?余計な事を言うな」

 『ハッ!申し訳ありません』

 

 まったく……この状況下で他の誰かが言えば不謹慎と斬り捨てるがダールトンの言葉からはこちらを安心、もしくは落ち着かせようとしている節がある。安心感や何者も受け入れる大きな器、どっしりと構えた姿に本来なら父親に向けるような感情を得てしまう。実際の父上にはそんな感情は抱いた事は無いが。

 

 コーネリアはシュナイゼルの肝いりであり、オデュッセウスに認められた二人の居る特派の動きをただ見守る。失敗の可能性もあるのだろうが今だけは何故か大丈夫だと確信してしまっている。無事にユーフェミアを助け出せると内心安心していた。

 

 ………ホテル内にオデュッセウスが居るとも知らずに。

 

 

 

 

 

 ランスロットが地下パイプラインに突入しようとしていた頃。河口湖のコンべーションセンターホテルの一室ではゼロと日本解放戦線の草壁と名乗る男がソファに腰掛けて話していた。

 

 ゼロであるルルーシュは話しながらも対面する草壁中佐を観察していた。肉体的な特徴や伸ばした髭など外部情報でなく、内面を見定めようとしているのだ。上からになってしまうが要は使えるかどうかの判断。少しは期待していたのだがホテルジャックをした理由が内外に自分達の存在アピールなど論外だった。これだけの戦力を浪費して得る物は民間人を無残に殺したテロリストの名ではメリットがないどころかデメリットしか存在しない。もしこれがブリタニア軍に有効な作戦の一部を行なう為の陽動やここを占拠する事で成果を出す作戦であったならば手を貸しても良かった。まぁ、無抵抗の民間人を殺した時点で無いとは思っていたがここまで無能とは…。

 

 「お前達は古い。もう救えない」

 

 そう告げると余裕綽々だった草壁の表情がみるみる険しいものへと変わっていった。手に持っていた日本刀を抜こうとするほどに。あまりの短気さに価値が一段と下がる。すでにマイナスであるが。

 

 「中佐の下に先ほど連絡した人質を連行しました。皇族の名を名乗っていますが…」

 

 ドアをノックする音の後に外から聞こえた言葉に注意が逸れる。皇族を名乗った者が居るとすれば十中八九ユーフェミアだろう。すでにテロリストが掌握したホテルに対して攻撃をしないコーネリアの様子から人質にユーフェミアが居る事は予想できたし、このホテルに入る前に出てきたコーネリアに『クロヴィスを撃った私を殺すか、中に居るユーフェミアを助けるか選べ』と言った時の反応で居る事は分かりきっている。それにあの優しいユフィの事だ。誰かを助ける為に人質を買って出るぐらいの事はするだろう。

 

 「ゼロ!もはや問答無用!!」

 

 あの一言だけで我慢の限界を超えたのか草壁は日本刀を鞘から抜き、間にあったテーブルを跳び越えて斬りかかって来る。焦る事無く仮面の仕掛けを作動させて左目の所を開ける。

 

 C.C.と名乗る女と契約した事で得た力。ギアスと言う能力を使用する為に左目に不死鳥をイメージした赤く輝く紋章が現れる。ルルーシュが持つギアスは絶対遵守のギアス。命じた言葉には絶対に従わせるという強力な命令権を持つが、目を見た相手でなくてはならず射程距離や同じ相手には一度しか効果は無いなどいろいろ条件が多いが問題はない。二度とこいつらにも会うことはないのだから。

 

 「死ね」

 

 短くそれだけギアスを使用して命じると振り下ろそうとしていた刃は動きを止めて、何の躊躇いもなく草壁の腹部に突き刺さる。それだけでは死ぬ事は出来なかったのかどんどん刃を腹部に押し込み、刀を捻って自らの臓器を切り裂き絶命した。恐怖や絶望の表情を浮かべることもなかった。周りの兵士達は中佐を心配して駆け寄る事はせずに腰のホルスターに収めてあった拳銃を自らの頭に押し当ててトリガーを引いた。渇いた発砲音と同時に血飛沫を撒き散らして命を絶つ。

 

 銃声を聞いたドアの前に居た兵士がドアを勢い良く開いて銃を構えてきた。そのまま発砲されても厄介なので素早く懐から抜いた拳銃のトリガーを引く。放たれた弾丸は狙った通りに銃を構えていた兵士の右肩に命中した。

 

 「落ち着け。中佐達は自決した。行動の無意味さを悟ったのだ」

 

 肩を押さえながら睨みつける者と後ろで内部の様子を見て動揺する者に短く状況を伝え、勝手に状況を判断して自分を撃たせない様にする。そして兵士の後ろに居るであろうユーフェミアに対して話しかける。

 

 「民衆の為に人質を買ってでたか。ユー……ふぁ!?」

 「や……やぁ」

 

 予想だにしない相手…現れたのはユーフェミアではなくオデュッセウスであったことに驚きすぎて変な声を上げてしまったが今はそれどころではない。何故この男がここにいると頭はフル稼働しており余裕は一切なくなっていた。

 

 「えーと…私はどうしたらいいのだろうか?」

 

 困ったような笑みを浮かべながら部屋に入ろうかどうかで悩んでいるオデュッセウスの言葉で、考えすぎている思考を一旦止めて部屋に入るように促す。

 

 ゆったりとした足並みで入ったオデュッセウスはゼロに背を向ける形で窓を向いて立ち止まる。窓はカーテンで締め切られており、カーテンとカーテンの隙間から外の様子を多少窺える。これは草壁が狙撃を警戒して閉めたのだろう。

 

 そんな事はどうでもいい。想定外の事に焦るルルーシュはここで我に返る。これはチャンスなのではないかと。自分には絶対遵守のギアスがあり、その命令はC.C.でもない限りは効果はある。ここで『俺の仲間になれ』と命じたらこれから宣言するであろう黒の騎士団の役に立つし、奴なら母であるマリアンヌ皇妃の死の原因も知っている可能性が高い。しかし、ある想いから使いたくない。ナナリーを政略結婚から救ってくれた事や母が亡くなった自分達兄妹の為に手を尽くしてくれたりと大き過ぎる恩がある。

 

 「君がクロヴィスを撃ったのかい?」

 

 沈黙が続いていた部屋で最初に口を開いたのはオデュッセウスのほうだった。殺せはしなかったが確かにクロヴィスを撃ったのは自分だ。シンジュクゲットーでクロヴィスを殺そうと銃口を向けた時に悲しむ兄上の顔が浮かんで寸前のところで躊躇ってしまったのだ。やったのは銃口を逸らして腹部…しかも急所を外しての発砲のみ。あそこまで自分が甘いとは思わなかった。

 

 「ええ、私が撃ちました」

 「そうか……ありがとう」

 「―え?」

 「大事な弟を殺さないでくれて……本当にありがとう」

 

 「どうして!?」とか「何故!?」と疑問をぶつけられると思っていたのにまたもや予想外な事を言ってくる。昔からこの男は有能なのだがどこかおかしな所がある。こうも調子を狂わされるとこちらとしてはどうしていいか判断がつかない。

 

 ため息混じりにオデュッセウスの背を見つめているとあることに気付いた。

 

 何故この男は部屋に入ってから目を合わせようとしない?

 

 仮面を付けている為に目は見えないだろうが、ルルーシュが知っているオデュッセウスという男は話をするときは相手の目を見て話す。例え自分に都合が悪い事でもだ。にも関わらず目線を合わさないように窓の方を向いているのは何故か。ひとつは外の様子が気になるからというのと、最も厄介なのが自分がギアスを使えることを知っているかだ。C.C.はクロヴィスの研究機関に捕まっていた。あの男は兄弟・姉妹に多大な信頼関係を築いており、クロヴィスからギアスの話を聞いていた可能性がある。あとはG-1ベースに侵入したり、理屈に合わない行動をして記憶が曖昧な者らが続出していることから推測されたのかも知れない。

 

 銃に手を伸ばすなど警戒心を強めて近付こうとしたとき、オデュッセウスが急に崩れて床に手を付いた。急に倒れかけた兄を素で心配して駆け寄る。

 

 「どうされましたか!?」

 

 あまりの驚きで昔のように敬語を使ってしまったが気にせずに近寄る。顔は青白く、手で口元を押さえて何かを堪えている。見るからに体調の悪そうなオデュッセウスは短く言葉を発した。

 

 「エ……エチケット袋はないかな…」

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは今回の自分を恥じていた。ホテルに潜入してユフィや人質達を助けようと計画したのに初手で躓いてあっさり捕まり、数年ぶりに再会した弟の前で嘔吐している自分を。

 

 人質と居た室内ではギアスにどう対処しようか考えていたが、この部屋に来る前になったらゼロの状態とは言えルルーシュに会える事を喜ぼうと思っていたのだ。思っていたのだがいざ室内に入ったら密集する血の臭い。初めて目の当たりにする人の死に気分が悪くなる。何とか会話をして耐えようとしたのだが限界はあまりにも早く、近くのゴミ箱を抱き締めた状態で胃の内容物を空にする勢いで吐いている。情けない姿を晒してしまった羞恥心の反面、背をさすって自分を心配してくれる弟の優しさに心が温かくなる。

 

 「…すまない…こういう場は初めてで……」

 「いや、こちらが気がつけば良かったのだが」

 

 よくよく考えるとこの場でゼロと対峙して話していたユフィの心がどれだけ強いかがよく分かった。慣れている訳もないユフィは人質を助けたい想いとクロヴィスを殺した(原作では)ゼロに対する感情で立っていたのだろう。

 

 優しくも心の強いユフィに感心しながら吐き出すオデュッセウスはカーテンの隙間から水柱が立ったのが見えた。水柱から現れたランスロットの姿に原作を思い出して短く声をあげる。この後、ランスロットがホテルの基礎部分に射撃してホテルをゆっくりと崩壊させ、苛立ちながらルルーシュが用意した策を起動させる流れだったと記憶している。

 

 アニメでは見る側だから良かったものの策を使用した後の行動がまったく読めない。ゆっくりと崩壊させていたホテルを一気に倒壊させたと思ったら次のシーンには人質と共に脱出していた。

 

 どうすればと悩む間もなく、ランスロットが握っている銃から緑色の光弾が基礎に向かって放たれる。同時にホテルに振動が伝わりゆっくりと下へと崩れているのが分かる。

 

 「白カブトめ」

 

 隣のゼロより忌々しげな呟きが聞こえて振り返るとその手にはスイッチらしき物が。止める間もなく押されると先程より強い衝撃が伝わり、浮遊感に支配される。死んだかなと死を覚悟してしまったがどうやらゼロもスザク君と同じ事を計画していたらしく、崩壊したのは下の階のみで人質や自分が居るフロアは無事なように計算して爆破したようだった。

 

 「行きましょうか……行くぞ」

 

 短く言い直したルルーシュ…ではなくゼロの後に続いて移動するとその先では黒のバイザーで顔を隠し、同じ黒の団員服を着こなすコードギアスではお馴染みの黒の騎士団員がゴムボートに人質を移していた。そのまま誘導されてボートに乗る直前、別れを寂しく想って軽く手を振る。そっぽを向かれてしまったが今回はこれで良いと判断しよう。

 

 黒の騎士団が乗る白い船と共に崩壊したホテルより離れ、安堵感と寂しさを味わっていたオデュッセウスの耳に覚えのある台詞が飛び込んで来た。

 

 「ブリタニア人よ。動じる事はない。ホテルに捕らわれていた人質は全員救出した。貴方方の下へお返ししよう」

 

 船の上でテレビカメラを通じて付近だけでなく全国に言い放つゼロへ視線を向けた。

 

 「人々よ!我らを恐れ、求めるが良い!我らの名は黒の騎士団!!」

 

 用意していた照明が一気に照らしてゼロの斜め後ろに居た団員達の姿が現れる。アニメを見てカッコイイと思った光景を目の当たりにする事で興奮しつつ、テレビで録画する準備を整えてなかった事に後悔する。どうせ後で局から映像は取り寄せるが。

 

 ゼロであるルルーシュは宣言を続ける。自分達は人種で差別する事無く、強すぎる力を持って弱者を虐げる行為を許さないと。今回の日本解放戦線の行為を無意味と斬り捨て、自分たちが制裁を下した事など伝える。宣言の中でも「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」と言った時には顔には出さないように喜びで身を焦がした。

 

 ふと視線を感じて振り返るとユフィと目が合った。しかもその方向にはミレイも居て二人の心配そうな視線を浴びることに…。視線から逃れる為に目を逸らしつつ耳はゼロへと傾ける。

 

 「力ある者よ、我を恐れよ。力無き者よ、我を求めよ。世界は!我々黒の騎士団が裁く!!」

 

 最後の言葉を耳にしながらオデュッセウスは視線をずらした事を後悔した。目線を逸らした先はホテルを包囲しているブリタニア軍…グロースターに騎乗している人と目が合っている気がする。こちらからだとぼやけて認識することは難しいが向こうはグロースターのモニターを見ればこちらを鮮明に捉える事が出来る。コクピットから乗り出している立ち姿に雰囲気、髪の感じからあれはコーネリアだと断定する。

 

 力ある者ですが助けてくれないでしょうかとゼロに願いを発しつつ、オデュッセウスは頭を抱えながらコーネリアに怒られる覚悟をするのであった。



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第24話 「父親の勅命を理由に遊んでいたら妹より仕事を貰った」

 河口湖のホテルジャックから数日が経った今。オデュッセウス・ウ・ブリタニアはユーフェミア・リ・ブリタニアと共に、軍用の鉄道ホームでコーネリア・リ・ブリタニアの見送りに来ていた。

 

 ホームには護衛の数人以外には三十騎以上のサザーランドが並んでいた。この駅よりサザーランドを列車に積み込んでキュウシュウまで運ぶのだ。キュウシュウにもエリア11駐留軍から配置された部隊がいるのだが、今回の相手が相手だけにそれだけでは手が足りない。なんたってあの天子さんが居る大国の中華連邦なのだから。同じアジア系という事で旧日本政府陣の亡命を受け入れたり、ブリタニアを快く思ってない事、亡命した者を表に立たせて日本を傀儡政府にして自国に引き込みたいなどといろいろな思惑を持ってちょくちょくちょっかいを出してくる。そのための増員であり、コーネリアがトウキョウ租界から指揮を執りに行かなければならない理由なのだが。

 

 心配そうな表情で見送るユフィにコーネリアは優しげな笑みを浮かべる。本当に近しい者しか見る事の出来ない表情に私も笑みを零してしまう。

 

 「EUとの戦争もあって我々としてはいつまでもこのエリア11に足止めにされる訳にはいかん。内政を固めて衛星エリアに昇格させたい。その為にはテロリストの撲滅は急務だがリフレインの問題もある。おかげで生産性も落ちている」

 「お気をつけて」

 「お前もな。もう租界からは出るなよ………兄上もですよ」

 「え、私もかい?」

 

 ふたりの愛らしい妹を少し離れた位置で眺めていたら急に声をかけられ驚いてしまう。その様子に呆れ顔を浮かべた後に眉を吊り上げて怒りを露にする。

 

 「当たり前です!というか政庁から一歩も外に出ないで下さい!見張りを師団単位でつけないといけなくなりますから」

 「そんなまさか………」

 「………はぁ」

 

 割りと本気でため息をつかれるなんて結構傷つくのだが。しかし、まぁ、つかれても仕方はない。本国に居ると思っていた私が勝手にコーネリアの指揮下のエリアに内緒で入ってただけでも問題なのに、河口湖のホテルに護衛を撒いて単独潜入して人質になるという大ポカをやらかしたのだ。良く考えれば『癒しのギアス』を使えば何とか出来た可能性もあったというのに考えがまったく至らなかった。これだけの事を仕出かして厳重注意だけで父上にも報告しないのは本当にありがたい。ただエリア11に居る理由を父上からの勅命で伝えられないというのは心が痛む。特に勅命であるC.C.の捕縛はする気がなかったから日本観光してた分余計にだ。

 

 「兎も角、兄上にはリフレインを任せます。良いですね!」

 「それは構わないさ。手段はこちらに任せてくれるのだろう」

 「…えぇ、兄上の手腕。見せてもらいもしょう」

 

 そういうとサザーランドを積み終えた最後の列車に乗り込んだ。乗り込む際にギルフォードの姿が見え、妹を任せた意味を兼ねた視線を向けた。気付いた向こうから姿勢を正した見事な敬礼が返される。軍用列車が出発して視界から消えるまでの間はずっと手を振り続けた。

 

 さてと、父上の仕事をサボって観光してた分の仕事はしますか。可愛い妹の頼みだしね。

 

 「ところでユフィはどうするんだい?」

 「出来ればお兄様のお仕事を拝見したいのですけれど」

 「かまわないよ。では…早速」

 

 エリア11の総督であるコーネリアから頼まれた仕事を完遂する為にコーネリアの言いつけを十分も経たない内に破るのだった。

 

 駅より出て租界の中にある喫茶店でコーヒーに口をつけながら道行く人々を眺める。ゆったりとのんびりとした時の中に至福すら感じるのは私だけなのだろうか。

 

 ………店内からの視線が地味にキツイです。

 

 いつもは人の少ないこの喫茶店(抜け出して通ってました)は昼時でもないと言うのにほぼ満員になっている。しかも私とユフィ以外はコーヒーのみの注文。注文した者らは護衛であるユリシーズ騎士団第一中隊十二名である。いつもなら撒こうとするのだが政庁待機を破ったのみならず護衛も付けずにとなると本気でコーネリアに叱られてしまう。それどころか嫌われる可能性もありえると思って撒かずに来たのだ。全員がコーヒーのみ注文したのは護衛対象であるオデュッセウスがいつ動いてもいいように最低限の注文で済ます為だ。本来ならロロもこの場に居ておかしくないのだが白騎士の姿で来る訳にもいかず、本国からのナイトメアの空輸する件もあってここに居ないのだ。

 

 店内の騎士団には警戒を込められた視線で、店長からは店内の雰囲気から常連になりつつある私に不安な視線が、対面に座るユフィからはこんなことしていて良いのかと困惑した視線などが集まっている。

 

 ちなみに私はニットのセーターにジーンズ、黒のニット帽と髭を隠すマスクとサングラスのいつもの黒尽くめで、ユフィは胸元から袖は白色で腰の辺りは黄緑色、足首まで届くスカートはオレンジ色とアニメでスザク君と初めて出会った時の衣装に茶色い帽子を追加した姿でいる。

 

 「さすがに遅いねぇ」

 「兄様は何方かをお持ちなのですか?」

 「うん、昔からの知り合いと言うかユフィも知っているんじゃないかな」

 「私も知っている方…」

 「ほら、来たよ」

 

 入り口の扉に取り付けられたベルをカランカランと鳴らして入ってきたのはグレーのレディーススーツを着こなす男性…のように見える赤いショートヘアの女性だった。見覚えのある顔にユフィは『あっ!』と短く声を漏らす。相手は深々と頭を下げてお辞儀をする。

 

 お辞儀をしたのは以前オデュッセウスを取材したメルディ・ル・フェイだった。あの取材以降貴族や大手の社長から取材してくれと依頼され続けた彼女は大手の出版社でも引っ張りだこになり、何処にも属さぬフリーの記者として活躍している。もう八年が過ぎて二十五歳となった彼女は新人臭さが消え去り、ベテランと呼ばれる落ち着きと雰囲気を纏っていた。

 

 「お久しぶりです。殿k―」

 「ここではその呼び方は……私のことはオデュと呼んでくれないかな?」

 「そのまんまな気もしま…致しますが」

 「もっと気楽に接してくれれば良いからね」

 「畏まり…分かりました」

 

 ここに呼ぶ為に連絡した昨日なんて『もしもし僕ですけど…』って返事された時には思わず笑ってしまった。返答も返答だったが眠たかったのか凄く声が面倒くさそうだったのだ。普段そんな声色で返事される事もないから凄く新鮮で。当の本人は電話の相手が私と理解した途端に平謝りしていたが…。

 

 困った笑みを浮かべるメルディを席に座るように促し、店長にコーヒーをひとつ注文する。

 

 「さっそくで悪いが例の件は…」

 「もうばっちりです。と言っても真偽も定かじゃありませんけど」

 「いや、情報は多い事にこした事はないから」

 「失礼ですけど普通の人は困りますからね。ただ情報が多いってことはガセネタや曖昧で役に立たない物も含まれているって事ですよ。しかも大概それが九割超えますし」

 「?理解したら何となしに解らないかな」

 「それだけで情報の真偽を見分けられるのは殿…オデュさんだけだと思いますが」

 

 呆れた顔で見つめられ小首を傾げる。シュナイゼルは勿論、ギネヴィアもそうなんだろうなと思っていたし、自分も大概そうやって見分けてきたので疑問を覚えたのだ。分かっていると思うがこの考え方はおかしいものである。シュナイゼルもギネヴィアも情報を見分ける際には他の情報と比較したり確認作業を行なっている。これが普通なのだがオデュッセウスの場合は原作知識に頼っている。人は自分本位に考える者が多い為にオデュッセウスは自分が普通だと考えているがメルディが正しい。

 

 短いながらもここまでの会話についていけないユフィは先のオデュッセウス以上に首を傾げて不安げな表情をしていた。それに気付いて資料の束を受け取りながら微笑みを向けて安心させようとする。

 

 「説明をしていなかったね。これは彼女に集めてもらった情報なんだ」

 「僕が直に。ではなく、僕達フリーの記者のネットワークですけど」

 

 説明しようと言って資料の中身が情報と教えられたが肝心の内容を教えてもらえなかった事に少し残念に思ってしまったが、コーヒーを店長が運んできたので二人が聞かれないように口にしなかった事は、運ばれてきたコーヒーをメルディが受け取ってから気付くのであった。

 

 「で、肝心の中身はコーネリアに頼まれた『リフレインに関連する情報』」

 「それでは、これでリフレインは…」

 「廃絶…は無理だろう。そこまでは頼めない」

 「危険ですからね。調べ上げるにしてもたったひとりの記者が動いたとしても調べ上げられない。途中で捕まって処理されるのがオチでしょう」

 「だけど出来うる限りの事はしよう。可愛い妹に頼まれた仕事だしね」

 「でも、集めた情報はそれらしい噂程度のものですよ。黒に近いけど危険で確認できないものや単なる噂に近いものまで」

 「大丈夫だよ。当てはあるんだ」

 

 時間も時間なので昼食もここで食べようと注文する。私はひとりで出かけて食べ歩きもするので普通に注文するのだが、こういう場にまったく慣れてないユフィはメニュー表を見つつ、書いてある物がどんな食べ物なのか楽しそうに聞き、注文する時は少し照れたように呼びかけて店長に注文していた。その様子に小さな子が初めて注文する時に緊張や恥ずかしがっている感じがしてとても微笑ましかった。

 

 …微笑ましかったんだけれどハチミツたっぷりのホットケーキにフルーツサンド、プリンアラモードにストロベリーサンデー、そしてクリームソーダなど皇室では珍しい料理…というかデザート系ばかり頼んで糖分の取り過ぎではと心配になる。注文してからメルディも気付いたらしく申し訳なさそうに視線が向けられるが、どんなものなのか楽しみにしているユフィを見ていると言うのもどうかなと躊躇ってしまう。写真のサイズがどれぐらいか分かってないんだろうな。これもいい経験になる……んだろうか?とりあえず片手で食べれるサンドイッチを一緒に注文する。

 

 二人は和気藹々と食事する中で資料に目を付けながらサンドイッチを口に運ぶ。さがすのは『警察』とゲットーではなく『租界』の二つのキーワードのみ。アニメ第一期であった『リフレイン』の回を何とか記憶の海から思い出し、ナイトポリスが登場した事と場所が租界内であった事を思い出したのだ。そこまで答えが分かっているのなら簡単に割り出せる。100を超える中で『警察』関係は十二件、『租界』関係で取引場所が租界内というものも含めて三十四件あった。後はブリタニア軍の情報局が掴んだ情報を重ねれば複数の怪しい場所が浮かび上がる。すでに数日前からコーネリアを通して情報は得てすべては記憶している。だから何処が怪しいかも重ねられたのだが、これだけ記憶するとところてん方式で古い記憶が消えてないか心配になる。昔を思い出させてくれるギアスを持っている人居ないかな?

 

 割り出し作業を終えたオデュッセウスは大きく息を吐いて、すでに冷め切ってしまったコーヒーを含む。目の前で女子らしい女の子トークをしている間に割り込める訳もなく、ただ微笑みながら見つめる。もうこれで今日の仕事はほとんど終了した。後は本国より帰還したロロに中隊と共に襲撃&捕縛の指揮を執ってもらおう。人員はコーネリアが用意してくれた信用できると判断された人員とジェレミア卿の純血派に頼もう。ナイトポリスに歩兵では難しいから軍用のナイトメア使用の方向で。

 

 「もう終わったのですかお兄様」

 「見当はついたから後は政庁に帰ってからだね」

 「だったらいろいろ見て帰りませんか?メルディさんがいろんなお店を知っていらして」

 「そうかそうか。なら寄って帰ろうかな」

 「はい♪」

 

 嬉しそうなユフィに何か記事のネタにならないかと興味津々のメルディの二人を伴って街へ繰り出す。蛇の道は蛇と言うが情報局に独自の情報ルートを持つ記者と言うのは本当に情報に長けている。これでコーネリアが満足してくれる成果が上がると良いのだけど。まぁ、ユフィの嬉しそうな表情を多く見れた事が私の最大の成果だけれどね。

 

 あぁ…捕縛が終わったらコーネリアに許可を取って法務省との交渉と明日から大変だ。そんな事を思いながら店へと向かって行った先で、女性ばかりの店で肩身の狭い思いをするのであったが、楽しそうな妹の表情を目にすると肩身が狭く感じた思いなど吹き飛んで幸福感だけが支配していった。

 

 

 

 

 

 

 トウキョウ租界にある病院には多くの患者が収容された。病院なのだから患者を収容するのはあたりまえで、気にするような事のほうが少ない。今回はそんな稀なケースである。収容されたのが全員薬物中毒者なのだから。

 

 『リフレイン』…

 

 簡単に得られる高揚感や高い依存性を持つ指定薬物の中でもナンバーズが一番使用している薬。効果は過去に戻った幻覚を見ること。常習性が強く、長期の使用で廃人になるという危険な物である。

 

 黒の騎士団のエースである紅月 カレンもその病院を訪れていた。訪れた理由は自身が使用していた訳ではなく、実の母親がリフレインを使用し続け患者として収容されたからである。黒の騎士団は対ブリタニアの戦いを行なう以外にブリタニアの警察が裁けなかった常識的に悪と呼ばれる存在を裁いていた。今回カレン達はリフレインを流している工場を強襲する任務を行なった。そこには大量のリフレインと多くの常習者となった日本人の姿が…。カレンの母親もそこに居たのだ。

 

 父親であるシュタットフェルトの生家に引き取られ、母は使用人として近くに居たので今は『紅月』 カレンではなく、カレン・『シュタットフェルト』として使用人の見舞いという形になっている。今までは昔の男に頼って笑顔でへつらう態度を嫌悪していたが、それが自分の傍に居る為に重責に耐えていた事を知った。病院から出てきたカレンの瞳には涙の跡が残っていた。

 

 ポケットにしまっていた携帯電話が鳴り響き、相手には見えないが袖で涙を拭き取り通話ボタンを押した。

 

 「…もしもし」

 『あぁ、カレンか?今大丈夫か?』

 

 電話をかけてきたのは黒の騎士団の副長を務め、黒の騎士団の前身となったレジスタンスグループのリーダーであった扇 要だ。相手が相手なだけに付近を軽く見渡して辺りの確認を行なうが、暗い道には人影すら認められなかった。

 

 「大丈夫。そっちはどうなの?」

 『こちらも問題なくだ。リフレインの処分はしたし、その時の動画はネットに流した』

 「ブリタニア軍の追撃は?」

 『おかしな事だがまったくなしだ。一体全体どうなっているんだか』

 「そう…」

 

 黒の騎士団がリフレイン工場に突入した際にはリフレインを扱っていた違法組織とグルだった警官のナイトポリス二機と交戦になった。一機は母を片手に乗せていたゆえに反撃らしい反撃が出来なかったカレンが自分の機体を犠牲にしつつ撃破し、もう一機は最近加入した団員のサザーランドによって簡単に撃破された。そこまでは良かった。直後にグロースターを含むブリタニア軍のナイトメア五騎と歩兵部隊が現れたのだ。歩兵相手なら良いが腕が良い彼とは言え一対五はきつ過ぎる。絶体絶命の状況だったがブリタニア軍は『リフレインを扱っていた犯罪者の確保と常用していたイレブンの保護が最優先』と宣言してこちらには一切手を出してこなかったのだ。

 

 『おかげでこっちは楽に撤退できたんだけどな』

 「確かリフレインを扱っていた犯罪組織の一斉摘発だっけ」

 『そう報道してたな。おかげでこっちがマークしていた奴らも一気に捕まって…多くの日本人が助かった』

 「ええ、ブリタニア様様ね」

 

 ナンバーズとの格差が酷いのは知っている。中には軽い犯罪を犯してもナンバーズは通常の倍以上の判決が下される。カレンの母は判決で懲役二十年が下ったのだが、急に懲役一年と強制で更生施設で治療を受けることに変更されたのだ。会見で発表したユーフェミア副総督は『摘発した常用者の人数があまりに多く、何十年も収容しては生産性が落ちると総督が判断され』と説明していたが、ゼロは何か別の者の差し金だと言っていた。思い当たる相手が居るのだろうが玉城がいくらしつこく聞いても答える事はなかった。

 

 「そういえば彼の様子は?」

 『玉城がいらん事をいったからな。気にしてはいないと言っていたけどこっちでも気にしておくよ』

 「うん、お願い。こっちも出来る限りカバーするから」

 

 リフレイン回収後に玉城が彼に言ったのだ。『過去を思い出せるリフレインなら記憶を思い出せるんじゃね?』と。彼は記憶を失っていたところをアッシュフォード学園のミレイ・アッシュフォードの口利きもあって保護されたのだ。自身の記憶の為にいろいろしてもらって感謝している彼にとっては使って思い出したい心情があっただろう。しかし彼はそれを拒んだ。そこには禁忌という事もあるだろうが、私に対する遠慮もあったと思う。

 

 電話を切って再び歩を進める。母と平和に暮せる日本に変える為に歩を進めるのだ。

 

 『がんばれ…頑張れカレン。私の娘…』

 

 看護師にクスリの後遺症で会話が出来ず、回復するとしても時間がかかると言われた母が呟いた言葉を思い返しながら。

 

 

 

 

 

 オデュッセウスは政庁で与えられた執務室に腰を降ろして、備え付けられていた映像回線に目を向けていた。相手はキュウシュウで指揮を執っているコーネリアだった。

 

 『さすがは兄上ですね。数日でこんなにも早くにあれだけの成果を挙げるとは』

 「何を言っているんだい?成果を挙げたのは総督であるコーネリアと副総督のユフィになっているだろう」

 『表向きは…ですが宜しかったのですか?これは兄上の成果です』

 「私は日本に居る事にはなってないのだから受け取る訳にもいかないし、成果に拘っている訳でもないからね」

 

 公式発表もされてない私が日本でリフレインの一斉摘発の指揮を執ったなどと報道するなんて出来る筈はない。成果を欲しない的な発言をしたが正直言って嘘になる。リフレインを廃絶しようと動いて、使用した日本人の罪を軽減したと報道されれば黒の騎士団からの印象は良くなるだろう。もし捕まるような事があってもぞんざいに扱われる事もないだろうし。でも、まぁ、父上に黙ってもらった大きな借りもあるから少しでも返さないとね。

 

 『それはそうとこの前の昼食は何を食べられたのですか?ユフィが嬉しそうにしていましたが』

 「この前?」

 『私がキュウシュウに向かった日の事です』

 「ああ、私はサンドイッチでユフィはデザート類をいっぱい頼んでね。それを楽しそうに、嬉しそうに、美味しそうに食べてたよ」

 『……そうですか。政庁で頼まれたのですか?』

 「何言っているんだい。政庁のメニューには……………ハッ!?」

 『政庁のメニューにはなんです?』

 「…な、なんでもないよ…うん」

 『兄上…』

 「…すみませんでした」

 

 この後一時間はコーネリアに叱られるオデュッセウスであった…。




 メルディ・ル・フェイ
 第08話 「初めての取材」にて登場したオリジナルキャラクター
 もう登場する事はないと思っていたのですが情報機関よりの情報提供者を出そうと思い登場させました。
 …他の情報機関のキャラクターといったら黒の騎士団に接触を持とうとしているディートハルト氏しか居ないので…。


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第25話 「ナリタ連山にハイキングへ行こう!…重装備で」

 『コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~』を読んで下さっている皆々様、感想を書いてくださる読者様、真にありがとうございます。
 多くの誤字脱字を訂正してくださる方々には感謝すると同時にお手間を取らせて申し訳ありません。

 今回、久しぶりに前書きを書かせて頂いたのは、ある話に訂正をしたと報告させて頂く為であります。
 原作開始前の第14話 「突然の別れ…」にてありす様より千葉さんは学生で軍には入っていないとのご指摘があり、今まで直す時間が取れなかったのですが最近になってようやく直せたので投稿させ頂きました。内容の変化は四聖剣の登場がカットされて代わりに片瀬少将が登場した形になっております。

 長々と前書きを書いてしまいました。では本編をお楽しみください。


 ナイトメアに積まれたファクトスフィアと呼ばれる情報収集用カメラは大した物だと思う。頭部の装甲を開いてファクストフィアを使えば広域での索敵に使用でき、望遠はもちろん赤外線サーモグラフィに音響センサー、生物探知機能など各索敵系のシステムを扱えるのだ。

 

 このシステムは戦闘時のみならず災害救助や情報収集時にも使える。だからこそオデュッセウスはナリタ連山の麓でグロースターに騎乗して民間人の誘導を行なっていた。

 

 ナリタ連山。

 エリア11で最大の勢力を誇るテロリスト『日本解放戦線』の本拠地があると噂される場所。実際に日本解放戦線の本拠地があり、山そのものが要塞化されている。ブリタニア軍としては日本解放戦線の壊滅とエリア11のテロリストを支援している『キョウト』と呼ばれるグループの情報も欲しく、有効な空爆作戦は行なえずにナイトメアによる制圧を計画・実行していた。敵の本拠地であり、攻め手は守り手より戦力を必要とするので大規模なナイトメア部隊が導入されている。

 

 戦力にはコーネリアの親衛隊はもちろん予備戦力として後方に配置された純血派、シュナイゼルより戦闘には出来るだけ参加させて欲しいと頼まれた特派も含まれている。そしてナリタ連山の麓にもナイトメア部隊が配置されていた。

 

 ロロにブリタニア本国よりユリシーズ騎士団第一中隊のグロースター十二騎と、白騎士とオデュッセウス専用のグロースターの合計十四騎を空輸して貰い、コーネリアに掛け合って民間人の誘導を行なっているのは、ここで亡くなってしまう人物を助ける為だ。

 

 原作でシャーリーのお父さんがルルーシュの起こした土砂崩れで亡くなってしまうシーンがある。このシーンにより物語も大きく動いてしまう。身元確認で来たシャーリーの私物でヴィレッタにルルーシュへの疑いを持たれたり、マオによってシャーリーがルルーシュに銃を向けてしまう理由となってしまう。原作知識を活かしてこの先生き延びるのであれば無視をする所なのだが、やはりというかルルーシュが悲しむ顔をするのを知っていて無視は出来なかった。だからと言って面識のないシャーリーの父親個人に行くなという訳にもいかず、コーネリアに戦力の一部を割いてでも民間人の誘導に充ててくれと頼む事も出来ない。なので索敵能力を持っていて、ナリタ攻略戦力に数えられていない自身が行く事にしたのだ。

 

 『この区画の避難誘導は終了で宜しいのでは?』

 「うん?そうだね…センサーにも反応は無いか」

 

 灰色に染め上げられたオデュッセウス専用のグロースターの隣に並ぶ純白のグロースターに騎乗している白騎士(ロロ)からの通信に答える。すでにシャーリーのお父さんは退避させたし、言ったようにセンサーに生物反応が付近にない事から切り上げてもいいだろうと判断する。

 

 それにしても…。

 

 頭部モニターを動かしてナリタ連山へと向ける。モニターには大自然により形成された山々に多くのナイトメアが取り付いて、至る所で爆煙を上げていた。風情もへったくれも無い光景にため息が漏れる。出来れば大きなリュックサックにお弁当を詰め込んで皆でハイキングを楽しみたかった…。

 

 『コーネリア皇女殿下は地形ごと変えるつもりでしょうか?』

 「山ごと削るんだったら空爆や一点突破型のサザーランドを揃えなきゃね」

 『民間人の戦闘区域からの誘導は終了するとして、次はどのように?』

 「そうだね…とりあえずは補給も兼ねてG-1ベースのユフィの下へ行こうかな?」

 『了解しました。第一小隊より全ユリシーズ中隊各機へ。速やかに合流せよ』

 『『『『イエス・マイ・ロード!』』』』

 

 各員からの返事を聞いたロロは私を守るように付近に展開させていた第一小隊を索敵陣形から防御陣形へと移行させる。ユリシーズ騎士団第一中隊は合計で十二騎居て、部隊長を任せられる者を四人含んでいる。こういうときには四個小隊に分けて個別に動かせられるのは凄く良い。これもノネットやロロのおかげだな。

 

 全機損傷も無く合流するとオデュッセウスは急いで山を駆け上がり始めた。お父さんを土砂から助けて自分が埋もれてしまっては本末転倒だ。それにルルーシュがどう思っているか知らないけれど、自分を殺させた事で兄弟・姉妹間の争いに火は注ぎたくないし、重荷は背負わせられない。何より一番にまだ死にたくないから。

 

 

 

 

 

 

 ナリタ連山頂上ではナイトメアフレームの無頼数機と歩兵部隊が集まっていた。無頼とはブリタニア軍でサザーランドが正式採用される前に主力だったグラスゴーを多少改造した機体で、グラスゴーとの違いと言えば頭部の装甲強化と対人用の胸部機銃、ナックルガードが付いた所でそれ以外は変わらない。

 

 無頼はレジスタンスを支援している組織『キョウト』が支援組織に流している機体で、ここナリタ連山に本拠地を置く日本解放戦線の主力でもある。しかし頂上に居る部隊は日本解放戦線の機体とは違った。日本解放戦線の無頼は緑色系なのだが頂上に居る無頼は黒や黒に近い灰色で塗装されていた。歩兵達も旧日本軍服ではなく黒い制服に身を包んでいた。

 

 『黒の騎士団』

 シンジュクゲットーにサイタマゲットー、河口湖のホテルジャックなどで活躍し、今、エリア11にて最も注目を集めている組織。

 

 ブリタニア軍からは皇族に仇成す大罪人として、エリア11の反ブリタニア組織からは今は小さいが反旗の希望の種として、市民の中には悪を裁くヒーローと、様々な注目を浴びる黒の騎士団はこれより最大規模の作戦を実行しようとしていた。

 

 レジスタンス支援組織より届けられた純日本製ナイトメアフレーム『紅蓮弐式』。グラスゴーの改修機とは異なり、姿形からすべてが異なっている。胴体は逆三角で肩は広く尖り、頭部は大きなファクトスフィアではなく人の目のようなツインアイが採用されて小顔になっている。そして最大の相違点は大きく肥大化した右腕だ。右腕部内で高めた高出力電磁波を放ち、膨大な熱量を生み出す世界初の『輻射波動機構』を備える。

 

 この真紅に染め上げられた紅蓮弐式を使って山頂より土石流を発生させ、敵の包囲網の一角を崩壊させる。そうすればブリタニア軍は混乱の真っ只中に叩き落とされ、これを好機と見た日本解放戦線は攻勢に出るだろう。勝つ事を意識しないにしろ脱出の為に出るしかない。その混乱に乗じて黒の騎士団は総督であるコーネリアを捕縛する。もしそんな事が出来ればエリア11の反ブリタニア勢力は立ち上がり、指揮系統を失ったエリア11駐屯軍は統制を失う。もちろん本国から支援や増援は送ろうとするだろうが外国勢力にも反ブリタニア勢力はいる。そうそう大部隊での援軍は不可能だろう。

 

 急ぎ出撃準備に取り掛かっている団員を自身の無頼より見つめ、コクピット内に戻る。ゼロの仮面を外して一息つくルルーシュはにやりと笑う。

 

 ここまでは計画通り。黒の騎士団団員には事の内容は教えてない為にブリタニア軍に山ごと包囲された時にはかなりの動揺を見せていた。玉城が『お前にはリーダーは無理だ』と喚き散らしたりしたが、すかさず『この私抜きで勝てると思うのならば誰でもいい。私を撃て!』と言い返す。誰も撃つ事も無く事を終える。撃てるはずもない。皆も解っている。ここで私を撃てば生き残る確率もない事を。

 

 「ここまでは計画通りだな。後はコーネリアにチェックをかけるだけか」

 

 そう呟くとふと兄上の顔が過ぎった。

 

 不安要素の塊で昔からのイレギュラー。兄弟の中で最も敵に回したくない人物のひとりであるオデュッセウス・ウ・ブリタニア。ナイトメア戦ではコーネリア以上で知略も高かったと記憶している。河口湖のホテルジャックでこのエリア11に来ている事は分かっている。もしもあの男がこの戦いに参加するような事があればどうなるか分かったものじゃない。『白カブト』というイレギュラーをカレンの紅蓮が相手をしたとしたらオデュッセウスを止める手立てが無い。

 

 一瞬不安が過ぎるがすぐさま解消された。理由は敵の大将がコーネリアであるからだ。コーネリアもオデュッセウスも兄弟・姉妹に甘いところがある。死の可能性がある最前線に出す事はなく、居ても後方で指揮の補佐…いや、ユーフェミアが副総督として着任しているから総督補佐として政庁に二人で詰めている可能性のほうが高いか。

 

 レーダーに映るコーネリアの理にかなった布陣を見てほくそ笑む。理にかなうからこそ手の内が読み切れる。

 

 『ゼロ。発光信号が』

 「位置は?」

 『三番の方向から』

 「そうか」

 

 すでに山小屋から周囲の警戒を行なっていた日本解放戦線の者を無力化して、日本解放戦線の入り口は知っている。今放たれた発光信号はその入り口方向であることから入り口を発見してこれから突破を図るのだろう。付近の部隊を集結させて…。頃合と判断して外部スピーカーのスイッチをオンにする。

 

 「よし!すべての準備は整った!!黒の騎士団総員出撃準備。これより黒の騎士団は山頂よりブリタニア軍に対して奇襲を敢行する。私の指示に従い第三ポイントに向け一気に駆け下りよ。作戦目的はブリタニア第二皇女コーネリアの確保にある。突入ルートを切り開くのは紅蓮弐式だ。カレン、貫通電極は三番を使う。一撃で決められるな?」

 「はい」

 

 短く返ってきた返事。そして、地面に突き刺さった円柱型の装置を紅蓮の肥大化した右手が掴む。

 

 「出力確認。輻射波動機構、外債状態維持――――外周伝達!」

 

 紅蓮より放たれた高出力電磁波が三番の貫通電極を伝って地下の水まで届く。急激な温度変化を起こし水蒸気爆発が発生、地面が盛り上がって山頂から土砂が一気に駆け下りてゆく。これでコーネリアの主戦力は壊滅。後はコーネリアを捕縛して母さんが殺された真相を問うだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア軍は大混乱の真っ只中にあった。

 

 突如の山崩れによってアレックス将軍にダールトン将軍指揮の部隊が壊滅状態。しかも悪い事にその時はダールトン将軍が日本解放戦線の入り口を発見したと連絡があり、予備部隊も集結していた為に戦力のほとんどを失う結果に。

 

 G-1ベースに詰めていた参謀達は別の意味で絶望を感じていた。土砂の流れの外で助かったがコーネリア総督が現状動けない状態からして指揮をとるのは副総督であるユーフェミア第三皇女になる。どう見ても世間知らずの小娘に何が出来ると内心思いつつも指示は仰がなければならない。戦場のせの字も知らない少女に期待はしていないが、ここで勝手に指示を出して責任問題に発展したら後々大変だ。

 

 ……と、皆思っていた。戦闘前の部隊配置やこれからの侵攻ルートなどを説明していた時は真剣に聞いてはいたが何処か分からないような空気があった。土砂が起こった当初は歳相応の不安げな感情を表情に出していた。そのまま何も決められないまま気持ちだけが焦る。これが原作でのユーフェミアの流れであったがこの話ではイレギュラーが存在している。

 

 『焦った時こそ落ち着いて、状況を確認するんだよ』

 

 ユーフェミアは予期しない事態に困惑したが兄上の言葉を思い出して、大きく深呼吸を繰り返して気持ちを少しだけでも落ち着かせた。原作知識を知り、兄弟・姉妹想いのオデュッセウスがこうなる事をただ放置する事はなかった。シュナイゼルやギネヴィアなどに関わっていったようにユーフェミアには何度か個人授業を行なったのだ。

 

 「全部隊を警戒しつつ後退。敵が来た場合には撃破ではなく撃退や回避を優先させてください」

 

 指示を開始したユーフェミアは不安は残っていたがやるしかないと覚悟を決めて頭を働かせる。

 

 『欲張らず出来る事をやるんだ。これも出来たら良いなではなく、これは出来ると判断できる策を優先的にね。時には残酷な事もあるだろうけど…』

 

 悲しげながらも呟いた最後の言葉も思い出しつつ現状を把握しようとする。絶対的な経験不足に優しすぎる性格もあって戦場に不向きな事は十分理解している。でも、自分がやらねば多くの人が亡くなってしまう。

 

 「後方に展開している部隊を前線に出ている部隊の援護に向かわせてください。態勢を立て直しつつ後退の指示はそのままでお願いします」

 「は…はい、すぐに!」

 「コーネリア総督への救援はいかがなさいますか?」

 「姉様…総督への救援は―」

 「山頂より新たな部隊を確認。カリウス隊が迎撃に向かいました」

 「分かりました。では、ダールトン将軍には一度下がってもらって全軍の指揮を頼んでください」

 「カリウス隊より緊急連絡!敵は黒の騎士団と…」

 「黒の…騎士団…」

 

 クロヴィス兄様を負傷させ、河口湖で私やオデュッセウス兄様を捕らえず助けたゼロ。テロリストとも義賊とも称される彼らは間違いなく総督を狙って来ている。近くにはギルフォード卿が隊長を務める親衛隊が控えているといっても、姉様や兄様の話を聞いてから何の策もなく攻めて来たわけではない。

 

 焦りながら映し出される地図を見渡すと近くに見覚えのある部隊名を見つけた。昔、オデュッセウス兄様に友人として紹介されたジェレミア・ゴットバルト卿が隊長を務める純血派。親衛隊に及ばないが腕前はかなりのものと聞いている。

 

 「純血派の方々に黒の騎士団の足止めを」

 「しかし、総督の後ろの備えがなくなる事に。それにオレンジになぞ―」

 「今はそんな事を言っている場合ではありません。間違いなくゼロは何か策を持っているはずです。このまま総督と出会ってしまったらどうなるか…」

 「わ、分かりました。直ちに命令を下します」

 「今のうちに総督には後ろに下がって頂いて空軍の援護を―」

 「待って!総督の後ろから何かが近付いています」

 

 見つけたのは偶然だった。純血派が黒の騎士団へ向かって行くのを見つつ、他に部隊は居ないかと見ていたら後方から近付く点があったのだ。友軍とも敵とも判別が付かない所属不明の点は二つから五つに分かれて親衛隊の点と交わる。日本解放戦線の主力は旧式のグラスゴーを改修した無頼で、親衛隊は個人個人に合わせた現主力のサザーランドの改修機。勝つのは親衛隊であるのは参謀の誰も疑わなかった。

 

 しかし、消失したのは親衛隊のほうだった。一騎は奇襲と無理やり納得させようと考えたが次々と親衛隊の反応が消えていく。完全に押されている…。映像はないので実際はどういう風になっているか分からないが、モニターに映る地図には敵味方の識別信号の点だけでいうと劣勢に立たされている。背後には謎の五騎に正面は純血派が抑えているといえど黒の騎士団が迫ってきている。

 

 途中、コーネリア機がギルフォード卿より離れて移動を開始した。これにどういう意図があったかは分からないが全体が見えていたユフィ達には悪手にしか映らなかった。コーネリアが移動を開始してすぐに黒の騎士団が方向を変えて迫っているのだから。どうにかしないと姉様が死んでしまうと今まで以上に焦り、手に力が篭る。

 

 …誰か助けて…

 

 

 『どうもどうも、特別派遣嚮導技術部でございまーす』

 

 急にモニターに割り込んだ抜けた声の持ち主にキョトンとしてしまった。この場に似つかわしくないニンマリとした笑顔に妙に弾んだ声。軍服ではなく白衣を着ていることから研究者なのだろうか? 

 

 割り込んだ映像はナイトメアのコクピットより送られたものらしく、シートに座る枢木 スザクの左右にセシル・クルーミーとロイド・アスプルントが引っ付くように映っていた。急に連絡を送ってきた内容は総督救出の為に出撃命令を求める物だった。それは願っても見なかった事であり飛びつきたい一心、スザクが命を落としてしまう危険もあって躊躇ってしまう。周りの参謀達は『無礼者!』や『たった一騎で何が出来る?しかもナンバーズで』などと侮蔑的な言葉を投げかけて否定的な発言をするが、ロイドはにへらにへらと笑みを浮かべ気にした様子もなく言い返している。そんな中、スザクの口が動いた。

 

 ――ユフィ。

 

 声には出してないがあの口の動きはそう発していた。一度目を閉じて空気をゆっくり吸ってから私は決めた。彼を信じると。

 

 「分かりました。総督の救出を頼みます」

 『はい、必ずや』

 

 通信が切れて二人が生きて帰ってくることを願い、モニターを見つめる。こちらが混乱している好機を相手は見逃さずナリタ連山内部に温存していた戦力を前線に投入してきた。もう初期の作戦を完遂する事は不可能…。ならばと考えを変える。

 

 『状況はどうなっているかな?』

 「お、オデュッセウス兄様!?」

 

 またもモニターに割り込んだので今度は誰かと思ったら予想もしなかったオデュッセウス兄様だった。コーネリアは今回の作戦でオデュッセウスを前線に出す気がなく、本人が言った民間人の誘導だけだからとダールトンとギルフォード以外には教えなかったのだ。もし教えていればちょっとした事でユフィや参謀達が頼る可能性があったからだ。ユフィが頼めば二つ返事で前線にも飛び込んでくる。そう考えての事だったが今となってはありがたい事だ。帝国でも名の知れた猛者達を率いているのだから。

 

 「お兄様!土砂崩れが起こってブリタニアの主力が…黒の騎士団も現れて…お姉様が孤立して…」

 『落ち着きなさい。まずは戦場の位置情報データを送ってくれるかい?それと現在の指揮は誰が?』

 「は、はい。指揮は総督と通信が繋がらない為に私が…」

 『データ受信したよ。……距離的にコーネリアは遠いかな。ランスロットは向かわせたのだろう?』

 「その通りです」

 『彼ならば問題はないね。これからの行動方針は?』

 「………包囲網の一部を緩めて日本解放戦線をそこから逃がします」

 「それはなりません副総督!」

 「みすみす逃がすと!?奴らを逃がせば後々…」

 『ふむ、それがいいだろうな』

 

 現状では日本解放戦線に勝つ事は難しい。勝てたとしても多くの犠牲を払ってしまう。それならばわざと逃がしてひとりでも多くの味方の命を救おうと自らの考えからのものだ。否定的な言葉を放たれる覚悟もしていた。が、慌てふためく参謀を余所にひとり納得した笑みを見て安心する。

 

 『現状では無駄に被害を増やすだけだからね。よし、ユーフェミア副総督。私達はこれよりギルフォード卿と合流しようと思うのだけれど許可を頂けるかい?』

 「兄様が前線に!?」

 『君も放っては置けないだろう。すでに向かっているし―』

 「大丈夫なのですよね…」

 『大丈夫だよ。問題ない。だから頼むよユフィ』

 「―オデュッセウス兄様。御武運を」

 『イエス・ユア・ハイネス……なんてね』

 

 笑顔で答えて通信を切ったオデュッセウスは所持していたライフルを両手で持ち、山を駆け上がる。初の実戦に胃がズキズキと痛むのを耐え凌ぎながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェレミア・ゴットバルトは笑みを零さずにはいられなかった。『オレンジ』という不名誉で不誠実な濡れ衣を着せられ、皇室に仕えるどころか騎士としての生命まで絶たれそうだった自分が、参謀から伝えられたとはいえユーフェミア皇女殿下からのご指名を受け、皇族に仇なすゼロを仕留めるチャンスをお与えくださったのだ。感無量とはこの事だ。それに少なくなったとはいえ後ろには自身に従い、付き合ってくれている同志達が居る。

 

 自身を友と呼んでくださったオデュッセウス殿下と、自身をご指名くださったユーフェミア皇女殿下のご期待に応える為にもゼロだけはこの手で討たねばならない。

 

 純血派仕様にチューンされたサザーランドで森を駆け抜け、黒の騎士団が居るであろう予想進路へと到着した。モニターで付近を見渡すとそこには黒いグラスゴー…いいや、無頼が駆け下りている姿が映った。目に映った無頼に標準を付けてトリガーを引く。あっけなく直撃した二騎は脱出システムを起動させて脱出していたが気にすることなく外部スピーカーをオンにする。

 

 「ゼロは居るのか!?居るならばこの私と、ジェレミア・ゴットバルトと戦え!!」

 『ほう、久しぶりですね。まだ軍に居られたのですか?』

 

 忘れもしない…忘れる事など出来ない声を耳にして発生源である無頼を睨みつける。他の無頼と違って黒ではなくほとんどを焦げ茶色に塗装され、頭部は鮮やかな赤色と黄色い角を生やしていた。あれがゼロの乗る無頼なのだろう。

 

 『しかし、今貴方と関わっている時間はないんですよ。――オレンジ君』

 

 その言葉に一気に血が沸騰するが理性で抑える。

 

 「貴様のその言葉のせいで私は多くのものを失った…が、しかし!私は志までは失わぬ!!ユーフェミア殿下の命、果たさせて頂く!!」

 

 素早くケイオス爆雷を取り出しゼロに対して放り投げる。この時ゼロはジェレミアが激昂して突っ込んでくると予測していたのでこの行動は想定外だった。回避しようにも周りは木々で囲まれ、後ろには他の無頼が並んでいる。ライフルを構えて狙撃しようとするがすでにジェレミアはゼロの無頼に標準を定めていた。

 

 「皇室に仇なした罪!ここで償うが――っ!?」

 

 何かが上から降って来た。不意打ちに回避が遅れてライフルが弾き飛ばされ、スタントンファーを展開する。降ってきたのは今までに見たことのないタイプの真紅のナイトメアが一騎…。新手に視線を向けながら投げたケイオス爆雷を確認すると起動する事無く狙撃されたらしい。

 

 『ジェレミア卿!?』 

 「手を出すな!これは私の決闘だ!!」

 『しかしこれは初めて見るナイトメアです。まさかイレブンが―』

 「イレブン風情にそんな技術があるものか!!」

 

 降って来たナイトメアはその場で構えるが射撃武器は腕に取り付けられた砲のみでどうやら格闘戦をお望みらしい。ゼロを始めとした無頼達も手を出す気がないのかライフルの銃口を下げていた。

 

 舐められたものだ!!

 

 サザーランドを加速させスタントンファーを振るう。しかし見事なほどの回避を見せ付けられる。それから数回振るうがすべてを避けきった上で仕掛けてきた。左手の小型ナイフを両手で受け止めねばならないことから機動性のみならずパワーでも圧倒されてしまっている。認めなければならない。イレブン風情がこれほどのナイトメアを造った事実を。

 

 「こいつか…こいつがカリウスの部隊を…」

 『見たかブリタニア!やっと、やっと対等に戦える。この紅蓮弐式こそが私達の反撃の始まりだ!!』

 

 構えられた右手を見て脳内に警報が鳴る。左腕と異なって肥大化した右腕にはあからさまに何かがある。が―― 

 

 「間合いさえ取れば!!――何!?」

 

 実戦経験の差で勝っているジェレミアは経験と知識から後ろへと距離を取ったのだが、範囲から出たと思った瞬間腕が伸びたのだ。頭部から流されるモニターの映像には巨大な手が掴もうと迫ってくる。逃げ切れないと悟った時、モニターには下がる右手と目の前を通過する銃弾が映し出された。

 

 『無事かオレンジ!』

 「キューエルか!?これは私の決闘だ!決闘に手出し無用!!」

 『黙れオレンジ!決闘などと言っていられる立場か!!我らはここで汚名を雪がねばならないのだ!!それにテロリストに決闘など不要だ』

 「………すまぬ。私としたことが」

 『貸しだからな。後で返せ』

 「ふふ、良いだろう。その借りは後で全力を持って返そう。ヴィレッタ!指揮は任せる。私とキューエルでコイツを仕留める。お前達はゼロを」

 『了解!』

 「行くぞキューエル!」

 『命令をするなオレンジが!!』

 

 紅蓮にジェレミアが迫り、回避してからの反撃に出ようとするのだがキューエルの援護射撃によって手が出し辛くなる。二対一に持ち込まれたカレンを助けようとゼロ達が動こうとするがヴィレッタ指揮のサザーランドの攻撃に、援護が出来なくなった。

 

 『くっ!こんな…』

 

 今まで騎乗していたグラスゴーや無頼と比べてハイスペック過ぎる紅蓮が押されるとは思ってもいなかったカレンから言葉が漏れる。その反対にジェレミアとキューエルは冷静かつ有利に事を運んでいた。ジェレミアもキューエルもお互いに長い付き合いで、何度も手合わせをしてお互いの動きを知っている。阿吽の呼吸とまではいかないが見事な連携を見せている。

 

 ライフルの弾丸を避けた先に待ち構えたジェレミアの一撃を流して、左手で応戦すると、避けずに片手で受け止めた為にバランスを崩した。チャンスとばかりに右手を構えると左腕のスタントンファーを展開したキューエルの一撃を喰らってしまった。

 

 『貰った!!』

 「待てキューエル!不用意に前に出るな!!」

 

 やっと入った一撃に更なる攻撃を加えようと前に出るキューエルは制止を聞かずにスタントンファーを振るった。渾身の一撃は地面擦れ擦れまで身を屈めた紅蓮の上を通り過ぎた。自ら不用意に接近して隙を晒したキューエルへとあの右手が迫った。

 

 「キューエル!!」

 『ぐあっ!?――――何を…』

 「借りは返すと言った!!」

 『ジェレミア卿……ぐわぁ!?』

 

 側面からの衝撃を受けて倒れたサザーランドから何事かと顔を向けるとそこには左腕を右手で掴まれたジェレミアのサザーランドが居た。借りを返そうと動いたわけではなく勝手に身体がそうしてしまっただけの事。理由も何もない。倒れたキューエルのサザーランドにゼロが撃った弾が直撃し、行動不能になったサザーランドからコクピットが射出されキューエルは脱出した。

 

 脱出する前に『オレンジ』と呼ばずに『ジェレミア』と呼ばれた事に笑みを浮かべ、正面の敵を見つめる。パワーの差から逃げ出す事は不可能。だけどやられるつもりはない。掴まれたのは左腕のみ。右手のスタントンファーで関節部に攻撃を加えれれば相手の右手だけでも機能停止させられる。と考え操縦桿を動かすが右手はまったく反応しなかった。

 

 「なんだ!?…まさかさっき受け止めたときに…」

 『ごめん…』

 

 片腕で受け止めた時のダメージで動かなくなってしまっていた事に気付いたが、僅かな隙を見逃す事無く右手から何かを流し込まれる。『ごめん…』という言葉と共に流された何かは掴まれた左腕より全体に伝わり、内部から膨れ上がっていく。

 

 「な、なんだこれは…」

 

 体感した事のない衝撃に未知の武装を体感し、危険を警告する赤ランプに包まれてなおジェレミアは逃げる事はなかった。効かないと分かりつつも対人用機銃を撃ち抵抗する。その攻撃は紅蓮の装甲に僅かばかりの傷は付けたものの、ダメージとは言い難いものだった。遠退きつつある意識の中、モニターに脱出システムがオートで起動する文字が現れる。

 

 「クソォ!オートだと!?さらばはするな!!まだ…まだ私は…ゼロにぃ………ぽぺ」

 

 消えゆく意識の中でヴィレッタ達と交戦するゼロを睨みつけ、ジェレミアは意識を失うと同時に脱出システムが作動して戦場から遠ざかった。

 

 『負けない。私の紅蓮弐式なら』

 

 ジェレミアが去った戦場ではヤル気に満ちた黒の騎士団とジェレミアとキューエルを失った純血派だけが残った…。



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第26話 「奇跡の藤堂VS知識を持つ髭」

 すみません!ギリギリまで打っていて遅れました。


 『奇跡の藤堂』

 

 元日本軍所属の藤堂 鏡志朗がブリタニアの日本侵攻作戦中に唯一ブリタニアに痛手を負わせた事で付いた名。『厳島の奇跡』と呼ばれるが綿密な作戦と正確な情報によって得た戦果で奇跡と呼べるものではない。彼自身の実力そのもので得た結果だ。

 

 当時はナイトメアを持っていなかった彼だが、現在はブリタニアに植民地にされた日本を奪還すべく抗い続ける『日本解放戦線』所属となり、レジスタンス支援組織の『キョウト』より無頼の強化版である無頼改というナイトメアを手に入れた。

 

 無頼改は無頼を改修してグロースターと同等の性能へと昇華させたナイトメアで、新装備である刃がチェーンソーのように廻転する刀『廻転刃刀』を所持している。操縦桿を傾けコーネリアの親衛隊であろう大型ランスを装備するサザーランドの横へと滑り込ませ、一刀の下で斬り捨てる。頭部後方に付けられた二本の触覚型通信アンテナをなびかせながら次の獲物へと駆け抜ける。

 

 日本解放戦線の本拠地であるナリタ連山よりキョウトから無頼改を受け取りに出ていた為に遅れてしまったが戦況的には悪くない。当初は完全に包囲されて突破は不可能とされていたが、人為的な土砂崩れによってブリタニアの主力は壊滅状態。指揮系統は混乱を極め、総大将であるコーネリアは孤立状態。

 

 『藤堂中佐。敵の増援です』

 「数は?」

 『たった三機ですがサザーランドの改修機で中々腕も良いようです』

 「なら増援は仙波と卜部に任せる。朝比奈と千葉はそのまま斬撃包囲陣を継続せよ!」

 『『『『承知!』』』』

 

 すでに日本解放戦線の総指揮を執る片瀬少将にはナリタの兵力の全てを投入してもらえるように言ってある。これにより敵本隊を含む部隊が動くことが出来なくなり、目の前にいる親衛隊を抑えればこの戦いは勝てる。親衛隊はすでにグロースター五機ほどまでに減らした。こちらも五機だが日本解放戦線で一騎当千の兵である『仙波 崚河』、『朝比奈 省悟』、『卜部 巧雪』、『千葉 凪沙』の四聖剣が無頼改に騎乗しているのだ。それこそ負けることはない。

 

 親衛隊をここに残して去ったコーネリアには何か策があったのだろうが、あの土砂崩れが人為的なもので尚且つ黒の騎士団が起こしたものならばゼロが何かしら手を打っている。もし奴らが失敗してもすでにブリタニア軍には大き過ぎる損害が出ている。もはやナリタ連山に居る日本解放戦線本隊を殲滅する事は叶わず、撤退するほかなくなっている。

 

 すでに形勢は逆転している。

 

 親衛隊指揮官機のグロースターのランスと刃を交えつつ。相手を囲む事に成功した藤堂は慢心はしていないものの心に余裕を少し、ほんの少しだけ持ってしまった。ゆえに気付けなかった。一発の弾丸に…。

 

 『危ない藤堂さん!』

 

 グロースターから距離を取った瞬間、体当たりして庇った朝比奈機の左腕が吹き飛んだ。機体が受けたダメージから対人用ライフルではなく対ナイトメア用狙撃ライフルであることと、銃弾が直撃した衝撃で動いた角度から狙撃者の位置を割り出す。その地点には狙撃用のライフルを構えた灰色のグロースターが立っていた。

 

 「無事か朝比奈」 

 『はい。けれど片腕をやられました』

 

 増援はグロースター一機だけではなく一個中隊ほど迫っていた。敵の増援は来るだろうとは思っていたがこちらに中隊規模で来るとはさすがに想定外だった。本来ならば総大将であるコーネリアのほうに向けられるはず。……いや、中隊規模以上の者が向かったのか?

 

 『なぜここに貴方様が!?』

 

 疑問を浮かべながらも警戒しつつ距離を取る藤堂の耳に指揮官機の外部スピーカーより発せられた声が届いた。言葉の感じから自分より格上の相手。コーネリアを除外して親衛隊以上の者となると副総督か将軍だ。しかし副総督は武功に優れた話は一切なく、それほどの将軍ならば主力の指揮を執っている。もしや皇帝最強の十二騎士かとも考えたが彼らは設計体系の異なる専用機を持っていると聞く。ならば誰だ?

 

 『苦戦していると聞いてね。駆けつけたよ』

 『私のことはどうかお構いなく。コーネリア殿下を』

 『確かにそれが正しいと思うし、私もそうしたい。けれどコーネリアを護るのは騎士である君ではないのかな?ギルフォード卿』

 『しかし!』

 『行きたまえ。君には君の役目があるのだから。ここは私が引き受けよう。ナイトメアの操縦なら多少の自信がある』

 『…………』

 『行け!ギルバート・G・P・ギルフォード!!』

 『――――ッ!!お頼みします!!』

 

 コーネリアの下へと向かおうとする指揮官機を逃がすわけにもいかない。斬り込もうとするが灰色のグロースターの射撃にて足を止められてしまう。

 

 「くっ!朝比奈、千葉!新手に斬撃包囲陣を仕掛ける!!」

 『『承知!!』』

 『斬撃包囲陣!?第一、第二小隊は私に続け!!奴らに頭を取らせるな!!第三から第四は距離を取りつつ援護射撃。敵は接近戦を得意としている。近付くな!!第五は純血派の救援に』

 

 なんだこれは?

 

 今までいろんな戦場を体験してきた。絶対絶望的な戦場はもちろん、勝ち戦から負け戦になったものまで本当にいろいろ体験した。そこにはいろんな敵が存在してきたが目の前の敵には奇妙を通り越して背筋が凍るような感覚を覚える。

 

 斬撃包囲陣の対処は近付かなければ良い。こちらは斬ることに集中しながら相手を囲むように周囲を回るのだ。それにより相手を中心部に固まらせて足を止めさせる。機動力のないナイトメアなどただの砲台でしかない。ゆえに接近せずに周囲を旋回する頭を取るのは有効な戦法だ。これを親衛隊の指揮官機が今言っていれば優秀な指揮官だと判断した。が、今命令を下したのは来たばかりで初見の者。問題を言っただけで方程式を無視して答えを言ってきたのだ。優秀などの言葉で表せるものではない。

 

 こちらの頭を押さえようと向かって来る灰色のグロースターの懐へと飛び込む。躊躇う事無くここで決着を付けるべく三段突きの構えを取ろうとすると一気に距離を取った。

 

 『何者だ?』

 

 三段突きをやたらと警戒したことから私を知る人物だと思い問うた。それにこの先を読まれる感覚には覚えがあった。確かアレは枢木神社の道場で……。

 

 仙波や卜部の猛攻から脱した純血派を合流させた中隊は灰色のグロースターを先頭に足を止めた。

 

 『私の名かい?私は神聖ブリタニア帝国第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニアだよ』

 

 淡々と告げられた名に藤堂は驚きながらも納得した。未来を読んだような芸当を行なえる者が居るなら奴しかいない。初見で三段突きを見事に捌き切った男。最も敵に回したくないと評したオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 

 『第一皇子!?ならばその首―』

 「止せ!!」

 

 ブリタニアの皇子を目の前に千葉が廻転刃刀を上段で構えて前に出た。嫌な予感が脳内で響き渡り制止をかけるが止まる事はなかった。オデュッセウスは狙撃ライフルを近くのグロースターに預けて武器を持たずにただ待っていた。

 

 『貰ったぁ!!』

 『なんの!!』

 『馬鹿な!?』

 「受け止めた…だと…」

 

 上段から振り下ろされた一撃を正面から受け止めたのだ。見た目は刃を両手で挟んで受け止める真剣白刃取りだが、先も書いたように廻転刃刀は刃がチェーンソーのように廻転している。刃に指先が触れようものなら一瞬で千切れ飛ぶ。だが、奴はその事を理解して指先を触れないようにして手の甲で刃以外を挟み込んだのだ。驚く皆を余所に廻転刃刀を捻り、千葉機の体勢を崩して横転させる。一連の動作に無駄がなく、対処しきれずに転がった無頼改の頭部に背に装備していた軽ランスが突き立てられた。

 

 『ち、千葉!!』

 「落ち着け!」

 『でも、藤堂さん』

 「コクピットは貫かれてはいない」

 

 そうだ。奴はコクピットを狙えたにも関わらず頭部を狙った。人を殺す事に躊躇いがあるのか我らを捕縛する事が目的なのか。意図はつかめないが刺したランスを抜いて構える奴をどうにかしない事には先には進めない。ゴクリと唾を飲み込み操縦桿を強く握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュは乱戦となりつつあるナリタ連山で無頼のコクピットから戦いを見物していた。ちょっとした谷間のしたでは母違いの姉であるコーネリア・リ・ブリタニア用に改修されたグロースターとキョウトより贈られた純日本製の紅蓮弐式を操る紅月 カレンが激しいバトルを繰り広げていた。

 

 ゼロの狙いを読んだ日本解放戦線の部隊により親衛隊を足止めされ、ここへはその部隊を誘いこむ気だったが先に待ち伏せていた黒の騎士団により囲まれたコーネリアは突破しようと紅蓮に戦いを挑んで苦戦していた。

 

 確かに高低差をとった無頼三機を相手にするより前方の一機を倒して突破するのは理にかなっている。数の話であればだが…。 

 

 コーネリアの攻撃は紅蓮には届かなかった。ライフルのフルオートを何度も飛び跳ねて回避され、射出させたスラッシュハーケンは左手の短刀で弾かれ絡め取られる。接近戦主武装の大型ランスで突撃しても輻射波動によって右手ごと吹き飛ばされた。

 

 援軍もない。

 

 退路もない。

 

 後方の無頼三機を突破するのは困難で、前方の紅蓮に勝つ事は不可能。

 

 この圧倒的な状況に追い討ちをかけるべく後ろからライフルを撃ち抜き、左手ごと破損させて装備品の武器と両腕を使用不能にした。これで攻撃らしい攻撃はスラッシュハーケンのみだ。

 

 『卑怯者!後ろから撃つとは』

 「ほお…ならお前達の作戦は卑怯ではないと?」

 

 声は相当焦りを含んでいたが思考までは乱してはいないとみる。使い物にならなくなった左手をさっさとパージしている。

 

 『ギルフォード…我が騎士ギルフォードよ。ダールトンと共にユフィを補佐して欲しい。私は投降はせぬ』

 

 『皇女として最後まで戦う!』

 『コーネリア様!!』

 「ふん…つまらん選択を」

 

 コーネリアの言葉に反応する男の声がナリタ連山に響き渡る中、ルルーシュは冷たく呟いた。しかし、このままカレンに討ち取らせるわけにはいかない。ここでコーネリアが死んでしまえば母が亡くなった原因を聞き出せなくなる。コーネリアはマリアンヌの事を尊敬していた事とあの日の警護担当だったことから何かしら知っている筈。情報もそうだがここで死なれたらオデュッセウスがどう動くかは明らかだ。

 

 ナナリーの時みたく皇族の兄弟・姉妹と連携を取って、未だかつてない大軍勢でエリア11に攻め込んでくる。しかもナナリーの時とは違って脅しではなく本気で。それだけは避けなくてはならない。

 

 「カレン、コーネリアを討つな!!機体だけを無力化しr―」

 『何事ッ!?』

 

 指示を出すと同時に谷間の壁から大量の土埃が発生した。それもスモークでも張られたように視界が利かないほどに。ただ自然的なものではなく、爆発が起きた事ぐらいしか理解できなかったルルーシュはファクトスフィアを展開して煙の中を調べる。居たのは新宿に居た白いナイトメア…。

 

 『総督ご無事ですか!?救援に参りました』

 『特派の!誰の許しで…』

 

 壁を爆破した衝撃で膝をついたコーネリア機を守るように立った白いナイトメアを睨みつける。シンジュクゲットーではクロヴィスの主力部隊を壊滅させて、チェックメイトは目前だったというのにたった一機でこちらの駒を倒しきった。奴にはサザーランドや無頼は勿論、グロースター程度の機体では抑えられない。そもそも上から無数に降ってくる瓦礫の中を滑るように突き進める化け物は並みの者ではどうにも出来ない。

 

 『おい、まさかあのナイトメア…』

 『ああ…新宿や河口湖に居た奴だ』

 「またか!またあいつが」

 

 奴は無理でもコーネリアの無力化は可能だ。膝をついて機動力のない今なら足を確実に撃ち抜ける。そう思って撃った弾丸は素早く動いた白いナイトメアによって防がれた。目撃情報通りにあの腕からは見えないバリアのような物が展開されているらしい。

 

 「紅蓮弐式は白カブトを破壊しろ!こいつの突破力は邪魔だ!!」

 『はい!』

 

 今ここにいる戦力で対抗できる機体と腕を持つのは紅蓮弐式のカレンしか居ない。紅蓮弐式が白カブトに突っ込むとコーネリアは立ち上がりこちらに向けて突っ込んでくる。

 

 『そちらは任せた。私はゼロを叩く!』

 

 残ったスラッシュハーケンを放ってきたので身体を少しだけ横に動かして避けたが、斜め後ろに居た玉城は避けきれずに左肩に喰らってしまっていた。

 

 「ライフルを貰うぞ!」

 『お、おい!』

 

 すかさず玉城からライフルを奪い取ると両手に一丁ずつ構えて射撃する。撃ちながら移動する事は照準をぶらして命中精度を下げてしまうがここで立ち止まるわけにはいかない。

 

 (いいかいルルーシュ。ナイトメアの最大の武器は縦横無尽に駆けられる機動力にあると思うんだ。確かにルルーシュの精密射撃はかなりのものだよ。だけど立ち止まってしまってはただの砲台と変わらない。下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うけど君の場合は腕が良いから動きながらでもかなり当たると思うよ)

 

 地獄と称するに値する母上やビスマルク、姉上と倒れるまで続けた事もあるナイトメアの騎乗演習でオデュッセウス兄上に言われた言葉を思い出す。そういえばコーネリア戦のときはいくらか損傷させる事は出来ても一度も勝ち星を挙げられなかった。

 

 「今日は勝ち星を頂きましょうか」

 

 回避するも避けきれないと判断したコーネリアは再びスラッシュハーケンを放つ。が、方向が明後日の方向だ。特に気にする事無く射撃を続けるとグロースターの速度が上昇した。よく見ると放った左右のスラッシュハーケンの巻き取り速度を利用して加速している。しかも加速するだけではなく左右の速度を変えて左右に回避運動も行なっている。

 

 だが、種さえ分かってしまえれば簡単なものだ。加速して左右に回避するもそれはスラッシュハーケンで動ける範囲内。ならば予測する事は容易い。

 

 右手のライフルで回避が出来ない左胸のスラッシュハーケンのワイヤーを。左手のライフルで右足を撃ち抜いた。身体を支える片足と片方のハーケンを失い、速度を殺すことが出来なくなったコーネリア機はそのまま地面に激突し、転げまわった。

 

 「器用な事を……だがこれで」

 『クッ!やられたか…』

 

 モニターの端では紅蓮と白カブトが互角の戦いを繰り広げていた。両者とも人間の反応速度を超えているとしか思えない動きに目が付いていかない。跳んで跳ねては当然の事で白カブトに至ってはカポエラのような動きもしている。勝てないとしても足止めはしてくれている。これならコーネリアを引き摺り降ろす事は可能だろう。

 

 ゆっくりと近付こうとしたときアラームが鳴り響く。モニターに飛翔物が映った時には遅かった。コクピットは何とか避けたが右腕が持っていかれた。飛翔物はナイトメアの接近武器であるランスだった。

 

 『コーネリア殿下ご無事ですか!』

 『ギルフォードまで!?どうしてここに…』

 『私は姫様をお守りする騎士なれば!!』 

 

 ランスを投げたのは今現れた親衛隊のグロースターなのだろう。ライフルを構えながらコーネリアの前に立ってこちらに狙いを定める。戦闘に集中したあまりに周りへの警戒が疎かになってしまった。レーダーにはまだ距離があるがブリタニア軍のナイトメアらしき四機が接近してきている。

 

 状況が一転していくなかで紅蓮弐式が白カブトの射撃を輻射波動で受け止めると足場がもたずに崩落した。急いで玉城と扇の無頼が向かい、ルルーシュは親衛隊機の目を向けさせる為に撃ちまくる。

 

 「扇、紅蓮は?」

 『右手が駄目だ。修理しないと』

 「くっ……引くぞ!全軍脱出地点まで移動させろ!!これ以上は消耗戦になる。それに援軍が来たようだしな」

 

 紅蓮が万全で無い状態で白カブトの相手は無理だし、親衛隊の五機のグロースターを破損した二機を含めた無頼三機で勝つ事はは不可能。ここまで追い詰めたのにとは思うが引き際を間違うと全滅してしまう。

 

 ルルーシュは忌々しく思いながらも撤退する。背後からランスロットに追われながら……。

 

 

 

 

 

 

 名を名乗る行為は昔から存在した。

 

 アニメや漫画でも見た事があるだろう。戦場で騎士や武将が名乗りを挙げ、それに応えるように名乗りを挙げた相手と決闘を行なう場面を。それ以外にも名乗りを挙げる者も居る。

 

 奥州伊達家の武将に片倉 小十郎と言う人物が居た。この人物は主君である伊達 政宗を助ける為に敵軍の前で自分が伊達 政宗であると名乗りを挙げて敵兵を一手に引きつけて窮地を救ったという逸話がある。

 

 さて、何が言いたいかというと戦場で名乗りを挙げる行為を軽く考えていては窮地に落ちるという事だ。この物語の主人公のように…。

 

 『第一皇子はどこだ!?』

 『敵の皇族だ。討ち取って名を挙げろ!!』

 『殿下をお守りしろ!』

 

 藤堂と接近戦を行なっているオデュッセウスは自分が素直に名乗った事に深い後悔をしていた。敵地の一角で『ブリタニア皇族です』なんて宣言してしまったのだ。近くにいた日本解放戦線の部隊がオデュッセウスを討ち取ろうと集まってきたのだ。おかげで他のブリタニア部隊が立て直しの時間を得たわけだから良しとしたいが…。それを必死に第二から第五小隊が抑えている。純血派は後方からの援護に移ってもらっている。第一小隊は卜部と仙波の相手を、ロロこと白騎士は朝比奈の相手をしている。

 

 ロロはギアスを使わなくともかなりの技量を持っている。『今の』ロロは藤堂やカレンには及ばないが四聖剣クラスに匹敵する事は証明された。『今の』というのはロロもオデュッセウスもズルをしているのだ。確かにオデュッセウスはビスマルクの鍛錬で藤堂以上の実力を得る事は出来た。だからと言って多少格下の四聖剣の千葉を瞬殺出来るほど差はない。仕掛けは二人が着ている…二人の分しか存在しないスーツにあった。

 

 運動能力を飛躍的に向上させられるシステムが組み込まれている試作強化歩兵スーツ。二人はそれを着て自身の身体能力を高めていた。ただオデュッセウスのスーツは専用に調整されたものではなくて、サイズの合う試作品を急遽送ってもらったので調整が完璧でなく粗が多い。

 

 『まさか剣を交えることになろうとはな!!』

 「出来れば縁側でお茶でも一緒にと誘いたい所ですがね」

 『ここが戦場でなかったらそれも良かったのだがな』

 

 振り下ろされる廻転刃刀をランスで捌きながら反撃を行なう。そのやり取りがもう十分ほど続いているのだが藤堂は止める気はないらしい。ぶつかり合い撒き散らす火花を見る度に冷や汗を掻いているオデュッセウスは兎も角早く帰りたかった。何かをするとかいう理由ではなくて命の危険があるここから離れたい理由で。

 

 「そろそろ撤退しないんですか?」

 『大将首に匹敵する敵を前に背は見せられんよ。それに陣形を一瞬で見抜き対抗する智謀。千葉をあっさりと倒した技量。ラウンズに匹敵するほどの敵を逃がす手はあるまい!!』

 

 高評価されすぎなんですが…。

 

 原作を見た知識に運動能力向上のスーツなどズルした力を自分の力みたく評価されるのはとてもむず痒く感じる。

 

 「過大評価だと言いたいのだが…」

 『これの何処が!!』

 「はぁ…―――左腕貰います!」

 

 再び振り下ろされた上段からの一撃をランスで受け流しながら回し、左肩目掛けて突き刺した。寸前で気付いて距離を取ろうとはしていたけど間に合わず肩の装甲が貫かれる。止めに腰に付けていたライフルを構えて足を撃ち抜こうとした時、無線から短い悲鳴が聞こえた。

 

 『後ろです殿下!』

 

 ロロのとっさの叫びに背後を振り向くと一機の無頼が純血派を大破させて突っ込んで来た。左手で持ったランスで藤堂を牽制しつつ、ライフルを連射する。が、無頼は当たる弾だけを掠るかどうかのギリギリで回避して行く。凄いとかを超えて怖い。まるで人工知能が騎乗しているかのような精密さがアレにはあった。無頼は直線状に藤堂が居る事によりライフルが使えず、スタントンファーを展開して格闘戦を仕掛ける気のようだ。

 

 「――って、黒の騎士団!?」

 

 日本解放戦線にまだあれほどの騎士が居たかと思っていたが機体カラーが黒色だった事に気付いて余計に混乱した。黒の騎士団で腕が良いと言ったら紅月 カレンぐらいなものだ。しかしカレンは紅蓮に乗っている筈だし、コイツは誰だと必死に考え込む。

 

 『ウォオオオオオオオ!!』

 「え!?ちょっと…勇ましすぎるでしょ貴方!!」

 

 雄叫びを上げたのは頭部を破壊された千葉だった。ナイトメアというのはカメラを頭部に集中させているから頭部をやられたらモニターに外の映像は映らない。だからと言って動けないということはない。目が潰されただけで機体は動くのだから代わりの目を用意すれば良い。コクピットからシートごと生身を外に露出させ、目視で操縦すれば良いのだ。ただしかなりの危険性が伴うが。

 

 …に、しても正面から藤堂。右斜め後ろから腕利きの無頼。背後から勇ましすぎる紅一点。勇ましすぎる叫びに驚き素の声を挙げてしまいながら状況把握に余念はない。

 

 『オデュッセウス殿下ァ!!』

 

 ああ、ロロも心配してくれてるな。ズルついでにもう一つのズルも使っておこうか。

 

 左手のランスを藤堂の行く手に、ライフルを無頼の行く手に投げ付ける。ライフルは簡単に越えられるが地面に刺さって立ったランスが邪魔で藤堂は一瞬だが動きが遅れた。一斉に襲ってくる相手のタイミングをずらせれば対処は出来る。先とは格段に気迫が違う下段からの一撃を放とうとした直後に『癒しのギアス』を発動させる。効果範囲に入った千葉の感情が癒される。目の前の相手を一撃を以って屠る感情がいきなり緩まった事で感情を処理しきれず動きに不調が出た。その隙を逃さぬように振り上げようとした手を左手で掴んで、右手で肘の関節部分に掌底を打ち込んで動かない方向へと砕く。

 

 『千葉、下がれ!』

 

 まだ無頼と藤堂が迫る中、癒しのギアスによって落ち着いたまま千葉機の手から離れた廻転刃刀を左手で無理やり掴み、機体ごと回転させながら振るう。とっさの事にガードした無頼の左腕を刈り取り、藤堂は廻転刃刀で受け止める。

 

 『クッ!捌かれるとは―――そうか…引くぞ』

 

 日本解放戦線は一点突破を成功させて脱出を開始したのだろう。連絡を受けた藤堂は四聖剣以外に周りの部隊にも命じてこの場を去る。ユリシーズ騎士団の面々は自分を守る為の陣形に移行するがロロは追撃を行なおうとしていた。

 

 「ロ――白騎士。追撃は無しだよ」

 『何故ですか?』

 「すでにブリタニア軍から攻勢から現状維持を命じられている。私達は総督ほどの権限はないんだよ」

 『だからと言って逃がすのは…』

 「それに機体状況も芳しくない。無理な追撃をして皆を失う事はしたくないんだ。分かってくれるね?」

 『………イエス・ユア・ハイネス』

 

 白騎士のグロースターは飛び跳ねたりと駆動系を痛める程度ですんだが、オデュッセウスのグロースターは千葉機の腕をへし折った衝撃を受けて右手のマニピュレーターがまったく動かず、無理な体勢で振るった左腕は動かすたびに異様な音を発している。エナジーフィラーも心許ないし、何より汗だくで気持ち悪い。ナリタに来た目的のシャーリーのお父さんも助けた。やるべき事は出来たと思う……。

 

 さて、前線に出た事をどうコーネリアに話したものか…。藤堂達を相手にしていたほうが楽な気がするのは気のせいであろうか?



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第27話 「特派へ行こう」

すみません。前回と同じで遅れました。


 負けた……。

 

 神聖ブリタニア帝国第二皇子で宰相の役職を持つ、シュナイゼル・エル・ブリタニア肝入り部隊『特別派遣嚮導技術部』に所属する枢木 スザクは晴れやかな気持ちで現実を受け入れていた。

 

 ナリタ連山での作戦で大きな損害を受けたブリタニア軍は、主力部隊の再編と突然起こった土砂崩れで埋もれた敵味方の救出作戦で手一杯で、逃亡した日本解放戦線を満足に追う事も出来なかった。幸いにもブリタニア軍の誘導が功を奏して、麓まで達した土砂崩れで一般人に被害が出なかったのは僥倖だろう。

 

 いつもなら相手にもされないが、人手不足でナンバーズの手でも借りたかったブリタニア軍より救助活動へ参加するよう要請があり、救助活動時のデータ収集を兼ねて特派はナリタでの要請を受諾した。ランスロットの搭乗者であるスザクは少しでも人を助ける事が出来ればと強い意志で望んでいたが、結果は悲惨なものばかりだった。

 

 救助作業を終えた特派のメンバーはコーネリア総督からの勅命で、トウキョウ租界に近いブリタニア軍演習場に来るように指示された。内容は模擬戦をせよというものだった。情報のほとんどが伏せられ、対戦相手がグロースターを用いる事以外は相手の所属さえ分からない。そんな相手にスザクはサザーランドで挑むようにロイドに頼まれた。今回はランスロットのデータ収集よりもスザクの技能のデータ収集を優先するとの事だった。

 

 ちなみに特派にはサザーランドは支給されてないし、配備された記録はブリタニア軍のデータベースにも存在しない。なら今回模擬戦に使用されたナイトメアは何処から出てきたかという疑問が発生する。端的に言うと無期限の修理機とでも言えば良いのか…。以前に何度も打診した模擬戦が一度だけ受領された事があり、その際に相手側がサザーランドを準備してくれたのだ。結果はスザクの圧勝という結果に終わり、特派は大学へと撤収する流れだったのだが、ロイドが相手側にサザーランドの修理を申し出たのだ。修理してくれるのならとあっさりサザーランドを一機任されたが、期限を言われなかったというとこをいいことに特派の私物と化してしまったという事である。

 

 そんな経緯のあったサザーランドでグロースターと全力で戦い、負けた。機体性能に押し切られたなんて言い訳は通用しないほど相手の技量に押された。磨きぬかれた技術と鍛え抜かれた技の数々で圧倒され、言い訳のしようがないほどの敗北を受けた。自身は持てる力の全てを出し切ったし後悔はない。

 

 大きく息を吐き出しながら時計を確認する。彼は今、演習場ではなく特派が間借りしている大学内の研究室で待機していた。演習場では相手が誰だったのかとかいろいろ知りたかったのだが、現れたコーネリア総督が「ご苦労」と形だけの労いの言葉をかけ、もう用はないと言わんばかりに帰らせたのだ。対戦相手を知らせたくないような思惑もあったのだろうと推測するが、それ以上にロイドさんの事を好いていないらしい。対してロイドさんは総督が現れた時からあまり関わりたくないらしく、終始セシルさんの背後に隠れてさっさと撤収したのだ。

 

 帰ってきたのは午後の授業が始まった頃で、やるべき仕事がなければアッシュフォード学園で友達と顔を合わせるだけでも行った方がいいと言われるのだが、今日はロイドさんから待機命令が出て待機しているのだけれどいつまで待てば良いのかまったく教えられてない。待つしかないが待つという事はアレが出来上がる時間にぶつかる事に…。

 

 何でも新しいレシピを覚えたらしいので皆に振舞いたいとの事で大学の調理室を借りている。待機命令の原因であるお客の出迎えにロイドは行き、待機命令を受けている自分以外の特派のメンバーはロイドさんに許可を取って出払っている。皆それぞれ理由は違うが本当の理由は同じはずだ。セシルさんの作った料理から逃げる為だ。

 

 おにぎりの中身がブルーベリージャム……。

 

 これを聞いただけで大抵理由を理解できるだろう。レシピを調べるのだが作る段階で大き過ぎるアレンジを加えてしまうのだ。確実に悪い方向に…。

 

 「ここが特派か。意外と綺麗にしているな」

 「まぁ、セシル君に言われているからねぇ」

 「なら納得だ」

 

 声が聞こえたので入り口の方へ視線を向けるとそこには白衣姿のロイドさんと、紋章の描かれた黒のインナーを胸元から覗かせ純白の制服を着た騎士が微笑みながら歩いてきた所だった。髪は深緑色の女性騎士には見覚えがあり、視線が合った瞬間向こうも気付いたようだ。

 

 「ノネットさん!?いえ、ノネット・エニアグラム卿」

 「ははは。久しぶりだなスザク君」

 

 陽気に笑いながら手を振るうエニアグラム卿に対して姿勢を正して心臓の辺りに右手を置いて敬意を表す。が、その対応に困ったような笑みを浮かべさせてしまった。

 

 「硬い。硬いな。もっと気楽に接してくれていい。ノネットさんと呼んでくれ」

 「い、いえ…」

 「本人は良くても真面目なスザク君には難しいだろう」

 「それもそうですね殿下」

 

 ロイドさんとエニアグラム卿の後ろから現れた人物にさらに姿勢を正す。そこに居るのは全身黒一色の服装を着たオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスはノネットと共に特別派遣嚮導技術部が間借りしている大学へと赴いていた。今回はロロに無理を言って護衛は無しにして貰った。本当はいけない事なのだが特派の後に向かう先に問題があって連れて行けない。いつになく真剣な感じで言ったら納得はしてくれなかったが了解はしてくれた。変装して危ない箇所は避けて通っていく中、途中で合流したノネットには尾行している者が居ないかを一応確認してもらったが居なかったそうだ。

 

 このエリア11にノネット・エニアグラム卿が居るのは私がとある事をお願いをしたからだ。内容はクロヴィス・ラ・ブリタニアの護衛。そう、元エリア11の総督であるクロヴィスはここ、エリア11に副総督補佐官として来ている。命は取られなかったがテロリストに敗北した結果から皇位継承権を奪われ、自身の将軍であるバトレーは本国へ強制送還され罪に問われ、信頼していた純血派はキューエル卿が代表になったがほとんど機能できていない。しかも親衛隊はシンジュクゲットーで全滅とくれば自由に動かせる部隊なんて皆無となっていた。なのでノネットに頼んで護衛についてもらったのだ。ちょうど担当していた戦線も片付いた事と友人で後輩のコーネリアが居るエリア11が気になった事もあって来たがっていたらしい。

 

 「本当に久しぶりだね。スザク君」

 「お久しぶりですオデュッセウス殿下」

 「あれ?スザク君もオデュッセウス殿下と知り合いだったんだね」

 「はい。以前に」

 「ああ、ロイドは知らなかったんだね。七年以上前に訪れた事があって、そのときにスザク君とも知り合ったんだ」

 

 納得するロイドを見てここの面子がすごい事になっている事に今更気がついた。ブリタニアの第一皇子に現役&未来のナイト・オブ・ラウンズ。そしてナイトメア開発の第一人者。

 

 「え!?お。オデュッセウス第一皇子様!?」

 

 凄い面子だなと感心していると驚いた声が聞こえ、振り返るとおぼんを持ったセシル・クルーミーが慌てながら立っていた。急いでおぼんを近くのデスクに置いて頭を下げられる。

 

 「始めましてセシルさん。オデュッセウス・ウ・ブリタニアです。どうぞ宜しく」

 「こ、こちらこそ宜しくお願いします。殿下に名を覚えられているなんて光栄です」

 「え?…あ!ああ、ロ…ロイドからいろいろ聞いていてね」

 

 原作で知っていた為に名前を呼んでしまったが気をつけなきゃ。本人はそうですかと納得しているし、話した事になっているロイドは話したかなぁ?と呟いたものの別段気にしてないようだった。

 

 「そ、そういえばノネットはスザク君と模擬戦をしたんだろう?どうだったんだい彼は」

 

 焦りながらノネットに話題を振るとスザク君が驚いた表情をしていた。

 

 「あのグロースターはエニアグラム卿だったのですか」

 「コーネリア殿下は仰られなかったのかい?ああ、そういう事か…」

 「えっと…どういう事でしょうか?」

 「いや、殿下はどうも大切な兄上様のお友達になっているロイドが気に入らないようだって話さ」

 「僕としてはどうして嫌われたのか…」

 「ロイドらしい所を嫌っていると思うよ。貴族の権威的な」

 

 言われて納得する。原作でもそうだったけど関わって余計に感じるようになった。ロイドって一応伯爵なんだよね。まったく貴族らしさがないというか…。そういう所をきっちりしているコーネリアは気に入らないだろうね。

 

 「とりあえずロイドの話は置いておいて、かなりできる感じでしたよ。今日は機体との相性がイマイチなようでしたが」

 「あは♪それは今日の機体とかではなくランスロット以外の機体ではスザク君の操縦に追いつけないんですよ」

 「ほお!ならばそのランスロットに騎乗している時に手合わせしたいものだな」

 「こちらとしては良いデータを取れる話ですけど現行のナイトメアでは性能が違いすぎて相手になりませんよ」

 「しまったなぁ……私も自分のナイトメアを持って来られれば良かったのだが……」

 

 騎士として戦いたがっているが高性能なナイトメアを持ってきていなかった為に口惜しそうな表情を表すノネットに、ニンマリと笑みを浮かべる。

  

 「それで頼んでおいた物なんだけど…」

 「はいは~い。セシル君。アレを」

 「は、はい。アレ…ですね」

 

 ロイドに言われてセシルはコンソールを操作してランスロットの隣に設置されていた物を隠していた布を外す。中から現れたのはランスロットと瓜二つのナイトメアフレーム。違いと言えばランスロットの金色の部分が青色に変更され、頭部から一本の角のようなものが伸びている事ぐらいだ。

 

 新しいナイトメアに目を引かれるスザクとノネットと違い、オデュッセウスは見覚えのあるナイトメアに感動していた。コードギアスのゲーム『ロストカラーズ』で出てきた主人公にロイドが用意したオリジナルナイトメア。

 

 「世界で二つ目となる第七世代KMF Z-01bランスロット・クラブ」

 「性能はランスロットと同じですが接近戦特化の調整を施してあります。武装は接合型のメーザーバイブレーションソードを二本にスラッシュハーケン四つ、通常ライフルから狙撃ライフルにまで使える可変式アサルトライフルを装備しています」

 「狙撃時にはファクトスフィアを開きっぱなしだからエナジー消費が通常の15倍とかなり高いけどね」

 「良いね。実に良いよ」

 

 特別派遣嚮導技術部はシュナイゼル所属の部隊だがランスロットはシュナイゼルだけの物ではない。友人であるロイドと接点を持っていたことからランスロットの構想を聞いて、シュナイゼルに頼み込んで共同出資の形を取らせてもらったのだ。おかげでこうしてランスロットクラブを手に入れることが出来たわけである。

 

 「どうだいノネット?」

 「ええ、話を聞いただけで喉から手が出てしまいそうですね。さすがはロイド伯爵」

 「いや~、システム面や調整には手間取ったけど作るのは簡単だったよ~。ランスロットの予備パーツで組み立てただけだし」

 「それは後で予備パーツの請求書に目を通しておこうかな。で、乗ってみるかい?」

 「宜しいんですか!?」

 「勿論だよ。その為にロイドに頼んだんだから」

 「光栄です殿下」

 

 皇帝十二騎士であるナイト・オブ・ラウンズは専属の技術部隊を持っている。ビスマルクなどは独自の専用ナイトメアを持っているがすべてが持っている訳ではない。ほとんどがグロースターのカスタム機であり、独自のナイトメアを作れるほどの技術者など限られている。そこで希少な技術者を持つところと契約を持つラウンズが居るわけだ。うちの技術部門とはナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグがまさにそうである。KMF技術主任のウィルバー・ミルビルは元々シュタイナー・コンツェルンのKMF技術主任で、その時にジノからシュタイナー・コンツェルンにナイトメアの注文を受けており、うちに来ても継続して作業を行なっている。もう一機シュタイナー・コンツェルンにデータを送る約束で引き抜いたので仕方がない。

 

 ノネットもうちの技術部に願い出ていたのだが現状は前の仕事で手一杯なウィルバーに余力はない。なのでロイドにランスロットタイプを頼んだ。ランスロットの性能なら他を凌駕するだけの性能を持っているから満足すると思って。確か漫画か何かではラウンズでもランスロットを使いこなす者は少ないって書いてあったような気はするが、そのときはそのときで再調整してもらおう。

 

 「これでランスロットと戦えるね」

 「良し!では今から―」

 「いえ、まず演習所に使用する申請書を―」

 

 水を得た魚のように生き生きしているロイドとノネットからそっと離れて先ほどセシルさんが置いたおぼんへと視線を移す。遠目でも分かったのだがやはり素麺だった。ざるの上に盛り付けられた素麺は珍しく綺麗な緑色一色だった。前世の記憶なのだが素麺が食事で出てきたときには一本だけ混ざったピンク色や緑色の素麺を奪い合ったっけ。

 

 妙に懐かしい気持ちになっていると見ていることに気付いたセシルさんが近づいてきた。自分が作ったものをずっと眺められていたら気にもなるだろう。

 

 「これはセシルさんが?」

 「ええ、特派の皆に振舞おうと思ったんですけど皆用事で出て行っちゃって」

 「でしたら一皿貰っても?」

 「え?ええ、勿論です」

 「良かった。恥ずかしながらここまでランニングを兼ねて来たものでお腹が空いていましてね」

 「政庁からここまで走ってこられたのですか…」

 

 誰の席か知らないがデスクに腰掛けて箸を手に取る。つゆの入った入れ物を左手で掴んで、素麺を箸で摘んで少しだけ浸ける。本来なら音を立てて啜るところだけれども人前ということで音を立てずに口に含む。

 

 時が経つのは残酷なもので、昔の記憶が薄れていく。過去の私が見たら何をしているんだと言うだろう。今の私はどうして口に含んでしまったのだろうと後悔している。

 

 「あ!殿下!?まさか食べちゃったんですか…」

 「あー…セシル君。お茶はあるかな?」

 「そういえば。すぐに淹れてきますね」

 

 お茶を淹れに離れた事を確認してロイドとスザク君は心配そうに駆けてくる。ひとりだけ理解してないノネットは疑問符を浮かべたままだが…。

 

 「大丈夫ですか殿下?」

 「うん。大丈夫ではないね」

 「お~め~で~と~う。新たな犠牲者になっちゃいましたね」

 「こんな素麺は初めて食べたよ」

 

 つゆにわさびが無いなと思ったら麺のほうにわさびが入ってました。というかこの緑はわさびの色だった。一口で涙が溢れてきているんだがこれは拷問かなにかか?しかも隠し味なのか抹茶の味が後から広がってくるんだ。つゆもつゆでめんつゆでなくて濃い口醤油。日本系でそろえているがアレンジの加え方を間違えている。

 

 セシルがお茶を淹れて戻ってくる前に『もったいない』精神で完食したオデュッセウスは量のアドバイスを書いた紙を残してその場を後にした。メモには不味いなどの相手を不快にさせる言葉は使っておらず、さらに詳しい感想を欲したセシルにロイドとスザクも食べさせられ、涙を流したという…。

 

 

 

 

 

 

 大学を出て向かいにあるアッシュフォード学園を眺めるオデュッセウスは口元を押さえて考えていた。

 

 ここには素性を隠しているルルーシュとナナリーが通っている。その事を父上様を始めとした皇族に知られてはとても困る。困るのだが会いたい…。同じ日本の地にいるのだから会いたい。理由はなんとでもなる。友人のミレイ・アッシュフォードに会いに来たとか………無理があるな。

 

 ちなみにクロヴィスがエリア11入りしたので妹のライラも来ている。来週からアッシュフォードの中等部に通うらしいのだがナナリーは大丈夫だろうか。クロヴィスは私が関わっていた人物が運営している点で決定したらしいが勘弁して欲しい。どうにかしてルルーシュに話を通しておきたい。

 

 難しい顔して悩んでいるのだが、口を押さえているのは先ほどのダークマター……セシルさんの素麺の後味が凄く残っているせいなんだけど。何か口直しになるものないかな?

 

 二つのことをずっとここで悩んでいてもどうにもならないどころか不審者認定される前に動こう。そうと決まれば懐から携帯電話を取り出してアッシュフォード学園長へと連絡をつけようとする。

 

 「今だ!!」

 

 急に上げられた声とこちらに向かって来る気配にとっさに振り向き、接近戦で対応しようと構えたのだが動けなかった。一歩どころか指さえも動かせなかった。

 

 何故君達がここに居るんだ?

 

 疑問を浮かべたままのオデュッセウスは、桃色の中等部の制服を着たツインテールの学生と高等部の制服を着た白銀の髪の美少年に取り押さえられた…。

 



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第28話 「捕縛された先で」

 本当にすみません…。こうも書く日に限って用事が入って忙しくなるなんて。
 遅くなりましたが投稿いたします。


 アッシュフォード学園生徒会室では書類の束が並んでいた。それを処理しているのは会長のミレイ・アッシュフォードに水泳部と生徒会を掛け持ちしているシャーリー・フェネット、同じく生徒会役員のニーナ・アインシュタインの三名のみ。生徒会副会長のルルーシュは妹のナナリーが熱を出して看病に行っててここには居ないし、リヴァルを含めた三名はまだ来ていない。

 

 少し疲れを感じ息を吐きながら書類を少しずつ片付けていく中で、違う意味合いで息を吐くシャーリーに視線が移る。生徒会室に入ってからだがすでに十回以上同じ光景を見ている。手に持った封筒を見つめながら唸っては大きく息を吐く。彼女が何に悩んでいるのかは明白だった。もし分からない人がいるならばあの朴念仁ズだけだろう。

 

 「どうしたのシャーリー。ルルが居なくて寂しいとか?」

 「え?ち、違いますよ。っていうかカレンも一緒に欠席なんですよ……また」

 「呑気だねぇ。世界じゃあ先日のナリタ騒ぎで持ちきりだって言うのに。スザクだってそのせいで休みだって言うのに」

 「分かってます。分かってますけど私にはルルとカレンのほうが問題なんですよ」

 

 見ていて初々しく、可愛らしく思える。

 

 ナリタでの騒ぎはすべての国で大きく報道されている。ブリタニアの勢力圏では忌まわしい戦闘として。反ブリタニア各国では喜ばしい事として。エリア11の報道では忌まわしい事として報道しているがシャーリー個人にしては関係のないものだ。関係ないと言ったら嘘になるか。ナリタでの戦闘があった日に父親から連絡があり、ブリタニア軍によって誘導されなければ巻き込まれていたと九死に一生を得たと伝えられたのだ。

 

 「良いねぇシャーリーは。そういうとこ好きよ」

 「茶化さないで下さい!」

 「だったら言っちゃえば良いのに。好きですって」

 「そ、そんなの駄目ですよ。だってもし…」

 「断られたらどうしよう。友達でもいられなくなっちゃうかも。あははははは」

 「そんなに笑わなくたって…」

 「ごめんごめん。まぁ、そんなに気になるんだったら本人に聞いてみたら。ねぇ、そのへんどうなの?」

 

 学生服ではなくて私服姿で入り口から入ってきたばかりのルルーシュに声をかける。何のことだ?と疑問符を浮かべるルルーシュにシャーリーは驚きながら顔を真っ赤に染める。

 

 「ル、ルル!今日は休みじゃあ…」

 「ナナリーが熱を出してね。咲世子さんも昼まで用事だっていうから」

 「そうなんだ。ナナちゃんの具合は良いの?」

 「まぁね。会長。例の書類は?」

 「それ。各学年、クラスごとに仕分けして」

 「はいはい。相変わらず人使いが荒いですね」

 「出来る部下を持って幸せ」

 「部下?そうか。そうなるんですよね」

 

 聞かれてなかったと安心したのかあからさまに安堵の息を吐いた。部下の二文字に反応したルルーシュは不満げな感情を声色に乗せながら出て行こうとすると勢い良く扉を開けられて足を止める。

 

 「会長!不審者を捕まえました!!」

 

 入り口から勢い良く入ってきた生徒会書記のリヴァル・カルデモンドを先頭に二人の生徒会役員が入ってきた。ひとりは白銀の髪が特徴的な整った顔立ちのライだ。彼は身分を証明する物も自身が何者なのかという記憶もなく、アッシュフォード学園内に倒れていたところを保護したのだ。何者かは分からないままだが少し接しただけで彼が悪い人ではない事は分かった。ゆえに身元引受人を請け負って、彼をここに置いている。記憶探しや用事とやらで学園で見かける事が少なくなり、女生徒からは『幻の美形』なんて呼ばれている。

 

 もうひとりは生徒会役員と言うよりは準会員である。ルルーシュの妹であるナナリーと同年代のアリスである。アリスは以前にナナリーが苛められていたところを助けた事がきっかけで仲良くなり、今では友人だけでなくナナリーと同じ準会員として生徒会室に来る事が多い。彼女は河口湖のホテルジャック事件で唯一屋上より突き落とされ、無傷で生還したという奇跡の少女でもある。

 

 そんな三人に連れられて入ってきた全身黒尽くめの男性と目線を合わせたところで思考が停止した。何故この人がここにいるんだろう?ルルーシュも驚きのあまりに手に持っていた書類を地面に撒いてしまっていた。

 

 まだ幼かった頃に何度かお越しになられた方。オデュッセウス・ウ・ブリタニア皇子様だった…。

 

 

 

 

 

 

 まさか『ナイト・オブ・ナナリー』に登場した『ザ・スピード』のギアスユーザーであるアリスと『ロストカラーズ』の主人公であるライがこの世界に居るとは思わなかった。でも『反攻のスザク』に登場したラビエ親子が居るのだからおかしなことでもない。ただ考えが至らなかっただけだ。

 

 簡単な縄でひと巻きされてライとアリスに前後を囲まれ、リヴァルに先導されるまま生徒会室へと来たら河口湖のホテル以来のミレイ達と顔を合わせた。元気そうなのが確認できて嬉しくはあるのだけどルルーシュとも顔を合わせた事は嬉しいよりも恐ろしいという感情がデカイ。ギアス対策をまったく用意してないんですけど…。

 

 「大きな声が聞こえてきたんですけど何かあったんですか?―――あれ?貴方はあの時の」

 「や、やぁ。公園で会って以来だね」

 

 リヴァルの大声が聞こえて不思議そうな表情をしたカレンが入ってきたことで警戒を露にしていたアリスから少しだけ警戒の色が薄れた。同時にライはカレンと視線を合わせると何処か気まずそうな表情を浮かべた。

 

 「知り合いなのか?」

 「ええ、以前公園で日h…イレブンを助けていたのを見たことがあって……それより何をしてるの?」

 「校門前にずっと居たから捕まえてみた」

 「ちょ、リヴァル!早く縄を解いて!!」

 「え!?いいんですか?」

 「良いも何もその人は――」

 「こんにちは。仕事が終わったので――殿下!?」

 「へ?殿下?」

 「オデュッセウス殿下よ!!」

 

 抜けた声が所々聞こえる中で今日出会った初対面の面子も、河口湖で顔を合わせたシャーリーとニーナも本物と気付いて徐々に目が見開いていく。特に縛ってしまったアリスとライ、リヴァルは見開くどころか顔色が真っ青になっていった。

 

 「ほ、本物……」

 「本物だよ。うん…一応」

 

 中身は憑依転生者ですが。とは言えずに一応と付け足してしまった。不審者から脱却したし、もう捕まっていなくていいだろう。そう判断して速攻で縄から抜ける。役には立たないだろうと思っていたんだけど役に立つんだな。マリアンヌ様に感謝感謝と。

 

 「「「も、申し訳ありませんでした」」」

 「そこまで頭を下げなくても…私は気にしてないから頭を上げてくれないかな」

 

 直角に頭を下げる三名に微笑を向けながら言うが、三名とも必死である。焦りに焦っているから今は話しても耳に入っていない。落ち着くまで他の誰かに話を振ろうと見渡すが…。

 

 驚きながらも敵の皇族だと知り多少の敵意を覗かせる紅月 カレン。

 

 原作では見たことないぐらい動揺を見せているミレイ・アッシュフォード。

 

 自身の存在を知られてどうしようか悩んでいるルルーシュ・ランペルージ。

 

 どうすれば良いのか分からず戸惑っている枢木 スザク。

 

 突如現れた神聖ブリタニア皇族の肩書きを持つ相手にそれぞれ違った反応を見せて声をかけられる状況ではなかった。

 

 「あ、あの…」

 

 この状況下で声をかけたのはオデュッセウスではなくて、パソコンの前に座っていたニーナ・アインシュタインだった。アニメで見た彼女の性格では声をかけ辛い場面では口を開けないと思っていたんだけどなぁ。

 

 「こ、この間は…ありがとうございました」

 「い、いや、君こそ大丈夫だったかい?」

 「は、はい」

 「それは何よりだ」

 

 おどおどしながら向かい合って立つニーナに違和感を感じる。この場面で声をかけてきた事もそうだが、なんかそわそわしている。それだけじゃなく頬は赤く、照れているように見える。

 

 私はニーナに何をした?

 

 河口湖でユフィが名乗らないように自分が名乗りを挙げた。結果、隣の部屋へ無理やり連れて行かれそうになったニーナを助けた。原作ではユフィに助けられて恩義と思慕を抱くようになった。

 

 ……………フラグ建ってない?

 

 ユフィに向けられるはずだったフラグが私に建っているんだがどうすれば宜しいでしょうか?前世も恋愛経験ゼロの私には判断が付き難いのですが…。でも、良く考えればこれは良いことなのでは。私が手を出そうとも出さなくとも彼女はフレイヤの基礎理論を完成させてしまう。なら恩義と思慕を抱かれている私の言葉には幾分か乗ってくれるのではと。フレイヤを製作出来るのなら対抗手段と別の…エネルギーとしての利用などに力を入れて貰えば社会に大きな貢献になる。

 

 悪い事ではないな。

 

 「お久しぶりです殿下」

 「ああ、本当に久しぶりだね。あんなに小さかった君が立派になったものだ」

 「あの時はいろいろお世話になりました」

 「いえいえ、こちらこそ。おっと君。書類が落ちてしまっているよ」

 「え、あ、あぁ…すみません」

 「おや?チケットが紛れてますね」

 

 ニーナの後にミレイと軽く言葉を交わして落ち着き、書類が散らばっている事に気付いた振りをして数枚を拾い上げる。その中の封筒の中を開けて中身を確認する。書類に紛れていた事に気付いたシャーリーが小さく声を漏らした。

 

 「もしかして君のでしたか?これは失礼」

 「す、すみません」

 

 チケットを渡しながら日にちを確認できた。確かこのチケットにあったコンサートを観に行く日にキョウトとの会合日が重なってルルーシュは来られなかった筈だ。少し手を加えるとしよう。

 

 「すまないね。連絡してから来てしまったらいろいろと気を使わせてしまうと思ってね。とは言え、いきなり来られたら迷惑だったかな」

 「いえ、そんな事は―」

 「そうかい。なら少しこのクラブハウスを歩き回ってもいいだろうか。中々素敵な建物だったので見て回りたいんだが」

 「はい。案内は…」

 「俺がしましょうか会長」

 

 名乗りを挙げたルルーシュに視線が向かう。スザクは二人の立場を知っているが為に表情を曇らせるが他の皆はどういう表情をしていいか困惑したままだった。

 

 「それじゃあお願いしようかな」

 

 本当はこの生徒会室から離れたかったなんて言えない。だってここカオスの権化ですよ!ブリタニア皇族の自分を置いておいてもシュナイゼル直轄の特派のパイロットであるスザクに黒の騎士団のエースパイロットのカレン、ギアス嚮団と繋がりのある外人部隊所属のアリス、カレンを見た時の反応から日本解放戦線に所属しているだろうライ。ブリタニア皇族であり黒の騎士団リーダーのルルーシュ。エリア11の代表的な武装勢力が集まっている。

 

 ルルーシュが自ら名乗り出た事に嬉しく感じたが最もここから離れたい理由の人物であるから困りものである。下手にふたりっきりなどになればギアスを使われる可能性があるというものだ。

 

 危機感を募らせながらルルーシュについていく。生徒会室には嵐が過ぎ去ったような静けさだけが残るのであった。……オデュッセウスが危機感を募らせたとおりルルーシュの自室にて二人っきりになるのだが…。

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュはクラブハウスを案内するといって上手く自室に連れ込めたと思う。ただ相手が相手なだけにわざと連れてきたことに気付いている可能性は否定できない。

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 

 自分がチェスで勝てなかったシュナイゼル兄様にも勝ち星を挙げていた男。戦略や戦術に優れている事は明らかで、ナイトメアの腕前や白兵戦でもかなりの腕を持つ。昔から人に慕われやすく人望も厚い。現在ではブリタニア臣民からナンバーズまで幅広い支持を集めている。なんと言ってもブリタニア人のみの騎士団にナンバーズで構成された騎士団など三つもの大隊を保有している事からかなりの脅威である。

 

 そんな男が突如として自分の前に現れたのだ。何かあると疑ってかかって当たり前だろう。それにこれは好機だ。オデュッセウスは父上からも信頼が厚かったと記憶している。母の死の原因を知っている可能性が高いと判断していいだろう。なにかしら関わっているか、慕っていたこともあり調べている事だろう。

 

 部屋に入って外の景色を眺めるオデュッセウスは無言だった。こちらの出方を窺っているのか。それとも……。

 

 「元気そうで良かったよ」

 

 沈黙を破ったのは河口湖同様オデュッセウスだった。やはりというかこちらの事は知っていたようだ。そこに驚く余地はない。何せ自分達を匿っているのはオデュッセウスと強い関わりを持っていたアッシュフォード家なのだから。

 

 「お久しぶりですね兄上。やはり私達のことは知っていたのですね」

 「まぁね」

 

 呟くような返事に違和感を感じながら思考を働かす。自分のギアスは絶対遵守の力を持ち同じ相手には一度しか効かない。ここでどう命令したら良いのだろうか?そこらの兵士に言うような死ぬような命令は目的が果たせなくなるから却下。自分の奴隷になるように命じる。何故か解らないが悪手のような気がする。というか気が乗らない。なら質問に答えるように命令する。これが一番最良だと判断する。

 

 ルルーシュは思考を働かせるも気付いていなかった。自分の考えの中で相手を殺したり、害をなしたり、無理やり自由を奪う行為に感情が、心が、魂が拒否反応を示していた事に。これは以前に受けた恩があるという事も大きいがオデュッセウスが顔を合わせない理由が一番だろう。今現在自身の保身の為に癒しのギアスを使っているのである。

 

 それはそうとルルーシュは質問に答えてもらう程度なら問題ないと判断して振り向かせようとする。兄上の性格が変わっていなければ一言で振り向いてくれるはずだ。

 

 「兄上。ナナリーに会っていかれませんか?実は熱を出していて―」

 「それは大変だ!急いで医者を呼ばないと」

 

 思ったとおり瞬間的に振り返った。ナナリーのことでギアス操作が弛んで瞳に浮かぶギアスの紋章が消えていた事は幸運だっただろう。そしてルルーシュはある考えに今更ながら気付いた。

 

 もしかして兄上はギアスの事を知っているのではないだろうかと。

 

 兄上はC.C.を研究していたクロヴィスとも仲が良かった。もしかしたらどころか一番可能性が高い。スザクから友人として接してもらったと聞いた事から仲は良く信頼している事も解っている。シンジュクでC.C.と一緒に居た事を話している可能性だってゼロじゃない。数回ギアスを使った事は使われた相手の記憶の欠如を辿れば気付かれるかもしれない。となればここに来るにはそれなりの対策を行なっていると考えて間違いない。特殊なコンタクトを使用しているか自分が何かされても問題ないような手を打っているか。だとしたらここでギアスを使うのは危険すぎる。

 

 「落ち着いてください兄上。もうかなり下がってきてますから」

 「良かった。いきなり言われたからかなり焦ったよ」

 「すみません」

 「でも、会えるなら会っていきたいな」

 「…兄上。お願いがあるのですが俺達のことは―」

 「誰にも伝える気はないよ。勿論父上にもね」

 

 感謝すると同時に警戒したままナナリーと会ったオデュッセウスは会話に華を咲かす。会話が弾んでいく中でルルーシュの警戒心も弛んできて自らも会話に参加していた。気になったスザクを始めとして次々と生徒会メンバーが集まった。勿論ルルーシュとナナリーが皇族である話は一切せずに。スザク以外は最初は余所余所しかったが徐々になれていろんな話をするようになった。

 

 

 

 ……日も暮れ始め、クラブハウスに住んでいるルルーシュとナナリー以外は帰り、オデュッセウスも帰ろうとした時に携帯が鳴り響いた。あのアーサーが騒ぎを起こした日にボイスレコーダーを持って録音したナナリーの『にゃあ~』の声が連呼されたのだ。

 

 ナナリーは驚きつつ恥ずかしかったのか顔を赤らめた。正直に可愛かったです。逆にルルーシュは今まで見たことない笑顔を向けて「兄上、少し話があります」と言って、あの日の不審者と特定されたオデュッセウスは1時間ほど説教されたのであった。

 

 ちなみに帰る時間を大幅に過ぎた事で白騎士に淡々と怒られ、護衛を付けていない事は知られていなかったが長時間政庁から離れていた事でコーネリアに怒られるなど散々な一日になってしまった。でもまぁ、アッシュフォード学園の皆と会えたことは良かった。仕事が増えたけれど。まずはキョウトの会合日をずらすか。



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第29話 「会合のち仕事を頂きます」

 「ふぅ…」

 「・・・殿下」

 「ん、何かな?」

 「・・・本当に宜しいのですか」

 

 オデュッセウスは白騎士の問いに小首を傾げる。本当に理解していないのでため息が出そうになるがそこはぐっと堪える。二人っきりの場であるならいざ知らず、今は公式の場である。ならば下の者として行動せねばならない。

 

 正座をしてのんびりとお茶を啜っているオデュッセウスが居るのは和風建築の大きな屋敷『龍の宮』。今では数少ない高級日本料理を出す料亭が管理している屋敷で、エリア11で大きな力を持つイレブンの代表者やエリア11のブリタニア政治家が使ったりする場所である。

 

 龍の宮に黒一色の私服姿のオデュではなく、神聖ブリタニア第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアとして居るのは単に日本料理が食べたいからではない。それもあるのだが一番の理由はそれではない。

 

 入り口で控えている警備が襖の向こう側より声をかけられ確認し、「お越しになりました」と告げてくる。頷いてお茶をおぼんの上に置くと襖が開き、独特な桃色の巫女服に胸元辺りで床まで届きそうなリボンで結んだ肩掛けを着た少女がゆっくりと姿を現した。

 

 「お待たせして申し訳ありません」

 「いえ、レディを待つのも男の甲斐性だと思いますので」

 

 微笑みながら頭を下げながらの謝辞を受け、返した言葉に笑う。久しぶりに見た彼女の笑顔にホッと安心感を覚える。

 

 『皇 神楽耶』

 オデュッセウスが日本へ外交官として赴いた際に友人となった少女で、今は皇コンツェルン代表としてエリア11の日本人達の経済圏を支える一角である。実際は資金のほとんどを反ブリタニア組織に流しているキョウト六家のひとり。

 

 「本日はお招きありがとうございます。オデュッセウス殿下」

 

 その一言に寂しく感じて表情を曇らせてしまう。スザク君もそうなのだが時が経ち、成長すると相手の立場と自分の立場を理解した対応をする。正しい事なのだろうが線を引かれたみたいで…。

 

 「昔のように髭のおじ様でも良いんだよ?」

 「良いのですか?」

 「うん。そのほうがしっくりくるかな」

 「ええ、分かりましたわ。髭のおじ様」

 

 懐かしい響きに頬を弛ませる。弛ませるあまりに本来の目的を忘れかけて我に返る。表上は神楽耶を誘ってのただの会食…のはずだが神楽耶がキョウト六家の一角と知っている人間からしてみればそうは見えない。事実、桐原などの他のキョウト六家は姿を晦ます事も視野に入れて注視している。あの第一皇子がただの会食の為だけであるはずがないと確信しているのだ。その考えだけは当たっている。

 

 …ルルーシュと桐原の会合の日を先延ばしにする事である。理由はシャーリーとルルーシュのコンサートの邪魔をさせない事の一点。それだけである。

 

 キョウト六家にこちらに注目させる為に皇コンツェルンに直に話を通すのでなく、同じキョウト六家である桐原を仲介させてこの日で約束をとって貰ったのだ。しかも部隊の軍備を整えていつでも出撃できる準備をしていると尚更効果はあっただろう。

 

 軽く手を二回叩くと再び襖が開いて料理が運ばれてくる。魚をメインとしたこの季節の料理が膳と共に置かれ、向かい合って座った二人の前に並べられていく。ただ違うのはオデュッセウスの下には日本酒があることだろう。いただきますと言ってから白騎士が注いでくれたお猪口を手にとって酒を喉から胃へと流し込む。

 

 「やはり日本のお酒は美味しいね」

 「それは良かったです。私はまだ飲んだ事ありませんけれど」

 「では二十歳になったときには美味しいお酒を持参してくる事にしよう」

 「楽しみにしてますね。――ところでお髭のおじ様は何を考えていらっしゃるのでしょう?」

 「ん?」

 「私としては久しぶりの再会にご一緒に食事出来る事はとても嬉しいです。けれど神聖ブリタニア帝国第一皇子様がただそれだけで来られたとは思えませんので」

 

 この子本当に十五歳の少女なのだろうか?しっかりし過ぎじゃありません?しかも嫌味的に言っているのではなく嬉しそうに、そして真剣な眼差しを向けてくる。こちらの真意を見定めようとしている。しているが、弟がコンサートに行ける様になんて言える訳はないので別の用件を伝えるしかない。嘘をつくわけではないし良いでしょう…。

 

 「えーと…食事中ですがこれを」

 

 懐から資料を取り出し手渡す。受け取った資料に目を通して一瞬目を見開いて驚くが、すぐに「ああ」と呟きながら納得されてしまった。

  

 「私が知っているブリタニアらしくないですけれどおじ様らしいですわ」

 「ブリタニアらしくないって………まぁ、そうだよね。うん。確かにそうだ」

 

 資料にはエリア11で孤児となった子供をゲットーよりにつくるオデュッセウスが管理する施設で保護する内容のものと、ゲットーの人々に行なう炊き出しや一部ゲットーでの管理運営所の設立などが書かれている。管理運営のノウハウはブリタニアから指示されるが職員となった日本人が慣れたら任せるつもりだ。報告はしてもらうがそれ以外は自由にやってくれて良い。

 

 確かにブリタニアらしくない。こんな事をするのはユーフェミアやナナリーぐらいかな?コーネリアは監視体制を強化してもこういう事はしないだろうし。

 

 「何を言われるか思案してましたのに。やはりおじ様はいつまでもお変わりないですね」

 「ははは、よく言われるよ。昔のままだって」

 「いつまでも優しいおじ様で居てくださいね」

 「勿論だよ。にしても神楽耶さんはこんなに立派になってたんだね」

 「はい。もう十五ですもの」

 「これからも宜しく」

 「こちらこそ」

 

 お互いに微笑みあいながら料理に舌鼓を打つ。やはり日本食が一番口に合う。今度はコーネリアやユーフェミアも誘ってみようかな?もしくはスザク君を――。

 

 「あ!そういえばスザク君に会ったよ。彼は昔とだいぶん変わっていたけどね」

 「…会ったんですね」

 「うん。昔と違ってかなり落ち着いて一人称が俺から僕になっていたよ」

 「長い間会っていませんでしたので想像出来ないです」

 「後…髭のおっさんって呼んでくれなかった…」

 「さすがにその呼び方をする勇気はないでしょう」

 

 落ち込んだ様子のオデュッセウスに笑みを零しながら神楽耶とオデュッセウスは他愛ない会話をしながら食事を続け、食事が終わるとまた次の約束をして別れた。防弾仕様の車内に戻ると携帯電話を取り出し連絡を付けようとある番号をコールする。

 

 

 

 

 

 

 「んー。面白かったねルル」

 「ああ、そうだな」

 

 人が溢れる劇場出入り口から出てきたシャーリーは、背を伸ばして長い事座って固まっていた背の筋肉をほぐしながら振り向く。対してルルーシュはそんな仕草を見せる事無くいつもの軽い笑みで返す。

 

 ルルーシュはシャーリーに誘われたコンサートの感想よりも今日の予定だったキョウトとの会見の事を考えていた。本来ならエリア11の反ブリタニア組織に支援を行なっているキョウトのひとりと会う予定だった。それが今日になって会見を延期したいと連絡を受けた。何があったとかいつに変更したなどの説明はなかったが、キョウトにとって予想外な事が起きたと見ている。ならばなんだ?

 

 ブリタニア軍に動きがあった?否、絶対の諜報網を持っているわけでは無いがそんな報告は聞いてないし、動いた報告も報道もない。

 

 日本解放戦線に動きがあった?否、現在の日本解放戦線はほぼ崩壊状態にある。自分が指揮を執っていたとしても建て直しに時間が掛かる。動きがあったというよりは何かあったほうが納得する。

 

 では、何か?考えても解らない。一瞬オデュッセウスの顔が浮かんだがまさかな…。

 

 「――ルル?ルル!」

 「ん、どうした?」

 「もう!話聞いてなかったでしょ?」

 「すまない。少し考え事してて…それで何の話だったんだ」

 「もういいよ」

 

 頬を膨らまして不服なのを表すシャーリーに困ったように笑みを浮かべながら言うが機嫌は悪いままだ。前へ向き直って歩き出すとぽつぽつと雨が降り出す。雨が降ってきたことに気付いたシャーリーは足を止めながら空を見上げる。

 

 「雨降って来た。傘持って来てないよ。どうしよう…」

 「まったく、天気予報で雨って言ってただろ」

 「チェックしてなかった…」

 「――ほら」

 「え?」

 

 持ってきていた傘を差してシャーリーも入るように掲げる。シャーリーは驚きの声を漏らしつつ照れて頬を朱に染めていた。さも当然のように振舞うルルーシュは気にせずに横に並んで歩き出そうとして、慌ててシャーリーも歩き出す。

 

 「こ、これって相合傘って言うやつだよね」

 「何か言ったか?」

 「う、ううん。なんでもないの。なんでも」

 「そうか」

 

 何か言ったように聞こえたが本人がなんでもないというのだからなんでもなかったのだろう。最近は黒の騎士団関係で忙しかったし、たまにはこうやってのんびりする日もあっても良いかと考えながら歩いていく。二人寄り添いながら、まるでカップルのように…。

 

 ちなみに街に出ていたリヴァルに見られてしまい、後日シャーリーはミレイ会長より弄られるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 中華連邦領内 ギアス嚮団地下本部施設

 

 中華連邦内にある地下施設だがこれはブリタニアの…厳密に言えばブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの兄であるV.V.の個人施設である。資金はブリタニア皇族が自由に出せる資金から引き出されているが『引き出す』というよりはばれないように『掠め取っている』のほうが正しいか。なにせブリタニア皇帝には表向きには兄は『存在しない』のだから。

 

 土地や電力供給は中華連邦からだがこの事実を知るものは居ない。大宦官によるずさんな管理体制や広大すぎて人の目が届かないこの地ではいくらでも誤魔化しが利く。しかもギアス嚮団に所属しているギアスユーザーの中には『絶対遵守』ほどではないが人を操る能力も存在する。それに『記憶改竄』の能力も。

 

 ゆえにこの巨大な地下施設は他国であるが防衛設備のひとつも備えずに存在している。ギアス伝達回路を仕込んだナイトメアを開発中だが改造中のパイロット候補生も試作機もエリア11に居るから結局無い訳だ。そのギアス嚮団の神殿前でひとりの少年がころころと転がっていた。

 

 この世界で二人しか居ない『生きているコード保持者』で、ギアス嚮団の嚮主、第98代ブリタニア皇帝の双子の兄であるV.V.だ。

 

 彼は正直暇なのである。ギアスの研究にもシャルルと計画している『神殺し』にも積極的に活動しているが進展がないのである。ギアス研究は続けているが指示するだけで研究員が勝手にやって資料を持ってくるだけ。計画には同じく『コード』を持ったC.C.が必要なのだが確保の報告は未だにない。

 

 「はぁ~…任せたのは間違いだったのかな?」

 

 こちらからギアスユーザーを送り込んでも良かったが、推測される場所にこちらの事を知るオデュッセウスが居るのならばと任せた。しかし待てども待てども痕跡を見つけた報告すらない。

 

 「いや、場所が悪いというべきか…」

 

 エリア11はブリタニアの植民地エリアでも一番複雑で危険なエリアとなっている。侵攻作戦が終わって七年が経とうが抵抗活動を続ける元日本軍に各地で必死に抵抗するテロリスト達。それにリフレインなどという麻薬を使ってエリアの生産力を落とし、虎視眈々と狙っている中華連邦。内部だけでなく外部にまで敵に囲まれたエリアで如何に強固な力を持つブリタニアの皇子だからとて動き難い。

 

 それに彼に頼まずにギアスユーザーを差し向けるほうが手間がかかる。基本的にギアス嚮団のギアスユーザー達は施設から出た事がない。出た者はほんの僅かだけだ。世間や一般的な日常を知らない箱入りの彼ら・彼女らには探索任務なんて務まるはずがない。表に出る者のほとんどがターゲットを調べ上げていざ暗殺する段階になってようやく動けるのだ。監視や案内役を付けて…。

 

 自由に動ける者はロロとクララ、そしてトトの三人のみ。全員が別々の任についている上に、捜索にまわしても探知系能力ではないが為にあまり役に立たない。現状を強く認識すると大きなため息を吐いてしまう。本来ならエリア11に居ないと判断して捜索を中止するのだが、他のエリアよりある人物を発見した報告が入ってからエリア11に居る事は確かなのだ。

 

 「……ん?誰から――噂をすればってとこかな」

 

 持っていた携帯電話が鳴り響いて大方クララだろうと当たりをつけたのだが、画面にはオデュッセウスの名が。驚きもしたがすぐに笑みを浮かべて通話ボタンを押す。

 

 『お久しぶりです伯父上様』

 「やぁやぁ、久しぶりだね。君が文章ではなく直に電話してくるなんて何かあったのかい?もしかして見付かった?」

 『え、あー…いえ、すみません』

 「良いよ。簡単に見付かるとは思ってないから。でも今の反応からして手がかりもまだのようだね」

 『誠にすみません』

 

 電話の向こうで頭を下げている様子がよく分かる。想像すると自然に笑みがこぼれていた。あまり苛めるように言ったらさすがに可愛そうかな。

 

 「意地の悪い言い方だったね。で、何の用事かな?」

 『実は伯父上様に頼みたい事が』

 「僕に?なにかな?」

 『イレギュラーと言う外人部隊はご存知ですよね?』

 「少し待って。えーと…」

 

 立ち上がって近くの端末を操作して調べる。名を聞いて思い出せなかったが画面に並べられた詳細を見て多少思い出した。確かコードを持つ者の細胞を取り入れる実験の名目で設立したんだった。担当の研究員はそのまま『C.C.細胞』と呼んでいるC.C.の細胞を使用した。結果は半々といったところだ。C.C.細胞を得た人間は契約しなくともギアスユーザーになれ、より多くのC.C.細胞を摂取する事で短時間だが能力を強化することだって判明した。それ以上にメリットよりもデメリットのほうが大きい事も判明したが…。C.C.細胞を摂取すれば摂取するほど自身の細胞がC.C.細胞に耐え切れず、初期症状として発疹が起こり、次第に肥大化しながら発疹の範囲が広がる。最終的には6センチ以上まで膨らみ全身に広がって破裂する。発疹がではなくて人間そのものが破裂するのだ。その残骸は生き物の死骸というよりは鉱物の破片に近い。

 

 嚮団内での実験体はそうして死んでいった。そのこと自体に感情を抱く事はなかったが実戦でも使えるように訓練してそれではあまりに非効率だ。だから残りの実験体はマッドとかいう大佐に渡して部隊を結成したんだっけ…。C.C.細胞による細胞侵食を抑える抗体を作った報告書がモニターに映し出された事から今でも活動しているのだろう。

 

 「うん。確認したけどこれがどうかしたのかい?」

 『出来ればですが欲しいのです』

 「別に―――」

 

 別に構わないと言おうとしたところで口を止めた。惜しいと思わないからただであげてもいいのだが、C.C.の件に繋がるあの奴の確保を任せて報酬としたほうが良いと判断した。元々日本好きだったから捜索より観光を優先している可能性があるだろう。それに弟や妹には特に甘かったようだからコーネリアとユーフェミアに構うことを優先しているかもしれない。

 

 「だったら一つ仕事を頼もうかな」

 『仕事ですか?』

 「簡単な仕事だよ。とある人物の確保、もしくは対処を頼みたい」

 『対処というのは……殺害でしょうか?』

 「方法は任せるよ。成功したらイレギュラーズは君の自由にしてくれて良い」

 『はぁ…。分かりましたがその人物は?』

 「後で詳細をロロの方に送るけど―――名前はマオ。C.C.を捜し求めるギアスユーザーだ」



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第30話 「日本解放戦線の最後……だと思います。多分」

 エリア11最大の反ブリタニア組織である日本解放戦線がナリタ連山で崩壊して一週間も経たない今日。その残りを壊滅させようとコーネリアは動いていた。

 

 日本解放戦線の総指揮官である片瀬が、大量の流体サクラダイトを抱えたタンカーで国外へ脱出しようとしているという情報を得て、それが真実である事を確認していた。ナリタでは使えなかった海中騎士団を投入した作戦で、現地にはコーネリアに騎士のギルフォード、将軍のダールトンが向かっている。

 

 スザクが所属している特派も向かい、他の武官は大きな損失が出た部隊の再編に本国への補充要請に勤しんでいた。この状況を見ていると第一期で黒の騎士団によく勝てたなと思ってしまう。本国にナリタでの損害を賄えるほどの兵員の要請もしたいところだが極僅かで抑えている。あまり本国を頼ってしまうとコーネリアの評価に関わってしまうからだ。だからこそ本国からの兵員は最小限にして各地で自由に動ける者に頼んでいる所である。

 

 一応戦力的には整う手筈になっている。まずはダールトン将軍の養子で騎士として腕も良いグラストンナイツにクロヴィスの親衛隊が二週間以内に到着する。クロヴィスの親衛隊はシンジュクで全滅してしまったから新しく再編したのだ。皇位継承権を剥奪され、指揮官として不得手なので将軍や軍を預かる事は出来なかった。しかし皇族である事は変わらないので自身を守る為の親衛隊は必須。

 

 あ!クロヴィス親衛隊の隊長はキューエル・ソレイシィ卿を推薦しておいた。あの時の表情は当分忘れない。口をポカーンって開けて数分間放心してたし。

 

 当のクロヴィスは副総督のユーフェミアと共に美術館に行っている。以前より準備していた絵のコンテストの準備だとかで。一応副総督補佐官としても仕事しているのによくやってくれている。というよりイベント系の仕事のほうが得意なんだよな。

 

 後は政庁の護りとしてユリシーズ騎士団を呼び寄せる事になったし、守りとしては十分だろう。本当ならノネットもいるから過剰のような気もするが、ナイト・オブ・ラウンズのノネットはいつまでも留まる事は出来ない。現在は政庁の守りについてもらっているがユリシーズ騎士団が到着したら本国に帰還する段取りになっている。

 

 で、この作品の主人公であり、憑依転生者のオデュッセウス・ウ・ブリタニアは自分の執務室で熱いお茶を飲んで一息入れていた。

 

 コーネリアに、ナリタで名乗ってしまい結果的に囮になって自身を危険に晒した行為に、その後の自由気まますぎる行動から、政庁での待機命令を出されたのだ。自身も副総督補佐官なのだがクロヴィスがやってくれているから仕事がない。つまり暇なのである。だからと言って苦痛ではなく、むしろありがたく幸福なのだ。

 

 目の前の長机には皿に乗せられた団子が置いてある。みっつの団子がこしあんに包まれ一本の串で束ねられている。見ているだけで頬が弛み、お茶を置いて三本ある串の一本を摘んで団子を口元へと運ぶ。満面の笑みで口に含むと上品な甘みと滑らかな舌触りに包まれ、最後にはモチっとした感触を味わう。ゆっくりと噛み締め熱めのお茶を啜る。

 

 「はぁ~。幸せだなぁ」

 

 大きく息を吐きながら今の幸せを実感する。もっと贅沢を言えば天気も良いからどこかの公園でレジャーシートでも敷いて皆と一緒に……なんて出来たらどれだけ幸せな事か。そう思いながら串に刺さっている二つ目を食べる。

 

 「本当に幸せそうですね。何処から取り寄せたので?」

 「ん~。本当は取り寄せたかったんだけど店舗販売しかしてなくて取り寄せ出来なかったんだよ」

 「皇族の名を出せば簡単だったでしょうに」

 「さすがにそれはしたくなかったんだ」

 「では何方に頼まれたのでしょうか?」

 「皆忙しいのに私のお茶菓子の為に労力を使わせるのもアレだから自分で行ってきたんだよ。しかし、早朝から並んだ甲斐はあったよ」

 「……それは何よりです」

 

 頬を弛ませたまま一本目の串に刺さっていた団子を食べ終えたオデュッセウスは、表情を一変させて固まった。この部屋には自分しか居ない筈なのに誰と会話していた?表情を強張らせ、ギギギと錆びた機械が擦れた音が出そうな動きで振り返るとそこには純白の強化歩兵スーツを着たロロが立っていた。仮面で顔は見えないのだが呆れ顔をしているのはわかる。

 

 「そうですか。僕達が知らない間に抜け出してそんな事をしていたんですか」

 「あ、あの…ロロ君…いつから?」

 「殿下が二つ目をお食べになった頃に。ノックをしたのですが返事がなかった為に入らせて頂きました」

 「そ、そっか…」

 

 青ざめた表情でお茶を啜って落ち着こうとするが一向に落ち着かない。もしこの事をコーネリアに知られたら絶対に怒られる…。いつもみたいに冷めた視線を浴びながら一時間前後怒られるぐらいなら良いが、今まで何度もやってきたことだから完全に嫌われたらどうしよう…。

 

 「そ、そうだロロ。これを」

 「何ですかこれ?」

 「君の分も買っておいたのさ」

 「ぼ、僕の分もですか!?―――ありがとうございます」

 

 取り出した包装された箱には今食べた団子が入っており、本当なら明日食べようと買った物であったが、これでロロの機嫌が直ってくれるなら良い。そして言わないように釘をさしておけば問題ないだろう。嬉しそうにしているロロに釘をさそうと口を開こうとすると何かを思い出したロロが先に口を開いた。

 

 「すみません殿下。殿下に謁見を求めている者がおりますがどう致しますか?」

 「私にかい?誰だい?」

 「確かヴィレッタ・ヌゥという名でした。純血派所属と言ってましたが」

 「えぇ!?―――あー…分かった。会おう」

 「どちらにお通しすれば?」

 「ここでいいよ。別段忙しくないし」

 「了解しました。では、連れて参ります」

 

 執務室より退室する白騎士を見送るとこんな事もあるんだなと感心しつつソファに身体を預ける。

 

 原作ではヴィレッタ・ヌゥはこの時にシャーリーと共にルルーシュを尾行し、ゼロ=ルルーシュという事実を知る。そしてシャーリーに撃たれて意識を失っていた所を扇 要に助けられた筈だが、彼女は今ここにいる。原因は間違いなく原作改変を行なった自身にある。そもそもヴィレッタがルルーシュが黒の騎士団の関係者と疑ったのは、シンジュク事変にて自身のサザーランドを奪われた際の記憶にぼんやりとアッシュフォード学園の学生服姿の少年が残っていた事からだ。その記憶があったヴィレッタはナリタ戦の後で亡くなった民間人の身元確認の仕事を与えられ、偶然にもシャーリーの父親を担当し、さらに偶然が重なってシャーリーのメモ帳よりルルーシュの写真を見て確信した。が、ナリタでオデュッセウスがシャーリーの父親を救った事で知りえなかった。さらにナリタでサザーランドを失ったのみならず、部隊長であるジェレミアが行方不明で純血派は事実上の解散状態。ナイトメアの補給は本隊が優先されてナイトメアを得られなかったヴィレッタは参加出来なかったのだ。

 

 いやぁ、これは今後の事を考えていい手だったのか?結果は扇に出会えなくなった―――だけか。なら良いか。だってシャーリーの父親を見捨ててルルーシュが悲しい想いをする方が私には堪える。

 

 堪えると言えばジェレミア卿の事も結構堪えたなぁ。ナリタ後にジェレミアの居場所に見当が付いていた為に少し間を開けてからバトレーの機関に接触を図ったのだ。すでにバトレーはシュナイゼル付きになっていて、シュナイゼルを通して話を聞いたから案外容易く見つける事は出来た。改造はさせずに前線復帰させようと考えていたのだけど甘かった。強制的に脱出させられるまでコクピットにしがみ付き、紅蓮弐式の輻射波動を受け続けて人体が無事なわけはなかった。すでに今まで通りの生活どころか意識すらはっきりしない植物状態に陥っており、ジェレミアを今まで通りに生かすとしたら改造しか手段がもうなかった。

 

 思い出すだけでもすまない気持ちでいっぱいになり、大きなため息を吐き出す。

 

 「殿下。連れて参りました」

 「ああ、入ってくれ」

 「失礼致します。純血派のヴィレッタ・ヌゥであります」

 

 四回のノック音と白騎士の声を確認して入室許可を出すと、ピンと背筋を伸ばして右手を左胸に当てたヴィレッタ・ヌゥが入ってきた。オデュッセウスは沈んだ表情からいつもの微笑を浮かべ、立ち上がりソファにかけるように言うと、予想外だったのか目をぱちくりしていた。

 

 「宜しいのですか?」

 「立ち話じゃ落ち着かないだろう。誰か彼女にコーヒーとお茶菓子を」

 

 殿下自らお客を対応しているかの様子に途惑いながら横に立っている白騎士に催促されてソファに腰を降ろす。入り口前で警備についていた兵士のうちのひとりが連絡をした給仕がコーヒーとモンブランをカートに乗っけて現れた。白騎士が一部を切り分けて兵士に毒味させているのが見えるがこの光景にオデュッセウスは苦笑いを浮かべた。前から見てきた事だがなれることはなかった。向かいにオデュッセウスが腰を下ろすとヴィレッタの緊張の段階が跳ね上がったのは誰の目にも明らかだった。

 

 「さてヴィレッタ卿。私を訪ねて来たのはどういった用件かな?ナイトメアの支給の催促と言う訳でもないだろう」

 「え、はい…。出来れば人払いをお願いしたいのですが…」

 「ふむ……白騎士。すまないが」

 「――かしこまりました。ではこれを」

 

 人払いを頼むと白騎士より手の平サイズのボールを手渡された。このボールはスイッチがあり、それを押すと中から催涙ガスが噴出される仕組みになっている。自身も喰らってしまうが危機的状況に陥るよりはマシだろう。催涙ガスが噴出されると同時に警報もなるので外で待機している者は突入してくる手筈になっている。

 

 白騎士も出て行った執務室でヴィレッタはゆっくりと口を開いた。

 

 「ゼロに関する情報を手に入れました」

 「―――ほう」

 

 やはりかという感情を押し殺して驚いたフリをする。そうではないかと予想はしていた。ならこのタイミングで話してくれた彼女には感謝だな。もし日にちが一日ずれただけでコーネリアの耳に入る……訳はなかったか。まずコーネリアなら大失態をしたジェレミアの純血派メンバーの言葉に耳を傾けることはなかっただろうから。ならジェレミア卿と親交のあった私に話すのは必然か。

 

 「実はシンジュク事変でサザーランドを奪われた際にある学生を目撃しているのです」

 「シンジュク事変?それは可笑しい。卿は奪われた際の記憶がないと報告を受けているが」

 「それは…それはそうなのですが…」

 「ふふ、すまない。今のは冗談だ。冗談にしても悪質だった」

 「い、いえ…記憶が曖昧だった事は事実ですので」

 「話を戻そう。学生というのはアッシュフォード学園の学生服かね?」

 「―ッ!!殿下はご存知だったのですか」

 「うん。まぁね…」

 

 ご存知でしたよ。だってルルーシュの事だもん。知っているどころかこれからどのような事が起きるのかさえ知っているさ。ただそれが露見する事態だけは避けなければならない。

 

 「彼の者はこちらで目をつけていたんだよ」

 「それは…出すぎた真似でした。申し訳ありません」

 「いや、感心しているんだよ。感服と言っていい。君は神聖ブリタニア帝国の皇子が極秘に目をつけていた者を単独で見つけたのだから。本来なら誇っても良いと言いたいのだが極秘事項ゆえにそれもままならないが」

 「買い被りが過ぎます殿下。私は偶然が重なっただけで…」

 

 こうやって面と向かって見てみると今まで抱いていたイメージと違っていた。自分のイメージではもっとこう…ジェレミア卿のように忠誠心が高いのではなく、権威や権力を欲しているような感じを抱いていたのだが、目の前のヴィレッタは強張ったりもしたが素直に驚いたり、褒められたら照れたり、嬉しそうな表情をしたりとピュアなのだ。

 

 照れて若干頬を赤く染めたヴィレッタ卿に対して心から笑みを浮かべて締めにかかろうとする。何としても彼女をルルーシュに関わらせるわけにはいかない。シャーリーの父親を助けた事でここにヴィレッタが居るように原作を改変したという事は今後の展開は読めないという事。ルルーシュを見つけたときにシャーリーが居たから身元ばれしなかったが今回は止める要素がない可能性のほうが高い。

 

 「私は君の能力を高く評価しているよ。そこでだ――専属騎士になる気はないかな?」

 「・・・・・・はい?」

 

 オデュッセウスの一言でヴィレッタの思考は真っ白に染まった。

 

 現在のヴィレッタは一代限りの貴族の位を持つ腕の良い一般兵程度の立ち位置だ。ジェレミア卿やキューエル卿は領地を与えられた貴族の出でその立場は大きさによるが政治に介入する事さえ可能である。彼らでさえ専属騎士――皇族の騎士であるナイツ・オブ・ナイツに選ばれる事は可能性としては低い。ナイトメアを操縦する騎士としてはナイト・オブ・ラウンズに次ぐ名誉な役職。その専属騎士になれる機会をいきなり渡されれば誰だって思考が止まってしまうだろう。

 

 ハッと我に返ったヴィレッタは視線が定まらないまま何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返した。あまりの事に口は開けども言葉も出ずにパニック状態に近い状態になってしまっていた。

 

 「私の弟にキャスタールというのがいてね。彼は政はそこそこ出来るのだが戦闘に出ることは苦手なんだ。そこで騎士を付けてみてはという話が挙がっていたんだよ」

 「キャスタール殿下の騎士に……私が…」

 「君が迷惑でなかったらだが」

 「そんな迷惑だ何て!身に余る光栄でございます」

 「では、決まりだね。キャスには私から推薦しておく。……先のアッシュフォードの件はこちらに任せてくれ。勿論誰にも告げることはないように」

 「畏まりました」

 

 ルルーシュが疑われる事態は阻止したと判断してホッと安心したオデュッセウスは、白騎士を呼んで元の配置に戻して三人でお茶にする事に。ゼロの仮面の目の部位が開くように、白騎士の仮面は口元のみ開くようになっていて、仮面を被っていても食べる事に困る事はないのだ。

 

 …ただ、ヴィレッタは第一皇子と第一皇子専属騎士に囲まれ、終始緊張していたが…。

 

 

 

 

 

 

 日も落ちて闇夜に包まれた時刻に、エリア11のブリタニア政庁では多くの者が慌しく動いていた。ある者は政庁にて警備のレベルを上げたり、ある者は情報収集の為に勤しんだり、ある者は急いで付近の基地より兵力を掻き集めたりと大忙しだ。それは副総督補佐官になっているオデュッセウスも同様で、総督不在の政庁で一時的に指揮を執っている。本来ならば副総督であるユーフェミアが行なうべきだが心情的にそうもいかないだろう。

 

 つい先ほどコーネリア指揮の海兵騎士団が黒の騎士団の奇襲にあったとの報告が入ったのだ。海兵騎士団は日本解放戦線のタンカーが運んでいた流体サクラダイトの大爆発に巻き込まれて、大多数のポートマンが故障して救助待ちの状態。コーネリアが連れていた一部の騎士団は騎乗する間もなく黒の騎士団によって海に叩き落された。

 

 この一報を聞いてコーネリアを心配していたユフィにオデュッセウスが現地に行くように進言したのだ。名目上は海兵騎士団と被害を受けた騎士団の救出指揮を執る事になっている。副官として白騎士もつけておいた。クロヴィスも――と思ったがクロヴィスは報道を見たライラが怖がっている事を聞いて、そわそわしていたからライラの元へと向かわせた。

 

 一時はパニックに近い慌しさに見舞われた執務室も忙しいといえば忙しいがそれでも落ち着きを取り戻しつつあった。出すべき指示はだいたい終えて、後は調整が主になっている。が、オデュッセウスの顔色は一向に晴れなかった。

 

 まさか自分が関係しなくとも原作改変が行なわれるとは…。

 

 今回の作戦は国外に脱出する片瀬少将率いる日本解放戦線のタンカーを、ブリタニア軍が包囲して確保すると言うもの。アニメ第一期を見た方は分かると思うが、包囲したブリタニア軍に混乱を起こす為にキョウトより救援を頼まれたゼロは、タンカーで引っ張っていた流体サクラダイト収納コンテナを爆破する。大量の流体サクラダイトの大爆発により海上は荒れに荒れ、見事ブリタニアの隙を作る事に成功。ついでに日本解放戦線の指揮官である片瀬を亡き者にして、日本解放戦線の残存戦力を黒の騎士団が回収しやすくする。これが原作のストーリーである。

 

 しかし、実際はタンカーは流体サクラダイトの爆発に巻き込まれず、片瀬少将は生き残った。報告によればタンカーを守っていた無頼の射撃により海上で爆発が起こったらしいのだ。これはゼロが仕掛けた爆弾と見て間違いない。流体サクラダイトに直撃しなかったとしても引火の可能性はあってコンテナごと投棄された。タンカーの護衛に無頼と無頼改が確認された事から『コードギアス ロストカラーズ』の日本解放戦線ルートであると判断できる。

 

 というかしたかったのだがここからが問題だ。

 

 機転を利かした無頼により投棄された流体サクラダイトは爆破され、無頼と無頼改の二機はタンカー撤退の時間を稼ぐ為にコーネリアの本隊を奇襲。黒の騎士団の紅蓮弐式とゼロの無頼の合計四機に狙われたコーネリアの救援に駆けつけたのは、スザク君のランスロットだけでなく、特殊名誉外人部隊の『GX01』と言われる特殊なナイトメアもだった。パイロットは速度を操る『ザ・スピード』のギアスユーザーであるアリス。

 

 コードギアス原作陣×コードギアス ロストカラーズ×ナイトメア・オブ・ナナリーとか……もうどうすれば良いの?

 

 原作知識さえあればと思っていたのに三つの作品が交じり合うなんて聞いてない。もう私の知識だけでは生き残るのは難しくなったように感じる。

 

 その後の戦闘だが原作以上に強くなっているルルーシュにコーネリアは足止めされ、スザクはカレンの相手で手一杯。ギアスを使用して圧倒出来る筈のアリスは、流体サクラダイトの爆風を喰らって機体が転倒、ギアス伝導回路が損傷した事に気付かないまま騎乗して来たので圧倒する事は出来ずに二機に圧される羽目に。ギルフォードと特殊名誉外人部隊のダルク機の到着が少しでも遅れていたらどうなっていた事か…。

 

 大きく息を吐きながら頭を痛めるオデュッセウスは連絡をつけようと受話器を取った。

 

 これがコードギアス ロストカラーズのストーリー通りなら、枢木政権時の官房長を務めた澤崎を担いだ中華連邦のキュウシュウ侵攻がこの世界の分岐点となる。

 

 例えロストカラーズの主人公であったライが藤堂と四聖剣と共に黒の騎士団と合流したとしても、片瀬率いる日本解放戦線のほとんどが澤崎と合流する。数だけの軍が激戦の中を生き抜いてきた日本解放戦線の力を得るとしたらこちらもただではすまない。特に途中から介入する黒の騎士団とかガウェイン一機では無理。紅蓮弐式を始めとしてかなりの部隊を投入した。澤崎達の侵攻は原作より早まり、多くの戦力を相手をした後に上陸作戦を決行したブリタニア軍に包囲殲滅でもされたら日本解放戦線だけでなく黒の騎士団もなくなりかねない。

 

 私ののんびりライフ達成の為にも黒の騎士団にはここで消えてもらっては困る。

 

 「あー…もしもし、私だ。シュナイゼルとキャスタールに連絡を取りたいのだが。出来れば大至急」

 

 



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第31話 「銃口とマオ」

 すみません。予約投稿するのを忘れてました…。


 コーネリアは普段羽織っているマントを着けずに総督の椅子に座った。この場には騎士のギルバート・G・P・ギルフォードとアレックス・ダールトン将軍。副総督のユーフェミア・リ・ブリタニアと副総督補佐のクロヴィス・ラ・ブリタニア、クロヴィスの騎士に就任したキューエル・ソレイシィの六名しか居らず、公的な場ではない事から着用しなくてもいいだろうと判断した。それ以上に精神的に疲れているというのもある。

 

 日本解放戦線の総指揮を執っている片瀬の捕縛作戦。部隊の配置に相手を圧倒するナイトメアの差、綿密な作戦計画により後一歩で完遂するはずの作戦だった。黒の騎士団の参戦と海上での爆発さえなければ…。

 

 大きくため息を吐いてしまう。ナリタで投入できなかった海兵騎士団の損害率も酷いものながら、主力部隊のナイトメアを海に沈められたゆえの回収作業。日本解放戦線の片瀬はタンカーごと取り逃がし、黒の騎士団には手酷くやられて反撃らしい反撃も出来なかった。何とも良いとこなしの戦闘だ。むしろ素早い建て直しの為に政庁より指揮を執っていたオデュッセウス兄上のほうが活躍出来ていた。

 

 「どうなされましたか?」

 「…いや、少し考え事をしていただけだ。気にするな」

 

 心配そうに見つめていたギルフォードは返ってきた返事通り、気にしていないように振る舞い話を続ける。この場に集まっているのは今までの情報からゼロという男を、行動を、目的を推測しようというのだ。

 

 「これまでの行動はすべてコーネリア殿下の推測通りの結果でした」

 「劇場型の犯罪者。サイタマや河口湖の件がまさしくそうでした」

 「加えて戦術・戦略に長け、自身の保身には余念がない」

 「ゼロがテロリストではなくブリタニアに仕える者だったらどれほどの人材になっていたか…」

 

 クロヴィスがため息交じりに呟いた言葉に内心納得してしまう。戦術・戦略が巧みな事は何度も渡り合った自分がよく分かっている。自身の戦術・戦略の弱点をいとも容易く突いてくる。確実に自身より上で、オデュッセウス兄上やシュナイゼル兄上に近い……もしかしたら同列かもしれない。以前なら烏合の衆であったテロリストを指揮していただけだったが、今では正規軍と遜色ないほどの実力を持った組織を作り上げて、危険度は以前の倍以上に跳ね上がった。

 

 「もしなど話しても仕方がない。奴は敵だ。ブリタニア帝国の、我々の敵だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 「ええ、勿論です姉上」

 「それにしても今回とナリタでは明らかに姫様を狙った行動を取っております」

 「頭を叩くのは戦の常道だ」

 「クロヴィス殿下の事もあります。ゼロはブリタニアの体制ではなく、ブリタニア皇族に恨みを持った人物という可能性も」

 「恨み…ですか」

 「もしそうであれば身辺の警護を強化したほうがいいでしょう。キューエル卿。ライラの周りにも親衛隊をばれないようにこっそりと配置してくれ」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 

 人の事は言えないが自身の妹の事となると過保護になる。しかしライラは公式に発表してないし、メディアにも顔を出していない以上は知られてはいない筈。そもそもコーネリアがライラの存在を知ったのだって最近の事なのだから、一部の皇族以外は知り得ない。

 

 「ユフィも気をつけるのだぞ。河口湖のような事があっては私が持たない」

 「はい。お姉様」

 「ユーフェミア様も騎士を持たれては?」

 「騎士?」

 「騎士を任命すれば親衛隊を構築できます」

 「確かにユフィも騎士を持ったほうが良いな」

 

 と、決まれば騎士の候補者を選ばねばなるまい。家柄は勿論、性格からナイトメアの技量、白兵戦に学力からも吟味してユフィに相応しい者を探さなければ安心できない。やはり私も過保護なのだろうな。兄上も同じ気持ちだったのだろうか…。

 

 「ところで姉上。一番心配なオデュッセウス兄上の姿が無いのは何故です?」

 

 クロヴィスが兄上の名を出すのは当たり前だ。戦場でも自由気ままな兄上が普段だけ大人しいなんてありえない。知っているだけでも10件近くも何の報告もなく出歩いている。護衛は付けているらしいが無用心に出かけるのは止めてほしい。兄上には一番に参加して長々と言い聞かせたい所だったのだが…。

 

 「オデュッセウス兄上は皇帝陛下の勅命で動いている」

 

 皇帝陛下の勅命なのだから教えてくれるはずはないのだが、兄上が極秘に行なっている勅命とはいかなるものか気にはなる。そもそもこのエリアに父上が気にされる何かがあるという事だが見当もつかない。

 

 気にしても仕方がないと頭の片隅に追いやって話し合いを続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスはマオ捜索の為にナリタ連山にロロと二人っきりで訪れていた。戦いの爪あとは大きく残っているものの、危険性がない地域では以前と同じように施設が稼動していた。慰霊碑が設けられた場所に、慰霊碑まで続くモノレールの乗り場もある。

 

 モノレールが止まる山の中間駅が望める向かいの山で半日近く転がっていたオデュッセウスは大きく息を吐く。

 

 父上様の勅命になっている伯父上様の頼みであるマオを対処する為に二人で内密に行動している。と言っても見つけるなんて至難の業だ。何処に潜伏しているのかどんな所に出没しそうなのかなんて原作ではほとんど触れられなかったはずだ。あってもナリタ連山にある慰霊碑の所に姿を現した事ぐらいだ。ならば餌をぶら下げてやることにした。ナリタ連山での事を報道する回数は日に日に減ってきてはいるが完全になくなった訳ではない。特に今日の早朝には慰霊碑でなくなった者への供養を捧げる大きな行事を入れたから報道陣は数社に渡って来ていた。報道された映像に後姿だとはいえC.C.らしき人物が映っていたら奴はどうする?必ずここに来るだろう。

 

 だからここで待っているのだが中々来ない。何時間に渡り転がっていたから身体の節々が痛い。うつ伏せに転がったオデュッセウスの腰にロロが跨って背中などをマッサージしてくれているからかなり楽になった。ロロは指先が細い為に結構つぼを直で押してくれるのですごく気持ち良い。むろん、地面に転がって圧されたら下が痛い為に、低反発のマットを敷いている。

 

 「ああぁ…良い加減だよ」

 「本当に宜しかったのですか?殿下が申された事とは言えど、背に乗る形になってしまいましたが」

 「構わないよ。そのほうがやりやすいだろ?」

 「そうですが…」

 

 微笑みながら会話は続けるが視線は駅の辺りを見つめたままだ。

 

 オデュッセウスは悩んでいる。マオという存在が危険な事は重々承知している。人間社会のモラルを持ち合わさず、精神が幼いゆえに純粋無垢に残虐で、人の心を読めるギアスにより人間の生々しい感情を耳にし続けて歪んでしまった。だからこそ他人を残虐に殺せる。シャーリーがルルーシュを好いている事を知ってなお殺させようとした。目的の為には足も目も不自由なナナリーを縛りつけ、生き残る可能性を限りなくゼロにした爆弾を設置し、人質にした。

 

 許せない。彼を放置してしまえばナナリーが!大事な大事な妹のナナリーがそんな目に合わされるなど考えるだけで怒りでどうにかなりそうだ。例えルルーシュとスザクの活躍で助かるとしてもだ。

 

 危険性を理解しつつも彼自身に同情している節もある。唯一心を読むことが出来ないC.C.に育てられた幼子が、捨てられても一途に想い、遥々中華連邦よりこの日本まで来たのだ。海を渡る術も聞こえてしまう人々の心の声を防ぐ術も知らなかった彼がだ。

 

 両立しない考えを抱きながらギターケースに入れてここまで運んできた狙撃銃を動かして辺りを見渡す。モノレールの駅には人っ子一人居りはせず、ゆっくりと誰一人乗せてないモノレールが進んでいる。

 

 ………訂正しよう。人は乗っていた。最悪の状況がやってきた。

 

 一人は白髪の前髪を垂らし、ヘッドホンで耳を覆い、ゴーグルっぽいサングラスで瞳のギアスを隠しているマオ。そしてマオを睨みつけているルルーシュ・ランペルージだ。

 

 原作ではシャーリーに正体を知られた疑いを確かめるべく、部屋をあさった際にナリタ関連の何かを発見してナリタまでシャーリーを探しに来る。そこでマオと出合ったと記憶していたのだがどうしてああなっている?シャーリーのお父さんを助けたからシャーリーがナリタに来る理由も、ヴィレッタにルルーシュが黒の騎士団関係者と言われてゼロの正体を知る現場に向かう事もなかった。

 

 ルルーシュがこの場に居たのはオデュッセウスがマオをおびき寄せる為に用意した餌が原因であった。たまたまニュースで見たC.C.そっくりの後姿の少女を見て奇声を挙げ、いろいろと推測してから確認すべく足を運んだのだ。ナリタ周辺の情報を集め、ギアスも含めて仕込みを済ませてだ。一応C.C.も別行動で動いている。

 

 「目標を確認。しかしあの少年は…」

 「一般人…だと思うよ」

 「そうでしょうか?」

 

 冷や汗たらたらでスコープを覗き続ける。マオとルルーシュが二人っきりという状況ですら焦っているのに、ロロにルルーシュを見られた事でさらに焦りが増大されている。もしC.C.まで現れたら手のつけようがない。報告されたら厄介だけどどうする事も出来ないだろうし。

 

 駅で止まったモノレールよりルルーシュとマオが降り、少し距離をとって向かい合う。ルルーシュのギアスもサングラス越しでは効果は無く、用意した仕掛けはその場にはない。オデュッセウスは照準をマオの頭へと向ける。

 

 忌々しげに睨み付けるルルーシュにニタリとした笑みが向けられている。二人の表情だけでどんな状況なのか容易に想像出来る。今ルルーシュを助けられるのは自分だけだ。トリガーに指をかけて肩に力を入れる。

 

 嫌に心臓の音が大きく木霊する。トリガーに指をかけただけで緊張で喉が渇く。このトリガーを引けばルルーシュを救う事が出来る。なのに指が動かない。それどころか手が震えてスコープが揺れて、狙いが定まらない。

 

 ……これが人を殺す行為。

 

 焦りとも恐怖とも言い難い感情が脳を這い、心を掻き乱す。息も荒くなり、大粒の汗が垂れる。

 

 撃てない…。

 

 尋常ではない様子にロロが心配そうに見つめるがオデュッセウスはそれすらも気付けなかった。ただただスコープを覗き込むだけで。

 

 スコープの向こうではマオが懐から拳銃を取り出しルルーシュへ向けようとしていた。石化したかのように硬かった指が動き、銃声がナリタ連山に響いた。

 

 放たれた銃弾は狙っていた頭部に向かって―――行くことはなく、マオが握り締めていた拳銃を弾き飛ばした。痛みにニタリと笑っていた表情が苦悶に歪む。オデュッセウスは銃口を動かして右肩を撃ち抜いた。銃声にいち早く反応したルルーシュはこちらの位置を把握して身を隠した。マオも姿を隠しつつその場を離れていった。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ……ふぅ」

 「お見事です」

 「すまないロロ。マオの捕縛を任せても良いかな?」

 「今の殿下をひとりにする事は…」

 「ここでマオを逃すわけにいかない。それに少しひとりになりたいんだ」

 「殿下…」

 「頼むよ」

 

 今のオデュッセウスの様子がおかしいのはロロも分かっている。こんな状況で放置する事など監視の役目からも騎士の役目としても間違っている。けれどもロロは渋々了解してしまう。これはオデュッセウスの癒しのギアスの効果ではなく、無意識に出来るだけこの人の想いに答えてあげたいという感情を優先してしまっている。

 

 『すぐに戻ります』と一言呟くとマオ確保の為に走っていった。見送りながらオデュッセウスは考える。自分は死にたくない。だからこそ何としても生き延びる為にいろんな事を学び、考え、実行した。だが自分の行動は他者を傷つけてはいないだろうか?良かれと思って行動した結果、バタフライ効果となって誰かが被害にあっている可能性だってある。自分が助かる為に誰かが死ぬかもしれない。今までは考えた事もなかったが銃で人を殺めようとした今は考えてしまう。   

 

 「止めよう…うん、止めよう」

 

 考えを放棄すると同時に大きく空気を吸い、体内に溜まった空気を吐き出すと狙撃銃をギターケースに仕舞って立ち上がる。薬莢もマットも回収して後はロロと合流するだけであった。振り返った際に見知らぬ少女と目が合わなければ。

 

 真っ白のショートカットの少女は変わった服装をしていた。ミニスカートの女性用強化歩兵スーツを着ているのだ。しかし歩兵スーツにしては足はむき出しだし、顔を守るヘルメットもかぶってない。胸元からミニスカートまでは防護用の素材だが、それ以外の上半身はラバー製のスーツで防御力は薄い。左目にはメカチックな眼帯を装着していた。服装もそうだがこんな所で少女が何をしているのか疑問を浮かべたりしたが疑問はすぐに吹き飛んだ。なぜなら首元にギアス饗団の紋章が入っていたからだ。

 

 「見てたのかい?いやぁ、まさか見られているとは思わなかったよ」

 

 後頭部を掻きながら微笑むと少女も微笑む。その笑みに悪意が込められている事をまったく気付かずに。オデュッセウスは完全に誤認していた。ギアス饗団の紋章が付いている服を着ている事で、V.V.からの使いか監視要員だと判断したのだ。

 

 「お見事です」

 「ははは…あまり使いたくない技能だけどね。撃つのも撃たれるのも辛いから」

 「やっぱりこの世界は悲劇と苦痛で満ちている」

 「んん……確かに悲劇は多い時代だ」

 「だからボクが幸福にしてあげるよ」

 

 何かがおかしい。この少女は伯父上様や父上様のように嘘のない世界を推奨しているのかと思ったがどうやら違うらしい。あの二人は他人の幸せなど願うはずも無い。願いも異なることながら何処かで見た覚えがある。アニメには居なかった。となればコミックスかゲーム…ロストカラーズにはオリキャラは主人公とノネットだけだからコミックスの方だと思うのだが思い出せない。

 

 少女は左目の眼帯を外して赤く輝きを放つ瞳でオデュッセウスの瞳を見つめる。

 

 「―ッ!?君は…」

 「自己紹介がまだだったね。ボクはマオ。発現したギアスは『ザ・リフレイン』。さぁ、幸福な過去の記憶の中で永遠に過ごすがいい。ボクの作った幸福の監獄で」

 

 オデュッセウスはマオと名乗った少女のギアスを見つめ、意識を失った……。

 



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第32話 「私とロロとマオ×2」

 僕は両親の顔なんて覚えていない。覚えていないどころか存在するのかさえ知らない。

 

 一番古い記憶は長年過ごしたギアス饗団での生活。自身に発現したギアスの実験に人を殺す訓練。言われるままに暗殺する日々だ。娯楽らしい娯楽はありもせず、ただただ実験・訓練・暗殺を繰り返すだけの日々。一般的な日常を味わっている人達から見れば悲惨な人生と嘆くかも知れないが、当事者である僕らはこの生活以外を知らないから苦ではなかった。いや、苦であっても何度も繰り返しているうちに慣れてしまったというのが正しいか。

 

 そんな何も無い僕だったが今は大事なものを手にしてしまった。自身のギアスが暗殺に向いている事から暗殺の任務をずっと受けていたが、ある日突然ギアス饗団の教主V.V.より『暗殺』命令ではなく『監視』命令を受けた。初めての任務で少し途惑ったがそれは最初だけだった。

 

 相手は神聖ブリタニア帝国第一皇子であるオデュッセウス・ウ・ブリタニア。雲の上の存在であり、貴族社会であるブリタニアの皇族である事からどれだけ傲慢な人物かと想像したものだ。しかし、当の本人に出会った時…

 

 『き、君が私の監視役かい?これから宜しくお願いするよ』

 

 そう言って握手を求めて来たのだ。相手に信頼させる為にもと思って素直に応じたが、僕の浅はかな謀など無意味であった。一緒にお茶でもどうかなと誘ってきたり、散歩に行かないかと二人で街を出歩いたり、ちょっとした事でありがとうとお礼を言いながら頭を撫でてくれたりと、今までになかった新鮮な体験に殿下の暖か味溢れる優しさに触れてこの生活を手放したくないと心の底から思うようになっていた。

 

 だから僕―――ロロは自身が犯した過ちに後悔していた。

 

 出来るだけ殿下の願いを叶えてあげたいと思っている。たとえそれが間違っているとしてもだ。狙撃銃をターゲットに向けた殿下はいつもと違った。平常心を乱して目の焦点さえあっていなかった。それでも拳銃と右肩に当てたのは見事としか言いようがない。精神的に不安定になった殿下に『ひとりにしてくれ』と頼まれ、渋々ながら許可を出してしまった。急いでターゲットを捕縛して殿下の下へ戻ろうと走ったのだが、10分も経たないうちに緊急用の携帯電話にとある病院の名前が打たれていた。何事かと思って連絡するが一向に繋がらず、殿下が居た場所へと戻ってみると殿下以外にもうひとりの足跡を確認した。

 

 何かがあったと大慌てで麓まで駆け下りて、乗って来たバイクに飛び乗って速度を出して駆ける。どうか無事であることを祈って…。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスは駆け込んだ病院より貸し出された一室でずっとベッド脇で座り続けていた。ベッドには白髪の少女が休んでいる。名も知らぬ少女でどうしてこうなっているのかまったく分からないが放っておく事は出来なかった。

 

 と、いうのもナリタ連山でマオを狙撃した後の記憶が曖昧なのだ。狙撃した後に意識が混沌としたのかその場に倒れこんでしまっていた。何時間も太陽を浴びていたから脱水症状にでもなったのだろうか?一応水分補給もしていたのだけど。気を失って倒れたのは危ない状況だったけれど悪い事ばかりではなかった。

 

 流れるようにだが過去の事を見たのだ。走馬灯とでも言うのかオデュッセウスとしての過去と前世の過去が総集編みたいな感じで蘇ってきたのだ。蘇ったといっても一瞬の出来事ですべてを思い出せたわけではない。目の前の少女はナイトメア・オブ・ナナリーの登場キャラクターなのは思い出したが、名前やどんな子だったのかは思い出せていないのだから。

 

 意識を取り戻して起き上がって見ると目の前では頭を抱えて苦しんでいる少女。何が起こっているのかさえ理解する間もなく、少女も意識を失ってその場に倒れこんでしまった。慌てて少女の生命状態を確認して生きているかを確認し、背負ってナリタ連山を下山した。途中ロロに近場の病院の名前をメールし、ノネットに内密に病院に根回ししてもらう為に電話をかけた。病院では少女の身元もオデュッセウスの架空の身分も用意されており、何の問題もなく治療を受けさせてあげることが出来た。医師の話では脳に強いダメージと精神的ショックがあって気絶したのだろうと教えてもらった。ちなみに私の気絶は原因不明だった…。

 

 兎も角、脳のダメージは分からないが精神面の事なら癒しのギアスが通用するはずだ。なのでベッド脇の椅子に腰掛けて、両目のギアスを発動させながら少女の手を両手で握り締めている。

 

 「ご無事ですか殿下!!」

 

 大声を出しながら勢い良く扉を開けたロロに、驚いて肩をビクッと揺らして硬直する事しか出来なかった。目を丸くして見つめていると上から下まで心配そうに見つめられ、見終わるとホッと胸を撫で下ろしつつ安心していた。何事か分からないけれどとりあえず微笑みを向けると、物凄く睨まれたのは何故?

 

 「何をしているんですか殿下」

 「何をって、この子を病院に連れて来たんだけど…」

 「なら何でその事を伝えてくれなかったんですか!」

 「え?あっ!ご、ごめん…メール送った後でノネット卿にここの根回しで電話してて。そのぉ…」

 「僕!僕は凄く心配したんですよ!」

 「本当にすまなかったよ」

 「殿下の身に何かあったんじゃないかって。僕が離れたからとか散々悩んだんですから!」

 「いや、ごめんなさい…」

 「本当に…本当に…ご無事でよかったです」

 

 涙を流しながら座り込むロロに近付いてそっと抱き締める。服が涙や鼻水で濡れるがそんな事を気にせず、あやすように後頭部を優しく撫でながら泣き止むのをゆっくりと待つ。

 

 確かに今回の自分は無用心だったと反省する。前に父上様より叔父上様が危険視している的な話をされた事があったのを思い出した。実際叔父上は暗殺指令を下してロロを動かしていたりしたのだ。いつ自身に向けられるか分かりはしない。せめてギアス対策としてサングラスは持ち歩く事にしよう。

 

 10分ほど経った頃にロロは泣き続けた事で真っ赤に腫れている目を擦って、服より顔を離して落ち着きを取り戻した。笑みを浮かべるその表情に安心してハンカチを渡す。すでに遅いタイミングだが渡しといたほうがいいだろう。受け取ったロロは申し訳なさそうに頭を下げて感謝を表す。

 

 「ところで…彼女はどうしたのですか?」

 「ん?ああ…どうしたんだろうね」

 

 ベッドで横になっている少女の事を聞かれてそう答えるしかなかった。急に笑みを浮かべていた瞳が冷ややかなものになったのは気のせい―――じゃない!冷たい視線で見てくる。気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。

 

 「殿下。彼女の名前は何て言うんですか?」

 「さぁ…なんて言うんだろうね」

 「彼女はナリタに居たんでしょう?殿下の居た地点に足跡が僕と殿下以外のものがありましたし」

 「うん、彼女はナリタ連山に居たよ」

 「では彼女は何をしていたのでしょうか?殿下に接触しようとしたんですよね?」

 「そうっぽいね。けれどその前に倒れてたし」

 「倒れた原因は?」

 「医者が言うには精神的なものと頭に衝撃かなと」

 「ふむ。では殿下は名も知らない。何者かも知らない。何をしに来たかも知らない。何故倒れていたかも知らないと」

 「……はい。あ、でもギアス饗団関係者なのは分かるよ」

 

 病院着に着替えさせられた少女が着ていたギアス饗団の紋章入りの服を見せる。見せるが視線はあいも変わらず冷ややかな目で見つめてくる。

 

 「そうですか。では殿下は見ず知らずの少女がギアス饗団のメンバーと分かっていながら危険性を度外視して助けたと」

 「…その通りです。はい」

 「もう少し立場を考えられたら如何でしょう?そもそも――」

 

 この後、ロロの気が済むまで怒られ続けた。あまりの怒気に自然と正座をして聞くしかなかったオデュッセウスは悲しんでいるロロより怒っていても活力があるロロのほうが好ましく、微笑んでしまった。

 

 「何を笑っていらっしゃるので?」

 「……いえ、すみません」

 

 

 

 

 

 

 頭に痛みが迸り、急に目が覚める。ゆっくり瞼を開けるとそこは真っ白な壁が広がっていた。いや、壁ではなく天井だ。自身が寝転んでいる事さえ、とっさに理解できなかったほど思考能力が低下しているのか。

 

 痛む頭を手で抑えつつ自身に何があったか。なにをしていたかを思い出そうとすると手に温かみを感じてそちらに顔を向ける。そこには優しげな笑みを浮かべた顎髭を蓄えているおじさんが手を握っていた。知らないおじさんに触れられているというのに不快感はまったく感じず、むしろ心の底から安らいでいる気がするほど心地よい。

 

 「ああ…目が覚めたのかい?」

 「――ッ!?」

 「す、すまない!すぐに止めるよ。それとまだ無理をしちゃあ駄目だよ。安静にしなきゃ」

 

 相手の瞳を見ると両目にギアスの紋章が輝いていた事に焦り、こちらもギアスを発動しようとしたが頭に痛みが走って発動しなかった。おじさんはボクを労わりながら、片手でサングラスをかけていた。頭は頭痛に襲われ、ギアスはサングラスにより無効化された現状では格闘戦ぐらいしかないが、仕掛けようとはまったく思えないのだ。先ほどのギアスで何かされたのだろう。

 

 「私のギアスは君に危害を加えるものじゃないから安心して」

 「そう言われて、はい、そうですかって安心できるとでも?」

 「出来ない…ですね。では…」

 

 サングラスを外すと瞳にはギアスの紋章が現れた。警戒するも何故か安心してしまう。相手のギアスがどのようなものか分からないのに危機感を感じないというのは違和感が半端ない。これがこの人のギアス?

 

 「私のギアスは癒しのギアスと言って、相手の心を癒すギアスなんだ……たぶん」

 

 今、この人『たぶん』って言った?

 

 「ははは、検証や実験を行っていないものだから本当にそうなのかと聞かれたら私も分からないんだ」

 「随分不確定なギアスですね」

 「まぁ、人が癒せると判明しただけで良いから。戦闘で使用できるものだったらそんなに使わないだろうし」

 「ふーん…そう」

 「あんまり興味なさそうだね…」

 「別に…もうどうでもいいから」

 

 そう…どうでも良い。もうボクには時間が無いんだ。

 

 「もしかして伯父ぅ…V.V.からの指示で動いていたのかな?彼の捕縛とか?失敗して怒られるとかだったら話してあげようか?」

 「そうだね。そうしてくれたら嬉しいな。ゆっくりした時間を過ごすのも良いかもしれない」

 「では、そうV.V.には話を通そう」

 

 ギアスを使用した時点でC.C.もしくはギアス饗団関係者とは思っていたが、以前のボクなら饗団側と知った時点で最悪と嘆いていただろう。ギアス饗団と深い繋がりを持つ特殊名誉外人部隊より抜け出した自分が見付かれば処分されるのは自明だ。目の前の男はどうやら饗団から『マオ』を捕縛する為の派遣員と思っているらしいが勘違いも甚だしい。

 

 ボク…『マオ』は『マオ』の協力者なのだから。

 

 C.C.細胞に蝕まれてボクは特殊名誉外人部隊から逃げ出した。人造ギアスユーザー製造の元となったC.C.を見つけ出し、何とかC.C.因子を取り込むか、無茶と無理をしたギアス発現から正式なギアス契約をする事で自身を蝕むC.C.細胞から解放される為に。その矢先に彼と出会ったのだ。中華連邦で出会った『マオ』はC.C.を知る手掛かりで、ボクが知る中で一番C.C.と繋がりを持つ人物。精神面も性格も歪んだ子供みたいで苦手だったがC.C.を見つける為には彼が必要だった。何しろ情報収集には彼の人の思考を読むギアスは最適だった。彼としてはボクと一緒に居たくなかったらしいけど、幸福な過去を見せられる『ザ・リフレイン』を知ると持ちつ持たれつの関係となった。朝と昼には彼と共に捜索や情報収集に励み、夜の寝ている間はギアスをかけて幸福な夢に堕とす。

 

 やっと!やっとのことでC.C.まで辿り着けると思ったらこの有様だ。C.C.細胞抑制剤も数が少なく、情報収集に役立った『マオ』は肩を撃たれて負傷後行方は知らない。もうボクは助からない…。

 

 ナリタの山での事をぼんやりと思い出し始めると目の前の男が異常な存在だった事も思い出した。この男にはギアスが通用しない。いや、ボクのギアスは通用しなかったんだ。確かにギアスをかけて彼の記憶を読み取って幸福な夢を流そうとした。するとボクの脳内にやけに絡まった記憶の渦に飲まれたのだ。まるで二人分の記憶を持っているようなあべこべな記憶で、多い情報量に頭がパンクしかけた。おかげでどんな記憶だったかは思い出せない。

 

 「そうだ!ゆっくり過ごすんだったら私の所に来ないかい?ゆっくりとは出来る筈だよ」

 「…短い間だろうけどね」

 「短い間?……そういえば君、アレルギーとか持ってるのかい?」

 「アレルギー?」

 「腕の発疹が凄かったからさ。ナリタで植物とかに触れたのかな」

 「腕の発疹って―――何でッ!!」

 

 アレルギーなんて持っていない。そう思いつつ腕に視線を向けると病院着から覗く腕は荒れ一つない綺麗な状態だった。ありえない。C.C.細胞に侵され崩壊寸前だった筈なのに、それがかなり引いている。腕全体がぼこぼこと膨らんでいたのが薄っすらと見えるぐらいまでに。

 

 「な、何をしたんだ!?」

 「何をと言われても…お医者さんは診断して個室を用意してくれただけだよ。後は私がギアスを使って心を癒そうとしたぐらいかな。それがどうかしたのかい?」

 「・・・お願いがあるんだけど」

 

 マオは真剣な眼差しで見つめる。こいつは自分のギアスがどのような能力なのかを分かっていない。もし自分の想像通りであるならと、今までの諦めと絶望の混ざった瞳ではなく、希望に満ちた視線でしっかりと見つめていた。

 

 「ボクを君の傍に置いて欲しい。お願い…します」

 「良いよ。伯父上様にはちゃんと言っておくよ」

 「伯父上様?―ッ!もしかして貴方は」

 「自己紹介がまだだったね。私はオデュッセウス・ウ・ブリタニア。V.V.伯父上の甥だよ。これから宜しくね」

 

 微笑を向けられながら差し出された手を握り締めて握手に答える。マオは久しぶりに心の底から安心して眠りに就いた。それを確認したオデュッセウスは携帯電話を取り出しながらクローゼットに隠れて警護していたロロと共に病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスがナリタ連山でマオを発見した翌日の夜。トウキョウ租界のブリタニアの警察病院にある患者が運び込まれた。名前から年齢まで一切不明の中華連邦系の青年で、リフレイン中毒者で誘拐犯、銃刀法違反に殺人未遂、不法入国などなど数々の罪を犯した犯罪者。リフレイン中毒により錯乱して誘拐した少女を殺害しそうになったので警官隊が射撃したのだ。数十人による一斉射撃で死ななかったのは奇跡としか言いようがない。

 

 「あのガキィイイ!」

 

 一命を取りとめたマオは暴走したギアスの輝きを隠そうとせずに、真っ暗な通路を壁にもたれながらゆっくりと進んで行く。身体のほとんどは包帯で覆われており、安静にしなければいけない状態である。

 

 見張りに警官二人がいたがギアスでトラウマや人には話せない秘密を口にすると、すんなり意識を逸らしてくれた。簡単とはいかなかったが武器を奪って病室に括って放置している。後はこの病院を出るまで誰とも出くわさないようにするだけで、それはギアスを使えば嫌でも分かってしまう。

 

 「絶対!絶対C.C.をあいつの元から取り返すんだ。この僕の手で…必ず!」

 

 忌々しげに自分をズタボロのミイラ男のような姿にした元凶…ルルーシュの姿を思い出す。

 

 肩を撃ち抜かれ、協力関係にあった『マオ』とは行方知れずとなったが問題はない。肩は撃ちぬかれて痛いが腕は動くし、あいつは居ても居なくても良い。あの幸せな過去が味わえないのは非常に残念だがC.C.が戻ってきたらどの道用無しだ。ルルーシュの電話番号は入手出来たし、C.C.の呼び出しにも成功した。

 

 やっと…やっとC.C.が僕の目の前に戻ってきたんだ!録音した声なんかじゃなく、本当のC.C.の声だ。匂いも、体温も、感触も…存在を目の前にして有頂天だった。やっと本来の位置に帰ってきたんだ!!

 

 それなのにC.C.は僕を撃とうとした。銃口を向けて、トリガーに指をかけて。

 

 でも、良いんだ。C.C.が僕を撃てないのは僕が良く知っている。だってC.C.は僕のことを愛しているんだから。

 

 後はC.C.を連れてオーストラリアに向かうだけだ。しかしC.C.を持って行くには大きすぎるんだ。だからケースに入るようにチェーンソーでバラバラにしなきゃ。暴れられたら大変だから足と肩を撃って動けないようにした。普通の人なら死んじゃうけど僕のC.C.なら大丈夫だよね?

 

 後少しで持っていけたのに邪魔された!あのルルーシュ・ランペルージに!!

 

 奴は知っていた。僕が知らなかったC.C.の本名を!この僕だって教えてもらえなかったのに!なのにあいつは知っていた。しかも奴はC.C.の全てを知り、見て、感じたと。

 

 …許せない。僕のC.C.なのに!!

 

 ルルーシュが録画しておいた映像に、言葉になんの疑いもなく注意を引き付けられた。その隙に警官隊に囲まれ、C.C.は奪われ、僕はこんな姿に…。

 

 「奪ってやる!C.C.を取り戻す前にあいつの大事なものを奪ってやる!!確かナナリーとかいう妹を奴の目の前で無残に殺してやる!!」

 (それは無理だと思うよ)

 

 脳内に聞き覚えのある声が伝わってきた。協力を申し出てきた自分と同じ『マオ』の名前を持つ女。目を凝らすと正面の通路の真ん中にひとり立っていた。

 

 「へぇ、無事だったんだ。ちょうど良いや。僕ねぇ、C.C.を見つけたんだ。だから取り返すの手伝ってよ」

 (なんでボクがそんな事を?)

 「君はC.C.が必要なんだろう?だから協力するって君が―――ッ!?どういう事だそれは!!」

 

 協力者として接していた態度が一変して挑発的なことに違和感を感じて、思考ではなく深層心理を少しだけ覗くと奴が裏切った事を理解した。しかも僕をはめようとしている事も。

 

 「馬鹿だね君も。君のギアスは目を見なくちゃ意味がない」

 (そうだね。そのゴーグルをされていたらボクのギアスは効かない)

 「後ろから襲わせるらしいけど無駄さ。僕は相手の思考が読めるんだ。動きが分かるんだから対処なんて――何!?」

 

 普通に立っていただけなのに足元が揺らいで地面に倒れこんでしまった。何が起こったかさっぱり分からずに立ち上がろうとするが足に力が入らない。変わりに激痛が伝わり、慌てて足へと視線を向けると太ももにナイフが突き刺さっていた。

 

 「思考が読めるギアスと言うのは怖いものですね。ですが僕には通用しません」

 「貴様…誰だ!?」

 

 いつの間にか横に立っていた白い歩兵スーツで全身を隠している奴を睨みつける。顔は隠れているがマオのギアスは自身を中心にした範囲型の為に思考は読める。

 

 「人の体感時間を止めるギアスだって…そんな馬鹿な!だってあいつにはそんな仲間…そうか…そのオデュッセウスとか言うやつの差し金か!」

 「思考を読まれるのはどうも不快ですね」

 「触るな人殺しが!!」

 

 抵抗らしい抵抗が出来ないマオに白騎士は手を伸ばしてゴーグルとヘッドホンを奪い取る。そして代わりに通信機を渡した。

 

 『やぁ。マオ君だね』

 「誰だお前は!」

 『今、君の目の前にいる白騎士のお友達さ』

 「正確には僕の主です」

 「オデュッセウス・ウ・ブリタニアだと…」

 『正解だよ。面と向かって話をするべきなのだが、君の能力は厄介なのでね。こんな間接的な会話で申し訳ない』

 「お前たちはどうして僕の邪魔をする!」

 『君がこれから行うことは私が絶対に許せない行為だからだ』

 「どういう意味だ!お前とあいつに関係が…」

 『私が冷徹無慈悲な人間なら君を殺したりするのだろうけど。私はどうも人を殺すことは出来なくてね。勿論、君の目の前の白騎士にもさせたくない。だから――』

 

 白騎士が言葉に合わせて顔を掴み、無理やり瞼を開かせる。その先には裏切った『マオ』が目を輝かせながら笑っていた。

 

 『君を幸せの過去の牢獄に送る事にするよ。せめて夢の中だけでもC.C.と過ごすといい』

 「貴様!もう少しで…もう少しで僕の…僕だけのC.C.が取り戻せたのに!!」

 『本当にすまない。これは私の我侭だ。すまない…』

 「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 『マオ』は『マオ』のギアスにかかり、ゆっくりと意識を手放した。二人に運ばれるマオの顔は無垢な子供のように満面の笑みで溢れていた。



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第33話 「たとえ妹相手でも引けぬときがある!」

 トウキョウ租界外縁部シンジュクゲットー

 

 神聖ブリタニア帝国が占領して七年が経っても復興さえさせてもらえないゲットーのひとつ。最近ではブリタニア帝国第三皇子であるクロヴィス・ラ・ブリタニアの命令の下で大虐殺の場として。そして命じたクロヴィスが暗殺されかけた場所として知られた地である。

 

 そのシンジュクゲットーに二機のナイトメアが付近を用心深く探索しながら進んでいた。一機は通常よりも黒めの塗装を施され、背にはマントをつけていないグロースターで、もう一機は肩やファクトスフィアの装甲などをオレンジ色で塗装した純血派専用にカスタムされたサザーランドであった。

 

 サザーランドに騎乗しているクロヴィスの専属騎士であるキューエル・ソレイシィは額の汗を拭いながら、視線をあちらこちらへと走らせる。付近には人っ子ひとり居ない廃墟が立ち並ぶばかりで目標とされるものは見当たらない。

 

 「本当に居るのでしょうか?」

 『気を抜くなよ』

 

 呟いた一言にすぐさま返事が返ってきた。返事を返したのはグロースターに騎乗しているアンドレアス・ダールトン将軍だ。堂々たる声の中に焦りのような感情が見えた気がするが気のせいではない。相手は武勇で知れるコーネリア殿下よりも格上とされる御方。少しでも気を抜けば一瞬でやられるだろう。

 

 「ダールトン将軍はどう考えられますか?この戦いを…」

 『下らない事を気にする奴だな。私も卿も仕える御方が違うといえど主君を持つ身。その主君が戦えと言うのであれば戦うのみ。そうだろう?』

 「はい。私も同じ考えではあります。ありますが…」

 『あるが…なんだ?』

 「皇族に刃を向けるなど…正気の沙汰では―ッ!?」

 

 言葉が一発の銃声で掻き消えた。しかも銃声よりも早くグロースターの右足が撃ち抜かれた。頭が狙撃と判断する前に倒れたグロースターに駆け寄って助けようとしたが、グロースターによって突き飛ばされてしまう。

 

 『馬鹿者!狙撃手がナイトメアの弱点で一番大きな的になるコクピットを狙わなかったのは囮として引き付ける為だろうが!』

 「しかしダールトン将軍!」

 『行け!ここで二人も脱落しては姫様に申し訳が立たん。早く行って姫様と合流するのだ!』

 「くっ…では」

 

 急ぎその場を離れようとグロースターに背を向ける。ダールトン将軍のグロースターが自分を逃がそうと発砲地点へ持っていたバズーカを乱射するが、またも一発の銃声が響いてグロースターの反応が消えた。歯を食い縛って自分を逃がそうと奮闘してくださったダールトン将軍に報いる為に速度を上げる。が、無慈悲にもその進みは止まってしまう。最高速度で移動するサザーランドの足に銃弾が直撃したのだ。片足を失ったサザーランドは地面に激突し、機体は地面を削りながら転がっていく。止まったサザーランドのモニターには探していた目標が映し出されていた。

 

 1.5キロ先の高層ビルの一室より狙撃用のライフルを構えた灰色のグロースターを…。

 

 

 

 

 

 

 「目標への着弾を観測。足の損傷を確認。続いてコクピットへの狙撃を行う」

 

 狙撃用のスコープを覗くオデュッセウスは何の躊躇もする事無くトリガーを引いた。すでに足は破壊し、移動手段として用いられるスラッシュハーケンは機体が倒れて地面に向いている為に無意味。弾丸は動かぬ標的のコクピットを貫いた。

 

 汗一つ掻く事無く狙撃を成功させたが、その表情には喜びや達成感はなく、ただただ真剣な面構えのままだった。ライフルを担ぐと大穴が開いている壁より跳び出し、スラッシュハーケンを飛ばす。刺さった場所を軸に機体を動かし地面まで急いで移動する。先の銃声でおおよその位置は把握されているだろう。この場所を放棄して次の狙撃地点に移動しなければ包囲され、いずれはやられてしまう。

 

 「…やはり来たか」

 

 レーダーに高速で接近する機影を見つめながら足を止めて振り返る。背後より純白のナイトメア…ランスロットが向かってきていた。ライフルを投げ付けてコクピットに取り付けた廻転刃刀を抜く。投げ付けたライフルはMVS(メーザー・バイブレーション・ソード)により真っ二つにされたが、ほんの一瞬の目暗ましになった。その隙に斬りかかったが素早く対応されてMVSで受け止められてしまった。

 

 「さすがはスザク君だ。倒せるとは思わなかったが一太刀は浴びせられると期待はしてたんだが…」

 『オデュッセウス殿下。どうか降伏を!自分は殿下と戦いたくありません』

 「私も戦いたくないよ。縁側でお茶とお茶菓子を持ってのんびり過ごしたい」

 『では…』

 「しかし出来ない。止める事は出来ないんだ。人として!男として!兄として引けぬ時がある!」

 『今がその時と…そういう事ですか!』

 「そうだ。ここで引く訳にはいかない。意地でも押し通る!!」

 

 上段から振り下ろしていた廻転刃刀の向きをずらして横へと切り払う。動きに合わせてランスロットはMVSで受けながら距離をとった。機動性に反応性、パワーでも負けているグロースターでランスロットの相手をするのは難しい。ならばと狙撃用ライフルとは別に腰に装備していたアサルトライフルを手にとって、後退しながら撃ちまくる。勿論、ランスロットを狙って撃ったところで回避されるかブレイズルミナスで受け流されるかだ。

 

 道幅の狭いビル群の間に伸びる道路よりビル上層を撃ち続け、砕けた残骸がランスロットを押し潰そうと上から雪崩のように降り注ぐ。が、通れるか通れないかの微妙な隙間をスラッシュハーケンを用いて通過してくる。アニメ第一期の二話目からこの行為は然程意味が無い事は重々承知している。元より潰れるとは思っていない。アレだけの残骸を回避するのだから嫌でも意識のほとんどは残骸へ向けられる。左腰に取り付けた新装備を左手で掴む。

 

 握った円柱状の上部には蓋があり、親指で弾いて蓋の下にあったボタンを強く押す。すると下部の穴より20センチほどの鋭利な円錐形の針が姿を現す。意識がこちらに向かないようにアサルトライフルで残骸を降らせ続けながら、通り様にビルの壁に突き刺す。

 

 「やはりこれぐらいでは足止めにもならないか。ラウンズ並みじゃないかな?」

 『…まだ続けますか?』

 「もう少しは―――ね!」

 

 撃ち続けたアサルトライフルはあっさりと弾切れを起こした。急ぎマガジンを交換しようと予備のマガジンに手を伸ばす振りをすると、障害物であった瓦礫も降ってこなくなった道路を一直線に駆けて来る。先ほど壁に刺した所にランスロットが差し掛かった辺りでほくそ笑んだ。

 

 壁に突き刺した円柱型の装置は感知式の設置型のトラップである。中には20メートル先まで伸びる特殊素材で出来たワイヤーが五本仕込まれており、先には壁などに刺さるように針のようなアンカーがついている。五本のワイヤーが向かいの壁まで飛び出し道を軽くだが封鎖した。このワイヤーには90秒ほど超高圧電流が流される仕組みになって、引っ掛かったナイトメアを行動不能にする。まだ実験段階のプロトタイプで量産の目処どころか名前さえない。

 

 勘ではあるだろうが危険性を感じて手前で止まった。そこに腰につけていた予備のマガジンではなく、同じく実験段階である次なる新兵器を手にとって投げ付ける。投げた武器は『誘導型ケイオス爆雷』と名付けられたケイオス爆雷の亜種になる。通常のケイオス爆雷と同じで相手をロックオンする所までは一緒だが、手から離れて3秒後には下部のスラスターと方向調整用のスラスターにより相手に向かって飛んで行く。

 

 ワイヤーの前で立ち止まったランスロットを射程に収めると先端部分の装甲が弾け飛び、光ニードルを前方に撒き散らす。スラスターや誘導装置などを積んだ為に光ニードルの装弾数は減って掃射時間は半分以下になったが、それでもナイトメアには脅威の武器である。さすがに回避は無理だったが両腕のブレイズルミナスで防がれた。ここまでは予想通り…あとは自分の運と彼女を信じるのみ。

 

 『ここまでです殿下。すでに武器は廻転刃刀のみ。それでもまだ―』

 「相手が格下ならまだしも君が騎乗したランスロット相手に近接戦闘は難しいか」

 『でしたらここは私にお任せを!』

 「間に合ってくれたか。良かった」

 『まさか先ほどの射撃は目立つ為に!?』

 

 MVSを両手に一本ずつ構えたランスロットとオデュッセウスのグロースターの間に一機のナイトメアが割り込んできた。ランスロットタイプの二号機で、帝国最強の十二騎士『ナイト・オブ・ラウンズ』でナインの数字を皇帝より授かりしノネット・エニアグラム卿の機体――『ランスロット・クラブ』。

 

 『オデュッセウス殿下は先へ行ってください。ここは私が』

 「うん。任せたよ」

 『行かせません!』

 

 この場を離脱しようとしたオデュッセウスを追おうとしたが、クラブが持っていた大型ランスの一振りによって止められる。距離を取るとランスを地面に突き刺し、コクピットの左右に取り付けられた二本のMVSを抜き、柄と柄を合わせて両刃の武器へと姿を変えた。

 

 『まさか私を無視していこうなんて冷たいじゃないか』

 『何故エニアグラム卿まで!?』

 『簡単な話さ。私はオデュッセウス殿下の騎士でもあったんだ。なら情や忠誠心があってもおかしくないだろ?』

 

 スザクはモニターからグロースターが離れていくのが見えていたが、もはや追う事は諦めていた。今は目の前の相手に本気で挑まなければならないのだから。

 

 クラブは両刃のMVSを左手で持ち、大型ランスを右手で掴むと先を向けてきた。

 

 『それが理由ですか?』

 『まぁ、ランスロットに乗った君と戦ってみたいというのが正直な本音かな』

 『……分かりました。では本気で行きます!』

 『じゃあ、始めようか!』

 

 オデュッセウスはオープンチャンネルで聞こえてきた声で、少しだけ振り向いた。

 

 初手はクラブの大型ランスの投擲で二人の戦闘は始まった。対してランスロットはMVSで横一文字に切り裂き、もう一撃で縦に斬って叩き落した。そこを加速してきたクラブが両刃のMVSで襲い掛かる。赤く輝く刃は確実に胴体を捉えたと思った矢先、上体を後ろに反らして避け、そのまま地面に手をついて蹴りを喰らわそうとする。蹴りに気付いて柄の部分で防いだが、ランスロットはカポエラのように手を軸にして身体を回しつつ再び蹴ろうとする。

 

 焦る事なくギリギリで屈んでMVSで今度こそ胴体を斬らんと振るう。

 

 両手のスラッシュハーケンを地面に打ち込み、その反動で自身は空中に逃げて真っ二つにはならなかったが、両手のスラッシュハーケンは切断されてしまった。

 

 空中のランスロットは身体を捻りつつ、真下のクラブへと蹴りをお見舞いする。衝撃で後ろへと下がったクラブに追撃しようと二本のMVSで迫る。

 

 「もはや人間技じゃないよね…」

 

 二十秒にも満たない戦闘に唾を飲み込みながら見入ってしまった。今も二人はお互いのMVSで斬り付け、防ぎの攻防を繰り返している。よく戦闘シーンで舞うようにと表現する事がある。が、あの二人の戦闘は別物だ。まるでチャンピオン級のボクサーが至近距離で殴り合いをしているかのように荒々しいものだった。斬るだけではなく、蹴りや殴り、頭突きなどナイトメアが出来る攻撃手段をすべて使って相手を倒そうとしている。

 

 敵大将を狙う意味で離れたが今は別の意味で離れている。あの二人の近くに居たら確実に巻き込まれてやられてしまう。

 

 『申し訳ありません。合流に手間取りました』

 「いや、ちょうど良いタイミングだよ」

 

 ビルの間より姿を現したのはロロ――白騎士が騎乗する白いグロースターだ。白騎士には今まで捜索の命令を出し、狙撃だから早々に見付からないだろうと甘い考えで単独行動をしていたのだが、敵であるスザク君がいつ現れるか分からない戦場では二度と単独行動はしたくない。

 これはオデュッセウスの考えだがノネットではスザクを止める事は出来ても倒す事は不可能だ。ノネットも帝国最強の十二騎士に選ばれる猛者ではあるが、絶対的な強者と聞かれれば『No』と答えよう。上には上が居るもので分かりきっているだけでもビスマルクが居る。それにノネットは『双貌のオズO2』で負けている。その相手はオルドリン・ジヴォン。マリーの騎士候補(まだ正式に部隊を持っていない為に候補で止まっている)で大の仲良し(マリーはほとんど依存している)。彼女の実力もかなりのものだがスザクやカレンほどではない。

 

 ただ今のスザク君はまだまだ未熟。ならば現状では勝てるかもしれないが絶対ではないだろう。

 

 ちなみにこの事を思い出せたのはナリタで倒れた時に見た夢のおかげだ。夢の中でオズの話もあって忘れかけていた記憶を取り戻せた。母と妹を失ったマリーの悲しみを記憶改竄で解決しようとした父上様を止めたのは大正解だった。もし止めなかったらマリーとオルドリンが殺しあうきっかけのひとつを残すところだった…。

 

 『殿下。皇女殿下はこの先で待っています』

 「らしいね。正面から正々堂々」

 『本来なら殿下にはお待ち頂き、僕が戦って勝利するのが良いのでしょうが…』

 「難しいね。あの二人相手に単機で勝つのは。だから白騎士は――」

 

 『私とお相手願えますか。白騎士殿』

 

 ビル群を抜けた先はもとは広場だったのかナイトメアが決闘するには十分なスペースあり、オデュッセウスの視線の先には白と黒のマントをそれぞれつけたグロースターが待ち構えていた。

 

 「待ったかい?これでも急いで来たんだけれど」

 『いえ…今しがた来たところです。兄上』

 

 オデュッセウスは廻転刃刀を両手で構え、コーネリアのグロースターを見つめる。コーネリアは持っている大型ランスを構えて戦闘態勢を整える。

 

 「白騎士。ギルフォード卿は任せるよ」

 『畏まりました』

 『白騎士殿。ここではお互いに邪魔になってしまう。場所を変えようと思うのだが』

 『ええ、構いません。行きましょうか』

 

 白騎士もギルフォードも自身の主に会釈をして離れていく。ロロも強いがギルフォード卿には勝てないだろう。ギアスを使えば勝てるが今は使えない。使うわけにはいかない。ゆえに短時間でオデュッセウスが決着をつけなければならない。

 

 「準備は出来ているかい?」

 『こちらは万全です』

 「こうして二人で構えていると昔を思い出すね。マリアンヌ様とビスマルクと行なっていた模擬戦を」

 『そうですね。思い返せば兄上にも一勝も出来なかった。ですがあの時から私は武術を磨いてまいりました』

 「ああ、コーネリアの武功は皇族だからではなく己が鍛えた実力からだという事は私が一番理解しているよ」

 『今日こそ勝って見せます!!』

 

 真正面より突っ込んでくるが避けることはせずに待ち構える。大型ランスを構えて突っ込んでくるだけなら対処は楽だったが重量のある大型ランスで乱れ突きを繰り出すもんだから対処が難しい。何とか直撃コースの一撃のみを受け流すが少しでもしくじれば一撃で大破、良くても腕の一本は奪われる。

 

 接近戦では大型ランスは槍としての貫通力よりも重量による打撃として用いられる。だからと言って突きが弱いわけじゃない。その重量をかけた突き――突進は一撃でナイトメアを行動不能にするだけの威力をもつ。それをコーネリアは一撃、二撃の突きではなく連続で行なう。中にはフェイントも交じっているからどれだけの技量を持っているかは見て知れる。例え戦いを知らない者でも格の違いを知るほどに。

 

 『オデュッセウスお兄様!』

 「ユフィ?どうしたんだい?」

 『勝って!勝って下さい!!』

 「可愛い妹の頼みだ。断るわけにはいかないんだが…」

 『戦闘中に話とは随分余裕なのですね!』

 

 ユフィからの通信に律儀に応えようとしていたオデュッセウスは一瞬の隙を突かれて、廻転刃刀を弾かれてしまった。丸腰のオデュッセウスに対してコーネリアは一撃で片をつけようと操縦桿に力を込める。知らなければ気付かない程度に右肩が上がったのを見て、渾身の一撃を身体の向きをずらすだけで避けて近距離でタックルを喰らわせる。対処出来ずに地面に倒れたグロースターのモニターにはオデュッセウスのグロースターが映し出される。

 

 コーネリアも知っている優しく、慈しみを持ち、貴族も平民も平等に接する愛しい兄上が、コーネリアの手放してしまった大型ランスを手に取り、グロースターのコクピットへと振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ライラ・ラ・ブリタニアはいつものようにアッシュフォード学園の向かいにある大学へと足を踏み入れた。最初のころは通っている大学生や教授達に注目されていたが今では慣れた光景なので誰も気にしない。

 

 向かう先は特派が入っている大学の一室。機密保持の為に警備の人間が入り口を守っているが、警備のレベルはかなり低い。その代わり電子ロックなど厳重なシステムが組み込まれており、中に入る事も出ることも許可を得ている人間でないとかなり難しいようになっている。

 

 慣れた手付きでカードを入り口の挿入口に入れてパスワードを打ち込む。中から鍵の外れる音が聞こえて扉が開く。この一室にはナイトメアを十機以上収めて整備するだけの高さと広さを備えており、現に今もランスロットとランスロット・クラブが壁際でロックされている。

 

 「おんやぁ?これはライラ皇女殿下。もうお帰りですか?」

 「はい、今日は放課後の集まりもなかったので」

 

 白衣を着た特派の主任研究員であるロイドがにへらと笑いながら声をかけてきた。ライラは書類上の父親であるロイドに挨拶を返しながら視線を並べられたナイトメアのコクピットに移す。

 

 アッシュフォード学園に通うライラは『ライラ・ラ・ブリタニア』ではなく『ライラ・アスプルンド』の偽名で通っている。ブリタニアの名を名乗ると面倒なので、いろいろと融通を利かせられる貴族の名を借りようと悩んでいるクロヴィスにオデュッセウスが『私の友達に聞いてみようか?』と言ったことで伯爵の地位を持つアスプルンドの養子という設定になったのだ。本人は二つ返事で許可をだしたし。

 

 「ライラ。待ちかねたよ」

 「クロヴィス兄様。今戻りました」

 「そういう時はね。ただいまって言うのよ」

 「はい。ただいまです。クロヴィス兄様。ユフィ姉様」

 

 ライラは言われた通りにただいまと言いながらクロヴィスとユーフェミアに微笑を向けた。二人も同じく微笑を返したが後ろの大型モニターより流れた音で再び視線を戻してしまった。モニターは四分割に分けられており、ひとつはランスロット同士、二つ目と三つ目はグロースター同士の戦闘。四つ目は全体図となっていた。モニター付近ではタオルで汗を拭きながらダールトンとキューエルが真剣な眼差しで見つめていた。

 

 「兄様。これはいったい何をなさっているのですか?」

 「ああ…どういったものか…」

 「データ収集を兼ねた試合といったところでしょうか」

 「データ収集?」

 「何でもあの方がオデュッセウス兄様のデータを収集したいのと、ロイド伯爵が新兵装のシミュレーションをしたいそうで」

 

 ユフィ姉様が向いた先にはロイドとセシルなど見慣れた特派のメンバーが、観覧用の大型モニターではなく小型端末を見つめながら、忙しそうに動いていた。その中に見覚えのない少女が混ざっていた。

 

 彼女の名はマリエル・ラビエ。オデュッセウス専属の試作強化歩兵スーツ班副主任を務めている少女で、年齢はスザクよりひとつ年上で博士号を取得するほどの逸材である。今回彼女がエリア11に来たのはオデュッセウスが新たに製作しようとしている新型ナイトメア製作の為にオデュッセウスの戦闘データを取りに来たのだ。他にも新たにオデュッセウスの部隊に入る五名のデータ取りもあるが。

 

 「ああ!また負けた」

 「ははは、まだまだ勝ちはあげないよ。それにまだ癖も直ってないしね」

 「毎回言われてますが私の癖とは…」

 「それは自分で気付かないと」

 

 シミュレーション用のナイトメアのコクピットより、悔しそうにするコーネリアと満面の笑みのオデュッセウスが出てきた。マリエルがタオルと飲み物を持って行くとユーフェミアも嬉しそうに近付く。

 

 「やりましたね兄様!」

 「やったよユフィ!」

 「…その…ユフィ。それに兄上」

 「はい、なんでしょう♪」

 「なんだい?コーネリア」

 「あの約束は…」

 「まさか無効なんていうつもりじゃないよね」

 「い、いえ…ただちょっと…」

 「その言葉の続きをユフィの目を見て言えるかい?」

 「駄目なのですか?」

 「うっ……」

 

 瞳を潤ませて上目遣いで見上げるユーフェミアに、コーネリアは青い顔をしながら小さく呻き声を漏らして肩を落とした。どうやら諦めたようなのだがなんだろう?

 

 「約束とはなんでしょうか?」

 「…姉上の衣装の事だよ」

 「コーネリア姉様の衣装ですか?」

 「ああ、ユフィが選んでくれた事は嬉しかったらしいが、その衣装は恥ずかしくて着られないと姉上が仰られてね」

 「もしかして…兄様は」

 「そうだよ。話を聞いた兄上がユフィに加担して、チーム分けをして勝った方のいう事を聞くという事になって」

 「では、クロヴィス兄様はコーネリア姉様のほうにつかれたのですね」

 「ついたというかソレイシィ卿に兄上の実力を見せたくて参加させた」

 「兄様はしなかったんですか?」

 「私はいいよ。………トラウマが蘇りそうで…」

 

 暗い顔をするクロヴィス兄様を心配そうに眺めていたら大きな笑い声が聞こえて振り返る。振り返ると白騎士やギルフォード卿もシミュレーターより出て残り二機のシミュレータに駆け寄っていた。どうやらノネットとスザクの反応に一般のシミュレーターがついていけずにオーバーヒートを起こしていた。慌てて消火する人も居たがロイドはデータが飛ばないように急いで回収していたが。

 

 「……木馬』と『イカロスの……準備を………」

 「はい。将軍にはそう伝えておきます」

 

 ライラは騒ぎから離れたオデュッセウスがマリエルに呟いた言葉を僅かに聞き取りながら小首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属しているアリスは緊張した表情で背筋を伸ばして一室で待機していた。

 

 左隣にはいつも優しげな笑みを浮かべているルクレティアとさらにその奥には涼しい表情のサンチア、右隣にはチーム内で唯一のショートカットで褐色のダルクが満面の笑みで立っていた。

 

 元々特殊名誉外人部隊はギアス饗団により人工的にギアスユーザーを作り出すと言う所から始まった部隊だ。表向きではクロヴィス・ラ・ブリタニアの将軍であるバトレーが創設した部隊という事になっているが、そう思っているのは本人だけである。部隊の人員も機材も徐々にギアス饗団関係と入れ替わり、現在では隊員である四名を除いてギアス饗団直轄の構成員で固められていた。

 

 ……そう。いたのだ。

 

 突然本国より特殊名誉外人部隊は本日を持って解散せよと命令が下ったのだ。直属の上司であるマッド大佐などはギアス饗団に戻ったから良いのだが、自分達四人はこれからどうなるか不安で仕方なかった。というのもここにいる四人共戦争で親・兄弟・姉妹を失って帰るべき場所もない。ただブリタニアの占領地よりC.C.細胞の適正があるというだけで集められた。自分たちが普通の部隊でお役御免という事なら四人で普通に暮らす事も考えられたが、望まずともギアス饗団に関わってしまったが為に帝国で最も触れてはいけない部分に関わってしまっている。良くて監禁か実験体、悪くて口封じが妥当なところだろう。

 

 「ふふふ♪」

 「なに笑っているのよ。ダルク」

 「だって笑わずには居られないでしょ!また一緒に居られるだけでも嬉しいのに第一皇子様直轄の特殊部隊に抜擢されるなんて」

 

 特殊名誉外人部隊解散後に指揮所にて待機命令が下された私達に第一皇子直属部隊へのお誘いが来たのだ。私達四人まとめてで皇族の特殊部隊なんて栄誉な事で、忠誠心の高いブリタニア兵だったら喜びで大騒ぎをしていただろう。

 

 「これって栄転だよね。あの胡散臭い大佐じゃなくて第一皇子殿下の部隊なんだから」

 「その皇子殿下の執務室で待機させられているのに……少しは緊張感を持ちなさいよ。ルクレティアやサンチアを見習いなさい」

 

 確かに栄転ではある。忠誠心は兎も角、生活環境は劇的に変わるだろう。別に皇族の事を調べたことはないが一部の皇族の名は噂で耳にする。知略で優れたシュナイゼル殿下や武功を挙げ続けるコーネリア皇女殿下。そしてオデュッセウス殿下も有名な方だ。ナンバーズとブリタニア人を区別しない人物で各エリアからも支持を受けている良識のある人格者。しかし精鋭の騎士団を三つも保有して皇族内で一番の力を持っている。勿論皇帝陛下は除いてだ。

 

 「ルクレティアは嬉しくないの?」

 「う、嬉しいわよ。四人一緒に居られるし、裏方ではなく正式な部隊として扱ってくれるらしいし…けれど……」

 「けど…なにさ?」

 「あのタイミングで私達を勧誘したって事は少なくともギアス饗団と関わっていると言う事でしょう?話で聞いたオデュッセウス殿下のイメージが」

 「あー…そう言われてみればそっか。確かにイメージ壊れちゃったなぁ」

 「そろそろ会話を止めたほうがいい。お越しだ」

 

 今まで口を閉じていたサンチアが『ジ・オド』で何者かが接近するのを感じて注意する。

 

 四人とも人工的にギアスユーザーを作り出す特殊名誉外人部隊の実験体兼実働部隊として所属していた。ゆえに四人とも人工的なギアスユーザーなのである。サンチアの『ジ・オド』は気配と動向を察知出来る為に索敵に適しており、ルクレティアの『ザ・ランド』は地形把握に特化している。ダルクのギアスは常人を軽く超える怪力を発揮する『ザ・パワー』。そして私、アリスのギアスは過重力で超高速を得る『ザ・スピード』という能力を持っている。

 

 部屋にはオデュッセウスの騎士である白騎士を先頭にオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子殿下が入室なされた。直に顔を出された事態で驚いていたのに、私達の驚きはそこで終わらなかった。

 

 なんとオデュッセウス殿下の後から元特殊名誉外人部隊所属だったマオが何食わぬ顔で続いて入ってきたのだ。慌てて腰に差してあるホルスターより銃を抜こうとするが喉元にナイフが突きつけられていた。

 

 瞬間移動したとしか思えない白騎士に驚きの対象を移す。ただでさえ急に目の前に現れただけでも驚愕の事実だが、『ザ・スピード』のギアスを持つアリスが反応し切れなかった事で驚愕の度合いは増した。これが何の能力かは分かり得なかったが、白騎士がギアス能力者であることは紛れもない事実であろう。ルクレティアの言う通りオデュッセウス殿下は特殊名誉外人部隊以上にギアス饗団に繋がりを持っているらしい…。

 

 「こらこら。いきなり揉め事を起こしちゃあ…」

 「お言葉ですが…いきなり銃に手を伸ばす者を治めるにはこの程度は軽いものかと」

 「う~む……兎も角ナイフを収めようか?」

 「了解いたしました」

 

 ナイフを仕舞いつつ殺気は隠さない白騎士に警戒しつつ、ただ見つめる事しか出来なかった。対する殿下は困ったように微笑みながらほっとしていた。ただひとり、マオだけ楽しそうに笑っていたが…。

 

 「さて、始めまして…いや、アリスちゃんは久しぶりだね。これから君たちを預かるオデュッセウス・ウ・ブリタニアです。宜しくお願いします」

 「え、あ、こ、こちらこそ?」

 

 反応に困る発言に焦りながら頭を下げる。下げている為に顔は見えないが白騎士より呆れの篭ったため息と、余計に笑いあげているマオの声が耳に入ってくる。呆れたため息には納得するがマオの笑い声には怒りを覚える。

 

 「いきなりだが私もギアスユーザーなんだ」

 「……はい?」

 

 突然の言葉に疑問符を浮かべながら顔を上げると両目を赤く輝かせてギアスを発動する殿下が。慌てて目を隠してギアスを防ごうと動くが、別段なにかが起こっている様子も体感もない。ひとつ言うなれば身体が少し軽くなったぐらいか?

 

 「いやぁ、驚かせてすまない。私のギアスは『癒しのギアス』と言って、半径50メートル以内の者に疲労回復や精神的安らぎを与えるんだ。さらに接触すれば効果が上がる」

 「で、殿下…ひとつ宜しいですか?」

 「うん、どうぞ」

 「何故我々に殿下のギアスの能力をお教えになられたのですか?」

 「ん?私だけ君たちのギアスを知っていて君達が私のギアスを知らないのは不公平だろう」

 

 さも当然のように答えた一言に私を含めた四名が絶句し、白騎士は項垂れていた。マオは、どうしたのかと首を傾げていたオデュッセウスに視線を送った。目が合ったことで言いそびれた事に気付いて手を叩いた。

 

 「後はC.C.細胞の侵食を後退させることが出来る」

 「「「「――ッ!!」」」」

 「…筈なんだよね?」

 「ええ、それは実証済みですよ」

 

 ほれと呟きながら袖を捲くるマオの腕は、C.C.細胞に侵され、見るに耐えなかった肌がほとんど元に戻っていた。目を見開いて殿下とマオの腕を交互に見つめる。

 

 「殿下…そろそろ」

 「うん?もう時間か…。本来ならこの後すぐ君たちの歓迎パーティーを行うところだがこれから予定があってね。夜には行う予定だから楽しみにしていてくれ。では、後は頼むよマオちゃん」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 

 白騎士に促されるまま退出するオデュッセウス殿下に敬礼して見送り、室内にはマオと私達だけが残った。何故マオがここに居るのか、オデュッセウス殿下のギアス能力の事を詳しく聞きたかったりとか、聞きたい事はいろいろあったが誰も口を開かなかった。

 

 「さぁて、皆は僕に聞きたい事があるとは思うけども先に殿下からの指示を済ませるとしようか」

 

 そう言ってマオはソファに置いてあったガーメントバッグ四つを目の前に置いて行く。ただ見つめていた私達に笑みを浮かべていたが置いた途端に真剣な眼差しになった事で気を引き締める。

 

 「先任として初任務の説明をする。来週殿下は非公式にある場所に向かわれます。私達の任務は白騎士を含む六名で殿下の護衛を務めるだけです。以上!」

 「ひとつ良いか?」

 

 サンチアが一歩前に出て質問しようとする。マオはどうぞと質問の続きを促す。

 

 「場所や装備は?」

 「うーん…場所はボクも聞いてないんだよね。装備は拳銃、もしくはナイフのみ」

 「ナイトメアの使用制限は?」

 「全面禁止」

 「予想される敵性勢力は?」

 「不明かな」

 「つまりは最低限の装備で何の情報も無い場所で敵の数も分からずに、神聖ブリタニア帝国の第一皇子様をたった六人で護衛するという事か…」

 「うん。ボクもそう聞いているからね」

 

 ただの兵士なら絶望的な任務だが自分達のギアスなら何とか出来る…と思いたいが守る対象が大物過ぎて何が起こるか分からない。そもそもギアス能力者だからと言ってたった六人で行うような任務ではない。

 

 「護衛時の衣装はこの中に入っているから好きなのを選んでね」

 

 にっこりと笑みを浮かべた事に何か引っ掛かるが気にしないようにして、足元に置かれたガーメントバッグを開いて絶句した。それは四人共同じで四人共がマオの笑みの意味を知った…。




●オデュッセウスのギアス 『癒しのギアス』
 効果は疲労回復に精神的安らぎを与える。
 使用条件は範囲型で効果範囲は半径50メートルなのと、接触する事で効果倍増。
 
 C.C.細胞の侵食を効果時間や範囲か接触によって異なるが後退させる事が出来る。

 強靭な精神力(妹・弟に対する想い)で暴走したギアスを制御する術を手に入れて『達成人』になっているが本人はその事に気付いていない。
 ただサングラスなどで隠さず、弟・妹と顔を合わせられると喜んだだけである。


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第34話 「プールって良いよね……」

 ルルーシュ・ランペルージは生徒会の皆と共にクロヴィスランドに来ていた。

 

 今日はクロヴィスランドのプール施設の完成式という事で、地元の名主であるアッシュフォード家に招待状が届いたのだ。その招待状を使って生徒会の皆で行こうとミレイ会長が誘ってきたのだ。

 

 メンバーは黒のブリーフ型海パンにカッターシャツのような上着を羽織ったルルーシュ・ランペルージ。

 髪をツインテールにして桃色のチューブトップのナナリー・ランペルージ。

 首の後ろで結んだ赤いホルター・ビキニのミレイ・アッシュフォード。

 トップがタンクトップに似た形状をした水浅葱色のタンキニのシャーリー・フェネット。

 シャーリーと同じタンキニと呼ばれる水着だが、シャーリーが着ているタンクトップ型でなく黄緑色のキャミソール型タンキニに小さな麦わら帽子を被っているニーナ・アインシュタイン。

 バンドゥという横長の帯状になった黒いトップの上から胸元が肌蹴た上着を着こなしている病弱設定のカレン・シュタットフェルト。

 会長の水着姿を楽しみにしていたオレンジ色のサーフパンツのリヴァル・カルデモンド。

 

 そして本国よりアッシュフォード学園に転入してきたナナリーと色違いのチューブトップ姿のライラ・アスプルンド。ナナリーと同じ中等部で同じクラス。仲が良い友達のひとりで会長が勝手に準生徒会員としている。会長から聞いた話ではロイド・アスプルンド伯爵というブリタニア貴族の養女らしい。

 

 あとは黒の騎士団から日本解放戦線に移り、再び黒の騎士団に合流した蒼いサーフパンツをはいたライだ。ライとは考えの違いにより離反した訳だがすでに水に流している。ナイトメアの操縦技術はカレンに次ぐ実力者で部隊指揮官としても有能。ラクシャータが調べた血液検査の結果では100年前に途絶えたとされるキョウト六家の皇家の親戚。血筋もあってかキョウト六家の皇家当主である皇 神楽耶とは親しく、キョウトからの支援が以前よりも良くなった。それに黒の騎士団から離れた際にナリタで散り散りになった四聖剣と藤堂の捜索に尽力。日本解放戦線の藤堂 鏡志朗中佐と部下の四聖剣から多大な信頼を勝ち得て、黒の騎士団に戻る際には藤堂達も共に来たぐらいだ。

 

 記憶喪失と怪しい点も多かったが今では黒の騎士団になくてはならない存在となっている。ただディートハルトはライの血筋に素質からゼロのカリスマ性が危うくなると発言し、排除すべきと進言してきたが…。

 

 ルルーシュは大きく息を吐き出し、考えを追い払ってプールへと視線を向ける。ライがナナリーとライラの面倒を見て一緒に泳ぎ、ミレイとニーナはビーチチェアで寛ぎ、リヴァルは輪に入ろうとして失敗してひとり泳いでいる。

 

 ここまでは良いのだが問題は病弱設定のカレンだ。初日という事もあって人が多く、知り合いが俺達しか居ないからって病弱とは思えないほどの泳ぎを見せるか?しかもシャーリーの目に止まってしまい二人は競争を開始している。素とは正反対の病弱設定や学園と騎士団との二重生活でストレスが溜まっているだろうから息抜きは必要だろう。だが、それが今行なうべきかと言えば違うだろ。

 

 「ルルーシュ」

 「ん?あぁ…スザクか」

 

 頭を痛めていると青いサーフパンツのスザクがゆっくりと近付いてきた。スザクは軍の仕事が入っていたらしいのだが急遽仕事が無くなって一緒に行くことになったのだ。ルルーシュ達には仕事の機械が故障してしまったと嘘をついているが、実際はライラ・ラ・ブリタニアの護衛任務に代わったのである。

 

 「どうしたの?ぼーっとして」

 「いや、ちょっとな」

 「熱中症?ちゃんと日除けできる所で休んでないと」

 「大丈夫だ。熱中症じゃない」

 「ルルーシュ。スザク君」

 「会長?」

 「そろそろお昼にしない?」

 「え?あー…もう十二時だったんですね」

 

 時刻を見ると針は十二時に達しており、意識すると自身のお腹が空いている事に気がついた。ニーナが他のメンバーにも声をかけに行った為にゆっくりとだが集まってきた。

 

 「所でスザクはどうするんだ?」

 「僕?」

 「ほら、来ていた上司の人が俺達と食べるか作ってきた弁当を一緒に食べるか聞いていただろう」

 「うっ…皆と食べると言っておいたから」

 「そうか」

 「あれ?スザク君、顔色悪くない?」

 「あははは…なんでもないよ」

 

 青ざめたスザクの反応からあのセシルとか名乗った女性の弁当は食べたくないのだろう。昔と違って周りに優しすぎるスザクがそんな反応を見せる弁当は別の意味で興味は惹かれるがおいておこう。

 

 プールからライに抱き抱えられて車椅子に腰を降ろしたナナリーもライラに押してもらって合流した。

 

 「じゃあ、メシにしますか」

 「と言ってもあれじゃあ…ねぇ」

 「凄い行列ですね」

 「お昼食べる前にお昼過ぎちゃいそう」

 

 ここプール施設内にも飲食店が並んでいるのだがここに集まった客が一斉に向かった為にどこも列が出来てしまっていた。もう少し早く行っていれば問題もなかっただろうが今更遅すぎた。並んだとしても最低一時間ぐらい待たなければならないだろう。

 

 「ねぇ、あの店はどうかな?」

 「あの店?ああ…奥の店ね。確かに誰も並んでないけど」

 

 カレンが指差した先には誰も並んでない店が建っていた。木材で簡易的な小屋のような建物には誰も並んでいないが、それはそれでなにかがあると考えてしまう。料理が不味かったり店員に問題があるとか…。

 

 「どうします会長」

 「うーん…ものは試しって事で!」

 「楽しんでますね会長」

 「楽しんでいるというか面白がってるねこりゃあ」

 「本当に不味かったらどうするんです?」

 「そのときはリヴァルが犠牲になるだけだから」

 「って俺ですか!ひでぇ…」

 「決まったんなら行かないか?ライラもナナリーもお待ちかねだよ」

 「もうライさん!それじゃあ私達が食いしん坊みたいに聞こえるんですけど」

 「ああ、ごめんよ。でもライラも空いているだろう」

 「そ、それはいつもより動きましたから」

 「ふふふふ」

 

 二人のやり取りを見てナナリーが笑う。自然と頬が弛んで自分も笑ってしまう。

 

 とりあえず店まで行ってみると客が集まらない理由が分かった。料理や店員がどうのこうの言う前に店の名前に問題があった。

 

 『日本風 出張海の家』

 

 ここの店主はどうしてそうしたのか分からない。今日はプール施設の完成式でトウキョウ租界にいる貴族や盟主に招待状が送られ、プールの客のほとんどが意識の高いブリタニア人ばかりだ。しかも招待状の送り先を選んだのは差別意識の高いクロヴィスだ。日本風と書かれた店に行く訳がない。

 

 ふとクロヴィスの事を思い出すと完成した挨拶をした者を思い出す。

 

 ここに来ていたのだ。エリア11の総督であり、神聖ブリタニア帝国第二皇女のコーネリア・リ・ブリタニアが。どうやらクロヴィスはまだ歩き回れるほど本調子ではないらしく、代わりに挨拶に出てきたのだろう。ここには黒の騎士団のカレンとライが居たというのに何も出来なかった。もし知っていたならば何かしら手を打って………いや、止めよう。今日のプールをナナリーが楽しみにしていたのだから。

 

 「お客様ですか?いらっしゃいま――っせ!?」

 「その声……アリスちゃん?」

 

 店前で客が来ないか見ていた店員に声をかけられたと思ったらその店員はナナリーの同級生で友人のアリスであった。アリスは黄色い花柄のトップがフリル状になったフレア・ビキニに『出張海の家』と荒々しく書かれたエプロンを着て困った顔をして固まっていた。

 

 アリスも会長は準生徒会員と呼んでいる事から誘ったのだが仕事で来られないと断られたのだ。確か軍の事務系の仕事についていると聞いたが。

 

 「あれ?アリスさんは今日お仕事があるって」

 「それが…ここにコーネリア殿下を始めとする皇族の方々が来られたでしょう。一応警備強化の為に呼ばれたのよ」

 「ユーフェミアね…皇女殿下の事ですね」

 「皇族が二人も来るなんて警備も大変でしょう」

 「……うん…あ!わ、私達は予備の予備だから。それより食べていくでしょ?どうぞどうぞ」

 

 何処と無く余所余所しく受け答えするアリスに違和感は感じるものの、促されるまま店内に入ると店内には流木をイメージした荒々しい木で出来た机や椅子が並べられていた。店員はアリスを除けば眼帯で片目を隠す少女と自分達より年上らしい黒髪長髪の女性の二人だけだった。

 

 入り口に置いてあった氷水の入った桶にラムネと書かれたビンを見つけて懐かしがっているスザクにもろには出してないが気になっているカレン。初めて目にするライラは別として席について品に目を通す。机にはメニュー表はなく、木札に書かれて壁に立てかけられていた。

 

 ラーメンやカレー、焼きそばに丼ものが並んでいる中でだいたいがカレーかラーメンを選んだ。ナナリーのはメニューの中で時間が経っても美味しく食べられそうなものを探して結果的に焼きそばにした。

 

 「殿k…コホン。店長、お帰りなさい」

 「ああ、戻ったよ。おっとお客様が来ていたのかい?急いで用意をするとしよう」

 

 入り口から店長と呼ばれた人物に目を向けると皆が皆、唖然とした表情で固まった。アリスは頭を押さえながら大きくため息を吐いていたが。

 

 

 

 

 

 

 元エリア11の総督であるクロヴィスは公共事業としていろんな物に手をかけた。本人の趣味でもある絵画や彫刻などを集めた美術館に、エリア11のブリタニア人達が楽しめるように自身の名前が入った『クロヴィスランド』というアミューズメントパーク。まだ建設中だがカジノなどなど。

 

 公共事業であるクロヴィスランドの一角にエリア11最大規模のプール施設が完成した。大型のスライダーに200メートルもの流れるプール。50メートル・25メートルに子供・幼児用プールは勿論、人工的に波を起こしてサーフィンを楽しんだり、ボート用の水路でボートを体験したり、水球を行なうコートなど多種多様に楽しむ事が出来る。プール以外にも飲食店や日焼けサロンなども入っており、遊ぶ事以外にも充実している。

 

 出来たばかりのクロヴィスランドのプールをひとりの男性が微笑みながら歩いていた。『出張海の家』と書かれた袖の無いティーシャツにジーンズ、日差しより守る為の大きめの麦藁帽子を被った男性は良く冷えたラムネのビンを二つ持って辺りを見渡して探している人物へと視線を向けた。

 

 「お~い」

 

 手を振りながら声をかけるとかけられた女性はビーチチェアから飛び起きて姿勢を正した。近くで泳いでいた少女は女性の態度を見て理解して、慌ててプールから出て横に並んだ。

 

 「こ、これは殿―」

 「は、禁止でお願いしたよね」

 「申し訳ありません。お…オデュさん」

 

 ラムネを持ったオデュッセウス・ウ・ブリタニアは困ったような笑みを浮かべながら二人にラムネのビンを差し出す。恐る恐る受け取る二人は上官であり、雲の上の人物である相手にどう接していいか分からずにほとんど固まってしまっていた。

 

 受け取った二人は最近オデュッセウスによりギアス饗団からオデュッセウス直属の特殊部隊になったルクレティアとダルクだ。二人とも護衛の任務を受けて来ているのだがルクレティアは薄い水色の三角・ビキニでダルクは純白のバンドゥと護衛には適さない水着姿である。他にもアリスにサンチア、一度裏切っているマオも同じく護衛任務を受けているが三人共同じく水着姿。唯一水着を着ずに護衛をしているのは片時も離れようとしない白騎士のみである。

 

 「私達は本当に遊んでいて宜しいのでしょうか?」

 「うん?交代制で働いているんだから休憩時間ぐらい好きにすればいいだろう。場所も場所だしね」

 「しかし…」

 「今は難しく考えなくて良いからさ。それと水分補給はちゃんとするんだよ」

 

 オデュッセウスは二人に笑みを向けると来た道を戻って行く。白騎士が追従している為に嫌でも目に付いてしまうが『神聖ブリタニア帝国の第一皇子』が警護ひとりだけであんなラフな格好で居る訳ないとそれぞれが判断して見られるだけで終わっている。

 

 泳ぐ気はまったくないがここに来て良かったと思う。一番の理由は愛しい妹達の水着姿を拝めた事である。ここ大事なのでもう一度…愛しい妹達の水着姿を拝めた事が一番なのだ。断じてイヤラシイ意味合いではないのは断言しておこう。

 

 想像して欲しい。

 

 戦場では女性とは思えないような荒々しさと力強さを持つ武人で、普段は凛々しく、気高く、美しい女性のコーネリアがユフィが選んだビキニより多少布地の少ないマイクロビキニでトップから紐が前から腰へ、そして前側のボトムへと繋がっている水着を着て、挨拶をする為に堂々としようとしているが恥ずかしさのあまりに頬は赤らみ、眉は困ったようにハの字になり、恥ずかしさが表情から読み取れるのだ。

 

 いつもとのギャップに頬が弛みっぱなしだった。最高画質で録画してて良かった。

 

 コーネリアもそうだがユフィの水着姿も可愛らしかった。可愛らしかったのだがあの水着はなんというのだろう?ボトムは普通なのだがトップがチューブトップというよりも、きつく締め付ける感じではないがさらしを巻いているように見える。その水着の上におへその辺りを露出させているエプロンドレスのような物を着ているなど珍しいデザインをしていた。確か二人が着ていた水着はクロヴィスがデザインしたらしい。やはりクロヴィスの美術の才は凄いな…。

 

 当のクロヴィスは撃たれた傷もあって本調子ではなく、政庁で待機している。そもそも総督・副総督が同時に政庁を空けるだけでも何かあった際には問題があるというのに、次に力のある副総督補佐まで空けるとなるとさすがに不味いので居なければいけないのだが。

 

 副総督補佐なら私もだが私はこの前のシミュレーションでコーネリアに勝ったから必然的にクロヴィスが残る事になった。あのシミュレーションでオデュッセウスはコーネリアに三つの条件を飲ませた。ひとつはユフィが選んだ水着を着る事。ふたつ目は今回の完成式に自分も非公式に参加する事だ。完成式に参加したのは自分が楽しむ事よりも今まで戦い続きだったイレギュラーズの面々に休ませる口実を作りたかったからだ。ここのプール施設は完成直後に体験させてもらって、凄く良いものだと分かっているからこそ彼女達にも楽しんで欲しかった。

 

 ……流れるプールで力を抜いて水面に顔を付けて流れていたら大騒ぎになったのは反省したが…。

 

 三つ目はキュウシュウの仕込みだがそれは今は置いておこう。そういえば護衛で思い出したのだがコーネリアの護衛で来ていたダールトン将軍がとんでもない事をしようとしていたんだった。今回のコーネリア達が来る事は非公式で客も水着姿で武装のしようがない事から護衛についていたダールトン将軍と騎士のギルフォードも水着姿で居たのだ。

 

 相手が武器を持ってなくとも護衛の立場上武器を携帯したいのは解る。解るのだが……真紅のブリーフ型の海パン前部分に拳銃を仕込むのは駄目だと思うんだ。異様に膨らんだ場所が場所だけに問題過ぎる。公に出る前にギルフォードが注意してくれて本当に良かった…。

 

 白騎士を連れて今回出店した臨時の飲食店『日本風 出張海の家』に戻ってきた。プール施設の完成式と言う事で招待状を送って通常時より多いと予測され、飲食店は本日に限って臨時に増やされたのだ。それに紛れてオデュッセウスも店を出したと言う訳で、結果は客数ゼロというものに。内装もメニューも前世で行った海の家を完璧なほど再現したというのに何が問題なのだろう。店内には護衛兼店員でアリスにサンチア、マオと男性なら目を惹かれる可愛い美少女二人に綺麗なお姉さんが水着姿(上にエプロン装備)で居るというのに。ちなみに交代制でルクレティアとダルクは休憩中である。

 

 まぁ、店自体は道楽でやってみたかっただけなので客が来ないのは良いのだが、納得は出来ずにいる。

 

 「殿k…コホン。店長、お帰りなさい」

 「ああ、戻ったよ。おっとお客様が来ていたのかい?急いで用意をするとしよう」

 

 店の中に入るとフレア・ビキニ姿のアリスが出迎えてくれた。ちなみにサンチアは紐を前で交差させ、後ろで結んだクロス・ホルター・ビキニで、マオはトップはビキニだがボトムがショーツパンツのボーイレッグである。

 

 少し出ていた間にお客が入っていたらしく少し慌ててキッチンへと向かおうとすると見覚えのある面々と目が合った。皆が皆、目をぱちくりして見ている。多分私も同じ顔をしているだろう。

 

 「で、殿kむぐう!?」

 

 一番に叫ぼうとしたスザク君の口を押さえて続きの言葉を言わないようにジェスチャーで伝える。コクコクと頷いた事を確認して手をゆっくり離した。

 

 「どうして殿―――えーとなんとお呼びすれば」

 「とりあえずオデュと呼んでくれるかな。皆にもそう呼んでもらっているし」

 「で、オデュさんは何でここに?」

 「………あ、遊びに?」

 

 思わず適当な理由を言っちゃったけど皆の視線が痛いです。特にルルーシュとミレイちゃんの視線が物凄く痛い。ミレイちゃんは呆れというより諦めという感じかな。

 

 「ひとつ聞きたいんですけど店長って呼ばれたって事はこの店は貴方の店なんですよね?」

 「そうだよ。店の内装からメニューまで全部私が決めた店だよ」

 「なんで海の家なんですか?ブリタニアでメインの洋食でも日本で有名な和食でもなく、海の家を模した店を」

 「いや、だって日本で水辺の飲食店だったら海の家かなと…」

 「日本に詳しかったりするんですね」

 「私は昔から日本が好きだから」

 

 自然に出た言葉にニーナは驚いていたがライとカレンは嬉しそうな表情をしていた。二人とも日本人とブリタニア人のハーフだがライは日本解放戦線だから日本よりで、カレンにとって日本は取り戻すべき故郷。悪く言われたら怒るだろうが好きだと言われて嬉しかったのだろう。でも、私は日本を蹂躙し、奪ったブリタニア皇族の一人なんだよ…。

 

 二人の笑みにオデュッセウスは心の奥底に罪悪感を感じるが二人はそんな事は考えてなかった。カレンは前にブリタニア人に虐げられている日本人を助けたところを目撃しており、皇子だと分かって調べていくうちにいろいろと日本人の為にも手をまわしている事を知っている。ライは自分で調べたのではなくて仲の良い神楽耶と食事を一緒に誘われた際に話に上がった事があり、話すときの神楽耶の様子から悪い人間ではないと思っている。

 

 「そういえばまだここが日本と呼ばれていた頃に日本に行ってましたね」

 「いろいろ見てまわったなぁ。スザク君も覚えているだろう?」

 「はい。懐かしいです」

 「あの頃は髭のおっさんと呼んでくれていたのに最近は呼んでくれないね」

 「そ、それはっ…あの時はまだ幼かったですし…」

 「他国の皇子と首相のご子息だからって髭のおっさんは…」 

 「やるねぇ。普通は呼べないって」

 「家で話された日本の友達ってスザクの事だったんだ」

 「なにを話されたんですか!?」

 「……枕投げとかだったかな?」

 「その話は知らないです」

 

 昔話に華を咲かしていると思い出しているスザクにルルーシュにナナリーにミレイ。話を興味深く聞いているカレンにライ、ライラにシャーリーにリヴァルは良いとしてニーナがあまり良い顔していない事に今更気付いた。彼女にとって日本に良い思いは少ないだろう。河口湖のホテルジャックの件もあって嫌なことのほうが多いかもしれない。

 

 「……そう言えば、ニーナさん」

 「はっ、はひ!?」

 「今度政庁に来ないかい?」 

 「はい!………はい?」

 「すまないね突然で。ユフィが君と話したいと言っていたのを思い出してね」

 「ユフィさん?」

 「ユーフェミア皇女殿下の事だよ」

 「皇女殿下が私なんかに!?」

 「実は河口湖の時にユフィもあの現場に居てね。私が立たねば彼女が立っていただろう」

 「そんな…」

 「ユフィは優しすぎるところがあって今でも気にしているんだ。と言っても友達の家に遊びに行くような気軽さで来てくれればいいから」

 「本当に私なんかが行っても良いのでしょうか?」

 

 自分を卑下するような言葉に表情。不安の色も混ざって怖がっている様に見える。ぎゅっと水着の裾を握っている手を優しく両手で掴みながら視線を同じ高さに合わせる。肩がびくりと震えて不安げな視線が私の瞳を捉えた。

 

 「そんなに自分を卑下にするもんじゃないよ」

 「だって何の取り得もないし、両親だって普通で…綺麗じゃないし」

 「ん?綺麗だよ君は」

 「えぇっ!?わ、私がですか?」

 「うん。綺麗だし可愛らしいと私は思うよ。その黄緑色のキャミソールの水着も凄く似合っているよ。それにこの前会った時にも思ったんだけどとても姿勢が綺麗なんだよね。座っているときも猫背にならず背もしゃんと伸ばしているし。他にも――」

 「あの、それ以上は」

 「あ、あれ?」

 

 真っ赤に染まるどころか頭から湯気が出そうなほど照れたニーナに小首を傾げた。自分としては思った事を言ったつもりだったのにまさかそこまで照れるとは。

 

 関心に呆れ、面白がっている視線を店内の全員から浴びて居ても立っても居られずにキッチンに逃げ込む。アリスから注文票を受け取り最近政庁のコックに習った料理を作り始める。

 

 出来たてを運んで貰い美味しい美味しいと食べて貰ったり、ナナリーやライラからは表情で感想を求められたり、ミレイとライ、カレンからは日本での話を頼まれたりと中々楽しい一日となった。

 

 

 

 

 

 

 ……ただ、ライラから私が女の子を口説いていたと語弊のある発言を聞いたコーネリアが執務室に突入してきたのには心底驚いた。誤解を解くのに時間がかかりそうなんだが誰か助けてくれないだろうか…。



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第35話 「午後のひと息と突然の知らせ」

 政庁の多目的室はパーティ会場や表彰式、会見場と幅広く使われている部屋である。

 クロヴィスが総督の時にはよくパーティ会場として使われたが、コーネリアが総督となってからは政庁から情報を発信する際の会見場ぐらいにしか使っておらず、パーティなどは片手で数えられる程度である。

 そんな多目的室にエリア11に滞在する貴族が勢揃いして、真ん中のレッドカーペットと奥の壇上を空けて左右に並んでいた。中には変わり者のロイド・アスプルンド伯爵やラウンズのノネット・エニアグラム卿の姿もあったが、一番目を引くのは最前列に立っている現エリア11の総督であるコーネリア・リ・ブリタニアだろう。

 

 …物凄く不満げな顔をしているが。

 

 「姫様…」

 「なんだギルフォード」

 「そんなお顔をされていたらユーフェミア様も困ってしまいますよ」

 「まさか認めてやれとでも言うつもりか?」

 「いえ…ただユーフェミア様の記念すべき場ですので…」

 「分かっている。分かっているのだが………兄上も余計な事を」

 

 最近は冷たい眼差しが多いが、ほとんどは優しい眼差しで見つめる対象であるオデュッセウスに忌々しそうに視線を送ってしまう。当の兄上は撮影班に事細かに指示を出している。後ろに付いている白騎士が視線に気付いて一礼する。

 

 鼻を鳴らしてそっぽを向いて白騎士の視線から顔を逸らす。

 

 私はあの白騎士という奴が気に入らない。

 兄上と親しいロイドも気に入らないがあれとは理由が異なる。

 ロイドは貴族としての自覚が足らなさ過ぎて見ていてイライラする。それと妙に馴れ馴れしいのが火に油どころかガソリンを注がれてキレそうになる。

 だが、白騎士に至っては存在そのものが気に入らないのだ。

 礼儀も覚えており、ナイトメアの実力もかなりのもので騎士にするのに問題はない人物だ。その人物が正体不明な事を除けばだが。

 誰も白騎士の正体を知らないのだ。兄上や姉上に聞いても知らず、オデュッセウス兄上に問い詰めてもそれだけは教えてもらえなかった。いつもなら何でも教えてくれるのだがガードは堅く、ヒントの類すら得られなかった。そのうえ兄上からの信頼はかなりのものらしく、用事があり執務室に行った際に二人でお茶をしていた姿を目撃した。

 …違う。羨ましいとかそういうのではなくて…。確かにエリア11に来てから忙しくて兄上とお茶をするような機会が少ないのは認めるが、だからと言って嫉妬など…。

 

 ―――コホン。何にしてもあの正体不明で兄上から信頼されている白騎士が気に入らない。

 それ以上にあの男が今は一番気に入らない。

 壇上にユーフェミアが立ち、静寂に包まれた室内を扉が開かれる音が広がる。皆の注目を集めたあの男は純白の騎士装束を身にまとって、レッドカーペットを踏み締めながらユフィの元へと歩んでいく。

 神聖ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士となる枢木 スザクをコーネリアは忌々しく睨む。

 

 

 

 

 

 

 枢木 スザクの叙任式の三日前。

 政庁にはクロヴィスが造った屋上庭園があり、オデュッセウスは結構この場所を気に入っている。昔は何度も訪れたアリエスの離宮を模した庭園で、のんびりゆっくり過ごすには適している。お茶菓子に紅茶を用意して午後のひと時を過ごしてもいいし、暖かい太陽の日差しを浴びながら日向ぼっこするも良しなのだ。

 たまにクロヴィスとチェスを打つこともあるがいっつも勝ってしまい不機嫌になるのだ。

 

 今日は執務も粗方片付けてひと息吐いていた時にコーネリア達も同じくひと息入れていたので庭園に行かないかと誘ったのだ。

 誘ったのはコーネリアにユフィ、クロヴィス。そして身体が鈍っていたのかジャージ姿で駆け回っていたノネットの四人。

 お茶菓子に秘蔵の高級クッキーと紅茶を用意して向かったのだが熱い紅茶を一気飲みしているラウンズがいるんですけど止めた方がいいのか?

 心配をされていた事を知らないノネットは失った水分を得ようと紅茶に飛びつき、勢い良く噴出して咽ていた。手遅れだった事を悔やむ事なく視線をコーネリアとユフィに向ける。コーネリアは芝生の上に転がって、頭はユフィに膝枕してもらっている。

 とても絵になる光景だなと思っていると先にそう感じてキャンバスと筆を手にしていた弟がいるが、その道具はどこから出したのだろうか?常に庭園など自分が行くであろう場所には常備してあるのかな? 

 

 「そういえば兄上も膝枕して貰っていたことがありましたね」

 「ん?そうだっ――」

 「何処の馬の骨に頭を預けられたので?」

 

 思い出したかのように話し始めたクロヴィスの言葉に思い出そうとしたオデュッセウスは、眼光を鋭く輝かせるコーネリアの視線を受けて口が止まった。肉食獣よりも肉食獣らしい眼光を向けられてどうすれば良いのか分からず、助けを求めるようにユフィへと視線を向ける。意図を汲んでくれたのか微笑みながらコーネリアの頭を優しく撫でる。若干ながら眼光の鋭さが和らいだ気がする。

 

 「クロヴィス……。寿命が縮まる発言は控えて欲しいな」

 「今のは私の失言でした。あと付け加え忘れていました」

 「ああ!あの時のことですね」

 

 ユフィが思い出したことでオデュッセウスだけでなくコーネリアも思い出して顔を赤らめる。その表情を見たノネットの口元がニタリと笑った。

 

 「ユフィ!その話は…」

 「聞きたいですね。何があったのですか殿下?」

 「エニアグラム卿!?さ、さして面白い話ではないので」

 「私がアリエスの離宮で昼寝しようと芝生で転がっているとユフィが来てね」

 「兄上!?」

 「頭が痛そうだからと膝枕してくれたのだよ」

 「ほうほう」

 「そこに来たコーネリアが――」

 「わああああああ!?あああああ、兄上!」

 「お姉様。ジッとして下さい」

 「『私のユフィを盗らないで!!』と叫びながら突撃して行ったんでしたよね」

 「ぶふっ!見事なシスコンぶりですね」

 「クロヴィス貴様……後で覚えていろよ」

 

 肩を震わせて馬鹿笑いを我慢する様を見て不貞腐れながらも最後の一言を告げたクロヴィスにはしっかりと恨み言は残した。微笑みながら持ってきたクッキーをかじり、紅茶を飲んで文字通り一息吐いた。

 

 いつまでもこんな日々が続けば良いのに…。

 

 頭を過ぎった言葉を追い出すように顔を左右に振って考えをリセットする。『続けば良いのに…』ではなくて『続くようにする』。その為にキュウシュウの仕込みに行政特区日本設立時の対策を考えているんじゃないか。エリア11での兵力も確保し、力も得た。すでに情報を持っている点で未来がある程度見えているから後は自分の努力次第。

 多分忘れている小さな事はあるだろうがそれはその時に対処すれば良い。

 『情報を持っている点』と言ったがこの情報が何処まで信じて良いか分からなくなってきているが…。

 

 原作であった出来事が消滅した事案が発生した。

 藤堂 鏡志郎がブリタニア軍に捕まった事で黒の騎士団による救出作戦だ。これは内容的に助け出すだけの回ではなく、新機体である月下のお披露目、藤堂や四聖剣が主に活躍する場、数少ない挿入歌が使われたりといろいろあるが、一番はゼロの指揮でランスロットが圧倒されてコクピットが破損。パイロットが国内のブリタニア人・日本人問わずに知れ渡りルルーシュは困惑し、ユフィは記者の前でスザクを騎士にすると宣言する大きな場面。

 それが消失してしまったのだ。

 原因はロストカラーズのライと推測する。理由は監視をしていた四聖剣が連続で監視を撒いたのだ。ゲームで日本解放戦線編でそんな回があったし、間違っていない筈だ。彼の活躍によって藤堂は捕まる事無く日本解放戦線に合流し、その後に黒の騎士団に入ったのでした。めでたしめでたし……じゃない!!

 

 頭の痛い事案を思い出して蹲りたくなるのを堪えて、表情が微笑んだまま硬直していたオデュッセウスは紅茶をゆっくりと飲み干す。

 

 「騎士の件は決めたのか?」

 「………」

 「まだのようだな。リスト内に目ぼしい奴が居なかったか」

 「いいえ、皆さん立派な方々でした」

 

 少し考え事をしている間にユフィの騎士の話題へと変わっていたらしい。

 先日コーネリアが選んだ騎士リストを私も見せてもらったが見事な物だった。家柄や学歴は勿論として軍隊での活躍や性格や思考を分析した詳細なデータ。血筋を辿ってブリタニア人以外の血が混ざってないかまで調べ上げたリスト。

 誰を騎士にしても問題が起こる筈も無く、騎士を求める身としてはそれがどれ程の物かは一目瞭然だ。しかし、ユフィは乗り気ではない。けれどコーネリアの想いを汲んであげたい気持ちもあると見た。ここは兄として何とかせねばなるまい。

 

 「私も騎士のリストを作ってみたんだがどうだい?」

 「え?兄上もですか?」

 「私も気になりますね」

 「えーと……まぁ!」

 「ぶふぉ!!ぶははははははっ」

 「家柄も実力も確かだよ。ふふふ」

 

 懐から取り出したリストを渡すと気になったクロヴィスとノネットがユフィの左右から覗く形で見つめる。分厚い表紙をめくって中身に目を通した瞬間、ノネットは大声で笑い出し、ユフィとクロヴィスはクスクスと笑った。満面のオデュッセウスの笑みに何かを感じ取ったコーネリアがリストを見ると……。

 

 A四サイズのページに二枚ずつ幼少期から現在までのコーネリアの写真が貼られていた。

 

 「兄上!!」

 「ど、どうしたんだい」

 「なにを渡してって!いつの間にこんな写真を!?」

 「…家柄も実績もしっかりしていただろう?」

 「そういう事ではなくてですね」

 「おお!殿下にこんな時期が」

 「これは中庭で遊んでいた時のですね」 

 「こっちは軍学校卒業の時ですか」

 「くっ!没収です!!」

 「そんな!私の家宝の一つが!?」

 

 顔を真っ赤に染めながらリストと称したアルバムを奪われて涙を浮かべたオデュッセウスは袖で目元を覆う。袖で目元を隠したのは演技だが涙はマジである。没収されたのは布教用なので問題ないといえばないのだが悲しい…。

 

 「そこまでですか!?」

 「大事なコーネリアの成長記録がぁ…」

 「…あれ?同じようなのを前に見たような気が」

 「うん?ああ、私の私室に来たときだね。それぞれ仕分けしているから数も多くてね」

 「もしかして私のも?」

 「ユフィのもあるし、ギネヴィア、カリーヌ、マリーベル、シュナイゼル、クロ――」

 「全員分のがあるんですね」

 「私の分まであるとは」

 「さて――ユフィ」

 

 先ほどまでの多少ふざけた態度から一変して真面目な表情でオデュッセウスはユフィと目線を合わせる。いつにない真剣な態度に驚きつつ見つめ返す。

 

 「騎士にしたい人がいるね?」

 「え!?」

 「だけどコーネリアがユフィのことを考えてくれている気持ちを感じて言い出せないでいる」

 「……はい」

 「優しいねユフィ。

  ――でもこれは…こればっかりはユフィの問題なんだ。

  君が選ぶ、君の騎士なんだから。

  騎士とは君の矛であり、盾でもあり、剣だ。

  ただ賢いだけの知恵者でも、ただ武術に優れた武人でも、代々貴族の家柄の血筋を持っていたとしても駄目だ。

  確かに必要な要素ではあるんだけれどね。

  私は一番に必要なのは騎士が主を心の底から信じ、そして同じく主も騎士を信用出来る関係だと考えている」

 「信頼し得る相手…」

 「例えユフィがどんな決定をだそうとも私はユフィの意志を尊重するし、周りが否定してきても味方だからね」

 

 最後に頭を優しく撫でられて、微笑んだオデュッセウスの言葉に少しだけ目を閉じて決意して大きく頷いた。

 

 「姉様!私は決めました。私の騎士はスザク――枢木スザクさんに決めました」

 

 ユフィの発言にコーネリアとクロヴィスは反対するがスザクを知るノネットとオデュッセウスは大いに賛成した。

 その後も揉めに揉めたがユフィも中々頑固なところがあって一度決めたことは曲げなかった。反対して式にも出ないと豪語したコーネリアはオデュッセウスに説得されて顔だけだす事に…。

 

 

 

 

 

 

 式が終了してオデュッセウスは自室に篭っていた。先ほどの式を撮っていたテレビ局より映像データを貰い何度も、何度も、何度も見直していたのだ。

 スザク君とユフィの晴れ舞台で嬉しい事なのだが、涙が溢れてくる。なんて言えば良いのか………娘が父親に彼氏を紹介してきたような感じ?娘どころか嫁さんもいない身で体験したことはないけれど。

 

 溢れ出た涙をハンカチで拭き取り、ティッシュで鼻をかんでいると電話が鳴り出した。ルルーシュにばれてからナナリーの『にゃあ』から普通の着信音に戻している。

 

 「もしもし?」

 「お元気ですか兄上」 

 「おや?シュナイゼルかい。珍しいね君から連絡をくれるなんて。しかも携帯電話に」

 「兄上には早く伝えておいたほうが良いと思いまして」

 「早く?何かあったのかい?」

 「あったのではなく、出来上がりましたのでご報告を」

 「出来たって………もしかしてアヴァロンか!?」

 

 ロイドが開発したフロートシステムを採用したコードギアス一期では唯一の浮遊航空艦。武装はそれほどの物ではないがランスロットのシールドであるブレイズルミナスを展開した防御力は圧倒的である。ただ現段階では部分展開がやっとではあるが、それでもかなりのものだ。

 元々ロイドが主任を務める特別派遣嚮導技術部に共同出資している事からロイドから構想だけは聞いていたけれど開発はシュナイゼルの方で行なって、ロイドはランスロットに掛かりっきりでまったく建造している事を知らないらしい。

 

 「完成と言ってもまだ試験段階ですが」

 「では、前に頼んだ件も上手くいきそうかい?」

 「同時進行で進めていますので試験をクリア出来ればすぐにでも」

 「さすがシュナイゼルだ」

 「それで試験飛行を兼ねてそちらに行こうかと」

 「………はい?」

 

 はい?

 どういう事?

 神聖ブリタニア帝国宰相であるシュナイゼルが簡単に動ける筈は無い。最近ライ君の件に目が行きがちで大事な出来事が迫っている事を失念していた。

 

 「父上の命によりエリア11の神根島の調査に赴く事になりまして。それに特別派遣嚮導技術部の立ち位置の話もありますし」

 「…そ、そうだね。今回の件で余計ややこしい立場になったからね」

 「ええ。私が創設した部隊であり、兄上の出資先であり、ユフィの騎士を抱える部隊ですからね」

 「いろいろすまないね」

 「それに兄上には経過報告もしなければ―――兄上。先ほどから声色が良くないようですが?」

 「そ、そんな事ないよ。そうだ。久しぶりにチェスでもしないかい?」 

 「良いですね。楽しみにしています」

 「では、また」

 「はい」

 

 電話を切ったオデュッセウスは携帯電話をデスクの上に置き、静かに立ち上がった。能面のような微笑を浮かべたままのそのそと歩き、勢い良く両手・両膝を付いて項垂れた。

 

 神根島イベント忘れてたあああああああ!!

 

 声にしなかった叫びがオデュッセウスの脳内に木霊するのであった…。



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第36話 「体感して分かったけどハドロン砲って怖い……」

 蒼い空に浮かぶ白い雲。

 

 地平線まで続く青い海。

 

 白い砂浜。

 

 海水浴で訪れたならどれだけ良かっただろうと思えるような海岸沿いを眺めながらオデュッセウスは遠い目をしていた。

 

 オデュッセウスはエリア11副総督のユーフェミアと共に神聖ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアの出迎えで式根島に来ていた。二人が移動するだけで警備を申し付けられた部隊が動き、各部署に多大な仕事を増やしてしまっている事に大変申し訳なく感じる。

 別にここまで迎えに来る事に思うところがあって遠い目をしていたのではない。むしろ迎えに来る事は苦でもなんでもない。だって最近会えなかった弟に会えるんだよ?行くでしょ普通。

 そもそも役職的に迎えに向かわなければならない。相手は弟とはいえ『宰相閣下』でこちらは神聖ブリタニア帝国の植民地エリアの一つを管理補佐している副総督。そして副総督の補佐であるオデュッセウスはユフィが行くなら付いていかなければならない。クロヴィスは撃たれた傷も良くなってきているが大事をとって政庁で待機中。

 

 遠い目をしている理由は自分自身の不甲斐なさにあった。

 

 前回シュナイゼルの連絡を受けるまで神根島の件を見逃して、現在何の準備も出来ていない。原作通りなら何の問題も無い――なんて言ってられない!!だって下手したらユフィがハドロン砲に巻き込まれるんだよ!?

 と、いう事で急遽搭乗できる機体を用意しました。

 

 ……暴徒鎮圧用プチメデ…しかも一機。

 

 まぁ、プチメデの事は良い。戦い方によってはナイトメアとも十分に渡り合える。条件としては被弾ゼロが絶対だが。それより問題なのが我がユリシーズ騎士団はキュウシュウの仕込みの為に出払っているのと白騎士がいないことである。

 神根島の調査を知った伯父上様から連絡があって「ロロ借りるよ」だって。……恨みますよ伯父上ぇ。

 後はアリス達ギアスユーザーの部隊がいるが彼女たちはナイトメア受け取りの為にここから離れている。

 

 今回は特に準備する時間が無かった。

 もう少しシュナイゼルが連絡してくれるのが早かったら………いや、止めよう。完全に見逃していた自分が悪い。しかし騎士を決めてから三日もしないうちに神根島イベント発生しなくても…。

 

 「お兄様はどうされますか?」

 「――ん?なにがだい?」

 

 ひとり海岸沿いを眺めていたオデュッセウスに声をかけたのは副総督であるユフィである。ユフィの周りには特派のロイドにセシル、騎士になったスザクとユフィの警備についているSPがおり、そのすべての視線がこちらに注がれていた。

 

 「司令室に控え室を用意されているそうですがお兄様はどうされます?」

 「ユフィはどうするんだい?」

 「ここに入港するそうなのでここで待とうかと」

 「ならば私も待つよ。海を眺めながらゆっくりするのもいいだろう」

 

 と、私らしい回答を答えたがそれが本音ではない。これから黒の騎士団が襲う司令部に行くなど勘弁して欲しい。それに今私がここから離れるわけにはいかない。ポートマンでスザク君の下へ駆けるであろうユフィを止めなければならないのだから。

 

 焦る素振りを見せぬように心を落ち着かせようと行ったり来たりする波を眺めていると遠くから爆発音が響き渡った…。

 

 

 

 

 

 

 森林に囲まれた位置に神聖ブリタニア帝国式根島駐屯地が存在する。小さな島で人口も少なく、エリア11を守る防衛戦としても重要な地点でもないが為に、それほどの軍事力は有していない。主力のナイトメア9機ほどで戦車などの戦闘車両が大多数を占めている。ブリタニアの宰相閣下が式根島に来るとのことで本土より12機ほど補強されたが今の黒の騎士団の敵ではない。

 

 『イレブン風情が!!』

 「イレブンじゃない日本人だ!」

 

 防衛部隊のサザーランドの銃弾を最小限の動きで突破した新型ナイトメア【月下】――の先行試作型がサザーランドの頭部を肥大化した左腕部の輻射波動機構甲壱型腕で掴む。黒い電流のようなものが放たれたと同時に握られた頭部から変形させながら膨張させ、パイロットがコクピットごと脱出したと同時に爆散した。

 

 「これが月下…これが輻射波動か…。凄い」

 

 一時は日本解放戦線に移り、再び黒の騎士団に戻ってきたライはカレンに並ぶ操縦技術と卓越した指揮能力により特務遊撃部隊隊長の地位についていた。騎乗している機体はキョウト六家の皇 神楽耶の計らいでライ用にカスタマイズされた【月下先行試作型】。色は蒼色で左腕部は紅蓮の輻射波動機構のパーツを用いて簡易化された輻射波動機構甲壱型腕により驚異的なナイトメアに仕上がっていた。

 しかもパイロットはまるで精密機械が操っているかのごとく細かく動かす為に敵には弾丸がナイトメアをすり抜けていくように見えて脅威以上に恐怖を与えている。

 

 『先行しすぎだぞ!』

 

 追ってきた千葉の月下が弾丸をかわしながら廻転刃刀でサザーランドを素早く切り伏せる。背後から撃とうとした戦車部隊は別方向から現れた卜部の月下の掃射により壊滅させられた。

 

 『どちらも先行しすぎだと思うがな』

 『私は奴ほど周りを見ていない訳ではない。今のだって問題なかったんだ』

 

 確かにサザーランドを斬り捨てた辺りで左腕のハンドガンで狙おうと動いていたのは分かった。けれど解放戦線で一緒に戦った頃に比べれば落ち着きが無い。僕と同じで新型機に浮かれているのだろうか?いや、『浮かれ』というよりは『焦り』か?

 

 『まぁそうだろうな。しかし、なぁ……いや。止めておこう』

 『なんだ!途中で止めるな。気になるだろう』

 『ここにあの第一皇子はいないだろうからリベンジに燃えているなら無駄だと思うぞ』

 「あー…ナリタでの一件ですか」

 

 卜部に言われて思い出した。千葉はオデュッセウス・ウ・ブリタニアと戦いたがっている事を。

 前のナリタ連山で斬りかかったら一瞬で組み伏せられ、新品だった無頼改の頭部を跳ね飛ばされた。それだけで終わらず絶好のタイミングで不意打ちすれば腕を破壊され、新兵器であった廻転刃刀を奪われてしまう始末。

 あの時の借りを返すといって何度シミュレーターで相手をさせられたか。

 

 『分からないだろう。最前線に何の前触れも無く現れる皇子だぞ』

 「この前クロヴィスランドのプール施設解放日に海の家やってましたよ」

 『ちょっと待て。そいつ本当に皇子か?』

 「カレーライス美味しかったです」

 『くそ、何故早く教えてくれなかったんだ!』

 『うん。お前ら少し落ち着こうか。一応ここ戦場だからな』

 

 会話しつつも各々の能力が高すぎて戦車隊程度では相手にならない。もし彼らを止める戦力があるならそれはユーフェミアの騎士となったスザクのランスロットぐらいだろう。

 注意されたからには意識を戦闘に集中させて行動を開始する。現状基地の制圧は50パーセントを超えている。近くの駐留部隊には応援要請が掛かっているだろうがその頃にはゼロの作戦通りなら撤退できる。もし追撃されてもこの式根島に来たゲフィオンディスターバの副産物であるステルス機能を持った潜水艦で逃げおおせる。ただ潜水艦に積めるナイトメアには限りがあって持久戦は困難だが、今回のような短時間の奇襲なら問題ないだろう。

 

 レーダーに目を向けていると玉城の無頼の反応が消えた。基地方向の真逆から来たナイトメア反応は間違いなくランスロットだ。即座に作戦は次段階へ移行して基地制圧していた黒の騎士団は撤退を開始した。

 

 「千葉さん。卜部さん。後退します」

 『では、先に行く』

 『合流ポイントで合おう』

 

 別々に移動しながら森を抜けていく。向かう先の浜辺にはゲフィオンディスターバを設置した罠があり、ゼロがランスロットをそこまで誘導する事になっている。万が一の事も考えて範囲に入らないように無頼や月下など黒の騎士団のナイトメアが囲んでいる。ライが到着した頃にはすでに罠の中心でランスロットとゼロの無頼がゲフィオンディスターバの影響で行動不能に。

 

 『枢木少佐。出てきて話をしないか。

  捕虜の扱いは国際法に則ろう』

 

 少し間が空いてゼロの声に応じたスザクがランスロットのコクピットから姿を現した。

 

 アッシュフォード学園の友人であるスザクとは出来れば戦いたくなかった。記憶喪失で不安な時に損得勘定なしに心配し、いろいろ手を尽くしてくれている生徒会の皆。その中でスザクは差別意識の高い一部学生より虐めを受け、ある事件をきっかけにかなり和らいだとはいえ、大変な事に変わりないのに他人の世話を優先してくれた。

 カレンはゼロの為ならば戦うと断言したが僕はそうは出来ないだろう。だからゼロが任せてくれと言った説得を信じる。彼が仲間になってくれたらどれ程心強いか。

 

 距離もあって聞き取れない二人の会話が終わるのをライは期待と希望を抱いて待ち続けた。しかし、銃を奪われ捕らえられたゼロと遠くからこちらに向かって来ているミサイルの一斉掃射で一瞬にして打ち砕かれた…。

 

 

 

 

 

 

 「船は出せるかい?」

 「は?だ、出せますがこの状況で出せば危険かと…」

 

 ランスロットが襲撃した港では特派のヘッドトレーラー内に特派とユフィが詰めており、船の方でオデュッセウスがこれからの指示を出していた。

 艦長の男性はオデュッセウスの言葉に困り顔で答えたがオデュッセウスはにこやかに微笑む。

 

 「分かっているさ。少人数…もしくはオートで移動するだけで良い」

 「囮という事ですか?」

 「出来れば目立つようにで頼みたい」

 「了解しました。その囮役、謹んで拝命いたします」

 「死ぬことは許さないから。生きて戻ってくるように」

 「イエス・ユア・ハイネス!」

 「後は救援に来るであろう部隊の指揮を取れれば問題は――」

 「兄上!」

 

 頼み辛かった指示を覚悟を決めた表情で受領されたら不安で仕方がないのだが。そのまま死に急ぎそうで…。

 そんな不安感を抱いていると大声でユフィに呼ばれて振り向く。これまでの人生で見たことないほどお怒りなのだがどういうことでしょう?ああ、囮の件か。でも囮の件だとしてもユフィはまだ知らない筈なんだけど私の服に盗聴器でも付いてたか?

 

 「何故あのような命令を!あそこにはスザクも居るのですよ!」

 「うん?何の話だい?」

 「スザクにゼロを足止めさせてミサイルを――」

 「待って!それ私じゃないよ」

 

 移動経路や一時的に隠れておく場所の検討。それまでの時間稼ぎの囮など話をしている間に事態がそこまで動いていたらしい。ミサイルの話が出てきたということはスザク君がゼロを――ルルーシュを捕縛したところか。

 状況を理解したのは良いのだが誤解を早く解かないと…。

 

 「しかし、総督以上の権限がないと覆せれない命令なんて出せる人は限られています」

 「限られているけど私にそんな権限はないよ。だって今は副総督補佐官。ユフィより下なんだからそんな命令出せないよ」

 「では、兄上以外に誰が…」 

 「あー…この近くに居るのなら一人しか居ないよねロイド」

 

 トレーラーよりユフィを追ってやってきたロイドとセシルだが話をしている途中から思い当たる節があるのかロイドが俯いていた。

 

 「あはは…。シュナイゼル殿下ですね」

 「そんな!」

 「シュナイゼルは神聖ブリタニア帝国宰相だから総督以上の命令は下せるだろう」

 

 原作を知っているからそのまま答えても良かったが、反応を示したロイドに答えて貰うのが適切だろう。それにこの会話には時間稼ぎも含まれている。この後の展開はシュナイゼルがアヴァロンからガウェインのハドロン砲によってランスロットを含めて範囲攻撃を喰らわせる。本来ならハドロン砲は収束して撃つ為に真っ直ぐ飛ぶのだが、まだ未完成の為に散弾のように分散してしまうのだ。ユフィは迷う事無くスザクの元へ駆けていく。スザクはルルーシュのギアスで生きようと動いた結果、神根島に流れ着くのだがユフィはどうやってかまったく分からない。本当に原作通りになるか分からない状況でそんな危険は冒せない。

 

 「私からシュナイゼルに話を通してみようとは思うけど時間が―――あれ?ユフィは?」

 

 顎鬚を撫でながら通信機器のほうに視線を向けて、ユフィへと振り返るとそこにユフィどころかロイド達の姿もなかった。疑問符を浮かべながら隣に居た艦長に問いかける。

 

 「ユーフェミア皇女殿下ならあちらに――」

 「お戯れも大概に!!」

 

 船の外から大声が届き、ポートマンが急発進した。

 って、待て待て!

 大慌てで船外に出ると兵士たちがポートマンを追おうとしているし、セシルとロイドも困った顔をしている事から確実にポートマンにはユフィが騎乗している。船外まで出た道のりを戻り、格納庫へと走る。用意していたプチメデに飛び乗ると止めようとする兵士の制止を無視して飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 「全機動くな」

 『しかしゼロが!!』

 「分かっている。だが、近付けばゲフィオンディスターバの影響を受けるぞ」

 

 ゼロをスザクに捕らえられて焦りを隠せないカレンが今にも飛び出しそうなのを一応注意はするが、藤堂自身も焦っていることは本人がよく自覚している。だからと言ってゲフィオンディスターバを止めたらスザクはゼロを捕らえたままランスロットに騎乗し、今までの戦闘データから見るに逃げられる可能性が大きい。囲んでいるナイトメア部隊で救出作戦を行ないたいがやはりゲフィオンディスターバが鬼門となる。

 

 「くっ!歯がゆいな…」

 『藤堂さん!』

 「どうした朝比奈!」

 『ミサイル群がこちらに』

 「なんだと!?」

 

 言われたまま見上げると大量のミサイルがここに向かって飛んできているのがモニターに映った。どうもブリタニアはスザクごと黒の騎士団を排除しようと考えたらしい。ブリタニアに所属していても日本人の扱いはそれほど軽いものなのか…。

 

 「全機ミサイルを撃ち落せ!全弾撃ちつくしても構わん!!」

 

 藤堂の号令と共に月下に無頼が一斉に撃ち始めた。迎撃できるかどうか怪しい数だが今はやるしかない。ミサイルを中心に納めているモニターの端で紅蓮が突入して行ったのが見えたが止める余裕も無く、即座にゲフィオンディスターバにより行動不能に陥った。

 苦虫を噛み潰したような表情でミサイルを撃ち続けていると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 

 『藤堂!』

 「この声……オデュッセウスか!?」

 『何でも良いからゲフィオンディスターバを解除しろ!』

 「何!?何故知っている?それよりどういう意味だ!」

 『ミサイル群よりもっと厄介なものがくる!死にたくなければ早く退避しろ!!』

 

 何故ゲフィオンディスターバーのことを知っているのか?とか、厄介なものとはなんの事か?とか聞きたいことは複数あるが、とりあえずは嫌な予感はするが…。

 

 「断る。なんの確証もない情報――しかも敵からの言葉を鵜呑みにして指示は出来ない」

 『だと思ってはいたんですけどね!!』

 

 答えるとレーダーに小さな反応が映って視線を向けるとナイトメアの半分以下の暴徒鎮圧のプチメデが森より飛び出して、ゲフィオンディスターバで囲まれた効果範囲内に迷う事無く跳び込んで行った。一瞬、動きが止まったがすぐに動き出した。どうやらあのプチメデにはサクラダイトが多少使われているがサクラダイトが切れた時用に別動力を持っていたのだろう。

 

 『藤堂さん!オデュッセウスが――』

 「馬鹿な!」 

 

 プチメデの搭乗者が即座にオデュッセウスであることを見抜いた千葉の言葉に藤堂は目を疑いながら目を凝らした。確かに搭乗者が本人である事を確認して驚きより呆れの感情が先に訪れた。それにしてもゲフィオンディスターバを知っていた事や対策をしている事などこちらの動きを知っているかのようだ。

 オデュッセウスの進行方向を見てみるとドレス姿の場違いな少女が駆けているのがモニターに映った。後姿だが資料で見たユーフェミア・リ・ブリタニアのような感じを受けるがまさかな…。

 

 「―――ッ!?なんだ!!………なん……だと…」

 

 大きな影が自身の月下を覆った事で視界をオデュッセウスから上空に戻すと、アニメや漫画、映画などに登場しそうな空を飛ぶ戦艦が頭上に浮かんでいた。こちらに向かって飛翔していたミサイル群と黒の騎士団が撃っている銃弾をバリアのようなもので防いでいる。資料にあったランスロットのエネルギーシールドだと推測できるが、これではまるでSF映画ではないか。

 戦艦の後部ハッチがゆっくりと開き、暗闇しか見えない内部から赤い輝きが発せられる。徐々に強くなる光にこれがオデュッセウスが言っていた厄介なものなのかと睨みつける。

 

 「全機散開!散れ!!」

 

 叫ぶと同時にゲフィオンディスターバ発生装置がほぼ同時に爆発し、後部ハッチから赤いエネルギー砲弾のようなものが降り注いだ。照準を必要としない面制圧用の兵器らしいがまだ掃射の量が少ないのと、範囲が広すぎた事でこちらの被害はほとんど無かった。

 

 「全機無事か!?」

 『紅蓮が停止したままですが…』

 「回収は千葉に任せる!カレンは?ゼロは?」

 『ランスロットの姿、確認出来ません』

 『分かりません。何処にも映っては――』

 『大変です!敵の増援がこちらに向かっております』

 「くっ、仕方がない。これより撤退する!全機撤退地点に移動せよ。仙波!」

 『はい、なんでしょうか?』

 「殿は任せる」

 『承知!』

 

 黒の騎士団のエースであるカレンと司令であるゼロを探す為に時間を作りたいが団員全員の命を危険に晒すわけにはいかない。二人の無事を祈りつつここは引くしかないと自分自身に言い聞かせて撤退地点まで急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波の音が聞こえる。

 ゆっくりと……リズムを刻みながら…力強く浜辺に打ち寄せる波の音が耳に心地よく響く。

 温かい日光を浴びて背が温もり、足元は冷たい水に浸かって気持ちよく、塩っけを含む風が心地よい。

 ずっとこのまま横になっていたい。

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは覚醒しきっていない思考で、そう思ったがあまりの喉の渇きが襲ってきた為にゆっくり瞼を開けて、身体を起こす。

 

 自分が転がっている砂浜。背後は青く透き通った海で、前方は自然豊かな森。ゆっくりするには良い所なのだが私はどうしてこんなところで寝ていたのだろう。今日何があったかを思い出してみる。

 

 確かシュナイゼルが来る式根島に向かって、黒の騎士団の戦闘が原作通りに始まった。すぐに救援に向かったスザク君が捕まり、隙をついてゼロを拘束。ブリタニア軍はスザク君ごと葬り去る作戦を実行。スザク君を救う為に戦場に飛び込んでいったユフィを助けようとプチメデで追い掛けて………藤堂さんに頼んだが軽く断られ、自らユフィを助けようと跳び込んで行って…。

 

 上空から散弾のように降ってくる拡散したハドロン砲が直撃しないように回避していると近くに至近弾が着弾して爆風に巻き込まれ―――そこから意識が無い。

 

 うん。すんごく怖かった!文字通り死ぬかと思った…。

 

 トラウマになりそうな光景を忘れようと頭を振り、ユフィやスザク君の安否を心配しつつ、とりあえずの安全を確保しようと辺りを見渡す。前方の森は人の手が加わった様子はないものの果物はありそうだ。もしなければツルや木の枝を使った釣具を作って釣りをしても良い。一番重要な水だが海水なんてとんでもない。海水は塩分濃度が高く、逆に脱水症状を引き起こす。地下水や湧き水があれば良いのだがと森に視線を戻すとちょっと先に大きな滝が目に入った。

 

 「ふむ…水の確保も大丈夫そうだな………行くか」

 

 立ち上がって土を払い、ゆっくりと森へ向かって歩き出す。

 式根島っぽいが人が居るらしい建物や港は見えないことから違うだろう。運が良ければ神根島。それか式根島付近の孤島か。どちらにしても日本であることから黒豹やワニ、アナコンダは居ないけど蛇はいるだろうからよくよく注意しなければ。

 

 「――ン!カレ――シュタッ―――ルト!君は――」

 「そんな名――呼ぶ―!私は紅―――レンよ。――人の!!」

 「じゃあ――に…」

 「私は―――士団。今更隠す気は――」

 

 草木を掻き分け滝の音が近付いてくると共に人の声が聞こえてきた。どうやら無人島ではないらしい。滝の音と草木を掻き分ける音で何を言っているか所々聞き取れなかったが、どうやら喧嘩をしているらしい喧騒だった。少し落ち着くまで待って通信機器を借りられれば万々歳だ。

 

 視界が徐々に広がり上から勢いよく降り注ぐ滝に木々ではなく、小石が広がる広場が目に映った。大自然の光景に感嘆しそうになるが滝の手前の人物を見つめて隠れる事を忘れてそのまま茂みを抜けてしまった。

 

 

 

 そこには裸体の女性を押し倒しているスザク君の姿が…。



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第37話 「大自然の中で」

 枢木 スザクは目が覚めると浜辺に打ち上げられていた。

 記憶にはランスロットが急に行動不能になり、黒の騎士団のナイトメアに囲まれ、話をしないかとゼロに誘われて向かい合って話し、途中でゼロを取り押さえランスロットに戻った。

 そこまでは覚えていたのだがその後の記憶が曖昧だ。

 靄がかかったようなと良く表現されたりするが、そうではなくて完全に無いのだ。映像を編集して最初と最後を繋げたような…。

 少し悩んだがとりあえずは現状をなんとかしなければならない。食料の確保は眼前に広がる森と後ろに広がる海から何とかなるが、飲み水の問題がある。まぁ、森の向こうに滝が見えるからそこでビバーク(緊急事態の野宿)すればいいだろう。

 行う事が決まれば安全を確保しながら滝へ草木を掻き分けて進んだ。あまり距離も離れてなくて移動するのは楽だったがそこで思いがけない者を目にした。

 

 赤い髪を首筋まで伸ばした女の子が全裸で水浴びしていたのだ。

 

 女の子の水浴び――しかも裸体を覗き見してしまったなんて意味ではなく、水浴びしている女の子の後姿がアッシュフォード学園生徒会のカレン・シュタットフェルトに似ていたのだ。

 もちろん他人の空似という可能性もあるだろうが、確認の為に声をかける。

 

 「あの!」

 「え?スザク―――ッ!?」

 

 振り向いた女の子は間違いでもなくカレン本人だった。とっさに身体を隠すように近くの岩場に置いていた服を手に取る。黒一色の見覚えのある服―――黒の騎士団の団員服!

 

 「その服は黒の騎士団の――本当に君なのか…」

 「うおおおおおお!」

 

 信じきれずに呆然としつつ疑問を口にするとカレンは服を持ったまま大声を上げて突っ込んで来た。近付いた瞬間、服からナイフが仕込んであったポーチを握り締めていた右腕が現れ、焦る事無く右手首を掴み、足を引っ掛けて一回転させる。何の抵抗も出来ずにグルンと一回転したカレンの両手首を押さえ、足首の上に足首を押し当てて身動きをとれなくした。

 

 「カレン!カレン・シュタットフェルト!君は――」

 「そんな名前で呼ぶな!私は紅月 カレンよ。日本人の!!」

 「じゃあ本当に…」

 「私は黒の騎士団。今更隠す気はない」

 

 学園で見た控えめで大人しい印象とは打って変わって、憎らしそうに睨みを利かせてくる彼女にスザクは職務を全うしようとした。

 

 「では、紅月 カレン。君を拘束する。容疑は―――え?」

 

 そう…。

 しようとしたのだ。がさがさと音を立てて茂みからオデュッセウスが出てこなければ…。

 現れたオデュッセウスはスザクと押さえつけられているカレンを見て動揺を隠せていなかった。スザクだって心の中では動揺している。まさか学園の友人が黒の騎士団だったのだから。カレンもオデュッセウスと会っている事から同じだと――思ってしまった。

 

 「ま、まさか……スザク君…裸の女の子を押し倒して何をしてるんだい」

 「へ?――!!違います殿下!これは―」

 「退け!!」

 「しまっ―」

 

 傍から見れば自分が押し倒しているように見えることをオデュッセウスの言葉で理解したスザクは先程より動揺して力を緩めてしまった。その隙をついてカレンがスザクを押し返し、一気にオデュッセウスへと駆け出す。

 

 「こうなったら!」

 「クッ!殿下!お逃げください!!」

 

 叫んだがカレンはすぐそこまで迫っており、追いつこうにも距離を離されすぎた。

 右手のナイフではなく、左手を襟首へと伸ばしたことから人質にしようというのだろう。人質にとられたらもはや打つ手は限りなくなくなる。

 

 焦りと後悔が押し寄せるスザクの前でオデュッセウスは難なくカレンの左手首を掴んだ。

 

 次に右手首を掴み、尻餅でも着くかのように腰を落とした。引っ張られるように前かがみになったカレンの腹部に右足を当てて、浮かすように蹴り上げた。前に倒れそうだったのもあってそのまま柔道の巴投げのように投げ飛ばした。

 

 「うわっ!?――痛っ!!」

 「おあ!す、すまない!だいじょう――ぶそうではないね…」

 

 投げ飛ばされたカレンはそのまま森の茂みの中へと消えていった。驚きつつも殿下を守ろうと駆けると謝りながら無防備に茂みに近付いていた。駆けつけたスザクはオデュッセウスを守るように前に出ると四つん這いで腰を押さえて悶えているカレンが…。

 近くには丈夫そうな木が生えており、どうやらそこで腰をぶつけたらしい。

 スザクは殿下が無事な事に安心しながらカレンを拘束するのであった。

 

 

 

 

 

 

 カレン・シュタットフェルト―――紅月 カレンは海辺の岩場で休んでいた。

 日差しは暑いが足元は海水につけているから熱すぎもしないから良いのだけれど腰の痛みだけはどうしようもない。だけど窮屈な拘束から手が開放されたことは良かった。

 海水で濡れた灰色の皇族のコートを折り畳んだものを腰のクッションにしている為か痛みが微妙に安らいでいる。本当は氷などで冷やしたほうが効くらしいがここでは手に入らない。氷以前に食料の問題も――。

 

 「おお!獲れたよ!」

 

 ――食料の問題はなくなったかな。

 ズボンを膝まで、袖を肘まで捲くったオデュッセウスが魚を両手掴みで掲げていた。嬉しそうに笑っているが高価そうなシャツもズボンもびしょびしょで、髪は乱れて皇族の威厳や気品なんてものは見当たらなかった。今までのイメージから威厳なんて皆無だったが…。

 

 投げ飛ばされた後、パイロットスーツに着替えると頭を地面に擦り付けるほどの土下座した神聖ブリタニア帝国第一皇子を目にした。こんな光景を目にしたのは多分、後にも先にも私だけだろう。

 

 開口一番は謝罪だった。

 主に女性に手を出した事と嫁入り前の女性の裸を見たことに対して謝っていた。

 襲い掛かったのはこっちだっていうのに。それとあそこまで照れて言われるとこっちが恥かしいのだけど…。

 

 「カニがいたよ」

 

 魚を置きに岩場まで戻ってきたオデュッセウスは足元にいたカニを獲ると、浜辺で拾ったボウル状に丸めた鉄板の中に入れた。陸地に上がるとこちらに気付いてゆっくりと近付いてくる。

 

 「そろそろ交換するね。腰を浮かしてくれるかな?」

 「ええ。ありがと」

 「いや…本当にすまない」

 

 腰に引いていたコートを取ると海水で濡らし、再び腰の下へと置いてくれた。同時に森の方からがさごそと草木を掻き分ける音が聞こえ振り向くと、手ごろなサイズに切り出した木とナイフを持ったスザクだった。

 本来なら皇族であるオデュッセウスは安全が確保された所で待機し、自分は拘束されたままで、軍人であるスザクが全てをこなすのが普通だと思うのだが『魚を獲ってくるから器に出来そうな木か果物を頼むよ』と言って自ら海に飛び込むかな。

 

 「お帰りスザク君。良いのあったかい?」

 「はい。しっかり渇いた薪用の枝に食器用の木も」

 「なら料理頑張らないとね。――と、食材が足りないかな?もう少し獲ってくるよ」

 「ああ、殿下!自分が…」

 「良いの。良いの。こういう事は普段出来ないから」

 

 微笑みながら海に向かって行くオデュッセウスに苦笑いを浮かべているとスザクは本当に困った顔をしていた。なんだか可笑しくなる。

 

 「大変ねぇ。世間知らずの皇女様のお世話に第一皇子様のお守りまで」

 「あー…うん。でも結構なれているからね」

 「皮肉だったのに普通に返すんだ」

 「君もやるかい?」

 

 そう言って渡されたのは器用と言っていた木の塊と没収されたナイフを仕込んだポーチを渡された。目を見開いて渡されたものを確認して、スザクの表情を確めるがすでに自分のナイフで木を掘り始めていた。

 

 「良いの?私に武器渡しても」

 「今の君には何も出来なさそうだから」

 「確かにそうだけど」

 「それに緊急時に敵対しても……ね」

 「今度は上手くいくかもよ?」

 「やれるかい?」

 「……無理ね」

 

 ナイフを持った相手に動揺しながらでも咄嗟にあれだけの対応をこなしたのだ。腰を痛めた状態で挑んでも返り討ちなのは目に見えている。それに注意していないようで警戒されている。皇子本人がではなく、スザクが。本人は…思いっきり無防備なのは如何なものか。

 大きくため息を吐いてナイフで削り始める。

 黙々と作業していると何となく二人とも気まずくなり、ばしゃばしゃと音を立てているオデュッセウスへ目を向けると、飛んで来た鳥に魚を奪われてわたわたと追い掛けて転んでいた。

 

 「昔と変わらないな」

 「昔からあんな感じだったの?」

 「まぁ…ね。いや、昔のほうが凄かったかな」

 「アレ以上にって周りの人はさぞ大変だったでしょうね」

 「ノネットさんも近しい感じだったから大変そうではなかったけど」

 「そう。――って、誰?」

 「ナイト・オブ・ナインのノネット・エニアグラム卿。エリア11が日本だった頃は殿下の騎士だったんだよ」

 「ラウンズが騎士だったの?」 

 「実力が知れ渡ってから皇帝陛下の騎士のひとりになったけれどね」

 「じゃあ、今の騎士は?」

 「う~ん、それが分からないんだよね。素性も性別も一切秘密にされているから」

 

 ふ~んと相槌を打ちながら話をしていると微かな音が聞こえた。何かが爆発した音と水しぶきが上がったような音の二つが。助けが来たのかと期待を抱きながらキョロキョロと辺りを見渡すが自分達以外誰も見えなかった。見渡している動作でスザクは何かあるのかと辺りを警戒するが気配一つせずに首を傾げる。

 

 「君のお迎えかい?」

 「かと思ったんだけど…さっきの聞こえなかった?」 

 「さっきの?」

 「爆発音みたいな」

 「いや、僕には聞こえなかった」

 「勘違いかな…」

 

 期待しただけに何でも無かったと知ると肩をおとしてしまうがどこかホッとしている。

 黒の騎士団の大半はブリタニア人に強い恨みを持っている。もしブリタニア人を捕虜として捕らえたらどんな目に遭わせるか分からない。相手がブリタニア至上主義者なら多少はそんな目に遭っていても何も言わないが、『エリア11』や『イレブン』じゃなくて『日本』・『日本人』と今でも呼び、差別なく接するオデュッセウスをそんな目に遭わせたくない。

 心の何処かで思っていた想いに多少驚きつつ、納得した。

 そのオデュッセウスに目を向けると海から何かを引き上げていた。

 何かをというのがオデュッセウスで姿の一部しか見えないのと距離が大分離れていた事が理由だ。しかし、隠れているとしてもかなりの大物だ。気付いたスザクが『おお!』と声を漏らしていた。

 

 「―――――!!」

 

 引き上げたものを両手で持ち上げながら遠くから大声で何かを叫んでいるが、距離と波の音で耳に届く頃には雑音に変わってしまっていた。スザクが立ち上がってなるべく海に近付く。

 

 「どうなされましたか?」

 「―――――!!」

 

 スザクが大声で叫ぶが向こうもこちらも伝わりきっていない。

 が、身体ごと振り返ったオデュッセウスを見て理解した。彼の腕の中には黒の騎士団の団服を着た白髪の少年が眠っていた。

 

 「「ライ!?」」

 

 見知っている顔を目撃した二人は叫び、スザクは大慌てで海に飛び込み、カレンは不安げな顔でライを見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりとぼやけた木々が溢れる森の中で奴に会った。

 多少癖のある髪に中性的な少年。見た目は少し年下で服装から一般人だろう。表情と場所を考慮しなければだが。

 今いる森は式根島の近くに位置する神根島。ここは観光名所でも一般人が自由に出入りできる場所ではない。移住している人間がいないどころかこの島へ向かう船はブリタニアによって数少ない自然保護の為と止められている。

 来る事が不可能ではないとしても一般人では来ることが難しいところに一般人――しかも少年がたったひとり立っているのだ。しかも何の感情も込められていない無機質な表情でこちらを見つめるだけで何の反応も見せない。

 

 『ヤバイ』

 

 自身の勘があの少年は危険だと警告してきた。慌てて腰に提げてあった拳銃に手を伸ばすと少年はニヤッと嗤った。背筋が凍りつくような感覚から拳銃から手榴弾へと変えて投げた。ナイフを取り出し一歩踏み出そうとした少年にはこの行動は予想外のものだったらしく苦い顔をしながら茂みの中へと飛び退いた。

 あの少年を退かせる事には成功したが自身の投げた手榴弾への対応が遅れてしまった。爆発には巻き込まれなかったが爆風によって吹き飛ばされ、僕――ライは海面に落ちる光景を見つつ意識を失った。

 

 

 

 ゆっくりと意識を取り戻したライは付近に人の気配がすることからすぐには起きずに辺りの様子を窺う。

 声から三人は居る事が分かりながら薄目を開けて顔を動かさない程度に辺りを窺う。空は暗く月が昇っていた事から夜まで気絶していた事を理解する。他には背中から感じる温かみとパチパチと何かが散る音からすぐ近くで焚き火を行なっている。

 辺りの様子は最低限だが理解し、今度は声に集中する。聞き覚えがあろうがなかろうが話などでどういった相手なのかは分かる。始めから内容から推測しようと思っていたのだが、声で誰がいるのかすぐに判明した。ひとりは自分と同じ黒の騎士団に所属しているカレンだ。ライはゼロとカレンを探す為にC.C.が居ると教えてくれた神根島に来ていたのだ。探し人の一人と会えて無事が確認できたことは喜ばしい。喜ばしいことなのだが残りの二人が問題だった。

 片方はアッシュフォード学園に通って、仲良くしてくれているスザク。そしてもうひとりは二度ほどだが直に会った事のあるオデュッセウス・ウ・ブリタニア。両者とも敵対するブリタニア軍関係者。しかも皇子がひとりでここに居る筈がないし他にも何人も居る事だろう。

 苦虫を噛み潰したような苦々しい表情をしながら、背のほうにいる三人へと耳を澄ます。

 

 「あんた達止めなさいよ!」

 「今更止めるわけにはいかないよ」

 

 優しく微笑みかけながら囁くように話すオデュッセウスがやけに力強く話している事も気になるが、本気で怒鳴っているカレンの声色から何か嫌な予感がする。心を落ち着かせながらもう少し耳を済ませてみようと思う。力を込めた手の感触から自分が縛られてない事を確認しながら。

 

 「この!こっちが動けないからって!」

 「ちょっと暴れないで!スザク君、腕を押さえて」

 「スザクまで!」

 「すまないカレン。殿下の命令だ」

 「待って。それじゃあ私が悪いみたいじゃないか」

 「女の子にこんな事をしているだけでそうでしょうが!!」

 「それとこれは別だよ。さぁて…始めようか」

 「クッ!こ、この…くっぅうん…止め……ん!」

 「声が出たね」

 「本当に止め…んあ!?」

 「ここが弱いんだね」

 「何をしている!!………すまない、本当に何をしている?」

 

 会話から駆り立てられた想像から勢い良く立ち上がりながら怒鳴るが目の前の光景を見て込めた力が一気に抜けた。

 

 灰色のコートの上にカレンがうつ伏せに転び、スザクが暴れるカレンの手を押さえ、地面に両膝をついたオデュッセウスがカレンの腰を親指に力を入れて押していた。

 

 「…マッサージだけど」

 「ま、マッサージ?なんだ…良かった。僕はてっきり―」

 「てっきりなんだい?」

 「な、何でもないです!」

 「え?でも顔が赤いようだk――」

 「恥ずかしいから止めろ!!」

 「はうっ!?」

 「殿下!!」

 

 フリーだった膝がオデュッセウスの下腹部に直撃してその場に倒れた。心配しながら駆け寄るスザクを余所にカレンはムッとした表情で身体を起こして薪に寄る。

 

 「えーと…無事で何より」

 「うん、助けに来てくれたんだ」

 「まぁ、そうなんだけどどういう状況?」

 「いろいろあったのよ。所で聞いた?」

 「なにを?」

 「その…マッサージ中に…挙げた私の声…」

 「・・・・・・聞いてない」

 「何よ今の間は!あー、だから恥ずかしいからやめてっていったのに!!」

 

 頬を膨らませながら大きなため息を吐き出したカレンを見てとりあえず安心した。今後の事については不安だらけだが…。

 痛みが引いたのか起き上がったオデュッセウスは苦笑いをしつつ焚き火で温めていたボウル状の鉄板より汁物を器に入れてまわし始めた。

 

 「彼も起きた事だし食事にしようか」

 「賛成。もうお腹ぺこぺこ」

 「もう夜の九時ですからね」

 「どおりで」

 

 スザクもカレンも器を受け取り、次に自分にも差し出された事に首を傾げる。

 

 「君の分だよ。あ、もしかしてかに苦手?それとも粗かな?」 

 「いいえ、そうじゃなくて……僕が黒の騎士団って分かってますよね?」

 「分かってたよ」 

 「分かってた?」

 「―ッ!!ごめん、間違えた。服装を見て分かったよ」

 「ならば何故拘束もしてないんですか?それにこんなに無用心に…」

 「え…あー…うん。なんでだろうね」

 

 困ったように笑う事から何も考えてなかったようだった。ライは黒の騎士団で同じ勢力ではないが、ブリタニアに仕えているスザクに同情の視線を向けると頭を抱えていた。カレンはすでに器に口をつけて汁を飲んでいた。

 

 「ま、まぁそれは置いておいて、冷めたらもったいないから食べちゃおう。

  あ、これはかにと魚の粗で作ったんだ。口に合うといいが」

 「それと焼き魚もあるよ」

 

 指で示された方向には香ばしい匂いを漂わせた枝で頭から尻尾まで貫かれた七匹の魚が焚き火で焼かれていた。蟹と粗の出汁を味わい、魚を手にとってかぶりつく。全員遭難状態にあるから調味料の類は持っていないのでそのまま焼いただけなのに程よい塩加減で凄く美味しかった。

 喋ることなく黙々と食べていると視線を感じて振り向くと、何か言いたげなスザクと目が合った。しかし、オデュッセウスがいるからなのか話し出すことはしなかった。こちらの視線から察したオデュッセウスは眉をハの字に曲げて口を開いた。

 

 「ライ君にカレンちゃん。少し話したい事があるんだけど良いかな?」

 

 呼ばれて顔を向ける。何の話か分からないが僕もカレンも頷いて続きを待つ。

 

 「二人とも私の所に来ないかい?」

 「なっ!?なにを――」

 「と、いうのは冗談で」

 「なんで冗談を入れたんですか…」

 「私は君たちの活動をとやかく言うつもりは無い。スザク君は力を行使するのではなく内部から変えるべきだと言うだろうけどどちらもメリットもデメリットも大きいからね。

  私が言いたいのは立場上こういう言葉は不味いのだろうがあまり無理をしないようにね。もし怪我でもしたら学園の皆が心配するだろうし、私だって心配する」

 「殿下。それは…」

 「分かっているよ。今、私は黒の騎士団の紅月 カレンとライ君似の黒の騎士団員ではなく、アッシュフォード学園で仲良くなったカレン・シュタットフェルトちゃんとライ君に言ったんだ。

  ああ!それとこのまま君らを捕まえてエリア11に戻ったとしても出来るだけの手段を講じさせてもらうよ。決して悪いようには―」

 「待ってください!もしやまたあの時のようなことは…」

 「大丈夫だよスザク君。シュナイゼルとギネヴィア、コーネリアにお願いして、父上に頼み込むだけだから」

 

 兄と弟・妹の関係だからって神聖ブリタニア帝国の宰相に皇帝代理、エリアの総督にお願いするだけで皇族に手を出したテロリスト集団の二人を何とか出来る立場ってどうなんだ?しかも父上って言ったら皇帝陛下だろう。通るのかそんな話。

 疑問が頭の中で渦巻いているが本気で青ざめているスザクの顔色からとんでもない事をするのを察した。たぶんだが以前にもそのようなことがあったのだろう。

 

 「それと捕まらなかったとしてもアッシュフォード学園まで押しかけることはしないから安心して学園に行くといいよ」

 「…見逃しても監視できるからですか?」

 「いやいや、スザク君は説得したそうだからさ。もし叶うならそのほうが良いと思うし――と、あまり長話していたら冷めちゃうね」

 

 そこで話は終わり、何の会話もなく食事は済んでいった。

 今後の事にはいろいろと不安を抱えることになったがとりあえず明日動けるように今日はゆっくりと身体を休めよう。

 なんかオデュッセウスが夜の見張り役をやりたがっていたのは僕とスザクで阻止した。なんかあの人といると不思議と不安感が薄れていく。それと寝る直前にすごく心が安らいだのはどういう事だろうか?もしかしてギアス――まさかなと疑いを放棄して眠りにつくのであった。



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簡易キャラ紹介【37話まで】

 登場作品と本作での簡易―― 一、二文付けただけの本当に簡易な紹介しました。


●オデュッセウス・ウ・ブリタニア

 役職:エリア11滞在中は副総督補佐官

    神聖ブリタニア帝国第一皇子

 妻子:無し(縁談の話はあるものの何処かで消えている…) 

 主な登場作品:アニメ、オズ

 

 本作の主人公で憑依転生者。

 死亡フラグの多いこの世界で生き残り、のんびりとした暮らしを送る為だけにいろいろと策を練る(完璧とはいえない)

 皇族の弟や妹にとてつもなくあまく、今では自分が生き残るとどうように何とかしようと模索中。

 弟・妹達だけでなく父上様に伯父上様とも仲が良い。

 平和を求めている割には騎士団(一個大隊)を三つ持ち、ギアス能力者の特殊部隊を引き入れるなど戦力にも余念がなく、もしもの事を考えて毎日の鍛錬は忘れず、身体は中々の筋肉質。

 ナイトメア操縦技術はマリアンヌとビスマルクに鍛えられ、対戦した記録で言うとシミュレーションではノネット以上で、実戦では藤堂以上。

 

◎特殊な力

○ギアス能力:仮定『癒しのギアス』

 精神的なものや軽い肉体的疲労の回復。C.C.細胞の緩和などを行なう。効果範囲は半径50メートル。接触する事で効果倍増。

 

○原作知識

 アニメ放送をしていた世界からの転生の為にある程度の先読みが可能。三十一歳になって薄れかかっていたがある人物のおかげでいくらか思い出せた(すべてとは言ってない)。最近はゲームに漫画の内容が混同しはじめて不安に駆られている。

 

○達成人

 使いすぎた為にギアスが暴走したがサングラス越しにしか妹・弟を見れない事を嫌って自身の意思で押さえ込んだ。達成人はオデュッセウス以外にはシャルルのみで、コードを奪う事が可能。(しかし本人は達成人の事も達成人になったことも理解していない)

 

●神聖ブリタニア帝国 皇族

○シャルル・ジ・ブリタニア

  登場作品:ほとんど

 

 神聖ブリタニア帝国の皇帝。幼い時よりオデュッセウスを評価しており、俗事の一部を任せてある。兄のV.V.が危険視しているので多少なりとも守ろうとしている。神殺し計画を進めている。

 

○マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア

 登場作品:ほとんど

 

 シャルルが唯一好いて妻とした人物。生前は武官からは最高の騎士として美化され、皇族たちには平民出ということで蔑まれ、オデュッセウスには悪戯好きのお姉さん的立ち位置。ギアス能力にてアーニャに精神を移しており、いつでも入れ替われる。V.V.を危険視しつつシャルルの夢に協力する。暇つぶしを兼ねたガニメデでの模擬戦でオデュッセウスを鍛えた。他にもコーネリアやルルーシュなども鍛えたがコーネリア以外にはトラウマになりかけている…。

 

○ギネヴィア・ド・ブリタニア

  登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】など

 

 姉妹の中で最もブリタニア至上主義の感情が強い。オデュッセウスがナンバーズの騎士団を作ったときには反対したが強くは言えなかった。いつも冷静で冷たく感じるような眼差しを向けているが妹の中で最もオデュッセウスに甘えたがっているひとり。

 

○シュナイゼル・エル・ブリタニア

 登場作品:ほとんど

 

 知能はトップレベルで優れており、原作通り心の仮面を使いこなしている。

 小さな頃からオデュッセウスとチェスで遊んでおり、今でも会う度に話しながら打っている。まだ負け越している…。

 

○コーネリア・リ・ブリタニア

  登場作品:ほとんど

 

 皇族内で一番のやんちゃ…コホン。最前線で指揮を執る猛者であり、妹のユーフェミアや兄のオデュッセウスにあまあまな女性。閃光のマリアンヌやオデュッセウスに鍛えられ原作以上に技術を備えたが一部癖がついてしまったのが難点。現在自由奔放なオデュッセウスの叱り役。

 

○ユーフェミア・リ・ブリタニア

  登場作品:ほとんど

 

 皇族内で珍しい優しすぎる少女。

 知力も武力も兄弟姉妹と比べるとかなり落ちるが彼女の強みは良くも悪くも純粋かつ真っ直ぐな想いだろう。本当に良くも悪くもだけど…。

 本作ではオデュッセウスに教育されていて、ナリタでは落ち着きを取り戻して部隊立て直しの指揮を見事に果たした。

 

○クロヴィス・ラ・ブリタニア

  登場作品:ほとんど

 

 本作ではオデュッセウスに兄弟への情を抱かされたルルーシュが躊躇った為に生存。しかしテロリストに敗北しただけでなく、安全な本陣で負傷させられるなど失態があったとして皇位継承権を剥奪された。今でも銃で撃たれた傷が完璧に治っていない為に大概お留守番。

 

○キャスタール・ルィ・ブリタニア&パラックス・ルィ・ブリタニア

 登場作品:ゲーム【コードギアス 反逆のルルーシュ】と一部写真のみ

 

 皇族で唯一の双子。

 容姿は一緒だが性格はキャスタールのほうが大人しく、パラックスのほうが荒っぽい。しかし両者とも残虐性は高く、例えナンバーズが虐殺されようとも平然とするばかりか楽しもうとする事も。

 双子は忌み嫌われており、性格的にも問題があってシャルルによってギアスの遺跡に閉じ込められそうだったのを最初の段階でオデュッセウスが救っている(本人自覚無し)。

 兄弟・姉妹に対しても情は薄いほうだけどオデュとユフィには甘える。(特にキャスが)

 

○カリーヌ・ネ・ブリタニア

 登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】など

 

 昔、ナナリーと一緒にオデュッセウスを取り合いした少女。

 口は悪く、相手を見下すような発言を普通にするが、兄弟・姉妹に対する情は強く、今でも会えば毒を吐く相手であるマリーもいろいろあったときには一番心配していた。

 

○マリーベル・メル・ブリタニア

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 母と妹を失って、皇族内の争いに参加できないとして皇位継承権を奪われたが再び継承権を与えられた少女。

 テロリストに対する敵意が高く、今は対テロ用の騎士団設立の為に準備を進めている。

 テロ事件では自分が自爆した少年を招き入れてしまった事を後悔しており、シャルルが気にして記憶改竄して事件の内容を変えようとするもオデュッセウスにより止められ、オデュッセウスとオルドリンのおかげで立ち直ることが出来た。(代わりにオルドリンに依存している)

 知略にナイトメアの操縦技術が高く、ルルーシュとスザクを足したようなキャラクター。もしくは病気をなくしたシンクー。

 

○ライラ・ラ・ブリタニア

 登場作品:アプリ【コードギアス 戦渦の天秤ライブラ】

 

 クロヴィスが皇族争いより守る為に秘匿していた妹。純粋無垢な少女でアッシュフォード学園ではアスプルンドの名を名乗って通っている。ナナリー達とも仲が良い。

 

●オデュッセウス専属部隊

○白騎士(ロロ)

 登場作品:

 

 ギアス響団よりオデュッセウスの監視役として送り出された少年。

 優しさを知らなかったがオデュッセウスに優しくされて情を持つ。現在は白騎士として姿を隠しながら仕えている。そしてよく怒っている。ユリシーズ騎士団騎士団長。

 

○ウィルバー・ミルビル

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 元々シュタイナー・コンツェルンで働いていたKMF技術主任。

 空中騎士団構想をシャルルに否定されていたがオデュッセウスが支援するという事でオデュッセウス専属のKMF技術主任に移った。シュタイナー・コンツェルンから受けていた仕事は現在でも行なっている。戦略・軍略にも長けており将軍相当官としてもいる。

 

○レナルド・ラビエ

 登場作品:漫画 【コードギアス 反攻のスザク】

 

 視神経から脳に特殊な信号を送り、人間の運動能力を飛躍的に向上させられるシステムを組んだ試作強化歩兵スーツの開発研究をしていた人物。

 オデュッセウスにより引き抜かれてオデュッセウスの元で開発・研究を進めている。事故により下半身不随となっている。試作強化歩兵スーツ班主任とKMF技術副主任を兼任している。

                 

○マリエル・ラビエ

 登場作品:漫画 【コードギアス 反攻のスザク】

 

 レナルド博士の娘で試作強化歩兵スーツ班副主任。

 高校生でありながら博士号を取る才女である。博士が動き辛いので出張するときは彼女が行なっている。どこか抜けているところがある。        

 

○マオ(少女)

 登場作品:漫画 【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』を抜けた少女。C.C.細胞に侵され生き延びる為にマオ(男)と手を組んで行動していたが、オデュッセウスに出会い、C.C.細胞を押さえれる事を知って部下となった。

 

○アリス

 登場作品:漫画 【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属し、ナナリーの友人である少女。オデュッセウスによって引き抜かれた。ギアスは過重力で超高速を得る『ザ・スピード』という能力

 

○サンチア

 登場作品:漫画 【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属していた。オデュッセウスによって引き抜かれた。落ち着いており冷静な事から隊長として考えられている。ギアスは気配と動向を察知出来る為に索敵に適している『ジ・オド』

 

○ルクレティア

 登場作品:漫画 【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属していた。オデュッセウスによって引き抜かれた。優しく、チームのお姉さん的立場。ギアスは地形把握に特化している『ザ・ランド』

 

○ダルク

 登場作品:漫画 【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属していた。オデュッセウスによって引き抜かれた。アリスと同じアタッカーとして活躍。ギアスは常人を軽く超える怪力を発揮する『ザ・パワー』

 

●ナイト・オブ・ラウンズ

○ビスマルク・ヴァルトシュタイン

 登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】など

 

 帝国最強の騎士でオデュッセウスの師である。最近は会うことすら少なくなっている。

 

○ジノ・ヴァインベルグ

 登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】など 

 

 ナイト・オブ・スリー。本国で祭りが開かれた際にオデュッセウスと出会いメールをし合う仲に。

 

○アーニャ・アールストレイム

 登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】など

 

 最年少のラウンズで幼き頃からオデュッセウスと接点を持っている少女。今でも日本からのお土産である勾玉を大事にしている。

 

○ノネット・エニアグラム

 登場作品:ゲーム【コードギアス ロストカラーズ】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】、アニメに一瞬

 

 コーネリアの先輩でオデュッセウスの元専属騎士。民族で相手を区別する事無く中身で判断する。今はオデュッセウスに背中を押された事もあってナイト・オブ・ラウンズに。

 

○オリヴィア・ジヴォン

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 ジヴォン家当主でラウンズ入りした女傑。オルドリンの母親でマリーベルの後見人を務める。

 

○オイアグロ・ジヴォン

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 オルドリンの叔父でオリヴィアの弟。ブリタニア皇族と繋がりを持つ特殊部隊『プルートーン』の隊長を務めている。

 

●ブリタニア軍関係者(ラウンズを除く)

○枢木 スザク

 登場作品:ほとんど

 

 昔からオデュッセウスによくして貰っている少年。自分の命より他者を優先した行動を行なう。マオが出会う前に捕まった為にルルーシュはゲンブをスザクが殺した事実は知らない。ユーフェミアの専属騎士に。

 

○ロイド・アスプルンド

 登場作品:ほとんど

 

 プチメデ工場の見学でオデュッセウスと知り合い友人へ。特派の主任となっても関係は変わらず続いている。貴族らしからぬ行動などからコーネリアには嫌われている。

 

○ギルバート・G・P・ギルフォード

 登場作品:ほとんど

 

 コーネリアの専属騎士。帝国の先槍と謳われるほどの実力を持っている。

 

○アレックス・ダールトン

 登場作品:ほとんど

 

 コーネリア専属の将軍。コーネリアにしてみればシャルルよりも父親に向ける感情を抱いている。

 

○バトレー・アスプリウス

 登場作品:ほとんど

 

 元クロヴィス専属の将軍。唯一と言っていいほどアニメ通りに進んでいる。

 

○ジェレミア・ゴッドバルト

 登場作品:ほとんど

 

 原作通り【オレンジ】と言われたり、紅蓮にやられたりと原作通りの道を進んでいるがオデュッセウスが関わった事で騎士の――己の志を失うことが無かった。プチメデ工場見学でオデュッセウスと出会って友人になった。ナリタの一件で表向きには行方不明に。

 

○キューエル・ソレイシィ

 登場作品:ほとんど

 

 純血派に所属していたがジェレミアが行方不明となって解散し、オデュッセウスの推薦もあってクロヴィスの親衛隊隊長に。貴族の家の出。

 

○ヴィレッタ・ヌゥ

 登場作品:ほとんど

 

 純血派に所属していたがジェレミアが行方不明となって解散し、オデュッセウスの推薦もあってキャスタールの専属騎士に。

 

○オルドリン・ジヴォン

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 オリヴィアの娘でマリーベルの騎士を目指す少女。現在も母や叔父の厳しい訓練を受けながらマリーベルの剣となる為に励んでいる。

 

●黒の騎士団

○ゼロ/ルルーシュ・ランペルージ/ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア

 登場作品:ほとんど

 

 反ブリタニア組織【黒の騎士団】総帥で神聖ブリタニア帝国の皇子、そしてアッシュフォード学園生徒会副会長を務めている青年。原作通りの知能を誇り、原作以上に強化されたナイトメア操縦技術を持っている(本人曰くトラウマ)。父親であるシャルルとの関係は悪いが兄弟・姉妹とは仲が良い。オデュッセウスやユーフェミアとは特に仲が良い。実の妹とはもっと仲が良い。というか傍から見れば重度の…末期のシスコンである。

 

○紅月 カレン

 登場作品:ほとんど

 

 黒の騎士団のエース。

 ブリタニアを憎むが日本人を日本人としてみるオデュッセウスには敵意を向けていない。

 

○ライ

 登場作品:ゲーム【コードギアス ロストカラーズ】

 

 記憶不明だったところをミレイ・アッシュフォードに拾われてアッシュフォード学園の生徒に。お世話係を担当している(半ば無理やり)カレンと接しているとテロに巻き込まれたり、その時たまたま動かしたナイトメア操縦技量からカレンからゼロに推薦される。ナリタ連山ではゼロの命令を無視して日本解放戦線の撤退援護を行い、命令無視で牢での反省を言い渡されたが脱走。日本解放戦線で活躍。日本の古き名家の血を引いていた事から日本解放戦線とキョウトの連絡員として重宝される。神楽耶から大層気に入られている。

 藤堂に四聖剣見習いとして認められ、黒の騎士団に復帰した際には黒の騎士団と旧日本解放戦線の仲を取り持つ調整役を。ナイトメアパイロットとしても指揮官としても優秀な人材である。

 

○藤堂 鏡志朗

 登場作品:ほとんど

 

 まだ日本が日本と呼ばれていた頃よりオデュッセウスを警戒している人物。ナイトメアの操縦技術も指揮官としても一流。

 

○四聖剣【仙波崚河、朝比奈 省悟、卜部 巧雪、千葉 凪沙】

 登場作品:ほとんど

 

 藤堂の部下でひとりひとりがナイト・オブ・ナイツ(専属騎士)に匹敵するほどの実力を持つ。

 紅一点の千葉はナリタでの借りを返す為にオデュッセウスと戦場で出会うことを望んでいる。

 

●日本解放戦線&旧日本関係者&キョウト六家

○枢木 ゲンブ

 登場作品:ほとんど

 

 スザクの父親で唯一オデュッセウスの逆鱗に触れた人物。最後は原作通りスザクに刺されて死亡。

 

○桐原

 登場作品:ほとんど

 

 日本の反ブリタニア勢力を支えているキョウト六家のひとり。さほどオデュッセウスとは関わってない。

 

○皇 神楽耶

 登場作品:ほとんど

 

 日本の反ブリタニア勢力を支えているキョウト六家のひとり。オデュッセウスを髭のおじ様と呼んで慕ってくれている。年齢に似合わず心が強く、しっかりし過ぎてオデュッセウスが驚くほど。

 

○片瀬 帯刀

 登場作品:ほとんど

 

 オデュッセウスに嫌われている数少ない人物のひとり。ナリタが陥落した後はタンカーで国外に脱出した

 

●ギアス響団

○V.V.

 登場作品:ほとんど

 

 ギアス響団のトップでシャルルの兄。

 オデュッセウスを気に入っている反面、強く警戒している。

 

○クララ・ランフランク

 登場作品:漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 ギアス響団より裏の監視役として送り出された少女。オデュッセウスに帽子を褒められたり、市場を周ったことで悪い感情は今のところ抱いてない。現在は別の仕事についている。

 

●アッシュフォード学園

○ミレイ・アッシュフード

 登場作品:ほとんど

 

 アッシュフォード家の長女でアッシュフォード学園の会長。

 オデュッセウスがガニメデに関わっていた頃に知り合い、友人として扱われている。

 

○ニーナ・アインシュタイン

 登場作品:ほとんど

 

 アッシュフォード学園に通う少女。

 科学に詳しく後にフレイヤと繋がる基礎を研究中。河口湖の事件でオデュッセウスに救われ、唯一フラグが建ってしまっている。

 

○シャーリー・フェネット

 登場作品:ほとんど

 

 アッシュフォード学園に通う少女。

 生徒会と水泳部を掛け持ちしている。原作と違ってオデュッセウスにより父親を助けられ、ギアスに関わる事無くルルーシュに片想い中。

 

○リヴァル・カルデモンド

 登場作品:ほとんど

 

 生徒会書記を務めるお調子者の少年。

 一度オデュッセウスを捕縛してしまってから生徒会とオデュッセウスの繋がりを図らずも作ってしまった。

 

○ナナリー・ランペルージ/ナナリー・ヴィ・ブリタニア

 登場作品:ほとんど

 

 アッシュフォード学園中等部の学生でブリタニア皇族のひとり。

 母親であるマリアンヌ皇妃がテロにあった日に現場に居り、足は銃弾で、目は心に刻まれた惨劇で閉じてしまい車椅子生活を送っている。誰にでも優しく接することが出来る少女。

 多少苛めもあったが友人のアリスが助けてからなくなっている。ルルーシュ最愛の妹である。

 

●その他

○蒋麗華(チェン・リーファ)

 登場作品:アニメ【コードギアス 反逆のルルーシュ&コードギアスR2】、漫画 【コードギアス 相貌のOZ】

 

 中華連邦の象徴である天子様。オデュッセウスは始めてのお友達。

 

○黎星刻

 登場作品:ほとんど

 

 まだ登場こそしていないもののオデュッセウスに高い評価を貰っている。

 

○メルディ・ル・フェイ

 登場作品:無し

 

 オデュッセウスの半裸に近い写真を雑誌に載せた事で注目を浴びた記者。現在はフリーとして活躍中でディートハルトと面識がある模様。本作の唯一のオリジナルキャラクター。

 

 ○マオ(男)

 登場作品:ほとんど

 

 C.C.にギアスを授かり、C.C.に捨てられた青年。

 中華連邦より追いかけて来たがナナリーを人質にする事を嫌ったオデュッセウスの先手により捕縛され、マオ(少女)のギアスにより幸せだった頃の夢を見ながらある病院に入っている。



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第38話 「予想外に物語を改変していたっぽい」

 ナイト・オブ・ラウンズ

 世界屈指の軍事大国で20もの国を植民地エリアとして従える神聖ブリタニア帝国。その帝国の頂点に君臨する皇帝陛下に仕える帝国最強の十二騎士。

 

 『ラウンズの戦場に敗北はない』

 

 言葉通りに―――いや、それ以上の戦果を挙げるブリタニアの騎士の誰もが憧れる騎士の最高峰。

 数少ないラウンズに名を連ねるナイト・オブ・ナイン――ノネット・エニアグラムは大きなため息を吐き出しながら岩肌にもたれていた。彼女は皇帝の命ではなく以前に仕えたオデュッセウス殿下に呼ばれたのと、友人で後輩であるコーネリア皇女殿下に会いに来たというのもあって客将扱いになったのだが、いろいろと扱き使われる事になるとは思わなかった…。

 もたれている岩場のすぐそこは大きな遺跡へと繋がっており、ここに来るある皇族を待っているのも皇女殿下に頼まれたからだ。あんなそわそわして落ち着かない皇女殿下は始めてみた。カメラでその姿を撮ったというのに反応すらなかった。

 

 「おや、エニアグラム卿」

 「お久しぶりですシュナイゼル殿下」

 

 涼しげな笑みを浮かべる神聖ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアが特別派遣嚮導技術部主任研究員のロイド・アスプルンドとシュナイゼルの側近であるカノン・マルディーニ、そして元クロヴィス付きの将軍であったバトレー・アスプリウスが並んで歩いてきていた。

 ノネットは片膝をついて頭を下げるが視線はいつにも増して鋭かったのをシュナイゼルは見逃さなかった。

 

 「ふむ。コーネリアの遣いかな?」

 「お分かりですね」

 「おおよそは。で、コーネリアはなんと?」

 「遺跡の調査よりも兄上とユフィの捜索を第一にお願いしますと」

 「すでに式根島の最低限の防衛部隊とこちらの手持ちはすべて回してはいるが、小さな島とは言ってもまだまだ手が足りない。エリア11から増援は願えるかな?」

 「えぇ……コーネリア殿下が師団単位で用意していますよ」

 「それはそれは大事だね」

 「一大事ですよ。ギルフォード卿やダールトン将軍が止めなかったら主力部隊ごと来そうだったんですから」

 

 涼しげな笑みはそのままで、何処か困ったような雰囲気を出している。ロイドはコーネリアが来ないと聞いて安心して、カノンは面白そうと言わんばかりに笑っていた。スッと立ち上がり、遺跡の方へと視線を向ける。

 ギリシャの神殿のように何かしらの彫刻が立っていたりはしないが、壁に彫られた紋章や天井を支える柱には他の遺跡と変わらない印象を受ける。別段遺跡などに詳しい訳ではないが奥に遺跡を調べるには似つかわしい物があるのは分かる。暗い所を照らす照明も、何かを記録する記録媒体ではなく、何本ものコードが繋がったままのナイトメア。横で待機しているサザーランドの1.5倍はあるように見える漆黒の機体。

 

 「貴方ってやっぱりそっちのほうに興味を持っていかれるのね」

 

 初めて見る新型ナイトメアに対して、無邪気な子供のような笑みを浮かべていたノネットにカノンは呆れた眼差しを向けて呟く。

 カノン・マルディーニとは旧知の間柄でシュナイゼル直属の側近。ロイドと同じ伯爵の爵位持ちで自身で皇族御用達の自社ブランドを持つ化粧品会社を経営している。そのためか毎回会う度に何かしら紹介してくる。化粧品なんか使わないからいらないというのに…。

 一代限りではなく本物の貴族で皇族御用達の太鼓判を押された会社を経営。地位も財も持った中性的な顔立ちの美男子。性格も雰囲気も穏かで文句の付け所が少ない人物である。

 

 「仕方ないだろう騎士なんだから。職業病みたいなものだよ」

 「職業病ではなく趣味でしょ貴方の。あちらもだけど」

 「あは♪否定はしないけどねぇ。やっぱりエニアグラム卿としては気になります?」

 「そりゃあ勿論」

 「この機体は【ガウェイン】。どのナイトメアの系統にも属さない新型ナイトメアで装備も他のナイトメアと違って――」

 「ロイド。その話は後で良いかな?早く作業を済ませて二人の捜索のほうに行かないと」

 「まったく。オデュッセウス殿下とユーフェミア皇女殿下が行方不明だというのに貴殿らは」

 「良いんだよバトレー」

 「しかし我が君…」

 「ユフィは確かに心配だけど兄上は……なんだかひょっこり姿を現しそうな気がするんだよ」

 「あー…確かに。何かとんでもない状況と共に出て来そう」

 「ゼロと出てきたりしてぇ」

 「まさか…」

 

 あははと軽く笑い合う一団の上ではまさにそのような状況になっているとは露ほども知らずに、遺跡の調査を始めるのだった……。

 

 

 

 

 

   

 朝日を浴びながら森の中をオデュッセウスを先頭に進んで行く。

 何でも夕食の後にライ君が進んでいる方向で夜空を照らすライトの光を目撃したらしいのだ。本当なら順番で見張りを行なって私も目撃していた筈なのに、スザク君が次でって言ってまったく起こしてくれなかった…。順番になったら起こしてくれるって言ったのに。

 兎も角、目立って動けるという事は黒の騎士団よりはブリタニア軍と考えるべきだろう。カレンとライは来ているのがブリタニア軍なら姿を隠して、黒の騎士団なら合流すると。こちらも了承して一緒にいるがその前に間違いなくルルーシュと会うんだけど。

 

 「ふぁ~眠…」

 「大きな欠伸だね」

 「朝は弱いのよ…」

 「駄目だよそれじゃあ。規則正しい一日は朝から始まるんだから」

 「遭難翌日に早朝からランニングして姿を消した人に言われたくなーい」

 

 背中から大欠伸をしたカレンより指摘されるが毎日の体力作りを止める訳にはいかない。日々の鍛錬が肉体と精神を鍛えるのだ。それが自身の生存に繋がる――――ごめん。最近は二キロほど太ったのでダイエットメインです。和菓子が美味しすぎて食べすぎちゃって…。

 ちなみにカレンは癒しのギアスで腰の痛みを和らげられたが完全ではないので背負っている。後ろにはオデュッセウスを休ませようと二人分の見張り時間を担当していたスザクと、勘違いした想像で悶々として夜中まで起きていたライの二人が眠そうにしていた。

 

 「って言うかそろそろ降ろしてくれない?もう大丈夫だから」

 「駄目だよ。治ったって思った頃が危ないんだから」

 「でも、これって結構恥かしいんだけど…」

 「ならお姫様抱っこにするかい?」

 「それは勘弁」

 

 がっくりと肩を落とすのを感じながらゆっくりと前に進んで行く。

 よくよく考えたら現在すごくやばいんじゃないかな?これから向かう先には絶対遵守のギアスを持つルルーシュが居て、後方にはルルのギアスに近いギアスを持つライが…。

 ライのギアスは同じ相手に一度だけというのと肉声が届く範囲しか効かないなど条件がある為に、近くに仲間のカレンや友人のスザクが居るから無理なことは言わないだろうけど。

 

 「ま、なるようになるか」

 「何か仰られましたか?」

 「い、いや、なんでもないよ。なんでも…」

 

 自分を安心させようと思った言葉が口から出てしまった。

 少し安心しすぎたようだ。今までの感じでルルーシュは大丈夫だと思い込みすぎたか。もうかけられている可能性が無いわけじゃないけど。

 

 「と、そうだライ君」

 「んぁ…なんですか?」

 「右ポケットの紙を取ってもらえるかい?」

 「右ポケットってこれか」

 「この先でゼロと会ったら内緒で渡しといてくれるかい?」

 

 最後の言葉だけ近付いたライ君の耳元で囁く。折り畳んだ紙を持ったまま一瞬硬直、不審そうな表情で顔をマジマジと見つめられたが、一応紙を内ポケットに仕舞った事から渡してはくれそうだが怪訝な顔のままだ。当然といえば当然だが…。

 ふと、ライの向こう側に何か黒い物が見えた。茂みに隠れているので見難いが何かはいた。首を傾げながらづかづかと近付いてゆく。

 

 「どうされましたか殿下」

 「この辺に何か居たような…」

 「お待ちください。危険です。猪や蛇だったら」

 「もう少し大きかったような」

 

 茂みに手を突っ込んでその物体Xを掴む。思ったより細いが蛇ほどではない。ゴム質のようなすべすべ感があり、細さ的に背負っているカレンほど…カレンより細そうだ。力を入れて引っ張ってみると――。

 

 「・・・ゼロ?」

 

 見間違う事無くエリア11ならびに世界各国で注目を浴びているゼロ。つまりはルルーシュが茂みの中から出てきた。元気な様子ではなくとてもぐったりしている。呻き声が微かに聞こえる事から生きてはいるようだ。

 

 「ゼロ!?」

 「しっかりしろ。ゼロ!」

 

 背から跳び下りたカレンとライが大慌てで駆け寄るが反応はあるが意識が無い。黒一色のゼロの衣装を着て過ごしたのならとても暑かったはずだ。熱中症…それか一緒にユフィが居ない事から空腹状態なのもありうる。スザクがゼロを見てからすごく睨んでいるがそれは後回し。身近な木の上を眺めて果物がなってないかを探してみると案外近くにあった。

 

 「スザク君。あれ採れるかい?」

 「行けるとは思いますが――どうされるのですか?」

 「分かるだろう」

 「理解はしましたが」

 「なら頼むよ」

 

 少し悩みながら木に登ったスザクを見送り、ゼロを見つめる。

 ゼロとユフィが一緒に居ないのは予想外すぎた。けど河口湖のホテルジャックで出会ってないのでユフィはゼロがルルーシュだと分かってない訳だし、ルルーシュ的には良いんだろうけど代わりにユフィの安否が気がかりだ。すぐに自分ひとり別れて捜索しに行きたいけれどもスザク君が許してくれないだろうな。かと言ってスザク君に捜索を頼んだら私が黒の騎士団に囲まれる訳で…。

 木から降りたスザクから木の実を受け取りそれをライに渡す。薄っすらと意識を取り戻し始めたゼロがライとカレンに気付くが、その前にライより渡された水分を含んだ実を渡されて食べようとする。しかし仮面が邪魔ですぐに食べられず茂みに隠れるようにする。

 取り押さえるか素顔を覗こうとするスザクを制止しながらこれからどうするか痛むこめかみを押さえるのであった。主に弱りきった状態で合流したルルーシュや行方不明のままのユフィとか、帰ったときにコーネリアとロロになんて言おうかとか問題が山積みだぁ…。

 

 

 

 

 

 

 式根島より神根島に流れ着いたゼロ――ルルーシュは弱った身体を休めて思考に専念する。

 スザクを仲間に引き入れようと式根島で行なった作戦はほぼ想定どおりだった。ゲフィオンディスターバーはナイトメアの原動力であるサクラダイトに干渉してランスロットを停止。スザクをコクピットから降ろして顔を向き合わせる事にも成功。しかし隙を突かれてスザクに捕らえられ、使うまいと思っていたギアスまで使う破目に。

 予想外の失態が続いた上にあの空を飛ぶ戦艦。ブリタニア軍の新兵器と思われる広域に対する制圧射撃。そしてゲフィオンディスターバーの仕掛けた範囲内に跳び込んで来たオデュッセウス兄上。

 イレギュラーが続いた戦場をどうやって脱したのかは覚えていない。気がつけば神根島に流れ着いていたのだ。自分が流れ着いたのだからスザクや兄上も居るかもとは思ったがまさか本当に兄上が居るとは…。

 

 「大丈夫かい?辛くは無いかい?」

 「……大丈夫です」

 「それなら良かった。にしても軽いね。もう少し鍛えたほうが良いんじゃないかな」

 

 昨日から何も食べておらず、容赦の無い日光によって弱っていたゼロはオデュッセウスに背負われて移動していた。

 

 何故テロリストを背負っているとか、何故素性を知ろうと仮面を外そうとしないのかとか、何故カレンとライと共に行動していたのかとか、黒の騎士団と解っているのに拘束すらしていないとかいろいろ聞きたい事があるが今は身体を休めることに専念しなければ。このままブリタニア軍に捕まってしまったら俺の存在がばれて、ナナリーの存在も知られれば外交の道具にされてしまう。何としても隙を見て逃げ出さなければ。

 

 それにしても何なんだろうか?オデュッセウスに背負われてから何やら身体が楽になったような…。あの実を食べたからか?

 

 疑問を感じながらもルルーシュも無防備な状態で身体を預けている。勿論身体の不調が回復しているのも無防備になっているのもオデュッセウスが癒しのギアスを発動しているおかげである。カレンもライもスザクも後ろを歩いている為にオデュッセウスの目にギアスの紋章が浮かび上がっているのを目撃する事はない。

 

 「さて、そろそろライ君が言った地点だけど…」

 「お兄様!スザク!!」

 

 向こうから歩いてきたユーフェミアを目撃してオデュッセウスが嬉しそうに震えた。そして顔をいきなり下げたと思ったら振り返り、カレンへと近付いてゆく。

 

 「カレンちゃん。ゼロを」

 「あ、はい」

 

 ゆっくりと、腰の痛みが引いたカレンに支えられる形で降ろされる。スザクは駆け寄りたいところだがオデュッセウスを俺達から守る為に動けずに居た。降ろし終えると駆け寄り「大丈夫だったかい?」とか「怪我は無いかい?」と終始心配していた。

 支えられているとは言え倒れた時に比べてかなり身体が楽になっている。こちらはほとんど回復したカレンとライが居る。向こうはスザクが居るがユフィにオデュッセウスと護衛すべき対象が二人も居たら攻勢よりも防衛に専念しなければならない。逃げ延びるには絶好の機会。

 

 「カレン。ライ。今のうt―――ッ!?」

 「なに、地震!?」

 「クッ!何故…」

 

 突如足元が赤く輝き辺りを照らすと同時に大きく揺れ始めた。カレンは慌てつつもゼロが倒れないように支え、ライはなぜか目を覆っていた。エリア11では地震も多いから慣れているのだがこの揺れが異常な事は感じ取れる。

 その考えは正しく、足場の岩盤はシュナイゼルが訪れているギアスの遺跡の真上で、オデュッセウスにライ、ルルーシュの三人のギアスユーザーに反応して起動した。岩盤は支えている柱が下に潜っていく事でエレベーターのように下がる仕掛けなのだが、途中まで下がって柱が崩れた。おかげで一番下まで下りる事無く、人では上り難い段差が出来上がって助かる事になった。

 

 「枢木少佐!それに――ゼロ!?」

 「オデュッセウス殿下!!」

 

 声が聞こえ振り向くとそこには白衣を着た研究者風の男に顔立ちの良い男性などが視界に入ったがすぐに他に注意が行った。

 兄弟の中で一番危険視しているシュナイゼル・エル・ブリタニアが立っていた。オデュッセウスも危険だが兄弟・姉妹関係と条件が入るから置いておくとする。

 ブリタニア軍の歩兵部隊が一斉に銃をこちらに向けるがオデュッセウスとユーフェミアが居る為に撃てずに確保しようと急いで登れる所から上がってくる。

 

 「ゼロ!ナイトメアが」

 「アレを使うか。行くぞ!!」

 「カレンは先に。ここは僕がもたせる」

 「分かった。気をつけて」

 

 カレンに支えられたまま急いで黒いナイトメアの元へと向かう。ライはカレンより受け取った閃光を発するスプレー缶を使って怯ませ、気絶させて銃を奪い取って応戦している。

 この黒いナイトメアは通常のナイトメアの1.5倍あったのも驚いたがコクピット内が二人乗り用になっていることにも驚いた。上の席に座りシステム辺りをチェックするがすでに起動されており、すぐにでも動かせる状態にあった。

 

 「無人の上に起動までしてくれているとは」

 「ゼロ。行きます」

 「ああ!行くぞライ」

 

 下のシートに座ったカレンが操縦桿を握りしめて確認を取る。大きく頷きながら返事をしながらライに乗るように促す。ライはコクピットではなく肩に飛び乗って、歩兵隊に威嚇射撃を行なっている。それにしてもオデュッセウスとユフィが居てくれて助かった。二人の皇族を守る為に人間の盾を形成しなければならないので、こちらを確保する人員より盾の人員のほうが多かった。

 

 「出口にサザーランドが!!」

 「問題ない。――消えうせろ!!」

 

 出入り口にサザーランドが集まってきたが両肩のハドロン砲と書かれている兵器を起動させて発射する。赤黒い光弾が散弾のように出入り口に飛んで行き、直撃はしなかったが辺りに当たって砂埃を巻き上げた。

 式根島で空を飛ぶ戦艦から撃ってきたのはこのナイトメアだろう。そして広域攻撃用兵器かと思っていたがどうやら未調整の兵器だったらしい。データを軽く見ただけで収束して撃つのが本来の仕様なのだと解るが詳しいことは後だ。

 

 「どうしますか?」

 「大丈夫だ。もう一つの機能は正常に動いている」

 

 舞い上がった砂煙で視界が塞がれ、攻撃してこない中で横を通り過ぎながら徐々に飛行する。空を飛ぶナイトメアなんて今まで存在しなかった。最新技術が手に入った事もブリタニア軍に捕縛されずに逃げ切れた事も嬉しかったが、シュナイゼルが目の前に居たのに何も出来なかったのは口惜しい。

 高度を上げていきたいのだがライが外に居ては上げられないのでコクピットを開けて中に入れる。座ることは出来ないが何とか姿勢を保つ為に身体を支えられるように維持する。

 

 「何とか逃げ切れたな」

 「えぇ、空を飛ぶなんてね。すぐには追って来られないでしょう」

 

 安心しきった二人の会話を聞きながらシステム周りをもう少しチェックする。詳しすぎる事はラクシャータに調べてもらうとして今は基本スペックを知る程度で良い。

 カタカタとキーボードを打っているとライが折り畳まれた紙を持って近づいてきた。

 

 「ゼロ。これを」

 「ん?何だこれは?」

 「解らない。中身は確認していないが――オデュッセウスから渡してくれと」

 「オデュッセウスから!?」

 

 紙を受け取り何かと警戒しつつ紙を広げた。折り畳まれた内側に書かれていた字列を見て余計に疑問符を浮かべるが、すぐにそれがなんなのか知る事になる。それはまた先の話で………。



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第39話 「キュウシュウ戦役 其の壱」

 エリア11――日本は北海道・本州・四国・九州・沖縄の五つに分かれている。それぞれが海に隔てられて移動するにも航空機か船が必須となる。それぞれが別々の国に近いのと、もし何かあっても援軍として本隊を動かそうとしても移動が簡単な陸路が使えないためにそれなりの軍備を備えなければならない。

 しかし、今のエリア11には酷な話だ。

 

 「良い眺めじゃないか」

 

 エリア11キュウシュウブロックの最大の要害であるフクオカ基地の全域が見渡せる管制室より、ひとりの男性が頬を緩めて悦に浸っていた。

 髪の毛が乱れないように固めて、黒のスーツを着こなす細身の中年男性は基地内に並ぶナイトメアを満足そうに見つめて大きく頷いた。

 

 「さすがですな曹将軍」

 

 曹と呼ばれた白や小豆色のゆったりとした服装を着たロン毛の男性は細かく部下に指示を出してゆっくりと近付く。

 

 「いやいや、ここまで上手くいったのも貴方方の仕込があったからでしょう」

 「確かにそれもあるでしょう。ですが曹将軍、ひいては中華連邦の力添えあってこそ。感謝しますぞ」

 

 細身の中年男性――元枢木政権の官房長官だった澤崎 敦は亡命していた中華連邦より祖国であり、神聖ブリタニア帝国に植民地とされている日本に帰ってきた。大きな武力と災いを持って…。

 他の国もエリア11をその流体サクラダイト保有量から喉から手が出そうなほど欲している。中華連邦もそんな思惑を持った国の一つで、七年前から準備を進めていた。澤崎 敦ら数名の政府関係者の亡命を受け入れたのもそうだ。彼らを旗印にして武力による侵略ではなく、日本人を味方につけブリタニアからの独立を狙う。勿論ブリタニアから独立させるだけで中華連邦の傀儡とする気だが。

 七年待ったかいもあり、現在のエリア11のブリタニア軍はかなり疲弊していた。ナリタで主戦力の大半を失い、片瀬捕縛作戦では水中騎士団ナイトメアの多くが破損。ゼロの活躍が報道されるたびに同じ日本解放を志すレジスタンスが暴れて被害は拡大していった。

 

 「只今戻りました」

 「おお、片瀬少将。どうでしたか?」

 

 管制室の扉をノックして入ってきたのは日本解放戦線の総大将を努めていた片瀬 帯刀だった。中華連邦に亡命しようとしていた彼は、手土産であった流体サクラダイトを放棄してどうするか悩んでいた所を話を聞いた中華連邦によって無事亡命したのだ。好意などではなく日本解放戦線の指揮官という肩書が欲しかった。

 

 現在フクオカ基地は澤崎を旗印にした日本・中華連邦連合軍が占拠している。港には中華連邦が用意した日本の旗を掲げた揚陸艇に護衛艦、輸送艇が所狭しに並んでいた。上陸作戦を行なうには出来るだけキュウシュウからの砲撃やミサイル攻撃を緩和する必要がある。それを担当したのが黒の騎士団に合流しなかった日本解放戦線の生き残りだ。彼らは自分らの上官である片瀬の号令に従い動き、命を賭してまで任を全うした者までいた。結果、上陸部隊はほとんど無傷で上陸、易々とフクオカ基地を占拠したのである。

 

 「藤堂は合流せずと…」

 「なんと!?中佐が合流しないとは」

 「はぁ、藤堂は義理堅い性格をしておりますからな。黒の騎士団でもいろいろあったのでしょう」

 「合流しないと言っても黒の騎士団も日本を憂いている同志。今すぐではないにしてもいずれは来るでしょう」

 

 残念であるが仕方がない。無いものは無いで今ある者らで何とかするしかない。

 キュウシュウブロック全土が映し出され、各部隊の動きが示されているモニターの前へと移動する。自軍は青色の凸で、ブリタニア軍は赤い凸で表示されていた。曹将軍も片瀬少将も寄って眺めるが嬉しそうに微笑みながらどこか呆れた表情をしていた。

 

 「世界屈指の軍事国家と言ってもこんなものとは」

 

 曹将軍が言うのもわかる。すでに連合軍は佐賀に長崎、大分を完全に支配化に置き、熊本・長崎の半分まで進行していた。キュウシュウ防衛のブリタニア軍も抵抗らしい抵抗もなく逃げ出しているのだ。ナイトメアの数で圧倒され、何処からか現れるレジスタンスの奇襲に何度もあえば疲れ、恐怖も覚える。それにコーネリアなら兎も角、地方の守備隊など士気も低いのだろう。

 今まで苦渋を味わわされてきた片瀬はその言葉に眉を顰める。

 

 「油断は禁物です!相手はあのブリタニアですぞ。しかも戦上手のコーネリアがいつまでも黙っているわけがない」

 「確かにそうでしょうな。それはこちらも予想しております。ゆえに本州に繋がる橋をすべて落としたのではないですか」

 「陸路が無くとも空輸……海上輸送だって」

 「空路ならここからミサイルを発射。海路でくるならば陸地よりの砲撃で何とか成るでしょう。すでに上陸作戦阻止の為のキュウシュウ外縁に防衛部隊を展開している。問題はありませんよ片瀬少将」

 「気持ちは分かるが仲間内で争っても日本は独立しないぞ」

 

 言う事ことごとくを曹将軍に言い返され、澤崎に諌められて口を閉じた。

 まったくと呆れながら時刻を確認する。そろそろかと管制室を後にする。それほど乱れてないがスーツを整えながら笑みを浮かべる。これよりエリア11全土に日本の独立を宣言するのだ。

 長きに渡って待ちに待った想いを乗せて。

 

 

 

 

 

 日も傾き、夕暮れから夜へと変わる頃、政庁の副総督用の執務室のテレビより何度目か分からないニュースが流されていた。

 

 『我々は此処に正当なる独立主権国家日本の再興を宣言する!!』

 

 宣言を行ったのは枢木政権の官房長官を務めた澤崎 敦。日本の独立を謳いながら背後の格納庫内には中華連邦主力ナイトメアの鋼髏(ガン・ルゥ)が所狭しと並んでいた。ナイトメアに詳しくない者から見れば武力的な脅威しか映らないだろう。しかし、知っている者からすれば武力的脅威は勿論のことだが、ブリタニアに勝っても支配者が中華連邦に代わるだけだと理解しえよう。

 

 余談だがオデュッセウスはガン・ルゥが嫌いである。

 胴体と頭部を一纏めにした大きな身体より短い手足がついているようなデザインや、両腰に付けられた固定式キャノンとアーム型固定式マシンガンのみの武装しかないとかを言っている訳ではない。そもそもガン・ルゥは技術的に不十分なのである。身体を大きくしすぎたのと支える技術がない為に二足歩行ではなく、取り付けられた尻尾のような支えが必要となっている。射程は良いのだがそれを除いたステータス全ては現行のナイトメアに対して劣っている。

 武装や技術力云々よりも問題は脱出システムを搭載していない事だ!コクピットハッチが前を向いている事から身体の前側がコクピットなのは明らか。相手に後ろを向けて戦うなら問題ないかもしれないが、前を向けて戦うのだから全高のほとんどを稼いでいる身体部分に銃弾は直撃するだろう。その瞬間パイロットの死亡が決定する。このパイロットの命を軽視した構造が好きになれない理由だ。

 まぁ、これには中華連邦との考えの違いが大きいのだが。道徳以前に優れた兵士を育成するには多額のお金と時間を浪費する。壊れてもすぐに生産できる機械と違い替えがすぐにはきかないのだ。ゆえに死なないようにパイロットの生還率を上げるのは道理だろう。しかし、中華連邦のナイトメアのガン・ルゥはほとんどの面で劣り、戦術は個に対して集団で攻めて数で圧倒する。つまりはパイロットの技量はさほど重要視していないのだ。中華連邦の人口が他国に比べて多すぎるのと政を司る大宦官が民の命を軽視しているのもあってパイロットより安値で技術的にも簡単に作れるガン・ルゥに重きがいってしまった結果である。

 

 沈んだ表情でテレビを眺めているユーフェミアは大きなため息を吐き出した。

 『お前の行動一つでどれだけの危険が伴うのか分かっているのか!!』

 神根島から政庁に帰ってからコーネリアに言われた一言だ。心配させてしまったこともあって盛大に怒られた。確かに自分が動けば周りも動かなければならず、それだけでも多くの人に迷惑をかけてしまった。

 まぁ、お姉様が怒っているのは私を心配していたのを除けば周りの人をどうのこうのではなく、お兄様を巻き込んでしまった事だけだったが…。

 

 気分が沈んだのは怒られた事や周りに迷惑をかけてしまった事もだが、さらにスザクから騎士の証を返された事も大きい。

 

 神根島からトウキョウ租界へと帰る途中に澤崎のニュース見てから暗く思い詰めた感じがあった。どうしたのかと気にはしていたのだが政庁に帰ってすぐに知った。

 

 『僕は父を殺したんです』

  

 詳しくは話してくれなかったが私でも理解出来る事はあった。どんな理由があろうと実の親を――人を殺してしまった。それに対する後悔の念は相当のものだったろう。彼は幼き日からその事を悔やみ、重荷を背負ってきたのだ。スザクはそんな自分には資格が無いと言って騎士の証を返還したのだ。 

 

 私は思い悩むスザクに対して何も言えなかった…。

 

 誰かに相談しようにもシュナイゼル兄様は中華連邦への対応に追われ、コーネリア姉様は軍を率いてキュウシュウブロックへ向かい、クロヴィス兄様はコーネリア姉様の手伝いに行っているし、オデュッセウス兄様は途中で姿を晦ましている。

 感情がさらに沈み、雰囲気がどんどん暗くなる。

 ナリタで崩壊したブリタニア軍を立て直せたユーフェミアだったが現状出来ることがないのだ。キュウシュウの対応にしても軍を率いる事はコーネリアの方が向いており、中華連邦という大国との外交を任せられるほど経験や知識をシュナイゼル以上に持っていない。彼女が無能という訳ではなく、普通に優秀な彼女よりも優秀な人材が居てやることがないのだ。しかも、式根島の事もあってコーネリアは外出禁止令を出している。さすがにオデュッセウスのようにこっそりと抜け出すような真似は出来ない。大人しく普段の書類仕事をするしかなかった。

 何度目かのため息をつくとドアがノックされた。

 

 「はい。何でしょう?」

 「失礼致します副総督。お客様が来ていますがいかが致しましょう?時期が時期ですし…」

 「私にですか?シュナイゼル兄様ではなく」

 「はい。しかもオデュッセウス殿下より招待状を持っております」

 「分かりました。こちらではなく私室のほうにお通ししてください」

 「畏まりました」

 

 報告した者は頭を下げて執務室から出て行く。書類仕事も区切りも良い所だし、ペンを置いて自身の私室へ向かう。私室と言っても政庁内で寝泊りする部屋というのではなく、休憩時間や人と会う時に使うような部屋だ。先に着いたユーフェミアはソファに腰を下ろして客を待つ。ドアをノックして現れたのは学生服姿の同い年ぐらいの女の子だった。

 

 「し、失礼します。私、ニーナ・アインシュタインと申します」

 「あら?貴方は…」

 

 見覚えがある顔にすぐに思い出した。河口湖のホテルジャック事件で日本解放戦線の兵士に乱暴されそうだった女の子。助けようとしたが動く前にオデュッセウス兄様が助けた。すぐに助ける事が出来なかったと悔やんでいる事を伝えた。それを兄様が覚えていてくれたようだ。

 

 「えっと、あの…」

 「こちらにどうぞ」

 「あ、失礼します」

 

 ガッチガチに緊張したニーナに向かいのソファに座るように促す。座ったのは良いが両膝に手をついてから緊張のあまりに手が震え、目の焦点が合ってない。

 

 「そんなに緊張しないで」

 「は、はい」

 「あの時はすぐに助けてあげられなくてごめんなさいね」

 「いえ、そんな…ユーフェミア様に比べて何もない私なんかの為になんて」

 「私はそんな立派な人間じゃないわ」

 

 震えながらもどんどん顔が俯いていくニーナの言葉に申し訳ない気持ちになっていく。比べられるほど自分が優れた存在では無い事は自身がよく分かっていた。ナリタの一件も兄上が以前に教えてくれなければ何も出来なかっただろう。ギネヴィア姉様やコーネリア姉様、オデュッセウス兄様やシュナイゼル兄様などに比べたら私なんて…。

 

 「姉達に比べたら全然駄目で…」

 「駄目じゃありません!!ユーフェミア様が駄目だなんて。私なんか良い所なんてひとつもなくて…本当に何も…綺麗じゃないですし」

 「そんな事ないわ。貴方とっても可愛いのに」

 

 彼女の言葉から自分が嫌いなのが見て取れた。いや、私と同じで自分に自信が持てないのだろう。

 ふと彼女の言葉から得た印象にスザクが重なった。スザクも自分が嫌いなんだ。そう思うといろいろ心の中でかちりと何かがかみ合ったような感じがした。今まで悩んでいた悩みがスゥーと消えていった。

 ホッとした気持ちでニーナを見つめるとキョトンとした顔をされていた。

 

 「どうかしましたか?」

 「いえ、オデュッセウス殿下も同じように仰られたので…その」

 「お兄様も?」

 「はい。そ、そうなんです。他にも…えっと、あの…」

 

 オデュッセウス兄様との事を思い出してかどんどん顔が真っ赤に染まって行く。あまりに微笑ましくて自然に頬が弛んでしまう。 

 

 「ありがとうニーナ。貴方に会えて本当に良かったわ。なんか分かっちゃいました」

 

 すっきりした心情でユーフェミアは立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュウシュウブロックで澤崎が事を起こしてからゼロ率いる黒の騎士団は決断を迫られていた。

 ナリタ連山での戦いでバラバラになった日本解放戦線は、全員が合流する前にリーダーの片瀬少将が中華連邦に亡命。日本から離れる事に反対した藤堂と藤堂寄りの兵士達、残された部隊も黒の騎士団に合流。黒の騎士団内には多くの日本解放戦線出身者が居り、片瀬が澤崎と共に居る事で合流したいと思っている者が出ている。

 

 まぁ、ゼロの考え的には合流すべきではないと結論を出しているが。

 

 アレはどう見ても中華連邦の傀儡。日本人にとって日本の名だけを取り戻せても何の意味も無い。それにルルーシュとしても困る。日本の解放は黒の騎士団が行い、その功績を持って上に立ってブリタニアに対抗できる力にしたいのだから。

 澤崎と合流しないのならそれなりの行動に出ないといけないのだが、合流せずに反対する声明を出すだけでは弱い。出来るなら澤崎と中華連邦の目論見を崩すぐらいの事をしなければ。

 

 現在ゼロは式根島でゲフィオンディスターバの副作用でステルス性を高めた潜水艦でキュウシュウブロック、フクオカエリアに来ていた。ステルス性が上がったといっても長時間居れば見付かる可能性が高まるが中華連邦は制圧できてないナガサキに主戦力を集中、余剰戦力は制圧エリアの防衛の為に配置されていた。配置されたといっても占領した範囲が戦力に合わないので実質足りてない。おかげで監視が緩くなってこうもあっさり上陸でき、見付かってもいない。

 だが、これは確実にブリタニアの計略だろう。キュウシュウブロックの守備部隊では防衛は困難なら本州からの援軍がくるまでの時間稼ぎを望むだろう。しかしこの動き方はコーネリアではない。確実にオデュッセウスの策だ。以前に戦略指導で聞いた覚えがある。

 『侵攻軍に対してこちらが数で負けているなら数を減らせば良いんだよ』

 当時の俺は防衛の策を述べたが兄上は最初から防衛を捨てていた。語られた戦略は敵にわざと撤退している事を悟られないように抵抗しつつ後退。制圧していく範囲が増えていくたびに兵力を配置せねばならず、最終的には数は減る。しかも撤退した戦力を一箇所に集めれば戦力の密度が増え、背水の陣で覚悟も決まる。対して侵攻軍は勝ち続け調子に乗って油断も生まれる。

 

 「兄上の事だ。他にも何か考えているのだろうな」

 

 元は魚の解体工場だった廃工場で古びた椅子に腰掛けるゼロはぼそりと呟いた。

 神根島から戻る途中にライより渡された紙に書いてあった日時と座標が今日のこの廃工場だったのだ。罠かも知れないし、もし呼び出しにしても澤崎の件で来ない可能性だってある。が、オデュッセウスのことを調べていくとエリア11に来る前は中華連邦に滞在しており、その時の繋がりで今回の澤崎の行動を知っていた可能性がある。ありえない事かも知れないがあの兄上なら有り得る。

 

 『ゼロ。俺だ』

 「扇か。どうした?」

 『そっちに近付いている奴が居る。捕縛するか?』

 「いや、私の予想通りならその必要もないだろう」

 『じゃあ…』

 「通せ。周辺の警戒を厳にしてくれ」

 

 ゼロは立ち上がって入り口を見つめる。

 この廃工場付近は黒の騎士団団員を伏せており、何があっても動けるようにしている。撤退ルートも準備し、先に罠がないかも確認済み。ナイトメアが攻めて来ても藤堂と四聖剣の月下も隠れて待機している。

 暗闇の中をひとりの男性が現れた。最初は暗くて誰か識別できなかったが雲から顔を覗かせた月の光がその者を照らした。

 

 「ほう!遣いが来るとは思っていたがまさか貴方が来るとは…

  神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニア」

 

 月明かりに照らされたオデュッセウスは片手を挙げながら微笑んでいた。



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第40話 「キュウシュウ戦役 其の弐」

 エリア11総督であるコーネリア・リ・ブリタニアは騎士ギルフォードと共にキュウシュウブロック フクオカ基地警戒海域外に多数の艦艇を引き連れて待機していた。すでに昼間に上陸艇を上陸させようと軍を進めたのだが暴風と大雨の影響で海が荒れに荒れ、上陸もままならずフクオカ基地の射程圏内より離脱したのだ。

 

 「コーネリア殿下。昼間の被害報告書です」

 「あぁ、すまない」

 

 艦隊旗艦の艦橋は雲ひとつ無い夜空から月明かりで照らされていた。コーヒーを片手にキュウシュウブロックの地図を見ていたコーネリアは穏かな表情で報告書を受け取った。その表情から敗軍の将にはまったくもって見えない。むしろ余裕さえ感じるほどだ。

 

 「上陸艇第一波が60%の被害か」

 「かなりやられましたが海兵騎士団の被害は5%もいっておりません」

 「本来ならどう見る我が騎士ギルフォードよ」

 「ハッ!僭越ながら申し上げると大敗もいい所かと。海上戦力の排除は海兵騎士団で可能ですが制圧の要である上陸部隊を半数以上失っては奪還作戦は不可能としか申し上げられません」

 「だろうな。私もそう思うよ」

 

 信頼厚き騎士に敗北したと告げられても激昂するどころか冗談でも言っているような笑みと余裕が窺える。艦橋内のクルーも同じように笑っていた。

 なにせ失った海兵騎士団のポートマンを除き、戦死者はゼロなのだから。

 撃破された上陸艇は人が乗っているように見せたダミーで、相手の攻撃能力や少しでも弾薬を減らす目的で自動で突撃させたのだ。と言っても一番の目的はコーネリア軍が敗北したように見せる為なのだが。

 

 「それで【トロイ】と【イカロス】の進捗状況はどうなっている?」

 「先ほどの連絡では【トロイ】のほうは準備完了。【イカロス】はもう少し掛かるとの事です。何でも【プリドゥエン】の積み込みに手間取ったようで」

 「まったく兄上には困ったものだな。検証も済んでいない兵器を実戦投入とは」

 「しかし最終的な確認だけで問題ないのでは?」

 「問題はない。なさ過ぎて問題なのだがな」

 「と、申されますと?」

 「一体兄上はいつから気付いていたのだろうか。いや、知っていたのだろうか?片瀬が日本を脱出して亡命先が判明した時か?ナリタで日本解放戦線の趨勢が決した時か?中華連邦に居た時か?それともシュナイゼル兄様が特派を設立した時か?」

 

 あまりの準備の良さに不気味に感じるコーネリアはその考えを捨て、聡い兄上だからと考えるようにした。

 ギルフォードの元に通信士が一枚の紙を持って近付き渡す。チラッと目を通すとニヤッと頬を弛ます。

 

 「殿下。間もなく【ペーネロペー】が所定の位置に到着するそうです」

 「分かった。これより第二次上陸作戦を発動する。各艦隊は移動を開始せよ!」

 

 随分と悪い顔で笑うコーネリアにギルフォードは困った笑みを浮かべる。

 

 「どうした?」

 「いえ、随分と嬉しそうだったので。初のオデュッセウス殿下の作戦を目の当たりにするのですものね」

 「な!?ああああ、兄上の作戦だからと言うわけではないぞ!!」

 「学ぶ事も多くありますでしょうし」

 「そ、そうだ。これは将として見習う為に――」

 「それにしては頬が朱に染まっておりますが?」

 「――ッ!?」

 「これは失言が過ぎました」

 「フン!その責はこの戦いで晴らせ」

 「イエス・ユア・ハイネス!」

 

 ギルフォードの堂々とした言葉を聞いて、コーネリアは腰を下ろして先を見つめる。これから戦場となる地を。自身の敬愛する兄が知略と軍略で蹂躙する戦場を…。

 

  

 

 

 

 

 枢木 スザクはエリア11に赴いたシュナイゼルが乗って来た浮遊戦艦【アヴァロン】でキュウシュウブロック上空へと向かっていた。目的は単純明解。中華連邦によって担ぎ出された旗印である澤崎 敦の捕縛。たった一機のナイトメアでは不可能だがランスロットの新装備を使えば成功率は格段に上がった。

 

 ランスロット・エアキャヴァルリー

 

 ガウェインやアヴァロンで実証済みのフロートシステムを外部パーツと結合させる事でランスロットに飛行能力を与えた。これにより空中からの敵本拠地であるフクオカ基地へ直接強襲することが可能となった。ランスロットの今までの活躍を考えれば成功率は50%近くまで上がるのだが、良すぎるメリットにはデメリットもつきもので、エアキャヴァルリーはエナジー消費が激しくて稼働時間がかなり制限されている。 普段の20%もない。

 

 「でも、俺は……やるんだ」

 

 軽いブリーフィングではランスロットがフクオカ基地に強襲を仕掛けて混乱している隙に、別働隊が上陸部隊の援護を行い沿岸部を掌握。内陸部へ進軍する予定となっている。つまりはランスロットが相手の混乱を誘えば誘うだけ味方を助ける事が出来る。自分の父を殺した責を背負い続けたスザクは大勢の命を少しでも助けようと己を捨ててでも動く。今回の作戦はまさにその思いで覚悟を決めている。

 コクピット内で待機していたスザクの元にアラームが鳴り響く。レーダー索敵圏内に入ったアヴァロンがロックオンされ、数十発ものミサイルが接近しているらしい。

 

 「弾幕を張りますか?」

 「この位置なら大丈夫よ」

 

 格納庫正面ゲートを開けながら艦橋の通信端末前に居るセシルに提案するが即座に否定された。望遠にせずともモニターに映ったミサイルはアヴァロン前方に張られたブレイズルミナスが防ぎ、ダメージは消費したエネルギーを除いてゼロだった。

 ミサイルを全弾防ぎきるとセシルより作戦概要が確認も兼ねて説明される。しっかりと聞きながら手は出撃準備を確実にこなす。ハッチが完全に開ききり、拘束していたアームが外れて出撃態勢は整った。操縦桿を握り締め大きく空気を吸い込む。

 

 「ランスロット――発艦!」

 「発艦!」

 

 吸い込んだ空気を吐き出しながら叫び、ハッチより伸びたカタパルトを最高速度で突き進む。アヴァロンより飛び出すと同時にコクピット上部に取り付けた折り畳み式の翼を左右に伸ばし、フロートシステムを起動させる。感じたことのない浮遊感に想いをはせる事無くスラスターを吹かして加速させる。戦闘機以上の速度で夜空を駆ける。

 ただ駆ける時間はそう長くは続かず、迎撃に戦闘ヘリが編隊を組んで接近してきた。小型ミサイルや機銃を回避しつつ、エナジー消費を抑える為にヴァリスではなくスラッシュハーケンでコクピット以外を破損させて出来るだけ殺さないように無力化していった。

 現状予定範囲内に作戦が進んでいる事に安堵しつつ、手は決して緩めない。そんな最中、アヴァロンからの通信ではなく、オープンチャンネルで通信が入った。通信用の小さなモニターに映し出されたのはスーツ姿の澤崎本人だった。

 

 

 『私は澤崎だ。こちらに向かって来る君は枢木の息子か?』

 

 父の名を出されて驚きつつ沈黙してしまったのを肯定と取り、澤崎は笑みを浮かべた。

 

 『そうか。こんな子供が居たとはな』

 「父は関係ありません。自分は戦いを終わらせる為に来ました。降伏さえしていただければ命まで奪いません」

 『君は日本独立の夢を奪う気か?日本が蹂躙されたままで良いと言うのかね?』

 「それは――けれどこんな手段は間違っています!」

 

 戦闘ヘリを全機無力化してフクオカ基地の滑走路に降り立つ。スラスターを反転させ逆噴射にて速度を落とし、無理なく着陸したランスロットはそのままフクオカ基地司令部に向けて突き進む。会話に気を取られて建物の影にガン・ルゥが潜んでいる事に気付かずに。

 

 「正しい手段で叶えるべきです」

 『君は自分の我侭に虐げられている日本人を巻き込むのか?』

 「違います!それは――しまったヴァリスが!」

 

 会話に集中しすぎて周辺警戒が疎かとなり、潜んでいたガン・ルゥの攻撃を避けきれなかった。ランスロットへの直撃はしなかったもののヴァリスが弾かれ破壊されてしまった。自分の迂闊さを悔やみながらMVSを手にとって戦闘を続ける。が、射撃兵装を失った状態でこの状態はかなり不味い。ナイトメアに劣る機体といえども接近戦しか出来なくなったランスロットに射撃特化のガン・ルゥは相性が悪すぎた。エナジーもいつもより少なく、数で押されて攻勢に出ることさえままならない。

 左腕のブレイズルミナスで何とか射撃を防ぐが腕が隠れる程度では全体は守れずに、フロートに直撃してしまった。直撃した箇所から火花と電流が見え隠れし、このままだと爆発すると判断したスザクはパーツをパージして建物の間に身を隠す。外した事でフロートに付けられていたエナジーをも失い、一気にエネルギーが減った。

 

 「スザク君。エナジーを戦闘と通信に絞り込んで」

 「了解です」

 

 コクピット内の灯りが薄暗くなり、索敵が行なえなくなった。すでに生還どころか勝機も彼方へと消え失せた。

 

 『投降したまえ。枢木 ゲンブ首相の遺児として丁重に扱うことをお約束するよ』

 「お断りします。ここで父の名を使ったらもう自分を許す事が出来ない」

 『ハハハ、似ているなぁ君は。強情なところが父親そっくりだ』

 『枢木 スザク!』

 「え…ユーフェミア様?」

 

 澤崎の通信に割り込んだのはユーフェミア皇女殿下だった。予想外の相手に驚きつつ、何かを決心したような凛とした表情に魅入ってしまった。しかしその表情は30秒も持たずに困惑した表情に変化した。

 

 『スザク!私は貴方を…えーと…』

 「あの今は―」

 『えーと―――私を好きになりなさい!』

 「はい!―――え?」

 

 困惑したユフィの言葉を遮りながら徐々に敵が包囲を完成させようと集まってくる事に危機感を募らせ、左腕のブレイズルミナスを展開しつつ、MVSで一本で接近戦に持ち込む。最初は動きに対応できずに斬られるだけだったのだがすぐ距離を開けられて集中砲火を浴びせられる。それをブレイズルミナスで強引に突破する。

 ユフィの強い想いの篭った言葉に無意識に返事をしてしまってから操縦桿を離しそうになるほど驚かされた。正直に言って耳を疑った。が、真剣な彼女の表情から聞き違いではないと分かる。

 

 『その代り私が貴方を大好きになります。スザク。貴方の頑ななところも優しいところも悲しそうな瞳も不器用なところも猫に噛まれちゃうところも全部!だから自分を嫌いにならないで!!』

 「そうか。かえって心配させちゃったんですね」

 

 騎士の証を返還したことを思い出しながらふっと笑ってしまった。

 

 「貴方はいつもいきなりです!」

 

 叫びながらこれまでの事を思い出す。初めて出合ったビルから跳び下りてきた時、皇女と名乗ってナイトメア同士の戦いの場に飛び出して行った事、ナンバーズの自分にも学校に行くべきと通う学校を決めた時、自分を騎士にすると決めた時。

 

 『そうです!いきなりです!いきなり…気付いちゃったんですから』

 「でも、そのいきなりに僕は扉を開けられた気がする」

 

 すべては突然で無意識で純粋で周りを巻き込んで…そんな彼女に何度も何度も救われたんだ。今まで塞ぎきっていた扉を開け放ち思い描く事もなかった光景の元に僕を連れて行ってくれる。

 心の底から感謝しつつ悲しい表情を浮かべる。

 僕はこれからそんな彼女を悲しませてしまうんだと容易に想像してしまったからだ。

 

 「最後にお願いがあります」

 『最後って…』

 

 司令部までかなり距離があるというのにガン・ルゥの数は増え続ける。エナジーフィラーが尽きてブレイズルミナスが消失し、高周波振動をしていたMVSは停止してただの剣となった。さらに日本解放戦線の無頼までもやってきて突破は不可能。覚悟を決めつつ今にも泣きそうなユフィに笑みを向ける。

 

 「僕に何かあっても自分を嫌いにならないで下さい。あと、その時は友達には迷惑をかけたくないから転校した事にして下さい」

 『スザク…まさか!』

 「ありがとうユフィ――僕は君のおかげで―」

 『スザク死なないで!!生きていてぇ!!』

 

 『生きて』と聴いた瞬間、頭がボーとして視界がぼやける。違和感を感じたスザクはモニターを覆った赤い光で意識を取り戻した。赤い閃光に包まれた周囲のガン・ルゥは閃光から真っ赤に熔解した姿を現して爆散した。無頼だけは少し離れていて被害は出なかったが急にライフルが吹き飛んだ。ライフルだけではなく、機体によって頭部に脚部など無頼を撃破せずに行動不能にするかのように撃ち抜かれていった。

 

 「今の狙撃は…」

 『枢木よ。ランスロットはまだ動くか?』

 「ゼロか!?」

 

 狙撃と判断して辺りを見渡す前にオープンチャンネルでかけられた声に反応して上空を睨む。夜空をバックにして盗まれたガウェインが目の前に降りてきた。声からゼロだと分かったが目的が分からずに困惑する。どう考えても先の赤い閃光はロイドさんに見せてもらったハドロン砲。実装した機体はガウェイン以外になく、少なくともガン・ルゥから救ってくれたのはゼロだ。

 

 『私は今から敵の司令部を叩く。君はどうする?』

 

 降り立ったガウェインは片膝をついて目線を合わせながら片手に乗せたエナジーフィラーを差し出してきた。困惑は消え失せ笑みを浮かべながら力強い意思を宿した瞳で見つめながら答える。

 

 「残念だけどゼロ。お前の願いは叶わない。自分が先に叩かせて貰うよ」

 『二人だけじゃないからね。私も居るからね』

 「まさかその声――オデュッセウス殿下!?」

 『私の可愛い可愛い妹に告白されといて即座に死に別れなんて許さないからね。あと悲しませたらスザク君だろうと本気でぶん殴るから――分かった?』

 「い、イエス・ユア・ハイネス!」

 

 エナジーフィラーを交換しているとオデュッセウス専用の灰色のグロースターが隣に立った。慌てながらゼロを見るがゼロは気にせずに司令部へと向いていた。それはオデュッセウスも同じだったが普段では考えられないドスの利いた言葉に背筋を伸ばす。

 

 「しかし、三機だけでは…」

 『大丈夫だよスザク君。我が騎士達よ!今こそ騎士たる力を示せ!!』

 『黒の騎士団総員出撃!目指すはフクオカ基地司令部!!』

 

 オデュッセウスとゼロが叫ぶと共にフクオカ基地に紅蓮弐式や月下を先頭に黒の騎士団が。タワーシールドを携えたカスタムされたグロースターを先頭にオデュッセウスの騎士達が突入する。

 

 

 

 

 

 

 フクオカ基地司令部は騒然としていた。

 犠牲を払いつつランスロットの排除に成功した矢先に上空から現れた漆黒のナイトメアに。

 

 「オープンチャンネルだな!音を拾え!」

 

 苛立ちながら怒声を上げる澤崎の指示の元、司令部のスザクと漆黒のナイトメアのパイロットの声が響く。スザクがゼロと呼んだことでさらに状況がつかめなくなった。ゼロ率いる黒の騎士団は反ブリタニア組織のひとつと考えていただけに、こちらに攻撃を仕掛けた意味が分からない。

 

 『私は今から敵の司令部を叩く。君はどうする?』

 『残念だけどゼロ。お前の願いは叶わない。自分が先に叩かせて貰うよ』

 『二人だけじゃないからね。私も居るからね』

 『まさかその声――オデュッセウス殿下!?』

 

 ゼロが敵意を示した事よりも澤崎はオデュッセウスの存在に悪寒を感じた。

 官房長官を務めていた澤崎があの事を知らない筈はなかった。ブリタニア皇族の兄弟・姉妹を動かし日本最大の危機を演出したあの事件を。

 それを知らない曹将軍は余裕の笑みを浮かべる。

 

 「まさかブリタニアの皇子が出てくるとは。これで捕縛できれば俄然優位に立てますな」

 「何を言っているんだ!奴が…奴が来ているなんて私は知らないぞ!」

 「どうされましたか?たった少数増えたところで我らの勝ちは変わりませんよ。基地内に突入したナイトメアは20機にも満たない。ならばここの守備隊の数で押し切れますよ。それに敵地の真ん中に出てきた幸運を喜び――」

 「喜べるか!!曹将軍は知らないから言えるのだ……」

 

 青ざめる澤崎に不安を覚えながら自分達の勝利を疑ってない曹将軍はモニターへと視線を戻す。が、その視線は慌てた通信兵の言葉で戻される。

 

 「大変です!ナガサキエリアがブリタニアの上陸を許したとの報告が!」

 「なに?守備隊はなにをしていたか!」

 「将軍!」

 「今度は何か!」

 「クマモトにナガサキ、オオイタで通信途絶した部隊が多数。敵の攻撃と考えられますが…」

 「上陸されたのか!?」

 「いえ、三つのエリアからはそんな情報はありません」

 「クソッ、どうなっているのだ!カゴシマエリアに進行した片瀬少将の本隊を戻せ。対応に向かわせろ」

 「そ、それが……片瀬少将と連絡が取れません。未確認ですが敵の挟撃にあっているという情報が」

 「……いったい何が起こっているんだ?」

 

 あまりの事態の急変に呆然となり、足元がふら付いた曹将軍はモニターを見つめた。モニターには灰色のグロースターが映し出されていた。



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第41話 「キュウシュウ戦役 其の参」

 日本解放戦線指揮官を務め、現在は独立主権国家日本軍本隊を率いて、ブリタニアからカゴシマエリアを奪還する為に侵攻していた。中華連邦より借りたガン・ルゥに日本解放戦線の無頼を合わせた連合軍であるが今までの作戦は順調だった。否、順調すぎたのだ。これまでのブリタニアの抵抗から容易に制圧出来るだろうと踏んでいたのだが、キュウシュウブロックのほとんどの守備隊が合流したカゴシマエリアの防衛戦は屈強で突破は困難を極めている。

 実戦経験及び練度不足だが数だけは揃えた中華連邦軍に、経験も練度も十分だが数の少ない日本解放戦線では決定的な手がなく、指揮官である片瀬も藤堂のような指揮官としての才覚がある訳ではない。

 臨時に作ったカゴシマエリア侵攻軍司令部で参謀達と共にイラつきながらも作戦を練っていた。

 

 「ここは一部を一点突破しての挟撃しかないかと」

 「突破と言っても敵の防衛ラインはどこも頑強。フクオカ基地の船舶を使って後方を脅かした方が…」

 「船舶を使うといってもあそこはコーネリア率いる艦隊と睨み合っている。とてもじゃないが無理だろう」

 「片瀬少将。ご采配を」

 「「「片瀬少将」」」

 

 意見を出し合ってはいるが有効な手が見付からず、参謀達は腕を組んでしかめっ面を晒している片瀬に指示を請う。が、片瀬にも有効的な手段は思い浮かばずつい本音を漏らす。

 

 「こんな時に藤堂が居れば…」

 

 ぼそりと呟かれた一言に参謀達も大いに同意する。知っているがゆえに藤堂と片瀬を比べると見劣りしてしまう。そもそもレールに乗ってそのまま昇格してきた男と実力と経験で昇り上がった男を比べるのも酷な話だ。

 簡易式の指揮所の中にため息以外に音が響いた。それは遠くではあるが聞きなれた爆発音。目を見開き音の方向に目を向けるが見えるはずもなく、立ち上がり状況を理解しようとする。

 

 「何事か!?」

 「ブリタニア軍の攻撃です!」

 「なんだと!見張りはなにをやっていたか!」

 「いえ、敵は我らの後方より現れたようで…」

 「馬鹿な…後方だと…」

 

 後方と聞いて耳を疑った。すでにクマモト・ミヤザキは独立主権国家日本軍の支配下であり、上陸を許した報がないのでブリタニア軍が居る筈がない。もし撃ち漏らしが居たとしても数機程度で本隊を攻めるだけの力はない筈だ。

 

 「敵の数は?」

 「ナイトメア約一個大隊ほど…」

 「ありえない!60機ものナイトメア部隊だと…」

 「ご報告いたします。防衛に専念していたカゴシマエリアのブリタニア軍が攻勢に出ました」

 「このままでは包囲殲滅されます!片瀬少将、いかがな――」

 「撤退だ!全軍に伝えろ。本隊が襲撃を受けている。遺憾ながらここを放棄、撤退する。合流地点はクマモト一次中継点とする」

 「ハッ!誰か車の用意をしろ。護衛として無頼二個小隊を呼べ」

 

 撤退を決め込んだ司令部の動きは早かった。しかし前線の部隊にとっては早すぎた。急な命令に補足の命令はなく、司令部がいきなり消滅したがゆえに指揮権は各部隊長に委ねられ、統率の取れなくなった軍隊はばらばらに行動するしかなかった。

 駆け込むようにジープに跳び乗った片瀬は護衛の部隊と共に急ぎ指揮所を後にする。

 

 「どうしてこうなるのだ!何故ッ―――どうした?」

 

 不平不満を口にしていた片瀬は、先頭を進む無頼がジープを制止させた事に驚きつつ正面を睨みつける。

 

 薄暗い夜道を照らしているライトの射程外よりなにかが現れた。

 それはナイトメアのというよりは馬のような足だった。一歩ずつ踏み締め近付き姿を現したものに目を見開いて唾をゴクリと飲み込んだ。

 黒と赤で塗装された馬と人間の上半身を合わせたギリシャ神話に登場するケンタウロスを模したナイトメアフレーム。大きさは無頼の1.5倍はあり、上から見下ろされる威圧感はかなりのものだった。

 

 『兄上の言ってた通りに奇襲すれば一目散に逃げるんだね』

 

 所属不明のナイトメアから発せられた声に顔を顰める。どう考えても幼い。声からして十五歳前後の少年ではないかと推測される。

 

 『おかげでボクが手柄を立てられて良いんだけどね』

 「何をしている!早く撃破せよ!!」

 

 焦りながら片瀬が命じると無頼は一斉にアサルトライフルを構えるが四足歩行のナイトメアは素早い動きで距離を詰めた。詰めたといっても接近戦に挑む前に銃撃されるが、よほど装甲が硬いのか直撃を受けてもそのまま突っ込んでくる。

 

 『まず一機目♪』

 

 嬉しそうな一言と共に振られた両手に握られた大きなハンマーによって先頭の無頼の上半身が吹き飛んだ。辺りに衝撃で弾けとんだ部品や完全に潰れたコクピットが降り注ぐ。目の当たりにした者の血の気が引いた。次は自分の番だと言われた様に…。

 

 『アハハハハハハ!さいっこう!!アハハハハハハハハ』

 

 狂喜じみた笑い声を辺りに響かせながら次々とハンマーが振られて無頼が潰されていく。恐れをなした後続の一機が逃げ出すと他の二機も逃げ出し始めた。

 

 「待て!待たぬか貴様ら!!」

 

 ジープから降りて大声で叫ぶが無頼は止まる事無く去って行く。姿が暗闇に掻き消えた後に起こった閃光により撃破された事と完全に包囲された事を理解した。

 四足歩行のナイトメアがジープを踏み潰し、片瀬を見つめる。逃げ道も逃げる手段も失った片瀬は震えながらその場にへたり込むしかなかった。指令所があった方向から三機のサザーランドと数台の装甲車が近付き、装甲車から降りたブリタニア兵士に手錠をかけられ捕縛された。

 

 『敵将片瀬をパラックス・ルィ・ブリタニアとエクウスが捕らえた!速やかに日本軍とやらは投降せよ。でなければ殲滅する』

 

 オープンチャンネルで片瀬が捕まる映像までも流され各個撃破されつつある独立主権国家日本軍は抵抗するだけの士気はなかった。出来ればまだ楽しみたかったパラックスは自身の騎士団を投降した者の武装解除の作業に当たらせた。

 

 『これで兄上に褒めてもらえるかな』

 

 戦えない事は残念だが笑顔で褒めてくれるオデュッセウスを想像すると頬が弛み、歳相応の笑みを浮かべた。

 

 パラックス・ルィ・ブリタニアを主としたパラックス騎士団とカゴシマエリアに集結したキュウシュウブロック防衛のブリタニア軍。独立主権国家日本軍本隊の無力化と指揮官のひとりである片瀬の捕縛に成功。

 

 

 

 

 

 

 キュウシュウブロックナガサキエリア防空圏内海上上空

 アヴァロンよりランスロットが発艦し、フクオカ基地に降り立った時刻にもう一隻の浮遊航空艦がナガサキエリア上空へ向けて航行中だった。

 

 浮遊航空艦アヴァロン級二番艦【ペーネロペー】。

 シュナイゼルが設立した特派の主任研究員ロイド・アスプルントが設計したアヴァロンを、共同出資しているオデュッセウスがシュナイゼルに頼み建造してもらったオデュッセウスの騎士団旗艦となる航空艦である。 

 

 艦橋ではKMF技術主任と将軍を兼任しているウィルバー・ミルビル将軍相当官が指揮をとっていた。オペレーターの席にはマリエル・ラビエがついていた。

 

 「イカロスとは皮肉なものだな…」

 「どういう意味ですか?」

 

 独り言だったが聞こえたマリエルが小首を傾げながら聞いてきた。聞こえてしまったなら仕方がないと困り顔のまま口を開いた。

 

 「君も今回の作戦は知っているだろう?」

 「はい。殿下からいろいろ聞きましたから」

 「第一作戦はキュウシュウエリアのブリタニア軍の撤退及びカゴシマエリアに戦力を集める事。これにより敵軍は占領地防衛の為に兵力を割かねばならず、連勝続きで敵兵士達を浮き足立たせる」

 「そこに第二作戦のコーネリア皇女殿下の艦隊による上陸作戦失敗――に見せかけた敵の目を引き付ける陽動作戦。そして初の空からのナイトメア降下作戦でランスロットによる敵司令部であるフクオカ基地への奇襲の第三作戦ですよね」

 「ああ、そこまでが今回の下準備で第四からが本格的な戦いとなる」

 

 モニターに繋がるキーボードを叩いてモニターにキュウシュウブロックの地図を表示する。そのまま第一から第三作戦までの動きを青い矢印で表示していく。

 

 「すでに第四作戦の【トロイの木馬】作戦は7割方成功している」

 

 【トロイの木馬】作戦とは秘密裏に呼び寄せたパラックスと騎士団をクマモトエリアに、オデュッセウスのユリシーズ騎士団をナガサキ・オオイタエリアに潜ませ、作戦時間と同時に手薄になったエリアを内部から崩壊させるものだった。作戦の要はカゴシマエリアに集めたキュウシュウブロック防衛の部隊とパラックスの騎士団によるカゴシマ侵攻軍――つまり攻め手の本隊の挟撃及び無力化。すでに目的の半分以上を達成したどころかパラックスにより日本解放戦線の指揮官である片瀬が捕縛された一報も入っている事から予定していた以上の戦果である。

 

 「トロイが成功した事で敵の視線が内陸部に向いた。そこで我々が行なう第五作戦である【イカロスの翼】作戦があるのだ」

 「イカロスの翼って何でしたっけ?」 

 「ギリシャ神話のひとつだ。とある迷宮に閉じ込められた親子が脱出する為に鳥の羽を蝋で固めた翼で脱出する。父親は息子に低すぎず高すぎず飛ぶように言うが、息子は飛ぶことに調子に乗って空高く舞い上がり、太陽の熱で翼の蝋が溶けて飛べなくなり地面に落ちて亡くなった。主なところはこんな感じだ」

 「そこから殿下は作戦名を付けられたんですか?」

 「この話は調子に乗りすぎると痛い目を見ることになるという意味を込めて言われる事もあってな。多分だが気を引き締めろという意味も兼ねているのだろう。それにこれから文字通り地面へと降りるのだからな」

 

 話に区切りがついたと思い腕時計に目を向ける。時刻は予定作戦三分前に迫っていた。気を引き締めて館内放送用のマイクを手にとって大きく息を吸い、吐き出した。

 

 「浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーに搭乗している各員に告げる。

  これより第五作戦【イカロスの翼】作戦を開始する。

  当艦はナガサキエリア上空の降下ポイントまで移動し、ナイトメア隊を降下させる。今作戦の目的はナガサキエリア海岸線の海上に対する防衛兵器の破壊及び艦隊の上陸支援である。この作戦によりコーネリア皇女殿下の本命である第二次上陸作戦が開始される。

  これこそがオデュッセウス殿下が提案された作戦の最終段階だ。気を引き締めよ!

  ナイトメア格納庫ハッチを開放せよ!」

 「格納庫ハッチ解放。同時にカタパルトレール展開」

 

 発艦する為にナイトメア格納庫のハッチが開かれ、カタパルトレールが伸ばされる。格納庫内部には飛行用の翼とスラスターが取り付けられた四角い台に乗ったグロースターが待機していた。

 四角い台はウィルバー・ミルビルが空中騎士団設立の為に作った【プリドゥエン】と名付けられたナイトメアフレームが飛行能力を得る騎乗兵器。それに四つん這いで騎乗するグロースターも空中騎士団仕様の特注品。腰や肩などに駆動式のスラスターとコクピット付近に緊急時用のパラシュート展開装置を装備し、空気抵抗やパイロットを襲う加速によるGの対策も施されている。

 

 そして一番奥にはどのナイトメアの系譜に当てはまらない機体が待機していた。

 足先から頭の先まで純白に染め上げられ、人型を模した筈の腕には鷹のような機械の翼が取り付けてあった。

 キャスタール・ルィ・ブリタニア専用ナイトメアフレームで機体名【アクイラ】。

 【イカロスの翼】作戦の要となる機体のひとつで今回は戦闘でのデータ収集も兼ねてある。

 

 『お、おいウィルバー!』

 

 アクイラのコクピットで待機しているキャスタールより通信が入って、名指しされたウィルバーは通信用の端末まで移動する。声色からも分かっていたがとても不安なのか肩は震え、顔色も宜しくはなかった。

 本来ならこのような作戦に皇族を参加させるなどしない筈であるが、オデュッセウスからは『キャスタールは実戦に恐怖感を強く抱いているから一度自信をつけさせたいんだ』と聞いている。皇族ともなればどのような状況が訪れるか分かったものじゃない。もしかしたらナイトメアで敵中を突破しなければならない状況も視野に入れているのかもしれない。

 

 「ハッ!なんでございましょうかキャスタール殿下」

 『ほ、本当に大丈夫なんだろうな!』

 「降下実験や各部の耐久テストからは何の問題もありません。キャスタール殿下が受けられた飛行時の訓練からも問題は見られなかった事で不安要素はほとんど無いと思われます」

 『ほとんど!?ボクをそんな正確性を欠いた作戦に参加させる気か!!』

 「しかしながらキャスタール殿下。オデュッセウス殿下はこの作戦を計画し、キャスタール殿下ならこなしてくれると信じて参加を頼まれたのですよ」

 『うっ…そうだった。兄上が…』

 

 前々から思っていたが皇族内のオデュッセウス殿下に対する想いは強い。特にキャスタール殿下にパラックス殿下は依存に近い噂を聞いた事もある。まぁ、オデュッセウス殿下が相当なブラコン・シスコンであることからなんとなしに分かっていたが、実物と接して本当だったと確信した。彼ら双子も重度のブラコンだと判断しても構わないだろう。おかげで扱いやすくて助かる。ここで癇癪や我侭を言われて作戦を台無しにされても困る。

 

 「では、止められますか?殿下を降下部隊から外して行なう方向に変更する事は出来ますが」

 『本当か!』

 「ええ。そういえば先ほどパラックス殿下が作戦を完遂したとの一報が届きましたよ」

 『パラックスが…』

 「はい。しかも日本解放戦線の総大将を務めていた片瀬少将の捕縛と想定していた以上の戦果を挙げられたらしいです。オデュッセウス殿下も弟君の活躍に大変喜ばれたことでしょう」

 『――ッ!!……する』

 「申し訳ありません。聞き取れなかったのですが?」

 『降下すると言ったんだ!!早く作戦開始しろ!!』

 「畏まりました―――降下準備!」

 

 瞳から不安げな様子は変わらないが覚悟を決めたキャスタールの命令通り降下準備に入った。

 プリドゥエンに騎乗したグロースターがカタパルト前まで移動して出撃態勢を取る。

 

 『キャスタール殿下。殿下のお命は我ら騎士団が命に代えても必ずお守りいたします』

 『う、うん。頼むぞヴィレッタ』

 『イエス・ユア・ハイネス』

 

 グロースターの隊長機に騎乗しているキャスタールの騎士となったヴィレッタ・ヌゥは力強く返事をするとモニターから夜空を睨みつける。

 

 「降下開始!」

 『降下!!』

 

 ヴィレッタの隊長機が飛び立つと一機ずつキャスタールの騎士団より選抜された一個中隊が飛び立ち、キャスタールのアクイラも飛び立った。中隊はアクイラの下方に展開して防御編隊を組んだ。プリドゥエンは飛行する事から下からの攻撃に晒される事が多いことが分かっている。正面や左右後方の攻撃は対処法があるが降下時に下から狙われては防ぐ手段は少ない。なので底板の厚みを増してアサルトライフル程度では貫通できない設計にしてある。バズーカなら落とされるかもしれないが高速飛翔体を撃ち落とせるだけの性能は持っていない。目下の天敵は対空ミサイルと連射出来るアサルトライフルぐらいだ。

 降下して行くキャスタール達に敵も黙っては居らず、地上から迎撃用の対空ミサイルが一斉に放たれた。

 

 「地上からの迎撃ミサイルを確認。各機フレアを発射してください」

 

 マリエルの通信を受けた騎士団がプリドゥエンに装備されたフレアを発射し始めた。目標を見失ったミサイルはフラフラと明後日の方向へ飛翔し、何もない空間で自爆した。

 プリドゥエンの良い所は加速性能にあるとはウィルバーの考えである。ロイドの開発したフロートシステムが画期的なものというのはペーネロペーを初めて見て理解している。が、ナイトメアに取り付けた後付のフロートシステムまではそうは思っていない。人型と言うのは飛ぶことを想定されて作られてない。もし飛ぶことを想定するのであれば、空気抵抗を流す丸みを帯びた球体に近い機体か、戦闘機のような形状から人型に可変する機体が望ましいだろう。人型をそのまま飛ばすとなると空気抵抗が強く、戦闘機並みの速度を出せば戦闘機以上のGをパイロットは受けることとなる。それを解消したのがプリドゥエンである。これに騎乗するナイトメアは四つん這いに成らざるを得なくなり、受ける空気抵抗は確実に小さい。

 他にもプリドゥエン自体にエナジーフィラーを組み込んでいるのでナイトメア本体のエナジー消費も少なく、別機体であることから武装だって積み込んでいる。

 迎撃ミサイルを無力化された敵は航空戦力である武装ヘリを差し向けて来たがプリドゥエンの前には無力であった。長距離中距離のヘリに対して新兵器の誘導型ケイオス爆雷(第33話シミュレーターで使用)を発射し、一発で複数を巻き込んで蜂の巣にする。中距離から近距離に近付いたヘリやヘリから発射された小型ミサイルは装備の機銃とグロースターのアサルトライフルで落とされていく。

 無事に全機着陸した事を確認したウィルバーは予定通りに、オート操作で戻って来たプリドゥエンを回収後、キュウシュウブロック空域より離脱した。

 

 キャスタールとキャスタールの騎士団一個中隊の活躍で、ナガサキエリアの独立主権国家日本軍の沿岸部防衛ラインは崩壊。内陸部で待機していた数少ない守備部隊は無傷で上陸を果たしたコーネリア率いる主力軍により壊滅。

 【イカロスの翼】作戦、成功。

 

 

 

 

 

 『全機攻撃開始せよ!敵は少数だ。数で押し切れぇ!!』

 

 オープンチャンネルで叫ぶ曹将軍らしい声にため息をつく。こちらは位置を察知されないように無線を切っていたがトロイもイカロスも失敗時に上げられる閃光弾がなかった事から成功しているだろうにまだ戦うのかとあからさまに呆れていた。

 

 「サンチアにルクレティア。君たちは後方で待機したまま情報収集を厳に。敵の配置や移動に関しては黒の騎士団に伝えてくれ」

 『『イエス・ユア・ハイネス』』

 「ダルクとマオは二人を守ってあげてね」

 『えー…こいつとですか?』

 『それはボクの台詞なんだけど。なんでこんな脳筋と』

 『何だって?』

 『何かな?』

 「喧嘩は止めてね。敵は向こうさんなんだからさ」

 

 苦笑いを浮かべつつ秘匿通信からオープンチャンネルに戻して正面を見つめる。司令部までの距離はまだあり、大量のガン・ルゥと少数だが無頼が待ち受けていた。

 

 『どうしますかなオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子殿?』

 「ははは、分かっているだろう。突破するに決まっているじゃないか」

 『殿下。お下がりください。ここは僕が…』

 「4人で司令部に突っ込むよ」

 『4人?』

 「・・・三人か」

 

 当たり前のようにガウェインにC.C.が乗っている事をカウントしていた事に気付いて自分のミスに頭を痛める。

 無防備なオデュッセウスのグロースター目掛けて一機の無頼が突っ込んでくる。持っていたライフルを向ける前に通り様に何かが切り裂いた。

 純白の機体に所々青いペイントが施されたランスロット・クラブが両刃のMVSを構えていた。

 

 『ナイト・オブ・ラウンズが一人、ナイト・オブ・ナインのノネット・エニアグラム。腕に自信があるのなら挑んできな!』

 「やはり名乗りを挙げるのはカッコイイな」

 『殿下は極力名乗らないで下さい。ナリタの二の舞はごめんですから』

 「気をつけます」

 

 名乗りを挙げたノネットに敵ナイトメア達の足が止まった隙に白騎士のグロースターがゼロのガウェインを警戒するように間に入る。その白騎士にナリタの一件を思い出されて苦笑いするしかなかった。確かにあれはきつかった。そして月下の一機より向けられる殺気は今もきつい。

 キュウシュウブロックで待ち合わせしていた通りに出会えたゼロと、共同で澤崎達を捕らえる話を黒の騎士団員に話すために姿を出したときは千葉さんに殺されるかと思った。藤堂さんがは『まずは話を聞いてからだ』と止めてくれなければどうなっていた事か…。

 元々ゼロが澤崎を妨害する為に動くことは原作知識で知っていたから話を通すのは簡単だった。あとはメリットとして両方が無駄な被害を減らせるというのと報道ではしっかりと黒の騎士団のことも報道させる取り決めをした。普通は信じてくれないのだけど相手がルルーシュだから通じたんだと思う。

 

 「ノネット。ここは任せるよ」

 『勿論です殿下。白騎士、しっかり殿下を守るんだよ!』

 『言われなくとも』

 『藤堂。任せる』

 『承知!』

 

 ランスロット・クラブと月下五機が敵に突っ込むと同時に司令部に向けて突っ込む。左右から挟撃しようとしていた部隊は彼らで抑えられるが正面の敵はどうしようもない。

 

 「白騎士、アリス」

 『Q-1、N-1』

 「『道を切り開け!!』」

 

 4機のナイトメアが前に飛び出てガン・ルゥを蹴散らす。

 アリス達オデュッセウス直属の特殊部隊には新たな機体が与えられていた。以前のギアスと機体を無理やり繋いだナイトメアを廃棄し、彼女達のギアス用に調整したグロースターを用意したのだ。彼女たちは接続ではなく、白騎士やオデュッセウスと同じ試作強化歩兵スーツをギアス伝導回路と共鳴させる事で以前には劣るがギアスを使えるようにしつつ無理な能力使用をできなくした。勿論C.C.細胞抑制剤を中和する中和剤は積み込み厳禁だ。

 中でもアリスの機体は試作機の特注品。現行量産型ナイトメアフレームでブリタニア軍のエース機としても使われるグロースターの最終強化版。グロースター最終型である。特徴はいたるところに施した強化した装甲に機体全体を隠せるほどの剣を収納可能なタワーシールドだろう。その機体性能は運動性能を除いて紅蓮弐式以上である。

 ガン・ルゥの銃撃を盾で受け止めながら突進して吹き飛ばした空間に紅蓮弐式とライ専用の月下が滑り込み、輻射波動にて敵を粉砕しながら次の獲物に切り込んでいく。負けじとアリスも切り込み、白騎士が援護するようにアサルトライフルを撃ちながら撃ち漏らしを排除して行く。

 

 「おお!さすが輻射波動夫婦。息がぴったりだ」

 『なによそれ!?』

 『なんですかそれ!?』

 

 突然のオデュッセウスの言葉にカレンもライも息を合わせて突っ込む。

 確かロストカラーズ黒の騎士団ルートであったと思うんだけどとは言えず、あまりの連携に興奮して叫んだ事を後悔した。

 

 『殿下…今のうちに』

 「分かっているよ。行って来る」

 『止めても無駄でしょうからお止めはしませんがご無事で帰ってきてくださいね。あとでお話がありますので』

 「・・・・・・はい」

 

 白騎士達の活躍で開いた道をランスロットと灰色のグロースターが駆け、頭上を守るかのように低空でガウェインが飛んで行く。

 

 『ゼロ!お前たちは日本を憂える同士ではないのか?』

 

 再び曹将軍のオープンチャンネルで発せられた言葉にオデュッセウスはクスリと笑い、ゼロにこれからの通信を流す許可をもとより決めていた合図で承諾を取る。ゼロから承諾の合図を受けるとサンチアに直接回線で流すように命じる。

 

 『我ら黒の騎士団は不当な暴力を振るう者すべての敵だ』

 『不当だと!我らはブリタニアに虐げられる日本人を救う為に――』

 『本当に日本の事を憂えるのなら貴方は日本に残るべきだったんだ澤崎さん!』

 『子供の理屈で物事を計るな!』

 「なにを言っているんだい?君はブリタニアからの解放ではなくサクラダイトの利権を狙ってテロを起こしたテロリストの首謀者じゃないか」

 『テロリストだと!?私は中華――』

 「中華連邦からは君の独断だと聞いたよ」

 『な、なに?』

 「私の数少ない友人には中華連邦の天子様も居てね。弟のシュナイゼルからエリア11の中華連邦大使館の黎星刻を通じて大宦官に問いただした所、中華連邦はこの件に一切関わりないと」

 『ば、馬鹿な…そんな馬鹿なはずが…』

 

 パイロットを殺さぬように武装や脚部を二本のMVSで切り裂いていくランスロット。そのランスロットを狙う中距離よりの射撃を行なおうとするナイトメアを灰色のグロースターが頭部や武器だけを撃ち抜いて無力化する。そしてハドロン砲の高火力に任せて狙った獲物をまとめて葬るガウェイン。

 その光景はサンチアのグロースターよりペーネロペーを中継して生放送で見ていたエリア11のブリタニア人に名誉ブリタニア人、イレブンの人種の壁を越えて興奮させた。ただ敵対している曹将軍には堪った物じゃなかった。

 司令部まで辿り着いたゼロはハドロン砲を操作して円形の穴を開けてランスロットと共に内部へ突っ込む。入り口にはオデュッセウスのグロースターが壁で身を隠しながら内部へ向かってこようとする敵機を撃ち抜いていく。

 

 『殿下!?なにをなさって…』

 「スザク君。帰り道は押さえておくから君はヘリポートへ」

 『そんな!それなら自分が…』

 「ランスロットに比べて私のグロースターは機動性で劣っている。とてもガウェインに追いつけないよ」

 『・・・殿下』

 「ユフィが告白した彼氏に兄として華を持たせようとしているんだから素直に行ってよ」

 『分かりました殿下…ここはお頼みします』

 「ん。了解したよ」

 

 笑顔で去って行ったランスロットを見送りながら、オデュッセウスの視界はぼやけていた。薄っすらと見える色彩のみで狙撃しては脚部を吹き飛ばしては横転させている。

 

 「……グス。ユフィが……あの少し前まで幼かったユフィがお嫁に行っちゃうのか…」

 『あの殿下…オープンチャンネルのままですが』

 「ふぇ?」

 『まるで父親が娘の事を思うような言葉が流れてきましたが…』

 「だぁっでぇ~…」

 

 この後、ランスロットとガウェインにより首謀者の曹将軍と澤崎を含める中華連邦に亡命していた元日本官僚達を全員逮捕してキュウシュウ戦役と呼ばれる戦いは幕を閉じた。戦闘に参加した黒の騎士団はフクオカ基地完全制圧のどさくさに姿を晦ましたとのこと。

 オデュッセウスはトウキョウ租界に帰る前に白騎士に一人で黒の騎士団に接触した事を怒られ、全国放送中にユフィが告白した事をばらしたことでコーネリアにこってり叱られ、二人して娘が結婚する父親のような複雑な心境に陥ってお酒を片手に一晩語り泣き続けた。

 ただオデュッセウスの発言により記者会見を開かなくてはいけなくなったユフィは、恥ずかしそうではあったがとても嬉しそうな笑顔で質問を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 ただ今回の件も含めてオデュッセウスの行動に問題が浮上して、ブリタニア本国で緊急の会議が開かれようとしていた…。




名前 :グロースター最終型
HP :3000
近距離:64
遠距離:62
装甲 :50
運動性:38

名前 :紅蓮弐式
HP :1300
近距離:55
遠距離:44
装甲 :42
運動性:45


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第42話 「本国から緊急会議…」

 神聖ブリタニア帝国 帝都ペンドラゴン

 本日大会議室にて本国にて緊急の会議が行なわれた。議題はオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子についてだった。帝国議会では前々よりオデュッセウスをいつまでエリア11に行かせたままにしておくのかと話に上がっていたが、先日のキュウシュウ戦役で他の問題も浮上して緊急会議を招集する事になったのだ。

 緊急会議議長を務める事になった皇帝陛下代理のギネヴィア・ド・ブリタニアはしたくもない会議の議長席である上座に座っていつもの澄ました顔で円卓を中心に着席している大貴族や皇族達を見渡す。欠席者はいつものように参加しない皇帝陛下を除けばいなかった。

 エリア11に居る皇族達は全員別々の映像回線で参加している。赴任した総督のコーネリアに副総督のユーフェミア、副総督補佐官の役を与えられたクロヴィスに実の妹のライラ。ちょうどエリア11に行っていた宰相のシュナイゼル、オデュッセウスに呼ばれて馳せ参じて行ったキャスタールにパラックス。遅れている今回の議題であるオデュッセウス。

 オデュッセウスの問題以前に皇族の兄弟・姉妹がひとつのエリアにそれだけ集まっているほうが問題と思うのだが。本国に居るのなんてギネヴィアを除けばカリーヌとマリーベルだけだ。

 

 『やぁやぁ、待たせてしまったかな?』

 

 やっとの事で皆が見やすい位置に配置したモニターにオデュッセウスの顔が映し出された。いつもの柔らかい笑みを浮かべており、これから彼を査問する会議が行なわれるのを気にしていない様にも見受けられる。

 兄上は何を考えている?と本来なら思うところだが焦りや不安そうな表情が見えないことからすでに何か手を打っているんだろうと考えが至った。

 

 『まだ会議前だよね。会議前にギネヴィア達に聞きたい事があるんだけど』

 「聞きたいことですか?」

 

 すっと表情が険しいものに変わったことで身を引き締めて耳を傾ける。

 

 『お土産は何がいいかな?』

 「・・・・・・・・・はい?」

 『私が帰ってから渡す事を考えたら生物よりも物のほうが良いと思うんだ。最初はミノエリアの美濃焼きやヤマグチエリアの萩焼が良いかななんて思っていたんだけど、キュウシュウブロックからトウキョウ租界までの移動中にイシカワエリアの輪島塗のお椀や加賀友禅、カガワエリアの桐下駄なんかも良いなぁなんて迷ってしまってね。それなら君達本人から聞いた方が――』

 「・・・兄上。これから会議を始めますので私語を謹んで頂けますか?」

 『あ、ああ。じゃあ、後で聞くよ』

 

 先ほどまでの緊張感が抜けて一気に馬鹿馬鹿しくなった。本当に大丈夫なのか不安になってくる。とは言えもしも本国に帰ってくる結果になったらなったで嬉しいのだが。

 

 「ではこれより緊急会議を行ないます。議題は先日伝えたとおり神聖ブリタニア帝国第一皇子にして皇位継承権第1位のオデュッセウス兄上の件についてです。今までも多少の問題行動が報告されておりましたが先のキュウシュウ戦役での事は度が過ぎていると大多数の貴族より声が挙がっています。そのことについてなにか申すことはありますか?」

 『う~ん…いろいろありすぎてどれを言えばいいのか分からないな。問題点があるなら誰でも良いから聞いてくれないかい?私はそれに答える形にするから』

 「なら早速ですが―」

 

 会議に出席していた大貴族の一人がこちらを窺いながら挙手をした。発言しても宜しいかとの確認だろう。コクンと頷くとその者は立ち上がりモニターに視線を向けた。

 

 「キュウシュウ戦役の一番の問題点はブリタニア皇族がテロリストと共同戦線を行った事に他ならないでしょう。しかも取り逃がすという失態まで晒されました。これは現場指揮官が行なったものなら極刑も逃れられない大事ですよ」

 

 物腰は柔らかに言っているが言葉の端端から敵意のようなものを感じる。

 神聖ブリタニア帝国は強大ゆえに内部にも敵が多い。これは国自体が大きいよりも皇帝陛下が子供を作りすぎたことが要因である。皇族と言うだけで貴族より多くの特権と権力を持つのに、皇族の全員が優秀な人材揃いときたものだから周りの考えの近い貴族が祭り上げようと必死なのだ。

 ギネヴィアにもブリタニア至上主義の貴族たちが作った派閥がついている。利用できるから利用しているだけで別に自分が創設し、自分の派閥として認知している訳ではない。勿論カリーヌにもマリーベルにもそんな邪な想いの派閥が付き纏っている。そしてその派閥は祭り上げている皇族の知らぬ所で派閥争いを行なっている節がある。今発言しているのもオデュッセウスを快く思わない連中なのだろう。第一皇子であることから多少の事では口出しできなかったが今回の件で責める口実を得てここぞとばかりに攻撃するだろうな。

 対してオデュッセウスはのほほんとした表情で口を開いた。

 

 『うん?なにが問題なんだい?』

 

 はぁ?と声を漏らし口をポカーンと開けたのは私だけではなかっただろう。

 

 『確かに時間をかければ包囲殲滅もコーネリア達で十分だったかも知れない。けれど時間をかけるなんて他の国の介入を許す可能性が高くなる。特に曹将軍に戦力を下賜した国とか。他にも相手の防衛強化に下手をしたら各地のテロリストが動き出して内乱状態に発展してしまうかも知れなかったんだ。なら、テロリストだとしても有効なら利用すべきではないかな?』

 「なぁ!?あ、相手はテロリストなのですぞ!!」

 『敵の敵は味方――なんて事はないけど協力する事は可能だと判断したんだ。それに黒の騎士団は案外方向性はわかりやすいものだしね』

 「しかしですね…」

 『共同戦線を行なったおかげで自軍の被害を減らせて時間も短縮。しかも黒の騎士団で使用している新型ナイトメアのデータまで入手出来たんだ。一石二鳥どころか三鳥だよ』

 

 確かにキュウシュウ戦役が終わってからブリタニア本国のナイトメア開発局や作戦局にキュウシュウ戦役で得た黒の騎士団の新型ナイトメアのデータが送られたのだ。作戦行動中に後衛に待機させたニ機が情報収集を行なっており、今まで大まかな性能しか分かってなかった新型のデータを詳しく観測したのだ。おかげでかなり良いデータがとれて次の戦闘時には生かせるだろう。

 

 「ですがテロリストを見逃した件はどう説明をするつもりですか?」

 『その件は説明する気はないよ』

 「非をお認めになると?」

 『いいや。そういう事ではなく説明できる立場にないというだけさ』

 「立場にない?」

 『これは皇帝陛下より承った勅命に関する事案でね。詳しくどころか大雑把な説明も出来ないんだ』

 「そ、そうでしたか…これは失礼致しました…」

 

 皇帝陛下の勅命…こう言われてしまえば皇帝陛下以外の者には何も言えなくなる。

 非公式に中華連邦と友好関係を深めていた兄上が突然エリア11に向かった事で皇帝陛下の勅命ではないかと噂は挙がっていた。総督には武名確かなコーネリアが着任しており兄上が入る隙は無い。そして兄弟・姉妹思いの兄上ならエリア11に行ってどうのこうのするのではなく、負傷したクロヴィスに付いていた方がらしい。一番の理由が父上である皇帝陛下が信頼を置いているというところだろう。

 それにしても皇帝陛下の勅命の事を平然と言うところといい黒の騎士団の新型データをちゃっかり記録していたりと抜かりはなかったという事ですか。

 

 「私からも宜しいでしょうか?」

 

 勅命の一言を出されて皆が黙る中でマリーベルが手を挙げた。別に兄上を責めるのではないのだろう。あの子は姉妹の中でも軽い依存状態でもあった。むしろ援護する方針だろう。

 涼しげな笑みを浮かべているマリーベルにカリーヌは片目を吊り上げて睨む。

 

 「なに?皇女に戻ってこれたと思ったら兄様を糾弾しようっていうの?厚顔無恥甚だしいわ」

 「そうかも知れないわね。でも、貴方は兄様が責められていた時は黙って見守っていたわね。少し薄情じゃないかしら?」

 「兄様を信用していたからこそ見守っていた方が良いと判断したのよ」

 「信用と放置は別物でしてよ」

 

 にこやかにされど険悪に。現実ではありえないはずなのだが確実にカリーヌとマリーベルの間で火花が散っていた。大きくため息をつきそうになるのをぐっと堪えて、二人を治めようと口を開こうとするが先に沈静化されてしまう。

 

 『こらこら。喧嘩はよしなさい』

 「「はい、兄様」」

 

 たった一言半笑いで告げられただけで散っていた火花が消え、重苦しくなった空気が元に戻った。

 

 『さてと、で…なんだったかな?』

 「はい。わたくしがお聞きしたいのは今回のキュウシュウ戦役での兄上が行なった対処についてです」

 『私がした対処かい?といっても皆に頼った面が大きいからねぇ』

 「でもです。兄様がそう思っていても今回は大きく動かれました。それによって兄様が最善と判断して行なった事を知りたいのです。ここに居る皆さんが詳細をご存知ではないのです。それは誤解を生む元です」

 『ふむ…そうだね。マリーの言う通りだ。少し長いかも知れないが聞いてもらえるかい?』

 

 マリーベルの言葉に納得して大きく頷き、モニター越しにコーネリアとシュナイゼルと目を合わせた。

 兄上の話によるとキュウシュウ戦役への対策はタンカーで日本解放戦線の片瀬が国外に逃げ出した時から始めたとのこと。元々中華連邦とは個人的にも強い繋がりを持っていた事もあって澤崎の動きは掴んでいたので片瀬が合流すればキュウシュウ戦役のような事態を想定するのは簡単だったという。

 まずシュナイゼルとキャスタールに連絡をつける(第30話「日本解放戦線の最後……だと思います。多分」より)ところからだった。シュナイゼルに設立した技術部の特派が提案した浮遊航空艦の建造を頼み、キャスタールに空中騎士団計画のパーツテストと初戦闘の訓練をさせる為の空挺降下作戦を頼む。

 嬉しい誤算としてキャスタールが兄上の為に行くなら俺もとパラックスが専用ナイトメアで参戦してきたことだ。

 これにより空挺降下作戦の【イカロスの翼】作戦だけでなく、内部より敵勢力を崩壊させる【トロイの木馬】作戦も出来上がった。

 しかし、作戦を組み立ててもエリア11で副総督補佐官では作戦は実行できない。そこで総督のコーネリアに許可を貰い(第33話「たとえ妹相手でも引けぬときがある!」より)作戦準備を進めた。しかもちょうどよくエリア11に来た神聖ブリタニア帝国宰相の承諾も得たので何の問題もなくなった。

 中華連邦が攻めてくるなら近くのブロックであり、本土より離れた地であることからキュウシュウブロックに絞って、パラックス指揮下の【トロイの木馬】作戦参加部隊が民間の倉庫などに潜み、【イカロスの翼】のキャスタール達は浮遊航空艦のアヴァロン級二番艦ペーネロペーに搭乗準備にかかった。

 作戦開始前にはシュナイゼルが中華連邦大使館を通して大宦官に話を進め、曹将軍との関係を絶たせた。

 そして作戦すべては大成功し、神聖ブリタニア帝国は被害を最小限に抑えつつ、反攻の旗印となった澤崎を始めとした中華連邦に亡命した旧日本官僚の確保。さらには日本解放戦線の片瀬の逮捕と残存戦力の掃討及び捕縛を完了した。しかも澤崎に協力したキュウシュウブロックで活動していた反ブリタニア勢力の一掃も出来た。おかげでエリア11で一番安全なブロックになったのだ。

 黒の騎士団の新型ナイトメアのデータを含めても、たかがテロリストひとつ逃したところで戦果が霞むことは無い。

 

 …ただそれ以外にも問題があるのだが…。

 

 「兄様のお話を聞いた限り、わたくしはキュウシュウ戦役で兄様を咎めることはないと思います」

 『ふぅ…良かった』

 「ただ…ひとつのエリアに留まり過ぎている件は別です」

 

 安堵の吐息を漏らしたオデュッセウスは涼しげな笑みから一変、動揺で顔が歪み目が泳ぐ。慌しく手や目を動かして頭を働かせているようだ。

 

 『うぇ!?……いや、それは…ほら…あ!エリア11も安定してないし―』

 「それは総督であるコーネリアに不安があるという事でしょうか?」

 『ッ!?そうなのですか兄上!!』

 『ち、違っ、そうじゃなくて…えと…コーネリアの能力を疑っている訳じゃなくてね。やっぱり物騒だし…危ないだろう?兄としては心配で…』

 「他にもたかがエリアの一つに皇族が集まり過ぎだと思うんです」

 「あー…それは確かに」

 「それと兄様と仲の良いナイト・オブ・ラウンズも駐留しているようですし」

 「その件は貴族間でも議論されていました。皇帝陛下の剣を兄上が使用しているなんて噂まで挙がっています。本人は休暇といっているらしいですが何かしら手を打ったほうが宜しいですわね」

 『えと…それは――ッ!?』

 

 この時マリーベルの頭には罪には問われることはないだろう多方面より攻めてオデュッセウスを本国に――自分が動ける範囲に戻ってもらおうと計画していた。それにギネヴィアとカリーヌが察して同調。対してエリア11総督であるコーネリアは理解出来たが反論するだけのものを持っておらず、久しぶりに会えたキャスタールとパラックスも不平不満の目線を向けるだけで言う事はしなかった。

 そんな会議室の扉が開かれた。

 皇族や大貴族が会議を行なっている状況で扉が開けられる状況など緊急の伝令以外では一つしかない。

 

 ―神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが会議室入りしたのだ

 

 いきなりの皇帝陛下の登場に座っていた皇族・大貴族は一斉に立ち上がり、右手を心臓に、左手を腰に回して姿勢を正す。全員の視線を浴びながらラウンズ最強のビスマルク・ヴァルトシュタイン卿を従え、ギネヴィアの横を通り過ぎる。円卓の上座に座るギネヴィアの席より少し離れた後ろに皇帝陛下の席が置かれていた。ほとんど座ることのなかった椅子にどっさりと腰を下ろす様子を見守る。

 

 「続けよ」

 

 たった一言であった。その一言を聞いたギネヴィアが深々と頭を下げると他の者も頭を下げ、ギネヴィアに続くように腰を降ろす。

 

 「では、エリア11に皇族が集まりすぎている件は、総督と副総督、副総督補佐官を務めるクロヴィスを除いた皇族を本国に戻す事で宜しいですね?」

 『それは困るんだけど…』

 「困るとはなにが―」

 「ワシの勅命があるからだ」

 

 何故だろう。何故たった一言呟いただけでこうも重しのように一言一言が重たく圧し掛かるのだろう。

 皇帝陛下という立場を考えたわけでも、父上だからと言う訳でもない。これは自分が恐れているからだ…。心の何処かで父上の事を恐れている。何かされた訳でも恐ろしく感じる狂気染みた言動を見聞きしたとかではなく、なにを思い何を成そうとしているのか分からない恐怖。相手の思想を多少でも知る事が出来たなら理解する事も対応する事も出来る。ただ父上の場合にはそれが見えない。分からない事は怖いことでもある。

 現に兄弟・姉妹たちのほとんどが大なり小なり感じている。仮面をかぶっているシュナイゼルとオデュッセウスは除いてだが。

 「例の報告書には目を通した。オデュッセウスよ。貴様は引き続きエリア11で行動せよ。神聖ブリタニア第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの名の下に命ずる」

 『御下命承りました。勅命に従い任務を成し遂げてみせます』

 「うむ」

 

 皇帝陛下の命令では何かと言って兄上を戻すことは叶わなくなった。

 折角兄上とゆっくり出来ると思ったのに…。

 

 「では、先ほど名を挙げたコーネリア達とオデュッセウス兄上を除いた皇族を戻す事で宜しいですね」

 『ああ、ノネットには私の方から話をしよう』

 「お願いします。これで他の方々が思っていた懸念は晴れたと判断します。異論がある方はおられるか?では、会議を終了する」

 

 誰も何も言わないのでそのまま会議を終了させる。出来れば二度としたくない。大半が兄上を貶めようとする会議の議長なんてまっぴらだ。

 皇帝陛下が立ち上がり退席してゆく。入室時と同じく姿勢を正し見送る。だけだと思っていたのだが…。

 

 『ああ!父上、日本のお土産はなにが良いですか?私は日本刀か羽織とか似合うと思うのですが湯飲みも捨てがたくて』

 「ふむぅ…貴様に任せる」

 『分かりました。良いものを探しておきます』

 

 兄上の言葉に一瞬悩む父上はどこかいつもと違うように見えた。というか初めて人間らしい表情を見た気がする。

 なんにしろ会議が終わってホッとする。しかし兄上はこれからが大変だろう。何しろ会議前に問題発言をしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 本国の会議室と繋がっていたモニターの接続を切って大きく息を吐くオデュッセウスには安堵の色が見えた。

 今日の会議でいろいろ責められて『本国に戻れ』的な事を言い渡されるかと思っていたけど何とかなって良かった。まだ特区日本のこともあるし、今ここで離れるわけには行かない。

 

 特区日本を開催してユフィを守ることを少し考えてみた。

 式典会場でゼロは主催者のユフィと二人っきりで会談をするだろう。無理についていくことはユフィも頑固なところがあるだろうから無理だ。ならば道ながらにギアス関係の人員を配置して、ユフィにおかしな様子があればその場で誘導して人の場から離れさせる。あとは隔離してジェレミア卿の調整を急がせてギアスキャンセラーでかかったギアスを解除する。こうすれば虐殺皇女なんて呼ばれることはない。しかも都合の良いことにライ君も居る。彼ならゲーム通りにユフィを止められるだろう。これでユフィを止められる手立てが二つも用意できた。

 次は父上様と伯父上様を止める手立てだけどもそこはまだ考え中。さすがに武力でというのは気が引ける。

 

 まぁ、特区日本の開催日までには何とか考えよう。まだまだ日本にはいられるのだから。 

 先に父上様にC.C.の事の報告書を出しておいたのも少しは良い方向に向かったのかも知れない。といっても伝えた内容はトウキョウ租界に居るという事と黒の騎士団と関係がありそう程度で居場所は一切書いてない。しかし大事な情報であることには変わりないだろうし、父上様達の夢を実現するには必須。成果を出した事でわざわざ会議室まで行って残るように言ってくれたのだろう。

 

 

 「殿下、宜しかったのですか?」

 

 ひと息つこうと置いてあったカップに手を伸ばしたよく執務室に入り浸っているマオに声をかけられた。

 

 「なにがだい?」

 「いえ、お土産の話です」

 「それは大丈夫だよ。驚かせる為に買うんじゃなくて喜んで欲しくて買うんだから先に知られても構わないよ」

 「そうではなくてキュウシュウブロックからトウキョウ租界まで陸路を選んだのがショッピング関係だったと知られたのでは?」

 「・・・・・・あ」

 「しかもコーネリア殿下も聞いてましたよね」

 

 急に血の気が引いたように真っ青になる。そしてノックされる扉。

 

 「兄上。少しお話があるのですが―」

 「どうするのでって殿下!?」

 「後は任せるよ」

 

 マオの目の前で窓より飛び下りたオデュッセウスは下で待機していたギルフォードとダールトンに捕まり、カンカンに怒ったコーネリアの説教を喰らうのであった。しかも危険な行為をしたという事でいつもの三倍コースで…。



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第43話 「やっとゆっくり出来る皇族の一日」

 すみません書き遅れました!


 コーネリアは久しぶりの休暇に心を弾ませていた。

 最近はキュウシュウ戦役の後処理に追われて書類仕事ばかりでろくに休めていない。合間合間には休憩を入れていたが一日の休みはなかった。時には被害を受けた施設の現状確認の訪問。部隊再配置や修復費用捻出の書類の山に囲まれた。

 特に本国とのテレビ会議は疲れた。いろんな意味でだが…。

 最初は兄上がどんな質問攻めにされるかで悩んでいたのに会議終了後の父上へのお土産質問で全部吹っ飛んだ。あれには大貴族どころか同じ兄妹全員が驚いていた。気軽に聞いた兄上も兄上だが、まさか普通に返すとは思わなかった…。

 兎も角久しぶりの休暇だ。だからといって何処かに出かけるなんて事はしない。今日一日はこの政庁から出る気はなかった。向かう先はただひとつで副総督第二補佐官の執務室。つまりはオデュッセウスの所だ。

 

 「兄上、いらっしゃいますか?」

 「ああ、コーネリアかい。開いているよ」

 「失礼します」

 

 扉を開けると中には先客が居た。

 紅茶を飲みながらユーフェミアとなにやら話をしているシュナイゼル。

 先日お土産で配られた大手饅頭なる菓子をエリア11のお茶と一緒に食しているクロヴィスとライラ。

 そして大きめのソファに腰掛けているオデュッセウスの左右に居るパラックスとキャスタールの姿が。しかも二人にいたってはオデュッセウスに頭を撫でられ、キャスタールは満面の笑みで、パラックスはそっぽを向いていながら満更じゃない表情である。

 

 「…なにをしているのだ?二人とも」

 「ね、姉様…お顔が怖いですよ」

 「別になにか言われる事じゃねーし」

 「この前の作戦で頑張ってくれたからご褒美に撫でて欲しいってパラックスが…」

 「違ッ!?キャスタールのほうだよ兄様」

 「えー?ボクが来た時には撫でられていたじゃないか」

 

 撫でられつつもいがみ合う二人を睨み、歯がギリリと音を立てる。その様子にキャスタールがぴくりと肩を震わして怖がるが決して逃げることはなかった。と、言うよりも今の場所が一番の安全地帯と理解しているのだろう。

 

 「…羨ましい」

 「本音が漏れているよ。それにそんなに怖い顔していたら綺麗なお顔が台無しだよ」

 「いつもなら嬉しいお言葉ではありますが…」

 「何か不服かい?あ、コーネリアも撫でて――」

 「不服も何も何故兄妹水入らずの場に枢木が居るのですか!!」

 

 怒鳴りながら指を向けた先には壁際で申し訳なさそうに立っている枢木 スザクが居た。

 今は枢木がロイド以上に憎くて憎くて仕方がない。シュナイゼル兄上直属部隊の一員でオデュッセウス兄上の交友関係を築いた一人………そしてユーフェミアの彼氏。

 旧日本国首相の息子で日本の貴族出だが家からはすでに縁が切れている為に家柄は無い。が、それを補って余りあるほどの実績を叩き出している。推測だがすでに我が騎士ギルフォードよりもすべてのステータスで勝っている。あと数年もすればラウンズに入れるだけの逸材だ。だからと言ってユフィの彼氏と認めるわけにはいかない!

 

 「自分はその…」

 「駄目だよコーネリア。彼も家族の一員になるかもしれないんだから除け者扱いは」

 「家族!?兄上は認めたと言うのですか!!」

 「恋愛は自由だから…」

 「ですが…私達は皇族ですよ。それがこんな」

 「あんまり口出ししてたらユフィに嫌われるよ」

 「―ッ!!」

 

 我々は皇族だ。恋愛に自由など求められる者ではない。父親であり皇帝陛下である父上に命じられれば政略結婚などに使われる事だってあるのだ。だから皇族や王族などの国を仕切る一族の恋愛に自由はない。ただ現状、枢木とユフィが付き合っていられるのは父上が発表から何も言ってこないからだ。皇帝陛下が口出ししてこないという事は口を出す必要がないか口を出す気がないかだ。

 父上が何も言ってこない+ユフィ個人の問題――つまりは完全なプライベート。それに姉だからと言って口煩く言っても意外と頑固なユフィは頑なになるだけで、最終的に嫌われる可能性だって…。

 

 「オデュッセウス殿下。自分はまだ正式には決まってませんし、兄妹の場には相応しくないのでは」

 「義兄さんで良いよ」

 「え?いえ、その…」

 「義兄さん」

 「…に、義兄さん」

 

 気まずそうだった事から口を開いたスザクだったが、オデュッセウスに義兄呼びを促され照れながら言う。オデュッセウスとユフィはそのスザクの様子に頬を緩めて微笑む。周りを見てみるとコーネリアを除く皆は反対ではないようだ。

 一人苛々を隠せないコーネリアに困った笑みを浮かべたオデュッセウスは左隣に居たキャスタールに避けてもらい、コーネリアを手招きする。むくれたまま手招きされた先の空けられた隣に腰を下ろす。すると肩を優しく掴まれて、コロンと転がされる。

 

 「――ッ!?ああああ、兄上!?」

 「良い子、良い子」

 

 転がされたコーネリアは位置的に頭がオデュッセウスの膝の上に乗り、優しく頭を撫でられている。顔を真っ赤にして抗議しようとするが嬉しさと恥かしさで言葉にならずに兄上と叫ぶのがやっとであった。しかしニッコリと微笑むオデュッセウスは起きるのを良しとせずに撫で続ける。

 

 「コーネリアは少し肩の力を抜くべきだよ。まぁ、役柄的に難しいかも知れないが今日くらいは」

 「兄上も負担をかけている要因の一つでは?」

 「…そうかな?」

 「思いっきり目が泳いでますよ」

 

 クロヴィスの言葉に戸惑いながら撫で続ける兄上にクスッっと笑みを漏らす。視線を兄上から正面にとライラとユフィ、キャスタールにパラックス、そして戸惑い顔のスザクの五人と目が合う。五人とも手には携帯電話を手にして…。

 一斉に携帯よりフラッシュが放たれ、眩しくて目を閉じた。そして現状の写真を撮られたことを認識した。

 治まりつつあった顔の火照りが先程より強く顔に出る。

 

 「なにがっ!?なにを!」

 「お姉様が可愛らしくて。ね、ライラ」

 「はい。本当に可愛らしいです♪」

 「可愛いってユフィ!ライラ!それとパラックスはなにをしている!?」

 「勿論キャスタールの携帯から騎士に送っているんですよ」

 「お前ら!!」

 「え!?ボ、ボクは撮っただけで送ったのはパラックスが勝手に…」

 「落ち着いてくださいコーネリア様」

 「撮った一人の貴様が言うのか!」

 「あとで私にも貰えるかい?」

 

 唸り声を漏らしつつ顔を隠しつつ、覆った手の中でキッと睨みつける。

 

 「なんでそうして居られるのですか兄上!」

 「ここで私かい?」

 「ユフィの会見からこの間まで朝まで酒を飲み明かしていたというのに」

 「・・・・・・・・・・・・ぐずっ」

 

 たった一言でオデュッセウスの表情が見る見るうちに暗くなり、大粒の涙を流し始めた。これには全員が慌てて駆け寄った。膝枕されていたコーネリアは飛び起きてうろたえる。これほどうろたえるコーネリアは珍しすぎるが皆にはその余裕もない。心配されているオデュッセウスはと言うと…。

 

 「あんなに小さかったユフィが……ユフィがお嫁に行っちゃうのか…」

 

 と、呟きながら涙で袖を濡らしていた。

 心配そうにする中でシュナイゼルだけは眺めながら微笑んでいた。

 

 「まったく…やってくれたねコーネリアは」

 「どういう事でしょうか?」

 「私が来た時に一人泣いていたのをやっとの思いで泣き止ましたというのに」

 「えっと、どうしたら…」

 「コーネリアに任せるよ」

 

 あやされた事はあってもあやした経験は無い。あたふたと目や手を動かしながら何か無いかと思考を働かす。

 

 「えと、あの、そ、そう言えば父上へのお土産はどうなされたのですか?」

 「……あれ」

 

 ピクリと言葉に反応したオデュッセウスは部屋の角を指差すとそこには見慣れない鎧が飾られていた。見慣れた銀色の丸みを帯びた鎧ではなく無骨なデザインで戦場で着る鎧にしては派手な物だった。

 

 「日本の甲冑だよ。それと日本刀を贈ろうかなと」

 「そ、そうですか」

 「他にもギネヴィアには加賀友禅の振袖でカリーヌには桜柄の扇子。マリーベルには紅葉が描かれた羽織りなんかを――あ!皆にもあったんだ。少し待っててくれるかい」

 

 お土産の話になると涙目ながらも嬉しそうに話し、渡すプレゼントを取りに執務用デスクの引き出しを開ける。

 兄上からプレゼントを貰えるのは嬉しいのだがその経緯を考えると複雑である。とりあえず泣き止んでくれて良かった。

 

 「まずはライラからかな」

 「これはなんですか?」 

 「これは簪って言って日本の髪飾りだよ。ヘアピンみたいにとめるんじゃなくて髪に差すんだ」

 「わぁ、お兄様!お兄様!似合いますか?」

 「良く似合っているよライラ」

 

 差してもらった簪をクロヴィスに褒めてもらってえへヘと笑う。

 次にキャスタールに美濃焼きのマグカップ、パラックスに木刀などを渡して行く。キャスタールは純粋に喜び、パラックスは次の時にはこれを使って勝ちますと意気込む。相手はあのマリーベルが騎士にしたいと話していた少女だろう。

 ユフィには細身で黒い招き猫。片目のところにぶちがあり、『アーサーに似ています』と枢木と仲睦まじく会話しているのには軽く殺意が湧く。湧いた相手である枢木は旧日本の国旗が描かれている篭手を渡されていた。

 そして私には短い日本刀らしき物を渡された。

 

 「日本刀?」

 「うん。短刀という部類で守り刀としてどうかなって思ってさ」

 「守り刀?護身用ということでしょうか?」

 「それもあるけどお守りとして邪気や災厄を払うんだ。君は戦場を駆け回るからね。せめてお守りにでもと」

 「兄上。ありがたく頂戴いたします」

 

 短刀を懐に仕舞いつつソファに座りなおす兄上を見て気付いた。まだクロヴィスとシュナイゼル兄上に渡していない。そのことに誰も触れないし、気にしていない様だった。

 

 「兄上、クロヴィスとシュナイゼル兄上のプレゼントはどうされたのですか?」

 「ああ、私は中華連邦との交渉の報告の際に貰ったよ」

 「私も先に貰った。と言うより配送されてきた」

 「なにを贈ったのですか?」

 「日本風景画を描いた水墨画だけど」

 

 そう言えばキュウシュウブロックの後始末で忙しい時にそんな話を聞いたような…。

 薄っすらと思い出しているとソファ前の長机にシュナイゼルが将棋盤を置いた。どうやらあれがシュナイゼルへのプレゼントなのだろう。

 

 「さて、今日こそは勝ち星を貰いますよ」

 「おや?そうかい、そうかい。久しぶりだけど負けないよ」

 「昔みたいに何か賭けますか」

 「ちょうど良い物あるよ―――私が特注した大福!オカヤマより桃に葡萄、ホッカイドウよりメロン、ヤマガタよりさくらんぼ、ナガノより林檎などなど各地から取り寄せた果物をそれぞれに合わせてもらった餡子で作った大福!」

 「…最近の身に覚えのない各地よりの請求書はそういう事ですか!」

 「しまった!?」

 「なにがしまったですか兄上!」

 「で、兄上はどう賭けますか?」

 「それは勿論勝つ気満々のシュナイゼルが勝つほうに賭けるよ」

 「あれ?普通は自分が勝つほうに賭けるのでは?」

 「う~ん…そうなんだろうけど弟の成長を信じているから…かな?」

 「私は兄上が勝つほうで」

 

 なにかこの状況を聞いた覚えが…。

 コーネリアが以前シュナイゼル本人より聞いた同じ状況を思い出したのは勝敗を決してからだった。

 結果はオデュッセウスの勝利――したのだが賭けはシュナイゼルが勝ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ【騎士の集い】

 

 オデュッセウスの執務室の隣に位置する護衛が控える部屋にヴィレッタ・ヌゥは待機していた。

 隣の部屋は兄妹水入らずの場となっているので入室させてもらえなかったのだ。ゆえに隣の部屋で待機と言う流れになったのだがとても辛い。

 待つこと事態が辛いのではない。ここで待つのは皇族であるキャスタール・ルィ・ブリタニア皇子の騎士なのだと自覚できる為に苦ではない。待つだけならの話ならばだ。

 隣にはクロヴィス皇子の騎士で同じ純血派だったキューエル・ソレイシィが居るが同じ心境なのかソファに腰掛けた状態から一歩も動いていない。

 

 問題は向かいのソファに座るお二人。

 武勇に秀でたコーネリア皇女殿下の騎士で帝国の先槍と呼ばれるギルバート・G・P・ギルフォード卿が手にした本を読んだり、こちらを観察するような視線を向けてくる。

 そしてギルフォード卿の隣にはコーネリア皇女殿下お付の将軍のアンドレアス・ダールトン将軍が腕を組んで前を向いたまま動かないのだ。別段こっちを見ている訳ではないだろうが威圧感が半端ではない。

 

 二人の室内を圧迫させるような気迫に飲み込まれ、誰かに助けを求めたいが隣のソレイシィは飲み込まれているし、窓辺に立っているオデュッセウス殿下の騎士の白騎士は我関せずと言った感じで窓から外を眺めていた。

 誰でも良い!誰かこの部屋の空気を変えてくれ!!

 心の底から願った願いを聞くかのように部屋内に携帯の着信音が鳴り響いた。一瞬だけ天からの救いか!と舞い上がりそうになったが音から自分のものと気付いて絶望した。

 

 「どうされたヴィレッタ卿」

 「出ては如何か?」

 

 鋭い視線と威圧感漂う視線が向けられて震えながら携帯電話を取り出す。どうやら電話でなくメールを送られたようだ。送り先を確認して慌ててメールを開く。まさかキャスタール殿下からメールが来るとは思っておらず、なにか問題があったかと内心焦っていた。

 

 メールの中身はオデュッセウス殿下に膝枕され、頭を撫でられて幸せそうな笑みを浮かべているコーネリア皇女殿下が写っていた。

 

 なにがあったかと考えるあまりに急いで開いた為、周りの誰にでも見えるように開き、ダールトン将軍とギルフォード卿の視線がさらに鋭くなった。

 

 「「ヴィレッタ卿!あとでその画像頂けないものだろうか?」」

 

 窓辺で白騎士がため息をつく中でヴィレッタは二人に対して抱いていたイメージが砕け、何となくだが普通に接せられると安心した。



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第44話 「学園祭へ行こう!」

 すみません。連休で投稿日を間違えておりました!


 エリア11トウキョウ租界アッシュフォード学園

 本日はアッシュフォード学園で学園祭が開かれるという事でロイド・アスプルンド達【特別派遣嚮導技術部】とオデュッセウスは学園を訪れていた。

 この状況にセシル・クルーミーは心の中でため息をつく。

 ロイドは婚約者であるミレイ・アッシュフォードに顔を出す名目でアッシュフォード学園に置いてある数少ないガニメデを見に来ている。そしてオデュッセウス殿下はお忍びで来ているのだが、忍んでいるのは騎士である白騎士に対してもであって、周りの護衛も一緒に居る特派の面々も不安要素しか感じない。

 護衛を務めている特殊部隊の隊長であるサンチアは顔色ではまったく分からないが、ルクレティアは困った顔をしていたから同じ事を思っていたかもしれない。

 それにしても皇族の部隊はその性格が色濃く出ていると聞いていたが、護衛である彼女達を見ているとオデュッセウス殿下の想いがよく分かる。

 黒髪ロングストレートの真面目そうなサンチアに落ち着いた雰囲気のルクレティア、歳相応に明るく活発な褐色のダルクにどこかひねた笑みを浮かべているマオなど、性格も年齢も国籍も別々の彼女達がひとつの部隊に居る例はいくらか知っているが、皇族の専属部隊で和気藹々としている部隊は本当に珍しい。

 元々ブリタニアはブリタニア人以外との差別意識が強い者が多く、多国籍部隊は最も生存率の低い最前線に投入される傾向がある。特に皇族の直属部隊は全員ブリタニア人の上に家柄などを意識したものも多く、ナンバーズを扱うことはまず無い。あるとすれば例外中の例外であるオデュッセウス殿下とユーフェミア皇女殿下ぐらいだろう。

 そんな事を思いつつ微笑んでいると特派の一人が少し慌てつつ駆け寄ってきた。

 

 「セシルさん。ロイドさんが…」

 「また何かしたんですか?」

 「いきなり消えました…」

 「・・・・・・放っておいても大丈夫でしょう」

 

 本当に趣味や欲望に忠実な自由人なロイドさんはこういう時に限って動きが早い。書類仕事なんかは面倒臭がって他の人や私に丸投げたりしたりするのに…。

 大きくため息をつくと真剣な眼差しだったサンチアが生暖かい眼差しで見つめてきた。すると…。

 

 「あれ?殿下やダルクちゃん達が居ない!」

 「な、なに!?」

 

 ルクレティアの声で振り返ると護衛のダルクとマオと共にオデュッセウス殿下の姿が消えていた。殿下が消えたというのにサンチアは慌てる事無く眉間を軽く押さえながら短くため息をついた。

 

 「ルクレティア。マオ――は出ないとしてダルクに連絡を。そしてアリスにも一応連絡しておこう」

 「あの…そんなに落ち着いていて大丈夫なんですか?私達も捜索手伝いますよ」

 「いえ、大丈夫です。慣れてますから」

 

 その一言で彼女たちがどんな苦労を負っているかを知り、こちらも生暖かい目を返してしまっていた…。

 

 

 

 

 

 

 ついつい出店から漂ってきた匂いにつられてフラフラと買いに行ってしまい、サンチアとルクレティアとわかれてしまった。これは大変不味い…。特に今回のお忍び外出を書置きのみで知らせたロロに知られたらマジで不味い!

 と、思いつつも頬を弛ませながら熱々のたこ焼きのひとつを口に放り込み、ハフハフと熱気を逃がしながら味わう。まったく焦りも不安も感じないオデュッセウスであった。そして護衛の二人もである。護衛と言っても彼女たちとは下手に上司と部下の壁を築きたくないのでラフな感じで接している。

 

 「そういえば連絡用のインカムはどうしたの?」

 「…携帯するのを忘れちゃった……。マオは?」

 「ボク?元々持ってないよ」

 「なんでそんな自信満々に!?」

 「まぁまぁ、ダルクちゃんも落ち着きなよ。これ美味しいよ」

 「え、あ、頂きます――じゃなくて不味くないですかこの状況!」

 「んー?なんとかなるんじゃないかな?それより今は楽しもうよ」

 

 出店がずらりと並んでいるところを歩いていくとどんどんと荷物が増えていき、それを三人で消化して行くと自分たちが迷子になっている事を忘れて楽しみ始めていた。途中ランスロットに似せたスーツを着たヒーローショーを見たときは三人揃って噴出してしまった。

 ロロのお土産も買ったし、次は何処に行こうか…と、ここである事を思い出した。

 本来なら扇 要と千草(記憶喪失のヴィレッタ・ヌゥ)が行くべきお化け屋敷があることを。

 行かねばならないかなとは思うのだが、行ったら付いて来ている護衛である二人も行く事になり、下手したらダルクが驚かせ役に手を出してしまう可能性が発生する。普通の女の子のパンチならまだ許せると思うが、ギアスで超強化されたら死人沙汰になってしまう。ここは諦めて次に行こう。

 

 「次、何処に行きたいかい?」

 「ボクは付いて行くだけで楽しいですけど」

 「じゃあ、あそこなんてどうです?」

 「ん?――コスプレ喫茶」

 

 なんか嫌な予感。確かゲームでは女装衣装しかなかったような気がするんだがってダルクちゃん!引っ張らないで!?

 興味があったのか引っ張られるままに扉を開けて中に入ろうとしたのだが……。

 

 身体のラインを引き立てるナース服を着こなすミレイ・アッシュフォード。

 桃色のバニーガール姿で普段どおりに振舞っているシャーリー・フェネット。

 胸部をパッドを入れて膨らませたチャイナ服を着て呆れているライ。

 肩や胸元の露出した純白のウエディングドレス姿で頬を赤らめて恥じらっているルルーシュ・ランペルージ。

 のりのりでツインテールの付け髪に腹部を晒したチアガール衣装を着ている枢木 スザク。

 ふりふりふわふわのドレスにキラキラと輝く指輪をはめたナナリー・ランペルージ。

 ナナリーの巻き添えで着せられたであろう体操服とブルマ姿のアリスに婦警さんの制服姿のライラ。

 

 コスプレをしている皆の視線が集まる前に三人が三人共カメラを取り出しシャッターを切った。

 オデュッセウスはニッコリと微笑みながら何回もシャッターを切り、ダルクとマオはニヤつきながらアリスのみの写真を撮った。

 フラッシュがたかれて気づいた皆は撮った本人を見つめて驚きの表情を隠せない。その隙を逃すまいと三人は扉を閉じて全速力で踵を返した。

 

 「「「殿下ぁああああ!?」」」

 「待ちなさいダルク!マオ!!」

 

 閉じた部屋から叫び声が届くが気にすることなく足をひたすらに動かす。普通ならありえないのだが背後から追って来る足音が聞こえるのだ。背後を振り返る余裕も無く駆けて行くと少し遅れ始めていたダルクとマオの姿が消えた。曲がり角を曲がった際に横目に映ったのはコスプレ衣装のまま追いかけて来たスザクとアリスに捕まっているダルクとマオの姿が。

 階段を跳び下りるように下り、廊下に出ると平静を装いながらそっと近場の教室に入る。入り口に居た受付の子からチケットを買って中に入る。するとドアの向こうから駆けて行く足音が近付き、そのまま遠退いて行った。

 ふぅ…と大きく息を吐き出して緊張が解けて、気持ちに余裕が出来て入った教室を見渡して後悔した。

 

 カーテンで窓から入る光を防いだ暗い室内に薄っすらとした灯りを要所要所に設置し、手作りの壁と布地で細い通路の順路が作られたお化け屋敷。

 どういう事だろうか?私はカレンと出会うことを強いられているのだろうか?

 ホラー系が苦手なんて事は無かった為に躊躇う事無く突き進んでいく。ただこんにゃくが顔に直撃したのは地味に痛かった。もう少し勢いを下げてもらっていいだろうか?

 

 「やってられるかあああああああ!!」

 「うひゃう!?」

 「――って、なんでここに!?」

 

 顔に直撃したこんにゃくのぬめりを落とそうとハンカチで拭き取っているといつの間にか紅月 カレンがスタンバって居たエリアに足を踏み込んでしまったらしい。あまりの迫力に本気で声を出してしまい、驚かせ役のカレンも声と相手を認識して驚いた声を出してしまっていた。

 

 「えっと、学園祭を楽しみに?」

 「そうじゃなくて……というか護衛は居ないの?」

 「さっきみんなのコスプレ姿を写真に収めたら捕まったんだ」

 「一応言っておくけど私、貴方の敵サイドの人間なんだけど」

 「ああ、そうだったね。でも今の君はアッシュフォード学園の生徒であるカレン・シュタットフェルトだ。だったら敵対することないじゃないか」

 「あんたって器が大きいのか抜けているのかどっちなんだろう?」

 

 ははは…と渇いた笑いを漏らすと呆れたようにため息をつかれた。

 

 「まぁ、神根島での借りもあたし達を見逃してくれている借りもある」

 「うん?借りだなんて」

 「兎も角、あたしはブリタニアの第一皇子は見ていない」

 

 返事をしようとするがカレンはぬり壁の着ぐるみを床のへこみに合わせて次の準備に戻っていた。これ以上ここに居たら邪魔だし、矢印に添って進もうとすると背中から声をかけられた。

 

 「そういえば一つ聞きたい事があったんだった。

  ―――ブリタニア皇族の貴方はなにを願っているの?ブリタニアの繁栄とか?」

 「私が願っているのは―――なんなのだろうね」

 

 

 

 

 

 校舎から出て花壇の塀に腰をかけたオデュッセウスは酷く沈んだ顔をしていた。

 

 『ブリタニア皇族の貴方はなにを願っているの?』

 

 あの質問に明確に答えることが出来なかった。

 勿論、私は一番に自分が生き残る事を考えてきた。そのためには身体を鍛えたり、ナイトメアの技術を磨いたりもしてきた。だけど今はそれだけじゃない。

 自分が生き残る事と同じくらい弟・妹達を、仲良くなった者達を救いたいとも思っている。すでに助ける為の行動もとっていた。計算していたのも知らず内にのもあった。

 そもそも最終地点であるのんびりライフと言うのも大体のイメージでどういうものなのかというのをまったく考えてなかった。しかもその前にある父上の計画をどうやって止めるかという案も考え付いてない。

 果たしてこんな状態で私は大丈夫なのか?

 

 今まで深く考えてこなかった事に頭を悩ますオデュッセウスだったがカメラで撮ったルルーシュやナナリー、ライラのデータを眺めると顔を全開で弛ませた。とりあえず今は今を楽しもう。これから当分忙しくなるのだろうから。

 今日この日にユーフェミアは特区日本の構想を発表するだろう。原作で起こった最大級の悲劇である殺戮劇に向けて…。ユーフェミアはルルーシュの冗談と暴走した絶対遵守のギアスを受けて、特区日本に参加した日本人を虐殺、ギアスの影響を受けたユーフェミアはゼロの手によって殺害される。

 私はこの結末を覆してみせる。すでに手も考えてある。まずはギアスをかけられて出てきた所をロロに私の名を使って別室に誘導してもらう。解く事はジェレミア卿は調整が無理だからライ君に上書きして貰おう。すでに自分の意思だけでルルーシュのギアスに抗ったユフィの意志にライ君のギアスで後押ししてもらえば抑えることは出来るだろう。そのあとに調整を完了したジェレミア卿のギアスキャンセラーで解除してもらえれば完璧だ。

 もしもロロの制止を振り切ったとしてもゲームのシナリオ通りならライ君が止めてくれるだろう。後はブリタニアに敵対する勢力が仕掛けてきても大丈夫なように会場の警備にはアリス達を配置させて貰える様に手配済みだ。手配済みと言ってもユフィとの口約束だが。しかもアリス達の隊には本国で大至急ロールアウトしてもらったグロースター最終型四機を追加配備すべく輸送機で送ってもらっている。私と白騎士のグロースターはペーネロペー内で追加パーツの装着と強化作業を行なってもらっている。

 これだけ手を用意しておけば問題ないだろう。

 そう思いながら画像を眺めていると何だが視線のようなものを感じ取った。気になって顔を上げるとそこにはアッシュフォード学園学生服を着た、黄緑色の長髪を後ろで白いリボンで結んだ女生徒が………。

 

 「おい、そこのお前。世界一のピザと言うのはどこで食べられるんだ?」

 「・・・・・・」

 「聞いているのか?」

 「え、あ、はい。パンフレットによるとあちらですね」

 「そうか」

 

 短く呟くと教えた方向へと歩いて行ったが今のはお化け屋敷でのカレンより驚いた。心臓が止まるかと思った…まさかC.C.に出くわすとは…。

 

 「殿下ぁー!!」

 

 呼ばれて振り向くと手を大きく振りながら走ってくるダルクが見えた。後ろにはサンチアやルクレティア、アリスにマオも駆けていた。立ち上がって軽く手を挙げる。

 

 「やぁ」

 「やぁ、じゃないですよ殿下!私達を見捨てて逃げるなんて…おかげでアリスにすんごく怒られたじゃないですか!」

 「それ私のせいかい!?」

 「ダルクだけじゃなく殿下もなに写真を撮って逃げているんですか。少しお話しましょうか?」

 「逃げたうんぬんの前に二人とも殿下に失礼だろう」

 「ははは、これぐらいラフなほうが私は楽で良いのだが」

 「殿下の命ですから多少は良いとは思いますが、度を過ぎればさすがに問題です」

 「そ、そうかな…」

 

 このあと、ルルーシュ達に見付かり謝りまくる事になったうえに、ユーフェミアが特区日本の事を発表した頃にロロより通信が入り、ひたすら平謝りしていて聞き逃してしまった。撮影したTV会社より映像データを取り寄せなきゃ。それより先にご機嫌斜めのロロの機嫌を直さないとな…。

 

 

 

 

 

 

 浮遊航空艦アヴァロン級二番艦【ペーネロペー】 ナイトメアフレーム格納庫

 オデュッセウスの騎士団の旗艦となったペーネロペー格納庫ではオデュッセウスお付の技術仕官・整備士が共同で徹夜での作業に従事していた。全員目の下にはくまが出来ており、疲労も相当なものであるにも関わらず手を止める事はなかった。

 試作強化歩兵スーツ班副主任であるマリエル・ラビエも現場にて指示を飛ばしていた。

 

 「副主任!四号機のデータなのですが…」

 「四号機はルクレティアさんのだからこれね」

 「三号機の調整が終了しました。五号機のどう仕上げますか?」

 「五号機は凡庸性の機体だからデータをマオちゃん仕様にするだけで。その前に二班は仮眠して休んで。作業は二時間後からで」

 「ダルク少尉の二号機の調整終了しました。確認をお願いします」

 「えーと…これじゃあ出力不足ね。ダルクちゃんはパワータイプだからもう少しモーター類のランクを上げてくれる?」

 「しかし、そうすると既存のエナジーフィラーでは…」

 「何の為に二重挿入口にしたと思うの」

 「あ!すみません。すぐに取り掛かり――」

 「あー…一班も三班も全員仮眠を取って。さすがに疲れが見えるし、納期までには間に合うから」

 「「「了解です!」」」

 「二班と同じく二時間の仮眠だからね」

 

 休憩を言い渡されて気を許した為か、ドッと押し寄せて来た疲れで足元がふらつく技術仕官・整備士を見送りながらマリエルは椅子に腰を下ろす。すると横からコーヒーカップを差し出され、顔を上げるとそこにはKMF技術主任のウィルバー・ミルビルが立っていた。

 

 「少し休んだらどうだ?」

 「それは博士もでしょう。二日前から徹夜してるでしょ?奥さん心配してたよ。あの人はずっと休もうとしないって」

 「ついつい熱が入ってしまってな」

 「確かグロースターにランスロットの部品を組み込むのでしたっけ?」

 「ああ、そうだ」

 「相変わらず無茶を言う人だなぁ」

 

 現在ペーネロペーには独自に設計したグロースター最終型以外にランスロット二機分のパーツが持ち込まれている。これは特派より受け取るランスロット・クラブの整備などに慣れる目的で本国で生産して持ち込まれたものだ。それを急遽、白騎士とオデュッセウスのグロースターに取り込むことになった。

 本当ならランスロットを組み立てて、二人用に調整するだけで良かったのだが、本国より大至急で送ってもらったグロースター最終型の調整に搭乗者用にチューンを優先的に行なってくれと言われては期日に間に合わない。何度か先延ばし交渉をしたが頑なに拒まれた事から別の手段を講じる事になり、緊急策としてパイロットデータを入れて調整してあるグロースターの胴体にランスロットの手足を取り付けるという荒業を強行したのである。これならパイロットデータの更新や再設定は必要とせず、今まで以上の性能を持たせる事が出来、人員の最小限化にも成功した。取り付けと接続後の調整だけなので実質ウィルバーとその妻の二人で行なっている。

 しかし、グロースター胴体にランスロット手足がくっ付いても二つのスペック差から調整が難航しているらしい。

 

 「オレもそう思うが殿下の言う事だ。何か意味があるのだろう」

 「キュウシュウ戦役では鳥肌もんだったもんね」

 

 今思い返すだけであの戦いは異常であった。

 ペーネロペーもそうだがプリドゥエンも元々は別目的で準備された物だったが、あのキュウシュウ戦役に間に合うように殿下は先に動いていた。まるで未来でも見通しているかのように。いや、オデュッセウスの下に入った者は全員そう思っている。だから今回のグロースター最終型の件も殿下と白騎士のナイトメアの強化は何かが起こる前触れだと感じている。

 さもなければ待機していたユリシーズ騎士団全員とナイトメアの輸送を命じたりはしないだろう。

 

 「グロースター最終型の進行具合はどうだ?」

 「七割方完了かな。予定日には間に合わすよ」

 「そうか。では作業に戻るとしよう」

 「ちゃんと休憩してくださいよ!」

 「サザーランド・イカロスの最終調整も済んだらな」

 「それって休まないって事じゃないですか」

 

 持ち場に戻って行くウィルバーの背を見送りながら困った笑みを浮かべる。

 どうしてここには殿下の為ならばと自分の身体を酷使してまで働く人ばっかなのかな?と、自分の事を棚に上げて最終型の調整データに目を通すのであった。



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第45話 「特区日本準備中…」

 トウキョウ租界にあるブリタニア軍の空港に珍しいナイトメアフレームが並んでいた。

 普通のグロースターのように見えるがコクピット左右にはザッテルヴァッフェというミサイルランチャーが装備され、一機一機が搭乗者用にチューンを施された専用機となっている。

 この特殊なグロースターはコーネリアの配下で精鋭騎士隊であるグラストンナイツの機体である。指揮能力もナイトメアの操縦技術も高く、仲間意識はそこいらの部隊以上にある。何しろ彼らは身寄りの無い子供だった頃にあの父性の強いダールトン将軍に引き取られ、騎士として養育を受けている。正直彼らの絆や想いは本物の家族と劣らないほどだ。

 

 神聖ブリタニア帝国コーネリア軍兵士を後ろに、バイザー型のサングラスを付けたグラストンナイツ五名の敬礼が、正面に立っているエリア11の総督のコーネリアとオデュッセウス、そしてブリタニア帝国宰相のシュナイゼルの三人の皇族に向けられている。

 

 「よくこの短期間でキュウシュウ戦役を収めたね。さすがはコーネリアだ」

 「とんでもない。これも中華連邦と交渉されたシュナイゼル兄上と、いろいろと手を尽くしてくださったオデュッセウス兄上のおかげです」

 「私は兄上の指示に従っただけだよ」

 「ははは、確かに作戦時に指示したのは私だけれどその後の制定の手際の良さはコーネリアだからこそだよ」

 「そんな…私なんて」

 

 にこやかに笑みを向けられて褒められた事で、コーネリアは頬を染めながら恥ずかしそうに顔を背ける。

 実際にコーネリアの仕事量はかなりのものだった。キュウシュウブロックから上がった被害状況に目を通しつつ、修理費用・破壊された民間施設への補修費用の捻出。全体的に見たら小さなものだが、キュウシュウブロックだけで見ると最小限に抑えたといってもかなりのもので、部隊の再編などいろいろな書類仕事をこなしてきたのだ。オデュッセウスやユーフェミアも手伝ったが総督でしか出来ないことも多くあって、あまり手伝いができたとは本人たちは胸を張って言う事はできなかった。

 空港に並ぶエリア18に居たコーネリア軍の兵士も、本国より呼び寄せたグラストンナイツもキュウシュウ戦役を受けて、エリア11の強化の為に召集したのだ。

 ただ現状としてはトウキョウ租界の守備にまわされる事になるが…。

 

 「――殿下ぁ。オデュッセウス殿下!」

 

 遠くから手を振りながらマリエル・ラビエが駆けて来た。駆けて来るマリエルに面識のあるシュナイゼルは別段変わった様子も無く、今回初対面のコーネリアは眉間にしわを寄せる。初対面なのは傍に控えているギルフォード達も同じで警戒して動こうとしたのを手で制した。

 マリエルは途中から速度を緩めて、さっと身嗜みをチェックする。納得したのか大きく頷いてオデュッセウスの前に立って、敬礼をする。

 

 「マリエル・ラビエ。ご依頼の機体と報告書を持って参上いたしました」

 「うん、ご苦労様。短い期間だったのに間に合わせるなんて。本当にありがとう」

 「兄上。彼女は?」

 「ああ、紹介するよ。彼女はマリエル・ラビエ。私の下で試作強化歩兵スーツの研究開発をしている若き技術士だよ」

 「試作強化歩兵スーツ……確か特定の人物しか機能を発揮しないというアレですか?」

 「そうだよ。現在確認されたのは七人ほどだけどね」

 

 紹介している間にマリエルが乗って来た小型輸送機よりナイトメアが降ろされる。ナイトメアを完全に隠せるほどのタワーシールドを左手一本で振り回せるほどのパワー。機動性も反応性もグロースターを凌駕する機体であるグロースター最終型が四機並べられる。

 その光景にコーネリアは勿論、集められた騎士達の視線が注がれる。

 

 「どうだい。私のところの技術班が開発したグロースターは?」

 「キュウシュウ戦役での映像で拝見はしましたがやはり良いですね。量産化はされるのですか?」

 「さすがにアレの量産はコスト的にきついよ。出来ても腕の良いパイロットに送るぐらいだね」

 「そうですか…」

 「私の所の生産はとりあえず終わったから、次はコーネリアのところへ卸す分を生産しようか」

 「是非お願いします!」

 「シュナイゼルはどうする?専用機を持ってもいいんじゃないかい」

 「いえ、折角ですが私の下では置物になるだけで勿体無いですから」

 

 会話をしながら受け取った資料に目を通し終えるとそれをコーネリアに渡す。受け取ったコーネリアは最初の一項目に目を通すと頭を下げた。

 

 「申し訳ありません兄上。もう少し私に力があればこういう事態にもならなかったと言うのに…」

 「気にする事は無いよ」

 「せめてユフィが話をしてくれれば手立てもあったのですが」

 

 渡した資料は【ユリシーズ騎士団によるキュウシュウブロック防衛計画書】である。

 ナリタ連山やタンカーの時にブリタニア軍は多大な損害を出したが、エリアを維持できる戦力と多少の本国からの増援もあって戦力としては十分。そこにエリア18に駐屯していたコーネリア主力軍にグラストンナイツも到着して過剰戦力と言っても過言ではない。なのにキュウシュウブロックの防衛をオデュッセウスが本国待機していた隊員を含めたユリシーズ騎士団を呼び寄せて、キュウシュウブロックの守りを行なう。これにはユフィの先日の宣言が大きく関わっていた。

 

 アッシュフォード学園の学園祭にスザクの様子を見に来たユーフェミアは偶然にもナナリーと再会を果たしてしまった。スザクが操るガニメデがピザの生地を広げる様子の見える場所で、会話していた際に突風に煽られて帽子が飛ばされ正体が露見してしまった。世界一のピザを作るという事で地元のテレビ局もその場に居り、ナナリーが映されて皇族とばれる事を恐れたユーフェミアは自身を囮としてナナリーを隠す事に成功し、ユーフェミア自身はスザクの操るガニメデに助けられて押し寄せる生徒の群れから救い出された。その際に行政特区日本の設立を発表したのだ。

 帝国臣民とナンバーズをきっちりと区別――いや差別と言っていいほど別けていた帝国の皇族が一部とは言えナンバーズを認める発言をしたのだ。

 知らされていなかったコーネリアは憤慨したがオデュッセウスとシュナイゼルの説得で取りやめになる事は無かった。知らされてなかったのはオデュッセウスも同じだが原作知識を持っている為に驚く事も無く、メリットとデメリットを天秤にかけて賛成していた。

 立案した本人としてはナンバーズとして区別するのではなく、認め合うか仲良くするなど現実的には無理な理想論を実現化したのであろうが頭の良いシュナイゼルと原作知識を持つオデュッセウスには分かっていた。エリア11の反ブリタニア組織を一手で壊滅できるものだと。

 元々日本の独立や日本を認めさせることを目標としていた反ブリタニア勢力は嫌でも参加せざるを得ない。もし不参加などを決め込めば存在そのものが瓦解してしまう。それは黒の騎士団の様子を見ていれば理解できる。組織が大きくなれば多くの考えを持つ者を内包してしまい、賛成派と否定派の二グループに分かれてしまう。参加すれば武装は解除しなければならず、反ブリタニアの力を絶つこととなり、参加しなければ内部での対立や分裂を招いて、内部情報の露見に繋がってどのみちこれまで行なっていた反ブリタニア活動に大きな支障が出る。

 理解出来ないブリタニアからは夢物語などと叩かれているが、反ブリタニア勢力からしたら喉元に短剣を突きつけられた状態なのだ。

 正直に言うと最初は反対だった。父上を止めることが出来るのは黒の騎士団の総帥であるゼロことルルーシュであるという思いと、ユフィの死亡フラグが建つという最悪の事態が待ち受けているからだ。

 しかし、物は考えようだ。このまま黒の騎士団が戦い続けてもアニメ二期のように中華連邦と協力関係を築けるかと聞かれれば【否】としか答えられない。かと言ってラクシャータを通じて中華連邦・インド軍区からの援助も今は難しい。そのような状態でコーネリア主力軍と戦えば、勝てたとしてもブリタニアを相手にするほどの力は確実に消失する。本国にはナイト・オブ・ラウンズや戦力を持つ皇族・貴族が多くいる。そうなれば黒の騎士団は壊滅。最悪の場合は弟の死亡書を目にするかも知れない。

 

 だったらゼロとして下ったルルーシュを秘密裏に自分の下に寄せて、父上を止める為に手を貸してもらおう。自分の事情を話すことになるが背に腹は代えられない。黒の騎士団員にはエリア11の独立に手を貸すと言えばなんとかなるかな?戦力的にも三個大隊を持つ自分に、中華連邦の天子様を通じてシンクーと手を組めば何とかなると思う。

 

 いろいろ打算もあったが必死に考えたユフィの願いを挫くことができなかったのが一番大きかったのは間違いない。

 

 ここで問題なのはユフィの宣言した特区日本を理解した上で行動を起こす者達の存在だ。ブリタニアを心から憎んでいる連中からしたら目障りこのうえなく、原作のように特区内でブリタニア軍人が日本人を殺害すれば騙し討ちと反攻の火がエリア11全体に広がる。またナンバーズを認める事を良しとしないブリタニア人至上主義者なども同様の考えを持つだろう。そのもしもを防ぐ為にグラストンナイツやコーネリア主力軍はトウキョウ租界の防衛に当てる事になったのだ。本当なら主力軍から何割かをキュウシュウの防衛に回す予定だったが、余剰戦力がなくなったのでオデュッセウスがユリシーズ騎士団をキュウシュウ防衛に当てたのだ。勿論特区日本が軌道に乗れば本国に戻る事になるが。

 

 「ユフィが話していたら即刻却下していただろう?」

 「そんな事はっ――」

 「ないとは言い切れないね」

 「シュナイゼル兄様!」

 「ふふふ、では私は先に本国に戻ります」

 「すまないね。私がいろいろやらかしたばっかりに…」

 「いえ、皇族がこのエリアに集まりすぎたのもありますが、宰相としての仕事もたくさん残しておりますから」

 「にしてもこんな時になにをしているのか」

 「殿下ぁ~!遅くなり申し訳ありません!!」

 

 猛ダッシュで駆けて来たのはナイト・オブ・ラウンズの正装を着こなして、息一つ切らしていないノネット・エニアグラムであった。

 本国との会議でオデュッセウスがエリア11に残る事は了承されたが、皇族がひとつのエリアに集まりすぎているのとラウンズが長く留まりすぎているという問題が残っており、軍の空港に集まっているのはコーネリア軍の受け入れにグロースター最終型の受け取りがメインではなく、シュナイゼルとノネットが本国に帰るので見送りに来ているのだ。

 ちなみにクロヴィスは副総督補佐官として残り、今はユフィの手伝いで書類仕事に追われている。キャスタールとパラックスは滞在期間を来週まで延ばして、もう少し留まるらしい。

 

 「まったく貴方はなにをしているのかしら?」 

 「いやぁ、ギリギリまで粘っていたのだがさすがに時間が無くて……」

 「本当に貴方は…。騎士なのだからそっちを第一に考えるのは分かるけど少しは化粧とか」

 「分かった分かったって」

 

 遅れて来たノネットにシュナイゼルの斜め後ろに立っていたカノン・マルディーニが呆れた顔を向ける。原因を知っているオデュッセウスは頬を軽く掻きながら笑うしかなかった。

 ノネットが遅れた原因はランスロット・クラブが間に合わなかった事である。確かにランスロット・クラブは完成したのだが、ノネットが「こういう武装が欲しいんだけど」と追加の注文を言い、シミュレーターで得たデータの更新やノネットの動かし方に各部を調整したりと仕事が増えて、今日までに調整が間に合わなかったのだ。

 

 「クラブは私が責任を持って届けるからさ」

 「すみませんがお願いします」

 「代わりに本国までシュナイゼルの護衛を頼むよ」

 「何者に襲われてもラウンズの名に恥じない活躍をして見せます」

 「これは頼もしい限りだな。宜しくお願いするよエニアグラム卿」

 「ハッ!お任せを」

 

 深々と頭を下げるノネットに微笑を向けたシュナイゼル達は皇族専用の小型機で本国へ向けて出立した。騎士達は胸に手を当てて、コーネリアとオデュッセウスは見えなくなるまでずっと見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 「あれ?エル。私のグロースターは?」

 

 見送った後、コーネリアはグラストンナイツや自軍の主力軍に指示を出しに離れ、オデュッセウスはひとりぽつんと立っていると、マリエルが乗って来た輸送機から降ろされたナイトメアの数が足りない事に気付いた。アリス達の追加のグロースター最終型四機にランスロットの予備パーツであった手足を繋げた白騎士専用のグロースターの合計五機。オデュッセウス専用の灰色のグロースターがこの場に無いのだ。

 首を捻りながらマリエルに聞いてみると、逆にマリエルも疑問符で返してくる。

 

 「え?間に合わないようなら白騎士のグロースターを優先するように聞いたのですけど?」

 「うん?私はそんな指示は出して――」

 「私が勝手に出させてもらいました」

 

 平然と答えたのは今まで一言も発さなかった白騎士であった。発さなかったのはコーネリアが嫌っている事と兄弟・兄妹の間に入る事は無粋と思ってだったが、今はオデュッセウスとマリエル、そして白騎士のみなので口を開いたのだ。

 

 「え、ちょ…何故に?」

 「だって殿下。勝手に飛び出ちゃうでしょ」

 「いやぁ…飛び出さざるを得ない状況が…」

 「普通は騎士達を向かわせるのですが。殿下はそれほど私達が信用できませんか?」

 「そんな事はない。それは断言できる」

 「なら問題ありませんね。こちらとしても勝手に飛び出されては困りますし」

 「エ…エル…」

 「グロースターの調整はあと二日は掛かりますから何か用意します?皇族の権威を使って正規軍から無理やり借りる事も出来るでしょうが殿下としてはしたくないでしょう。となると博物館行きのグラスゴーかアッシュフォード家に頼み込んでガニメデを借りるかですね」

 「・・・・・・」

 「殿下。たまには大人しくしていて下さい」

 「はい…」

 

 しょげたように返事をしたが、すでに策は練っているし(第44話 「学園祭へ行こう!」より)ナイトメアに乗る事なんてないだろう。だったら気軽に構えていても大丈夫だろう。

 そうだ。特区日本の開会式が終わったらユフィに神楽耶さんを呼んで会食するのも良いかな。

 

 こうして物語は特区日本へと進んでゆく……。



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第46話 「血塗れの特区…」

 すみません遅れました。
 今日は前回削除した46話の矛盾点や書き忘れた点を踏まえて書き直した46話と47話の二話投稿と書いたのですが47話がもう少し時間がかかりそうです。
 会話多めです。


 行政特区日本開設記念式典会場

 ドーム型のスタジアムの上空を報道用のヘリが行き交う。ドーム内の中央会場や何段にもなる観客席も行政特区日本に参加しようと手続きを済ませた日本人達で溢れ返っていた。しかしそれだけでは足りずに会場外にも多くの日本人が集まっていた。

 天が祝福してくれているような青空を眺めながら、式典会場壇上に並べられた椅子に腰掛けたオデュッセウス・ウ・ブリタニアは笑みを浮かべた。それに対して二つとなりの席に座るユーフェミアはゼロが来るか不安で仕方なかった。

 壇上には多くの椅子が並べられており最前列に行政特区日本発案者のユーフェミアにオデュッセウス、ダールトン将軍に加え、エリア11で代表的な役割を担っているブリタニア貴族に桐原翁のように日本人側の大きな力を持つ者も座っていた。

 ここまでは原作通りだと思っていたのだが一つ違う事が起きている。それはここに皇 神楽耶が来ていた事だ。護衛として黒服姿のライ君を連れてだ。と、言っても彼女がここで何かを起こすわけでもないし、問題はない。むしろ問題はこれからなのだが…。

 

 「大丈夫だよユフィ。ゼロは必ず来てくれるって」

 

 落ち着かせようと不安げなユフィに微笑みながら声をかけるが、実際あまり時間がないと言うのにゼロはまだ来ない。これは時間にルーズになったと考えるべきか、それともゼロ的演出なのだろうか?式典開始前にユフィと話すんだろうからそれを考慮してもう少し早く来るべきだと思うんだ。そうじゃないとクロヴィスが準備している式典終了後のパーティー料理が冷めてしまう。

 クロヴィスに連絡するべきか唸りながら悩んでいると周りで声が漏れ始め、顔を上げると皆が皆、空を見上げていた。そこには上空を飛びながらこちらに向かって来るガウェインの姿が。

 

 「来てくれたのですね」

 

 立ち上がって嬉しそうに呟いたユフィから視線をガウェインの肩に立つゼロへと移した。正直、落ちやしないかとハラハラして胃が痛い。

 スッと三歩後ろで待機していた白騎士が顔を耳元まで寄せてきた。

 

 「配置を動かしますか?」

 「いや、アリス達【イタケー騎士団】には現状維持のままで。決してこちらから動かないで」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 

 【イタケー騎士団】

 今までアリス達とか特殊部隊など名前が決まってなかったが、いつまでもそれじゃあ呼び方に困るので付けた名前だ。総勢五名で少ないが戦力的には一個師団以上の働きが出来る。本国に部隊登録の申請をしたらギネヴィアに「また部隊を増やすのですね。個人でどこかを落とせるだけの戦力まで行く気ですか?」と聞かれたよ。出来れば戦場に出たくないのだけれど…。

 確認を終えた白騎士は元の位置に戻り、ゼロを警戒する。

 

 「ようこそゼロ。行政特区日本へ」

 「ユーフェミア・リ・ブリタニア。折り入ってお話したいことがあります」

 「私と?」

 「はい。貴方と二人っきりで」

 

 壇上まで迫ったガウェインの前に出たユフィはゼロの言葉に疑問符を浮かべていたが、ダールトン将軍がとりあえず式典会場裏のG1ベース前に下りるよう指示。従ってガウェインが移動し始めた。席を立ったユフィの後を追ってオデュッセウスも式典裏へと向かう。そこには騎士の制服を着たスザクがゼロを警戒していた。

 対してガウェインより降りたゼロは警備の兵士に金属探知機を当てられ、刃物や銃器の類がないかどうかを調べられていた。

 

 「問題ないです」

 「では、どうぞこちらへ」

 

 なんの疑いも無しにゼロをG1ベースへ案内しようと歩みだしたところをオデュッセウスが行き手を立ち塞いだ。

 

 「ゼロ。ユフィとの会談の前に私も話したい事があるんだが…宜しいかな?」

 「これはこれは。神聖ブリタニア帝国第一皇子で騎士団を三つほど所有するオデュッセウス殿下のご指名とあらば――と、行きたい所ですが先に――」

 「君が知りたい事を私は知っている…と言ってもかい」

 「―ッ!!………良いだろう。先にお話し願いますかな?」

 「と言うわけで先に良いかなユフィ?」

 「はい」

 「では――」

 「お待ち下さい殿下!」

 

 にっこりと微笑んだオデュッセウスが案内しようとすると焦った白騎士が行く手を塞ぐ。声色から焦っている所か青い顔をしているのがよく分かる。というか徐々にのっぺらぼうみたいな仮面から怒気のようなオーラが漏れてきているんだけど!?

 

 「なにを考えてるんですか!?」

 「大丈夫。大丈夫だから白騎士には別室でユフィの護衛を頼むよ。スザク君は会場の警備もしないといけないしさ」

 「本当に大丈夫なんですか?」

 「心配要らないよ。むしろこれからのほうが心配かな…」

 

 なにを言っているか分かっていない白騎士の頭をひと撫でしてゼロと共にG1ベースに入っていく。

 今まで私はこの特区日本のイベントをどうするかで悩んでいた。ユフィを救って特区を成功させればユフィの命を救えるだけではなく、知らず知らずの兄弟・姉妹の争いを止める事が出来る。逆に原作からかけ離れる為に持っている知識がこれからは使えず、ルルーシュが父上の計画を止められるかどうかも危うくなる。

 元々自分が生き残る事を第一に考えていたのを考えれば原作通りに進めるのが一番なんだろう。だけど私はそんな理由で弟・妹を切り捨てたくない。

 だからここから先は自分でなんとかする。黒の騎士団は解体されるだろうがルルーシュは真実を知ったら手伝ってくれるだろうし、一部には完全な独立を目指す派閥も出来る。それらを取り込み、中華連邦との繋がりを強化し、弟・妹の力を借りれば父上達の計画は止められる………筈。

 

 不安で一杯な心境を隠しながら、深呼吸をして覚悟を決める。

 G1ベースのコンダクションフロアに入るとゼロは扉にロックをかけて、録音機材をチェックしながら電源ごと落としていく。最後にはメインの照明まで消して、予備の仄暗い灯りだけがうっすらと照らす。

 

 「用心深いんだね」

 「そりゃあ私は貴方方で言うテロリストですからね。用心に越したことはないでしょう」

 「テロリスト云々より元々だろう。君は昔っから細かかったからね」

 「昔?なんの話をされているのでしょうか?」

 「もう隠さないで良いんだよ。ルルーシュ」

 「―――ッ!?」

 「ほら、普段は冷静沈着に見えて思いもよらない事態には顔や態度に出るところも変わらないね」

 

 ふふふと笑うオデュッセウスにゼロは仮面を外して素顔を見せる。ルルーシュは何処となく納得いかないようだった。

 

 「何時から気付いたのですか?」

 「うーん……わ、分かったのは最近で、ゼロの存在に疑問を持ったのは河口湖かな。あの時君は『どうされましたか!?』とか『いや、こちらが気がつけば良かったのだが』とかテロリストにしては私を気遣ってくれてたし、機械を使って声を響かせているようだけど声質は変わらないしね」

 「ゼロとして初めて出会った時から疑われていたとは……」

 

 本当は原作知識を持っていたので最初っから知ってました!とは言えずにそれらしい事を言ったのだが、何故か納得されてしまった。頭の賢いルルーシュなら疑っても良いはずなのに何処で納得された?

 逆に疑問を浮かべているとため息をついて半笑いのルルーシュは近くの椅子に腰掛けた。

 

 「分かっていたのに何故言わなかったのです?」

 「私に弟を告発しろと?そうするぐらいなら私の下に匿うよ!」

 「帝国の皇子がテロリストの首領を匿う……皇位剥奪ではすみませんよ」

 「可愛い弟と天秤にかける意味あるかい?」

 「ふっ、やはり兄上には敵いませんね。兄上、ナナリーのことは――」

 「分かってる。これまで通りの生活を約束するよ。勿論君もね」

 

 急に真顔になって言おうとした言葉を遮り、言葉を被せる。元々政治利用しようなんて考えてないし、しようとした奴は絶対に許さない気持ちでいっぱいだ。先に強く言われた事で安心しきったルルーシュは笑みを浮かべた。見ていて撫でたくなるが今は我慢我慢。

 

 「それで俺が知りたいこととは何だったんですか?もしかしてブラフでしたか?」

 「いや、それはそれであるからさ―――マリアンヌ様の死の真相」

 「――ッ!?」

 「私は知っている。君に真相を教えてあげられる。真実の全てを語ることが出来る。だけどその前に約束をして欲しい」

 「約束…交換条件という事ですか…」

 「ユフィの特区日本に参加する事と参加後に協力して欲しい事があるんだ」

 「協力内容は?」

 「すまないが今はまだ言えないんだ。すまないね」

 

 ひとり頷きながら腕を組んで思案しているようだった。ユフィをギアスで自分を撃たせて日本人全てに反攻の火を灯そうとしていただけに前者を受けるだけでも難しいだろう。なのに後者はまだ内容すら言えてない。覚悟を決めたつもりだったのだがまだ決め切れてないのか言えなかった。言えば確実にルルーシュを巻き込んでしまう。もしかしたら別の方法もあるかも知れない。わざわざルルーシュを危険な目に遭わせるのか頭の中でいろんな考えが飛び交う。

 二人して唸りながら考えを纏めようとする。オデュッセウスのは考えと言うより覚悟の問題のような気もするが…。

 考えが決まったルルーシュは短く息を吐き出した。

 

 「分かりました兄上。協力しましょう」

 「本当に!?こっちは何も言えてないのに良いのかい?」

 「兄上に協力を頼まれて断れるとお思いですか?俺は貴方に大きな借りが幾つもあるんですよ」

 「何かあったかい?」

 「さも当然のように…まぁ、先に母さんの真相をお伺いしますが宜しいですね」

 「ああ、いろいろと長話になるが最初に言うべきはあの事件の首謀者であり犯人からかな。マリアンヌ様を殺したのは―――ッ!!今の音は…」

 「銃声!?それに爆発音まで!」

 「ルルーシュ!」

 「ええ、話の続きはまた」

 

 ここまで響いてきた銃声に爆発音に慌てながら仮面を被ったゼロは駆けて行く。多分50メートルもしない距離で息を切らすのだろうが今は状況を知ることが第一だ。ゼロが切った電源を入れて会場内を確認するとナイトメアフレーム隊の配置が変わっていた。これではまるで包囲戦をしているかのよう…。

 気付いたオデュッセウスはポケットよりインカムを取り出して耳に付ける。

 

 「サンチア、状況説明を!」

 『は、ハッ!現在会場内ではブリタニア軍がイレブン……日本人に対して攻撃を』

 「どうして!?いや、誰が撃った!!」

 『それが突然現れたブリタニアの将校が皇族の命とか言って―』

 「何がどうなって…兎も角イタケー騎士団は会場内の日本人を守りつつ脱出路の確保。虐殺行為を行なうブリタニア軍の排除も許可する。ダールトン将軍には急ぎ政庁に戻るように伝えてくれ」

 『殿下はどうされるので?』

 「私は白騎士と共に脱出するから大丈夫。もしも危なくなったら騎士団を連れて離脱するように。じゃあ頼んだよ」

 『イエス・ユア・ハイネス』

 

 短く話は聞いたがなにがどうなってこうなったかはまったく理解できなかったが、ユフィや私が捕まったら大変な事になることだけは理解出来た。

 命令を伝え終わるとインカムの電源を切って部屋を飛び出ようと振り返る。するとそこには床まで垂れる長髪の伯父上に出合った時と変わらない帽子を被ったクララ・ランフランクが入り口に立っていた。

 

 「やぁ、久しぶりだね」

 「…ひ、久しぶりです伯父上」

 

 にっこりと笑っているようだが表情には怒りが窺える。若干クララが引いているほどに。それよりもオデュッセウスとしては先ほどの会話を聞かれていなかったかどうかが気になって気が気ではなかった。

 

 「何故僕がここに来たか分かるかい?」

 「さ、さぁ…思い当たる節が――」

 「僕に嘘を吐いたね」

 「そんな伯父上に嘘なんて!」

 「なら何故C.C.と接触した事を黙ってたんだい?」

 「・・・・・・・・・あ」

 

 え?

 何でC.C.に会った事がばれた?

 ロロが?――否。

 アリス達?――否。

 どこで?どうして?何故?何が?どうなって?

 一番知られてはいけない事を知られてはいけない人に知られて脳内は完全なパニック状態に陥っていた。

 クスリと微笑んだ伯父上は一枚の紙を差し出した。

 

 「これは君がイタケー騎士団と呼んでいる元特殊名誉外人部隊の身体データだよ」

 「アリス達のデータ?」

 「そう。君が特殊名誉外人部隊を引き取ってから少し疑問に思っていたんだ。アリス達はC.C.細胞抑制剤を摂取しないと細胞が侵食されて死滅する。特に君がナリタで仲間に引き入れたマオなんて無くては生きられないほどの末期状態のはずだ。なのに君からはC.C.細胞抑制剤を強請られた事はない。これはどうしてかってね」

 「い、いえ!それについては説明不足でした。私がC.C.細胞抑制剤を頼まなかったのは私の癒しのギアスで進行を遅らせる所か侵食を押し返すことが出来たからで――」

 「ふぅん。抑制剤はそういう事だったんだ」

 「あ、あれ?深く追求してこないんですか?」

 「最初は君がC.C.と繋がりを持って抑制する手段を得たと思ったよ。だからクララに君の周りを探らせた。そしたら君が学園祭でC.C.とばったり出くわすところに遭遇しちゃったんだって。

  でも可笑しいよね?遭遇したにも関わらず君は捕獲の為の手は打たず、報告すらも怠るなんて。まぁ、ここに来て分かったんだけど。君は家族に弱いからね。C.C.がゼロ――ルルーシュの仲間と知って手が出せなかったんだろうね」

 「何故ルルーシュがゼロだと知っているのですか!?」

 「先も言ったけどC.C.をクララが発見してね。潜伏先を探らせたのさ。学生がゼロなんてだれも思わないけど調べてみれば楽だったよ」

 

 あの時か!?

 ロロもアリス達も居ないし、C.C.の存在を詳しく知る者も見ていなかったから安心しきっていたけど。まさか見られていたとは…。

 顔色は真っ青になり、目線が泳いでいるオデュッセウスは殺されると思い込んだ。完全な嘘はついてないとしてもこれは裏切り行為…伯父上が笑って許してくれるような人には思えない…。

 

 「それで伯父上は私をどうされるのですか?」

 「悪い子にはお仕置きが必要だよね。だけど僕もシャルルも君の事をかなり気に入っている。それは裏切られた今でもだよ。だから君自身にするのではなくて君の周りにする事にしたんだ」

 「まさかこの騒ぎは!?」

 「気がついたんだね。そうさ。この会場内で起こっているイレブンの虐殺はクララのギアスによって行われたものさ!こういうの君は嫌いだったろう?罰としては十分かな」

 「――っ!……伯父上は分かっているのですか!ここでブリタニアが日本人を虐殺すれば大きな内乱となる。そうすれば居場所の分かったC.C.の捕獲だって難しく――」

 「うん。だから餌を用意しようと思ってね。ルルーシュも君も家族には弱いらしい。クララの調べではナナリー・ランペルージという妹が居る。勿論君も知っているよね?ナナリー・ランペルージと名乗っているナナリー・ヴィ・ブリタニアを」

 

 餌…。

 その言葉を耳にした瞬間、今まで抱いた事のないほどの怒りに飲まれそうになる。

 何故私のギアスは絶対遵守や肉体強化系のものではなかったのかと強く思うほどに。

 

 「そんなに怖い顔をしないでくれ。別に何かをしようって訳じゃないんだ。丁重に扱うさ。なにせ僕にとっては姪なんだから。騒ぎを起こせたおかげで学園を警備しているクロヴィスの親衛隊の目はライラに釘付けで動きやすそうだし手荒な事にはならないよ」

 「パパ…そろそろ」

 

 クララの片目が赤く輝く。瞳にはギアスの紋章が強く浮かんでいた。

 ギアスを見て身体を強張らせて、一歩下がる。

 

 「大丈夫だよ。君を殺そうなんて思ってないから。C.C.の知っている事を全部話して貰うだけだよ」

 「では【オデュッセウス・ウ・ブリタニア】、【C.C.に関する情報を全部話して下さい】」

 「ッ―――――――――ん?」

 「あれ?」

 

 話すと思っていたクララもオデュッセウスも何も起こらず首を捻った。

 クララのギアスは対象の顔を見ながら名前を言う事で発動する。対処法としては名前を知らせないとか、顔を隠すとか手段がある。他にはコード所持者であるなんてのもあるがこれは数少ないので置いておく。

 

 オデュッセウスに効かなかったのは彼が前世を持つ憑依転生者だったのが幸いした。心臓も命も他の人と変わらず一つだが、前世を宿した魂には人間二人分の人生が詰っている。オデュッセウス・ウ・ブリタニアなのだが本人も忘れかけているもう一つの名前が存在するのだ。ゆえに片方の名前だけでは機能しなかったのだ。ちなみにマオが混乱したのもオデュッセウスが二人分の記憶を保有しており、いきなりの情報量に頭がパンクしたのだ。

 

 ギアスが効いてない様子にV.V.は興味津々だったが、時刻を確認してため息をついた。

 

 「もう少し話をしたかったがここまでだね。ここも騒がしくなるだろうし、僕達はそろそろ行くよ」

 

 本当に残念そうな表情をしながら出て行く伯父上と出る直前に振り向き手を振ってきたクララを見送り、ひとりになった途端一気に頭を働かせる。

 命の危険はとりあえず去ったが現状は最悪である。

 ブリタニア兵が日本人を虐殺しているのを止めようとしてもギアスを掛けられているのなら命令しても無駄。アリス達なら対処出来るがすぐに黒の騎士団が押し寄せてくる。ルルーシュの走る速度を考えたらそろそろG1ベースを出た頃だろう。そして何よりユーフェミアの身が危ない。本人が命令していないとしても発案者のユフィに日本人の怒りは向けられる。

 脱出路の確保にユフィの命を守ることだけに絞って考え抜く。すると口元に手を当てて考え込んでいたオデュッセウスが居るコンダクションフロアに、別室で待機していた白騎士とユフィが慌しく駆け込んできた。

 

 「お兄様!何が起こっているのですか」

 「お止めしたのですが…」

 「いや、良いタイミングかな…白騎士。ユフィに合うサイズの歩兵スーツを大至急捜して持ってきてくれないか?」

 「歩兵スーツをですか?」

 「ああ。歩兵スーツを持ってきたらイタケー騎士団と共にここを脱出する。あとは装甲車が手に入れば万々歳と言ったところだけど……兎も角歩兵スーツを頼むよ」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 「お答え下さいお兄様!いったい何が――」

 「頼む!今は何も聞かずに私を信じてくれまいか!お願いだから……頼むよユフィ…」

 

 深く、深く頭を下げて今にも泣き出しそうな声で頼み込む姿に、銃声と爆発音で不安と困惑、動揺で平常心を欠いていたユーフェミアはグッと押さえ込み、ここは兄を信じて大きく頷いた。

 



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第47話 「ブラックリベリオンⅠ」

 今日は前回の投降した物の直しを投稿したのとこの話二話投稿となっております。


 トウキョウ租界政庁では嘗て無いほどの危機に襲われていた。

 

 数時間前までこのエリアではブリタニア初のナンバーズを一部地域ではあるが認める試みが行なわれていた。賛成派のイレブンは自分たちが元の日本人として生活できる事を喜び、反ブリタニア勢力にとっては限定地域とは言え日本を認める事態に無視は出来なかった。

 逆にブリタニアではナンバーズを認めるなどと批判が相次いだが、参加・不参加を問わずに反ブリタニア勢力のほとんどの力を削げると宰相であるシュナイゼル殿下の太鼓判もあって反対するものは居なかった。そもそもコーネリアは渋々とはいえエリア11に集まる皇族七名の承認を得て、皇帝陛下の反対もなかった事案をブリタニアの誰が反対できると言うのか。

 すでにダールトンとバトレー両将軍に反ブリタニア勢力と関わりを持っていたブリタニア貴族の排除。そして反ブリタニアの支援組織の首根っこを掴む事に成功。どちらにしろエリア11で最大の反ブリタニア組織である黒の騎士団は詰んだ。

 

 これにてエリア11の反ブリタニア勢力は沈黙し、衛星エリアへと昇格。コーネリア皇女殿下は自軍を率いて戦場に戻り、ユーフェミア皇女殿下が新総督として着任――――――する筈だった。

 

 「黒の騎士団は一般民衆を吸収しながらこちらに向けて進軍中!」

 「各地のテロリスト達やブリタニア軍の名誉ブリタニア兵の中からも合流している者が相次ぎ、一般民衆も加えた敵の兵力は数万を超えるかと…」

 「すでに租界までの防衛ラインが突破されつつあります!このままではここも…」

 「うろたえるな!!」

 

 迫る敵にうろたえる将校達にギルフォードが一喝して黙らせる。

 このような事態に陥ってギルフォードも内心焦っていたが、姫様の騎士として醜態を晒すわけにはいかないと自身を律していたが、内心は困惑していた。

 成功する筈の行政特区日本は大失敗した。理由は式典会場内での発砲事件がきっかけだった。ゼロとユーフェミア、オデュッセウスが式典会場からG1ベースに移って席を外していた時にひとりのブリタニア将校が壇上に上がり「皇族からの命である。イレブンを皆殺しにせよ!」と発すると同時に集まったイレブンを射殺したのだ。会場を警護していたナイトメア隊に警備に当たっていた歩兵部隊の大半が呼応して会場は多くの血で染まった…。

 会談を行なっていたゼロは近くに伏していた黒の騎士団で式典会場を短時間で制圧。報道機材と丸々残っていた映像データを使って式典事態がブリタニアが日本人をはめる為の罠だと全国に流したのだ。

 結果、エリア11各地で暴動が発生。反ブリタニア勢力は各地で暴動を扇動するか、黒の騎士団に合流をし始め、今やエリア11のブリタニア軍と真っ向から戦えるだけの数を誇っている。しかもこの事態に中華連邦が動き、艦隊を集結しているとの連絡を本国から受けた。外交ルートでシュナイゼル殿下、艦隊牽制でカリーヌ皇女殿下が動いていて、牽制艦隊のナイトメア部隊にはノネット・エニアグラム卿にアーニャ・アールストレイム卿、ジノ・ヴァインベルグ卿などオデュッセウス殿下と縁のあるナイト・オブ・ラウンズが合流しているらしい。

 中華連邦以外の諸外国の動向に他の植民地エリアの監視や牽制などで本国からの援軍は早くても二日は掛かるとの事。現状の戦力で二日も耐え切るのは五分五分と言ったところであるが、上手く行けばキュウシュウブロックから援軍が期待できる。キュウシュウブロックはキュウシュウ戦役で反ブリタニア勢力は少なく、暴動鎮圧はキュウシュウブロック守備隊にユリシーズ騎士団が行なっている為にすでに40%ほどの鎮圧に成功したと言う。ブロックの鎮圧が終了次第アヴァロン級二番艦のペーネロペーで租界に精鋭部隊を送り、最低限の防衛兵力以外の部隊でキュウシュウブロックから租界方面へと制圧作戦を開始すると打電もあった。キュウシュウブロックからの援軍と共に持ち堪えたならば、二日後にはマリーベル皇女殿下指揮の本国からの増援が到着する。マリーベル皇女殿下は騎士団を持ってないため、オデュッセウス殿下よりトロイ騎士団とテーレマコス騎士団を預かるそうだ。

 

 ただ現状で耐え切るにはコーネリア皇女殿下の存在が必要不可欠であるが……ギルフォード達が居る政庁作戦司令室に姿を見せていなかった。

 

 式典に出席していたオデュッセウス殿下はイタケー騎士団と白騎士によって間一髪で脱出し、アヴァロンにてトウキョウ租界に向けて移動中。ユーフェミア皇女殿下は護衛を伴って護送車でその場を離れたのだが、こちらに向かう道中で護送車はナイトメアに襲撃され、護衛に当たっていた兵士より死亡が確認された。遺体を持ち帰ろうともしたらしいのだが火の回りが激しく回収は不可能。せめてと破れ散った血の付いたドレスの一部を持って、トウキョウ租界へと撤退中のダールトン将軍と合流したのだ。

 ユーフェミア皇女殿下の死を耳にしたコーネリア皇女殿下は真相を確める間もなく、ユーフェミア皇女殿下の私室に篭っている。姫様の命令もなしに部隊を動かすことは出来ないとギルフォードもダールトンも現状待機のまま命令を出せず、ここに集まる皇族達も独自の兵力を持つが圧倒的に足りなさ過ぎて動きたくても動けない。

 

 「しかしこのままでは陥ちるだけです!一度エリアを捨てて――」

 「敵を目の前に自ら背を見せると言うのか?」

 「コーネリア様!」

 

 一喝してもまだ不安げな将校が口を開くと同時に扉が開け放たれ、凛とした表情のコーネリアが立っていた。

 着席していた一同が立ち上がり指示を待つ。クロヴィス殿下を始めとする皇族の方々も立ち上がり顔を向ける。中でもパラックス殿下の歪んだ笑みは異質を放ち、対照的にキャスタール殿下の不安げな表情はコーネリア皇女殿下の目に止まる。

 

 「脅えた顔をするな。パラックスのようにとは言わんが堂々としていろ」

 「は、はい、姉上…」

 「ダールトン。トウキョウ租界防衛の指揮を任せる。ギルフォードとパラックスは私と共に来てもらう」

 「「イエス・ユア・ハイネス」」

 「やった。いっぱい殺せるかなぁ」

 「キャスタールとクロヴィスは政庁の守りだ」

 「了解しました姉上」

 「ボクは出撃しなくて良いんだ。良かった…」

 

 それぞれの返答と反応を見て小さく頷いたコーネリア皇女殿下は出入り口へ向かって歩き出す。それに続いてパラックスとギルフォードが追従する。力強く、凛としたいつもの姫様に疑問を覚えながら…。

 

 

 

 

 

 

 トウキョウ租界 外延部

 租界を覆うように高い壁は黒の騎士団から見れば難攻不落の要塞のように見えるだろう。壁には防衛用の武装こそ施されてないものの、壁にはトウキョウ租界に留まっていた主戦力が今か今かと待ち構えていた。下から攻めなければならない黒の騎士団は高低差から攻めにくく、ブリタニア軍からの高所からの銃撃を浴びる事になる。空中戦力であるナイトメアフレームのガウェインがいるが、たった一機で攻めた所で集中砲火を浴びるだけで大した手は打てないだろう。

 停止した黒の騎士団の先頭に居るガウェインに対峙する様にコーネリアのグロースターと、パラックスのエクウスが構えていた。

 

 『まだ始まんないのコーネリア姉様?』

 「逸るな。まだ時間まで5分ほどある」

 『5分と言わずに今すぐ叩き潰したいよ。それはコーネリア姉様も一緒でしょ?』

 「あ、あぁ…そうだな」

 

 パラックスの言葉に少し考えながら答えてしまった為に曖昧な返答になってしまったが戦いたいという気持ちはある。ゼロにはいろいろやられてきたが、ナリタでのナイトメア戦の借りを返さなければ気が治まらない。

 周りが思っているようなユフィの仇という感情は存在しない。何故ならユフィが生きている事を知っているからだ。

 

 

 

 行政特区日本でブリタニア兵が虐殺行為を行い、黒の騎士団によって攻め落とされた報告を受けて撤退中のコーネリアは一本の連絡を受けたのだ。それは軍の連絡網ではなく、盗聴防止を施した自身の携帯にであった。この携帯の存在を知っているのはユフィを除けばオデュッセウスだけの一部の緊急用である。

 

 「兄上!?それともユフィか!?」

 『私だよコーネリア』

 「ご無事なのですか?お怪我は?」

 『大丈夫だよ。何処も怪我はしてないよ』

 「それは本当に良かった」

 

 画面に表示された名前を確認する事無く電話に出ると聞きなれた兄上の声に安堵した。兄上がご無事だという事はユフィも同様に無事だろうと安堵の息を漏らした。

 

 『ところで今は政庁の指令室かい?』

 「いえ、式典会場に向かうナイトメアに乗って移動している最中ですが…」

 『それなら好都合だね。無線もオフにしているね?』

 「えぇ…しておりますが何かあったのですか?」

 

 何時になく真面目な口調に途惑いながら通信機がオフになっているかを確認し、作動していた物はオフにしていった。一通り確認し終えたら再び携帯に耳を傾ける。

 

 『今から言う事を他言無用で聞いて欲しい。私はユフィと一緒にいる。勿論無事だよ―――だからユフィには死んでもらう』

 「ッ!?なにを言っておられるのか兄上!ユフィを殺すなんて―」

 『すまない。私もいろいろ切羽詰っていてね。言葉が足りなかった。表向きには死んでもらう』

 「表向きとはどういうことですか?」

 『ユフィが発案した特区日本で大虐殺が起こっただろう。日本人は騙し討ちをかけたブリタニアを――特に発案者であるユフィに憎しみが向かっている』

 「しかしそれはユフィが命じた事では―」

 『命じてなくても虐殺はユフィ提案の特区で起こった。現に黒の騎士団は特区が罠だと放送している。黒の騎士団を倒す事が出来ても恨みを持つ者から命を狙われ続けるだろう。しかも日本人だけでなくブリタニア至上主義を掲げる連中はナンバーズを認める思想を嫌ってそちらも警戒せねばならないとなると守り抜くのは難しい』

 「だから公式では死んだ事にすると言うのですね」

 

 確かに政庁から送られた映像には黒の騎士団の報道は特区は罠と繰り返していた。短期間で日本人を警戒するのであればコーネリアが兵を動かせば守りきれるだろう。しかし、ユフィの残り長い人生を日本人は勿論、ブリタニア内部からも守るというのは不可能。ならばいっその事、死んだことにすれば命が狙われることはない。その真実を徹底的に隠蔽しなければならないが。

 理屈は理解した。納得も得心もしよう。けれどそれはユフィとの接触が出来ないという事。一般人として潜んで暮していたとしてそこにコーネリアが頻繁に通っていたら嫌でもばれる。

 

 「……兄上…ユフィを…頼みます」

 

 二度と会えなくなるような選択を最後に後押ししたのは会えなくなる事より、ユフィが生きていてくれれば良いと心から思ったからだ。

 喉から出てくる言葉が詰りそうになりながらも言い終わるとオデュッセウスは短く息を漏らした。

 

 『では死んだように見せかける作業も後のことも任せておいてくれ。かならずユフィには生きてもらうから。それとユフィが死亡した連絡を受けたら一時間はユフィの私室から出てこないほうが良い。君がユフィを溺愛していたのは近くに居た人間は知っているだろうから、最愛の妹が死んで放心状態に陥っていると演技したほうが説得力もあると思うから』

 

 

 

 そう言われて30分ほどダールトンよりユフィが亡くなったと報告を受け、言われた通り私室に篭ってからこの租界外延部に立っている。

 

 「皆、聞こえるか。

  私はコーネリア・リ・ブリタニアである。

  これより我が軍は正面より黒の騎士団との戦闘を開始する。数はあちらが多いが臆するな!向こうの数のほとんどが取り込んだ一般民衆や素人同然のテロリストである。装備も物資も技量も勝り、陣地を押さえている我らが負ける筈がない!

  それにこれは弔い合戦である。万が一にも我々が負ける訳にはいかない!各員奮起しブリタニアの敵を排除せよ!!」

 

 一人一人の叫びが木霊し、周りを揺らすような声が響き渡る。ブリタニアに忠誠を捧げる者達の士気も上がり、コーネリアは負ける気がしなかった。後は黒の騎士団のリーダーであるゼロと一騎打ちをしてナリタでの借りを返したいのだが、この戦況では叶わないかもしれない。

 

 『コーネリア!聞こえるかいコーネリア!』

 「兄上!?」

 

 どうにかしてゼロとの一騎打ちが出来ないか思案していると無線を通してオデュッセウスの声が耳に入った。確か政庁に到着するまでアヴァロンで用意された個室に篭るとか言っていた筈だが…。

 声色からして焦っている様子が窺えて疑問を覚える。

 

 『早くその場から引くんだ!』

 「なにを仰っているのですか!?幾ら兄上の言葉でもそれだけは聞けません!ここから引くという事は敵にみすみす背を向けるという事。そんな事を――」

 『引くのは恥ではないし、そこに居ては君が危ない!』

 「―――どういう意味です?」

 『今、トウキョウ租界の正規軍は租界外延部に集まっている。その足元が崩れ去ればほぼ全滅に近い被害が出るんだ!』

 「兄上……このエリア11は地震が多発する為に――――ッ!!総員退避!!外延部から後退せよ!!」

 

 元々日本は地震が多発する国であり、エリア11となって租界では地震対策が取られた。人工地盤で租界の地盤を覆い、階層的な階層構造にして地震の揺れを受け流すように出来ている。 

 そこで気がついた。人工地盤を操作する部署が地下深くに多数あり、そこの端末を使えば今正規軍が構えている所だけをパージして総崩れにすることが出来る。しかしそんな事をすれば部署も潰れるようになっており、自身の命を捨てる覚悟がなければ出来ないはずだ。だが、相手はあのゼロだ。やりかねない手だし、先ほどオデュッセウス兄上も足元が崩れればと言った。間違いないと判断して跳び下りた。咄嗟に反応できた何機かが同じく跳び下りるが、大多数が反応できないまま崩れ去る足場に埋もれていった。

 自由落下を始めだすと同時に手近な建築物にスラッシュハーケンを撃ち込み、速度を殺しながら着地する。振り返ると至る所に潰れた機体や何処かしら破損している機体が目に映る。

 苦々しく舌打ちをしながらさっと頭を切り替える。

 

 「全軍政庁まで後退せよ!」

 

 動ける機体は指示を受けて政庁までの後退を開始した。自身も行こうとすると目の前で跪いて動かないサザーランドが目の映った。近付いて肩を掴み、無線を繋げる。

 

 「どうした?動けないならコクピットブロックだけでも」

 『どうか自分に構わずコーネリア様は政庁へ――』

 『コーネリアを確認した。囲め!』

 『くぅうう!!』

 

 外延部が崩壊した事で黒の騎士団が突入を開始し、コーネリアの背後には藤堂操る黒い月下が斬りかかって来た。完全に隙を突かれたコーネリアは振り返る事しか出来なかったが、膝をついていたサザーランドが押し退けて自ら前に出ることでコーネリアを庇ったのだ。

 

 『覚悟!!』

 「藤堂!この亡霊が!!」

 

 二撃目を後ろに飛び退く事で回避し、後方から味方のサザーランドが射撃を開始した。一時的にでも足を止めさせられた藤堂に一機のグロースターが突っ込んで行った。最大加速からの大型ランスの一撃を放つが、上に跳ねて避けられる。

 

 『姫様!ここは私にお任せを!!』

 「ギルフォード!?」

 『今のうちに政庁へ』

 「この私に部下を置いて逃げろというのか!!」

 『姫様は生きねばなりません!ユーフェミア様のためにも!!』

 

 藤堂の刀とランスで交えているギルフォードの言葉に反応した瞬間、コクピットが大きく揺れた。何事かと左右のモニターも確認するとグロースターを抱えているエクウスの姿が。

 

 「なにをするかパラックス!」

 『ここで無理に戦っても死ぬだけ。それじゃあ兄上が悲しむからね』

 「放せ!ここで引くなど貴様らしくないだろう!?」

 『出来れば戦いたいところだけどさっきの崩落の時に前足の片方に違和感があってね』

 『パラックス殿下。姫様を頼みます――私は姫様に選ばれた姫様を守る為の騎士!ならばここは私こそが!!』

 

 大型ランスを投げ捨てて、ランスロットが装備していたMVSを鞘より抜き放ち構える。藤堂と距離を空けて対峙する姿に短く息を吐き、力強い瞳を向けながら口を開いた。

 

 「解った…命令だ。必ず生きて帰って来い。我が騎士ギルフォード」

 『イエス・ユア・ハイネス』

 

 堂々とした返事を耳にしながら馬に跨るようにエクウスに乗り政庁へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 アヴァロンから政庁に移ったオデュッセウスは急ぎ司令室に向かった。扉を開け放つと中にはクロヴィスにキャスタール、ダールトンの姿があった。動いていた兵士達は一旦足を止めて敬礼をするが、政庁入り口から駆けてきた為に息が上がり、返事が出来なかったのはすまないと思う。

 

 「だ、大丈夫ですか兄上?」

 「あ、あぁ…わた…コホッ…私は…大丈夫」

 「全然大丈夫そうには見えませんが」

 「殿下。お水を」

 「あ、ありがとう…」

 

 渡された水を一気に飲み干すと少し落ち着きを取り戻し、深呼吸を繰り返して息を整える。すると後から追いかけてきていた白騎士も追いつき司令室に入ってきた。

 完全に息が整った事で大型モニターに映し出される戦況を見て不安が募る。アヴァロンで悲しみで部屋に篭っているように見せる為にただただ部屋に篭っていたのだけれども、原作の第一次東京決戦を思い出して急ぎコーネリアに連絡を入れたのだが、間に合ったのかどうかも分からず連絡も取れない。映し出される外延部の映像では原作通り崩壊していた。

 

 「戦況はどうなっている?コーネリアは?」

 「落ち着いてください殿下。姫様はパラックス殿下と共に政庁へと後退中であります。現在はグラストンナイツとギルフォード卿が殿を務めて、敵を抑えているところです」

 「パラックスも前線に出ていたのか…」

 「はい。しかし崩落の際に片足が損傷してしまったようで」

 「二人が無事なら良かったよ。クロヴィスとキャスは政庁の守りを任せられたのかい?」

 「ええ…そうなのですが」

 

 どこか不安げなクロヴィスに疑問を覚えながらある事に気がついた。 

 クロヴィスの実の妹であるライラが居ない。

 まぁ、ここは司令室である事から騎士団も持たない彼女がここに居ないことは普通なのかも知れない。政庁のどこかで待機している可能性が高い筈だが、こんな状況下でクロヴィスが近くに置かないことはないだろう。

 

 「クロヴィス…ライラは何処に居るんだい?」

 「それがまだアッシュフォード学園に」

 「ッ!!部隊は向けたのかい?」

 「現状戦線が崩壊し、再編成中で他に回せる兵員は居ません。それどころか足りないぐらいなのです」

 「クロヴィスの親衛隊は?」

 「私の親衛隊は兄上の部隊と違ってナイトメア戦を想定したものではなく、身辺警護を主体に考えて構成したもの。ナイトメアも二個小隊ほどしか」

 「これから戦場になる政庁の守りには一機でも多く居るところ。まさか黒の騎士団が学園エリアを襲うことはありますまい。あそこには軍事的メリットはありませんし」

 

 ダールトンの言葉にオデュッセウスは焦りを隠せない。何故なら黒の騎士団はゼロであるルルーシュがナナリーを守らせようと騎士団に占拠させるからだ。この事を知っているのは原作知識を持っているオデュッセウスのみ。

 

 「万が一という事もある。私が迎えに…」

 「それはなりません。万が一というならば殿下はここでお待ち下さい」

 「だけど」

 「では、殿下はどうやって学園地区まで行く気ですか?」

 「それは私のナイトメアで………あ!」

 

 そこまで言って思い出した。私のナイトメアはペーネロペーで改修中。機体を借りようにも足りない状況では借りるのも無理だろう。こんな事になるなら回収はロロの分だけで自分のは残しておけばよかったと後悔する。

 なにか…なにか使えるナイトメアがあれば…。

 

 「いや、あるじゃないかナイトメア」

 「なにを言ってるのですか。殿下のナイトメアはペーネロペーに…」

 「そうじゃなくて移送前の機体があるだろう」

 「――ッ!確かに殿下なら扱えるかも知れませんが機体があれば良いと言う訳ではありません!殿下が動くなら護衛部隊を用意しなければなりません。私は兎も角、特区日本で戦闘をしていたイタケー騎士団のほとんどの機体は点検・修理・補給が必要ですぐには動けませんよ」

 「なら時間が掛かる機体は政庁防衛に回して、代わりにクロヴィスの親衛隊のナイトメア一個小隊を借りれば良いだろう?」 

 「兄上…行って下さるのですか。どうかライラを頼みます」

 「ああ、勿論だとも。これで問題はないね白騎士」

 

 自信満々の顔で白騎士を見つめるオデュッセウスに、白騎士は大きくため息を吐いて頭痛のする頭を押さえる。 

 

 「仕方ありませんね。お供いたします殿下」

 「では、行こうか!」



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第48話 「ブラックリベリオンⅡ」

 トウキョウ租界は黒の騎士団とブリタニア軍の戦闘で被害が拡大していた。

 ナイトメア隊の戦闘で付近の建物は穴だらけとなり、戦車や自走砲台の砲弾によって着弾地点が吹き飛び、怒りに燃えた一般民衆は民家などに押し込み今までの鬱憤を晴らすように暴れていた。

 その中であるナイトメア隊が学園エリアに向けて進んでいた。機体はグロースターのみで構成されていたが一対三の割合で所属が違った。先頭を進む白いグロースターの胴体にランスロットの両手足を接続したオデュッセウスの騎士である白騎士。クロヴィスの騎士であるキューエル・ソレイシィを始めとするクロヴィス親衛隊機が三機の皇族親衛隊の混合部隊で、彼らはアッシュフォード学園に居るライラ・ラ・ブリタニアを護衛し、政庁まで護送するのを目的として向かっている。

 

 ・・・・・・・・・5機で。

 

 『殿下!先行しすぎです!!』

 『危険です!お待ち下さい!!』

 

 白騎士とキューエルが無線で呼びかける相手はかなり距離を離した前方を最大速度で駆けていた。

 純白の機体に一部が蒼く塗装されたナイトメアの速度はすでにグロースターでは追いつけない速度に達していた。

 先行しすぎる機体は帝国最強の十二騎士【ナイト・オブ・ラインズ】の九番目【ナイト・オブ・ナイン】ノネット・エニアグラム卿専用機である、第七世代ナイトメアフレーム【z-01ランスロット】の二番機【z-01b ランスロット・クラブ】。

 正式パイロットであるノネットが乗っているならば白騎士もキューエルも心配することはなかっただろうが本人は本国に帰還しており、今頃は中華連邦に対峙する艦隊の中だ。

 ブリタニア軍は一機でもナイトメアが欲しいところであるが、ラウンズの専用機である事に加えて、ただでさえ普通のパイロットでは扱い辛い機体なのに、接近戦が得意なノネット用に改装されれば尚更扱い辛い。それを知ってラウンズの専用機の無断使用を決断し、起動キーを持っている人物は一人しか居なかった。

 

 特別派遣響導技術部に製作を依頼し、改修中だったランスロット・クラブをエリア11から本国に輸送する約束をしたオデュッセウス・ウ・ブリタニアだ。

 

 「先行しているのも危険なのも分かっている。けれどあそこにはライラが居るんだよ!クラブの足ならもっと速く!!」

 『落ち着いてくださいと言っているのに!!』

 

 黒の騎士団の一部が学園エリアへ向かったと報告を受けてから飛ばし過ぎるオデュッセウスに焦りを感じる。それもその筈。原作では占拠された学園には居なかったライラ・ラ・ブリタニアと、オデュッセウスが関わった事でギアスで記憶を書き換えられることのなかったシャーリーが居る。シャーリーのほうはそれほど変わるとは思えないが、ライラの存在がどれほど原作を書き換えてしまうのか見当がつかない。それ抜きにしてもライラが心配なのだが…。

 

 最高速度で街灯の灯りがひとつも灯ってない街中を駆けるクラブは曲がり角に差し掛かった。角にある建物に両手のスラッシュハーケンを打ち込んで無理やりに曲がる。速度の出しすぎて曲がると同時にラインを大きく膨らませたが、スラッシュハーケンを巻き取り反対側の建物に激突するのだけは回避した。それどころか遠心力と巻き取りによってクラブの最高速度以上の速度を一時的に出したのだ。両足にもかなりの負担が掛かるがそれ以上にオデュッセウスの肉体にも負担が掛かっている。

 

 同じ手法で角を曲がる度に急激なGで身体はシートに押し付けられ、臓器は締め付けられるように痛み、骨はメキメキと音を立て、意識は朦朧とする。途絶えそうになる意識と痛みに苦しむ身体を支えているのは妹を救おうと願う意思と癒しのギアスを随時発動させて痛みを和らげているおかげだ。

 

 『―ッ!!殿下!正面にナイトメア反応六つ!味方の識別信号を出しておりません!』

 

 角を曲がる度に突き放される白騎士は索敵範囲に入ったナイトメア反応に危険を感じて叫ぶが、オデュッセウスは速度を緩める事なかった。

 

 「どけええええええ!!」

 

 外に聞こえるように外部スピーカーで声を響かせながら突っ込む。声で気付いた二機の無頼が驚きながらも敵と認識するとアサルトライフルを撃ち始めた。同時に無頼の手前の足元に打ち込んだスラッシュハーケンを軸にクラブはスピードスケートの選手がカーブを曲がるように身体を倒れないギリギリまで倒して半円を描くように接近した。姿勢を低くした事と速すぎる速度に狙いが追いつかなかった為に銃弾は当たらずに懐までの接近を許してしまった。

 

 そんな二機を前にオデュッセウスは自分から右側の無頼の腹部辺りにスラッシュハーケンを打ち込んで斜め左へと跳んだ。

 

 打ち込まれた無頼は最高速度のクラブに引っ張られ、踏みとどまる事も出来ずに隣に居た無頼に激突しても尚止まらずに吹っ飛んだ。今度はクラブが引っ張られそうになったが今まで無理をさせ続けた右手スラッシュハーケンのワイヤーが千切れて巻き込まれずに済んだ。

 

 距離を置いた後方に四機の無頼を確認すると慌てる事無く両腰のスラッシュハーケンを打ち込む。空中では自由に動けないナイトメアだが幾らかは動くことは出来る。例えばコーネリアがナリタでやったように左右のスラッシュハーケンの巻き取り速度を変えることで右へ左へと銃弾を回避したように。まったく同じ手法で四機の銃撃を避けきったオデュッセウスは振り向く事無く駆け抜けて行く。通り過ぎられた無頼は当然のように背後から撃とうとするが、キューエル隊の射撃に気をとられて撃つ機会を逃してしまう。

 

 『まったく殿下は!いつもいつもいつも!!少しは立場を考えてください!!』

 

 自分勝手な行動でいつも迷惑を被っている白騎士は怒りながら突っ込み、本人ではなく立ち塞がる無頼に八つ当たり気味に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 紅月 カレンはゼロより指示を受けてある地点で待機していた。ここはゼロが危険視している白兜――ランスロットの予測進路に当たり、補足したランスロットは学園エリアに向かって進撃している。ゼロが学園エリアに司令部を置いたのは学園の生徒のスザクなら助けに来るというのもあったのだろう。正直賛成できる作戦ではない。あそこには自分の友達だった皆も居るんだ。

 

 「でも…ゼロの作戦なんだ。大丈夫…大丈夫」

 

 自分の心を落ち着けるように呟き、潜んだ物陰より見つめる。ゼロが仕掛けの準備を済ませるまでの時間稼ぎをする事に集中しなければ。

 そう思い見つめていると半壊した道路を進むランスロットを発見した。キッと睨みつけて呂号乙型特斬刀と呼ばれる小刀を投げ付ける。気付いたランスロットは手で弾いた。

 

 「スザク!」

 『―ッ!?カレンか!』

 

 弾かれた小刀を掴みながら叫ぶと驚きを含んだスザクの声が返ってきた。

 シンジュク事変の時から目の当たりにしたランスロットの性能とスザクの操縦技術にはいつも驚かされた。ナリタでの戦いでは紅蓮弐式を与えられて対等に戦える力を得た。しかし今は奴は飛行能力とスペックがさらに上がって、紅蓮で倒せるか怪しい事を認識する。だから時間稼ぎに専念するしかない。

 

 「ここから先には行かせないよ!」

 『どうしてだカレン!何故…何故アッシュフォード学園を黒の騎士団は…』

 「ゼロが司令部をそこに置くと決めたからよ」

 『君は…生徒会の皆が心配じゃないのか!』

 「黒の騎士団は武器を持たない者の味方よ。手出しする訳ないじゃない!あんたのお姫様と違ってね!!」

 『――ッ!!あ、アレは…』

 

 機体越しではコクピットに乗る人物の表情を伺うことは出来ない。が、知っているスザクの声色から推測する事は出来る。スザクは優しすぎるのだ。不器用なほど、自身を二の次にするほど、愚鈍なほど優しすぎる。その優しさは戦場では命取りになる。

 

 一気に駆け出し迫る紅蓮にスザクは反応しきれず、後ろに下がる事すら出来なかった。大きな右手が開かれた状態でランスロットを掴もうと迫ってくる。MVSを振るうにも飛んで距離を取るのにも遅すぎて、ギリギリでシールドを展開する事しか出来なかった。スザクの目の前が紅蓮弐式の輻射波動で真っ赤に染められ、勢いに負けて体勢を崩してしまった。

 押し負けたランスロットは後ろに尻餅をつくように倒れた。そこに再び紅蓮の手が迫る。

 

 「さぁ、あんたもあの皇女様の所に逝きな!」

 

 特区日本で虐殺されていった日本人の姿を思い返しながら操縦桿に力が篭る。

 あの皇女があんな式典なんかしなければ……目の前の良い所で裏切り者が邪魔さえしなければ……ブリタニアなんて国が無ければこんな事にはならずに済んだのに!

 

 「――ッ!?なにごと――きゃ!?」

 

 止めを刺そうとしたカレンは急にアラートが鳴り響いた事で自分が狙われている事に気付いて身を反らす。紅蓮とランスロットの間を銃弾が走り、仰け反った紅蓮にランスロットの蹴りが直撃した。後ろに下がりながら体勢を直して撃って来た相手を睨みつける。そこにはキュウシュウ戦役で共に戦ったタワーシールドを装備したグロースターがアサルトライフルを構えていた。

 

 『ご無事ですか?』

 『君は!なんで君がその機体に…』

 『説明は後です!貴方にはやるべき事があるでしょう。ここは私が引き受けます』

 『しかしっ―』

 『地上を走るより空を飛ぶあなたの方が速い。アッシュフォードの皆を頼みます』

 『………すまない。ここは君に任せるよ』

 

 飛翔しようとするランスロットに迫ろうとするがグロースターの銃撃に阻まれて近づけず、飛んで行く姿を見送る事しか出来なかった。ゼロの命令を完璧に果たせなかった事に焦りながらグロースターと対峙した。グロースターは弾が切れたのかアサルトライフルを投げ捨て、タワーシールドに収納されていた剣を抜いた。

 

 『黒の騎士団のエースですね。私は神聖ブリタニア帝国第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアの騎士団がひとつ、イタケー騎士団所属のアリスが相手をします』

 「その声!?アリスってまさか…」

 『え!もしかしてカレンさん!?』

 「そう…貴方もブリタニア軍人だったわね」

 『何故カレンさんが黒の騎士団に……いえ、どちらにしてもやることはひとつ』

 

 予想外の相手に驚きながらも剣を構えられた事でカレンも戦闘態勢を整える。カレンにしても一刻も早く眼前の敵を排除してランスロットを追わなければならない。誰が立ち塞がろうとも関係はない。

 最初に動いたのはアリスだった。重装備のタワーシールドに通常のグロースターよりも所々追加装甲を施されているのに、紅蓮以上の速度で迫ってくるのは恐怖を覚えた。

 が、速度が速くたって当たらなければ意味は無いのだ。振り下ろされた剣を捻りながら避けるとすかさず右手を伸ばす。出来れば腕の一本でもと思ったがそんなに甘くはなく、タワーシールドで腕を弾かれて防がれる。

 

 「幾ら速くたって!」

 『速度はこちらが上の筈なのに…いや、反応速度で負けた。だったら!』

 

 急に速度が上がったグロースターのタワーシールドと剣を捌きながら隙あらば輻射波動で狙う。機体のステータスでは負けているが技量では負けてはいない。だが油断すればあの大きなタワーシールドで一瞬でスクラップにされるだろう。

 このときアリスは焦っていた。機体性能で勝っているのはキュウシュウ戦役でのデータから実証されている。なのに押され続けている。ギアスを使って速度を上げようとも前の機体みたく接続されてない為に機体に対する効果は薄く、効果が多少は出るようにされているがそれでも追いつけない。アリスがここにいるのは白騎士に言われて別ルートから目的地へ向かえと指示を受けたからだ。横からの不意打ちを避ける狙いがあったのだろうがこれでは役目を果たせない。二重の意味で焦ったアリスは最後の手段に賭ける事に…。

 剣をタワーシールドに収めて地面に突きたてる様にしたアリスの意図は読み切れなかった。だが、隙を見逃すほどカレンはお人好しではない。厄介なタワーシールドごと剣を吹き飛ばせば普通のグロースターと何ら変わらない。

 

 「これで――」

 『――終わりです!』

 

 触れると同時に輻射波動の赤黒い光を輝かせた紅蓮の右腕は、突如地面から起こった爆発に巻き込まれて二の腕から先が吹き飛んだ。振動と衝撃で揺れるコクピットの中で耐えながら右腕の状態をモニター越しに確認して忌々しげに舌打ちした。

 

 ―グランドクロス

 グロースター最終型が登場したゲームでは技ゲージを二つ使用する事で発動する技で、原理は分からないがタワーシールドを地面に突き刺すと地面から光線が発せられるもの。最終型を製作するにあたって覚えていた記憶より特徴や性能要求をしたが、これだけはどうして良いか分からずにタワーシールドにとりあえずの細工をする程度で済ませた。

 細工と言うのはタワーシールドの先端に流体サクラダイトを送り込むスピアーが突き出るようにしたのだ。予めグランドクロス再現用の流体サクラダイトをタワーシールドに積んで機体に影響が出ないようにもしてある。地面に注入された流体サクラダイトに出し終わった後の先端から電流を流して爆発を起こす。これがオデュッセウスが考えたグランドクロスの再現である。

 

 しかし、この再現には大きな問題が三つある。

 ひとつは一回使うだけでスピアーが破損する為に一度しか使えない事。二つ目はゲームのように距離を選べない事。三つ目は使用した最終型にも大きな負担を強いる事だ。

 

 「クッ!ここまでか…」

 

 苦々しく睨んだ先に居るグロースターは爆発の衝撃を受け止めきれずに左腕が砕けていた。何とか右腕でタワーシールドを持ち上げるが左足の状態が芳しくないのかふら付いていた。

 これ以上の戦闘は無意味と判断してこの場を離れる。輻射波動付きの換えの右腕は無いとしても別のナイトメアの腕を付けてでも前線に復帰しなければ。

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュは自分を囲むようにレーダーに映る敵にほくそ笑む。

 レーダーだけを見ると絶望的な状況にしか見えないが、実際はそうではない。周りを取り囲むように展開しているのはブリタニア軍の空爆部隊。戦闘能力のほとんどが対地上用兵器で中には機銃を持った戦闘ヘリや輸送機もあるだろう。しかしガウェインのハドロン砲に比べると威力も射程もちゃちなものだ。

 正面の航空部隊にハドロン砲を撃つとレーダーに映る敵影がLostの表示の残して消失した。そのままガウェインをゆっくりと360°回転させる。囲んでいた航空機はハドロン砲の直撃、もしくは掠めただけで爆発を起こして消え去った。

 援軍に来たブリタニアの航空機は塵と化し、最大の懸念だったランスロットはアッシュフォード学園に設置したゲフィオンディスターバーの範囲内。ナナリーが居るアッシュフォード学園は黒の騎士団に守らせている。中々順調に戦況が運んでいることに心にも多少の余裕も出来てきた。

 

 「さて、政庁を落とせばチェックメイトだな」

 「簡単に言うが少々骨が折れそうだぞ」

 

 上空を飛ぶガウェインの前方斜め下にはブリタニア政庁が映っており、攻略に向かう部隊が政庁上部に取り付けられた対ナイトメア用の機銃により撃破されている。いずれは突破出来るだろうが時間が経てば経つほど暴動を鎮圧した各地や本国からの援軍が到着し、不利になる立場から悠長に構えてはいられない。

 

 「藤堂。私は政庁の上から攻め込む」

 『機体能力に頼るのは危険だと考えるが…』

 「混乱を作るだけだ」

 

 短く通信を入れて着地したガウェインの前には見事な庭園が広がっていた。生憎深夜で空は黒ずみ、銃声や爆発音響く中では勿体無く感じる一方、どこか見覚えのある庭園に自然と思い出が蘇える。

 

 ナナリーが元気に駆け回り、困った顔で追いかける自分。そしてその光景を微笑みながら見守る母上の姿を。

 

 「似ているな…」

 「あぁ…。アリエスの離宮に」

 「何故知っている?」

 「いずれ教えてやるさ。その時がきたらな」

 『ようこそゼロ!』

 

 思っている場所を言われて眉間にしわを寄せながら問うがこういう言い回しをしてくるという事はどうやっても今は話す気がないのだろう。そんな疑問を外部スピーカーより発せられた声に掻き消された。ハッとなって顔を上げて周囲を確認すると斜め前に大型ランスとアサルトライフルを持ったコーネリアのグロースターが立っていた。

 

 「コーネリアか!?」

 『空爆情報に誘われて来たか。ゼロ!ナリタでの借りを返させて貰うぞ!!』

 「クッ!機体の操作系をこっちに寄越せC.C.!」

 「分かっている!」

 

 C.C.より機体の操作系を譲渡されたルルーシュは身を捻りながら距離を取ろうとするが、譲渡した間にコーネリアは猛スピードでガウェインに接近する。これ以上近付かれないようにワイヤーカッター式スラッシュハーケンである指を伸ばしたが掠りもせずに走り抜けられた。腕を振るって後ろから切り付けようにも動きが遅すぎた。グロースターに対して圧倒的にステータスで勝っていたガウェインだが大き過ぎるゆえに小回りに関しては負けていた。

 走りぬかれた際に膝裏に一撃を喰らってバランスを崩され、立て直す間もなく何発もアサルトライフルの弾丸をもろに受けてしまいコクピット内が揺れる。

 

 『どうしたゼロ!動きが追いついてないぞ』

 「小回りが利かない!ならば」

 『距離を開けるか。だがしかし!』

 「なに!?」

 『これで終わりだ!!』

 

 飛行状態に体勢を変えて上空に逃げようとすると、浮遊したと同時にスラッシュハーケンが巻きつき、グロースターに取り付かれた。腹部に足を着けて立ち上がった状態で身体をスラッシュハーケンで支えている為に、両手の武器を自由に扱えるコーネリアと違ってルルーシュはすべての武器が使えないか射線外だ。

 C.C.は絶望的な状況に苦々しい表情をするが、ルルーシュはグロースターの右肩を注視するのに専念していた。

 

 ―ピクリと肩が僅かだが上がった。

 

 その瞬間、機体を右に傾けてコクピットを狙って突き出された大型ランスを擦りながらではあるが直撃を阻止したのである。そのまま機体を回転させた事で外してバランスを崩したグロースターはスラッシュハーケンだけでガウェインにぶら下がっている状態に。

 

 『馬鹿な!?』

 「これで――これが初白星か」

 

 身動きの取れないグロースターにワイヤーカッター式スラッシュハーケンを絡めてコクピット以外のパーツを切り裂いた。庭園に落下したコクピットを見つめながらルルーシュはガウェインを着地させて地面に降り立った。

 銃を片手に近付くゼロにコクピットより姿を現したコーネリアは、落下の衝撃でぶつけたのか頭部から血を流しながらも銃を向けていた。ただ打った衝撃が残っているのか手は大きく揺れ、足元はふら付いていた。ゼロの仮面を外して素顔を晒すと目を見開いて驚いたがすぐに頬を緩めてコクピットにもたれながらその場に座り込んだ。

 

 「お久しぶりです姉上」

 「ルルーシュ……そうか…やはりお前だったか」

 「やはりという事は姉上はゼロが俺だと気付いていた?」

 「ああ、確証はなかったし、日本占領時に死んだと聞いていたから確信はなかった。ただ…」

 「ただ?」

 「ナリタでの動きには懐かしさを感じた」

 

 兄上や母上と行なった模擬戦ではよく姉上とも手合わせしたのをルルーシュもはっきりと覚えている。姉上は母上やビスマルクは勿論兄上に毎回負けていた。そして勝つ為の動きを練習する時に手伝わされた。何度も何度も何度も剣やランスを交えたのだ。動きを覚えていても可笑しくない。先の勝利だってそのおかげで勝てたのだから。

 

 「捕虜にされるぐらいなら死を選ぶ。だが、その前に教えてくれ………どうやってあの一撃を避けたのだ?」

 「―――姉上はここぞという時に僅かだが肩を上げる癖があったのですよ。ランスなどを使うときは特に」

 「ははははっ…いつも兄上やお前にまで渾身の一撃の時だけ避けられていたのはそういう事だったか…」

 「では、こちらからの質問にも答えてもらおうか」

 

 絶対遵守のギアスを発動させてコーネリアの瞳を見つめて言うと、薄っすらと瞳に赤い輝きをまとってハイライトが消えた。生気を失ったかの状態でコクンと頷いた。

 

 「私の母上を殺したのは姉上ですか?」

 「違う」

 「では誰が?」

 「分からない」

 

 やはり知らないか。

 庶民出の母さんを、皇族のほとんどが快く思っていなかったが、武人気質のコーネリアは尊敬し慕っていた。殺したか聞いたのはあくまでの確認。知っていたとしたら復讐までは行かないが問い詰めるかそれ相応の償いをさせていただろう。それらしき事実は確認できなかった。

 

 「あの時の警護担当は姉上でしたね。何故警護隊を引き上げさせたのですか?」

 「マリアンヌ様に頼まれた」

 「母さんが!?」

 

 コーネリアの言葉にギアスが効いているかを疑った。

 当時の警護隊が引き上げていたのは調べがついていた。だから何者かが警護隊を引き上げさせ、犯行に及んだか及ばせたものだと思い込んでいた。しかし事実はおかしな方向に。殺害された母さんが引き上げさせたという事は襲撃があることを知っていたかそれ相応の理由があったという事だ。襲撃がある事を知っていたのなら俺やナナリーを逃がした筈だろうし、他の可能性がまったく浮かんでこない。

 

 「何があったあの日!誰なんだ母さんを殺した奴は!」

 「・・・」

 

 予想外の答えに戸惑い怒声を挙げて問うがコーネリアは口を閉ざして何も喋らなかった。

 オデュッセウス兄上が事実を知っているが、黒の騎士団とブリタニア軍の全面戦争となった今では聞くことも会うことも絶望的。少しでも情報を得るには警護担当だったコーネリアから聞き出すしかない。

 

 「ならあの事件で他に知っていることはないか!調べていたんだろう」

 「皇帝陛下の命でシュナイゼル兄様が遺体を運び出した。それとオデュッセウス兄様が――」

 『おい!戻って来い!!』

 

 何かを言いかけた所でC.C.の声が辺りに響き渡った。遺体をシュナイゼルが運び出した事に疑問を抱いたが、それ以上に普段は聞かないC.C.の焦った声色のほうが気になった。

 大体聞くべき事は聞いたし、後はコーネリアを捕縛して本陣へ向かうだけ。仮面を被りなおしながらガウェインに向かって歩き出す。

 

 「分かっている。そろそろ政庁の守備隊が――」

 『違う!お前の妹が攫われた!!』

 「冗談を聞いている暇は…」

 『私には解る!お前が生きる為の目的なのだろう!神根島に向かっている!!』

 

 神根島と言われて遺跡を思い出す。あの時は時間が無く、チラッと見ただけだったが、壁にはギアスの紋章が確かに刻まれていた。C.C.ともギアスとも関連した遺跡であることは確かだろうが…。

 

 『オォォォォル・ハイル・ブリタァアアアアアアニア!!』

 

 考え事をしていたルルーシュの耳に大音量で叫ぶ声が入った。振り返ると政庁の屋上の天井を突き破って見た事のない機体が飛び出してきた。

 球体状の機体で足や手や射撃兵装は無いように見えるが、政庁の屋上を体当たりだけで粉砕する事からかなりの強度を誇る装甲だという事が分かる。浮遊している事から上空からの体当たりなどされたらガウェインでもヤバイかもしれない。

 

 『おや?貴方様はゼロ。何たる僥倖!宿命!数奇!』

 「まさかオレンジか!?」

 

 C.C.によってコクピットまでガウェインの手に乗って運ばれているとコクピットより身を乗り出しているジェレミアに目を見開いた。確かナリタの時に輻射波動を当てて倒したと思っていたが……そういえば脱出していたか。

 オレンジと言われたジェレミアは目を大きく開いて見つめながら大きく開いた手を胸の辺りで合わせた。

 

 『お、おおおお、お願いです!死んで頂けますか?』

 

 コクピットに乗り込んで飛行しようとシステムを起動させると眼前のモニターに急接近するジェレミアの機体が映った。大きな衝撃を受けながらそのまま政庁屋上より押し出される。

 

 『ゼロ!私は帝国臣民の敵を排除せよ!そう!ならばこそ!オォォォォル・ハイル・ブリタァアアアアアアニア!!』

 

 ジェレミアの叫びと共に……。

 

 

 

 

 

 

 スザクは焦りを募らせていた。

 学園の皆を助けに来たのだがゼロの一騎打ちに応じて罠に嵌り、ランスロットの機能は停止させられた。式根島で使われたサクラダイトに干渉するゲフィオンディスターバとかいうものを使用したのだろう。

 動かない以上は出来る事は一つ。ランスロットを奪われない為にコクピットに立て篭もるしかない。

 外からバーナーを使って開けようとしていた音も止み数分の時間が経った。

 

 「――どうしますか?」

 「学生?ならば寮のほうに戻してやれ」

 「ちょっと甘すぎねぇか扇」

 「おい玉城!」

 「ゼロならこんな時迷わないだろうよ」

 「止めなさい!」

 

 外ではその場に居る学生をどうするかで揉めているようだ。扇と呼ばれた人物はまだ良心的な人物っぽいが玉城と呼ばれた人物は何かをやろうとしている。モニターも映ってない事から何が起こっているかまったく見えないが不味い。コクピットから出ようとした時に聞き覚えのある声に動きが止まった。

 

 「指揮官は何方ですか!お話があります!!」

 「ラ、ライラちゃん!?」

 「ちょっと不味いって…」

 「ここの指揮官は俺だが…君は?」

 「ライラ・アスプルンドと名乗ってはいますが私はライラ・ラ・ブリt――」

 「大変です扇さん!!」

 「うわっ!?」

 

 こんな状況下で本当の名を名乗りを上げようとしたライラの言葉が慌しい男性の声で遮られた。これ以上はと思い、コクピットより出ようとしたスザクに強い衝撃が襲ってきた。大きく揺られるコクピットにモニターの灯りが灯った。原因は分からないが動く事を理解して立ち直しながら何事かと振り返るとそこにはランスロット・クラブが立っていた。

 

 「まさかエニアグラム卿!?」

 『あー……期待させたようならごめんね』

 

 エニアグラム卿が来てくれたのならもう大丈夫だと安心した所でとても聞き覚えのある声に思考が停止する。最もここに来てはならない人の声のような…。

 突如現れたクラブに驚いた黒の騎士団の隙を付いてミレイ会長にシャーリー、リヴァルにライラがこちらに駆け寄ってくる。慌てて会長達を庇うように立ち、騎士団員の銃弾から護る。

 辺りを見渡して起動したままのゲフィオンディスターバに濃く残っているブレーキ痕。それに先ほどの衝撃を考えて、ランスロットが動けるようになったのはどうやらクラブに体当たりされて押し出されたらしい。そのクラブは腰のスラッシュハーケンを伸ばして近場の無頼の頭部を吹き飛ばしていた。

 

 『学生を返して貰おうか!』

 「くそッ!誰だチクショーが!!」

 『私かい?私は神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニアだが』

 

 突如現れたクラブにイラつきながら叫んだ声に名乗りを挙げる殿下の行動に頭痛が起こった。

 見える範囲の学生も黒の騎士団も皆が皆、ポカーンと口を開いて呆然と見つめていた。

 

 「殿下!何故御一人で来られたのですか!!」

 『え?いや…友達や妹が危険なのに黙っていられなくて……つい』

 「ついじゃありませんよ!」

 『とりあえずスザク君は補給を受けないとね』

 「受けようにもまずはここを護らないと」

 『こんばんは~』

 「え?」

 

 上空から気の抜けた声と同時に照明で照らされる。見上げるとそこにはアヴァロンとフロートユニットを装備したサザーランドが降下してくる所だった。

 

 『スザク君。フィラーカバーを開けて。エナジーを交換するから』

 「殿下にロイドさんにセシルさんまでどうして?」

 『どうして…って殿下!?』

 『あは♪やっぱりそのクラブはオデュッセウス殿下でしたか。相変わらず無茶をしますね』

 『そうかい?』

 『だってクラブボロボロですよ?』

 

 言われて見るといたる所にひびなどの損傷具合が激しい。スラッシュハーケンも一部千切れていた。銃弾やスタントンファなどの損傷具合ではない。相当な無茶な操作を繰り返してきたのだろう。

 

 『まぁ、ブレイズルミナスが使えるから学生が避難するまでの盾ぐらいにはなるから良いか』

 「良くないですよ殿下」

 『私よりスザク君のほうが良くないんじゃないかな』

 「え?」

 『早く行きなよ。君には君にしか出来ない事がある。白騎士たちももうすぐ来るしここは私達に任せて。さぁ』

 「ーッ…はい!アッシュフォード学園のみんなの事。よろしくお願いします」

 

 力強く返答を返すとゆっくりと上昇し始める。クラブハウスの屋根からこちらを見つめるアーサーと目が合い、見送られながら上空へと飛び立った。この争いを終わらせる為に。



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第49話 「ブラックリベリオンⅢ」

 行政特区日本での虐殺事件をきっかけにエリア11全体に広がった反攻の狼煙は全ブロックへと広がり、ブリタニア主力軍が護りを固めるトウキョウ租界に攻め込むまでに至った。ゼロの奇策もあって黒の騎士団側が優勢に立っていた。

 戦いの火は地上だけでなく、空にまで及んでいた…。

 

 トウキョウ租界政庁付近の上空ではゼロとC.C.が搭乗するガウェインが、ジェレミア卿が操るジークフリートの体当たりを受けてくの字に曲がったまま押され続けていた。

 C.C.にナナリーが攫われたと聞いて居ても立ってもいられない状況だというのにこうも邪魔が入ると本気で腹が立つ。

 

 「俺に操縦を寄越せ!」

 「またか!?こんな忙しいときに!」

 「良いから早くしろ!」

 「私に上から命令するな!!」

 

 操縦権が譲渡された事を確認すると威力は期待せずに膝蹴りを喰らわせる。振りもつけずの膝蹴りは予想通り威力はなかったが少し、ほんの少しだがガウェインとジークフリートの接触面に隙間を空けることが出来た。上に振り上げた両手を繋ぎ、ジェレミアが乗り出していた入り口に振り下ろす。

 ジークフリート内のジェレミアはコクピットが大きく揺らされ、体勢を維持するのに必死になって目標であるガウェインから一瞬目を放した。殴られた衝撃で下方に進んだジークフリートに急制動を掛けて再びガウェインを追う。

 多少距離が開いたが油断できない状況に変わりがない。さっとレーダーを見渡し付近に展開する味方識別コードを放つ部隊を発見する。

 

 「三番隊、敵の飛行型だ。一斉射で撃ち落せ!」

 『了解!一斉射――撃てぇ!』

 

 下に居た三番隊の無頼四機が一斉にミサイルランチャーを放つとジークフリートの動きが目に見えて違った。急制動を掛けたと思えば急激な加速を行ないながら回避運動に入ったのだ。誘導式のミサイルを回避するが数発は直撃する。その瞬間機体を高速回転させて大型スピアのようなスラッシュハーケンの先で破壊してゆく。

 

 『見えた…見えた…見えた…』

 『なんだアレは!?』

 『影崎隊長ぉ!!』

 

 回転したまま地面を抉りながら三番隊を押し潰し、ひき潰して再び空に上がって来る。

 あの遠心力に急激なGに耐え、あれほど精密な動きを人間が行なえるのか?疑問を抱きつつも相手の動きに魅入る。

 

 『ゼロ!ゼロよ~』

 「C.C.!しっかりつかまっていろ!」

 「何を――くっ!?」

 

 斜め下より放たれた大型スラッシュハーケンを急制動とスラスターを前方に吹かす事で回避した上に背後に付く事が出来た。指のスラッシュハーケン放つ。向こうも向こうで上へ下へとスラスターを吹かし回避する。

 

 「無茶苦茶だな!」

 「確かにあの動きは反則的だな」

 「アレもだがお前も大概だ」

 『見事!ならばこれならどうですか?』

 

 前方に向いていた四つの大型スラッシュハーケンがスライドして後方に向けられた。忌々しく舌打ちしながら下方に降下し、建物の隙間を飛行する。追ってきたジークフリートは隙間に入れない為にそのまま突っ込んで建物を破壊しながら突き進んできた。

 建物を軸に曲がるときにはスラッシュハーケンを打ち込んで遠心力を使って加速し、曲がりきるとスピードを殺さないようにスピンしながら壁に衝突する事無く進む。レーダーを見ながら進むゼロにC.C.は感心したような呆れたような表情で口を開く。

 

 「こんな操縦法誰に習った?」

 「母さんや兄上が良くやっていたんだ。まさか実演するとは思わなかったがな………杉山!」

 『ゼロか?』

 「そっちに砲戦仕様の無頼は居るか?」

 『砲戦?居るには居るが…』

 「良し!今から敵の飛行型を誘い込む。合図を出したら撃て!」

 『空を飛ぶ目標を砲弾で撃ち落せって!?』

 「指示に従えば問題ない」

 

 位置を確認してビル群より飛び出し空へ上がる。抜けたところより煙が起こってジークフリートが迷う事無く突っ込んでくる。あの頑丈な正面装甲に驚きつつも指定のポイントに急ぐ。

 

 『はぁ~けんっ!』

 「ここだ!」

 

 振り返り左右に指のスラッシュハーケンを放ち左右の退路を断って、ハドロン砲を射撃態勢に移行させる。両肩の砲門を塞いでいたでっぱりが上下に開き赤い輝きを露出させる。

 気付いたジェレミアは『レフトに左!?右にライト!?ですが下はがら空きでした!!』と叫びながら急降下してハドロン砲とスラッシュハーケンの囲みから抜け出す。外れたハドロン砲は向かいのビルの下方に直撃し、急ぎスラッシュハーケンを戻してジークフリートに上からの高低差も利用して突っ込む。ジークフリートを両手で押す形でぶつかり合う。

 

 『正面フロント!』

 「くうう!やはり出力が違うか」

 「このままでは押し返されるぞ!」

 『当たらずこのジェレミア・ゴッドバルトには!!』

 「それはどうかな?今だ杉山!」

 『ゼロには当てるなよ!撃ち方始め!!』

 『何と!?』

 

 杉山に井上の無頼に三機ほどの無頼が並び、砲弾を発射した。目の前のゼロに集中し過ぎたジェレミアは反応できずに撃ってきた砲弾の一発が直撃した。後ろのフロートユニットの光が半減し、ガウェインにパワーで負けて突き飛ばされる。それでもまだ戦おうとスラスターを吹かし続けてでも飛ぼうと試みる。

 

 『まだだ!私はまだ――』

 「終わりだよ。オレンジ君」

 『卑怯…後ろをバックに!?』

 

 ハドロン砲が直撃して下方を砕かれた高層ビルがジークフリート目掛けて倒れてきた。飛行能力が著しく低下して避ける動作も取れないまま巻き込まれ、高層ビルだった瓦礫に埋まった。

 ゼロはフンっと鼻を鳴らし、すぐさまナナリーの元へ急ぐ為に神根島へと進路を取った。 

 

 

 

 

 

 

 アッシュフォード学園を飛び立ったランスロットは荒れた政庁の屋上に着陸していた。

 そこには負傷したコーネリアが座り込み、手に通信機を持っていた。ゼロを捜そうと飛び出したスザクをその通信機で呼び出したのだ。

 傍まで駆け寄り備え付けの医療パックを開いて応急手当を使用とするが押し退けられた。

 

 「殿下。ジッとして下さい。すぐに衛生兵を―」

 「私の怪我は大した事はない。それより神根島に向かえ」

 「神根島ですか?」

 

 持っていたガーゼを奪い取り頭部の出血部に当てながら言われた場所に驚く。

 神根島は黒の騎士団も反ブリタニア勢力も手を出すような場所ではない。そこに行く理由が分からなかったのだ。

 

 「ゼロはそこに向かった筈だ…それ以上の事は分からない」

 「まさかギアス…」

 

 ギアス…。

 アヴァロンでランスロットの補給中にユフィの訃報を聞き、自室で悲しむスザクの前に現れた【V.V.】と名乗る少年が言っていた力だ。

 人の意思を曲げる力を持ったもので、あの虐殺事件もギアスを持つ者の仕業だとか。ユフィの死で頭が回ってなかったスザクは半信半疑で聞き入っていた。そして少年は最後にゼロもギアスの力を持っていると言っていた。

 頭部を負傷している事から脳にダメージを受けた事が原因かも知れないが、どうも少年の言葉が引っ掛かり真っ先にギアスを疑った。

 

 「枢木。エリア11の総督にして神聖ブリタニア帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアが命じる。ゼロを捕縛せよ!」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 「捕縛だぞ。命を奪えとまでは言わん」

 「は?」

 「キュウシュウの時もそうだが兄上は黒の騎士団…ゼロに肩入れ…興味を持っている節がある。何があるか分からんがな」

 「オデュッセウス殿下が…」

 「それに勝ち逃げは許さない。この私がナイトメア戦で負けたままなど……」

 

 忌々しげに空を睨むコーネリア殿下に頭を下げ、急ぎランスロットに戻る。

 ゼロにはスザク自身も確めたいことがある。ランスロットは神根島に向け飛行していった。

 

 

 

 

 

 

 長かった夜が薄っすらと姿を現し始めた太陽によって照らし出される。暗闇は太陽の光に追いやられて行くが如く、黒の騎士団も押し返され戦線は崩壊しつつあった。

 全指揮を急に一任された藤堂 鏡志朗は焦りを隠す事無く指示を飛ばす。黒の騎士団を纏め上げていたカリスマ的存在であったゼロは藤堂に全指揮を移すと連絡も取れずに行方不明。親衛隊である零番隊隊長の紅月 カレンは副指令の扇の指示でゼロの後を追って戦線離脱。全体状況も分からぬままナイトメア戦を繰り広げながらの指示など出来る筈がない。けれど藤堂は焦りながらも状況を何とか把握しつつ指揮を執り続けた。常人では出来ない事をやってのけた彼は実に優秀な人材である。

 だが、状況把握する間は指揮系統が一時的とは言え止まり、ダールトン将軍が指揮を執るブリタニア側の攻勢に対処しきれず孤立した部隊は各個撃破された。

 

 『中佐!学園エリアをブリタニアのナイトメア隊と航空艦により制圧されました!』

 「扇は!?」

 『副指令達は学園エリアから脱出。残存戦力を率いてこちらに…』

 「分かった。動ける者は補給を済ませ次第本隊と合流させよ!ディートハルトはG1ベースに着いたか?」

 『間も無くと合流すると――』

 『報道エリアが奪還されました!手薄になった隙を突かれたそうで…』

 「馬鹿な!仙波の隊はどうなった!!」

 『それが……仙波大尉と通信途絶しまして…』

 「仙波が!?くっ、卜部の隊はまだ配置に着かな…」

 『中佐…申し訳ありません』

 「卜部か?どうした?状況を報告しろ」

 『到着前にブリタニアに発見され四本足のナイトメアと交戦、隊の半数がやられました』

 「耐えられそうか?耐えられるなら近くの部隊を大至急…」

 『いえ、長くは持たないでしょう』

 『トウキョウ租界方面に向けて二隻目の航空艦を確認!ナイトメア部隊の援軍を引き連れているみたいです!』

 

 聞きたくもない味方の劣勢の報告に操縦桿を握る力が篭る。

 朝日が昇る中、藤堂は月下のコクピットで焦り、苛立ち、そして静かに理解した。

 

 「朝比奈。千葉。まだ行けるか!」

 『勿論です!』

 『まぁ、エナジーが心許ないですけどまだまだ行けます』

 「そうか―――黒の騎士団総員に告ぐ!撤退せよ!!」

 『中佐!?』

 「これ以上の戦闘は無意味だ。日本独立の希望を…反攻の火を消さぬ為に今は退け!!神楽耶様の護衛についているライに神楽耶様を連れて脱出しろと伝えろ。扇副指令は加わった一般人を逃がす陣頭指揮を。卜部は損傷の激しい動けるだけのナイトメアを連れて戦場離脱し、戦力の補強・維持に専念しろ。朝比奈と千葉は――」

 『私は残ります』

 「命令だ。お前たちは撤退援護に当たれ」

 『藤堂さんはどうするんです?』

 「俺か?俺は撤退完了までここを死守する」

 『でしたら私も残ります!』

 『藤堂さんが居る所が僕の居場所ですから』

 「お前ら……死ぬなよ」

 『『承知!』』

 

 一瞬弛んだ頬を引き締め弾丸を回避しつつ斬り込む。眼前のサザーランドは一歩も退かずに応戦する覚悟を見せたが、容赦なく真っ二つに切断された。ダムが決壊するかのように藤堂が突っ込んだ所に千葉と朝比奈の月下、そして中央の無頼隊十八機が集中する。思わぬ反撃に驚き、次々とブリタニアのナイトメアが撃破されていく。

 

 「朝比奈!左翼から回り込め。俺と千葉が正面より押し上げたところで挟撃する!」

 『承知……っとこれは不味いですよ』

 『中佐!正面より四足のナイトメアが!』

 「こんな時に…」

 

 正面のナイトメア隊を飛び越え現れたのは、下半身が馬で上半身が人型の大型のナイトメアだった。情報ではキュウシュウ戦役で片瀬少将を捕縛したブリタニア皇族が乗っているらしいが。

 図体の割りに機動力があり、あんなのに接近されたら通常のパイロットでは対応しきれないだろう。

 

 『ボクは神聖ブリタニア帝国第16皇子、パラックス・ルィ・ブリタニア!我こそはと言う者だけ挑んで来い』

 『パラックス殿下!戦場で名乗るなど危険です』

 『え?だって兄上だってしてたじゃないか』

 『兎も角御下がりください』

 『そしたら手柄を立てれず兄上に褒めてもらえないだろ』

 

 皇族を名乗った四本足は親衛隊らしきグロースター数機を連れていた。こちらは機体の損傷が激しく、エナジー・弾薬共に心許ない状態。それに対して正面のブリタニア軍は損害を出したものの顕在。その上で新型ナイトメアに腕利きだと思われる親衛隊などの援軍。状況は最悪だ。しかも悪い事は続く物なのだ。こちらが撤退し始めたのを察したブリタニア軍は一斉に攻勢に転じ、ナリタでも戦ったギルフォードという腕利きの騎士のグロースターに背中にミサイルポッドを積んだカスタムされたグロースター部隊も出てきた。

 ギリっと歯が鳴るほど噛み締め睨みつける。ここで終わる訳にも終わらす訳にもいかないのだから。

 

 「全機ここを死守せよ!斬り込めええええ!!」

 

 藤堂を先頭に日本の希望を他の者に渡し、絶望的な状況でありながらも突っ込んだ。

 おかげで正面のブリタニア軍は大きな被害を受け、足止めもされて追撃するまでに時間を要した。それで多くの日本人が次の為に逃げられた事を藤堂は捕縛される中で願って止まなかった。

 

 

 

 

 

 

 『ちくしょー!せめてここだけでも!!』

 『殿下をお守りしろ!!』

 

 アッシュフォード学園は戦火に包まれていた。

 ライラを救出する名目で出動したキューエル隊のグロースター達と、ここを死守しようと奮戦する黒の騎士団が校舎の正面玄関を挟んで銃撃戦を行なっている。

 私、オデュッセウスはと言うと白騎士やセシルと共に学生達が乗り込むアヴァロンから垂れ下がった物資搬入用のエレベーターをブレイズルミナスを展開して守り続けていた。

 数の上では黒の騎士団が勝っているが練度の低いパイロットも交ざっていて、単独では親衛隊を務める彼らの敵ではなかった。それに何やら慌しくなった事からゼロが戦線離脱したのだろう。原作通り慌しい黒の騎士団員の顔色には不安や憤りが見受けられる。

 オデュッセウスにしては眼前の敵より機体越しに伝わる横の騎士の殺気のほうが恐ろしかった。

 

 「し、白騎士」

 『……なんでしょうか?』

 「その…怒ってる?」

 『怒るような事をされたのですか?』

 「あの、本当にごめん」

 

 棘のある言葉に心が痛み、見えてないだろうが頭を下げて謝る。

 怒らせるような事といえば無断外出にひとりでゲットーに視察に行ったり、毒味役無しでの飲食に戦場に飛び出したりもあったね。今回だと白騎士達を振り切った事かな?

 今思い出すとと色々怒らせる事が多過ぎるような気がするが、これらはこれからもあまり変わることはないだろう。

 そんな事を思っていると黒の騎士団とブリタニア軍が撃ち合っている中央辺りの地面のハッチが開かれた。

 

 『あんな所から熱源?』

 「不味い!両軍撃ち方停止!!」

 

 原作では河口湖のホテルジャック時にユーフェミアがニーナを救った事があり、それからニーナはユーフェミアに執着していた。だが、この世界ではオデュッセウスが救い流れは変わった。そう本人は思ってここでの登場はないと思っていた。自分もそうだが租界全域に居る弟・妹・友人すべてが物理的に塵芥と化してしまう大量破壊兵器【フレイヤ弾頭】の原点。

 慌ててオープンチャンネルで告げるオデュッセウスは原作より撃っている数が多い事から両腕のブレイズルミナスを展開して両軍の間に割り込んでハッチより上がって来たガニメデを護る。

 ブリタニア軍は飛び出た相手が相手なだけにすぐさま銃撃を止めるが、黒の騎士団にしては敵の大将クラスが飛び出してきた好機に映り、銃撃が集中する。ブレイズルミナスで隠せなかった場所を銃弾が掠め、クラブの装甲を削り取っていく。

 出てきたガニメデには胸部にサクラダイトの輝きを放つ増設タンクが取り付けられてあった。

 

 『いけない!攻撃中止!黒の騎士団もストップ!!一時休戦だ!そいつを撃っちゃいけない!!』

 

 ロイドの焦った声がアヴァロンから周辺に響き、ロイドの慌てっぷりから危険と判断したラクシャータが黒の騎士団に攻撃中止命令を出す。銃声が鳴り止んだアッシュフォード学園にロイドの声が再び響く。

 

 『ニーナ。完成させたのかい?』

 『検証はまだです。爆発させられるかも分かりません』

 「爆発って何を―」

 『危ないわ。下がって』

 

 飛び出そうとしたミレイをサザーランド・エアでセシルが止める。ロイドもオデュッセウスもあの代物の危険性を知っているので目の前まで近付くのもアヴァロンに逃げ込むのも大差ない事は分かっている。アレから逃げるにはトウキョウから出るか超上空まで飛ぶかだ。

 

 『彼女の理論通りならトウキョウ租界そのものが死滅するかも』

 

 黒の騎士団もブリタニア軍もにわかには信じられないだろうが事実なんだ。完成したフレイヤ弾頭はリミッターを外して帝都ペンドラゴンを消失させたのだから。

 ……というか原作通りの私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアもフレイヤで消滅したから近付きたくない。原作では起動しなかったからと言って今爆発しないとも限らない。

 

 『殿下…あの学生の射殺許可を。今なら脳幹を撃ち抜けば――』

 『白騎士。もしそんな事をするならば私は君を絶対に許さない。ここに居るブリタニア軍には手を出させないで』

 

 直接私だけに伝えてきた言葉を拒否する。ロロの行動は正しいと理解はする。騎士として私を護るにはそれが現在有効な手段だろう。説得は相手の情報や心理状態に左右され、興奮状態で相手の情報は親しい者にしかなく、説得に長けた交渉官など連れてきていない。ならば指も動かせないように脳幹を撃ち抜いて即死させる。

 理解は出来ても許容できない。

 ゆっくりとクラブをガニメデに近づける。コクピットに座るニーナはこちらを見つめながら震える両手で起爆スイッチを握り締め、今にも押しそうな勢いだった。ゴクリと生唾を飲み込み覚悟を決めてコクピットを開ける。

 

 「お、オデュッセウス殿下?」

 「止めなさいニーナ。それを押してはいけない」

 

 クラブを止めてコクピットの上に立つ。視界の端で黒の騎士団が銃口を向けているのが見えるが、気付いた扇が銃口を下げさせていたので多少安堵する。

 

 「こ、来ないで下さい!」

 「君はどうしてそれを持ち出したんだい?ユフィの為かい?」

 「……はい」

 

 今にも泣き出しそうなニーナを今出来る限りの微笑を向けて見つめる。ここから飛び移って取り押さえる事も出来るが焦っては駄目だ。次の言葉を待ちながら短く息を吐き出す。

 

 「だってイレブンは…あいつらはユーフェミア様を殺して…だから私は!」

 「そっか。ありがとう」

 「え?」

 「それだけユフィの事を想ってくれたのだろう」

 「ユーフェミア様は何のとりえもない私にも優しくしてくださったり……本当にどうして…どうしてユーフェミア様は死ななければならなかったの………犯人の特定は出来ないし人を殺す技術も持ってない。だから私はこれで犯人ごと…」

 「分かっているのかい?それを爆発させれば君の友人だって君だって死んでしまうんだよ」

 「分かっています。私は覚悟は出来てます。ですから殿下…ミレイちゃん達を連れてここから退避してください。私は殿下を巻き込みたくありません。殿下もユーフェミア様も本当にお優しくて、ホテルジャックの時には私なんかの為に人質を買って出たり…ですから」

 「うん、分かったよ」

 

 大きく頷いたオデュッセウスはふわりと跳んでガニメデに飛び移る。危険だと巻き込みたくないと言ったのに近づいてきたことでニーナは理解が出来ずに目をぱちくりさせる。

 

 「え?え?どうして…」

 「だって巻き込みたくないって事は私が居たら爆発させないんだろう?」

 「いえ、そうですけど!」

 「もう良いんだよ。ユフィは優しい。そんなユフィは君がこんな事をする姿を見たくないどころか悲しむよ?私だってそうだ。だからもう良いんだよ」

 「殿下…殿下ぁ…」

 

 スイッチを握ったまま泣き出したニーナを優しく抱き締めて子供をあやすように背を擦る。「本当にすまない」となんども呟きながら。

 そんな光景を昇った朝日が照らし出し、同時にブラックリベリオン――第一次東京決戦の幕が降りたのであった。



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第50話 「ブラックリベリオンⅣ」

 行政特区日本の虐殺事件を発端に起こったエリア11全土に及ぶ内乱に、後に【ブラックリベリオン】と呼ばれるトウキョウ租界での大規模戦闘は日本独立を願った日本人たちの夢と共に一夜にしてまほろばの夢と朽ちて消えた。

 

 反ブリタニア勢力の大半と不平不満を持つナンバーズの一般民衆を吸収した黒の騎士団は数でブリタニア軍に勝り、初手の外延部を崩壊させるというゼロの奇策にて戦況を有利に進めていた。逆に外延部の崩壊で陣形が崩れたブリタニア軍は手痛い猛攻を受けるがほとんどが政庁に立て篭もり反撃の機会を窺っていた。

 有利にことを進めている最中で起きた黒の騎士団のリーダーでカリスマ的存在であるゼロの総指揮を現場に渡した事と突然の行方不明。

 総指揮をいきなり現場に投げた事でひと時であるが指揮系統に混乱、いや、指揮系統が突然消滅したのだ。トウキョウ租界のブリタニア軍を指揮していたアンドレアス・ダールトン将軍が気付き、防衛に回っていた戦力の大半を攻勢に転じさせて、指揮系統が消滅した黒の騎士団を戦線崩壊に追い込み趨勢が決したのだ。

 政庁正面の黒の騎士団主力をパラックス・ルィ・ブリタニア皇子と親衛隊、コーネリア皇女殿下が騎士ギルバート・G・P・ギルフォードに精鋭部隊のグラストンナイツの活躍により打ち負かし、学園エリアを制圧していた部隊はシュナイゼル・エル・ブリタニアの特別派遣響導技術部とオデュッセウス・ウ・ブリタニア、クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊により撃退された。報道エリアも手薄になった所を奇襲し奪還に成功。

 制圧し拠点としていたエリアを奪い返され戦線は崩壊、ゼロの不在で黒の騎士団はある者は撤退、ある者は投降、ある者は命のある限り戦い続けた。

 

 この戦いで反ブリタニア勢力の大半を一掃出来たのと黒の騎士団の幹部級を多数逮捕できたのはブリタニアにとって喜ばしい事だ。

 ゼロに次いで反ブリタニア勢力の象徴になり得る厳島で初めてブリタニアに土をつけた【奇跡の藤堂】こと藤堂 鏡志郎と、藤堂直属の精鋭【四聖剣】の朝比奈 省悟や千葉 凪沙。学園エリアを占拠した黒の騎士団副指令の扇 要に玉城 真一郎、南 佳高。反ブリタニア勢力の支援組織【キョウト】なるグループのトップ六名中五名など黒の騎士団の支柱をごっそり奪ったのだ。

 そしてゼロの処刑。ゼロを追って神根島に向かった枢木 スザクより逮捕され、直接本国のシャルル・ジ・ブリタニアの下へ連行されて非公開で処刑された。ゼロの捕縛という功績とオデュッセウスとシュナイゼルの推薦によりスザクは帝国最強の十二騎士【ナイト・オブ・ラウンズ】のナイト・オブ・セブンの地位を得た。

 

 ブリタニア軍は大きな戦果を得たが代償も大きかった。

 人的損失は勿論のことながら行政特区日本の暴動で亡くなったユーフェミア・リ・ブリタニア第三皇女。戦闘中に行方不明となったエリア11の総督であったコーネリア・リ・ブリタニア第二皇女に騎士のギルバート・G・P・ギルフォード。

 行方不明も含めると皇族二人も失う事態に本国も騒然としている。

 

 多くの幹部級を逮捕しようと抵抗する者は数多く居たが、キュウシュウブロックの暴徒を鎮圧しきったユリシーズ騎士団が租界に援軍と到着し、二日後には本国からマリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下が指揮を執る増援が到着。精鋭中の精鋭騎士団であるトロイ騎士団とテーレマコス騎士団により各地の暴徒も鎮圧され、残り火が消えきるまで二日も掛からないだろう。

 

 「―――っと言う感じかな」

 「……そうか」

 

 黒の騎士団を収監している特別牢の通路に用意されたパイプ椅子に腰掛けている藤堂は短く息を吐きながら呟いた。逮捕されここに入れられて拘束服に着替えさせられたが今は腕の拘束を解かれて自由にしている。代わりに足は拘束され近くには警棒を持った看守が二名。少し離れた所に銃を構えているブリタニア兵士が四名見張っていた。

 将棋盤が置かれた簡素な机を挟んだオデュッセウスは困ったような笑みを浮かべて頬を掻く。

 

 オデュッセウスは一度藤堂と将棋を打ちたくて本国に帰る前に立ち寄り、個室を用意してもらうのも面倒臭かったので通路で無理に頼んで用意してやっているのだが…凄く怖いです。

 眼前に座る藤堂は逃げられない事を分かって普通に将棋をしてくれているが、周りの牢屋から黒の騎士団員が暇なので見ているのが三割、殺意を持った睨みを七割が向けてくる。特に千葉さんの眼光が異常に鋭い。そんな中、ただ黙っているのも苦しいので今回の件を話したのだ。

 

 「捕まってないメンバーはどうしている?」

 「ああ、カレンちゃんや卜部は現在も逃走中。諜報員が血眼で捜しているよ。神楽耶さん達は分かってはいるんだけど手出し不可能なんだよね」

 「……何処か嬉しそうに見受けられるが」

 「まぁ、神楽耶さんとは日本だった頃から仲良かったからね。捕まったらと思うと気が引けるよ。でも、ブリタニアの皇子だから見つけたら捕まえなきゃいけない…苦しい板挟みだよ」

 「皇子がそんな事を言って良いのか?」

 「んー…不味いけど付近を固めているの私の騎士団だしね」

 

 実際ブリタニアの諜報員が血眼になって探しているんだよね。黒の騎士団エースパイロットの紅月 カレンと【四聖剣】卜部 巧雪の両名を。二人とも腕が確かなのはブリタニア軍は身をもって体感しているから、彼らがナイトメアで何かを仕出かすと駐留軍程度では対処しきれない。対処用にグラストンナイツがいつでも動けるように出撃態勢を整えてはいるけど間に合うかどうかは別だ。

 今やキョウト六家の最後の生き残りとなった皇 神楽耶に紅蓮弐式や月下など黒の騎士団の新型ナイトメアフレームを開発したラクシャータ・チャウラー、ブリタニア人で情報能力に長けたディートハルト・リートは中華連邦に逃げ込み、手厚く匿われている。ユーロピア共和国連合に白ロシアと戦線を拡大しつつあるブリタニアに中華連邦と事を構える気はなく、手出しが出来ない状況にあり、国外に出てこないかと監視をしている程度で済まされている。

 

 パチンと駒を進めた藤堂の一手を思考しながら打ち返す。

 

 「ここに居ない卜部を知っているという事は四聖剣の情報は持っているという事だな」

 「一人相手するのに三個小隊用意しても足りるかどうか怪しい精鋭部隊を認知してなかったら問題ですよね…」

 「知っているなら仙波がどうなったか知らないか?ここにも居ないようだし、逃走中のメンバーに卜部は出ていたが仙波の名は無かった…まさか」

 「闘争中ですよ。とうそうちゅうと言っても走り逃げている中ではなく、闘い争い中と書いて闘争中ですけど。でも白騎士が向かったのですぐに決着が付くだろうけど」

 

 藤堂が気にした【四聖剣】の仙波 崚河は杉山 賢人、井上 直美、吉田 透の幹部級三名と合流後、シンジュクゲットーまで逃げたところで追撃を受けて、一緒に行動していた部隊と共に戦い続けている。が、すでに包囲は完了して武器弾薬の補充路も援軍も無いことから降伏も時間の問題だろう。ただ攻め落とすには月下が壊れて無頼に乗る仙波とトウキョウ租界より持って逃げた雷光を倒さねばならず力攻めは容易ではない。ゆえに四聖剣と渡り合える白騎士の出番という訳だ。

 原作を知っているオデュッセウスからしたらランスロットにやられる吉田と、走行中の無頼を撃たれて戦死した井上が生きている事の方に気がいって仕方がなかった。

 これも知らず知らずの内に改変した結果であった。吉田の雷光はオデュッセウスがユフィの死を偽装して放送した為に死を知るタイミングに遅れが発生。スザクの出撃ルートがずれて雷光とは別ルートを飛んだ為に助かり、井上はマリアンヌやオデュッセウスと模擬戦を繰り広げた事から腕が上がったルルーシュから砲戦命令を受けて移動して、戦死した地点に向かわなかった事で助かったのだ。

 

 他にも原作と違った点は幾らかある。

 ゼロとユーフェミアの会談の前に割り込んだのでギアスの暴走を受けて虐殺命令を出すことも、ルルーシュ自らの手で殺す事もなく、死んだように偽装したおかげもあってユーフェミアは生存。

 ギアスを掛けられてコーネリアにスピアを投げた後でハドロン砲で殺されたダールトンもギアスを掛けられずに、早々に政庁に戻れと命じられたので生存。

 行方不明になったコーネリアは原作に近いがギルフォードは違う。というのもどうもゼロ(ルルーシュ)を気にかけていた事に薄々気付いていたコーネリアが色々と問い詰めてきたのだ。それに自分の記憶の欠如でシンジュク事変のヴィレッタやオレンジ事件のジェレミアの証言と重ねて何かあると感づいたらしく、その事も何か知っているのではないかと…。

 本当に妹や弟に甘くて話してしまった。さすがに全部は話せないがヒントぐらいを出した程度だ。全部教えたら単身でも中華連邦にあるギアス響団に突撃かましそうだし。ゆえに教えたのは能力の総称が【ギアス】と呼ばれている事と、それを知っているであろうとぼかした相手が居るぐらいだ。動きを察知されない為に身分も名前も偽って今頃はユーロピア辺りに居るだろう。ギルフォードには私から事情を話して護衛として付いて行って貰った。勿論ダールトンにも話したが総督不在のエリア11の指揮権を任せれる人材であるダールトン将軍にまで行かれると困るので総督代行の業務に就いて貰った。

 

 ここまででも原作から離れたことでルルーシュとスザクの結果は同じだが過程が大きく異なってしまった。

 ゼロを捕縛してルルーシュと分かったスザク君から連絡があり、色々話をしているとどうやら伯父上様がいらん事をしてくれたようだ。ギアスの事をスザクに話して行政特区日本はギアスの力を持った者が起こした事とゼロがギアスの力を持っていると言ったのだ。確かに嘘は言ってないがおかげでスザク君の怒りがルルーシュに向いちゃったんだよ。

 連絡されても神根島の遺跡前では伯父上様も見ていただろうから隠す事は無理なので原作に近い形に持って行きました。

 

 まずは原作でルルーシュを殺さずに利用しようと考えた皇帝陛下の下にスザクにゼロの護送を任せた。原作みたいに鬼の形相になるほど憎んでないスザクにはゼロを裁く前には私が出来る限り手を尽くすと伝えた。勿論皇族がゼロだったなんてことを言えるはずも無く裁判なんてあるとは思ってないけれど。案の定原作通り報道は一切無しで処刑した事になった。

 これで原作通り―――で終わらずに問題が発生した。ゼロを捕らえた見返りにラウンズ入りを名乗らなかったのである。これは不味いと自分からあの活躍にナイトメアの操縦技術からもラウンズに推薦した。時同じくしてシュナイゼルも同じ提案をしていた事を聞いたのは本気で驚いた。

 何でもブリタニアに反抗的な日本人はゼロを、従順な日本人はスザクを掲げていた。旗印であるゼロや象徴的存在のほとんどを失った彼らを従順派に取り入れようとするならば、今回のブラックリベリオンで功績を挙げた同じ日本人のスザクを出来るだけ目立つ形で持ち上げる必要がある。そこでゼロ捕縛と数々の功績からラウンズ入りを推したのだ。

 我が弟ながら色々考えてるなぁ…。

 

 思い返しながらパチンと置いた駒により王手を掛けられた藤堂は渋い顔をして何とか打破しようと模索するが、逃げる手も攻める手もすべて封じられて降参した。ニカッと笑ったオデュッセウスは立ち上がり帰り支度を始める。

 その様子を腕の拘束を掛けられながら見つめていた藤堂が口を開いた。

 

 「これからどうするのだ?」

 「うん?これからかぁ…そうだね。ヨーロッパ辺りに観光にでも行こうかね。その前に本国で家族に会わなくちゃ」

 

 そう答えて手を振りながら去ろうとしたオデュッセウスは足を止め、思い出したかのように千葉に顔を向ける。

 

 「そういえば皆さんの月下なんですけど損傷具合が激しくて本国のナイトメア関連施設に送られてデータ収集されてますけど千葉さんの機体はかなり状態が良くて私のほうで使わせてもらう事になりました」

 「――ッ!!貴様!刀だけでなく月下までも!!」

 「そ、それでは、また」

 

 あまりの怒気にたじろぎ逃げるように去って行くオデュッセウスであった…。

 

 

 

 

 

 

 イタケー騎士団と名付けられたアリス達はオデュッセウスの護衛も兼ねて、本国に向かい出発するアヴァロン級二番艦【ペーネロペー】の格納庫に集まっていた。他のオデュッセウス指揮下の騎士団【ユリシーズ】、【トロイ】、【テーレマコス】は事後処理に追われて当分はエリア11で足止めとなるだろう。

 格納庫にはボロボロに損傷したランスロット・クラブに皇族専用機のアクイラにエクウス、そしてグロースター最終型が五機並んでいた。五機と言うのは今回出られなかったオデュッセウス専用機も含めてでありイタケー騎士団の機体数を考えれば数が足りない。

 

 「そう言えばマオは何処に行ったんだ?」

 「あら?聞いてなかったの?マオは残るそうよ」

 「え!?ひとりだけで?」

 「本当に話を聞いてなかったのね…」

 

 ダルクの反応にルクレティアとアリスは苦笑いで返し、サンチアは話を聞いてなかった事に頭を痛めた。表情から冗談なんかでなく本当に聞いていないのだろう。

 

 「ほら、あの白騎士モドキの護衛をするって事になったじゃない」

 「白騎士モドキ?あ、あー…なんか居たね」

 

 ブラックリベリオンと名付けられた戦いから三日を過ぎた頃、突然オデュッセウス殿下が連れてきた全身試作強化歩兵スーツで隠した女性の事だ。何でも口が利けないらしく、伝える為には持ち歩いているメモ帳での筆談になる。人種、性別、経歴のすべてが白騎士と同じようにブロックされて誰もその正体については知らされていない。

 女性だと分かったのは試作強化スーツが女性用の物で、自分と比べるまでもなく胸部が大きいのだ。

 

 兎も角、白騎士モドキ――オデュッセウス殿下命名【姫騎士】は黒の騎士団を収容している監獄の監視員として派遣されると言う。黒の騎士団に怒りを持っているブリタニア人がここには多く、監獄内で人道を外れた行為が行なわれる可能性が高くなったのが一番の理由だ。すでに監獄の職員は各地の殿下の騎士団候補生から選ばれ、姫騎士の護衛兼補佐官としてマオとマリエル・ラビエも残るそうだ。

 

 「モドキで思い出したけど殿下大丈夫だったの?」

 「あー…大丈夫なんじゃない。殿下だし」

 「大丈夫ではないとは思うのだけど…」

 「ああ、普通はな」

 

 先ほど姫騎士を連れて来たと言ったが、その時殿下は絶対安静を医者に申し付けられていた。無茶なクラブの機動と耐えかねるGにより内臓系のダメージは酷く、肋骨に数本ひびが入っていた。

 癒しのギアスで回復したのだろうけど本当に非常識の塊みたいな人だ。

 休憩時間も兼ねていたイタケー騎士団の雑談だったが、時刻を確認したサンチアが手を叩いて注意を引く。

 

 「さて、そろそろ交代の時間だ。気を引き締めて掛かるぞ」

 「「了解」」

 「それにしても皇族五名の護衛が私達みたいな外人部隊って普通はありえないよね」

 「…確かにね」

 

 ペーネロペーに乗艦しているのは何も自分たちだけではない。自分達の主であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアにクロヴィス・ラ・ブリタニアにライラ・ラ・ブリタニア、パラックス・ルィ・ブリタニアにキャスタール・ルィ・ブリタニアと本国に戻る皇族が全員乗り込んでいる。これだけでどれだけ名誉で大変な任務かが窺い知れるだろう。

 当のオデュッセウス殿下が用事があると言い、SPを連れて出て行ってから戻ってきてないので出発しようがないのだが…。

 

 「セーフ……かな?」

 「あの、言われていた時間は過ぎてますけど…」

 「時間にルーズだと色々信用を無くしてしまいますよお兄様」

 「あはははは……面目次第もないなぁ…」

 

 聞きなれた声がハッチより三人分聴こえてアリスは勢い良く振り返る。

 そこには車椅子に座ったナナリーを押すオデュッセウスと横を緊張気味に歩いているニーナの姿が。 

 

 「ナナリー!?」

 「え?アリスちゃん」

 「良かった。ナナリー無事だったんだね」

 

 学園を黒の騎士団より解放した後、連絡も付かず居場所も分からず不安だったが、元気そうなナナリーを目にしてアリスは駆け寄り安堵の息を漏らす。

 

 「あの後アッシュフォード学園の皆に聞いても分からないって言うし、警察のほうでは保護されたって答えるだけでってどうして殿下と…」

 「それは……」

 「私とナナリーは兄妹なんだよ」

 「・・・・・・はい?」

 

 言っている意味が解らない。

 ナナリーと殿下が兄妹?――という事はナナリーはブリタニアのお姫様?それとお兄さんのルルーシュ先輩とは兄妹だから先輩も?

 疑問が次々と浮かんで間の抜けた顔を晒してしまった。

 

 「ああ!兄妹と言っても母違いだけどね」

 「そういう事で途惑っている訳ではないと思いますよ」

 「ん?もしかしてナナリーの選任騎士の事かい?腕も確かだし、ナナリーの友人で付き合いやすいだろうし、精神的にも良いだろうからってナナリーに推薦しちゃったんだよ。ナナリーもアリスちゃんが良いって言うしさ――って私教えてたっけ?」

 「え?は?ふぇ?」

 「あの…多分それも違うと。アリスちゃんがパンクしそうなんですけど…」

 

 ニーナの言う通りすでに何が何だが理解不能になりつつある。そのアリスにゆっくりとナナリーが車椅子を近づけ微笑みかけ手を差し出す。

 

 「はい。アリスちゃん、もし嫌じゃなければですけど…私の騎士になって頂けますか?」

 「――勿論。私がナナリーを守る騎士になる。絶対に守るから」

 

 混乱状態であったがナナリーの不安げでありながら凛とした声に真剣な眼差しを持って答える。片膝を付いて手を取り、頭を下げたこの瞬間、アリスはナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下の騎士となったのだった。

 ちなみにナナリーの存在は公表しないので緘口令が敷かれた。それと同乗したナナリーを保護したという髪の長い少年の存在も…。 



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第51話 「本国へ帰還した第一皇子は…」

 神聖ブリタニア帝国では同じニュースが連日流されていた。

 エリア11での大規模な内乱。

 ユーフェミアの死亡にコーネリアの行方不明。

 ブリタニア帝国に刃を向けたテロリストのゼロの非公開処刑。

 

 どれもこれもがエリア11で起きた出来事ばかり。

 エリア11に留まっていた皇族は本国に戻され、たった一週間で内乱をほとんど鎮圧したと言う事でパーティーに参加。パラックスは手柄を立てた事が嬉しかったのかはしゃいでいたのだが、逆にお優しいオデュッセウス兄様は何処か儚げだった。

 理由は解りきっている。あの兄妹&兄弟想いの兄上様がユーフェミアを亡くし、コーネリアが行方不明になった事に悲しまない筈がない。それでも皇族の立場があるから悲しみを抑えてでも参加なされたのだろう。

 

 だから神聖ブリタニア帝国皇帝陛下代行であり、第一皇女であるギネヴィア・ド・ブリタニアは心に大きな悲しみを抱いているオデュッセウス・ウ・ブリタニアを慰めようと部屋を訪ねたのだ。勿論であるが今日の職務で重要性がありそうな物は前日にほとんど済ませ、時間的余裕がある物は明日以降に回し、会食や会議の予定は数日前にキャンセルした。

 あまり使いたくないが気を紛らわせるのに酒を飲む者もいると聞く。今日の為に極甘口のシェリー酒にベルギーの高級チョコレートを取り寄せた。

 後はどれだけ自分が慰められるかに掛かっている。扉の前で緊張した自身を落ち着かせようと深呼吸を繰り返し、覚悟を決めて扉をノックしたのだったが…。

 

 (どうしてこうなっているのだ!?)

 

 いつもの冷徹な仮面を剥がされて頬を真っ赤に染めて年頃の生娘のような表情を晒していた。

 ノックして挨拶を済ませて持ってきた手土産を渡したところまでは予定通り……なのにどうしてこうなったし…。

 現在ギネヴィアはソファに腰掛けるオデュッセウスに膝枕されている。しかもエリア11で手に入れた竹で出来た耳かき棒で耳掃除をされている。

 ふわりと優しい手付きで左手で頭を撫でられつつ、右手に持った耳かきが耳の内側を優しく擦る。カリっと渇いた音とこそばゆいようで気持ちの良い感覚が広がる。

 

 「ん…」

 「ふふ、気持ち良さそうで良かったよ」

 「確かにこの上なく気持ち良いのですが…何故耳かきを?身嗜みはきちんとしていたのですよ」

 「身嗜みがどうこうと言うよりも癒し的な意味合いでしているんだけどな。最近日本のことで忙しかったろう?」

 「癒しですか?」

 「マッサージや耳かきって自分でするより誰かにされるのって気持ち良いだろう。それに耳かきなんてこっちではしないしさ」

 

 確かに自分では届かないところや見えるからこそ気付くところにも手が届く。それに最初は竹で出来た硬い棒を入れることに不安があったがやってもらった今なら心地よさがよく解る。いつもは綿棒でくるっと撫でるだけなのだが耳かきに代えるのも良いか…。いや、普段は綿棒にしてたまに兄上に頼むのも…。

 

 耳から伝わる気持ちよさと、接触面から伝わる人肌の温もりで徐々に瞼が重たくなってきた。なんとか起きようと意識を保とうとするのだが優しく撫でられるたびに意識が眠りへと誘われる。

 うつらうつらしていた意識を手放し眠りの中に堕ちて行こうとしたギネヴィアはノック音にて覚醒した。このような姿を誰かに見られるわけにはいかないと飛び起きたいのだが、オデュッセウスが耳かきを止めないので起き上がろうにも起きれない。

 

 「あ、兄上…少し待っ―」

 「開いているよ」

 「失礼しますお兄様」

 

 微笑を浮かべながら入ってきたのはマリーベルだった。

 ブラックリベリオンでは本国からの援軍の指揮官としてエリア11に向かい、黒の騎士団の敗残兵の対処に当たっていた。それも二日前に完遂して騎士団は輸送艦や空輸で本国へ向かってきているが、マリーベルは皇族専用の小型機を前もって準備しており一足早く帰ってきたのだ。

 視線が合い羞恥から顔が熱くなる。鏡を見たら耳まで真っ赤になっているのだろうと思いながら耳かきをされているので身体が動かせないで居た。

 

 「日本ではマリーもお疲れだったね」

 「いえ、お兄様がなされた苦労に比べればどうという事はありませんわ」

 「私の苦労なんて……。それより騎士団長から指揮能力の高さを聞いたよ。良くやったね」

 「テロリストを相手にするんですもの。本気でやらねば後々面倒ですからね」

 

 笑みを浮かべているものの一瞬の陰りが見えた。テロにより母親と妹を失った事を思い出しているのだろう。テロリストに対してマリーは強い憎しみを持っている。オデュッセウス兄様の命令とは言え、捕縛を優先と言われた時には複雑な気持ちだったに違いない。

 耳から耳かき棒が抜かれ、終わりかと油断した瞬間に耳へ吐息が吹きかけられた。

 

 「ひゃうん!?ななな、何をなさるのですか!」

 「耳かきの仕上げはふーだろう?さて、右耳は終わったから次は反対を向いてくれるかな」 

 「…は、はい」

 

 変な声を出してしまったこともそうだがお兄様に聞かれてしまったのが一番恥ずかしい。

 左耳を上にする為に顔の向きを反対にして転んだのだが、向いた方向に何があるか気付いて余計に赤面する。あのオデュッセウスの上半身裸体の雑誌はラミネート加工し、今でも色あせておらずに保管している。目の前には服で隠れているが写真で見るのではなく本物があると思うと心臓の鼓動が早くなる。

 

 「ところでお兄様」

 

 声のトーンが低くなり、背後から何やら怒気のようなものを感じる。生憎背を向けている為に表情までは見えないが、冷や汗を掻き始めた兄様の様子から本当に怒っているようだ。

 

 「な、なにかなぁ?」

 「なんであのような物をパラックスに贈られたのですか?おかげでオズが…」

 「余計に何のことかな?」

 「ですから―」

 

 言葉を続けようとしたマリーだったが通路よりドタドタと駆けて来る足音が近付いて来るに連れて口を閉じた。ノックすることもなく開け放たれた扉から入ってきたのは満面の笑みを浮かべたパラックスだった。その手にはエリア11のお土産で貰った木刀が握られていた。そして少し遅れてからどんよりとした空気を漂わせながら俯いているオルドリンと、苦笑いを浮かべるキャスタールが姿を現した。

 さすがに手が止まった隙に振り返るとそんな面々と目が合うが、何も言われずにパラックスが兄様に木刀を見せ付ける。

 

 「勝ったよ兄様!圧勝も圧勝!やっとオルドリンに勝ったよ!」

 「本当かい!?腕を上げたんだねパラックス」

 「にひひ♪」

 

 褒めて褒めてと近寄ってきたパラックスの頭を撫でているのを間近で見て羨ましくて頬を膨らます。

 笑みを浮かべるパラックスだったが対照的にキャスタールは頭を抱えて何かを言いたげだった。

 

 「どうした?」

 「あー……うん。確かに圧勝してたよね」

 「……はい。手も足も出ませんでした。マリーの剣なのに何も出来ず」

 「ごめん。何したの?」

 「オデュッセウス兄様がプレゼントして下さった木刀で手合わせをしただけです」

 

 ………分かった。

 マリーベルの騎士になる以上に悲しませたくないオルドリンは【オデュッセウス兄様が贈られた木刀】だからこそ攻撃できなかった。オルドリンにもだがオデュッセウス兄様にも依存しており、その兄様がプレゼントした物に傷をつけられなかったのだろう。後は相手が皇族という事もあって怪我をさせないようにと考えれば人体への攻撃は不可能。

 これはオルドリンでなくても大概の相手では勝てない。

 

 「パラックス。次はそれを使わずにやった方が良いわね」

 「えー…」

 「兄上に頂いた物をボロボロにしたいのか?」

 

 キョトンとして理解できてないオデュッセウスの代わりにギネヴィアが注意すると不満げな表情をするが、傷だらけにはしたくないという理由で納得してくれたのか渋々頷いていた。

 これで静かになると思い再び左耳を上にして寝転ぶと耳かきを再開される。心地よい感覚が耳に広がり頬を弛ますギネヴィアだが、木刀の件で後回しにしていた四人がギネヴィアを放置する筈も無く…

 

 「ところでギネヴィア姉様は何をなさっているのですか?」

 「―――っ!!」

 「こら、急に動くと危ないじゃないか」

 「あああ、兄上。耳かきは後でも…」

 「駄目だよ。ほら、じっとして」

 

 今すぐここを離れたいが耳かき棒を入れられたままでは何も出来ずにただ後ろからの視線に耐える事しかできなかった。

 

 「何してんの?」

 

 扉が開けっ放しだったのもあって通りかかったカリーヌが足を止めた為に背中に刺さる視線が増えた。

 しかも今更だが通りかかった者の数だけこの光景を見られているという事に気付いた。恥ずかしさのあまりにいっそ殺して欲しい…。

 

 「ギネヴィアは皇帝代理の公務で大変なのに日本ではさらに頑張ってくれたからね。ご褒美に耳かきを――――ってどうしたんだいキャス?」

 「ボクも政庁防衛の為に頑張りました」

 「なに並んでるんだよ!それだったら藤堂捕らえたボクのほうが功績があるだろ!」

 「私も中華連邦牽制したりしたんだけど…で、あんたは並ばなくて良いの?」

 「私はオズにして貰ってますもの」

 「あっそ…」

 

 困ったようで嬉しそうな笑みを浮かべる兄様の顔を見ていると本当に皆の事を好いているのがひしひしと伝わってくる。多分この関係はずっと続くだろう。こんな日々がずっと続けば良いのに……。

 

 「そう言えばさぁ、ギネヴィア姉様もそうだけどオデュッセウス兄様は結婚とか――」

 「兄様にはまだ早いです!」

 「ええぇ…」

 

 聞き捨てなら無い言葉に速攻で斬り捨てに掛かる。兄様の口から驚きの声が漏れているようですが聞かなかった事にします。

 確かに兄上もそろそろ家庭を持つべきなのかとは思うし、兄上に見合う女性が居れば反対もしません。が、何人も各国や貴族から申し込みはあるが条件に見合う女性は一人も居ないのであれば仕方ないではないですか。

 

 「まだ早いってもうお兄様も31歳だよ。遅いぐらいじゃないの?それにお兄様自身はしたくないの?」

 「私は結婚願望はあるんだけどねぇ…公務やらなんやらで出会う機会って少なくてさ」

 「でも縁談の話とかはないの?」

 「そういえば…聞いたことないね」

 

 何やら冷めた視線を感じる。

 私が精査している事を知っているのはマリーベルとカリーヌ、そして同じく精査していたコーネリアの三人のみ。

 カリーヌが大きなため息を漏らして呆れながら見つめる。それを楽しそうに微笑むのはマリーだけだった。

 結婚について考えているのか手が止まった事に不満を覚える。

 

 「オデュッセウス兄様。お手が止まっております」

 「あ、ああ…すまない」

 「終わったら今度は私がしてあげますから」

 「あー!姉様ずるい!」 

 

 頬を膨らまして抗議するカリーヌに笑みが零れる。

 もう暫しの時間だが楽しもう。

 予想だがすぐに兄上は本国を発ってしまう気がしてならない……危険な戦場へと…。

 

 

 

 

 

 

 執務室のソファで横になったオデュッセウスは目を瞑りながら思考の海に潜る。

 自分はエリア11で何をした?

 クロヴィスやユフィを助け、ニーナやナナリーを手元に置き、コーネリアに護衛を付けてユーロ圏へ送った。

 代わりにルルーシュを父上に引き渡すような事をしてしまった。

 スザク君とルルーシュに対する罪悪感が半端ない。しかも伯父上様に目を付けられたのは本気で死亡フラグっぽくてヤバイ。

 なんとかしてポイントを稼ぎたいところなんだけど伯父上のポイントを稼げそうなもの……C.C.を引き渡す―――却下。

 

 正直、今のオデュッセウスは弱っている。

 クラブの無茶な操縦をして身体が痛んでいる事を言っている訳ではない。と言うか身体は全快した。

 癒しのギアスで多少痛みを和らげ治癒出来れば良いかなと思って使用していると、いつの間にか痛んだ内臓系もひびの入っていた肋骨も治りきっていたのだ。あまりの治りの早さに驚いたがそれ以上に担当していた医者は心底驚いていた。精密検査を受けたが異常は何もなかった。それどころか以前の精密検査より良い結果が出た。肌年齢が18歳だって。美容系は何もしていない31歳なんですけど…。

 もしかしたら私のギアスは【癒し】では無いのではないか?あの時は簡単なテストで(仮)みたいな感じで名前を付けたし。

 

 ―と、話がギアスに偏った。

 先ほどの【弱っている】と言うのは戦力的&ギアス対策の事だ。

 白騎士であるロロがギアス響団に戻された。外で活動出来るギアスユーザーが必要と言う理由だったけれども【コードギアスR2】に向けての準備かなと予想している。ただ少し速すぎるかなとは思うけど。

 アリス達ギアスユーザーの騎士団【イタケー騎士団】はナナリーの専属騎士団になった。私はアリスをナナリーの騎士にすると言ったつもりだったのだが、いつの間にか騎士団ごと移籍する話になっていて…。ダルクやサンチア、ルクレティアと仲良くなったと嬉しそうに話すナナリーに「実はアリスだけ」なんて言えなくて…。まぁ、ナナリーの身辺を護る戦力が充実したと思えば悪くはないかな。

 

 おかげでギアスユーザーに対抗出来うる人材が一人も居なくなった。

 イタケー騎士団から切り離したマオは姫騎士の護衛兼補佐の為にエリア11に居るし、ミルビル博士は新型ナイトメア開発に専念して貰う為に開発局に篭って貰ったし、マリエル―エルもマオと同じくエリア11で、父親のレナルド博士は試作強化歩兵スーツの簡易量産版製作の為に研究して貰って周りには誰も居ない。

 

 短く息を吐きながら時刻も深夜だった事で、ベッドに移動して今日はもう寝ようと瞼を開けるとそこには油性マジックを近づけようとしていたアーニャが居た。視線が合った瞬間舌打ちされた事から誰だか分かり易い。

 

 「何をなさってるんですかマリアンヌ様」

 「うふふ。さぁて何をしていたでしょう」

 「まさかもう書かれてる!?」

 

 慌てて飛び起き、鏡を手にとって確認するがイタズラされた様子はない。安心して息を吐き出すと後ろでクスクスと笑う声が耳に付く。この反応を見るための悪戯だったのかと今更気付くが肩を落とすしか出来ない。

 

 「やっぱり貴方は良いわね」

 「人を玩具のように言うのは止めてもらえません?」

 「どうしようかしらね?」

 

 久しぶりに見た楽しそうな笑みに頬が弛んでしまった。

 アーニャの意識の中にマリアンヌが存在する事を知っているのはオデュッセウスとシャルルのみ。となれば自然と遊べる相手はオデュッセウスとなる。その事を考えるともう少し会った方が良いのだろう。会っても遊ばれるだけなのだろうけど…。

 

 「それよりも何か用があったのではありませんか?」

 「ええ、シャルルが呼んでるのよ。今すぐ来てくれるかしら」

 「畏まり……え?」

 

 急な呼び出しに何事かと身構えながらアーニャ(マリアンヌ)の後ろを付いて行く。警備の兵が居る筈なのだが姿が見えないことから見られると非常に不味い事柄に触れるのだろう。

 …と言うか、マリアンヌにアーニャ、そして警備が誰も居ない場所と聞くと凄く嫌な感じがするのだけれども…。

 道中何も起こらずホッとしながら父上が待つという部屋に到着すると小さなテーブルにワインが置かれており、椅子が三つ用意され、そのひとつに父上様が腰掛けていた。

 

 「来たか…」

 「お待たせしてしまい申し訳ありません皇帝陛下」

 「よい…これは公のものではない。楽にしろ」

 「立ち話じゃ落ち着かないし、さっさと座りましょう」

 

 手を引かれてそのまま椅子に腰掛けさせられると、腕を組んでこちらに視線を向けるシャルルの威圧感に逃げ出したくなる気持ちでいっぱいになった。

 蛇に睨まれた蛙のような状態にマリアンヌは肩を震わして笑った。

 

 「エリア11では色々と仕出かしたそうではないか」

 「えと…どれの事を言われているのでしょうか?心当たりが有り過ぎてどれの事か…」

 「事細かに知っている訳ではない。だが兄さんが動いた事だけは知っておる」

 「詳細については…」

 「聞いてもおらぬし、聞く気もない」

 

 その回答に心底安心した。

 嘘が嫌いと言いつつも嘘を付くV.V.とは違い。良い意味でも悪い意味でも嘘を付かない父上に説明を求められたらC.C.の事を話さなければならず、結果は想像もしたくないものになるだろう。

 ドッと吹き出た冷や汗をハンカチで拭いながら次の言葉を待つ。

 

 「貴様にはユーロピアに飛んで貰う」

 「ユーロピアですか?しかしあそこはユーロ・ブリタニアが担当していて本国からの介入はしないほうが良いのでは?」

 「勿論極秘裏にだ」

 「この子の記録に残っていたのだけど随分政庁を抜け出しては好き勝手していたそうじゃない」

 「何故それを!?」

 「それはこの子――アーニャと同じラウンズに心当たりがあるんじゃないかしら?」

 

 言われてすぐに思い浮かんだのはノネットだがアーニャに無断外出を話したとは考えられない。となればジノだな。何度か写メを送ったからそれをアーニャに見せたのだろう。そして見せられたアーニャは自分の端末に記録として残し、入れ替わったマリアンヌ様が見たと……次からもうちょっと注意しよう。

 

 「貴方なら好き勝手に動けるでしょう」

 「多少は動けるでしょうが…何をすればよいので?」

 「兄さんがプルートーンを動かした」

 

 その名にピクリと反応した。

 【プルートーン】とはブリタニア皇族と関わりを持つ特殊部隊で、古くから汚れ役を請け負っている。今はオイアグロ・ジヴォンが隊長を務めている。確かにオイアグロはV.V.の事を知っており、皇族の命で動く【プルートーン】をV.V.は動かせる。しかし何故と疑問が残る。

 

 「目的は分からぬがあの地に何かあるようだ」

 「部隊数は分かりますか?」

 「サザーランド六機ほどが本隊と別行動しているとビスマルクから報告を受けた」

 「約二個小隊ですか…こちらの戦力は如何程に?」

 「こちらからの介入はないものと考えよ」

 「つまりはユーロピア連合の勢力圏内にユーロ・ブリタニアの支援も受けずに潜入して調べろという事ですか…」

 「そうだ」

 

 なんか死亡フラグが突貫工事で建設されているような気がして頭が痛くなる。

 額を押さえながら笑みを浮かべる。余裕を持った笑みや愉悦に浸っているような笑みではなく、笑うしかない状況で笑っているだけだが。

 

 「少し頼みがあるのですが宜しいでしょうか?」

 「良かろう。申してみよ」

 「まずナイトメアの用意をお願いします。機体は中古のグラスゴーで。それと偽造パスポートにユーロピア圏内に拠点になりそうな物件を」

 「ふむ。手配するように言っておこう。ほかにも何かあるのか?」

 「いえ、あとは自分で何とかしてみます」

 「そうか」

 

 小さく頷いた父上は机の上のワイングラスを手にとって飲み干した。短く息を吐くと立ち上がりそのまま扉に向かって歩き出した。急に退席しようとしたシャルルを見送る為に慌てて起立する。

 

 「ユーロ・ブリタニアの援軍は期待できぬがマンフレディという男を頼ってみるが良い」

 「マンフレディ?はて…何処かで聞いたような」

 「元ナイト・オブ・ツーで今はユーロ・ブリタニアで騎士団の総帥をしている」

 「豪快な人物であったけど仲間想いで情に厚い人物よ。貴方ならシャルル以上に仲良くなれるかもね」

 

 シャルルに続いて退席していったマリアンヌを見送ったオデュッセウスは眉間にしわを寄せて、腰掛けて腕を組む。ナイト・オブ・ラウンズなら耳にしていても可笑しくないのだが、何か引っ掛かる。まるで大事な事を忘れているかのような…。

 結局思い出せないままオデュッセウスはユーロピアに向かう準備をするのであった。



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第52話 「ユーロピア入りする前に準備をしよう」

 本当に申し訳ありません。
 土曜日に用事が出来てしまい投稿がだいぶん遅れてしまいました。


 神聖ブリタニア帝国 ナイトメアフレーム開発局 第一皇子専用ラボ【エレイン】

 湖の乙女の名の一つを名付けられたラボ内には最新機が並んでいた。

 

 可変ナイトメアフレームRAI-X16【サマセット】

 ゼロがスザクを救出する際に扇が乗っていた折り畳み可能な民間用ナイトメアフレームの同タイプを飛行可能な機体へと改造した機体で、次期空中騎士団主力機として考えられている。

 現在の空中騎士団の主力はナイトメアフレームが騎乗出来る飛行騎乗兵器プリドゥエンと空中騎士団仕様のナイトメアフレームで構成されているが一機飛ばすだけで多くの人員が関わる事となって非効率的なのだ。ゆえに新たに開発されたサマセットは可変して単独で飛ぶ為に関わる人員を削減し、プリドゥエンを超える高い空中性能を誇る。ただ軽装に拘った結果、長時間の飛行は出来ず、武装は腕部内蔵コイルガンのみとなったので主力機には加えるが仮状態での配置になる。

 

 そして【ブラッドフォード】

 同じ可変機のサマセットとはまったくの別物で性能的にはランスロットに近い。ハドロン砲の技術も取り入れており、火力も飛行能力もサマセットが霞むようなナイトメアに仕上がる予定だ。

 サマセットはすでに完成してテスト飛行も終えて生産体制に入りつつあるが、ブラッドフォードはやっと組み立てに入ったところだ。これから機体のテストを幾度となく繰り返し、システムの調整を施し、テスト飛行などの実践的な試験を行なう予定が組めるようになったが、完成にはあと数ヶ月は掛かるだろう。

 

 最後に量産化計画には組み込まれていない【サザーランド・イカロス】と名付けられたナイトメアフレームを内部に搭載するナイトギガフォートレスである。表向きに確認されるナイトギガフォートレスの初の実機となる。本当はブラックリベリオンでジェレミア卿が搭乗した【ジークフリート】が初なのだがアレはギアス響団が管理し、操縦するには問題のある事案に触れなければならないので表向きには発表されてはいない。

 見た目的には全長9メートルほどの多数の武装コンテナを積んだ戦闘機のコクピット付近からサザーランドの顔が飛び出ているような感じだ。アニメのコードギアスR2に搭乗した可変時のトリスタンの巨大版のほうが分かり易いだろうか。

 

 そんな最新機に関わっている作業員を横目で眺めながらオデュッセウス・ウ・ブリタニアとウィルバー・ミルビルはラボを横断するかのように歩いていた。

 

 「ブラッドフォードもようやく形になってきたね」

 「ハッ!これも惜しみなく資金を提供して下さった殿下のおかげでございます」

 「持ち上げないでくれよ。私は資金を提供しただけでこれは君たち技術班の成果なんだから。それに私が資金を提供しなくともこんなすばらしい機体を周りが放って置かなかっただろう」

 「お褒めのお言葉。感謝致します」

 

 ウィルバーの言葉にオデュッセウスは「ははは…」と笑い、頬をぽりぽりと掻く。

 礼儀正しく真面目なウィルバーだから仕方ないのだがオデュッセウスとしてはもっとラフに接してくれた方が気楽で良いのだが…。

 そんな事を思いながらさらに奥へ進んでいくと最新鋭の機体ではないがナイトメアが置いてある。

 

 【四聖剣】の千葉 凪沙が搭乗していた月下である。

 藤堂や【四聖剣】が使用していたナイトメアフレームの月下で残存する機体はほとんど研究所送りとなった。しかし破損状態の一番少なかった千葉機だけはオデュッセウス預かりとなった。

 破損部分を修復して、中身を改修し、フロートユニットを取り付け、両腕にブレイズルミナスを装備させたりと趣味で改造を施して貰っている。今から乗るのが楽しみだ。

 

 さらに奥に進むとオデュッセウスとウィルバーしか入れない格納庫がある。入るには幾つものロックを解除する必要があり、複数のキーとパスワードを持っているのは二人だけという厳重な管理をしている格納庫には二機のナイトメアが眠っている。

 一機はオデュッセウス用に改造中のランスロットタイプで、もう一機はユーロピアに持って行くグラスゴーで最終調整を済ませ待機している。これもこれで色々仕掛けを施しているが今回は説明しないでおこう。

 

 「アレは手筈通りに送っといて貰えるかな?」

 「承りました。それで荷物の到着予定に変更は無しで宜しいですか?」

 「現状は変更無しで。こっちも済みそうだしねぇ…。ところでちゃんと家族サービスしてあげてるかい?」

 「最近はこちらに掛かりっきりでして…」

 「ひと段落したらちゃんと帰るんだよ」

 

 軽い会話を交わしながら、進捗状況も確認できた事で出口に向かって行く。

 本来ならユーロピアに着いていても可笑しくないのだが、これもユーロピア行きを命じた父上のせいでもある。

 エリア11で大打撃を被ったエリア11に駐留するブリタニア軍の再編成に追加の部隊派遣。

 あまりに大きな出来事で浮き足立っている各国への対応。 

 各エリアで反ブリタニア勢力の動きが活発になっている事実。

 その他もろもろ忙しく、皇帝陛下に御伺いを立てると『俗事は任せる』と…。

 

 シュナイゼルもギネヴィアも忙しく動き回っている中、私が何もしていないというのはどうも気持ちが落ち着かない。父上の命であるプルートーンの捜索はユーロピアに入った情報が届いてから何もない。ユーロ・ブリタニア担当区域でユーロピア共和国連邦の支配地域、そしてV.V.に悟られたくない事から監視もままならない。

 どうせ手付かずなんだし遅れても良いかと判断し、マリアンヌ様に父上が投げ出した俗事でユーロピアに向かうのが遅延すると伝えてから何の話も来ないことから良かったんだろう。

 

 警備用装備のプチメデ八機とグロースター五機に護衛された皇族専用車で移動中も書類に目を通し、膨大な情報を読み取っては手早く処理を済ます。それだけ時間が無いのだ。

 捲っていた中の一枚の資料を目にした瞬間、手が止まった。

 

 その資料は【ユーロ・ブリタニアによるユーロピア共和国連合侵攻状況報告書】でユーロ・ブリタニアがどんな作戦を行ない戦果を上げたのか。逆にユーロピア共和国連合にどんな作戦を用いられたかなど戦況から現状について色々書かれていた。オデュッセウスが注目したのは【聖ミカエル騎士団 団長の死去】の項目。

 

 「……あ。あー…そうか。そうだったのか。うわぁ……やらかしたぁ…」

 

 自分の記憶力の無さに頭が痛くなる。左手で片目を覆うように押さえ、大きなため息をひとつ零しながら資料に写る堂々として優しげな笑みを浮かべる騎士を見つめる。

 

 ミケーレ・マンフレディ。

 ユーロ・ブリタニアの聖ミカエル騎士団団長で元ナイト・オブ・ツー……。

 

 《ユーロ・ブリタニアの援軍は期待できぬがマンフレディという男を頼ってみるが良い》

 

 父上ぇ…すでに頼る相手が亡くなっているのですが私はどうすれば良いでしょうか?―――行くしかないんですよね。後ろ盾が無くとも…。

 

 脳内でシャルルに報告するイメージを浮かべてみるが「だから、どうした」と言われて終わるだけの気がする。

 頼る相手であり、自分が覚えていれば助けられたであろう相手に申し訳ないと思いつつ、今後の予定を組み立てる。

 マンフレディが亡くなった事で自分がOVAの【亡国のアキト】の話に入っている事を理解出来た。おかげでこれからの道筋が読める分、V.V.の狙いがおおよそ掴めた。

 

 亡国のアキトでV.V.が部隊を動かしてまで興味を引くものなんて限られている。 

 マンフレディは信頼を置いていたシン・ヒュウガ・シャイングに「聖ミカエル騎士団が欲しい」と言われた事を冗談と判断して「後々はお前を騎士団長に」と返したが、自身の歪んだ夢の為に騎士団を欲していたシンにギアスをかけられて自害させられた。

 これも興味を引くものの一つであるが動いたのは事件前。しかも資料にはシンに聖ミカエル騎士団を託して、持っていた剣で自害したとしか書かれておらず、これだけでギアスと関連付けるとなれば勘が良過ぎるなんてレベルじゃない。という事は考えられるのは三つ。

 

 集合無意識とは反対の存在である集合意識体の時の管理者。

 シンにギアス能力を与えたコードの刻まれた髑髏。

 以前C.C.がユーロピアに居た事から居ないかどうかの捜索。

 

 これらのどれかだと推測する。

 推測出来たからって対策する事はほぼ不可能。

 良し。ユーロピアには本当に観光で行こうかな。

 考えるのを止めて呑気な事を思い始めた矢先、車が多少揺れて停車した。運転席より降りた男性がドアを開けて頭を下げる。ゆっくりと車外に出て周りで敬礼をしている兵士たちに笑みを浮かべて手を振って進む。

 今日の予定としては宮殿内にてマリーベルとマリーベルの騎士団となる騎士達との面会だ。

 以前にシュナイゼルに創設してもらった【対ナイトメアフレーム戦術を備えたナイトメアフレームを運用出来る対テロ部隊】の技術や情報を受け継いだ騎士団の設立がやっと許可されたのだ。話によると反対していたのはギネヴィアで、皇女が戦場を駆け回るなどと猛反対されたらしいが、認めてくれるように頼んだ瞬間には許可を貰ったんだけど…どゆこと?

 思い起こしながらマリーが待っている部屋に向かうとすでにマリー達は来ていて、椅子に腰掛けたマリー以外は立った状態で待ち続けていたのだろう。

 

 「すまない。だいぶ待たせたかな?」

 「いいえ、私達も先ほど到着したばかりですし、まだ時間には早いですわ」

 「遅刻したのかと焦ってしまったよ。それでそちらの方々がマリーの騎士だね」

 

 見渡した先には四人の男女が整列しておりこちらに姿勢を正して敬礼を行なう。

 先頭に居るのは幼き頃からマリーの騎士を目指していたオルドリン・ジヴォン。マリーベルの対テロリスト部隊【グリンダ騎士団】で正式採用が決まった真紅と純白の制服を着用した姿はとても鮮やかで華やかだった。

 次に並ぶのは同性のソキア・シェルパ。元々は軍属ではなく競技ナイトメアフレームリーグのスタープレイヤーで【クラッシャーソキア】の異名を持つ。競技ナイトメアフレームリーグはグラスゴーを競技用に改造した【プライウェン】を使用した競技で、射撃武器や近接武器は使用禁止で肉弾戦を仕掛けたりはOKのレースである。なんと言っても眼前で行なわれるナイトメア同士のダイナミックな試合はほかのものでは味わえない。

 三人目はレオンハルト・シュタイナーという顔立ちの整った青年で、ウィルバーが所属していたシュタイナー・コンツェルンを運営する技術系貴族シュタイナー家の一人息子で、ブラッドフォードの正式パイロットになる子だ。

 そして最後はティンク・ロックハートというどっしりと構えた青年。元々皇立ナイトメアフレーム技研所属のテストパイロットを務めており、機体の性能を引き出す事に秀でていると言う。ただ過去の事故で身体の三割が義肢や人工皮膚となっている。

 

 ニッコリと微笑みながらマリーはオルドリンの横に並ぶ。いつも以上に緊張しているのか表情が硬く、思わず頬を緩めてしまった。

 

 「そんなに緊張しないで楽にしてくれたら良いよ」

 「い、いえ、マリーの…マリーベル皇女殿下の騎士として居りますのでそういう訳には参りません」

 「ああ、それはそうだね。遅まきながらマリーの騎士就任おめでとう。これからはマリーの剣として頼むよ。グリンダ騎士団ナイト・オブ・ナイツ、オルドリン・ジヴォン卿」

 「イエス・ユア・ハイネス。この命に替えましても」

 「命は駄目だよ。マリーが悲しむからね」

 「私も大事な人を失うのは懲り懲りよ…だから生きて帰ってきてね」

 「は、はい」

 

 騎士の覚悟としては正しいとは思う。けれど妹の悲しむ姿を想像するとそう言う訳にもいかない。 

 悲しむマリーベルの表情に焦りつつも返事を返したオルドリンの前からソキアの前へと一歩踏み出す。彼女は緊張しているというか何処かそわそわと落ち着かない…まるで芸能人を目の前にしたような感じを受けた。

 

 「お会いできて光栄ですオデュッセウス殿下」

 「いやぁ、私もだよ。まさか生でクラッシャーソキアに会えるなんて。あとでサイン貰えるかな?」

 「勿論です。ご存知いただけて光栄です!あ、握手してもらっても?」

 「ちょっと…さすがに失礼ですよ」

 「構わないよ」

 

 握手を交わして次のレオンの前に移動すると、彼は前の二人のように緊張したり、そわそわした様子は無く堂々と構えていた。貴族という事もあってこういう場には慣れているのだろう。

 

 「お初にお目に掛かります。自分はレオンハルト・シュタイナーと申し――」

 「え?君と会うのは二度目だよ?」 

 「――ま…え!?」

 

 前に会った事がある事実よりも自分が覚えていないことに焦り目が泳ぐ。

 当時の彼は幼く、私も遠目で見ていたから気付くはずも無かった。つまりは少し意地悪してみたのだ。周りから冷たい視線を浴びて余計に焦っている様子を見てさすがに悪い事をしたかなと思う。

 

 「はは、すまない。会ったといってもこっちが離れた距離から見ただけで気付いてないと思うよ」

 「あ…そ、そうでしたか…」

 「昔ナイトメアの適性検査でジノと一緒に来ていただろう。その時見かけてさ」

 「ギネヴィア皇女殿下が行なった時ですね」

 「うん。そうだ!その時の写真があるけど見るかい」

 

 そう言って懐の携帯を弄って当時の写真を画面に映して皆に見せる。特に反応したのが女性陣だ。

 腰まで髪を伸ばした幼く女の子と見間違うような少年。可愛らしく微笑んでいる様子は本当に愛くるしく見ている者を微笑ましてくれる。

 

 「可愛い!」

 「本当に女の子みたい」

 「なぁ!?女の子みたいって…」

 「これはレオンに女装させるしかないね!」

 「なんでそうなるんですか!」

 「ふむ…良し。では私から至急グリンダ騎士団の制服を一組用意するように手配しよう」

 「でしたらパイロットスーツの方にしてみませんか?」

 「うえぇ!?え?これ本当に着る話になってるんですけど…」

 「マリーもオデュッセウス殿下もほどほどにして下さい。本気で困ってますよ」

 

 悪乗りしたマリーも加わると冷や汗を流し始めたレオンハルト。さすがに止めないといけないとオルドリンが入る。さすがに本気ではないよ。だって女性用のパイロットスーツってハイレグのレオタードだよ。さすがにそれは着せたら問題になりかねない。せめて制服で止めるよ。

 ホッと胸を撫で下ろすレオンハルトの肩をポンっと叩く。

 

 「意地悪をして悪かったね」

 「い、いえ…」

 「さて、君がティンク君だね」

 「はい。元皇立ナイトメアフレーム技研所属テストパイロットのティンク・ロックハートです」

 「噂はかねがね聞いてはいるよ。機体能力を引き出す事に秀でているらしいじゃないか。その才能を遺憾なく発揮してくれる事を期待している」

 「ハッ。ご期待に沿えるよう努力いたします」

 

 皆の顔を見渡し大きく頷いて微笑む。それぞれ個性的で今は騎士としては半人前ばかりだが、チーム全体が良い雰囲気を持っているのが非常によく分かる。これから色々な困難が待っているのを知っているが、知っているからではなく彼らだからこそ大丈夫だろうと安心できた。これだけで会いに来たかいはあったと言うものだ。

 っと、もうひとつの目的を忘れていた。

 

 「マリー。これを」

 「これは?」

 「レオンハルト君が乗る予定のブラッドフォードの進捗状況だよ。やっとテスト飛行にこぎつけた段階だけどね」

 「わざわざありがとうございます」

 「それとマリーのオルドリンのランスロットは問題なく進んでいるよ」

 「本当ですか?」

 「開発者のロイドが喜んでいたよ。スザク君がデスクワークで忙しくてランスロットのデータが取れないってぼやきながらね」

 「納期はいつぐらいになりそうですか?二ヶ月ぐらいですか?」

 「ランスロット・クラブみたいに予備パーツを組む訳ではないんだよ。ランスロットの量産型である【ヴィンセント】。その【ヴィンセント】を造る為の試作機【ランスロット・トライアル】をオルドリン専用に改修しなきゃいけないんだ。機体の操縦性もそうだけどコクピット周りも変えなきゃだし、ロイドの事だからデータ収集を兼ねて色々新装備を用意するだろうし、ロイド自身がラウンズ入りしたスザク君の後見人になったもんだから本人も書類仕事で忙殺されてるし……半年は待つことになると思うよ」

 「そんなにですか…」

 「どのみちグリンダ騎士団もそのぐらいに観艦式を執り行うんだからちょうど良いじゃないか」

 

 明らかに残念そうにしているがロイドが直々に新兵器を積み、改造に改修に調整する機体を余所の技術屋に任せる事も出来ない。出来るとしたら黒の騎士団のラクシャータかうちのウィルバーぐらいなものだろう。片や反ブリタニア組織で片やブラッドフォードなどの開発で多忙で不可能だが。

 机を挟んだ椅子にマリーベルとオデュッセウスが腰掛ける。最後にもう一枚の書類を取り出して渡す。

 

 「これは頼みなのだけどこの子をグリンダ騎士団に入隊させてくれないかな?」

 「えーと、マリーカ・ソレイシィ…ソレイシィという事は貴族の―」

 「そう、貴族ソレイシィ家のひとりで、クロヴィスの親衛隊長を務めているキューエル・ソレイシィ卿の妹。あとレオンハルト君の許嫁」

 「何故お兄様が推薦なされたのでしょう?」

 「キューエル卿とは接点があって、軍学校に妹がいる事を知っていてね。そこに君が騎士団を立ち上げる話を聞けば許嫁が居ると言う。成績も優秀だし、問題はないと思うんだけど」

 

 半分は嘘である。

 ナリタで記憶を戻した際にマリーカを思い出しており、前々から気にしていたのだ。原作では兄を失いテロリストを憎む復讐心に目を付けたナイト・オブ・テンのブラッドリー卿に、グラウサム・ヴァルキリエ隊に入隊させられ、危うく紅蓮聖天八極式に瞬殺されかけた。アニメでは死んだっぽかったが漫画【双貌のOZ】では爆散した機体より放り出され、空中でレオンハルトが助けて生存した。しかしだ。兄であるキューエルが生きている事でテロリストに対する憎しみは薄れ、軍務としてブリタニア貴族として戦う敵として見ている彼女をブラッドリー卿がスカウトするとは思えない。となると優秀かつエリア11の人員不足から考えてエリア11配属に回される可能性が高い。そうなればゼロの奇策に紅蓮などの強者と戦って死亡する危険性が格段と上がるだろう。ならばマリーベルの騎士団所属にして生き延びて貰った方が良いだろう。さすがに自分がキューエルの未来を変えた結果、彼の妹を殺したなんて寝覚めが悪すぎる。

 軍学校の成績は優秀で性格上の問題点も無い。シミュレータの成績ではレオンハルト以上。実戦経験はまだないがこれから鍛えていけば良いだろう。当然返事は【はい】か【Yes】しかないと思っていたが、涼しげに微笑むマリーベルからは予想しなかった答えが出てきた。

 

 「お兄様の推薦ですけどお断りさせて頂きますわ」

 「……へ?ど、どうしてだい?」

 「ここに書かれている成績は実戦経験を除いて非の打ち所はありません。ですがレオンハルトの許嫁であるのが問題です。もしどちらかが敵の手に落ちたりすれば騎士として動けるとお思いですか?」

 「それは……」

 「無理でしょう。例え今は出来ると断言した所で実際目にすればどうなるか分からない。下手をすればどちらかを失うどころか騎士団全体に被害が及ぶでしょう。親しい者同士が同じ部隊に配属されればそういう危険も増えるのです。それが分からないお兄様でもないでしょうに」

 

 確かにそうだ。マリーベルの言葉に自分が何を仕出かしそうになったのかを認識させられた。自分だって妹や弟達が危険な目に会っていたら冷静な行動は出来ない。ナリタやブラックリベリオンの時なんかがそうだった。

 渡した資料を返されながらふと、あることに気付き顔を上げた。

 

 「それだったらオルドリンがマリーの騎士団に居るのも駄目なんじゃないか?」

 「「え?」」

 「だってマリーはオルドリンに依存しているだろう。もし何かあった際に冷静で居られるかい?」 

 「いえ、それは…そもそも私の騎士であるオルドリンが敵の手になんて…」

 「確かにオルドリン卿の実力はかなりのものだ。だけどそれ以上の実力者を知っている。帝国内にはラウンズ、黒の騎士団には紅蓮のパイロット。それに一対一で敵わなくとも一対多数に持ち込まれたり、エナジー切れを起こせば実力差なんて関係なくなる」

 「それはそうですが…」

 「ああ、私は本当に頭が回らない。冷静さを欠いていたようだ」

 「あの…お兄様?」

 「この件はシュナイゼルやギネヴィアと協議したほうが良さそうだね。早速二人に―――ん?」

 

 これは早くに相談しておかなくちゃと思い立ち上がり、急ぎ部屋から退席しようとしたオデュッセウスの裾をマリーベルが掴んだ。どうしたんだろうと小首を傾げるとマリーが泣き出しそうな表情を必死に堪えて平静を装って見つめてくる。

 

 「お兄様。先ほどの件なのですけれど…お受けいたしますわ」

 「ん?だってさっきはアレほど…」

 「確かにそういう危険な面はあります。ですがそういう弱点を補う為のチームでもあるのです。それにお兄様直々の推薦をお断りするなんてどうかしてました」

 「いや、先ほどの意見は実に正しかっ―――」

 「と言う事でマリーカさんは私の騎士団に迎え入れます。オルドリンもそのままで宜しいですわねお兄様!宜しいですわね!」

 「ア、ハイ」

 

 なんか分からないけれど最初の予定通り彼女がマリーの騎士団への入団が決まったのは良かった。これでとりあえずの準備は完了した。来週にはユーロピア入り出来るだろう。



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オデュ、ユーロピアへ
第53話 「ユーロ入りした殿下は忙しい」


 ユーロ・ブリタニア。

 市民革命によってブリタニアに亡命した貴族の末裔で、宗主であるオーガスタ・ヘンリ・ハイランド【ヴェランス大公】をトップとして先祖の地奪還の為にユーロピア共和国連合と敵対している。

 名にブリタニアの名が付いている事からも分かるようにブリタニアから大きな支援を受けており、サザーランドやグロースターを所持している。戦力も整っている上で元ナイト・オブ・ツーのミケーレ・マンフレディ卿がユーロ・ブリタニアに合流した事でブリタニア本国はユーロピアへの壁として使いながらも危険視し警戒していた。

 しかしそれも過去。件のマンフレディ卿が自殺した為に多少は警戒が弛んでしまっている。

 

 そんなユーロ・ブリタニアに一人の人物が降り立った。

 胸元まで伸ばした真っ白な髭を撫でながら笑みを浮かべたお腹のふくよかなおじさんは微笑みながら辺りを見渡す。

 ベルトコンベアで運ばれてくる荷物を受け取り、空港内の飲食店に入るとコーヒーのLLサイズとハンバーガー二つほどをお持ち帰りで紙袋に入れて出てきたかと思えば、ロビーの椅子に腰掛けてバーガーをひとつもしゃもしゃと食べ始めた。

 

 「うん?…さすがに髭につくか」

 

 食べていたハンバーガーから零れたケチャップが髭を赤色に染めてしまった為にチェック柄の薄い生地の上着よりハンカチを取り出し拭う。そのタイミングで隣に黒縁の眼鏡をかけた東洋人らしき青年が腰掛けた。

 ちらりと表情を窺うとこちらを意識せずに鞄に収めていた小説を片手で開き、口元を手で覆いながら読み始めた。再びハンバーガーを食べ始めたのを確認した青年はチラッと視線を動かしてだらんと垂れ下げられ、椅子に付いた左手首に巻かれた灰色のミサンガを確認する。

 

 「これじゃなかったな…」

 

 そう短く呟くと自身の右側に本を置くと同時にミサンガを袖で隠してあったナイフで素早く斬り、袖に戻すと下に置いてあった鞄より別の本を取り出して同じ格好で読み始めた。

 【ミサンガを切る】合図を受けたおじさんは口元を弛ませて、口内に残るバーガーを飲み込んだ。息を吐きながらコーヒーの入ったカップを口元に寄せる。

 

 「君がOZかい?」

 

 監視カメラにも辺りの人にも口元を見えぬようにして小声で呟く。青年は咳き込みながら頭を縦に振るう。カップを左手に持ち替え、右手で次のバーガーにかぶりつく。

 

 「あんたがアラン・スペーサーか…聞いていたより年上なんだな」

 「君と同じで厄介者なんでね。私はここではだけど」

 「そうか…顔から判別は出来そうにないな」

 「勿論名前からもね。指紋を取って身元確認したいだろうけど対策はしてあるから無駄骨に終わると思うよ」

 「だろうな。思った以上に抜け目無いな」

 「命が懸かっているんでね」

 「それはこっちもだ」

 

 周りからは分からぬほど自然に振舞っている二人は視線を合わす事無く、会話を続ける。言葉の一つ一つを投げかけながら周囲に最大限の警戒を払いながら。

 

 「前置きは置いておいて何用だ。どこから聞きつけたか知らないがガナバティを通じての依頼…一緒にお茶をしようという訳ではないだろう?」

 「ふむ…君とお茶をしたい気持ちもあるが紅茶を取り扱っている店を捜すわけにもいくまい。それにお互いに時間が無い。単刀直入に言おう。プルートーンがユーロ入りした」

 「――ッ!!」

 

 プルートーンの単語に今までポーカーフェイスを決めていた表情が一瞬だけ歪み、手にしていた小説が小刻みに揺れた。聞かなくても雰囲気で分かる。彼は恐れではなく強い怒りで震えていた。

 ハンバーガーを食べ終わると紙袋の中から手を拭くための紙を取り出して汚れていない手を軽く拭う。手を拭いた紙を紙袋に戻す際にハンカチを持った時に一緒に取り出した一枚のメモを手の平で隠しており、紙を戻すと同時に紙袋の中に入れた。短く息を吐きながらカップで口元を隠す。

 

 「君の事だから言わずとも捜すだろう。私からの依頼は彼らを見つけた際に連絡を入れて欲しい。連絡先と前金を振り込んだ口座、それと現れるだろう予想先を紙袋の中に入れてある。移動する際に一緒に持って行ってくれ」

 「………分かった。以上か?」

 「もしかすると【騎馬】の手入れを頼むかもしれない。【カレー屋】は出張できるだろうか?」

 「俺のほうから伝えておく。後は金次第だ」

 「了解した」

 

 コーヒーを飲み干してカップを紙袋に仕舞うと自分の左側にすとんと置き、下敷きになった本を手にとって読み始める。

 退席しようと立ち上がりながら紙袋を持った青年は鞄を取る為にしゃがみ、睨みながら口を開いた。

 

 「よく俺が紅茶を好きなのを知っていたな」

 「………」

 「プルートーンで動く事を理解しているという事は俺の過去を知るギアス饗団の者か?」

 「いいや、敵対――まではしていないが動きを良しとしない者だよ」

 「俺はあんたを信用できない」

 「こればかりは私の失態だ。信用や信頼は無くて良い。依頼を出した者と受けた者の関係だ。お互いに利用し合えれば良しかな」

 「――本のしおりにこちらの連絡先を入れてある」

 

 ゆっくりと立ち去っていく青年を目で追う。人ごみで紛れる中で姿が金髪の少年へと変わり、視界から消えていった。姿が見えなくなったのを確認すると大きなため息を吐きながら肩を落とす。本をトランクケースに仕舞いただただ上を眺める。

 

 「ダリオさーん。ダリオ・トーレスさんはいらっしゃいますか?」

 「ああ、私だ。私がダリオ・トーレスです」

 

 自分の偽名を呼ぶ女性の声に手を挙げて立ち上がる。赤いショートヘアのブリタニア系の女性も気付いてこちらに駆け寄ってくる。前と同じ灰色のレディースーツに鞄をてにした彼女――メルディ・ル・フェイだ。

 フリーの記者として活躍していた彼女はユーロ・ブリタニアとユーロピア共和国との戦争状況や一ヶ月前に亡くなった元ナイト・オブ・ツーの追悼記事の為に本国で取材許可を求めていた。それが先日になって急に許可が出たのだ。

 ――ただ条件で護衛兼アシスタントとして【ダリオ・トーレス】なる人物と一緒に動く事が条件になったが些細な問題と思っていた。

 

 「お待たせしてしまいましたか?」

 「いえいえ、時間通りでしたよ。さすがは有名な記者さんだ」

 「あはは…本当はもう少し早く来ようとしたのですけど車の調子が悪くて…」

 「車で…大事な荷物は車に?」

 「いいえ、大事なものは肌身離さず持つようにしているので」

 「そうですか…すこし散歩しませんか?」

 

 そう言うと返事を待つ事なく歩き出す。戸惑いながらも後を付いてゆく。空港の入り口から出て沿道に出ると一台の車が停められてあった。メルディがアレが私の車ですよと告げてくると、不審に思われないように視線を動かし、建物の陰などからこちらを窺う連中を見つけた。時折耳に指を当てている所から小型のインカムをつけている様だ。

 車を通り過ぎ、他にも停まっている車に視線を向ける。するとちょうど型の古い軽トラックを停めている老人が居た。

 

 「もし、そこのご老人」

 「ん?なんじゃおんし?」

 「突然で申し訳ないのですがその車をお譲り頂けないでしょうか?」

 「なにを言っとr――」

 「急ぎなのです。これでどうでしょう?」

 

 トランクケースより取り出した厚みのある封筒を渡すと顔を顰めながら中を見た老人の表情が豹変した。大慌てで中より荷物を取ってキーを渡す。

 

 「本当にええんじゃな?」

 「走れるなら構いませんよ。メルディさん助手席へ!」

 「え!?ダリオさん――」

 「早く!」

 

 運転席に乗り込んだダリオはキーを回してエンジンをかける。只ならぬ雰囲気を察したメルディは急いで助手席へと乗り込んだ。

 

 「移動中にでも説明してもらいますよ」

 「了解したよ。行くよ!」

 

 勢い良く発進した車は土煙を立てながら猛スピードで駆けて行く。

 

 「どういう事なんですか?」

 「すまない。事情が事情でね。にしても尾行者にはさすがに気付けないか」

 「尾行!?」

 「見てご覧」

 

 バックミラーを動かして背後の道路を移すと大慌てでなにやら指示を出している連中が居る。しかも、同じように急発進した車が数台姿を現した。

 

 「何で私を?恨みを買う事なんて――記者だからいっぱいあった」

 「君を狙ってじゃなくて私が途中で撒いたから君を尾行したんだよ」

 「貴方はいったい?それに私は貴方を知っている?」

 「とりあえずこれの中身を撒いてもらえる。遠慮は要らないから」

 

 トランクケースより先ほどの老人に渡したのと同じ封筒を受け取り、中身を窓から外へと撒き散らした。封筒から何枚もの紙が撒き散らされ、道に落ちて行く。通行人たちがなんだろうと見つめ、落ちた紙がユーロ圏のお金と分かった途端、砂糖に群がる蟻の様に飛びついた。

 「これは私のよ!」や「金だ!金だ!!」と騒ぎながら必死に拾おうと飛び出した民衆で道路が塞がり、追いかけようとしていた車はクラクションを鳴らしながら止まるしかなかった。

 幾つもの角を曲がり尾行車を撒いた事を確認してホッと安堵の息を漏らすメルディはダリオに視線を戻す。片手で運転しながら取り出したボールペンを思いっきり振り被って自らの腹に突き刺していた。

 

 「なにを!―――え?」

 

 ダリオが突き刺したお腹からブヒューと空気が漏れ、脹れていたお腹がへこんでいった。驚いて口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返していると、白髪を引っ張ってカツラと垂れ下がった白い付け髭を外し、顎下より顔に貼り付けていた特殊なマスクを脱ぎ去る。

 

 「あ!え!ええええええええええ!?」

 

 メルディは驚きのあまり後ろに下がり後頭部を強打する。

 護衛兼アシスタントが付けられた事や尾行された時点でダリオには何かあるとは踏んでいたが、まさかオデュッセウス・ウ・ブリタニアが変装して居るとは思いもしなかった…。

 

 

 

 

 

 

 幾つもの飛行機を乗り換え、尾行を撒き、ユーロ入りしたオデュッセウスは大きく肩を落としてため息を吐いていた。

 変装用のマスクを外して変装を解いているが街行く人は一向に気付かないのは幸いだ。オデュッセウスはチェック柄のカッターシャツにジーンズ、つば付きの帽子を被った程度の格好なので知っている者が見れば分かりそうなものなのだがあまりに堂々としすぎて誰も気付かないのだ。

 尾行者が何者か分からない事に不安感はあるものの、今はそれ以上にこれからの事を不安に思っていた。

 プルートーンの動きを知る為に何とか名前を思い出した商人を伝ってOZ――オルフェウス・ジヴォンに連絡できたのは良かった。元ギアス饗団のギアスユーザーだった彼は同じ饗団員のエウリアという少女と恋人となり、饗団を脱走したのだ。二人はハンガリーの小さな村で静かに暮していた。それをギアス饗団は――V.V.は許さなかった。プルートーンを送って村人ごと虐殺。一人生き残ったオルフェウスはプルートーンに強い憎しみを抱いている。

 彼に話せば動いてくれる。その予想は大当たりだったがやはりボロが出てしまったのは痛い…。

 一番痛いのはお爺さんに渡したのと尾行を撒く為に撒き散らした活動資金の半分だ。

 これから入用だって言うのに何やっているんだか…。まぁ、必要経費と思って諦めるしかないが手痛すぎる。

 送られているだろうグラスゴーのある倉庫の確認にもしもの時の逃走経路の確認、活動拠点放棄時の二次拠点の確保。必要な武器や整備道具に食料調達…資金が幾らあっても足りない気がする。

 

 「はぁ~…」

 「元気出してください殿k――キンメルさん」

 「はは…本当にすまないね」

 

 メルディのユーロ行きの申請を許可したのは私だ。記者として有名なメルディと一緒なら比較的簡単にいろんな所に入れると判断したのだ。判断は正しくメルディはマンフレディの追悼記事を書きたいとマンフレディの親友であった聖ラファエル騎士団団長のアンドレア・ファルネーゼに真摯に頼み込み、ユーロ・ブリタニアの宮殿で取材できるという。

 

 …あ!キンメルさん。ロロだけでなく私も貴方の存在をお借りします。

 

 トランクケースからナップサックに換えて宮殿へと歩んで行く。

 警備は厳しく辺りに兵士が配置されていた。荷物検査も入念にされた時は武器を隠し持ってなくて本当によかったと安堵した。装飾が所々に施された通路を移動し、待合室に通されたのだがなんか落ち着かない。

 身元バレの可能性や尾行者の仲間がここに居ないか、これからの不安を抱きながら落ち着こうと必死に装う。慣れているのか落ち着いているメルディが本当に羨ましい。

 

 二十分ほど経った頃に聖ラファエル騎士団の騎士らしき人物が待合室に準備が出来たと呼びに来た。

 深呼吸をしてゆっくりと立ち上がり、騎士に付いてメルディと共に進んで行く。

 通路を進むと目的の部屋前に一人の女性が立っていた。

 白い手袋とブーツを付け、紫色のスーツの上に裾が長く袖の無い上着を着ており、描かれた紋章から聖騎士団の一人だと分かる。赤色に近い紫色という事は聖ミカエル騎士団員と推測できる。

 振り向いた右半分だけ髪を垂らした眼つきの鋭い女性は一瞥するだけでこちらを気にも留めなかったが、こちらはそれどころではない。

 顔を見て思いだした。彼女はジャン・ロウ。聖ミカエル騎士団参謀でシンの右腕……という事は!

 

 予想通り純白の騎士装束に身を包み、涼しげな笑みを浮かべている聖ミカエル騎士団団長シン・ヒュウガ・シャイングが扉を開けて出てきた。相手を認識した先導していた騎士に習って通路の端によって道を空ける。

 青い長髪をまとめたポニーテールを揺らしながらジャンを連れ、悠々と歩いて目の前を通り過ぎようとした所で足を止めた。

 

 「おい、そこのお前…」

 「はい…なんでしょうか?」

 「何処かで会った事はないか?」

 「いえ、お初にお目に掛かります。キンメルと申す記者であります」

 

 深々と頭を下げて通過するのを待つが、少し気になるのか微動だにしない。頭を上げて目を合わせる。彼はギアスユーザーであるが正直彼のギアスは怖くない。彼のギアスの有効条件は特殊だから…。

 手を顎に当てて「ふむ…」と呟きながら思い出しているようだった。

 

 「ヒュウガ様。そろそろ…」

 「ん…分かった。行くぞ」

 

 去ってゆく二人を見送りながら「後でメルディにはアキトとシンの家である【ヒュウガ家】を調べてもらおうかな」なんて思いながら先に進む。

 収穫らしい収穫は無く、時期的にユーロピアが動きそうなのでメルディを連れて隠れ家へ戻る事に。

 これからが大変だと肩を落としながら痛む胃をギアスで治すのであった。



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第54話 「降下するワイバーンに迎え撃つは四足獣……そして何故かのオデュッセウス」

 ユーロ・ブリタニア領 スロニム

 歴史がありそうな教会に美しい西洋建築が並んでいるかと思えば、日本でも見かけたことのあるレトロな集合住宅団地があったりと別段余所と変わらない街のひとつ。

 ただ人っ子ひとり居ない異常な空間ではあるが…。

 

 現在スロニムではある作戦上一般人の退去命令が出されている。

 ユーロピア共和国連合軍によるユーロ・ブリタニアにより奪われた勢力圏内の奪還を目的とした大規模攻勢が行なわれる為である。作戦内容は簡単な物でユーロピア東部方面軍を前進させ、ユーロ・ブリタニア軍を蹴散らしながら支配地域の奪還。しかしユーロ・ブリタニアの各戦線も中々に強固であり、楽に突破できるのならすでに連合軍は今日まで戦い続ける事は無かっただろう。それにスロニムは最前線から離れた勢力圏内で一般人を退去させるほどではない。

 なのに退去勧告ではなく命令が出されたのはユーロピア共和国連合が、虎の子である神聖ブリタニア帝国にも存在しない輸送機を用いる為であった。

 

 大気圏離脱式超長距離輸送機【アポロンの馬車】

 地表から発射したナイトメア搭載型多段式ロケットにて大気圏を突破。目標地点に達するまで地球を回り、ナイトメア搭載カプセルを再度大気圏突入させられる性能を持つ。

 人類初の長距離用ロケットである。

 これによりユーロ・ブリタニアの支配地域内に奇襲部隊を送り込み、最前線後方の部隊へ攻撃、乱れた隙をついて前線を押し上げる手筈である。

 

 【アポロンの馬車】はユーロピア共和国連合軍特殊部隊【wZERO】のレイラ・マルカル司令が運用している。これは彼女が有能だからと言う理由だけではない。

 ユーロピア共和国連合軍はユーロピアの兵士が亡くなり、市民からの追求を受けることを極端に恐れている傾向があり、【wZERO】部隊には自国民の数に含まれない多くのイレブンで構成されているので使い易いと考えているのだ。勿論、司令であるマルカル少佐は捨て駒として彼らを使う気は毛頭ないが…。

 

 そもそも今回の大規模攻勢も先日行なわれた世論調査であまり良くない結果が出たので、慌てて国民にアピールしようと画策された無計画に近い作戦だ。それでも彼らは実行しなければならない。軍人として上の命令に対し拒否権など存在しないのだから…。

 

 

 

 ・・・確かに効果的な奇襲・強襲である事は認めよう。突如として支配地域のど真ん中に敵が現れるなど常識的に考えてありえない。いや、歩兵部隊や少数の工作隊などであれば納得もしよう。それをナイトメア部隊でやられるから堪ったものではない。ないのだが、この作戦は奇襲が成功する事が前提である事から今回のようにばれていては意味がないのである。

 

 

 

 スロニムの街中まで響き渡る轟音と共に少し離れた草原で巨大な爆炎が昇る。

 大陸弾道ミサイルがないコードギアスの世界で今一番の火力を誇る列車砲。ナイトメアが一機納まるほどの砲門から放たれた5トン前後の砲弾は一撃で地形を崩す。

 

 「た~まや~」

 「なんです急に?」

 「ただの感嘆符だから気にしないで」

 「は、はぁ…」

 

 集合住宅団地の屋上では一機のグラスゴーが片膝を付いた状態で待機していた。開けられたコクピット内にはオデュッセウスがモニターと睨めっこし、屋上に出ていたメルディ・ル・フェイが疑問符を浮かべたがすぐに持っていたカメラで着弾する草原の写真を写し始めた。

 

 オデュッセウスはユーロ入りして隠れ家を見て回り、密輸してもらったグラスゴーを受け取って……多少の観光もして……一段落ついたので父上様に命じられたプルートーンの捜索の前にスロニムで行なわれるであろう戦闘を観戦しようと訪れたのである。ユーロ・ブリタニアとユーロピア共和国連合のナイトメアのデータ収集も行なえるし、もしかしたら良い土産が出来るかもしれないと打算も含んで。

 

 ファクトスフィアを開いて情報収集したいところなのだがそれではすぐにエナジーが尽きてしまう。なので今回は市民に退去命令が出る前からスロニムに入り、各場所に監視カメラを設置して情報を送るようにセッティングしてある。おかげで街中に待機してある真紅のナイトメア隊の動きが丸見えである。

 

 レイラ・マルカルの作戦はユーロ・ブリタニア――聖ミカエル騎士団団長のシン・ヒュウガ・シャイング卿にばれてしまっている。現在多くの砲弾が着弾している区域は【wZERO】部隊の降下ポイント。砲弾は降下した部隊がスロニムに向かうように隙間を空けており、スロニムには一騎当千の精鋭部隊【アシュラ隊】が待ち受けている。

 アシュラ隊とは聖ミカエル騎士団の部隊のひとつでアシュレイ・アシュラという戦いを好む青年が指揮を……隊長を務めている部隊。戦闘技術はかなりのものでラウンズか準ラウンズクラスではないかと見ている。指揮官というよりは戦闘隊長という感じで指揮は執っていないが隊員も同タイプに近いので問題はない。

 機体は神聖ブリタニア帝国で量産されているグロースターを接近戦仕様に改修した【グロースター・ソードマン】。しかもアシュラ隊の機体の兵装は剣が二本のみとアサルトライフル一丁だが、主兵装は剣と徹底されており、全員の技量の高さをその時点で理解しえるだろう。なにせ銃撃戦をメインに行なう敵性ナイトメアに剣だけで突っ込むことを基本戦術としているのだから恐れ入る。

 

 国民の顔色を窺って大規模作戦を行なうとはユーロピア連合のお偉いさん方は何をしているのかと本気で考えてしまう。

 作中では毎日のように会議を開いているようだがさして進展があるわけでもないだろうし、ある作戦成功パーティーではただの貴族の集まりになっている様子。そう考えると帝国議会がどれだけ有能なのか改めて思い知らされる。

 そもそもユーロピアの上層部にユーロ・ブリタニアと繋がっている者が居るというのに気付いた様子もなかった。

 

 シャイング卿がwZERO部隊の作戦を知ったのもその伝であろう。

 スパイは二人居る。ひとりはwZERO部隊の副指令であるクラウス・ウォリック中佐。彼は娘の治療費の為にスパイ行為をしている。もうひとりはジィーン・スマイラス将軍。彼は自身の野心が為に情報を流しているようだ。予想だが今回の情報を流したのは将軍の方なんじゃないかと思う。

 正直オデュッセウスはこのスマイラス将軍を好んでいない。なにせ自分で親友と呼ぶ男の忘れ形見であるレイラを利用したり、wZERO部隊の本拠地であるヴァイスボルフ城の情報を売ったりと自分の為ならばどんな手段でも使う男だ。しかも親友が絶大な人気を誇った際には手を使って暗殺させたのだから救いようがない。

 

 「殿下!あれなんですか?新型らしきナイトメア…ってナイトメアなんでしょうか?」

 

 大きなため息を吐きながら画面を眺めていたオデュッセウスにメルディが指差しながら質問をしてきた。ファクトスフィアを使用せずに立ち上がって双眼鏡を覗き込む。

 そこには四足歩行でスロニムに侵攻するナイトメア集団が移った。

 wZERO部隊で運用されている【アレクサンダ】というユーロピア共和国連合のナイトメアフレームだ。インセクトモードと呼ばれる姿勢を低くした四足歩行が行なえる形状に変形する機構を備えており、細く華奢な腕からは想像出来ないほどのパワーを秘めている機体。オレンジ色主体の機体の中に白基調の機体が交ざっているが、オレンジ色はすべて自動で動く【ドローン】と呼ばれる無人機で、白い方にパイロットが乗っている事からどれだけパイロットが少ないかが窺える。

 

 「あれはアレクサンダだね。ユーロピアのナイトメア」

 「凄く殿下のひとみが輝いている気がするのですが…」

 「一機ぐらいお持ち帰り出来ないかな?」

 「ドライブスルーが出来るファーストフード店じゃないんですからね。にしても【ハンニバルの亡霊】とはよく言ったものですね」

 

 【ハンニバルの亡霊】

 突如制圧圏内に現れるwZERO部隊に対してユーロ・ブリタニアが付けた名前で、神出鬼没で奇襲を仕掛けてくることからハンニバル・バルカ将軍になぞらえ付けられた。

 神聖ブリタニア帝国で耳にする事は無いが、ユーロ圏に詳しい者にとっては謎の部隊。記者にしては特ダネとしてよく話題になっているとミレディにユーロに入ってから聞いた。その特ダネを前に興奮しているのかシャッター音が何度も聞こえてくる。

 

 そしてwZERO部隊とアシュラ隊の戦闘が始まった。アシュラ隊を発見するとインセクトモードからナイトメア形態へ移行し、銃撃を開始するアレクサンダ・ドローンだが、アシュラ隊のグロースター・ソードマンには一発も当たらずに剣で撃破されて行く。アレクサンダはドローンも含めて十七機(降下後の列車砲と数機のナイトメアとの交戦で三機撃破されている)とアシュラ隊八機の数の差は一気に逆転し、今やドローンを含めても七機までに減らされている。そろそろwZERO部隊アキト達の交戦も始まるし、これは生で見に来て良かった。

 

 「――んか―――でんk――」

 

 亡国のアキトの主人公である日向 アキトの技量は凄まじいものがあった。獣染みた動きに並外れた反応速度。スザク君にはない荒々しい戦闘スタイルにとても興味を引かれる。それにスロニムの戦闘では新たにwZERO部隊の隊員になった佐山 リョウ、成瀬 ユキヤ、香坂 アヤノのユーロピアのアンダーグラウンドで生きてきた三人がアレクサンダに搭乗しており、BRS――ブレイン・レイド・システムが初始動した戦場である。

 ブレイン・レイド・システムは簡単に言えば他者との共有。視覚など各々が得た情報を共有し、味方が見ている光景を自分も見ることが出来るのだ。劇中ではそれで建物越しにグロースター・ソードマンの足をユキヤが狙撃していた。

 阿吽の呼吸というより真の以心伝心。このシステムが実装されれば雑魚と侮っていた部隊も侮れなくなるだろう。しかし相性など精神面や脳波的にも条件が多くあり、誰でも使えるわけではないので一部でしか使えないだろう。

 

 「殿下!」

 「んぁ?」

 

 ワクワクしすぎてメルディの呼びかけを無視してしまっていたようだ。変な声を出してしまったが気にせずに微笑みながら顔を向けるととても焦っている表情に途惑う。何があったというのだろうか?

 

 「どうしt――」

 「一機こちらに向かってきてますよ!」

 「はい?―――ッ!!乗って!!」

 

 モニターに目を向けると確かにグロースター・ソードマン一機が接近してきている。もう一ブロックも離れてない事から逃げ切る事は難しい。大事そうにカメラを抱えたメルディは大慌てでシートの後ろに飛び乗る。一応二人乗りを想定してパイロットシートの後ろには簡易のシートと安全面でシートベルトが取り付けてある。ベルトを締めている間にコクピットを閉め、カメラから中継器を通して繋げていた配線を切り離す。

 屋上の端にスラッシュハーケンが突き刺さり、真紅のグロースター・ソードマンが勢いをつけて飛び上がってきた。振り上げられた剣から敵と認識されているようだ。

 

 「大きく揺れるから口を開かないでね。舌噛むから!」

 「ひゃ、ひゃい!」

 

 振り下ろされる前に起動し、身を捻って回避する。急ぎこの場から離れる為に後ろに跳んで屋上から飛び降りる。この判断は正しく、避けられたと理解して次の瞬間には剣を横薙ぎに振るっていた。もし少しでも遅れていたらあの場で死んでいたかもしれない。

 相手の技量に感心しながら途中でスラッシュハーケンを打ち込んでブランコのように機体を揺らして地面に着地する。

 

 「ななな、なんで攻撃してくるんですか!?」

 「そりゃあ自軍以外のナイトメアが戦場に居るからじゃないかな?」

 「自軍以外って…仲間じゃないんですか!」

 「大くくりに見たらそうなんだけどね。ユーロと本国ってそれほど仲良くないから。それに私は内緒でここに居るわけだから敵対されても仕方ない」

 「これ無許可だったんですか!!」

 「あれ?言ってなかったっけ?」

 「聞いてないですよ!きゃあ!?」

 

 頭上からと背後から一機ずつ迫ってくる。搭乗している機体がグロースターなら千葉を相手にしたように肘を潰して武器を奪ったりも出来るのだが、接近戦仕様に改修されたソードマンにグラスゴーでそれを行うのは自殺行為でしかない。ゆえに身を捻り、飛び跳ね避け続けるしかない。

 

 『このグラスゴー…出来る!』

 『だが!そんな中古品で我らを何時までも相手に出来るものか!!』

 「あはは…中古品って、良い機体なんだよ。クーラーを取り付けて中の温度も快適になるように改造したんだから」

 「そこ大事じゃないです!」

 

 背後から突っ込みを入れられムッとする。グラスゴーは初の戦場に投入されたナイトメアで戦闘の事は考えられてもパイロットの事までは考えられていなかった。特に通気性は最悪で夏場なんかはサウナ状態だったとか。それを二人乗るからと快適に過ごせるように改造してもらったのにと思うが口に出す余裕は無い。

 迫る刀身を腰に取り付けてあったハンドガンで撃って軌道を逸らす。

 

 「ぶ、武装はないんですか!アサルトライフルとか」

 「すまないね。これ初期型でスタントンファーすら付いてないんだ」

 「という事は…」

 「ナイトポリス用ハンドガン二丁と予備のマガジン数個のみ!」

 「なんで近接武器積んでないんですか!?」

 「無茶言わないで。接近戦は苦手なんだから。狙撃や射撃なら自信はあるんだけど」

 

 そう言いながら弾丸で剣の軌道をずらし、牽制し、距離を保つ。

 残弾数にエナジーの消費残量の表示を見て舌打ちをする。何とか今は凌げているが決め手がない。メーザー・バイブレーション・ソードか廻転刃刀があれば話は別なのだがないものを強請っても現状に変化が出るわけではない。

 

 『くっ…ここまで梃子摺るとは!』

 「―ッ!今だ」

 

 大振りの一撃が迫ると同時に各部に仕掛けたスモークグレネードを打ち上げ、一気に付近を煙幕で覆う。データで予想されたソードマンにタックルを食らわせると一目散に逃げ出す。一気にスロニムから出たい気持ちを抑えて広場近くの建物の間に身を隠す。とりあえずこれで大丈夫だろう。

 

 「た…助かったぁ」

 「ふひゅぅう…死ぬかと思った…」

 

 暫しレーダーを凝視するが追って来る影がないことから安堵して息を漏らす。

 心の底から安堵しながらレーダーから広場らしき場所が映る正面モニターへと視線を移す。

 

 尻餅をついた体勢で見上げるアシュラ隊のアシュレイ・アシュラのグロースター・ソードマンにフェイスカバーを開いて鬼を連想させるような顔を出して、止めを刺さんと刃を構えるアキトのアレクサンダ。

 目の前の光景がスローモーションで流れる中、今がどの辺りかを思い出す。

 確かブレイン・レイド・システムを始動させて三人が一気にアシュラ隊を押し返し始めた所だ。そしてアキトが一機でアシュレイを追い詰め、殺そうとした時にアシュラ隊のヨハネという青年が飛び出しアシュレイを庇って命を落とすのだ。人を殺した事により過去にシンに受けたギアスの光景……一族郎党がその場で自害し、死体で包まれた一室に幼きシンとアキトの姿……を共有してブレイン・レイド・システムが解除、三機は大破するが三人共脱出した。

 

 思い出した劇中と同じく一機のソードマンが間に割り込む。

 別に意識したわけではない。気がついたらハンドガンを構えて撃っていた。弾丸は吸い込まれるようにアレクサンダの刃に当たったが、少々距離があった為に僅かに軌道を逸らしただけでコクピットに刃が突き刺さる。

 

 「殿下?今のは――」

 「前を見ない方が良いよ」

 

 発砲音で振り向こうとしたメルディの視界を手を出して遮る。人の死なんてそうそう見るもんじゃない。目の前で人が死ぬのに何も出来なかったことに苛立つ。

 ギリリと歯を食いしばると聞きなれない音が響き渡る。

 馬が駆けるような四本足が地面を蹴って踏み鳴らす音…。

 

 ヴェルキンゲトリクス…。

 マンフレディ卿の機体になる予定だった馬のような下半身を持った黄金のナイトメア。パラックスのエクウスをベースに開発された機体で、大きさは通常のナイトメアと然程変わらない。エクウスのようなビーム兵器は搭載されていないが歯車を幾つもつけたような長物の大斧と一発撃つごとにリロードが必要なライフルという変わった兵装をしている。

 

 通常のナイトメア以上の速度でかけるヴェルキンゲトリクスの一振りでアキトのアレクサンダの両腕が切断された。反応する間もなく振られた二撃目で両足を失った。

 身動き一つ出来なくなったアレクサンダに視線が行くがそれ以上にヨハネ機を背負って撤退を開始したアシュラ機に行く。コクピットに刃が刺さった損傷箇所が見えるが、あの位置は僅かに…気のせいかも知れないがパイロットシートの位置からは逸れている……気がする。正直分からないぐらいの差だがもしかしたらと期待する。

 

 アキト機の前で四足歩行の下半身を可変させて二足に戻し、コクピットから出て肩に乗るシン・ヒュウガ・シャイング卿。武装らしい武装も持たずに殺してくれと言わんばかりの行動にメルディが驚きながらコクピット内でシャッターを切る。

 

 『これ―らおm――にも―――が殺せ――ろう。アキト』

 

 何かアキトに話しかけているのだろうが聞き取りにくく、音声が不明瞭だ。操作して聞き取りやすくする為に音量を大きくする。

 シャイング卿と同じようにアキトもコクピットから出て肩に移る。その表情は不安げで何かに縋るようにも見える。

 

 「そうか。神は私の為にお前を生かした。私の大儀の為だ……アキト。我がミカエル騎士団と血の契約を交わせ。そして新しき人の世の創造の為にその命を捧げよ」

 「兄さんは…俺に…」

 「お前は死ね。私の為に」

 

 プチン――…

 なんだろう?【何が】とは分からないがそんな音が聞こえた気がする。 

 

 『それが兄弟の――』

 「それが自身の弟に言う台詞か!!」

 

 先程より無意識に、そして怒りを込めて両手のハンドガンを向けながら飛び出した。

 許せなかったんだ。同じ弟を持つ兄として…あの言葉だけは許せなかったんだ。

 建物で見えなかったが近くにはレイラ・マルカルのアレクサンダがシャイング卿を狙って立っていた。機械であるナイトメアは撃ててもいざ人を撃つとなると躊躇い撃てずにいたが、オデュッセウス的には自分が載っているグラスゴーが記録された事の方が問題なのだが現在はそこまで頭が回ってない。

 怒りでトリガーを引きそうなのを堪える。ここで発砲してしまえば…シャイング卿を撃ち殺してしまっては色々と問題となる。そう言い聞かせて堪えていると肌に吸い付くようなボディスーツを着た青年――佐山 リョウがアサルトライフル一つ手に持って駆けて行く。

 

 「ヒュウガ!そいつから離れろ!!」

 

 オデュッセウスのグラスゴーを睨みつけていたシャイング卿に向けて放たれた弾丸はそのほとんどがヴェルキンゲトリクスに当たり、一発だけ後ろで括っていた長髪に掠った。

 

 「折角の再会を邪魔するとは…。ここは無粋な輩が多いな」

 

 明らかに苛立ちながら睨みを利かせるシャイング卿だったが耳に付けたインカムに手を当てると苦々しい顔をした。短く息を吐き出すと元の涼しげな表情に戻った。

 

 「アキト。必ずお前を迎えに行く。必ずだ」

 

 それだけ伝えるとコクピット内に戻り、四足に戻すと駆け出し、ジャン・ロウの【グラックス】というグロースターよりはサザーランドに近いシルエットのナイトメアと合流してスロニムから離脱してゆく。

 

 「とりあえずは終わったけどどうするんですか殿下?あのアレクサンダとかいう機体…こっちに銃口向けてますけど」

 「だよね…まぁ、逃げるんだけどね」

 「逃げるんですか!?」

 「うん。早く逃げないとユーロ・ブリタニアの援軍は来るし、彼らが後方をかき回した結果でユーロピア共和国軍も来るからここに居たらマジでヤバイ」

 「なら早く逃げましょう!」

 「そうしよう」

 

 オデュッセウスも急ぎスロニムから隠れ家に撤退する。

 ………もちろん損傷の少ないアレクサンダ・ドローンなどを失敬して行った。



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第55話 「動き出す者達も居れば寄り道をする者も居ると思うんだ」

 神聖ブリタニア帝国皇帝陛下直属最強の十二騎士―――ナイト・オブ・ラウンズ。

 その第七席に新たに指名された青年が居た。旧日本最後の首相である枢木 玄武の実子であり、ブラックリベリオンでは黒の騎士団総帥のゼロを捕縛した功労者である枢木 スザクである。

 

 ブラックリベリオンが終結した日より枢木は本当にこれで正しかったのかと悩む。

 あの日…ユフィが行なおうとした行政特区式典会場が血で染まったあの日…。

 日本人を救う為に虐殺を止めることも、ユーフェミアの騎士として彼女を守ることも出来なかったあの日…。

 アヴァロン内で一人泣き続け、狂うような後悔の念に押し潰されそうだった枢木のもとにV.V.と名乗る少年は現れた。

 

 V.V.は教えてくれた。

 ギアスと言う俄かには信じられない力を。

 今回の虐殺にはそのギアスを使える者が関わっている事を。

 そしてゼロがそのギアスを行使できる者だという事を。

 

 疑わしい限りであったがユフィの死を聞いて正常な判断は出来ずに鵜呑みにしてゼロを追った。現在も行方不明となっているコーネリア皇女殿下の言葉もあり、神根島に向かった枢木はガウェインと対峙した。

 ゼロはガウェインより降りていたが他にパイロットが乗っており、神根島上空で戦闘を行なった。といってもユフィを亡くした八つ当たり気味に戦った為に、フロートを破損させて叩き落したガウェインがどうなったかは分からない。あの時の自分にはゼロしか映ってはいなかった…。

 神根島内部の遺跡に入ると遺跡の壁を調べているゼロを発見。銃を向けて投降を呼びかける。が、ゼロは「日本人としてお前はまだ騙まし討ちを行なうようなブリタニアに忠を尽くせるのか?」と問うてきた。その言葉に怒りに理性を乗っ取られた。

 

 「便利だなギアスと言うのは…」

 

 V.V.の言ったとおりだった。ゼロはギアスという単語に動揺を隠せずに反応した。

 怒りに支配された僕はトリガーを躊躇う事無く引き、ゼロの仮面を撃った。貫通はせずに衝撃で入ったひびは見る見るうちに全体に広がり仮面がパカリと割れた。

 ゼロの正体がルルーシュと分かった時には何がなんだか訳が解らなくなった…。

 ルルーシュが…あのルルーシュがゼロとして式典で虐殺させる事で反ブリタニア勢力ならず名誉ブリタニア人やゲットーの日本人も巻き込んでの反攻の狼煙…きっかけにしたというのか。しかもユフィが死んだというのにこんな所で!!

 

 後はルルーシュと取っ組み合いになり、実力差から組み伏せて連行。オデュッセウス殿下が素性を隠したままで皇帝陛下の下まで護送する手筈を整え、ナンバーズの身分でありながら皇帝陛下に謁見する機会を与えられた。与えられたからといって何かする訳ではない。ただ引き渡しただけだ。しかしオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下の進言でナイト・オブ・ラウンズ入りをする事に…。

 元々皇帝陛下より領地を与えられるラウンズの頂点であるナイト・オブ・ワンになる夢があった。そのスタートラインに立つ事が出来たが、友人を売ってまでの行為が正しいとは思えない。それに最近は神根島の光景を夢にまで見るようになった。

 

 「俺じゃない!スザク信じてくれ!!俺はギアスを使っていない!!」

 

 怒りに任せて乱暴に組み伏せたルルーシュが必死に叫んでいた言葉が……。あの光景が何度も何度も繰り返される。

 今となっては手遅れでしかないが、何度も考えてしまう。

 

 本当にルルーシュはギアスを使ったのか…と。

 確かにV.V.が話してくれた人を操る能力が本当なら仕込みを済ませておいて虐殺命令を出す事ができる。なら仕掛けを済ませたルルーシュ――ゼロはどうしてユフィと会談しようとした?それに仕込みを済ませていたのなら会談をせずに会場にいて、日本人を救うシーンを演出した方がゼロらしいし、絶大な効果をもたらすであろう事は僕でも考えつく。考えればなぞが多い。そもそもあの少年は一体何者なんだ?それとV.V.は「ギアスを使って虐殺命令を出させた」、「ゼロはギアスを使える」とは言ったものの一度も【ゼロ】がギアスを使って虐殺を起こしたなどとは一言も言っていない。

 

 コトン…。

 

 静かな室内に響いた物音に思考の海に漂っていた意識を戻し、現在の職務に戻るように付近に気を配る。

 現在皇帝陛下より勅命を与えられ、ナイト・オブ・セブンとして枢木 スザクはジュリアス・キングスレイ卿の護衛を行なっている。場所はユーロ・ブリタニア領サンクトペテンブルグにあるカエサル大宮殿の一室。ここカエサル大宮殿にはユーロ・ブリタニアの宗主であるヴェランス大公も居るがこの部屋には居ない。

 

 「さて、スロニムでの一件は読ませてもらったが手酷くやられたものだな。シャイング卿」

 「いやはや、少々侮りすぎました」

 

 スロニムでの戦闘を事細かに書かれた報告書をキングスレイはニヤリと嘲笑いながら丸机に置いた。丸机を挟んで椅子に腰掛けているシャイングは涼しい顔で受け流しながら微笑み返す。

 ジュリアス・キングスレイは神聖ブリタニア帝国シャルル・ジ・ブリタニア皇帝がユーロ・ブリタニアに派遣した軍師である。皇帝より委任権の象徴である【インペリアル・セプター】を授けられ、ユーロ・ブリタニア圏内であってもヴェランス大公以上の発言力を持っている。

 ブリタニアの紋章が描かれた漆黒のマントを羽織り、自身に絶対的な自信を持ち、冷徹な判断を下せる―――友人の歪んだ笑みにラウンズのマントの中で握り締めた拳に力が篭る。

 神聖ブリタニア帝国に【ジュリアス・キングスレイ】などという人物は存在しない。居るのはそう【語らされている】ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。皇帝に引き渡されたルルーシュは皇帝の【記憶改竄】のギアスで偽りの記憶を植えつけられここにいる。そうでなければあのルルーシュがあれほど憎んでいた父親の命を大人しく聞くわけがない。

 

 「いや、私は貴公を責めているわけではない。ユーロピア共和国連合の……聖ラファエル騎士団の騎士の大半を葬った【ハンニバルの亡霊】相手に四機の損害で済んだのだからな」

 「恐れ入ります」

 「が、やはりユーロ・ブリタニアも共和国連合も惰弱で脆弱。

 ヴェランス大公は市民を巻き込まんと考えるあまりに攻めあぐね、アンドレア・ファルネーゼ卿は騎士道精神を重んじるばかりに聖ラファエル騎士団の腕利きであるラファエル三銃士の二人と多くの騎士を失った。

 ユーロピア共和国連合はユーロ・ブリタニアが支配していた地域の多くを奪還したものの、勢いづき過ぎて前に出すぎた結果、奪い返した土地の尽くを再び占領された。

 やはり誰かが導かねばならない。強い力と意志を持った者が」

 「それが貴方であると?」

 

 聖ミカエル騎士団総帥であるシン・ヒュウガ・シャイングは笑みこそ浮かべてはいるが、その瞳はしっかりとキングスレイを捉え、真意を探ろうとしている。そんな視線を理解してかキングスレイは嗤う。

 

 「さぁて、それはどうかな。私かも知れぬし、貴公かも知れぬ。ただ私なら確実に導いていけるがね」

 「事が事だけに誰かの耳に入れば大事です。気をつけたほうが宜しいかと」

 「誰かの耳に?ここには私と護衛の枢木卿、そして卿しか居ないのだぞ………いや、スロニムでの【アンノーン】の件もあるか。卿の警告、しかと受け取っておこう」

 

 日本には「壁に耳あり、障子に目あり」ということわざがある。どんな秘密であろうと何処で誰が聞いているか解らないという意味で【アンノーン】と呼称された者を当てはめるにはぴったりの言葉だろうと枢木は思う。

 市民を退去させ、アシュラ隊に待ち伏せさせていたというのに誰一人気付く事無く、スロニムでの戦闘中に現れた所属不明のグラスゴー。

 隊員曰く、その者の射撃の腕は正確で、剣の軌道を弾丸を当てる事で逸らしたという。

 アシュラ隊の隊長曰く、アシュラ隊と戦闘をしたにも拘らず、コクピットを貫かれそうになった隊員を救うためか、ユーロピアのナイトメアの攻撃を弾丸で逸らそうとしたとか。

 

 当初はハンニバルの亡霊のひとりで好戦的でなく、傍観しようとしていた様子から情報収集のための機体と判断されていたが、スロニムの戦闘記録がブリタニアの記事で取り上げられた事で疑いは消え去った。

 あのグラスゴーは両軍の戦闘を知っていたかのように何処からともなく現れて戦闘の記録を撮り、ユーロピア共和国連合とユーロ・ブリタニアのナイトメア情報の一端を公開したのだ。

 まさに何処で聞き耳を立て、見ているか解らない。滅多な事は口にするべきではないだろう。

 

 「時が来たら卿にも従ってもらおう」

 「………スロニムで思い出しましたが―――キングスレイ卿は護衛の枢木卿以外に騎士などを連れて入られましたか?」

 「それはどういう意味かな?」

 「いえ、スロニムからの撤退中に黒いサザーランド二個小隊に襲われましたので、もしやキングスレイ卿もご存知の者かと思ったのですが」

 「下手な鎌かけはいい。それは私の知らない事だな。素性は割れているのか?卿の事だ。二度も取り逃がす事はなかっただろう?」

 「撤退時で時間もなかったので六機中一機ほど討ち取り、三機を捕縛しましたが捕縛した機体は機密処理の為に自爆しました」

 「という事は何も解っていないという事か」

 「討ち取った機体からデータを引き出そうとしましたがプロテクトが頑丈な上にウイルスで削除されました。死体のDNAサンプルからブリタニア人であることぐらいしか」

 「ふむ…それはこちらでも調べてみよう。イレギュラーは少ないに越した事はない」

 「お願いします。では、私は用事もありますのでこの辺りで」

 

 涼しげな笑みのまま、軽く頭を下げて席を立ち、退席すべく出入り口へ向かって歩き出す。キングスレイは見送る事もせずに先ほどの話を気にしているのか手を口元に当てて、なにやら考え込んでいる様子。かという枢木も少し気になることがある。報告書には目を通しており、アンノーンの情報も入手した。情報収集目的にしては腕が立ち過ぎるナイトメアパイロット…。キングスレイが現地入りした事で大きく動く事になるであろうユーロピア…。そして本国でまったく話を聞かなくなったある人物…。

 

 まさかなとある人物を思い浮かべたが頭を左右に振って考えを消し去った。そんな事がある筈がないと……思いたくて。

 

 「そういえば…以前ファルネーゼ卿の下にブリタニアからの記者が来られた事がありましてね。その時にアシスタントらしき人物が居たのですよ。何処かで見た覚えのある人物だと思って調べたのですが―――神聖ブリタニア帝国第一皇子にそっくりだったのですが、まさか…ね」

 

 まるで独り言のように呟いたシャイング卿が退席した後、枢木はキングスレイに声をかけられるまで困惑の表情で固まっていたという…。

 

 

 

 

 

 

 中華連邦領内 ギアス饗団本部

 

 饗団を仕切るV.V.は何処か不満げな表情で床を転がっていた。足先まで届く髪が乱れ汚れる事など気にも留めずに転がる様子は幼げな容姿もあいまって愛らしく見えて、実年齢60過ぎの人物とはとても思えない。

 付近には目元以外を饗団服で隠した幹部たちが集まっている。目元だけでも彼らにかなりの緊張と濃い不安の色が見える。それだけの問題が発生したであろう事は彼らから理解できるがV.V.はそれほど問題視はしていないのだろう。

 

 「派遣した部隊は壊滅かぁ…」

 「い、いえ、壊滅という訳では…二機とは言えプルートーンの精鋭が残っております」

 「六機で捕縛できなかった相手に二機で捕縛できる?」

 「そ、それは…その…」

 「無理だよね」

 

 困った笑みを浮かべるV.V.は今回の作戦に大きな期待を抱いていた。

 V.V.にシャルルが行なおうとしている【ラグナレクの接続】にはV.V.以外のギアスのコードが必要である。判明しているコードはV.V.を除けばC.C.のみ。しかしC.C.は黒の騎士団残党と共に雲隠れ。接触を持っていたルルーシュを手に入れたものの囮として使う前の試験段階でシャルルが軍師としてユーロ圏内に送ることに。試験が終了するまで大人しく待つつもりだったがある事件を耳にしてから考えが変わった。

 ギアス饗団でC.C.が関わった地域で不審な事件や出来事が過去から現在に至るまで調べている。以前オデュッセウスがエリア11に入ったマオを知りえていたのはその成果である。そして今回は見つけたのは10年前に遡るとある事件である。

 

 とある一族郎党が集団自殺したものだ。

 なにかの宗教団体だとか無理心中などと当時は騒がれていたようだがそこはどうでも良かった。調べていた者が見つけたのは当時の現場や関係先を捜索した時の写真の一枚に写っていた壁画だ。純白の翼を生やした女性が女性に髑髏を渡している所を描いた絵。それもギアスのコードが刻まれているらしき髑髏を。

 調べてゆくと当主は集団自殺前に首を切り取られ死亡し、その前には関係者だった男性が殺害されたのも見付かった。二件は殺人事件でギアス関係とは思えなかったが、集団自殺はもしやと思い一族や関係者で生き残ったものをリストアップした。すると二名の子供が生き残った事が判明。日向 アキトの所在は掴めなかったが兄の日向 シンの居場所はつかめた。 

 イレブンでありながらも日向 シンはユーロ・ブリタニア聖ミカエル騎士団総帥ミケーレ・マンフレディに拾われて騎士団の一員、そして名家シャイング家の養子となり今ではシン・ヒュウガ・シャイングとして聖ミカエル騎士団を率いている。

 物は試しとプルートーン二個小隊に監視を命じていたがマンフレディが自殺した件を調べさせて疑いが濃くなった為に捕縛命令を出したら返り討ちにあってしまった。

 

 「彼がコード持ちとは言わないがギアスユーザーであることは間違いない。ならば彼にギアスを与えた者は誰なんだろうね?」

 「申し訳ありません。未だ調査中でして…」

 「どうもシャルルがこちらの動きを気にしている様子もあって、これ以上プルートーンの投入は避けたいな」

 「動きをというならば噂のアンノーンの事も問題かと。ユーロピア共和国連合にユーロ・ブリタニアの記事を本国に送っているようで、本国所属の部隊が戦死したと報告されれば大問題です」

 「ああ、それは大丈夫だよ」

 「な、何故そう思われるのでしょうか?」

 「だって、アンノーンの正体はオデュッセウスだろうから」

 

 さも当然のように告げられた言葉に一同が唖然とする。

 呟いた当人は起き上がり埃を払いながら呆れたような笑みを浮かべ苦笑する。

 

 「プルートーンの生き残りから受けた報告書に書かれていたグラスゴーの技量。ブリタニア本国からユーロピアへの取材許可が下りたのはオデュッセウスの知人である記者で、取材許可を出したのはオデュッセウス。そして当の本人は忽然とブリタニアから消えた。表向きには休養を取っていると報じられてはいるけれど間違いなく彼だろうね」

 

 椅子に腰掛けながら大きく息を吐き、何の変化もない天井を見つめる。

 昔からアレが動くとそこでは必ずと言っていいほど何かが起こる。まるで何かが起こると知っているかのように。

 

 「未来予知のギアスを持っているならそうなんだろうけどね」

 「は?」

 「とりあえず情報を止めるにも彼に接触するしかないんだけど…ロロをプルートーンの援軍に回しちゃったしなぁ」

 「仕方がありますまい。プルートーンをこれ以上投入できないとなると饗団よりの派遣。そして派遣出来るほど共同で動ける者など少ないですし、軍事に関係していた者はロロしかおりませんから」

 「トトはオルドリンの監視でクララはエリア11で虐殺を手伝わせたからオデュッセウスが良い顔をしないだろう。こうなるんだったらもう少し団体行動が出来るように調整した者を……調整?―――そういえば、アレの調整は済んだの?」

 「えと、最終調整だけはバトレーなど担当した者達を呼び寄せない限りは……まさか奴を使うのですか!?まだ最終調整を済ませてない状態で!!」

 「調整がまだなだけで実戦には投入出来るレベルなんだろう?それにオデュッセウスとは知り合い…いや、友人だったんじゃないかな。そこんところどうだい?」

 「殿下には良くして頂き、その上友人と認識していただいている事は身に余る光栄であります」

 

 離れた柱の影から声が聴こえた事に幹部たちは驚きつつ、その者が話に出ていた人物だと解ると少し警戒を解いた。

 V.V.は男がいる柱に向けて笑みを浮かべる。

 幼き身体に似合う天真爛漫な笑顔ではなく、何か悪巧みをしているような邪悪そうな笑みを。

 

 「君の最終テストを兼ねたオデュッセウスの監視―――やってみる気はあるかい?」

 「イエス・ユア・ハイネス!ご期待には全力で!!」

 

 

 

 

 

 

 大宮殿やギアス饗団で自分の名前が挙がっているとは露ほども知らないオデュッセウス・ウ・ブリタニアはコーヒーカップに口をつけながら一息ついていた。

 

 スロニムの戦闘から一ヶ月、皇帝からの勅命で極秘裏にプルートーンの情報収集を行ないつつ現地視察(観光目的の散策)に糧秣(兵員と食料と軍馬のまぐさの意味でオデュ的には前者)に舌鼓を……コホン、現地調達などを行なっていた。正直プルートーンの動きはつかめず、いらない情報ばかり集まって一ヶ月が過ぎたのだ。向こうも極秘裏に動いているのだから情報が出ないのが当たり前なのだが、このままではただの観光客と成り果ててしまう。と、言ってもワルシャワに用意した隠れ家&防音を施した倉庫にナイトメアを所持している奴が普通の筈がない。

 

 …ただし、グラスゴーではない。

 

 あの戦闘でさすがにグラスゴーでは心許ないとスロニムで回収した【アレクサンダ・ドローン】をグラスゴーのパーツと新たに手にいれた電子機器を組み込んで【アレクサンダ・ブケファラス】として改修・改造しているのだ。

 装備としてはグラスゴーに装備させていたハンドガン二丁にアレクサンダのWAW-04 30mmリニアアサルトライフル【ジャッジメント】を一丁、後は撤退時に転がっていたグロースター・ソードマンの専用武装である【ヒートソード】。

 神聖ブリタニア帝国の高周波振動するメーザー・バイブレーション・ソードや黒の騎士団の刃をチェーンソーのように回転させた廻転刃刀など独自の剣や刀の装備があったようにユーロで作られた高温を以て切り裂く剣。起動させれば刃に青白い炎を宿す仕組みになっている。

 どうもドローンは移動砲台としての機能しかなかったのか近接用のトンファーがなかったり、システム面や機構でも簡易にしている節があり、人が乗れるように改修するにはかなり手間だ。他にも単体で索敵が行なえるようにファクトスフィアの移植などの問題も残っており、簡単な作業なら兎も角専門的な作業をするにはそれなりの知識を持った人物が必要になるわけで…。

 

 体付きの良い褐色の技術屋兼商人のガナバティ一人が作業に当たり、オデュッセウスとコーヒーカップなどを置いている机を囲んで無愛想で紅茶を淡々と飲んでいる金髪の顔立ちの整った青年――オルフェウスと、鬼のような形相で必死にタイプライターを打っているメルディの四人がこの隠れ家に集まっている。

 

 ガナバティとオルフェウスはテロリストを管理・派遣する組織【ピースマーク】と関わりのある人物でオデュッセウスが【アラン・スペーサー】として接触した人物たちなのだが…隠れ家に戻った事と観光や食事に舌鼓を打って気が弛んでいたのか、アレクサンダの改修の連絡を受けて来た二人の前に変装せずに出てしまって自ら身バレしてしまったのだ。

 そんなオデュッセウスに驚いたのはガナバティだけでオルフェウスには呆れたような視線を向けられるだけですんだのは予想外だった。

 オデュッセウスは覚えていなかったが何度か面識があったのだ。まだエリア11が日本と呼ばれていた頃にV.V.やギアス饗団と関わりを持って何度か遺跡を通って訪れた事がある。その際にオデュッセウスは子供たちと何度も遊んだり、お土産を持ってきたりと触れ合っていたのだ。当時は記憶が薄くなっていた為にギアス饗団で注視していたのはV.V.とロロだけだったから気付かなかったのである。しかしオルフェウスからしたら皇務をほったらかしてまで来ていたのを思い出してまたかみたいな気持ちになり、ギアス饗団と関わりを持つ相手だというのに警戒を緩めてしまったのだ。

 

 「で、本当に良いのか?」

 「何が――と聞くのもおかしいか。ピースマークを動かしているバックと敵対する可能性があることだよね。良くはないよ勿論。命の危険だって感じるほどに…」

 「それでもやるんだな」

 「ヤルしかないというのが正解。放置する訳にもいかないからねぇ…」

 「ふぅ…皇族の癖にこんな敵地へ自ら忍び込み、俺らみたいな奴らの手を迷う事無く使う。世間での印象とは違いすぎるな」

 「そうかい?私の世間の印象って……」

 「…皇族内で最大の力を持ち、皇帝からの信頼の厚き皇子。政治から戦場と何処であろうと本領を発揮するだけの頭脳を持ち能力を有する。そして自国民とナンバーズに分け隔てなく接する良識人とか…か」

 「好評過ぎるなぁ…酷評はないのかい?」

 「…シスコンのブラコンでロリコン・ショタコン気質…」

 「ファ!?ちょっと待って!シスコンのブラコンなのは認める。それに私にとっては酷評じゃなくて好評。認めるけれども残りの二つが凄いんだけど!!」

 「そっちの記者に言ってくれ。記事の中で幼い子供と触れ合っている部分を強調しているからそうなるんだと思うが」

 「今聞くのは…ちょっと無理かな…」

  

 視線を向けた先のメルディは目の下に大きなクマを作り、机の上に並べられた資料の横に置いてある栄養ドリンクを素早く飲んで胃に流す。メルディは酒場で酔い潰れた軍人や商人、地元のフリーライターや情報屋など独自の情報網を作り上げ、様々な情報を集めては記事にして本国の得意先の新聞社に送っているらしい。勿論表に出せないものは頭の奥に仕舞い込んでいる。表に出せる膨大な情報を記事として送る為に徹夜で作業している彼女に声をかけるなど出来る筈もなかった。というか怖いです。

 それらの情報にはオデュッセウスも目を通しているが残念ながらまったくと言っていいほどプルートーンに関連しそうなものはない。オルフェウスのほうもこれといった情報を手に入れられずに手詰まり状態。こうしてアレクサンダ・ブケファラスの改修・改造の為に来てくれているだけでもありがたいが。

 

 「さてと…少し歩いてくるかな」

 「護衛も付けずに行くのか?」

 「エスコートしてくれるかい?」

 「騎士にして貰え」

 「…私の騎士は現在強制的に里帰り中……軽い散歩に行くだけだからすぐに戻るよ」

 

 ずっと同じ室内に居て身体が鈍ってしまった。

 少し身体を解そうと軽い気持ちで散歩に向かったオデュッセウスだったが、偶然にもとある老婆にぶつかってしまい、その老婆の仲間である一団に囲まれ連れ去られるとはこのとき誰も想像出来なかっただろう…。



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第56話 「戦場から離れた場所で①」

 【wZERO部隊】とはユーロピア共和国連合の新型ナイトメアフレームを運用した新戦術のテスト部隊とユーロピア兵の戦死を避ける為に亡命したイレブンで構成されたイレブン部隊の構想を合わせた部隊である。

 ピエウ・アノウ中佐を司令官として脳科学の権威やアレクサンダを独自開発した天才科学者など稀有な人材で司令部は固められ、ナイトメア部隊である【ワイバーン隊】は20名ものイレブンで構成された。

 

 132連隊撤退支援作戦。

 wZERO部隊の初任務でありペテルブルグ奪還作戦に失敗した友軍撤退の支援作戦である。

 レイラ・マルカル少佐が考案した奇襲作戦により短時間で撤退予定進路で構えているユーロ・ブリタニア聖ラファエル騎士団を退ける―――予定だった。

 作戦開始直前にアノウ中佐によりアレクサンダに自爆装置を取り付けさせて、自爆特攻作戦へ変更。ワイバーン隊の隊員19名の名誉の戦死…。

 彼らも死にたくはなかっただろう。が、戦死した場合は家族にはユーロピア市民権が与えられる。十分な保障が約束されているとイレブンに差別的なアノウにより伝えられており、イレブンを閉じ込めるだけの収容所のような場所に閉じ込められている家族の為にという想いが強かっただろう。そもそも逃げる事は不可能。

 作戦途中でレイラによりアノウ中佐は取り抑えられ、唯一生き残っていたアキトは自爆装置の解除命令を受け、たった一機で聖ラファエル騎士団の精鋭【三銃士】の内二名を仕留めるという結果を残し、成功とは言い難い損失だったが撤退作戦を成功させた。

 

 次にγ作戦ではワルシャワ駐屯軍が進撃するのに合わせた後方撹乱作戦に参加。新たにユーロ圏のアンダーグラウンドで生きてきた三人を加え、無人機であるアレクサンダ・ドローンに命令を出す為に中佐に昇格し、wZERO部隊司令官の任に就いたレイラ・マルカルの五名が任務に当たったのだが、ユーロ・ブリタニアの待ち伏せなどでドローンは壊滅。有人機のアレクサンダもレイラ機を残して大破。散々な結果だが作戦は成功(その後、勢いに任せて戦線を拡大した結果、進軍した分だけ奪い返されてしまったが…)。

 

 スロニムの戦闘中に現れたアレクサンダ・ドローンを持って去ったグラスゴーの報告もあって本拠であるヴァイスボルフ城に帰還したかったのだが、嘘か真か前線の部隊に回す方が優先されて輸送機を回せないと言われ続け一ヶ月もワルシャワで足止めを喰らっている。

 これだけでも災難と感じているというのに悪い事というのは続くもので、司令官の任を解かれワルシャワ補給支部に転属させられたアノウ中佐がレイラ達がワルシャワにいると知るや否やwZERO部隊の腹癒せに軍のIDを書き換えたのだ。軍のIDが無ければ軍の施設に足を踏み入れる事もIDを登録している端末にはキャッシュ機能も付いており買い物さえ出来ない。

 

 これからどうするかと悩んでいたレイラ達に一人の老婆が現れた。黒系の服装で固めた占い師の老婆がアキトに近付いたのだ。何かを感じ取ったのかアキトに「その呪いを解いてあげよう」と寄って来たのだ。思わず突き飛ばしてしまい、老婆はその場に倒れこんでしまった。

 

 占い師の老婆は大仰に痛がり、それを聞きつけた仲間らしい老婆が六名集まり、またも大仰に「この擦り傷が原因で死んでしまったら」とか「私達は貧乏で病院に連れて行けないよ」などと騒ぎ泣き真似をし、最終的に怪我をさせた分働きなと因縁をつけた上で言い放つ始末。

 

 ここでレイラ・マルカルの性格が幸か不幸か幸いした…。

 彼女は亡命したブリタニア貴族であるブライスガウ家の娘で、両親がテロにより死亡した後は貴族の血筋欲しさで銀行や工場を経営しているマルカル家の養女として育てられた。結果、生真面目で心優しく、差別的な事柄を嫌い、理想論と正論を先走らせたりする性格となった。

 

 …なにが言いたいかと言うと彼女にとって老婆の行動は、アキトが突き飛ばして老婆を怪我をさせてしまい、怪我をした事で老婆達が本気で悲しんでいるというもの。ゆえにレイラは本気で心配し罪悪感を覚え、老婆達に連れられるまま森の奥にある老婆達が生活している大型の馬車を停めているところまで付いてきたのだ。あからさまに元気になっている占い師や先の態度と変わっている老婆達の様子から気付いているが、働けば食事も出るし寝床も確保できるという事で働くことに異存はなかった

 

 ワイバーン隊のパイロットスーツ(肌に吸い付くボディスーツに近い服)から着替えさせられた。

 

 ほとんど無表情で冷めた目をして周りと距離を置いている日向 アキト中尉は、深緑のシャツのボタンを全部外し、腰に巻いている布で開き過ぎないように止めており、下は灰色のズボンとコインベルトを巻いていた。

 言葉使いは荒いがとても仲間想いな性格をしているアンダーグラウンドで仲間を率いていた佐山 リョウは裾のゆったりした黒のハーレムパンツをはき、上半身は袖無しの上着を一枚羽織っているだけで他には何も着ず、前も止めてないのでほとんど裸のような感じだ。

 情報収集やハッキング、爆発物の扱いに長けているリョウの仲間の成瀬 ユキヤは袖なしのボレロチョリに布地を折って真ん中で結んだスカートと女性物の服を着せられているが、体格は細く、顔は中性的なのでとても似合っている。

 同じくリョウの仲間で直情的かつ素直な性格の香坂 アヤノは半袖のボレロチョリと薄紫と濃紫の二重スカートを着て、腰の辺りや胸元を晒しており、女性では露出の多い服装になっている。

 そしてレイラ・マルカルはチューブトップの上に肩から伸びたボディスで腹部のラインを際立たせ、踝近くまで伸びたスカートをはいて、へそ周りや肩や胸元が露出させているがアヤメほどではない。

 

 その格好で働かされているのだがレイラにとって体験したことのない家事全般なので勝手がわからず、人参を皮ごとぶつ切りにしたり皿を重ねすぎて運ぶ際に全部落っことしたりとやらかしている。それでも一生懸命になにかしようと必死なのだ。アキトは「司令に出来る事を探してください」と直接的に言うし、佐山達は優しく遠まわしながら同じ事を言って扱いに困っていた。

 仕方なく、前日よりここでお世話になっているという人物に仕事を貰いに行く。

 

 「すみません。私に出来る事ありませんか?」

 「んー…ではとりあえずこれの味見してくれるかい」

 「あ、はい。―――美味しい」

 

 手渡された小皿に乗っていた料理をフォークを使って口に運ぶとしゃきしゃきとした歯応えとさっぱりとしたタレの味が広がる。思わず美味しいと呟いた事に本当に嬉しそうに笑っていた。

 

 「そうかい、それなら良かった。なら味付けはこのままで行こうか。で、何か出来る事をって事だったけど…ナイフやフォークを並べてもらってもいいかい?」

 「はい!では――」

 「いっぺんには持っていかないでね。一個ずつでも構わないから」

 

 動く前に先に釘を刺されてしまった。

 それにしてもここの人たちは本当に良い人たちだ。働いてもらおうかと言っていたお婆さん達は扱き使う事はせず、孫に接するような温かみがあった。そして先の人もずっと微笑を絶やさず誰とでも優しげに接してくれる。アキト達が日本人と知っても嫌な顔も差別的な感情も出さずに普通に接してくれた。

 ただ…ボタンを外したカッターシャツに裾のゆったりとした紺色のハーレムパンツ、腰にはコインベルトを巻き、老婆たちにはオデュと呼ばれた優しげな笑みと顎鬚が特徴的な男性。その男性がある人物に似すぎている。

 

 …まさか神聖ブリタニア帝国の第一皇子がユーロピア共和国連合の勢力内で護衛も付けずにお婆さん達の下で働かされるわけは無いよね。

 

 思った疑問を頭の中から追い払ってフォークとナイフを並べる。

 これなら落とす事はないと安心しているとオデュに「そろそろ料理が出来るから皆を呼んできてくれるかな?」と頼まれテーブルから離れた瞬間、誰にも見られてない事を確認しつつフォークとナイフの位置を全部直されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 月夜が辺りを優しく照らす夜景を楽しみながらの食事。

 辺りは自然に囲まれており、川のせせらぎに風で揺れる木々の葉の音。

 自分を含めて皆で調理し用意した温かい食事の数々。

 わいわいと賑やかに上下関係のない食事風景を眺めながらオデュッセウス・ウ・ブリタニアは小さくため息を漏らす。

 

 正直こういう場は大好きだ。元々のんびりとした生活を好んでいたオデュッセウスにとってはこういう食事風景の方が肩肘張らずに楽で大変好ましい。皇子であることから難しいがここではただのオデュだ。この上下関係がないなどこれからも味わえないであろう食事を楽しみたいのだが、メルディが心配している事から心の底からは楽しめない。

 昨日ワルシャワの隠れ家から散歩しようと出かけたのだが、ここにいる老婆とぶつかってしまい、あれよあれよとここまで連れて来られてしまったのだ。携帯は持っていたから連絡はして無事なのは伝えたけど、かなり心配しているらしい。一緒にいたオルフェウスが連れ戻しに行こうかと申し出てくれたが息抜きにちょうど良いからこのままでと断ったのだ。

 

 まさかワイバーン隊が老婆に捕まってくるタイミングがこんなに近いとは思ってなかったけど…。

 

 「さっきからため息ばっかだなおっさん」

 

 無意識にため息を吐き続けていたのかリョウが声をかけてきた。出会って一日目なのだが彼らと普通に接して親切に世話を焼いていたら仲良くはなれたと思う。しかしおっさんか…三十過ぎはおっさんか。

 

 「ああ、少し思うところがあってね」

 「どうせおっさんもババア共に連れてこられたんだろ」

 「まぁね…あ!そういえばリョウ君にユキヤ君、それにアキト君に言っておかなきゃいけない事があったんだ」

 

 ふと、伝えておかないといけない事を思い出して口を開くと三人の視線が集まる。

 

 「ここのお婆さん達に背中は見せないように。お尻とか触ってくるからね」

 

 そうなのだ。

 ここのお婆さん達は元気が有り余っており、そこいらの若者より活力を持っている。そんなお婆さん達は若い男という事で平気でセクハラとかしてくる。昨日はシャツのボタンを外され割れた腹筋とかをずっと触られてたりしたんだ。

 一応教えておかなければと忠告したら、ユキヤは軽めに返事してアキトに至っては興味がないようで目線を私から速攻で外した。ただリョウだけは大きな反応を見せた。

 

 「そういう事は早く言えよ!」

 「なに?セクハラされたの?」

 「セクハラとはなにさね。ただのスキンシップだよ」

 「人の尻を鷲掴みしといてよく言うなババア!!」

 「佐山准尉。そういう言い方は…」

 「だってさ、目の前に若くて張りのあるお尻があるんだもの」

 「まったく破廉恥なんだよ」

 「あんただって触っただろうにさ」

 「違いないわ」

 

 元気の良い笑い声が辺りに響き渡る。

 人種も年齢も経歴も関係なく笑顔が広がって行く。

 オデュッセウスも笑みを浮かべて笑いあう。

 そんな楽しい食事も時間が経つに連れ、終わりの時を迎える。レイラ達は今日が初日という事もあって疲れただろうから先に休ませて、散々飲みまくったワインのボトルに食べ終わった食器の片づけを済ませていく。

 全員就寝しているだろうと思いつつ片付いた食器を元の場所に戻して寝所に向かおうと振り向くと占い師のお婆さん――レイラの呼び方を真似して大婆様と呼ぼうか。その大婆様がひとり椅子に腰掛けてジッとこちらを見つめていた。

 

 「どうしたんですか大婆様?他の方々は…」

 「少しオデュに話が合ってね。私のテントまで送ってくれるかい」

 「ええ、構いませんよ」

 

 大婆様の前で屈んでおんぶする体勢を取って待ち、背中に乗って肩をつかんだ事で足を支えながら立ち上がる。街灯らしいものもないため辺りは薄暗く、足元は不安定という事もあってゆっくりと一歩ずつ気をつけて歩いて行く。

 大婆様のテントは少し離れた所にあり、中はそう多くは入れない。何処かの文字で星の形を描いた布を真ん中に置き、大婆様の対面に座る。なにやら呪文を唱え始め五色の卵型の球を転がしそれを見守る。

 

 「あんた…呪いを受けてるね」

 「………はい」

 

 やはり気付かれていたか。予想はしていたけれどもこう言われてみると余計に凄いと感嘆してしまう。

 大婆様はコードギアスの世界でも稀有な存在だ。別段特殊な力に目覚めたとか、ギアス関係者とか言うわけではない。その占いの読みと呪いを察する目だ。

 呪いと言ったがこれは何も人を恨んで念じ、呪術を用いたオカルト的なものではない。コードギアスを語る上で欠かせない力…ギアスの事を指している。大婆様はひと目見ただけでアキトが不完全とは言えギアスに掛かっている事を見抜き、レイラがギアスユーザーで森の魔女と呼ばれたC.C.と出会っていたことをズバリ言い当てた。その能力内容は今は置いておくとしてもギアスユーザーかどうかを見極める事ができる唯一の人間。しかも占いの結果は予言に近いもので心して聞く必要がある。

 

 「それに出自も独特だね」

 「出自まで読めるのですか?想像以上ですよ」

 「あぁ…あんたはこの世界の事を知って生まれてきたんだね」

 「――ッ!!は、ははは、そこまで占われるとは…心底驚きました」

 「オデュ。あんたは優しすぎるよ。望む最小限のものを最短コースで掴みに行けば苦労は然程ないだろう。だが、あんたは余計な物まで背負おうとしている。このままではあんたは大事なものを失っちまうよ」

 「それは忠告でしょうか?」

 「いんや、石が教えてくれたことさ。近いうちにあんたは大きな事に巻き込まれるともね」

 

 大きな事に巻き込まれる…。

 占いよりも予言に近い大婆様の言葉を受けて深く頭を下げる。

 

 「占って頂き感謝致します。ですが私は今の歩みを止める気も止めさせる気もありません」

 「そうかい…。なら今まで以上に気合を入れな。もしかしたら運命を切り開けるかも知れないよ」

 「努力致します」

 

 下げた頭を上げて立ち上がり、テントをあとにしようと出入り口に向かう。

 

 「……そういえば、石はこうも言っているよ。あんたは呪いの事を理解しているような気でいるようだがあんた自身の呪いを理解できていないと」

 「………はい?」

 

 最後の言葉に首を傾げて立ち止まる。

 癒しのギアスと思っていたのが癒しのギアスではない?

 疑問を与えられ、頭を捻りながら必死に思考するがまったく解らない。あまりに気になりすぎてオデュッセウスは一睡も出来ずに朝を迎えてしまった…。



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第57話 「戦場から離れた場所で②」

 月明かりが夜空を照らす時間が過ぎ、ゆっくりと空が薄明かりで白ばんで、地平線より太陽が顔を覗かせ朝だと知らせる。

 鳥のさえずりと老婆のいびきの中で目を覚ましたワイバーン隊の面々は昨日同様に簡単な身支度を済ませると仕事に取り掛かる。朝食の準備に水汲み、薪の材料集めと色々していた。

 

 「ふぁああ~…眠い」

 

 目の下に大きなくまを作り、眠たそうに大欠伸をしたオデュを目撃して香坂 アヤノはクスリと笑う。

 ワイバーン隊よりも先に老婆達に捕まり、ここで働いていた人物で自分たちにもよくしてくれた人だ。

 元よりイレブンと蔑称で呼ばれていた自分たちは何処に行っても扱いは酷い物だった。それはワイバーン隊に入っても変わらない。確かにレイラを始めとするwZERO部隊のみんなは良くしてくれている。でも他の一般兵士に紛れると自分達の命を軽視した発言や差別的言動、スタイルの良さから劣情を向けてしつこく言い寄ってきたりとまともに扱われる事はない。

 けれどここの老婆達は働いてもらおうかと言ってきた割りには親切で、なんとなくだが祖母や祖父を思い出して懐かしく感じた。そしてオデュは最初っから蔑称で呼ぶ事無く日本人(・・・)として認識し、普通に接してくれたのだ。

 まだ一日しか経っていないが中々居心地がよくていずれ離れることを思うと少し寂しく感じる。

 

 「眠たそうだなおっさん」

 「あー…うん。おはよう。リョウ君。ユキヤ君。アヤノさん」

 「おはよう。ってすっごい隈」

 「夜更かしでもした?」

 「少し悩ましい事があってね。まぁ、気にしないで大丈夫だから」

 

 そう良いながら川の水を手ですくうとばしゃばしゃと顔を洗って眠気を飛ばそうとする。顔は見えないが一瞬だけ水面にオデュの目が赤く光って見えた。なんだろうと首を傾げながら見つめていると、振り返ったオデュの顔から眠気が消し飛び、先ほどの眠そうな雰囲気が嘘のように思えた。

 

 「しっかり叩きな!」

 「はい!ご指導ありがとうございます!!」

 

 大きな声が耳に入り、振り向くとそこには濡れた洗濯物を木の棒で叩くレイラと、付きっ切りで様子を見ている老婆がひとり川辺に立っていた。

 元々良い育ちなのかレイラは何一つやっても上手くいかないのだ。

 川から水を汲もうとするとバケツをひっくり返し、びしょびしょに濡れる…。

 野菜の皮むきを頼んだら中身より皮のほうが大きかった…。

 料理を運んだら折角作った料理を皿ごと地面にぶちまける…。

 

 昨日はオデュが様子をほとんど付きっ切りで見ていたのだが、オデュの作業効率が極端に落ちたらしいのだ。で、今日はああやって老婆の誰かが付きっ切りで面倒を見ているのだ。

 

 「頑張りは伝わるんだけどねぇ」

 「こっちが終わったら手伝ってやるか」

 

 ユキヤの言葉に納得しつつ、リョウの発言に驚く。

 ここに来る前まではちょっとした衝突や日本人とレイラたちを隔てる壁のようなものが徐々に薄らいではいたもののちょっと前まではあったのだ。しかしここでの生活で一気になくなり、仲間としてリョウも認めたのだと理解した。

 仲間と思える人物が増えていた事に今更ながら気付いて頬が弛み、自然とレイラの元へと足が向かっていた。

 

 「レイラ。手伝うよ」

 「香坂准尉…助かります」

 「ほら、この大きいのから終わらせるよ」

 「はい」

 

 大きなシーツをぎゅっと絞った状態で端を互いに持って引っ張り過ぎない程度に距離を離す。掛け声をかけてブンブンと縄跳びのように回して水気を飛ばす。レイラは放さないように必死だった。

 その様子を微笑んでいるオデュに面白そうにユキヤとリョウが眺めていた。

 

 「面白そうだな」

 「もう、冷やかしてないでリョウは水汲み!」

 「はいはい」

 

 笑いながら返事をしたリョウはしゃがんで持っていたバケツに水を汲もうとした。昨日オデュが忠告したというのにすぐ傍の老婆に背中を晒して。

 無用心に背中を向けたことに気付いた老婆は隠す様子なく堂々とリョウのお尻を触った。いいや、触ったというより鷲掴みにして揉んだ。

 

 「―ッ!!何しやがんだババア!!」

 

 驚いてバケツを手放しお尻をガードしながら、川の方へと飛び退き振り向いたリョウは背後に居た老婆に声を上げた。対して老婆は何処吹く風といった感じではっはっはっと笑っていた。

 

 「良いじゃないか。減るもんじゃあるまいし」

 「だからって触るn―うぉお!?」

 

 一歩ずつ後ろに下がっていると、深いところに足がはまってそのまま川に倒れた事でユキヤとアヤノは慌てる。

 リョウは泳げないのだ。慌てて川へと走る二人の横をオデュが勢いを付けて飛び込む。

 溺れがかっていたリョウに何とか追いついた二人は必死に引っ張り川原に引き上げる。ゲホゲホと咳き込んだだけで済んで心底よかったとレイラを含めてその場のみんなが安堵の息を吐く。

 

 「泳げないなんて意外です」

 「まぁ、なんにしても助かって良かったよ」

 「良かったよってテメェが触ったから―ゴホゴホっ」

 「リョウ落ち着いて」

 「………ん?そういえばオデュは?」

 「そういえば居ないね。さっきは一緒にいたよね」

 「ええ、佐山准尉を助けようと川に飛び込み………」

 

 川のほうへ視線を向けた全員の視界に入ったのは浅瀬に飛び込んで頭を強打し、気絶してぷかーと浮かんでいるオデュの姿だった…。

 

 「オデュ!」

 「ボク達が行くからリョウはストップ!」

 「また溺れちゃうでしょ!」

 

 その後、引き上げられたオデュは水を多く飲んでおらず、すぐに意識を取り戻したが、大事を取って夜まで休まされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国 帝都ペンドラゴン

 

 観艦式を間近に控えたグリンダ騎士団の騎士の面々は日々鍛錬に励んでいた。今日を除いては…。

 マリーベル・メル・ブリタニア皇女が騎士として公式に発表されたオルドリン・ジヴォンは、制服の乱れをさっと直して待ち遠しそうに滑走路近くで待機していた。近くには同じグリンダ騎士団所属のソキアにティンク、そしてオルドリンと同様にそわそわした感じのレオンハルトも居り、皆で今日届くであろうナイトメアを待っていた。

 

 「まるで遠足前の子供みたいね」

 「だって私のランスロットが届く日なのよ。これでようやくマリーの騎士として戦えるんだから」

 

 振り向きながら嬉しそうに答えるオルドリンにシュバルツァー将軍を引き連れたマリーベルはにこやかに微笑む。対してシュバルツァー将軍は呆れに近い表情を浮かべている。

 ヨハン・シュバルツァー将軍は【ブリタニアの猛禽】の異名を持つ人物でグリンダ騎士団の戦術顧問を勤めている。かなりお歳を召している割には姿勢は綺麗で眼光は鋭く、今も尚ナイトメアのパイロットしても優秀と衰えをまったく感じさせない人物だ。彼からしたらオルドリンを含めグリンダ騎士団の騎士達はまだまだ頼りなく感じているだろう。実際に実戦経験の無い騎士達なのだからまったくもってそうとしか本人も言わないだろう。

 いつもなら浮かれすぎのオルドリンとレオンハルトに説教のひとつでも始めるのだが、今日に限っては小さなため息を吐く程度で済ましている。乗る機会は少なくなったとは言えナイトメアのパイロットとして気持ちを理解しているのだ。だから見逃しているが同じ事が続いたら今日の分も含めて説教をする気満々である。

 

 「お!オズ。来たよ!キャメロットからの輸送機!!」

 

 ソキアに言われた先の空を見上げて目を輝かせる。

 ナイトメア積載用のコンテナを積んだ輸送機をプリドゥエンに騎乗したグロースター二機が護衛していた。それと輸送機の前方を見たことの無い戦闘機が飛行していた。

 戦闘機と言うのはコクピットである部分を中央先端に取り付け、鋭く丸みのある装甲で覆っているものだが、輸送機の前を飛んでいる物はそれとは違い、中央よりも中央の左右の方が先に伸びており、コクピットらしき場所も見当たらない。

 輸送機とグロースターが滑走路に下りると、戦闘機らしきものは進路を変えてグリンダ騎士団へと向かう。着陸時に風圧が掛からない距離で空中で制止した。次の瞬間には稼動部分を展開する為に隙間を作って戦闘機からナイトメアフレームへと変形して着地した。

 輸送機からロイド・アスプルントとセシル・クルーミー、キャメロットのメンバーではないがウィルバー・ミルビルが降り、ゆっくりと近づいて来た。

 

 「ど~もど~も、キャメロットで~す。あとウィルバー博士もお連れしましたよ」

 「久しぶりだなレオンハルト君」

 「ウィルバー博士!」

 

 レオンハルトはウィルバーへ、オルドリンはロイドの元へと駆け出した。

 今日は両者のナイトメアが納入される日なのだ。レオンハルトにはウィルバーより【トリスタン】の試作機である可変ナイトメアフレームであるブラッドフォードを。オルドリンにはランスロットの量産化計画の試作機であるランスロット・トライアルをオルドリン用に改修したランスロット・グレイルが贈られる。

 嬉しそうな二人の前にマリーベルが出るとロイドはいつものままだがセシルとウィルバーは姿勢を正す。

 

 「ランスロット・グレイルにブラッドフォード。確かに受領しました。それと彼女も」

 「マリーカ・ソレイシィ。本日を以て着任いたしました」

 

 ブラッドフォードのコクピットより降りた幼さを残すマリーカ・ソレイシィは見事な敬礼をマリーベルに行った。貴族のソレイシィ家の長女でコーネリアの侍従を務めた経験のある彼女も皇女殿下直属の騎士団に入れるのは願っても無いことで、配属が決定した時は心の底より喜んでいた。……騎士団に許嫁のレオンハルトが居た事もそのうちに入るが。

 なんにしてもこれでグリンダ騎士団は騎士とナイトメアのすべての戦力が揃ったのである。

 

 シュロッター鋼を使用した剣が片側六本がコクピット左右の鞘に収められた真紅のランスロット・グレイル。

 最新鋭のハドロンスピアーを装備した赤系統で塗装された数少ない空戦可変機のブラッドフォール。

 輸送機から運ばれた並び立つ二機に全員の視線が向かうのは自然な事だった。

 

 「ところでこの二機、どちらが強いだろうか?」

 

 最先端の機体を目にした何の気なしのティンクの一言に二名が反応した。

 

 「それは私の――ブラッドフォートが…」

 「勿論ボクの――ランスロット・グレイルが…」

 

 ロイドとウィルバーの視線が搗ち合う。実際には起こってないが二人の間に火花が散っている光景が全員見えた。二人の口が動く前に動いたのはセシルだった。

 

 「はいはい。ロイドさんもウィルバー博士も我が子自慢みたいになりますから止めましょうね」

 「ボク、まだ何も言ってないんだけどなぁ…」

 「確かにこのまま討論をしても平行線で終わるだろうからな」

 

 納得できていないようだがとりあえずは収まったようだ。そんな光景を見ていたレオンハルトは小さくため息をついた。

 

 「まったくティンクが火をつけるからもう少しで大論争が始まるところだったじゃないですか」

 「そうよ。それにどちらが強いかなんて愚問よ」

 「ええ、オズの言う通りです」

 「私のグレイルに決まっているでしょうに」

 

 さも当然かのように放った一言に場が凍った。特に反応したのはウィルバーよりレオンハルトのほうだった。明らかに驚き目を見開いている。

 

 「え?どうしたの皆?」

 「どうしたのではないですよオズ。ブラッドフォードのほうが強いに決まってます」

 

 燻っていた火種にオルドリンが薪をくべて、レオンハルトがガソリンをぶっこんだ。

 「あー…」と呻き声を漏らしつつティンクは失言に気付き、ソキアはそれと無しに離れる。これから起こるであろう事を理解しつつマリーベルは微笑み、シュバルツァー将軍は痛くなってきた頭を軽く押さえる。

 

 「なにを言っているの?ブレイズルミナスを使用した防御性にシュロッター鋼ソードを大量に装備して接近戦の面でも優れたグレイルのほうが!」

 「接近戦ならばブラッドフォールも出来ます。それに合わせてハドロンスピアーで高火力を出せる点で勝っているのは確実でしょう」

 「確かに火力では劣っているのは認めるわ。けど接近戦ではランスロットは負けていない。しかもこのグレイルは私専用に改修された機体でブラッドフォードは先行試作機。どちらの操縦性が高いかは一目瞭然よね。そして操縦性が高ければそれだけパイロットの技量を反映できる。それでもレオンは私のグレイルに勝てる?」

 「うっ……接近戦は不利ですね。しかし!ブラッドフォードは高い飛行性を持っています。空を飛べるブラッドフォードが負けることはありません!」

 「ランスロットだってフロートシステムをつければ飛べるわ!」

 「飛行性能では空気抵抗の少ない形態に可変出来るので問題はありません」

 「可変機構なんて機体を複雑にする整備士泣かせの機体じゃない!」

 

 オルドリンの後ろにロイドが、レオンハルトの後ろにはウィルバーが立って両者の意見を聞いて大きく頷いていた。

 

 「レオンハルト君。私が作り調整し、マリーカ君が育てたブラッドフォードの実力を見せたまえ」

 「ええ!勿論です!」

 「良いでしょう!筆頭騎士として受けて立ちます!」

 「やったー!良いデータが手に入りそうだなぁ」

 「好い加減にせぬか貴様ら!!」

 

 さすがに我慢の限界で怒声が上がった。

 今にも受領したばかりのナイトメアで決闘でも仕出かしそうだった二人の肩がビクンと跳ね、振り返った顔は引き攣っていた。いち早くロイドはセシルを盾にするように逃げようと試みたがセシルも怒っておりむしろ捕まり差し出された。

 

 「最新鋭の機体を手に入れ浮かれるのは私もパイロットである事から理解も納得もしよう。だから多少の事には目を瞑ろうと思っていたが貴官らときたら何を子供のように意地になっておるか!

 自分のはここが優れていて相手のそれは劣っている?当たり前だ!片や飛行能力と高火力を求めた可変機に片や接近戦や機動性に重きを置いた機体では用途が違う。それをまるで同じ土俵のように扱い認めながらも卑下するとは何たる愚かしさか!

 しかもよりによって決闘にまで持ち込む寸前にまで陥るとはそれがマリーベル皇女殿下の騎士のやる事か!!」

 「「す、すみませんでした!」」

 「お二人も止めるどころか進めてどうするか!」

 「あはは~、だって良いデータが取れそうで…すみません」

 「私も熱くなりすぎたようだ…すまなかった」

 

 

 

 「ならいっその事ひとつにしてみますか?」

 

 

 

 やっと収まりかけた場にマリーベルの一言が放たれた。

 これがグリンダ騎士団の面々だけならただの雑談で済んだだろう。

 しかしここには根っからの技術屋が居る。

 自身の趣味や興味を持ったものに対してのみ全力疾走のロイドに、空中騎士団構想を早くから提唱して対空への備えを強化しようとしているウィルバー。

 二人は少し悩む仕草をしてニヤリと微笑んだ。

 

  

 

 

 

 

 ぞわりと寒気のようなものを感じたシュナイゼル・エル・ブリタニアは背後を振り返った。背後には先ほどからあまり変わり映えのしない雲と青空が続いていた。短く息を吐いて手元の資料に目を通す。 

 

 現在シュナイゼルは試験飛行中の座乗艦となるログレス級浮遊航空艦【グランド・ブルターニュ】内の執務室にて本日の書類整理を行なっていた。本来なら試験飛行中の艦に乗る事などありえないのだが、公務上向かわなくてはならない場所が多々あり、陸より空の方が断然早いことから飛行コースを行き先に合わせて、試験飛行と自分の移動手段の一石二鳥として使用したのだ。

 元々はカールレオン級浮遊航空艦【ローラン】と【アストルフォ】の二隻に護衛されての試験飛行の予定だったが、急遽【オリヴィエ】も追加した三隻での護衛が行なわれている。

 

 「如何なされましたか殿下?」

 「いや、なんでもないよ」

 

 傍に仕えているカノン・マルディーニが心配そうに聞くがやんわりと答えなんでもない事を強調する。

 別段身体に異常は感じられないし、なにかの気のせいだと先の感覚を頭の隅から追い出す。そして手元の資料に目をやってほくそ笑む。

 

 「カノン。彼の事は調べがついたかな?」

 「それがまだ…現在内密に調査を進めていますが【キングスレイ卿】なるもののデータが一切発見されておりません」

 

 ふむと呟きながら資料を机に置き、視線を細める。

 ユーロ・ブリタニアに皇帝陛下の軍師として送られたらしき(・・・)人物。

 少しユーロ圏内の事を知ろうとある人物から聞いた人物なのだが神聖ブリタニア帝国のデータベースに存在しない。そもそも父上直属の軍師が居る事自体が初耳で調査をしているのだが、何の情報も未だに発見できない。

 

 …これ以上は危険か…。

 

 宰相の自分も知らず、データベース上にも存在せず、皇帝しか知らないありもしない役職を持った男となると知ろうとする行為自体が危険と判断して小さく息をつく。

 

 「これ以上の調査は止めよう」

 「宜しいのですか?」

 「秘密裏で大きく動けないとしても経歴の一つも出てこない人物だ。父上しか知らない何かをこれ以上調べるのは危険と判断する。それにこれ以上は無駄骨だからね」

 「畏まりました。動かしていた者には中止を伝えておきます」

 「ああ、頼むよ」

 「それとマリーベル皇女殿下のグリンダ騎士団に例の新型と最後の騎士が到着したそうです」

 「やっとグリンダ騎士団のすべての要員が揃ったわけか」

 「……ユーロ・ブリタニアの件は本当に行なわれるのですか?」

 

 カノンの言葉にシュナイゼルは大きく頷いた。

 シュナイゼルは観艦式を終えたマリーベルのグリンダ騎士団初任務をユーロ・ブリタニアで行なおうと画策していた。何の理由もなしにそんな事をすれば本国からの介入としてユーロ・ブリタニアの面々は良い顔をしない。ゆえに何か正当な理由が欲しいのだがユーロ・ブリタニア入りしている皇帝が今まで隠してきたキングスレイ卿を当てに出来ない事から新たな理由を捜さねばならない。

 そこまでしてユーロ圏に介入しようとするのはオデュッセウスが居ると推測されるからだ。

 

 「勿論だよ」

 「しかし本国に居ないとはいえオデュッセウス殿下がユーロ圏に居る保証は…」

 「無いね。しかし必ず兄上は居るよ。自由気ままで何処にでも向かう…昔からそういう人なんだ。だからかいろんな事に巻き込まれに行ってしまう…」

 「私もシュナイゼル殿下に仕えていろんな話を聞き、居たとしても驚きはしません。ですが騎士団の派遣となると…」

 「兄上の事だから何かしら大きな事をする。それが意図的か無意識か知らないがユーロ・ブリタニアに大きく付け入る隙を作るだろう。いざという時に戦力が無かったでは困るからね。準備はしておくに越した事は無いさ」

 

 どこか楽しそうに微笑む笑みにカノンは見惚れ、これ以上なにかを言う気にはなれなかった。

 当の本人が別の意味で仕出かし、部下が暴走しようとしているのに気付かずにシュナイゼルは先のことに対して考えをめぐらせるのであった。



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第58話 「戦場から離れた場所で③」

 浅瀬に飛び込んでオデュッセウスが頭部を強打した日の夕食。

 昨日以上に豪華な食事に舌鼓を打ちながら少し寂しく感じていた。

 

 …明日にはここを離れる。

 

 テントで休んでいる時に連絡があり、何でも私目当ての客人が来ているらしい。内密な話らしく内容は明かさなかったが皇族の印が押された封筒を所持していた事からとりあえず隠れ家に入れているとの事。これはオルフェウスが提案したのだというが何を考えているんだろうね。監視のつもりなんだろうがそこは私の隠れ家なのだが…。

 それにしても隠れ家を知っているという事は父上からの使者だろうか?あるいは伯父上にばれたか?いやいや、まさか…。

 

 嫌な予感を感じながら魚料理を口へと運ぶ。

 バターの風味が色濃く残るムニエルを味わいながら周りを見渡すと誰一人として暗い顔をするものはいなかった。リョウにいたっては左右から婆様たちに絡まれても「触んなババア」とか言いながら満面の笑顔で料理に夢中だった。レイラやユキヤは周りと会話しながら食事し、アヤノは一人でも食べるたびにコロコロと表情が変わるので見ていて面白い。

 

 あー…一人だけクスリとも笑ってない人物が居た。黙々と魚の見た目を残した料理以外(・・・・・・・)を口へと運んでいる。

 

 「これ美味しい!ねぇ、これ美味しいよ!」

 

 アヤノが美味しい美味しいと太鼓判を押す料理へ視線を向けたアキトは切り身のムニエルではなく、魚の姿をそのまま残したムニエルを眼にして顔を微妙に歪める。傍から見ると数秒の間だが魚と睨み合っているようにも見える。

 

 「俺はいい…」

 「もしかしてアキトは魚苦手なの?」

 「……そんなもの食べる奴の気が知れない」

 「目の前で食べている人を前に言うねぇ」

 

 いつものポーカーフェイスが歪み、弱々しく見えるアキトにいつの間にか席を立ったリョウが背後から軽く首を締める。絡んでいるだけで本当に締めている訳ではないので苦しそうではない。しかしここ二日で見ることなかった表情に携帯を取り出して写真を撮る。

 

 「おい、アキト。魚が食えないだと?」

 「五月蝿い」

 「お寿司もお刺身も食べられないのですか?」

 「あんな生臭いものが食えるか」

 「サバの味噌煮やうな重、イワシの酢漬けやアジのフライ、ぶり大根も駄目なのかい?あとは――」

 「あのさ、料理に関して食いつきすぎじゃない?」

 「私は料理を作るのも食べるのも好きだからね。そうだ!エンガワの炙りなんかも良いねぇ」

 

 ユキヤに突っ込まれながらも脳内では次々と魚料理が思い浮かべられる。ツナ缶にマヨネーズを和える程度混ぜたのが結構ワインと合ったっけ。缶をどこに捨てれば良いかわからずに適当にゴミ箱に入れたら何処からか聞きつけたコーネリアに「また護衛も付けずに勝手に出歩きましたね!」なんて怒られたなぁ…。

 なんて思っているとアキトを挟んでリョウとアヤノがニヤリと笑う。

 

 「ほらアキト。美味しいよ。あーん」

 「いらない!」

 「アヤノ!魚を押し込め!」

 「美味しいよ~」

 「アキト、大丈夫!?」

 「無理やり押し込むのは止めなよ」

 「そうですよ。オデュさんの言う通りです」

 「鼻を摘んで置けばそのうち口を開くでしょう。その時に――」

 「何を言っているんですか!?」

 

 わいわいがやがやと騒がしい食事風景に交じりながら笑む。こんな時間を弟妹と楽しめたらどれほど良いだろう。

 大きめの机を囲んでみんなで食事をする…。軽口で絡んでいくカリーヌを笑顔で受け流していくマリーベル、兄様兄様とクロヴィスに引っ付いて食事をするライラ、大人しくしているキャスタールにちょっかいをかけるパラックス、勝手にスザクをユフィが招き入れ不満そうな顔をするコーネリア、自分そっちのけでナナリーを優先するルルーシュ、皇族らしからぬ食事風景に眉間にしわを寄せながら食事を続けるギネヴィア、微笑を浮かべて少し離れた所から眺めるシュナイゼル、上座で周りを眺めながらどっしりと構えている父上にニヤつきながら雰囲気を楽しむ伯父上、そして誰構わずイタズラをしてまわるマリアンヌ様。

 想像するだけで頬が弛む。が、悲しいかなそんな未来はとんでもない奇跡が起きない限りありえない。

 

 視線を手元のワインに向けながらグラスを傾ける。

 いつも呑んでいる物に比べれは天と地ほどの差がある安物のワインであるが、どうして雰囲気でこんなに美味しく感じるのか…。皆にも味わってもらいたいな…。

 

 想いを巡らしながら食事を進めていると徐々に食事に伸びる手は少なくなり、雑談をしている者がほとんどだった。大婆様がテントに戻るのをレイラが手伝っていたがそれを手助けしようとは思わない。彼女はこれからC.C.により与えられたギアスの話を大婆様より聞くのだから、そこに居ては邪魔になる。

 空になった皿を重ねて料理台へと持って行く。

 

 「あ!あたしも手伝うよ」

 「それは助かる。さすがにこの量をひとりでは大変だったからね」

 

 自ら名乗り出てくれたのはアヤノだけで、リョウはアキトに絡んでいるし、ユキヤは婆様達とそれを眺めている。

 皿やグラスを洗っていく中で静かになったので何か話題がないかと考える。

 

 「そういえば皆、日本人だったよね」

 「日本人って言ってもあたしはこっちで生まれたんだけどさ。なんでも昔は侍だったってお爺ちゃんが言ってたっけ」

 「侍…甲斐の武田家に香坂って武将が居たような…あれ?高坂だっけ?」

 「いや、あたしに聞かれても…。こっちも聞きたいんだけどオデュってユーロ出身者?」

 「んー…何処だと思う?」

 「ブリタニア帝国―」

 「――ッ!?」

 「―だったりして」

 

 冗談で言ったつもりらしいが本当の事でビックリしすぎて心臓が痛い。頬は引き攣り手が止まる。横目でチラリと表情を窺うと別段気付いた様子などなく、洗い物を片して行く。

 

 「なんか昔に見たテレビに似た人が映っていたんだ。確か日本のニュースかなんかだったと思うけど」

 「せ、世界も広いからね。そっくりな人が居てもおかしくはないから…」

 

 確実にそれ私です。と心の中だけで呟きながら平静を装う。…装おうとしているが正しいか。

 

 他愛のない会話を続けながら彼女たちワイバーン隊、そしてwZERO部隊の事を考える。これからユーロ・ブリタニアの聖ミカエル騎士団との大規模戦闘が彼らを待ち受けているだろう。他にも箱舟の船団の事件もあることだし激戦間違いなし。原作ではどうにか死者ゼロで終わってハッピーエンドで締めくくられたが、実際はそう上手くいくだろうか?

 彼らにはそれほど関わって…いないと思うから原作の変更は起こらないと思う。なにかおこるとしたらその後だろう。最終章までにレイラが神聖ブリタニア帝国より亡命し、ユーロピア共和国連合市民から絶大な支持を得ていたブラドー・フォン・ブライスガウの忘れ形見と言う事は判明した。ジィーン・スマイラスはレイラが死んだと嘘の公表をしたが後になればすぐにばれるだろう。そうなればユーロピア共和国連合上層部が欲しがらないわけはない。見付かれば政治の道具と利用され続ける事になってしまう。

 かといって神聖ブリタニア帝国の皇子である自分が助けるのもブリタニアに亡命するように説得するのも難しい。

 

 「これで全部終わったね。じゃあ、あたしも戻るよ」

 「ああ…」

 

 食器類は洗い終わり、すでに婆様を含めた皆は寝所に向かったのか長机の周りには誰も居ないかった。濡れた手をごわごわのタオルで拭ってアヤノも寝所に向かう。

 

 「あぁ…アヤノさん」

 「なあに?」

 「えーと…これから先、飛行船から飛び降りるような事があったらユキヤ君に伝えといてくれるかな」

 「飛行船から跳び下りるってどんな状況よ」

 「攻撃したらすぐに移動する事…彼の場合は全力で退避になるんだろうけど」

 「・・・?それ本当にどういう――」

 「さてと、もう夜も遅いし寝ようかな。おやすみ」

 

 不思議そうに首を傾げて疑問符を浮かべるアヤノを余所にゆっくりとテントに向かって行く。

 多分今自分に出来るのはこれぐらいの事だからと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 ユーロ・ブリタニア領 貴族シャイング家屋敷

 使用人を除いて三人では広すぎる広大な土地の真ん中に建てられた家柄を表すような豪勢な貴族の屋敷。 

 月や星々が輝き並ぶ夜空をバルコニーの椅子に腰掛けながら見上げる青年が居た。

 

 日向 アキトの兄であり、マンフレディ卿に拾われ、シャイング家の養子となった聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイング。

 

 聖ミカエル騎士団の制服ではなく純白のスーツ姿の彼はワイングラスを傾けながら笑みを浮かべる。

 シンはひとつの望みを持っている。それは死による人類・世界の救済。

 

 この願いを抱いたのは両親に原因があった。弟であるアキトの父親はシンとは違う父親だ。そのことに気付いたシンの父親はアキトの父親を殺害。母親も死を望んだがそれは叶えられず、死ぬまで一緒にいる事を命じられ、それを罰とされた。

 その事に気付いていたがアキトを溺愛していたシンは気にも留めてなかった。しかし両親のお互いを苦しめあう行為や様子に絶望し、両親に対しての絶望は世界へ対するものへと成長していった。

 誰にも知られずに実の父親を斬首。すると何処からか現れた父親と同じ声を発する髑髏よりギアスを与えられ、ギアスユーザーとなる。力を手に入れたシンは絶望しかない世界から世界を、人類を、愛すべき者を救済しようと動き出した。まだ幼かった彼は周りの者の救済を実行した。見るだけで反吐が出そうな実の母を含めた一族郎党を死の救済という名目でギアスで自殺させた。

 

 成長し、聖ミカエル騎士団総帥という力を手に入れたシンは世界の救済へと段階を進めようとしている。

 wZERO部隊に居るスパイよりアポロンの馬車の情報は受け取っている。別にユーロ・ブリタニアで生産したり、聖ミカエル騎士団で運用しようとは微塵も考えていない。ただそれを神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴン―――シャルル・ジ・ブリタニア皇帝を目標に発射するだけだ。

 世界屈指の軍事力を誇る神聖ブリタニア帝国は圧倒的なカリスマ力を備えている現皇帝を中心に動いている。その中核たる皇帝を失えばどうなるか容易に想像し得る。皇族や有力貴族による次の皇帝の選出か権力・派閥争いが本格化するのは当たり前として、今戦争を仕掛けている各国への判断が遅れ、中華連邦などの様子見を決め込んでいた国は好機と見て動き出す。植民地支配されていた各エリアでは暴動が起きるなど戦火が広がり、一部地域から国、全世界を巻き込んだ世界大戦へと発展して行くだろう。

 自身が望んだように多くの者が死に絶え救済されるであろう。されどそれだけでは物足りない。衰弱しきった世界に止めを刺すべくユーロ・ブリタニアの力を温存・拡大しておかなければならない。

 

 扉越しにノック音が響く。短く入れと許可を出すと頭を下げながら入室してきたのはシンの右腕と称されるジャン・ロウであった。

 こんな夜更けに訪ねて来たわけでなく、今日は客間を割り当ててこの屋敷で待機させているのだ。

 

 「どうした?」

 「ハッ。キングスレイ卿より要請がありアシュレイ・アシュラを貸して(・・・)ほしいそうですが」

 「命令ではなく貸して(・・・)ほしいと頼んできたか。なるほど…どうやら私を誘ったのは本心だったか」

 「如何なさいますか?」

 「了解したと伝えておいてくれ。それと【アフラマズダ】を先行して送るとも」

 「【アフラマズダ】をですか?しかしあれは…」

 「アシュレイは例の【船団】で使う事になるだろうからな。【船団】にはハンニバルの亡霊しか対応出来ない。しかしこちらにはあの部隊に対抗し得るほどの戦力を出す気はない。ならばアシュレイに【アフラマズダ】を貸して時間稼ぎをさせればいい。元々あの機体は立体機動よりも狭い空間の方が真価を発揮する」

 

 アフラマズダとはユーロ・ブリタニアが開発した最新鋭のナイトメアフレームで、最大の特徴はブリタニア本国のナイトメアも含んだ中でトップ5に入るであろう火力にある。ショルダーウェポンとして三連装大型ガトリング砲を左右に装備し、コクピット上部に円形の弾倉を固定する部位を取り付け、大型の専用弾倉を六つ装填している。これにより短時間で弾切れを起こすガトリングの短所を消したのだ。代わりに武装や弾倉に伴い機体の大型化が必須となり、ナイトメアフレームの特徴である機動性と立体機動を殺してしまう結果となった。

 火力も特徴的だが防御力も現行のナイトメアでトップクラスの硬さを持っている。ブレイズルミナスを停滞させることの出来るシュロッター鋼を全体で使用している為に大型リニアライフルでも傷一つつけることが出来ない。圧倒的な火力に防御力を持つアフラマズダが狭い空間で真価を発揮すると言うのは、正面からの撃ち合いで負ける確率がかなり低い事から判断した事だ。

 

 …まぁ、アシュレイが敵を倒しきるよりは【箱舟】に積んだ爆弾によりハンニバルの亡霊を殲滅する罠であるから、勝敗よりも時間稼ぎの面が大きいが。

 もしかしたらアシュレイが倒しきる可能性も無きにしも非ずだが、シンにはアキトがそう簡単に負けるとは思えなかった。

 

 「なんにしても私の望みは叶いそうだよ」

 

 何の返答も返さずジッとその場で姿勢を正し続けるジャンに微笑み、グラスに残っていたワインを飲み干す。

 別室で寝ているであろう自分を純粋に慕っている義妹であり許嫁であるアリス・シャイングと、実の息子のように優しく接してくれるマリア・シャイングの事を想う。

 シンも心の底から愛している二人にも死で救済せねばと…。

 

 バルコニーから室内に戻り、机にグラスを置きながらある事を思い出し口を開く。

 

 「アンノーンの件はどうなった?」

 「はい。言われた通りに一般人を装いユーロピアに一報入れております」

 「そうか…どちらに転んでもこちらとしては構わないからな」

 

 愛する者に向けるような優しげな笑みは消え失せ、歪んだ笑みを浮かべる。

 

 「さて、どう動くかな。ブリタニアの第一皇子様は」

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスは隠れ家を出た時の服装でワルシャワの街並みを眺めながら歩いていた。

 朝日が昇り、午前中の仕事が一段落したところで別れを告げて出てきたのだ。別れの際には婆様たちに泣き付かれ、もみくちゃにされたりもして、かなり別れ辛かった。こっちまで泣いたせいで目のあたりが若干腫れている。

 

 別れの寂しさを美しい街並みを眺めることで治めようと思っていたがさすがに無理があった。

 どうするかと考えているとお腹が鳴った。朝食を食べてから昨日同様働いて、今は十二時前とすでに昼食の時間に近付いている。

 …なるほど、道理で腹の虫も鳴くわけだ。

 

 食べ歩けるような軽食を売っている出店を捜そうと見渡していると、ベンチで生気のなさそうなユーロピア共和国軍の軍人が座り込んでいた。ワルシャワはユーロピア共和国連合の勢力下で、補給部隊の支局があったりとかなり重要な拠点としているようだからそこらへんに軍人が居てもおかしくないのだが…。

 パンを売っている屋台よりケシの実を始めとしてオレンジピールやナッツを交ぜたクリームを、パン生地で巻いたマコヴィェツとコーヒーを2セット買って近付いてみる。

 

 「あの…大丈夫ですか?」

 「ん?あぁ…大丈夫ではないな…」

 

 軍人は顔を上げる事無く俯いたまま返事を返してきた。大きくため息を吐き出し、辺りに沈んだ空気を撒き散らしているような錯覚すら覚える。こういう場合は話を聞いてあげた方が良いのか、そっとしておいた方が良いのか…悩んだ結果、多少元気付けてそっとしようと中途半端な事をする事にした。

 

 「なにがあったか知りませんが元気を出してください。よかったらこれ、どうぞ」

 「…すまない。頂こう」

 

 生気が抜けきった顔を上げて袋を見て、多少申し訳なさそうに受け取った人物に目が点になる。

 佐官のバッジを付けたユーロピア共和国連合の制服を着た短く刈り揃えられた灰色の髪に伸ばした顎鬚、ずれた軍帽に細長い輪郭…。

 元wZERO部隊司令官で上層部に配置変えさせられた第103補給部隊司令官のピエル・アノウ中佐その人だった。

 ワイバーン隊のデータ改竄した張本人が何故こんな所で油を売っているのだろうと疑問に思ったがすぐに理解し考えるのを止めた。

 今日で婆様たちにワイバーン隊の面々が捕まって三日目。という事はハッカーとしての能力に長けているユキヤが婆様たちの旧式のPCと自身のPCを駆使して改竄された内容を元に戻した頃だ。しかも仕返しに改竄した張本人であるアノウ中佐のデータを同じように改竄したんだった。

 

 つまり軍のIDに納められている軍での経歴からクレジットまで何一つ使用できないのだ。

 ゆっくりとした動作でマコヴィェツをかじり、コーヒーで流し呑むアノウに背を向けてさっさと隠れ家に向かう。現状は気の毒にと多少思うところがあるが基本的に嫌いな部類の人間。日本人を差別して特攻作戦を強いて、味方の兵士が亡くなる事より作戦失敗時の責任問題を重んじる辺り好きにはなれない。

 ちなみにもっと嫌いな人物が本国に居るが彼とはあまり関わらないようにしている。あっちもこちらに関わりを持ちたくないようで助かるが。

 急ぎ足で隠れ家の屋敷前まで戻って先ほど買ったマコヴィェツとコーヒーに手も付けてない事に気付いた。とりあえず訪ねて来たお客に会った後にでも食べようか。そう思いながら扉を決められた数だけノックして自分が戻った事を知らせる。するとドタドタと足音が近付き扉が開く。

 

 「お帰りなさい殿k…はいけない。オデュs…さん。お怪我はありませんか?」

 「大丈夫だよメルディ。心配かけて悪かったね」

 「本当ですよ。何かあったら即刻私の首が飛ぶ所だったんですから!私、死ぬ時はベッドの上で自分の記事を眺めながらって決めてますので」

 「普通孫に囲まれてとかじゃないかな…で、本国のお客さんって言うのは――」

 「お帰り、心よりお待ちしておりました殿下」

 

 玄関に繋がる廊下に出てきたひとりの人物が片膝をつき、頭を垂れながら心より言葉を述べた。その人物に思わず目を見開いて口をポカーンを開けてしまった。

 

 何故ここにジェレミア卿が居るの!?

 

 

 

 向かいの建物の隙間から驚き慄くオデュッセウスを、ホームレスに偽装した薄汚れた格好の男が見つめていた。遠目ではっきりとは見えていないし、話している内容は聞こえない。

 だけれども男はほくそ笑んでフードで隠していたインカムのスイッチを入れる。

 

 「こちらバーダーよりペットショップへ。カッコウがオオヨシキリの巣に入った。繰り返す。カッコウがオオヨシキリの巣に入った」

 『ペットショップ了解。すぐに猟犬を放つ。バーダーは現状維持で観測せよ』

 「バーダー了解。観測を継続する」

 

 男は中に入っていくオデュッセウスを見つめ続ける…。



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第59話 「さようなら静かな日々…こんにちわ戦闘の日々…」

 夕食を済まして屋敷の食卓を囲む四人は上座に座るオデュッセウスに視線を向けていた。

 フリー記者のメルディと商人兼技術屋のガナバディは要所要所で席を外してもらったので、これからどうするかを決めるのに耳を傾けている状態だがあとの二人は違った。

 

 伯父上の使者として訪れたジェレミア・ゴッドバルト。

 V.V.より何の目的でユーロピアに来たかの質問と、饗団の作戦に手伝って欲しい要請を伝える伝言役兼手伝いとしてここにいるらしい。なんでもプルートーンを投入してまでシン・ヒュウガ・シャイングを捕縛しようとして返り討ちに合ったとの事。

 

 私にヴェルキンゲトリクスを駆るシャイング卿と対峙せよとか不可能です絶対。するんならせめて私専用のグロースターを持って来てくれれば良かったのに…。

 戦力としては生き残ったプルートーン所属のナイトメアが二機のみ。ガナバディが改修を終えたアレクサンダ・ブケファラスを含めればたったの三機。本国の増援は求められないから現状の戦力で何とかするしかない訳だが、普通に攻めればシャイング卿のみならず聖ミカエル騎士団を相手にする事になる。と、なると仕掛けるタイミングが限られる。

 聖ミカエル騎士団を相手にしない。もしくは疲弊している状態で、シンが単機で居る時となれば原作知識に心当たりがある。もしかしてこの事こそが大婆様が占っていた事だろうか。

 

 すでに心折れそうなオデュッセウスに鋭いオルフェウスの視線が突き刺さる。

 ギアス饗団と関わりあるがピースマークと敵対しているのもあって友好的な面もあったのだが、ジェレミア卿に協力すると答えればプルートーンに協力するという事に…。

 

 あれ?ここ死亡フラグの分岐点じゃない?

 

 気付けば死という重圧が肩や背に重く、重く、重く圧し掛かる、胃もキリキリと痛み出して今すぐ逃げ出したい。

 重い腰を上げて席を立つ。

 

 「何処に行くんだ?」

 「ちょっとトイレに…」

 「10分前も行っただろう。俺としては早く答えを聞きたいんだが」

 「殿下に対してその物言い…無礼にも程があろう!」

 「生憎だが俺はブリタニアの犬ではない。過去の事から親しみはあっても忠誠心は持っていない。それにここにいるのはただのオデュで第一皇子としてではない。あと、回答次第で敵になることもありえるからな。言葉使いを気にする立場にない」

 「殿下に害をなそうというのならいっそここで!」

 「ちょっと、落ち着いてください!ここで戦闘なんて起こした方が問題ですよ」

 「オルフェウスも落ち着け。お前さんの気持ちは理解するがここで揉めても何にもならんだろう」

 

 袖口より刃を晒したジェレミアと腰のホルスターに手を伸ばしたオルフェウスが一触即発の状態に入り、メルディとガナバディが仲裁に入って何とか治める。

 昼食や夕食、それとジェレミアから事情を聞いた時以外は同じ光景や流れが続いている。

 大きくため息を吐きつつ再び腰を降ろす。

 

 「はぁ~、とりあえず睨むの止めて貰えるかなオルフェウス君」

 「では答えを聞かせてもらえるんだろうな」

 「ジェレミア卿の話は受ける――が、プルートーンと共同で行う事はできない」

 「しかしそれでは…」

 「あるもので何とかやるさ。というかやるしかないんだけどね」

 

 これぐらいがベストだろう。プルートーンと協力した方が現状的には正解なんだろうけど、手を組んでオルフェウス君を敵に回す方が大き過ぎる問題となる。彼のギアスは人の認識を誤魔化す。つまりは変装もせずにギアスを発動すれば自分の思った相手に認識させる事が出来る。やろうと思えばシャルル・ジ・ブリタニアと誤認させて宮殿内を悠々と歩き回る事さえ可能なのだ。これがどれだけ暗殺に向いているかお分かりいただけるだろう。

 ナイトメアの技量も高く、ラウンズ並みの腕を持っている。戦場でも厳戒警備の施設内でも殺しきれるだけの能力を持っている。阻止するのは調整を完璧にしたジェレミア卿ぐらいじゃないと無理だろう。

 

 大きく息を吐き出し湯気を立てているコーヒーカップを手にとって立ち上がる。

 

 「どうされたのですか殿下?」

 「少し外の空気を吸ってくるよ…」

 

 やっと話を終えたと肩の荷が下りたような心持でとりあえず気分を入れ替えようと外に出る。外に出るといっても玄関から一歩でる程度だが。

 外に出ると冷たい風が吹き身体を冷やす。空気が冷たいおかげで夜空の星々が澄んで見える。ほぉと声と白んだ吐息を漏らしながら見上げたままコーヒーカップに口を付ける。

 

 ガチャ…。

 

 隣の家よりドアノブを捻る音が聞こえて振り返ると母親らしき人物が背に大きなリュックサックを背負い子供を引いて出てきた。子供も最後に出てきた父親も何かしら大きな荷物を持っていた。

 不思議そうに眺めていると母親と目が合い会釈する。短くヒィと声を漏らしつつ軽く頭を下げて小走りで去って行く。余計に不思議に思い首を傾げて辺りを見渡すと同じように忍ぶように家から大荷物を持って逃げ出すような人ばかり。

 

 ―――目が合った…。

 

 逃げ出している様な一般人の方々と目が合ったなら別段不思議に思う程度で良かった。

 が、目があったのは銃を装備した歩兵用の防護服を装備したユーロピア共和国兵士だ。なにやら目が合った瞬間に無線機で慌てたようにどこかに連絡を取っている。距離があるから完全には聞き取れないが【バーダー】やら【ペットショップ】がどうとか聞こえる。

 

 「という事はあれは店員かなにかかな?」

 

 離れた所にも同じような兵士が隠れながら付近に展開しており、そのまた奥には装甲の厚そうな輸送車が止まっており、重装備の兵士達が降りて急いで走ってくる。

 引き攣って微笑んだ表情が戻らなくなった状態で、そのまま室内に戻って行った。

 

 その頃、ジェレミアは目の前のオルフェウスという青年とオデュッセウス殿下の事を考えていた。

 昔からだがどうして殿下はあれほど無防備なのだろうか。自身の価値を理解している筈なのにこんな敵地の真ん中に隠れ家を構えたり、堂々と一人で出歩いたり、話からギアス饗団に敵意を持っているテロリストと関わっているとか。殿下らしいと言えばらしいのだが危険で周りはたまったものではないだろう。

 

 短く息を吐き出しながらこれからの事を思考する。

 

 プルートーンの戦力に頼らないという事は戦力を現地調達の形で得ていく事になる。仮にナイトメアを奪う事ができてもユーロ・ブリタニアの精鋭騎士団の一つを相手に出来るほどの戦力を確保できるわけはない。ならばナイトメアに乗っていない時を狙うとしても侵入の技量を持つ者も暗殺者としての技能を持つ者もいないだろう。そもそも暗殺は殿下が毛嫌いするから却下。

 どうにかして殿下の手伝いをしたい所だが良い考えが浮かばない。なにか殿下には考えがあるようだったが…。

 

 ジェレミアが悩みながら思考を必死に働かせていると引き攣った微笑を浮かべたままオデュッセウスが玄関外から室内に戻ってきた。

 

 「皆、少し良いかな?」

 

 引き攣った微笑みを崩す事無く一言発すると間を空ける。何事かと疑問符を浮かべていると室内が静かになった為に外の音が耳に入り、外から小さな物音が複数聞こえた。少し間が開いてカチリと離れた所から金属音が小さく響いた。

 

 「伏せろ!」

 

 オデュッセウスが叫びながら勢い良く伏せると三人が同時に動き出す。ガナバティとジェレミアはすかさず伏せ、オルフェウスは反応できなかったメルディを抱き締めつつ伏せさせた。

 伏せ終わると無数の銃声が駆け巡り、壁に風穴を生み出して行く。鳴り止まぬ銃声の中、メルディのみ悲鳴を上げて他の四人は冷静なままだった。

 

 「殿下!お怪我は!?」

 「問題ないよ。ガナバティさんはメルディを連れて倉庫のトレーラーへ!」

 「銃撃が止むのを待った方が良いのではないか!この状況では下手に動けんぞ」

 「この屋敷は防音性はありませんが、しゃがんで動く高さには防弾壁を仕込んでますので立たなければ大丈夫です。ジェレミア卿とオルフェウス君はここで足止めをお願いしても?」

 「お願いされても拳銃でアレだけの相手は無理だぞ!」

 

 ガナバティがメルディを連れて倉庫に繋がる通路へ急ぎ、オデュッセウスは壁をなぞっていきなり叩きつける。叩いた所に四角い隙間が出来ながら壁の中に潜る。すると食卓の下のフローリングがカポッと音を立てて浮き上がった。近くに居るジェレミアが浮き上がったフローリングの板を外すと中からアサルトライフル三丁と複数のマガジン、手榴弾が六つほど納めてあった。

 地面を滑らせるようにアサルトライフルとマガジンをオルフェウスへと渡す。受け取ってアサルトライフルを手短に確認すると頷き、割れ残った窓ガラスの反射で相手の位置を探りながら銃だけ覗かせ牽制射を開始した。

 

 その間にオデュッセウスは身を低くしながら倉庫へ急ぐ。左腕に何かぬるっと湿気た感触が伝うが気にしていられない。ジェレミアとオルフェウスが持たしているけれども時間稼ぎでしかない。

 

 倉庫に入るや否やコートを脱ぎ捨てて懐よりナイトメアの起動キーを取り出し、アレクサンダ・ブケファラスに立てかけられたタラップを駆け上がる。

 

 「ガナバティさん!改修は終わってますか?」

 「おう!お前さん専用にはデータがないんで出来なかったが仕上がってはおるぞ」

 「ちょっと待ってください殿下!お一人で出る気なんですか!?」

 「これは一人乗りだから一人でしか出られないよ」

 「危険です!命の危険だって―――ッ!?殿下!肩!」

 「肩?」

 「左肩から血が!」

 

 言われて右手で触れるとズキっとした痛みが肩に広がり、生暖かい血が右手を染め上げる。

 先ほどまではそれどころではなくて意識していなかったが―――痛い。

 痛くて痛くて堪らない。痛みに耐えながら左肩を撫でると穴が開いており、そのまま穴は反対側まで続いていた。

 

 「あぁ…これが銃の痛みか。痛いなぁ…」

 「ナイトメアの操縦ならジェレミア卿に頼めば――」

 「オルフェウス君一人では持ち堪えられないよ。ガナバティさん!私が出撃後、トレーラーでメルディと一緒に出てください。道を切り開きます」

 「殿下!!」

 「メルディは前に伝えた緊急時の対応を」

 「えっと…ユーロピアですよね?一応言われていた人の個人の連絡先は抑えましたけど…」

 「頼むよ!オデュッセウス!アレクサンダ・ブケファラス、出る!」

 

 二人がナイトメアを積める大型トレーラーに乗り込んだのを見届けて、起動キーを差し込んでブケファラスを起動。ついでに痛みを抑える為に癒しのギアス発動。起動したブケファラスはタラップを押しのけ、倉庫入り口に立つとヒートソードで十字に切り裂く。アニメみたいに切れ目がついて扉が弾け飛ぶなんて事はなく、切れ目が入った入り口を体当たりで打ち破る。

 道路には武装した兵士が今まさに突入しようとしていた。ジェレミアやオルフェウスが撃ったであろう血みどろで倒れている兵士が目に付く。オデュッセウスは人を殺すことが出来ない。人道的にとかではなく精神上出来ない。出来れば死体や殺害シーンを見るのも嫌なぐらいだ。だからと言って他人に強要する事はしない。特に今の状況で下手に手加減など命じれば逆にこちらがやられるのが目に見えているからだ。

 腰よりハンドガンを抜いて発砲し、兵士の近くに着弾して地面を軽く抉る。突如現れたナイトメアの攻撃に兵士達は驚き逃げ惑う。どうやら前線で戦ってきた猛者ではなく公安や警備部の人間なんだと推測する。ならば突破は容易い。

 兵士に当てる事無く近くに撃つ事で相手を誘導し、距離を取らせる。その隙に倉庫より出たトレーラーが屋敷の前に止まり、ジェレミアとオルフェウスを乗り込ませる。

 

 「さぁて、逃げますか!………うん、ちょっと待とうか。市街地でナイトメア戦は不味いと思うんだけどさ」

 

 オデュッセウスのモニター先にはユーロピア共和国連合の主力ナイトメアフレーム【パンツァーフンメル】が銃口を向けていた…。

 

 

 

 

 

 

 ある事件がユーロピア共和国連合のトップニュースで報道されていた。

 何処から得たのかユーロピア共和国連合やユーロ・ブリタニアの内情をブリタニアに暴露したアンノーンと呼ばれる者達の摘発。公式発表ではワルシャワ警備隊が辺りの一般人を避難誘導し、投降勧告をしたところ無視して発砲。市街地で銃撃戦が始まった事になっている。実際は最初から殺害を目的としてこちらから撃ったのだがね。

 

 ジィーン・スマイラスというユーロピア共和国連合で将軍を務めている男もそのニュースを執務室で眺めていた。

 コーヒーを飲みながら忌々しく睨みつける。

 

 それは現在警備部の指揮を執り、市街地で銃撃戦を指示した人物を非難してではない。逆にジィーン・スマイラスは騒ぎを大きくしても良いから徹底的に攻撃をしてくれと願っている。

 今回のアンノーンを発見したのは匿名の情報提供者からの通報だった。話が上がった当初は悪戯程度の認識であったが、自身の元にユーロ・ブリタニアのシン・ヒュウガ・シャイングより連絡が来たことで一変した。

 

 『奴は私とお前の関係を知っている。早々に始末した方が良い』

 

 ユーロ・ブリタニアの聖ミカエル騎士団総帥とユーロピア共和国連合の将軍が繋がっていると知れたら今の地位・名声は地に落ち、都合の良い血気盛んな若者などを長年をかけて集めた自分の計画がすべて水泡と帰す。それだけは避けなければならない。

 レイラ・マルカル――否、ユーロピア共和国連合の市民に絶大な支持を得たブラドー・フォン・ブライスガウの娘、レイラ・フォン・ブライスガウという軍事的にも政治的にも利用できる駒を手に入れ、軍部の惰眠を貪る雑兵ではなくヤル気十分で騙しやすかった若者達を束ねてようやく自身がユーロピア共和国連合のトップに立てる算段が立ったというのに…。

 ギリリと歯軋りを立てながら忌々しく睨みつける。

 

 プルルルルルル…

 

 ポケットにしまってある携帯電話が鳴り響く。自分の進退が掛かっている時に誰だと顔を顰めながら携帯の画面を見ると非通知と表示されていた。スマイラスには複数の通信手段がある。軍部の盗聴防止用の回線や他人名義で入手した携帯、シンと連絡を取る為の特殊な無線機など多数持っているが今鳴り響いたのは自分名義の携帯。

 軍の関係者ならこの携帯ではなく別の連絡手段を使うだろうし、知り合いなら画面に表示される筈だ。数コールもしたら切れるだろうと無視して画面に視線を戻すと一瞬、オレンジ色の見覚えのあるナイトメアが映った気がした。

 

 確かレイラが居るwZERO部隊の新型ナイトメアフレームのアレクサンダではなかったか?と、画面を凝視するが報道者と行動を共にしている軍関係者が気付いたのか、報道担当が危険と判断して退去したかは分からないが映像が突然切れた。

 ふむ…と唸りながらデスクの受話器を取って押しなれた番号を押す。

 

 『どうなされましたか?』

 「すまないが今放送されているアンノーンについてのニュースが途切れた理由を知りたい。それとコーヒーを頼む」

 『畏まりました。すぐに情報を集め、コーヒーと共にお届けいたします』

 

 手短に済まして受話器を元に戻し、空になったカップをデスクに置く。

 息をつきながら椅子に腰掛けて、未だになり続ける携帯を再び手にとって通話ボタンを押す。

 

 「もしもし、どなたかな?」

 『スマイラス将軍ですね?』

 「ああ、そうだが…君は誰かね?」

 

 女…そう思ったがそれは直感でしかなく、声はボイスチェンジャーで変えられている。悪戯にしてもユーロピアの将軍相手にするなど普通じゃない。それにどうやってこの連絡先を知ったのか。聞きたい事は複数脳裏に浮かんだがそれらは次の一言で消し飛んだ。

 

 『我々は十二年前の真相を知っている』

 「――ッ!?貴様、誰だ」

 『我々は貴方達がアンノーンと呼んでいる集団だ』

 「アンノーン…だと…。今、集団と言ったな。いや、それより十二年前の真相とは何のことかな」

 

 背筋が凍り付いたような感覚を振り払い、自身に渇を入れながら酷く焦った声色を正して平静を装う。

 十二年前……親友であったブラドー・フォン・ブライスガウがテロ事件に遭った年。

 彼の政治思想とは真逆のテロリストに公演中に爆破テロに遭った事になっているが事実は違う。アレはジィーンがやった事…やらせたことである。

 市民から圧倒的人気と支持を得た友人を妬み、ブラドーの妻であるクラウディアに横恋慕したことからテロに見せかけて殺すことを決意。ギアスユーザー排除を目的に動いている【時空の管理者】を騙して殺害させたのだ。

 まさか…逃げる途中にクラウディアまで亡くす事になるとは思わずに…。

 

 『それは公表しても良いという事かな?なんにせよ嫉妬とは恐ろしき感情ですね――では、時空の管理者によろしく』

 「待て!待ってくれ!!」

 

 確かに自分の嫉妬が起こした事件だ。それを言い当てられただけでも心臓が止まりそうなほど驚いているのに、時空の管理者という単語が出てくればもはや間違いない。こいつらは時空の管理者と繋がりがある。

 時空の管理者はギアスユーザーを排除する為に使っている家系をいくつか持っており、ジィーンの家もその一つだ。アンノーンと呼称している組織にあの事件に関わった家系が参加しているのだろう。

 

 「貴様らは何が望みだ?」

 『我等の同胞に対しての攻撃の即座中止』

 「逃がせと言うのか」

 『それで過去と現在の問題がクリアとなるんだ。安いものだろう?』

 「現在?…どういう意味だ?」

 『我々はシンを捕縛する。意味は分かりますね』

 「・・・・・・分かった」

 

 もう…ジィーンは頷くほかなかった。

 最近になって時空の管理者にブラドーをギアスユーザーだと偽って(・・・)殺させたのがバレて、時空の管理者から協力関係にあるシンの首を差し出すように言われているのだ。もし果たせなければ自分が殺される。過去と現在の危険が去るのなら何だってやってやる。

 電話を切ると程なくして先ほど連絡した青年士官がコーヒーと資料を持って入室してきた。

 

 「将軍。先ほど頼まれたコーヒーとニュースの件、調べてまいりました。アンノーンがナイトメアを使用してきた事で警備隊もナイトメアを導入して制圧する為にカメラを切ったそうです」

 「そのことは今は良い。それよりもあの馬鹿騒ぎを止めるぞ」

 「はっ?止めると言ってもテロリストを逃がすはめになりますが…」

 「何を言っておるか!市街地でのナイトメア戦など市民に何かあったらどうするのかね?既に常軌を逸脱しすぎている。即座に作戦を中止するように関係各所に働きかけてくれ」

 「か、畏まりました!」

 

 苦虫を潰したような表情をするがすぐにいつもの余裕がある表情に戻る。これで当分の不安は抑えられる。あとはアンノーンと言う奴らを調べだして始末をつけるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 一方、市街地でナイトメア同士の戦闘を始めたオデュッセウスは有利に事を進めていた。 

 パンツァー・フンメルというナイトメアはサザーランドほどの脅威を持っていないと考えているからだ。

 ナイトメアの特徴であるスラッシュハーケンを使用した立体機動は行えず、両腕は人間の腕を模した手ではなく肘から銃を取り付けており接近戦は行えない。さらに平地や距離があるなら射程や威力など銃の大きさのメリットを生かせるのだが、ここは狭い市街地。撃てば市民に当たる可能性があり、振り回せば銃が建物につっかえる。

 

 「五つ…六つ…七つ!」

 

 動きが取り難いパンツァー・フンメルに流れるように肉薄しては斬り付けて行く。ただ胴体とコックピットが分かれていない一体型なので胴体には斬りつけず、銃口や腕を斬りおとす形となる。

 市街地から脱する為に中央道路を横切ろうとするがそこにもパンツァー・フンメルが待ち構えていた。

 咄嗟に青白い炎を吹き出しているヒートソードを道路の中央へと投げ付ける。敵の意識が自身から投げられたヒートソードに移った瞬間、背にあるWAW-04 30mmリニアアサルトライフル【ジャッジメント】を構えて数発ずつトリガーを引いて腕を吹き飛ばしてゆく。

 

 「先に行って下さい。あとで合流します」

 『本当に良いんだな!』

 「敵の抵抗が弱い…メルディの演技が上手くいったらしいですから」

 『殿下!足止めなら私が…』

 「ああ!ジェれm…卿にはやって欲しい事があるから先にそっちに向かってもらうよ」

 『何なりと』

 「ユーロ・ブリタニアのファルネーゼ卿に伝言とある二名の保護を頼みたい。追々連絡するからトレーラーの無線機を持っていってね」

 『イエス・ユア・ハイネス』

 「傍受されてたら不味いからその敬礼なしでしてほしかったなぁ…」

 

 トレーラーが渡りきったところでヒートソードを拾いつつ、移動を開始する。

 なんだか肩の痛みが消えたような気がしてそっと触ってみると銃弾を受けた事実がなかった(・・・・・・・・・・・・・)ように傷口が綺麗さっぱり消え去っていた。

 癒すどころの話ではない。再生?自己修復?しかし傷を治せば治っただけ細胞は劣化するはず。けれど健康診断では劣化が著しいどころか肌年齢なんかは若返って…。

 そこまで考えたオデュッセウスは突然笑い出した。

 

 「そうか!そうだったんだ!あぁ~、なんでこんな時に理解しちゃうんだろうか」

 

 ククク、と笑いを堪えながら装甲車の足だけを潰してわき道へと姿を隠しながら市街地から抜け出そうと走り出す。

 

 ――腰痛や肩こりなどの痛みの解消。

 ――落ち込んだ気持ちの改善。

 ――C.C.細胞の侵食を止めるどころか侵食を押し戻す。

 ――何故か年齢に比べて若い肌年齢。

 ――撃たれた傷口がなかった様に元に戻った。

 

 「私のギアスは癒しではなく戻る(・・)ギアス。感情や肉体をより良い状態であった時に戻す(・・)ものだったんだ」

 

 大婆様が言っていたのはこういう事か。確かに今思えば癒しでは考えられないものも多かった。今まで物への変化は気付かなかった事から生物だけだろうか?

 もし食べ物にも効くのであれば賞味期限を気にせずに各地のご当地グルメを買い溜め出来る!

 

 そんなあほな事を考えながら市街地を抜けるのであった…。



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第60話 「役者を降ろし、入れ替わり、舞台の準備整う」

 ユーロ・ブリタニア領 サンクトペテンブルグ カエサル大宮殿

 大勢の通信兵がこれより行なわれる作戦の為の準備に大忙しな状況で、二階に設けられた劇場などで目にする貴族の客席を思わせる座席に多くのユーロ・ブリタニア上層部が腰掛けていた。

 

 青い長髪をポニーテールで纏め上げ、涼しげな笑みを浮かべている日本人で貴族シャイング家の養子、聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイング卿。

 癖のある髪を肩ほどまで伸ばした険しい表情を浮かべているマンフレディ卿の親友、聖ラファエル騎士団総帥アンドレア・ファルネーゼ卿。

 もみ上げや眉毛などが毛深く、中でもガタイがよい強面で獣染みた印象のある、聖ガブリエル騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨン卿。

 四大騎士団総帥の中で最も高齢で未だに現役である、聖ウリエル騎士団総帥レーモンド・ド・サン・ジル卿。

 ユーロ・ブリタニアの四大騎士団総帥を筆頭に軍に関係している大貴族が集められていた。

 最前線の席には今回の作戦の総指揮を執っている神聖ブリタニア帝国皇帝直属の軍師ジュリアス・キングスレイ卿が腰掛、護衛のナイト・オブ・セブン、枢木スザク卿が控えていた。

 

 「ヴェランス大公閣下!御着座!!」

 

 入り口より注目を集め、静粛にと促す為の木を打ちつけるような音が二度鳴らされ、警備していた兵士が声を張り上げてヴェランスが入室する事を伝える。

 キングスレイ卿を除くすべての者が立ち上がって敬礼を向ける中、側近のミヒャエル・アウグストゥスを連れたユーロ・ブリタニア宗主でヴェランス大公と呼ばれるオーガスタ・ヘンリ・ハイランドが堂々とした姿で入室、服装が乱れ一つないように上座に腰掛ける。

 

 「キングスレイ卿。始めてもらおうか」

 

 何を画策しているか知らず、キングスレイ卿の他人を見下したような態度を快く思っていないヴェランスは険しい表情で睨みながら言い放つが、キングスレイは悠々といつものように他人を見下した視線を向けた。まるで嘲笑うかのように…。

 

 「そう焦らずとも結果はすぐに出ます。貴方方とは違いますから」

 

 人を馬鹿にした発言に貴族も含めたその場の全員が表情を険しくする。

 シンだけは心の奥でほくそ笑みながら楽しんでいた。

 

 ――なにせこれから起きる作戦を含めたすべては自分の計画に使えるのだから…。

 

 「これから惰弱ゆえに引き篭もっていたユーロピア共和国連合を戦場という名の処刑台へと引き摺り出してご覧に入れましょう」

 

 協力者であるシンの考えを知らずにキングスレイは失敗など最初からないような自信を振り撒きながら高らかに宣言する。座りなおした貴族達の睨みを一身に受けながら。

 

 「さぁ、舞台の開演だ!諸君、楽しんで頂こう!!」

 

 作戦開始の言葉を受け、大型のメインモニターには吹雪き吹き荒れる場所が映し出された。場所はユーロ・ブリタニア領グリーンランドにある、今は使われていないサクラダイト採掘基地跡。

 誰も使っていない基地をキングスレイは使用し、神聖ブリタニア帝国の最新技術であるフロートシステムを使用した超大型飛行船【ガリア・グランデ】を建造・発進させたのだ。ログレス級浮遊航空艦を上回るガリア・グランデを建造するのに吹雪が吹き荒れ地上からも上空からも発見されにくく、秘密裏に建造しなければならない性質上、グリーンランドは最適な場所であった。

 内部は必要最低限のパーツで組み立てており、まさにハリボテといった感じで防衛戦力などサザーランドを改造した無人機が大半を占めている。戦力としても少ないがガリア・グランデが空を飛ぶので飛行能力を持ったナイトメアを持たないユーロピアを考えれば皆無でも事足りる。

 

 「ガリア・グランデの浮上を確認」

 「手順に問題ないか?」

 「予定通り航行中。システム面に異常無し。吹雪の影響もありません」

 「内部の無人ナイトメアの起動を確認。無人機は予定通り内部防衛プログラム通りに行動を開始」

 「ガリア・グランデの浮上に伴い第一作戦を開始します」

 「キングスレイ卿。説明を」

 

 下で作業を行なっている通信兵の言葉を耳にしてふふんと鼻で笑っているキングスレイにヴェランスは問いかける。この作戦はキングスレイ主導の下で行なわれている秘密裏の作戦。通常なら知らせるべきヴェランスにも情報を開示していない為にこの場のほとんどの者は何が起きているのか理解できない状況にあった。

 

 「画面に映りし巨大浮遊船ガリア・グランデは今回の作戦の要であり象徴。舞台の主役でしょうか」

 「まさかアレでユーロピアの都市を爆撃するつもりではあるまいな!」

 「はははは、それも面白い」

 「キングスレイ卿!」

 「貴方が何を危惧しているのか知りませんが、私の作戦はそんな単純なものではありません。まず第一作戦でユーロピアに忍び込ませた特殊部隊が送電施設への破壊工作を行い都市中が停電していることでしょう」

 「停電だと?しかし軍の発電施設まで手が回るのかね」

 「街を停電にするだけで問題ありませんよ。さて、第二作戦に取り掛かってもらおうか?」

 

 飛行するガリア・グランデが映し出されていた画面が切り替わり、椅子に座った人物が映し出された。逆光ではっきりと見ることは出来ないが、その姿や声はまさに最前席で腰掛けているキングスレイその者だった。

 

 『ユーロピア市民に告げる。我らは世界解放戦線―――箱舟の船団だ』

 

 映像のキングスレイが告げた言葉はまさにテロリストの犯行声明そのものであった。自分たちがどのような組織でどのような目的で動いているかを語り、北海の洋上発電所を爆破した事を宣言した。

 それが真実と裏付けるようにガリア・グランデより落とされた爆弾が海上のど真ん中に建てられた洋上発電所上空で爆発し、大規模な閃光と火炎に飲み込まれていった。映像とは言えその光景に皆が絶句する。

 不安を掻き立てる言葉を並べ、大仰な振る舞いを行ない続けた映像は終了し、自信満々の笑みを浮かべたキングスレイは立ち上がった。

 

 「今頃ユーロピアは混乱の真っ只中。ジュネーブやベルリン、ロンドンなど主要な大都市を含んだ各地でテロが起こり、権力者や有力者は市民を見捨てて国外への脱出。それを知った市民は不安と怒りに支配されユーロピアは暴動の波が各地を飲み込むでしょう」

 「そう上手く事が運ぶものか…」

 「それはどうかな」

 

 フンと鼻を鳴らし、忌々しげに睨み付けるゴドフロアの言葉に楽しげに笑いながら答えた。

 指をパチンと鳴らすとメインモニターの映像がネット上の複数のSNSが映し出される。映し出されたSNSに投稿され続ける文章にはキングスレイが言った通りの言葉が並べられ続けている。

 

 「人を支配する最善の方法は――恐怖だ。それも正体の見えない恐怖ほど人を圧するものはない」

 

 すべてはブラフ。 

 洋上発電所爆破の映像はCG合成で爆撃などしていないし、【有力者・権力者が逃げ出した】や【各地でテロが起こっている】などSNSの情報はこちらが流したデマだ。やった事と言えばガリア・グランデを飛行させ、送電施設を爆破したぐらいで、後は勝手に騒ぎ、暴動まで発展している。

 予想通りの反応にニタリと嗤いながら振り返る。

 

 「ヴェランス大公閣下。全軍に進撃命令を」

 「今ユーロピアに攻め込めば大勢の無辜の民を戦いに巻き込んでしまうではないか!!」

 「無辜の民?市民の犠牲など気にしていては勝利など出来ますまい。それにお忘れか?私は皇帝陛下より全権を委任されている。命令をヴェランス大公」

 「くぅうう…その命令は聞けない!」

 「何と仰られましたか?」

 「出来る筈がないであろう!このような非道な事…断じて――」

 「そうですか…全権を委任された以上、私の言葉は皇帝陛下のお言葉。それを聞かないと言うのであればやむなし。では、ヴェランス大公。貴方を皇帝陛下に対する反逆罪で幽閉する」

 

 宗主たる人物にしては甘すぎる。無辜の民だと?そんな些細な事を気にしているとは。まぁ、おかげで私がユーロ・ブリタニアを手中に収めることが出来るのだがな。

 

 「貴様ぁあああ!我が大公閣下に向かってぇええ――ぐあっ!?」

 

 先の発言で怒り心頭になったゴドフロア・ド・ヴィヨンが鬼のような形相でキングスレイに掴みかかり、今にも殴りかからんと拳を振り上げる。しかし拳が振りぬかれる前に背後より跳んだスザクの蹴りを顔面に食らい、顔を押さえながら床に転がる。

 

 「キングスレイ卿に刃向かうは皇帝陛下への逆臣の罪をまぬがれないと知れ!」

 

 スザクの人間離れした回転蹴りと冷ややかな声色にざわめいた周囲は静まり返った。そろそろ頃合かと涼しげな笑みを浮かべて観戦していたシンは真面目な表情を浮かべて立ち上がる。

 

 「この場はキングスレイ卿の命令に従うが大公閣下の為と思われます」

 

 四大騎士団の聖ミカエル騎士団総帥の進言にヴェランスも渋々頷き、従った。

 嫌っている人物の言葉より自身に仕える若き騎士団総帥の言葉の方が聞き易い。

 キングスレイとシンが繋がっているとは露とも知らず、ヴェランス大公は退出していった…。

 

 

 

 

 

 若者と大人の境界線は何処にあると思う?

 

 ―各国に定められた年齢?

 ―飲酒やタバコが楽しめる感性?

 ―社会に貢献しているかどうか?

 

 違う。

 この問いにジィーン・スマイラスは意識・認識と答える。

 若者とは夢見る存在。

 強く純粋な正義感に燃えたり、自身を理解せずに文武不相応な未来を描いたり、何の論理も理屈も無く矛盾塗れの理想を抱いた者達。

 大人とは社会や情勢、環境に流され、受け入れ、対応する存在。自身の限界と現実を受け入れ、それを元に生きる者達。

 

 自分は大人だ。それも狡賢い大人だと理解している。自身の為には他人を落としいれ、利用し、斬り捨てる。

 例えそれが親友と呼んだ男であっても、信頼を寄せてくれている親友の忘れ形見であっても、幼く強く純粋な理想に燃える若者であってもだ。

 

 ユーロピア共和国連合軍総司令部の執務室で椅子に腰掛けているジィーン・スマイラス将軍は真面目な面持ちでデスクに表示された映像と情報に目を通して、何かに憂いた表情を演じた(・・・)

 デスクを挟んで三名の若き士官がその表情を見て大きく頷いて熱い視線をスマイラスに向ける。

 

 この三名はスマイラス子飼いの士官である。

 純粋に正義感が強く、堕落した共和国連合の内情に嫌悪し、頑なまでに理想を抱いている。

  

 「ユーロ・ブリタニアと対峙している東部方面軍の前線部隊が撤退しているとの報告が挙がっております」

 「テロルを言い訳に戦線を離脱するとは…やはり彼らは烏合の衆!」

 「四十人委員会には臨時の閣議が挙がっておりますが議員はパリから逃げ出しているという情報が。唾棄すべき奴らです!」

 「この騒乱は我らにとって好機ではありませんか将軍。民衆は政府の惰弱さをはっきり認識しました」

 

 現状に想い憂いた表情をしたまま、心の中でほくそ笑む。

 今まで何度も想い描いた状況に愉悦すら感じる。ユーロピア共和国連合軍上層部は無能を晒し、議員や有力者は保身の為に逃げ出して市民からの信頼を地の底まで落とした。

 市民は脅え、恐怖し、混乱し、怒り、暴走している。

 混乱の止まない現状をユーロ・ブリタニアという巨大な敵が攻め込んでくるだろう。

 

 信用を失った他の者を押しのけ、不安に煽られる市民を強い確固たる理念の下で一致団結させ、強大な敵に一致団結して果敢に挑む。

 ―――まるで御伽噺に出てくる英雄譚ではないか。

 

 「今こそ将軍の理想を現実とするときです!」

 「強欲な資本家が新たな貴族となって!」

 「民衆を搾取するこのユーロピアの矛盾を改める為に!」

 「我らが立つときが来たのです!」

 「「「ご決断をスマイラス将軍!!」」」

 

 姿勢を正し、熱き理念で燃え盛る瞳でスマイラスの決断を待つ。

 笑みを浮かべるのをぐっと我慢して、深く頷いて覚悟を決めたように真剣な眼差しで答える。

 

 「諸君ら未来を担う君達若者が祖国を憂い想う気持ち―――確かに受け取った!

  然らば君達を導く大人として立たねばなるまい。市民を纏め、堕落しきった者を排除し、清く清廉なる祖国を取り戻すべく!」

 

 スマイラスは立ち上がる。全てを手に入れる為に用意したカードを切って。

 …やっとレイラ・フォン・ブラウスガウと言う取って置きのカードを使い斬り捨てて、かのナポレオンのように自身が国を率いて行くと笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 ヴェランス大公が幽閉され、議会ではユーロ・ブリタニアの総指揮権が本国である神聖ブリタニア帝国より皇帝から全権を委任されたジュリアス・キングスレイに移り変わろうとしていた時、当の本人は協力者で聖ミカエル騎士団総帥のシンとチェスを興じていた。

 打ちながらシンの人となりを覗き込む。かなり強い部類の人物であるが甘さが見受けられる。ある一手で勝っていたかにも関わらず、自身のクイーンを守る為に勝機を逃した。これだけでも読み取るものは大きかった。

 

 「それでヴェランス大公はどうなされるのですか?」

 「今は幽閉しているがいずれ皇帝陛下の御前で首を刎ねてやるよ」

 

 当然のように問いに答える。

 あのように無辜の民などと些細な問題に囚われ、勝機を逸するなど愚の骨頂。神聖ブリタニア帝国やユーロ・ブリタニアの無能な将校達には良い見せしめとなるだろう。

 

 「まだ大貴族たちや私を除く四大騎士団が居ますが…」

 「あいつらにブリタニア本国と戦う気概がある筈はない――ユーロ・ブリタニアは私が導いて行く。卿には手伝ってもらうぞ。これまでのようにこれからも。さて、チェック・メイトだ」

 「……お見事です」

 

 笑みを浮かべながら駒を進める。シンのキングは退路を断たれ、キングスレイの一手で喉元に刃を突きつられている。少し悩んだ仕草をしながら思考したが完全な負けであることを理解して潔く認めた。

 

 「君はこのゲームで現実の世界を重ね合わせたのではないかね?あの時、君がクイーンを見捨てていれば私は負けていた。君には見捨てられない者が居る。違うかね?」

 

 表情が僅かだが歪んだ事から当たりだろう。

 歪んだ笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 「人には誰しもそのような弱みがある。親、兄弟、友人…それとも恋人?しかし私は違う。私が守るべきは―――我が命を賭けて守るべきは皇帝陛下ただ一人―――――ッ!?」

 

 ――『皇帝陛下だと!?命を賭けるだと!?あんな奴に忠誠など向けてなるものか!!』

 

 突如脳内に響き渡った声と頭を叩き割るような頭痛に堪えきれずによろめく。治まれと願いながら頭を両手で押さえるが痛みは増すばかり。立ち上がり暴れるうちにチェスの台を床にぶちまける。

 すぐ横ではシンが拳銃を向けるスザクに何かを語りかけていたが何を言っているのかは分からない。

 

 「ぐぅうううう…貴様は誰だ!?」

 ―『貴様こそ誰だ!』

 

 頭が割れるような痛みにのた打ち回っているキングスレイの傍でスザクはシンを睨みつける。

 シンは気付いていた。この作戦はとあるテロリストが行なっていた作戦に似たものがあることを。

 

 テロリストの名はゼロ…エリア11で名を挙げた黒の騎士団総帥。

 

 そのことを口にするとスザクが必死になって否定するが確信へと変わっていた。

 スザクが肩を狙いトリガーを引くが部屋の前に待機していた聖ミカエル騎士団所属のサザーランドを中心とした五機ものナイトメアが突入する。先頭にはサザーランドに酷似したジャン・ロウ専用機であるグラックスの姿もあった。放たれた銃弾はシンを守ろうとグラックスが伸ばした手により防がれる。

 四機のサザーランドがスザクを殺そうと殴りかかるが、人間離れした身体能力を生かしてナイトメアよりも高く跳ぶ。ランスロットの起動キーのスイッチを入れると、自動操縦で待機させていたランスロットが室内へと滑り込んできた。周囲が驚いて動きを止めた隙に乗り込み、ランスロットを起動させた。

 

 キングスレイはのた打ち回りながら近くの柱の影におり、何となしに状況は理解できていたが、動きは取れない。頭の中で声がする。自分の知らない記憶が流れ込んでくる。

 

 ―熱い日中を幼い自分と幼いスザクが向日葵畑の近くを駆けている…。

 

 抗議するスザクの言葉にジャンは「討ち取って家名を上げろ!」とランスロットを見て萎縮しかける部下達に発破をかける。

 舌打ちしながら斧を振り上げて迫ってくるサザーランドの攻撃を捌いて行く。

 

 ―広い寝所で自分とスザク、女子が二人。そして髭を生やした優しげな笑みを浮かべる男性と枕を投げてはしゃいでいる。

 

 素早く移動しつつ反撃して相手と距離を取る。歩兵部隊が侵入して携行しているアサルトライフルを撃って、キングスレイに危険が及ぶ。慌ててブレイズルミナスを展開して防ぐ。 

 

 ―森が焼け、街が崩れ、人が焼けている。…母が殺され捨てられた自分達が掴んだ楽しく温かい日々をあの男に奪われた。―――自分たち? 

 

 防いでいるだけではいけないと前に出る。斧を振る前に腕ごと切り落とし頭部を潰す。バランスを崩したサザーランドは歩兵の上に倒れ込み、辺りに歩兵の血を撒き散らした。

 

 ―拳銃を構えた自分がクロヴィス・ラ・ブリタニアに発砲している…皇族に銃を向けた?

 

 襲い掛かってきた次のサザーランドを弾くとバランスを保とうと足を動かす。足元に居た歩兵は避けきれず踏み潰される。近くの機体を肩から切り落として蹴り飛ばす。誰も居ない方向へ倒したのだが残っているサザーランドが包囲しようと動けばまた歩兵が踏み潰され辺りに血が飛び散る。

 

 ―目の前で自分が命じたままに死んでいく軍人たち。そして倉庫の足場を埋めるかのように横たわるイレブンの死体。俺は拘束服を着ている緑の長髪の死体をジッと見つめた。

 

 このままここで暴れればもっと人が死ぬ。キングスレイにも危ないと判断してスラッシュハーケンを用いてグラックスの頭上を飛び越えて通路に飛び出る。通路はナイトメアが通れるどころが戦えるだけの大きな空間となっている。追ってきた三機も部屋とは違って同時に襲ってくるようだ。

 

 ―学園生活をこなしながら、仮面を被って組織を従えブリタニアと戦う。

 

 「俺がブリタニアと?なんだこの記憶!?………ここは何処だ?俺は誰だ…」

 

 座り込み叫びながら苦しむキングスレイをシンは見下ろす。

 廊下ではアサルトライフルを使用してきたがランスロットは止まらない。物理法則を無視して廊下の壁から天井ヘと駆ける。

 

 ―山奥でコーネリア軍と戦った記憶…倉庫街で日本解放戦線を囮とした奇襲作戦…キュウシュウでの黒の騎士団とブリタニア軍での共闘作戦…

 

 頭の中に次々と覚えのない光景が広がり、徐々に痛みは増してくる。

 自分が忠誠を誓うべき皇帝の姿が映る…。

 

 『貴様に新たな記憶を授けよう。これから貴様は――』

 

 痛みでもはやのた打ち回る事すら出来なくなったキングスレイは蹲るしかなかった。

 一機を壁に蹴り込み、もう一機を真っ二つに斬った。

 残ったグラックスはサザーランドに酷似しているが性能はまるで別である。近接戦特化に作られた機体でその性能は第七世代のランスロットと渡り合えるほどだ。しかもグラックスには他のナイトメアに存在しない機能を持つ。

 腕が倍以上に伸ばせるのだ。これはゴムのようにとかではなく、通常時は肘の後ろに関節を曲げて平均の腕の長さに合わせているだけで元の長さに戻したというのが正しいか。

 さすがのスザクも腕が伸び縮みするグラックスの戦法に苦戦を強いられる。なにせ関節部分を複数つなげている為、伸び縮みして距離感が掴めないだけでなく、しなやかな鞭のような動きもして軌道が読み辛い。……しかしただ読み辛いと言うだけで数回目にしただけで対処は可能となり、伸びきった瞬間を狙って潜り込み関節部分を斬り飛ばす。最大の攻撃手段を奪われても何とか戦おうとするがランスロットの前にはもはや無意味であった。

 

 ギアスで改竄された筈の記憶が戻り、ジュリアス・キングスレイという人物はこの瞬間に死んだ。そしてここに居るのはランペルージの姓を名乗り、ゼロとして黒の騎士団を組織した青年。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった。

 酷い頭痛から解放されたルルーシュは薄れ行く意識の中、シャルルのギアスを破らせるほど想っている人物の名を呟く。

 

 「何処だ……何処に居るんだ………ナナリー…」

 

 こうしてキングスレイ卿は消え去り、ルルーシュは自身の記憶を取り戻した。

 だが、目の前のキングスレイがゼロであり、日本で行方不明となった皇子と分かったシンは大いに喜ぶ。ジャンを無力化したスザクであったがルルーシュを人質にとられては手出しできず、二人揃ってシンに囚われる事となってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 役者は出揃いつつあるこの状況で出番待ちの役者の一団がヴァイスボルフ城を囲んでいる深い森の外で潜んでいた。ナイトメアを積んだトレーラーに迷彩模様が施された布をかけて、付近の木々と一体化させてある。

 静けさと夜空広がる時刻に防寒コートを羽織ったオデュッセウス・ウ・ブリタニアが一人、外に出て空を眺めていた。似たようなトレーラーがゆっくりと近付いてくる。

 音を立てないように停止し、眩しそうにするオデュッセウスに当てていたライトを切る。近付いたトレーラーより二人のパイロットスーツを着た人物が駆け寄ってくる。パイロットスーツはブリタニア軍で正式採用されている物で主立ちもブリタニア系であることから正真正銘のブリタニアの兵士と分かる。

 

 「これは殿下!お待たせしてしまい申し訳ありません」

 「いや、待っている時間は夜空を眺めていたからそれほど苦でもなかったよ」

 「貴方様はブリタニア皇族。万が一お身体を冷やされてもしもの事があっては一大事。御身を大事に…」

 「ははは、心配をかけてしまった様だね。それで君達がV.V.より遣わされたプルートーンだね?」

 

 騎士二人は片膝を付きながら短く答えながら頭を下げた。

 プルートーンは皇族と関係を持つ特殊部隊と以前にも書いたと思うが、ここで少し補足しておこう。関わりを持ち汚れ役を主体に行なっているという事は一人一人が国家機密並みの情報を握っている。下手をして他国にでも漏らされたら大事である。ゆえにプルートーンは精査に精査を重ねた実力や性格・思想で合格を出された者が集められている。特に重視するのが皇族に対しての忠誠心。隊員のほとんどの者にとっては皇族こそが総てなのである。

 その忠誠心を向ける相手を待たせたことに強く自身を責めていた。

 

 オデュッセウスと二人のやり取りを見ていたトレーラーの助手席に座っていた人物はピクリと反応して出て行こうとはしなかった。

 

 「戦力はどれぐらいだい?」

 「ハッ、プルートーン仕様のサザーランドが二機であります」

 「歩兵戦力は?」

 「ご期待に添えなかったようで申し訳ないのですがナイトメア二機のみでございます」

 「気にしなくて良いんだよ。どの道今回の作戦では使えなかったし、私としてはその方がありがたい」

 

 微笑を浮かべたオデュッセウスはポケットに手を入れて、ふぅと短く白んだ息を吐き出した。

 ポケットの中で何かがカチャリと音を立てたことに二人はふと首を傾げる。

 

 「そういえば君たちは―――ハンガリーの小さな村(・・・・・・・・・・)に行った事はあるかい?」

 「………申し訳ありません。極秘任務に付きお答えできません」

 「ありがとう。もうそれが答えになっている!」

 「どういっ…ッ!?」

 

 言われた言葉に以前V.V.により命令を与えられた事を思い出した二人は頭を下げたまま答えられないと答えた。

 それこそが答えと怒鳴られ、顔を上げると眼前には銃口が向けられていた。意識が途絶える前に兵士は先ほどのカチャリと言う音が拳銃を握った音だったかと理解した。

 オデュッセウスは苛立ちを隠さずにトリガーを引いて眉間を撃ち抜いた。もう一人は驚きつつ抵抗しようとしたが相手が皇族であることから動けずに同じく眉間を撃ち抜かれてその場に倒れた。すでに死んだ筈の相手に確認の為にもう一発ずつ撃ち込んだ。

 忌々しげに睨んだオデュッセウスはトレーラーの助手席へと視線を向けるとすでに開いていた。何処に行ったかと視線を動かすと首元に冷たい感触が伝わり、ナイフが突き付けられている事と相手が誰なのかを知った。

 

 「オデュッセウス殿下のお姿を騙るとは良い度胸ですね」

 「…何を言っているのかな?君こそ私を誰だと思っているのかね?」

 

 首にナイフを突きつけた幼さを残す中性的な少年――ロロに引き攣った笑みを向けながら問いかけるが返って来たのは冷たい視線のみだった。

 

 「オデュッセウス殿下はV.V.とは呼ばないんですよ。それと僕とオデュッセウス殿下は面識がありまして君なんて呼び方はしないんですよ」

 「・・・それは失態だった」

 「見分けが付かないですねオルフェウス(・・・・・・)

 

 素性がばれていてはギアスを使って視界を誤魔化してもしょうがないと諦めてギアスを解除する。するとオデュッセウスの姿が掻き消えて、中からオルフェウスが姿を現した。

 互いにギアスを知っている間柄で、騙す事ができなかったオルフェウスはロロに勝つことは出来ない。無抵抗の印として両手を挙げるだけだ。

 

 「貴方は饗団より殺害命令が出されているのを知っていて饗団と関わりのあるプルートーンに近付いたのですか?」

 「饗団が俺の命を狙っているのは知っている。だが、こちらもプルートーン……特にあの村を襲った連中は絶対に許さない」

 「当時の僕は貴方の気持ちを理解出来なかった。でも、今なら多少ですが理解出来ます」

 「…そうか。お前にも多少なりとも親しくなった者が出来たのか」

 「ええ、では――」

 「ちょっと待った…」

 

 ナイフを首に突き立てようとしたロロを制したのは本物のオデュッセウスだった。顔は青ざめてフラフラと足をよろめかせて体調が悪いようだった。

 オデュッセウスが現れた事でロロは止まり、オルフェウスは手を下げて振り返った。

 

 「オルフェウス君は酷いなぁ。私の姿で人殺しするんだから」

 「此間の戦闘でコクピットを狙わなかったから人の死を嫌っていると思っていたが、別に死体を見てもなんとも無いんだな」

 「無い事はないんだけどね。兎も角ロロはナイフを下ろしてあげてくれないか?」

 「了解しましたが殿下は彼と手を組んでいたんですか?」

 「うん。彼とは協力関係…いや、依頼した者と依頼された者の関係が正しいか」

 

 立っているのもやっとなのかトレーラーに背を預け、ズリズリと滑らして地面に腰をついた。慌ててロロが駆け寄って顔色を窺う。遠目で見たとおりかなり悪い。

 

 「殿下に何をなさったのですか!?」

 「した訳ではない。手は貸したが…」

 「いったい何を?」

 「何でも実験をしたいから腐っている食べ物を持って来てくれって」

 「腐っている?」

 「だからちょうど腐っていた豆があったから渡したんだ。そうしたら10分ほど握ったまま見つめて食べたんだ」

 「はい?腐った豆を食べたんですか!?」

 「…うん……いけるかなと思ったけど駄目でした…」

 「何をしてるんですか本当に。病院は行ける筈は無いですね。薬は?」

 「自前(・・)ので何とかしてる」

 

 久々に会ったかと思えば呆れてため息が漏れる。

 眼前で苦笑するオデュッセウスを見てロロも笑うしかなかった。

 対して頭を軽く押さえているオルフェウスはプルートーンが乗って来たトレーラーに目をやる。

 

 「何にしてもナイトメア二機を手に入れたことは大きいな。ただ依頼者が腹痛を起こして作戦日までに治るかは別だがな」

 「間に合わせるよ。ロロは手伝ってくれるかい?」

 「V.V.からそのように命令を受けてますし、ジェレミア卿より話を聞いてここにいるんですから。オルフェウスのことは聞いてませんでしたが」

 「内緒で頼める?」

 「プルートーンの騎士二名は作戦中に敵の攻撃を受けて戦死。僕はオデュッセウス殿下と共に作戦を行なっただけでオルフェウスには出会ってません。これで良いですか?」

 「助かるよ」

 「そういえばジェレミア卿は?」

 「別の仕事を頼んでいるからここには居ないよ…痛たたた…すまないが支えてくれるかい?」

 

 支えられてトレーラー内部に戻るオデュッセウスにロロ。死体を片付けるオルフェウス。

 準備は整い、後は開演のベルが鳴り響くのを待つのみとなった…。

 

 かなり不安は残るが…。



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第61話 「空で待ち構える者、大地を駆ける者」

 ユーロピア共和国連合全体が箱舟の船団を名乗ったキングスレイの策略に嵌り、軍部・議会の上層部は逃げ出し混乱と暴動の波が広がっていた。上層部が逃げ出した為に命令系統にまで異常がきたされ、暴徒鎮圧すら儘ならない状態である。

 ただその中で特務部隊のwZERO部隊だけは違った。すでに洋上発電所の爆破やSNSの書き込みのほとんどがブラフであると知っており、騒ぎその物がユーロ・ブリタニアの策略と看破していた。一刻も早く状況を打破するべく、ブラフではなく実際に存在している飛行船の排除を決定した。これを上層部に伝えようにも指揮系統は混乱したまま。ゆえにこの作戦はレイラの独断で決行された。元々空軍以外であの飛行船に対処しきれるのはwZERO部隊のアポロンの馬車のみである。

 

 ワイバーン隊がアポロンの馬車にて超大型飛行船【ガリア・グランデ】への超上空よりの降下作戦を開始しようとしていた頃、内部では異様なナイトメアが奥深くで待ち構えていた。

 

 …アフラマズダ。

 ユーロ・ブリタニアが独自に開発したナイトメアフレーム。両肩と連結している三連装大型ガトリング砲にサザーランドやグロースターと比べても厚い装甲、長時間の射撃を可能とする背中に取り付けられた大型の予備マガジンなど特徴的な機体である。色は真紅に染められており、それだけで聖ミカエル騎士団所属の機体であると解る。

 コクピットには目つきが鋭い青年がパネルに足をかけてラフな体勢でオレンジ色の髪を弄っていた。

 

 青年の名はアシュレイ・アシュラと言い、聖ミカエル騎士団所属のアシュラ隊を率いている人物だ。戦闘を好む性格で戦場で最も大事なのは運だと笑っていた彼の表情は笑ってはいたものの酷く暗かった。

 

 ガリア・グランデに取り付けられた外部カメラの映像が上空より接近する機影を捉え、アフラマズダのモニターに送信する。スロニムで見たユーロピアの新型ナイトメア…。滑空用の薄い翼のようなユニットで取り付こうとする様子にニタリを頬を歪めた。

 

 「待ってたぜ…死神野郎」

 

 ぼそりと呟かれた一言には怒りや恨みなどの感情が含まれていた。

 スロニムの戦闘で自分はあの新型と一対一で戦った。自身の腕に自信もあり、機体の整備状況に不備は無かった。なのに負けた。操縦技術では打ちのめされ機体は五体満足であったのに打撃などの攻撃で満足に戦闘できる状態ではなくなった。倒れ込んだ自分に止めを刺そうとした瞬間を今でも夢見る。別に恐怖でトラウマになったとかではない。むしろあの時は自身に運が無かったんだな程度にしか考えてなかった。

 

 アシュレイを慕う部下の一人であるヨハネ・ファビウスが己の命を賭してまで守ろうとした事以外は。

 

 奴が俺を殺そうと突き出された刃はヨハネのグロースター・ソードマンのコクピットを貫いた。その後、現れたシャイング卿に後を任せてヨハネの機体を背負って撤退。戦場から離れてコクピットを確認すると奇跡的にヨハネは生きていた。

 

 刺される直前に姿を現したグラスゴーが放った弾丸で刃の軌道が多少逸れたのだ。おかげでヨハネの胴体を貫く筈だった刃は左へと逸れ、操縦桿ごと腕を持って行きやがった…。

 

 生きてはいたが隻腕では騎士としては死んだも同然…。

 大変だったよ。戦闘は大好きだが書類仕事なんて柄でもない事やらされた。退役するならそれも良し。軍に残るんなら隻腕のヨハネでも出来る部署を見つけて話を通し、自分の名前で書類申請を先に用意した。

 思い返すたびに苛立ちが押し寄せてくる。いらん事をしたあいつに…何も出来なかった自分に…何よりヨハネをあんな目に合わせた奴に。腹が立って腹が立って煮えくり返っている。

 

 モニターに映っていた滑降中のナイトメア隊はガリア・グランデ内部へと侵入し、配置された無人機のサザーランド隊と戦闘を行い始めた。単純動作しか出来ない無人機と言っても銃撃は有人とさして変わらず、パイロットによっては無人機の方が被弾率の高い事もあるが、無人機が撃ち続ける銃弾の中を曲芸士みたく飛び跳ね、上へ下へと移動を繰り返し、確実に無人機を潰していっている。

 

 「そうだよなぁ…そうこなくっちゃ潰し甲斐がねぇ!!」

 

 観戦に徹しようかと思っていた時もあったが我慢の限界だ。

 奥より姿を現し飛び回っているナイトメアに狙いを定めてガトリングの砲身を回転させ始める。砲が温まり凄まじい連射で弾丸が撃ち出され、最初に狙ったアキトのアレクサンダへと向かって行く。ガトリングの銃声に気付いて振り向くと同時に回避したが、応戦していた無人サザーランドは装甲を削り取られる―――否、パーツごとに弾け飛ばされ後には残骸しか残らなかった。

 

 「はははははは!!吹き飛んじまえ!!」

 

 アフラマズダのガトリング砲の威力に笑みを浮かべ、三連装大型ガトリング砲の弾丸をばら撒く。両方で二点しか狙えない事が気に入らず、各大型ガトリングの角度を変更して同時に六方向へと銃撃を開始する。

 流れ弾一つで致命傷になりかねない銃撃をアキトは飛び跳ねながら回避する。モニターには避ける事無く弾け跳ぶ無人機が映るが気にならない。むしろ数が減ってくれて助かる…と、言いたい所なのだがアフラマズダの攻撃力のほうが無人機よりも脅威。無人機を相手にしていた方が幾分も楽だった。

 ぴょんぴょんと跳ねて避けてくれたおかげで遮蔽物の多い飛行船内で標的を見つけるとガトリングを集中させる。当たりはしないが飛行船の装甲板を貫き、足場にしていた通路は簡単に崩落させて行動範囲を狭める。この高さから落ちればひとたまりも無い事は明らか。

 

 「死ねえええええぇ!!」

 

 狂ったように笑い続けるアシュレイにはモニター中央に映るアキト機しか見えていない。ヨハネを隻腕にしやがった対象であるがゆえに徹底的に狙う。

 アキトに攻撃が集中している現状を見てリョウ機やアヤノ機が援護しようとライフルで攻撃を仕掛けるが、如何せん距離があって威力も命中率も上がらない。逆にアフラマズダは集弾性は乏しいが威力が高い為に流れ弾が二人の周囲に着弾する。

 攻めあぐねている様子に一方的に攻撃している現状にアシュレイは獰猛な笑みで「死ね!」と何度も連呼しながら自分が優位である事とヨハネの仇をとれると喜んでいた。

 

 衝撃で頭部が揺れた。

 完全な直撃を受けたのだ。それも射程外よりのライフル射撃ではなく、射程圏内の威力を保った弾丸。有効射程内に踏み込んでいる機体が居ない以上狙撃であることは明白。通常の機体なら今ので勝敗が決していたところだが、ブレイズルミナスを停滞させるシュロッター鋼を使っているアフラマズダには傷一つ付きはしない。

 

 「四機目発見!」

 

 狙撃の方向から索敵をかけて目星をつけた地点にも銃撃を加える。崩れ行く足場を捨てて飛び出したナイトメアにロックをかけて四機のナイトメアすべてに自動追尾でロックオン表示をモニターに映し出す。その中でヨハネの左腕をやった純白のナイトメアに標準を絞る。銃弾より逃れようとするがそうはさせない。逃れないように周囲ごと破壊しつくす。

 再びアキトに集中した事にアヤノ機が射撃をしながら突撃を敢行。ライフルに弾丸が着弾して爆散したがそれでも回避運動を行ないつつ前進を続ける。そのアヤノ機を追い越してリョウ機が突っ込み、ユキヤ機が長距離より狙撃して援護を行なう。喰らっても問題ないが横からちまちまと茶々を入れられるのは鬱陶しい。

 

 「邪魔なんだよ!テメェらも死ねや!!」

 

 苛立ったアシュレイはアキト機からリョウ機へと狙いを変更し、銃撃を浴びせる。必死に回避しながら注意を引くように攻撃し続けるリョウ機を眼で追うばかりに、アシュレイは完全にアキト機を見失っていた。

 後部の空になったマガジンを自動で廃棄したことにも気付かずに撃ち続け、回避し続けるのに限界がきたリョウ機が被弾して肩や足の装甲が弾け跳ぶ。これで止めだと言わんばかりに動きを止めたリョウ機に銃口を向けた。

 

 ものの見事に弾け飛んだ…。

 

 一瞬思考が働かなかった。

 何故アフラマズダの右側に取り付けられた三連装大型ガトリング砲が弾け飛んでいるのか理解出来なかった。

 スローモーションのように流れる時の中でモニターの隅に映る一機のナイトメアに視線が動いた。そこにはライフルを構えたアキト機が立っていた。

 

 「ふざけんじゃねぇよ……うぜえってんだよ!」

 

 残っている左側の三連装大型ガトリング砲をアキト機に向けて撃つが、警報がコクピット内に鳴り響きパネルを睨みつける。ガトリングを長時間使用できるようにマガジンを増設してはいるが無限に撃てるわけは無い。撃っていればいずれは銃弾は尽きる。特に秒間何百、何千発と撃ちだすガトリングなら尚更だ。

 装填されていたマガジンの弾薬がすべて尽きて、高速回転を続けていた銃身がゆっくりと速度を落として止まる。舌打ちを打つ暇も無く、接近したアキト機より放たれた銃撃がコクピットを大きく揺らす。

 

 腰のハンドガンで接近するアキト機を撃つ。撃つ。撃つ!

 一撃で撃破するような威力は無いがそれでも一撃が直撃するたびにダメージと大きな衝撃を与えている。なのに転がった次の瞬間には立ち上がって突っ込んでくる。その様子に恐怖を感じながらもう一丁のハンドガンも手に取り、二丁撃ちで迎撃するが止まらずにひたすらに突き進んできた。もはや手が届く距離まで接近され、トンファーの一撃が加えられる。

 

 「なんなんだよテメェはよ!?」

 

 全身を使った一撃はアフラマズダを大きく揺らし、装甲に傷をつける。何とか反撃に出ようとするが装甲が重く、パワー重視で設計されたアフラマズダでは機動性の高いアレクサンダとの接近戦は分が悪すぎた。先の銃撃戦で仕留め切れず、接近戦を許した時点で機体の相性の優位性はアレクサンダに決した。

 だからと言って諦めがつくような思想はアシュレイは持ち合わせていない。

 

 「地獄に堕ちろおおおお!!」

 

 大きな身体を生かした突進を食らわしてアキト機と共に下の階層へと飛び降りる。くっ付いたまま激突すれば防御力で勝り、重量で軽量ナイトメアのアレクサンダを下敷きにすれば勝つ事が出来る。しかし、アキトも黙ってやられはしない。落ちる最中に拘束を解いて離れて落ちる。アフラマズダは自前の防御力で、アレクサンダは軽量の為に大破する事は無かった。

 剣を抜いて応戦しようとするが眼で追うのがやっとなほどの身軽な動きで押され続ける。

 

 頭部を蹴り飛ばされ、トンファーで胴体を殴られ、勝っていると思っていたパワー勝負の鍔迫り合いで押し負け、アフラマズダは―――アシュレイは思うような戦いをさせてもらえずに何度も吹き飛ばされて場所を変えさせられて、足場のしっかりしたブロックまで追い込まれた。もう後ろは無くまさに背水の陣である。

 

 腕で負け、機体で負け、各部に異常が発生してろくに動けない。

 

 「死神野郎があああ!!」

 

 無慈悲に甚振るように弄られても抗う。が、もはや抵抗するだけの力も失いつつあった。

 素早い動きで背後に回り、接近したアレクサンダの刃が自身に向かって来るのを見つめる。

 

 俺はヨハネの仇も討てずに終わるのか。ヨハネの片腕を奪った奴が目の前に居ると言うのに…。

 

 アシュレイの命を絶つはずであった刃は急に軌道を変えた。

 この動きにはアヤノを始めとするワイバーン隊の意思によるものであった。ブレインレイドが発動し、アキトと繋がった三人がこれ以上アキトに殺させない為に願ったのだ。完全には止められなかったものの逸らす事には成功したのだ。

 おかげでアシュレイは死なず、コクピット上部を切られた衝撃でコクピットより投げ出され、立ち上がっている。

 

 「…よくも……よくもヨハネの腕を…」

 

 転がった衝撃で体中が痛みを発していたが、四肢を憎しみで支えて立ち上がり拳銃を構える。

 ナイトメアに歩兵が有効打を与えるには爆破物か軽機関銃以上の銃器を用意しなければならない。この時のアシュレイはそこまで考えていない。憎しみのまま相手を撃っているだけである。

 

 アレキサンダに何発も感情に任せて銃弾を撃ち込む。鋭い眼つきで睨みつける中、コクピットよりアキトは姿を現す。肩に立って銃口を構えるアシュレイから隠れようともせず、悲しみを纏った表情でしっかりとアシュレイを見つめる。

 

 「撃てば良い。お前の仲間をやったのは俺だ」

 

 その一言で出て来た事に呆気に取られていたアシュレイはトリガーに掛かる指に力を込める。

 ぐぐぐっと引かれるトリガーを見ても動く気配のしない相手に迷いながらもトリガーを引いた…。

 

 発砲音は鳴り響かず、カチリと撃鉄が動いた微かな音だけだった。

 

 『戦場で一番大事なのは運だ』

 

 以前ヨハネを含んだアシュラ隊の面々の前で自身が言った一言だ。

 弾切れを起こした拳銃を放り捨ててその場にどかりと腰を降ろす。

 

 「ったく、ついてねぇ…ついてねぇよ」

 

 殺す手段を失い、運のなかったアシュレイは運があったアキトを見上げ、微笑んだ。

 先ほどの怒りや恨みが嘘はまだ残っているがこうまでやられるとむしろ清々しい…。そんな趣きになれたのだ。

 

 ヨハネにはあとで討てなかったと謝らなければならないなぁ…などと思っていたアシュレイと見詰め合うアキト、そしてワイバーン隊の合計五名を乗せた超大型飛行船ガリア・グランデは仕掛けられた爆弾が起動して各部で爆発した…。

 

 

 

 

 

 

 同時刻 ユーロ・ブリタニア シャイング家屋敷

 眩い日差しが差し込むガラス張りのバルコニーでひとりの少女が椅子に腰掛けていた。

 ピンク色のドレスを身に纏い、可愛らしい笑みを浮かべている少女の名はアリス・シャイング。貴族シャイング家のご息女で養子であるシンの義妹であり許嫁だ。

 アリスが微笑みを浮かべて眺めているのは外の景色ではなかった。

 

 荒れ一つ無い綺麗な手に握られた短刀…。

 

 人を殺す凶器を無垢な少女が笑みを浮かべている光景を使用人が見れば違和感を禁じ得ないだろう。

 カツン、カツンとアリスの背後で靴音を立てて今度は一人の女性が現れた。

 現在シャイング家の屋敷には使用人の姿が一人も見えない。通常貴族の屋敷で警備を含め人が居ないというのはおかしな事である。しかし彼女たちがこれから行なおうとしている事を考えれば居ない方が良い。ゆえに昨日付けで暇を出した。

 

 「さぁ…一緒に参りましょう…アリス」

 

 アリスの背後より現れた女性は胸元の開けた赤系で整えられたドレスを着ているアリスの母親のマリア・シャイングだった。眼がパッチリしたアリスと対照的にマリアはたれ目でとても穏かで落ち着いた印象を得る。

 

 「…はい……お母様」

 

 返事をしつつ手にした短刀を掲げたアリスは立ち上がり、ゆっくりと振り返る。振り返ると視界に入るのはアリスと同じで笑みを浮かべ短刀を手にしているマリアだった。

 どうも様子がおかしい…。

 声はどこか力が無く、ぼんやりとした印象があり、瞳が赤く輝いている。

 彼女達はシンのギアスの影響下にある。愛すべき者を死によって救済するという目的のギアスに…。 

 

 二人は向かい合い、マリアは短剣を大きく振り上げ、アリスは下から突き上げようと構える。

 構えられた短剣はお互いの心臓目掛け深く…深く突き刺さり、二人は死を迎える…。

 

 

 

 ―――筈だった。

 

 

 

 構えた瞬間、ガラスを破って何かが飛び込んで来た。

 左目を眼帯で隠し、漆黒のコートを羽織った男性は両手で突き破ったガラスの破片から顔を守りながら入って来たのだ。突然の来訪者に二人は手を止めて不思議そうな表情で見つめた。

 

 男性―――ジェレミア・ゴットバルトは片目で状況を理解すると一気に駆け出す。一度は向けていた視線は再びお互いの心臓へと向かっており、一刻の猶予も無い状況であった。

 右腕のコートの袖より刃を覗かせ、両者の短剣を弾き飛ばす。

 

 「さすが殿下。仰られたようにギアスに掛かっている様子…シンはV.V.が思っていたコード所持者ではなく殿下の予想通りギアスユーザーであったか。――むぅ!?」

 

 短刀を弾かれてたマリアはジェレミアの袖より覗く刃を見つめ、自ら刺さろうと駆け出してきた。素早く刃を袖の内に戻し、鳩尾に一撃を加える。呻き声を漏らしながら衝撃で意識を失ったマリアがジェレミアにもたれながら地面へと倒れる。

 安心したかのようにひと息つくと、もう一人の少女に慌てて視線を向ける。

 

 眼で追った先のアリスは飛ばされた短剣を拾い、自身の喉元を貫こうとしていた。

 今から走っても間に合わない。

 

 「まだ完全ではないが!」

 

 右手で左目を覆っていた眼帯を外し、瞳に映る上下が反転したギアスの紋章を輝かせる。

 ギアスキャンセラーという一定範囲内の自身を含む対象者にギアスによる影響を解除するギアス。

 シンのギアスの影響から解放されたアリスはきょとんとした表情で自身の状況について思考している。何故自分は短刀を振り被って自身の喉元に突き刺そうとしているのだろうか?

 

 理解できずに呆けているアリスにジェレミアは音を立てないように近付き、懐に入れていた催眠スプレーを吹かしてアリスを眠らす。

 ようやく一段落ついたジェレミアは今度こそひと息ついた。 

 

 「任務達成。これより撤退する」

 

 そう呟きマリアを背負い、アリスを脇に抱えて破ったところより飛び降りる。

 

 

 

 

 

 

 ユーロピア共和国連合特殊部隊wZERO部隊の本拠地であるヴァイスボルフ城作戦司令部ではけたたましく警報のアラームが鳴り響いていた。

 

 「ワイバーン隊全機のビーコン消失!」

 「いったい何が起こったと言うの?」

 「箱舟は…箱舟はどうなりましたか?」

 「アレクサンダのビーコン消失と同時に消滅を確認。今スキャンをし直します」

 「まさか自爆したというの?」

 「……アキト…」

 

 wZERO部隊副司令官のクラリス・ウォリックは苦々しく歯を食い縛る。

 いっつもポーカーフェイスで人を寄せ付けようとしなかったアキトやユーロピアのアンダーグラウンドで生きてきたリョウ達とも任務や過ごした時間を通じてようやく仲間らしくなったと言うのに、ここで居なくなるとかありえないだろう。

 悲しみや苛立ち、そして何よりも認めたくない、諦めたくないという感情がごちゃ混ぜに混ざり思考を鈍らせる。

 

 「どうしてバイタルが消えてるの?」 

 「皆の生体反応が…」

 「アレク達のシグナル戻んない」

 「バグよ…きっとそうよ」

 「オリヴィアそっちは!?」

 「駄目。ガイドも拾えない」

 

 ある者は必死にキーボードを打ち続け何度も生存の確認を行い、ある者は死んだと思い悲しみ涙し、ある者は手を止めて現状を見つめる。

 入り口で様子を見つめている生真面目そうな青年の警備部隊隊長オスカー・ハメル少佐も信じられないと言った感情を表情に出している。リョウ達がレイラ・マルカルによって編入された時は彼らを最も警戒していた人物がそこまでの感情を見せるほど仲間意識が芽生えていた事がよく分かる。

 諦めムードが漂いつつある雰囲気を打破しようと喧しい警報を解除して声を張り上げる。

 

 「まだ諦めるのは早いだろう、wZERO部隊よ!」

 

 皆の視線が一斉に集まる。

 それは声を張り上げたウォリックにではなく、ぺたりと座り込んだレイラに向かっていた。

 司令であるレイラが呆然とした表情を浮かべている事に腹が立ってくる。あんたが一番あいつらを信じなくてどうすると。

 何か言おうとした瞬間、消した筈の警報が鳴り響く。大型モニターに本拠地周辺のデータが映し出された事からこの警報はワイバーン隊ではなく、こちら側の異常だと察する。

 

 「どうした!」

 「警戒ラインを突破した識別不明機が居ます!」

 「こっちに向かってくるのか?」

 「はい。恐らくブリタニアの…」

 

 最悪の状況でこうも重なるとは…。

 続きは言わなくとも分かっている。表示されている識別不明機は二機。少数で偵察、もしくは高い攻撃能力を持った地上兵器と言えばナイトメアフレームしかない。

 もしもここに敵性ナイトメアが到達すれば一機でもここは陥落させられるだろう。ワイバーン隊を除けば正規のパイロットは存在せず、少数で突っ込んでくるという事はそれなりの精鋭。数機の無人機で対応できるか怪しすぎる。

 呆けているレイラを立たせようと無理やり腕を引っ張る。腕を引っ張られた事で虚ろな視線がウォリックに向かう。

 

 「立て。立つんだ!敵が来た。指示を出せ!」

 「…私は……私には出来ません…」

 「このっ――甘ったれるな!!」

 

 見上げてくるレイラの瞳を何時になく真剣な眼差しで見つめ返す。

 

 「あんたにはここにいる連中の命を守る責任が―――あんたにはある。司令官としての責任がな」

 

 自分が有能な指揮官であれば呆けた司令の変わりに指示を出せば良いのだろう。しかし、自身が有能で無い事は自身が一番分かっている。レイラのような知略や信念はない不良軍人の自分がこの状況を打破できる筈も無い。なによりもここでほかの者が指揮を執る執らない以前にレイラを沈ませたままで進行してしまったら色々と後に残りかねない。

 皆を守る責任を認識し、虚ろな瞳に光が戻る。

 

 「敵の位置を報告!」

 

 立ち上がり指示を飛ばしたレイラに皆は一瞬安堵し、そして仕事に取り掛かる。世話しなくキーボードを叩いている様子は変わらないが先ほどと違って強い意思を瞳に感じる。

 

 「はい!敵の位置は北東…25」

 「時速140キロで接近中」

 「140キロ!?森の中を?」

 「クレマン大尉の考察は?」

 「動物のような四脚疾走できるナイトメアなら悪路でもスピードを出せるわ」

 「四脚のナイトメア…――ッ!?スロニムの!」

 

 何か思い当たるナイトメアがあったのかふらっとよろめく。

 そういえばスロニムでの戦闘記録に四脚に変形するナイトメアが記載されていたような…。

 

 「地雷原…南東の地雷原――いえ!全防御システム起動!敵の侵入を全力で死守する!」

 

 ヴァイスボルフ城は他の基地に比べてナイトメアの戦力は少ないが、基地の防衛能力は群を抜いている。

 周りを囲むように広がる広大な森林地帯はあらゆる地上兵器の行動を鈍らせ、木々で覆われた高所にはユーロピア共和国連合主力ナイトメアのパンツァーフンメルの上半身を利用した自動砲台が幾つも設置されている。木々に囲まれ速度が出ず、隠れる地点の少ない状況下で長距離射撃は相手にとっては最悪だ。さらにそこを突破出来ても対ナイトメア用の地雷原が広がっている。大戦力を連れて来た所で突破するのにかなりの日数を用する事になる。

 モニターに矢印で現された識別不明機が森の中を疾走し、狙えるパンツァーフンメルが射撃を開始した。攻撃している映像は流れないが攻撃している事は簡易的に表示される。

 

 「自動砲の起動。射撃を確認しましたが直撃なし!」

 「そんな馬鹿な!?」

 「システムの不備ですか?」

 「いえ、敵の速度が速すぎて自動照準が追いついていません!」

 「自動砲台一機の消失を――え?これは…」

 「どうしました?状況報告を」

 「それが…敵に射撃を加えていた自動砲台が次々に撃破されています!」

 「おいおい…嘘だろぉ」

 

 現状を理解して笑みが零れる。

 ランダムにそびえ立っている木々の合間をすり抜けながら、長距離射撃をものともせずに駆け、さらには反撃して砲台を潰すなんてもはや人間技じゃない。驚きを通り越して笑うしかなかった。

 

 「敵、速度落ちません!」

 「地雷原に接近!」

 「地雷原の反応を確認…しかし敵機移動速度落ちません」

 「地雷が爆発するより早く走っているのかよ…」

 

 本格的に打つ手がなくなりつつある。

 残る手段は最後の綱である隔壁のみ…。

 

 「敵機コース変更。12度東にずれてきています」

 

 モニターの地形を睨みつけて相手の位置を確認すると広大な森林地帯で唯一の高所の岩山が聳えている地点だ。

 こちらに向かってくるなら遠回りだ。わざわざ無規則な段差を駆け上がった真意を探る前に答えが正面へと迫っていた。

 

 「正門周辺に着弾!システムシグマスリーダウン!」

 「砲撃?いや、威力が低いから長距離射撃?」

 「防御壁起動まで90!」

 

 どんどん近付いてくる敵の反応に冷や汗が流れる。心の中で早く早くと急いてしまっている。これこそが最後の綱なのだ。間に合ってくれと…。

 全員が見守る中で城を囲む形で50メートル以上の壁が地面より出現する。跳び越えようとしたナイトメアを弾き、壁同士の間を接続する事で補って防御壁は完成した。あの壁はナイトメアフレームが装備できる武装で何とか出来るほど柔な装甲ではない。

 

 「防御壁展開完了を確認」

 「敵ナイトメアの映像出ます」

 

 壁の付近を駆ける四脚のナイトメアを見つめながら一同安堵した。

 

 「このまま最上級警戒。24時間待機。あとワイバーン隊へのコールは続行」

 

 真面目な表情でそう告げたレイラに対して驚きの声が素で漏れてしまった。

 少し頭を捻って言葉を口に出す。

 

 「司令。少し休まれたほうが良かぁないですか?」

 「私はまだ――」

 

 自分は大丈夫だと言おうとしたレイラに内心呆れた。いや、生真面目で優等生の正しい回答だとは思いますよ。ただそれが正しい解答であって経験や状況を考えた回答でないというだけで。

 現状あのナイトメアがこの壁を突破する事は不可能。事を起こすにしても友軍の到着や手段を考えるのに時間がかかるだろう。どれだけ時間がかかるか知らないが長い時間緊張状態を維持すると言う事は非常に疲れるのだ。肉体的にも精神的にも。休めるときに休む。上官がヤル気満々なのに部下はし辛い…そんな事情諸々を理解していないのだろう。

 真剣だった表情を弛ませ、いつものにやけた笑みを浮かべる。

 

 「ここは俺がやっときます。今から休めるときはないですよ」

 「ウォリック中佐…」

 「サラちゃ~ん。おじさんと居残りよろしく~」

 「はい」

 「あとは皆も一時休息」 

 

 この司令部のメンバーで戦闘の出来る軍属と言ったら少数だ。半分はソフィ・ランドル博士達の民間医療系にアンナ・クレマン大尉のような技術部。警備部を除けば銃を携帯できる人間は司令と自分を含めて四人しか居ない。

 オペレーターのサラ・デインズの了承を聞いてレイラに向き直る。

 

 「さぁ、司令」

 「よろしくお願いします。ウォリック中佐」

 

 真意を理解して心の底から礼を述べるレイラにウォリックは強い罪悪感を感じながら笑顔で答え、退出するまで見送った。

 自分こそがジィーン・スマイラスと繋がりブリタニアに情報を流していたスパイだというのに…。

 

 

 

 

 

 

 防御壁を展開したヴァイスボルフ城を警戒区域を越えた地点より監視する者達が居た。

 上空に望遠機能を取り付けたラジコン程度の小型偵察機から流される情報に眼を見開いていた。

 

 「さすがですね。アレだけの防御網を突破してあそこまで迫るなんて…。聖ミカエル騎士への取材も考えておくべきでした」

 「はっはっはっ、さすがブリタニアの腕利き記者さんだ。あいつらと違って前向きだ」

 

 メルディはトレーラーに詰れた画面に映った映像を見た感想を率直に述べると、工具箱を抱えたガバナディに本気で笑われた。笑いながらガナバティは黒いサザーランドへと向かって行った。すぐではないが機体のメンテナンスを怠らないようにしているのだ。

 隣では画面の映像を何度も戻して射撃地点や爆発した地雷原のルートを確認し、地図に書き示しているオルフェウスとロロが話し合っていた。ロロという少年はブリタニアより機体を持ってきてくれた運び屋と説明を受けた。あの若さから嘘だと分かったが殿下が内密にという事もあってそう思っていたほうが良いのだろう。

 あの時の表情はばれる事を恐れたものとは違い、こちらを危惧してのものと読み取った。殿下が危惧すると言う事は―――止めよう。深入りは危険だ。そう判断して逆隣のオデュッセウス殿下を見つめる。

 突入時のルートと防御網を確認している二人と違って落ち着いてコーヒーを啜っている様子。

 

 「殿下はどう思いましたか?」

 「――ん?あぁ、そうだね…胃が痛い…かな…」

 「大丈夫ですか?まだ痛いのなら胃薬を取って来ますけど」

 「腹痛は大丈夫。今度は精神的なものでね…あそこに突っ込むと思うと…ね」

 

 どこか遠い目をする殿下に作戦を聞いたときより再三言った言葉を言おうかと思ったが喉から出す事はしなかった。

 作戦とは四脚のナイトメアパイロットの聖ミカエル騎士団総帥の捕縛。

 三機では到底不可能としか言えない作戦を行なおうとしている。内容は聖ミカエル騎士団がヴァイスボルフ城を攻める際に地雷原を突破するからそのルートを辿り、本隊を呼んだ聖ミカエル騎士団とユーロピア軍が衝突しているどさくさに攫うらしい。

 出撃メンバーに殿下も入っていたことから何度も危険だから止める様に説得しようとしたが決意は堅く、聞いてはくれなかった。

 さらにこの作戦では退路を確保する必要があってここの戦力ではそこまで行えない。ゆえに何かしらの策を講じなければならないのだが…。

 

 「そういえば先ほどの電話はなんだったんです?」

 「うん?あぁ、有能な弟にちょっとお願いをしてきたんだ」

 「もしかして宰相のシュナイゼル殿下ですか?」

 「……どうしてシュナイゼルって思ったのかな?私には弟は五人居るんだけど」 

 「うぇ!?いえ、その…なんとなく、です」

 「そうかい。なら良いよ」

 

 言えない。

 優秀と聞いて一番に思い浮かべた人物がシュナイゼル殿下だったなんて、下手したら他の皇子の方々に対する不敬罪に問われる。

 それよりも何か機嫌が悪いように感じるのは気のせいだろうか?

 

 「シュナイゼルなら知恵を使って介入する口実を見つけられるだろうしね」

 「あの~殿下。もしかしてですけど機嫌悪くないですか?」

 「ん~?そう見えるかい?」

 

 確かにいつものように笑顔なのだが額に青筋が見える。これが怒っているようではなくてなんだと言うのか。

 それに気付いたオルフェウスは驚き、ロロは「あー…」と唸りながら目線を逸らした。何か心当たりがあるか以前にも同じような状況にあったかのような反応だった。

 

 「き、気のせいですね。私の気のせいです」

 「いやいや、確かに機嫌は悪いかな。シュナイゼルと短い時間喋れたのは嬉しかったんだけどね…ちょっと別件をある奴に頼んでさ…」

 

 奴と呟いた瞬間、怒気に似たような雰囲気を放ったという事は何かしらの頼み事をお優しい殿下が毛嫌いするほどの人物に頼まれたという事。

 一瞬想像がつかなかった。ユーロピア圏内に居るオデュッセウス殿下がブリタニアを超えてこちらの案件で頼み事をすると言う事はかなりの力を持った人物。しかし兄妹・兄弟も皇帝陛下との仲も良好と聞いているメルディは考える。

 他国を超えて力を振るえるほどの大きな力を持ち、お優しいオデュッセウス殿下が毛嫌いしそうな人物…。

 

 「あ!あー…殿下はここで殺戮でもする気なのですか?」

 「さすがメルディ。分かったんだね。でも、ここではないよ…顔すら見たくないからね…あの殺人鬼だけは」

 

 条件に合う人物を察して心の底から納得した。

 確かにあの方と殿下は相性最悪だろう。命の価値観からして真逆なのだから嫌悪もしよう。

 

 「ブリタニアの吸血鬼…ルキアーノ・ブラッドリー卿」

 

 大きなため息をつきながら件の人物の名を呟いたメルディはこれから起こる事を予想して頭を抱え始めた。



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第62話 「決戦に向けて」

 聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイング卿。

 現在ユーロ・ブリタニアの頂点に立った男だ。

 ユーロ・ブリタニア宗主のヴェランス大公は神聖ブリタニア帝国皇帝に対する反逆罪で、軍師ジュリアス・キングスレイ卿の手により幽閉された。

 次に皇帝陛下より全権を委任されたキングスレイがユーロ・ブリタニアの指揮権を握ったと貴族や将兵は予想したのだが、予想はその日のうちに覆された。

 シャイング卿が大貴族・貴族を招集した緊急会議でキングスレイ卿がエリア11を騒がせた賊のゼロで自分が処刑したと言ったのだ。しかも話はそれだけでなく、ユーロピア共和国連合どころか本国にまで刃を向ける話に貴族達は反対しようとする。が、彼はその場にあるものを持参した。

 

 聖ウリエル騎士団総帥のレーモンド・ド・サン・ジルの首である。

 文字通りの生首を見せ付けられた貴族達は息を呑んだ。シャイング卿は本国に亡命を図った聖ラファエル騎士団と聖ガブリエル騎士団にも同様に部隊を送りつけ、騎士団は敗残兵のように逃げたとの事。

 これが事実だとすれば聖ミカエル騎士団に逆らえるほどの有力な騎士をユーロ・ブリタニアは失った事になる。

 かくしてユーロ・ブリタニアの貴族達は嫌々でもシャイング卿に従う事となったのである。

 

 聖ミカエル騎士団がヴァイスボルフ城を攻略する為にユーロピア共和国連合へと向かい、ヴェランス大公を幽閉している屋敷の警備が騎士団の手練れから一般の兵士に移行された。ミカエル騎士団はシャイング卿の意のままに動くようだが、全軍がそうであるわけは無い。自分らの象徴であり総大将を隔離するなど気分が良い筈もなく、士気は低い。

 その隙を突いて動き出した者達が居た。

 

 屋敷周辺を警備していたサザーランドが銃撃を喰らって倒れた。一機倒された事で開いた隙間を埋めようとグロースターが出るが突撃してきた緑色のカラーリングを施されたグロースター・ソードマンの一刀で吹き飛ばされ大破した。すでに防衛不可能な状態で他方向から攻撃を受けている警備のナイトメア隊は戦力不足を実感していた。

 死をも恐れぬ突撃をする緑色のグロースター・ソードマンを止めるほど士気の高い者は討たれ、士気の低い者は押し退けられ、屋敷への侵入を許してしまう。屋敷に突入したのは緑色の塗装を施されたサザーランドに青色の塗装が施されたグロースター・ソードマンとサザーランドの合計六機であった。

 屋敷内には様子を窺っていたヴェランス大公と大公を庇うように前に出たミヒャエル・アウグストゥスの姿があった。近くには侵入者に抵抗しようと発砲する警備の兵士が居たがナイトメアで当たらぬように射撃したら即座に逃げ出した。

 

 「何者か!?何の目的があって襲撃した!ヴェランス大公と知っての狼藉か!!」

 

 自身の命も惜しまず大公を守らんと前に出るミヒャエルに青のグロースター・ソードマンの騎士は大公への忠義に尊敬の念を抱きつつコクピットより降り立った。

 サザーランドが付近を警戒する中で緑色のグロースター・ソードマンの騎士も降り立ち、姿を目にしたヴェランス大公は目を見開いて驚いていた。

 

 「ご無事ですか大公閣下!」

 「お迎えに挙がりました」

 

 片膝をついて深々と頭を垂れたのは聖ラファエル騎士団総帥アンドレア・ファルネーゼ卿と聖ガブリエル騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨン卿であった。

 二人の様子に大公の命を狙った賊ではないと判断したミヒャエルは一歩下がり、大公の斜め前で待機した。

 

 「ファルネーゼ卿にヴィヨン卿…何故ここに。それにこれはどういう事か?」

 「ハッ、我々は大公閣下を救出に参りました」

 「ここに居ては危険です」

 「そうか。私を重んじての行動…感謝の念を抱かずにはいられない。しかし私はユーロ・ブリタニアの宗主。不当とは言え逃げ出すわけには行かぬ」

 「大公閣下…どうかご自愛下さい。そして無辜の民とユーロ・ブリタニアすべての者の為にここは意思を曲げて頂きたく存じます」

 「どういう事かファルネーゼ卿」

 「現在ユーロ・ブリタニアはシャイング卿に乗っ取られております」

 「シャイング卿が!?」

 「はい。キングスレイ卿を殺害し、聖ミカエル騎士団以外の四大騎士団に奇襲を仕掛け対抗できる戦力を削り、貴族達を脅迫して実権を握っております」

 「なんと…もしやここに居ないジルは…」

 「聖ウリエル騎士団は奇襲を受けて壊滅…ジル卿は死亡が確認されたと…」

 

 信じたくも無い事実に驚きを禁じえないヴェランス大公はふらふらとよろめき、ミヒャエルが労わる様に支える。

 すでに困惑している様子の大公にさらに事実を告げなくてはならない。ファルネーゼは重い口を開く。

 

 「シャイング卿はユーロピア共和国連合どころかブリタニア本国にも戦いを仕掛ける気のようです」

 「馬鹿な!本国と共和国…双方を相手にすればユーロ・ブリタニアは…」

 「そうです!ユーロ・ブリタニアを救うためにはヴェランス大公の存在が欠かせないのです。現在我々の騎士団も奇襲を受けて半数近くがやられました」

 「どうか!どうか我々と一緒に来て頂けませんか」

 

 真剣な二人の眼差しを受け取った大公は大きく頷いた。

 

 「分かった。我らが同胞、多くの無辜の民、そしてユーロ・ブリタニアの未来の為、この身を預ける」

 

 返事を頂いたファルネーゼは大公を追従したサザーランドへと案内し、自らは護衛に当たる為に付近の警戒に務めながら撤退に務める。

 大公救出の為に行動した騎士団に伝えていた通りに囮役も兼ねての撤退を命じた。ファルネーゼは部下に死ねと命じたに等しい言葉に心苦しく感じるが、伝えられた部下達は大公とユーロ・ブリタニアの為にと受け入れてくれた。自身の部下にこれほどの忠誠を誓った者らが居る事に涙して感謝した。

 

 「総帥!追撃です!あと行く手に展開しようとしている部隊が!」

 「くっ…大公閣下を助け出せたというのに。相手が真にユーロ・ブリタニアの騎士なら我等の言葉に耳を傾けぬ訳は無い。オープン通信で――」

 「それが先行した部隊の報告ではリバプールの大部隊だと…」

 「リバプールだと…シャイング卿め…端から聖ミカエル騎士団以外は信用していなかったという事か」

 

 相手が有人のナイトメアフレームならば良かったが、戦車のキャタピラ部分に足を取り付けただけの二足歩行戦車リバプールは無人機でプログラムによってのみ行動する。説得どころか対話も不可能。

 退路を断たれ、前後を挟まれた事に歯を食いしばる。

 

 『ファルネーゼ卿!ここは我らが何とかする!』

 「ヴィヨン卿!?」

 『聖ラファエル騎士団は大公閣下を連れて離脱しろ。正面の部隊と追撃部隊は我ら聖ガブリエル騎士団が相手をする』

 「なにを申される!散らばった部隊をかき集めるのならまだしも、ここにいる卿の部下は四機のみ。それに卿は…」

 

 確かにリバプールは簡易的な動きしか取れない為に騎士団の騎士が遅れを取ることはまずありえない。だが、数に押される状況なら話は別である。それだけ優れた騎士でも圧倒的な物量の前では飲み込まれるしかない。しかもヴィヨン卿は聖ミカエル騎士団の奇襲から逃げる際、腹部を被弾されている。今だって無理をして大公救出の為にナイトメアに搭乗しているのだ。これ以上の無理は命に関わる。

 

 『ファルネーゼ卿…私は卿から襲撃情報がもたらされなければジル卿のように殺されていただろう。だから卿には心の底より感謝している。大公閣下を守らんが為にこうして最後まで戦える事を!』

 「ヴィヨン卿…まさか死ぬ気か…」

 『大公閣下の為ならばこの命惜しみはしない!行けファルネーゼ卿!!……大公閣下のこと、お頼み申す…』

 「心得た…私の命に代えても護ってみせる!!」

 

 正面を塞ごうと展開していたリバプールの大部隊にヴィヨン卿のグロースター・ソードマンを中心とした五機のナイトメアが突っ込んで行く。対応すべくリバプールが動いて、陣形を整えられなかった事で大公を連れたファルネーゼ卿は突破する事ができた。

 

 『これで後顧の憂いはなくなった。我が通信を聞く聖ガブリエル騎士団の騎士達よ!騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨンが命じる!ユーロ・ブリタニアの為!我らが大公閣下の為に!命を捨てて敵を討て!!』

 

 後方の映像を出せばきっと銃撃を受けながらも戦っているグロースター・ソードマンの痛々しくも勇猛果敢な勇姿が映る事だろう。

 だが、決して見ない。

 振り返らない。

 きっと振り返ってしまえば自分は助ける為に戻るだろう。さすれば命をかけて戦っているヴィヨンの志を無碍にしてしまう。

 それだけは出来ない。

 騎士の誇りをかけて大公閣下を護る使命を託されたファルネーゼは進むしかない。

 涙を流し、前だけを見て進むしかない。あの眼帯で片目を隠した者が伝えてくれたように進むしか…。

 

 

 

 

 

 

 wZERO部隊は窮地に立たされていた。

 シン・ヒュウガ・シャイング卿率いる聖ミカエル騎士団が本拠地であるヴァイスボルフ城近くに陣取り、防御壁を展開したが為に脱出する事も困難。そもそも徒歩で敵性ナイトメアが潜む森林地帯を抜けるなど難しい。

 対抗するナイトメアもあるにはあるが訓練を多少受けた警備部では精鋭である騎士団の相手は荷が重過ぎる。さらに相手は騎士団でこちらは五機居るかどうかで物量でも劣っている。

 アキト達ワイバーン隊が顕在なら打開策もあったのだが未だ連絡はつかず。

 

 打てる手立ては二つ。

 一つはヴァイスボルフ城の防衛システムを起動させて時間を稼ぎ、救援到着まで篭城して耐え凌ぐという手だが、それは救援があってこそ成り立つのであってwZERO部隊に救援部隊が来る事はありえない。

 

 ワイバーン隊が飛行船で交戦中にスマイラス将軍と連絡がつき、レイラは自分が知り得た情報とユーロ・ブリタニアの目的を説明し、事態の収拾を願い出たのだがスマイラスはブラドー・フォン・ブライスガウの血を引くレイラこそが相応しいと返したのだ。

 今自分に出来る事をしよう。それが最善だと考え自分の想いを、考えをヴァイスボルフ城よりユーロピア全土に中継して伝えた。その言葉は荒れ狂っていた民衆を鎮め、不安がっていた市民には希望を植え付け、暴徒と化していたユーロピア市民は落ち着きを取り戻すばかりかレイラの言葉で強い熱を持ってしまった…。

 それがスマイラスの策略と知ったのはつい数時間前の話である。

 スマイラスはヴァイスボルフ城からの通信網をすべて遮断し、レイラがユーロ・ブリタニアの攻撃を受けて亡くなったと偽りの情報を流したのだ。レイラという希望を与えてくれた存在を失ったと知った市民をスマイラスが煽り、誘導して悲しみと不安をユーロ・ブリタニアに対する怒りへと変え、一気に掌握したのだ。

 軍内部も将軍の軍事政権が実権を握り、ユーロピア共和国連合軍はユーロ・ブリタニアへの攻勢に出る。

 

 …つまりレイラはスマイラスが政権を握る為に利用され、wZERO部隊はユーロ・ブリタニアの実権を握ったシンを引き付けるだけの餌にされたのだ。

 

 wZERO部隊の仲間を助ける為に最後の策であるユーロ・ブリタニアへの降伏を行なう。レイラと共に行くのはwZERO部隊副指令であり、自分がスマイラスとユーロ・ブリタニアとの橋渡しをしていたスパイと名乗り出たウォリック中佐。

 スパイと白状したところでレイラは罰する気はなかった。状況が状況であったし、娘さんの医療費の為だと理解出来たからだ。

 すでに見捨てられた部隊…降伏案と共に握られているのはアポロンの馬車を含んだwZERO部隊の機密事項を手にしていた…。

 元々降伏など認める気などシン・ヒュウガ・シャイングにはないと言うのに…。

 

 

 

 レイラとウォリックがシンとの交渉へと向かう様子を高高度より覗いている者がいた。

 ジュリアス・キングスレイが用意し、シンがワイバーン隊諸共破壊できるように爆弾を仕掛けた超大型飛行船【ガリア・グランデ】。その飛行ユニットである動力炉とフロートシステムなどの爆発の影響を受けなかった所同士を繋いだ簡易の飛行船。というか飛行船に見せる為のハリボテだった外装がなくなっただけなので、今の姿のほうが本来の姿だったりするのである。

 

 「んー…ねぇ、リョウ。城からボートが出てきたよ」

 『ボートだぁ?』

 『行き先は分かるか』

 「多分だけど少し離れた遺跡のあたりかな」

 

 狙撃用のスナイパーライフルを構えたアレクサンダのコクピットよりユキヤが答える。

 現在ガリア・グランデには五人の搭乗者がいる。

 四人はワイバーン隊の日向 アキト、佐山 リョウ、香坂 アヤノ、成瀬 ユキヤ。そして残る一人はガリア・グランデ内でアキト達と交戦した【アシュラ隊】隊長のアシュレイ・アシュラだ。

 当初敵だったが飛行船が自爆した時に命を落とし掛け、それをアキトが救ったことで恩義を感じ、シンとアキトの話を聞いてシンを止められるのはアキトしか居ないと判断して行動を共にすると言い出したのだ。一番は自分ごと箱舟を爆破したシンに怒っているのがあるんだろうけど…。

 

 『どうしてそんな所に?』

 「誰かがそこに居るみたい」

 『みたいって見えてるんじゃないの?』

 「これだけの高度があって正確に映し出せられるほど狙撃用のスコープも万能ではないからね。最大まで拡大した映像に熱源センサーで解析しているだけだから誰かまでは分からないよ。でも…」

 『ブリタニアか』

 『え?ブリタニアってどういう事!?』

 

 ユキヤと同じでアキトはすぐに理解したがアヤノはどうも分かっていない様だ。

 モニターに映るリョウは舌打ちし、アシュレイは苦々しい顔をして苛立っている事から理解している。という事は…。

 

 『攻められて防衛に周ったはずのヴァイスボルフ城から誰かに会いに行くなど状況は限られる』

 「一番に考えられるのは降伏案だよね。今あそこに戦力らしい戦力はないから」

 『それってかなり不味いじゃん!』

 「アヤノだけだよ。理解してないの」

 『茶化さないでユキヤ!』

 「大丈夫だって。ねぇ、アキト」

 『ああ、問題ない』

 

 腕を組んで柱にもたれていたアキトが自身のアレクサンダに向かって歩き出す。

 アレクサンダには飛行船に取り付く際に使用された滑空用の装備が残されている。ただアノヤだけ戦闘中に廃棄してしまったが為にリョウ機に掴まって降りなければいけないが。

 

 『待てよアキト。俺も乗っけてけ!』

 『乗って行ってどうする』

 『シャイング卿に一言言わなきゃ気がすまねぇ』

 『コクピットは狭い…アレクの背にしがみ付けるか』

 『おう!』

 

 コクピットに跳び乗ったアキトはアシュレイが乗りやすいように四つん這いのインセクトモードへと移行し、アシュレイが背に跨る。

 横目で降下準備を始めている二人を確認するとスナイパーライフルを構える。映像ではボートが遺跡がある小さな小島に乗り付けられ、両者が話し合っているであろう事が窺える。

 ライフルの弾頭にそこから少しずれた座標を入力する。

 

 『先に行く』

 「りょーかい。動きがあったら援護はするよ」

 

 アシュレイを乗せたアキトのアレクサンダが飛び降りる。

 映像を睨むように見つめ、映る人たちに動きがあった事を知る。

 城から来た二人と待っていた複数人が距離を取った。二人を取り囲むように展開した事から話し合いが上手く行った様子はない。つまり交渉決裂…。

 爆風で二人にも危険が迫るだろうが死ぬ事はないと自身を持ってトリガーを引く。

 放たれた弾丸は入力された座標に百分代までずれる事無く着弾した。あとはアキト達が何とかするだろう。

 

 『さぁて俺らも行くか』

 「そうだね。ボクはこいつを落としてからだけど…っとそうだった」

 

 アレクに搭乗したリョウからの無線に返事を返しつつ、足元に置いてあった長方形の箱を手に取る。

 飛行船に残っていたサクラダイトや燃料をふんだんに使用して作った爆弾。中にはユキヤが解除した飛行船に取り付けられていた爆弾も使用している。原材料が大変な危険物の為に爆発すれば飛行船は完全に吹き飛ばせるぐらいの高威力を持たせる事に成功している。

 後はプログラムを入力するだけで―――と作業を開始したところでwZERO部隊に連絡を入れることを思い出した。

 敵を騙すには味方からという言葉があるように飛行船が自爆してからアレク達が送信していた情報をすべてカットしたのだ。アヤノだけが皆を騙すことから最後まで文句を言っていたが必要な事なので押し切った。

 

 「もしもーし、皆。聞こえてる?」

 

 アレクサンダのビーコンを入れなおしながら無線で呼びかけを行なう。

 

 「こちらワイバーン隊。聞こえていたら答えてよぉ」

 『ユキヤ君!?』

 「やぁ、サラ。久しぶり」

 

 安堵した声に頬が弛む。

 頬が弛む?

 そう疑問を持ったユキヤはすぐに回答を得た。リョウやアヤノ達だけが仲間だった筈なのに何時の間にかまた仲間と呼べる存在を得ていたんだと笑む。

 

 『でも!どうして今まで通信してこなかったのよ!』

 「ごめん。でも敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ」

 『酷いよ』

 『心配させて…』

 

 皆からの言葉が心地よく感じる。それだけ自分が想い想われている事を実感する。

 

 『そうだユキヤ君。司令達が…』

 「あの小島に向かったの司令だったんだ」

 『うん。司令と中佐がって知ってたの?』

 「こっちから見てたからね。誰かまではわからなかったけれど…そっちにはアキトが行ったから大丈夫だよ」

 『ほんと!』

 「ああ、じゃあボク等も降りるから後でね」

 

 ヴァイスボルフ城への通信を切ると横に並び立ったアヤノ機から視線を感じる。すでにリョウはその横で降下準備を終えていた。

 

 『で、どうしてアシュレイって奴を信用するのさ』

 

 何か睨まれていると思ったらそんな一言が飛び込んできた。

 まったく解り易過ぎるよ…。

 

 「嫉妬はよくないよアヤノ」

 『なぁ!?誰が誰に何だって!!』

 「アヤノは解り易過ぎるんだよ。もう少し感情を抑えないと恋の駆け引きは出来ないよ」

 『へぇ~、まさかユキヤにそんな事を言われるなんて想像もしなかったな』

 

 言い返さず腕を組んでモニター越しに睨んでくるが動揺が顔に現れて歪んでしまっている。

 一人会話に参加しなかったリョウは我関せずといった感じで楽な姿勢で待機していたが降下予定時間が迫った事で姿勢を正して操縦桿を握りしめる。

 

 『アヤノ。時間だ降りるぞ』

 『帰ったらじっくり話そうなユキヤ!』

 「はいはい」

 『じゃあ先に行ってるぜ』

 「了解。予定通りに降りるから」

 『あ!そうだユキヤ。オデュから言伝があったんだ』

 「オデュから?」

 

 あのお婆さん達の一団にいた人物。

 面倒見が良く、レイラが何か仕出かさないか一番頭を悩ませていたっけ。

 

 『飛行船から飛び降りるような事があったら攻撃したらすぐに全力で退避するようにって』

 「なにそれ?予言か何か?」

 『さぁ?じゃあ、下で待ってるから』

 

 リョウ機にしがみ付いてアヤノ機も降下する。

 こうして残されたユキヤは予言っぽい言葉をとりあえず頭の隅にでも押し退けて、地上をスキャンする。地図情報に観測気球を用いたデータを照らし合わせ、下でヴァイスボルフ城へと進軍する一団を捉える。

 飛行船がその上空付近に差し掛かるのを待ち、手にした爆弾を投下する。

 

 「しょうがないよね…これ、戦争だから」

 

 呟いて数秒後、地表近くまで落ちた爆弾は蓄積された引火物に火を灯して、巨大な爆発を起こした。全滅する事は無理でもかなりの被害を出す事は出来ただろう。もし出来てなかったとしてももう何個か同じ爆弾がある。これを落とせば良い…

 

 「ごめんね。ボクは仲間を守らなきゃいけないんだ」

 

 二個目に手を伸ばそうと思った瞬間、コクピット内に警報が鳴り響いた。

 

 ―――全力で退避するように…

 

 アヤノが伝えてきた言葉が脳裏を過ぎり、そのまま空へと飛んだ。

 下方より緑色に輝く高熱源が迫り、アレクサンダの横を通り過ぎて飛行船の動力炉に直撃、貫通しながら爆発を引き起こしていった。

 

 「迎撃!?しかもこんなに早く…」

 

 苦々しく様子を窺ったユキヤだったがすぐに翼を展開しながら操作に集中する。

 直感だけで飛び降りた為に飛行船の下方へ降りてしまったのだ。上から爆発した破片が降り注いでくる。

 破片を回避しながら合流地点に向かうが小さな破片が翼を傷つけてゆく。

 

 「くっ!このままじゃあ…―――ッ!?」

 

 大きな破片が掠めて翼が少しだけ折れた。少し折れただけで空気抵抗のバランスが崩れて思うように降下できない。機体があっちやこっちに揺さぶられ、何とか操作しようとするユキヤの身体を大きく揺さぶる。

 揺れの中で頭を強打し、気を失いかけるが何とか気力だけで耐える。

 

 ――なんとしても皆の所へ帰るんだ。

 

 心の底から強く願いながら操縦桿に手を伸ばす。

 迫る地表に死を感じずには居られなかった。

 

 

 

 機体に衝撃が走った。

 それば地面に激突した荒々しいものではなく、まるで威力の低い銃撃を受けているような点での衝撃。

 痛む頭を押さえながら機体の状況を確認するとダメージは受けているものの降下体勢に戻ったようだ。そして正面のモニターには森林を素早く移動しているオレンジ色のナイトメアらしきものが映っていた。

 木々をクッションにして衝撃を和らげ、地面に激突しそうになったユキヤのアレクサンダをオレンジ色の機体が抱き抱え、ユキヤを守るように下敷きになることで衝撃をかなり防いでくれた。

 

 途絶えそうな意識の中、コクピットが開かれ誰かがこちらを覗いている様子が窺える。視界がぼやけてだれだか分からない。

 

 「大丈夫かいユキヤ君!?」

 「あれ…この声は…」

 「頭を打っているね。他には複数の打撲かな…大丈夫だよ。君は助かる。だから今はゆっくりお休み」

 「…うん……そう…させてもらう…ね…」

 

 相手がユーロ・ブリタニアの兵士なら自分がどうなるか分からない。

 そんな危険が脳裏を過ぎりながらもとても穏かで温かい気持ちで心が安らいでいく。

 どこか聞き覚えのある声にしたがってユキヤは言われたまま瞼を閉じ意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴンの軍専用空港に航空艦隊が集結しつつあった。

 旗艦としてテスト飛行を終えたログレス級浮遊航空艦グランド・ブルターニュ、艦隊指揮下にグランド・ブルターニュの護衛を務めたカールレオン級浮遊航空艦ローラン、アストルフォ、オリヴィエの三隻。それと同カールレオン級浮遊航空艦ルノーにオジエ、さらに急遽観艦式を行なっているグリンダ騎士団のグランベリーにオデュッセウスの座乗艦である浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーを加えた合計八隻の艦隊。

 艦隊総司令官を務めるシュナイゼル・エル・ブリタニアは並んだ航空艦を見渡せる一室で紅茶を飲みながら眺めていた。

 

 「急遽集めたにしてはかなりの戦力が集まったものだ」

 「はい。これだけの規模の航空艦隊となるとブリタニア初でしょう」

 「出来ればアヴァロンもと思ったのだが戦力過多だったね」

 

 カノン・マルディーニの返答を受けながら、笑みを浮かべる。

 兄上から連絡を受けた時は驚いた。まさか援軍を求められるとは思っても見なかったからだ。

 しかしこれはとてもよい話だ。ブリタニアにとってはかなり…。

 

 「ナイトメアの積み込み状況はどうなっているのかな?」

 「現在トロイ騎士団、ユリシーズ騎士団、テーレマコス騎士団のオデュッセウス殿下お抱えの三つの騎士団のナイトメアの積み込み完了。後の部隊は現在積み込み中で終了は深夜帯になるかと…ですが出発時刻は早朝のままです」

 「であれば何とか間に合いそうか」

 「しかし宜しかったのですか?これほどの大戦力でのユーロピア侵攻…ユーロ・ブリタニアの面目は丸つぶれですが」

 「そうだね。でもこれぐらいしておかないと後が厄介だからね」

 

 本来ならユーロ・ブリタニアとの関係悪化を恐れてこれほどの大戦力で行く事など論外。

 だけれども今回は大義名分が成立する。

 神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア直属の軍師をエリア11を騒がせたテロリストと偽り、ユーロ・ブリタニア貴族内だけとはいえ垂れ流したのだ。しかも軍師は現在実権を握っているシン・ヒュウガ・シャイング卿が始末したと言う。これを黙っている訳にはいかないというのがブリタニアの見解である。

 

 「何と言っても兄上がご自分の騎士団を使っても良いからと仰られたのだから」

 「確かに…あのオデュッセウス殿下が騎士団の使用許可を与えるほどなのですから相当切迫しているのでしょうね」

 「特にユーロピア共和国連合の動きもある。大規模侵攻の動きもあるとすれば今回の私達の遠征は後の牽制にもなるだろう」

 

 ここで誤解が生じている。

 確かに電話でオデュッセウスは騎士団の使用を許可したが全騎士団とは一言も言っていないのだ。

 現状ユーロ・ブリタニアはシャイング卿により暴走気味、ユーロピア共和国連合は暴徒化した民衆をとある少女が纏め、少女の死が民衆を悲しみと怒りの渦へと叩きつけ、スマイラス将軍の軍事政権が団結させユーロピアを乗っ取って情勢が激化する恐れがある。それを鑑みてすべての騎士団の使用を許可されたと勘違いしているのだ。

 

 ちなみにシュナイゼルはスマイラス将軍にある疑いを持っていた。

 今回の流れを考えてみるとおかしな点が何箇所か見受けられる。

 元ブリタニアの貴族でありユーロピア共和国連合に亡命したブラドー・フォン・ブラウスガウの忘れ形見のレイラ・フォン・ブラウスガウの演説は残っていた父親の市民への影響力と彼女の言葉自身の力があった事は確かだ。あれだけの人の心を純粋に言葉と想いだけで惹きつける人物はブリタニア支配下全土を探しても一人居るか居ないかだろう。

 

 しかしそのレイラの死には疑問を抱かずにいられない。

 ユーロ・ブリタニアはユーロピアよりブリタニアに亡命した貴族の末裔。神聖ブリタニア帝国を本国と呼んでいるが多くの者がブリタニアを良く思っていないのとユーロピアを奪還後は独立を考えていると聞く。ゆえに諜報部が動向を探る為に幾人も諜報活動に勤しんでいる。ブリタニア宰相の地位もあって情報を取得するのは簡単だった。

 宗主が拘束されたり、キングスレイ卿の姿を確認出来なくなったり、聖ミカエル騎士団総帥が実権を握ったなどの情報を入手した。中には聖ミカエル騎士団がレイラが居るとスマイラスが公言した基地らしき方向へ進軍したというものもあったが、戦死したという日と異なる。

 それに戦死を宣言して軍部を自らが率いる軍事政権が奪った話や用意してあったかのようなユーロ・ブリタニアへの進行計画…。

 そこから考えられる可能性は影響力を持っているレイラを利用し、自らが政権を掌握したというもの。それもかなり前から周到に準備していたと見られる。さらにはユーロ・ブリタニアと繋がっていた疑いすらある。

 

 「にしても…兄上は何処まで見据えていらっしゃったのだろうね?」

 「はい?」

 「いや、なんでもないよ」

 

 そう呟いて滑走路に新たに着陸した小型の輸送機を見つめる。

 中から降ろされたのは二機のナイトメアフレーム。武装こそ違うものの金色に輝く二つの機体はサザーランド系と異なったシルエットを晒した。

 

 「これだけの航空艦隊に皇帝最強のラウンズを二名もとは…まったく」

 

 シュナイゼルは笑みを浮かべながらカノンが紅茶を注いだカップに口をつける。



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第63話 「ヴァイスボルフ城の闘い①」

 投稿遅くなって申し訳ありません!
 来週の分や来年一発目を同時進行で書いていたら今日の分が遅れてしまいました。すみません…。


 ユーロピア共和国連合勢力圏にある森林地帯の真ん中にヴァイスボルフ城という古城が存在する。

 雪が降り積もる景色と合わせると、とても幻想的な光景を目にする事が出来ただろう。しかし、今はそんな事を言っている余裕はない。

 wZERO部隊が本拠とするヴァイスボルフ城は巨大な防御壁で城を完全に覆って守りを固めた。

 壁から離れた森の中にはシン・ヒュウガ・シャイングのヴェルキンゲトリクスを始めとする聖ミカエル騎士団が集結していた。

 

 ユーロ・ブリタニア四大騎士団に数えられる騎士団はブリタニアの騎士団と違って数が多い。オデュッセウスの指揮下の騎士団はナイトメア三機を一個小隊とし、四個小隊で一個中隊、そして四個中隊で一個大隊となる48機をひとつの騎士団の基準にしている。が、聖ミカエル騎士団の戦力は歩兵を除いてサザーランドが五十四機、無人二足歩行戦車リバプールが十五機、シンのヴェルキンゲトリクスにジャンのグラックス、三剣豪のグロースター・ソードマン、カンタベリーの合計七十五機で構成されている。

 対してwZERO部隊のナイトメア戦力は合計で十六機。しかもそのうち五機は無人機のドローンで、六機はワイバーン隊のように正規のパイロットとして訓練を受けた者ではなく、ハメル少佐が率いる警備部より集めたメンバーでナイトメア戦の経験など無い。戦力として当てに出来るのはリョウ、ユキヤ、アヤノが搭乗するアレクサンダ・ヴァリアント。そしてアキトとアシュレイのアレクサンダだけであろう。

 特にアキト機とアシュレイ機は今までのアレクサンダとは別物となってしまっている。アキトのアレクサンダはアシュレイが持ち込んだアフラマズダのデータを用いて、シュロッター鋼の装甲を装備した機体となっている。これにより装甲の大幅強化にブレイズルミナルを使用したエネルギーシールド、コクピット周辺に取り付けた爆発的なエネルギー放出を行なうスラスターで防御力も機動力も大幅に上がった【アレクサンダ・リベルテ】

 リョウ達がスロニムで搭乗したアレクサンダType-02をベースに技術部のアンナがアキト専用機に設計・建造した新型アレクサンダ【アレクサンダ・レッドオーガ】。今までの戦闘データが生かされたこの最新鋭機は機体を持たないアシュレイが搭乗する事となり、急遽真紅に塗装され、数々の接近戦武装を搭載している。

 

 聖ミカエル騎士団からすれば数で押し込めば倒しきれる筈だったのだが、飛行船の残骸より作った爆弾のおかげでwZERO部隊には希望が見えた。

 ユキヤが投下した爆弾はヴァイスボルフ城へと進軍していた聖ミカエル騎士団の三分の二ほどを壊滅へと追いやったのだ。おかげでリバプールは全滅。サザーランドは三十機前後まで減らす事が出来た。

 だが依然厳しい状況には変わりない…。そして戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 カンタベリー。

 亡国のアキトをご覧になっていない方に説明するならコードギアス第一期の河口湖のホテルジャック事件を思い出して欲しい。あの時ブリタニア軍は人質救出作戦を展開し、地下の物資搬入用のパイプラインを使用した突入作戦を行なった。その際に日本解放戦線が使用した兵器――【雷光】。

 大型の砲門を四機のグラスゴーを四脚のように接続した大型移動砲台。カンタベリーは雷光のようにグラスゴーを取り付けたものではなく、専用の脚が付いている。おかげで雷光のように正面への砲撃だけでなく角度を変えて上空にさえ砲撃を行なえるようになっている。ユキヤが爆弾を投下した際に迎撃したのはこのカンタベリーなのだ。

 砲弾は雷光の散弾ではなく超大型の超電磁砲。一撃での直撃すればナイトメアどころか航空艦ですら落とすほどの威力である。

 その先方を進むカンタベリーを守るように盾を持ったサザーランドが八機展開している。一番後方には聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイングのヴェルキンゲトリクスとジャン・ロウのグラックス。中間にはライフルは勿論、盾やバズーカなどの武装を持った残りのサザーランド隊と三機のグロースター・ソードマンが隊列を組んでいる。

 グロースター・ソードマンには聖ミカエル騎士団の三つの隊、赤の団【ブロンデッロ】、青の団【ジレ】、白の団【シュルツ】の三剣豪と呼ばれる騎士が乗っていた。ぞれぞれナイトメアの腕前は勿論騎士としてのプライド、忠誠心の篤き者ばかりだ。まぁ、忠誠心は今は亡きマンフレディ卿に対するものでシンには一切持ちえては居ない。むしろ騎士の矜持を持ちえぬシンやジャンを成り上がり者と毛嫌いするほどだ。

 

 聖ミカエル騎士団のナイトメアのモニターではカウントダウンが始まっていた。数字が減って行き数字がゼロになる。

 

 『全軍進撃開始!』

 

 ジャンの掛け声と共にナイトメア隊が朝日が昇り、雪の降り注ぐ森の中を駆け抜けてゆく。

 カンタベリーはその重量から機動力はない。射程ギリギリではあるが砲撃を開始する。緑色に輝く光が防御壁に直撃する。続けて第二射を撃つが傷一つ見受けられない。

 

 『駄目です!貫通できません』

 『カンタベリーを前進させて距離を詰める!前進!』

 

 無傷の防御壁を忌々しく睨みつけブロンデッロ卿はカンタベリーを接近させる。射程がギリギリの為に威力が下がったのなら近付いて有効打を与える。これしかあの壁を破壊する方法はないだろう。いや、あるにはあるがそれは出来れば使いたくないし、強制したくない。

 前進し距離を詰めた事でレイラが用意した防衛システムのひとつが起動する。それは防御壁上部に設置された機銃である。ナイトメアの装甲も貫く銃撃が高低差を利用して撃って来る。慌てカンタベリーを死守すべく盾持ちが集まる。何機かのサザーランドが反撃を試みるも逆に集中する銃撃に引くしかない。一機のサザーランドが脚部を撃たれて行動不能となる。

 

 『しっかりしろ!一旦引くぞ!』

 

 行動不能に陥ったサザーランドを引き摺ってでも仲間を助けようとブロンデッロ卿は動く。が、腕を持って引っ張った瞬間、コクピットを弾丸が貫通した。

 城からの攻撃を疑う余地も無かった。

 

 弾丸は城からではなく背後から(・・・・・・・・・・・・・・)放たれた。

 という事はと後ろで控えているサザーランドには目もくれず、最後尾に佇んでいるヴェルキンゲトリクスを睨みつける。

 

 『後退する事は許さない。下がれば撃つ』

 

 構えたレバーアクション式のライフルの銃口に熱が篭っていた事から間違いなく撃ったのはシンだ。

 指揮官が自らの部下を撃った。その事実に驚きよりも怒りが溢れてくる。

 

 『くっ!キサマァ!!』

 『騎士の誇りというものを見せて貰えるのでは?ブロンデッロ卿』

 

 嘲笑いながら告げられた言葉に顔を歪ませる。

 そんな最中、壁に近付いたカンタベリーが再び砲撃を開始した。距離を狭めれたおかげで威力もそれほど下がらずに壁に直撃し、近くに居た騎士達は壁が壊れる事を強く願っていた。が、熱で赤くなり、亀裂こそ入ったものの壊れはしなかった…。

 カンタベリーの砲撃と同時に離れた地点からスラッシュハーケンを用いて三機のサザーランドがクライミングを開始。中腹まで上った所で防御壁の装甲の一部をパージされて雪上に落下。起き上がろうにもナイトメアサイズの瓦礫が降り注ぎ三機とも撃破された…。

 

 『城に付く頃には味方は尽きるかもな…』

 

 頼みの綱であったカンタベリーの攻撃では壁を貫けず、本隊を囮とした突入作戦は失敗に終わった。

 下がれば撃つという言葉はブロンデッロ卿にではなく全軍に伝えられている。騎士として主を討ってでも撤退というのは出来ない。そもそもマンフレディ卿が後を任せたシンを討つ事は三剣豪の誰もが出来ないだろう。気に入らないが…。

 現状に舌打ちしながら青の団の隊長であるドレルは何ともし難い表情で壁を見つめる。

 

 『ドレル、我が隊が突破口を開く。後は任せたぞ』

 

 通信が入り振り向くと白の団の隊長であるシュルツが自分のグロースター・ソードマンに背負えるだけの爆薬を抱えて立ち上がったところだった。

 止める事はせず、別れを受け止める。

 

 『えぇ…マンフレディ卿と共に待っていて下さい!』

 『向こうで再会できるのを楽しみにしているぞ―――さらば!』

 

 二機のサザーランドを引き連れて突っ込む。勿論防御壁の機銃が集中して撃破しようと試みるが、サザーランドは撃破出来てもシュルツのグロースター・ソードマンだけは倒しきれず防御壁に接触した瞬間に壁よりも大きな爆発を起こした…。

 防御壁は突破され、戦場は城内へと移行したのだ。

 

 

 

 

 

 一面が水面。 

 頭上は晴れやかな青空と純白の雲が広がっていた。

 

 青く清々しい空を映し出す水面に波紋が広がる。

 静かに、緩やかに、優しく…。

 

 「なんと美しく…そして気持ちの良い場所なのだろう」

 

 眼前に広がる景色にオデュッセウスは穏かな笑みを浮かべながら呟いた。

 現実離れした情景に驚く事はしない。むしろこのような光景が見れたことに感謝する。

 

 『人は知能と本能のバランスが悪いのよ』

 「ええ、私もそう思いますよ」

 

 離れた横より優しく語り掛けるような口調の女性の声が耳に届く。

 短く息を吐き出しながら答え、ゆっくりと振り向く。

 

 切り揃えられた髪にネックが緩い長袖のシャツ、生地ではなく布地の長いパンツ(ズボン)スタイルの女性がどこか儚げに微笑みながら見つめていた。

 時空の管理者――シャルルがアーカーシャの剣を使用しようと考えている無意識の集合体の対極。意識の集合体…。

 

 彼女が自分の元に現れた事は驚きに値するが、景色に見惚れて穏かな心情にあるオデュッセウスは動じる事はなかった。

 

 「どうして私の元に?貴方は私よりも会うべき相手が居るのでは?」

 『さぁ、どうしてかしらね』

 

 ふふふ、と微笑む彼女の笑みにアニメで見たC.C.の微笑んだ時の表情が重なる。

 

 『私はね…いえ、私達は意識の集合体。私達はギアスは人には過ぎたものだと思っているの。人はあまりに生命として優秀ではないから…。ギアスを使う資格も能力もない』

 「優秀かどうかは置いておくとして、ギアスを前にすれば人は己の欲望に赴くものが多く、世界を混沌の渦に落とすだろうね。私もその部類に入るだろうけれど」

 『そうでしょうね。でも、だからこそか。貴方に聞きたいの。私達から見ても世界から見ても異質な貴方に―――貴方はなにをしたいのか、なにを成したいのかを』

 

 世界からして異質…。

 それはそうだろうと納得しながら困った笑みを浮かべる。

 

 「語るほどではないさ。私はただ生きたい…それだけだった」

 『生命の存在の根源は存在し続ける事。貴方の言っている事は正しいけれども貴方の願いではないでしょう』

 「……弟妹達や友人たちと楽しく、のんびりとした人生を歩む事…かな」

 『貴方にとってギアスとはなにかしら』

 「未来を守る為の希望」

 

 問いに答えを返すと時空の管理者は背を向けて歩き出す。

 景色が移り変わり、空が夕暮れ色に染まって行く。

 

 『ふふ、やはり貴方ならそうでないと証明できるかも知れないわね。あの歪んだギアスを持った彼を止められるならね』

 「止めますとも。弟を愛してやまない暴走した兄は絶対に止めないといけない。同じ愛すべき弟妹を持つ兄としては」

 

 再び波紋が広がると景色が崩れ、アレクサンダのコクピットの風景に戻った。

 状況が分からない以上、無線のスイッチを入れて後方で上空に小型の偵察機を浮かせているトレーラに繋げる。

 

 「メルディ。状況はどうなっている?」

 『はい。破壊した壁よりグロースターに連れられたサザーランドの半数が突入、城内での戦闘が始まってます』

 「始まったか…」

 『ですけどユーロピアの部隊が優勢のようです。城内に入ったサザーランドの半数は通路上に何本もの杭が飛び出して串刺しに、救出を行なっていた部隊をカスタマイズされたアレクサンダ三機の待ち伏せでほぼ壊滅状態。壊れた壁より侵入しようとした移動砲台は他のアレクサンダ部隊の攻撃により足止めされ、城外に居た部隊は四脚が正門より、グロースターが城壁を乗り越えて部隊を連れて別方向から攻めるようです』

 

 そこは原作通りかと安心して持っていた狙撃用ライフルの狙いをつける。

 このライフルはオルフェウス達が用意した物ではない。オデュッセウスが拾ったものだ。

 

 飛行船の残骸で翼を折られ、自由落下していたユキヤのアレクサンダが持っていた狙撃用ライフル。

 あの時は正直焦った。下で飛び降りたことを確認していたオデュッセウスは瓦礫により翼を折られた様子を目撃してしまった。落下地点は湖ではなく木々が生い茂る地面。激突すればただではすまないと有効射程外よりハンドガンで撃ち、体勢を何とか保たせギリギリで受け止める事に成功。

 気絶したユキヤを機体ごと捜索していたアキト達の付近まで運んで撤退。その際に狙撃用のライフルが落ちていたのだ。

 貰っても問題ないよね?

 

 「さてと、行きますかオルフェウス君」

 「本当に行くのか?」

 「勿論さ、あのシンを一発殴らないといけないしね」

 「はぁ…お前の騎士になった奴や周りの人間は大変だっただろうな」

 

 その言葉をロロが聞いていれば死んだ魚のような瞳で乾いた笑みを浮かべただろう。されどロロは別の任務に当たっていた。オデュッセウスの命でアポロンの馬車の発射口へ。

 OVA通りならそこでジャンがアポロンの馬車に爆薬を搭載して帝都ペンドラゴンへと発射準備を行っている筈だ。ユキヤを助けたオデュッセウスは助けた事で内容が変化したことを思い出してしまった。確かジャンを止めたのはアヤノ、アヤノは大怪我を負って眠り続けていたユキヤが、アキトに出会う前に亡くなったアウトロー時代の仲間に教えて貰い伝えられた。

 

 つまり【大怪我をして眠りについている間】が無くなり、教えてもらえれるか怪しいのだ。ゆえにロロにジャンを止めるのと伝言を頼んだのだ。

 

 「ニーナに頼んだ【アイアスの盾】が完成していれば問題なかったんだけどなぁ……」

 『ん?何か言ったか?』

 「何でもないよ。―――オデュッセウス・ウ・ブリタニア。アレクサンダ・ブケファラス、目標を狙い撃つ!」

 

 

 

 

 

 

 破壊された防御壁の前に聳え立つ城壁の上でカンタベリーとカンタベリー防衛サザーランド隊を足止めしているユキヤは苛立っていた。

 城内に入った第一陣はアキト、リョウ、アシュレイの活躍により壊滅状態。しかし四脚のナイトメアにより三機掛りで対応しても尚押されていた。その隙を突いて第二陣のサザーランド隊が第一陣の残存部隊と合流。突破はされたもののレイラの策である通路上の城門の爆破。これにより指揮を執っていたらしいグロースターと大半のサザーランドは葬った。

 

 が、爆破から生き残ったサザーランド隊がカンタベリーを城内に侵入する援護を行なう為にユキヤ達の元に現れたのだ。

 

 城壁の上と言う事で多少の高低差を利用した射撃を行なえるが後方からの挟み撃ちを受ける形となり、窮地に立たされていた。数的には後方の部隊が多く、数の少ない前方の部隊は盾持ちばかりで硬い。逆に後方の部隊が盾持ちが少ない為に前方の部隊よりは簡単かも知れないが、前方への弾幕を切らすとカンタベリーの一撃で全滅。

 

 「まったく、最悪だね…」

 『ユキヤ!口より手を動かす!!』

 「解ってるよ。あのデカブツさえ居なければリョウ達の援護に行けるのに…」

 『ここを突破できませんかナルセ少尉』

 「それは難しいかなハメル少佐。それより予備のマガジンある?そろそろ弾が尽きそうでさ」

 『あるにはあるが…残りは少ない』

 『仕方ないよ。これだけ敵が集中するなんて予想してなかったから』

 「だよねぇ~」

 

 周りを見ると必死に抵抗する警備部所属のハメル少佐率いるハメル隊と、ユキヤと同じで練度不足のハメル隊の増強で配置されたアヤノのアレクサンダが視界に映る。もう限界だった。自分が決死の突撃を敢行すればカンタベリーは落とせる。上手く爆発させれたなら前方の部隊を壊滅させれる可能性が高い。

 

 「覚悟を決めるしかないよね…」

 『ユキヤ?』

 「ああいうのは距離を詰めないとね!」

 

 マガジンを交換するとライフルを構えて城壁より飛び降りる。

 集中する弾丸を避けながらもカンタベリー目掛けて突っ込む。自分の命を捨ててでも仲間をこれ以上失わない為に。

 

 『――nダ・ブケファラス、目標を狙い撃つ!』

 

 オープンチャンネルで誰かが叫んだ声が聞こえた。

 同時に発砲音が響き渡り、カンタベリーの後ろ足の一本が吹き飛ばされた。

 

 ユキヤは目撃した。

 カンタベリーより後方からこちら目掛け突き進みながら、落下した際に失った狙撃用ライフルを構えたオレンジ色のアレクサンダを。

 

 二発目の狙撃でカンタベリーは右両足を失って転倒する。

 背後からの攻撃に気付いて振り返るサザーランドの頭部が三発目で吹き飛ぶ。同時にアレクサンダより前に出た黒いサザーランドの銃撃で背中を見せていた二機ほどが蜂の巣に。

 

 『アレクサンダ!?援軍なのか?』

 「まさか…」

 『しかしあれはアレクサンダですよ!?』

 『けれどサザーランドと共闘していない!?』

 

 こちらはスマイラスが政権を握っている限り援軍はありえない。それと敵の援軍にしても攻撃を仕掛けている時点でありえない。そもそも二機の援軍なんてのがありえない。

 ありえない尽くしの所属不明機に対して警戒を強める。

 

 『あー、もう!座標入力なんてめんどくさいじゃないか!そして邪魔だよ君達!!』

 

 前に出て射撃するサザーランドを追い越して狙撃用ライフルの銃口を両手で握りしめたアレクサンダは盾を構えるサザーランドに近付き、頭部目掛けてフルスイングした。

 頭部はヘしゃげて、ライフルは折れ曲がる。そのまま駆け抜けたアレクサンダはユキヤの前で止まる。

 

 『その機体はユキヤ君だね。私はアキト達の元に向かうから!』

 「へ!?ちょっと…」

 『ああ、盾持ちのサザーランドはあの黒いサザーランドが何とかしてくれるから。じゃあ、また後で!』

 「いや、話を…って何だったんだ今の…」

 

 話を聞く間もなく城内へと突っ込んで行くアレクサンダを見送ったユキヤは盾持ちが黒いサザーランドに押されているのを確認して、ハメル隊と合流。背後より挟み撃ちを仕掛けてきたサザーランド隊へ攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァイスボルフ城 wZERO部隊司令室は慌しく作業に追われていた。

 聖ミカエル騎士団の決死の攻撃により防御壁が破られたが、通路に防衛システムとアキト達のと多くの敵を減らす事には成功した。しかし四脚のナイトメアの突入により戦況は悪化。

 アキト、アシュレイ、リョウの三人は押され、アヤノ、ユキヤを含んだハメル隊は挟み撃ちを受けていた。

 

 「報告!崩壊した防御壁よりナイトメアフレーム確認…え、これって…」

 「どうしたのですか!?敵の援軍ですか?」

 「所属不明機のシグナル確認。スロニムで失ったアレクサンダ・ドローンのものです」

 「スロニムの?」

 「はい。ハメル少佐より通信。所属不明のアレクサンダとサザーランドはハメル隊を援護。ユーロ・ブリタニアと敵対しているものと」

 「ユキヤ君からも同様の報告がきています。アレクはヒュウガ大尉の元へと向かうようです」

 

 思考を巡らす。

 敵である可能性、味方である可能性…あらゆる可能性を模索するが判断するものが少ない。されど一つだけハッキリしている事がある。

 

 「思惑はわかりませんが所属不明機に対して敵対行動は控えるように伝えてください」

 「了解しました」

 

 味方とは断言できないが敵で無い事はその行動から確かだろう。

 

 「敵13区に侵入!北西の城壁を乗り越えてきます!」

 

 モニターに映像が映し出されるとグロースターを中心にサザーランド六機を含んだナイトメア隊と歩兵部隊の大半が突入してきている。その場の防衛システムに組み込まれているMPA砲を起動させる。

 

 「MPA砲、発射!」

 

 発射された砲弾は乗り越えた五機の頭上を通り過ぎ、乗り越えようとしていたサザーランドを城壁ごと吹き飛ばす。これがナイトメアに直撃すれば撃破は確実だろう。しかし思い通りには行かないもの。敵の指揮官が優秀だったのかすぐに立て直したサザーランドの反撃により二射を行なう前に破壊された。

 

 「ドローンを出撃させてください!」

 「アレクサンダ・ドローンの起動を確認。出撃させます」

 

 地下に収納されていたアレクサンダ・ドローン五機が出撃し、アサルトライフルを乱射しながら前進する。お互いに撃ちながら前進し、ドローンは全機撃破されてしまった。ドローンの攻撃で二機は撃破出来、残りを二機目のMPA砲を起動させて発射させる。グロースターとサザーランド一機ずつを掠め、行動不能へと追い込んだ。

 残ったサザーランドにより砲は破壊され、壁と一旦吹き飛ばされたサザーランドも再び乗り越えてきた。サザーランド三機と上り終えた歩兵部隊が真っ直ぐに司令塔に向かって進軍してくる。

 

 「司令塔に敵兵が集まってきます!」

 

 その言葉にオリヴィアとサラがアサルトライフルを取り出す。彼女達しか銃を携帯することが出来ないとはいえ二人だけではここまでこられれば敗北は必須だ。

 そうならないようにしっかりしなければを気合を入れなおした瞬間、司令部が大きく揺れる。振動からして司令塔上部から攻撃を加えられている様だ。

 

 「高高度観測気球との通信ロストしました!

 「慌てるな!センサーだけで敵の位置は計測できる!」

 「はい!」

 

 再び振動が伝わり、攻撃が繰り返されている事を知り、砲撃などではなくナイトメアフレームに取り付かれた事を理解し、センサーでの計測とアキト機によるシグナルでアキトが迎撃している事を知る。

 

 「司令!所属不明のアレクより通信が入っております!」

 「所属不明の!?繋いでください!」

 『もしもし聞こえるかい?』

 

 音声オンリーの通信で顔は見えないがその声に聞き覚えがあり、思い出そうと記憶を探る。

 この声は確かお婆様達のところで…。

 

 「聞こえています。私はwZERO部隊司令のレイラ・マルカルです。そちらの所属と目的を聞かせて貰えますか?」

 『所属は…ちょっと言えないが目的はアキトと君たちを助ける事。それと暴走するシャイング卿に一撃入れることかな…』

 「私達を助ける…ですか」

 『良いかい。時間がないから端的に言うよ。そこに多くのユーロ・ブリタニア兵が殺到している。君たちの装備では防衛は無理だ。入り口の扉に防爆ジェルを噴射して、司令部を放棄するんだ』

 「どうして扉内部に防爆ジェルが噴射できる事を知っているのですか?」

 『今はその理由に答えている暇は無いんだ。急いで脱出するんだ。それとレイラさん。アキトを――』

 

 途中で通信が切れた。

 入り口の隔壁に防爆対策を施している基地は多くあり、防爆対策ならジェルを噴射するタイプよりも防爆ハッチの方が普通だろう。しかしあの所属不明機が防爆ジェルが噴出できる事を知っていた。

 色々聞きたい事はある。けれどあの所属不明機の言う事に納得もする。これ以上ここで耐えてもいずれ突破される。そのとき皆の命を預かる身としては守りきれる自信は無い。

 

 「隔壁内に防爆ジェルを噴射後、司令部を放棄します」

 「え?良いんですか言う通りにして…」

 「構いません。それとウォリック中佐。皆の事を頼みます」

 「ちょ、司令。何処に行くんですか!?」

 

 短く告げるとレイラは脱出用の入り口に駆けるレイラにウォリックが慌てながら声をかける。一度振り返ったレイラは真っ直ぐと瞳を見て答えた。

 

 「アキトの所です」

 

 そしてそのまま駆けて行くレイラを見送るしかなかったウォリックは困った笑みを浮かべて、司令部を放棄して司令部の皆を連れて脱出を開始するのだった。



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第64話 「ヴァイスボルフ城の闘い②」

 どうも皆様、こんばんわです。
 チェリオです。
 今年も今日一日となりましたね。
 投稿してからこの一年、読者の皆々様には感謝しております。
 感想で活力を頂き、誤字報告ではご迷惑をおかけしてすみません。そしてありがとうございます。
 今年はこれが最後の投稿になりますが、どうぞ来年もよろしくお願いいたしまする。


 まるで別格の強さを誇っていた。

 生物の分類上同じ人種で兵器分類的に同じナイトメアフレームを操って対峙している。数は三対一…圧倒的に有利の筈だ。筈なのに…勝てない。

 

 「兄さん!」

 

 アキトのアレクサンダ・リベルテがスラスターを吹かし、現存のナイトメアではありえないほどの急加速で迫りながら剣を振るう。名だたる騎士でも受け止めれるかどうか怪しい一太刀はあっさりと手にしていた複数の歯車と回転する刃を持つ大型の斧で受け止められる。

 

 『アキト。お前は死ね!』

 

 シン・ヒュウガ・シャイングが操るヴェルキンゲトリクスは恐るべき機体だった。四脚に変形した時の機動力に軽々とナイトメア以上の大きな斧を振り回すパワー、スラッシュハーケンを使わなくとも建造物などを蹴って行なえる三次元走行。

 それ以上に高速での移動時に的確に的を射抜く射撃センスなど乗り手であるシンの技量も素晴らしいの一言。

 

 強すぎる。

 三人がかりでも圧倒する相手をアキトはひとりで相手をしなければならない。

 

 リョウとアシュレイでシンに当たっていたのだが隙を突かれて突破され、司令塔の上部に取り付かれてしまったのだ。アシュレイもリョウも間に合わない現状ではアキトひとりで何とかするしかない。

 何度剣を交えても簡単に受け止められる。それでも仲間を――レイラを守る為に…シンを止める為に剣を振るい続ける。

 

 「止めてくれ兄さん!」

 『もう止まらぬ。止められない!世界を救済するまで俺は止まらない!』

 「兄さn――」

 『伏せるんだアキト君』

 

 聞き覚えのある声に驚きながら伏せると、ヴェルキンゲトリクスの頭部に弾丸が何発も直撃する。後方を映し出すモニターに一瞬だけ視線を向けるとWAW-04 30mmリニアアサルトライフル【ジャッジメント】を構えるオレンジ色のアレクサンダが近場の塔に立って居た。

 誰だか分からないがこの好機を逃す気はなかった。

 

 『チィイイイ!!鬱陶しい!なにっ!?』

 

 近場の塔といっても距離があって有効射程距離外。放たれた銃弾は頭部の装甲に傷をつける程度しか威力はなかった。だけど一瞬の目暗ましにはなった。その隙にアキトは体当たりしてヴェルキンゲトリクスごと司令塔より飛び降りる。

 

 『放せアキト!』

 「放すもんか!!」

 『くそっ!』

 

 司令塔の壁際に斧を差し込むように突き出し、刺さりはしなかったが落下の速度を落とす。

 雪上に落下した二機は衝撃で吹き飛ばされ距離を取る形となる。

 

 「ぅあ……に、兄さんは…」

 『アキトオオオオオ!』

 

 衝撃で意識が飛びかけたアキトは叫び声で意識を覚醒させ、勘でその場を動いた。

 モニターには大型の斧が迫っており、動いたおかげで装甲の一部を削られるだけで済んだ。しかし体勢を立て直せていないアキトに攻撃が続けられる。

 

 『アキト!お前だけは俺の手で…』

 「くぅうう…兄さん!」

 

 幾ら呼びかけようとも届かない。

 声も、剣も。想いもすべてが兄に届かない…。

 

 斧の重い一撃を受けきれずにアレクサンダ・リベルテが吹き飛ばされる。地面を転がって雪を舞い上がらせ、木々をなぎ倒した先はヴァイスボルフ城内にある墓地であった。

 ゆっくりと止めを刺そうとするヴェルキンゲトリクスに立ち向かおうと操縦桿を握りしめる。

 

 『シャイング卿!これ以上させねぇぞ!』

 『アキトをやらせて堪るか!』

 

 オープンチャンネルで流された声に反応して顔を上げる。そこにはリョウのアレクサンダ・ヴァリアントを先頭にアシュレイのアレクサンダ・レッドオーガが突っ込む。機体を少しばかり起こして呼び止めようとする。

 

 『まずはお前の仲間から殺してやろう!』

 「止めろ!止めてくれ兄さん!!」

 『止めろと言う前に君が止めた方が早いよ』

 

 振り向くと先ほどのオレンジ色のアレクサンダが四つん這いのインセクトモードで接近してきた。なにをするのかと思えば横で止まり頭を下げる。

 

 『乗って!』

 

 迷う事は無かった。

 起き上がらせたアレクサンダ・リベルテを所属不明のアレクサンダの上に跨らせた。

 アレクサンダ・ブケファラスは元々取り付けてあった両足のランドスピナー以外にグラスゴーのランドスピナーを両肘に移植しており、インセクトモードでの加速はヴェルキンゲトリクスを超える。…エナジーの消費は激しいが…。

 ヴェルキンゲトリクスがライフルを構えた瞬間にアレクサンダ・ヴァリアントが右へ、アレクサンダ・レッドオーガが左へ散開して、アキト達だけがそのまままっすぐ突っ込む。

 アキトの突撃を援護するようにリョウが持てる銃武器を全弾放つ。

 

 『邪魔をするな!』

 

 斧で銃弾を防ぎながら左腕でライフルを操作してアレクサンダ・ヴァリアントに何発も銃弾を直撃させてゆく。背中の小型ミサイルポッドやライフル、右足が撃ちぬかれて転倒する。

 

 『任せたぞアシュレイ!』

 『おう!任された!!』

 『所詮悪あがきだ!』

 

 左から突っ込んで来たアレクサンダ・レッドオーガに斧を振り下ろす。アシュレイは剣で受け止めるのではなく剣を手放して大きく腕を伸ばした。斧は深くアレクサンダ・レッドオーガに食い込んだ。

 

 『なに!?』

 『待っていたぜシャイング卿!』

 

 食い込んだ斧を抱き締めるようにしがみ付いてそれ以上斧を引く事も押す事も出来なくした。

 すぐにその狙いに気付いたシンは斧を手放して正面より突っ込んでくるアレクサンダ・ブケファラスと共に突っ込むアレクサンダ・リベルテに対峙する。ライフルは弾切れ、斧を失ってもヴェルキンゲトリクスには最新鋭の剣があった。柄と鍔だけだが刃はブレイズルミナスで構築されたエネルギー体。切れ味は抜群だった。 

 

 『これで終いだ!』

 「まだだ!!」

 

 横薙ぎに剣を振るうが直前にスラスターを吹かして空高く飛翔する。同時にアレクサンダ・ブケファラスの背に取り付けたジャッジメントの銃弾をもろに浴びる事となった。横を駆け抜けながら後方に回るが、アキトの動向を気にして真上を見上げる。

 太陽の光を背にして降りてくるアキトに迎撃しようとしても、目が太陽に眩んで間に合わない。降下する勢いをつけた一撃が左肩に落ち、そのまま肩から左腕を切り落とした。

 

 『クッ…腕を持っていかれたか…』

 『良し!隻腕なら何とか―――おぅわ!?』

 

 切断した様子を目にして油断し、背後より接近したアレクサンダ・ブケファラスは四脚に変形したヴェルキンゲトリクスの後ろ蹴りでかち上げられ、ごろごろと地べたを転げまわった。

 蹴飛ばした相手など目もくれずに駆け出し、アキトもスラスター出力を全開にしてお互いに正面から突っ込む。

 

 『アキトオオオオオ!!』

 「兄さん!!」

 

 二機は正面からぶつかるように突っ込み、剣を突き立てる。

 胴体を貫いた刃は互いのコクピットを掠り、パイロットには怪我はなかったものの機体は行動不能へと陥った。

 シンは刀身だけは日本刀というサーベルを持ち、アキトはアヤノから預かっていた小太刀を手にとってコクピットより飛び出る…。

 

 

 

 

 

 

 レイラを除いたwZERO部隊は司令部を放棄して急ぎ退避する。

 階段を使って下まで降りたウォリック中佐は出口の壁に張り付くと少しだけ顔を覗かせて外を窺う。

 外には指揮を執っているらしいユーロ・ブリタニアの騎士と歩兵が何人も確認された。

 待ち伏せに大きなため息をつくウォリックに皆が不安げな表情を向ける。

 

 「なにかあったのですか?ウォリック中佐」

 「あー…外に敵さんが居ましてね。無事に出られるかどうか」

 

 後頭部を掻き毟りながら答えるとアンナ・クレマン大尉が不安げな表情を向ける。

 チラッと一同を見渡す。

 

 アレクサンダを独自に開発したアンナ・クレマン大尉にアンナの助手であるクロエ・ウィンケル軍曹にヒルダ・フェイガン軍曹。

 アレクサンダに搭載された【BRS】開発と調整で民間より協力しているソフィ・ランドル博士。ランドル博士の助手であるジョウ・ワイズにランドル博士の部下のケイト・ノヴァックとフェリッリ・バルトロウ。

 オペレーター担当のサラ・デインズにオリビア・ロウエル。

 

 男性陣は自分とジョウだけで残りは全員女性。さらに武装しているのは人を撃った事も白兵戦の経験も無いサラとオリビアのみ。無理やり突破するのは不可能。そもそもそんな荒事は口が裂けても命じたくないがね。

 再び大きなため息をついて、にへらといつもの不真面目そうな笑みを浮かべる。

 

 「悪いんだけど誰かハンカチ貸してくんない?」

 「ハンカチですか?」

 「出来るだけ白いやつ」

 「持っていますけど…」

 「じゃあ、ちょっと借りますね」

 

 ポケットより取り出したクレマン大尉よりハンカチを受け取る。

 その行動を理解したランドル博士が脅える様子も無くジッと見つめてくる。

 

 「気をつけなさいよ。下手したら銃殺されるかもよ」

 「怖い事言わないでくださいよ。まぁ、なるようになるんじゃないですかね」

 「ウォリック中佐。私達は…」

 「ああ、サラちゃんとオリビアちゃんは皆の護衛よろしく~」

 「ですけど…」

 「民間からの協力者やうら若き女性達を捕虜にさせるわけには行かないでしょ」

 

 へらへらと笑っていたウォリックはスッと目を細める。

 娘の医療費の為に皆を裏切っていた事に罪悪感は感じるが後悔はしていない。それが娘を助ける為には金がどうしても必要だったウォリックの心情だ。

 

 ―――後悔はしていない。けれど裏切った埋め合わせはしないといけないよなぁ…。

 

 ここで捕まればどうなるか解らない。仲間を多く殺された恨みから嬲り殺しに合うかも知れない。でも、行くしかない…。例え死んでもあのお人良すぎるレイラが娘の為に尽力してくれるだろうしな。

 

 「さてと、じゃあ皆さんは別ルートでの脱出頑張ってね」

 「しかし中佐は…」

 「俺?大丈夫じゃないかな。一応副司令の役職上ブリタニアさんも聞きたい事あるだろうから殺されないと思うしね」

 

 嘘だ。すでに情報を売り、シンに銃口を向けた自分が生かされる筈は無い。

 分かりきっているが、そんな感情をおくびにも出さずに笑みを浮かべて安心させる。

 

 「ほら、行った行った」

 「ウォリック中佐…」

 

 クレマン大尉が悲壮な表情から真面目な表情へと変わり、姿勢を正して敬礼を行なう。それを見習って皆が敬礼を向けてくる。それじゃあ、見送るみたいじゃないかと笑いながら敬礼を返す。

 出入り口よりハンカチをゆらゆらと揺らしながら片手を伸ばす。

 

 「撃たないで下さいよ~」

 

 ゆっくりと顔を覗かせて銃口が向けられている事を確認しつつ、両手を挙げて無抵抗を示しながら出入り口に立つ。

 良く周りを確認すればサザーランドが三機ほど含まれていた。強行突破に出なくて本当に正解だった。

 

 「私はユーロ・ブリタニア聖ミカエル騎士団、赤の団の隊長であるブロンデッロである。貴官の所属と階級を言え!」

 「えーと、ユーロピア共和国連合特殊部隊wZERO部隊副司令官のクラウス・ウォリック中佐だ。抵抗はしないよ」

 「貴様だけか?」

 「ああ、そうだけど」

 「嘘だな。ほかの仲間は何処に居る?」

 「さぁ、ねぇ」

 

 惚けた態度で答えたことに痺れを切らしたユーロ・ブリタニアの歩兵が殴りかかった。

 避ける事もせずに倒れたウォリックは痛みを我慢しながら睨みつける。

 

 「ウォリック中佐!」

 「――ッ!?馬鹿、出てくんじゃねぇ!」

 

 殴られたのを見ていたのかサラがアサルトライフルを構えて飛び出した。

 一斉に銃口が向けられる。

 咄嗟に立ち上がってサラをかばう様に立ち塞がる。止められる筈はないと思いながらも動いてしまった以上考えても意味は無い。

 

 娘や仲間の事を想いながら死を待ったウォリックはいつまで経っても撃たれない事に不思議に思い首を傾げる。するとユーロ・ブリタニア兵士の視線が自分の後方。詳しく言えば後ろ斜め上を向いていた事に気づいた。

 恐る恐る振り返るとそこには船が…艦が浮遊していた。

 

 「ユーロピアの新兵器か!?」

 「なにをしている!撃ち落せ!!」

 

 攻撃に出ようとしたユーロ・ブリタニア兵の動きから奴らの仲間じゃないらしいが、こちらの味方という訳でもないだろう。

 赤い航空艦より一機の戦闘機が飛び出してきた。真紅の戦闘機はウォリックに向かい降下してきた。

 

 ―――驚く事に空中で戦闘機は変形してナイトメアへと姿を変えたのだ。

 

 見たことの無い新型ナイトメアはウォリックの目の前に着地すると歩兵の銃弾をエネルギーシールドで作り出された盾を展開、ウォリックを守るように構えたのだ。

 

 降り立った機体はグリンダ騎士団どころか神聖ブリタニア帝国全体でも最新鋭機に当たる機体だ。

 ロイド・アスプルントが作り出したランスロット。そのランスロットを元に量産化計画が進められて出来上がったのが先行試作機のヴィンセント。試作段階のヴィンセントを急遽取り寄せて飛行形態に可変するナイトメア、ブラッドフォードを開発したウェルバー・ミルビルと共同開発した可変機に仕立て上げられたヴィンセント―――ヴィンセント・エインセルである。

 

 『wZERO部隊の方々ですね?』

 「ん、あぁ…おたくらはいったい…」

 『私は神聖ブリタニア帝国グリンダ騎士団所属のマリーカ・ソレイシィです。貴方方を保護せよとの命で馳せ参じました』

 「保護だって!?しかも神聖ブリタニア帝国からって…」

 「本国からだと!なにがどうなって…」

 「ブロンデッロ卿!また空からナイトメアが…」

 

 再び赤い航空艦よりナイトメアが発艦する。

 グリンダ騎士団筆頭のオルドリンの専用ナイトメア――ランスロット・グレイル。

 戦闘機からナイトメアへと変形するナイトメア――レオンのブラッドフォード。

 さらにはソキアとティンクの真紅のサザーランドの合計四機が降下してくる。

 

 突然の事に動けなかった一機がランスロット・グレイルの一刀により頭部から右肩までを斬りおとされ、反撃に出ようとした一機をソキアの銃弾が襲う。銃弾はアサルトライフルを撃ち抜いたものの、機体への直撃はなかった。そこへティンクのサザーランドがスタントンファーを展開しながら降下。落下の勢いをつけた一撃が頭部を粉砕した。

 

 『せめてこいつだけでも!』

 『させるものかぁ!!』

 

 残ったサザーランドはマリーカの機体ごとウォリックを狙う。それをさせまいとレオンが突っ込み体当たりを敢行する。勢いに負けたサザーランドは吹き飛ばされて転倒する。起き上がろうと頭を上げたところでハドロンスピアーの一撃を受けて戦闘不能となる。

 

 『マリーカ!無事ですか?』

 『私は大丈夫』

 『初めての出陣で興奮するのは分かりますが少し落ち着いてください』

 『そうよ。私も初の出撃だったのに。マリーの専属騎士である私より先に行くなんて』

 『申し訳ありませんジヴォン卿』

 『もうオルドリンで良いって言ったのに。それに飛び出した時、レオンが凄く心配してたわよ』

 『それを言わなくても良いでしょう』

 

 一瞬で聖ミカエル騎士団のナイトメアを鎮圧したブリタニアのナイトメアをウォリックは心底驚きながら見つめていると、赤い航空艦――カールレオン級浮遊航空艦グランベリー。そして後に続いていた航空艦――浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーより歩兵部隊を乗せた降下艇が下りてくる。

 武装した歩兵により聖ミカエル騎士団の兵士達が捕縛されてゆく。どうなっているのか分からないウォリックの前には歩兵に護衛された戦場には似つかわしくないドレスを着た少女が歩み寄る。

 

 「私はグリンダ騎士団の指揮を執っておりますマリーベル・メル・ブリタニアです。兄上のお願いで貴方方を保護、そして聖ミカエル騎士団の捕縛を頼まれました」

 「ブリタニアのお姫様が直々に?」

 「さぁ、どうぞこちらに」

 

 笑みを浮かべる皇女に躊躇いながら付いて行く。後ろから様子を窺っていたクレマン大尉達も近付いてくる。どうも様子から何かをしてくる気はなさそうだ。

 助かった事に安堵しながらウォリックはレイラやワイバーン隊の事を案じる。無事で居てくれと…。

 

 

 

 

 

 ジャン・ロウは雪の積もった道をただひたすら駆ける。

 上空に現れた航空艦に気を止めず、ただただシンの元へと駆け抜ける。

 本当ならばシンにアポロンの馬車を神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンに向けて発射するように命令されていたのだが、黒いサザーランドによって止められたのだ。

 元々暴走気味だったシンに疑問を感じ、どこか乗り気でなかったジャンは発射できなかった。それが不忠だと分かっていても撃たなくて済んだ理由が出来た事にどこかホッと安堵した。

 

 『コクピットから降りて下さい。抵抗は無駄です。抵抗するのならコクピットを撃ち抜きます』

 

 言われるがままにコクピットから降りたジャンへと黒いサザーランドが近付く。

 まだ幼げな声に多少の疑問を抱きながら銃口を向けたままのサザーランドを見上げる。

 サザーランドはゆっくりとした動作で出入り口を指差す。

 

 『行って下さい。今なら貴方の大事な人を止められます』

 「…なにを言っている?」

 『さぁ?ボクは伝言を頼まれただけですので。

  貴方の大事な人の言う通りにするだけでは駄目だ。本当にその人の幸せを考えるなら行って止めるべきだ…とね』

 「本当の幸せ…」

 

 分かっていた。

 分かりきっていた。

 あの人の事を真に想うのであれば止めなければならないと。でも、自分はあの人の言う通りにしようと決めたのだ。

 …なのに何故自分は伝えられたとおりに駆け出しているの?

 

 息を乱しながら必死に足を動かす。

 木々を抜けて墓地らしい場所に出ると斬り合っているシン・ヒュウガ・シャイングとユーロピアの兵士らしき青年を見つけた。あれがヒュウガ様の弟のアキトだろうと直感で理解した。

 止めなくてはいけない。

 自分より先に走っている交渉の場に来た司令官であるレイラ・マルカルを追い越して行く。

 

 アキトは膝を付いて次の一撃を止める事は出来ないだろう。

 これ以上させないためにも自分の命を賭してまで止める。そう決意して足に一段と力を込める。

 

 「退いて!」

 

 急に背後より迫った人物に押し退けられて雪の上に倒れる。

 振り返るとその場には足を止めて驚くレイラの姿だけで男の姿はなかった。

 まさかと思いシンとアキトの方へと視界を向けるとブリタニアのパイロットスーツを着た男性が間に割り込んでいた。

 

 「貴様は!?」

 「オデュ!?」

 

 二人は割り込んだ人物に驚愕する。

 割り込んだ人物は資料で何度も目にした事のある神聖ブリタニア帝国のオデュッセウス・ウ・ブリタニア殿下にそっくりだった。

 割り込むとアキトへと突き立てられそうになっていた刀身に蹴りをかまして軌道を大きく逸らした。次に胸倉を掴んでシンを引き寄せながら頭を突き出す。

 

 「ぐぼぁ!?」

 「自分を慕い、自らも慕っている弟に―――」

 

 見事な頭突きが鼻に直撃し、折れ曲がった鼻から勢い良く鮮血が溢れ出る。

 怒鳴りながら頭突きを喰らわせたオデュッセウスは円を描くように左足を滑らしてシンの腹部を腰に乗せる体勢をとる。地上から足を浮かされ、痛みでとっさに抵抗できないシンをそのまま背中から地面へと叩き付けた。

 

 「死ねなんて言うんじゃない!!」

 

 叩き付けられた衝撃でカハッと息を吐き出した瞬間に鳩尾に強烈な一撃をお見舞いされた。

 立て続けの攻撃に意識を失いぐったりとするシンに駆け寄る。アキトも心配そうに駆け寄ろうとするが…。

 

 「兄さん!お、オデュ――」

 

 振り返ったオデュッセウスに胸倉を掴まれた。

 不思議そうに見つめたアキトの前で大きく頭を振り被る。

 

 「――さんがぁ!?」

 

 大きく振り被られた頭突きを食らわされ、ふらつき倒れ込んだアキトをレイラが抱き締めながら見上げる。それはシンに駆け寄ってしゃがんだジャンも同じだった。

 衝撃を与えながら自身にもダメージを受けたオデュッセウスは、痛みに耐えながら軽く笑い、微笑を向ける。

 

 「喧嘩……両成敗……二人の介抱任せたよ…」

 

 最後にはオデュッセウス自身も倒れ、その場に困惑した女性陣はこの場をどうするか悩みながらも、お互いに大事な人物が大事に至らなかったことに安堵するのだった。

 ちなみにオデュッセウスが伝言を頼んだのは早く行けば命を捨ててまで止める事態にならないだろうという予想と、自分が間に合わなかった場合を考えて保険である。

 

 

 

 

 

 

 ヴァイスボルフ城での戦いなど気にも止めずにスマイラス・ジーンは大型の陸上戦艦の艦橋より眼前の戦闘を見物していた。

 総指揮官であるスマイラスの座乗艦が先頭を進む事は通常愚策であるが、今回は問題ないと判断する。

 旗艦の周りには何百というパンツァー・フンメルが護衛を務め、後ろには何十という同型の大型陸上戦艦が追従している。眼前の敵は聖ミカエル騎士団所属のアシュラ隊というたった6機(・・)のナイトメア隊が待機しているトーチカ。圧倒的な戦力差からナイトメア戦で対応せずに陸上戦艦の砲撃で事足りる。

 正面を映し出すモニターにトーチカより七機のグロースター・ソードマンが飛び出した。

 

 「トーチカよりナイトメア隊が出撃」

 「降伏より死を選んだようです」

 「そのようだな」

 

 スマイラスの座席の後ろで整列している青年士官達が様子を報告し、スマイラスは微笑みながら答える。

 ここを突破すれば手薄な聖ミカエル騎士団が担当していた区域など今日中に突破。内部も乱れたユーロ・ブリタニアに大打撃を与え、短い期間での勝利は間違いなし。そうすれば将軍などという地位ではなく共和国連合の独裁にだってチェックメイトをかけられる。

 

 「――っ!!レーダーに反応…新たなナイトメアを確認…えっ…これは」

 「何があったかはっきりと言いたまえ」

 

 歪んだ笑みを浮かべこれからに想いを馳せていたが、オペレーターの不明瞭な言葉に眉を顰める。

 背後の三名がはっきりとしないオペレーターに睨みつけ、ひとりが強めに言い放った。

 

 「あ、はい!敵に増援あり…数は20…いえ、30…そんな」

 「一個大隊規模の増援か…思い通りには事が運ばぬといったところか。で、正確な数は?」

 「す、推定三個大隊規模のナイトメアフレーム群!」

 「馬鹿な!三個大隊だと!?」

 「いえ、さらに増えています!」

 「なにかの間違いでは!?」

 「システムは正常なのか!?」

 「全システムに異常見られず…システムは正常です」

 「そんな…馬鹿な…」

 「さらに上空より接近する艦影多数!」

 

 表示されたレーダーに無数のナイトメアの反応に絶句する。三個大隊のナイトメアを動員したとすればユーロ・ブリタニアはこの侵攻を予め予想していたことになる。それとも突破されぬように部隊をかき集めたにしても早すぎる。さらに上空からの艦影に絶望すら覚える。

 

 映し出されたトーチカ上空に四隻の航空戦艦が降下してくる。しかもサザーランドやグロースターを積んだナイトメアVTOL-T4という小型輸送機にナイトメアは騎乗するプリドゥエンに乗り降下する様子さえ映し出されていた。

 中央の旗艦らしき航空戦艦は他の三隻と比べて明らかに大きい。幾つものナイトメア隊が収納されているかさえ分からない。

 

 「敵、中央の大型航空戦艦より映像通信が流されております」

 「モニターに映せ!」

 

 怒鳴りながら命じた命令は早急に行なわれ、メインモニターにはブリタニア皇族の紋章が描かれた純白のコートを羽織った金髪の整った顔立ちの青年が映し出された。その人物に席を立ち上がり驚きを隠せない。ここに居る筈がなく、ここに居てはいけない人物…手が届きそうだった自身の夢・想いが音を立てて崩壊した気がした。

 

 『私は神聖ブリタニア帝国宰相―――シュナイゼル・エル・ブリタニア。

  当方はユーロ・ブリタニアを支援する為にユーロピア圏での戦闘に参加する。我が方の戦力は絶大である。ユーロ・ブリタニア勢力圏内に進軍するユーロピア共和国連合には速やかな降伏をお勧めしよう』

 

 何かを憂いているような表情のシュナイゼルの続けられる言葉に手が震える。

 ここで神聖ブリタニア帝国を相手に出来る訳はない。しかし、これが千載一遇の好機であることも承知している。もしも、神聖ブリタニア帝国の宰相を捕縛出来うるものならばブリタニアとの交渉だって行なえる。

 夢を諦めるべきか夢を求めて前に進むかの瀬戸際でスマイラスが出した決断は………。

 

 「全軍前進!恐れる事なかれ!敵は最新鋭の航空艦といえど四隻!こちらは大艦隊なのだ!敵艦隊に砲撃を集中させ、前面のナイトメア隊にはナイトメアで対応せよ!」

 

 自身の欲望のまま全軍を前進させた。

 陸上戦艦全艦の砲撃が始まるが高度差があって砲撃が届かない。

 パンツァー・フンメルが正面に展開するアシュラ隊と合流した三個大隊との戦闘に備えて陣形を整えるが、そこを上空よりプリドゥエンの誘導型ケイオス爆雷や機銃、騎乗しているナイトメアのバズーカやライフルにより攻撃を受ける。対してパンツァー・フンメルの射撃は対空迎撃を視野に入れて設計されたものではなく、パイロットも高速飛翔体を落とす訓練を受けている訳ではない。それに大量のフレアを展開されて目は惑わされ、有効な弾幕も張れずにいる。

 

 「このままでは当艦が危険です」

 「将軍。後方へ下がりましょう」

 「くっ…やむを得ぬか。後続の陸上戦艦を前に出せ」

 「了解しました。こうぞ…」

 「我が軍左右に新たな航空戦艦とナイトメア隊を発見!」

 「それだけの艦隊を掻き集めて来たというのか…」

 

 新たな報告に背筋を凍らせる。

 青年士官が物量に関して発言するが今着目すべき所はそこではない。

 正面にはシュナイゼルのログレス級浮遊航空艦グランド・ブルターニュにカールレオン級浮遊航空艦ローラン、アストルフォ、オリヴィエの三隻とオデュッセウス指揮下の騎士団トロイ騎士団、ユリシーズ騎士団、テーレマコス騎士団を主軸とした主力部隊。

 左右にはカールレオン級浮遊航空艦ルノー、オジエそれぞれを中心に置いたナイトメア部隊。

 後方である友軍は正面と左右の挟撃、小型輸送機から降下して乱戦に持ち込んだナイトメア隊により大混乱。

 

 ―――スマイラスが乗る陸上戦艦は前に出すぎたが為に後退も出来なくなったのである。

 

 そして可笑しなことに気が付く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 「正面より二機のナイトメアフレームを確認。真っ直ぐこちらに突っ込んできます」

 「データ照合開始――ッ!?照合データに該当無し!ブリタニア軍の新型ナイトメアフレームと推測!」

 「映像出ます!」

 

 映し出されたナイトメアはサザーランドやグロースターとは明らかに違った。金色に輝く二機のナイトメアは恐ろしい速度で駆け抜けてくる。知り得るナイトメアであれだけの速度を出せる機体など噂に聞いたラウンズが所有すると言うランスロットとかいう機体だけだろう。

 

 「まさか――ナイト・オブ・ラウンズか!?」

 

 目を見開き機体を睨みつけると双方の肩に別々の数字が記されていた。

 【Ⅹ】と【Ⅱ】………つまり推測が正しければナイト・オブ・テンとナイト・オブ・ツーが乗っている。

 

 「ぜ、全機迎撃せよ!あの二機の接近を許すな!!」

 

 声を震わせ青ざめた表情で命じた事に理解していなくても何か不味いものであることを知ったオペレーター達は付近で動けるパンツァー・フンメルを迎撃に向かわせた。

 

 【Ⅱ】と描かれた金色のナイトメア―――オリヴィア・ジヴォンが搭乗する先行型量産機【ヴィンセント】は二本のメーザー・バイブレーション・ソードのみを握りしめ銃弾の嵐の中を駆け巡る。現場の兵士達は弾が当たらない敵機に焦り狙いを乱れさす。

 そこに付け入りコクピットへの攻撃を避けて行動不能にする。足を止めた事で付近のパンツァー・フンメルが銃口を向けるがまだ生きている仲間の機体が邪魔で手出しできないで居る。

 【Ⅹ】と描かれたルキアーノ・ブラッドリーの先行型量産機【ヴィンセント】がブレイスルミナスを展開できる試作大型ランスを構えて動けないパンツァー・フンメルのコクピットを貫いた。

 眼前で仲間を無残に殺した相手に唖然とし手が止まる。

 

 『さぁて~、お前たちの大事なものを散らせてやろう』

 

 嘲笑うかのような声がオープンチャンネルで流される。狂気に満ちた【殺しの天才】または【ブリタニアの吸血鬼】と呼ばれるブラッドリーは戦場を荒々しく駆け抜ける。殺すことを目的とした一撃は次々とコクピット付近のみを貫いてゆく。

 対照にオリヴィアは流れるように戦場を駆け抜ける。精錬された剣筋と計算し尽くされた動きは見る者すべてを魅了し、敵対している者でもその美しさに見惚れてしまうほどだ。

 護衛部隊を突破したブラッドリー機はスマイラスの陸上戦艦の前で停止する。残存の護衛部隊はオリヴィアを相手にするだけで手一杯。

 

 ここまでかと拳を握りしめ、オープンチャンネルで呼び掛ける。

 

 「こちらはユーロピア共和国連合軍のジィーン・スマイラス将軍だ。

  神聖ブリタニア帝国に降伏する意を伝えるものである。国際条約に乗っ取った扱いを―――」

 『ほほう!貴官がスマイラス将軍か。自分は皇帝最強十二騎士のナイト・オブ・ラウンズがひとり、ナイト・オブ・テンのルキアーノ・ブラッドリー。

  ブリタニアの宰相閣下は降伏を勧められたが…自分は別命で動いていてね。貴官の投降だけは許すなと言われている』

 「なに!?私だけとはどういう…」

 『何でも自分の知り合いを利用し斬り捨てたとか、嫉妬で親友と呼んだ男を殺したとか色々理由を言っていた気がするが私にとってはどうでも良い。そもそも皇帝陛下直属のラウンズに皇帝陛下以外の者からの命令を受けるいわれは無いのだから』

 

 誰だ?自分の過去を知っており、内部に精通している人物……。

 そこで真っ先に思い浮かべたのは人物ではなく謎の組織―――アンノーンと呼称される者達。

 あの者らは最初から自分が狙いで?そう思考を巡らしていると奇妙な光景に呆然とする。

 

 視界に広がる光景がすべて灰色と化し、時間が静止したかのように動きを止めている。

 

 『ただ知り合っただけの相手だというのに人の繋がりとは強いものなのだな。お前とは違うなジィーン・スマイラス』

 

 聞き覚えのある声に振り返るとそこにはこちらを睨んでいる女性が立っていた。

 嫉妬に駆られたスマイラスがブラドーを殺害する際に利用した時空の管理者その人だった。

 

 『さて、私を謀った罪を償って貰おうか』

 「ま、待ってくれ!貴方が望んだシンの首は必ず――」

 

 凍りつくような視線で睨まれたスマイラスは必死に声を上げる。

 償いに協力関係のシンの首を差し出せば助かる。前に出された条件を守るというがこの状況下では不可能な事は明白…。

 

 『死ぬのは―――お前だ』

 

 冷たく言い放たれると静止した時間が動き出した。

 ブラッドリーの機体が動き出す。

 

 「弾幕を張れ!絶対に近づけるな!!」

 

 陸上戦艦に備え付けられた機銃が動き出し、ヴィンセントへ向かって主砲が放たれる。

 

 『おおっと、危ない危ない』

 

 軽く笑いながら爆煙より飛び出したヴィンセントは腰に取り付けてあるナイトメアフレーム専用の試作型回転式拳銃を抜き、主砲へと撃った。たかがナイトメアの拳銃では砲台を破壊できないと高を括っていたスマイラス達の予想は主砲の爆発によって覆された。

 

 『試作にしては良い武器だ。優しいだけの平和主義者と思っていたが意外と侮れない』

 

 まるで曲芸士のようにスラッシュハーケンを用いて陸上戦艦の周りを飛び回る。機銃に狙われる位置をわざと通り過ぎながら回転式拳銃で破壊して行く。機銃の前を通り過ぎる度に倒せるかもと期待したスマイラスの心情を幾度と砕くように。

 次々と破壊され、さらには移動用のキャタピラと動力炉をやられて移動すら不可能になった。艦橋の前に立って大型ランスで装甲を薙ぎ払ったヴィンセントとスマイラスが対峙する。回転式拳銃を向けられ一歩も動けず死を覚悟する。

 

 『今の私はすこぶる機嫌が良い。

  なにせ新型量産機の実地テストに試作兵装の試験でこれだけ大暴れ出来た事に私を嫌い、私が嫌っていた奴から頭を下げてお願いされたのだから。まぁ、頭を下げていたかは知らないが』

 

 いつまで経っても撃たれずに喋るブラッドリーにきょとんとした表情を向けてしまう。

 本当に殺す気があるのだろうか?

 

 『ジィーン・スマイラス。

  お前にチャンスをやろう。機銃を潰すのに弾薬をかなり使ってね。私とした事が今の残弾数を忘れてしまった。そこでだ!もしもこの銃が弾切れならばお前をうつ(・・)のは諦めよう』

 「本当か…討つのは…命だけは助けてくれるのか」

 『弾が切れていたらだが―――貴様の大事なものがどうなるか見せて貰おう!!』

 

 弾んだ声が響くとゆっくりと弾倉が回転する。撃鉄が起きて、勢いをつけて叩きつける。

 ガチリと大きな金属音を響かせた回転式拳銃から銃弾は発射されず、スマイラスはほうと安堵の息を漏らす。

 

 「これで私は助かったのだな…」

 『ああ、そうだな』

 

 張り詰めた緊張と助かった安堵からへなへなとその場に腰を突いてしまった。

 俯いて助かったと実感しているスマイラスに大きな影が差し掛かり、呆けた顔を上げた。

 

 ―――そこには光で包まれた大型ランスの先端が勢い良く迫っていた。

 

 艦橋内をブレイスルミナスを纏った大型ランスが薙ぎ払う。損傷した部分から火花が飛び散り、爆発する前にブラッドリーは艦橋より飛び出した。

 死より抜け出して安堵の真っ只中にいた男が騙され再び死を認識した刹那の顔を思い出してブラッドリーは微笑む。

 

 『悪趣味な奴だ』

 『これはこれはジヴォン卿。護衛部隊は片付きましたか―っと聞くまでもありませんでしたか』

 

 振り返るとそこには斬り捨てられたパンツァー・フンメルの残骸が転がっているだけで、動けそうな機体も将軍戦死を知って撤退を開始した。

 

 『私は約束を守っただけですよ。出来るだけ絶望を与えて殺してくれって頼まれたので』

 『奴に言った約束は破っているのではないか?』

 『ん~?いいえ、守ってますよ。撃つ(・・)のは諦めましたから』

 

 にこやかに言い切ったブラッドリーの発言にオリヴィアは何も答えなかった。

 ユーロ・ブリタニアへ進軍していたユーロピア共和国連合軍の撤退を確認したシュナイゼル指揮下の艦隊は部隊の回収、負傷兵の救助、捕虜の武装解除を行い、アシュラ隊を乗せてユーロ・ブリタニア領 サンクトペテンブルグ カエサル大宮殿へと進路を取った。




 では、良いお年を。


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第65話 「亡国のアキト編 エピローグ」

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も宜しくお願い致します。


 ヴァイスボルフ城での聖ミカエル騎士団とwZERO部隊との戦闘から一週間が経った。

 四大騎士団と呼ばれる騎士団の内、三つの騎士団が壊滅状態となったユーロ・ブリタニアは大きく立て直さなければならない状態に陥っている。

 対するユーロピア共和国連合軍もジィーン・スマイラス将軍の軍事政権に参加した上層部に兵士達のほとんどが神聖ブリタニア帝国の航空艦隊により壊滅状態。独裁政権を立ち上げようとしたスマイラス自身が戦死した為に軍事政権は空中分解、元々政権を握っていた者達との軋轢が生じてユーロピア共和国連合も思うように動けない。

 お互いに大きな戦力を失い混乱状態にあったのだがとある人物の助力でユーロ・ブリタニアは立て直し、防衛だけでなく攻勢計画を練れるまでに至っている。

 

 とある人物とは神聖ブリタニア帝国より多くの航空艦隊を引き連れてユーロピアへと遠征した、宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアである。

 

 現在ユーロ・ブリタニア領サンクトペテンブルグにあるカエサル大宮殿にてヴェランス大公との協議に入っていた。

 ヴェランス大公の隣にはミヒャエル・アウグストゥスとアンドレア・ファルネーゼが、シュナイゼル側にはマリーベル・メル・ブリタニア、オルドリン・ジヴォン、カノン・マルディーニが同席していた。

 

 「本国はどうされるおつもりなのかお聞かせ頂けますかな」

 「勿論ですよヴェランス大公」

 

 問うたヴェランス大公は出来る限りいつも通りに問うたつもりだったが、声色や雰囲気から不安や恐れを感じ取れる。逆に問われたシュナイゼルは声色、雰囲気、表情すべてが余裕に溢れていた。

 たった一言ずつ言葉を交わしただけだが、その一言だけでユーロ・ブリタニアと神聖ブリタニア帝国の状況を認識できる。

 

 ユーロ・ブリタニアは恐れていた。

 なにせ総大将であるヴェランス大公はキングスレイ卿により皇帝陛下に対しての反逆罪を問われており、皇帝直属の軍師だったジュリアス・キングスレイ卿は一時でもユーロ・ブリタニアのトップに立ったシン・ヒュウガ・シャイング卿により殺害された。

 ただでさえ亡命や助力を受けながらも祖国を取り戻そうとして肩身が狭い自分たちがこれからどのような事を言い渡されるか恐れている…。

 

 その様子を知っているシュナイゼルは内心苦笑する。

 

 「本国としては現在弱体化したユーロ・ブリタニアに今まで通りに、ユーロピア共和国連合の相手をして貰うのは難しいと考えております」

 「となると本国主導になるのか…」

 「いえ、総指揮はいままでどおりヴェランス大公にお任せします」

 

 あっさりと告げられた言葉にヴェランス一同は驚きを隠せなかった。

 最悪でもヴェランスの拘束に主だったメンバーは除外されると思っていたからだ。

 

 「宜しいのですかな?私はキングスレイ卿に皇帝陛下への反逆罪を問われておりますが」

 「構いませんよ。そもそも本国はその事を知りませんし、宰相である私が問題ないと判断しました」

 「―――そういう事ですか…」

 「幾つか提案があるのですが」

 

 宰相と言えども勝手に判断できる問題ではない。なのにそれを行いさらに提案があると言う。

 つまり「黙ってやったんだからこちらのいう事を聞けよ」とヴェランス大公は言われているのだ。しかも内密とは言え恩を着せられた形でだ。どんな無茶を言われても断り難い…。

 

 「まずは本国からの援軍を受け入れて欲しいというのがひとつ、次に聖ミカエル騎士団の指揮権を頂きたい」

 「聖ミカエル騎士団の指揮権ですか…」

 「当然でしょう。彼らは神聖ブリタニア帝国に牙を向こうとしたシン・ヒュウガ・シャイング卿の騎士団。監視を兼ねて我々の指揮下に置こうかと。代わりに騎士団再建に掛かる人員や資金はこちらで用意しましょう」

 「ふむ…ミカエルの事は理解した。それと援軍の規模はいかほどか?」

 「今予定しているのは二個騎士団と特務遊撃としてマリーベルのグリンダ騎士団を想定しております」

 「皇女殿下自ら…ですか」

 「なにか問題おありで?」

 

 にこやかに微笑むマリーベルにヴェランスは警戒する。

 ユーロ・ブリタニアと本国の関係は拗れている。表立って動いてないだけで本国と敵対している貴族は多く、本国だってそれを理解している。そんな魔女の鍋のように色んな意図が混ざり合ったところに皇女を放り込むのだ。成人もしていない少女であるが投げ込んでも問題ない能力を持っていると判断した方が良いだろう。

 

 「あとはユーロ・ブリタニア勢力圏の一部を神聖ブリタニア帝国に割譲する事ですね。これはキングスレイ卿を討ったことに対する謝罪としてという形で。勿論そちらの事情を考慮して貴族方の反感が少ない地点を検討させて貰いました」

 

 渡された簡単な資料に目を通し、小さく息を付いた。

 確かに記された地点なら貴族達の反感は少ないだろう。端からここまで用意していたシュナイゼルの事だ。もし反感があっても取り込むぐらいのことはやってのけよう。

 聞いていた以上に厄介な相手だ。

 

 「本日は簡単な話し合い。また後日に公の場を用意しようと思います」

 「ええ、こちらに反対する理由は無い。それに寛大な処分で済ませて頂いた事に感謝します」

 「いえ、これも神聖ブリタニア帝国とユーロ・ブリタニアの関係を考えてこそ。これから先もどうぞよろしく」

 

 簡単な話を終えると軽い握手を交わしシュナイゼルは退席した。

 安堵の吐息をつきながらヴェランス大公は背もたれにすべてを預けて楽な姿勢を取った。

 

 「かなりの条件を付けつけられましたな…」

 「言うなミヒャエル、これぐらいの条件で許されたのだ。むしろ幸いだったと考えるべきだ」

 「されど四大騎士団のひとつを寄越せとは。本国は今まで以上の発言力を持つ事になりますな」

 「申し訳ありません。聖ラファエル騎士団が健在ならあのような事は…」

 

 苦々しい顔をするファルネーゼに視線を向けたヴェランスは顔を横に振った。

 

 「貴公らは良くやってくれた。これからも私を、ユーロ・ブリタニアを支えてくれ」

 「ハッ!」

 「それとヴィヨン卿の容態は如何か?」

 「順調に回復していると。監視をつけなければ包帯塗れの状態でこの場に居た事でしょう」

 

 冗談の混じった発言に三人は軽く笑いあう。

 ――いや、本当に来そうなのだから冗談でもないか…。

 

 ヴェランス大公救出の際に殿を行なった聖ガブリエル騎士団総帥のゴドフロア・ド・ヴィヨンは、あの後の戦闘を生き残り生還したのだ。しかし機体は大破状態でコクピット部分も大きく損傷。本人も骨折やコクピットの破片が肉体を切り裂いたりと大怪我を負ってしまった。

 現在はカエサル大宮殿近くの大手の病院に入院しているが、大公の為にと勝手に抜け出して若手の騎士団指導を行なっていたりするので監視役は大変である。

 

 聖ガブリエル騎士団と聖ウリエル騎士団は再編成が急務であり、兵達を多く残している聖ミカエル騎士団は本国が手中に握った。ヴェランスが頼りに出来る騎士団は聖ラファエル騎士団のみとなってしまった。

 

 この呼び方は正しくなかった――聖ラファエル混成騎士団。

 

 ハンニバルの亡霊に減らされた戦力の大半を失い、キングスレイやシンのせいで荒々しく動いた情勢を生き残った聖ラファエル騎士団と聖ガブリエル騎士団の混成騎士団。忠誠心も練度も申し分なく、現状ユーロ・ブリタニアを一番支えてくれている。

 多少笑って一息つけたヴェランスはある者達の事を考える。

 

 本国に刃向かったとの事で処刑されたシン・ヒュウガ・シャイングとジャン・ロウの事ではなく、シンを養子として引き取っていたシャイング家のマリアとアリスの二人の事だ。

 シャイング家はシンが捕縛された時点でユーロ・ブリタニアに反逆した一族として領土と資産の没収、本国により幽閉を申し渡されたのだ。その後、二人がどうなったかの報告は受けていない。シャイング家が責めを負った形になってしまったこともあり、二人がせめてもの幸せな人生を歩める事を祈らずに居られない…。

 

 

 

 

 

 

 レイラ・マルカルは現状に対して途惑っていた。

 ヴァイスボルフ城での戦闘後、神聖ブリタニア帝国の航空艦に移送されたwZERO部隊とアシュレイは再びヴァイスボルフ城に連れ戻された。移送された時は捕虜として扱われるのかと思われたが、むしろ客人を持て成すような扱いに一同が困惑した。いや、アシュレイだけは別段動じる感じはなかったが…。

 ただ気になるのは幾度かアキトだけが連れていかれた事があったぐらいだ。本人に誰が何度聞いても答えない為にもはや誰も聞かなくなってしまった。

 

 「やぁ、久しぶりだね」

 

 中庭の庭園には円形の大きな机が置かれ、その上に豪華な食事や飲み物が並んでいた。その円形の机の周りに並べられた椅子に腰掛けた人物が軽く手を振って声をかけてきた。見覚えがある人物はお婆様たちの所に居たオデュさん―――いや、今は別の呼び方が良いのか…。

 

 「はい。神聖ブリタニア帝国第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニア殿下」

 

 返事をしながらその名を口にすると皆が驚きの声を漏らし、本人は照れたようで恥かしそうに笑みを浮かべる。

 

 「いやはや、名乗る前に言われるとは…まぁ、立ち話もあれだし食事でもしながら話さないかい?」

 「しかし―」

 「おお!良いのかおっさん」

 「おいおい、口の聞き方ってもんがあるだろうに…」

 「どうぞ。そのために用意したんだ。ここで断られたら冷めてしまう」

 

 相手が誰でも物怖じしないアシュレイが我先にと席について食事に手をつけた。言動と行動にウォリック中佐がため息を吐く。

 どうして良いか分からずにいた皆にとってはアシュレイの行動力はありがたいものだった。アシュレイの行動に釣られて「じゃあ、私も…」と動き易くなったからだ。

 皆がそれぞれ席に付き始めた中でレイラはゆっくりと近付き、話し易いように近くの席に腰を降ろした。オデュッセウスではなくオデュと面識があったリョウ、ユキヤ、アヤノの三名も近くの席につく。アキトだけが立ったままで様子を伺っている。

 

 「戦闘の終結、皆の身の保障、捕虜である私達への高待遇…本当にありがとうございます」

 「捕虜?そう思っていたのかい?ああ、すまない。私は友人と友人の友人を保護したとしか思っていなかったよ」

 「……それでお話とは何でしょうか」

 「率直に言おう。私の元に来ないかい?」

 「………はい?」

 

 突然の申し出に頭の中が真っ白になる

 神聖ブリタニア帝国の皇子自らの引き抜きに耳を疑う。それは皆も一緒でアキトと食事に夢中なアシュレイ以外は目を見開いて注視していた。

 

 「あ、これは無理にという訳ではないんだよ。ユーロピアに戻りたいと言われる方には出来るだけ手を尽くそうと思うけどとりあえず話を聞いて貰えるかな?」

 「え、あ、はい」

 「こちらとしてはレイラ・マルカル中佐を浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーの艦長兼私付きの将として招きたい。今までは博士に兼任して貰ってたんだけどさすがに忙しいし、指揮官としては君の方が優秀だし、戦術や思想的に凄く好ましいから。

  君だけをと言う訳ではないよ。ワイバーン隊のリョウ君達に民間からの協力者であるランドル博士達にアレクサンダに携わったクレマン大尉を中心とした技術班も出来れば来て欲しい。階級は全員ひとつ上げるつもりです。それと私付きと言う事で給料もかなり上がるかと…」

 「宜しいのですか?私はユーロピア共和国連合所属ですよ。それにリョウ達は貴方方ブリタニアが支配している日本人。それを皇族が傍に置くのは問題があるのでは?」

 「ギネヴィア辺りは言ってくるだろうね。でも言って来れば来るで何とかなると思うよ。それと君がユーロピア所属なのは知ってるよ。でも、君はユーロピアに戻れないだろう?」

 

 真っ直ぐな瞳で見つめられながら投げかけられた言葉に少し俯きながら納得する。

 レイラは納得できたが、理解できていない皆を代表してアヤノが口を開く。

 

 「レイラが戻れないってどういう事?」

 「いや、戻る事は可能なんだけどかなり面倒でね。

  死んだ事になっているのは別に良いんだけど、レイラ・フォン・ブライスガウとして知られたのは不味かったんだよ」

 「?…どゆこと?」

 「えーと…現状ユーロピア共和国連合はスマイラス将軍の軍事政権が崩壊した事で荒れているよね」

 「うん。それでどうレイラと繋がるのさ?」

 「アヤノ…少しは自分で考えたら」

 「じゃあユキヤは分かってるの?」

 「そりゃあ勿論」

 「ははは、まぁ、上層部に一気に空席が開いて欲のある者は活発的に動くだろう。そういう者にはレイラは利用価値のある格好の道具と映るし、敵対勢力からしたら目触り過ぎる存在に映るんだ。レイラにその気が無くてもそういう者達はあらゆる手で動き出すだろう。そういった理由で戻れないってことさ」

 「なによそれ!」

 「落ち着けってアヤノ」

 「だってさぁ…リョウ…」

 「そうならない為にオデュのおっさんが話してるんだろ」

 「いや、だから言葉使い」

 「良いんですよウォリック中佐。気楽な方がありがたいんで」

 「はぁ…」

 「そうだ。ウォリック中佐は如何しますか?副艦長兼副指令として」

 「良いんですか?俺みたいのが副司令で」

 「ええ、勿論。あ!しまった…少し待っててくださいね」

 

 何かを思い出して立ち上がったオデュッセウスは慌てて建物の方へと駆け出していった。

 何事かと見つめているとひとりの男性に肩を貸しながら、数名の真紅の騎士の衣装を着た人物を引き連れて戻ってきた。

 その人物を見てランドル博士やアシュレイが勢い良く立ち上がる。

 

 「あなた!?」

 「テメェら!?」

 

 現れたのはアシュレイ・アシュラのアシュラ隊所属の騎士達にソフィ・ランドル博士の夫でBRSの試験中に意識不明に陥ったタケルであった。

 ランドル博士はタケルを抱き締め、アシュレイは仲間の元に駆け寄って喜ぶ。そして大声で驚く。

 

 「ヨハネ!お前その腕どうした!?」

 

 ヨハネと呼ばれた青年はアキトの攻撃により切断された筈の左腕を軽く動かして様子を見せる。アシュレイは腕とヨハネの顔を交互に見て驚きを隠せないで居る。

 

 「オデュッセウス殿下が本国で治療を受けさせて下さり、義手ですが動くようになりました。これでまたアシュレイ様の元で戦えます」

 「お前って奴は……おっさん!いや、オデュッセウス殿下!ヨハネのこと、本当にありがとうございました!」

 「良い仲間を持ったね。これからも大切にするんだよ」

 

 目元を潤ませながら深々と頭を下げたアシュレイはオデュッセウスの言葉にニカッと笑みを浮かべる。ランドル博士も深々と頭を下げる。

 

 ブリタニアの医療技術は凄い物だ。

 何十、何百と撃たれたマオも爆破されたG-1ベース内で負傷して動けなかったアルベルト・ボッシ辺境伯(双貌のOZより)だってブリタニアのサイバネティック医療を受ければそれまでどおりに近い状態まで治せるのだ。

 あ、意識不明にあったタケルはその限りじゃないけれど。意識を呼び起こさせるのは無理だ。意識を取り戻せたのはオデュッセウスのギアス【状態回帰(ザ・リターン)】のおかげである。

 

 状態回帰(ザ・リターン)の効果は範囲内、もしくは接触している生物の状態を良い状態まで戻す事。苛立っている者には安らぎを、体調を崩している者には健康状態へ、怪我をしている者は怪我をする以前の状態へと戻すのだ。

 最近の簡易的な実験のおかげで分かった。この事は叔父上様や父上様にはまだ伝えてないし、伝えない方が良いだろうと判断。

 ちなみに生物は生きている者・物に対して有効で、植物にも有効であることが判明した。ただ調理済みだったり収穫済みの食物には無理だった。どうやら根を張っている状態までか水などを得て保たれている間までなのだろう。

 

 「タケルさんやヨハネ君もそうだけど他の皆さんにも色々用意するつもりだよ。

  クレマン大尉達技術部の方々には技術士官として採用するし専用の技術施設を用意する準備があるし、ランドル博士の民間から協力している方々には最先端の研究所や予算確保を約束するよ。

  リョウ君たちやハメル少佐の警備部にも出来る限り望みを叶えるつもりだし、ウォリック中佐の娘さんの医療費に治療も最高の物を用意しよう」

 「高待遇ですね…ヒュウガ大尉はどう思いますか?」

 「…俺はもう引き受けた」

 

 オデュッセウスが出した条件に興奮していた皆だったが冷静なレイラだけはアキトに意見を求めたのだが、淡々と答えられ制服の階級章を見せられる。今までの大尉の階級章から少佐へと変わっていた。

 

 「受けられたのですか?」

 「ああ、取引を持ちかけられてな。俺はそれに同意した」

 「アキトが受けたんだったら俺らも行くぜ」

 「あたしも賛成。これからは殿下って呼ばなきゃね」

 「リョウはおっさん呼び止めなくちゃね」

 「おっさん呼びで良いよ。……三十超えたらおじさんなのかなぁ…」

 

 ぼそっと悲しそうな呟きが聞こえたような気がしたがそこは置いておこう。

 アキトが引き受けてリョウ達ワイバーン隊は乗り気でランドル博士やウォリック中佐も受ける気だ。ただクレマン大尉だけがレイラの様子を窺っている。

 

 「申し訳ありませんが私は保留で宜しいでしょうか。警備部の皆と話をしなければなりませんので」

 「構いませんよ。ここ数日はこちらで滞在するつもりなので、その間に答えていただけるのなら」

 

 ハメル少佐は保留、あとはレイラの答え次第だろう。

 真剣な眼差しでオデュッセウスの瞳を真っ直ぐ見つめる。それを返すように見つめ返してくる。その姿に微笑を浮かべた優しげなオデュッセウスの普段の様子は影を潜めた。

 

 「ひとつお伺いしますオデュッセウス殿下。殿下は私達を取り入れてなにを成したいのですか?」

 「成したいか…」 

 「はい。どのような未来を描いているのかをお聞きしたいのです」

 

 ブリタニアの皇族のひとりとしてどのような先を考えているのかを聞きたかった。

 もしそれが自分の意思と反する物だったら断る気でいた。

 ―――居たのだが…。

 

 「うーん、そうだね。穏かな田舎にでも移り住んでのんびりと過ごしたいかなぁ。弟妹や友人とはいつまでも仲良くしてね。あとは農園か喫茶店でもしようか。でもその前にお嫁さんも欲しいし…うーん……」

 

 予想していた答えとはまったく別の答えにレイラは噴出してしまった。

 困り果てた笑みを浮かべて困惑するオデュッセウスを見て、全員が声を上げて笑う。

 予想していた答えを聞くよりもしっくりと来た。

 

 「分かりました。お誘いをお受けいたします」

 「そ、そうかい!?良かったよ。では、これから宜しくお願いしますよ」

 「こちらこそよろしくお願いします」

 「良し!とりあえず今日は思う存分呑んで食べて楽しんでくれ」

 

 まるで宴会のようになった場に皆の笑みが漏れる。

 久しぶりの休息に一息つく。

 ただ気になるのはアキトがオデュッセウスと交わした契約だが、聞いてみたけれども答えてはくれなかった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国 ハワイ諸島

 ブリタニアが支配する勢力圏内で荒れているエリア11に最も近い地点にある島々で、ブラックリベリオンの時のような騒動が起こったときの予防策として直ちに動ける艦隊と騎士団を配備している。

 ここにはユーロピアの騒乱のどさくさにオデュッセウスがシュナイゼルが連れてきた部隊に頼み、救出できた日本人達が多く移り住んだ。中心地から離れた地点に区切られているとは言え、自活出来るだけの設備と仮設住宅を与えられユーロピアで押し込められていた時よりも良い暮らしをしている。中には名誉ブリタニア人制度やセカンドブリタニア人制度を受ける者も多かった。

 

 オデュッセウスが急遽用意したセカンドブリタニア人制度で預かった子供達を教育する施設ではひとりの青年が校庭を元気いっぱいに駆け回る少年少女を微笑みながら見つめていた。

 微笑ましい光景に見惚れていると一人の幼女が駆け寄り袖を引っ張る。

 

 「せんせいもあそぼ」

 「良いよ。なにをするんだい?」

 「おままごと。わたしおよめさんでせんせいだんなさんね」

 「私が旦那さんか」

 「駄目ですよ!」

 

 幼女の目線に合わせていた青年に聞き捨てならない言葉を耳にした少女が駆け寄り、青年の腕に絡みつく。

 頬を膨らました少女が私の物と言わんばかりに行動で示す。その行動におままごとを言い出した幼女が唸る。

 

 「お兄様は私のです」

 「むぅ~、ずるいあたしも~」

 

 少女が抱きついた反対の左手に幼女は抱き付く。

 頬を膨らませながら唸りあう二人に青年は困った笑みを浮かべる。

 

 「あらあら、シンは人気者ね」

 「あ、お母様」

 「あー!マリア、アリスがせんせいをひとりじめするの!」

 「駄目よアリス。シンは皆の先生なのですから」

 「…はーい」

 

 マリアに注意されてアリスが拗ねたように唇を尖らせる。

 シンが優しく頭を撫でると機嫌を直したのか満面の笑みを浮かべる。さらに猫のように撫でていた手にすりすりと頭を摺り寄せてくる。その光景に幼女もわたしもわたしもと強請ってくる。

 

 シン・ヒュウガ・シャイングはキングスレイ殺害と本国への謀反の容疑で裁判無しで処刑された―――事になっている。

 実際はオデュッセウスがシャルルに掛け合って処刑した事にしてもらい、ギアスを封印する事で許可を貰ったのだ。

 といってもギアスの封印なんてコード所持者でなければ難しい。行う為にはギアス饗団の協力が必要不可欠だった。V.V.はシンがギアスユーザーもしくはコード所持者と疑っていた。ならば原作知識で得ていた情報を自らが調べたように伝え、シンがギアスユーザーでコードを持っている髑髏がヒュウガ家の屋敷にある筈だと伝えたのだ。すでに家が無くなっている為に捜索は困難だがそこまで調べ上げた褒美に協力を要請。

 結果、ジヴォン家に仕えていたメイドで現在オルドリン・ジヴォンに付いているトト・トンプソンを送られたのだ。シャルルの記憶改竄でルルーシュのように強い意志で思い出されても厄介なので、トトのギアスの忘却を使用してもらった。思い出すべき記憶を奪うギアスでギアスの事、狂う元凶となった両親の事を完全に消失したシンは狂う前の優しい人格へと戻ったのだ。

 今ではオデュッセウスが用意したセカンドブリタニア人制度の学園の講師のひとりとして採用されている。

 

 「ヒュウガ様」

 「あぁ、お帰りジャンヌ」

 「た、只今戻りました」

 

 校庭の入り口より歩いてきたジャン・ロウ(元々の名前がジャンヌ)は以前のシンとはうって変わって、優しい笑みを向けてお帰りと言われた事で頬を染めながら返事を返す。

 その何とも言えない雰囲気にまたアリスは頬を膨らまし、マリアは微笑む。

 

 ジャン・ロウは学園付近の自衛部隊に所属しており新兵の教官として働いている。

 名目上はマリアの養女となっているがアリスにしてみれば恋敵が増えて気が気ではない。会えば睨まれる事が多い事が最近の悩みだ。

 

 「アキト様よりお手紙が届いていましたよ」

 「おお!アキトからか」

 

 嬉しそうに受け取ったシンは手紙を開けて中身を読む。

 今までで一番の笑顔にアリスの機嫌がさらに悪くなっていく。

 

 「兄弟仲が良くて良いではありませんか」

 「良すぎるのが問題なのです!」

 「確かに多々過ぎる所もありますが」

 「多々所の話ではありませんよ。由々しき問題です!」

 「二人に新たな敵かしらね」

 「強敵です…お母様。知恵をお貸しください」

 「本当に敵に回したら強敵ですからね…」

 

 様々な視線を受けながらシンは嬉しそうに何度も読み返す。

 楽しく落ち着いた緩やかな日々を味わいながら…。

 

 これがアキトとオデュッセウスが交わした契約。

 アキトがオデュッセウスに協力する代わりにオデュッセウスは持ち得る権力、財力、戦力を用いてシンを護ると言う契約なのであった。



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第66話 「さらばユーロピア!」

 投稿が遅れて申し訳ありません。
 最近指がかじかんで思うように打てずに一時間オーバーして書き上げました。
 もっと早くから暖房を使えばよかったと後悔しております…。


 昼下がり。

 窓から入り込む日光は掃除の行き届いた廊下を鮮明に照らしていた。

 そんな廊下の曲がり角より様子を窺う人影があった。

 

 「大将、問題なさそうだぜ」

 「こっちも誰も居ないよ」

 

 元wZERO部隊ワイバーン隊のパイロットを務めていた佐山 リョウ少尉、そして反対側の廊下の様子を確認していたのは香坂 アヤノ少尉であった。

 二人が確認して問題ないと振り向いた先には日向 アキト少佐と成瀬 ユキヤ少尉に護られているオデュッセウス・ウ・ブリタニアの姿があった。真剣な面持ちの五人は付近を警戒しながら窓辺へと近付いて、頑丈なフックを窓枠に取り付け、フックと繋がっているロープを外へと垂らす。

 

 「こちらでお待ちを」

 

 無表情でそう伝えたアキトはロープに捕まり、壁を蹴りながら降りて行く。降り切ると素早く付近を警戒しながら上から覗いていたリョウに合図を送る。

 

 「問題ないってよ」

 「ウォリック大佐も脱出経路を確保してるって」

 「分かった。では行こうか」

 

 アキトが降りたようにオデュッセウスも降り行く。警備万全な三階からの脱出。難しいと思えたが頼れる仲間が一緒ならば問題ない。

 そう思い降り立ったオデュッセウスは目の前の窓ガラス越しに目線が合い、固まった。

 

 一瞬キョトンとしたがすぐさま険しい表情をするレイラ・マルカル大佐と目があった…。

 

 「や、やぁ…」

 「なにをしているのですか?」

 「えと、昼前の散歩…かなぁ…あはははは…はは…」

 

 苦笑いと乾いた笑いしか出来なかったオデュッセウスは諦めて両手を挙げて降参のポーズを取るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 防弾仕様に改造された八人乗りの大型車にてオデュッセウスは肩を縮こませ、眉を下げていた。

 右隣には我関せずを貫こうとしているアキトが居り、反対の左隣には眉間にしわを寄せたレイラが座っていた。

 

 「まったく!殿下はご自身の立場を理解しておられないのですか!?」

 「いえ、そういう訳では…」

 「この一週間で十四回。一日に二回もですよ」

 「あー…えと…本当にすみません」

 「レイラもそのへんにしてあげたら?」

 「駄目です。こうはっきり言わないと聞いてくれないんですから」

 

 最後部に座るアヤノから助け舟が出されて顔を輝かせるがレイラに速攻で撃沈され表情まで沈んだ…。いや、この車両内で涼しい顔をしている者のほうが少ない。助手席に座っているクレマン少佐もアヤノと同じようにそわそわと心配そうな顔をしているし、リョウはばつが悪そうで、アキトは装おうとしているだけ。この状況下で笑っているのはユキヤと運転しているウォリック大佐のみだった。

 バックミラーに映るにやけた笑みを浮かべて様子を窺っているウォリックと視線があった。

 

 「ウォリック大佐もですよ。どうして車の準備をしていたんですか」

 「殿下の指示だから仕方ないじゃないですかマルカル司令。いや、私だってお止めしたんですよ。でも佐官といえ新入りの外人部隊で立場の弱い自分が神聖ブリタニア帝国第一皇子様の意向に逆らうのは不味いでしょう?」

 「なに言ってんだよ。娘のプレゼント買いに行きませんかって誘われたら二つ返事してたの何処のどいつだよ?なぁ、ユキヤ」

 「車の手配してきますって誰よりもヤル気十分だったよ」

 「ちょ、お前ら…」

 「はぁ…。ウォリック大佐もそちら側なのはよく分かりました。というか予想はしてましたがアンナまで」

 「ごめんねレイラ。でも皆とショッピングて聞いたからてっきりレイラも誘われたのかと思って」

 「結果的に合流出来たから良いんじゃね?」

 「よくありません!」

 

 怒られている最中と言えオデュッセウスはこの空間を結構気に入っていた。

 彼らにとってオデュッセウスは上官で軽々しく話せるはずのない皇族なのだが、お婆さんのところで出会ったオデュと接した感じで話してくれる。ラフに話してくれる分、気が楽なのだ。しかもそれでいて優秀。

 

 「ほら落ち着いて。折角皆で買い物に行く事になったんだから…ね?」

 「…はい」

 「大丈夫だって。高所は先に押さえたし(ユキヤ君に監視カメラハッキングして貰って監視中)、付近には腕の良い警備を紛らせているし(未だギアス響団に戻ってないジェレミア卿とロロ)、変装(いつもの内緒で出かける用の衣装)も完璧だから」

 「顔は隠す気ないんですか?」

 「んー…気付かれてもそっくりでしょ?なんて言うと何とかなるよ」

 「そりゃあ警護もほとんどつけずに人ごみの中を皇族が歩いているとは誰も思わないからねぇ」

 「だからって…はぁ」

 「あまりため息をつくと幸せ逃げちゃうよ」

 「誰のせいですか誰の」

 

 それぞれに騒ぎながら車を走らせること三十分。市街地へと出た一行は車を駐車場に停めて店が並ぶエリアへと足を踏み入れた。人で溢れる中央広場で足を止め、オデュッセウスは懐からをカードを取り出した。

 

 「はい、これ皆のキャッシュカードね。ユーロピアからの移籍だから今までのお金は使えないだろうから私なりに幾らか入れておいたよ」

 「宜しいのですか?」

 「私はプチメデとかで儲けているからね」

 「おっさんの懐からかよ!?」

 「さぁて、皆思う存分楽しんでくるように!明日にはユーロピアを発つからね」

 「しかし護衛は…」

 「大丈夫だよ。それに私は人と会う約束でね。警備も兼ねて人を連れてきているから」

 「では、そこまでは…」

 「問題ないさ。ほら、皆と楽しんでおいで」

 

 レイラは最後まで「護衛を」と言い続けたがクレマン大尉に引っ張って行って貰った。勿論彼女の護衛をアキトとウォリックの両名に頼んである。

 ウォリックは娘にプレゼントを、アキトはシンに土産を買って行くそうだ。なので買い物と警備を交代で行うようにとは言ってあるが、アヤノは間違いなくレイラやクレマンと一緒に動くだろうし、アキトがレイラと居るのならリョウとユキヤも一緒に行動する……つまり全員が固まって動く事になる。レイラの周りに人が増えるのはもしもの時に対応し易いだろうけど、何か問題を起こさないかが心配になって来た。

 

 チラッと人ごみの中にロロとジェレミアの二人の姿を確認しつつ、目的地へと進む。

 道中、オデュッセウスと気付く人も多少居たが、やはり本物とは分からずにそっくりさんで片付けられた。それ以外は何の問題もなく目的地である喫茶店に到着した。中庭にテーブルを並べて外でも飲食が楽しめるようになっている。待ち合わせ相手を探そうと入り口付近で見渡し、足を止めてしまった。

 

 テーブル席の一つに綺麗な少女達がお茶を楽しんでいた。

 

 ひとりはにこやかな笑みを浮かべた赤と桃色のドレスを着た少女。

 ひとりは緊張した趣で辺りを警戒している動きやすさ重視で選んだ服装の少女。

 ひとりは私に気がついて目をキラキラと輝かせているメイド衣装を着ている白髪褐色の少女。

 

 状況を理解したオデュッセウスは引き攣った笑みを浮かべ、軽く手を振りながら歩み寄る。メイド姿の少女が二人に囁き、こちらに気付いた二人が視線を向ける。

 

 「な、なにをしているんだいマリー…」

 「なにってお兄様の真似事です」

 

 にっこりと笑みを浮かべたマリーベルに返された言葉に何も言えない。

 完全にオフの日に着る服装で隣に座っているオルドリンが警戒に勤しんで居る所を見ると、私と同じ事をしたのだと推測できる。

 

 ― 最低限の護衛で抜け出して来た…。

 

 私がよくやったが為に怒るに怒れない。

 テーブルの前にずっと立っているのも不審なので店員を呼び止めながら開いている席に座る。

 軽い軽食も兼ねて頼んだのはコーヒーとフルーツサンドの二点。以前日本でユフィとメルディとで喫茶店に入ったときはユフィが物珍しそうにしていたが、今回のメンバーではそれはない。

 

 マリーベルは母親と妹がテロにより亡くなって、皇位継承権を失っていた間はジヴォン家で育ったがために他の皇族よりも庶民の生活に親しんでいる。そしてマリーの騎士であるオルドリンは元々親しんでいたものあると思う。今は付近の警戒に勤しんで余裕の余の字もないが。

 そしてメイド姿のトト・トンプソン。ギアス饗団のギアスユーザーのひとりで、饗団より送り出せる数少ない一般常識を持つ少女。彼女は幼い頃よりジヴォン家のハウスメイドとして仕えており、饗団からオルドリンの監視の命で派遣されている。彼女とてオルドリンと長く暮らしてきたのだ。こういう店にも多く行っていただろう。…だと思うのに何故かそわそわしている。何故だ?

 

 「さてと、外で呼び出した訳を聞こうかな?」

 「一度、お兄様みたく外出してみたかったので」

 「……まさかそれだけ?」

 「はい♪――というのは半分で今度の予定の話も兼ねてお食事でもと」

 「その半分のおかげでオルドリンは大変そうだけどね」

 「お嫌でしたか?」

 「嬉しいよ。勿論」

 

 微笑みを浮かべて店員が運んできたコーヒーに口をつける。

 平日の午前10時という事もあって付近のテーブルにはひとりの女性客以外見受けられない。これなら多少声が大きくても問題はないだろう。

 

 「マリーは今後ユーロピアで活動して行くんだよね?」

 「はい。シュナイゼルお兄様がヴェランス大公とお話されて、特務遊撃隊として自由に行動出来るようにして貰いました」

 「戦力的に問題は?」

 「パイロットにランスロット・グレイル、ブラッドフォード、ヴィンセント・エインセルの最新鋭機共に問題ありませんわ」

 「それは良かっ―――ヴィンセント・エインセル?」

 「あら?お聞きになっていませんの?」

 「あぁ、私は聞いてないね…もうヴィンセントの改造型が出たのか…」

 

 ヴィンセントは未だ先行量産機が多少配備されただけの最新鋭機。そのほとんどがブリタニア皇帝直属の騎士団に配備される予定となっている。ルキアーノとオリヴィアが乗ったヴィンセントはオデュッセウスが開発局に置いてあった二機を貸し出してもらったのだ。皇族の権限とナイトメア開発局の設立を行なった事もあり、すんなりと事が進んでよかった。

 ただルキアーノのみに頼んだのにオリヴィアも手伝うと打診があったと聞いたときは心底驚いたが…。

 

 話が逸れてしまった…。

 何にしても改造型が出来ているというのは技術的にも戦力的にも喜ばしい事だ。先行試作機から正式量産機が出来上がり、改造型の流れだろうから、数週間で正式採用と改造型を造り上げたのだろう。

 あとでレイラに話して正式量産化されたヴィンセントを私の騎士団にも配備してもらえるように書類作りを頼まないとな。

 

 などと考えながら感心した様な表情を浮かべるオデュッセウスにマリーベルたちは首を傾げる。

 

 「もしかして…ロイド伯爵、もしくはウェイバー博士からお聞きになって――」

 「ん?なんでそこで二人の名前が………まさか…」

 「お二人が共同で作った機体なのですが」

 「―――後でじっくり問い詰めなきゃね」

 

 一気に頭痛が走る。

 絶対私に知らせずに後から請求書が来るパターンだよ。確か原作でもあったような……あー、ギルフォード卿が搭乗したヴィンセント隊。あれは確か後からシュナイゼルに請求書を送ったんじゃなかったっけ。

 

 「どうしましょうか。お兄様もご存知の事かと思っていたのですが、お返しした方が宜しいですか?」

 「いや、あの二人には色々話さないといけないけど、ヴィンセント・エインセルはそのままマリーの部隊で使っておくれ。妹を護る騎士達がより強いものになると思えば痛い出費ではないよ。なんならヴィンセントタイプも取り寄せようか?」

 「ありがたい話ですが今はお兄様からのエインセルで満足ですわ」

 「ところでソキアさんは大丈夫かい?」

 「お兄様はああいう子がタイプなので?」

 「そういう意味じゃなくてね…彼女元々は軍属じゃないだろ。戦闘後の後遺症とかはなかったのかい?」

 「報告はありませんでしたけど…オズから見てどうだった?」

 「戦闘後多少震えていたりしてました。けれどソキアは大丈夫だと言ってました…」

 「けどって感じだね。気にしてあげてもらえるかな」

 「畏まりました」

 

 話していると頼んだフルーツサンドが届き、一口頬張る。

 するとトトがなにやらにこやかな笑みを浮かべた。なにかなと疑問符を浮かべているとオルドリンが視線を察してトトへと視線を向ける。振り返った彼女は何処か納得したような表情をしていた。

 

 「トトはね。殿下のファンなんです」

 「お、オルドリン様!?」

 「この間だってソキアと一緒に殿下が映っていた番組見てたじゃない。確か子供のライオンと映っていた」

 「あぁ、結構前に動物園に行ったような…サンディエゴのサファリパーク視察だったかな」

 

 正直ユーロピアに来る予定が立つ前だったぐらいしか覚えていない。というか最近のどたばたが忙しすぎて忘れていた。思い返してみると漫画でもそんなシーンがあったようななかったような…。

 

 「それで何処かそわそわしていたのか」

 「す、すみません」

 「いやぁ、謝る事はないよ。むしろ喜ばしい事だよ私的には」

 

 トトにはシンの記憶の忘却を響団越しに依頼はしたが、会うのは初めてのはずだ。

 記憶が曖昧なのは年だからとは考えたくないなぁ…。

 

 「と、話がそれてしまったかな。専属騎士団といっても五名…ユーロ・ブリタニアの動きも気になるところか」

 「えぇ、そこでお兄様のお力をお借りしたいのですけど」

 「本国はユーロ・ブリタニアへの介入を開始した。その現状でも私に頼むという事はマリーもシュナイゼルもこれ以上の武力介入を好まない。そういう判断かな」

 「お兄様の推察どおりです。シュナイゼルお兄様は過度な武力介入は要らぬ反発を招くと考えております」

 「ならば私の騎士団ではなく、シュナイゼルに取り込んでもらった聖ミカエル騎士団。しかし聖ミカエル騎士団は再構成後担当地域の防衛と支配地域の拡大に勤しむ。自由に動くとしたら小勢かつ精鋭部隊…それで私の麾下に入れてもらったアシュラ隊を貸して欲しいと言うわけだね」

 「はい。駄目でしょうか?」

 「可愛い妹の頼みを断れないのを知ってて聞いているね。勿論構わないよ。但し、彼らを死なせないように指揮してくれ。彼らはかなりの暴れ馬だからね」

 「お借りするからには無事にお返しする事を誓います」

 「ところで殿下。先ほどからお髭に生クリームが…」

 「もう少し早く教えて欲しかったなぁ」

 

 真面目な話を髭にクリームをつけていた状態でしていたのかと思うと恥かしくて顔が熱くなる。ポケットより取り出したハンカチで慌ててふき取り平静を保とうとするが、マリーが先ほどまでの真面目な表情から一変して微笑んでいて余計に顔が熱くなる。

 

 「お兄様のそのような表情久しぶりに見ました。いつまで経ってもお変わりないのですね」

 「よく会った人物に同じ事を言われるけれどそんなに変わってないかな」

 「では、そろそろ私達は戻ります。今頃大慌てでしょうから」

 「特にシュバルツァー将軍が…マリーは大丈夫としても私が怒られそう」

 「帰るのかい?これからどこか遊びに行こうかと思ったのだけど」

 「で、殿下?」

 「あら、宜しいので」

 「私の真似をしたというのなら本家を見せないとね。確かこの付近に規模は小さいけど動物園があったと思うんだ」

 「マリーも殿下も…」

 「殿下呼びは不味いな。オデュ呼びでお願いしようか。私はマリーと同じでオズと呼ばせて貰おうかな」

 「え、あ、お、オデュ ―― さんもそろそろ戻った方が宜しいと思うのですが…」

 

 後の事を考えて頬を引き攣らせながら進言したオルドリンはオデュッセウスの満面の笑みに言っても無駄だと理解した。

 

 「怒られるのならそれまでは存分に楽しもう」

 

 この後、マリーとオデュッセスを筆頭に動物園に行った一行は夕刻近くまで楽しみ、オルドリンとトトはシュバルツァー将軍にこっぴどく叱られ、オデュッセウスはかんかんに怒ったレイラの説教を帰国の便に乗る一時間前まで正座して聞くのであった…。

 

 ちなみに人ごみに紛れて護衛していたロロはレイラに同情するのであった。

 

 

 

 

 

 

 オルフェウスは使い捨ての携帯の番号を押して相手が電話に出るのを待っていた。

 別れる際にオデュッセウスが今日まではユーロピアに滞在すると聞いていたので、滞在している間に聞いておきたい事があったのだ。

 数コール後、反応があり耳を澄ます。

 

 『もしもし、オルフェウス君かな』

 「あぁ、今周りには誰も居ないか?」

 『今はね。先ほどまでこっぴどく叱られて扉の前には警備の者が付いているが問題ないよ。って、そっちはやけに騒がしいね』

 「ヴァイルボルフ城で使ったサザーランドの整備をしているからな」

 

 ギアス饗団より奪ったトレーラーとサザーランド二機は成功報酬としてロロが使った分も含めて貰ったのだ。ガバナディに内部に発信器や爆弾などがないか徹底的に調べてもらい、今は搭乗するパイロット用に改造してもらっている。

 

 『これで君たちの戦力が増えた訳だ。まぁ、それは置いておくとして、電話してきたという事は何か聞きたい事があったのだろう?でもさすがにギアス饗――』

 

 そこまで耳にして携帯電話を近くに腰掛けた女性に渡す。

 紫色の長髪にサングラスの女性は電話を耳に当てて深呼吸を行なう。

 

 「もしもし」

 『・・・・・・。もしかして、コーネリア?』

 「今はネリスと名乗って行動してます」

 

 ネリスと名乗った女性。

 コーネリア・リ・ブリタニア。

 エリア11でブラックリベリオン後、ギアスに関して調べていると言い接触してきた人物。

 一応変装していたが素人が行なった変装など知っている人物から見れば一発で見抜ける。偽名を使っていたがすぐにコーネリアと理解し、とりあえずギアス関係に手を出した理由だけでも聞くことにした。

 理由は妹を不幸のどん底に落としたギアスユーザーに対しての復讐。

 

 詳しい話はしなかったが相手がコーネリアと分かれば考えれば理解出来た。

 コーネリアの妹、ユーフェミア・リ・ブリタニアはエリア11の暴動で亡くなっている。しかも噂で聞く人物像とかけ離れる命令を出したと反ブリタニア勢力の間では囁かれた。実際ユーフェミアが開催した特区日本で皇族の命にて虐殺が行われたらしいのだからそう捉えるのが正しい。

 しかしそこにギアスが関わっているのなら間違っている。ギアスによっては相手に強制する事だって出来る。オルフェウス自体は成りすます事が出来るわけだし。

 

 大事な家族をギアスによって失った…。

 ギアス饗団にエウリアを殺された自身と重なった。

 個人のギアスユーザーの可能性も少なからずあるだろうが、饗団が関わっている可能性の方が大きい。

 同じ饗団を追う身であるならば戦力的にも行動を共にしたほうが良いだろうと仲間に迎えたのだ。コーネリアはナイトメアの騎士としても指揮官としても優れているのは分かりきっている。それに一緒に居る変装をしている男性――ギルバート・G・P・ギルフォードも帝国の先槍と名の知れた騎士。戦力としては十分すぎる人物達。

 ただ不審点もあった。

 

 どうして自分がギアスの事を知っているのを知っていたかだ。問いただしてもある人物から聞いたとしか返って来なかったが、ユーロピアでオデュッセウスと共に行動してなんと無しにかオデュッセウスが教えたのではないかと直感ではあるがそんな気がしていた。

 ゆえにネリスに電話に出てもらったのだが、話した反応から当たりだったようだ。

 ネリスに電話のスピーカーボタンを押してもらい、自分にも聞こえるようにしてもらい、二人の話に耳を傾ける。

 

 『あー…オルフェウス君も人が悪い。私が妹に甘いと分かってて電話させたね…』

 「オルフェウスから話は聞きました。兄上がギアス饗団と関わりを持っていた事も」

 『否定はしないよ』

 「他にも色々…饗団の思惑と同調していない事も。だからユフィの件には兄上は関わりないと信じています」

 『そうか…ありがとう』

 「私は兄上に聞きたい事があります。ギアス饗団の本拠地が何処にあるのかを――教えてくださいますね」

 『……出来ない』

 

 多少は期待していたもののやはり答えられなかったか。

 弟妹に甘いと聞いていたことから大事にしているのだろう。だからこそ危険な饗団本部の場所は答えない。

 それでもネリスは喰らい付く。

 

 「兄上は悔しくないのですか!?ユフィがあんな目にあっているというのに!!」

 『答えるわけにはいかないよ。サザーランド二機を手に入れてもたかが四機。饗団はナイトメア戦力を持たないとしてもギアスユーザーの中にはナイトメアにも渡り合える者もいる。そんな連中に挑めば自殺行為だ。そんな死地に君を送り出すようなことはしたくない』

 「なら兄上のお力をお貸し下さい。それならば…」

 『出来ない。私の力を持ってすれば饗団は潰せると思う。が、手出しは出来ない。分かってくれ』

 「兄上…何故――ッ!?」

 

 ネリスを制止して電話を取る。

 噂以上にオデュッセウスは身内に甘いようだ。

 

 「そうか。神聖ブリタニア帝国第一皇子が手が出せない所にあるのか。ユーロピアはブリタニア本国が介入を始めたから違う。ならば中華連邦か白ロシアのどちらかか」

 『……さぁ、どうだろうかね』

 「あまり甘すぎると己どころか大事な者を失うぞ」

 『忠告痛み入るよ。けれど妹が居る君になら分かるだろう?それに君のお母さんだってそうだよ。オルドリンとマリーの初陣が心配でブラッドリー卿に頼んだ仕事に乗って来るんだもん。今日だって喫茶店や動物園までひっそりと付いて来て…』

 「………妹…母…?なにを言っているんだ?それに先ほどこちらのナイトメア数を当てたな」

 『あっ…。プツッ、ツー、ツー、ツー』

 

 答える事はなく電話を切られた。

 もし次会う事があれば色々と問いたださなければならないな。

 短く息を吐き出しながら立ち上がる。

 

 「さて、君の兄上は心配していたようだがどうする?」

 「ギアス饗団を探し出して報いを受けさせる」

 「饗団はギアスユーザーを多く持っているぞ」

 「正面から攻めるだけが手ではない」

 「ならばとりあえずは中華連邦か」

 

 覚悟も行き先も決まった。ならば進むのみ。

 途中ユーロ・ブリタニアの支配地域を通るはめになるだろうがこのメンバーなら問題ないだろう。

 この行動がトトにより記憶から消された家族と出くわす事になるとも知らずに、オルフェウスは進み始めた。



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R2の前に相貌のOZへ
第67話 「忙し過ぎた一日」


 午前四時。

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア起床。

 心の奥底ではもう少し寝たいという願望があるものの、それを頭の中より弾き出して枕元に置いてあるベルを軽く鳴らしベッドより抜け出す。

 ベルの音を聞きつけた執事、メイドがドアをノックし入室の許可を窺う。許可を出すと動きやすさ重視の軍支給の制服に朝刊を手にして素早くも、乱さないように行動する。

 手渡された朝刊に目を通しながら、メイドにされるがまま着替えさせられる。その後に目覚ましのモーニングコーヒーが運ばれ、一服すると部屋を後にする。

 まだ太陽も顔を覗かせてない時間帯にトレーニングルームへと向かう。

 ユーロピアで不規則な日常を過ごしていたが、何ら問題なくいつもの日常に戻れたのは良かった。

 

 「おはようございます殿下」

 「おはようマルカル大佐、ハメル中佐」

 

 トレーニングルームにはオスカー・ハメル元ユーロピア共和国連合少佐を始めとするオデュッセウス専属の警備の者が周囲の警戒を行なっていた。そしてつい先日親衛隊長となったレイラ・マルカルの姿があった。

 

 「すまないね。こんな朝早くから」

 「いえ、仕事ですので」

 

 ランニングマシーンを操作し最初はゆっくりと走り出すとレイラは手帳を取り出す。

 彼女を親衛隊隊長にするのにはかなり手間取ってしまった。まず最初にユーロピアとの接点を連想しないように別のエリアでのセカンドブリタニア人制度を利用した人物という形にする為に偽造書類の製作に各方面への秘密裏での工作。事情を知っているギネヴィアの猛反発を何とか説得し、身元保証人兼後見人を爵位を持つミルビル博士に頼み、また書類の作成…。

 まさかアレだけ書かされるとは思っていなかっただけに大変だった。しかも引き込んだwZERO部隊&ワイバーン隊全員の偽造書類作成となれば疲労で倒れるかと本気で思った。

 

 「今日はどうされるのですか?」

 「そう警戒しないで。今日は抜け出さないし抜け出せない」

 「今日はですか…いつもであって欲しいのですが」

 「午前中は溜まった執務を片付けないといけないし、午後にはアキト達の専用機と今後の騎士団の話をしなければならない」

 「明日には色々周らなければなりませんし、仕事は山積みですね」

 「本当にねぇ…」

 

 出来ればゆっくりと休みたいのだけれどそうはいかない。

 ユーロピアには皇帝陛下の勅命で動いていたけれど秘密裏に行動していた為に一部の者しか何をしていたかを知らず、オデュッセウスも誰かに代わりを頼んでいなかった為に仕事が溜まってしまったのだ。

 大きくため息を吐き出しながらトレーニングメニューを消化して行く。

 

 午前五時半。

 朝風呂で汗を流し、再びメイド達に着替えを頼む。

 今度は灰色のコートなど普段着る物を着用し、朝食前に多少書類仕事を済まそうと執務室に篭る。

 入り口には警備の者が待機して室内にはオデュッセウス以外誰も居ない。レイラには騎士団の調整と部隊案などの作成を丸投げしたので今頃自室でペンを手に作業に没頭しているだろう。

 

 これで書類仕事に没頭できる――。

 

 「殿下。ラウンズの方が…お待ちを」

 「邪魔するわよ」

 

 警備の制止を無視して扉を開けたのはアーニャ・アールストレイム―――否!不自然なまでな笑顔を浮かべているという事は…マリアンヌ(仕事妨害要員)様。

 

 「あー…うん。問題ないから通して」

 「ハッ!失礼しました」

 

 敬礼して扉を閉めて警備に戻った兵士を確認して頭を抱える。

 

 「あら?どうしたのかしら?」

 「すみませんが今日のところはお引取りを――」

 「そんな邪険にしなくても良いじゃない」

 「色々と予定が立て込んでおりまして――」

 「知ってて来たに決まってるじゃない」

 「確信犯でしたか…」

 

 頭を抱えるどころか頭痛が発生したオデュッセウスはこめかみを抑えつつ困った笑みを浮かべる。逆にマリアンヌは頬を緩めてさらに笑みを浮かべていた。

 

 「ユーロピアでは色々やらかしていたらしいじゃない」

 「やらかしていたって…そんな私は父上様からの仕事を――」

 「その割りには楽しそうな写真を添付したメールをアーニャに送っているけど」

 「いえ、その…そう!仕事をするにも息抜きが必要なもの」

 「シャルルに言っても?」

 「真にすみませんでした!」

 

 結局相手をする事となり、朝食前に仕上げようとした書類等は手付かず…。

 朝食を取り、今度こそ執務をこなそうと執務室に戻ると今度は来客があった。

 

 「お、おはようございます…殿下」

 「おはようニーナ」

 

 ニーナ・アインシュタイン。

 ブラックリベリオン後、フレイヤ研究に向かわせない為にオデュッセウス専属技術士官として採用。今では帝都ペンドラゴンの防衛手段計画【アイアスの盾】に欠かせないエネルギー源の確保。サクラダイトに依存しない新エネルギー源の開発に携わってもらっている。

 

 「会うのは本当に久しぶりだね」

 「は、はい。お戻りになったと聞いたのでご報告を」

 「あぁ、分かった。立ち話もなんだ。執務室へ。誰かに飲み物でも持ってこさせよう」

 

 警備の者が一応武器を隠し持ってないかチェック後、執務室へ。ソファにかけるように促し、ベルを鳴らして呼び出したメイドに飲み物を注文する。

 ニーナより手にしていた書類を受け取り目を通した。

 この世界ではサクラダイトが流通している分、安定したエネルギー生産施設はサクラダイト関係が締めている。中には風力発電や太陽光発電の自然を利用した発電施設も存在するが自然を利用している為に日によって安定せず、大規模の電力を確保しようとすると広大な敷地が必要となる。

 そこであまり使いたくないがウランを使用したエネルギー施設。原子力発電施設の建設の試案が資料に書き込まれていた。が、試案なだけにかなり詰めが甘い。

 

 「エネルギーの発生などはかなりまとまっているようだが、もしもの備えが足りない。施設の地震対策や津波対策。放射能漏れの際の試案などが足りていないね」

 「す、すみません…」

 「ここら辺はロイドやミルビル博士と相談してみると良い。放射能漏れなどはブレイズルミナスを施設を囲むように展開するようにしても良いかもしれない」

 「全体を覆うとなればそれなりのエネルギーの確保が必要になりますね」

 「となると予備のエネルギーラインも配備するか…すまないが今度はそちら方面にも目を向けてもらえるかな」

 「はい。畏まりました」

 

 廊下で声をかけてきたようなか細く消え入りそうな少女は、自身の研究の事になると人が変わったように頼もしく見える。

 実際頼もしい部下であり、親しく接する事の出来る友人である。

 頼んだココアが届き、カップに口をつける。

 

 「あ、それとですね…シュナイゼル殿下の仕事を手伝っておりまして…」

 「おぉ、シュナイゼルの。どんな仕事かな?」

 「ブラックリベリオンでガニメデに取り付けた爆弾…フレイヤの開発を」

 

 飲み物が熱くて勢い良く流し込めるものじゃなくて良かった。

 あまりの驚きに噴出していただろうからね。それよりも聞き捨てならない言葉を聞いたようなのだが…。

 

 「私は第一皇子様専属の技術士官ですので協力と言う形になっています。あとシュナイゼル殿下が気を使ってくださって私の素性は他の研究員にも内密にしてくれました」

 「い、いや…なにを作っていると言ったかな?」

 「フレイヤという兵器です」

 

 私の死亡原因の開発が始まっていた件について。

 ココアどころではなく、血を吐き出しそうなのだが…。

 フレイヤ…コードギアスの世界で唯一とも言える戦略兵器。広範囲の空間ごと消滅させ、真空状態を生成。周りの空気を引き込んで爆発範囲付近にも損害を与える。

 これが出来上がれば各国が血眼になって開発者であるニーナを捜し求めるだろう。表に出せないような手段を用いてでも。だからこそ素性を隠してくれたシュナイゼルには感謝なのだが…。

 

 何故私に一言無かったのか!?………私が止めに入るからですね分かりました。

 

 「えと…駄目でしたか?」

 「いや、大丈夫。ダイジョウブダヨー」

 「本当に大丈夫ですか!?片言になってましたが…」

 

 大丈夫…大丈夫のはずだ。うん、悪い事ばかり考えるのは止めよう。第二次ブラックリベリオンではフレイヤでブリタニア軍と黒の騎士団の戦闘を止めたじゃないか。

 

 「大丈夫だよ…そうだ。ユーロピアに行っていてね。こっちに送ったお菓子があったんだ。一緒に食べないかい?」

 「宜しいのですか?」

 「勿論」

 

 その後はニーナとお茶を楽しみながら会話に花を咲かせる。周りの環境になれたかとか、仕事はきつくないかとか他愛の無い会話。のんびりとした時間を過ごし、さて仕事に戻るとフレイヤの事が悶々と頭の中で不安を掻き立て、結局半分も仕事が残ってしまった…。

 

 昼食を済ませると私の親衛隊となった皆との話し合いに向かわなければ。

 車を用意してもらいクレマン少佐が使っている専用のナイトメア研究施設に向かう。

 すると困り果てた様子のクレマン少佐を挟んでミルビル博士とロイドがなにやら騒いでいる。

 

 「あー…何をしているんだい二人とも」

 「これは~オデュッセウス殿下ぁ」

 「いえ、部外者を叩き出そうとしているだけで」

 

 …君も親衛隊所属ではないからここでは部外者だという事は言うべきか。黙っているべきか悩む。

 にしても説明が無ければ判断に困る。周りには眺めているだけのリョウ、アヤノ、ユキヤ。離れた所で興味が無いのかアレクサンダを眺めているアキト。遠くでコーヒーに酒を混ぜて飲もうとしているウォリック。二人を落ち着かせようとしているであろうレイラにハメル、そしてセシル。

 

 「マルカル大佐。説明を願っても?」

 「それが…今日は親衛隊の今後の方針を決める為に集まったのですが、アスプルンド博士とミルビル博士がアンナ…クレマン少佐に」

 「見せて貰っても良いでしょ?別に減るもんでも無いしさぁ」

 「だから管轄が違うだろう!クレマン少佐はオデュッセウス殿下直轄の親衛隊の技術班班長。ロイド博士はシュナイゼル殿下の肝いり部隊。その垣根を跳び越えて技術を提供しろと言うのは話が通らないだろう」

 「そこは大丈夫。特派はオデュッセウス殿下からも資金を貰ってるし半分はオデュッセウス殿下の部隊でもあると思うんだ。それと垣根云々だけど確かにミルビル博士はオデュッセウス殿下の部下だけど親衛隊じゃないよね」

 「私は良いのだ。殿下が来られたら話を通そうとここに来たの…だか…ら」

 

 異様なまでににっこりと微笑んでいるオデュッセウスが近付くとミルビルは口篭り、ロイドは引き攣った笑みを浮かべる。何となく察したセシル、レイラ、ハメルの三名はスーッと距離を取った。

 

 「二人とも技術者として優秀で研究熱心。新しい独自の開発で作られた新機種が要れば知りたくなるのも当然だろう。むしろその向上心に溢れる姿勢に私は感心すら覚えるよ」

 「お、お褒めの言葉ありがとうございます」

 「あはは~…」

 「双方の言い分もあるがここは君たちに頼むとしよう。君たちだけに技術を開示する代わりにクレマン少佐に君たちの技術を開示してくれ。もしくはそれぞれ専用の親衛隊機を三人で設計・開発してくれるかな。資金は私が何とかするし、シュナイゼルには私から話を通しておこう。他人への公開は堅く禁じさせてもらうけど」

 「共同制作ですか?ヒュウガ少佐達のアレクを」

 「クレマン少佐は彼らのことをあまり知らないんだね。二人とも神聖ブリタニアで屈指とも言えるナイトメア開発の第一人者さ。ロイドの方は多少性格に問題があるがね」

 

 クレマンに向けられたいつもの柔らかな微笑みに安堵した二人だったが、振り向いたオデュッセウスの目が笑っていない笑みに寒気を感じた。

 

 「ところで二人とも。ヴィンセント・エインセルの事なんだけど良いかな?」

 「あ!ボク、ランスロットの調整があったんだぁ」

 「そういえばヴァインベルグ卿の専用機の事で窺わなければならないんでした。殿下、これにてしつr――」

 「座れ」

 

 回れ右をして出入り口に向かおうとした二人は冷たく呟かれた一言で足を止めた。

 

 「私の可愛い可愛い妹に良い機体をプレゼント出来たのは本当に良かったよ。

  ――ただ私に何の話も無かったのには驚いたね。しかも机の上に置かれた請求書の数々。やはり新型ナイトメア開発にはお金が掛かるねぇ」

 「えーと…そのぉ…」

 「殿下、これには訳がありまして…」

 「ほぅ!私を納得させられる訳なんだろうね。よし、分かった。ではじっくり聞かせてもらおうか。なに時間はたっぷりある」

 

 正座を強要させられたロイドとミルビルは言い訳やら何をしたかなど詳細に話をし、一時間後に解放されたが慣れない正座をしていて痺れで一歩も動けなくなっていた。そこにオデュッセウスの命を受けたリョウ達が悪乗りをしながら痺れた足を突き、二人の悲鳴が響き渡った。

 何時の間にか笑みを浮かべたセシルさんも加わっていたが、気にしないでおこう。

  

 夕食をレイラ達と済ませ、話し合いを終わらせ執務室の椅子に腰掛けたオデュッセウスは時計に目を向ける。

 午後十一時…。

 次に机の上に目を向ける。

 今日済まそうと思っていた書類の山…。

 

 大きくため息を吐き出しながらギアスを発動させる。

 なんとしても明日の四時までには済ませられるように。

 何故なら明日からは書類仕事より帝国内の施設の視察に民衆との触れ合いイベントの開催などで連日忙しくなるのだから。

 私の辞書には睡眠時間と言うものが消失してしまったのだろうか…。

 

 胃が軋む思いをギアスで掻き消して一心不乱に朝の三時までペンを走らせるのであった。



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第68話 「第一皇子の結婚相手」

 神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴン。

 ブリタニアの政治の中枢を司り、皇族やラウンズなどが集まる宮殿がある。

 その宮殿の一室に皇族と御呼ばれした者達でお茶会が開かれていた。

 

 第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 第二皇子で宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニア。

 第一皇女のギネヴィア・ド・ブリタニア。

 第五皇女カリーヌ・ネ・ブリタニア。

 ナイト・オブ・スリー、ジノ・ヴァインベルグ

 ナイト・オブ・ナイン、ノネット・エニアグラム

 第一皇子付き技術士官ニーナ・アインシュタイン。

 

 このお茶会にニーナだけ何故呼ばれたか不思議そうで、そして周りの人物たちが大物過ぎて萎縮してしまっている。

 小鹿のように震える様子を見たオデュッセウスは自分の隣に座らせた。結果肉食獣のような眼つきでギネヴィアに睨まれる事になったが…。

 

 「にしてもパラックスもキャスタールも出ているとは思わなかったな」

 

 ボソッと呟いた言葉にギネヴィアがため息をつく。

 数ヶ月前まで兄弟・姉妹が多く居たペンドラゴンには現在五人にまで減ってしまった。

 マリーベルはユーロピアでグリンダ騎士団を率いて遠征中。

 パラックスとキャスタールは活躍するマリーベルに負けまいと白ロシア戦線に向かって行った。

 クロヴィスは衛星エリアにて遊園地やら美術館やら娯楽施設建設で飛び回っている。

 妹のライラは兄の仕事を見学しながら行政の勉強をしている。

 

 逆に本国に居るのは室内に居る四人とエリア11の新総督として向かう為にも統治に関して習っているナナリーのみ。

 …オデュッセウスに関してはまたすぐにどこかに行くだろうけど…。

 

 取り寄せたケーキを食し、コーヒーで甘くなった口内を整える。

 

 「二人ともマリーベルに先を越されたと思っているんでしょう」

 「相当焦っていたみたいだし…特にパラックスはね」

 

 マリーベルというよりはオルドリンが戦果を挙げている事に焦っているのだろう。後はパラックスの専用ナイトメアフレームエクウスを元に作られた機体ヴェルキンゲトリクス…いや、サグラモールが撃破されたことも原因のひとつであろうか。

 決して弱い機体ではないが扱いやすい機体でもない。特殊なシステムの干渉から空輸の手段も限られ、一機あたりの生産コストと整備の複雑化から量産化計画も頓挫し、ブリタニアの四脚ナイトメアフレームは二機のみ。その片割れが破れて自分の機体のみ。自分の系譜の機体が弱いなどと評価されないように躍起になっている節が見られたからなぁ…。

 

 「少し心配だな」

 「私には護衛をつけずに出歩く兄上の方が心配ですが」

 「う…」

 「最近は減ってきているみたいですけど?」

 「っははは、それは有能な親衛隊長殿が苦労しているからでしょう」

 

 最近の出歩いていない事を知るジノの言葉にノネットが大きく笑いながら後ろを振り返る。

 オデュッセウスの監視兼護衛と言う事でお茶会に参加せずに立って待機しているレイラ・マルカルは、視線が合ったノネットに対して頭を下げた。

 実際レイラの評価は上々であった。

 ブリタニアで指揮能力を発揮する場はまだないが、その分脱走の常習犯をかなりの確率で阻止しているのが大きい。普通なら護衛対象が出かけている時点で罰せられるが相手が脱走に長けているオデュッセウスなら別だ。護衛をつけずに出ようとしたのを半分も見逃したではなく、半分も阻止したと褒められている。

 白騎士に至っては2割未満であったのだからまさに上々というべき。

 

 「そういえば殿下。ユーロピアでの戦いでブラッドリー卿に援軍頼んだそうじゃないですか。私を呼んでくれたらよかったのに」

 「何処からそれを?」

 「それは含みを持った笑みを浮かべたブラッドリー卿が自慢するように言ってましたよ」

 「ああ、私もそれ聞かされました。アーニャなんか信じられないものを見たような顔してましたよ」

 「それは貴重な…作戦の性質上彼が適任だったんだ。こんど何かあればお願いするよ」

 

 あははと朗らかに笑いながら『おのれブラッドリー卿』と内心毒づいていた。

 ケーキのおかわりを大皿より取っているとシュナイゼルが何かを思い出したかのように薄っすらと声を漏らし、顔を向けてきた。

 

 「兄上。兄上が居ない間に申し訳ありませんでした」

 「――ん?何のことかな?」

 「ニーナさんの事です。兄上直属の技術士官だと言うのに勝手に協力して貰いました」

 

 あまり思い出したくないフレイヤ関連の話題に微笑が苦笑いへと変わる。

 確かにあまり良い話ではないが、あまり我が侭を言わない弟が始めて我が侭を言ってくれたようで怒るに怒れない。もしかしたら子を持つ親はこういう感情を味わうのだろうか…。考えても嫁さんも居ない以上子供は望めないが。

 

 「良いよ別に。ニーナさんも自分から進んで手伝ったんだろう。無理やりだったらいう事もあったろうけどね。身元を伏せてくれたりと色々と気をまわしてくれたことには感謝しているよ」

 「…兄上」

 

 何処か悩むような表情を浮かべているシュナイゼルに首を傾げる。

 なにか間違っただろうか?

 

 「せめてもの埋め合わせがしたいのですが…なにか欲しい物やして欲しいことはありませんか?」

 

 別にそこまで思わなくても良いのに。けれど普通にプレゼントは嬉しい。ここは素直に受け取っておくとしよう。しかし欲しいものか…今欲しいと言えば騎士団に配備するヴィンセントだけどこれはレイラに書類を出して貰ったし、アフラマズダの少数生産はうちでやってるしなぁ…。

 唸りつつも悩んでいたオデュッセウスは咄嗟に先ほど脳裏に浮かんだ言葉を漏らした。

 

 「うむ…お嫁さんが欲しいかな」

 「なぁ!?あああ、兄上に嫁など早いです!」

 「いや、早いことはないよお姉様。もうお兄様も30歳なんだから」

 「ではどのようなタイプが好みなのでしょうか?」

 

 あれ?意外と本気で私の嫁探しをしようとしていないかい?止めようにもほかに欲しいものがないのは事実。もしかしたら婚約者が出来るかもしれない。まぁ、出来れば良いってもんじゃないが。

 

 「うーん、容姿はどうこう言うつもりはないけどお互いに一緒に居てホッとする相手が良いよね」

 「性格、相性の一致ですか」

 「一番想うのはそこかな…うん」

 

 確かに可愛かったり、綺麗だったりしたら嬉しいけれど関係が冷え切った結婚は嫌だ。自分がとかじゃなく相手に悪い。出来れば政略結婚はあまり嫌だな。国の都合でどうこうっていうのは。と、言っても父上様は政略結婚で情勢を変えるぐらいなら攻めるから政略結婚の話題すら振ってくる事はないけどね。

 

 「殿下。そろそろ…」

 「ん、あぁ、もう時間か。楽しい時間は過ぎるのも早いね」

 「行かれるのですか?」

 「今日は視察が二件もあってね。明日はフラッシュモブがあったりと楽しみが…コホン、仕事で大忙しさ」

 「本音が漏れてましたよ殿下」

 「フラッシュモブですか。私も参加しようかな」

 「ご遠慮願います。ヴァインベルグ卿とオデュッセウス殿下が合流したらお止め出来る自信がありませんので」

 「この前は失敗したからなぁ。リベンジも兼ねてどう?」

 「お断り致します」

 「では、またあとで」

 

 少し寂しいが仕事は仕事。部屋を出てレイラを連れて歩き出す。

 

 「殿下って婚約者居なかったのですね」

 「うん?ぁあ、居ないよ」

 「てっきり皇族なので誰かしら居るものと思ってました」

 「それ私も思ったよ。皇族だから政略結婚とかさせられるだろうと思ったこともあったけど父上は別段お考えになられないし、大貴族や他国から申し込まれる事もないんだよね」

 

 それはすべてギネヴィアとコーネリアに阻止され続けているとは欠片も考えてはいない。

 兎も角、今日の視察を楽し―――こなそうか。

 軽い足取りでウォリックが車を回している正面入り口に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスが出て行った後、シュナイゼルはいつもの涼しげな笑みではなく困ったように眉を下げていた。

 フレイヤの件では確実にお叱りを受けると思っていた。世界初となる広域殲滅が可能な兵器の基礎を考えた学生を自身の直属技術士官にして手元に置き、武器ではなく別分野で働かせているところを見るとフレイヤに関わらせたくないのは明白。そもそもあのお優しい兄上がフレイヤのようなものをよしとする筈がない。だけれども自身が思い浮かべている計画ではあの兵器は理想的。兄上に多少怒られてもと思いながら行動したのだが…。

 

 『身元を伏せてくれたりと色々と気をまわしてくれたことには感謝しているよ』

 

 許されるどころか逆に礼を言われるとは…。

 予想していなかったことに罪悪感が高まる。だから埋め合わせにと思ったのだが。

 

 「まさかお嫁さんと言うとは…どうしたものかな」

 「シュナイゼル。分かっていると思うが兄上には…」

 「いえ、ここは兄上の頼みを叶えたいと思います」

 「何!?」

 「そうでもしないと姉上が邪魔をして兄上は一生出来なさそうですから」

 

 コーネリアとギネヴィア姉上とで婚約阻止していたのはさすがに分かっている。

 だから自分などが捜す必要がある。

 

 「しかしオデュッセウス殿下と相性の良い女性ですか」

 「エニアグラム卿。君が知っている人物には居ないかい?」

 「皇女様方…」

 「以外で頼む」

 「クルシェフスキー卿ともエルンスト卿とも仲は普通ですしねぇ」

 「アーニャとは仲が良いようですよ。よくメールのやり取りしてますし、ブログにオデュッセウス殿下が抜け出した時や仕事中の写真アップしてますし」

 「何ですって!?アーニャ・アールストレイム卿のブログですね!!」

 「お姉様落ち着いて」

 

 アーニャ・アールストレイム卿。

 最年少のナイト・オブ・ラウンズで記憶が定かではないが、マリアンヌ皇妃が存命だった頃より付き合いがあったと思う。身分も腕も確かな相手だが相性が良いのかどうかが確められない。いや、仲が良いのであれば少なくとも良いのだろう。

 

 「姉上。姉上のオデュッセウス殿下の婚約者の条件はなんですか?」

 「それは勿論、気品があり、兄上の事を想い、支え、家柄の良い…」

 「……だいたい分かりました」

 「まだ条件はあるけれど」

 「もう十分です」

 

 これは中々骨が折れそうだ…。

 まずはオデュッセウスと仲の良い女性を知ろうと判断し、ニーナへと顔を向ける。

 オデュッセウスが出て行った事でギネヴィアの視線をもろに受けることになって最初はオドオドしていたが、シュナイゼルの話で解放されて一息つきながらコーヒーをゆっくりと飲んでいた。

 

 「ニーナさんは兄上と仲の良い女性を知りませんか?」

 「わ、私がですか?」

 「えぇ、確かアッシュフォード学園の生徒とも仲が良かったと聞いていますので」

 「えと、ミレイちゃん…ミレイ・アッシュフォードさんとも仲が良かったですけど恋愛感情があったかどうかは…アリスさんとは良く話していたようですけど」

 「アリス…確かナナリーの騎士になった子だね」

 

 ふむ。ここまでの相手を見てみると比較的年下が多い。そういえばエリア11が日本だった頃、日本の名家である皇家のご息女と親しくしていた筈だ。

 恋愛対象と言うよりはもしかして妹や娘のように接していたのではないかと思う。

 

 「難しいわね。二人っきりの食事に誰かを誘ったり、抱き合っていたりなんて話もないからね」

 「そんな兄上が節操のない行動を取るわけが―――」 

 「あ、あの…」

 

 話を終えて消え去りそうに縮こまるニーナはおずおずと手を挙げて、皆の視線が集まる。

 

 「わ、私、抱き締められた事があります。ブラックリベリオンの時、私を落ち着かせようとして殿下が…」

 「抱き締めっ!?」

 

 話したニーナは顔を真っ赤に染めて恥かしそうに俯いた。その言葉にギネヴィアは目を見開いて口をパクパクと開け閉めを繰り返していた。

 ノネットとジノ、カリーヌはその時の事を詳しくと迫っている間、シュナイゼルは思案する。

 

 

 

 兄上は恋愛感情を求めるというよりも安心出来る関係。兄妹、父娘のような関係を求めていると推測しよう。接していたのが年下ばかりの女性なのはそういう事なのだろう。多分ロリコンと言うわけではないだろうがこれを言ったらギネヴィア姉上が暴走しそうなのは明白なので絶対に口にしないし思わないように務める。

 この条件下で姉上の条件…特に家柄の点に絞って仲の良い相手を検索する。

 

 先の皇家のご息女が脳裏に浮かんだが彼女は黒の騎士団を支援していたキョウトの一員として追っている身。ならばと思考を巡らしているととある人物を思い浮かべた。

 彼女なら家柄も良いし、兄上には悪いが政治的にも使える。

 

 このことが原作のコードギアスR2第九話【朱禁城の花嫁】に繋がる事になるのだが、それはまだ先の話である。



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第69話 「アンナバでの戦闘」

 マリーベル・メル・ブリタニア皇女直属騎士団【グリンダ騎士団】

 旗艦グランベリーはユーロピア侵攻軍から離れ、アフリカ大陸アルジェリアのアンナバ上空に差し掛かっていた。

 

 神聖ブリタニア帝国はユーロピア侵攻をユーロピアより亡命した貴族に援助を行いユーロ・ブリタニアとして侵攻を任せていたが、シン・ヒュウガ・シャイングの計画した本国への叛逆行為と騎士団の崩壊により介入。崩壊しかけた戦線を維持するどころか指揮系統を乱したユーロピア共和国連合軍を押し返し、占領地域を着実に増やして行った。

 

 そのまま神聖ブリタニア帝国が戦場を有利に進め、ユーロピアでの力を強めるかと思われたが宰相のシュナイゼルの言で、後はユーロ・ブリタニアに任せて一部を除き、次の侵攻先であるアフリカ大陸にユーロピアに向けたブリタニア軍を進めた。

 

 グリンダ騎士団が向かったアフリカ大陸アルジェリアのアンナバには、ユーロピアと繋ぐ軍港に各方面に送る物資を貯める集積地がある侵攻軍の重要拠点。

 現在、補給線の要であるアンナバを攻撃してブリタニア軍の兵站に打撃を与えようと反ブリタニア勢力が攻勢に出ていた。補給線が絶たれれば進行状況の遅れどころか時間が経てば支配地域の維持もままならない。と言う事で足の速いカールレオン級浮遊航空艦を旗艦に持つグリンダ騎士団が援軍に向かう事になったのだが…。

 

 『いやはや皇女殿下自らご足労頂き恐悦至極。ですがすでに大勢は決しました。これ以上の戦力投入は愚行と具申いたします』

 「そのようですね」

 

 グリンダ騎士団騎士団長オルドリン・ジヴォンはモニター越しにマリーベルと会話しているアルジェリア侵攻軍アンナバ進駐軍主力、第二皇子隷下【アルガトロ混成騎士団】アルベルト・ボッシ辺境伯に対して表情に出さないように怒りを積もらせていた。

 マリーベルは母親が亡くなったことで皇位継承権を一時的に剥奪され、軍学校を卒業後再び与えられたが一度も剥奪されずに皇務に携わってきた他の皇族は役職を得ており、マリーベルは皇族内でも低い存在として軽く見られる事があった。ボッシ辺境伯もそういう人物であった。特に彼は宰相の役職を与えられたシュナイゼルの隷下。余計に軽く見ているのだろう。

 だからこそオルドリンは憤る。

 自分が何を言おうが良い事にはならないだろう。念願の騎士になったと言うのに護る事が出来ないなんてと自身に対して憤る。

 

 「では、私達はここで見物させて頂きますわ」

 『持て成しも出来ませんがどうぞご観覧下さい。それでは仕事が残っておりますので失礼致します』

 

 ニタリと笑みを浮かべて映像を切ったところで大きなため息をつく。

 吐いた所でため息が重なった事に気付き、視線を向けるとヨハン・シュバルツァー将軍も同じくため息をついていたようだ。その様子を見たマリーベルは可笑しそうに微笑む。

 

 「二人ともそれほど気にしないで。いつもの事よ」

 「でも!」

 「オズや将軍の気持ちは嬉しいわ。でもそう見ている人にはそう見せておけば良いのよ。

  蔑みを向ける連中や見下す人達は油断し自分が如何に無能かを曝け出す。

  経歴だけではなく真に見抜く相手を見極め易くなる」

 

 楽しそうに微笑みを浮かべるマリーベルの横顔は可愛らしく、美しく、綺麗に見えた。

 そして何故か不気味さを感じた…。

 

 「私の周りには経歴だけでなく評価してくださるお兄様やお姉様、そしてオルドリン達が居るんですもの。ああいう方のお言葉なんて気にもならないわ」

 

 満面の笑みを向けられ、先ほど感じたものを追い払う。

 シュバルツァー将軍はマリーベルに対して何処か困ったような笑みを浮かべたかと思えば、呆れた視線をある人物に向ける。

 

 「それにしても皇女殿下を前にそのような態度を取るとは…まったく…」

 「……んぁ?」

 

 椅子に腰掛けふんぞり返るような体勢で居眠りをし始めていたアシュレイ・アシュラが抜けた声で返事をし、眠気眼を擦りながら顔を向ける。

 第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアより借り受けた部隊【アシュラ隊】。実力は並みの騎士団以上の猛者揃いだが、好戦的過ぎて手に負えないところがある。しかも皇族に対する忠誠心は無く、誰の前でも自由にしている。高潔な軍人・騎士が見たら眉を顰めるどころか、その場で罰しようともするだろう。

 シュバルツァー将軍は再教育と言ってみっちり説教などを行なうだろうが、マリーベルの判断は自由にさせると言うものだった。元々オデュッセウス殿下から借り受けた部隊であることもあるが、それ以上に彼らの性格を理解した為の判断。

 

 「なんだ?戦闘か?」

 「戦況は我が方が優勢。手出し無用と遠まわしに言われたばかりです」

 「ふーん、それは暇だなぁ…」

 

 大きな欠伸をして再び目を閉じようとする。

 正面の大型モニターに映してある簡易な敵味方の識別信号からなる戦況図を見るまでは…。

 

 「…ん?姫様、我が方に乱れが生じております」

 「敵の誘い出し―――にしては妙ですわね」

 

 映像には中央本隊が敵に押され始め、続いて左翼・右翼が崩れ始めてきた。

 戦術には油断を誘って相手を誘い込み、殲滅したりする戦術があるがそれとは異なり、普通に部隊が押され後退を開始していた。立て直す采配も見受けられない。

 

 「マリー、これって…」

 「ボッシ辺境伯に通信を」

 「それがG-1ベースに通信が繋がりません」

 「未確認情報ですがベースが落とされたとの情報が」

 「各部隊が命令を求めて通信が乱れてます」

 

 最悪の状態だ。

 優勢に事を運んでいるからと言って油断から本陣の守りを緩める事は決してない。なのに本陣をやられたという事は伏兵か裏切り、工作部隊が忍んでいた可能性がある。それもばれずにやり過ごし旗艦を落とすだけの精鋭が。

 なんにしても指揮系統が急に消滅して前線の崩壊が始まりかけている。このままでは部隊の壊滅どころかアンナバを奪還され、各地の補給線が枯渇してしまう。さすれば各戦線は物資不足により思うように戦えず、アフリカ大陸に展開している部隊――否、軍団単位で壊滅するだろう。

 

 「指揮は私が行なうと現在展開中の部隊に通達してください。その際にG-1ベースが攻撃を受けて指揮能力が無いことと、私の名前を告げてください。ブリタニアの皇女の肩書きがあれば従ってくれるでしょう」

 「りょ、了解しました」

 「シュバルツァー将軍。指揮の補佐をお任せします」 

 「俺達はどうすれば良い?」

 「アシュラ隊の方々は正面に展開。中央本隊の援軍へ―――あとはいつものように好きなように」

 「おっしゃ!アシュラ隊の出撃だ!」

 「オズ…G-1ベースを潰した賊の排除を」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 

 オルドリン・ジヴォンは駆け出す。

 マリーベルの命令をこなす為に。

 マリーの騎士として護り、矛として敵を穿つ為に。

 何よりマリーを見下している連中を見返してやる為に。

 

 

 

 

 

 

 燃え盛るアルガトロ混成騎士団旗艦であるG-1ベースに背を向け、オルフェウス・ジヴォンは通信を入れる。

 

 「ズィー。戦況は?」

 『おう、ブリタニアの連中指揮系統を乱して押され始めてる。俺達の任務完了だな』

 「あぁ、わざわざ手伝わせてすまなかったとネリス達に伝えてくれ」

 『了解したよ。さっさと逃げろよ』

 「分かっている」

 

 オルフェウスは短い通信を終えると自身の機体――白炎の武装を収納する。

 白炎とは紅蓮弐式や月下を開発したラクシャータが作ったナイトメアの一つで姿形は紅蓮弐式に類似している。弐式の前段階の紅蓮壱式をオルフェウス専用にカスタマイズしたものなのだから似ていて当然なのだが、輻射波動機構は取り付けられていない。代わりに七種類もの武器をツールナイフのように収納できる肥大化した右腕部を保有している。

 後の違いと言えば白を基準とした色とカブトムシを連想するような角だろうか。

 

 今回オルフェウス達は反ブリタニア組織【ピースマーク】の依頼でアンナバを襲撃する反ブリタニア勢力の援護を頼まれていた。報酬は見合った金額と中華連邦での任務を優先して回してくれる約束を取り付けた。

 オルフェウスとナイトメア一騎ぐらいならガバナディに頼んで中華連邦まで密輸という形で運んでくれるだろう。しかし中華連邦に行くならネリスと名乗っているコーネリアと、ギルと名乗っているギルフォードも付いて来る。さすがに個人の力でナイトメア三騎を密輸するとなると難易度が高い。だから大きな力を持つピースマークの輸送手段を使って運んでもらおうと画策したのだ。

 

 任務であった敵司令部の破壊には成功。これで任務は達成。残るは無事にこの戦場から離脱するのみ…。

 

 『よくもやってくれたわねテロリストが!!』

 「なに!?空から―――アレはあの時の…」

 

 外部スピーカーより発せられた女性の声とレーダーに映った機影を確信して上を見上げた。

 サザーランドでもグロースターでもない。

 読み込んでいたナイトメアのデータから形状が最も酷似している機体データを表示する。

 エリア11で華々しい初陣を飾り、多大な戦果を挙げ、ナイト・オブ・ラウンズのひとりの愛機としてしられるランスロット。

 機体形状に変化が見られることとメインカラーの違いからラウンズとは別のカスタム機と判断する。

 背に取り付けた翼のようなパーツに何本も剣をぶら下げた真紅のランスロット。さらに上空に見える航空艦。

 

 ――ヴァイスボルグ城で見かけた航空艦…。

 

 上空から速度を付けた一刀を肥大した右腕部――七式統合兵装よりブレードを展開して受け止める。

 刃と刃が激突して火花が散る。

 さすがに受けきるのは不味いと判断し、受け流す。

 流されたランスロットはそのまま地面に刃を振り下ろした。

 

 『こいつっ!?』

 「そんな甘噛みで俺は殺せない!」

 

 放たれたスラッシュハーケンを操縦技術と白炎の性能で掻い潜り、懐へと飛び込む。

 相手は近接戦闘が得意なランスロットと言えどもパイロットの腕前一つで本来の性能を引き出せない場合がある。このランスロット・グレイルのパイロット、オルドリン・ジヴォンは母親のオリヴィア・ジヴォンに習った剣術を使った戦闘が得意なのだ。パイロットがスザクならばブレイズルミナスを展開した腕部を用いた近接戦闘を挑むだろうが、剣に執着するオルドリンは対応し切れなかった。何しろ剣を振ろうにも近すぎて振れないのだ。

 逆に白炎は収納できるようにある一つの武器以外は剣よりも短めに作られている。

 

 ブレードを収納した七式統合兵装より展開させたのはナイトメアの装甲も切断できる大鋏。

 

 『武器が変わった!』

 「これで――ッ!?」

 

 大鋏で頭部を捉えようとした瞬間、ミサイル警報がコクピット内に鳴り響く。

 すかさず後方に飛び退く。

 横目で発射地点である両肩にミサイルポッドを装備したサザーランドを確認する。大鋏を収納し超高出力電磁加速砲を展開し素早く撃つ。コクピットは狙えなかったが脚部を吹き飛ばす事には成功した。

 

 『ティンク!?』

 

 ミサイル着弾の為に発生した煙から声が響く。

 晴れていく煙を睨むと突き出された腕部より薄っすらとバリアのような物が展開されているランスロットの姿が確認できた。味方ごと撃った理由に納得し、再度ブレードを展開する。

 

 『ぼけっとしないで!!』

 「くっ!!また新手か!?次から次へと…」

 

 上空から降り注いだハドロン砲を回避し、上空を駆ける戦闘機らしき物を見上げる。

 ランスロットが移動し右側面に移動。左側面に回った戦闘機と挟み撃ちにするつもりなのだろう。

 

 『下がれ!』

 「ネリスか!助かる」

 『礼はいい。ランスロットタイプを』

 

 戦闘機にネリスとギルのサザーランドの銃撃が襲う。しかし機動性が高すぎて中々当たらない。いや、その間に目の前の一騎を討てばいい。もう一騎サザーランドが降下してきたが銃弾飛び交う戦場から先ほどの脚部を撃ったサザーランドのパイロットを救助に来たらしい。

 

 

 『このぉおおお!!』

 

 斬りかかって来るランスロットと刃を交え、一進一退の攻防戦を続ける。

 ナイトメアの性能的に白炎もランスロット・グレイルも同等。パイロットの技量はオルフェウスのほうが勝っている。しかし攻めきれないのはランスロットに使用されているシュロッター鋼による防御力にあった。

 

 「中々に硬い機体だな」

 『このテロリストが!!』

 

 眼前のパイロットは敵が倒せない事に焦り熱が入りすぎて周りが見えていない。ここは無理に勝負に出ずに周りを生かすように立ち回らなければならないというのに…。

 オルフェウスは周りの状況を確認する。

 戦闘機と思っていた機体はナイトメアに変形し、ネリスとギル、そして合流したズィーのグラスゴーの三騎と戦っている。そちらは問題ないのだが新たに空中から似たような戦闘機が降下してくる。

 これ以上はこちらが危険と判断して諸刃の剣である兵装を起動させる。

 

 「ネリス、ギル、ズィー!ゲフィオン・ブレイカーを使うぞ」

 

 頭部の角が三つに割れ、中より赤く輝く部位が露出する。

 紅蓮弐式にも搭載されていない兵装【ゲフィオン・ブレイカー】。ナイトメアのエネルギーとして使用されているサクラダイトに干渉する兵装で範囲内の機体を行動不能に陥らせる。ただし、発動した白炎も機能停止になるので出来れば使いたくなかったが…。

 

 範囲内から一気に離脱したネリスとギルのサザーランド、ズィーのグラスゴー以外は機能を停止した―――筈だった。

 

 『よくもレオンを!!』

 「なに!?ぐぅううううう!!」

 

 先ほどの機体同様変形したランスロットに似た機体は勢いを付けて膝蹴りを白炎に喰らわせたのだ。

 ゲフィオン・ブレイカーの影響で範囲内の機体は停止すると思っていたオルフェウスは驚きのあまりに動く事すら出来なかった。驚いていなくとも機体は停止しているので動けないが、しがみ付くなど対策を取れなかった。ベルトのおかげでコクピット内を跳ね回る事はなかったものの、頭を強打してしまった。

 

 『機体のサクラダイトに干渉して機体を行動不能にするゲフィオンディスターバー…。厄介な物ですがこのヴィンセントにはすでに対策が施されています。その攻撃は通用しません!』

 

 若い女性の声に薄れ行く意識を保ち、思考を巡らす。

 ゲフィオン・ブレイカーで動けない機体。

 頭を強打した事で満足に動けそうに無い自身。

 機体を見捨てて逃げ出しても眼前のナイトメア。

 

 完全に詰んだ状況に苛立ち、無意味と知りながら操縦桿を動かしペダルを踏み締める。

 

 「ここで終わる訳には行かないんだ。あいつに…あいつに復讐するまでは…」

 

 言葉を吐き出しながらなにか手はないかと灯りの消えたコクピット内で思考する。

 すると外から銃声が響き、機体が揺れる。

 着弾したのではなく、なにかに揺らされた、もしくは掴まれた感じが伝わる。

 

 『大丈夫かオズ!?』

 「……ズィーか?」

 『生きてたな。このまま引き摺って撤退する。良いな』

 「あぁ…頼む…」

 

 助けてくれた仲間に感謝しつつ、オルフェウスは意識を手放した…。

 

 

 

 

 

 グリンダ騎士団旗艦グランベリーはアンナバに着陸し、マリーベルは指揮官代行として仕事に追われていた。 

 そんな中、ナイトメア格納庫ではオルドリンがため息混じりに項垂れていた。

 今回の戦闘でグリンダ騎士団の戦闘能力は半減していた。

 

 現在グリンダ騎士団はアシュラ隊を除けば飛行能力を持つレオンのブラッドフォードとマリーカのヴィンセント・エインセル、ソキアとティンクのサザーランド、オルドリンのランスロット・グレイルを所有している。

 飛行能力のある二機が空中より攻撃、もしくは遊撃として動き、サザーランド二機の援護を受けながらランスロット・グレイルを全面に押し出す戦法を主に行なっている。

 

 が、ランスロット・グレイルとブラッドフォードは機能停止状態。ティンクのサザーランドは脚部を撃ちぬかれた。無事なのは救助活動に周ったソキアのサザーランドとヴィンセント・エインセルのみ。

 

 ちなみにアシュラ隊は中央を持ち直させると左翼に周り、右翼に駆けつけて、大破こそしていないものの、機体は満身創痍である。

 

 これからグリンダ騎士団はゲフィオン対策を施すために本国に帰国する。今までの勝利とアンナバ防衛の功で簡易な凱旋パレードが開かれるそうだ。

 

 オルドリンは素直に喜べない。 

 レオンは自分を助け、腕の良いナイトメア三機相手を相手にして時間を稼いだ。

 ティンクは不意をうつのと同時に自分の救援に駆けつけた。

 ソキアは戦闘こそしなかったものの戦場のど真ん中に居たティンクを助け出した。

 マリーカは動けなくなった自分とレオンを護る為に一騎で相手を牽制し続けた。

 それらに対してマリーの騎士である自分は苦戦したどころかもう少しでやられるところだった。

 

 悔しい…。

 悔しさで力を込めて食い縛り、唇から血が垂れる。

 

 携帯電話を懐から取り出し、躊躇いながらも電話をかける。

 本来なら躊躇って止めるだろう。しかしマリーの騎士として止める訳にはいかなかった。

 

 「もしもし…」

 『あー、もしもし。どうしたんだい君からなんて本当に珍しい』

 

 緊張しつつ電話をかけると相手の明るく優しげな声色に多少落ち着かされる。

 相手はオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子。マリーと昔から仲良くしており、母親と妹をテロで亡くしてマリーが情緒不安定になったときに教えて貰った連絡先。一応の緊急時用連絡先としてだったが。

 

 「そのですね、殿下にお頼みしたい事がありまして」

 『頼みごと?なんだい?』

 「殿下に……ナイトメアの操縦を教えて頂きたいのです!」

 『うん、良いよ…って、え!?』

 

 昔聞いた事がある。

 オデュッセウス殿下は閃光と呼ばれるほどお強かったマリアンヌ皇妃とナイト・オブ・ワンのビスマルク卿に習ったのだと。そしてマリーからラウンズ並みの腕前を持っていると聞かされた事もある。

 自身と繋がりのある人物で格上だと思われる相手はオデュッセウス殿下しか居ない。勿論、ご多忙の為に断られる可能性が高い。けれど…。

 

 「どうしてもマリーを護る為に強くなりたいんです。お願いします」

 『マリーの為にか―――分かったよ。と言っても私が体験した奴を教えるだけになりそうだけど』

 「ありがとうございます殿下」

 

 電話越しに深々と頭を下げてお礼の言葉を続ける。

 自身でも卑怯だと思う。オデュッセウス殿下は身内や親しい者にとても甘い。だからマリーの名前を出せば断られないと。

 罪悪感は感じるもののそれでも自分は強くならなくちゃいけない。

 

 そう心に決めたオルドリンは帰国するのを心待ちにする。

 ………その訓練にグリンダ騎士団のパイロット全員が巻き込まれ、地獄を見る事になるとは誰も知る由もなかった。



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第70話 「グリンダ騎士団強化訓練!!」

 大変長らくお待たせしました。
 一か月ぶりです。チェリオです。

 色々あり投稿が遅れましたが、今日より前と同じ週一投稿を開始いたします。


 神聖ブリタニア帝国第一皇子直轄サンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】

 名の通り第一皇子であるオデュッセウス直轄の工廠で、最先端のナイトメア技術の宝庫となっている技術屋にとっては夢のような施設である。研究費は国からの支給とオデュッセウスの個人資産も含まれるのでかなり潤沢な資金運用が可能。中には試作段階でナイトメア一個師団が一年運用できる資金をかけたものもあったほどだ。

 開発や試作を行う研究棟にテストを行うための屋内試験場、量産の為の専用ラインと工廠としての機能だけでなく、快適に過ごせるように工夫された居住エリアに娯楽施設、世界各国の食を充実させたりと働き手の事も考えられている。

 

 本日はグリンダ騎士団筆頭騎士であるオルドリン・ジヴォンの頼みで訓練を行うべく第四研究棟のシミュレーション室にオデュッセウス・ウ・ブリタニアの姿があった。パイロットスーツを着た状態で…。

 前々から思っていたのだがブリタニアのナイトメア用のパイロットスーツは多くの問題点を持っているんだ。なにせ反応性や動き易さを考えて肌に密着するボディースーツタイプでとても着にくいのだ。少し湿気ていただけでひとりでは着れないぐらいに。そして女性用のパイロットスーツは男性用と違って露出が激しい。肩より先はなく、下半身は水着のハイレグに近い。正直目のやり場に困るのだ。

 

 そこでオデュッセウスが目を付けたのがwZERO部隊のワイバーン隊が使用していたパイロットスーツだ。確かに同じようなボディスーツタイプではあるのだがかなりのゆとりがあり、着用後スイッチ一つで隙間の空気を排出して肌に密着するのだ。着やすい上に男女とも手首足首まで覆うタイプなので目のやり場にも困らない(身体のラインがはっきりするので困ると言えば困るがブリタニアのパイロットスーツよりは問題ない)。

 

 訓練を受けるために集まったグリンダ騎士団を見渡すとオデュッセウス自ら訓練の教官役を行うとのことでかなり緊張気味である。…嘘をつきました。マイペースなティンクだけは普段通りだった。

 最初はオルドリンだけだったのだが、アンナバで痛い目にあった他のグリンダ騎士団の面々も自身の強化を図る為に参加を希望したらしい。ということでオルドリン以外にレオンハルト・シュタイナー、ティンク・ロックハート、ソキア・シェルバ、マリーカ・ソレイシィのグリンダ騎士団ナイトメアパイロット勢ぞろいとなってしまった。さらにグランベリーのオペレーターを務め、オルドリンのメイドでもあるトト・トンプソンも参加している。

 

 トト・トンプソンは饗団よりオルドリンを監視する目的で派遣されたギアスユーザーであるが、饗団よりもオルドリンよりの人物。周りへ気配りが出来、優しげな雰囲気と年頃の少女らしい一面を持った可愛らしい子だが、オルドリンやマリーベルと共に軍の学校を卒業し名誉騎士章を保持している実力者でもある。

 

 六名の参加者と用意させた椅子に腰かけてお茶を楽しみながら眺めているマリーベルを見渡し大きく頷く。

 ちなみにヨハン・シュバルツァー将軍はグランベリーやグリンダ騎士団のナイトメア隊改修の為に、ブリタニアの軍需産業の心臓部と言えるキャリフォルニア機甲軍需工廠ロンゴミニアドファクトリーへ行っている。

 

 「さて、訓練を始めようかな。軍の訓練じゃなく私が体験したものをアレンジしたけど、かなりきついから無理そうだったら途中で言ってね。自分の状態を判断して動くのも大事なことだから。内容は簡単に言うとシミュレーターと運動を繰り返す感じかな。えーと、質問はあるかな?」

 「し、質問があります」

 「なにかなレオンハルト君」

 「シミュレーターという事でしたが殿下おひとりで僕たちの相手をなさるのですか?」

 「いやいやいや!私ひとりで君たち全員の相手は無理だよ。それでは君たちのではなく私の訓練になってしまう」

 「では他に騎士の方を呼んでいるのですか」

 「ああ、君たちの特訓の為に声を掛けたら快く集まってくれたよ」

 「という訳で我々が訓練相手を務めよう」

 

 緊張しながら質問したレオンハルトとの会話の最中に登場したのは純白の制服に色違いのブリタニアの紋章を描いたマントを羽織った三名の騎士。

 

 貴族の出だが凝り固まったプライドはなく、好奇心と人懐っこさを持った好青年、ナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグ卿。

 いつも無表情でほとんど手持ちの携帯を弄っている最年少ラウンズ、ナイト・オブ・シックスのアーニャ・アールストレイム卿。

 元オデュッセウスの騎士で近接戦闘能力で秀でているナイト・オブ・ナイン、ノネット・エニアグラム卿。

 

 現れた帝国最強の十二騎士の三名に緊張がさらに高まり、表情は驚愕に染まる。

 

 「ん?どうしたシュタイナー卿。ジノ兄さんに会えて嬉しくないのか?」

 「い、いえ!そういう訳では…」

 「シュタイナー卿って呼ぶのも長いし、昔みたくレオンで良いよな」

 

 固まっているレオンハルトの肩に手を回してくっ付く様子に皆の視線が向かい、アーニャの携帯のフラッシュがたかれる。

 

 「本当によく来てくれたねエニアグラム卿、アーニャ、ジノ」

 「――殿下の頼みを断る理由がない」

 「それに何やら楽しそうですから」

 「殿下。私だけ卿呼びなのですね」

 「あー…呼び捨ての方が良いのかい?」

 

 ラウンズとオデュッセウスの会話をただただ聞いていたオルドリンは想像以上の相手に興奮を隠せないでいる。

 なにせ格上の騎士であるラウンズとの訓練となればどんな訓練よりも勉強になるし、マリーベルを守るための騎士として強くなる血肉となるのは確実だ。

 

 「おっと、雑談していては訓練の時間がなくなってしまう。ではそれぞれ用意されたシミュレーターに搭乗してくれ」

 

 訓練の事を忘れて話し込みそうになったが、すぐに本題を思い出し皆にシミュレーターに改造されたナイトメアのコクピットへの搭乗を促す。勿論自身もだが。

 

 乗り込んだオデュッセウスは自分用に登録したデータが問題なく再現されているかを軽く確かめる。

 機体はグロースターに大型ランスの代わりに狙撃ライフルを装備させ、センサー類に長距離狙撃可能な機器とシステムを組み込んだ標準的なグロースター狙撃タイプ。

 システム面も動作面においても問題がないことを確認すると隣に現れた機体に顔を向ける。

 

 赤紫をメインカラーにしている通常のナイトメアよりもずんぐりとした機体。

 現在調整中のアーニャ専用ナイトメアフレームの予定性能で再現されたモルドレッドが並び立っていた。

 

 『―殿下。いつでも行けます』

 「よし…ではこれより訓練を行う。訓練内容はどんな手段を用いてもいいので敵対ナイトメアフレームの排除。オルドリンとレオンハルトはラウンズとの一騎打ち。そして残りのグリンダ騎士団は私とアーニャとの戦闘だ。

  この訓練で君たちが騎士としての力を一層強く出来ると期待する」

 

 アーニャからの通信を聞き、全機に向けての開始の宣言をすると即座に通信を切った。

 ラウンズの彼らと違って狙撃戦メインのオデュッセウスが長々と待ち構えている訳にはいかないのだ。

 

 『―どうしましょうか?』

 「アーニャは好きなように戦ってくれればいいよ。私は陰ながら援護するから」

 『イエス・ユア・ハイネス』

 

 返事を聞くと同時にスラッシュハーケンを放って移動を開始する。

 オデュッセウスとアーニャが居る戦場は高層ビルが立ち並ぶ廃墟――エリア11のゲットーを模したエリアとなっている。

 建物の状況を見極めハーケンを打ち込んで三次元軌道能力を生かして狙撃ポイントの捜索と同時に移動を開始する。

 

 コンクリートと鉄筋しか残っていない高層ビルの一室に身を隠し、狙撃用のスコープでグリンダ騎士団を探そうとのぞき込む。

 空を飛んでいるマリーカのヴィンセント・エインセルは簡単に見つけたが残りの三機が見当たらない。

 

 (…まぁ、見当たらないと言っても軽く見渡してみてだが…ね)

 

 飛行能力を持つヴィンセント・エインセルは戦闘に備えるというよりは索敵を行っているのだろう。あちこちと飛び回りこちらを探っている。

 先ほどから飛び回っているエリアが捜索に向かっているエリアなら逆に一度も向かっていない位置にいるだろうと当たりを付けて睨むように見つめてみると建物を壁にしているが頭部が覗いているサザーランド電子戦型を発見した。

 グリンダ騎士団のナイトメアに納入予定の新機体がある。ソキアのサザーランド・アイとティンクのゼットランドだ。そしてサザーランド・アイはサザーランド電子戦型の上位機種…慣らしも兼ねてソキアが操縦しているのだろう。

 

 サザーランド電子戦型を中心に捜索すると先行するグロースター量産型と尾行しているかのように距離を開けて隠れながら後を追うサザーランド特殊武装B型を発見した。

 

 地上からサザーランド電子戦型が索敵、上空のヴィンセント・エインセルが索敵を行っているが、索敵よりも上より見ていますとこちらに見せつけて動き辛い様に牽制するのが狙いか。

 あとはグロースター量産型を囮としてこちらを釣るか、発見したらグロースター量産型とサザーランド特殊武装B型、ヴィンセント・エインセルが上下から仕掛ける算段と見た。

 

 少し大人げないかなと思いつつも彼らの為だと言い聞かせ心を鬼にする。

 なにせこれから行うのは一方的な攻撃なのだから…。

 

 「アーニャ。ポイントc‐6にグロースター、d‐7にサザーランドを発見。サザーランドは8連装ミサイルポッドを装備した特殊武装B型。排除は可能かな?」

 「―問題ありません。撃ちます」

 

 モルドレッドのショルダーアーマーのように肩に付いていた強固な装甲で守られた両肩の二連ハドロン砲が正面で合わさり四連ハドロン砲へと変わり、カールレオン級浮遊航空艦をも一撃で葬ることが可能な四連ハドロン砲の砲撃が目標地点であるd‐7へと一直線に向かって伸びる。

 多分だが上空から見ているヴィンセント・エインセルにしか状況は理解できていないだろう。サザーランド電子戦型でもなにか事が起こっていることは理解できても即座に何が起こっているかまでは推測できない。

 建物でまったく砲撃が見えないサザーランド特殊武装B型は慌てて動こうとするが時すでに遅し。判断して踏み出した頃にはハドロン砲に飲み込まれ跡形も残さず消滅していた。

 

 ハドロン砲に注意が向いている隙にオデュッセウスはサザーランド電子戦型の覗かせていた頭部を狙撃する。

 頭部が吹き飛び反動で倒れ、建物より姿を現した胴体にもう一発撃ち込んだ。

 

 いきなりの奇襲で一騎失い、地上の目を潰され混乱していると思う。

 相手はソキア、ティンク、マリーカ、トトの四人。

 指揮官として動けるのは思いっきりのいいソキアとティンクぐらいだろう。つまり統率者を失い混乱を起こしている。

 

 ヴィンセント・エインセルはこちらの位置を特定できなかったのかアーニャのモルドレッドに向かって突っ込んで行った。せめて一矢報いようと言うのか知らないが狙撃があったというのに空を高らかに飛んで姿をさらすのはどうなのだろう?もしくは狙撃されたことに気づいていないのか?気付いていないのなら周囲への状況把握能力を根本より教え込まないといけないな。

 

 狙撃できないこともないのだがアーニャに任せれば良い。

 ただ無策に突撃したところでモルドレッドを単騎攻略など彼らでは不可能なのだから。

 全方位にブレイズルミナスを展開できるうえに、展開していないとしても装甲は固すぎて廻転刃刀をもってしても斬ることが叶わない。彼らの腕前云々の前に機体の装備・性能的に勝てないのだ。

 

 などと思っているうちにモルドレッドに取り付けられた小型ミサイルにより撃墜されていた。

 たったひとり残ったグロースター量産型は索敵を行っていた目と耳を失い、格上過ぎる相手にどう挑めばいいのか分からず慌てながら立ち尽くしていた。

 

 「そういう時は身を隠すんだ」 

 

 このエリア限定でオープンチャンネルで伝えながらトリガーを引く。

 放たれた弾丸はグロースター量産型のコクピットを貫いて、オデュッセウスとアーニャの圧勝という形で一回目のシミュレーターは幕を閉じた。

 

 終了してコクピットより出たオデュッセウスは悲壮感漂うグリンダ騎士を見てやり過ぎたかと後悔の念に襲われたが、すぐに杞憂だったことを知る。

 だって一人目を輝かせて次をしましょうとやる気十分な発言をしているグリンダ騎士団筆頭騎士がいるのだから。

 

 それにしても一人として10分持たなかったのは遺憾である。相手が格上だから仕方ないと言えば仕方ないが、大事な大事な妹を護る騎士だと思うと心許ない。

 

 「一回目のシミュレーターを終了。これよりグリンダ騎士団の面々には走って貰うよ」

 「走るのですか?」

 「うん。このナウシカファクトリー外延部を一周。駆け足で」

 「一周!?」

 「待ってください殿下。この広大な工廠を駆け足で一周するんですか!?」

 「ん?全速疾走が良かったかな?」

 「いえ、そうではなくて…」

 「えーい、グダグダ言わずに行くぞ諸君!私に続けぇー」

 「え!?ちょ、待ってえええぇぇぇぇ…」

 

 一応軍の訓練を受けて鍛えられている騎士であってもブリタニアの工廠内でベスト3に入るほどの広さを誇るナウシカファクトリー外延部一周は堪える。さらにグリンダ騎士団の面々は10分に満たないとは言えシミュレーション後。精神面・肉体面で相当な疲労となる。

 

 元々知らされていたラウンズ組とマリーベルであったが、さすがにきついのではと心配した。

 …きつい訓練と知ったレオンハルトが驚いて何度も確認を取っていたので、ノネットが引っ張って走っていったことの方がオデュッセウスにとっては心配だが。

 

 というか何故ノネットは走って行ったのか。ラウンズは走らなくても良いと説明したのだが…。ま、いっか。本人もじっとするより身体を動かすのが好きだし、無理のないように見守ってくれるだろう…多分。

 

 「お兄様。少し酷ではありませんか?」

 「そう思うかい?」

 「はい…」

 「んー…でも私が体験したのはもっと酷かったよ。命の保証なかったし」

 「「「え?」」」

 

 三人がはもった。

 だってあの頃はシミュレーターなんて操縦訓練に使える程度でデータ収集に向かない。その上、マリアンヌ様は満足しないんだもの。結果、脱出機能皆無でコクピット剥き出しのガニメデを使用した模擬戦。

 

 「まぁ、マリアンヌ様やビスマルクの腕は確かだから殺そうと思わない限り大丈夫だと思うけど。それでも結構実戦さながらの事をするから危険は絶えないわけで、危険な事に臆して手でも抜こうものなら一瞬で見破られて手加減できるほど余裕があるのねとぶっ続けで三時間コース発生とか普通にあったなぁ。そもそもガニメデの性能テストと追加パーツのデータ収集、試作武器の動作確認などを目的とした模擬戦という大義名分を得たマリアンヌ様の暇つぶしだから、こっちのほうが負担が大きかった…。各方面から使えそうな装備品を洗い出し、無理矢理再試験として評価が下った物を倉庫から引っ張り出したり、理由付けをして実験場の使用申請に使用目的の書類。備品取り寄せ、必要経費の算出。整備担当への連絡に情報漏洩を防ぐための毎回違う警備計画書…ありとあらゆる書類を提出し、問題があれば説明や書き直しを行って許可を取る。これだけでも大仕事なのにほぼ無理やり付き合わされたルルーシュの精神面の対応に毎回大破寸前まで破壊されるガニメデを直す整備士さん達への謝罪と感謝を込めた飲み会の資金提供と場所決め。他にもぶつぶつぶつぶつぶつ…」

 「お、お兄様!?」

 「で、殿下。昔の話はそのぐらいにしておきませんか?」

 「――そうすべきです」

 「んぁ?そ、そうかい。いつの間にか長々と話してしまったかな」

 

 あの頃の事を思い出したらいつの間にか口が滑らかに動いていたらしい。

 いけない。いけない。

 今はアーニャだけど中でマリアンヌ様も聞いているのだ。下手な失言をしてしまったら後が面倒だ。

 ところでジノとアーニャはどうして顔を引きつらせているのかな?

 

 「と、言う事はオズたちが受けている訓練はそれを元にしたものですか?」

 「んー…そうだね。目的はだいぶん違うけどね。私が体験したのはほとんどマリアンヌ様の暇つぶしで今回しているのは騎士団の実力の底上げだから」

 「ですが殿下。シミュレーターとランニングの繰り返しはきつくありませんか?」

 「きついよ。私はしたくない程に。でもさ、私の大事な妹を守護する騎士たちだから強くなって貰いたいんだよ」

 「―先に潰れてしまいますよ」

 「そもそもグリンダ騎士団が本国に滞在するのも短期間。その間に私たちラウンズに勝つのは不可能でしょう」

 「勝つのは無理だよ。これはラウンズに勝つための訓練ではないのだから」

 「と言いますと?」

 「技術面の向上もあるけれどどんな疲労時でも相手に食らいつく気持ちと冷静な思考能力の持続、判断能力の上昇を狙った訓練なんだ。

  彼らは短期間とは言え幾度も格上であるラウンズと、多少なりとも腕の立つ私と戦うのだ。嫌でも技術面は上がるだろうし、向上心があればこちらの動きから盗めるだろう。

  外周一周後には10分ほどの休憩を挟むけれど、戻った彼女達にはシミュレーターで10分以上時間を使えればその分ランニング後の休憩は増えると言うんだ。実力を上げる者はそのまま、休む時を欲するものは何とかして十分以上粘ろうとするだろ?」

 「ああ!それで少しでも長く持ちこたえれるように試行錯誤をすると言う事なのですねお兄様」

 「そういう事さ。しかもランニング後で疲労している状態で試行錯誤するんだ。通常時よりも思考能力は低下している。そんな状態でラウンズ相手に十分、十五分と持ちこたえたらどれだけすごいと思うだろ?」

 「確かに。それだけの思考能力を持った者ならば戦場で大いに活躍するでしょうな」

 「戦おうが逃げようがどちらにしても騎士団の向上に繋がる。アーニャにもジノにも迷惑をかける」

 「――殿下の頼みだから問題ありません」

 「私は楽しいですから。それにこの後…」

 

 首から提げたあの時のお土産を大事そうに撫でるアーニャと、何やら含みのある笑みを浮かべるジノを見て、感謝と同時に笑みが漏れた。

 私は本当に良い友人に巡り合えたな。そう心の底から感じた…。

 

 余談だが訓練が終わった夕刻。

 ジノとオデュッセウスが接触したことで逃げ出すと勘付いたレイラ・マルカル大佐の厳重な監視網に引っ掛かり、二人まとめて説教二時間コース&アーニャのブログにアップされる罰を受けたとさ。

 あと、深夜過ぎまでいつもと違い悪戯っ子のような笑みを浮かべたアーニャと模擬戦をしていたオデュッセウスの姿が屋内試験場で目撃されたとか…。



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第71話 「オデュ+皇族=周囲の人間の疲労度」

 グリンダ騎士団が一週間に渡る地獄の訓練を終えてから三日後。

 オルドリンやマリーベルはピスケスの離宮で休息を取り、各々ゆっくりとした休日を過ごした。

 

 そして本日、帝都ペンドラゴンのセントラル・ハレースタジアムにてグリンダ騎士団の活躍を祝して行なわれる競技ナイトメアフレームリーグが開催される。

 競技ナイトメアフレームリーグとは軍より払い下げされたグラスゴーをデチューン…出力を軍事用から一般用へと大幅ダウンさせ、各チームごとにカスタマイズされたプライウェンを使用した競技でルールは簡単。五対五で方や右回り、方や左回りでコースを回り、リーダーであるクイーンを守りながら先に八周した方が勝ちという。

 ちなみに両チームが逆に回る為にお互いが交差する瞬間がある。その時は相手を殴ってよし、蹴ってよし、投げてよし、壊してよしの問答無用の戦いが繰り広げられる。これこそが競技ナイトメアフレームリーグの醍醐味だろう。レースだけでなく過激な戦いを含んだ競技。スピード感を感じつつ大迫力の刺激を受けるなら最高のものである。

 

 会場となるハレースタジアムへと繋がる大通りにてとても大きな人だかりが出来ていた。

 集まっている民衆はその中央に居る人物に向けて騒いでいたが、近づこうとはしなかった。否、近づける筈がない。

 注目を浴びている人物の周りには数十人による武装した警備隊が展開しており、異常な威圧感を放っているのだから。

 

 「おぉ、ソフトクリームか。さすがに抹茶味はないねぇ」

 「抹茶って確かエリア11の飲み物だっけ?」

 「良く知っているね」

 「昔お兄様が飲んでいるのを見てギネヴィア姉様達が真似して飲んでいたのよ。私は巻き添え」

 「巻き添えって…」

 「アレ、苦くて苦手なのよね」

 「あははは、カリーヌにはあの苦みはまだ早かったかな」

 「…風味は分かったから良いじゃない」

 「そっか、そっか」

 

 警備隊は好き好んで威圧感を放っている訳ではない。

 今回の競技ナイトメアフレームリーグを観覧するオデュッセウスとカリーヌの二名は専用車で会場に直に向かう筈だったのだが、いつものようにオデュッセウスの一言で予定変更。オデュッセウスだけならレイラがきつく言い聞かせる事が出来たのだけれども、今回は同乗していたカリーヌも話に乗ってしまい、さすがに言い出すことが出来なかったのだ。

 一応遠回しに言いはした。が、皇族に対して普通は(・・・)親衛隊隊長とはいえ強気に出ることは出来ず、その上あまり関わったことのない相手への距離感も掴めないので、本当に遠回しになってしまった。

 

 ゆえに予定になかった警備にカリーヌを護衛するSP達にハメル中佐率いる警備隊、第一皇子直属の親衛隊のレイラ達は気を張っていたのだ。予定になかった事であることから反ブリタニア組織の計画的なテロはないだろうけれども、突発的な犯行が起こってもおかしくない。

 ただならぬ緊張感漂う中、オデュッセウスとカリーヌだけはのほほんと大通りに並ぶ店を眺めながら歩いている。

 

 「にしても安っぽい物ばかりね」

 「んー、普段見慣れているのは高価なブランド品ばかりだからね。そう感じても仕方ないか」

 「お兄様は慣れ親しんでいるみたいだけど」

 「まぁね。伊達に出歩いている訳ではないよ」

 「普通皇族が警備もつけずに出歩くこと自体問題なの」

 「返す言葉もありません」

 

 当然の言葉に申し訳なさそうにする。

 少しきつめに言ったがカリーヌ自体は然程気にしてはいない。以前なら本気で護衛なしで出歩いていたが、最近はレイラが先に手を打って居たり、誰かしら付けるようにしているので以前に比べてだいぶんましになった。

 ギネヴィアもその点などでレイラの能力の高さを知ることとなった。比べる相手はエリア11の総督をしていた時のコーネリアで、あの頃は脱走率100%だったから…。

 

 この時、レイラ達の服装は防弾チョッキの上にブリタニア軍の制服を着ている。それだけだと写真やテレビに映った時に身バレしてしまう可能性が高いので軍帽にバイザー、もしくはサングラスで多少隠している。さすがにヘルメットを被っての護衛だと身バレはし難いだろうが変に目立ってしまうから却下しているが完全に顔を隠すならそれぐらいした方が良いのだろうか?

 

 「んー…――――ッ!?」

 「どうかしたのかしらお兄様」

 「い、いや…何でもないよ」

 「折角のお出掛けなのですから上の空になって私の事を放置しないで下さいね」

 

 考え事をしていたのが気に入らなかったのだろう。腕に軽く抱き着きながら周囲に見えないように肉を少しつままれ、頬を膨らませて不機嫌さをアピールされる。本気でないと分かっていても可愛らしい妹にそういう態度を取られると、甘やかしてしまうのが兄心と言うもの。

 とは言っても微笑みを浮かべながら優しく頭を撫でてやることしか思い浮かばないのだがね。

 コーネリアやギネヴィアにした時はいつもの凛とした表情がふにゃっと柔らかくなり、赤面してとても可愛らしかった。で、カリーヌと言えば笑みを浮かべる程度で二人ほど反応をしなかった…ように装っていた。二人と違って顔色は変わらなかったが耳が真っ赤になっている。

 

 「きゅ、急に撫でないでよ」

 「あははは、ごめんごめん」

 「もう私も子供じゃないんだから」

 「そうだね。立派なレディだもんね」

 「むぅ…子ども扱いしてる」

 

 今度は思いっきりつねられた。本気で痛いので勘弁してほしい。

 何かカリーヌの機嫌を上げる物がないかと辺りの店を見渡すとアクセサリーショップが目についた。

 目についたからと言って買ってプレゼントしようとは思いはしない。自分のならまだしもプレゼントするとなると相手の事を一番に考える。先も言ったように皇族が身に着けたり、買い物するものは一流ブランドの中でもより選りすぐられた物と決まっているのだ。

 昔、自分が着ていたシャツ一枚の値段を聞いた時は耳がおかしくなったのかと疑ったものだ…。

 

 プレゼントする物はどれだけお金をかけるかではなく気持ちの問題と前世で言われたことがある。確かにお金をかければ良いというものでもないし、相手によってはかけた金額に申し訳なくなる人だっている。だからと言って気持ちのごり押しも問題だ。

 やはりプレゼントするならば相手に喜ばれたい。その為には何が欲しいのかとか情報収集する必要がある。場合によってはそのまま聞くのが良いんだけど。

 

 話が逸れてしまった。

 私がアクセサリーショップに目を付けたのはカリーヌの機嫌云々ではなく、店先に置かれているハート形のロケットを見て、原作でルルーシュがロロに(記憶を改竄される前はナナリーへのプレゼント)プレゼントした物を思い出したからだ。

 急に辺りを見渡した行動は勿論、アクセサリーショップに視線を向けて止まったことはカリーヌに気づかれている。

 

 「アクセサリーねぇ。好きな異性にでも贈られるのかしら?」

 「違っ…私にそんな相手がいない事は知っているだろう」

 「でもあのアクセサリーを見ていたようだけど自分用ではないでしょう」

 「……ああいうロケットに皆との写真を入れるのも良いかなと思っただけだよ」

 

 自分でも苦し紛れの言い訳だと思う。しかし、実際何を思っていたかをいう訳には絶対いかない。なんかいろんな意味で怒られそうだし。

 何処となくつまらなさそうな表情を浮かべていたが何かを閃いたのか突如店内へと入っていった。慌てて私を先頭にSP達が店内に入っていく。突如、物々しい一団が入ってきたことで店内は騒然。店長などは緊張で声も身体も震えていた。

 

 ザっと店内を見渡したカリーヌは楕円形に女神が描かれたロケットを選んで即座に購入。支払いはお付きの者がカードで払い、商品を手にしたカリーヌは笑みを浮かべながら再び腕に抱き着きながら外へと引っ張られる。

 

 「え?カリーヌこれは…」

 「はい、お兄様。笑って笑って」

 「え?ん?あれ?」

 

 店内から出てどういうことかと聞く間もなく頼まれたまま笑顔を浮かべると、カリーヌがお付きの者に指示して写真を撮らせた。困惑する中、ロケットとカメラを持ったお付きの者は一団から離れてどこぞへと駆けて行く。

 

 「さっきのアレには今の写真を入れてお兄様にプレゼントするわ」

 「良いのかい」

 「本当はもっと良い物を選んで差し上げたいけれど、宮殿に呼び寄せたらお姉さまが便乗しそうだしね。そ・れ・に~お兄様ってプレゼントする事はあってもされることってあまりないでしょ」

 

 悪戯が成功したかのような笑みに苦笑いを浮かべながら、心の底から喜んでいた。言われた通り、贈ることはあっても贈られることは少ない。

 嬉しさのあまり涙が流れそうなのだけれども…。

 

 …ユキヤ、アヤノ…感極まって泣きそうなのをニヤニヤと笑わないでくれないか?

 

 「さぁ、お兄様行きましょう」

 

 手を引かれるまま進み、ようやく当初の目的の場所であるセントラル・ハレースタジアムに到着した。

 ホールへと到着するとそこにはランスロットの予備パーツで数機のみ作られた真紅のランスロット・トライアルが飾られ、足元には枢木 スザクの等身大のパネルが置かれている。顔のところがくり貫かれており、ここに来た一般客はそこに自分の顔を合わせて写真を撮ったりする。

 一般ではないがその中にオデュッセウスも含まれており、カリーヌを誘ったがさすがに断られ一人パネルへと向かって行った。

 そしてオデュッセウスと入れ違うようにマリーベル・メル・ブリタニアと騎士のオルドリン・ジヴォンの姿が視界に入った。マリーベルも気づいたのか笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。 

 

 「あらあら、テロリストを殺すことに精を出している貴方が出るなんてねぇ。今日は死人が出るんじゃないかしら」

 「そんな挨拶をするためにわざわざ足を運んできたの?」

 「ショービスへの篤志も皇族・貴族の務めよ。戦場でしか能を発揮できない貴方には分からないでしょうけど」

 「これはご親切に。務めをこなすことしか出来ず、戦場で活躍してお兄様に褒められた私達が羨ましいのでしょうね」

 

 ばちばちと火花を散らすマリーベル・メル・ブリタニアとカリーヌ・ネ・ブリタニア。

 いつもなら軽口を叩くだけのカリーヌだが今日にいたっては喧嘩を売っているとしか思えぬ言いよう。確かにマリーベルが言った事に羨ましがっているのは事実。だがそれ以上に務めとして一緒に来たオデュッセウスと二人っきりだったのを(SPを無視して)邪魔されたのが何より腹立たしいのだった。

 そして流せば良いものをマリーベルも買う気満々だった。

 

 「お兄様がご観戦なさるのだから見苦しい真似だけはしないようにね」

 「心配してくれてありがとう。でも、無駄に終わるわね。大活躍してお兄様にまた褒めて貰えるでしょうから」

 

 重すぎる空気の中カリーヌを護衛するSPとマリーベルの護衛を務めるオルドリンは各々の主を護るために辺りを警戒しながら、視線を等身大パネルの方にちらちらと向ける。

 

 等身大パネルに顔を合わせてレイラに写真を撮ってもらっているオデュッセウスの姿が…。

 

 (記念撮影してないであの二人を止めて下さいよ!!)

 

 主と違って心を同じにしたSPとオルドリンはそう思いつつ視線を向けた。

 が、当の本人は全く気付かずに満面の笑み浮かべていた。

 記念写真を撮り終えたオデュッセウスはマリーベルが来ている事に気付いて、片手を上げながらにこやかにやって来る。

 

 「おお、マリー。今日の試合楽しみにしているよ」

 「ありがとうございます」

 「それにしても少し早く来たんだね」

 「はい、開会の挨拶は行わないといけませんから」

 「私とお兄様だけで充分だって…」

 「こらこら、仲良くね。ともあれ二人の前で無様は晒せなくなったかな。私も開幕の挨拶は頑張らないと」

 「…お兄様。なにか良いことありまして?」

 「どうしたんだい急に」

 「いえ、どことなく嬉しそうだったので」

 「ま。色々あってね」

 

 原作知識を用いているオデュッセウスはご満悦である。

 それに妹が受けるはずだったテロを未然に防げたというのもある。

 

 この競技ナイトメアリーグは相貌のOZにあった話で、反ブリタニア組織【タレイランの翼】が皇族を狙ってセントラル・ハレースタジアムにてテロを行うのだが、この世界ではないと確信している。

 タレイランの翼を組織し、指揮を執った人物はオデュッセウスの元に居るウィルバー・ミルビル博士。

 前々より天空騎士団の設立を提唱してきたが皇帝には軽んじられ、妻はテロにより亡くなり、皇族への憎しみを募らせて反ブリタニア活動を行ったのだが…オデュッセウスが天空騎士団設立に力を貸し、妻共々指揮下に入ったために死んでいない。

 つまりタレイランの翼を組織する必要がなくなったのである。

 

 ミルビル博士が組織しなければタレイランの翼が起こしたテロも発生しないだろう。

 勿論のことだが皇族が三名もお越しになるとの事で警備状況は通常時以上に強化されている。

 

 「さてと、観覧席に移るかいカリーヌ」

 「そうですわね。じゃあ、試合頑張ってね」

 

 オデュッセウスの腕に腕を絡ませながら笑みを浮かべていく様子を見送るマリーベルだったが、その後姿を無言で見送ることはせずに携帯で写真を撮り、アーニャへと送る。これでアーニャのブログ閲覧者となっているギネヴィアの目に触れるだろう。

 ちょっとした仕返しを行いほくそ笑みながらオルドリンと共に選手控室へと向かう。

 

 

 

 その光景を二階より眺めている人物がいた。

 ひとりはギアス饗団よりオルドリンの監視を任されているクララ・ランフランク。

 そしてもうひとり、背の中腹まで髪を伸ばしている物静かそうな男性が、どこか悲しげな視線を向けていた。

 

 「さぁて、これで君が望んでいた皇族が三名も揃った訳だけど、どうするのかな神聖ブリタニア帝国警備騎士団団長アレクセイ・アルハヌス卿―――いんや、反ブリタニア皇族組織タレイランの翼のアレクセイ・アルハヌス」

 

 呼ばれたアルハヌス卿は険しい顔を見せたが、すぐに意を決した表情で向き直った。

 

 「勿論、決行する。我らにはもう引き返す道はないし、いらない」

 「アハッ、そう来なくっちゃね」

 

 年下の少女が楽しそうにテロに加担しているのには気が引けるが自分たちではここまで上手く事が運べなかったのは事実。

 帝都の警備騎士団といっても会場内に戦力を持ち運ぶのは出来ないとは言わないが難しい。

 

 それを中学生程度の少女がどうやったのか―搬入された予備パーツや整備で必要不可欠な機材を入れたコンテナ群にナイトポリスを積み込んだコンテナを紛れさせ、一個中隊も気づかれる事無く運び込ませたのだ。

 宮殿や離宮と言った住まいに皇族が頻繁に利用する施設に比べて警備は甘い。と言っても運び込む前に中身のチェックは当然行われる。特に今回は皇族が三名も来ることで急遽と言えど警備体制は格段に上がっている。

 内部に怪しまれず運びこんだという事は検査員やコンテナを運んできた業者、施設に関係している人員。どれだけの者の協力があったことか。この娘の背後にはどれほどの組織が居るのか…聞いてみたい気もするが何か恐ろしいことが起こる気もして聞くに聞けない。

 

 頭を振って考えを追い払い、これより行う作戦に集中する。

 自らの命も天秤に乗せてタレイランの翼の初の作戦を決行する。

 

 自国の民であろうとも軽んじているシャルル・ジ・ブリタニア皇帝の血を引く皇族を―――手始めに誅する。



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第72話 「紅の騎士:前編」

 セントラル・ハレースタジアムは超が付くほどの高層ビルの屋上に設けられた競技会場で、天蓋が開け閉め可能となっている。雨天には閉めて使用されるが、今日の天気は晴れ。天蓋は解放されスタジアム上空は青空が広がっていた。

 マリーベル・メル・ブリタニアと護衛で付いているオルドリン・ジヴォンと別行動を取っていたソキア・シェルバとマリーカ・ソレイシィは選手控室の辺りをきょろきょろと見渡しながら彷徨っていた。

 

 「シェルバ卿…先ほどから同じところをぐるぐる回っているように思えるのですが」

 「そ、そうかにゃ~…」

 「ええ、トンプソンさんともはぐれてしまいましたし、いったんモールに戻りませんか?」

 「ソレイシィ卿。私たちは第一皇子殿下より勅命を受けて動いている。勅命を果たせず撤退するわけにはいかないよ」

 「…いえ、確かに勅命と言えば勅命なのでしょうが…」

 

 朗らかに笑うソキアに対してマリーカは困ったような呆れたような表情を浮かべる。

 やる気は認めるところだが対象を見つけるどころか迷ってしまっている現状は打開したい。施設関係者を見つけるか、案内板が置かれてあるホールにまで戻るのが一番の解決法なのだろうけれども、興奮気味に行動していることからこのまま探し続けることになるのだと推測される。

 

 「やっと見つけましたソキアさん」

 「んにゃ?」

 「まったく何やってんだソキア」

 「サンドラ!みんな!!」

 

 オルドリン専属メイドで今回の競技ナイトメアリーグでグリンダ騎士団のメンバーとして参加するトト・トンプソンが手を振りながら声をかける。その隣には対戦相手であり、元チームメンバーのファイヤーボールズの面々が並んでいた。

 先頭に立ってニカっと笑みを浮かべるファイヤーボールズのエースであるアレッサンドラ・ドロスに、ソキアは駆け出して抱き着いた。

 

 ファイヤーボールズは今期も競技ナイトメアリーグのトップを独走している実力のあるチーム。

 祖父に悪名高き大ギャングを持ち、【チャンピオン】と【ブレードギャング】の二つの異名を持つ、癖のあるロングヘアに勝気そうな表情が特徴的なアレッサンドラ・ドロス。

 どこかぼーと呆けているような表情を浮かべているが、試合が始まると一変して荒々しいプレイを行う【ハンター】の異名を持つ褐色高身長のマトアカ・グレインジャー。

 落ち着いた雰囲気をまとっているファイヤーボールズの司令塔【無傷のクイーン】リリー・エルトマン。

 最年長でナイトメアフレームレスリングでは右に出る者がいないほどの実力者【プレデター】ジェイミー・ホーガン。 

 逆にチームの中で一番年下の【子猫】ステファニー・アイバーソン。明るい表情を振舞っている少女であるが天才ルーキーと称されるだけの実力を持ち、ファイヤーボールズから抜けたクラッシャーの穴を埋めている。

 

 それぞれが思い思いにサンドラに抱き着いたソキアに声を掛ける。

 仲間と言うよりは家族のように見えてソキアは兄を、トトはギアス響団で育った仲間たちを思い出した。

 

 「本当に久しぶりだなソキア」

 「サンドラもみんなも元気そうで良かった良かった」

 「あ!そういえばステフから聞いたぜ。ステフを引き抜こうとしやがったそうだな」

 「ちょっとした手違いで…それよりも今期リーグ優勝おめでとう」

 「ったりまえだぜベイベ」

 「だぜベイベ!」

 「真似すんなステフ。それとあからさまに話し逸らしやがったなソキア」

 「にゃははは…ばれたか」

 

 にこやかに話すソキア達の輪を乱すようで申し訳ないがこちらも選手の準備に殿下から頼まれた事もある。分かっていながらも間に入るしかない。

 

 「シェルバ卿。そろそろ…」

 「あー…そっか」

 「そう寂しそうな顔すんなよ。数分後にはフィールドだ」

 「うん。ってそうじゃなくて第一皇子殿下より勅命を受けているんだよね」

 「第一皇子って言ったらオデュッセウス殿下か」

 「これ宜しく」

 

 そう言ってソキアがサンドラ達に渡したのは人数分の色紙であった。

 一瞬、首を傾げそうになり、疑問を含んだ視線で見つめ返す。

 

 「なにこれ?」

 「なにって色紙」

 「んなことは見たら分かる。」

 「殿下からサインを貰ってきてくれと頼まれたんだ。それと祝勝会に誘うようにも」

 「サインは分かった。けど、お前らもう勝った気かよ!?」

 「いや違うよ。どっちが勝っても(・・・・・・・・)するんだってさ」

 「どっちもっておいおい…」

 「両方応援してるって言ってたよ」

 

 普段ならオデュッセウスは妹であるマリーベルを全力で応援するところだが、今回ばかりはそうはいかなかった。

 なにせファイヤーボールズの子らは皆、少なからず縁があるのだ。

 

 アレッサンドラ・ドロスの祖父が仕切っていた大ギャング、ドロスファミリーは裏表両方の世界で大きな力を誇っていた。

 中には商品として、そして敵対勢力を徹底的に潰すだけの銃器も当然扱っていた。警官隊が無計画に挑めば返り討ち。計画を組んだところで内通者がいたる所に居るので駄々洩れ。

 

 大きな力を振るっていたドロスファミリーであったが終わりはあっけないものだった。

 神聖ブリタニア帝国がナイトメアフレームを実戦投入したあの日より崩壊は決定していたのだろう。

 圧倒的な力を発揮したナイトメアフレームは如何なる戦場でもその猛威を振るった。そしてその力は戦場だけでなく治安維持の名目で街中にも適応され始めた。

 グラスゴーを警官専用に改造したナイトポリスの登場である。

 それまで自分たちの身を守り、相手を蹴散らしていた自慢の銃器は豆鉄砲レベルまでに落ちた。

 

 これでは今まで通りに事を行えないと判断したドロスファミリーは裏家業から手を引くことを決定。しかし、犯罪者だった彼らがまともな職を得るのは難しく、アレッサンドラの祖父は自分の血が流れている孫がまっとうに暮らせれるように思案を巡らす。

 まさにそんなときに出合ったのがオデュッセウスが作った臣民更生プログラム。

 裏稼業の人間をただ処罰するのではなく、ボランティアや社会復帰のための労働などを条件に恩赦を与える更生プログラムで、ドロスファミリーはそれを利用して孤児院などを経営し、社会復帰を果たしたのだ。

 

 その孤児院で経営側だったアレッサンドラとジェイミーを除く、ファイヤーボールズのメンバーは育ったのだ。勿論、元ファイヤーボールズで現グリンダ騎士団の騎士であるソキアもである。

 自分が頑張って制作した臣民更生プログラムを使用して育った子らが、活躍するのを誇らしく思う。

 

 「っとそろそろ行かないと。じゃあ、またあとで」

 「お、おぅ」

 

 時間も迫って慌てて離れて行くソキアとマリーカ、トトを見送ったサンドラ達の表情は大変微妙そうでもあり、困惑しているようだった…。

 

 

 

 

 

 

 競技ナイトメアリーグ【ジョスト&フォーメーション】

 5機で編成された互いのチームが相対してコースを周回して先に八周した方が勝利を収める。これだけだとただのレースだが相対してコースを回るという事は互いのチームが絶対ぶつかり合う。その時にクイーンと決められたリーダー機を倒すことが出来、そこで倒せれれば8周関係なく勝利が決まる花形競技。

 殴って良し。

 接近戦武器でぶっ飛ばして良し。

 投げ飛ばして良し。

 銃器や刃物はなしの何でもありの格闘戦が勃発するのだ。

 攻めに重きを置き過ぎれば逆にクイーンが相手にやられるなんてこともあるので守りつつも相手を如何に攻めるか。

 操縦技術に戦術・戦略が物を言う競技。

 

スタート地点にてプライウェンに騎乗し、待機しているオルドリン・ジヴォンは大きなため息をついていた。

 カリーヌと共に席のほうに移動したオデュッセウスだったが後からソキアにファイヤーボールズのサインを頼みに来た。昔の仲間と言う事で話に花を咲かせそうだったのでストッパーとしてマリーカとトトに付いて行ってもらったというのに戻ってきたのは開始時間ギリギリ。

 遅刻しなかったから良かったものの、もう少しで試合時間を延ばす交渉をするところだった。

 

 先ほど名前が挙がったプライウェンとは競技用ナイトメアとして改造されたグラスゴーである。といっても軍用でなく民間ナイトメアフレームの規定で出力を40%もデチューンされ、装甲もかなり薄い。武装は非殺傷武器である電磁ブレードにマグネットハーケンを装備。これらの決まりがあるが逆に言えばそれ以外ならどれだけカスタマイズしても良い。

 グリンダ騎士団はノーマルのプライウェンを使用するがファイヤーボールズのプライウェンは炎のマークを描かれていたり、肩や頭部に追加装甲を施されている。ほかのチームでは角を生やしていたりするものもいたりする。ちなみにジノのトリスタンの角はこの話をレオンハートより耳にして取り付けられたのだ。

 

 気分を入れ替えて周りを見渡し、対戦相手を見つめる。

 自分の周囲にはトト、ソキア、マリーカ、そしてマリーベルがプライウェンに搭乗していた。

 マリーベルは皇位継承権を剥奪された後、ジヴォン家が庇護する中で士官学校に一緒に通い(マリーベルがオルドリンと離れたくないのが一番の理由)、ナイトメア操縦経験・操縦技術は皇族内でトップに位置する。皇族は馬術を嗜むようにナイトメアを嗜む。嗜む程度なので軍仕込みのマリーベルが上なのは理解できると思う。が、中にはオデュッセウスやコーネリア、ルルーシュのようにマリアンヌの暇つぶし―――コホン…鍛錬を受けた皇族もいるがこればかりはマリーベルの生まれながらの才能としか言いようがない。

 

 『ON Your mark!』

 

 会場内に響いた声に反応し、スタートをいつでも切れるように準備する。

 モニター越し…違うな、機体越しにでもトトとマリーカの緊張を感じる。機体の装甲が薄いと言っても拳銃で穴が開く程度ではない。感じる筈がないのだが軍用ナイトメアを手足のように使っていた人間なら感じるのだ。装甲が薄い分、より明確にだ。

 

 『READY!!』

 

 ごくりと喉を唾が通る音がコクピット内に響く。

 緊張――とまではいかなくともフィールドの雰囲気に呑まれかけている。今まで戦ってきた戦場とは明らかに違う熱気…。

 大きく呼吸を繰り返し、体内の空気と気持ちを入れ替える。

 

 『GO!!』

 

 試合開始の合図が発せられると同時に速度を出してフィールドを駆けだす。

 

 『全機、アローフォーメーションで展開!斬撃包囲シージュスラッシングで対応して』

 『イエス!フィールドジェネラル!!』

 『まずは様子を見ます。ヒットアンドゴー!』

 『イエス!ユアハイネス!!』

 

 マリーベルの指示通りに動く。

 矢先の位置にオルドリン、弓の端々とその中間にソキア、トト、マリーカが、矢尻にマリーベルが配置に付いた。矢先であるオルドリンが相手の攻撃を突破し、中間の三人はクイーンのマリーベルを護る役割を担当する。

 

 向かいから迫って来るファイヤーボールズの先頭を進んでくるのは【ブレードギャング】、【チャンピオン】のアレッサンドラ・ドロス。

 

 勢いを付けて電磁ブレードを振るう。ぶつかり合った剣より相手の実力を読み取った。

 確かに強い。だが自分よりとは思えない。

 

 数度剣を交えて相手の剣を腕ごと勝ち上げる。無防備になった機体――は駄目だから腕を叩き折る。

 

 ―――勝った。

 ――――競技ナイトメアリーグのチャンピオンに初戦でオルドリンは勝った。

 ―――――チャンピオンのサンドラ(・・・・・・・・・・・)にはだが…。

 

 腕を叩き折られたサンドラ機は修理エリアに向かう前にソキア機に接近する。ソキアにはステファニーが向かっていた為に腕をやられているとはいえ二対一の状況になったことでソキアの反応が一瞬遅れた。その隙にステファニーがソキアを突破。サンドラはぶつかり合うことなく修理エリアへと移動した。ソキアが抜かれたことにほぼ全員が驚く。すると今度はマトアカとジェイミーにマリーカとトトは突破され、ファイヤーボールズのクイーンを務めるリリーは攻撃を受けることなくすり抜けていく。

 

 ―――負けた…。

 

 このままマリーベルがやられて勝敗が決したと言う意味ではない。

 自分はサンドラに勝った。しかし、出し抜かれたのだ。

 

 まんまと罠に掛かり、自身を叱咤したい気持ちを抑えてマリーベルの援護に戻る。

 突破した三機の猛攻をマリーベルは何とか凌いで突破した。機体はかなりボロボロになってしまったが…。

 行き過ぎて離れていくファイヤーボールズにホッとしながら、申し訳なさそうにマリーベル機に近づく。

 

 「ごめんなさいマリー。私…」

 『大丈夫よオズ。中々やってくれたけど…大丈夫だから』

 「今度は絶対マリーを護るよ」

 『お願いするわ。私のナイト・オブ・ナイツ』

 

 一周目では出し抜かれたが二週目からがらりと流れが変わった。

 大体理解出来たマリーベルの指揮により二週目で押されたのだ。そして三週目ではファイヤーボールズはソキアに相性の良いステファニーを当てていたのだが、すんなりとフォーメーションを崩して、ソキアはジェイミーに突っ込み―――クラッシャー(・・・・・・)された。

 

 投げられて頭部から落とされた。落とさせたが正解か。

 競技中の修理もコース復帰も自由。だが、ジェイミーは投げる為に時間を割いたのでただの周回遅れ。追いつくには一周二周で出来るかどうか。マリーベルの策でファイヤーボールズの戦力は四機に減らされたのだ。グリンダ騎士団は一旦ソキアが修理に赴くが二周後には合流出来るだろう。

 ファイヤーボールズにとってはかなりきつい状況となった…。

 

 試合運びはグリンダ騎士団に有利となったがこのまま押し切れるかどうかはわからない。

 最後まで気を抜かない。

 それは試合に関わらず抜けない状況に追い込まれたのだが…。

 

 

 試合会場にナイトポリス数十機が突入してきた。

 何かがあったというよりは何かを起こしに来たのだろう。

 

 『――諸君、私はアーザル・アルハヌス。

  誠にすまないが当スタジアムは我々が占拠した。

  我々はタレイランの翼。反シャルル主義者組織―――』

 

 つまりはテロリストか。

 犯行声明と演説をすらすらと綴るモニターの男から視線を外し、眼前の敵に注意を向ける。

 

 最悪だ。

 向こうはグラスゴーを警官使用に改造されたナイトメアで、いつもの愛機なら瞬殺できるレベルだが、今乗っているのは相手より劣っている上に武装的に打撃力は低い。

  現にファイヤーボールズは機体性能で押されて取り押さえられていた。

 

 ナイトポリス標準装備の拳銃が向けられ発砲される。

 下手に当たれば一撃でやられてしまう。

 

 

 ―――なのに全然恐怖が湧いてこない。

 

 

 

 不思議に思いながら銃弾を回避し、懐へと突き進む。

 銃口を睨んで弾丸の軌道をおおよそながら読み取り、回避しつつ相手の弱い部分を探す。通りざまに関節部分に電磁ブレードの一撃を与える。さすがに関節部は弱く、膝を曲げてその場に転げ倒れる。

 そのまま指を砕くように手に一撃を当てて、手放された拳銃を奪い去って行く。

 

 「トト、これ使って!」

 『―っはい』

 

 拳銃を投げ渡し、代わりにトトの電磁ブレードを受け取って二刀流で構える。

 

 『私とマリーカが前に出ます。オズには切込みをお願いするわ。トトは援護を』

 「「「イエス!ユアハイネス!!」」」

 

 指示通りに行動に移る。絶対的不利な状況であるが心のどこかでこんなものかと安堵している感が――――あ!

 思い当たる節を思い出して納得する。

 

 あれだ。

 オデュッセウス殿下が組まれたラウンズとの一週間の訓練。

 照準は甘く、剣筋は読み易く、動きは遅く単調。

 鍛錬の効果がすぐに出るとは思わなかった。無意識の間に勝つために思考を働かし、実力は今まで以上に仕上がっている。

 

 とはいえ不利なのは変わらない。

 それはマリーベルも分かっているようだ。

 

 「マリー。不味いわね」

 『えぇ…せめて軍用機が一機でもあれば…』

 

 無い物強請りであることは理解している。

 でも、思わずにいられない。

 ……あるにはあるのだが、置いてある場所はここのホール。整備状態的には動かせる筈だろうけど現在鑑賞用として置かれているので、機動キーが何処にあるのか皆目見当が付かない。

 

 数を減らされ警戒したテロリスト達は勢い任せの攻勢を止めて慎重に動き出した。

 モニターに映し出されていたアルハヌスは苦々しく見つめていた。見つめているだけで敗北するという気持ちはない。

 その自信たる存在が新たに会場に雪崩れ込んできた。

 

 軍用機であるサザーランド隊の投入。

 味方――であったのなら心強かったがナイトポリスと連携するように動いたことからあれらもテロリストと言う事。

 さらに絶望が深まった。

 

 自分がどうなろうとも構わないが、マリーだけは護らないと…。

 そんな時、何かが頭上を通り過ぎた。

 同時に正面に並んでいたサザーランドとナイトポリス一機ずつの頭部にスラッシュハーケンが突き刺さり、そのまま地面に倒れ伏した。そこに一騎のナイトメアがその場に降り立った。

 

 

 

 ハレースタジアムのホールに飾ってあった真紅のナイトメアフレーム―――ランスロット・トライアルが降り立ったのだ。



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第73話 「紅の騎士:後編」

 自分の迂闊さと考えの甘さを呪いたくなる。

 以前からだけどほんとうに嫌になるよ。

 

 【コードギアス 双貌のOZ】にて行われたタレイランの翼の最大規模の作戦。飛行能力を持ったナイトメアフレームを使用し、首謀者であるウィルバー・ミルビルの指揮により帝都ペンドラゴンにテロが迫る事態にまでに陥った。

 が、結果はグリンダ騎士団の果敢な奮戦により防がれた。

 

 オデュッセウスはその事件の事が頭に強く印象づいており、ウィルバー・ミルビルさえいなければタレイランの翼は存在しない――などと思い込んでしまった。

 実際は首謀者が居ないだけで反シャルル主義者達は存在し、その事件が起きなくなった程度だったのだ。

 

 ゆえにタレイラン・チルドレンと名乗ったタレイランの翼の一部を率いたアレクセイ・アーザル・アルハヌスがタレイランの翼の首謀者になってテロを起こした。

 

 試合は中断。

 観客は恐怖と不安で押しつぶされそうになり、コース上ではグリンダ騎士団が不利な状況であるが果敢に奮戦している。

 観覧中だった皇族は一般客には知らされていない避難経路にて最優先で避難する―――予定だった。

 

 ナイトメアの起動キーを大事そうに握って駆け出したカリーヌを追わないわけにはいかないでしょう。

 漫画内にあったこの事件をモニターに映し出されたアレクセイ・アーザル・アルハヌスを見た瞬間、思い出して振り返ったらもういないんだもの。心臓が止まるかと思ったよ。思考はフリーズしたけど。

 

 流れはちゃんと思い出した。

 アレクセイが主犯として行われたこの事件はコース内のグリンダ騎士団とファイヤーボールズに、タレイラン・チルドレンの部隊が突入されて状況は完全な不利だったが、シュナイゼルにホールにあるランスロット・トライアルの起動キーを渡されたカリーヌが向かい、後より辿り着いたマリーベルが操縦してコース内の戦況を同等にまで持ち直した。その後、グランベリーでハレースタジアム上空に到着したレオンハートにティンク、そしてソキアの新たな力であるサザーランド・アイの手助けによりタレイラント・チルドレンは制圧された。

 

 走りながら携帯電話でレイラに連絡を付ける。

 

 『殿下!?今どちらに――』

 「管制室だ!アキト達に武装させてSP達と管制塔を制圧している奴らの無力化を!!」

 『は、はい!?』

 「そこにアルハヌス卿がいるから。それとグランベリーに救援要請。あ!管制室までの敵対勢力の無力化が無理そうなら観客の避難を第一に」

 『ちょっと待ってください殿下!』

 「じゃあ頼んだよ!」

 『でn―――』

 

 一方的に通話を終了させるが当たり前のように掛け直される。今はそれどころではないので電源を切ってしまう。

 記憶違いでなければカリーヌはランスロット・トライアルの起動キーをマリーベルに渡すか渡さないかで悩み、時間が掛かってしまった。そのために追いついたテロリストの攻撃で大怪我はしなかったものの、頭を打って気絶してしまう。

 

 大けがしなかったからと言ってカリーヌが怪我をするのを知っていて放ってはおけないし、コース内でマリーベルが戦っているのに逃げるわけにはいかない。

 

 ホールに辿り着くとランスロット・トライアルの前で起動キーを見つめながら搭乗して戦う覚悟を決めようとするカリーヌを視界に納めた。

 

 「…よし―――きゃああ!?ってお兄様!!」

 「すまないね。でも時間が無いから」

 「きゃ、きゃあああああああ!!」

 

 急がなければ敵が来ると焦り、説明の一言もないままカリーヌをお姫様抱っこして、ホールの二階へと駆けあがる。スザク君ならランスロット・トライアルの段差を蹴ってコクピットに辿り着けるのだろうけど私はあんな人間離れしていないので、普通に階段を使わせていただきます。

 二階の手摺を飛び越え、コクピットに飛び移る。意図を察したカリーヌが起動キーのスイッチを押し、コクピットが開かれた。シートに腰を下ろすと起動キーを差し込んだカリーヌが頬を膨らませて睨んでくる。

 

 「いきなりで驚くではありませんか!!」

 「それは私もだよ!振り返ったらカリーヌが居ないから心配したんだよ」

 「…心配かけてごめんなさい…でもこれは…」

 「言いたいことは多くあると思うけど今はとりあえず…」

 「えぇ…眼前の脅威ですね」

 

 ホールに繋がる通路に一機のサザーランドが立ちはだかっていた。

 武装は腕部を隠す程度の小型の盾にライフル―――どうみても野外戦を視野に入れた装備。

 

 「しっかり掴まって!」

 「分かったわ!」

 

 操縦桿を握り締めて、ペダルを踏みこむ。

 ランドスピナーが回り、煙を巻き上げながら突っ込む。

 カリーヌやオデュッセウスを探し、会場に連行するだけと思っていたサザーランドのパイロットは、突如動き出した飾りとしか思っていなかったランスロットに驚いて対応できなかった。だからといって手加減する気もないオデュッセウスは手刀の一撃で頭部を胴体と切り離す。

 衝撃で倒れ伏したサザーランドよりライフルと盾を奪い去り、コースに向けて加速する。

 本来ならどこか安全なところにカリーヌを下ろして行きたいが、この会場内には安全なところはない。ならばこのまま乗せていくしかない。

 

 勢いを付けてコース内へ飛び出たオデュッセウスは腕に取り付けてあったスラッシュハーケンを中央に立っていたサザーランドとナイトポリス一機ずつに撃ち込んだ。頭部を潰されあっけなく倒れた二機の間に降り立ったランスロット・トライアルに視線が集まる。

 

 「マリー!待たせたね」

 『オ、オデュッセウスお兄様!?』

 「誰かこいつで援護を頼むよ――カリーヌ…機体が少し揺れるけど…」

 「構わないわ。思いっきりやっちゃって!!」

 

 ライフルと盾をその場に置き、敵勢ナイトメアフレームに向かって駆ける。

 ランスロットの機動力は殺人的だ。ただ加速して行くだけで身体に掛かるGは大変なものだ。だからカリーヌを乗せている今はそれほど駆けれない。

 スラッシュハーケンを用いての変則的な移動方法とマリアンヌ様との鍛錬で覚えた動きで避けつつ一機ずつ潰す。

 正直辛いがライフルを手にしたマリーカに盾を拾って拳銃で援護するトト、斬り込むマリーベルとオルドリンの活躍によりかなり助かっている。

 

 それにしてもハーケンブースターが全部使えないのは辛いのだが…。

 

 「カリーヌ。ハーケンブースターの使用制限を解除してくれるかな?」

 「え?これかな…パスワード設定してあるけど」

 「パスワードはロイド伯爵の好物だったね」

 「ああ!ランスロットを開発した……って!あのナイトメア馬鹿の伯爵の好物なんて知るはずないじゃない!!」

 「え、あ!プリンだよプリン」 

 「プリンで良いの!?プディングでなくて!?」

 「えーと…違ったらプディングで」

 

 ロックは解除され、放ったスラッシュハーケンをブースター操作で自由にコントロールできるようになった。

 真っ直ぐにしか放つことの出来ないスラッシュハーケンが、途中で軌道を変えるなんて知らない人間が対応しきれるものではない。

 やることが多くて大変だったけどだいぶ数も減ってきた。

 ランスロット・トライアルとサザーランド&ナイトポリスの性能差が大きいこともあるだろうが、マリー達の活躍も一躍かっている。撃破は難しいがそれでも関節部を砕いては行動不能、または戦闘不能に追い込んでいる。そしてファイヤーボールズもプライウェンは取り押さえられているが、銃を構えて捕縛に来た敵兵に対して殴り掛かって優勢に……さすがに無茶し過ぎではないかな?

 

 「ま、何とかなりそうだね」

 「お兄様!ゲートからサザーランドが!!」

 

 敵のおかわりなんて遠慮したいのですが。

 おかわりするなら甘味が欲しい。あと熱いお茶。

 

 大きくため息を吐き出しながら、あとで皆とケーキバイキングにでも行こうかななどと思いながら増援のサザーランド隊に突っ込んで行くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 何故こうなってしまったのか…。

 ハレースタジアムの管制室を占拠し、実行部隊の総指揮を執っているアレクセイ・アーザル・アルハヌスは現状の状況に対して頭を抱えていた。

 

 今回の作戦は絶好の機会であった。

 何しろ排除対象であるブリタニア皇族が三名も揃うのだから。しかも建物上警備は人であり、ナイトメアなどの護衛はない。

 対してこちらはタレイランの翼主力部隊に帝都内でも難なく参加できる自身が隊長を務める神聖ブリタニア帝国警備騎士団と数で圧倒的な戦力で挑んだ。

 もちろん同志の撤退路確保のために別動隊を外部に待機させている。

 事は順調に運ぶはずだった。

 どこで歯車が狂ってしまったのか…。

 

 『こちら正面ゲート!ブリタニア兵が殺到して持ちこたえられません!至急援軍を―――』

 『ホール前との通路が隔壁で遮断されました。そちらで開けられませんか?』

 『もっとナイトメアを回してくれ!あの赤いナイトメアを止めるには―――』

 

 この作戦に尽力を尽くしている同志諸君より悲痛さを含んだ無線が殺到する。

 どれも、これも、あれも、それも………すべてが状況の悪化を知らせる報告ばかり。

 

 我らは己が信じる者の為には悪とされるも良しと思いこの場に集まっている。

 目標とした皇族にはテロリストの殲滅で名を挙げているマリーベル以外に各エリアでも非常に人気と支持が高いオデュッセウスに、まだ幼さを残す少女であるカリーヌも含まれている。作戦が成功すればその死を悼むという建前で彼らの良き面を全面的に押し出して我らの非を強くするばかりか、強い想いをもったテロリストではなくただの人殺しとして報道されるだろう。

 

 それでも我らの大義…ひいては最終目標を達成するまでは泥を被り続ける気でいた。

 皇族を狙うばかりか観客だって人質にする覚悟もあった。―――なのに…。

 

 「まだシステムのコントロールを取り戻せないのか!?」

 「は、はい。取り戻すべく操作を繰り返していますが依然として…」

 「団長!システム…完全に乗っ取られました。ここからの操作が行えません!!」

 「馬鹿な…何故…」

 

 どうやら観客…いや、皇族のお付きの者の中に相当腕の立つハッカーがいるのだろう。

 最初は一部のシステムのハッキング程度だったが、あっという間にほとんどのシステムを乗っ取られ、現在に至る。

 おかげで観客を閉じ込めていた防護用の隔壁が開けられ、逆に我らを閉じ込める為に隔壁が下ろされたのだ。物理的に手が出せないどころか監視カメラの映像を遮断されて居場所すら分からない。

 観客を安全な場所に避難させた事で反撃と言わんばかりに、このハレースタジアムの警備隊と皇族の護衛部隊が協力して我々が占拠した管制室に向かって進軍してきた。

 勿論、対応策は指示したが相手は隔壁と監視カメラを用いて防衛用の部隊を分断して各個に撃破、もしくは鎮圧していっている。これでは対応もあったものではない。

 外からの援軍はスタジアムの入り口の隔壁を下ろされたことで不可能。そもそも観客の安全を確保したことを知ってか正面ゲートにブリタニア兵が殺到していて援軍を入れる事すら出来ないが。

 

 「脱出は止む無しか…仕方がない。ハレースタジアム内に残る同志諸君。我らの脱出も、任務の継続も不可能と判断し、各々時間稼ぎを行われたし。我らがすこしでも時間を稼ぎ、外で陽動作戦を実施せんがために待機していた仲間を逃がす。我らの意思は彼らが必ずや遂げてくれるだろう…以上……すまないな」

 

 無線で仲間に呼びかけたがまさかこのような事態に陥るとは…。

 やれやれと肩を落としながら床に寝っ転がる。

 

 「外の連中だけでも逃げ延びて欲しいものだな…」

 「その…伝え難いのですが……」

 「なんだ?」

 「脱出時に備えて待機させていた部隊からの連絡が途絶えました…。蒼いランスロットが現れたと言って」

 「……そうか」

 「――正面ゲート突破されました。ブリタニア軍は暴徒鎮圧用のプチメデとナイトポリスの混成部隊で鎮圧を開始したようです…」

 

 もはや打つ手なし…。

 諦めの混じった大きなため息をひとつ漏らす。

 

 『パスワードはロイド伯爵の好物だったね』

 『ああ!ランスロットを開発した……って!あのナイトメア馬鹿の伯爵の好物なんて知るはずないじゃない!!』

 『え、あ!プリンだよプリン』

 

 会場より響いてきた声に毒気が抜かれて、声を上げて笑ってしまった。

 その様子を眺めていた管制室を占拠したタレイランの翼の者は徹底抗戦の意思をなくし、ただただ呆然とこの作戦の結果を待つことにした。

 

 「ハレースタジアム上空にグランベリー…新型と思われるナイトメアが三機…いえ、四機降下してきます…」

 「これで皇族を討とうとした目論見も潰えたが……。あぁ、だからこそ最後にするべきことがあるか」

 

 すべてを台無しにされて怒りに燃えることなく、アレクセイは冷静な口調で呟き起き上がる。

 問わねばなるまい。

 最後に皇族を身を挺してまで護らんと戦った騎士たちに。

 己が正義が正しいのか。

 我らの行動が正しいのか。

 問わねばなるまい…。

 

 それでなければ我らは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 オルドリン・ジヴォンは山積みになった資料と上にあげる報告書に対して、ペンを得物に朝から戦い続けていた。

 ハレースタジアムの一件より二週間。

 帝都ペンドラゴンでは第一級警戒態勢をようやく解除され、市民も安心した日常を過ごせるようになった。

 

 反シャルル主義者タレイランの翼が現体制に不満を持って行ったハレースタジアムでの皇族を狙ってのテロ。

 連日連夜その事が報道され続けた。

 タレイランの翼の主義主張は一切語られず、観客の帝国臣民を人質にして皇族を狙った非道なる者と報道された。

 逆にブリタニア側はグリンダ騎士団はファイヤーボールズと共に勇猛果敢な活躍をして決してテロリストには屈しないとか、観客である帝国臣民を護らんと自ら戦ったオデュッセウス殿下の活躍など美談として盛り上げやすい話を誇張したものを流し続けた。

 

 あの事件でのブリタニア側の被害はかなり少なかった。

 民間人の避難は第一皇子の親衛隊長のレイラ・マルカルの指揮と優れたハッキング能力を発揮してシステムを乗っ取った成瀬 ユキヤの活躍によりけが人は少数。けが人と言っても避難の際に転んで膝を擦りむいた程度。

 管制室を占拠していた部隊は日向 アキトなどの親衛隊ナイトメアパイロット達と専属の警備隊ハメル隊、そしてカリーヌ皇女殿下のSP達により制圧。

 スタジアム内に侵入してきた敵勢ナイトメア部隊はグリンダ騎士団とオデュッセウス殿下&カリーヌ皇女殿下が搭乗したランスロット・トライアルにより撃破された。特に急行したグランベリーに納入したばかりのサザーランド・アイとゼットランドの活躍は素晴らしいの一言だった。

 ソキアの機体として配備されたサザーランド・アイは索敵メインの機体で優れた情報処理能力で残存ナイトメアの情報を正確に把握し、ティンクのゼットランドへと送信した。ゼットランドは多重ロックオンして複数体の目標に射撃を行う装備とシステムがあり、敵機のみを撃ち抜いたのだ。

 ハレースタジアム外部で脱出時の陽動を仕掛ける手筈だった部隊を、ゼットランドとサザーランド・アイを面白半分で見に来ていたノネット・エニアグラム卿が同乗して、予備機であるグロースター一機で制圧してしまった。

 ファイヤーボールズの選手を捕縛しようとした兵士たちは乱戦の末に返り討ちになってぼっこぼこにされてたっけ…。

 会場入り口の部隊は暴徒鎮圧用プチメデとナイトポリスで制圧………とされているが実際は殲滅された。指揮官が皇族に忠義を寄せる者だったらしく、サブマシンガン程度の歩兵にナイトメア用の拳銃の発砲を容赦なく許可したのだからケガ人なんて者は存在すらしなかった…。

 

 

 現在グリンダ騎士団は一仕事を終えた後、空いた神聖ブリタニア帝国警備騎士団に若手騎士を採用し、訓練を行う仕事を請け負っている。本来ならほかの部署の仕事なのだが警戒態勢を解いたといっても軍は常に目を光らせ、警戒を続けている。解除したのは民間人にこれ以上の負担と不安を与えないため。

 マリーベル皇女殿下がオデュッセウス殿下と共にギネヴィア皇女殿下の元に行っている間はオルドリンがグリンダ騎士団の最高責任者とし、責任ある立場のトップであるからしてデスクワークに追われているのだ。

 将軍もマリーと共に行ってしまって…出来るなら自分が行きたかった…。

 

 大きなため息を吐き出しながらアレクセイが最後に言った言葉を思い出す。

 

 ― 何故卿らは権力者が搾取し、弱者が虐げられる今のブリタニアに…皇族に盲目的な忠誠を誓えるのか!?

 

 否定はしない。

 私自身が皇族に…というかマリーに盲目的に従っている節がある。

 自分たちの行動が正しいと心の底から信じているが、それが周りにどのような影響を与えているかなどは考えたことは無かった。信じる正義とマリーに従うだけだった。

 自らの命を懸けるだけの信念があるのは理解した。

 だけど民を巻き込み、下策を講じた彼らの行動自体を認めるわけにはいかない。

 正当な手段にて己が主張を通すべきだった。

 心の底からそう告げると彼らは納得したのか最後の抵抗もせずに捕まった。

 

 タレイランの翼の主導者であったアレクセイを失い、主戦力を失った残りの部隊は危険と判断して帝都より脱出する皇族を捕縛、もしくは殺害しようと最後の足掻きに出たが、実しやかに流された嘘情報でのこのこ現れたタレイランの翼残党は壊滅した。

 オルドリン自身も参加していたが酷いものだった。

 グリンダ騎士団を主力に据え、ユーロピアより呼び寄せた…いや、自ら来たアシュラ隊、第一皇子の親衛隊、付近に駐留するブリタニア軍…圧倒的な戦力での蹂躙劇に発案者のギネヴィア皇女殿下の怒りが見て取れる。

 今もしつこく拠点や残党を駆り出すことに躍起になっているだろう。一部情報によればアフリカ大陸へ向けて逃げた者達がいるとかいないとか…。

 

 兎も角こうしてハレースタジアムでのテロから起こったタレイランの翼の事件は収束していっている。

 ただ気になる点が一つ。

 抵抗せずに捕まろうとしたアレクセイが自決をはかったのだ。

 最後の足掻きであるなら納得もするかも知れないが、自分の頭に銃を向けたアレクセイは怯え、恐怖し、死にたくないと叫んでいた。まるで無理やりに銃口を当てさせられているように…。

 

 そんな筈はない。

 彼は自分で自分自身に銃口を向けて、誰一人触れてもいないのだから。

 

 結局自決は失敗したのだが。

 トリガーを引く前に一発の銃弾が拳銃を弾いたのだ。

 一瞬誰がと振り向くと怒りを露わにしたオデュッセウス殿下だったのには心底驚いた。

 そのままずんずんとアレクセイの眼前まで迫り、顎を狙って思いっきり殴りつけたのだ。

 強烈な一撃を受けてそのまま気絶したアレクセイを前にオデュッセウス殿下は――

 

 「カリーヌと久しぶりの安らぐひと時にマリーベルの試合を台無しにしたのは貴様か!!私の大事な大事な妹達も狙うなど言語道断!って聞いてないか…」

 

 いつも温厚な殿下の豹変ぶりには驚きを超えて恐怖を感じた。

 オデュッセウス殿下を怒らせてはいけないのはその場にいた全員の共通認識となった。

 そのままオデュッセウス殿下預かりになったアレクセイはどんな目にあっているのやら…いや、これは考えない方が良いか。それよりもさっさと書類の山を片付けようか。

 

 再び手を動かし、無心に書類を処理していくオルドリンであった…。




 次回…中華連邦より厄介な人物がやって来ます…。


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第74話 「帝都にて叔父上現る」

 パサリ、パサリとハサミの刃が交わるたびに長年蓄えられた髪が繋がりを断たれて重力に従って床へと落ちて行く。

 明るい色で統一された室内にゆったりとしたピアノメインのクラシックが流れ、待ち人が時間を寛げるテーブルスペースよりコーヒーの匂いが漂う。

 

 クラシックとパサリと床に髪が落ちる音を耳にしつつ、ソファに腰かけたオデュッセウス・ウ・ブリタニアは右手で小説を開き、空いた左手でコーヒーカップを口へと運ぶ。

 隣には腕を後ろで組んだまま微動だにしない日向 アキト少佐が付近の警戒に努めていた。

 

 「まだかかるのかい?」

 「はい、もう暫く掛かります。何かお持ち致しましょうか?」

 「いや、結構だよ」

 

 店内で一人っきりの客である少年が手早く、丁寧にカットしていく店長に退屈そうに言うと申し訳なさそうに答える。

 短い会話を耳にしたオデュッセウスは逆にこっちが申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

 小説をそっと閉じて視線を少年の周りに向ける。

 カットするのはこの美容室で一番の技量を持つ店長。

 その店長が最適にカットできるよう使い道が異なるハサミやくしを手渡して補助を行う副店長。

 数か月どころか数十年の年月を感じるずっしりとしながらもふんわりと癖のある大量の髪をかき集め、せっせと運んだり掃除したりする店員が三名。

 

 五人掛かりで対応されているのはギアス饗団に長年引き籠っている饗団トップであらせられる伯父上様である。

 

 小さく、本当に小さくため息を漏らす。

 

 きっかけはこの間のタレイランの翼がハレースタジアムで起こしたテロ事件。

 テロ自体はこちらの被害はかなり少なく済んだので良かったのだが、その後でたった一つ、されど大きな問題を含んだ事実を知ってしまったのだ。

 

 まずは私が怒りのあまり殴りつけて気絶させてしまったテロの首謀者アレクセイ・アーザル・アルハヌス。

 どうも【双貌のOZ】を完璧に思い出せてなかった私は彼が殴りつける直前にギアスにより自殺させられそうになっていたのに気付いてなかった。身柄を拘束したアレクセイが嫌がりながら自殺を試みた時には心底焦った。おかげで思い出せたのだがもう一度気絶させるために殴った拳が痛かったです。

 

 起きる前に身柄をギネヴィアではなく私の元に置いて、私のギアス状態回帰(ザ・リターン)でギアスを掛けられる前まで状態を戻しておいた。ついでに話を聞いてみるとなんと【双貌のOZ】ではなかったクララ・ランフランクの援助なんて事が行われていた事実に唖然とした。

 クララはオルフェウス関係の事になるとV.V.のいう事を聞かずに勝手な行動を行う場面があった。しかし、V.V.の意向に逆らわない、もしくはばれない・ばれても問題ない程度の事ばかり。

 

 ――で、今回の件ではオルドリンが関わったが、オルフェウス本人には何ら関係ない。彼女の勝手な行動の主な理由が関わってない以上、饗団の意向の可能性が高まった。

 つまり、伯父上様がマリーベルやカリーヌを危険に晒すような命令を下したことになる。

 

 私も危険な目に遭わせられたことはこの際どうでも良い。

 抗議の一つでも言わないと気が済まなかった私は早速携帯電話で事の次第を話して問い詰めた。

 相槌を打ちながら聞いていた伯父上様は聞き終えると同時に「ちょっと待ってくれるかな?」と言って答えを聞く前に電話を切った。

 そして二時間後、伯父上様からではなく父上様より呼び出しが掛かって宮殿に急ぐと、遺跡を使用して帝都に現れた伯父上様が…。

 

 「謝罪と弁明、そして久しぶりに君の顔を見に来たよ」

 

 そんな事でわざわざ出て来たんですかと驚きが顔に出てしまい伯父上様は軽く笑っていた。

 伯父上様が言うには今回の事件はクララの悪ふざけというかオルドリンにちょっかいを出したかったらしい。とりあえず罰として饗団内で雑事などに従事させるとの事。

 ちなみに私が怒り心頭でクララに命を持って償わせると言ったら償わせるけどと言われたが、丁重にお断りしました。私は謝ってほしいだけでそこまではいうつもりないですよ。

 

 謝罪と弁明を済ませた伯父上様は私の顔を見に来た以外にちょっとした買い物もするつもりだったらしい。

 

 ―――ナイトメアはちょっとした買い物の範囲には入りませんよ。

 

 父上様は任せたと一言で私にすべて投げるし、ギアス饗団である伯父上様に通常ルートでのナイトメア販売は不可能、あと地面を引き摺る超がつくほどの長い髪を何とかせねばならないなどの事情から私のサンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】に案内した。

 

 グリンダ騎士団の強化訓練時にも使用したこの工廠には街に出なくとも暮らせるだけの設備が用意してある。

 飲食店は勿論の事、美容室、シアタールーム、エステ施設、スポーツクラブ、本屋などなど。逆に無い物を探す方が難しいほど充実させた。これに至っては従業員の事を考えてだったが途中からオデュッセウスが凝った結果である。

 おかげで外よりは目撃される人数をぐっと少ないここで散髪を出来るのだから良かったよ。もしも外で美容室に向かっているところを何かでオルフェウスやコーネリアに見つかってみろ…物理的にも精神的にも殺される。

 

 精神的っていうのはユフィの一件でギアス饗団に強い憎しみを持っているコーネリアから軽蔑や嫌悪感を向けられることである。そんなことになったら迷うことなく伯父上様や父上様の計画に加担する自信があるぐらいだよ。

 

 店員さん達と長い戦いの結果、ふんわりとしたショートヘアになった伯父上様は軽食がてらカフェエリアにて昼食を召し上がっている。ハチミツ、チョコソース、ホイップクリームをたっぷり乗せた三段重ねのパンケーキにアイスクリームを浮かべたクリームソーダを笑みを浮かべながら食べている。

 眺めてみると普通の少年なのだけれど中身60を超えたおじさんなんだと思うと今更ながら違和感しかない。

 私は色とりどりのプチケーキ八種セットにコスタリカより取り寄せたコーヒーで、アキト君はコーヒー一杯のみ。

 

 今日は出来るだけ護衛を外したかったのでレイラは非番だったのでクレマンに買い物にでも連れ出してもらい、担当だったクラウスは言い包めた。リョウ達が面白半分に付いてきそうだったが今日は予定があったらしく、私が出かけるよりも先に出かけていた。おかげで言い包める方法を考えなくて楽だった。

 アキトはギアスに関係しているし、口は軽くない。今回の護衛を付けるとしたら一番の適任だろう。たまに会話がないのが辛いのだけれどそこは今回は捨て置く。

 

 「――殿下。本当に知らせなくてよかったのですか?」

 

 と、思っていたら突然口を開いたよ。

 

 「あぁ…今回は事が事だからね。あまり関わり合いを持たない方が良い。アキト少佐もあまり踏み込まないようにしてくれると助かるよ」

 「了解した。で、今後の予定はどうなさるので」

 「そうだねぇ…ナイトメアフレームを見たいとの事だからそっちを周ろうかなと。それでよろしいですよね?」

 「助かるよ。どんな物があるのか楽しみだよ」

 

 にやりと悪い笑みを浮かべているところ申し訳ないですけれども頬にホイップクリーム付いてますよ伯父上様。

 言葉数が少ないアキトは口を閉じて、言ったとおりにあまり関わらないようにしている。賢明な判断だよと心の中で思いつつコーヒーを含む。

 

 「あれ、オデュじゃない?」

 「んぁ?ほんとだ。おーい、こんなことろで何やってんだよ」

 

 思わず吹き出しそうにながらリョウたちに見つかったことに頭を痛める。

 何故こんなところにとか色々口にしたい事は多いけれどもまず先に聞くべきことは…。

 

 「ちょ、ちょっとした用事でね。そ、それにしても珍しい組み合わせだね」

 「――ああ、ニーナが一緒とはな」

 

 佐山 リョウ、成瀬 ユキヤ、香坂 アヤノの親衛隊ナイトメアチームと一緒にいるのは帝都防衛システム【アイアスの盾】のエネルギー源確保を担当しているニーナ・アインシュタイン。

 元々日本人を怖がっている上に河口湖の事件で余計に良い感情を持っていない彼女が日本人の彼らと行動を共にするとはこの目にしても信じられない。……いや、アヤノの後ろに隠れてリョウやユキヤと距離を取っていることからアヤノに心を許していると見た。

 

 「それはこっちも同じだよ。アキトとオデュ、それと誰この子?」

 「あー…彼はV………」

 

 流れ的に名前を言いそうになった私は伯父上に視線を送る。

 まさかV.V.と紹介する訳にはいかないし、本名は知らない。

 何故こんな時の為に偽名を考えておかなかったのか。教える予定がなかったからでした。

 どうしようと本気で悩んでいるとV.V.は小さく笑みを浮かべてリョウ達に向き合った。

 

 「素性の詮索はしないで欲しいな。色々と事情があってね」

 「事情………あー、そういう事か。分かった分かった」

 

 なにが!?

 すまないが説明してくれないか。どういう意味と受け取ったんだい?そしてユキヤの含みを持った笑みはなに?

 納得した二人とこれで良いかいと昼食を続けるV.V.を除いたオデュとアヤノ、ニーナは疑問符を浮かべる。

 

 「ちょっと!なに二人だけで納得してんのよ」

 「察しろよアヤノ。いやぁ、そういうのは奥手だと思ってたんだがなぁ…で、相手は誰だよ?」

 「奥手?相手?…すまないが本当に何のことを――」

 「隠すなって。まぁ、十代中ごろっぽいからそのころに殿下に関わっていた女性を調べれば自ずと分かるわな」

 「・・・・・・―ッ!!ちがっ―――」

 「――え…殿下…お子さんが居たんですか?」

 「いや待って!どうt…作るための経験も無いのに出来るわけないでしょ!!って私は何を言っているんだ」

 

 リョウ達の勘違いにかなりの衝撃だったのかニーナの声色から力が消えていった。

 まさかの発言に大慌てで否定したが私は何を言っているのだろう。あまりの失言に頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

 嘘を一度しかついていないV.V.の言葉に嘘はない。

 

 偽名で己を偽る事をせず、自分の素性を明かさないよう嘘で塗り固めた偽装を行うことなど一切せずに真実だけを口にした。

 さすが一度しか嘘をつかなかった人物。

 ――ただ誤解を招く言い回しをしたのは確かだろう。

 

 アキトが随時警戒しているので人は寄り付いていないのが幸いした。

 今の発言は出来るだけなら聞かれたくないから…。

 

 「そんな事より――」

 「そんな事って!?」

 「――リョウ達はどうしてここに?」

 「あー…シミュレーターでデータを取りたいんだと。ほら新型のドローンの」

 「ドローンというと無人機だね」

 「…見ますか…」

 

 興味津々といった感じの伯父上に突っ伏したまま聞く。

 気分を入れ替えて立ち上がらなければならないのだけれども………ちょっと立ち直れそうにない。

 

 「アキト少佐…あと任せていい?私は部屋で休むから」

 「了解した。リョウ、すまないが殿下の部屋までの護衛と警備隊への連絡を頼む」

 「おう。分かった」

 

 ふらふらとした足取りでほとんど使ってない工廠内にある私用の部屋へと向かって歩いて行く。

 この行為がさらに頭痛の種を増やすとは知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスと別れたV.V.は興味深くヒルダ・フェイガンより説明を聞く。

 新型のアレクサンダ・ドローンは今までのものとは性能が段違いのものとなっている。

 武装は基本のWAW-04 30mmリニアアサルトライフル【ジャッジメント】が主となっているが、ドローンにアレクサンダType-02をソフト面を改良、性能を向上させたアレクサンダ・ヴァリアントを使用。簡易的な命令しか行えなかったAIの大規模な強化を行った。

 ドローンにブリタニア製のファクトスフィアなどの情報収集能力装置を取り付け、情報を処理し一括にするシステムの構築。目的に対する戦術シミュレーション、各状況に対応すべく集められたパイロットデータなどなど膨大な情報処理を可能で簡単な命令でかなり本格的な動きが可能である。

 騎士や歩兵戦力を持たぬギアス饗団としては防衛能力を得るには一番の品と見たが問題もある。

 

 それだけの情報処理を行う機器は一つ一つが大きく、かなりの量に及ぶ。その上担当する専門官も多く必要とし、現段階では試作段階でオデュッセウスの座乗艦であるアヴァロン級ペーネロペーにしか積み込む予定が無い。

 完成を待ってもその頃にはアーカーシャの剣を用いた神殺しも終えている頃だろう。

 

 魅力的ではあったが却下だ。

 

 「他には無いのかい?」

 「え?えっと…あとはアキト少佐用のアレクがありますがアレはまだロールアウト前なので。それにボス――クレマン少佐が居ないとその…」

 「分かったよ。説明ありがとう」

 

 微笑みを浮かべながら礼を口にするとヒルダは笑みを返し、元の仕事に戻った。

 新型のアレクサンダ・ドローンは親衛隊の戦力増強の要の為にオデュッセウスも多くの資金を流していた。

 アンナ・クレマン少佐を中心としたクロエ・ウィンケルにヒルダ・フェイガンなどのアレクサンダ開発チームとソフィ・ランドル博士の技術班が協力している。

 ランドル博士の旦那であるタケルは意識不明から脱したもののリハビリが必要で、ユーロピアに所属していた時と同様に博士が指揮を執っている。助手のジョウ・ワイズにケイト・ノヴァク、フェリッリ・バルトロウの姿もあり、親衛隊に付いたwZERO部隊のメンバーのほとんどがここに集まっている。

 今日はリョウ、ユキヤ、アヤノの足りなかった戦闘データを収集するためのシミュレーションで皆忙しく動いている。

 第一皇子の権限もあって元ワイバーン隊以外のデータ収集はかなり捗った。願えばラウンズの戦闘データですら手に入るのだから。ただラウンズは接近戦を好む者ばかりで接近戦までのプログラムを組みにくいドローンには向かないのだが…。

 

 AIを人間の脳に見立てていろんな状況を合わせ、独自で動けるシステムの構築。

 これが第一皇子直属の親衛隊技術部の最優先事項。

 資金もデータも機材も湯水のように消費できる現状は研究者にとって最高の環境だろう。

 おかげで試作機が短期間で出来上がろうとしているのだから大したものだ。勿論、それを可能とする人員がいてこそだ。

 

 ただ今回V.V.が求めていたものとは異なる。

 最近、ギアス饗団またはプルートーン関連施設を攻撃する者がいるらしく、それの対処を行えるだけの相手を圧倒できる性能を持ち、多数でなく単騎で行動できるナイトギガフォートレス――そんなものを望んでいた。

 ほかの工廠は浮遊艦かナイトメアのみに力を注いでいてナイトギガフォートレスには見向きもしていない。

 オデュッセウスの元にはサザーランド・イカロスというナイトギガフォートレスを作った技術者であるウェイバー・ミルビル博士もいたから期待していたが、現在は飛行型で性能の良い量産型ナイトメアの開発に力を注いでいるとの事。

 

 はずれかなとため息を吐きながら振り返る。

 そこにはオデュッセウスの姿はない。居るのは護衛として付けられた日向 アキト少佐と何故か一緒にいるニーナ・アインシュタインのみだ。

 

 「お気には召さなかったようですね」

 「まぁね。強力なナイトメア、ナイトギガフォートレスを見たかったのだけれど」

 

 オデュッセウスの対応の仕方から自分よりも上の立場と理解したアキトの一言に肩を竦ませながら頷いた。

 その会話に思い当たる節があったニーナがおずおずと手を挙げた。

 

 「…あの…心当たりありますけど…」

 「本当かい?」

 「はい。その…ロイドさんが制作している物があって。私、ロイドさんに聞きたいことがあってその途中で皆さんと会ったんで、これから向かうのですけど一緒に来ますか?」

 「案内を頼むよ」

 

 クレマン少佐の専用の仕事場になっている第二研究棟より第四研究棟に移動した三名を出迎えたのはロイド・アスプルントであった。

 一応使用許可が出ているとはいえ、第二王子所属の技術員が堂々と第一皇子の工廠を出入りしているのはどうなんだと疑問を抱く職員も居るが、深く突っ込む者はいない。

 

 触らぬ神に祟り無し。

 関わっていらぬ仕事を増やすよりも自身の趣味……コホン、仕事に集中する方が良いのは明白である。

 

 「いらっしゃ~い。ニーナ君にアキト君。それと――」

 「詮索は無しで頼む。彼に貴方が作っている機体を見せてあげて欲しい」

 「あー、あれだね。で、ニーナ君は例のシステムの事かな?」

 「はい。でも私は後で良いので」

 

 いちいちふらふらと身体を動かしながらニヤニヤと笑うロイドは上機嫌で使用している研究棟の奥深くへと案内して行く。 

 奥にはナイトメアを置いて改造や改修を行うスペースがあり、六機まで余裕で行えるだけの広さを設けられていた。

 

 第二研究棟だけはアレクサンダ専用になっているために研究棟そのものがクレマン少佐の研究室になっているという例外はあるが、ほかは一つの研究棟に研究室は四つまで設けられていて、ロイドが使っている研究室はその一つだ。

 

 そしてロイドの研究室の奥にあるそのスペースにも彼が開発…改造した物が配置されている。

 たった一機でほとんどを埋め尽くしていたが…。

 

 V.V.の目が怪しく輝いた。

 見た目は巨大な蜘蛛を模した造形となり、各部に高火力の武装を施されている。

 巨体を支える八本の脚には機動力を得る為に中型の、後体である肥大化した腹部には巨体を支える為の大型のランドスピナーが取り付けられ、前体である頭胸部に先端には触覚を模した部位のほかに一機のナイトメア―――ユーロピアでアシュレイ・アシュラが使用したアフラマズダが埋め込まれていた。

 

 「どうかな。僕が作った拠点制圧重武装型アフラマズダ―――プロトアラクネは」

 「プロトアラクネ…」

 「武装は頭胸部前方の3連装大型ガトリング砲にアフラマズダの肩を支えとして使用する高出力超電磁砲を二砲門、各足関節部に機銃、腹部には十六連装小型ミサイルポッドを装備しています」

 「拠点制圧どころか拠点そのものを消し飛ばしそうな感じがするんだが…」

 「でもロイドさん。あれだけの機体を支えるエネルギー量はかなりのものなのでは?」

 「だから腹部には大量のサクラダイトを積んでいるんだ。おかげで小型ミサイル48発と合せてかなりの危険物になっちゃったけど」

 「……歩く武器庫だな。脱出機能は付いているんだろう?」

 「アフラマズタのみが単騎で行動できるという意味ではあるけどコクピットが飛び出す脱出システムという意味では無いね。これ量産化に向けての試作機だし」

 「あはは、このまま生産は出来ませんよね。一騎作るだけでどれだけ掛かるんだろう」

 「殿下も良く許可を出しましたね。それより何で拠点制圧なんてものを殿下が指示したのでしょうか?」

 「うーん、とある機体の対戦相手(・・・・・・・・・・)に高火力の機体が欲しいって言ってたっけ。まだ原案だけって話だったけどいつか気付くでしょう」

 「えぇ!?話してなかったんですか!」

 

 アハハ~と怒られることも気にしていないロイドの笑いにニーナもアキトはあきれ顔を向ける。

 V.V.のみはプロトアラクネに危険な笑みを浮かべて微笑む。

 

 帰り際にV.V.からプロトアラクネを欲しいとの要請を聞き、ロイドが構想からすでに製造していたことを知ったオデュッセウスは頭を抱えたという。

 後に話を聞いたセシルが目だけは笑っていない笑みを浮かべてロイドに迫る所を特別派遣嚮導技術部のメンバーが目撃したそうな…。




 伯父上様に超危険物が渡った…。


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第75話 「エリア11にてバーガー屋と独房の為に殿下が脱走したようです」

 すみません。今週色々忙しくて投稿が遅れました。



 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは窓際の席に座り、痛みを覚える頭を軽く抑える。

 最近厄介事が重なって凄く疲れた…。ギアスで回復しようとレイラの監視の目もきつくなった気がするし(気のせいではなく実際強化しています)。

 

 前にロイドが研究棟を使っても良いかと聞かれたことがあったので、高火力のナイトメアの構想を引き換えに許可したけどまさかすでに作っていたとは…。まぁ、作っていたぐらいなら説教+正座で別段頭を痛めなかったのけれど、まさか伯父上様に説明した上に欲しがられるとかどうなのよ?嫌な予感しかしないんですけど…。

 あと、高火力のナイトメアって言ったのに試作品が高火力のナイトギガフォートレスになっている件に付いて。

 私が頼んでアレが出来たって聞いたら誰だって「何処かを攻めるんですか?」って聞いて来るよ。アキトから聞いたレイラの質問攻めも凄まじかったし。なんで拠点でも制圧できそうな物騒な品物を作っちゃうかな…。

 

 それと前々から体験して分かっていたけれど悪いことは続くもの。

 伯父上からギアス関連の案件でギアス関係者が必要なのでマオを貸してくれって要請が来ちゃいました。時期的に考えてギアス関連というのは十中八九ルルーシュの事だろう。そして配属先は機密情報局…アッシュフォード学園での監視役か…。

 こちらは吉とみるべきか凶とみるべきか。

 原作ではヴィレッタ・ヌゥが担当する筈だったけど私の介入(故意・無意識両方で)でギアスにかけられたが関係せず今やキャスタールの騎士。ゆえに新たな誰かが着任しなければならない。それが自分が関与できるなら対策できると思えば良いのか。

 クララがテロに関与したことで饗団で謹慎中。そこで【双貌のオズ】でルルーシュの()として向かう筈だったクララが動けず、ロロが()として向かう事になった。

 今まで私が関与した結果、変わった未来はあれど原作知識を持たぬ身で未来を変えるとはクララは凄いな…。

 本来なら妹として先にアッシュフォード学園入りしたクララは黒の騎士団残党を名乗るテロリストの襲撃に紛れてオルドリンの暗殺を目論んだが、オルフェウスにより殺されてしまう。

 クララは健在、オルフェウスはアフリカ大陸辺りで目撃情報を掴んでから行方不明。原作外に動き出しているが今はルルーシュの方を先決にするべきか。

 ロロには私との関係は何があっても秘密にすることと、なるべくルルーシュの手助けをしてやって欲しい事など言っておいた。その他は兄弟として穏やかな日常を過ごしてくれということぐらいか。

 

 あー…マオはどうしよう。

 私のギアスとトトのギアスで…いや、私のギアスと飴と少々の未来知識で何とかなるか。一点においては純粋過ぎるから上手く行くだろう。

 ここでV.V.とオデュッセウスの間で勘違いが発生しているのだが、それはまた先の話で。

 

 「えーと、十五番のお客様」

 「十五番!?あぁ、私です」

 「お待たせいたしました」

 

 ため息を吐き出しながら外を眺めていると私が持っている札の番号を店員が呼んだ。

 気付いて手を軽く振りながらここですとアピールすると持っている物を落とさないようにして近づき、テーブルの上におぼんを置いた。

 

 「さて、とりあえず頂きますか」

 

 悩みを忘れて今は目の前の物に集中する。

 ブリタニアに本店を構えるバーガーショップ。そのエリア11トウキョウ支店にオデュッセウスは居る。勿論公務として来ているがいつも通り抜け出して来た。クラウス大佐がいつまで誤魔化してくれるかな…。

 

 おぼんの上に乗ったバニラ味のアイスジュースを少し口に含み、紙で包まれたバーガーを取り出す。

 エリア11限定商品【スキヤキバーガー】。

 今日はこれを食べる為にひとり抜けて来たのだ。

 

 周りの目など気にせず大口を開けてがぶりとかぶりつく。

 こんなところギネヴィアに見られたら「お行儀が悪いですよ兄上」とかなんとか言われるだろうな。

 口の中に広がるすき焼き風のたれを味わいながらゆっくりと咀嚼してごくりと飲み込む。

 あぁ…幸せだなぁ…。

 そう実感しながらアイスジュースを飲む。

 

 

 窓越しに赤毛の少女と緑色の長髪の少女と目が合うまでは…。

 

 

 中身を吸い出すために使っていたストローより空気が逆流して紙コップ内でゴボッと音を立て、ストローを口から離したオデュッセウスは咽る。

 緑色の長髪の少女―――C.C.はほとんど初対面の為(学園祭で顔を合わせたことはある)に首を傾げるが、こっちを変装していても認識できる赤毛の少女―――紅月 カレンは慌てて逃げ出すどころか呆れ顔を向けて来た。

 

 

 

 食べかけのスキヤキバーガーを紙に包み直し、ストローを使わずアイスジュースを飲み干したオデュッセウスは大急ぎで表へと駆け出し、カレンとC.C.の両名をピザ屋へと誘い、相席をしている。

 

 「久しぶりだね。元気してたかい?」

 「ええ、おかげさまで。毎夜毎夜熱狂的なブリキ人形(ブリタニア軍)に追いかけられて住まいを変え続けるのはすっごいストレスが溜まっているわ」

 「わ、私は追ってないよ」

 「でしょうね。じゃなければここであんたを捕まえてたわよ。神根島で投げ飛ばされた事忘れてないんだから」

 「そんな事よりピザはまだか?」

 「そんな事って何よ!?投げ飛ばされた上に乙女のは…」

 「は?」

 「何でもない!!」

 

 あったなぁ、そんな事。

 女性の裸が見えて云々の前にあの時はスザク君が全裸の女性を押し倒しているようにしか見えなかったからそっちの印象が強すぎたよ。

 

 「まぁまぁ、ピザは私が全部おごるから」

 「本当だな」

 「止めといた方が良いわよ。毎日ピザが食べれないって今特にピザに執着し過ぎているから…」

 「問題ないよ。懐は温かいから」

 「くっ…こっちは資金かつかつだってのに」

 

 「そうか。なら―――照り焼きチキンピザにシーフードミックス、濃厚チーズ四種のミックスピザ、イタリアンと和風のハーフ&ハーフ、チーズノーマルは二枚にツナ、明太子、マッシュルーム、ミートのハーフ4…あとは…」

 「なんの呪文よそれ!?」

 「というか食べきれるのかそれ?」

 「食べきれなければ持ち帰る」

 「誰が持つのよ。誰が!」

 「何の為に毎日筋トレしているんだ?」

 「少なくともピザを持ち運びする為じゃないわよ」

 「部屋にダンベル置いているもんね」

 「あんたはなんで知っているのよ!」

 

 ピクチャードラマで筋トレグッズや脱ぎ散らかした衣類で散らかったカレンとC.C.の汚部屋を見た事あるからです!

 ――なんて言えないよな…。

 

 誤魔化すように後頭部を掻いているとC.C.に押されるままカレンは渋々レジへ向かって歩き出した。

 

 カレンが居なくなったところで興味無さ気だったC.C.が瞳を覗き込むような視線を向けて来た。

 

 「で、お前は何の用なんだ?」 

 「べつに用ってほどじゃないし、会ったのは偶然さ。それに君はピザ好きだろう?」

 「ほぅ、ピザが好きな事よく知っていたな」

 「……学園祭の時にピザの事聞いてこなかったっけ?」

 「―――?」

 「いや、覚えてないならいいや」

 

 あの接触で伯父上に―――まぁ、覚えてないなら言っても仕方ないし、アレは根本的に情報伝達を怠った私に非があったわけだしね。

 苦笑いを浮かべたがすぐに真剣な眼差しで見つめ返す。

 

 「用意していた用件なんて物はないけど忠告はしておこう。

  君たちはルルーシュの奪還を目論んでいるのだろうけど今は近づかない方が良い。監視網の構築が未完成な為に理由を知らされてないがかなりの部隊が警備で配備されている」

 「連携は取れてないが数が多いって事か」

 「理由を知らされてない為に迎撃を行うがルルーシュ自体に危険が及ぶ」

 「そこまで知り得て言っているならお前―――V.V.の仲間か」

 「伯父上とは仲良くしているよ。けれど貴方の居場所を伝える気はないよ。あ!ピザを奢ってあげたんだからマリアンヌ様には内緒ね」

 「まったくどこまで知っているんだか…」

 「注文してきたわよってあんたらいつの間に仲良くなったのよ」

 

 あの長々とした呪文…もとい注文を終えたカレンがきょとんとした表情で戻って来た。

 

 「あぁ、そうだ。伝える事があるんだ」

 「伝える事?」

 「藤堂さん達は元気だよ」

 「―――ッ!?」

 「それと私は君たちに手出しする気ないから。今回もたまたまだし…あ!」

 「偶然だって言うの?」

 「……スキヤキバーガー…冷めてる」

 「聞いてる!?」

 「え、あ、うん…なんだっけ?」 

 「あんた本当に大丈夫?」

 

 オデュッセウスがどういう人物か理解しているカレンではあるが、心のどこかで捕縛してやろうかとも思っていたが毒気が抜かれてもうどうでも良くなった。

 

 「ねぇ、一度聞きたかったんだけど」

 「うん?」

 「あんたは何がしたいの?」

 「―――平穏な暮らし…のんびりとした生活(ライフ)…かな」

 「…日本とかエリアに対して何かしようと思わないの?」

 「色々思うところはある。が、君達の引き連れた奇跡がすべての突破口…」

 「それどういう意味…」

 「私の言える事はそこまでさ。その後は私も動ける」

 「ちょっとそれ…」

 「では会計は済ませておくから」

 

 背後から待ったをかけるカレンの静止を無視して勘定を済ませてさっさと店を出る。

 冷めたスキヤキバーガーを齧りながら安堵の息を漏らす。

 何でこんな時にC.C.に出会うかな。もしもギアス饗団関係者に見られたら…あー怖い怖い…。

 と、エリア11に来た目的はバーガーだけじゃないんだ。

 今日中に…明日から警備がさらにきつくなるからその前に行っておかないとね。

 

 行先はトウキョウの黒の騎士団メンバーを収監する特別刑務所。

 入り口では変装であるニット帽とサングラスを外して顔パスで通過。

 手荷物検査もされず独房へ。普通は皇族でも一応するんだけどここの兵士・関係者は私が選りすぐった人物たちで私には甘い…というかセカンドブリタニア人制度を活用した人など恩義を感じている人が多い。

 

 独房内から殺気を放つ黒の騎士団の視線を浴びつつ、一番奥の最重要人物の前まで歩み寄り、地べただろうと関係なく腰を下ろした。

 

 「お久しぶりですね。藤堂さん」

 「…あぁ」

 「一献どうですか?道中買って来たんですよ」

 「………」

 「警戒しなくても毒なんて入ってませんよ」

 「だろうな。殺すのであればとっくに殺せていただろうしな」

 

 独房の真ん中で正座のまま微動だにしなかった藤堂 鏡志郎はゆっくりと瞼を上げて鋭い眼光を向ける。立ち上がり一歩、一歩踏みしめて歩み寄って来る度に衰えもない重圧感を放ってくる。

 

 「それで何用だ」

 「皆して私は用事がないと来ないような人に見えるのかな」

 「いや、考え無しのような印象が強いな」

 「………いや、うん…間違ってないです、はい」

 

 牢の鉄格子越しに対面して座った藤堂に持ち込んだ盃を渡し、日本酒を注ぐ。

 まずは一口と同タイミングで一気に飲み干して盃を床に置く。

 

 「本当はね姫騎士に会いに来たんだけど…さっきカレンに会ってね」

 「紅月君にか!?」

 「元気そうだったよ。逃亡生活は大変だってボヤいてたけどね」

 

 オデュッセウスの言葉に反応した別牢の扇などはカレンの名に反応し、あからさまに安堵の表情を漏らす。

 私が来たことでずっと忌々しそうに睨んでいる千葉と玉城の表情は変わらないが…。

 

 「私は護衛を伴っていなかったので捕まえる事は出来なかったがね」

 「その口ぶりは捕まえる気がなかったように聞こえるが?」

 「さぁ、想像にお任せしますよ」

 「――そうか」

 

 盃に二杯目を注ぎ、口にする。

 飲み干して息をついていると足音が近づいて来る。

 そろそろかなと最後にもう一杯注いで酒瓶に蓋をする。

 

 「さて、様子も見られたし行くかな」

 「次は処刑の時かな」

 「されるかどうかは分からないけどね」

 「――どういう意味だ?」

 「……君達には奇跡がいるからさ」

 『おにぃ……殿下』

 「本当に久しぶりだ。姫」

 

 いつものにこやかな微笑みではなく、とても…とても穏やかな笑みを向けるオデュッセウスの前には試作強化歩兵スーツで全身を覆った女性―――姫騎士と呼ばれるここ監視員の長はマオとマリエル・ラビエを連れて立っていた。

 騎士団員が普段一言も喋らない姫騎士が言葉を発したことに驚いていたが気にせず、立ち上がり埃が付いたズボンを叩きながらゆっくりと歩み寄る。

 

 「姫もマオもエルも元気だったかい?」

 「はい。治安は少し不安になりましたけど父とのんびりできて良いですよ」

 「それは羨ましい」

 「えー…ボクは少し暴れたいのに…今度どこかの戦場に連れて行ってくれない?」

 「私は争いごとはあまり好きではないんだけど」

 「騎士団を三つも所有している人が言う事それ」

 

 乾いた笑みを浮かべながら笑っているとマリエルが一枚の書類を渡してくる。

 書類の提出者はカラレス総督。

 内容は黒の騎士団の処刑許可。

 詳しい内容を見る前に返して短くため息を吐く。

 

 「却下。これは受領しない」

 「宜しいんですか?捕まえた黒の騎士団員を一人も処刑しないことから一部の者は騎士団を守っているなんて戯言を言っている貴族も居るらしいですよ」

 「言わせたい相手には言わせておけばいいさ。それに君も処刑なんて好きではないだろう」

 「処刑というより人の死に関わるのは嫌ですね」

 

 不穏分子を片付けたいカラレスの気持ちはわかる。

 でも受領することは出来ない。今はまだ(・・・・・)ね。

 するならこれから半年ほど先、カレン達が行動を起こすまでは許可できない。

 

 「では、また会いましょう。次は多分二、三か月後でしょうかね」

 

 そう告げて手を振ってからその場を離れる。

 姫騎士はオデュッセウスの隣に、マリエルとマオは後ろを追従する。

 

 「ねぇ、ボクも戦場に連れてってよ」

 「駄目だって。その代わり最新鋭の機体でも用意するからさ」

 「ランスロットとか言う奴?」

 「さすがにそれは…ようやく量産化型が正式に決まったヴィンセント。それの改良機でどうかな?」

 「あはっ、それは良い暇つぶしになりそう」

 

 本当に嬉しそうに笑うマオよりマリエルは少し距離を取る。

 多分碌でもないことが起きるだろうから…。

 

 「姫――あと一年ほど我慢してくれ。そしたら…そしたらやっと自由だからな」

 『――はい…待っています。でも無茶だけはしないで下さい―――お兄様』



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第76話 「第一皇子学園に現る!そして動き出す伯父上様」

 ロロは――否、ロロ・ランペルージ(・・・・・・)は大きくため息を吐き出した。

 事の発端は勝手にテロリストを支援した罰で饗団にて謹慎を喰らっているクララのせいだ。オデュッセウス殿下の下から饗団への帰還命令をV.V.より受けてもうすぐオデュッセウス殿下の下へと戻れるという時に「クララの代わりにルルーシュの監視としてエリア11に行ってもらうから」なんて言われるとは。

 正直クララには怒りを禁じえない。

 勿論、饗団なんかよりも居心地の良いオデュッセウス殿下の下に戻れなかったことも理由の一つであるが、一番は殿下を巻き込むようなテロに加担したことだ。饗団内ですれ違うたびに何度殺してやろうかとおもった事か…。

 

 二度目の大きなため息を吐き出す。

 過ぎたことは頭の片隅に置いておくとして今は現在進行している任務に集中しよう。

 現在ロロが受けている任務はルルーシュ・ランペルージの弟役として学園内と私生活内での監視。

 教員の中にも機密情報局員が潜んで監視体制は進んでいるがまだカメラ類の監視網が完成していない。機密情報局の地下施設は完成し、後は指揮官役のギアスユーザーと施設に詰める人員が到着すれば、カメラなどの機械を使っての監視もやり易くなる。

 

 監視体制より完成云々よりも現状に慣れる事が大事か…。

 はっきり言ってルルーシュの弟役としての生活に慣れない。

 事細かに気にしてくれたり、世話をやいてくれたりと僕を第一に考えて接してくる。オデュッセウス殿下も優しく接してくれたがルルーシュのはそれ以上だ。家族…知識では理解したつもりだけど体験するのとでは違う。戸惑いと不慣れな関係にただ殺せば良いだけの今までの任務以上に難しいが、この生活を手放したくない気持ちがあるんだよね。

 

 これはナナリーという血の繋がった妹に向けられていた感情とは理解している。それでも僕はこの関係を欲してしまう。憧れ、妬み、羨む。記憶が戻れば決して戻ることのない関係に…。

 

 そして今はミレイ・アッシュフォードを含んだ生徒会メンバーに慣れる為に行動を共にしている。なにせブラックリベリオン前より僕は居たことになっており、他校に移った生徒以外の生徒会メンバーと親交があった設定なのだから不自然さが無いようにしておかなければ。

 

 本日はルルーシュはアッシュフォード学園に居ない。

 なにせ今日はマリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下がエリア11の視察を兼ねて、庶民の学校一日体験というものを行うのだから、下手に顔を合わせてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとばれては事だ。

 ミレイ・アッシュフォードは他の生徒同様皇帝陛下に記憶改竄されており、ルルーシュ・ランペルージがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだという事を分かっていないので援護を期待できない。ゆえに本国よりランペルージ夫妻役の機密情報局員がエリア11に訪れてルルーシュはそれの相手をしている。半分以上無理やりだった気はしないでもないけど…。

 

 「手際よく手配して頂いてありがとうございます。ミレイ・アッシュフォード」

 「皇女殿下も庶民の学び舎に触れた方が良いと思いまして。気分転換にも(・・)なりますよ」

 

 何が気分転換にも(・・)ですか。気分転換にしかならないでしょう。

 皇女殿下の一日体験を【一日体験イベント兼日夕お祭り大作戦】と名をうって学園祭同様の規模の祭りを開催しておいてにもはないでしょうにもは。

 この資金は殿下と共同経営しているプチメデ生産工廠キルケ―ファクトリーの売り上げで出ているんだろうな。それと学園の体験の筈が学園祭を楽しむと趣旨が変わっているような気が…。

 

 広場の真ん中にて会長のミレイとアッシュフォード学園の制服を着ているマリーベル・メル・ブリタニアが挨拶を交わしている。いつも元気いっぱいでどこか悪戯癖のあるお姉さんのミレイが貴族らしい振る舞いを取ることで皆が貴族だったなと再認識した。

 護衛の騎士団のメンバーもアッシュフォード学園制服に着替えている。そして私服姿のカメラマンと数人の護衛……。

 

 「ねぇ…あのカメラマンって…」

 「…だよなぁ」

 

 リヴァルとシャーリーがぼそぼそとカメラマンに視線を向けながら小声で話している。

 えぇ、お二人ともお気づきの通り、ニット帽にセーター、ジーンズ姿のオデュッセウス殿下ですよー。

 

 あぁ、懐かしい。僕もよく同じことがあって手をやかさr……否、胃に痛みを伴いましたっけ。

 今はその役目が第一皇子直属の親衛隊に移った事で胃の痛みが緩和され、ほっとしたような寂しいような…。

 目が合ったと思ったらすかさずカメラのシャッターを押され、一枚…いや、今の連射していなかった!?何枚撮る気ですか!!

 

 呆れた視線を向けていると目をそらさずに軽く笑みを浮かべた?

 何かがある。多分…勘でしかないがよくないことが起きる…そんな気がしてならない。

 

 「さて、色々見て回りますか」

 「そんな時間ありませんよ殿下」

 「…少しぐらい…」

 「ありません」

 「すうh―」

 「無い」

 

 即答で親衛隊隊長レイラに断られたが、表情が全然残念そうでない。

 やはり何かがあるとみて問題ないだろう。

 …何かあるかどうかは置いておいてもあの親衛隊長…すごい殺気というか怒気を放っているんだけど…いや、あれは関わってはいけないな。

 

 「アキト少佐!クレマン少佐!」

 「・・・はぁ、了解です」

 「ごめんねレイラ」

 「え、二人とも何を――」

 「じゃあ宜しくね」

 「殿下!私は護衛の任務が――」

 「ハメル中佐とリョウ、ユキヤが居るから大丈夫だよ」

 「私は?」

 「アヤノはアキトと一緒の方が良いんじゃない?」

 「ユキヤ!リョウは笑うな!」

 

 アキトとクレマンに両脇を挟まれて連れていかれるレイラ。揶揄うリョウとユキヤに抗議の視線を向けながらレイラの後ろを固めたアヤノ。

 多分だがアヤノとレイラ以外は最初っからグルだったのだろう。

 

 あの人も大変そうだなぁ…。

 

 「殿下はあいも変わらずですね」

 「普通自分の護衛の足止めってしないでしょうに」

 「たまには一人で出歩きたいときもあるのさ」

 「いや、おっさんはほとんどじゃねぇか」

 

 皇族に対してラフに接するリヴァルにシャーリー、リョウの三人をグリンダ騎士団の面々はどこか納得しながら見守る。これをほかの皇族にしたら確実に不敬罪に当たるんだよな。などと他人事のように眺めているとマリーベル皇女殿下と仲良く露店を周り始めた。

 元々自由な皇族であるマリーベルとオデュッセウスのお付きとあってグリンダ騎士団も親衛隊もこの様子にほとんど動じていない。

 

 訂正、警備隊のハメル中佐だけはそんな余裕は無く、殿下をお守りしようと必死に辺りを警戒している。見ているだけで胃にしくしくと痛みが走って来ましたよ。

 

 「オデュッセウス殿下。あまり無茶をなされない方が宜しいですよ」

 「うん?」

 「後ろの警備の方の負担が凄いです」

 「警備…あー、ハメル中佐。ここは大丈夫だよ。そこまで肩ひじ張らなくとも」

 「しかし私たちは殿下を守る義務があるんです」

 「そんな険しい顔していたらイケメンが台無しだよ」

 「私の表情など良いのです。エリア11は黒の騎士団残党の活動も確認されている危険な部類のエリアですよ。警戒しない方が…」

 「あぁ、それは大丈夫。手は打っておいたから(・・・・・・・・・・)。あ!たこ焼き。食べようかマリー」

 

 ニュアンス的に何をしたかは聞かない方が良い案件ですね。

 両手が食べ物で埋まりつつある殿下の後をついて進んでいく。殿下が先頭を歩いているという事は何処か目的地があるという事なのだろうけど…。

 

 「ここだよここ、さぁ、入ってみようか」

 

 校舎へと入り目的の教室まで談笑しながら進んだオデュッセウスは扉を開けて皆を先に入れる。

 この時、どうして僕は入ってしまったんだろうと後悔した。

 

 入って中を見渡すと簡易的な更衣室に数々の衣装…。

 当時殿下と文化祭を周ったアリス達の話が脳裏を過る…。

 

 ギアス発動と同時に振り返り扉へ向かおうと動く。――が、扉の前にはオデュッセウス殿下が笑みを浮かべて死守していた。確実に読まれていた。諦めたくないがよくよく考えてここで急に消えるというのは不自然…諦めるしかないと判断して元の位置に戻りギアスを解除した…。

 

 「お兄様。ここは?」

 「以前文化祭でもあったんだ。いつも着れないような衣装を着たり出来るんだ」

 「では以前にお兄様も着替えられたのですか」

 「いや、写真を撮って逃げました」

 「…そこだけ聞くと盗撮か何かに聞こえるのは僕だけでしょうか」

 「レオン、深く突っ込んだら駄目だと思うぞ」

 

 「ちなみに以前では女性は自由で男性は女装させられて――」

 

 「オズ!レオンを確保にゃー」

 「ちょ!?ソキアにオズ、待って!」

 「待った無しだにゃー」

 「ティンク助けて!」

 「すまない無理だ。諦めてくれ」

 「私はこれを着ようかしら。オズはどうするの?」

 「え?…えーとこれかな」

 「こっちの方が良いんじゃない?」

 

 騒がしくなった様子を眺めるように見ていたオデュッセウスは壁際にもたれる。

 親衛隊の方も方で騒がしくなってきた。 

 どうやらユキヤの女装は難なく決定したらしいが今度はリョウとユキヤがハメルにも女装を迫っているようだ。

 

 「慣れたかい?」

 

 ぼそっと掛けられた言葉に小さく頷く。

 どうしてこの人はこう気にかけてくれるのか。

 

 「殿下の方はどうなのです」

 「いやぁ、レイラをまくのは難しくて未だに慣れないね」

 「そっちではなく…というかまだ一人で外出をなさっているんですか」

 「まぁ、ね。ロロもだけどトトも大変そうだねぇ」

 「どうしてもあの人(V.V.)の命令を受けねばなりませんから」

 「そろそろ二人とも自由にすれば良いと思うんだけどさ」

 「あそこ(饗団)からは逃れられませんよ」

 「さぁて、それはどうかな?」

 

 ニカっと笑った殿下は頭を撫でてくる。

 これだ――こういう事を素でしてくるから僕は前の自分に戻れない。今の関係を守りたくなるんだ。殿下に出会う前ならそんなことは無かったのに。

 多分トトも同じ気持ちを味わっているのだろう。彼女の役目はオルドリン・ジヴォンの監視だけど着替えを手伝っている様子などを見ていると役目など関係なく接している。

 あぁ――まったく僕たちはこれからどうなるのかと不安になる日も来るが、今はこの一瞬のひと時を楽しもう。

 

 

 

 そう想ったロロだったがミレイ達が衣装を選び始め、オデュッセウスがナイト・オブ・シックスの衣装を手に取って迫って来たことで前言撤回。逃げようと試みたがリヴァルにがっちり捕まり着替えさせられることになったとさ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中華連邦。

 幼い扱いやすい天子を君主に置いて、大宦官が支配する広大な国。

 ユーロピアがユーロ・ブリタニアにより崩壊寸前まで追い込まれた現在ではブリタニアと対抗できる唯一の大国である。が、ナイトメア技術は進歩を見せず、民は貧しい想いをし、金持ちだけが私腹を肥やしていく。汚職や談合などで固められたこの国は情報統制と軍事力にて国を保っていた。

 

 人はいるが管理は行き届いておらず、人員の不足は手抜きに繋がり、広大な土地の管理は手に余り切っていた。

 

 ゆえにギアス饗団はここに本部の地下施設を築いたのだ。

 そして饗団の施設は本部以外にもいくつか点在する。それは中華連邦のみならず他の国にもだが。

 

 アルジェリアにもアルジェリア正規軍が放棄した施設を再利用して饗団の実験施設にしている。

 饗団本部のV.V.はそのアルジェリアへの映像回線を開いた。

 

 『これはこれは。お久しぶりでございます』

 「元気そうだねマッド大佐」

 『元大佐でございます』

 

 映ったのはゴーグルを付けたスキンヘッドの男性。

 ギアスユーザーをコード所有者との契約で作るのではなく細胞などを用いて人工的に作った人物で、アリス達特殊名誉外人部隊の指揮官。

 特殊名誉外人部隊のメンバーを全員オデュッセウスに引き抜かれてからは饗団に戻り、ここで実験を続けていたのだ。

 

 「さて、進行具合を聞こうか」

 『はい。現在までの実験を237回ほど行いましたが二例を除き悉くが失敗。183名が死亡し残りは昏睡状態であります』

 「ふーん、失敗した原因については」

 『戦闘向きで特殊名誉外人部隊の実験体を超える者を作ろうとしたことが原因かと』

 「やっぱり強すぎる力を作るのは人工的では難しいか…。かといって契約だとどんな能力になるか分からないし」

 『そちらでも洗脳と暗示をかけて契約してみるのはどうでしょう?』

 

 うーむと唸って見せたが別に良いかと考えを放置した。

 それよりもやるべき事があるのだから。

 

 「もうそこでの実験は良いから次の地点に移って」

 『はぁ?ここを放棄するのですか?未だ戦闘は続いており実験場には適しておりますが』

 「確かに材料調達に性能テストに持って来いの場所だけどちょっと良くない感じがするんだよ」

 『と、申されますと?』

 「ブリタニア正規軍の情報ではそこに反ブリタニアを掲げた部隊が相当数集まっているらしい。これだけなら良いんだけどその中にオルフェウスが混じっててさ。そこを標的にし兼ねない」

 『そうですか…では、データは全部消去するとして残っている実験体と被験体は如何しましょう』

 「全部処分で。あ、頼んだ実験体と成功例は持って行ってね」

 『畏まりました。それでどちらに』

 「龍門石窟。場所は追って伝えるよ」

 『分かりました。数日内に準備を完了させますので』

 「うん、頼んだよ」

 

 龍門石窟――巨大な仏像が幾つも彫られ、壁際に並べられた遺跡。

 ここもギアスの紋章が刻まれた遺跡であり、打倒大宦官を掲げる紅巾党の根城になっている。

 根城だと言っても付近であり、石窟自体はこちらで管理している。資金提供など支援を行い使い捨ての駒として置いてあるに過ぎない。

 

 近々オデュッセウスやシュナイゼル、マリーベルが訪れるらしく少し準備を進めている。

 まぁ、その三人がというよりはマリーベルのオルドリン・ジヴォン。

 同時期の中華連邦のパーティーに参加を表明したオイアグロ・ジヴォン。

 ギアス饗団を嗅ぎまわり、どうやら中華連邦辺りを調べているらしいオルフェウス・ジヴォン。

 あのジヴォン家の人間が集まるのだ。

 きっかけがあればすぐにでも事は起きる。

 特に今回は大宦官とブリタニアの会談が予定されている事から紅巾党という火種も動かざるを得ない。

 

 さぞ派手なパーティーになる事だろう。

 あの()の調整も進んでいるし、アレ(・・)の改修も進んでいる。

 

 「フフ、楽しみだなぁ…」

 

 V.V.は通信を切り、一人微笑む。

 遠く海を越えたエリア11にてオデュッセウスは何か悪寒を感じたのであった…。



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第77話 「魔法使いとオルフェウスと紛い物」

 アフリカ大陸アルジェリア。

 神聖ブリタニア帝国が本格的なアフリカ大陸侵攻を開始して、アルジェリアも戦火に包まれた。

 勿論自分たちの国土へと侵攻してきたブリタニアを黙って見ていた訳ではない。必死の抵抗は行ったが、ブリタニアとの機体性能差と経験、戦力差は覆せなかった。

 

 アルジェリア軍が使っていたのはアフリカ大陸でもっともポピュラーな兵器。

 砂漠などの地面を走破出来るホバー走行可能な三脚でその巨体を支え、開けた土地多いこの大陸に合った長距離砲撃戦を得意とする陸戦艇【バミデス】。

 ナイトメアフレームの大きな特徴は機動性や小回り以上に遮蔽物や高所にスラッシュハーケンを打ち込むことで可能になる立体軌道戦が行えることだろう。

 

 開けた時に主要都市でなければ高所の建物も無い地ではナイトメアフレームの利点は死に、バミデスのような長距離砲撃を主とする機体こそが有効だと………当時の軍関係者は判断したのだ。

 実際は遮蔽物の少ない開けた土地でのナイトメアは立体軌道無しの機動能力だけで圧倒したのだ。バミデスはナイトメアに比べて大きく、荒れた地も走破出来ても速度はそれほど早くない。唯一の優位性を誇っていた砲撃能力は機動能力を駆使したナイトメアに突破され、近接能力を持たないバミデスは懐に迫られた時点で敗北を決したのである。

 

 だからと言って敗北を認める訳もなかった。

 反ブリタニア勢力【サハラの牙】はアルジェリア奪還作戦の為に全戦力を以っての大規模攻勢を行おうとしていた。しかもそれはサハラの牙だけの話ではない。

 サザーランドやナイトポリスなどのブリタニア製ナイトメアフレームを所有し、帝都にて皇族を狙ったテロを起こした【タレイランの翼の残党】。

 そして反ブリタニアを掲げるテロ組織【ピースマーク】より派遣された部隊。

 

 人種も機体種類もバラバラな反ブリタニア連合軍は元アルジェリア中規模軍基地に進行している。

 ここは場所的にも基地的にも重要性は皆無。だというのに一個中隊規模のナイトメア部隊が駐留している。前々からサハラの牙は怪しいから注意していると最近動きが活発で、本国から増援部隊を呼び寄せた事を知り、こうして彼らとしては組みたくもないブリタニア人と手を組んでまで攻勢に出ようとしているのだ。

 

 本国から逃げ出すしかなかったタレイランの翼の残党は未だ目的を諦めておらず、潜伏して機会を狙っていた。そこに本国より皇族と関わりを持つ特殊部隊【プルートーン】がアルジェリアに向かったと本国に潜伏中の数少ない同志より情報を得た。皇族がいるとは思っていないが何かがあるのは確実。

 

 サハラの牙とタレイランの翼…仲良くとはいかないが連携を取るにしても不仲すぎる両者を繋ぐ仲介者が必要。そこでサハラの牙とは同じ反ブリタニア勢力、他の反ブリタニア勢力とは根っこが違うが利用できそうという事で潜伏先を提供したピースマークが仲介役として動いたのだ。

 その派遣部隊の中にはオルフェウスの部隊もあった。

 

 ガナバティが運転する大型トレーラーには白炎にサザーランド二機、グラスゴーの四機、そして最新鋭の機体が収納されていた。

 ピースマークを支援している人物の一人、ウィザード専用のナイトメア【アグラヴェイン】。

 アグラヴェインは【コードギアスR2】にてブリタニア軍の量産機となったガレスの試作機で、フロートシステムを積み込んでいる事で単独での飛行が可能でハドロン砲などと高火力の機体である。

 ハドロン砲、3連ミサイルポッド、4連ミサイルポッド、4連スラッシュハーケンと主な武装のほとんどがガレスと変わらないが、ガレスと違ってハドロン砲発射機構が可変にて取り外しが可能な為、手が存在するので接近戦を行えるようにメーザー・バイブレーション・ソードを装備。試作機という事でブレイズルミナスも搭載している。

 仮面を付けたような頭部と肥大化させたマント付きの肩パーツ以外はガレスそのものだ。

 

 「で、なんでこんな作戦を受けたんだオズ?」

 

 ため息交じりに呟いたのは長年オルフェウスの相方を務めているズィー・ディエン。本来ならさっさと中華連邦入りして多少なりとも作戦決行までの休暇を楽しめたというのにと不満タラタラである。

 オルフェウスとしても分からないでないが、最初は自身も巻き込まれた側であるので文句は自分でなく、端っこでむくれている奴に言って欲しい。

 癖のある髪で後ろは背の中腹まで伸ばし、前は顔の左半分を隠した美女。黙っていれば落ち着きのある大人びた魅力的な女性だ。黙っていればというのが見た目と異なって子供っぽいのだ。ミス・エックスという偽名を名乗り、年齢も出身地も不明にしているのだが年齢はオルフェウスより年下らしいのだ。

 

 「俺に言うな。ミス・エックスに聞け」

 「えー…すごく不機嫌そうなんですけど」

 「お前もそう見えるがな」

 「機嫌が悪くともそれを表現してしまっては周りに迷惑ですよ」

 「ネリスもギルもこの前オフ日があったから良かっただろうけどな!俺はその日仕事してたんだぞ。ようやく…ようやくゆっくり休めると思ったのに……くそぅ」

 

 今にも泣きだしそうな視線をネリスとギル――という偽名を名乗っているコーネリアとギルフォードは小さく笑っていた。

 名前が挙がったミス・エックスは頬を膨らませたままゆっくりと近づきポカポカと背中を叩き出した。

 

 「痛――いほどではないがやめて欲しいんだが」

 「むぅ~、何で私があの連中の仲裁役をやらなきゃいけないのよ」

 「仕事だ。諦めろ」

 「納得できないぃ。人種や目的ですぐもめるし、仲裁に入ったら入ったで女はどうたらとか言って怒りをこっちに向けるしぃ…」

 「だから俺を巻き込んだんだろ」

 「うー…」

 

 まだ納得できていないミス・エックスの抗議の視線を向けてくるがオルフェウスは知らぬ顔で通す。

 するとガナバティと行先の話をしていたウィザードが運転席より戻って来た。

 

 小さな帽子に被り物と思われる白の長髪、目元を覆う仮面に手袋など口元以外を覆い、自身の情報を出来る限り隠している。そんな人物でも信用はしている。これまで何度か一緒に戦場を駆けた事もあるが、オルフェウスにとって貴重な情報を持ってきてくれる人物として。

 なにせ今回この任務にあたる事を知って、自身に相手がギアス饗団の関係施設であることやプルートーンの部隊が本国より向かった事を調べて来てくれたのだ。

 

 …その本人はオルフェウスに対する罪悪感で一杯なのだが…。

 

 ウィザードの正体はオイアグロ・ジヴォン。

 ジヴォン家当主であるオリヴィア・ジヴォンの弟でオルドリン・ジヴォンとオルフェウス・ジヴォンの叔父。ナイトメア開発事業にも手を出してガウェインをベースとしたガレスやギャラハットの開発に力を込め、プルートーンの隊長をこなしながらこの作品ではナイト・オブ・ラウンズの一席を担っている人物。

 以前V.V.に命じられてプルートーンを用いて饗団より脱走したオルフェウスとエウリアを追い、エウリアを殺した後悔をずっと抱いている。その後悔からかオイアグロはオルフェウスを護れるのならなんだってする。オルフェウスの目的の為ならばプルートーンの仲間が死のうと関係なく裏切れる。無論、護るためでも目標を達成させるためでも自身の命も惜しくはない。

 

 そんな仇が目の前にいるとも知らずにオルフェウスは普通と変わらぬ態度を見せる。

 

 「そろそろだな」

 「あぁ、今回の任務は危険だ。それでもやるのか」

 「やらない理由が見当たらない」

 「そう――か。そうだな」

 

 不安は大きい。

 ギアス饗団の関係施設で防衛部隊を所有しているところは少ない。本部でさえ防衛能力は無い。無い理由は研究機関でナイトメアの必要性がないというのもあるが、それ以上にナイトメアの関連部品などの輸送で秘密にしていた基地を知られないようにしているというのが一番だが。

 その中で今回向かう基地はそれなりの防衛線力があり、さらに増援要請をしたという事はかなりの重要施設。しかも元々いたという事は戦闘方面に特化したギアスユーザーが居る可能性だってある。

 

 下手すれば全滅だってあり得る。

 公表されていない最新鋭機を携えて援軍としてやってきても不安の方が大きい。それでもオルフェウスだけは護らなければならない。

 …覚悟を決めなければならないか…。

 

 『全部隊に通達。目標より多数のナイトメア部隊の出撃を確認。予定通りに行動を開始せよ!』

 「聞こえたなオズ」

 「勿論だ。行くぞ!」

 

 無線の声でスイッチを切り替えたオルフェウス達は自身のナイトメアに飛び乗り素早く起動させる。不備がないかシステムや装備をチェックして後部へと移動する。後部ハッチが開かれランドスピナーを展開して一機ずつ飛び出してゆく。着地と同時に隊列を形成後、周りの部隊と連携を取れるように配置に付く。

 戦闘能力を持たないガナバティのトレーラーがミス・エックスを乗せたまま戦闘区域より離脱して行く。

 退避したのを確認したオルフェウスは戦況を確認すべく最前線へと目を向ける。

 

 基地より出撃したナイトメア部隊は後方部隊のバミデスの長距離砲撃を掻い潜りつつ突っ込んでくる。直撃や損傷して動けなくなった機体もあったが中々の腕利きなのか、それとも射撃の精度が悪いのかは分からないが結構な数が弾幕を突破してきている。そしてタレイランの残党が務めている前衛部隊とぶつかり合う。オルフェウス達が居る後方部隊と前衛部隊の中間に位置する部隊は敵の手を見極める為にも戦力の消費を避けつつ、援護射撃を行っている。オルフェウスの部隊ではズィーの役目だ。ズィーのグラスゴーは狙撃使用にカスタマイズされており、こういう援護で精度が必要とされる局面では重宝する。

 

 中距離の援護射撃を受けた前衛部隊との交戦で突撃を行って来た部隊の大半がすでに返り討ちにあっていた。さすがに腕の立つ者でも多勢に無勢。物量と弾数に任せた物量戦をひっくり返せれずに押し潰されてゆく。

 戦況が有利に運んでいる事に疑問を抱きつつ、オルフェウスは戦況から目を離さなかった。

 そしてプルートーンの黒と紫色で塗装されたナイトメア以外の機体に着目した。通常機と変わらないペイントに何処かの部隊章が描かれていた。

 

 「ウィザード。あの通常機の紋章分かるか?」

 『ふむ…あの部隊章は確かアルガトロ混成騎士団のものだな』

 「以前アンナバで見た覚えがあるんだが」

 『その通りだ。私の記憶違いでなければアンナバの防衛を担っていた筈だ。しかしアンナバでの戦闘後部隊は解散させられたと聞いていたのだが何故ここに』

 「実験体?」

 『にしては弱すぎる…されど何かはあるのだろうな』

 

 警戒しつつ全体に合わせて前進する。突撃してきた部隊は排除でき、前衛部隊で損傷が激しい機体や補給が必要な機体は後方部隊と合流して補給用・修理用のトレーラーに合流する。

 撃破した機体を通り過ぎ基地へと近づいて行くが基地には対空への防衛設備はあれど対地用の兵器は置いておらず未だに攻撃はなかった。

 

 

 

 ただ二機のナイトメアが出てきた以外には…。

 

 

 

 一騎はランスロットの量産計画で生産されたヴィンセントタイプのカスタム機。もう一騎はナイトメア開発に関わって多くの知識を持っているオイアグロでさえ知らない機体であった。通常のナイトメアと変わらぬ人型であるが類似する機体が存在せず、外装は機械というよりも人間の肉体に似せたような筋肉質に見えるもので覆われている。

 知らないのは当然である。

 なにせこの機体はGX01シリーズと呼ばれるマッド大佐が率いたギアスユーザー部隊【特殊名誉外人部隊】のみに支給された、ギアス饗団でしか扱えない第七世代ナイトメアフレーム。そもそもがギアスユーザーの能力を使用することが基本として考えれらており、ギアス伝導回路が組み込まれ、一人一人の能力に合うようにオーダーメイドで仕上げられた一品だ。プルートーンの隊長と言えども知らなくて当然なのだ。

 

 『たった二機で俺たちとやり合う気か?』

 『一気に蹴散らすぞ!』

 「待て!そいつに近づくんじゃない!!」

 

 無線越しにあの二機に突っ込む会話をした部隊に対して制止をかけるが聞く耳持たず、前衛部隊をあっさりと排除した勢いからかそのまま突っ込んでいった。

 突っ込んで行ったのはサザーランド五機。相手は二機で数では有利だがオルフェウスの予想が正しければ相手は…。

 

 

 オルフェウスの予想は悪い形で当たってしまった。

 アフリカのこの地で突如霜が降りたのだ。

 徐々に下がったり、気象的なものではない。一瞬にてヴィンセントタイプの周りのみ霜が降りた。しかも突撃していったサザーランドを凍り付かせるほどの冷気…。異常気象などではなく考えられるのはギアスユーザーの能力。

 

 『降伏せよ。などと甘いことは言わない。貴様たちはここで死ね』

 

 オープンチャンネルで冷たく放たれた言葉と非現実的な光景を目にした全員が足を止めた。

 ヴィンセントタイプは動かずGX01が前に飛び出した。何かわからないが目には見えない何かが通り過ぎた感じがした。横を通り過ぎたというよりGX01を中心に水面に波紋を響かせたように。周囲に広がった………そんな気がした。

 

 眼前の二機に警戒を向けていると後方で爆発音が響き渡る。

 振り返るとプルートーンとアルガトロ混成騎士団のナイトメア隊が後方で補給や修理を受けていたナイトメア隊やバミデスに襲い掛かっていた。正面の二機に意識を集中させていたがこれほど敵機が接近するのに気付かない筈がない。というかまるで突如そこに現れたかのようだ。

 振り返りながら七式超電磁砲を展開させプルートーン機を撃ち抜いた。直撃したサザーランドは上半身を吹き飛ばしてその場に転がった。

 

 普通ならそれで終わりなのだが、上半身を失ったサザーランドは立ち上がったのだ。

 上半身に繋がる部位より伸びる筈のないケーブルが意思を持った生き物のように動き、飛び散ったパーツと繋がって自機を修復し何事もなかったように攻撃を再開する。

 オルフェウスやコーネリアなどのギアスを知っている面子はすぐさま何らかのギアス能力と判断したが有効な対処法が一つしか思いつかない。それもかなりの難度で。

 

 『おいおいおい!いつからこの世界はゾンビ映画になったんだよ!ナイトメアフレームのリビングデッドとかマジで勘弁してくれよ』

 「ズィー、口より手を動かせ!」

 『分かってるけど撃った矢先に治ってやがるんですけど!?』

 『確かにこれでは…』

 『姫様!前でも同じナイトメアが!!』

 

 ヴィンセントタイプに突っ込んで行った五機も立ち上がり、こちらも向いて攻撃態勢を取っていた。

 ただヴィンセントタイプは基地に引き返し、滑走路上に止まっている輸送機に合流しようとしている。オルフェウス的にはあの輸送機を取り押さえたいところだがそんな余裕はないし、味方の現状を打破するほうが先決だ。

 

 『オズ!』

 「分かっている。ネリス、ここは任せる。俺は元凶を叩いて来る」

 『早めに頼む。ではギル、手伝ってくれ』

 『俺はどうすれば良い?』

 「ズィーはネリスの援護を」

 『ならば私とオズで行くか』

 「頼むウィザード」

 

 敵は間違いなくギアス能力者。

 両者とも自身を中心とした範囲型で一人は凍結、一人は死した者に不滅を与えて指揮下に置くもの。お互いが範囲型であっても決して邪魔することのない能力。凍結のギアスユーザーが前に出て、もう一機が後方でアンデットと化したナイトメア隊で援護すれば何の躊躇いもなく力が振るえる。もし巻き込まれても敵は不滅のナイトメア。何度でも蘇るだろう。そして倒した機体は同じく不滅を与えられ味方になる。

 なんと相性の良い組み合わせだろう。だからこそ攻略は困難を見せたというのに凍結のギアスユーザーは後退して輸送機の護衛に回った。いや、輸送機に乗り込み脱出の準備に入った。おかげで攻略する道筋が生まれたのだが難敵であることは違いない。

 

 後方部隊は壊滅状態で前衛を含めた残りの部隊は混乱を極めて足が止まっている者たちも居る。彼らをまとめ上げて一軍として立て直せれるのはネリス――コーネリアしかいない。しかし元々指揮権を手にする立場に居なかったコーネリアが指揮権を手に入れる、もしくはまとめ上げるまで多少なりとも時間が掛かる。それだけの時間を支える為にはギルフォードの力が必要だ。ズィーの腕も役に立つだろう。

 兎も角復活した機体達をコーネリア達が足止めしてくれるなら何とか元凶であるギアスユーザーを仕留めるだけで済む。その事を理解しているコーネリアは詳しい打ち合わせもなく各部隊に通信を繋げて後方の敵に対して動くように言っている。

 

 オルフェウスの白炎の上空をウィザードのアグラヴェインがカバーしてGX01に突き進む。

 

 『ほぅ…儂に挑むか』

 『今の声は………まさか…な』

 

 オープンチャンネルで向けられた言葉を耳にしたウィザードが何処か引っ掛かったようだがオルフェウスは気にせずに七式超電磁砲を再度展開させて狙いをつける。が、付近で復活させた五機を前に出して射線を塞ぐ。さすがにいきなり大将をやらせてくれないかと狙いを切り替え前に出たナイトメアを撃ち抜く。すぐに治るが少しでも時間を稼げるように何発も直撃させる。

 

 『ここは私に任せて先に!』

 「了解した」

 

 オルフェウスが上半身を吹き飛ばした機体も含んだ三機程をハドロン砲で吹き飛ばし、腕をハドロン砲から手に変え、メーザーバイブレーションソードを握り締めて残り二機に斬りかかる。アサルトライフル、両腕、頭部、胴体の順に瞬間的に切り裂いていった。見事な剣捌きで解体された機体はすぐさま修復しようとケーブルを伸ばすが、それをさせまいと何度も斬りつけられる。さすがにハドロン砲の直撃を受けた機体はドロドロに溶け、粉々に吹き飛んでいる為に修復が遅い。しかし一分もせぬ間に修復するだろう。

 ハドロン砲はエネルギー消費量が激しい。ゆえに接近戦に切り替えて時間を稼ぐつもりで斬り込んだ。ウィザードの腕前なら五対一になっても数十分は持ち堪えれるだろうが素早く済ませないとコーネリアの方が危ない。

 アサルトライフルを構えたGX01の弾幕を回避して、懐に飛び込もうと速度を上げていく。その回避からアサルトライフルの効果は薄いと判断したのか躊躇なく投げ捨て、背に取り付けていた大型ランスを手に取った。

 弐式特斬刀を展開させ、振り下ろして来た大型ランスと斬り結ぶ。

 ランスに刃が食い込んだところで捻って折りに掛かって来た。大型ランスを振るう際には両手を使うが白炎の弐式特斬刀は肥大化している右腕部の七式統合兵装より展開されている。つまり左腕はフリーなのだ。その左手でランスを抑えて、逆に引き寄せるように捻って肘打ちを喰らわせる。衝撃でよろめいた隙に刃を引き抜いて胴体に斬りつける。

 

 『浅いな』

 「だったらこれでどうだ」

 『ぬぅ!?』

 

 七式統合兵装には重装甲ですら貫通させれる威力を誇る伍式穿芯角というドリルもある。振りぬいた先で弐式特斬刀から伍式穿芯角に切り替えて、浅いと言われた切り口よりコクピットに届くように突き刺した。これでパイロットは死亡しただろう。

 

 普通の人間ならばこれで戦いは終了していただろう。普通の人間ならば…。

 

 『中々の腕だ』

 「くっ!こいつも不死か!!」

 『だがまだまだ甘い』

 

 修復を始めた上半身より突き刺した伍式穿芯角を抜き、鋏状の参式荒咬鋏を展開して上半身と下半身を切り離す。切られた衝撃で上半身がずり落ちそうになるが今までの機体の倍以上の速度で修復して大型ランスを振るって来た。身を屈めて避けて今度は高熱の刃である四式熱斬刀を展開して斬り合う。

 実力はオルフェウスが上だがそれを覆すほどの修復能力に押され始める。

 何度も斬りつけ、回避し、コクピットを貫く。その度に機体は元通りに戻っては疲労が重なっていくオルフェウスを嘲笑うかのように立ち続ける。

 凍結の能力者が輸送機と合流したのは眼前の奴を捨てても逃げ出すのではなく、眼前の一機で自分たちを殺しきれる確信があったからだと認識した。

 苦虫を潰したような表情で振るい続ける。

 背後で必死に時間を稼いでいる仲間を救うためにも。これ以上誰かを失わない為にも。諦めることなく殺し続ける。

 

 「これで23回目…こいつは本当に不死身か!!」

 『そろそろ限界が見えて来たな。貴様は儂の良い駒となるだろうな』

 「嘗めるな!まだ終わっていない!!」

 『結果は見えていると言うのに…ぐぅううううう!?』

 

 突然上がった呻き声と同時に動きが鈍った。

 無駄かも知れないが諦めずに振るった一撃が右腕ごとランスを斬り落とした。

 切り口よりケーブルが伸びて腕は元に戻る………事はなかった。

 

 伸びようとしたケーブルは切り口より出て来たが動きが遅く、斬り飛ばした腕まで伸びていない。

 修復されない様子を目にして脳裏に奴の修復能力には限界があるのではという予想が浮かび上がった。

 

 希望が見えた。

 その希望に追い縋るように疲労感溢れる身体に鞭打って操縦桿を握り締めて斬り付ける。

 殴り掛かって来た左腕を切り飛ばし、動きを止める為に左膝を刺し貫く。立って居られなくなったGX01は右膝をついて倒れないように体勢を維持する。抵抗することの出来ないが念には念を入れて、視界を奪うために頭部を斬り飛ばす。その勢いでコクピットの上板まで切り取った。コクピット内部が露出して騎乗者の姿が露わになる。

 

 搭乗者を目にしたオルフェウスは止めを刺そうとした一撃を止めた。

 動揺したとか人を殺すことに躊躇したとかではない。もう止めを刺す間でもないと判断したからだ。

 

 搭乗者は肩までふわりとしたブラウンの髪を伸ばし、鋭い紫の瞳の男性。見た目は三十代前後といったところだったが、三十代には見えない程の威厳を纏っていた。とても整った面立ちであったらしいが顔の半分は幾つもの腫れが膨れ上がって無残なものとなっていた。着ているブリタニア指定のパイロットスーツの上からでも腫れが確認できたので、顔よりも身体の方が酷いことになっているのであろう予想は容易であった。

 

 『紛い物のギアスユーザーではここが限界か…』

 「…これは…一体」

 

 乾いたように笑う男性に何処かで見たような既視感に襲われるがそれらを払い除ける。

 基地方向から輸送機が離陸したのが目に入ったがもう間に合わない。だから情報を多少でも得る為に刃を向けたまま言葉を続ける。

 

 「お前たちはここで何をしていた。答えなければ――」

 『ふははは、その脅しは無意味だと分かっているだろう。もう私の命は尽きるのだからな』

 「…やはりそうなのか」

 『だが、儂を殺しきった貴様の腕に免じて多少であれば答えてやろう』

 「ならまずお前たちは何なんだ?先ほどの紛い物というのはどういう意味だ?ただのギアスユーザーではないというのは理解したが…」

 『ギアスを知っている…貴様、饗団から逃げたオルフェウス・ジヴォンか。ならば話は早いか』

 

 こほこほと咳き込んでしっかりと見据えて口を開いた。

 彼が言うには自分たちは契約ではなくコード所有者の遺伝子を用いた実験でギアス能力者を作り出す実験体の一つだという。以前は多少なりともギアス適正のあるナンバーズで実験を行ったのだが、彼はギアス適正の高い人物の遺伝子で作り出されたクローンにコード所有者の遺伝子を用いてギアスユーザーにする実験で成功した数少ない成功体。

 ギアス饗団の実験で生み出された使い捨ての生命体だというのだ。

 これを耳にしたオルフェウスはギアス饗団に対する憎しみが強みを増した。

 

 『言っておくがもう一人の能力や饗団本部は教えないぞ。さて…最後に忠告だオルフェウス・ジヴォン。絶対に中華連邦に行くな。行けばお前は…いや、お前たちは死ぬ』

 「お前たち?仲間の事か」

 『クハハハ…そうではないが一緒に向かうのであればそやつらも含まれるであろうな…』

 「どういう意味だ!お前は何を知っている」

 『…さてな………そろそろ時間だ…儂はもう…逝く…』

 「オイ!!―――ッ!?」

 

 ゆっくりと瞼を下ろした男はぐったりとシートに持たれた。すると急激に腫れが肥大化して彼の身体が弾け飛んだ。おかしなことに血や臓物、肉片が飛び散ることは無く、辺りには硬そうな欠片が撒き散らされた。同時に不穏な音が響き渡りオルフェウスの直感が危険を知らせ、思わず後ろに飛び退いた。

 搭乗者の死を感知するようになっていたのか機体が爆発したのだ。しかも吹き飛ばすほどの爆発ではなく、内部の機構を燃やし尽くすような爆発だ。機体情報どころかこのまま放置しておけば後も残さないだろう。

 

 どこか虚しさを感じながら振り向き生き残った者を見渡す。

 元居た四分の一に満たないナイトメアの数に肩を落とす。その中で自分の仲間は全機健在なのはオルフェウスの唯一の安堵だっただろう。

 

 『無事なようだな』

 「あぁ…俺は無事だ」

 

 ぽつりと呟いたオルフェウスは短く息を吐き出して操縦桿を握り締める。

 もう覚悟は決めている。例え自分が死ぬとしてもこの復讐を止める気はない。ただ進むだけだ。

 

 後日、オルフェウスはピースマークより依頼を受けて中華連邦に向かう。

 向かう輸送船の中には同じく決意を持ったコーネリアとギルフォード、危険な事を説いたにも関わらず余計に一人で行かせられるかよと告げたズィーの姿もあった。

 彼らは向かう。V.V.が待ち構える中華連邦の地へと…。



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第78話 「オデュッセウス中華連邦に向かう」

 悲鳴が上がる。

 建造物が崩れ、人が吹き飛ばされ、ナイトメアフレームが戦場となりつつある市街地を走破する。

 

 中華連邦の正式量産化ナイトメアフレーム【鋼髏(ガン・ルゥ)】。

 全長のほとんどをコクピットを兼ねた胴体が取り、その大きな胴体に固定式マシンガンを取り付けた腕部と機動力を得る為の車輪付きの脚部を取り付けた機体。

 脱出システムも近接白兵戦能力も立体機動戦を行うスラッシュハーケンも持ち得ないこの機体は量産性と射程の長さのみ他の汎用量産機に対しての優位を持っていた。勿論射程の長さは砲撃戦仕様や狙撃仕様の機体には及ばない。

 アフリカ大陸で主流のバミデスほどでは無いが平地や相手との長距離射撃戦を行う事で優位性を生む射程の長さを市街地で殺してしまっているのは言うまでもない。

 

 「敵二個小隊がベイエリアに接近中」

 「付近に展開する第二中隊の第三、第四小隊に迎撃命令を」

 「狙撃地点に移動中のユキヤ中尉が敵に発見されたもよう。攻撃を受けていると通信が入っています。第三中隊を向かわせますか?」

 「いえ、第三中隊はそのままで、アヤノ中尉の隊に対応を。システムに問題はありませんかランドル博士」

 「正常に作動中よ。寧ろまだ余力があるわ」

 

 戦況を見据えながらレイラ・マルカル大佐は後ろで座るオデュッセウスに視線を向ける。

 現在オデュッセウス・ウ・ブリタニアは中華連邦との外交を行うシュナイゼル・エル・ブリタニアと共にアヴァロン級浮遊航空艦ペーネロペーで赴いていた。護衛としてマリーベル・メル・ブリタニアのグリンダ騎士団所属カールレオン級グランベリーが同行している。護衛と言っても皇族が指揮し、護衛対象を含めると皇族が三人にもなるので一応護衛としてラウンズのオリヴィア・ジヴォンも同行している。ラウンズをそう易々と出す訳にも行かないので今は待機している。

 

 中華連邦とは外交できたのだ。

 戦争も外交の一部と言うが今の戦闘は違う。

 なんでも紅巾党なるテロリストが仕掛けたもので中華連邦…大宦官とは一切関わり合い無いものだとか。

 

 正直呆れてため息が漏れた。

 国同士の戦争に発展してはと大慌てで平謝りとセットで連絡してきた大宦官により情報がもたらされたのだが、その様子は我が身大事で命乞いするものであった。

 シュナイゼル殿下もオデュッセウス殿下も気にすることない様に対応していたが内心はどうだったのか。考えるのは容易であった。

 

 「なんとかなりそうかい?」

 「はい。現状民間人の安全を優先すればこれ以上の被害は押さえられます」

 「そうか。それは良かった。ならそのまま頼む。あぁ、ドローンの被害は考えなくていいから。戦いに巻き込まれた民間人を助け、アキト達が無事に帰って来てくれれば作戦は成功だから」

 「畏まりました」

 

 やはりこういう方だ。

 他国であろうとも人の死をなるべく減らす。

 そもそも戦いが始まった時に君の好きにやると良いと言われた時から予想はしていたが本当にやり易い。ユーロピアでの命令などでは支援もままならない中でアキト達に危険を強いて来た。理不尽な命令を言わざる得なかった事もある。だけど資金も物資も十分な上に好きなようにやって良いというのだから指揮官としては最高の職場だ。何より戦場における主な思惑が同じなので自分が忌み嫌う命令を下されることは無い。

 

 「アキト少佐はどうなっていますか?」

 「アキト少佐、リョウ中尉により中央は持ち堪えていますが…」

 「やはり砲を黙らせないと被害は増える一方ですね」

 

 紅巾党所属の鋼髏(ガン・ルゥ)に対してブリタニア軍第一皇子親衛隊は優勢だった。

 ペーネロペーは一個大隊(六十機)ものナイトメアフレームを積み込めるように増設・改造されており、ブレイズルミナスを展開できるために全機を投入している。

 対して敵の紅巾党は済南軍区ナイトメアフレーム砲兵旅団所属の部隊。旅団と言えば大隊の二倍から五倍以上の戦力を持つが砲兵旅団のすべてが紅巾党所属の者ではなく数は少ない。

 市街地戦という事で長所を生かせない鋼髏(ガン・ルゥ)は、市街地戦で有利に事を運べる新型の無人機アレクサンダ・ヴァリアント・ドローンの性能差と優秀なAIシステムにより圧倒された。さらには有人機で腕の立つワイバーン隊――第一皇子親衛大隊第一中隊の各小隊長機はより性能が高く、ナイトメアの技量も圧倒的に格上であってもはや鋼髏(ガン・ルゥ)数機では相手にならない。

 日向 アキト少佐のアレクサンダ・リベルテ。この機体は元々アキトが使っていたType-01を強化した機体であったが、アキト用に改良したアレクサンダ・レッドオーガと同じ新型アレクサンダを元に強化されヴァイスボルフ城で使われたアレクサンダ・リベルテよりも数倍の性能を誇っている。佐山 リョウ中尉、成瀬 ユキヤ中尉、香坂 アヤノ中尉の機体もアレクサンダ・ヴァリアントも新型アレクサンダで専用機に仕上げられた、アレクサンダ・ヴァリアントⅡも新型アレクサンダ・リベルテほどではないが性能はヴィンセントを超える。

 

 機体性能と数、技量で圧倒する親衛大隊が未だ紅巾党を抑えきれないのは奴らが持つ虎の子の兵器。超長距離からの要塞砲による支援砲撃があるからである。

 ナイトメア同士の戦いに勝っても民間人も軍人もナイトメアも市街地も無視した攻撃の前では損害は大きくなり、被害は拡大していく。

 

 長距離からの攻撃でも対処法は存在する。

 市街地に着弾した威力からペーネロペーやグランベリーのブレイズルミナスで充分防ぎきれる。直撃を許容して砲台の方向と距離を算出、アレクサンダ・ヴァリアント・ドローンを散会させつつ索敵に回して、発見次第アキト達主戦力を用いて撃破するなど。

 だけど中華連邦の一般人の救出に戦力を割いている親衛大隊からすれば出来ない手で、行えば守りを失った多くの市民が死んでしまう。それはレイラもオデュッセウスも望むところではない。シュナイゼルは中華連邦の民草をブリタニアが救った事実は政治でも利用出来ると判断しているので別の意味で望んでいない。

 手がないのでは致し方なしに命令してくるかも知れないが、親衛大隊に出来ないのであってグリンダ騎士団は可能なのでそんな命令は下されずに周辺の敵機の排除と民間人の避難誘導や救出作戦に集中出来る。

 

 飛行能力を有するレオンハルト・シュタイナーのブラッドフォードとマリーカ・ソレイシィのヴィンセント・エインセルが索敵、ソキア・シェルバのサザーランド・アイが情報処理を行って位置を算出して一気に叩く。

 

 「グリンダ騎士団より通信。射程に位置する部隊の退避を願う――以上です」

 

 送られた射線データを地図と配置図に重ねて見渡す。

 民間人を避難誘導した地点には被ってはいなかった。ホッと息を漏らしながら重なっている者はいないかを見渡す。

 

 「該当区域に重なっているドローンの退避。アキト達にも射線データを転送してください」

 「ドローンの該当区域離脱命令を出しました。離脱までおよそ40秒」

 「離脱後グリンダ騎士団に連絡を」

 

 退避が終了してグリンダ騎士団に連絡するとグランベリー上部より通常のハドロン砲を超える高出力のハドロン砲が市街地の頭上を走り、目標地点を貫いた。

 直撃した箇所を超望遠でモニターに映し出すと超長距離からの要塞砲【中華連邦ヘビーレールウェイアーティレリ望天吼】が高威力のハドロン砲によって爆散したところであった。

 

 ティンク・ロックハートのゼットランドとオルドリン・ジヴォンのランスロット・グレイルを連結させた、ランスロット・グレイル・チャリオットによるメガハドロンランチャー・フルブラスト。

 高出力の二機のユグドラシルドライブを直接繋ぐことでより高いエネルギーを確保し、それをゼットランドのメガハドロンランチャーの威力を格段に上げる。

 神聖ブリタニア帝国軍のA級機密に当たるものでグリンダ騎士団のヨハン・シュバルツァー将軍は批判的だったが、作戦を提案したのはオデュッセウス殿下でシュナイゼル殿下はブリタニアの軍事力を見せつける事で交渉が上手くいくと微笑んでおられたので、この作戦は了承されたのだがレイラは危惧する。ナイトメア二機でこれほどの高威力を得たのだ。こんなものが大量生産され、或いはそれ以上の兵器が生み出されることがあれば戦場となった地域は悲惨な事になるのは必至。特に市街地でテロリストが使えば街そのものが灰になりかねない。

 そんな思いを口に出さぬままレイラはアキト達に帰投命令を出し、損傷していないアレクサンダ・ヴァリアント・ドローンには民間人の救助と破損したドローンの回収を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 中華連邦の朱禁城はいつもよりも騒がしく、賑わいを見せていた。

 本日は神聖ブリタニア帝国との外交の場が持たれることになっていたのだが、紅巾党の件で多大な迷惑をかけたという事で予定していた晩餐会も豪華なものとなり、色々と持て成しのグレードアップに励んでいた。

 迷惑をかけたというよりは戦争になることを恐れていた。国力や人口では引けを取らない大国ではあるが戦争になると勝つことは困難なのを理解している。ナイトメアの差、経験の差、士気などで負けている上に紅巾党での戦闘で見せつけられたメガハドロンランチャー・フルブラストの威力も見て余計に実感しただろう。だからこそ大宦官はブリタニアへのご機嫌取りの準備に大忙しなのだ。

 

 シュナイゼルと共に中華連邦に赴いたオデュッセウスは晩餐会まで時間があり、その時間に久しぶりに天子に会おうと場を求めたのだ。ご機嫌取りに必死な大宦官は急な申請だというのに受け入れた。と、いうか国の象徴を自分達のご機嫌取りの為に繰り出すなんてどうなんだ?

 なんだっていいさ。久しぶりにお話しできるんだから。 

 どんなお話をお土産としてしようかな?

 

 

 

 …などと浮かれていた自分が懐かしい。

 

 

 

 数十分前まで浮かれ気分で天子様のもとへ向かおうとしていたというのに今は一歩一歩が重く、今にも足が止まり踵を返しそうだ。

 

 天子様に会いに行くとシュナイゼルに伝えると呼び止められ小声で「天子との婚約の話を進めております」とびっくり仰天の報告をしてきたのだ。

 頭の中が真っ白になりましたよ。

 私に婚約相手が出来るとかは今はどうでも良い。何それ私聞いてない!?

 もしかしたら聞き逃していたのかとも思ったが、婚姻の話を忘れるほど無頓着ではない。

 詳しく聞いたら内密にシュナイゼルが大宦官と話し合っているのだとか。

 

 それは聞いてないな。うん。

 いえ、違くて。えー…私どうすれば?

 

 ギネヴィアが婚姻などの話を聞けばどういう反応をするかはお判りでしょう?とか、中華連邦との和平には一番の方法ですよなど色々な理由を言われたが納得は出来ない。

 なにせ天子は黎 星刻(リー・シンクー)の事を好いている。

 原作知識を有している私はその事を知っている。知っているからこそどうすればなんだけど…。

 

 朱禁城内部とは言え護衛もつけずに出歩くことはレイラが許さなかったので警備のオスカー・ハメル中佐とクラウス・ウォリック大佐に務めて貰っている。

 晩餐会にはレイラ達も参加するので親衛隊の女性陣は化粧直し、男性陣はその付き添いという形で居残らせた。ハメル少佐は警備隊であることから制服のまま参加、クラウス大佐はお偉方が集まるパーティに参加せずペーネロペーで待機するとの事で今だけ引っ張って来た。

 護衛できていたオリヴィアにはシュナイゼルの護衛を頼んどいた。

 記憶違いでなければ晩餐会の途中でオルフェウス君がシュナイゼルを狙ったと思うんだ。その後、ごたごたした気はするがやはり時間が経てば記憶が薄れてくる。

 

 「付いてきてなんですが俺みたいのが付いてきて良かったんですかねぇ?」

 

 不安そうには聞こえないクラウス大佐の言葉に顔を見られないように答える。

 多分だが今の私はひどい顔をしている事だろう…。

 

 「問題ないと思うよ。さすがにドン引きするようなことをしなければ」

 「さすがに分別はありますがね。国の象徴なんでしょ天子様っていうのは」

 「まぁ…ね。兎も角大丈夫さ。ハメル中佐を見てごらんよ。堂々としているだろう」

 「いえ、これは堂々としているというよりは緊張しているというのが正しいかと」

 「なんでウォリック大佐はそうもいつも通りなんですか…」

 

 後ろの二人の違う反応に笑みを浮かべながら庭園が見渡せる東屋(ガゼボ)へと足を運ぶ。

 椅子に腰かけている不安そうな天子様とその後ろに立って待っている大宦官が二名。

 軽く頬を叩いて気分を入れ替えていつもの微笑みを無理やりにでも作る。

 いきなりの行動に背後の二人が驚いていたようだが気にせずに、ガゼボに足を踏み入れてお辞儀をする。

 

 「久しぶりですね天子様」

 「お、お久しぶりです」

 「もう一年近く経つんですよねぇ。おっと、座ってもよろしいかな?」

 「あ、は、はい。どうぞ…」

 

 腰かけながらやはり戸惑っているなと分かり心がズキっと痛む。

 さて、どうしたものか…。

 どう切り出したものか悩んでいると先に口を開いたのは大宦官であった。

 

 「本日は誠ご迷惑をおかけしました」

 「今後このような事が起きないように手を回しますので」

 「え、あ、あぁ…そうだね。民の被害も相当なものだろう」

 「いやはやオデュッセウス殿下はお優しい。民草にまで気を回されるとは」

 

 この人たちは本当に…軽んじている民草のおかげで生活できているというのに…。

 あえて指摘はしない。後一年もしない内に痛い竹箆返しを喰らうのだからね。それも命を奪われるほどの。

 

 「天子様もお気に病んだことでしょう」

 「は、はい。でもブリタニアの方々のおかげで被害も少なく済みました」

 「しかしかなりの負傷者が出たのも事実。要請あれば私も出来うる限りの支援をしよう」

 「ほ、本当ですか」

 「いえ、神聖ブリタニア帝国の皇子殿下のお手を煩わせるようなことではありません」

 「その通りです。殿下はお気になさらず――それよりもこれからの事を話しませんか?」

 「これからの事と言うと」

 「今は内々に話を進めている――殿下、護衛の方々は…」

 「構わない。彼らは私の親衛隊の警備隊長と副司令官。聞かれても問題ない」

 

 おそらく発表されるのは原作通り。彼らには箝口令をしけば問題……あー、クラウス中佐は大丈夫かな?酒をよく飲む人だから酒の席で口を…無いな。あの人いつも一人酒だし。そもそもユーロピアに居た頃ユーロ・ブリタニアのスパイをやってたし問題ないか。

 一抹の不安はあれど大丈夫だと判断して話を続ける。

 

 「まだ内々ですが天子様との婚約。我々は大いに祝福致します」

 「これで中華連邦と神聖ブリタニア帝国が共に歩めばすばらしい繁栄を得るでしょう」

 「私はつい先ほど弟よりサプライズで聞いたのだがね。天子様はそれで良いのかい?」

 「わ、私は…その…」

 「それは勿論――」

 「私は天子様に聞いています」

 

 大宦官の言葉を遮って天子を見つめる。

 正直この婚姻を私は破棄したい。天子の事を想えばそれが一番なのだろう。

 だが、しかし。果たしてそれをしても良いのかと考えれば答えはNOだ。

 

 なにせブリタニアの貴族の地位と引き換えに不平等条約を結び、国と天子を神聖ブリタニア帝国に売り払うという民を象徴を蔑ろにした悪逆非道を行ったからこそ黒の騎士団と黎 星刻(リー・シンクー)を始めとする志ある中華連邦の武官が手を取り合えたのだ。

 秤に掛けるというのは好みの考え方ではないがルルーシュを優先してしまう。だからと言って天子を見捨てる訳ではないけどね。最大限出来うることはするさ。勿論、原作通りゼロと星刻(シンクー)が手を取り合える未来へ向かわせる為に。

 

 その為ならば私が汚名を被る事なんてどうでも良い。

 

 「これが中華連邦の為にも…民の為にもなるから…」

 「ふむ。でも納得は出来ない…のだろうね。無理はないよ。いきなり婚約の話を出されてもねぇ。天子様も好きな殿方が居たりするでしょうし」

 「す、好きなだなんて…」

 「その反応…さぁて、どなたでしょうかね」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべてニマニマと見つめると頬を赤らめて俯いた。

 原作知識で分かっているのだが、天子様のこういう純な反応は実に可愛らしくつい弄りたくなってしまう。

 当然ながらこの状況を笑えるのはオデュッセウスだけであって、天子がほかに好いている奴が居ると知った大宦官の顔色は青ざめ、突然公にされていない大国同士の婚約話を聞いたクラウスとハメルは驚き目を見開いている。

 

 「いやはや申し訳ない。あまりに可愛らしい反応だったもので、つい」

 「あ、いえ…」

 「しかし、まだ先とは言えいきなりの婚約話。不安は大きいでしょう。どなたか心のおける人物は居られないのですか?」

 「一人居ます」

 「何方です?」

 「星刻(シンクー)という軍官に所属している人です」

 「その彼は何処に?」

 「星刻(シンクー)?あぁ、黎 星刻(リー・シンクー)でしたら現在エリア11の大使館勤務ですが」

 「では、大使館から戻ったら黎 星刻(リー・シンクー)を天子様の騎士……専属の武官にしてあげられますか?」

 「それは出来ますが宜しいので?婚約前とは言え男性を近くに控えさせるというのは」

 「私は問題ない。それに天子様に今必要なのは不安を和らげる存在です」

 「殿下が仰られるならそのように計らいましょう」

 「勝手に話を進めてしまいましたが宜しかったでしょうか天子様」

 「はい!勿論です」

 「喜んでいただけて何よりだ。今夜辺り電話でもしてみると良いでしょう」

 

 その言葉に今までの暗い顔が嘘のように晴れた。

 やはり笑っていてくれた方が良い。大宦官は妙な顔をしているが気にしない、気にしない。

 

 「さてと…晩餐会まで時間があります。以前の約束通り外のお話をしましょうか?」

 「はい。あ、でもその前に聞いてほしい話があるのです」

 「ほお!天子様からとは。どのような話でしょうか?楽しみです」

 「私、新しくお友達が出来たのです」

 

 その後、天子から聞かされる神楽耶やライの話や私が体験した外での話で大いに盛り上がり、不安は消え去り久々に楽しい時間だけが過ぎていった。

 黒の騎士団に協力していた皇 神楽耶と黒の騎士団に所属していたライを中華連邦で匿っている事を、ブリタニアの皇子に実質公言してしまっている事に気付かない天子の話に終始大宦官は青を通り越して真っ白な顔色を浮かべていたがそれも含めて楽しい話である。無論、大宦官には別れる際に内密にしておくと言って安心はさせておいた。

 

 

 

 

 

 

 日も落ちて暗闇が広がる夜となった時刻。

 晩餐会の会場へ向かうオデュッセウス一行は笑みに包まれていた。

 

 「いやはや一国の象徴と言ってもやはり年相応のお嬢ちゃんでしたね」

 「ウォリック大佐。ここは中華連邦の朱禁城。聞かれたら事ですよ」

 「おや、失敬。ですが一つ謎が解けました」

 「謎?何の話です?」

 「ほら、神聖ブリタニア帝国の第一皇子とあろう御方が今まで三十路になっても結婚されていないと思ったらそういうご趣味だったのですね」

 「ちょっと待とうかクラウス大佐。私はシスコン&ブラコンは認めているがそっちは違う」

 「えー…本当ですかぁ?」

 「大佐。人の趣味は千差万別。深く追求することは…」

 「君達――後で覚えていろよ」

 

 後ろで「やべ、減給かな」とクラウス大佐が呟いているが、まぁそれは置いといて真面目な話をしよう。

 ため息ひとつ吐き出すと真面目な顔をして振り返る。それに合わせて二人も聞く姿勢を見せる。

 

 「先ほどの話だが他言無用で」

 「どちらでしょうか?中華連邦が黒の騎士団残党を匿っている件でしょうか。それとも婚約の件」

 「両方だ。親衛隊内部だとしても話すことは許さない。君たちの胸の内にだけ留めておくか忘れて欲しい」

 「了解しました」

 「なら私は忘れるとしましょう」

 「まぁ、頼むよ。さてと頃合いか。会場に向かうとするかな」

 「でしたら私はペーネロペーに戻ってますね」

 

 一人オデュッセウスから離れて軍港へ向かおうとするクラウスにオデュッセウスは思い出したかのように声を掛ける。

 

 「あ、予定通り私のアレクサンダ・ブケファラスの用意をお願いしますね」

 「アレ本気だったんで?」

 「使わないで済めば良いんだけどね」

 

 そうは言うが絶対使う羽目になるんだよね。

 オルフェウス君が攻めてきたらオルドリンが戦う事になるだろうし、とりあえずヒュウガ兄弟同様あの双子にも喧嘩両成敗を喰らわせれば良いか。後のことはその時の自分に任せれば良いよね。

 オデュッセウスは会場へと向かう。

 自分が関わった結果、原作以上の出来事が待ち受けているとも知らずに…。



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第79話 「荒れる中華連邦」

 中華連邦の政治関係者や富豪などほんの極一部の富裕層。

 神聖ブリタニア帝国の皇族三名にその専属部隊。

 貧しい思いをする民から搾りに搾り取った税をふんだんに使った晩餐会にオルフェウス・ジヴォンは潜り込んでいる。

 勿論の事ながら招待状の類は持ち合わせていないのでギアスを用いての侵入である。

 オルフェウスのギアスは視覚的に自身の姿を他者へと変える事。視覚的なのでカメラなどを通せば姿がばれるので、戦闘時に着用している服装ではなく、純白のオーダーメイドのスーツを着用している。これならばカメラを通して会場の警備している人間も誤魔化せるだろう。

 

 『オズ、侵入成功したか?』

 「今のところは問題ない。ターゲットも確認した」

 

 耳にはめ込んでいるインカムよりズィーの声を聞き、口元を隠す形で袖によりつけたマイクを通して返事を返す。

 人が多いが目標の人物を見失うことは無かった。

 なにせこの場で一際目立つ人物なのだから…。

 

 『ちょ…ちょっと待てって!?』

 「どうした?」

 『ネリスがっと――』

 『オズ。分かっていると思うが傷一つ負わせてみろ。命は無いものと思え』

 「………さらに難度を挙げるような脅迫は止めてくれ。なるべく丁重にお迎えするさ」

 

 どうやらズィーからコーネリアがマイクを取り上げたようだ。

 今回ピースマークが請け負った依頼は中華連邦朱禁城に集まる神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアの暗殺。

 無論本気で行う気はないし、コーネリアに殺されたくないのでやらないが。

 ただミッションは最低限達成させなければならないので、手は打たせてもらう。

 正確なミッション内容はブリタニア皇族を襲って混乱を招けというもの。朱禁城で騒ぎが起こればそれに乗じて反中華連邦組織紅巾党が大宦官を討つべしと進軍するとか。要するに今回はピースマーク本来の作戦というよりブリタニア打倒のために紅巾党に恩を売っておこうという物で宰相を討てというのは次いでなのだ。

 

 だから騒ぎを起こせという紅巾党の思惑と自分達の目的を達成する為にも神聖ブリタニア帝国第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニアを攫う事にしたのだ。

 彼を攫うのは中華連邦に入ったはいいが饗団の足取りを掴めなくなったことが大きな要因だ。電話で聞こうにもはぐらかされるか切られる。ならば攫って答えるしか無くせばいい。

 脅迫ではない。コーネリア直々のお願いで簡単に落ちるだろうからな。

 

 と、いうかシュナイゼルの暗殺とか不可能だ。

 なにせシュナイゼルの周りには第二王子親衛隊のカノン・マルディーニにナイト・オブ・ラウンズのオリヴィア・ジヴォンが付いて回っている。カノンの戦闘能力は未知数だがオリヴィア――母に勝てる想像が全くできない。なにせナイトメア戦もそうだが白兵戦でも恐ろしいほどの剣術を持っている。

 下手に相手をすれば火傷では済まない。時間が掛かれば警備が集まり取り押さえられる可能性が高い。

 

 次にマリーベルだが自身の親衛隊と共にシュナイゼルと共にいる。

 

 消去法というかなんというかオデュッセウスしか無防備そうなのが居ない。

 おかげで連れ去り易そうで良いのだが…ブリタニア皇族的にはどうなんだろう。

 

 「で、そこんところはどうなんだ」

 『不味いに決まっている。その身を狙う不埒者が紛れ込んでいたらどうするつもりなのだ兄上は…』

 「俺たちがその不埒者なんだが?」

 

 小さく笑みを零し、すぐに気持ちを引き締める。

 ここは敵地で味方は自分一人しかいないのだから…。

 

 

 

 

 

 

 華やかな晩餐会の会場でオデュッセウスは微笑んでいるものの、顔を引きつらせていた。

 自分の身に危険が迫っているとかそういう訳ではなく、周りの行動の結果で居心地が悪くなっているのだ…。

 

 「なぁ、おっさん。これ全部食っていいんだよな?」

 「あー、ウン。食ベレルナラ好キナダケ食ベルト良イ」

 「良いな晩餐会ってのは」

 「少しは行儀良くしなよリョウ」

 「おう。分かってるって」

 「何処がよ。オデュ……違った。オデュッセウス殿下を見てご覧よ。頬が引きつって片言で喋っているじゃない」

 

 リョウ君とか楽しそうで何よりだよ。うん。

 大皿に並々に乗った料理の山にがっつく姿勢はまさに豪快で食べっぷりは良い。

 良いんだけど周りからの目が痛い。上流階級が集まる晩餐会ではまず見る事のない光景だよね。

 アヤノとユキヤもリョウみたいな事はしていないが浮いているのは確か。私の親衛隊で落ち着きを見せているのはアキトとレイラ、ハメルぐらいか。

 

 「第一皇子の親衛隊の方々は個性的でいらっしゃられますな」

 「ん?……おや、オイアグロ卿ではないですか?」

 「お久しぶりですオデュッセウス殿下」

 

 声を掛けられ振り向くとそこにはオイアグロ・ジヴォン卿が優雅にワイングラスを傾けながら立って居た。

 オイアグロは原作と違ってラウンズ入りした一人で今はナイトメア開発の方に手を出している。

 

 「本当に久しぶりだね。まさか君もオルドリンに会いに来たのかい?」

 「いえ、あっちには姉上が付いてますので。本日はオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下に私が出資するナイトメアの売り込みに馳せ参じました」

 「わざわざ中華連邦にまで足を運んだのかい?それはすまなかったね」

 「お二人とも中々お会いする機会がありませんので」

 「あー…私もシュナイゼルも各地を飛び回っているからね。パーティーでも開けば…クロヴィスには会ったのかい」

 「はい。クロヴィス殿下はガレスのほうに興味を持たれ護衛部隊二個小隊ほど」

 「もう実戦投入できるレベルなのか」

 「先行量産型はすべての工程を終えましたのであとは正式生産機の完成を待つのみです」

 「私にもガレスを売り込むのかい?けれど――」

 「えぇ、殿下は量産機には事欠いておられないことは存じております。なので今回は違うナイトメア――ギャラハットの売り込みに」

 

 ギャラハット。

 第七世代ナイトメアフレームをベースに開発されたナイト・オブ・ラウンズ専用の第八世代相当ナイトメアフレームの一騎。

 いや、現在は採用される前らしいから正式には違うのか。

 漫画【双貌のオズ】でのオイアグロ・ジヴォンはかなり裏で動いていた筈だ。

 オルドリンには母であるオリヴィアを殺してジヴォン家の当主の座を奪った人物で、オルフェウスからはエウリアを殺した人間として両者から恨まれていたっけ。でも実際はマリーベルの妹と母親が亡くなったテロの秘められた真相を知るオルドリンの殺害を命じられたオリヴィアから守るために殺し、エウリアの殺害も意図したものではなかった筈だ。その後はギアス饗団と関わりつつも二人を護ろうと暗躍し続けた。

 私が介入したことで秘められる筈だった真相は秘められることは無く、オリヴィアにオルドリンの殺害命令が下されることは無かったけどね。

 それ以外ではナイトメア開発に資金を回してガレスやギャラハットの開発に投資して力添えをしていた。

 

 ――に、してもギャラハットかぁ…。

 欲しくないと言えば嘘になるけど、持っていても仕方がないというのが私の現状なのだが。

 考えている最中にも説明をしてくれているオイアグロの言葉が耳に入って来る。

 所有している大容量エナジーは砲撃戦でも活かせるが、それ以上に白兵戦用の武装を用いた近接戦闘能力は現行のランスロットタイプを上回る………公算が高まったとか。

 

 親衛隊にはアレクサンダ以外考えれないし、私のナイトメアは今や旧型となりつつあるアレクサンダ・ブケファラスだが、専用のランスロットを改修中。それに月下のカスタム機もあるから機体には事欠いていない。改修が間に合っていないというのはあるがね。

 親衛隊以外に三つの騎士団を所有しているが汎用型ならいざ知らず、近接戦闘に秀で過ぎた機体を騎士団用に配備するのは難しいだろう。代用パーツが利く量産機とは違ってパーツは専用で、整備方法も手順も異なる。さらに操作性によっては扱えるのはある一定の技量が無いと不可能なんて事があり得る。

 ランスロットなんてラウンズでも扱える人と扱えない人が居るのに。さらに高性能となったら一般で扱える人居るのかな?

 

 なんて批判的な事を考えても欲しい。

 ………別に私が扱わなくても良いのではないか?

 あぁ、扱えそうな人物にプレゼントするとか。と、なるとクロヴィスやキャスタールの騎士はキューエルにヴィレッタか。扱うのは難しいか。ならナナリーの騎士のアリス達はどうだろう?アリスならギアスを用いれば問題なく扱える。

 あと手元にも欲しいしもう一機。そういえばマオちゃんに機体をあげる話をしてたっけ。なら三機程お買い上げの方針で行くか。

 

 「なら三機ほど頼めるかい?」

 「畏まりました。伝えておきます」

 

 微笑みを浮かべながら去って行くオイアグロを見送るオデュッセウスは給仕の者よりワイングラスを受け取り、壁際に移動しようとしたところ、アキトが横を遮るように立ち構える。

 表情はいつもの無表情ではなく険しく、警戒態勢を取って辺りを警戒していた。

 

 「アキト君。何かあったのかい?」

 「会場内に不審な人物を確認しました」

 「不審?」

 「はい。緩やかにですが殿下との距離を詰めております」

 

 アキトが横目で見つめる方向には確かに誰かと談笑も、料理を楽しんでいる訳でもなく、気付かれないようにゆっくりと近づいて来る男性がいた

 中華連邦の衣装に身を包んだ初老の男性…。

 

 一見、中華連邦の上流階級の客にしか見えないが時折鋭い眼光を向けてくる。

 ほんの僅かなものだが見逃さなかったのはアキトが教えてくれたからだろう。

 まさかと思いながら携帯を取り出してカメラを起動させる。おもむろに初老の男性に向けて画面を見ると、肉眼で捉えている男性とは似ても似つかない青年が…ってオルフェウス君じゃないか。

 

 「オルフェウス君」

 

 見知っていた相手と言うのもあって警戒心が薄れていた。

 相手が自身を攫おうと考えているとは微塵も考えもせずに。

 軽く手を振って名前を呼ぶ。

 

 

 三名がその行動に反応を見せた。

 ひとりは潜入してオデュッセウスの隙を伺っていたオルフェウス・ジヴォン。

 二人目はオデュッセウスから然程離れていなかったオイアグロ・ジヴォン。そして母親でオイアグロと違ってオルフェウスの足取りも今何をしているかも知らないオリヴィア・ジヴォンの三人。

 

 ジヴォン家は一子相伝の女性貴族で、双子で男子であったオルフェウスは産まれてすぐに平民の家へと送られ、その後ギアス饗団にて引き取られた。ゆえにオルフェウスはオリヴィアを母として認識していない。オルドリンを妹と認識していない。オイアグロを叔父ではなく復讐対象としか捉えていない。

 だからオイアグロの動きに警戒だけを向けながらオデュッセウスの警護をしていたアキトに狙いを定める。

 

 人影に隠れた瞬間にギアスを解除したことでアキトの視線は自ずと警戒対象であった人物を探そうとする。例え懐より凶器を取り出そうとしている青年が居たとしてもだ。

 懐から取り出したのは晩餐会で使われている銀のナイフが三本。

 

 「不味い。皆、離れよ!」

 

 そこでようやく理由は分かっていないが狙われている事に気付いたオデュッセウスは周囲の人物を押しのけながら声を挙げる。

 投擲しようとしているオルフェウスのナイフが視界に入ったことで初老の男性を探すのを中断し、アキトは拳銃を懐から取り出して構えるが周囲に人が居て撃とうものなら確実に周囲に被害が出る。

 アキトを直線状に捉えたオルフェウスはナイフを放つ。狙うは足と肩。無力化すればオデュッセウスまで距離を詰めて、脅してでも連れて行く。もし抵抗するものなら小声でコーネリアが待っているとでも言えば嫌々ながらも付いて来てはくれるだろう。

 

 銃口がオルフェウスを捕え、アキトとの間に障害物となっていた客が消えても背後には人がいる。トリガーを引けない相手に対して投げられたナイフが目標に向かって飛んでいく…。

 

 

 一撃だ。

 何とか間に割り込んだオイアグロは腰に提げていた剣を抜いてナイフを斬り落とした。

 否、斬り落としたどころではない。ナイフの先から持ち手まで真っ二つにすべて斬ったのだ。

 憎しみの対象に殺気と凄まじい剣捌きに驚いた一瞬、オルフェウスの肩に一本のナイフが突き刺さった。

 

 投げたのはシュナイゼルの側に居るオリヴィア。

 二人の視線が一瞬交わると事態の不利を認識してオルフェウスは逃走を開始した。

 

 慌ててレイラを含める親衛隊がオデュッセウスを囲む形で集まる。

 

 「ご無事ですか殿下!?」

 「私は大丈夫だよ。アキト君は?」

 「問題ありません」

 「オイアグロ卿。助かりました」

 「いえ、殿下の身に何もなくて何よりです」

 「兄上!」

 

 シュナイゼルとマリーベルもオデュッセウスを心配して慌てて集まる。

 皇族三人を中心にオデュッセウスの親衛隊、グリンダ騎士団が周りを固めて警戒するが、会場内にまで響いてきた地響きと外から鳴り響く爆発音により事態は深刻さを増した。

 

 会場の窓より外では戦闘が起こっているらしき光が起こり、少し離れた地点でアンナバでグリンダ騎士団と戦った白炎が警備部隊と交戦していた。

 白炎を目撃したオルドリンは怒りで殺気立つが、すぐにそれを抑えてマリーベルの周辺に気を配り警戒する。

 

 「オズ。私はシュナイゼルお兄様の護衛でここに居ます。離れるわけにはいきません……ですからオズ。貴方にはあの機体を追ってください。アレは危険です。アンナバで剣を交えた貴方なら分かるはずです」

 「マリー…イエス・ユア・ハイネス」

 「ブリタニアの方々はお早く避難を…」

 「これはちょうどよいところに。現状の説明を願いますかな?」

 

 昼間に皇族を狙った紅巾党のテロがあってこの始末。

 急ぎブリタニアの皇族には安全な場所に移って貰おうと駆け寄って来た大宦官が、顔色を蒼白させて非常に焦っている事を表情で雄弁に語っていた。

 対してシュナイゼルは焦りなど微塵も感じさせない態度で状況の把握に努める。

 正直情報が殺到して正確な情報ではないのだが、朱禁城周辺の警備部隊が白いナイトメアに倒されて防衛能力が低下。さらに城外では昼間の紅巾党が攻撃に出ているという。

 

 「ですので一刻も早くブリタニアの方々には――」

 「ならばこそ我々はここに居ましょう」

 「……はぁ!?」

 「テロリストの攻撃に恐れをなしてブリタニアの皇族、そして大宦官は逃げ出した。それともテロリストの必死な攻撃に対して物怖じせず対峙した。どちらが宜しいかな?」

 「しかし、宰相閣下は勿論、オデュッセウス殿下やマリーベル皇女殿下の身にもしもの事があれば」

 「問題ありません。私のグリンダ騎士団がそこらのテロリストに後れを取ることはありませんので」

 

 涼し気な笑みを浮かべるシュナイゼルと堂々と満面の笑顔で言い放ったマリーベルに対して大宦官は口を閉じるしかなかった。

 だがその二人からして…否!三人…それも違うか。この場に居るブリタニア皇族に仕える者全員に気がかりがあった。

 

 「オデュッセウス殿下。分かっておられると思いますがくれぐれも勝手に動かないで下さいね」

 

 皆の想いを一番に口にしたのはレイラであった。

 これまでの行動からこういう場合は必ずと言っていいほど動いてしまう。ゆえに先手を打って釘を刺そうとしたのだ。

 勿論、素直に聞いてくれるとは微塵にも思ってはいなかったが…。

 

 「あぁ、分かったよ」

 「――え?分かっているんですか?」

 「分かっているとも」

 「本当に本当ですね?勝手にナイトメアに乗って敵陣に突入したり、大将首を獲りに行ったりしませんよね?」

 「勿論だとも。私はペーネロペーで待機しているよ。せめて上空からの情報提供ぐらいはさせてくれるのだろう」

 「え、あ、はい。えーと、護衛には――」

 「護衛にはオイアグロ卿に付いて貰おうか。構わないね?」

 「殿下のご指名ならば…」

 「あと、オリヴィア卿もお願いできるかな。他国での戦闘にナイト・オブ・ラウンズが介入したというのはあまり宜しくないしレイラ達はマリーベルの手伝いを頼むよ」

 「イエス・ユア・ハイネス……本当に大人しくしているんですよね?」 

 「君も疑い深いね。敵に突っ込んだりしないから安心しなよ。シュナイゼルやマリーベルが敵中に突っ込むんならまだ分からないがね」

 

 そう言ってオデュッセウスはオイアグロとオリヴィアを連れて会場を後にする。

 オルフェウスとオルドリンの事を不安がっていても顔に出さない二人だったが、本来なら今すぐ駆け付けたいぐらいなのだ。

 

 だからこそオデュッセウスの提案には飛びつくのだが…。

 

 「さてと、あの兄妹を止めに行きますか」

 「殿下、ご存じだったのですか?」

 「知っていたよ。それで二人も行くだろう」

 「勿論止めに行くのなら。しかし宜しいのですか?勝手な行動はしないといったばかりなのに」

 「何の事かな?釘を刺されたのは敵への突撃であって、兄妹の仲裁は言われてないからね」

 

 ペーネロペーより情報を受けていたレイラ達がオデュッセウスが抜け出したことを知るのは、戦闘終了後となるのであった。

 

 

 

 

 

 戦闘による明かりでぼんやりと照らされる街の上空をオルドリンのランスロット・グレイルは駆け抜ける。

 騎士としては街の民衆を助ける事も行いたいが、今はあの白いナイトメアを追う事が先決だ。アンナバで見せたあれだけの腕があれば確実にブリタニアの脅威となる。ここで押さえておかないとどれだけの被害がもたらされるか。

 

 本人には苦渋の決断であるが、歯を食いしばって、街へと展開されたアレクサンダ部隊の活躍を信じてただ進む。

 

 白いナイトメアは街を越えて荒野を駆け抜けていた。

 逃げているのか誘っているのかは分からないがどちらにしても追わない訳にはいかない。

 

 速度を上げて高高度より急降下する。徐々に迫るグレイルに気付いた白炎は振り返り様に砲撃を開始して迎撃するが、一発とて当たることは無かった。

 これはオルフェウスの射撃が下手な訳ではなくて、ラウンズやオデュッセウスとのシミュレーターを用いた訓練で鍛えられた結果、全弾を回避しきったのだ。アンナバと戦った時に比べて格段に上がった腕前にオルフェウスは驚いたが、すぐに思考を切り替えて接近戦に構える。

 

 「アンナバでの借りを返させてもらう!!」

 

 メーザーバイブレーションソードによる上空からの加速をつけた斬り込み。

 さすがに受け止めるも受け流すも危険と判断して大きく身を逸らして回避したが、それが仇となった。

 斬りかかる直前に左腕のスラッシュハーケンを自らの後方の地面に撃ち込み、避けられた直後からスラスターでの反転と刺さったスラッシュハーケンを巻き取るのではなく引っ張って、急旋回を実現させたのだ。

 機体に負荷が掛かるが以前に比べて改修を加えられたグレイルには微々たるものだったが、その急旋回で発生したGにオルドリンは苦しめられる。されど飛びかける意識を無理やり保って白炎を眼前に捉える。スラッシュハーケンを巻いた勢いで迫り、膝蹴りをお見舞いする。常識外れの行動と体勢を崩している現状ではさすがにオルフェウスも対応しきれずまともに受けてしまった。

 

 衝撃がもろに伝わり、白炎はごろごろと地面を跳ね転がり、手を付いて立ち上がる。

 

 『腕をあげたな。アンナバの時とは見違えたようだ』

 「テロリストの貴方に褒められても嬉しくないわ」

 『だが、たった一機で来たのは失敗だったな!』

 

 レーダーに三機のナイトメアが映し出された事に気付いたオルドリンは反撃を恐れ距離を取り、新たな機影に気を配った。

 現れたのはアサルトライフルに軽量ランスを装備したサザーランドが二機に、狙撃戦仕様のグラスゴー。

 

 ネリスとギルの援護射撃とズィーの狙撃により釘付けにされたランスロット・グレイルにどう斬り込もうかと思考していたオルフェウスは距離を詰めて来たグレイルに慌てふためく事になる。

 

 『なに!?』

 「狙撃・砲撃戦の相手が居るなら好都合!貴方の懐なら安全でしょうね!!」

 

 今度こそ剣を交えた白炎とグレイルは火花を散らす。

 オルドリンの脳裏にはあの特訓の日々が思い返される。短い期間であったが普通の兵士なら体験することのないほど濃密過ぎる体験。日によっては対戦相手を入れ替えて対策を取れなくする。シミュレーションではあったが間違いなく自身の血肉となり、糧となって技量に現れている。

 

 「狙撃戦なら殿下からどれだけやられた事か!接近戦はエニアグラム卿にどれほどこっ酷くやられたか!それに比べればこんな状況まだましよ!!」

 『まったく厄介だな。だが、俺は負ける訳にはいかないんだ!!』

 「私も負けてはいられないのよ!!」

 

 鞘から抜かれた二本のメーザーバイブレーションソードと展開された弐式特斬刀と短剣が斬り結ばれる。

 ぶつかり合うたびに火花を散らす二機の間には帝国の先槍と謳われたギルフォードでさえ手を出すことが出来なかった。位置を変えて援護射撃でもしようと動くのだが、それを素早く察知してグレイルは白炎を盾にするように立ち回り、決して動きを止めることは無かった。

 

 ナイトメアは機動兵器。足を止めてはただの自走砲と変わりはしない。

 訓練で叩き込まれた一つだ。

 言うのは簡単だがやるのでは難しかった。

 状況確認や状況によって戸惑った時、斬り合いをしている最中などは足を止めたり、踏ん張りを利かしたりしてしまった。そういう時に狙ったかのようにオデュッセウス殿下の狙撃やアールストレイム卿の砲撃が飛んできたものだ。

 

 動きを止めず、周囲に気を配り、眼前の相手の動きを考えながら対応する。

 昔の自分だったら不可能だなと心の中でほくそ笑む。

 工廠外延部を何度も何度も走らされた事で得た持久力に何度も戦う事で鍛え上げられた思考能力。

 余裕を持って行う事は出来ないが、出来ないことは無い。

 

 だが、オルドリンは押し勝てなかった。

 周囲に気が向いていたこともあるが、相手の実力はラウンズ級。

 急ごしらえで合した技量だけではどうしようもない。確かに渡り合えるだろう。しかし、圧勝することはまずない。

 

 「こんのぉおおお、テロリストが!!」

 『世界を乱すブリタニアの走狗が!!』

 

 二人の剣先がお互いのコクピットに向かい突き出される。

 両者とも決して避ける素振りを見せることなく、躊躇いもなく相手だけを睨みつけて殺そうと操縦桿に力を籠める…。

 

 『そこまで!!』

 

 上空から降って来た一機のナイトメアが割り込んで突きを繰り出していた腕を掴み止めた。

 間に入ったのはアレクサンダ・ブケファラス。

 搭乗者はオデュッセウス・ウ・ブリタニア…。

 

 「で、殿下!?何故ここに!!」

 『退いてくれ!アンタと言えども…』

 『これ以上兄妹で争うな!オルドリン・ジヴォン!オルフェウス・ジヴォン!!』

 「――オルフェウス・ジヴォン」

 『兄妹だと…』

 

 オデュッセウスが叫んだ相手の名前に動揺した。

 なにせ自分は死んだと教えられていた兄が生きていて敵となっていると聞いて平常ではいられなかった。それが嘘か真かなど分からずとも…。

 

 『鞘を納めるんだオルフェウス!これ以上お前たちが争うな』

 『ウィザード!?何故中華連邦に。それにどういう事だ』

 『オルドリンも納めなさい』

 

 さすがに二機を片手だけで受け止めるのは無理があったアレクサンダ・ブケファラスは関節部から火花を出し始めた。すでに動きを止めていた二機に白炎にはウィザードのアグラヴェインが、グレイルにはオリヴィアのヴィンセントが背後に降り立って軽く掴んで動きを制する。

 

 「母様!?これは一体どういう…」

 『話さなければならない時が来たのね』

 

 コクピットから姿を現したオリヴィアに続いてオルドリン、ウィザードが姿を現す。最後にオルフェウスが出て来たことで視線は自ずとオルフェウスに向かった。

 オルフェウスは無線でズィー達に攻撃を待つように指示してから、この中で唯一信頼の置けるウィザードを見つめる。

 

 「ウィザード!ここに居る事もそうだがどうしてブリタニアのラウンズと一緒に…」

 

 ジヴォン家が見つめ合う中でオデュッセウスはコクピット内で様子を窺う事にした。

 これは家族間の問題だ。争いごとになれば勿論仲裁に入るがそれまでは彼らで話し合った方が良い。

 そう判断して見守ろうとしていたのだが、自分たちが立って居る地面にギアスの紋章が浮かび上がったことで、それどころではなくなった。

 

 「全員この場より離れろ!」と叫ぶより早く地面が崩れ、ナイトメアを含んで全員が崩落に飲み込まれた。

 衝撃でコクピットシートに押し戻される形となったオルドリンは状況を確認しようと自身の身体と付近に視線を素早く動かした。

 

 打ち身はあれど骨折など操縦に問題がありそうなケガはない。

 周囲を見渡して分かったのはここが地下に作られた遺跡と言う事。

 四方を囲むように巨大な岩を彫って作られた大仏に、神殿らしき建造物に続く階段。

 自分たちは地下遺跡の上に居て、機体の重さに耐えきれずに地面、つまり遺跡の天井が崩れたのだと理解した。

 

 次に機体のコクピットに居る人物の確認を行う。

 オルドリンと同じく衝撃でコクピットへと戻らされたオリヴィア。

 アレクサンダ・ブケファラスのコクピットより姿を現したオデュッセウス。

 崩れた衝撃で投げ出されて階段の踊り場で倒れ込んでいるウィザードと呼ばれた人物。

 そしてその人物に掴みかかったオルフェウスの姿…。

 

 落ちた衝撃か仮面が外れたウィザードからは素顔が晒されており、そこにはオルドリンの叔父であるオイアグロの姿があった。

 

 「何故お前が!エウリアを殺したお前が何故なんだ!!今まで俺の窮地を救ってくれた事だって…いや、それ以上にお前は間接的にも直接的にもプルートーンを。お前の仲間を手に掛けていたのか!!」

 

 襟元を掴まれ怒鳴られるオイアグロは苦々しい表情を浮かべて、上半身を起こした。

 オルフェウスとウィザード ― オイアグロの話が何のことか。何を意味しているのかはっきりと理解出来ないオリヴィアとオルドリンはコクピットより降りて近付きはするが、声を掛けることは無く見つめていた。

 

 

 

 「母親に捨てられ最愛のエウリアを叔父に殺された兄と、家も人も家族の絆すら奪われた兄がいる事も知らずに生きて来た妹。その兄妹が殺し合うなんてなんて悲劇なんだろうね」

 

 

 

 嘲笑ったの様な少年の声が遺跡の中に響き渡った。

 全員が視線を向けた階段の上には一人の少年が立って居た。

 

 「V.V.!!」

 

 オルフェウスが叫び銃口を向ける。

 この中でV.V.を知っているのは饗団に居たオルフェウスと関係を持っているオデュッセウス、そしてオイアグロぐらいである。

 

 「まったく君達兄妹―――いや、君達ジヴォン家はなんて濃い血で繋がっているんだ。

  甥っ子の最愛なる人物を殺しといてその甥っ子を護ろうと動く叔父に息子を捨てた母親。

  マリーベルの騎士にナイト・オブ・ラウンズ、反ブリタニア組織の一人にその組織を支援する男。

  家族でこうも殺し合わなければならない一族なんてそうはないよ。

  さぁ、ボクに続きを見せておくれよ!」

 

 背筋が凍り付くような邪悪な笑みを浮かべる少年に気圧されて一歩、二歩と下がってしまう。

 得体の知れぬ恐怖に呑まれる。

 相手はまだ幼い子供。なのにこれほどの邪気を放つとなると異常過ぎる。

 ラウンズのオリヴィアでさえ警戒の色を濃くして懐の拳銃に手を伸ばすほどだ。

 

 『駄目です!!』

 「―――ッ!?トト!!」

 

 張り詰めていた空気を物理的にも打ち破ったのは、壁を壊してでも突っ込んできたグリンダ騎士団所属の赤いグロースター。外部スピーカーより発せられた声より搭乗者はトトだと分かった。

 機体を近くで着地させたトトはコクピットから飛び降りて、大慌てでオルドリンの側による。

 この場に居た全員の視線がトトに集まり、何かを決意したトトは真剣な眼差しをV.V.に向けた。

 

 「トト。君は無粋だね」

 

 冷たく言い放ったV.V.が銃口を向けている事に気付くまでは…。

 

 「危ない!!」

 

 一発の銃声と共に発せられた大声が大きく響き、トトは地面に倒れ込んだ。

 しかし、それはV.V.が撃った銃弾を受けての事ではない。

 突き飛ばされたのだ。

 撃たれる事から彼女を護るために動いたオデュッセウスの手によって。

 

 「――――あ?」

 

 突き飛ばしたオデュッセウスの口から疑問符が混じった声が漏れた。

 オルドリンは見た。

 

 トトを突き飛ばして前に出てしまったオデュッセウスの左胸に穴が空いている事を…。

 

 「殿下!!」

 

 後ろへと倒れるオデュッセウスをオルドリンとオイアグロが咄嗟に支える。

 崩落した穴を降りようとしていたコーネリア達も目撃し、目の前で起こっている事に対して思考が拒否して呆然としていた。

 

 「あー…さすがに不味いかな。ボクは彼を撃つつもりはなかったんだけどねぇ」

 「―――ッ!V.V.!!」

 

 V.V.の一言に反応してオルフェウスとオリヴィアが拳銃を向けてトリガーを引いた。

 何発も何発も放って弾切れを起こすまで引き続けた。

 十以上の風穴を開けられたV.V.は地面に倒れ、オリヴィアとオルフェウスはオデュッセウスに意識を向けた。

 

 「殿下!目を開けてください!!お願いですから殿下、悪い冗談だと言ってくださいよ……殿下…」

 

 瞼を閉じ、ぐったりと横たわるオデュッセウスを涙を流しながら支えるオルドリンは願い続ける…。

 悪い夢であってくれと…。

 今すぐ目を開けていつもの微笑みを浮かべてくれと…。



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第80話 「ジヴォン家と蜘蛛」

 瞼を閉じて横たわるオデュッセウスから目が離せない。

 

 幼い頃からマリーベルと関わりを持っていたオルドリンは必然的にオデュッセウスとも多くの関わりを持つこととなった。

 何時如何なる時も優しく、温厚で微笑みを絶やさない。

 家柄や地位に関係なく人と接し、自分にもよくして下さった事を昨日の事のように覚えている。

 

 涙が止まらない。

 視界がぼやける。

 

 「まさかトトなんかを庇う為に出てくるなんてね…彼は―――ルのお気に入りだから殺したくなかったんだけど。仕方ないか…ここに居る全員を始末して紅巾党が手をかけた事にでもしようか。

  後は任せたよマッド大佐」

 「ハッ、畏まりました」

 

 先ほどオルフェウスと母様に撃たれて死んだ筈の少年の声が聞こえる。

 けどどうでも良い…。

 母親と妹を失ったマリーベルの為に騎士になると宣言した。

 マリーを護り、大事な者を護る騎士に。

 あの頃のマリーの状態は酷いものだった。

 私か殿下が近くに居なければ自我を保てない程に…。

 そのせいなのか私や殿下に依存していて、寝る前には私の寝室に潜り込んでくる。

 

 もしマリーがこの事を知ったらどうなるのだろうか?

 目に見えている。あの頃よりも酷くなるだろう。私も必死に支えようとはするけれども、多分マリーは…。

 

 「立ちなさいオルドリン!」

 「…私は……」

 

 気力が出ない。

 母様が急かしているのも焦っているのも分かっている。

 でも、足に手に力がまったく入らないのだ。

 多分、オルフェウス…兄さんもトトもそうなのだろう。

 両膝をついて呆然としている。

 

 階段の上にあった遺跡が崩れ、蜘蛛を模したようなナイトギガフォートレスが姿を現す。

 オデュッセウスがロイドに試案だけと頼んで、勝手に制作していた陸戦用ナイトギガフォートレス【プロトアラクネ】。

 

 少し離れたところに立って居るマッドはニヤリと笑みを零しながらオデュッセウスを見下ろす。

 彼にとってオデュッセウスは敬うべき皇族でありながら恨みの対象。

 オデュッセウスがアリス達をV.V.に頼み込んで欲しなければ、堂々と戦場と言う戦場を渡りながら実験が行えたというのに、実験体(モルモット)を手放されたせいで饗団という日陰の中でだけの実験。しかも人工のギアスユーザー制作から始めなければならないというもどかしさ。

 その憂さが少しでも晴れて彼は喜ばしい限りだ。

 

 歪んだ笑みで元々悪人面の顔がさらに邪悪になるがオルドリンの視線はオデュッセウスに向けられたままだ。

 眠っているかのような殿下の顔を覗き込む。

 ぽたぽたと涙が零れ落ちる。

 

 本当に寝ているだけで今にも動きそうな―――――………ムクリ。

 

 「……………あれ?」

 「――ッ!?で、殿下!?」

 

 突如、上半身を起こしてぱちくりと瞬きをしているオデュッセウス殿下に悲鳴に近い音質で声を出してしまった。

 この光景に私だけでなく兄さんに母様、叔父様にトトが目を見開いていた。

 

 「え?あれ?私は撃たれて…どうして生きてるの?」

 「良かった!本当に良かったです!」

 「あぁ、本当に良かっ―――ぁああああああああああああ!?」

 

 撃たれた左胸を撫でて自身の無事を確かめていたオデュッセウスが叫び声を挙げた事で、安堵しかけた皆が一斉に身構える。

 

 「カリーヌからのプレゼントがああああ!!」

 

 服の下から出て来たのは弾丸が突き刺さっているロケットであった。

 第71話「オデュ+皇族=周囲の人間の疲労度」の話でカリーヌがオデュッセウスにプレゼントすると言って購入したカリーヌと二人で写っている写真が収められているロケット。渡されてから肌身離さずつけていたことが幸いしてオデュッセウスの命を救ったのだ。

 

 「なんにしても殿下がご無事でよかったです」

 「本当にね。まだ死ぬわけにはいかないし―――――ってプロトアラクネ!?」

 

 振り返ると巨大な足が振り上げられ、殿下ごと踏み潰そうと勢いをつけて振り下ろされる。

 その一撃を白炎が受け止める。

 

 『何時までそうしているつもりだ!!』

 「…お兄ちゃん」

 「助かったよオルフェウス君」

 

 今、ナイトメアに乗り込んでいないのはオデュッセウスにトト、オルドリンの三人のみ。

 オルフェウスを始めとした三人はロケットを取り出して安堵した辺りで乗り込もうと動いていた。

 

 『その機体…その声……覚えている。覚えているぞ野良犬――― 一本角ォオオオオオオ!!』

 「まさか…ボッシ伯!?」

 

 プロトアラクネより発せられた声にオルドリンは思い出す。

 アルジェリア侵攻軍アンナバ進駐軍主力、第二皇子隷下アルガトロ混成騎士団、騎士団長アルベルト・ボッシ辺境伯。

 一度皇位を剥奪されたマリーを軽んじていた人物。

 しかし、ボッシ伯はアンナバでG-1ベースごと爆破されて戦死した筈。

 

 『ブリタニア医学とサイバネティクスにより蘇ってきてやったのだ!!』

 『厄介な…』

 『大人しく殺されロォオオオオオ』

 

 パワー差と重量によって白炎が徐々にだが押されてゆく。

 足の下から駆け抜け各々のナイトメアに飛び乗り、モニターにプロトアラクネを捕えた頃には先に乗り込んでいたオイアグロとオリヴィアが突っ込んでいた。

 まずはオリヴィアのヴィンセントが圧し潰さんとする足の関節部分を切り裂き、オイアグロのアグラヴェインがタックルを喰らわせてプロトアラクネのバランスを崩す。足に掛かる力が抜けた事で離れた白炎を確認したネリス達の集中砲火がプロトアラクネを襲う。

 

 『あにu――無事でなにより』

 『コー…ネリスかい。ありがとう、おっと、全機に言っておくよ。あの機体の後ろには攻撃厳禁だから』

 『何故です?』

 『あれだけの攻撃システムを使用するには大量のサクラダイトが必要なんだ。つまり後ろの部位のほとんどはサクラダイトの容器となっている。下手に攻撃して引火して爆発させるとここ一帯が吹き飛ぶよ』

 『つまりどうすれば?』

 『近接戦に自信がある少数精鋭でその他の部位を潰すしかないよ』

 『オズ!』

 『なんだ?』

 「なに?」

 『あ、すまないけどオズと呼ばれるのが二人いるんでフルで呼んだ方が良いよ』

 『そうなのか!?じゃあ、オルフェウス。奴さんが来たぞ…紅巾党の鋼髏だ』

 『どうやらこちらを敵として認定しているらしいですね』

 

 地上では鋼髏の群れに、地下の遺跡内にはプロトアラクネ。

 挟まれた状態でプロトアラクネだけを相手にするのは不可能だ。

 なら、部隊を二つに分けなくては…。

 

 『オルドリン、トトちゃん借りるよ。上の相手には私も行こう』

 「殿下!?」

 『危ないですとかは無しだよ。どのみち挟まれて危険な状態なんだから。それに私は接近戦より狙撃――射撃戦の方が得意だ。アラクネ相手にするより鋼髏を相手にするよ』

 『なら俺達でアレを相手にするか』

 

 白炎の眼前ではバランスを崩した状態で集中砲火を浴びて倒れ込んだアラクネが再び起き上がろうとしていた。

 対峙して構えるのはオリヴィアにオイアグロ、オルフェウスにオルドリンのジヴォン家の人間。

 近接戦能力の高さも機体性能もここにいる誰よりも高く、挑むならこの四人しかいない。

 

 『えぇい!何をやっておるか!!早くあの者共を始末せんか!!』

 『ウガアアアアア!!殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス―――皆殺シダァアアアア!!』

 『こんな時に暴走だと!?クソッ…未調整の失敗作が――――待て!止めろおお!?』

 

 奇声を発したボッシ伯は蜘蛛でいう腹部に搭載された十六連装小型ミサイルポッドを使用しようと上部発射管を開いた。こんな地下空間でそれを使えば明白。

 

 『しっかりつかまってトト』

 『は、はい!』

 『総員ここより離れろ!!』

 

 アレクサンダの上にトトのグロースターが捕まり壁をよじ登り、アグラヴェインが白炎を、ランスロット・グレイルがヴィンセントを持ち上げ飛翔する。

 放たれた十六発ものミサイルが遺跡の壁や天井に直撃して、遺跡の崩壊を招いた。

 上昇する中で降り注ぐ岩盤によりマッド大佐が潰される様子がモニターに映し出される。

 

 『逃ガサナイ…』

 

 巨体を八本の足で持ち上げ、壁を登り地表へと姿を現したアラクネは禍々しい光を放っていた。

 その光はアグラヴェインのハドロン砲収縮時の光にとてもよく似ていた…。

 

 気付いたオイアグロは白炎を地面に着地できるように放り投げて回避行動に入った。

 頭胸部前方の発射口より放たれたのは通常の威力のハドロン砲ではなく、グレイルとゼットランドが使用したメガハドロンランチャー・フルブラスト相当のものであった。

 

 「オデュッセウス殿下。あの機体をご存知のようですね」

 『まぁ…私がロイドに言っていた物だからね。制作してくれとは言ってはいなかったけど』

 「大まかな性能と武装をお聞きしたいのですが」

 『プロトアラクネ――拠点制圧重武装型アフラマズダの試作機だ。

  見ての通り蜘蛛の形状をした追加武装とアフラマズダをくっ付けたナイトメア。いや、装備に大きさからナイトギガフォートレス。

  武装は腹部に十六連装小型ミサイルポッド、頭胸部前方の三連装大型ガトリング砲、高出力超電磁砲を二門、各足関節部に機銃などだが当てにはならないだろう。私の元に有った時にはハドロン砲なんて装備していなかった』

 「弱点は無いのですか?」

 『腹部のサクラダイトを引火させるかパイロットを狙うのが一番なんだろうけど』

 『早々に近づけさせてくれそうにないな』

 『兎も角そちらは任せるよ。私は鋼髏の相手をする』

 『お嬢様お気を付けください』

 「殿下もトトもお気をつけて。それとトト、後で話があるから」

 

 オルドリンはそう言うとアラクネに向かって突撃する。

 合わせるようにヴィンセントと白炎が左右を固め、上空よりアグラヴェインが援護する。

 

 各関節部に取り付けられた機銃と高出力超電磁砲二門が対空迎撃と言わんばかりにアグラヴェインに狙いを付けて撃ちまくる。オルドリン達には正面からは三連装大型ガトリング砲、頭上からは十六連装の小型ミサイルが降り注ぐ。

 それぞれラウンズ級の腕前を持つ彼・彼女らにただ撃つだけの弾幕では足止めにしかならない。

 

 これが単なるプロトアラクネ程度(・・・・・・・・・)なら何の問題もなかった…。

 

 頭胸部前方に設けられたメガハドロンランチャー発射口よりハドロン砲を拡散させて放って来た。さすがにこれは最小限の回避では避けきれずに大幅に隊列を崩す。

 回避しながら白炎は七式超電磁砲を展開して放つも装甲により弾き飛ばされる。

 

 『七式超電磁砲を弾いた!?』

 「もしかしてあの機体…グレイルと同じシュレッダー鋼で出来ているの!?」

 『オルドリン!オルフェウス!足を止めずに懐に飛び込め!!』

 

 強固な装甲に驚いているとオリヴィアのヴィンセントが弾幕を掻い潜って肉薄する。

 狙うは頭胸部に取り付けられているナイトメアのアフラマズダのコクピット。

 躊躇いもなくメーザーバイブレーションソードを構えて突き進む。

 

 眼前まで迫った所で頭胸部メガハドロンランチャー発射口左右についている触肢が赤く輝き、近づいたヴィンセントに振り被った。顔色を変えることなく受け止めたヴィンセントは圧し負けて後退させられる。さらにそこにガトリングの嵐が向けられて一旦距離を離すほかなくなった。

 

 「母様!大丈夫!?」

 『えぇ、大丈夫よ。それにしてもあの機体の反応速度は異常ね』

 『オルドリン、ボッシ伯はラウンズ並みの腕があるのか?』

 「そんな話は聞いてないけど…現に対応しきったって事はそうだったのかな」

 『複数の火器管制システムを使いこなしながら近接戦闘も行える人間など居るのか?』

 

 ギアス饗団へと引き渡されたプロトアラクネは豊富な資金と最新鋭の技術で強化されている。

 追加武装にメガハドロンランチャー発射口に触肢型メーザーバイブレーションソード。防御面ではシュレッダー鋼と電磁装甲を組み合わせている。

 さらにこの機体は神経信号を直接機体に伝達して意志で動かせる【神経電位接続システム】で人間では不可能とされる操作を可能とし、GX01シリーズに使用されているサクラダイト合成繊維が形成する【ギアス伝導回路】と合成樹脂と電動シェルの芯をサクラダイト繊維で覆った【マッスルフレーミング】まで搭載されている。

 

 

 …ギアス伝導回路はギアス能力を自身だけでなく機体にまで発揮することが出来る回路。

 つまりはボッシ伯は医療とサイバネティックスだけでなく、人工的なギアスユーザーにする為でも身体を弄り回されたのだ。おかげで発現したギアスはザ・リジェネレーター(再生者)。七十七話に登場したギアスユーザーみたく死んだ者・物に不死属性を付与して何度でも蘇らせるザ・デッドライズとは違って、修復能力しかない。それでも厄介な事には変わりないのだが…。

 

 『装甲は堅固で攻撃力はちょっとした基地クラス。拠点制圧重武装型とオデュッセウス殿下は仰っていたが正直なところ――』

 『移動要塞と言った方がしっくりくるな』

 『追従するナイトメアが居ない事が慰めか』

 

 三人が話す中、オルドリンはしっかりと相手を見据える。

 焦らず、得た情報を精査し、味方の技量と武装を評価し、頭の中でパズルのように組み立てていく。

 

 「母様、叔父様、お兄ちゃん、私に良い考えがあるの」

 

 オルドリンの一言に話し合っていた三人が口を閉じて聞き入る。

 正直なところ絶対の自信は無い。

 ラウンズの母様のほうが良い作戦を立案するかも知れない。兵器関連に詳しい伯父上が機体の弱点を見つけるかも知れない。幾つもの不正規戦闘を潜り抜けて来た兄さんのほうが上手く倒せるかも知れない。

 でも、全部かもしれないの希望で現在何も手がない状況では自分が引っ張るしかない。

 あのボッシ伯を放置するのは大変危険というのがビシビシ伝わってくる。距離はあるが朱禁城付近には大きな街が広がっている。もしもアラクネがそちらに向かえば被害は言うまでもない。

 

 マリーの騎士としても、一人の人間としても一般人を巻き込みかねない脅威を放置できるわけはない。

 

 「手伝ってくれる?」

 『お兄ちゃんか…。なんだか擽ったい響きだな。だけどオデュッセウスが弟や妹の頼みが断れない感覚が少しわかった気がする』

 『私は勿論手を貸そう。姪からの頼みでもあるしね』

 「母様は…」

 『――良いでしょう。貴方がどれだけ成長したか見せて貰いましょう』

 

 皆の返事を聞いて大きく息を吐き出す。

 そして肺にまで届くように大きく息を吸い、また吐き出す。

 何度か繰り返して気持ちを落ち着かせ、短く吐き出すと同時に相手を静かに睨みつける。

 覚悟は決まった。なら今出来うる最善を尽くすのみ。

 

 「母様と私でお兄ちゃんを護りながら突っ込みます。叔父様は兄さんの後ろで低空飛行を」

 

 指示を出すと同時にブレイズルミナスを展開しながら突っ込む。経験の差だろうかレオンやティンク、ソキアやマリーカに比べて指示してからのラグが格段に少ない。指示を出した時には理解して行動しているという感じだ。

 やり易さを感じながら、まだまだ自分たちの練度不足を思い知ってしまう。

 

 『ガトリングガンだけに気を付ければ良いのね』

 「はい。下手に散らばるよりは直撃覚悟で守る感じでお願いします。兄さんはさっきの超電磁砲を用意しておいてください」

 『分かった。だが奴の装甲は硬すぎて傷をつけるのが精いっぱいだ』

 「大丈夫です。装甲が硬かろうとゲームのように無敵装甲ではないですから」

 

 正面のガトリングガンと左右前脚一本ずつに取り付けられた機銃が迎撃を始める。

 脚に仕掛けられた機銃は角度や位置によっては他の脚が邪魔になって撃てない死角が複数存在する。正面から突っ込めば前の一本ずつ、右なら右側のみ、左なら左側のみ、後ろなら後ろの一本ずつと言った感じで。

 その事からオルドリンは脚に取り付けられている機銃は対空迎撃用と判断したのだがそれは大当たりであった。

 

 『オノレェエエ猪口才ナ!喰ラエ!!』

 「叔父様迎撃を!!」

 『そういう事か。全部撃ち落とす!!』

 

 頭上から降り注がんとしたミサイル群はアグラヴェインより放たれたハドロン砲により、発言通りに全部撃ち落とされた。

 最初は飛行能力のある自分とアグラヴェインで空中から仕掛けて注意を引くという手も考えていたが、四機まとまって機銃の死角を突いて接近した方が良い。ここに居る四機の技量ならまとまっていても敵の弾丸に当たる確率の方が低い。その上、アグラヴェインを今のようにミサイル迎撃の為に余力を持たせられた。

 

 ブレイズルミナスに何発か直撃するが気にせずに直進する。

 もう少し…出来れば敵の近接戦闘領域にまで肉薄したい。

 メガハドロンランチャーの射線が重なった所で発射口が開かれる。

 

 「お兄ちゃん!発射口を」

 『確かにそこならば!!』

 

 七式超電磁砲の弾丸が発射口を放たれ、数発が直撃する。

 貫通して内部を粉砕する事が出来れば最良だったが、結果は発射口を変形させる程度だった。シュレッダー鋼ほどではないとしても元々が装甲厚めにしてあったのが貫通を防いだのだ。

 だが、発射口が歪んだだけでも撃つことは出来なくなる。その事にボッシ伯は苛立ちを隠せず奇声を発する。

 そしてその隙にオルドリンは肉薄する。

 

 「ゲフィオンディスターバーを!!」

 『何となくだがそうだと思っていた!』

 「母様退避を!」

 『私は近接武器を抑える。止めは貴方が刺しなさい!』

 

 グレイルを抜いて白炎が突っ込んで行く。 

 勿論近接武器での迎撃が行われるがヴィンセントのメーザーバイブレーションが受け止める。さらには意図を感じ取ったオイアグロは一直線に重なったプロトアラクネの右脚を両手のハドロン砲で貫く。狙われていなかったことでチャージを狙われることは無く、近づいたことで威力の減衰も少なく脚を三本程貫くことが出来た。

 

 手が触れれるほどに迫った白炎の角が三つに分かれて、ゲフィオンディスターバーが発動し、プロトアラクネと使用した白炎が機能を停止させた。

 そこを一気に駆け抜け、アフラマズダの胴体下部を狙って剣を構える。

 

 ボッシ伯には聞きたいことがある。

 機体がゲフィオンディスターバーで動かないのだが、念には念を入れてアフラマズダとプロトアラクネを切り離す。

 

 『マダダ、マダ終ワラヌヨ!』

 「――ッえ!?」

 

 振り抜こうとした矢先にアフラマズダが飛び出して、抱き着くようにタックルを仕掛けて来た。

 思いもよらぬ一撃を受けてそのまま縺れ合って地面に激突する。

  

 『邪魔ヲスルナ!!私ガ用ガアルノハアノ一本角ダケダ!!』

 「余計に邪魔するわよ!!」

 

 地面に激突した衝撃で離れたアフラマズダだが背に差してあったメーザーバイブレーションを施された鉈を振り上げ近接戦を挑んでくる。

 アフラマズダにゲフィオンディスターバー対策を施されていた事に苛立ち舌打ちをしながら剣を振るう。

 神経電位接続システムを使用しているボッシ伯の反応速度はオルドリン以上で、重量もパワーもグレイルよりアフラマズダの方が高い。追い縋るように、喰らい付くように必死に相手の動きを見ながら受け流し、反撃の隙を狙う。

 ボッシ伯は暴走気味であるが思考を放棄するほどでは無かった。周りに動けるヴィンセントとアグラヴェインがいる事は理解しており、グレイルから付かず離れずの距離で斬り合っている。

 援護しようにもし難い立ち位置で動けないオイアグロとオルフェウスは焦るが、オリヴィアだけは微動だにせず見守る。

 

 剣と鉈が幾度となくぶつかり合うがオルドリンが見事にタイミングを合わせて、力を受け流しているので剣にダメージがそれほど蓄積されていない。もし力で対抗しようものなら重量の差もあって一発でへし折られているところだ。

 

 大振りの一撃。

 グレイルの渾身の一撃が振るわれるが、ボッシ伯はそれを見てほくそ笑んでいた。

 なにせ反応速度が速い伯なら多少出遅れた所で対応しきれるのだから。

 迫る剣の軌道に合わせて鉈を振るう。

 この一撃で剣はへし折れてグレイルの胴体へと鉈が食い込む。

 

 そこまでを思い描いたボッシ伯の考えは、コクピットを大きく揺らした衝撃と共に打ち砕かれた。

 鉈とぶつかり合う瞬間に剣が手放されて宙を舞ったのだ。そして振り抜けた右腕はブレイズルミナスを展開してアフラマズダの左腕を斬り飛ばしたのだ。

 

 『――ッ!?ヨクモヤッテクレタナ!!』

 

 グレイル同様振り抜いた右手首を返して振るうが避ける動作は一つもない。寧ろ左腕を曲げて受け止める体勢を整えていた。

 気付いた時には時すでに遅し。左腕部を斬り進んだ鉈は腕を捻る事で刃でなく腹の部分が捻られて持ち手との中間でへし折れたのだ。

 反応する間もなくグレイルの頭突き。

 左手から落ちた剣を右手で拾い、胴体下部に突き立てる。

 最後に頭部モニターを潰そうと拳がめり込んだ。

 

 衝撃に耐えれずにアフラマズダは後ろに転がりながら立ち上がった。

 左腕は失い、腹部に剣が突き刺さり、メインカメラの半分が潰されたこの現状では勝ち目は少ない。

 だが眼前に立って居るグレイルも剣を失い、頭部を殴りつけた時に右手の指がへし折れて使い物にならないなど、損傷は大きい。

 

 『私ハマダ……負ケナイ。中東デノ汚名ヲ晴ラスマデハ―――死ネナイノダアアアアア!!』

 

 並々ならぬ気迫と命を削って発しているかのような声にオルドリンはたじろぎ、後ろへと下がってしまった。

 潰れた頭部が再生している事に気付いてさらに一歩下がった。

 斬り飛ばした左腕の切り口からは失ったはずの腕が生え始め(・・・・)、突き刺さっていた剣は右手で抜かれて胴体に出来た穴は見る見るうちに塞がって行く。

 

 これは夢か幻か。

 絶対に説明のつく現象ではない。

 

 『一本角ォオオ……』

 

 ゆらりと足を引き摺るように動いたアフラマズダに恐怖しながらオルドリンは操縦桿を握り締める。

 が、それ以上アフラマズダが―――ボッシ伯が歩むことは無かった。

 

 グレイルを跳び越えたヴィンセントの剣が頭部と胴体の隙間よりアフラマズダのコクピット付近を貫いたのだ。剣を引き抜くと同時に飛び退いた事を確認して、アグラヴェインのハドロン砲がアフラマズダを完全に粉砕した。

 すぐ隣に着地したヴィンセントと向き合う。

 

 『戦場では気を抜けばやられるぞ』

 「ご、ごめんなさい…」

 『作戦のほうは上々だ。最後のが無ければ合格点だったな』

 『手厳しいな。もう少し褒めてやってはどうです?』

 『――――良くやった』

 「――ッ!?はい」

 

 母様に褒められて頬が緩んでしまう。

 機体はボロボロでグリンダ騎士団筆頭騎士としては情けない恰好ではあるが、今は嬉しさが勝っている。

 

 『それにしてもジヴォン家の剣術ではなくて肉弾戦を仕掛けるなんて』

 「あはは…殿下の特訓ではどんな手でも使わないといけなくて―――って殿下の応援に向かわなくちゃ!でもお兄ちゃんは――」

 『オルフェウスなら私が付いている。だからオルドリンと姉さんは殿下の下へ。あの方は何を仕出かすか分からないからな』

 「えぇ、本当に。よく身に染みているわ」

 

 クスリと笑みを零してオルドリンはオデュッセウス達の下へと急ぐのであった。



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第81話 「新たなギアスユーザー」

 オルドリン達ジヴォン家と離れたオデュッセウスはモニターに映る三角形に部隊を配置した魚鱗陣で突っ込んでくる鋼髏の群れにため息が零れる。

 狙撃タイプのグロースターが一機にサザーランド二機、グリンダ騎士団仕様のグロースターが一機に私が搭乗しているアレクサンダ・ブケファラスの五機に対して、軽く数えても三十機以上の鋼髏…。

 

 「さすがに多くないかな?」

 『で、殿下はお下がり下さい。ここは私が…』

 「そういう訳にもいかない。数で大幅に負けているのだから一機でも欲しいところだろう。それに―――」

 

 会話をしながら肩に取り付けてあったライフルを手に取る。

 アレクサンダの通常装備であるWAW-04 30mmリニアアサルトライフル【ジャッジメント】をオデュッセウスの要望に応えるように兵器開発局が徹底改修したダークブラックカラーの狙撃銃。

 銃を支えるフォアエンドは持ち易く調整が施され、遠距離・中距離での用途を考えての八倍スコープにドットサイト、上部後方に取り付けられていた弾倉はトリガーガード前に変更されている。グリップも当初の独特な円形から通常のアサルトライフル同様の長方形になっている。

 形はスマートさや丸みを完全に配した無骨にしてメカメカしいデザインを採用していて、通常通りの素材では重くて移動しながら撃っても命中精度に誤差が生じるのでなるべく軽く頑丈な構造と素材を兵器開発局が探し、考え出して採用している。

 

 手に持つと折り畳み式の延長用砲身が装着され、アレクサンダ・ブケファラスがスコープを覗き込む。

 モニターにはスコープと映像を繋げて照準機能で狙う事も出来たが、オデュッセウスの強い要望で覗き込むタイプになっている。

 

 ゆっくりと呼吸を繰り返し、ドットが狙いに合うと短く息を吐き出し、トリガーを引く。

 放たれた弾丸は狙い通りに鋼髏の片足を吹き飛ばし、狙われた鋼髏はバランスを崩して勢いを殺せずに地面を転がりまわった。

 直撃を確認すると次の鋼髏に狙いを付けてトリガーを引く。

 

 「中々良い感じだね。一人ノルマ六機以上で宜しく」

 『えぇ!?』

 「コー……コホン、ネリスにギル!斬り込み隊を頼めるかな?私がe――」

 『了解ですあにu……えっと…』

 『一番槍頂きます』

 『ギル!?』

 「トトもお願いできるかな」

 『イエス・ユア・ハイネス!』

 

 ギルフォードのサザーランドを先頭にコーネリアとトトが突っ込んで行く。

 鋼髏が優れているのは射程だ。しかもここは平地でナイトメアの特徴である立体機動戦が行えない状況で鋼髏は驚異的だ。数で劣っているこちらとしては逃げ出すのが良い手かも知れないが、この場を離れれば追撃されて後ろから銃弾を浴びるかオルドリン達がプロトアラクネとで挟み撃ちに合う可能性がある。

 ならばここで出来るだけ数を減らして相手を戦闘能力を無くすしかない。

 

 数で勝っている相手に対して突撃というのは一見無謀のようだが、このメンバーで相手が鋼髏のみならば意外に有効である。

 平地での鋼髏の射程は脅威ではあるのだけれども高低差が無いこの戦場では列の先頭にいる鋼髏しか射撃が出来ず、懐にさえ飛び込めれば味方同士が盾となって攻撃は出来ないだろう。さらに鋼髏は近接戦闘の手段を持ち得ない。

 

 敵に分がある射撃戦で戦うより、こちらに分のある近接戦闘に持ち込んだ方が勝つ見込みがある。それにこちらには鋼髏以上の射程を誇る狙撃を行える機体が二機も居るのだ。

 

 「分かっていると思うが私たちの仕事は先頭に居る鋼髏を行動不能にすることだ」

 『ったく、分かってるっつの!っていうか俺はアンタの部下でも何でもないんだが!寧ろ敵の筈なんだけど!?』

 「まぁまぁ、気にしない、気にしない」

 『気にするって!!』

 

 初対面のズィーと軽口を交わしながら狙いを付けてトリガーを引く。

 足を吹っ飛ばされて転がった鋼髏に後続が躓いて軽い渋滞が発生する。頭部やコクピットを兼ねた鋼髏の胴体はそれだけでも後続の鋼髏の射線を塞ぐのには充分で、足だけ撃って転がしておけば搭乗者は生きているので良い盾になってくれる。おかげでコーネリア達は多少掠りながらでも懐に飛び込んだ。突撃中は撃ちまくっていたアサルトライフルを腰に戻し、ランスを振り回して鋼髏を薙ぎ倒す。

 

 「わぁー…もう先頭の五機が潰れてるね」

 『相変わらずすげえ…』

 

 行動不能にした機体が多いとしても懐に飛び込んで三分も経たぬ間に五機が鉄塊に還った事に狙撃組は乾いた笑みを浮かべる。

 ギルに一番槍を盗られたコーネリアは次の部隊に向かって駆けて行く。

 

 『突っ込み過ぎだっての!なに気負ってんだか』

 「ならこっちも頑張らないとね。彼女たちの援護は任せたよ。私は他の部隊を黙らせるから」

 『おいおいアンタもかよ!?』

 

 妹が頑張っているのに私が見ているだけっていうのは兄として恰好が付かないからね。

 弾倉を交換すると同時にコーネリア達が向かった部隊と並列していた別部隊に接近して行く。勿論近接戦の距離まで詰めるのではなく狙撃の射程内にだ。動きながらでも狙い澄ましてトリガーを引き続ける。

 

 次々と敵機を行動不能に追い込んでいく戦況に笑みが零れるほどの余裕が生まれる。

 このままいけば何とかなると。

 思い始めた矢先にイレギュラーが起こった。

 

 ―――霜が降りたのだ。

 

 「これは―――まさか!?」

 「兄上お気をつけて!」

 

 コーネリアの警告を受けるがオデュッセウスは知っている。

 否、前世でコードギアス知識を得ているこのオデュッセウスだからこそ知っている。

 

 ギアスユーザーの中で範囲内の物も者も凍り付かせれる能力を有する存在を。

 

 鋼髏の最後尾より後方で偽装されていたハッチが開かれて金色のヴィンセントが現れた。

 近くに居た鋼髏が突然現れたナイトメアに驚きながらも銃口を向けるが、範囲内に居たが為に数秒で凍り付いた。

 

 「―――ッ!?この場に居る全機に告げる!あの金色のナイトメアより離れろ!!」

 

 訳の分からぬ鋼髏も一度目にしたコーネリア達も戦闘を中断してヴィンセントより距離を取る。

 

 漫画【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】にて原作のギアス饗団の役割を担っていた皇帝陛下直属のエデンバイタル教団――そこの異端審問局 異端審問官であるロロ・ヴィ・ブリタニア枢機卿。

 もしもこの知識通りだとしたらギアス伝導回路搭載型のヴィンセント。

 

 『おいおい!またあいつかよ!?』

 「一度戦ったのかいアレと?」

 『戦ったというか出てきたらすぐに離れたから戦ってはいないけどな』

 

 …最悪だ。

 勝てる術がない。

 ナイトメア・オブ・ナナリーに登場するギアスユーザーはアニメのギアスユーザーに比べて戦闘向きで、機体とも能力を伝達するために格段に強い。アニメに登場したのならラウンズのメンバーが入れ替わるだろう。そんな戦闘向きギアスユーザーが四人掛かりで挑んでも瞬殺できるほどの力を有するロロ枢機卿。

 勝てるギアスユーザーに心当たりはある。

 ギアスを無効化出来るギアスキャンセラーを有するジェレミア・ゴッドバルト。それとある条件下での私だ。

 私のザ・リターンで凍結する前の状態に戻せれば範囲内であろうと問題は無い。だが、アレクサンダ・ブケファラスはギアス伝導回路を積んでないので生き物でない機体までザ・リターンの効果は与えれない。使って自分自身の凍結を防いだとしても機体は凍り付く。

 

 今は距離を取るしか方法がない。

 狙撃を試みるが弾丸が弾かれて有効打が与えられない。

 

 「って、弾丸が当たらないってどういうことですかこれ!?」

 

 漫画を読んで能力は知っている筈なのに知らない現状にただただ驚く。

 それでも撃つことは止めず、距離を取るコーネリア達の援護程度に撃ち続ける。

 例え焼け石に水と分かっていても…。

 

 自身も少しずつ距離を取りながら後退していると足元が揺らいだ。

 

 地形を理解すれば予想できたかもしれないのだが、ここは巨大な地下遺跡の上なのである。

 しかも双貌のオズよりもギアス饗団が絡んだために地下研究施設も兼ねている。

 

 空洞広がる地下空間の上で戦闘を行えばどうなるのか?

 

 丈夫なところならまだしも脆い部分もあり、間違いなく崩落する。

 

 「うぉおおおおおおお!?」 

 『殿下!?』

 『兄上!?』

 

 アレクサンダの足元が崩れたのだ。

 落ち行く無重力感を感じながら大慌てで機体を出来るだけ丸くさせ、密度を増して落下の衝撃に備える。コクピット周囲や内部にある衝撃吸収用のエアバックなども展開する。

 

 大きな衝撃に襲われながら必死に無事を祈りつつ耐える。

 衝撃による揺れが完全になくなった所でゆっくりと瞼を開けて付近を確認する。

 

 ―――と言っても衝撃吸収材に囲まれてモニターどころか前も見えないのだが…。

 

 「戦況はどうなった?機体の状況は?」

 

 多少の痛みを感じながらも衝撃吸収材を押しのけながらハッチを開けて外に出る。

 クレマン少佐が皇族専用機として生存率をかなり上げておいてくれたおかげで命拾いしたけれど、今度から地形を把握できるセンサー類も積み込んでもらおう。

 コクピットより這い出たオデュッセウスは各部が折れ曲がり、戦闘どころか移動も困難なアレクサンダ・ブケファラスを見つめ、そっと頭部を撫でた。

 

 「すまないブケファラス。あとできっちり直してもらうからね」

 

 そう呟くと懐より拳銃を取り出し辺りを警戒する。

 周囲は研究室だったらしく実験用の機器が所せましに並んでいる。所々に拘束具や医療機器も見える事から兵器の開発や改造ではなく、生物の実験だったらしい。

 内心コーネリア達の事が気になって焦ってはいるが、落ちた感じからナイトメアでもなければ早々戻ることは出来ない。

 奥に開けた空間があり、そちらに向かうと己の眼を疑った。

 

 機体というよりは人体に近い構造のナイトメアが横たわっていたのだ。

 これがGX01シリーズならば別段驚くことは無かったが、眼前にあるこの機体はここにはあってはならないものだ。

 あったとしてもナナリーの側にしかない筈。

 

 「そいつは私のだよ」

 「――ッ!?」

 

 声が聞こえた事で振り向きながら銃口を向ける。

 暗闇の先に誰かが居るが目が暗闇に慣れておらず、うっすらとしか見えない。

 

 「饗団の人間ではなさそうだ」

 「関係は多少なりともあるけどね」

 「へぇ、でも研究員や純粋な饗団員ではないんだろう?」

 「まぁ…ね。ところで君は誰だい?それに何故こいつがここに?」

 「それは私がここに居させられているからさ」

 

 ようやく暗闇に慣れた目が相手を認識する。

 C.C.が来ているような拘束着を着させられ、椅子にがっしりと固定させられている十代の少女。

 活発そうな赤い瞳に金色の癖のある長髪。

 

 その人物に心当たりのあるオデュッセウスは目を見開いて硬直する。

 

 「外に出たいんだろう。だったら私も連れて行って欲しい。ここは窮屈で仕方がないんだ」

 「……あ、あぁ…けれどこいつの起動キーとパスワードがなければ動かせない」

 「私の機体だ。私が知っている―――で、どうする?私に自由を与えてくれるんならアンタに力を貸すけど?」

 

 ごくりと生唾を飲み込み考えを働かせる。

 この機体と彼女の力を借りられれば上の状況は打破できる。しかし、ギアス饗団を口にした事から彼女は実験体だ。それを伯父上様から解放するというのは骨が折れる。

 後の問題が浮かび上がるが瞬時に消し去り頷いた。

 なんにしてもコーネリア達を助けるのが最優先なのだから。

 

 「分かった。君の自由を饗団より勝ち取ろう」

 「響団から?そこまで言うんだ――アンタ名前は?」

 「オデュッセウス・ウ・ブリタニア。一応聞くが君の名は?」

 「ネモ。それだけよ」

 

 やはりと呟きながらオデュッセウスは拳銃で拘束のつなぎ目を撃ち抜いてネモを自由にする。

 二人は並び立つとナイトメアに向かって歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギアス饗団によりギアス伝導回路とマッスルフレーミングを施されたヴィンセントに乗る青年は左右前後に映る敵影にうんざりとした視線を向け、詰まらなそうに息を吐き出す。 

 彼に名前は存在しない。あるとすれば個体を認識するための【LV-02】の検体番号ぐらいだ。

 生まれた時から自身に自由は無く、実験体として扱われるか兵器として運用されるかの未来しか存在しない。

 一時は己が運命に抗ってみようかなど考えたものだがギアス適正の高い人物の遺伝子から創り出されたクローン体である自分はテロメアが短いために短命。逃げ出したとしても毎日服用している薬が無ければ数年で死ぬ。

 

 運命を嘆き、自由に憧れ、未来を諦めた彼はただの道具として己を認識し、周りの敵を狩る作業を淡々と従事する。

 

 マッド大佐の実験により得たギアスは【ジ・アイス】

 事象の世界線を微分し、全ての運動を凍らせて時をも止める能力。

 戦闘面でかなり強力なギアスであるにも関わらず、デメリットは効果範囲が狭い程度。

 

 時を止まらせられるが群がっている敵に対して止まらせることもない。

 能力を使用して範囲内を凍り付かせる。

 近寄った鋼髏がその範囲に入り込み、徐々にではなく、瞬時に凍り付く。

 

 『距離を取って撃ちまくれぇ!!』

 

 凍り付いた事に慌てながら外部スピーカー越しに叫んだ兵士の指示に呼応して残っている鋼髏とサザーランドなどブリタニア製ナイトメアの銃撃が周囲より浴びせられる。 

 

 ―――が、一発とて機体に当たることは無かった。

 

 弾頭が超伝導状態となりマイスナー効果によって弾かれるとかマッド大佐に説明されたが、詳しくは理解していない。

 していなくとも、やることは明白かつ簡単だ。

 弾が当たらないのなら悠々と敵に近づき凍らせれば良いだけだ。

 

 範囲内に鋼髏を入れて凍り付かせながら、ふと自分と同じ存在の男を思い出した。

 【CV-01】という検体番号を与えられた男。

 ギアス能力は【ザ・デッドライズ】と言って一度滅んだモノを蘇らせ、不滅を与え意のままに操る能力。

 同じクローン体でギアスの相性も良くて非正規の作戦で共闘した際は手駒が多くて楽をしていた。前の戦闘でやられた為にここには居ない。もしここに居てくれれば楽に片付いたのにとぼやいてしまいそうになる。

 

 速度を挙げて一気に鋼髏に近づいて、何事も無いように通り過ぎて行く。

 それだけで残っていた鋼髏は全機凍り付いて動かなくなった。

 

 「残りは四機のみか。いや、一機崩落に飲み込まれたから五機か。面倒だがこれも仕事だ」

 

 目標であるナイトメアに視線を向ける。

 各々が武器を構えているが有効な手段を持ち得ない為に動きは無い。

 この状況下で有効な手段など存在しないことを【LV-02】は知っている。

 

 今までギアス饗団に関係したギアスユーザーとのシミュレーションで自身にナイトメア戦で勝てるのはロロのギアスのみ。それもジ・アイスを展開する前にロロが範囲内でギアスを使った場合のみ。

 如何なる腕利きだとしてもただの人間が倒せる筈はない。

 そう確信している。

 

 ――ただの人間ではだがね。

 

 崩落した場所より何かが飛び出した。

 気怠そうに視線を向けるとナイトメアらしかったが興味は無く、視線をサザーランド達に戻した。

 なにせ飛び出したナイトメアの着地地点はジ・アイスの効果範囲内。

 着地する前に凍り付いて、地面にぶつかった衝撃で粉々に砕ける。

 

 視界の端で着地をしたナイトメアが突っ込んでくるのが映った。

 驚きを隠せないまま振り向こうとするがその前に衝撃がヴィンセントを襲った。

 身体全体を捻りながらの渾身の一撃。

 頭部の半分が拳一発で砕けたヴィンセントは地面を転げまわり、顔だけを上げて殴り掛かったナイトメアを見つめた。

 

 機械というよりは人体に近い外装。

 全体的に黒系の色でペイントされ、頭部の眼のようなカメラが赤く輝いて禍々しく見える。

 GX01シリーズよりもスリムなボディラインの機体に覚えがあった【LV-02】は苦々しく睨みつけた。

 

 「何故マークネモが!?違う…そうじゃない!饗団を裏切ったかネモ!!」

 

 マークネモはGX01シリーズを強化し、ネモという別の方法で生み出されたギアスユーザー専用の機体だ。

 ギアス能力と相まってその性能は上位のナイト・オブ・ラウンズに匹敵するまでに及ぶ。

 ただ搭乗者のネモ自身がマッド大佐やV.V.のいう事を聞かない為に拘束されていた筈だ。拘束されていたが自身と同じような存在と認識していた【LV-02】は裏切るとは微塵も考えておらず、数日もしたら大人しくなるだろう程度にしか思っていなかった。

 

 しかし、相手がネモだとしたら疑問が残る。

 ネモのギアスは未来線を見るもの。多少先の――相手の動きを読めたところでジ・アイスを無効化する術など無い。

 

 『あー…すまないが搭乗者は別人です』

 

 別人である事を理解してヴィンセントを立ち上がらせる。

 ギアス饗団でマークネモを操れる人物はネモ以外この龍門石窟の遺跡には連れてきていない。となると先ほど崩落に飲み込まれたパイロットが機体を捨てて乗り換えた事になる。されどあの機体などはギアスユーザーでしか動かせない。そういう仕掛けになっているのに誰が操っている?

 

 色々考えを巡らせようと思ったがため息と一緒に吐き捨てた。

 考えたって情報が少なすぎて分からないのだから、自分の持てる最大の力を行使して倒すことのみに集中する。

 

 「120秒限定でV.V.細胞抑制剤の中和を開始。グゥウウウウウウ……ァアア…」

 

 パイロットシートの上部左右に取り付けられたアームが伸び、中和剤と繋がっている先端の針を首に差し込んだ。

 本来マッド大佐に造られてきたアリス達のようなギアスユーザーはC.C.細胞を用いてギアスユーザーにされたが、CV-01とLV-02はV.V.の細胞を用いてギアスユーザーになったのだ。

 注入されると同時に身体中が熱せられたような激痛が走り、急激に和らぎ思考がクリアになる。

 

 身体中の血管が浮き出ている様子を気にすることなく、ジ・アイスの能力を極限にまで高める。

 範囲内のすべてを凍り付かせ、時間すらも止める奥の手。

 決して油断はしない。

 メーザーバイブレーションソードを鞘から抜いて斬りかかる。相手はジ・アイスを打ち破っているのだからもしもの可能性がある。

 

 期待を裏切るように止めた時間内でマークネモは動き、メーザーバイブレーションソードでも廻転刃刀でもない太刀をナイトメア用にした刀を構えて突っ込んでくる。 

 太刀と剣がぶつかり合う直前に四つのスラッシュハーケンがヴィンセントを襲った。

 マークネモに搭載されたスラッシュハーケンを改造した武器【ブロンドナイフ】。

 うなじの辺りから伸びているスラッシュハーケンが切り裂けるように鋭く尖った三角形のナイフとなっており、ハーケンを繋ぐケーブルはまるで意思を持っているかのように動かせる。

 

 四つのブロンズナイフを掠めながらも回避したものの、マークネモにまで対応が追い付かない。一直線に突っ込んでくるマークネモに後ろに崩れた体勢で突きを出すのが精いっぱいだ。その突きも身を低くしたことで簡単に避けられてしまったが。

 身を低くした状態で懐に入り込んだマークネモは起き上がると同時に太刀を横薙ぎに振るった。

 

 ヴィンセントの頭部とコクピット上部の装甲が斬り飛ばされた。

 目視で相手が確認でき、相手は振り切って無防備な状態。

 一瞬の好機を逃すまいと腕を折り曲げて、肘に仕込まれている打突武装ニードルブレイザーを展開する。あとは胴体に押し付けてトリガーを引けば勝てる。

 この急激な動きに反応出来る人間と言うのは少ないだろう。―――乗りなれていないマークネモを操縦するオデュッセウスには不可能だった。

 

 『このノロマ!!』

 

 罵声が響き渡ると同時にギリギリの動きでニードルブレイザーが躱された。

 

 『私まで殺す気!?』

 『いやははは…本当にすまないね。慣らしもしてない機体でここまで出来たんだから上々だと思うんだけど―――ね!!』

 

 突き出された肘を切断するとマークネモは太刀の刃を反して胴体を斜めに斬り上げた。胴体の前半分が斬られたことで完全にコントロールを失って転倒する。

 横たわる状態で顔を上げたLV-02の眼前には太刀を向けているマークネモ。そしてコクピットから降りて来た一人の男性の姿が目に映る。

 

 「まさかネモと手を組んだなんて想定外だ…」

 「彼女とは利害が一致してね。饗団からの解放はちょっと手間だけど」

 「オデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子。何故貴方が私のギアスを打ち破れた?癒しのギアスで私の心情をかき乱した程度では…」

 「そっか。そうだよね。饗団は知らないんだね。私のギアスは癒しではなく戻すんだ」

 「戻す?」

 「例えば自身を凍り付く前の状態に戻す。君がギアスを発動する前に戻すとかね」

 

 ギアスを破った能力を理解して疲れたように息を吐き出す。

 壊れかけのコクピットは律儀にも120秒を計測しており、時間が経ったことで抑制剤を打ち込まれる。中和剤でリミッターを解除した反動でどっと疲労感が押し寄せてくる。

 もうどうでも良くなった。

 ここを切り抜けたってギアス饗団で不良品の烙印を押されて近いうちに処分されるだろう。

 なら、抵抗などせずこのまま終えても良いか…。

 

 「それで私をどうするんだ?殺すなら早くしてくれ。抵抗はしない」

 「自分の命だというのにやけに投げやりじゃないか」

 

 何かを考えるような仕草をしながら顔を覗き込んだオデュッセウスはにっこりと微笑み、手を取ってギアスを発動させた。

 疲労感が消え去り、心が安らぐ。心身の疲れが消え去るような爽快感と心底落ち着く安心感に包まれる。

 

 「私に弟――ルルーシュ似の君を殺すことなんて出来ないよ」

 「ルルー…シュ?」

 「あれ?君ルルーシュの細胞から作られた…えーと……ナナナだったらロロ枢機卿だったっけ?」

 

 知らない名前に役職、あと何かの隠語だと思われる単語に頭を悩ませるがオデュッセウスは気にも留めていない。

 ただただ笑顔を向けるだけだ。

 

 「その命捨てるぐらいなら私に預けてみないかい?」

 「貴方に?」

 「君、名前はなんて言うんだい」

 「……検体番号LV-02…そう呼ばれている」

 「番号かぁ。―――だったらジュリアスって名乗ってみない?」

 「―――はい?」

 「君も来るだろう」

 『アンタが私を完全に自由にしてくれる契約を守ってくれるならね』

 「利害は一致しているからね。私の考えと君の願いは同じ未来に存在している」

 

 嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、引っ張り立たせる。

 ネモとLV-02の視線がオデュッセウスに集まる。

 

 「さぁ、悪だくみを始めようか」




●検体番号LV-02
 漫画【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】のロロ・ヴィ・ブリタニア枢機卿。
 ギアス【ジ・アイス】はそのままで性格は変更。元より自分の生み出された経緯を知っているが為に冷静かつ落ち着いてはいるが、どこか冷めている。
 ギアス適正の高いルルーシュの遺伝子にV.V.の細胞を埋め込んでクローンとして作ったので、名前はロロでも見た目はルルーシュ。

 機体:ギアス伝導回路搭載型ヴィンセント
    ギアス伝導回路を組み込んでいる為、生身を中心にした範囲から機体を中心とした範囲に拡張されているので自身の機体が凍り付くことは無い。そしてヴィンセントを基準にギアスが展開されるので範囲は生身より広がっている。
 
 
●ネモ
 漫画【コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】の登場人物。
 変更点が二つあり…。
 ひとつ、ナナリーと契約してナナリーにしか見えない特殊な存在→実験で生み出されたギアスユーザー。
 ふたつ、マークネモが影より現れたりする→GP01シリーズの強化型で作られた設定なので特殊な現れ方は出来ない。

 見た目は漫画通り。


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第82話 「R2に向けて」

 中華連邦での戦闘から一週間が経った。

 戦闘自体は一日で終了したが、中華連邦は残敵掃討にまだ掛かっている。それだけ現政権に対する不満を持っている者が多いという事だろう。

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは未だ燻ぶり続けている中華連邦を眺めながらため息を吐き出す。

 座乗艦であるペーネロペーはシュナイゼルを乗せたグリンダ騎士団のグランベリーと並んで神聖ブリタニア帝国への帰路についていた。

 大宦官との会談はシュナイゼルの巧みな話術と知恵、そしてブリタニアの武力を示したグリンダ騎士団とオデュッセウス直属の親衛隊の活躍により終始ブリタニア有利で終えたようだ。―と、いうのもオデュッセウスはこの一週間ペーネロペー内で軟禁状態にあって知らないのだ。

 

 死にかけた事は伏せられたが、勝手に出て行って戦闘に参加したことはバレてゆっくりとした口調での長時間説教。その後、厳戒態勢でのペーネロペー内のみの生活でした…。トイレに行くものなら警備隊所属の隊員が五名付き添い、お風呂に行こうものなら脱衣所に三名、通路に二名待機していた。

 自分が悪いのだが観光にも行けなかった。

 

 何とか出て行った事も隠そうかと画策したが大破したアレクサンダ・ブケファラスを前に何が出来ると言うのか…。

 

 私が死にかけたのを知っているのはオルドリンとトト、コーネリアを含んだオルフェウスの部隊、ラウンズのオリヴィアとオイアグロ、そして撃った本人であるV.V.。

 もしも私が死にかけた事が公になった場合は、護衛を主とする親衛隊の責任問題に発展してしまう。特に今回の件は命の危険があったので死罪もあり得る。

 それだけ皇族の親衛隊や騎士団と言うのは責任の大きい職務なのだ。比例して大変名誉な職務なので名誉や格に拘る貴族や腕に自信がある、忠誠心の高い軍人に大変人気な職でもある。

 

 勝手に抜け出してそれで誰かが死ぬかもしれないなんて精神的に耐えられるものではない。勿論あらゆる手段で阻止して防ぐが部隊外からの視線は酷いものとなるだろう。

 ゆえに事実を知っている皆には黙ってもらう事にした。

 

 ただでとは言わない。

 まず撃った張本人の伯父上様は事が父上様に知れるのを気にしていたようなのでトトから手を引かせることで伝えないと約束した。あー…ちなみにだが私は別段私を撃ったことで伯父上様を恨んだり、怒ったりはしていない。何故なのかは自身でも分からないから謎なのだが、やはり身内には甘いのだろうか?…ギアスに掛けられたのではないと思う。…多分。まぁ、怒るのは怒ったんだけどね。カリーヌのプレゼントを壊されたことでだけど。 

 

 オルドリンはトトより軽い事情(あまり詳しく話して巻き込まない為に)を聞いて、どうにか助けたそうにしていたので伯父上様の件と合わせて解放。これからも一緒に居られるように助けた事で口外しないと約束してくれた。

 今まで騙していた罪悪感に押し潰されそうだったトトを心の底から受け入れ一緒に居る事を選んだオルドリン。血の繋がりは無いが、家族のような強く優しい絆で結ばれた二人。見ているだけで心が温かくなり、嬉し泣きしているトトと一緒にポロポロと泣いてしまったよ。

 そういえばロロはルルーシュと上手くやっているだろうか。……それよりマオ(・・)と上手くやれているかの方が心配だな。

 

 オルフェウス達は見逃す事と秘密裏にナイトメアの譲渡で飲んでくれた。

 私は気にしてなかったんだけど戦闘終了後、ブリタニア側と反ブリタニア側と別れているけれど、どうしようみたいな微妙な空気が流れたんだよね。最終的に「紅巾党との戦闘中のどさくさに紛れて逃げた」という嘘の報告に納得してくれた。その書類を提出したのは私だったんだけど、何度もオルドリンと打合せして書いたんだよねぇ。結構手間だったよ。

 あと、これから次世代機との戦闘が多くなるというのにコーネリアとギルフォードの機体がサザーランドのままというのは不安があって、グロースターを回すことにしたんだ。これがナイトメアの譲渡。

 本当はさすがにヴィンセントは難しいからグロースター最終型を贈ろうと言ったのだが、「兄上が支援している事がバレてしまいます!!」と全力で断られた。最終型はコストや整備の面から一部の騎士団と技術試験科ぐらいにか配備されてなくて、手元に数機余ってあるんだよね。……日本に居るダールトン将軍に一機贈ろうかな。

 

 ラウンズのオリヴィアとオイアグロはオルフェウスの事を黙っている事と逃したことで約束してくれた。

 代々女性が当主となる一族だとしても子供を捨てた事に思うところがあったのだろう。オイアグロにしてもそうだ。甥っ子を想っての判断だ。オルフェウスの事を黙っているというのはジヴォン家の名に泥が付くとかそんなんじゃなくて、もしもジヴォン家の人間が反ブリタニア勢力に加担しているとしたら、オルドリンに対する風当たりがきつくなる。それを防ぐために黙っていて欲しいと。

 

 「やはり家族っていうのは仲良しであって欲しいよねぇ…」

 「それは親も兄妹も居ない我々に対する言葉ですか?」

 「独り言を悪い方向に取らないでほしいんだけど」

 

 自室の窓ガラスより眺めながらぽつりと漏らした独り言に反応した人物へと視線を向ける。

 ギアス饗団のマッド大佐により生み出されたギアスユーザー【LV-02】―――今は【ジュリアス・キングスレイ】と呼ぶべきか。

 彼を引き取るにあたり戸籍やら身分証明やら用意しなければならなかったのだが、元より存在せずに使われなくなった戸籍を利用することを思いついたのだ。それがジュリアス・キングスレイ。

 記憶改竄されたルルーシュがユーロ・ブリタニアに渡った際に使っていた名前と戸籍である。

 この名前はブリタニアでは知られておらず、ユーロ・ブリタニアにて有名。だけどユーロに行かなければ別段問題ではないだろう。

 

 「まったく子猫を拾ってくる感覚でどこから連れて来たのやら」

 

 呆れたようにため息をつくのはクラウス大佐。

 二人(・・)をペーネロペーに連れ込むには最低でも一人協力してくれなければ難しかった。これから(・・・・)の事を考えたら出来るだけ人目に晒したくはない。そこで元スパイで誤魔化しに長けてそうなクラウス大佐に頼んだのだ。次のボーナスをアップすることで簡単に首を縦に振ってくれたよ。

 

 そんなクラウス大佐は長机を囲んでジュリアスと対峙してチェスをしている。

 顔はルルーシュと瓜二つなのだが今までやったことが無いのもあって弱いのだ。戦術・戦略を学ぶ授業の一環としてこうやってチェスなどに触れさせている。まぁ、今まで自由に過ごせることが少なく、娯楽に触れ慣れてないのを慣らすためでもある。

 

 「よくある事なのか?」

 「あー…俺達もそんな感じで拾われたか」

 「理解した。よくあるんだな」

 「意外に手が早いんだよ殿下は」

 「たらしとか言う奴か」

 「ちょっと、誤解を招きそうな発言は控えてくれないかな!?」

 「おぉっとこれは失敬。皇族に対する不適切な発言。どうかご容赦を」

 

 演技染みた発言に笑みを零しながらもう一匹の子猫――失敬、人物に視線を向ける。

 ネモは部屋から出られない事に不服でベッドに転がって足をじたばたさせたり、転がり回ったりしている。

 

 「済まないが我慢しておくれ。本国に戻れば動ける場所を確保するから」

 「自由になれたと思ったらまた籠の中の鳥か」

 「君の場合は籠ではとても止めれそうにないけれど。ギアス饗団の眼があるし、当分は大人しくしてほしい」

 「それで自由になれるのならね」

 

 大きく息を吐き出しながら起き上がったネモは半分開いた眼でこちらを睨んでくる。

 身体を動かすタイプの少女だから不服なのは分かるが……。

 っと、転がっていたせいで髪が乱れているのに気付いて櫛を片手に近づく。

 もう慣れたように髪を私に向けて預ける。割れ物を扱うように慎重に、優しく髪をすいていく。

 

 「綺麗な髪なんだから大事にしないと」

 「手慣れてるねぇ」

 「だーかーらー、人をプレイボーイみたいに…」

 「そういう意図ではなかったんでけどね。ロリコン殿下」

 「否定するからね!っていうか勘弁して下さい。婚約の件でさっきもマリーベルにさんざん揶揄われたんだから」

 

 本当に勘弁してほしい。

 揶揄われるのもそうだがネモは見た目がナナリー似の為に意外に心にダメージが来るんだ。

 ちなみにこの世界のネモがナナリーに似ているのは偶然なのだが、ジュリアスがルルーシュと瓜二つなのは生れに原因がある。宛がわれた番号にあった【L】とはルルーシュの頭文字。つまりルルーシュのクローンなのだから似ていて当然だった。

 

 「ほい、チェックメイト」

 「…参りました」

 「これで12連勝だねぇ…と、そろそろブリッジに戻りますよ。何かお有りでしたら何なりと」

 「あぁ、その時は頼むよ」

 

 退室して行ったクラウス大佐を見送り、いったん止めた手を再び動かす。

 頭では原作コードギアスR2の事を思い出し、これから取るべき行動を思案しながら。

 

 「まずは私のナイトメアだけど、その前にオイアグロ卿に動いてもらわないとね」

 「なにか悪だくみしてる?」

 「んー…そうだね。悪だくみなんだろうね。嫌かいそういうのに巻き込まれるのは」

 「嫌だけど貴方からは邪悪な気配を感じないから良いよ。巻き込まれても」

 「すまないねネモ。ジュリアスも」

 

 困った笑みを向け謝る。

 二人はその言葉に笑みを浮かべ、力強く頷いて答えた。

 

 

 

  

 

 

 ナイトメアフレーム開発局 第一皇子専用ラボ【エレイン】ではナイトメアフレーム開発で第一線で活躍しているロイド・アスプルンドとウェイバー・ミルビルが作業を行っている。

 ここは第一皇子専用であることから第二皇子直属であるロイドは本来入れないのだが、今回は特別に入室を許可されている。と、いうのも急な変更でウェイバーが忙しく、かつオデュッセウスの指示でもう一機の完成を急がないといけなくなったからだ。

 その指示を受けて作業に勤しんでいる中心人物二人は休憩室で鉢合わせとなった。

 

 「ミルビル博士も休憩ですかぁ?」

 「あぁ、あまり根を詰め過ぎるなと追い出されてしまってな」

 「徹夜二日目でしたっけ?」

 「いや、三日目だ」

 「あは~、研究熱心で」

 「そういう伯爵はいつものやる気が感じられないな」

 

 休憩室内はコーヒーサーバーや自動販売機などが置かれ、仲間内での会話をしたり疲れた体や頭を休める為に楕円形のテーブルをソファで囲み、それが五組ほど配置されている。

 ロイドはその一組でソファに腰かけテーブルに倒れ込んでいる。

 表情はいつものようにへらへらとにやけているものの、どこか元気がない。

 部屋を分けた事もあって様子を窺うことは無かったが、こういう時はいつも以上にテンションがハイな状態だと勝手に思っていた。それだけにロイドの様子を不思議がる。

 

 「だってぇ…急かされて仕事するの好きではないんだよねぇ…」

 「気持ちの問題か。仕事なのだから―――などでやる気を出すタイプではなかったな」

 

 話すときに動く唇も視線も瞼も。動きのすべてが気怠そうに見え、やる気どころかこのまま寝そうな感じすらある。

 向かいに腰かけてテーブルに自分のコーヒーとついでで入れたコーヒーをロイドの近くに置く。

 時間があるならば彼も呼ばれなかっただろうがあの仕事量からしたら私一人では捌ききれない。

 

 黒の騎士団で四聖剣と呼ばれた精鋭中の精鋭を集めた精鋭部隊。その一人の千葉 凪沙が搭乗していた月下の改造。改造自体は前々から進めていたのだが、装備の一新にシステム面をブリタニアから日本式への変更、新装備との連動など追加の注文と言うかやり直しと言うか仕事が多いのだ。

 月下だけなら私が担当するところなのだがランスロットも追加の注文を受けたのだ。【マッスルフレーミング】に【ギアス伝導回路】なる聞いた事もない技術を搭載しろと。

 渡された極秘と言われた資料と私以外には一切を見せるなと言われたマークネモなる搭載された新型のナイトメアフレーム。誰にも見せるな・言うなと言う事は、私ひとりでナイトメアフレームを解析しながら資料と見比べて情報を経験ある知識に変えてから、ランスロットの改修に挑めという事…。

 

 殿下に空中騎士団設立や便宜をはかって貰った恩義は多くある。感謝もしている。忠誠心というものも持ち合わせている。だが、月下とランスロットの話を頼まれた時はさすがに殺す気か!?と叫びたくなった。かといって私の研究チームで月下だけでも任せられる人員がいるかと聞かれればNoとしか言えず、頭を悩ましていた時にロイド伯爵の顔が思い浮かんだのだ。殿下と繋がりがあってナイトメア研究では彼以上の人材はいない。ダメもとで殿下に話をすると「アラクネの件もあるから」とすぐに話を通してくれた。

 

 ……アラクネの件というのは無断で造っていた事なのだろうな。

 ニーナ君から簡潔に聞いたがアレを無断で作るとは。資金も馬鹿にならなかっただろうに。

 

 ともあれ仕事の半分を担ってもらっている訳だが、このように気が抜けたまま仕事をされても支障が出る。

 少し悩みつつ餌をぶら下げてみる事にする。

 

 「オデュッセウス殿下からとある一機を任されたのだがどうかな?」

 「んー?新型だねぇ…なになに…格闘性能はボクのランスロットより上!?ほぉ~」

 「ギャラハットというナイトメアで、オイアグロ卿から勧められたらしい」

 「へぇ~」

 「殿下を通して急ぎの仕事頼んだお詫びという訳ではないが、月下の仕事が早く済めば先に調べて――」

 「やった!ふふ~ん、どんな感じなのかなぁ」

 

 最後まで喋らせてくれないのか…。

 まぁ、やる気が出てくれたのなら良かった。一緒に居るセシル女史も大変だったろうに。

 ふと、そこでセシル女史を一度も見ていないことに気付いたウェイバーは軽く辺りを見渡した。

 

 「そういえば今日はセシル女史はいない様だが」

 「セシル君なら留置所に行ってるよ」

 「留置所?なんでまた」

 「何でも逮捕された黒の騎士団のデータを取るんだって」

 「シュナイゼル殿下の指示か。しかし黒の騎士団のデータを何故?」

 「話によるとオデュッセウス殿下の指示らしいよ」

 「殿下の?」

 「黒の騎士団の腕のいいパイロットの戦闘データを使ってのシミュレーターを作りたいんだって」

 「それは分かったがそれなら専属の技術士に頼めば――」

 「自分の状況見て言えるかな」

 

 確かに私を始めとする開発技術班はランスロットの改修と新装備の準備、ロイド伯爵が改修指揮を執っている月下の作業などで手一杯だ。クレマン少佐のアレクサンダに特化した技術班は殿下と一緒に今は中華連邦。世界各地を飛び回っている殿下がエリア11にデータ収集だけで寄るのも難しいだろう。

 

 「さぁてと、ボクは仕事に戻りますか」

 「なら、私も………」

 

 ロイドに続いて仕事に戻ろうとしたウェイバーであったが、ここで戻れば休めと言った妻にこっぴどく叱られてしまう。仕事に戻りたい気持ちを諫めて仮眠室に向かうのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ギアス饗団の広場にてV.V.は険しい表情を浮かべながらだらんと手足を伸ばして、地べたに転がっていた。

 いつになく不機嫌そうなV.V.に近づこうとする者は居らず、遠巻きに見るか、見て見ぬ振りをしてさっさと通り過ぎるかの二択が大半である。その例に漏れた一名が近付く。

 現在ギアス饗団にて謹慎中のクララ・ランフランクである。

 彼女としては今回の件でジヴォン家が勢揃いしたことに大変興味を持っており、どれだけ謹慎中で身動きが取れないことを悔やんだことか。

 

 「どうしたのさパパ?」

 「んー…あぁ、君か。ちょっと…ね」

 「ちょっとって感じには見えないよ。皆怖がって近づきもしないし」

 「クララは中華連邦での一件聞いているね?」

 「勿論知ってるよ!パパだけオルフェウスお兄ちゃんに会ったんだもん」

 

 頬を膨らませて不機嫌さをアピールするがV.V.は気にも留めずにムクリと起き上がる。

 多少険しい表情が和らげたようだが、内心は決して穏やかなものではないのは何となく察する。

 V.V.の事を【パパ】、オルフェウスを【お兄ちゃん】と呼ぶがどちらも血縁者という訳ではない。V.V.は兎も角オルフェウスの事をお兄ちゃんと呼ぶのは饗団内での生活が原因だ。

 幼い頃に実験で邪魔だったとはいえ髪の毛を研究員に全部剃られて泣きじゃくっていた所を、当時の饗団で実験を受けていた子供たちの中で年長であったオルフェウスが優しく慰めてから、元々面倒見の良さもあってそれからは兄妹のように育ってきたのだ。

 

 「もう散々な目にあったよ。マッド大佐は岩盤が落ちてきて圧死するし、実験体LV-01はやられるし、プロトアラクネの改造型は撃破されるし、ネモはマークネモごと居なくなるし……はぁ~」

 「あははは、痛い損失だね」

 「笑い事ではないよ。しかもこの歳で本気で怒られるとは思いもしなかった」

 「パパが怒られたの?」

 「電話越しのオデュッセウスに」

 「誰かが話してたんだけどトトを庇って撃たれたんでしょ」

 「まさかトトなんかの為に飛び出すとは思いもしなかった」

 「普通は飛び出さないでしょう。皇族でしょあの人…あー…分かんないなぁ、飛び出してきてもおかしくないか」

 

 自分が謹慎する原因となったテロを思い出して言葉を否定した。

 我が身大事に逃げるよりは仲間を助ける為に危険を顧みず突っ込んで来たっけ。

 

 「それでも怒るだけっていうのもおかしいよね。死にそうになったんだから何かしてくるとかさぁ」

 「死にそうになったから怒ったわけではないよ。妹から貰ったプレゼントを壊した事を怒られたんだ」

 

 予想していた答えの斜め上を行く返事にクララは首を傾げる。

 

 「――え?殺されかけた事じゃなくて?」

 「撃った弾丸がロケットで止まったことで助かったんだけど、そのロケットが妹のカリーヌより贈られた品だったんだって」

 「えぇー…なにそれ。でもなんか分かるかも。私だってお兄ちゃんから貰った帽子に傷つけられたら怒るだろうし」

 

 話の途中で納得したクララはうんうんと頷くがV.V.は困った笑みを浮かべる。

 兄弟などの絆がどれほど良いものかを知っている身としては納得せざるを得ないが、饗団が今回被った損害の事を考えると頭が痛くなる。

 

 ギアス饗団は多くの研究員と実験体である少年・少女たちがほとんどで、暗殺や監視などをこなせる人員や防衛用の戦力は少ない。寧ろ無いといったほうがいい。

 単独行動可能だったギアスユーザーはロロ、トト、クララの三名で、ロロはルルーシュの監視でエリア11に向かい、クララは謹慎中の為に饗団に残り、トトは手元を離れた。

 遺跡で邪魔をしたので殺そうとしたからという訳ではなく、オデュッセウスが慰謝料代わりに貰っていきますと有無を言わさぬ勢いで告げて来たのだ。単独行動できるギアスユーザーが減るのは痛手だが、シャルルには殺そうとしたことを知らせないことを約束してきたので致し方ない。シャルルはどうもオデュッセウスの事を少なからず気に入っているらしいから。そもそも殺そうとした手前、言う事を聞くとは思えないしね。

 マッド大佐が作り出した新たなギアスユーザー達の内、二名は戦死して一名は逃げ出して行方不明。ようやく手に入った戦力は消え去ったどころかマッド大佐率いる研究チームは生き延びた者もいるが、大半が戦闘によって発生した崩落で命を落とした。その中にはマッド大佐も含まれており、ギアスユーザーを作り出す計画は白紙にまで戻った。

 プロトアラクネの改良型を手に入れて戦力拡大を図ったが、ジヴォン家の攻撃により撃破されてナイトギガフォートレスのジークフリートのみとなった。

 

 それにしてもとV.V.は考える。

 オデュッセウスは戦力を持ち過ぎている。前々から騎士団を三つ抱えているだけで異常だったのに近年は余計に色濃くなってきている。

 無人機を含んだ親衛隊に数人のギアスユーザー、新型ナイトメア開発も行って兵力・戦力ともにシャルルを除けばブリタニアトップクラスの力を持っている。

 危険ではあるが手出しはもう出来ない。ギアスでの暗殺を図ろうとしてもオデュッセウスの下に居るギアスユーザーなら饗団の仕業と分かるだろう。そうなるとオデュッセウスに従う者達はどのような行動を取るだろうか…考えるに易しとはまさにこの事だろう。

 もしもの時の暗殺は最悪のケースを招き、武力や権力で制することは出来ない。

 ならばせめて首輪だけでもはめておかなければならない。

 

 「クララ。謹慎を今日で終了させる」

 「えぇ!?ほんと!これでお兄ちゃんの監視に戻れる」

 「オルフェウスはとりあえず放置する。君が監視するのはオデュッセウスのほうさ」

 「えー……むぅ、分かったよぉ」

 

 不満げながらも返事をするクララに笑みを零した。

 V.V.は視線をクララより手元のモニター画面に戻す。

 

 モニターには液体で満たされたカプセルに一人の男性が呼吸器を取り付けられた状態で保管されていた。

 剣で貫かれたコクピットで辛うじて生きていたアルベルト・ボッシ。

 回収したときには意識不明で肉体的損傷は激しく、右腕と下半身、臓器の大半が生体ユニットで代用され、呼吸器やチューブを通して栄養を送り込まなければすぐに死んでしまう。

 返事も出来ないボッシにV.V.は歪んだ笑みを向ける。

 

 「君にはまだ働いてもらうよ。オルフェウスに対しても、オデュッセウスに対しても…ね」

 

 カプセル内で未だ意識を取り戻さないボッシは反応を示さない。

 例え身体が動かせなくとも新たな身体(ナイトメア)を用意する。

 V.V.が求めるのは敵をしつこく付け狙う執念のみ。今はオルフェウスに向いているが、シャルルに頼んで記憶を改竄すれば何とでもなる。

 

 龍門石窟の戦闘後から回収したのはボッシだけではない。

 かなり破損しているが修理出来ないことはないプロトアラクネの改修機。

 

 「オデュッセウス。甥っ子と言えども邪魔をするのなら―――」




 次回より最終章R2へ突入します!


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原作 R2
第83話 「魔神が目覚める日…オデュッセウスは普通に仕事をしてました」


 エリア24。

 神聖ブリタニア帝国により植民地にされた旧スペインに付けられたナンバー。

 そのエリア24にも反ブリタニア組織は存在する。

 【マドリードの星】と名乗る反ブリタニア組織はマドリード疎開外周に存在する強制収容居住地区ベンタスゲットーを活動拠点にし、強制的に収容された為に反ブリタニア思想が強い旧スペイン人の支持を受けてかなりの規模となっている。

 

 租界に暮らすブリタニア人にとっては危険区域に設定されているベンタスゲットーと租界の境に数台のトレーラーが止まっていた。

 中には狭い空間で画面に浮かび上がっている数字をただただ見つめていた。暗闇の中で画面の光がぼうっと辺りを照らして、乗っている女性の顔をうっすらと浮かび上がらせる。その表情には緊張も焦りも無ければ嬉々とした感情もなかった。

 まるで機械のようにただ見つめていた。

 静かに見つめていた。

 ただ待ち、ただ眺め、ただ自然体であり続けた。

 

 映し出されていた数字がゼロになって画面の数字は消えた。

 

 『時刻よ。オズ』

 「えぇ、作戦開始ねマリー」

 

 トレーラーの荷台が開かれて中身が露わになった。

 中から現れたのは真紅のナイトメア。

 ランスロットをベースにオルドリン用に改修されたナイトメアフレーム【ランスロット・グレイル】。

 

 ランスロット・グレイルは背のマントをはためかせながら立ち上がった。

 コクピットで待ち続けたオルドリンはトレーラーの壁から外の景色に変わったことで眺め、笑みを浮かべながら操縦桿を握り直す。

 

 『オペレーション・アンタレスを開始!大グリンダ騎士団出撃!!』

 「イエス・ユア・ハイネス!!行くわよトト」

 『はい、お嬢様!』

 

 ランスロット・グレイルが待機していたトレーラーの近くに止まっていたもう一台よりグリンダ騎士団仕様にカスタムされた赤いヴィンセント――ヴィンセント・グリンダが飛び出し、グレイルと共にゲットー内へと突入する。

 

 ゲットー内は突如ナイトメアフレームが侵入してきたことで騒然とする。

 民間人に被害を出さないように気を付けながら立体機動で突き進むオルドリンはソキアより送られてくる情報に目を通していく。

 

 オペレーション・アンタレスはエリア24総督のマリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下指揮の元で行われる反ブリタニア勢力一掃作戦である。

 すでにマドリードの星がベンタスゲットーのラスベンタス闘牛場を拠点にしている事は、前々からの調査で判明しているので少数精鋭部隊を突入後、ゲットー周辺をエリア24駐留軍で包囲・検問を敷く。

 ゲットー内は建物が入り乱れ、人も多い。多勢で突入しても隙を生み出し、無駄な死人を出すだけだ。なので少数精鋭部隊の突入隊が組まれた。

 オルドリンを含めた突入部隊は三チーム。それぞれが別方向から突入したことで大慌てで対応しようとするマドリードの星はナイトメア隊を出撃させる。その位置や情報は上空を飛行しているレオンハルトのブラッドフォードとマリーカのヴィンセント・エインヘリヤルによって集められ、ソキアのサザーランド・アイが情報を統括して突入部隊に送信している。

 ちなみにティンクのゼットランドは火力が高すぎて周りを巻き込んでしまう為にゲットー外でサザーランド・アイの護衛をしている。

 

 『オズ!正面からサザーランド…サザーランド?』

 「どうしたのソキア?」

 『えーと、サザーランドタイプのナイトメア三機確認。もうすぐ接敵するよ』

 「分かったわ!!」

 

 通信に合ったように正面より三機のナイトメアが現れる。

 闘牛士を模すかのように頭部がマタドールハットのように左右に広がり、左肩には二の腕辺りを隠すように赤いマントが取り付けられたナイトメア。

 サザーランドをマドリードの星仕様に改修した【エストレイヤ】と呼ばれる黒色と白色を基準とした機体である。

 

 「トト!」

 『援護射撃開始します』

 

 ヴィンセント・グリンダの牽制射撃によって足を止めたエストレイヤにグレイルは剣を鞘より解き放って迫る。

 反応が遅れてアサルトライフルによる射撃を開始するが時すでに遅し。先頭の一機は両足を切り払い、次は左腕から頭部を斬り飛ばし、三機目には身体を捻りつつ胴体を切断した。

 

 流れるように剣を振るったグレイルは止めをエストレイヤが行動不能になったことを確認すると先に進んで行く。

 突入部隊の任務は敵勢ナイトメアの排除。敵ナイトメアやテロリストの捕縛は後続の部隊が行う事になっている。

 

 「次の敵は何処?」

 『ちょっと待って。オズは3ブロック進んだ先で民間人を誘導している部隊が――』

 「誘導しているのならマークして後回し。他には?」

 『だったら2ブロック先を左に曲がった先にナイトメアが出入りしている建物がある』

 「ならそっちに向かうわ」

 

 ルートに沿って進むが曲がり角近くに迫っても速度は落とさない。

 曲がり角にある建物にスラッシュハーケンを撃ち込み、ハーケンを軸に急旋回を行う。トトもオルドリンと同じ方法で旋回を行うが速度が出過ぎていた。気付いたトトは急ブレーキをかけずにもう一方のハーケンを別の建物に撃ち込んで向きを矯正して、曲がった先の建物すれすれで曲がり切った。

 

 「トトも上手くなったわね」

 『まだお嬢様ほどにはいきませんが』

 「私だって殿下程上手くいってないわよ」

 

 オルドリンとトトが行った旋回方法はオデュッセウスより習った技術である。最初は意味があるのか疑っていたが速度を落とさずに曲がれることで機動力の向上に繋がって今では当たり前のように使用している。

 これを行えるのは対テロリスト遊撃機甲軍団大グリンダ騎士団の中ではオルドリンにトト、ソキアの三名のみ。重装備のゼットランドを扱うティンクとレオンハートのブラッドフォードは飛行がメインで使う場面が少ないので会得するまではいかなかった。マリーカも飛行型のナイトメアだが会得しようと練習中である。

 

 「敵機確認!建物は任せるわよ」

 『正面入り口を塞ぎます』

 

 今度はオルドリン達より先にエストレイヤが動いた。

 四機のアサルトライフルがグレイルを狙って火を噴くが、建物を盾にすることなく左右に駆け回るだけで全弾回避しきった。

 『自分に出来ぬ事がナイトメアフレームで出来ると思うな』

 かつてオルドリンにシュバルツァー将軍が言った言葉だ。この言葉の通りなら自分に出来る事であればナイトメアで行う事は可能と言う事になる。

 

 腕利きならまだしもそこいらのパイロットの銃弾にオルドリンは当たる筈がなかった。

 なにせ漫画のあるシーンではグロースターの銃撃を避け切り、ひと跳びでアサルトライフル、さらに跳んでグロースターを跳び越えるという驚異的な運動能力を有しているのだから。

 

 懐まで入り込むと三機を切り伏せる。

 残るは一機のみ。

 

 「まったく数は揃えているんだから」

 『確か一個師団程いるんでしたよね?』

 「なんでもブリタニアのリスボン攻略時にポルトガル方面軍の輸送部隊を買収して、サザーランド一個師団を入手・改良しているってブリーフィングで言ってたっけ」

 『オズ!そっちに増援が向かってる!!』

 「――ッ!?もう少し早く聞きたかった!!」

 

 ソキアの通信を聞いた瞬間、高所より銃撃された。

 慌てての回避だったが弾丸はグレイルを掠めることは無かった。

 現れたのは新たに四機。ハーケンを使ってビルより降りて、仲間を庇う形で展開する。

 

 『下がってアントニオ!』

 『バレンシアか!?こいつ普通じゃないぞ!』

 『見たから分かってる。もうすぐペレンゲルの部隊が到着するからそれまで持ちこたえれば――』

 『―――そいつは無理だな』

 

 マドリードの星の小隊長同士が会話をしている最中、会話に割り込んだ男の声。

 楽しそうに弾んだ声にマドリードの部隊は驚き、オルドリンは苦笑いを浮かべる。

 

 「まったく貴方は私たちとは真逆を担当していなかった――アシュレイ」

 『あぁ?向こうのは粗方片付いたんだよ!』

 

 現れたのはダークレッドのナイトメアフレーム。

 オデュッセウス指揮下にあり、現在は対テロリスト遊撃機甲軍団大グリンダ騎士団に派遣されている少数精鋭のナイトメア部隊【アシュラ隊】隊長のアシュレイ・アシュラ専用ナイトメアフレーム【アレクサンダ・レッドオーガ】。

 

 四機の中心へと飛び降りたレッドオーガは双剣を振るい、あっという間にエストレイヤをスクラップへと変えてしまった。

 ただ一機を残して…。

 

 『よくもバレンシアを!!』

 「アシュレイ!?」

 『問題ねぇよ。なぁ、ヨハネ』

 

 背後よりアサルトライフルの銃口を向けていたエストレイヤを、ビルの合間より跳び出したグロースター・ソードマンが突き出されていた両腕を斬り飛ばした。

 

 『ったく、遅いぞお前ら』

 『先行し過ぎですよアシュレイ様』

 

  アシュラ隊所属のヨハネ・ファビウスは心の底から心配そうな声を挙げるが、アシュレイはいつも通りに軽く笑って返すだけ。部下を慕い、部下に慕われる関係性は良いと思うが、慕っているからこそヨハネを含むアシュラ隊の面々はアシュレイの暴走気味の戦いに心配を覚えるのだろう。

 大変そうではあるがオデュッセウス殿下の親衛隊ほどでは無いと断言はするが。

 後からルネ・ロラン機とクザン・モントバン機のグロースター・ソードマンが合流する。

 これで突入部隊三部隊の内、二部隊が合流したことになる。残る一部隊はヤン・マーキス、シモン・メリクール、アラン・ネッケル、フランツ・ヴァッロの部隊。

 

 今思うと大グリンダ騎士団主導の作戦の筈なのに突入部隊はオルドリンとトトを除けばアシュラ隊メンバーで固めているんですよね…。

 

 『こちらフランツ。アシュレイ様、ラスベンタス闘牛場に集まっていたマドリードの星を制圧しました』

 『おし!よくやった』

 「敵の本拠が落ちたのなら…ソキア!」

 『ちょっと待って。うん、敵勢ナイトメア認められず、後衛の部隊が制圧区域拡大中で――あ!今ゲットー内を制圧完了!オペレーション・アンタレスは完了です』

 「そう…マリーは?」

 『敵指揮官と話をするとの事で闘牛場にレオンとマリーカを連れて向かったよ』

 「了解、私もすぐに向かう。アシュレイ後お願い」

 『おうよ。さっさとお姫さんのもとに行けよ』

 

 マリーが到着するよりも先に向かおうとグレイルの速度を上げて行く。

 見えた四階建ての円形闘技場の中央には武装していたであろうマドリードの星の隊員に、武器を持たずに怯えた視線を向ける避難していたナンバーズ…。

 周囲は真紅に彩られたサザーランドやグロースターが囲んで胴体下部に取り付けられた機銃が向けられている。

 武器を持たぬ者に銃口を向けている行為に嫌悪感を覚えるが今はマリーの元に駆け付けるのが先決だ。

 

 グレイルの起動キーを抜き、コクピットから出る。

 降り立ったところで皇族専用機の小型機がブラッドフォードとヴィンセント・エインヘリヤルの護衛をされながら着陸し、マリーベルが小型機より姿を現した。

 視線が合うと何も言わずに近づいていつでも守れるように周囲に気を配る。

 こちらに畏怖の念を向けている者は放置。気にすべきは殺意を向けてくる連中。

 コクピットより持ち出した剣を握る手に力がこもる。

 

 「マドリードの星のリーダーは何方かしら?」

 「俺だ」

 

 マリーベルが優し気に呼びかけると一人の青年が返事をして立ち上がる。

 兵士が銃口を向けて警戒する中、無抵抗をしめすように両手を挙げて堂々と立ち上がった青年はゆっくりと集団の先頭へと歩み寄る。

 

 「そこで止まれ!」

 

 剣の柄を握り締めながら強く命令する。

 マリーの安全を確保するため、それ以上近づけてはならない。なのだがマリーは彼ではなく私に制止するように手を前に出した。

 一歩、二歩と前に出る様子にオルドリンを含めた騎士達のみならず、この場に居る全員が目を見開いて驚きを露わにした。

 

 「へぇ…意外と大胆なんだな。それとも俺達がもはや何も出来ないと舐めているのか?」

 「舐めている訳ではありません。話をしようと思ったら遠かったもので」

 「っはは、話か…命令でなくてか」

 「はい、話です。これはあなた方の今後が決まる話です」

 

 軽い笑みを浮かべた青年は自分たちの今後と言う言葉に怪訝な表情を浮かべる。

 今後も何も保持しているナイトメアを大破・鹵獲されて失い、仲間は全員捕縛されて後は牢屋に入れられるか、処刑されるのみである。これらに話し合いで決めるような要素は存在しない。

 見返したところでマリーベルの笑みが崩れることは無かった。

 

 「現在ブリタニア――いえ、オデュッセウスお兄様がある法案を試験運用しています。エリア緩和法案というのをご存じで?」

 「知らないな。それが俺達の今後に関係すると」

 「これは簡単に言うと名誉ブリタニア人にはなりたくないというナンバーズに対する環境改善を行う法案です」

 「環境改善?」

 「居住区や商業区を設定し、ゲットーの一部をナンバーズの街にするといった計画です」

 

 オデュッセウス殿下よりマリーと一緒に聞いていたオルドリンは頬を緩める。

 なにせブリタニア皇族が小さな街だけとは言えナンバーズを認めるというのだ。構想はエリア11で行われようとした行政特区日本を元にした計画である。暮らしのみならず各エリア文化を残し、

 街の運営は住民代表、商業系の代表、警備部隊長の三名で話し合い、その結果をエリアの総督に提出。最終決定権は総督にあるものの自らが提案する立場に立てる。

 オデュッセウス殿下はナンバーズを虐げ搾取するだけの者とするのではなく、相手との関係改善を図って、平和的にブリタニアへと取り込むつもりなのだろう。

 人死にが少なく、一般人を巻き込むことなく平和の道を歩めるというのなら大賛成である。優しいマリーもそんな殿下の考えに賛同して………いえ、オデュッセウス殿下の頼みだったら聞いていたような気がする…。

 

 説明を受けた青年はまだ信じられない表情を浮かべているが内容は理解したようだ。

 

 「それで俺達にどうしろと?」

 「あなた方には街の警備部隊を任せたいと思っています」

 「馬鹿な!俺達にブリタニアの走狗になれと言うのか!?」

 「私も!――私も不満はあります。私は幼い頃にテロリストによって妹と母を失いました。だから私はあなた達のようなテロリストは嫌いです。許すことの出来ない存在です。今も命じられるなら騎士達に命じて排除したいぐらいです。

  ですが憎しみは憎しみを呼ぶだけ…。お兄様は共存の為に動いています。私が憎しみに囚われて行動する訳にもいきません。

  輸送部隊を買収し、入手した一個師団ものナイトメアを改良する。それだけの事を成すだけの資金を工面し、今日まで戦い続けて来たあなた方の能力を認めています。

  遺恨の念を無くしてとは申しません。ですが平穏な明日を迎える為にお互いの手を取り合いませんか?

  お互い護るべき者達の為にも」

 

 青年はしっかりとマリーの瞳を見つめる。

 ブリタニアに対する憎しみ、恨み、辛み、屈辱など多くの感情が心の中で渦巻いている。だけどマリーベルの言葉に…平穏な明日という多くの者が渇望している未来があるのならと心が揺れ動く。

 見定めようとする青年の瞳から目を逸らすことなくマリーはしっかりと見返す。

 

 青年は大きなため息を漏らしながら頭をぼりぼりと掻いた。

 

 「分かった。その申し出受ける事にする」

 「それは良かった」

 「ただし条件がある」

 「条件?」

 「俺の妹も含めてだが仲間達を無下に扱わないと約束してくれ」

 「もちろんです。エリア24総督マリーベル・メル・ブリタニアの名に懸けて約束は守りましょう」

 「俺はフェルナンド・ノリエガ。宜しく頼む…いや、頼みます――か」

 

 かたい握手を交わす事こそなかったが二人はとても良い笑みを浮かべていた。

 上手くいった事にオルドリンも微笑む。

 これから世界を揺るがす大事件が起こるとも知らないまま。

 

 

 

 

 

 

 大グリンダ騎士団の活躍によりマドリードの星が敗れた事と、エリア緩和法案によりエリア24のゲットーに住まう多くのナンバーズがブリタニアを受け入れ始めた事でエリア24の残存している反ブリタニア勢力はそのほとんどが活動に支障をきたし、自ら投降して恭順の姿勢を示し始めたその頃、オデュッセウスは帝都ペンドラゴンにある宮殿の一室で書類仕事に追われていた。

 

 書類には最新鋭のナイトメアフレーム情報やエリア向けの新しい法案、騎士団の運営状況など機密事項に触れるものが山積みにされていて、本来ならば軍司令部などで書くのが正しいのだろうが、軍司令部に詰めるにしても第一皇子が来るとなると司令達も放置は出来ず、何やかしら動かねばならなくなる。中にはごますりに来る連中も居てどちらからしても仕事にならないのだ。

 なので自分が居てもおかしくない宮殿内の一室を使用しているのだ。

 当然の事ながら機密性を保持するために窓にはカーテンが閉められ、出入り口を含んだ部屋の周囲は警備隊の者が固めている。

 室内に居るのはオデュッセウスと親衛隊長のレイラ・マルカル大佐、ジュリアス・キングスレイ少佐の三名のみである。

 

 キングスレイの戸籍を父上から頂くとそのまま彼に渡して彼――LV-01はジュリアス・キングスレイとなった。与えたのは戸籍だけでなく、私直属の遊撃騎士団【トロイ騎士団】の騎士団長の役割を与えた。

 トロイ騎士団は優秀な参謀役が居らず、援軍などで呼ばれると向こうの指揮官の命を受けるようになっているが、向こうからすれば第一皇子直属の騎士団を預かるという事で思うような采配を行えないのだ。それで前々から指揮官を務められるような人材が欲しかったのだ。そうすれば向こうの現場指揮官の大まかな命令の下で自由に動くことが可能となる。

 ただジュリアスがルルーシュ並みの指揮能力があるかと言えばないと断言する。クローンと言っても完全なるコピーではない。個性や個体差が必ず生じるのだ。なので現在レイラ指導の下で戦略・戦術の知識を叩きこまれている。

 

 …レイラがここに居るのは教えている反面、私を監視しているのだけれどね。

 

 騎士団で思い出したのだが元々親衛隊を務めていたユリシーズ騎士団だが、今はウェイバー博士の下でユリシーズ天空騎士団となって帝都防衛の任務に就いている。セカンドブリタニア人で構成されたテーレマコス騎士団は機体の一新やらカールレオン級の配備待ちで待機中だ。到着次第キャスタールの下へ援軍として向かう事になっている。

 

 書類に目を通してサインを繰り返しながら本国を離れている弟妹を想い浮かべる。

 

 キャスタールにパラックス、マリーベルは新たなエリアの総督として着任し、職務を全うしようとしている。

 全うしようとするのは良い事なのだろうけどパラックスとマリーベルは血の気が多すぎて少し困っている。

 「反ブリタニア勢力を見つけたから皆殺しにするね」なんて言葉の最後にハートが付きそうな感じで言ってくるんだもの。お兄ちゃん心配だよ。色々とね…。

 

 後々の恨み辛みを少しでも減らそうと思えば今のうちに手を打っておくしかない。

 【エリア緩和法案】もそのうちの一つ。

 簡単に言えばゲットーに無理やり押し込むのではなく、居住エリアの配備などを行い生活環境を向上させるものだ。勿論すべての者を対象には出来ない。資金面や人員的要因もあるがそれ以上に過度な施しはナンバーズを増長させるという帝国貴族の反発が大きかったからだ。

 当面は私が認め、運用しても問題ないと判断した所のみと言う事に。

 責任問題になっても私なら取れるだろみたいな意味もあるんだろうなぁ…。

 

 マリーのエリア24でやってもらったのは頭脳明晰なマリーなら試験的でもかなり高いレベルで実現できると踏んでだ。思った通りに、否、想像以上にマリーはやってくれたよ。

 私が提案したオペレーション・アンタレスはマドリードの星を捕縛・制圧するのが目的ではない。マドリードの星のメンバーを取り込み、エリア緩和法案をやり易くするのとエリア24の反ブリタニア勢力の力をそぎ落とすことが目的。

 作戦は成功してただの星は真紅の星へと染められた。

 

 …ただマリーは私の事を勘違いしているのは悲しいかな。

 平和的に反ブリタニア勢力を無くして、こちらに取り込みたいというのはあっている。あっているのだが街を整備するのは監視カメラなど設置しやすく相手の動きを監視できるとか、管理運営することでどのような対処もし易くするのですね――なんて私は考えてないのだけれど…。

 

 大きなため息を吐き出しながら次の資料を手に取る。

 手にしたのはナイトメア開発関連の報告とグリンダ騎士団が鹵獲した真紅の新型ナイトメアフレームのデータである。

 

 オペレーション・アンタレスを成功させた大グリンダ騎士団は思わぬ戦利品を手に入れた。

 ブリタニアや中華連邦、ユーロピアのどのナイトメアフレームの系統にも属さない新型ナイトメアフレーム【アマネセール】。

 データ収集を行った大グリンダ騎士団の技術部からの報告によると『黒の騎士団の月下との類似点があり』と書かれている。

 

 けど一目見たオデュッセウスは元の機体を看破した。

 

 コードギアスの第二期、R2にて黒の騎士団に配備された主力ナイトメアフレーム【アカツキ】。これをマドリードの星はインド軍区…つまりはラクシャータにカスタマイズして作ってもらったのだ。

 両腕に仕込んだ【ブラッツ・カリエンテ】によって剣【エスパーダ】に力場を持たせてMVSのような使用が可能。胴体には【プルマ・リベールラ】という板状の特殊兵装が何枚か取り付けられており、狭い範囲だがエネルギーシールドを張れるなど新兵装を装備している。

 本来ならば本国のラボに送って詳しいデータ取りをしたいところだが、戦闘でのデータ収集を兼ねてオルドリンが扱うように私が進言したのだ。勿論危険がない事を確かめてだ。

 アマネセールは【双貌のオズO2】で記憶を失っていたオルドリンが搭乗していた機体なのでどうにもそのイメージが強く乗ってみたらと口にしたのだ。マリーはちょうどグレイルを改修に出したいと思っていたらしくこの案を受け入れた。

 

 で、私の手元にはアマネセールのデータとサザーランドをマドリードの星が改修したエストレイヤ…エストレイヤを指揮官用に改修した深緑色のフェルナンド機が送られてきた。

 エストレイヤには関しては性能がサザーランドと同じだったのであまり関心は無かったが、アマネセールのデータは興味があった。試しにロイドに送ってみたら実物をばらしたいと興奮気味に言ってきたよ。

 預けたギャラハットを好き勝手に改造しているというのにね。

 

 すでに月下の改修は終わり、私専用のランスロットも実戦テストを残すところとなった。

 あと私がすべき事は…。

 

 読み終えた書類を端へと置いたところで置いていた電話が鳴り響いた。

 レイラが手に取り相手から用件を聞いていると見る見るうちに顔色が変わった。

 

 「どうかしたのかい?」

 「殿下。エリア11で……ゼロが現れたそうです」

 「そう、ゼロが――――――って、ファ!?」

 

 思わず変な声を挙げてしまったオデュッセウスは頭を抱えた。

 早すぎるよルルーシュ…。

 内心そう呟きながら己の準備への手際の悪さを呪った…。



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第84話 「動き出したエリア11」

 黒の騎士団。

 エリア11最大規模の反ブリタニア勢力。

 小さな島国の反ブリタニア勢力であるがその活躍はブリタニア全土に知れ渡る。

 クロヴィス殿下暗殺未遂に優れた将で知られているコーネリア皇女殿下と何度も渡り合い、エリアそのものを奪いかけた。

 この活躍はブリタニアにとっては悪夢であり、ブリタニアを好まない組織・国家にとっては希望の光。―――否、反抗の灯となった。

 エリア11から飛び火した種火は各地・各国で燃え上がり、ブリタニアの悪夢はまだ続いている。

 

 が、黒の騎士団は敗北した。

 総帥であったゼロは処刑。

 藤堂 鏡志郎を始めとする黒の騎士団のほとんどの幹部級は捕まり、専用の留置所に収容されている。

 反ブリタニア勢力を支援していたキョウト六家は皇家を除いて逮捕・処刑された。

 

 逃げ延びている主なメンバーは少数。

 もはや死に体である。

 にも関わらずに先日エリア11でバベルタワーにて行動を起こした。

 数機のナイトメアフレームを飛行船より降下。軍事施設でも何でもないバベルタワーを占拠した。

 

 これに対して東京疎開駐留軍司令は近場の戦力を集めて黒の騎士団残党掃討作戦を展開。

 総督の命令により見せしめも兼ねてこの戦いは全国放送された。

 

 結果はブリタニア軍の敗北…。

 最初は有利に事を進めていたのだが、途中よりブリタニア軍のナイトメアが奪われ始め、気付けば形勢不利。

 途中から政庁入りしたエリア11の総督を務めるカラレス総督と、客将であるダールトン将軍の指揮によりバベルタワーは完全に包囲。援軍も駆け付けて黒の指揮団の数十倍もの戦力を集結させた。

 

 圧倒的戦力差により敗北するしかなかった筈の黒の騎士団は、バベルタワーの中腹を爆破・倒壊。正面を固めていた主力部隊と突入していた部隊を壊滅させ、さらに倒れたバベルタワーを道にして中華連邦総領事に逃げ込み、現在も尚立て籠もっている。

 

 テレビから流れるゼロの宣言を目にするルルーシュは思考を働かせ、事態の整理に勤しんでいる。

 第一次東京事変でスザクに捕まり、皇帝に引き渡され奴のギアスにより記憶を改竄され、今日までナナリーを忘れたまま生かされてきた。C.C.を誘き寄せる為の餌として…。

 

 あれからの世間のニュースを思い返して枢木 スザクがブラックリベリオンの後に皇帝最強の十二騎士であるナイト・オブ・ラウンズ入りしている事から確実に俺を捕えた功績で出世したのだろう。

 …友達の俺を売って……。

 

 現在黒の騎士団の状況は悪いが最悪ではない。

 手元――つまり中華連邦総領事には卜部とカレン、C.C.を始めとした部隊が立て籠もっている。歩兵戦力を除けば月下一機、無頼が七機程度。そして紅蓮弐式と正面切っての大規模な作戦は難しくても、自身の奇策と合した奇襲作戦なら何ら問題ない戦力。

 ただ紅蓮弐式の右腕の輻射波動機構がブラックリベリオンで破損した状態で、今は輻射波動機構のプロトタイプである甲壱式型腕をとりあえず取り付けている状態で万全とはいかない。

 総領事を管理している大宦官の一人はギアスで支配下に置いたので当分はあそこを拠点に出来る。中華連邦本国では大変な騒ぎにはなっているだろうがな。

 

 ディートハルトにラクシャータ、神楽耶にライ、そして咲世子達が中華連邦に逃げ込んで無事。

 捕虜にされた藤堂達は留置所に入れられているが、ブラックリベリオンから今日まで処刑が執行されたことは無く、捕まった連中を助け出す事さえ出来れば問題はない。

 

 「ちょっといい兄さん。兄さん?」

 「ん?あぁ…ロロか。すまない考え事をしていた。で、何かあったのか?」

 「連絡が来ましたけどどうします?後でかけ直しますか」

 「連絡してきたとなれば例の件か。それとも向こうから接触があったか。兎も角、指令室に向おう」

 

 考え事をしていると俺の部屋に入って来たロロ・ランペルージ。

 義兄弟は大勢いるがナナリーと同年代の弟となると奴はいなかった。

 偽りの記憶と共に監視の為に送り込まれた偽りの弟…。

 

 ナナリーが居るべき場所を奪った存在。

 今すぐにでも排除したいところではあるが、難しい上に排せず利用した方が得策だ。

 シャーリーの買い物に付き合って尾行を撒いて、監視をしていた大本が学園地下の循環システム管理施設だというのはカメラの映像転送先を探ればすぐに分かり、人手が出払った隙に色々と情報を漁り、待ち伏せの為に待機した。

 

 尾行していた一人に誤情報をギアスで与えたので監視していた連中は現場で右往左往しているだろう。

 だから帰って来た一人でも自分の支配下に置けれれば成功の筈だった。一番に帰って来たのがロロで、背後を取ったはずなのだが気付けば逆に背後を取られていた。

 バベルタワーでも見た瞬間移動。物理現象を無視した動きにギアスではないかと予想していたがまさかその通りだとは――。

 

 どう言い包めようかと考えていたがそれらは無駄に終わった。

 ロロが向けていた銃口を下げたのだ。

 今までギアス饗団なるギアス研究機関の手先となって暗殺などに携わり、家族の愛などを知らずに過ごしており、偽りであるが家族として暮らす今の生活を失いたくないのだと。

 調べた情報の中にはそれを関連付けるデータが残っており、ロロの生活を考えると嘘ではないのだろう。

 それから自らギアスの能力に弱点、持っている情報をほとんどを話してくれた。

 何かを隠しているらしいがそれは追々話させるとしよう。

 

 ロロを連れて図書室にある隠し扉を通り、ロロ達が所属している皇帝直属の機密情報局が使っている学園地下の循環システムの指令室に向かう。

 そこには俺を監視する為に選び抜かれた兵士達がモニターを見つめながら作業を続けている。

 監視対象である俺を一瞥するだけで仕事に戻る。

 

 ここに居る者は約二名を除いてギアスにより俺の支配下に置いてある。

 ギアスを使用していない一人はロロ。もう一人は……。

 

 「ん~?僕にギアスを使うの?無駄だと思うけどなぁ」

 「勝手に思考を読むな。また暴走したいのか?」

 「アハハ、それは困るなぁ」

 

 ジロリと睨みつけるがもう一人の人物はニヘラニヘラと笑うだけだった。

 以前ナリタ連山で俺にC.C.を渡すように迫って来たギアスユーザー、マオ。

 思考を読むことが出来るという能力を持っており、特に思考能力の高い俺にとっては相性は最悪の相手である。

 

 「兄さん…邪魔ならボクが殺しますが」

 「思考を読まなくても本気だってことは僕でも分かるよそれは。まぁまぁ、目的は違えども僕らは仲間なんだから仲良くやろうよ」

 「信用できません」

 「そうでもないさ。マオの思考回路…いや、行動原理は読み易いからな」

 「兄さんがそういうのなら」

 「出たよブラコン。あーヤダヤダ。ルルーシュの事になるとフィルターに掛っちゃって」

 「特定の人物に依存しているストーカー紛いの人に言われたくありません」

 

 変な言い争いを始めた二人を他所にルルーシュは一応ゼロの衣装に着替え、大型モニター前の椅子に腰かけてキーボードを操作する。

 モニターの映像が切り替わり中華連邦総領事と繋がる。

 使っている回線はディートハルトが以前用意していたもので発見・盗聴はされ難いだろう。

 画面に映し出されたのは総領事で黒の騎士団の幹部が使用している部屋で、モニター中央には卜部の姿があった。

 

 『ゼロか』

 「私に用があったと聞いたが?」

 『あぁ、その事なんだが…ん?後ろの二人は?』

 「気にするな。私の協力者だ」

 『ほぅ…さすが手が早い。早速だが本題に入らせてもらう。つい先ほどピースマークを支援しているウィザードという男から通信があった』

 「ピースマーク?」

 『知らないのか?反ブリタニア組織を支援している連中なのだが…そうだな。ブラックリベリオン以前は黒の騎士団とは関りがなかったからなぁ』

 「今はあるのか?」

 『いろんな所を転々としていたからな。一時的な仮拠点に資金、バベルタワー襲撃の準備も手伝って貰った。簡単に言えばキョウトの世界版とでも思っていてくれ』

 「それで?そのウィザードと言う男は何と?」

 『ゼロは反ブリタニア勢力にとって希望の光。今回の件もあって今まで以上に支援をしてくれることが決まった――とさ。スペインでは反ブリタニア勢力がブリタニア側に飲み込まれた事もあって焦っているのもあるんだろう』

 

 スペイン――ブリタニアの24番目の植民地。

 そう言えば数日前にロロとマドリードの星という反ブリタニア勢力が敗北し、新しい法案に参加することを表明したというニュースを見たような気がする。あとでチェックしておくか。

 

 『それでこちらから何か要望はあるかと聞かれたがとりあえず保留にしておいた』

 「ふむ、そうだな…オデュッセウスの情報をかき集めて欲しい」

 『オデュッセウスと言うと第一皇子か?』

 「奴のここ数年の行動を知りたい」

 『分かった。伝えておく―――ゼロ。中佐の事なんだが…』

 「勿論分かっている。策を練り次第救出する。彼は――いや、彼らは必ず救い出さねばならない。必ずだ!」

 『―――ッ!!本当に頼む…』

 「すまないがC.C.を呼んでもらえるか?少し二人っきりで話がしたい」

 『了解した。すぐに呼んでくる』

 

 モニターの前から姿を消した卜部から視線をマオに向ける。

 【C.C.】という単語を聞いてそわそわしていたのだろうな。振り返ると目を輝かせて、犬だったらブンブン尻尾を振り出す勢いで見つめていた。

 完全にえさの前で待てをくらった犬だな。

 

 「C.C.と話すか?」

 「良いの!?」

 

 軽く笑みを浮かべながら言った一言に目だけでなく顔を輝かして駆け出してくる。

 席を立って後退すると呆れたような笑みをロロが浮かべていた。

 

 「良いの兄さん」

 「働きにはそれ相応の報酬が必要だ。奴にはこれが飴となる」

 

 機密情報局員を全員支配下に置けたのはマオのおかげだ。

 こいつが前に俺に接触を図った時も現在俺に協力しているのもすべてC.C.の為だった。

 前回はC.C.との二人っきりの生活を取り戻そうとしていたが、今回は護らんとしているのだから。

 俺はマオに呼び出されてモノレールでナリタ連山を上がった先で狙撃され、離れたのでその後どうなったか知らなかったのだが、どうやらギアス饗団に捕まっていたらしい。そこで暴走したギアスを通常時まで戻すギアスをかけられ、多少の訓練を受けてここに居るのだが、どうやら皇帝達はC.C.を使い何かを仕出かすらしい。詳しくは理解していないのか話さなかったが、C.C.大好きっこのマオは利用させない為に協力を申し込んで―――いや、違うな。強要したんだ。ゼロの正体をばらされたくなかったら手伝えと。

 

 「C.C.!!あ~、会いたかったよC.C.!!」

 『マオか。ルルーシュの言う事をよく聞いていたか?』

 「勿論だよ!なにせC.C.の為なら僕はなんでもするんだから。ルルーシュの言うことだってちゃんと聞いてるよ」

 『良い子だ。マオ』

 

 満面の笑みを浮かべるマオに対してルルーシュは冷めた視線を向ける。

 能力的に諜報や索敵ではかなりの有用性のある男ではあるが、如何せん性格に難がある。

 いや、性格は単純で扱いやすいが、相手の思考を読むことでそのこと自体が露見してしまう。

 

 有能なのに面倒な相手である。

 それにしてもどうしてC.C.に病的なほど固執しているのか。

 

 (すぐに部屋を食べ散らかした食べ残りや脱ぎっぱなしの衣類なんかでいっぱいにするし…)

 「ちょっとルルぅ~。C.C.の事を悪く思うの止めてくれない」

 (あと、無防備に俺のカッターシャツ一枚だけでうろついていたりするし)

 「だから僕にC.C.の―――――って、最後のところ詳しく!!」

 (何の事かな?)

 「分かって言っているだろう!?後生だからどんな風だったか思い出すだけで良いからさ!!」

 『オイ。お前たち何を言っているのか知らんがそれ以上は止めろよ』

 

 C.C.のジト目を受けて肩を震わせて誤解だよと焦りながら弁解するマオを眺めながらルルーシュはため息をついて、ある人物を思い出す。

 特区日本での母上の死の真相を知っていると言った兄上。

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアの事を。

 

 今、俺が欲しているものはすべて兄上が握っている。

 捕まった黒の騎士団の処刑云々の決定権。

 母、マリアンヌの死の真相。

 そしてナナリーの行方もだろう。

 

 あの兄上の事だ。

 ナナリーの居場所を少なからず知っている筈だ。

 もしかすると兄上の元に居る可能性だってある。

 なんにせよ会わねばならない。

 それがどのような形であろうともだ…。

 

 例え銃口を向ける結末になったとしても……。

 

 

 

 

 

 

 カラレス総督は大型モニターの前で片膝を付いて頭を下げていた。

 斜め後ろには客将であるアンドレアス・ダールトン将軍が居り、カラレス同様に片膝を付いて頭を下げた状態で大型モニターが本国と繋がるのを待っていた。

 

 堂々としたダールトンの表情と違ってカラレスの表情には焦りや緊張の色が強く見受けられる。

 それもそのはず。カラレスは総督として大失態を犯したばかりなのだから。

 

 黒の騎士団残党が起こしたバベルタワーの事件。

 あれは皇帝直属の機密情報局が作戦を行うためにトウキョウ租界へと招き入れた事で起きたものだ。

 カラレスは総督という高い地位についているが皇帝直属の機密情報局からすれば無視できるレベルの存在でしかない。実際カラレスは秘密裏の作戦の為に黒の騎士団残党を招くとは聞かされたが、詳しい内容は一切知らされていない。

 

 だから今回の事件の失態の責任を負うべきは機密情報局の連中だと声を大にして叫びたい。

 叫びたいが皇帝陛下の極秘作戦を如何に皇族の方々にも漏らす訳には行かない。それに作戦実行をしていた当の本人たちは戦死したという報告が入っている。後方支援の者らも居るらしいがその者らとは接触すらできない。

 

 公に出来ない実情を鑑みて世間ではカラレス総督はテロを未然に防げなかったどころか、大軍を指揮してもテロ鎮圧を行えなかった無能と民衆に捉えられている。

 

 こんな失態を隠蔽できる筈もなく、確実に罰せられるのは決定している。

 今日は本国のオデュッセウス殿下より通信が来るという事で時間前からここで待機している。

 

 真っ暗なモニターに明かりが灯り、椅子に座っているオデュッセウスが映し出される。

 先ほどより深々と頭を下げる。

 

 『やぁ、カラレス総督。ダールトン将軍。息災そうで何より』

 

 優し気な声色で投げかけられた言葉に言葉が詰まって返事が出来ない。

 

 …“息災で良かった”?

 

 社交辞令などの一言でも皇族の方が大失態を犯した人物に投げかける言葉ではない。

 

 『どうしたんだい顔色が悪いようだけど』

 「―――ッいえ、なんでもありません」

 『そうかい?なら良いんだが』

 

 いつも通りの優しさを含んだ言葉が嫌に重くのしかかる。

 ごくりと生唾を飲み込みながら何を言い渡されるかを待ちながら、ドッと冷や汗が流れ出る。

 

 『今回の件は大変だったね』

 「ま、誠に申し訳ありまs――」

 『いや、君が気にすることではないよ。租界に連れ込んだのは機密情報局だしね』

 「――ッ!?ご存じであられましたか」

 『まぁね、ただその後の対応は本国でも大きな問題になっているよ。さすがにかなりの人員を失ってしまったからね』

 

 それはそうだろうと大きく納得してしまう。

 アレだけの人員的にも戦力的にも兵力を消耗したのだ。問題にならない訳がない。

 焦りや不安でいっぱいいっぱいのカラレスを他所にオデュッセウスの話は続く。

 

 『おおっとそうだ、忘れるところだったよ。ダールトン将軍』

 「ハッ、何でございましょうか?」

 『君のナイトメアは確か指揮官用のグロースターのままだったね』

 「はい、その通りでございます」

 『グロースターの最終型があるんだが、乗ってみないかい?』

 「宜しいので?」

 『構わないさ。それに妹の将軍たる君が何時までも旧式化しつつあるグロースターでは不味いだろう。最終型が嫌だったらヴィンセントを用意しようか?』

 「いえ、最終型を頂きたく」

 『ヴィンセントよりもかい?』

 「はい。姫様が聞いたら羨ましがるでしょうな。殿下が指示し、作らせた最終型に興味を引かれておりましたから」

 『そうか、そうか。贈るのは少し時間が掛かるよ。ゲフィオンディスターバ対策を施しておかないとね』

 

 ダールトン将軍が羨ましく感じる。

 現在のエリア11からすれば客将の身で、全体の指揮を執っていたならばいざ知らず、今回のように補佐に回っていた彼は責任を負う立場にない。

 もし責任があったとしても、未だ行方不明となっているとは言えコーネリア皇女殿下専属の将軍。何かしら裁くとしても力のある皇族の方でないと無理だ。

 羨んでも仕方がないか。これは責任ある立場に立った者の責務なのだから。

 されど今回の件で自分がどのような事になるのか不安はなくなることは無い。

 

 「これからどうなるのでしょうか…」

 『それは君の進退の話かな?にほn――コホン。エリア11の事かな?』

 「……それは…」

 『気になるところではあるよね。君の進退だけど総督の任が解かれて本国に帰還することが決まったよ』

 「強制送還ですか…」

 『今回の件の発端は機密情報局にある事は知っているから父上に掛け合って君の処分はお手柔らかに頼んでみたけれど、総督から最前線での勤務が決定しそうだよ。すまないね』

 「いえ、このような大失態を犯しておきながら機会を与えて下さったことに感謝いたします」

 『それとエリア11には近々新総督が着任する予定になったから引き継ぎの準備をしておいてくれ』

 「つまりそれまでは私が総督で宜しいのでしょうか?」

 『ん?……そういう事になるねぇ』

 

 ならばと食いつく。

 機会を与えられたとしても多分だが現場の奴らからは蔑まれ、機会を殺されるか使い捨ての駒として利用される。だったら力のある今のうちに汚名を雪がねば!

 

 「殿下にお願いしたき事があります」

 『なんだい言ってごらんよ』

 「殿下が管理している黒の騎士団員―――その公開処刑の御許可を」

 

 公開処刑をしようものなら必ずゼロは姿を現す。

 どんな奇策を用いようとも今度はこちらが指定したフィールド。人員の配置も出来、伏兵を配置し、時間は私の味方となる。

 現れればゼロを討ち取れる。

 もし現れなければゼロは仲間を見捨てた者として信頼を失い、優秀な団員を失う事となる。

 

 どちらにしてもこんなに美味しい話はない。

 本当ならもっと早く処刑してやりたいところだったがオデュッセウス殿下より黒の騎士団員の処遇決定権を持っている姫騎士と呼ばれる得体も素性も知れぬ者が断固として拒否してきたからだ。

 殿下から許可さえいただければ姫騎士も何も言えず、受け入れざるを得ないだろう。

 

 『…………そうか。こういう流れになるのか……』

 「は?今何か仰られましたか?」

 『いや、なんでもないさ。分かった。私の管理している黒の騎士団員の公開処刑を許可する』

 「ありがとうございます!」

 『ただし、処刑場への移動や刑場での管理は姫騎士に一任する。良いね?』

 「はい」

 

 大きく頷き頭を下げたカラレスはニヤリと微笑む。

 自分が思い描く未来に希望を膨らまし、オデュッセウスの思惑に気付かぬまま…。

 

 

 

 

 

 ロロは一人悩む。

 自分は何をしているんだろうと自己嫌悪に似た感情に苛まれ、大きなため息を一つ吐き出した。

 

 ギアス饗団からルルーシュ・ランペルージの弟役として監視するように命じられてすぐにオデュッセウス殿下より連絡があり、ルルーシュが弟君であることが告げられ、彼が記憶を取り戻した際には手助けをしてやって欲しいと頼まれた。

 殺伐とした暗殺生活から人間らしい生活を与えてくれた殿下には多大な恩を頂いた。騎士としての仕事は色々大変であったが今としては楽しい思い出だ。

 

 だから当然のように受け入れた。

 命令でなく頼まれ事をこなす事を。

 

 ロロ・ランペルージとして監視をしている内に今の暮らしにボクは浸食されていった。

 妹であるナナリーの居場所を奪い、偽りの弟としての生活が優しく、温かく、心地よ過ぎた。

 日に日にルルーシュの存在がボクの中で大きくなっていく。

 

 今や兄さん――ルルーシュの為に動いているのかオデュッセウス殿下の為に動いているのか分からなくなっている。

 本当の事を言えない事が辛く、苦しい。が、喋ってしまう訳にはいかないのだ。殿下の為にも…。

 

 マオはその辺どうでも良さそうで羨ましい。

 オデュッセウス殿下のギアスで暴走前に戻し、C.C.のこれからどうなるかを話して殿下は味方に取り込んだので、奴は殿下に忠誠心も無ければ思い入れもない。あるのはC.C.への執着心のみ。

 だから最悪ボクや殿下がどうなろうと気にも留めないだろう。

 

 もう一度、大きなため息を吐き出す。

 

 多分だけどアレだけ想ってくれていたのだ。

 記憶を取り戻した兄さんにとってボクは邪魔ものでしかないだろう。

 

 今まで偽りの弟として騙し続けていたのだから、いつかは罰を受ける事になる。

 しかし殿下の為にも死ぬわけにはいかない。が、それだけの事をやってしまったのは理解している。

 

 ボクはどうすれば良いのですか殿下…。

 

 悩めるロロはただただ悩み続けるのであった。



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第85話 「救出!」

 本日、エリア11中華連邦総領事館前にて、捕えた黒の騎士団構成員の処刑が行われようとしている。

 側面が特殊強化ガラスで誂えた二階建ての大型トレーラー三台にはすし詰め状態で構成員が詰め込まれていた。そしてトレーラー上部には藤堂 鏡志郎や扇 要などの黒の騎士団の幹部級構成員が貼り付けにされている。

 

 この処刑はゼロを誘き寄せる為の餌であり、ゼロそのものを無力化する作戦である。

 捕まった仲間を見捨てるなら、見捨てた男として信頼を失う。助けに来るならば返り討ちが関の山だろう。

 

 黒の騎士団はバベルタワーを襲撃後、倒壊させたビル内を移動して中華連邦総領事館に立て籠もっている。

 総領事館に立て籠もっている以上、中華連邦領内で外交問題に発展する為に手出しが出来ない。出来ても外交ルートで交渉するぐらいだ。

 

 総領事館より黒の騎士団は左右に展開している狙撃型のサザーランド隊の長距離射撃を受ける事になるだろう。もし突破されてもトレーラーを挟んで待機しているサザーランド六機が奪還されそうになれば処刑を開始する。他にも総督護衛を行っている量産型グロースターや最新鋭の試作量産機であるヴィンセントなどカラレス総督が搭乗するグロースターを中心にナイトメア部隊が待ち構えていたりと万全の大勢整えてある。

 

 そんな処刑場を離れた位置で待機させられたG-1ベース艦橋よりアンドレアス・ダールトンは眺めていた。

 

 「父上。如何なされましたか?」

 

 ダールトンに声を掛けたのはグラストンナイツの一人、クラウディオ・S・ダールトン。

 グラストンナイツとは各地で孤児だった彼らを養子にして、騎士として育てられたダールトンの子らで創設された部隊。たったの五人の小部隊であるが指揮官としても騎士としても優秀でコーネリアが総督の時は特別親衛隊の役割を担っていた。

 その中でもクラウディオは真面目で柔和な性格でグラストンナイツのリーダー的役割を担っている。

 

 左目を髪で隠し、穏やかそうな表情を浮かべている事の多いバート・L・ダールトンは温厚そうに見えるが、予期せぬことが起こるとパニックを起こして視野が途端に狭くなる。

 涼し気な笑みを浮かべているアルフレッド・G・ダールトンは実力は高いのだがまだまだ詰めが甘い。

 唯一褐色の肌で赤毛のデヴィット・T・ダールトンは狙撃能力が高かったり欠点らしい欠点は見受けられないが、寡黙で眼つきが鋭いために仲が良い者以外は寄り付こうとしない。

 エドガー・N・ダールトンは腕も社会性も高いが気が高ぶり易く、色々と荒くなる。

 

 自慢の息子達であるグラストンナイツ。

 振り向きながら全員を見渡し、再び処刑場に視線を戻す。

 

 「…ん、いや、これで黒の騎士団の最後かと思うとな…」

 「ようやくエリア11も平穏に向かう事が出来るでしょう」

 

 問いに答え、クラウディオの言葉を耳にして顔を曇らせる。

 確かに黒の騎士団を処刑すれば見せしめにもなって、エリア11の反ブリタニア勢力を幾らか黙らせれる事は出来るだろう。

 

 だが、相手はあのゼロだ。

 あの卓越した策士がこのまま処刑を傍観する訳もなく、出てくるなら何かしら策を持って現れる。しかも一発ですべてをひっくり返すような策略を持って…。

 

 何かしら悪い事が起きそうで不安なのだ。

 ゼロと対峙したことの少ない彼らではそこまでの不安を持ち合わせていない。仕方がないと言えば仕方がないのだが、そこのところをしっかり叩き込まねばならないか。

 それでもカラレス総督ほどではない。

 

 大きなため息を付きながら部隊の配置図が写された電子ボードの前にまで戻る。

 エドガーとバートが配置図を見直しつつ問題がないか何度も確認して、時間を潰していた。

 

 現在、エリア11内でグラストンナイツ以上の腕利きの騎士など存在しない。

 なのに配備されず後方で待機させられているのはカラレス総督が手柄を奪われないように避けたが為。

 出てこないならそのまま処刑執行、出て来たならば無力化して自らが捕縛、または殺害して己が手柄とする。この油断が惨事につながらなければ良いが…。

 

 「それにしてもゼロは現れるでしょうか?」

 「現れる。必ずな」

 

 懐疑的なエドガーのつぶやきをばっさりと否定する。

 現れない筈がない。

 問題は何処から現れ、何を仕出かす気なのかだ。

 

 「今更無駄な足掻きを。日本なんて国…もはや存在していないというのにイレブン共め」

 「そういう見下したような言い方好きじゃないんだけど」

 

 アルフレッドの一言が気に障ったかマリエル・ラビエがジト目で睨みながら言い放った。

 黒の騎士団を収容していた監獄の所長であった姫騎士も処刑が行われるという事でこの場に来ており、補佐を務めているマリエル・ラビエとマオも当然ながら側に控えている。

 マオの場合は控えているというか暇なので椅子に座ってくるくる回って気を紛らわせることに集中している。

 

 「事実だろ?」 

 「それでもよ。私、やたらと差別や区別するの嫌いなの」

 「オデュッセウス殿下の部下はやはりというかそういう人物が多いのだろうな」

 「え?…あー…マオちゃんみたいのも居るけど大概はそうですね」

 

 正直今回の件は納得がいかない所がある。

 勿論自分を含め、グラストンナイツが後方待機させられている事もだが、それ以上にオデュッセウス殿下の変化に対してだ。

 

 元々差別意識なくナンバーズとも接する人物で、特に旧日本であるエリア11は特にお気に入りだ。 

 囚人で反ブリタニア勢力の黒の騎士団構成員とも仲が良く、酒瓶を手にして監獄に入って行ったという話を耳にした事すらある。今までもさんざん黒の騎士団の処刑をカラレス総督が打診しても首を決して縦に振らなかったというのに、何故今になって許可成されたのだろうか。

 そのあたりの話を聞いてみたいものだが姫騎士は喋る事は無いし、マリエルは詳しい話は聞いていないと答えた。マオはそもそも興味がないらしく「さぁ」の一言で片づけられた。

 ぐーるぐると回っていた椅子を止め、ふくれっ面で外のナイトメアを見つめるマオは大きなため息を漏らす。

 

 「あーあ、ボクも戦いたいなぁ」

 「戦いになると決まった訳ではない」

 「ナイトメアで突っ込みたい…」

 「外交問題だなそれは」

 「暇すぎる~ってことでトウッ!!」

 「うおっ!?」

 

 少し離れていた所で椅子に腰かけて紅茶を飲んでいたデヴィットは視線を向けることなく指摘していたが、いきなりのマオの腰へのタックルには焦り、目を見開いて倒れないように体勢を維持しようと努めた。結局倒れ込んだのだが…。

 何をやっているんだかと訝しんでいると外から挙がった歓声に視線を再び外に向ける。

 

 

 

 

 

 

 カラレスは自分用に誂えさせた見栄え重視の装飾を施したグロースターのコクピットより姿を晒して、ゼロを誘き出すための公開処刑の時刻になるのを待ちかねていた。

 今、彼の頭の中にあるのは如何にしてゼロを討ち取り、どのようにして汚名を雪ぐかを考えるばかりで、もはや勝った気で油断しまくりである。

 それも仕方がない。

 すでに周囲には三十機を超すナイトメアが展開しており、総領事館に逃げ込んだナイトメア部隊より多く待ち構えているのだ。

 普通は負ける事のない状況ではある。普通ならば……だが。

 

 モニターに表示されている時刻が予定していた処刑の時刻となり、ゼロが現れなかったことは残念であるが処刑を開始しようと外部スピーカーのスイッチを入れる。

 

 「さて、時刻になってもゼロは現れなかった。ゼロはお前たちを見捨てたのだ」

 

 黒の騎士団構成員は覚悟を決めたのか騒ぐ者は少なかった。寧ろ処刑を行う事を聞いて集まった名誉ブリタニア人やイレブンたちの方が騒ぎ立てていた。

 いくら叫ぼうが彼らが助かる道はないというのに。

 藤堂達に見下した視線を向けながら右手を軽く上げる。

 

 「撃ち方用意!」

 

 トレーラー前に整列したサザーランドの機銃が狙いを定める。

 これでゼロも、黒の騎士団も終わり…。

 

 『ほぅ、呼び立てておいて私の登場を待たずして始めてしまうのか?』

 「―――ッ!?」

 

 突如響き渡った音声に大慌てで辺りを見渡す。

 周囲のナイトメア隊も銃を構えて警戒するがそれを見たカラレスは銃を下げるように命じる。

 公開処刑と言う事もあってここには報道のカメラだって入っている。下手に誰かが撃って近くに集まっているイレブンやブリタニア人問わずに射殺してしまっては汚名を雪ぐどころか恥の上塗り。二度と這い上がる事が出来ない程落とされる。

 それだけは何としても避けたいところだ。

 

 「撃つな!誰も撃つなよ!!」

 『数日ぶりですねカラレス総督。バベルタワーの件では大変だったようで』

 「何を他人事みたいに!!貴様のせいでこの私は―――ッ…」

 

 自分を貶めた本人が何を言うかと怒鳴りつけようとしたが理性がそれを抑え、落ち着きを居り戻す。

 ここで怒りを露わにわめきたてた所で見苦しいばかり。

 コホンと咳払いし、大きく息を吸い込む。

 

 「そんな安い挑発には乗らぬ私は」

 『確かに貴方にとってはそうだろうな。なにせ我が合衆国軍黒の騎士団の兵士を国際法を破って処刑しようとしているのだからな』

 「国際法に則って捕虜として扱えと?貴様は何を勘違いしている。貴様らの国など存在すら認められておらぬわ!貴様らはただのテロリストである!!」 

 『それがエリア11を預かる総督の考えか』

 「勿論だとも。それよりも姿を現したらどうだ?それとも怖くて姿が出せないのか?」

 

 挑発してこちらの隙を突こうと言うのか?

 なんにしても負ける事のないカラレスは高を括り、余裕の態度を見せる。

 予想外の返答を聞くまでは…。

 

 『出しても良いんだな?』

 「んん?それはどういう―――――何事!?」

 

 解答と同時に黒の騎士団に機銃を向けていた一機が左右のサザーランドに対してスタントンファーを叩き込んで吹っ飛ばした。同タイミングで離れた位置で待機させていた最新鋭の量産機であるヴィンセントがメーザーバイブレーションソード振るって切り刻んだ。動力源をわざと外したのか機体は爆散せずに転がった。

 アサルトライフルを構えるが位置的に同士討ちになり兼ねないので撃てはしない。

 まさかすでにこちらの内部に入り込んでいたとはと悔やむが遅すぎた。

 

 「えぇい!こうなればテロリストの処刑を――」

 『遅い!だから貴方は無能なのだよ』

 「なっ!?ゼロ!!ウォオオオ!?」

 

 指示を行う前に自身の護衛を務める量産型のグロースターの一機がランスを振るって足元に重い一撃を喰らわせて来た。

 コクピットより姿を晒していたカラレスはバランスを崩してコクピットより転げ落ちてしまった。

 立ち上がる間もなくアサルトライフルが向けられる。

 

 『動くなブリタニア軍よ!』

 「くぅうう…ゼロ。どうやって入り込んだ」

 『愚問だなカラレス総督』

 

 形勢を一気に覆されたことで表情がみるみる悪くなる。

 この様子を見た本国は自身をどう評価する?

 決まっている。入り込まれたどころか殿下にお願いして出して頂いた黒の騎士団を奪われようとしているのだ。これ以上ないほどに落とされる。確実に死罪は逃れないだろう。

 ゼロは周囲のナイトメアに離れるように細かく指示。そこを悠々とヴィンセントが駆け、数機を押しのけて合流。

 

 「ここから逃げ果せると思うなよテロリストが!!」

 『逃げ果せる?それは違うな。逃げ果せなければならないのは君たちの方だ』

 「なんだと!?…ッ!!今度は何事だ!!」

 

 いきなり地面が傾き、慌てるカラレス。

 否、ここに集まるブリタニア軍は全員驚愕していた。

 処刑場を兼ねていた場所が租界の構造を利用され、下から持ち上げられているのだ。しかも中華連邦総領事館側に傾くように片側しか持ち上げられていないので、必然的に対処できなかったナイトメア隊は無様に斜面を転がって行く。中には持ち上がったことで剥き出しになった構造内へと転落していった。

 

 「これはブラックリベリオンと同じ!?ぬぅおおおおおおおおお!!」

 

 そう気付いたカラレスは成す統べなく斜面を転げ落ちて行った。

 何とか地面に手を付いて勢いを止めようと踏ん張るがそれもほとんど無駄な抵抗に終わった。

 転がり落ちる最中カラレスが目にしたのはゼロが乗っている量産型グロースター、目を引くために最初に暴れ出したサザーランドとヴィンセントがそれぞれ大型トレーラーが横転しないようにスラッシュハーケンなどを用いて支えていた姿だった。

 先ほど細かく指示を出していたのはこの作戦を使った時にトレーラーにナイトメアがぶつからないようにする為かと理解した頃にはもはやすべてが手遅れであった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロ―――ルルーシュは転がり落ちて行くブリタニア軍を見てニヤリと微笑んだ

 この作戦はマオとロロあっての作戦で合った。

 足場を傾けて中華連邦総領事館が置かれている側に落とせばそこは中華連邦――つまり我が合衆国の領土内となる。さすればカレン達を突入させ、体勢を崩したブリタニア軍を一掃できるだろう。カラレスも前線に出ている事から指揮官を潰せば指揮系統に乱れが出来、総領事館に逃げ込むまでの時間稼ぎも可能。

 ただネックだったのが斜めに傾けた際の大型トレーラーの動きに合った。もしも想定以上に転がれば外で貼り付けにされている藤堂達は勿論、中ですし詰めされている団員はもみくちゃとなり、圧死するものが続出するだろう。

 また転がり落ちたサザーランドが激突でもすれば特殊強化ガラスと言えどもただでは済まない。

 ゆえに機密情報局で内部に入り易いロロとギアスを用いて内部に潜入。マオの能力で相手の策と配置図を読み、どこをどのようにしたら問題を片付けれるか考えなければならなかった。

 懸念材料であった精鋭部隊のグラストンナイツやダールトン将軍などが居ない事に関してはカラレス総督に感謝せねばな。

 

 「黒の騎士団よ!敵は我が領内に落ちた。ブリタニア軍を壊滅し同胞を救い出せ!!

  卜部は救出を。カレンはブリタニア軍の排除の指揮を執れ!!」

 『承知!!』

 『了解!!』

 

 指示を飛ばすと待ってましたと言わんばかりに卜部の月下とカレンの紅蓮弐式を先頭に、無頼と黒の騎士団用に黒のカラーリングを施したサザーランドのナイトメア隊が突入を開始した。

 敵は混乱の中でどれだけ抵抗出来ようものか。出来たとしてもカレンと卜部を止められる者もいない。

 ルルーシュは自身の元に到着した月下を確認すると操作して、領土内の地面に車輪が降りるように動かす。意図を察した卜部の指示で救出部隊が手伝い大型トレーラーはゆっくりと降ろされた。

 マオのサザーランド、ロロのヴィンセントが支えていた大型トレーラーも同様に手伝われ、無事に三台とも降りる。

 

 「ロロ。これより救出部隊と共に総領事館へと向かう」

 『分かったよ兄さん。絶対に兄さんは護るから』

 「あぁ――マオ!ギアスを使って索敵!周囲の状況を伝えろ!」

 『まったく人使いが荒いなぁ…』

 「後でC.C.と直に話せる時間を作ってやる」

 『本当かい!?そういう事なら頑張らないとね!!』

 「卜部!このまま大型トレーラーごと総領事館へ」

 

 歩兵が運転席に乗り込み移動を開始した。

 月下とヴィンセントが先行して敵機をあっけなく撃破して行く。

 通り様に斬り捨てる月下と特殊兵装でコクピットごと貫いて行くヴィンセント。

 二機並んで戦っていると二機の動きが見比べやすく、ルルーシュは卜部と遜色ないほどのロロの技量に驚いていた。

 ギアス無しで銃撃をすり抜けるように回避したり、アクロバティックな動きで翻弄したりして気付けば懐に潜り込んでいるのだから大したものだ。

 

 『ほら下がった下がった』

 「――っ!?助かった」

 『約束だからね』

 

 マオのサザーランドに掴まれて止められたことでどこからか狙ってきた銃撃を回避することが出来た。

 思考を読むギアスは範囲型でナイトメア戦にも有効なのである。

 

 コードギアスのゲームではマオとナイトメア戦を行うルートがあり、マオはルルーシュが操るガウェインに対してグラスゴーで圧倒したのだ。ハーケンを放っても、ハドロン砲を撃とうとも絶対に当たらない負け確のような戦い。

 これは思考を読むだけでなく読んだうえで回避できるだけの技量を持ち合わせている事になる。実際、ガウェインのハドロン砲など分かっていても避け切れるものではないだろうし。

 

 大型トレーラーが総領事館前に到着すると荷台を開けて全員を総領事館に逃がす。

 この頃には紅蓮弐式の活躍により多くのブリタニア軍ナイトメアが撃破されており、もはや抵抗するだけの戦力も持ち合わせていなかった。

 

 こうしてルルーシュは黒の騎士団のほとんどの戦力。

 そして原作以上の力を手に入れたのであった。



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第86話 「ある日のオデュッセウス」

 目頭が熱を持つ。

 頭がボーとして思考が上手く働かない。

 心がざわめいて何かしらと急いてしまう。

 なのになぜか意識だけははっきりとしている。

 

 パソコン画面を睨みつつ、キーボードを叩く指は止めない。

 私の目の前にあるデスクにはパソコン画面が二つ並び、その内の一つには基礎理論が完成したばかりのフレイヤのデータが映し出され、今はそのデータを元により兵器として不眠不休で纏め上げている。

 別段シュナイゼル殿下から急ぐようにと指示を受けたからではない。

 何かしておかないと落ち着かない程、心が騒めいているのだ。

 

 もう一つの画面にはユーフェミア皇女殿下の写真が張られており、見る度に辛い気持ちに襲われる。

 これもすべてゼロのせいだ。

 エリア11にて反ブリタニア勢力、黒の騎士団を組織し率いた人物。

 ブラックリベリオンでブリタニア軍に敗北し、捕えられ処刑されたと聞いた時は当然の報いだと思った。

 

 ゼロが黒の騎士団なんて作らなければあの優しく、美しいユーフェミア様が亡くなる事なんてなかったのに…。

 

 今でも思い出してしまう。あの日の事を…。

 それでも前を見て生きて行こうと決めたのに。

 

 エリア11にてゼロが復活と再び合衆国日本の建国を宣言した。

 否応なしに当時の悔しさと憎しみ、悲しさが押し寄せて来た。

 

 『もう良いんだよ。ユフィは優しい。そんなユフィは君がこんな事をする姿を見たくないどころか悲しむよ?私だってそうだ。だからもう良いんだよ』

 

 あの日、殿下が優しく囁いてくれた言葉を思い出す。

 私もそう思う。あのお優しいユーフェミア様が敵討ちを望むわけもない。逆に悲しまれるような気がする。これにはオデュッセウス殿下も同意してくれたっけ。

 そうは思っても手は止まらず作業を続けてしまう。

 

 悲しむだろう。

 望んでいないだろう。

 怒るかも知れない。

 それでも私は許すことが出来ない。

 

 反ブリタニア勢力を。

 イレブンを。

 それらを先導したゼロを。

 

 ふと、抱きしめられた事まで思い出して手が止まる。

 顔が見る見るうちに湯気を吹き出しそうな勢いで、耳まで真っ赤に染まった。

 熱を冷まそうと何時淹れたかも覚えていないコーヒーカップに手を伸ばす。一気に飲もうとカップを傾けるも中身はすでに空。あわあわと慌てながら周りを見渡すと後ろから新しいカップが差し出される。

 

 「どうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 

 礼を言って受け取り、一気に飲み干した。

 冷たすぎず、ぬる過ぎずのアップルジュースを飲み干すと一息ついて渡して来た相手へ視線を向ける。

 そこに居たのは微笑みを浮かべていたオデュッセウス殿下であった。

 

 「で、ででで、殿下!?どうしてここに!?」

 「進捗情報を聞きに来たんだけど、ノックしても返事ないし、鍵も掛かってなかったから心配しちゃったよ」

 

 沈下しかかった熱が戻ってきて顔を赤くする。

 慌てて立ち上がろうとした私の肩を押さえて席に座らせる。

 

 「聞いたよ。昨日からずっと籠っているんだって」

 「いえ、その…」

 「無理し過ぎだよ。ほらクマが出来てるし」

 「え、あ…すみません」

 「謝らなくて良いからじっとしておきなさい」

 

 見苦しい所をお見せしてしまったと肩を竦ませると、自分が臭くなっていないかと気にし始める。昨日からずっと作業に没頭していて着替えもしていない。見えないように襟元を引っ張って嗅いでみるが自分では分からない。

 そんな事をしていると目元を覆うように濡れタオルがかけられた。驚きもあったが酷使し続けてきた眼球が濡れタオルの温かさによって和らいでゆく。

 

 「今はゆっくり休みなさい」

 

 そう告げられ、仮眠用に置いてあったタオルケットをかけられると、徹夜続きの疲れが押し寄せニーナ・アインシュタインは意識を手放し、夢の世界へと旅立った。

 眠りの中に落ちて行ったニーナを確認したオデュッセウスは近くのソファにお姫様抱っこで移動させ、起きるまで椅子に腰かけ読書をしながら見守ったのであった。

 

 ……ちなみにその光景をオデュッセウスを探して来たアーニャに見つかりブログにアップされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 アーニャにブログに挙げられて数日後。

 オデュッセウスは帝都ペンドラゴンにある宮殿で執務に没頭していた。

 いやはや大変ですよ。

 日本――エリア11にてゼロが復活した事について処刑したと発表したブリタニア側としての解答や説明書類。 

 スザク君から頼まれたエリア11への援軍の手配。

 ナナリーが総督として着任する書類全般のチェック。

 あと、ルルーシュの策により転げ回り、両足骨折したカラレスを退院後何処に配属させるかなどなど。

 

 特にエリア11関連の書類仕事が多かった。

 まずカラレスの失策で失ったブリタニア軍の補充する為の当てを探さなきゃならない。

 マリーベルが最初に名乗りを挙げたけどマリーの場合は自分の部隊どころか「テロリストなんて皆殺しです」なんて言いながらマリー自身が行きそうなので却下した。さすがに本気の弟妹の殺し合いは見たくない。模擬戦ぐらいなら良いけどさ。

 なのでいろんなところから引っ張ってきて数は用意した。あとはナナリーが総督として着任するので専属騎士団であるイタケー騎士団で主戦力は固められるだろう。なにせ隊長格の四名はギアスユーザーであるしね。

 騎士団長であるアリスはナナリーと一緒に移動するのでまだ本国に居るが、副騎士団長であるサンチアを含んだ騎士団員と増援部隊は先に出発し、今頃はエリア11に向かって飛行している輸送艦隊の中だろう。

 

 あぁ、そういえばナナリーが乗る艦隊には少し荷物の配達を頼んだんだった。

 一つはある人に謝罪を込めて魔改造を施した月下。そしてもうひとつ中身を見られる訳には絶対に行かないもの。それをどう説明しようかなと思っていたが艦隊指揮を執るアプソン将軍が「殿下からのご命令。見事果たして見せます!中身の説明?殿下が望まれないのなら私は詮索いたしません」と言ってくれて私的には良かったのだが、積み荷の中身が分からないものを皇族だからと確認しないというのは如何なものか。まぁ、良いけど。

 

 今回ナナリーが総督になるのと、ゼロがルルーシュではないのかという疑いから枢木 スザクが補佐役として向かい、戦力強化の為にジノとアーニャの援軍を皇帝陛下に頼んで許可を貰ったらしいのだが、二人が空けた戦場の穴埋めを父上様より頼まれてうちの騎士団の一つを手配する羽目に…。

 そして今頃スザク君達はアッシュフォード学園に…。

 ちらっと窓の外へ視線を向けると警備隊の姿が見えて大きなため息を吐き出す。

 学園祭のリベンジをしているからお忍びで向かおうとしたら速攻でバレてこの一室に缶詰。アーニャから送られてくる画像がクッソ羨ましいんですけど!!

 

 なんやかんや積もっていた仕事も終了。

 デスクの前からソファに寝転んで疲れ切った身体を休める。

 ギアスを使えばすぐに良かった時まで戻せるんだけど、癒しのギアスが戻すギアスと知って身体の年齢まで戻しそうで怖いので、最近は極力使用を避けているのだ。

 寝転がっているとドアをノックする音が。

 

 「兄上。キャスタールです」

 「あー…うん、開いているよ」

 

 返事を返しながら上半身を起こす。

 ドアを開けて入って来たキャスタールは嬉しそうに、そして何か期待したような笑顔をしていた。

 最近あちこち飛び回っていたりしていたからこうして直に会う事が少なくなったんだよなぁ。のんびりしたい筈が何故こうものんびりできないのか。いや、のんびりする為に頑張らねばならないんだった。

 立ち上がりデスクの引き出しに手を伸ばす。

 大概ここにはお茶菓子を用意してある。お茶菓子だけではない。私が仕事を行う一室には必ずコーヒーメーカーやブレンドしたコーヒー豆などのコーヒーセットにお茶菓子などを用意するようにしている。いつでも弟妹達とお茶を楽しめるように。

 

 「コーヒーで良いかい?それともジュースの方が――」

 「もしかしてどこか具合が悪いのですか?」

 「そういう事は……いや、そうなのかな。最近身体が痛い事があってね。私も歳かな?考えたくはないけど」

 

 疲れていた自身の体調を見破られ肩をコキコキと音を立てながら回す。

 その様子にキャスタールは何処か残念そうな表情をしたが、すぐに意を決したかのような表情を見せる。

 

 「あ、あの兄上!ボクに何か出来る事ありませんか?」

 「ん?仕事の話かい?」

 「いえ、そうではなくて兄上が疲れているようなので何かできないかなと………兄上?」

 「ちょっとごめん、目頭が熱くなってきて…」

 

 不意に言われた自分を労わって何かをしてくれるという言葉が嬉しくって涙を流してしまった。

 やはり歳かな。涙もろくなったな私も。

 

 「オデュッセウスお兄様。午後の衣装合わせでクロヴィスお兄様がってどうしたんですか?」

 

 ノックと同時にライラが入って来たが涙で前が見えない私は振り向いてだいたいの位置しか分からない。

 泣いているオデュッセウスを見たライラは不思議そうに首を傾げ、キャスタールは大慌てで手をブンブンと降る。

 

 「ボ、ボクが泣かせたわけじゃないよ!?」

 

 ある意味、泣かされたんだがと言う事は無く、持っていたハンカチで涙を拭き取る。

 勘違いされてギネヴィア姉様のお耳に入ったら事だと思って、慌ててライラに説明するキャスタール。

 話を聞いたライラは何かを閃いて案を出して来た。

 

 「マッサージなんてどうでしょうか?よくクロヴィスお兄様も受けてるやつです」

 「クロヴィス兄上が?」

 「そういえばよくマッサージ師呼んでいるね。クロヴィスも視察やなんやらで身体を酷使していたりするからね」

 「だからそれを私たちでやりましょう」

 「「うん?」」

 

 キャスタールと二人で首を傾げていると、デスク前で突っ立ったままのオデュッセウスを押してソファへと移動させ、うつ伏せで寝転ぶように言い、素直にそれに従って横になる。

 すると腰のあたりに手を置いて、グッ、グッと押して行く。

 細い指であるから腰のツボなどに良い具合に当たるのだが、如何せん力が弱く物足りない。それだけでも大変有難く、一生懸命してくれている気持ちは本当に嬉しいのだが。

  

 「どこかおかしいですかお兄様?」

 「いや、気持ちは嬉しいんだけど少し力が…あ!そうだ。ライラ、キャスタール。私を踏んでくれないか?」

 「兄上を踏む!?」

 「踏むなんて…」

 「すまない言葉が足りなかった」

 

 ソファの上からマットの上へと転がり直し、二人に腰を踏んで欲しいと頼んだ。

 恐る恐ると腰の上に片足が乗せられる。続いてバランスを取りながらもう片足が乗った。体重が乗った足のひとふみひとふみが凝り固まった腰を和らげて行く。

 思わず抜けた声を出してしまうと気持ち良かったんだなとキャスタールとライラが嬉しそうに踏んでくれる。踏むたびに「いっちに、いっちに」と可愛らしく声を出すので耳まで幸せになってしまう。

 あー…気持ち良すぎて眠気が襲ってくるよぉ…。いっそこのまま寝てしまっても良いかぁ。

 

 「おいキャス!俺を置いて兄上の所に―――って何してんだお前ら?」

 「げぇっ!パラックス!?」

 「げぇとはなんだ。げぇとは」

 「本当に何してんのよ」

 「えへへ、お兄様を踏んでいるの」

 「見れば解るわよ」

 

 瞼を完全に閉じかかっているといつの間にかパラックスとカリーヌが部屋に来ていたらしく、眉を潜めながらこちらを見つめていた。

 

 「で、何で二人して兄上を踏んでるんだよ」

 「マ、マッサージしているんだよ」

 「お兄様が疲れているようでしたから」

 「確かに踏まれるたびに気持ちよさそうな顔をしていらっしゃるもんね」

 「待ってカリーヌ。その言い方では誤解を生んでしまう……いや、わざと言っているね?」

 「まっさかぁ」

 

 シスコンやブラコンなどタグがすでにあるのだ。別段Sという訳ではないがМでは無い筈。すでに天子との婚約が決まりそうな時点でロリコンのタグが付きそうなのにこれ以上増やしてたまるか。

 面白そうに眺めながらふ~ん…と呟いたパラックスは俺も兄上にマッサージしたいと言ってくれたので、足裏を踏んでもらう事に。するとカリーヌも「私だけ除け者?」と呟いたので前世で見たアニメをふと思い出し、軽く頭を踏んでもらう事に。

 思った以上に気持ちよくて瞼が重くなり、眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 本日ナナリーの事で会議が行われるというのに一向に現れないオデュッセウスに対してギネヴィアは不審に思い、自ら足を運んでいる。

 会議に出席するのはナナリーに専属の騎士アリス、カリーヌにクロヴィスとライラ。それと本国に戻ってきているパラックスにキャスタール、オデュッセウスなど皇族がほとんどである。クロヴィスとライラ、カリーヌは時間通りに来たというのにオデュッセウス兄上が何時まで経っても来ない。

 常駐している者を向かわせても良かったのだがライラが呼びに行ってきますと言ったので任せるとライラが帰ってこない。その次にキャスタールが来ない事と兄上が来ない事は関係していると考えたパラックス、そして一緒に行くわとカリーヌが迎えに行ったのだがその二人も帰って来ない。

 それで気になったギネヴィア自ら足を運んでいる。

 

 オデュッセウスが使っている一室の前を固めている警備隊が視界に映る。

 入室前にライラ達の事を聞いてみると兄上と一緒に室内にいるという。これでお茶会でもしていたらなんと言ってやりましょうか。会議の事を忘れている事よりも自分達だけで兄上とお茶を楽しむなど羨まし………コホン、言う事は前者だけで良いですね。

 

 「兄上、失礼致します」

 

 誤魔化す隙を与えないよう、意表を突く形で最低限ノックと声掛けだけを素早く済ませてドアを開ける。

 目に映ったのはマットの上に転がっているオデュッセウス兄上の腰の上に立って居るライラとキャスタール。兄上の足裏に自身の足を合わせて足踏みしているパラックス。そしてあろう事か兄上の頭を踏みつけているカリーヌ。

 視界に映ったものに対して理解が及ばず膠着してしまった。それはライラ達も同じであったようで石像のように目を合わせたまま固まってしまった。

 

 数秒の静寂が流れ、パラックスとカリーヌが真っ先に動いた。

 大慌てで左右に分かれギネヴィアの横を通り過ぎて通路へ。その後をライラとキャスタールが追い掛ける。

 いきなりの事と動揺で動けなかったギネヴィアが動き出したのは四人の背が通路の端に差し掛かってからだった。

 何をしているのだあの四人はと呟きながら、横たわったままのオデュッセウスに近づき揺さぶる。

 

 「兄上、オデュッセウス兄上」

 「う~ん…」

 

 揺すっても起きない様子に苦笑を漏らしてしまった。

 よっぽど疲れが溜まっていたのだろう。最近は色々と執務でお忙しそうだったから。

 デスクの上に目を向けると山のように積み上げられた書類があり、あれだけの量を済ませていたのかと感心する。

 昔から何かしら無茶をする。その上で他の者には無茶をするななどと気に掛けるのだから質が悪い。

 

 マットを敷いていると言っても寝るにしては固すぎる。

 なにか頭を乗せるものは無いかと当たりを見渡し、ふとクロヴィスがユーフェミアが兄上に膝枕をしていた云々の話をしていたのを思い出した。

 

 辺りを警戒しつつさっと見渡す。

 窓の外には警備隊の者が立って居るがこちらには背を向けている。ドアは入った際に閉めたので問題はない。

 高鳴る心音を抑えつつ、マットの上に座り込む。

 誰も見ていないと思いつつまた辺りを確認し、荒くなりつつある呼吸を整える。

 

 最後に大きく息を吐き出して覚悟決めて、起こさぬようにゆっくりとオデュッセウスの頭を上げ、膝の上に乗せる。

 呼吸のたびに動くオデュッセウスに起きていないなと安堵する。

 

 幸せそうな寝顔を眺めているだけでどこかホッとする。

 いつも危ない事に首を突っ込んでは何事もなかったように帰って来る。それで周りがどれだけ心配しているか。耳にタコが出るほど周りの者から同じことを何度も言われているというのにそれでもまた何かしらに首を突っ込んで…心配で仕方がない。

 それでも本気で止める事は出来ない。

 少なくとも私には…。

 弟妹を、友人を、誰かを助けようとする兄上を止める事は出来ないし、それで動くのが兄上なのだと知っている。だから止めようがないのだ。

 まったく私もどうしようもないブラコンだなと笑みを零す。これでは兄上の事を笑えない。

 

 「少しはご自身を大事にしてくださいね」

 

 そう呟きながら優しく頭を撫でる。

 スヤスヤと気持ちよさそうに眠り続けているオデュッセウスと二人っきりのゆったりとした時間を過ごすギネヴィアだったが、いつまで経っても戻って来ない事に不審がったクロヴィスに見られてしまい、ライラ達に言う筈だった説教を受ける事になるとは微塵も思わなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに会議の内容はナナリーが皇族としての初仕事&お披露目で着飾るドレスの話であり、疲れを癒されて全快したオデュッセウスが完成品を見て「こんなにスカートが開ける構造だと車椅子に座った時に下着が見えちゃうでしょうが!!」と全力でデザイナーを叱りつけていたのであった。



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第87話 「キャンパスパニック」

 すみません一日遅れの投稿です。
 活動報告に書いたように遅れて申し訳ありませんでした。


 アッシュフォード学園。

 ブラックリベリオン時には黒の騎士団に拠点の一つとして占拠された。

 大半の生徒は本国へと帰還し、他校へと転校して行った。

 今や一年前のアッシュフォードを知るのは生徒会役員に属していた極一部の生徒のみである。

 帰って行った生徒の人数分だけ他の学校より生徒が押し掛け、今や一年前と変わらない賑わいを見せていた。

 

 学園を再開するにあたって生徒を求めると、テロリストに占拠されたという割にはすぐに定員オーバーした。

 理由は簡単。

 一般的には噂程度だが神聖ブリタニア帝国第一皇子が姿を現す地として知られているのだ。一目見る事が叶うならと押し寄せた者も多い。学園長のアッシュフォードとは昔からの付き合いでプチメデの製造工場を共同経営している事から噂だからと馬鹿に出来ない。寧ろ、可能性が増すばかり。

 他にも武器の携帯も許可されなかったナンバーズの兵士から皇女殿下の騎士、皇帝最強の十二騎士と成り上がった枢木 スザクが在籍していたという事でその験を担ごうと来た者もいる。

 

 そして今、ナイト・オブ・ラウンズ第七席の座を持つ枢木 スザクが学園に再び通う事でラウンズ入りと歓迎、ミレイ会長のイベント好きが重なったちょっとした催し物が開かれたのだ。

 部活の出し物やいろんな出店などが並んでまるで学園祭のよう。

 と、言っても前回のリベンジで超大型のピザ作りとか普通の学園や学校ではありえないものも複数あるが。

 バンジージャンプやナイトメアの頭部を使用した出し物とか。

 

 なんにしても祭りは始まった。

 新入生や転入生は勿論、記憶を改竄されたミレイ会長達も覚えていない前回の学園祭。

 開幕の合図はナナリーの猫の鳴き真似で始まった。

 今回は主役であるスザクが行ったのはスザクがアーサーを連れて来たからか、それとも心のどこかで覚えていたのか…。

 

 懐かしい思い出を蘇らせられ、ナナリーに対する思いが強くなったルルーシュは始まって早々問題が発生していた。

 彼自身の問題は黒の騎士団に関わる物が山積みであるが、目の前の問題はそれとは異なっていた。

 

 「貴方は何をしているんですか!?」

 「ん~?何ってお祭りを楽しんでるんだよ」

 「右に同じく」

 「同じくではない!追われている事を自覚しろ」

 「まったくいきなり飛び出して慌てたわよ」

 

 眼前にはアッシュフォード学園の学生服を着たC.C.とマオが学園内を闊歩していたのだ。

 この光景を目にした瞬間、ルルーシュは思考能力が一時的に硬直し、現実逃避しようとしたほどの衝撃を受けた。

 確かに学園内の機密情報局員はギアスにより完全な管理下に置いているが、機密情報局の指揮を任されたスザクは何の対策も出来ない。ギアスは式根島にて【生きろ】とギアスで命じたので一人に一度しか使えないルルーシュのギアスは効かないし、ロロのギアスなどを用いた実力行使は皇帝に感づかれて手を打たれる可能性が高い。

 つまり見つかれば一発でゲームオーバーなのだ。

 

 「で、カレンはなんでそんな恰好なんだ?」

 「仕方ないでしょ!私は貴方達と違って指名手配されてるんだから」

 

 C.C.を目撃して大慌てで校舎裏へと引っ張っていると出くわした緑色のラッコをモチーフにした【タバタッチ】という着ぐるみ。ロロが警戒してナイフに手を伸ばしていると、中からカレンの声がして敵ではない事に安堵しつつ、何をしているんだと脱力感に襲われた。

 

 「はぁ…とりあえずC.C.を頼むぞカレン。マオは――好きにしてくれ」

 「あはは、だいぶお疲れだね」

 「誰のせいだと思っている」

 

 頭痛に襲われる頭を押さえながら歩き出す。

 多少ふらついたルルーシュをロロが支え、二人は元々向かおうとしていたコート近くにある食糧庫へと向かう。

 

 「本当に頼むぞカレン」 

 「ちょっと本当に大丈夫?」

 「……あぁ、兄上の周りもこんな気苦労が多かっただろうな」

 「え、なに?」

 「ただの独り言だよ」

 

 始まって早々精神的に疲れたルルーシュはこれからの仕事量を考えてドッと疲れを増したような感覚に襲われる。

 今回の学園祭は人手が足りない。ニーナとナナリーは置いておいたとしてもカレンはクラスの手伝いなどに周ってくれた。細かい作業は無理でも行動力はあるシャーリーは水泳部がメイド喫茶もとい水着喫茶なるものをやっており、そちらのほうで手一杯。リヴァルはピザ関係を担当して、ミレイ会長は何処に行ったのやら…。スザクはピザの生地作りまでは自由だが、主役であることから多くの生徒に顔見せした方が良いと会長の判断で色々周るので手伝いは難しい。

 結果、ルルーシュとロロに仕事が多く回って来る。

 

 まずは食材庫へ向かいジャガイモの皮むきを頼まれているからそれを済まさないと。

 現状の黒の騎士団の事を考えるとこんなことをしている場合ではないというのに。

 捕まっていた藤堂達を助け出したことでパイロットの質やほとんどの部署の再構築は終えたが、中華連邦に逃げ延びたメンバーとの合流する手立てが今は難しいので情報部のディートハルトや開発部のラクシャータなどが合流出来ないでいる。現状所持しているナイトメアでは数や性能的に戦力低下は否めなく、特に輻射波動機構を応急処置しか施していない紅蓮弐式は性能の低下が厳しく、スザクのランスロットと戦えば勝利は難しいだろう。

 エリア11のブリタニア軍の被害はバベルタワーと救出作戦でかなり出せたがカラレスが本国に送還された事で新総督着任までの指揮系統はコーネリア直属のダールトン将軍が執る事になって指揮能力は向上、特別親衛隊の役割を担っていたグラストンナイツは健在。さらにスザクが来て戦力格差が開く一方。予想では数日中に兵士の補充も送られてくるだろうから今の黒の騎士団では対処しきれない。

 せめてラクシャータとは合流したいものだが。

 

 「兄さん大丈夫?」

 「何とかな」

 「あの人たち本当に何を考えて――」

 「過ぎた事を考え出したらキリがない。逆にあれ以上の厄介事は起きる事は無いと思えば…」

 「あ!すみません、巨大ピザってどこでやるか知りません?」

 

 心配そうに声を掛けてきたロロに返事をしていたら、声を掛けられ振り向く。

 生徒だけでなく一般の入場も許可しているので、学生や教員以外の姿がちらほらしている。だから目的地が分からない一般人が場所を聞いてきたんだなと気軽な心構えで振り返った。

 

 青の白をペースにコーディネイトしたラフな服装を着こなしているナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグに、赤系をベースに服装の色を揃え、ラウンズの正装よりも露出が少なく落ち着き感があるアーニャ・アールストレイム。

 

 眼前のブリタニア最強騎士二人に内心絶望が襲ってくる。

 

 「あれ?もしもーし」

 「に、兄さん?」

 「………ハッ!?」

 「大丈夫か?」

 

 一瞬、意識が跳んだルルーシュは意識を取り戻しこちらに視線を向けている二人に視線を合わせる。

 スザクが来ただけでも厄介なのに何故ラウンズが二人も居るんだ!?それにこの二人……確かオデュッセウス兄上と関りがあったような…。

 

 「な、何故ラウンズがここに…」

 「お!いつもの正装じゃないけどやっぱりバレちゃうか。いやね、このエリアに来たらスザクが通う学園でお祭りがあるって聞いて、庶民のお祭りを見てみようと思ってさ。本当なら殿下も来る予定だったんだけど。って、殿下ってオデュッセウス第一皇子なんだけど、色々忙しい上に抜け出す隙が無くて本国に居るんだよねぇ」

 「あ、そうですか」

 

 やはり兄上の知り合いだったか。いや、ラウンズは皇族と何かしら接点を持ち易いから持っていてもおかしくないが、兄上と友人関係を築いているラウンズはスザクを入れて四人、そして師匠的な感じでビスマルクとも接点を築いているからな…。

 予想が嫌な方向で当たるものだからルルーシュの精神面にさらに追加ダメージが加わる。今にも表情から笑顔が消え去りそうなところを頑張って営業スマイルに近しい笑みを続ける。

 

 「でだ、そんな殿下にどんな感じか伝える為に色々と写真を送っててな。巨大ピザも送ろうって話になって、今場所を探してるんだ」

 「で、殿下と仲が宜しいようで」

 「仲がいいって言っても殿下は誰とでも――」

 「……誰とでもじゃない」

 「うん?あぁ、そうだった。ブラッドリー卿とは仲良くなかったな。まぁ、なんにせよ俺達は仲良くしてもらっているのは確かだな」

 

 にこやかに笑うジノに愛想笑いで対応しているのに気付いたロロは持っていたパンフレットを取り出して巨大ピザ作りの会場を探す。すると地図と分かったアーニャが横に並び携帯で映し、一言お礼を述べられた。

 ジノはそんな様子に気付く素振りもなく、ルルーシュにスザクに絡むように馴れ馴れしく接していた。そこを一枚パシャリと撮り、一人先に進もうとする。さすがにそれには気付いてジノはルルーシュより離れて大きく手を振る。

 

 「なんか邪魔して悪かったな。おいおい、置いて行くなって」

 

 嵐のように騒がして立ち去っていく様子を後ろから見送り、大きく息を吐く。

 もはや能面のような笑みを浮かべるルルーシュを気遣いロロが一人ジャガイモの皮むきをすると言い出し、ルルーシュは休もうと校舎屋上に向かう。

 学園内を見渡せる屋上に上がればとある生徒が壁に削って線を引いていた。

 ギアスの持続時間を確かめる為に毎日そこに印を入れるようにギアスをかけたが、卒業してもここに書きに来るのだろうか?

 そんな疑問を浮かべながらただただ下を眺めていると携帯が鳴り響き電話に出る。

 電話をかけて来たのは卜部でピースマークを支援しているウィザードより連絡があったとの事。

 内容は今週中に新総督がエリア11に赴任する事であった。

 重アヴァロン級と呼ばれる航空艦を中心に護衛を務める航空艦三隻を引き連れての航空艦隊での移動。航空戦力はフロート付きのナイトメアでなく戦闘ヘリのみ。

 陸戦兵器メインの黒の騎士団の兵器事情から考えて空戦してまで襲う価値はこの段階では小さい。が、これの続きを聞いてルルーシュは興味を持った。

 なんでも反ブリタニア勢力の容疑がかけられている人物とその人物のナイトメアがついでに輸送されているらしい。それとオデュッセウスの部下である姫騎士の部隊へ空戦可能に改修されたナイトメアも積み込まれているとの事。前者はついででも引き入れれる可能性があるなら引き入れ、後者は喉から手が出るほど欲しい。ガウェインを失った現状空戦を行えるナイトメアは手持ちにはいない。地上で配備されるよりは空中で襲ったほうが幾分マシか…。

 

 連絡を聞き終え、通話を切ってポケットに仕舞い屋台を周る学生や一般客を眺める。

 涼しげな風が流れ、何の気なしにその風に当たっては行動も思考もせずに無意味な時間を過ごす。

 こんな時間を過ごすなど普段ではありえないが今はとても心地よく感じ、精神を安定していられる。

 

 背後で扉が開く音がして視線だけを向けると何処か暗い雰囲気を纏っているスザクがそこに居た。

 俺を売ってラウンズ入りした友人…。

 思う事は多々あるものの、記憶を失ったままの状態を演じなければならないルルーシュは、優し気な笑みを浮かべて振り向く。

 

 「どうしたスザク。主役がこんなところで油を売っていて良いのか?」

 「いろんなところに顔出しは済んだから少し休憩さ。それよりもルルーシュだってこんなところで油を売っていて良いのかい」

 

 にこやかな笑みを浮かべての会話だがお互い探り、騙しの話し合い。スザクはそういう腹芸は性分的に苦手なのだろう。表情や雰囲気を見れば手に取るように分かってしまう。

 

 「何かあったのか」 

 「え?」

 「あからさまに暗い表情しておいてえ?はないだろう」

 「…ルルーシュ、君は………いや、何でもない」

 

 出掛かった言葉を飲み込み、隣に並んで手摺に持たれる。

 同じように風を受けながら意を決してこちらを見つめるスザク。それにルルーシュは微笑みを浮かべて見つめ返す。

 

 「実は君に伝えたいことがあってね」

 「伝えたいこと?」

 「新総督が着任する話は…」

 「公のニュースはされてないがカラレス総督が本国に戻ったんだ。そう遠くはない内に来るとは思っているけど」

 「その新総督が君に―――――ッ!?すまないルルーシュ。話はまたあとで」

 「おい、どうした!?………まったく本当にどうしたと―――ホワァアア!?」

 

 懐から何かを取り出そうとしたスザクは目線をルルーシュから前に戻した瞬間、何かを見つけたのか大慌てで扉へと戻って行った。何だったんだと思いながら自然をその視線と同じ方向を見つめて理解した。

 巨大ピザの会場へ向かって行くC.C.の姿がそこにあった。

 

 「クソッ!!なんでこうあいつは!!」

 

 見つかった時点でかなり不味いがそれでも確保される事だけは阻止しなければならない。スザクの速力に追い付かないのは分かり切っている。それでも全速力で階段を駆け下り走り続ける。走りながら策を考えるがどれも妙案と呼べるほどのものがない。

 思考を切り替え、カレンにロロ、マオへと連絡を取ろうとするがロロは食糧庫で間に合わないし、マオは電話に出ない。唯一の希望は捜索中のカレンだったが、ピザ会場から離れていた為にスザクより早く付けるとは思えない。

 息を切らし、肺に負荷が掛かり、足は重く感じるがそれでも動かし先へと進み続ける。

 校舎から出てピザの会場へと向かい人ごみを掻き分けて行く。

 

 巨大ピザの会場近くで見つけてしまった…。

 スザクが不機嫌そうな表情で手を引いて行く姿を………。

 

 

 不満そうな表情を浮かべるマオを、だが。

 

 「仕事をサボって何をしているんだか」

 「えぇ~、折角の祭りだから少しぐらい良いじゃないか」

 「駄目だ。まったく…」

 

 スザクとマオを見送り安堵から大きく息を吐き出したルルーシュはC.C.を見つけ、腕をつかんだ。

 その表情は何かあったかと言わんばかりの表情でルルーシュのストレスを加算させる。

 

 「自分の立場を考えろ。スザクに見つかる可能性もあるんだぞ」

 「しかし、アレを回収せねば」

 

 本当なら怒鳴り散らしたいところを我慢してC.C.に聞こえる程度の小声で言ったのだが、どうしても巨大ピザを優先しようとしているC.C.に対してルルーシュのストレスは限界突破した。

 

 人間ストレスが溜まると色々な表情を引き起こす。

 注意力が低下したり、怒りやすくなったり心理状態の異常や肩こりや腹痛、嘔吐などの身体に及ぶ影響などなど人によって大きく変わる。

 

 今日一日…いや、前から抱えているストレスも合わせて限界突破したルルーシュの身体は、ストレスを心より出そうという選択を取った。

 つまり泣き出したのだ。

 

 俯いて涙を袖で拭く姿にC.C.は驚き、さすがにこれはと後悔し合流したカレンと一緒にルルーシュを人目の付かない所まで誘導し、最後にはロロにこっ酷く叱られたとさ。

 その時、ロロがやけに説教慣れしている事に気付いたが別段気にすることなくルルーシュは涙を流し続けていた。

 

 ちなみに巨大ピザ作りだが、マオを機密情報局に戻しに行ったスザクは間に合わないのでミレイ会長に話してジノに代役を頼み、会長念願の巨大ピザのリベンジは何とか果たせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本国のとある一室。

 エリア11に新総督として着任する日が近づいているナナリー・ヴィ・ブリタニアの前にはオデュッセウス・ウ・ブリタニアが難しそうな表情で目線を合わせるように膝を付いて対面していた。

 

 「ナナリー。エリア11は本当に危険なところだ。本当に行くのかい?」

 「はい、オデュッセウスお兄様」

 「そうだよね。君の決心は揺らぐことは無い。でも本当に気を付けるんだよ。私は心配で心配で……」

 「もう、心配し過ぎですよ」

 

 心の底から心配そうな表情で訴えかけるオデュッセウスを見る事は出来なくても声色から感情を読み取り、心配し過ぎな兄に困ったような笑みを浮かべる。

 それは近くで待機しているアリスやレイラも同じであった。

 アキトはいつも通り無表情であるが、オデュッセウスとは初見のアリシア・ローマイヤは困惑していた。

 弟妹との仲が良く、一部からブラコン&シスコンと囁かれている事は噂程度には聞いていたが目にして理解した。それは事実だったと。

 すでにこの会話は数分おきに行われているのだから。

 最初は総督としての心構えなどを話していたのだが、合間合間に今のような心配全開の会話を割り込ませているのだ。おかげで小一時間で済むと思われた話が二時間近く行われている。

 

 「オデュッセウス殿下。そろそろ…」

 「え、もう少し……いや、そうだね。アリスちゃん、ナナリーの事…頼んだよ」

 「イエス・ユア・ハイネス。この命に代えても……いえ、どんな困難があろうと切り抜けて見せます。生きて」

 「あぁ…では、ナナリー。また会おう」

 「はい。お兄様も気を付けて」

 

 この後、オデュッセウスは仕事でユーロピアへ向かい、中華連邦入りする為に本国より離れる。

 だから、レイラはずっと時間を気にしている。まぁ、ナナリーと話しに行くと聞いたために時間にはだいぶん余裕を持っていたがすでにギリギリである。

 ナナリーとアリスの横をにこやかに通り過ぎたオデュッセウスはローマイヤの横で立ち止まった。

 

 「君は日本人…いや、ナンバーズに差別的だと聞いている」

 「差別…いえ、その通りです。ブリタニア人とナンバーズは差別…区別するべきだと考えております」

 「大概のブリタニア人は君の思想を良しとするだろう。でもナナリーは差別や区別を良しとしない心優しい子なんだ」

 

 小声で呟かれていた言葉がそこで止められ間が空けられる。

 すれ違おうとしている際に声を掛けられたので視線はオデュッセウスではなく正面に向けていたので表情が見えない。間が空いたために横目で表情を伺うと大きく開かれた鋭い眼光に震えた。

 

 「君はナナリーの補佐役だ。

  目の見えないナナリーの代わりに政務を執り行う事になるだろう。

  だからこそと言うべきか、目が見えない事をいい事に自分勝手な事をしてみろ………あとは言わなくても分かるかな?」

 「い、イエス・ユア・ハイネス…」

 

 恐怖により金縛りにあったかのようなローマイヤにはこの返事を絞り出すことがやっとだった。

 その言葉を聞いたオデュッセウスは満足そうに微笑み、肩をポンと軽く叩いて通り過ぎて行った。

 一目で恐怖を浴びせるような視線から解放され、身体がふわりと自由になってその場にへたり込む。

 

 「本当にお兄様は心配性なんですから」

 

 小声だったが目が見えない分、耳に頼っていたナナリーには聞こえておりローマイヤに笑みを向ける。

 優し気な微笑みを浮かべたナナリーの笑みに先ほどのオデュッセウスの微笑みが重なり息を呑む。

 そして心に決めた。

 ナナリー皇女殿下の意に反する行動は控えようと…。



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第88話 「空中戦」

 アプソンという神聖ブリタニア帝国の将軍は浮足立っていた。

 エリア11の総督として就任したカラレス公爵は失脚し、新たな総督が着任する事となるのは道理。その新総督がエリア11に移動するための艦隊総司令の任をまさか自分が命じられるとは思わなかった。

 別段忠誠心が高いという事は無い。どちらかと言えば自身の進退を重んじるタイプで、今回の皇族移送時の護衛部隊総司令を命じられるという事はそれだけの信頼を受けている証として喜んでいた。

 指揮下に入った戦力はログレス級浮遊航空艦を旗艦にカールレオン級浮遊航空艦三隻、搭載された戦闘ヘリ多数と航空艦隊としてはかなりの大戦力であり、それを手足のように動かせるのはまさに快感である。

 艦隊指揮に皇女殿下の移動時の総指揮、さらには神聖ブリタニア帝国第一皇子よりの預かり品をエリア11に届けるという簡単な仕事。航空艦隊を持つ反ブリタニア勢力など確認された事実がない事から何の問題も起こらない安全な航海で、これだけ名誉な任務を完遂できそうと知れば浮足立つのも当たり前と言えば当たり前だった。

 

 前方にナイトメア集団が現れるまでは…。

 ナイトメアフレームは基本陸戦兵器。空中を飛ぶとなると手段は限られる。

 ブリタニアを主に開発・生産されているフロートシステムはまだ他国でも確認された例はない。主流なのはナイトメアを運ぶ輸送機系に積むことだがこれらは輸送するだけでナイトメアはただの積み荷と化す。ほかにも戦闘機型に変形する可変機やナイトメアが搭乗するタイプも存在するが生産性や整備に難があって本国の帝都防衛部隊が主である。

 

 現れたナイトメア部隊は空戦用の戦闘ヘリにハーケンで固定し、ぶら下がったままライフルを構えていた。

 あれならば少なくともナイトメアの火力も用いて空中戦を行える。ただし、フロートシステムのようにナイトメアが自由に飛べるわけではないが。

 

 「黒の騎士団!?なななな、なにをしている!さっさと護衛の空戦部隊に対処させろ!!」

 

 無頼や月下など黒の騎士団で使用していたナイトメア隊から敵を黒の騎士団と断定し、慌てながらも指示を飛ばして敵機撃破に努めさせる。

 突然の出来事で荒くなった呼吸を抑えながら冷静に状況を判断して、平常心を取り戻す。

 敵は戦闘ヘリに陸戦兵器のナイトメアをぶら下げている事で機動力が低下。ナイトメアも地上のように自由に動けない事から特性を生かすことの出来ないただの的。ならばこちらの空戦戦力で叩くことは可能。

 落ち着きを取り戻したアプソンは強がるように笑みを浮かべ、ここで黒の騎士団を叩けば私の評価は挙がると喜び始めていた。

 

 数機撃破すると敵の戦闘ヘリより緑色のスモークが張られ視界が遮られる。

 

 「サーフェイスフレアを張られても問題はない。囲んで叩け!!」

 

 指示通りに出撃中の空戦戦力が張られたスモークを囲む形で包囲するが、アプソンはまんまと黒の騎士団の策略にはまってしまった。

 スモーク自体は攪乱と空戦戦力を誘き寄せる為の囮、本命はスモークで隠れた所からのナイトメア降下作戦。次々と航空艦に取りつかれ、スモークに仕込まれていた仕掛けにより爆発が起こって囲んでいた空戦戦力は消滅した。

 艦橋にまで伝わる振動から取りつかれたと理解したアプソンは大慌てだ。

 なにせこの艦にはナナリー皇女殿下が乗っており、もしもの事があれば降格どころか命を奪われかねない。

 

 「残った空戦部隊も出せ!護衛艦からも砲撃を!!」

 「しかし敵がフロートを狙っております。シールドを展開している為照準が…」

 「ここを護らずしてどうする!!」

 「まさにその通りですね」

 

 慌てふためくアプソンに同意したのはナナリーの騎士であるアリスであった。

 アリスはナナリー警護の為にログレス級浮遊航空艦内の庭園で護衛についていたのだが、黒の騎士団が攻めて来た一報を聞いて艦橋へ状況確認に来たのだ。

 

 「敵の戦力は?」

 「護衛艦三隻に合計4機のナイトメア。この艦には三機のナイトメアに取りつかれ……いえ、新たに四番艦に二機取りつきました!」

 「四番艦だと!?あそこにはオデュッセウス殿下の――えぇい、何とかせんか!!」

 「落ち着いてください将軍。今は本艦に取りついた敵機の排除が最優先です」

 「されどこの高度で外に出てナイトメアと歩兵がやり合える訳もなく、空戦戦力では本艦に被害が…」

 「上に取りついたナイトメアは私が相手をする。整備兵にグロースター最終型の発進準備をさせて」

 「陸戦兵器で空に上がるのか!?」

 「足場があるなら地上と変わらない。援軍到着予定は?」

 「エリア11からだと約一時間ほど」

 「了解。それまでは持ち堪えないと」

 

 それだけ言い残してアリスは艦橋より出て自機が待機している格納庫へと向かっていった。

 見送るしかなかったアプソンはわなわなと肩を震わせる。

 

 黒の騎士団の襲撃を防げず、オデュッセウス殿下の荷物をみすみす奪われたとなると降格待った無しなのは確実。それだけはさせないとエリア11に援軍要請を出させると後部砲塔に急ぐのであった。

 せめて自らの手で戦果を挙げねばと強く思いながら。

 

 

 

 

 

 先日行われた学園祭夜の部にてスザクより新総督がナナリーと言う事実を知ったゼロ――ルルーシュは現在手にしている戦力のほとんどを投入したナナリー奪還作戦を行う。

 ほとんどと言うのはヘリが足りなかった為、余った人員やサザーランド(バベルタワー襲撃時の鹵獲機)などのナイトメアが参加出来なかった為であり、ヘリが足りているなら全機投入して行っていた所だ。

 今回の作戦実行に当たり、出撃した部隊は中華連邦総領事には戻る手段が無い事から参加不参加問わずに租界構造を利用して総領事より撤収している。不参加の部隊は小分けに用意した拠点に姿を隠させている。外交特権でブリタニアが手を出せない拠点を手放すのは惜しいがここが離れ時だったろう。

 今の中華連邦にはブリタニアと戦争をする気概は無い。

 ギアスで操っていた大宦官は中華連邦にとっては目の上のタンコブになり、武官の黎 星刻(リー・シンクー)により黒の騎士団を匿う事を条件に粛清された。公式発表では黒の騎士団と戦って死んだことになっているがな。ただ匿う約束を交わしたと言っても長きに渡っても実効性がある話では無い。いつかは離れなければならなかったのだ。きっかけとしてはちょうど良いタイミングか。あの武官でありながらも政治も行える切れ者の星刻との繋がりを得た事は、安全な拠点を放棄することを引き換えにしても好条件だったと思う。

 

 何にせよ拠点を放棄しようと戦力を全投入してでも今回の作戦は成し遂げなければならない。ナナリーの為の黒の騎士団なのだから、ここで動かずしてどうする。

 捕虜にすると団員達には話したが、実質はナナリー救出作戦であり、意図を知っているのはC.C.とカレンのみ。

 

 作戦内容はまずハーケンで戦闘ヘリに吊り下げたナイトメア隊を敵浮遊航空艦隊が飛行する高度まで上昇、雲の合間に隠れながら接近し、サーフェイスフレアを展開して相手の目と戦力をフレアに向けさせた隙にナイトメア隊は各目標の浮遊航空艦に取りつく。あとは作戦目標を確保しつつ、旗艦以外の浮遊航空艦の排除を行う事になっている。

 予想通り敵の指揮官は展開したサーフェイスフレアに空戦部隊を囲ませるように集結させた。サーフェイスフレア以外にも引火性の高いガスも撒いており、全機が抜けたところで引火させて空戦戦力を一掃してやった。

 この作戦で重要な確保対象は三つある。まず第一にナナリー。次に飛行能力を有するナイトメア。最後に反ブリタニア勢力とされる人員とそのナイトメアの確保。

 すべてとは言わない。せめてナナリーだけでも救い出さなければ。

 

 旗艦であるログレス級浮遊航空艦に着地した振動がシートから伝わり身体を大きく揺さぶる。

 

 「着地成功!」

 「第一関門は難なく突破か」

 「でも南さんの無頼が撃破されたけど」

 「問題ない。損害一騎…作戦を変更するほどじゃない」

 「冷たい言い方ね」

 「脱出も確認している。問題ないだろう」

 

 シートに座って機体を操作しているカレンは振り向きながら呆れ顔を向ける。

 現在ルルーシュはカレンが搭乗している紅蓮弐式のシート後ろに急遽取り付けた仮設シートに座っている。無頼指揮官機で乗り込むことも考えていたが、ルルーシュはナナリー救出のために機体を離れる。ただの置物になる機体を数の少ないヘリで運ぶよりは他の団員が搭乗した機体を運ぶ方が有意義だ。

 なのでルルーシュはカレンの紅蓮弐式に同席しているのだ。

 

 周辺状況を確認している間にも、カレンはログレス級浮遊航空艦上部の砲台を無力化させてゆく。

 ログレス級浮遊航空艦にはカレンの紅蓮弐式に杉山の無頼が取り付き、護衛艦であるカールレオン級浮遊航空艦にもそれぞれが着地を決めていた。

 前方には藤堂と朝比奈の月下、右翼には仙波の月下と吉田の無頼、後方には千葉を同席させた井上の無頼に卜部の月下が取り付き早速砲台を無力化しながら攻勢に入っていた。

 左翼のカールレオン級浮遊航空艦は前方より朝比奈が動力部に初撃でダメージを負わせたので、海面に向けて徐々に高度を下げて落ちて行っている。

 

 「まったくナナリーしか見えてないのね。分かっていたけど!」

 「――ん?どういうことだ」

 「少し接すれば分かるわよこのシスコン………シャーリーも苦労するわね…」

 「兎に角急ぐぞ!」

 「えぇ、なんにしてもナナリーを助け出してあげないと」

 

 数機しかない砲台は叩き潰し、残るは空を飛び周る戦闘ヘリばかり。

 制限時間はエリア11から援軍が到着するまでの一時間。

 それまでに作戦を完遂しなければこちらが危うくなる。

 

 「カレン。上は任せる」

 「えぇ、早くナナリーを」

 「勿論だ!」

 

 紅蓮のコクピットより降りて内部へと入るハッチへと急ぐ。

 走りながら遠目に他の艦に取り付いたメンバーへと視線を向けると粗方上手く行っているようだった。すでに前方は片付いて藤堂と朝比奈がこちらへと飛び移ろうとしている。最も手が掛かるのは新型ナイトメア確保の卜部達や反ブリタニア勢力救出の仙波達だがこの状況下では誰も邪魔することは出来ないし、一時間もあるのだ。

 何の問題もないだろう。

 

 そう思いつつルルーシュはナナリーを救い出すべく、ログレス級浮遊航空艦内部へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

  

 

 グロースター最終型。

 オデュッセウス殿下指揮の元で開発されたグロースターの改修機。

 砲撃も耐え抜く堅固なタワーシールドに、MVS技術無しでナイトメアを両断…否、叩き斬る剣を持ち、機体スペックはブラックリベリオン時のランスロット並と言うハイスペックなナイトメアである。さらにアリス達イタケー騎士団に配備された最終型はギアスユーザー仕様としてギアス伝導回路搭載型の特別仕様。

 これもギアス饗団と関りがある殿下でなければ出来なかった仕様である。

 

 実戦配備数こそ低いものの、次世代のナイトメアにも引けを取らない機体だとアリスは考えている。

 ただし、地上であればと付け加えるが…。

 

 「…せめて飛行能力があれば……」

 

 後部ハッチが開いていく様をまだかまだかと待ちながら呟いた切望の一言に、アリスは心の中で否定の言葉を塗り付ける。

 飛行能力があれば。

 イタケー騎士団を先行させずに一緒に待機させておけば。

 殿下から贈られるというギャラハッドが間に合っていれば。

 などと“もしも”を願った所で状況は打破できない。ならば今出来る事を全力で行うのみ。

 

 ハッチ解放と同時にハーケンを上部装甲版に撃ち込み、そこを起点として艦上部へと飛び移る。

 機体に負荷をかけることなく着地を決め、振り返りながらタワーシールドに収納されている剣を抜く。

 

 「これ以上好き勝手にはさせない!!」

 

 ログレス級浮遊航空艦に取り付いているナイトメアは二機。

 その一機に狙いを付けて速度を挙げつつ斬りかかる。

 重い一撃を紅蓮弐式に叩き込もうとしたが、気付いた紅蓮の輻射波動によって拒まれる。

 

 『この機体…パイロットはアリス!?』

 「お久しぶりですねカレンさん」

 『そうね。ブラックリベリオン以来かしら』

 

 剣を引いて距離を取ると以前より細くなった右腕を構え睨み合う。

 無頼がアサルトライフルを向けるが立ち位置的に紅蓮が邪魔となりトリガーを引くことが出来ない。

 

 「カレンさんはナナリーを狙って来たのですよね」

 『…………』

 「答えなくても結構です。私はナナリーの騎士――やるべき事は一つですから」

 

 無頼の位置を確認しながら紅蓮に斬りかかる。紅蓮は右腕だけでなく左手の短刀を用いて反撃・攻勢に出るも以前のようなキレがない。あの右腕部は以前ほどの攻撃力も反応速度も無いとみて間違いない。あの時の損傷により予備パーツでの代用品と推測。機体の方も整備が行き届いていないのだろう。

 当たり前だが機体が破損・修復する際にはその破損したパーツや代用品が必要となる。より入手が簡単なのはその時々の量産ラインに名を連ねている機体となる。ブリタニアで言うとサザーランドやグロースターなどがまさにそれに当たる。最新鋭の機体や数世代前の機体となるとパーツの入手も幾分か困難になるのでサザーランドやグロースターの部品にて代用・改修が必要となる。

 しかし眼前の紅蓮はランスロットのようなオーダーメイドに近い希少なナイトメア。生産はされてないし、予備パーツや代用なども限られてくる。ゆえに機体を修復やパーツの取り換えを行うなら物資の供給が十全に行えなえなかった黒の騎士団では代用品が基本。機体のほとんどはそれで誤魔化せてもあの特殊武装込みの右腕部はそうはいかない。完全に受注生産するしかない品物だろう。

 

 前の破損した腕部を最低限修理して無理に使える程度に修復した…。

 だから威力減少に反応速度の低下などのスペックダウンを引き起こしている。

 

 斬り合っている最中でも無理をしているのが一撃を交える度にヒシヒシと伝わってくる。

 そんな機体でも互角に斬り結べているのはカレンの技量が自身を上回っている事が要因だと理解し、改めてカレンの実力に驚きと称賛を心の中だけだが贈る。

 が、技量が上回っていたとしても技量で機体性能差をカバーしていてはパイロットの疲労は相当な負担となる。このままの状況を維持できれば勝つのは自身である。

 

 「機体の動きが悪いようですね。そんな機体では私には勝てませんよ」

 『確かに不味いわね。でも貴方はここでは本気を出せないでしょう』

 

 カレンの言う本気とはブラックリベリオンで見せたタワーシールドより発する範囲攻撃【グランドクロス】の事を言っているのであろう。確かにあの技が使えるなら一撃で無頼まとめて紅蓮を倒せることは可能だ。しかしここはナナリーの乗っている艦の上。絶対に使う訳にはいかない。

 

 「あの技が使えなくたって私が勝つ!ナナリーの為にも!!」

 『へぇ…私が(・・)なんだ』

 「どういう意味ですか、それは」

 『私は(・・)貴方には勝てなくても私達が(・・・)勝つって事よ』

 『隙あり!!』

 

 カレンの言葉に不安を覚えて身構えた瞬間、一機のナイトメアが斬りかかって来た。

 それはアサルトライフルを向けていた無頼ではなく、前方のカールレオン級浮遊航空艦に取り付いていた筈の朝比奈の月下であった。

 二隻の中間を飛行していたヘリにハーケンを撃ち込み、起点として跳び越えて来たのだ。

 紅蓮と無頼ばかりに注意を裂き過ぎて、他をスルーしていた時分の迂闊さをタワーシールドで防ぎながら呪う。月下の斬り込みに続いての紅蓮のラッシュも加わってまさに防戦一方。

 剣をタワーシールドに納めて大剣として振るう事で二機が距離を取り、何とか二機の猛攻を止める事が出来た。

 

 『さぁて、これで二対…いや。三対一だね』

 『朝比奈さん。私は右から回り込みます』

 『了解。すぐに片付けるよ』

 

 不利な状況になったアリスはコクピット内で不敵に笑う。

 たった一騎で三騎ものナイトメアを相手にしなければならないという戦力差。

 しかも相手は見知った相手でもあり、黒の騎士団のエースで技量は自分よりも上である紅月 カレン。

 援軍到着まで約一時間と絶望的状況であるが、アリスは勝つことしか見えていない。否、見ないようにしている。

 

 勝たねばナナリーを守れぬがゆえに。

 

 「レセプター同調。ギアス伝導回路解放―――120秒限定でC.C.細胞抑制剤中和開始!」

 

 盾を投げ捨てると同時に一歩踏み込む。

 三機とも投げ捨てられた盾にコンマ数秒という僅かな時間だが気を取られ、グロースター最終型を視線から外してしまった。

 まるでロケット推進剤でも用いたかのような急加速を出し、剣を構えたまま月下の懐へと飛び込む。

 

 『な!?』

 「まず一騎!!」

 

 反応が一瞬遅れたとしても精鋭中の精鋭である四聖剣。

 咄嗟に廻転刃刀を振るい、柄を両手でしっかりと握って剣を受け止めようとした。

 一般兵なら指先一つ動かすことなく真っ二つにされていた剣戟。

 

 だが、アリスの完全開放したザ・スピードのギアスには不十分。

 動きを見て剣先を僅かながら下げ、機体に回転を銜えながら通り過ぎる。

 刃は廻転刃刀に直撃せずに握り締めた柄を切断し、通り様にもう一回点した事で再び振り抜かれた刃が月下の胴を両断した。

 

 『朝比奈さん!?』

 『まるで縮地だね。あとは任せるよ』

 「次!!」

 

 切断面より電流が迸り、機体中に広がる前に朝比奈は脱出システムを起動させてコクピットは射出。空中へと飛び出したコクピットよりパラシュートが展開され、ゆっくりと海上へと降下して行く。

 無事脱出した事だけ目で確認して加速を付けて突っ込む。

 

 月下が爆散して艦に損傷を与えないように蹴り落としたアリスは、輻射波動機構を構えて突っ込んでくるカレンを視界に収めて正面衝突するかのように真正面より突っ込んだ。

正面衝突するかのように真正面より突っ込んだ。

 脳裏に学園での思い出が過り、攻撃することを躊躇ってしまいそうになる。

 鈍った剣筋でこの相手は斬れる筈がない。

 自分の甘さに舌打ちしながら突き出されつつある輻射波動機構より逃れる為に急停止し後ろに飛び退く。着地と同時に走り出してカレンの後方へいる無頼へと狙いを変える。

 距離もあり反撃が可能だった杉山の無頼はアサルトライフルをフルオートで撃ち始める。アリスのザ・スピードは通常使用でトンネル状の狭い空間内でも雷光の超電磁榴散弾銃砲を回避しきる力を得る。その能力が全力解放されているアリスを捕える事は不可能。

 

 アサルトライフルを構える腕ごと両断して、月下同様に蹴り落とす。

 振り返り剣先を紅蓮へ向ける。背後で無頼の脱出システムが起動した音が聞こえたがもう気にしない。いや、気に出来ない。残り時間は一分を切ろうとしているのだから。

 それでも言わずにはいられない。

 

 「カレンさん。これ以上の抵抗は無駄です。降伏を」

 『………すると思う?』

 「いえ、してくれれば良かったと思いますが―――時間もないのでこれで」

 『させるかぁああ!!』

 

 獣の咆哮のような勇ましい叫び声にハッとなって振り返る。が、旗艦に取りついていたナイトメアは三機。残るは月下のみの筈。旗艦上部を映したレーダーにも旗艦上には機影無し。

 振り返った所でナイトメアなど居る訳も無いし、事実居はしなかった。

 

 事実がそうでも先ほどの咆哮は夢幻の類ではない。

 モニター越しに影が落ちた事で理解した。

 相手は陸戦兵器を空に持ちだした黒の騎士団。

 その考えに縛られて空が疎かになってしまった事にアリスは、迫りくるナイトメアをモニターに納めた辺りで後悔した。

 

 対応しようと剣を振るおうとするが迫るナイトメアに日光が反射してモニターを通して目を襲い、はっきりと相手を捉えきれなくなる。

 このまま突っ立っていたら危険と判断して一気に後退するも襲って来た衝撃と共に左腕が切り取られてしまった。

 紅蓮との位置を確認し、距離を取ったあたりで時間切れ。C.C.細胞抑制剤が流され、意識を手放したくなるほどの脱力感と苦痛が襲ってくる。

 

 それらを気力で押さえ、苦々しく襲って来た機体を睨みつける。

 

 フロートシステムにて単独で飛行し、太陽を背にメタリックゴールドに塗装された装甲が光を反射して輝く。

 神聖ブリタニア帝国第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアの元、改修と最新技術を組み込まれてもはや原型である月下を遥かに上回る性能を誇る新型機―――【月影(・・)

 

 まさか初の相手が自分になるとは露とも思わなかったアリスは、両頬を叩いて活を入れ、見下ろす月影と対面する紅蓮を前に剣を構えるのであった。



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第89話 「金と蒼」

 千葉 凪沙はずっと憎んでいた。

 一度目はナリタ連山で敗北した上に刀を取り上げられた事。

 二度目はブラックリベリオンでブリタニアに敗北し、自分の愛機であった月下をアイツに奪われた事。

 

 刀も愛機もアイツに奪われて捕虜になっている間は毎日のように恨み、同時に自分の未熟さを呪った。

 黒の騎士団用の監獄では外に出られない以外はかなり自由の利く生活を用意され、敵に情けをかけられているようで惨めになる。しかもそれがアイツからだという事実が余計に惨めさに追い打ちをかける。

 

 だが、それも今日でおさらばだ。

 アイツと決着を付けると言う意味合いではなく、自分の愛機を取り戻せるという意味でだ。

 逃亡中に卜部が繋がりを得た反ブリタニア勢力支援組織ピースマーク。そこの資金提供などを行っているウィザードより今回の新総督移送を行っている護衛艦のひとつにオデュッセウスが管理し、改修した月下が積み込まれて輸送されているとの情報提供を受け心が弾んだ。

 奪われた月下を取り戻せるんだ。

 私は意気揚々に井上の無頼に相乗りさせて貰い、卜部と共に月下が積まれているという後方のカールレオン級浮遊航空艦に取り付いたのだ。先に取り付いた卜部の月下により少ない砲台は早々に潰され、井上は予定通りに情報にあった格納庫上部を撃ち抜いて内部に突入。内部には銃を持った歩兵などが少数居たが無頼に取り付けられた機銃により押し負け、格納庫入口まで後退して行った。

 

 井上が敵兵を抑えている間にコクピットより飛び降りて月下の元へと駆ける。

 やっとの思いで取り返せる自分の愛機を視界に納め、千葉は呆然とした。

 

 確かに月下の原型は残っている。だけど明らかに違う。

 背中に取り付けられているフロートユニットは分かる。単独飛行能力を有するとも聞いていたから想像はしていた。

 肘や脹脛、肩などいたる所に小型のスラスターらしきものが追加され、左腰には廻転刃刀とはまた違った刀が提げられていた。他にも色々と銜えられているが一番目を引いたのは左脇に設置されている苦無らしき武器とギラギラと輝く黄金色装甲だろう。

 改修の指示を出したのはオデュッセウスらしいのだが、色を除けばどう見ても日本を意識している節がある。

 と、いうか何故メタリックゴールドを選んだかと問い質したいところだ。

 

 多々言いたい事はあるものの乗り込んでみると疑問は消え去り、妙な高揚感に包まれた。

 刺さりっぱなしの起動キーや操縦桿は以前の月下と同様の物だったり、システムはブリタニア式ではなく日本式を採用。操縦桿やペダルの効き具合は妙にしっくりとし、操縦席そのものが自分専用に誂えたようになっていた。

 慣れた手つきで素早くシステムチェックを行い異常がないかを確認していると、モニターにこの機体の名前が表記される。

 

 すべてが正常に起動したところで大きく深呼吸をし、井上の無頼が空けた穴より空を見上げる。

 

 「千葉 凪沙。月下改め月影(ゲツエイ)、出撃する!」

 

 フロートシステムが起動し、足が浮いて飛行を開始する。穴が少し小さいのでフロートシステムの翼を折り、各部のスラスターで艦内より飛び出した。

 ゆっくりと出来るならモニターに広がるこの空高くより臨める光景を眺めたりもするのだが、今はそんな時間はない。

 周囲の友軍機を確認すると朝比奈の月下と杉山の無頼の反応が途絶した。すぐさま確認すると機体はログレス級浮遊航空艦より落とされ空中で爆散。二つのコクピットがパラシュートを展開して海へと降下している事からパイロットは無事だと安堵する。

 

 『千葉、紅月の援護を!俺達も後から向かう!』

 「あぁ、行くぞ月影!!」

 

 折り畳んだ翼を伸ばして敵機と交戦中の紅蓮の元へと急ぐ。

 相手は交戦経験は無いが資料で目にしたグロースターの改修機である最終型と呼ばれるタイプだ。

 

 『カレンさん。これ以上の抵抗は無駄です。降伏を』

 『………すると思う?』

 『いえ、してくれれば良かったと思いますが―――時間もないのでこれで』

 

 向かい合う二機は睨み合っていたが最終型が剣を構えた事で千葉は焦った。

 日本解放戦線でも黒の騎士団でも精鋭部隊である四聖剣の朝比奈をやった機体。それもレーダーを見ていた感じでは一機で三機を相手にして無傷で勝った相手だ。真正面から一対一では分が悪すぎる。

 千葉は「させるかぁああ!!」と叫び声を上げ注意を引こうとする。

 上手く背後からの一撃が決まれば良し。注意を引いて対処に周れば紅月が仕留めてくれるだろう。

 そう思っていたのだが、予想していなかった事態が発生した。

 

 一瞬飛行しているこちらを捉えられずに少し間が空いた事と、機体色がメタリックゴールドで太陽の光を思いっきり反射して相手の目を眩ませたのだ。

 勘が良いパイロットだったのかギリギリで後ろに飛び退いて、損傷を左腕一本に押さえられた。

 

 「無事か紅月!」

 『は、はい、助かりました――ってその機体』

 「かなり弄られたようだがようやく取り戻せたよ」

 

 紅蓮と月影の二機が最終型を警戒しながら武器を構えていると藤堂に卜部、仙波の月下に井上の無頼がログレス級浮遊航空艦に飛び乗り、護衛だったカールレオン級浮遊航空艦は全機動力炉をやられて海上へと落ちている。吉田の無頼だけは取り付いたままだったが吉田は別任務で反ブリタニア勢力所属の人物と機体の回収を行っているので問題ない。

 

 『敵は一機だが油断するな』

 『それはどうかな?』

 

 藤堂の呼びかけに答えたのは聞き覚えのない青年のものであった。

 レーダーを周辺空域よりさらに範囲を広げると新たな機影を確認した。

 この月影がブリタニアの手に渡っていた為、識別信号から機体の割り出しが行われ、その機体達に忌々しく舌打ちする。

 

 「藤堂さん、新手が来ます!」

 『数は?』

 「機体数八、どれも単独飛行能力を持っている機体ばかりです!それと――」

 『それと…なんだ?』

 「ラウンズの機体を確認しました」

 

 表示されるのは後方より出現したフロートユニットを装着したサザーランド・エアが六機、正面よりラウンズ専用機であるトリスタンとモルドレッドが接近してくる。

 ラウンズが現れた方向からあの二機は日本より駆け付けたのだろうが、後方のサザーランド・エアは何処から現れたのか見当が付かない。近くにブリタニア軍基地は無いし、飛行してきたとしたらこの月影を超える飛行能力を持つことになる。ブリタニアの技術に詳しい訳ではないが、第一皇子が改修指示を出した機体が量産化された機体より劣るとは考えにくい。となれば近くにこちらが発見できていない浮遊航空艦がこの空域に存在することを意味する。

 事実、千葉の考えは当たっており、ランスロット・コンクエスタを運んでいるアヴァロンが飛行していた。護衛として乗せたサザーランド・エア以外に戦闘能力を持たない為、戦闘開始後は雲に船体を隠して戦闘から避けているが。

 

 『総員迎撃せよ!』

 「敵機体データを送ります!」

 

 データを送る最中にも敵機は迫り、千葉は迎撃態勢を取る。

 卜部を先頭に仙波や井上はラウンズに対して弾幕を張って牽制。

 グロースター最終型が隙ありと言わんばかりに紅蓮に斬り込んだが動きにキレがなく逆に押し負けた所を藤堂の一刀で胴を切断され脱出。

 残るサザーランド・エアの部隊に千葉は斬り込む。

 

 機体性能からラウンズ機を抑え込む事も考えたが、自身一人でラウンズを抑え込むことは不可能。ならば早めにサザーランド・エアを片付けてから、数の優位を生かしながらラウンズと戦うしかない。

 

 サザーランド・エアは三機ずつ編隊を組んで一方はログレス級浮遊航空艦へ向かい、もう一方は月影を迎撃しようとアサルトライフルを撃ちながら迫って来る。

 月影の射撃武器は月下同様の左腕内蔵型ハンドガンに新たに両肩に内臓式機銃があり、三つの銃口から放たれる銃撃により一機が蜂の巣となり爆散。残りの二機は左右に散開するが、フロートユニットと言うのは自由自在に空を駆ける事は難しい。

 

 トリスタンのように空気抵抗を減らせる状態に変形して空を駆ける機体でもなく、ラウンズや一部のエースパイロットのように技量でカバー出来る訳でもない一般兵士のサザーランド・エアが取る行動は基本的に左右上下、そして前後と進むべき方向に進むだけ。そんな単調な動きしか出来ない相手に千葉が対応しきれない筈がない。

 

 左腕内蔵型ハンドガンで左に散ったサザーランド・エアを撃ち抜き、残った一機を通り様に左腰に差してある制動刃吶喊衝角刀なる刀で斬り捨てる。迎撃を試みたようだが各部のスラスターを吹かした急加速にて懐近くまで潜り込まれれば対応は不可能だったろう。

 残るもう一編隊はこちらを無視して進んでいる。

 ハンドガンや機銃の射程外だが、月影にはまだまだ武装が積み込まれている。

 右腰の三連装小型ミサイルポッドを撃ち、先頭を進んでいたサザーランド・エアに直撃して撃破。先頭の一機が爆発したことで生じた爆煙により戸惑った後続の一機が煙より飛び出た瞬間、周囲を確認しようと立ち止まり、藤堂の月下の銃撃にて撃ち落とされる。

 

 残り一機でサザーランド・エアは片付く。

 そう思った矢先に信じられない。否、信じたくない光景がモニターに飛び込んできた。

 

 ログレス級浮遊航空艦上に辿り着いた戦闘機形態のトリスタンがナイトメアフレームへと可変し、呆気にとられ対応しきれなかった月下に前後に伸びた鉤状のメーザーバイブレーションソードの刃が機体を貫通してコクピット部分まで刺し貫いた。

 

 『こんな…ところで……』

 『仙波ぁああ!?』

 

 藤堂さんの悲痛な叫びから貫かれた月下は仙波大尉のものだと分かった。

 四聖剣として日本解放戦所属時から一緒に戦ってきた仲間が、戦友が死んだのだ。悲しみや虚しさなどの感情が心へと押し寄せるが今は戦闘中。感情を押し殺して敵機に向かって加速する。

 先ほどは短距離での加速だったから良いものの、加速する時間が延びれば伸びるほど月影は速度を上げ、パイロットへのGの負担がデカくなる。

 

 残っているサザーランド・エアは無視してラウンズ機へと向かおうとしていたのだが、そうと知らないサザーランド・エアは自分が攻撃されると思って必死にアサルトライフルを撃ちまくる。

 速度を上げ過ぎて小回りを利かした回避が難しい状況で、四聖剣といえど回避は不可能である。

 放たれた弾丸の数発が月影に向って進み、装甲に当たるとあらぬ方向へと弾き飛ばされ、機体ダメージはかすり傷程度となった。 

 

 なにせこの月影の装甲はシュロッター鋼を用いられている為に防御力は相当に硬いのだ。

 頑丈さを敵の攻撃により理解した千葉は左脇に取り付けてあった苦無―――飛苦無型投擲用鉄鋼榴弾を投げつける。投げられた後に柄の先端より小型ブースターが点火し、表面装甲を突破して内部へ侵入、そして爆発を起こす。

 内部より爆発させられたサザーランド・エアは脱出機能を作動させる間もなく爆散した。

 

 トリスタンには藤堂と卜部の月下が二機掛かりで攻めてはいるが予備パーツと代用品で作り上げた機体とラウンズ専用に造られ、カスタマイズされた高性能機では機体性能差があり過ぎて幾らあの二人でも攻めきれない。

 図体のデカいモルドレッドは機動戦は得意ではないのか然程動きが良くない。さらに近接戦武器が見受けられない事から射撃戦を得意―――機体の大きさから推測するとハドロン砲系の砲撃を主体としたコンセプトに設計されているのではないか。

 ならば艦に取り付いておけば手出しは出来ない筈。

 

 井上の無頼が正面よりアサルトライフルで迎撃するも、避ける素振りすら見せずに近付いたモルドレッドはブレイズルミナスを展開。無傷のまま眼前まで迫り、頭部を握り機体ごと潰そうとし始めた。脚部のフレームが曲がり、頭部は指の一本一本が食い込みへしゃげている。

 

 まだ慣らしにしては身近過ぎる為、絶対の自信を持って言える訳ではないが、この月影では絶対に(・・・)モルドレッドには勝つことは出来ないだろう。

 月影のコンセプトは月下を改修することで性能をどこまで引き上げられるか――などではなく、機動力と小回りの二点を空中戦闘で生かすことにある。各部の小型スラスターは足場やハーケンを撃ち込める高所が存在しない空中で機体を自由に動かすために、丸みを帯びたフォルムをした月下を下地に刀以外は突起の少ない兵装にしてあるのは空気抵抗を少しでも減らす為だと考えられる。

 機動力と小回りではモルドレッドには勝てるだろうが、あの堅固な護りを突破する矛も圧倒的なパワーを殺せるほどの力もないのであれば打つ手なし。

 

 ならばと制動刃吶喊衝角刀を鞘より抜き放ってトリスタンへと斬りかかる。

 あの二人を相手にしながらもこちらにまで注意を払っていたのか、間合いに入るや否や振り返ると同時に得物で一刀を受け止めた。これだけでも驚愕ものだが受け止める為に振るった獲物は上下に刃が付いており、受け止めるついでに卜部の月下を切り裂いたのだ。

 

 『すまん二人とも』

 「貴様!!」

 『おお!これが殿下が言っていた機体か』

 

 月影の一撃を受けても緊張感のない言葉で返してくる青年に苛立ちが募る。

 こいつは戦いを楽しむタイプの人間だ。

 人を殺すことを好むのでもなく、敵を立身出世の為のポイントとして狩る者でもない。

 己が命を懸けて相手と競う事自体を楽しむ者だ。

 誇りがあり、腕に自信があり、感情論で揺れ動くことのない人物。

 

 何より戦場でこうも楽し気に笑う者は狂人か強者と相場が決まっている。

 

 『破壊するには勿体なさそうだな』

 『――ジノ』 

 『はいはい、分かったよアーニャ。おっと、俺は手が離せないから残り二機頼むよ』

 『――了解』

 

 トリスタンの背後から攻めようと動いた藤堂だったが、遮るようにモルドレッドに入られたら距離を取るしか道は無い。紅蓮弐式は今頃上がって来た空戦部隊の残りを叩いていて手が離せない。

 

 『さてと、これで邪魔は入らない。少しは楽しませてくれよ?』

 「クッ…」

 

 得物同士が火花を散らして振り抜かれる。

 同時に両者が距離を取り睨み合う。

 千葉は武装オプションを見て、まだ何か武器は無いかと視線を向ける。

 

 左腕内蔵型ハンドガンも内蔵式機銃も残弾は少ない。

 三連装小型ミサイルポッドは弾切れ。

 飛苦無型投擲用鉄鋼榴弾は残り二本。

 弾切れの心配のないのは制動刃吶喊衝角刀のみ。

 

 ほかにはないのかと険しい表情を浮かべた千葉に光明が差した。

 躊躇うことなく選択して撃ち出す。

 フロートユニットより六つスモークグレネードがトリスタンに向かって飛び、破裂と同時に辺りに煙幕を撒き散らした。破裂する瞬間に相手の位置を把握した千葉は残りの残弾を撃ち尽くすように左腕内蔵型ハンドガンの内臓式機銃の射撃を開始。ついでに飛苦無型投擲用鉄鋼榴弾を一本投げる。

 

 多少当たってくれればと期待したがトリスタンは弾丸を避けながら煙幕より姿を現した。

 その瞬間を狙って制動刃吶喊衝角刀を上段に構え斬りかかる。

 

 『その判断はまぁまぁ――――ッぉおお!?』

 

 余裕ぶって一刀をどう返そうかとしていたジノに予想外に早すぎる一刀が振り下ろされた。

 各部のスラスターと制動刃吶喊衝角刀の峰にあるブースターの同時点火による爆発的な加速が乗った一刀は、ジノでも避け切れずに得物を両断されるという結果になった。

 思いがけない一撃を受けたジノは驚きはしたがすぐさまニカっと笑い得物を握り直して斬り込む。

 元々長棒の両端に鉤状の刃が錨のようになったものなので、真ん中あたりが斬られたところで長棒として使えないだけで二刀流とすれば問題は無い。

 

 一撃に速度を込め過ぎた千葉は体勢を直そうと無理な動きをする。各部のスラスターも吹かそうとするが動かしながら各部スラスターの操作となるともはや手に負えない領域であった。

 それでも何とか機体と身体に無理をしてでも喰らい付こうとする。

 声は聞こえなくとも相手がにやりと笑っているのが想像できることに腹が立つ。

 何度も刃と刃を合わせながら空を並んで駆け巡る。

 一刀を受け、振り下ろすたびに動きが乱れる様にジノも機体の操作性に難がある事に気付く。

 

 『機体も腕も良いがまだまだ機体に慣れていない感じ……いや、機体に遊ばれていると言った方が正しいか』

 「くッ!!」

 『ほら隙だらけだよ!!』

 

 無理な動きをさせた事で体勢を直すのにコンマ単位の間が空いてしまった。

 隙とは呼べない程の時間でありながらもジノ・ヴァインベルグは逃すことなく得物を振るう。

 咄嗟に制動刃吶喊衝角刀の柄の機能を使用した。

 柄には飛燕爪牙(ひえんそうが)というスラッシュハーケンが仕込まれており、ちょうど背後を取ったトリスタンに柄の先が向いている。放たれた飛燕爪牙はトリスタンの頭部目掛けて発射されたが、寸前のところで首を捻る動作一つで避けられてしまった。

 

 「な、今のを避けた!?」

 『まだこんな隠し武器が付いていたとはね。でもこれで――おっと!』

 

 止めを刺そうとしたトリスタンに巨大な腕が襲い掛かった。

 さすがに一歩も動かずに避ける事は不可能とみて、大きく距離を取る。

 同時に千葉もトリスタンより距離を取って、巨大な腕に視線を向け、笑みを零した。

 

 「遅いぞ!」

 『これでも急いだんですが…』

 

 巨大な腕はワイヤーに引っ張られ放った機体へと戻って行く。

 紅蓮弐式の輻射波動機構を二回りも巨大化した右腕に、刀身を折りたたみナイフのように展開出来る左腕部、空を連想させるかのように透き通った蒼をメインカラーとしたフロートユニットを装着した紅蓮タイプのナイトメアフレーム。

 

 『ライと蒼穹弐式改、只今より戦闘に参加します!』

 

 黄金の月影と蒼の紅蓮弐式改が並び立ち、トリスタンと対峙する。

 さすがに不味いかなとジノは顔を曇らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………面白そうね…。

 

 藤堂の月下を艦上に押し込むよに力にものを言わせて潰そうとしているモルドレッド。

 コクピット内でぐったりとしたアーニャが薄っすらと目を開けて月影と紅蓮弐式改を足先から頭のてっぺんまで舐めるように見つめる。

 狩り甲斐の有りそうな獲物に唇を嘗めずる。

 

 「さぁて、久しぶりに楽しませて貰いましょうか」

 

 ニヤリと頬を歪ませて笑むアーニャは興味を失った月下に止めを刺すことすら忘れて二機の元へと駆ける…。



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第90話 「閃光」

 投稿遅れて申し訳ありません…。

 前回の投稿内容でライの機体を紅蓮弐式改と最初に表記していたのですが、カレンの紅蓮と被る上に青色なのに赤を彷彿とさせる紅蓮では色々問題が発生するとご指摘もあり、蒼穹弐式改と名前を改めました。


 ナナリーは目は見えず、歩けない。さぞ同情を引くことが出来るだろう。それを狙っての着任なのだろう…。

 

 最初はそう思っていたが、あり得ないと断言する。

 皇帝が命じたにせよ、大貴族の過半数が押した案でもあの男――オデュッセウス・ウ・ブリタニアが黙っている筈がない。

 

 「お兄様のやり方は間違っていると思うのです」

 

 この一言を投げられた時にしてやられたと思ってしまった。

 オデュッセウス兄上ならゼロの正体が俺だという事を知っているし、ゼロが本当は処刑されていない事も…。

 ゼロが復活したからこそナナリーを総督にしたのかと。

 確かにナナリーが敵として立ちはだかるのなら手出しは出来ない。俺にとっては最悪の一手でブリタニアにとっては最善の一手だ。

 

 「オデュッセウス兄上から聞いたのか」

 

 ナナリーには嘘は付けない。

 ゼロの仮面を外してルルーシュとして対面する。

 カメラがある以上この会話が、映像が録音されている可能性がある為に撤退する前に監視室に向かう必要が出来たが…。

 ルルーシュの問いにナナリーは首を横に振る。

 

 「一言も」

 「なに?」

 「でもお兄様の事やゼロの事を他の方と話しているのを聞いてもしかしたらそうなのかと。それに足音でわかりました」

 「フッ、ナナリーの前では隠し事は出来ないな――――ナナリー、総督になったのは自分の意志か?それとも兄上の策略か?」

 「私の意志です」

 

 これで連れ出すために考えていた説得の数々が瓦解した。

 意志を尊重するならばここは引くべきだ。だが置いて行ける筈もない。

 

 

 「どうするつもりなんだ。エリア11がどのような状況かは聞いているんだろう?」

 「はい」

 「エリア11の反ブリタニア勢力は他のエリアに比べても根強い。今やゼロが復活した事でさらに激しくなるだろう。対して力で抑え込むことはしない―――どうするつもりなんだい?」

 「私は………私はユフィ姉様の意志を継いでもう一度行政特区日本を――」

 「開催すると言うのか!?」

 「オデュッセウスお兄様に最初は反対されましたけどね」

 

 それはそうだ。

 特区日本で日本人の大虐殺が行われた事実がある限り集まる者はいない。それどころか大虐殺により家族や友人を失った者らがテロを起こす可能性の方が高い。なにせ会場に皇族が来るのだ。相手が十代の少女だろうがブリタニア皇族に恨みを持つ者なら蛮行に及びかねない。

 それを分かっていて兄上は反対したのだ。

 なのに最初はと言う事は最終的に許可を出したと……………あぁ、そういう事か。

 

 ルルーシュは納得し、軽く頭を抱えた。

 どうしてユフィもナナリーも意図せずに好手を打ってくるのか。

 

 ユフィの時はブリタニアが日本を認める事実に黒の騎士団が参加しない訳にはいかず、自分たちの活躍でブリタニアが折れたと騎士団員の中からも参加しようとした者が大勢いた。参加しようとも参加せずとも黒の騎士団は潰れる。シュナイゼル兄上でも思いつかなかった一手。いや、あれはユフィだからこそ打てた一手だ。

 

 では今回のナナリーの一手はどうだ? 

 不完全で実行性がなく、危険が伴い過ぎる悪手。これがナナリー以外の者が行うのであれば無視、もしくはギアスを使って操り黒の騎士団が作戦を行える理由作りを行うところだ。

 しかし相手がナナリーで、行えば危険が伴うこの計画に俺が手を打たない筈がない。

 日本人に英雄視されているゼロが参加を表明すれば会場で暴挙に出ようとする勢力は完全に抑えられるだろう。そこまで考え最終的には折れたのだろう。

 が、前に大虐殺があった特区日本に懲りずに参加すれば黒の騎士団へ対する評価は落ち、そこで黒の騎士団は詰む。ナナリーの為の黒の騎士団だから潰れても良い………なんてことはない。ナナリーを守りつつ、ブリタニアをぶっ壊すにはどうしても力は必要だ。

  

 「お兄様、いえ、ゼロも特区日本へ参加してくださいませんか」

 「ナナリー…」

 「やり直せるはずです。人は―――だからお兄様も」

 

 即答で答えられない。

 瞬時に色々な事を考えては否定し、答えを口にすることが出来ない。

 参加しない訳にはいかない。かといって黒の騎士団を潰さずに現状を維持する方法…。

 

 「良いだろう。後日話し合いの場を設けさせてもらおうナナリー皇女殿下」

 「…はい。ではまた後日に」

 

 ルルーシュはゼロとして答えた。

 まだ自身のやるべきことを思い浮かべ、ガーデンスペースより離れる。

 

 

 

 

 

 

 一対二となって劣勢になったトリスタンにモルドレッドが協力して攻撃してくるのかと思ったら、選手交代のようにトリスタンが下がって、モルドレッド一機で戦う動きにライは疑問を覚えた。

 傲りではないが自身も千葉もかなりの腕前だ。機体のスペック的にもラウンズ機に劣るとも思えない。そんな相手に二機も相手をしようとは到底思えない。

 

 蒼穹弐式改――。

 予備パーツで組み上げ、青色に塗った紅蓮弐式にラクシャータがさらなる改造を加えたナイトメアフレーム。

 メインウェポンは紅蓮弐式と同じく輻射波動機構であるが、威力は紅蓮弐式を超えている。先端の三つ爪の手はワイヤーが繋がって腕より飛ばすことが可能。その為紅蓮弐式の輻射波動機構と比べて肥大化している。左腕にはサブウェポンとして折り畳みナイフのような武装が収納されており、展開すると根本と刃先が開いてメーザーバイブレーションソードの刃が現れる。

 単独飛行が可能なようにラクシャータが設計したフロートユニット【飛翔滑走翼】を装備している。

 

 月影――。

 鹵獲した月下【千葉機】をオデュッセウスの下で改修されたナイトメアフレーム。

 機動力と小回りを重視した機体で武装は収納可能、もしくは空気抵抗が少なくなるように取り付けられている。

 左腕内蔵型ハンドガン、内蔵式機銃二基、三連装小型ミサイルポッド、飛苦無型投擲用鉄鋼榴弾など多彩な射撃武器に、制動刃吶喊衝角刀という最新鋭の刀を所持している。

 防御力を高める為に装甲はシュロッター鋼を使用し、単独飛行能力を得る為にスモークグレネード発射筒を六つ付けているフロートユニットを装備している。

 

 すでに射撃兵装を使い果たしている月影と元々近接武器しか持たない蒼穹弐式改の戦い方は近接戦闘しかない。

 蒼穹弐式改の右腕部よりワイヤー付きの右手がモルドレッドを掴もうと放たれる。ワイヤーに沿って月影が斬り込みに行く。

 

 モルドレッドは重厚なボディと全面に張れるブレイズルミナスにより防御力は優れ、元々のパワー性能もナイトメアを握り潰せるほど高い。砲撃戦仕様なので火力も絶大という機体ではあるが、その分機動力は落ち、グロースターと同等程である。それでも現行のナイトメアでは早い部類ではあるが目の前の二機を含めた次世代のナイトメアフレームに比べると遅い。

 

 一目で理解したアーニャ―――否、マリアンヌはニタリと笑みを浮かべてペダルを踏みこむ。

 

 ライと千葉にとってそれは脅威足りえるとは到底思えない程の速度。

 このまま手で握りつぶせる、もしくは簡単にブレイズルミナスごと掴めるのではないかと思える程だった。

 

 

 

 ―――ゾクリ…。

 

 

 

 それが何を意味しているのかは理解できない。

 だが、直感的に二人ともが感じた。

 コイツはヤバいと…。

 

 速度の遅い機体は減速すれば元の速度に戻るまで時間が掛かる。

 例え数十秒とは言え戦場では命とりになる事が多い。特にエースと呼ばれる凄腕の戦士同士の戦いなら尚更だ。

 

 だったら速度を落とさなければ良い。

 遅くなったら遠心力でも作用反作用でも何でもいいから利用して速度を上げれば良い。

 理想的な軌道で減速を最低限に減らせば良い。

 ペダルを踏み続けていれば良い。

 

 迫る右手に対してペダルを踏み込み、速度を維持したまま身体を捻って、掴まんとする指に触れるか触れないかの位置をすり抜けて行く。

 体勢も崩さずに完璧すぎる回避を見せたモルドレッドに千葉は冷や汗を流す。

 それでも突っ込み刀を振り上げる。

 制動刃吶喊衝角刀のブーストを用いた素早い一刀をスピンしながら避け、月影の横を抜けて行く。その時に腰にあたる部位に肘打ちを喰らわせ月影の体勢を崩すと同時に反動でほんの僅かながら速度を上げてきた。

 慌てながらナイフを展開させ突き出したライの一撃は呆気なく片手で払われた。

 

 「嘘…だろ…」

 『動きが単調ね。もうちょっと工夫をした方が良いわよ』

 

 アドバイスと思われる言葉が投げかけられると強い衝撃がライを襲う。

 重量級のモードレッドが速度を乗せた状態でタックルを決めたのだ。衝撃に耐えれず蒼穹弐式改は機体を揺らしながら吹っ飛ばされた。

 

 『貰ったぁあああ!!』

 『そうねぇ…新兵なら斬れたんじゃないかしら?』

 

 無理やりスラスターで体勢を立て直し、背後に迫った千葉は一刀両断にしようと刀を振るう。

 くすくすと笑いながら振り向きざまに振り下ろされる腕を掴んで紅蓮弐式改が吹っ飛んでいった方向へと投げ飛ばす。振り回された事で生じた予測しなかった加速に耐え、モルドレッドを視界に捉えようとした千葉に巨大な足が迫る。

 対応不可能なほどの動きで蹴りをかまされ、月影の元まで吹っ飛ばされる。先に吹っ飛ばされた蒼穹弐式改が月影を支える。

 

 「大丈夫ですか千葉中尉!?」

 『あぁ、まだやれる!貴様はどうだ?』

 「機体も俺も行けます!!」

 『アハハ、そうなのね。だったら飽きさせない様に頑張って頂戴ね』

 

 絶望が二人の視線の先にあった。

 両肩のバインダーを正面で展開し終え、四連ハドロン砲【シュタルケハドロン】が放たれようとしていた。

 

 このタイミングで放たれれば二機とも回避不能で撃破。もし月影を支えずに回避運動に入っていたらライは助かったかも知れないが千葉は確実に死んでいる。

 

 「千葉中尉!俺の後ろに!!」

 『なにを!?』

 

 後ろへ投げると同時に自動で戻って来た右手を確認し、輻射波動機構を起動させる。

 すでに四連ハドロン砲の銃口が赤黒く輝いて今にも発射されようとされている。

 ライはただただ祈るように右手のエネルギーゲージを睨む。

 

 四連ハドロン砲が放たれると、ライはリミッター解除のスイッチを押し込む。

 蒼穹弐式改の輻射波動機構にはリミッターが設けられている。強力になった輻射波動機能の最大出力は敵を大地を抉るほどの力を誇るが右腕部に対するダメージも相当なものになる。下手をすれば右腕部が爆散する恐れだってある。

 その輻射波動のリミッターを解除したのだ。

 

 「リミットブレイクゥウウウウウウウウ!!」

 

 右手より放たれた大規模な輻射波動がシュタルケハドロンの砲撃に拮抗するように耐える。

 隠れるように背後に居る千葉はその光景を見つめる。

 ただ負けるなと祈りながら。

 

 徐々に爪が溶解し、右腕部にダメージが蓄積する。左手で支えてスラスターを吹かして耐えようとするが、機体の軋みは増すばかり。

 

 「耐えろ!耐えてくれ蒼穹!!」

 

 神楽耶がライにはこの色が似あうとリクエストしてくれた蒼の装甲がひび割れる。

 機体が押され始め、背後の千葉も負けるなと押す。

 願いが通じたのか右腕部が爆散する前にシュタルケハドロンの砲撃は止んだ。

 

 

 

 輻射波動とシュタルケハドロンが消え去ったモニターに無数の小型ミサイル群が二機を覆うように迫っていた。

 

 

 

 モルドレッドがシュタルケハドロンの砲撃が止む直前に、全身に多数内蔵された小型ミサイルを撃ち出した。

 普段のアーニャなら周りに撒き散らす程度の使用法なのだがマリアンヌは瞬時に座標を撃ち込んで囲むように斉射したのだ。もはや人間業ではない。

 

 絶望を肌で感じながらライは右腕部を盾にする形で構えた。

 避けようとも思ったが背後には千葉が居る。避ける訳にはいかない。

 そう思って構えたのだが、月影が前に出て蒼穹弐式改の盾になったのだ。

 二機に小型ミサイル群が直撃し、爆煙で覆われる。

 ゆっくりと晴れて行った煙より姿を現した二機は何とか動いているもののズタボロであった。

 

 「…大…丈夫ですか…」

 『あぁ、なんとかな』

 「なんで…」

 『足手まとい扱いされて居ては四聖剣の名折れ。それにこの機体は防御面でも優れている。お前だけやらせるわけにはいかない』 

 「…助かりました。けれど…」

 

 すでに二機とも戦闘継続は不可能。

 眼前のモルドレッドはエネルギーを消費したもののダメージはない。

 

 が、千葉もライも命を狩られる事は無かった。

 

 漫画のようにヒーローたる存在が現れ二人の窮地を救った訳でも、都合よくモルドレッドが不具合を起こして撤退せざる負えない状況になった訳でも、上より戦闘中止命令を下された訳でもない。

 

 ただただ飽きたのだ。

 もはや羽虫程の抵抗も出来ない相手に対して興が覚めた。

 満足感はない。暇つぶしにはなった程度の感想持ち得ない。

 

 「そろそろかしら、ね――――――え?」

 

 マリアンヌはアーニャの意識の奥へと身を潜め、突如呼び起こされたアーニャは目を覚ます。

 突然消え、意識が戻ったことで戸惑う。辺りを見渡せば先ほどいた場所よりかなり座標がずれている。眼前には敵機が二機いるがどちらもすでに戦闘不能状態。

 いったい何が起きて何があったのか全く理解し難い。

 

 理解する前に頭上から何かに蹴り飛ばされ落下した。

 

 

 

 

 紅月 カレンは目の前の状況に絶望した。

 ゼロの指示通りに作戦は展開し、あとはナナリーを連れて逃げるだけだった。

 作戦に参加した全ての黒の騎士団ナイトメアフレームは紅蓮を残して全滅。ゼロとは連絡が取れず、目の前にはラウンズが二機戦闘態勢を取っている。

 

 『終わりだカレン』

 「またアンタは高いところから偉そうに!!」

 

 ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグとトリスタン。

 ナイトオブセブン、枢木 スザクとランスロット・コンクエスター。

 

 見下ろされる形で向かい合うカレンの紅蓮弐式には、すでに勝ち目など存在しなかった。

 そもそも射撃装備の少ない紅蓮が飛行能力を相手に戦うのは分が悪すぎた。接近戦に持ち込もうともランスロットのフロートユニットに取り付けられた強化機構と接続して放たれたハドロンブラスターにより、輻射機構は大破して使い物にならない。

 

 『アーニャが代わってなんて頼んできたから代わったけどやっぱりあっちの相手をするべきだったかな』

 『油断大敵だよジノ』

 『あぁ、分かってるって』

 

 操縦桿を握り締めるも打つ手なしのこの状況。

 もはやここまでかと諦めが心を過る。

 

 『カレン、飛び降りろ!!』

 「ゼロ!?どうし――」

 『良いから飛ぶんだ!!』

 

 通信が繋がったと思った矢先の命令。

 理解する時間も予想する暇もないが、ここは信じて飛ぶしかなかった。

 

 飛行能力の持たない紅蓮が跳んだ瞬間、スザクもジノも自決する気かと考えた。

 逃げるだけなら脱出機構を起動させればいい。だが、紅蓮はそのまま飛び降りた。だから疑問が浮かび動きが遅れた。

 

 「ゼロ!これからどうすれば…」

 『後はこっちが指示するわ』

 「ラクシャータさん!?」

 

 中華連邦に居ると聞いていたラクシャータの声に戸惑う。

 しかし突然現れた紅蓮弐式の色違いらしき機体が出て来たのだ。一緒に来ていたとしてもおかしくはない。

 機体にデータが送られそれに目を通す。

 

 『教本の予習はちゃんとやってた?』

 「大丈夫です」

 『じゃあ、本番行ってみようか』

 『基本誘導はこちらでやりますね。ゼロ様――それとライの救出をお願いします』

 「あ…ふふ、分かりましたっと!」

 

 ぼそっとライの名を口にした神楽耶の反応に思わず笑みが零れた。

 あとで色々聞かないといけないかな。

 降下する紅蓮は月影と蒼穹弐式改と向き合っていたモルドレッドに蹴りを入れる形で一撃をかました。

 搭乗していたアーニャは困惑していた上に頭上の警戒はしていなかったので、不意の一撃を対処するどころか反応すら出来ない。その隙を逃さないようにライが機能を停止している右腕部で思いっきりフロートユニットを殴りつけた。

 飛行能力を失ったモルドレッドは落ちるしかなく、慌ててランスロットとトリスタンがカバーに入る。

 それを見計らったように浮上していたラクシャータ達が乗っている潜水艦の上部発射管が開く。

 

 『三番垂直発射管解放』

 『紅蓮弐式との接続信号確認』

 『舞い上がりな、飛翔滑走翼』

 

 潜水艦より放たれた飛翔滑走翼が降下する紅蓮に並ぼうと接近する。予習した通りに操作して右腕部と頭部を切り離し、機体の向きを180度回転させる。

 並んだ飛翔滑走翼が追い抜き、紅蓮と軸線を合わせる。

 

 『誘導信号確認』

 『同調軸則的良し』

 『連結』

 「連結!――――飛べぇえええええ!!」

 

 接続した小さな衝撃を感じながら、モニターに映し出される表示に目を通す。

 問題らしき問題は確認されず、ペダルを踏みこんで接続した飛翔滑走翼を起動させて水面ぎりぎりを飛行する。

 エネルギーの余波から水面で爆発が起きるがそんな事気にしてはいられない。まだルルーシュは敵艦におり、ラウンズが居るのだから。

 

 『続いて鉄鋼砲撃右腕部』

 『右腕部、連結速度まで減速中』

 

 続いて発射管より放たれた新たな右腕部を収納しているミサイルが放たれる。

 さすがに意図に気付いたランスロットが迫ろうとするがすかさず千葉の月影が割り込む。勿論ボロボロの月影ではどうあがいたって勝ち目はない。けれど数秒とはいえ時間稼ぎは出来た。

 割り込んで来た月影の弱々しい一刀を逸らして、がら空きになった胴に斬りかかろうとするが刃が蹴りの一つで止められる。

 

 ランスロットの剣は刀身が高周波振動するメーザー・バイブレーション・ソード。例えシュロッダー鋼で出来た機体でも切断することは出来る。驚きを隠せないスザクはすぐにその正体を理解した。

 足周りにブレイズルミナスが展開されている。

 

 この機能はランスロット・コンクエスターにも導入されている近接攻撃で、原作のコードギアスR2より斬月と初めて戦った時に披露したものである。それが今使用されたのは月影を改修した技術者がロイド博士だったからと言うしかない。

 

 苦々しい表情を浮かべたスザクだが押し返すのを止めて、受け流しながらすり抜ける事だけに集中し、月影を抜いた。

 が、もう遅かった。

 

 『衝撃コントロール、始動を確認。連結できます』

 

 速度を合わせ、右腕部を覆っていた外装が外れて新たな右腕部が現れる。

 そのまま紅蓮と接触して連結を完了する。飛翔滑走翼に取り付けられていた頭部を覆っていたパーツも外れ、新たな力を得た紅蓮弐式―――否、紅蓮可翔式は舞い上がった。

 

 「敵がどれだけいようとも紅蓮可翔式なら!!」

 

 トリスタンはモルドレッドを支えていて戦闘に加われない。

 ならば敵はランスロットのみだが、現時点での優先順位はゼロを連れてここより離脱する事。

 確実性のない戦いにかけて仲間を失う事だけは避けたい。

 

 「いっけぇえええ!!」

 

 飛翔滑走翼に収納されていた浮遊可能なゲフィオンディスターバーをランスロット周りに発射。警戒して足を止めるがゲフィオンディスターバと理解して銃口を向ける。

 

 『すでに対策済みさ』

 「でも足が止まったね!!」

 『カレン!!私はここだ』

 

 ゼロからの再びの無線でレーダーを確認すると艦上部に反応があった。足が止まったランスロットに射撃武器として流用された輻射波動を撃ち、ゼロ救出のために一気に加速する。

 当たるとも思っていなかった一撃は案の定避けられたが、距離を離すことは出来た。しかも艦を射線上に置いた事でランスロットの射撃武器を封じる事にも成功した。こうなればこちらのものだ。

 先に到着したカレンはゼロを手に乗せ、コクピットハッチを開けて座席後ろに移動してもらう。

 

 「指示を!」

 「撤退する。が、その為には相手の足止めをせねばならない。この艦の後部へ回り込め!」

 「了解!!」

 

 ゼロが乗り込んでいた時間に距離を詰めたランスロットの一撃を避けて、指示通りに後部へと回り込む。

 

 「ハーケンで動力炉を破壊しろ!」

 「え!?でもそれじゃあナナリーが!」

 「大丈夫だ。ナナリーにはスザクが付いている」

 「敵に対して大した信頼ね……って!?」

 

 スザクに信頼を寄せている事に少々思うところはあったものの、確かにスザクが居るのならナナリーは大丈夫だとカレンも思った。ハーケンを撃ち込もうとした瞬間、紅蓮の後ろより砲撃を浴びた。

 振り返ると後方に銃座がこちらに向いており、何のためらいもなく砲弾を撃ってきているのだ。

 動力炉をハーケンで破壊する為に近づいていた紅蓮と動力炉は同じ射線上にあり、自ら動力炉を撃ち抜く可能性があるというのに…。

 紅蓮可翔式は飛行能力だけでなくシールドも手にしているので、自動で働いたシールドにより無傷。それによりさらに攻撃を続けた銃座の攻撃により動力炉が撃ち抜かれた。小さな爆発を起こして機能を停止した動力炉を見てゼロは本気であきれ果てた。

 

 「愚かな…自らのエンジンを潰すとはな」

 「本当にね」

 

 動力炉を破壊する筈だったハーケンを功を焦ったアプソン将軍が操る銃座に撃ち込み沈黙させると、潜水艦に向けて全速力で撤退を開始した。

 ナナリーが乗るログレス級浮遊航空艦は動力炉が機能を停止したことで海面へと落ちて行く。ナナリーを救うために唯一動けるランスロットは手一杯となり、予想通りに黒の騎士団に対する追撃は無いままカレン達は戦闘区域を離脱するのであった。

 

 

 

 ちなみにラクシャータは紅蓮弐式の最終調整に蒼穹弐式改の修理と忙しさを嘆いていたものの、最新の機体を調べられると表情でわかるほどウキウキしていたという。




 ちなみに蒼穹弐式改—―紅蓮弐式改はゲームに登場した機体です。


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第91話 「ナナリーの不安とアリスの新たな力」

 ナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国が日本占領時に行方不明になっていた皇女。

 ブラックリベリオン後にエリア11にて発見され、現在は皇族に復帰してエリア11の総督として着任している。

 彼女は幼い頃に目の前で母親をテロリストに殺害されて以降、心にトラウマを抱えて目を閉じてしまっている。目は見えず足は歩けないので車椅子生活を余儀されている身で総督の業務は難しいものである。

 で、あるが彼女には彼女を支える友人たちが居る…。

 

 

 

 ナナリーの一日は他の皇族よりも早くに始まる。

 彼女はエリア11に着任したばかりで引継ぎに通常業務、着任同時に発表した行政特区日本の準備と大忙しなのだ。

 例え目が見えなく書類に目を通せぬ見であれど、エリア11での最高責任者のナナリーが居なければちょっとしたことでも許可がなければ行う事は困難なのだ。

 

 カーテンの隙間より昇り始めた朝日のうっすらとした光を肌で感じ、ゆっくりと身体を伸ばしながら意識を覚醒させる。

 手が誰かの腕に触れて確認のために腕をなぞる。

 触られた相手はくすぐったくピクンと動き、う~んと声を漏らす。

 

 「……むにゃ…ん…」

 「おはようございますアリスちゃん」

 「…おはようナナリー」

 

 ナナリーと一緒に寝ていたアリスが目を擦りながら上半身を起こす。

 以前は一人で寝ていたのだが、マリーベルが自分の騎士と一緒に寝ているという事をふとした会話の時に言っていたのでナナリーも採用したのだ。アリスは最初は拒んだのだがナナリーを守るためにもすぐ近くに居るのは効率的と考えて一緒に寝るようになった。と言ってもたまにダルクも混じったりしてパジャマパーティのノリになってしまったりするのだが…。

 

 「準備してくるわね」

 「はい、私も準備しないと」

 「すぐ呼んでくる」

 

 侍女を呼び出すベルを鳴らし、ナナリーの着替えの指示をするとアリスは自身の騎士の制服への着替えを急ぐ。数人の侍女がナナリーの着替えを行い、終わった頃にはアリスが車椅子を準備して待つ。

 着替え終えれば場所を移動して食事である。パンなどの固形物はナナリー自身で食べる事は出来るがスープ類はアリスが手伝っている。本来はこれも侍女の仕事なのだがお互いに信頼している相手のほうが気持ち的に楽なのでアリスが手伝っているのだ。

 その間に侍女たちは騎士団のメインメンバーの部屋に向かい、ナナリーがもうすぐ執務室に向かう事を伝えに周る。

 食事を終えれば総督執務室での業務。

 部屋には先に到着したサンチアにルクレティア、ダルクの三人がすでに資料に目を通し始めている。

 

 「おはようございます」

 「「おはようございます」」

 「おはよ~……ッイテ」

 

 サンチアとルクレティアは姿勢を正してナナリーに挨拶を返したのに対してダルクは眠そうに言ったのでサンチアの叩きとルクレティアの軽めのチョップが頭に直撃する。

 いつもの光景にクスリと笑い、仕事に掛かる。

 まずはサンチアが今日の予定を述べて、それぞれに指示を出す。

 アリスとダルクはいつも通り護衛の為にナナリーの側で待機。騎士団の参謀役でもあるサンチアはダールトン将軍と特区日本の警備計画を立てに、ルクレティアは姫騎士より前回の行政特区日本の手筈を教えてもらいに行く。

 

 姫騎士はオデュッセウスの騎士であるが誰も彼女の素性や経歴を一切知らない。

 分かるのは全身を覆っている試作強化歩兵スーツの形が女性用である事から女性であるという事ぐらい。ナナリー達にとってはもう一つナナリーとの接触を控えているという事だ。

 理由は分からないが事あるごとに避けられている節があり、最低限以上の接触はしない様に代わりの者に対応させたりしている。別段何かをしたという事は無い筈なのだが…。

 兎も角、避けられているのなら無理にナナリーは接触せず、ルクレティアなどに頼む方向で接している。

 

 あとは……。

 と、ある人物の事を考えているとちょうどその人物が来たようだ。

 

 「どうぞお入りください」

 

 ノックをする前に言ってしまった事に失礼だったかなと思っていると、扉の向こうより小さく声が漏れたようだがどうしたのだろう?それも怖がっている感じの…。

 失礼しますの言葉と共に入って来たのはアリシア・ローマイヤ。

 総督の補佐官兼お目付け役として付いて来られた方なのだけれども、お目付け役の筈が何故か私を怖がって別室で仕事をしている変わった方なのです。

 

 サンチアさんよりナンバーズに差別的な方と聞いていて、特区日本の話をする時も何かしら妨害や反感があると思っていたのですけれども意外にそういう事は無く、こちらの指示に従って働いてくださって助かっています。寧ろ、想像以上に働かれているので体調面が不安なぐらい。

 

 「昨日お求めになられた資料をまとめ、お持ち致しました」

 「ありがとうございます。では――」

 「……………はい」

 

 手を差し出すとローマイヤは間を開けて、おずおずと手を乗せる。

 そんなに怖がらずとも良いのですけど…。

 

 私は幼い頃より目が見えません。

 だからと言うべきか他の感覚や聴覚に頼る生活がずっと続いて、こう触るだけで色々見える(・・・)ようになったのです。

 

 触れた手から色々なものが見え、ナナリーはふっと笑みを零す。

 この人は何一つ日本人の方に不利益な事は仕込んでいない。

 

 「はい、確認しました。資料、ありがとうございます」

 「―――ッ……では、次の仕事がありますので失礼致します」

 

 ぺこりと頭を下げて出て行こうとするローマイヤをナナリーは呼び止める。

 

 「ローマイヤさん」

 「な、なんでしょう…」

 「余り具合が良くないようなのでゆっくり休んでくださいね。良い胃薬もありますし」

 「………ありがたく頂戴します」

 

 オデュッセウスお兄様曰く、前専属騎士の白騎士も親衛隊長のレイラさんも愛用している胃薬で性能はかなり良いらしい。

 話に出たので常備していた胃薬をビンごと取り出したダルクよりローマイヤさんは本当にありがたそうに受け取り、退室して行った。仕事を頼み過ぎたのだろうか?こういう場合は少し休暇を取るように言った方が良いのでしょうか?

 

 ナナリーはまだ気付いていない。

 ローマイヤが体調を崩している原因は現在の職場とオデュッセウスにある事に。

 

 差別意識の高いローマイヤは何故イレブンなんかの為に働かないといけないのかと不満を日々募らせている。自分の上司である総督はナンバーズに友好的で自分の考えとは真逆で、職場を共にする騎士団のメンバーはナンバーズばかり。

 イライラが募る日々で発散する機会もない。

 オデュッセウスにはナナリーに何かしたら分かっているよなと脅しをかけられ、ナナリーに対しては恐怖を感じている。

 相手の体温や心音、反応などで嘘かどうかを見破る技法があるのは知っているが、それとは違う超能力に近いナナリーの能力に恐れているのだ。

 今回の胃が弱っている件も含めて自分が思っている事や隠している事もすべて曝け出されてしまうと考え、発散する事も自分の好きなように動くことも出来ない。

 貯めるしか出来ないストレスは胃に痛みを起こし、日に日に悪くなっていくばかりなのであった…。

 

 それはさておき、ダルクが読み上げて行く書類を判断し、許可を出すとアリスがサイン及び総督の印を押して行く。

 目を通すのではなく、読み上げられてから判断するとなると時間が掛かる。こればかりは仕方のない事だ。

 書類仕事は昼食を挟んだのちも行われる。

 

 ただし今日に限ってはアリスが離れる事になったが…。

 本日午後二時に本国よりアリス専用にカスタマイズされた新型ナイトメアフレームのギャラハッドが到着するのだ。

 黒の騎士団に船団が襲われて以降、アリスが待ち望んでいた事を知っているナナリーは到着した機体の元へ行くように促した。護衛はダルクと昼過ぎより加わったアーニャで事足りる。

 アーニャは何かと手伝いに来てくれるからナナリーとしてもアリス達としても助かる。たまにジノも来て仕事どころではなくなるのが問題だが…。

 

 夕刻になるとアリスと学園より戻って来た枢木 スザクも加わって仕事を続ける。

 夜遅くまで仕事をしようとは思うのだが、オデュッセウスにより止められた。夜更かしは身体に悪いし美容の天敵だとか言って。

 夕食もアリスと取った後はオデュッセウスお兄様に今日の報告だ。

 何かと心配し過ぎるのも困ったものです。

 他愛のない会話から仕事の話まで色々話していると一時間以上喋ってしまう。

 着任してから一週間似たり寄ったりの生活が続いているがオデュッセウスお兄様にはあの話はしていない。

 ゼロの正体を私が知っているという事実は。

 

 オデュッセウスお兄様は何かを隠している。

 それはゼロの正体も含めてだけれど他にも多くの事を…もしくは大きなことを隠している。

 知りたいとは思うけど無理に知る事は出来ないしやれない。

 以前触れて知ろうとしたけれども何も知る事が出来なかった。大きくて暖かい手と言うこと以外は何も見えなかったのだ。いや、見えたのだが解らなかった。色々とごちゃごちゃして、混ざって、合わさって何がどうなっているのか理解出来なかったのだ。

 

 そしてお兄様…ゼロは特区日本に参加すると言ったが何か嫌な予感がする。

 確証がある訳ではない。けれど、どこか遠くへ行ってしまいそうな…。

 

 そう思うとお兄様もオデュッセウスお兄様も何か遠くに行ってしまったように寂しく感じる。

 

 「アリスちゃん」

 「なぁにナナリー」

 

 夕食もお風呂も終えてベッドで一緒に横になっているアリスに話しかける。

 

 「ずっと一緒に居てくれるよね」

 「――?当り前よ。私はナナリーの騎士で親友なんだから」

 

 どうしたのかと疑問符を浮かべながらも不安げな思いを感じ取って優しく抱きしめられる。

 とても暖かく、優しい想いに包まれたナナリーはこの時だけ不安を拭う事が出来た。

 ナナリーは安心しきった表情のまま、夢の世界へとおちて行った…。

 

 

 

 ちなみに渡された胃薬を服用したローマイヤの表情が少しだけ良くなっていたらしい。  

 

 

 

 

 

 

 

 ナリタ演習場。

 元日本解放戦線本拠地であったナリタ連山の一部を演習場として整備したエリア11でのブリタニア軍最大級の演習場である。

 

 現在ここでは大規模な演習が行われている。

 旧型のグラスゴーに日本解放戦線で使用されていた無頼が展開し、目標に向けて弾幕を張っていた。

 

 弾幕を集中されるがまったく掠りもしない機体―――パイロットはニヤリと笑う。

 

 「飛行能力に問題なし―――続いて近接戦闘を行う!」

 

 飛翔しているナイトメアはぐんぐんと高度を下げて行く。

 銃器と言うのは遠い目標よりも近い目標の方が命中率が上がると言うもの。高度を落として接近するからには言うまでもなく命中率も段違いに上がって来るのだ。だというのに一発も掠らず突っ込んでくるのは機体の性能もあるだろうが、パイロットの技量も相当なものだという証。

 

 搭乗者であるアリスはパネルを叩いて操作し、両腕に取り付けられた近接武器を展開した。

 サザーランドのスタントンファーを改造した折り畳み式のメーザーバイブレーションソード。

 

 速度を落とすことなくすれ違いざまに二機ほどグラスゴーを切断する。

 

 乗り手のいない無人ナイトメアフレームは切り捨てられ、地面に横たわる。

 地面すれすれを浮いて戦場を見渡す機体はオイアグロ卿よりオデュッセウスへ渡った新型ナイトメアフレーム【ギャラハッド】―――そのアリス用にカスタマイズを施された専用機である。

 

 ビスマルクのギャラハッドとの大きな相違点はアリスのギャラハッドには後にエクスカリバーと名付けられる大剣を背負っていない事。内部機構にギアス伝導回路とマッスルフレーミングが組み込まれている事である。

 速度重視のアリスの為に武器も機体コンセプトも小回り優先となっている。

 両腰や両肩には月影同様のスラスターが組み込まれ、飛行時も小回りの利いた動きを可能とした。おかげでランドスピナーを起動して地上を走るよりも、地面すれすれをフロートシステムで飛行しながらスラスターを吹かした方が機動力が出るのである。

 想像通り―――否、想像以上の性能にアリスはご満悦であった。

 

 「行くよ――私のギャラハッド!」

 

 アリスは舞い上がっていた。

 先日受け取ったばかりの新しい力を思う存分使えるのだから嬉しくてしょうがない。

 背中のV字のフロートシステムで浮遊し、スラスターにより自由な動きを可能とした純白と真紅で彩られたギャラハッドが集まりつつある無頼とグラスゴーの群れに突っ込んで行く。

 氷の上を滑るアイススケートのように滑らかな動きで演習場を舞うギャラハッドにより無人機は成す統べなく切り裂かれていく。

 

 そんな光景を眺める二機のナイトメア。

 エドガー・N・ダールトンとクラウディオ・Sダールトンが搭乗するグラストンナイツ仕様のグロースター。

 

 『皇女殿下の騎士の腕前がどれほどか見る為に来たがこれほどまでとは…』

 『機体性能と言う事もあるだろうがあそこまで操るとは、演習相手に呼ぶだけの自信はあったという訳だ』

 

 すでに十五機もの無人機を無傷で倒している相手に二人は笑みを零す。

 最初はどれほどのものかと物見遊山程度にしか考えてなかったが、あまりの実力に驚きつつ嬉しくも思う。

 あれほどの実力を持った者と競えるというのも騎士として嬉しいものがある。

 ただ騎士として負ける気は微塵もない。

 

 『行くかクラウディオ!』

 『そうだな。行こう!!』

 

 操縦桿を握り締め、ペダルを思いっきり踏み込む。

 坂を駆け下りる二機に対してアリスは見上げると一気に接近しようと駆け上がる。

 接近するギャラハッドに対してコクピット側面のザッテルバッフェよりミサイルを全弾発射する。

 

 本気で来て欲しい。

 実戦ではなく演習で相手は敵ではなく味方。本来なら躊躇われるお願いであるがあの腕前を見れば問題ないのは一目瞭然。

 だから二人共避けた後の事を考えていた。

 

 ギャラハッドには機銃が取り付けられていない。しかし、空中戦を行うのであれば地上戦の時よりもミサイル兵器などを相手にする必要があるだろう。ゆえにギャラハッドには首と肩の間に隠し武器のように対空機銃が仕込まれてある。

 スライドした装甲の下より機銃が現れ、ミサイルを迎撃して行く。

 半数以上は機銃により撃ち落されたがまだミサイルは残っている。接近したミサイルをMVSで切り裂くと同時に爆発したミサイルの爆煙で姿を眩ます。

 

 どこから来ると煙を凝視していると煙が大きく横に動いた。

 出て来るかと身構えた先の煙よりは何も現れず、おかしなことに煙の色が変わっただけだ。

 爆発に生じて発生した黒煙から茶色い埃っぽい煙へと…。

 

 『アレは…土煙?―――しまった!?』

 

 気付いた時にはもう遅かった。

 爆煙に姿を隠したギャラハッドは地面を蹴って土煙を起こし、飛翔して接近してきたのだ。

 

 接近してきたギャラハッドの蹴りをクラウディオは左腕で防ごうとするが左腕は肘より先が切り裂かれた。

 信じられない光景を目の当たりにしたクラウディオの瞳にはつま先から脛の辺りまで真っ赤になっているパーツが映り込んだ。

 

 『MVS!?』

 「さすが一発で見抜かれますか!!」

 

 空中で体勢を変えた二撃目の蹴りを大型ランスで防ごうとするがランスは両断され、グロースターはパワー負けして吹っ飛ばされてしまう。

 大型ランスでは不利と考えたエドガーはランスを捨ててMVSを抜こうとするが先にギャラハッドの両手が下ろされ、グロースターの両肩が切り落とされた。その場で横にスピンして頭部を切り払って、剣先を向ける。

 

 「勝負ありました!」

 『あぁ……完敗だ』

 「ふぅ…」

 

 

 

 『俺は(・・)だがな!』

 

 満足げに息をついたアリスに叫んだエドガー。

 その言葉の意味に気付いた一歩遅れて気付いたアリスは腕を下げ、距離を取る。

 赤い剣が振り下ろされたのはそのコンマ数秒後の事であった。

 

 『今のを避け切った!?』

 「さすがに危なかったです」

 『だが、これでその武装にはこいつが有効だという事が分かったよ』

 

 斬りかかって来たのはクラウディオのグロースター。

 まだ動く右手にはMVSが握られており、アリスは今展開している武器では不利な事を理解する。

 折り畳み式のMVSは斬り合い目的に設計されていない。寧ろ仕込むことを目的に造られている分脆いのだ。それが斬り合う事も可能な剣タイプのMVSとぶつかり合えば間違いなく破壊される。刃がではなく折り畳みにしている機構がだ。

 足先のMVSでは動きを読まれやすい上にリーチの差で後れを取る。

 

 「―――だったら!!」

 

 展開されていたMVSの輝きが消え、仕舞われると背中から両肩へ剣の柄が飛び出して来た。

 斬り合いに発展する近接武器で足と仕込みだけでは不十分としてオデュッセウスは通常の剣タイプのMVSを用意していた。背中に取り付けたサブアームにセットし、必要な時は今のように握れる位置へ持って行くようにと。

 抜き放たれたMVS。

 優位性を一気に崩されたクラウディオのグロースターは残っていた右腕も斬り飛ばされ、最後は両足を斬られて行動不能となり演習は終了した。

 

 「このギャラハッドならやれる!今度は私がナナリーを守るんだ!!」

 

 高ぶった高揚感と並々ならぬ期待感で溢れたアリスが搭乗するギャラハッド一機だけ立って居る演習場でアリスは叫ぶ。

 二度と航空艦隊を襲われた時のように負けないと誓いながら。



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第92話 「衣装と資金」

 投稿遅れ申し訳ありません。
 次回は遅れないように気を付けます。


 

 日本人にとっては決して忘れることの出来ない惨劇。

 ユーフェミア・リ・ブリタニアの元で行われた一部地域限定でイレブンが日本人に戻れる場所。

 イレブンと呼ばれた日本人の多くがこの特区日本に参加表明を行った。

 

 結果はブリタニアによるイレブンの大虐殺。

 会場のイレブンのほとんどが亡くなり、ブラックリベリオンと呼ばれるエリア11最大の反ブリタニア勢力【黒の騎士団】とエリア11駐留ブリタニア軍の全面衝突の発端となった。

 戦死者は一般人も含めると膨大な数となり、ブリタニアの被害も相当なものだった。

 

 エリア11新総督として着任したナナリー・ヴィ・ブリタニアは着任早々特区日本の再開を宣言。

 多くのイレブンが以前の惨劇を思い出して参加する気配はなかった。

 黒の騎士団のゼロが声掛けを行うまでは…。

 

 ゼロが特区日本に参加表明するとイレブン100万人を参加させたのだ。

 ブリタニア軍はゼロの策略も考えて、ダールトン将軍が警備のナイトメア隊の指揮を執り、警備には警察だけでなく軍もかなりの数を動員。総督の周辺はイタケー騎士団が固め、ラウンズ三人も警備に周っていた。

 策略と言う予想は見事に的中し、ゼロはまんまとブリタニア軍を出し抜いた。

 

 特区日本開催前にブリタニアと取引を行って自身だけは国外追放で許すように言ってきたのだ。そこをローマイヤが機転を利かせてナナリーの権限内で納める形で執行用意を整えた。

 

 ―――【ゼロは国外追放】。

 

 素性も明かされない。

 仮面をかぶって素顔も知らない。

 誰がゼロなのかも分かっていないこの状況でそれは大きい力を持っていた。

 

 ゼロの仮面に衣装を着けて自分がゼロだと名乗り上げればその者はゼロとなり国外追放の処分を下される。

 

 100万人のゼロが会場を埋め尽くして、見事無傷で黒の騎士団は中華連邦へと向かったのだ。

 中華連邦とは話を付けており、中華連邦の海氷船により脱出。

 

 こうして黒の騎士団は中華連邦へと足を踏み込むことになる。

 これによりインド軍区より新型ナイトメアと新造の浮遊航空艦を手中に収めて兵器の性能は今までよりも飛躍的に向上する。

 

 それにしてもようやく……ようやくここまで来たんだ。

 

 オデュッセウスは大きく息を吐く。

 夢にまで見たのんびりライフがもうすぐそこまで近づいてきている。

 後は中華連邦で大宦官を討ち、シンクーと手を組み、父上様をあの空間に閉じ込め、饗団を潰して、二度目のブラックリベリオンで引き分けに持って行き、父上様とマリアンヌ様を止めれば終わりだ。

 

 ………あれ?これ全部ルルーシュ任せじゃない?

 いやいや、私も手伝っているよ。

 

 例えば中華連邦の民衆やシンクーが反感を持ち易い様に不平等条約はそのまま…いや、ブリタニア至上主義の強い貴族にやってもらったから余計に酷くなってるんじゃないかな。

 それと第二次ブラックリベリオン後の仲裁やその後の流れを食い止めるために動く予定だし。

 

 うん、私働いている。

 

 ただ……これだと伯父上様と父上様、マリアンヌ様を見捨てる事になる…。

 どうすれば良いという具体例はないのだけど、どうも胸の辺りがモヤモヤするんですよね。

 

 はぁ~、どうしたらいいのか…。

 

 「あ!オデュッセウス殿下。目線をもう少し上に」

 「…ん。こうかい?」

 「そうですそうです」

 

 言われるがまま目線を上げる私をメルディが激写する。

 まずはこの状況をどうしたら良いのかな?

 確か今日は天子ちゃんとの式で着る衣装合わせを行う筈が、カリーヌたちが待ち伏せていてコスプレ会場みたいに…。

 

 どうしてこうなったし…。

 

 「お兄様、次はこれを――」

 「待ちなさいカリーヌ。兄上は仕事で来ているのです。これ以上のお邪魔はなりませんよ」

 「えー…。でもお姉さまもお兄さまの執事姿見たくない。お嬢様とか言ってもらってさぁ」

 「・・・・・・・・・兄上、もう少しカリーヌに付き合ってあげて下さい」

 「ギネヴィアにはもう少し止めに入って欲しかったよ私は。まぁ、喜んでくれているようだし着るけど」

 

 渋々ながらも妹たちが喜んでくれているなら満更じゃない。

 試着室に入り、カウボーイの衣装から執事服に着替える。

 

 すでに二十着ほど着替えているんだけどそろそろ式の衣装を決めたいのだがね。

 

 着替えて試着室のカーテンを開けるとギネヴィアの目が見開かれた。

 そして期待の眼差しを抜けて来る。

 少し悩み、覚悟を決めてギネヴィアの前に立つ。

 

 胸元に手を当て、微笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。

 

 「どうかしましたかお嬢様」

 「――――ッ!?」

 「お兄様ストップ。お姉さまってば対応出来てない。顔真っ赤」

 「うううううう、うるひゃい!」

 「「ひゃい?」」

 「――――ッ!!そういう事は言わなくて良いのです!」

 

 可愛い妹の一面を見れてなんか衣装が決まらないのなんてどうでも良くなってきた。

 あ!メルディ。今激写したギネヴィアの写真。言い値で買おう。

 

 「にしてもシュナイゼルお兄様ったら天子との結婚を決めて来るんだもん。びっくりしたよ。ねぇ、お姉さま?」

 「………お兄様が結婚……お兄様が婿入りして……あぁ………」

 「落ち着きなさい。私が行くのではなく向こうが来るんだからね」

 「…ハッ!そうでした。申し訳ありません。少々取り乱してしまったようで」

 「え!今の少々なんですか!?この世の終わりのような顔してましたけど…」

 

 コホンと咳払いするギネヴィアはカリーヌと視線を合わせる。

 意図をくみ取ったのかカリーヌは困ったような表情を浮かべて大きく頷いた。

 

 「メルディ。お兄様ももうお疲れでしょうからここまでにしましょう」

 「ですがまだ衣装の方を撮らせて頂いてないのですが…」

 「だったら現地で撮れば良いんじゃない。式の参加状出すように言っておくからさ」

 「本当ですかカリーヌ皇女殿下!!」

 

 中華連邦とブリタニアの披露宴に入れることに喜んだメルディは深々と頭を下げて部屋を出て行った。

 そして外で警備に当たっているレイラ達にギネヴィアが誰も中に入れるなと固く言いつけた事に疑問符を浮かべる。

 この現状で何か原作イベントあったっけ?

 

 悩んでも思い浮かんでこない。

 何か忘れてしまったかなぁと困り果てているといつになく真顔でギネヴィアが口を開いた。

 

 「兄上。率直にお伺いします。内々に小さからぬ規模の軍事予算を運用しましたか?」

 「小さからぬ規模ってどれぐらいの?」

 「一個師団以上の規模の…」

 

 確かに三個師団を保有しているけれど内々にという事は無い。

 ちゃんと通すべきところには通していた筈だ。

 となると疑わしいのは…。

 

 「まさかロイドが私に黙って何か作ったか!?また請求書が私のデスクにあるのだろうか…」

 「……白ね」

 「白ですね」

 

 唐突な白判定。

 何がどういう事なのか説明してほしい。

 でなければ後でレイラと共にデスクを隈なく調べ尽くさなきゃいけないのだから。

  

 「私もマリーベルを見習って近衛騎士団を持とうと思って予算の捻出を財務長官に相談しましたの」

 「おお!カリーヌが騎士団かい。さぞ見事な騎士団が出来上がるんだろうね。そうだ。騎士団祝いに何か――」

 「話は最後までお聞きください」

 「あ、はい…」

 「それで回せる予算を構造上ストレスなく計上できるように整理していったところ不明金が出て来たの」

 「不明金?出所はどこの予算から」

 「ロイヤルバジェットです」

 

 嘘だろ!?と表情で反応してしまった。

 ロイヤルバジェットとは皇位継承権上位の皇族しか扱えない資金でそれを資格の無いものが扱う事は不可能である。

 しかも不明金というのがまたあり得ない。

 継承権上位の皇族だからって黙って持ち出せるわけがないのだ。

 

 ・・・・・・あれ?なにか覚えが・・・。

 

 「ロイヤルバジェットの4%が使途不明のままいくつかのバンクを経由して軍需複合体へ流れていたことが判明したのです」

 「そんなにかい。あれの4%というと一個師団でも最新鋭機で揃えられるんじゃないか?」

 「はい。それがここ数年ではなく遥か昔からなのです。一体いくらに上るのか」

 「もう凍結のほうは進めたけど。大本まで辿り着けなかったよ」

 「いやいや良く見つけたよカリーヌ」

 「ふふふ、ありがとう」

 「あ、兄上!私もです!!」

 「ギネヴィアも良い子良い子」

 

 カリーヌを褒めながら頭を撫でるとギネヴィアが私もと頭を差し出してくる。

 可愛い可愛い妹の頭を撫でながら頭の片隅に何かが引っ掛かった感覚に不快感を示す。

 

 「さぁて、衣装を決めようか」 

 「そうですわね」

 

 ようやく衣装を決めて、仕事を済ませ、オデュッセウスは中華連邦に出発する明日に備えて早く寝る事に。

 ベッドに寝転がってふと、引っ掛かっていた記憶が脳裏を横切る。

 

 あ!伯父上だ!!

 

 思い出した…。

 伯父上様が饗団運用資金にしていた奴だ。

 

 これで饗団は資金難に陥って自由に動けなくなる。

 ふむ、だから私が何かすることもないだろう。

 

 深い眠りに付こうと瞼を閉じる。

 

 数分後に伯父上様より資金援助の話を聞くとは思いもしなかったよ…。



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第93話 「オデュと天子の政略結婚に対する反応」

 黒の騎士団は日本を離れ、中華連邦に到着した。

 受け入れた大宦官達より黄海に浮かぶ潮力発電用の人工島【蓬莱島】を貸し与えられ、拠点として活用している。

 騙し騙しに修理や改修を繰り返していた紅蓮はラクシャータにより完璧に仕上げられ、蒼穹弐式改も月影もすでに整備は終えていつでも出撃可能な状態を維持している。当面は出撃する事は無いと思うが…。

 保有戦力の状態改善が図れたところでさらにインド軍区より荷物が届いた。

 月下をベースに改良されたこれからの黒の騎士団主戦力を飾るであろうナイトメアフレーム【暁】が騎士団単位で届き、暁をエース用にカスタマイズした暁 直参仕様が三機、藤堂用に開発された斬月、ゼロ専用機の蜃気楼などナイトメア戦力が充実し、さらにまだ未完成であるが浮遊航空艦【斑鳩】の受領も終了した。

 浮遊航空艦隊を襲った時に回収した反ブリタニア勢力であったと言うネモはマオにギアスで思考を覗かせたため、大丈夫だと判断して本人の意思に沿って黒の騎士団で働いてもらう事に。ただ機体のマークネモは特殊な機体でラクシャータでもまだ全貌を掴めていないというのは不安が残る。現在の整備の指揮が終わればかかりっきりでも調べてもらう予定でいるが何時になるのやら。

 

 なんにしても戦力は整い、あとはピースマークのウィザードと一度合流するだけだ。

 そう、それだけだった筈なんだ。

 

 「―――今、何と言った?」

 

 ルルーシュは聞き取った言葉を否定したくて、もしくは嘘だと思いたく聞き間違いであってくれと祈りながら問い直すが、結果はルルーシュの耳は正常に機能してちゃんと聞き取っていたという事だった。

 

 「皇コンツェルンを通して式の招待状が届いたのですけど新婦はこの中華連邦の象徴天子様。私を友人として招きたいとの事なんですけれど…」

 「そして新郎はブリタニアの第一皇子――」

 「オデュッセウスとか言う人」

 

 その名に千葉はイラつきを隠せず、俺は胃がキリキリ痛む。

 ブリタニアが動く前に天子を押さえる計画だったのだが、まさかこのタイミングで現れるとは…。

 

 「用意していた計画は間に合いません。まさか大宦官が――」

 「いや、これはブリタニアの仕掛けだろう」

 「なに心配してんだよ。俺達国外追放されてんだからブリタニアと関係ないだろぉ」

 

 玉城の抜けた言葉に皆が反応する。

 確かに国外追放の処分を受けたが罪は消えたわけではない。それに事の次第によっては中華連邦が黒の騎士団を差し出す可能性だってあるのだ。

 その事を新しく黒の騎士団に入ったオペレーターの水無瀬むつき、双葉綾芽、日向いちじくの三人娘が解りやすく話していく。

 話を聞いてようやく事の次第を理解して青ざめる。

 

 「じゃあ何かよ、黒の騎士団は結婚の結納品代わりにされるっていうのかよ!?」

 「あら?上手い事言いますのね」

 

 俺達が結納品………。

 「え?ルルーシュと神楽耶さんが結納品だって?ありがたく受け取るよ」とすっごい嬉しそうに笑みを浮かべる兄上の姿が脳裏に浮かび上がった。

 最悪の状況だがなぜか微笑ましく思えるのは俺だけだろうな。

 

 「呑気にしている場合か!?」

 

 あまり焦った様子のないC.C.や神楽耶などに言った一言だが危うくルルーシュが返事しそうになった。

 それにしても不審な点がある。

 

 オデュッセウス兄上が政略結婚を行う。

 まずそれ事態があり得ない。

 何か企んでいるのかも知れないがそれが何なのかも分からない。

 かといって静観なんて以ての外だ。

 

 「どうしたものか…」

 「式を止めるしかねぇだろ?天子を攫っちまえば良くね?」

 「はぁ、アンタ本当に馬鹿ね」

 「ッんだと!?」

 「玉城さん。天子を攫うにしても後々の事を考えて準備が必要です。行き当たりばったりでは黒の騎士団は信用を失い、ブリタニアだけでなく中華連邦全土を相手にしなければならなくなります」

 「そうなったらインド軍区も手を引くでしょうねぇ」

 「ピースマークもだろうな」

 「だったらオデュッセウスを攫っちまえば―――」

 「「それは駄目だ(です)!!」」

 

 ゼロと神楽耶の言葉が重なり、発言した玉城が肩を震わせ驚く。

 仮面でバレていないがルルーシュの顔色は神楽耶同様酷く悪くなっているだろう。

 

 兄上を攫ったりすればどうなるか…。

 それを知っているのは俺と神楽耶。もしかしたら当時軍人だった藤堂や卜部、あとは亡くなった仙波ぐらいは知っていたかも知れないか。

 エリア11がまだ日本だった頃、当時の首相である枢木 ゲンブはナナリーとの婚約話を進めようとし、その事を知ったオデュッセウスが弟妹に艦隊指揮や諸外国の参戦を防がせ、ラウンズを動員して婚約話を潰したという事件があった。

 皇族からも民衆やナンバーズからも圧倒的な支持と信頼を寄せられている。

 もしも手を出すような真似を―――否、傷一つ負わせたらブリタニアと植民地エリアの反感を買い、世界の大半が文字通り敵になるのだ。

 現状の黒の騎士団は戦力を整えたがブリタニア全てを敵に回せるほどの力はない。

 

 その事を玉城を含めたメンバーに伝えると顔色が悪くなった。

 

 「つまり奴を相手にせず、この状況を打破しないといけないと言う事か…」

 「そもそもブリタニアより宰相やラウンズが中華連邦入りしたという話が出ております。現段階でブリタニアに手を出すのは非常に不味いでしょう」

 「当初の計画を多少変更して進めるしかないか。ディートハルト、計画を進めておいてくれ。追加の指示は追って伝える」

 「了解ですゼロ」

 

 ディートハルトが席を外すがこれからの議論は進む。

 聞き耳を立てながらルルーシュ自身考え込む。

 

 大宦官と言う連中の性質から兄上が嫌う種類の人間。その事から手を組むとは思えない。となれば天子に関連する事か?ウィザードからの情報ではゼロとして活躍する前は中華連邦によく来ており、天子とも交友関係を築いていたらしい。大宦官から天子を護るために政略結婚を………可能性として挙げたがこれもあり得ない。政略結婚なんてものを己が手段として用いる筈がない。予想ではあるが政略結婚で中華連邦を手中に収めるように手回ししたのはシュナイゼルだ。それに乗っている以上なにか別の考えがあるに違いない。それも天子を犠牲にしないような手を。ほかにも大宦官が呑んだ中華連邦に不利な不平等条約などおかしな点が多すぎる………。

 

 「それとゼロ様。こちらも皇コンツェルンを通してゼロ様にと」

 「なに?私宛―――――なぁ!?」

 

 神楽耶から手渡されたのは紛れもない式への招待状。

 出した相手は新郎であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアとなっていた…。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアの座乗艦 アヴァロン級浮遊航空艦ペーネロペー。

 レイラ・マルカルは不満げながらも職務に従事する。

 

 現在オデュッセウスは大宦官や天子と会談中でここにはいない。護衛はハメル少佐を含めた警備隊にアキト達が務めている。

 親衛隊隊長であるレイラと言えばペーネロペーで警備の準備で大忙しなのだ。

 すでに持ち込んだドローンをペーネロペーを駐留させている飛行場周辺に展開して防備を固め、披露宴や式での警備体制の確認を執り行っている。警備と言ってもこちらのナイトメア隊は念のための予備部隊で警備の主力は中華連邦が務める。

 

 「マルカル大佐。式近くでの警備計画を送りましたよ」

 「ありがとうございます。ウォリック大佐」

 

 酒瓶片手に軍服を軽く着崩したウォリックに礼を言うと、困り顔を浮かべられてしまった。

 頬をぽりぽりと掻いて少し口篭もる。

 

 「あー…なにかありました?」 

 「なにがでしょう」

 「気のせいだったら良いんですがどこか不機嫌そうだったので」

 「そんなこと――――ありますね」

 

 今でも鮮明に思い出せるあの時の言葉。

 『うーん、そうだね。穏かな田舎にでも移り住んでのんびりと過ごしたいかなぁ。弟妹や友人とはいつまでも仲良くしてね。あとは農園か喫茶店でもしようか。でもその前にお嫁さんも欲しいし…うーん……』

 困った笑みを浮かべながら答えて下さった殿下が望む未来。

 

 親衛隊として近くに居て殿下がどれだけお優しく、温厚な人柄なのかが良く分かった。

 (※戦闘は除く)

 弟妹は勿論、友人や部下、知り合いに対しても大事にされる。

 そんな方が友人としている天子さんと政略結婚し、中華連邦に不平等条約を叩きつけるなどおかしな話だ。

 これでは殿下が嫌っている大宦官と何ら変わりない。

 その事に疑問や不満を抱くのはおかしなことなのだろうか。

 いえ、アヤノもリョウもアンナも同意見だった。

 もしも何かしらの理由で変わられたのならそれを問い質さなければならない。

 

 いや、私が不満に思っているのはそれらもだがそれ以上にペーネロペーの積み荷についての方が大きい。

 

 「殿下は何を考えているんでしょうか」

 「政略結婚の方ですか?それともロリコン疑惑?」

 「そちらではなくアレの事です」

 

 大きなため息を先には一騎のナイトメアフレームが佇んでいた。

 中華連邦に向かう直前に積み込まれた試作ナイトメアフレーム。大グリンダ騎士団が鹵獲したナイトメアフレームより入手した技術【プルマ・リベールラ】を使用した防御力を向上させたアレクサンダだ。

 同時に完成品であるアレクサンダ・ドゥリンダナは防御力の高さからレイラ専用として持ち込まれた。

 他にもリョウ、アヤノ、ユキヤのアレクサンダ・ヴァリアントⅡにはそれぞれ専用の武装、改修されて強化されたアキトのアレクサンダ・リベルテ改も積み込まれている。

 中華連邦に向かう直前に行われた戦力の強化。

 

 あの殿下の指示で積み込まれたからには何かが起きる。

 しかもプルマ・リベールラを取り付けた試験機であったアレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナまで積み込まれたのだ。

 

 「殿下が飛び出して行く未来が見えるのですが…」

 「ははは、実際にそうなりそうですな」

 「笑い事ではありません!」

 「これは失礼しました。けど何が起こると言うのです?」

 「それは…」

 「以前の反中華連邦勢力はとっ捕まえたらしいですし、不穏な動きはブリタニアでも確認されておりません。今回ばかりは大佐の考え過ぎだと思いますよ」

 「だと良いのですが…」

 

 考え過ぎだ。

 そう思い込みたいが心が騒めく。

 ブリタニアからは宰相のシュナイゼル殿下を始め、ラウンズが三人も居るのだ。

 殿下自ら飛び出す事態など早々起きるものではない。

 

 ウォリックの言葉を飲み込んで大丈夫だと自分を落ち着かせる。

 しかし悪い意味で予感が的中することになるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 朱禁城。

 中華連邦首都洛陽に位置する天子の居城―――ではあるが実質実権を握っている大宦官の居城と成り果てていた…。

 その朱禁城より離れた郊外の倉庫にオルフェウス達はナイトメアの整備をしながら待機をしていた。

 

 ウィザードより黒の騎士団が中華連邦入りしたと聞き、合流すべくここを拠点としたのだ。。

 黒の騎士団の仲間になる為ではなく、お互いの目的の為に協力する為にだ。

 オルフェウスはウィザードであるオイアグロの復讐を一時的に止めたが許したわけではない。だが、まずはV.V.を…ギアス饗団を潰す方が先決。しかしこちらの戦力でギアス饗団を相手に出来る筈もない上、本拠地の特定もすんでいない。

 コーネリアを危険すぎる戦いに巻き込まない様にとオデュッセウスが黒の騎士団と共闘するならば場所を教えると譲歩してきたのだ。すでにウィザードがオデュッセウスの指示で黒の騎士団に助力し、幾らか借りを作っている。

 理由は分からないがゼロもギアス饗団を憎んでいるんだとか…。

 

 ギアス饗団を潰すためにも機体のメンテナンスと慣らし運転を繰り返し、いつでも使いこなせるように練度を上げて行く。

 ガナバティの手により強化・改修が行われた烈火白炎。

 月下をベースにズィーの要望に合わせてトリッキーな動きを可能として多種多様な近接武器を複数積んだ機体へと変貌したナイトメア。つい二日前にインド軍区より届けられた月下紫電。

 コーネリアとギルフォード(もはや名前を隠す意味がなくなった)用に取り寄せたグロースターの改修型。

 

 戦力は整い、あとは―――――――…。

 

 「おい、オズ」

 「なんだ?」

 「いい加減見て見ぬ振りするの無理じゃねぇか?」

 「そう……だよな…」

 

 出来るだけ視界に入れない様に工夫していたが無理があった。

 

 「兄上が結婚……はは……」

 

 隅っこが異様に暗く見える。

 照明は問題なく点いている筈なんだがコーネリアを中心に暗い。そして重い。

 ぶつぶつぶつと何か聞こえてくるから怖い。

 

 「こんな時にギルフォードは買い物に出てるし、ガナバディは部品取りにいったしよ…どうすんだアレ」

 「さぁな。というか二人とも逃げる口実だろう」

 「俺も逃げようかな…」

 「逃げても状況は変わらないぞ」

 

 ここに来た時は「やっとギアス饗団を潰せるのか」とやる気十分だったのに、流れた『天子様とブリタニアの第一皇子の婚約が決定した』というニュースで一気に落胆して今に至る。

 ブラコンとは思っていたがまさかここまで拗らせていたとは…。

 

 しかし、放置も出来ない事態であるのも理解している。

 

 大きくため息を吐き出してズィーと視線を合わせる。

 二人してアイコンタクトでお前が行けと押し付け合うが最終的にじゃんけんとなってズィーが行くことになり、オルフェウスは遠目に眺める。

 

 「おいおい、そんなにしょ気なくても良いだろうに。愛もへったくれもない政略結婚だろうアレ」

 「―――――――あ?」

 「ヒィ!?」

 

 ひと睨みで腰を抜かしたズィーは地を這うようにして逃げ帰って来た。

 というか俺を盾にするように隠れるな。あの禍々しい視線が俺に向けられただろうが。

 ゆらりと立ち上がったコーネリアの瞳には眼力で人を――否、あらゆる生物を殺せるような怒気が込められていた。あの瞳の前では腹をすかせた肉食獣でさえ逃げ出すだろう。

 あまりの怒気に身体が震えてカップが上手く持てない…。

 

 「兄上はお優しいからな。少しでも相手の為にと動くんだろうな…。私達にはもう構ってくれないかも知れない」

 「いやいや、そんなに考え込むことないと思うんだけど。」

 「ななな、ちょ、待って!えーと、アレだ。ほらぁ…」

 「――――――言ってみろ」

 「ヒィイイイイ!?」

 「お前ら俺を挟んでやり合うな」

 「一人逃げるなよ!?てか助けて!!」

 

 無理だ。

 身体の震えは無理に抑え込んだがこの悪鬼羅刹のごとく生物をどうしろと?

 

 この後、オルフェウスは帰って来た瞬間に逃げ出そうとしたガバナディとギルフォードを捕まえ、四人で必死にコーネリアを落ち着かせようと頑張るのであった…。



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第94話 「精神的ダメージの多い式」

 もうすぐ私――天子は結婚する。

 好いた殿方とではなく国と国で取り決めた政略結婚。

 中華連邦と神聖ブリタニア帝国の大国同士が手を取り合えば民は救われる……そう、大宦官達は言っていた。

 民の為と言われても嫌なものは嫌なのだ。

 隣に座る新郎のオデュッセウス・ウ・ブリタニア殿下を横目で見ると、困ったような笑みを返される。

 

 『大丈夫だよ。君が嫌な事は君が一番信頼している人が何とかしてくれるから』

 

 披露宴前にぼそっと耳打ちされた言葉…。

 それがどういう意味なのか分からない。

 

 言葉のままに受け取るのであれば黎 星刻がこの婚姻を止めてくれるという事。

 でもそんな事をしてしまったら星刻がどうなるか。

 不安が胸中で大きくなる。

 

 膨れ上がった不安を追い払うように頭を左右に振って会場を見つめる。

 会場には招待されたブリタニアの貴族に中華連邦の特級階級の人間が占めていた。中には武官なども混ざっているがその中に星刻の姿が無い事にがっくりと肩を落とす。

 

 「大丈夫かい?」

 「―――ッ!?」

 「休んでいても良いんだよ。ここは私がいるから」

 「い、いえ、大丈夫…です」

 

 心配して下さる殿下に無理にでも笑顔を見せて答える。

 別に殿下を嫌っている訳ではない。

 初めてのお友達で昔から色々外のお話をしてくださったり、お茶を共にしてくれたこともある。

 好きな部類の人なのだけれどもそれは友人としてであり、結婚相手として見た事は一度もない。

 

 本当に私はこの方と結婚しなければならないのか…。

 自分ではどうにもできない考えがぐるぐると脳内で渦巻く。

 

 ふと、会場を見渡していたら一人の女性が目に留まった。

 ドレスを着たブリタニアの女性なのだが、料理の飾りである人参で出来た鳳凰の前でどうしようか悩んでいるようだった。

 何をしているのだろうと疑問を抱いていると、女性は大きく頷いて持っていた皿へと鳳凰を置いたのだ。

 これにはびっくりして目を見開いてしまった。勿論近くにいる招待客もぎょっとした表情を浮かべ、次には見て見ぬ振りをして過ぎ去っていく。

 どうするのかと凝視していると今度は机の角に皿を置いてナイフとフォークで切り分ける。見事に彫られた鳳凰がばらばらに切り刻まれ、一口サイズになった部分を口の中に含んだ。が、食べるように調理したものではないので人参本来の味しかしない鳳凰に眉間にしわを寄せる。

 人参オンリーでは食べきれないと判断したのか、肉類が並ぶコーナーにて何種類かを皿に取り、それと一緒に食べるようだ。

 

 見ていて可笑しくて頬を緩めてしまった。 

 

 「何かあったのかい?」

 「はい、あの方が―――」

 

 私は目にした光景をそのまま伝えた。

 すると頭が痛いのか軽く押さえて苦笑いを浮かべた。

 

 「ホ、ホホホ……あれらも料理ですから…」

 「……うん」

 

 どこか焦ったような言葉が大宦官からオデュッセウスに投げかけられるが余計に頭を抱えていた。

 調子が悪いのだろうか?

 殿下の後ろに立って居る親衛隊隊長のレイラさんもどこか困った顔をしているし、無理をしているのかな?

 そう思いつつまた会場を見渡せば他にも変わった人が何人か見えた。

 

 先ほどの鳳凰を食べた女性に近付いた男性――服装を見て帝国最強の騎士達として紹介されたラウンズの方だと思うのだけど、なにやら楽し気に会話して同じく飾りを皿に取っていた。

 次に殿下の親衛隊隊長さんと同じ制服を着た男性が皿に料理を山のように積んで、かき込むように食べている。今まで見た事のない食べ方に興味を示したら、殿下は…いや、今度は親衛隊長さんが頭を抱えていた。

 

 「神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル第二皇子様ご到着!」

 

 会場の入り口を警備している兵士が来客が訪れた事を高らかに伝える。

 頭を抱えていた殿下が顔を上げて入口へと視線を向ける。

 レッドカーペットを歩く男性には見覚えがあった。何度か中華連邦に来られた方で殿下の弟君だ。直接話したことは無いが殿下からお話は聞いた事がある。自慢の弟って言っていたけれど何かしら妹さんや弟さんの話をする時は絶対といって『自慢の~』って言うのだ。本当に仲が良いのだろう。

 

 来客はまず会場の奥に設けられたテーブル席。

 つまり私と殿下が座っている所まで来て挨拶をなさるのだけれども、ラウンズの方々が途中で膝を付いて頭を下げた状態で何やら話して足を止めている。

 

 「皇コンツェルン代表、皇 神楽耶様ご到着!」

 

 その言葉に思わず立ち上がって喜んでしまった。

 慌てて振り向くと大宦官が怪訝な顔をし、殿下は嬉しそうに微笑んでいた。

 行儀が悪かったと恥ずかしくなり、顔を赤くして少し頭を下げた。

 

 「す、すみません」

 「いや、良いよ。気の許せる友人が来て嬉しかったのだろう」

 「はい!」

 「………私は少し不安だけれども(ボソボソ)」

 「え?なにか仰られました?」

 「何でもないよ」

 「く、黒の騎士団総帥、ゼロ様ご到着!」

 

 来客が続いて入って来たことで会場が騒がしくなる。

 神楽耶と付き添いの男性の後ろを歩く仮面をつけた方…。

 兵士達が慌てて囲んで矛先を向ける。

 囲んだ輪の中には神楽耶も含まれていた。

 慌ててやめさせようと身を乗り出すと、大宦官に肩を掴まれ止められる。

 

 「どうして神楽耶に!?」

 「もう忘れなさい。死罪になるべき女子です」

 「神楽耶もブリタニアへ!?」

 「いやいや、勝手に殺さないでくれるかい。ゼロと神楽耶…否、黒の騎士団の処遇はこちらで判断する事です。それとゼロは勝手ながら私が呼んだんだ。なので矛先を下ろして貰えると嬉しいのだが」

 「そうでしたか…先に話して貰いたかったですが…」

 「言っても許可しなかっただろう?」

 

 ――肩が震えた。

 言葉はいつものように優しさを含んだ物言いであっても、その眼光はいつもの殿下では無かった。

 確かに顔は笑っている。

 いつものように笑っている。

 しかし、その瞳には怒りのようなものがあからさまに映し出されていた。

 一目で恐怖を感じた瞳に大宦官は怯え、口を閉ざして大きく頷くことしか出来なかった。

 

 矛先が外されたゼロと神楽耶は途中で止まっていたシュナイゼルとラウンズの方々と話している模様。

 そのままレッドカーペットより離れて別室へと移動するようだ。

 ただ神楽耶と神楽耶の付き添いの男性はこちらに来るようで安心した。

 

 「神楽耶…その大丈夫?」 

 「はい。私にはとっても頼りになる殿方が居りますので」

 「ライ君も神楽耶さんも久しぶりだね」

 

 近づいてきた神楽耶がお祝いの言葉を述べる前に心配で口を開いてしまった。

 対して神楽耶は嬉しそうに答えつつ、隣の男性の腕に手を絡める。

 黒いバイザーを付けていて遠目では分からなかったけれど、神楽耶が朱禁城に居た頃に護衛をしていたライさんだ。

 二人はそういう関係だったのかと思うと羨ましく思う。

 

 殿下が微笑みながら声を掛けると神楽耶は笑った。

 こちらも笑っているが笑っていない。

 笑っている顔でも怖いと感じる事があるんだと今日はつくづく思う。

 

 「えぇ、お久しぶりですオデュッセウス殿下(・・・・・・・・・)。ずっと結婚なさらないと思っていましたがそういうご趣味で今までしてこなかったのですね」

 「ウグッ…いや、これはね…」

 「それに妹君が政略結婚の対象にされそうになった時はかなりお怒りになられたのに、ご自分となると良いのですね?」

 「あ、そ、えーと…」

 「どうか致しましたか神聖ブリタニア帝国第一皇子様(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 棘のある言葉に殿下はテーブルに突っ伏した。

 顔は見えないがしくしくと泣いている様子にどうしたら良いか分からずおろおろと慌てていると、ほっといて大丈夫ですわと神楽耶に言われた。

 

 「ところであの方たちは…」

 「別室にてチェスを打ちに」

 「別室?ここでは駄目なのですか?」

 「天子様。相手はテロリスト。何があるか分かりません。警備の事も考えて別室で行うのが無難かと」

 「杞憂ですわ」

 

 大宦官の言葉に神楽耶が答える。

 会場の中央に大型のモニターが準備され、シュナイゼルとゼロのチェスの様子が映し出される。

 別室でもこちらでも一手打つごとに歓声が上がるか、何がどうなっているか分からない私はただただ眺めるだけ。

 

 「ふむ…私も行くか」

 「殿下、大人しくしていてください」

 「少々飽きが過ぎるよ。ノネットの護衛があれば問題ないだろ?」

 

 殿下が示す先にはラウンズの制服を着た女性が居た。

 あの方は他のラウンズ方々がシュナイゼル殿下の護衛に向かったのに良いのだろうかと疑問が浮かぶ。

 

 渋々了解した親衛隊長さんは少し離れた位置で警戒していた親衛隊の方に声を掛けて準備を始める。

 

 「暫くの間、席を外す無礼を許してくれるかい?」

 「えと、はい…」

 「今は私と居るより神楽耶さんと居た方が気が楽だろう?」

 

 耳打ちされた言葉に頷いてしまった。

 ふふっっと微笑んだ殿下は護衛を連れて別室へと向かっていく。

 ぺこりと頭を下げて気を使ってくれたことに感謝する。

 この披露宴の中で神楽耶との会話は短くとも一番心落ち着く時間だった。

 

 

 

 

 

 

 喧嘩したい訳じゃなかった。

 久しぶりに会ったミレイちゃん…。

 普通に話をしていただけなのに、カチンと来て今までにないような大声を出して怒鳴ってしまった。

 大きなため息をついてニーナ・アインシュタインはどうしようかと悩む。

 

 ここ数日どうもおかしいのだ。

 仕事中些細なプログラムミスを連発するし、気が付くとボーと呆けていたり。そして今日は柄にもなく怒鳴ったり…。

 シュナイゼル殿下に披露宴へ一緒に出席しないかと誘われて緊張していたからかな。

 いや、確かに緊張はしているが、それが理由じゃない気がする。

 仕事に合わせてこういう場での作法を学んだりと忙しくて疲れが出た?…ううん、おかしかったのはそれよりも前だ。

 

 その前といったらオデュッセウス殿下が結婚されると聞いた時ぐらいだ。

 

 殿下は皇族で皇位継承権第一位。

 国の事を考えれば政略結婚は当たり前で私も納得した筈だ……?

 納得?…平民の私が何かを納得する?殿下の結婚に思うところがあったという事?

 

 自分の心にあった矛盾点に気付いて考えをまとめようとした時、たまたま通りかかった一室より歓声が上がる。

 中を望むと多くの貴族たちが一つのテーブルを囲んで何かを眺めていた。

 

 そこにはシュナイゼル殿下の姿があり、ちょうど駒を動かしている所だった。

 ちらっと見えた駒からチェスを打たれていると分かり、余興も兼ねて誰かと打っているのだと対戦相手を見る。

 

 

 ―――ゼロ!?

 

 

 視界に入った相手に殺意が湧く。

 あいつさえ……ゼロさえいなければエリア11で多くの人が亡くなる事はなかった。いいや、ユーフェミア様が亡くなる事は無かったんだ!!

 ゼロに対する殺意で心が憎しみに染まり、近場に止めてあったカートに目が良き、咄嗟に積まれていたナイフに手が伸びた。

 

 『もう良いんだよ』

 

 ナイフに触れるか触れないかの直前で手が止まる。

 ブラックリベリオンの――アッシュフォード学園の――あの時のオデュッセウス殿下との光景が脳裏に過る。

 葛藤が起きる。

 ユーフェミア様の仇を討つべきか、それとも………。

 

 

 悩んだ結果、ニーナは手をだらりと下げた。

 

 「そうだ…それで良いんだよ」

 

 声が聞こえた。

 脳内に過った声。

 聞き間違える筈もないオデュッセウス殿下のお声に慌てて顔を向ける。

 

 そこには親衛隊長のレイラ・マルカルに親衛隊ナイトメア隊の隊長の日向 アキト、ラウンズのノネット・エニアグラムに護衛されているオデュッセウス殿下が立って居た。

 慌てて姿勢を正そうとするがその前に殿下が両手で私がナイフを握ろうとした右手を包んだ。

 

 「君の手が血で汚れる事を私もユフィも願っていない」

 「…で、殿下…」

 「それにしてもそのドレス。ユフィのに似ているね」

 

 指摘されて恥ずかしくなって俯く。

 この披露宴に出席するにあたり、ドレスを用意しなければならなくなったのだが、それはシュナイゼル殿下が出してくれるとの事で、デザインや色の事を聞かれたのだ。分不相応だとは思いつつ配色に胸元の形など、ユーフェミア様が着ていらしたドレスのデザインを使わせてもらった。

 改めて言われるとは思わず、恥ずかしく顔がほてる。

 

 「あ、あの!これは―――」

 「とてもよく似合っているよ」

 「殿下。通路の真ん中で女性を口説くんですか?天子様との披露宴の途中に」

 「待って!ただでさえロリコンと言われて傷ついているのに浮気者の名まで付ける気?」 

 「冗談ですよ殿下」

 「勘弁しておくれよ。では、また後程」

 「―――ッ!?でででで、殿下!?」

 

 そう告げられると包んでいた右手を持ち上げ、手の甲に軽くキスをされた。

 突然の事に顔が真っ赤に染まり、高鳴る鼓動の音が鼓膜まで届く。

 何事も無かったように部屋の中に入って行く殿下を見つめながら今起きた光景を思い出す。

 

 先ほどの何もかもが吹き飛び脳内でパニックが起こる。

 熱で火照った頭を冷やそうと先ほどミレイと喧嘩したベランダに出て、怒鳴られた直後だというのにミレイに心配されたのは言うまでもないだろう。

 ゆっくりと冷めていく熱を感じながら、先ほどの矛盾を生んだ理由に気付いたニーナは再び湯気を出しそうなほど赤面するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは怒っている。

 セシルさんが飾りである鳳凰を周りの目を気にせず食べたり、ジノがセシルさんを見習って飾りを取りに行ったり、リョウがこういう会場では絶対見ない食い方をして恥ずかしかったことが原因ではない。

 勿論、招待客として招いていないノネットが居た事も違う。

 というか面白そうだったからという理由で来るのはどうなんだろう?ラウンズの仕事もあるんじゃないの?あと大宦官も「皇帝陛下よりオデュッセウス殿下の護衛をするように命じられた」というノネットの発言に裏も取らず入室を許可するのもどうなのよ。

 

 コホン。

 それは後で注意するとして私が何に怒っているかというとシュナイゼルとゼロに対してだ。

 明日の式で御破算になる結婚式であるけども私、主役の一人だよ!

 挨拶も無しに別室で二人チェスを打つなんてずるいじゃないか!

 ただでさえレイラ監視の元、自由に動けないというのに。

 

 それに何より可愛い弟二人が私を放置するとか悲しいじゃないか…。

 泣いちゃうぞ…ただでさえ頭や胃が痛くて泣きそうなのに。

 天子ちゃんに悪い事をしたなと罪悪感に苛まれ、神楽耶さんのブレイズルミナスも貫通しそうな言葉の棘に串刺しにされ、さらには―――…

 

 【コーネリアが落ち込んで手が付けられない。なにか言葉をかけてやってくれ】

 【姫様が殿下の式の事で不安がっております。一言かけてあげて下さいませんか?】

 【返信まだか?】

 【出来るだけ早くお願いいたします】

 【早急に頼む。雰囲気が暗くて重くて息苦しいんだこっちは】

 

 と、コーネリアの状態に対してオルフェウス君とギルのメールが交互に送られてくるの。

 返信しようと打って居たら被って来て打つに打てなくて溜まったメール総数が100件を超しました。

 お前らわざと交互に打ってない?

 さらに極めつけは【現状のお姉さま】とタイトルでカリーヌより送られてきた動画付きファイル。

 動画は皇帝代理として重要な書類に判を押しているギネヴィアなのだが、目は虚ろで書類を確認している様子がない。

 

 二人の様子が心配で心配で胃がキリキリする。

 

 胃の痛みに耐えながら二人がチェスを打っている別室に入ると皆の視線はシュナイゼルとゼロの大戦に釘付けでこちらに気付いていない。こっそりと覗いてみるとちょうどキングとキングが隣接し、「取っても良いよ」「勝ちを譲ってあげるよ」と言わんばかりのシュナイゼルの手に対してゼロが「勝ちを譲られてたまるか」と取らずにキングを離す。

 この一手でシュナイゼルはゼロの性格を理解しただろう。

 

 もうここまでだ。

 

 私はニッコニコ笑みを浮かべて二人の元へと近づくと気づいた周りが騒めき、次にシュナイゼルとゼロが顔を上げる。

 ん?どうして二人とも青ざめているんだい?

 

 「…あ、兄上。どうしてこちらに」

 「酷いじゃないか挨拶も無しに二人で楽しそうに」

 「一応、私はブリタニアに矛先を向けている敵の筈ですが」

 「知っているよ。でも今日ぐらいは命のかかった争いでなくても良いだろう?」

 

 シュナイゼルの隣に立つと、逆にシュナイゼルが席を立つ。

 そこに腰かけてゼロと対面して座る。

 レイラとアキト、ノネットが警戒の色を濃くする。

 

 「余興に私も参加させてもらうよ」

 「しかし兄上…」

 「さぁ、どちらが相手をしてくれるんだい?」

 「どうされますシュナイゼル殿下」

 「ふむ…」

 

 ちょっと打つだけなのにどちらも困った様子。

 もう少し楽にしてくれればいいのに―――ハッ!?もしかして私とは打ちたくないとか?

 そうだとしたら精神的ダメージから血反吐吐きそう。

 

 不安げな気持ちを隠して考え込む二人に対して、とうとうしびれを切らしたオデュッセウスはいらん一言を言ってしまった。

 

 「何なら二人同時でも良いよ」………と。

 

 何かが切れた音が聞こえた。

 勿論そんな音は鳴っていないし、オデュッセウスの幻聴である。

 

 「兄上がそう仰るならそうしましょうか?良いですねゼロ」

 「………あれ?」

 「こちらは構いませんよ。戦場では見られないブリタニア宰相との共同戦線。面白いじゃないですか」

 「もしかして二人共…怒ってる?」

 

 不敵な笑みを浮かべる(※ゼロは雰囲気的に)二人に後悔をし始めたオデュッセウスだが待った無しに用意は進められ、二対一という非常に困難な戦いが切って落とされた。

 シュナイゼルとゼロは打ち合わせも無しにオデュッセウスに考える暇を与えまいとタイミングを計り、交互に打ち続ける。兄の意地にかけて負けるものかと必死に脳を働かせ、何時になく真剣な趣で打ち続ける。

 

 最終的に引き分けに持って行き、敗北だけは阻止したオデュッセウスだったが、その後はフルで頭を使った反動で頭痛が起こり、部屋でもがくことに…。

 

 殿下が頭痛で動けない事で親衛隊の隊員全員は殿下を心配するよりも勝手に抜け出す心配がなくなったと安堵した。



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第95話 「戦闘区域でのお茶会」

 入り口から向かって左側には神聖ブリタニア帝国、右側には中華連邦の招待された貴族達が腰かけている。

 中央に伸びた真っ赤な絨毯の先には新郎のオデュッセウス・ウ・ブリタニアと新婦の天子が並び、式を執り行うに当たって呼び出された神父が向かい合っていた。

 神父の言葉だけが響いている空間を勢いよく開かれた扉の音により、全員の視線が入口へと集まる。

 

 「我は問う!天の声!地の叫び!人の心!何をもって中華連邦の意志とするか!!」

 

 鋭い眼光を向け、叫ぶは中華連邦の若き武官―――黎 星刻。

 枢木 スザクに匹敵する戦闘能力にルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに匹敵する頭脳を有し、天子に絶対の忠誠心を抱いている者。

 式場に乱入した彼は鞘より剣を抜き放ち、同じ志を持った同志と共に天子を…。

 大宦官により私腹を肥やすための…政治を扱いやすくするためだけの駒として利用され、今やブリタニアに売り渡されようとしている少女を救わんと立ち上がった。

 

 「血迷ったか星刻!!」

 「黙れ趙皓!すべての人民を代表し、我はこの婚姻に異議を唱える!!」

 

 いきなりの乱入者を認識した大宦官が叫ぶと、逆にそれを超える声量と怒気で言い返す。

 天子目掛けて駆け出した星刻に対し兵士に「取り押さえろ!!」との命が下る。

 相手はラウンズでの上位に入る枢木 スザクに匹敵するほどの猛者。

 雑兵数十人で止めれる筈がない。が、現状それで時間を稼ぐしか手がないのも事実か…。

 

 二名の兵士が槍を手に突っ込むが、突き出した槍先が意図も簡単に叩き切られ、驚いた隙に一撃を受けて気絶。

 進路を防ぐように立った六名の兵士の槍が同時に振り下ろされる。

 それを剣一本で受け止め、押し返す。

 

 「今こそ!!」

 

 袖の中に仕込んでいたひも付きの刃物を投げて槍をへし折る。

 もう総崩れだ。

 囲んでいた一人が崩されると数の差など、あってないように斬り捨てていく。

 まさに無双と言うべき戦い。

 そして彼は戦闘だけではなく、頭脳も優れている。

 

 騒ぎを起こしたことで招待客が逃げ惑う事も、大宦官がブリタニアを重視している事から銃による攻撃は行われないと確信している。

 予想通りに銃口を向けて射殺しようとした兵士達は大宦官によって制止される。

 

 「不忠なり!天子様を己がものとしようとは!!」

 

 銃器を使わずに取り押さえようと前に出た兵士が叫ぶ。

 その言葉にクスリと笑った。

 最初に中華連邦の意志などと言ったが星刻にとってはそれ以上に天子様をお救いする事しか頭になかった。

 昔助けられ、救われた恩義…外の世界を見せるとして約束した永続調和の契りを果すため…彼は剣を振るう。

 

 「天子様に外の世界を!!」

 

 ただただ大宦官や役職に従うだけで何が正しくて何が間違っているかも気付かない者らを斬り捨てながら、願いを心の底から星刻は叫ぶ。

 返事など期待していなかった。していなかったというのに…。

 

 

 「星刻ー!!」

 

 

 天子の助けを求めるような表情で涙を流しながら、親指と小指だけを伸ばして他の指は握る永続調和の契りを結ぶときの形で手を振る様子に感極まる。

 もう忘れられてもおかしくない。否、天子様は忘れているだろうと思っていた。

 だが、彼女は決して忘れてなどいなかった。

 剣を握る手に力が籠る。

 もはや迷うまい。

 中華連邦全ての人民の為になどと自身を偽るのも止めた。

 すべては天子様の為に!!

 

 「我が心に迷いなし!!」

 

 強い意志を燃やし、瞳をキラキラと輝かせ、満足げな笑みを浮かべた星刻は突っ込んでくる。

 近付くにつれて嬉しそうに笑みを浮かべる天子の元へと…。

 

 

 

 

 

 

 私はその光景を間近で見れて、身の危険など一切気にせずに胸が熱くなった。  

 そして私―――オデュッセウス・ウ・ブリタニアは座乗艦ペーネロペーの艦橋より対峙する黒の騎士団の浮遊航空艦【斑鳩】を見つめていた。

 

 「はぁ~…お茶が美味いねぇ」

 

 ズズズ、とお茶を啜るオデュッセウスに拘束着を解除され、とりあえずクレマン少佐の私服を着させられた紅月 カレンが呆れた視線を向ける。手錠も足枷もされていない状態で放置という訳にもいかないので警備隊のハメル中佐達が周りを囲んでいる。

 

 大きなため息を吐き出しながらカレンはどうしてこうなったかを思い起こす。

 披露宴の翌日に行われた式にて星刻達の動きに合わせて天子を予定通りに攫う事に成功したゼロは、急遽寄せ集められた中華連邦の追撃部隊を朝比奈の伏兵が潜む地点へ誘い込み殲滅。

 悠々と斑鳩まで帰還を果たしたのだ。

 

 そうそこまでは順調だった。

 

 ラクシャータ・チャウラーが紅蓮弐式(・・・・)同時期(・・・)に開発したナイトメアフレーム【神虎】による待ち伏せ。

 藤堂の斬月に千葉の月影、卜部と朝比奈の暁【直参仕様】はエナジーの交換と整備に入っており動けず、飛行する神虎に対抗できる機体はライの蒼穹弐式改か私の紅蓮可翔式のみ。

 ライは神楽耶と共に天子の相手をしていた為に私が出撃して行ったのだ。

 

 ―――強い。

 何が紅蓮弐式と同時期に開発したナイトメアだ!性能は紅蓮可翔式と互角に戦えるほどのハイスペックとか聞いていない。それにパイロットの黎 星刻の技量も自身と同等。

 手強い敵であるが機体に慣らす前に出てきたせいか僅かに動きに違和感があった。

 熟練度では負ける事のないカレンは勝負に出て、その賭けには勝ったが勝負には負けてしまった。

 

 まさかエナジー切れで捕縛されるなんて…。

 

 さらに中華連邦に捕えられ、拘束着を着させられこれからどうなるかと不安に煽られていると、オデュッセウスが大宦官と交渉して私の身柄と紅蓮を引き取る事に…。

 そして何故か艦橋でお茶の相手に誘われたのだ。

 

 「どうしたんだい暗い顔をして。もしかして緑茶は苦手かい?だったら黒豆茶とか用意しようか?」

 「いえ、苦手では無いです」

 「うん?なら……お茶菓子かな。豆おかきやせんべいより若い子にはケーキとかのほうがよかったかい」

 「そういう事でもない!なんで私はここでお茶をしているのかと悩んでいるのですよ!」

 

 悩む素振りをしてからキョトンとした表情を向けて来たオデュッセウスに殴り掛かってやろうかと思ったが、銃口が向けられる前に抑えた。

 また大きなため息を吐き出し、ソファの上で胡坐をかいてせんべいをバリっと音を立てて噛み締めた。

 

 「あー…殿下。今更ですがこんなことしていて良いのですかねぇ?」

 「だってやる事ないしねぇ。まさか動くなって釘刺されるとは思わなかったし」

 「普段の行いを悔い改めて下さいよ」

 「善処します…って、ウォリック大佐。絶対日本茶にそれ混ぜても美味しくないと思いますよ」

 「あれ?確か日本茶にお酒を混ぜて飲むやつありましたよね?」 

 「それは焼酎や日本酒を使ったやつね。さすがにウォッカの類は知りませんよ」

 

 「いや、本当にアンタら何してんの?」

 

 本気で呆れてしまった。

 頭を抱えていると戸惑いながらアンナ・クレマンが資料を手にやって来た。

 

 「殿下。データがだいたい集まりました」

 「お、ありがとう。クレマン少佐もお茶にしないかい?」

 「いえ、まだお仕事がありますので」

 

 やんわりと断られると資料を受け取り、ざっと目を通す。

 

 「んー、このデータだけで再現は難しいかな」

 「今度はなにをやらかす気なんです?」

 「神虎の再現」

 「こりゃまた博士達が暴走しそうな気しかしませんな」

 「どっちの?」

 「両方共」

 

 お茶を啜りつつ会話を聞きながら、辺りを見渡す。

 オペレーターは情報をまとめてオデュッセウスが持つ端末へデータを送り、技術士官達は忙しそうにデータ収集に努め、豆おかきを齧りながらオデュッセウスは端末越しに指示を出す。

 ふざけているようで指揮所として上手く回っている。

 これがここのスタイルなのだろう。というかここ以外には無いような気がするが…。

 

 「やっぱりデータだけでは難しいかね。せめて朱厭(シュエン)でもあればなぁ」

 「朱厭?」

 「ん、カレンちゃんはそっちの方が気になるのかい?」

 「私は黒の騎士団の皆を、ゼロを信じているから」

 「ふ~ん…そっか。ありがとう」

 「へ?」

 「何でもないよ」

 

 何故か嬉しそうなオデュッセウスに疑問符を浮かべるが、この人がおかしいのは前から知っているし今更だろう。

 艦橋正面上には大型モニターがあり、戦況が解りやすく表示されている。

 

 藤堂の斬月が星刻の神虎に押さえられているが、それは黒の騎士団も同じ。

 中華連邦軍の中で厄介そうなのは星刻のみ。

 カレンが捕虜となったためにいつもに比べて一手遅れるが、中華連邦の部隊に対しては何ら問題なかった。

 

 千葉の月影、ライの蒼穹弐式改、卜部と朝比奈の暁【直参仕様】が空から攻撃し、地上はネモのマークネモを始めとした主力部隊が押し返す。

 中華連邦は移動指令所として使用されていたピラミッド状の地上戦艦【竜胆】より高い火力を誇る主砲二門の援護砲撃と大量の鋼髏で応戦しているが、竜胆に大宦官が三名も乗っている為か必要以上に竜胆の周りに鋼髏が集まっている。

 さすがに押され始めて焦った大宦官はオデュッセウスに援軍を求め、面白そうという理由で付いてきたノネットとマークネモを足止めするべくアキト、リョウ、ユキヤ、アヤノ、レイラの六名が出撃した。

 

 ちなみにオデュッセウスがここに居るのは神虎のデータ取りの為と言うのが表向きの理由で、本当は原作知識からスザク君がカレンを回収する前に引き取る事である。

 

 アキト達は反応速度で異常な動きを見せるマークネモに対し、ブレイン・レイド・システムを使用しての驚異的な反応速度と運動性を発揮し、操縦者同士の脳をリンクした意思疎通により熟練のチームでも難しいチームワークを取っていた。レイラはそんな彼らの邪魔にならない様にアレクサンダ・ヴァリアント・ドローン一個中隊の指揮を執って周囲の敵機を近づけない様にしている。

 その頃、ノネットは楽しそうに千葉の月影と斬り合っている。

 

 「あ、そうそう朱厭ていうのはね神虎の先行量産機の事でね。量産機としてコストダウンをしながら、第七世代ナイトメアフレーム相当の性能を持つとされる機体さ。ナイトメアとすら定義していいのか分からない鋼髏から一気に人型の…しかもブリタニアの第七世代にも匹敵する機体を作り上げたんだ。ロイドやミルビル博士でなくても一パイロットとして乗ってみたいものだよ」

 「あんた…皇族よね?」

 「どうしたんだい?」

 「いや…ブリタニア皇族ってみんなこうなの?」

 「あー…どうだろうね。私が知っている限り殿下ぐらいかなと思うけどねぇ」

 

 生き生きと語り出したオデュッセウスを放置して今度は豆おかきを頬張る。

 良い塩梅の塩加減に豆の香ばしさを味わいつつ、お茶を啜る。

 飲み干したところで自然と息が漏れる。

 

 「――――って、聞いてる?」

 「あ、うん。聞いてる聞いてる」

 「それ聞いてない人の反応だよ」

 

 がっくりと肩を落としながらも端末の情報から目は離さない。

 すると急に端末を操作し始める。

 戦っていたブリタニア所属機が撤退を開始し始めた。

 なにが起こるのかと目を凝らしていると水が流れて来て安堵する。

 

 「無駄ね。水はゼロの指示で先に抜かさせてもらっているから。機体を流すほどの勢いはないわよ」

 「それはどうかな?」

 

 余裕ぶっている態度に違和感を覚えてモニターに視線を戻すと黒の騎士団のナイトメア隊が沈み始めていた。

 

 「なんで!?どうしてよ!?」

 「君たちは見くびっていたんだよ。中華連邦の大宦官の愚行を!アイツらは私腹を肥やすためならどんな手段も使う―――手抜きにさらに手抜きを重ねた開拓工事で地盤緩みっぱなしにするなんて訳ないさ!」

 「殿下ぁ。本人たちに聞こえてないからって他国の政治に関わっている者を卑下にする言葉はお控えくださいね」

 

 カレンはモニターを食い入るように見つめる。

 反応速度が異常なマークネモも足が沈めば生かせずにただの案山子となるしかない。

 多くの仲間が動けない中、左右より突撃を敢行する中華連邦軍。

 斑鳩のハドロン重砲によりその大半が蒸発したが、現状は黒の騎士団に不利過ぎる。

 ゼロが退却を決めたのだろう。

 斑鳩が方向転換して撤退を開始。藤堂達が救出作戦を指揮しているが、中華連邦軍がそれを許すはずもない。

 

 鋼髏の銃口が動けない暁に向けられる。

 

 「全機後退を進言するよ」

 

 祈るように見つめ続けたカレンは大宦官に向けて通信したオデュッセウスの一言に驚いた。

 いくつか会話を行い戻って来たオデュッセウスは向かいのソファに腰かける。

 

 「どうして私達を助けたの?」

 「……助けたつもりはないさ。手負いの獅子ほど怖いものはない。窮鼠猫を噛むなんて言葉もあるだろう。今の彼らに手を出せば損害が大きいからそれを進言しただけさ」

 「――そう。でも、ありがとう」

 「どう致しまして…で、良いのかな?」

 

 頬を掻きながら和菓子を何処からか取り出したオデュッセウスは抹茶の用意を行う。

 三人で一服していると戻って来たレイラより三人とも説教を喰らう羽目になったのであった…。



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第96話 「大宦官VS…」

 中華連邦の象徴であった歴代の天子達を祭る陵墓―――【天帝八十八陵】。

 ごつごつとした山肌を晒し、正面には浮遊航空艦がギリギリ入れるほどの入り口が設けられている。

 

 神聖ブリタニア帝国第一皇子座乗艦ペーネロペーは高度を上げて天帝八十八陵上空で待機している。

 見下ろす形で戦況を眺めているレイラ・マルカルは、黒の騎士団の動向を注視していた。

 

 

 天子を攫った黒の騎士団は中華連邦の追撃隊より逃げ延び、天帝八十八陵に籠城した。

 歴代の天子を祭っている事から中華連邦にとっては聖域の一つであり、正面入り口以外は強固な山肌にて自然の防御壁に利用できるので精神的にも物理的にも強固な守りとなる。

 攫う云々はさておき、圧倒的に不利な状況かつ逃げ切れないとなると降伏か籠城策しかなくなる。すでに天子という中華連邦の象徴を攫った時点で降伏したところで死罪かそれに近しい罪に問われて二度と表に出て来ることは無くなる。となれば籠城策。籠城する場所としてはかなりの好条件の場所に立て籠もったものだが、援軍がなく逆転する手が無ければこのまま終わってしまう。

 

 堅固な籠城先を手に入れた黒の騎士団の戦力は月下の改良型であろう新型ナイトメアで、性能的には中華連邦の鋼髏を優に勝る。パイロットたちの練度や技量にしても黒の騎士団が優れているのは明白。

 これならブリタニアの協力がない状態での中華連邦追撃隊は返り討ちに出来る―――筈だったろうに…。

 

 大宦官は先の一戦にて痛手を被った事により、急ぎ近場の軍を動員。

 元の規模の約三倍もの大軍勢を揃えたのだ。

 

 神虎の試作量産機である朱厭を含んだ御家部隊に護られている中華連邦の地上戦艦竜胆を後方に正面に第一軍、左右に第二、第三軍を配置して天帝八十八陵に立て籠もっている黒の騎士団の斑鳩を包囲する形で布陣。さらに第一軍の先には黎 星刻と共に大宦官に牙を剥いた部隊が集められている。戦力としてではなく後に処刑する為に…護ろうとしていた天子の死にざまを見せつける為に最前列で銃口を突きつけられているのだ。

 圧倒的数で包囲された上にブリタニアは援軍を要請され、シュナイゼル宰相が乗るアヴァロンより枢木 スザク、ジノ・ヴァインベルグ、アーニャ・アールストレイムとラウンズ三名が参戦。

 さらには大宦官は今の天子を斬り捨て、天帝八十八陵ごと潰さんと火力を集中させている。

 

 席に付いているオデュッセウス殿下へ視線を向けると険しい表情で睨むようにモニターを見つめている。

 今にも飛び出しかねない殿下にはらはらしていたが、どうも傍観に徹するようだ。

 ブリタニア皇族である殿下がここで動くわけにはいかない。

 それは中華連邦を敵に回すことを意味している。たった一人の少女を助ける為に大国を敵に回すか、大きな戦を回避する為に少女を見捨てるか…。大局的に物事を見なければならない殿下は後者を選ばなければならない。

 

 握り締める拳に力が籠る。

 こんな非道な行いを眼前で見ている事しか出来ない歯痒さに、殿下らしからぬ行動に対する不安が胸中に広がる。

 

 竜胆の主砲や左右に分かれた鋼髏部隊の集中砲火により天帝八十八陵が削れ、入り口の天井が徐々に崩れ今はまだ小さいが崩落を始めている。

 斑鳩の甲板上にはブレイズルミナスが展開されていたが、エネルギー不足かダメージを負ったか解除された。

 その甲板上を一人の少女……天子が駆けだし何かを叫んでいる。

 

 天子に狙いを定めた一斉掃射が行われる中、戦列を飛び出した神虎が一斉射を受け止め護る。

 ブレイズルミナスと異なる防御機構が備わっているのだろうが防ぎきる事は不可能で、徐々に機体に傷が増えていく。

 いつ撃破されてもおかしくない機体の前で天子は泣きながら何かを叫んでいる。音声は届かないが何を言っているかはだいたい想像がつく。

 

 アキトはいつも通りの無表情で状況を冷静に見つめ、リョウは気に入らないとばかりに睨みを利かせている。

 それはラウンズであるノネットも同様であった。

 アヴァロンが合流した際に殿下の護衛に付くという事でこちらに移ったのだが現状に…殿下が動かない事に納得がいかないらしい。

 

 「ねぇ!なんで助けに行ったらダメなのよ!!」

 「いやいや、無理でしょ。殿下には皇族としての立場が…ってか立場云々の前にあの大軍の前に援軍も何もないって」

 「けど納得出来ないよ!」

 

 アヤノは殿下に食って掛かるもクラウス大佐が落ち着かせようと遮る。

 二人が話している間にも状況は一変。

 黒の新型ナイトメアが現れると周囲にブレイズルミナスを展開して天子も星刻も護ってみせた。

 

 「良し!行くか!!」

 「「―――はい?」」

 

 突然の一言にクラウス大佐と言葉が重なった。

 まさか本気で行く気ではないでしょうと聞く前に、レイラは振り返った状態で固まった。

 

 ――笑っている。

 ただ目だけは完全に笑っていない。

 瞳から怒気が溢れ出ているのを感覚的に察する。

 

 「これは強制する作戦ではない。正直私が我慢できないから行くだけだ。後々問題になる行為である。ドローンは連れて行くがパイロットの参加は―――」

 「俺は行くぜ!あの大宦官とかいう奴ら…気に入らねぇ!!」

 「私も行くよ絶対に!」

 「面白そうだし僕も行くよ」

 「殿下。私は勿論付いて行きますよ。付いて来るなと言われてもラウンズの権限を行使してでも行きますよ」

 「―――あー…自由参加にしますか」

 

 やる気満々の面子に視線を送るが止まる気配は微塵もない。

 相手は大軍だし、後の事を考えると頭が痛くなりそう。でも笑みが零れる。

 

 やっぱり殿下は殿下でした。

 不安をかき消すほどの安堵感を覚えながらレイラもアキトと共に格納庫へと向かう。

 

 

 

 

 「中華連邦及びブリタニアに告げる。まだこの私と――ゼロと戦うつもりだろうか」

 

 天子と星刻を護るように新型ナイトメアフレーム蜃気楼に搭乗したゼロは自信満々にオープンチャンネルで呼びかける。

 だが、実際はルルーシュはゼロの仮面を被ってて目では見えないが、状況の悪さに冷や汗を掻いている。

 完全に包囲され、絶体絶命の状況をひっくり返すために前もって計画していた作戦を下方修正して実行した。

 

 元々行うように手筈していたクーデターに合わせた人民蜂起。

 人民を無視した不平等条約の締結に中華連邦の象徴を私利私欲の為に道具のように扱った事、さらには戦闘中に行った通信記録。

 

 『天子などただのシステム』

 『代わりなどいくらでもいる』

 『残された人民はどうなる!?』 

 『ゼロ、道を歩くとき蟻を踏まない様に気を付けて歩くのかい?』

 『主や民など幾らでも湧いて来る』

 『蟲のようにな』

 

 このような会話に怯える幼い天子に容赦ない攻撃を続ける様子を合わせれば効果は絶大だ。 

 上海、寿県、ビルマ、北京、ジャカルタ、イスラマバート、その他十四か所同時多発的に暴動が発生。

 シュナイゼル兄上とオデュッセウス兄上の事を考えると二人がこの状況でまだ攻めてくることは無い。

 戦闘が終了した後には天子を護った事で星刻と交渉がし易くなり、黒の騎士団と中華連邦が手を取り合う事も可能だろう。

 

 ただ状況が状況だ。

 中華連邦―――大宦官の軍勢と比べればこちらはあまりに少なすぎる。

 機体性能やパイロットの技術で勝ろうとも数で押されれば一溜りもない。

 

 戦局を左右するのは戦術ではなく戦略。

 カレンが居ないのはかなり痛いが、向こうに居た星刻はすでにこちら側。

 自分に並ぶ有能な指揮官が居なくなっただけまだましか。

 

 『一斉放火で叩き潰せ!!』

 「それが大宦官の解答か」

 

 こちらに放たれる弾丸をブレイズルミナスを展開して防ぎ、撃ってくる敵機を自動マーキングする。

 正面に居る最前線の部隊がこちらに撃っては来ない。星刻があのあたりから来たことを考えれば星刻の仲間と考えるべき。

 その一団をターゲットから外し、胸部より菱形のレンズを発射。続いて撃ち出したレンズに向けて貫通能力にたけた高出力レーザーを照射。反射角を計算してターゲットのみに乱反射させたレーザーが降り注ぐ。

 

 世界最高峰の防御力とラクシャータが謳った蜃気楼の独自の防衛機構【絶対守護領域】に胸部に内蔵された蜃気楼の新兵器【拡散構造相転移砲】。どちらもガウェインより回収した高性能電子解析システム【ドルイドシステム】あっての兵器。

 性能テストにしても戦果は十分すぎる。

 なん十機もの鋼髏をレーザーで貫いたり、切り裂いたりして撃破した。

 が、依然として数が多い。

 

 「―――全ナイトメア出撃!斑鳩は前進後にハドロン銃砲で――」

 『ゼロ!上よりブリタニアの降下部隊多数接近中です!!』

 「なに!?」

 

 言われるがまま見上げると確かに20…30…いや、一個大隊クラスのナイトメアが降下してきている。

 空気抵抗を減らすように機体を可変させ、翼のようなものを付けて滑空してくるナイトメアの機体データは該当なし。

 ブリタニアの新型と考えるべきだろう。

 それを量産して保持できるほどの人物と言えば一人しか思い当たらなかった。

 

 (何故オデュッセウス兄上が!?)

 

 驚き、混乱するルルーシュはどう指示を出すべきか一瞬躊躇う。

 先頭を進むオレンジ色の機体が可変して人型になり、ナイトメアフレーム用の狙撃ライフルを構える。

 トリガーに指はかかっており、すでに狙いは定まっている。

 

 銃口より閃光が発生し、放たれた弾丸は吸い込まれるように直撃した。

 

 

 

 蜃気楼目掛けて飛来していた竜胆主砲の砲弾に。

 

 『ルr――――ゼロ!戦闘中に気を抜かない!後ろには天子ちゃんが居るんだから』

 「な!?最前線に出て来たのか?それに今のは…」

 『ゼロ!先ほどの問いに神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニアがブリタニアを代表して答えよう!答えは君達とは今は戦わない』

 

 斑鳩の甲板上に着陸したオレンジの機体にルルーシュは微笑みかける。

 戦いに参加はしない。

 ブリタニアの皇族としてそうするだろうと思っていたのに、呆気なくこうして出て来たことに納得する。

 

 オデュッセウスの機体―――アレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナは範囲内にエネルギーシールドを展開するプルマ・リベールラ六枚を展開し、防御能力を高めつつ狙撃ライフルで大宦官側へと銃口を向ける。

 

 『中央の部隊が動きを止めている理由は分かるかい?』

 「――あぁ…それは星刻の仲間だと…」

 『了解した。なら中央は黒の騎士団と星刻君たちに任せる。レイラ!右翼を抑えてくれ!!援護はする!!』

 『イエス・ユア・ハイネス!黒の騎士団の甲板上と不安な事は変わりありませんが決して前線に出てこないで下さいね』

 

 四つん這いで着陸したナイトメア部隊はそのまま姿勢を低くしたまま右翼へと突っ込んで行く。

 アレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナを強化、指揮官型にしたレイラのアレクサンダ・ドゥリンダナとタワーシールドを構えた部隊を先頭に突き進み、一気に接近戦に持ち込んでいた。

 その光景を眺めたルルーシュは感心して息を漏らす。

 現場指揮官が有能なのだろうか敵の陣形や動きに対して迅速に処理している。それに一機一機の動きが恐ろしく俊敏で、中でも専用機らしい四機の動きは凄まじかった。まるで四機で一機のように…四人の搭乗者が通じ合っているかのような連携を見せつけていた。

 中には青いランスロットタイプのナイトメアも紛れており、一騎当千の戦いを見せている。

 

 右翼は抑えきるどころか制圧仕切れるんじゃないだろうか…。

 

 「良し!黒の騎士団全機出撃!!敵は中華連邦大宦官率いる軍勢!ブリタニア軍には構うな!!」

 

 待機していた暁隊に藤堂達の空戦可能なナイトメア部隊が全機正面へとなだれ込む。勿論星刻の部隊は黒の騎士団の動きに合わせて反転、大宦官へと攻撃を開始した。

 部隊を差し向けていない左翼はどう対処すれば良いのか混乱して動きが鈍い。これなら押し切れる!

 おかげで圧倒的不利から一気に大逆転だ。

 

 『おおおおお、オデュッセウス殿下!!これはどういうことですかな!?』

 

 オープンチャンネルで大宦官の声が響き渡る。

 

 『我々はブリタニアの貴族となる――』

 『国とは領土でも体制でもない。人だ。民衆の支持を失った大宦官に中華連邦の代表として我が国に入る資格なし!!』

 『ヒィイイ!?』

 『……ってシュナイゼルは言うんだろうけどね』

 

 一喝すると大宦官の悲鳴らしきものが挙がった。

 聞いているだけでもかなりの圧があったのだ。向けられた本人にはたまったもんじゃない。

 されどどうやらそれが理由ではないらしい。

 出て来た理由ではあるっぽいが…。

 

 『現状ブリタニアは中華連邦に支援要請を受けている。だから民衆を見限り、民衆により見捨てられた君達大宦官を代表とは見なさず、天子を護るべく私は君達に銃口を向ける。あっちが代表だと私は思う事にしたんだ』

 『何を血迷った事を!法的に我々大宦官こそが――』

 『それにさぁ…君らが行って来た私腹を肥やすための行為。民をゴミ同然に扱い捨てる見下げた精神。あんな幼子であろうと容赦なく切り捨てる鬼畜さ…なにより…なにより…』

 

 コクピット以外を撃ち抜いたり、飛んできた砲弾を撃ち落としたり、撃つたびにすぐさま狙いを定めたりと忙しなく動いているアレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナが制止した…。

 

 

 『なにより私はお前たち大宦官が大っ嫌いなんだよ!!』

 

 

 最後の発言でルルーシュはたまらず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 『なにより私はお前たち大宦官が大っ嫌いなんだよ!!』

 

 

 「ふはっ!!ハハハハハハ」

 「で、殿下?」

 

 あまりに可笑しくて笑ってしまった。

 やはり兄上は兄上でしたか。

 

 私腹を肥やすためには他者に犠牲を強いる大宦官。

 ブリタニアに有利過ぎる中華連邦との不平等条約。

 政治の為とは言え相手の意志も気にせずに行われようとしていた政略結婚。

 

 どれをとっても兄上らしからぬ行為。

 ここに来てすべてが繋がった。

 

 「兄上はこれを狙っていたのだな」

 「これを…オデュッセウス殿下が…ですか?」

 

 星刻達が大義名分を得やすい状況を創り出し、クーデターの混乱に乗じて黒の騎士団が参戦することを見越して、自らが汚名を被る事を望んだ。

 だが、この展開はデメリットが大きすぎる。

 無傷で掌握できるはずだった中華連邦を大宦官を排する為に切り崩さねばならないのだから。

 

 「でも黒の騎士団を助けても何の利もないのに」

 「兄上は利益だけを考えて動かないからね。昔から…」

 

 ニーナの一言にしみじみ思い出す。

 まだ日本がエリア11と呼ばれる前に兄上から頼まれて弟妹のほとんどが動いたあの事件を思い出す。

 大なり小なり昔からたまに無茶をするんだ。

 思い出していたら笑みが零れる。

 

 「アヴァロンを敵左翼へ。大宦官の勢力左翼側を抑える」

 「宜しいのですか殿下?それは中華連邦と敵対することを意味します」

 「すでに兄上がそのように動いている。それに彼らに協力し、何もせずに撤退するよりも、大宦官を否定するほうが後々民衆を味方に付けやすい」

 

 大宦官を討てば確実に中華連邦は荒れに荒れる。

 そこを私ならば話し合いで半分は切り取れる。兄上はその事まで考えに入れておられるのだろうな。ならば少しでも有利な条件を揃えておいた方が得策と言うもの。

 

 中央を黒の騎士団と星刻達が斬り込み、右翼をオデュッセウスの親衛隊が、左翼をシュナイゼルと共に行動しているラウンズが抑え込む。

 倍以上の大軍と言えどこの面子を止める事は出来ず、大宦官が引き連れた軍勢は掻き乱され、一時間と経たぬ間に大宦官が星刻により討ち取られた事により降伏。

 アヴァロンとペーネロペーは戦域を離脱。

 その際にオデュッセウス殿下より朱厭を鹵獲したと報告が届いたアヴァロン艦橋はテンションがハイになったロイドにより騒がしくなった。

 数秒もしない内にセシルによって鎮圧されたのは言うまでもないだろう。



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第97話 「騒動の後に次なる騒動の準備に勤しもう」

 気持ち悪い…。

 いや、私の体調の話じゃなくて目の前にいる人物のせいである。

 寧ろ身体の方は万全だ。

 やけに今日は目覚めも良かったし、気分も良かった。

 

 モーニングティーを飲みながら新聞に目を通し、中華連邦の一件でブリタニアを巡る情勢が多少騒がしくなるかなと懸念したぐらいで本当に清々しい朝だったのに。

 

 カリーヌは半笑いで見つめながらため息を吐いた。

 本日の予定には中華連邦の件についての会議が入っていた。

 内容はオデュッセウスお兄様と中華連邦との婚儀がご破算となった事で、ブリタニア有利の不平等条約も同盟も破棄され、皇帝陛下が中華連邦を武力を以て奪い取れと命じられた事だ。

 

 本来皇帝陛下の言葉は絶対なのだけれども、私達兄弟姉妹は全然乗り気ではない。

 いつもならパラックス辺りが生き生きしながら自分が行こうかと提案するのだが、今回はつまらなさそうに聞き流している。

 それもその筈。

 私たちの兄上――オデュッセウスお兄様がそれを望んでいないのだから。

 どうも最初っからこの婚儀を壊す予定だったらしく、婚儀の破棄を大宦官を排した中華連邦代表より通達された時もにっこり笑顔で返事していたし。

 

 本人の意思を無視した政略結婚を嫌い、民を苦しめ私腹を得る大宦官と合わないお兄様はもとより彼らをブリタニアの貴族として迎える気が無かった。だからと言って婚儀を自分から破談することも出来なかったろう。ならば大宦官を排し、国崩しが取り易い状況を作り出したのだ。

 これがシュナイゼルお兄様が間近で見たお兄様の狙いだと判断している。

 不平等条約と政略結婚をちらつかせて中華連邦――いや、大宦官への反乱分子を動かさせ、隙に乗じて黒の騎士団が仕掛けると踏んだ策。結果は上々。大宦官は反乱分子と黒の騎士団に討ち取られ、現政権は崩壊。今や群雄割拠の内乱状態に突入し、外から掠め取るには絶好の機会となった。

 それに絶対の支配者であった大宦官が黒の騎士団の策略で中華連邦の悪の象徴となった時に、自ら前線に赴いて天子を救い、悪を討つために例え敵対勢力の黒の騎士団であろうと手を取り合う。

 あの光景は中華連邦に全土に知れ渡っており、中華連邦の民の中にはブリタニアを支持する声もあるのだとか。

 他にも現政権を手中に収めたのは若手が多く、若造に従うなどと悪態を付く各領主は民の声も相まってブリタニアに靡き易かった。

 ちなみに中華連邦へはシュナイゼルお兄様が出向くこととなった。

 モンゴル省の国境沿いに二個師団を揃え、戦闘行為をせずに示威行為と交渉だけで領土の半分は手に入ると断言する辺りシュナイゼルお兄様らしい。

 

 担当を決めたならば会議は終了……の筈だったのに…。

 

 『では黒の騎士団より鹵獲した紅蓮の件だが…』

 『頂戴!』

 『貴様!?何を当然のように強請っている。まずは私を通してから――』

 『えー?でも君は殿下の機体で忙しいんではないのかい?』

 『殿下の機体なら昨日終了した』

 

 そう…これがあったのだ。

 オデュッセウスお兄様が中華連邦に行ったお土産という事で話に上がった新型ナイトメア二機…。

 一機は黒の騎士団のエースが乗りこなしていた紅蓮を飛行型へと強化改修したもので、もう一機は中華連邦初の新型の人型ナイトメアフレーム朱厭。

 どちらもブリタニアのナイトメア系譜とはかけ離れており、技術屋としてはぜひとも調べ尽くしたいところなのだろう。

 つまり大の大人が無邪気な子供の様におもちゃの取り合いに興じているのだ。

 

 見ているだけのこちらとしては欠伸が出るほど退屈だ。

 

 すでに各エリアより回線を通じて参加していたパラックスはつまらないと一蹴して退出。マリーベルとキャスタールは予定もあって回線を切った。

 今この不毛な会議に参加している皇族はオデュッセウスお兄様に私にギネヴィアお姉さま、それとナナリーの四人。後はロイドやミルビル博士のような技術屋だ。

 あぁ、クロヴィスお兄様はもうこのような皇族の会議に参加されることは無い。

 エリア11で負傷してから皇位継承権を剥奪されたが、その後は総督補佐や内政官として各エリアを転々としていたのだけれど、もう争い競うブリタニアの内情に飽き飽きしたのか今や芸術家として政治から離れているのだ。

 確かヨーロッパで腰を落ち着けて絵を書いていたっけ。

 結構好評でかなり儲けているとか。

 ま、儲けとかより好きな物を好きなように描けるというのが楽しいらしいとライラからこの前メールを貰った。今の絵を書きあげたらエリア11の焼き物にチャレンジするとかなんとか…。

 その話は私ではなく、エリア11を気に入っているオデュッセウスお兄様にしてあげた方が良いと思うのだけれど。

 

 

 にしてもなにアレ…。

 こんなどうでも良い話を呆れ顔でなくニコリと微笑んでいるギネヴィアお姉さまは…。

 

 昼前に会ってからずっとそう。

 ご満悦なのかずっとにこにこ笑っているのだ。

 お兄様みたいに微笑んでいるのなら分かるが端っから満面の笑みで今までその表情を崩していない。

 うん、はっきり言って気持ち悪い。

 

 だってお姉さまってお兄様の前ではちょっと表情を崩されるけれど基本鋭い視線に凍り付くような笑みかきりっとした真面目な表情しかしないのに。

 あの世界の終わりでも見たかのようなメイド達の表情は何も間違っていないだろう。

 中には驚き過ぎて持っていた花瓶を落としてしまい、割る者もでたぐらいだ。

 

 不自然だとか怖いとか通り過ぎて気持ち悪い。

 理由は分かっているし、理解もするけれどもこれは…。

 

 「~♪」

 

 柄にもなく鼻歌まで歌い出したし…。

 もしかしなくてもお姉さま話を聞いてないんじゃないかしら?

 なんか脳内トリップしているような感じが…。

 

 『だぁ~かぁ~らぁ~頂戴ってば!』

 『駄目なものは駄目だ。ですよね殿下』

 『え、あ、えっとぉ…確かに私が鹵獲した物ではあるんだけれども所有権は軍になるから話し合いは…ねぇギネヴィア』

 「―――え?」

 

 急に話を振られてあたふたしてる。

 でもにやけ顔は収まってない。

 

 「申し訳ありません。お話を聞いておりませんでした」

 『いや、私が鹵獲したナイトメアについてを私が勝手に決めるにはっていう話を…』

 「それでしたらお兄様のお好きにすれば宜しいかと」

 『へ?そんなに簡単に』

 「お兄様がお決めになった事なら誰も反対しませんので」

 『――――ギネヴィア。何かいいことあったのかい?』

 

 さすがに分かりますよね。

 お姉さまは手を振りながらそんな事ないですよなんて言っているが、あの表情を見て気付かない人はいないだろう。

 そんな態度のお姉さまの言葉に対して『ど、どうしたんだいギネヴィア。言葉と表情があっていないよ』と突っ込みが入れられる。

 さて、そろそろお姉さまを正気に戻しましょうか。

 

 「もう、ギネヴィア姉様ったらオデュッセウスお兄様の結婚が無くなってからずっとこうなのよ。私のお兄様が小娘に盗られずに済む~なんて」

 「――――ッ!?かかかかか、カリーヌ!!わわわ、私が何時!どこで!そのような事を仰りましたか!?」

 「えー…動画もちゃんと撮ったけど流しましょうか?あ!アーニャに送ってブログに―――」

 「ま、待ちなさい!!」

 

 少し揶揄ったら耳まで真っ赤にしたお姉さまが駆けだして来た。

 勿論逃げの一択でその場から離れる。ドレス姿のお姉さまに比べてこちらは動き易い服装なので距離が詰まる事はそうそうない。走り疲れた頃には熱が冷めて冷静になるだろう。

 

 『と、とりあえず紅蓮はロイドに、朱厭はミルビル博士に任せるよ。捕虜は私が預かる事で良いかな』

 「―――ッ!?お兄様はあのような小娘が良いのですか!!」

 

 ………いつものお姉さまがお戻りになるのはまだまだ先になるようだ。

 

 

 

 

 

 

 ロロ・ランペルージは憂鬱な気持ちでため息を漏らす。

 兄さんであるルルーシュが帰って来るこの日に憂鬱になるなんて思いも知らなかった。

 中華連邦に向かう際には機密情報局員としてブリタニアにルルーシュが白という嘘情報を送ったり、ルルーシュに変装した咲世子のサポートまでこなす者が必要で、マオには任せれない為にボクが残る事になったのだ。

 テレビで兄さんが危機的な状況に陥った時には本当に心配したし、オデュッセウス殿下の機体らしき機体が前線に出て来たときには胃が痛くなった。

 

 でもそれは数分だけだった。

 兄さんと殿下が協力して事態に当たる様子を見て心の底から安堵した。

 不安から解放された事で昨日はぐっすり眠られて気分はすっかりリフレッシュしたというのに…。

 どうしてこうもため息を漏らさないといけないのか。

 全てはこの二人のせいだ…。

 

 「何なんだこれはぁああああああ!!」

 

 機密情報局が活動拠点としている学園地下の循環システム管理施設の一室にて兄さんの叫び声が響き渡る。

 咲世子は昔からルルーシュとナナリーの世話をしていたメイドで、ブラックリベリオン直前で黒の騎士団に入団した団員である。高い身体能力を使っての情報収集や白兵戦に優れている。

 兄さんは能力からかそれとも信頼からか正体を明かしたのだ。

 忠実に働く彼女の姿勢には感心すらさせられるが、姿勢が良くとも実績が見合ってなければ意味がない。

 能力が高いのと天然が入っているのか絶対に兄さんがしない事を涼しい顔でやってのけてしまったのだ…。

 

 睡眠を三時間として108名の女性とデートの約束。キャンセル待ちが14件にデートは六か月待ち状態。

 確かに兄さんは人間関係は円滑にって言ったけどこれは異常だ。

 特にこの休みのスケジュールは体力の少ない兄さんでは無理だろう。

 朝七時から手作りのお弁当を御馳走になり、九時から美術館、十時三十分からショッピング、十二時に水族館、そのまま蜃気楼で中華連邦へと移動を開始。海面浮上は四百キロメートル離れたところで行い、着替えなどはコクピット内に用意してあるものを着て、中華連邦に到着後十五時から上海にて通商条約の締結。現地滞在可能時間は四十七分で帰国後二十一時から映画のレイトショー、二十四時二分よりライブハウス前で待ち合わせ、その後…。

 

 こんなブラックスケジュールをこなせる人なんているのか?

 

 「安請け合いし過ぎなんですよ咲世子は!」

 「人間関係を円滑にというご指示でしたので」

 「確かにそうだけどこれでは――」

 「ブッ、アハハハハハハハハ!これじゃあ人格破綻者だねぇ」

 「笑い事じゃありません!!」

 

 スケジュールを目にして叫ぶ兄さんを見てものほほんと微笑みを浮かべている咲世子に怒鳴ったところ。何か問題がありましたか?と言わんばかりの答えと表情が返って来た。

 これで悪意がないのが余計に質が悪い。

 

 「無理だろこれはさすがに…これに比べれば母さんの特訓の方が………いや、それはないな。アレを受けるぐらいならこのスケジュールの三倍でも軽い」

 「兄さん!?目のハイライトが消えてますよ!!しっかりしてください」

 「ハッ!?俺は何を…」

 

 首を痛めない様に優しく揺らすと兄さんは我に返り、状況を再認識し始める。

 分かるよ。

 現実逃避するのも理解するよ。

 だってこれから黎 星刻達と共にバラバラの中華連邦をまとめ上げたり、紅月 カレンが捕虜となった現状でラウンズを相手にしなければならないのでその対策作りと忙しいのだ。

 だからこんな余計な事態に患っている時間すらないというのに咲世子のやつ…。

 

 しかもそれだけでなくラウンズが転校して生徒会入りしたりと問題は増えていく一方。

 リヴァルさんから賭けチェスの話を聞いたジノ・ヴァインベルグ卿が「チェスに連れて行ってくださいよお金かける裏社会の奴」といって変装中の咲世子に持ちかけたのだ。

 ――【交友関係を円滑に】の命令の下に受諾。

 

 なにを受諾しているんですか!?ラウンズを連れて裏社会にって馬鹿じゃないですか!?

 殿下とは違った意味合いで胃が痛くなってきた。

 そしてトドメに殿下の言伝を承ってここに来たこいつだ。

 

 「本当に…本当に生きて…ナナリー様が生きていらしたからもしやと思っておりましたが…本当に良かった」

 「貴方は何時まで同じセリフを繰り返しながら泣いているんですか!!」

 「それほど忠節に富んだ方なのでしょう」

 「富んでいるというよりぶっ飛んでますよ」

 「ある意味凄いよね。今こいつの脳内ルルーシュで一杯だよ。アハハハハッ…腹痛い…プッ、ハハハハハハハ」

 「笑い過ぎです!」

 

 こいつと言うのはオレンジ事件で有名なジェレミア・ゴットバルト元辺境伯の事である。

 突如学園にやって来た彼をギアス饗団の刺客と断定して敵対行動を取ったものの、武装を解除して兄さんとの面会を求めたのだ。銃口を突きつけて警戒しながらまずはマオにチェックしてもらったら問題ないとの回答を得た。脳内兄さんでいっぱいだよと馬鹿にしたように笑っていたが、人の事をとやかく言うどころかブーメランになっている事に気付いてないのか?この病的にC.C.の事しか頭にないストーカーは…。

 

 ジェレミアは皇族への忠誠心――特に母さん(マリアンヌ)を敬愛しており、【マリアンヌ襲撃事件】が初任務で警護に付いておりながらも護れなかった事をずっと後悔し、その子供であるルルーシュとナナリーが表向きで亡くなったと知った時には絶望した。

 以来皇族を命に代えても護る覚悟の下、常に上の地位に就くことを目指し、純血派を組織したのだという。

 今回エリア11に来たのはギアス饗団にルルーシュの刺客として送られてきたのだが、出発の際にオデュッセウスよりルルーシュの意図がマリアンヌの死の真相を追っていると教えられ、ルルーシュの下で―――ゼロの剣の一つとして仕えさせて欲しいと言って来たのだ。

 兄さんはそれを許可して今に至るのだが、感極まってかずっと歓喜の涙を流し続けている。

 そろそろ脱水症状に陥りそうだが大丈夫か?

 

 「はぁ~…とりあえず咲世子の件は後回しにするとしてジェレミア」

 「ハッ!」

 「兄上からの言伝を聞かせて貰えるか?」

 「イエス・ユア・マジェスティ」

 

 返事が皇帝に使うものなのだが…いや、突っ込むのは止めておこう。

 もう胃も精神も疲れたよ。

 声を掛けられると姿勢を正して涙を拭き取ったジェレミアは懐より大事にしていた書状を兄さんに差し出した。

 

 「―――っこれは!?」

 

 さらっと目を通した兄さんは驚愕し、ジェレミアを見つめ返す。

 ジェレミアの瞳には強い光と憎しみが渦巻いていた。

 

 「オデュッセウス殿下よりもたらされた情報です。ギアス饗団を討つべく行動してくれる者らとマリアンヌ様を殺害した下手人の名が記載されております」

 

 兄さんもジェレミアと同じく憎しみを瞳に宿した。

 これは当分休めそうにないなと思いつつ、ロロはルルーシュのやりたいことを最後まで支えようと覚悟を決めたのだった…。

 例えV.V.と対峙する事になろうとも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終えたオデュッセウスは大きなため息を吐いて、がっくりと肩を落とす。

 岩肌の上に腰を下ろして空を見上げる事、数十分。

 これから自分が行う事について頭を悩ましていた。

 

 「どうした?」

 「んぁ…あー、ちょっとね」

 「気が変わったとか言うなよ」

 

 現在オデュッセウスは中華連邦に残っているが、今いる場所はペーネロペー内部ではなく荒野。それも反ブリタニア勢力を支援しているピースマークに関わりのある部隊と共にいる。

 まぁ、オデュッセウスを排する危険性は皆無のオルフェウスの部隊であるが…。

 

 「いよいよギアス饗団を叩き潰す訳だな」 

 「そうなんだけどさぁ…」

 「何かあるのか?」

 「そりゃあ子供たちの件もあるだろう」

 「…救えるだけは救うさ」

 

 隣にまでやって来たオルフェウスは同じく空を見上げる。

 ギアス饗団に恨みこそあれど実験体である子供たちを虐殺しようとは思ってはいない。

 それはオデュッセウスもであり、救いたいとも考えている。

 だが、一番の悩みは伯父上様である。

 このままいけば確実に伯父上様は死ぬのだがそれで良いのかと自問自答している。答えは今のところ出てはいないが、出さねばならない。

 

 「なにしてるの二人でさ」

 

 どこか不満げにオルフェウスの腕に抱き着いたクララがジトーとオデュッセウスを睨んで牽制する。

 まるで大切なおもちゃを盗られまいとする子供だなと思うと笑みが零れてしまった。

 

 「なに、妹を持つ兄同士だ。妹自慢以外にあり得ないだろう?」 

 「そうなのオルフェウスお兄ちゃん」

 「あ、あぁ…そうだな」

 

 嘘であるが自慢に思われていたという事で嬉しくなったクララは思いっきり身体を擦り付けるように抱きしめ直す。

 クララはギアス饗団より私の元へ監視役として派遣されたのだが、オルフェウス君の下に投げてきました。その方が彼女の為にもなるだろうと思って。

 結果原作では見られなかった仲の良い様子にほっこりしながらオデュッセウスは、膝の上に頭を乗せて安らかな寝息を立てているコーネリアの髪を撫でる。

 先ほどまでギネヴィアと同じような笑みを浮かべ、甘えて来たかと思ったらもう寝てしまっている。色々慣れない生活で疲れも溜まっていたのだろう。

 

 「にしても君達覗き過ぎじゃない?」

 「「「―――ッ!?」」」

 

 トレーラーより頭を出してこちらを除いていた連中に声を掛けると一目散に逃げて行った。

 気のせいでは無ければギルフォード卿の姿もあったような…。

 

 「殿下。準備整いました」

 「すまないねアキト」

 「いえ、これも仕事ですので」

 

 今回ギアス饗団を相手にするという事で公に部隊を扱えず、しかし人員は欲しいのでギアスに関わっており口の堅いアキト少佐に同行を頼んだのだ。

 ………レイラにはアキト護衛で皇帝陛下より特命を受けたとかそれらしい理由を付けて置いて来たのだが、信じて貰えただろうか。もしかしたら帰ったら説教タイムとか…勘弁してほしい。

 

 「さてと…それまではこの癒し時間を堪能しますかね」

 

 そう言いつつコーネリアの髪を優しく撫でているオデュッセウスは、アキトとガバナディにより整備された暁(※大宦官の部隊と戦闘して破損していた暁を何機か改修してニコイチの要領で組み上げた機体)を困った顔で眺める。



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第98話 「ギアス嚮団の最期 前編」

 中華連邦領内にあるギアス饗団。

 ナイトメアなどの戦力は保有していないと元饗主であったC.C.がそう言っていた。

 なにせギアス饗団はギアスを研究する秘密機関であって、ブリタニア正規軍の研究機関ではないのだ。

 表立って補給物資を受け取る訳にも、護衛や警備を配置すれば機密性が薄れる。

 

 場所の特定もされぬように警戒してきたからこそ今の今まで誰にもバレる事がなかったのだろう。

 

 ルルーシュはゼロの装束を身にまとい用意した仮設の建物へと足を進める。

 利用価値あれど攻め入るまでもないと考えていたが、現饗主であるV.V.が母さんを殺した張本人であれば話は別だ。

 カレンが居ない零番隊とギアス饗団と関りのあるロロにジェレミア、そしてギアス関係者でマオを黒の騎士団より連れて来た。

 現地ではオルフェウスというピースマークより支援を受けている反ブリタニアの部隊と合流。

 規模は小さいもののラクシャータの知っている部隊らしく、機体はラクシャータが手掛けた機体やインド軍区から送られており性能はかなり高い。さらにラクシャータが試作品を任せる辺り、部隊の腕前の高さを物語っている。

 

 そんな部隊との共闘となると心強いが敵はギアス饗団。

 ナイトメアが無かろうがギアスユーザーが多くいるという事から油断はできない。

 建物の外装は手抜きだが中はアッシュフォード学園の自室が再現されており、ジェレミアが持っている定時連絡のコードを使用してV.V.に連絡し、相手に俺がアッシュフォード学園より連絡しているように誤認させる。そうして油断している間にV.V.の居場所を特定して一気に畳みかける。

 これでようやく母さんの仇が……。

 

 入口より中へと足を踏み入れたゼロは一人の人物を見て固まった。

 茶色のトレンチコートにサングラスに髪を隠すつばの広い帽子、口元は大きなマスクで覆った不審者がベッドに腰かけて茶を啜っていた。

 ドラマに出て来るような「私、諜報員です」って主張しているような服装―――否、不審者と視線が合う。

 

 「………何をやっているのですか兄上…」

 「お!さすがルルーシュ。一発で私だと分かるとは」

 

 解らないと思っていたのか?

 普通にマスクから髭が覗いてるんだが…。

 ちょっとした頭痛に襲われながらゼロのマスクを外してテーブル前の椅子に腰かける。

 

 「なにか疲れてないかい?」 

 「……いささかいろんなことが現在進行形で続いてますので」

 「あー、そういえばアーニャから学園でまた祭りがあったとメールを貰ったね。モテモテだったらしいじゃないか」

 「おかげで心労が絶えませんよ。兄上は結婚はなさらないんですか?」

 「んー、今のところ予定はないかな」

 「小さい子限定ですか?」

 「違うからね!?君までそう思っていたの!!」

 

 大慌てで否定するさまにふと笑みが零れる。

 揶揄われた事に困った笑みを浮かべてお互いに笑い合う。

 

 「本当に兄上はお変わりないようで」

 「それはルルーシュもだろう」

 「して、今日はどうしてここに?神聖ブリタニア帝国第一皇子殿?」

 

 ゼロの面を被り直し黒の騎士団のゼロとして対面する。

 少し悲しそうな表情をしたのちにスッと真剣な瞳を向けられる。

 

 「私はギアス饗団――V.V.達が行おうとしている事を良しとしない。ゆえに阻止しようと想っている。ゼロもオルフェウス君もV.V.と敵対する身。ならば非公式であるが協力しようと思った…それだけさ」

 「協力?ブリタニアの皇子が堂々と手が出せないから我らを利用するの間違いでは?」

 「…きつい事を言うね。簡潔に言うとそうだ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた事に言い過ぎたかと後悔する。

 弟妹想いの兄上が俺を利用してでも事を成そうとしている。

 それだけの物があるという事か…。

 

 「V.V.は任せるよ。私は中の子供たちに用があるからね」

 「―――ギアスユーザーだからですか…」

 「違うよ。ギアスユーザーであろうとなかろうと知っているのに放置が出来ないだけだよ。昔から関りはあったからね」

 「そうですか。なら施設内の子供は任せます。こちらはV.V.さえ仕留められれば良い」

 「ではよろしく頼むよゼロ」

 

 差し出して来た手をしっかりと握り返して握手をする。

 まったくこの人はあいも変わらず…。

 オルフェウスの部隊と顔合わせをした際も驚かされたものだ。

 遠目であったがまさか部隊の中にコーネリアとギルフォードが混じっているとは…。

 彼らがここに居る理由も兄上からの情報提供あっての事。ならば兄上はコーネリアがこの部隊に居る事を知っていたか、この部隊に居る事を薦めたかのどちらかだ。

 ならばずっと以前からこういう流れを想定していたのか?いや、それは考え過ぎか…。

 

 

 

 それからギアス饗団にはジークフリートがある事を伝えられ、作戦を始める前に退出しようとしたオデュッセウスは最後に「学園で誰に帽子を取られたんだい?」と聞いてきたので「シャーリーのを(・・)」と答えたらキラキラとした目をして質問の嵐。

 ……あの兄上、作戦を始めたいのですが…。

 

 

 

 

 

 

 V.V.は大きくため息を吐き出す。

 まんまと罠に引っ掛かってしまった。

 ジェレミアを刺客として送り出したのが不味かったのか、それともロロをエリア11に向かわせたのが駄目だったのか。今となってはもうどうでも良いが現状だけは打破しなければならない。

 ルルーシュはジェレミアが使っていた定時連絡時のコードを使用してこちらに連絡を付けてきた。

 場所は背景からエリア11のアッシュフォード学園と決めつけ、到着するとしても数時間後と決めつけて指示を誤ってしまった。

 ルルーシュの部隊はすでに地上面にある秘匿していた入り口を突破。内部へとなだれ込んでいる。

 出した指示はすべて後手に回って役に立たない。

 仕方がないと考えを変えるとしよう。

 

 「はぁ…リジェクトダートに研究データを運び入れて」

 「職員や子供たちは如何なさいます?」

 「実験体(モルモット)はまた新たに集めれば良いさ。研究者もまた同様に…ね。それとジークフリートの準備とアレの出撃準備を」

 「饗主自ら!?」

 「それとアレを出すのですか?」

 「持ち出せないからね今からでは。それに躾が必要なんだよ―――マリアンヌの子にはね」

 

 そうだあの女が居なければ良かったんだ。

 いなければシャルルが迷う事は無かった。

 ボクは嘘のない世界をシャルルと作る。そのために人生で一度っきりの嘘をついた。つかねばならなくなった…あの女のせいで…。

 

 マリアンヌの事を思い出しながらジークフリート改が収められている格納庫へ進んで行く。

 格納庫ではジークフリート改の発進準備と並行してアフラマズダ拠点制圧重武装プロトアラクネの準備も行われていた。

 アフラマズダのコクピットへ肉体のほとんどが代用品で賄われているアルベルト・ボッシが入り込んで義手と義足は外す。義手と義足を外すと中より棒状のプラグが現れ、本来なら操縦桿があるべき場所に空いている穴に差し込む。

 接続のチェックが行われ、シートに深々と背を預ける。

 シートには神経電位接続用の出っ張りがあり、背中に取り付けられたプラグと接続される。

 

 V.V.も背中をシートに預けて神経電位接続を行い大きく息を吐き出す。

 キーボードを操作してモニターをアラクネのコクピットとつなげる。

 映し出されたアルベルト・ボッシの瞳は虚ろでパッと見ただけでは生きているのか死んでいるのかさえ判断できない様子だ。

 

 「聞こえるかい」

 『――キコエマス』

 

 虚ろな瞳をこちらに向け力なく頷く。

 彼はオルフェウスに対する恨みから暴走する危険性が高かったために実験体の一人に発動した暗示のギアスにてこちらの言う事に素直に聞くように誘導させたのだ。と言っても暴走しやすいのは変わらず多少は目を瞑らなければならないが。

 

 「今ボク達の頭上には君が憎んでいる奴ら(・・)が居るよ」

 『ニクシミ…ソウダ…フクシュウヲシナケレバ』

 「そうだよ。君は黒の騎士団(・・・・・)に復讐しなければ気が収まらないだろう」

 『クロノ…キシダン?』

 「君を陥れた奴らの名を忘れたのかい?」

 『ソウダッタ。ソウデシタ。オレハクロノキシダンヲユルシハシナイ』

 

 上手く誘導出来たが今にも暴走しそうなポッシに苦笑いを浮かべるがどうせ使い捨ての駒だ。時間が稼げればどうだって良いのだから派手に暴れて貰おう。

 

 『饗主V.V.。出撃準備整いました』

 「うん、分かった。アラクネは地上への運搬エレベータを使って上げさせて。ここではリジェクトダートを巻き込みかねない」

 『了解いたしました。では御武運を』

 「さて、お仕置きの時間だよルルーシュ」

 

 ニヤリと笑ったV.V.は起動と同時に速度を出して格納庫天井を突き破り外へと飛び出す。

 眼前にはゼロが操る蜃気楼の姿が映し出された。

 大型スラッシュハーケンを放つが蜃気楼は直前でブレイズルミナスを展開して攻撃を防ぐ。

 そのままジークフリート改を前進させ距離を詰める。

 蜃気楼は大型スラッシュハーケンを防ぎながら施設から施設上空へと押し出され、すぐさま体制を整える。

 

 『意外だなV.V.。観察者が当事者になるとは』

 「少しは好きだったんだけどねルルーシュ。君はシャルルに似ているから」

 

 大型スラッシュハーケンを引き戻し辺りを見渡す。

 脱出されない様に待機していた暁タイプが数機。金色のヴィンセントにオレンジ色のサザーランド。それに白炎改め烈火白炎の姿まであった。

 

 『見つけたぞV.V.!エウリアの仇――討たせてもらう!!』

 「また君かいオルフェウス。まったく二人そろって躾が必要なようだね」

 『そこまでだV.V.!』

 『もう降伏してください』

 「なにを言っているんだい裏切者たちが。数だけ揃えたって――」

 『V.V.…お前をそこから引き摺り出してやる―――全機一斉掃射!!』

 

 全方位から銃弾やハドロンショットを放たれるものの、ジークフリート改の電磁装甲と機体を回転させることで全弾を逸らすことに成功。遠心力の勢いをそのままに動き蜃気楼へ向けて体当たりを敢行するが、寸前のところで回避され反撃を受ける。

 ハドロンショット程度なら難なく弾けるから問題ないが、あれほど簡単に回避されるとなるところを見るとルルーシュの腕の高さは自分よりも上だと理解するしかない。

 

 「余り時間はかけられそうにないね」

 『それは我が忠義の為にあるべき機体だ!!』

 「ジェレミア。君はゼロを恨んでいたよね?」

 『然り。これで皇族への忠義も果たせなくなったと考えたからな。されど仕えるべき主がゼロであったなら――それにマリアンヌ様の仇…ここで討たせて頂く!!』

 「お前まで―――その名を口にするか!ポッシ!!」

 

 地上から繋がっていた搬入口を突き破って現れたアラクネは腹部の十六連装小型ミサイルポッドを掃射した。迎撃できるのはほんの少数で残りの暁タイプは直撃を受けて爆散する。

 近場に居てロックオンから外れていた暁タイプは各足関節部に取り付けられた機銃により、後方に居た者は最後尾より噴出された複数のスラッシュハーケンによって撃破された。

 

 『クロノキシダンハ――メッスル!!』

 

 以前のプロトアラクネを修理し更に改修を重ねたアラクネを止める術はないだろう。

 あの時はラウンズ級が四名で倒せたが相手にはそれほどの者はいないと見た。

 笑みが止まらない。

 ルルーシュとオルフェウスが指示を出したのか生き残っている何機かがアラクネの方へと向かっていく。

 

 現在ジークフリート改を囲むはゼロの蜃気楼にオルフェウスの烈火白炎、そしてジェレミアのサザーランドの三機のみ。

 

 「たったの三機でボクを相手にするのかい?ならポッシにはそのまま他のやつらの始末を任せるさ」

 『問題はない。ここでお前は朽ち果てるのだから』

 「―――ッ!?マリアンヌの子供が調子に乗って!!」

 

 再び機体を回転させつつ体当たりを敢行するもゼロとジェレミアは回避を優先しつつ弾幕を張るのみ。問題はオルフェウスだ。烈火白炎の武装である七式統合兵装右腕部には六式衝撃砲というものがあり、弾丸はサボット式30mm高初速タングステン徹甲弾や49mm榴弾等がある。どちらにせよアレはジークフリート改に有効打に成る武装。常に回転しつつ動き続けねばならない。

 

 考え通りにオルフェウスは常に六式衝撃砲にしており、ルルーシュとジェレミアは誘導しようとしている。

 そんな浅知恵に乗るものかと距離を離して勢いをつけてオルフェウスへと突っ込む。

 

 「そんなにエウリアが恋しいならエウリアの元へ送ってあげるよオルフェウス!」

 『V.V.!!』

 

 砲撃を開始するが回転しながら電磁装甲の出力を上げて砲弾を無理やりにでも弾く。

 あの機体さえ落とせば後は何とでもなる。

 

 そう―――思い込んでしまった…。

 

 一瞬だが機体に影が差し込んだ。

 頭上を見上げるとフロートユニットを取り付けたグロースターがアサルトライフルを構え急降下してくるではないか。

 側面は回転させている為に弾き易いが、頭部が回転しようとも位置は変わらず。それに頭部のカメラ部分は機体内で装甲の薄い部分の一つ。オルフェウスの射線から外れるように急降下しつつ回転を取りやめ、グロースターに向けて大型スラッシュハーケンを出来るだけ放つ。グロースターは大型スラッシュハーケンに怯むことなく突っ込みながらもトリガーを引き続ける。

 が、頭部を破損させれるようなダメージを与える事は出来ずに右腕と右足を破損し、バランスを崩して頭上からコースを外れて落下していく。

 

 冷や冷やしたが頭上の脅威を排除出来たのでオルフェウスの排除に専念しよう。

 

 『役目は果たしました姫様…』

 「――――ッ!?目が!!」

 

 この奇襲が囮だったと気付けなかった時点でV.V.の運命は決まってしまった。

 帝国の先槍と謳われたギルフォードのグロースターによる頭上からの奇襲はただ自身へと注目を集める為だけの囮。

 その本当の役割は本命と太陽の光を遮る事。

 急にグロースターが頭上から離れた事で太陽の光をもろに見てしまったV.V.は目が眩んで状況把握が不可能となった。

 そこへ本命であるコーネリアのグロースターが急降下してくる。

 手に持つは新型の大型ランス。

 先端はブレイズルミナスを展開し、ドリルのように回転することで貫通力を増している。

 

 オデュッセウスよりジークフリートの存在を聞いていたルルーシュがもしもの時の為に立てていた策が生きた瞬間だ。

 

 頭部は外れたが先端が突き刺さって初めてジークフリート改にダメージが入る。

 されどその程度では撃破どころか装甲が少しやられただけで回転されれば当てるのは困難。

 

 『ギアスの源――饗主V.V.。ユフィの夢を砕き、ユフィの名を汚した罰を受けよ!!』

 「そんなかすり傷程度で――」

 『あぁ、まだ終わりではない!!』

 

 先端の仕掛けは新型と呼ぶに相応しい武装であるが、このランスには問題があってそれらの仕掛けを組み込んだせいで大型にせざるを得なかった。大型ランスを取り扱いながらの銃武器との入れ替えは多少なりとも手間を取る。そこで考えられたのが銃武器とランスを一体化させること。さらに大きくなるがその分武器の威力が上がり、武器の取り換えがいらなくなったことを考えれば些細なものだ。

 中腹に空いている四つの銃口より弾丸が放たれ、ランスを差し込まれた辺りに着弾する。

 穴先が銃弾により広がりアラートが鳴り響く。

 これは堪らんとジークフリート改を大きく揺さぶって振り落とす。

 振り落として安堵するのも束の間で砲撃を受けて機体がよろめく。

 

 コーネリアに気をとられ過ぎたせいでオルフェウスに対する警戒が疎かになっていた。

 停止した状態では六式衝撃砲の砲撃を弾けずに装甲に重大な損傷を受けてしまい、アラーム音と警告メッセージがさらに増して行く。

 

 「クッ…このジークフリートはもう…」

 『この機を逃すな!!』

 

 現状を打破しようと思考を巡らす隙も与えない様にルルーシュの指示が飛んだ。

 蜃気楼は胸部を開いて拡散構造相転移砲を、オルフェウスは六式衝撃砲から七式超電磁砲に代え、ギルフォードは態勢を維持しアサルトライフル、コーネリアは大型ランスに取り付けられている銃口を、ジェレミアはアサルトライフルと片腕にくっ付けられたバズーカをジークフリート改へと向けていた。

 

 「こ、このッ―――呪われた皇子が!!」

 『失せろV.V.!!』

 

 周囲を囲まれた一斉掃射は電磁装甲の出力を上げようとも、すでに装甲を大きく破損した状態では防ぐ事も出来ず、機体はさらに被弾・破壊され、フロートユニットまでもが停止した。

 火を噴くジークフリート改は地上に出て来たところより施設内へと落下していく。

 V.V.は憎しみを込めた目で睨みつけるが死に対する恐怖は微塵もない。

 なにせコード所有者は不老不死となる。

 自分は死なない。

 あとは遺跡を使ってここを脱出すれば何の問題も無いのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんか予想以上に上が五月蠅いねぇ」

 

 上でルルーシュ達がジークフリート以外にアラクネとも戦っていると知らないオデュッセウスは呑気にそんな事を呟く。

 ちなみにオデュッセウスは直した暁に搭乗して子供が隠れていないか捜索中である。護衛として同じく修復した暁に搭乗しているアキトとコーネリアが以前搭乗していたサザーランドに搭乗したクララが同行している。

 黒の騎士団は捜索や集められた子供達や研究者達を囲んで逃げ出さない様に狙っている。C.C.に関しては単騎で脱出用のリジェクトダートを破壊すべく別行動と相成った。

 

 『むぅ~早くこんな任務終わらせてオルフェウスお兄ちゃんの下に戻りたいんだけど』

 「そうむくれないでおくれよ。あとでオルフェウス君が喜びそうな紅茶をあげるからさ。プレゼントしてあげたら喜ぶよ」

 『んー…ならもう少し頑張る』

 『殿下。熱探知に反応あり――おそらく…』

 「分かった。二人共下がっておくれ」

 

 二人が後退したのを確認して前に出ると、ギアス饗団で研究の被験者に着せられる検査衣を着た少年・少女らが前に出て来た。

 先頭の男の子が片目を光らしてギアスを発動させてこちらを指差してくる。

 その様子にアニメのワンシーンを思い出した。

 確かあの子の能力は相手を直接見ないでも相手の意志を無視して操るものだったと記憶している。アニメではそのギアスで同士討ちをさせたんだっけななどと思い出していると実際に手が意志と関係なく動き出した。

 思い出している場合ではないと焦りつつもギアスを発動。

 自身の肉体をギアスに掛かる前の状態へと戻すことで相手のギアスより抜け出す。

 まったくギアスが通じてない事に驚きを隠せない少年は皆にもギアスを使用するように言う。

 オデュッセウスはコクピットを開いて姿を見せる。勿論変装道具を外してだ。

 

 「皆、元気だったかい?」

 

 姿を現すと同時に声を掛けると子供らがキョトンとする。

 覚えてないのも無理はないか。ここへ来ていたのはルルーシュがゼロとなる以前で、ここ数年はまともに来ていなかったのだから仕方がない。

 そう想い苦笑いを浮かべていると…。

 

 「あー!お髭のお兄ちゃんだ!!」

 

 一人の少年がそう叫ぶと他の子らも思い出したのか次々に叫んでくる。

 覚えてくれていた事と神楽耶も呼んでくれない愛称で呼ばれた事に感激して涙があふれる。

 

 『――殿下?』

 「すまない…感極まった」

 

 そのまま子供達に駆け寄り事情を説明しながらオデュッセウスは子供たちと多少戯れるのであった。

 上で何が起こっているかまったく気づかないまま…。



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第99話 「ギアス嚮団の最期 後編」

 ――――私は何をしているのだ?

 

 眼球と繋げられたケーブルを通して外の後継がダイレクトに見せつけられる。

 記憶に残っている黒の騎士団が使用していたナイトメア月下―――それの改修機らしきナイトメアが羽虫のように周りを飛び回っている。

 彼らは銃口を向けて発砲してくる。

 俺の肉体(アラクネの装甲)はそのような攻撃にはビクともせずに弾丸を弾く。

 

 ――――憎い!。

 

 叫び声を挙げながら銃撃を集中してくる八機のナイトメアに対し小型ミサイルを発射。

 迎撃しようと銃口をミサイルに変更するが撃ち落せずに直撃を受け吹き飛ぶ。追尾から逃れるように飛行する機体も同様に直撃し爆発の中に消えていった。

 

 ――――憎い!憎い!憎い――。

 

 先ほどの八機は囮で本命であろう六機のナイトメアが六方から突撃を仕掛けてきた。

 速度が落ちる為か銃撃をすることなくただひたすらに突っ込んで来る。

 正面の二機は頭胸部前方の三連装大型ガトリング砲により蜂の巣となり、左右と斜め後方より接近してくるものには各足関節部の機銃で対応。二機撃破して一機がフロートユニットを破損して不時着した。

 一気に仲間がやられた事で動きを止めた一機を触肢型メーザーバイブレーションソードで切り裂く。

 

 ――――憎い(ニクイ)難い(ニクイ)悪い(ニクイ)

 

 不時着して辛うじて動ける機体が銃口だけ向けて撃ってくる。が、アラクネの装甲にはダメージは通らない。

 しっかりとメインモニターで捉え、コクピットを踏み潰した。

 

 ――――ニクイ!!

 

 戦列から離れる機体をレーダーがはっきりと映し、正面を向ける。

 両肩上部を支えとして使う高出力超電磁砲で二機を貫き落す。

 逃げ出した残りの数機は高度を低くしてミサイルの射程外へと逃げ延びた。

 ならばと前方のメガハドロンランチャーを放って機体を飲み込み消滅させた。

 

 ――――ニクイ……。

 

 周りを飛び回っている敵機にメガハドロンランチャーを拡散して放つ。

 一発一発の威力こそ落ちるもののナイトメアを屠るには充分すぎた。

 放った方向で複数の爆発が起こっては消えていった。

 

 ―――ナゼ?ワタシハニクイノダ?

 

 コクピットに納められた箱の中で液体に付けられ、幾つものケーブルと接続されたポッシは思う。

 私はなにをしているのだろうかと。

 答えは出ない。

 記憶はぼやけ、意識は追及することなくリピートだけを繰り返す。

 ただ敵を殺す事だけは止めはしない。

 私はフクシュウヲシナケレバナラナイノダ。

 ソウシナケレバワタシハ…。

 

 意識が朦朧とする中、一機の攻撃が直撃した。

 初めて装甲に傷がついた。

 と言っても大きな損傷ではない。かすり傷程度のもの……。

 

 攻撃したのはズィー・ディエンの月下紫電。

 月下をベースにズィー専用にカスタマイズされた機体で膝に一刀ずつ、左腰に二刀、右腰にヌンチャク、脇に斧一本ずつ、腕に一刀ずつ、背に二刀と剣だらけで如何にも近接戦闘機と主張しているものである。

 傷をつけたのは中距離辺りから投げてきた斧。

 投擲してきただけでもこの機体に傷をつけたのだから接近されるとまずいのは理解した。

 ただ理解したがアレがここまで辿り着けるとは到底思えない。

 

 ―――タオサナキャ…フクシュウシナケレバ…。

 

 残っている羽虫が射撃して来るがもう無視だ。

 まずあの刀だらけを倒さないといけない。

 

 狙いを定めていると月下紫電は側面より突っ込んで来る。

 

 正面はメガハドロンランチャーに三連装大型ガトリング砲、高出力超電磁砲。

 上空には小型ミサイルに各足関節部の機銃。

 後方には複数のスラッシュハーケン。

 

 側面だけは手薄…。

 アラクネを設計・開発(勝手に)したのはロイドではあるがアラクネは試作段階の未完成品。

 それをギアス饗団が勝手気ままに改造したものだから今も尚弱点が残されているのだ。

 

 側面より突っ込んで来るのはズィーだけではない。

 ズィーとは離れてマオの灰色の暁、ズィーに隠れるようにロロの金色のヴィンセントの三機。

 

 四基の機銃で攻撃を開始するも灰色の暁がまるで知っているか(・・・・・・)のように回避する。

 勿論技量によるものではなく、相手の心を読み取るギアスだからこそ出来得る芸当。

 なんたってマオはギアスを使えばグラスゴーでガヴェインに対し圧倒的に戦う事だって出来るのだから。

 

 ―――ドウシテオレハフクシュウヲ…。

 

 マオに射撃を集中するが一向に当たらず、ズィーはその隙を突いて機銃の射程が届かない懐へと飛び込んだ。

 神経接続により素早い反応で触肢型メーザーバイブレーションソードで斬りかかる。

 青龍刀のような背の紫竜雷月刀をクロスさせるようにして構え、上からの振り下ろした一撃を受け止めた。

 触肢型メーザーバイブレーションソードは諸刃の剣。

 機体の重量を支える為に架設した脚部である筈の足を斬る為に動きまわすという事は他の足に負担をかけてしまうという事。

 八本で支える事が前提である筈なのにそれを七本で無理やり支えるのだ。

 それを防がれては他の触肢型メーザーバイブレーションソードでの攻撃は難しい。

 

 月下紫電の背を跳び越えて目前まで迫るヴィンセント。

 アフラマズダが持つアサルトライフルで迎撃するが、もう眼前にはヴィンセントの肘が迫る。

 打突武装ニードルブレイザーが正面装甲よりコクピットを貫く。

 

 痛みはない。

 もう肉体には痛覚機能は存在せず、ほとんどが生体パーツで代用されている作り物の身体。

 身体を覆っていたガラスケースが砕け、液体は流れ出て、新鮮な空気が死体のような身体を撫でる。

 

 目の前のヴィンセントはもうポッシが死んだと判断し、アラクネを破壊する為にアフラマズダとアラクネを繋いでいる部位に銃口を撃ち込んで破壊していた。

 確かに普通の人間なら死んでいた。

 だがポッシは死んでいないし、この程度では死に行くことは出来ない。

 

 【ザ・リジェネレーター】 

 ポッシに発動した再生能力を持ったギアスを発動させる。

 失った筈の腕や足が生え始め、壊れてしまった機体を掴む。

 折れた操縦桿は真っ直ぐになり、その先の機器は何事も無かったように元の姿を現す。砕け散った装甲はみるみる塞がっていく。

 つなぎ目を破壊し続けるヴィンセントの頭を握り、そのままパワー差に任せて握り潰す。

 アラクネの接続部よりアフラマズダの全身が姿を現す。

 

 ポッシは咆哮を上げアサルトライフルを撃ちながら跳んだ。

 残存戦力が集中砲火をお見舞いするがそんなの気にも留めずに撃ち続ける。

 壊れかけのアラクネを(・・・・・・・・・・)…。

 

 意図を察したロロは急いで浮上しその場を離れる。

 残っていたサクラダイトやミサイルに引火してアラクネは大爆発を起こす。その爆風でロロを含む数機が吹っ飛ばされ、何機かは上った爆炎に飲み込まれた。

 何より爆風で加速をつけたアフラマズダの体当たりが月下紫電に直撃し、紫電は右腕をへし折られた上、何度も地面を転げ跳ねる事に…。

 残るは灰色の暁のみ。

 

 銃口を向けようとするアフラマズダは上からの衝撃で大きく傾いた。

 頭部やコクピット上部が吹き飛ばされ、青空が肉眼で見て取れる。

 

 そこに浮かぶ白い角の生えたナイトメア。

 

 ―――ワタシハアレニミオボエガアル…。

 

 ポッシは元通りになってしまった脳で思考する。

 だが、直すだけのギアスでは壊れかけた脳を直せても失ってしまった記憶までは戻らない。

 されど一つだけ理解した。

 

 「私は―――」

 

 烈火白炎より放たれた弾丸が吸い込まれるようにポッシへと向かっていく。

 光り輝く長距離超電磁砲の弾丸に身体が包まれる。

 

 ―――もう…自由なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギアス饗団の最奥に位置する遺跡の前にはもうルルーシュもC.C.も居ない。

 居るのは階段に腰かけて風前の灯のような命を感じ取っているV.V.のみ。

 V.V.やC.C.などコード所有者はギアスを自身が使用することは出来ないが、ギアスの能力を受け付けないのと不老不死を得ている。

 

 例え心臓を貫かれようと頭蓋を食い荒らされようとも身体の半分を消滅させられようとも死にはせず、時が経つと驚異的な速度で修復されるのだ。

 だからV.V.の傷も時間と共に消えていく筈だったのに…。

 

 ジークフリート改に搭乗してルルーシュ達と戦い敗れたV.V.は普通なら死んでいる筈の大怪我を負っていた。

 攻撃により割れたパネルの破片が腕や頬に刺さり、大きく揺れたために打ち付けた額はぱっくりと開いて血を流し、衝撃緩和装置を積んでいたとしても上空から地下まで落下により身体全身が打撲に打ち身は勿論、骨折がいたる所で起こっていた。

 あれから何分も経つのに身体は再生されるどころか寧ろ弱っていく…。

 

 『兄さんは嘘をつきましたね?』

 

 嘘の無い世界を作ろうと言っておきながらマリアンヌを殺害した事についてだけ嘘をついた…。

 自分で言っておきながら…。

 だけど後悔はない。

 だって後はシャルルがやってくれるだろうから。

 

 嘘のない世界を…。

 あの幼き日々に見て、見せられ、見せつけられた醜く反吐が出そうな日常を…。

 騙し騙され、裏切っては裏切られるあの殺伐とした日々…。

 母が殺されたあの光景を…。

 

 二度と繰り返さず、すべてが一つへとなる世界を…シャルルなら作ってくれる。

 もう計画はC.C.のコードがあれば完成する。

 

 暴走したギアスを自身の意思で制御する術を勝ち取っているシャルルはコードの強奪を可能とする。

 ボクのコードはシャルルが盗って行った。

 C.C.はルルーシュとシャルルが居るあの黄昏の間へ渡った。

 ならあとは……。

 

 「伯父上…」

 

 死を待つだけのV.V.は呼ばれた事で閉じていた瞼を持ち上げる。

 ぼやけた視界の中でもそれが誰なのか分かり、驚きはなくスッと受け入れた。

 

 「やぁ、君もボクに嘘をついていたんだね……オデュッセウス」

 

 懐から拳銃を取り出し銃口を向けるオデュッセウス。

 横には日向 アキトにクララ・ランフランクの姿もあったがもはや意識は向ける余裕もない。

 出血が酷くて視界がぼやけるどころか顔を上げているだけでも妙に揺れる。

 体勢の維持も難しいほどに…。

 

 「極力嘘はつかないようにはしていたんですけどね」

 「ゼロの正体を知っていたんだ…」

 「知っていましたけどそれについては聞かれていませんし…まして私(兄)がゼロ(弟)を売ると思いますか?伯父上でも逆の立場ならそうしたと思いますが」

 「あは…やっぱり兄弟は…そうでないとね…君はボクに似ているのかな?」

 「それはどうとも」

 「最後なんだし乗ってくれても良いじゃないか…」

 

 乾いた笑みを漏らして座る体勢すら維持できずに前のめりに倒れていく。

 オデュッセウスにはまだ迷いがあり、銃口を下ろしてただただ眺めていた。

 大量の出血からもはや助かる事は無い。

 

 「…殿下」

 

 撃つ事を躊躇った様子にアキトが前に出て銃口を向ける。

 代わりに撃つという意思表示にクララは目を閉じて顔をそむける。

 かちゃりと音が鳴り、V.V.は――――…。

 

 

 

 

 

 

 「やっぱり私は甘いなぁ」

 

 アキトが構えた銃口はオデュッセウスにより下げられ、銃弾がV.V.を貫くことは無かった。

 そろそろ意識を失いかけていたV.V.にオデュッセウスは歩み寄る。

 その両目を赤く輝かせながら。



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第100話 「皇帝不在の合間にⅠ」

 活動報告にて今回書き直した100話と共に101話を投稿する予定でしたが書きあげれず、101話は明日の18時までに投稿しようと思います。


 Cの世界(集合無意識)

 現ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと兄のV.V.、皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアなどが嘘の無い世界を実現するにあたって必要不可欠なもの。

 長年に渡ってギアスに関わりある遺跡がある他国に侵攻し、植民地エリアにして自らの所有物として研究を進めてきた。

 彼らが望むのは嘘の無い世界で実際には嘘をつくことが出来ない世界。

 

 生も死も関係なくすべての人の心と記憶が集まるCの世界に思考エレベーター(アーカーシャの剣)で干渉して、すべての生者と死者を繋げて一つに纏め上げる。

 この計画が遂行されれば記憶の共有に意志と感情が統合されて人類が一つになってしまう。

 つまり全てが筒抜けとなって嘘そのものが存在しなくなる。

 

 これを成すためには思考エレベーターのシステムの解析にギアスを司る二つのコードが必須。

 V.V.が所持していたコードはシャルルが奪い去った。

 嘘の無い世界を創ろうと言っておきながらマリアンヌ殺害の件で嘘をついた事を、実の兄と言え許せなかったシャルルは虫の息だったV.V.よりコード(不老不死)を奪う事で罰を与えた。

 どうせ死んでも計画が達成できればまた会えると…。

 

 コードを得た事でギアスは失ったが不老不死となったシャルルは遺跡内でルルーシュと対面。

 ルルーシュはギアスを使用するがコード所有者となったシャルルにはギアスは通じず万事休す。 

 そしてシャルル達の計画に協力しているC.C.が現れ、契約の際に出した【永遠に続く自身の旅路を終わらせる】という条件を話し、ルルーシュでは無理だと突き放した。

 その後、無意識にC.C.がルルーシュをシャルルより護ろうと自身の記憶が集まっている空間に飛ばしたことで計画は中断せざるを得なかった。

 ルルーシュは見た。

 見てしまった。

 幼い頃のC.C.。

 貧しい暮らしの中を泥を被ってでも必死に生きようとする姿。

 彼女は他人から愛されることを願って他人から愛されるというギアスを受けた事。

 愛されるのが当然となってしまった世界で唯一ギアスに左右されず、信頼の置けるコード所有者のシスターが自身が呪縛から解き放たれるのを目的にC.C.を利用していた事実。

 それから不老不死の魔女として魔女裁判や不老不死を知る為に追われ、殺される日々。

 

 全てを知ってしまったルルーシュの一言に突き動かされたC.C.と蜃気楼で妨害に入ったルルーシュによって、シャルルは空間に閉じ込められ、計画は進められずに世界は変わらずに時を歩むことが出来ている。

 

 

 

 そのルルーシュとC.C.が横たわっているギアス饗団最奥の遺跡前にオデュッセウス・ウ・ブリタニアは居た。

 元々はまだ子供たちが隠れていないかの最終確認で回っていたのだが、気絶して横たわるルルーシュを見て放ってはおけずに機体より飛び降りて駆け寄る。

 岩場の上で寝ていたら身体中が痛くなるだろうし、こんな開けた空間では風邪を引いてしまう。

 駆け寄ったオデュッセウスは起こそうと意識するのだが、身体が無意識に携帯電話のカメラ機能を作動させて、ルルーシュの寝顔を激写する。

 撮ったところで何をやっているんだ私はと自身の頬を叩いて意識をしっかりさせる。

 

 「起きなさいルルーシュ。こんなところで寝てしまったら風邪を引いてしまうよ」

 「う………兄上…ここは?俺はいったい…」

 

 優しく揺らしながら声をかけるとルルーシュは頭を押さえつつ、のそりと上半身を起こす。

 意識がぼやけているのか何があったかを整理して、次第に意識を覚醒させたら慌てるように付近を見渡し、同じく気を失っているC.C.を見つけて駆け出、膝を付いて肩に手をつく。

 

 「おい!戻って来たんだぞ――C.C.」

 

 いつになく感情をむき出しに慌てる姿を眺めつつ、オデュッセウスも歩み寄っていく。

 正直に考えると自分はこの場に居ない方が良いのかも知れない。けれども何も言わずに去るのも何か引っかかる。

 

 少し手荒に起こした成果かすぐさま意識を取り戻したC.C.は状況を飲み込めずに困惑した表情を見せる。

 それもそうだ――今の彼女は死を叶えてくれるシャルルを跳ね除け、ルルーシュを選んだことに戸惑って、奥底へと引き籠ってしまったのだ。ゆえにいつものC.C.ではなくまだギアスを得る前の少女時代まで退行してしまっている。ルルーシュの事は勿論、ギアスの断片すら記憶にないだろう。

 

 「何方でしょうか?」

 「なにを言っているんだ?それより皇帝とあのシステムを――」

 「新しいご主人様ですか?」

 

 冗談と受け取ったルルーシュだが何時にないC.C.の怯える表情、震える身体、多少なりとも警戒して距離を取った事で唖然としてしまう。

 意味を全く理解出来ないルルーシュに対して言葉を続ける。

 

 「出来るのは料理の下ごしらえと掃除。水汲みと牛と羊の世話、お裁縫。文字は少しだけ読めます。数は二十まで…あ、死体の片付けもやっていましたから…」

 「少し待ちなさい」

 

 呆然として目の前の現実を受け入れられていないルルーシュの為にも待ったをかける。

 声にルルーシュはハッと我に返ってオデュッセウスを見上げ、C.C.は怯えた視線を向ける。

 二つの視線を受けながら上着を脱いで怯えるC.C.にふわりと羽織らせる。

 

 前々から思っていたのだがC.C.の服装……というかコードギアスに登場する若い女の子の服装はどうも寒そうで仕方がなかった。

 ファッションと言われればそうなのだろうけど、黒い服の下は白の短パンに胸元辺りを覆う服だけで、鳩尾からへそまで出している。

 アニメを見ている時はそりゃあ有難い服装ではあったよ。

 でも現実として見るとどうも寒そうでね。

 それにここはすでにすべての電源を絶たれて空調設備も止まり、地下という事もあって温度も下がっている。

 へそ出し腕だしの服装では寒いだろうと上着をかけたのだ。

 いつものC.C.なら何ら気にしないのだろうけど…今の彼女は…。

 

 「これでも羽織っておきなさい」

 「あ、ありがとうございます…」

 

 お礼の一言…。

 上目遣いで震えながらも言われた一言にオデュッセウスは強い衝撃を覚えた。

 

 なんだこれは?

 いつもとのギャップの違いか?

 それとも弱々しいC.C.に対する保護欲が掻き立てられたのか?

 

 困惑して冷静さを欠いたオデュッセウスは膝をついてC.C.に目線を合わせる。

 

 「すまないがこの機械(ボイスレコーダー)に向かってご主人様と―――」

 「兄上。落ち着いてください」

 

 取り乱した際に自身より取り乱した者を見る事で逆に冷静になる事がある。

 そういう意味でオデュッセウスはルルーシュの良い気付薬となったのだろうが、恥ずかしい場面を見せてしまったオデュッセウスとしては赤面してその場に蹲るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

  シュナイゼルは静かに午後のティータイムを楽しんでいた。

 神聖ブリタニア帝国宰相としてはこんなにゆるりと時間を潰している場合ではないのだが、すでに打てる手は打っておいたので後は向こう(黒の騎士団)の出方次第。

 飲み切ったカップを机の上に置くと控えていたカノン・マルディーニが「おかわりはどうなされますか?」と聞いて来るが、それよりも何かを隠すような表情が気になった。

 だいたい察しはついているが。

 

 「聞かないのかい?」

 

 聞いた事への返答ではなく、問いが返って来たことで驚きはしたがすぐにやはりと納得する。

 決して聞いてほしくてそういう表情をしていた訳ではないが、シュナイゼル殿下なら些細な表情の変化で気付かれる。それを考慮せずに顔に少しでも出してしまった自分の落ち度だ。

 

 「では聞きますが宜しかったのですか?」

 「皇帝陛下不在の状況下でエリア11に増援を提案した事かい?それとも姉上の提案を否定した事かい?」

 「両方ですね」

 

 現在神聖ブリタニア帝国最高権力者であるシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下が姿を消したとビスマルク・ヴァルトシュタイン卿より一部の皇族が報告を受けて、皇帝代理であるギネヴィア・ド・ブリタニアを中心に黒の騎士団への対抗策を練るのに奔走している。

 最終的な決定権を持つ皇帝陛下が居ない現状では代理と言えどもやれることは限られている。

 その中でシュナイゼルは先手を打って部隊を動かしたのだ。

 

 「黒の騎士団と中華連邦の動きについては分かっているのだろう」

 「はい。黒の騎士団も中華連邦も反ブリタニア勢力であることから、彼らは手を組んだのちはこちらを討つべく動き出すかと。ただ―――」

 「戦力がまるで足りない――かな」

 

 黒の騎士団が強いと言っても大国ブリタニアに対して正面切って戦うには戦力が足りなさ過ぎる。中華連邦も大国であったが内乱に付け込んでシュナイゼルが何割かとブリタニア側へと引き込んだので、黒の騎士団と中華連邦を合わせてもやはり足りない。

 シュナイゼルの言葉に大きく頷いたカノンは正しい。

 すでにユーロピアも白ロシアも疲弊し戦力を欠いている。ユーロピアに至っては半数以上を切り崩して、植民地エリアとしているのだ。今のブリタニアに対抗出来得る国はない。

 

 国は…。

 

 「ゼロはこの期に連合軍を創設するだろう」

 「そんな!?」

 「驚く事ではないだろう。戦力が足りないのならかき集めれば良い。ブリタニアは他国からしたらいつ攻めてくるか分からない仮想敵国であり、攻められている国からしたら敵でしかないのだから」

 「いえ、そうではありません。殿下はこの期(・・・)にと仰られました。つまりゼロは皇帝不在を知っているという事に…」

 「――これは言い方が悪かったね。中華連邦という仮にも大国との同盟を組めた事で交渉がし易いだろうからね」

 

 言い方が悪かったと言ったがカノンが指摘した通り、シュナイゼルは今回の件にはゼロが関与している気がしてならなかった。

 べつに確証がある訳ではない。

 ただ中華連邦に派遣している諜報員より中華連邦が関与していない部隊により荒野で戦闘が行われたという情報が入った。

 小さく短時間の戦闘で本来なら気付くことも出来なかったであろう小規模戦闘であるが、一騎のナイトギガフォートレスの攻撃で観測出来たのだ。

 

 ナイトギガフォートレスのプロトアラクネによる高範囲に渡る攻撃は周囲でなくても観測でき、特にメガハドロンランチャーによる輝きは遠くからでも目を惹くものであった。

 そこから調べ上げると中華連邦で動いた部隊は無く、そこには中華連邦に異を唱える勢力も基地どころか街も村も存在しない。

 ならば中華連邦に所属せずに自由に動ける勢力。

 そんなものは黒の騎士団か国に所属していないフリーの部隊しかいない。

 さらに黒の騎士団―――いや、ゼロ(・・)に酷くご執心な兄上が何故か中華連邦に残っている。

 

 あり得ない話なのだがね。

 皇帝陛下は帝都ペンドラゴンに居て、事が起こっているのは中華連邦。

 絶対にありえない。

 あり得ない筈なのになぜか結び付けようとしている自分がいる事に少々驚いている。

 

 部隊を動かしたと言っても兄上の部隊をお借りしたに過ぎない。

 ユリシーズ騎士団をユーロピアへの警戒にマリーベルに預け、トロイ騎士団を白ロシア牽制にノネット・エニアグラム卿の元へ送り、テーレマコス騎士団をブリタニアの国境線に配備した。

 配置されている所属がガチガチの正規軍と違って、兄上の騎士団ならある程度自由が利く。

 だからこそ動かせた。

 ……ただ兄上の許可を取る必要はあったけど。

 大概の事は快く頷いてくれる兄上だが「ブラッドリー卿とは組ませないでね」と強く念を押された。

 それだけ嫌われているのだろうか卿は…。

 

 苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 突然の笑みと行動にカノンは首を傾げるが、口に出す前におかわりを頼まれて口に出さずに紅茶のお代わりを用意する。

 

 「あと、姉上の件だけどアレだけは兄上が嫌がると思ったんだ」

 「え?オデュッセウス殿下に皇帝になって頂くことがですか?」

 

 前々から父上は姿を隠すことがあった。

 それ以前に皇帝でありながらそのほとんどを代理の姉上に投げる傾向があり、一部貴族達からは批判的な思いが感じ取れていた。それを知っている姉上は私に提案してきたのだ。

 確かに兄上なら大多数の皇族と半数を超える貴族達の了承を得る事が出来るだろう。

 何より統治者としての能力を十分に持ち合わせている。

 ……自由気ままに外出する癖さえ無くせば…。

 

 「どうも兄上は違う生活を願っているようだ」

 「違う生活?」

 「そう感じるだけだよ」

 

 そう告げて机の上に置かれている資料に目を通す。

 ニーナ・アインシュタインより提出されたフレイヤ弾頭をランスロットに搭載するという具体的案が書かれた資料を…。 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュ達と別れたオデュッセウスはアヴァロン級二番艦ペーネロペーにある自室にて悶々と悩んでいた。

 正直これからやる事が多すぎる。

 これからルルーシュ達は第二次ブラックリベリオンを行う為にも急ピッチで合衆国憲章を進めていく。ブラックリベリオンではニーナ君が開発してしまった(・・・・・・)フレイヤが使用されるだろうし、第二次ブラックリベリオン後はゼロレクイエムへと向かっていくルルーシュ。

 エリア11にはナナリーや友人となった者達がおり、シュナイゼルとルルーシュが集う。

 原作通りなら問題ないが万が一誰かがフレイヤで巻き込まれたら立ち直れる自信がない。私は勿論の事、制作したニーナ君もだろう。

 それにゼロレクイエムへと向かい始めた場合はルルーシュが命を落とすことになる。何としても阻止せねばならない。

 

 などなどコードギアスのストーリー上は避けては通れない問題が立ちはだかる中で、他の問題も抱えてしまった。

 

 まずはコーネリアとギルフォードをどうするかだ。

 オルフェウス君達と協力して動いていたのはギアス饗団を倒すという共通の目標があったからこそ。

 それを成し遂げた今となっては一緒にいる意味はない。

 コーネリアも姫騎士(・・・)に会いたいだろうし、帰っておいでと声を掛けて今はこのペーネロペーに乗船している。

 今頃は割り当てられた部屋でぐっすりだろう。

 

 問題はコーネリアがエリア11の総督でありながら、それを放棄していた事に対する責と今まで何をしていたかを皇帝陛下に説明する必要が出て来たことだ。

 特に説明となると「反ブリタニア勢力と行動しておりました」とは言えないし、「ギアス饗団を叩き潰しに動いてました」なんて論外だ。

 何かしら理由を考えておかねばならないのは確かだ。それも父上様を納得させられるようなものを…。

 現在父上はCの世界に置き去りにされているから責を負われることは無いだろうけど、いつまでも隠し通せるものではない。

 それにコーネリアは姫騎士が日本にいる事を知って行きたがっているようだし…。

 

 行くのであれば機体の準備が必要となる。

 ミルビル博士に用意はさせていたがコーネリアを隠して動かすよりは堂々とした方が良いのか? 

 神根島でのルルーシュが計画阻止するまで時間を稼げれば、お咎めも大戦のどさくさに曖昧に出来るかも知れない。

 なんにしても頭が痛いよ。

 

 ちなみにペーネロペーの乗員の皆には搭乗前に説明しておいた。

 アヤノやハメルなどは大きな反応を示したが、レイラに至っては涼しい表情で「そうですか」で済まされてしまったのは私がすることに対して耐性がついたと見るべきか呆れられていると見たら良いのか…どっちなんだろうか。

 勿論アキト君はいつも通り興味無さげにスルーしていたね。

 

 明日にはギネヴィア達にコーネリア復帰の一報を連絡して、ミルビル博士には私の専用機含めて機体の準備を頼まないと。

 それとオルフェウス君との約束も叶えないといけない。

 

 オルフェウス君が復讐の対象としているのはV.V.だけにあらず。

 すでに壊滅させたプルートーンの中で生き残っている隊長を務めていたオイアグロ・ジヴォン。

 彼との決着をつける場を設けなければならない。

 オイアグロ卿は自責の念があるようだから応じてくれるだろうけど、皇帝最強の十二騎士に所属している事が大きな壁となって立ちはだかっている。自由に動けるようで動けない。それなりの戦場で邪魔をされない様に策を巡らせなければならないとなるとかなり面倒だ。

 それでも約束してしまった以上は守らないと…。

 あー…あと饗団より連れ出した子供たちをどうするかも考えないといけないか。

 

 と、問題が山積みの上に段違いに不味い問題が眼前に寝転がっている。

 ギアス饗団より私の状態回帰(ザ・リターン)で大怪我を戻して内緒で連れて来た伯父上様ことV.V.。

 もし匿っている事がルルーシュやオルフェウス、コーネリアにバレでもしたら不味い。それに父上様にバレた場合は殺されかねない。

 なにせあの現場にいたという事は私も襲撃に参加していた事が露呈する。

 計画の邪魔ものである私に何も対処しないなんて選択肢はないだろう。

 「どうせ計画が完遂すれば会えるのだから殺しても問題ないよね」なんて軽い考えで殺されるに決まっている。

 

 ベットに横たわって意識を未だに戻さないV.V.の前で頭を抱えて悩むが一向に答えなど出てこない。

 いっその事、私も行方を晦ますかと出来もしない事を考え始めた頃、V.V.が微かに呻き声を上げ始めた。

 

 ゆっくりと瞼を開けたV.V.と目が合う。

 眠たげな瞳が徐々にオデュッセウスを捉えていく。

 さて、どういったものかと頭を悩ませながら引き攣った笑みを浮かべる。

 

 「え、えっと…おはようござ――」

 「―――ッ!?」

 

 言葉の途中で目を見開いたV.V.はベッドの隅へと飛び退いて、警戒心をむき出しに辺りを見渡す。

 予想しなかった行動に面食らったオデュッセウスは理解できずに固まってしまう。

 何かデジャブを感じながらもとりあえず落ち着くのを待つことにするが…。

 

 「こ、ここは何処ですか?それに貴方は―――誰ですか?」

 「うん。どうしよう」

 

 あまりの出来事にオデュッセウスはそうとしか言えず、さらに頭を痛めるのであった。 



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第101話 「皇帝不在の合間にⅡ」

 すみません。 
 18時までに投稿すると書いておいて二時間半も遅れてしまいました。


 神聖ブリタニア帝国のカルフォルニア基地には多くの輸送機が待機していた。

 中には砲撃戦用ナイトメアフレームのガレスなども含まれている。

 サザーランドやグロースター、ヴィンセント・ウォードが輸送機に積み込まれていく様子をビスマルクはただただ眺めていた。

 

 「まさか中華連邦へ攻め入る予定が、防衛線に回されるとは思いませんでしたねヴァルトシュタイン卿」

 

 声をかけられ振り向くとそこにはニタニタと嬉しそうに笑い、ナイフを弄りながらルチアーノ・ブラッドリーが寄って来る。

 背後にはナイトオブテン直属のグラウサム・ヴァルキリエ隊の面々が追従している。

 ここに集っている戦力はこれより数時間後にはエリア11に向かって行く援軍。

 シュナイゼル宰相閣下によれば黒の騎士団は中華連邦と協力して反ブリタニア連合国を誕生させようとしているとか。そうなれば一番に狙ってくるのはエリア11―――日本奪還の可能性が極めて高い。

 その為、帝国最強の騎士ナイト・オブ・ワンのビスマルクまで出向くことになったのだ。

 すでにエリア11にはスザク、ジノ、アーニャの三人のラウンズが居るというのに二人も向かうという事は前代未聞だろう。

 ……いや、ラウンズ四人が揃った事はあったな。

 確か白ロシア(ベラルーシ)戦線だったか。

 

 「いやはやエリア11とは面倒ですな」

 「そういう割には楽しそうだなブラッドリー卿」

 「っはは、そりゃあ気兼ねなく人殺しが出来るのですからねぇ」

 

 人殺しの天才…。

 ブリタニアの吸血鬼…。

 これらは人を殺す事を――命を奪う事に関しては狂気的才能と能力を発揮する事から付けられたブラッドリーの二つ名。

 敵にしたら厄介だが味方にすれば心強いという言葉があるが、この場合はどちらにしても厄介と言うべきか。

 味方であろうとも盾にするし、射線に間違ってはいれば躊躇わず攻撃するし、動けなくなった味方を有効利用すると言って囮や攻撃手段に用いる事も度々だ。それでも奴がラウンズに居るのはそれだけの力を持っている証。

 

 その実力を持った殺人鬼がほくそ笑んでいるのだ。

 敵からすれば嫌なことこの上ないな。

 

 「あまり羽目を外し過ぎるなよ」

 「分かってますって。それにしても良いですよねぇ」

 「またいつものか?」

 「いえいえ……まぁ、人の大事な物を奪えるというのは間違ってないですが、今回はそれ以上に楽しみなんですよ」

 「卿が戦闘以外に楽しみにするようなことがあったか」

 「えぇ、有りますとも―――なんたって今回の戦場はエリア11。オデュッセウス殿下が贔屓にしている国で私が暴れるんです。そう聞いた時、どんな表情をするのでしょうね?」

 

 大きくため息を漏らす。

 犬猿の仲とはこの二人をさす言葉なのだろうなと納得してしまう。

 ブラッドリー卿は相手が皇族である事から公言はなるべく控えているがオデュッセウス殿下を嫌っている。どちらも互いの性格が気に入らないのだ。殿下がはっきりと嫌っているのを私も耳にした事があるから確かだろう。

 人の命を奪う事に喜びを感じるブラッドリーと戦場でも極力殺さない様に務めている殿下。

 

 「エリア11では水と油というのだったか」

 「なにか?」

 「いや、その言葉を機内で…特にコーネリア皇女殿下の前では言うなよ」

 「勿論。私もそんな理由で殺されたくも、皇族殺しもしたくはありませんからね」

 「…輸送機ごと落とされないか不安なのだがな」

 

 呟きながらひと睨みすると、クツクツと笑いながらブラッドリーは踵を返して行った。

 視線を輸送機の方へと戻すと、エリア11で騒動が起こるというのなら必ずオデュッセウス殿下は来るのだろうなと思い息をつく。

 

 昔は剣術指南やマリアンヌ様の暇潰しに巻き込まれて接する機会は多かったが、最近では会って話す事すら少なくなっている。

 こう思うのは失礼かも知れないが、我が子のように成長を見てきたつもりだ。

 だからこそ無茶をするだろうことは容易に想像できて苦笑いを浮かべてしまった。

 

 「……あれからどれくらい成長なされたかな」

 

 もう二十年以上も前になる思い出を思い返し、自分も歳をとったなと実感しながらこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 コーネリア・リ・ブリタニアはオデュッセウスの工廠であるサンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】に出向いていた。

 ギアス饗団を崩壊させた後、何をするかなどまったく考えていなかった。

 そもそもがユフィをあんな目に合わせた奴に後悔させてやろうと行動に出たので、ギアス饗団を倒した以上オルフェウス達に協力する理由も無くなってしまった。

 何かと不自由な日々ではあったものの意外とあの日々も中々性に合っていたのだなと今では思い返してしまう。

 

 で、どうしようかと悩んでいた所に自身のするべき事を済ませたオデュッセウス兄上が「帰っておいでよ」と言ってくれたのだ。

 黒の騎士団と中華連邦が動き出したことでエリア11の情勢も慌ただしくなることだし、姫騎士と合流してほしいと言われれば二つ返事で承諾した。兄上に帰っておいでと言われただけでも嬉しいのに久々に会えるのだから逆に断る理由が皆無である。

 

 しかし、ブリタニアに戻るのなら今まで何をやっていたとか、エリア11の総督が一切連絡なしに職務を放棄した責任を負わなければならない。そうなればエリア11に向かうのが遅れるどころか向かう事すらままならなくなるだろう。

 ただ私は運が良いらしい。

 ちょうど父上が行方不明となって皇帝陛下不在という状況で私の責任云々は後回しになったのだ。

 兄上が姉上に掛け合ってくれたのもあったのだろうが、おかげで私はエリア11に何の気兼ねなしに向かう事が出来る。とは言っても機体を持たぬ私達が行ったところで間に合わせの機体を何処かの部隊から調達しなければならない。

 なのでコーネリアはギルフォードを連れ、オデュッセウスの専用機を受け取りに同行したアンナ・クレマン少佐を始めとした親衛隊所属の技術班と共にナウシカファクトリーに出向いている。

 出迎えは貴族であり技術者として名を馳せているウェイバー・ミルビルに多くの技術職員達と用意されたナイトメアである。

 

 「ようこそコーネリア皇女殿下。行方不明と伺っていましたがお元気そうで何よりです」

 「久しいなミルビル卿。何度か顔を合わせた事はあったな」

 

 軽い挨拶を済ませた二人は並び立っている機体へと向き直る。

 

 「それでこれが殿下より用意しておくようにと言われた機体です」

 「ランスロット―――の量産機か?」

 「はい。ランスロットをベースに量産機として試作されたランスロット・トライアルより開発されたヴィンセント。それの指揮官型をコーネリア皇女殿下仕様に調整・改修したものとなっております」

 

 色合いは赤みがかった紫色をメインカラーに純白のマントを羽織ったヴィンセントに、黒みがかった紫色をメインカラーに黒いマントを羽織ったヴィンセントが並んでいた。

 

 「兄上が私の為に…」

 「誰のとは申されませんでしたが皇女殿下が使っておられたグロースターと同色の機体を用意させていたという事はそう言う事なのでしょうね」

 「もう一機のほうは?」

 「黒みがかった紫色はギルフォード卿にと」

 「私の機体まで!?―――いえ、姫様を護るためにですね」

 

 嬉しそうに機体を見上げるギルフォードより前に出たコーネリアはオデュッセウスが用意させたヴィンセントに触れる。

 皇族機としては装飾が少ない気はするが、そこまで装飾に拘らない兄上らしい感じでどこか安心してしまった。

 そして奥にある武装に目を惹かれた。

 

 「ミルビル卿。あの槍は?」

 「銃と槍の機能を合わせたガン()ランス()という新兵装です。大型ランスに銃口を四つ内蔵し、先端にブレイズルミナスを展開出来、射撃・近接戦闘を可能とした―――」

 「やはりか。それならば扱い方は心得ている」

 

 ジークフリート改との戦いで使った槍。

 合流した際に兄上から受け取り使用して使い方は理解している。

 その事を思い返し、一言呟くとミルビルは納得して大きなため息を漏らした。

 

 「試作品を持って行ったと思えばそういう…」

 「他にも何か武装が組み込まれているのか?」

 「残りの武装は一般的なヴィンセントと何ら変わりません。強いて言うなら打突武装ニードルブレイザーの位置が変わっている事ぐらいですか」

 

 話を聞き終えたと言わんばかりにコーネリアは頬を緩めつつ振り返った。

 振り向かれたミルビルはその笑みに何かしらやらかす前のオデュッセウスと重なって嫌な予感を覚える。

 無茶ぶりはないと信じたいが何かしら面倒ごとが起こると予想がつく。

 

 「今すぐ慣らし運転をしたいのだが?」

 「やはりですか…」

 「どうせなら模擬戦形式で……」

 「皇女殿下。慣らしはまだ良いですが模擬戦となると場所と相手が――」

 「相手をせよギルフォード」

 「イエス・ユア・ハイネス!」

 「話を聞いてはくれぬのですね…」

 

 とても大きなため息を吐き出したミルビルは諫めるのを諦めて、試験場の一角を用意するように職員を走らせる。

 さらに破損させるのは前提条件(・・・・)なので大破しても良い様に予備部品も集めさせる。

 エリア11に向かう輸送機に間に合わすために修理や再設定などの後の作業の事を考えると徹夜かと項垂れるミルビルを他所に、コーネリアもギルフォードも嬉しそうに自分の愛機に搭乗するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ペーネロペーにあるオデュッセウスの自室にてV.V.はこれまでの社会での流れや情勢、出来事を知ろうと色んな情報デバイスより知識を収集していた。

 本当に記憶を失った少年なのかと疑いたくなるような様子なのだが、ルルーシュやシュナイゼルも同年代ぐらいでやろうと思えば出来ただろうからと無理に納得させる。

 

 目を覚ましたV.V.は記憶を失っていた。

 それも自身の母親が亡くなる以前にまでだ。

 つまり眼前のV.V.はギアス饗団どころかシャルルが皇帝になった事すら知らないのだ。

 これらの原因は頭部の大怪我を直そうと状態回帰(ザ・リターン)を強くし過ぎた事で、怪我の状態だけでなく脳の状態まで戻してしまったらしい。

 見た目通りに幼くなってしまった伯父上様なのだけれども、どう扱って良いのか…。

 まんま子供として扱えば良いのか、今まで通りに扱った方が良いのか。

 

 いっその事、脳に集中して力を使って最近までに戻すかだが、この場合は伯父上の危険度が今の何千倍は跳ね上がる。それ以上に脳だけとなると直接触れる事になるので勘弁こうむりたい。

 

 「オデュッセウスさん(・・・・・・・・・)

 「……え?あ、はい、なんでしょうか?」

 

 V.V.から呼ばれた事のない呼ばれ方に一瞬戸惑って返事が遅れてしまった。

 

 すでに伯父上には父上に何があって何をしようとしているのか伝えてある。

 皇族争いで母親を亡くし、嘘にまみれたこの世界を嘘の無い世界にしようとしている事。

 生と死に関係なくすべての人の心と記憶が集まるCの世界(集合無意識)に干渉して、死者も生者も繋げてすべてを一つに―――嘘の無い世界を実現しようとしている事。

 その為に必要な遺跡を手中に収める為にも戦争を起こして植民地にしている事。

 計画が完遂したら死者にも会えるという事で子供がそこに居ても戦争を仕掛けるほどの非情な選択を行えるようになっている事。

 伯父上が計画の邪魔になると判断して父上が一番愛し、計画にも参加していた女性を殺め、嘘をついて隠そうとした事…。

 

 話した…。

 話してしまいました。

 伯父上は最初は信じられないと言った風に聞き、色々な情報を知識として飲み込んで行くと一つ一つ納得していった。

 あの反応からして幼いとは言え伯父上なんだ。

 予想だけれども伯父上は父上の計画に同調し、それを望んでいる。

 

 「オデュッセウスさん。ボクは貴方の意見を聞きたい」

 「私の意見……ですか?」 

 「あぁ、そうだよ。オデュッセウスさんはどんな未来だと良いんですか?」

 

 そういわれて真っ先に思い浮かんだのは自身が幼い頃より想い描いていた未来だ。

 平和な日常を、ゆっくりとした生活を…。

 

 「皆が皆、笑ってゆったりとした日々をのんびりと過ごしたいですねぇ」

 

 クロヴィスとライラと共に美術館巡りしたり、シュナイゼルやルルーシュとチェスを打ったり、ギネヴィアとコーネリアは大きくなってから頼る事も多かったから今度は思いっきり甘やかしてあげよう。

 カリーヌやナナリー、パラックスにキャスタール、カリーヌともしたい事ややりたい事はあるんだ。

 他にも友人関係となった皆とも…。

 

 「強いて言うなら争いの無い世界ですかね」

 

 想いを文章化出来ずに苦笑いを浮かべつつ答える。

 すると伯父上はニヤリと微笑んだ。

 

 「シャルルとボク…が作ろうとしている世界は憎しみも争いもない世界だ。それは貴方が思い描く世界に通じる筈だ。だから―――」

 「違いますよ伯父上」

 

 言葉を遮るように否定する。

 私の望むものが父上たちと同じとは絶対に認めない。

 なにせ私は過去でなく未来を求めている。

 伯父上や父上の計画とは真逆。

 

 「私は―――私は自分に都合のいい優しさだけの世界なんて求めておりません。

  確かに人と人は完全に分かり合えない。

  人は自分が持っていないものに興味を示し、欲し、妬み…そして争う。

  父上様や伯父上様の御母君もそういった争いの中で死んだのは重々承知しています。

  でも、私はお二人の理想とする世界を否定する。

  十人十色…千差万別…人は人の数だけ違いがあり、意志を持っています。

  中には衝突してしまう者や生理的に受け付けない者も居ります。私にも毛嫌いする者がいますしね。

  だからこそ私は良いのだと思うんですよ。

  嫌いな人間も居れば、違うからこそ愛せる者も居るんです。

  その…えっと…何が言いたいかというと…うーん…」

 

 何を言おうとしていたのか分からなくなったオデュッセウスは頭を捻って考えをまとめようとする。

 想っている事、考えている事を真っ直ぐ言葉をこうも組み立てて話すのは苦手だ。

 ルルーシュやシュナイゼルなら上手い言い回しで相手の心を鷲掴みにするように言えるのだろうが…。

 

 一人うんうんと唸っているオデュッセウスにV.V.は眉を潜める。

 

 「ではボク達の理想は間違っていると思うかい?」

 「いいえ、それもそれで一つの答えでしょう。

  私が想っているのも伯父上達が想っているのも結局のところ各々の我儘を誰かに押し付けているだけなのですから」

 

 己の意志を貫くのであれば相手の主張を捻じ曲げなければならない。

 そう思っていたV.V.は面食らってしまう。

 

 「否定しないんだ。でも邪魔するんだよね」

 「ですね…」

 「ボクは邪魔する者にはどうしたのかな?」

 「……容赦なく排除してましたね」

 「君はどうするのかな?」

 「私には伯父上のような事は出来ません。ですから―――」

 

 オデュッセウスは正座をして姿勢を正し、床に手をついて頭を深々と下げた。

 自分には相手を排除してまでも事を貫くことは出来ないのは理解している。だからこうしてお願いするしかないのだ。

 

 「お願いです伯父上。

  どうか私の―――私が愛している皆の未来を―――どうか…どうか奪わないで下さい」

 

 深々と土下座をするオデュッセウスをV.V.は見下ろし、ぼそりと「そっか…君も兄なんだね」と一言漏らした。

 どこか悲しそうで後ろめたそうな声色に顔を伏したままだったオデュッセウスはつい顔を上げてしまった。

 辛そうで泣き出しそうになっている伯父上と目が合い、ふいっとそっぽを向かれる。

 ごしごしと袖で拭う仕草を見てポケットよりハンカチを差し出す。

 無言で受け取られたハンカチで目元を拭い、目元は赤いままニコリと笑みを浮かべて振り向いた。

 

 「兄弟って本当に良いものだよね」

 「えぇ、私もそう思いますよ」

 

 心の底から微笑み合った二人はクスリと笑った。

 V.V.は大きく息を吐き出し困ったような表情を浮かべるが、すぐさま真剣な表情で正面から見つめる。

 

 「―――分かったよ。

  ボクは兄としてシャルルを止めるよ。決して嘘のない世界を否定する気はないよ。でも結果的に同じになってはボクはボクではなくなり、シャルルはシャルルでなくなる。そんなのは嫌だからね。ボクはボクでシャルルはシャルルだ。だから止めるよ」

 「…伯父上」

 「けれどボク自身にシャルルを止める術はない。だからオデュッセウスさん!ボクに力を、一緒にシャルルを止めて欲しい!」

 

 オデュッセウスは大きく頷き、伯父上―――V.V.より差し出された手を握る。

 弟妹や同じ兄(ブラコン)を護る為にも父上―――皇帝を止める意志を強く認識し、父上に歯向かう覚悟を決めるのであった。

 

 

 

 ――――例えどんな結末になろうとも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで伯父上の本名って何なんですか?」

 「………あれ?」

 「え?」



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第102話 「日本へ」

 『――――第一号として黒の騎士団に日本解放を要請します』

 『良いでしょう。超合集国決議第一号。進軍目標は――――日本!!』

 

 蓬莱島で執り行われた超合集国の式典は全国に流された。

 大国ブリタニアと並ぶ連合国家。

 発起人は反ブリタニア勢力の英雄であり、希望であるゼロ。

 多くの人が予想した通りに事態はブリタニアと超合集国との戦争へと動いて行く。

 超合集国に加盟した各国は軍事力を永久に放棄し、放棄された軍は黒の騎士団に集まり、国家に属さない戦闘集団として超合集国と契約。

 黒の騎士団は超合集国の決議により盾にも剣にもなる。

 そしてまず最初に剣として日本解放へと乗り出したのであった。

 

 

 

 ブリタニアにより十一番目の植民地エリアにされた日本。

 そこを奪還しようと動き出した超合集国に加盟する各国の軍事力を集めた黒の騎士団は、日本海に面する東日本沿岸部へと軍を進めた。

 

 中華連邦蓬莱島での式典後に日本に向けて出発した主力艦隊は超合集国黒の騎士団総司令黎 星刻の指揮の下、カゴシマ租界沿岸に進行していた。

 中華連邦の大型地上戦艦【大竜胆】を旗艦に竜胆が周囲を囲むように六隻、後方に直線状に二隻、斜め前方に一隻ずつ。斑鳩をベースに建造した小型浮遊航空艦【小型可翔艦】が両脇に二隻ずつ、斜め後方に一隻ずつ、前方に三隻が展開。合計ニ十隻の大艦隊とそれらに収納されたナイトメアフレームに空戦可能な攻撃ヘリ。

 対するブリタニアもカールレオン級浮遊航空艦を出してはいるものの、カゴシマ租界沿岸部に指揮用陸戦艇G-1ベースを中心に補給や整備の施設を用意している為、然程展開はさせていない。そもそもエリア11に数を揃えている訳でもないので出そうにも出せないのだが。

 沿岸部には空戦能力――つまりフロートユニットを装備していないサザーランドやグロースターが砲戦仕様の武器を構え長距離戦、海上に展開できるナイトメアフレームや艦戦で防衛線を展開する構えを見せている。

 

 両軍の衝突は超合集国側の一発の砲撃より始まった。

 たった一発の砲弾が放たれると両軍から砲撃が開始され、その弾幕の濃さにより砲弾同士が衝突し、ちょうど真ん中で爆発がいくつも起こった。

 

 『前衛部隊敵部隊と交戦状態に入りました。第一遊撃隊は発艦を願います』

 『ライ様。御武運を』

 「行ってきます神楽耶様―――ライ、蒼穹弐式改発艦します!」

 

 ライは神楽耶の言葉を受けて操縦桿を握り締める。

 大竜胆より発艦したライが隊長を務める第一遊撃隊は蒼穹弐式改と八機の暁により構成される。

 強化された飛翔滑走翼により紅蓮弐式以上に肥大化している右腕の輻射波動機構の重みをものともせず、高い機動力を発揮する蒼穹弐式改に合わせるように機動力を上げた暁達は最前線へと飛翔する。

 

 敵ナイトメアはフロートユニットを装備したグロースターに、試作機ではなく正式量産機として生産されたヴィンセント・ウォード。

 加速をかけたライは友軍機に気を取られていた隊長機らしきヴィンセント・ウォードを左腕の折り畳み式の刀身を展開して通りざまに斬りつけた。いきなり指揮官を失った部隊は困惑し、対処出来る者は通り過ぎた蒼穹弐式改へと狙いをつけるが後続の暁隊に切りつけられ何も出来ずに撃破されていった。

 

 第一遊撃隊の戦闘は簡単だ。

 カレンに次ぐ実力者であるライが斬り込んで注意を引いて、その隙に暁隊が斬りかかるというシンプルなもの。だがそれなりの人物でないと対応しきれないのも事実。蒼穹弐式改に後続の暁隊が戦場を駆けるとその付近では幾つもの爆発が発生している。

 

 「全機エナジーを確認せよ」

 

 デメリットと言えば対応できる精鋭部隊と交戦してしまった場合と、機動力を発揮し続ける為にエナジーの消費が大きい事だ。ゆえに小まめな確認が必須となる。

 全機のエナジー量に問題がないと分かると一旦最前線より後退しつつ戦況を把握する。

 カゴシマ以外にも複数の沿岸部に進行しているというのに中々ブリタニアの防衛網が硬くて突破しているところがない。

 この主力艦隊とていつまでも戦える訳ではない。

 全てはゼロに掛かっている訳だが…。

 

 苦々しく戦況を確認していると左翼が崩れているのに気付いた。

 回線を大竜胆ではなく神虎へと繋ぐ。

 

 「星刻総司令。左翼が崩れていますが…」

 『非常に突破力の高いナイトメアが居るらしい。ラウンズの何れかが居るのだろう』

 「分かりました。左翼へ行きます」

 『君の実力は知っているが油断はするなよ。それと行くならエナジーの交換をしてゆけ』

 「了解です」

 

 近場の小型可翔艦にて補給を受けるとすぐさま飛び立ち、ラウンズが居るであろう左翼へと向かう。

 が、目標のラウンズ機を見つける前に崩れた左翼に多くのブリタニアのナイトメア隊が雪崩れ込んでいた。

 

 「全機、突貫!!」

 

 速度を上げつつ敵中に突っ込む。

 ワイヤー付きの右手を発射してヴィンセント・ウォードを掴むとパワーにものを言わせて引き寄せ別の敵機にぶつけて損傷させたり、左腕の刀身で斬りつけたりと前進すること重視に攻撃を仕掛ける。

 暁隊も同様に侵攻ルートに居る敵機だけを切りつけ、あとは狙わずに銃弾を放っている。敵中という事もあって撃てば何かしら敵機に命中するし、敵機からは同士討ちの可能性か銃撃は控えられている。

 流れるように敵機を切り伏せながら突き進むが中には反撃にあって足を止め撃破される者、止めようと前に飛び出してきた敵機に激突してしまった者、同士討ち覚悟で撃って来た攻撃を受けてしまった者と数機が撃破される。

 自分の部下を死なせてしまった事に罪悪感と後悔の念が押し寄せて来るが、おかげで敵の動きに乱れが生じ、その事を知った星刻の機転で乱れていた左翼が斬り込み、何とか左翼側が持ち直した。

 

 「副長、生存確認!」

 『三機が撃破され、二機が小破。無事なのは隊長と三機のm―――』

 

 通信の途中で副長との通信が切れた。

 何事かと振り向くと副長機の暁に一機のナイトメアが取り付いていた。

 

 右手首にある四つの爪にブレイスルミナスを展開し、高速回転させることでルミナスコーンと言うブレイズルミナスのドリルを主力武器とし、小型ミサイル内蔵のミサイルシールドを左手で構え、ヴィンセントがベースらしき薄紫の一本角のナイトメアフレーム。

 

 ―――ブリタニアの吸血鬼。

 ―――人殺しの天才。

 ―――帝国最強十二騎士ナイトオブラウンズの一人。

 

 ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー。

 専用ナイトメア、パーシヴァル。

 

 『ほほぅ、中々面白い戦いをするじゃないか』

 

 クツクツと笑いながら外部スピーカーより流された声に苛立ちと気持ち悪さを感じた。

 どう見ても今までの相手ではない。

 それはラウンズという強者だから―――ではなく、こいつは楽しんでいる(・・・・・・)

 戦いとかではない。

 人殺しを楽しんでいる。

 

 「各機散開!この場を離脱しろ!!」

 『おぉっと、逃がしはしない』

 

 パーシヴァルの膝より低出力のハドロン砲が放たれ、直撃した暁は抉られるように装甲を毟り取られ、爆散して行った。

 蒼穹弐式改にも同様に放たれたが、操縦桿とペダルを素早く、細かく、正確に動かしてギリギリを躱す。

 近距離に飛び込むと輻射波動機構を突き出して捕えようとするが、その寸前でブラッドリーは距離を取る。

 

 ルキアーノ・ブラッドリーはコクピット内でほくそ笑んでいた。

 人の大事な物―――命を公に奪えるこの機会を楽しんでいたが、どうも歯ごたえがなさ過ぎて物足りなかった。

 たった数機で敵中を駆ける部隊を見つけた時は多少楽しめるか程度の気持ちで仕掛けたのだが、目の前の敵機は大いに手応えがあるだろう。

 正面から見たブラッドリーの瞳には蒼穹弐式改がハドロン砲を回避したのではなく、ハドロン砲が蒼穹弐式改を通り過ぎた(・・・・・)ようにしか見えなかったのだ。そんな事物理的に考えてあり得ない。あるのなら目の錯覚。見間違えではなく錯覚だ。

 蒼穹弐式改は短時間に何度も小刻みに操作した事でほとんど動いていない様に見せ、最低限の動きで回避しきったのだ。動きが少なく動きの幅が無い事でまるで通り過ぎたように目が錯覚を起こした。

 そんな操作が行えるものはラウンズ内でも少ない。

 

 『面白い。お前の大事な物はなんだぁ?』

 「大事な者…」

 

 突っ込んで来るパーシヴァルが突き出したルミナスコーンを輻射波動を放って受け止める。

 大事な者と言われて咄嗟に神楽耶を思い浮かべたライは後方に見える大竜胆をメインカメラに収めてしまった。

 大竜胆には参謀長官の周 香凛を始めとする武官の他に日本の代表である皇 神楽耶と中華連邦の代表の天子が乗艦している。無意識にメインカメラを向けてしまった事でブラッドリーは歪んだ笑みを浮かべる。

 

 『そうか――貴様は自分の命ではなく他に大事な者が居るらしいな』

 「―――ッ!?」

 『ならそれを私が奪ってやろう!!』

 

 再び距離を取ったパーシヴァルに不安を覚え、輻射波動機構を放つ。

 ワイヤーを伸ばしながら飛んでいく輻射波動機構はパーシヴァルが付近に居たグロースターを盾にすることで防ぎ、グロースターの爆発によって発生した爆炎で一瞬見失ってしまった。

 

 『奴を足止めしろ!』

 

 声がした方向を向くと上空へ飛翔したパーシヴァルと指示に従い向かってくるヴィンセント・ウォードが視界に映る。

 ヴィンセント・ウォード二個小隊と交戦しながらも視線の隅でパーシヴァルを捕え続けたライは驚愕した。

 フロートシステムが損傷したのであろう味方のカールレオン級浮遊航空艦を引っ張り、大竜胆の方向へ進路をとらせている。

 無視して追い付こうとするがヴィンセント・ウォードが邪魔をして思うように進めない。

 

 「邪魔をするな!!」

 

 ラクシャータに後で怒られるだろうが輻射波動を最大規模で拡散させる。

 紅蓮弐式をベースにしている蒼穹弐式改の輻射波動機構は効力を増すために本来よりも大型にしているだけで、機能的には紅蓮可翔式の輻射波動機構に劣る。

 それが無理をして同じことをしたのだから負担は大きい。

 拡散の範囲を狭めて放った為、足止めのヴィンセント・ウォード隊は大きく損傷し、その場で動かなくなった。

 一気に速度を上げながら墜落しようとしているカールレオン級浮遊航空艦へ向かう。

 星刻の神虎も大竜胆への落下を阻止しようと向おうとしているがナイトオブワンのギャラハットの相手で思うように動けない。

 再びブラッドリーに命じられてか、それとも敵機だからか複数のナイトメアが向かってくる。

 突破は容易い。が、時間を取られる。

 少しずつであるがカールレオン級浮遊航空艦との距離が開いて行く。

 たった数十メートル、数センチ、数コンマの距離離れる度に絶望が濃くなって心を覆う。

 

 

 

 脳裏に何かが過る。

 古びたフィルムを再生したかのような色あせた景色に光景。

 その中には優しく微笑んでいる黒髪の女性―――日本の貴族でブリタニアの地方領主の父に嫁いだ母。

 母の面影を強く受け継いだ可愛い妹…。

 多くの臣下に領民たち。

 僕は母、妹の為にギアスを使って王となる道を選んだ。

 何もかもが順調だった。

 ギアスの力は絶大で欲した物を何でも手に入れる事が出来た。

 そしてギアスによって全てを失った。

 戦争前の演説時にギアスが暴走して、誰も彼もが武器を手に笑みを浮かべて敵という敵に遮二無二突っ込んで行った。

 その中には母も妹の姿もあった…。

 もう声は届かず、皆は帰ってくることは無かった…。

 

 アッシュフォード学園で気が付いてからずっと記憶を失ったまま今の今まで時間が過ぎたが、記憶を取り戻したい気持ちは心の片隅にあった。だが、今は蘇った記憶よりも目の前の事が重要だった。

 否、蘇ったからこそ目の前の事が大事になったのか…。

 

 「―――ッ!?もう二度と――」

 

 ペダルを最大限まで踏み込んで加速による負荷で身体がシートに押し付けられる。

 向かって来たナイトメアの銃撃を掠めながら振り切った。

 目を開ける事すら難しくなる中でもしっかりと目標を捕え続ける。

 けたたましく鳴り響く警告音を無視して速度を上げ続ける。

 あまりの負荷に機体が悲鳴を上げ、意識が朦朧とする。

 だが、決して手放すことは無かった。

 

 血液検査で皇家とは遠縁の貴族の血を引いていることが分かった。

 例え今に続く系譜が分からなくとも貴族の血を引いているならばキョウトとの交渉には役立つだろうと、黒の騎士団より日本解放戦線へ移ってからは支援を頼みに何度か使者として会いに行った。

 その度に輝かんばかりの笑みや料理など御持て成しなどで歓迎されたり、ただ話すだけでも闘いばかりで疲れつつある心を癒してくれた。

 懇意にされたのもあったのかも知れない。

 いつの間にか神楽耶様の存在が心の中で大きくなっていた。

 記憶が戻った今となっては何処か妹と似ていたというのもあったのかも知れない。

 だからこそ―――…

 

 「――失ってたまるか!!」 

 

 射程距離に入った瞬間に輻射波動機構を飛ばしてカールレオン級浮遊航空艦を掴ませる。

 蒼穹弐式改の加速にワイヤーの巻取りを合わせて勢いよく取り付く。

 衝撃で肥大化した輻射波動機構が軋み、装甲にひびが入った。

 リミッターを解除して最大出力で輻射波動を撃ち込んだ。

 

 蒼穹弐式改――ゲームに登場した紅蓮弐式改の技、リミットブレイク。

 撃ち込まれたカールレオン級内部に高エネルギーが駆け巡り、行き場を失ったエネルギーが装甲を突き破って辺りに放出される。それが周囲の敵機をも巻き込んで一帯に複数の爆発を引き起こした。

 

 『これは予想外…っと』

 

 放たれたエネルギーの内の一発がパーシヴァルに向かって伸びてきたが難なく回避する。 

 止めに来るとは思っていたがこうも阻止されただけでなく、周囲のブリタニア軍を一掃されるとは思っていなかった。

 だからと言って焦る事は無く、一気に命が散った戦場に高揚感すら感じていた。

 この力があればどれだけの命を散らせるかと思いながら…。

 

 「お前だけは落とす!!」

 『ハッ!猿知恵だな』

 

 爆発四散したサールレオン級の装甲板に隠れて接近したライは、ルミナスコーンを展開できる右腕を警戒して左側より突っ込んだ。

 アニメでカレンの紅蓮聖天八極式の引き立て役として簡単にやられたと言ってもラウンズの一人。

 左側より突っ込んできた蒼穹弐式改に対して大きく動くことは無く、ミサイルシールドを展開して迎撃する。

 すでに輻射波動機構は使用不能なほど破損し、飛翔滑走翼は機能低下。機体はボロボロという最悪のコンディションでは、どれだけ良い腕を持っていようと避け切る事は不可能。

 ならばと考えを改めて壊れた輻射波動機構を盾代わりに突き進む。

 装甲を厚くしていてくれたおかげかミサイル群を抜けることには成功したが、右腕は跡形もなくなくなってしまった。

 爆煙の中を突っ切って現れた蒼穹弐式改の行動を予測しきれずにワンテンポ遅れたパーシヴァルに左腕の折り畳み式の刀身が迫る。僅かながらも身体を捻ってコクピットへの直撃は回避したが、刀身はパーシヴァルの右肩に突き刺さった。

 

 『――ッこのイレブンの猿がぁあああ!!』

 

 今までの悪意のある笑みを含んだ声は消え失せ、怒りを露わにした声色にライは笑みを零す。

 機体はもう限界で刀身が突き刺さると左腕の肘の関節が砕け散り、バランスを取る事もままならない蒼穹弐式改は海へと落下して行った。

 しかし海面に激突することなく空中で静止した。

 機体状況を鑑みて脱出することも視野に入れていたライは蒼穹弐式改にワイヤーを絡めて落下を防いだ神虎を見上げた。

 

 『良くやってくれた。これで左翼は立て直すどころか機能する。それとまだ戦えるか?』

 「機体は無理ですが僕はまだ行けます」

 『ならゼロが置いて行ったC.C.用の暁を使え』

 

 神虎はワイヤーを弛めて友軍の暁へと蒼穹弐式改を放ると、斬りかかってきたギャラハットと剣を交え押し止める。

 二機の衝突を眺めつつライは大竜胆へ一時帰還した。心配し過ぎて少し涙目になっていた神楽耶に多少言われたが、今度は守れて良かったと心底思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリア11のトウキョウ租界では厳重な警備体制が敷かれていた。

 政庁には総督のナナリー・ヴィ・ブリタニア以外にもブリタニアの宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアも入り、指揮能力と拠点としての重要性は格段と上がった。

 前線から離れているが、すでにシュナイゼルはゼロの狙いがトウキョウ租界への奇襲攻撃だと読み、アーニャ・アールストレイム、ジノ・ヴァインベルグ、枢木 スザクのラウンズ三名を待機させ、ダールトン将軍率いるグラストンナイツとアリス達ナナリーの騎士達が政庁防衛に当たっている。各部隊を配置していつ奇襲攻撃が始まろうと対処できるように手は打たれていた。

 さらにはブリタニア軍に復帰したコーネリア・リ・ブリタニアとギルフォード・G・P・ギルバートも加わり戦力としては十分すぎるほどだ。

 

 そのコーネリアは政庁ではなく元黒の騎士団専用の収容施設に来ていた。

 黒の騎士団が居なくなった後は収容施設ではなく、ブリタニアの軍事施設の一つとして使われている。

 エリア11に残りナナリーの手助けをしている姫騎士と一部のオデュッセウス直属の部隊が居るだけなのだが…。

 

 施設に増築した格納庫でコーネリアとギルフォードは機体の充実性に驚いていた。

 背に大剣ではなく長剣を背負い、自身を隠すほど大きなタワーシールドと銃口が二つ並んでいる大型のアサルトライフルを装備したギャラハット。

 主に桃色でカラーリングを施されたヴィンセントに守備部隊が使用するのであろうヴィンセント・ウォードが四個小隊分。

 そして黒の騎士団の紅月 カレンが搭乗していた紅蓮可翔式をロイド・アスプルントとセシル・クルーミーの趣味が混ざりながら強化・改修された紅蓮聖天八極式が鎮座していた。

 ブリタニアでもこれほど高性能な機体を持つ部隊などラウンズ以外には無いだろう。

 自機である専用のヴィンセントも並んで少し手狭な格納庫でそんな感想を抱いていると純白の強化歩兵スーツで全身を覆った姫騎士が補佐をしているマリエル・ラビエと共にやって来た。

 少し後ろには鼻歌交じりに歩いている左目に眼帯をつけた少女に警戒の色を強める。

 何がという訳でないが嫌な感じがする。

 本当に何と表現すれば良いのか。

 あの者だけ周りと色が違うというか雰囲気が異質なのだ。

 

 「――――っ……」

 「あ!どうぞこれを」

 

 姫騎士は何かを言おうとして俯き、ノートとペンとマリエルから受け取り書き始める。

 姿を晒すことも話すことも許されない。

 もし晒し喋るものならば命に危険が及ぶ。

 それももう大丈夫だろうが兄上がもう少しと仰られたのだ。

 窮屈な暮らしも僅かなものだろう。

 出来るだけ早々に終わらしたいがギアス饗団以外に行動をする者を知らない為に打つ手はない。

 

 ノートには【二人っきりで話しませんか?】というものであった。

 断る理由はない。

 寧ろこちらから言いたい事であった。

 

 「分かった。ギルフォード、少し待っていてくれ」

 「畏まりました」

 「じゃあ私も別室で待機しているね。マオちゃんはどうする?」

 「パイロットは警戒状態で待機なんだから大人しくボクのギャラハットと待ってるよ」

 

 コーネリアはマオに対して警戒したまま姫騎士に続いて一室に招かれる。

 会議室でも良かったと思うのだが案内された先は姫騎士の個室。

 知る人が見れば私が総督だった時の彼女(・・)の個室と変わりなかった。

 扉の前に誰も居ない事を確認し、部屋内を一通り見渡す。

 まだ確認し終えていないというのに姫騎士は自身の顔を覆っていた面を外して大きく息を付いた。

 

 「油断だぞユフィ(・・・)

 「申し訳ありません。嬉しくってつい」

 

 ユフィ―――ユーフェミア・リ・ブリタニアは謝りながらも輝かんばかりの笑みを向ける。

 久々に姉妹として会えたこともあって注意しながらも頬が緩んでしまっているのは仕方がない事だろう。

 

 ブラックリベリオンのきっかけとなった行政特区日本での虐殺事件。

 一人のブリタニア将校が皇族の命と叫びながら集まった日本人に向かって発砲。

 ナンバーズを快く思っていないブリタニア人は多く、皇族の命令という事もあって警備に当たっていたナイトメア隊も攻撃を開始し、特区日本に参加しようとした大勢の日本人を虐殺した痛ましい事件である。

 件の首謀者は将官が名を口にすることなく死亡した事もあって明確に明かされていないが、特区日本の提案したユーフェミアが首謀者ではないかというのが一般的な事実として認識されている。

 実際はユーフェミアではなくギアス饗団による事件なのだが、一般市民にギアスの事を言ったところで荒唐無稽の夢物語と判断されるのがオチだ。

 それもあって兄上が機転を利かせて死亡扱いにして怒りを露わとするイレブンと、首謀者であるギアス饗団より身を隠させたのだ。

 ただ今まで皇族で致せり尽くせりの生活を送っていたユフィが一人で生活できるはずもなく、こうして兄上所属の者として匿われていたのだ。

 元々兄上はナンバーズから人を引き入れる事もあり、事によっては身元を伏せたりするなど多々あったので誰も言及しない状況が出来上がっていたのは、身元を隠すには大変助かった。

 ユフィの事を知るのは私を除けば匿っている兄上とユフィの強化歩兵スーツを作ったマリエル・ラビエなど最小限に抑えられている。

 

 「元気にやっていたか?」

 「えぇ、皆さん良くしてくださいますので。お姉さまこそこの一年近く何をなさっていたのですか?」

 「まぁ、色々とな。っと、お茶の用意なら誰かに――」

 「大丈夫ですよ。この生活になって自分で幾らかするようになったので」

 

 そう言ってお茶の準備を行うユフィに驚きながらも様子を伺う。

 慣れた手付きで準備を行う様子に少し前までは何も知らない優しいだけの箱入り娘だった妹が、知らぬ間に成長を見せ大人になって行くのだと思い感心と寂しさを感じてしまった。

 にしても今は紅茶を入れているのだが部屋の一角にコーヒーサーバーやらお茶の銘柄の書かれた入れ物が何種類も並んでいたり、沸かす道具にしたって一個二個なんて数ではない。これは一人で扱うにしたら多すぎやしないだろうか?

 後ろから向けられている視線に気づかず紅茶を用意しつつ、下の戸棚からお茶菓子を取り出す。

 

 「ユフィ。少し色々と多すぎないか?」

 「え、何がでしょう?」

 「お茶やコーヒーなどの道具だ。一人にしたら多すぎる気がしてな」

 「あら?お兄様がアドバイスしてくださったのですけれど」

 

 合点がいった。

 そういえば兄上も自室などの専門店のように色々と取り揃えていた。

 これは兄上の影響なのか…。

 差し出されたカップを受け取り、ゆっくりと口を付ける。

 紅茶が良かったのか、淹れ方が良かったのかとても美味しく、心が温かく感じる。

 

 「兄上と言えば今こちらに向かっているというのは聞いているのか?」

 「オデュッセウスお兄様もこちらに?」

 

 兄上で思い出した事を口にしたのだがどうやら知らされていないようだった。

 何でもハワイで積み荷(・・・)を降ろし、補給を済ませたらトウキョウ租界へ来るそうだが、もしやシュナイゼル兄上や総督のナナリーも知らないのではないかと不安が過るがまさかなと無理やり追い払う。

 

 「何時頃お越しになられるのですか?」

 「確か今夜には来るとは言っておられたな。この戦いが終わったら三人でゆっくりとお茶を楽しむか」

 「そうですね…皆さん戦っていらっしゃるのですよね」

 「皆というよりはユフィが心配しているのは枢木の事だろう?」

 「―――ッ!?」

 

 顔を真っ赤にして必死に言い返そうとしているが、言葉が出てこずにわたわたと慌てるだけとなってしまっている。

 その様子があまりにも可笑しくて腹を抱えて笑ってしまった。

 恥ずかしそうに抗議してくるが、それさえも懐かしく笑みが零れて来る。

 

 ―――緊急の一報が届けられるまでは…。

 

 黒の騎士団のゼロがトウキョウ租界外延部に現れたと…。

 テレビには夕日をバックに向ってくる蜃気楼と金色のヴィンセントが映り込んでいた。



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第103話 「各々の戦場」

 いつになくオデュッセウスは焦り、苛立っていた。

 「私、怒ってます」と言わんばかりにズカズカと急ぎ足でナイトメア格納庫に向かっている。

 服装は皇務用の服装からオデュッセウス用に誂えたラビエ親子が開発した強化歩兵スーツとwZERO部隊のワイバーン隊が使用していたパイロットスーツを合わせたものを着用し、出撃する気満々なのが見て取れる。

 

 「殿下!お待ちください!!」

 「いや、待てない。この話す時間一分一秒でも惜しいのだ」

 

 後ろからレイラが止めようと説得を試みても取りつく島もない。

 今まで皇族としておかしな行動は幾度となく行っていたが、話をまったく聞かないというのは無かった。それだけ余裕がない事は理解する。だからこそ説明を求めるし、止めないといけないと判断する。

 オデュッセウスは冷静さを欠いている。

 これだけは確かである。

 

 「何故そうも急がれるのですか?」

 「間に合わないんだよ。まったく原作通りなら夜になってからだろうに…」

 「原作?」

 

 アニメでは第二次東京決戦は夜に行われていた筈なのに、何故か夕刻に始まっているらしいのだ。

 何がどう交わって内容を変えたのか分からないが、時間が前倒しされるなんて考えられるのは一つ。

 枢木神社でのスザク君とルルーシュとの対話がなかったのだろうな。

 しかし夕刻にトウキョウ租界に奇襲とは思い切ったことを。

 確かに今なら星刻達の侵攻部隊はまだ攻勢に出るだけの余力があるから、ビスマルクたちは援軍には駆け付けられないだろうし、未確認だけどブラッドリー卿の機体が大破した情報も入っている事から現場では抜けた戦力を埋めるために必死でこちらに援軍など送れないから黒の騎士団はアニメ以上に有利に進めるだろう。

 

 おかげでこちらは出遅れる事になっているんだけど。

 そもそもペーネロペーは無理やり一個師団のアレクサンダを積み込む為に、大型の増設設備に追加してかなりの重量を持っており速度低下が甚だしい。否、飛ぶことすらままならないのを強化型フロートシステムを付けて飛行できるようにしている。

 ならば飛行能力を持ったナイトメアで飛んだ方が早い。

 

 「何でもないよ。兎も角私は先行して出る。ペーネロペーは予定通りにトウキョウ租界へ飛行してくれ」

 「ですからそんな焦った状態で行かせるわけには!せめて護衛を付けないと」

 「無理だ。あいつにアレクサンダでは追い付かんよ」

 「しかし…」

 「すまないが今回は押し切らせて貰うよ。そうしなければ租界が半壊する」

 「だからどういう事ですか!」

 

 格納庫に到着したオデュッセウスはレイラを振り切るようにミルビル博士に頼んでいた新しい愛機へと駆ける。

 変形機構を取り付け、オデュッセウス用に射撃戦に特化した“ランスロット・リベレーション”。

 専用の狙撃システムから特殊武装まで全てオデュッセウスの注文が事細かに入れられた特注品だ。

 メインカラーは灰色で縁には白銀で塗装され、背にはサブアームとスコープ付きの狙撃ライフル、後ろ腰には対ナイトメア用短機関銃二丁、コクピット内には狙撃専用のスコープが取り付けられ、右腰には長方形の銃身(バレル)の大口径回転式拳銃が一丁。あとは両腕の特殊兵装と左腰に日本刀型のメーザーバイブレーションソードがある筈だが刀の方はまだ調整中で未完成。

 

 正直戦いに行くのではない。

 フレイヤを発射するまでに間に合えばそれで良いのだ。

 コクピットに入ると起動キーを入れ、コードを入力。機動確認を手早く済ませながら両目のギアスを発動させる。

 これから行うのは機体限界ギリギリの高速飛行。

 機体が持ったとしても意識や身体が持たない可能性が高すぎる。

 少し前の肉体状態に戻しながらの飛行が必須。

 まぁ、下手をしたら子供にまで戻りかねないから力加減だけは間違えないようにしないと。

 

 「ハッチ解放してくれ」

 『――ッ…分かりました。くれぐれも気を付けて下さいよ!』

 「戦闘は避けるさ」

 『艦橋へ。ハッチ解放及びカタパルトレールを展開してください』

 

 内線で艦橋にレイラから命令が送られるとナイトメアハッチが開き、発艦用のカタパルトレールが伸びる。

 ランドスピナーをレールに合わせて一息入れる。

 

 『殿下。発艦どうぞ!』

 「オデュッセウス、ランスロット・リベレーション。発艦する!」 

 

 カタパルトレールを勢いよく駆け、空中へ飛び出す。

 フロートユニットを起動させると同時に機体を可変させる。

 直角にお辞儀した体勢で足裏を後ろに向けるように膝を曲げる。襟の部位が頭部に対する空気抵抗を減らすように展開、最後にフロートユニットの向きが進行方向へと稼働する事で変形は完了した。

 

 「頼む。間に合ってくれよ!」

 

 加速による負荷を耐えながらオデュッセウスは祈るように呟き、ペダルを踏み込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 超合集国決議第一号【ブリタニアからの日本解放】

 各国と打ち合わせして満場一致で可決される議題であったと知っていたとは言え、これを耳にして高揚感を押さえれる者が果たして黒の騎士団に存在するだろうか?

 答えは――否だ。

 ここに居るブリタニアに散々苦渋を飲まされ続けた諸外国、いつ自分達も植民地エリアにされるかと覚え続けた小国、祖国を蹂躙され搾取され続ける現状を耐えに耐え続けた我々。

 今ここにその全ての国が一団となって立ち向かおうとしているのだ。

 我々の祖国を取り戻さんが為、ブリタニアによる支配を止める為。

 

 ゼロが計画した作戦は短期決戦であった。

 こちらはブリタニアに並ぶほどの軍事力を得たものの、指揮系統をまとめただけの寄せ集めの軍隊。日本はインド軍区より暁を受領してナイトメア戦力を持っているが各国がそうとも言い切れない。ユーロピアではパンツァーフンメル、中華連邦では鋼髏、中東では小型陸戦艇のようなバミデスなどなど現在主力となりつつ飛行能力を持たない機体ばかりで歩調も合わせ辛い。

 なにより今回日本へは航空・海上を進むからには空戦能力は必須。

 地上戦用の機体は超合集国とブリタニアとの境に防衛部隊として配備するか、戦闘艦などに乗せて砲台として利用するしかない。日本に侵攻する戦闘部隊はインド軍区が急ぎ生産した暁に旧型のグラスゴーや無頼、サザーランドに簡易的な飛翔滑走翼を装備した機体、そして大多数が戦闘可能なヘリで構成されている。

 対してブリタニアはサザーランドやグロースターなどのナイトメアで地上も空中も固めており、海中に至っては海中用ナイトメアのポートマンⅡを導入。それに次世代の新型量産機も導入してナイトメアの質と量で圧倒できる。

 長期戦となれば間違いなく瓦解するのは超合集国。かと言って真正面からの殴り合いでは兵器の質や量で圧倒される。

 

 だからこそこれからの行く末に左右するこの日本解放作戦【七号作戦】では短期で決着をつける為に再びトウキョウ決戦を仕掛ける。

 

 星刻総司令を含む部隊が沿岸部にブリタニア勢を引きつけ、斑鳩と小型可翔艦四隻で構成された艦隊が東京湾近くまで海中を進み、一気に浮上してトウキョウ租界へと進撃。

 ゼロが仕込んであったゲフィオンディスターバーでトウキョウ租界が停止している内に政庁を押さえるというものだ。

 

 藤堂 鏡志郎は斬月に乗り込み斑鳩より発艦する。

 ゲフィオンディスターバーでライフライン、通信網、そして第五世代以前のナイトメアは機能停止し、敵の戦力は半減しているとは言え第二皇子シュナイゼル率いる第六世代以上のナイトメア部隊を保有する主力部隊が到着すれば戦局はたちまち危うくなる。

 その前に決めておかなければ…。

 

 「全機目標地点制圧へ迎え!本作戦は時間が勝負を決める!迅速に事を成せ!!」

 

 ブリタニア軍は租界外延部に部隊を配置して防衛線に備えており、機能を停止したサザーランドやグロースターが横一列に並んだまま停止していた。潰すことも考えたが時間が掛かり過ぎる上に本作戦上時間を無駄に出来ない。

 無視して頭上を通過して行くとモニターに何機か稼働している部隊を確認する。

 当たり前のようだが政庁周辺に動けるナイトメア部隊が集結を始めている。

 いきなり攻め入るのは難しい。ならば周辺の施設を潰して包囲するまで。

 

 『藤堂さん!』

 「どうした千葉」

 『先遣隊より緊急通信が―――アヴァロンを視認したと』

 「なに!?」

 

 馬鹿な、早すぎる。

 アヴァロンはシュナイゼルが乗っている可能性が高い。

 なんにしても租界に踏み入って早々援軍が駆け付けるなど。

 こちらの手を読まれていた?なるほど…さすがあの若さで帝国の宰相を任されるわけだ。

 だが、引く訳には行かぬ。

 

 「シュナイゼルが居るという事は。斑鳩へ、ラウンズの動きはどうなっている?」

 『現在ゼロがランスロットと交戦中。ジェレミアも参戦しているようですがラウンズ三人とも向かっているようで…』

 

 ジェレミア・ゴットバルト。

 以前ゼロによりオレンジ事件で失脚し、ゼロには浅からぬ恨み辛みを持っているであろう人物。

 それが何故ゼロの仲間になっているのか私にも知らされていない。

 色々と思うところはあるが今は目の前の事だ。

 頭であるゼロを潰されれば日本解放どころか超合衆集国そのものが崩壊しかねない。

 

 「分かった。千葉、ゼロの救援を頼む。卜部は政庁の部隊へ牽制を。朝比奈は私と共にゲフィオンディスターバー防衛に当たれ」

 『『『承知!』』』

 「ネモはどうした」

 『アイツなら先行して敵部隊と交戦してますよ』

 「そうか…」

 

 そうとしか言いようがなかった。

 反応速度は黒の騎士団随一のパイロット。

 反ブリタニア活動をしていて捕まり、日本に総督と一緒に輸送されていた時に助け出し、黒の騎士団の一員となった少女だが、誰かに無理に命じられることを好かない性格で、ゼロもその点を踏まえて指示を出している。

 今回彼女に出してある指示は施設の破壊もしくは起動している敵ナイトメア部隊の排除。

 下手に指示を出して反感を買われのもこの時間の無い状況では避けたい。

 

 『藤堂さん。呼び戻しますか?』

 「好きにさせればいい。俺達は俺達のやるべき事をやるぞ!」

 『はい!』

 

 藤堂の斬月と朝比奈の暁直参仕様がゲフィオンディスターバー防衛に向かっている頃、先行したネモはたった一騎で渡されたリストにあった施設を好き勝手に粉砕し、次なる獲物を探していた。

 

 

 

 

 

 

 四つの赤い目を輝かせ、太刀と生き物のように動く頭部から生えたスラッシュハーケンのような武装【ブロンドナイフ】で一瞬にしてヴィンセントタイプ一個小隊を壊滅させた漆黒のナイトメア。

 機械というより人間のような滑らかな機体を目にしてから震えが止まらない。

 間違いなくアレは同類…ギアスユーザーで違いないだろう。

 

 「ナナリー総督に出来る限り味方を救援して欲しいと頼まれたが」

 『蛇どころか虎が出たね』

 

 周囲に潜んで様子を伺っていたイタケー騎士団のサンチアはたった今起こったばかりの惨状にため息を漏らす。

 いつものように陽気に振舞っているようだがダルクの声色には不安が混ざっている。

 ナナリーの騎士団である彼女らは総督護衛の任に付いていたがこの状況下で味方が孤立してしまい、その状況を知ったナナリーが救援へ向かってほしいと言ったのだ。

 政庁の護りはダールトン将軍とグラストンナイツを始めとした精鋭部隊が固めているから不安も多少は少なかったが、これは出て来て正解だったらしい。あんなのが乱戦状態で来た場合は簡単に政庁の防衛ラインは突破されかねない。ここなら数の利も生かせて気兼ねなくギアスを使用できる。

 

 「ルクレティア」

 『ザ・ランドとGPSの照合確認。いつでも行けます』

 『アリスと合流は待たなくて良いの?』

 「到着まで二分。待って居たら奴をロストするだろう。アレを政庁に行かせる訳にはいかない」

 『そうだよねぇ。ナナリーの騎士団ってあたし達にとって居心地良いもんね』

 「だからこそ守らねばな。作戦を開始する」

 

 騎士団となっているが規模は一個小隊のナイトメア部隊程度である。

 だが全員がギアスユーザーであり、その能力は通常の部隊であるならば一個師団でも相手出来るほどだ。

 指揮を執るサンチアは気配と動向を読み取り多種に渡る確率を算出する【ジ・オド】と、ルクレティアの地形を精密解析する【ザ・ランド】を駆使して作戦を立案し、過重力で超高速を得る【ザ・スピード】のアリスとあり得ない程の怪力を生む【ザ・パワー】のダルクがアタッカーとして作戦の柱を担っている。

 

 ゆっくりと息をして呼吸を整えたサンチアはトリガーかけた指に力を籠める。

 サンチアのグロースター最終型が構えている狙撃用リニアライフルが目標であるナイトメア――マークネモをに狙いを定める。

 同時に背後で待機するルクレティアのグロースターREVOが砲撃戦の準備に入る。

 グロースターREVOはゲームに登場したサザーランドREVOをグロースターで再現したものだ。装備は変わらず両肩には八連小型ミサイルポッドにキャノン砲を備えている。ライフルも加えて射撃戦特化の機体で近接攻撃は近接武器がない代わりに追加装甲で防御力を上げての体当たりのみ。

 正直スタントンファーでも欲しいところであるがこの二人の仕事は状況把握に作戦立案、後方支援にあるので作戦通り事が進むのなら問題はない。

 

 目標を睨みつつトリガーを引く。

 弾丸が放たれると伴って発砲音が響く。

 耳が良いのか、それとも勘が良いのか奴は直撃する前に気付き、弾丸をギリギリのところで躱し切った。

 どう見ても人間の反応速度ではない。

 

 「ルクレティア!」

 『撃ちます!!』

 

 奴ははっきりと発射してきた方向からこちらを位置を理解し顔を向けている。

 場所が特定されようともこちらは作戦通りに事を進めるのみ。

 グロースターREVOのキャノン砲より砲撃が開始され、マークネモは避けながらもこちらに進んでくる。

 こちらに誘導されているとも知らずに。

 

 砲撃と狙撃の両方を回避しつつ距離を詰めるマークネモはふと自分を遮った影に疑問を浮かべて頭上を見上げる。

 そこには六階程のビルの残骸を担いだヴィンセントが跳んでいた。

 

 ダルクのザ・パワーを発揮できるように近接戦闘――肉弾戦闘特化にしたこのヴィンセントにもギアス伝導回路とマッスルフレーミングの機構を備え、機体の何倍もの物体を持ち上げるパワーを発揮できる。

 

 『よいしょっと!!』

 

 天辺から放り投げられたビルによりマークネモは姿を掻き消され、辺りには落ちたビルによって砂ぼこりが舞い上がる。

 

 『これでどうよ。アリスの出番はいらなかったね』

 

 確かに普通ならそうなのだが嫌な予感がする…。

 違う。これは予感ではない。

 未だにジ・オドで奴の気配を感じ取れる。

 しかし奴はダルクが投げ飛ばしたビルに潰れた筈。

 ならばどうやって…。

 

 答えを出す前に気配が迫り、答えを見せつけてきた。

 頭から落ちて斜めに立って居るビルの反対側を突き破ってマークネモは姿を再び現したのだ。

 投げたのがただの瓦礫なら良かった。

 ビルだったからこそ内部をブロンズナイフを使用した三次元の移動方法で通り抜けたのだ。

 人間ならざる力。

 まさしくギアスの力であろう。

 

 「化け物か!?」

 『下がって!ここは一斉射で』

 

 サンチアの最終型を押しのけてルクレティアのグロースターREVOが前に出る。

 八連小型ミサイルポッドにキャノン砲、ライフルの一斉掃射を行った。

 降り注がれた弾幕を壁にブロンズナイフを刺して昇り、回避しながら距離を詰められる。

 眼前まで迫られるとグロースターREVOには体当たりしか残されていない。

 されど実行する前には通り様に足を斬り落とされ、地面に横たわる。

 味方をやられるのを黙って見ていれるわけもなく、サンチアは狙撃用リニアライフルを投げ捨てて、メーザーバイブレーションソードを構えて斬りかかった。

 

 が、気が付けば右腕と頭部が機体より切り離され、サンチアもルクレティア同様に転げるしかなかった。

 目で追えても理解や反応が追い付かない。

 本当に気が付けば勝敗は決していた。

 そして止めを刺そうと太刀を振り上げ……。

 

 『止めろおおおお!!』

 

 駆け付けたダルクのヴィンセントによる攻撃。

 反応速度が桁違いと言っても先ほどの攻撃を見れば警戒し距離を取る。

 たった指先が掠っただけでもその機体は砕け散る。

 当たればダルクが勝利し、躱しきれれば奴の勝ち。

 問題はダルクがあの反応速度に追い付けるかどうかだが…追い付くのは至難の業だ。

 

 追いつけるのはアイツしかいない。

 

 『サンチア!みんな無事!?』

 「アリス。間に合ったか」

 

 そこに現れたのはアリスのギャラハッド。

 ダルクより前に降り立ってマークネモを牽制した。

 サンチアは急ぎ先ほどの戦闘データをアリスに転送する。 

 

 「奴は未来予知、または読心のギアスユーザーの可能性が高い」

 『分かった。二人はまだ動ける?』

 「いや、足をやられている。私たちは兎も角、ナイトメアは戦闘不能だ」

 『ならダルクと共に引いて。こいつは私が』

 『ちょっと。私はまだ行けるんだけど』

 『誰がサンチアとルクレティアを護るのよ?』

 

 モニターにギャラハットのつま先から脛の辺りまで真っ赤に輝いたのが映し出される。

 アリス専用ギャラハッドには通常の剣以外に足と腕部に折り畳み式のメーザーバイブレーションソードを装備している。

 反応速度に合わせる為か背の剣は抜かずに折り畳みと足のメーザーバイブレーションを起動させたようだ。

 

 「ダルク!私とルクレティアを回収。機体は機密保持の為に破壊し、この場を離脱する」

 『え?壊しちゃうの。勿体ないような…』

 「良いから急ぐぞ」

 

 自爆コードを撃ち込んでコクピットから降り、ダルクのヴィンセントへとルクレティアと共に駆け寄る。

 その瞬間、アリスのギャラハッドがマークネモが動こうとしたのを察して斬りかかる。

 スラスターとザ・スピードを合わせた超高速で斬りかかったギャラハッドと、動きをギアスで読み切ったマークネモが回避し、立ち位置が入れ替わるように二機が動いた。

 胴体を真っ二つにしようと振られた剣はマークネモの右手首を少し掠った程度の傷しかつけれなかった。

 

 『馬鹿な!攻撃の未来線は読めていたのに何故躱せなかった!?』

 『私のザ・スピードを…高速の太刀筋を躱したというの!?』

 

 二機より驚きの声が漏れるとアリスは無理にUターンして再び斬りかかり、マークネモはすべてのブロンズナイフを攻撃と移動に使用しながら太刀を振るう。

 自機が自爆する様子を離れた地点より眺め、目で追うのがやっとの二機の斬り合いを目つめる。

 決してナイトメアがあっても入る余地もない戦闘。

 勿論アリスの勝利を願っているが、勝ち負け以上に無事に帰還することを祈りながら、ダルクのヴィンセントに運ばれ戦場を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 元黒の騎士団収容施設前でも激しい攻防戦が繰り広げられていた。

 ここには姫騎士護衛の為の戦力を置くために簡易であるが基地としての機能を持ち、防衛用にナイトメア以外にも多くの暴徒鎮圧仕様のプチメデなどが配備されている。

 プチメデにはサクラダイトを使用しない緊急時用の電力ラインが内蔵されており、単体でも十分程度なら稼働可能。

 黒の騎士団にはそれも含めて一端の軍事施設として認識されており、施設を破壊する為に部隊が割かれたのだ。

 

 三機の暁が連携してヴィンセントに銃撃を向けるが、ターゲットになっているヴィンセントはコーネリア専用機で、放った弾丸はガンランスの先端に展開されたブレイズルミナスで弾かれ、ランスに内蔵された四つの銃口により一機が蜂の巣にされる。

 銃撃戦では埒が明かないと思った一機が廻転刃刀で斬りかかるものの、力量差があり過ぎて簡単に槍先で裁かれてしまう。そしてがら空きとなった胴に膝蹴りが直撃する。

 

 「この脆弱者が!!」

 

 トリガーを押し込むと肘から膝へ付け替えられたニードルブレイザーが暁を貫く。

 残った一機は立て続けに二機がやられた事で逃げようとするがギルフォード機の横から一突きで撃破される。

 

 『姫様。このままではこちらのエナジーが尽きます』

 「分かっているが引く訳にもいかない」

 

 出来ればコーネリアもここから姫騎士を連れ出して政庁の守備隊と合流したいところだが、シェルター並みとはいかなくとも施設自体頑丈に作られ、地下にも地下施設が存在する。機密性が高いのはナイトメア格納庫と姫騎士の居住区と仕事部屋ぐらいなので緊急時の避難先として設定されていたのだ。

 いきなり戦闘が起こり周辺住民は避難計画通りに避難してきたのだ。

 民間人を放置する訳にも行かず、防衛ラインを張って護るしかない。一応ここからの脱出を考えているもののゲフィオンディスターバーの影響で装甲車すら使えない。

 そもそも戦闘中に外に出た方が危険なので逃がすに逃がせない。

 

 『敵機さらに確認!』

 「次から次へと…行くぞギルフォード!」

 『お供致します姫様』

 

 確認できたのは暁四機。

 上空より急降下しながら接近してくるのに対してコーネリアとギルフォードはガンランス先端のブレイズルミナスを展開して弾丸を防ぎながら上昇する。

 すれ違いざまに一機はコーネリアに薙ぎ払われ撃破されるが、ギルフォードが向かっていた相手は衝突を恐れてか回避しようと機体を逸らす。

 ギルフォードの技量ならば問題なく動きに合わせられたがあえて合わさずに右腕の兵装を起動させる。

 右腕には高所に撃ち込んで昇る為のスラッシュハーケンの亜種型で、機体に絡む事を目的としたスラッシュアンカーが取り付けられてある。放たれたアンカーまたは元より強化したワイヤーを絡ませ身動きを取らせず、敵機を捕獲・行動不能にしてしまおうとの考えから作られた新兵器。

 放たれたスラッシュアンカーは避けた暁に絡むとギルフォードは強化ワイヤーを右手で掴み、余力と相手の勢いを利用して別の暁に衝突させる。あまりの勢いで衝突した二機は大破とまではいかないが、機体は大きく損傷した。そこを左手で構えているガンランスの銃口が火を噴き二機まとめて撃ち抜いた。

 

 最後の一機はそのまま施設に向けて突っ込んで行くが地上からの弾幕に晒されて爆発四散した。

 

 地上にはマオが搭乗するギャラハッドにヴィンセント部隊が待機している。

 ヴィンセント隊は施設の護衛をしなければならないので良いとしても、本来なら機体性能の高いギャラハットには自分達と一緒に前に出て欲しいのだが、パイロットであるマオが然程強い訳でないので、ああして固定砲台のようなことしか出来ない。

 おかげでこちらはエナジーの消費が激しい。

 苦々しくエナジーの表示を睨んでいると辺りの建物や街灯などに灯りが灯り始めた。

 これはゲフィオンディスターバーの影響が無くなったという事であり、現状機能停止中のナイトメアが戦闘に復帰するという事。

 

 「これで形勢は決したか―――ッ!?」

 

 一瞬の油断。

 高所からの奇襲でなく建物の間をすり抜けてきた一騎のナイトメア。

 暁をエース仕様にカスタマイズした暁直参仕様が隙を突くように廻転刃刀を構えて斬り込んできた。

 咄嗟にガンランスで迎撃するが、ガンランスはブレイズルミナスや銃の機能などを持たせた為、通常のランスよりも重い。振り回せるように専用のヴィンセントはパワーを上げているが、精密な射撃をするにはしっかりと両手で支えるか重さによって発生するブレを補正する必要がある。

 つまり咄嗟に銃口を向けて撃ったところで重さに振り回されて狙い通りに当てれないのだ。

 そんな弾丸を回避して迫る暁直参仕様の一撃をガンランスで何とか受け止める。

 

 「この亡霊共が!!」

 『その声、ナリタで!?コーネリア…生きていたか』

 

 暁直参仕様を操る卜部は声でコーネリアと判断し、ここで討ち取ろうと殺気立つ。

 射撃を行おうとして重さで振り回され、無理に攻撃を受け止めたコーネリアは完全にバランスを崩しており、呆気なくガンランスを弾き飛ばされてしまう。ギルフォードは援護射撃しようとしてもコーネリア機が接近し過ぎていて撃つに撃てなかった。

 

 『その首―――貰った!!』

 「嘗めるな!!」

 

 振り下ろされる廻転刃刀に目をくれず、膝のニードルブレイザーを撃ち、反動で身体の向きを替えてコクピットへの直撃は回避。代わりに左腕を斬り落とされるが仕方がないと諦めるしかない。

 

 『なんと!?今のを避けるか!!』

 『御下がり下さい姫様!!』

 

 距離が開いた事でギルフォードがすかさず射撃で牽制する。

 卜部は驚きつつも冷静に操縦して回避運動を続けるが、一発の弾丸が左足首を撃ち抜いた。

 

 施設上部に膝を付いて狙撃用にカスタマイズされたアサルトライフルを構える姫騎士専用に用意された桃色のヴィンセント。

 剣を振るう事は出来ないけれど、援護ぐらいはと出て来たのだが、まさか回避運動を行っている相手に当てるとは想いもしなかった。と言ってもまぐれ当たりっぽいが…。

 

 被弾した卜部は後続の暁隊と合流して再び攻め込もうとするが援護しようとマオのギャラハッドにヴィンセント・ウォード隊によって張られた弾幕の前に一旦撤退を余儀なくされた。

 

 『ご無事ですか!?』

 「あぁ、無様にも片腕を持って行かれたがな」

 『ここは私が押さえますので姫様は後退を』

 「いや、防衛線を下げよ」

 『しかしそれでは…』

 「明かりがつき始めたという事は機能停止しているナイトメアが戦線に復帰する。さすればこちらにも援軍が来る。あと少し耐えればそれで良い」

 『ハッ――緊急通信?』

 

 アラーム警報と同時に送られてきたのはフレイヤという兵器を使用するという情報とその兵器の範囲内となる危険域のマップ情報。

 いったい何のことか知らない二人はただただ租界全体を照らす桃色の輝きを目にするのであった…。



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第104話 「第二次ブラックリベリオンの決着」

 神聖ブリタニア帝国の研究機関でニーナ・アインシュタイン主導の下、完成した新型核兵器フレイヤ。

 発射されると一定の距離まで飛び、内部のサクラダイトが起爆。核分裂反応を引き起こして最大で半径100キロメートルものエネルギー体を生み出し、範囲内のすべてのものを消滅させる。

 そう、すべてのものをだ。

 人だろうが、物質だろうが、空気だろうが範囲内のものはすべて…。

 

 この兵器は核兵器でありながら爆発、熱反応、放射能を一切発生させない。 

 一部ではクリーンな兵器とも呼ばれているがこの一発で何千、何万もの生命を奪い去ってしまう大量殺戮兵器である事には代わりない。

 そんな兵器を発射するフレイヤランチャーを装備して発進した枢木 スザクは政庁へ向けてゆっくりと進軍してくるゼロの蜃気楼を見つめる。

 もう確信している。

 ゼロはルルーシュだ。

 機密情報局からは何の連絡もないし、何か証拠を掴んだわけでもない。

 だけれどもルルーシュだと分かる。

 スザクは一年前のゼロが現れた時から知っているのだ。

 そのやり方に戦術に戦略、口調や言い回しなどなど一致し過ぎている。

 だからこそ僕がルルーシュを止めないと。

 これ以上の戦いをナナリーも望んでいない。

 

 通信回線をオープンチャンネルにして呼びかける。

 フレイヤはあくまで脅し。 

 使う訳には行かない。これを使ってしまったら多くの一般市民までも巻き込みかねない。

 撃つ覚悟も必要だが撃たない覚悟も必要なのだ。

 

 「聞こえるかゼロ。戦闘を停止しろ。こちらは重戦術級弾頭を搭載している。戦闘を停止しない場合は――」

 『ほう!貴様に撃てるかなそのような兵器が』

 

 ゼロの返答に言葉が詰まる。

 やはりルルーシュだ。

 僕が撃てる訳がないと理解している。

 そして言葉通り僕は撃てない。

 撃つわけには絶対にいけないから。

 

 『そんな兵器を持っていても撃てないだろうな―――ジェレミア!』

 『イエス・ユア・マジェスティ!!』

 

 下方より突っ込んできたナイトメア……いや、ナイトギガフォートレスの体当たりをブレイズルミナスを展開して防ぐ。

 中央にはサザーランドの頭部が飛び出た、左右に長い機体【サザーランド・ジーク】。

 いきなりの奇襲よりもゼロが叫んだ名に驚きを隠せなかった。

 

 「え?ジェレミア卿ですか!?何故!!」

 『枢木スザク。君には借りがある。情もある。引け目もある。しかしこの場は忠義が勝る!―――受けよ忠義の嵐!!』

 

 疑問の答えの代わりに電撃を放たれ、距離を取ると小型ミサイル群が放たれる。

 ランスロットにはミサイル迎撃用の機銃などは取り付いておらず剣を抜こうにも高周波振動させるまでのタイムロスを考えると間に合わない。展開したままのブレイズルミナスで受け、爆煙で姿が隠れるとヴァリスを構え、コンクエスターユニットと接続させる。

 煙から出てジェレミアのサザーランド・ジークを確認すると同時にハドロンブラスターを発射する。

 機体の大きさには似合わない機敏さで回避し、反撃と言わんばかりに下部に取り付けられたロングレンジリニアキャノンが放たれる。

 ナイトメアよりも大きいというのは被弾面積が広くなり、小回りが利かなくなるというデメリットがあるが、それ以上に武装を多く装備したり、ただ単に出力を上げたり、サザーランド・ジークのようにサザーランドJを内蔵したりと大きい分だけ色々と積み込めるメリットもデカい。

 幸いにもハドロン砲などの一点集中の高火力は持っていないようだが、大量に発射できる小型ミサイルにロングレンジリニアキャノン、大型のスラッシュハーケンなど長距離から中距離、または点から面まで対応できる射撃兵装などを中心に積み込まれている。しかも近距離戦を想定してか電磁ユニットも搭載されており、下手に近づけばさっきのように電撃で攻撃を仕掛けて来る。

 機体性能も高いがジェレミアもパイロットとして腕が良いので如何にラウンズの枢木 スザクとランスロット・コンクエスターと言えども簡単には倒せない。

 それにここにはゼロが居る。

 

 バランスを崩すと見るやハドロンショットで援護を行ってくる。

 ゼロ――ルルーシュの技能はラウンズ入り出来るほど高くはないが、射撃センスや回避などはかなりのもの。そこに彼の最大の武器である頭脳が加われば立派な脅威となっている。

 ジェレミアの動きに合わせて追い打ちを駆けて来るゼロ。

 なんともやりにくい上に下手をすればこちらがやられてしまいそうな状況に意識が薄れかかる。

 モニター画面に映る瞳に赤い光が薄っすらとだが纏い付こうとしている。

 神根島でゼロがかけた生きろというギアス。

 もしここであの呪い(ギアス)で生きる為だけに僕が行動するとなると、一番に考えられるのはフレイヤを使っての敵の排除。

 それだけは何としても阻止しなければ。

 強く歯を食いしばり、生きろというギアスが発動しない様に押し返そうとするが、それに気付けないジェレミアとゼロの攻撃は苛烈を極める。

 危機的な状況が続くと目の輝きがゆっくりとだが強まり、生きろというギアスが意識を掻き消そうとする。

 

 ……駄目だ…。

 

 食い縛り過ぎて歯茎より血がたらりと流れる。

 消えそうな意識の中でモニターに高出力のシュタルクハドロンが映り込んだことで消えかけた意識が一気に覚醒した。

 

 「アーニャ!?」

 『チッ、スザク以外にもラウンズが―――ッ!!』

 

 アーニャのモルドレッドによるシュタルクハドロンがランスロットとサザーランド・ジークの間に放たれ、詰められていた距離を一気に取る。ゼロは舌打ちしながらもブレイズルミナスを展開していないモルドレッドに対して攻撃しようとした矢先に突如現れたトリスタンの大型ハーケン【メギドハーケン】が向かってきており、慌てて絶対守護領域を展開して防ぎきった。

 

 『ナイトオブラウンズの戦場に敗北はない』

 「ジノまで…すまない」

 『こういう時は素直に喜べよ』

 

 ジノ、アーニャの参戦で一気に形勢が傾いた。

 死が遠のいた事で生きろと言うギアスが遠のき意識がはっきりとする。

 

 『シュナイゼルめ!トウキョウ決戦を読んでいたか!!』

 『――黒の騎士団は殲滅』

 

 再び放たれたモルドレッドのシュタルクハドロンは蜃気楼、サザーランド・ジーク共に回避され、射線上にあった高層ビルを吹き飛ばした。

 サザーランド・ジークより小型ミサイルがばら撒かれ、こちらも散開して各々で迎撃、またはブレイズルミナスで防ぎきる。

 そこを蜃気楼が拡散構造相転移砲を放とうとするが、ジノがメギドハーケンを合わせてハドロンスピアーを発射した。撃ち出された蜃気楼のレンズを中心に高出力レーザーとハドロンスピアーが激突し、ぶつかり合ったエネルギーはその場で膨らみ辺りに拡散する。

 その間をすり抜けてスザクは近接戦闘を仕掛ける。が、コクピット内に接近警報が鳴り響き注意をそちらに向ける。

 

 金色の輝くナイトメア―――千葉 凪沙の月影が制動刀を構えて突撃してくるのがモニターに映し出され、躱し切れる速度ではないと判断してメーザーバイブレーションソードで受け止める。

 

 「まさかランスロットが押されている!?」

 『月影をただのナイトメアと思うな!』

 

 振りを付けてきた加速に各部と制動刀のスラスターまでも用いた一撃はさすがのランスロットでも力負けしてしまう。

 押し切られそうなところにトリスタンが割り込み、モルドレッドとサザーランド・ジークの範囲攻撃により周囲は弾幕の嵐。距離を取るには良い機会となった。

 距離を取りつつあの弾幕を防御障壁ではなく回避しきった月影を見てジノは興味深そうに笑う声を漏らした。

 

 『以前とは違ってちゃんと機体を使えているな。これは楽しくなりそうだ』

 『―――油断していると痛い目を見る』

 『あの時の蹴落とされたアーニャみたいに?』 

 『―――ジノ』

 『おっと、敵の前にアーニャに討たれそうだ』

 「二人共、冗談は後にしよう」

 

 軽口を叩きながらもジノもアーニャも眼前の敵機に対して油断はない。

 なんにしてもこれで三対三。

 気を抜ける相手でもないがラウンズの二人が居てくれるのは何より心強い。

 

 「ゼロを捕まえればこの戦いは終わる」

 『―――撃破した方が早い』

 『けど弔い合戦になっても厄介だしな』

 

 ヴァリスとメーザーバイブレーションソードを構えてトリスタンと共に斬りかかり、モルドレッドがゼロを巻き込まない様に注意しながら援護射撃に徹する。

 対してゼロ達は千葉の月影が前衛を務め、蜃気楼とサザーランド・ジークが後衛を担当する。

 パイロットの技量でゼロ達は勝つことは出来ない。しかしそれを補うようにゼロが細かに指示を出して対応させる。変幻自在に陣形が変わり、こちらを有利にしない様に動き続ける。

 勝てない相手では無い筈なのに厄介過ぎる。

 

 この戦闘が長引けばブリタニア側は体勢を立て直し、黒の騎士団に勝つことになるだろう。

 だが、長引けば長引くほど味方、または民間人への被害も大きくなる。

 スザクとしては出来るだけ早く終わらせたいところだが…。

 

 合計六機が入り混じる戦いは長期戦になるとその場の誰もが思っていた。

 ある人物が現れるまでは…。

 

 『動きを封じろジェレミア!』

 

 サザーランド・ジークの小型ミサイル群がランスロットとトリスタンを囲むように放たれるが、モルドレッドが全身に仕込んである小型ミサイルで迎撃。反撃に出ようとする前に月影がトリスタンに斬りかかり、蜃気楼がランスロットとトリスタンの中間にレンズを撃ち出す。

 スザクはそれに気付き対応しようとしたが、全身より小型ミサイルを撃って無防備になっているモルドレッドにサザーランド・ジークのロングレンジリニアキャノンが狙いを定めていた。

 一瞬だがどちらに対処しようかと悩んで動きが止まってしまった。

 

 そこに一発の銃声が響き渡り、蜃気楼が発射したレンズを貫いた。

 

 『なに!?ブリタニアの増援か!』

 『助かる――ねってランスロット?』

 「まさか…」

 

 全員の注目を集めるのはビルの上に膝を付いて長距離狙撃を行った灰色のランスロット。

 正確にレンズを長距離狙撃しうる人物―――どうしようもなく嫌な予感がしてならない。

 

 『足を止めないスザク君!』

 

 嫌な予感は的中し、オデュッセウス殿下の声が聞こえる。

 モルドレッドを狙っていたロングレンジリニアキャノンに二射目が放たれるがそれは輻射障壁で防がれた。けどモルドレッドへの攻撃タイミングはズレ、モルドレッドは回避することが出来た。

 

 「何故殿下が前線に!?お下がり下さいここは――」

 『オデュッセウス!!』

 

 護衛も付けていない殿下を護ろうと動こうとする前に月影が先に動き出した。

 

 『げぇえ、猪武者!?』

 『誰が猪武者だ!!』

 

 相手を怒らす一言を叫んだ殿下のランスロットは狙撃を中止して飛行形態に可変してその場を離れる。

 大慌てでジノとアーニャとも助けに行こうとするがゼロとジェレミアの妨害が入る。

 

 『チッ…オデュッセウスは殺すな!捕縛するんだ千葉!!』

 「殿下はやらせない!先にゼロを押さえなければ」 

 『スザク君!フレイヤ持ってる?持ってるよね!?持っているなら撃っちゃって!!』

 「何を!?これを撃ったら…」

 『目標、仰角90度!派手に撃ち上げちゃって!!ジノとアーニャはゼロとジェレミア卿を押さえてスザク君の援護!』

 「90―――っ!!了解しました!!」

 

 こちらの思惑を理解していないが殿下を護りに行くのではなく、別の動きを見せた事で蜃気楼とサザーランド・ジークはこちらの妨害を働くが、トリスタンとモルドレッドの援護が入り、好きに動けなくなる。

 一気に高度を上げ、安全装置を解除したフレイヤランチャーを夜空に向けた。

 解除された事でフレイヤ起爆の範囲がブリタニア各機に伝達される。

 表示される効果範囲内に敵味方識別信号無し。

 確認を終えるとトリガーを引く。

 フレイヤランチャーからフレイヤ弾頭が放たれたのを確認すると急いでその場を離れる。

 

 背後で桃色のエネルギー体が発生し、範囲内のあらゆるものを消失させる。

 トウキョウ租界を照らしたエネルギー体の輝きはすぐに消え去り、消滅させた範囲内の空間に周囲の空気が吸い込まれるように流れ、機体がふわりと吸い寄せられる。

 

 租界を見渡せる位置にいるスザクはこの瞬間だけでもあらゆるところで起こっていた戦闘が停止した光景に頬を緩める。

 

 『私は神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニア。

  黒の騎士団に通達する。戦闘を停止せよ。

  これ以上戦闘を続けるというのであれば今しがたトウキョウ租界上空で見せた重戦術級弾頭フレイヤを使用する。

  フレイヤは半径十キロメートル内のすべての物質を消滅させる。

  私も出来れば使いたくない。

  使わせないでくれ。

  戦闘を停止するのであれば我々は黒の騎士団と交渉の場を設けよう。

  続けるのであればフレイヤと私の親衛隊一個師団を交えて戦う事になる。

  黒の騎士団――ゼロよ。最良なる判断を期待する』

 

 誰も巻き込まず放たれたフレイヤを目撃したゼロは戦闘を停止させ、オデュッセウスの申し出を受ける事で第二次ブラックリベリオンは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 エリア11の神根島に向けて神聖ブリタニア帝国皇帝の座乗艦であるログレス級浮遊航空艦【グレートブリタニア】がエリア11近海上空を飛行していた。

 シャルル・ジ・ブリタニアは艦橋に設けられた椅子に腰かけ笑みを浮かべる。

 

 「ほぅ、オデュッセウスが治めたか」

 「はい。今しがたエリア11のナナリー総督とシュナイゼル宰相閣下が共同で黒の騎士団と一時停戦したと発表がありました。しかし何故オデュッセウス殿下がエリア11に?」

 「あやつの行動は時として理解出来ぬ。ともあれ役には立つ」

 「と申されますと?」

 「貴様は知らなくても良い事だ」

 「これは失礼いたしました。」

 

 シャルルの一言に皇帝の護衛として同乗した帝国最強十二騎士ナイト・オブ・ラウンズのトゥエルブ(十二)を与えられたモニカ・クルシェフスキーは深々と頭を下げる。

 モニカの謝罪など興味がないシャルルはモニターへと視線を移す。

 あともう少しで兄さんとマリアンヌ、そして自身が望んだ世界が訪れようとしている。

 もはや俗事(今の世界)などどうでも良い。

 全てはこの日の為に行ってきた事でしかないのだ。

 戦争も略奪も己が人生そのものも。

 

 「ビスマルクはどうした?」

 「戦闘が停止したのでこちらに合流するとの事でした。一応応急修理を終えたブラッドリー卿も来るそうですが…」

 「フン、良かろう。あとはナイトオブシックスとオデュッセウスに連絡をするだけか」

 「シックスと言うとアーニャ・アールストレイム卿ですね……枢木卿やヴァインベルグ卿は如何なさいますか?」

 「好きにさせよ」

 

 短い返事に大きく頷き指示を出す。

 ただ幾つかの疑問を抱きつつ。

 現在グレートブリタニアには皇帝陛下直属の精鋭集団ロイヤルナイツが待機しており、それに自分に加えてナイトオブワンにナイトオブテンなど三人ものラウンズと防備は万全となる。

 皇帝が乗る船なのだから護衛はしっかりとしなければならない。

 それも理解できるが何故皇帝陛下はエリア11に。しかも神根島などという知る者も少ない離島などへ向かっているのか?

 この行動が何に繋がるのか一切知らされていないモニカは気になりながらも自身の仕事を淡々とこなすのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 LV-02改めジュリアス・キングスレイを名乗り、オデュッセウスの配下となった彼は今、自身の愛機を積んだ輸送艦の艦橋で地図を睨みつけていた。

 騎士団を預けられ、今回の超合集国の件で前線に配備されたのだが、急遽連絡が入って仕事を頼まれたのだ。

 軍人としているのであるから上からの命令に従うのは当たり前だと思っている。

 被験体としてでなく人として生を謳歌させてもらっている恩も感じている。

 だから早急に頼むよと二つ返事を返したさ。

 

 不満があるとしたら内容が大雑把な上にそれを行った結果(・・・・・)を知らされていないという事だ。

 結果に関しては知られると問題があったりなど何かしら理由があるのかも知れないが…。

 

 眉間にしわを寄せながら考え込んでいると艦橋に数人の兵士が入って来る。

 

 「キングスレイ卿!朗報です!」

 「見つかったのか?」

 「はい!アフリカのポイントを第三班が発見しました」

 「守備隊はどのような規模だ?兵装は?」

 「それが他のポイントと同じくナイトメアは確認できず。不審な集団は確認しましたが武装は一切確認できませんでした」

 「第三班にも同様にいつでも動けるように待機させておけ」

 

 状況を把握すると先ほど睨んでいた地図にチェックを入れる。

 地図には八ケ所に丸が書かれ、その内の五ケ所にはチェックが入っており、アフリカを加えると六ケ所となった。

 

 「残るはキューバ周辺にロシアか…」

 「しかしバイカル湖より上の辺りという情報だけで探し出せますかね?」

 「期日までに間に合わせればいい」

 「そうは言いましても二日ですよ」

 「全部見つけてほしいというのは最高でだ。最悪四つほどでもとの事だが出来れば見つけたいところだ」

 

 日本のポイントは放置の命もある。

 すでにイギリス、イラン、ブリタニア本国、グリーンランドとアフリカの五つを押さえている。

 十分と言えば十分すぎるだろう。

 が、命じられたからには最善を尽くしたい。

 

 「我々はキューバに向かいます。キューバ担当の第七班に合流後、各員は情報収集に務めるように」

 「「「イエス・マイ・ロード」」」

 

 キングスレイを含める部隊はオデュッセウスの命令に答えるが為に動き続ける。

 それが何を示すのか知らされぬまま。

 オデュッセウスをただただ信じて。



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第105話 「決断」

 私は間違っていたのでしょうか?

 

 ブラックリベリオンが起こる前からとある実験の事ばかりを考えていた。

 学園でイベントがあったりしても参加せず、授業の終えた放課後にも生徒会室に設けられたパソコンの前で理論だけを組み立て続けていく日々。

 周りからは理解されない。

 自分が周りにどのように周知されているか良く知っていた。

 暗く、人付き合いは苦手で、科学オタクと蔑まれていた…。

 もしもシャーリーのように誰とでも仲良くなれるような明るさを持っていたら。

 もしもミレイちゃんのように堂々と振舞える芯の強さがあれば。

 もしも…もしも…もしもと何度も考えてきた事か。

 でもこれが私。

 こんなのが私なのだ。

 

 だから嬉しかった。

 雲の上の存在であるオデュッセウス殿下とユーフェミア皇女殿下に優しくされた事に。

 オデュッセウス殿下の専属技術士官として雇われ必要とされた事に。

 今まで考えるだけだった技術を生かせる機会を与えて下さったシュナイゼル殿下に。

 

 私は変われた。

 新しく生まれ変われたのだ。

 

 そう錯覚していた。

 人はそうそう変われはしない。

 立ち位置や立場が変わるばかりで…。

 

 私は学園に居た頃と何一つ変わっていなかった。

 自分の事ばかりを見て周りには一切目を向けず、介しようとせず、ただただその場その場の流れに流されているだけ。

 

 ようやく思案するだけだった理論を実証し、物として完成させた。

 それが何をもたらすかも考えもせずに完成させてしまったのだ。

 実験場で起爆させ、データ通りの威力を発揮したのを確認するだけでその意味を認識しえなかった。

 ランスロットに積み込ませて発進させた時でさえも別段思う事も無かった。

 中々撃たないスザクに苛立ちを覚え、何故撃たないのかと理由を考えもせずに叫んでいた。

 

 私がフレイヤがどれだけ悲惨で非情で非道な結果を招くかに思い至ったのは殿下が戦場に現れた時だ。

 黒の騎士団を壊滅させれるフレイヤは同時に味方をも危険に晒す。

 怯え、逃げ惑う一般市民。

 ブリタニアに反旗を翻す黒の騎士団。

 ブリタニアの矛・盾として戦うブリタニア兵。

 その中にはミレイちゃんやシャーリー、リヴァルなどの学園の皆や戦場に居るオデュッセウス殿下も含まれるのだ。

 

 もしもあの一発で巻き込まれていたら?

 大勢の一般市民がフレイヤで蒸発したら?

 私に責任を取る事は出来ない。

 身近な人々の命を奪われた悲しみや憎しみを孕んだ憎悪が一斉に向けられるだろう。

 ゾッとする感覚に襲われて震えが止まらない。

 私はなんて物を作り、なんてことを口走り、なんてことを行おうとしていたのかと自分自身に恐怖した。

 

 殿下が黒の騎士団にフレイヤの威力を見せ、交渉の席に付かせる為だけの脅しとして上空に打ち上げさせた時には心の底から安堵し、アヴァロンに着艦したときには真っ先に駆け寄り、深々と頭を下げて謝った。

 自身の想いを殿下は頷きながら聞き続け―――額に軽いチョップを落とした。

 

 「まったくとんでもない物を作ったものだね」

 「……はい」

 「でも、まぁ、被害はない。君も心の底から反省している。なら良いんじゃないかな?」

 「え?」

 「在り来たりの言葉だけれども失敗したのならその経験をこの先で生かすんだよ。君は失敗したんだ。ならこれからどうしたら良いかを考えるんだ。難しい事だけれども君は一人じゃない。ロイドやミルビル、心許ないかも知れないけれど私を頼っても良いんだから」

 

 ふわりと頭を撫でられた手は大きく力強く…とても温かった。

 人は簡単に変わる事は出来ない。

 なら変わろうと必死になるしかないんだ。

 想わなければ、行動しなければいけないんだ。

 ただ流されるだけの私ではなく、自分でしっかりと考えて殿下のお役に立てるように、優しさに甘えるのでなく報いる為にも。

 私、ニーナ・アインシュタインは変わるんだ。

 オデュッセウスの大きな背中を見つめながら力強くニーナは想うのであった。

 

 

 

 ……その大きな背中の人物は後から合流したレイラにコーネリアの二人掛かりで怒られて小さくなるのだが、それはニーナの知るところではなかった。

 

 

 

 

 

 

 正式な話し合いの前にオデュッセウスは一足先に斑鳩に入った。

 シュナイゼル達には先に話しておくことがあると言い、アーニャ・アールストレイム(中身はマリアンヌ様)と先に来たのだ。

 ゼロ(ルルーシュ)にはC.C.の状態を戻す方法があると言って来ている。

 入った時には怒りを向けている千葉などが何時襲い掛かって来るかと危機感を募らせていたが、そこはゼロが配慮して人目につかない様にセッティングしてくれた。

 いやはや気遣い助かるよ本当に。

 一人二人なら鍛えてあるから組み伏せれるとしても乗組員全員となると無理だ。

 という事で今ルルーシュ…ゼロの私室でC.C.と対面したわけだがやる事は決まっている。

 今日この日の為に書き連ねたメモ帳にノイズ処理も行い声だけを録音できる高性能ボイスレコーダー。

 

 「お、お、男は床でね、寝ろ!」

 「貴方…何時までやらせるの?」

 

 呆れた視線を向けられるがこの欲求は止められなかった。

 C.C.は一時的に意識を離して昔に戻っている。

 傍若無人やだらしない一面を多く持ちながらも、優しさと心の強さを持った女性。

 それが今やおどおどしたか弱い少女となっている。

 

 そんな今の彼女に原作で発したセリフを言わせたらどうなるのか? 

 などという思い付きを躊躇うことなく実行した馬鹿は想像以上の衝撃&ギャップで悶絶しているのだが…。これを他の弟妹が見たらどう思うのだろうか。

 アーニャ…マリアンヌは呆れ顔で眺めつつも悪戯好きの性格も相まってちょくちょく参加する。

 が、すでに三十分ほど経過し飽きが来ている。

 大きくため息を付いたマリアンヌは軽く頭を叩いて意識を戻させる。

 

 「ふんぐるいふんぐるい―――ハッ!?私は何を…」

 「なに馬鹿やってるのよ。そろそろC.C.を元に戻すわよ」

 「惜しいような気も…」

 「何か言ったかしら?」

 「イエ、ナンデモナイデスヨ」

 

 恥ずかしがりながらも頑張って真面目に言っているC.C.の前で悶絶し続けるオデュッセウスもようやく我に返り、片言ながらも本来の務めを果たす。

 マリアンヌ様が触れるとC.C.と共にハイライトが消えてその場でぐったりとする。

 倒れたら痛いだろうからと二人を横にして近くの布を駆けてただ見つめる。勿論接触して意識を探っているのだろうから離れないようにするのに最新の注意を払った。

 

 幼げを残した少女(アーニャ)と普段なら見せないだろう無防備な笑みを浮かべる少女(C.C.)が一緒の布で寝ている…。

 なんだろう。

 たったそれだけなのに凄く絵になる。

 寝ている事もあって躊躇うことなく写真を撮って携帯を仕舞い込む。

 暫くして目を覚ました二人は静かに起き上がり、私に疑いを含んだ視線を向けて来る。

 

 「寝ている間に悪戯してないでしょうね」

 「―――…悪戯とはどの程度の事でしょうか」

 「したな」

 「したわね」

 「携帯でお二人の寝顔撮らせて頂きました!申し訳ございませんでした!!」

 

 一瞬でバレすぐさま土下座。

 そして何故かC.C.に頭を踏まれるというこの始末。

 顔を上げれないから見れないが多分ゴミを見るような目で見降ろしているのだろう。

 マリアンヌ様は現状を楽しんでいる気がするが。

 

 「ま、まさか私の方が土の味のような構図になるとは…」

 「なんだ?土に塗れたかったのか?なら後でたっぷりと擦り合わせてやろう」

 「なら構図も一緒で枢木神社で願おうか」

 「馬鹿な事言ってないの。C.C.もその辺にしてあげなさい」

 

 マリアンヌ様の一言で頭を軽くだが踏んでいた足が退けられた。

 ふむ…美少女に冷たい視線で見降ろされて踏まれる。これは俗にいうご褒美と言うやつか。私は妹に膝枕したりされたりした方が好きかな。

 なんにしても止めて下さりありがとうございますマリアンヌ様。

 

 「それは私の(・・)玩具なんだから」

 「玩具確定なんですか!?」

 

 確かに昔っからそうでしたけれども。

 納得いかないと表情で示してもクスリと笑みを向けられるだけ。

 肩を落としながらも乾いた笑みを返す。

 

 「さぁて、あの人を待たすのもなんだし。行きましょうかC.C.」

 「あ、待ってください。今連れていかれると少々問題が」

 

 これからブリタニアと黒の騎士団との話し合いがあるというのに黒の騎士団のC.C.を神聖ブリタニア帝国のナイトオブラウンズのアーニャ・アールストレイムが連れ去ったとなると少々どころか大問題。

 攫われたとなると奪還作戦をするだろうし、ゼロならばトウキョウ租界での戦いを避けていきなり神根島に奇襲仕掛けるくらい訳ないだろう。そうなるとシャルルとマリアンヌ様の計画に支障が及ぶ。

 

 ……と、自分の思惑を語らず(・・・・・・)、同時に嘘をつかない様にC.C.を連れて行く事が大きなリスクになる理由を述べる。

 何度か頷きながら小さくため息を吐く。

 

 「確かにそれは面倒ね」

 「ですので交渉後に神根島に私がお連れしようかと」

 「出来るのかしら?」

 「無論です」

 「失敗は許されないわよ」

 「ご心配なく。最悪の場合にはギアスユーザーが居りますので」

 

 解答に満足したのかマリアンヌ様は「なら任せたわ」と一足先に神根島に向かう為に部屋を後にする。

 出る際にはゼロに連絡してロロが先導の為に来ることになっている。

 そしてC.C.と二人っきりとなる。

 

 「少し話をしようか?」

 

 私は意を決して口を開いた。

 これが父上やマリアンヌ様に対する裏切りだと理解して。

 

 

 

 

 

 

 第二次ブラックリベリオンの翌日。

 黒の騎士団トウキョウ租界侵攻部隊旗艦の斑鳩には超合集国日本代表皇 神楽耶、超合集国中華連邦代表天子の代表二人を始めとし、ゼロ、藤堂 鏡志郎、黎 星刻などの黒の騎士団に欠かせない人物が集結していた。

 と、言うのも第二次ブラックリベリオン時にオデュッセウスが発した交渉の席につくためである。

 現在黒の騎士団もブリタニア軍も停戦状態になり、ナイトオブワンやナイトオブテンは沿岸部から離れた。なので睨み合いをしていた星刻達も話し合いに参加すべく合流したのだ。当たり前だがもしもの時には対応できるだけの指揮系統を作ってからだが。

 

 ゼロは会議室の扉の前で立ち止まる。

 これからどうするか。どうなるかがこの部屋で行われる話し合いで決まる。

 最悪の場合にはギアスを行使する事にもなるだろう。

 あの兄上にも…。

 

 覚悟は未だ定まってはいないが何時までも立ち止まっている訳にも行かずに扉を開けて先に入っているブリタニア側に姿を見せる。

 

 「おう、ワリィな。テメェらにやられた負傷兵の世話に手間取ってよ」

 

 入るや否や皮肉を言い放った玉城にディートハルトが注意をするが、真正面から受けたオデュッセウスは困り顔を晒した。

 まぁ、オデュッセウスが困っているのは玉城の一言だけではなく、今にも襲い掛かって来そうな気迫を向けている千葉にもあるのだがそれは置いておこう。言っても止めるとは思えないし。

 

 先に入って待っているオデュッセウスを中心に左右にコーネリア、シュナイゼルなどの皇族が座り、その後ろにそれぞれ一人ずつ立って警戒している。

 オデュッセウスの親衛隊長のレイラにシュナイゼルの側近カノン、コーネリアの騎士ギルフォード。

 ラウンズが居ないのは警戒してかそれともこちらへの配慮か…。

 

 「いやはやそれは申し訳ないね。―――でも負傷兵で良かったですね。フレイヤなら遺伝子すら残りはしないですから」

 

 相も変わらず涼し気な笑みを浮かべた仮面をかぶり、飄々とこういう事を口にする。

 シュナイゼルの一言に玉城は舌打ちしてそっぽを向く。

 皆には伝えているがデータにとれただけでもあのフレイヤという兵器は異常だ。

 本当にあんなものを何発も撃たれていては黒の騎士団が壊滅。下手をすれば周りの者らまで巻き込みかねない。もしかするとナナリーだって巻き込まれたかも知れない。そう思うとゾっとする。

 

 「シュナイゼル、交渉前に事を荒立てないでおくれ。私が話し辛くなるよ」

 「申し訳ありません兄上」

 

 昔とあまり変わらないやり取りに安堵感を覚えながら席につく。

 ナナリーからは不安そうな雰囲気が漂い、コーネリアからは薄っすらと警戒心が伺える。

 薄っすらというのはギアス響団を攻撃した際に共同戦線を行ったせいだろうか?それとも別の理由があるのか……あー、オデュッセウス兄上が話しづらくなるから牽制的な事を控えているのか。

 

 「では話し合いを始めましょうか。オデュッセウス殿下」

 「勿論ですよ。皇代表(・・・)

 

 いつもの人の良さそうな微笑みは消え去り、真剣な表情でさん付けでなく役職を口にした事からいつになく真面目なのだと察する。後ろの親衛隊長がぼそっと「…いつもそういう態度であれば」と漏らしたのがギリギリ聞こえたがやはり兄上の親衛隊長となると別の意味で大変なのだろう。

 そして何故かもしもの時に対応できるからと連れて来たロロが苦笑しているのだが…。

 

 「腹の探り合いは無しと致しましょう――――日本を返して頂きたい」

 「良いよ」

 「すぐに返事は出来ないでしょうけ…れ…ど?」

 「あ!あと紅月 カレンもか。紅蓮を改修してからだから少し時間が掛かるかな」

 

 本格的な話し合いが始まって一秒も経たぬ間に会議室が凍り付いた。

 あまりに呆気なく返還することに同意した事に黒の騎士団は理解が及ばず、ブリタニア側も同様に唖然としていた。

 あのシュナイゼルが目を見開いて驚きの感情を露わにするほどに…。

 

 「あれ?どうしました」

 「あああああ、兄上!何を仰っているのか分かっているのですか!!」

 「日本の返還でしょ」 

 「いえ、兄上。コーネリアが言っているのはそうではなく皇帝陛下の了承も得ぬまま決定するというのは…」

 「俗事は任せる―――だってさ。なら好き勝手にするよ私は」

 

 にっこりと笑った兄上にコーネリアもシュナイゼルも苦笑いを浮かべる。

 そういう俺も仮面の下で浮かべているがな。

 唐突にこういう思いもよらぬことをする。

 すぐに我に返って納得せざるを得ないなと頭を働かせられるのは昔から慣れている皇族と長く近くで関わっている人物だけだろう。

 

 「ただし条件がある」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべて言葉を続ける。

 その表情が何処か母さんに似ていた。

 なんにしても兄上からの条件をまずは聞くことにしよう。

 

 「お聞きしましょう」

 「現在父上が――神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアがここ日本の神根島に来てるんですよ。なので一緒に…えーと、なんて言えば良いかなぁ。んー……殴り込みいかない?勿論大義名分も用意している」

 「喜んで」

 「ゼロ様!?」

 

 今度は自分が思わず即答してしまった。

 跳び付かずにはいられない。あの男に対して攻め込むというのだから。

 本日二度目の静寂…。

 これはもう驚きというより考えが追い付いていない。

 あっさりと日本を返還するだけでも驚愕する事実なのに、重ねるように皇帝に反旗を翻すと言われれば当然と言えば当然か。

 いち早く思考を正常に戻し、思案できたのは俺以外で言うとシュナイゼル、オデュッセウスの親衛隊隊長。黒の騎士団で言えば星刻や藤堂ぐらいだ。

 玉城に関しては考える事を放棄しているかのように騒ぐだけで、周りの考えをまとめる時間を裂いているように見えるが…。

 

 「ほう、見かけによらず野心家だったのだな」

 「野心?」

 「自ら国のトップを討つ。大義名分を掲げていくからにはそういう事なのだろう?」

 「第一皇子で皇位継承権第一位、さらには皇族からの信頼が厚いとくれば討った後に皇帝になるのは―――」

 「いやぁ、一時的には引き継がなきゃとは思うけどずっと皇帝は嫌だな。父上は元老院やシュナイゼルや私とかに投げてたりするけど皇帝って本来ならば(・・・・・)大変な仕事じゃないか。私はゆっくりとのんびりとした暮らしがしたいからね」

 「ならば何故自国の皇帝を討とうというのですか」

 「討つというよりは打つ…かな。そろそろ一回殴ってでも止めないといけないから―――で、手を貸してくれるかいゼロ」

 「……より詳しい話をお聞きしても?」

 「勿論だとも。出来れば二人っきりで話したいな。それまではここの面子には部屋から出ず、外部と接触する機会を与えたくないんだが」

 「良いだろう。話が済むまでは皆にはここで待機させる」

 「時間も無いから話が早くて助かるよ」

 

 理解しようと思考を働かせながら兄上と別室に移動する。

 何か裏があるのかと警戒し疑うべきなのだろう。

 だけれども兄上に対してその考えは向けなかった。

 寧ろ安心しきっていた。

 ナナリーの件を始めとして、キュウシュウに対大宦官戦、ギアス饗団など共闘したときの兄上は本当に頼りになり、絶対的な安心感がある。

 だから俺はすでに決めていた。

 どんな話を聞かされても兄上の提案に乗ると。

 

 まさか母さんが生きていると聞かされるとは思いもしなかったが…。



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第106話 「神根島攻防戦」

 帝国最強のナイトオブワンの称号を持つビスマルク・ヴァルトシュタインはいつになく焦っていた。

 シャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下が計画を実行する為に神根島に到着し、自身の万が一の為に警備についた途端これだ。

 全世界に発せられる放送…。

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア皇子が現皇帝の行いは他国を虐げるばかりでブリタニアを貶める行為だと非難。他にも政治を俗事と述べた事や臣民全てを蔑ろとしている事を非難し、神聖ブリタニア帝国シャルル・ジ・ブリタニア皇帝に対して反旗を翻したことを宣言した。

 これに同調したのはオデュッセウスを慕う多くの皇族と大貴族達。それに植民地エリアの大多数である。

 植民地エリアではオデュッセウス殿下がすでに融和策を行っており、シャルル皇帝を廃せればオデュッセウスが植民地エリアに対して行う恩恵を万全に受け入れられるという期待と恩から現皇帝ではなくオデュッセウス側へとついた。

 まだエリアの方はいい。問題は皇帝陛下代理を務めているギネヴィア・ド・ブリタニア皇女殿下が同調して反旗を翻した事だ。動きは迅速ですでに同調した貴族や皇族と話し合い、ブリタニア本国の主だった機能を手中に収めている。

 味方同士の戦いに踏み切れないブリタニア軍は指示を乞おうにも陛下は気にも留めていない様子。

 

 「守備隊を展開させろ。これより我らは時間稼ぎを主体に防衛線を開始する」

 『ヴァルトシュタイン卿。陛下はグレートブリタニアに戻って頂いた方が宜しいのでは?』

 「陛下は最も安全な所に居られる。案ずることなく防衛に集中せよ。ブラッドリー卿にも出撃を」

 

 モニカが乗っているログレス級浮遊航空艦グレートブリタニアとの通信を切るとモニターに映る反乱軍を睨みつける。

 こちらの戦力は自身が搭乗しているギャラハッドに皇帝直属の騎士団“ロイヤルガード”の緑色のヴィンセント達。そして神根島守備隊のフロートユニットを装備したサザーランドにグロースターである。ブラッドリーは専用機を持っていたが先の戦闘で損傷。今は予備機のヴィンセントに搭乗して出撃させている。

 

 対して反乱軍は黒の騎士団旗艦の斑鳩を中心に左右にアヴァロンとペーネロペー、前方に小型可翔艦三隻を展開し、ナイトメアフレーム隊を発進させている。

 黒の騎士団は超合集国の多数決の合意がなければ動けない為、一緒に居ようと今はまだ戦えない。ゆえにオデュッセウス旗下の部隊も停止するしかない。

 

 「に、しても厄介だな」

 

 ビスマルクはぽつりとつぶやいた。

 計画を考えれば遺跡を破壊されぬよう時間さえ稼げればこちらの勝利。逆に言えば突破された上で遺跡を完全に破壊されればこちらの負けだ。

 反乱軍の中にはランスロットや捕縛してあった紅蓮の姿もある。

 枢木とオデュッセウスが旧知の仲で友好関係を築いていたのは知っていたのでそれほど驚きはない。が、さも当然のようにゼロが搭乗しているであろう蜃気楼に背を預けるようにオデュッセウス殿下のランスロット・リベレーションが前線に出ている事には違和感を覚えてしまう。

 

 昔から賢い子だった。

 幼き頃から見守って来たから殿下の優秀性を疑う余地はない。

 優しく、努力家で、家族想い。だからと言って甘いだけでなく、守るためには剣を振る覚悟もあった。

 稽古をつけていた時を懐かしく思い出す。

 

 だからこそか彼は前々からこの事を予想して準備していたのではないかと疑ってしまう。

 陛下は気付いていないだろう。

 彼――オデュッセウスはすべてを統一する陛下の計画を好んでいない事を。

 よく見れていれば…“よく”では無い。親として人としてちゃんと接していれば気付けたはずなのだ。

 殿下は意識を繋げる集合体ではなく違う個だから好むという事を。

 自分と違うから妬み、恨み、警戒する。

 逆に自分と違うからこそ分かろうとする。欲しようとする。成ろうとする。

 

 陛下は前者で殿下は後者。

 相容れる道理は最初からなかったというのに…。

 

 なんにせよもう手遅れだが。

 現状に憂う事も、殿下が今更動いた事もすでに手遅れだ。

 

 『私はオデュッセウス・ウ・ブリタニアである。

  神根島を守護するブリタニア軍に通告する。

  我々はこれより世界を苦しめ、ブリタニアを世界の敵とする元凶を捕えます。

  貴公らが真にブリタニアの騎士と言うのであれば道を開けなさい!

  それは国や国民を―――否、人類そのものを蔑ろにする存在。

  己が命と騎士の誇りをかけてまで守るものではない。

  オデュッセウス・ウ・ブリタニアが命ずる。

  道を開けよ!そして志を同じくする者が居るならば我に続け!』 

 

 忠誠心の高いロイヤルガードが揺らぐことは無い。

 が、拠点として重要性を理解できない神根島の兵士達はそうでもない。

 遺跡の事を…陛下の御意志を知る立場ならまだしも有象無象でしかない彼らは重要性に触れられず、左遷に近い扱いを受けたと思っている兵士も多い。

 士気が低いのだ。

 そんな者らが殿下に弓引くことが出来ようか。

 させるしかない…。

 

 「ブラッドリー卿…」

 『了解です。ヴァルトシュタイン卿』

 

 薄い紫色に塗装されたヴィンセントが動きを止めたサザーランドのコクピット上部を切り裂いた。

 突然の出来事に戦場の目線が釘付けとなる。

 そして搭乗者が見える位置取りでランスを突き立てて絶命させる。

 

 『何を立ち止まっている?ブリタニアとは皇帝陛下あっての事。それを反旗を翻した者の言に惑わされるとは…。良いだろう。これより先、反乱者に加担する者、躊躇った者は私が殺してやろう』

 

 楽し気に周囲に言い放たれた言葉に兵士達がゾッとする。

 これが他のラウンズであるならば脅しの類と判断も出来るだろう。が、今宣言したのは人を殺す事を楽しんでいるルキアーノ・ブラッドリー卿。精神は狂人で腕前は皇帝最強の十二騎士の一席を預かる者。

 神根島の兵士達には死神に見えただろう。

 戦わなければ死ぬと…理解した。

 

 『さぁ!誰から殺してやろうかぁ!!』

 

 殺されたくない一心で立ち止まった機体が一気に突っ込んで行く。

 未だ超合集国からの決議が来ていない黒の騎士団は動けない。となれば動けるのはオデュッセウス旗下の部隊のみ。

 ビスマルクも操縦桿を倒して前に出る。

 狙うはオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 

 「殿下!いや、オデュッセウス・ウ・ブリタニア!!」

 

 皇帝陛下自ら名を付けたギャラハッドの大剣“エクスカリバー”を上段に構えて突っ込む。

 気付いたランスロット・リベレーションは蜃気楼を突き飛ばして距離を取らせ、大口径回転式拳銃を構えた。

 放たれた弾丸は正確に頭部や肩を撃ち抜こうとするが当たらない。

 

 これはギアスの力ではない。

 ギアスを使えば容易いが殿下の場合は必要ないのだ。

 何故ならば殿下は人を殺す事を嫌う。戦闘では頭部や腕などを狙うばかりでコクピットに対する攻撃は無い。ならば銃口の向きとその事を踏まえて考えれば自ずと狙っている場所は理解できる。

 六発ほど回避すると弾切れを引き起こしたのか次の弾を装填し始める。

 そんな間は与えないが。

 

 上段からの一撃を囮として距離を詰め、避けた所にタックルを喰らわせる。

 体勢を崩したところで横薙ぎの一撃を放つ。

 

 『兄上!』

 「皇女殿下か!?」

 

 突如割り込んだヴィンセントのランスにより防がれる。

 通常のランスなら真っ二つになっていた所だがどうやらこのランスはブラッドリー卿のパーシヴァル同様にブレイズルミナスを先端に展開して攻撃力を挙げるタイプのようだ。これであればあっさりと斬り捨てられない。

 

 『近接装備がないのでしょう!ここは私が…』

 『いや、コーネリアも下がりなさい。ビスマルクは君やギルフォードで抑えられるほど軟じゃない』

 

 ヴィンセント越しにランスロット・リベレーションを見つめると、大口径回転式拳銃を持っている右手とは逆に左手は対ナイトメア用短機関銃を構えていた。もしコーネリアが割り込まなければ殿下を斬ったとしても自分もただでは済まなかっただろう。そうなれば陛下を護り切るのは難しかったろう。

 上からギルフォードが斬りかかって来たことに気付いてさっさと距離を取る。

 

 「殿下、これは皇帝陛下に対する叛逆行為です」

 『そうだよねぇ。私も大それたことをしていると分かっているんだけどね』

 「ここで引いてもらえませんか。ここで退くのであれば命だけは助かるでしょう」

 『退くに退けないよ。私にも通したい我侭(・・)があるから』

 「………どうしてもというならば―――斬り捨てるまで!」

 

 左目を開放してギアスを使用する。

 ビスマルクのギアスは僅か先だが未来を読むことが出来る。

 目で捉えた対象の少し先の動きが手に取るように映像として表示されるのだ。

 これにより動きは勿論、銃弾の弾道もすべて見る事が出来る。

 

 『卑怯!後ろをバックに―――なんてね』

 『落ちろ!!』

 「なに!?」

 

 いつの間に背後に周られていたのか紅蓮の攻撃を紙一重で回避し睨みつける。

 ロイドとセシルが魔改造を施した紅蓮聖天八極式。

 機体性能はギャラハッドを圧倒していて、今避けられたのはただ単にギアスの能力とビスマルクの技術が間に合ったからに他ならない。

 

 「決議が可決されたか…これで黒の騎士団も…」

 

 一番厄介な機体を前に苦悶の表情を浮かべると…。

 

 『隙あり!!』

 

 可変したランスロット・リベレーションとゼロの蜃気楼が正面より突っ込んで来る。

 加速をつけた突進と思い回避してしまったがこれが悪手である事に気付いたのは通り過ぎた後であった。

 

 『ごめんねビスマルク。遅めの反抗期って事で大目に見て欲しいな』

 

 戦場に似つかわしくない言葉を残して蜃気楼とランスロット・リベレーションは神根島―――ギアスの遺跡に向かって飛んで行ってしまった。

 あとを追おうにも紅蓮が睨みを利かせて追うに追えない。

 

 『ヴァルトシュタイン卿!これ以上の抵抗は無駄です。投降を』

 「枢木か……私も嘗められたものだな!」

 

 ランスロットの枢木より投降を促す通信が入るが拒否する。

 帝国最強の騎士が不利だからと敵に無抵抗で下ることなどあってはならない。

 逆に考えれば黒の騎士団のエースの紅蓮と裏切ったブリタニア軍のエースであるランスロット、それにコーネリアにギルフォードを釘付け出来るのだ。

 ならば最後まで足掻けるだけ足掻いて陛下の為に時間を稼ぐのみ。

 

 「来るがいい!私はナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン!帝国最強の名は伊達では無い事を教えてやる!!」

 

 ギャラハッドはエクスカリバーを構えて斬りかかる。

 全ては皇帝陛下の為に。

 そして自身も夢見た計画を遂行させる為に。

 

 

 

 

 

 

 遠目でビスマルクが複数機と戦闘している様子を目にしたブラッドリーは頬を緩ませた。

 今は四機で攻めているからビスマルクを追い込んでいるが、たった一騎失っただけで崩れるような戦況。

 反逆者と言う事は誰を殺しても良いのだろう。

 ならばあの気丈なコーネリアを殺すのはどうだろうか。

 多少腕が立つと言ってもラウンズほどではない。

 隙をつけばあっさりと殺せるだろう。殺される直前にあのコーネリアが何と叫ぶか…楽しみで仕方ない。

 

 そうと決まればと動き出そうとした瞬間、一発の弾丸が自身を貫こうと向かってきた。

 難なく回避するとそこにはフロートユニットで飛行する細身のナイトメアがライフルを構えていた。

 

 確かクルシェフスキー卿のフローレンスの原型。アレクサンダとか言うナイトメアではないか?

 

 「まぁ、良いさ。行きがけの駄賃だ。少しは興じさせろよ」

 

 ランスを構えて突撃を敢行する。

 相手は近付けまいと狙撃してくるが穂先で払い除けるなどわけない行為。

 あっと言う間に間を詰められる。

 そう思っていた。

 

 突如として鳴り響くアラーム警報。

 舌打ちをしながら回避し邪魔をしてくれた奴に睨みを入れる。

 

 『大丈夫かユキヤ!』

 『ごめんリョウ。やれると思ったんだけどね』

 『ユキヤは無茶し過ぎ。リョウ、援護して!』

 

 駆け付けた二機のアレクサンダを見比べて明らかに装備が違う事に気が付いた。

 一機目は狙撃仕様。

 二機目は重攻撃型。

 三機目は近接戦闘。

 それぞれが役割を担い三機で補って戦うのだろう。

 事実その考えは正しかった。

 

 リョウのアレクには大量のミサイルポッドなどが装着されており、小型ミサイルが嵐のように放たれる中、ユキヤの狙撃にアヤノの斬り込みを受ける事になってしまった。一機一機はブラッドリーにとって他愛のない相手だがこうも連携を取られると厄介この上ない。

 しかしながら弱点がない訳でない。

 それは重攻撃型のリョウのアレクサンダだ。

 重攻撃型は大概短い間に高い火力を誇る物が多い。小型ミサイルにグレネードランチャー装備だったり、リョウのアレクも例にもれず短期間を想定した使い捨ての装備。

 時間さえかければ一番の特徴を失い性能は激減する。

 

 「雑魚がちょろちょろと」

 『クッ!?こいつ…』

 

 斬りかかって来るアヤノのアレクサンダが狙撃の邪魔にならない様に距離を開けた瞬間、リョウのアレクサンダへと向かう。

 向こうも理解してアサルトライフルで弾幕を張るが問題ない。ユキヤ機からの狙撃はリョウ機を盾にすることで無力化出来る。

 手古摺らせた相手をじっくり弄りたいという気持ちを抑え、距離を詰めるとランスを高々と振り上げる。

 

 

 

 振り下ろした筈のランスは背後で腕ごと宙を舞った。

 

 

 

 何が起こったか理解できないブラッドリーは視線を動かし確認した。

 背後にはまた異なるアレクサンダが剣を手にしている。

 どうやらそいつが通り様に腕を斬り落としたらしい。

 

 『大丈夫かリョウ』

 『助かったぜアキト』

 

 眼前のアレクサンダがアサルトライフルを構えるのに対して斬り込もうとするがすでにランスも右腕も存在しない。

 咄嗟に左腕を盾にしながら射線上から機体を逸らす。

 撃破は逃れたが左腕は損傷。

 さらに待ってましたと言わんばかりの狙撃が頭部を吹き飛ばす。

 追い打ちをかけるように二機が剣を手に斬りかかる。一機の攻撃は蹴りで対応して何とか凌いだがもう一機は防ぎきれずに胴体と下半身が切り離されてしまった。

 

 「私が!この私が二度も落ちるなど!!」

 

 戦う術を失ったブラッドリーのヴィンセントは呆気なく海へと落ちて行った。

 追撃するよりも周囲の防衛能力を削った方が良いと判断したアキト達はブラッドリーに止めを刺すことなくその場を離れる。

 移動しながらも戦況を眺めていたオデュッセウスは落ちていくブラッドリー機を目撃し、ガッツポーズをして喜びを露わにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 シャルル・ジ・ブリタニアは何度この時を待ち望んだことか。

 

 まだ幼い頃に皇族による争いによって母を失ったあの日。

 儂と兄さんは誓ったのだ。

 嘘のない…争いの無い世界を創ろうと。

 時が経って皇帝に即位し、力を付けて、知識を蓄え、時間を掛け、仲間を増やしてきた。

 すべてはこの日の為に神聖ブリタニア帝国そのものを使って支配地域を増やし、ギアスに関する遺跡とこの日を迎える為の力を得る為だけに何十、何百、何万、何億もの他者を踏みつけ、虐げ、搾取し、取り込み、殺し続けてきた。

 

 だが、そんな愚かな日々も今までの世界ともおさらばだ。

 

 集合無意識に干渉できる【アーカーシャの剣】。

 アーカーシャの剣を作り出すために必要だったギアスの遺跡の数々。

 兄さん――V.V.とC.C.が持っている不老不死のコード。

 儂の手にすべてが揃った。

 

 アーカーシャの剣が人間の集合無意識のCの世界に干渉し、不老不死のコードを用いて全人類の意識を集合無意識と接続。

 強制的に全ての人類と思考が繋がり、嘘のない世界が完成する。

 しかもCの世界には死者の記憶や思念もあるので過去現在すべての人類と繋がれるのだ。

 

 この計画に賛同した者は多くは無い。

 そして計画を詳しく知る者はもっと少ない。

 

 妻であり同志であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアにC.C.。ラウンズではビスマルク・ヴァルトシュタインに枢木 スザク。そして今は亡き兄さんだけだ。

 嘘のない世界を創ろう…そう言っていたのに兄さんは儂に嘘をついた。

 マリアンヌを殺しておいてそれを嘘をついて隠したのだ。

 だから儂は兄さんを見殺しにした。

 ギアス饗団が襲われ、瀕死の状態の兄さんから不老不死のコードを奪い、その場に放置した。

 生きてはいないだろう…。

 

 

 

 ――だが、問題はない。

 どうせもうすぐ会えるのだから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 シャルルはエリア11にある神根島の遺跡前に立って居た。

 隣にはアーニャ・アールストレイムが並び立ち、楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 「もうすぐ私たちの夢が叶うのね」

 「――あぁ、そうだ。そうだとも」

 「長かったわ」

 

 アーニャ・アールストレイム――否、ギアスによりアーニャの中に居るマリアンヌが何処か遠くを見るように、懐かしそうに空を見上げる。

 見上げた空では幾つもの閃光があがる。

 オデュッセウスが動いたがもはや手遅れだ。

 

 「行くぞ。マリアンヌ」

 

 短く返事を返したマリアンヌとシャルルは遺跡の中へと消えていくのであった。

 背後からばてて走り切れずに息を切らしているルルーシュに肩を貸し、走る速度が遅いV.V.を背負ったオデュッセウスが追い掛けて来るのに気付かずに…。

 ちなみにC.C.は走ることなく速足で速度を合わせていた…。



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第107話 「皇帝」

 神根島の遺跡を用いてアーカーシャの剣へと至ったシャルル・ジ・ブリタニア。

 借り物の肉体(アーニャ)を遺跡前に放置し、精神を移して元の姿を現したマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 今まさに計画の最終段階に踏み入れた二人は後よりここに入って来た来客たちに視線を向ける。

 

 ゼロの装束を身にまとい、仮面だけを脇に抱えているルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 協力者で不老不死のコードを持つC.C.。

 シャルルの兄で不老不死のコードを奪われたV.V.。

 そして神聖ブリタニア帝国第一皇子にして現皇帝に反旗を翻したオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 

 「Cの世界に居る筈の兄さんと会話が出来ない事からもしかしたらと思ってはいたが…。貴様が手を貸していたとはな」

 「あらあら、C.C.を後から連れて来るって言うのはこういう事だったのね」

 「ゼェ…ハァ…ど、どちらも……ふぅ…嘘は……ゴホッ…嘘はついて……ゲホッゲホッ!」

 「兄上、少し休んでいてください」

 

 まともに息も出来ていないオデュッセウスは心配するルルーシュに言われるがまま腰をその場に降ろしてぐったりと休む。

 ルルーシュを中心に並んだC.C.にV.V.を見て疑問符を浮かべる。

 何故、協力者である筈のC.C.が悲し気な視線をこちらに向けているのか? 

 何故、V.V.は不安げな視線を向け、口を閉ざしているのか?

 疑問を浮かべるが疑問を述べる前にルルーシュが遮るように前に出る。

 

 「母さん…久しぶりですね」

 「驚かないって事はオデュッセウスから聞いたのだろうけど、こうも反応が無いと少し悲しいわね」

 「かなり驚かされましたよ。兄上が色々(・・)教えてくれましたので」

 「ではこの計画がどのようなものかも知らされたのかしら?」

 「あぁ、詳しくな」

 

 冷ややかな視線。

 原作では純粋に母親として慕っていた筈なのだが、今のルルーシュにはそのような感情は一切見受けられない。

 何故ならばオデュッセウスより聞かされていたからだ。

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはルルーシュとナナリーを愛すべき子供という認識を一切持ってはいない。

 ギアス適正を高めて計画に利用するべく手を加えたり、近親婚をさせてギアス適正を高めようとしたり、子供というよりこの計画の予備パーツという認識であった。

 ナナリーが触れて相手の思考を読んだりできるのは埋め込まれたC.C.の遺伝子によるもので、これをナナリーに施術させたのも能力が開花するように五感の一つである視覚を封じるようにシャルルを上手く言い包めたのもマリアンヌであった。

 アニメでは語られなかった小説版の設定であったがギアスユーザーでもないのに触って相手の真意を探る能力など一般的にあり得ない。そう考えれば小説版の設定の方が正しいと思うのが自然だろう。

 それらを詳しく話されたルルーシュは信じたくない気持ちもあったが、兄上が嘘をつく理由も思い当たらずに逆に理由に微かながら納得する所もあり、気持ち的には信じたくないが思考が兄上が正しいと判断したからにはそう信じている。

 

 「それでぇ貴様は何をしに来たのだ」

 「愚問だな。お前たちを止めに来たに決まってるだろう」

 「くははは、何を言い出すかと思えば…貴様に何が出来るというのだ?」

 「C.C.何をしているの?さっさと計画を実行するわよ」

 「すまないマリアンヌ。私はこちら側だ」

 

 その言葉に驚愕を隠せない二人は戸惑う。

 ルルーシュとナナリーを日本に放り出した頃より微妙に非協力的なところもあったが基本的に当初より計画に関わっていた同志と思い込んでいただけに衝撃は大きかった。

 

 「オデュッセウスから色々聞いたよ。お前たちがやって来たこと。やろうとしている事を」

 「V.V.が母さんを殺し、架空の事件に仕立て上げる。その嘘の目撃者の為にナナリーに偽りの記憶を!目を見えなくしたな!」

 「仕方がなかったのよ。ナナリーを守るためにもね」

 「嘘をつくな!貴方はナナリーの目を塞ぐための理由が欲しかっただけだろう!」

 「どういう事だマリアンヌ?」

 「計画が終わればすべて解かるわ。だから―――」

 「その計画を本当に進める気かいシャルル」

 「勿論ですよ兄さん。その為に今まで進めてきたんじゃないですか」

 「ボクはオデュッセウスさん(・・)の肩を持つよ」

 「さん?」

 「…ハァ…ハァ…あ!伯父上様は記憶失ってますから」

 「シャルル。周りを犠牲にして行くやり方ではあの頃ボクらを苦しめた連中と変わらないじゃないか」

 「違いますよ兄さん。奴らは何も生み出さなかった」

 「私たちは世界を真の平等な世界に出来るのよ。嘘のない平和な世界に。人は本当の意味で分かり合えるのよ。これはとても素敵なことよ」

 「死者も生者も一纏めにした世界で平等?違うな、間違っているぞ。分かり合うのではなく無理やり分かり合うように繋げるんだろう!お前たちの考えを押し付けるな!」

 「それがどうした?人が人として生きていく以上何かしら周りに押し付けながら生きて行くものだ。それとも貴様は周りばかり気にして我を隠し通しているとでもいう気か?ゼロという仮面を被って世界を巻き込んだ貴様が」

 「確かに生きて行く以上多少なりとも迷惑はかけるさ。でもシャルルがやっている事はやり過ぎなんだって今のボクなら分かるんだ」

 「私を殺してでも計画を遂行しようとした人物のセリフとは思えないわね」

 「け、けどボクはシャルル!君達を否定する」

 「私も否定しよう。計画を練っていた頃は純粋に嘘のない世界の事を語ったな。だが、こうして時をかけて出来上がったものはなんだ?自分達に都合の良い自分達に優しい世界。どうしてこうも歪んでしまったか…」

 「結局は嘘ばかりだな。嘘のない世界を目指し、嘘を吐かれると実の兄にも容赦なく手にかけるほどの怒りを抱く癖に自身の事となると嘘を振りまく。矛盾ここに極まれりだな」

 

 C.C.にV.V.、そしてルルーシュの三人の鋭い視線がシャルルとマリアンヌに向けられる。

 マリアンヌは憎たらしそうに睨み返すが、シャルルの方はというと俯いて肩を震わし始めた。

 不思議に思い眉を潜めていると突如として顔を上げて大きく笑い始めた。

 

 「フハハハハ、幾ら吠えようと無駄な事。もはや我らが計画は何人にも止められぬ」

 

 勝者の余裕を見せつけるシャルルにルルーシュは睨みを利かせる。

 が、ふっとほくそ笑むと横にずれて、ようやく息を整えたオデュッセウスが前に出やすく道を譲った。

 怒りも不安も含まぬ真剣な面立ちでしっかりと瞳を見つめ、力強く一歩ずつ踏みしめながらシャルルの前へと出た。

 

 「言い辛い事なのですが父上―――もう止めましたよ」

 「なに?―――ッ!?」

 

 アーカーシャの剣と名付けられた遺跡の周りに酷いノイズが走る。

 異常を知らせるノイズは雷のように駆け抜け、辺りを照らしつつ消え去って行く。それも幾度も幾度も…。

 予期せぬ光景にシャルルもマリアンヌも今までの余裕は消え去り、焦りに不安、恐怖の色を濃く顔に出した。

 一体何をされたのかも、何が起こったのかも解からずに、呆然と立ち尽くすしかない。

 唯一解かっている事と言えばオデュッセウスが何かをしたという事だけだった。

 

 「貴様!一体何をしたのだ!」

 「Cの世界と繋がったらアーカーシャの剣をどうこうは難しいので、土台を崩させて頂きました」

 「土台?土台って何の事よ」

 「簡単な事ですよ。ここ以外のギアス関連の遺跡を爆破させて頂きました」

 「爆破ですって!?そんな事をしたら…」

 「はい。アーカーシャの剣は遺跡を繋げることで創り出されたシステム。全世界に散らばる遺跡の内ここ以外を完全に破壊。もはや機能は損なわれ維持だけで精一杯でしょう」

 「馬鹿な…何故貴様がそのような事まで知っている!?兄さんから聞いたのか!」

 

 V.V.を見つめるも今のV.V.にはそれらの記憶はなく、問うても無駄な事である。

 されど可能性があるとしたらそれぐらいしか思い浮かばない。

 自身は話したことは無く、マリアンヌに視線を向けるが首を横に振り否定される。この事を知っているのは自身とマリアンヌを除けばV.V.だけ。

 だからシャルルがV.V.を睨んだのも当然と言える。

 彼がこの世界を見た転生者と知らなければ当然の答えだった。

 

 「私がどうやって知ったなんて無意味ですよ。言っても信じて貰える話ではありませんし。それに事実が覆る訳ではないんですから」

 「クッ…何故!何故貴様は儂の邪魔をする!」

 「嫌だからに決まっているでしょう。父上がそうしたいと我が道を押し付けるように私はこの世界を守るために我侭を押し通しているのです。

 あと言いたいんですけど父上は矛盾しています。策謀渦巻く皇族間の争いで母親を亡くした事でそういう思想に至ったのだと推測しますが、だったらなぜ自身の子供である私達にも争わせて同じような事をさせるのですか?そして無駄に自分の優しさを押し付ける。何故ルルーシュとナナリーに本当の事を話さなかった?言えば良いじゃないですか母親を失い後ろ盾がないお前たちでは皇族間の争いに巻き込まれたらひとたまりもないから遠くへ逃がしたのだと!そしてその次は計画がおおよそつまったから別に死んでもCの世界で会えるしねって二人が居る日本に進軍して危険に晒したり…一体何がしたいんですか」

 「違うのよオデュッセウス。あの時は――」

 「違わないでしょう!貴方達は子供を身勝手に競い争わせ、突き放し、殺そうとしたんです!それが事実!それ以外は我が身可愛さに吐く嘘でしょうが!!」

 「オデュッセウス!!」

 

 鬼のような形相を浮かべたシャルルがマリアンヌを押しのけ、オデュッセウスに殴り掛かる。

 怒り任せの大振りの一撃を呆気なく躱し、反撃と言わんばかりに拳を構える。

 繰り出された拳は顎狙い。咄嗟に顔を両腕でガードするが、オデュッセウスの拳はその手前で通り過ぎる。

 振り抜いた腕の勢いを活かして片足を軸にその場でくるりと周って蹴りを繰り出した。

 

 フェイントを入れたオデュッセウスの回し蹴りはシャルルの腹部――――より下、両足の付け根の中央へと直撃した。

 

 今まで聞いた事のないような素っ頓狂な奇声を上げて蹲るシャルルに対し、オデュッセウスは腕を組んでふんすと見下ろす。

 

 「そもそも人類を一つの集合体にして生者も死者も一纏めにしようなんて計画が上手くいった試しなんてないんです。巨大な人造人間に搭乗する少年も恋人をカギ爪の男に殺された男性も否定して崩壊させたんですから!!」

 「……貴方…なにを言っているの?」

 「私もなにを言おうとしていたか分からなくなってきました!」

 「兄上、少し落ち着きましょうか」

 

 ヒートアップし過ぎて混乱状態に陥っているオデュッセウスは深呼吸を繰り返し多少落ち着かせる。

 蹲って痛みに耐えようと必死なシャルルは何とか苦悶に浮かぶ顔を上げてオデュッセウスを睨みつける。

 計画は頓挫し、C.C.とV.V.と敵対する形になり、絶対的絶望の中に放り込まれたというのに、苦悶に歪みつつも未だ鋭い眼光は光を失ってはいなかった。

 だからこそなのか相手の真意を探ろうとオデュッセウスを捉えて離さなかった。 

 

 「こんな嘘だらけの世界を守って何になる…」

 「それ他人に嘘を強いるギアス(記憶改竄)を発現させた父上が言いますか」

 

 コード所有者との契約により発現するギアスには所有者より契約される側の要素が大きく関わる。

 まず重要なのはギアスの適正である。

 この適性が高ければ高い程なんのデメリットもなく求めるギアスを得て使用することが可能となり、逆に低いとロロのように発動中心臓が停止したりとデメリットを抱え、願いと異なるギアスを得てしまうのだ。

 次に重要なのはその本人の願い。

 愛されたい願いを持てば愛されるギアスを。

 他人の心を知りたいのなら知るギアスを。

 ゆえに記憶改竄というギアスを得たのはシャルルの望み。

 つまり自身が与えた()の記憶の元、相手に意図しない嘘の中で生活を強いる。

 これが嘘を憎しみ、嘘を嫌い、嘘を無くそうとしている人物が手にしたギアスなのだから矛盾と言わず何というのか…。

 

 「父上もマリアンヌ様も難しく考え込み過ぎなんですよ。

  そんな世界が――いや、世間や関わりが嫌だったのなら静かに暮らせば良かったんですよ。

  父上に伯父上、それにマリアンヌ様で人里離れた地でひっそりと。

  その日その日を苦しみ、楽しみ、笑いながら人生を過ごせば良かったんですよ」

 「そういう選択肢もあったのね。でも私たちはこの道を選んだの。後悔はないわ。あるのは貴方に警戒をしなかった事実のみ。だから聞かせて欲しいの。

  貴方が邪魔をした理由を。

  貴方が何を夢見て、何を望んでいるのかを」

 

 ゆっくりと立ち上がるシャルルの前に立ち、真剣な眼差しで見つめるマリアンヌに

 

 「人は平等ではない―――父上のお言葉でしたよね。

  私はこれを聞いた時心の底から強く同意しました。

  脚が早い者、腕っぷしが強い者、頭が良い者。人の数だけ個性があり、性格や思想があり、他者との違いが存在する。

  だからこそ私は良いと思っています。

  汚い面や嫌な面も多々ありますがそれだけではないでしょう。

  自身が人と違うからこそ相手を求め、知り、欲する。

  違うからこそ分かり合おうとするし、愛し合えるんです。

  父上もマリアンヌ様もそうだったように」

 「儂と――」

 「―――私が…」

 「確かに計画を望む同志ってのもあったでしょうけどそれ以上に惹かれ合った事もあったのでは?」

 

 思い当たる節はある。

 決して不快では無かった日々。

 嘘だらけの世界で味わった喜びも…。

 

 愛している――否、愛していた(捨ててしまった)子を見つめ大きく息をつく。

 もはや打てる手はない。

 遺跡の大半を失い、不老不死のコード所有者のC.C.との敵対。さらに物理的にも戦力的にも劣勢に立たされた状況を打開する方法など思い浮かぶ筈も無かった。

 ここまで為す術がなければ悔しさなどより清々しさまで感じてしまう。

 

 「あー…私の夢を聞かれましたけど大したものではありませんよ。

  静かな時間を好いた相手と過ごし、のんびりとして生きて行く…そんな感じの事しか…」

 「フハハハハハハ、良かろう!貴様の好きにせよ」

 「父上…様?」

 「儂らの負けだ」

 

 豪快に笑い、まるでどうにでもしろと言わんばかりにその場に座り込んだ。

 同じくマリアンヌも穏やかに受け入れてシャルルの隣に腰を下ろす。

 事態に頭が追い付くのに数十秒。

 ようやく…ようやく父上を止めれたのかと理解したオデュッセウスはホッと胸を撫でおろして安堵した。

 計画を止めなければいけないと分かっておきながら、殺してでも止める覚悟だけは出来なかった。

 もしここで諦めて貰えないのであれば最終手段として父上様のコードを奪う手段しかなかったのだが、不老不死になどなりたくない自身としては本当に良かったよ。

 何でも暴走したギアスを自由自在に操れるようになれば達成人となり、コードを略奪できるんだとか。

 しても不老不死になるとか絶対に嫌なんですけど。

 誰が好き好んで先に弟妹を見送る側に回りたいと思いますか。

 

 「しかしこれで終わりでは問題が残ります兄上。現状ブリタニアは世界の敵のまま…ならばやる事は一つ」

 「言わんとすることは分かった。敗者として勝者に従ってやろう」

 「・・・・・・ん?」

 

 何か二人だけで話して納得しているんだけど…。

 あれ?なんで二人共こちらを見つめるの?

 ちょっと嫌な予感しかしないんだけど………。

 

 

 

 

 

 

 一週間後…。

 神聖ブリタニア帝国 帝都ペンドラゴン。

 皇帝陛下が腰かける玉座の間にはブリタニアを代表する多くの貴族達に、シュナイゼルを除く(・・)皇族たちが集まり、皇帝の到着を待っていた。

 貴族たちの中には険しい表情を浮かべる者も多くいたが皇族内は本当に穏やかな雰囲気に包まれていた。

 いつも凛とした表情しか公で出さないギネヴィアがわくわくしたような笑みを浮かべるほどに。

 

 「皇帝陛下、ご入来!」

 

 入り口で警備に立つ衛兵の声に全員が改めて姿勢を正す。

 入場を知らせる音楽が鳴り響き、入り口が大きく開かれる。

 並ぶ貴族・皇族達より高い中央の通路を灰色(・・)のマントを羽織った人物が悠々と歩き、玉座の前で振り返る。

 

 神聖ブリタニア帝国第99代皇帝、オデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 そして後ろを追従し、玉座の斜め後方に控える姫騎士―――否、ユーフェミア・リ・ブリタニア。

 色々な視線をその身に受け、優し気な笑みを浮かべたまま玉座に腰かけたオデュッセウスは心より思う。

 

 …どうしてこうなったし。私はのんびりしたいだけなのに……と。




 読んで下さった皆さま。
 本当にありがとうございます。
 また感想やメッセージ、誤字報告をして下さった皆さま。
 誠にありがとうございます。
 2016年十月九日よりスタートしたこの作品ももう二年が経過し、残すところあとニ、三か月(順調にいけば)で完結というところまで来ました。
 これも読んで下さる方がおり、感想やメッセージで応援、誤字報告で助けて頂いたおかげです。
 感謝するばかりです。
 また来年もこののんびりライフを宜しくお願い致します。

 では、皆さま良いお年を迎えられますよう。
 そして幸多き年である事を祈って。

 また次回。

 次回投稿予定は一月十三日(早ければ六日に)です。


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第108話 「新皇帝により」

 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 と、新年早々一時間の遅刻。
 申し訳ないです…。


 「皇帝なんて嫌だぁ…」

 

 ソファに突っ伏したオデュッセウスは気怠さ全開で呟いた。

 デスクに山積みにされた書類にうんざりとした視線を向け、そっと目を逸らして顔をうずめた。

 父上に反旗を翻して計画をぽしゃらせたのは良かったのだけど、そのまま私が皇帝になるなんて聞いていないよ。そりゃあ反乱を成功させれば皇帝の座は空席になる。私はギネヴィアかシュナイゼルが座るものだとばかり思っていたら全員が私を推してくる。結果私が皇帝の座につくことに…。

 

 どうしてと疑問に思ったけれども皇族間のまとめ役が行え、軍部にも技術部にも顔が利き、各エリアからの支持も厚い。

 ギネヴィアから説明されて納得した。

 そりゃあ皇帝になるよねぇ…と。

 ――だが、のんびりライフを諦めた訳ではない。今は出来ないだけで…。

 

 「あぁ…眠い…」

 

 最近というか皇帝になってからの一か月は忙し過ぎた。

 まずユーフェミアの汚名を雪ぐことも考えて皇帝補佐官として皇族復帰。

 勿論反発の声が挙がったが【エリア11で起きた虐殺事件の首謀者はシャルル・ジ・ブリタニアであり、ユーフェミアは知らずに利用されただけ】と公式に発表。理由などはルルーシュと父上様が用意したものをそのまま使ったので説得力が高い。

 ルルーシュはゼロとしての仕事があるから黒の騎士団へ。父上は今後の予定があるのでカンボジアへと向かわれ、ユフィの汚名を晴らす――否、汚名を埋める手伝いを行うのは私の役目となった。

 

 ブリタニアとエリアの住民との差別&格差を無くすためのナンバーズと名誉ブリタニア人制度の廃止。

 領土を示すためにブリタニア領を最初に付けないといけないが各エリアを番号で呼ばずに国名で表記する事。

 各エリアのゲットーの復興事業。

 最終決定権はブリタニアが持った各エリアの自治権の回復と防衛隊の創設。

 などなど周りからしたらナンバーズびいきと言われても仕方がないが、ナンバーズに不信感を持たれた虐殺事件を塗り替えるとなればこれぐらいやった方が良いだろう。

 これらは全部皇帝補佐官のユフィが発案し、私が許可した形で配布した。

 実際は私の案なのだけれど別に私の名を売りたい訳でもないし、大事な妹が救われるなら例えナンバーズびいきと言われようがどうでも良く感じる。まぁ、ブリタニア人向けの何かを行わなければならないのも事実だし、その辺はもう少しして考えるとしよう。

 

 あー…そういえばユフィが提案した案が一つあった。

 “エリア解放案”

 簡単に言うと多数決を取って過半数を超えれば帝国からの独立を行えるというもの。

 勿論租界の住人や企業には手出しさせない条約は結ばせた。

 

 多くの貴族が馬鹿なことを――と思っていたらしいが存外に馬鹿に出来ない。

 法案を発表すると同時にブリタニアを良く思わないエリアが独立の為の決議を取った。街頭演説で自由な国家を!誇りある我らの暮らしを!と自治代表たちは独立の機運を高めて民衆を独立へと導き、各エリアは瞬く間にブリタニアから独立した。

 が、独立したのは良いが廃墟となった街の復興に貧困にあえぐ市民への施しなどなど出来上がったばかりの代表たちにこれらの問題を解決することは不可能だった。お金も無いしね。

 そこでどこかの国が縋ったのは合集国。

 ブリタニアに匹敵し、ブリタニアを好まぬ国ならば同じ自分達を助けてくれるだろうと…。

 

 結果は満場一致で受け入れの拒否。

 何故ならば一国が合集国に入り支援を施せば、他の国も俺も私も僕もと支援を求めて来る。それらすべてを救う事は合集国とて出来ない。

 今まで以上の貧困に喘ぐことになった彼ら・彼女らは独立の機運を作り出した代表団を糾弾。怒りを露わにした民衆が暴徒となって租界の裕福なブリタニア企業を襲い出す。

 その前に租界のブリタニア市民はブリタニア大使館に退避。各企業は貧困に喘ぐエリアの住民の為に炊き出しや支援を行い恩を売り出した。

 最終的に独立したエリアは代表人が入れ替わり、ブリタニアの元に戻ってきた。

 反ブリタニア精神を露わにしていたエリアが親ブリタニアとなって帰って来たのだ。

 狙ってやっていたのなら策士なのだろうが、ユフィは今まで縛っていたブリタニアから解放されたいのなら解放してあげようとしか思っていないのだから…。

 ちなみに優し気に支援を行った各企業への根回しは私が行いました。根回しと言っても助言と支援の半分の資金を払ったぐらいだ。しかし企業のトップたちは強かだったな。暴動が起こって襲撃されるかも知れないと聞いといて「良い企業の宣伝になる」なんて言い出す者も居るんだからなぁ。

 

 「んー…駄目だ届かん…」

 

 ソファの前にある長机に乗せてあるコーヒーを取ろうとしたが手が届かずに諦める。

 終えた仕事も多いが終えてない仕事が圧倒的に多すぎる。

 このまま寝る訳には行かないのに身体が動かない。

 いっその事寝てしまおうかと思いもするが、あとでレイラが怒るのでストップがかかる。

 

 新皇帝となって新しい動きを見せると案の定反対勢力が生まれた。

 ナンバーズに差別的な貴族達に私を皇帝と認めたくない旧皇帝派。

 私には人望こそあれど、人々の心を鷲掴みにするようなカリスマ性は持ち得なかったという事だ。

 父上が動くとそれに呼応して貴族達やその私兵、軍部の一部が帝国から姿を消した。

 これに関しては予想通りというか父上が後の憂いを断つために動いたのだけれども……。

 

 “ナイトオブワン”ビスマルク・ヴァルトシュタイン、“ナイトオブツー”オイアグロ・ジヴォン、“ナイトオブスリー”ジノ・ヴァインベルグ、“ナイトオブフォー”ドロテア・エルンスト、“ナイトオブファイブ”オリヴィア・ジヴォン、“ナイトオブナイン”ノネット・エニアグラム、“ナイトオブテン”ルキアーノ・ブラッドリー、“ナイトオブトゥエルブ”モニカ・クルシェフスキーとラウンズのほとんどが専属部隊と共に皇帝に付いて行ったのは痛かったな。

 ビスマルクは理解出来る。

 オイアグロにはついて行くように(・・・・・・・・)言ったからそうしたまで。

 ジノとノネットはシュナイゼルが連れて出て行ったとの報があるのでシュナイゼルの考えによるものなのだろう。

 オリヴィアは……本当になんでか分からない。

 そして帝国に残るラウンズはアーニャのみ。

 スザク君はユフィ復帰と共に騎士に戻らせた。

 

 なんにしてもラウンズやロイヤルナイツも抜けた事で軍部が混乱している。

 今はコーネリア達に任せているがあとひと月、いや、二週間と持つかどうか。それまでに掌握したいものだがそこまで手が回らない。ギネヴィアは内政を任せているし、他に軍部や政治に強い弟妹と言えばシュナイゼルとマリーベルだけれどもシュナイゼルは先のようにジノとノネットを連れて理由も告げずに姿をくらました。マリーベルは各エリアのほうを任せて軍までは手が回らないだろうし。

 あぁ、やる事が山のようだ。

 けど眠い…。

 おや、誰か来たね。

 ギネヴィアだろうか?それともコーネリアかな?

 あぁ、起きないと…でも眠い。

 ギアスで状態を―――駄目だ。私のギアスはコントロールしないとどうなるか分かったもんじゃない。

 目が覚めたら赤子だったなんてシャレにもならない。

 

 意識が…遠のいていく…。

 ……シュナイゼル…何処に行ったんだい…。

 

 オデュッセウスはソファに転がったまま夢の中へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 青空が広がる大空を見上げながらユーフェミア・リ・ブリタニアと枢木 スザクは草をクッションにして並んで横たわっていた。

 暖かな太陽の光を浴び、穏やかな気持ちのまま腕を伸ばす。

 こつんと指先が隣のユフィに触れると心がホッと落ち着く。

 

 「どうしましたスザク」

 

 安堵した表情を浮かべてユフィを見つめていたら微笑み返された。

 くすぐったい程純粋な瞳に魅せられ何処か恥ずかしくなる。

 

 「いや、本当に君が生きていてくれて良かった」

 

 心の底からそう想う。

 ブラックリベリオン時に彼女が死んだと聞いた時は我を忘れるほど悲しみ怒った。

 ゼロがルルーシュと分かっていても殺そうとするほどに。

 彼女が居たから僕は歩き出せた。 

 光を見出すことが出来た。

 父を殺した時から死に場所を探すように自身の命を死地に追いやり、誰かの為に死のうなどと考えていた僕に未来を与えてくれた。

 ユフィはそんな大仰なことではないと否定するかも知れない。

 それでも僕は彼女に救われ、彼女に惹かれている。

 

 だからそんな彼女を失ってから僕は酷いありさまだった。

 ルルーシュの言葉に耳を傾けず、ラウンズ入りを叶える為の手柄として皇帝陛下に突き出した。

 白ロシア戦線では今までのような人を殺さない戦いでなく、敵を倒すための戦いを行った。

 多くの人間を殺し、僕は屍の上を歩き始めた。

 

 時折夢を見る。

 無数の人の死体を築き上げた地に立ち、怨嗟の声が押し寄せて来る。

 どうしようもなく耳を塞ぎ蹲り、ぎゅっと瞼を閉じていると肩をポンと叩かれる。

 恐る恐る瞼を開けて振り返ると暗闇の中にルルーシュと父さんが立って居て…。

 

 ―――よくも儂を殺したな…。

 ―――よくも俺を売ったな…。

 

 二人の顔を見る事が恐ろして俯くとそこには血みどろのユフィの亡骸が…。

 

 そんな夢を見始めたのは僕の――俺の手が血で汚れ始めてからだ。

 否定はできない。

 もう僕の手は血で汚れ切っている。

 だけどもう汚れる事は恐れない。恐れて大事な誰かを失うのはもっと怖いから…。

 

 神根島からお戻りになられた殿下は何度か見た程度の姫騎士と僕を連れてペーネロペーの一室へと案内された。

 どういう意図か把握できないままついて行くとそのまま二人っきりにされ、姫騎士が仮面を外した時には思考が追い付かずに頭が真っ白になった。

 

 優しく僕の名前を呼ぶ死んだはずのユフィがそこに居た。

 嬉しさや驚きが一気に高まり、涙が溢れ出して困らせてしまったっけ。

 ひとしきり泣いた僕は涙を拭った手を見て彼女に触れる事すら躊躇った。

 こんな血に塗れた手で触れていい訳はない。

 そんな思いが態度や雰囲気、表情に現れてしまいユフィが気にかける事になった時は、前にルルーシュがお前は感情が顔に出やすいから賭け事には向かないなと言われたのをふと思い出してしまったよ。

 ユフィは僕の想いを聞いて困ったように笑い、両手で僕の手を包み込んだ。

 やはり彼女は輝かしく眩しい太陽のように僕を照らしてくれた。

 こんな僕でも共に居たいと言ってくれるのだから。

 

 心の奥底から思った言葉をユフィはクスリと微笑んだ。

 

 「もう、スザクったらそればっかり。でも私も良かったと思っているの。またスザクと一緒に居られるのだから」

 

 触れた手を握られ彼女の体温を感じながら今のこの幸せを噛み締める。

 二度と手放さない様に…。

 

 

 

 

 

 

 私、ニーナ・アインシュタインは困惑している。

 以前より進めていた帝都ペンドラゴンの防衛手段計画【アイアスの盾】も順調に進み、今は対フレイヤ用の兵装を組み立てている。ロイドさんにセシルさんの手助けも受けながら順調…とは言えないものの何とか理論だけは出来上がった。

 その詳細を記した書類を殿下――いえ、陛下にご覧頂こうと来たのだけれども…。

 

 ソファに転がって安らかな寝息を立てているオデュッセウス陛下。

 

 これは書類を置いて帰った方が良いのだろうか?それとも起こした方が良いのだろうか?

 でも最近は忙しそうに脱走もせずに籠りっきりってレイラさんが言ってたから相当疲れが溜まってたんだろうし、あんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こすのは悪い気がする。

 そっとデスクの上に書類を置いて部屋を後にしようとするが、どうしても気になって足が止まってしまう。

 そのまま寝るにしてもなにかしら掛け物でもしといた方が良いだろう。風邪なんかひいたら大変そうだし。

 

 デスク前の椅子に毛布が掛かっており、それを手に取ってオデュッセウスが寝ているソファに音を立てない様に近づく。

 ゆっくりと起きない様に毛布を掛けるとピクリと反応して横を向いていた顔が上を向く。

 あまりに気持ちよさそうな寝顔を見ているとちょっとした出来心から携帯電話を取り出した。カメラ機能へ切り替えてすかさず一枚撮った。

 あとでアールストレイム卿かユーフェミア様に見せようとふと思っての行動で、カメラのシャッター音が鳴るのをすっかり忘れてしまっていた。

 自分の迂闊さに後悔していると瞼を擦りながら陛下の瞼が開いた。

 

 「あ、あの…お疲れの所すみません。その…書類をデスクにお持ちしましたので…えと」

 

 慌てて携帯を隠しながら本来の要件を伝えるが、寝起きだから焦点があってないのだろう。

 眠気眼の陛下は眉にしわを寄せてこちらをじっくりと見つめて来る。

 多分だが私が誰だか判別も付いていないのだろう。

 むくりと腕が動いたと思ったら頬を優しく撫でられた。

 

 「…おはよう」

 「――――っ!!おおおおお、おはようございます」

 

 認識しようとしていたのもあって顔が妙に近い。

 一気に身体中の体温が沸騰したかのように熱くなるのを感じる。

 こんなところを誰かに見られたら…。

 

 「――陛下。新たなロイヤルナイツのリスト案を……」

 

 ノックして入って来たアールストレイム卿と目が合いお互いに硬直する。

 何故陛下の返事もなく入って来たのかとか思ったが私も別に気にせずに入って良いよと言われていたのでそのまま入室したんで人の事は言えない。

 そんな事よりこの状況をどういったものかと思考をフルで働かせていると唇に人差し指を当てて静かにしているようにと指示される。

 寝ぼけていた陛下はこてりと再び眠ってしまったようだがアールストレイム卿には好都合だったらしい。

 ソファに腰かけて陛下の頭を軽く上げて膝の上に乗せる。

 流れるような動作に呆気に取られていると携帯を渡され、言われるがまま写真を撮った。

 

 「あのぉ…良いのでしょうか?こんなことして…」

 

 オデュッセウス陛下の事だから別段何も言わないと思うが、これって傍から見たら陛下で遊んでいるとして不敬罪で訴えられるのではと考えが過るがどうなのだろうか?

 

 「――バレなければ問題ない」

 「さっきの写真をアップしたらバレるのでは」

 「――言い直す。バレても大丈夫」

 「いえ、そうではなく…」

 「――?あぁ…心配しなくても良い。次は貴方の番」

 

 撫でり撫でりと陛下の頭を撫でていたアールストレイム卿はゆっくりと頭をソファへと降ろし席を譲って来た。

 どうしようと悩む間もなく押されるがまま座らされ、そのまま膝の上に陛下の頭を置かれ、緊張のあまり固まるがそれでは絵にならないと手を陛下の頭へと置かされふわりとした感触が掌から伝わってくる。

 短いながらもさらさらとしつつ多少癖のある髪が指に微かに絡み、なんとも心地の良い感触を知らず知らずに楽しみ始めてしまう。

 気付くとアールストレイム卿に一枚撮られ、自分がやってしまった事に後悔する。

 

 これは不味い。

 非常に不味い。

 私とギネヴィア皇女殿下は仲が悪い。

 ブラックリベリオンで私を落ち着かせる為とはいえ抱き締められた事を知ってか、態度があからさまに威圧的なのだ。

 オデュッセウス陛下直属の技術士という事で実害はないが、はっきり言って目が怖い。

 あの鋭く冷やかな視線が自身を捉える度に背筋が凍り付く感覚を味合わされるのだ。

 

 もしもギネヴィア皇女殿下の耳にこの事が入れば…。

 ゾッとして背筋が震え、今度は体温が下がって行くのを感じる。

 

 「――どうしたの?」

 「こ、この事がギネヴィア皇女殿下に知られたら私…」

 「――それも問題ない」

 

 震える私に突き出されたアールストレイム卿の携帯画面には私とアールストレイム卿がオデュッセウス殿下を膝枕している画像が掲載され、【皇帝陛下執務室で膝枕の写真撮影中】とサブタイトルが貼られていた。

 ほどなくして扉が勢いよく開かれ、よほど急いで駆け付けたであろうギネヴィア皇女殿下が肩で息をしながら姿を現した。

 その後は私たちと同じように写真を撮り、見た事の無い穏やかな表情で陛下を撫でながら「私の兄上は~」と自慢話に付き合わされながらお茶をした。

 ……これは仲良くなれたと思ってよいのだろうか?

 入った時より困惑するニーナは満面の笑みを振りまきながら語り掛けるギネヴィアの話を聞きながら相槌を打つのであった。

 

 

 後日、アーニャのブログを見たオデュッセウスはいつの間に撮られたのだろうと首を傾げるのである。




 この調子でいけば早ければ二月後半。
 遅ければ三月中旬ごろに終わりそうです。


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第109話 「戸惑う新皇帝に動き出す旧皇帝」

 メルディ・ル・フェイはにっこりと笑みを浮かべて、キョトンとした表情を晒してながらもお茶をしているオデュッセウス・ウ・ブリタニア皇帝陛下と対面する。

 本日は新皇帝になったオデュッセウス陛下に取材を申し込み、忙しい中お時間を作って頂いたのだ。

 特に今日は超合集国との会談が日本であるから本当に忙しいのだ。

 それでも時間を作って下さったのはユーロピアでの一件を私が知っている事もあるんだろうなと思う。私自身それをチラつかせながら約束を貰ったのだからずるいやり方をしたと反省している。後悔はそれほどないけれど。

 私はフリーの記者として自身の好みの情報に跳び付く。

 その好みの中にはオデュッセウス陛下関連の事も入っており、今日は陛下として短い期間で成した、成そうとしている件やネットで騒がれている噂の取材を行う。噂の方は凡そ理解しているので反応を見てただけであるが…。

 私と陛下を除いて室内には唯一のラウンズであるアーニャ・アールストレイム卿が陛下の護衛として待機しているのと、私が連絡して来て頂いたギネヴィア・ド・ブリタニアとニーナ・アインシュタインの計五名がソファに座っている。

 親衛隊長であるレイラ・マルカル大佐もいつもなら居る筈なのだが、今日に限っては席を外している。というのも日本に向かう準備や向こうでの警備計画を確認に確認を重ねたうえで最後の見直しなどを行っているのだ。

 護衛も日本に同行するアールストレイム卿がついているので陛下が作業に集中できるように出航までペーネロペーでの待機にしたそうだ。

 取材を行っている最中の陛下は返事を返しつつ僕の横に並んで座っているお二方を不思議そうに見つめている。

 隣に座っているのはカタカタと震えながらずっと俯いているニーナ。そしてその横から凍てつくような視線と威圧感をニーナに放っているギネヴィア。

 このまま放って置くのも可哀想ですし、そろそろ話を進めるとしましょうか。

 

 「さぁて陛下。最後にちょっとした噂を伺ったのでお聞きしたいんですけど」

 「なんだい噂って」

 「ニーナさんと恋人という噂が――」

 「ぶふぉ!?」

 

 紅茶に口を付けた陛下は吹き出し、カップ内は荒れて陛下の顔面に飛び散る。

 小さく咽ながら困惑しながら俯きつつ真っ赤になったニーナを見つめ、焦りながらこちらへと視線を戻す。

 ふむ、陛下は原因を知っている筈なのにお気づきでなかったと。

 やっぱり面白い反応が見えました。それとギネヴィア皇女殿下の周りだけ気温が下がったような気がしますね。

 

 「ちょちょちょ!ちょっと!どういう事?」

 「あれ?アールストレイム卿のブログ見てないんですか」

 「・・・目を逸らさずに説明を」

 

 全員の視線が集まったアーニャはそっと明後日の方向へと顔をそむける。

 ジトーと見つめていた陛下は懐より携帯を取り出しブログを確認しようと検索し、画面を睨むように読み始めた。

 内容は簡単だ。

 全く情報の無い女の子に膝枕されている事から冗談交じりで噂が広まったのだ。

 納得はするだろう。

 なにせ何の情報も無い女性と膝枕など噂の種だろう。

 

 「陛下はガードが甘すぎるんですよ。それといろんな女性に手を出し過ぎです」

 「兄上!?それはどういうことですか!!」

 「違ッ!誤解を招く発言は控(ひか)えてくれるかい」

 「同じ画像を上げているのにニーナさんだけ取り上げられたのは知名度の違いです。アールストレイム卿もギネヴィア皇女殿下も知名度が高く両者とも仲が良いのは情報を発信していますが、ニーナさんはただの技術士官という事で知名度も低く、陛下と仲が良いという情報はネットの中には上がっていません。しかも調べられたとしても18歳の子が陛下直属の技術士官入りしているとしたら憶測で勘繰る者も出てきます。そこんところよく考えないと情報が拡散しやすい現代社会では訂正も難しいんですから」

 「あれは私が知らない内に……いえ、すみません。返す言葉も無いです」

 

 オデュッセウス陛下ががっくりと肩を落とすとニーナも申し訳なさそうにする顔を青くする。

 このままだと空気が重くなったまま。

 クスリと微笑みながらメルディは少し悩んでニーナへと視線を向ける。

 

 「ニーナさんはどうなのかな?」

 「は、はい!?」

 「陛下と恋人疑惑掛けられた相手としては」

 「そんな…私となんて…」

 「勿体ないって感じですか。なるほど――嫌ではない。寧ろ好ましいと」

 「人の心を読まないで下さい!」

 「ほぅ、当たっていましたか」

 「はぅ!?」

 

 いつになく声を荒げて立ち上がったニーナはハッと我に返って肩を窄めて腰を下ろす。

 若干俯いて申し訳なさそうにしているが表情は何処か嬉しそうであった。

 

 「噂とは言え本当に勿体ない話です。陛下は自身の身を顧みずに河口湖で助けて下さったり、人種差別することなく誰にでも手を差し伸べる事が出来る心が強く、お優しい方なんです。

  私には無い物をいっぱい持っている雲の上の人なんです。だから私となんて…」

 「そう自分を卑下するのは良くないよ」

 「陛下?」

 「十人十色。君が出来ない事を私が出来るようにニーナ君にしか出来ない事があるんだ」

 「そんな!私なんかが陛下に出来ない事が出来るなんて」

 「現にこの世界(・・・・)には無かったエネルギー生成技術を生み出したじゃないか」

 「この世界?」

 「……この…コホン。今までなかった新技術を作り出す事なんて私には出来ない。おかげで帝都の“アイアスの盾”も完成することが出来たんだ。誰にも成し得なかった偉業を成したのだから君は胸を張るべきだよ。私なんかではなく私だから出来たのだと」

 

 微笑みを浮かべた陛下のお褒めの言葉にニーナは余計に俯いて表情を伺うことは出来ないが、耳が真っ赤に染まった事でどういう想いなのかは手を取るように理解できた。

 

 「さて、そろそろ時間だね。私は行くよ」

 「はい。取材を受けて下さりありがとうございます。道中お気をつけて」

 「ありがと。行ってくるよギネヴィア。ニーナ君」

 「え、えぇ、私も後程向かいますので…」

 「い、行ってらっしゃいませ…」

 

 陛下とアールストレイム卿が退室するのだがギネヴィア皇女殿下の反応に違和感を覚える。

 ニーナは恥ずかしがってはにかんでいるのは分かる。

 しかしギネヴィア皇女殿下が言い淀んだのがおかしい。

 僕が知っている皇女殿下なら冷たさを一切感じぬ優し気な笑みを浮かべて送り出すはずなのだ。

 それなのに皇女殿下は眉を潜めている。

 

 「…メルディ」

 「はい、なんでしょうか」

 「今さっき…兄上は微笑んで(・・・・)いたかしら?」

 「え?普通に微笑んでいましたが…」

 「そう…そうよね。おかしなことを聞いたわ」

 

 どこかしっくり来ていなさそうなギネヴィア皇女殿下が退席し、見送ったニーナに続いて部屋をあとにしようとした時ふとある事に気が付いた。

 

 あれ?陛下の出発時刻って一時間も先では…。

 

 首を傾げつつメルディは次の取材の現場。

 日本へ向かおうと民間の飛行場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 これは歴史的な瞬間なのだろう。

 紅月 カレンは他人事のように眺めていた。

 急遽設置されたフェンスに囲まれているアッシュフォード学園校舎前で、神聖ブリタニア帝国皇帝オデュッセウス・ウ・ブリタニアと黒の騎士団CEOのゼロが対面し、メディアのカメラマンに見えるように握手を交わしている。

 世間的には敵対関係だった両者(ゼロとブリタニア)が手を取り合い、平和への道を歩み始めたように見えるのだろうが、事情を知っているだけになんとも微妙な心持ちだ。

 どうもオデュッセウスはブラックリベリオン直後からこの展開を狙っていた節がある。

 私達が逃亡生活していた際に会った奴は何やら思わせぶりな台詞を言ったり、助言をくれたりした事にも思う事があったが今となればすべて予想していた事なのだと理解する。いや、そうなるように手も貸していた。

 協力者のマオに反ブリタニア勢力の捕虜とされていたネモ、さらに弟役として記憶を書き換えられたルルーシュの監視をしておきながらあっさりと黒の騎士団入りしたロロ。人員もさることながら千葉中尉の月下を改造した月影をゼロに渡るように手配したりとブリタニアとの戦力の格差を埋められるように計らっていた。

 事が判明したのはオデュッセウスとの契約を終えたネモがマオとロロと共にゼロに伝えた事が原因だ。

 どうもネモはオデュッセウスに協力すれば自由を手に入れられるという契約の下で働いていたらしく、神根島の一件でそれも終了したとの事で一時戻って来るようにと通達されたとか。

 マオはC.C.と一緒に居たいから残ると言い、ロロはどうするべきか悩んで今は保留という形で黒の騎士団に在籍している。

 

 マッチポンプと言うと全てをアイツに操られていたみたいで癪だから否定する。

 この結果は私達が勝ち取ったものだ。

 しかし助力を得ていたのは事実。

 この事は私とゼロ、C.C.の三名しか知らない。もしも他の誰かに知られたら悪い方に話が進むだろうし、千葉中尉の耳に入ればどうなる事か…。

 

 そんな二人(ブラコン兄弟)が握手しているとしか認識できないカレンは警備の為にゼロの側で控えている。

 向こうも親衛隊が周囲を警戒しているが当の護衛対象はのほほんとしたものだ。

 

 ディートハルトからの報告で日本近海に多くのブリタニア軍が動いている事が分かっている。

 その多くが皇族連中で、ゼロは――ルルーシュは色々考えた後にため息交じりに「血縁ながら呆れるほどのブラコンだな」と呟いていた。

 つまりそういう事なのだろう。

 動いた者らはオデュッセウスが心配し過ぎてギリギリまで動いている。

 私からすればルルーシュも含め皇族にはブラコンとシスコンしかいないという認識に至った。

 

 「この会議でブリタニアと共に歩めることを強く願おう」

 「私もそうありたいと思ってますよ。ところで暫し学園内を歩いても。少し落ち着かなくて…」

 「構いませんが」

 「ありがとうございます。レイラ達は先に会場で待っておいて」

 「この場で護衛を外すのは――」

 「私はゼロと話があるんだ(・・・・・・・・・)

 「――――畏まりました」

 

 納得せざるを得なかったレイラは親衛隊やアーニャと共にその場で待機し、オデュッセウスはゼロに続いてクラブハウスの方へと足を進める。私も遠慮した方が良いのか?それとも護衛として付いて行った方が良いのかと悩みながらも付いて行く。

 別段何も言われないという事は良いのだろう…か?

 

 「いやはやすまないね。会議前だというのに緊張しちゃって…」

 「兄上。ここは会議に使う予定がなかったので警備の都合上チェックはしましたが盗聴の類はさせてません」

 「ん?という事は何か公に出来ない話をするという事かい?」

 「いえ、そういう訳ではないのですが―――顔色が優れないようですが何かあったのですか?」

 

 クラブハウスに入ってあははと乾いた笑いを漏らしながら呟いたオデュッセウスにルルーシュは疑問をぶつけた。

 顔色が優れないと言ってもいつもと変わらない様にしか見えないカレンは凝視するが、どう見たって顔色が悪いようには見えない。

 けれどフリーズしたようにびしりと固まった事から心当たりはあるのだろう。

 一応皇帝になった男がこうも分かり易い反応を見せるのは如何なものかと今更ながら思ったが今はどうでも良いか。

 関節が錆びた人形を無理やり動かすようなぎこちなさを見せながらオデュッセウスはゆっくりと振り向く。

 

 「……分かる?」

 「えぇ、分かりますよ」

 「ごめん。私全然分からないんだけど」

 「馬鹿な。見れば解るだろう」

 「あー、皇族特有のブラコンフィルターでないと見えないのね」

 

 それは分からない筈だ。

 抗議の視線をシスコン(ルルーシュ)から受けるが無視してそう納得する。

 そう納得するしか話も進まないだろうし。

 隠していたのかバレてがっくりと肩を落としたオデュッセウスは階段に腰を下ろして俯いた。

 

 「はぁ…感情のコントロールって皇帝だったら必須だよねぇ…。いつも通りしているつもりだったんだけど」

 「大丈夫だと思うわよ。一般人には違い解らないから」

 「それはそれで弟妹に心配をかける事になるってこと。シュナイゼルみたく仮面を使いこなせれば……いや、無い物強請りしてもしょうがないか」

 「それでどうしたのですか?兄上が表情に出すほどの事です。助けられるかは分かりませんが協力は惜しみませんよ」

 

 ルルーシュの言葉に悩みながらオデュッセウスは重い口を開けた。

 

 「ニーナ君の言葉を聞いてからざわついて落ち着けないんだ」

 「「はぁ?」」

 

 どういう事だと首を捻る二人にオデュッセウスは出発前にブリタニア本国であった話を手短に、そして端的に、重要な所は出来るだけ詳しく話して頭を抱える。

 つまりニーナに自分が褒められたうえに勿体ないと言われたが好ましい的な発言を貰って胸がざわついていると…。

 

 「なんなんだろうかこの胸のざわめきは…」

 「ねぇ、ルルーシュ。私何となく分かったんだけど」

 「奇遇だな俺もだ」

 「「恋でしょ(だな)」」

 「ふぁ!?」

 「もしくはそういう感情を意識して受けた事がないか…かな」

 

 朴念仁のルルーシュにまで指摘されたオデュッセウスは素っ頓狂な声を上げた。

 にしてもシャーリー……よくこの朴念仁に恋愛に気付けるぐらいに成長させたわね。

 良くも悪くも優し過ぎるところがあったからそういう感情を向けられたらどう対処したら良いのか分からないというのが近いのだろう。

 初心な少年みたいな反応をする三十二歳のオデュッセウスに呆れ顔を向け苦笑いを浮かべる。

 

 「まさか自分で気付いていなかったの?」

 「兄上とて今まで好きになった女性は居るでしょう?」

 「勿論いるさ。ギネヴィアにコーネリア、ナナリーに…」

 

 あれ?何かがおかしい。

 次々に名前が挙がるのはオデュッセウスの妹か身近な女性。中にはアッシュフォード学園のメンバーも入っていた。

 もしかしてというかまさか…。

 

 「ちょっと待ってよ。もしかして人を好き(・・)になったことがないの?」

 「へ?いや、だから好きな女性は――」

 「違う違う。私達が言っているのはlikeじゃなくてloveの話」

 「つまり愛した事が無かったって事か?」

 「もしかして初恋も無かったんじゃない」

 「そんな事……………あれ?」

 

 否定しようと思い返したオデュッセウスは否定する材料がなかったのか首を捻る。

 それも鑑みて色々理解し、納得したのだろう。

 見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていく。

 

 「どどどど、どうしよう!?」

 「落ち着きなさいよ。あんたはどうしたいのよ」

 「こんな取り乱した兄上は初めて見たな」

 「いやさ、それよりこの後の神楽耶様達との会議大丈夫なの?」

 「だいじょばない!どうしようルルーシュ」

 

 わたわたと慌てるオデュッセウスを落ち着かせようとし、ルルーシュの提案で恋愛に詳しい(と思っている)シャーリーに相談をすることに。

 そして何故かエールを送られてパニックに陥るオデュッセウスを治める方がラウンズを相手にするより大変だという事を知るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ビスマルク・ヴァルトシュタイン。 

 帝国最強――否、今や元帝国最強の騎士は静かにモニターを見つめていた。

 モニターに映し出されるは黒の騎士団が警備をしているアッシュフォード学園に到着し、若干疲れが見えるが優し気な笑みを浮かべたオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 父親であるシャルル陛下の座を奪い、夢を潰えさせ、ナンバーズびいきなどと言われながらも皇帝を務める男。

 

 「相も変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべていらっしゃる」

 「言葉が過ぎるぞブラッドリー卿」

 「過ぎるも何も我々はシャルル皇帝陛下に従う者。ならばアレは敵でしょう。ならば敬意を払う必要は無いと思いますが?」

 

 ニヘラと挑発的な笑みを浮かべるルチアーノ・ブラッドリー。

 何がシャルル皇帝陛下に従う者だ。奴はただ単に気にくわなかったオデュッセウス殿下を殺せる機会に跳び付いただけだろうに。それにシャルル陛下に真の意味で従っている者は私を含めても二人しか(・・・・)いない。

 他の者は利用されている駒でしかないというのに。

 視線からブラッドリーを外したビスマルクは周囲に見渡す。

 

 この通信兵と通信端末に各部調整用のコンソールが集中する指令室にはシャルル陛下に付き従う騎士が勢揃いしていた。

 騎士として仕えた誇りを胸に集まったドロテア・エルストンにモニカ・クルシェフスキー。

 シュナイゼル殿下と共に合流したノネット・エニアグラムとジノ・ヴァインベルグ。

 ある者との決着をつける、もしくは帝国を見極める為に参加したオイアグロ・ジヴォンとオリヴィア・ジヴォン。

 帝国最強と謳われるラウンズの精鋭たち。

 そして若くから宰相として帝国の頭脳となり、政治でも軍事でも強みを発揮したシュナイゼル・エル・ブリタニア第二皇子。

 早々たる面子に十分な戦力に兵力。

 我らが行うのは帝国に反旗を翻した不埒者の粛清という大義名分を掲げた道化。

 陛下の夢が潰えたとしても騎士として最期まで付き従うのが道理だろう。

 

 「ローゼンクロイツ伯爵と私兵部隊収容を完了致しました」

 「これで準備は整ったかぁ」

 

 指令室の扉が開きシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下が入られる。

 全員が作業を中断して席に座られるまで頭を垂れる。

 

 「報告をせよビスマルクよ」

 「ハッ、現在ローゼンクロイツ伯爵を収容して全ナイトメアフレームの格納を確認したところでございます」

 「基地の方はどうした?」

 「データは消去し、施設は隈なく爆破して我らの痕跡は塵一つ残りません」

 「良かろう。なら出航致せ」

 「イエス・ユア・マジェスティ」

 

 下げていた頭を上げてビスマルクは兵士達に聞こえるよう声を張る。

 

 「これより我らは不当な手段で玉座を掠め取った不埒者共を討ちに行く。出港準備をせよ!!」

 「外部偽装解除します」

 「各システムチェック」

 「エネルギー回路順調に始動しています」

 「フロートユニット起動を確認」

 「各ブロックに異常なし」

 

 兵士達が急ぎながら慌てず作業を行っている。

 指令室まで届く揺れを感じながらビスマルクは作業を眺めながらただ待つ。

 外部からの揺れは収まり、今度は内部が揺れる。

 続いて感じたのは僅かながらの浮遊感。

 全ては順調に進んでいるようだ。

 

 「全システムオールグリーン!いつでも行けます」

 「陛下。ご命令を」

 「うむ、ダモクレス浮上!目標――神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴン!!」

 

 何故シュナイゼル殿下がこちら側についたのか疑問は残るものの、カンボジアの大地から離れ、超大型空中要塞ダモクレスはその姿を晒し、空へとゆっくりながら浮上して行く。

 多くの兵士、多くのナイトメア、そして現在生産出来たフレイヤ弾頭を抱えて…。



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第110話 「天空要塞ダモクレス」

 戦場は大好きだ。

 武器を持っていようが持っていないとしても、戦場に立ってしまえば年齢も性別も立場も人種などもまったくもって全てが意味を成さない。

 単純かつシンプルに生きるか死ぬかの世界。

 高尚な理想を掲げる者。

 大切なものを守ろうと立ち上がった者。

 お金を得るために戦争を生業とする者。

 軍の命令に従って何の利用も無く戦う者。

 非現実的な理想や自身を漫画のヒーローのように思い込んで飛び込んで来た者。

 

 私はそんな千差万別の意志思想を孕んだ者らを殺すのが好きだ。

 まるで聖人君子のような言の葉を吐く者も、悪の帝王のような悪意を纏う言動を述べる者も私は殺して来た。

 皆が言うのだ。

 その澄ました表情を、悠然な表情を、憮然とした表情を、凛とした表情を歪ませて一心不乱に“殺さないでくれ!!”“止めてくれ!!”“助けてくれ!!”と心の底から恥や外聞を投げ捨てて懇願する。まるで祈りを捧げるように。

 私はその叫びを耳にし、命を狩り獲るのが大好きだ。

 別に拷問するのが好きだと言っている訳ではない。

 人間は命を奪われる際こそ輝きを、本質を曝け出す。

 今まで心や理性や臓物や肉体で覆っていた本性が殻を破って現れる。

 そんな瑞々しい果実のような本性を私は喰らう。

 ちまちまと食べるのではなく一思いにかぶりつくのだ。

 この瞬間こそ私の至福の時なのだ。

 しかし楽しい時や喜ばしい時間というのは瞬間的なものでそう長くは続かない。

 だから至福を得るために次の獲物を、次の果実を、次の戦場を求める。

 

 ゆえに私はアイツが好かない。

 神聖ブリタニア帝国皇位継承権第一位のオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子。

 いや、今はもうオデュッセウス陛下か。

 呼び方などどうでも良い。

 奴は殺しを嫌う。

 平和主義を気取っているにも関わらず戦いの備えだけは怠らない。

 他者に戦いを押し付けて安全地帯で戦いを見て見ぬ振りをする訳でもなく、恐れずに戦争を直視しながら自ら前線へと跳び出して行く。

 自分は人を殺さない様に務めるが、他者にそれを強要することは無い。

 ここだけ見れば私は奴に好感だって持てたかもしれない。

 ただの夢想を掲げる平和主義者ではなく現実を見据えた合理主義……違うな。そうじゃない。

 矛盾と夢想を掲げて出来るだけ合理的に無茶を行う…。

 正直言って気持ちが悪い。

 聞き分けの良い大人を演じている子供。

 我侭で傲慢で自分勝手。

 その割には周りの人間を誑し込む。

 

 私が奴を嫌いになるのと同じくらい奴は俺を嫌った。

 ゆえに奴が皇帝になった際にヴァルトシュタイン卿がブリタニアより離反すると分かった私はついて行った。

 なにせ今度は味方だから皇族だからと殺せない事は無い。

 

 元皇帝への忠義などは持ち合わせていない。

 だから私がシャルル派についたのは奴の命を奪えるから。

 それとオデュッセウスが皇帝となれば平和への道へと進み楽しみが減る。

 

 『ブラッドリー卿。出撃どうぞ』

 「あぁ、さて楽しませてもらおうか」

 

 ニタリと頬を吊り上げたルキアーノ・ブラッドリーはペダルを踏み込んで天空要塞ダモクレスより出撃した。

 シャルル派は世界と今のブリタニアと決着をつける為に大回りしつつ、エリア11に向かい浮遊している。

 その道中で三つほどの作戦を実施している。

 

 決戦を挑もうにもナイトメア戦力や航空戦力を充実させる為にもこちらに入りたいという者らを乗せた浮遊航空艦の護衛兼案内役としてオリヴィア・ジヴォンとオイアグロ・ジヴォンの部隊が別行動。シャルル皇帝の勅命で極秘裏に移動中の新型ナイトメアとナイトギガフォートレス強奪にジノ・ヴァインベルグとノネット・エニアグラムが向かい、私とドロテア・エルストンは帝都ペンドラゴンの制空権を奪い、フレイヤ弾頭にて帝都を吹き飛ばしてブリタニアの中枢を焼失させて頭を潰す。

 

 ようやく修理を終えたパーシヴァルを先頭にナイトメア二個中隊と空戦可能な戦闘ヘリ多数が先槍として突っ込んで行き、後続にドロテア・エルストンと四個中隊が配置されている。

 ビスマルクにモニカ、主力部隊などはダモクレスで待機。

 下手に戦力を過剰投入されて獲物の取り合いにならずに済むのであればブラッドリーとしては満足である。

 

 「ふぅむ、上がって来たのはオデュッセウスの台座付きか」

 

 帝都ペンドラゴンを守る守備隊の中にはオデュッセウスに仕えるウェイバー・ミルビル考案の天空騎士団が存在する。

 中でも多用されているのはプリドゥエンという攻撃オプションでもあるナイトメア用の乗り物だ。

 

 「各機蹴散らしてやれ」

 『『『イエス・マイ・ロード』』』

 

 返事が返ってくるとニタリと笑いながら射程内へと近づきつつあった敵機にミサイルシールドを向けてミサイルを放つ。

 同時に他の者らもミサイルや銃撃を行い始めるがプリドゥエン各機よりばら撒かれたフレアによって誘導兵器は明後日の方向へと飛び去り、お返しと言わんばかりにミサイルと銃撃、誘導型ケイオス爆雷が放たれる。まるで短期間で使い切ろうとしているように。

 鬱陶しい弾幕を掻い潜り命を散らせてやろうとルミナスコーンを展開して突っ込むが、プリドゥエンの小回りの良さと高い機動力から追い付けない。

 

 「チッ、面倒な」

 

 仕方なく接近戦から両膝のハドロン砲を使った銃撃戦に移行し、撃ち落していくがいつもの快感を味わえないというのはつまらない。

 そうこうしている間にブラッドリーを含んだ前衛部隊は散り散りとなり、乱戦へと持ち込まれた。

 後続部隊が合流して立て直そうとするが対応しきれずに後手に回る。特にドロテアのバロミデスは接近戦用でこのような機動力を生かして射撃戦のみを行う敵機に対応出来ない。

 

 『全機距離を保って応戦。ただし撃破ではなく注意を引き付けるように。ドロテアは後退。モニカを主軸に部隊を再編成する。ブラッドリーはモニカの直営に当たって欲しい』

 「なるほど…畏まりました第二皇子殿」

 

 シュナイゼルの指揮が行き渡ると混乱していた部隊が徐々に立て直し始め、部隊として機能し始めた。

 指示通りモニカのフローレンスを護衛する形で攻撃を再開。

 好みの戦い方ではないが今はこれで我慢するしかない。

 あとで楽しみのメインディッシュ(オデュッセウス)が待って居るのだ。こんなオードブル(小者)にこだわっても仕方がない。

 そう言い聞かせて護衛に徹する。

 

 『ハドロンブラスターを使用します。射線上の機体は退避してください』

 

 モニカの機体はユーロピア連合が作り、オデュッセウスの親衛隊も使っているアレクサンダ系。スロニムで回収されたアレクサンダ・ドローンを改修して専用機に仕立てたものだ。

 アレクサンダの利点をそのままに武装やシステム面で大きく強化されている。

 その武装の一つ。コクピット左右に取り付けられた機械的な翼のようなハドロンブラスターが可動して頭部左右にセットされる。収束された赤黒い二本のハドロンブラスターが放たれ、角度を動かすことで敵機を剣で斬るように巻き込んで行く。

 巻き込まれた何十機が爆散するも未だ敵の方が優勢。

 さて、第二皇子様はどうするかと思っていると警報と同時に退避エリアが表示された。

 

 「退避?それにフレイヤとはなんだ?」

 

 おかしな命令に聞き覚えの無いフレイヤという名に首を傾げながら警告通りに退避行動に移る。

 ダモクレス下方より小さな砲弾が放たれ、それは真っ直ぐに帝都へと向かって進んで行く。

 天空騎士団がそれを見逃すことは無く、迎撃し、対象は目を焼かんばかりの閃光を放ち爆発した。 

 レーダーに映っていた何十何百という敵機の信号が消滅し、その破壊力にブラッドリー卿は不快感を示す。

 

 …戦争が変わる。

 あんなものが存在するなら戦場で殺しを楽しむ事は出来ない。

 楽しむどころか一瞬で自分が飲み込まれかねない。

 

 『アレが…フレイヤ。なんていう威力なの…』

 「確かに凄い威力ではあるが戦場では無粋だな」

 『ちょっと待って!帝都はどうなったの?』

 

 良心からか不安を現したモニカにつられて爆発した範囲内に入っている帝都へと視線を向けた。

 残念なことに帝都は無事だった。

 帝都全域を覆った超巨大なブレイズルミナスによる結界。

 あんな馬鹿馬鹿しい事を一体だれが考えたのやら。まぁ、思い当たるのは一人しかいないが…。

  

 「本当に度し難い。だからこそ―――」

 

 メインディッシュに対する想いを高めながら帝都上空を通過するダモクレスへと帰還する。

 帝都は潰せなかったがメインはこの次……日本での戦争にあるのだから…。

  

 

 

 

 

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは頭を抱えて項垂れていた。

 超合集国に加盟表明して日本に行き、最高評議会に加盟の許諾を決める多数決を受ける事になっていた。

 原作を知っている私としては容易に加盟できるとは思っていない。

 それにユーロで復権しようと考えていたヴェランス大公らユーロ・ブリタニアを焚きつけ、援助を行ったブリタニア本国だけ加盟してユーロ・ブリタニアを放置することは道理に反すると思うんだ。なのでユーロ・ブリタニアの加盟も条件に入れてたのでかなり難易度は跳ね上がった。

 なにせブリタニアが加盟の話を出してユーロ・ブリタニアに侵攻され、支配地域となった国々の元代表や貴族達をユーロピアの数か国が保護したという諜報部から報告があった。ユーロピア地域よりユーロ・ブリタニアを一掃する議案が通過すれば超合集国に加盟したブリタニアは例えユーロ・ブリタニアが攻められても戦力を黒の騎士団と契約した事で助けれない。その時に保護した者らを御輿に担ぎ出して民衆などを味方につける気だろう。

 

 勿論条件を呑んでもらうためにこちらも案は出したさ。

 超合集国の決議は多数決で決まり、投票権は各国の人口に比例している。

 つまり世界の半分を手中に収めるブリタニアには一声で超合集国の決議を決めてしまうだけの力を持つ。

 まずはこの危惧を解消する。

 原作でルルーシュに言い放った人口比率を下げるのは後の交渉次第として国を割る案を採用した。

 まずブリタニアが支配した地域をユーロ・ブリタニアに任せる。治めるのはあのヴェランス大公なので悪い事にはならないだろう。特に民衆にとってね。

 復興まではユーロ・ブリタニアでは無理だろうから数年はブリタニアが支援する。

 さらに支配地域に収めた中華連邦の一部を始めたとしたアジア地域をまとめたアジア・ブリタニアを創設。ブリタニアより独立させて投票権を分ける事にする。

 後はナイトメアや医療の技術提供。

 これに飛び付く国は多い。

 ブリタニアの医術は死なない限りはどんな傷であろうと生かすことが出来るほど高いのだから。

 

 そこで父上――シャルル・ジ・ブリタニアの犯行声明を耳にした。

 父上はラウンズと反オデュッセウス派を名乗る貴族や軍人達と共にブリタニアと超合集国に宣戦布告し、両方の代表が集まる日本に向けて進軍すると。

 道中、帝都ペンドラゴンを攻撃した事も…。

 

 会議は中断され、黒の騎士団の主だったメンバーとブリタニアの会談へと変更された。

 黒の騎士団側からはCEOのゼロ、総司令の黎 星刻、統合幕僚長の藤堂 鏡志朗などが向かいに腰かけ、ブリタニア側には私ことオデュッセウスにレイラ、そして付いて来て貰ったユフィとスザクの四名……………の筈だった…。

 横にはギネヴィアにコーネリア、 マリーベル、パラックス、キャスタールなど愛しの弟妹達が私から目を逸らして並んでいる。

 話を聞くと私の身の安全を危惧して日本の周辺海域に部隊と共に来ていたのだとか…。

 嬉しいよ。うん、凄く嬉しい。

 けれど内政担当と軍務担当、エリア担当の三名が自由に動くというのはどうなのだろうか。私だって皇帝になってから抜け出すのを我慢しているのに!

 いや、こちらはまだ良い。

 皆部隊を引き連れているからそれらを日本防衛線へ回す戦力に加えられるから逆に有難い。

 

 私が頭を抱えているのは父上のアドリブ(予定外行動)にある。

 父上とルルーシュはブリタニアの悪行をすべてシャルルに集中させ、ブリタニアへの憎しみをシャルル個人に対するものへと変える計画を立てた。

 

 手始めに特区日本での虐殺を父上の命令という事にして、父上へのヘイトを稼ぎつつユフィの復帰を容易くする。

 次に戦力を整えてブリタニアと超合集国に対して宣戦布告。不利ならば場合によってフレイヤを使用してさらにヘイトを集めるという。ついでに今のブリタニアに反抗する勢力を一掃する考えもあるとか。

 なんにせよ恐怖の魔王役を演じる父上をブリタニアと超合集国の双方が手を取り合って打倒する。そうすることでブリタニアも前に進める。

 正直多くの血が流れる事を最初から盛り込んだこの作戦は嫌いだが、私は長兄として弟妹達が普通に過ごせる世界を創らねばならない。

 覚悟は決めたさ。だけど想像を絶するアドリブは勘弁してほしい。

 

 

 

 誰が帝都にフレイヤ撃ち込めって言ったよ!?

 予定では帝都に被害が出ない程度で攻撃を敢行するって話だったでしょ!

 ニーナ君のアイアスの盾が完成している事を盛り込んでの発射だったろうけど聞いた瞬間寿命が縮むほど驚いたよ。

 アイアスの盾というのは帝都ペンドラゴンを覆う都市防衛用の多重ブレイズルミナス展開装置の名称である。

 最大五つまで重ねる大型のブレイズルミナスとなるとエネルギー源も膨大となり、非常時の籠城策の時には都市全てのエネルギーを回しても足りないだろう。そこで目を付けたのがフレイヤでも用いられたウランなどの核物質―――つまりはこの世界には存在しない原子力発電。

 気候や環境の影響を受けずにエネルギーを作り続けるこのシステムを使わない手は無かった。万が一にも事故が起きてメルトダウンが発生しようものならブレイズルミナスを展開して封じ込める手も打っている。将来的には地震対策も兼ねて浮遊させれるように出来ないか検討中。

 

 「はぁ…」

 「兄上。いえ、皇帝陛下。今後の方針ですが」

 「分かっているだろうギネヴィア。我々は父上と対峙しなければならない。ゼロ。どうか力を貸してくれないかい」

 「勿論だとも。奴らは今の平和を乱す敵だ。それに日本へ侵攻する彼らを見逃すわけにもいかない。寧ろ協力を申し出てくれた事感謝する」

 

 最初っから決めてあったようにルルーシュとは事を進める。

 席を立って握手を交わしてお互いに協力するアピールをしておいた方が良いか。

 そう思って立ち上がろうとしたオデュッセウスの胸ポケットより携帯が鳴り響く。

 いつか録音したナナリーの「にゃー」と言った声が静かな会議室に流れる。

 マナーモードにしとけばよかったと後悔するのも遅く、皆の怪訝な視線が突き刺さる。

 

 「す、すまないね。少し失礼するよ」

 

 視線から逃れようと席を立って離れた所で電話に出る。

 電話の向こうから焦りに焦った者の報告を受けて頭が痛くなった。

 内容は移送中だったナイトギガフォートレス“エルファバ”とコアナイトメアフレームがシャルル派によって強奪されたとの事。

 父上ぇ…もう勘弁して下さいよ。

 予定外の事態にオデュッセウスは大きなため息を漏らすのであった。



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第111話 「平和への決戦前夜」

 黒の騎士団には旗艦が二つ存在する。

 コードギアスに登場する兵器類の中でもフレイヤを除いて最大級の火力を有している浮遊航空艦斑鳩。

 フロートシステムを使用すれば海上を進むことが可能な中華連邦の大型地上戦艦大竜胆。

 飛行することをメインに想定された斑鳩と異なり、地上もしくは浮遊する大竜胆は斑鳩程重量に制限はなく、格納庫となれば何倍もの広さを誇っている。

 シャルル一派との戦いまで日もあまりないこの夜。

 日本に集まりし黒の騎士団とブリタニア兵が、収納されていたナイトメアを退かしてまで、スペースを確保した大竜胆の格納庫に集結していた。

 格納庫の最奥には壇上が設置されており、ゆっくりと、優雅に、堂々と一人の男が上がる。

 

 「ここに集いし全ての者らへ。

  私は神聖ブリタニア帝国第99代皇帝オデュッセウス・ウ・ブリタニア」

 

 壇上へと上がったオデュッセウスは優しい音色を乗せて話し出した。

 今まで苦渋を呑まされてきた国々より黒の騎士団に所属している兵士たちの視線が向けられるが自然と殺意や悪意の感情は見受けられない。寧ろ期待を持っているかのようだ。

 

 「我らは明日にも世界最後になるであろう戦いに赴くこととなる。

  世界を恐怖させ、世界を蹂躙し、世界を支配し得た我がブリタニアの騎士達よ!

  どれほど苦渋を呑まされ、どれほど虐げられ、どれほどまでも逆境に落されようとも抗い続けた黒の騎士団の戦士達よ!」 

 

 先ほどの優しさからは感じられなかった力強い言葉に集まった者らすべてが気を引き締められた。

 向けられていた視線が次の言葉を求める。

 憎き仇敵の、敬う皇帝の次なる言葉を待ち続ける。

 

 「私は今この時に喜びを味わっている。

  数日前ならば殺し合い、奪い合い、犯し合う筈の我ら彼らが肩を並べ共に歩まんとする事に。

  私は歓喜し、高揚し、残念に思っている。

  何故こうも人は争うのか。

  何故私はもっとこの光景を早く実現できなかったのか。

  何故こうならなければ共に歩むことも出来なかったのかと…」

 

 悲し気に目を伏せ、表情がすとんと消え去る。

 静まり返ったこの場でみだりに音を発生させて乱す者は居らず、静寂の下でただただ耳を澄ませる。

 同じ想いに同じ気持ちを抱きながら…。

 

 「だからこそ…ならばゆえに私は全身全霊を持ち、この血で血を洗い、死で死を覆う悲惨な惨劇と化した日々を終わらせよう。

  皆を勝利に誘い、皆を支え、皆と共に戦場を駆けよう!

  我が身、我が命を賭してても平和へと繋がるであろうこの最後の戦争に終止符を打たん!!」

 

 握り拳を振るい、感情のままに振舞う。

 四方一メートル内の小さな壇上が大きな舞台のステージのように広く、たった一人の男が過去の物語に登場するような巨人のように大きく目に映る。

 周りの関心を鷲掴みにし、想いを一重に集めた。

 高まった高揚感を噛み締めた各々の前で今度はがっくりと肩を落とした。

 

 「しかし足りない。されど足りず。

  私が如何に頑張ろうと戦場では何ものと変わらぬ一でしかない。

  一個の識別された数字でしかない。

  一人では軍隊には勝てぬし、一人では戦局を変える事は出来ぬし、ましてや戦争で勝利を掴むことなぞ夢のまた夢。

  私は―――私はここに集いし一騎当千たる諸君らに求める!

  憎悪や因縁の類をひとまず心の片隅に追いやり、安穏たる日常を全員で矜持するべく仲間として、同志として、友として肩を並べて共に闘う事を!

  私は頭を伏してお願いする。

  明るき未来を後世を歩む子供達に託すためにも私に諸君らの力をお貸し頂きたい」

 

 深々と頭を下げるブリタニア皇帝に対し誰もが目を見開いて静止した。

 まるで時が止まったかのように。

 しかし実際に止まる事は無い。

 緩やかに、急速に思考と感情を巡らせて先の言葉とこの行動を吟味し、周りへと視線を巡らせる。

 つい数か月、数週間、数日まで敵同士だった相手を…。

 朧気な視線は向かい合い強い熱意と輝かんばかりの意思を持った瞳となった。

 

 頭を下げたオデュッセウスへ誰かが拍手を持って返答する。

 また一人、また一人と返答者は増えていき、瞬く間に格納庫全体に広がり、拍手は喝采と成りて響き渡る。

 

 下げていた頭を上げて感謝を乗せた微笑みをこの場の全員に向けると、自ずと拍手は鳴り止んで静寂が再び訪れる。

 

 「――ありがとう。

  ありがとうブリタニアに仕えし忠義厚き我が騎士達よ。

  ありがとう愛しく尊敬に値する黒の騎士団の諸君らよ。

  今この夜に我らは千差万別の烏合の衆から一個の群となる。

  勝つ為にはと思考は理解出来ても感情は早々納得は出来ないだろう。

  今宵この場は無礼講だ。

  用意された酒を呑み散らかし、並べられた料理の数々を食い散らかそう。

  戦いの英気を養い、共に並ぶ者との親睦を深めよう。

  さぁ、パーティを始めようか」

 

 ワイングラスを手にしたオデュッセウスは高々と掲げる。

 それに倣って皆が皆、所狭しと並べられた料理や飲み物を置かれた長机よりグラスを手に取る。

 日本酒にワインにウィスキーなどお酒を好み飲める者はそれらを、年齢や数多の理由から飲めない呑むわけにはいかない者らはジュースやお茶をグラスに注ぎ、同じく高々と掲げる。

 

 「―――乾杯!」

 

 こうして懇親会も兼ねたパーティが開始された。

 正直言って騒がし過ぎるほどだ。

 日本に赴かなかったカリーヌとクロヴィス、ライラを除いた皇族も参加しては居るが、騒がし過ぎてギネヴィアは開始早々席を外している。

 壇上を降りたオデュッセウスにゼロが苦笑いを浮かべる。

 勿論仮面をつけた状態なので表情を察する事は出来ないが、気配や雰囲気で何と無しにか理解してしまう。

 

 「パーティ開始の挨拶にしては過ぎるような気がするが?」

 「そうかな…いや、そうだね。でも、まぁ、作戦開始時の士気向上(演説)は君任せなのだから、今ぐらい私の想いを告げさせて貰えなかったら言う機会がないのだから」

 「にしても見事なものだったな。それも父親譲りかな」

 「父上ほど威厳がないからね。さすがに譲りと言うほどではないよ」

 

 ゼロの隣にテーブルに並べられていたピザの一つを大皿ごと手にし、ゆっくり味わいながら食すC.C.が並ぶ。

 そしてロロが余所余所しくこちらを見つめる。

 どうやらまだ決めかねているのだろう。

 

 パーティ会場と化した格納庫を見渡してオデュッセウスは苦笑を浮かべる。

 すでに出来上がっている玉城がクラウスと共に全種を制覇する気かと思うほど酒に手を伸ばす。

 藤堂と四聖剣の面々が周りを寄せ付けないような酒気を撒き散らすように日本酒を煽る。それに勝負するようにダールトンが加わる。コーネリアとギルフォード、グラストンナイツの満面は遠目ながら見守り、苦笑を浮かべて料理に手を付ける。

 キャスタールに追従しているヴィレッタとクロヴィスより送られてきたキューエルがジェレミアと再会し、積もる話を感情のまま語り合っている。その一角には純血派の代表メンバー以外にキューエルの妹であるマリーカの姿も見受けられる。

 ユフィはスザクと共にパーティを満喫し、ナナリーはアリス達を連れてカレンと談笑を楽しんでいる。

 リョウと呼びつけたアシュレイがフードファイトでもしているかのように一つのテーブルの品々の数々を文字通り食い散らかし、ユキヤにアヤノ、そしてアシュレイ隊の面々が応援または諫めようとしている。

 ロイドとウェイバー、ラクシャータの三名は何やら議論しているようだが、セシルは関わることなくアーニャと料理の数々に舌鼓を打っていた。

 ………なぜかメルディが紛れ込んでおり、ディートハルトを驚かせていたのはどういう事だろう。知り合いだったのだろうか。

 

 「なんともまぁ、面白い感じに混ざっているね」

 「面白いですか…陛下」

 「なんだいレイラ。君もリョウ達のように楽しめば良いのに」

 「私には親衛隊としての職務がありますので」

 

 護衛をしているアキトとレイラに苦笑いを浮かべ、オデュッセウスはある人物を探すが見つけられずため息を漏らす。

 

 「お兄様」

 

 周りを気にしていなかったために急に呼ばれて驚き肩を震わせる。

 振り返るとマリーベルにオルドリンを筆頭にしたグリンダの騎士達。それとパラックスとキャスタールが集まって来ていた。

 

 「お見事な演説でした」

 「ありがとうマリー。キャスもパラックスもよく来てくれたね」

 「ボクらは心配で付けてきただけだから。迷惑じゃなかったでしょうか」

 「うーん、戦いに巻き込むのは兄としては迷惑というより心配かな」

 「大丈夫だよ兄上。あれから腕も上げたからね。キャスはどうか分からないけどいっぱい成果を挙げて来るから」

 「それ、心配を増やす元だと思うのだけど」

 

 キャスタールは不安ながら、パラックスは自信たっぷりに、マリーはにこやかに語る。

 自慢の弟妹を巻き込んだ時点で兄としてどうかと思うのだけれども多分止めるように言っても聞いてくれないのはよく分かっている。

 だから出来るだけ無理をしないように気を回さなければ。

 

 「相変わらずのようだな」

 「………君はどこにでも紛れ込むようだね」

 「お兄ちゃん!?」

 

 ギアスでも使っていたのか堂々と紛れ込んでいるオルフェウスに驚きを通り越して呆れてしまう。

 クララがトトと何やら険悪そうに静かに言い合っているのが見えるが気にしないでおこう。

 突然の登場にオルドリンは驚いているが、私にとっては驚きではない。

 なにせオルフェウスを呼び寄せたのはこの私なのだから。

 まったく素性を知らないキャスタールとパラックスは誰こいつと言わんばかりに不審な目を向ける。が、オルフェウスは一向に気にする様子はなくこちらだけを見つめる。

 

 「約束は覚えているな」

 「だから呼んだんだ――――オイアグロ・ジヴォン卿は君に任せるよ」

 

 恋人……エウリアの仇であるオイアグロとの決着。

 伸びに伸びた決着をつける為にここに居る。

 理由を知っている。否、知らされたオルドリンは暗い表情を浮かべるが、止めることも邪魔する事も無い。

 

 「―――オデュッセウス殿下。いえ、陛下。お願いがございます」 

 「ん?なんだい改まって」

 「お母様…オリヴィア・ジヴォンの相手は私にさせて貰えないでしょうか?」

 「おぉ!それは助かるよ。私から頼もうと思っていたからね」

 

 自身の親と戦ってくれなんて言い難い事を言わなきゃいけないと思っていた分、オルドリンからの申し出はありがたかった。

 なにせ黒の騎士団とブリタニアの連合軍は精鋭が揃っていると言ってもラウンズとやり合えるのは少ない。

 カレンとスザクの両軍のエースを除けば星刻にオルドリン、ネモにアリスぐらいだろう。藤堂はギリギリ戦えるかなとは思うけど星刻同様に指揮もこなさなければならないので先だって相手を任せる訳にはいかない。

 ゆえにオルドリンに頼むしかなかった。

 

 どうしようかと悩んでいた問題が片付いてホッと胸を撫でおろしていると、ちらっと視界の隅に探していた人物を捕えたオデュッセウスは勢いよく振り返る。

 どうやら格納庫より外へ出るようだ。

 

 「レイラ。すまないけど席を外す」

 「どちらへ?」

 「すぐに戻るよ」

 「一人でですか?危険です」

 「少し二人っきりで話したい事があるんだ」

 「……近くには居りますので」

 「すまない」

 

 見失わない様に急ぎ足で追い掛ける。

 戦いが始まる前に言っておかないといけないから。 

 

 

 

 

 

 

 盛り上がっているパーティ会場と成り果てた格納庫より抜け出し、ニーナは一人夜の海を眺める。

 緩やかに波打ち音だけが広がり、時間が止まってしまったかのような緩やかな時間だけが過ぎゆく。

 大きなため息を吐き出し自己嫌悪に陥っていた。

 シュナイゼル殿下に協力を求められ私が開発を指揮したフレイヤ弾頭。

 あの頃は私でも役に立てるんだとやっていたのだけれども、その結果がオデュッセウス陛下を苦しめる事になるなんて思いもしなかった。

 殿下から陛下となりブリタニアを一気に平和へと導いてようやく手に入りかけた所でのこの事態。

 

 「私が作らなければ…」

 

 小さく呟く。

 立場が変わろうとも多分あの人は後ろから指示するだけでなく、自身から最前線へ赴くのだろう。

 フレイヤが放たれるであろう戦場に…。

 今更思っても遅い事ではあるが私が作らなければという考えが頭から離れない。いや、それ以上に私が居なければ……駄目だ。こんな事思っていたらまた陛下を心配させてしまう。あの人は優しいからきっと「そんな事は言うんじゃない」と心から心配しながら怒るのだろう。

 怒られることに対して申し訳ないと思う前にそう想われる事が嬉しいと先に過った辺り駄目だなと違う意味でも自己嫌悪してしまう。

 再び大きなため息を漏らして揺れる水面を眺めていると映る自分の姿ともう一つ人影が並んで見える。

 慌てて振り返ると想い描いていたオデュッセウス本人がにっこりと微笑みながら立っていたので心底驚いてしまった。

 

 「へへへへ、陛下!?」

 「驚き過ぎだよ」

 「申しわけありません…」

 「今度は畏まり過ぎだよ」

 「えと、あの」

 「あー、ごめん。困らせちゃったね」

 

 苦笑いを浮かべ、オデュッセウスはニーナの横へと並び、その場に腰を下ろした。

 未だ驚きつつも見習って腰を下ろす。

 おどおどしながら横顔を眺めると暗くて解り辛いがどこか頬のあたりが赤くなっている気がする。

 

 「この前さぁ」

 「…はい」

 「勿体ないって話したじゃない」

 「あ、あれは――」

 「そういう想いがあるって事で良いんだよね?」

 「――――っ………はい。その分不相応な想いだと分かってはいるんですけれど」

 「そうか…そうだよね。やはりそうなんだよね」

 

 ポリポリと頬を掻きながら困った笑みを浮かべられ、分かっていた事だが当然の反応に心が痛む。

 居ても居られなくなりその場から逃げるように離れようとすると、手を掴まれて待ったをかけられた。

 

 「少し待って貰えるかい」

 「離して……ください。今は…」

 「すまないけど話を聞いてもらう」

 

 離してくれず今にも泣きだしそうになるのをぐっと堪えて振り返る。

 陛下は微笑みどころか笑みすらない真面目な表情で真っ直ぐ瞳を見つめていた。

 月夜に照らされる陛下の表情に思わず見惚れてしまった。

 

 「私はね。その、なんていうか恋愛に疎いんだ。これまでの三十二年も気付かず、抱いていなかったらしいんだ。だから君の気持にどう答えたら良いか分からないんだ。

  だから、さ。もう少し待って貰えるかい」

 「―――え?」

 「よく理解してちゃんとした答えを返したいから」

 

 思いもしなかった言葉に期待が膨れ上がる。

 期待しても断られると思いながらも期待で顔が真っ赤になっているのが自分でも解る。そして対面しているオデュッセウス陛下も段々と顔が赤くなり始めている。

 どうしていいか分からない二人は見つめ合ったまま―――。

 

 「優し過ぎですよ兄上」

 「「――――っ!?」」

 

 ジト目で見つめているギネヴィアの一言で磁石の同極同士が近づいたように勢いよく離れ、口は餌を求める鯉のように開閉を繰り返す。

 

 「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 「ぎぎぎ、ギネヴィア様!?えっとこれはあのですね!!」

 「二人共落ち着きなさい」

 

 ため息交じりに呆れられたオデュッセウスにニーナはわたわたと慌て、落ち着こうにも落ち着けずに目をぐるぐるさせている。

 まったくもって落ち着く様子の無い二人にもう一度ため息を漏らす。

 

 「兄上が優し過ぎるのは知っていますがこれは如何なものかと」

 「え!?何か駄目だった?」

 「無自覚でしたか。変に期待させると後が面倒ですよ」

 「配慮に欠いていた……そういう事かな」

 「立場と言葉の意味を深く知るべきだと言っているのです」

 

 こう言うのはなんだが予想外。

 二人っきりであのような言葉を告げられた私に対して目撃したであろうギネヴィア様は感情を露わに激怒すると思っていた。

 けれど現実はそうでなく、冷静に戒めるようにオデュッセウス陛下に語り掛けている。

 いや、今はオデュッセウス陛下と話しているからそうであって、私に向けて話していないからか。

 疑問符が先とは違った不安に変わり、高鳴っていた想いが急に冷たく沈んで行く。

 

 「あまり夜風に当たられると体調を崩されます。兄上はブリタニアの頂点。今まで以上に大事にされないといけません」

 「心配ばかりかけてすまないねギネヴィア」

 「兄上…先ほどは我が身を賭してと仰られていましたが――」

 「分かっているよ。アレは表現の一種。想いを現した一言と処理してほしい。なにも死ぬ気はないよ。私は最後は穏やかに見守られながら老衰と決めているんだから」

 「なら安心しました。心置きなく剣を振るって下さい」

 「ギネヴィア?」

 「兄上()が何を成そうというのかは分かり兼ねますが、私にとって兄上が無事に帰って来られる事こそ重要なので」

 「――――ッフ、あははははは、本当にどうして。あー、私は幸せものだ。こうも自慢できる弟妹に囲まれているのだから」

 

 本当に嬉しそうに笑い合うオデュッセウス陛下にギネヴィア皇女殿下。

 私の存在など無いかのように二人には私は映っていない。

 お邪魔にならない様に離れた方が良いのだろうか。

 脳裏にそう過った時、心を読んだかのようにギネヴィア皇女殿下の視線が向けられる。

 それは邪険にしたものではなく、何か言いたげなものであった。

 

 「では兄上。そろそろ」

 「あぁ…今日は早めに休むよ。お休みギネヴィア。それとニーナ君。帰ってからゆっくり話そう。」

 「は、はい!お、おやすみなさい…」

 「おやすみ」

 

 にこやかな笑みを残して寝室へと向かうオデュッセウス陛下を見送ると離れた通路より親衛隊のレイラとアキトが姿を現し、私というよりかはギネヴィア皇女殿下に一礼して陛下の後を追う。

 一礼を返して隣にいるギネヴィア皇女殿下の顔をちらっと伺う。

 ―――目が合った。

 忌々しそうに向けられる視線に背筋と言わず身体が凍り付く。

 

 「何を怖がっているのですか?」

 「い、いえ、そのぉ…怒っていらっしゃるのかと…」

 「はぁ…貴方は兄上との立場を弁え、一線引いていたように伺えました。問題があるとすればそこを考えも無しに話した兄上にあります」

 

 まさかのお咎めなしにきょとんとした表情を晒してしまった。

 失礼と気付いて戻すがギネヴィアは気にせずに踵を返す。

 

 「本当に兄上は理解していないのだから」

 

 自分の前を通り過ぎるギネヴィア皇女殿下に深々と頭を下げてから、ペーネロペーに用意されている部屋に向かおうと歩き出す。

 

 「何処へ行くのですか?」

 

 進もうとしていた足を止めて、一気に冷たくなった声質に頭が危険を知らしめる。

 ここで止まったらいけない。

 そうは告げても逃げ出す訳にも、逃げる場所もなく、ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返る。

 にっこりと満面の笑みを浮かべていても絶対零度と表現すべき凍り付くような雰囲気を纏ったギネヴィア皇女殿下に畏怖した。

 

 「少しお話があります。勿論強制ではありませんよ」

 

 ……強制ではないが脅迫に近い笑みを向けられているのですけど…。

 なんてことを口に出来る筈なく、ニーナはおずおずとギネヴィアに連行……コホン、ついて行くのであった…。



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第112話 「兄弟」

 日差しの暖かな午後。

 とことこと小さな足を動かして目的地へと急ぐ。

 急ぎ過ぎたらはしたないと怒られかねないので、姿勢は正しく且つ見苦しくない程度に早歩き。

 目的地に到着すると服装に乱れがないかを確認して扉をノックする。

 中より優し気な返事がかけられ扉を開けるとふわりとコーヒーの香りが広がってきた。

 

 「いらっしゃい。今日はどうしたのかな?」

 

 柔らかな笑みを浮かべたオデュッセウスがコーヒーカップを傾けながらソファに腰かけこちらを見つめていた。

 にんまりと笑みを浮かべて近づいて行く。

 兄上は凄い。

 自分とそう変わらない歳で父上の仕事を手伝い、ビスマルクに訓練を付けて貰っていて、学力も運動も出来る自慢の兄。

 怒った所を見た事なく、いつも落ち着いて優しい。

 

 コーヒーを飲み切ると新しくコーヒーを作りながらもう一つカップを用意する。

 いつものようにソファに腰かけて待つ。

 戸棚に入れてあったクッキーを机に置いて、コーヒーを淹れたカップを二つ持って戻ってきた兄上より一つカップを受け取る。

 

 「今日は勉強かな?お話しに来たのかな?それともリベンジかな?」

 「もちろんチェスを」

 「だと思ってたよ」

 

 ふふふと笑いながら本棚に置かれていたチェスのセットを机の上に置いて向かいのソファに腰かける。

 今まで勝ったことは無いがいつかは。またいつかは兄上に勝利する為に挑んでいる。

 

 「さて今日はどうなる事やら」

 「ボクがかちます!」

 「そうか。なら今日はどちらに賭けようかな―――」

 

 

 

 

 「―――殿下。シュナイゼル殿下」

 「ぅん…」

 

 カノンの声で意識を覚醒させたシュナイゼルはゆっくりと瞼を開けた。

 どうやらソファに腰かけたまま眠っていたらしい。

 

 「よく眠られていたようですね」

 「あぁ、懐かしい夢を見たよ」

 「夢…ですか」

 「本当に懐かしい夢だ。懐かしく…大切な」

 

 しみじみと言いながら短く息を吐き出す。

 ここは天空要塞ダモクレスのコントロールルーム。

現ブリタニアに対して反感を抱き、シャルルに忠誠を誓うシャルル一派と呼ばれる大勢の者達が騒々しく動き回っている。

 日本上空に差し掛かったからには避けきれないブリタニア軍と黒の騎士団の連合軍との戦闘。 

 

 正直両軍の連合軍総隊と比較すればシャルル一派の戦力など取るに足らないものであったが、ブリタニアが超合集国に加盟する間際に事を起こした成果か数は同数に近いものしか対峙していない。

 神聖ブリタニア帝国は超合集国に加盟しようとしていた矢先に動き、加盟申請は一時中断。

 前皇帝と多くのブリタニア兵が挙兵したのだから少なくともオデュッセウスを知らない者らはブリタニアの関与を勘繰るだろう。ならばシャルル一派だけでなくオデュッセウス率いるブリタニアにも警戒せねばならない。そうなると各国に待機させている駐留軍を国境線に配置して警戒を強め、警戒されたブリタニアも警戒する為に国境線に部隊を配置。

 自由に動けた筈の両軍の予備戦力は疑心暗鬼で動けず、対峙できたのは日本周辺に集まっていた部隊のみ。

 戦力は同数でもこちらにはフレイヤ弾頭がある。

 フレイヤさえあれば戦術も戦略も意味を成さないだろう。

 

 シュナイゼルとしては兄上に対して使う気はないが…。

 

 唯一シャルル・ジ・ブリタニアに付いた皇族であるシュナイゼルは忠誠心や現ブリタニアに反旗を翻そうとしてシャルル一派に入ったわけではない。

 大きな理由はオデュッセウスのらしくない行動にあった。

 ここ最近の行動は妙におかしかった。

 中華連邦で天子を助けた際の行動は実に兄上らしい理由であったが、そのあたりからどうも黒の騎士団を支援しているような動きが見受けられたのだ。

 そんな馬鹿なと多くの者は否定するだろうがシュナイゼルは確信している。

 エリア11へ移動中のナナリーが黒の騎士団に襲われた際には兄上が開発を命じた新型機が奪われ、中華連邦で天子の婚約が邪魔されると中華連邦の新政権は黒の騎士団と共に歩み、シャルル皇帝に反旗を翻した際には黒の騎士団に協力して仕掛けた。

 どれもこれも見方を変えれば黒の騎士団に協力しているように見えて来る。

 さらには一時期兄上の下に居た所属不明の部下たちの姿が消えているのも気になるところだ。

 

 何故兄上が黒の騎士団に協力するのかは理解しえなかった。

 ただ気になるものはあった。

 

 “コードR”。

 クロヴィスが特殊な力を持つ女性を捕らえて実験していた件だ。

 本人から聞いたわけではないが残っていた研究資料を回収し、こちらでも独自に調べてみると信じがたいオカルト染みた話がわんさか出て来た。

 曰く、それは不老不死。

 曰く、超常の力を得る。

 曰く、中には人を操る者も居るという。

 

 シュナイゼル自身も馬鹿馬鹿しいと思っていたが父上に兄上が関わっていたらしいとなると話は別だ。

 

 調べた資料の中にはブリタニア公ジョンが存命だった百年戦争頃に処刑されたオルレアンの魔女に、ブリタニア皇族と日本名家とのハーフである子が領地を継承する前後の父と異母兄弟の死に、母親に妹、それに領民達の不可解な無謀な特攻。他にもC.C.と呼ばれる女性が何世紀も渡り生きていた証明の写真の数々。

 そして黒の騎士団と共に目撃されたC.C.らしき女性。

 

 これは推測だが兄上はその超常の力で操られているのではないか?

 

 そんな疑問を持ってしまった。

 他にも思い当たる節があってもこの疑問を先に解消せねば気が済まない。

 兄上を何者かが操っているなど許すことは出来ない。

 夢物語な話なのは理解している。

 だが、確かめる為にも兄上を知る者の協力……つまりはジノ・ヴァインベルグ卿とノネット・エニアグラム卿にこちら側についてもらった。

 二人共半信半疑ではあったが資料を見て、少しでも可能性があるならばと手を貸してくれたのだ。

 

 シュナイゼルはコントロールルームに設置された大型のモニターより連合軍を見つめる。

 あそこに兄上が居るのだと実感すると手に力が籠る。

 

 「カノン。こちらの準備は?」

 「すでに陣形通りに展開しております。いつでも行けますが…」

 

 モニターの一つに味方の配置が映し出されており、一目見て確かに展開が終了している事を確認する。

 部隊を大きく七つに分けてダモクレス右翼にノネット率いる第四軍とドロテア率いる第三軍、左翼にはオイアグロ率いる第六軍とオリヴィア率いる第五軍、正面にモニカ率いる第二軍が構え、その先にジノとブラッドリーが居る第一軍を配置。第七軍は四つに分けて予備戦力兼ダモクレス後方の護りに付かせている。

 レーダーに映るシャルル一派連合軍に向かって凸の形に、連合軍はほぼ横長に展開している。

 こちらに比べて大きな部隊を三つ、残りは小分けに分けた部隊が散らばっていた。

 

 「では父上、お任せ頂いても宜しいですね?」

 

 シュナイゼルは振り返り、玉座より眺めるシャルルに確認を取る。

 「任せる」と短く答えると見世物でも見るかのようにモニターを眺め始める。

 

 「さて、どうしたものか」

 「殿下。連合軍より通信が来ておりますが」

 「通信?…繋げてくれ」

 

 一瞬の砂嵐の後にモニターが切り替わり、パイロットスーツを着用しているオデュッセウスの姿が映し出された。

 にっこり微笑もうとしているのだろうけどどこか悲し気に歪んでいる。

 理由には察しが付くがあえて言うまい。

 

 『えー、あー…んー…元気かなシュナイゼル。それに父上』

 

 敵対している者にかける言葉ではない。

 小さく笑みを零して向き直る。

 

 「元気ですよ兄上。遅まきながら皇帝就任おめでとうございます」

 『ありがとう。君にも祝いの席に参列してほしかったが………どうして、と聞いても良いかな』

 「構いません――と言いたいところですが」 

 『すでに機は脱したという事かな?悲しいね。兄弟で争う羽目になるとは』

 「えぇ、本当に…」

 『―――では、一勝負願おうか』

 「はい、兄上」

 

 微笑み合う二人は通信を切り指揮を執る。

 戦争という大きな舞台がボードでそこに存在する無数の命が駒と成りて動き出す。

 連合軍が両翼を伸ばして包囲しようとすれば先を抑えようとシャルル一派も両翼を伸ばす。

 今度はこちらの番と言わんばかりに第一軍を二手に分かれさせ、空いた中央を第二軍が魚鱗陣で連合軍中央へと突っ込む。

 連合軍は両翼を停止させ、突っ込んで来る第二軍を半円を描くように展開して迎え撃つ体勢を整える。

 包囲され射撃を集中されれば突破できたとしても第二軍は壊滅的打撃を受ける。そこで二手に分けた第一軍で半円の先に立ち塞がせる。

 

 頬が緩む。

 戦っているのだ。

 兵と自身の命を賭けて戦っているのだ。

 だというのに私は楽しんでいる。

 そうだ。これは幼い頃より何度も打ち合った兄上とのチェスだ。

 不謹慎だろう。

 だが楽しくて仕方がない。

 気持ちが高鳴って仕方がない。

 ゆえに熱が入る。

 今度こそ私が勝つと指揮に力が入る。

 

 攻めては攻められ、防げば防がれる。

 戦場は兄弟のチェス盤となりて入り乱れ、掻き回され、乱れ躍る。

 

 元の陣形は見る影も無くなった頃、戦場を見渡してシュナイゼルはため息を漏らした。

 切った通信を再度再開し、マイクを手に取る。

 

 「兄上…」

 『なんだいシュナイゼル』

 「手を抜きましたね…」

 

 あまりにも上手く行きすぎた事に疑問を持って問う。が、分かっている。解り切っている。兄上がそのような事をする筈が無いと。

 悲し気な表情を浮かべたオデュッセウスは首を横に振る。

 

 『まさか私が手を抜くと?あり得ないよシュナイゼル』

 「しかしこれは…」

 『こちらの手は抑えられ、君は上手く攻勢の陣形を組み終えているね』

 

 囲もうとした中央は崩れてこちらの突撃で崩せるし、大きく広げた両翼は防いでいる。

 兄上の手に違和感はなく、何かの罠という訳ではない。

 しかし信じきれなかった。最近になって勝つ事もあったがここまで差をつけての勝利は無かったのだ。

 

 『強くなったねシュナイゼル。さすがだよ。さすが私の自慢で愛しい弟だ』

 

 優しい笑みにシュナイゼルは察した(・・・)

 兄上は操られていたのではなく操っていた側(・・・・・・)なのだと。

 それが何を目指し、何を成そうとしていたのか。

 賢いシュナイゼルは疑念を払拭した事で思考がクリアになり、瞬時に理解してしまった。

 だがそれ以上にこの勝利に興奮していた。

 

 「は…ははははは、そうか。勝てたのだな」

 『為す術もなくやられたよ。本当にどうしようもなく…ね』

 「だから私は貴方に―――賭け(・・)で負けたのですか」

 

 そう…兄上はいつも私の勝ちに賭けていたのだ。

 兄上が勝とうと私が勝とうと関係ない。

 どちらにしても兄上の勝ちは決まっていたのだ。

 思った通り第二軍後方下方より所属不明の部隊が突然現れ、レーダーを見つめていた監視員は驚いて慌てふためいていた。

 

 

 

 

 

 カモフラージュを施し、地上で動力を停止させていたペーネロペーは起動と同時に出力最大で浮上を開始。

 上部にブレイズルミナスを展開し、艦首を今まさに戦端を切り開かんとするシャルル一派第二軍へと向ける。

 ペーネロペー上部にはアシュラ隊の重火力のアレクサンダが並び、対空戦闘の準備を整えていた。

 

 『陛下の読み通りですね』

 「私は信じていたから」

 

 後部格納庫でランスロット・リベレーションに搭乗して待機していたオデュッセウスは微笑みながらレイラに答える。

 いつだってオデュッセウスは信じてきた。

 原作で知るシュナイゼルをではなく、自身の弟が成長していくことを。

 必ず自身を抜いて行く事を。

 何度も何度もその事に賭けて来たのだ。

 

 「…おかげでよくおやつのケーキがお預けになったっけ…」

 『なにか?』

 「いや、何でもないよ。総指揮権はゼロに」

 『了解しました。斑鳩へ通信致します』

 

 懐かしい光景を思い出してはまた笑みが零れる。

 起動キーを差し込んで、機動確認を済ませ、深呼吸を繰り返す。

 最後に覚悟を決めて通信回線を開く。

 

 「ペーネロペーに搭乗する各員に通達する!

  これより我らは敵先頭部隊に突撃を敢行する。後ろから追ってくる者や逃げ出す者などは相手にするな!正面のみに火力を集中し、敵陣を突破!同時に攻勢に出る中央本隊と合流する!

  危険な任務であるが承諾してくれた諸君らに感謝すると同時に誰一人欠ける事無く生還することを切に願う」

 

 操縦桿を握る手に力が籠り、ペダルに足を乗せる。

 

 「全機発艦!行くぞ皆!!」

 

 後部格納庫より飛び出したランスロット・リベレーションに続いてアキト達有人のアレクサンダ、そして無人のアレクサンダが発艦する。

 ペーネロペーを囲むように展開した全ナイトメアはオデュッセウスと共に突き進む。



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第113話 「ジヴォン家」

 敵中突破または敵陣突破。

 航空艦船でもナイトメアでも数は自分達の何十倍もの大軍。

 数的劣勢に臆して足が、手が止まりそうになる。

 されど止まれば鴨打確定。

 ならば先に進むしかないのだ。

 全員が一丸となって突破を図る。

 一度突っ込めば四方八方が敵だらけ。

 逆に言えば敵にとって撃ちづらい状況でもある。

 下手に撃てば同士討ちが発生しかねない。

 奇襲で混乱している隙を突かれたのも相まって敵の反撃は遅すぎた。

 

 オデュッセウスはペーネロペー下方を飛行し、周囲に目を配る。

 アヴァロン級であるペーネロペーには勿論ながらブレイズルミナスが装備されているがダモクレスやモルドレッドのように全方位対応型ではない為、動力炉が狙える後方と艦橋がある正面に重点的に展開。左右上下にはアレクサンダ・ヴァリアント・ドローンが展開し、ペーネロペーの盾兼弾幕要員として機能している。

 弾幕要員と言えばペーネロペー上部ではアレクサンダ・レッドオーガに搭乗するアシュレイ・アシュラ率いるアシュラ隊がアレクサンダ・ヴァリアントⅡにて弾幕を張っている。

 そしてアキト、リョウ、アヤノ、ユキヤの四人はドローンに紛れながら敵機の撃破に努める。

 

 「レイラ!被害状況はどうなっている?」

 『ドローンの損耗率三十パーセントを超えました。有人機は無事ですがペーネロペーの推力では突破は難しいかと』

 「致し方なし。増設ユニットの破棄を急いで。切り離しと同時に最大船速!」

 『了解しまし……陛下!敵機接近!機体照合からパーシヴァルかと』

 「ブラッドリー卿か…こんな時に」

 

 レーダーに表示された方向をモニターで拡大するとパーシヴァルを中心に一個中隊のヴィンセント・エアが追従する。

 舌打ちしながらオデュッセウスはランスロット・リベレーションを前に出す。

 今回のみの重装備。

 小型ミサイルポッドを積みに積みまくった為に速力は落ちたが、広範囲へのミサイル弾幕が可能となっている。

 ミサイル全弾誘導目標を自動マーキングでなく手動で入力し、増設された後部ナイトメア格納庫を切り離して速度を挙げつつあるペーネロペー前に出ると全弾撃ち尽くし、ミサイルポッドを放棄する為にも切り離す。

 ミサイルはオデュッセウスが入力したフロートシステムや脚部に向かって次々と撃墜して行く。その中でブラッドリーのパーシヴァルはハドロン砲を撃って迎撃し切った。

 

 『見イ~つけた。今度こそお前の大事なものを散らさせてもらう』

 「下品な…だから私は君が好かないんだ!」

 

 対ナイトメア用短機関銃二丁を構えて連射するがさすがはラウンズと言うべきか呆気なく回避されてしまう。

 険しい表情を浮かべているとアラートが鳴り響き、次いで接近警報が表示される。

 何事かと確認すると斜め後方よりトリスタンが向かってくるではないか。

 

 「クソっ…挟み撃ちか」

 『陛下。後方はお任せを』

 「―――ッ!?分かった。任せるよアキト君!!」

 

 飛行形態で突っ込んできたトリスタンはナイトメアへと変形し、遮ったアキトのアレクサンダ・リベルテ改に斬りかかる。

 

 『オデュッセウス陛下。聞こえますか?』

 「聞こえてるよジノ君」

 『私はシュナイゼル殿下より陛下の様子を伺う様に言われています』

 「すこぶる良いよ。体調面はね」

 

 オープンチャンネルでジノより向けられる言葉に答えながら近づいて来るパーシヴァルに対して短機関銃を投げつけて、腰より日本刀を模したメーザーバイブレーションソードを抜くと同時に斬りつけた。

 鞘に仕掛けが施してあり、トリガーを引くことによって内部に設置されたレールが稼働して刀を押し出す。その速力を用いた居合はブラッドリー卿が対応仕切れない速度であり、一撃でミサイルシールドごと左手を切断したほどだ。が、二撃目は許されずにルミナスコーンで防がれる。

 

 『あははは、そうではなくてですね。コードRと言えば解りますか?』

 「コードR!?そうか…それでシュナイゼルと君はそっちに付いたか。ならノネットとオリヴィア卿もか」

 『エニアグラム卿はそうですけど――っと!』

 

 ジノの攻撃を防いでいたアキトが攻勢に転ずる。

 我武者羅そうに見えて中々研鑽された攻撃を行う。が、ジノはその上を行っており全てを捌きつつ反撃をちょこちょこ入れて来る。

 リョウ達が援護したそうにするも周囲の敵機の相手で手一杯。

 アシュラ隊の面々は弾切れを起こして補給中。

 代わりに出て来たハメル隊は弾幕を張るので精いっぱい。

 

 『戦闘中に無駄話とは―――余裕があるようだな!』

 

 ルミナスコーンを解除してパーシヴァルは振り下ろそうとしたランスロット・リベレーションの右腕を掴み、頭部のスラッシュハーケンが矛先を向けて来る。

 

 「五月蠅い!!」

 

 矛先を掴むのではなく空いていた左腕をパーシヴァルの頭部に押し当てる。

 次の瞬間、金属音が手の甲より放たれるとパーシヴァルの頭部が粉砕され、一本の釘が飛び出してきた。

 ランスロット・リベレーションの特殊兵装釘打ち機(パイルバンカー)

 オデュッセウスの我侭……要望で装備された新兵装であるが一撃しか放てないので量産化はされないらしい。

 一撃の反動で緩んだ手を振り払って今度こそ刀を振り切る。

 胴体と下半身が解れたパーシヴァルのコクピットブロックが射出されてブラッドリー卿が脱出していった。

 別段気に留めることもせずにアキトの援護に向かう。

 

 『陛下は陛下の意志でここに居られますか?』

 「…いやぁ、私の意志もあるんだけど正直巻き込まれた感があるよ…」

 

 二対一となって少し距離を取ったトリスタン。

 疑いがあるのか会話が途切れ間が開く。

 小さく笑い声が漏れた。

 

 『あははは、やはりというか敵中突破を図った辺りから殿下らしいと思ってましたよ。シュナイゼル殿下の予想は外れでしたか』

 「はははって笑っている場合じゃないんだよねこっちは!」

 

 談笑して居られるならしていたいけどそうも状況が許さない。

 アキトとの挟撃なら何とか押し切れないかと頭に過り始めたその時、ペーネロペー後方で爆発が発生した。

 目を見開いて振り返ると黒煙を撒き散らすペーネロペー後方にモニカ・クルシェフスキー卿のフローランスがハドロンブラスターを構えた状態で狙い続けていた。

 

 「ペーネロペーを!?」

 

 ハメル隊が弾幕を張るがフローレンスと距離があって有効な攻撃は行えていない。

 狙撃銃で牽制しようとしてもジノが気がかりで咄嗟に動けない。

 放たれた二射目のハドロンブラスターはペーネロペーに直撃することなく、割り込んだ機体によって片手で防がれる。 

 驚いて目を見開いたジノは警報で我に返り、刃状のエネルギー体が降り注ぐ光景を目撃した。

 トリスタンは変形して回避しつつ一気に距離を放して行く。

 

 ペーネロペーを挟む形で現れたのは紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンの黒の騎士団と神聖ブリタニア帝国軍のエースであった。

 

 『陛下はお下がりを!ジノは僕が相手をします』

 「助かったよスザク君。カレンちゃん」

 『ちゃん付けは止めて。それよりさっさと行く!』

 

 どうやら連合軍中央軍が混乱に乗じて前進し、ギリギリ合流出来たようだ。

 カレンとスザクを先頭にライの蒼龍弐式改やアリス率いるナナリーの騎士団が次々と周囲の敵を蹴散らして行く。

 ホッと安堵する間もなくランスロット・リベレーションを降下中のペーネロペーに寄せる。

 

 「レイラ!無事かい?」

 『フロートユニットをやられました。これよりペーネロペーは予備推進力を用いて不時着を試みます。その後は現存戦力と共に地上支援に回ろうかと思います』

 「出来るんだね?」

 『問題ありません。ですので陛下は先へ―――陛下にしか出来ない事があるのでしょう』

 

 残存ドローンはすでに20%を切っている。

 有人機はまだまだ健在だが地上は識別反応を見る限りシャルル一派が優勢のようだ。

 不安は残るがここで自分が抜ける訳には行かない事は重々承知している。だから―――。

 

 「レイラ・マルカル大佐!これが最後の戦いなんだ。絶対皆で生還しよう」

 『勿論です。誰一人欠ける事無く戻ります』

 

 レイラ達を信じ、オデュッセウスが一旦最前線より後方のアヴァロンへ向かう。

 この最後の戦闘を終わらせる為に。

 

 

 

 

 

 

 この戦いを連合軍有利に進めていた。

 中央軍は混乱しているシャルル一派を押し返し、左翼は相手の攻撃を凌いで押し止めている。

 そして右翼はグリンダ騎士団のマリーベル・メル・ブリタニアの指揮の下ですでに敵の三分の一ほどを撃破してしまっていた。

 さすがはマリーと専属騎士であるオルドリン・ジヴォンは自らの主を褒め称え、指示通りに次々と敵機を穿つ。 

 たった(・・・)10機のナイトメア隊が立ち塞がるがそんな数はオルドリンの―――否、オルドリン達の足止めにもなりはしない。

 

 『行っくよーオズ』

 「えぇ、行きましょうソキア」

 

 フロートユニットを内蔵し、武装に機体そのものを強化したオルドリンのランスロット・ハイグレイル。

 エニアグラム卿所有の開発ラインで製造された電子戦特化のシェフィールドをソキア用に調整・強化したシェフィールド・アイ。

 獅子のようなフォルムへと変貌した頭部に大幅に武装を強化したレオンハルトのブラッドフォード・ブレイブ。

 ゼットランド左肩にマルチエナジーデバイスを取り付け、改修したティンクのゼットランド・ハート。

 この四機はキャメロット主導のエメラルド・プランに基づいて強化された訳だが、他の機体と違う特性を保持していた。

 それはハイグレイルを中心に合体機構が備えられているという事。

 

 ランスロット・ハイグレイルにT字の変形したシェフィールド・アイが合体したグレイル・ワルキューレ。

 ドルイド・ウァテスシステムにより向上した索敵能力が10機全てを正確に捉え、ドレスのように広がる腰部ユニットに収納されている半自律型武装ACOハーケン12基が目標を貫く。

 被弾しながらも突破出来た一機は有効打を与える事無く、構えられた二本のシュロッター鋼ソードとオルドリンの腕前から呆気なく撃破される。

 

 僅か10秒も満たない短時間で十機を撃破したオルドリンは次の敵機を求めて前進……したいところをぐっと堪えて指示があるまで現状維持に努める。

 戦力が同じでも質で勝っている連合軍は通常戦闘だけ考えれば圧倒して然るべきなのだ。けれどもフレイヤ弾頭の存在がそうはさせてくれない。敵機を全滅へ追い込めば相手は容赦なく撃ちこんでくるだろう。だから敵を壊滅させぬように徐々に押し込んで行かなければならない。

  

 『早すぎですよオズ!』

 『レオンもですよ!』

 『いや二人共言えた事じゃないと思うぞ』

 『あはは…でもやっとお嬢様と合流出来ましたね』

 

 先行し過ぎたオズとソキアに追い付いたレオンたちは隊列を組む。

 ブラッドフォード・ブレイブにゼットランド・ハート、ヴィンセント・エインセルにヴィンセント・グリンダ(グリンダ騎士団用の真紅のヴィンセント)

 真紅のナイトメア部隊に挑もうと向かってくる者も居たがオデュッセウスの特訓を耐え、幾つもの戦場を駆け抜けた彼女・彼らに敵うものはそうはいない。

 ゆえに彼女が対峙するのは当然だった。

 

 『オルドリン』

 

 無線からポツリと聞きなれた声が聞こえた。

 振り返るとそこにはカールレオン級浮遊航空艦足場にして立ち構えるヴィンセント―――いや、グリンダ騎士団で開発されたヴィンセント・グラム。それを真紅に塗られたヴィンセント・グラムルージュ。

 誰が乗っているか確かめずに察したオルドリンはドッキングを解除した。

 

 『オズ?』

 「ごめんソキア。私……」

 『うん、行って来て。周りは私達が何とかするからさ』

 

 離れたソキアはレオン達と共に周辺の敵機に対して戦闘を開始した。 

 横目で確認したオルドリンはヴィンセント・グラムルージュに対峙するようにカールレオン級に着地する。

 ただこちらを向いているだけというのに肌がピリピリするほどの威圧感を感じ身構える。

 

 「お母様……なのでしょうね」

 『えぇ、そうよ』

 

 ヴィンセント・グラムルージュよりオリヴィア・ジヴォンの声が届く。

 言いたい事は山ほどあるけれどぐっと堪えて剣を抜き放つ。

 見た限り武装はメーザーバイブレーションソード一本のみ。

 だからと言って侮れない。

 剣一本という事は近接戦重視のカスタマイズが加えられているのは容易に想像できる。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 冷や汗がたらりと流れて頬を伝う。

 

 静けさすら感じるこの場を乱したのはオリヴィアでもオルドリンでもなく別の者であった。

 

 二人が立って居たカールレオン級下方部で爆発が起こり、上部まで貫通したハドロンが二人の間を通り過ぎ、大きく空いた風穴より白炎を改修に改修を重ねた業火白炎が飛び出し、それを追う様にアグラヴェインが姿を現す。

 

 「お兄ちゃん!?」

 『よそ見とは…』

 

 一瞬の隙。

 それを見逃さずにオリヴィアは距離を詰めて剣を振るう。

 慌てたもののすぐさま冷静に剣を振るって対処する。

 お互いの剣がぶつかり合う。

 反動で弾かれて隙間が生まれ、オルドリンはもう一方の剣で斬りかかる。

 体勢は崩れていて威力こそ低いものの有効な一撃になると判断しての攻撃。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 剣を握っている右手でなく、左手を覆う様にルミナスコーンが展開され、オルドリンの一撃を受け止める。

 

 『背は追い付かれたけれどまだまだねオルドリン』

 「いつまでも昔のままの私じゃない!」

 

 二刀同士の剣戟が交わる中、その頭上ではオイアグロとオルフェウスが交戦を続けていた。

 エウリアの仇であるオイアグロを殺そうとするオルフェウス。

 オイアグロ・ジヴォンは正直殺されても良かった。

 復讐を遂げさせても良かった。

 けれども言われたのだ「ただ殺されても相手は満足しない。そもそも彼に一方的な復讐を許せば彼はそこで終わってしまうよ。だから精一杯足掻いてほしい。全力でぶつかり傷つけ合い殴り合って、言葉と刃を交してから彼の好きなようにさせてやってくれ」と…。

 だからオイアグロは全力で相手をしている。

 放たれたハドロン砲が肩を掠めて、コクピット側面が多少ながらも焼かれる。

 内部には多少熱気が発生する程度で済み、業火白炎はそのまま突き進む。

 

 『どうした!お前の怒りはこんな程度か!!』

 『―――ッ!?オイアグロォオオ!!』

 

 怒りを露わにして突き進んだ業火白炎の拳がアグラヴェインの頭部に決まる。

 ビキリと罅割れた頭部を気にすることなく、右手のハドロン砲が業火白炎の腹部を捉える。

 回避は不可能と見て発射ギリギリ左足で砲門へ蹴りを入れる。

 ゼロ距離で発射した為にハドロン砲発射機構がへしゃげて爆発し、アグラヴェインは右肘から先が、業火白炎は左脚を失った。

 咄嗟に距離を取りつつ左手のハドロン砲を放つがその手を読んだオルフェウスは回避しつつ七式統合兵装右腕部を展開させる。

 怨嗟の籠った戦いを繰り広げられていても気にする暇もないオルドリンは改めてオリヴィアの技術の高さに驚きつつ、それを超えようと懸命に剣を振り続ける。

 

 『……良い剣を振るう様になったわね』

 「いつまでも昔の私じゃないもの!」

 『そうかしら?昔と変わらずマリーベル皇女殿下に依存している。いつまで言われるがままの人形でいるつもりなの』

 『―――ッ!?』

 

 剣筋が変わった。

 先ほどまでの一振り一振りが美しい軌跡を描いていた剣戟とは打って変わり、命を狩り獲ろうと禍々しさを纏った一撃が悪寒を誘う。

 

 『これが皇族の影として陰惨で凄惨な薄暗い道を歩んできたジヴォン家の剣よ。貴方は私(ジヴォン家の剣)を超えられるかしら』

 「超える…超えて見せる。マリーの為にも!いや、皆の為にも!!」

 

 オルドリンは一刀一刀に想いを乗せる。

 多分これからもマリーに依存した関係は変わらないと思う。

 それでも昔とは違う。

 信頼できる仲間達に知り合ってきた人達。嫌なものも良いものも経験しマリーベルだけだったオルドリンは周りを見渡せるようになり、マリーだけのではなくなった。

 人形のつもりはない。

 もしもマリーが道を違えれば時には支え、時には叱咤して間違いを正す。

 自分にそれが出来なくても皆が居れば出来る。

 

 ルミナスコーンを解除したヴィンセント・グラムルージュは両手で柄を握り締め突っ込んで来る。

 これが最後の一振りとなる。

 そう悟ったオルドリンは自分の全てを二振りの剣に込めて振るった。

 双方の剣が激突し、刀身が砕け散った。

 

 

 柄と鍔だけとなった剣を握り締めたまま膠着しているヴィンセント・グラムルージュの喉元に二振りの剣が向けられている。

 

 『それは仄暗いジヴォン家の剣ではない。ようやく私を超えたのねオルドリン』

 「お母様…私…」

 

 優し気なオリヴィアの声にオルドリンは笑みを浮かべる。

 オリヴィアがシャルル一派に付いたのは皇族の影たるジヴォン家の役割を果たすこともあったのだろうけど、それよりも自分を見極めるためにこうして立ちはだかった。

 歴代のジヴォン家当主と同じ道を歩まないかを見定める為に…。

 

 『エウリアの仇!!』

 

 響き渡ったオルフェウスの怒声に頭上を見上げながらオルドリンは止めないと行けないと飛ぼうとしたがオリヴィアに制止される。

 

 『これは二人の問題。私達が出る幕ではないわ』

 

 確かにそうだろうけれど二人の殺し合う姿は見たくない。

 理解していても納得できずに悶々としながらも見守るしかない。

 オルドリンの気持ちを知らずオルフェウスもオイアグロも己の命をすり減らすように攻撃し合う。

 

 『お前の復讐人はここに居るぞ!』

 『お前は!お前だけは!!』

 

 アグラヴェインが放ったハドロン砲を輻射障壁を発生させる絶対障壁左腕で受け止め、四式熱斬刃を展開させた七式統合兵装右腕部を構えている。

 ハドロン砲の射線から脱した業火白炎は絶対障壁左腕で余波を防ぎながらハドロン砲すれすれを突き進む。

 近接戦に備えて左腕ハドロン砲をパージし、中より現れた手が剣を握る中、取り付けられた合計14発ものミサイルと四連スラッシュハーケンが襲い掛かる。

 障壁で防ぐと爆煙で視界が遮られ、目標を見失ってしまった業火白炎は斬り込んできたアグラヴェインにより左腕を切断されてしまった。四式熱斬刃を振るおうとするも先に剣先が右腕に食い込む。

 

 『勝負あったなオルフェウス』

 『あぁ、俺の勝ちだ。ゲフィオン・ブラスター(指向性輻射波動装置)!!』

 

 業火白炎の頭部より放電したかのような輝きが発せられる。

 ゲフィオン・ブラスターはゲフィオン・デイスターバーのようにサクラダイトに干渉して機能を停止させるような物ではなく、対象のサクラダイトを融解させ破壊するもの。例えゲフィオン対策を施していても効果は無く、直撃を受けたアグラヴェインは強制的に内部から機能を破壊されたのだ。

 飛行能力もなくなったアグラヴェインは業火白炎と共にオルドリンとオリヴィアが乗っているカールレオン級に堕ちた。

 二機ともボロボロでもはや動く事すら出来ないだろう。

 オルフェウスがコクピットより姿を現し、同じく姿を晒し自身の死を受け入れて抵抗する素振りを見せないオイアグロに銃口を向ける。

 トリガーに指が掛かり、憎しみに囚われ瞳が濁る。

 今にも撃ちそうなオルフェウスから目を離さなかった。どんな結果になろうとも目を背けてはいけない。

 ゆっくりとトリガーは引かれ、弾丸は銃口より放たれた。

 

 「―――何故、外したのだ」

 

 弾丸はオイアグロを傷つける事無く飛んでいった。

 銃口を下げたオルフェウスは俯きながらぽつりと漏らした。

 

 「エウリアは…エウリアは復讐なんて望まない」

 

 仰ぐように顔を上げ、目元より涙が零れ落ちるオルフェウスを見つめていると薄っすらと、本当に薄っすらと優し気で幸せそうな笑みを浮かべた女性が寄り添っているように見えた。

 

 「俺の復讐は終わったんだ…」

 

 女性は――エウリアはオルフェウスの言葉を聞き終えると満足そうにすぅーと消えて行ったのであった。



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第114話 「戦争の分岐点」

 モニターに映し出される状況にシャルルは愉快そうに笑みを浮かべる。

 地上部隊は現在優勢であるがダモクレス前面に展開した主力隊は各々押し戻され始めた。

 真っ当な軍の総大将ならばこの状況下で笑みを浮かべることは無いが、シャルルにとっては事情が異なる。

 自分は敗者であり、敗者として勝者に従う為に行動しているのだから。

 勝者であるオデュッセウスが望む平和に従来のブリタニアは必要ない。

 今までのブリタニアは“嘘の無い世界”を世界に押し付ける為にギアス関連の遺跡を入手する為の武力。真相を知らずにその中で成長し増長した輩は今後のブリタニアでは馴染まないし、害悪ですらあるだろう。

 オデュッセウスにはそれを排するだけの度量はない。出来るとすれば斬り捨てられるギネヴィアかコーネリア、または出来る限り穏便に見えるように(・・・・・・)手段を講じれるシュナイゼルだけだ。

 

 ならば儂ら(・・)が排除の目的を与えてやろう。

 儂を旗印に集めて黒の騎士団と神聖ブリタニア帝国の連合軍が戦う。

 邪魔な輩を一掃し、これまで敵対していた各国とブリタニアを一致団結させられる。

 後はオデュッセウスとルルーシュが上手くやるだろう。

 

 シュナイゼルがこちらに入った事以外はすべて順調にシナリオ通りに進行中。

 シナリオと言っても儂が動き、反オデュッセウス派と儂に旧皇帝派を集めに集め、連合軍と戦って敗北となんともお粗末なシナリオだがな。

 ゆえにアドリブは付け加えさせてもらった。

 儂らの夢を打ち砕いたささやかな仕返しという訳だ。

 

 「陛下。予定通り連合軍が優勢ですがこのままでは…」

 「余りにも簡易に事が進みゆく…か」

 

 ビスマルクの危惧は最も避けるべきもの。

 あまりに容易にこちらが敗北を喫する事があればこのシナリオに勘付く者も出て来る可能性がある。シュナイゼルには事の真相を話してはおらぬがどうやら察しては居るようだ。察しておきながらあえてこちら側として指揮をしておる。が、戦力が同等でも突出した者らが向こうの方が多いためにシュナイゼルでも抑えきれないのが実情。

 ならばこの劣勢を覆すだけの物を使用するしかない。

 

 「シュナイゼルよ。フレイヤを使用せよ」

 「父上。まだこちらの部隊が連合軍と接して交戦中。撃てばこちらの被害は甚大ですが」

 「構わぬ。正面に展開する障害物(・・・)を排した後に、敵正面戦力を撃ち滅ぼせ」

 「味方ごと!?」

 「それがどうした」

 「―――っ!!」

 「カノン。皇帝陛下からの勅命だ」

 

 発射の指示が出される前にカノン・マルディーニが通信兵を押しのけてマイクを手に取る。

 友軍全体というか特定の誰かにこの事を伝えているようだ。

 さてもうここまでだろう。

 味方ごと屠れとの命令に周りが騒ぎ立てる。

 

 「儂に異論を唱える者はこの場を離れよ。使い物にならぬ駒に用はない」

 

 この一言に恐る恐る周りを確認し、どうしたら良いか分からぬ兵は一人が逃げ出すとそれに連なって退席して行く。

 残る意思を見せたのは儂を除けば三名のみ。

 否、残っているカノン・マルディーニはシュナイゼルが逃げ出さない為に居るに過ぎないか。

 

 「シュナイゼルよ。貴様は…」

 「私はすでに理解しております。その上でここに残りましょう。そもそも兄上に仕掛けた時点で覚悟はありますので」

 「……好きにせよ」

 

 どうせ困るのはあ奴だ。

 それにしても嘘を嫌っていた儂がこうまで嘘を付かされるとは…。

 

 「我が騎士ビスマルクよ。現時刻を持ってナイトオブワンの任を解く」

 「陛下!?」

 「貴様も貴様の好きにせよ」

 「―――ッ!!……イエス・ユア・マジェスティ」

 

 深々と頭を下げて指令室をあとにする。

 奴は奴でオデュッセウスと向き合うつもりだろう。

 後は儂の下に誰が来るかか…。

 

 

 その前にやるべき事はある。

 部隊に明記されていない第七軍に命令を出さねば不貞腐れてしまう。

 これこそ奴にとっては最大の難関となるだろう。

 

 「さぁ、好きに暴れよ。我がナイトオブシックスよ」

 

 三名しかいない指令室でシャルルが小さく呟き、楽し気に笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 「いやはやこれはこれでどうしたものか」

 

 ノネット・エニアグラムは微笑みながら状況を見つめる。

 すでにこちらの左翼は崩壊寸前。

 中央は押し戻され始めて、戦線を維持できているのは右翼のみ。

 地上軍はまだ優勢のようだけどどうなるか。

 

 「まぁ、やるようにやるだけだね」

 『何を呑気な事を言っているの!』

 

 呟きが漏れていたのかドロテアの怒声が届く。

 右翼を担当しているラウンズは私とドロテア・エルンスト卿の二人。

 連合軍から差し向けられた日本占領時に唯一ブリタニアに土を付けた厳島の奇跡で有名な藤堂 鏡志郎に直属の四聖剣。そしてオデュッセウス陛下の唯一のラウンズとなったアーニャ・アールストレイム卿。

 厄介な相手ではあるけれども他に比べたら幾分かマシだろう。

 

 左翼にはオデュッセウス殿下が企画して私も手伝った訓練を耐え抜いたグリンダ騎士団と謎の白い一本角。オリヴィア・ジヴォン卿にオイアグロ・ジヴォン卿との通信が途絶えたという事は少なくともあの二人と同等かそれ以上の者が二人以上いた事になる。 

 中央は話には聞いていたランスロット・アルビオンと紅蓮聖天八極式が固めている。

 詳しい内容は教えて貰えなかったがランスロット・クラブでは埋められない圧倒的な性能差があるとかないとか。

 実際モニター越しでもその二機の付近ではこちらの機体が撃破されているようだし、相手にするのはきつかっただろう。そもそもブラッドリー卿が初めに戦線離脱させられた事でお察しだが、モニカ・クルシェフスキー卿は災難としか言いようがない。

 そうでなくとも目撃情報では中華連邦の黎 星刻が搭乗している神虎に第二次ブラックリベリオンにてジェレミアが乗っているナイトギガフォートレスを確認している。戦力から現場指揮官まで充実し過ぎている中央をラウンズ二人で守る方が無理な話だ。

 

 『こちらだけでも敵を叩かなければ』

 「だったら指揮官を潰すだけの話」

 『敵旗艦に突撃でもかける気か?』

 「現場指揮官なら手も出るさ。行くぞ!」

 『付き合おう。ナイトメア二個小隊続け!』

 

 ドロテアの声掛けにグロースターを中心としたナイトメア二個小隊が随伴する。

 先頭を行くのはランスロットの予備パーツで組み立てられ、ノネット用に改修されたランスロット・クラブ。

 そしてドロテアのパロミデスがあとに続く。

 

 パロミデスとはユーロ・ブリタニア(亡国のアキト)でアシュレイ・アシュラが使用したアフラマズダの流れを汲む機体。

 大きな特徴と言えば肩部がガトリングから手のように五指がある腕のような大型ユニットだろう。外見上それ以外に武装らしい武装は無く、ライフルどころかメーザーバイブレーションソードの一本も付いていない。

 この機体は従来の機体と異なって手足を通常以上に強化し、その強靭な四肢こそがメインの近接武器なのである。

 

 次々と突破して行く先には前線で指揮を執る藤堂 鏡志郎の斬月が待ち構えていた。

 

 『私を狙ってきたか!狙いは良し―――だが!!』

 『―――線上で来るなら問題ない』

 

 斬月が飛び退くとシュタルクハドロンを構えたモルドレッドの姿が。

 ノネットは唇を嘗め、回避することなくそのまま突き進む。

 

 クラブには射撃武装など積み込んでいない。

 元々近接戦闘に特化した戦いを好んでいるノネットは武装として装備しているのはメーザーバイブレーションソード二本に大型ランス。そしてパーシヴァル同様の特殊武装ルミナスコーン。

 ただクラブのルミナスコーンはパーシヴァルと違って両手に付いてあるという点。

 

 両手のルミナスコーンを展開してシュタルクハドロンを中央より防ぐ。

 先端で分けられたようにシュタルクハドロンは拡散してクラブは勿論後続のドロテア達も無傷であった。

 

 「残念だったね。クラブのルミナスコーンの出力は以前より上げておいたのさ」

 『――かなり厄介』

 『だが間合いには入ったよ』

 

 シュタルクハドロンが払われると左右から暁 直参仕様が二機、頭上より月影が斬り込んでくる。

 避けていたとしても三方からの同時攻撃で仕留める気だったか。

 さすがは奇跡の藤堂。

 

 「でもそれじゃあ足りないね」

 『それと勘違いをしている』

 

 ルミナスコーンを解除して大型ランスで月影の攻撃を受け、左右から突っ込んで来る暁 直参仕様にパロミデスが対応した。

 斬りかかった朝比奈機は刀身を左肩部大型ユニットに捕まれ、卜部機の一撃は右肩部大型ユニットによって受け止めら、全くビクともしない様子から出力の違いを目の当たりにさせられる。

 

 『私の間合いに飛び込んだのだ貴様らは』

 

 受け止められたどころか卜部機は押し返された上に吹っ飛ばされる。

 『卜部さん!?』と心配して叫ぶ朝比奈は刀を引くことも押すことも出来ず、柄を掴んでいた手を掴まれた。

 拒もうとしてもパロミデスの力に敵わず無理やりに引き寄せられる過程で腕が千切られ、近付かされたところを頭部に一撃をお見舞いされて頭部が砕け散る。

 

 『朝比奈!卜部!』

 『人の心配をしている場合か!!』

 

 吹き飛ばされた影響で両腕を破損、片腕を引きちぎられ頭部はお釈迦となった卜部と朝比奈は戦闘離脱するしかなく。

 一気に二人を失って手数が少なくなってしまい藤堂が出るしかなかった。だが、下手に斬り合うと斬月まで同じ目に合いかねない。なので一撃離脱を繰り返して刀身を掴まれない様にしなければならない。

 

 『さすがは名の知れたナイトオブラウンズ。一筋縄ではいかんか』

 『――でも抑えてくれれば私が仕留める』

 

 さすがに味方が入り混じってしまった現状ではシュタルクハドロンは使えなくとも全身の小型ミサイルならば問題はない。

 ターゲット誘導に従ってパロミデスに向かって撃ち出す。

 斬月の一太刀を右腕で受け止めたパロミデスの大型ユニット―――通常のナイトメアの腕ほどの太さがある五指が周囲に散った。

 何が起こるか理解できずにいると散らばった両肩の大型ユニットの合計十指が威力は弱いがハドロン砲を放ち、配置から網の目状に展開されて小型ミサイルを全弾撃ち落とした。

 十指をよく見てみると大型ユニットからワイヤーが繋がっており、遠隔操作で動かせるようだった。

 反撃に多方向からのハドロン砲にモルドレッドは防戦一方。藤堂も押し切れずにいるとなれば千葉機の月影は援護に向かいたいところだがノネットがそうはさせない。

 

 「ヴァインベルグ卿から聞いていた通りだな。中々にピーキーな機体のようだ」

 

 オデュッセウスの下で改修に改修を重ねられた月影のスペックはラウンズ専用機並みに高い。高いがそれも使いこなしてこそ。ノネットが言ったように扱い辛く、暴れ馬のような機体を操れるのはスザクやカレンクラスのパイロットぐらいである。

 不利な条件の上に自身より格上の騎士に千葉は防戦一方……いや、押されつつある。

 

 『これほどまでの差があるとは……しかし私は!!』

 

 飛苦無型投擲用鉄鋼榴弾をすべて投げつけたが大型ランスの二振りで叩き落されてしまう。

 が、振り切る瞬間を狙ってすべてのスラスターを用いた制動刃吶喊衝角刀による渾身の一撃をお見舞いする。

 横向きになっていた大型ランスは真っ二つに斬られ、無防備なクラブの懐に入り込んだ。

 

 『負ける訳には行かない!!』

 「それはこちらも同じこと」

 

 返しの一撃を蹴りで逸らし、展開したルミナスコーンで左腕を潰す。

 片腕をやられた月影は距離を取ろうと後方に退く。

 ノネットは追撃することなく再びルミナスコーンを解除してコクピット左右に提げていたメーザーバイブレーションソード二本を鞘より抜いて構える。

 

 『新手か?』

 「あぁ…厄介なのが来たね」

 

 レーダーに映った接近中の機体をモニターで捉えるとそこには蒼の紅蓮弐式――蒼穹弐式改が映し出されていた。

 斬月とモルドレッドを抑えつつ空いている三指でドロテアが牽制射を行うとハドロン砲が機体を通り過ぎたかのように通過し、ドロテアは驚愕で表情が歪み、ノネットは頬を緩めた。

 

 「ここは任せたよ。私はあっちを担当する」

 『気を付けろ。普通じゃないぞ』

 「だろうね」 

 

 一度の動きでよく分かっている。

 ラウンズの一席であるドロテアの牽制射といえども回避しただけで名の通ったパイロットだろう。それに加えてあの動きはコンマ単位で操作するなど一般の技量どころかラウンズでも再現は難しい動き。

 二機とも速度を落とすことなく得物を振り上げてぶつけ合う。

 

 一回りも二回りもデカい右腕に注意しつつ、剣を振るっては傷を与える。

 大振りな一撃にだけ注意していると左腕より折り畳み式のナイフが展開され、左手のメーザーバイブレーションソードの柄を断ち切られてしまった。

 迫るは巨大な右手より発せられる輻射波動の光。

 右手のメーザーバイブレーションソードとナイフを押し止め、左腕のルミナスコーンを展開させて輻射波動を受け止める。

 たった一瞬斬り合っただけで相手はラウンズ並みのパイロットと理解した。

 

 「良い腕だ。私はナイトオブナインのノネット・エニアグラム。お前!名前は?」

 『……ライ』

 「ライか覚えておこう」

 

 いきなり名乗られて驚いているのか言葉数が少なかったがそれでいい。

 どうせまだまだ獲物を通して語り合えるのだから。

 

 ダモクレスからの直通が――カノン・マルディーニからの通信が届くまでは…。

 

 『戦場から離脱なさいノネット!!』

 「なに!?どうしたんだいそんなに慌てて…」

 『フレイヤを撃つわ!シャルル陛下は味方ごと吹き飛ばす気よ!!』

 「―――ッ!?それが一群の王がする事か!!…クッ、この戦場の全兵に告げる!離脱しな!フレイヤが発射される!!」

 

 全域に発したノネットの必死さに対抗していたライは手を止めて、周囲を警戒する。

 ノネットとライはダモクレスより放たれた一発の弾頭が中央のシャルル一派後方を消滅させる輝きを目にした。

 

 「ドロテア!味方を退かせるよ!!このままではこちらも撃たれかねない!!」

 『退くってダモクレスにか!?』

 「違う!神聖ブリタニア帝国(・・・・・・・・・)にさ!」

 

 苦い表情を浮かべながら自分ながら虫の良い事を言っているのは理解している。

 だけれどもここはオデュッセウス陛下に伏してでも頼まなければ全滅してしまう。

 でなければ残るのはフレイヤによる惨劇だ。

 何としても止めなければとノネットはオデュッセウスとの面会を申し込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国皇帝オデュッセウス・ウ・ブリタニアの座乗艦であり、神聖ブリタニア帝国軍旗艦浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーは、フロートシステム被弾の為に日本の大地へと不時着を果たしていた。

 すでに旗艦はアヴァロンへと移され、ペーネロペーに乗艦していた親衛隊は脱出を行っている最中であった。

 脱出と言うのは炎上しつつあるペーネロペーからではなく、不時着してしまった敵勢力圏内からの脱出である。

 

 『ちょっとどれだけいるのよ!』

 『叩いても叩いても湧いて出て来やがる!!』

 『リョウもアヤノも喋る暇があったら手を動かしなよ』

 『『やってる!!』』

 

 佐山 リョウ、成瀬 ユキヤ、香坂 アヤノの三名が迫りくるサザーランドやグロースターに対して防戦一方でありながらも奮闘を見せる。しかしすでに追加装備されていた武装は使い果たして今や通常装備のみのアレクサンダ・ヴァリアントⅡとなっている。

 四十機を超えていたアレクサンダ・ヴァリアント・ドローンは全て大破して今や残るは有人機のみ。

 非戦闘員を装甲車数台に乗せて護衛としてハメル少佐率いる警備隊のアレクサンダが三機にアシュラ隊の面々が護衛に周り、残りは目立つように交戦しつつ後退。つまり囮兼殿。難易度で言ったら今までで最高だと言っても良い。

 

 『くそ!弾がねぇ!!』

 『私のを使って!』

 『あぁ!?』

 『私のは接近戦主体だから』

 『それはさすがに無茶だろうが!!』

 

 確かにアヤノの戦闘スタイルは接近戦向けでそれように改修されているが、数が数だけに飛び込めば辿り着く前に蜂の巣にされるのは目に見えている。

 しかしながら銃撃戦仕様のリョウのアレクサンダの弾切れ。近接戦闘を行えるは行えるがアヤノ機に比べて質は落ちる。

 選択的に間違ってないと分かりつつも自分よりも仲間が危機に瀕する行為を看過できない。

 互いに互いを思いやるからこそ生まれる矛盾。

 

 『おめぇら伏せやがれ!!』

 

 そんな矛盾を一蹴し、周囲の敵機に弾幕が通り過ぎる。

 咄嗟に伏せた三機の上を銃弾が通り過ぎて敵機を薙ぎ払う。 

 振り返れば赤いアレクサンダ――アシュレイ・アシュラ用のアレクサンダ・レッドオーガがチェーンガンを構えていた。

 

 『無事か?』

 『危うく味方に蜂の巣にされるところだったけどね』

 『皆、無事そうで何よりです』

 

 アシュレイにより開けた空間にアキトのアレクサンダ・リベルテ改が斬り込み、三人の盾になるようにレイラのアレクサンダ・ドゥリンダナが立ち塞がり両手で抱えていたマガジンを手渡す。

 

 『弾薬の調達で遅くなりました』

 『こんなに何処にあったのさ?』

 『それにアレ(チェーンガン)なんてあったか?』

 『陛下の試作品コーナーに…』

 

 乾いた笑みを浮かべる。

 オデュッセウスの悪癖というか妙に武器を収集する癖があるのだ。

 ランスロット・リベレーションに装備されている拳銃や短機関銃もその例で今までになかった造形の銃を作らせては保管する。それらをまとめたのが試作品コーナーと呼ばれる陛下専用のスペース。

 本国には武器と言わずナイトメアを収集している倉庫があるというから規模のデカすぎる悪癖であるが、そのおかげでまだまだ生き残れるのだから感謝しなければならない。

 後でレイラが苦情はいれるだろうけど…。

 

 『で、弾薬補充はありがてぇけどこれからどうする』

 『後退します。もう間もなく味方勢力圏内に到着している筈ですから』

 『そう言っても容易くは逃がして貰えない様だ』

 

 追加のサザーランドにグロースター、さらにはナイトギガフォートレスアラクネタイプが五機ほど接近してくる。

 地上戦で連合軍が有利に進めないのは所々にアラクネが配備され、その猛威を振るっていたに他ならない。

 戦場は空中戦に移行される中、どうしても地上部隊の強化と削減をしなければならなかったブリタニア軍はオデュッセウスの下にあったアラクネに目を付けた。ただし本来のアラクネを再現するとコストが掛かり過ぎるので大きさを一回り小さくし、脚部を六本に減らし、武装には腹部の十六連装小型ミサイルポッドに超電磁砲を二砲門、各足関節部機銃、頭胸部前方の三連装大型ガトリング砲が装備されている。

 電磁ユニット、複数のスラッシュハーケン、触肢型メーザーバイブレーションソード、ハドロン砲は無く、装甲もシュレッダー鋼と電磁装甲から一般の装甲板へと変えられた。

 メインとなるユニットはサザーランドの上部だけを使用させ、脱出機能はコクピットブロックのみ。

 

 以前に比べて弱体化凄まじいがそれでも火力は高く射程も長いので、現行の量産機で勝とうとするならばハドロン砲を装備するガレスを二個小隊は用意しなければならないだろう。

 

 『こりゃあ殿下に言うべき苦情が増えるな』

 『アキト少佐。殿下でなく陛下です』

 『こんな時もレイラは真面目だね』

 『デカ物退治ならこいつの出番だろ』

 

 アシュレイがチェーンガンを構えるが空回りするだけで一向に弾が放出されない。

 

 『アレ?』

 『総員散開!!』

 

 アフラマズダと違って予備弾倉をタンクで付けている訳でないので同じ感覚で撃って居たら早々に弾切れを起こす。

 理解させる前に指示を出して離れさせる。

 小型ミサイルと超電磁砲の砲撃が降り注ぎ、周囲に被害をもたらす。

 迎撃しながら後退するもナイトメア隊が回り込んで包囲しようと動き出して退路を断って殲滅しようとしている。

 たった六機で突破するには難し過ぎる戦局。

 レイラは策を巡らすが地形も把握も出来ず、戦力的に圧倒的劣勢に立たされている状態では有効策が思いつかない。

 出来得ることはアレクサンダ・ドゥリンダナのプルマ・リベールラを展開して味方を守る事のみ。

 圧倒的に手が足りなさすぎる。

 

 『―――っ!レーダーに機影』

 『敵の増援!?』

 『いえ、味方識別コードを確認』

 

 レーダーに映った一団に目を向けると通常のナイトメアよりも大きな機体が戦場を駆けていた。

 ケンタウロスのような下半身は馬で上半身は人型のナイトメアフレーム“エクウス”と鳥型のナイトメアフレーム“アクイラ”。

 パラックス・ルィ・ブリタニアとキャスタール・ルィ・ブリタニア専用機。

 という事は周囲のナイトメア隊は親衛隊。

 思わぬ増援に頬を緩ませるが未だ窮地を脱したわけではない。

 

 

 

 ―――ピシリ…。

 

 

 頭上より変わった(・・・・)ヴィンセントが着地するな否や包囲しようと左方に展開中のナイトメア部隊が一瞬で凍り付いた。

 信じられない光景を生み出したヴィンセントはその場でアラクネの一機と対峙する。

 

 『こちらジュリアス(・・・・・)キングスレイ(・・・・・・)。貴官らを援護する』

 

 それだけ告げるとヴィンセントはアラクネ向けて一直線に進んで行く。

 迎撃しようとガトリングが火を噴くが氷結が影響してか弾丸が逸れて掠りもしない。

 

 上からはガレス一個小隊が、後方からはヴィンセント・ウォード三個小隊が周囲を固め、レイラ達を掩護するように周囲に対して弾幕を張る。

 

 『陛下直属の親衛隊の方々ですね』

 『はい、親衛隊隊長のレイラ・マルカル大佐です。そちらは』

 『私はキャスタール殿下の騎士を務めているヴィレッタ・ヌゥと申します。ここは我らとクロヴィス殿下の親衛隊であるキューエル隊で抑えますので撤退を』

 『すでに他の隊員は保護しております』

 『しかし私達だけ撤退は――』

 『いえ、私達も含めて皇子様方にとってはお邪魔となりますので』

 

 キューエルのガレスとヴィレッタのヴィンセント・ウォードの見据える先には先頭を突っ走るエクウスと頭上を飛行するアクイラの姿があった。

 皇族機という事もあって防御力が異常に高く、ナイトメア用のアサルトライフルではダメージを負わせているのかすら怪しく見える。

 

 『あっはっはっはっ、最っ高!』

 

 エクウスの前に立ちはだかるサザーランドを強靭な四足が踏み潰し、易々と振り回される大槌がグロースターを吹き飛ばす。

 

 『もうパラックス!ボクの分を残してよ!!』

 

 身軽な動きで相手を翻弄し、アクイラの鋭い両翼がナイトメアが障子紙を裂くように容易に切り裂く。

 

 『嫌だね。いっぱい狩って兄上に褒めて貰うんだから』

 『ボクだって褒められたいのに!』

 

 オデュッセウス陛下に褒めて欲しい一心で敵を楽しそうに蹴散らす様子には狂気すら感じ取れる。 

 気圧されるほどの狂気を感じながらも一騎当千。無双と呼べる光景に安堵を覚える。

 これで生き残る事が出来ると。

 

 一気に戦局を変えそうな二機に対してアラクネ三機が対峙するが、アクイラの角より発せられた拡散するビーム、エクウスからは雷撃を放たれて直撃を受けた二機が爆発炎上。残る一騎は距離を詰められて大槌の一撃からの翼で斬りかかられて沈黙した。

 戦果を挙げる度に嬉しそうな顔をする二人であったが正直面倒にもなりつつある。

 少々飽きが来たのだ。

 

 『こいつら数ばかりで全然手応えないな』

 『なんか倒しても面白くないね』

 『『一掃しちゃおうか』』

 

 アクイラとエクウスが距離を縮めたかと思うと急にエクウスがパーツ単位で崩れてアクイラへとくっ付いて行く。

 元々純白のエクウスと黒をベースにしたアクイラが合体して金色のナイトメアフレーム“レガリア”へと変貌した。

 大槌は超大型ランスと成り、背中にはエクウスの翼が生え、胸元にはミサイルの弾頭が姿を現す。

 

 『『アーハッハッハッハ!喰らえ!!』』

 

 ジュリアスに凍結させられたアラクネを除いて最後となった一機と周辺に展開するナイトメアフレームは悲劇であろう。

 レガリアはエネルギー量、防御力に攻撃力全てが出鱈目な機体だ。

 そもそも登場したゲームでは損傷を受けた二機が合体して出来上がった機体。

 たった一騎でランスロットに紅蓮弐式、ガウェインを相手取れる異常な性能。

 

 そんな化け物が目の前に現れたのだから…。

 

 頭部の角より放たれた二本の電撃が薙ぎ払い、胸部の大型ミサイルが着弾点を中心に吹き飛ばす。

 最後に翼で蓄積された電流をまとめた四つの光玉が放り込まれ、アラクネを巻き込んで周囲のナイトメアもろとも光で包み込む。

 目が眩むほどの光を発し、範囲内の機体は吹き荒れる電撃によって粉砕され、残ったのは浴びた電撃により放電する残骸のみだった。

 

 鬱陶しい敵機を殲滅した双子はにっこりと笑みを浮かべ、補給の為にレイラ達や救援に駆け付けた部隊を連れて味方陣地へと下がるのであった。




●パロミデスについて

 ドロテア卿のパロミデスなのですが詳細な情報がないので五指のハドロン砲辺りは勝手に想像して付け足しました。
 本来そのような機能があるか分かりません。

 漫画の双貌のオズO2に登場するのですが戦闘シーンは無く、あるのは飛行シーンのみ。
 武装は見当たらず、説明で四肢が強靭で格闘戦を主体とした機体としか…。
 もしかしたら何かで情報が出ていたのかも知れませんがこれ以上を私は知らずに、射撃武器が欲しいと思い設定を追加させて頂きました。


 ……というか大型ユニットの五指を見た瞬間に機動戦士ガン●ムユニコーンに搭乗するネオジオ●グを連想したのでそのようにしてしまいました…。


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第115話 「閃光」

 昨日大幅の書き直しを行ったら投稿出来ませんでした。
 申し訳ないです。


 離れた右翼からでもはっきりと中央で爆発したフレイヤの輝きが確認された。

 オリヴィア・ジヴォンに勝ったオルドリンはその光に焦りの色を浮かべ、すぐさま現状確認の為に無線を開いた。

 

 「マリー!今のは!!」

 『分かっているわオズ。報告が殺到しているけれどフレイヤが使われたのは確かよ』

 「こちらの損害は?」

 『ゼロよ』

 

 すぐさま返って来た返答に耳を疑った。

 ここからでも確認できた規模の爆発で被害がないなどあり得ない。

 まさかフレイヤを威嚇の為だけに使ったというの?

 そんな訳は無いとどういう訳かと思考を働かせるがこれだと確信する考えは浮かばない。

 いや、そもそも騎士道精神を持つオルドリンでは考え付かないだろう。

 

 『敵は…お父様は自身の味方に向けて放ったのよ』

 「味方に!?そんな…どうして!」

 『恐らくだけど意味はあまり無いと思う。下手をすれば射線を確保する為に邪魔だからという理由かもしれないし…』

 「そんな理由で」

 

 怒りがふつふつと沸き上がる。

 それを察してかヴィンセント・グラムルージュが肩を掴んだ。

 

 『落ち着きなさい。それでも皇女殿下の騎士なの?』

 「―――っ!?」

 『貴方はただの騎士ではないの。マリーベル皇女殿下の筆頭騎士(ナイト・オブ・ナイツ)。どんなことがあろうと平静を保ち、冷静でいなさい』

 「えぇ、そうよね。うん…よし!」

 

 自ら頬をパチンと叩いて気合を入れて気持ちを入れ替える。

 中央に被害が無いというのは幸いと考えるべきだろう。

 敵が射線を確保するにも時間は必要となる。

 ならばマリーの事だからこちらの大勢を整えて反撃の一手へと導いてくれるだろう。

 

 『オズ!まだ戦える?』

 「私はまだ戦えるよ」

 『なら現在現れた新手の対応をお願いします』

 「新手!?」

 『お兄様と同じ手を考えていらしたようで突如地上よりナイトメアフレーム部隊が接近。グランベリーに迫る勢いで突っ込んできています』

 

 カールレオン級浮遊航空艦グランベリーはグリンダ騎士団旗艦であり、神聖ブリタニア帝国・黒の騎士団の連合軍右翼の司令艦を務めている。

 もしもグランベリーを落とされれば右翼の指揮系統は消滅し、混乱の真っただ中に落される。

 下手をすれば崩壊だってあり得るのだ。

 

 「グリンダ騎士団総員新たに出現した敵部隊の殲滅に当たる!」

 

 指揮系統云々よりもオルドリンとってはマリーの安全が第一。

 仲間より返事が返ると速度を上げてレーダーに表示される地点に向かう。

 

 新たに出現した敵部隊は一個大隊ほどの規模のナイトメア隊だった。

 サザーランド・エアなどではなく全機がヴィンセント・ウォード……否、配色からロイヤルガード所属の精鋭機と推測する。

 中には大型のナイトギガフォートレスまで視認出来た。

 

 「つまりラウンズを除いた最大戦力!」

 『もしかして先ほどのフレイヤはこの為の囮かな?』

 『目を逸らさせる為だけに味方を消滅させたと言うのですか!?』

 『惨い事をするね…』

 『だがその効果は大きかった。なにせこれだけの精鋭部隊が司令艦に迫る機会を生んだのだから』

 

 確かにそれだけの効果があったのは認める。が、味方を死なせる手段については納得できない。

 急ぎ駆け付けようと近づくとナイトギガフォートレスの拡散したハドロン砲が連合軍ナイトメアをまとめて撃破していた。

 

 拠点防衛用ナイトギガフォートレス“エルファバ”

 ジェレミア・ゴッドバルトのサザーランド・ジークと同じ流れを組む試作機。

 性能以上に見た目がサザーランドジークに酷似しており、違いと言えば左右の大型ユニットの下に拡散ハドロン砲を撃てるマニュピレーターが取り付けられ、機体の真下にあった大型のロングレンジリニアキャノンがハイパーハドロン砲に変えられている点であろうか。

 拠点防衛用ナイトギガフォートレスという事だけあって攻守とも優れた機体に仕上がっている―――筈だった。

 漫画に登場したこの機体にはルルーシュが搭乗している蜃気楼のデータが使用され、ドルイドシステムを用いた絶対守護領域により絶大な防御力を誇っていたのだが、ドルイドシステムはブリタニアの技術でもそれを転用した絶対守護領域は黒の騎士団(ラクシャータ)の技術で搭載が間に合わなかったのだ。よって防御力を持たせる面で全方位にブレイズルミナスを展開できるようにしたものの、防御力は漫画時よりもかなりランクダウンしてしまった。

 それとコアユニットとしてランスロット・トライアルの下半身が埋め込まれていたのだが、そこには大きなカバーが取り付けられてコアユニットを覆い隠している。

 

 劣化版とは言え拠点防衛用を行えるだけの強力な火力は健在な訳で、拡散ハドロン砲にハイパーハドロン砲、多数のミサイルで弾幕を張られて連合軍ナイトメア部隊は近付くことも出来ずに撃破されていく一方。

 後続のロイヤルナイツは出来るだけ温存して突き崩すつもりなのだろう。

 逆に言えば道を切り開くために絶えず撃ち続けているので、エナジーの消費は凄まじくて中央まで持つことは無い。

 無いからと言ってエナジー切れを待っていては味方を見殺しにするに等しい。

 やるべき事は変わらない。エナジー面で弱っている事で多少容易になるぐらいか。

 

 『お嬢様。如何なさいます?』

 「トトとソキア、マリーカで周囲の敵を。私とレオン、ティンクであのナイトギガフォートレスを撃破します。ティンク!」

 『一気に数を減らすのか。了解した』

 

 呼ぶだけで意図を察したティンクはゼットランド・ハートはメガ・ハドロンランチャーを構えてランスロット・ハイグレイルの前に出る。ランスロット・ハイグレイルはゼットランド・ハートのコクピットの左右に伸びたウィング状の持ち手を掴み、後ろに伸びた脚部に足を付ける。

 

 『ユグドラシルドライブダイレクトコレクション!』

 「目標敵ナイトギガフォートレス及びナイトメア部隊中央!」

 

 ハイグレイルチャリオットの形態をとった両機のユグドラシル・ドライブ連結し、威力を格段と挙げたギガ・ハドロンランチャー・フルブラストが目標に向かって伸びて行く。

 範囲攻撃を行っていたエルファバはブレイズルミナスを展開して回避行動に入るが避け切れずにブレイズルミナスの一部が掠る。掠った程度でもかなりの高威力を受けてブレイズルミナスを打ち破って左舷マニュピレータを溶解させ、衝撃であらぬ方向へ弾き飛ばした。

 損傷したものの生き残ったエルファバは良いものの、後ろに続いていたロイヤルガードのヴィンセント・ウォード隊は回避する事もままならずに飲み込まれ消滅して行った。

 奇襲を仕掛けてきた部隊の大半を打ち破ったがここで手は休めない。

 

 「レオン、お願い!」

 『行きますよオズ!』

 

 ゼットランド・ハートから離れると合体できるように可変したブラッドフォード・ブレイブが背に接続し、ハイグレイル・エアキャリバーとなった事を確認したオルドリンは一気に上昇してエルファバを見下ろす。

 反動によって弾かれた影響で体勢を整え切れていないエルファバに狙いをつけて一直線に降下する。

 

 『ルミナス・ラム展開!』

 「行っけぇえええええええ!!」

 

 ハイグレイル・エアキャリバーは右足を伸ばして蹴りの体勢のまま突っ込む。

 足先に高エネルギー体で構成されたルミナス・ラムを展開させて、そのままエルファバと激突した。

 負けじとブレイズルミナスを展開したようだが破損して弱っているブレイズルミナスでは高所からの落下と最大加速、そしてルミナス・ラムを使用したハイグレイル・エアキャリバーを受け止める事無く、呆気なくブレイズルミナスは突破されて機体に大きな風穴が出来上がった。

 

 「これで終わりね」

 『―――ようやく出られるのね』

 

 無線を通して聞こえた女性の声に背筋が凍り付くような―――違う、そんなものじゃない。

 全身の血の気が引いて、指先ひとつ動かすことが出来ない。

 今まで戦ってきた中では味わったことの無い純粋で無邪気、ゆえに恐ろしいと感じる殺気。

 視線だけをゆっくりと動かしてソレを捉えた。

 

 機体ダメージから放電し、火花を散らしながら降下するエルファバのコアユニットを覆っていたカバーが吹き飛び、中よりナイトメアが姿を現した。

 

 モルドレッドを模したかのような頭部。

 二の腕を守るように取り付けられた剣の刃のようなショルダーシールド。

 肩の方に先端を向けた腕より少し短い刀身が取り付けられた腕部。

 スカート様に展開されている腰部の滑らかな装甲版。

 鋭く刃を連想させるような尖った脚部。

 コクピットの左右にはメーザーバイブレーション、左腰には持ち手だけの刃の無い剣が装備。

 胸部は追加装甲が施され、純白に染められた機体の彼方此方を走る真紅に輝くライン。

 

 見た事の無いナイトメアに目が奪われる。

 いや、似た機体は覚えがある。

 頭部はモルドレッドのようだが身体は中華連邦の神虎と酷似している。

 オルドリンの中でオデュッセウス陛下の下よりナイトギガフォートレスとナイトメアフレームが奪われたという報告を思い出し、陛下の所有するナイトメアには神虎を元にした朱厭なるナイトメアがあった筈だ。

 

 『窮屈だし、手ごたえがなさ過ぎて退屈だったのよ。でも貴方達のおかげでようやく出られたわ。ありがとうね。そして――――』

 「――――ッ!?」

 『さようならかしら?』

 『オズ!!』

 

 背中より十枚(・・)のエナジーウィングが展開されたと思った次の瞬間、開いていた距離が一気に詰められた。

 気付いて距離を取ろうとするも向こうの方が機動力が高過ぎてあっと言う間に追い付かれる。

 このままでは危ないと突き放すようにブラッドフォード・ブレイブが接続を解除して、斬り込もうとしたがスピンを掛けながら横を通過した敵機によって右足と右腕、そして頭部が幾重にも刻まれて剣を振るうどころか持つ事さえ出来なかった。

 ――理解した。

 この敵には私…私達では敵わない事を。

 

 それでも諦めずにブラッドフォード・ブレイブの飛行ユニットを損傷させるように蹴りを喰らわせた敵機に剣を振るう。

 母を超え、ジヴォン家とは違う意味を持った己の剣を。

 

 目にも止まらぬ速さで身体を捻りながらの蹴りで振るおうとしていた右腕が弾かれて、反応する間もなくオルドリンの視界には迫る刃が目の前にまで迫っていた。

 死を連想したが映し出されたのは頭部カメラからの映像。

 メインのモニターからの映像が消え、衝撃が伝わったことで頭部をやられた事を理解する。

 システムがメインカメラが使用不能になった事で別のカメラへと切り替えるのだが、そのコンマ何秒を待たずにして機体に衝撃が走る。

 何が起こっているのか知る由は無いが勘で理解したオルドリンは躊躇わずに脱出レバーを引いた。

 

 見る事叶わないがこの時、頭部を切り裂いた敵機はそのまま二撃目の蹴りをかまして、もう一撃で機体を両断しようとしていたのだ。

 両断と言っても狙いはコクピットでなく、腰部分で機体を胴体と下半身で切り分ける。

 

 トトのヴィンセント・グリンダがオルドリンが乗っているコクピットを受け止め、落ちて行くブラッドフォード・ブレイブをマリーカのヴィンセント・エインヘリヤルが支える。

 刹那の出来事を目の当たりしていたソキアは一瞬反応が遅れたが、冷静なティンクは味方機が離れた事で高火力のギガ・ハドロンランチャーを放つ。グランベリー上部甲板より周辺の援護を行っていたシュバルツァー将軍の漆黒のヴィンセント・グラム―――ヴィンセント・グラムノワールの狙撃用のハドロンランチャーよる長距離援護も加わる。

 が、それらを嘲笑うかのようにワルツでも踊っているのかというような優雅に舞って回避する様子から技量の高さよりもまだ底の見えない事実が叩き込まれる。

 ようやく迎撃しようと動いたソキアはACOハーケンで仕掛けるが二本のメーザーバイブレーションによって剣の間合いに入った瞬間には切断され、有効的な攻撃を行う事も出来ずに両腕を切断されてその場に捨て置かれた。

 次の狙いはゼットランド・ハートだと分かり易く直線的に近づく。

 距離が狭まったというのに当たらないメガ・ハドロンランチャーを投げつけ、離脱を図るも避けずにメガ・ハドロンランチャーを斬り、肉薄されて膝蹴りの一撃で頭部を潰され通り過ぎられた。

 

 ハッチを開けて肉眼で周囲を確認するオルドリンはもう追い付くことも出来ない敵機がグランベリーより援護していたヴィンセント・グラムノワールの攻撃を完璧に躱して、両手両足を切断して連合軍中央へと向かって行く様子を眺めるしかなかった。

 

 『オズ!オズ!返事をして、無事なの!?』

 

 無線機より懇願するように叫ぶマリーの声にハッと我に返り、耳に装備しているマイクを手に取る。

 

 「私は大丈夫。大丈夫よマリー」

 『無事なのね?怪我はしてないのね?』

 「怪我もしていないし、無事だから安心してマリー」

 『あぁ、本当に良かった。もし貴方に何かあったら私…』

 

 オルドリンの事で頭がいっぱいになり精神が不安定になったマリーベルを落ち着かせるように優しい音色で答える。

 こうなってはマリーベルは指揮に専念できない。

 

 「マリー。中央の陛下とゼロに現状の報告をお願い」

 『―――っ!!…そうね。そうするべきね。ごめんなさい…今の私は冷静じゃないみたい』

 「謝らないで。私はマリーの騎士。貴方を支えるのが私なんだから。それとアマネセールと予備機のヴィンセント・グラムの用意をお願い」

 『…行くのねオズ』

 「えぇ、行くわマリー」

 

 決して敵うことの出来ない相手でも引き下がる事は出来ない。 

 アレを放置するなんてどれほど危険なのかは骨の芯まで理解している。

 私の力だけで足りなければ他の方々の力を借りてでも止める。絶対に。

 

 そう決意したオルドリンにマリーベルは大きく頷いて彼女も覚悟を決めて指揮をシュバルツァー将軍に任せてナイトメア格納庫へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 フレイヤの輝きを目の当たりにしたゼロは大きく息を吐いた。

 この戦争はルルーシュとシャルルが仕組んだもの。

 反オデュッセウス派を集結させ、すでにその半数以上を排除し、残っている者も味方ごと消滅させる凶行を行ったシャルルよりオデュッセウスへ乗り換えるだろう。

 

 「扇。ここの指揮は任せる」

 「任せるって…どうする気だ?」

 「敵はもはや歯向かうほどの力を失い、残るはダモクレスとフレイヤのみ。私はダモクレスへ向かう」

 「危険だゼロ」

 「危険は承知の上だ。だが行かねばならない。それに策も用意してある」

 

 心配そうな眼差しだった扇は大きく頷いて力強い目で見つめ返した。

 

 「分かった。ここは何とかしよう」

 「頼む。行くぞC.C.」

 

 C.C.を連れて黒の騎士団旗艦イカルガ艦橋よりナイトメア格納庫へ向かう。

 やけ静かで自分達が歩く足音が耳に響く。

 

 「これで終わるのか」

 

 格納庫へ向かう途中ぼそりとC.C.が言葉を漏らした。

 記憶を失った時のようにしおらしい様子に戸惑い、表情を伺いながら何か話題を探す。

 

 「C.C.。お前はこの戦いが終わった後はどうするつもりだ?」

 「…そうだな。またこの現世を漂うとしようか」

 「騎士団には残らないか?」

 「不死の私は表に立つわけにもいかない。あぁ、契約を果たしてくれるなら残るが」

 

 先ほどのしおらしさは何処に行ったのか挑発するかのように向けられた言葉に苦笑いを浮かべる。

 契約を叶えたい気持ちはある。が、それを行うにしても今はまだやるべき事が散在している。そう易々と返事を返してやれない事が辛く感じる。

 

 「まったく何故こうも契約不履行者ばかりなのだろうな」

 「………C.C.」

 「それに私にもやるべき事がある。安心しろ。もうあのように死は選ばない」

 

 格納庫に辿り着いた二人の前にはゼロの蜃気楼とC.C.の暁 直参仕様が待機していた。

 蜃気楼にはフレイヤ対策としてオデュッセウスが用意したフレイヤ・エリミネーターが取り付けられている。

 これを使えばフレイヤを相殺することが出来る。

 ただ起爆する前に刻々と組成が変化するフレイヤの真逆の反応を打ち込まなければいけないので易々とはいかないが…。

 蜃気楼に乗り込もうとしたルルーシュは足を止めて、暁 直参仕様に乗り込むC.C.へ振り向いた。

 

 「勝つぞC.C.」

 「何を今更。当たり前のことを」

 

 クスリと笑いコクピットに入って行く様子を見届け、ルルーシュも入ってシートに腰かけて起動させる。

 起動を済ますとイカルガより出撃し、ダモクレス攻略の為に編成した部隊と合流する。

 編成部隊はカレンにスザク、ライにジェレミア、そしてオデュッセウスにアーニャの六名。本来なら藤堂達も含まれていたが戦闘により機体が大破してしまい待機中。機体を調達するにしても待っている時間はない。

 ただ嬉しい誤算があった。

 

 『ルr―――ゼロ。ノネット達がこちらに加わるとの事で突入組に入って貰おうと思うけど』

 「ノネット?…ラウンズがこちらにか」

 『信用できる相手だよ。腕も確かだし私が保証しよう』

 「そうか。了解した」

 

 紅蓮聖天八極式、ランスロット・アルビオン、蒼穹弐式改、サザーランドジーク、ランスロット・リベレーション、ランスロット・クラブ、モルドレッド、フローレンス、パロミデス、トリスタン。

 一騎当千の精鋭揃いの部隊に負ける気がしない。

 

 「良し!ではこれよりダモクレス攻略の為に突撃を敢行する。カレンとスザクは道を切り開き、残りは左右後方へ警戒してくれ!接近さえすればあとはこちらの策がある」

 

 陣形を整えさせ、いざダモクレスに行かんとするルルーシュに緊急の通信が割り込んだ。

 

 『ゼロ!大変だ。右翼が突破された』

 「なに!?まだそんな戦力があったか…それで状況は?」

 『右翼を突破した機体はそのままこちらに向かってきている』

 「突破した機体?敵の数は?詳しい詳細を知らせよ」

 『敵は一機だよ。見た事の無い機体だし新型なんじゃあ…兎も角データを送る』

 

 一機という事に嫌な悪寒を覚えた。

 これまで一機で突っ込んできた相手でこちらの都合通りに事を進めれた記憶がない。

 送られた画像は神虎をベースとして頭部をモルドレッドのものを取り付けたような機体が映っていた。武装らしい武装がメーザーバイブレーションソードしか見受けられない事から格闘戦を主体とした機体と見受けられるが…。

 

 「兄u……オデュッセウス。見覚えはないか?」

 

 ブリタニアの機体ならば兄上の方が詳しいだろうと画像を送ると通信機越しに小さい悲鳴みたいな声が漏れた。

 

 『これは不味いよ。最悪だ…』

 「覚えがあるんだな」

 『あるけれどこれは相手にしない方が良い。この機体は現状の技術検証実験用ナイトメアフレーム―――仮名“カリバーン(選定の剣)”。ランスロット・アルビオンに紅蓮聖天八極式、アレクサンダなど私の所で知り得る技術を集めに集め、詰め込んだ非常識なナイトメアだ』

 「馬鹿げた機体だな。で、弱点はないのか?」

 『神虎とは違った意味で搭乗者が居ない事だったかな。あれを動かすと負荷で死ねる』

 「それで選定の剣か。動かせる者というのはジェレミアと同じ…」

 『搭乗者に至っては心当たりがある。知ってる人物が乗ってるよ』

 

 言葉のニュアンスで察したルルーシュは頭を痛めた。

 最悪の状況だ。予想通りの相手でそれだけのスペックならここの面子総出で挑まなければならないだろうが、そうなれば二射、三射とフレイヤが放たれて被害はすさまじい事になる。

 

 『ノネット、いや我がラウンズの騎士達よ。アレの足止めを頼む』

 

 命令を出す前にオデュッセウスの指示が飛び、ルルーシュもその方向で指示を出す。

 

 「ライは援護を。残りはこのまま行くぞ」

 『了解!』

 『行きます!』

 

 紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンが先行し、蜃気楼にC.C.の暁 直参仕様、サザーランドジークが続く。

 一抹の不安は残るものの賭けるしかない。

 念のために相手が相手だった場合、オデュッセウスに喰らい付く可能性があるので別ルートで向かう事に。

 

 

 

 

 

 

 私は私自身の不甲斐無さを呪った。

 騎士としての私は威張り散らしているだけの貴族達では相手にならない高みに立ってはいたが、本当に欲したものは何一つ手に入らない。あの人の夢に賛同して同じ夢を見ようと手を貸したものの、私のギアス適正は低くて役に立ちそうになかった。

 出来る事は騎士として外敵を追い払う事だったのにそれはビスマルクの仕事。私の仕事と言えばあの人との間に産まれた保険(・・)の世話。

 もっと私のギアスに有効性があればあの人の役に立てたというのに皇妃としての役回りばかり。何度となく自分の能力の低さを恨んだ事か。どれだけ自身のギアスを呪った事か。

 けれど今はこのギアスで良かったと心底思う。

 

 肉体の約80%を医療サイバネティック技術と機械工学で賄い、無理やり心臓を動かさせて肉体は生きているとしてオデュッセウスのギアスで機能停止していた脳を正常な状態に戻し、コード所有者であるシャルルの協力により神根島の遺跡よりこの身体に魂を降して貰った。

 私、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは借り物の身体ではなく尋常ならざる肉体を持ってこの世に蘇ったのだ。

 

 「あぁ、やっぱり自由って良いわね」

 

 呼吸ひとつするたびに生きていると実感する。

 混ざりものであるがシャルルが保存してくれていた私の肉体の感覚に感動すら感じる。

 背中と繋がったシートからこの子(カリバーン)も喜んでいる。試験機として暗い不自由な実験棟から一時の狂宴としても大空を駆けまわれる自由を。

 

 「雑魚ばかりでは貴方も飽きたでしょう?私は飽きたわ。そろそろ食べ応えのある相手と戦いたいものね」

 

 視線をダモクレスに向かって行くナイトメア隊へ向ける。

 ゼロであるルルーシュを守るように追従する紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンを視界に収めると獲物を見つけたと言わんばかりにニヤケ、唇を嘗めた。

 今にも追い掛けたい気持ちを押し止める。

 私とてこの計画の一端。

 ならばルルーシュがダモクレスに辿り着くことは絶対条件。

 だからどれだけ遊びたくてもあとに取っておく。

 それよりも今はお仕置きをしなくちゃね。私達の夢を砕いたあの悪い子に…。

 

 『一斉に掛かるぞ!』

 

 拾い上げた声に退屈しのぎにはなるかしらと呟き発生源に振り返る。

 機体の先にはこのカリバーンの元機である朱厭の大元である神虎が両手を広げてこちらへと向かってきているではないか。

 パイロットは知略・技術ともに高い黎 星刻。

 少しは楽しませてくれるかしら?

 不気味な笑みを浮かべてカリバーンを神経電位接続により動かす。

 

 周囲に展開したナイトメアは暁タイプが十六機にヴィンセントタイプが九機の合計二十五機。

 向けられた銃口に臆することなく吶喊する。

 命令によりフルオートで放たれた弾丸を回避する光景は異常だ。

 スザクのランスロットもブレイズルミナスを展開したり、ギリギリを躱したりしていたが。これはそれと違ってカリバーンの出力と強引な軌道制御によってなされたもの。普通の人間であるならば意識は途絶え、骨は砕け、臓器が潰れるほどの負荷を改造・強化された肉体を持つマリアンヌだから出来る荒技。

 純白の機体に施された真紅のラインが発光して銃弾飛び交う空間を赤い閃光が駆け抜ける。

 剣が届くか届かないかの位置まで接近されたナイトメア隊は次々と腕や胴、頭部を斬り飛ばされて戦闘継続不能とされていく。

 まさに化け物と表現するしかない相手に星刻も冷や汗を流す。

 

 「これが中華連邦で…いえ、黒の騎士団でも名を馳せた人物の策なのかしら?」

 『いや、これからだ!!』

 

 一気に二十五機もやられた事で神虎は下がる。

 追撃する前に気付いたマリアンヌは落ち着いた様子で高度を上げた。

 先ほどまで居た位置にシュタルクハドロンが通過して焦るどころか嬉しそうに頬を緩ませる。

 

 「そう!そうなのね!貴方達が私を楽しませてくれるのね」

 

 背後をとるように位置取りをしていたアーニャ・アールストレイムのモルドレッドに頭上を抑えるように待機しているジノ・ヴァインベルグのトリスタン。モルドレッドを守るように布陣しているノネット・エニアグラムのランスロット・クラブにライの蒼穹弐式改、左右から挟み撃ちにしようとしているドロテア・エルストンのパロミデスにモニカ・クルシェフスキーのフローレンス。

 即席であるがラウンズと黒の騎士団の混成精鋭部隊。

 こう有利に囲んでいるという事は先ほどのナイトメア部隊は彼らが布陣する為に注意を引く囮と考えるべきなのだろう。

 

 「ふふふ、面白いわね。あの子(オデュッセウス)へのお仕置きは後回しにしてあげる―――来なさい」

 『挑発に乗るな。奴の機体は接近戦に秀でている。遠距離戦に持ち込め!』

 

 パロミデスの大型ユニットの指が飛び回り四方を囲み、頭上からはトリスタンのハドロンスピアーが降り注ぎ、モルドレットのシュタルクハドロンとフローレンスのハドロン砲が飲み込もうと襲い掛かる。

 その猛攻を嘲笑うかのようにわざとギリギリを見極めて回避して見せた。

 装甲が溶解しない程度にわざと寄る光景など誇りある騎士にとってはプライドを傷つけられる行いでしかない。

 

 『舐めた真似を!!』

 

 真っ先に動いたのはドロテアだった。

 そもそも格闘戦主体の彼女が何時までも遠距離戦を取るなど気に入らなかったのもあって、この挑発は効果的であった。

 と言っても冷静さは失ってはいない。接近すると同時に合計十指の配置を変えて隙を狙おうとしている。

 注意をパロミデスに向ければ十指に撃たれ、十指に向ければ正面により拳を叩き込まれる。

 選択肢はドロテアの中には二択しかなかったが、マリアンヌには三択目があった。

 

 鞘より抜き放った一本のメーザーバイブレーションソードをそのまま投擲し、あまりに短いモーションに対応できなかったパロミデスの右肩に突き刺さった。パロミデスが突撃した事で同士討ちを避けるために長距離攻撃は止み、機体に受けたダメージにより意識から離された十指が無防備になる。

 後ろに飛び退くと機体を捻らせながら十指に繋がるワイヤーをすべて切断。

 動きを止めたフローレンスに急接近する。

 ここでフローレンスは動きを見せずにハドロン砲を構えたままカリバーンを見据える。そこに割って入る味方の姿が―――ライの蒼穹弐式改があったのだから。

 ノネットにより互角の腕前と聞いていただけにそれなりの期待はしている。せめて足止めでもなればと…。

 

 『これで――』

 「あら残念ね」

 

 フローレンスに気を取られているカリバーンにとっては不意打ちともいえる攻撃を、メーザーバイブレーションソードを突き出すだけでしのぎ切られてしまった事にライは驚きを隠せない。

 近づいてからのエネルギーを拡散させての輻射波動で機体が動けなくなるほどのダメージを与えようとしたのに、放つ瞬間に寄られて輻射波動機構を積み込んでいる腕にメーザーバイブレーションソードが深々と突き立てられている。

 

 「この程度で終わり?」

 『舐めるなと言っている!!』

 

 殴り掛かって来るパロミデスの一撃を受けずに躱し、斬りかかってきたトリスタンの一撃を受け止める。

 ハーケンタイプのメーザーバイブレーションソードを柄を掴んで受け止めたばかりか、手首を捻って奪い去ってしまう。

 

 『な!?今の一瞬で――』

 「反応が遅いわよ」

 

 トリスタンの頭部に奪い取ったメーザーバイブレーションソードのハーケン部分が突き刺さり、膂力にものを言わせたカリバーンにより抵抗する間も無く蒼穹弐式改へ投げつけられる。縺れた二機に目もくれずフローレンスのハドロン砲を回避すると同時に繋がっていたメーザーバイブレーションソード二つに分けて片方を投げつける。

 発射の反動で行動しきれなかったフローレンスのハドロン砲に突き刺さり、爆発する前に何とか切り離したが爆風は回避しきれずに体勢を崩す。

 そこにカリバーンが接近する。

 勿論モルドレッドの援護があったが避け切られて、易々と接近したカリバーンはフローレンスを蹴り落とした。

 

 「さぁて、残るは――」

 『私だね』

 

 マリアンヌがしていたようにメーザーバイブレーションソードを放り、ルミナスコーンを展開して突っ込むランスロット・クラブ。

 剣は弾くことが出来たがルミナスコーンの一撃までは弾けなかった。

 否、ノネットが弾けぬようにぶつかり合う寸前で先を僅かにずらして柄とハーケンタイプの刃を斬り飛ばしたのだ。

 

 『これでカリバーンの武装はなくなった!であれば――』

 『先ほどの返礼をさせて貰おうか!』

 

 機体を捻りながら斬りかかって来るランスロット・クラブに損傷しても尚一撃をお見舞いしようと背後より突っかかって来るパロミデス。

 確かにカリバーンに目で見える範囲に武装は存在しない。

 目で見える範囲には…だが。

 

 腰より刃の無い剣の柄が飛び出した。

 それを掴むと柄より先に透き通った刃が現出してクラブの腕を斬り落とした。

 ノネットはその刃の構造を理解した。

 あの刃はエネルギー体で構成されたもの。つまり剣状のルミナスコーン。

 

 「この子はものを隠すのがとっても上手なのよ。こんな風にね」

 

 クラブとパロミデスの顔面に向けて伸ばされた両腕。

 腕部より折り畳み式のメーザーバイブレーションソードが展開されて二機の頭部が刎ねられた。

 それでも諦めずにドロテアは蹴りかかる。

 唯一にして絶対の自信があるパロミデスの強靭な四肢による一撃。

 そんな自慢の一撃を真っ向からブレイズルミナスを展開した足で蹴り返し、逆にへし折られてしまった。

 

 「さて、あの子は…あら?」

 

 モルドレッドも居るがずっとシュタルクハドロンを撃ちっぱなしのあの機体はこれ以上戦闘を続ければエナジー切れを起こす。放置しても良いと判断してオデュッセウスを探すと変形してダモクレスに向かう姿が…。

 追い掛けようかなと思った矢先、何かを忘れている気がして足を止める。

 

 ほんの僅かながら生まれた隙。

 今まで戦闘に参加せず気配を消すように動いた神虎のワイヤーがカリバーンの腕に絡みついた。

 この僅かな隙を生み出す策を用い、失敗することなく突いたのは見事だと言うしかない。

 

 「さすがね。麒麟児というのは本当だったようね星刻」 

 『貴様は類稀なる鬼才の持ち主だ。ゆえに油断をするのだ』

 

 ワイヤーより電流が流れて機体に深刻なダメージが与えられる。

 回路は焼け、システムはダウンして大規模修理でもしない限りは現状動くことは叶わぬ。

 

 「意外に楽しめたわ」

 『馬鹿…な…』

 

 機能を停止した神虎が落ちない程度にカリバーンがワイヤーを引っ張り上げる。

 現状あらゆる技術を吸収したカリバーンにはジークフリートに積み込まれていた電磁ユニットを小型化したものが積み込まれており、神虎より電流が流される前に逆に送り込んだのだ。

 モルドレッドに投げつけるとカリバーンはダモクレスへ向かって駆けた。

 まだ遊び足りないマリアンヌの得物として空を駆けるのだ。



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第116話 「ダモクレス突入戦」

 今や味方の支持も失い、仕える騎士達は逃げ出し、悪逆皇帝と後世に名を残すことになるシャルル・ジ・ブリタニアの最後の居城である天空要塞ダモクレス。

 強大にして絶対の防御力と攻撃力を持つこの牙城をたった数機のナイトメア隊で攻略しなければならないゼロはフレイヤの発射口を睨みつける。

 

 『全ては皇帝陛下の為に!!』

 

 最終防衛ラインを死守する構えを見せるシャルル一派のナイトメア部隊。

 シャルルと合流した者の中で生き残っても後の世に災いしか生まないであろう輩を、記憶改編のギアスにより頭の中を弄って忠実な駒にしたブリキの兵隊。

 文字通り命を賭した猛攻をカレンの紅蓮聖天八極式とスザクのランスロット・アルビオンが凌いでゼロの蜃気楼を死守する。

 

 『戦う意思のない奴らは引っ込んでな!!』

 『喰らえ忠義の嵐!』

 

 周囲の敵機に向けてサザーランド・ジークとC.C.の暁 直参仕様が弾幕を張って掻い潜って来た者はスザクとカレンが撃破して行く。

 ゼロといえば中央を陣取って周辺情報を読み込みながらフレイヤ発射口を凝視する。

 ダモクレスは全方位対応型のブレイズルミナスを張り続けているので入ろうにも入り込めず、こちらの武装で突破しようにも出力が違い過ぎて突破できない。

 そんなダモクレスにとって唯一の入り口がフレイヤ発射口前なのである。

 ブレイズルミナスを展開しているという事は外部からでなく内部からの物体も防いでしまう。そのためにフレイヤ発射の際には解除する必要がある。が、そこを通過するのは不可能。ブレイズルミナスを解除したところに突っ込んだとしてもフレイヤ、もしくはフレイヤによって消滅させられた空間に戻る空気の流れに飲み込まれるのがオチだ。

 不可能を可能にするためにはフレイヤを無力化するしかない。

 

 フレイヤ・エリミネーター。

 フレイヤを開発したニーナを始めとしてロイド達が協力して完成させた対フレイヤ兵装。

 刻々を変化し続けるフレイヤに真逆の反応をぶつけて無力化するというもの。

 

 『発射口に動きがあったぞ!』

 「―――ッ!!来たか」

 

 ダモクレス下部の発射口が動いてこちらに向けられ、ブレイズルミナスの一部が解除された。

 ルルーシュはキーボードを引っ張り、環境状況データと発射口を睨みつける。

 フレイヤが発射されると同時にデータを読み取って慌ただしくキーボードを打ち鳴らす。

 瞬き一つする間も惜しんで瞳はデータを追い求め、指先は入力のみに専念する。

 目標地点に到達したフレイヤより光が放たれようとした時、データ入力を終えてフレイヤ・エリミネーターを切り離し準備に入る。

 

 「枢木 スザク!!」

 『了解した!』

 

 ランスロット・アルビオンがフレイヤ・エリミネーターを掴み、投擲し易いように槍状に伸びると輝きを広げ始めたフレイヤへと投げつけた。

 先端から光の中に消えて行ったフレイヤ・エリミネーターの代わりに広がる輝きは霧散し、安定した空間と開いたままのブレイズルミナスが姿を現す。

 

 「良し、フレイヤは防いだ!突入部隊集結!!」

 

 フレイヤが消滅した事でフレイヤ発射の為にブレイズルミナスが解除されており、無防備なフレイヤ発射口が露わになっている。そこへ狙いすました弾丸が吸い込まれるように飛び込んで発射口が爆発を起こした。

 撃ったのはオデュッセウスのランスロット・リベレーション。

 一端別行動を取っていたオデュッセウスは攻略の為に伏せていた戦力を連れてダモクレスへ向ってくる。

 ロロの金色のヴィンセントにコーネリアとギルフォード専用のヴィンセント、ナナリーの騎士であるアリスのギャラハットに仲間のサンチア、ダルク、ルクレツィアのヴィンセント・ウォード隊にネモのマークネモ、それと暁とガレスで構成された部隊などが上がって来る。

 中にはギャラハットに搭乗するマオ(・・)も居るのだが、これはマオ(女性)のギャラハットにマオ(男性)が乗り込んでいる。マオちゃんよりもマオの方が戦闘時に強みを持っており、この方が有効活用してくれるとの判断からマオちゃんはお留守番でマオが戦場に出て来たのだ。

 

 対してダモクレスは中に入れまいとブレイズルミナスを閉じようとする。

 蜃気楼の絶対守護領域であれば幾らか防いで、一瞬だけ道を作る事は可能だが全機が飛び込めるほどでは無い。

 

 『―――ッ!?ゼロ様、下から何かが上がって…』

 「まさかあの形状は!?」

 

 可変しているランスロット・リベレーションを追い越してダモクレスに肉薄しようと突っ込んだのは白色に染め上げられ、所々に桃色のラインが描かれているジークフリートであった。

 

 「ジェレミア!アレは確か…」

 『神経電位接続ですから私以外に扱えるのはV.V.しか…』

 『違うな。間違っているよジェレミア君』

 

 まさか記憶を失っているV.V.が参戦したのかと思ったがルルーシュの言い回しを真似したオデュッセウスが否定する。

 確かにアニメではそうだった。

 ジークフリートに乗れるのは改造手術を受けたジェレミアとV.V.のみだが、コードギアスシリーズを通してみれば三人目が存在するのだ。

 閉じる前の隙間に飛び込めたジークフリートは四方に大型スラッシュハーケンを飛ばして、大きなブレイズルミナスを円形に展開させて閉じかかった隙間を無理やりに押し返して入口を広げた。

 

 『スザク!ゼロ!今の内です。早く中へ!!』

 「『ユフィ!?』」

 

 そう、携帯ゲームで最初に登場したコードギアスではユーフェミアがジークフリートに搭乗するのだ。

 驚きの援軍にスザクとルルーシュが目を見開く。

 

 『ちょっと!どうやってここに…というかその機体は』

 『いやぁ、ユフィに強請られちゃってさぁ。でも身の安全第一という事でブレイズルミナスを装備させて徹底的に強化させたから防御力は凄まじいものがあるよ』

 『このシスコンは…』

 「全機突入せよ!!」

 

 ゼロの命令で全機が動き出そうとした瞬間、レーダーに新たな機影が映し出された。

 識別信号は無いが望遠で映し出されるシルエットはあのカリバーンであることは間違いない。

 

 『お前はダモクレスへ』

 「しかしアレには…」

 『時間を稼ぐだけだ。アレをブレイズルミナス内に入れなければ良いのだろう』

 「……分かった。ロロ。そしてマオ。C.C.と共に迎撃に当たってくれ。無理に攻めるなよ」

 『期待には応えてみせるよ』

 『ボクはC.C.の為だけどね』

 「無理はするなよC.C.」

 『誰に言っている?』

 

 蜃気楼を先頭にランスロット・アルビオンに紅蓮聖天八極式、ランスロット・リベレーション、マークネモにギャラハット、ヴィンセント・ウォード隊が続き、コーネリアを指揮官としてギルフォードとジェレミア、暁とガレスの部隊が防衛線を展開する。

 一騎当千の強者揃いと言えども数で押されれば非常に不味い。

 内部に敵機が入り込んだのなら味方を内部に入れて迎撃するしかない。それを防ぐためにコーネリア達に敵機が入り込まない様に作業中は抑えて貰う事になっている。

 ゼロが振り返るとカリバーンにロロが突っ込んで行くところであった。

 

 『如何に強くたって!』

 

 相手は人工知能ではなく人だ。

 ならばロロのギアスの影響を受けない筈がない。

 唯一マリアンヌを一騎で止めれる可能性のあるロロの突撃はあっさりと食い止められることになる。

 カリバーンの胸部装甲が弾け飛んで、中より天愕覇王荷電粒子重砲が姿を現して放たれた荷電粒子重砲によって脚部が蒸発した。機体が機体だけに予想できた武装であるが、今まで一切使わなかった事と接近戦に重きを置いて戦っていた事から失念してしまっていたとルルーシュは苦虫を噛み潰したような苦々しい顔をする。

 脚部を溶かされて意識がカリバーンから離れた一瞬をマリアンヌは引き寄せ、最高速度で通り過ぎて行く。

 慌ててギアスを発動して止めるが物理は止められずにそのままの速度で範囲外へと飛び出していく。

 続いて足止めしようと前に出たのはマオだ。

 マオのギアスは思考を読むギアス。

 このギアスを戦闘で使うと凄まじい力を発揮する。

 なにせグラスゴーでガウェインに一騎打ちを仕掛け、撃破寸前にまで追い込んだほどなのだから。

 

 『C.C.下がって!奴の狙いは―――』

 『良い動きね。ギアスユーザーかしら?』

 『マオ!?』

 『動きが単調過ぎて面白みがないわね』

 

 思考を読んで大型のアサルトライフルで迎撃しようとしても全く相手の動きに追い付いておらずに、避け切られた上で通り様に真っ二つに斬り捨てられた。ロロもマオもコクピットブロックを射出させたので無事ではあるが、時間稼ぎになっていない。

 ユフィのジークフリートが避けて内部に突入を開始する。

 あとは最後尾が通り抜け、ブレイズルミナスが閉じるのを待つのみ。

 

 最後にC.C.が立ちはだかる。

 

 『もうよせマリアンヌ!お前たちが戦う理由など…』

 『あらC.C.。私が大人しくするとでも想って?』

 『あり得ないな。大人しいお前など気持ちが悪い。しかし掻き回し過ぎだ』

 『これでも足りないぐらいなのだけれども』

 

 斬りかかったC.C.の一撃は剣ではなくブレイズルミナスを展開した蹴りで受け止められ、弾かれた次の瞬間に一振りで柄も巻き込んで両手が吹き飛ばされた。宙を舞っている刀身に易々と蹴りを入れて暁 直参仕様の頭部に突き刺した。

 爆発する前にC.C.も脱出し、撃破したカリバーンは追撃をすることなく閉まりかけのブレイズルミナスの隙間に飛び込んだ。

 入られた事に舌打ちしながらも速度は落とさない。

 こうなったら強行してでも内部に入るしかない。

 

 『早く取り付こう』

 「あぁ―――ッ!?気を付けろ!!」

 『なにっ!?』

 

 叫び声に反応して顔を上げたランスロット・リベレーションに大剣エクスカリバーを振り上げたギャラハットが斬りかかってきた。咄嗟に対応して鞘より刀を抜き放って上段からの一撃を何とか耐え凌ぐ。

 

 『ビスマルク!?』

 『お久しぶりです殿下(・・)

 『一応神聖ブリタニア帝国の皇帝になったのだけど…』

 『存じておりますが、私はシャルル皇帝陛下(・・・・)の騎士。おいそれと認める訳には参りません』

 

 上段の一撃は防げても上空から降下しての勢いは殺しきれずに押される。

 援護しようとスザクが動こうとするが、オデュッセウスが制止させる。

 

 『誰も手を出さないで。これは私とビスマルクの………師弟の問題だ』

 

 その一言を聞いて動きを止める。

 オデュッセウスは刀で無理に払って多少距離を取り、ダモクレス内部へと駆けて行く。

 それに続くビスマルクのギャラハットは任せるとしてもC.C.達を倒して入り込んだカリバーン―――否、マリアンヌの方が問題だ。

 

 「カレンにスザク。二人でアレを止めてくれ」

 『私も行くよ。アレはただものじゃない』

 『なら私も行こうか』

 

 スザクとカレンだけでなく自ら名乗りを挙げたネモとアリスがカリバーンに対峙する。

 ここは任せるしかない。

 

 「ではカレン、スザク、アリス、ネモの四機に任せる。残りはダモクレス内部に侵入せよ」

 

 ルルーシュはダルクとサンチア、ルクレツィアの三機と共に内部へと入って行く。

 このアドリブ塗れの戦いを終わらせる為にシャルルの元へと向かうのである。

 

 

 

 

 

 

 ダモクレス内は広大である。

 絶対的な防御力を誇る要塞であっても燃料・物資が尽きてしまえばただの鉱石の塊。

 全方位対応型の強化されたブレイクルミナスに大出量を空高くへ浮かばせれるフロートシステムを使用可能とするエネルギーと予備のエネルギー源、機械を整備し運用する人員にその人員が働ける環境と作る為の人員、人がいれば食糧はいるし、排出物を処理する施設も必要。さらに長期間の仕事と成ればストレスも溜まるので娯楽も必須だろう。天空要塞というからには戦力を維持しなければならないので複数のナイトメア格納庫に航空艦が入れるドック。武器弾薬に修理パーツなどなど運用する為にはそれだけ多くのシステムと施設が必要である。

 中にはナイトメアが悠々と通れる物資搬入用の通路も作られており、戦闘を行っている現状もその通路を走るナイトメアの姿があった。

 

 一機は帝国最強の座についていたナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインのギャラハット。

 対するは現ブリタニア皇帝のオデュッセウス・ウ・ブリタニアが乗るランスロット・リベレーション。

 

 通路を後ろ向きで進みながら二丁の短機関銃を撃ち続けるが、未来をギアスで読まれて弾丸を上手く弾かれてしまう。

 追うギャラハットの勢いは変わらずにそのまま突進してくる。

 オデュッセウスの技量は高いが一番の得意分野は長距離からの狙撃であり、近接戦闘は苦手でもないけれども得意でもないというどうにも微妙な感じで、あらゆる近接武器を使い熟せる上に機体の武装を剣一本に絞るなど近接戦に絶対の自信があるビスマルク相手に近接戦闘で挑もうとは思えない。

 だから避けるスペースの少ない通路を探して入り込んだというのにこれでは意味がない。

 

 『殿下。それで終わりですか?』

 「終わりにはしたくないね」

 

 距離を詰めたギャラハットの一撃が持っていた短機関銃に届き、衝撃でぐにゃりと変形させながら弾き飛ばした。刃を反して二撃目と行きたいところであったが、ここで油断できないのをよく知っているビスマルクはエクスカリバーの側面を向けて盾に使用する。

 案の定弾き飛ばした右手でなく、左手にあった短機関銃の銃口がすでに向けられており、放たれた弾丸が襲い掛かって来た。

 撃ちながらオデュッセウスが行う行動は――――。

 

 「空いている右手でケイオス爆雷ですか」

 『――――ッ!?』

 

 予想通りに手にしたケイオス爆雷が投げつけられるがそっと剣の腹で払って前に出る。

 狙いはギャラハットに設定されている為に位置的にランスロット・リベレーションもケイオス爆雷の射線上に立ってしまっている。慌てて機体が可変させてケイオス爆雷から離れようとするが、その前にギャラハットの手が背中を掴んだ。

 ケイオス爆雷より発射されたニードルを届くより先に離れた二機だが、取り付かれた事に気付いているオデュッセウスはギャラハットを壁に叩きつけようと速度を出しながら寄せる。そうはさせまいと翼へと手を伸ばしてへし折る。

 体勢を崩した二機はそのままの速度で正面の壁に激突して、壁を破ってナイトメア格納庫へと躍り出た。

 

 「貴方に戦い方を教えたのは誰ですか?剣の振り方から足運びまで何度も付き合い鍛え上げたのは?」

 『カハッ…やっぱり強いなビスマルクは…』

 

 転がりながらナイトメアへと変形したランスロット・リベレーションは距離を取って回転式拳銃を構える。が、構えるだけで撃たない事に違和感を感じながら斬りかかる。

 上段からの振り下ろしを身を捻るだけで躱され、床に激突した衝撃も利用した下段からの切り上げは向けられた銃口よりエクスカリバーに放たれた弾丸一発で逸らされ、今度は片足を軸にスピンしながら横薙ぎの一撃を振るうとすでにランスロット・リベレーションは地面に這い蹲って避け切った…否!読み切ったのだ。

 

 『確かに私は教わって来たさ。貴方の技術を何度も何度も何度も挑み学習し続けてきたんだ』

 「なるほど…こちらの動きは理解しているという事か」

 『あぁ…だけどこれでは勝てないかな』

 

 幾度と剣を交えたのだ。

 こちらがあちらを知っているようにあちらがこっちを知っていて当然。

 当たり前といえば当たり前の事だ。

 何ら驚愕するほどの驚く事ではない。

 そうだとも。

 殿下は昔からそうだったとも。

 子供にしては能力が高く、それに天狗になる事もせずに何らかの目標を持って高みを目指し続けた。

 でなければ私に技術を請うたり、マリアンヌ様の無理な訓練に自分の意志で付いて行く事も出来なかったろう。

 ……半分は仕方なくや無理やりといった感じもしたが…。

 

 懐かしい幼い殿下の姿が眼前のランスロット・リベレーションと重なる。

 拳銃を仕舞って両足を肩幅に開き、左手は刀の鞘と鍔にかけて右手は柄を掴むか掴まない位置で留める。

 

 「ほぅ…居合抜きですか」

 『私は剣術で君に敵う事は無い。だから不利を突くよ』

 

 ……不利ではあるか。

 言われた言葉に納得する。

 ビスマルクの獲物は大剣で重さも含めた威力は絶大だが、大きさから取り回しが難しく振りの速度は遅い。

 逆にオデュッセウスの武器は鞘の形状から刀だろうと推測でき、威力は劣るものの速度に小回りでは大剣に勝ち目はない。

 そこに抜刀から最速の一撃を振るう居合い。

 達人であるビスマルクの目にはランスロット・リベレーションを中心に刀の射程が映っており、一歩でも足を踏み入れれば即座に両断されかねない。

 が、刀の長さよりも大剣の方が長く、剣の射程はこちらが有利。

 

 「私が殿下の射程外から斬りかかるとは思われないので?」

 『それは絶対にない。私の師であり、帝国最強の騎士が真正面からの斬り合いを避けて勝ちだけを奪いに行くなんて事は』

 「……ふ、そうですな」

 

 笑みが零れた。

 懐かしい気持ちに触れて身体が若返ったように軽い。

 モニターの映像に記憶の一部が上塗りかける。

 宮殿に設けられた訓練場で向かい合う二人。

 連日怪我をして服の袖より薄っすらと打ち身を覗かせ、負けるものかと闘志を燃やして睨みつけて来る殿下。

 相対するビスマルクはラウンズのマントを脱ぎ去り、訓練用の木製の大剣を握り締めて野球のバットを振るう様に構える。

 

 「手加減はしませんよ」

 

 頬を緩ませながら呟いた一言に自身が苦笑してしまう。

 まったく私は何を言っているのだろうか。これは本当の戦いだ。その戦いにおいて手加減など許されない。

 

 『無論だとも!今日こそ勝って見せるよ』

 

 何処か嬉しそうに弾んだ声が返って来た。

 声色とは違って二人を覆う空気は何の感情も含まず冷たく静かなものとなり包む。

 じりじりと間合いを詰めながら睨みを利かせるビスマルク。

 射程内に入り込むのをじっと待ち構えるオデュッセウス。

 

 勝負が決まるのは一瞬だ。

 

 ビスマルクはギアスで未来を読んだ。

 鞘より抜き放たれた刀の刀身が振られる軌道が浮かぶ―――――事は無かった。

 その眼に映ったのは柄が頭部に向けられ、次の瞬間には柄が顔面に迫る未来。

 気付いた時には鞘が発光して柄が撃ち出されていた。

 鞘内のレールを最大で撃ち出した事で刀身は砕け散り、その速度を持って柄はギャラハットの頭部へと向かい飛翔する。

 

 未来を読めても反応できなければ何の意味も無い。

 だがブリタニア最強の騎士として、シャルル陛下の騎士として、そして何より目の前の教え子の師として負けそうだからと諦めるなど出来る筈がない。

 無理やりに反応させて頭部をずらして躱そうとするが、躱しきれずに頭部の半分が激突によって砕かれた。

 頭部カメラからの映像が途切れたが、途切れる前の動きと位置から当たりを付けて剣を振るう。

 手応えはあった。

 

 が、それ以上に自機の被害の方が酷いのだろう。

 身体を大きく揺らす衝撃と出力が一気に低下した事実が何よりの証拠だろう。

 実際映像が途切れた後、鞘より柄を撃ち出したランスロット・リベレーションは鞘を捨てて、身体を大きく捻りながら一歩踏み込んで左手の一撃がギャラハットの胴体に一撃。マニュピレータは折れ曲がり、砕けたりしたが腕は胴体に食い込ませたのだ。

 爆発する事は無い損傷だが戦闘不能にするには充分すぎる一撃。

 代わりに最後の一振りで頭部を刎ねられ、この戦闘で左腕と頭部、そして手持ちの武装のほとんどを失ってしまった。

 

 「お見事です殿下。まさかここまで来て剣の戦いを捨てられるとは…」

 『すまないね…。私では君に剣では勝てないから。使える手はなんでも使わなきゃ。これもビスマルクと手合わせする中で想い至った戦い方だよ』

 「なるほど…はっはっはっ、殿下も大きくなられた。道理で私も衰える訳ですな…」

 『ビスマルク…』

 

 どこか心配げな声色に苦笑いを浮かべる。

 いつも怪我をされて心配していた私が心配される日が来ようとは…。

 

 「行ってください殿下。まだやるべき事が残っております」

 『しかし君は…』

 「コクピットは動きます。ですので私の事は気に賭けずにお進みください――――陛下(・・)

 『―――っ……分かった。行ってくるよビスマルク』

 

 モニターの映像は途切れて見えないが遠退いて行く音だけは聞こえ行った事を理解する。

 負けた…。

 騎士としては不名誉なものであるが今はとても気分が良い。

 すこぶる良いのだ。

   

 「あぁ…こんな気分はいつ以来か」

 

 クツクツと笑いながらビスマルクはコクピットより降り、自分の剣として戦った愛機を一撫でし、その場より立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ダモクレス外延部ではブレイズルミナス内に飛び込んだナイトメア複数とカリバーンが戦っていた。

 近接戦に特化しているからと言って長距離戦で勝てるとは限らない。

 寧ろこちらが射撃すれば容易く躱されて無暗にエナジーを減らすだけの結果となっている。ならば奴の土俵に立つことになるが少しでも勝率のある近接戦闘を行うのが得策だろう。

 

 『喰らえ!!』

 

 外延部に取り付いたカリバーンの側面より輻射波動を叩き込もうとカレンの紅蓮聖天八極式が襲い掛かるが、ブレイズルミナスを展開した右足による回し蹴りが完全に輻射波動を受け止める。

 ナリタでの紅蓮がランスロットと戦った際であればブレイズルミナスごと掴むことが出来たが、カリバーンにはその手が通じない。

 

 『輻射波動の出力を上回るの!?』

 『良い子でしょうこの子は』

 『厄介過ぎるほどにね…』

 

 押しきれなかった反動が両者を襲い紅蓮の右手が大きく弾かれる。

 隙が生まれた事を逃すような相手ではないが、それよりも反対側よりアリスのギャラハットが迫る。

 以前のような急速な加速で距離を詰めてメーザーバイブレーションソードを振るう前に、弾かれた右足を床について反動を利用した左足による回し蹴りが決まった。予期してなかった攻撃にくの字に曲がるギャラハットの手を掴んで紅蓮へと投げ飛ばす。

 縺れるように転がった二機を守ろうと頭上よりマークネモが襲い掛かる。

 

 『良いわ!本当に良いわ!!』

 『この化け物が!!』

 

 自動追尾ではなくネモの意志により襲い掛かるブロンドハーケンが次々と躱され、折り畳み式のブレードを展開して接近される。ネモはギアスを用いて反応速度を一気に上昇させながら太刀で斬りかかる。

 まさに化け物だ。

 ギアスの力で格段に強化された反応速度にカリバーンはついて行った。

 これは機体の性能ばかりでなく、マリアンヌ自身の反応速度と長年の経験と勘によって生み出された先読みからなるものである。

 太刀とブレードがぶつかり合って火花を散らして激突する。

 そこを離れた位置を飛行しているランスロット・アルビオンのエナジーウィングより刃状のエネルギー体が発射される。

 自分ごと撃つように指示しておいたネモは飛び退いて回避し、マリアンヌはブレードで弾き、回避しながら上空へと飛翔する。

 

 『くっ、なんて動きだ!』

 『口を動かすより手を動かす』

 『解ってる』

 

 紅蓮とランスロットが追うが機動力が違い過ぎて追い付ける筈がない。

 しかし、マリアンヌは楽しみたいがために全力を出さずに追い付くのを待つ。

 舐められていると気付きながらも二人は冷静に相手に斬り込む。

 ダモクレス周辺を紅と黄緑の光が真紅の輝きを追っては何度もぶつかり合っては離れてを繰り返す。

 もはやただのエース程度では乱入する事すら難しい戦闘にアリスもネモも睨みながら突撃する。

 

 『このッ…落ちろ!』

 『まだよ!まだ遊び足りないもの!!』

 

 円盤状の輻射波動を投げつけるとブレードで弾かれ、ランスロットへと向けられた。スザクも咄嗟に反応してメーザーバイブレーションソードで弾き飛ばす。

 そこを接近したカリバーンがブレードを振り上げる。

 やられたと思った矢先、側面より体当たりを敢行したギャラハットの一撃で再び外延部に着地する羽目になったカリバーンは、体当たりの衝撃で天愕覇王荷電粒子重砲を破損して電気を発していた。

 

 『やるわね』

 『私はナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下が騎士アリス!ここで見っとも無い真似は出来ない!!』

 『猪武者ね。でも対処法は―――』

 

 ギアスの力をフルに発揮してメーザーバイブレーションソードを構えながら真正面から突っ込む。

 ただ突っ込んで来る相手に対してカリバーンはブレードを突き出し、通り様に横腹を掻っ捌こうとするが…。

 

 『それを待っていたのよ!!』

 

 メーザーバイブレーションソードを投げつけ、さらに加速したギャラハットの腹部にブレードが突き刺さる。引き抜こうとされる前に両手で掴んで離れ無くし、アリスはコクピット内で微笑む。

 

 『まさか狙っていたの?』

 『負けっぱなしって訳には行かないのよ』

 

 アリスは自爆コードを打ち込み、脱出用のレバーを思いっきり引いた。

 狙いが自爆と察したマリアンヌは突き刺さっている左腕のブレードを折り畳み箇所ごと切り外して距離を取る。 

 追いついた紅蓮が輻射波動を今度こそ叩き込もうとするが同じくブレイズルミナスで防がれ、さらには反動を利用した後ろ回し蹴りを受けて右腕部の一部が破損した。

 

 『なんて腕前なのよ!?』

 

 驚きを隠せないカレンに追撃の一撃を入れようとしたカリバーンは背後より現れた機体に気付いて動きを止めた。

 

 『なんかすごい音がってうわぁ!?』

 『あら、悪い子(オデュッセウス)発見しちゃったわね』

 『ヒィッ!?』

 

 偶然にも外に出ようと通路を通って来たオデュッセウスのランスロット・リベレーションがカリバーンの背後を付いた形となったが、本人も予定外の遭遇に怯んでしまっていた。

 

 『陛下御下がり下さい!ここはボクが!!』

 『邪魔しないで』

 

 斬り込んだランスロットの一撃を受け止めてから流し、蹴り飛ばす。

 振り返ってオデュッセウスに狙いを付けようとしたカリバーンに今度はネモが襲い掛かる。

 

 『早々好きにさせてたまるか!もう自由に手が掛かってるんだから』

 

 太刀を突き出しながらブロンドハーケンを放つマークネモにカリバーンは今まで使用してなかった両肩のブレードハーケンを射出。避けようとするも反応速度を挙げようと直撃は間逃れずに両肩に深々と突き刺さる。

 

 『ネモ!このぉおおおおおお!!』

 『逃げずに向かってくるのね。じゃあ、お仕置きしてあげるわ』

 

 振り絞ったランスロット・リベレーションの拳にブレードを合わせて振るう。

 ルミナスコーンも展開していない腕などブレードに触れた瞬間から両断されてしまう。

 が、オデュッセウスのランスロット・リベレーションには特殊兵装釘打ち機(パイルバンカー)が取り付けられている。

 

 勢い良く飛び出したパイルバンカーの先端はブレードの刃に激突し、真っ二つに切断されていくがその衝撃はブレードをへし折るには充分すぎた。

 確かにリベレーションの右腕を破壊したもののブレードをカリバーンは失ったのだ。

 

 『ぁあ…やったぁ…やった!マリアンヌ様に一撃入れれたんどぅわっ!?』

 

 喜びの余り次の行動も行わずに腕を伸ばしっぱなしだったランスロット・リベレーションは一本背負いの要領で投げ飛ばされ、頭部より床に激突して頭部は粉砕されてしまった。おまけとばかりに逆さま状態のリベレーションの背中に蹴りを入れて蹴り落とした。

 

 『オデュ!?』

 『仕方ない。私が受け止めに行く。あんたらはあの化け物を』

 

 落下していくリベレーションを追いかけて両腕をやられて戦闘不可のマークネモが降下して行く。

 残ったのは輻射波動機構を破損された紅蓮聖天八極式とエナジーウィングからの攻撃でエナジーを想った以上に消費したランスロット・アルビオン。

 そして楽しそうに笑い声をあげる武装零のカリバーン。

 

 『あははは、そう!あの子が私に一撃当てれる日が来るなんて。長生きはしてみるものね。それで貴方達はどうするのかしら?』 

 『そんな事決まっているでしょ!』

 『貴方を倒してこの戦争を終わらせます』

 『あー良いわ。来なさい二人共』

 

 紅蓮とランスロットは共通の敵目掛けて突っ込む。

 カリバーン内のマリアンヌはそれを楽し気に受け、もう暫しの戦いを満喫するのであった



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第117話 「終局」

 ゼロは蜃気楼より降りて通路を走っていた。

 ルクレツィアとサンチアの索敵系のギアスによりシャルルの位置を把握しているので迷うことなく辿り着くことは可能。

 あとはダモクレス各部に押さえたフレイヤ弾頭を配置しているダルクの支援に回ればここでの作業は終了する。もはやダモクレスには用はない。ここでフレイヤ弾頭そのものと設計図を纏めて消滅させなければ困るのだ。

 完全に消滅させるには完璧な配置に設置する必要があるがダルクはどうも大雑把な性格らしく、このような事には適役ではない。本来ならC.C.かスザクにでもして貰う予定だったがカリバーン…母上の相手をしているので仕方ない。サンチアとルクレツィアの指示があれば問題は無いと思うが後でチェックしておくか。

 そう思いながらコントロールルームへと踏み込む。

 

 そこには待ち侘びたぞと言い出したそうなシャルル・ジ・ブリタニアに、腹部より出血しているシュナイゼル・エル・ブリタニアと止血しているカノン・マルディーニが居た。

 シャルルが銃を持っているという事は撃ったのはシャルルであるのは間違いないが、何があったのかは予想は立てられても実際に聞いてみるほかない。

 

 「これは一体どういうことか?」

 「分かっておるのだろう。こやつは小賢しくも儂の隙を狙っていて、気付いた儂が撃たれる前に撃ったまで――――そういう事だ(・・・・・・)

 「あぁ、そういう事ですか(・・・・・・・・)

 

 やはりと理解して納得する。

 シュナイゼルの撃たれた位置を見るとどう見ても急所は逸れており、止血も早かったのか命に係わるものでもないようだ。

 

 「それでどこまで教えたのですか?」

 「教えずとも理解しておろうよ。儂らが行っている三文芝居など」

 「アドリブ多めで兄う…オデュッセウスが困っていたようだが」

 「これも試練の一環よ」

 「……皇帝の椅子に座りっぱなしかどうかは怪しいがな」

 「それでも次代の皇帝の良い経験となるだろう」

 

 二人の会話を進めると痛みを堪えながら様子を伺っていたシュナイゼルがやはりかと小さく呟いた。

 カノンは理解できていないようだがそこはシュナイゼルに任せるとしてゼロとシャルルは当初の計画通りに事を進める。

 その為にコントロールルームのカメラを斑鳩に送信する必要があるが、それに関しては手間は取らないだろう。

 なんにせよ最終段階に入った。

 

 

 あとはシャルルを殺せばすべてが終わる。

 

 

 斑鳩に設けられた広めの一室にディートハルトを始めとした情報班の面々が詰めて作業に従事していた。

 今現在も集められている戦場の映像を保存し、編集して戦争終結後に世界に流せるように準備しているのだ。同時にメルディ・ル・フェイが戦場の様子や出来事を理解して記事に出来るように書き始めている。

 正直メルディとは接点は無い筈だったがお互いに興味があった人物であったのは確かだ。

 二十歳に満たない時にオデュッセウスに唯一取材を行える記者として知られ、自由に動けるフリーの記者として目に留まったのだ。

 正直羨ましかった。

 自分が思う様な熱意と誇りをもって仕事を行っていると功績が認められて昇進して行った。地位が上がるという事は嬉しい事ではあるが上がれば上がるたびに柵が多くなり、思うような仕事が出来なくなった。そればかりか熱意の欠片も無いアマチュアを使うしかない状況に苛立ちすら感じていた。

 なのに彼女は柵を一切背負わず自由に飛び回り、賞賛を送りたくなるような記事を幾つも世間に発信した。

 籠の中の鳥が空を飛ぶ鳥を見て羨ましがるのと同じで、熱意も記者としての誇りも持つ彼女を私が羨むまで時間は掛からなかった。

 

 だから前夜祭とも決起集会とも呼べるあの会場で姿を見た時は忌々しく思い、声を掛けられた時には驚いたものだ。

 向こうもこちらの事を黒の騎士団に入る前から知っていたらしく、物凄い好意を寄せられていた事に悪い気はしなかった。それというのもジャーナリストとして認めている相手からの賛辞は嬉しいものだろう。

 それからというもの食事もそっちのけでお互いの過去の仕事を聞いたり、話したりの繰り返しだった。

 

 彼女はこの戦争が終わればまた色々世界を飛び回るらしいが私はどうしたら良いものか…。

 

 「ディートハルトさん?」

 「ん、あぁ、すまない。なにかな?」

 

 顔を覗くようにしているメルディに視線を向けて、我に返ったディートハルトは何があったのかと問うがそういった事ではないらしい。

 ボーと呆けていた私を心配しての事だったらしい。

 

 「しっかりしてくださいよ。ボク楽しみにしてるんですからねこの仕事」

 「こちらこそ楽しみにしてるよ。君が書く記事をね」

 

 頬を多少上げて笑みを浮かべると、ニカっと輝かんばかりの笑みを返される。

 楽しみであるがそれ以上にゼロが最後に何を成す気なのか。

 それの方が楽しみであるのは告げないでおく。

 

 「来ました!」

 

 作業に従事している一人より挙がった声に目が見開いて、急いで駆け寄る。

 見つめた先にはダモクレスより送られている映像が映し出されていた。

 ゼロは銃口をシャルルに向け、シャルルは臆することなく向かい合っている。そしてその映像の端に腹部を撃たれたらしいシュナイゼルと負傷部を抑えるカノンが映し出され、目と耳の両方で情報の理解に努める。

 

 二人の会話からシュナイゼルはシャルルを止めるべく入り込んだらしいが、事情とゼロの正体に当たりを付けているディートハルトはこれが芝居であることはすぐに察しがついた。

 察したからと言って騒ぐ気はさらさらない。

 

 これでシュナイゼルはシャルルに協力した敵ではなく、シャルルを討とうと機会を伺っていた者として敵意を向けられることは無くなったろう。

 

 この三文芝居のシナリオはシャルル前皇帝かゼロ、またはオデュッセウスが関わっているんだろう。

 ため息が出そうなのをぐっと堪えて仕事に掛かる。

 予想であるがこれが最後の仕事になるだろう。

 

 「さて、この仕事が終わったら何をするかな」

 

 それは単なる独り言で別段誰かに問うた問いでは無かった。

 しかし聞こえてしまったメルディは少し悩んでから答えを投げかけてきた。

 

 「ディートハルトさんって自由な方が本領を発揮できると思うんですよね。だからボクみたくフリーの記者とか良いんじゃないですか?」

 

 ふむ、と唸りながら一考してみる価値はあると判断する。

 このまま黒の騎士団で仕事をしていくと以前のように変化の無い仕事に埋もれるのは想像に容易い。

 ならば言われたようにフリーの方が思うがままにやれる魅力がある。

 

 「良いかもしれないな。この戦いが終わったとしても当分は紛争など続くだろうしな」

 「あ、ならボクも付いて行って良いですか?」

 

 明確な答えは口にせずに笑みに含ませて返す。

 あぁ、楽しみだな。

 なんにしてもこの仕事を熟した後の話ではあるがね。

 今から楽しみで仕方がないな。

 

 

 

 

 

 

 『はぁ……楽しい時間というのはどうしてこうも過ぎゆくのかしら』

 

 満足げでありながら寂し気な言葉に同意は出来ない。

 戦う事が本望の兵士であり勇猛果敢な戦士で、自身の腕に自信と誇りを持った騎士なのだろう。

 アレだけの技量を持ち一機で戦場を支配し得る人物であれば、これまで満足に戦えるような戦場がなかったのだと理解はする。

 だけれども私は認めない。

 遊び半分という軽い気持ちで仲間を虐げ平和を遠退ける混沌のようなアレを…。

 

 技術検証実験用ナイトメアフレーム仮名“カリバーン(選定の剣)

 頭部はモルドレッドで首より下は朱厭で中身とシステムは現行の最新技術の塊。

 機体性能はランスロット・アルビオン及び紅蓮聖天八極式を上回るが加速時の負荷などに人間が耐えられない人を選ぶどころか乗せられない機体。

 唯一の例外となった肉体のほとんどを人工物で強化したマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃が搭乗することで機能を十全と機能させ、多くの一般兵以外にもグリンダ騎士団四機にラウンズ四機、神虎に蒼穹弐式改を含むギアスユーザー五機を撃破するという大戦果を挙げて尚戦う気は満ち溢れている。

 大半の武装を失ってもまだ両手足は健在で、ダモクレスに着陸した状態で左右にランスロット・アルビオンと紅蓮聖天八極式に囲まれてもどちらにも対応できるように構えている。

 

 カレンは紅蓮のエナジーを気にする。

 稼働する分なら問題ないが輻射波動のエネルギーが少ない。撃てても後一回が限度だろう。向かいに位置するランスロット・アルビオンだってエナジーウィングからのエネルギー体の攻撃で援護を行っていたりしたものだからブレイズルミナス系のエナジーが芳しくない。

 それはカリバーンにも言えた事。

 幾重もの戦闘に天愕覇王荷電粒子重砲などエナジーを消費し続けてきたのだ。心許ないのは向こうも同じ。

 

 『一応聞いておくけど降伏する気はない?』

 

 右手をゆっくり構えつつ問うが答えなんて解りきっている。

 スザクも分っているからこそ拳を握り締めて戦う準備を進めている。ここでメーザーバイブレーションソードを持たないのは奪われる可能性を考えての事だろう。アレに剣なんて持たれたら勝機は幾千、幾万、幾億、幾兆もの先へと遠のいてしまう。

 

 『あら優しいのね。でも解っているのでしょう?私はね――――まだ遊びたいの!この子もまだ遊びたがっているのよ』

 『この戦闘狂が!!』

 

 不意打ち無しの初手での輻射波動を使用しての一撃。

 ラスト一撃だが関係ない。

 回避しようとしても最大威力で撃ったのだから半分は持って行ける自信はある。ゆえに取るべき行動はカリバーンの強化されているブレイズルミナスでの防御。

 予想通りにカリバーンは両腕にブレイズルミナスを展開して防ぎに入った。そこを背後よりランスロット・アルビオンが襲い掛かる。

 駒のように空中でくるくると回転した遠心力を利用した蹴りが防ぎきったカリバーンの頭部にめり込む。罅が入ったが反応したのか蹴られた方向に身体ごと捻って仕返しと言わんばかりに回し蹴りを決める。直撃したのはエナジーウィングを発生される翼で、飛行能力を失ったランスロット・アルビオンは空中へ放り出されたが、スラッシュハーケンを壁に撃ち込んで急ぎ戻ろうとする。

 そのスラッシュハーケンを引き抜こうとする前に紅蓮の右手が襲い掛かる。

 輻射波動が使えずとも肥大化した腕は質量が大きく、殴り掛かるだけでもナイトメアを鎮めきれる兵器となる。

 受け止めるのは分が悪いと思ったのか、肩のショルダーシールド兼攻撃用の刃状のスラッシュハーケンが放たれる。

 

 『それは一度見た!二度目は無いよ!!』

 

 それでマークネモの両腕を貫いたのを見て知っていたカレンは殴る直前に横向きに動かしてわざと突き刺さるように防ぐ。開発者のラクシャータには心の中で謝っておくが今はこれしか手がなかったのも事実。スラッシュハーケンのワイヤー部分を左手で掴んで動きを止めさせる。

 

 『――――ッ!?良い反応ね。でも切り離せば』

 

 握られた時点でワイヤーを切り離していたが、こちらは一瞬…刹那でも足止めできれば問題なかった。

 

 『そうね。でも何か忘れてない』

 

 戻ってきたランスロット・アルビオンの蹴りが頭部に決まって罅どころか顔の半分が歪み切る。

 

 『ここで貴方を倒して終わらせる!終わらせて見せる!!』

 『良いわ!火事場の馬鹿力っていうのかしらね!!』

 

 蹴りを決めて着地すると二撃、三撃目と殴り掛かったランスロット・アルビオンの攻撃を不意打ちをカリバーンは成す統べなく受けた。が、そのまま沈むことは無かった。

 右手で受け止めて左手で関節部分に一撃を当ててへし折ったのだ。そしてカリバーンはもう一方へと手を伸ばす。

 折られるぐらいならと握られた瞬間に腕を切り離して、外した時に発生する煙を煙幕として目を潰す。

 如何に人間離れした相手であろうと見えない攻撃には対処しきれない。

 スザクに注意が惹かれている隙を突いて紅蓮聖天八極式の左手が胴体へと迫る。

 加速を付けた一撃でマニュピレーターは砕けたが、腕は見事にカリバーンに突き刺さった。

 確かな手ごたえを感じ、煙が晴れて戦果を確認すると思っていた以上に装甲が堅かったのか致命傷には至っていない事を理解した。

 

 『やってくれたわね』

 『不味っ…』

 『カレン!腕を外せ!!』

 

 どういう意図があったのかは分からなかったが、カレンは言われるがまま左手を切り離して距離を取る。

 追撃しようとするカリバーンは背後より襲い掛かるランスロット・アルビオンに気が付いて振り返る。

 二度も背後から襲ったのだ。あのパイロットなら対応できない筈がない。

 またも遠心力を用いた蹴りを放とうとするがすでに対応すべく体勢を整えている。

 

 ここで僅かなズレにカレンは気が付いた。

 蹴りの先が頭部からある一点へずれているのだ。

 マリアンヌも気付いたがこればかりは避け切れない。

 気付いたのはマリアンヌが先でもカレンが動けばそれは回避不可能な絶対の一撃と化した。

 

 ランスロット・アルビオンの蹴りが突き刺さった紅蓮の左腕に直撃し、紅蓮聖天八極式が背後より体当たりを仕掛ける。

 突き刺さった左腕が前後からの一撃で深く突き刺さり、カリバーンはエナジー類を損傷してその場に跪いた。

 

 『本当にどうして…うふふふ、剪定の剣は役目を果たせたかしらね』

 『それはどういう―――ッスザク!』

 

 言葉の真偽を問う正す前に蹴りを入れた足が砕け、ランスロット・アルビオンは着地することが出来ずにそのまま飛び出してしまった。

 慌てて飛び出して右手で支えるように引き寄せ、エナジーウィングを展開して飛行する。

 右手も損傷して心持たないのでスラッシュハーケンを撃ち込んで機体を安定させる。

 ほっと安堵していると背後で爆発音が聞こえ、振り返るとカリバーンが居た位置が燃え盛っており、カリバーンが爆発した事を示していた。

 勝ったと心の底から安堵しながらカレンはスザクや上半身を覗かした状態でランスロット・リベレーションを操縦するオデュッセウスに一緒に乗っているアリス、両腕を破損させられたマークネモのネモに視線を向ける。

 アレだけの技量を持っていた相手がたまたま殺さなかったなんて事は無いだろう。

 まさかわざと殺さない様に戦っていたのかと疑問を持ったが、その答えは返ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 『皇帝陛下の御為に!』

 『チィ!まだ来るか!!』

 

 両手を切断され、片足を失い、残るは胴体のミサイルポッドのみしか武装を持たないガレスが何の躊躇も無く突撃を続けて来る。舌打ちを入れながらランスで突き刺し取り付けられた銃口よりゼロ距離で蜂の巣にしてランスを引き抜く。

 距離を取って爆散するガレスより距離を取ったコーネリアは戦場を睨みつける。

 敵をダモクレスのシールド内部に入れない様に防衛線を展開しているがすでに多くの味方が撃破され、戦っているのは弾薬とエナジーに不安を覚える少数のみ。

 連合軍の援軍を纏うにも攻めていたシャルル一派が混乱して居たり、投降者が多数出て対応に追われてここまで至れそうにない。

 

 『ダールトン!ギルフォード!』

 

 信頼の置ける自身の両翼とも言える二人の名を叫ぶとフロートユニットを接続したグロースター最終型と黒みがかった紫色のヴィンセントが周囲に攻撃を続けながら集まって来た。

 

 『姫様ご無事で?』

 『当たり前だ……と言いたいがエナジーも弾薬も心許ない。お前たちはどうだ?』

 『私の最終型は元より近接戦のみ。弾薬の心配は元より有りませんがエナジーの方が不味いですな』

 『こちらも同様です。あとニ十分も戦えたら良いでしょう』

 

 やはりと言うべきが誰もが同じ状況で苦戦を強いられている。

 現状数少ない戦力で耐えきれているのはジェレミアのサザーランド・ジークが弾幕を張って多くの敵機を落としているからに過ぎない。ナイトギガフォートレスという事もあってエナジーも弾薬もナイトメアフレームの比ではない。とは言っても撃ち続けていればいずれ弾切れになる。そうしたときがこの戦線崩壊の合図となる。

 苦々しい気持ちを押し殺して次々と襲い掛かって来る敵機を薙ぎ払う。

 その最中にモニターに撃破されて脱出する味方のガレスが映し出された。

 

 『早く脱出しろエドガー!』

 『父上、申し訳ありません…』

 

 別方向でもまた一機やられたようだ。しかもダールトンが育てた精鋭部隊のグラストンナイツ機だという事がさらに戦線の悪化を指示した。

 

 『グラストンナイツはあと誰が残っている!』

 『クラウディオとデヴィットが……いえ、デヴィットが落とされましたのでクラウディオのみです』

 『アルフレッドとバートも撃破されたのか』

 

 五名いたグラストンナイツはもはや一機。

 味方識別信号はすでに60%も消え、残った40%もろくに戦えた状態ではない。

 中ではカリバーン一機と戦っている様子が伺えたが今は戦闘音一つ聞こえないのでどうなったかは定かではない。勝っているのかも知れないし、負けて全滅したかもしれない。

 兎も角このままでは防衛線を展開しても維持することは出来ない。指揮官として撤退を視野に入れなければならない時である。

 

 『これまでか…』

 

 悔しくも漏らした言葉にこの場の誰もが頷いた。

 が、突如として集まっていた敵機後方で爆発が起こった事でその判断は一時停止した。

 

 中距離のガレス数機をミサイルシールドから発射したミサイルで撃破し、近接戦を仕掛けたヴィンセント・ウォード三機を剣一本で尽く切り払った桃色のランスロットを先頭に少数であるがナイトメア部隊が到着したのだ。

 

 『ランスロット・フロンティア?いったい誰が…』

 『ご無事ですかコーネリア姉様』

 『マリーベルか!?』

 

 聞き覚えのある妹の声に驚きつつ感謝の念を抱く。

 ここでの援軍は心強い。

 しかも到着と同時に敵の陣形を崩して各個撃破に持ち込もうとしている点で彼女の指揮能力の高さに笑みが零れる。

 

 『敵はこちらの攻撃で浮足立っています。各機予定通りに敵の分断に集中。オズは中央を切り開いて!』

 『了解よマリー!!』

 

 命令が出されるとオルドリンの真紅に染まったアマネセールとオルフェウスが搭乗する純白のヴィンセント・グラムが敵中を切り崩してコーネリアとの合流を目指す。それに続くようにマリーカのヴィンセント・エインヘリヤルとトトのヴィンセント・グリンダなどが続く。

 さらに別方向から暁隊が切り崩しを図る。

 

 『へぇ、コーネリアを助けるなんてちょっと前までは考えられなかったな』

 『今は味方だ。間違っても斬りかかるなよ朝比奈』

 『解ってるって。それより千葉は藤堂さんとの事考えた方が良んじゃないの?』

 『そりゃあそうだな。人の心配よりまずは自分のだよな』

 『なぁ!?朝比奈!卜部!変なことを…』

 『戦闘中だ。気を抜いてやられるなよ――――斬り込むぞ!』

 『『『承知!!』』』

 

 損傷した愛機の代わりに予備の暁に搭乗する卜部と朝比奈、千葉の月影に藤堂の斬月。

 エリア11で敵対関係だった彼らが助けに来るのは何とも言えない心境であるが、ゆえに彼らの実力を知っているからこそ心強い。

 マリーベルは指揮を執りながらも敵中を突破してコーネリアとの合流を果たす。

 その際の動きは依然目にした枢木がランスロットに搭乗していた時に酷似しており、妹の技量の高さを目の当たりにして少し羨ましく思う。

 なにせマリーベルは枢木 スザクと同じくナイトメア技能はオールS。

 正真正銘の化け物級の腕前なのだ。

 

 『あと少しで迎えが来ます。それまで持ちこたえますよ』

 『迎えだと?アヴァロンでも突っ込んで来るのか?』

 『近いですけど……あとはエニアグラム卿次第ですね』

 

 その名を聞いて嫌な予感がした。

 ノネット・エニアグラムは軍の学校での先輩でどういう性格かは知っているつもりだ。

 だからこそ嫌な予感がしてならない。

 

 接近する大型の味方識別信号を見つけて視線を向けると猛スピードで上空を駆けるグリンダ騎士団旗艦のグランベリーが見えた。向かっている先のダモクレスのブレイズルミナスは一部消えているが、カールレオン級が通れるほど広いようには見えなかった。

 

 『ブレイズルミナス全力展開!総員対ショック姿勢!!』

 

 あぁ、やっぱり無茶をする。

 隙間を無理やりに広げて強引に突破する気だ。

 無事とは言い切れない突破を図ったグランベリーはダモクレスのブレイズルミナスを何とか突破。勢いあまってダモクレス外装を削ったがブレイズルミナスのおかげで飛行に影響なし。

 入り込んだことで内部に突入したナイトメア部隊に飛行艇がグランベリーに飛び込み、次々に収容される。

 しかしながらこの後が問題だ。

 出て来るにせよ今度は敵機の攻撃を何とかしつつ自分達を収容しようとするのだろう。

 それはあまりに無謀な事だと理解する。

 理解したがそれを可能とする気なのだろう。

 

 グランベリー上部甲板よりシュタルクハドロンが放たれてブレイズルミナス発生装置のひとつを消し飛ばした。

 甲板にはモルドレッドが待機しており、グランベリーの主砲として機能させているのだろう。

 なんにしてもコーネリア達が防衛線を展開している辺りのブレイズルミナスが消失し、コーネリアはすかさずそこを通ってグランベリーに向かう様に命令を出す。

 当然敵機は追ってくるが空いたブレイズルミナスを通る事になるので対応はそう難しくない。

 さらに中央本陣より斑鳩のハドロン重砲が集まっていた敵機を薙ぎ払い、ダモクレスのブレイズルミナスにぶつかるもコーネリア達に被害無し。

 全機が乗り込んだところで入り口にモルドレッドがシュタルクハドロンを放って入り口の敵機を一掃し、ブレイズルミナスを全力展開したグランベリーが力任せに敵中突破した。

 

 十分に離れたグランベリーの後方で今までより強い光が放たれる。

 鮮やかな桃色の閃光がダモクレス各部で発生し、巨大なダモクレスを飲み込んで行く。

 同時にその光景を含んだ映像が斑鳩より世界各国に流され、黒の騎士団と神聖ブリタニア帝国は戦争の終結を発表した。

 これにより平和な未来を迎えれると心より願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダモクレスでの決戦から一か月後。

 神聖ブリタニア帝国は大きな変化を見せていた。

 

 神聖ブリタニア帝国は合集国に正式に加盟し、敵同士だった黒の騎士団と共に未来を歩み始めた。

 加入後神聖ブリタニア帝国第99代皇帝オデュッセウス・ウ・ブリタニアは加入条件通りに軍事力を放棄し、ブリタニア軍を黒の騎士団に参加させた。

 ユーロ・ブリタニアの宗主ヴェランス大公ことオーガスタ・ヘンリ・ハイランドも同意。続いてブリタニア本国より分けられたアジア・ブリタニアも同意を発表したがアジア地域は未だ安定しておらず、小さな衝突が続いているのでブリタニアに考慮して黒の騎士団に所属するコーネリア・リ・ブリタニア中将(・・)率いる部隊が防衛に派遣されている。

 部隊にはアンドレアス・ダールトン将軍にギルバート・G・P・ギルフォード、グラストンナイツの面々が在籍し、コーネリアの軍がそのままついている形だ。

 そんな荒れているアジア・ブリタニアを取り仕切るのは第一皇女のギネヴィア・ド・ブリタニア皇女殿下―――いや、これは正しくないな。アジア・ブリタニア初代女帝と呼ぶべきか。

 元々彼女は優れた観察眼を持っており、現在のブリタニア皇族の中で上位に位置する切れ者である。少々冷たすぎる対応が目立つものの、そこはついて行ったカリーヌ・ネ・ブリタニアにしっかりとサポートして貰うしかないだろう。 

 

 本来ならアジア・ブリタニアの代表にシャルルの計画に気付いて(・・・・・・・・・・・・)命をかけてまで止めようとした(・・・・・・・・・・・・・・)軍略から外交まで何でもこなす知略を持つシュナイゼル・エル・ブリタニアの名が挙げられていたのだが、シュナイゼルはその高い能力から黒の騎士団の幹部への就任が促されており、本人はカノン・マルディーニ卿を連れて黒の騎士団の誘いを受けた。

 受けた一番の理由は黒の騎士団のツートップの離脱が大きな原因だったろう。

 黎 星刻総司令は元々不治の病を患っており、世界が平和になった事もあって療養生活を送るとの事。

 そしてCEOのゼロは「私のすべきことは終わった」とだけ述べて姿を明かさぬまま表舞台より去った。

 同時にエリア11―――合集国日本にてルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下が発見された。このニュースに多くのブリタニア市民と彼の学友は驚きを隠せないでいたが、それに輪をかけて皇族復帰を頑なに拒否した事で二度も驚かしたのは目新しい事だろう。

 それと時を同じくしてナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下とマリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下の両名が皇位継承権を放棄し皇族からの離脱を宣言した。

 マリーベルはグリンダ騎士団のオルドリン・ジヴォン、ソキア・シェルパ、トト・トンプソンなど多くを連れて、スペインのマドリードを拠点に民間のナイトメアフレームチームを設立するらしい。

 そのチームに入らなかったのは四名。

 レオンハルト・シュタイナーは家を継ぐためにシュタイナー家に戻った。勿論婚約者のマリーカ・ソレイシィと共に。

 グリンダ騎士団の将であるヨハン・シュバルツァー将軍はその実力と経験を買われて、黒の騎士団の戦術顧問の一人となった。

 残るティンク・ロックハートは以前皇立KMF技研所属のテストパイロットを務めていた事から黒の騎士団と契約した技術研究所のテストパイロットとなっている。

 

 まぁ、その技術研究所というのはオデュッセウス・ウ・ブリタニアのサンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】であるが。

 元々ブリタニア所属であったがオデュッセウス資本の組織だったので、独立させて今は民間の技術研究所として日々新技術の開発に勤しんでいる。

 勿論そこにはロイド・アスプルンドにセシル・クルーミー、ウィルバー・ミルビルなどが在籍しているが、ロイドは黒の騎士団からの要請で紛争地域の調査に赴いたり(オデュッセウスに報告なしで)するので年がら年中いる訳ではないが。

 それと新しく施設の充実と豊富な資金面からラクシャータ・チャウラーも入ってブリタニア一の技術研究所から世界一の技術研究所と成り、オデュッセウスの出資額も上がった…上がらざるを得なくなった…。

 レナルド・ラビエ博士と娘のマリエル・ラビエも所属しているが二人はナイトメア関係ではなく新型の強化歩兵スーツ技術を用いて今度は身体機能に問題を抱える人達用の補助スーツを開発している。

 

 とりあえずオデュッセウスの研究所の話はここまでにしておいて、ナナリーの話に移ろう。

 皇族でなくなったナナリーは偽名であったランペルージ姓を名乗り、兄のルルーシュ・ランペルージとシャーリー・フェネットと共に世界各地の貧困地域を周っている。話を聞き、助けれる案はないかと模索する黒の騎士団の視察官的な役割を担っている。ただ治安が悪いところを行き来するので警護としてナナリーの騎士であったアリスを始めに、騎士団のサンチア、ルクレツィア、ダルクに元々はアリス達と同じ部隊に所属していたマオ(女性)、そしてロロ・ランペルージ(・・・・・・)

 ロロはオデュッセウスの下で働くかを悩んでいたが、家族としての生活を手にしてしまったがゆえに離れづらくなっていた。それを理解できたのでオデュッセウスが難色を示すであろうルルーシュを説得して同じランペルージの家族として一緒にいるようにしたのだ。最もルルーシュを説得できた一番の要因は「弟が欲しかったんです」と言ったナナリーの一言だろう。

 索敵能力に戦闘面で優れたギアスユーザーと知略で優れたルルーシュに囲まれていては、完全武装のテロリストだって尻尾を撒いて逃げ出す事になるのは想像に容易いだろう。

 

 これら一つ一つが世界を騒がしている事柄であるが、一番騒がしたのはオデュッセウス本人であるだろう。

 ブリタニアが合集国入りして一週間が経った頃、オデュッセウスは皇帝の座を妹のユーフェミア・リ・ブリタニアに譲り、皇族の権利の放棄を発表した。

 第100代皇帝に就任したユーフェミアはオデュッセウスがエリア向けに整備した法案に合わせて、より多くの人を救えるように新たな法案を作成。

 まるで絵に描いた夢物語のような優しい世界を創ろうと働いている。

 その傍らには枢木 スザクの姿がある。

 彼はラウンズではなくユーフェミアの婚約者という形で寄り添っている。

 最初は結婚の話も出ていたのだが、やるべき事が多すぎる状況では難しく、もう少し安定してからという事で先に延びているのだ。

 

 新皇帝となったユフィを支えるのは枢木だけではない。

 クロヴィス・ラ・ブリタニアは文化省のトップに就任してブリタニアの文化のみならず、植民地支配されて廃れたエリアの文化の復興を行い、キャスタール・ルィ・ブリタニアは秘書となったヴィレッタ・ヌゥと共に復興事業の監督官として上手く進行しているか、不正や不当な人種差別が行われていないかを見回っている。

 パラックス・ルィ・ブリタニアは黒の騎士団に入り、ブリタニア防衛線力として派遣されて今は外延部防衛隊所属の機動騎士隊の隊長としてブリタニアの防衛に努めている。機動騎士と言うのはアクイラの技術が基になったシン・ヒュウガ・シャイングが搭乗したヴェルキンゲトリクスと名付けられた“サグラモール”で構成された騎士団である。一騎で圧倒的な力を持ち、機動力に秀でた機体なので少数ながらも有事の際には広く展開される事が期待されている。

 

 ラウンズの名が出たのでここで紹介しておこう。

 元ラウンズの面々の多くは黒の騎士団に誘いを受けたが多くが断った。

 ノネット・エニアグラムを始めとしてモニカ・クルシェフスキーとドロテア・エルンストは民間警備会社を設立し、ブリタニアを裏切った罪からか、それともシスコン元皇帝に頼まれてか新皇帝のユフィの警護を行っている。この警備会社にはラウンズ以外にキューエル卿を始めとした元純血派の面々も所属している。

 アーニャ・アールストレイムはジェレミア・ゴットバルトのギアスキャンセラーでギアスで失っていた記憶を取り戻して貰い、今は彼が始めたオレンジ畑で働いている。

 戦死したとされているビスマルク・ヴァルトシュタインはシャルル・ジ・ブリタニアへの忠誠からかシャルルとマリアンヌの護衛としてハワイにあるギアス響団の子供達を保護している施設の警備主任を務めている。たまにオデュッセウスに暗号通信で連絡があるんだが、うたた寝している父上に子供達が群がっている様子を送って来られても…。というか実子の私達より親子っぽい構図に少し思うところが…。

 次にルキアーノ・ブラッドリーだが、彼はブリタニアが合集国入りするとブリタニア本国から姿を消した。噂では未だ争いが絶えない紛争地域で彼らしい人物を目撃したとかあるんだが真相は定かではない。

 オイアグロ・ジヴォンは色々と経営に勤しんでおりそれどころではない。公には出来ないが裏で動けなくなった黒の騎士団に代わって、裏で火消しを行う組織に資金提供を行っている。その組織はオルフェウス・ジヴォンがリーダーを務めている。

 私が知っているのは本人から聞いたのと「その為に機体をくれ」と言われたからだ。伯父上もそうだったが私に言えばナイトメアが簡単に手に入ると思ってないかい?まぁ、用意するけどね…。

 で、結局黒の騎士団入りしたラウンズは二人でオリヴィア・ジヴォンとジノ・ヴァインベルグだ。

 ジノはパイロットとしてだが、オリヴィアは新兵育成の為だ。これから彼女の猛攻…じゃなかった猛特訓で新兵が扱かれより質の良い兵士達が平和を守るために活躍する事だろう。

 

 あと話すべきはオデュッセウスの親衛隊を務めたレイラ達に協力関係にあったマオ(男性)にネモ、ジュリアス・キングスレイ、それとビスマルクの時に名が出た父上とマリアンヌ様か。

 

 父上―――シャルル・ジ・ブリタニアとゼロと対峙し、脳天に一発撃ち込まれて射殺された。勿論これは世界を騙すためのものであり、本人はぴんぴんしている。不死者であるコード持ちであるのだから脳天を撃たれようと、焼かれようと死ぬことは無い――――けれど積年の恨みか弾倉が空になるまで撃つとは…。

 とあれ蘇った父上と機体を捨てて隠れるように脱出したマリアンヌ様を回収したゼロが連れ出し、ギアス響団の子供たちの面倒を頼んでいる。

 子供たちはマリアンヌ様の良い玩具……コホン、遊び相手となってくれているだろう。あの人が暇を持て余すと碌な事がないので子供達に祈るばかりだ。

 

 レイラ達は今頃ユーロピアに戻っているだろう。

 私の親衛隊の任を解くとあのおばあさんの一団に会いに行くと言ってユーロピアに向かい、その後の連絡でそのままおばあさんたちと旅をするとの事。

 佐山 リョウに成瀬 ユキヤ、香坂 アヤノ、それからアシュレイ・アシュラとアシュラ隊の面々もだ。

 その中には日向 アキトも居るが、アキトは時たまハワイに居るシン・ヒュウガ・シャイング…いや、日向 シンに会いに行ったりしているらしい。

 シンの周りはあいも変わらずアリス・シャイングとジャン・ロウが静かに火花を散らし、その光景をマリア・シャイングが見守っているとか。

 あ!忘れてた。その一団にはレイラ達以外にネモも加わったんだ。

 自由になったけどやる事がないので飽きるまで同行して色々体験したり見て回ったりしてその後はその時に決めるんだって。

 マオは何も言わずにC.C.について行き、C.C.は世界各地のギアス関係の遺跡を確認して回るらしい。もしかしたらギアス響団みたいなのがあったら今後に影響するからこちらとしては有難い限りだ。ちなみにジュリアスも同行している。彼の場合はネモに輪をかけて何かをする目的がない。なのでC.C.から契約の話を振られ、コードを引き継ぐ件込みで話を受けた。定期的に連絡するとの事で一回目の連絡で近況報告も受けたが、C.C.は継承ではなく従者代わりに連れて行ったのではないよな?と疑いたくなるほど彼女達の身の回りの世話をしていた。本人が別に良いっていうから良いんだろうけどさ。

 

 

 

 そして私―――オデュッセウスは着たことの無いタキシードを着て心情からガタガタと震えていた。

 後ろではジェレミア・ゴットバルトとアーニャ・アールストレイムが立ち、小鹿のように震えるオデュッセウスを励ます言葉を投げかけながら逃げださないように退路を塞いでいる。

 

 「また今度にしない?」

 「いけませんよ殿下。約束を破るというのは後で後悔するもの。ですのでここは前に進むべきです」

 「―――ガンバ」

 「でもさぁ…」

 「でももへったくれも無いと思いますが?」

 

 隠れているようで隠れる気の無いV.V.―――いや、ヴィー(書類上の名前(偽名))は茂みより顔を覗かせながら言葉を投げかける。

 コードと記憶を失ったままのV.V.はシャルル達と共にハワイへ移る予定だったが、記憶を失っている事から新たな人生を歩ませるのも良いかもしれないという事で、年相応にアッシュフォード学園に通う事になっている。

 保護者など見繕う手筈であったが面倒臭くなってオデュッセウスが養子として伯父上を引き取ったのだ。

 彼女が出来ずに子持ちとなったオデュッセウスは投げかけてきたヴィーに視線を向ける。

 横で隠れていた気だったリヴァル・カルデモンド(アッシュフォード学園生徒会会長)に口を塞がれて茂みの中へと姿を隠された。

 野次馬はヴィーにリヴァルだけでなく、同じくアッシュフォード学園に通う事になるライラ・ラ・ブリタニアとその護衛部隊、さらにはレポーターとなったミレイ・アッシュフォードとカメラを構えたメルディ・ル・フェイの姿まである。

 

 「なんでメルディまで居るのかな…」

 「殿下の事なので面白そうと思い参りました」

 「一応訂正しとくけど今や殿下じゃないからね」

 「解ってますよ。技術研究所ナウシカファクトリー所長兼ナイトメア博物館館長殿」

 「あとプチメデ製造の共同経営者もだよ……じゃなくて!君はディートハルトと紛争地域周るんじゃなかったっけ?」

 「大丈夫ですよ。後から合流しますんで」

 

 何が大丈夫なのだろうか?

 黒の騎士団で情報を担当していたディートハルト・リートは完成した組織には用がないというのと、観察対象であったゼロが姿を消したので黒の騎士団より抜けて紛争地域の取材を主に活動するらしい。メルディはそれに同行するとの事なのだが、危険地域に行くのだから一人で行くより場慣れした二人で行った方が良いだろうにさ。

 

 「それより殿下。待たせたら駄目ですよ」

 「ディートハルト一人先に行かせた君に言われたくないよ!?」

 

 ともあれここでぐだぐだしている訳にもいかないのも事実。

 オデュッセウスは高級なレストランの入り口で立ち止まっている。

 連日ビップが犇めく店内は店員以外に客は一人しか居らず、ダモクレスでの戦闘終了後にオデュッセウスが貸し切りで予約しておいたのだ。

 店内にいる客と言うのはニーナ・アインシュタイン。

 好意を寄せられた事から戦いが終えた後に気持ちを整理して話す約束をした相手。

 が、皇帝辞任からナウシカファクトリーの民間技術研究所としての独立にナイトメアフレームの博物館設立など忙しかったために今日まで延びた――――って言うのは言い訳で、どう話したものかと悩み、先延ばしにしていた結果である。

 

 手鏡を取り出し髭や服装に乱れがないかを確認し、深呼吸を数度繰り返して覚悟を決める。

 戦うよりもこうも覚悟が決まりにくいとは…。

 苦笑いを浮かべつつオデュッセウスは待っているニーナの下へ向かうのであった。




 えー、ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます。
 誤字が多く、毎回多くの方に誤字報告を頂き感謝すると同時に、毎回の誤字に申し訳なく思っております。

 今回の第117話で本編最終回となります。
 今までお付き合い頂きありがとうございます――――と、締めくくるところなのですがここでご報告があります。

 えっと、現在公開中の劇場版コードギアス復活のルルーシュを数週間前に見て来たのですが、その時内容が内容だった場合書けないかな?などと思って行き、見た結果、書けると判断したので劇場版も書こうかと思います。
 ただし現在公開中の作品を書いて完全なネタバレではありませんが近い事を書くのは不味いと判断しまして、ブルーレイ&DVDが発売されて一か月もしくは二か月経過した頃に投稿しようと思います。
 それに伴って章の“最終章 R2”を“原作 R2”に変更しました。
 
 それまでは後日談を書こうと思います。
 後日談は最終回に迫った辺りから頭にありまして、今まで忙しかったオデュッセウスが本来のタイトル通りにのんびりライフを楽しむ、または他のキャラクターの話を描こうと思っております。
 当初の予定ではそれらを数話書いてこの作品を終えようと考えておりましたが、先に書いたように劇場版もあるのでそこまで繋げるべく、今までの一週間に一話の投稿を二週間に一話のペースで投稿することに決めました。

 次回投稿日は二週間後の三月三十一日を予定しております。
 今まで読んで頂きありがとうございます。それと今後も読んで頂きましたら嬉しく思います。
 では、また次回。(また見てギアス!!)




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オデュッセウスののんびりライフ開始
第118話 「ニーナとオデュッセウス」


 ニーナ・アインシュタインは緊張を表情に出しながら辺りを見渡す。 

 素人が見ただけでも高価な物だと分かる見事な装飾が施され、綺麗に磨き上げられた調度品の数々。

 暗すぎず、落ち着いた雰囲気を醸し出している配色と雰囲気。

 複数ある机に掛けられているテーブルクロスにはシミもシワもなく、ウェイターの姿勢は動こうと立ち止まっていようと乱れることはない。

 運ばれる料理は芸術品のように飾られ、一つ一つの味わいが素晴らし過ぎて感嘆する。

 録音ではなく生で演奏される穏やかで落ち着いた演奏に室内が満たされる。

 こんな一流で溢れた空間に自分は場違いではと思うニーナであるが、彼女の食事マナーは様になっており、一つの動作においても無駄なものはなく、かちゃりと音を立てる事無く行っている。

 

 約一か月前…。

 ダモクレス決戦の翌日。

 本国へと帰国したニーナを待っていたのは冷やかな瞳はそのままで、見た事の無い満面の笑みを浮かべたギネヴィア・ド・ブリタニア皇女殿下だった。

 口ではやんわりと誘われていたけど、眼光は「私自らの誘いを断るなんて事ないわよね」と訴えており、断るつもりなど最初からなかったが逃げ道を潰された上で強制連行に近い形で車に乗せられ、付いたのは帝都ペンドラゴンの宮殿のひとつ。

 一体何をさせられるのかと身構えていると、何処からか食事に行く話を聞いたらしく、この一か月間で食事マナーを叩き込むとの事だった。

 理由を聞いたうえでさらにどうしてかと問うた所、マナーもなってない者と一緒に行ったとなれば兄上に恥をかかすことになると。

 食事のマナーなどは用意された講師より受け、一週間に一度ギネヴィア様と食事をして採点された。

 その度に辛辣な言葉で注意され、後には兄上は~と自慢話になるから本当にオデュッセウス陛下の事が好きなのだとよくわかる。

 

 地獄のようで意外と楽しかった一か月間を過ごし、今のところ何のミスも無く上手くできていると思う。

 ギネヴィア様にしたら及第点らしいので、完璧ではないのが悔しいところではある。 

 にしても非常に気まずい…。

 すでに一時間ほど短い会話と沈黙を繰り返している。

 自分から答えを聞くのも急かすようで失礼だろうから待つしかない状態だが、オデュッセウスは中々返事を口に出来ないでいる。

 

 「あ、あのさ…」

 「は、はい!」

 

 口を開いたは良いがまた口ごもって目が泳ぎだす。

 緊張をしているのだろうか?

 殿下であろうが陛下になろうが戦場に跳び出すようなお人なのに、と思うと少しレアなものを見れたなと特別感を味わって笑みが零れる。

 ニーナが笑みを浮かべている事にも気付かない程、オデュッセウスはテンパっていた。

 前世も合わせたら一世紀以上彼女居ない歴のオデュッセウスにしては、意識してくれている女性と二人っきりなんて状況で緊張しない方が難しいだろう。

 結果、何度も言おうとしては緊張で思考と口がストップがかけられ、最終的に違う話題を出すことになる。

 

 「――――し、食事マナー詳しいね。前から習っていたのかな…なんて」

 

 最後には弱々しく言葉が掠れて行った。

 後悔してか表情が暗く沈み、ニーナは乾いた笑みを漏らす。

 

 「えっと、帰国後にギネヴィア様に色々と…」

 「うぇ、ギネヴィア!?その、えっと…大丈夫だったかい?」

 「はい。最初は何をされるんだろうと驚きましたが、何もなく大丈夫でしたよ」

 「というか何故…」

 「兄上に恥をかかせないように――との事で」

 「あー…すまない。私の配慮が足りなかったんだな。恰好を付けようと高い店を選んだせいか」

 「お気になさらず。その…きつかったですけど楽しかったですし、ギネヴィア様と仲良くなれたような気もしますので」

 「それは良かった。でも苦労させてしまったね」

 「まぁ、それなりにしましたけど。こんな綺麗なドレスに繊細な料理を陛下と味わうなんて二度とない事でしょうから」

 

 分かっている…。

 自分と陛下では立場が違い過ぎる。

 ただの平民と今は皇帝の座より降りたとはいえオデュッセウス先帝陛下では釣り合いが取れる筈がない。

 それに私はフレイヤと言う兵器を作った事実がある以上、深く関われば迷惑をかけてしまうのは必定。

 だから理解している―――筈なのにこうして場を設けられ、陛下自身よりちゃんとした返答を考えるよと言われればどんなに小さい可能性だとしても淡い期待はしてしまうというものだ。

 ゆえにこそ私から切り出さなければならない。

 これ以上陛下の優しさに甘えないように。

 

 「陛下―――いえ、オデュッセウス先帝陛下」

 

 ナイフとフォークを置き、姿勢を正して、真正面から見つめる。

 きゅっと結んだ唇に、少しだけ震える肩に気付き、オデュッセウスも同様に手を止めて、真っ直ぐな視線を真正面から受け止める。

 これから淡い期待を自分から払おうとしている事に恐怖を抱くがもう止める訳には行かず、口をそのまま言葉を吐き出した。

 

 「私は陛下が好きです…あの日……ブラックリベリオンのあの時から惹かれていたんだと思います。

  もしも陛下と一緒に居れたらどれだけ幸せなのかと考えた事もあります。

  でも、私と陛下とは世界が――生きている世界が違い過ぎるんです。

  陛下は本当にお優しい方です。

  でも、だからこそはっきり仰ってください。このまま期待を抱かされ続けられる方が辛いんです」

 

 薄っすらと溢れた涙で視界がぼやけ、泣き顔を見られないように顔を伏せる。

 いや、顔を見られないようにと言うよりは見たくなかった。

 これからどんな言葉が告げられるのか。

 分かっているからこそ見たくないし、聞きたくない。

 そんなニーナの想いに反してオデュッセウスは口を開いた。

 

 「そうか。君は私が優しいだけの男と思っていたのかい」

 

 少し怒っているような言葉にピクリと反応する。

 何か気に障るような事を言ってしまったかと不安に陥る。

 ちらりと伺うように表情を覗き見ると怒っているというよりは照れていた。

 顔を微妙に赤らめて、そっぽを向いていた。

 

 「私だって嫌な時は嫌って言うし、毛嫌いする人には嫌悪感を露わにするよ。

  君とここに居るのだって私が嫌じゃなかったからだ。というか嫌いな理由がないんだよね」

 「嫌いじゃない…」

 「正直に言おう。す……す…すk――――好きだよ」

 

 思いもしなかった―――違う。願っていたがあり得ないと思っていた言葉に心臓が大きく高鳴った。

 逸らしたままだが耳が真っ赤になったオデュッセウスを伺っていたニーナも真っ赤になり顔を俯かせた。

 

 「そのぉ…今まで恋愛感情がなかったのでこれがその恋愛感情の好きなのか分からないが、側に居て嫌な感じはしなかったし、何と言うか自然体で居れたし」

 「こ、こここ…光栄です」

 

 今にも頭から湯気を噴き出して倒れそうなほどのパニックを引き起こすが、最後まではと必死に気力を絞って耐え凌ぐ。

 

 「ただ私は自身の我侭の為に多くの人間を死なせ殺させた。そんな私が一緒に居ても良いのかと考えるんだ」

 「そんな―――」

 「だから私は問いたい。こんな私でも良いのなら…つ、付き合って……貰えるかな…」

 

 喜びの余りから言葉が出ず、頷いて答えたニーナは気力を使い切ったのか気絶するように意識を手放して倒れ、店内は騒然として騒ぎとなったのは当然であったろう。そして店外で待機していたミレイ達に質問攻めにされ、アーニャにブログで結果を晒される事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ジェレミア・ゴットバルトが運転している車に乗り、帰宅しているオデュッセウスは自分の言い回しに悶絶していた。

 確かに嘘は言ってはいないが、嫌いではないとか嫌な感じはしなかったとかそういう事では無くて、良いところを口にすべきだったろうに…。

 何度目か分からぬほど頭を抱えて転がり周る。

 その様子をミラーで目撃するジェレミアは苦笑いを浮かべる。

 

 「宜しかったですね陛下」

 「本当にそう思うかい?」

 

 変わらぬ苦笑いに余計に頭を抱えて縮こまる。

 恋愛対象として好意を寄せられて嬉しかった。が、その分どう答えるかで頭を痛めた。

 生半可な答えや適当にあしらうなど出来る筈もない。

 ならまずは彼女の事を私が好きかどうかを判断する必要があった。

 そもそも結婚願望はあっても恋愛感情を理解し得ていなかった私だ。まずはそこから考え始めないといけないとは情けなく感じる。

 そこで今まで彼女と関わった時を思い出すが、嫌な感じと言うかなんだか落ち着く感覚があった。なんというか…そう!自宅に帰ったような安心感が…。

 

 「あ!そういう事か…」

 「なにか?」

 「あー、いや何でもないよ。なんでも」

 

 今更その安心感の理由に思い当たってしまい余計に頭を抱える。

 自身に自信がなく、何処か危なっかしくて目が離せない。

 あぁ、ユフィに似ていたんだな。

 大人しそうに見えて危なっかしいし、私なんかと自身を卑下していた事もあった。だからなんか覚えのある安心感を得たのか。

 これは失礼極まりないのではないか?

 妹と似ていたので安心感を得てましたなんて言ったらどんな顔をするだろうか。

 

 まぁ、絶対に言わないけど。

 これは墓の中まで持って行こう。うん、そうしよう。

 

 秘密を心の奥深くに仕舞い込み、次なる問題を脳裏に浮かべる。

 

 一番の問題はこれからのことである。

 今まで付き合ったことがない以上、恋人関係となった男女が何をするのかまったく思い浮かばないのだ。

 デートをしたりするのは分かるが、実際どういうのが良いのか?またはどういうものがデートなのか分からない。

 こういう事を弟妹に聞く訳にもいかないし、まず恋人のいる弟妹が―――ルルーシュしか居なかったか。

 しかしながらルルーシュには聞けないし、聞いても事細かな計画が書かれた予定表みたいなのを渡されるのは目に見えている。なら相手のシャーリーに聞いた方が良いな。それか神楽耶の方が良いか…。

 

 「すまないがシャーリー・フェネット。もしくは皇 神楽耶との場を用意してくれるかい」

 「畏まりましたが、両者一同にですか?」

 「いいや、別々に。あ!ルルーシュには知られずに」

 「ルルーシュ殿下に?…畏まりました。手配いたしましょう」

 

 秘書のような仕事を頼まれたジェレミア・ゴットバルトだが、オデュッセウスの秘書ではない。

 現在オデュッセウスはサンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】にほど近い土地を買い、一軒の屋敷を建てて暮らしている。その土地の一部をナイトメアフレームの博物館にし、大半をオレンジ畑にしている。というのも私が一人暮らしをすると聞いて、ジェレミアが護衛をかって出てくれたのだ。

 しかし彼がルルーシュから貰った名にちなんでオレンジ畑を営もうとしていた事を知っていた。一度は断ろうと頑なに拒むジェレミアに根負けして、認めたけれども彼の望みをせめて叶えようとオレンジ畑を作り上げた。するとギアスキャンセラーで失っていた記憶を取り戻したアーニャ・アールストレイムが、ジェレミアのオレンジ畑で働く約束をしていたらしくやって来ることに。 話が多少逸れたがジェレミアは警護兼農園運営者で、オデュッセウスは護衛対象者で農園所有者と言う事になる。

 

 そうだ。これからの事を考えていたのではないか。

 ニーナとの事もそうだが周りも対策も練らねばならない。

 彼女が言ったように平民と皇族。

 皇帝の座を降りて、皇族の地位と特権を捨てた身ではあるが周りはそうは見てくれない。

 貴族たちは反発するだろうし、何よりギネヴィアとコーネリアの反応が怖い。

 

 ………というかこれからによるが私はニーナ君の両親に挨拶しに行かなければならないんだよな。

 もし「娘はやらん」なんて言われたらどう返せば良いんだ?

 駄目だ。考えても考えても答えが出ない。

 

 「ゆっくり考えるとするか…」

 

 悩み抜いた末に未来の自分に投げ、独り言としてぽつりと漏らした。

 

 「考え事ですか?」

 「うん、まぁ、これからの事をちょっとね」

 

 独り言はジェレミアの耳に届き、問いが投げかけられるが、良い返しが思いつかずにとりあえずで返答をしてしまった。

 そんな事は気にせずにジェレミアは納得したように大きく頷いた。

 

 「確かに陛下が悩むのも無理ないですね。フレイヤの制作者の彼女と関係を築くならそれなりに周りを気を付けないといけませんからね」

 

 予想外の答えに目を見開き、自分の考えの浅さを呪った。

 確かにトロモ機関では素性を隠していたとしても絶対ではない。私と言う目立つ存在と関わったがゆえに注目され、バレる可能性がないとは言い切れない。

 ジェレミアのいう事は正しい。

 早急に手を回した方が良いだろうな。

 

 計画を頭の中で練り始めると車は停車し、運転席から降りたジェレミアがオデュッセウスが降り易いようにドアを開く。

 ふと、降りる直前に自分がニーナの両親に挨拶するならニーナも挨拶することになるのかと、父上の前に立つニーナを想像したらなんとも胃が痛くなりそうだ。

 今からそこの心配かと微笑み、降りて屋敷へと歩き出すと携帯が鳴り響く。

 取り出して画面を確認すると“アールストレイム卿が更新したブログの件で話があるのですが byコーネリア”と書かれており、未来の不安より眼前の画面によって目の前が真っ暗になった。



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第119話 「あれから…」

 温かい日差しが降り注ぎ、当たっているだけで眠気が誘われる。

 日が昇っている時刻に中庭に設置した長椅子で何をするでもなく、のんびりと過ごせる幸せを噛み締め、大きく息をつく。

 ボーとしながら目の前のテーブルに置かれたお茶菓子のクッキーを一口齧り、飲み込んだ後で紅茶を含む。

 甘さが広がった口内に独特の苦みを持った紅茶が混じり、程よい余韻を残して消えて行く。

 

 「はぁ…幸せだなぁ」

 「ですねぇ」

 

 オデュッセウスの言葉にユーフェミアが同意しながら紅茶に口を付ける。

 ここは皇帝の座を譲ったオデュッセウスの住まう屋敷の中庭であり、周りにはアリエスの離宮を模した庭園が広がっている。最近は一人でお茶をしている事が多いのだが、本日はお客が訪れていた。

 第100代神聖ブリタニア帝国皇帝のユーフェミア・リ・ブリタニア。

 ユフィの婚約者であり皇帝を護る騎士である枢木 スザク。

 アジア・ブリタニアを治めている女帝ギネヴィア・ド・ブリタニア。

 合集国と契約している武装集団黒の騎士団の将の一人であるコーネリア・リ・ブリタニア。

 

 大国を動かす力を有する者たちがただお茶をしている光景など他の者からしたら想像もつかないだろう。

 現に護衛として同行しているギルフォードが目の前の現実に驚き、仕事を代行している方々に憐れみを贈る。特に仕事を押し付けられたダールトン将軍に。

 

 「呑気ですね兄上」

 「こんな陽気なんだ。仕方がないよ」

 「……私は陽気だろうと梅雨だろうとこの不満を隠しきれそうにありませんが」

 

 ―――これである。

 おもむろに口を開いたかと思えば苛立ちを露わにする。

 アーニャのブログでニーナと付き合うとの話を知って訪れてずっとコーネリアは不満を向けている。

 別段ニーナだからという訳ではなく、オデュッセウスに恋人が出来れば自然と愛情がそちらに向けられるという危機感からの不満と恐れ。

 自身でも駄々を捏ねていると分かっていても抑えきれなかった感情である。

 こればかりはオデュッセウスも早々に緩和できるとは思えない。自分だって妹たちに彼氏が出来たと聞けば冷静さを保てない自信があるゆえに。

 が、唯一この場でギネヴィアだけはそんなコーネリアに不快感を向ける。

 

 「いい加減になさいコーネリア。兄上を困らせるものではないわ」

 「しかし姉上!」

 「これは兄上が決められた事。私達が口出しするべき事ではない」

 

 斬り捨てるように冷たく放たれた言葉にコーネリアは怯み、予想外と言わんばかりにオデュッセウスやユーフェミアが小首を傾げる。

 それも当然の反応だろう。

 コーネリアとギネヴィアは弟妹の仲でもオデュッセウスにべったりな方で、殿下時代には婚約話を勝手に断っていた前科持ち。そんな彼女がニーナとオデュッセウスが付き合うという事実を認めると言うのだから驚きもするだろう。

 視線でその思想を理解したギネヴィアはつまらなそうにそっぽを向いた。

 

 「確かに兄上に相応しい人物だとは私は思いません。思いませんが兄上が認め、決められた相手を無理に引き離そうとするのは兄上を否定すると同義。なので私は口出しする気有りません」

 「ギネヴィア…そこまで想って…」

 「ただし!兄上と付き合うのであれば最低限マナーは会得して貰う必要はあります。兄上に相応しいか云々は置いて置いてそこの教育はしっかりとさせて頂きます」

 

 「あぁ、そういう事か…」と納得した三人はクスリと笑みを零した。

 零しながらもオデュッセウスはこれから忙しくなるだろうニーナをフォローしようと思いつつ心の中で合掌した。

 難しそうに顔を顰めながらコーネリアは諦めたようにがっくりと肩を落とし視線をオデュッセウスに向ける。

 

 「これでは私だけ我侭を言っているようではないですか」

 「あら?お姉さまは今までもお兄様にだけは我侭言って甘えていたではありませんか」

 「わ、私が何時甘えて―――」

 

 顔を真っ赤に染めながら批判しても説得力はないなと過去を振り返りながらオデュッセウスは笑みを零し、優しく頭をふわりと撫でてやる。

 

 「ああああ、兄上!?」

 「まったく幾つになっても可愛いね。私としても甘やかし甲斐があるよ」

 「―――ッ!!」

 「コーネリアばかりでは不公平です」

 「分かってるよ。ギネヴィアもおいで」

 

 オデュッセウスの左右を挟むようにコーネリアとギネヴィアが腰かけ、頭をゆっくりと何度も撫でられる様を見てスザクはニーナには見せられないなと考える。

 いや、それより仲が良すぎると思うのは自分だけなのかと疑問を抱く。

 

 「どうしたのかね枢木 スザク」

 「ジェレミア卿」

 

 不思議そうな顔をしていたスザクに声を掛けたのはオレンジ畑で農作業用の服装をしていたジェレミア・ゴットバルトであった。ただ服装は正装に着替えていたが。

 横にはどうように正装に着替えているアーニャが並んで立っており、いつも通り携帯を向けて一枚撮った。

 

 「とても不思議そうな顔をしていたようだが?」

 「いえ、兄妹とはあんなに仲が良いものなのかと思いまして」

 「―――前からあんな風」

 

 宮殿で幼き頃から働いていたアーニャにとっては兄妹の手本と言えば皇族の方々であったので、これが普通だと考えているらしい。対してジェレミアは即答せずに少し悩んで口を開く。

 

 「ふむ…私には妹がいるがオデュッセウス様ほど仲は良くなかったがそれが一般的かと問われれば何とも言えないな。キューエルはそんな風ではなかったように記憶している。今度聞いてみるか」

 「そこまでして頂かなくとも単なる疑問なので――」

 「こらスザク君!」

 

 突然オデュッセウスに大声を投げられて肩をびくりと振るわし振り返るとムッとした表情で睨まれている。

 いきなりどうしたのかと理解出来ずにわたわたと慌てる。

 

 「君はユフィの彼氏なのだからちゃんとユフィの相手をしてあげないと」

 

 小さく声を漏らしてユーフェミアに視線を向けると少し寂しげな視線とぶつかり合う。

 

 「もうスザクったら私抜きで話に盛り上がって…」

 「ごめんユフィ」

 「お兄様みたいに撫でてくれたら許してあげます」

 「え、それは…」

 

 撫でてと期待の眼差し(ユーフェミア)を受けながらも同時に冷たく威圧的な視線(コーネリア)と興味津々に携帯を通しての視線(アーニャ)に動きが止まる。

 そこでトンと背中を軽くジェレミアが押し、後押ししてくれたことに感謝しつつユーフェミアの隣に腰を下ろす。

 差し出された頭をふるふると緊張しながらひと撫ですると、女の子の髪とはこんなに気持ちいい感触がするんだと思いながら、無心で優しく手を動かし続ける。

 

 「―――私も」

 「「なぁ!?」」

 

 呟くと自然にオデュッセウスの前まで進んで膝の上に腰を下ろす。

 その行為にギネヴィアとコーネリアが目を見開いて言葉を漏らすが、ジェレミアとオデュッセウスからすれば見慣れた光景で気にする素振りすらない。

 が、見慣れない者には大きな驚きを与え、あまり接点の無かったギルフォードでさえニーナに同情するのであった。

 

 「―――そう言えばヴィーは?」

 「あぁ、おじぅ……コホン、ヴィー(V.V.)は学校に行ったよ。って一緒に見送りしたでしょ?」

 「―――そうだった」

 

 携帯を弄りながら割と素で忘れていたアーニャに苦笑いを浮かべ、携帯に映し出された画像に目が留まる。

 それは変装をして街を散策しているであろうスザクとユーフェミアの姿が映し出されてあった。

 

 「それはなんだい?」

 「―――この前のスザクとユーフェミア陛下のデートしてた様子」

 「デート?」

 

 私聞いてないとコーネリアの視線がスザクに突き刺さる。

 冷や汗を垂らしながらどう弁論しようかと悩むスザクより先にユーフェミアが嬉しそうに口を開いた。

 

 「はい。スザクと一緒にいろんな所を歩いて回ったのですけれどどこも新鮮で楽しかったですよ」

 「ユーフェミア。貴方は今や皇帝なのですからもう少し立場を弁えなさい」

 「万が一にも危険が迫る場合があるんだぞ」

 「………あのぉ、ユフィに言いながら私をちらちら見るの止めて。意外に心に来るものがあるから」

 

 ユーフェミアに向けられた言葉が流れ弾としてオデュッセウスにも直撃する。

 これをロロ、もしくはレイラが聞いていれば追撃と言わんばかりに参加していただろうに。

 ごめんなさいと謝りつつ、ユーフェミアは笑みを崩さない。

 

 「にしても色々行ったようだね―――――ホワッ!?」

 

 アーニャが見せて来る画像(盗撮しているっぽい)を眺めていると出店でクレープを食べたり、猫喫茶で猫たちと戯れている画像が流れていき、途中でお城のような建物に入って行くユーフェミアと大慌てのスザクの姿があった。

 それがナニ(・・)とは言わないが間違いなくアレ(・・)だろう。

 

 素っ頓狂な声を漏らしたことでギネヴィアとコーネリアも覗き込み、同じくコーネリアが声を漏らす。

 何の画像を見られたか理解したスザクは顔を青くする。

 

 「ユフィ…これは?」

 「あぁ、それですか。面白い宿泊所ですよね。外見がお城みたいだなと入ったらホテルで、とても大きなベッドがありましたの。しかもそれがくるくると回るんです。他にもキラキラ光るカラーボールと言うのがあったり―――」

 

 無邪気に話すユーフェミアに耳を傾けながらスザクへと視線を向ける。

 口パクで「どゆこと?」と問うと同じく口パクで「入っただけで何もしてませんから!」と必死の弁明がされた。この無邪気な反応から多分どういうところなのか理解していないし、行為には及んでないとは分かる。

 分かるがコーネリアを止めることは出来なさそうだ。

 

 「枢木卿。少し話があるのだが良いか?」

 「いえ、これはですね――」

 「良いな?」

 「………はい」

 

 ハイライトの消えた瞳で笑みを浮かべたコーネリアに気圧されたスザクは連行されるように連れていかれる。

 首を傾げるユーフェミアを残して。

 

 「あぁ…今日も平和だなぁ…」

 

 目にした事を無かったことにするかのようにオデュッセウスは呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニーナ・アインシュタインは顔を真っ赤に染めながら俯き続けていた。

 未だに自分がオデュッセウスと付き合う事実に頭が追い付いておらず、あれから三日間そわそわして仕方がないのだ。

 研究知識に必要な知識は豊富な彼女であるが、恋人関連の情報と言うのは無知に等しく、彼女としてどうして良いか分からずにいた。

 このままだと駄目だと理解しつつもネットの情報だけだとどうも頼りない。

 ならばと交友関係でそういう事に詳しい人物に連絡し、話を聞こうと連絡してとある喫茶店で待ち合わせをしたのだ。

 思わぬ人物を連れてだが…。

 

 「ほぅ、兄上と付き合うのでアドバイスが欲しいと」

 

 奥の人目に付きにくい席を陣取った彼・彼女らはニーナに興味津々といった視線を向ける。

 その事にニーナはどうしてこうなったと後悔を重ねる。

 恋愛に詳しいであろうシャーリーに声を掛けただけだったはずが、ルルーシュにナナリー、それにロロが引っ付いてきたのだ。

 しかもナナリーの護衛という名目で近くの席ではアリス達が待機しており、ニーナにとって相談し辛い環境が整ってしまった。

 そんなニーナの感情など介さずにルルーシュが言葉を投げかける。

 アリス達の視線も気にしつつ頷いたニーナに食い気味のシャーリーがぐっと握り拳を作る。

 

 「もうそれは押しに押しまくるしかないよ」

 

 それが出来るなら出来るんだけどと勢い任せのアドバイスに不安を募らせる。

 しかもその不安をルルーシュが煽って行く。

 

 「兄上はしっかりしているようで抜けているところがあるからな。しっかりと引いて行くしかないだろうな」

 

 シャーリーと違って合理的な回答が来ると期待したのにまさかの同解答。

 元々“ガンガン行こうぜ”なんてコマンドを持ち合わせないニーナは聞く相手を間違えたかなと後悔する。

 

 「シャーリーさん。お兄様。それではニーナさんが困ってしまいますよ」

 

 唯一の救いに期待の眼差しを向ける。

 

 「別に変に気負う必要は無いと思いますよ。お兄様って誰かと過ごす時間を好んでいる節がありますので、家族と一緒に居るような感じで問題ないかと」

 「家族と…」

 

 そうは言われてもどうもイメージが湧かない。

 ドラマで描かれるような感じで良いのかと曖昧なイメージを浮かべるが自分がその通りに動けるとは思えない。けれどまだシャーリーとルルーシュの言葉より出来そうな気はする。

 

 「そう言えばデートはしたの?」

 「で、ででで、デート!?いえ、それは……まだ…」

 

 ふいに放たれた言葉にさらに真っ赤に染まるニーナは今にも頭から湯気を吹き出しそうなほどになっていた。

 しかし恋人になってデートをしていないと聞いたシャーリーは興奮のあまりに立ち上がる。

 

 「駄目よ。恋人になったんだからちゃんとデートしないと」

 「で、でも、デートって何処に行ったら良いのか分からないし…」

 「自分の好きな所、または兄上の好きな所がいいだろうな」

 「ニーナさんの好きな所って何処ですか?」

 「えーと……オデュッセウスさんの好きな所って何処でしょうか」

 

 パッと自分の好きな場所が思いつかなかったので向こうに合わせようと聞き返してみると、何故か三人とも困った顔をしてしまう。

 そこでニーナは気が付いた。

 ルルーシュとナナリーはオデュッセウスとは兄弟・兄妹ではあるが、ずっと一緒に居た訳ではない。

 二人共幼少期に日本に送られて以来接触する機会は減り、最近になるまでは身を隠していたとルルーシュがブリタニア皇族であると発表された時の特番で知り、そこまで詳しくない可能性に至った。

 ニーナの表情から察したルルーシュにナナリー、それからシャーリーも苦笑いを浮かべる。

 

 こうなると連絡の取れる相手で詳しい人物となると一人しか思い当たらないのだが、その相手に連絡をしたら別の問題が発生しそうで怖いので止めておく。

 

 「殿下(・・)の好きな所ですか。思い当たるところは多々ありますね」

 

 しれっとロロが何気なしに呟いた。

 ロロは幼き頃からオデュッセウスに付いて行動していたのでだいたいの事は把握している。それで何度胃を痛めた事か。

 この場でロロが白騎士だと知っているのはルルーシュだけで、他の面子はどうしてロロが詳しいのかと疑問を抱くべきであるが、ギネヴィアに連絡しなくても大丈夫だと安堵したニーナにはそんな疑問を抱くだけの余裕はなかった。

 

 「詳しくお願いします!」

 「え?…まぁ、構いませんが思い立ったように行動するので見失わぬように気を付けて下さいね」

 

 思いのほか大きな声を出してしまい驚き、恥ずかしそうに縮こまる。

 それでも協力してくれるとらしいロロに感謝の視線を向けると、そういう視線に慣れていないロロが目を逸らす。その様子をシャーリーが揶揄い、ニーナと同じぐらい恥ずかしがるロロをナナリーがオデュッセウスがするように頭を撫でて宥める。

 余計に恥ずかしそうだが満更でもないといった表情を浮かべるロロに対してルルーシュが面白くなさそうに見つめる。

 

 なんにしてもニーナとオデュッセウスのデート計画が練られるのであった。

 



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第120話 「流れる資金」

 久しぶりにナウシカファクトリーを訪れたオデュッセウスはゆるやかにカフェエリアでお茶を楽しむ間も与えられずに連行されてしまった。

 ここは世界屈指の技術研究所。

 最先端の技術と秘宝と呼ぶべき頭脳が集結する地。

 彼ら・彼女らは自らの欲と趣味からアイデアを吐き出しては形作り、満足げに眺めては斬り捨てて次のアイデアへと思考を切り替える。

 しかしながらその工程を繰り返すには頭脳だけではどうにもならないものがある。

 それは資金。

 潤沢な資金がなければ形作る事は出来ないし、思索に没頭する間の生活費も必要となる。

 

 つまりオデュッセウスを有無を言わさずに連れ去った理由は、ナウシカファクトリーの全権を握っているオデュッセウス=研究費を出してくれる財布という概念が研究者にあるからに他ならない

 

 「連れて来ましたよ」

 「あ~、ご苦労様」

 

 褐色の美女に引っ張られるがまま連れてこられたオデュッセウスを待っていたのもやはり褐色の美女であった。

 ロイドが元紛争地域の調査に勝手に出向いている現状下のナウシカファクトリーで、最もナイトメア技術力を持ち、豊富な資金を使う一団…。

 黒の騎士団にて技術開発担当であり、超合集国科学長官の座についているラクシャータ・チャウラーが率いるナイトメアフレーム開発チーム“パール・パーティー”。

 正直に彼女らに声をかけられて碌な目に合ったことがない。

 アレは誰だったか…何処か冷めたような印象を受ける少女が、私がナイトメアが好きだという話を聞きつけてやって来たのだ。

 最初はナイトメアの話をしていたのだけれども、途中からロボットの話となって、前世の記憶で覚えているアニメなどのロボットを語ってしまったのだ。

 小さな女の子には退屈な話かなと思いきや、意外にも目を輝かせて喰らい付いてきたのだ。

 喰いつきが良くて、気分が良くなった私は饒舌に話し過ぎてしまったよ。

 

 …うん、たぶん私が悪かったんだよね。

 まさか次に会った時にネオ・ジオ●グみたいな設計図を持ってこられるとは思わなかったなぁ…。

 しかも「資金出してくれるよね?」と小さな女の子が小首を傾げて聞いて来るんだよ!?断ったら泣き出しそうだし、そもそも私が話した結果でこうなったと思えばなんか罪悪感が…。

 あの子にかなりの予算を食われたんだよね。

 まぁ、彼女達の研究の大半を合集国が買うから“パール・パーティ”で考えれば元が取れているだけ文句はないけどさ。

 

 ついでに説明しておくと超合集国ではナイトメアの研究を行っていない。

 研究には大きな予算が必要になり、その予算に加えて黒の騎士団に配備させる事も考えればまさに国が買える予算が必要となる。科学長官がストッパーになれば良いのだが、ラクシャータである以上は間違いなく研究費で予算を食い尽くす。

 そこで超合集国は研究を民間に任せて、そこから良い物を買おうと考えたのだ。

 ただし誰でも良いという訳ではない。

 情報漏洩を考えると下手な所には頼めない。

 諸々の条件を兼ね揃えていたのがオデュッセウスのナウシカファクトリーであり、超合集国はナウシカファクトリーより良い研究成果を買い、黒の騎士団などが運用しているのだ。

 

 稼ぎ頭&出費頭のラクシャータに諦めを混ぜたため息を漏らす。

 

 「今度は何だい?」

 「聞く気はあるのね」

 「…予算の話は頭がいたい。けれど興味はあるからね」

 

 ロボットは好きだ。

 好きというより大好きだ。

 でなければナイトメアの博物館を作ったりはしない。

 

 ニンマリと嗤ったラクシャータはキセルを吹かして煙を周囲に広げる。

 私を引っ張ってきたラクシャータの弟子であるネーハ・シャンカールか、ラクシャータ本人が説明をしてくれるのかと思いきや奥より黒の騎士団技術部に所属している加苅サヴィトリが資料を手にしてやってきた。

 

 「これは紅蓮タイプ?」

 「はい。ランスロットの再設計計画同様紅蓮を再設計する計画書です」

 

 ぺらりとページを捲っては内容を理解して行く。

 現在は世界が平和だからと言って備えをしない訳にはいかない。

 水面下ではシャルル派残党が動いているという情報をギネヴィアから聞いているし、最高戦力であるカレンの機体の強化必須だろう。

 ……ただ想うところがあるとすればシャルル派残党の連中だ。

 ユフィの現政権に不満を持つ事は腹正しいが、それ以上に哀れでならない。

 彼らは父上が皇帝だった頃こそ真なるブリタニアであると謳っているが、その旗印だった本人は別段気にせずにハワイでサーフィンしてるよ。

 この前マリアンヌ様からメールが来たら、肌をこんがり焼いてアロハシャツの父上が高波に乗っている姿が添付されていた。身バレを恐れてか巻いていた髪がロングヘアになり、サングラスで目元を隠していたが何をしているんですかね本当に。

 

 「詳しい詳細をお聞きになりますか?」

 「いや、聞く必要なないね。予算は用意しよう。ロイドと同じ具合で良いかい?」

 「えぇ、話が早くて助かるわぁ」

 「代わりに白炎の件は頼んだからね」 

 「任せておいて。約束は守るわよ」 

 

 思ったよりも出費が少なくなりそうで良かったと安堵する。

 現在ナウシカファクトリーでは複数の計画を進めており、ただでさえ出費が激しい時期なのだ。

 先に出たようにスザク君のランスロットを最初から見直して強化するロイド博士の“ランスロット再設計計画”。

 ミルビル博士とパール・パーティ共同のランスロット・リベレーションの改修

 アレクサンダの指揮官機とドローン数十機の新規作成。

 黒の騎士団向けの機体の開発などなど。

 

 この計画の中で経営者として一番注視しているのは黒の騎士団向けの機体開発である。

 なにせ他の計画は一機のみの受注生産であって利益は然程でもない。が、黒の騎士団向けの機体が良ければ多くの部隊に配備されることになり、多くの利益を生み出すことが出来る。

 黒の騎士団向けと言っても正確には黒の騎士団に所属しているブリタニア兵向けの機体になる。

 というのも通常の兵士では扱えないランスロットを元に操縦性を向上させたヴィンセントでも使い辛いという意見があり、もう少し操縦性を安定させる必要が出て来たのだ。

 そこでヴィンセントを改修するよりより多く配備されているグロースターの改修キットの制作を検討し、すでに試作品を作って主にコーネリアの部隊がデータ収集に励んでいる。

 ちなみにだが私の趣味であるが、ヴィンセントも良い機体なので逆にピーキーな機体への改修も行っている。

 

 多岐に渡るナイトメア計画にオルフェウス君に極秘で送るナイトメア強化…。

 やる事が多すぎて資金が幾らあっても足りないよ。

  

 「はぁ、お金というのは羽でも生えているかのように飛んでいくのだね」

 「新技術となると今も昔も変わりなくそうでしょうね」

 「しみじみと実感したよ―――っと、私はそろそろ行くよ」

 

 愚痴を一つ漏らしたところで気分を切り替えたオデュッセウスは晴れやかな笑みを見せる。

 

 「もしかして予定があった?」

 「久しぶりにマリーと会うんでね」

 

 

 

 

 

 

 元対テロリスト遊撃機甲部隊“グリンダ騎士団”を率いていたマリーベル・メル・ブリタニアは新たに創設した競技ナイトメアフレームリーグ(KMFリーグ)のチーム“グリンダ・ナイツ”の面々と共にナウシカファクトリーに訪れた。

 メンバーは元グリンダ騎士団より構成されていて、オルドリン・ジヴォンにトト・トンプソン、ソキア・シェルパなどの騎士達が今回のお供として居り、さらにはもう一人追加で同伴している。

 計四名を連れたマリーベルはカフェエリアにて目的の人物を待っているのだが、中々姿を現さない。

 いつもなら待ち合わせの時間よりも先に到着しているのにと不安を感じながら、二杯目の紅茶が空になりかけた頃合いになってその人物は現れた。

 

 「お兄様」

 「あぁ、久しぶりだねマリー」

 

 皇帝の座から退いてからは会う機会が減ってしまったオデュッセウスに会えて、マリーベルは心の底から嬉しそうに笑みを零した。

 今までの習慣から不動の姿勢でオズ達が敬意を表するが、お兄様は席に座るように勧めながら向かいの席に腰かける。

 戸惑う一同だが触れ合って性格を知っているオズとトトが先陣を切るように座った事で、他二人も腰を下ろした。

 席に付いた事を確認したお兄様は心配そうに口を開いた。

 

 「元気でやっているかい?」

 「えぇ、今のところは(・・・・・・)順調ですよ」

 「今のところは(・・・・・・)…か」

 

 一言で察したのか困った表情を浮かべられた事に理解力の高さを感心すると同時に、困らせた事に対して僅かながらの罪悪感を感じる。

 グリンダ・ナイツはリーグ参加チーム内では新顔でありながらも最新の整備施設を保有している。

 施設というよりグリンダ騎士団が使用していたカールレオン級のグランベリーを着陸させて、そのまま使っているだけに過ぎないが。

 おかげで新たに施設や機器を準備する手間はなくなった。

 しかしながら最新の整備施設に高い居住性を備えたグランベリーでも足りないものはある。

 それは整備や人件費にも掛かる莫大な資産だ。

 今日はその問題を解決するべく、お兄様にスポンサーになってもらおうと思い訪れたのだが、こうも簡単に言い当てられては妙な対抗心が擽られてしまう。

 

 「私を訪ねたのは支援を求めてかな?」

 「あら?お兄様に会いに来たとは考えられないのですね」

 「それだけならここにではなく我が家に来るだろう」

 「まさかそれだけでその考えに至ったのでしたら少し早計では?」

 

 少しばかり意地悪な言い方をしたのだが、気にするどころか逆に受け入れて嬉しそうな笑みが返ってくる。

 

 「はははは、それこそまさかだよ。私が大事な弟妹達の状況を知らないとでも思っているのかい」

 「軍からも手は引かれたとお聞きしましたがさすがですねお兄様。お兄様のお察しの通りでお兄様にスポンサー契約を結んでいただきたく参りました」

 「やっぱりかい。まぁ、とりあえず彼女の紹介をしてくれるかな?」

 

 当然と言わんばかりの解答に頬を緩ませつつ、初対面の彼女を説明を行う。

 

 「彼女は以前“マドリードの星”に所属していたマリルローザです」

 「マ、マリルローザ・ノリエガです。先帝陛下にお会いできてきょ、恐悦至極に存じます!」

 「固くならないで大丈夫だから。それにしてもそうか…マドリードの星からか」

 

 グリンダ騎士団によって潰されたスペインのレジスタンス組織“マドリードの星”。

 潰されたというより降伏させて解散させたというのが正しいか。

 その後にお兄様の策によってブリタニア側に付かせ、友好的な関係を築いたテストケース。

 結果は想像していた以上に上手く行き、彼女に至ってはその中でも特例的な関係性を築けたレアな人材である。

 マドリードの星のリーダー“フェルナンド・ノリエガ”の妹で、スペイン(エリア24)の管理をしていた私達との連絡役として接する機会が多く、その中でオルドリンと仲良くなったようだ。

 私としては私のオズがテロリストと仲良くなるなど面白くない光景ではあったものの、お兄様の策通りに最高の結果を出せたと思えば留飲も幾らか下がった。

 なんにしてもこうして得れた最良の結果を見てお兄様も喜んでおいででしょう。

 

 マリーベルの考えとは別で、オデュッセウスはマドリードの星のメンバーとも仲良くなった事と、漫画ではありえなかった光景に喜んでいた。 

 

 「彼女を加えて五人か。これが正式に主力メンバーかな?」

 「いえ、私は監督に徹するつもりなので選手として参加するつもりはありません」

 「ほぅ、これは意外だったね。概ねの状況は知っていたがマリーがリーグに出場しないとは」

 「私は監督として皆の活躍を見守らせて頂くつもりです」

 「で、本音はどうなのかなソキア君」

 「皇女様はオズの活躍を眺めたいそうですにゃ」

 

 「やっぱりね」と言わんばかりの視線が突き刺さり少し照れてしまう。

 だって私のオズが活躍する所を見たいと思うのは通りではないですか?

 むぅ、と頬を膨らますがトトは微笑ましそうに、ソキアとお兄様はにやにやと笑い、オズは何処か照れたようにそっぽを向く。

 

 「に、しても欠員が居るのはまずいな。新たに育てるのかい?」

 「いえ、知り合いに声を掛けてみようかと」

 「例えば?」

 「ノネッt……」

 「ちょっと待とうか。引き抜く相手が元ラウンズって卑怯臭くないかい」

 「戦争と恋にはルールは無いと聞きましたけれど?」

 「誰から聞いたとかは置いておくとして戦争ではなく競技でしょうに」

 

 呆れられたようなため息に首を傾げるが、どうもオズ達からも同様の視線を感じるのでおかしなことを言ってしまったようだ。

 悪い案ではないと思ったのですけれど…。

 確かに現皇帝の護りを固めているエニアグラム卿を引き抜くのはまずかったですね。ならお兄様の所にいるアールストレイム卿なら大丈夫でしょうか。

 考えをまとめているとオデュッセウスが小さく唸り声を漏らした。

 

 「あー、分かったよ。新規の人物はこちらで目積もっておこう。スポンサーの件も了解したよ」

 「ありがとうございますお兄様」

 「なぁに、可愛い妹の頼みだしね」

 

 予想通り以上の結果にマリーは喜びながら、オデュッセウスとお茶を楽しみながら会話に花を咲かせた。 

 後日オデュッセウスより誰かおすすめの子は居ないかと尋ねられた紅月 カレンより一年間という限定で推薦された赤城 ベニオという少女が新たなメンバーとして到着したが、それ以上にシャーリーからカレン経由で伝わった“オデュッセウスとニーナのデート計画”を耳にし、面白そうと興味津々で参加を表明するのであるが、オデュッセウスは気付くことは無かった。



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第121話 「オデュ、デートに参る!其の壱」

 どうしてこうなったと嘆くのはいつもの事だろうか。

 ボク――ロロ・ランペルージは解放されたはずの胃がシクシクとする痛みを感じた気がして、腹部を軽く押さえる。

 つい数日前に兄さん(ルルーシュ)姉さん(ナナリー)、他にも数名を交えての話し合いが行われた。

 内容はオデュッセウスとニーナの仲を進展させるというものだ。

 別段不仲になったという訳でも間に誰かが入らなければ進まない訳でもないのだから、いくら恋愛に疎いとはいえ周りがとやかくする話では無いとは思う。

 それでも大仰な感じで皆が話すという事はそれだけオデュッセウスが親しまれている証拠とも言えよう。

 幼き日から接している自分としては嬉しい事この上ない。しかも兄さんに頼りにされては熱も入る。

 僕は話したよ。

 あの人の性格上どんな所でも楽しめるだろうけど幾らか目的を強制できるところの方がデートの場合はいいだろう。

 美術館なら美術品を見る。

 図書館なら本を読む。

 映画館なら映画を鑑賞するなどなど。

 強制できないのなら下手すると公園のベンチに腰を下ろしたまま数時間ものんびりとしていられるだろう。

 それと出来る事なら引っ張れるような人材を側に付けたいところだ。

 いつもなら先頭を突っ切るオデュッセウスだが恋愛関係になるとどこか足踏みしているように感じる。ニーナは引っ込み思案で付いて行くだけになるのは想像に易い。

 思いつくことをすべて出した。

 出し切った。

 それでどうしてこうなったのか…。

 ロロはソファに腰かけたまま周囲を見渡す。

 複数のモニターを完備する一室に詰める優秀なオペレーターに監視役。

 総指揮者としてゼロとして活躍したルルーシュ・ランペルージに補佐としてグリンダ騎士団を率いていたマリーベル・メル・ブリタニア。

 動員された警備が3000人に身元を確かめた上で今回の詳細を当日に知らされた家族連れが約2000人、施設運営要員1000人、監視や予備の人員1500名。

 施設を貸し切りにするのと同時に死角を補う監視システムの追加に遊具及び施設の安全面の確認と修復。

 

 ………世界に名立たる指揮官に7500以上の人員の配置、大きな資金の投入などこれが兄のデートを見守るのに必要な事なのか?

 先帝陛下という立場を考えればそうなのかもしれないが、どうにもやり過ぎなきがするのは僕だけでしょうか。僕だけなのでしょうね。姉さんも違和感を感じてないようですし…。

 

 「会場への人員の配置完了しました」

 「不審者や侵入者らしき人物無し」

 「招待客への情報伝達は完了」

 「ネット上の情報監視を開始いたします」

 「事前にあった参加者がゲートを通過」

 「システム面に異常なし」

 

 通達される情報を素早く正確にルルーシュとマリーベルが返答し、新たな指示を飛ばして万全を通り越した準備を進める。

 緊急時でもない限り仕事の無いロロはナナリーの近くで待機する。勿論アリスも居るが他の騎士団の面々は別行動を取っている。

 マオとダルクは現場に向かい、サンチアとルクレツィアはナイトメアに騎乗してギアスを用いた索敵で警戒を強めている。

 

 本当にどうしてこうなった…。

 信頼とか親しみとかいう次元ではない。

 ロロはぼんやりとため息を吐き、ブラコン達を眺めてモニターへと視線を向ける。

 

 

 

 

 

 ロロ達の事を露ほども気付いていないオデュッセウスは、突然クロヴィスより贈られてきたチケットを手にクロヴィスランドへと訪れていた。

 何でもランドの関係者だけを招待するらしく、通常よりも人が少なく待つ時間が少ない。

 「それなら少数の護衛を付ければ自由に楽しめるでしょう」なんて気を使ってくれるのは嬉しかったな。今度何かしらお礼しなきゃね。皆で温泉旅行とかどうだろうかな。

 

 「ど、どうしましょうかオデュッセウスさん」

 

 先の事を想い描いていたオデュッセウスはニーナの一言で我に返り、意識を彼女へと向ける。

 今日ここにはその…デ…デート…として来た。

 本当に気を使わせてしまった。

 私だけでなくもう一枚贈ってくれるとは…。

 

 ん?そういえばクロヴィスにニーナ君の事紹介したっけ?

 疑問は頭上を駆けて行ったジェットコースターに乗っているアーニャが視線に入った事で「アーニャのブログか」と納得して勝手に解決してしまった。

 

 「さて、そろそろ来ている筈なんだけど」

 「お兄様!ニーナさん!」

 

 手を振って近づいてくるのは現ブリタニア皇帝のユフィである。

 職務は一応片付けて今日はお忍びデート。

 つまり私達とダブルデートであり、ユフィの隣にはスザク君の姿があるのだが…。

 

 「お待たせしましたか?」

 「いや、待ってはいないよ。それよりスザク君」

 「なんでしょうか先帝陛下」

 「まずその呼称と敬礼は止めて欲しいな」

 「イエス・ユア・ハイネ――」

 「禁止」

 「あ、すみません」

 「本当にスザクは真面目ですからね」

 「そこが良いんだろうユフィは」

 「はい」

 

 満面の笑みを浮かべて肯定された事によりスザク君の顔が真紅に染まる。

 このまま行けばランスロット・トライアルのカラーに並ぶのではと思うほどに赤い。

 まぁ、赤さでは私と隣にいるニーナ君も負けじと赤いですけどね。ついでに手を繋いでいるので私も若干赤いと思う。鏡を見て確認しようとは思わないけど。

 

 「それと…その恰好どうにかならないの?」

 「何か変でしょうか?」

 

 真顔で返されたのだけど私はどう言ったら良いのだろうか。

 

 私は黒のニット帽に上着にジャケット、紺色のズボンといった格好で、ニーナ君はユフィに合わせたのか桃色の上着に赤いスカーフ、白いスカートと茶色のベレー帽を被っている。

 ユフィはアニメで見た上部が白色で腹部が薄緑色の上着に橙色のスカート。それと伊達メガネ。

 

 ユフィも顔がバレているが逆に堂々としている分、気付かれ難いというのは私が散々証明しているから良いだろう。

 けれどスザク君の服装はラウンズの正装に分厚いサングラス…。

 デートという事でしっかりと正装したというのは理解した。

 理解したけれども服装だけで存在をバラしてどうする。

 

 と、思ったのだが、全然周りが反応を見せない。

 若干周りの客が離れている気がするぐらい。

 もしかして完成度の高いコスプレイヤーと思われているのだろうか?

 

 ※用意された客達は関わらないように努めているので、遠目でも解るスザクたちに近づかないようにしている。

 

 「あー…いや、なんでもないよ」

 「では行きましょう!」

 

 ユフィはスザクの腕に抱き着き、さっそくと言わんばかりに駆け出して行く。

 あまりこういう所に来たことの無いユフィは少々興奮気味だが、護衛も居るとの事で問題ないだろう。ちらっと見渡すと小走りで追い掛けている人たちが確かにいるし。

 

 「私達も行こうか」

 

 こくんと頷いたニーナ君に歩調を合わせてゆっくりと進む。

 私達は私達のペースで歩むのが一番だろう。

 ……というかユフィのハイペースに合わせていたらニーナ君が確実に転ぶだろうし、私も歳を感じるから多分持たない。

 

 ランドと言えば定番だよねジェットコースター。

 このクロヴィスランドには三種類ほどあり、子供でも乗れる速度と高さを抑えられた機種に、スリルを楽しみたい人向けの高度にコース、速度を重視した機種。私達はそれらに比べれば一般的なレベルのものだ。

 ちなみにアーニャ達はスリルを楽しむ機種に乗っていた。置いて行くのもアレだったので護衛も兼ねてヴィー(V.V.)を任せたのだが、後部にマオちゃんとダルクの姿が見えたような気がしたのだが…。

 

 「殿k――オデュさんはジェットコースターは得意なんですか?」

 「得意不得意と聞かれれば苦手かな」

 「え?意外です。てっきり慣れているのかと」

 

 意外そうな表情に自身が一番納得する。

 確かにスラッシュハーケンを使った立体機動を行いながら移動をした事もあるよ。でもそれは自分が操作しているからコースや速度を十分に理解して行っている訳で、ジェットコースターのように任せている訳ではない。

 つまり任せっきりなのは解らないので怖いのだ。

 バイキングやメリーゴーランドは良いよ。コースは決まっているし、動きもそうは変わらないから。けれどジェットコースターはコースは理解できても速度によって印象がガラリと変わる。

 だから苦手。

 

 「そうだねぇ…スザク君の操るランスロットに乗せられると思ったら理解出来るかい」

 「凄く怖いのは分かりました」

 「あのぉ…聞こえているのですが」

 

 苦笑いを浮かべるスザク君には悪いけど訂正はしない。

 あんな変態機動を同乗して怖くないという人はいないだろう。下手な絶叫系よりも断然怖い―――…それをアトラクションに組み入れてみるのをクロヴィスに提案してみようかな。ノネットとかも乗ってくれそうだし…。

 

 「あ、順番が来ましたよ」

 「クロヴィスの言っていた通り人が少ないから早いね」

 「待ち時間が少ないのは良いです」

 

 前の列にユフィとスザクが座り、その後ろに私とニーナ君が腰かける。

 バーを降して安全を確認するとジェットコースターがゴトンと揺れ、ゆっくりとコースを進みだす。

 どうでも良いのだが前世にジェットコースターに乗っていた怪しい黒尽くめの二人組を思い出したのだが、それに近い感じになっていないかなとふと思った。

 思ったところでオデュッセウスの表情がみるみる硬くなっていく。

 微笑みを浮かべた状態で一時停止でも押されたかのように固まった状態で、ジェットコースターはことことと恐怖を序章するように上がり始める。

 昇りきったところで一旦停止、いつ進むのかと思った矢先に猛スピードで下り始める。後ろに引っ張られるように負荷を受け、コースが右や左に傾くたびにそちらへと負荷が移り、不自然に微笑んだ状態のオデュッセウスは自然とそちらへと傾く。

 隣ではニーナがぎゅっとオデュッセウスの手を握り、声を殺してながらもスリルを怖がりつつ楽しみ、完全に楽しんでいるユフィは笑みを浮かべて声を挙げ、スザクはそんな様子に満足げに眺めていた。

 右に左に上に下にコースを駆け抜け、三回ほどぐるりぐるりと上下へと円形のコースを周り、中々のスリルを体験させたジェットコースターは乗り場へと帰って来た。

 降り立ったユフィは思いっきり腕を伸ばしてニコリと笑う。

 

 「楽しかったですわね」

 「もう一回乗りに行く?」

 「はい!ってアレ?お兄様は…」

 

 後ろにいる筈のオデュッセウスが居ない事に気付いたユフィは周囲を見渡し、近場のベンチに腰おろして休んでいるのを見つける。

 表情は微笑んだままなのだが、目が死んでいる。

 

 「大丈夫ですか先t…オデュさん」

 「少し休めば大丈夫だよ」

 

 笑って安心させようとするが乾いた笑みしか出来ずに申し訳なく思う。

 ニーナ君とスザク君は心配しているようだが、ユフィだけは笑っていた。

 

 「お兄様にも弱点があったのですね」

 「私も人だよユフィ。弱点なんていくらでもあるさ」

 「帰ったらお姉さまに教えてあげなくちゃ」

 「勘弁しておくれよ。あまり知られたくないし」

 

 すでにモニタールームで見ているルルーシュ達に知られているとは思いもしないだろう…。

 オデュッセウスはユフィがもう一度乗りたいと言っていたのを聞いていたので、スザクと共に乗って来るように促す。その間に少しでも復帰できるように体調を整えなければ。

 

 「オデュさん。飲み物をどうぞ」

 「ありがとう」

 「そ、その…自販機で買った物ですけど大丈夫ですか?」

 「ははは、問題ないよ。寧ろそっちの方が気楽に飲めるからよく飲んでたし」

 

 抜け出した時はよくお世話になりましたと冗談交じりに話すと、モニターを眺めていたロロの胃に痛みの残滓が蘇ったのは言うまでも無いだろう。

 二人並んでベンチに腰かけてコーヒー缶に口を付ける。

 降り注ぐ日差しが気持ちよく、何気なしに周りをぼんやりと眺める。

 

 「今日は本当に良い天気だねぇ」

 「そうですねぇ」

 

 のんびりとした雰囲気を纏った二人は周りの喧騒など耳に入っていないようにこの時間を楽しむ。

 ユフィとスザク君が戻ってくるまではこのままで良いかとコーヒーを味わうのであった。

 

 

 

 ……それを周囲に隠れ切れていないミレイ達がまどろっこしそうに眺めているのであった…。



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第122話 「オデュ、デートに参る!其の弐」

 神聖ブリタニア帝国の皇子が監修した遊園地と言えども、規模と種類が豊富というだけで他の遊園地と同じ遊具で構成されている。

 コーヒーカップ然り、ジェットコースター然り。

 中には速度はゆっくりながらもレースを行えるゴーカート場も存在し、今まさにレースを行っている。

 遊び目的の客の一団をすり抜け、前に出たのは白色と灰色の二台。

 オデュッセウスとスザクがマジでレースを行っているのだ。

 コース外より眺めているユーフェミアとニーナがそれぞれを応援し、二台は縺れるようにコースを進んで行く。

 

 「殿下相手でも手加減はしませんよ」

 「だからもう殿下でも陛下でもないんだってば」

 

 お互いに慣れ親しんだ愛機に比べて止まっているのではと思いたくなる速度に不満を感じ、アクセルをふみっぱななしでコーナーへと差し掛かる。

 ブレーキを掛けようかと一瞬悩み、オデュッセウスは曲がれる程度に落して進むが、スザクはハンドル操作と僅かながら自身の体重移動だけで曲がり切る。

 ゴーカートで蟹走り(ドリフト)しながらコーナーを曲がり切ったスザクにオデュッセウスは目を見開いて驚きを露わにした。

 速度を落としてしまった分、スザクとの距離が離れ、いくら取り返そうとアクセルを踏んでも、距離を保つだけで追い付くことは無い。

 僅かな違いと言えどそれこそが決定的な差となり、オデュッセウスはスザクに追い付けずに二番手としてゴールインした。

 ゴーカートを元の位置へと停車させた二人は並んで出口へと向かう。

 

 「普通ゴーカートでドリフトって出来るものなのかい」

 「え?」

 「出来ないんですかみたいな視線やめてね」

 

 嫌味を含まない言葉に一応抗議はしておく。

 そこにユフィたちが合流し、ユフィは凄い凄いと興奮気味に褒め称えて来るのだが、どうも納得できずに気持ちがモヤモヤしている。。

 

 「どうかされたのですか?」

 「うん?んー…ゴーカートってあの速度でドリフト出来るものなのかな」

 「えっと、後で計算してみます」

  

 そういう事じゃないんだけどなぁと思いつつも、頼んだよと笑みを向ける。

 さて、ジェットコースターにバイキング、ゴーカートと連続で遊び続け、時刻は昼食時に近づいており、休憩も兼ねて昼食にするのも良いだろう。

 

 「どうだろう。どこかで昼食にしないかい」

 「確かに良い時間ですし、そうしましょうか」

 「食事が出来るのはえっと…」

 

 ニーナが地図を開いて調べているのを横から覗き込んでいると、視界の端でスザク君が離れていくのが映った。

 振り返ってみると脇にある射的にユーフェミアがジッと覗き込んでいる。

 お菓子や小物類、ぬいぐるみなど多種の品が並ぶ中、黒猫のぬいぐるみに釘付けのようである。

 

 「アレが欲しいの?」

 「はい。でもこれどうしたら良いのでしょう」

 「なら一緒にやってみようか」

 

 スザクの提案に嬉しそうにユフィは笑い、店員から渡されたコルクとライフルの使い方をスザクから教わる。

 二人を邪魔するのも悪いのでここは傍観に徹する。

 ユフィは言われるがままライフルを構えて人形へ狙いを定めるが、銃口の向きから外れるだろうな思っていると案の定コルクは目標から逸れて、後ろの壁に当たって下へと落ちて行った。

 

 「あら?外してしまいましたわ」

 

 悔しそうなのか、楽しくて嬉しいのか分からない表情を浮かべながら、二度三度と撃つがやはり逸れるか当たっても倒れることは無かった。

 そこで今度はスザク君が拳銃タイプのコルク銃で狙いをつける。

 さすが軍人と言うべきか狙いは完璧だ。

 見事コルクは狙い通り人形の左胸―――心臓あたりに直撃した。

 

 「あれ?」

 「あれじゃないよ。なんで心臓を撃ち抜く気満々なのさ」

 

 呆れ半分に突っ込み、そのまま終わるまで眺めていたが、黒猫のぬいぐるみは位置さえズレたものの落ちはしなかった。

 残念がるスザクとユーフェミアの横顔を見て何と無しにモヤモヤの正体に気付き、そういう事かと一人納得して店員にお金を払いコルクとライフルを受け取る。

 親指を唇に当てて少し湿らし、空気に触れさせて風向きを確かめる。

 目算で目標との距離を測り、重心を探る。

 最後に(コルク)を込めてライフルを構える。

 狙いを定めて一発目を放つが、調整されたばかりのライフルと違ってだいぶズレた。

 

 ※傍から見ればわずかな誤差。

 

 このライフルの癖を覚えて、今度は僅かにずらしてトリガーを引く。

 ぽふんと目標である人形に当たるとぐらりと揺らぐが倒れはしない。すかさず(コルク)を込めて揺れに合わせて二射目を当て、揺れが大きくなった人形は耐え切れずに転がり落ちた。

 

 「凄いですわお兄様」

 「これでもスナイパーだったからね」

 

 穏やかな笑みを浮かべながらも、心情は安堵でいっぱいであった。

 先ほどは負けてしまったが、兄として良い所を見せられたとホッとしている。

 これで終いにしたいところだがまだコルクは残っている。

 少し悩んでオデュッセウスは先にコルクを二セット分のお金を払い、再びライフルを構えた。

 結果店主の顔が青ざめる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 カフェエリアで昼食をとっているニーナは今更ながら凄い面子であることを実感する。

 現皇帝のユーフェミアに前皇帝のオデュッセウス、皇帝直属の騎士のスザク。

 ブリタニア帝国の最重要人物揃い踏みなんて光景普通は(・・・)考えられない光景だ。

 ただニーナを含めてアッシュフォード学園の一部関係者にとってはそれほど珍しい光景ではなくなっている。……普通に学園祭に居たりもしたし。

 本来なら雲の上の人だというのに一般人と変わらない様子でホットドックにかぶりついている。

 ユーフェミア様だけはかぶりつく様子を見られるのが恥ずかしいらしく、口元を片手で隠しつつ食している。

 その様子がお嬢様っぽいなぁと思いつつ、ニーナは小口でかぶりつく。

 食事をしながら他愛のない話をしているというのに、私は話の内容よりもオデュッセウス様がユーフェミア様に渡された人形ばかりに意識が向かってしまっている。

 不遜なのかも知れないが羨ましいと思ってしまった。

 オデュッセウスの戦利品である大きめの紙袋に詰められた景品に、ちらりと視線を向けたニーナは別の者まで視界に入れてしまい咽た。

 

 「大丈夫かいニーナ君」

 「ゴホッ、ケホッ…だ、大丈夫です」

 

 差し出されたコーヒーの入った紙コップを受け取り、ゴクリと飲み干して違和感を残していたホットドックの一部を流し込む。

 まだ少しイガイガするが呼吸を正しながら大丈夫だと言い張り、咽た原因となった者らへと視線を戻した。

 

 そこには物陰に身を潜ませながらこちらを伺うミレイ・アッシュフォードの姿があった。

 いや、ミレイだけではない。

 リヴァルにシャーリーにライラまで居る。

 

 何処から漏れたのかと考えつつも、オデュッセウス達に気付かれぬように様子を伺う。

 リヴァルは巻き込まれて、ライラとミレイは興味本位で、シャーリーは―――応援だろうか。

 目が合ってからジェスチャーで何かを伝えようとしている。

 まぁ、見なくても大体理解出来たけど無理だと首を横に振るう。

 なにせ勢い任せに攻めるべきみたいな根性論を向けられても私には無理だ。

 精々こうして隣にいる程度で―――――…。

 

 ふと手にしている紙コップに意識が向かい、思考がゆっくりと動き出す。

 自分はホットドックとジュースを飲んでいた筈だ。

 ユーフェミア様もスザクもジュース。この中でコーヒーを頼んでいたのはただ一人…。

 理解すると頭から湯気が出そうな勢いで顔が真っ赤に染まり、力は抜けたようで背凭れに身体を預けた。

 

 「ニーナさん!?」

 「え、本当に大丈夫かい?」

 「救護班探した方が…」

 「だ、だだだ、大丈夫れす!!」

 

 真っ赤に染まった上に呂律まで回らなかったニーナは、周りから見て解るから元気を見せる。

 余計に心配した様子で三人が気に掛けてくれるがそれがどうも申し訳なくて縮こまる。

 

 「気分が悪いのではないのですね?」

 「大丈夫です。その心配させてしまいすみません…」

 

 頭を下げて謝り、小さく息を漏らす。

 視界の端でミレイとシャーリーがわたわたと動いて、何かを伝えようとしているが何時に増して余裕がない。

 申し訳なさ過ぎてため息まで漏らしてしまう。

 そしてまたも猫のぬいぐるみを視界の端に納めてしまい、自分の嫉妬の高さに嫌気がさしてしまう。

 

 「・・・あー…はい」

 

 何やら一人納得したのかユーフェミアは手を軽く叩いて立ち上がった。

 

 「ニーナさん。少しお兄様お借り致しますね」

 「え、あの…」

 「ちょ!?どうしたんだいユフィ?」

 「良いから来てください」

 

 いきなりどうしたのかと解らないまま、オデュッセウスさんが連れていかれていく様子を眺めるしか出来なかった。

 残された結果スザクと二人っきりになったしまったニーナはどうしたものかと悩み、スザクは置いといてホットドックを齧りながらオデュッセウス達を目で追う。

 二人してコーヒーカップに乗り込む様子にムッとしてしまう。

 

 「あはは、ニーナって意外に表情で分かるものだね」

 「え?」

 「今オデュッセ…オデュさんを盗られたって思ってるでしょ」

 「そ、そんな、そんなこと…ない!―――筈です…」

 

 思っていた事をズバリ当てられた事と、オデュッセウス様にもユーフェミア様にも不敬な想いだと思い、声を荒げて否定してしまった事にびっくりして狼狽える。

 

 「そ、そういうスザクだって…そうじゃないの?」

 「勿論だよ」

 

 呆気からんと答えられ、自分だけ狼狽えている事に不服に思って唇を尖がらせる。

 するとふとした瞬間に笑いが漏れ、二人して笑い合ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 「もうお兄様。駄目ですよ」

 「え?なにがだい?」

 

 急にコーヒーカップに誘われたかと思うと、乗り込んで開口一番に告げられた言葉に首を傾げる。

 何が駄目だったのだろうか?

 射的で馬鹿みたいに取り過ぎた事だろうか。

 それともデートらしくなかっただろうか。

 一人混乱しつつ思考を働かせるが、理解出来ずにわたわたと慌てる。

 その様子に頬を膨らませて抗議の視線を向けられた。

 

 「ニーナさんの事です」

 「ニーナ君の?」

 「私に猫のぬいぐるみを取って下さったのは嬉しかったですけど、お兄様はニーナさんとデートで来ているのですよ。だったら私よりもニーナさんにプレゼントするべきだったのではないでしょうか?」

 「・・・・・・・・・あ」

 

 言われて気付いてオデュッセウスは頭を抱えて俯いた。

 確かにそうだ。

 チケットを貰って自分からデートに誘ったというのに、ニーナ君でなくユフィの事で動いてしまった。

 誘っといてそれはないだろう。

 不安が募ってどんどん胸の内がモヤモヤしてきた。

 

 「ニーナ君、怒ってないかな?もしかして落ち込んでる?それとも呆れているかな?」

 

 そわそわと問いを投げるがユフィは少し悩み、その様子にオデュッセウスははらはらしながら言葉を待つ。

 

 「そう言う風には見えませんでした。まだ気付いてはいないというだけで」

 「安心は出来ないよね。この調子では…」

 「しっかりしてくださいお兄様」

 

 情けなさから小さく唸り声をあげつつ、ニーナ君達に視線を向ける。

 私がユフィに連れられ、残された二人は何やら談笑して居るようだった。

 アレだけ“日本人(イレヴン)”を嫌っていたニーナ君が普通にスザク君と笑いながら話している様子に不思議な感覚に陥る。

 

 否、違うな。

 壁を越えたんだなという感心ではなく、何というか…イラっとするというか…なんだこの感情?

 

 「聞いてますかお兄様」

 「あ、ごめん。なんだっけ…」

 「ふふふ、ニーナさんの事が気になって仕方がないようですわね」

 

 クスリと笑われて呆けた面を晒してしまった。

 

 「どうしたのですか?鳩が豆鉄砲を食ったようお顔をされてますわよ」

 「そんな顔をしていたかい?」

 「えぇ、いつにないお顔でした。どうされたのですか?」

 

 少し考え込みながら今の理解し得なかった気持ちをありのまま感じたまま答えた。

 真面目に聞いていたユフィだったが、話が進むにつれて楽しそうな笑みが向けられて、それもそれで理解出来ずにオデュッセウスは疑問符を浮かべる。

 

 「お兄様はニーナさんが好きなのですね」

 「いや、まぁ、うん。まだ恋愛感情かどうか解ってないんだけどね。」

 「恋愛感情ですよ。間違いなく」

 「本当かい?なんでわかったんだい?」

 

 あっさりと言われた言葉に驚き、食い気味に問う。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて焦らされて、初めてユフィに意地悪をされた気がする。

 少し間を開けて確証を口にした。

 

 「だってお兄様は心配されたのでしょう。嫉妬されたのでしょう。不安に思われたのでしょう。スザクとニーナさんが笑いながら話している様子に」

 

 そうなのかな、とユフィの言葉を自分に対して自問自答する。

 最初は否定しようとしたが、どんどんと言葉と気持ちが一致して行き、妙にすとんと落ちて落ち着きだした。

 

 「独占欲っていうんですのよ。そういうの」

 「独占欲…私はニーナ君を欲しているという事かい」

 「そうだと思いますよ」

 

 なんかすっきりした。

 自分で気付けないとは情けなく感じるも、何というか晴れ晴れとした気分だ。

 あー、これが恋愛感情か。

 どうにも煩わしくも感じるがそれが心地よい。

 オデュッセウスはようやく理解した感情に喜びながら、午後はこの気持ちのままニーナ君とのデートに臨もうと笑みを浮かべた。



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第123話 「オデュ、デートに参る!其の参」

 クロヴィスランドでのオデュッセウス達のデート計画。

 こんな面白そうな話をシャーリーから耳にしたミレイが逃すはずなかった。

 ならば自分達もと付いて行こうとしたがルルーシュという難関が立ち塞がった。

 さすがにシャーリーの頼みと言えども聞き入れなかったが、そこはルルーシュ特効を持っているナナリーからの説得により突破。

 来年からまたアッシュフォードに通うライラと共に尾行を行っているのだ。

 

 「会長ぉ、まだ続けるんですか?」

 「「当たり前じゃない!!」」

 

 ぐったりとした様子で聞いてみると同時の答えに「そうですよねぇ」という諦めとため息が漏れる。

 正直多少ならば興味はあったけれども、朝から夕方までへばりつくほどの熱意の無かったリヴァルはすでに尾行に飽き飽きしていた。

 というか鼻息を荒くしているミレイとシャーリーも熱意に押されている。

 いや、これはシャーリーだけに言うべきではないな。ルルーシュもなにしてんだかな…。

 

 「これから面白くなるところじゃない」

 「それより今の会長はリヴァルさんでは?」 

 「いや、そうなんだけどさ…」

 

 一緒に居ると昔の癖で読んじゃう的なのあるじゃない。ねぇ?

 そもそも会長になったのも消去法なんだからあまり自覚もないし…。

 ミレイ会長は学園から去って社会人になっちゃうし、ニーナも学園を辞めたし、ルルーシュは黒の騎士団関連の仕事に関わっているらしいし、カレンは黒の騎士団所属であるから何時呼び出しがあるか分かないので生徒会からも抜けた。

 残っているのは俺とシャーリーだけだけど、シャーリーは水泳部との掛け持ちという事もあって会長は無理。

 結果、生徒会の仕事を知っていて、会長になれる自由に動ける人材は俺しか居なかったというだけの話。

 

 「ほらほらしゃきっとする」

 「と言いましても朝からずっとですよ。なにやら進展もないようですし」

 「だからこれからだって!」

 「あまり大きいお声を出されると気付かれますよ」

 

 言われて気付いたのかシャーリーは今更ながら両手で口を押えて確認する。

 建物の陰から頭だけを覗かしてオデュッセウス達を見つめるがこちらに気付いた様子はなく、そのまま四人で進んで行く。

 気付かれてない事に安堵しながらシャーリーは小声で話しかけてくる

 

 「この先には観覧車があるの」

 「あー、そう言う事ですか」

 「どういうことなのですか?」

 「夕暮時の観覧車にデートしている恋人同士となると」

 「ドラマやアニメではお決まりのシーンですね」

 

 ライラ一人理解しておらず疑問符を浮かべているが、下手に教えてあの兄弟・姉妹に目を付けられるのは怖いのでやめておく。

 どうやら情報をルルーシュから伝えられたのかアーニャ達も周囲に潜みながら観覧車へと向かっている。

 

 「さぁ、ルルーシュに伝えて私達も乗り込むわよ」

 

 小さく「おー!」と声を出すライラとシャーリーを眺めながらリヴァルは何度目になるか分からないため息を漏らすのであった。

 

 

 

 何か不審な視線を感じる。

 オデュッセウスは振り返り周囲を見渡すがその視線の正体を掴めないでいた。

 これは気のせいなのだろうかと思い悩む。

 ユーフェミアに己の感情を気付かされたからには、心を決めてニーナに想いを伝えようとしているのだが、思い悩み過ぎているのか周囲が気になり始めた。

 勘違いの可能性もあるが、出来れば二人っきりの空間を作りたい。

 そう考えるとちょうどいい乗り物があるではないかと観覧車へ来たのだが、ここにきて一層視線を感じるようになったのだ。

 

 「順番が来ましたね」

 「ユフィ。スザク君と二人で先に乗りなさい」

 

 意図を察せれなかったスザク君はきょとんと顔をしかめたが、ユフィはニコリと微笑んで頑張ってくださいねと言って乗り込む。四人で乗るものとばかり思っていたニーナは恥ずかしそうに俯いたが、オデュッセウスは嫌な予感からそこまで素直な感情を出す事は無かった。

 ユフィとスザクが乗り込んだゴンドラが進み、次のに乗り込むと自然とユフィたちが乗り込んだゴンドラを見える座席に付く。

 暫し黙りこくったまま様子を伺う。

 徐々に上部に差し掛かるにつれて夕日に照らされた街並みが遠くまで広がる光景を目の当たりにする。

 目を輝かして眺めるニーナを見つめてから、オデュッセウスもその光景を眺める。

 綺麗だとは思う。

 中々見れる光景ではないのだが、どうも比べてしまう(・・・・・・)

 

 「さて、そろそろかな」

 「どうかしましたか?」

 

 オデュッセウスはそう呟くとさっと背後を振り返り、次に観覧車乗り口付近を睨む。

 ゴンドラには双眼鏡でこちらを覗いていた人物がいた。

 さっと伏したが隠れる反応が遅れた者も居て、髪色と同乗者がリヴァルとライラだったことからミレイとシャーリーだと理解する。

 下にはアーニャと伯父上様が居た事から彼女・彼らが感じた視線の主だったのだな苦笑いを浮かべる。

 

 「ははは…どこで漏れたのだろうかな」

 「何か見えるのですか?」

 「下にアーニャ達に後方にミレイさん」

 「え!?ミレイちゃんが」

 

 言われてニーナが見つめているとひょことシャーリーの頭が見えたが、すぐに引っ込んだ。

 ため息交じりに立ち上がったオデュッセウスはゴンドラ内を調べ始める。

 

 考えすぎかも知れないが彼女らだけでは無いような気がする。

 クロヴィスランドに訪れることを知っているのはユフィやスザクを除けばアーニャにジェレミア、あとはチケットをくれたクロヴィスぐらいだ。

 アーニャはミレイとは学園で出会っているから可能性としては一番大きいが、条件を設けたクロヴィスランドに入れるだけのことが出来るだろうか?

 アッシュフォード家のコネで入った可能性もあるのは否定できないが、アーニャと一緒に居たのがマオとダルクとなればナナリーも噛んでる可能性がある。ならセットでルルーシュも居るんだろうな。そしてルルーシュが動くのであればロロも…。

 なんか想像しただけで凄い面子が揃いつつあるな…。

 想像であって欲しいと思いながらも当たりをつけて探っていた所にカメラを見つけて本気で頭を抱える。

 携帯を取り出してジェレミアに連絡を取る。

 現状の説明以上に二人っきりになる為にも。

 

 

 

 ルルーシュはカメラと盗聴器を見つけられた事に冷や汗を流した。

 シャーリー達が尾行していた事に気付いたから調べた訳ではないだろう。否、シャーリー達が居ることなどから逆算して理解した可能性がある。

 となればこちらの大方のメンバーに当たりを付けている?

 兄上ならばあり得なくないか…。

 こういう場合はどうするべきかと悩むルルーシュを他所にマリーベルはオルドリンを連れて撤退準備(逃げる算段)を行っている。

 そんな二人の様子を知っているかのようなタイミングでロロの携帯が鳴り出す。

 今作戦の頭脳である二人の視線がロロに向く。

 乾いた笑みを浮かべながら予想しながら電話に出る。

 ルルーシュもマリーベルもオデュッセウスの声は聞こえないが、ドキドキと焦りながら会話を聞こうと聞き耳を立てる。

 

 「はい、もしもし。―――あ、まぁそうですね」

 

 ちらりとルルーシュとナナリーへと視線を向けた事から二人の関与を問われたのだろう。

 その瞬間マリーベルはバレてないと安堵する。

 

 「はい?…ここに居るメンバーなら出来ない事はないですけど…はい。了解しました。では後程」

 「どうしたロロ」

 

 ため息交じりに電話を仕舞う様子に不安を覚えずにいられない。

 しかも胃の辺りを押さえているなら尚更だ。

 色々過去を聞いただけに不安が募る。

 

 「怒ってないからナイトメアで空中散歩できる用意してくれないか…と」

 「お兄様は怒ってないのですか」

 「らしいですよ。ただこれ以上は……」

 

 続きを言わずとも察せられる。

 これ以上の監視は危険。さすがにお兄様を怒らせるのは避けたい。

 ならばやる事は速やかに撤退及びお詫びに準備を行う事だ。

 お客はそのまま楽しんでもらうとして、配置したナイトメア部隊を回収し、ナナリーの騎士団には作戦の終了を通達。最大の問題はシャーリーとミレイをどうやって止めるかだ。いや、騒ぐ時には騒ぐ人だが、基本的に周りに気配りが出来る人だ。話せばわかってくれるか。

 

 「マリーベル。機体の用意頼めるか?」

 「構いませんが少し手間ですね」

 「自由に動かせる騎士団があった時なら楽だったな」

 「今では黒の騎士団の戦力ですからね。出来ない訳ではありませんが」

 

 面子が面子なだけに手段なら幾らでも考えられる。

 それに相手が相手なだけに手を貸してくれる者も多くいる。

 例えばシュナイゼルにオデュッセウスが――と伝えれば幾重もの手段と理由を用いて戦力をかき集めるだろう。

 元オデュッセウスの騎士団に声を掛けたら三個師団ほど集まりそうで怖いがな。

 

 「お兄様。お兄様はどうなさるのでしょう」

 

 ナナリーの問いに答えたいところだが、ここから先は…。

 

 「後で兄上に聞いてみよう。すぐに分かるさ」

 

 微笑ながら答えるとルルーシュは撤退の指揮を執るのだった。

 当然のことながら恋沙汰に興味津々のシャーリーの説得にかなりの時間を費やす事になったのだった…。

 

 

 

 

 

 

 クロヴィスランドを出て、ユーフェミアとスザクと別れたニーナは戸惑っている。

 オデュッセウスに一緒に来てほしいと言われ、用意された車に乗って数十分。食事に誘われたのかな程度に思っていなかった為に飛行場に到着した時は心底驚いた。

 

 「何処へ行かれるのでしょうか?」

 「心配しなくても大丈夫だよ。すこし空中散歩しようってだけだから」

 「散歩ですか…」

 「殿下!いえ、先帝陛下」

 

 飛行場に入るや否やロロが駆け寄り頭を下げ、ナイトメアの起動キーを差し出して来た。

 散歩と言いながらナイトメアフレームを出してくるあたり、やっぱり常識から外れている気が…。

 

 「準備は整えております」

 「すまないね急に頼んで」

 「……いえ、その色々と――」

 「良いさ。おかげで心も決まったしね」

 

 何の話をしているのだろうかと疑問符を浮かべるも、微笑み返してくるばかりで答えてくれる気はないらしい。

 飛行場の端には運ばれてきたであろうフロートユニットを装備したヴィンセントを含んだナイトメア四個小隊が待機している。

 どうやってこれだけのナイトメアを用意したのだろうかは、考えない方が良いのだろう。

 

 考えることを放置したニーナはオデュッセウスに促されるままにヴィンセント脇まで歩み寄ると、抱き抱えられてコクピットへと連れていかれる。

 急な事に戸惑い膠着し、そのままコクピットへと運ばれる。

 

 「よっと、ちょっと狭いけど我慢してね。さすがに複座型(ガウェイン)は用意出来ないし」

 「い、いえ!だだだ、大丈夫れす!」

 

 膝に座らされ、シートベルトを長くしたとは言え密着する形で座らされたニーナは呂律が周らない程緊張していた。

 やったことに対して今更ながら顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっているオデュッセウスに気付かないほどに。

 ヴィンセントが離陸すると正面を一個小隊、左右後方に二個小隊、両脇に一騎ずつ展開して護衛する形で空へと飛び立った。

 速度を上げずにゆるやかに上昇していく。

 モニター越しに外を眺めながら、背中より伝わる体温を感じる。

 

 「ちょっときついかな。一応しがみ付いてくれるかい」

 「え?なにを――きゃ!?」

 

 どういうことか理解出来ぬまま、言われる通りにしがみつくとコクピットが開かれ、冷たい空気が直に身体を撫でる。

 速度を停止させ、フロートユニットで浮いているだけの状態なので、風も負荷もきつくない。

 驚いて目を閉じたがゆっくりと瞼を開け、周囲を見渡して見る。

 傾きかけた夕日に合わせて夜が顔を出して、半分は夕方、半分は夜空という幻想的な光景を目の当たりにして感嘆の声を漏らす。

 

 「綺麗だろう」

 「はい。とても綺麗です」

 「観覧車からの光景も良いけども、こういう光景を知っていると物足りなくてね」

 

 確かにこんな光景を目の当たりにしたらそうだろうと思う。

 飛行可能なナイトメアに騎乗した者でしか見られない。

 逆に言えば皇族なのに見ることが出来るほど騎乗しているという事は、どれだけ周りの人間が苦労を掛けた事か…。いや、それはオデュッセウス様だけではなかった。コーネリア皇女殿下もだった。

 広がる幻想的な光景に魅入っていたニーナと違って、風景でなくニーナを見つめオデュッセウスは思い悩み、一呼吸おいて口を開いた。

 

 「ねぇ、ニーナ君」

 「は、はい」

 「前に恋愛感情が解らないって言ったの覚えているかな」

 

 忘れる筈もない。

 初めて告白、それもオデュッセウス様からされたあの日の事を忘れるなんて出来ないだろう。

 …料理の味は緊張とかで全く覚えてないけれど…。

 

 「今日のデートで分かったよ。どうも私は独占欲が強いらしくてね。君とスザク君が二人で話しているだけで嫉妬したんだ」

 「嫉妬ですか!?」

 「あはは、私も驚いたよ。でもまぁ、これでよく分かった。私はどうしようもなく君が欲しい」

 「――ッ!!」

 「だからさ…これからも付き合ってほしい。今度は結婚を前提に」

 

 二度目の告白。

 けれど前のような控えめな物でなく、強い意志を持っての告白にドクンと心臓が高鳴る。

 目を合わせる事が出来なくなり、そっと俯く。

 

 「で、どうだろうか」

 「えと、あの…不束者ですがよ、宜しくお願いします」

 

 心臓が苦しいほど高鳴っている。

 嬉し過ぎて、恥ずかし過ぎて耳まで真っ赤になっているだろう。

 ちらりとオデュッセウスの顔を伺うと、何事も無いように微笑んでいるが、耳は真っ赤に染まっている。

 同じ気持ちなのかと思うと余計に嬉しく思う。

 

 「良し。ならハワイへ行こうか」

 「はい………はい?」

 

 ニカっと笑ったオデュッセウスの一言に流れるまま返事を返したが、後から何故ハワイなのかと疑問を浮かべる。

 それが何を意味するのかを理解するのはまた先の話である。




 次回はこのままハワイに向かいたいところですが、その前に一話入れます。


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第124話 「争いを生む者」

 世界は平和に向かっている。

 多くの犠牲を払った世界を二分にした戦争と、世界共通の敵となったシャルル一派との戦いを経てようやく人類は、争いから平穏な日常へと歩み出したのだ。

 世界の大半が加盟する合集国。

 個別の軍事力は回収され、今や合集国と契約している軍事組織“黒の騎士団”に入り、加盟国の護る盾として機能している。

 その黒の騎士団以外でナイトメアフレームがあるとすれば、ナイトメアフレーム関連の工場や戦争博物館、警察機構(ナイトポリス)ぐらいとなっている。

 

 南大西洋海中。

 一隻の潜水艦が航行していた。

 それは黒の騎士団所属でも合集国非加盟国所属でもない。

 世界でも類を見ない一部の有力者によって運営される秘密部隊。

 テロリストでもなければレジスタンスでもない。

 ただ世界の平和を維持する為に騒乱の火種を秘密裏に鎮火する“火消し”を目的とする少数戦力。

 

 役割を自ら買って出たオルフェウス・ジヴォンは慣れない機体内で時が来るのを待っていた。

 現在彼が乗り込んでいる潜水艦“アーク(箱舟)”は黒の騎士団も所有していない程の高性能を持つ。

 元々は合集国前の黒の騎士団が所有していた潜水艦を、大型改修したので本来のゲフィオンディスターバーを応用したアクティブステルス機能があり、ソナーや対潜哨戒機のレーダーに探知されることはない。

 さらにフロートシステムを積み込んでいるので飛行……は無理でも陸上・海上での浮遊は可能となり、海中より出れば輻射障壁も展開可能となっている。

 攻撃手段としては正面魚雷八門に後方四門、計10セルの垂直発射システム、大型スラッシュハーケン左右に八つずつ、左右大型アーム及び内臓された対ナイトメアフレーム用大型ニードルガンを装備。

 ここまでなら浮遊可能な高い攻撃能力を有する高性能潜水艦であるが艦名は箱舟。つまり輸送を目的とされた潜水艦であり、攻撃能力は単なる自衛及び援護目的だ。

 ゆえにアークにはガウェイン数機ほども整備行えるほど、大きなナイトメア格納庫を所有している。

 とは言え機密性保持の為にも人員は選抜せねばならず、人手不足は深刻な問題でギリギリで運用している状態。

 多くの秘密作戦を遂行し、作戦内容を知る事になるナイトメアパイロットも同様で、アーク内にはオルフェウスも含めて三名しか居らず、ナイトメアだけあってもパイロットが居ないのだ。

 

 腕を組んで待っていたオルフェウスにモニターが点滅し、艦橋より連絡が来たことを知る。

 

 『全員起きているか?』

 

 ガナバディが慣れない艦長席に腰かけ、濃いクマを作った顔で苦笑いを浮かべていた。

 人員不足の現状でガナバディの役割は大きい。

 整備班班長兼アーク艦長を務め、物資の売り買いなどの商売まで行っているのだから。

 特に今回は業火白炎も月下紫電も今後を考え大型改修に、システム面の強化を計る為にオデュッセウスにナウシカファクトリーに居るラクシャータに預けている。

 ゆえに今あるのはラクシャータとオデュッセウスが用意出来、最悪の場合を考慮して自分達に繋がらない現行ナイトメアにも引けを取らない旧型機。それの調整から整備までを指揮を執りながら自らも行っていたのだ。

 

 『起きてますよ艦長』

 『止めろズィー。その呼び方はこそばゆい』

 『良いから早く話進めようよ。ずっとコクピットで窮屈なんだから』

 『全くお前たちは…。説明を頼むよミス・エックス』

 

 画面中央にミス・エックス(ミスティ・イクス)が映り、別のモニターに簡易的な地図と地形が表記される。

 

 『これより本作戦の説明を開始いたします。作戦内容は敵対勢力の排除か無力化。最悪敵対勢力の弱体化となります』

 『要はいつも通りってこったろ?』

 『確かにそうですが今回は規模が違います』

 

 ミス・エックスが指示棒で地図を指すと地図に新たな記号が浮かび上がる。

 敵を示す赤の大小の矢印に施設を示す長方形が次々と表示され、オルフェウスは勿論全員が事の重大さを理解する。

 

 『ちぃーとばかり多くねぇかこれ』

 『現地政府とこちらの諜報部からの情報御提供に依ればグロースター、サザーランド、グラスゴー多数。指揮所としてG-1ベース一隻にそれに類する施設が存在します』

 『ちょっと!さすがにそれを相手にたった三機だけって過重労働だとおもうけど』

 『過重労働の件は俺も言いたい事があるがな。文句を言っても始まらん。どうするオルフェウス』

 

 問かけられて多少悩む。

 こちらの練度は高いが圧倒な数的劣勢にあることは変わらない。

 ならば持久戦などの長期戦は望ましくなく、やるならば奇襲などの短期決戦。

 移動手段の潜水艦は発見され難く、三機という少数での接近は見つかりにくいだろう。残る問題としては短期で敵を倒すための火力。

 それに関しても今回の機体を考えると問題はないだろう。

 

 「アークからの支援攻撃を囮としたナイトメア部隊での奇襲作戦が一番だろう。第一目標をG-1ベースに設定して撃つだけ撃ったら退こう」

 『それが一番だろうな。下手に粘って良い所を見せても俺達にはマイナスにしかならんからな』

 『ではオルフェウスの案を採用しての奇襲作戦を行います』

 『さぁ、仕事の時間だ。誰一人欠ける事無く終わらすぞ』

 

 オルフェウスはガバナディの言葉に頷き、アークより発進後は見つからないように敵基地へと向かってゆく。

 

 

 

 

 

 

 先の大戦で敗北したシャルル一派は今や残党となり、世界各地に潜伏して機会を伺うか、各部隊が独自でテロ活動に身を投じている。

 ここアフリカ大陸にもシャルル一派残党は多く存在する。

 その中でも最大規模を誇る部隊が最近活発に活動を行い始めた。

 行動というのはテロなどの攻撃ではなく、シャルル一派を纏め上げるような司令部としての動きだ。

 おかげで点でばらばらだったシャルル一派残党が組織的行動を行えるようになり、今はまだ準備段階だが大規模作戦に参加(・・)出来得るようには団体行動をとっている。

 G-1ベースを中心に塹壕や仮設施設を作って基地としての機能を維持し、周囲は多くのナイトメアフレームが控えていた。

  

 司令部であるG-1ベース艦橋では多くの者が動いていた。

 それはこれから起こる襲撃に対してでなく、予定通りの準備を行う為に。

 ここに居る者らは他のシャルル一派残党のように暴れれば良いなどのような事は考えていない。

 寧ろそういう連中こそ害悪とも考えている。

 

 ――無遠慮で無計画に暴れたいのなら他所でやれ。我々は誇り高き騎士なのだ。

 

 約一名を除いて己が誇りで動いている者ら。

 士気も練度も中々に高いが設備と装備だけは足りていない。それと彼らには祖国への愛国心は失せ消えている。ゆえに彼らは国も関係なく動ける。

 成すためには何を以てしても(・・・・・・・)…。

 

 「少し遅れが出ているな」

 「問題ないでしょう。現地政府は弱腰です。手出ししてくることは無いと思いますが」

 

 予定時刻より作業の方が遅れている事に司令官は難しい顔をしながら資料をまとめていく。

 副指令を務める人物は多少の苛立ちを浮かべる司令官を宥めようと言葉を掛けるが、苛立ちは遅れだけでなく他の要因も存在した。

 

 「そっちはな(・・・・・)

 「あー…例の部隊ですか」

 

 言いたい事を理解して副指令まで頭を抱えようになる。

 最近連絡を取っていた部隊との連絡が途絶する事件が多発している。

 黒の騎士団かと思いきやそれらしい動きはなく、途切れたとは言え途中まで受けた報告により少数精鋭のナイトメア部隊に襲われたとの事だ。

 こちらとしては対処したいところなのだが正体どころ僅かな情報すら不足しているので手の出しようがなく、今のところ後手に回るしかない。

 隊長(・・)は寧ろ攻めてきてほしいみたいな事を仰られていたが、被害が敵だけでなく味方にも出るだろうから勘弁してほしいところだ…。

 あの悪癖を考えるとため息が自然に漏れてしまう…。

 そのため息を掻き消すように艦橋内の警報が鳴り響く。

 

 「接近警報!?」

 「何事か!!」

 「レーダーに多数。ミサイルがこちらに向かってきております!」

 「迎撃用意!動けるナイトメアを全部出せ!」

 「隊長にも準備を願え。もしもの場合にはそのまま脱出して頂けなければ…」

 

 レーダーに突如として映し出されたミサイルに焦りながらも指示を飛ばす。

 とは言えども間に合うかは不明だ。

 敵がどれだけの規模か分からないが質は兎も角機体数は多いが、弾薬は余裕がある訳でないので制圧するような勢いで撃たれ続ければ対応しきれなくなる。

 焦りと不安を感じながらレーダーを睨むように眺めると思いのほか、ミサイルの数が少ないために安堵する。

 これならばG-1ベースと周囲の僅かな対空火器、それと周囲に展開できたナイトメア隊で迎撃可能だ。

 

 突然の別方向からミサイルが打ち上げられるまでは…だが。

 

 

 

 

 

 

 敵の索敵圏外で待機していたオルフェウスは、アークからの支援攻撃に敵の注意が向いたのを確認し、アクセルペダルを踏み込んだ。

 

 『全機攻撃開始』

 

 三機のナイトメアが駆け抜け、一気に敵の基地へと近づく。

 降り注ぐミサイル群の対応していた敵でも、さすがに接近してくるナイトメア隊を無視するほど愚かでは無かった。

 気付いたグラスゴー二機がアサルトライフルを構えるも、射程内に収める前に腰から上が吹き飛んだ。

 

 『上手いもんでしょ』

 

 二機を吹き飛ばしたのはクララ・ランフランクが搭乗する赤紫色のナイトメア【サザーランド遠距離型】。

 近接戦闘や中距離戦を得意とするナイトメアに珍しい長距離攻撃に主眼を置いた機体。

 コクピット左右から両肩に掛かっている連装キャノン砲は、連続射撃が可能で遠距離からの攻撃能力は非常に高い。

 逆に格闘戦用の武装を一切積んでいない為に近接戦闘に不向きという弱点を抱えている為に建物が乱立する市街地戦などでは滅多に見かけることの無い。

 綺麗に敵ナイトメア吹き飛ばしたクララのはしゃいだ声が無線を通して聞こえてくる。

 

 「よくやった」

 『えへへ、お兄ちゃんに褒められちゃった』

 『もうシスコン・ブラコンはあの兄妹・兄弟で充分だっつの。さっさと片付て帰ろうぜ』

 

 呆れたように呟いたズィー・ディエンは、薄い藍色の【無頼特殊武装B型】の速度を上げて先頭を駆け、クララの砲撃を突破したナイトメアを撃ち抜いて行く。

 特殊武装B型は無頼タイプの中で、高い射撃速度を誇るナイトメアで、主武装は両腕下部に取り付けられたガトリングガンである。しかもコクピット左右に弾薬の詰まったタンクと繋がっており、すぐに弾切れになる心配はない。

 

 二人が敵を食い止めている間にオルフェウスは機体を停止させ敵司令部であるG-1ベースに標準を合わせる。

 オルフェンスが搭乗しているナイトメアは異質だった。

 無頼に大型コンテナ三つを背負わせ、両腕部には小型キャノン砲を装備させ、重量に耐えれるように足回りを追加強化すると同時に小型ミサイルを六発ずつ仕込んだ【無頼重武装型】。

 本来なら黄土色であるがオルフェウス用に白色にカラーリングされた無頼重武装型は肩幅に足を開き、これから発射する反動で倒れないように踏ん張りを利かす。

 

 「目標、敵司令部G-1ベース!」

 

 左右のコンテナよりバンカーミサイルが発射され、上空へ飛翔すると垂直にG-1ベースへと降下して行く。

 様子を伺って着弾を確認する。

 迎撃しようとするも直上への攻撃手段を持たないG-1ベースは無力だ。

 周囲のナイトメア隊が慌てて迎撃するも、発射から着弾までの時間が短すぎて反応できず、十分な弾幕は張れていない。

 乱れる銃弾の嵐を抜けてバンカーミサイル二発の内一発が艦橋に突き刺さり、大爆発を起こしてG-1ベースを火で覆い尽くす。もう一発は目標からずれて近くに着弾し、施設やナイトメアをまとめて吹っ飛ばした。

 

 『よっしゃ!G-1ベースの破壊を確認』

 「後は現地政府に任せて俺達は撤退……なに!?」

 

 引き上げようとした矢先、燃え盛るG-1ベースのナイトメア格納庫より一騎のヴィンセントが飛び出した。

 どう見ても通常装備でなく特別な仕様が加えられた機体。

 指揮官機かエース機のどちらかだろう。

 

 『見ないと思ったのに結構なナイトメアが紛れてるな』

 

 ズィーがぼやきながら無頼特殊武装B型のガトリンガンで射撃を開始すると、サザーランド遠距離型と無頼重武装型のキャノン砲での砲撃で援護する。

 それぞれが高い技術を持っているオルフェウス達はそれで片が付くと思っていただけにそれらを全部躱された事実に驚愕した。

 並みのパイロットではない!

 たった一機に使う武装ではないが、迷う事無く中央のコンテナに搭載されていた拡散ミサイルを発射。コンテナ上部を破って向かって行ったミサイルは着弾前に弾け、内装されていた散弾のように小型ミサイルをばら撒く。

 回避不能な面攻撃にヴィンセントは怯むことなく突っ込み、コクピット左右のより伸びた盾をサブアームが正面に展開させて受け切った。

 

 『嘘だろ!?』

 

 思い切りが良すぎる。

 高い技術どころか完全に戦闘慣れしている。

 衝撃でボロボロになった盾を軋んでいるサブアームごと外したヴィンセントはさらに速度を上げて突っ込んで来る。

 慌ててズィーが攻撃を再開しようとするが先にヴィンセントが腰に取り付けられた三連グレネードを飛ばし、そちらの迎撃に対応して攻撃にまで手が回らない。

 オルフェウスが小型ミサイル計12発を放つが、両腕部下部のニードルガンで迎撃されながら避け切られ、手にしていたランスを投げて回避できなかったクララのサザーランド遠距離型の左肩に突き刺さった。

 残っている唯一の武装である小型キャノン砲で接近を防ごうとするが、相手の操縦技術と機動性から牽制にもなっていない。

 目の前まで迫られ振り下ろされた剣を左上を犠牲にしてでも防ぐ。

 小型キャノン砲がへしゃげ、左腕に刃が食い込んだ。

 刀身が赤くない事からMVS(メーザー・バイブレーション・ソード)ではないと思っていたが、どうやら当たりだったようだ。

 

 『いやはや中々やる。しかし戦争はやはり攻められるよりは攻める方が格段に楽しいな!』

 「――ッ!?その声はまさか…」

 『んー?何処かであったかな』

 

 戦った事は確かにない。

 しかしこの声をオルフェウスは知っている。

 

 「噂は聞いていたがブリタニア最強の十二騎士が残党軍に身を落としていたのは事実だったか―――ルキアーノ・ブラッドリー!!」

 

 ブリタニアの吸血鬼。

 ダモクレスでの戦闘以来姿を見せないと思っていたらこんなところに居たとは…。

 思わぬ大物との出会いにオルフェウスは忌々しく思う。

 おかしいとは思っていた。

 何故この地にこれだけの残党軍が集まっていたのかと。それは彼を頼って残党軍が集結した結果だったのだろう。

 逆に言えばブラッドリー以外に残党軍の旗印となる人物は存在しない。

 ここで倒す、もしくは捕縛できれば最善なのだが、ラウンズ相手にこの間に合わせの機体ではどこまで戦えるかも怪しい所だ。

 名前を叫ばれルキアーノは笑みを漏らす。

 

 『当然の帰結だろ?私のような人間が今の世で平和を受け入れると思ったか』

 「愚問だったな。ここ(戦場)しか生きれない殺戮者だったな!」

 『この時代に武器を取るお前らも似たようなもんだろう?』

 「違う!!」

 

 下卑た笑い声が妙に苛つかせる。

 潰された小型キャノン砲のトリガーを引くと、砲弾は砲内で暴発して腕を巻き込んで爆散した。同時に食い込んでいた剣も吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた瞬間に柄を離したヴィンセントは、右腕下部のニードルガンを放とうと向けたが幾らトリガーを引こうとニードルは発射されない。

 

 『チィ!?整備不良か!!この中古品め!!』

 

 並べと左の剣を振り被ろうと迫るが、突然無頼重武装型が破裂した。

 否、正しくは重装備で取り付けられた部品を全て一斉に取り外したのだ。

 飛来した部品がぶつかる中、現れた白い無頼が逃がすまいと抱き着く。そして脱出機能が作動してコクピットブロックが遠のく。

 完全に不意を突かれたルキアーノはこの行動の意図を知る。

 周りは大小の部品が転がって移動を阻害し、搭乗者は脱出したがエネルギーのサクラダイトが残った機体がしがみ付き、こちらに銃口を向けているナイトメアが二機。

 

 「俺達はお前のような戦闘狂ではない!」

 

 オルフェウスの叫びと共に二機より銃撃が開始され、無頼が爆発してヴィンセントはダメージを受けながらも転がり惑う。

 

 『―――フン。ここらが引き際か』

 『逃がすと思ってんのかよ』

 『勿論だ。私が求めた戦場は今ではない(・・・・・)

 

 大破まではいかなかったが相当なダメージを受けたヴィンセントは方向転換して一気にこの場から離れる。

 今のオルフェウス達に追撃するだけの力は無い。

 その上で航空機の離陸音が響き渡る。

 カモフラージュされていた大型の輸送機数機が射程外で飛び立ち始め、ヴィンセントがその内の一機に飛び移ったのが遠目にも確認できた。

 

 『あいつら!!』

 「止せ。もう無駄だ」

 『でも良いのお兄ちゃん』

 「良いも何もないさ。奴らが上手で、俺達の力が足りなかった…」

 

 襲来してから脱出の用意…はあり得ない。

 となると向こうはこちらの動きを知っていて用意していたことになる。または元々ここを離れる予定だったか。

 どちらにせよオルフェウス達がルキアーノを含めた多くの平和の敵を逃した事に他ならない。

 予想であるがあの輸送機にはここに居た部隊の中でも選りすぐられたナイトメアと人員が乗り込んでいただろう。グラスゴーやサザーランドがほとんどでミス。エックスが言っていたグロースターなどが一機も出てこなかったのがその証拠と言えるだろう。

 

 完全にやられたと後悔するのは後回しにし、オルフェウスはルキアーノが言った「戦場は今ではない(・・・・・)」の言葉に強い不安を覚えるのであった。




●ヴィンセント・ブラッドレイル
 ブラッドリー卿が改修を施したヴィンセント。
 両腕下部にニードルガン、シュレッダー鋼ソード、コクピット左右にサブアームにシールドを装備、右腰に三連装グレネードが取り付けられ、追加装備としてアサルトライフルにランスが用意されている。
 中古品の寄せ集めなので完全には仕上がってはいない。


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第125話 「ハワイ二泊三日の旅」

 ハワイ。

 以前は日本侵攻の拠点のひとつだった地に、オデュッセウスはニーナを連れて訪れていた。

 燦々と輝く太陽を浴びながら目的地である民宿目指してビーチを眺めながら歩く。

 白のワンピースに麦わら帽子(オデュが被せた)姿のニーナが横目に映り、申し訳なさそうに笑みを漏らす。

 これが単に旅行であるなら荷物を置いてビーチに行くのも有りなのだが、今日はまず顔合わせが第一。なら後でとも思ったが、あの人に絡まれるというのに予定を立てても意味を成さないのは経験上理解している。

 日本とは違う熱さを感じ、目の前には海が広がっている。行きたいor遊びたい気持ちが起こるのは当然だろう。

 

 「ごめんね。ビーチは明日行くからさ」

 「あ、いえ…そうではなくてイレブン(・・・・)も居るんですね」

 

 言われてみれば確かにブリタニア人以外にいろんな人種が遠目でも見受けられる。その中にはアジア系もおり、日本人らしき人物がちらほら混じっている。

 その光景に人というものは存外に逞しい物なのだなと思い知らされる。

 が、その前に言わなければならない事がある。

 

 「駄目だよニーナ。彼らは日本人だ。もうイレブンなんかではない」

 「―――ッ!!す、すみません…」

 「これから気を付ければ良いからさ」

 

 足を止めて酷く落ち込む(オデュに注意されたから)ニーナの頭を空いていた左手で優しく撫でる。

 幾らか沈んだ表情が明るくなったのを確認して再び歩き始める。

 キャリーバックを引き摺るながら歩き、ようやく目的地に到着する。

 外国人が思い描くハワイ感に溢れる物が外からでも伺える二階建ての民宿。完全に外国人旅行客をターゲットにした民宿の敷居内に入ったが、民宿に入らずに裏庭へと続く道へ進んで行く。

 なんで建物に入らずにそちらに行くのかと疑問の視線を背後から受けるが、あの民宿は目印であって目的地はその裏にあるのだ。

 進んだ先には一軒の邸宅がある。

 民宿のオーナーの住まいで、民宿とは三メートルの柵と門で区切ってある。

 一見普通の邸宅のようではあるが侮る事なかれ。

 木造だと思われる壁の内側には戦車の砲弾も通さない鉄板に窓ガラスは特注の防弾ガラス、さらに何者かが侵入しても分かるように光学センサーに熱センサーなども配置。もしナイトメアフレームに襲われても核シェルター並みの強度を持つ地下室に潜り込めば一か月は籠城できるようにしてあるのだから。

 

 何故知っているか…。

 多分疑問に思われる方も居るだろう。

 答えは簡単だ。

 ここのオーナーが有無を言わさず私に設計図を渡し、金を支払わされたからだ。

 

 私の家より頑丈なのではと思う家へと近づくと一人の男性が裏から現れた。

 鍛えられた大きな体躯に顔に残る傷跡。

 腰には警棒、脇のホルスターには拳銃が納められ、軽いとはいえ武装している。

 装備は貧弱そうに見えても彼に対して完全武装した一個小隊を差し向けたところで返り討ちに合うのを私は知っている。

 カッターシャツにズボンという格好をした元ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿。

 

 「殿下(・・)

 「その呼び方は変わらないんだね」

 「えぇ、陛下(・・)のお子である限り変わりませんよ」

 

 クスリと笑っている辺り、ラウンズの頃よりも若干丸くなったような印象を受ける。

 

 「というか裏で何をしていたんだい」

 「庭で育てていた野菜の世話をしておりました」

 「ファ!ビスマルクがかい!?」

 「今日の夕食にも使われるかと」

 

 若干どころではない。

 畑仕事をしているビスマルクって…。

 屯田兵か何かかな。

 まぁ、何かあれば彼がここの護りに全力を注ぐから間違ってはいないのか。

 

 「ところで中に居るのかい?」

 「えぇ、随分とお越しになられるのを楽しみにしていたご様子」

 「待ち構えられていると知ったら何故だろう。普通の扉なのに凄く重々しく感じるよ」

 

 「ハハハッ」とビスマルクは笑っているが割とマジなんだが。

 なにせこの世界のラスボス級と裏ボス級の揃い踏みですよ。しかも裏ボスに限っては本当に何をしてくるのか不安で仕方ない。

 しかしながら何時までも扉の前で立ち尽くして居る訳にもいかないし、長旅でニーナも疲れているだろうし意を決して入らなければ。

 

 「あの、何をしているんですか?」

 「トラップの有無を確認しないと」 

 「大丈夫ですよ。先ほど出た際に私が受けましたので」

 「そっか。ならだいじょ――ばない!いや、解除した後なら私達は大丈夫だけどさ」

 

 安心して良いのか悪いのか分からないが、あの人のトラップがないのであれば堂々と入ろう。

 そう思いながら視線は随時辺りを警戒し、罠があると知った以上ニーナが非常に警戒してしまっている。それにしてもビスマルクが引っ掛かった罠と言うのはどういうものだったのだろう。

 気になる気持ちを抑えて中へ入り、ビスマルクに案内されるままに付いて行くとリビングルームに付き、目的の人物を視界内に収めた。

 

 「久しいな我が息子よ」

 「元気そうでなによりですよ父上」

 

 ウッドチェアにドカリと腰かけるシャルル・ジ・ブリタニアに笑み――苦笑いを浮かべた。

 ブリタニア皇帝の正装から赤基本の半袖のアロハシャツに短パン、何重にも巻かれていた髪は後ろで束ねたポニーテール。

 皇帝時代では想像できない姿がそこにあるのだ。

 しかも手にしているグラスには高級なワインでは無くトロピカルジュース。

 寧ろ一目見た瞬間に噴き出さなかっただけ良いだろう。

 

 逆にニーナの緊張は一気に高まっていたが…。

 

 「貴様がニーナ・アインシュタインかぁ」

 「ひぅっ!?」

 

 見定めるように目を細め、鋭い視線と父上独特の節が付いた言葉にニーナが怯んで小さな悲鳴を挙げる。

 今日は父上に彼女を紹介すると伝えていたからどのような子なのかと知ろうとしているのだけれど、どうみてもマフィアのボスが睨みを飛ばしているようにしか見えない。

 一応ニーナには父上達の事を来る前に話しておいて心積もりはして貰っていたが、父上から発せられる圧を真正面から受け止めれる十八歳女子は中々いないだろう。

 

 「儂はただ問うただけぞ?それとも口が利けぬのか?」

 「いえ…あの!」

 「父上。私のニーナを怯えさせないでください」

 

 さっとニーナの肩を抱きながら抗議の声を挙げる。 

 シャルルからすればいつも通りに会話しているつもりなのだから、この抗議には疑問を浮かべているようであった。

 

 「なにがだ?儂は普通に―――」

 「ただでさえ怖い顔なんですから目を細めたりしたら大抵の人は怯えます」

 「ぬぅ…」

 

 眉間にしわを寄せて悩む父上の様子を眺めていたオデュッセウスは気付かなかった。

 背後より忍び寄る影を…。

 

 「で、この子が紹介したい彼女ね」

 「ひゃああああ!?」

 「あら、可愛い反応ね」

 

 心臓が飛び出そうなほど驚いたニーナは目を見開いて驚かした本人を見つめながらひしっとオデュッセウスにしがみつく。

 そこにはニヤリと悪い笑みを浮かべるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが立っていた。

 

 「あの…マリアンヌ様。私のニーナを苛めないで頂きたいのですが?」

 「人聞きの悪い。虐めてるのではなくて遊んでると仰い。貴方だって私のシャルルを苛めてたでしょ」

 「私は事実を申しただけです」

 「凛々しい男前な面構えでしょうに、毎日見ていても飽きないほどにね」

 「…美化フィルター入ってません?」

 「美化かどうかは知らないけれど愛しているのだもの。多少贔屓は入っているわね。貴方だってそうでしょう?

 「否定は出来ないですね」

 

 贔屓していないと言えば嘘になるんだろうな。

 数年前までは弟妹達以上に愛らしい者はいないと思っていた私だったというのに、告白してからは出会ったどんな人よりも愛らしく美しく映っている。

 

 「今日はゆっくりするのだろう」

 「えぇ、積もる話もありますし」

 「ビスマルクよ。ワイン蔵より六十年物を用意してくれ」

 「ハッ、畏まりました」

 「父上と酒を飲み交わす。中々味わえない貴重な体験ですね」

 「その前に少し私に付き合って頂戴。久々に貴方で遊びたいわ」

 「もう少しオブラードで包みましょうよ」

 「だってビスマルクや玩具達(響団の子供達)で遊ぶの飽きちゃったもの。だから新しい玩具が二つも増えて嬉しいの」

 「えぇ!?二人って私もですか」

 「あ!玩具で思い出したわ。シミュレーターとナイトメア貰えないかしら。良い暇潰しになると思ってたの」

 「そうポンポンと渡せるものではないんですけど…」

 

 簡単に言ってくれるが、やらないと後で何をされるか分からないという恐怖がある。ここは素直に用意した方が出費は少なくて済みそうだ。

 にしても皆、私に言えばナイトメアが貰えると勘違いしてないかな…。

 ここに来るのに正規の手段を使わず、オルフェウス君達の潜水艦に乗って移動していた際に、ナイトメア壊れたから次のをくれ的な事を言われていたからついでに用意することは容易だろう。

 ……ただ化け物染みた性能の機体を渡したら何かしでかしそうなので量産機で手を打ってもらおう。

 

 「シミュレーターとヴィンセントで手を打って貰えません?」

 「ならシミュレーターは四台ね」

 

 あ…対戦相手に父上とビスマルクがカウントされた。

 そう察したオデュッセウスはこれから付き合わされる二人に視線を向けると、シャルルは別段気にする様子はないがビスマルクが小さくため息を吐き出していた。

 

 「畏まりましたよ。手段もこちらで用意しますよ」

 

 火消しの機体を用意するついでだし、彼らに運んでもらえば見つかる事もないだろう。

 「話の分かる子は好きよ」と耳元で色っぽく囁かれた際に思わずドキリとしてしまった。そしてその心は隠し持っていた氷を襟元から入れられて一気に消滅した。

 一日目から騒がしくなったが、人の目や立場を一切気にせずに父上やマリアンヌ様、ビスマルクと触れ合えたのは本当に嬉しかった。ただ初めて接したニーナは随時戸惑っていたので、気にせねばならないだろう。

 まだ一泊二日あるのだから。

 

 

 

 

 

 

 今日は凄い一日だった。

 ダモクレスの戦いで亡くなったとされるシャルル・ジ・ブリタニア先々代皇帝陛下に、もう十年以上前に亡くなられたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃が生存していて、その方々と私が出会ったという事。

 マリアンヌ様はまだしもシャルル先々代皇帝は生存している事、または生存にオデュッセウスが関わった事が世間に知られれば現ブリタニア政権は崩壊するほどの危険な秘密。

 まさかフレイヤの発射スイッチレベルにヤバイものを握る事になるとは…。

 秘密に対しての責任感に相手が相手なだけに気を使ったりと大変だったが、面白い一日でもあった。

 ビスマルク卿もシャルル様も寡黙な方ではあったが、なにかとこちらを気遣ってくれていたようだった。もしかしたらあの格好は私の緊張をほぐすためになされていたのだろうか?

 マリアンヌ様に至っては思っていた人物像と違って驚いた。自分が想っていた人物像は騎士に相応しい凛とした性格の同性の自分から見ても綺麗な女性。

 実際は悪戯好きのお姉さんと言った感じだった。

 ただ私だけでなくオデュッセウスさんにもするので、やられた時の反応を見ていて私も楽しんでしまった。

 …ただ毎日こんな濃い日が続くのは体力的に持たないので無理だけど…。

 

 「寝たかい?」

 「いいえ、まだ起きてますよ」

 

 用意されていた寝室にはダブルベットが一つだけ置かれており、ニーナはオデュッセウスと並ぶ形で寝転がっている。

 ベッドがダブルベッドだという事を知ってあたふたする私達を見た時のマリアンヌ様は悪い笑顔をしていたなぁ。

 こうなるのを予想して用意させたんだろう。

 嬉しいようで恥ずかしいんですけど…。

 

 閉じていた瞼を開けてオデュッセウスへと顔を向ける。

 

 「今日は疲れたろう。すまないね騒がしくて」

 「そんな事ありません。楽しかったです

 「そう言ってくれるとありがたいよ」

 

 社交辞令にとられただろうか。

 だとしたら違うと言いたい。

 本当に楽しかったのだから。

 

 「明日はビーチに行こう。せっかく二人で来ているんだから思いっきり遊ぼう。帰るころには肌がこんがり焼けるぐらい」

 「遊ぶのも良いですけどまずご飯を食べてからですよ」

 「腹が減っては戦は出来ぬっていうしね。ならどこかでパンケーキでも食べようか。定番スイーツらしいからきっと凄い美味しいの出てくるよ。あとあの…なんだっけ?カラフルなかき氷や揚げドーナツとかも食べてみたいね」

 「ふふふ、食べ物ばっかりですね」

 「今からお腹すきますよ」

 「そうだねぇ…今から楽しみだよ…」

 

 くすくすと笑っているとごそりとオデュッセウスが動き、目と鼻の先まで顔を寄せていた。

 びっくりして反射的に背けてしまったが、どうやら思った事とは違ったようだ。

 

 「君と来れて良かったよ。ありがとうニーナ―――愛してるよ」

 

 スッと耳元で囁かれた一言に未だ慣れないニーナは顔を真っ赤に染め上げる。

 

 「――ッ!?…不意打ちはズルいです」

 

 対して笑ういながら余裕ぶっているオデュッセウス。

 少しムッとして反撃と言わんばかりに抱き着いた。

 笑い声が止まり微妙に体温が上がった。確認しようと覗き込もうと思うが、やった本人ではあるが自身も真っ赤になっているのは明白。

 ドキドキと高鳴る二つの鼓動を聞きながら、いつの間にかニーナもオデュッセウスも眠りにつくのだった。

 

 

 

 ちなみに朝から悪戯に訪れたマリアンヌがその光景を目にし、速攻でカメラで激写してデジタルプリンターで印刷。額縁に入れて広間に飾ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスが訪れる一時間前…。

 

 ビスマルクは小さな籠を左手で持ち、裏庭の菜園から今日の料理で出される食材を取りに行こうとしていた。

 まだ時間もあるし、水やりの前に肥料を少しばかり足しても良いだろう。

 他にも今日使わないとしてもそろそろ食べごろの野菜も収穫して保存室に―――。

 

 そんな事を考えながら注意が散漫だったのがいけなかったのだろう。

 ドアノブに触れるや否や手にバチリと痛みが走った。

 何事かと手を離して素早く周囲に視線を走らせながら、後ろへと飛び退いた。

 原因を探る間も惜しい。

 もしもこちらに害を成す相手ならば非常に優れた相手である。

 なにせアレだけのセンサー類に引っ掛からず仕掛けを施したのだから。

 兎も角、自身の身よりも最重要なのは陛下の安全。

 ホルスターより銃を抜いてシャルルの下へ向かおうとしたビスマルクは抜きかけた拳銃を収めた。

 

 ドアノブの少し下に何かがくっ付いているのが見えた。

 それは数日前に購入させられた(・・・・・)電気ショックだった。

 「あの子が来るんだもの」と嬉しそうにしていた事から「殿下も災難だな」と思っていたが、まさか自分がそれを受ける羽目になるとは…。

 廊下の奥より偶然か気付いたのかは分からないが、マリアンヌ様の笑い声が聞こえてくる。

 このような幼稚な…しかも内側からなら気付く罠に引っ掛かってしまうとは情けなくて振り返る事すらできない。

 さっさと電気ショックを外して靴箱の上に置き、恥ずかしさから急いで外へと出ようと勢いづいたビスマルクは扉に頭をぶつけてしまった。

 鈍い痛みに耐えながら扉を睨むと開かない様に簡単な細工が施されていた。

 

 またも廊下の奥より大爆笑が聞こえてくるが、もはや気にしない事にする。

 ただし電気ショックとこのつっかえ棒は没収させてもらうが。



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第126話 「ハワイ二日目」

 色々あって投稿がこれほど遅れてしまい申し訳ありません。
 今日より二週間に一回の投稿に戻そうと思います。


 ハワイを訪れて二日目。

 初日は挨拶や食事で一日が過ぎ、二日目はマリアンヌの提案で海に行くことに。

 しかしながらオデュッセウスもニーナも水着を持参しておらず、まずは買い物へと言う事で朝食を済ませてすぐに出かける事になったのだ。

 ちなみにシャルルとビスマルクはオデュッセウスと並ぶと余計に目立つという事で留守番である。

 何店かショップを巡って買い物を終えた一同は、出店で買ったポケ丼という醤油やスパイシーなものなど様々な味付けをした海産物をご飯の上に乗せた弁当を手にしてベンチに腰かけて食べていた。

 一口二口と食べながらニーナ・アインシュタインはため息を漏らす。

 食べながら漏らしたが決して原因がこのポケ丼にある訳ではない。

 先ほど終えた買い物にある。

 より詳しく言えばオデュッセウスさんを挟んで座っているマリアンヌ様にあるのだ。

 視線に気付き、ため息の訳に感づきニヤリと微笑まれる。

 優し気なオデュッセウスさんの微笑とは違った意地悪い――子供が悪戯を思いついたような笑みに嫌な予感しかしない。

 

 「さっきの事を根に持っているのかしら?」

 「そんな事…ないです…」

 「可愛かったわよね。恥じらいながらオデュッセウスに見せる姿なんて愛らしくて。ねぇ?」

 「えぇ、本当に。綺麗だったよニーナ」

 「―――ッ!?も、もう!止めて下さいよぅ…」

 「あらあら、また真っ赤になった」

 

 真顔で褒められたのと思い出してしまった恥ずかしさで真っ赤に染まる。

 マリアンヌ様がわざわざ選んでくれると仰った時は、親切な方なんだなどと勝手な思い違いをしてしまったのを今更ながら後悔する。

 出会って一日という短い時間でも彼女が悪戯好きという事は解かれたというのに…。

 オデュッセウスさんは白い生地にいろんな柄が描かれたメンズ用の水着を早々に購入していたので待たせる訳にはいかないと早く買おうとしていると「丁度良いからオデュッセウスにも見て貰いましょう」と言って、何故か水着ショーみたいなことをさせられることに。

 最初は自身で選んだフリルや布地の多い水着だったのだが、途中からマリアンヌ様が選んだ水着となり、三角ビキニやトップスは背中が、ボトムスは横部分が布地ではなく紐という水着などなど露出の高い物へと変わり、有無を言わさない勢いで全部着替えさせられた…。

 試着室で着ては見せて、着ては見せてを繰り返した。

 本当に恥ずかしかったです。

 しかも私の水着姿を見て頬を赤らめながら褒めて来るから余計に意識してこっちも赤くなるし…。

 何より恥ずかしかったのが一回試着した水着を戻すのが恥ずかしくって、それを察したオデュッセウスさんが試着した水着全部の代金を払ってくれた事だ。

 ゆえに私の隣には試着させられた大量の水着が収まった袋がずしりと腰かけている。

 

 「お互いに恥じらっている辺り初々しいわ。歳を重ねて行くとそう言う感情も薄れて当たり前になって来るから大事にしなさいね」

 「そういうものなんですか?」 

 「そういうものなのよ」

 

 何処か懐かしむように呟かれた一言が妙な感覚を与えて来る。

 まるで無邪気な子供のように笑い、悪戯を実行する面が強まっていた為か、凄く大人びた横顔に同性ながらも魅入ってしまった。

 我に返った私は一口含みながら山の様な水着が入った袋を眺めつつ、現実的にこれらをどうしようかと悩む。

 食べながらどうにか出来ないかと考えても案は浮かばず、結局どうしようかと相談しようと決めた。

 

 「水着どうしましょう」

 「帰ったらどこかプールとか行こうか」

 「別に海やプールに行く時だけってことないでしょ水着って。夜にでも(・・・・)使えばいいじゃない」

 「…ん?――――ッ!!」

 「――ブッ!?」

 

 呆気からんと放たれた言葉の意味を時間差で理解したニーナは顔を赤く染め、オデュッセウスは盛大に咽た。

 そんな反応を見てニヤニヤと嗤っている様子に揶揄われた事に気付いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 熱い日差しが降り注ぎ、温まった砂浜が素足に暑さを押し付けてくる。

 座っても焼けないようにビニールシートを敷き、熱い日差しを防ぐビーチパラソルを刺し、水分補給のためにスポーツドリンクやジュースのペットボトルを収めたクーラーボックスを置いていた。

 周囲には楽し気に泳ぐ者。

 少し離れたところでサーフィンをする者。

 砂浜で遊ぶ者。

 皆が皆、好き好きに時間を過ごしている。

 買い物を終えてシャルルとビスマルクと合流したオデュッセウス達もその中に居た。

  

 「皆元気だねぇ」

 「ですねぇ」

 

 アロハシャツに短パン姿のオデュッセウスと白のビキニにパレオを巻いたニーナはパラソルの日陰で座り込み、のんびりとした様子で辺りをボーと見渡していた。

 こうしてビーチに出た訳なのだが二人共海による気配が微塵もない。

 クーラーボックスより取り出したジュースのペットボトルのキャップを外して口をつける。

 日差しを避けて座っているだけと言っても周りの暑さから汗を掻き、身体の方は水分を欲していたので冷たい飲み物に身体が喜んでいる。

 ゴクリと飲み込むとただただ周りを眺めていた視線をサーファインを楽しんでいるシャルルに向ける。

 波に乗ったボードの上で不動のように体勢を少しも崩さずに、鋭い眼光で正面を睨みながら楽しんでいるのだろう。

 

 「本当に元気ですね。確か六十は超えていらっしゃいましたよね?」

 「うん、そうだよ。職務から解放されて活き活きとまぁ…計画に向けていた熱意が趣味に行ったんだな」

 「貴方に潰されたのだけどね」

 

 ふらりと背後より寄って来たマリアンヌを見上げる。

 日差しの生か顔の半分ほどが影で隠れ、普通に笑っているだけだと思うのだが、怒気を含んだ笑みに見えて仕方が――――いや、違う!日陰のせいだけではない。

 先の言葉を思い出せ。

 貴方に潰された(・・・・・・・)

 平然を装って放った一言のようで、思い返せば怒りが含まれていたように感じる。

 今までと違って冷や汗をたらたらと垂らしながら愛想笑いを浮かべる。

 

 「えーと、怒ってます?」

 「怒ってないわよ」

 「根に持ってます?」

 「持ってませんよ」

 「い、苛ついてません?」

 「可笑しな子ね。私は怒ってないし、根に持っないし、苛ついてもいないわよ―――ただ少し戯れましょうか」

 「え?ちょ、待っ…」

 

 にっこりと笑いながら腕を掴まれ引き起こされる。

 勿論マリアンヌも水着。

 それもマイクロまでもいかないとしても、ニーナのビキニより露出の少ない水着だ。

 露出している柔らかな双丘が直に押し当てられる。

 鼻の下は伸ばさないように気を張りながら、変な反応を示さないように思考を回転させる。

 熱いはずなのにゾクリと寒気が走る。

 原因がニーナかと思って視線を向けるが、ニーナは何処とは言わないが見比べて落ち込んでいるようだ。

 ニーナでは無いとすると…。

 

 ―――貴様、マリアンヌと何をしておるのだぁ!!

 

 そう言いたげな鋭い視線が海上より向けられる。

 ボードの上で仁王立ちした父上様からのプレッシャー。 

 

 「後が怖いわね」

 「他人事みたいに…」

 「でもまぁ、先のことなんだから良いじゃない」

 「へ?どういう…ファ!?」

 

 マリアンヌが居る反対側にビスマルクが現れ、二名によって持ち上げられ海へと引き摺られて行く。

 困惑の色を徐々に強くするオデュッセウスは足が水に浸かる前に持ち上げられ放り込まれた。

 人口の皮膚で覆われているが身体の半分以上は機械仕掛けのマリアンヌに、鍛えに鍛え上げられたビスマルクの二人が力を合わせたら成人男性一人投げるのに何の苦労もなかった。

 宙を舞うオデュッセウスは頭から海に跳び込まされたのだ。

 眼前に広がる海を掻き分けて海面へと浮上する。

 

 「ゲホッゴホッ…なにするんですか!!」

 

 入った海水を吐き出しながら慌てて空気を吸い、叫ぶが届いていないのかゲラゲラと笑っている様子しか見えない。

 心配しているのはニーナ君だけ…。

 そこで可笑しなことに気付いた。

 確かに心配してくれているっぽいのだが、投げられた事を心配しているよりも別の何かを―――…。 

 

 「先ほどマリアンヌとなぁにをしておった」

 「ぎゃああ!?」

 

 海中より現れた海坊主―――じゃなかった水で長髪をだらんと垂らしたシャルルに驚き悲鳴を挙げる。

 冗談でなくマリアンヌに悪戯されていたオデュッセウスに嫉妬心を露わにして、怒気を纏ったシャルルが大きく水を掻き分けながら突き進んでくる。

 傍から見れば面白であるが、真正面から迫って来るのを見たオデュッセウスにとって心霊体験に匹敵するほどの恐怖体験である。

 

 「おおお、落ち着きましょう!話をすればすぐに誤解だと…」

 「なら何故逃げる!」

 

 必死に逃げ惑うオデュッセウスはすぐに体力切れになり、砂浜に戻って来たがぐったりと疲れ切って動く様子が無かった。

 そんな様子に腕を組んで見下ろすシャルルはフンと鼻を鳴らす。

 

 「軟弱な。この程度でダウンするとは何たることか」

 「逆になんでそんなにお元気なんですか?」

 「……あれから遊び回っているから自然と体力面が鍛えられたのでしょう」

 

 微笑ながらどこか遠い目をするビスマルク。

 察するに相当遊びまくっていたのだろうな。身体を動かす分健康的で良いのだけれども身バレを恐れたビスマルクの心労は多大なものだったに違いない。

 

 「飲み物どうぞ」

 「ありがとう」

 

 さっとニーナが差し出してくれたジュースに口を付けると、身体中に染み渡る感覚にかなり水分を失っていたんだなと自覚する。そのままごくごくと一本飲み干して一息つく。

 飲み切ったのを確認したマリアンヌは遊び足りないと皆で何か遊びましょうと誘う。

 

 「日本では海に行くと必ず西瓜割りっていうものをするのでしょう?」

 「必ずではないですけどそういうのありますね」

 「西瓜ってあるのでしょうか?」

 「なければココナッツにでもしましょう」

 「確実に棒の方が砕けそうですが…」

 「なら鉄棒にすればいいじゃない」

 

 そんな話をしながらもオデュッセウスとニーナは遊びに付き合わされる。

 泳ぎは勿論、ビスマルク&マリアンヌ組とのビーチバレーやビーチフラッグなど遊びに遊びまくった。

 疲れたが楽しい一時であった。

 

 ただ西瓜の代用で行ったココナッツ割りは、マリアンヌが叩き割ったココナッツの殻がクレイモアのように周囲に飛び散ったので、もう二度としないとその場の全員が固く誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ビーチから戻ってシャワーを浴び、軽めの夕食を取ったオデュッセウスは溜め息を漏らした。

 遊び疲れて今すぐベットで眠りたい気持ちに鞭打って思考を働かす。

 帰って早々緊急連絡用の携帯に暗号化された文章が届いており、どうやらオルフェウス君がブラッドリー卿を発見して交戦したが取り逃がしてしまったらしい。詳しい詳細は戻ってから受け取るとしても最悪の事態である。

 ただの戦闘狂ならまだよかったのに、彼は名の知れた戦闘狂。

 それも旧ブリタニア支持者は現政権を疎んでいるからそれらの支援を受けやすい。

 表立って暴れたいのなら釣る事も出来るだろうが、どうもニュースにもなってない事から裏で動いているので対処も後手に回る。それに恨まれている自覚があるのでその対処も必要だ。

 自宅の警備の強化に無人ナイトメアでも配置した方が良いのか?

 強固なシェルターを用意しておこうか?

 うんうん唸っているとビスマルクが通りがかって足を止めた。

 

 「如何なされました殿下」

 「いや、別に…」

 

 何でもないと言おうとしたところで待ったをかけた。

 ブラッドリー卿が旧ブリタニア勢力と関わっているならシャルルの存在を知ったら確実に動くだろう。

 マリアンヌ様とビスマルクの二人は白兵戦において負ける可能性は少ないだろうが、対ナイトメア戦となると問題である。さすがに生身でナイトメアを相手にするというのは分が悪すぎる。

 この周辺で父上は有名な“そっくりさん”で通っているけども、それが通っているのは本人に会ったものがいないから本物と気付かないだけで、謁見した事のあるブラッドリー卿が顔を合わせて少し会話すれば本物だと気付かれるだろう。

 そうなれば絶対兵を向けて来るだろう。

 迎えなのか拉致目的なのか解らんが。

 

 「…ブラッドリー卿が旧ブリタニア勢力と動いているって報告があった」

 「未だに戦場を渡り歩いておりましたか。らしいと言えばらしいですな」

 「無いとは言い切れないから警戒しておいてね」

 「畏まりました。この事は陛下とマリアンヌ様には?」

 「父上には伝えて欲しい。けどマリアンヌ様はNGで。絶対何か余計なことをするだろうから」

 

 最後の一言にビスマルクは大きく同意する。

 下手したら「なら私が狩ってくるわ」なんて言って世界を飛び回りそうで…。

 

 「もし攻めて来るようでしたら避難場所が必要です」

 「帰り次第用意しよう。飛行機も置いて置いた方が良いかな…マリアンヌ様とは別にビスマルク用にナイトメアも持ち込んだ方が…そうなると資金をどっかから持ってこないと」

 

 頭が痛くなる思いで脳内で計算を始める。

 こちらで資金を用意しなければならないのもあるが、オルフェウス君達にも戦力強化のために資金や武装面での支援を行わなければ。

 確実に一人では解決するべきではないし、弟妹達へと黒の騎士団に注意喚起すべき事案だな。

 

 「兎も角父上とマリアンヌ様の事を頼んだよ」

 「身命を賭しても」

 

 頼もしくもあり、不安も残る言葉に想うところはあるものの任せるしかなくオデュッセウスは話を切り上げて部屋に戻る事にする。

 それにしてもどうして厄介事が舞い込むのだろうか。

 原作の出来事も終了したのだからゆっくりさせて貰っても罰は当たらないだろう。

 

 …そう言えば彼の件(・・・)を忘れてた。

 今度中華連邦に出向いた時にでも対処しとかないとあの子を泣かしちゃうしな…。

 やる事いっぱいだなとため息漏らしつつ、割り触れられた部屋に戻ってベットに腰かけると、先に戻って疲れて眠っていたニーナの寝顔を眺めて、可愛いなぁと思いながら頬を撫でる。

 死なない程度に頑張らないとなとやる気を露わにしつつ、ベットに腰かけた事でどっと忘れかけていた疲れが押し寄せてきた。瞼が重くなってそのまま横になり、眠気に誘われるまま夢の中へと堕ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 「あやつらは寝たか」

 

 ソファに腰かけたシャルルはワイングラスを傾けながら問う。

 背もたれに凭れながらシャルルが手にしたワインを取って、口にしたマリアンヌは微笑みを浮かべながら頷いた。

 

 「幼子のようにぐっすりよ」

 

 今の生活は楽しい。

 地位や立場が無くなった事で自由の幅が広がり、好きなことをして過ごしていける。

 皇族であれば味わえなかった生活だ。

 それに意識でしかなかったマリアンヌを一個の個体として甦らせ、こうやって触れ合えるのだから。

 

 「何時まで経っても子供なんだから」

 「……儂は突っ込んだ方が良いのか?」

 「お好きに」

 

 どちらとも取れる笑みに肩をすくめながらシャルルはグラスを受け取り、残っていたワインを飲み干す。

 空にしたワイングラスとまだ使ってなかったグラスを並べて、ボトルよりワインを注いで片方をマリアンヌに手渡した。

 つまみに用意させたチーズを摘まみながらシャルルもワインを口にする。

 二人揃って沈黙しながら酒を飲む。

 そこに気まずさはなく、逆にお互いを認識できる心地よさが広がる。

 静けさの中でワイングラスを傾け、多少酔いもあってかシャルルは前々より抱いていた問いを口にした。

 

 「どうとも思っていないのか?」

 「何のことかしら……なんて解らない振りをすることもないわね。計画のことでしょ」

 

 言葉足らずな問いであったがマリアンヌはすぐに理解し、少し悩む様な仕草を取るがそれが演技であることは見るまでもなく理解出来た。

 本人もそれを解っていて、そう振舞う事を楽しんでいる。

 

 「そうねぇ、今でも思うわ。あの計画が実行されていればってね」

 

 それはシャルルも思う。

 嘘のない世界をオデュッセウスに否定され、納得はしたものの“もしも”という考えが過る。

 通り過ぎた夢と笑い捨てたと思ったがどうも未練がましく考えてしまう。

 自分がそうならと思っていたがやはりマリアンヌもそうだったらしい。

 

 「けど今更何もすることもないし、私は今の生活を結構気に入っているのよ」

 

 演技ではない純粋な笑みに見惚れ、発せられた優し気な雰囲気に呑まれる。

 

 「前は立場があってこうやって触れ合う事も出来ず、計画に全てを注いで趣味に費やす時間なんてあまりなかったでしょ」

 

 確かにこうやって二人でただ時間を潰すような時間はほとんどなかった。

 思い返せば皇族であった頃には子を成した以外は夫婦らしいことをした記憶がない。

 全てを計画に傾けて、時間を消費していた分余計にだ。

 

 「貴方はどうなの?不満があるのかしら」

 「言うまでもない」

 「解っているわよ。けど言葉で聞きたいの」

 

 意地悪そうに微笑まれるが、そんな彼女を眺めると

 ポツリと本音を漏らす。

 

 「―――心地よいな」

 「なら良いじゃない」

 「そうか」

 「そうよ」

 

 二人は微笑み合いながら穏やかな時間を楽しみ、深夜に渡るまでワインを傾けた。




 これからの投稿についてですが一月末までは二週に一回の投稿ペースを続け、二月よりもしかしたら週一投稿に戻すかも知れません。
 復活のルルーシュの発売日も決まりましたし、二月よりそのあたりの話を書いていこうかと思っております。


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第127話 「帰ってからの一時」

 “ブリタニアの吸血鬼”ルキアーノ・ブラッドリー。

 現在世界の行く末を担う極一部の人間が警戒し、世界で最も危険とされる人物。

 彼は反ブリタニア勢力の中枢を担っている人物としてブラックリスト入りしたが、各国政府は早々動き出せずに野放しにするしかない。

 かつては世界の半分近くを手にしていた神聖ブリタニア帝国も、ブリタニアに対抗できるほど強大だった中華連邦、ユーロ圏内の各国が集まったユーロピアも分裂したりして、超合集国に加入して地球上に存在する国が連合国家となった。

 それぞれが保有していた軍事力を放棄させ、超合集国が契約を結ぶ黒の騎士団に一括した為、評議会で採決が行われて命令が下れば超合集国加入国を護る戦力以外の軍事力が襲い掛かかる事になっている。

 が、しかしながら強大になり過ぎた故か身動きが取り辛くなったのも事実。

 地下に潜伏して密かに行動するブラッドリーを始めとする一派を敵視する一方で、利用しようと画策する者らも必ず存在する。否、しているのだ。

 ブラッドリーはブリタニアから弾き出された者。

 対象は現ブリタニア政権を強く恨んでいると判断され、今までブリタニアに良い様にされて怒りの収まらない国などからしたら良い憂さ晴らしであろう。

 なにせ攻撃されるのはブリタニアとブリタニア皇族に対してだと決めつけているのだから。

 ゆえに動こうにも様子見を決め込む国や寧ろ潜伏しているブラッドリーを探すのではなく、ブリタニアを囮にして釣り出そうという者まで居る。

 結果、ブリタニアは警察機構や民間軍事会社に警備の依頼を公で出し、議案として黒の騎士団に対策案を提出している状態だ。

 

 そんなこんなでブラッドリーの一番の憎しみの対象であるオデュッセウスは、自宅にて机に突っ伏してブラッドリーを呪ってた…。

 オルフェウス君からの情報を評議会代表の神楽耶と弟妹達に伝えたところ、満場一致でオデュッセウスの自宅謹慎が言い渡されたのだ。

 身を護れぬ現状でのこのこと出歩けば殺してくれと言っているようなもの。

 

 「…………疑わしい地域にフレイヤを撃ち込むか…」

 「え!?だ、駄目ですよ」

 

 あまりにイライラし過ぎて危険思想が加速し口から漏れ出してしまった。

 しかもそれを聞いたニーナが本気で焦っている。

 一応別室にもパソコンを備えて居たりするのだが、以前ニーナが作業するとの事で籠ったら誰の目もないことで四六時中パソコンと睨めっこして時間を全く気にしてなかったので、自分の目が届く私室でするように言ったのだ。

 そう言う事で私室に来たところで私の独り言。

 冗談や他愛のない一言だとしても焦るのも当然だろう。

 

 「何処にも出掛けれないんだよ。さすがに暇ではないかい?」

 

 不満を口にしながら同意を求めるが、ニーナは首を横に振るう。

 

 「家でゆっくりすれば良いじゃないですか」

 

 そう言えばこの子インドア派だったね。

 にしても家でゆっくりか…。

 確かにそれも良いかも知れないな。

 なんだったか家デートとか言うのもあるし、それも良いな。

 考えを改めてゆったりと過ごそうと気持ちを切り替える。

 

 部屋に置いてあるパソコンの前に座り、ニーナがキーボードを叩く。

 カチカチと音が断続的に続く。

 続く…続く…。

 というかそのキーボードを叩く動作と音しかないんだが…。

 

 後ろから覗いてみるとナイトメアのプログラムデータ作成しており、マリアンヌ様から頼まれたシミュレータの追加データだろう。

 表で扱われるものではないから公表していないカリバーンのデータを入れられる。

 ただオフライン設定でデータが抜き取られないようにシステム的にも物理的にも仕掛けを施さないといけないけど。

 背後から覗かれている事に気付いていないニーナは文字列が並ぶ画面とキーボードへ視線を往復させる。

 感心して眺めていたオデュッセウスだったが、徐々に眺めている行為も退屈になりそっと抱き締める。

 ようやく気付いたニーナが顔を真っ赤に染めて硬直する。

 

 「な、なにを!?」

 「いや、ごめん。暇だったのと癒やしが欲しかったので」

 

 やっておきながら凄く恥ずかしい。

 耳が熱を持っているのを感じる。

 けどそれ以上に誰かと触れ合っている感覚が心地よい。

 

 「嫌かい?」

 「……ズルいです」

 

 抱きしめていた手をニーナがぎゅっと掴み、微笑を浮かべる。

 背後に居るがパソコン画面に反射して良く見えていた。

 逆に言えば真っ赤になっている自分も映し出されているのだがもはや気にならない、

 

 「我侭を良いですか?」

 「なんだい?」

 「もう少し強く抱きしめて貰っても」

 

 恥ずかし気に言ってきた願いを聞き入れて、しっかりと抱き締める。

 より強い人の温もりを感じながら

 

 「ニーナ。良い匂いがするね」

 「あ、あまり嗅がないで下さい!」

 「あまりと言う事は幾らかは良いんだね」

 「揚げ足を取らないで下さいよ」

 「あはは、可愛いよニーナ」

 

 真っ赤に染まりながらも幸せそうに微笑まれると、つられてこちらも微笑んでしまう。

 幸せいっぱいだな。

 もう少し意地悪して反応を見たい気もするが、今はこのままで行こうかな。

 

 「少しお話が―――」

 

 ガチャリと扉が開いてノートを手にしていたヴィーと目が合う。

 ブラッドリーの話が出て関係者が狙われる可能性が高いので、学園に話を通して当分休学させて貰っているのだ。

 目が合ったヴィーは理解して微笑みかける。 

 

 「失礼しました」

 「ちょ……」

 

 扉を閉めて踵を返したヴィーを呼び止めようとしたが、止めようとしたのを止める。

 見た目も精神年齢も幼くなった伯父上様だが、空気は読める年長者。

 なら少し甘えさせて

 

 「良いんですか?行っちゃいましたよ…」

 「もう少しこのままで良いかい?」 

 「………はい」

 

 自由に動き回れない不自由さはあるけども、二人は甘い時間を暫し過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスとニーナがいちゃついている現場を目撃し、空気を読んで離れて行ったヴィーは自室にてパソコンを起動させる。

 皇帝の座を退き皇族の地位を捨てたオデュッセウスであるが、色々と動いている事から公に出来ない情報を多く保有しているので、置かれているパソコンのほとんどは外と繋がらないようにシステム的にも物理的にも措置が取られている。

 ヴィーの私室に置いてあるパソコンはその例外中の一つで、オンラインで外部と繋がる様になっている。

 学園を休んでいるからと言って遊び惚ける訳にもいかず、先生たちより渡された問題集にて励んでいるのだ。

 けど一人でするのにも限度があり、先ほどはニーナに教えて貰おうと訪ねたのだがあの様子だと当分無理だろう。

 ニタリと悪い笑みを浮かべて接続を確認してキーボードを叩く。

 今日の分は聞きたい所以外は終わっており、待つにしても時間を潰すしかない。

 

 本当に幼い時分に比べて娯楽が増えた現代では遊ぶ手段など山ほどある。

 その中でヴィーはゲームや漫画など一人で楽しむ事より誰かと遊ぶことを優先している。

 リヴァルも含めて学園にも友人もいるが今日は別の人とだけど。

 

 先ほど目にした光景を簡易に打ち込み、メッセージを送る。 

 

 向こうは自由に動けぬ身なのだから返事は少し掛かるだろうと珈琲を入れに向かう。

 まぁ、向かうと言ってもキッチンまで移動することはない。

 ヴィーだけでなくジェレミアにアーニャなど各私室には何種類かの珈琲セットが常備されている。

 別に彼らが珈琲好きという訳ではなく、オデュッセウスが珈琲を好んで大量に注文するのでお裾分けに渡して回っているのだ。

 珈琲をカップに注ぎ、席に戻ると時間に関わらず大量のメッセージが届いていた。

 メッセージを送った相手は神聖ブリタニア皇帝ユーフェミア・リ・ブリタニアにアジア・ブリタニア女帝のギネヴィア・ド・ブリタニアを始めとするオデュッセウスの弟妹。

 全員それぞれ仕事をしている筈なんだけどなぁ…。

 それも国を動かしている者もいるのに何してるんだか…。

 

 妙な疲れと頭痛を感じながら情報を小出しに提供する。

 するとピラニアの群れの中に国を放り込んだ如くに喰らい付く。

 そこにまた情報を与えて反応を見る。

 歪んでいるのだろうか。

 この反応を見るのが楽しい。

 さすがに一般大衆にリークする気はない。

 弟の娘たちだから喜んでいるであろうことが楽しいのだ。

 向こうは良く思っていないようだけどね。

 ギネヴィアなどはあからさまだ。

 素性も解からない者が養子として“敬愛なるお兄様”の下にいるのだから。

 

 苦笑しながら様子を見ながらゆったりと餌を与える。

 ヴィーの情報提供が終わるころには珈琲をおかわりしており、続いてアーニャから情報提供が始まって深夜帯まで続いたという。

 ……本当に甥っ子や姪っ子たちは仕事をちゃんとしているのか心配するレベルなのだが、オデュッセウスに伝えた方が良いのだろうか本気で悩むヴィーであったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジェレミア・ゴットバルトはオデュッセウスからブラッドリーの事を聞いた上で、主の不安を解消してあげられないかと頭を悩ましていた。

 オデュッセウスの自宅には警備員などは居らず、自分とアーニャしか居ない。

 警備が万全であるならば探し出して討つことも考えたが、人員が少ない以上は迂闊に離れる訳にはいかない。

 けど自身が居るからと言って防衛能力が万全かと聞かれれば否定する。

 改造されて白兵戦に関しては十分すぎる性能を持ってはいるが、対ナイトメア戦となると難しいだろう。

 オデュッセウスに恨みの有るブラッドリーが危害を加えようと思うのなら、失敗しないように戦力を整える筈。

 一応ナイトメアはある。

 農業で使用する民間用ナイトメアフレームが数機ほど…。

 心許ない。

 軍用ナイトメアと民間用ナイトメアでは出力からして違い過ぎる。

 相手が三流以下の騎士ならまだしも聞き及んだ“ブリタニアの吸血鬼”の話を鑑みるに、他人に対象を任せるよりも自身で殺しに来ることが予想される。

 と、なると万全の状態の軍用ナイトメアが欲しい所である。

 

 「民間用のナイトメアを幾らか改造すべきか」

 「……軍用相手では無理」

 

 解っていながらも口にした言葉をばっさりと両断され、ジェレミアは深いため息を吐き出す。

 乗り手としては優秀としても技術者として有能な訳ではないので改修を施したところでたかが知れている。

 ロイドに頼む事も可能であるが改修というよりは魔改造。

 軍用ナイトメアも真っ青な化け物を送って来そうな気がするのでやめておこう…。

 

 「出来れば我が手でオデュッセウス様の憂いを払いたいが、それも出来ぬか」

 「気持ちはわかるけど無理」

 

 黒の騎士団に所属している者らも自分達も動けぬとしたら世界の平和を維持する為にオルフェウス達一部の裏方仕事を担っている者らが何とかしてくれることを祈るか、自身の伝手で誰かに頼むしかない。

 差し当たって一番に思い浮かんだのはキューエルとヴィレッタであったが、両者とも皇族に仕える者であり、早々に自由に行動は出来ないし、自らの主を守護する責務がある。

 他に友好を深めた相手となると………いや、力を持っていて自由に動ける人物となると誰も居なかった。

 自身の交友関係の少なさに不甲斐無いと悔やみ、無い物強請りを口にする。

 

 「せめてナイトメアさえあれば」

 「ある」

 

 アーニャの言葉に驚きを隠せずに目を見開く。

 オデュッセウスならば隠し持っていてもあり得ない事ではないが、もし置いてあるならば自分達に話していておかしくない。

 いや、寧ろ「何が欲しい?」と聞いてくるだろう。

 しかしそのようなことは言われた事も聞かれた事もなかった。

 アーニャが嘘を口するとも思えない事から余計に疑念が深まりながら振り返る。するとアーニャは何処かを指差している。

 指さされた方向を見て理解した。

 方向にはオデュッセウスの趣味兼収入源としている戦争博物館と言う名のナイトメア格納庫が。

 戦争の悲惨さや歴史を展示物やガイドから知る場所であり、中には戦争の歴史を知るうえでナイトメアも展示されて居る。それもナウシカファクトリーで新規に制作された機体が。

 グラスゴーにサザーランド、グロースターと言ったブリタニアのナイトメアもあれば無頼などの日本製ナイトメアも置いてある。ただ紅蓮弐式やランスロットという高性能過ぎるナイトメアはランスロット・トライアル以外は置いていない。

 

 「確かに。博物館には置いてあったな」

 「そこにモルドレッドとサザーランド・ジークを置くように頼めばいい」

 「名案だな。早速行くとしよう」

 

 意気揚々とオデュッセウスに申し出たジェレミアだったが、当然ながらラウンズ専用ナイトメアとナイトギガフォートレスをわざわざ作っての展示は却下であった。

 ただし、ユーロピア関連のスペースにアレクサンダ・ドローンを改修別に展示することになり、緊急時にはそれらで時間稼ぎを行えるように施設の拡張が行われるのである。



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第128話 「お茶会と医療」

 ニーナ・アインシュタインは喫茶店で紅茶とケーキを楽しんでいた。

 家でのんびりと過ごしていたところ、シャーリーより「久しぶりに会って話をしない?」と呼び出され、一人出掛けようとしていたところを、護衛は必須と言う事でアーニャが同行することになった。

 だからニーナの中ではシャーリーとアーニャの三人でお茶を楽しむ。

 そう勝手に思い込んでしまった。

 自分が予定に無かった誰かを連れて行くようにシャーリーも誰かを連れて来る可能性を考慮すべきだったのだ。

 

 六人座れるテーブル席に自分にシャーリー、アーニャに変装しているらしいユーフェミアと神楽耶を含めた五名で囲んでいる。

 ニーナは自分の事を棚に上げて何て豪華なメンバーなのだと思うだろうが違う。

 現ブリタニア皇帝、ユーフェミア・リ・ブリタニア。

 超合集国最高評議会議長、皇 神楽耶。

 元ナイトオブラウンズ、アーニャ・アールストレイム。

 マリアンヌ皇女の忘れ形見で日本で行方不明になっていたルルーシュ皇子の彼女であるシャーリー・フェネット。

 元皇帝の交際相手であり表沙汰にされてないだけでフレイヤを二十歳未満で開発した天才科学者、ニーナ・アインシュタイン。

 もしもここに反ブリタニア組織などが居れば、無計画に被害も考慮せずに暗殺でも拉致でもしたであろう…。

 

 ルルーシュと正式にお付き合いすることになったシャーリーは自然と母違いの妹であるユーフェミアともゼロ時代に接していた神楽耶とも接点が出来たのだが、ちょうどブリタニアにいるからってこの場に呼び寄せる彼女の行動力は常識を逸脱していると言えよう。

 呼ばれてほいほい出てきた二人も二人だが。

 まぁ、そこはオデュッセウスの悪い所を真似てしまったという事で、非難の声は当然長兄に向かう訳だ。

 ちなみにオデュッセウスと違って付近にSPは待機している。

 というか店内も店外もユーフェミアと神楽耶のSPで埋め尽くされ、店内より外を見れば周囲の人間の90パーセントがSPと言う事になる。

 

 そんな面々が集まって話す内容とは国の行く末などではない。

 寧ろ個人的な話だ。

 

 「ルルったら私から誘わないとデートもしてくれないのよ」

 

 コイバナである。

 主にシャーリーがルルーシュの愚痴と惚気を半々で語っている。

 ユーフェミア様はルルーシュらしいと微笑、神楽耶様はそう言う一面もあったのですねと口にはしないものの見て来たゼロとは違う一面に感慨深い様子であった。

 ニーナと言えば話を聞きながら相槌を打ち、珈琲やケーキを楽しんでいる。

 

 「私の方も同じですわ。想って頂いているのは解かるのですがもう少し積極的に来てほしいものです」

 

 同様の想いがあったのか大きく頷きながら今度は神楽耶が相槌を打つ。

 ライは元は日本の名家でブリタニア皇族の血を引いた珍しい人物であるが神根島で眠りについていた事もあって現代では知られていない。その上で本人それを誇る気がなく、神楽耶との立場の違いばかり気にしている。

 一線引かれてはデートに誘うなどの行動は控えられるだろう。

 まぁ、ライからすれば一緒に居るだけで幸せであり、神楽耶としては欲を欠いてしまっているという現状である。

 

 「ユーフェミア皇帝は如何?枢木といつも一緒に居られるのでしょう」

 

 なんとも棘のある言い方だ。

 神楽耶の中では今でもスザクは日本ではなくブリタニアを選んだ人間。

 あまり良い感情は持っていないのだろう。

 そう言う事もスザクから聞いていたユーフェミアは困った顔をしたものの、あえて注意することはしなかった。

 

 「幸せですよ。一緒に居るだけで胸がときめくほどに」

 

 浮かべた満面の笑顔をその一言が全てを語っていた。

 あからさまにあてつけたようで神楽耶の笑みがピシリとひびが入る。

 空気が凄く重いのですけど。

 そう思いながらケーキを食べ、珈琲に口を付ける。。

 

 「ニーナはどうなのよ」

 

 外野で聞くだけに徹していたら話がこちらに振られて慌てて口を付けていたカップを置く。

 

 「どうって…」

 「オデュッセウス殿下との進展よ」

 

 進展と言われても…。

 コーヒーカップを置きながら悩む。 

 

 「進展と言われてもシャーリーが喜ぶような話はないよ?」

 「それでもよ」

 「皆も話したのですから一人話さないというのは不公平ですわ」

 「私も聞きたいです」

 

 と言っても本当に望まれているような話は無いと思う。

 オデュッセウスもニーナもシャーリーの様に積極的な訳ではないので、それほどデートに行くことも少ない。

 いや、家では一緒に居るからデートしていると言ったらしているのか。

 庭先でお茶や珈琲を飲みながらお話ししたり、ソファなんかでお互いに背中を預けながら私はノートパソコンを弄り、オデュッセウスさんは本を読んでいたりなんかだ。

 他には陽気に当てられてそのまま一緒にお昼寝したり、後ろから抱き締められるように一緒にゲームしたり…。

 

 何でもない日常となった光景を語っているとシャーリーが俯いて震え出す。

 どうしたのだろうと他の二人に視線を向けると、ユーフェミアはにこやかに笑い、神楽耶はなぜか羨ましそうに頬を膨らませる。

 本当にどうしたのだろうか?

 

 「え?あの…どうかしたの?」

 「どうかしたのじゃないよ。一番疎いと思ってたニーナがすごくラブラブしているよー」

 「本当なのですか?」

 「…すべて事実」

 

 恋愛ごとに疎いと聞いていたオデュッセウスが意外にいちゃいちゃしていた事に、疑念を抱いた神楽耶は問うもアーニャが肯定しながら証拠となる写真を見せつける。

 本当だったことにシャーリーがガンと音を立てるほどに机に頭をぶつけ崩れ落ちた。

 

 「うふふ、ニーナさんもお兄様も自然体で接しているのね」

 「えーと、はい。今思えば最初の頃よりリラックスしてます」

 

 意識して思い返してみると恥ずかしくなって顔を赤らめる。

 ユーフェミアは我が身のように嬉しそうに笑みを微笑む。

 すると急に突っ伏していたシャーリーが勢いよく立ち上がる。

 

 「決めた!ニーナをお手本にする!!」

 「―――えっ!?」

 「それは良い考えです。私もライにそうしてみましょう」

 

 驚き慌てているニーナの手をシャーリーが握った。

 その瞳は全部話すまで逃がさないと熱い熱意が籠っており、神楽耶様も同様の光を宿していた。

 助けてとユーフェミア様に視線を送るが分かってないのか笑みを返されるのみ。

 オデュッセウス殿下、早く中華連邦より戻ってきてくださいと願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 黎 星刻。

 超合集国と契約した軍事組織黒の騎士団の総司令を務めた彼は、今や身体に巣くう病魔によってもはや寝たきりの生活が続いている。

 天子を大宦官から救うべく、新たな中華連邦政権を確立すべく文字通り命を削りながら従事した。

 結果、元々身体を蝕んでいた病は悪化し、もはや手の施しようがないほどに…。

 

 「今日はまだ調子がいいな」

 

 置かれている鏡に映るやつれてしまった頬などからはまったくそのようには見えないが、こうして普通に起きても痛みも何もない状態は最近では良い状態であると言えよう。

 本来ならばこの命が尽きるまで天子様の為に尽くすつもりであったが、その天子様自ら身体を大事にするようにと言われてしまったのだ。それに何時までも自分が出張って政務を熟していると周囲の者が育たないと洪古と周香凛からも言われ、一理あると言われるがまま病人として過ごす日々を受けている。

 運ばれた病院食を今日は全部平らげ薬を飲み、お茶で一息つく。

 穏やかな昼の日差しが眠気を誘う…。

 このまま寝てしまおうかと思った星刻はぐらりと身体が傾いた事に異変を感じた。

 

 「―――ッ…誰か…」

 

 急に視界がぼやけた。

 痛みや吐血ならまだしもこういった異変は今までなかった。

 ゆえに緊急事態だと判断してベッドの下に置いてあったナースコールのスイッチを押す。

 普通なら近くのスピーカーから「どうしましたか?」と声が掛けられるのだがまったく音は流れない。

 倒れ込みそうになるのを必死に耐えるも瞼や身体が思うように動かず、その場に伏せる様に倒れ込む。

 その時ガチャリと扉が開いて誰かが入って来た。

 

 薄れ行く意識の中で視線を向けると幻覚だろうかオデュッセウスが笑顔を浮かべて立っていた。

 何故という疑問も靄の掛かったような思考能力では生まれず、星刻はそのまま意識を手放してしまった…。

 

 

 

 「――ぅ……――くぅ」

 

 誰かの声が聞こえる…。

 私を呼ぶこの声には覚えがある。

 そう、あれは………。

 

 「星刻!」

 「……天子様…」

 

 閉じていた瞼をゆっくりと開けながら声を出すと、ベッド脇に天子様が居て心配そうに自分の手を握り締めていた。

 反対側には洪古と周香凛の姿があり、同様に安堵した表情を浮かべていた。

 

 「私はいったい…」

 「三時間ほど眠られておりました。覚えておいでで?」

 「いや…それより天子様。ご心配をおかけしたこと誠に申し訳ございません」

 「そんな事…ない。良かった星刻ぅ…」

 

 涙を流しながら喜んでくれる天子様に心がほわほわする。

 何と優しい主君か。

 出来れば何時までもお仕えし、この命を捧げたいものだ。

 そう思いながら身体を起き上がらせようとして周香凛にそっと押し戻される。

 

 「無理はしてはいけません星刻様」

 「いや、無理はしていない。寧ろ体調がすこぶる良いのだ」

 

 最近多かった身体中の痛みがないどころか清々しい気分なのだ。

 朱禁城で天子様の為に立ち上がった時以上に調子がいい。

 これならば私が居なくなった後の事をしたためる事も出来るであろう。ならば天子様には知られぬように筆と墨を用意して貰わなければ。

 

 「それより何処かおかしなところはないか?いや、気分が悪かったり違和感があったりしないか?」

 「節々が痛かったり、頭痛がするなんて事はありませんか?」

 

 突然倒れたのだから当然なのかも知れないが、やけに洪古と周香凛が身体の事を気に掛けて来る。

 「何も問題はない、寧ろ良いんだ」と伝えようとしたところで違和感に気付いた。

 起き上がろうとしたところを押してベッドに寝させた周香凛の手が異様に大きいのだ。

 他にも天子様が両手で右手を握っているのだがすっぽり収まっている事や、三人とも以前より大きく見える。

 否、自身の視点が低くなったように感じ取れる。

 

 「鏡は…」

 

 鏡が置いてあった方向へと視線を向けるもよく見たらここは自分が居た病室ではない。

 そもそも病室にしては日常品が多くそろえられており、薬品のにおいが一切しないではないか。

 これは一体どういう事だと首を捻っていると手鏡が手渡された。

 

 「お気を確かに」

 

 周香凛の言葉の意味を理解するまで時間は掛からなかった。

 自分を映した手鏡には見覚えのある少年が映っていた。

 艶やかな長髪に幼いゆえの柔らかそうな頬。

 見た目から十代後半ぐらいの少年であろう。

 これが目の前に居るのなら別に問題は無いのだが、映し出されているのは当然自分な訳だ…。

 

 「これは一体どういうこ………おい」

 

 驚き状況を確認しようと洪古に顔を向けたところ、部屋の奥隅でそっぽを向いていたオデュッセウスをようやく認識し声を掛ける。

 ギギギ、と錆びた人形のように首を動かし目を合わせた。

 

 「す、凄いよね。最近の医療技術って」

 「医療技術には思えないが」

 「ブ、ブリタニアは再生医療が進んでいるからね。例え蜂の巣にされようと艦の爆発に巻き込まれようと死ななければ生き返れるからさ」

 

 そんな解答で納得できる訳がないだろう!!

 ジト目で見つめていると右手がぎゅっと力強く握られた。

 

 「本当に良かった。星刻…」

 

 涙ぐんでいる様子に驚きで興奮気味だった心が落ち着き。

 ようやく冷静さを取り戻せた。

 大きく息を吐き、オデュッセウスを見つめる。

 

 「詳しい説明は?」

 「すまないが詳しくは出来ない。ただ簡単に言うと君は若返った。記憶以外のすべてが…だから病は治ったわけではない。前の状態に戻っただけだ」

 「そうか…これは誰でも受けれるものなのか?」

 「…そういう類ではないね。正直今回は特例だと思ってほしい。このまま君が逝くのはあまりにも天子様が不憫だったんでね」

 

 「お大事に」と最後に付け加えるとオデュッセウスは部屋を出て行った。 

 これは大きな借りを作ってしまった。

 返せるかどうかは分からないがいずれ必ず…。

 

 「恩に着る。

  これでまた天子様の為に仕えれる」

 

 この言葉を聞いた天子様は少し不機嫌になり、星刻は良く休んでと怒られたのだが何故だ?

 首を傾げる星刻に洪古と周香凛は呆れた様子でため息を漏らすのであった。 

 



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第129話 「撮影会」

 明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。


 本日、ブリタニア本国にブリタニア皇族が集まっていた。

 これは今となっては非常に珍しい出来事と言えよう。

 シャルル・ジ・ブリタニアが皇帝としてブリタニアを収めていた頃と違い、まだ幾らか自由に動ける立場から国、または世界を動かせるほどの地位や役職についているものばかり。

 しかも担ぎ上げられるだけのお飾りではなく、自ら動いて己の能力を発揮している。

 シャルル皇帝時代に比べて軍事力こそ合集国に加盟した時点で黒の騎士団に送って自らの戦力は破棄したものの、ブリタニア本国にユーロ・ブリタニア、アジア・ブリタニアと合計した国土は増えたのでその管理、さらに黒の騎士団入りした者はそれぞれ厄介な事案や戦場を抱えていたりするのだ。

 要は立場があり、忙し過ぎて会うに会え難くなったのだ。

 

 元皇帝で戦争博物館と名を付けたナイトメアコレクションの館長兼サンフランシスコ機甲軍需工廠ナウシカファクトリー所長のオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 ブリタニア本国文化省長官のクロヴィス・ラ・ブリタニア。

 黒の騎士団外延部防衛隊所属機動騎士隊の隊長パラックス・ルィ・ブリタニア。

 復興事業監督官キャスタール・ルィ・ブリタニア。

 黒の騎士団首席補佐官シュナイゼル・エル・ブリタニア。

 行方不明だったが生存していたと世間に知られると同時に皇族の地位を捨てたルルーシュ・ランペルージ(・・・・・・)は、一般人と変わらない立ち位置となったが、今は世界人道支援機関名誉顧問になったナナリーの補佐官として世界を渡っている。

 そして世間的に過去の経歴など一切が謎で、ルルーシュとナナリーの弟となったロロ・ランペルージの合計七名。

 

 これだけの面子が揃えば何が起こるのだろうと危機感を持つ人だっているだろう。

 理解出来るし、納得もしよう。

 だからこそ大きなため息と共に憐れみを持った瞳で答えよう。

 思うだけ無駄だと…。

 

 「―――はい!良いですねぇ。もう一枚撮りますよ」

 

 死んだ魚の様な瞳でロロは目の前の光景を眺める。

 大きな役職や地位を持った者達は、今度発売される写真集の為の撮影会に集まっていた。

 普通はあり得ないと断言しよう。

 先にも書いたように全員大忙しだ。

 いちいち記者から写真集を作りたいんですと言って応じる必要もない。

 なのにオデュッセウスから誘われたら時間を作って会いに来る当たり、こんなブラコン達が世界を動かしていると思うと色々と不安になって来る。多分………いや、オデュッセウスの妹達も同様に来るだろう。アジア・ブリタニアのトップであるギネヴィアでさえ。

 

 今写真を撮られているのはクロヴィスで椅子に腰かけて、自然に微笑みを浮かべている。

 さすが慣れているというしかない。

 寧ろ慣れてない自分はちゃんとできるだろうかと不安が過る。

 

 「さすが慣れていますね」

 「エリア11の総督をしていた頃に良くやっていたからね。何処かの誰かさんに撃たれなければ立つことも出来たんだが」

 

 単純に褒めたつもりなのだろうけど、ルルーシュの一言はクロヴィスは冷たい笑みを浮かべる。

 撃たれた傷自体は完治しているのだが、ふと痛むときがあるらしくて椅子に座っての撮影となっているのだ。

 撃った者と撃たれた者の間に険悪な雰囲気が出来、オデュッセウスと弟妹の写真集を作りたいと申し出たメルディ・ル・フェイが助けてと視線を送るが、あの空間を和らげるだけの交渉術はない。

 諫めるならばオデュッセウスに頼むべきだと振り向く。

 

 「二人共大きくなったね」

 

 満面の笑みを浮かべてキャスタールとパラックスを片手ずつで抱き上げ、兄弟空間に入り込んでいる今のオデュッセウスはまったく気付いていない。

 ほわほわとするブラコン世界を展開されて、その空気に当てられたのか二人の間から重っ苦しい空気が霧散して苦笑いを浮かべている。それは良かったのだがさすがに撮影中にあの世界に籠られては撮影が進まない。

 溜め息を零しながら注意はしておこう。

 

 「オデュッセウス様―――」

 「様付けなんて不要だよ。ロロはルルーシュとナナリーの弟。ならば私の弟だ。兄さんって呼んでごらん」

 「―――ッ…」

 

 殿下呼びはおかしいと思って様付けで呼んだのが裏目に出てしまった。

 今までと違う感じに照れて呼び辛く、何とか切り抜けようと考えるも兄さん(ルルーシュ)より諦めろと言わんばかりの視線を感じ、他の方々も同様か面白がっているので眺めて早く呼ぶように無言の圧力をかけて来る。

 うじうじと考えるより呼んでしまった方が早い。

 意を決したロロは大きく深呼吸をして口を開く。

 

 「お…オデュッセウス…兄上」

 

 呼びなれない呼び方に照れているとカシャリとシャッター音が聞こえ、カメラを構えてバッチリ写真を収めて満足気なメルディと目が合った。

 呼び方と撮られた二重での恥ずかしさで耳まで真っ赤になり、抗議を口にしようとするがそっぽを向かれる。

 

 「次はロロ君とルルーシュ君のお二人にお願いします」

 

 そして何事も無かったように振り返って笑みを振り撒く。

 

 「しかし写真なんてどうしたら良いのか」

 「そこは任せて欲しいな」

 

 自信満々に寄って来たオデュッセウスに対して不安感が倍増した。

 予感程度だが状況を悪化させる気しかしない。

 不安げに見つめていたら衣装からカッターシャツに黒の長ズボンを選んだ。

 意外にラフで在り来たりな服装に首を傾げながら、受け取って着替えを早々に済ます。

 

 「これで良いですか?」

 

 着崩れしているところもない事を確認しながら出てくると「大丈夫だよ」と言いながら手を引っ張る。

 着替えている内に用意したらしきシーツの上に仰向けで転ぶように言われ、とりあえず言われるがままに寝転がった。

 これで撮るのかと思っていたら兄さんが着替え終えてオデュッセウスの元へ。

 

 「それで俺はどうしたらいいんだ?」

 「まずはここをこうしてっと…」

 

 ルルーシュの胸元辺りを開けて四つん這いで向き合う形に…。

 同性とは言え整った兄さんを間近で見て顔が赤らむ。

 それを眺めていたメルディは目をキラキラと輝かせて喜んでいた。 

 

 「これでどうかな?」

 「ナイスです殿下(・・)!」

 

 まるで“やりきった”と言わんばかりの笑みを浮かべたオデュッセウスに後で抗議しようとロロは決める。

 多分聞いてくれないだろうけど言うだけの権利はある筈だ。

 抗議の視線を向けるも褒められて誇らしげで全く気付いていない。

 

 「いやはやニーナやアーニャに調べて貰ったからね」

 「何を調べて貰ったんです?」

 「なんでもロロは受け(・・)でルルーシュは攻め(・・)の意見が多いとかでこのポーズを推奨されたんだ」

 (絶対に聞く相手を間違えてます!!)

 

 写真を撮られているので口にはしなかったが心の中で意味を理解していないらしいオデュッセウスに突っ込んだ。

 そんな中でキャスタールが不満そうにオデュッセウスの袖を引っ張る。

 

 「僕達もあんな感じでないといけないんですか?」

 「あれはルルーシュとロロだけだよ」

 

 そう言うと懐から携帯電話を取り出して目を通し始めた。 

 どうやらアレにアーニャとニーナに聞いたポーズが書き込まれているんだろう。

 果たして他の方々は何を言い渡されるのか…。

 

 「キャスタールとパラックスは幼さを生かした可愛らしい写真でシュナイゼルは大人っぽさと色っぽさを兼ね合わしたものが良いんだって」

 

 意外と真っ当なものに不公平と言うか苛立ちの様なものを覚えるのだが…。

 いや、シュナイゼル殿下はそうでもないか。

 話を聞いた瞬間に護衛に徹していたカノン・マルディーニの瞳が怪しく光った気がする。 

 確かに確かにと頷きながら方向性に納得したメルディは一人だけ決まってない事に気付く。

 

 「オデュッセウス様はどうされるので?」

 「私かい?あー…それは決めてなかったね。どうしようか」

 

 本当に何も考えていなかったらしく、うんうんと唸っている。

 仕返しとばかりに何か提案してみるのも良いかも知れないと思案するが良い案が浮かばない。

 オデュッセウスだけでなくロロまで悩んでいるとメルディが「そうだ」と何かに気付いたようで両手をパチンと音を立てて合わせた。

 

 「そういえば昔に写真を撮った際には鍛えていらっしゃいましたよね?」

 「今もそうだよ。気を緩めるとお腹周りが気になりそうでね」

 「だったら鍛えた肉体を前面に押し出す感じでどうです?」

 

 ロロはメルディが確信犯であることを悟った。

 すでに買い占めるであろう人物リストと撮っただけで写真集に載せないデータを売る事も考えているだろう。

 さらにこういった感性に疎いオデュッセウスは絶対に断らずに二つ返事で受ける。

 予想通りに返事をしてメルディの指示通りの服装とポーズを決めた写真を撮り、その後もアクシデントらしいアクシデントもなく撮影会は終了した。

 

 ちなみに写したデータはとある皇族に買い取られたとか…。

 

 

 

 

 

 

 写真撮影が終わり、オデュッセウスは兄弟を喫茶店に誘ってお茶を楽しんでいた。

 本日は単に撮影するだけではなく、久しぶりに会いたいなという想いから誘ったもので、終わったから即解散と言うのは寂しいというもの。

 なので喫茶店に入ったのだが一般人として過ごしていたルルーシュにオデュッセウスに巻き込まれていたロロ、巻き込んでいたオデュッセウスは別として有名店でもないごくごく一般的な喫茶店に入ったシュナイゼルは興味深そうに店内やメニュー表を眺めていた。

 彼らにとっては物珍しいものばかり。

 逆に提供する側の喫茶店従業員たちは顔面蒼白で緊張で胃を痛めながら対応し、オデュッセウスの護衛を務めているジェレミアやキャスタールの秘書をしているヴィレッタなどお付きの者は大慌てで周囲の警戒に努めている。

 この現状に護る側から外れた事にロロはホッと安堵しながら、苦労している彼ら・彼女らを憐れむのであった。

 

 「う~ん…微妙?」

 「微妙だよな。いつも食べている方が美味いよな?」

 

 注文したケーキを口にしながら不平不満を口にするキャスタールとパラックスにオデュッセウスは苦笑いを浮かべる。

 なにせ彼らが口にするのは厳選された食材を一流のパティシエが調理した作品。

 比べるのは酷というものだろう。

 

 「それはそれで楽しむものだよ。って口元クリームだらけじゃないか」

 

 強く注意するのもどうだろうと思い、軽めの注意をしてパラックスの口元についているクリームをハンカチでそっと拭き取ってやる。するとキャスタールがわざと(・・・)口元をクリームで汚して突き出してくる。

 多少怒ったような声を漏らすも弟に頼られて嬉しそうに笑みを零し、ハンカチを折り畳んで綺麗な面にして拭き取ってあげる。

 拭き取ると他に汚している弟がいないかと見渡すと難しそうな表情で壁に掛った絵画に睨みつけているクロヴィスが視界に入った。

 

 「あの複製品…質が悪すぎるな。せめて――」

 「クロヴィスも落ち着こうか」

 

 そんな様子をロロとルルーシュは呆れ、シュナイゼルは面白そうに眺めながらそれぞれ珈琲や紅茶を楽しんでいた。

 

 「ルルーシュも兄上も式(結婚)は何時頃になさるのですか?」

 

 コーヒーカップを置いたシュナイゼルの一言に口を付けた体勢で固まる。

 ルルーシュは固まりはしなかったが気まずそうな表情を浮かべた事から、決めていなかった事が容易に伺える。いや、ルルーシュの場合はシャーリーに何度も言われて先送りしていた可能性もあるので気まずいといった感じか。

 

 「まだ未定かな」

 「こちらも同じく」

 「ルルーシュは良いとして兄上はもう良いお歳なのですから」

 「それを言ったらシュナイゼルもだろう………私は付き合うにあたって挨拶回りは済ませたよ」

 

 こんなおじさんが若い娘さんと付き合うんだ。

 うちみたいに父上が子供の結婚に無頓着で放任主義でない限り、ニーナの御両親は心配するだろう。

 だから付き合うのならばと挨拶を済ませたさ。

 娘さんと真剣にお付き合いさせて頂いてますって。

 ………なぜか頭を下げに行ったのに向こうの方が頭を下げて来て戸惑ったけど…。

 

 「あぁ、でも出立前には済ませたいところだな」

 

 出立前にとの言葉に首を傾げた。

 ルルーシュはナナリーと共に世界各国の貧困が激しい国や難民キャンプを渡り歩いている。

 危険が伴う場所にも向かい、荒事にも慣れているルルーシュが顔を顰めたのだ。

 なにかあるのかと不安がるのは当然だろう。

 

 「出立ってまた何処かに行くのかい?」

 「ナナリーと難民キャンプの方へ」

 「そういえばニュースでも言っていたね。確か“戦士の国”の近くだったか」

 

 戦士の国と呼ばれるこれといった特産も資源もない貧しい小国。

 しかしかの国を守護している兵士の質は高く、少数でブリタニアの大部隊を返り討ちにしたほどに屈強。

 例え合集国の軍事力を集めている黒の騎士団が本気で攻めたとしても、かなりの被害を出して辛い勝利を収めるか、撃退される可能性が高い脅威的な国である。

 当時の父上の方針が必要なギアス遺跡のある国の制圧でなく世界制服だったり、かの国が防衛でなくブリタニアに攻め込む方向に動いていれば、神聖ブリタニア帝国が無事に存続することはできなかっただろう。

 なにせ噂では向こうには絶対の予言があるというのだから。

 

 ナナリー達が行くのを思い出して何か変な胸騒ぎを感じながらオデュッセウスは珈琲を飲み干す。

 その胸騒ぎが実際に襲い掛かって来る(・・・・・・・・)とはこの時は知る由もなかった…



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第130話 「準備」

 二週間前に投稿する筈でしたがインフルエンザに掛かり、書ききれずに他の予定もズレてしまったために今日の投稿になってしまい申し訳ありませんでした。


 レオンハルト・シュタイナーは自分の迂闊さを恨む。

 ダモクレスでの戦闘から一年が経とうとしている最近になって、オデュッセウス殿下より連絡が入った。

 今でこそシュタイナー家を継いで、家名に恥じぬように貴族としての職務に邁進しているが、戦時中はマリーベル皇女殿下の騎士団所属していた事からオデュッセウス先帝陛下と接点があったので連絡があってもおかしくはない。

 おかしくはないがどのような用件で連絡されたのだろうと伺ってみると、何とオデュッセウス先帝陛下が結婚式を執り行うとのこと。

 これはめでたいと思いながらも招待状ならまだしもうちにわざわざ連絡をわざわざ為さることかと疑問が残る。

 やはりというべきか、結婚の報告以外にも連絡してきた理由があった。

 なんでも周りで恋人は居るものの結婚していない身近な人物に一週間ほど式場を借りるから使わないかという誘い。

 貴族であるのでお金には余裕があるものの、伝え聞いた式場はどう考えても身の丈に合わない程豪華な場所。

 本当に良いのかと聞けば、祝いの席は盛大にしたいではないかと楽し気に話していた。

 資金は先帝陛下持ちで豪華すぎる式場…。

 何かあるのではと疑ってしまうのは仕方ないだろう。

 けど、仕掛けて来る要素が全くなく、家を継ぐために勉強やら家業の習いで忙しくてマリーカと式を挙げていなかっただけに有難い。

 それに話と式場を聞いたマリーカが喜んでいた事から感謝を述べながら話を受けた。

 ………迂闊だったというしかない。

 式場はブリタニア本国の帝都にある歴史あるブリタニア皇族御用達のものであった。

 写真よりも現物を目にするとその壮大さと見事な装飾、美術品のような建造物に目を奪われて自然とため息を漏らす。

 この時点で場違い感があったのだが、それをあざ笑うかのように合流した面子に驚愕した。

 

 オデュッセウス先帝陛下と結婚が決まったニーナ・アインシュタイン。

 現ブリタニア皇帝のユーフェミア・リ・ブリタニア皇帝陛下に皇帝の騎士である枢木 スザク卿。

 元皇族で今は妹君の手伝いをしながら世界を飛び回るルルーシュ・ヴィ・ブリタニア(ランペルージ)元皇子にお相手のシャリー・フェネット。

 そしてルルーシュの付き添いで訪れているナナリー・ランペルージ元皇女殿下にロロ・ランペルージ、後は護衛が周囲を固めている。

 皇族関係者ばかりに緊張しかないのだが…。

 

 彼ら・彼女らもオデュッセウス先帝陛下に声を掛けられた人達で、この式場を使って結婚式を行うらしい。

 皇 神楽耶や藤堂 鏡志郎にも声を掛けたのだが、立場的問題があってブリタニアで式を挙げる訳にもいかないので断られたとのこと。

 ただし、歴戦の猛者である藤堂が結婚に対しては腰が重いので、この期に千葉がやる気満々なので神楽耶が協力して近日中に式を挙げさせるらしい。

 

 「これなんて似合うと思うのだけれど」

 「えぇ?こっちの方がよくないですか?」

 「いえ、あの…私はもっと落ち着いたものの方が…」

 

 今日は打ち合わせと衣装合わせとの事で、男性陣はサンプルや資料を眺めてとっとと決めたが女性陣はかれこれウェディングドレスの並んだ一室で一時間は品定めを行っている。

 ニーナを囲む形でユーフェミアとシャーリーが違うデザインのウェディングドレスを手に持って進めているが、当の本人は困り果てておろおろと慌てていた。

 正直どれも同じに見えるがちょっとした差異で他人に与える影響は異なる。

 元とは言えブリタニアの頂点に立った人物と結婚するならば服装に関して色々と気にして選ばなければならない。

 貴族や皇族などの立場ある人間に課せられた仕事の一環とレオンハルトは捕らえている。

 だから地位や権威にあった服装と言うものを選ばなければならず、先帝陛下との式に挑むニーナが持っているドレスは質素過ぎる。なので他の二人がドレスを選んでいるようなのだが、着せ替えさせて楽しんでいるようにしか見えない。

 案の定というかやっぱりと言うかマリーカもその流れに捕まり、立場の違いなどからレオンハルトに視線を送る。が、レオンハルトは敬礼して見送るのみである。

 視線で訴えて来るが笑みを浮かべてスルー。

 さすがに現皇帝陛下も混ざってドレス選びをしているのを止めるだけの話術は持ち合わせていないのだから。

 

 「良いのかい?助けを求めていたようだけど」

 

 スザクに声を掛けられて敬礼しようとするが制止される。

 

 「敬礼は不要だよ。今はだけど」

 「了解しました枢木卿」

 

 敬礼を取りやめて大きく頷き、返事だけ返す。

 一応そんなに堅苦しくならなくてもいいというつもりだったスザクは、それでも堅苦しい反応に苦笑いを浮かべる。

 レオンハルトも何となく察しているものの、勘違いで失礼に当たったら大変なので言葉遣いだけは変える事は出来ない。

 一貴族と皇帝陛下に皇帝陛下直属騎士では立場が違い過ぎるのだ。

 苦笑いを浮かべていたスザクだが、なんだかユフィと出会った頃の自分みたいな反応に自然と笑みが零れる。

 

 「で、行かないのかい?」

 「さすがに皇帝陛下をお止するのは…」

 「あぁ、そうだよね。昔の僕もそうだったから分かるよ」

 「でしたらお止願っても宜しいでしょうか?」

 「最近執務が立て込んでてね。あんなに楽しそうなユフィは久しぶりなんだ」

 「それは何よりでしたね」

 

 代わりにカリーヌも含めた犠牲者が出た訳ですけどね。とは口が裂けても言えず、微笑を浮かべて眺めるのみ。

 カリーヌにニーナが試着室で着替えさされ、男性陣とルルーシュに付いてきたナナリー達は個々に談笑しつつ待つ。

 

 「ナナリーも着てみたいのかい?」

 

 ただただ眺めていたナナリーにルルーシュが気にして声を掛けたのだが、そのせいで自分も巻き込まれるとは露とも知らずにレオンハルトは耳を傾けていた。

 少し恥ずかしそうにナナリーは告げた。

 

 「その…以前学園祭でお兄様がドレス姿をしたと聞いたので、もしよければ見てみたい(・・・・・)のですが」

 「―――ッ!?いや、それは…」

 

 断ろうとしながらも前回は見れなかったナナリーの頼みを断れないルルーシュはどうすべきか戸惑う。

 そしてその一言を聞き逃さなかったシャーリーが目を輝かせて反応する。

 

 「ルル、これなんてどう?」

 「なんでそんなに着せる気満々なんだ!?」

 「良いから良いから」

 「良くない!」

 「ロロも如何かしら?」

 「・・・・・・え!?」

 

 ルルーシュに続いてロロまでドレスを着せる話が広がった事にレオンハルトは焦る。

 前にグリンダ騎士団所属していた頃に女装させようかと女性陣が話題に出した事があり、それを思い出したレオンハルトはゆっくりと下がろうとして、捕まってしまった。

 振り返ればドレス姿のマリーカがしっかりと腕を組んでいた。

 ここで恋人のドレス姿に見惚れて「綺麗だよマリーカ」などと囁くなどすれば脱したかも知れない窮地であるが、焦り逃げ出す事に必死だったレオンハルトはそんな言葉を口に出来なかった。

 …いや、正常時でも思うだけで口に出来たかは怪しいが。

 

 「マ、マリーカさん?」

 「シャーリーさん、レオンハルトも着たいそうですよ」

 「ちょっと!?」

 

 まさかの裏切りに戸惑うレオンハルトだが、先に着せ替え人形にされたマリーカを見送ったので人の事を言える立場ではない。

 唯一無事であろうスザクに救援求むと視線を送る。

 

 「スザクも着てみません?」

 「良いよ。どれがいいかな?」

 

 一番ノリノリでユーフェミアと話ながらドレスを見て回っている。

 女装など別にスザクが恥ずかしがるようなものではない。

 学園祭のコスプレ喫茶では腹部を晒すタイプのチアガール衣装を照れる事無く着た猛者なのだから女装ぐらいで戸惑う事などない。

 救援どころか退路がない状態に絶句し、レオンハルトはされるがまま着替えさせられるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 一方オデュッセウスは書類を眺めながら頭を痛めていた。

 皇族兄弟での写真集後の喫茶店にてシュナイゼルが結婚式は何時為さるのですかとの問いから、確かにと思ってニーナに告白して返事を貰い、早速と式の準備に取り掛かったのだ。

 すると自分以外にも付き合っているけども式を挙げていない弟妹に知り合いが居る事を思い出して、式場を一週間ぐらい借り切ってこの期に挙げるのも良いだろうと話を持ち掛けた。

 結婚式と言うのは式場の準備やドレスの用意など時間や手間もかかる。

 動こうにも意思を持つか、期が無ければ中々重い腰が上がらない。

 特に藤堂とかね…。

 

 連日の結婚式を提案しておいてなんだが、ナウシカファクトリーでの仕事が溜まっているので急ぎ片付けようと赴いた。

 結果、差し出された資料と会議室に集まった技術者の諸君によって頭痛が発生した訳だ。

 集まっている面子の中から最初の報告書を提出したラクシャータとラクシャータが集めた天才児達“パール・パーティ”の子らに視線を向ける。

 

 「本当によくやってくれているよ。うん、本当に…けどこれは何だい?」

 

 ラクシャータはミルビルと並ぶナウシカファクトリーの稼ぎ頭。

 主にミルビルがブリタニア製ナイトメア関連を担い、日本やインドが開発して黒の騎士団で使用されていたナイトメアをラクシャータが担当している。

 ロイドも居るのだが自由気ままに研究し、ファクトリーを空ける事も多いので納期が決まった仕事を任せられず、ミルビルがそれらを担う事になったのだがロイド本人は気にも留めていない。

 今回ラクシャータの報告書には紅蓮の改修機に蜃気楼から発展したナイトメア開発、白炎烈火のメンテナンスに改修など多くの仕事を熟している。

 ただし蜃気楼の発展型は二機の予定だったが、式典用の機体のみ完成してもう一機はまだ未完成。

 烈火白炎は改修を終えた後に追加装備まで準備したと記載されているのだが、浮遊艦サイズでの小型ブースターに多段式ミサイル、ナイトメア用重機関銃などなど何処か要塞でも高速で空爆するのかと疑いたく装備がずらりと並んでいる。

 ここらは然程頭を痛める問題ではない。

 未完成の発展型は別段納期が決まっている訳でもないし、烈火白炎の追加装備は出費が大きいものの平和を維持する必要経費と思えば何でもない。

 

 ……だけど最後の一機は無理だ。

 

 「作ってみたの」

 「作って見ちゃったかぁ…」

 

 無垢な瞳で何の感情の起伏も無く幼い少女シャンティに告げられた言葉に、オデュッセウスは納得したような呆れる様な返事しか出来なかった。

 ラクシャータ達が提出した最後の報告書にはパール・パーティの少女が作り上げた拠点防衛可能な大型装備――“フレイムコート”。

 以前

 二機分のフレイムコートが書かれているのは良い。

 だけど三機目のフレイムコートは私は知らないし、知りたくはなかった…。

 二機に比べて特殊武装ではなく現行兵器の亜種や改造品を使い、サイズも一回り程小型のなので二機よりは予算は掛かっていないのは懐に優しくていい。――――いや、元々デカいから優しくはないか…。

 装備する予定機はランスロットタイプなのだが、そのランスロットタイプに問題があったのだ。

 

 「詳しい経緯を聞きたいのだけど…ミルビル博士」

 

 話を振られたミルビル博士は苦笑いを浮かべながら頬を掻く。

 それとセシル・クルーミーも気まずい表情を浮かべる。

 理由は解かり切っているがまずは説明を聞くべきだ。

 

 「この機体は私の見間違いや勘違いでなければランスロット・リベレーションだよね?」

 

 そう、問題はフレームコートを装備して扱う際にコアとなるナイトメアが私のランスロット・リベレーションになっているという点。

 つまり私専用の拠点防衛大型装備と言う訳だ。

 

 「はい、殿下…いえ、先帝陛下が注文されたランスロット・リベレーションの改修機です」

 「それが何故にフレイムコートのコアナイトメアに?」

 「…その…いつの間にかとしか言いようがなく…」

 

 ため息が自然と漏れてしまった。

 機体の強化の為にもミルビル博士にパール・パーティと共に共同改修してくれと頼んだのは私だ。

 性能も以前のリベレーションに比べて格段に上がっており、操作性も扱いやすいように調整がされている。

 ランスロット・リベレーションはトリスタンの様に可変して、フロートユニットを背中に背負わずとも高速で移動可能な機体。

 性能上昇に伴ってパイロットに掛かる負荷も大きくなっているが、そこはコクピットフレームの変更や機構の向上、パイロットスーツとして使っているラビエ博士の強化歩兵スーツも負荷に耐えれるように改良したものを用意して貰っているので着忘れさえしなければ問題はないだろう。

 けどエナジーウイングが組み込まれているのも聞いていないんだけど。

 

 「フロートユニット関連で仕事があった筈だけど」

 「えーとですね。思ったより早く済んでミルビル博士にユニットの件で相談を受けて…気付けば趣味に…」

 「ランスロット・アルビオンほど趣味に走る前で良かったと思うべきか。強化し過ぎと注意すべきか…」

 

 さすがにアルビオンクラスまでにされてたら私では決して動かす事は出来ないだろう。

 扱えるレベルの機体で本当に良かった…。

 とはいえ予想以上の高性能な機体に専用のフレイムコート。

 予算がゴリゴリ減っていく…。

 

 「ラビエ博士は身体能力向上の強化スーツは順調。ランスロット・リベレーションブレイブ(改修機)の件は置いておいてフロートユニットの向上は成功。クレマンさんのアレク(アレクサンダ)も受注した通りに生産完了。ロイド博士は?」

 「新型ランスロット設計図は完成していますよぉ」

 「なら制作だけか。解かりました。後は烈火白炎を秘密裏に輸送するだけか」

 

 さすがに正規の手段で裏で動いているオルフェウス達に届ける訳にはいかない。

 手間やお金がかかるが何とかするしかないか。

 そう輸送手段を考えているとミルビルが質問があるようで手を挙げた。

 

 「何かな?」

 「接近戦仕様のヴィンセントの注文されましたがアレは正規の手段で宜しいか?」

 「あー…宜しくないです。そっちも裏ルートで運びます」

 

 それこそ表立って送る訳にはいかない。

 なんたってマリアンヌ様に頼まれた品なのだ。

 オルフェウスに運んでもらう事も出来るが、相手がマリアンヌとバレたらだけでも問題なのに、シャルルやビスマルクの存在を知られると世界を揺るがすほどの大問題だ。

 頭が痛い…。

 

 大きなため息を吐くと同時にそれらを早く解消すべく検討を続けるのであった。



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第131話 「オデュ、式を挙げる」

 オデュッセウスは微笑の仮面の下でどっと溢れそうな疲れと緊張を押し込めていた。

 結婚式というものには招待されたことあれど、裏側を今まで見る事も知る事も無く、今日に主役として招くことになった事を思い悩む。

 式を挙げる事に後悔がある訳ではない。

 何かしら不満を抱いている訳でもない。

 寧ろ式を挙げれた事は幸せすら抱いている。

 なら何を思い悩んでいるのかと言うと、自分の準備の不備と知識の無さに嘆き、慌てふためくような日々とこのめでたい晴れ舞台にて緊張で胃が痛いのだ。

 皇子時代も皇帝時代も大勢に対して何かしら発言したり、多くの目に晒されることはあった。

 戦場に跳び出して緊張するどころか命を危険にさらしたことだってある。

 けれどこれは違う。

 一切慣れの無い事柄が雪崩のように押し寄せてきた。

 

 最初は招待客の選定だけども私もニーナも身近な人だけ呼べばいいかななんて思っていた。

 なにせ皇帝の座をさっさと妹に明け渡して一般人に降りた身だ。

 別段そう気を使ったり、情勢を鑑みる必要はない筈だと…。

 

 ―――結果、ギネヴィアに怒られました…。

  

 元とは言え皇帝を務めた人物が身内だけで済ませれるわけがないでしょう―――と。

 弟妹とニーナの両親、神楽耶など親しい人だけに用意していた招待状を一気に増産。

 大貴族に他国の国家元首、各方面で功績を挙げた人物など。

 客の半分以上が何かしらの情報媒体で見たことあるかな程度の人で埋まったのには、ニーナと一緒に眉にしわを寄せてしまったよ。

 ギネヴィア監修の招待状送りが完結すると、次は料理やお酒などのメニュー決め。

 それって料理人任せでは駄目なのかい?と問えば、任せるにしても方向性や希望を伝えないと駄目でしょうとシュナイゼルに諭されるように言われてしまった…。

 アレが良い、これが良いと二人して口にすればバランスが崩れ、彩も似通ったコースが出来上がり、まるで食べ放題の店にでも来たのかというものが出来上がる始末。

 簡単な方向性を伝えて後はシュナイゼルとカノンがコース内容を数種類パターンを組んで提案してくれて、その中からどれが良いかと見比べて決定した。

 

 式場の飾りつけまで決めないといけないと知ったのは、疑いの眼差しを向けていたクロヴィスによって発覚。

 やっぱり考えてなかったんですねとため息交じりに言われ、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ。

 ついでに式での服装を教えて欲しいと頼まれて見本より見せると、先帝陛下として地味過ぎると駄目だしされてクロヴィスが式でのスーツを選び、式場の飾りつけはクロヴィス監修が決定した。

 

 ここまで人に頼りっきりで二人して申し訳ないと縮こまった…。

 

 本格的に準備が進み、式の進行の説明や予行が繰り返されて先帝陛下とその妻として恥ずかしくないように大きな動きから小さな動作まで叩き込まれた。

 始動するときのコーネリアは映画やアニメで見たような鬼教官だったな。

 

 そうしてようやく訪れた本番。

 集まった大人数に祝福され、その視線を集めた中での誓いのキスは緊張で何が何やら頭がパンクしそうになり、二人して茹でたこのように真っ赤に染まり、指輪をはめる際にはMVSのように振動していた。

 醜態を晒せば弟妹達が苦笑いし、客の中には笑い声が聞こえる。

 …玉城君は笑い過ぎではないだろうか?

 中央より後ろに位置していたのに私達にまで聞こえるってどれだけ大声で笑っていたんだか。

 それから披露宴会場に移り、入場やら私達の紹介、挨拶、乾杯、ウエディングケーキ入刀などなど進み、今はゲストによる余興になるのだろうか。

 各国のお偉いさんも居る事だし、変なのはないだろうと思い込んでいたのだが、まさか裸踊りぶっこんで来る阿呆(べろんべろんに酔っている玉城)が居るとは…。

 勿論の事だがそんなものを見せる様な場でないのは黒の騎士団関係者の誰もが理解しており、脱ごうとした瞬間に藤堂やカレンを始めとした黒の騎士団関係者に取り押さえられた。

 未成年も年頃の女性もいるのだからもう少し考えて欲しかったな。

 というか彼には今後誰かの式に参加する際に監視が必要では?

 後で天子様の隣で側仕えとして座らされているショタ星刻に相談しておこう。

 

 さて、余興も次々に披露され、会場は結構な盛り上がりを見せていた。

 各国のお偉方も歓声を挙げるほど熱狂し、楽しんでいるのは何よりだ。

 だけどこれを“余興”で済ませてよいものかどうか…。

 

 オデュッセウスの視線にはどの方向からでも見えるように複数用意されたモニターがあり、コース内を駆け巡りながらぶつかり合うナイトメアが映し出されていた。

 

 マリーベルが初めに顔出してから姿を見ないなと思ったら、余興として近場のスタジアムより競技ナイトメアリーグ【ジョスト&フォーメーション】を行って中継していたのだ。

 中継直前に司会より資金面はカリーヌが用意し、試合の調整などはマリーベルがしたと説明があったけどここまでやってくれるのか…。

 方やマリーベルのチーム“グリンダ・ナイツ”で、もう片方はリーグ屈指の強豪である“ファイヤーボールズ”。

 この組み合わせは非常に人気があるもので、スタジアムでやるなら通常席でも数千の倍率になるのは間違いなし。

 各国首脳陣も魅入る筈だ。

 眺めながらチームの連携を評価する。

 元々マリーの騎士団所属で私も参加した訓練を受けたオルドリンとソキアの連携はかなり良いが、トトは中々に仕上がっているけどもダモクレスでの戦闘後に入団したマリルローザはまだまだ荒く、未熟なところが目立つので強豪チームに対してどれだけ喰らい付けるか。または周りがカバー出来るかに掛かっているだろう。

 チームは五人で残る一人は喰らい付いているが大きな問題がある。

 

 その一人と言うのはカレンに紹介して貰った赤城 ベニオという子なんだけど…今“チャンピオン”と“ブレードギャング”の二つ名を持っているアレッサンドラ・ドロスに真正面から突っ込んでぶっ潰された。

 

 いや、彼女の持ち味は相手がどれだけ強者であろうが、自分が不利な状況でも決して諦めず、気合と根性でみっとも無かろうとも足掻きに足掻いて喰らい付く―――っと、カレンから聞きはしたけど、挑む姿勢は良いけど怪我はしないようにして欲しいな。

 “クラッシャー”の異名を持つソキアは流れを読み、客に見せる演出も込みで自機をクラッシュさせる。が、彼女の場合は全力全開で相手に挑んだ結果にどちらかがクラッシュしてしまう。

 …あの完全大破した機体の修理費は何処が出すのかなとぼんやり考えると、出資している私だよねと当然の答えに苦笑いを浮かべてしまう。

 企画した妹達に協力してくれた皆に感謝の念を抱きながら、眺めているとスタッフの一人が近づいてきた。

 

 「ワインのおかわりは如何でしょうか?」

 「あ、あぁ、頂こうかぁ!?」

 「どうし……え!?」

 

 色々あり過ぎて喉が渇き、いつの間にか飲み干していたワインに気付いた給仕の者がおかわりを持って来てくれたのだと振り向き、変な声を挙げて固まってしまった。

 隣で小さいながらも奇声を挙げたら嫌でも気づく。

 ニーナは何事ですかと振り向けば同様に固まる。

 それもそうだろう…。

 伊達眼鏡を掛け、髪型を変えたマリアンヌ様がスタッフの衣装を着てそこに居るのだから。

 何してんの貴方!?

 空になっていたワイングラスにワインを注ぎ入れると軽くお辞儀し、顔を上げるとペロッと舌を出してニヤッと笑っていた。

 寿命が数十年は削られたような感覚のオデュッセウスとニーナに、マリアンヌは悪戯成功と満足げに帰っていく。 

 確かに十年近く前に亡くなった皇妃…しかも庶民出と言う事で騎士時代に比べてメディア出て居らず、認知度は低くく変装をしているとしても解かる人には解かるというのに。

 ほら、遠くでジェレミア卿が目を見開いてこっち見てるよ。

 ルルーシュも気付いて膠着してるし、シュナイゼルなんて困惑の表情を浮かべて――――あ、これは珍しい表情が見れた。写真撮っておこう。

 幸いコーネリアやラウンズメンバーは気付いていないようで助かったけど、悪戯に命張り過ぎですよ。

 

 「今のって…」

 「考えないようにしましょう」

 「いえ、だって…」

 「他人の空似です」

 

 ニーナに言い聞かすというよりは自身に言い聞かせて落ち着かせようと感情も無く本人であったことを否定する。

 意図をだいたいであるが察したニーナは黙ったが、不安と焦りから嫌な想像が過って口を開いた。

 

 「そっくりさんと言う事で来たりしないですよね…シャr」

 「言わないで…現実になりそうなので」

 「は、はい…」

 

 本当に来られたらもう収集が付かないような気がする。

 そっくりさんで通るなら私もってマリアンヌ様があちこち駆けまわるのが容易に想像できるのですが…。

 考えると頭が痛くなり、今が式の最中でなければ寝込んでいたところだ。

 

 「なんだか凄い式になっちゃいましたね」

 

 話題を逸らす為か困り顔で言われた一言にオデュッセウスは申し訳なく感じてしまう。

 自分もそうだったが楽しみだったろう。

 それがこうも

 

 「すまないね。なんだか落ち着きのない式になってしまった」

 

 謝罪の言葉に一瞬キョトンと驚かれ、少し声を漏らして笑われた。

 どうしたのだろうと首を傾げているとニーナが微笑みかける。

 

 「謝られる事ではないですよ。寧ろ…その…“らしく”て良いではないですか」

 

 ―――らしい…か。

 そう言われると納得するしかなくなってしまう。

 なにせ今までが今までだっただけに否定する材料がないのだ。

 いやはやまったくもって言い当てられて笑みが込み上げてくるよ。

 

 「そうだね。騒がしく慌ただしい。全くもって“らしい”」

 「えぇ、もの凄く“らしく”て私は好きですよ」

 

 二人して微笑み合い、これからも“らしい”未来になるんだろうなと楽し気に想いを馳せるのだった。



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第132話 「のんびりライフ休業のお知らせ」

 ナナリーは座っている車椅子をアリスに押されながら青空を眺めていた。

 周囲にはナナリーの警護を行っているアリスを含めた元特殊名誉外人部隊(イレギュラーズ)に所属し、オデュッセウスの直属部隊にもなったサンチア、ルクレツィア、ダルク、マオの面々。

 後、同じ目的の為に行動を共にしていたルルーシュとシャーリー、ロロの三名。

 

 「大丈夫でしょうか?」

 

 不安から言葉を漏らす。

 本当なら今頃ナナリーは飛行機に乗ってこの大空を飛んでいたところだ。

 世界人道支援機関(WHA)に関わって、各国の難民支援を手伝いをしており、今回はハシュベスの難民キャンプを訪れる予定を組んでいた。けれど向かう難民キャンプは三国が領有権を口に未だに小競り合いをする地域。

 その一国には小国でありながらも神聖ブリタニア帝国の侵攻を防いだ“戦士の国”と言われるジルクスタンがある。

 危険地域の上に超合集国に加盟していない力のある国家が関わっている場所にナナリー達だけで行かせられるかと、ルルーシュはロロを連れて同行する話も出ていたのだが、そもそも行かせる自体が危ないとオデュッセウスがストップをかけたのだ。

 大事な弟妹にそんな危険地域に行かせれないよとオデュッセウスがWHAと交渉し、WHA上層部もあのオデュッセウスなら周辺国家も手出しし辛いし、影響力も大きいのではと判断してオデュッセウスからの頼みであったが逆にお願いする事に。

 結婚式を挙げて間もないというのにオデュッセウスは護衛としてジェレミアにアーニャ、オデュッセウスが行くならとニーナとヴィー達と共に飛び立ってしまった。

 “大事な弟妹”と言われたように、こちらも大切だと思っているのに自身の危険は気にしない辺りは変わらないんだが、そろそろ周りに与えている心配を考えて貰いたい。

 

 「大丈夫よナナリー。だってあの方なんだよ」

 

 ナナリーの不安に満面の笑みでアリスが答える。

 護衛している面子は表向きのオデュッセウスだけでなく、裏側を知っている者達。

 そんな彼女達からして危険地域に単身で足を踏み入れたとしても大丈夫だろうと安心感すら抱いている節がある。

 

 「って言うか逆の心配はあるけどね」

 「行くことによってナニカが起きる」

 

 ニタニタと期待しているかのように言うマオの言葉に、ダルクが笑いながら同意する。

 警護中と言う事もあってサンチアが無駄話&周辺警戒の緩みにため息を漏らす。

 真面目な彼女は険しい表情を浮かべながら口を開く。

 

 「違うな。起きるではなく起こすが正しいだろう」

 「そこ否定するんじゃないんだ」

 「なら否定してみるが良い」

 「……ごめんなさい」

 

 色々考えてみたのだろうけど結局否定するモノは出て来ず、悩んだ末にルクレツィアは頭を下げた。

 これはサンチアに対するよりもオデュッセウスの弟妹であるルルーシュやナナリーに向けたもので、受けた二人もまぁ、そうですよねみたいな妙に納得して苦笑いを浮かべる。

 確かにその方が正しい。

 …いや、別の予感がしてならない。

 以心伝心と評すれば良いのかナナリーはルルーシュと同時にお互いを除くこの場に居る全員に視線を向けた。

 

 「お兄様」

 「なんだいナナリー?」

 「思った事を一つ言っても宜しいですか?」

 「あぁ、多分同じモノを俺も思い浮かべたが…」

 

 二人して微笑む様子を周りが見つめる。

 その中で言おうとした言葉を呑み込み、小さく呟いた。 

 

 「お土産(・・・)が楽しみですわね」

 

 意味を理解してルルーシュだけが大きく頷き、ナナリーは大空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスを皮切りに執り行われた結婚式に参列したオデュッセウスは、今カールレオン級浮遊航空艦にて空の旅と洒落込んでいた。

 隣ではニーナがすやすやと眠っており、その向こうでは携帯を弄るアーニャに雑誌を眺めるヴィー、静かに座って銃器の手入れをするジェレミア。

 結婚式を挙げたのだから新婚旅行へ………なんて言えたら良かったのだが、今回の目的はそうではない。

 というかそうであるならば黒の騎士団の所有しているカールレオン級で向かうなんて事は無い。

 現在搭乗している面子の誰も黒の騎士団所属ではないので余計にだ。

 

 今回カールレオン級に搭乗しているのはナナリーの代行として紛争地域に赴くからである。

 行先はラクシャータの故郷であるインドの近場。

 近場と表記するのには理由があって、行先の地域が何処の国か定まっていない。それこそが紛争地域の理由でもあるのだが、何で自国の領土だと主張する国が隣接して、超合集国が出来上がった今となっても争いが耐えないのだ。

 争いと言っても黒の騎士団所属のコーネリアが睨みを利かせているので、ここ一年近くはナイトメアを持ち出すような大きな戦闘は起こっていない。

 超合集国としては加盟国が近くにある為に仲裁に入りたいが、主張する国の中には超合集国に不参加の国があって強く出る事が出来ない。武力を背景に言い聞かせるという案も提案されたらしいが、それではシャルル皇帝時代のブリタニアと変わりないと批判されて当然のように却下。

 軍事介入も意見が分かれたために、世界人道支援機関に在籍しているナナリーに白羽の矢は立ったのだ。

 名目は難民キャンプで難民達の声を聴く事であるが、同時に周辺各国にも顔を出すので注意を促す役割を一人の少女に願う様に託すかねと疑問を抱くが、それだけの影響力をナナリーに期待されているというのは嬉しくも感じる。

 で、私が代行として赴く理由としては主だった戦闘行為は確認されなくなったとしても、小規模で確認されてない小競り合いは起こっている可能性が高いという事実からナナリーに危険が及びのを避けるために名乗りを挙げたのだ。

 警備を担当するアリス達の実力はよく解っているし、ナナリーが行くのならルルーシュだって行くだろう。

 戦力から指揮官まで一流揃えであるならば危険はかなり下がるだろうけど、万が一の場合は車椅子のナナリーは逃げ難い。

 そこで自ら名乗りを挙げた訳だが、ならば私もとジェレミアとアーニャが護衛を申し出て、海外に行くのならついでに旅行もしませんかとニーナとヴィーが付いて来て今に至る。

 

 「……でんかぁ…」

 

 肩に寄り添って寝ているニーナより殿下呼びをされて、起きたかなと顔を覗き込むと安らかな寝息を立てていた。

 可愛い寝顔に笑みが零れ、ツンツンと頬を突いて反応を見る。

 カシャリとシャッター音が耳に届き、振り向くと携帯のカメラをこちらに向けるアーニャが…。

 無音で口を動かし「撮った?」と問うと無言で頷かれた。

 これはアーニャのブログ待った無しですねと、クスリと微笑む。

 また後でギネヴィアやコーネリアから色々聞かれるんだろうなぁ…いや、コーネリアはすぐにでもか。

 なにせ向かう先はコーネリアのテリトリーであるのだから。

 だったらいっそのこと会いに行くのも有りか。向こうは職務が忙しいだろうし。

 

 「ジェレミア卿。予定にコーネリアの下に向かう事を加えて貰って良いだろうか?」

 「構いませんが向こうの予定を確認しない事にはなんとも…」

 「ならコーネリアではなくギルフォードに連絡してくれるかな。コーネリアだと仕事を放って来そうだから」

 「そこは兄妹なのですね。了解致しました。到着次第連絡を入れてみます」

 「頼むよ」

 

 銃の手入れをしていたジェレミアが手を止めて、メモ帳に書かれていた予定を確認する。

 難民キャンプでの事も大事だが、ニーナとも行くのだからゆっくりする時間も作らなければ。

 これが終わったら新婚旅行もちゃんとしないと。

 行先は日本で良いのかな?でもニーナが何処が良いのか聞いとかないといけない。

 先の事を考えると自然に頬が緩む。

 

 というかあまり今を考えたくないだけかも知れないが…。

 オデュッセウスは危険に飛び込んでは行くが、平和を好んでいる。

 現在カールレオン級で移動しているのはナナリーの代わりに難民キャンプに向かうだけではなく、難民キャンプとその後に行われる平和になった今を祝う式典に持っていく荷物を積んでいるからだ。

 カールレオン級の中には生産して貰ったばかりのアレクサンダ・ヴァリアント・ドローン数十機に、ドローンを操作する指揮官機としてのアレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナ。そして難民キャンプ後に行う式典で展示する真母衣波 壱式。

 これらはオデュッセウスの護衛機としても扱われているが、主は式典警備で用いられる事になっている。

 ただ壱式は黒の騎士団を率いた英雄であるゼロの機体“蜃気楼”をベースに制作された新機種で、現在のナイトメア技術のお披露目とゼロの人気で人を集めようという思想の元、式典に展示されるものである。

 危険地域であることから使用も考えているが、出来れば使う事無く済ましたい所である。

 行くと決まった時には「フレイムコートは持って行かないの?」と問われたが、あんなもの持っていったら現場がピリピリして争いのタネにしかならないので却下した。

 駄々をこねられたがそれでもだめなものは駄目。

 ようやく手に出来た平和を大事にしようよ。

 

 (ま、もう原作の出来事は終了(・・・・・・・・・)したんだし大丈夫でしょ)

 

 “コードギアス 反逆のルルーシュ R2”までしか知らないオデュッセウスは危機感を抱かずに向かう。

 その先に最後となる争いが待ち侘びているとも知らず。

 

 「そう言えばジルクスタンの王家って姉弟だったね。仲は良いんだろうか?一度会って話してみたいねぇ」

 

 ふと、まだ会った事の無い人物を想い呟く。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウスの結婚式にサプライズで訪れたマリアンヌは、愛するシャルルが待つ自宅―――ではなく緊急避難用に用意させた建物に訪れていた。

 そこにはシャルルと隣室にであるがビスマルクも居り、なんとも険悪な雰囲気を漂わしている。

 この雰囲気は先のマリアンヌの行動に対したものではない。

 そもそもマリアンヌは向かう前にシャルルに話は通しており、シャルルもマリアンヌなら大丈夫だろうと送り出したのだから言うべき事は何もない。

 雰囲気の元凶はまた別で、隣の一室にて今は気絶している男にあった。

 

 実はマリアンヌとシャルルはハワイにて襲撃を受けたのだ。

 ハワイや一部ではシャルル・ジ・ブリタニアとマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアのそっくりさんとして知られている。

 そっくりさんと言っても髪型は違うし、それを売りに何かしている訳ではないので何者かに狙われる事無く周囲に受け入れられてきた。

 なのに今更襲ってきた阿呆が居たのだ。

 人数は全員で歩兵一個小隊規模。

 閃光のマリアンヌと元ナイト・オブ・ワンを相手に一個小隊では相手にならずに、三分の一が捕縛され残りの三分の二は文字通り瞬殺された。

 久しぶりに暴れれた事はマリアンヌにとって楽しい一時であったが、その襲撃者の装備諸々は無視できない程の問題を抱えていた。

 

 装備は最新式の物ではないとしても、そこいらのテロリストに比べて上質な物を所持していたし、彼らの腕前も軍で訓練された動きであったことは、交戦した二人がすぐに見抜いている。

 喧嘩を吹っ掛けてきたチンピラ程度の三流以下だったら気にする事は無いが、装備も腕前も二流以上となればそれなりの組織が動いていると考えるのが妥当だろう。

 自分達の事情に加えて、オデュッセウスからルキアーノの一件から色々思い当たる節がある。

 

 静まった空気の中に扉が開く音だけが響く。

 振り返れば隣室よりビスマルクが入って来た。

 白いハンカチで手を拭き、何故かハンカチが赤色に染まっていく。

 そのことに興味がなく、触れる事無くマリアンヌは問いかける。

 

 「で、どうだったの?」

 

 聞いては見たものの答えには予想がついており、あまり意味がないものだと理解している。

 そしてそう思われている事を理解していながらビスマルクは答えを返す。

 

 「予想通り奴の部下でした。目的は我々の勧誘、または監視だとか」

 「でも襲って来たわよね?」

 「それは先手を打ったからでは?」

 

 ビスマルクの言ったとおりである。

 襲撃者たちはまずは様子見と言う事で監視に行動を限定していた。

 が、それに気付いたマリアンヌは鬱陶しさと遊び半々で襲い掛かったのだ。

 勿論反撃に転じたが肉体は強化され、技量はラウンズという人外に奇襲を仕掛けられては太刀打ちできない。

 これではどちらは襲撃者か分かったものではない。

 その行動の余波として焦った他の者が、シャルルだけでも捕縛しようと動いたのだ。

 とんだとばっちりである…主に返り討ちにしたビスマルクが。

 なんにせよ気持ちの良い話ではない。

 

 「また面倒な事になりそうね」

 「儂らは表舞台から隠居した身だというのにな」

 

 マリアンヌは何処か楽しそうに笑い、シャルルは苛立ちを表情に表す。

 対比の感情を出しているようで根本は怒りを抱いている二人に、ビスマルクは嫌な予感がしてため息を漏らす。

 この予感は的中するだろうと自信を持って言える。

 何なら全財産どころか自身の命をかけたって良い。

 それほどに解かり切ったものなのだ。

 

 「ねぇ、折角迎えを頂いたのだからパーティー出席しなければ申し訳ないわよね」

 「確かにそうだな。なら着飾って行かねばなるまいな」

 「ドレス(・・・)ならオデュッセウスが一着用意してくれたから問題ないわ」

 「なら後は南瓜の馬車でも用意するか」

 

 本来ならば止めるべきところだろう。

 しかしながらビスマルクは止める気はないし、止めれるとも微塵も思ってはいない。 

 マリアンヌ様一人でも無理なのに、シャルル陛下も揃えば諦めが先に立つ。

 で、あるならば自分が行うはお二人が満足するように手伝いをする事。

 馬車の選定と馬車を入手する方法…。

 さて、どうしたものかと悩みながら苦笑いを浮かべるのであった。



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復活の…
第133話 「開演の狼煙」


 ハシュベスの難民キャンプを訪れたオデュッセウス一行は忙しく働いていた。

 難民達から不平不満を聞き、何とか要望を叶えてあげられないかと考えつつ、医薬品や食料品などの支援物資を配る。

 朝から出来た長蛇の列は昼前になってようやく解消されたが、今も飲料水を求めてちらほらやって来るので仕事が絶える事は無い。勿論世界人道支援機関より派遣されている職員も手伝っているが、人手が足りなさ過ぎる。

 それだけ難民で溢れているという事だ。

 改めて大きな問題だなと認識し、ナナリーとの通信回線を開く。

 元々ナナリーが受ける予定の仕事だったし心優しい妹の事だから、気にしていると思って報告をするという名目で通信したのだが…。

 

 「どうだい?今まで通っていた学び舎は」

 「はい、やはり目で見てみるのでは違いますね。知っている場所ですのに全てが新鮮に映ります」

 「それは良かった」

 

 最初に報告を済ませてそれからはずっとただ駄弁っている。

 今ナナリーは日本のアッシュフォード学園に行っている。

 今まで通っていたと言ってもそれはギアスで見えなくなっていた時で、己の目で見てみるのも良いのではと勧めたのだ。

 結果は良好で中々楽しんでいるようだ。

 嬉しそうに話すナナリーに、オデュッセウスは笑顔を浮かべて聞き手に周る。

 少し興奮気味なので早口になるナナリーが嬉しそうで本当に良かった。

 明日は枢木神社などを見て回るらしいが、今度はルルーシュではなくアリス達が背負って運ぶらしい。

 あの長い階段を…。

 今更だけど十歳のルルーシュはナナリーを背負ってあの長い石段を登ったんだよね。

 気のせいか昔に比べて体力落ちてない?

 今度基礎体力をつける訓練を誰かに頼んでおいた方がいいかな。

 …ノネットとかどうだろうか。

 

 「ん?あれ?」

 

 などと考え事をしていると急にモニターの映像が乱れ、砂嵐みたいに荒れる。

 こういう時の対処法と言えば斜め45度から叩く事だがまったく治る様子がない。

 仕方ないと諦め「また掛け直すよ」と言うが、向こうからの言葉が同時に聞こえなくなっているので届いたかどうかは怪しいものである。

 誰かに直してもらうか…。

 そう思って通信機材の前から立ち上がると、警護担当の職員が走って来るのが見えた。 

 慌てぶりからただ事ではないのは理解したのだが、何事か分からない以上は首を傾げるしかない。

 やってきた職員は息を整える間もなく話す。 

 

 「先帝陛下!所属不明のナイトメアフレームが接近しております」

 「機種は?」

 「複数確認。国籍が特定できません。ゲリラの可能性も…」

 「数は?」

 「不明です。指示を」

 

 通信装置に影響が出たという事はジャミングしてきたという事。

 適当に襲ってきただけの夜盗の類ではない。

 寧ろナイトメアフレームを持ち出した辺りからそれなりに準備を行った部隊と考えるべきか。

 所属も数も目的も不明な相手にどう指示を出せば良いのか?

 それよりもすでにアニメ二期の内容も終わったというのに何故こんな事態が発生するのか?

 考え続けるが今はそれらを考えても仕方がない。

 ため息一つ吐いて現状を正しく認識する。

 

 「ここでの戦闘は不味い。私とジェレミア卿で打って出よう。他は難民の避難誘導を」

 「ニーナ様にはG-1ベースで退避を…」

 「いや、敵は用意周到だ。あんな目立つ物で逃げ出したら真っ先に狙われる。囮として別方向に自動走行させて、難民に紛れてここを離れさせて。護衛はアーニャに任せよう」

 「畏まりました。ではナイトメア起動の指示を出して参ります」

 

 職員がG-1ベースへと向かい、オデュッセウスはニーナの方へと歩いて行く。

 近くにはアーニャとヴィーも居り、二人は周囲を気にしながらニーナの方へと向かっている。

 それより先にニーナと合流を果たすと、ニーナは物凄く心細そうな表情を向けてきた。

 安心させようと頭を撫でながら微笑む。

 

 「ニーナ。ヴィーと共にこの場を離れてくれるかい?

 「でもオデュさんは…」

 「時間を稼ぐよ。上手くいけば撃退だってできるかも」

 「…お止めしたところで聞いてくれるとは思いませんが、無理はなさらないで下さいね」

 「勿論だとも」

 

 新婚旅行だってまだなんだ。

 ようやく得たのんびりライフだってまだまだ満喫し足りない。

 何としてもここを突破しなければ。

 

 「アーニャ。ニーナとヴィーを任せるよ」

 「イエス・ユア・マジェスティ」

 「…私もう皇帝じゃないからね」

 

 ようやく合流したアーニャにそれだけ伝えるとG-1ベースへ向かって歩き出す。

 時間を稼ぐにもナイトメアは必要だ。

 警備用とは言え難民キャンプに堂々と置いておくわけにはいかないのでベース内の格納庫に収納しているのでそちらに急ぐ。

 同じ考えだったジェレミア卿が息を切らすことなく走って現れた。

 

 「陛下!」

 「ついに先帝も抜け落ちたか…」

 

 ジェレミア卿の呼び方にがっくりと肩を落とすが、すぐに気持ちを切り替える。

 なんたってここで戦える戦力は二名と少ない。

 敵勢力がどれほどのものか知らないが無駄に時間は潰せない。

 

 「現状敵勢力は戦力共にすべてが未知数。そして周辺には民間人が多く占めている事から私とジェレミア卿で打って出る。私はドローンにて支援するからジェレミア卿は真母衣波 一式で出撃頼めるかな?」

 

 真母衣波 一式。

 式典用にG-1ベースに搭載されている最新ナイトメアフレームではあるが、式典展示用という事で戦闘出力に制限がかけられ、武装もシュレッダー鋼の剣が二本だけ。

 これで戦えと言うのは酷な話だ。

 ドローンの一騎を有人に切り替えて搭乗した方がまだ戦いやすいかも知れない。

 けれど敵が不明な以上は数が欲しい所だ。

 

 「畏まりました。ではすぐに準備いたします」

 

 私なら悩むところを即答で行くところ、やはり覚悟が違うなぁと感心してしまう。

 っと、眺めている場合じゃない。

 アレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナに乗り込んで起動キーを差し込みコードを打ち込む。

 起動させるとシステムチェックを急ぎ、アレクサンダ・ヴァリアント・ドローンを遠隔で起動させる。

 ジャミングが掛けられたとはいえ、さすがにこちらのECCM(対電子対策)を無力化させるほどではないらしい。

 長距離間の通信に一般の通信回線を無力化する程度。

 

 「それでもかなり準備はしているのか…厄介だね」

 

 呆れるように呟き、出撃準備が整ったところで全機をG-1ベースより発進させる。

 最後にアレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナと真母衣波 一式が出て、現在こちらの持てる全ナイトメアが戦闘態勢に移行した。

 ちらりとモニターで難民に紛れて避難をするニーナを眺め、短く息を吐き出して向かってくる敵集団に視線を向けた…のだがモニターに映し出されたナイトメアを見て怪訝な表情を浮かべてしまった。

 

 「何処の部隊だ?あんな旧式のナイトメアばかりで」

 

 サザーランドやグロースター辺りなら初期生産型でも一部では今でもギリギリ現役ではあるが、グラスゴーはさすがにあり得ない。他にも鋼髏にパンツァー・フンメル、暁など国籍バラバラな上にノーマルのアレクサンダなんか入手困難なレベルなレア機体まで含まれている。

 ドローンの操作を行い陣形を組ませ、銃口を向けた状態で待機させる。

 

 「こちらは世界人道支援機関の依頼で難民キャンプを訪れている。それ以上の接近は許可できない。所属と接近目的を――」

 

 オープンチャンネルで一応告げるものの返信は射程外からの射撃。

 アレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナはプルマ・リベールラを六枚装備した高い防御能力を誇る機体。

 射程外からの攻撃など何事も無かったように弾く。

 

 「止む無しか…接近中のナイトメア集団を敵対勢力と断定し、これより攻撃を開始する」

 

 射程に入った敵機に射撃を開始する。

 正面切って突っ込んでくるナイトメア部隊は次々と蜂の巣になっていく。

 無論ただでやられる筈もなく、最後の足掻きによって何機か直撃を受けて被弾する。

 

 「ジェレミア卿、頼んだ」

 『イエス・ユア・マジェスティ!』

 

 二本の剣を構えた真母衣波 一式が突っ込む。

 ドローン相手に銃撃戦を行っていた敵機はいきなり突っ込んでくるナイトメアが居るとは思わず、銃口を向けるもそれより先に真っ二つに切り裂かれる。

 ゲリラにしては物持ちが良いが、正規軍とも思えない。

 いや、旧式で揃えた斥候であるならばまだ話は変わるか。

 最悪そうなると次は本体か、もう少しマシな部隊が来ることになる。

 この状況下で敵のおかわりは勘弁して欲しい。

 

 次々と敵性ナイトメアを撃破していく中でオデュッセウスの悪い予感だけは的中してしまった。

 

 二機ほど新手のナイトメアフレームが急速に接近してくる。

 視線を向けたオデュッセウスは眉を潜めた。

 見た事の無い人型のナイトメアフレーム。

 両肩に円形の盾を取り付け、腰にはサーベル。

 フロートユニットやエナジーウィングが見えないものの飛行して来る。

 

 「なにアレ…」

 『モルドレッド?いや、ギャラハット』

 「どちらでもない新型!?ジェレミア卿下がって!」

 

 ブリタニア系でも日本系でもないナイトメアフレーム。

 この地域のナイトメアフレームも知識として知っているので、それがどの系譜にも属していないのは明白。

 つまり派生ではない完全新作ナイトメアをあのような高性能で作り出せる者が仕掛けてきている。

 可能性として一番高いのは反政府組織や武装勢力などではなく国家。

 国家とするならば小隊単位でなく二機という少数で向かってくるあたり、かなりの性能を誇った機体、もしくはパイロットが搭乗しているのだろう。

 ジェレミア卿の腕は確かだが制限付きのナイトメアでは分が悪い。

 ドローンの一斉射撃で牽制するも、がっしりと力強さを抱かせる体躯とは異なり、身軽な動きで銃弾の嵐の中を突っ切って来る。

 

 「ラウンズ並みの実力か!―――ッ、ドローンの反応が消えた!?」

 

 新型に気を取られてもう一機のナイトメアの接近を許してしまう。

 そしてそのもう一騎を見て驚愕してしまった。

 

 コクピット左右より肩にガトリングガン二基に、両手には大口径のアサルトライフルが二つ、肩にはミサイルシールド、フロートユニットを装備した見覚えのある薄紫色のナイトメアフレーム。

 

 『久しいなオデュッセウス!!』

 「ブラッドリー卿!?こんな時に…」

 

 予想通りの人物の声に苛立ちを隠せず、ドローン二機で牽制するも肩のガトリングガンで一瞬で蜂の巣にされる。

 基本は以前のパーシヴァルだが色々と改修されているらしく、次々とドローンを撃破していく動きは以前の比ではない。

 

 『お任せを』

 

 そう叫んでジェレミア卿が斬り込む。

 ドローンを盾にして懐まで潜り剣を振るう。

 否、懐に潜り込まされたが正しい。

 アサルトライフルを投げ捨てたパーシヴァルは四連クローよりブレイズルミナスを展開してルミナスコーンを形成。呆気ないほど簡単に一撃を防ぐと、右手も同じようにルミナスコーンを形成させた。

 

 「ジェレミア卿!脱出を!!」

 『よそ見をしている余裕があるのかな?』

 

 子供の声!?

 驚きながら突っ込んできて踏みつけようとして来た新型機から飛び退いて距離と取り、ドローンで取り抑えようとするも、信じられない動きを見せて避けながら蹴りを叩き込んでコクピットを潰した。

 ラウンズ級どころではない。

 下手するとカレンやスザククラス。

 

 『申し訳ありません陛下…』

 

 ジェレミア卿の通信を聞いて視線を向けると真母衣波 一式よりジェレミア卿が脱出し、機体はパーシヴァルによって貫かれて爆散する所であった。

 時間稼ぎをするしかない。

 そうと決めたオデュッセウスはドローンに指示を飛ばす。

 

 「ジェレミア卿!ルートEにて離脱を。私もすぐに向かう」

 

 機体をやられた事で返事は返ってこないのは理解している。

 でもこうしておけば後で出会えるだろう。

 後退を止めて逆に猛スピードで敵機に突っ込む。

 サーベルを鞘より引き抜いた辺りでオデュッセウスは脱出用のレバーを引く。

 コクピットブロックが機体より射出され、アレクサンダ・ブケファラス・ドゥリンダナはそのまま突っ込み、真っ二つに両断されて爆発した。

 同時に指揮官機の反応が消えた事でオデュッセウスの最期の仕掛けが作動する。

 全ドローンのコクピットブロックが機体より射出。

 しかも煙幕は出しながらと言うおまけ付き。

 機体も爆散すると煙幕を展開して周辺を真っ白に染め上げ、脱出したオデュッセウスはまんまと襲撃者の目を潰して逃走したのであった。

 

 

 

 

 

 

 ルキアーノ・ブラッドリーは満足気に息を吐く。

 オデュッセウスには逃げ出され、小手調べに出した部隊は壊滅。

 戦果と言えば敵ナイトメアを壊滅させただけで、主目的は何一つ満たしていない。

 通常なら作戦失敗を悔やむところであるのだろうけど、ブラッドリーはそのような感情はなかった。

 寧ろこのパーシヴァルの改修機“パーシヴァル・ブラッドレイル”の感触に心躍らせていた。

 武装勢力として転々としていた頃と違って部品は純正品の新品。

 使い込まれた廃棄物を繋ぎ合わせて再利用していたゴミとはやはり動きが違う。

 それにやはりヴィンセントの改修機だった“ヴィンセント・ブラッドレイル”よりパーシヴァルの方がしっくりくる。

 満足感に支配されるブラッドリーは指示を仰ごうと今の上官に声を掛ける。

 

 『どうします。追撃しますか?』

 

 もう一機へと視線を向ける。

 最新鋭の技術を余すことなく取り入れられたナイトメアフレーム。

 パイロットはまだ幼げな少年ではあるが、不満なく彼は仕えている。

 なにせブラッドリー卿は彼の者に敗北し、彼の者が叶えるであろう夢に希望を託している身なのだから。

 

 「いや、追撃は不要だ」

 

 声色からも幼さを抱かせるも雰囲気は非常に冷たい。

 馴れ合いをする気がないのかそれとも信用していないのか…いや、駒に掛ける感情はないということあろう。

 今はその冷めきった関係が自分の立ち位置を判らせるようで心地よい。

 昔なら確実にナイフの一本ぐらい頭部めがけて投げ込んでいただろう。

 

 「しかしアレは計画に必要なピース(・・・・・・・・・)だったのでは?」

 

 鼻で嗤いながら言葉を続ける。

 彼の計画…いいや、彼と彼女の計画にはオデュッセウスの必要性があった筈だ。

 

 ――違った。

 必要ではあるが必須ではない。

 寧ろこちら(・・・)が必要としているだけで向こうとは重要度が異なるのだったな。

 

 「違うな。アレはピースでなく保険。欲しいものはすでに我が庭に入り込んだ」

 「入り込んだと言っても貴方の庭は狭いようで広い。早々に見つかるとは思えませんが?」

 「姉さんの予言通りさ」

 

 予言と言われれば黙るしかない。

 なにせ彼女の予言は超軍事国家だったブリタニアを退けるほどの力を持つ。

 国のトップや親友の言葉よりも信頼がおける。

 …親友がいたかどうかは別としてな。

 

 「なら問題ありませんね。私としたことが出すぎた真似を致しました」

 「心にもない事を…なんにせよここでの役目は終わった。行くぞ」

 「畏まりました我が王よ(・・・・)

 

 返された通りに心にもない謝辞を述べたブラッドリーは彼に続いて帰投する。

 これからの出来事に心躍らせながら…。



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第134話 「集まる者と追う者」

 世界人道支援機関からの依頼で当初ナナリーが行く筈だった難民キャンプ。

 三国の国境が重なる危険地域の一つで、その危険さからオデュッセウスが役割を変わり現地入りした。

 予定通り難民達から要望を聞き、支援物資を渡し、その足で式典に向かう筈だったのだが謎の武装勢力により戦闘が起こり、オデュッセウス・ウ・ブリタニア先帝陛下、オデュッセウスと婚約を果したニーナ・アインシュタイン、養子であるヴィー(V.V.)。さらに警護役で同行したジェレミア・ゴットバルトとアーニャ・アールストレイムが行方不明となった。

 世間ではこの事件を通称で“ハシュベスの戸惑い”と呼んで認識している。

 超合集国は調査団の派遣を検討するも、そこは超合集国に加盟していない土地で、下手な口出しは外交問題へと繋がる。

 アジア・ブリタニアを納めているギネヴィア・ド・ブリタニアなど一部は強硬な姿勢を見せるものの、シャルル時代のブリタニアを彷彿させるような軍事侵攻は何処の国も許容しない事を理解しており、それ以上の行動はとれないでいた。

 

 当の襲撃犯であるジルクスタン王国上層部では現在の状況に笑みを零していた。

 ジルクスタン王国の首都の中枢部に存在する神殿。

 その最上階にてジルクスタン国王の姉で聖神官として神事を担っているシャムナが最奥の座に腰を降ろしている。

 室内は機械類も置いてあるものの、石造りで足元の細い水路を水が流れて居たり、その様子は洞窟や遺跡を思わせるものとなっている。

 座の左右には警護を兼ねている女性が控え、少し離れた真正面には数人の男性がシャムナの言葉を待っていた。

 長い金髪をふわりと揺らし、シャムナは並んでいた一人、シャムナの親衛隊隊長を務めるシェスタール・フォーグナーに向ける。

 

 「してその後の進展は?」

 「ハッ、シャムナ様の予言(・・)の通りに優先目標第一位の捕縛が完了し、今こちらに護送中です」

 「そう…。他の者らはどうしたか?」

 「第三目標及び警備の者らはまだ発見できておりません。如何なさいますか?」

 

 その言葉からシャムナは悩む。

 すでに賽は投げた。

 同数、またはある程度の兵力の差であればジルクスタン王国の戦士達と予言(・・)を用いれば負ける事は無い。

 ただしこちらの対応可能不可能な戦術や数で攻められれば敗北は必至。

 ゆえに出来れば捕縛したいが今は(・・)予言の意味はなく、そして無理に捕まえる必要性も無い。

 

 「それらは程度でよい。優先事項第一位は確保でき、第二目標はすでに予言に示した。その二つさえ手中に収めて居ればどうとでもなります」

 

 この答えに納得したシェスタールは大きく頷く。

 もう何もないかと思っているとニヤケ面を浮かべたルチアーノ・ブラッドリーが軽く手を挙げた。

 使える戦士であることは認め、この場に来ることも許してはいるもののあまり彼の事は好いてはいない。しかし計画の一端には必要な人間であるのは確かなので無下に扱う事も出来ないという厄介者。

 そう認識しているシャムナはそれを解り切っているルチアーノに小さくため息を漏らす。

 

 「なにか?」

 「いえね、私の手の者からの報告なのですが報告が…どうやら黒の騎士団の狗らしきものらが入り込んでいるようでして」

 「人数は?場所は?」

 「追跡はさせております。現在判明しているのは三名ほど。もしかするとまだいるかも知れませんね」

 

 何処か悦すら感じる言い方に苛立つがそれをいちいち口にしていては面倒だ。

 シャムナは視線をずらし、その横で警戒させていた暗殺部隊隊長スウェイル・クジャパットに向ける。

 

 「任せます。生死は問いません」

 「ナム・ジャラ・ラタック」

 

 片手で顔を覆って返礼したスウェイルはその場を離れる。

 それを見送ったブラッドリーは再び口を開く。

 

 「それと“嘆きの大監獄”の警備はどうします?もしよければ私が赴きますが」

 「不必要です。それに彼が来る(・・・・)というのに貴方が行けばどうなるか分かったものではありませんからね」

 

 これは命令であり警告。

 いらぬことをされて計画が崩れ、それこそ黒の騎士団が全力で攻め込んでくる口実になる可能性が高い。

 それに事に始めてから通信制限を掛け、獄長には警戒態勢をとるように指示してある。

 何かあれば今“嘆きの大監獄”に向かっているシャリオを呼び戻し、警備としてシェスタールを向かわせればよい。

 

 全ては困窮している祖国、そして愛しき弟の為に…

 

 

 

 

 

 

 ミレイ・アッシュフォードは何故こうなってしまったのかと考える。

 世界各地に戦争を吹っ掛けていた軍事大国であった神聖ブリタニア帝国は、世界と協調路線を選んだオデュッセウス・ウ・ブリタニア先帝陛下とユーフェミア・リ・ブリタニア皇帝陛下により平和への道を歩み始めた。

 この一年は大きな戦争は起こらず、平和と言う平穏な日々を多くの者が過ごして来ただろう。

 そして平和になったからこそ軍事力に優れ、傭兵派遣を行う事で利益を得ていたジルクスタン王国は現在どうなっているのか…という企画が上がり、下調べの為に現地入りしたミレイはちょっとした旅行気分であった。

 学友のリヴァル・カルデモンドをバイトとして誘い、オデュッセウスの繋がりから気をかけてくれていたメルディ・ル・フェイと、ミレディと共に世界各地を自由に飛び回って記者の活動を行っているディートハルト・リートとも一緒にジルクスタン王国を見て回る―――筈だった。

 器材を積み込んだ六人乗りのワンボックスカーが夜道を走る。

 周囲は闇夜に覆われ、静寂と微かな生活の灯が漏れる中をただただ目的地へ向かって進む。

 目的地は中心部より離れた小さな宿屋。

 値段の安さと寝る場所確保の為だけで移住性に関心が無かったメルディが選び、到着した初日にひと目見たリヴァルが不満そうな声を挙げたのを覚えているが、今となってはひと目が少ないぼろい宿屋であったのは有難い。

 駐車場で止めたボックスカーよりメルディが降り、目立たないように周囲を確認して合図を送る。

 大きめの器材を抱えたリヴァルと私が並んで歩き、壁との間に隠れるように二人の人物は歩く。

 後ろをディートハルトが立って隠し、先導しているメルディは正面を塞ぐ。

 こうして隠れている人物達を人の目に晒さないように二階へ上がり、借りている一室に入る。

 中に入ればすぐさま扉を閉めて、安堵の吐息を漏らす。

 

 「もう大丈夫よニーナ」

 

 扉が閉まると同時にへたり込んだニーナを落ち着かせるように抱きしめ囁く。

 人の温もりに触れてからか、それともようやく落ち着ける場所に入った安堵感からか、ニーナはため込んでいた感情を出し切るように泣き始めた。

 

 黒の騎士団に所属し、情報関係を担っていたディートハルトの情報網は広く伸びている。

 その情報網に“難民キャンプが武装勢力に襲われた”という情報が舞い込んだのだ。

 詳細不明で場所が三国が所有権を主張する地域、しかも近くであるというのなら調べるべきだろうと急遽予定を変更して現地に急行。しかし現場周辺はすでに封鎖されており、三国からの調査団が派遣されていてフリーの記者や他国の報道陣がおいそれと入れる場所ではなかった。

 仕方ないと諦めながら来た道を戻っていると見覚えのある人物を見つけたのだ。

 場所が場所だけにまさかと思いながら確認してみると、ニーナとアーニャの二人だった。

 困惑しながら二人を車に乗せ、事情を聴くとなんでもオデュッセウスと共に難民キャンプを訪れていた際に、ナイトメアフレームの一団に襲われ逃げて来たのだとか。

 本当なら養子にしたヴィーとも難民に紛れて逃げていたのだが、その道中でまた襲われて離れ離れになってしまった。

 すぐさま周辺の警察か軍に保護して貰い、捜索隊を出してもらうのが良いのだろうけど、ディートハルトとメルディが待ったをかけたのだ。

 三国が睨み合う難民キャンプ辺りでは幾度か小規模な小競り合いが起こっている。

 傭兵やゲリラを雇っての嫌がらせ染みた戦闘もあるが、ナイトメアフレームを多数使用した事と当時は電波妨害もあった事からかなり用意周到で力のある勢力の可能性が高い。

 ニュースを付けてみるとニーナを含めたオデュッセウス一行の消息は不明となっており、何処とも連絡も合流も出来てないと見て良いだろう。

 無人機とは言え警護するには充分すぎるナイトメアフレーム部隊に、腕利きのジェレミアとオデュッセウスを相手に撃破、または行動不能にするほどの戦力を投入するなどそこらの武装勢力では不可能だ。となれば考えられるのは三国の何処かが動いたに違いない。調べぬ前に保護など求めれば逆に捕縛される可能性の方が高い。そこでとりあえずこの情報を外に知らせると同時にニーナの安全を確保する為に、明朝にでも黒の騎士団の伝手で国外へ脱出することになったのだ。

 

 「連絡出来れば一番なのだけど」

 「もしここが当たり(・・・)であるなら通信からバレる可能性がある。機密性の高い通信機なども今度から持ち運ぶか?」

 

 軽い冗談っぽく言い合う二人はやはりこういう場に慣れているのだろう。

 見せかけではなく本当に余裕が見て取れる。

 予想であるがもっと危ない状況を体験したことからの経験の差。

 そう言った心構えを持っているところは素直に羨ましいと思う反面、そんな状況はあまり体験したくないなぁと思う。

 クスリと微笑んでいると二人が急に窓の方へと視線を向ける。

 いや、二人だけでなくアーニャもであるが。

 耳をすませば小さな音が聞こえてきた。

 

 「外が騒がしいような…」

 「近付かないで!」

 

 外の物音に気付いたリヴァルがカーテンに手を伸ばすと、ミレディが腕を掴んで止め、覗き見るようにちらりと外を確認する。

 真剣な様子から何かしら問題があったのは確かなようだ。

 

 「所属不明の武装勢力を確認。アレは…暗視ゴーグルかしら。武装は短機関銃(サブマシンガン)の類っぽい」

 「夜戦用の対室内戦装備か。つけられたか?」

 「かも知れない。避難誘導していないようだから正規ではなさそうだけど…」

 「最悪の場合は特殊部隊、または暗部か。厄介だな」

 「どういう事なんだよ!?」

 「落ち着いてリヴァル」

 

 話についていけてないリヴァルに声を掛けながら、ニーナを奥へと隠れさせる。

 外からは銃声が響き出し、どうやら目標は私達ではないらしい。

 しかしディートハルトの言う様に暗殺部隊や特殊部隊であればニーナを見られるのは非常に不味い。

 そう思い奥へ誘導し、動きを理解したディートハルトは震えながら護身用の拳銃を取り出す。

 元々戦闘要員ではないのだ。

 年下の女性であるアーニャが拳銃を手にし、動じない様子と比べると情けなく見えるが、こうやって矢面に立たされること自体少ない立場だっただけに、震えるのも仕方がない。

 

 大きな音と煙が立てられながら扉が破られ、何者かが突入してきた。

 驚いて銃を構えきれなかったディートハルトの代わりに、アーニャが銃口を入り口へと向けるもナイフで上へと逸らされる。

 緊迫する中で接敵した当人たちは相手を確認して戸惑う。

 

 「紅蓮のパイロット?」 

 「アンタ…確かラウンズの。会長にディートハルトまで」

 「何故ここに?」

 

 入って来たのはナイフと拳銃を手にした紅月 カレンだった。

 そしてカレンに続くように武者を連想させるような鎧と忍び装束が合わさった衣装の篠崎 咲世子と、白衣ではなく動きやすくラフな格好のロイド・アスプルンドが入って来た。

 

 「いやぁ、シュナイゼル殿下に一番怪しいここの調査を頼まれてね」

 「正面切って文句言うと外交問題になるって事で来たんだけど…」

 「排除しようとする辺り明白かと」

 

 これは余計にニーナを知られるわけにはいかない。

 どうしようと考えていると入口に銃弾が撃ち込まれる。

 カレンと咲世子が険しい顔をして中に隠れるのではなく逆に外へと跳び出す。

 身体能力と性格を考えるに彼女らは接近戦に持ち込んだ方が力を発揮できる。

 無論アーニャとディートハルトは援護射撃を行うが、それより早く二人は仮面型のゴーグルを苦無や拳銃で破壊したり、格闘戦で相手をねじ伏せて一方的に無力化して行く。

 これは勝てると思い始めていると他の襲撃者と違って顔すら隠してない男性―――スウェイル・クジャパットが前に出た。

 

 「お前たちは下がれ」

 

 命令に従って襲撃者たちはスウェイルより後方に下がる。

 指揮官であることが明白な相手にカレンが睨みつける。

 

 「アンタが責任者?観光客に対してハード過ぎるアトラクションね」

 「黒の騎士団の狗には向いていると思ったんだが…」

 「なら答えはタイマンで決めようか?」

 

 カレンの言葉にスウェイルは鼻で嗤った。

 それはまさに馬鹿にしたかのように。

 

 「私はナイトでも侍でも無いのでね」

 

 怪しく目が赤く輝く。

 それが何を意味するのかはミレイは解らなかったし、ギアスに掛かったカレンの行動は余計に理解不能だった。

 襲撃者が散開したのを不思議そうに見つめ、怪訝な表情をしている事から咲世子が大丈夫かと近づけば、ナイフと拳銃で攻撃を仕掛けて来たのだ。

 慌てて応戦するも殺さぬように手加減しなければならず、カレンもかなり戦闘能力が高いので苦戦を強いられる。

 逃げるように二階に飛び移れば、同じく二階へと上がり、扉から覗いていたこちらを銃撃してきた。

 咄嗟にロイドが眼鏡からブレイズルミナスを展開し弾丸を弾いたので事なきを得たがこれは可笑し過ぎる。 

 

 「敵対者には自滅こそが相応しい」 

 

 スウェイルは不敵な笑みを浮かべ、殺し合うこちらをただ眺めている。

 事態を打開しようと注意がこちらに向いている隙に、死角より飛び掛って押し倒す。

 腹部に乗り、両手を押さえるが必死に暴れるので中々上手くいかない。

 散った襲撃者は集結し、銃口を構え始める。

 

 「ほぉ、個体の認識を入れ替えるギアスか。中々慎ましい能力だな」

 

 その一言で場が凍り付いた。

 誰だと全員が視線を向けると入口より悠々と歩いて来るC.C.とサングラス付きのヘッドフォンを付けたままのマオが現れた。

 手話だろうかジェスチャーでC.C.にナニカを伝えるとニヤリと笑った。

 

 「目を直接見るタイプのギアスユーザーか。なら対処もし易い」

 「まだ狗が紛れていたとは。それにギアスを知っているのなら背後関係を洗わなければな」

 

 またも瞳が輝きC.C.を捉えるも全く動じる様子がない。

 不敵な様子にスウェイルは違和感を感じ取り、相手が掛かっていない事に気付く。

 

 「ギアスが効かない!?まさか……これは元嚮主様に対して失礼でした。ここは出直すとしましょう―――散れ」

 

 襲撃者は全員が散り散りに逃げ去った後、C.C.は静かに視線をカレン達に向ける。

 その瞳は何処か…否、あからさまは不満の感情が含まれており、関わっていないミレイですらその感情を読み取れた。

 向けられたカレンからしてみればそちらより何故ここに居るのかと言う方が疑問であるが…。

 

 「アンタどうして…」

 「元々は別件だったんだがな。ギアス関連なら見て見ぬ振りも出来ないか」

 

 面倒臭そうにつぶやくとついて来いと言わんばかりに手招きする。

 

 「車はあるのだろう?乗せろ」

 「なんでアンタはそういつも偉そうなのよ」

 「どうせオデュッセウス関連だろ。居場所を知っている奴の所まで案内してやる」

 「本当ですか!?」

 

 奥で震えていたニーナは慌てて表に跳び出し、C.C.に問いかける。

 襲撃があった事、誰に見られているか分からないがニーナがこうして表に出てしまった事を考えると早急にここを離れなければならない。

 ミレイは会話を最後まで聞く事無く、リヴァルと一緒に部屋の荷物を纏め、急ぎ車へと運ぶのであった。



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第135話 「復活の“Z”」

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアが正体不明の武装勢力に襲われ、行方不明になったニュースは全世界を駆け巡り、世間は騒がしくなり超合集国評議会は荒れに荒れた。

 ユーフェミアやギネヴィア達みたく血のつながりのある者、神楽耶や天子のようにオデュッセウスと親交のあった者はすぐさま行動に移ろうとするも作り上げた巨大な超合集国が枷となって動けずにいる。

 だが沈黙を通すわけにはいかない。

 黒の騎士団首席補佐官を務めるシュナイゼル・エル・ブリタニアは、すでに事件を起こしたとされる()に当たりを付けており、秘密裏にだが手を打った。

 一つはカレンに咲世子、ロイドの調査隊の派遣。

 次に“火消し”を行うオルフェウス達へ情報収集から最悪の場合は火消し作業を行う様に通達。

 そして調査しているカレン達の回収から事態によっては奪還作戦を行う潜入部隊の編成から準備。

 すでに調査隊は黒よりの情報を暗号文で通達し、火消しはその裏付けを行っている途中。

 中間報告だけでもシュナイゼルの予想は的中。

 潜入部隊の派遣が世間には知らせぬように超合集国評議会にて可決された。

 本当なら大軍を率いての作戦を実施したい所ではあるが、相手が相手なだけに大きな戦争に発展するのではと不安がるの代表も居る為に少数精鋭での作戦実施となる。

 

 敵は“戦士の国”ジルクスタン王国。

 少数でブリタニアの大軍を打ち破った軍事力に秀でた国家。

 兵士の質は高く、戦場は彼らが生きてきた大地。

 質も数も地の利も得ている敵に対してこちらは少数での作戦実施。

 到底不可能にも思える作戦だ。

 しかも眉唾な話になるがジルクスタン王国には予言(・・)なる力が存在し、それがブリタニア侵攻を防いだとも言われている。

 予言が何なのかは断定できないが、高いレベルの戦略・戦術家がいるのか…それともギアスユーザーが居るのか…。

 どちらにしても適当な人選ではあっと言う間にやられてしまうのが関の山。

 後の事を考えると今はまだ動けないシュナイゼルは、植民地エリアだった日本をブリタニアから解放するばかりかブリタニア対連合国家を作り上げた人物に指揮官を頼み込んだ。

 

 ―――オデュッセウス兄上が行方不明になったのは自分のせいだ。

 

 ルルーシュはため息を漏らした。

 ニュースを見たナナリーはそう言いながら涙を流した。

 俺も悔やんだ。

 ナナリーが危険だからと言うなら俺が行けばと後悔が過る。

 ロロも付いて行けばと後悔を滲ませていた。

 アリス達も同様に何かしら想いもあり、もしも兄上に何かあったらと最悪の事態が脳裏に浮かぶ。

 俺はそれらを解消する為にも行くのだ。

 もう着る事はないと思っていたゼロの衣装に身を包む。

 

 シュナイゼルより潜入部隊の総指揮官として頼まれたルルーシュは断ると言う選択肢はなく、一つの条件を提示すると速攻で引き受けた。

 条件と言うのはユーフェミアの騎士である枢木 スザクの参加。

 少数精鋭での作戦を遂行するには彼の参加は絶対であり、気の置ける人物と言うのは支えになるから。

 

 アタッシュケースに納められたゼロの仮面とマントを手にするルルーシュが居るのは黒の騎士団が所有するアジア・ブリタニア軍事基地の一つ。

 ここで輸送機に武器や装備一式を積み込む、途中超合集国中華で補給を受けた後にジルクスタン王国の国境ギリギリの場所に降下する手筈となっている。

 ゆえにすぐ側の倉庫で隠すように輸送機にコンテナが積み込まれていく。

 ロイド博士がランスロットの基礎設計より改良した“ランスロットsiN”

 現地のカレンに届けるラクシャータが改良した紅蓮タイプの最新鋭機“紅蓮特式”。

 ミルビル博士が持っていけ押し付けてきた“ランスロット・リベレーションブレイブ”。

 そして三機の追加装備である“フレイムコート”。

 世界屈指の技術力の塊である機体と、オデュッセウスを除けば世界最強クラスのパイロット。

 数で劣るこちらとしてはこの選択肢を選ばない手はない。

 他のラウンズ達にも声を掛けたかったがさすがにそこまですると敵に動きが読まれ、潜入のメリットがなくなる可能性が高い。

 三機では作戦の遂行は難しいので少数と言えど数が必要。

 そこでコーネリア貴下の部隊が潜入部隊の数を埋める事になった。

 コーネリアとギルフォードの超合集国がグロースターを発展させた“クインローゼス”が二機と、グラストンナイツのサザーランドタイプの新型機“サザーランドⅡ”五機。

 あとはゼロのナウシカファクトリーで完成したばかりの“真母衣波 零式”と“月虹影”。それとジェレミアのサザーランドJを改修したサザーランド・ローヤルに、ロイドの趣味で改良された“モルドレッド・ビルドアップ”などなど。

 ナイトメアフレーム十四機の約一個中隊。

 パイロットと機体性能は非常に高いが数としては不足を感じる。

 それでも成功させなければならない。

 何としても。

 何をしても。

 

 「ルルーシュ。準備が出来たよ」

 

 スザクの一言にルルーシュは覚悟を決める。

 漆黒のマントを羽織り、懐かしい仮面を被った。

 全ては平穏な日常を取り戻し、皆で作り上げた平和を維持する為に。

 この作戦を後世に“戦争”と呼ばせない為に。

 ナナリーの後悔をあとで笑って語れる思い出に変える為に。

 

 「だから俺は―――今はゼロに戻ろう」

 

 ルルーシュ―――否、ゼロは再び戦場に向かう。

 

 

 

 

 

 

 ジルクスタン王国のギムスーラ平原に存在する大監獄“嘆きの大監獄”。

 思想犯や山賊を収容する監獄で、秘匿性も高い事からこの監獄にオデュッセウスは収容されている。

 最初は一般の独房に詰められていたが、今はスイートルームとも言える特別に扱えられた個室にて監視状態。

 不満も不自由もあるがそれでも逃げ出す事も出来ないオデュッセウスはお喋りなどで暇を潰すしかなかった。

 ニーナ達の事が気になってはいたが、V.V.(ヴィー)を捕まえた以外に何も無いらしいので無事であることを祈り、アーニャとジェレミアが付いているだろうから大丈夫だろうと自身を落ち着かせる。

 そうして焦る精神を何とか保つ。

 

 オデュッセウスは車椅子に腰かけた少年―――ジルクスタン王国シャリオ国王と向かい合う。

 まだ幼さが強く残るシャリオはオデュッセウスから見れば敵である。

 今回の襲撃事件の襲撃犯のリーダー。

 平和を乱そうとする火種の片割れ(・・・)

 けど何故か敵意を向ける事は出来なかった…。

 

 シャリオが身体が不自由で車いす生活を余儀なくされ、瞳に障害があるのかあまり見えない事に同情している?

 無いと言えば嘘になるのでしてはいるのだろう。

 目が見えずに車椅子生活を余儀なくされている点を考えればナナリーを連想するのもあるかも知れない。

 

 ナナリーやロロと変わらない年齢で王と言う立場、責務を負わされている憐れみから?

 違うな。それは絶対ない。

 彼は幼くもしっかりと民や国の事を考え憂いており、王の立場から逃げた私や自分勝手で他を顧みなかった父上(シャルル)以上に王らしい。

 

 ならば何故か? 

 多分私の甘さからだろうな。

 話をすれば質問攻めにされる半面、こちらからも話を聞く機会があり、彼は国や国民、特に姉の事を語る時の表情が感情豊かに変化する。

 愛し、愛された姉弟なのだろう。

 だからこそ敵である彼を敵と認識できていない。

 ヴィーを客人待遇で扱っているという言葉を信じようとするぐらいには彼を信じてしまっている。

 ルルーシュやシュナイゼルだったらどうしているだろうなと思うと苦笑いを浮かべてしまう。

 

 シャリオ国王がここに来る用件は決まって私から情報を聞き出す事が目的だ。

 最初は“V.V.”や“C.C.”の居場所を聞いてきたが、ヴィーが捕まってからは自身が強くなるにはどうしたら良いかなどが主な話だ。

 王としての責務があるだろうによく来るものだ。

 身体が不自由な分、部下やお姉さんが手助けしているらしいけどもそう簡単に王が玉座を離れていいものなのか…。

 私が言っても多分ブーメランのように返って来るので口にはしないけどね。

 

 「神経電位接続を行えば脳から手に、手から操縦桿への行動が脳から直接機体に送信できる。これにより反応速度は倍以上に跳ね上がる」

 「ほぉ…」

 

 真剣に話を聞き、瞳を怪しく輝かせる。

 彼は強さにおいて非常に高い興味を示す。

 難民キャンプに参加していた彼の機体は新型機らしく、あの機体の動きからして確実にラウンズクラス。

 それもカレンちゃんやスザク君に近しい力だ。

 すでに十分すぎる力だと思うが、彼はそれでも力を欲する。

 国を、民を、そして最愛の姉を護る為に。

 

 「それを行うにはどうしたらいい?」

 「これに関してはブリタニアが技術を秘匿し、黒の騎士団には渡していない。知れば人体実験や非合法な兵士を創り出そうとするからね」

 

 護る者を多く抱え、同時に多くの問題を圧し掛かる彼はどん欲だ。

 それら為ならば自らがどうなろうと良いという覚悟が見受けられるが、まだ見ぬ彼の姉は話を聞いた限りではそうは思うまい。

 ま、戦場に跳び出していた私が言えた立場ではないと思うがね。

 

 「ブリタニアが秘匿したか。なら知っているのだな」

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる様子が予想通りだっただけに肩を竦める。

 彼の想いを組んでやることも出来るが、やはり大事な弟妹を持つ身としては言うべきではないだろう。

 その前に私がその技術を知っていても手順や必要な物などを知らないので教える事は叶わないが…。

 

 「知れる立場であるのは確かだよ。けどあの施術を行うにはブリタニアのサイバネティック医療が必須となる。自慢になるが我が国のサイバネティック医療は死に体であっても生者にすることが出来るものだから」

 

 私の解答に明らかに落胆し、それでもまだ何かないかと思案している。

 彼とは長い時間過ごした訳ではないが、話しの変え方は心得ているつもりだ。

 

 「この前の話を聞かせて貰えるかな?」

 

 これだけで良い。

 強さを求めているためにそちら関係の話を主にする彼ではあるが、それ以外にも色々と話はしているのだ。

 元とは言え国を治めていた皇帝なのだからと国や民の為にどうしたら良いか。どうすれば良かったなどの相談も受けている。

 話を変える際の口上と解っていながらもシャリオはそれに乗り、前の話の続きを行う。

 今回はお姉さんとの話でぱぁっと笑顔を輝かせながら語りつつ、所々で表情が曇る。

 それでも彼の語りは止まらない。

 私も私でちゃんと聞いて相槌や返答をするので余計に彼の話に熱が籠る。

 

 「あの時の姉さんは――――なんだ?」

 

 楽し気に語っていると士官が側により耳打ちする。

 小声で何を話しているかは聞き取れないが、彼の表情から何かしらあったのだろうとは推測できる。

 

 「ここを離れることになった。手荒なことはしたくない。くれぐれも逃げ出そうとは思わないように」

 

 手短に注意して退室するシャリオを見送ったオデュッセウスは何も出来ない自分を不甲斐無く感じながら溜め息を漏らし、奥に置いてあったチェス盤に近付き、近くの椅子へと腰かけた。

 対面の椅子には対局者は居らず、部屋の隅でガタガタと震えていた。

 

 「チェスの続きでもするかい?」

 「あ…は、はい…」

 

 部屋隅で震えていた男はふらふらと反対側に腰かけて、チェス盤を覗き込む。

 この男は最初に収容された際に同じ独房に居た囚人で、何でもユーロピア辺りで旅芸人の集団と行動を共にしていたのだが、今回はこちらに出て来たところで彼だけ迷子になり、身分証明する者が無かった彼は警官に不法入国者と言う事で連行されたとか。

 本来なら私だけこの部屋に移される筈だったのだが、気弱そうな彼は他の囚人から苛めを受けていたらしかったので、話し相手に連れて行っても良いかと許可を問うと素直に情報(強さに関する)を話すのならとあっさり受諾された。

 苛めに合っていただけなら注意を促すだけで済んでいた。

 けど私は彼を知っている気がするんだ。

 短く切り揃えられた髪に伸ばした顎髭。細長い身体に頼りない表情…。

 何処で会ったのだろうかと記憶を頼りながら暇潰しに駒を動かすのであった。



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第136話 「突入、嘆きの大監獄」

 一台の輸送車が乾いた大地を進む。

 側面にはポップな広告が張り出されているが、内部は緊張に包まれていた。

 それもその筈である。

 これより彼らはオデュッセウス救出のために敵地内部にて救出作戦を展開することになっているのだから。

 ホテルで襲撃を受けた後、一行はC.C.が泊まっていた宿に訪れると何とか逃げ延びてきたジェレミアと合流。

 戦闘での経緯から合流地点へ向かった流れ、さらに合流前にオデュッセウスが捕まり、奪還しようとしていたのだが嘆きの大監獄に別件で用事があり、向かっていたC.C.達と出会って今に至ると言う。

 オデュッセウスの居場所はジェレミア単体だと突撃してしまいそうなので、襲撃があった際にホテルに来なかったジュリアス・キングスレイ(LV-02)に調べさせ、嘆きの大監獄に収容された事は確かなようだ。

 調査に訪れたカレン達は情報を伝え、別動隊との合流を果たして作戦に当たると言う手段もあるにはあったが、ジルクスタン王国に動きを察知される恐れがあり却下。

 そこにC.C.にマオ、それとジュリアスは嘆きの大監獄下部にあるとされるギアス関係の遺跡を破壊しに訪れており、カレン達が行かなくても行くとの事。C.C.達の後となると警戒が強まって奪還は困難になるのは必須。そこに行くのであれば助けに行くとニーナとジェレミアも同行すると言い出し、であるならばとカレン達も向かう事になったのだ。

 

 「っていうかアンタたち三人でどうこう出来た訳?」

 

 狭い車内でカレンはC.C.に問いかける。

 一応輸送車であることから大型であるにはあるのだが、カレンにロイド、C.C.、マオ、ジュリアス、ニーナ、アーニャと当初予定していた人数より大所帯となった為に密度が増している。

 色々持ち込んだ中の看守用の制服を着て咲世子は運転し、ジェレミアは助手席に座って二人分空いたとしても七人も座れば狭く感じる。

 ちなみに強い意志から行くと言って聞かなかったニーナを除く、非戦闘員のディートハルト、メルディ、ミレイ、リヴァルは脱出地点へ向かい、暗号通信での外への情報提供を任せている。それ以上にこれにもう四人は狭すぎるしね。

 

 「なんとでもなるさ」

 「大した自信だこと」

 「それほどなんだぁ。少し興味が湧くねぇ」

 

 ノートパソコンを操作していたロイドが三人を眺める。

 ジュリアスは別に気にも止めずに腕を組んだままで、マオはヘッドホンの音量を最大音量で聞いているためにロイドの発言に気付いていない。聞いている内容はヘッドホンをしていても音漏れしており、何やら褒めているらしきC.C.の声が駄々洩れしていた。C.C.に限ってはあからさまに面倒臭そうにため息を漏らす。

 

 「ロイド、死にたいのか?」

 「あぁ、怖い怖い」

 

 運転席側よりジェレミアの一言でおどけた様に言い、ロイドはパソコン画面へと視線を戻す。

 これよりカレン達は大監獄内部へ侵入する為に手順を踏む。

 まずジルクスタン兵士に変装した咲世子に、囚人を装ったカレン、ニーナ、アーニャ、C.C.、マオ、ジュリアスが内部へ侵入。看守数人を連れて内部に入った隙に車内に残ったロイド博士がハッキングして監獄ないの監視カメラをダミー映像と差し替えてこちらの動きを悟らせないようにするのと、オデュッセウスの居場所の捜索などの支援作業。そして咲世子と同じく変装したジェレミアが監視室を押さえる。

 最後は別にする予定は無かったが、脱出の際にはどうしても監視室の看守達が邪魔になるのでジェレミアが提案したのだ。

 

 停車して予定通りに扉が開けられ外に出る。

 悟られないように緊張などを表情に出さないように注意しつつ、看守達に案内されるままにエレベーターに乗って地下に降りる。降りた先には長い通路の左右、そして見上げれば見える二階部分の左右にも独房が連なっていて、かなりの囚人たちが収容されていた。

 

 「―――ロイド博士…」

 

 咲世子が仕込んだ通信機でロイドと連絡を取り、ダミー映像を流しているかの確認をしているのだろう。

 小声で看守に聞こえず、カレンは大きく頷いた事で動くことを理解する。

 

 「皆さん。演技はそこまでで良いですよ」

 「はぁ?そりゃあどういう…」

 

 看守が首を傾げながら振り向くと同時に回し蹴りを後頭部に叩き込み意識を刈り取る。

 もう一人の方は意識がカレンに向いた瞬間に咲世子さんが変装に使っていたマスクを投げ、視界を一瞬ばかり奪った隙に一撃で刈り取った。

 周囲の囚人たちは各々に騒ぎ、揶揄う様な言葉を投げかけて来る。

 どうみても真っ当そうな者は居らず、元気だけは良さそうな連中。

 こいつらを解き放てば良い陽動や時間稼ぎになるだろう。

 気絶した看守より鍵を奪い、牢の中に投げ込もうとしたその時、ヘッドホンを外したマオに手を掴まれて止められる。

 険しい顔を向けて「なによ?」と問いかけるとニヤリと嗤われた。

 

 「あー…こいつら出さない方が良いよ」

 「何でよ?」

 「だってここの警備している連中だよ。そこの大男に至っては獄長だし」

 

 ヘラヘラと冗談のようなことを言い放つと、房の中に居た大男が目を見開いて驚きを露わにした。

 様子から本当の事だと分かったカレンが振り返るとサングラス越しに薄っすらと瞳が赤く輝いていたのが見て分かった。

 これがマオのギアスの力か…。

 

 「ッチ、なんでわかりやがった?」

 

 カレンが一人納得している間に、大柄の男―――ベルク・バトゥム・ビトゥル獄長は睨みつけながらマオに問い質すも、すでにヘッドホンを耳に当て直したマオに声は届かず、言葉だけが通り過ぎていく。

 わざとではないのだろうけど、しかとを噛まされたようで獄長は苛立ちを露わにする。

 

 「殺すか?」

 「放っておけ。ただ逃がさないようにな」

 

 そんな獄長を無視して淡々とした口調で問うたジュリアスに、これまた淡々とC.C.が答えた。

 ジュリアスが牢を撫でると凍結し、鍵穴を使えない状態にする。

 「なんだこれは!?」と驚きながら牢屋の中で囚人に紛れていた連中は出ようと隠し持っていた鍵を突っ込んだり、鉄格子に蹴りを入れたりを繰り返す。

 これがギアスかとカレンは恐ろしく感じると同時に凄い力だと感心した。

 

 「便利な力ね。ギアスって」

 「そうでもないさ。超常の力を得た代わりに代償を払っている者もいる」

 

 どことなく儚げな横顔に戸惑う。

 それは知っているというより実体験をしたからこそ得た重みの様なものを滲みだしていた。

 いつにない表情はすぐさま消え去り、いつもながらの不敵な笑みを浮かべる。

 

 「私達は最下層に向かう。そちらはそちらでやってくれ」

 「解ってるわよ。行くよニーナ、アーニャ」

 「はい!」

 

 C.C.はマオとジュリアスを連れて進んで行き、咲世子は内部の確認へ、カレンはニーナとアーニャを連れてオデュッセウス救出に向かう。

 警備システム自体はロイドにとっては簡単なものだったらしく、場所の捜索は案外あっさりと終了した。

 居場所を知って焦るニーナを抑えながら、周囲を警戒しつつ目的地へ向かう。

 電子ロックで監獄内と言う事もあってか、警備の人間は一応置いて置いた程度の人数でカレンとアーニャのみで対処は可能だった。

 見張り役は排除したが中にも居るかもしれないと恐る恐る扉を開ける。

 

 「チェックメイト―――おや?」

 

 開けた先には囚人服を着ていたが元気そうにチェスに興じていたオデュッセウスがそこに居た。

 ニーナは声を発する前に走り出し、オデュッセウスに泣きながら抱き着く。

 倒れる事無く抱き締め、ニーナもオデュッセウスも謝りつつ、お互いの無事を喜びあっていた。

 感動的な光景なのかも知れないが同級生の惚気を目の前で見せつけられるカレンとしては苦笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。

 

 「無事なようね?」

 「すまないね。手間を掛けさせて…」

 「この程度で済んでよかったけどね。アンタが関わると事が大きくなる気が―――」

 『ざぁんねんでしたぁ。すでに大きくなっちゃったけどね』

 

 大きくなる気がするものと言う前に、ロイドからの通信が入り、そのままとある音声が流される。

 内容は監獄外延部にナイトメアの大部隊が展開しており、さらにシェスタール・フォーグナー親衛隊隊長を名乗る人物より投降勧告が発せられたものだった。

 もう大きくなっていたかと頭を抱える。

 オデュッセウスを捕縛しているにしては警備が緩すぎると思っていたら、どうやら交代の合間だったらしい。

 しかも相手は親衛隊。

 練度も高い上にこちらは逃げ場も戦力もない背水の陣。

 

 「この監獄内部にナイトメアとかないの?」

 『調べたところ大量のサクラダイトに、防衛用にナイトメアが置かれているようだよ。位置データ送るから』

 

 一応戦える術はあるのかと思いつつ、端末を確認して場所とルートを確認する。

 最下層までいかずも下の方に格納庫があるらしい。

 未だに抱き合っているオデュッセウスとニーナに事態を知らせ、兎も角格納庫へと向かう。

 危機的な状況になったために最下層に向かったC.C.達は作業を終わらせ、ロイド達も警備室から格納庫へと急いで向かうとの事。

 道中、事の深刻さと状況を思い知ってかオデュッセウスはニーナを安心させるように努めながら、いつもと違った緊張感を漂わしていた。

 が、それも道中までだった…。

 

 「おお!ゲド・バッカ!!」

 

 急にハイテンションになったオデュッセウスが大声を上げた。

 何事かと皆の視線が集まるが、オデュッセウス自身は並んでいるゲド・バッカに視線を釘付けにしてる。

 

 ゲド・バッカとはジルクスタン王国の主力ナイトメアフレーム―――否、ナイトメアフレームもどきと称するべきか。

 まず人型のナイトメアではなく足は四脚で歩行ではなく、ランドスピナーやホバーを用いた走行を行い、武装は両肩のキャノン砲のみ。接近戦の事も考えられて手にはブレードタイプのスラッシュハーケンが搭載されている。

 システムから武装まで実戦的な物で洗礼されている機体であるが、ロイドはこの機体をあまり快く思っていない。

 コクピットブロックが狭いためにモニターによる周辺確認がし辛く、それを補うために専用のゴーグルをつけなければならなかったり、頭部はむき出しのカメラアイだったりと中々遊びが少なく、自分が生み出し育て上げたランスロットとかけ離れた思想などで好んでいない。

 要は趣味に合わないのだ。

 が、オデュッセウスはそうではなく明らかな興奮状態。

 カレンもナイトメアフレームには詳しく、その手の話題に跳び付いてしまった過去もあるが、状況が状況なのでここで我を忘れて跳び付く事は無かった。

 

 「こんなものに(・・・・・・)興味があるんですか陛下?」

 「興味はあるさ。ナイトメアフレームを最初に作ったのはブリタニアだが全部が全部人型である必要も無し。遮蔽物がなく、広い平地が戦場のジルクスタン王国では長射程こそものを言うからね。道も整備されてない所が多いから二足歩行より四脚のランドスピナーの方が有効だし、全高が低いから当たる面積も少ない。ブリタニアのナイトメアには無い特徴ばかりだよ。いやぁ、これ私のコレクションルーム……じゃなかった。博物館に持って帰れないかな?」

 「お土産コーナーではないのですが…」

 

 これにはさすがにジェレミアもアーニャもニーナも呆れ顔。

 ようやく皆の視線に気付いてコホンと咳払いし、少し照れ臭さを残しつつ真面目そうに表情を整える。

 ロイド達もC.C.達も格納庫へ到着しており、その全員を見渡した。

 

 「戦闘可能なパイロットは私を含めて六名か」

 

 外部の監視カメラの映像から敵は一個大隊規模のナイトメア集団。

 それもシェスタール親衛隊隊長が引き連れているなら、戦士の国内でも選りすぐりの精鋭であると予想される。

 たった六人での突破は厳しい。

 ここに紅蓮があればと思うが無いものは強請ってもしょうがない。

 何とか出来ないかと考えていると、ジェレミアが一歩前に出て提案を口にする。

 

 「私が逃げるまでの時間稼ぎを――」

 「却下。逃げるなら全員でだよ」

 「でもこれ何とか出来るわけ?」

 「ルルーシュやシュナイゼル、マリーベルなら何とでも出来るだろうけど、私は策士ではなくパイロットだからね。さすがに楽にとまでは難しいさ」

 

 腕を組みながら考え込むが装備も人員も足りない状況。

 これを覆すのは難しい。

 ゼロのように奇策を用いれば可能性は大きいかも知れないが、ここに居る者の中でそういった奇策に精通した者はいない。

 絶望的な状況を諦めきれずに考え込むオデュッセウスは頭を掻きながらため息を漏らす。

 

 「なんにしても逃げる為に敵中を突破しないと。出来ればヴィーの居場所を突き止められたら良いんだけど」

 

 そう言ってコンソールを眺める。

 ジルクスタン王国の施設だけあって器材からシステムまで整っている。

 ロイドにニーナが居るのだからハッキングして多少の情報を得ることはできるが、欲をかいて誰かを失う事態は避けるべきだ。

 思いっきり悩んでいるオデュッセウスに同じ部屋にいた男が恐る恐る手を挙げる。

 

 「あのぉ…物資の流れで分かるかも」

 「本当かい!?それなら助かるよ」

 「以前、補給部隊に飛ばされた事があるものである程度なら…」

 

 苦々しい思い出らしく眉をハノ字に曲げながら苦笑する。

 その言葉に何かしら思う事があったのかオデュッセウスは目を見開いて驚きを露わにした。

 

 「ピエル・アノウ中佐!?」

 「え?あ、はい、元中佐ですけど…」

 

 戸惑うアノウに驚愕したままのオデュッセウス。

 彼が何者か知らないが、現状そちらに気を取られて時間を無駄に消費する訳にはいかない。

 

 「今はそれどころじゃないでしょ」

 「兎も角そっちは任せたよ。私は策を―――いや、ゼロの力を借りる(・・・・・・・・)としよう」

 「ゼロの力を?」

 

 不敵な笑みを浮かべるオデュッセウス。

 何故だろうか。

 頼もしい言葉にも聞こえるがオデュッセウスが言うと妙な胸騒ぎと不安が過るのは…。

 同様の心境を味わう一行であったが他に策もなく、その指示に従って行動を開始するのであった。 



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第137話 「ジルクスタンでの戦闘」

 シェスタールは余裕を持った態度で嘆きの大監獄を見つめていた。

 彼は黒の騎士団がオデュッセウス奪還などを警戒して、監獄の守備を固めるべく訪れたのだが、運良く(・・・)シャリオ国王と入れ替わる時間帯に侵入され、今は大監獄の奪還及び敵対勢力の殲滅戦を行うべく多少の待ち時間を潰しているところだ。

 相手は不埒者と言えど名門貴族フォーグナー家の嫡男としても、ジルクスタン王国の戦士としても戦をするのであれば作法を持ち入らねばならない。

 まず初めに逃がさないように周囲を包囲し、降伏勧告と少しばかりの猶予を与える。

 すんなり投降すれば命は(・・)保証する事と、もしも侵入した者の中に報告があった嚮祖様(C.C.)が居るのであれば国賓待遇で迎えたいとの意向を示す。

 無論投降するなど露とも思ってないし、寧ろ断ってくれた方が攻める事が出来るので有難い。

 超合集国などというふざけた機関が出来て以来は戦う機会が激減し、戦士の国であるジルクスタン王国はその力を振るえずにいる。

 だからこそこうして自国内で敵を相手に戦える機会は本当に有難く、喜ばしいものと感じる。

 とは言ってもシェスタールは強者を求めるタイプの人間ではなく、今回は戦闘と言う狩りを楽しむ気満々である。

 なにせ勧告してから大監獄よりビトゥル獄長を含めた内部に居た者ら全員が解放され、内部に侵入した人数も把握出来ており、敵が使用するであろう戦力も解かり切っている。

 人数で言えば目撃談から十人程度。

 多くても二十人未満と踏んでおり、奴らが戦える手段として用いれるのは小銃で対抗するか、格納庫に置いてあるゲド・バッカを鹵獲して使うぐらいである。

 対してこちらは親衛隊所属の精鋭達が操るゲド・バッカ一個大隊以上が待機している。

 勝負はもはやついていると言っても過言ではない。

 

 「隊長、時間です」

 「良し、突入」

 

 降伏勧告を出して与えた猶予が過ぎた事を知らされ、シェスタールは突入の号令を降した。

 嘆きの大監獄は大昔の遺跡の上に作られた施設で、周囲は崖となって円柱形のような大監獄を囲んでいる。

 大監獄へ出入りするにはどうしても正面入り口に掛かっている橋を通るしかなく、逆に言えばそこしか出入りする所が無いという事だ。

 命令に従って突入部隊が勢いよく突入していく。

 シェスタールは自身専用の愛機、ジャジャ・バッカを飛翔させて上から眺める。

 ジルクスタン王国のナイトメアフレームは独自の物であり、これまではブリタニアなどの技術を取り込む機会はそうは無かった。だが、超合集国の下で軍事力が黒の騎士団に一括された事で、技術は黒の騎士団内の技術屋の多くに浸透し、知る人間が多ければ金や秘密を理由に口を割る者も出てくるというもの。

 荒野と言う今回の戦場では嫌に目立つ青色で塗られ、上半身は人型というジャジャ・バッカはブリタニアで用いられていたフロートシステムを使用して飛行能力を得ているので、技術的な事ではあるがこれは黒の騎士団がなければ手に入らなかったろう。

 上から眺めていると大監獄の防衛機能である砲台と機銃が動き出し、橋を落とすと同時に橋手前で待機していたゲド・バッカが攻撃を受けて撃破された。

 どうやら敵にシステム面で優れた者がいるのだろう。

 無抵抗では面白みがないと思っていたが、歯向かって来るのであれば多少は楽しい狩りになりそうだ。

 地下内部のデータと自軍の部隊の反応、そして敵の動きを情報として送られ吟味する。

 敵の中には中々良い指揮官が居るのだろうが、運が悪いというかタイミングが悪いといか、良い手を打つも全部無駄に終わっている感じだ。

 まず最初に行った防衛システムをハッキングして、砲台や機銃を使っての攻撃。

 橋を落とす事でこちらの増援を断ち、突入する部隊を減らそうと画策したのだろうが、すでに突入部隊は入り切っており、今更橋を落としたところで遅すぎる上に自分達の退路を塞いだだけ。

 数の差を埋めようと発射砲台としてコード付きとは言え遠隔操作出来るようにゲド・バッカを配置したのは良いが、こちらは戦闘経験豊富な親衛隊。間に合わせの無人機如きに遅れをとる者など居る筈がない。

 最後に何機かは有人機として奇襲しているが、命惜しさかこちらが攻撃を行うとさっさと下へ下へと逃げていく。

 

 「勝ったな」

 

 勝利の愉悦から笑みが零れる。

 くすくすと笑うとシェスタールは、コホンと咳き込むと通信を開きながら、ジャジャ・バッカを前進させる。

 

 「マンデ・マディン・ズースー(大型陸戦艇)は守備隊と共に待機。突入部隊は継続して敵部隊を最下層へ追い込め」

 『シェスタール隊長は如何なさるので?』

 「私は迎えに行かねばなるまい」

 『単騎では危険かと』

 「問題ない」

 

 何故なら勝利は確実。

 負ける要素など無いとしかいう様な状況で、何が危険と言うのか。

 オデュッセウスが閉じ込められている個室は崖側の一室なので、大監獄と崖の間を降りて行けばすぐなのだ。

 ならとっとと優先順位の高い彼を捕縛して、確保した方が良いに決まっている。

 余裕を見せながら崖へと進ませ、降下させ始めたシェスタールは崖側面にナニカが居るのが見え、何だろうと確かめる間もなく大きく衝撃を受けるのであった。 

 

 

 

 

 

 

 嘆きの大監獄に敵部隊が雪崩れ込んで、下部へ下部へと進んでいく頃、オデュッセウス達は監獄内部ではなく外壁より飛び出て、崖に蝉のようにへばりついてタイミングを見計らっていた。

 

 オデュッセウスが提案した作戦は“バベルタワー”のアレンジだ。

 技量が高くても敵と同じ性能の機体では、確実に数に押されてエナジー切れを起こすだろう。

 以前九州事変の際にランスロットがそうなったように。

 なので敵中突破を避け、ゼロが行ったバベルタワーの策略を流用することにしたのだ。

 抵抗を見せつつも後退し、粗方誘い込んだところで中間部を置いてあったサクラダイトを用いて爆破。

 下部へ落下していくゲド・バッカは叩きつけられ、瓦礫に押し潰され、ほとんどが撃破か行動不能な状態に陥るだろう。

 “バベルタワー”では倒れたタワーを道にして逃げ切る事が出来たが、この監獄は倒すも何も地下空洞に建築されているので倒れても壁に凭れる程度。到底逃げ切れる道にはなりはしない。

 なので倒壊する監獄の反対側の壁に全員がゲド・バッカに搭乗してへばり付き、カレンとジェレミアを先頭に残存勢力を突破するという最後は力業の作戦だ。

 ルルーシュやシュナイゼルならもっとスマートで知的な作戦を組んだろうけどと自慢の弟達を思い浮かべていた。

 一応悟られないように無人機や自動砲台なんかを使って交戦の意思ありなように見せつけたりしたが、相手が自慢の弟妹達ならあっさり気付いていた事だろう。

 

 そんな事を想いながら青空を見上げていたオデュッセウスは目が合った気がする。

 青をメインカラーとしたゲド・バッカとは明らかに違う機体が頭上まで移動し、降下してきたのだ。

 戸惑いながらも瞬間的にオデュッセウスは動いた。

 爆破ボタンを押すと同時に壁上部に刺し込んでいたハーケンを巻き、ランドスピナーをフルスロットルで進ませる。

 閃光と爆炎を撒き散らす監獄に注意を取られたシェスタールは、壁を猛スピードで駆け上がるオデュッセウスのゲド・バッカに対応仕切れない。

 壁から空中へと駆け上がるとハーケンを壁から抜き、そのままジャジャ・バッカに取り付く。

 

 『なに!?こんなバカな事が!!』

 「左に一個、右に一個、正面に大型陸戦艇一に護衛に二個…残存勢力十二機に大型陸戦艇一!」

 

 驚愕するシェスタールを無視して上空より敵の配置を確認して簡単に伝える。

 するとカレンにジェレミアなどの戦闘経験のあるゲド・バッカが敵左翼に展開し、オデュッセウスは前衛である彼らを援護すべく、ジャジャ・バッカの上に乗るように落下して砲撃を開始する

 前衛として突入したのはカレンを筆頭にジェレミアにアーニャ、そしてギアスで動きを読めるマオと元々高い操縦技術を持っていたジュリアスの五名。

 後衛として機能しているのはオデュッセウスとナイトメア騎乗経験のあるC.C.ぐらいだ。

 ニーナに咲世子、ロイドとアノウも余っていたゲド・バッカに搭乗してオデュッセウスより後方で支援砲撃を開始するも、何処を狙っているんだと突っ込みたくなるほど明後日の方向に撃っていた。

 まぁ、威嚇ぐらいにはなるかなと放置し、敵機を狙ってトリガーを引く。

 放たれた砲弾は狙いをズレて掠りもせず地面に着弾した。

 

 「少し右にズレてるかな…」

 

 感覚で誤差を修正してトリガーを引くと、頭部を狙っていた砲弾が右腕に直撃する。

 やはりいつものライフルでないとこの距離は難しいかと顔を歪めていると、下敷きにしたナイトメアがもぞもぞと動き出す。

 

 『この!よくもこの私に…』

 

 圧し掛かったままの状態から脱しようとしているが、じたばたと手を動かすだけで退かされる気配すらない。

 というか何だろうこの違和感。

 見た目は人型だけどなんていうかバランスが悪い。

 違うな、見栄えばかり気にして機体性能を無視したのではないだろうか。

 飛行能力を持っていたり、明らかにゲド・バッカとは違う機体に指揮官機か特殊な機体かと思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。

 見せ掛けだけの試験機か何かか…。 

 興味を失ったオデュッセウスは親衛隊隊長(・・・・・)シェスタールを踏みつけたまま、もし反撃されてもその時は足元の機体を盾にすればいいや程度に支援砲撃を開始する。

 発射されるキャノンの反動を押さえようとゲド・バッカの脚部が踏ん張る。

 すると踏みつけられていたジャジャ・バッカが大きく揺れて、コクピット内のシェスタールが前後左右に酷く揺さぶられる。

 ベルトをしていた為に機器に激突して大けがを負う事は無かった者の、あまりの揺れに気分が悪くなって構わず吐き散らしコックピットを汚す。

 

 「んー?反撃が無いなぁ……ま、良いか」

 

 下に親衛隊隊長で大将軍の御子息が居るとなれば下手に反撃は出来ず、救出したいが今や状況は一変してジルクスタン王国側が不利となっており、救出どころか立て直しすら危うい状態に陥っている。

 そうと知らないオデュッセウスは支援砲撃を続け、主戦力を掻いた上に黒の騎士団でも上位に当たるパイロットたちに技量で押され、指揮所でもあった大型陸戦艇までが沈黙するまでそう時間は掛からなかった。

 

 「皆、そろそろ撤退するよ」

 

 敵のナイトメア部隊を倒し、大型陸戦艇の足を潰したのを確認してオデュッセウスは撤退の指示を伝える。

 長居しても敵の増援が来るか補足される可能性が高く、やる事やったらとっとと逃げるのが一番だ。

 となるとゲド・バッカでの目的地までの移動は平地がほとんどのジルクスタン王国では目立ちすぎる。

 空を移動する手段があればと悩んだが、自分が下敷きにしていたモノを思い出して、上から退くと同時に関節部を抑えて、盾にでもしているかのようにして持っていく。

 

 この様子を離れた岩陰より眺めていたビトゥルは連れ去られたと心配するのではなく、エリート様が無様に引き摺られてやがると嘲笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジルクスタンの聖神官であるシャムナは忌々しそうに遺跡と機械の混ざり合った()を見つめる。

 彼女はジルクスタンのギアスユーザーであった。

 能力は先読みという未来を覗けるというもので、これを予言として使用しジルクスタン王国を何度も救ってきた。

 ただこの能力は本来起きる未来を覗けるというものなので、幾度と弟のシャリオが国や自分を守る為に死ぬ様を見続け、それを回避すべく行動してきた。

 しかし超合集国や黒の騎士団の成立を阻止することは出来ず、ジルクスタン王国は死に体と成り果てようとしている。

 コードを継承してCの世界を用いて目的を果たそうと考えていたが、シャルルの“神殺し”が中途半端に終わってしまい、本来のシステムが異常をきたしてしまったのだ。

 おかげで継承は不完全となり、“先読み”のギアスが変質して“死に戻り”ギアスとなってしまった。

 この時点で計画は水泡と帰す筈だったが、コード所有者であるV.V.が訪れるのであれば希望が生まれる。

 最初の予定ではナナリーが難民キャンプに訪れる予定だった。

 ナナリーはマリアンヌによりC.C.細胞を埋め込まれているので、Cの世界の奥底に行くには問題ないだろう。

 それが大本であるコード所有者であればもっと上手く行く筈。

 計画を変更しつつ続行し、V.V.の誘拐には成功。

 しかし彼はコードを渡しており、コード所有者だった残り香だけ。

 対してナナリーと変わらないが計画を行うには充分。

 今は休息を取らせながらもギアスの遺跡と同じくCの世界への入り口を形成する機能を持ったシステムに繋がらせて計画遂行の駒として扱っている。

 予言者と言われてもこうも上手く未来を回せないとは…。

 

 「姉さん」

 

 深く考え込んでいたシャムナを現実に引き戻したのは最愛の弟であるシャリオであった。

 車椅子のレバーを引き、近付いて来るシャリオに満面の笑みを向ける。

 オデュッセウスを捕らえて以来、シャリオは嘆きの大監獄へ行くことが多くなった。

 元とは言え大国の皇帝を務めただけあって、王として興味を持ったのが最初で、今ではそれ以外でも話をしに赴いているらしい。若干弟が離れたようで寂しく感じるも一時的な物だろうと焦る気持ちを落ち着かせる。

 

 「今戻ったよ姉さん」

 「お疲れ様、シャリオ。どうだったの?あのオデュッセウスという男は?」

 

 内心の感情を表に出さないように気をつけながら労いの言葉を掛けながら問う。

 正直シャナムにとってオデュッセウスは割とどうでも良い人間だった。

 皇族や各国に強い繋がりを持っており、もし戦争になるのであれば脅しに仕えるな程度にしか思っていない。

 シャリオが興味さえ持たなければブラッドリーに引き渡しても良いと思う程に。

 

 「中々面白い人物だったよ」

 「面白い?」

 

 穏やかな微笑みを浮かべてシャリオが答え、シャナムはイラッとした感情によって眉がピクリと動く。

 何だろうこの感情は?

 最近構ってばかりいる相手に嫉妬しているというの?

 馬鹿馬鹿しい。

 けどシャリオの口から出て来る奴を認めているような言葉の数々に苛立ちは募る。

 

 「もしも彼と早く出会えていたら手を取る事も出来たかも知れないよ。姉さんとも話が合うかも」

 「…そう」

 

 最後にそう言われた事に、少し間を開けて短く答えたシャムナは、今までで最高の作り笑顔を浮かべるのであった…。



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第138話 「部隊結成」

 嘆きの大監獄より脱出し、救出部隊と合流予定となっている村に、拝借したゲド・バッカ九機と鹵獲したジャジャ・バッカと共にオデュッセウス達は到着した。

 ナイトメアを持って訪れたオデュッセウス一行を、村人たちは酷く警戒したが軍や警察に連絡する事は無かった。

 これはジルクスタン王国が困窮している事が大きく関わっている。

 都市部となれば多少裕福な家庭は多くなるだろうが、離れた村々に至っては日々の生活に困窮している者が多い。

 携帯を買う金があるなら食糧を買うだろうし、警察や軍に連絡して荒事に巻き込まれるなんてまっぴら御免なので警戒して無視するのが一番。さらに付け加えるのであれば居座る代金としてお金を渡して来た相手を持て成しはせずとも無下に関わったりしようとは思わない。

 その辺はさすがよく解っているとディートハルトの手際の良さに目を見張るばかり。

 後で黒の騎士団に請求書を提出するらしいが、そう言う様に使う為の資金を持ち運んでいたとは恐れ入る。

 兎も角村人からジルクスタン側に情報が洩れる事は無い。

 ならば救援部隊が来るまでここで待機するだけ………ならばよかったのだが、追撃部隊や捜索隊が訪れる可能性を考慮して今の内にやっておくべき事は多くある。

 ロイドにニーナの技術組はゲド・バッカの整備と修理。部品は無いので損傷が激しい機体をばらしてのパーツ交換。いらない部品は村人が鉄材として売りたいらしいので後で提供しておこうか。

 ジェレミアにアーニャ、咲世子とジュリアス、カレンは周辺の警戒。

 C.C.にマオは捕虜となったシェスタール・フォーグナーの尋問と言うかマオのギアスで質問攻めにして情報を搾取する。

 そして私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアはアノウと共にメルディからの質問攻めにあっていた。

 メルディにディートハルト、ミレイにリヴァルの記者組は脱出後、今回の事件を公にすべく行動を開始している。ディートハルトは映像の編集にメルディは質問内容などを文面にし、ミレイが読み上げるべく出来立てほやほやの原稿を何度も読み返していたりする。記者ではないリヴァルは照明やカメラ器材の扱いを覚えようと説明書とメルディからの説明を必死に頭に叩き込んでいる。

 自分が体験した話をしていくとどうして平和になったというのにこういう騒ぎに巻き込まれるのかと頭が痛くなる。

 

 「来られたようですよ殿下(・・)

 

 溜め息を漏らしそうになった時、扉が開いて救援部隊と到着をレイラ(・・・)によって知らされる。

 レイラ・マルカルら元wZERO部隊、元ワイバーン隊、元アシュラ隊の面々はオデュッセウスの下で戦い、ダモクレスでの戦闘を終えると以前に出会った旅をしていたお婆さんたちと共に各地を巡っていた。

 なので今回の事件には何ら関係していないし、黒の騎士団に関わって救出などに来たわけでもない。

 迷子になったアノウを捜索してジルクスタンを歩き回っていたのだ。

 村へ向かう道中に出会い、アノウを引き渡そうとするが話を聞いてレイラが放ってはおけないと協力を表明。アキト達はそれに仕方がないと笑いながら賛同し、お婆さんたちは「やっちまいな!」と発破をかける始末。

 アシュラ隊の面々はアシュレイの面白そうの一言でやる気満々。

 予想外な味方が出来て心強いよ。

 アノウは「心配させんじゃないよ」とお婆さん方にお叱りを受けていたがね…。

 

 報告を受けて外に出ると大型トレーラー数台がサザーランドⅡを連れてこちらに向かってきている。

 否…グロースターの発展期であるクインローゼスが先にこちらに向かって―――…。

 

 『兄上!』

 

 眼前で急停止すると同時にコクピットよりコーネリアが飛び降り、間を空けるなくそのまま抱き着いてきた。

 さすがに勢いを殺しきれずに背中から倒れ、薄っすらと涙を浮かべていたコーネリアを優しく撫でてやる。

 

 「心配させて悪かったね」

 「ご無事で何よりでした兄上…」

 『姫様…周りの目がありますので』 

 

 もう一騎のクインローゼスからギルフォードの声が響くが、従うどころか腕に力を込めて余計にしがみ付いてきた。

 これは仕方がないと諦め、撫でながら立ち上がってそこらに合った台に腰かける。

 大型トレーラー数台にサザーランドⅡが五機、クインローゼス二機が到着した騒ぎでC.C.やロイド達も集まり、トレーラーより降りてきたゼロやスザクを出迎える形となった。

 仮面越しだけどルルーシュが呆れた表情を浮かべているのが容易に想像できる。

 

 「……コホン、ご無事なようで何よりです」

 「ありがとう。心配をかけてすまないね」

 「居ないのは…ヴィー(V.V.)は?」

 「捕まったままなんだ…」

 

 思うたびに助けたい気持ちがふつふつと湧き上がる。

 が、アノウが物資の流れを見た感じでは首都…それも政庁か神殿辺りが怪しいとの事で、救出に行くとなると首都を護っている警備隊と戦う羽目になる。

 現状の戦力を考えると救出できても脱出するのは至極困難だろう。

 いや、ルルーシュであれば考えれるかも知れないが、それでも難しい事は変わりない筈だ。

 皆を危険に巻き込んで急ぎ救出するか?

 自分一人でも助けに行くか?

 どちらにしても難がある作戦となる。

 どうすべきかと悩み、自分一人でも行くかと思い立つ。

 自分のギアスであれば撃たれようと斬られようと状態を戻せるので幾らか無理は利く。

 口を開きかけたが、言葉を発する前にC.C.が待ったをかけた。

 

 「すぐに救出に行った方が良いな」

 「どういう事だ?」

 

 C.C.とV.V.の仲の良し悪しは知らないが、まさか助けに行こうと最初に言い出すとは思いもしなかった。

 同様の思いを抱いていた問いかけるとついて来いと言わんばかりにジェスチャーする。

 ついて行くルルーシュとC.C.を見送っているとお前も来いと手招きされて何だろうと後を追う。

 コーネリアは抱き着いたままなのだが良いのだろうか?

 他の者から離れたところでC.C.が話し始めたのはシェスタールから聞き出した情報の事であった。

 

 オデュッセウスは襲撃されたのだが本来はオデュッセウスではなくナナリーを狙った計画だったらしい。

 しかしながら難民キャンプに訪れるのがオデュッセウスに変更され、襲撃する相手を変更したのだ。

 それもオデュッセウスやニーナではなく、ヴィーを狙っての襲撃だった。

 シェスタールは詳しく全てを教えられている訳ではないが、ヴィーと神官であるシャムナが作った“門”を使って自国と民を救済するという…。

 

 嫌な予感しかしない。

 私を襲撃して誘拐すれば遅かれ早かれ黒の騎士団が動くのは解かっていた筈だ。

 なのに襲撃と言う強硬手段を用いて計画を進めたという事はバレても問題がないのか、短時間で彼ら・彼女らの計画は完了するのか。

 なんにしても月ではなく日から週ほどの短期間で、困窮したジルクスタン王国を救済する手段など存在する訳はない。

 そして神官シャムナが作ったという“門”という単語に、ナナリーかヴィーを使う予定だった事。短期間で事を成すと思われることから“Cの世界”に関連するナニカを用意しているのではないのか?

 ナナリーはマリアンヌによってC.C.細胞を埋め込まれ、ヴィーは不死のコードをシャルルが受け継いだのだが残り香の様な微かな細胞が残っている。

 “門”というのは神根島にあったようなCの世界に繋がる入り口ではないのだろうか。

 Cの世界となると何が起こるか分からない上にシャルルの計画のようなものであれば止めねばならない。

 だとすれば早く救出しなければ取り返しのつかない事態に陥るだろう。

 

 「救出に行くにしてもナイトメアはゲド・バッカと、コーネリア達が搭乗していたナイトメアのみはさすがに…」

 「いえ、何機か持ち込んでいますよ」

 「さすが。準備が良いね」

 「スザクのランスロットにカレンの紅蓮、アーニャのモルドレッド、ジェレミアのサザーランド、私のナイトメアに予備機が一機」

 「おぉ、紅蓮にランスロットがあるのならば戦力はかなり――――」

 「それと兄上のランスロットとフレイムコート三種類を…」

 「・・・・・・え!?」

 

 アレを持って来ちゃったの!?

 出来れば紅蓮とランスロットの二機分であってほしかった。

 戦力の向上的には非常に有難いが、あんな動く要塞を使うとなればかなり目立つんだよなぁ…。

 敵も集まって来るだろ………あー、解った。囮役として役立つね。

 私、囮役決定か。

 

 なんとも言えない表情を浮かべ、全員に説明を行ったゼロの横で話を聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ニーナ・アインシュタインは戸惑っていた。

 ゼロの説明後、全員が救出作戦に参加する流れで決まった。

 特にコーネリア皇女殿下は「兄上に手を出したことを後悔させてやる」と呪詛のように呟いて本当に怖かった…。

 あと、いつまでオデュッセウスさんに抱き着いているんですか。

 周囲の視線は痛いし、慣れたギルフォードさんは良いとしてもグラストンナイツの皆は目を見開いて戸惑っているし、それに見ていてもやもやするから止めて欲しい。

 ちょっと苛立ちながら話を聞き、明日の作戦に備えて英気を養う為にも、持ち込んだ食材を使ってどんちゃん騒ぎが開催されていた。

 民間から救援部隊に参加した玉城は酒瓶をラッパ飲みしながら、村人にさらにお金を渡していたギルフォードに絡んだり、グラストンナイツの面々はギルフォードや扇と騒がしい様子を眺めながら飲んでいる。

 オデュッセウスは全く関係性が読めないお婆さんたちとワイヤワイヤと騒いでいた。

 他に見覚えのあるレイラにアキト、アシュレイなどの面子も囲んで騒いでいるのだが、彼ら・彼女らもどういった経緯があって出会ったのだろうか。

 首を傾げながらアーニャの横に腰かけて、大皿に乗せられていた料理を小皿に装って食べていた。

 そうしているとロイドがふらりとやってきた。

 

 「ニーナ君も大変だったねぇ」

 「いえ、慣れてますから」

 

 この規模の事態は無かったけれども、大なり小なりオデュッセウスに関わっていたおかげで耐性が付いてしまい慣れたの一言で片付けれるのは良い事なのか悪い事なのか…。

 言われてみればそれはそうだとロイドはクスリと笑う。

 この場に集まった者は全員がオデュッセウスに関わり何かしら巻き込まれた経験者たち。

 特にレイラはどれほど苦労かけられた事か…。

 

 「それにしても良いんですか?先帝陛下と一緒に居なくて」

 

 強烈な臭いのする真っ赤な液体をグラスに注いだセシルさんが心配そうに声を掛けてきた。 

 あの輪の中に入れずに寂しさを感じるし、明日の作戦の事など考えたら不安が脳裏を過るって安心する為にも一緒に居て欲しいとは思う。けど今は大丈夫だ。

 

 「大丈夫ですよ」

 「でも…」

 「その分、後で甘えますので」

 

 にっこりと微笑みながら堂々と答えた。

 昔から一癖も二癖もある殿下や皇女殿下を甘やかしていた分、そう言った事に慣れているので存分に甘やかしてくれる。

 家でも自然にやってくれるので正直あのゆったりと触れ合って入れる時間はかなり嬉しい。

 思い返すと楽しみだなぁと自然と頬が緩む。

 

 「アツアツですな」

 「昔のニーナからは想像できない程大胆になったわね」

 「ミ、ミレイちゃん!?リヴァルも!!」

 

 話を聞いていたリヴァルとミレイがにやけながら声を掛け、恥ずかしさから顔が赤くなる。

 その様子に余計に二人どころかセシルもニヤケ、アーニャに至ってはかしゃりと撮影してきた。

 「もう!」と抗議の視線を向けるとごめんごめんと謝られる。

 

 「そうだ。今度アッシュフォードの同窓会しない?」

 「良いわね。その時はニーナの惚気話をたんまり聞かせて貰おうかな」

 「むぅ…」

 

 楽しそうだけど絶対質問攻めにされる未来が伺えて唇を尖らせて少し悩む。

 シャーリーはシャーリーで自分から惚気話をしてくるだろうし、寧ろ質問を多くしてきそうだ。

 二人で行けばそう言った質問も恥ずかしくないかなとオデュッセウスさんを連れて行ったらどうだろうか悩むが即座に一蹴する。

 自慢げに惚気て結局私が真っ赤になるのが目に見えている。

 

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 

 ひと目見た時から飲み物と思いたくなかった液体をロイドは自然に受け取り、視界の端に映ったニーナは止めようと口を開こうとした。が、声を発するよりも早くにロイドはその液体に口を付け、躊躇う事無くゴクリと飲み込んだ。

 気付いたアーニャは携帯をロイドに向けると顔色が青色に変わり、最後は声にならない悲鳴を上げながら真っ白になり、喉を押さえながら床を転げ回った。

 

 「えっと…ロイドさんは学習しないんですか?」

 

 悲鳴や何事だと集まってくる中、ニーナは苦笑いを浮かべるのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウス一行が騒いでいた頃、シャムナは報告を受けていた。

 その場には国王のシャリオに大将軍ボルボナ・フォーグナー、嘆きの大監獄獄長ベルク・バトゥム・ビトゥル、暗殺部隊隊長スウェイル・クジャパット、ルチアーノ・ブラッドリーらが並んでおり、いつもの面子で居ないのは親衛隊隊長であるシェスタール・フォーグナーのみであった。

 報告と言うのはそのシェスタールの事であり、報告しているビトゥルは心にもない悲しそうな表情を浮かべている。

 

 「突入した親衛隊は爆発に巻き込まれ、残っていた部隊は各個撃破され、親衛隊隊長はその際に…」

 

 彼が語ったのは嘆きの大監獄での戦闘である。

 と言っても彼自身は脱出して遠巻きに眺めていたので詳しくは解かってはいない。

 なのでシェスタールの機体がオデュッセウス機に足場にされていたのが、踏み潰されたように見えたので戦死したと報告したのだ。

 この親衛隊隊長の戦死の報告に周りの反応は意外にも冷やかなものであった。、

 クジャパットとシャリオは多少驚いたぐらいでそれほど表情に変化はなく、ブラッドリーに至っては興味な下げに欠伸する始末。

 シャムナはビトゥルより時間帯を問い、六時間より前(・・・・・・)なので完全に諦めた(・・・・・・)

 そんな中でバルボナだけは肩を震わせ怒りを露わにしていた。 

 

 「シャリオ様。どうか私に息子の仇を討つ御許可を!!」

 

 握り締める拳は力が籠り、今にも皮膚が破けて血が流れ落ちそうな勢いであった。

 国王に仕えているバルボナはシャリオに意見を求めるが、たいていこういった時に指示を出すのはシャムナである。

 しかし今回に至っては先にシャリオが口を開いた。

 

 「駄目だ」

 「何故なのですか!?」

 「まだオデュッセウスには聞きたい事がある」

 

 その名を耳にした瞬間、ふつふつと怒りが込み上げるが表に出すまいと何とか呑み込む。

 確かにあのオデュッセウスにはまだ利用価値がある。

 ヴィーと門を使ってのCの世界のアクセスは何度か試みてはいるが、もう暫し時間が掛かる。

 あまり時間をかけていると黒の騎士団が攻めて来るのは自明の理なので、ブリタニア皇族のみならず各国の首脳陣にも強い影響力を持つオデュッセウスの存在は強硬な攻撃を抑制させるのに役に立つ。

 そう荒立つ理性に言い聞かせて落ち着きを取り戻す。

 

 「それに元嚮主様も居ります。捕縛が望ましい所ですね」

 「……畏まりました」

 

 食って掛かるほどの怒りを露わにしたバルボナも若干冷静になったのか引いてくれた。

 治まったところでシャリオが迷いながら見上げ、不安げに問いかけて来る。

 

 「どうするの姉さん。計画が間に合うのであれば…」

 「いえ、もう少し時間が居るのよ」

 「なら護りを固めるのが先決だね」

 

 即座に判断したシャリオはバルボナへと視線を向ける。

 すると意図を理解し、力強く頷いた。

 その表情には我が子を殺された憎しみに駆られた親の姿ではなく、一軍を預かる将としての顔を浮かべていた。

 

 「畏まりました。国境付近の警備を強化し外からの攻撃に警戒しましょう。それと国外への移動手段を断って袋の鼠にします」

 「なら鼠狩りは私達が担当しよう」

 

 バルボナの案にクジャパットが乗り、シャリオもシャムナもそれを指示した。

 そんな中で静かにブラッドリーが手をあげる。

 

 「発言の許可を」

 

 律儀にも許可を求めたブラッドリーに視線が集まり、代表してシャリオがジェスチャーで続きを促す。

 

 「あのオデュッセウスならここを目指して攻めて来るかと」

 「何故そう言い切れるのかしら?」

 

 あまりに自信のある発言に首を傾げる。

 敵は嘆きの大監獄を落としたといえども少数精鋭の筈。

 現地のゲド・バッカを入手したとしても、シェスタールが連れて行った親衛隊と違ってこちらは首都防衛戦力とジルクスタン王国主力部隊が待機している。

 それなのに助けに来るなどあり得ない。

 シャムナの想いを嘲笑うかのように鼻で嗤い、ブラッドリーはさらに続ける。

 

 「オデュッセウスと言う男は甘すぎるんですよ。養子に迎えた子を置いて逃げ出す事はまずしない。となるとどうすると思います?」

 「奪還しに来る?そんな馬鹿な…」

 「馬鹿なんですよ実際」

 

 元とは言え一国の主だった者が少数を助けるために大勢を…自らを危険に晒すと言うのか。

 大きな疑問を抱くがブラッドリーの瞳は真剣そのもの。

 襲撃した際は自らを囮にして妻子を逃がそうとした報告を思い出し、ブラッドリーの話に強い説得力が増す。

 まさかと疑いながらも警戒はしておくべきだろうと判断する。

 

 「首都付近の警戒レベルをあげなさい」

 

 不穏な気配と妙な胸騒ぎを感じながらシャムナは指示を出す。

 大丈夫…数はこちらが勝っているし、予言があるのだから…。

 そう自分に言い聞かせるのであった…。



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第139話 「作戦決行」

 「暇ねぇ…」

 

 紅月 カレンはコクピットシートに腰かけ、正面の器材に足をかける姿勢で欠伸を噛み殺しながら呟いた。

 昨日の飲み食いして十分に休み、英気を養ったそれぞれはヴィー救出のために動いている。

 と言っても日中はゼロやレイラ、コーネリアが作戦を詰め、いつもながらのゼロが色々と準備を進めると言う黒の騎士団おなじみの流れ。

 パイロットは作戦指示に従って行動するのみ。

 その命令に従っているのだが、正直に今はただ待っているのみなので暇で仕方はない。

 

 カレンが操る機体はラクシャータが再設計した紅蓮タイプの“紅蓮特式”。

 さらに拠点制圧から防衛までを担うフレームコートの一つ、紅蓮特式用の“火焔光背”を装備している。

 おかげで今までのように単騎で突っ込んで近接戦闘に持ち込む様な事は出来ないが、一騎で軍勢を相手にするほどの火力を誇っている。

 サイズもナイトメアフレームでなくナイトギガフォートレスクラスの大きさで、移動するだけで遠目でも敵に発見されてしまい奇襲には向かない。

 夜間の出撃だとしても見つかり難くなるとしても発見はナイトメアに比べて比較的容易。

 

 ゆえにゼロは彼らをジルクスタン王国主力軍を引き寄せる餌として使う事にしたのだ。

 餌と言っても喰いつかせはしても食い千切らせるつもりはない。

 その為に大多数を相手に出来るフレームコート持ちと黒の騎士団最強格のパイロットを二人も向かわせたのだから。

 

 『気を緩ませ過ぎだよ』

 「仕方ないじゃない。本当に待っているだけなんだもの」

 

 苦笑いを浮かべているであろう枢木 スザクの言葉にため息交じりに答える。

 スザクもロイドが基本設計を改良・発展させた“ランスロットsiN”に専用のフレームコートである“ホワイトファング”を装備し、カレンと共に主力軍引付けの任に当たっていた。

 巨大なフレームコートが二機並んで浮遊していれば夜であろうと気付くなと言う方が無理であろう。

 発見したジルクスタン軍は急ぎ部隊を編成し、首都に侵入する前に迎撃しようと部隊を派遣。

 結果、カレンとスザクの眼下には蟻の群れが如くゲド・バッカが集結し始める。

 

 『来たよ』

 「確かに来たけど来過ぎじゃない?」

 『それだけ味方には有利に運ぶよ』

 

 相も変わらず我が身を犠牲に周りを生かすやり方は変え切れていない。

 ユーフェミアが見たらハラハラするだろうか?

 …いや、逆にスザクらしいと微笑んだのだろうか?

 そんな事を軽く思いながら鼻で嗤い、下方より砲撃してくるゲド・バッカの群れへと降下する。

 

 「先手は行かせてもらうわよ」

 『どうぞ』

 

 このジルクスタン王国にて行われる首都よりヴィーを救出する作戦の始まりの合図をカレンはあげる。

 砲撃を輻射波動防壁で防ぎつつ、有効射程まで降下した紅蓮特式 火焔光背は巨大な“大輻射増幅型波動撃滅右腕部”を敵軍中央へと向け、カレンはトリガーを引いた。

 紅蓮可翔式も長距離・中距離に輻射波動を放つことが出来、紅蓮特式 火焔光背も同様の事が行える。

 ただし、機体の大きさと出力に合わせてその威力はけた違いであるが。

 右腕部より拡散させられた高威力の輻射波動が敵大部隊を包み、輝きに覆われたゲド・バッカは次々と爆発四散していき、向かってきた部隊の中央部隊が一気に消失したのだ。

 敵もそう甘くなく、広域攻撃に驚きつつも一気に壊滅させられる事の無いように散開して包囲砲撃へと移った。

 さすがは戦士の国と言われるだけあって動きは良い。

 しかしながらそれだけではあの二人に勝利することは出来ないと断言できる。

 

 『今度は僕が行くよ』

 

 同じく降下したランスロットsiN ホワイトファングはフレームコートのサイズに合う大型ランス状の武装“アロンダイト・マキシマ”を装備している。

 これはただ撃つだけの射撃兵装とは異なり、複数の目標を入力する事で追尾攻撃する誘導兵器でもあるのだ。

 スザクの眼前のモニターには敵機体が映し出されており、それらにロックオンマークが次々と当て嵌められていく。

 星々のように散らばった敵機を目標にしたランスロットsiN ホワイトファングは目標補足追尾型射撃管制エネルギー刃“プラズマニードルキャノン”が放たれる。

 一種の雷撃の様なエネルギー体が最初の目標を切り裂くと定められた目標へと地面を撫でながら追尾し、次々とゲド・バッカを撃破していった。

 一気に向けた部隊の大半をやられた状況を鑑みて、出来れば撤退したい所であるが首都が彼らの後ろにあるとなれば退くに退けない。

 かくなる上は援軍を要請しつつ、足止めする作戦に移行するであろう。

 それこそゼロが望んだことであり、カレンとスザクが引き受けた任務である。

 こうした流れを経て、作戦は次の段階へと移るのであった。

 

 

 

 第二作戦はオデュッセウスが率いる部隊による首都警備隊の引付けである。

 主力軍がカレンとスザクに向かって行ったが、それでも首都を警備する部隊は数多い。

 なので主力が引きつけられている頃合いを見計らって、別動隊であるオデュッセウス隊が陽動を仕掛ける。

 オデュッセウス隊はオデュッセウスを主力とした部隊で指揮官をレイラが務め、部隊はかつてのワイバーン隊が務めている。

 懐かしい顔ぶれにオデュッセウスは微笑む。

 

 『殿下(・・)。そちらはどうでしょうか?』

 

 殿下呼びで慣れ親しんでいる分、呼ばれてしまった事でさらに懐かしさに酔う。

 現在オデュッセウスは上空にて周辺監視を行っていた。

 オデュッセウスもカレンやスザク同様にフレームコートを装備したナイトメア“ランスロット・リベレーションブレイブ ウーティス”に搭乗している。

 ランスロット・リベレーションブレイブ専用フレームコート“ウーティス”は“火焔光背”とも“ホワイトファング”とも違う能力と目的を有していた。

 二機はその巨体と高い出力から大規模な攻撃持って防衛と拠点攻略を担う。

 逆に言えば無差別に近い大出力の広範囲攻撃を持つがゆえに細やかな任務には向かず、巨体ゆえに目立ちすぎるという欠点を背負う事になる。

 その欠点を補うべく作られたのが“ウーティス”である。

 高い火力は有しつつも無差別的な広範囲攻撃を封じ、細やかな攻撃が出来るよう兵装を選別し、一回りほど小型化させた上にゲフィオンディスターバの副作用を持ってステルス性を高め、奇襲や細やかな技術が必要な基地奪還、味方との連携を可能とするものとして設計されたのだ。

 そのステルス性は十分に機能し、守備隊より割かれたであろう部隊はランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスではなく、レイラ達のナイトメアフレーム隊に向けて進撃していた。

 レイラ達はナイトメアフレームを持ち込んではいないので、オデュッセウス達が嘆きの大監獄にて捕縛したジルクスタン製ナイトメアが与えられ、レイラはシェスタール親衛隊長が乗っていたジャジャ・バッカ、アキトにリョウ、ユキヤにアヤノはゲド・バッカに搭乗しているが、正直中距離・近接攻撃にて能力を最大限に発揮できるアキト達にしては長距離戦に特化したゲド・バッカは不得意な機体であった。

 

 「結構な数が出て来たね。軽く一個中隊…いや、二個中隊はいるかな」

 『了解しました。全機砲撃戦準備!』

 

 レイラの号令に従ってアキト達は砲門の角度を修正を加えて砲撃準備に入り、オデュッセウスは逆に突入準備に入る。

 この戦力と機体能力からして後方待機でなく前衛に周った方が被害も少なく、ランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスの能力を発揮できるというものだ。

 ついでに制作者であるパール・パーティにお土産として戦闘データを持ち帰ろうと思っている。

 

 『殿下。お願いします』

 「あぁ、行くさ」

 

 上空より降下するランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスはそのステルス性から発見は遅れに遅れた。

 元々頭上と言うのは死角になり易く、目の前に敵がいるというのにレーダーに映らず、さらに夜間と言う物の判別がつき辛い暗闇が巨体を隠す。

 そして敵がその巨体を目視したときにはすでに、ランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスの掌に内蔵されていたハドロンブラスターが放たれた後であった。

 数機が直撃を受けて爆発四散した事で驚いて隊列が崩れ、その隙を逃がすまいとオデュッセウスは追加攻撃を加える。

 

 「目標下方全周囲―――行け!!」

 

 フレームコートはそれぞれ人型に近い形を取っている。

 ウーティスも同様に人型に近い形をしており、両手には鋭い爪の様な指が五本並んでいる。

 それらは物を掴む事も可能だが、主だった使用方法は目標物の破壊。

 指の一本一本が大型のメギドハーケンなのである。

 合計十本のメギドハーケンがゲド・バッカを襲い、背中から四本の輻射推進型自在可動有線式右腕部が射出して中距離の敵機を薙ぎ払い、アサルトライフル装備のサブアームが自動標準にて近くの目標へと弾丸を叩き込む。

 驚きから混乱へと陥ったジルクスタン軍にアキト達の砲撃が加わり、彼らの混乱は収拾が付かなくなっていった。

 混乱しつつも戦士である彼らは本能的に一番の元凶を排除しようと攻撃を集中させる。

 これはウーティスゆえの欠点である。

 長距離・広範囲攻撃を封じ、他の部隊と連携する為に“火焔光背”や“ホワイトファング”よりも射程が短く、接近しなければならない。

 その為、長距離砲撃戦を得意とするゲド・バッカの有効射程に捉えられてしまったのだ。

 だが、製作者であるラクシャータが集めた天才児達がそんな解かり切った問題を放置する筈もなく、防衛能力として輻射波動防壁を装備していた。

 さすがにモルドレッドみたいに全方位に隙間なく展開は大きさから不可能だが、半分以上を覆う事は可能である。

 メギドハーケンや輻射推進型自在可動有線式右腕部などが装備させられた理由は、火力面もあるけれどもそれ以上に防壁の隙間をぬって自由に攻撃できる有線兵器だからである。

 なんにせよ敵中央で暴れるオデュッセウスと砲撃を続けるレイラ達によって守備隊の一部を首都より離す事に成功。

 これを持って第二作戦が終了し、本命である第三作戦に移行される。

 

 

 

 シャムナは敵の動きに驚かされていた。

 ジルクスタン王国上層部は敵による奪還作戦、もしくは侵攻作戦があるだろうと策を講じた。

 内部に潜入している黒の騎士団とオデュッセウスを逃がすまいと外への道を塞ぎ、来たる侵攻作戦に対して時間稼ぎの持久戦の準備を始めさせた。

 世界の大半が加入した超合集国の武力である黒の騎士団は、兵器も兵糧も弾薬も有り余るほど投入出来る事から持久戦を用いても勝ち目は皆無だと各将兵は認識しているようだが、計画さえ上手くいけばその後の事も何も心配はなくなる。

 時間さえあればすべてはこちらの手中に収まる―――そう思っていた。

 

 まさか嘆きの大監獄を襲撃してその翌日には首都に攻め入るとは予想外過ぎた…。

 

 飛行能力を有するナイトギガフォートレス二機による正面からの進行と、時間差での後方からのナイトギガフォートレス一機と鹵獲されたナイトメア部隊による首都に対する挟み撃ち。

 首都にて待機していた主力部隊より迎撃部隊を正面に、後方に主力の一部と守備隊を合わせた部隊を向かわせたが被害を受ける一方。

 混乱に落ちいる部隊を再編し、首都に残っていた援軍を差し向けて撃破に向かわせた。

 部隊にはシャリオにブラッドリーも加わって戦力は十分。

 しかしこんなあからさまな侵攻だけとはボルボナ・フォーグナー大将軍は想っておらず、必ず本命である別動隊が居るであろうことを見抜いていた。

 そしてその判断は当たっていた。

 荒野より手薄になった守備隊を突破して首都内に突入した部隊が居た。

 サザーランドⅡ五機、サザーランドのカスタム機一機(サザーランド・ローヤル)モルドレッドの改修機一機(モルドレッド・ビルドアップ)、クインローゼスが二機。

 約三個中隊規模のナイトメアフレームに指揮官機であろうクインローゼスはあの“ブリタニアの魔女(コーネリア・リ・ブリタニア)”の機体であることが判明。

 敵本命部隊の排除を最優先事項と位置付けて部隊を動かすも、そのすぐ後にはジルクスタンのあらゆる指揮系統が途絶えてしまった。

 

 本命は確かに居たが、それはコーネリアの部隊でなかった。

 コーネリア隊を撃破しようと部隊を動かそうとしたその時、ジルクスタン各省庁と軍令部が音信不通となったのだ。

 ゼロの作戦は第一、第二の囮作戦を経てコーネリア部隊により首都への突撃が行われた。

 これは敵にコーネリアこそが本命と誤認させる事こそが目的であり、本命は警戒が外とコーネリアに向いた隙に、政庁と軍令部を制圧、または破壊することが目的であった。

 ギアスで操った軍人も含む人々を途中までコーネリア隊が移動で使っていた列車で首都へと運び、コーネリア隊が突撃を敢行する前までに伏せて置き、時刻と同時に指定していた目標地点への攻撃から工作を開始。

 警戒が他に向いていたからこそ作戦は上手くいき、ロイドにセシル、ニーナなどが政庁からヴィーの正確な所在などの情報を抜く。無論警察や守備隊がやって来るだろうが指揮系統を失っている彼らでは時間が掛かる。各個の判断で動いたとしても護衛としてつけたアシュレイ・アシュラを隊長としたアシュラ隊(鹵獲ゲド・バッカ五機)とジュリアスが居るので対応は十分。

 

 部隊はあちこちに散らばり、軍から民間までのすべての指揮機能を失ったジルクスタンは立て直しを図らなければならなくなり、事態の収拾は困難になりつつある。

 さらに追い打ちと言わんばかりに移送に使った列車に爆薬を詰め、王城へと突っ込ませて爆発させ、守備隊を突破したコーネリア隊によって王城が攻撃を受ける事態へと発展。

 もはや混乱の収拾は不可能。

 神殿にて“門”を使用してCの世界に干渉しようとしていたシャナムは溜め息を一つ零す。

 こちらの予想をはるかに上回る動きに策略…。

 黒の騎士団を過小評価し過ぎていたかもしれない。

 次は(・・)もっと上手くやれる

 こうなっては痛みは伴う(・・・・・)覚悟すべき(・・・・・)だろう。

 

 遺跡と繋がっているカプセルより上半身を起こしたシャナムは苛立ちながら周囲を見渡す。

 周囲は遺跡を改造し、門をシステム的に構築する為に必要だった機械類が並び、至る所にコード類が繋がっている。

 カプセルの脇には神官である女性六名が警備も兼ねて待機していた。

 もうギアスを使うべきかと、携帯していた拳銃に手を伸ばそうとして止めた。

 

 遺跡入り口をナニカが飛び込んできた。

 暗がりより遺跡内部へと入り込んだのは一騎のナイトメアフレーム。

 神官たちが護ろうと前に出ると機銃掃射によって命を落とした。

 

 『ここまでだ。シャナムよ』

 

 私を撃たなかったナイトメアより仮面の男が姿を現した。

 ゼロ…。

 ブリタニアに占領された日本にて反ブリタニア組織を指揮し、小さなレジスタンスからブリタニアに対抗し得る超合集国及び黒の騎士団を作り上げた英雄。

 そしてジルクスタン王国に困窮をもたらした要因の一人。

 憎しみに苛立ちを募らせ、コクピットから姿を現しているゼロを睨みつける。

 

 「チェックメイトだシャナムよ。無駄な抵抗はせず、ヴィーを返してもらおうか?」

 

 勝ち誇ったように宣言する姿は――――滑稽だ(・・・)

 少し溜飲が下がった気がする。

 

 「確か六時間前はお風呂だったかしら?」

 「何の話だ?」

 「いえ、こちらの話よ」

 

 彼には私の言葉の意味は解らない。

 いえ、解る事はない。

 何気ない動きで拳銃を取り出し、銃口をこめかみに当てる。

 意図を察し切れなかったゼロは動く事無く、一発の弾丸がシャナムの命を奪い去る。

 瞳に赤く輝くギアスの紋章を浮かべて…。

 

 

 

 暗闇に落ちて行く意識が覚醒し、シャナムは光の中に包まれる。

 周囲へと視線を向けると広い大浴場を満たす湯船に下半身を浸け、前には肩まで湯船に浸かる丁度良い体勢を維持できるように、湯船の中に柔らかな椅子を沈めてシャリオがだらんと楽な姿勢で座っていた。

 六時間前に戻った事を確認し、これから(・・・・)起こる事を告げようシャリオから離れる。

 触れていた手が離れ、離れて行く感じから目を閉じていたシャリオがたらんと垂れた瞳を向け首を傾げる。

 

 「どうしたの姉さん。まさか予言?」

 

 シャリオの言葉に頷きながら答え、周りで控えている給仕の子らに通信機を持ってくるように指示する。

 彼女はギアスユーザー。

 それも死ぬ事で六時間前に遡れるという逆行のギアス。

 ジルクスタン王国にある予言は全て彼女のギアスの能力によるもの。

 以前は先読みのギアスであったが、シャルルとマリアンヌの計画のせいでシステムが歪み、コードの継承が不完全に終えたばかりか今のギアスへと変化してしまったのだ。

 

 運ばれた通信機を手に取り、ボルボナ将軍に予言として自分が体験した未来に起こる事を告げる。

 そう…このギアスがあれば相手が大国であろうと大軍勢であろうがジルクスタン王国が負ける事は無い。

 

 オデュッセウス達はこれより完全に対策を施された敵地へと足を踏み込むのであった。



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第140話 「改変された作戦」

 『暇ねぇ…』

 

 欠伸を噛み殺したようなカレンの言葉にスザクは苦笑いを浮かべる。

 現在カレンとスザクはジルクスタン主力部隊を引き付けるための囮として、拠点制圧や防衛を目的に開発されたフレームコートを装備した紅蓮特式 火焔光背とランスロットsiN ホワイトファングの二機で首都へ向かって進軍していた。

 無論首都を攻撃する気はない。

 フレームコートによる攻撃は高威力の広範囲なので、もしも街で使ったら目標問わずに被害をもたらしてしまうので民間人にまで被害を出してしまうだろう。

 それは断じて容認できるものではなく、ルルーシュもさせる気も無いので目立つように進み、荒野で敵部隊と戦闘を行う様にしているのだ。

 そう言う訳で敵部隊を吊り上げる為に目立ち、接敵してくるまで待機しなければならず、カレンには暇で仕方がないようだ。

 

 「気を緩ませ過ぎだよ」

 『仕方ないじゃない。本当に待って――――ッ!?』

 「カレン!!」

 

 横に並んでいたカレンの紅蓮特式 火焔光背を巨大なナニカが左右から挟み込む。

 自動で輻射波動防壁が展開されてそのまま潰されたり、機体が掴まれたりする事は無かったが、そのナニカは防壁ごと挟み込んだまま引っ張っていったのだ。

 咄嗟の出来事で対応できず、紅蓮特式 火焔光背は地上へと引き摺り下ろされる。

 そこにはサソリを模したような巨大なナイトギガフォートレスが降り、防壁に攻撃を加え続けている。

 早々に突破される事は無いが、全面展開しているがゆえに反撃も出来ず、持久戦に持ち込まれれば必ずエナジー切れを起こす。

 助けなければと思っている視界の先で、今まで認識できていなかったゲド・バッカの大部隊が現れた。

 見落としでも、レーダーの不調でもない。

 ゲド・バッカは周囲に溶け込む同色のシートをかけて物理的に姿を隠し、ジャミング装置を用いてレーダーを誤魔化したのだ。

 突発的な遭遇戦ではない。

 あれだけ用意周到に装備を準備し、こちらの侵攻ルートを把握し、対抗できる戦力を用意した完全な待ち伏せ…。

 どうやってと疑問も浮かぶがそれよりもカレンの救出だ。

 前に出ようとしたスザクは機体が揺れる衝撃を受けて周囲へと視線を向ける。

 そこには一機のナイトメアが空中を飛翔していた…。

 

 『久しいな枢木』

 「ブラッドリー卿!?何故ここに」

 

 ルキアーノ・ブラッドリーの専用機であるパーシヴァルを回収したであろうナイトメアに、聞き覚えのある声にスザクは驚きよりも苛立ちを露わにする。

 オデュッセウスから襲ってきた敵の中に居た事は聞いていたが、こうして目にするのとでは実感が違う。

 不用意に接近してくるブラッドリーに対し、目標補足追尾型射撃管制エネルギー刃“プラズマニードルキャノン”を放てる大型ランス状の武装“アロンダイト・マキシマ”を振るって迎撃するも巨体ゆえに速度が遅く、易々と回避されてしまう。

 

 『解かり切った事を口にする―――こここそが我々が居るべき(・・・・・・・)戦場だからだよ』

 

 回避したパーシヴァル・ブラッドレイルは距離を離すことなく、付かず離れずの距離を維持する。

 フレームコートは高い火力を誇り、一体多数戦を可能とする広範囲攻撃を得意とするが、その巨体ゆえに近接戦闘は不得手なのである。特にホワイトファングは火焔光背と違って近接武器は装備していない。

 コクピット左右に取り付けられたアサルトライフルより弾丸が放たれ、ホワイトファングに着弾していく。

 さすが元ナイトオブラウンズ。

 ひと目で弱点を見破り、さらに有効な手段を即座に実行する。

 嫌いな相手ではあるが、腕は認めるほかない。

 

 カレンを早く救出したいが、このホワイトファングでブラッドリーを相手にしながらの救出は不可能だ。

 となれば一刻も早く決着をつけて向かうしかない。

 

 「邪魔をするというのであれば――落とします!」

 『もう堕ちているさ。これ以上堕ちる事も無いと思うがね』

 

 楽し気に話すブラッドリーの言葉が通信越しに聞こえ、耳障りと言わんばかりに苛立ちスザクはブラッドリーと対峙する。

 

 

 

 荒野にてカレンとスザクが待ち伏せを受けた事を知る事もなく、首都内に入ったアシュレイ・アシュラは突然の事態に笑みを浮かべる。

 列車に搭乗して首都内へ入り、状況を聞こうとゼロに連絡を入れたが通信不可と表示されるのみ。

 ゼロどころか首都に入る前に荒野で跳び下りたコーネリア隊にも繋がらず、短距離通信でも微妙に雑音が混じる。

 確証もなく、単なる直感にて発せられた命令により貨物列車から飛び出したのはかなりの幸運だったろう。

 なにせ駅周辺にはゲド・バッカが待機しており、あと数秒出るのが遅れていたら多方向から砲弾を撃ち込まれた列車と運命を共にしていたからだ。

 

 「ッハ、何なんだよコレ!!」

 

 驚いている割には楽し気な口調で、直前で跳び出すとは思わずに驚き、動きの止まったゲド・バッカに接近して頭部に振り上げた腕を思いっきり振り下ろした。

 金属がへしゃげる音と振動を感じ取りながら、背後に周ると同時にその機体を盾に突き進む。

 

 『アシュレイ様!ご無事ですか!!』

 「そう簡単にこのアシュレイ・アシュラがやられっかよ!」

 『全機アシュレイ様に続け!!』

 

 アシュラ隊は嘆きの大監獄で鹵獲したゲド・バッカ五機に搭乗している。

 ただアシュラ隊は全員で八名おり、アシュレイは当然のように乗るとして残りのパイロットは四人。なのでヨハネ、ヤン、アラン、シモンはパイロットとして搭乗し、ルネ、フランツ、クザンは白兵戦装備で相席している。

 

 仲間を盾にされて躊躇いから動きが鈍る。

 そこをアシュラ隊の猛攻が襲い掛かり、包囲網の一部を突破することに成功。

 元々技量が非常に高く、実戦慣れしたアシュラ隊の連携を咄嗟に押さえるのはラウンズクラスの者でもいない限りは難しいだろう。

 盾にしていた機体は頭部を潰されて周囲の様子が解らず大人しくしていたようだが、ようやく察しが付いたのか暴れ出したので近くに居た敵機に投げつけて砲弾を一発だけお見舞いしてその場より離れる。

 五機が通り過ぎた後に投げつけられた機体は砲弾を叩き込まれた箇所より火花を散らし、爆発して周囲に爆炎を撒き散らす。

 

 「アイツらやべぇな!」

 『自らの首都でナイトメア戦を行うなど正気の沙汰ではありませんよ』

 『それも流通のライフラインを潰すような真似までして…』

 「どうでも良いそんな事。ヨハン!」

 『は、はい!』

 「テメェとシモンは客人の護衛。歩兵はその護衛だ。残りは俺と暴れるぜ!」

 

 客人と言うのは政庁に向かうロイド達の事で、アシュラ隊はその護衛を務める予定だった。

 しかしながらこうして攻撃を受けた事からアシュラ隊がそのまま護衛に就けば敵部隊は集中的に攻めて来る。そうなればさすがのアシュラ隊でも対応は難しい。

 路地裏に逃げ込み、同乗していたロイドにセシル、ニーナに咲世子、扇に玉城をそれぞれの機体より降ろす。

 

 「良いか!俺達が敵を引き付けるからそっちはそっちで何とかしてくれ」

 『何とかって言われても…』

 「泣き言言う暇があるならさっさと行きやがれ!」

 

 アシュレイはロイドの言葉を遮るように言い放ち、路地裏から飛び出して敵機に砲弾を叩き込む。

 その表情は危機的状況に関わらず、楽し気に嗤っていた…。

 

 

 

 一方、作戦の総指揮を執り、現在は状況を整理しつつヴィーの居場所を探っていたゼロであるルルーシュは焦りに焦っていた。

 黒の騎士団を立ち上げた時から幾度となく危機には見舞われたが、今回は打開策すら見つからない程の危機なのである。

 当時敵対していたスザクのランスロットというイレギュラーならまだ何とか出来た可能性があった。

 知力で同等かそれ以上のシュナイゼルとの駒の打ち合いであれば、押し切られても個々人の腕やフレームコートなどの性能差を用いれば打開は出来た。

 本当に今回のは次元が違い過ぎる。

 カレンとスザクの二人は元ラウンズのブラッドリーと巨大ナイトギガフォートレス、それとゲド・バッカの大部隊による伏兵に合い、コーネリア隊は列車を降りたところで待ち伏せを受けたと報告を受けたのだ。

 そこで列車を狙わなかった辺り、こちらの戦力を首都内部で削るか捕縛する気なのだろう。

 身動きの出来ないカレンとスザクはその場を打開しようと戦闘を開始。

 コーネリア隊は察して包囲している部隊を何とか突破し、首都へと向かって行った。

 方向的には王城を攻撃して隙を生み出す気なのだろう。

 そうすれば立ち直すだけの時間を稼げたかもしれない。

 

 しかしルルーシュの想いを他所に状況は最悪の一途を辿っていく。

 

 首都内から観測できた戦闘の様子にジャミング…。

 これにより長距離通信は出来なくなり、戦力は全て敵と接敵してしまった。

 指示も飛ばせない。

 手の空いた部隊も存在しない。

 このままではと舌打ちを零したルルーシュは周囲の異変に気付いた。

 

 暗闇に覆われた大地をナニカが迫ってきている。

 

 「チッ!こちらの動きも知っているという事か!!」

 

 向かってきているナニカ…。

 ゲド・バッカの大部隊にルルーシュは焦り苛立った。

 ルルーシュが搭乗している機体は真母衣波 零式。

 蜃気楼同様に黒と金のカラーリングが施された新型機。

 しかし武装はスラッシュハーケンに剣、機銃と在り来たりな上に、ドルイドシステムを用いて絶対領域などは装備していない。

 パイロットがスザクやカレンであれば打開も可能だったが、ルルーシュの技量では多少の抵抗が出来るレベル。

 一斉に放たれた砲撃をブレイズルミナスで防ぎながら、思考は回転させ続ける。

 相手の布陣に動き、さらにこれだけこちらの策を読んだ相手の事を…。

 

 「っく、こんなところで!?」

 

 左足が吹き飛んだ。

 機体がふら付いて動きがズレて防げた攻撃により右腕が消し飛ぶ。

 動揺する間もなく頭部に直撃を受けてメインモニターが消える。

 衝撃を押し殺せずにゼロを乗せた真母衣波 零式は煙をあげながら落ちて行った…。

 

 

 

 

 

 

 状況を一切知る事の出来ない身であるも、モニターに映し出されたナイトメアを理解するや否や、オデュッセウス・ウ・ブリタニアは凡そではあるが理解した。

 信じたくないし、あり得ないと心の中で呟きながらも絶対ではないと言い聞かせ、溜め息一つ零す。

 

 「レイラ隊は首都へ向かいニーナを護ってあげて欲しい」

 『殿下?それはどういう―――ッ!?』

 「あの機体相手にゲド・バッカでは歯が立たない。私が稼ぐから……頼むよ」

 『後で合流を!』

 「勿論だよ。なにも死ぬ気は無いよ」

 

 オデュッセウスの後方で待機していたレイラはアキトらを連れて、迂回するように首都へと向かって進んでいく。

 正面のナイトメアフレームを避けるように…。

 

 見覚えのある純白のナイトメアフレーム。

 難民キャンプでパーシヴァルと共に襲撃してきた知らない新型。

 嘆きの大監獄でシャリオと話していた際に名前だけは聞き出した国王専用機。

 

 「ジルクスタン王国シャリオ国王専用機―――ナギド・シュ・メイン」

 『その通りだよ。第100代神聖ブリタニア帝国皇帝オデュッセウス・ウ・ブリタニア』

 「皇帝の座はもう渡したから今はただのオデュッセウスだよ」

 

 一度戦った事から圧倒的な実力差に怯え、気を抜けば竦みそうな心に鞭打って、平常を装う様に言葉を吐き出す。

 スザクやカレンと同等かそれ以上の敵など相手にしたくない。

 ダモクレス戦ではマリアンヌ様に斬りかかった事もあったが、あれは周囲に自分より強い者がおり、一対一の状況ではないから良かったものの、この場には自分とシャリオしかいない。

 レイラ達にそのまま援護して貰っても良かったが、先に行ったようにゲド・バッカではアレには勝てない。

 逆にレイラ達の方を攻められた場合、彼相手に援護できる自信も無いが…。

 

 『貴方との時間は有意義だった。何分身体が不自由だったからね。こうして多岐に渡る事柄を知る事もなかった』

 「それはこちらもだよ。君との語らいは中々に楽しかった」

 『もっと別の出会いをしていたらこの国はより良き未来に進めたかも知れない』

 「かもではないよ。必ず進めたさ。別の出会いと言わず今からでも間に合う」

 『それは無理だよ。ボク達は黒の騎士団を敵に回した。ここで手を抜く様なことあれば民は蹂躙され、報復と言う戦火がジルクスタン全土を焼くだろう』

 「父上の時代ならそうだろう。けど今はそうもいかない」

 『どの道ボクは姉さんの計画の為に戦うだけさ』

 

 トーンがスッと変わり、緊迫した雰囲気が流れる。

 それを感じたオデュッセウスは操縦桿を強く握り、いつでも仕掛けれるように準備だけは整えておく。

 ただそれ以上に溢れ出そうな感情に戸惑いを覚える。

 

 『ボクは戦士だから…戦う事こそが国に、民に、姉さんに報いる唯一の方法だ』

 

 あぁ…駄目だ。

 彼は完全に退路を断ってしまっている。

 自身でそれしかないと思考を狭めてしまっている。

 周りに与えている申し訳なさに苛まれて自己犠牲が当たり前になっている。

 

 私は今…どうしようもなく腹が立っている。

 彼に対してもだが、彼を戦いの道にしか導けなかった周囲の者に、そして何より知らなかったとはいえ気にする事すらしなかった私自身に。

 

 「色々言いたい事はあるが、とりあえず君を止めるとしよう」

 『止めるか…ならこちらはその機体から引き摺り出して連れ帰るとしよう』

 「折角のお招きだがそれは遠慮させてもらおう。私はとっとと帰って心配かけてしまった弟妹に平謝りして、ニーナ君とゆっくり家で過ごす予定なのでね」

 

 決死の覚悟でオデュッセウスは挑む。

 相手はラウンズ最強レベルの技量と何処から得たのか最新技術を駆使したナイトメアフレーム。

 きっとただでは済まないだろう。

 敗北の可能性の方が高いのは解かり切っている。

 でもここで奴を放置したら近くの首都に展開させた部隊が壊滅する。

 それだけはさせる訳にはいかないんだ。

 ついでにフレームコ―トを壊してしまった場合の事も覚悟しておこうかな。

 あの子(パール・パーティ)、許してくれればいいけど…。



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第141話 「改変(未来)に対し改変(原作)す」

 コーネリアは苦悶の表情を浮かべていた。

 列車を降りてすぐに奇襲を受け、無線封鎖で連絡が取れなくなったという事から状況を察し、王城に突撃して混乱を生み出して体勢を立て直そうとグラストンナイツとギルフォードと共に攻め込んだのだが、それすらもジルクスタン王国は読み切っていたらしい。

 突入しようと突っ込んだあたりで、手厚い出迎えを受けた。

 バルボナ・フォーグナー大将軍率いるジルクスタン王国主戦力による一斉砲撃。

 まるで未来を見通していたように待ち構えていた大部隊の一斉砲撃によって撃破されなかったのは各々の技量によるものが高いだろう。

 ただ防いだだけで有効な手段は一切ないと言う窮地に変わりないが…。

 いや、寧ろ一斉砲撃を放たれた時より悪化していると言っていい。

 正面には大部隊が立ち並び、頭上には戦闘ヘリが抑え、後方は王城まで伸びていた橋の一部が落とされて退路を断たれた。

 こうも未来を見通したような作戦でありながら、橋を落としてこちらを呆気なく全滅させられたというのにしなかったという所から、敵は全滅させるでなく捕縛に主眼を置いていると見える。

 しかし最初の砲撃は威嚇半分、撃破半分と言った風に撃破も狙っているように感じられ、絶対に捕縛しようという訳でもないらしい。

 最悪の状況の中で、微かにだが光明も残されている。

 突入前にジェレミアとアーニャをゼロの下に向かわせられた。

 連絡がつかない状況下なので連絡係と向かわせた反面、あの二人は腕前同様に機体性能が秀でている事から何かしらの作戦を命じられても、最悪単騎でも作戦を行えるだろうと思ったからである。

 エリア11であれ程手を焼かされたゼロであれば、この窮地を脱する事も出来るだろう。

 それまでは何とか耐え凌ぐしかない。

 グラストンナイツ、ギルフォード、コーネリアは円陣を組んだまま、頭上に正面の攻撃をブレイズルミナスで防ぎ続ける。

 エナジーが尽きるか。

 ゼロが策で全てをひっくり返すか。

 どちらが早いだろう。

 

 『姫様!』

 「どうし――――ッなんだ!?」

 

 冷や汗をタラリと流したコーネリアにギルフォードの声が届く。

 何事かと視線を向けるとブレイズルミナスを展開しつつ、上空を指差していた。

 視線を凝らして見つめてみるとナニカがこちらに向かって飛翔しているのが見えた。

 ミサイルか何かかと思ったが、それにしたら小さ過ぎる。

 ナイトメアフレームにしては大き過ぎるし、ナイトギガフォートレスにしてはミサイル同様小さ過ぎる。

 敵の援軍かとも思ったが、敵の反応が明らかにおかしい。

 こちらだけでなく、上空の飛翔物にまで警戒を示している。

 

 そのナニカが近づくにつれて、自然と頬が緩むのが自分で分かった。

 

 『アレは一体…』

 「安心しろ。頼りになる援軍だ」

 

 黒の騎士団が動くならば超合集国の多数決が必須で、動くにしても大部隊での侵攻作戦を行う筈。

 飛翔体一つの援軍などあり得ない。

 そう、黒の騎士団ならばである。

 黒の騎士団に所属せず、非公式であるが武力を保持し、最新の情報を入手して自由に動ける存在。

 思い当たる部隊…否、組織に覚えがある。

 関りの有るギルフォードは理解し、関りの無かったグラストンナイツは疑問符を浮かべる。

 

 純白の紅蓮タイプの機体。

 オルフェウス・ジヴォンの愛機である烈火白炎。

 ユフィの仇とギアスの痕跡を追っていたあの頃、共に行動し戦場を駆けたのだ。

 見間違う筈がない。

 ただ烈火白炎が一回り大きい上に複数の小型ブースターが背中に取り付け、煙と炎を吐き出す代わりにかなりの速度を持って飛翔していた。

 

 オルフェウス達“火消し”を担当する彼らはブラッドリー追跡を続けながら、シュナイゼルより齎されたジルクスタン王国の情報を伝えられ、周辺海域にて待機していたのだ。

 そこに外部に情報を発信したミレイ達の放送に、首都近辺で戦闘らしき爆発が確認されたので駆け付けたのだ。

 まさかコーネリアと再会するとは思いもせずに…。

 

 飛翔していた烈火白炎の左右よりミサイルが発射され、目標とされていた大部隊に向かい、空中でばらけたと思ったら複数の小型ミサイルが群れを成すように着弾していく。

 敵もただ受けるだけでなく、回避や弾幕を張って迎撃するなどして被害はかなり下げていた。

 そこに切り離した小型ブースターまでも突っ込んで、内部に残っていた燃料に引火して大爆発を起こす。

 爆炎と黒煙によって視界が遮り、その隙に烈火白炎を着地する。

 ブレーキをかけながら着地するも、スピードが乗り過ぎていたのブレーキをかけたランドスピナーより火花を散らしながら。地面にブレーキ痕を残しながら滑る。

 

 『助けに来たぞネリス(・・・)

 「あぁ、助かるオズ(・・)。全機反撃に転じよ!」

 

 近くで見る烈火白炎は外装に追加走行を取り付け防御力を上げ、両手には大型のアサルトライフルを一丁ずつ手にしていた。

 いきなりの攻撃にて隊列は崩れ、混乱に陥っている大部隊に対して攻勢をかける。

 数で勝っていてもこの状況下ではその利点を生かす事は出来ないだろう。

 ばらけた上に連携の取れない敵機を次々撃破していく。

 勿論これだけで状況を打破する事は不可能であることは理解している。

 ゆえに時期を見計らったコーネリアは態勢が立て直される前に海に跳び込ませ、一旦敵部隊より姿を暗ます。

 オルフェウスによって生まれた機会に大変助かり、安堵の吐息を漏らす。

 後は頼んだぞゼロ。

 

 

 

 

 

 

 そのゼロことルルーシュは片腕と片足、頭部を失った状態で落ちてゆく。

 機体は損傷激しく戦闘継続困難な状況に、敵は一機に対して大部隊を派遣し、包囲したまま。

 ナイトメアがあったとしてもスザクやカレンでも無ければ突破は難しい。

 悪態を付きながら落ちるしかないルルーシュは、何時までもやってこない地面に激突した衝撃がない事に疑問符を浮かべ、モニターを見つめると真母衣波 零式をお姫様抱っこするように支えている月虹影の姿があった。

 

 「C.C.か!?月虹影は置いて来るようにと…」

 『なんだ助けて貰ってその言い草は。それに今更世話を焼かせるなよ』

  

 予定外の行動であるが助かったのは事実。

 礼を口にすることはなく、真母衣波 零式から月虹影に飛び移り、ガヴェイン同様に複座型となっているコクピットに入り込む。操縦席にはC.C.しか居らず、マオの姿が無かった。

 

 「マオはどうした?」

 「アイツなら街の方に行ってもらったよ。アイツのギアスは役に立つだろうからな」

 

 範囲型で周囲の思考を読むギアス。

 市街地であるならば姿を隠せ易いし、周囲に隠れている敵を察知することだって容易い。

 察知だけでなく動きを理解して脱出も容易となる事が予想される。

 

 「なるほどいい手だな」

 「それよりこれからどうするんだ?」

 「どうするかか…」

 

 本当にどうしたら良いのだろうか。

 シュナイゼルのように策と策の読み合いになるのなら理解しよう。

 スザクのように異常な個によって突破されたのなら諦めもしよう。

 兄上のようになんやかんやしてぐちゃぐちゃに引っ掻き回されるならまだ打つ手はあっただろう。

 しかし策の全てを先読みして完璧に近い対応をする敵にどうすれば良いと言うのだ。

 策は意味を為さず、スザクやカレンの様な文字通りの一騎当千の猛者を封殺し、物量を持ってこちらを呑み込まんとする国に何をすればいいのだ?

 時間にしてみれば数秒もない間であったが、考えている間にも砲撃が集中し、月虹影のブレイズルミナスで防ぐ。

 あまり長考は出来ず、そんな中で状況を打破する策を練らねばならない。

 

 『こちらでしたか』

 

 どうやってと何度目かの自問自答をジェレミアの声が遮る。

 敵の包囲網をサザーランド・ローヤルとモルドレッド・ビルドアップが突破して合流し、サザーランド・ローヤルより通信用の線が投げつけられる。

 これで通信を駄々洩れにせず直接伝えられる。

 

 『報告致します。コーネリア皇女殿下は王城に突入しましたが、敵の待ち伏せに合いました』

 「咄嗟の動きも対応仕切るか…」

 『が、援軍の到着により皇女殿下は一時的に撤退で気て窮地を脱しました』

 「援軍だと!?」 

 

 あり得ない。

 援軍などと…。

 そう思っているとレーダーに新たな機影が映り込む。

 敵…ではなく味方識別コードであったことに余計に混乱する。

 黒の騎士団が来たにしたら早すぎる。 

 確認しようと見上げるが恐ろしく感じる速さを持って、流れ星の如くに空を駆け抜けて行って見えはしない。

 しかしおかげで光明は見えた。

 

 味方識別コードによればあれは“ナウシカファクトリー”の実験機に当てられるモノ。

 つまりそう言う事なのだろう…。

 

 「まったく兄上はどうやって…いや、この好機を生かさせてもらおう」

 

 ルルーシュは息を吹き返したかのように思考を回す。

 策が通じないからと諦めるほど素直でもないしな。

 

 

  

 

 

 

 一機の飛行機が低空で飛翔する。

 通常の飛行機、または戦闘機であるならば首都上空に差し掛かる前に発見されてしかるべきなのだが、この機影が未だジルクスタン王国に捕捉されずに居た。

 それはこの機体に施されたステルス性の高さによるものである。

 ゲフィオンディスターバーの副作用によるジャミングにレーダー波を受け流すように設計された曲線の外装、そしてマッハ3という規格外の速度を得た試作強行偵察機。

 オデュッセウスのナウシカファクトリーで試作段階である偵察機であるが、未だ完成の見通しがつかない欠陥機として倉庫の奥底で置物のように鎮座していた。

 高いステルス性に驚異的な速度を得る事には成功したのだが、その為か機体は出来るだけ小型化が行われ、速度やジャミングシステムを積み込むと充分な情報収集機器が詰めなくなるという本末転倒な結果になり、当時はすぐに改善策を探ろうと研究者は頭を悩ましたが、世界が平和になり始めると強行に偵察する任務自体が少なくなり、この試作強行偵察機の存在価値が急速に薄れて行き、倉庫の端へと追いやられる事となったのだ。

 そんなお蔵入りした機体がジルクスタン上空を飛んでいるのは、未来を見通したかのようにオデュッセウスが用意した援軍―――と、言う訳ではなく個人の独断であった。

 

 「これ結構早いわね」

 『世界最速の偵察機ですから。非公式ではありますが』

 

 くすくすと笑うマリアンヌに、操縦しているビスマルクが淡々と答える。

 マリアンヌ達は襲撃を受けてすぐさま、仕掛けてきた償いをさせようと行動を開始。

 ナウシカファクトリーで移動手段を入手しようと未だ使用可能だった皇族専用コードを用いて入ったのだが、この偵察機を気前よく貸してくれた(・・・・・・)のだ。

 これは運と偶然も合わさった結果である。

 皇族コードと言えどもシャルルが現役だった頃の皇族コードなどすでに変更されており、使用など出来る筈がない。なのでマリアンヌは口八丁で言い聞かせるつもりだった。

 が、使用したコードとちらりと伺えた顔よりオデュッセウスの案件かと勝手にそう思い込んでしまったミルビル博士により渡されてしまったのだ…。

 こればかりはオデュッセウスの普段の行いも勘違いの要因として大きかったんだろうなぁ…。

 そんな事など正直どうでも良く、ただただこの乗り物の清々しいほどの馬鹿げた速度にマリアンヌはご満悦である。

 

 「蔵に仕舞い込んでおくぐらいなら自家用機に持って帰っちゃ駄目かしら」

 

 冗談のようで本気なのだろうなとビスマルクは、どう返せばいいのか迷って口を閉ざす。

 もしこれを勝手に持って帰ったりすればあの勘違いした博士は胃に穴が空くどころか吐血でもするんじゃないかとビスマルクは少しばかり心配するのであった。

 ただでさえ急ごしらえでナイトメア一機積み込めるように偵察機器を降ろして簡易のハッチを取り付けて貰ったりと急な激務を押し付けてしまったんだから…。

 これからの事を楽しみにしているマリアンヌには届かないだろうけど。

 

 「じゃあ、行ってくるわねアナタ」

 『あぁ、楽しんで来い』

 『ハッチ解放します』

 

 速度を緩め、降下体勢を取った偵察機後部が開き、一騎のヴィンセントが姿を現した。

 一般機に多少接近戦用にカスタマイズしただけのナイトメア。

 あのコ(カリバーン)に比べて物足りなさはあるものの、これはこれで面白いものだ。

 

 飛び降りたヴィンセントは急速に高度を落とし、ギリギリでパラシュートを展開するが、降下速度が機体が潰れぬ程度に落ちたらさっさと切り離して着地。

 アシュラ隊にレイラ隊に向かおうとしていたゲド・バッカ三個中隊は突然降ってきたナイトメアに驚き、ランドスピナーが急速に回転した事で迎撃態勢を取るが遅すぎる。

 彼女を降ろした時点で彼ら・彼女らの運命は決定してしまっているのだ。

 

 「あはっ!」

 

 満面の笑みを浮かべたマリアンヌは恐怖など微塵も感じていないかのように、ペダルをべた踏みして砲撃の中へと突撃する。

 ヴィンセントと言えどもゲド・バッカの砲撃を直撃すればただでは済まない。

 否、一撃で上半身がパイロットごと吹き飛ぶだろう。

 が、自分の腕に絶対的な自信を持ち、冷静かつ獰猛に戦力差を見抜いた結果、問題ないと彼女は判断した。

 微々たる動きだけで砲弾を回避していく様は、砲弾が彼女を避けているかのようだ。

 ナイトメアと言うのはランドスピナーを用いて滑るように進むが、システムには無い地面を蹴り進むモーションや壁を蹴っての方向転換などを手動で入れ込み、素早くも獣の様に荒々しく駆け抜ける。

 MVSの一本を一機に投げつけて貫き、もう一本で斬り込む。

 二機目、三機目、四機目と横や頭上を通るたびに切り裂き、投げて突き刺さったままの一本を流れるように回収し、剣状のMVSから接続させて両刃にして振り回す。

 砲身から腕部、胴体や頭部を細切れに刻むだけでは飽き足らず、蹴りや殴りで吹き飛ばして二機纏めて撃破したりともはや無双していた。

 敵兵にすればふざけるなと怒鳴り、泣け叫びたくなるだろう。

 一瞬で、瞬きする間もなく仲間の命が刈られていく。

 三個中隊の指揮を任されていた隊長は指を動かす程の気力も戦意も残されておらず、振り下ろされる刃を見つめながら彼らの死神を見つめる。

 最後の一騎を狩った(・・・)マリアンヌは満足そうに笑みを浮かべ、そしてつまらなさそうにため息を漏らす。

 

 「狩りとしてはまぁまぁ(・・・・)楽しかったのだけど、物足りないわね…」

 

 思い浮かべるはダモクレスで戦ったあの赤いナイトメア(紅蓮)白いナイトメア(ランスロット)

 もう一度あの血潮が沸騰するような戦いに興じてみたいものだわ。

 危なく危険な輝きを瞳に宿すも今回は味方なのだから手出しできないと言い聞かせては特大のため息を吐き出す。

 

 「まだあっちの方が騒がしいようね。ならあちらのパーティに混ぜて貰いましょうか」

 

 掠れるように消え失せた光が再び灯り、レイラやアシュレイ達が居るであろう方向に向けられる。

 まだまだこの戦場は荒れそうだ…。



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第142話 「光明…」

 ジルクスタン王国首都内での戦闘は両者の思惑を大きく外れ、戦闘区域は拡大しつつ収まる気配を一向に見えはしなかった。

 シャムナの待ち伏せを直感で脱したアシュレイの活躍により、一気に殲滅or捕縛されることはなく、ニーナたちを逃がしての囮役として戦闘を行ったのだ。

 アシュレイ達は時間稼ぎと言う名のもとで、ナイトメアが有ろうとなかろうとも戦おうとしていた。

 が、そこに援軍が現れた。

 オデュッセウスの命令にて首都に向かったレイラ達。

 指揮能力はコードギアスの中でも上位に入るであろう彼女が、現場指揮官として機能した事でアシュラ隊の戦闘能力も向上。押されつつあった戦況を改善し、味方の被害を押さえつつ作戦行動を継続していた。

 しかしながら被害無しとはいかず、ニーナ達をゲド・バッカにて護衛していたヨハネとシモンの機体は大破炎上。何とか脱出して無事だったものの、シモンは負傷してフランツに担がれている状態。

 ニーナ、ロイド、セシル、咲世子、、フランツ、クザン、ヨハネ、シモンは徒歩にて追ってから逃げている。

 その最中に一緒に居た扇と玉城とは別れてしまい、今はC.C.の指示にてマオと合流して幾分か安全な道を選んで逃げ続けていた。

 

 「ロイドさん、急いで!」

 「わ、解っては居るんだけど…」

 

 ルルーシュほどではないとはいえ、体力的にロイドはもう走る事が出来ずに追手との戦闘の回数が増えつつある。

 追手と言うのは狭い路地などを進んでいるのでナイトメア部隊ではなく、ジルクスタン王国の暗部――クジャパットの指揮下の部隊。

 

 「左に敵らしいのがいるし、後方から来てるのも…って五月蠅い!余計な事をごちゃごちゃと考えるな!!」

 

 敵の意思をギアスを用いて範囲で知る事の出来るマオにより、敵の位置が判明して道を選んでいるのだが、そのギアスはオンオフが利くものではない。さらに敵味方問わず範囲内の人間全てに適応されるので、あらゆる考えが音声となって彼の脳内に響き渡る。

 無数の声の中から敵を識別して必要な情報だけを選別する。

 高い集中力が必要な作業を走りながら行うが、体力の消費に精神的疲労によりどんどんと精度が落ちてゆく。

 先ほどから何度か苛立ちを叫び散らす。

 左の道は避けて右の路地へと逃げ込む。

 大勢の思考に悩まされるマオは頭痛を覚え、酷く表情を歪ませながら頭を押さえる。

 自然と足が止まりかけたのでルネとヨハネが左右から肩を貸す感じで走るのを手助けする。

 走り抜けるとちょっとした小道に出て、周囲の暗さに乗じて駆け抜けようとすると急にライトに照らされて目が暗んで足が止める。

 光源を手で遮りながら目を細めて見つめると、シルエットではあるがゲド・バッカが一機そこに居た。

 すでに両肩の砲門が向けられており、放たれれば全滅は確定している。

 

 『止まれ!止まらんと撃つぞ!!』

 

 こちら武装は残弾に不安があるアサルトライフルのみ。

 道中の戦闘で手榴弾などナイトメアに有効な武装は使い果たしてしまっている。

 状況を打開する術がない以上は指示に従う他なく、そのまま銃を地面に置く。

 

 『ニーナ・アインシュタインというのはどいつだ?』

 「知ってどうするつもりですか?」

 『上より最優先で捕縛するように命令を受けている』

 

 咲世子さんが睨みつけながら問いかけ、セシルさんが庇う様に前に出る。

 ふと、ある光景が過った。

 あの時、ホテルジャックで自らの身を危険に晒して護って下さったオデュッセウスの姿が…。

 恐怖で震える拳をぎゅっと握り締めて、一歩前に踏み出した。

  

 「私がニーナ・アインシュタインです」

 「ニ、ニーナ君!?」

 

 前に出ると同時に護身用に持たされた拳銃を取り出して自身の頭に突き付ける。

 突然の行動に敵だけでなく周囲も驚く。

 

 「私が必要なのでしょう!ならば他の皆さんには手を出さないで下さい。でなければ…」

 

 上からの最優先と言う事は一兵士では私の対応は決めかねれない。

 捕縛を最優先しているのなら死なれるのは非情に不味い事になるだろう。

 私が居なくてもロイドさんやセシルさんが居るのだから情報関係は問題ない。彼らが無事ならば出来得ることは多くある。

 なら自身と天秤に賭けてここは彼らを選ぶ。

 捕まるのは怖いけど、殿下なら絶対に助けに来てくれるはずだから。 

 指先まで震えており、トリガーがその揺れで退かれないかで周囲は戦々恐々であった。

 

 『わ、解った。手出しはしない。だから銃口を降ろしてくれ』

 

 パイロットは脅しではなく本気と捕らえ、死なれたら困ると震え声で制止する。

 コクピットより姿を表し、こちらに来るように促してくる。

 反撃の好機と思われるかも知れないが、高さから銃口を向けても上半身が邪魔して当たらず、咲世子さんが飛び乗ろうとしてもコクピット内に戻られたらおしまいだ。

 覚悟を決めて行くしかないと進もうとしたところ、叫び声が上より響き渡る。

 

 「隙ありいいいいいぃ!!」

 

 声の主は途中で別れてしまった玉城であり、ゲド・バッカが停止していた隣の建物より飛び降り、その勢いも使っての一撃をパイロットに叩き込んだのだ。

 あまりのダメージに気絶し、ガクリとその場に伏す。

 それを確認して玉城は下へとサムズアップし、一緒に居た扇も建物から降りてゲド・バッカに降り立って、玉城とハイタッチする。

 窮地を脱した事でその場にへたり込む。

 小さく笑みを浮かべながら咲世子が手を差し出し、それを掴んで立ち上がる。

 

 「さっさとここを脱出しようぜ」

 「そうはいきませんよ」

 

 玉城の声掛けに全員が頷く中、別の声が入り込む。

 振り返れば追っていたクジャパット達が追い付いており、周囲の建物上部にも展開して銃口を向けていた。

 

 「全く思った以上に手間を掛けさせてくれた」

 「う、動かないで!」

 

 再び銃口を頭に向けたニーナに対し、クジャパットは冷やかな視線を向け、ため息を一つ漏らした。

 まるでその行動を嘲笑うかのように。

 

 「脅しのつもりだろうが私には通用しない。見せ方によっては死人でも生きているようには見せられる。そして生きていると誤認させれれば、オデュッセウスに対して人質には出来るだろ?」

 「―――ッ!?」

 

 すぐさま戦闘態勢に入ろうとした咲世子は手にしていたクナイを投げる事無く制止した。

 目を細めて、相手を睨んでいるがどうも躊躇いが見受けられる。

 同時にクジャパットの瞳が赤く輝いていた。

 

 「くくく、敵と味方を見分けられるかな?撃ち方用意。ただしニーナ・アインシュタインは死体でも使い道がある。殺すなとは言わないが、殺すなら綺麗な状態に見えるようにな」

 

 銃口が殺意を持って向け直される。

 死を感じ取ってここまでかとぎゅっと目を瞑り、最愛の者の名を心の中で叫ぶ。

 

 ―――トンっと鈍くも軽い音が響く。

 

 何の音か分からずにゆっくりと瞼を開けると、頭上を一騎のナイトメアフレームが飛んでいた。

 機械でありながら外観はひとに近い筋肉質なボディを持ち、最高機密に当たるギアス伝導回路を搭載したナイトメアフレーム。

 ダモクレスの戦いの後はアキト達と共に世界を見て回っていた筈の(・・)ネモが操るマークネモ。

 ブロンドヘアのようなスラッシュハーケンが放たれて、周囲の敵兵を生物から肉塊へと押し潰していく。

 鮮血漂うこの異様な戦場にクジャパットは理解できずに立ち竦む。

 

 「一体…何処から…」

 『よっと』

 

 一歩、二歩と下がるクジャパットは軽い掛け声と共にマークネモが潰さないように掴んでおり、一気に形勢が逆転した事と自分の状況に顔を青ざめた。

 身軽に飛び跳ね、静かに着地を決めたマークネモは頭部をこちらに向ける。

 

 『無事なようね。助けに来てあげたわよ』

 「助け…黒の騎士団の援軍?」

 『な訳ないじゃない。私はもう誰にも縛られてない。オデュには借りがあるから散歩がてら来てあげたって訳』

 

 散歩がてらってなどと突っ込みを入れたい気持ちを抑え、助けてくれた彼女に感謝の意を示す。

 追手は部隊は全滅し、隊長を捕縛したとはいえ、依然危険であることは変わりなく、出来得る限り速やかにこの街より脱出したいことろだ。

 

 『これからどうするのよ?』

 「合流出来れば良いのだけど、連絡手段が…」

 「連絡とるのなんて簡単だろ」

 

 ネモの問いに現状の一番の問題を口にする。

 連絡したくてもこちらの通信手段は抑えられており、敵の通信を使えばこちらの動きは筒抜けとなってしまう。

 なのに容易だと言った玉城は気絶したパイロットを退けてコクピットを漁っているようだ。

 下からでは良く見えないのだが、中より通信機らしきものを引っ張っている。

 

 「ゼロ!俺だよ俺、玉城。敵のナイトメアを捕まえて―――」

 「何やってんだ玉城!?敵の通信でべらべらと…お前ってやつはぁ!」

 

 思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 確かに連絡を取る事は可能であるけれど、それは全て敵に筒抜けになってしまう。

 敵の通信網をそのまま使って連絡を取る玉城から通信機を取り上げようとする扇の様子を見て、ここに居る全員が苦笑いを浮かべるか頭を押さえていた。

 

 『そうか!その手があったか!!』

 

 活き活きとしたゼロの返信に皆がキョトンとし、首を傾げて疑問符を浮かべる。

 そして敵の周波数を使ってゼロの指示が飛ばされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジルクスタン王国は負けない。

 “予言”と称する六時間前に戻るギアスによって相手の策や動きを知り尽くし、相手の策は意味を為さずに動きは筒抜けで逆にこちらの策に利用したり、奇襲などは博打要素なく行える。

 戦士たちの質は他の国に比べて平均的に上回っているので、多少の戦力差であれば実力にものを言わせて勝利を得る事が可能。

 強い敵が現れても文字通り一騎当千のシャリオがおり、今では本人は信頼出来ないが腕は信用できるブラッドリーもいる。

 今までも(過去)これからも(未来)、そして今回も(現在)敗北する事はない。

 そう信じているし、そう思い込んでいた。

 だが今回に限ってはその考えが揺らぎ始めている。

 相手が攻めて来てから……いや、違うな。超合集国に人質として使えそうだったオデュッセウスを奪還されてからか。

 現在相手は数の差を埋めるように奇策や奇襲などで責め立てようとしていたが、“予言”によって動きを全て知ってから対策を六時間も前から練り上げて上手く罠にはめて行った。

 いつもの相手ならここまでで勝利を収めれた筈だった。

 しかし今回はそんな今まで通りの常識が通じる相手ではない。

 策を破れば次の策でこちらを苦しめ、通信網を封じればこちらの通信網を利用して指示を出す。

 聖神官シャムナはすでに何度自身の命を絶ってギアスを発動させたか分からない。

 発電施設を爆破されて電気系統が封じられたので、部隊を派遣して爆破しようとするナイトメア(ジェレミア機)を追い払い、都市の背後より接近したナイトメア(アーニャ機)には進入できないように部隊を展開して侵入を拒み、通風孔より毒ガスが流されるのであれば注入口と思われる場所を塞いだ。

 他にも幾つもの手段を用いてこちらを不利に立たせてくる敵に対し、幾度と死ぬことで過去に戻り対策を施す。

 今までと何ら変わる事の無いジルクスタンの戦法であるが、何故か勝利の未来が一向に見えない。

 寧ろ敵の策を封じて有利に立ったはずなのに次の策によって不利に立たされる現状に不安を覚える。

 敵の指揮官が優秀な策士であるのか、それとも策を知った上で次の策を用いているのか。

 兎も角粘り強く、諦めが悪く、しつこ過ぎる。

 

 「君は彼らを嘗め過ぎだよ」

 

 Cの世界に接続する為に作り上げた人工的な“門”。

 その入り口たるカプセル状の機器に入っているV.V.が微笑みながら言う。

 彼がコードと記憶を失っていたのは痛手だったが、最低限の機能を有しているので接続に関しては問題ない。

 無理やりにでも言う事を聞かせるつもりであったのに、彼は従順に指示に従ってくれた。

 怖がる素振りもなく、何かしら安心していた様子が不可解であったが、こうなる事を予想していたのだろう。

 六時間以上経過して奪還された事実を知った事もだが、オデュッセウスという人間の強固過ぎる繋がりに気付けなかった事も全てが遅すぎた…。

 

 「えぇ、そのようね」

 

 少し前までアクセスしようとしていたシャムナは、カプセルより上半身を起こしてぽつりと返答する。

 認識の甘さは認めよう。

 オデュッセウスはブリタニア皇族だけでなく、中華連邦やら日本上層部とも仲が良く、ブリタニアに植民地にされていたエリアからも支持を受けていた。

 ゆえに何かあった際には人質としての価値が存在したのだが、それが裏目に出てジルクスタン王国は危機に陥っている。

 

 中華連邦に駐留している黒の騎士団がジルクスタン王国へ向けて進軍を開始したのだ。

 これは中華連邦の独断ではなく、超合集国の多数決による合意による意思。

 ジルクスタンがオデュッセウス達を襲撃した一連の事件を何者かが情報を外へと流した為に、日本の神楽耶、ブリタニアのユーフェミア、中華連邦の天子の三名によって挙げられたジルクスタンに部隊派遣を行う議案が上げられ、即座に採決が行われて即座に可決された。

  

 進軍を開始した中華連邦駐留の黒の騎士団は道中で、他の部隊も合流していって一体いくらの戦力が集まるのか…。

 さらにシュナイゼルが第七艦隊と合流したという情報が入った。

 地上からだけでなく海上からも大部隊がこちらに向かっている。それも指揮官としても政治家としても名高きシュナイゼルの指揮の下でだ。

 数の差は圧倒的な上に指揮官まで最上級の者達を選んで寄越して来ている。

 悪い事と言うのは続くもので、航空艦隊まで向かっているという。

 指揮官は民間からの協力者となっているが、ユーロ圏にてその手腕を振るったマリーベル。

 部隊にはマリーベル貴下の元騎士団にナナリーの親衛隊(ギアスユーザー)、元ラウンズ達まで居るらしい。

 ギアスを使っても、戦士の質が良くても、シャリオが居てもこれは非常に不味い。

 

 「でも問題は無いわ。何故なら計画が完遂されれば全ては上手くいく」 

 

 そう…Cの世界に介入出来、計画が遂行されれば不利な情勢は一気に逆転し、私達は勝利者となる。

 時間さえあればすべてが叶うのだ。

 シャムナは深く深呼吸をし、再びCの世界へのアクセスを試みる。

 全ては国と最愛なるシャリオの為に…。

 

 

 

 

 

 

 『作戦をファイナルに移行する』

 

 敵が使っている周波数よりルルーシュの声がしたと思えば、“ファイナルって何!?”と困惑しているオデュッセウス。

 ファイナルと言うはルルーシュが敵方に何かあると思わせるいつもの手口であり、作戦そのものの事ではない。

 その事はコーネリアなど一部は理解し、オデュッセウスも当然理解出来る立場に居る。

 居るのだが今は絶賛大忙しな戦闘の最中で、思考に集中できずに困惑しているのだ。

 

 『今更何をしても無駄ですよ』

 「そうはいってもしない訳にもいかないしね」

 

 操縦桿を握ると言うよりはキーボードを叩いているというのが正しい作業を何度となく行っているオデュッセウス。

 正直オデュッセウスはランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスを使いこなせていない上に、シャリオのナギド・シュ・メインの機体性能に対応仕切れていなかった。

 そもそも待ち伏せされ、近接戦闘に持ち込まれた時点で強力なジャミングシステムとゲフィオンディスターバーを利用したステルス性能は意味を成しておらず、有って無いような鈍い近接戦闘では素早過ぎるナギド・シュ・メインを捉え切れない。

 すでにサブアームに取り付けてあったアサルトライフル全基に鉤爪型のメギドハーケン三基、輻射推進型自在可動有線式右腕部二基を破壊されており、徐々に武装が削られつつあった。

 だが、はいそうですかと負けを認める訳にはいかない。

 なんにしてもルルーシュが頑張っているのだ。

 兄である自分がいち抜けたと諦めるなど出来るわけがない。

 撃破される事を覚悟で残った輻射推進型自在可動有線式右腕部と鉤爪型のメギドハーケンでナギド・シュ・メインを四方から撃ち続ける。

 無策に撃っている訳でなく、撃破を狙いつつも誘導しているのだ。

 いくら機動性が高くとも、逃げ場がなければ避ける事は叶わない。

 ずっと戦闘しながら収拾したデータを計算させ、誘導兵器を操る為にキーボードを叩き続けていた成果をようやく出せる。

 シャリオが気付いたのはそんなオデュッセウスの術中にはまってからであった。

 逃げ場のない有線兵器の配置に、掌のハドロンブラスターまでもが向けられている。

 

 「四方八方からの集中砲火なら!」

 『そんなもので!!』

 

 …ブレた。

 目が霞んだとかと言った類ではなく、ナイトメアフレームが二重にブレたのだ。

 否、二重とか言う話ではなく、突如として分裂したかのようにナギド・シュ・メインが発生(・・)した。

 何が起きたか理解できないオデュッセウスは何かをさせる前にトリガーを引くも、放たれたエネルギーは宙を舞うだけで掠りもしなかった。

 避け切った事でさえ驚くべき事だというのに、さらにナギド・シュ・メインは分身しながら高速移動をして周囲を飛び回る

 

 「質量を持った残像か何かですか!?」

 

 これこそナギド・シュ・メインのみが持つ“メギストスオメガモード”。

 その大きな特徴はランスロット・アルビオンを超える高速性能にある。

 あまりの速さに人間の瞳は追い切れず、機体の後には残像が残って見れるのだ。

 ただし、この機能は搭乗者に大きな負担をかけるために、そう何度も使えるような品物ではない。

 ゆえにこの時点からシャリオは短時間で決着をつけるべく、自身の身体に鞭を打つ。

 驚きの余りに対処しきれなかったオデュッセウスはブレイズルミナスの隙間を狙った攻撃をもろに受けてしまう。

 

 「これは非常に不味いね…」

 

 次々と有線兵器を破壊され、焦りの色をより濃くしながらオデュッセウスは追い切れない敵機に視線を向け、さらに状況が悪化した現状にため息を漏らすのであった…。



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第143話 「さよならフレームコート」

 枢木 スザクは焦っていた。

 対峙するブラッドリー操るパーシヴァル・ブラッドレイルは機動性が高く、ランスロットsiN ホワイトファングの攻撃では捉え切れない。

 共に行動していたカレンの紅蓮特式 火焔光背は、ベルク・バトゥム・ビトゥル獄長の巨大な蠍のようなナイトギガフォートレス“バタララン・ドゥ”に捕まり、獄長の部下たちのゲド・バッカの集中砲撃から身を護るべく輻射波動防壁を展開するだけで身動きが取れずにいる。

 カレンを助けに行こうにもブラッドリーを無視できず、さらにブラッドリーが引き連れているヴィンセント部隊が拒む。

 

 『どうした枢木?動きが鈍いなぁ』

 

 苦悶の表情を浮かべながら攻撃は続ける。

 ブラッドリーが引き連れるヴィンセント部隊は、現政権を快く思わない者達の中で腕利きを集めた為に、かなりの練度を誇っていてジルクスタンの戦士以上の技量を持ち合わせている精鋭部隊。

 撃破しているものの動きが良いので回避している機体も多い。

 さらに反撃とばかりにアサルトライフルの弾丸を叩き込んでくる。

 このフレームコートでは不利過ぎる。

 どうすべきかと悩んでいると弾切れを起こしたのかアサルトライフルを投げ捨てて、MVSを手にして突撃を敢行して来るものが居た。

 

 何という事の無い馬鹿正直な突撃。

 策という訳もなく、フェイントを入れた動きでもない。

 ただただ剣を構えて直進してくる。

 アロンダイト・マキシマを鉄の塊として振るう。

 質量の差から簡単にヴィンセントはへしゃげて、コクピットごと機体を潰すとそのまま落下し、地面に激突すると同時に爆発した。

 一体何だったのだと悩む間もなく、同様に弾切れを起こしたヴィンセントは次々に突撃を敢行してくる。

 異常な光景にスザクは吐き気すら覚える。

 

 「一体なぜ……まさかギアスか!?」

 

 過った考えが言葉より漏れた。

 ギアスを知った身としては当然その事が真っ先に浮かぶだろう。

 だが、ブラッドリーはつまらなさそうに大きなため息を吐き出した。

 

 『下らない。本当に下らない。あんなモノで操られている存在だと?嗤わせてくれるなよ枢木』

 

 突撃してきたヴィンセントに紛れて接近してきたパーシヴァル・ブラッドレイル。

 急ぎアロンダイト・マキシマを振るうも撃破したのはヴィンセントのみ。

 アロンダイト・マキシマは潜り込んで展開したルミナスコーンでアロンダイト・マキシマに穴を空け、両膝のハドロン砲を叩き込んで破壊。ついでと言わんばかりに両肩後部のサブアームに繋がったミサイルシールドからミサイルが放たれ、その直撃を受けてしまう。

 コクピットを襲う衝撃に耐えつつ、まだ突っ込んでくるヴィンセントに何とか対処しようとする。

 しかし揺れで視界がブレ、機体の体勢が崩れた事で新たに突っ込んで来た五機中二機を討ち漏らし、至近距離に近づいた二機は剣を突き立てて自爆して再び衝撃に襲われる。

 

 『枢木よ。お前はこの“平和”をどう思う?』

 

 急な問いかけに驚きながらも思考は働かせる。

 無論問いかけたからと言って答えを聞くまで停戦―――などという事は無く、こちらを刈り取ろうと斬りかかって来る。

 応戦しつつも答えを口にする。

 

 「多くの戦いと犠牲の果てにようやく得た平和だ。だからこそ大事で尊いものだと思う」

 『――ハッ!それがラウンズにまで上り詰めた男のセリフか?』

 「なら貴方はどう思っている!?」

 『決まっている…糞喰らえ…だ』

 

 吐き捨てると同時に振るった一撃は鋭く重く感じた。

 

 『平時では戦士は生きてはいけない。戦時であればお前たちが必要だと求められるが、平時では金食い虫と金策の前に真っ先に軍縮と言う形で斬り捨てられる!』

 「そんな事は無い!」

 『あるさ!ゆえにこうして俺の下に同志が集まっているのだろう』

 

 両手を広げて示すように、パーシヴァル・ブラッドレイルの周囲にはヴィンセントが集う。

 銃器を手にする者は射撃を続け、残弾の無いものは剣を手に突っ込んでくる。

 迎撃しながらもブラッドリーは続ける。

 

 『俺達は根っからの戦士だ。戦場でしか生の充足を得られず、ここでしか生きて行く術を知らない。………なぁ、枢木。お前今―――充実してないか?充実してるよなぁ?充実してない筈がない!平時のぬるま湯で味わえない殺し合い。敵を屠るたびに想った筈だ。俺は凄い、俺は強いと優劣缶に浸った筈だ。なにせたった一騎で他の誰もが上げられない戦果をこうも容易く上げられるのだから!!』

 「違う!俺は―――」

 『何が違う?何故違う?理性では否定しても本能が求めているだろう―――闘争を』

 「お、俺は…」

 『五月蠅い!!さっきからごちゃごちゃと!!アンタら黙って戦えないの!?』

 

 割り込んで来たカレンの怒声にスザクは渦巻いていた考えが吹き飛ばされて我に返り、一旦距離を取って頭を冷やして冷静になり、ブラッドリーが作り出した流れより脱する。

 だが、あまりに乱暴なカレンの一言に苦笑いを浮かべてしまう。

 

 

 

 

 

 

 紅月 カレンは苛ついていた。

 策を弄するよりも殴りに行く性格から防戦一方の状況にイライラしていた上に、スザクとブラッドリーのごちゃごちゃしら話題がスピーカーで撒き散らされるのが鬱陶しくてさらに苛立ち、とうとうそれが爆発してしまった。

 

 『お、俺は…』

 「五月蠅い!!さっきからごちゃごちゃと!!アンタら黙って戦えないの!?」

 『人の心配している立場かよ』

 

 スザクたちに叫んだカレンは、バタララン・ドゥに搭乗するベルク・バトゥム・ビトゥル獄長の一言に現状を再認識する。

 バタララン・ドゥのキャプチャーフィールドにて身動きが取れず、周囲のゲド・バッカの砲撃に輻射波動防壁を展開するしかない。

 これを打破する方法が無い訳ではない。

 ただ後が大変なだけだ。

 多分だがスザクもソレをするだろうから宥めるのは相当苦労するだろう。

 けど今はそうも言ってはいられない。

 

 「あーもう!あとで謝らないといけないじゃない!!」

 

 パネルのキーを弾いてフレームコート“火焔光背”はパージする。

 外すと同時に一気に浮上。

 パージしたフレームコートがバタララン・ドゥ眼前で爆散し、ハサミ状のマニュピレーターが発生させているキャプチャーフィールド内が爆煙で満たされる。

 

 『身軽になったって事は装甲が減ったって事なんだよ!!』

 

 ビトゥルが言う通り、フレームコート装備時に比べれば防御力は落ちた。

 だが、その代わりに自分の操縦に追い付ける速度を得たのだ。

 下からの砲撃にミサイル群を空を駆け回避し切り、位置取りをして輻射波動を広域散布状態に移行する。

 

 「取った!この位置なら!!」

  

 広域に拡散された輻射波動。

 以前モルドレッドとトリスタンに同様の攻撃を行い、機体ダメージから動けなくする事が出来た。

 しかしそれは一年も前の紅蓮可翔式の攻撃であり、再設計されて出力も桁違いとなった紅蓮特式は範囲内のゲド・バッカ全てを爆発四散させる。

 唯一生き残ったのはビトゥルのバタララン・ドゥのみ。

 スピーカー越しに震え声で人の名前を呼ぶ。

 仲間がやられて想うところがあったのだろう。

 

 『――って事はこいつを倒せばより金になるって事か』

 

 ―――最低。

 仲間が殺された事を悲しんだり怒ったりするのではなく、脅威判定が上がった事から撃破したら報酬の上乗せがあると踏んだのだろう。

 ブラッドリーの話を知っていたが、こいつはそれ以上に屑らしい。

 ナイトギガフォートレスの圧倒的な火力と防御力で圧倒しようとするビトゥルに対し、回避しつつも応戦するが中々決定打に繋がらない。

 同時にちらりとスザクの方に視線を向けるとあちらもフレームコートを排して近接戦闘を行っているようだ。

 向こうも厄介そうだけどこちらもだいぶ厄介だ。

 精密な動きが可能な六機の大型スラッシュハーケン“ドレッドノートハーケン”に多数内蔵されている対空ミサイル、それからバタララン・ドゥ最大火力である“キュラ・ラ熱線砲”。

 武装もエナジー量もあるナイトギガフォートレスに中々に技量のあるパイロットとなれば非常に手古摺らされる。

 現に黒の騎士団エースであるカレンが回避に専念しつつあることがそれを入念に物語っているだろう。

 そんな折に別方向から大型の砲弾が振って来た。

 火力からして上で戦っているスザクたちの流れ弾ではない。

 発射位置を特定するよりも、モニターで確認したら一目瞭然で、離れた位置に砲塔を乗っけた装甲列車が止まっているではないか。

  

 「ちょっと邪魔!」

 

 着地と同時に複合融合飛燕爪牙(スラッシュハーケン)を放って、車両砲塔部分に突き刺す。

 遠目ながら砲塔が爆発し、戦闘継続能力を奪い再びバタララン・ドゥに対峙する。

 

 『良いのかそんなに暴れて?エナジーが切れちまうぜ。それに避けてるだけじゃあ俺に勝てねぇよ』

 

 確かにこのままではエナジーが切れて、敗北してしまうだろう。

 だから――――。

 

 「もう避けるの止めた!!」

 

 バタララン・ドゥは蠍の尻尾に当たる部位にキュラ・ラ熱線砲を装備しており、エネルギーを充填して放とうとしている。

 それをカレンは輻射推進型自在可動有線式徹甲砲撃右腕部にエネルギーを一点集中する事で真正面から受け、試製一號熱斬刀で機体を切り裂こうと突っ込む。

 

 放たれた熱戦を右腕部で受け止めるも熱の余波で機体の表面は溶ける――――筈だった。

 一発のエネルギー弾が振って来た。

 高威力のその弾はキュラ・ラ熱線砲の砲門を撃ち抜き、内部に蓄積していたエネルギーと相まって吹き飛ばした。

 まさかの事態にビトゥルは戸惑い、懐まで潜られてはもう対応する時間は無い。

 右腕部が叩き込まれ、抜き取ると同時に機体を捻って試製一號熱斬刀で斬り、その場を離れる。

 

 『はあああああぁ!?無敵の予言はどうしたんだよ!!俺の―――あああああぁ!!』

 

 ビトゥルの叫びは周囲を巻き込む大爆発に掻き消され、カレンはそちらではなく上空に視線を向ける。

 

 「まったく…人の世話焼いている場合じゃないでしょうに」

 

 そう言ってキュラ・ラ熱線砲を狙撃したスザクに借りを返すべくカレンは飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 互いの獲物がぶつかり合うたびに笑みが零れる。

 シャルル・ジ・ブリタニアが黒の騎士団とブリタニアに敗れて以来、本格的に味わう殺し合い。

 戦士としての充実感、ここに極まれり。

 神聖ブリタニア帝国がオデュッセウスに落されて以来、同じ同志となった戦士達は己が闘争心を満たして散って逝った。

 ならばあとは自身が戦って死ぬか、相手を殺して次の戦場に向かうかだけだ。

 

 『俺は貴方とは違う!俺は平和を守る為に戦う!!』

 「構わない。それが貴様の理由であれ、自分を偽る為の詭弁であれ、今こうして闘う理由であるならばなんでも良い!!」

 

 紅蓮特式がフレームコートをパージすると、それを見習ったようにランスロットsiNもフレームコート“ホワイトファング”を外して、ナイトメア同士の戦いに入っていた。

 一合で解る。

 パイロットの技量に機体性能の全てにおいてこちらは劣っている。

 勝つのは難しいが、勝ち負け以上に今戦士として戦えるのなら何でも良い。

 狂気を纏った笑みを浮かべ、操縦桿を握り締めてペダルを踏む。

 

 ミサイルシールドの残弾を全部放つと、十二枚のエナジーウィングよりエネルギー体が放たれて呆気なく全弾迎撃される。

 そんな事は解かり切っているので、今更驚くこともない。

 迎撃されて爆発した事で生まれた爆煙を利用して、両膝のハドロン砲を放つと持っていたアサルトライフルを二つその場に投げて後退する。

 スザクは煙を抜けて来たハドロン砲を躱し、アルビオンが使用していたヴァリスの強化発展型のシーセブン・アンチマテリアル・ヴァリスで予想されるパーシヴァル・ブラッドレイルの位置へ撃ち込む。

 高威力の弾が煙に大きな風穴を開けて、その先でナニカに直撃して爆発を起こす。

 手応えはあったが違和感もある。

 そう思うであろう矢先を狙い、別方向より斬りかかる。

 

 『貴方はそうまでして殺したいのか!?』

 「違うな。殺し殺されたいのだ!今は最期まで戦士でありたい!!」

 

 斬りかかるとMVSで応戦しつつ、スラッシュハーケンやエナジーウィングからのエネルギー体で距離を取ろうとする。

 機体を掠めて行く中距離兵装を物ともせず、肉薄しようと距離を詰めてはルミナスコーンを振るう。

 近距離とも中距離ともいえない妙な距離でランスロットsiNはシーセブン・アンチマテリアル・ヴァリスを向けてきた。

 躱すには容易く、向こうも当たるとは思ってはいまい。

 

 放たれた弾はパーシヴァル・ブラッドレイルではなく、射線の先に居たバタララン・ドゥの尻尾の先端を撃ち抜いた。

 如何に強固な装甲を誇るナイトギガフォートレスだろうと発射口を撃ち抜かれてはただでは済まない。

 吹き飛ばされた瞬間に紅蓮特式によってバタララン・ドゥは切り裂かれた。

 正直ビトゥルがどうなろうと気にもならない。

 ただただ自分を誘導して味方の援護を行った枢木の技量に舌を巻くばかりだ。

 しかしその行為は決定的な隙を生み出す。

 

 「戦闘中に余所見とはな!」

 

 左腕のルミナスコーンでシーセブン・アンチマテリアル・ヴァリスを切り上げて壊すと、スラッシュハーケンを放たれる。

 回避は不可能な間合いなのは解かり切っている。

 ならばと左腕に突き刺さるように身体をずらして機体を護るも、両腕のは防げても両腰のスラッシュハーケンは見事に膝のハドロン砲を潰した。

 負けじと内臓機銃を撃ち続けて頭部の半分を破損させる。

 メインカメラの全損は無理だったろうが、メインモニターの映像半分は歪めただろう。

 僅かな隙…。

 右腕のルミナスコーンをランスロットsiNに向けて突き出す。

 

 「――――あ?」

 

 ルミナスコーンが掴まれた。

 ランスロットではない。

 鍵爪のような腕が有線ケーブルで繋がっており、視線を向けると浮上してくる紅蓮特式が居た。

 不味いと腕を切り離して、放たれた輻射波動にて機体がやられる事だけは阻止する。が、武装を全部失ったブラッドリーはMVSを振り被ったランスロットsiNの一撃を躱す術がない。

 以前なら横から割り込んだカレンに苛立ち、罵っていたかも知れない。

 だが、今のブラッドリーは満足そうに吐息を吐き、安らかな笑みを浮かべた。

 

 「あぁ、良い戦争だった…」

 

 その一言を残したブラッドリーはコクピットブロックごと脱出もすることなく、ランスロットsiNにて切り裂かれたパーシヴァル・ブラッドレイルの爆発に飲まれていったのだった…。

 

 

 

 

 

 

 「ここまでだ」

 

 シャリオはようやく動かなくなったランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスを見つめ、勝利を確信して言い放った。

 多くの武装といい、高い防御力といい、それらを機能させる豊富なエネルギー量といい、貧困に喘ぐジルクスタン王国では製造することすら難しい高性能な機体だ。

 だがそれだけだ。

 機体の大きさから愚鈍で機構が多すぎて操作が非常に困難であろう機体では、このナギド・シュ・メインを捉える事は不可能。

 それでもオデュッセウス・ウ・ブリタニアは中々喰い付いてきた。

 技術的なものや性能にものを言わせたのではなく、強い意志がそうさせていたような気が戦っていて感じた。

 元とは言え王たるものゆえの意地なのだろうか?

 

 全ての武装は破壊、または弾切れかエナジー切れを起こし、機体には多くの傷跡が残されたランスロット・リベレーションブレイブ ウーティス。

 もはや浮上する事さえ出来ず、地面に横たわるばかり。

 

 『あぁ、本当にすまない…』

 

 オデュッセウスの小さな呟きがスピーカーを通して聞こえた。

 それがナニに対しての謝罪なのか解らない。

 首を傾げていたシャリオは、何かしらを察してランスロットの片目が輝いたように錯覚した。

 

 『資金多めに回すから許してシャンティちゃん!』

 「なに!?」

 

 横たわっていたランスロット・リベレーションブレイブ ウーティスが吹き飛び、周囲に煙と部品を撒き散らす。

 何事かと片腕で頭部を護る体勢を取りながら見つめていたシャリオは、煙の中に佇む一騎のナイトメアフレームを見つけた。

 機体はランスロットをベースにしているのは一目瞭然なのだが、今まで目にした種類とは異なる新型機“ランスロット・リベレーションブレイブ”。

 

 「対ナイトメアモードを隠し持っていたのか!」

 『出来れば使いたくなかったけどね』

 

 背中に四枚のエナジーウィングが展開され、ふわりと浮上した事から逃げる気かと焦ったシャリオは斬りかかるも、刃はその寸前で防がれる。

 紅蓮タイプなどに使われている輻射波動防壁。

 ブリタニア製ナイトメアフレームでありながらも、黒の騎士団の技術を用いる。

 技術が結集されたナウシカファクトリーで、技術に変なこだわりを持たないオデュッセウスだからこそ交じり合った機体。

 

 「小賢しい!」

 『そうだよ。私は弱いからね』

 

 武器を手にする動作無しで上げられた腕には何故か拳銃が握られていた。  

 いつの間にと驚きつつ、回避しつつ距離を取る。

 距離を取った事で拳銃を離して、背中に取り付けてあったナイトメア用大口径狙撃用ライフルを手にしようして、拳銃を手放すと先の不可解な疑問に答えを得た。

 拳銃を手放した瞬間に肘あたりまでスライドして止まったのだ。

 要は隠し武器に分類されるようなものだ。

 回避運動をしながら再び距離を詰めようとするも、意外に狙撃の腕前が良く、何発か機体を弾丸が掠める。

 舌打ちをしながらシャリオは仕方がなく、メギストスオメガモードを起動させる。

 異常な加速を得る代わりに身体の節々が軋み、内臓が締め付けられる痛みが襲う。

 耐えながら一気に距離を詰めてナイトメア用大口径狙撃用ライフルを切り飛ばす。

 

 『なんとぉおお!?』

 「これで―――ッ!?」

 

 主武器を破壊した事で、拳銃にさえ注意していればいいと思い脚を切り飛ばそうとするも、首左右の装甲が捲れて内蔵型機銃の砲身が晒された。

 まだこんな兵装を持っていたかと残像を残しながら飛び上がる。

 そしてオデュッセウスは近づけさせまいとナイトメア用のサブマシンガン二丁を手にして弾幕を張る。

 しかしメギストスオメガモードを起動したままのナギド・シュ・メインを捉える事は出来ず、サブマシンガンは弾を撒き散らすだけ撒き散らして投げ捨てられる。

 次は何をしてくるのかと警戒していると機体が可変し、戦闘機のような形態に…。

 そのまま飛翔して空へと駆けるランスロット・リベレーションブレイブを残像を残すナギド・シュ・メインが追い回す。

 二機はそのまま空中を舞い続ける。

 空は暗闇が支配する夜より、早朝の狭間に落ちて白み始める…。



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第144話 「決着ジルクスタン」

 シャムナは目を覚ました。

 幾度と死に、過去に戻ってはこちらに都合の良いように手を打って、何度もCの世界にアクセスを繰り返し、あと少しで手が届きそうなところまで行けた。

 後少しですべてが上手く行くのだ。

 遺跡や機器類と繋がったカプセルより上半身を起こすと。異様に暗い事に気付いて小さくため息を零す。

 異変が起きた事は今日だけで何度あった事か。

 周囲を見渡せば護衛も務めていた彼女らが伏している。

 

 「また死んでしまったのねお前たち」

 

 これも初めてではない。

 一度目は敵ナイトメアフレームが侵入してきた際に放たれた機銃で彼女達は命を落とした。

 多少憐れむ事あれど泣くほど悲しさはない。

 何故ならまた過去に戻れば彼女達は生きるのだから。

 視線を周囲の彼女達から距離を置いてこちらを見つめる仮面の男―――ゼロに向ける。

 

 「Cの世界にアクセスしようとしているのか?」

 

 カプセルより出て対峙するとゼロはそう言い放つ。

 Cの世界を知っているという事はギアス関係者かと疑惑を抱いていると、それを掻き消すような驚きが襲う。

 ゼロは告げると仮面を外したのだ。

 そしてその素顔をシャムナは知っている。

 今まで死に戻りをする中でではなく、ニュースや情報として見た事がある。

 

 行方不明になっていたが最近になって発見された神聖ブリタニア帝国の皇子―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 

 「貴方は確かルルーシュ・ヴィ・ブリタニア!?まさか日本解放の英雄がブリタニアの皇子だったなんてねぇ」

 「どうして俺が小さなレジスタンス組織でコーネリア軍と渡り合い、超合集国を作り上げてブリタニアと戦えたか分かるか?」

 

 驚きながらも懐から拳銃を取り出し向ける。

 先の発言からギアスユーザーである事も加味して視線は逸らし、ルルーシュからの質問に対しては興味な下げに「さぁ?」とだけ返す。

 するとさらに驚きの解答を放って来た。

 

 「判る筈だろ?俺と同じギアスを持つお前なら」

 「私と同じギアス!?まさか…いや、でも…」

 「長い話になりそうだ。紅茶でも入れて貰えないか?すまない苦手だったな」

 

 同じ過去に戻るギアス…。

 否定しようとしたが仕切れない。

 奴はこちらの打った手に対して有効な手を幾つも打って来た。

 私みたいに過去を改変せずに、こちらの手を打たせたうえで別の策で攻めたのは何故?

 否定しようにも肯定しようにも決定打を即座に出せないシャムナはふとルルーシュの周囲にも伏している彼女達を異変に気付いた。

 ピクリと動いたのだ。

 どうたら死んでいたのではなく気絶していたのだろう。

 紅茶が苦手だと言う事を知っていると口にする事で、余計に同じギアスの可能性を示唆して勝ち誇った顔をするルルーシュに、シャムナはキッと強気に睨みつける。

 

 「どうした?使ってもいいんだぞギアスを」

 「無礼者。まずは貴様が力を使って見せよ!」

 

 カツンと靴を鳴らす。

 すると伏していた彼女達はルルーシュに抱き着く形で動きを封じる。

 ここでルルーシュが死ぬ、または殺す事があれば過去に戻られ、また何かしら仕出かしてくる。

 それをさせる訳にはいかない。

 

 「殺してはなりません!」

 「良し!これで条件は全てクリアした!!」

 

 シャムナは決定的なミスを犯した。

 まずルルーシュのギアスはシャムナのギアスと違う。

 今までの発言は全ては唯一解らなかったシャムナのギアスを使用する為の条件を知る為。

 そして何よりピクリと動いた彼女達は気絶していたのではなく、ギアスでそうしているようにと命じられての事。

 

 “殺してはならない”と言う事で死ぬことで発動すると解ったところでルルーシュはパチンと指を鳴らす。

 するとシャムナの周辺で倒れていた女性が勢いよく立ち上がり、杖を振るって手にしていた銃を弾き飛ばした。

 これでは自ら命を絶って戻る事も出来ない。

 全てがルルーシュの策略と気付いたシャムナはキッと睨みつける。  

 

 「騙したわ…ね……」

 

 睨みつけると赤く輝く瞳を見てしまった。

 意識が遠のきそうになるのを耐え、ギリっと音がなるほど噛み締める。

 

 「知りたかったのはお前のギアスの発動条件。死ぬことで時を戻るギアスとはな…」

 

 勝ち誇った表情を向けるルルーシュに苦悶の表情を浮かべるシャムナ。

  

 「これは…ギアス…私を殺すと言うのか!?」

 「いや、お前には眠って貰おう。永久に!!」

 「眠る!?」

 

 絶対順守のギアスによって眠れという命令を受けたシャムナは瞼を降し、ふらりと倒れるところを周囲の女性が支える。

 意識が遠のき完全に眠りに落ちた事で、ルルーシュは小さく安堵の吐息を漏らす。

 その様子を陰より眺めていたC.C.は姿を現し、ルルーシュに問いかける。

 

 「大丈夫なのか?」

 「命令書を見るに戻れる過去は九時間以下。ならここを十時間後に爆破すれば問題ない。過去に戻っても寝ていては何も出来まい。それよりヴィー(V.V.)はどうした?」

 「先に乗せたよ。まったくああも性格が変わると気持ちが悪いな」

 「お前も似たような時あっただろうに」

 

 鼻で嗤い、爆弾を遺跡が完全に崩れる位置に仕掛けて行く。

 これでカプセル内のシャムナも含めて機器類も破壊し、二度とこの人工の入り口を使えないだろう。

 シャムナをカプセルに運んだ女性達にはもう用は無いので、先に避難するように命じてからルルーシュもこの場から退避するのだった。

 

 

 

 

 

 

 『作戦は達成した!全員生き残る事を第一に行動せよ!!』

 

 無線機よりルルーシュの声が響き、ニーナとその周辺に居る全員が出来るならしたいよと内心叫んだ。

 現在街中を逃走中だったニーナ達はジルクスタン軍に発見されて交戦中であった。

 ゼロの通信はジルクスタンの無線を使用しているので彼らも聞こえているのだが、負けた事に納得できないのか、それとも何も考えずに出ていた命令に従っているだけなのかまだ仕掛けてくるのだ。

 マークネモのおかげで何とか戦えているが、使っていたゲド・バッカの大半は限界に達していた。

 レイラ隊にアシュラ隊のを合計しても4機程度であり、それも中にはエナジーや残弾に不安を覚えるものばかり。

 なので大半のパイロットが銃を手にして援護射撃や敵歩兵と戦っている。

 

 今は何とか凌げているがこれ以上敵機が増えたらさすがに対応仕切れない。

 そう思っている矢先に数機のゲド・バッカが合流し、敵の戦力が増えた。

 

 「また来ちゃったよぉ…」

 「情けない声出すんじゃねぇよ」

 「ま、出したくなる気持ちも解るけどね」

 「リョウもユキヤも口より手を動かす。あの忍者みたいな人を見習いなさいよ」

 「忍者ではなくSPです」

 

 離れていたゲド・バッカのコクピット上部に人間離れした身体能力で飛び乗り、手榴弾で爆破したついでに付近の歩兵部隊の武器に苦無を投擲して使用不能にした篠崎 咲世子は戻って来たと思ったら即座にアヤノの一言に訂正を入れた。

 会話だけ聞くとまだ余裕がありそうなのよね…。

 

 『アハハ、まだいっぱいいるじゃない』

 

 スピーカーを通して聞こえてはいけない人の声が聞こえた気がした。

 きっと幻聴よねと言い聞かせるも、ゲド・バッカとは異なるランドスピナーの音が徐々に近づき、ナニカが空高く跳んだ。

 落下ダメージを完全に流すように着地したのは一騎のヴィンセント。

 集まっていたジルクスタンのゲド・バッカが新手のヴィンセントに砲身を向ける。

 それに臆することなくヴィンセントが駆け抜けた。

 流れるような動きで、荒々しく命を刈り取っていく。

 瞬きする間に五機ものゲド・バッカが切り裂かれ、通り過ぎた後に爆発して残骸を周囲に散らす。

 ナイトメアはヴィンセント・ウォードでもヴィンセント指揮官機でもなく、ロロが搭乗した物と同型のヴィンセント。

 金色のパーソナルカラーが輝きながら駆け抜ける様子はまさに閃光。

 砲弾の悉くをすり抜け、敵機を残骸の山へと変えて行く。

 間違いない。あの人(マリアンヌ様)だ。

 そう認識するとこの状況下で来てくれたことは本当に心強いが、何故という疑問が頭痛と言う形で襲ってくる。

 

 誰も仕掛けてきた事を理由に殴り込みを個人が国家に対して行ったとは思うまい。

 それも試作の偵察機を持ち出したうえで、燃料が切れたからと言って捨てたなど…。

 

 マリアンヌのヴィンセントは新たに現れたゲド・バッカ一個小隊にMVSを投げつけて二機を撃破し、残る一騎はコクピットブロックに踵堕としを喰らわせたのちに、エナジーパックを無理やり引き抜いて自身のヴィンセントのと交換してエネルギー補給を行っていた。

 

 『あら?何時までそこに居るのかしら?さっさと逃げなさいな』

 「でも、マリa―――貴方はどうされるのですか?」

 『ちょっと物足りなくて。もう少しここで遊んでいくわ』

 

 本当に楽し気に言い放ったマリアンヌ様は、放たれた砲弾をエナジーを抜き取った機体を盾にして防ぎ、力業でむしり取った砲身をバットのように握って駆け、撃って来たゲド・バッカを思いっきりフルスイングした。

 砲身は折れ曲がり、殴られた方は機体を大きく潰されながら転がる。

 アレは楽しんでおり、邪魔をしたら何をされるか分からない。

 味方の筈なのに恐怖を感じる…。

 後ずさりしたニーナに向かって突如現れた大型のトレーラーが突っ込んで来たかと思えば、途中でタイヤを滑らしながら直前で停車した。

 何事かと皆が銃を構える中、助手席の窓が開いて長い白髪を後ろで縛り、サングラスで目を隠し、アロハシャツを着こなした大柄な男性が顔を覗かせた。

 凄く見覚えがあるのですが…。

 

 「早く乗れぇい」

 「ア、ハイ」

 「え!?あれってもしかして皇t――」

 「急いで乗りましょう!」

 

 気付いたロイドが口にし終える前に背を押しつつ、皆を荷台の方へと向かわせる。

 残弾が尽きているゲド・バッカは廃棄して、レイラ達も急いで乗り込む。

 ちらりと運転席を見つめると酷く疲れた表情をしたビスマルクと目が合った気がしたが、今気にしている場合じゃないとあえて見なかったことにして乗り込むのだった。

 トレーラーが発進するとゲド・バッカ二機とマークネモが護衛に付き、敵機の残骸ばかりが広がるこの場から離脱するのだった。

 

 

 

 

 

 

 コーネリア・リ・ブリタニアは微笑を浮かべていた。

 王城にてバルボナ・フォーグナー率いる大部隊と対峙し、オルフェウスの助けを受けて橋の脚部に身を潜めていた身としては、ゼロ―――ルルーシュが勝ちを宣言したのには心が透く様な思いでいっぱいになったのだ。

 なにせ軍事大国だった父上が統治していた神聖ブリタニア帝国の大部隊でさえ大した戦果は挙げられなかったジルクスタン王国に対して白星を挙げたのだから。

 ゼロは生きる事を一番に撤収を命じたが、ルルーシュだけ白星を挙げて撤収すると言うのも癪だ。

 

 「ギルフォード、ここは私だけでも王城に突撃を駆ける」

 『姫様、それは…』

 「勝てばよいのだ。負けても味方撤収の囮にはなるだろ?」

 『我らもお供します』

 

 ギルフォードの答えを聞き、振り返るとグラストンナイツ全機が大きく頭部を上下させて意思を表す。

 絶対の信頼を置ける騎士と心強い部下の心に触れ、小さく鼻で笑う。

 

 「フッ、好きにしろ」

 『なら派手に行かせてもらおう』

 

 呟いた所でオルフェウスが割り込む。

 同時に銃声が響いて何事かと思えば、橋の上に居るゲド・バッカが上空に向けて撃ち続けていた。

 射線上にはいくつものミサイルが飛翔しており、それを迎撃しているようであった。

 それは海上よりオルフェウスが母艦に使っている潜水艦よりの支援攻撃。

 ゼロの敵の通信を使用する案に乗っかって、座標だけを送って攻撃を要請していたのだ。

 敵の目は完全に上空に向いており、行くなら今しかない。

 

 「行くぞ!!」

 

 スラスターを吹かして橋上部に一気に飛び乗り、そのまま敵部隊へと突っ込む。

 少し遅れてオルフェウスの烈火白炎にギルフォードのクインローゼス、グラストンナイツのサザーランドⅡが続く。

 上空のミサイル迎撃に集中しており対応が遅れ、何機かが初手で用意に撃破出来たがこの攻撃で敵はこちらを認識したはずだ。

 思った通りに砲が一気に向けられる。

 

 「回避運動!誰も死ぬなよ!!」

 

 左右に回避運動を行いながらただひたすらに突き進む。

 味方のシグナルがロストした事を警告音の種類で理解するも目は向けない。

 

 『デヴィット、エドガー、バート脱出!』

 「このまま行くぞ!目指すはフォーグナーただ一人!!」

 

 クラウディオからの報告を受けるが、その直後にクラウディオが直撃を受けて脱出。

 残るオルフェウスとギルフォード、アルフレッドの三人と共にさらに奥へとペダルを踏み込む。

 正面と後方からの弾幕をオルフェウスとギルフォードは抜けたが、アルフレッドは脚部を撃ち抜かれて脱出したので合計三機のみ。

 スラスターを吹かして跳び、向けられた弾幕をスラスターによる軌道修正で躱し、着地地点に居たゲド・バッカを踏み台にして最奥に構えていたバルボナ・フォーグナー専用である“ガン・ドゥ・グーン”に肉薄する。

 

 『抜けただと!?』

 「バルボナ・フォーグナー!お前の力を見せて見よ!!」

 

 ガン・ドゥ・グーンは砲撃戦に重きを置くゲド・バッカと違い、アサルトライフルや腕部に内蔵された機銃など中距離射撃戦を行い、完全に人型なので近接戦闘なども可能としたジルクスタン独自のナイトメアフレーム。

 後退して身の安全を図る事はせず、銃撃しながら前に出て来た。

 正面からの撃ち合いではクインローゼスの方が不利。

 ならばとホバーで機動力を得ているものの重装甲であることから、クインローゼスより断然遅いので機動力にものを言わせる。

 周囲を旋回しつつ銃撃、さらに隙あらばランスで突きかかる。

 壮絶な近接戦を行うコーネリアの邪魔をさせまいとオルフェウスとギルフォードは援護するのではなく、振り返ってゲド・バッカ部隊に対して攻撃を開始する。

 無論集中砲火を浴びれば両機とも撃破は確実なので、ギルフォードのクインローゼスがランスのブレイズルミナスを展開して護りながらだ。

 二人のおかげで妨害もなく切り結ぶ。

 そしてコーネリアはバルボナ・フォーグナーへの評価を数段階上げる。

 指揮官として優秀なのは周知の事実であるが、ナイトメアの操縦技量も中々のものだ。

 なにせ第七世代ナイトメアフレームであるクインローゼスに互角に渡り合っているのだから。

 一進一退の攻防戦を繰り広げる中で、ガン・ドゥ・グーンの攻撃でクインローゼスの左足が持っていかれた。

 

 「片足などくれてやる!!」

 

 驚くべき事にコーネリアは機体の荷重移動を行って左足一本で動き続ける。

 しかも動きに乱れもなく、見えてないだけで右足があるのではと思う程動きが良いのだ。

 そして飛び掛り、右肩に一撃を与えると同じ個所にもう一撃を叩き込んで右腕を吹き飛ばす。

 上から圧し掛かる体制となり、片膝を付いたガン・ドゥ・グーンに凭れる形で押さえつける。

 勝負はついた。

 

 「ここまでだフォーグナー!命が惜しくば投降せよ!」

 『全軍に告げる!私ごとブリタニアの魔女を撃て!!』

 

 自らを犠牲にしても敵を討てと言う命令にコーネリアは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 声色からそれは本気であることも伝わり、ここまでかと脳裏を過る。

 しかし何時になっても銃声の一発も響かない。

 モニター越しに振り返ればゲド・バッカ全機銃口を下げて動かない。

 ギルフォードとオルフェウスもその様子から銃口を降ろして攻撃を止めていた。

 様子から理解したコーネリアは小さく吐息を漏らすも、撃たない事にバルボナ・フォーグナーは叫ぶ。

 

 『どうした!?私は撃てと命じた筈だ!!』

 「止めよ。もう兵たちは解かっているのだ。バルボナ・フォーグナーこそジルクスタンの最期の城壁だと」

 『……予言の幕切れか…』

 

 小さく呟いたボルボナ・フォーグナーは抵抗する事もなく、コクピットより姿を現して投降の意思を見せた。

 安堵の吐息を漏らしたコーネリアは照らし始めた朝日を見上げる。

 これでジルクスタンの戦いは終わったのだと…。

 

 

 

 

 

 

 国王でオデュッセウスと対峙していたシャリオは、ゼロの終結宣言に納得出来ず、実の姉の安否を確かめるべく、即座に首都の神殿へと向かっていた。

 満身創痍のランスロット・リベレーションブレイブを抱き締めるように捕まえたままで。

 コクピット内に居るオデュッセウスはがっくりと肩を落としていた。

 フレームコート“ウーティス”に続いてランスロット・リベレーションブレイブまでも大破させてしまい、シャンティちゃんだけでなくミルビル博士にも謝罪と研究費用の増加で許しを請う算段を立てている。

 ただ言い訳をさせて欲しい。

 相手はスザク&カレンクラスの技量を持つ同等以上の性能を持つ近接戦ナイトメア。

 対して自分は動きが鈍いフレームコートや狙撃戦メインのランスロットで近接戦闘を行っていたのだ。

 データを見て貰えてばかなり善戦したと言えよう。

 しかも距離を離すべく可変機能にて速度を飛躍的に上げたのに、シャリオ君は残像を残しながら追い付いてくる始末。

 狙撃の利点を殺し、速度は追い付かれたて意味がない。

 

 うん、これで納得して貰えないだろうか…無理だろうなぁ…。

 

 大きなため息を零しながら、接触回線にてシャリオ君の焦りが伝わって来る。

 姉や兄は居なかったが自分の弟妹が危機的な状況であるとしたら同じように焦り、心配の余り周りが見えなくなる。

 よく分かる。

 だからこのまま彼を行かせるべきなのだと思う。

 けどそれは出来ない。

 我が身とかではなく、彼をこのまま行かせもしシャムナが死亡していたら彼は悪鬼羅刹の如くに暴れ、他に被害が出る可能性が高い。

 自分の弟妹とニーナに向けられる危険を考えると私は彼を手にかけてでも止めなければならないと判断する。

 

 「すまないね」

 

 ぼそりと呟きパネルのスイッチを押し、座席前方下部にあるレバーを思いっきり引く。

 機体より脱出する際に使うレバーであるが、コクピットブロックはナギド・シュ・メインのサブアームによって押さえつけられているので射出は不可能。

 現行の脱出システム搭載機ならであるが…。

 

 ランスロット・リベレーションブレイブは煙を噴き出しながら、弾けるように分解した。

 このランスロット・リベレーションブレイブはランスロット・リベレーションよりシステムや武装面、速度を向上させただけの機体ではなく、新システムである脱出機能を兼ね合わせた試験機。

 現行のナイトメアフレームの大半にはパイロットの生存率を揚げる為にコクピットブロックを射出し、パラシュートを展開して安全に降下出来る仕組みが存在する。コクピットの直撃で一発撃破でもされない限りは、機体の状況を感知して自動的に作動するようにもなっている。

 今回組み込まれた新機能は脱出後の移動である。

 脱出したは良いが敵地で足が無ければ捕虜になる可能性が高く、味方陣地でも他の部隊に合流するのに徒歩では心もとない。

 そこでコクピットに移動用の足を取り付けたのだ。

 足と言ってもナイトメアの丈夫な足ではなく、サブアームにランドスピナーが取り付けられたような簡素な物。

 

 『何を―――ナイトメア…違う!MR-1(民間用KMF)か!?』

 

 今その機能が初のお披露目となり、突然の出来事にシャリオが驚きを露わにする。

 確かに容姿は近いと言えば近いが、アレよりも簡素な出来だ。

 コクピットブロックから最低限視界を確保できるカメラに四つのサブアームが伸びている程度の品物。

 

 『逃がしてなる物か!!』

 

 ナギド・シュ・メインの両手は外れたランスロット・リベレーションブレイブのパーツが絡まっているが、サブアームはしっかりコクピットブロックを押さえたまま。

 逆に有り難い。

 

 「好都合!!」

 

 ランスロット・リベレーションブレイブ試作脱出システム“ブレイブ”には、一つだけ武装が施された。

 オデュッセウスの我侭で、ランスロット・リベレーションと同様のものが仕組まれた。

 ―――釘打ち機(パイルバンカー)

 

 サブアームを胴体と肩を繋いでいる隙間、膝の関節部に合わせてトリガーを引く。

 機体を揺らす爆音とサブアームが悲鳴のような軋みを上げて撃ち出されたパイルバンカーによってナギド・シュ・メインは戦闘能力を失う―――だけで良かったのに…。

 脆い隙間に撃ち込まれて右肩は完全に逝ったようだったが、左肩はそうはいかなかった。

 隙間を通り抜けてナギド・シュ・メイン後部についていたフロートシステムに直撃。

 損傷を受けて飛行能力は低下して機体は大きく傾く。

 

 『フロートユニットを!?よくも…』 

 「博士、威力つけ過ぎ」

 

 体勢を立て直そうとシャリオは必至だが、オデュッセウスは墜落も考えてギアスを使っておく。

 墜落した場合、ナギド・シュ・メインは頑丈な装甲があるので大丈夫かも知れないが、コクピットブロックオンリーのオデュッセウスは間違いなく死ぬだろう。

 この状態回帰のギアスならば多分生き残れはする筈だ……そう思いたい。

 願う様なオデュッセウスの思いは良い意味で裏切られた。

 傾きつつ降下したナギド・シュ・メインは首都上空に差し掛かっており、左に大きく傾いた結果、真正面には神殿の入り口が…。

 

 「対ショック姿勢!!」

 

 シャリオに届いたかは分からない。

 が、咄嗟に叫んでオデュッセウスは両手で頭を護りつつ、隙間に収まるように丸まる。

 パイルバンカー発射時よりも機体を大きく振動が襲い、オデュッセウスは次第に大きく軋む音と傾きに気付いて大慌てで跳び出す。

 機体の上を転がりながら神殿内に入る。

 地面に手を付いた辺りで振り返ると、入り口には仰向けに突っ込んだナギド・シュ・メインと、その上に乗った状態のブレイブ。パイルバンカーと突入時の衝撃でサブアームの強度を超えたのか、バキリと音を立てて砕けてそのままナギド・シュ・メインから滑り落ち、数百メートルはある地上に激突して潰れた。

 あと少し遅かったら自分もああなっていただろう。

 そう思うとブルリと身震いし、周囲を見渡して膠着する。

 

 天井や遺跡に不釣り合いな機器類の近くには点滅して起動している事を知らしている爆弾の数々。

 

 ―――うん、逃げよう。

 

 ギアスで助かると言っても痛いのは嫌なので、速攻でこの場を離れようと決意したオデュッセウスは微かに耳に届いた声に足を止める。

 

 「…姉さん」

 

 ほとんど見えてない目を最奥にあるカプセルの方に向け、地べたを張って進むシャリオ。

 カプセルにはシャムナが眠るようにそこに横たわっている。

 姉弟と周囲の爆弾を何度も見返し、大きなため息を漏らす。



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第145話 「ジルクスタンでの後始末」

 しっとりと纏わりつく湿気で肌が濡れ、それに伴う熱気が身体をポカポカと温め、毛穴から汗が浮き出ては肌を撫でるように伝っていく。

 服を着ていればびしょ濡れになる程度には掻いているが、現状はタオル一枚しか纏っていないので気にせずに掻き続ける。

 日常でこれだけの暑さと湿度、多量の汗を掻く様な状況は不快だろう。

 しかし、この場に居る誰もが不快な感情は抱いておらず、寧ろ楽し気で気持ちよさそうに笑っていた。

 

 ニーナ・アインシュタインはジルクスタン王国にて“ハマム”を体験し、帰国するまで存分に満喫しようと訪れているのだ。

 “ハマム”というのはジルクスタン周辺国家ではメジャーな公衆浴場で、湿度の高いサウナで身体を温めて汗を流し、その後にマッサージなどの施術を受けるものである。

 身体が火照って柔らかくなり、マッサージの効率も上がって非常に気持ち良いのだ。

 

 だけど今は前段階。

 かけ湯をしてドーム状の室内の真ん中にてうつ伏せになり、専属の施術士による垢すりマッサージを行って貰っている。

 力強くされて初日は痛く感じたが、何度かしている内にそれが中々気持ちよく感じてきた。

 マッサージというと手もみや指圧などを想像するかも知れないが、垢すりは垢を落とすために身体を洗う専用の道具を使って大量の泡で洗われるのが正しい。

 巻いたタオルの所以外はほぼ泡塗れになりながら、気持ちよさから「ほぅ…」と小さく吐息を漏らす。

 

 「本当にハマるわねぇ」

 「そうですねぇ」

 

 黒の騎士団のエースとしての職務を熟しながら、学生としての生活を両立させている紅月 カレン。

 色んな土地を渡り歩きながら、元がお嬢様だけに家事などが壊滅的に出来ないが、空回りながらも必死に頑張りを見せているレイラ・マルカル。

 互いに疲労が溜まっていたのかふやけるような表情を晒してだらりと身体中の力を抜き切っていた。

 言葉にも力は無く、最後の方になると伸びていた。

 それに対して微笑は浮かべるも誰も何かを言う事は無い。

 自分達とて差異があるだけでそう変わらないのだから。

 

 「はぁ…ずっとここに居たい…」

 「駄目ですよ。お婆様達が待っているんですから」

 「ま、ここでゆっくりできるのもオデュッセウスが居るまでの間だからな」

 

 C.C.の言う通り、彼女達がジルクスタンに残っているのはオデュッセウスが未だに離れない為にあった。

 ジルクスタン王国は超合集国の決定で動いた黒の騎士団により制圧され、現在は超合集国の支配の下にある。

 これが一昔前の神聖ブリタニア帝国であれば植民地待った無しであったが、超合集国はそのような事は頭にない。

 今回の事件の謝罪をさせ相当の罰は負わすが、今後の統治を安定させるまで関与する程度。

 第一条件としては超合集国に加入するという話が大前提であるが…。

 

 ここまでで民間人となっているオデュッセウスが残る理由がない―――のだが、今回の事件でギネヴィアが完全にぶち切れ、何を罰として言い付けるかが分からない。

 元凶である王族を失ったジルクスタン王国にこれ以上追い打ちをかければ、恨み辛みを抱いた民が余計に難民として世界に広がる。いらぬ争いごとの種を増やさぬためにも、ギネヴィアが暴走しない為にもクッション材的な役割をかって出たのだ。

 オデュッセウスが居る間はカレンは護衛という名目で残れ、ニーナもオデュッセウスが居るならと一緒に居る。

 正直レイラ達やC.C.は自由なので旅立っても良いのだが、久々な贅沢を楽しむべくオデュッセウスの近くにしていたりする。

 

 「そう言えばこの後どうなるのよ?」

 

 アヤノの一言に施術士はピタッと手を止めた。

 何しろ黒の騎士団によって制圧させたジルクスタンを捨てて難民にならず、これからもここで生きて行く。

 彼女達(施術士)からすればこれからの生活に大きく関わる話題であり、自国が仕掛けた争いごとであることから身構えるのも当然であろう。

 

 「超合集国から暫定統治する人が選ばれて、着任してあとは上手くやるでしょ」

 「相変わらず雑だなお前は」

 「なによ。だったらアンタが暫定統治者として推薦してあげようか?元嚮主様(・・・・)

 「断わるに決まっているだろう」

 

 揶揄う様なカレンの言葉をC.C.がピシャリと斬り捨てた。

 予想通りの反応にクスリと笑っていると、垢すりマッサージは終わり、洗髪に移って目も口も開けられないのでシャカシャカと髪が泡立てられる音が小気味よく耳に響く。

 それが終われば泡を綺麗に流され、ここで専用の施術士は離れて行く。

 ニーナにカレン、アヤノにレイラ、C.C.にアーニャは立ち上がって、少し離れた腰掛がある場所まで移動し、ゆっくりとこの湿気の多いサウナを楽しむ。

 ポカポカと体温が上がっていく中、誰かが近づいてくる気配を感じた。

 

 「こちらにいらしていると聞いて来ましたわ!」

 

 視線を向けるよりも先に声で相手が解り、キョトンと目を丸くする。

 そこに居たのは自分達と同じくタオル一枚巻いた皇 神楽耶だった。

 何故と疑問を抱いて口に出す前に皆が表情で語っていた為に先に答えられた。

 

 「私が暫定統治者になりました」

 「神楽耶様が?」

 「うむ、本当はギネヴィアが立候補していたのだが―――」

 「先が見えますね。ジルクスタン王国が確実に崩壊する」

 「っていうかアジア・ブリタニアの女帝の立場どうする気よ…」

 

 それほどに怒っている事からどれほどオデュッセウスを大事に思っているかを再確認し、だからこそ呆れ顔を浮かべる。

 ふふふと含みのある笑みを浮かべて隣に腰かけた神楽耶はニーナの方を見つめる。

 

 「会った時に聞こうと思っていたのだが、お髭のおじさまとはどんな感じなのか?」

 「どんな感じと言われましても………普通…でしょうか?」

 

 唐突な問いにニーナは少し悩みながら答え、アーニャはその答えに眉を潜めた。

 普段を知らないカレンやレイラ達は「ふ~ん」と聞き、神楽耶はライとの惚気から不満、アヤノとレイラはアキトの良い所や悪い所を語ったりと話がコイバナへと傾く。

 変わっていく中でアーニャはオデュとニーナの普段を思い返す。

 片方がソファで座っていれば背中合わせでお互いパソコンを弄ったり本を読んだりと個々人で過ごし、食事の時には「あーん」と食べあいっこしたり、オデュッセウスがゲームをしていれば大概胡坐の上に座って眺めていたりするニーナ。

 

 「…で、実際はどうなのよ」

 

 話を聞く側に回っていたカレンはそんな思い返していたアーニャに近づき問いかける。

 別段隠す事でも詳しく話す気もなかったのでアーニャはただ一言―――「暑苦しいほどべったりしている」とだけ答えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 バルボナ・フォーグナー大将軍は手に資料を持ち、歩きなれた廊下を進む。

 役職上幾度となく歩いた事のあるジルクスタン王国の王城の廊下。

 変わらぬ光景に変わらぬ道のり。

 しかし向かっている先にある王の執務室には自分の主は居ない。

 国王シャリオ様と姉で神官のシャムナ様が神殿の爆破に巻き込まれて行方不明となっている。

 もしかしたら生きているかも知れないと一部の期待を抱くも、その淡い期待を噛み潰して己の今の立場とやるべき事を再認識に手執務室員向かう。

 

 シャムナ様の計画が上手く進めば何という事は無かったが、失敗してしまった時点でこの国の運命は奴に握られっぱなし。

 いや、奴に手を出してしまった瞬間から決まっていたのかも知れない。

 人数にして50人にも満たない人員と微々たる戦力で首都にいる部隊と渡り合い、人質救出から王族の殺害、さらに主戦力の短期での回復も見込めない程の甚大な被害。

 これほどの被害をかつて受けた事があったのだろうか。

 国王どころか王族を失い、主戦力は半壊状態で大将軍たる私が捕虜となっては国どころか軍も機能しない。

 そこに外に漏れた情報から採決を取った超合集国による黒の騎士団の派兵。

 海からはシュナイゼル・エル・ブリタニアが指揮を執る第五艦隊が、制空権は民間からの協力であるがユーロピア圏内で猛威を振るったマリーベル・メル・ブリタニア率いる浮遊航空艦隊が、陸路からはナイトメア隊に洪古の部隊や神虎などが含まれた大部隊を周香凛指揮の下で中華連邦よりジルクスタン王国に攻め込んで来た。

 指揮系統が死滅していたとは言え、この人員に勢力では万に一つも勝ち目は無かっただろう。

 噂では今回の派兵にはラウンズ達も多く含まれている上に、以前はオデュッセウス専属騎士団であったが現在は黒の騎士団参謀本部直属となったトロイ騎士団、テーレマコス騎士団、ユリシーズ騎士団などの精鋭部隊で編成されていたらしい。

 

 全てはオデュッセウスを救出する為と多くの国家代表が尽力した結果だ。

 それだけ奴には人を動かす人望があり、それをしっかりと理解せずに我々は手を出してしまった。

 通信モニター越しであるが、言葉を交わしたギネヴィアの事を思い出してブルリと震える。

 あの視線だけでも人を殺せそうな絶対零度の瞳…。

 もし奴が間に入っていなければ我が国は崩壊していただろう。

 

 その点は奴―――オデュッセウス・ウ・ブリタニアには感謝している。

 おかげで主は護れなかったが、主が想っていた民は護る事が出来るのだから…。

 

 「フォーグナーです。資料が出来たのでお持ち致しました」

 

 執務室前に控えているグラストンナイツに声を掛け、中のオデュッセウスに確認をとった彼らは扉を開ける。

 その様子にこの王宮はジルクスタンの王族のものであったが、もはや我が国のものではないのだなと実感する。

 王宮と言ってももはや王族は居らず、上手く行けば数十年後には民衆より選ばれた者が国の舵取りをするようになるだろう。

 その際に王宮は必要なく、国家元首用の建物は建設されるだろうが国の状況からそれほど豪華でなく良い。

 となれば維持費だけでも膨大な王宮は使われる事は無く、歴史遺産として残されるか破壊して土地などを有効に扱うか。

 兎も角そんな先しかないのと、謝罪も兼ねてジルクスタン内で最も豪華な施設としてオデュッセウス達にここを自ら明け渡した。

 扉が開き、主が居た場所にオデュッセウスが居るのを見て、悲しみが押し寄せるが噛み殺してゆっくりと歩み寄る。

 

 「それが資料かい?すまないね。大将軍に雑用みたいな事をさせて」

 「いえ、今の我が国でギアスを知る者はほんの少数。ならばこれ以上知られないようにするために私などが行うのが一番でしょう」

 

 昨日までならシャリオ様にシャナム様、それに息子のシェスタールにクジャパッド、ブラッドリーなども居たのだが、捕虜になったままのシェスタールとクジャパッドを残して亡くなってしまい、今ジルクスタンに居るのは神官達を除けば私のみ。

 ギアス関係の事なら私以外に担当出来るものがいないのだ。

 資料にはそれ以外のものもあるにはあるが…。

 

 受け取った資料に目を通すオデュッセウスの傍らにはギルフォードにジェレミアが控えており、いつ可笑しな動きをしても対応できるように身構えている。

 二人が気を張るのは当然だろう。

 なにせ私はオデュッセウスを襲ったものの一人で、シャリオ様の仇討ちという襲うには充分過ぎる理由を持っている。

 さらにオデュッセウスは油断し切っており、襲いかけられた際には動くことも出来ないからだ。

 

 腰かけているソファにはオデュッセウスだけでなく、膝枕して貰って満面の笑み…いや、だらしない笑みを浮かべたブリタニアの魔女(コーネリア)が転がっているのだ。

 なんでも私を捕らえて手柄として要求したとか話を聞いたのだが、思っていたブリタニア皇族のイメージががらりと変わった。

 

 威厳的には悪い意味で、兄妹仲は良い意味でだ。

 シャムナ様も負けず劣らずシャリオ様との仲が大変宜しかった。

 こうして敵対でもしなければ肩を並べて家族の自慢話でもしていたかも知れないな。

 まぁ、今更思ったところで詮無きところであるが…。

 

 「了解した。勿論こちらでも調べるけどギアス関係の遺跡はすべて破壊するからそのつもりで」

 「シャムナ様が亡くなった今となっては無用の長物。超合集国がそう判断したのであればそう致しましょう」

 「亡く―――…あぁ、そうだったね(・・・・)

 

 何処か含みのある言い方に首を傾げるも、気にすることなくコーネリアの髪を梳きながら撫でながら資料を読み続ける。

 すらすらと速い速度で動く目線に、さすがに慣れている様子。

 通し終えた瞳はそのまま私の目をしっかりと見つめる

 姿勢は正していたが、より一層注意を払って正す。

 

 「うん、問題ないね。それと助かったよ。これらが無ければどうしようかと思っていたからね」

 

 そういうオデュッセウスは酷く疲れた表情を晒した。

 バルボナは知っている…。

 数日前、ブリタニア皇帝を務めたオデュッセウスを始めとした数人のモニター越しに向けた必死な土下座姿を…。

 

 実戦に使用されたフレームコートが見る影もなく破壊された事を、製作者であるシャンティに包み隠すことなく伝えたオデュッセウス。

 詳細な説明と真摯な謝罪を受けたシャンティは、執務室から王宮内に響くほどの泣き声が轟いた。

 幼い身体の水分を出し切るのではないかと思う程の涙の量に、喉を潰しかねない大音量の鳴き声。

 同じく壊してしまった黒の騎士団エースの枢木 スザクに紅月 カレンも土下座をしており、彼女が泣いた際には大慌てで泣き止むように必死に宥めようとしていた。

 その宥める際にオデュッセウスは多額の研究費の増額にジルクスタン製ナイトメアフレームの技術検証を任せると言う事で手を打って貰ったのだ。

 子供相手にそこまでしている様子は本当にどうなのだと思った。

 そして私はその子供をあやす為にナギド・シュ・メインにジャジャ・バッカ、ガン・ドゥ・グーンを新造する命令を出す事になったのだ。

 ちなみに三機はナウシカファクトリーでパール・パーティに調べ尽くされた後、ロイドやミルビルの下を渡って、最終的にはオデュッセウスの博物館に贈られる事になっている。

 無論武装面はロックしてだ。

 

 「不本意ではあるだろうけどこれからも頼むよ」

 

 確かに不本意ではあるが、超合集国に加入する事によって今までは選べなかった道を選べ、シャリオ様が憂いていた困窮しているジルクスタンの立て直し、ひいては苦しむ民を救う事に繋がる。

 彼らの為ではなく、今は無き王の為と思えば本意だろうが不本意だろうが関係はない。

 だからバルボナ・フォーグナーはこれからもジルクスタンでその能力を存分に振るうのであった。



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第146話 「新たな住人」

 ここは一体どこだろうか…。

 意識が覚醒してゆっくりと瞼を開ける。

 視界は酷くぼやけ、身体は重りでも乗っているかのように鈍い。

 気怠さも感じて本当に何が起こっているのか…。

 ぼやけた視野では辺りが暗い事しかわからず、肌より伝わって来る感触より上質なシーツのようなものが掛けられているのを察するばかり。

 嗅覚ではなにやら花の香りを感じる程度。

 耳に集中して聴覚を働かせると周囲に誰かいるらしく、物音が断続的に入って来る。

 口を開いて声を出そうとすると水気がないようで、ぺたりとくっ付いた唇が中々に開けない。

 僅かに空いた隙間よりヒュー、ヒューと吐息が漏れ、周囲に居た者が近づいてくる。

 ただ足音ではなくタイヤを転がすような音…。

 そう思ったら見えぬ者に対する不安は無かった。

 聞きなれた車椅子の音に安堵すら覚える。

 

 「姉さん。ようやく起きたんだね」

 

 あぁ、やはりと頬を緩ます。

 愛しい我が弟の声にこの状況下で安らぎすら覚える。

 どうやら寝すぎてしまったらしい。

 朝食を摂って、少し寝惚けた身体を起こすためにシャリオと湯あみでもしようかしら。その前に今日の予定を確認しなければ―――と、緩やかに思考を働かせ始めたシャムナの口元に細い筒が当てられる。

 

 「水だよ姉さん」

 

 丁度口がカラカラに乾いていたのでこれは有難い。

 細い筒…ストローを加えてチューと吸えば乾ききった荒野のようだった口が潤い、ゴクリと飲み込めば臓物に染み渡るような感覚が身体全体に伝わって来る。

 

 「ありがとうシャリオ…」

 

 ようやく言葉が出て、居るであろう方向に礼を言う。

 そろそろ起きなくては。私達にはやるべき事があるのだから………そこでようやく彼女――シャムナは焦りを覚えた。

 寝惚けた脳にフラッシュバックする記憶の数々。

 困窮するジルクスタン王国の為、飢えに喘ぐ民の為、そして何より愛すべきシャリオの為に実行に移した計画。

 オデュッセウスを捕縛し、V.V.を使ったCの世界との接続。

 動き始めた計画に対し、オデュッセウスは奪い返され、シェスタールは生死不明となり、首都への黒の騎士団の攻撃。

 何度も死に過去に戻り、幾度と翻弄してくる敵。

 最後に私は永久に眠れとのギアスを受けて………。

 

 「……私達は負けたのね」

 「そうだよ。ボクらは負けたんだ」

 

 全てを理解し、ようやく見れるようになった瞳には穏やかな表情のシャリオを映す。

 すとんと言葉だけの事実が胸に落ち、ぽっかりと風穴を空けられ喪失感だけが残る。

 私達の計画は潰えた…。

 あれもこれもどれもそれも全てが無と帰し、かけてきた資金に労力に時間を消費しただけで得るモノは無し。

 腕で目元を隠し、涙が薄っすらと頬を伝う。

 そんな中、コツコツコツと複数の足音が近づいてきた。

 もはや警戒する気さえ起きないシャムナは気怠そうにそちらに視線を向ける。

 

 「起きたようだね」

 「――ッ!?オデュッセウス…」

 「そのままで。一週間以上も寝たままだったんだ。身体も言う事を利かないだろう?」

 

 それほどに眠らされていたのか。

 いや、逆だ。

 一週間以上で起こされたというのが問題だ。

 現れたオデュッセウスにジェレミア、アーニャの三人を睨みつける。

 オデュッセウスはシャリオの横に立ち、ジェレミアはその護衛、アーニャは視界から出るように立ってこちらを伺っている。

 ナニカを警戒しているようだ。

 

 「あ、ギアスは無駄だよ。ジェレミアはギアスキャンセラーというギアスを無効化するギアスを有しているからね。代償が必要なら払うだけ払って不発で終わる」

 「あら?ゼロから私のギアスを聞いていないのかしら?」

 「聞いていようがいまいが関係ないからね。それに少し聞き辛いし…」

 

 頬を掻きながら困ったように呟く。

 その表情が何を意図しているかは察せれないが、彼らはギアスの詳細を知らない。

 思考が働きそう判断するも、すぐにだからどうする?と自問自答する。

 あれから一週間以上経っているというのが事実であるならば、たぶんジルクスタンは落ちているだろう。

 私自身の肉体能力で彼ら三人を打ちのめすのは不可能で、ギアスは死に戻りなので戻っても六時間前の睡眠状態では何も出来やしない。そもそも使おうとも死ななければならないのでその手段もないので使えないのだ。

 大きなため息を吐き出し、成す術もない事から必要ない警戒心を溶く。

 

 「で、私に何をさせる気なのかしら?」

 

 敗者の末路など解かり切っている。

 全ては勝者に絞り取られ、良いように使われる。

 半分以上自棄になっているのもあり、態度からどうにでもすれば良いと告げるシャムナにオデュッセウスはあるモノを差し出す。

 

 「では、これを渡しておこう」

 

 受け取ったソレを見て首を傾げる。

 正面から見てひっくり返し、捲り、握り、撫でる。

 困惑したシャムナはオデュッセウスに問いかける。

 「これはなに?」と…。

 その問いにジェレミアが肩を竦める。

 

 「それはエプロンと言って調理する際に飛び散る油などの汚れから衣類を護る調理者にとっての防具である」

 「いえ、そうではなく何故これを渡すのかと聞いているの」

 

 真っ直ぐに答えられたが、聞きたい事と違う事に目くじらを立てる。

 まぁ、立てたところでビビるどころか鼻で嗤われるだけなのだが…。

 威圧的にも取れるジェレミアの態度に腹を立てていると、オデュッセウスが宥めるように微笑を浮かべジェレミアの視線を遮るように立つ。

 シャリオは少し前に立ったオデュッセウスに警戒心を向けるどころか、普段通りの態度で別段敵意を抱いている様子を見せなかった。

 疑問に抱いているとコホンと咳払いして喋り出した。

 

 「日本の言葉には“働かざる者、食うべからず”という言葉がある」

 「私に給仕をしろとでも言いたそうね?」

 「ジルクスタンの予言の力かな?」

 「こんなことに予言は使わないわ」

 「そうかい。兎に角、君もシャリオ君もすでに公式上の死人だ。だが存在する死人は周囲を騒がす。特に君達は世界を揺るがしかねない」

 「なら―――」

 「始末するべき…かな。確かに後顧の憂いを断つのであればそれが最善策だろう―――けど、私は見てしまった。地面を這いつくばってでも爆弾に囲まれた君を助けようとしたシャリオ君の懸命な姿を」

 「私達を助けたのは同情とでも言いたげね」

 「半分正解で、もう半分は同じ弟妹を持つ身としては見捨てられなかった」

 「馬鹿馬鹿しい。それだけの理由で私達を拾うなんて非常識ね」

 「私は非常に我侭なのだよ」

 

 困ったように微笑んだオデュッセウスは自分でも理解しているようで肩を大きく竦めた。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 私達はとんでもない男に手を出してしまったらしい。

 パンドラの箱というのはこういうものなのだろうか…。

 一度開ければ災厄が撒き散らされ、箱の中には希望だけが残る。

 私達はこの男によって全てを失い、こうして生き長らえれる道が提示されているのだから。

 

 「あぁ、後々給仕の仕事はして貰うけど、当分は鈍った肉体の回復に励んで欲しい」

 「では、行こうか」

 「また来ます」

 

 去って行くオデュッセウスの後をジェレミアとシャリオが続いて退出していく。

 残ったのはアーニャのみで、私に給仕をしろと言った以上シャリオにも同様の事を言っていると判断し、それを問いかける。

 

 「シャリオはどうしたの?」

 「…改造した民間用のナイトメアフレームの作業機の操縦士」 

 

 それを聞いて何が何やら理解が及ばずに、頭痛に悩まされる。

 するとアーニャにポンと肩を叩かれ振り返ると「そのうち慣れる…」と一言。

 慣れると言うのはここでの生活の事なのか、無茶苦茶なオデュッセウスになのか…。

 もはや問いかける気力も失ってベットに力なく転がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 “私は非常に我侭なのだよ”と偉そうに告げた私、オデュッセウスは一階にて床に両ひざをついて土下座をしていた。

 そりゃあそうだ。

 ジルクスタン王国の王族は今や超合集国が築いた平和に泥を塗った世界的な犯罪者という認識で、それが生存していたと罪状の下に罰が下されるのは当然だろう。

 なら誰にも気づかれずに死人のまま生きて行けば良い。

 …と、思っていた矢先にバレてしまったのだ。それも特にバレてはいけない相手に。

 

 「さて、どういう訳か話してくださいますか?」

 

 冷やかで怒気を含んだギネヴィアの視線が突き刺さる。

 アジア・ブリタニアを纏めている彼女であるが、無理やりにでも時間を作って無事な生還を祝いに来てくれたのだ。

 突然の訪問で何の準備も出来ず、オレンジ畑にいたシャリオ君が見つかってしまった…。

 シャリオ&シャムナ両名の生存を知っているのは私をジルクスタンより回収したマリーベルに、二人を内密に運んだオルフェウス君達のみ。

 ちなみにマリアンヌ様に父上様(シャルル)、ビスマルクも同様にステルス潜水艦にて運んでもらった。

 

 「えーと…た、他人の空似だよ…」

 

 自分でも苦しい言い訳だと理解している。

 けどこれぐらいしか出て来なかったのだ…。

 助けてとギネヴィアと一緒に訪れたカリーヌにクロヴィスとライラに向けるが、カリーヌは楽しそうに眺めるばかりで、ライラは助けようとしてはくれたもののクロヴィスが危ないからと制止した。

 

 「そうですか。名前も同じでしたが?」

 「ぐ、偶然にしては出来過ぎだよねぇ…」

 「同姓同名で容姿も同じなど、凄い確率ですね」

 

 そこまで言い終わると紅茶を飲み切ってカップを置き、冷や汗を滝のように掻いて、瞳が忙しなく動き回っているオデュッセウスに近づく。 

 土下座しているオデュッセウスに鋭すぎる視線が降り注ぐ。

 

 「なにか他に仰ることは?」

 「すみませんでした…」

 

 シャンティちゃんに続いて土下座を晒し、許しを請うも視線は突き刺さるばかり。

 状況にカリーヌがニーナの方へ振り向く。

 

 「っていうかさぁ、アンタは良い訳?」

 

 急に話題を振られてキョトンとするニーナ。

 意図を察し切れない様子に小さくため息を漏らす。

 

 「良いと言うのは?」

 「アンタとお兄様を危険に晒したあの姉弟を自分の家に入れる事よ」

 「あー、そんな(・・・)事ですか。確かに想うところはありますけど、なんだかこういう事に慣れちゃって別に良いかなって」

 「君も随分と逞しくなったね…」

 

 何かしらの話題に出たり、多少顔を合わせた事ある程度であるが、昔の弱々しい印象がガラリと変わっている事に苦笑いを浮かべる。

 そう言われればそうですねと軽く笑っているが、とても大変な状況であるのは変わりない。

 危険な馴れだと言う事にニーナもオデュも気付いていない…。

 

 「お兄様は許すのですか?」 

 「可笑しな事を聞くね。勿論許せないよ」

 

 笑顔だというのに言葉には怒気が含まれていた。

 一瞬の雰囲気の変化にライラがびくりと震え、その怯えた様子に気付いて怒気を押さえて大丈夫だよと頭を撫でる。

 

 「私は兎も角、ニーナや皆を危険に晒した事は怒っているよ」

 「ではどうして匿うのです!言ってくださればこちらで処理(・・)致します」

 「怒ってはいるけど情が湧いてしまったんだろうね」

 

 あんな姿を見てしまったのもあるけど、会話して倒さねばならないほどの敵には思えなかったのである。

 寧ろ会話していて楽しいと思った事も後押ししたのかも知れないな。

 困った笑みを浮かべてはいるも、考える気はないのだろうと察するクロヴィスは苦笑する。

 

 「姉上。こうなった兄上は頑固ですよ」

 「はぁ~…分かってます。解っているとも…」

 

 大きなため息を漏らしながら呟いたギネヴィアは、仕方が無いと諦めるしかないと判断した。

 事が事だけにシュナイゼルとも話をして対策をしておいた方が良いので、そちらの調整も考えなければと思ったギネヴィアは今頃ながらロロとレイラの苦労を痛感するのであった…。



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第147話 「一変した日常」

 遅れに遅れて申し訳ありませんでした。
 夏バテによる体調不良が治ったり、ダウンしたりを繰り返してこちらまで手が周りませんでした。
 これより再開しますが週一投稿から二周に一回の投稿になります。


 星々や月が昇った夜から朝になる中間。

 空に太陽が昇ろうとして夜空が白み、動物たちが置き出す時間帯。

 カーテンの隙間より入った零れ日を感じながら、眠りについていた意識が徐々に覚醒する。

 ゆっくりと瞼を開けて周囲を見渡し、シャナムは小さくため息を漏らした。

 ジルクスタン王国の王女であり、聖神官として君臨していたシャナムはそれなりに贅沢な暮らしをしてきた。

 国力が少なく、資金力の乏しい我が国の現状を鑑みるとブリタニアの皇族ほど贅沢はしていなかったが、立場的な事もあって食うに困るような生活はしていない。

 困窮する民から見れば十分過ぎるほどの贅沢な暮らしだったろう。

 そして今はそんな以前の生活から一変し、裕福な庶民(・・)の生活に落ち着いている。

 以前に比べれば小さくグレードの落ちたダブルベッド、寝室よりも狭い自室、見栄えのしない衣類などなど。

 

 上半身を起こして思いっきり伸びをして背骨がコキコキと音を立てる。

 寝ている間に固まっていた身体を多少解すと、優しい視線で隣を見下ろした。

 隣では安らかな寝息を立てながら、スヤスヤと眠っているシャリオがそこに居た。

 可愛い可愛い私の弟。

 このオデュッセウスの屋敷で暮らすようになって一番変わったのはシャリオだろう。

 日中はジェレミアの管理するオレンジ畑で働き、休日はオデュッセウスやアーニャ達とテレビゲームに興じる。

 ナイトメアに搭乗してその身をすり減らしながら戦う事もなく、王の立場がなくなった事で護るべき民は自身の責任から離れたために心を痛める事は無い。

 

 クスリと微笑、寝ているシャリオの頭を撫でる。

 ふわりとした髪の触感に体温をその手で感じながら今の幸せを噛み締める。

 本来ならばあのような事件を起こした私達は生きてはいられなかったろう。それがこうして生を謳歌できるというのだから有難いというものだ。

 口には決して出さないものの実感を新たにしていると、頭を撫でられている事で意識が覚醒したのか「んん…」と声が漏れ、薄っすらと瞼が開いた。

 

 「…姉さん……」

 「あら、起こしたかしら?」

 「今何時?」

 「まだ大丈夫よ。もう少し寝てなさい」

 「……ん」

 

 寝惚け状態だったシャリオは再び瞼を閉じ、寝息を立て始めた。

 早すぎる時間に起こしては後々辛いので、惜しいが今は(・・)撫でるのは止めて起き上がる。

 起こさぬように静かにベッドより抜け出してクローゼットに向かう。

 寝間着をハンガーにかけ、簡素な服装に着替える。

 王族ならば王族としての身嗜みがあったが、今の生活で大事なのは見た目よりも動き易さ。

 だからと言ってファッションをガン無視した服装は御免断わる。

 最初に「これで良い?」と渡された野暮ったいジャージ一式はクローゼットの端に封印させてもらった。

 

 さっさと着替えを済ますと寝癖をチェックしたり、髪を梳いたりと手間暇かけて身嗜みを整える。

 これもまた以前とは違う所の一つだろう。

 着替えも身嗜みを整えるのも侍女の仕事であり、自身は紅茶を楽しみながらせっせと働く侍女たちを待つだけで良かったのだから。

 全てと言うのは偏見であるが、身嗜みを気にして身支度をする女性は時間が掛かる。

 白んでいた空には太陽がしっかりと昇り、見渡す限りの大地を照らしていた。

 そうなるとシャリオも起き出す。

 

 「おはよう姉さん」

 「おはようシャリオ」

 

 短い挨拶を交わし、シャリオはベッド脇に置かれた車椅子に這って移動して座る。

 手助けしたい気持ちはあるも“出来る事は自分でする事”というオデュッセウスの方針に賛同した身としては手伝い辛い。

 世話係がつかない今の生活では全てを他人に任せる事は出来ない。

 ゆえに出来る事は自分でしなければならない。

 納得はしても見ている身としては非常に辛いのは何とも言い難い…。

 

 「こちらに来なさい」

 

 一人で着替えも終えたシャリオを呼び、自分が扱っていた化粧棚の前に来させると後ろに回って髪を梳く。

 身だしなみの全てを手伝う訳ではない。

 これぐらいは“姉弟”の振れ合いとして良いだろう。

 オデュッセウス達と生活を共にする事で良く知ったのは兄妹・兄弟との接し方だ。

 他の家族の兄弟や姉妹、姉弟に兄妹の暮らしを知る事も無かったのでそう言った常識が抜けていた(・・・・・・・・)のだろう。

 だからオデュッセウス達の接し方を見ていたら目からウロコだった。

 膝枕をされるコーネリア。

 頭を撫でられるギネヴィア。

 政治関係なしに無駄話に華を咲かせるシュナイゼル。

 王宮のに比べて狭いお風呂にオデュッセウスと共に入るパラックスにキャスタール。

 他にも例を上げたらキリがない。

 始めはべたべたし過ぎだろうと思っていたのだが、あまりに自然にそう接している事からこれが普通なのだろうと理解してしまった(・・・・・・)

 さすがにあそこまでべったりとするのは慣れも無いのでしないが、こういった振れ合いは中々に心地よくシャムナもシャリオも楽しみながら受け入れている。

 髪を梳き終えると今度はシャリオが梳いてくれる。

 先ほど身嗜みを整えた際にすでに梳いてあるが、愛しい愛しいシャリオが梳いてくれるというのは想像以上に心地よく癖になった。

 それが終わるとシャムナは先に下に降りる。

 シャムナとシャリオの部屋は屋根裏部屋を改装した一室にあり、下の階に降りるには階段か新たに取り付けられたエレベーターの選択肢がある。

 一階に空いている部屋がなく、屋根裏を改装するしかなかった為、不自由なシャリオの為に用意したのだ。

 これに対しシャリオが礼を述べたところオデュッセウスは驚いた様子を一瞬浮かべ「航空艦ほどの予算も使ってないから大丈夫だよ」と乾いた笑みを浮かべながら答えたがどういう意味なのだろうか。

 シャムナの仕事はほぼ家政婦と言って良いだろう。

 神事に軍事に政治に口を出していただけなので、決して掃除&調理のプロという訳ではないので、出来る範囲での話になる。

 台所に向かえばエプロンを着てトースターでパンを焼き、ジャムとヨーグルトを用意する。

 ジャムはジェレミアのオレンジ畑で収穫し、見た目や傷によって出せなくなったモノを使ったものなので、味や品質は上質な物である。

 ヨーグルトは高いが市販でも取り扱っているもので、それにバナナや蜜柑などの果物を切って放り込む。

 大概の朝食はこれにサラダが付いていたり、パンの種類が違っていたりでそう変わらない。

 用意が終わる頃にジェレミア、シャリオ、アーニャの順番に訪れ、挨拶はそこそこに朝食を口にしていく。

 その間にオデュッセウスとニーナの一室に向かい、廊下にワゴンごと朝食を置いて放置する。

 

 あの二人は朝に弱い事は無い。

 寧ろオデュッセウスに至っては身支度をしている頃にランニングしたりしているので私より早くに目を覚まして動いている。

 ただニーナはオデュッセウスといちゃついていたり、趣味の研究に没頭して徹夜していたりするので寝ている事が多い。

 起きているオデュッセウスは無理に起こす事はしないし、朝食時にシャワーを浴びたりと時間が合わない。そこでこうして朝食を置く事にしているのだ。

 そうして台所に戻って自身も朝食を口にする。

 いつもながらの朝食に舌鼓を打ち、食べ終わるとオレンジ畑に向かうシャリオ達を見送って自身は食器などを片付ける。

 片付けが終われば掃除の時間だ。

 まぁ、先ほども言ったように本格的な掃除ではない。

 小型化された持ち運び可能な掃除機を軽くかけるだけ。

 これに関してジェレミアが殿下の住まいだから隅々までと意見を述べたが、毎日それでは疲れてしまうと本格的に掃除するのは大晦日前だけで、最小限綺麗にするだけで良いと決まったのだ。

 と言っても一階から二階、屋根裏部屋までとなると結構大変である。

 しかも掃除している合間合間に洗濯機を回し、洗い終えたら乾燥機に叩き込み、最後に物干し竿に吊るして太陽の眩い陽の光に当てる。昼近くになれば昼食の準備だってしなければならない。

 やる事が多すぎて肉体的に疲れが溜まる。

 最悪疲れが蓄積し過ぎたら“精神的にも肉体的にも健康だった数時間前”に戻して貰うので、翌日に疲れが残らないというのは良い事だ。

 なんにしてもオデュッセウスに言われたように如何に効率よくするではなく、如何に上手く手を抜くかを念頭に入れながら作業を行う。そうこうしていると昼食の時間が近づいてくるので、いつも通りに食事を手配する。

 “作る”というのも仕事の範囲に入るのだろうけど、今まで家事をしていなかった人間にいきなり作れと言うのは酷な話。

 何を注文するかは先に聞いているのでそれを弁当屋やらレストランなど電話で注文するだけ。

 皇帝を降りて皇族の業務より表向きは遠のいたと言えども、見えない所に敵も居るオデュッセウスに対してナニカを盛られる可能性があるが、オデュッセウスのギアスで即効性でも遅効性でも毒の状態から正常な状態に戻る事が出来るので、あまり気にせずに食べる事が出来る。

 

 まぁ、即効性の場合を考えてオデュッセウスが毒見することになるのだが…。

 

 シャリオたちも畑仕事を切り上げ、部屋からようやく出てきたオデュッセウス達も合流しての昼食を一緒に摂り、再びそれぞれがやるべき事、またはやりたい事をする為にバラバラに散って行く。

 朝食後同様に片づけを済まし、厨房にて調理を行う。

 出来ないからと言って何時までもそのままで通すのもどうなのかと毎日レシピ本を見ながら一品作るようにしているのだ。

 昨日は野菜炒めを作ったから今日は煮込み料理でも作ろうかしらとページをペラペラと捲る。

 ま、正直な話をすると役職云々ではなく、味見するシャリオが本当に美味しそうに微笑んで感想を述べてくれるのが嬉しいと言うのが念頭にあっての事。

 微妙に不慣れな手つきで時間をかけながら調理は進み、鍋に入れて煮込み始めると手持ち無沙汰な時間が訪れた。

 中にはその隙に副菜やら用意する者も居るだろうけど今の自身では二つの調理を連続かつほぼ同時に行うと難しい事は解かり切っている。

 なにせこの前、それをやって照り焼きチキンと言う料理を片側黒焦げにしてしまったのだから…。

 あの苦さとリカバリーが利かない失敗した事によりダメージは忘れない。

 

 出来上がるまでの時間、シャムナは椅子に腰かけてテレビでも見ていようと電源を入れる。

 スゥっと映し出されたのはもう二度と関わる事の無い故郷たるジルクスタンのニュース。

 画面にはキャスター(ミレイ)にインタビューを受けるボルボナ・フォーグナーが映し出され、ジルクスタンの現状を口にしている所だった。

 地下資源も国力も無く、唯一の資金源だった兵士の輸出が難しくなって外貨を得る事すら出来なくなって衰弱の一途を辿り、それらを帳消しにも出来た計画が失敗してより状況が悪化した祖国…。

 それがまぁ、なんとも上手く立て直されている事か。

 オデュッセウスの口添えなのか、それとも担当している神楽耶と言う少女の才覚かジルクスタンは再建の道を順調に進んでいるようだ。

 優しいシャリオは今でもジルクスタンを気にかけているので、後で教えてあげようと録画ボタンをすかさず押しておく。

 お茶にオデュッセウスのお茶請けであるお菓子を取り出し、何気なく口にしながら眺める。

 経済状況や復興の進捗、さらには黒の騎士団との戦力強化計画などなど公に発表できる範囲の内容が語られて行き、その中には捕虜の返還もあってシェスタールやクジャパットが復帰したらしい。

 猫の手も借りたい現状で指揮官としての能力を持ち合わせている彼らの復帰は有難い。それにバルボナにとっては息子の帰還は精神的にも良いだろう。

 

 ニュースを見ながらも鍋を気にし、出来上がると皿に移して一つはラップをして置いとき、もう一つは味見で摘まむ。

 食べきったお茶菓子を仕舞っていた箱を崩してゴミ箱の奥底に追いやり、乗せていた皿はしっかり洗って証拠隠滅しておく。

 一口二口はしっかりと味わいを確かめた後はテレビを見る摘まみとして食べていく。

 日によってドラマや映画など放送しているものを何気なく眺めて時間を潰す。

 途中オデュッセウスが来てお茶菓子であった煎餅を知らないかと聞いてきたが当然知らない(・・・・・・)と答えておいた。

 「食べちゃったかなぁ」と首を捻りながら戻って行く様子を眺め、食べきったお皿にナイフとフォークを流しへと運ぶ。

 さっさと残りの仕事を片付けようと洗い物を済ますと、干してある洗濯を取り込むと同時に畳み、その後に風呂掃除を行う。

 屋敷で多人数と入る事も有るので浴槽も含めてお風呂は広い。

 タイルはブラシを装着した円盤状の掃除用ロボットは放ち、浴槽は水流と専用の洗剤タンクによって自動で現れる。

 なので広いがシャムナがすることはロボットを置いて、浴槽の洗浄開始のスイッチを押すだけ。

 これでシャムナの仕事は終了である。

 夕食もまた注文だがその頃には全員が戻って来て自分で注文するので問題は無い。 

 オレンジ畑よりジェレミアを始めとした面子が帰って来ると、真っ先にシャリオに寄っていく。

 

 「お疲れさま」

 「ううん、姉さんほどではないよ」

 「汗をいっぱい掻いたでしょう。お風呂にしましょう」

 

 そう言って車椅子を押して風呂場へと向かう。

 ジェレミアもアーニャも同様に汗を掻いているであろうが、シャムナ達が使用するのは大浴場でジェレミアが使用するのは自身の部屋に設けられた風呂なのでかち合う事は無い。

 アーニャはたまに大浴場も使うが仕事が終わった直後は必ず携帯を弄ってチェックや更新を行うので入って来る事は無い。

 脱衣所で着替えてシャリオを運ぶとまずは身体や頭を洗う。

 身体が弱いため筋力が衰えているので細く、焼けないように太陽光を避けるような服装をしているのは肌は白く綺麗だ。

 傷つかないように肌触りの優しいスポンジで撫でるように、頭皮はマッサージするようにふわっとした髪に指で触れながら洗っていく。

 繊細な割れ物を扱うように大切に大切に洗い、自らも洗い終えると二人して湯船に浸かる。

 暖かで綺麗な湯船に身を浸ける二人はほぅと吐息を漏らしお互いを感じ入り、ふにゃあと顔を緩ませるシャリオを眺めつつ、抱きしめるように背を支える。

 今にも寝そうなほどにふやけた可愛い表情を眺めながらぽつりと口を開いた。

 

 「ここでの生活はどう?」

 

 言葉に反応したシャリオは薄っすら目を開けるもトロンとタレ目掛かっているので今にも寝そうだ。

 

 「慣れないし、疲れるけど…楽しいよ」

 「そう…そうなのね」

 「何より姉さんとこうして居られるし、手料理だって食べれるからね」

 「私も嬉しいわ、シャリオ」

 

 嬉しそうに笑うシャムナはこの生活も満更でもないと笑みを零す。

 今の幸せをしっかりと噛み締めながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ…」

 

 オデュッセウスは数日間かかりっきりとなっていたPCから離れ、大きいため息を漏らしてソファで横になる。

 思考能力の低下。

 肉体的疲労。

 身体に圧し掛かる気怠さ。

 それらをギアスを使用して正常な状態へと戻すも、精神的疲労だけが蝕み続ける。

 シャリオとシャムナはここの生活に馴染み始めている。

 ジルクスタン王国が神楽耶達のおかげで復興の道へ歩んでいる。

 黒の騎士団はジルクスタンの一件を教訓として争いの火種に対する監視能力を数段上げるように努めている。

 誰も彼もが“終わったモノ”として先に進もうとしているが、オデュッセウスは違う。

 未だにジルクスタンの一件に囚われたままだ。

 

 「上手く行くかなぁ」

 

 不安から言葉が漏れてしまった。

 室内で聞いていたのは置いてあったコーヒーメーカーで二人分用意しているニーナのみ。

 

 「大丈夫ですよ。そのためにここ数日詰め込んでいたんですから」

 「そうかなぁ…そうだよねぇ…うん」

 

 疲れが表情に出ているにも関わらず明るく振舞い言ってくれた言葉に、僅かながら安心感を抱いてニーナに触れるとギアスで正常な状態へと戻す。

 

 「必ず上手く行く。いや、上手く行かせなければならないんだ」

 

 自身に言い聞かせるオデュッセウス。

 着きっぱなしのPCの画面には三桁に届きそうな各種ナイトメアフレームの名前に浮遊航空艦数隻、大量の武器などが並び、計画が描かれていた…。



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第148話 「大規模戦闘」

 広い海原を海鳥に紛れて一機のナイトメアフレームが飛行していた。

 海面擦れ擦れを飛び、わざと足先を海面に擦らせて飛沫を上げさせる。

 傍から見れば優雅に美しい飛沫によるラインが引かれているようだが、多少心得があるものならこの行為がどれほどの行為かを理解してゾッとするだろう。

 飛行しているナイトメアは最高速度とまでは行かなくても、猛スピードで飛ばしている事は変わりなく、少しでもバランスを崩して躓けば、出している速度と相まって海面にぶつかった衝撃で分解されてしまうだろう。

 だというのにわざわざ足先を擦らせて激突を誘発する行為はそれほどに自信を持っているのか、はたまた命知らずな馬鹿か…。

 今回の場合は前者でありながら、その危険を楽しんでいる馬鹿であった。

 

 搭乗者は微笑ながらモニターにようやく映し出された小さな島を見つめた。

 小さな小島であるが多数の武装を施され、多くのナイトメアフレームを保有する軍事基地。

 海に囲まれている事から飛行能力に優れたナイトメアに海中戦力を保有している。

 簡易なデータを眺めると興味を無くしてすぐさまモニターから消し去る。

 

 つまらない台本(・・・・・・・)を読み耽るより、力の限り躍った方が楽しいに決まっている。

 ペダルをさらに踏み込み、操縦桿を握り込み、舌なめずりをしてまだかまだかと興奮で頬を高揚させる。

 彼女(・・)の期待を読み取ったようにアラート(警報)音が鳴り響き、後方に三機ほどの編隊が追尾しているのが分かった。

 データ称号からすると飛行能力を有し、戦闘機の様に可変可能なサマセット。

 フロートユニットを接続することなく単独での飛行が可能な機体だが、飛ぶために軽量化された結果装甲が薄くて攻撃能力も最低限。

 正直に言って武装は脆弱と言って良いほどであるが、今は海上を飛行しているのでフロートユニットに損傷を与えられただけでゲームオーバーになってしまう。

 

 (まぁ、それも含めて面白いのだけど)

 

 クスリと微笑み、後方の三機が自機に狙いを付けたのを感じ、そっとペダルより足を離した。

 当然ながらペダルを離せば機体は減速する。

 それも徐々に緩める事の無い急激な減速だ。

 追っていた三機は相手の速度を把握し、追い付こうと速度を出していたので、出していた速度の二倍以上の感覚で迫ってきているように感じただろう。

 咄嗟に回避行動に入った事で三機の運命を決定付けた。

 後方に付いた彼女の機体―――灰色のナギド・シュ・メインはアサルトライフルを向けると翼を撃ち抜いて行く。

 バランスを崩した三機は海面に激突して、衝撃で分解されていった。

 一瞬で三機を撃破した彼女の表情は、嬉しそうではなく何処か引っ掛かるように顰めていた。

 

 (追尾されていた感じではなかった。哨戒機かしら。けどちょっと違和感あるのよね)

 

 相手の意図を探るように考えを深めていると、海面に盛り上がりが出来たことに気付いて急ぎ高度を上げる。

 海面より魚雷が飛び出し、空中で爆散した。

 魚雷はミサイルみたく空中で飛行することなく勢い任せに跳び出す程度であり、直撃することは低く飛ばない限りあり得ない。

 が、嫌らしくも魚雷に対人地雷のように破片を周囲に撒き散らす仕掛けを仕掛けてあって、少々高度を上げた程度では小さいながらも被弾してしまう。

 しかし高度を上げ過ぎると新たに現れたサマセットにフロートユニットを付けたサザーランドやグロースターの大軍に蜂の巣にされてしまう。

 攻撃の手が届かない海中からは無数の魚雷。

 頭上は飛行可能なナイトメアに押さえられている。

 目的地までまだ遠い…。

 援軍は無く、単騎でこれを切り抜けなければならない。

 

 「本当に面白いじゃない」

 

 彼女―――マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは絶体絶命のような状況にて微笑む。

 確かに通常のナイトメアフレームでは“閃光のマリアンヌ”とてこの状況を打破するのは難しい。

 しかしながらナギド・シュ・メインはダモクレス戦で搭乗した“カリバーン”を除けば一番相性の良い機体であるだろう。

 ランスロットや紅蓮の最新機も勿論扱えるが、彼女とナギド・シュ・メインが相性がいい理由は積み込まれた“メギストスオメガモード”にある。

 これは各所のフロートシステムを並列起動する事で残像が残るほどの超高速機動を可能とするシステムで、デメリットとして尋常ならざる負荷を耐えねばならず、本来の搭乗者であるシャリオは薬物投与によって誤魔化していた。

 が、マリアンヌは身体のほとんどが人体ではない。

 シャリオが苦しんだ負荷程度ではマリアンヌは顔をゆがめる事すらあり得ない。

 

 装甲が金色に輝き、残像を残しながらナギド・シュ・メインが銃弾の豪雨を突破していく。

 相手は点での攻撃ではなく面で攻撃しているものの、一発も当たりはしなかった。

 アサルトライフルを撃ちながら、腰に巻き付けていた曲刀を引っ張る。

 良く曲がり、良く伸びる曲刀はナイトメアを切る事には適しておらず、出来るのはその性質を上手く使ってのパーツの剥ぎ取り。

 高速移動しながらの射撃で大編隊への突入口を形成したマリアンヌは、そのまま突っ込んで曲刀で流れるようにパーツをはぎ取っていく。

 空には閃光が駆け抜け、ナイトメアの爆発がその通り道で起こる。

 そして海面には多数の部品が散らばり落ちた。

 倒しながら弾切れのアサルトライフルを投げ捨て、敵機より奪って射撃を続ける。

 粗方暴れて片付けたところで目的地である島へと向かう。

 崩れた編隊は部隊を再編して追い掛けるに時間が掛かるだろうし、海中から魚雷を撃っていたと思われるポートマンでは空中に対して攻撃手段を持っていない。

 メギストスオメガモードを解除して向かうと、案の定基地施設より迎撃が開始される。

 対空砲にナイトメアからの攻撃。

 モニターにはデータ照合から特定した機種が表示されるも、複数に渡って表示されるので正直前が見ずらい。

 「地味な事をして…」と呟きながら追加で出される情報をカット。

 だいたいであるが表示されたのは長距離攻撃に優れた機体らしく、それなら懐に入って倒してしまおうと回避行動を取りつつ突っ込む。

 

 ここで予期せぬ状況に発展する。

 

 基地へ突入したところで一機のナイトメアが突っ込んで来たのだ。

 ブリタニア皇帝直属の十二騎士ナイト・オブ・ラウンズの最強の座に君臨していたナイト・オブ・ワン専用機ギャラハット。

 振るう大剣エクスカリバーの太刀筋には覚えが合って頬が思いっきり緩む。

 

 「貴方が出て来るなんて予想外!なんていうサプライズかしら!!」

 『私としても再戦する機会を頂いて嬉しい限り!!』

 

 まさかのビスマルク本人の参戦に胸が高鳴る。

 黒の騎士団に名立たるパイロットは多くいるも、マリアンヌと渡り合えるパイロットとなると数が限られる。

 本気にならざるを得ない相手に、操縦桿を握る手に力が籠る。

 

 「今日は心行くまで楽しみましょう!」

 

 二機は舞う。

 お互いに勝利を掴むべく剣を振るい、全力を振り絞って戦い合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 基地の様子を上空に浮かぶログレス級浮遊航空艦より眺めていたオデュッセウスは安堵のため息をつく。

 今回あの島を中心に行われているのは黒の騎士団新兵強化訓練にナギド・シュ・メインの実戦データ収集、そして旧型と化したナイトメアの処理を兼ねた大規模演習であった。

 少し前まで現役だったサザーランドもヴィンセントやサザーランドⅡに主力の座を奪われたり、ゲフィオンディスターバー対策を行っていなかったりすることを理由に徐々に生産数を落としている。

 対策は改修すれば何とかなるものの、性能差が縮まる訳でもないし、わざわざ改修するよりかは新たにサザーランドⅡを生産する方が色々と都合が良い。

 よって各地で使われなくなった旧型ナイトメアを処分する必要が出て来たのだ。

 最初は分解して使えるパーツは…とも思索されたのだが、パーツもシステム面もすでに時代遅れで使い回す事すら不可能。

 最終的には資源として扱うかぐらいだったので、こちらで有意義にというか私の為に使わせてもらう事にした。

 

 ジルクスタン王国での一件で勝手に参戦していたマリアンヌ様達。

 あの人たちが「危険ですので帰って下さい」と言ったところで帰る筈もなく、寧ろ「少し遊んでいきましょう」と何かしら問題を起こすに決まっている。

 そんな事になってしまえば私や一緒に居たビスマルクの胃にストレスで風穴が空いてしまう。

 けどすんなり帰ってくれる筈は無いので、ある条件を出して引いてもらう事に。

 

 “本気で遊べる場を作りますから”

 

 …つまり大層な理由を並べたこの大規模演習はマリアンヌ様を満足に遊ばせる為だけの箱庭なのだ。

 我ながら何してんだろうかと思うも、あの人のご機嫌を間違えたらそれは全て私に返って来るので本気でやらねばならない。

 

 「いやはや…何と胃が痛む事かな」

 「それは今まで周囲の人が味わっていたと思いますよ」

 「痛感するね」

 

 

 用意された一室にて紅茶とケーキを味わうオデュッセウスとニーナは、モニターに映し出される映像を見ながらぽつりぽつりと漏らす。

 ニーナは兎も角、オデュッセウスはこの大規模演習の立案計画者であることから艦橋に居ても良いものだが、周りが緊張してしまうのとニーナとお茶を楽しみたかったのもあって、別室での観戦することにしたのだ。

 二人して馬鹿げた猛攻の前に舞いでも舞うかのように軽やかかつ力強く戦うマリアンヌに呆れ、溜まりに溜まったストレスを発散するかのように剣を振るうビスマルクに同情を向ける。

 

 「た、楽しそうですね…」

 「怖いぐらいだけどね…」

 

 苦笑いを浮かべていると手加減無しのマリアンヌとビスマルクの激闘が繰り広げられる。

 ビスマルクはギアスを用いて、マリアンヌは残像を残しながら切り結ぶ。

 高過ぎる技量を前にこの演習に参加したパイロットたちは大興奮だろう。

 今回用意したナイトメアにはパイロットは搭乗させていない。させていたら今頃あそこは戦死者塗れとなっていただろう。

 なのでナイトメアには遠隔で操作できるシステムを組んでもらい、搭乗者となる経験の浅い黒の騎士団パイロットに安全地帯より操縦して貰っているのだ。

 理不尽なほどの強さを見せつけられて悔しい気持ちもあると思うが、エース・オブ・エースの戦いを間近で見るのは良い経験になるとは思う。

 代償は徹夜続きで組み上げたために伴った疲れに、ナイトメアをあちこちから集めるべく書類を幾つも書き綴った苦労。

 

 「にしてもよくもアレだけ出てきたものだ」

 「レアな機体も多くてロイドさん喜んでましたよね」

 「狂喜乱舞って感じで怖かったけど」

 

 集めた機体はサザーランドや無頼といった少し前まで主力だった機体からグラスゴーや初期生産型のサザーランドなどのかなり古い物。特殊装備B型や遠距離型など珍しい物まで出てきた。

 …少し書類を誤魔化して何機かをうちの博物館に流したのは内緒である。

 

 ぼんやりと眺めながらお茶をしていたオデュッセウスだったが、席を立ちあがって艦橋へと通信を開き、次の段階へと移行するように伝える。

 そろそろエナジーも心許ないであろうが、手を抜けば確実に不安だからもう一回と無茶言われるに決まっている。

 ならば徹底的にやるしかない。

 次の段階では月下にグロースター、鋼髏による近接と遠距離支援を交えた猛攻となっている。

 

 「満足してくれると良いんだけど…」

 

 そう小さく祈るように呟くオデュッセウスは、美味しそうにケーキを食べているニーナの表情を見て、胃痛の原因と今後から目を逸らして癒やされながらこの一時を楽しむのであった。



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第149話 「兄妹・兄弟での温泉①」

 投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。


 温泉に入りたい…。

 最近よく思うようになってしまった。

 ニーナがジルクスタンでハマムで楽しんだという話を聞いたり、身体の疲れをギアスでとる事に味気なく感じてしまったのが原因なのだろう。

 別にブリタニア本国に温泉がないわけではない。

 元々療養として温泉は知られていて、現在はマッサージやアロマが楽しめるスパとしても存在している。

 中には温泉プールなんてのもあるらしいのだが、どうも慣れずに日本行きを検討していた。

 その事を会話の中で呟いたら、アーニャからコーネリアかギネヴィアに伝わり、最終的にクロヴィスの下にまで行き、今私は立派過ぎる木造建築の屋敷の前に佇んでいた。

 

 「立派だねぇ…」

 

 まさか他愛ない一言からクロヴィスが動き、和風の温泉施設を作り上げるとは思わなかった。

 呆れ半分嬉しさ半分のオデュッセウスは薄っすらと微笑みを浮かべて建物内へと入って行く。

 

 「兄上!」

 「わぷっ!?」

 

 潜った先に待ち受けていたのはキャスタールの助走をつけたハグであった。

 いきなりの不意打ちに身体が後ろへと傾くも右足を後に滑らせて踏ん張り、そのまま転倒する事は避けた。

 

 「久しぶりだね。元気だったかい?」

 「勿論。それよりなんでボクをジルクスタンに呼んでくれなかったのさ」

 「私は奇襲を受けたんだよ。呼ぼうにも呼べやしないよ」

 「ちぇ…蹂躙出来たのにな」

 「こらこら物騒な事を言わないの」

 「良いんじゃないの。あんな小国滅ぼしても」

 「それこそフレイヤを撃ち込んだら早かったのでは?」

 「キャス、それにカリーヌまで…」

 

 互いにハグをし合いながらパラックスの発言に困ってしまう。

 勿論冗談なんだろうと思うも実際にやりかねないだけに非常に困る。

 しかもキャスタールとカリーヌまでも賛同するものだからどうしたものか…。

 

 「うふふ、皆愛情の裏返しね」

 「笑いごとで済ますべきか、一応ながら注意すべきなのか」

 「抱き締めて撫でてあげれば良いと思いますよ」

 

 私の事を心配していたからこそ皆は怒りを抱き、過激な発言をしている。

 そう笑いながら言っているユーフェミアの言を受けて、そういう事ならと三人を優しく抱き寄せる。

 「ありがとう。そして心配をかけてすまないね」と感謝と謝罪を口にすると、三人とも無事でよかったとにこやかに笑って抱き返して来た。

 そして追加で「私も!」背中にライラが抱き着く。

 背中で受け止めながら振り返るとニンマリと笑顔を向けるライラと、奥より姿を現すクロヴィスとシュナイゼル、コーネリアと見えた。

 

 「ライラ、止めなさい」

 「えー…分かりました」

 「よくお越しくださいました兄上」

 「招待嬉しいよクロヴィス。君は本当にサプライズが上手いね」

 「お褒め頂き光栄です」

 

 ライラもクロヴィスの横に並び、演技らしい動きで礼を述べると習って同じく頭を下げた。

 二人の想いを受け取っている最中、その横を通り過ぎてコーネリアが「私は助けに駆け付けたがな」とどや顔でキャスタールとパラックスを言い放ち、羨ましさと苛立ちから言い返すも優越感交じりのコーネリアにはどこ吹く風…。

 大人げない光景にシュナイゼルがやれやれと肩を竦ませる。

 

 「大人げないですよ」

 「事実だからな」

 「もう…そんなに気にしないでキャスタール、パラックス。―――私は参加しましたけど」

 「「言うと思ったよ!!」」

 

 仲裁に入ったのか揶揄いに来たのか…。

 マリーベルによって喧騒は突っ込みを境に一応落ち着いた。

 

 「これで全員…あれ?ギネヴィアはどうしたんだい?」

 「あ、兄上。こ、ここ、来られたのですね」

 

 ルルーシュにナナリーは別件で居ない事を除いて見渡すとギネヴィアの姿だけがない。

 別段強制ではないが、久々に弟妹達に逢えると思っていた分、多少は寂しいものである。

 しかしギネヴィアの声が廊下の先より聞こえてきた。

 来ていたのかと思うよりも、どこか歯切れが悪い。

 首を傾げながら声のした方を見つめていると、恥ずかしそうに浴衣姿のギネヴィアが現れた。

 派手過ぎず、地味過ぎない鮮やかな着物姿に「おぉ…」と声が自然と漏れた。

 

 「良く似合っているじゃないか。すごく綺麗だよギネヴィア」

 「―――ッ、まずは形からと言いますし、用意して良かったです」

 「本当に良かったですねお姉さま。時間をかけて選んだ甲斐がありましたわね」

 

 クスリと悪戯っ子らしい笑みを浮かべて暴露したカリーヌにギネヴィアは振り返り、手を伸ばすと頬を引っ張った。

 痛い痛いと抵抗するも全く効いてはいない。

 妹達のじゃれ合いに微笑を浮かべ眺める。

 

 「全員揃ったところでメインである温泉に行きますか?」

 「そうだね。最近忙しかったからゆっくりさせてもらおうか」

 

 クロヴィスに案内されて男湯の方に入っていく。

 中まで日本風にしてあり、脱衣所は銭湯に近しい。

 そう言えば入り口前の広間に牛乳の自販機もあったな。

 思い返しながら脱所にて服を脱いで籠に入れ、タオルを肩にかけて浴場へ。

 

 水風呂に何十人も入れるであろう大きな風呂に温度熱めの湯船にサウナ室にジャグジーと種類豊富な上に露天風呂まで完備している事に驚き、よく調べて作ったなと改めて感心する。

 遅れて男性陣が入って来るが皆はやはり腰にタオルを巻いていた。

 別段巻くなと言う気も無いし、湯船に浸けようとしたらやんわりと注意することにしよう。

 

 まずは身体を洗おうと洗い場の椅子に腰を下ろす。

 慣れた様子でどんどん先に行くことから、銭湯や温泉に親しみがないキャスタールやパラックスが隣の椅子に腰かけて伺ってくる。

 

 「キャス。こっちに背中を向けなさい」

 「こう?」

 

 見様見真似しようとしているのを察し、ならばとキャスタールに背中を向けさせる。

 取り付けてあったシャワーの温度を確かめ、勢いは弱過ぎず強すぎずに設定して髪を濡らしてやる。

 最初は戸惑っていたもののシャンプーを泡立てて髪を洗い始めると気持ちよさそうな声を漏らした。

 

 「どうだい?気持ちいいかい?」

 「はい、とっても気持ちいいですぅ…」

 「キャスだけズリィ!後で僕も!」

 「順番ね」

 

 爪を立てないように気を付け、指の腹でマッサージするように洗っていく。

 次にパラックスが居る事を考えてしっかり洗いながら素早くしなければならない。

 まだ濡れていないとはいえ、さすがに寒いだろうから。

 シャカシャカと小気味いい音を立てて頭を洗ってやり、二人が身体を洗っている間に自分を洗い湯船に浸かる。

 熱い湯が身体を一気に温め、その影響で汗がタラリと垂れる。

 

 「あぁ、良い湯だねぇ」

 

 タオルを折りたたんで頭の上に乗せて呟く。

 湯船には遅れてシュナイゼルとクロヴィスが入る。

 キャスタールとパラックスと言えばジャグジーやサウナに興味を持ったのか行ったり来たりしていろんなお風呂を楽しんでいた。

 

 「まったく子供だね」

 「昔は同じようにしていたさ」 

 「私はいたって大人しかったと…」

 「ルルーシュにチェスで負けて意地になって挑んでいたのは誰だったかな?」

 

 口で敵う筈もなくシュナイゼルに良い負けたクロヴィスはぐぬぬと不満げに頬を膨らませる。

 よしよしと頭を撫でてやると「もう子供ではありませんよ」と言うも、その手を払い除けようとしないのでとりあえず続ける。

 

 「そう言えばルルーシュとナナリーは不参加なのだね。ニーナ君は家族での温泉でしたが呼んでも良かったのでは?」

 

 話題に出たこともあってシュナイゼルがルルーシュ達の事を気にかける。

 主催者であるクロヴィスと事情を知っている私を除けば誰も理由を知らない事に気付いた。

 

 「三人ともアッシュフォード学園で同窓会。ヴィーもそっちに行ったよ」

 「それでアーニャも居なかったわけですか」

 「そういう事」

 

 いつも一緒に居るのだからこういう時ぐらい各々で楽しんだ方が良いだろう。

 私など向こうに行くと絶対恐縮したり、気を使わせてしまうので返って邪魔をしてしまう。

 

 「今日は兄妹・兄弟水入らずで楽しむさ」

 「昔みたくケーキを賭けてチェスでも打ちますか?」

 「それともあの二人みたいに身体を動かしますか?」

 「さすがにそこまでの元気は無いさ。歳をとるとああいった元気さが羨ましく、眩くも感じるよ」

 「それだけ我々が大人になったという事ですね」

 「なら大人な我々はワイン傾かせ飲み明かしますか」

 「良いかも知れないけどまずは温泉を充分に堪能することにしよう」

 

 そう言ってオデュッセウスは本気で満喫することにする。

 体の芯まで温まり切るまで浸かり、ジャグジーで泡を楽しみ、サウナで汗を流す。

 腕組んだまま腰かけていると私が居るからかキャスタールやパラックスも入って来て、同じように腰かけて顔を真っ赤にして耐えている。

 我慢大会じゃないんだから。

 シュナイゼルなら涼しい顔で……いや、涼しい顔しときながらのぼせてそうで怖いな。

 

 「熱い…」

 「なら出ればいいじゃないか」

 「む…」

 

 なんてことを思っていたらぽつりと二人の会話を聞き逃していた。

 どこか負けた気がしてならないパラックスは出て行かず、けど熱いからと言う事で熱源(・・)に用意されていた水をかけた(・・・・・)のだ。

 火に水をかけて鎮火させるというのは解るが、サウナの場合は焼け石に水なのでかけた分の水が水蒸気として室内に熱気が増す。

 一瞬で温度があがった事で嫌でも気付いて二人を抱えて外へ。

 

 「サウナって水かけると熱くなるんだね」

 「うん、一つ学習したね」

 

 熱かった二人は身体を冷やそうと冷水風呂にと入って行った。

 いやぁ、あれも若さだよねぇ…。

 年齢が過ぎて行くにつれて身体と言うのは知らず知らずに弱り、熱さに慣れた後に冷たい風呂など心臓が止まりそうだ。

 苦笑いを浮かべながら再び湯に浸かる。

 するとシュナイゼルやクロヴィスが居ない事に気付いた。

 あの二人は上がったのかとパラックスとキャスタールはと見ると、水風呂から上がってジャグジーに浸かっており、もう上がろうと脱衣所に向かって行った。

 ならばそろそろと自分も上がるかと脱衣所に向かい、綺麗に拭き取って服を着て出る。

 するとマッサージチェアに腰かけている第二皇子の姿が…。

 あまりに自然体で居るから妙に馴染んでいるという事実。

 突っ込むべきか悩むも喉がカラカラで、水分の消費の方が酷かったので牛乳を買いに行く。

 

 「オデュッセウス兄様。何飲むの?」

 「お風呂の後は牛乳って相場が決まっているからね」

 「そういうものなの?」

 「そういうものなの」

 

 理解してくれないかもしれないが、こればかりは前世に引き摺られているから、“こういうもの”として魂魄に刻まれてしまっている。

 意味や意図を察せなくとも真似してみようとパラックスとキャスタールも買おうと並ぶ。

 他の皆はと見渡すとクロヴィスはソファでゆったりと寛ぎ、シュナイゼルはまだマッサージチェアで休んでいた。

 女性陣はまだ姿が見えない事からまだ浸かっているのだろう。

 

 牛乳瓶を空け、腰に手を当ててグビグビと飲み干す。

 習って二人も飲みだし、ぷはぁと息を吐き出した。

 

 余韻を楽しみながら皆が揃ったら何をしようかと楽しみにするのであった…。

 次回に続く。



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