シャルティアの日常 (クロハト)
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シャルティアの疑問とその答え

原作11巻の前に書き始めたのもあって、作中の時期もそれに準じます。
つたない文章ですが楽しんでいただければ幸いです。


 一人の吸血鬼の女を閨で弄んでみたあと覚える空虚さ、やはり想い人たるアインズ様でなければ心は満たされないのだろうと思いながら、ふと本当にそうだろうか…という奇妙な疑問が浮かんだ。

 なぜそんな疑問が浮かんだのかは分からない、分からないが浮かんでしまった以上は考えざるを得ない。

 考えざるを得ないが面倒で横で寝ている女に尋ねる。

 

「ねえ、貴方はその理由ってわかる?」

「わかりかねますね。あの御方に抱かれたくないわけではないのでしょう?」

 

 女はさほど間を置かずに問い返してくる。

 

「そうよ、それこそ何もしてないのに下着が濡れてしまうくらいに想っていることは確かなのよ」

 

 私の言葉に女の顔が一瞬だけなんとも言えない顔になりかけたが気にしないでおく。

 

「けれど……。そう、その想いに違和感を感じると?」

「違和感……」

 

 そうだろうか?

『違和感』ということばが正しいのかどうか考えてみるけれど、その答えはでない。

 

「わからないという顔をなさっていますね」

「そう?」

「ええ、答えが出ない問題というのも多々ありますし、あまりお気になさらないほうがいいのではないでしょうか」

「そうかしらねえ」

 

 彼女は結構、私の愚痴とか悩みを黙って聞いてくれてそれに対する答えをくれるのでついつい甘えてしまう存在なのだが、その彼女が答えもくれずに気にしない方がいいとだけいうのはいささか予想外だった。

 

「貴方がそんな風に言うの珍しい気がするわね」

「そうでしょうか?」

「そうよ、なんだかんだで私の悩みとか聞いて答えてくれてた気がするのに今回は気にしない方がいいっていうだけって珍しいわよ」

 

 そう言われた彼女は少し困ったような、だけどそれだけではない何か別の感情も混ざったようなそんな複雑な顔をして、「私は別に」というだけだった。

 

 閨を出て仕事に戻ったあとも、今度はどうにも彼女のあの顔が気になって仕方がなかった。

 

(どこかで見た気がするのよねあの顔)

 

 一体どこでだったのか思い出せないし、そもそもあの顔には一体どんな意味があったのか、あの場で聞いてしまえばよかった気もするけれど彼女の態度がそれを拒んでいる気がして訊きそびれてしまった。

 

(玩具に嫌われたくないっていうのも変な話よね)

 

 彼女は私の玩具だ。気が向いた時に遊んで飽きたら捨ておいて、そしてまた遊びたくなったら遊ぶ、そういうものだ。

 ただ、他の玩具よりも少し便利なものだから、少しだけ特別扱いしてしまっているのかもしれない。それが悪いことだとかは思わないけれど、自分のことだけでなく自分の玩具のこともわからないのかという事実に少しだけイラッとした。

 それもこれも仕事が暇だからだ。いや、守護者としてここを守護するという御役目は大事なことなので疎かにする気など微塵もないが、他の守護者たちのようにもっと積極的にアインズ様のお役に立てるようなことがしたいと思うのだ。

 思うのだが……。

 

 以前にやらかした大失態のせいで、あれ以降、外に出るような仕事は全くやってこない、ナザリックに引きこもってるなら引きこもってるでアインズ様も引きこもっていれば、あれやこれやとアインズ様をも骨抜きにするようなことだって出来たかもしれないが、アインズ様ご自身も多忙であらせられて、あちらへこちらへとお忙しく飛び回っているのが現状だ。

 

 守護者として直接階層の見回りをしたりするのも大したこともないのですぐ終わり、私はつい「暇なのよねぇ」と小さくつぶやいてから特にすることもないので配下の者に何かあればすぐに伝えるようにとだけ言って、私は自室へと戻った。

 

 何もすることがない私が自室に戻ったところでやはりすることは特になく、玩具で遊ぼうかと思ったところでまた彼女のあの時の顔が浮かんだ。

 

「なんだったのかしらねえ、あの顔、見覚えはある気がするのよ……」

 

 どこでだったか、いつだったか、聡明なアインズ様ならこんな風に悩むこともないのだろうに、アインズ様のあの腕で強く抱きしめられながら、耳元で「シャルティア」などと名を呼ばれたら……。

 その光景と感触を想像するだけで下腹部が疼きを覚え自然と手がそこへと伸び……。

 

 数刻後、私はどうしようもない虚しさを覚えながらぼうっと天井を眺めていた。

 玩具を使えばよかったなどと思いつつもそんな気にならなかったのは『アインズ様に抱かれたい』という想いから始まった疼きだから他ので紛らわせたくなかっただけ。

 

「アインズ様……」

 

 その名を想いを込めて改めて読んでみた時に、いつものように動いているはずのない心臓が痛み締め付けられるような感覚を覚える。

 この感覚が恋する乙女のそれだと思いながら不意に鏡が目に止まった。玩具を弄ぶときにもっぱら羞恥心などを煽るためにおいてある大きな鏡、そしてその鏡に写った自分の顔を見て私は気づいてしまった。

 

「ああ、彼女のあの顔は、私がアインズ様を想っている時の顔…そのものじゃないの……」

 

  ◇

 

 彼女に「ちょっと用がある」と言って自室へと呼び出し、それほど間を置かずににやってきた彼女に椅子に座るように告げると、彼女は少しだけ不思議そうな顔をしながらそれに従った。

 私の前に座った彼女は所在なさ気に落ち着かない様子で私の顔を見つめていた。

 

「どうかしたのかしら?」

「いえ、急な呼び出しでしたので、仕事のことか、もしくは夜伽のと思っていたのですが、そういう雰囲気でもないようなのでどういうことなのかと少し不安に」

「そう、そういえば貴方のことを呼ぶのはいつだって夜伽…と言うよりは、玩具としてだったわね」

 

 私のその言葉に彼女は平然と「そうですね」と返した。いつもならそれだけで終わっただろう、私は彼女の本心になど気づくこともなく、いつもの様に彼女で遊びそれで終わり。

 しかし、今日は違う、私はすでに彼女の本心に気づいている。だから私は言葉を続けた。

 

「貴方は、なんでそんな悲しそうな顔をしているのかしらね」

「……なんのことですか?」

 

 彼女は微笑みを浮かべながらそう言うが、その笑みには隠し切れない動揺の色がありありと浮かんでいた。

 

「ごまかすのはやめなさい、もう一度言うわ、なんで貴方は、そんな悲しそうな顔をしているのか答えなさい」

 

 彼女に半ば命令じみた口調でそう告げる。逃がすわけにはいかなかった。逃がしてしまえばもう二度と私自身の抱える問題の答えには辿りつけない、そんな予感がしたから。

 

「……私は貴方様の、シャルティア・ブラッドフォールンの部下です。ですからご命令とあらば答えましょう、ですがその前に無礼を承知で一つ質問をさせてください、そしてそれにお答えいただきたく思います」

 

 その立場をわきまえぬ物言いは、私を苛つかせ怒声を挙げさせるには十分だった。

 

「いいから早く答えなさい」

 

 私の怒声を聞いても彼女が引くようなことはなかった。

 

「いいえ、貴方が求めるものを得るためには、私の質問にお答えいただけなければなりません、それは私が答えたあとでは意味が無いのです」

 

 視線をそらすこともなくまっすぐと私を見つめて凛とした声でそう言い切る彼女の態度は私をさらに苛つかせ、私はとっさに彼女の首を掴みあげそのまま締め上げる。

 

「もう一度だけ言うわ、私の質問に答えなさい!!」

 

 首を締め上げられ、場合によってはそのまま首をへし折ることもできると知っているにもかかわらず。それでも彼女は息も絶え絶えになりながら同じ言葉を繰り返した。

「私が求める答えのためには私自身の答えが先にいるのだ」と。

 

 そこまで言うのならと私は力をゆるめ彼女を放す。彼女はそのままドサリとおちて座り込み喉を抑えながら咳き込んでいたがそれを無視して尋ねる。

 

「それで貴方は一体何が聞きたいっていうのかしら、くだらないことならその時点でその首刎ね飛ばしてあげるわ」

 

「簡単なことです。シャルティア様は至高の御方にそのすべてを作っていただいたとお聞きしております。ではその心の在り方は、作られたものですか? それとも貴女自身の意思で作られたものですか?」

 

 質問の意味がわからなかった。だけど彼女はそれすらも見越していたかのように言葉を続けた。

 

「もっとわかりやすく言いましょう、貴女がアインズ様を愛しているのは至高の御方ペロロンチーノ様にそう作られたからではないのですか?」

 

 何も言えなかった。何も思いつかなかった。頭が考えることを拒否していた。考えてしまえば答えを出さなければならない、答えを出してしまえばそれは……。

 もはや呻くように喘ぐように言葉にならない何かが口から漏れ出すことしか渡しはできなかった。

 そんな私の傍にいつの間にか彼女は立っていて、そっとその手が私の頬に触れそのまま頬から顎にかけてなぞるように動き、その手は流れるように私の背に周り私を抱きしめる。そして彼女の口が私の耳元にまで近づき囁く。

 

「シャルティア様……。貴方様は決して愚か者などではありません。むしろ聡明すぎるがゆえに愚者となっていると私は思うのです。だって貴方様が何も言えなくなってしまったのは、私の問いに答えるということがどういうことか理解し、そしてもうすでに答えが出てしまっているからですもの」

 

『その先を聞いてはいけない』

 

 私の中でそんな声が聞こえた気がした。

 

「やめ…なさい」

 

 彼女は私の言葉を無視して言葉を続ける。

 

「その心も至高の御方に作られたものだと肯定してしまえば、貴女に自我と呼ぶべきものはなく。そうでないと否定してしまえば自我はあると言えるけれど至高の御方に作られた自分を否定してしまう。それはつまりアインズ様への愛に関しても同じ」

 

「違う…私は……」

「いいえ、違いませんよ。私も同じですから」

 

 そうだ。この吸血鬼も至高の御方々に直接作られたわけではないとはいえ、私に仕え従うようにと生み出されたものだ。

 そして私の考えが間違っていないなら、この女があんな顔をしていた理由も至って単純だ。

 

「私は、貴女を愛しています」

 

 今となってはわかりきったことを改めて彼女は口にした。

 

「でしょうね。けど私は玩具としてしか見れないし、そもそも貴女のその想いだって本物かどうかもわからないじゃない」

 

 相手を突き放しそして自分も相手も傷つけると分かっている言葉を私は何の感動もなくそれを口にできていた。

 だが彼女はその言葉自体には傷ついてはいないかのように受け止め、そして言葉を紡ぐ。

 

「偽物でも本物でもどうでもいいことなんです。私は貴女を愛している。仮にそうあるようにと作られたのだとしても私には関係ありません、私が悲しいのは貴女に愛されないということそれだけですから」

 

 そう言い切った彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。これは鏡だ今の私の顔がこうだとかそういう意味ではない、私が行き着くであろう姿の一つ。

 けれど……。

 

『彼女は鏡(私)ではない』

 

 だから行き着く結論も違うものになる。

 

「貴女のこと少し買いかぶりすぎていたのかもしれないわね」

 

「え?」という言葉とともに不思議そうな顔をする。

 

「もっと単純に考えればよかったのよ、偉大なる御方達は私達を愛していた。ならばその私達を言われたままにしか作られたとおりにしか動けない人形として生み出すと思う?」

 

「それは」と彼女が口ごもる。それはいけないと私は彼女の手を取る。

 

「疑うの? 私達を生み出してくれた偉大な存在を?」

 

 まっすぐと彼女の目を見つめて問う、そして彼女は答える。「いいえ」と。

 

「貴女の仰る通りです。私が愚かでした」

 

 本当はふたりとも理解している。それはあくまで可能性の話でしかないということを。しかし、偉大な御方達が私達を生み出すために費やした労力は愛がなければ出来ないことだと思うのだ。

 だから私は信じることにする。私の中の想いも、そして彼女の想いも。

 

  ◇

 

 その後、私達の何かが変わったということはない、私が愛しているのがアインズ様である以上彼女の想いに応えることは出来ないし、彼女もそれは理解している。ただ私を想う自由だけは与えた。

 少なくとも悩みを解決するきっかけをくれたのは彼女なのだからそれに対する褒美くらいは上げなければいけないと思ったからだ。大したものではないと思ったのだが彼女は大喜びした。

 はしゃいで回ったりしたというわけではないのだが、あそこまで嬉しそうにそして泣きながら笑うというのを見たのは初めてでだいぶ驚かされた。

 想う自由を与えたが彼女の態度などはさほど変わらず自分の立場をわきまえ、今まで通りの日々を過ごしている。

 そして私もまた変わらず。いや前よりも自信を持ってアインズ様への想いをつのらせ、そしてお役に立つにはどうすればいいのか悩む日々を送っている。

 この悩みに対する答えは流石に私も彼女も出せていない、だがそれでも考え続けるのだ今回のように答えを出せる日がかならず来ると信じて。



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シャルティア様の一日

シャルティア様のおはようからおやすみまでを描くすっごく短いお話


 シャルティア様の朝は早い、朝食は取っても取らなくてもいいので取るかどうかは気分次第だが基本的には取らないで済ませることが多い。体型を気にしているのならば食べたほうがいいのではないかという気がしなくもないけれど、そういうことを口どころか顔に出すだけでも首が物理的に飛びかねないので絶対に表には出さないよう細心の注意を払う。

 

 白磁の肌と麗しくも愛らしい美貌を持つお顔に化粧というものは不要といってもいいけれど、その美を更に高めるべく少しだけ描き足すようにシャルティア様はお化粧を施す。

 

 化粧台の前に座り引き出しを開けるとずらりと出てくる化粧品の多くはアイシャドーとルージュ、興味のない者からすればその化粧品の多くは同じ色が並んでいるようにも見えるだろうが色はともかく「同じもの」は一つもない、同じ色であっても光沢などに差があり、その日のシャルティア様を最も輝かせるものをシャルティア様はさほど悩むことなく自ら選び出し使用する。

 

 それが終わると今度は誰もいない自室で廓言葉の練習である。

 

「で、ありんす。わっち、わちき、ござんす。ござる…はちがうでありんすね」

 

 ずっと使い続けこの言葉で話すことに慣れているよう見えても気を抜くと普通の喋り方になってしまうらしく、そしてそれに気づくことすらないということもあるくらいにシャルティア様はこの喋りが得手不得手でいえば不得手だった。

 

 しかし、ペロロンチーノ様が望まれたことだからとシャルティア様は健気に練習し、うっかりそれを忘れていないかどうかをお付きのものにチェックさせるようにしてまで日々鍛錬しているけれど、それでも使うのを忘れてしまうことがあるのである。癖づいて自然と廓言葉で話せそうなものだがそれができないのはシャルティア様に問題があるのか、それとも他の理由なのかは不明。

 

 ところで、この廓言葉の練習、ペロロンチーノ様が望まれたことだから練習していると言ったが実際のところそれだけではない、シャルティ様はこの言葉の言い回しなどに色気や面白さがあるということを理解なさっていた。だからこそシャルティア様は練習を繰り返し完璧なものへとしようと努力しているのである。

 

 

 すべてはアインズ様を誘惑するために!

 

 

 そう思うと恋する乙女の涙ぐましさに感動し涙を流しそうになる。

 

 廓言葉の練習はシャルティア様が決めた視察の時間直前まで行われる。時間が来ると階層守護者として担当区域のあちこちを視察して回ったりするがこれは本当にすぐに終わる。直接すべて見て回るとなるとそれなりの広さであり時間もかかるが有事ならともかく平時なのである。

 

 それぞれのエリアの担当がいてそれに異常がないかを確認して回る程度、シャルティア様にとっては癪な話だが「頭を使う部分」はアルベド様やデミウルゴス様がなさるので、あくまで異常がないことを確認する作業でしかないのだ。

 

 この仕事が終わったあとのシャルティア様は暇である。そもそも視察だって本当はしなくてもいいくらいである。それでもやるようになったのは暇すぎて仕事をしてないと思われることに耐えきれなくなった結果、ご自分をごまかすためのものだからだ。

 

「アルベド様やデミウルゴス様ならともかくアインズ様がそんなことを思うはずがない」と申し上げてもシャルティア様は納得なさらず。この視察を日課として欠かすようなことはない。

 

 午後、昼食はよほどのことがない限り取られるがその両自体は少ない、食事が終わると、この時間帯になるとなんかもう色々諦めたくなったりとか陰鬱な気分になられるのか適当な部下の女の子『ヴァンパイア・ブライド』の誰かを部屋に連れ込んで弄ぶ。

 

 暇ならば朝にやっていた郭の言葉の練習をすればいいと思うものもいるかもしれないが、廓言葉の練習は朝に比べれば誰か彼かが部屋にやってきたり通話の魔法を使ってきたりするので万が一誰かに見られたり聞かれたりして周りに努力していると思われるのが嫌なので練習はなさらない。

 

 ならば女の子を弄んでるところを見られるのはいいのかという疑問が浮かぶだろうが、これに関してはシャルティア様の中では一切問題ない、「あくまで玩具で遊んでいる」という程度の感覚でしかないのだ。

 

 いや、遊んでいるというと聞こえが悪いが、本を読んだり音楽を聞いているのと同じようなものなのだといえば理解してもらえるだろうか、性行為をそれらと一緒にするというのはどうなのかと思うものが多数だろう。

 

 

 だが実はこの行為がアインズ様のためのものだといえばどうだろうか?

 

 

 アインズ様から寝室に呼ばれる可能性は現時点では低いと聞いているが、それでも万が一に呼ばれたならばその一夜で骨抜きにしてしまうほどの夜の技術を身につけていたならば、ライバルともいえるアルベド様を出し抜くことも不可能ではない。

 

 実際、シャルティア様のテクニックは素晴らしいの一言で、変なスイッチさえ入らなければ何も知らない乙女を一夜で肉欲に溺れさせるくらいのことはできるのではないかと思うほどのものなのだ。もし叶うなら朝から晩まで可愛がっていただきたいくらいの……。

 

 話を戻そう、シャルティア様はアインズ様のためにとスケルトン(女)を閨に呼んだこともある。スケルトンがどのように感じるのか試そうとしたのだが下級だったためか反応が悪く成果は芳しくなかったようである。もっと上位の骨のアンデッドモンスターを閨に呼ぼうにも女となると見当たらないようで、現状、実験は頓挫しているといえる。

 

 夕方にはお風呂に入る。何かで汚れたからとかそれだけではなく、夜にはアインズ様に呼ばれる可能性が高いとふんでのことであるが実際に呼ばれたことは今のところ一度もない、それでも健気にアインズ様からの呼び出しに備え待ち続け。深夜になった頃に「今日も呼ばれなかった……」と寂しそうなお声でつぶやくと眠りにつく。

 

 一度眠りに就かれるとそのまま朝まで起きることはない、こうしてシャルティア様の一日は終わる。

 

 それを見届けた私の一日も終わる。あとは部屋に帰って。

 

「今日も何事もなかった。シャルティア様可愛すぎる!!」と心のなかに刻み込んで終わりである。

 

 可能ならば可愛らしいシャルティア様の寝顔を一晩中眺めていたいという欲求がないわけではないけれど、シャルティア様のあとをずっと追うのに力を使い果たしてしまうためそれはかなわない、ゆっくりと休み、明日もまたシャルティア様の後を追うべく私は名残惜しさを覚えながらも帰路へとついた。

 

 

  ◇

 

 アインズ・ウール・ゴウンはナザリックの支配者でありそのすべてを把握、理解しようと努力しているが実は全部が全部を把握できているわけではない。

 

 その一例としてオンラインゲームから異世界へと転移したことによる変化の一つなのか、「シャルティア・ブラッドフォールンをただ静かに見つめる」という願いを抱きそれを叶えるためにレベルとステータスの全部を隠密系に特化しさらにはそのステータスを隠蔽・欺瞞しただの階層守護者たちはおろか至高のものであるアインズですら感知・看破するのが困難というレベルにまで達したヴァンパイア・ブライド、その名も改め。

 

『ヴァンパイア・ストーカー』

 

 いや、彼女の能力はシャルティアを追跡するそのためだけに使われるのだから『シャルティア・ストーカー』というべきだろうか、ナザリックの誰もその存在には気づいていない。

 

 そして被害者が気づいていないならば被害者はいないものと一緒である。シャルティア・ストーカーとなった彼女はそれが詭弁だとわかった上で今日も誰にも気づかれることなくシャルティアの一日を見つめ心に焼き付け続けるのであった。




念の為に書くと前に投稿した作品に出てきた吸血鬼とは別人です。


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考えるシャルティア

読み切りではなく続き物となっております

次回更新は2017年06月08日(木) 21:00です


 ドワーフの国から帰ってきたシャルティアは、アインズ様が自分たちの成長を望んでいるということ、そしてそのために考えるということを望んでいると理解し、成長するためにどうすれば良いのかを黙々と考え続けた。

 

(わかりやすいのは今よりも強くなることだけど、レベルがカンストしてしまっている私や他の守護者たちにそれが可能かどうかで言えば不可能に近い……。アインズ様もそれが分かっているからこそ、レベルにとらわれない部分である考える力を鍛えるように)

 

 そんなことにまで考えが及ぶようになったのはひとえに考えることの大事さを知ったからである、シャルティアは考えて考えて考え続けて、ある一つの結論に行き着いた。それは――。

 

  ◇

 

 正午間近のナザリック執務室、そこで黙々と執務をこなすアルベドの手が扉を叩く音で止まる。

 誰かが来る可能性はなかったはずだと思いながら扉を開けるとそこには思い詰めたような顔のシャルティアが立っていた。

 

「アインズ様と自分が戦ったときの映像記録があるなら貸してほしいですって?」

 

 アルベドがシャルティアに何用かと訪ねてみれば、シャルティアにとって最大の汚点であるアインズと自分が戦ったときの映像記録があるならそれを見せてほしいというものだった。

 

「そうでありんす、守護者たちでアインズ様と私が戦っている光景を遠見の魔法で見ていたと聞いたでありんすが、アルベドならそれを記録したのを持っているんじゃないかと」

「……たしかにあるわ、あるけどアインズ様のお姿を収めた私にとっては宝物よ、それを貴女に…いいえ、例えば貴女が持っていたとして私が貸してくれといって貸すと思う?」

「思わないでありんす。だからなんでもする……。わたしにできることならなんでも……」

 

 シャルティアは廓言葉で話すことも忘れて悲痛な面持ちでアルベドに頭を下げる、それを見たアルベドはいささか困惑する。困惑しつつも浮かんだ疑問を口にする。

 

「貴女がそこまでする理由を話してちょうだい、それによっては考えなくもないわ」

「わた、わっちは考えて考え続けているうつに気づいたでありんすよ、わっちが負けたという記録から学べることがあるんじゃないかと」

 

 シャルティアの答えはアルベドを納得させるには十分なものであり、同時に自分に借りを作ることになってでもという辺りにその真剣さがうかがえ、さらにはこれがアインズ自身が行い促している『守護者の成長』というものの成果なのだとしたらせっかく芽生えつつある芽を自分の手で摘むのは自身が敬愛するアインズの意にそぐわないと判断し渋々ながらシャルティアの部屋に映像を記録した宝珠を持っていき使い方の説明をする。

 

「って感じだけどわかった?」

「わ、わかったであり…ありんす……」

 

 シャルティアは心許ない返事を返しながらもアルベドに教わったことを実践してみる。

 

「あれ、なんでこんなに早いでありんす? 早すぎるでありんすよ!?」

「早送りになってるのよ、一旦止めなさい」

「とめるとめる…えっと……どうだったでありんすかね……」

 

 涙目で恐る恐るアルベドに訊いてくるシャルテア、アルベドはいつもギャーギャー言いながら突っかかってきて、やりあってきた相手の弱々しくて情けない姿に嗜虐的な喜びを見出すよりも先に「気持ち悪い」という思いが浮かんだ。

 

 調子が狂うとかそういうのもあるのかもしれないが、それ以上にとにかくさっさと教えるべきことを教えてこの場を離れたいという思いが強くなったアルベドは少し考えると。

 

「あとで、操作の仕方を大まかにまとめたものを用意してあげるわ、だからその…その情けない顔をするのはやめなさい」

「ああ……。しまったでありんすね、言われてみればメモを取ればよかったんでありんすのに…アルベド、申し訳ないでありんすが、メモをとるので最初からお願いしていいでありんすか?」

「…………」

 

 アルベドの体に今まで感じたことのないような寒気が走る。

 

(なんなのよこれなんなのよこれは!? らしくないとか通り越して別の何かになってない? もしかしてアインズ様シャルティアの何かを書き換えたりなさった――いえ、それはないわね)

 

 アルベドは自身のうちに湧き上がった考えを即座に否定する、もし自分たちナザリックの者たちの書き換えが容易なのであれば『教育』などせずにアインズ自身にとって都合のいいように書き換えてしまえばいいだけなのだ。

 それをしないのはひとえにアインズが自分たちの個性というものも大事に思っているからにほかならない、不敬な考えをしてしまったことに心の中でで詫びながら、大きく変わったシャルティアを眺める。

 

 シャルティアは四苦八苦しながらも繰り返しメモを見ながらやることで操作の仕方を覚えていき、いまだおぼつかないところはあるものの思い通りの操作ができるようになっていた。

 

「ありがとうでありんすアルベド」

「え、ええ……。どういたしまして」

 

 教えるのにもそれなりに体力や精神力を消耗はするが、アルベドを消耗させたものの大半は見慣れないシャルティアの姿に他ならなかった。

 教えることも無事に教え終わったアルベドは足早にその場から離れていった。

 

 その後、一人になったシャルティアは自身とアインズが戦う映像を繰り返し何度も何度も見直し続けた。

 

 記憶にないこととはいえ自分がアインズに無礼な言葉を投げかけ刃を向け傷つけるその様は自分自身を百回殺しても足りないほどにひどい光景だった。

 それでも踏みとどまったのはほかならぬアインズ自身が一度は許し、それでも自責の念から逃れられなかった自分を罰して下さったことを忘れてはいなかったからである。

 もし自分が自殺や自傷などにはしれば、アインズは悲しむであろうことをシャルティアは理解していた。

 だからこそ彼女は耐え続け、映像を見つめ続け、自分がなぜアインズに負けたのか、勝つためにはどうすればいいのかを考え続けた。

 

 不意にシャルティアの部屋のドアを叩く音が響く、シャルティアは何事かと思いながらドアを開けるとそこには一人のヴァンパイア・ブライドが立っていた。

 

「わざわざ部屋にやってくるとは何事でありんすか?」

「シャルティア様が、いつも見回りを行う時間になっても来られないので、何か有ったのではと」

「見回りの時間?」

 

 そう言われて部屋の時計を見てみると確かにいつも見回りを行う時間を大幅に過ぎていた。

 

「すこし集中しすぎたようでありんすね、次からは気をつけるとしましょう、それでは今から向かうでありんす」

 

 その日はそうして多少の遅れだけで事は済み、それ以降シャルティアはいつもどおりの日課をそつなくこなす。だが日に日に彼女の表情は曇り何らかの苦痛をこらえているのであろうことが周りの者達に気づかれていた。

 

 シャルティア本人が表向きは平静を装い何事もないかのように振る舞うだけに、周りの者達もどうしたものかと考えあぐねていた。

 

 シャルティアは見回りが終わるとすぐに部屋にこもり、以降、部下たちにはよほどのことがなければ部屋に入ることどころか近づくことも禁じた。

 

 部屋の中でシャルティアはただただ映像を見続けた、それは死よりも辛い精神的な痛みを伴う苦行であったがそれでも彼女は映像を見続けて、アインズの役に立ちたいというその一心で考え続けた。

 

 やがて彼女は恐れ多くて仕方のない一つの考えに行き着く、だがそれはかねてよりアインズ自身が口にしていたことでもあった。

 

 『アインズ様を始めとしたナザリックの者たちがアインズ様よりも強い存在と戦わなければならない時が来るかもしれないという可能性』

 

 そんなものは皆無だと思っていた。シャルティアは、いやシャルティアだけではないだろうナザリックのほぼすべてのものがそんなことはありえないと思っていただろう、アインズ様の笑うに笑えない冗談の一つだと思っていただろう。

 

 しかし、今の彼女には理解できた、アインズ様のお言葉は冗談でも何でもなく、最悪の場合を想定した本気のものだったのだと、ならば自分もそれに備えるべきだと考えた、どう備えるのか?

 

 その答えはいたって簡単だった。



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奔走するシャルティア

読み切りではなく続き物となっております

次回更新は2017年06月12日(月) 21:00です


『アインズ・ウール・ゴウン』がまだ一人の名前ではなくギルドの名前であった頃に作られた玉座の間、玉座へと続く道その左右にずらりと並ぶのは今はアインズと名乗る男の仲間たちの紋章が記された旗、今はもう居ないものたち、されど確かにここに居たものたちの証、その旗の下に並ぶのは階層守護者と呼ばれるこのナザリックの中でアインズに次ぐ力と権力を持つものたち、権力を持つとはいっても自身の利益のために使われるものではない、彼らの持つ全てはアインズ・ウール・ゴウンのためだけに存在し使われる。

 

 そんな彼らは多忙であり、よほどのことがなければ一堂に会することも少なくなっていた。その面々が揃い立ち並び、そして玉座には主たるアインズが腰掛けている。そんな中で一人、アインズの前で深々と頭を垂れひざまずくシャルティア・ブラッドフォールン。

 

 アインズと他の階層守護者が揃ったのは他ならぬシャルティアがアインズに頼んだからである。

 

 アインズに話したいことがあり、そしてそれは他の階層守護者の前でなければならないことだからと、アインズは真剣な面持ちで頼み込んでくるシャルティアに内心たじろぎながらもその願いを聞き入れ階層守護者たちを呼び集めた。

 

 アインズの命とあれば何をおいても馳せ参じる彼らも、その呼びかけがシャルティアがアインズに何かを話すためだということになんともいえない懸念を抱いていた。

 

「シャルティア、皆揃った、皆の前で話すべきことがあると言っていたな、話してみるが良い」

 

 アインズに促され、シャルティアは頭を上げると、可愛らしい、されど凛とした意思の強さを感じさせる声で語り始めた。

 

「アインズ様に恐れながら申し上げます。今一度私と戦っていただきたいのです」

 

「「「な!?」」」

 

 アインズを始めとしたその場に居たシャルティアを除くすべてのものが驚愕した。

 

「何をバカなことを!?」

 

 激昂したアルベドが叫び今にも飛びかかろうとする、だがそれよりも早くアインズの低く重い支配者然とした声が響き渡る。

 

「皆のもの静まれ! シャルティアこうなることが分かっていたからこそ……。だからこそあえて皆を集めたのだな? 筋を通すために」

 

「はい」と答えたシャルティアの声には怯えも震えもなく、その瞳もまっすぐにアインズの目を見つめていた。

 

「では、話には続きがあるのだろう、話してみるが良い、他の者達も静かに聞くのだ」

 

 アインズの言葉に対し守護者たちは敬礼と返事を返し、アルベドも元の場所へと戻る。だがその怒りが収まることはなく、シャルティアに向けられる視線はアルベドに限らずシャルティアに物理的に刺さるのではと思うほどに鋭い。

 

 シャルティアは心のなかで自分がアルベドの立場だったら同じ反応をしただろうとわかるだけにその視線と態度は不快でもなければ恐怖もなかった。

 

 ピリピリとした空気の中、シャルティアは改めて口を開く。

 

「改めて申し上げます、私がアインズ様と戦ってほしいと願う理由、それはアインズ様ご自身がかねてより申し上げていた、アインズ様よりも強い存在と戦わねばならない時が来るかもしれないという可能性に備えるためには少なくとも今わかっている中で最も強い存在と戦ってみることだと考えたのです」

「なるほど、理にかなっているな、その発想に行き着いたことは賞賛しよう、だがシャルティア、お前の願いを叶えてやることはできない」

「何故? とその理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 当然の疑問だというかのように頷いてからアインズは言葉を紡ぐ。

 

「構わぬ、話してやろう、一つはお前たちにも私の手の内を可能な限り見せたくないからだ、その理由はいたって簡単でな、私自身が他者の記憶覗いたりする魔法が使えるし、記憶を覗けなくともシャルティアのように相手を魅了することで聞き出すことだって可能だからだ、たとえ格上が相手だとしてもこちらの手の内が知られているのとそうでないのでは事を成す難しさが大きく変わってくる。故に私は万が一を考え、お前たち相手であっても必要以上に手の内を見せるつもりはない」

「そう聞くと、あの一件ますます申し訳ない気持ちになります」

 

 アインズは頭を下げようとするシャルティアを制止しながら話を続ける。

 

「あの一件は私の思慮不足が招いたものであり、その対価を支払ったに過ぎない、それにあの戦いは見られていることを前提として動いているので問題はない、それと……いや、なんでもない、とにかくシャルティア、せっかくお前が考え出してくれた話を叶えてやることができなくてすまない」

 

 アインズの予想外の言葉にシャルティアは慌てて言葉を返す。

 

「そんなアインズ様が謝る必要なんてございません、私の浅はかさ故のことですから」

「シャルティア、もう一度いうがお前の考え自体は何も間違ってはいない、むしろ賞賛すべきことですらある、警戒すべきことなどないならばお前の願いを叶えてやりたいと言うのが本音だ」

「もったいないお言葉です」

 

 アインズとシャルティアがそんなやり取りをしていると、コキュートスが一歩前に出て手を上げて口を開く。

 

「恐レナガラアインズ様、私カラモ一ツヨロシイデショウカ」

「なんだコキュートス」

「我ラ階層守護者、イイエソレダケニ限ラズナザリックノ者タチデ希望スルモノハ全員ガ参加ト観戦ガ可能ナ模擬戦ヲスルトイウノハイカガデショウカ?」

 

 コキュートスの言葉にアインズは「ふむ?」と続きを話すように促す。

 

「アインズ様ノ手ノ内ヲ隠ス必要ガアルノハ確カデスガ、ソレ以外デアルナラバ我々ハ職務上ノ理由ナドモアリオ互イノ手ノ内ヤ部下ノ能力ヲ把握シテオリマス、デスノデ完全ニ秘匿スルノハ実質不可能デスシ、ワレラ階層守護者同志デアレバ組ミ合ワセニヨッテハ苦手ナ相手ナドトノ戦イ方ヲ考エル機会ニナリマス、階層守護者以外ノ者ニトッテハ格上ノモノト戦ウ機会トナリイイ経験ニナルト思ウノデス」

「確かにコキュートスの言うとおりだな、警戒しすぎて動けなくなるのであれば意味もない、シャルティアとコキュートスはともに協力し模擬戦……。いや、これは大会、武闘大会だな、武闘大会の企画を立ててみよ、アルベドとデミウルゴスは二人に予算などの部分で助言できるものをつけてやってくれ」

 

「心得ました」と名を呼ばれた四人は頭を下げる。

 

 こうして予定外の方向に話が進んだ結果、第一回ナザリック一武闘大会が開かれることとなったのだった。

 

  シャルティア・ブラッドフォールンは予定外の方向に話が進んでしまったことに頭を抱えていた。

 

 シャルティア自身が想定していたのはうまく行けばアインズ様との再戦、最悪の場合は不敬による死刑であり、大会を開くこととなった現状に「どうしてこうなったでありんす?」と頭を抱えるばかりである。

 

 そんなシャルティアの横で楽しそうに計画などを練っていくのはコキュートスである。彼も想定外の流れの中で思いつきを口にしただけではあったが、それがこんなに楽しそうなことになるなどと思っても見なかった。

 

 もちろん彼自身は戦うことに関して考えることは得意でもこういう企画を立てるのは得意ではないので苦労はしているのだが、その先に待っているのは階層守護者という強者との戦いである。彼は頭のなかでならば何度も戦ってきた相手と実際にどれだけやりあえるのだろうかと楽しみで仕方がない、だからこそ苦労を苦労と思わずに大会開催のために奔走していた。

 

 シャルティアもただ頭を抱えていただけではない、他ならぬアインズ様からのご命令である、しかも自分の意図を可能な範囲で汲んでもらった上での企画である。絶対に成功させなければならないということで彼女もまたコキュートスと話し合いときには部下たちの意見を聞いたりしつつ大会の日程やルール、手順などを決めていく。

 

「アインズ様の御前試合ということになるから、日程はむしろアインズ様のスケジュールに合わせろと皆にいいたくなるけれど……」

「ドレホドノ時間ガカカルカワカラナイ以上、数日確保スル必要モアル、トナレバ他ノモノノ予定ナドモ聞イタ上デ考エルベキダロウ」

 

 といった大会運営のスケジュールから始まり。

 

「レベル差がありすぎると勝負にならないのはわかるけれど、そもそもの話がそのレベル差があるような相手と戦いたいだったでありんすから、その辺考慮した無差別級を設置するでありんす」

「設置シテモ階層守護者クライシカ参加シナイト思ウゾ、設置スルナラアル程度ノレベル差ヲ埋メル手段トシテ階層守護者以外ハパーティーヲ組ムコトヲ許可スルナドシタ方ガイイノデハナイカ?」

「確かにそれなら力の差を埋めれるでありんすが、そのままだとバランスが取れないときがあるでありんすね、試合ごとにレベルの合計などでバランスをとるようにするべきでありんすか……」

「ソウスルノガ無難ダロウ」

「無難ではありんすが手間がかかりすぎるでありんす。いくらアインズ様がお時間を作って観戦してくださるとおっしゃったとは言え、多忙なアインズ様のお時間をいただくのでありんす。大会の進行速度も考慮しないとダメでありんす」

「ムウ……」

 

 うっかりで死者が出ないようなルールの立案など、さらには予算や必要資材の手配などもあったがそれらに関してはアルベドとデミウルゴスのところから来たものにほぼ丸投げで、この辺は得手不得手の中でも仕方のない部分と言えなくもない、もちろんその気になればシャルティアとコキュートスの二人でもやれなくはないだろうが、企画立案、ルール作成、スケジュール調整などなどを部下に手伝ってもらいつつとは言え、その仕事量に溺れる手前のようで二人とも顔色が一見しただけではわかりにくいような顔をしているにも関わらず遠目に見ても顔色が悪い、そんな二人の様子を生暖かい目でみつつもどこか楽しそうに眺めるアルベドとデミウルゴス。

 

 そのアルベドとデミウルゴスを見たものたちは、「なんとなく、なんとなくなんですけど私達の苦労の百分の一でも理解しやがれ」って言ってるような気がしたと後に語っている。

 

 参加予定人数、簡易リハーサルによる必要時間の予測、アインズ様への確認、申請、確認、申請……。

 

 いつ終わるのか?

 

 そんな疑問が浮かびそうになるもことはどんどん進み、あっという間に大会当日となっていた。

 

 



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ナザリック武闘大会1

読み切りではなく続き物となっております

次回更新は2017年06月15日(木) 21:00です


「コキュートス、わちきここ数日の記憶が曖昧なんでありんすが、いつの間に大会開催当日になったでありんす?」

「シャルティア、私モヨクワカラナイ、ダガ無事ニ開催サレタトイウコトダケハ確カダ」

 

 アイテムの効果で肉体疲労は防げても精神や頭脳の疲れは防げないらしく、疲れから頭が回っていないため微妙に噛み合っていない気がする会話をしつつ、二人は目の前に広がる光景を眺める。

 

 会場であるナザリック地下大墳墓 第六階層 円形闘技場、観客席はナザリックに所属するものたちで埋まっており。その観客たちの中でも一際熱い視線を寄せているのはリザードマンたちである。

 

 リザードマンたちはこの大会にとても積極的で大会を一日で完結させるために行われた予選には戦士である者達は全員参加するほどだった。

 

 予選に落ちたものたちは観客席で今日の戦いを目に焼き付け強くなるための糧として、次こそはもっと強くなり本戦に出るぞと観客席にありながらも真剣そのものである。

 

 そんな様子を見たコキュートスは、その在り方を好ましく思い、彼らをナザリックの一部としてほしいという自分の願いを聞き届けてくれたアインズに心のなかで改めて感謝を捧げる。

 

 大会の基本ルールとしては『ライフ・エッセンス/生命の精髄』が使えるものが審判を務め残りライフが30%を切った時点で決着というルールとなり、これに関しては当初シャルティアが10%で決着にするべきだと訴えたが、流石に事故死もあり得る残量で判断するのは危険だと却下されたという経緯がある。

 

 さらに闘技場の中心には魔法で作られた闘技台があり、そこから落ちたものは失格となるというルールが有る、これは可能な限り殺傷することなく勝利する条件を作るために設けられたものであり、案を出したのは意外にもコキュートスであった。

 

 闘技場の中央にある競技台は一般的なモンスターたちだけが使うものであり、この大会の目玉である階層守護者達による戦いには使われない、階層守護者たちは、少しでも実戦に近い形で戦おうということになったためである。

 

 闘技台中央にアインズが現れ大会開始の挨拶を始める。

 

 先程までざわついていた空気がピタリと止み、アインズの声以外聞こえなくなる。衣擦れの音さえ立てないようにと誰一人動くことはない、ただじっと競技台の上のアインズに視線をそそぎ耳を済ませるだけである。

 

 そんな配下の様子に内心困惑していたりするアインズ、これが彼らの普通なのだと何度も経験し理解していても未だ人間であった頃の部分のせいかなれることはない、それでも、彼らが望む存在であろうと今日も彼は平静を装い日々練習続けている上に立つ者の振る舞いを行う。

 

「諸君、本日はシャルティアとコキュートスが主導となって企画し開催されたナザリック武闘大会によく集まってくれた。予選をくぐり抜け、この大会本戦まで勝ち進んだ者達よ、持てる力をすべて出し己が強さを示せ!!」

 

 アインズの言葉が終わると同時に闘技場どころか地下墳墓全体を揺らすのではないかと思うほどの歓声が上がる。

 

 アインズ自身はただの挨拶程度のつもりだっただけに、何でこんなに盛り上がってるのかがわからず戸惑いを覚えるも、精神沈静化のおかげもあって何事もなく退場することができた。

 

 前半は一般モンスターたちの戦いであり、彼らはシャルティアが出した案の通りパーティーを組み、組わせごとにパーティーの合計レベル上限が決まりそれに合わせてメンバーを選び戦うという形であったがそれを使うことになったのはリザードマンたちくらいなもので、あとは単独出場である。

 

 リザードマンたちは連携などを駆使し頑張ってはいたもののやはり実力の差は埋めきれず苦戦し、それでも二回戦までは行きその成長をコキュートスは喜んでいた。その裏でアインズもリザードマンが予想以上に成長していることとそれを指導しているコキュートスの成長という二つの成長に対し素直に感動していた。

 

 我が子の成長に感動する親のような気持ちになっているアインズのことなど露知らずコキュートスは後半の階層守護者たちとの戦いを心待ちにしていた。

 

 大会開催までの苦労は全てそのために耐えてきたのだから当然といえば当然である、一方もうひとりの主催者は敬愛するアインズ様の前で無様を晒さないかと不安をいだき震えていた。

 

 シャルティアは本来は調子に乗りやすい性格であったが考えなしというわけではなかった、自身が犯した大罪と、考える事の大事さを知ったことがいささか悪い方に作用してネガティブな方向に未来予測しやすくなっている節があった。

 

 そのネガティブさは慎重さとも言えるものであるし、いうべきことやるべきことはしっかり判断できるだけの度量もあるため目立ちにくく本人ですら気づいていないことだったが、今回は「御前試合」という言葉が頭にちらついていることもあって緊張の度合いが増していたためネガティブな考えになりやすくなっていた。

 

「前半ガ終ワッタヨウダ」

 

 コキュートスの言葉にビクっとシャルティアの体が震えた。

 

 そんなシャルティアの様子を見てコキュートスは「どうした?」と声をかけるが「なんでもない」といってシャルティアは闘技場へと向かう。

 

(そう、なんでもないでありんす。私は全力を持ってアインズ様に見事だと言ってもらえるような戦いをするだけでありんす)

 

 そう決意してしまえばネガティブな考えは吹っ飛び、あとは目的を果たすためにどうするかだけ考えればいいのでシャルティアの顔色はいくらか良くなっていた。

 

 闘技台の撤去も終わり、階層守護者たちがいつでも戦える準備が終わる。階層守護者の戦いはトーナメント方式でその組み合わせは事前に行われた予選のときにクジで決まっており。

 

 第一試合はアルベド対マーレ、第二試合はシャルティア対デミウルゴス、第三試合はコキュートス対アウラで第三試合勝者は一戦少なくなってしまうためコキュートスは残念がり、逆にアウラはこれで勝てれば決勝戦進出となるので、組み合わせでさんを引いたのがコキュートスでなければもっと喜んでいたかもしれない。

 

 なおセバスは緊急時に備えておく者も必要でしょうと言って事前に大会参加を辞退しており、コキュートスが強いものが減ったとうなだれたりもしていた。

 

 審判による「第一試合開始」の掛け声とともに完全武装状態のアルベドが大きく斧を振り上げて飛びかかる。防御に長けているアルベドが率先して攻め込んでくるとは思っていなかったマーレはワンテンポ反応が遅れ浅めではあったが一撃を受けてしまう。

 

 油断した代償だとマーレは気持ちを切り替えるが、アルベドの猛攻は止まらない、両手斧を巧みに振り回しどんどんマーレのライフを削っていく、アルベドはこの大会のルールである30%以下になった時点で敗北という点を重視した戦い方であり、少しずつでも削っていきあとはカウンターのダメージを追加することで少しでも早く目標ダメージを与えてしまおうという作戦だった。

 

 知略に優れるが故にもっと複雑な手を打つのでは? と思うものもいるだろうが、知略に優れるというのは多様な手を考えることができるということであり、複雑な手を打つのを好むという意味ではない、シンプルな策が最も効果的ならばその策を使うだけなのだ。

 

 そしてそれは見事にマーレにとって打つべき手を奪っていた。強化された身体能力を駆使して致命的な一撃を避けつつ、カウンターできないタイミングを見極めては拳による一撃を叩き込んだり、地面を弾丸のように固めて飛ばしたりしているがアルベドの素の防御力の高さも相まってアルベドよりも与えているダメージが少ないのである。

 

 さらに見極めたつもりでもカウンターが発動することが度々あり、それがカウンターを警戒した動きへとつながり大きな一撃を打ち込みきれずにじわじわとマーレはライフが削られていく。

 

 

 一度仕切り直そうと大地を隆起させる魔法や壁にする魔法を使うがアルベドはソレを読み切り距離を取らせない。

 

 動きを止めてカウンターできない状態にして強烈な一撃を与えようと思い捕縛系の攻撃に切り替えるも時はすでに遅く、攻撃の手を緩めたせいでアルベドに与えるダメージが激減した結果アルベドのライフは7割ほど残っている状態のままマーレのライフが残り3割をきり、マーレにとってはあっけなく勝負がついてしまった。

 

「あちゃー…」とアウラが情けない戦いをした弟に対してそんなことばをもらす。だが次の試合に備えて横にいたデミウルゴスの独り言ともとれるような呟きがそれを否定する。

 

「アルベドの作戦勝ちですね。マーレも予想外のことで慌ててそのまま負けるかと思いましたが落ち着いて打てる手はうっていましたし見事な戦いでしたよ」

 

「んー、そうかもしれないけど、アルベドが相手なんだって分かってたんだし、何かしてくるかもってもっと警戒しておくべきだったと思うのよ」

 

 不満ありげにそういうが、その声は弟を褒められたことに対する嬉しさのようなものが滲んでいた。そして負けて落ち込んで戻ってくるマーレをみかけると「もっとがんばりなさいよ」と軽く叱るが、それでも最後には頭をワシャワシャとなでながら「まあ頑張ったんじゃない」と照れくさそうにマーレのことを褒めていた。

 

 デミウルゴスは、その二人の様子を見て「仲睦まじいことですね」とつぶやきながら闘技場へと出ていく。

 

 同じようにシャルティアも闘技場へと進み、それぞれ定められた位置に立つ。

 

 デミウルゴスは人間態を解除し半悪魔形態へと変わる。対するシャルティアはレジェンド級の赤い鎧に身を包み、さらには少し奇妙な形の槍であるスポイトランスを手にした完全武装状態。

 

「こういうのは失礼とは思うでありんすが、お前様はてっきり棄権するのではと思ってたでありんすよ」

「その言葉否定できませんね。私自身の直接戦闘能力はいささか低いですし、一対一であなたとまともにやりあうのは無理だと確かに思いますよ、ですが貴女自身が言っていたのではないですか、自分よりも強い存在と戦う経験を得たいと、私も少しだけその言葉に思うところはありましてね……」

 

 デミウルゴスはそう言って苦笑してみせるが、シャルティアはその言葉を鵜呑みにせずに警戒する、本当に『思うところがあった』というだけであのデミウルゴスが戦おうとするはずはない、何か勝算があるはずだと。

 

 先程と同様に「第2試合開始」という掛け声とともに今度はシャルティアがデミウルゴスに飛びかかっていた。

 

「その判断は間違いではないですね」

 

 余裕のある声で後ろに飛びながらそう言ってのけるデミウルゴス、彼が通り過ぎていったあとには無数の魔法陣が展開していた。

 

(トラップ?)

 

 策を弄するにしても時間が必要だろうと考えた上での突撃だったがあっさりと読まれていたことに歯噛みするシャルティア。デミウルゴスはシャルティアがどう動くかを読み、開始と言われるタイミングを見計らって開始と同時に呪文詠唱と魔法の展開が完了するようにしていたのだ。反則スレスレの行為ではあるが、発動のタイミングさえ間違えなければ問題なく、それはデミウルゴスには容易なことだった。

 

 幾つもの爆発と同時に爆炎が吹き荒れシャルティアのライフを削っていく、だが重装甲で身を固めているシャルティアには微々たるダメージでしかない、また追いついてスポイトランスでライフを奪ってしまえばあっという間に逆転できるのである。

 

「デミウルゴス、何を企んでいるでありんすか?」

 

 シャルティアの問いに当然ではあるがデミウルゴスは答えない、デミウルゴスが全力を出す上では必須の形態の『完全悪魔形態』があるが、その姿になったのを見たことあるものはいないとされる。どんなときでも半悪魔形態までであり、もしかしたら創造主であるウルベルトによってその姿となることを禁じられているか、なるとしても条件をつけられているのかもしれないとシャルティアは考える。

 

(もしそうなら一応、今のこれがデミウルゴスの全力ということにはなるでありんすが……)

 

 先程からデミウルゴスは、ただただ魔法で爆発と爆炎を巻き起こしながら逃げ回るばかりなのだ。それでは大したダメージは与えられないとわかっているはずなのだが、あのデミウルゴスが無駄なことをするとも思えないだけに不気味なものを感じながらシャルティアは幾つかの遠距離攻撃用の魔法で応戦しつつ間合いを詰めようとする。

 

 その様子を旗から眺めているアルベドとコキュートス、そしてアインズの三人はその意図を見抜いていた。

 

(これが『殺し合い』ならデミウルゴスは無駄なMPを消費し続けているだけの愚者だけれど)

 

(これは『試合』で『殺すこと』は禁止されているし、ライフを30%以下にすればその時点で勝負が決まる)

 

(デミウルゴスハシャルティアニ何カ手ガアルノデハナイカト警戒サセツツ煙幕モカネタ攻撃ヲ繰リ返シ自身ノ被弾ヲ抑エル、単独ノ戦闘デハ決定打ヲ持タナイデミウルゴスニハ唯一トイッテイイ勝利方法カモシレン……ダガ)

 

 シャルティアのライフが残り70%ほどとなりデミウルゴスのライフは残り90%。このままの展開が続くならデミウルゴスの勝利だっただろう、だがしかしことはそうは進まない。

 

「ああもう面倒でありんすね」

 

 唐突にシャルティアの動きが変わる、煙幕も被弾も意に介さずただ目についたデミウルゴスの姿に向かって一直線に向かう動きへとなる。すると徐々にシャルティアとデミウルゴスの距離が縮まっていく。

 

 この流れは全てデミウルゴスの想定通りだった。まともに打ち合えば負ける相手ならば逃げ回るというのはいささかみっともないだろうが、それ以上になすすべもなく負けるほうがよっぽどみっともないと彼は考えた。

 

 そして逃げ回るにしてもシャルティアがどう動くかを読みさらには魔法の展開の仕方もシャルティアがどう動くのかを予測し誘導し、そうすることで本当の意味での無駄撃ちは一切ないといえるレベルにまでした完璧と言える作戦。ただしこれを考えながら実行できるのはデミウルゴスとアルベドくらいなものだろう。

 

 シャルティアのライフは被弾を続け50%近くまで減っていた。対するデミウルゴスはシャルティアが接近することに集中したため90%から動いていない、ここで大きな一撃を与えてしまえば勝負は決まると弾幕でシャルティアの動きをさらに制限し逃げながらでも打てる最大火力の魔法を使う。

 

 だが、唐突にシャルティアの姿が消えていた。デミウルゴスが何かを企んでいることだけは分かっていただが何を企んでいるかまではシャルティアの頭ではどうしてもわからなかった。

 

「慎重に立ち回るべきだ」とかつての戦いでアインズは言っていた。だからシャルティアも警戒し続けていた。

 

 だが限界だったのだ。大会開催までに頭は十分酷使したのだと、シャルティアはの脳はこれ以上考えるのを放棄したのである。だがそれが功を奏した。

 

 戦士の本能が危険を察知し考えるよりも速くシャルティアの身体は動いていた。それがデミウルゴスの裏をかきデミウルゴスが放った一撃をあっさりとかわし、デミウルゴス気がついたときには上から急襲をかけるシャルティアの姿。

 

 上空から落下の勢いもあいまった一撃はデミウルゴスのライフを大きく削り、肉薄した状態となれば何もできないに等しいデミウルゴスはそのままシャルティアの槍による猛攻に為す術もなくライフを削りきられ、シャルティアの勝利で戦いは終わった。

 

 戦いのあとデミウルゴスはシャルティアに何故あの一撃を避けれたのかと訪ねてみると、シャルティアは「わかりんせんですね。なんとなくだったでありんす」と答え、デミウルゴスは「なるほど……。これが戦士とそうでないものの違い…なんでしょうかね」とシャルティアの言葉を噛みしめるかのように静かに呟くのだった。



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ナザリック武闘大会2

読み切りではなく続き物となっております

次回更新は2017年06月19日(月) 21:00です


 第三試合の開始前、デミウルゴスの魔法で闘技場が荒れていたのでその片付けと修復が行われ、それが終わるとコキュートスとアウラが闘技場中央へと進む。

 

 コキュートスもアウラも何も語らない、といういよりももとから無口に近いコキュートスはともかくアウラは頭が真っ白になっていてしゃべれないという方が正しい。

 

 前試合で戦ったデミウルゴス同様にアウラもまた単独での戦闘能力は低いのだが、アウラにはデミウルゴスのように知略をもってその低さを補うすべが思いつかない、結果として一見平静に見えるその顔の裏で言葉にならない悲鳴を上げながら彼女は「第三試合開始」という掛け声を聞いたのだった。

 

 開始の合図とともに半ば無意識にアウラの身体は動き、とにかくコキュートスの動きを止めるためのスキルを使用する。

 

「不動縛鎖!」

 

 スキルによって作り出された無数の鎖がコキュートスに向かって飛ぶ、だがそれらを二本の腕に持った剣と槍を巧みに操りすべて無効化してしまう。

 

 そして残りの二本の腕で弓を構え矢を次々と放つ、放たれた矢はまるで吸い込まれるかのようにアウラに次々と刺さっていく、アウラ自身はかわそうとしているのだが躱しきれずダメージはどんどん蓄積されていき、一か八かと間合いを詰めるも槍と剣で大ダメージを受けてあっという間にアウラの敗北が決定してしまった。

 

「大丈夫カ、アウラ」

 

「うん」

 

 ダメージ自体はあるが大したことはないと笑ってみせるアウラをコキュートスは有無を言わさず抱きかかえると足早に出口へと向かう。

 

「コ、コキュートス!?」

 

 突然のことにうろたえるアウラを無視してコキュートスは人気のない場所までアウラを運びアウラをそっと下ろすとあっという間にそこから立ち去っていった。

 

「あの馬鹿……。いや馬鹿は自分かな……」

 

 アウラはそう呟くのが精一杯だった。アウラの目からボロボロと涙がこぼれていく、それは悔し涙だった。勝てる相手ではないと分かってはいた。それくらいに力の差があることも理解していた。それでも大会に参加したのはシャルティアの言葉に感化されたからに他ならない、強敵との戦いというものを経験しておこうという軽い気持ちだった。けれどここまで一方的に何もできないのかと思い知らされるとそれが悔しくて悔しくて仕方なかった。

 

 だから彼女は誰もいない闘技場の片隅で彼女は声を殺して悔し涙を流すのだった。

 

 あっけなく終わった第三試合のあとにそんなことが起きているなど誰もつゆ知らずの中、第四試合を行うアルベドとシャルティアの二人は試合開始前から激しい火花が散らしていた。

 

「試合とはいえ貴女とこうして直接対決する日が来るとはね」

「そうでありんすねえ、この際でありんすし、どちらがアインズ様の正室かこの戦いで決着をつけるでありんすかね」

 

 そこにつかつかとやってきて二人の間に割って入るデミウルゴス。

 

「アインズ様からの伝言です」

 

 その一言で二人は睨み合うのをやめて聞くための姿勢を整える。

 

「この大会で余計な諍いの持ち込みや賭け事の類を全て禁じる。だそうです」

「えーっとつまりそれはどういうことでありんすか?」

 

 特に何かをかけているつもりもないシャルティアはアインズの言葉の意味が理解できず首を傾げる。

 

「貴女にもわかるようにいうならどちらが正室かとかそういうのをこの大会に持ち込むなってことよ」

 

 面倒くさそうにしつつも親切に教えるアルベド、「ああ、そういうことでありんすか」と頷き、「それなら仕方ないでありんすね」とこの試合で決着つけることを諦める二人。

 

 デミウルゴスは伝えるべきことは伝えたとさっさと立ち去り、それから少ししたところでメイドが準備ができたと告げに来て、二人は闘技場へと向かう。

 

 今まで同様「第四試合開始」という掛け声とともに試合が始まり、互いに駆け寄っていくその勢いをスポイトランスに乗せてシャルティアが槍を突き出せば、アルベドは斧を振り下ろしその槍を叩き落とす。

 

 前の戦いとは打って変わって防戦一方のアルベド、シャルティアの攻撃が的確にアルベドの隙をつこうとする上にその威力と速さも凄まじく、防ぐのが精一杯でカウンターにまで手が回らない、仮にカウンターを打ち出しダメージを与えれたとしても、その数倍のダメージをうけるだろうと断言できることともう一つ、シャルティアが切り札を一つも使っていないという点だった。

 

 それも警戒する以上は今は攻めに回るべきではないとアルベドはただひたすらにシャルティアの猛攻をしのぎ続ける。金属のぶつかりあう音がまるで音楽のように聞こえてくるほどに二人の武器が激しくぶつかりあう。

 

 突き、叩き落とし、なぎ払い、身を翻し、振りおろし、受け止めて、競り合う。

 

 くるりくるりと舞うかのように立ち位置を変えながら、かと思えば立ち止まり見つめ合っているかのように視線をそらすことなく。数分間もの間ずっと二人が奏でる音楽が響き続ける。

 

 だが徐々に音がずれ始めていく、少しずつ少しずつずれていくがごく一部のものは以外はそれに気づかない、押しているのはシャルティアの方だった。

 

 アルベドにとってそれは想定内の出来事だった。ただし良いか悪いかで言えば悪い方の想定内で、シャルティアはまだ全力を出してないのだ。もちろん自分もそうだといえばそうなのだがこの大会でそこまでする意味があるかどうかという疑問も有った。

 

 アインズ様の前で優勝を果たし自分の強さをアピールするというのは守護者としては正しいだろう、だが女としてはどうだろうか? アインズ様の理想の女性像というのがはっきりと分かっていない以上はあまりイメージを決定づけるのも良くはないだろう。

 

 それに仮にシャルティアを倒したとしても次はコキュートスである。この二人を倒すとなると全力も全力を出す必要がある上に、そうしたとしても勝てる確率は多めに見積もっても三割程度、全力の内には装備品の破損なども含まれる。いろいろな意味で割が合わない気がする。総判断したアルベドはあえてこのまま押し切られるふりをすることにした。

 

 シャルティアに負けるというのはいささか癪では有ったが、この戦いにはアインズ様から「この大会に諍いを持ち込むな」と言われているのである。シャルティアがこの戦いの勝敗に関して何か言ってくるようならそれを持ち出して逆に言い返せばいい。

 

『如何に勝つか』というのを諦め『如何に負けるか』と『負けたあとのこと』が決まってしまえばあとはあくまで少しずつ押されて負けるという演出のために動く、一見すれば勝つ気があるようなそういう動きである。ただしこれはただ負けるよりもずっと難しい、何故なら目の前のシャルティアを始めとしてアインズとコキュートスが見ているからである。それらの目を欺くだけの演技をやってのける必要があるのだから。

 

(それでも、演じきってみせるわよ!)

 

 シャルティアの攻撃を防ぎきれなくなってきたのでカウンターを混ぜて少しでもダメージを稼ぐ、しかしこれではスポイトランスの回復分をいくらか減らせる程度でシャルティアのほうが与えるダメージが大きいので結局はアルベドのほうが不利になっていくだけである。

 

 だから距離を取る。シャルティアはもちろん取らせない距離を取るよりもスポイトランスの射程内に収めて攻撃し続けるほうが簡単で確実だから、それでも間を開けない限りアルベドに勝機はない、だからアルベドは逃れようとする、逃れられない、再びスポイトランスの猛攻をカウンターで削り返す。

 

 そう思わせながら、アルベドは最後まで戦いシャルティアのライフを50%ほどにしたところでアルベドのライフは残り30%をきりシャルティアの勝利が決まった。

 

「なんていうか……。すごく疲れたわね」

 

 一見しただけでは全くそうは見えないが、その声にこもっているものは本気だとわかる声色でアルベドが漏らす。

 

「同意するでありんすよ」

「まあ、私はこれで終わりだし、決勝戦を高みの見物させてもらうわ」

「ええ、このまま優勝してくるでありんすよ」

 

 そういって笑うシャルティアの顔には自信に満ち溢れていた。

 

(……今回の件の大本が本来の目的忘れてるわねこれ)と思っても水を指すのも無粋だとあえて黙るアルベドであった。



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ナザリック武闘大会3

読み切りではなく続き物となっております

次回更新は2017年06月22日(木) 21:00です


 休憩時間をはさみ、シャルティアのライフと疲労は完全回復し闘技場の整備も終わり、あとは時間が来るのを待つだけだった。

 

「イヨイヨダナ」

「そうでありんすね、今回はセバスがいないからわちきとアルベドとお前さんの三つ巴でありんしたしね」

「ウム、仕方ナイトハ言エセバストモ戦ッテミタカッタモノダ」

 

 そんなことを話している内にやがて時間がやってくる、決勝戦の時間が。

 

 会場は大いに盛り上がっていた。アルベドとシャルティアの戦いに興奮冷めやらぬものたちは闘技場にシャルティアとコキュートスの姿が見えた途端に大きな歓声を上げた。

 

「わっちたちが見世物なのはどうなんでありんしょうと最初は思ったりもしたのでありんすが」

 

「ウム?」

 

「純粋に尊敬の眼差しとかそういうものを向けられるのは少しだけ悪くないでありんす」

 

「ソウダナ……」

 

 闘技場の中央で向かい合って立つ二人、コキュートスは幾つもの武具を持ち込み地面に突き立てていく、ルールの上では問題ないことを確認済みなのでシャルティアも審判もなにもいわない、多種多様な武器を使いこなすことがコキュートスの特技の一つなのだからそれを活かすための準備は容認されるし、言ってしまえばバフをかけたりするのと変わらないという判断である。

 

 審判が二人の顔を交互に見て無言で意思確認をする。それが済むと審判は二人から離れ高らかに宣言する。

 

「決勝戦はじめ!」と。

 

「最初から全力で行くでありんすよ、エインヘリヤル!!」

 

 シャルティアと全く同じ姿の分身が現れ、シャルティア自身が左に分身は右に飛んでそれぞれが弧を描きながらコキュートスに向かい突進する。

 

「フロスト・オーラ」

 

 静かにだが重く力のある声でコキュートスもスキルを使用する。それによって周囲の温度が急激に冷え込み多少なりとも動きが鈍るシャルティアと分身、コキュートスは瞬時に右前腕と左後腕に剣、左前腕と右後腕に盾を持ち、シャルティアの突撃を手にした盾で受け止めると同時に剣で斬りつける。シャルティアと分身は突撃の勢いを利用された形となり回避しきれずにダメージを負う。だがそれで怯むようなことはなく無理やり体制を立て直して槍を突き刺す。

 

 槍に刺されながらも追撃を行おうとするコキュートスだったがそれは一瞬にしてシャルティアと分身が間合いを離し空振りに終わる。しかしシャルティアが次の手を打つよりも速く武器を弓二つに持ち替えたコキュートスがて四本の腕を駆使しシャルティアと分身その両方に向かって次々と矢を射っていく、シャルティアと分身はそれらを躱しながらシャルテイアは魔法を放つ。

 

「マキシマイズマジック、ヴァーミリオンノヴァ!」

 

 最大限に強化された魔法の豪炎がコキュートスを飲み込む、その身を焼かれつつもそれでもコキュートスは矢を放ち続けるのをやめない、魔法を撃つために回避がおろそかになったシャルティアの身体に数本の矢が突き刺さる、その間に横から分身がコキュートスに向かって槍を構えて突進するが、それも想定内と言わんばかりに右に持っていた弓矢を置くと今度は分身が持つよりも長い槍を手に取りそれによって分身の接近を阻み一撃を与える。その間もシャルティアに向かって矢を放ち続けるのは変わらない。同時に二体を相手にすることになってもコキュートスにとっては問題ない、コキュートスの六つの眼と四本の腕は飾りなどではないのだとシャルティアは改めて思い知る。

 

 ならばその目を塞いでみようと分身に地面を攻撃させて土埃を巻き上げさせる。だがそのことに一手使ったのは間違いだったとシャルティアはすぐに知ることになる。土埃を巻き上げさせたときには分身の目の前にコキュートスがいたのだ。「フン!」という一呼吸とともに四本の剣が一斉に分身の身体を切り刻みそのダメージで分身は消滅する。

 

 失敗したと悟りつつもコキュートスが分身を排除するためにこちらへの攻撃をやめているのはチャンスだとみてシャルティアはスキル「清浄投擲槍」に魔力をこめ「必中」を付与して放つ、コキュートスは分身を倒すなりすぐさまその身をシャルティアに向けており、飛んでくるスキルもしっかりと見えていた。コキュートスは装備によって飛び道具を無効化できるがスキルによって必中化したのは流石に無効化できずその身に大きなダメージを追う。だがダメージを受けるほんの少し前に彼は手にしていた四本の剣すべてをシャルティアに向かって投げつけていた。

 

 コキュートスの豪腕によって投げられた剣は二本はシャルティアの槍によって弾かれたが、残りの二本はシャルティアの左腕と右足に突き刺さっていた。

 

 それを見てコキュートスは自身の敗北を確信した。隙を見せたのはわざとだったのだ。それによって来るであろう強烈な一撃も理解した上でこちらの攻撃を確実に通すための策だった。

 

 だが結果としてそれは失敗だった。投げつけた剣はすべてシャルティアに突き刺すつもりだった。それができなかった時点でコキュートスは己の敗北を察した。

 

 すぐさまシャルティアから二本目の清浄投擲槍が自身に向かってくるのが見えた。これで終わりだとコキュートスは諦める。だが武人としての部分がそれを良しとしなかった。半ば無意識に彼は左後腕を清浄投擲槍に向かって突き出していた。そして清浄投擲槍が左後腕に当たった瞬間自らの手でその左腕を引きちぎることで清浄投擲槍のダメージを左腕だけに留める。

 

その光景にシャルティアを始めとした全員が驚きの声を上げた。その隙きを見逃すコキュートスではなかった。

 

「アイス・ピラー、アイス・ピラー、アイス・ピラー」

「な、目くらましでありんすか!?」

 

 コキュートスの魔法によって巨大な氷の柱がいくつも出来上がっていく、シャルティアはその柱を躱したり壊したりしながらコキュートスを視界に収めようとする。

 

 その時シャルティアは視界の外で何か金属音を聞いたような気がした。だがその音の正体について考えるよりも先にコキュートスの姿が見える。それはいつの間にか槍を手にし今にも投げようとしている姿で、「しまった」と思ったときには槍と魔法による無数の氷の弾がシャルティアに向かって飛んでいた。

 

「不浄衝撃盾!」

 

 槍が刺さる寸でのところで攻防一体の衝撃波の盾を展開することに成功する。

 

(アイス・ピラーデ目クラマシト同時ニ地面ニオイテアッタ武器ヲコチラニ動カシ回収ニ向カウ時間ノ短縮シテ不意打チデキルカト思ッタガヤハリウマクイカナイモノダナ)

 

 流石はアインズ様が単純な力押しなどではなく策を弄することで勝利をおさめることになった相手だと言える。小手先のその場での思いつきなどでは勝利をつかむには足りない、そうコキュートスは思った。その一方でシャルティアはシャルティアでコキュートスが左腕を犠牲にしてダメージを抑えたこととその後の槍を投げつけてくるまでの流れにただただ感心していた。

 

(ああいう戦い方もあるんでありんすね。勝利を掴むためになら、いや勝利をアインズ様に捧げるためなら自身などいくらでも捧げることができる)

 

 けれど、それでシャルティアの優位がひっくり返るわけではないという事実もそこにはあった。三度目の清浄投擲槍を放つと同時に突進してくるシャルティアをコキュートスは防ぐすべがなく、その連撃がとどめとなり、審判はコキュートスのライフが30%以下になったのを確認し声高に叫ぶ。

 

「勝負あり! 勝者シャルティア!!」

 

 一瞬の静寂のあと歓声が上がる。それとは対象的に戦っていた当人たちはとても静かに戦いの終わりの余韻に浸っていた。こうして大会決勝戦は無事に終りを迎えたのだった。

 



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想うシャルティア

続きものはひとまずここまでとなります

次回からは全く関係のない読み切りとなります。
更新は2017年06月26日(月) 21:00です


(ココマデ…カ)

 

 不完全燃焼だった。コキュートスのなかには最後まで戦いたいという欲求がくすぶっていた。

 しかしこれはあくまで試合であり殺し合いではないのだと自身を納得させる。『戦いたい』という欲求はあれども仲間を『殺したい』わけではないのだ。

 

(ダガ……)

 

 シャルティアはどうだったのだろうか、自分はたしかに強いものといえるシャルティアと戦えた。そこから得たものも確かにある。このあと今日の戦いを振り返ってみれば更に得るものもあるだろうという確信もある。だがシャルティアは自分との戦いで、明らかにシャルティアよりも弱かった自分との戦いで得るものは有ったのだろうかという懸念がコキュートスの中で渦巻いていた。

 

 コキュートスはそんな懸念を抱きながらシャルティアの方を見る。シャルティアは勝利したことを喜ぶのでもなく、ただ静かにじっとアインズが居る方を見つめていた。

 

 シャルティアたちは一旦控室へと戻り回復魔法で治療を受け、その間にメイドたちが闘技場の整備を行う、それらがすべて終わると閉会式が始まった。

 

 表彰式などはない、あくまでこれはトーナメント形式の模擬戦兼御前試合であり優劣を決めるものではなかったからである。

 

「此度の大会で、お前たちがよく研鑽をつんでいることと同時にその心構えも改めてよく知ることができた。これからもよく励み、ナザリックのために尽くすが良い!!」

 

 アインズの言葉に皆が一斉に「はい!」と応える。ナザリックのためにアインズのために彼らはその生命を使うことだろう。その光景にアインズをはじめとして階層守護者たちも満足げに笑うのだった。

 

  ◇

 

 大会終了後、玉座の間にて玉座に座るアインズの前にセバスを除く階層守護者たちが並んでいた。

 

「改めて此度の大会ご苦労であった。傷をそれなりに負ったりもし癒やしの魔法を受けたと思うが身体に問題などはないか? 特にコキュートス、ダメージを抑えるためにとはいえまさか自ら腕を引きちぎるとは思わなかったぞ」

 

「身体ニ問題アリマセン」と魔法で治った左後腕を回してみせるコキュートス。

 

「アノトキハ無我夢中デシタノデ、今トナッテハ自分デモ思イキッタコトヲヲシタトオモイマス」

 

 アインズはコキュートスの様子に問題がないことを確認すると、その視線をシャルティアへと動かして問う。

 

「うむ、シャルティアはどうであった? 此度の件で何帰るものは有ったか?」

「はい、知っているのと実戦とでは大きく違うのでありんすねと改めて知ることができんした。また大会開催のために企画を立てたりといったこともいい経験になりんした」

「そうか、得るものが有ったならそれでいい」

 

 あとは細々した報告などをまとめて出すようにと告げるとアインズは自室へと戻っていく、そして他の階層守護者たちもそれぞれの成すべきことを成すために立ち去っていく、そんな中でコキュートスが「シャルティアニ聞キタイ事ガ一ツアル」と言ってシャルティアを呼び止めた。

 

「なんでありんすか?」

「シャルティアハ今回ノ戦イデ本当ニ得ルモノガ有ッタノカソレガ知リタイ、イヤ、違ウナ正直ニ言エバ、ワタシトノ戦イニ不満ハナカッタノカソレガ知リタイ」

 

 コキュートスの言葉にシャルティアはキョトンとした顔で「不満?」と呟く。

 

「不満と言われても質問の意味がよくわからないでありんすね。コキュートスは、わっちが一体何に不満を抱くと思ったでありんすか?」

「我ガ身ノ不甲斐ナサ、シャルティアハ強キ者ト戦イタイト言ッテイタノニ私ハシャルティアガ望ム強気者トシテシャルティアト戦ウコトガデキナカッタ」

 

 コキュートスの声が重く苦しいのは本人がそう思い込んでいるからだろうとシャルティアは理解する。だがしかし、コキュートスの言っていることは少しずれていると思った。

 

「コキュートス、わちきはお前さんが弱かったなどと思っておりませんよ、あの戦い方は見事だったと本気で思っているでありんす。アルベド……はともかくとして、わちきと戦ったデミウルゴスの戦い方なんかもそういう手があるのかと感心したでありんす」

 

 だが、その言葉でコキュートスは納得しない。

 

「本当ニ、本当ニソウ思ッテイルノカ?」

 

 コキュートスが再度シャルティアの問うと、ヒヤリと周囲の空気が凍てつくような気配がシャルティアから発せられた。

 

「コキュートスは、わっちがアインズ様に申し上げたことが嘘だと言いたいんでありんすか?」

 

 とても穏やかな声だったにも関わらずそれはまるで刃のようにコキュートスの喉元へと突きつけるような鋭さを宿していた。それでようやくコキュートスも自分の失言に気づき、そのことに対してコキュートスが謝るよりも先にシャルティアが口を開く。

 

「コキュートス、自分が弱かったとか戦い方に不満があったなら、これから何をすればそう思わずに済むようになるのか、次はどうするべきかそういったことを考えれば良いんでありんすよ」

「アア、シャルティアノ言ウ通リダ、先程ノ失言ヲ謝罪スル。本当ニスマナカッタ」

「許すでありんす」

 

 これでこの話は終わりとシャルティアはゲートを開いて何処かへと消え、残されたコキュートスもすぐさま何をするべきかを考えながら自室へと向かう。

 

 こうしてシャルティアの思いつきが発端となった。ナザリック武闘大会は各々の胸にナザリックのために、アインズのためにもっと強くならねばという想いの火を灯して終りを迎えたのだった。

 

 

  ◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層アインズ自室にて、アインズは今日の大会のことを振り返っていた。殺し合いではなく試合だからと油断していたら思っていた以上に鬼気迫る戦いを見せられ度肝を抜かれてみたり、ギルドメンバーたちがまだいた頃のPvPの模擬戦を思い出したり、もともとダメ元で振ってみた大会運営を無事に終わらせたことに感心したりと、ただ見ていただけにも関わらずアンデッドでなければ心が揺れ動きすぎて疲れ切っていたのではないだろうかとそんな気がしていた。

 

 そして、階層守護者たちの成長を嬉しく思うと同時に少なからずの怖さを覚えたことがアインズの、鈴木悟の心に少しだけ影を落としていた。NPCたちが自我を持ち考えることを覚え本当の意味で自立した時、生みの親であるギルドメンバーたちのようにここから去っていくのではないかという考えが頭をよぎったからである。

 

 もしも本当にその時が来てしまった時、自分はどんな顔をするのだろうか、自分は素直にそれを祝福し見送ることができるだろうか?

 

 アインズは、その問いに対する答えを出すことができなかった。

 

 

 

 

 大会も終わり、あとはアインズ様のおっしゃっていた「細々とした報告のまとめ」を作って提出すれば終わり、シャルティアとコキュートスはそれを簡単なことだと考えていた。

 

 だが「細々」というのは「少々」や「少ない」「些細」とかそういう意味ではない、『細々としたことをまとめた報告書』とはつまるところ「全部」を「わかりやすく」して「まとめた」ものである。

 

 事務経験などまったくない二人がとんでもない勘違いをしていたという事実に気づき、精神的に血反吐を吐きそうになりながら奮闘するも、最終的にアルベドに泣きついて事務の手伝いができるものを貸してもらうことになったのは致し方ないことであり、そうして出来上がった報告書がなんとも微笑ましい出来だったとしても、それを受け取ったアインズはおくびにも出さずにただ一言「ご苦労であった」と言って受け取るのだった。

 

 こうして本当の本当に大会に関することがすべて終わったシャルティアは、精神的に疲れ切り部屋に戻るなりベッドにダイブしてぐでーっと寝そべっていた。

 

 そんなだらしない格好ではあったものの、シャルティアはずっと考え込んでいた。何をといえばそれはもちろん事の発端であるアインズよりも強い存在に出会った場合のことである。

 

 もしもそんな存在が現れたらというのを考えながらああしよう、こうしよう、こう備えてみようなど考えるけれど、一番の解決策であり同時に決して叶わないであろう願いともいえることがシャルティアの脳裏に浮かぶ、至高の御方々が揃っていれば、それが無理ならせめてペロロンチーノ様がアインズ様と一緒に居られれば……と。

 

 お顔をずっと拝見する許可がでるならばずっと見つめ続けていたいと思うアインズの顔に寂しげな色が時折浮かんでいるのをシャルティアは知っていた。

 

 その寂しさを紛らわすことが自分たち階層守護者どころかナザッリックの者達すべてでも無理だろうということもシャルティアは知っていた。せめてアインズ様と特に中の良かったペロロンチーノ様がおられればアインズ様はあのような顔をなさらずに済んだのだろうかと、そんな想いを抱く、だからこそとシャルティアは願うのだアインズの隣に立てるような存在となり、その寂しさを埋めれるようになりたいと。

 

 そのためにももっと強く賢くならねばならないと心に刻み、今日も彼女はアインズのために何ができるのかを考えるのであった。




続きものでここまでのおつきあい本当にありがとうございました。


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シャルティアはひとり考える

感想、誤字報告ありがとうございます。
感想に返事がないのは「嬉しい」としか言い様がないためです。
申し訳ありませんがご了承ください。


 ツアレという女がいる。

 

 彼女はなんだかよくわからないうちに色々あってナザリックに所属することになった人間だ。

 

 私自身の配下の者に調べさせてみたところ、セバスに助けられたのがきっかけで、実はアインズ様が世話になった人間の血縁者でその恩を返すためにナザリックに所属することを許可されたらしい。

 

 矮小なる人間に対しても恩義を感じ、その恩を返すことを良しとするアインズ様の懐の広さに敬服しつつ、直接顔を拝んでみようとツアレのいる場所に着てみれば、様子を見に来たセバスとツアレが話しているところに出くわした。

 

 遠くから気取られないように(といってもセバスには気づかれていそうだが)眺めているとツアレのセバスに向ける顔が完全に恋する乙女のどころか愛する男に向けるそれだった。

 

 多分きっとあの女はセバスになら自身のすべてを捧げてもいいと思っているだろう、だがセバスはそれに気づいているのだろうか?

 

 セバスの顔はあくまで仕事の顔であり、ツアレに対して特別な感情を持っているようには見えない、見えないが逆にそれが引っかかった。

 

 だから私は二人が話し終わるのを待ちセバスが一人になったところで声をかけた。

 

「セバス、ちょっと話があるんでありんすがよろしいですか?」

「何でしょうシャルティア様」

 

 こちらが覗いていたことなどには一切触れずに用件を訪ねてくるあたりは流石というべきだろうか。

 

「お前さん、あの女のことをどう思っているでありんすか?」

「どうと言われましても職場の同僚としか言いようがありませんな」

 

 セバスは先程までツアレと話していたときと同様の平静そのものといった顔でそう答える。

 

「聞き方が悪かったでありんすね。セバスはあの女がお前さんに懸想していると知っていて、その上でどう思っているか? でありんすよ」

「知っていても、仕事の同僚としか言いようがありません、ツアレの私に対する思いは救われた感謝の気持ちを愛情と勘違いしているだけです」

 

 私はセバスの言葉に一瞬呆気にとられ、そしてすぐさま頭にきて怒鳴っていた。

 

「ふざけるな! でありんすよセバス」

「シャルティア様?」

 

 私が怒鳴りつけてもセバスは顔色一つ変えない、それが余計に頭にきてさらに言葉を続ける。

 

「お前さんに好意を抱いたきっかけはたしかにお前さんの言う通りだったのかもしれないでありんしょうが、その想いが愛情と勘違いしているのだと断言できる根拠は何でありんすか?」

「根拠……」

 

 セバスは私の問いかけに言葉をつまらせ、私は答えを待たずに畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「誰かに恋したり、誰かを愛したりするのに根拠や理由なんてないこともあるのでありんすよ、理由なんてあとから考えてみて多分あれが惚れた理由だとか思うくらいに『何で好きなのかわからない』こともあるでありんす!」

 

 私が一息ついたところでセバスがおずおずと問いかけてくる。

 

「シャルティア様、つまりどういうことでしょうか?」

「…………私にもよくわからないでありんす」

 

 悲しいかな、自分の中でセバスの言っていることに対して納得行かないという思いもあり、恋愛感情に関して言いたいことはあるのだが、それをさっと言葉として伝えるすべを私は持っていなかったらしい。

 

「セバス、怒鳴りつけたのは謝るでありんす。だから少しだけ待ってほしいでありんす」

 

 それでもここで諦める訳にはいかないという思いが明確にあった私はセバスに待ってもらいながらこめかみを押さえながら必死にどう言えばいいのかを考える。

 

「えっとでありんす。つまりでありんすよ、あの女、ツアレだったでありんすな、あれの想いを勘違いの一言で片付けないで欲しいでありんすよ、あれは本気でお前さんに惚れてるでありんすよ、多分きっと助け出したのが他の誰かだったとしてもそれに惚れたかどうかはわからないし、お前さんと出会ったのが別の形だとしてもお前さんに惚れた可能性だってあるでありんす」

「失礼ながら、何故そう言えるのかをお訊きしてもよろしいでしょうか?」

 

 ちょっとした意趣返しであろうことはすぐにわかった。けれどセバスとは違い私はこれに簡単にこたえることができた。

 

「簡単なことでありんすよ、私も愛している者がいるからでありんす。だからあの女の想いを勘違いの一言で否定されるのは許せないのでありんす」

 

 私の言葉にセバスは「なるほど」と言いながら少しだけ考え込むような仕草を見せた。

 

「シャルティア様のお言葉を胸に刻み、ツアレの想いに対しての答えを出すのはもう少し保留にしてみようかと思います」

 

 保留……。まあすぐに考えを変えれるものでもないし、自分の好みと違うとかいうこともあるだろうしとひとまず納得する。

 

 そもそも私は別にあの女とセバスがくっついてほしいというわけでもないのだし。

 

「わかればいいでありんす」と話を終わらせて私たちは別れた。別れたあと私は一人ブラブラとナザリックの中をあ歩きながら考え事をしていた。

 

 というのも惚れた理由がどうのとかそういう話をした場合、私自身にとってかなり、かーなーり不利な話になるということに気づいてしまったからだ。

 

 なんでも聞いた話によればアルベドの「設定」をアインズ様がいじった結果、アルベドはアインズ様愛するようになったらしい、らしいというのはどこが出処かはっきりしなくなってしまっているからなのだけど、私達は至高の御方々に創り出され「かくあるべし」として「設定」された。

 

 ここで問題になるのは「アルベドの設定」ではなく「アインズ様の行動」だ。

 

 私自身がアウラとの関係で「不仲」と設定されているからそう振る舞いはするものの、根本的なところでは別に嫌っていないしむしろ仲はいいほうだと思っている。

 

 これは私とアウラの創造主のお二方がご姉弟で仲がよろしかったからその影響もありそうだけれど、つまり「設定」は絶対的なものではないのだ。

 

 だからアルベドが、本当にアインズ様を愛しているかどうかというのはわからなくなるが、私自身の見立てでは本気でアインズ様を愛していると思う。

 

 だからアインズ様はどうなのかという話になる。アインズ様ご自身が、心のなかでアルベドに愛されたいと思っており、それでアルベドの設定をいじったのだとしたら?

 

 そうなると正妃の座につくのはアルベドになるであろうといえる。正妃を巡る争いはナザリックの誰もアルベドに敵わない、何故ならアインズ様が望んだことなのだからと異議を唱えることもできないだろう。

 

 けれどアインズ様はきっとご自身のなされた行為によってアルベドを簡単に正妃にするのは難しいだろうとも思う。

 

 何故なら、「自分を愛せと命令したから愛してくれる者の愛を素直に受け入れられるかどうか」という問題があるからだ。

 

(すべてはアインズ様の望むがままと言えるでしょうけど、『愛し合う』のがお望みなら設定してしまった者相手に…ひどい言い方をすれば『お人形』相手に愛し合うのを良しとするかどうかよねえ……)

 

「設定」は絶対ではない、そうだとしても、アルベドの愛が設定など関係なく本物だとしても、それを証明するのはいくら頭の良いアルベドどころかアインズ様ご自身でもなかなかに難しいだろうというのは私でもわかる。

 

(だからまあ、アルベドがアインズ様を納得させる言葉を見つける前に、もしくはアインズ様がアルベドの愛が本物だと確信する前に私がアインズ様を籠絡するしかないわけでありんすが)

 

 アルベドのようにもっと胸があったなら楽だったのか、はたまたアインズ様と同じスケルトン系なら良かったのか、アインズ様はアルベドの何が良くて愛されたいと思ったのかがわかれば楽なのだけれど……。

 

(これでもしも、アインズ様がアルベドに愛されたいと思った理由なんてものがなかったとしたら、本当にもうどうしようもないわねえ……)

 

 そんなことを思いながら、私は何とも言えない気持ちを抱え天を仰いだ。

 



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