怪物 (E G)
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プロローグ

 

 自分が他と違う存在だと気づいたのは中学の部活の時だった。

 

 気づけばボールを触り毎日の様に兄と父の1ON1に加えて、元選手の両親のDNAを受け継いでいる自分が上手いという自負は確かにあった。

 

 それでも自分は()()()()()()()()()()、まさか初めての試合(入部テスト)()()()()()()()()()()

 

 自分は兄に勝ち越されていたし兄はそんなに上手くないとよく言っていたからなのか自分は大した事がないと思っていた。

 

 何より初めて家族以外とのバスケをするのは初めてで楽しくやるついでに兄よりも上手い人がいればいいな、それ位の軽い気持ちの期待だった。

 

 だかそんな期待はゼッケンを着てコートに立つとすぐに疑念に変わった。

 

 兄や父から感じる圧力(プレッシャー)や獣の様な雰囲気は微塵もなく、体格も自分に比べると一回りは小さく弱々しく見えたからだ。

 

 それでも父から胸を借りるつもりで本気でやって来いと言われた自分は気を引き締め開始の笛が鳴ると先輩方からのボールで始まった。

 

 ジャンプボール飛んでみたかったな等と考えていると自分のマークマンにボールが渡る時に何か違和感があった。

 

 何か分からぬ違和感に不思議に思いながらディフェンスをしていると違和感の正体にすぐに気づいた。

 

 ドリブルが下手。フェイントが下手。スピードがない。フィジカルが弱い。(スキル)が拙い。

 

 ありとあらゆる面で先輩は自分よりも下手だと思う。期待していた分少し残念に思ったがこの人が下手なんだと思う事にした。

 

 ボールをカットしそのままリングにボールを叩き込む。少しどよめきが起きたけどそんな事は気にも留めずディフェンスに戻る。

 

 少しでも気を抜けばカウンターに対応出来なくなるし、何より初めての試合で少し緊張していた。

 

 試合が始まり3分が経つ頃には試合の空気にも慣れていた。自分のマークについている先輩はもう心が折れかけていたが手は緩めない。

 

 試合は自分達の圧勝だった。ほぼ自分が点を取りコート中を駆け回ったと思う。結局自分より上手い人はいなかったが兄との1ON1やシューティングばかりの自分にとって試合はもの凄く楽しかった。

 

 部活が終わったら兄と1ON1をしよう、そう思いついた時に顧問の先生に名を呼ばれた。返事をし少し駆け足で向かい先生に促され部室に入る。

 

 部室に置いてあるパイプ椅子に向かい合うように座る。10分程無言の時間が流れそろそろ口を開こうとした時に部室の扉が開いた。部室に入ってきたのは母だった。

 

 180の身長に細身ながらもしっかりとついた筋肉。肩口までに切り揃えられた艶やかな黒髪に自分の母ながら整った顔立ちをしている。

 

 母が自分の隣に座ると先生は、自分と母に向かって頭を下げた。曰く自分の入部は止めて欲しいと。

 

 自分が入部するのはとても魅力的だがチームに不和が生じる、普通の公立でありあくまで部活動は教育だから、自分ほど上手いなら強豪の中学に行くべきだと言われた。

 

 最初は何を言っているのか分からなかった。自分はそこまで評価されるほどの選手ではない、ましてや拒否されるなど微塵も考えていなかったからだ。

 

 確かに自分より上手い選手はいないし、先輩後輩の上下関係や妬みや嫉妬があるのも今日の試合後の周りの反応を見れば分かる。

 

 それでも自分が何故だと声を荒げる程に納得がいかなかった。それに対して先生はより深く頭を下げるだけだった。

 

 母は一言分かりました、と返事をして自分を連れて家に帰った。

 

 荷物を置きリビングにあるソファーに座りただ庭にあるコートを眺めていると、気づけば自分はドリブルをつきシュートを打っていた。

 

 何故自分だけダメなのか。ただ上手い選手と勝負をして上手くなりたかっただけなのに、みんなと一緒に試合をして楽しみたかっただけなのに。

 

 こんな時ですらシュートを打つ自分に苦笑しながらやけに汗を掻くな、と空を見上げればぼんやりと黒に染められ父が買ってくれたコートを照らすライトがついていた。

 

 最後にシュートを打とうとして自分の視界がボヤけていることに気づいた。

 

 頬を伝う水の感触、汗と勘違いしていたものは全て涙だった。

 

 思わず顔に手をあてると顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

 気づいてしまえば涙は止まらなかった。嗚咽を隠しきれなかった。

 

 何でみんなとバスケが出来ないのか、させてもらえないのか。一回試合というものを経験した自分にとって庭にあるコートはやけに広く見えた。

 

 ひたすらに泣いてコートに座りこみ気づけば母が自分を抱きしめ、兄が背をさすり、父が頭を撫でてくれていた。

 

 何時もの母からは想像出来ない程に母は優しくて泣いていた。何故か兄は怒りに震え、何時もは騒がしい父は頼もしく見えた。

 

 今思えばとても幼稚な事で泣いたと思うが現在(いま)の自分があるのはあの日があったからだと思う。

 

 良きライバルに出会えて、嫌いになりかけたバスケをより好きになれた。チームメイトにも恵まれた。

 

 

 もう二度と約束を破る事はない、自分は誰にも負けない。

 

 

 

 

 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 陽泉高校バスケットボール部監督荒木雅子は大神(おおかみ)中学の教室に居た。大神中学校と言えば今やバスケ関係者で知らぬ者はいない中学であり、僅かバスケットボール部創立二年目にして全中準優勝を果たした新進気鋭の中学である。

 

 そして今年の全中決勝戦においてキセキの世代を後一歩まで()()()()()怪物渡辺海斗がいる中学である。

 

 荒木雅子はそんな怪物を求め大神中学に訪れていた。キセキの世代や全国で活躍した選手が進路を決める中、怪物はどこの誘いにも首を縦に振らなかったという。

 

 事実荒木の数人の知り合いの誘いを断った事からどこか進路を固めているのは分かっている。陽泉はキセキの世代の一人紫原敦を獲得した事もあり獲得には消極的だったが、まだ決めていないなら話は別だ。来てくれれば儲け物位に考えていた。

 

 ノックが聞こえ入ってきたのは二人。

 

 渡辺信一郎。怪物の父親。元全日本代表にして大神中学バスケ部を準優勝にまで導いた監督であり、荒木雅子が尊敬する女性の旦那である。

 

 そして渡辺海斗。準優勝の立役者であり8点差までキセキの世代を追い詰めた大神のエースである。決勝での活躍でついた渾名は怪物。インパクト共にスタッツでも怪物ぶりを見せた中学NO.1プレイヤーの呼び声高い選手だ。

 

 高い身長に制服の上からでも分かる体格の良さ。短く切り揃えられた黒髪に母親似の整った顔。父親とは違って息子の事は好きになれそうだと荒木は思った。

 

「お久しぶりです渡辺監督。そして初めまして渡辺海斗君。今日は場を設けて頂きありがとうございます」

 

「久しぶりだね荒木ちゃん。堅苦しいのは無しにしてさ、今日はどうしたの?」

 

「…っ!……単刀直入に海斗君を陽泉(ウチ)が預かりたい」

 

 その瞬間信一郎の変化を荒木は感じた。先ほどまでの飄々とした雰囲気は消え去り、刺すような空気が荒木を襲う。こちらを見定めるように信一郎は荒木を見ていた。

 

 だがそれでも荒木は目をそらさない。ここまで来たからには絶対に来てもらうという気持ちに変わっていた。どれ程睨み合っていたのか折れたのは信一郎だ。

 

「さすが楓の後輩ってところかな。……海斗君どうかな?お父さんは賛成だしママの太鼓判付きだよ。どうしたい?」

 

 少し汗ばんだ手をスーツのパンツで拭きながら、荒木は海斗の方を向く。海斗は手を膝に乗せ目を閉じていて、短くない時間を待つと海斗は目を開けた。

 

「母が太鼓判を押し父が認めた方なら自分は陽泉に行きたいと思います。…ただ一つだけ条件があります」

 

 思わず立ち上がりかける足を押さえ、隠しきれていない笑み浮かべながら荒木は先を促した。

 

「陽泉のバスケは楽しいですか?」

 

 聞かれ荒木は海斗のいる陽泉のイメージが頭に浮かんだ。キャプテン岡村を始めとした堅いDFに加えて最強の盾たる紫原がいる。そこにオールラウンダーであり最強の矛とも言える海斗が加わる姿は荒木をして思わず小躍りしてしまいそうだった。

 

 故に荒木雅子は最強たるチームになる事を確信し言う。

 

「あぁ、楽しいぞ」

 

 

 

 

 陽泉は最強の矛盾である渡辺海斗、紫原敦を獲得し全国制覇にスタートダッシュを切った。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 陽泉高校の寮に入寮まで一週間を切りそろそろ身支度を整えるかという時に携帯が鳴った。

 

 シンプルなベルの音が聞こえ携帯を取りディスプレイに名前が表示される。

 

 ---青峰 大輝---

 

 意外な名前に少し驚いたが海斗は少し慣れない手つきで電話に出た。

 

「もしも」

 

『何ですぐにでねーんだよ!ってか何回もメール送っただろうが!』

 

 久しぶりに声を聞けばこれである。今も愚痴る青峰を無視し海斗は少し耳から携帯をそっと離した。

 

『っておい、聞いてんのか海斗!』

 

「分かったから少し黙れ。…それで何の用だ」

 

『ッチ…お前今何してんだよ?』

 

 何をしているかと言われれば何もしていない、が。

 

「そうだな今は家族で外食をしている。それだけか?そうか、ではまたな」

 

『って待て待て待て!絶対嘘だろそれ!…ったく普通勝手に電話切ろうとするかよ』

 

 青峰は少し面倒くさい奴だと海斗は思う。全中決勝の後から何故かメールが来ていつの間にか電話までかけてくる始末。

 

 やれどこの高校に行くんだ、俺と1ON1しよう、お前には絶対負けねえ等呪文の様に言うのだそれは無視するに決まっている。

 

 だが面倒くさいと思うなら電話に出なければ良い話なのだが海斗は青峰の事を面倒くさい奴だとは思えど嫌いではなく、むしろ好ましく思っていた。

 

「それで何の用だ?」

 

『てめぇ相変わらずだな…。聞いたぜお前陽泉に行くんだって?』

 

「あぁ向こうの監督が母の後輩に当たるらしくてな、その縁なのか誘いをかけてもらい受ける事にした」

 

『ふぅーん。それで桐皇(ウチ)を蹴ってまで何で陽泉行ったんだ?やっぱりお前も俺と敵同士でやりあいてーからな』

 

「母や父が良いと言ったのもあるが、やはり秋田には美味しい食べ物が山ほどあるからな。きりたんぽに始まりホルモン焼きそば、しょっつる焼きそばに十文字ラーメン。さらに秋田かやきにだまっこ鍋。これだけでも十分に魅力的と言えるな。さらにだなまだまだ秋田には」

 

 暫く海斗の話を聞いていた青峰はもう二度と食べ物の話を海斗に振らない事に決めた。

 

「まぁこれが主な理由だな。青峰?」

 

『分かった…もう分かったから…頼むもうやめろ』

 

「ん?そう言うのならやめるが、用件はそれだけか?」

 

 少し話しすぎたと自重した海斗はそろそろ通話を終えるために青峰に言う。

 

『あぁ最後に一言、首洗って待っとけ』

 

 それに対し青峰はいつも言い慣れてる様な口調でそして好敵手(ライバル)に向けて宣戦布告をし終了のボタンを押した。

 

「ふっぬかせ」

 

 海斗は自分でも不思議と自然に笑みを浮かべた。

 

 初めて気を使わずバスケを楽しむ事の出来た青峰達キセキの世代(ライバル)に負けぬためにも今日も練習をしよう。

 

 今日は久しぶりに熱くなりそうだった。

 

 





やっちまった感がすごいです。

黒バス全然覚えてないので誰か教えてくれ〜。


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1Q

お気に入り評価ありがとうございます。


少し短いです。


 

 海斗は地元愛知から高速を乗り継ぎ秋田の陽泉高校に向かっていた。

 

 自分は助手席に母が運転席。父は仕事で来れず兄は今では遠くにいるため母と二人で向かう事になった。父は仕事を休んででもついて行くと言いだしたが母の折檻モードに敗北し泣きながら仕事に向かった。

 

 父親の情けないところを見た後の出発ではあったが事故も無く進み秋田県に間も無く入ろうとしている。

 

 ふと横を見ると母は自分に微笑んでいた。何かついてるのかと顔を触れば声をあげ笑った。

 

「ふふふ、違うわよ。海斗の顔には何もついてないわ」

 

「何だ、母さんが笑うのは珍しいから何かついてるのかと思った」

 

「本当に大きくなったと思っただけよ。蹲って泣いていた海斗がもう高校生なんて、本当に早いものね」

 

「その話はやめろ!…下さい」

 

「分かればいいのよ」

 

 昔の恥ずかしい話をされて海斗は声を荒げたが、子は親には勝てないものである。それと別に母から氷の様な冷たいものを感じたが気のせいだと思う事にした。

 

「それにしても今日はよく喋る。何か良い事でもあったか?」

 

「良い事な訳がないでしょう。息子が自分から離れるのは寂しいものよ、休みは必ず顔を出しなさい」

 

 恥ずかしくなり俯きながらはい、と小さく返事をした。母の方に目を向けると笑ってはいるが本当に淋しそうな顔をしていた。

 

「あと女はダメよ。こういう時に女を覚えると大体はダメになるし海斗は私に似て良い顔なのだから気を付けなさい。告白や手紙を受け取ったらまず私に連絡をすること。あとアラサーはダメよ特に監督何かをしている嫁き遅れは」

 

「いや、俺が色恋に興味ないの知っているだろ」

 

「冗談よ、ふふ。休みには顔を出す事と女遊びをしなければ何も言う事はないわ、頑張りなさい」

 

「あぁ、俺はもう誰にも負けない」

 

 改めて決意を固めたところで、ナビの機械音声が目的地周辺の知らせをする。

 

 すると見えてきたのは白をベースに屋根は紫色の西洋風の校舎と、その前に聖人の像がある学校、陽泉高校だ。

 

 その前を通り過ぎ白と紫ベースの建物前に止まると一人の女性が待っていた。

 

「お久し振りです楓先輩。海斗君もな」

 

「本当に久しぶりね雅子。日帰りだからあまり喋れないけれど、海斗を頼むわね」

 

「はい。任せて下さい」

 

 トランクから荷物を降ろし母は何も言わず車を走らせて行った。別れは先ほど済ませてはいるが少し寂しい。

 

「そう寂しそうな顔をするな。ほら行くぞついて来い」

 

「はい」

 

 陽泉高校学生寮と書かれている建物に入っていく。扉を開けてあらかじめ用意されているのか下駄箱に靴をいれ、監督について行くと107と書かれた部屋の前に止まった。

 

「ここが渡辺の部屋になる。相部屋になるが、仲良くやってくれ」

 

「分かりました。ところで誰と相部屋になるのですか?」

 

「それは、お楽しみだ」

 

 と言いながら荒木は軽くノックをした。すると出てきたのは大男であった。

 

 紫がかった髪色に眠たそうな目、ガッチリとした体格に2mを超える身長。それは海斗の予想していた人物だった。

 

「久しぶりだな紫原」

 

「あれぇ〜海ちんじゃん。久しぶり〜」

 

「これからはチームメイトになるんだ、二人とも頼むぞ。それに明日は午前からだ。遅れるなよ」

 

 ではな、と手をひらひら振りながら荒木は帰って行った。

 

「とりあえず荷物いれれば?」

 

 紫原に言われ部屋に入る。やはり身長の問題もあるためベッドは相当に大きく椅子や机も大きかった。

 

「てか海ちんは何で陽泉きたのー?」

 

「バスケをするためだ」

 

「そんなの分かってるし。何で陽泉選んだって事だよー」

 

「そうだな秋田にはやはり美味しい食べ物が多い。きりたんぽに…」

 

 紫原は第二の被害者となった。

 

「おい紫原、聞いているのか?」

 

「もう分かったって言ったじゃん。海ちん喋りすぎ!」

 

 何かおかしい事でも言っただろうかと海斗は首をかしげるが、自覚症状がないあたりタチの悪い男である。

 

「同じチームになるのは嬉しいけどー。海斗ちんをつぶせないのは残念だなー」

 

「全中でつぶされた覚えがあるのだが」

 

「何回もブロックされて俺の上からダンク叩き込んでよく言うねー」

 

「俺もお前にブロックされたのだがな」

 

「あんなの一回だけじゃん。まぁいいや、これからよろしくね海ちん」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 矛盾はこうして出会い、陽泉高校はこの三年間高校バスケのトップクラスの存在たる事を約束された。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 まだ肌寒い空気を肌で感じながら走る。太陽はもう顔を出し時計のアラームが7時を知らせた。

 

 軽くストレッチをし寮に戻ると紫原はまだ寝ていた。

 

「おい紫原起きろ」

 

「うぅーん、なに?まだ眠いんだけど」

 

「寝過ぎだ。食堂に行くぞ、朝食だ」

 

「お菓子あるからいい。お休みー」

 

 自分の都合に合わせるのはあれかと思うが、今日は練習がある。多少手荒くてもいいか。

 

 先ほど買ったスポーツ飲料の蓋を開け()()()()

 

「つめたっ!…海ちん……喧嘩売ってるの?」

 

「すまん。手元が滑ってな、こぼしてしまった」

 

「つぶす。ヒネリつぶしてやる」

 

「あぁ、そのためにも飯を食べるぞ」

 

 何とも空気が合わない二人だが、紫原からの猛攻を海斗がいなして着替えを終えると食堂に入り朝食を終え寮を出た。

 

「次からはやめてよねー、本当に」

 

「すまん。だがなお前も早く起きろ」

 

「眠いものは眠いの。海ちんが早すぎ」

 

「練習なのだから当たり前だ。お、あれか」

 

 寮から5分ほど歩き高校の中に入ると体育館が見えた。正面側に十字架のマークがついている。

 

「ねー海ちん」

 

「ん?何だ」

 

「今何時?」

 

 そういえばと時計を見れば時計の針は九時を指していた。

 

「9時だな」

 

「集合何時だっけ?」

 

「8時だな」

 

「早起きしても遅刻じゃん!」

 

 海斗は無言で走り紫原はそれを追いかけて行った。

 



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2Q





 

 

「今日はこの辺にしといてやるが、次はないぞ」

 

 もう練習は始まりランニングを開始している中、自分と紫原の前には竹刀を肩にあてる荒木がいる。

 

 急いで向かうも時すでに遅し。入るやいなや頭に竹刀をもらい説教を受けていた。

 

「はい。すいませんでした」

 

「ごめんなさーい」

 

 次は絶対に遅刻をしないようにしなければ、と頭を下げる。紫原はしきりに叩かれた頭を押さえていたが。

 

「分かればいい。…集合!」

 

 荒木が集合をかけるとランニングを終えたのかストレッチに入ろうとしていた部員が返事をし荒木を中心に集まった。

 

 そこから一年生と上級生に別れる。改めて見ると本当に高さがあるチームだと思う。

 

「では自己紹介をしろ。岡村からだ」

 

 と前に出てきたのは大木のような力強さを感じる体格に、もみあげを伸ばし顎が割れている少し濃い顔をした男だった。

 

「ワシが主将(キャプテン)の岡村健一じゃ、何か分からない事があれば聞いてくれ。これからよろしく頼むぞ!」

 

 よく通る野太い声に熱血漢な男で少し好感が持てるが、ガハハと大笑いしているのが少し五月蝿かった。

 

 次に前に出たのはお世辞にも身長は高くなく金髪の少しチャラそうな男だ。

 

「隣のゴリラは無視していいぞー。俺が副主将(副キャプテン)の福井健介だ。こんなゴリラが主将のチームだが、よろしく」

 

「ちょっとワシの扱い酷くない?!」

 

 自己紹介をした後も主将にうるせえゴリラ、とコントのようなやり取りをしている。

 

 少し可哀想だとも思ったが何故か主将が少し嬉しそうな顔をしていたのは記憶から消した。

 

 未だ主将と副主将のやり取りが続く中、三年生が終わり二年生の自己紹介になった。

 

「あのゴリラは無視していいアル。二年の劉偉アル。よろしくアル。」

 

 岡村ほどの体格はないが岡村よりも少し背が高く目が少し細い。何故か語尾にアルをつけているのが不思議に思ったが次の先輩の自己紹介に耳を向ける。

 

 先輩達の自己紹介も終わり他の一年も終わる頃には主将たちは静かになり、自分と紫原の方を見ていた。

 

「じゃあオレからー、帝光中出身の紫原敦でーす。よろしくー」

 

「あれが紫原!」

 

「すげーでけぇーぞ!」

 

 周りがざわつく中、荒木がそれを制した。やはりキセキの世代の知名度は抜群だ。

 

 騒いでしまうのは無理もないと思う。それ位キセキの世代はバスケに関わっている者達にとって話題の中心だった。

 

 紫原が終わったという事は次は自分か、紫原の後ろから前に出る。

 

「大神中学出身の渡辺海斗です。非才の身でありますがよろしくお願いします」

 

「か、怪物」

 

「…渡辺海斗」

 

 少し緊張はしたがしっかりと出来た筈だ。だが少し先ほどと空気がおかしい、何故だ?

 

「お前達には内緒にしていたんだ。どうだ?私のサプライズは」

 

「ちょっと監督!ワシ主将なのに何も聞いてないんですけど?!」

 

「監督が言ってたサプライズってーのはこれか。こりゃすげーわ、てかうるせぇゴリラ」

 

「さすがにこれは驚きアル。ゴリラは黙るアル」

 

 自分が来ることを内緒にしていたのか。それはみな驚くのもしょうがないかもしれない。

 

 帝光に負けたとはいえ自分もそこそこ活躍できていた筈だ。

 

「誘いを運良く受けてくれてな、お前達には内緒にしていたんだ。初顔合わせついでに、どうだ一年対二、三年で試合でもするか」

 

「えーめんどくさー」

 

「監督ー。紫原や渡辺が上手いのは分かりますけどさすがにまだ中坊なやつとやるんすか?相手になんないすよ。な、ゴリラ」

 

「そうアル。さすがに可哀想アル。な、ゴリラアル」

 

 福井先輩と劉先輩が言うと紫原の肩が少し揺れた。額に青筋を浮かせ少しヒクヒクしている。

 

「はぁー?負けるわけないじゃん。余裕で勝つし」

 

「キセキの世代だか何だか知らねーけど、あんまり先輩舐めんなよ」

 

 福井先輩が紫原の前に出て睨み合う形になっている。というか何故挑発に乗るんだコイツは。

 

「てかワシの扱い本当に酷くない?!」

 

「黙れ」

 

「待って、今初対面の先輩に黙れって言ったよね?!」

 

 いかんいかん、つい言ってしまった。その間も紫原は先輩と睨み合っているし大丈夫かこの部は。

 

 結局監督が場を収めるまで続き試合をする事になった。白と紫のゼッケンを自分達一年が、先輩達が紫のゼッケンをつけている。

 

「ところで紫原。お前オフェンスは参加するのか?」

 

「うーん、最初だけ行く」

 

「分かった。ディフェンスはお前に任せる、オフェンスは俺に任せろ」

 

「了解ー」

 

「みんなもそれでいいか?」

 

 紫原と大体の方針を決め、他のチームメイトに確認しコートに入る。

 

 コートに入ると先輩はもう整列していて、先ほどのふざけている空気は無くなり強豪校らしい雰囲気があった。

 

「ふん、泣いても知らねーぞ」

 

「泣くのはそっちでしょ」

 

「紫原集中しろ、始まるぞ」

 

 福井先輩が相変わらず煽ってくるが試合は真剣にやらせてもらう。紫原に一言いれるとホイッスルが鳴った。

 

 ジャンプボールに紫原と主将が飛びボールはマイボールになった、が。

 

 福井先輩がドリブルをしようとしていた一年のボールをスティールしそのまま加速していきゴールに向かい跳んだ。

 

「だから言っただろ…っ!…」

 

「残念でしたー」

 

 レイアップに行った福井先輩の後ろから巨体が飛ぶ。ジャンプボール後から追いついた紫原は楽々とボールを掴みブロックした。

 

「…てめぇ!」

 

「だから言ったじゃんー。てか海ちん今ブロックいけたでしょ、しっかりしてよ」

 

「あぁ、すまない」

 

 言いながらこちらにパスをしてくる。周りを確認すれば驚きの余り少し動きが固くなっていた。

 

「切り替えろ!来るぞ!」

 

 主将が声を出すも遅い。一人目を単純なスピードで抜き去り二人目をロールして抜いて行く。

 

「やらせんわ!」

 

「やらせないアル!」

 

 あらかじめ後方にいた主将と劉先輩が台形の中でゴールを守るようにして立っている。

 

 サイドにいる味方にパスを出すか、それとも紫原を待つか。否だここは押し通る。

 

「なっ、舐めるなぁ!」

 

 右足を大きく突き出しボールを右手で保護しながら、左足で飛ぶと主将も跳んだ。

 

「舐めるなアル!」

 

 正面には主将が横には劉先輩がいる。シュートコースも潰しパスコースも潰すディフェンスは確かに高校トップクラスだろう。

 

「だが、弱い」

 

 正面から接触してくる主将と横からくる劉先輩を純粋なパワーで逆に吹き飛ばしながらボールをリングに叩き込む。

 

 着地し先輩達を見ればこちらを見ていた。顔に浮かぶのは驚きと少しの恐怖だ。

 

「おいゴリラ、劉!しっかりしろ!行くぞ!」

 

 福井先輩の声に我に返ったのか先輩達は動き出した。福井先輩をPGに先輩二人はインサイドでポジションをとった。

 

「おい怪物さんよ、さすがにこれはふざけすぎじゃねーか?」

 

「ん?何がですか?」

 

 自分は福井先輩につき、紫原はゴール下に立ち紫原以外の三人は一人の先輩にダブルチームとマンツーマンでついている。

 

 自分の発言に怒りを覚えたのか福井先輩は顔を歪めた。

 

「あんまりバカにするな、よ!行けゴリラ!」

 

「応!ってゴリラって言うな!」

 

 福井先輩から主将にパスが入る。劉先輩が紫原にスクリーンをかけローからハイポストに上がったところにパスをいれた。

 

 なるほど、しっかりとゲームを組み立てる事が出来て何よりパスがいい。

 

「もらった!」

 

 そのままジャンプシュートを放った主将の前には手をあげる紫原がいる。

 

 スクリーンを受けたにも関わらず一歩で間合いを詰めるその身体能力はさすがで、紫原の手にはボールが収められていた。

 

「行けー海ちん」

 

 紫原からのパスを受けそのまま走り出す。前には誰もおらずダンクに行こうとした、が。

 

「もうやらせないアル!」

 

 後ろから劉先輩が迫っていた。そこまでゆっくり走ったつもりは無いが結果は変わらない。

 

 リングに向かって伸ばしていたボールをそのまま後方空中に向かって放る。

 

「なっ!パス?!」

 

「ナイスパス海ちんー」

 

 そこには紫原が走っており紫原はそのまま空中にあるボールをリングに叩き込み、そのままリングを手に掴んでいた。

 

「なっ!ありえんじゃろ…」

 

「マジかよ…。さすがにヤベーだろ」

 

 先輩達だけでなく自分以外時が止まったかの様に紫原を見ている。

 

 速攻に参加できる走力に高校生離れした跳躍力にパワー、それを活かした紫原のダンクは相手の心を折るには十分だった。

 

 そんな紫原はリングを指で回し遊んでいるが、少し待て。

 

「おい紫原、何やっているんだお前は」

 

「えーちゃんとやってるじゃん」

 

「違う、加減をしろという事だ。お前が本気でダンクに行けば壊れる事位分かるだろうに」

 

「うーん少しムカついてたし。それで監督ー、どうするのー?」

 

「壊した張本人が言うんじゃない。試合はここまでだが紫原と渡辺は私について来い。岡村後は頼むぞ」

 

 主将は返事をしたがその返事は小さかった。他の先輩も同様で顔を俯かせている。

 

 紫原と監督について行くが足がいつも通りに動かない。心臓の鼓動が聞こえるほどに緊張していた。

 

 バスケ部と書かれた札のある部室に入る。それぞれのロッカーと椅子がある部室は意外にも綺麗だ。

 

 監督が椅子に座り自分と紫原は立ったまま監督の言葉を待つ。

 

 一つため息を吐くと監督はやれやれといった呆れにも似た口調で言う。

 

「あそこまでのプレーを見せられればしょうがないか。呼んだのはなんて事はない。ただあいつらに整理する時間とお前らにはもっと本気でやってもらうためだ」

 

「本気で、ですか?」

 

 思わず聞き返してしまった自分に監督は短くそうだ、とだけ答えた。少し昔の事がよぎったが少し安心が出来た。

 

「あいつらにはお前達二人に慣れてもらわないといけない。それを遠慮したままでは元も子もないからな。だから本気でやれ、特に紫原」

 

「えー、めんどくさいじゃん」

 

「先ほどのようにリングを壊すまでとは言わないが、ある程度やれ。でなければお前の部屋のお菓子は没取だ」

 

 何だかんだ悩んだ紫原は考えとくーとだけ伝え出て行った。あいつは本当に何を考えているのかが分からないやつだ。

 

「ところで渡辺。チームはお前と紫原を中心に組むが何か要望はあるか?」

 

「要望、ですか?」

 

「そうだ。何かあるなら参考にでもしようと思ってな」

 

「そうですね。あの時の条件さえ守っていただければ特には」

 

 言うと監督は笑みを浮かべた。初めて会った時にも今と同じ様な顔をしていたのだが、こちらを睨む様にして笑う監督はやはり少し怖かった。

 

「一度言った言葉は撤回はしない。今はまだ無理だが次第にそうなっていくだろう」

 

「分かりました。楽しみにしておきます」

 

 失礼しますと言い部室を後にして寮に戻る事にする。

 

 良いスタートとは言えないが陽泉でのバスケ生活がスタートした。

 

 






紫原って兄弟いるんですね。


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3Q

 

 

 静寂に包まれた館内にはただボールがバウンドする音だけが響いていた。

 

 全中決勝戦、第4Q残り二分の状況で60対58。観客は息をすることも忘れコート上に釘付けになっていた。

 

 帝光対大神。キセキの世代と呼ばれ十年に一人の天才が揃った無敵のチーム対名前も聞いた事のない無名校。

 

 大方の予想を覆し大神は帝光を追い詰めていた。そしてその立役者がゆっくりとしかし力強くドリブルをついている。

 

 大神と書かれた紺のユニフォームに4の数字。今大会ダークホース、大神中エース渡辺海斗。

 

 相対するは白のユニフォームに6の数字。キセキの世代最強のスコアラーにしてエース青峰大輝。

 

 ハーフラインを少し超えたところで睨み合うようにそしてお互い隙を窺うように静かな攻防を繰り広げていた、が。

 

 それも終わりを告げる。

 

 視線を左に流し右側にドライブを仕掛けるもそれは読んでいたのか青峰はボールに手を伸ばす、が。

 

 ボールに伸ばした手は空を切った。

 

 右にドライブからの単純なクロスオーバーで海斗は青峰を抜き去る。

 

 だがスリーポイントラインを越えたところで横槍が入った。キセキの世代キャプテン赤司征十郎が海斗のボールを狙わんとしていた。

 

 だが関係ないとばかりに海斗はゴールに向かう。ボールを右手で保護しラグビーステップで強引にインサイドに突っ込んだ。

 

 だがしかしそこで待ち構えているのはキセキの世代一の長身にして最強のディフェンス力を持つ紫原敦。

 

 それでも海斗は一歩二歩と右、左と力強く跳んだ。止まってしまえば囲まれてしまい何より後ろには青峰が、横には赤司がいる中リングに向かうしか選択肢は残されていなかった。

 

 合わせるように中学生とも思えぬ巨体が飛ぶ。手を高く広げボールを奪おうとするそれは中学生レベルを遥かに超えていた。

 

 合わさるように身体がぶつかるもどちらもブレる事はない。海斗は右手をリングに向けて、紫原はボールに向かって、手を伸ばし衝突した。

 

 お互いの気迫がぶつかり合った一瞬の衝突は一秒にも一分にも感じれるがそれも終わりを迎える。

 

 やはり紫原の方が力は上で、力に押されるような形で海斗は後方に体勢を崩しながらボールを下げ左に持ち替えた。そのまま崩れるような体勢のままダブルクラッチを決める。

 

 そしてこの試合初めて同点になると館内は湧いた。館内全体が大神の大きな応援団となり帝光敗北を応援している。

 

 たまらんと言わんばかりに帝光はタイムアウトをとった。

 

 焦りと怒り、帝光メンバーが様々な表情でベンチに戻る中、海斗は手を握りしめそして吠えていた。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 ピッと室内にテレビの音が鳴りDVDが止まる。紫原と海斗を帰した荒木は部員を集め今年の全中決勝戦のDVDを見せていた。

 

 荒木が周りを見渡すと岡村をはじめとして皆沈黙していた。

 

 岡村は目を閉じ何も言わず、福井は苛立ちを隠しきれないように横を向き、劉は顔を俯かせている。

 

 だがそれもしょうがないと言えるほどの内容であった。中学生離れした応酬の連続。そしてDVDでプレーをしていた選手が二人も自分達のチームに居るという現実。

 

 確かにチームは強くなるであろう。それも常に優勝候補に必ず挙げられるほどに。

 

 それでも二、三年にとってそれはレギュラー争いの激化とチームが二人を中心にして作られるという事を意味していた。

 

 その空気を払拭するかのように岡村は机を叩き立ち上がる。

 

「なーにしけたツラしとんじゃ!今日試合してわかっておった事じゃろう!そんな事よりも少しでも練習してあいつら二人に追いつくぞ!」

 

「けっ、お前に言われるとは。まだ時間あるぞフットワークからだ!」

 

「ゴリ…キャプテンの言う通り練習あるのみアル」

 

 岡村に続き福井が部員の背を叩きながら立ち上がる。次々と立ち上がり体育館に向かっていくその姿は流石上級生といえるものだ。

 

 だが岡村と福井のそれが空元気というのを荒木は分かっていた。

 

 先ほどのDVDを見てしまえば自分達が手加減をされていたというのが分かってしまうものだ。

 

 本能的に分かってしまう圧倒的実力の差と越えられぬ才能の壁。主将に副主将という立場でチームを引っ張る二人が何も思わないはずがなかった。

 

 自分よりもチームを優先する先ほどの姿勢は有難いものであったが問題は山積みであった。

 

「前途多難、だな」

 

 

 

 ▼

 

 

 入寮をしてから数日が経ちどこかぎこちない空気の中練習をこなした海斗は今、新しい制服に身を包んでいる。

 

 今日は入学式であり、灰色のチェックのズボンにカッターシャツにブレザーをはおっていた。

 

「紫原行くぞ」

 

「分かったー」

 

 寮を出て五分ほど歩くと陽泉高校が見える。正門をくぐると大きな聖人の像がありその東側に体育館、西側に礼拝堂がありそれ以外には校舎が占めていた。

 

 クラスは海斗と紫原同じで、西洋風の校舎に入り上履きに履き替え教室に向かう。

 

 担任の紹介に始まり体育館の入学式を終えた二人は今部室に向かっていた。

 

 当然の如く入学式だからといって練習が休みになるわけが無い。ましてや陽泉は強豪校である。

 

 そして紫原と海斗を獲得し全国制覇を目指す荒木が休みを入れずどこかの誰かさんに怒られるのはまた別の話。

 

「てかさー海ちん背伸びた?」

 

「ん?そうだな少し伸びたかもしれん」

 

「確か青ちんと一緒位だったよねー」

 

「あぁ、少しあいつより…」

 

 と海斗が言葉を続けようとして止めた。部室にもうすぐ着くというところで二人の目の前に人影が現れた。

 

 陽泉高校バスケットボール部主将岡村健一。

 

 陽泉高校バスケットボール部副主将福井健介。

 

 部室の前に陣取っていた二人は海斗と紫原に向かって言う。

 

 

 

「「ワシ(オレ)と勝負しろ!」」

 

 

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。


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4Q


UAが凄い伸びてた事とお気に入りが100件超えた事に驚きです。ありがとうございます。


 

 少し厄介な事になったと海斗は思う。部室の前で勝負を申し込まれた海斗は今体育館で福井と向かい合っている。

 

 部員全員が見守り顧問の荒木が審判をする事が決まり5本先取の1ON1。

 

 まるで初めから仕組まれたような流れの良さには驚きを隠せなかったが、海斗の目の前にいる福井は気合い十分であった。

 

「怪物だか何だか知らねーけどな、俺にも意地があんだよ」

 

 荒木の合図と共に福井はドリブルをつきドライブの体勢にはいろうとしたところで気づく。

 

 ボールは既に自分の手にはなく、海斗がこちらを見てボールを差し出していた。

 

「意地、ですか。福井先輩、意地なら自分にだってありますよ」

 

 視線一つ。右への視線一つのフェイクで海斗は福井をその場に置き去りにし楽々とレイアップを決めた。

 

 福井は動くこともできず急ぎ後ろを振り返ればもうそこにはレイアップを打つ海斗がいた。

 

 福井だけでなく見守る部員全員が思う。次元が違う。勝てるわけが無い。あれはやはり怪物だ、と。

 

 それでも福井は諦めることはしない。

 

「らぁぁぁ!」

 

 手加減をされているのか、それとも実力でシュートまでいけたのか。前者だと分かってはいるがそれでも負けたくは無かった。

 

「今度こそ…っ!」

 

 後輩の前で醜態を晒すのは嫌だ。それでも入ったばかりの新入生に負けたくなかった。

 

「くっそおお!!」

 

 勝てる見込みが無いのは分かっていた。それでも蜘蛛の糸ほどの可能性があるならそれに縋りたかった。

 

「…負けねぇ」

 

 一年との試合で自分のやってきたバスケを全部否定されたような感じがした。どれほど努力をしても越えられない壁があるのは分かっている。

 

「まだまだぁ!!」

 

 それでもあのような負け方をしたのは屈辱的だった。勝ち逃げをされたように負けた事ではない。

 

 何もさせてもらえなかった事にでもなければ、なめているようなディフェンスをされた事でもない。

 

「…っ!…っくそお!!」

 

 強豪陽泉の副主将であり正PGを務める自分が、二つ下の二人に対して無意識に勝てないと思ってしまった事に苛立ちを隠せなかった。

 

「最後だけは、最後の一本だけは決める!」

 

 だから、だから。この最後の一本だけでも奪ってやる。

 

 その気迫を海斗はいつもあまり笑わない顔を動かし笑った。そして福井との1ON1で()()()本気でかかった。

 

 素早いドリブルでゴールに向かいレイアップを放つ福井に海斗は、止める気もなかったシュートをブロックした。

 

 最後は先輩に花をもたせてやるか。それ位の軽い気持ちだったが福井のそれは海斗を喜ばせた。

 

 ブロックをしたボールを海斗は福井に渡す。

 

 海斗は才能の無いものや自分よりも劣っていようがどうでも良いと思っていた。

 

 海斗の中でバスケは楽しければいい、とまでは言わないが楽しいというのが前提にある。

 

 だがそれはあまりにも突出した実力をもった海斗には難しいものであった。

 

 唯一全力で楽しめる相手はキセキの世代しかおらず、他の者は挑みすらしない。

 

 海斗との実力差に自信をなくしバスケをやめた者もいる。海斗についていけずやる気をなくした者もいる。

 

 だからあの日から手加減を覚えた。それでも諦めず向かってくる者は皆無に等しい。

 

 手を抜いていてもやはり海斗やキセキの世代は次元が違う上手さだからだ。

 

 だが福井は諦めなど微塵も感じさせなかった。壁を()()()()()()

 

 一度もシュートを決める事もできず、触れる事すら出来なかった相手に魅せたその諦めない姿勢が海斗を刺激した。

 

 最初から諦め、一度戦っただけでやる気をなくす有象無象とは違うと思った。

 

「故に、魅せよう」

 

 福井は自分でも分からないが笑みを浮かべた。

 

 明らかに海斗の纏う空気が変わった。福井は強豪陽泉で副主将を務めるほどだ、決して下手ではなく上手い部類に入る。

 

 それだけに海斗から感じる圧倒的存在感、獰猛な獣の様な空気を敏感に感じとった。

 

 それは海斗が自分に本気を出しているという証左であった。それは海斗に認められた事を意味していた。故に福井は笑った。

 

 海斗の体がブレたように福井は見えた。福井は海斗に触れる事も出来ずに尻をついた。

 

 だが福井はそれでもどうだ、見たかと言わんばかりに拳を握った。

 

 俺は他の奴らとは違う。あの怪物に本気を出させてやったぞ、と。

 

 これでやっと前に進める。

 

 

 だけど、だけど今だけはこみ上げてくるものを我慢できなかった。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「よくやった」

 

 荒木は福井にただ一言、そう言った。

 

 他の部員に肩を抱かれ部室に向かう福井は顔を手で覆い頷いた。

 

 諦めず何度も立ち向かい全く敵わない姿を荒木は褒めた。圧倒的な実力差を無視し立ち向かうその姿を荒木は嬉しく思った。

 

 怪物に本気を出させたその気持ち、意地全てにおいての賞賛であった。

 

「監督」

 

 海斗は1ON1後だというのに呼吸を乱す事もなく荒木の前にいた。

 

 部室に向かう福井の姿を切れ長の目を細め、頬を緩めるその姿に荒木は少し見惚れていた。

 

「んっ!…何だ」

 

陽泉(ここ)楽しいですね」

 

 あぁ、とだけ返事をした荒木はその言葉にやはり笑みを隠せなかった。なぜなら今日の1ON1を組んだのは荒木であった。

 

 頭では分かっているが感情で割り切るのは難しい。それはプロ選手も同様で、それを多感情な高校生にやれというのが無理な話だ。

 

 それでも荒木は岡村と福井に言った。

 

「お前達は一生あいつらには敵わんだろう。このチームはもうあの二人のモノだ」

 

 その時の二人は頭では分かっていてもやはり感情がそれを許してくれなかった。

 

 だが荒木は続けた。

 

「それでもあいつらを本気にしてみせろ。あいつらに自分の存在を認めさせろ。お前達ならできる、主将と副主将の意地をみせろ」

 

 それに二人は力強く返事をした。

 

 ずっと気にかけていた事だけに福井の試合の後少し楽になったが、一番の壁があった。

 

「紫原、ですか」

 

「そうだ。しっかりやってくれるといいんだが」

 

 荒木は一番の壁は紫原だと考えていた。圧倒的な力を持つがためにどこか相手をバカにする態度は丸くなったと聞いたが、やはりそれはチームに不和をもたらすものであった。

 

「渡辺、紫原はどうすればいいと思う?」

 

「どうするとは?」

 

「どうすればチームに馴染むか、どうすればあいつはバスケに楽しみを覚えるのかでいい」

 

 そう言われ海斗は悩んだ。紫原とは元々中学も違えばそれほど喋る仲でもなかったからだ。

 

「あまり紫原の事は知りません。ただあいつには何か一本芯がありません」

 

「芯がない?」

 

「はい。例えば先ほどの福井先輩は自分に負けたくない、自分に本気を出させてやるという一本の芯がありました。自分は楽しいバスケをしたい、です。自分の友人には自分を倒すという芯があります。それが紫原にはありません」

 

 一息いれ、コートに立つ紫原と岡村を一瞥をすると海斗は荒木を見た。

 

「紫原に聞かれた事があります。なぜバスケをするのか、と。自分は楽しいからと答えました。今度は自分が紫原に聞くと、楽しさや面白さは分からない、勝つのは好きだし向いてるから。これだけでした」

 

「全中の決勝で自分に追い詰められた事は悔しいと思ってはいますが、それだけです。結果帝光は勝ちましたし他の四人ほど響かなかったのだと思います。Cというポジションで相手がいない紫原はバスケに多少の興味はあれど何の感情も向いていません」

 

 荒木はただ海斗の発する言葉に耳を傾け、

 

「紫原は楽しめますかね」

 

 海斗の問いに答える事ができなかった。

 

 

 





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