或いはこんなテンプレ (ひーまじん)
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プロローグ


最初に謝罪します。すみません。

様々な諸般の事情により、ヒロインを変更する事にしました。その最たる理由は作者の知り合いにオリ×箒で書いてる人がいたから……すまない。期待してくれてた人、本当にすまない。でも、それを見た後だと話がかぶりそうなので、楯無に変更しました。

それに伴い、プロローグも少し変更。本当にすみません。


『一緒に遊んでくれてありがとう。楽しかったよ』

 

『ううん、私も楽しかったから。また遊ぼうね』

 

『……ごめん。僕のお家はここじゃないから。明日には帰らなくちゃいけないんだ』

 

『そう……なんだ』

 

『でも、また来るから。その時は一緒に遊ぼうね」

 

『うん……でも、私も次会えるかわからないかも』

 

『どうして?』

 

『お家を継ぐ?ためのお稽古をしなくちゃいけないの。いっぱいお勉強しないといけないし、強くならないといけないの。私が一番お姉ちゃんだから。大きくなったらお家を私が守るんだ』

 

『ーーじゃあ、僕も守るよ。ーーちゃんと一緒に』

 

『え?無理だよ、それって、私のお婿さんになるって事だよ?それにお父さんは『強い男』じゃないと駄目だって』

 

『わかった。じゃあ『強い男』になる。それにーーちゃんのお婿さんにも。ーーちゃんの事、僕好きだもん』

 

『っ…………ほ、ホントに?』

 

『うん!だから、これあげる。僕からのプレゼント』

 

『わぁ……綺麗……』

 

『次いつ会えるかわからないけど、絶対にーーちゃんに会いに来るから』

 

『ーー』

 

『え?』

 

『私の本当の名前。お父さんはお家の人以外教えちゃ駄目だって言ってたけど、お婿さんになるって事は家族になるって事だもん。だから、私の本当の名前、ケイくんだけに教えるね。それと……はい』

 

『おお!かっこいい!これくれるの!?』

 

『うん。ケイくんもプレゼントくれたから、お返し』

 

『ありがとう!大切にするよ!』

 

『うん。そしたら、きっと私達また会えるから。その時はーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの夢か。久しぶりだな」

 

ベッドから身体を起こして、ガシガシと頭をかく。

 

いつもなら目覚まし時計のけたたましいアラーム音に叩き起こされるものの、一ヶ月ぶりに見る不思議な夢でその能力を発揮する前に目を覚ました。

 

三年前ぐらいから見るようになったあの夢。

 

何処の誰かはわからないし、割と結構な頻度で遠出していたために、いつ会ったのかもわからないが、まだ自分がかなり幼かったのはわかる。初めはロクに内容も覚えていなかったのに、今となっては一言一句まで思い出せてしまう。

 

ただ、会話の内容は覚えていても、場所も、時間も、そして相手の顔や名前も。重要なことは何ひとつ覚えちゃいない。まぁ、幼い日の懐かしい出来事。相手様だって覚えていないだろうし、それをアテにされたって、寧ろ困るというものだ。というか、どこの馬の骨とも知れないやつを婿には選びたくないだろうし。

 

「……だってのに、律儀に自分磨きしてる俺は真性の馬鹿なんだろうな」

 

机の上に積んである参考書の類を見て、軽く自己嫌悪に陥る。

 

勉強もさることながら、わざわざジムに通っての筋トレもしている。おかげで部活もやってないのに、ムキムキになってしまった。

 

男としては、全然問題ないんだが、その動機がなんとも言えない。

 

そんな事をしても、その夢の主に会えるわけじゃない。会えるはずがない。

 

でも、何故だかその約束を守らなければいけないような気がするのだ。

 

第六感とでも言うのだろうか、兎にも角にも、俺は律儀に『強い男』とやらになるために日々切磋琢磨していた。『強い男』の判定基準がわからないのだが、少なくとも弱くはない自信はある。

 

……しかし。

 

「これは必要ないかもしれないな」

 

俺が手に取ったのは、ISに関する参考書。興味本位で、昨年まで従姉妹が使っていたものを俺が譲り受けている。

 

内容は研究者を目指す者というよりは、操縦者を目指す者向けだ。何せ、これはIS操縦者育成機関。IS学園で利用されるモノであり、それも操縦者向けの本なのだから。

 

それは単に従姉妹がIS操縦者を目指していたからに他ならないわけだが、そもIS操縦者になれる人間というのは企業の人を含めても、ほんの一握りしかいない。そも入学の時点で圧倒的倍率を勝ち抜いたエリートでも、卒業後の進路でIS関係の仕事につけるかどうかは努力次第なのだ。IS学園に行っても、一般就職はザラにいるそうだ。

 

もっとも、一般就職でもIS学園に入った時点でエリートもエリートなので、就職先もそれはもちろん大企業。そういう意味では、あの学園に行った時点で将来は約束されていると言える。

 

なので、将来の事を考えると、もうIS学園に入ったら勝ちになるわけで、目指すしかない……と言いたいところではあるものの、男である俺には全く関係のない話である。

 

ISーー通称インフィニット・ストラトスは宇宙開発を目的としたパワードスーツで、紆余曲折を経て、今は競技用に落ち着いている。

 

何故宇宙開発を目的としたそれが、競技用に落ち着いた理由は諸説あるが、その中でも最も理由として挙げられるのがーー。

 

『ISは女性にしか動かせない』。

 

というものだった。

 

それは言葉通りの意味で、ISは男には動かせない。というのが世界の共通認識だ。故に男のパイロットは存在せず、全世界に存在するISの国家代表と呼ばれる存在は軒並み女で、企業の人間も女だ。

 

研究者に関しては男でもなれる。

 

しかしながら、ISは女しか動かせないという確固たる事実の元、現代社会は一世代前の男尊女卑を彷彿とさせるほどの女尊男卑社会となってしまっている。男がそんな中に入ろうものなら、苛め抜かれること間違いなし。最近では、特に酷さを増していて、痴漢冤罪は年々増加の一途をたどっている。

 

こんな酷い世界があっていいものか、と言いたいところだが、そればかりはもう気をつけるしかない。ISを上回るものは今後生まれることはないのではないかとさえも言われているのだから。

 

そんな事もあって、何の気なしに読んでみたこの参考書も、今後の俺には全く培われない。豆知識レベルの価値しかない。

 

……まぁ、パワードスーツなんてそんな近未来の物には男として当然憧れはあったわけで、うっかり何度も読み直しては『なんで男は乗れねえのかな』って絶望もしてたりする。

 

………そういえば『男は乗れない』じゃなくて、『ほぼ乗れない』に変わったんだっけか。

 

床に投げ捨てていたリモコンを拾い上げ、テレビを点ける。

 

朝起きたらニュース番組を観るのが習慣付いているが、ここ最近は大体同じ話題で持ちきりだ。

 

『世界初!男性IS操縦者現る!』。

 

これである。

 

なんでも、世界で初めて男性IS操縦者が発見されたそうだ。

 

名前は織斑一夏。世界最強の名を冠するブリュンヒルデこと織斑千冬と同じ姓なので、関係者かもしれないが、そんな事よりも世界で初めてISを動かせる男が現れたのは誰もが今世紀最大の驚きを見せたに違いないニュースだった。

 

ISが現れてから十年。

 

当時、世界中にいる十六歳以上の男が簡易適性検査なるものを受けたが、全員D。つまり不適合という結果に終わった。

 

女しか動かせないといっても、女でさえも動かせない者がいる。それなのに、十年経った今、ISを動かせる男が現れたのは世界中の女性、より厳密に言えば表には出さなくても女尊男卑を推進している女性には寝耳に水だっただろう。

 

三日あれば男と女の戦争は終わるとさえも言われていた時代に、変革が訪れようとしているわけだから。

 

とはいえ、その織斑一夏が現れてから適性検査が十年越しに再度実施されてはいるが、他に適性を持った男は現れない。

 

都心部から始まっているので、そろそろ田舎の方にいる人間ーー俺たちみたいな奴らにも回ってくる。

 

お蔭で友達周りは大盛り上がりだ。何せ、適性を持っていれば、女の園。IS学園に入学できる……というか、させられるからだ。昨今、男子校と女子校で分けられた学校が多い中、異性との出会いに飢えている男としては、夢みたいな話だ。かくいう俺は、女尊男卑に染まりつつある女子と同じ学校で楽しく生活なんて送れないと思い、自ら進んで男子校に入ったので、思うところはなかったが、期待していないわけじゃないが、まさか入学した翌日にしなきゃいけないなんてな。市役所に行って手続きを済ませてから、なんて面倒なものじゃないからまだいいけど。

 

「……っと、いけね。早く準備しないと」

 

どうにも、あの夢を見た日はぼうっとする時間が多くて困りものだ。

 

高校の制服に手を通し、鞄を引っ掴む。朝飯は食べてないけど、そんな時間はない。

 

自分の部屋の扉に手をかけて……忘れ物に気づいた。

 

「……本当。律儀なもんだな、俺」

 

ケースの中に入っていたリングの通ったネックレスを取り出してつけると、俺は急ぎ足で学校に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー結果、こうなった。

 

『速報!二人目の男性IS適合者現る!』

 

テレビの報道が、少しだけ違うものに塗り替えられた。

 

内容はさして変わらない。単に男がまたISを動かしただけの話。名前を十和田禊(とわだけい)ーー俺である。

 

そう。世間的にも奇跡と称されていた事態が、また起きてしまったわけだ。

 

いやはや、今世紀最大と言ったが、それを軽く上回った。流れるような作業で皆が適性検査を受けてはDの文字がコピペのように出される中、俺の時に出たのがB。担当教員が目をむき、すぐに政府に連絡して、俺は実家から、政府の用意したホテルに連れてこられた。超お高いホテルです。多分、平民の俺みたいなのは超出世しないとまず使わないようなところです。

 

とはいえ、する事はなーんにもない。テレビも同じようなのしかしてないし、それは俺のせいなんだけど、私物は何もない。

 

いや……一応あるか。これが。

 

ネックレスを外して、それを眺める。

 

取り上げられなくてよかった。携帯はもしもの為にと取り上げられたが、アクセサリーの類は元々パンピーで何の細工もされてないだろうと、取り上げられはしなかった。

 

とはいっても、取り上げられなかったのはこれぐらいなので、これじゃあ待遇が良いだけで囚人と大差ないような気がする。明日には家に帰れると言ってはくれたが、それまで半日以上ある。せめて娯楽品があれば話が変わるんだけどな。

 

「……ひょっとしたら、こいつをくれた相手が見つかるかも……なんてな」

 

自分で言ってみて、随分アホな事を言ってると思う。

 

確かにIS学園は世界中の人間が集まるが、世界中の女性がいるわけでもない。世界に何人の女性がいると思ってるんだ。第一、相手の子は日本人だろうし。一パーセントにも満たない数の人間の中にいるとすれば、それはもう奇跡だろう。運命ってやつだろうか。

 

自嘲するように鼻で笑ってから、俺はネックレスをそっと机の上に置いた。

 

その奇跡が、本当に起きる事も知らずに。

 



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ルームメイトは生徒会長

見渡す限りの女、女、女。

 

教壇の上に立たされる俺に好奇の視線が突き刺さる。芸能人はこんなものを軽くいなしているのかと考えると、感心するばかりである。

 

席の中央かつ先頭に座る一人目……確か織斑一夏っていったか。

 

そいつは俺をさながら救世主でも見るかのような目でこっちを見ていた。あんまり目を輝かせているので一瞬ホモかと思ったぜ……まぁ、立場が逆だったらと思うとわからないでもないけど。

 

「えーと……皆さんもご存知かと思いますけど、二人目の男の子です。自己紹介をどうぞ」

 

「ど、ども。十和田禊です。漢数字の十に、平和の和と田畑の田で十和田で、禊って書いてケイって読みます。よ、よろしくお願いします」

 

一礼して、頭を上げると……あ、あれ?終わってない?

 

何故か期待に満ちた視線が俺に向けられている。

 

くっ……これが転校生あるあるというやつか。特に面白い事を話せるわけでもないのに、何故か面白い話を要求される。無理に決まってるだろ、俺は芸人じゃないんだぞ。

 

視線で織斑に助けを求めると、サムズアップで返された。成る程、自分が通った道だと言いたいわけか。なら、助けてくれてもいいと思うんだがな。

 

はぁ、と一つ息を吐く。そして再度息を吸い、思い切って口にした。

 

「以上!」

 

がたたっ。

 

織斑含め、クラスの大半の人間がずっこけ、そして副担任らしい山田っていう先生は、苦笑いを浮かべていた。

 

「はぁ……何故男共は揃いも揃って、自己紹介でしでかすのか。お前達、まさか狙ってしているわけではあるまいな」

 

腕組みをして、ため息混じり頭を振ったのは、このクラスの担任らしい先生。なんと、あの織斑千冬らしい。ブリュンヒルデの名を冠し、ISに乗れば常勝無敗。その神話を破れるものは存在しないとまで謳われたあの伝説のIS操縦者。ここ数年。未だに憧れの女性ランキングのトップを維持し、外国でも彼女の名前を知らない者は田舎者とまで言われる始末。おそらく歴史の教科書なんかに載ること間違いない人物だ。俺達みたいな物珍しいだけの存在とは違う。

 

「まあいい。諸君も知っているとは思うが、十和田は織斑に続く二人目の男性IS操縦者だ。発表されたのがちょうど一週間前。入学するまでの予習をする期間はなかったが、それでも特別扱いをするつもりはない。あくまで十和田も一生徒だ。それらを踏まえた上で、同じ男子であり、クラス代表でもある織斑を筆頭に十和田をサポートするように。以上だ」

 

パン、と手を叩くと、それが終了の合図なのか、織斑先生と山田先生は踵を返して、教室を出て行ってしまった。

 

うーん。流石はエリート校。諸事情で遅れたと言っても、特別扱いはしないらしい。

 

「十和田!……で、良いんだよな!?」

 

「うぉっ!?お、おう。別に十和田でも禊でも良いけどよ……」

 

「俺は織斑一夏!よろしくな!俺の事は一夏って呼んでくれ!織斑だとややこしいしな!」

 

「それは良いけど………なんでそんなにテンション高いんだ?」

 

しかも超笑顔だし。

 

「だって俺しか男がいなかったのに、一人とはいえ同じ男子が増えたんだぜ!?嬉しいに決まってる!」

 

「あ、あー、そうか………一応聞くけど、ノーマル、だよな?」

 

これで違うって返されたら、俺チャラ男扱いされても良いから女子に近づくわ。後、こっち見てる君達。その腐った妄想垂れ流しでこっちを見るのはやめてください。心が死んでしまいます。

 

「ん?ノーマル?よくわからないけど、よろしくな」

 

どうやら意味が伝わらなかったらしい。となると、その手の質問をされたことがないってわけか……グレーゾーンだが、まだ白よりだな。隠すのが上手かったら、俺終わるけど。

 

「いやぁ、本当に良かった。女子ばっかりで肩身が狭くてさ。同室も幼馴染って言っても、女子だから辛いのなんのってーー」

 

「……悪かったな。私が同室の相手で」

 

やや怒りを秘めた低い声が、横から飛んできた。

 

一夏は肩をびくっと震わせると、一歩退いてそっちを向いた。

 

そこにいたのは長い黒髪を後ろで結った女の子。やや吊り上がった目つきと相まって、不機嫌そうな感じが滲み出ている。

 

「なんだ、一夏。言いたいことがあるなら、もっと言えばいい。私は気にしていないからな」

 

そう言うポニーテールの女子の表情は全然気にしてないという感じではなかった。寧ろ『後で覚えていろ』と言わんばかりの怒りのオーラを迸らせていた。

 

「い、いや、箒。俺は別にーー」

 

「ふんっ。見苦しいぞ、一夏。男が言い訳をするな」

 

弁明の余地すらもなく、箒と呼ばれた少女は一夏を一蹴した。どこか男らしい口調からか、伝わる拒絶感は大きく感じる。

 

「あらあら、可哀想に。一夏さん、宜しければ篠ノ之さんに変わって、わたくしがルームメイトになって差し上げても良くってよ」

 

また増えた。

 

今度は金髪に髪をロールさせている女の子。どこか、貴族を思わせる佇まいで、そこにいた。いつからいたのかは知らない。

 

「何を勝手な事を言っている!?一夏は私と同じが良いと言ったのだ!勝手な事を言うな!」

 

「それは勝手に篠ノ之さんが仰っているだけでなくて?それに、わたくしは一夏さんの身を案じての提案ですわ」

 

バチバチッと二人の視線がぶつかって火花を散らした。

 

はー、成る程な。

 

「やるな、一夏。両手に花で」

 

「?」

 

「おいおい、マジですか……」

 

首をかしげる一夏に頭を抱えた。

 

どうやらこの男。鈍感野郎らしい。それともやっぱりホモなのかもしれない。前者なら良いが、後者は駄目だ。

 

「ふん。まあいい。どちらにしても、寮長は織斑先生だ。お前がどれだけ喚いたところで、部屋割りは変わらん」

 

「くっ……確かにそうですわね。誠に残念ながら……」

 

悔しそうに言う名前のわからないお嬢様っぽい子。

 

なるほど、あの人が寮長というのは実に良い人選だと思う。後、結構似合ってると思う。厳しそうな感じが。

 

……と、その時ちょうどチャイムがなった。

 

自分の席につく間もなく休み時間が終わるとは……転校生って大変なんだな。俺の場合は、遅れて入学してきたみたいな感じだけど。

 

「なぁ、一夏。俺の席ってーー」

 

「ああ。俺の隣だ。わからない事があったらなんでも聞いてくれよな」

 

「そうか。じゃあ」

 

「……IS以外で」

 

「頼りに出来ねえ……」

 

まぁ、仕方ないか。

 

冷静に考えたら、こいつも少し前までISとはほぼ無縁の生活を送ってきたわけだし。必死こいて勉強してきた人間とはわけが違う。だから、頼りにするというのは御門違い………うん?

 

「そういえば、この学園に入学する生徒って参考書渡されるよな?」

 

「ああ。入学前の予習なんだってさ」

 

「で、一夏がここに入学決まったのって何時だっけ?」

 

「高校入試の日だから二月の中旬くらいだな」

 

「……事前学習はどうした」

 

「実は古い電話帳と間違えて……」

 

あ、頭痛くなってきた……。訂正。こいつ馬鹿だ。無知だ。あんまりわからないんじゃなくて、全くわからないやつだ。ひょっとすると、無駄に培われた豆知識レベルのIS知識の方が上だ。

 

やっぱり血縁関係なんてアテにならないな、と切に思った今日この頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いよな、禊って」

 

「何が?」

 

「だっていきなり入学させられたのに、授業に普通についていってるし」

 

昼休みになって、ようやく休憩らしい休憩ができるようになった俺は、一夏案内の元、食堂で昼飯を食べていた。

 

「そういうお前はもう少し勉強したらどうなんだ」

 

「流石に入学したばかりの人に教えてもらうのはわたくしもどうかと思いますわ」

 

……箒とセシリアも一緒に。

 

というか、休み時間は大体一緒だった。一夏と話をしていれば、自然と会話に入ってきている。そうなると、話さないわけにもいかないので、二人と軽く自己紹介をして、この形に至る。今の所、この二人は女尊男卑の影響が出ていないようで、男である俺にも普通に接してくれている。まぁ、一夏のおまけなのかもしれないし、セシリアに関しては入学当初はそうでもなかったらしい(一夏談)。なんで今に落ち着いたかは二秒でお察しだが。

 

「うっ……そう言われると返す言葉もない……」

 

「まぁ、古い電話帳と間違えて捨てたのはともかくとして、今は基礎だし、また俺が教えるから」

 

「け、禊~」

 

縋るような表情と声で一夏がそう言った。

 

……おかしいな。普通立場逆じゃね?

 

口から出そうになった言葉をお茶と一緒に飲み込む。

 

「ていうか、よくそれでIS動かせるもんだな。やっぱり知識と技能は別ものなのか?」

 

一夏は男だからという理由で専用機を持たされているらしく、既に試合も行っているそうだ。なので経験値だけで言えば、一夏は十分に俺の先輩と言える。

 

「そうでもないな。やっと武器をイメージして展開できるようになったし」

 

「以前の授業では、クレーターを作っていたしな」

 

「ですから、知識と技能が別物。というわけではございませんわ。特に、ISに関しては」

 

なんかアレだな。この二人、一夏の事が好きなんだろうけど、言葉のチョイスが確実に一夏の心を抉ってる。

 

「そうなのか……参考にさせてもらうな」

 

勉強はしっかりしたほうがいい。でなければ、恥をかく。よし覚えた。

 

「ところで十和田さんは専用機をお持ちですか?」

 

「いいや。その内来るらしいけど」

 

俺もサンプリング目的で専用機をくれるらしい。

 

普通は専用機って響きだと超カッコいいのに、サンプリング目的とわかった途端に溜め息が出たのは記憶に新しい。ようは実験動物(モルモット)と同じって事だから。

 

「そうですか。その時は一夏さんとご一緒にお教えしてさしあげてもよろしいですわよ」

 

「それは凄く助かる。よろしく頼む」

 

セシリアは何と言ってもイギリスの国家代表候補生だそうで、彼女もまた専用機持ちなんだそうだ。代表候補生といえど、全員が持っているわけではないので、かなり優秀なんだと思う。

 

……しかし、そうなるとそのセシリアと良い試合をしたらしい一夏もかなり優秀というか、寧ろ超がつくほどの天才なんじゃ……。

 

イケメン……天才……世界で二人しかいない男性IS操縦者……。

 

「主人公か、お前はっ!」

 

「うぇっ!?い、いきなりどうしたんだよ、禊」

 

「いや、世の不条理さをひしひしと感じて、つい」

 

叫ばずにはいられなかった。いや、だってさ。高スペック過ぎません?そりゃ確かに彼女にも驕りとか慢心があったかもしれないけども、どう考えたってその程度で埋まる差じゃないだろうに。

 

「まあ、それはそれとして。……この視線、どうにかならないか?」

 

机から身を乗り出して、一夏に小声で話す。

 

昼飯というのもあってか、他学年他クラスの生徒が訪れるこの食堂では、視線の集まり方が凄い。視線に攻撃力とか物理干渉能力があったら、今頃穴だらけだ。穴があくほど見つめる、とはまさに今のような状態を指すんだろう。

 

「うーん、慣れるしかないなぁ。それに時間が経ったら勝手に収まるし」

 

「まぁ、そうだよな……」

 

それにしたって、お前の慣れは早過ぎると思うんですが。まだ一週間と少ししか経ってないのに。順応性高すぎ……。

 

「でも、まあ。男は一人じゃないしさ。それを考えると、かなりマシになったと思うぜ」

 

「あー……うん。そういえば、元は一人だったんだろ?大変だったな」

 

「ああ。でも、箒がいたし。知り合いが一人いると全然違うぜ。箒がいなかったら、今頃どうなってたか」

 

多分、今の一夏に悪気はないと思うし、それどころか過去に思いを馳せているだけで他意もない。一夏の横で顔を真っ赤にして口をパクパクさせている箒にはとても悪いと思うし、同情を禁じえないけど。だから、セシリアも、そこまで不機嫌になる必要はないと思うのだが……それを勘違いと訂正するまで思わせないのがこういう手合いの人間だ。

 

「禊は知り合いとかいないのか?案外いるかもしれないぞ」

 

「いや、そういう話は聞いた事ないな。それに、中学の時っていなかったか?やたら男女差別したがるやつ」

 

「わかる。ああいうの、すっげー困るよな」

 

「そういうのもあって、女子とはあんまり仲良くなくてな。小学校の時の友達とかも全然覚えてないし。だから知り合いとかはいないな」

 

その分、一夏がマトモなタイプで安心した。やたらとこっちに来るのは、どうやら同性がいない事で心細かったらしい。例えるなら、今までおかずしか無かったところにやっと白米が現れた的な。白米は大事だよな。日本人として。

 

ともかく、時折ホモなんじゃないかと思わせる発言も、仲間が来た事への安心感から来るものだそうだ。俺としても、一夏の気持ちは大いにわかるので、誤解はすぐに解けた。何よりそれとなく本人に聞いてみたら、凄い勢いで否定したし。

 

「だから、先に一夏がいて良かったぜ。男一人で知り合いもいないなんて、やってられないし。それに従姉妹から聞いた話なんだが、ここって相部屋なんだろ?初対面の異性相手に普通に生活しろなんて無理ーー」

 

「あれ?もしかして知らないのか、禊」

 

「何が?」

 

「俺達、部屋別々(・・)だぞ?」

 

「…………なんだって?」

 

「いや、だから別々なんだよ。部屋割が」

 

「は…………はぁぁぁぁあああああ!?」

 

思わず、一目もはばからずに叫んでしまっていた。

 

でも、しょうがない事だと思う。部屋割が別って事は、つまり。

 

「俺も女子と同じ部屋って事か!?」

 

「た、多分……ちふ、織斑先生が言うには『政府の措置』とかなんとか……」

 

「どんな措置だよ!間違いが起きたらどうするんだ!?」

 

「それを俺に言われても……」

 

「そうだぞ、十和田。今は落ち着け。あまり大きな声で話す事ではないだろう」

 

言われて、周囲を見ると、俺の言葉を聞いた一年生の女の子達が見るからにテンションを上げていた。いや、なんでですか。俺は別に一夏みたいなイケメンじゃないですよ。期待しても意味ないよ。

 

しかし、落ち着いてはいられない。

 

いきなり女の園にぶち込まれたかと思ったら、気を抜けそうな自室まで女子と相部屋とかハードル高すぎ。これはもう陰謀すら感じざるをえない。

 

「………一夏」

 

「なんだ?」

 

「……骨は拾ってくれ」

 

「禊……」

 

「「?」」

 

そこには男子にしかわからない絶望が確かにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして来てしまった放課後。

 

学園を出て、数十メートルしか離れていない寮まで現実逃避できる暇なんてものはないに等しく、ISの特訓をする一夏達と別れて、俺は一人で(死地)に赴いた。

 

かつて、たかだか荷解きをするためだけにここまで覚悟をしなければならない事態があっただろうか。いや、ない。なんなら、荷解きをするような事も無かった。

 

しかし、覚悟を決めなければならない。

 

いくら女子に慣れていないとはいえ、これから同じ部屋で生活するんだ。それに一夏も別れる前に言っていた。『女子との相部屋は一時的で、後から一人部屋になる』と。

 

それまでの我慢だ。政府の措置だかなんだか知らないが、良いだろう。この地獄、耐え切ってみせる!

 

部屋番号のタグがついたキーを挿し込み、カギを開ける。

 

後はこのノブを回すだけ………。

 

ーーいざ、勝負!

 

勢いよく扉を開けると、次の瞬間。

 

「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 

ーーバタン。

 

扉を開けた時と同じ勢いで閉めた。

 

部屋を間違えたのだろうか。部屋番号を確認。間違えてはいない。アレは別に同じルームメイトにドッキリを仕掛けようとしたら、違う人が入ってきたみたいなノリじゃない……と。

 

いやいや、いくらなんでも開けた瞬間、見知らぬ女子が裸エプロンで出迎えなんて夢幻に違いない。それは男の妄想だ。現実にあるわけない。うん、きっとそうだ。

 

そう締めくくって、再度扉を開ける。

 

「お帰り。私にします?私にします?それともわ・た・し?」

 

「……」

 

言葉を失った。

 

どうやら、過度なストレスによる幻覚でも夢幻でも妄想でもなく、これが現実らしい。

 

「あら、反応薄いわね。もしかして、女慣れしてる感じ?」

 

「……あまりの衝撃に二周回って冷静になってるだけです気にしないでください」

 

「そう。なら、一応サプライズ成功って事ね」

 

嬉しそうに言うと、その女子は手にしていた扇子をパチンと鳴らした。

 

「……ひょっとしなくても」

 

「ええ。私があなたのルームメイト。名前は更識楯無っていうの。気軽にたっちゃんで良いわよ?」

 

「はぁ……じゃあ、よろしく。更識」

 

「むぅ、ノリが悪いよ、一年生。年上の提案は素直に呑んだほうがいいと思うわよ」

 

「いや、年上って……同級生だし。せいぜい誕生日が早いか遅いかぐらいの問題ーー」

 

「ざんねーん。二年生でしたー。後、この学園の生徒会長やってまーす」

 

開かれた扇子には『最強』の文字。

 

なん……だと……!?

 

こんな……こんなちょっとズレた感じの人間が、よりにもよって生徒会長……?生徒の長が変人とはこれいかに。いや、まあ……綺麗だし、スタイル良いけど。

 

しかも、聞いたところによると、この学園において生徒会長とは即ち『学園最強』である事を指すそうで、大抵は代表候補生か専用機持ち、或いはそれ以上の存在がなると言われている。

 

……全然そういう風には見えないけど。

 

「いやぁ、みんなに自慢できるなぁ。まだ誰も女子が住んだことのない、二人目の男の子のお部屋で寝食を共にするなんて……私ってば初めての女ね」

 

「……あの、確か学年ごとに寮って分けられてるはずでは?」

 

「私は生徒会長」

 

今度は『権力』の二文字が扇子には書かれていた。

 

生徒会長権限ってか……横暴だ。横暴すぎる。

 

「というわけで、これからよろしくね」

 

「……チェンジで」

 

「却・下♪」

 

「ですよねー」

 

「こんな綺麗なお姉さんを捕まえてチェンジなんて、贅沢なんじゃない?」

 

「綺麗だからって、変な事する人でも良いってわけじゃないんで」

 

寧ろ、それなら普通の子が良い。もっと言うなら一人部屋か一夏と同じ部屋が良い。こんな人と毎日同じ部屋で生活するなんて、心が保たない。理性じゃなくて、ストレス的な意味で。いや、どっちも保たないけど。

 

大体、綺麗だからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。ものには限度があるし、そもそも出会ったばかりの男子相手に裸エプロンを敢行しようなんて、貞操意識の低さを物語っていてだな。

 

「十和田くん」

 

「なんですか」

 

「鼻血出てる」

 

「…………ごめんなさい」

 

でも、すみません。俺も男でした。

 

 

 



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強さが足りない

「禊のルームメイトって生徒会長だったのか……どんな人か知らないけど、大変そうだな」

 

「ああ。しかも、かなりの曲者だ。正直言って、一週間もつかどうか」

 

翌朝。

 

一夏と顔を合わせた俺は、早速ルームメイトの事について話をした。

 

本当なら昨日の夜にでも愚痴りたい気分だったが、記念すべき初日という事で、あの人が手料理を振る舞ってくれて、かつその後は質問責めに付き合わされ、部屋をでる暇もなかった。人生であれだけ精神的に疲労さたのはいつぶりだったか、おかげで朝から一夏に愚痴った事でなんとか気も晴れてきた。美少女と一つ屋根の下とかとんだラブコメ展開だが、全然楽しくないのは何故だろう。

 

「本当に、俺は箒で良かったよ」

 

「全くだ。知り合いなら多少は融通が効くだろうし、箒は変なことしてこないだろうし」

 

「?変なこと?」

 

「あ、いや。なんでもない。こっちの話」

 

いかんいかん。昨日の事をうっかり話そうになった。

 

……本当に、あの人どうにかならないものか。初対面の異性に緊張するどころか、嬉々としてちょっかいを出してきやがって……。

 

「ともかく、当分そっちの部屋とかに逃げることもあるだろうから、その時はよろしく頼む」

 

「おう。二人しかいない男同士。助け合って行こうぜ!」

 

ガシッと一夏と力強い握手を交わす。

 

そうだ。基本的に消灯時間まで一夏の部屋に逃げるという選択肢も残されているんだ。何も律儀にあの曲者と同じ時間を過ごす必要はないんだ。それに相手は二年生!基本的には部屋以外は別!つまり部屋にさえ帰らなければ、あんな事もされなくて済む!

 

よし!やってやる!やってやるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでいるんですか……」

 

「んー?君に会いに来たから」

 

一限目が終わってすぐ、その人は現れた。

 

昨日と違って、制服に身を包んで、二年生のリボンをつけている。この学園は学年をリボンの色で分けているんだそうだ。

 

今日は朝起きたら既に姿がなかったので、この姿を見るのは初めてになる。……やはり、制服の上からでもわかるな。

 

「やんっ。視線がいやらしいわよ、十和田くん」

 

「へ、下手な言いがかりはやめてください!」

 

「えー、どう見ても、さっきの君の視線は、お姉さんの体を舐め回すように見てたと思うけどなぁ」

 

「舐め回すようには見てません!」

 

「ふーん。舐め回すようには、ねぇ。つまり見てた事は否定しないのね」

 

うぐっ……ああ言えばこう言う!

 

確かに見てましたけど、そういう言い方はやめてほしい。女子がなんか騒いでるじゃないですか。この人は俺をセクハラ生徒にでも仕立て上げたいのか。

 

「で、なんですか。俺に用があるんじゃないんですか?」

 

「あ、露骨に話を逸らしたね。まあいいわ。今日の放課後、時間は空いてる?」

 

「へ?ええ、まあ。特に予定はーー」

 

「じゃあ、決定ね。放課後、生徒会室まで来てね。来なかったらお姉さん、何するかわからないから」

 

笑顔で怖い事言わないでくれよ……。

 

言うだけ言って、生徒会長は鼻歌交じりに帰って行ってしまった。

 

当然、教室の中はざわついている。あの人が生徒会長である事を認識できていなかったのは、どうやら一夏だけらしく、周囲は何やら俺と生徒会長の関係性について気になっているようだった。いや、別に大した関係はないんですよ。昨日知り合ったばかりのルームメイトです。

 

しかし、そう言っても、それはそれで騒ぎになりそうな気がしなくもないので苦笑いして誤魔化す事にした。どうせバレる事ではあるが、何も今バラす必要はない。とんでもなく疲れるし。

 

「とわだんと会長知り合いだったんだぁ~、意外だね~」

 

「どわぁ!?」

 

いつの間にか俺の後ろに立っていた女子に驚いて思わず飛びのいてしまった。というか、いつの間に背後に立ってたんだ?全然気がつかなかったんだが。

 

「お~、凄い驚きっぷりだね~。大丈夫~、とわだん?」

 

「だ、大丈夫」

 

心臓の方は凄い事になったけれども。

 

「ところで、とわだんって何?」

 

「とわだんのあだ名~」

 

十和田だから、とわだんって事なのか?なんというか、安直な気がしなくもないが、あだ名っていうのは得てしてそういうものか。まぁ、こんなあだ名をつけられたのは生まれて初めてだけど。

 

「嫌だった~?」

 

「別に。嫌じゃない」

 

「そう?良かったぁ~」

 

……それにしても、この間延びした喋り方はなんなのだろうか。

 

どうにも作ってるという感じではなさそうだし、この独特な雰囲気。一緒にいると気が抜けていくような感覚がする。

 

「あの人ーー生徒会長の事知ってる?」

 

「知ってるよ~。私も~、生徒会に~、入ってるから~」

 

「へ、へぇ~。この時期にもう?」

 

「うん。ここは~、会長に選ばれたら入れるから~」

 

駄目だ。この喋り方。こっちもつられそうになる。これが噂に聞く『ゾーン』というやつか。女子が放つ特有の雰囲気と空気で、相手の主導権を握ると言われるあの伝説の!………違うか。多分、この子は天然なだけな気がしてきた。

 

しかし、この子はこんなゆるゆるな感じで仕事ができるのだろうか。仕事をするというよりも、寧ろ増やしていくスタイルな気がしなくもないんだが……というか、多分増やす。

 

「とわだんも生徒会に入れたらいいのにね~」

 

「え……それは俺的にちょっと嫌だなぁ」

 

「え~、なんで~?」

 

「なんでって……まぁ、色々と」

 

あの人の下につくという事は、即ちあの人と部屋だけでなく、放課後もずっと一緒にいなきゃいけないという事になる。絶対嫌だ。今はただでさえ、女子ばかりの環境に慣れるのが優先事項なのに、そこにさらに生徒会長の相手をするなんて項目が追加されたら、胃に穴が空く。『二人目の男子。女子ばかりの環境に耐え切れず、体調を崩し、入院』なんて絶対に笑えないぞ。他人には笑われるけど。

 

「そっか~。ざ~んねん」

 

がくりと肩を落とすゆるゆる系女子。

 

はぁ……この子がルームメイトだったら、俺の学園生活におけるストレスも少しは違ったのかもしれない。このゆるさのおかげで他の女子に、特にあの生徒会長に比べて圧倒的に心労が少なくて済みそうだし。

 

「じゃあね~、とわだん~」

 

人間の通常歩行速度の三分の一ぐらいの歩行速度で、ふらりふらりとしながら彼女は自分の席に帰って行った。何が凄いって、今にもコケそうなのに、全然コケないこと。見てるこっちは危なげなその歩き方にちょっと心配になるが。

 

そういえば、名前。聞くの忘れてたな。

 

一週間遅れで入学した俺は、一夏、箒、セシリアの三名以外は名前を知らない。ここって、出欠確認とかしないから余計に。なので、俺の名前は知られていても、俺は相手の名前を知らないんだ……あ、後あの生徒会長も名前は知ってるな。

 

まぁ、また後で会うか。生徒会の人間なら生徒会室がどこかは知ってるだろうしな。その時にでも名前聞こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがぁ〜、生徒会室だよ〜」

 

「ありがとう、布仏」

 

「どういたしまして〜」

 

布仏(ちゃんと名前聞いた)に連れられて、俺は生徒会室に来た。

 

来たはいいが、ものすごく帰りたい。いや、帰ったところで一日と待たずに顔をあわせることになるんだが、それでも最後の抵抗を……する前に布仏が俺の手を掴んでドアノブを握らせる。

 

「どうぞどうぞ〜」

 

「あ、ああ……」

 

一瞬、何の気配もなく手を握られたからビクッと肩を震わせてしまったものの、ここまで来たらやむをえまい。ごくりと生唾を飲み込んで、生徒会室に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃい。我が生徒会へようこそ〜」

 

ちょっと高そうな机の向こう側に生徒会長がいた。

 

ちょっと高そうなのはどうにも、机だけじゃないらしい。目につくものは、おおよそ一般的な高校に置かれているものに比べて圧倒的に高級感を醸し出している。この辺りも流石IS学園としか言いようがなかった。

 

「そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すから。虚ちゃん、お願い」

 

「はい」

 

生徒会長の指示?に頷いたのは、布仏とも生徒会長とも違うリボンを付けた女子……消去法で行くと三年生だと思う。眼鏡に三つ編み、委員長っぽいというよりも更に大人びてバリバリのキャリアウーマンといったところだろうか。ちょっと堅そうな感じが生徒会長とはえらい違い。

 

「十和田くん。何か失礼な事、考えてなーい?」

 

「いえ、別に。ダイバシティが高くて何よりかなと」

 

「日本人かつ全員女子の私たちを見て、その意見が出てくる君の考えてることは大体わかったわ」

 

「深読みと思いますけどね……」

 

ふふん、と笑ってるのに何故か威圧感がすごい。べ、別に馬鹿にしたわけじゃないのに。ちょっと、キャラ付けが全員違って、多様性に富んでるなぁって暗に言っただけなのに。

 

「どうぞ、十和田くん」

 

「とわだん、お姉ちゃんのねー、紅茶はねー、とーっても美味しいのだよ〜」

 

「……確かに。美味しいです、これ」

 

「そう。ありがとう」

 

ううむ。俺も自分で淹れた事があるが、全然違う。

 

まぁ、市販との差もあるんだろうが、淹れる人間の技術で、ここまで変わるものなのだろうか。

 

……それはともかく、今布仏はこの眼鏡の先輩を『お姉ちゃん』と言ったか?なんだか全然違うんですが。年の近い兄弟姉妹はあまり似ないと聞くが……成る程。

 

「さて、十和田くん。君がここに呼ばれた意味はわかる?」

 

「皆目見当もつきませんし、考えたくもありません」

 

どうせ、ろくな事じゃなさそうだし。特に昨日と今朝の時点での評価を考えると尚更。

 

「じゃあ、一から説明するわね。まず、十和田くん。今の君は非常に危うい存在よ。その自覚はあるかしら?」

 

「まぁ、世に二人しかいない男性IS操縦者ですし。日本政府の人にも言われましたけど」

 

どこぞの研究機関のモルモットにされかねないとオブラートに包まずにストレートに言われたっけ。俺が高校生だからっていうのもあるんだろうが、それでもこっちのメンタルも考えてくれよ。

 

「そうね。でも、より正確に言うなら『何の後ろ盾もない方』っていうのがつくわね」

 

「後ろ盾……ですか」

 

「少し考えればわかるかもしれないけど、織斑くんの場合はお姉さんが、織斑先生がいるわ。あの人は今もなお、復帰すれば世界最強の座につけると言われている人よ。だから、彼女が存在する限り、織斑くんはある程度牽制された状態になる。その隙に織斑くんも強くなれば、自衛の手段も立つわ」

 

「でも、俺には何にもない。超絶狙いやすいモルモットって事ですか」

 

「そういう事。この学園にいる間は安全の保障が出来るけど、一歩外に出たらそれこそ命の危機なんてものじゃないわ。二度と日の光を拝めないかもしれないわね」

 

恐ろしい事を言ってくれるが、納得せざるを得ない。

 

俺は一夏に比べて守るものが少なすぎる。専用機もないし、姉が世界最強なんて事もない。実に狙いやすいモルモットだろう。休みの日に外に出た日には全身黒ずくめの方々に何処ともしれない場所に連れて行かれるかもしれない。

 

「そこで、対策があるとしたら二つ。君が強くなるか、それとも織斑くん同様に強力な後ろ盾を手に入れるか」

 

……なんとなく、この人の言いたい事が読めてきた。

 

「つまり、俺を鍛えるためにここに呼んだわけですね」

 

「ビンゴ♪生身もISも、私がビシバシ鍛えてあげるから、よろしくね」

 

「いや、俺専用機とかまだ貰ってませんよ?いつ来るかもわかりませんし」

 

「大丈夫。会長権限で常に訓練機を一機だけ押さえてるから。アリーナの使用時間もバッチリよ」

 

なんと手際の良い。これなら確かに生徒会長と言われてもわからなくはない。人格はともかく、仕事はできるみたいだ。

 

ともあれ、鍛えてもらう事に異論はない。まだこの時期に二年生で生徒会長やるぐらいなんだから、よっぽど強いんだろう。性格はともかく。

 

「でも、俺と同室の意味は無いんじゃないですか」

 

「うん、無いよ。私がなんとなーく選んだだけ」

 

けろっとした表情で、生徒会長は言った。

 

やっぱりか……!俺を鍛える云々で呼び出すなら、別に同室の意味なんてなかったはずだ。学園内での安全も保証されてるとかどうとか言ってたしな!

 

「じゃあ、もういいじゃないですか。会長権限で俺と一夏を同じ部屋にしてください」

 

「えー、私よりも織斑くんの方がいいなんて……もしかしてーー」

 

「違いますっ!俺は純粋に同性同士の方が気兼ねなく生活できるってだけの話です!」

 

なんて事を言うんだ、この人は。俺はBLとかそう言うのは大嫌いだ。

 

「しょうがないなぁ……じゃあ、こうしましょう。私と十和田くんが勝負して、負けた方が勝った方の言う事を聞く。もちろん、生身での勝負よ」

 

「……わかりました。受けましょう」

 

一瞬、悩んだが、これを受けなければ、勝ち負け以前にチャンスは掴めない。やるしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にそれでいいの?」

 

「ええ。この方が動きやすいんで」

 

畳道場の上で、俺は私服のジャージ姿で、生徒会長は白胴着に紺袴という日本古来の武芸者スタイルで向かい合っていた。

 

因みに道場には俺と生徒会長だけ。布仏姉妹は仕事があるらしく、この場にはいない。仕事って言われても、妹の方の布仏は全く仕事ができなさそうなんだが……。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち。逆に君が戦闘不能になったら私の勝ちね」

 

「それは…….って言いたいんですけど、強いんですよね」

 

「うん。どうせ、私が勝つから」

 

強さに裏打ちされた自信、というやつか。男としては情けないが、条件だけでも有利なのはありがたい。

 

「じゃあ、胸を借りるつもりで行きます」

 

「ええ。いつでも」

 

涼しげな笑みは、それこそ本当に何処からいっても対処できる自信があるということなのだろう。

 

それじゃあ、遠慮なく。

 

三歩ほど離れた距離を、一歩で詰め寄る。

 

何の足捌きも見せずに地面を滑走するかのように相手との距離を詰める『活歩』という中国拳法の歩法の一つだ。

 

生徒会長の表情が完全に虚を衝かれたという驚愕に染まった。これならーー。

 

だが、ねじ上げるように胸ぐらを掴みに行った手は空を切り、気づかぬうちに投げ飛ばされていた。

 

勢いをそのままに背中から畳に落ち、肺の空気が一気に外に吐き出される。

 

「今のはちょーっと、驚いたかな。ひょっとして、何か習い事でもしてた?」

 

「一応、は。随分昔に約束してまして」

 

「へぇー。律儀なのね」

 

「馬鹿なだけですよっ!」

 

起き上がった俺は、さっきと違い、勢いよく突っ込んでいく。

 

愚直なまでの突進に、生徒会長は余裕綽々の様子で俺の手を掴み、勢いを利用して、投げ飛ばそうとする。

 

それに抗いはしない。寧ろ、自分から飛び、より勢いをつけて、叩きつけられるよりも先に体勢を立て直して、足払いを放つ……が、かわされる。

 

「思い切りがいいのね。感心するわ」

 

「それはどうも。それに動じない生徒会長には流石としか言いようがない」

 

ダウンさせる以上、掴むか払う、或いは投げるしかないわけだが、全くその隙がない。かといってスタミナ切れを狙うのもあまり得策とは言えない。確かにスタミナには自信はあるが、それはあちらも同じ。ISに乗る以上、体力がないなんてことはあり得ないはずだ。

 

……一か八か。賭けてみるか。

 

攻めの姿勢を崩し、構えたままに距離をとる。

 

「時間をかけると私も危なさそうだし」

 

それを生徒会長は様子見と捉えたらしい。流れるような動作で距離を詰めてきた。

 

こちらのテンポをずらすようにして踏み込んできた生徒会長に、カウンターの姿勢でいたが、見事にタイミングを崩されてしまう。

 

マズい……と思った頃には、既に俺は襟を掴まれていた。

 

「一気に勝負を……え?」

 

何故か生徒会長が目を見開いたまま固まっていた。理由はわからないが、好都合だ。

 

掴まれていた腕を持って、そのまま一本背負……あれ?

 

気がついたら、宙を舞っていたのは俺だった。

 

裏投げか、そう頭が理解した時には油断しきっていた事と、最初と違い、受身が追いつかなかったために、あっさりと意識が落ちた。

 

 

 



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小さな一歩

「っつー……ん?ここは……」

 

目が醒めると知らない天井を見ていた。

 

天井を見ているって事は、自分は横になっているんだろうという事に気づき、それを更に考えた時に気付いた。

 

ああ……そういえば、俺生徒会長に負けたんだな。

 

あれは見事な裏投げだった。こっちは完璧に勝ったと思ったものだから、受け身をとろうとも思わなかったし、そもそもあれだけ完璧に決められていたらどうしようも無い。それだけあの生徒会長は強かったって事だ。油断している初手で決められなかった時点で、敗北は決定事項だったわけだ。

 

はぁ……これでお願いは無しか。元々一縷の望みに等しかったが、やっぱり駄目だと凹むなぁ。

 

「はぁい。お目覚めかなー?()くん」

 

そして、ちょうど俺がベッドから体を起こした時、扉を開けて、生徒会長が入ってきた。うわっ、タイミング良すぎだ。

 

っていうかーー。

 

「生徒会長。今名前で呼びませんでした?」

 

「ええ。何か問題でも?」

 

「問題は……別にありませんけど」

 

「ならいいじゃない」

 

いいことにはいいんだが……何故だろう。この人に名前で呼ばれると何か引っかかりを覚える。違和感、というほどでもない。ただ、妙な感覚がする。

 

「正直思ったよりも強くてびっくりしたわ。体も頑丈みたいだし、ISはともかく、生身の方は織斑くんと違って問題はなさそうね」

 

その妙な感覚を確かめる間も無く、生徒会長がかけてきた言葉を俺は肯定する。

 

「まぁ、鍛えてますんで」

 

しかし、負けた手前、あまり威張れた話ではない。

 

ついでに言うと、この人はこの人で鍛えすぎだと思う。俺が素人ならまだしも多少なり武道の心得がある人間をあれだけホイホイと投げ飛ばせるなんて、余程の実力の持ち主に違いない。

 

「私も君が無事で安心したわ。これで大怪我させたら、退学どころか刑務所送りだもの」

 

「そこまではいかない……とも言い切れませんよね」

 

「ええ。特に私は家業の事もあるし」

 

「家業……ひょっとして極道か何かですか?」

 

だとしたら、割とぴったりな気がする。人を手玉にとって遊ぶ感じとか特に。

 

「やんっ。そんな怖い職業じゃないわよ。ちょーっと、秘密のお仕事してるだけ♪」

 

パチン、とウインクをしてくる生徒会長。いや、その秘密のお仕事っていう響きも相当怖いものがあるんですけど。

 

まぁ、その秘密のお仕事をする家業のお蔭で生徒会長は強いのか。成る程、やっぱり怖いじゃないか。強くないと出来ないって事になるわけだし。

 

「こほん。ところで禊くん」

 

「はい?」

 

「その……君がしてるネックレスの事なんだけど……」

 

生徒会長にしては妙に端切れが悪そうだが……ネックレスがどうかしたのだろうか。

 

「これがどうかしたんですか?」

 

「うぇっ!?え、えーと、どうもしなくはないというか、ほんの少しだけ気になる事があるというか……」

 

「?」

 

なんでこの人はここまで焦ってるんだ?それに最後の方はぽしょぽしょ言って何を言ってるのかさっぱり聞こえなかったし。

 

「それって誰から貰ったの?」

 

「道場で言った約束をした子からですね」

 

意を決したようにいう生徒会長に俺はそう答えた。

 

「まぁ、顔も名前も覚えちゃいないし、あっちも忘れてるんでしょうけど」

 

「っ……そうかもしれないわね。けどね、女の子って思い出は大切にするものなのよ?」

 

「はぁ。そういうもんなんですかね」

 

「そういうものよ」

 

俺は女じゃないからよくわからないけど。それなら、案外あっちも俺の事を覚えてくれているのかもしれないな。

 

「それで……ね。その約束のーー」

 

「ーーおーい、大丈夫かー。禊」

 

「馬鹿者……!保健室で大声を出す奴があるか……!」

 

「いや、箒の方が十分声大きいから……ん?」

 

「?どうした、一夏……む?」

 

生徒会長が何かを言いかけた時に、運悪くというか、タイミング悪く一夏と箒が入ってきた。一夏はともかく、箒は生徒会長と俺を見て、何やら察したらしい。それは盛大に間違いであるのだが、とても気まずそうな表情だった。

 

「し、失礼しました。わ、私達はただ生徒会長に十和田が担がれていたというのを聞いて、大事はないかと見に来ただけなので。では、これで」

 

「?どうしたんだ、箒?」

 

「どうしたもこうしたもないっ!帰るぞ、一夏!」

 

「痛たたたっ!引っ張るなよ、箒!」

 

逃げさるかのように一夏の腕を引っ張って帰る箒。結局、箒は俺達を見て何を察したのだろう。多分、とてつもなく盛大な誤解な気がする。

 

「で、なんですか。生徒会長」

 

「へ?あ、あー……そ、そうだ!私との賭け覚えてるよね?」

 

「勝った方が負けた方に何でも命令できるってやつ……まさか」

 

「そう。私が勝ったから、禊くんには何でも命令出来るの」

 

そ、そうだった……別にこの人は勝ったらこっちのお願いを聞くだなんて言ってない。勝った方が命令できるとしか言わなかった。

 

賭けに乗らざるを得なかったとはいえ、浅はかだったか。

 

「それで命令というのは……」

 

「色々あるんだけど……一先ず」

 

生徒会に入れ。

 

そう言われるのだと覚悟していた。

 

「ーー私の事、名前で呼んでくれる?」

 

「……はい?」

 

「もちろん、さん付けなし。敬語も必要ないし、フレンドリーに行きましょう」

 

「え……と、そんな事でいいんですか?」

 

「そんな事、っていうけど、君。命令でもしない限り名前で呼ぶ気なさそうだし。私の事、ずっと『生徒会長』で通すつもりだったでしょ?」

 

うっ……ま、まあ確かに。この人が最初に自己紹介して以降、俺はずっと生徒会長としか呼ばなかった。多分、これが命令とかではない限り、名前で呼べなんて言われても呼ぶつもりがなかった。

 

「だから、これが私の命令。では、どうぞ」

 

「ど、どうぞって……」

 

そんないきなり言われても。

 

「えー。男に二言はないでしょ?私の命令が聞けないっていうの?」

 

「そんな上司の絡み酒みたいに言われても……あー!もう!わかりました。呼びます。呼ばせていただきます!」

 

「うん。素直でよろしい♪」

 

いや、素直でって……目で超威嚇されたんですが。はぐらかそうとしたら、何するかわからないって目で見てきましたよね。

 

一つ咳払いをして、軽く深呼吸をする。

 

なんで人の名前を呼ぶのに、ここまで気を張らないといけないのかと聞かれたら、この人が何故か期待の籠った眼差しで俺を見てきているから、としか言いようがない。

 

「……楯無」

 

「なぁに?禊くん」

 

「これでいいですか?」

 

「敬語も無しって言ったのに……お姉さん、悲しい」

 

よよよっ、とわざとらしく泣く素振りを見せる生徒会長もとい楯無。

 

ていうか、泣き真似するならチラチラこっち見ないでほしい。『女の子が泣いてるのに、放っておくの?』みたいな意思表示だと思うが、そんな露骨な嘘泣きで何をどう思えというのか。ちょっと面倒くさいなぐらいにしか思わないんだけど。

 

「はぁ……わかった。敬語も使わない。これでいいだろ」

 

「宜しい♪以後、気をつけてね。他の人がいるからって敬語使ったり、名前で呼ばなかったら……」

 

「……わ、わかってる。そんな事しないから」

 

嘘です。他の人がいたら普通に敬語使って、生徒会長って呼ぶつもりでした。

 

だって、他の人がいる時に名前で呼んで、タメ口で話してたら、確実に関係性とか疑われるじゃん。そもそも、俺に会いに来た時点で疑われてるっていうのに、その疑念を強くしてどうするんだって話。

 

「あ、一つ質問」

 

「何かしら?」

 

「さっき名前で呼ばせる理由は聞いた。でも、それよりも優先度が高い命令はなかったのか?」

 

「例えば?」

 

「生徒会に入れ……とか?そっちの方が会長権限で色々命令できると思うんだが」

 

割と素朴な疑問だった。

 

わざわざ俺との勝負で命令しなくても、生徒会に入れば会長権限の濫用が出来たはずだ。なのに、何故それをしなかったのだろうかと。

 

「んー、確かにそれはそれで美味しいことかもしれないけど……正直な話、今の禊くんを生徒会に入れても、あんまり意味ないのよね。ほら、入学したてだし。本音ちゃんはともかく、禊くんは無理があるんじゃないかなって」

 

「ぐっ……まさかことここに至ってあんたに正論をぶつけられるとは思わなかったぜ……」

 

しかも、何気に布仏以下だと言われてしまった。あのほわほわ系癒し係よりも下だと。否定したかったが、布仏の仕事ぶりを見ていない以上、そんな地雷を踏むわけにはいかない。

 

「それに……このお願いだけは、会長権限使いたくなかったし……」

 

「へ?なんか言った?」

 

「な、なんでも!」

 

いや、とてもなんでもないように見えないんですが。

 

しかし、なんでもないと言われている以上、つっこむのは野暮というものだろう。というか、つっこんだらマズイような気がする。

 

それにしても……はぁ。布仏以下か。

 

馬鹿にするわけじゃないが、本当に凹むなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賭け試合をした翌日の放課後から、楯無監督の下、ISの特訓が始まった。

 

あの飄々とした態度は何処へやら、特訓は厳しいなんてものじゃなかった。

 

あれは鬼だ。最初の起動時以降一度も動かしていなかったやつにする指導じゃない。最初からかっ飛ばしすぎだ、マジで……。

 

「はーい、休憩終わり。次は急上昇と下降それからの完全停止ね。目標は地表三十センチ以内。三回連続で成功するか、アリーナ使用時間が来るかで今日の特訓は終わり。OK?」

 

「OK、じゃない。やるしかないんだろ」

 

そう言って昨日も基礎的な動きは全部覚えさせられた。覚える気があれば出来るだと。

 

「まあね。私が教えるんだから」

 

どんな理屈だ。

 

まぁ、自称才能のないこのお方は、『やれば誰でも出来るようになる』という、どう考えても天才理論を携えているから、本当に才能のない人間は戸惑うだけだ。一夏辺りは多分余裕なんだろうなぁ……一週間で代表候補生に紙一重で負けるぐらいだし。俺なら遊ばれてズタボロにされる。

 

まぁ、指導を買って出てくれたことには大いに感謝しよう。学園最強からの直々の指導なんてそう受けられるものでもないし。専用機が届いた頃には一夏との差が歴然なんていうのも、なんだか悲しい話だし。

 

取り敢えず、言われた通りに急上昇。

 

動かし方は昨日徹底的に叩き込まれたおかげで、空に飛ぶくらいなら造作もない。

 

「んー、ちょっと遅いけど、良しとしましょうか。じゃあ次は急下降からの完全停止ね」

 

あれでも駄目らしい。結構上手くできたと思ったんだけどな。

 

息を整えて、急下降。からのーー。

 

ドオオオオォォォォンッ!

 

「あちゃー……禊くん。思い切り良すぎ」

 

下降というか、見事に墜落してみせた俺の耳に、楯無の苦笑交じりの声が聞こえてきた。

 

ISのお蔭で全くダメージはないものの、これを衆人環視の中でやってのけた一夏の心のダメージがよくわかる。確かにこのクレーターをさらに掘り進めて穴に入りたくもなる。

 

「大丈夫ー?」

 

「大丈夫だよ。IS展開してるんだし」

 

「そうじゃなくて。ISしてても、時速百キロ以上で地面に突撃したんだから」

 

「別に大丈夫だって。ISのエネルギーが減ったぐらいだ」

 

まぁ、ISしてないとミンチだもんな、そんな速度で突っ込んだら。

 

そう考えると、ISのこの露出度にしてこの耐久性は凄まじいものだ。既存の兵器で太刀打ちできないというのも十分に頷ける。核兵器はともかくとして、有人兵器じゃ自爆特攻しても壊せないだろう。

 

こんな兵器として突出したものを、よくもまあ、製作者は別用途で使用する事を考えたものだ。こんなに隙がなくては、兵器になってしまうのも仕方ないだろうに。

 

「禊くん?本当に大丈夫?」

 

「っ……だ、大丈夫だって」

 

いつの間にか、楯無がすぐ近くで、俺の顔を覗き込んでいた。

 

顔近いし、ISスーツってぴっちりしてるから体の線が露骨に出るんだよな。お蔭で正面から見れたものじゃない。この人、スタイル良いから。

 

「そう。それならいいけど。早くしないと時間内に終わらせられないわよ?クレーターもちゃんと埋めておかないと後で怒られるし」

 

「げっ……そうだった」

 

スケジュールが遅れたら早朝から特訓するって約束だった。早く終わらせないと、俺の疲労は増えるのに、睡眠時間だけは減っていくという不公平な方程式が成り立ってしまう。それだけはマズい。何がマズいって授業中に居眠りなんてした日には、頭蓋骨が陥没しかねないことだ。

 

「頑張れ青少年。達成した暁には、美味しいご飯が待ってるわよ」

 

「そりゃ楽しみだ」

 

別に達成出来ないとマズイ飯が待っているわけではないんだが、まあ、物は言いようだ。達成してから食った方が美味いというはわからんでもない。

 

まぁ、どちらにせよ、これが出来ないとスタートから遅れている俺は差を広げられていく一方だ。一般生徒はともかく、サンプリング目的でも専用機持ちになる人間としては、同じ土俵には立っておきたいところだしな。

 

まだどんな専用機が来るかはわからないが、やれるだけのことはやっておかないと。

 

 

 

 



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慣れって怖い

「転校生?こんな時期に?」

 

漸くIS学園の生活や生徒会長こと楯無との共同生活に慣れ始めた頃。

 

まだ五月に入ったばかりだというのに、随分濃い日常を送っていたせいか、二倍ぐらいの時間を過ごしていたような気がする。

 

「また転校生ですか……特にニュースになっていないということは男ではないのでしょう」

 

「始まって一月しか経ってないのに、もう二人目か。流石エリート校」

 

「その一人はお前だろう、十和田」

 

「……ごもっともで」

 

しかも、始まって一週間。認識的には一足遅れの新入生といったところだが、一応その記念すべき一人目であることに変わりはない。おそらく、IS学園始まって以来だろう。一夏も俺も、男は記録塗り替えてばっかりだなぁ、本当。

 

「しかし、何故今なのだ?また男でISを使えるものが現れたのならともかく、普通に女なら入学式に間に合わなかったなどということはないだろう?」

 

「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら。今更ですが、妥当な判断ですね」

 

うーん、相変わらず自信家だな。ISの訓練に関しては楯無としかしてないし、一夏達の方は見る機会がなかったから、どれほどの技術かはわからないが、多分凄いんだろう。聞いたところによると、彼女の専用機はイギリスで彼女しか扱えないらしいし……それも本人談だから、なんとも言えないけども。

 

とはいえ……確かにこの時期に転校生というのは、俺みたいな人間を除くと何か特殊な理由でもない限り、普通に入学式に間に合わせるように来るはずだ。なんでも、ここの編入試験はやばいくらい難しいらしいし、わざわざ難しい試験を受けたいなんて、物好きもそういないだろう。

 

「なんでも~、中国の代表候補生らしいよー」

 

考え込んでいると、布仏が補足してくるようにそう言った。

 

代表候補生か……鼻持ちならない人間は勘弁だな。自信があるのは大いに結構だが、イコール他人を見下して良いという道理にはならない。

 

その点で言うのなら、楯無はなんだかんだ言っても、実力に裏打ちされた自信があって、それは行き過ぎていないから慢心でも、過信でもない。理想的といえば理想的だと言えた。IS操縦者としては。

 

「どんなやつなんだろうな?」

 

「む……気になるのか、一夏」

 

「ん?ああ、少しは。なぁ、禊」

 

「確かに。クラスが違うってことは来月のクラス対抗戦とかの一夏の対戦相手になるだろうしな」

 

「だよなぁ」

 

一夏が『気になる』と言った途端、僅かに不機嫌そうな素振りを見せた箒も、その意味を正しく理解したら、すぐに機嫌を直していた。……十代女子というか、恋する乙女というのは大変そうだな。特に相手がこんなイケメンかつ一週間でライバル生産するんだから。何気ない発言も気にはなるか。

 

「そこはご安心くださいまし。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をわたくしがして差し上げますわ。何せ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけなのですから!」

 

「え?でも、禊も持つぞ?専用機」

 

「今の、話ですわ!」

 

一夏の発言にすぐさまセシリアはツッコミを入れた。地味なアピールは一夏が相手では何の効果もない。派手でも無理そうな気もするが。

 

「まぁ、やれるだけやってみるか」

 

「やれるだけ、では困りますわ!わたくしに勝ったのですから、他のクラス代表にも勝っていただかないと困りますわ!」

 

「そうだぞ、一夏。男たるもの、そのような弱気でどうする」

 

「おりむーが勝つと~、クラスのみんなが幸せなのだよー」

 

クラス対抗戦でクラス代表が優勝したクラスは学食デザートの半年フリーパスだったか。女子が燃えるわけだ。半年はデザートバイキングがいつでもできるわけだから。

 

話しているうちに一人二人と女子が集まってきて、気がつけばいつものごとく、周りがあっという間に女子で埋め尽くされた。最初は驚いたものだったが、数日もすると慣れていくもので、ここまで来ると全く動じなくなっていた。

 

「織斑くん、頑張ってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

「ーーその情報、古いよ」

 

ふと、周囲からではなく、教室の入り口から声が聞こえてきた。そちらに向くと、そこなは片膝を立て、腕組みをしてドアにもたれかかっている女子の姿があった。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

「鈴……?お前、鈴か?」

 

「ん?一夏、知り合いか?」

 

いかにも久しぶりに再会した人間を見た時のリアクションを取っていた一夏に聞くと、一夏は「おう」と答えた。

 

「中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

ふっと小さく笑みを漏らす。トレードマークに見えるツインテールが軽く左右に揺れた。

 

その知り合いらしい彼女の様子を見た一夏の感想はーー。

 

「何格好つけてるんだ?すげえ似合わないぞ」

 

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

一夏のツッコミに、凰さんの口調が多分素に戻った。可哀想に。折角クラス代表として宣戦布告を格好よく決めてたところだったのだろうに。

 

しかし、それはそれとしてーー。

 

「えーと、凰さん。そこーー」

 

「おい」

 

避けた方がいい、と言う頃には時すでに遅し。

 

凰さんは背後からかけられた声に噛み付くように聞き返した結果、『バシンッ!』という大変良い音を教室に響かせた。

 

「SHRの時間だ。戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生だ。さっさと帰れ」

 

「は、はいっ!」

 

有無を言わせぬ物言いに凰さんは帰って行った。この人が相手だと、まあ当然の反応というか、様子を見るに知り合いのようだが、見た瞬間に顔が引き攣っていた辺り、織斑先生が苦手のようだ。

 

因みに、SHRが始まると言っていたので席に着いた俺と数人の女子を除けば、凰さんと一夏の関係性が気になって、詰め寄ったクラスメイト達は軒並み出席簿の餌食となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みになると、いつも通りのメンバー(俺、一夏、箒、セシリアにクラスメイト達数人)で食堂に向かうのだが、こと今日は違った。

 

「禊くん。ささっ、ここに座って」

 

教室を出て早々に、楯無に捕まり、そのまま学園の屋上に連行された。

 

この暖かい季節。雲一つない青空の下で飯を食べるのも良いものだと思うが、日々関係性を疑われていく身としては、如何ともしがたい。

 

当然のように隣に座ることを要求された事は何も言うまい。会った時から、何かと人との距離の保ち方が特殊な人間だ。相手が異性だろうと同性だろうと関係ないのだろう。

 

幸いなのは、今日は他に女子がいないことだろうか。二人きりというのも、些か問題があるかもしれないが、変にからかわれても周囲の視線を気にする必要はない。

 

「やけに起きるのが早いと思ったら、それ作ってたわけか」

 

「起きるのが早いのは常よ?偶々、気が向いたから作っただけ」

 

「……いや、それにしては、いつもより三十分ぐらい早かったような気が……」

 

俺は寝ている時、結構気配に敏感なタイプで、よほど睡眠不足でない限り、ルームメイトが起きたら気づく。まぁ、二度寝するのもかなり早いけども。

 

「あ、あら、そう?私はいつも通りに起きたつもりだったんだけど」

 

「そうか?じゃあ、俺の勘違いか」

 

寝ぼけて時間を見間違えたのかもしれない。本人がいつも通りって言ってるんだから、俺の勘違いだろう。

 

「まぁ、一先ずそれは置いておくとして。はい、更識楯無with手作りお弁当をどうぞ」

 

お弁当の蓋をあけると、中には『和』が広がっていた。

 

もちろん、全てがというわけではないのだが、それでも空腹感がより一層強くなり、思わず感嘆の息を漏らしてしまうほどの光景だった。したり顔の楯無を見ても、残念ながら流石の言葉しか出てくる気がしない。

 

「驚くのはまだ早いわよ?はい、あーん」

 

取り出したお箸で、唐揚げを一つ取り、食べるように促してくる。

 

早く食べたいのは確かだ。だが、しかし。

 

「……いや、自分で食べられるんですが?」

 

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ここには、ほら。私と禊くんしかいないわよ?」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「それとも、私の料理は食べたくないの……?」

 

そう言って、少しばかり落ち込む楯無。

 

ああ、もう。そういうのは卑怯だ。特にこういう場面でやられると、罪悪感が半端ないんだよ。ちくしょう。

 

「わかった。食べるから、そんな顔すんな」

 

「うんっ。わかればよろしい♪」

 

何故上から目線……と思いつつ、出された唐揚げを頬張る。

 

「……美味い」

 

お弁当というものは作った時間と食べる時間を考えて、冷めるのが当然の代物だ。

 

これも御多分にもれず、冷めてはいるのだが美味い。そして、思わず出来たてでも食べてみたいと考えてしまう。

 

まさか料理の腕も高いとは……この完璧超人め。弱点なんてあるのか?

 

「さあ、どんどん食べて。まだまだたくさんあるから」

 

と言いつつも、箸を渡す気はないらしい。一つ取っては、さっきのように「はい、あーん」と食べさせてくる。

 

ここまでくると、カップルなどがやるアレよりも、寧ろお母さんが幼児に食べさせてあげてる方が正しいんではないだろうか。そしてそれはそれでとても恥ずかしい……!

 

しかし、俺の心とは裏腹に、食が進んでいく。空腹には逆らえず、食欲にも逆らえない。

 

半分を食べたあたりで、一度手で制する。そろそろ自制が効くところまでは来た。

 

「あら、もうお腹いっぱい?意外に少食ね」

 

「いや、楯無は食べないのか。俺ばっかり食べてるけど」

 

「食べるわよ?禊くんてば、口に持っていくと食べるから、つい可愛くって」

 

「俺はハムスターじゃないんだぞ……」

 

ていうか、運ばれてくる度に必死に噛んで飲み込んでいたのはなんだったんだ。無理に早く食う必要なかったじゃねえか。

 

「じゃあ、私もいただきます」

 

そう言って、楯無は卵焼きを一つ口に運ぶ。

 

「うんうん、我ながらよく出来てると思うわ」

 

当然ながら、昼飯を食べていないであろう楯無は、ひょいひょいとお弁当の中身を平らげていく。なるほど、女子は食が細いと聞くが、楯無のように一部に栄養がよく回っている人間は、結構食べーー。

 

パチン。

 

「いてっ」

 

「こーらっ。視線がいやらしいわよ、禊くん。思春期の男子だから、性欲を持て余すのはわかるけど、そういうのは相手に悟らせちゃダメよ?」

 

「誰が性欲を持て余してるだ。後、別に変な目で見てない。気のせいだ」

 

やはりなかなかの察しの良さ。

 

別に下心というより、感心していただけなのだが、楯無は俺が一瞬視線を胸に向けた事に気づいたらしい。

 

「……まぁ、私として嬉しくはあるんだけど……」

 

「何が嬉しいって?」

 

「へ?え、えーと、あんなに美味しそうに食べてもらえて、とか?」

 

「なんで疑問系なんだ?」

 

自分が作った物を美味しいと言ってもらえる事って、割と嬉しいと思うんだが……やっぱりアレなのか?自分では納得できてない部分があるから?

 

「と、ところで禊くん。女だらけの生活にはもう慣れた?男の子には結構刺激が強い日々と思うけど」

 

早々慣れるか!……と言いたいが、人間怖いもので、一夏並みに順応性が高いわけでなくとも、四六時中一緒だと違和感が徐々に薄れてくるんだよな。

 

「慣れたと言えば慣れたような……でも、やっぱり違和感があるな」

 

「違和感……?ああ、禊くん。元々、男子校に通う予定だったものね」

 

「一応何日かは通ってたけどな……って、何で知ってるんだ?」

 

教えた覚えがないんだが。

 

「ふふふっ、ナ・イ・ショ♪」

 

開かれた扇子に『企業秘密』の文字。まあ、いいけど。多分生徒会長やってるから、どこかで先生の話でも聞いたんだろう。

 

楯無の言った通り、まだ違和感はある。男だらけの環境が逆転して珍獣扱いだし。世間じゃ有名人扱い。特に何かをしたというわけではないから、一般人だった俺からしてみれば、違和感があって然るべき状況かもしれない。

 

とはいえ……。

 

「?どうしたの?私の顔をそんなにまじまじと見て」

 

一番の違和感は普通に異性と同棲してる事に慣れつつあり、こうして平然と二人きりで飯を食べている事にあるのかもしれない。

 

割と本気でそう思った。



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口は災いの元

 

 

「なあ、一夏。とりあえず関節技決めていいか?」

 

「なんでいきなり!?」

 

凰鈴音とかいう一夏のセカンド幼馴染み(一夏命名)が来てから数日のこと。

 

俺は一夏の鈍さに頭を抱えていた。

 

珍しく楯無が生徒会の仕事とかなんとか言ってたので、一夏を誘って食堂に行こうとしていた矢先の出来事だった。

 

ドアをノックされて出てみれば頬に大きな紅葉の後を作り、申し訳なさそうな一夏がいて『相談がある』と言ってきた。

 

これはただ事じゃないな。そう思って真剣に聞いていたんだが……。

 

「よりにもよって、プロポーズ(その約束)を間違えて覚えるかよ……」

 

事のあらましはこうだ。

 

一夏に惚れた凰は小学校の頃にプロポーズのような事をした。少しばかり遠回しだが、ぶっちゃけ意味は十分に通じる。

 

しかし、当の一夏がそれを勘違いして覚えていて、一世一代の大告白をただの味見役と思われた凰は激怒。

 

一夏にビンタをかまして部屋から去ったわけだ。

 

因みにビンタされたことで本人は自分に非がある事は理解しているが、何に対してなのかはわかっていないらしい。こんなストレートに伝えられて鈍感も何もあるかと思うんだが、世の中にはこんな人種もいるようだ。直前まで凰と一悶着あった箒にさえ『馬に蹴られて死ね』って言われてたらしいしな。

 

こいつ、いちいちネタがオヤジギャグ臭するし、要所要所で昭和リスペクトし過ぎな発言かます癖に日本伝統の『毎日味噌汁を〜』の派生に気づかないとかどうなってんだ?

 

「まぁ、お前だけに非があるわけじゃねえ。凰もお前が朴念仁(そういう人間)って知った上で念を押さなかったのは問題だし、いくらなんでもビンタしたのは悪い。でもな、お前も悪い。なにが、とは言えんが話す相手次第じゃ殺意を持ってぶん殴られる」

 

「……え?そんなレベル?」

 

「ああ。むしろ、それで済んだら僥倖だな」

 

しかし、残念な事に一夏はそれだけの事をやってのけた。やってしまったのだ。

 

幼馴染み(美少女)にプロポーズ(みたいなこと)をされるなんて絵空事だと思われてもおかしくないレベルにありえない。

 

いや、俺も昔の約束律儀に守って自分磨きしてたからあんまし人の事は言えないけど。

 

「まあ、冗談は置いておくとしてだ。一夏、はっきり言って俺が手伝えることはほぼねえ」

 

「手伝いたくない、じゃなくてか?」

 

それもある。というか、同じ男として極力助け合う感じでいきたいが、今回は内容が内容だけに俺が出る幕はないし、ややこしくなる。

 

「忠告するとすりゃ、あれだ。お前があり得ないと思ってることがあり得るんだよ」

 

一体どんな人生を送ってくればこんな感じになるのか、一夏は何故か自分がモテないと思っている。何故か知らないけども。

 

「どういう意味だ、それ?」

 

「自分で考えろ」

 

これを言うと答えになる上に公平性に欠ける。

何より、それを気付かせるのが俺じゃ意味ねえ。

 

「後は部屋で考えろ。俺のルームメイトが帰って来たら、それこそ面倒なことになんぞ」

 

流石に引っかき回しはしないだろうが、余計なこと言いそうな気がするし。

 

「おう。ありがとな、禊」

 

「俺のことは気にすんな。今は凰の事だけ考えてろ」

 

部屋を出て行く一夏にそう声をかけた後、一息ーー

 

「誰が帰って来たら面倒なことになるですって?」

 

「そりゃもちろん……うおっ!?」

 

自然に返事をしかけて俺は椅子から跳ねるように立ち上がった。

 

見ればそこには楯無の姿。

 

表情こそ笑顔だが……アカーンっ!と某お祭り男芸人が叫びそうなオーラを放っていた。

 

「弁明があるならどうぞ」

 

「……俺は何も間違ったことはーー」

 

「聞く耳もたないわ!」

 

じゃあ、何故弁明させた!?

 

俺がツッコミを入れるよりも早く、詰め寄ってきた楯無に関節技からのこちょこちょという地獄の責め苦を味わった。

 

……口は災いの元なのは一夏だけではなかったようだ。これからは気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間。

 

「なんであんたまで俺のところに来る……」

 

「……うっさい」

 

終業のチャイムが鳴り、教室を出た直後、待ち伏せをしていた凰さんにネクタイを引っ掴まれて屋上に来ていた。十代女子の行動力ってすごい。何が何だかわからずにあっという間に連れてこられたのだから。

 

しかし、連れてこられはしたが、凰さんが何も言わない。察しろということなのだろうか。それとも単に連れて来てはみたものの、何を話すべきか悩んでいるということなのだろうか?

 

……どちらにせよ、何か行動を起こさないと話が進みそうもない。

 

と思って口を開いたのだが、一蹴され、今に至る。

 

くっ……やっぱり十代女子の思考なんぞわかるか。あっちがこっちを理解できないのと同じでこっちだってあっちの考えてることなんて理解できないんだよ!

 

……などと口にしようものなら確実に一夏と同じ末路だ。

 

「あー、凰さん。あんたが俺を連れて来たのは一夏のことで相談がある……って事でいいのか?」

 

そっぽを向いたまま、こくりと頷く。

 

「事情は大体わかってる。確かに今回の件は一夏の朴念仁が意味を曲解させた予想外の問題だ。凰さんが頭を抱えるのを通り越してキレるのもわかる」

 

またも頷くだけ。何か言って欲しいが、まぁ地雷は踏んでないみたいなのでよしとしよう。

 

「それでもって……だ。俺に相談しに来たのは一夏に謝らせたいか……それとも一夏が今どう思ってるのかが知りたい……っていうどっちかと思うんだが」

 

「……そうよ。何か文句ある?」

 

わかりきってることを聞くなと言わんばかりに睨まれた。

 

うぅむ……女子は察して欲しいが口には出さないで欲しいということらしい。なるほど、難しい。

 

しかし、これが凰さんの話すきっかけとなったのか、堰を切ったように話し始めた。

 

「あの唐変木。昔から肝心な時に聞き間違えるし、遠回しに言っても意味間違えるし、気を利かせたら変だとか言ってくるし……ああ、もうっ!腹立つ!」

 

「お、おう。確かにそうだな」

 

うーん。これは思ったよりずっと酷い具合になってるみたいだ。というか、怒りに同調するわりも一夏の被害者の方々に哀悼の意を示したい。

 

「今回だって約束の意味が全然違ったし……なんなのよもう!一夏のバカ!なんで普通の約束は覚えられるのに恋愛系の(こういう)約束はちゃんと覚えられないのよ!」

 

なんだその世界に妨害されてるみたいなピンポイントさは。そこまで行くと一夏も被害者になるぞ。

 

言いたいことを言ったのか、凰さんはふぅと深く息を吐く。

 

多少の冷静さを取り戻したようだ。まだ目に怒りの色が見えるが。

 

「まぁ今は置いておくとして。あたしの目的がわかってるなら話が早いわ。一夏はどうだった?反省してる?」

 

「……反省、ねぇ」

 

一応考えろ、とは言ったが一週間考えても一夏は自分がなぜ悪いのかわからなかったらしい。

 

まぁ、本人は約束を間違えて覚えているなんざ微塵も思っていないんだからわかるわけもないか。

 

体良く誤魔化すこともできるがーー。

 

「……なによ、その反応」

 

「凰さんもわかんだろ?あいつの性格考えりゃ、理由がわかって反省してんならとっくに謝りに来てるってな。俺はあいつと会ってそんなに経っちゃいないが、それぐらいはわかる。なら、セカンド幼馴染?のあんたがわからねえはずがねえ」

 

「……」

 

苛立ちを隠そうとせず、俺を睨みつけてくる凰さんだが、手を出してくることはない。まぁ、これでビンタかましてくるようなやつなら俺も一夏に同情してるところだ。

 

「だから今のままじゃ期待するだけ無駄だ。一年かかっても『なんで怒ってたんだ?』から一歩も先に進みゃしねえよ」

 

大袈裟かもしれないが、そう的外れでもないはずだ。でなきゃ、あれだけモテ要素兼ね備えてかつ出会いが最悪だった相手にさえ好かれるようなやつが彼女いない歴=年齢にはならない。

 

「その上で聞く。あんたはどうしたい?」

 

「……どういう意味よ」

 

「言葉の通りだよ。約束を間違えたあいつをぼこぼこのぎったんぎったんにした上で学校の屋上から吊るすのか……」

 

「……いくらなんでもやりすぎでしょ。そんなことしたら本気で嫌われるわよ」

 

「例えばの話だ。で、もう一つは遠回しじゃなくストレートに告るっつーやつだが……まぁ、それができてりゃこうはなってねえか」

 

「悪かったわね。根性なしで」

 

「別に責めねえよ。そんな権利俺にはねえからな」

 

そもそも未だ誰とも付き合ったことのない俺が非難できる立場じゃない。寧ろ遠回しにだが告白してる分、十分根性はある。

 

「後はあれだな。落とし所をつくる、とか」

 

「落とし所?」

 

「このままじゃあんたも引っ込みがつかねえだろうが、かといってこのままずっと一夏と仲違いしたままじゃ、他の恋敵に先越されちまう。それは嫌だろ?」

 

「……うん」

 

「ならお互いが納得する形で解決するしかねえよ。話し合いが無理なら……そう、ISで戦って決めるとか」

 

クラス対抗戦が近かったことを思い出す。アレなんかはちょうどいいんじゃないだろうか、もしかしたらどっちかが途中で負ける可能性もなくはないだろうが、そこで白黒つけるのがちょうどいいのも事実だ。

 

買った方が負けた方に命令できるとか、ありきたりだが落とし所としてはいい。俺の所感では二人とも話し合いには向いてないだろうし、一戦交えた方が手っ取り早く解決できるかもしれない。

 

「助言はしたぜ。後はあんたが決めろ」

 

俺はそれだけ言い残して屋上から去った。これは二人の問題だ。

 

必要以上に首を突っ込んでも、誰も得しない……なんなら俺にも得はない。つーか、仮に俺が決めるところまで行くと後で俺のせいにされかねない。

 

困ってれば助言はするが、かといって巻き込まれたいわけじゃない。ただでさえ、楯無のせいで精神的ストレスがすごいことになってるってのに。

 

……大丈夫だよな?本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なんじゃない?禊くんはいいアイデアを出したと思うわよ?……はい、王手」

 

「え゛っ。いや、ちょい待った」

 

「待ったなしの約束でしょ。で、負けたらお願いを一つ聞いてもらう約束よね」

 

「ぐっ……」

 

凰と別れた後、先に部屋に帰ってきていた楯無に将棋を指しながら事の顛末を話した。

 

ちなみに将棋は賭け将棋。例によって『勝った方が〜』だ。そして今負けた。

 

「それで?私に相談してきたって事は禊くん的にはなにか問題があるのかしら?」

 

「凰さんは代表候補生だろ?戦うってなるとやっぱ一夏が不利なんじゃねえかと思ってな」

 

よく考えてみれば提案はしたものの、正直一夏が不利な条件だ。セシリアが相手の時はあと一歩のところまで持っていったらしいが、それもかなり運が絡んでのもの。おまけにセシリアが慢心してた可能性が高いから凰さん相手にも上手く立ち回れるかは怪しい。

 

「そうね。織斑くんの試合はこっそり見てたけど、実質初めてのIS戦闘にしてはかなり良かったといったところかしらね。流石は織斑先生ーーブリュンヒルデの弟。才能の塊」

 

「なら案外なんとかなるか」

 

「ところがそうもいかないわ。ISは操縦時間がモノを言うでしょう?確かに才能があればその時間は凡人より少なくてもいいかもしれないけど、だからといって才能があればどうとでもなるわけじゃないのよ。あくまで私見だけど、今の禊くんと一夏くんにそこまでの差はないと思うわよ?」

 

「流石にそれは言い過ぎじゃねえか?確かにIS操縦訓練始めてそろそろ二週間経つけどよ。それは一夏も同じだろうし、戦闘経験があるだろ?」

 

俺がやってるのは大体基礎ばっかだしなぁ。五日前からようやく武器を使うようになったが、これがなかなか難しい。近接ブレードこそ武道を嗜んでいる身としてはそこそこ扱えるんだが、射撃の方は全然ダメだ。あれじゃ威嚇射撃もできない。

 

「確かに戦闘経験の有無が勝敗を分けることはあるかもしれないわ。でも、それは戦っている者同士の実力が同じの場合よ」

 

「?だったら余計に一夏の方が……」

 

「私はね。戦闘経験の有無も含めて、二人の実力にほとんど差はないって言ったのよ。というか、織斑くんと禊くんの環境が二ヶ月……いえ、一ヶ月このままなら、禊くんの方が絶対に強くなる」

 

自信に満ちた表情で楯無はそう言い切った。

 

そもそも楯無が自信なさげなところを今の時点では見たことがないのだが、ともかく楯無にはそう言い切れる根拠があるんだろう。

 

「話は逸れたけど、今の織斑くんじゃ一発逆転の博打を打たない限り、凰さんには勝てないわね」

 

「あー……じゃあ、俺マズいこと言っちまったのか……」

 

話し合いよりずっと手っ取り早いだろうし、二人とも話し合いには向いてなさそうだからなかなか名案だと思ったんだけどなぁ。

 

「そうかしら?私は名案だと思うわよ?」

 

「なんでだよ?全然条件が対等じゃねえぞ?」

 

「条件が対等である必要はないのよ。私が聞く限り、今回の件は勝敗に関して言えば些細な問題だもの」

 

「……そういうもんか」

 

まぁ、本気でぶつかり合えば勝敗関係なく凰さんの気も晴れるか。お互い冷静になれば事態も次第に収束していくだろうし。

 

……一夏が余計なこと言わなければ。

 

「さて。相談が終わったところで禊くんには何をしてもらおうかしら」

 

「……ちっ」

 

さりげなく有耶無耶にできるかと思ったが、ちゃんと覚えてやがったか。

 

「あ、今舌打ちしたの聞こえたわよ。そんなことする子にはお姉さん式マッサージをプレゼントね♪」

 

「おい、……いや、待て。待ってください。それはマッサージとは言わないよな!?」

 

逃げようとする暇もなく、楯無に取り押さえられて、全身マッサージ(リラックス効果ゼロ)を受けた。

 

余談だが、翌日の朝、声が枯れていた。

 



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