暗殺なんて面倒な教室 (東風吹かば)
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設定の時間
名簿


名前   富森(とみもり) 咲耶(さくや)

 

生年月日  6月6日

 

身長    165cm

 

体重    Error

 

得意科目  国語

 

苦手科目  体育

 

趣味、特技 読書、人間観察

 

将来の目標 検事

 

特異性   わりと強い心

 

 

 

 

 

【容姿】

 

髪:黒髪とも茶髪とも言えないような微妙な色合いをしている。わりと長い。

 

瞳:真っ黒。何か考えていそうで、実際は大して考えてない目。

 

制服:第一ボタンまでカッチリ閉めて着ている。スカートも勿論折ってなどいない。

ただ常時ヘッドホンとチョーカー、ブレスレットにアンクレット(足につけるブレスレット)をしている。が、学校に届が出ているため校則違反ではない。

 

私服:基本的に適当な服を着ている。服に頓着(とんちゃく)はないためマキナにネット通販で安いのを買わせている。つまりはマキナの趣味の服が大半。

 

 

【能力】

 

 

学力:一般よりはいい。普段からマキナに教わっていたため椚ヶ丘中学校でも上位。いつも通り少しづつコツコツ勉強していればトップ20には入る。

また、頭は回る。特に悪知恵や言い訳、人間観察に関して。

 

体力:普通。ただし通学(山登り)のおかげで一般女生徒より少しは上。

 

機動力:あまりない。ただしマキナが力を貸せば(アシストすれば)別。

 

近接暗殺:不得手。

 

遠距離暗殺:射撃の腕はそこそこ。

 

固有スキル:動じぬ心

 

隠しスキル:人間観察 腹話術 腹黒

 

 

 

暗殺のスタイル:個人主義が強い生徒(そもそも暗殺に積極的でない)

 

 

 

【家族】

 

父:政府官僚

 

母:研究者(人工知能関連)

 

デウス・エクス・マキナ:生意気な弟のようなもの

 

家政婦さん:昔から週一で来てもらっている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前   デウス・エクス・マキナ

 

生年月日  12月25日(起動された日)

 

身長    国家機密

 

体重    国家機密

 

得意科目  全部

 

苦手科目  なし

 

趣味、特技 咲耶の観察、手助け、おちょくる

 

将来の目標 崇め奉られること

 

特異性   世界一の人工知能(自称)

 

 

 

【能力】

 

 

学力:測定不可能

 

体力:測定不可能

 

機動力:なし(本体は研究所にあるため)

ただし電子機器を媒介にすれば話は別である。

 

近接暗殺:測定不可能

 

遠距離暗殺:ミサイルを指定地点の半径5m以内に命中させられる。

 

固有スキル:電子頭脳

 

隠しスキル:盗撮、盗聴

 

 

 

 

 

咲耶の母が働いている研究所で開発された人工知能。非公式ながらその性能は世界一とされている。

 

『人間』らしさを学ばせるために誰か関係者と一緒に生活させるというプロジェクトの際、研究員の誰をも気に入らず、研究者たちが途方に暮れていたところで母に傘を届けに来た咲耶を気に入る。本人曰く「びびっときた」らしい。

 

咲耶のヘッドホンから音声を出しているが、声パターンは有名声優を起用している。咲耶のイメージ的に男なので男の声にしてくれと頼まれており、「女性の声を出したい時はオネェ声でがまんしなさい」と言われている。

 

一応容姿の設定もあり、研究員の趣味によって金髪碧眼の少年という設定である。が、王子様的な外見がマッチしないと話題なので配色は同じでも不良系の青年のイメージ画が追加された。

 



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一学期の時間
ムーンクラッシャーと序盤から現れたラスボス


はじめましての方も、そうでない方もこんばんは。

東風吹かばと申します。どうぞよろしくお願い致します。


 月というものは確かに三日月も美しい。が、私としては満月の方が好きである。故に、言わせてもらおう。

 

 「月が破壊されたってどういうこっちゃ!?」

 

『お前らの担任が()っちゃったンダロぉガ』

 

 「いやそれはよく知っとるけど、そういう問題じゃないし! わかって言ってるだろマキナ……」

 

 今でも思い出せる、あの日。

 

 エンドのE組、そのスタート(正確には三年生の、か)を切ったのは衝撃的な話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそもの始まりは、雪村先生が退職されたということからだった。

 

 

 

 

 

 

 直接聞いたわけではない。ただ、マキナが言ってたのだから事実だろう。

 

 雪村先生は何か暗い事情を抱えていたと思う。生徒(私達)の前では明るく振舞っていたが、影のある美人な人だった。

 

 さて、では新しい担任はどんな奴なのかとワクワク想像しながら座っているとガラリとドアが開き……出てきたのは、黄色い宇宙人的なナンカだった。

 

 「初めまして。私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。

 君たちの担任になったのでどうぞよろしく」

 

 ロボットか?

 

 初めに思ったのはそんな言葉だった。まあ身近すぎる身近に人工知能(マキナ)がいるから仕方ないことだろう。

 

 「マキナ、あれ、ロボ?」

 

 いつも通り超小声で尋ねれば、素早くヘッドホンから声が返ってきた。

 

 流石は腐っても世界一の人工知能。

 

『イヤ違う。スキャンしてみたが……オレにもわかんねぇ様な造りになってンが、元は人間だナ、ありゃあ』

 

 あれの元が人間? いかにも地球を侵略しに来た金星人って風貌で!? 

 

 いや、別に火星人でもいいが。なんで金星にしたんだか。やっぱあの真っ黄色から連想しちゃったのかな。

 

 

 「防衛省の烏間というものだ。諸君には唐突過ぎる話だと思うが、申しわけない。

 ひとまず、ここからの話は国家機密だと分かって欲しい。さて単刀直入に言おう。

 

 この怪物を君たちに殺してほしい!」

 

 烏間さんとやらには申し訳ないが、私はいきなりやってきた役人の言葉など信用できない。

 

 「マキナ。調べて」

 

『言われなくてもモウやってる。ちょっと待テ』

 

 本当に少ししか待ってないのに眼鏡型ディスプレイには次々と資料が映し出される。

 

『簡潔に言やぁ、ホントの情報らしいナ。殺せば賞金百億円。各国首脳が狙うお尋ね者。最高速度はマッハ20。来年の3月には地球をも爆破する、らしいぜぃ』

 

 チラリと金星人(仮称)を見る。

 

 あれの元が人間なら、何か違法な人体実験の元生み出されたとしか考えられないな。

 

 「人体実験の末路としか思えないけど……どんな実験やったかとかデータある?」

 

『流石にブロックが硬ぇんだヨ。まあオレは世界最高の人工知能だしぃ、こンくらい出来ちゃうンだけどなぁ』

 

 「はいはいマキナすごいスゴイ。で?」

 

『おぉ、出た出タ。ンー、反物質の体内生成かぁ。ア、これ以上はお子様の閲覧禁止ダ』

 

 パッと閉じられたウィンドウの中で、柳沢誇太郎というおっさんだけなんとか見れたが、ただの性格悪そうなおっさんだった。

 

 こんな情報要らない。ほら何か暗い過去とか、叶わなかった悲恋とか絶対あるはずだし。気になる。

 

 「えー、見せてよ!」

 

『モウチョイ大人になったらナ』

 

 「マキナの方が私より6歳も年下でしょうが」

 

『開発期間入れればオレの方が年上ダロ』

 

 本当に口ばっか達者だ、この人工知能は。

 

 「マキナのばーか。今度母さんの職場(研究所)行って本体の秘密ファイル見てやる! エロ画像とか入ってんでしょ、どーせ」

 

『お前ごときの(スキル)でハッキングできねぇヨ。まあせいぜいやってみろヤ』

 

 前にマキナの本体をいじってたらロックがかかってるファイルを発見したのだ。きっとエロ画像とかエロ動画が入ってるに違いない。

 

 絶対にロック解除してやるんだから! そしてぎゃふんと言わせるんだもんね。

 

 

 

 「──────さん、富森さん!」

 

 「あ、ごめんね奥田さん。ちょっとぼーっとしてたや」

 

 口を動かさずに声を出す練習はもう嫌なほどしたから大丈夫とは思うけど、奥田さんに聞こえてなかったよね。一応マキナは国家機密らしいし、何より不思議ちゃんとは思われたくないんだけどなぁ。

 

 ま、大丈夫か。さて、前から何か回ってきたらしいけど。

 

 銃とナイフ? 玩具っぽいけど、物騒だなぁ。

 

 「これであの金星人をホントに殺せるのかな?」

 

 「ど、どうでしょう……で、でも私は運動が苦手なので、あまりお役に立てなさそうです」

 

 「私も運動は苦手だよ〜。一緒だね」

 

 というか金星人で通じた。やっぱ金星人っぽいよね、あの先生は。

 

 にっこり笑うと奥田さんもはにかみつつも笑って返してくれた。かわええのう。

 

 

 さて、金星人とか暗殺とかは置いといてゆきちゃんと帰ろう! もう今日は疲れたんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえマキナ、母さんや父さんにこのこと言っちゃダメだよね」

 

『国家機密ダロ? 黙っとくのが安全ダ』

 

「でもマキナは知っちゃってるけど……」

 

『オレは問題ないサ。それより親に何か聞かれてもちゃんと黙ってろヨ?』

 

「はーい(ちぇ、つまんねーの)」

 

『(こいつ、つまんねーとか思ってるんだろうナ……いやまあ日本政府と敵対しようとオレは構わねぇけどヨ)』

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。

誤字脱字のご報告、及びご感想をいただけるとありがたいです。


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君去りし 月夜をおしく 見しとても ただ我待つは 触手なりけり

評価、お気に入り登録、ありがとうございます。


 しっかし、いきなり暗殺しろと言われてもどうするか。みんなで一斉射撃などやっているが、正直掃除するのがめんどくさいだけなのでやめた方がいいと思う。

 

 このクラスには参謀タイプがいないのだ。まあ停学中らしい私の右隣の席の男子がそれかもしれないけど、そこは置いておこう。

 

 適当にだらーんと殺ってればフツーに殺せると思っているのだろう。一斉射撃や、ただ大人数でナイフとともに襲いかかる程度では殺れないはずだ。というかそれで殺れるんだったらすでにどっかの殺し屋が殺せているにちがいない。

 

 私たちは、少なくともあの金星人(仮称)先生に暗殺者として見られている。認められている。ならば可能性はあるはずだ。

 

 というか私の見た所、この先生がうちのクラス、エンドのE組に来たのは()()()()()()()()()()()()()()()()()からかもしれない。いや、あくまでも予想だが。

 

 正直、来年の3月に地球が爆破されるかはともかく金星人(仮称)先生が死ぬのは確かだと思う。数々の状況から言って。

 

 それまでに自分を暗殺させると同時にこのクラスの人々を人間として成長させる。それが先生の狙いだとしたら。

 

 先生の人間時代は知らない。もしかしたらクローンかもしれないし、自身を改造した研究者かもしれない。()()別に知らないでいい。

 ただ──────

 

 「暗殺、したくないなぁ」

 

『だったらしなけりゃいいじゃンか』

 

 そりゃあ正論だがね、と苦笑いするほかなかった。

 

 「別にそんな大金はいらないが、世界を救う英雄なんてのはゲーマーとしては憧れるものなんだよ」

 

 ましてやそれが目の前にあるとすれば、と付け加えれば少しは納得したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「昼休みですね。

 先生ちょっと中国行って、本場の麻婆豆腐(マーボーどうふ)食べてきます」

 

『マッハ20だから、四川省まで10分程度で行けるカ』

 

 「すごいなぁ。私も本場の麻婆豆腐食べたい」

 

『イヤ普通に自分で作ったその弁当食えヤ』

 

 「はいはい。

 あ、ゆきちゃん、ご飯食べよ!」

 

 E組生徒はわりと生徒間の仲がよくない。

 

 進学校、椚ヶ丘中学校の勉強(レベル)についていけなかった脱落組。(まあ学力はあっても校則違反した者もいるけど)

 

 エンドのE組、差別の対象。自らの立場を嘆き諦める人々には友情などいらないと思ってるのかもしれない。

 

 そんでお昼を複数人で食べることなく一人自分の席で食べる人も多いが、私にはゆきちゃんがいる。まあゆきちゃんくらいしか友達と呼べる人もいないけど。

 

 「ちょっと待ってね、咲耶(さくや)ちゃん」

 

 だからとりあえず杉野、『神崎さんと一緒にご飯食べるなんて……』と言いたげにこっちを羨ましそうに見つめるのはやめい。

 

 

 

 

 

 美人はご飯を食べてるだけでも絵になるなあ、と痛感する。

 

 「どうしたの?」

 

 「いや、渚君あんな細っこいのはご飯あんだけしか食べないからかなぁと」

 

 ゆきちゃんはもはやご飯を食べてるだけで絵画のように美しい。まあそんなこと言っても引かれるだけだから適当にごまかしたけど。

 

 「ホントだ。コッペパンと水だけなんだね。

 それに比べて咲耶ちゃんのお弁当はいつも豪勢だよね」

 

 「うう、カロリー面を言ってるの!?」

 

 「ううん、それ全部自分で作ってるんでしょ。すごいなぁって」

 

 「ありがと」

 

 まあ父さんも母さんも忙しいので、自分でご飯を作るようになったのは当然だろう。いつでもマキナに作り方教えてもらえるし、味はそこそこだと思ってる。

 

 何か栄養バランスも勝手に考えてくれてるらしいし。本当にいい友達(パートナー)を持ったものだな、私は。

 

 「ふっ、玉子焼きをやろう」

 

 「わぁ、美味しそう! ありがとう、咲耶ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 「そうですね、今日は習ったことを使って短歌を作ってみましょう。ラストは『触手なりけり』で()めてください。

 書けた人は先生のところへ持ってくること。チェックされるのは文法の正しさと触手を美しく表現できたかです。

 出来た者から今日は帰ってよし!」

 

 午後の授業は国語だぜひゃっふーと思っていたら、課題もまた得意分野。これは私の時代が来たぞ……

 

 今日はさっさと帰れそうだな。ゆきちゃんも国語は得意だから短歌作りもさらっと出来そうだし、一緒に早く帰れるね。

 

 「せーんせー。しっつもーん」

 

 ふわふわしたら可愛い声は茅野さんだ。クラスの中でも背が高い方の私とは違い、身長は一番ちっちゃく愛らしい容姿をしている。身長に比例して胸も可愛らしいのだが、本人にとってはコンプレックスらしく私のこともあまり好いていないだろう。

 

 しかし胸なんてあっても肩こるし運動の邪魔だし体重重いし、いいことないと思うんだけどな。スレンダーな茅野さんの方が私はよっぽど羨ましい。

 

 「……?

 何ですか、茅野さん」

 

 「今更だけど先生の名前って何て言うの? 他の先生と区別が不便だよ!」

 

 「名前、ですか……名乗るような名前はありませんねぇ。何なら皆さんでつけてください。でも、今は課題に集中ですよ」

 

 「はーい」

 

 来ました暗い過去! 検体番号でしか呼ばれなかったとかそんなんか、昔の名前は捨てたか。

 

 今は飄々(ひょうひょう)と『世界の敵』をやっていても、やっぱ昔に私なんかが想像出来ないような辛いことでもあったんだろうな。

 

 「ねぇマキナ、『君去りし 月夜をおしく 見しとても ただ我待つは 触手なりけり』とかどう?」

 

『いいンじゃねぇカ?』

 

 まあとりあえず課題を終わらせよう。

 

 

 「お、もうできましたか、(なぎさ)君」

 

 渚君。女の子のごとき可愛さを秘めていない、さらけ出している男子生徒。そういえば昼休み、私の隣の隣の隣の席の寺坂君というヤンキーめいた男子に呼び出されてたけど大丈夫だったかな?

 

 彼は英語が得意だが国語はいまいちだったはず。となると暗殺しに行ってるのか。

 

 まあどうせ失敗するだろうから清書することに集中しよう。

 

『咲耶、耳閉じて伏せろ!』

 

 「え?」

 

 バァンと大きな音が響くと、前の方の席ではBB弾……じゃない、対先生BB弾が散らばっていた。

 

 一番後ろの席だからすごく見づらい。

 

『驚いたナ。脱皮までするのカ』

 

 自爆テロ。寺坂君が何かほざいてるから寺坂君達3人組が主犯かな。

 

 お昼の呼び出しはこれだったのか。

 

 多分先生の機転により渚君は無傷。膜みたいなのに包まれてるから、マキナの言葉からしてこれが先生の皮なのか。

 

 まあ渚君が怪我してなくてよかった。さて、先生は……天井に張り付いてるや。

 

 「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺した。つまり月イチで使える奥の手です」

 

 なるほど、月イチしか使えないのか。これはいい事を聞いた。

 

 「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな」

 

 そう言うと先生は超高速で何かを大量に持ってきた。

 

 「……表札?」

 

『お前の家は表札つけてねぇから取られてないナ。よかっタじゃねぇカ』

 

 ってかみんな意外と表札つけてるんだね。最近はうちみたいに表札をつけない家も多いらしいのに。

 

 「政府との契約ですから、先生は決して()()()()危害は加えない。が、次また今のような方法で暗殺しに来たら()()()()()には何をするかわかりませんよ」

 

 ハッタリだな。そんなことしたら生徒と教師という関係は崩れ去る。それは先生も理解してるだろう。先生は『世界の敵』より私たちの『先生』をやりたいらしいし。

 

 「家族や友人……いや、君たち以外を地球ごと消しますかねぇ」

 

 これもハッタリだな。そもそもグルメな先生が食べ物屋を消滅させたいわけがない。

 

 「な、何なんだよテメェは!」

 

 ビビりきっている寺坂君という珍しい絵面だった。

 

 「マキナ、写真撮っといて」

 

 今度頼み事がある時に使わせてもらおう。

 

 「何者か、と聞かれれば君たちの先生としか言いようがないですねぇ。

 さて、君たちのアイデア自体はとてもよかった! 特に渚君は百点満点です。先生は見事にスキを突かれました。

 ただし、寺坂君達は渚君を。渚君は自分を大切にしなかった!」

 

 E組であっても関係ない。自分を大切にしろ。

 

 そう言ってると思うのは私の穿(うが)った見方なのか。

 

 「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君たち全員、それができる力を秘めた優秀な暗殺者(アサシン)だ。…………暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです」

 

 人に笑顔で胸を張れる暗殺って何だよ!? うーん、暗殺対象(ターゲット)以外を巻き込まず、そして自身も怪我しない暗殺とかか……?

 

 「…………さて、問題です渚君。先生は殺される気などこれっぽっちもない。皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破です。

 それが嫌なら君たちはどうすればいいですか?」

 

 「……その前に、『先生を殺します』」

 

 そんなことを言っている渚君は。いつもよりずっと生き生きしていた。

 

 暗殺にも物怖じしない性格といい機動力といい、もしかしたら渚君が本当に先生を殺すかもしれないな。

 

 「ならば今から殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰ってよし!!」

 

 いや短歌作りはどうした!?

 

 ちゃんと書いたのに酷い。どうせなら提出したいんだが。

 

 「殺せない、先生…………

 あ、名前、『殺せんせー』は?」

 

 茅野さんのつけた名前に殺せんせーは何も反応しなかった。ただ、嬉しそうに鼻歌を歌いながら表札の手入れをしていたのでおそらく気に入ったものと思われる。

 

『なかなかいい名前じゃねぇカ』

 

 ああ、そうだな……で、短歌は!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応殺せんせーに短歌を見せたところ、「素晴らしい!」と絶賛された。ただちょっとだけ顔が暗くなっていたので何かトラウマに触れてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 



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赤の登場

お気に入り登録、ありがとうございます。


 「体育、かぁ。苦手だな〜」

 

 殺せんせーのSINOBIやSAMURAIしかできないような体育もどうかと思ってたけど、烏間先生に代わっても十分に厳しそうだなぁ。

 

 体力テストが終われば普通の体育の授業が始まる。本校舎では男女別だった体育も、E組では基本的に男女一緒だった。別にいいのだけれど、運動神経のいい男子を見ると羨ましくなってくる。

 

 しかし五時間目、お昼ご飯の後というのも嫌だ。食後、しかも太陽が強く照りつける時間帯。グラウンドへと行く足はゆっくりとしか進めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 烏間先生の体育ではやはり暗殺技術を学んだ。

 

 今日はナイフの使い方や切りつけ方の練習。勿論普段ナイフを使うなどいうことは一切無かったので中々面白かった、けど……やっぱり体育は苦手のようで、あまりうまくはできなかった。今後の伸び代に期待しよう、うん。これからは銃とかも使うらしいし。

 

 でも必修科目(柔道やダンス)とかは大丈夫なのかなぁ?

 

 

 

 「6時間目小テストか〜」

 

 ゆきちゃんに片思いしてる関係上、よく私に話を聞きに来る杉野の声がした。

 

 あー、小テストの勉強しとかないと。早めに着替えよう。

 

 

 

 

 

 

 さて、ゆきちゃんから聞いた話だが、先に女子更衣室で私が着替えていた間に赤羽(カルマ)君が復活して来たらしい。道理でみんな来るのが遅いと思った。

 

 で、経緯はよく知らないけど殺せんせーの触手の破壊に成功したと。一本だけだけど。

 

 すごいなぁとは思うけど、残念ながら今は殺せんせーの触手や赤羽君より小テスト。

 

 殺せんせーは一人一人に合わせた問題を作ってくるのだから難しい。更に生徒が向上していけるような問題。言い換えれば、生徒が毎回必ず考えて解いていかなくてはいけない。暗記だけでいける先生とはひと味もふた味も違うのだ。

 

 む、ムズイ……しかも何か殺せんせーの壁ブニョンがうるさくて集中しづらいし。寺坂君たちもさっきからうるさい。

 

 

 「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ。ジェラート食って静かにしてるわ」

 

 え、もう終わったの……? まあそっか。赤羽君って五英傑ばりに頭がいいらしいし、当然っちゃ当然かぁ。

 

 ってかジェラート!? やめて、隣で食べないで。羨ましくなる。

 

 「ダメですよ、授業中に食べるなんて。まったくどこで買ってきたので……にゅやっ!? そっ、それは昨日先生がイタリアに行って買ったやつじゃないですか!!」

 

 先生こそダメじゃないですか……

 

 本校舎でやってたら絶対、理事長にクビにされる行為ですよ。

 

 「あ、ごめんごめん。教員室で大事そうに冷やしてあったからつい」

 

 「ごめんじゃすみません! 溶けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに……!!」

 

 苦労するところはそこではありません、先生……というか殺せんせーなら成層圏を飛ぶのもへっちゃらだったでしょうに。

 

 「で、どーすんの? 殴る?」

 

 「殴りませんよ! 残りを先生が取り返して舐めるだけです!!」

 

 舐める? 先生、いくら性別が同じとはいえ流石にどうかと……そういうのは異性間でやれば萌えるものですよ。

 

 そういえば殺せんせーは好きな人とかいるのかなぁ、私の勘では昔に悲恋とかしてそうなんだけど。

 

 「あっはは、まぁた引っかかった!」

 

 パンパンパンと立て続けに三発の銃声。

 

 突然の射撃。殺せんせーは赤羽君がいつの間にか床に散らばせていた対先生弾で少しだけどダメージを受けていた。汚い。

 

 手段も、他の人の小テストを邪魔してもいいと思ってるその精神も。特に君の横の人なんてむっちゃビビってテストに集中できてないからね!? 私のことだけど。

 

 「何度でもこーいう手、使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら…………俺でも俺の親でも殺せばいい」

 

 「……」

 

 珍しく押し黙る殺せんせーの服に、赤羽君がぐちょりとジェラートを付けた。殺せんせーは人間と同じように食べ物を口から消化してるのかな。皮膚からでも吸収できたりするんだろうか。あと鼻がないっぽいけど匂いを何で感知できるんだろう。隠れてるんだろうか。

 

 「でもさ、その瞬間から。もうだーれもあんたを先生としては見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという『先生』は、俺に殺された事になる」

 

 殺せんせーへじゃない。『先生』に対する憎悪。それが、痛いほどに伝わってきた。

 

 「はいテスト。多分全問正解」

 

 軽々と言ってるけど……もう、すごいなぁ、ホントに。浅野君にも匹敵する学力かもしれない。

 

 殺せんせーも問題の難易度に対して解答スピードと正確さ、あと多分戦略性に驚いていた。プラスして大切なジェラートが見るも無残な姿になったダメージもあるんだろうなぁ。

 

 「じゃね、『先生』〜。

 明日も遊ぼうね!」

 

 遊ぶ、という言葉の意味が。どうしようもないほどに、この場の全員が理解できただろう。

 

 少なくとも私には。『殺せる』という赤羽君の絶対の自信とともに、理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤羽君も去り、小テストも出し終わってゆきちゃんと帰れる、と思ったけど。赤羽君の散らばした対先生弾を片してからか。

 

 「ごめんねゆきちゃん、手伝わせて」

 

 「大丈夫、私が手伝いたかっただけだから」

 

 このE組用校舎では基本的な掃除はそこまでやらず、暗殺のためにこうして対先生弾が床に散らばってる時なんかに自主的に掃除する。

 

 一応隣の人がやったことだし私が掃除するかと思ったはいいけど、ゆきちゃんまで手伝わせちゃったのは悪いなぁ。

 

 まあそこまで弾数は無かったし軽く掃いて集めて終わりだ。

 

 「よし、終わり。じゃあ今日は帰る?」

 

 「うん、帰りましょ」

 

 

 

 てくてくともう歩き慣れた山道を歩けば、潮田君と杉野と三村君がいた。よく一緒に帰ってる面子だ。

 

 しかし運がいいな、杉野。愛するゆきちゃんと会えるとは。ゆきちゃんと一緒に帰れる機会をあげた私に感謝して欲しい。

 

 「やあやあ杉野君、渚君、三村君。奇遇だね」

 

 「あ、富森さんと神崎さんも。ごめんね、カルマ君の後始末してもらっちゃって」

 

 「いいよ、自分たちからやったしね。どうせ誰かが掃除しなけりゃいけんのだから」

 

 ゆきちゃんもコクリと首肯したのを見て渚君は安心したようだった。いい子じゃのう。かわええ。

 

 赤羽君と渚君は友達なのかな? そういえば本校舎でも同じクラスだったな。

 

 「ありがとう。カルマ君も普段はあそこまでじゃないんだけど……停学前のことが尾を引いてるのかな」

 

 「うーん、赤羽君のことはよくは知らんけど随分と余裕がないように見えたな」

 

 「僕もあんまり詳しくは知らないんだけど、どうも僕たちの担任だった先生と一悶着あったらしくて」

 

 「へー、そうだったのか。初耳だぜ」

 

 まあこれ以上他人(赤羽君)の話を聞くのも悪いだろう。

 

『赤羽(カルマ)のことなら調べつくしてンが、情報いるカ?』

 

 「赤羽君のことは置いといてさ、渚君的には最近の暗殺はどういう感じかな?」

 

 マキナの言葉を完膚に無視すれば、ヘッドホンからすすり泣く声がしたと思うとプツンと音が途切れた。まあマキナはいつも私のことを見てくれてるし、必要になったらまた話しかけてくるから大丈夫だな。うん。

 

 「うーん、やっぱり僕達は暗殺については素人だからまだまだ全然ダメだけど。でも、できればE組の皆で殺れればいいと思うな」

 

 「そうだね。みんなで、か。それが理想的だよね。……賞金は減っちゃうけど。三村君はわりと暗殺に積極的だけど、どう?」

 

 「うーん、どうせただの暗殺じゃ無理だし、協力してやっていきたいな。ほら、俺だったら映像編集とかちょっと得意だし。どうにか暗殺に役立てられないかな。渚の言う通りみんなでできることを合わせていけばいけると思うんだよな~」

 

 杉野の為を思ってそのまま渚君と三村君とばかり話していたが、どうやらあのヘタレはゆきちゃんと上手く話せないようだ。

 

 流石に話すぐらい頑張ろうぜ。杉野ォ…………

 

 

 

 

 「じゃ、じゃあね、神崎さん。また明日!

 ……渚と三村と富森もじゃあな」

 

 「うん、また明日。杉野君」

 

 杉野に私と渚君がむっちゃおまけ扱いされたが、まあ恋は盲目と言うしそれだろうか。だがそれで流してやるほど大人ではないので今度嫌がらせでもしてやろう。

 

 「バイバイ、杉野。

 僕さ、神崎さんと富森さんも教室でよく話すことなかったから、今日は話せてよかったよ。じゃあ、三村も、また明日」

 

 「おう、じゃあな、渚。杉野もまたな。神崎さん、富森さんもさよなら」

 

 「グッバイ、三村君、杉野、渚君」

 

 「ありがとう、渚君。さようなら」

 

 渚君だけ改札に向かってる。あれ、杉野たちもゲーセン? ま、いいや。

 

 「さてゆきちゃん、ゲーセン行こうぜ!」

 

 「はいはい。ふふ、私も久しぶりに行きたかったの」

 

 渚君が神崎さんってゲーセンとか行くんだ……とボソッと言ったのが聞こえた。まあ私はいつでもヘッドホンしてるし、ゲーセンに行ってても全然違和感ないのだろう。

 

 言っておくが私はせいぜい携帯ゲーム機でちょっと遊ぶくらいだからね。ゆきちゃんに言われてもネトゲとかは怖くて手を出しにくいし。いや、ゲーマーではあると思ってるけどゆきちゃんに比べるとだいぶライトだわな。

 

 「ははっ、渚のやつ、すっかりE組に馴染んでるな」

 

 「これはもう戻ってこれないかな〜」

 

 本校舎の男二人組が何かごちゃごちゃ言っている。渚君の元クラスメイトだろうな。しかし器の小ささが伺える。

 

 「しかも聞いたか? ゲーセンだってよ、ゲーセン。流石E組! ゲーセンに行くような余裕があるなんて」

 

 じゃあ聞くがお前らはゲーセンに一回も行かんというのか。A組のようにずっと塾通いなのか? 違うよな。だったらこんな駅でのんびりしてないでさっさと塾通い行ってるよなぁ!

 

 E組が馬鹿にされるのはいつものことだが、自分はともかく他の人が、特に友人がけなされるのはどうにも苛つく。渚君も萎縮して言い返せてない分、余計に。

 

 乗り込んで私が言い返そうか、と思ったけど不要っぽい。赤羽君が悠々と渚君たちに近づいて行ってる。暴力沙汰で停学になったって噂だし腕っぷしに自身があるんだろうな。明らかにインテリヤンキーの風格を漂わせている。当事者たちは気づいてないけど。

 

 「まあともかく、死んでも行きたくねぇよな、エンドのE組なんて」

 

 「じゃあ死ぬ?」

 

 ガシャンと響いた音はびんが壊れた音。

 

 赤羽君がやったようだ。まったく、片付けはどうするのだか。

 

 間近でびんが叩きつけられた二人組はさっきまでの馬鹿にした様子から一転、酷く怯えているようだった。

 

 「騒ぎになるとめんどくさそうだね。まあ赤羽君が居れば大丈夫でしょ」

 

 あまり根拠のない言葉だけど、まあ何か起きても本人の責任だし。頑張れ、絡まれた男子二人。ちょっぴりだけ同情するわ。

 

 「行こ、ゆきちゃん」

 

 「う、うん……」

 

 

 

 

 ゆきちゃんはその天使の様な風貌とは裏腹に、ゲームでは鬼神のごとく強い。

 

 ……結論から言おう。全敗しました。

 

 楽しかったからいいけどね!

 



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赤の逆襲

かなり間が空いてしまいました。申し訳ありません。


 朝から教卓にタコがいらっしゃった場合、どうすればいいんだろうか。

 

 あら色ツヤがいいわね、とか言えばいいのかなあ。それとも教卓が汚れちゃう、とか言うべきか。

 

 あいにくとリアクション芸人ではないので面白い反応はできない。見渡すと、クラスの皆が何も言えず、ただ黙って座っていた。赤羽君が怖いのだろう。クラスは朝なのに誰も雑談すらできない異様な空間と化していた。当然、私もいつも通りゆきちゃんにおはようとは言えない。

 

 仕方なくしずしずと席に座った私の横には、ニヤニヤした赤羽君が鎮座していた。

 

 

 ガラリと戸が開き、殺せんせーも否が応でも教卓を目撃する。

 

「ごっめーん! 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てるから持ってきてよ」

 

 ナイフに突き刺されたタコは殺せんせーへの暗示と宣告なのだろう。

 

『必ず殺す』、と。

 

 そしてこの挑発で怒らせて少しでも冷静さを奪うとか、そんな感じの作戦にちがいない。

 

 赤羽君の言葉に従いタコを持ってきてくれる殺せんせーに、彼はナイフでまた攻撃しようと背中に隠し持ってる……けど、たぶん無駄だと思う。

 

 赤羽君はトリッキーな作戦を立てることとか生徒という立場を利用しての攻撃が上手だけど、宣戦布告した彼を殺せんせーは当然警戒してる。彼がクラスで参謀とか司令塔として人を使いながら殺るならともかく、一人での暗殺ははっきり言って無謀だ。

 

 協調性。チームワーク。前線に立つことから司令塔になることまで。様々な力をつけることをこの暗殺は見据えている気がする。やはりこの先生は、すごい。

 

 ……そう心の中で褒めてた矢先に殺せんせーはなぜかドリル状にした触手と自衛隊から奪ったらしいミサイルでたこ焼きを作成してた。あの触手、ちゃんと消毒してるのかなぁ。あとミサイルの火力使わなくてもガスバーナーとかでもよくない!? 

 

 しかもいきなり赤羽君の口にたこ焼き入れてるし。猫舌には辛いってこと、私と同じく猫舌の先生はよーく知ってるはずなのに。赤羽君が猫舌だったら謝ってもらおう。あと赤羽君の買った(であろう)タコなのにちゃっかり自分もたこ焼き食ってるし。やれやれ、さっき上がった好感度が下がってプラマイゼロだぜ。

 

『ヒトツ言っとくと、あの赤いのは猫舌じゃねぇヨ』

 

「なぜ心を読めるのかなマキナ君やい」

 

『オマエの頭ガ単純だからダロ』

 

 絶対こいつはなんか変な技術で心拍数とか脳波とかから分析してるにちがいない。決して私の思考は単純でない、はずだ。

 

「今日一日、本気で殺しにくるがいい。そのたびに先生は君を手入れする」

 

 殺せんせーが赤羽君にキメ顔でなんか言ってるけど……口にたこ焼きを入れたまま話さないでほしい。あと、青のりが口についてる。子どもかっ! 

 

「放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

 ついでに、たこ焼きをよだれをたらしながら見つめている磯貝君の胃袋も満たしてあげてほしい。切に。

 

 

 こんなE組だが勿論学習指導要領は守るので、調理実習なんかもちゃんと行う。昼休み前の4時間目にやるからほとんどの女子は今日はお昼ご飯抜きだ。というか殺せんせーは調理実習をやる日だからあんなスムーズにたこ焼きを作れたのかもしれない。

 

 予定ではスープとハンバーグを作って、殺せんせー作成のパンと一緒にまったりいただくことになっている。そして、調理実習のための班分けを殺せんせーが考えてくれたのだけど……

 

「いやー、でも磯貝と同じ班でよかったわ。華麗な包丁裁き、期待してるぜ」

 

「おう、期待してくれるのはいいけどお前もちゃんと働けよ?」

 

 今日盛大に発表された調理実習の班は、なんと磯貝君と前原君といっしょ。しかも女子は私一人。

 

『よかったナ、E 組イケメンコンビじゃねぇカ』

 

「うーん、私、全然話したことないんだけど。特に前原君は」

 

 二人ともE組に落とされようと本校舎の生徒から告白されたり付き合ったりするくらいのイケメンたちだ。まあうちの学校というか日本の中学生全体で考えても浅野君が一番モテてるだろうとはいえ、彼らも十分イケメンである。いや私に保証されようがどうでもいいとは思うけど。

 

「……富森さんもそう思うよね?」

 

「ん? うん」

 

 いつの間にか話を振られていたらしい。適当に肯定してしまったけど、大丈夫だよね? 

 

「えー、そんなことないって。絶対殺せんせーには色仕掛けが効果的だって思うぜ」

 

 前原君……君は調理実習の時間になんの話をおっぱじめているんだ。いや、まあ、彼も一応教師なんだし、色仕掛けが効果的だったら問題だからな! 本当に。教育委員会に訴えるぞ。

 

『大丈夫ダ。ヤツの好みハ巨乳。おそらくはE以上デないト興味はねえ』

 

「そんな分析いらないからっ!」

 

 というかまた心読んだなキサマ。殺せんせーもなんてものをマキナに分析させてるんだ。好感度だだ下がりですよまったく。

 

「でも殺せんせーネイルアート上手いし、マッサージとかも上手だから、モテようと思えばモテるんじゃないかなあ?」

 

 とりあえず色仕掛けから話を変えるために発言してみると、二人ともなんとも言えない顔をしていた。それはいいけど、別に殺せんせーは恋愛対象じゃないしあの外見には疑問は持ってるからそんな不審な目で見ないでほしい。

 

 マッサージも別にいやらしい意味じゃなくて、杉原に対するマッサージだから! 私がやってもらったのはただの肩もみだけで、マッサージは横で見てただけだから! 

 

「赤羽のあれな〜」

 

 マッサージについてはツッコまないことにして、赤羽君のネイルアートの話になった。目論見通りではあるけど、お願いだからマッサージの誤解はしていないでほしい。

 

「そういえばあのネイルを落としてあげてたの富森さんだったよね。落ちるか心配だったけど、手際がよくて尊敬したよ」

 

「ありがとう。落とすのは慣れてるからね」

 

 ネイルリムーバーはサインペンの文字を落とすのに便利なんだよ。落書きとか、ほんとよく落ちるんだ。決してネイルアートをよくやるキラキラ系女子じゃないんだぞ……って言いたいけど流石に黙っていよう、うん。言わないほうがいいなこれは。

 

 3時間目、赤羽君の爪は殺せんせーのお手入れによってハートと花がかわいいきれいな意匠で飾られていて、正直とるのは勿体なかった。けど、あんな人を殺せそうな眼光で凄まれては消すしかなかった。それによく考えたらネイルアートって学校にしていっちゃ駄目だし。先生なのに描いていいのか、殺せんせーよ。

 

 そんな赤羽君は今は何をしているのかと見れば、エプロンも三角巾もつけてなかった。タコ持ってくるくらいならそっち持ってくればよかったのに。調理には参加してるものの、殺せんせーの隙をうかがってることは見てとれた。

 

 いつもなら学級委員の磯貝君が注意してたはずだ。彼なら赤羽君を怖がってる私達と違って注意もためらわないだろうし。それなのにしていなかったのは朝のたこ焼きの恩からかもしれない。やはりたこ焼きは強かった。

 

 

「よし、できた」

 

 磯貝君の手際のよさも相まってうちの班は他に先んじてスープまでできた。ありがとう、磯貝君。女子なのに彼より手際が悪かったのは傷ついたけど。もっと精進せねば。

 

「おや、磯貝君の班は出来たようですね」

 

 スプーンを持ってニュルニュル近づいてくる殺せんせーの目的は明らかだった。味見がしたいらしい。

 

「毒を入れたらどうなんだろう」

 

『いや、ヤツに毒は効かねえナ』

 

「何それ。チートじゃんもう。万能すぎでしょ」

 

 自分たちが飲めなくなるのも嫌だし諦めて普通に味見させてあげると、お気に召したらしく上機嫌になった。殺せんせーは味とか感じているのかな。

 

「さすがは磯貝君と富森さんの班ですね。とても美味しいです。花丸をあげましょう」

 

「嬉しいけどさー、先生、俺は?」

 

「にゅやッ! ま、前原君も……火の番がとっても上手でしたよ」

 

「それ褒めてんの〜? ま、磯貝と富森さんの手際が良すぎたしあんま貢献できなかった自覚はあるけどさ。ありがとなー、二人とも。殺せんせーもイジワル言ってごめんな」

 

 大したことはしてないと私も磯貝君も言ったけど、確実に磯貝君が一番働いてた。こういうところがモテる男の要因なのか。

 

 殺せんせーは冷や汗をかいて余裕ぶってた。やっぱ彼は私達に嫌われることを恐れているらしい。暗殺よりもよっぽど。

 

 そんな殺せんせーは次はマンガ大好き仲間の不破さんの班へ行って赤羽君にスープぶっかけられそうになってた。スポイトで回収した先生ナイス。

 

 

 赤羽君の暗殺は5時間目も失敗し、放課後を迎えていた。彼が立ち去ると私は大きなため息をはいた。横で授業を受けていた私は彼のイライラをずっと感じていたので、疲労がひどい一日となってしまったのだ。明日はぜひとも諦めてほしい。私に心穏やかに授業を受けさせて。

 

「咲耶ちゃん、今日はお疲れ様」

 

「ゆきちゃーん」

 

 慰めてくれたゆきちゃんはいつも以上に女神に見えた。



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ビッチとヴィチュに注意しよう

 4月に殺せんせーがやってきたように、5月1日の今日から新しい先生がやってきた。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく!!」

 

 まつげがバッサバサでとっても美人。今までに見たことがないくらい魅力的な雰囲気を放ってる人だ。名前からしてロシアとかの出身の人だろうか。どう見てもE以上は確実にあるダイナマイトボディである。うーん、FとかGくらいなのかな。

 

『スリーサイズはB97 W60 H91 ダナ。Hカップだ。マ、雇われノ殺し屋でハニートラップが得意だソウダ』

 

「え、Hカップ……」

 

 なかなかお目にかかれないレベルの巨乳。マキナの分析が正しいのなら殺せんせーのストライクゾーンど真ん中のはず、と思って見れば案の定だった。

 

 殺せんせーは今までにないデレデレ顔をしている。教職者としてアレだ。殺せんせーじゃけりゃ懲戒免職を喰らわせられるに違いない。そういえば殺せんせーってうちの学校から給料が出てるのかな。まあ流石に国がお金を出すのも違うしきっとそうだよね。となると理事長はもっと色々と国から説明されているんだろうか。うーん、そこらの暗殺者より理事長のほうが強そうだから参加してみれば面白そうなのに。

 

 それにしても、ハニトラ専門かぁ。ハニトラ専門……なのに各国の要人に観察されてるであろうこの暗殺に参加していいのかな。あれか、これが仕事納め的な? 賞金百億だしね。それか、変装してて手口もいつも違うからバレても問題ないってこととか。

 

 まあごく一般人の私が暗殺者の心配なんてするものではないし。闇の世界にも色々とあるんだろうな。

 

 

「へいパス!」

「へい暗殺!」

 

 烏間先生が暗殺バドミントンを教えてくれたように、殺せんせーも暗殺対象のくせに何かと私達を鍛えてくれる。まあいつもの事だけど。曰くサッカーをしていたとき、殺せんせーが仲間に入れてほしそうだったので条件付きで入れることにしたらしい。条件とはもちろん暗殺だ。私達ひとりひとりがボールを持ち、銃やナイフを持つ。生徒の暗殺を交えたパスで殺せんせーがボールを取れなくなったときは、前にせんせーがチューリップ駄目にしたときみたいにハンディキャップ暗殺大会を開催する約束らしい。

 

 休み時間にいつもやってるおかげで運動があまり得意でない私もサッカーやバトミントンに慣れてきて少しは球技も上手くなってきた。まあみんな上手くなってるから総合的には変わらないんだけどね。

 

「殺せんせー!」

 

 いつもどおりの休み時間、暗殺サッカーも終わりに近づいたとき、イェラビッチ先生の甘い声が響いた。次の英語はイェラビッチ先生の受け持つ授業になったから、私達と殺せんせーの様子でも見に来たのだろう。

 

「お願いがあるの。一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて……私が英語を教えている間に買って来て下さらない?」

 

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知っていますから」

 

 ……ベトナムコーヒー? ウィンナーコーヒーとかアメリカンとかは聞いたことあるけど、ベトナムのは聞いたことないな。そもそも私がコーヒー飲めないから詳しくないせいもあるだろうけど。

 

 にしても、ベトナムかあ。中国の右下あたりだよね。殺せんせーにしては近場、と思う私は感覚が麻痺しちゃってるな。

 

「マキナ、ベトナムコーヒーって何?」

 

『簡単ニ言やァにっがいコーヒーダ。苦イの無理なオ子様舌のオマエにハ無理ダな』

 

「悪かったな、コーヒーもまだ飲めないお・子・様・で!」

 

 まったくマキナはいつも一言多い。

 

 みんなよくあんな苦いの飲めるよね……匂いはとっても素敵なのに、舐めただけで口が苦くなる。殺せんせーは大のお菓子好きで、給料日前に私達に買わせたのパクったり今日もいっぱい買ってきてたのに……よくコーヒーのお店とか知ってるな。美味しいお菓子も一緒に売ってたりするとかなのか。

 

 あまあまな殺せんせーのことはともかくとして、オトナなイェラビッチ先生は私達の前で態度を豹変させた。こっちが本性ということなのだろう。さっきまで可愛らしかったけど、今はタバコを口にくわえてクールでハードボイルドな感じだ。

 

「授業? 

 ……ああ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

『そんなン授業じゃナイだロ』

 

 まったくその通りだ。私はマキナに聞けば殺せんせーと遜色ない授業をしてもらえるとしても、他のみんなはそうはいかない。本校舎の人々と違って椚ヶ丘高校にいけない中3の私達は受験戦争に立ち向かわなくてはいけないのだから授業は重要だ。

 

 しかも自習中に殺し屋が暗殺の準備をしてるともなれば、いろんな意味でとても集中できたもんじゃない。

 

「それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる? あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし、『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

 

「お、お姉様……!?」

 

 なんて素晴らしい響きなんだろう。私一人っ子だからそういう呼び方憧れてたんだよね。そんな仲のいい上級生もいなかったし。いや、いたとしてもお姉様なんて呼べたかどうかは怪しいけど。

 

『何喜ンでンのオマエ? バカにされてんダぞ』

 

「美しいからいいの! 美しさは正義!」

 

『ソコは美しさハ罪だロ……』

 

 うるさいなあ。

 

 イェラビッチお姉様はタバコを吸うところも美しかった。副流煙嫌だけど、お姉様のためならたまには我慢出来る……でもできれば喫煙所作ってもらってそこで吸って欲しい。

 

 そしてタバコ、ツッコミで落ちた。あとで拾っとこう。タバコのポイ捨て、ダメ。でもお姉様の顔写真付きで売れば高値で売れそうだな。いや、やらないけどさ。

 

 殺し屋オーラを漂わせているお姉様にビッチねえさんとあだ名をつけて煽った赤羽君もなかなかだが、渚君への濃厚すぎるディープキスからしてビッチの否定の必要はなさそうだ。ビッチお姉様って呼ぶべきかしら?

 

「にしてもあれ、ファーストキスだよねきっと」

 

『ファーストキスがタバコ吸ったアトの百戦錬磨のオネーサマってノ、中々ネェだろーな』

 

「ファーストキスはレモンの味ならぬ、タバコの味……」

 

 渚君のこれからが心配である。おっぱいでパフパフされてたし、1人教員室に呼び出されたし。性癖歪んだりしないかな。純真なままの渚君でいてほしい。

 

「その他も!! 有力な情報持ってる子は話しに来なさい! 良い事してあげるわよ。女子にはオトコだって貸してあげるし」

 

 良い事……だと!? ムフフでうふふでアハンなことまでしてくださるとでもおっしゃるのだろうか。え、理性がグラグラ揺れちゃう。

 

 でもなー、クラスで殺せんせーの情報たぶん1番持ってるの渚君だしなー。新情報なんて話せないよ。次点で……次点、誰だろ。いないのでは。あれ、もしかしてうちのクラス、情報収集能力がだいぶ低めでは? 

 

 うーん、マキナは絶対いっぱい色々知ってるけど、教えてくんないしな。私に意地悪だから。教えてくれたら喜んでその情報をお姉様に横流しするのに……! 

 

『イヤ、食いツクなヨ。見ロ、周リの男子ですら冷や汗かいテンぞ』

 

 ほんとだ。みんなどちらかというと恐怖や嫌悪感のが強いっぽく見える。E組のほぼ全女子を口説いたプレイボーイな前原君や、いつも落ち着いてる上に見た目がギャルゲーの主人公っぽい千葉君ですらだ。

 

 特に茅野さんは敵愾心が燃えているのが伝わってくるし、ゆきちゃんもあんま気分がよくなさそう。飄々としてるのは赤羽君くらいだ。彼が煽ったせいでお姉様の態度が余計にキツいような気もするけど。少しは反省しろください。君の隣の席の私への被害、そこそこあるのよ? でも復学初日より多少は大人しくなったっぽいとはいえ怖くて本人には言えないのよね……。

 

 そんな赤羽君が睨みつけている方を見ると、怪しい3人組の男が荷物いっぱいで歩いてきていた。その足並みは進軍と言ってもいいくらい、揃っている。でもたぶん雰囲気からして防衛省ではないだろう。と、なれば当然、お姉様のお仲間なのか。ビジュアル的に微妙なのだけど。なんかこう、できればルパン三世一味みたいな感じでいて欲しかった。人数も男女比も同じなんだけど全然違う。まあそもそも殺し屋だもんね。

 

「あと……少しでも私の暗殺の邪魔をしたら」

 

 やってきたおつきの男のうちの一人から、お姉様にデリンジャーが渡される。まるで映画のワンシーンのような光景だ。その手つきは、目つきは、たたずまいは、明らかに慣れている者のそれだった。さっきはルパン一味と比べたけど、そんな陽気なもんじゃない。

 

「殺すわよ」

 

 彼女の言葉は、紛れもなく本物だった。必要とあらば誰をも殺すことができるのだろう。脅しと理解していても、どうにも抑えきれない恐怖心で身体がすくむ。

 

 けど、そんなお姉様たちの様子にどこか引っ掛かりを感じたのも事実だった。

 

 

「すごかったね、イェラビッチ先生」

 

「うん。激マブだけど激ヤバだったよ」

 

「激マブって……」

 

 いつものように2人での帰り道。くすくすと笑うゆきちゃんはいつもながら可憐だ。イェラビッチお姉様が西洋人形のような美人なら、ゆきちゃんは日本人形のような美人さんだ。

 

 でも西洋人形も日本人形も実物を見ると動き出しそうでなんか怖いのに人に対して使うと褒め言葉になるのはなんでなんだろう。不思議な感覚。

 

『マブい……容貌ガ美シイさまヲ意味すル語。主ニ美しイ女性を指シテ用いラレる。語源ハ形容動詞「まぶ」が転じタものトサれ、江戸ノ洒落本ニハ既に使用例ガ見ラれル』

 

「解説どーも」

 

 まじか。ヤンキーが使う言葉とばかり思ってたのに意外と古い奥ゆかしい言葉だった件について。古典は得意なのに知らなかったのがちょっとくやしい。

 

 ゆきちゃんにもこの知識を伝え、いや、いきなり何言ってんだって感じになったらいやだからやめとこう。ゆきちゃんはそんなこと思わないだろうけど。うーん、でもいつも天使なゆきちゃんはもちろん大好きだけど、ちょっぴりイジワルな黒ゆきちゃんもいいかも。ゲームする時のゆきちゃんとか。

 

 天使といえば……

 

「渚君、無事でほんとよかったね」

 

「ね。あの後だから少し怖かったわ」

 

 お姉様の英語ははじめの宣言通り自習だった。あんな風に言われたあとじゃ文句を言うのもあれで、とりあえずみんな自習してたんだけど、渚君だけは教員室に行っててお姉様に色々と情報を聞き出されたらしい。

 

 帰ってきた時に思わずキスマークを探してしまったのは内緒だ。うーん、穢れ切ってるな私。渚君は無事でした。唇はちゃんとノートを盾にして懸命にガード、セカンドキスは死守したそーな。えらい、かしこいっ。

 

「今のとこ渚君へのキス以外は直接私達生徒に何かしたわけじゃないんだけどね。男の人達もいかつかったし、明日も続くと思うとちょっっと気が滅入るなー」

 

「キスって一大事だと思うけど。咲耶ちゃんはキス、したことあるの?」

 

「家族以外とはナッシングだよ。家族はノーカンだからファーストキスはまだだね」

 

『なんでファーストキスだけソンな神聖視するんだかわッかんネーナ』

 

 なんか、こう、気持ち。うん、気持ちなんか大切なのよ。私からしたらお前が世界一の人工知能を名乗るのにこだわるのもいまいち理解しかねるからね。

 

 ゆきちゃんのファーストキスなんてもう国宝級に大切だよね。マキナにはなんでわかんないのかなー、この気持ち。

 

「私もよ」

 

 ふふっと微笑むゆきちゃんは女神の化身。マブい。マブすぎる。

 

 絶対に守らねば。余計なお世話かもだけど、せめてゆきちゃんに恋人ができるまでは。いやだって少女漫画とかだとヒロインの唇って秒で奪われるし。あれイケメンじゃないとただの事案よな。実際あったらイケメンでも私なら訴えたい所存。まあお姉様レベルの美形だと文句も言えないのは渚君のことで体験済みなのだけれど。

 

 あれ、まさかこのままだとクラス全員イェラビッチお姉様がファーストキスなんてことになるとか。まさかね。ないない、うん、考えすぎだろう。

 

 

 

 密かに唇を警戒してる私のことを思ってじゃないだろうけど、今日のお姉様は昨日より大人しめだった。授業が始まったというのにiPadをいじってるだけである。クスクス笑ってる姿はちょっとマヌケで可愛い。

 

「なー、ビッチねえさん。授業してくれよー」

 

 あ、椅子ごとコケた。可愛い。

 

 前原君を皮切りにビッチねえさんビッチねえさんと呼ばれるのにご立腹なご様子である。まあそうなるよね。

 

「あー!! ビッチビッチうるさいわね!!」

 

 ちらりと横の元凶を見るとすっごいニヤニヤしてた。悪魔の角とか尻尾とか生えてそうなご様子だ。赤羽君、まだ先生ってものを嫌いなのかしら。烏間先生にもツンツンニヤニヤしてるし。まだ授業してないお姉様を教師とするかは微妙だけど。それともただ人が弄ばれてるのを見るのが好きなだけか。うーん、両方かな。

 

「まず正確な発音が違う!! あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!!」

 

『-Vic(ヴィチュ) スラブ系の人名に含まれる。「~の子」という意味。bitch(ビッチ) 意味:やらしい女(性格的に、あるいは性的に)、雌犬』

 

 ほへー。わりと違った。

 

 まあ日本人って確かにBとVとかLとR、苦手よね。私も得意じゃないなあ。

 

「正しいVの発音を教えたげるわ。まず歯で下唇を軽く噛む!!」

 

 圧に押されてみんなが実践すると、教室はたちまちもとの静けさを取り戻した。さてさて、唇を噛んでからどうするんだろ。口角上げるとかだっけ確か。

 

 お姉様が続きを言ってくれないとみんなこの顔のままなのだけど。もちろん赤羽君は除く。君もやりなよ。にしても中々シュールな光景だよね。お姉様の顔もほころんで、いやどっちかってとあざ笑ってる。

 

「……そう。そのまま1時間過ごしていれば静かでいいわ」

 

 なんと。確信犯だった!? こやつ、できる……! 

 

 冗談はさておき、ちゃんと授業してほしいのじゃー。

 

『なんだヨこの授業ハ……』

 

 マキナ、それたぶんみんな思ってる。

 

 みんなの顔に怒りマークが浮かぶ中、しかしお姉様はその後もiPadをいじるだけで授業をする気はゼロだったので、結局こちらが諦めて自習タイムと相成った。

 

 

 ダンダンダン、と今日の体育の射撃はみんな荒い。そう、ストレス発散である。いくら美人といえどもあそこまで馬鹿にされるとイラつきが勝るものらしい。

 

「おいおい。2人で倉庫にしけこんでいくぜ」

 

 美女と野獣ならぬ美女と謎の生物。いやあのおとぎ話の野獣もわりと謎の生物だったか。ともかく、殺せんせーの姿が見えないと思ってたがどうやらお姉様の仕業らしい。

 

 体育倉庫は危ないから今日は近づくな、とマキナが言ってくれてたことからしてあそこが暗殺者たるイリーナ・イェラビッチの狩り場なのだろう。体育の時間は眼鏡もヘッドホンも外していることが悔やまれる。マキナが暗殺の様子を監視してたとしても今聞くことは出来ない。今度から眼鏡だけは着けて受けようかな。

 

 ドドドドド、と私達の射撃が大人しく思えるくらい激しく重い音が響く。当然、体育倉庫からだ。

 

 流石にもう授業どころではない。烏間先生を含め、みんな倉庫に釘付けになった。

 

「いやああああああ!!」

 

 お姉様の悲鳴とともにヌルヌルという音が聞こえる。暗殺失敗か。まあ、だよね。正直失敗するとは思ってた。

 

「いやああああ」

 

 ヌルヌル。ヌルヌル。

 

 そういえば先月、メジャーリーガーの有田投手が殺せんせーの触手責めにあったらしいけど、おんなじようなことが行われてるのだろうか。うーん、音だけじゃわからないや。

 

「いや……あ……」

 

 まだヌルヌルしてやがる。ほんとに中の様子が見たかった。いや、マキナに見せても大丈夫なものなのかこれは。すっごくr18な気がする。エロ同人みたいなことが起きてるのではなかろうか。いや読んだことはないけど。岡島とか絶対読んでそう。音への反応も一番速かったし。あいつ、ゆきちゃんによくセクハラするのは何とかならないものか。

 

「めっちゃ執拗(しつよう)にヌルヌルされてるぞ!!」

 

「行ってみよう!!」

 

 武士の情けで見るのはやめるべきか、それとも好奇心のまま見に行こうか。葛藤は一瞬だった。

 

 みんなと一緒に駆け出しました。いやだってめっちゃ気になるもん。好奇心には勝てない。

 

「殺せんせー!! おっぱいは?」

 

「いやぁ……もう少し楽しみたかったですが」

 

 渚君が堕天してしもた。殺せんせーのニヤケ顔はいつも通りだけど。

 

 そのおっぱいはイコールお姉様なのか、イコールお姉様のおっぱいなのかが気になる。どっちにしろ扱いひどいけどね。あれかな。実は渚君、ファーストキスの件、わりとかなり根に持ってるのかな。

 

「皆さんとの授業の方が楽しみですから。六時間目の小テストは手強いですよぉ」

 

 小テストのことは忘れてくれてもよかったのに。殺せんせーへの信用とともにみんなのテンションもダダ下がりである。

 

 そんな感じで平然としている殺せんせーとは裏腹に、フラフラとおぼつかない足取りで出てきたお姉様は色々と変わり果てた姿だった。健康的でレトロな服、すなわち体操着に着替えさせられているのだが……胸の位置にある名札といい、なぜか巻かれているハチマキといい、超短い短パンといい、ただのコスプレにしか見えなかった。ってか殺せんせーはいつどっから入手したんだこの体操着。

 

「肩と腰のこりをほぐされて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて、早着替えさせられて……その上まさか、触手とヌルヌルであんな事を……」

 

 パタリと地面に顔面ダイブするお姉様。ほんと大丈夫? 

 

 そしてどんな事されたのお姉様!? あとマッサージは素直に羨ましい。道理でお肌がつやつやになってるわけだ。

 

 何したの、と渚君に白い目で見られながら聞かれて、殺せんせーは('-' )という顔をして言い放った。

 

「さぁねぇ。大人には大人の手入れがありますから」

 

「悪い大人の顔だ!!」

 

 全く同意見である。

 

 この後の小テストは通常通り難しくてなんとも腹立たしかった。

 

 

 タン、タンッとiPadを叩くように操作する音がしーんとしている教室で響く。

 

 昨日のお姉様の暗殺失敗、原因の一つは対先生弾を使わなかったことらしい。殺せんせーの体内では鉛が溶けるんだとか。どんな体の構造してんだか。

 

 それを聞いて私が抱いていた違和感の正体がわかった。お姉様達は対先生弾やナイフを持ってる様子が全然なかったのである。あのデリンジャーも実弾のプレッシャーを放ってたし。

 

 おそらく政府側は殺し屋へ渡す情報を制限している。もちろん烏間先生達へも。だからお姉様は対先生弾を信じられずに実弾を使って、あっさり返り討ちにあった。

 

 つまり、期待していないのだろう。私達生徒にも、殺し屋にも。政府側は本命を隠し持ってる。マキナだけじゃない。たぶんマキナより成功確率が高いと踏んでいる奴がいるのだ。うーん、前途多難。暗雲低迷。

 

「マキナ、隠し事、よくない」

 

『サクヤ、オレ疑う、ヨクナイ』

 

「ぶーぶー」

 

 誤魔化しやがって。ずーっと口割らないのよな、殺せんせーのこととか。初日に見たおっさんの顔くらいしか情報ないんじゃぁ。それももうほぼ忘れたし。ちぇ、マキナのケチンボ。

 

 もっと問い詰めてやろうと思ったら、唐突にこの静寂を破る猛者がいた。私の隣に。そう、赤羽君である。

 

「あはぁ。

 必死だね、ビッチねえさん。ま、()()()()されちゃプライド ズタズタだろうね~〜」

 

 (あお)る煽る。

 

 あんな事とはどんな事を指してるのかね赤羽君。暗殺失敗のことを言ったんだよね? あと絶対本人にも聞こえちゃってるからねこれ。

 

「先生」

 

「…………何よ」

 

 赤羽君をフォローするように、磯貝君がお姉様に声をかける。あんな状態の殺し屋に声をかけられるのすごい。磯貝君がモテる理由がよくわかる。

 

「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか? 一応、俺等今年受験なんで……」

 

 しかしお姉様はそんな磯貝君の真摯な願いを受け取ってはくれなかった。

 

 ガキは平和、E組は落ちこぼれ、勉強なんて意味ない。さらには成功したらひとり500万渡すから従えとまで言い放つお姉様に、皆の怒りボルテージがマックスに達したのがわかった。たぶん怒りゲージが可視化されてたらパラメーター振り切ってるに違いない。

 

 500万円かあ。今クラス27人だから、えっと……

 

『1億3500万。賞金ガ100億ダから、残リの98億6500万ハ着服する気ダナ』

 

 結構がめついなお姉様。あの男たちみたいな協力者にも配分するにしろ、うん、がめつい。

 

「……出てけよ」

 

 投げられた消しゴムとボソッとつぶやかれた言葉を皮切りに、交わされる暴言、ブーイングの嵐、紙くずやらペンやらがたくさん前方めがけて投げられる投げられる。寺坂君なんて中身の残ったペットボトルを投げてた。それは普通に危ないと思うよ。

 

 茅野さんはいつの間にかつくったらしいカードを掲げて巨乳なんていらないと叫ぶし、赤羽君は地味に輪ゴムピストルで攻撃してるしもうめちゃくちゃだ。完全に学級崩壊してる。こんなの小学校以来だなあ。

 

 ふと廊下の方をみると烏間先生が額に手をあてて疲れた表情をしてた。みんなの保護者、烏間先生……! いつも本当にお疲れ様です。

 

 

 今日はヤングジャンプとチャンピオンの発売日。ジャンプの月曜日ほどではないにしろ、優月(ゆづき)ちゃんのテンションも高い。

 

 基本的にコミックス派の私にとって、こうして本誌を読ませてくれる優月ちゃんの存在はとてもありがたい。しかも読んだことのないコミックスもおすすめしてくれるし。

 

 陽菜乃(ひなの)ちゃんと3人で放課後に漫画とお菓子を持ち寄ってプチパーティーしてたのを見た杉野が漫喫みたい……と言ってたが、本当に優月ちゃんは生きる漫喫というか歩く漫画博士というか、すごいと思う。ゆきちゃんと純文学を語り合うのも好きだけど 、ワイワイ漫画談義をするのも大好きだ。でも今度開催するときはゆきちゃんも誘いたいな。

 

 流石に本校舎ではこんな漫画を堂々と読んだりはできないから、これもE組に落ちなければできなかったことだろう。そう考えると、なんかちょっと優越感がわく。

 

「ビッチねえさん、どうするのかな」

 

「暗殺やめるなら先生もやめる、暗殺続けるなら先生のままだと思うけど……」

 

 あ、ヤンジャンの新連載面白いな。今後コミックス見かけたら買おう。でも優月ちゃんも買うかな。したらどうしよう。特典次第か。

 

「お、やっぱ気になるかなそれが。今回の新連載面白いよね。咲耶(さくや)ちゃんの好みだと思ってた」

 

「優月ちゃんにはかなわないなあ。うん、バリ好み」

 

 コミックス借りるたびに感想を言ってるから完璧に嗜好が把握されている。おかげで優月ちゃんが選んでくれる本はアマゾンのオススメよりマッチ度が高い。流石にマキナには負けちゃうけれど。

 

 優月ちゃんはマンガソムリエとかにもなれそう。でも敏腕編集者も似合う! 

 

 好きを極めてるってほんとすごいし、かっこいいな。

 

「あと『キングダム』も安定して面白いよね」

 

「わかる! こういう歴史ものって勉強にもなるし、大好きだなぁ」

 

 秦の始皇帝とか、授業で習った! ってなって嬉しい。歴史の授業は全然苦にならないんだよね。国語と社会が好きな私ってやっぱバリバリの文系だなぁ。

 

「でもジャンプってこういう歴史漫画があんまりないかも。『銀魂』はSF人情なんちゃって時代劇コメディーだし。ジャンプの歴史ものといえばやっぱり『花の慶次』と『るろうに剣心』よね〜!」

 

「うんうん。ジャンプ本誌にもこういう歴史漫画が出るといいね」

 

『ナンカるろ剣ノ連載がそのウチ再開する気ガスる』

 

「なんか南北朝時代の歴史漫画が登場するって電波が来たわ……」

 

 2人とも預言者じみてること言っててちょっと怖いんだけど何かな。でも私もその新連載はとっても面白い気がするなぁ、なぜか。

 

『あ、ビッチが来たゾ』

 

 まだ騒がしい教室にカッカと颯爽と歩きながらお姉様がやって来た。今は授業時間ちょい前なのに、珍しい。

 

 一体今日は授業はどうする気なんだろう。

 

 とりあえず優月ちゃんにバイバイして自席に戻る。みんな大人しく席に着きながらも、不安と不満の混ざった眼差しで前を見つめていた。

 

 お姉様はそんな視線を物ともせず初めてチョークを握って何やら書き始めた。

 

『You're incredible in bed! ビッチ風ニ言うと「ベッドでの君はすごいよ……♡」あタリか』

 

「えっ……?」

 

言って(リピート)!」

 

「えっ」

 

 大人しくみんなは言っているが、私は意味を知ってしまったためちょっと読む気になれなかった。

 

『オラ、ちゃんト読めヤ』

 

「つ、次は読むから」

 

 また前みたいに嫌がらせ、と考えるにはお姉様の眼は真剣だった。もしかして、これがお姉様なりの授業、ということなのだろうか。

 

「外国語を短い時間で習得するにはその国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ」

 

 あ、そうっぽいな。にしても恋人、恋人かぁ。流石はお姉様。

 

 殺せんせーが受験英語の勉強を教えてくれるのに対し、お姉様は仕事で使ってきた外人の口説き方、実践的な会話を教えてくださると、今までとは違う表情でおっしゃった。

 

「もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら。その時は暗殺を諦めて出ていくわ。そ、それなら文句ないでしょ? 

あと悪かったわよいろいろ

 

 その顔は今は暗殺者のものじゃない。殺せんせーや烏間先生と同じ、先生の顔だった。

 

 きっと、お姉様はこれからも暗殺と先生とを両立してくださるだろう。私達が生徒でありながら暗殺者であるように。なんとなくそう思う。

 

『暗殺教室ニ教師が1人追加ってカ』

 

「またにぎやかになりそうだね」

 

 こんな調子でE組に人が増えていくのだろうか。まるでRPGで仲間が増えていくようだ。嬉しいしワクワクする。

 

 もうここは「エンドのE組」ではなくなってきているのかもしれない。烏間先生に体育を教わり、授業は殺せんせーに、会話術をお姉様から教わる。暗殺のためとはいえ、すごく充実したクラスだ。

 

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

「うん。呼び方変えないとね」

 

 そして先生となったお姉様のことはビッチねえさんともお姉様とも呼べなくなってしまった。そのことはちょっと悲しいものの、感動で泣いている先生を見るとまあ仕方ないかと思う。

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

 赤羽君があっさりと言い放った。ビッチねえさんって呼んだのも君だったもんね。赤羽君のミーム力、やっぱ強いな。

 

 固まったビッチ先生を見ているとお気の毒だが、たしかにイリーナ先生より正直しっくりくる。

 

 ビッチビッチとクラス中から呼ばれるビッチ先生。うんうん、愛されてるね。

 

「キ────ッ!! やっぱりキライよあんた達!!」

 

 頑張れ、ビッチ先生。負けるな、ビッチ先生。

 

『いじり甲斐ノありソうなヤツだな』

 

 それな。

 

 ともかく。ビッチ先生、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

ビッチが なかまに なった!

 

 



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