実況パワフルプロ野球 サクセス 立ち上がれ!恋恋ナイン編 (柿の樹)
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一年目
第一話 野球しようよ


―――――― 入部届け ――――――

 

名前[ パワプロ ]

 

私は[ 野球 ]部に入る事を希望します。

 

好きな球団[ ○○○ ]

利き腕  [ 右投右打 ]

守備位置 [ 三塁手 ]

フォーム [ スタンダード ]

成長タイプ[ マニュアル ]

自称   [ オレ ]

 

 

――――――  承認  ――――――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ここが恋恋高校か……

今年で女子高から共学になった恋恋高校、

もちろん野球部なんかない。

 

でも、この恋恋に野球をするためにオレは来た。

 

何でかって?

 

有名校で頑張ってレギュラーになって甲子園出場……それもいい。

だけど、オレは自分が一から創り上げた野球部で、

強豪を倒して甲子園に出たいと考えたんだ。

 

歴史を一から創るんだ。

 

そう、オレは……!

 

 

「……何をブツブツ言ってるでやんす?」

「うわっ!?」

 

 

 

 

 

第一話 野球しようよ

 

 

 

「びっくりしたぁ……いきなり話しかけないでよ矢部君」

「それはこっちのセリフでやんす。野球部の話をしていたら急に上の空になったでやんす!」

「ゴメンゴメン」

 

オレが今話しているのは"自称俊足巧打のイケメン外野手"矢部明雄君……同じクラスで、席も隣同士だ。

気が合うのか、彼とは入学式のときから打ち解けている。今は、何の部活をやるのかで話し合っていたところだ。

 

「パワプロ君はどうするでやんす?オイラは中学でもやっていたでやんすから、高校でもやろうと思っているでやんす。そしていつかモテモテのウハウハになってやるでやんすよ!」

 

・・・・・・

満面の笑みを浮かべている矢部君……まさか、彼は知らないのかな。この恋恋高校に、野球部は存在しないことを……。

残酷だけど、言うべきだよなぁコレは。

 

 

「矢部君―――」

「何でやんすか?」

 

 

「恋恋に野球部は無いよ」

 

ガーン、と今音がしたような気がした。

 

「……今、何て言ったでやんすか……?」

「だから、野球部は無いよ、矢部君……」

 

 

・・・

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

「な、なんでやんすってぇぇぇぇーーーーーー!!!!」

 

 

あ、あらぁ……そんなにショックだったのか……。

 

―――矢部君の評価が下がった―――

 

 

数分後

 

「ぐす……」

「知らなかったんだ、矢部君……」

「今知ったでやんす……女の子が多いという理由だけで選んでしまって、野球部があるかどうかは調べてなかったでやんす」

「受験する前に調べなかったの?」

「ついうっかりしてたでやんす。もう手遅れでやんすぅ……」

 

矢部君……君って……

意気消沈している親友に対して、心の中で合掌する。

でも、まだ遅くは無いよ……なぜなら―――

 

「矢部君」

「もう何も聞きたくないでやんす……」

「いやまぁ聞いてよ、まずは」

「何でやんすか」

 

「オレは野球をするためにここに来た。でも野球部は無い。君も野球をやりたいけど、ここでは出来ないだったら創ればいいじゃないか、野球部を!オレはその為に恋恋に来たんだ。一から創った野球部で、甲子園に行くために!」

 

きまった……!

ほら見ろ、矢部君もあまりの衝撃に言葉を失っているぞ!

 

「パワプロ君……君って、ムボーでやんす」

「無謀でもオレはやるよ。恋恋高校野球部の歴史は、オレ達から始まるんだ!」

「まだやると決めた訳ではないでやんすが、確かに甲子園にでも行けたら将来ウハウハでやんす!俄然やる気が出てきたでやんす!」

「行くぞ矢部君!」

「おーでやんす!」

 

ここから、オレの……オレ達の青春が始まっていくんだ……。

待ってろよ甲子園、待ってろよ深紅の優勝旗!

まずは、野球部発足のために理事長室へレッツゴーだ!

 

 

 

「……では、オイラはここで……独りで頑張るでやんす~」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

逃げ出した矢部君を掴まえるために、校内を駆け回った。

やっぱり、俊足って自称するだけあって脚速いな、矢部君……何度も見失いそうになった。

ただ、向こうもそろそろ疲れてきている……ここいらでケリをつけたいけど。

 

「ぜぇぜぇ……矢部君、そろそろ覚悟を決めたら!?」

「嫌でやんす!野球部を創るくらいならハーレムを作るでやんす~!!」

 

ハーレムって……そっちの方がよほど無謀な気もするんだけど。

でも、ハーレムかぁ~オレもいつか……って!?今はそんな時じゃない!まずは野球部だ!

待ちやがれ矢部くぅぅぅぅぅん!

 

「も、もう駄目でやんす……」

 

矢部君はへばってきたようだ……オレも限界が近い……。ラストスパートをかけるなら、ここしかない。

オレは矢部君を掴まえるために更に加速し、矢部君も負けじとスピードを上げた……のだが。

 

「あ、そこの君危ない!?」

「え?」

 

曲がり角から、女子生徒が一人飛び出してきた。

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

このままじゃ、矢部君とぶつかってしまう。

そして次の瞬間……

 

 

 

 

 

 

―――ふぅ……でぇりゃああああああ!―――

 

その女子生徒が放った強烈なハイキックで、矢部君だけが吹っ飛んで行った。

 

「や゛ん゛す゛ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「矢部くぅぅぅぅぅぅん!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「もうなんなのよ~」

「ごめんごめん。君は大丈夫……そうだね」

「痛いでやんす、暴力反対でやんす~」

「そっちが悪いから当然よ」

 

ところ変わって、此処は食堂前のテラス。

あのまま廊下に居たら、いろいろと他人の視線が痛かったので、とりあえず移動することにした。

 

「夢なら覚めて欲しいでやんす……こんなキョーボーな子が名門女子高だった恋恋にいる訳ないでやんす……」

「まだ言うかこのメガネは!」

「ひえぇぇぇ~」

「あ、あははは……」

「君もだよ!」

 

さっきの子はずっとジト目でこっちを見てきている。こ、怖いな……。

 

「……って、あれ?確か君は……」

「ん?」

「朝に会ったよね?ほら、野球部を作りたいとか何とかで」

「うん?……あ、そういえば」

 

思いだした。この緑色の髪をお下げにしている女の子は―――

 

「早川さん……だったっけ?」

「そうだよ。まったく、後で会おうなんて言っといて全く音沙汰ないんだもん。探し回ったよ?」

「パワプロ君お知り合いでやんすか?」

「うん、この子は早川あおいさん。今朝会ったばかりなんだ」

「早川あおいだよ、ヨロシクね」

「オイラは矢部でやんす」

 

早川さんとは、さっきも言ったが今朝会ったばかりだ。

彼女が独りで壁当てをしているときに偶然出会い、一緒に野球部を創らないかと誘った。

その時は、すぐに始業のチャイムが鳴ったためすぐに解散したが、その時の光景は今でも焼きついている。

美しいフォームのアンダースローにキレのいいボール。一目見ただけで、「この子が必要だ」と思ったし、そう思わせるには十分だった。

 

「で、どうするの野球部?」

「ああそれなら、矢部君を連れて今から理事長室に申請をしに行こうと思ってたところなんだ」

「ふぅん」

「早川さんもどう?朝も聞いたけど」

「ボクは……」

「頼むよ早川さん、一人でも多く人が必要なんだ。それに、オレ達にはエースピッチャーが必要なんだ!」

「…………」

「君ならなれるよ、エースに……行けるよ、甲子園に!」

「……エース……甲子園……」

 

思いの丈をぶつける。

嘘は言っていない、本気だ。彼女なら、本当にエースになれるだけのものを持っているから。

 

「…………」

「どう?」

「うん、いいよ」

「本当に!?」

「うん……なんだかボクも、甲子園目指したくなっちゃったよ」

「やったー!ありがとう、早川さん!」

「あおいでいいよ。これからよろしくね」

「うん、ヨロシク。あおいちゃん!」

 

やったぁ!まずはピッチャーGETだ。

マジで緊張した……断られたらどうしようかと思った。

これで三人だ。初日としては良いスタートなんじゃないかな。

 

「何も無いところから創り上げた野球部で甲子園を目指す……壮大な夢でやんす。応援するでやんす!」

「「矢部君……」」

「じゃ、さよならで―――」

「まぁ待てよ矢部君……」

「放すでやんす!ゴーインでやんす!」

 

再び逃げようとする矢部君を今度こそはと掴まえる。

往生際が悪いな、まだ逃げ出そうと喚き散らしているが……

 

「おいメガネ……(ゴゴゴゴゴ)」

「ひぃぃぃぃ!!?」

 

あおいちゃんの威圧感に気圧され、抵抗空しくその場に沈み込んだ。哀れ矢部君。

うずくまった状態のまま、「バラ色」とか「未来予想図」とか訳の分からないことを言っているが、此処はスルーしておこう。

それよりも……

 

「メンバーって、これだけ?」

「うん。オレと矢部君とあおいちゃん……今はまだ三人だけだよ」

「ポジションは?」

「オレはサード。矢部君は外野だって」

「キャッチャー、居ないんだね」

「うん……残念ながら。とりあえず、部員を集めないとね」

「そうね。ボクも、クラスの男子にあたってみるよ。一人、経験者知ってるし」

「ホント!?」

「うん。でも共学になったばかりだし、男子生徒少ないから……人数足りるかなぁ」

「最悪その人だけでも入ってもらいたいね」

「うん……」

 

なんだかあおいちゃんの表情が暗いけど、その人に何かあるのかな……。

でも、経験者だったら何とか入って欲しいものだね。どんな人なのかなぁ?

まあ頑張るしかないか。

 

「じゃあ早速、申請書出しに行こうよ」

「そうだね」

「やんすっ!」

 

とりあえずオレ達は、理事長室へ野球愛好会発足の申請書を提出しに行った。

前途多難ではあるだろうけれど、それでもやっていくしかない。そのためにオレは恋恋に来たんだから。

待ってろよ……猪狩!

 

 

 

 

―――恋恋高校野球愛好会が発足した!―――

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あ、そうだ。ボクは自分のレベルアップに集中したいし、そもそも君が部の創始者なんだから……キャプテンはパワプロ君ね」

「分かった、頑張るよ!」

「パワプロ君がキャプテンでやんすか!?なんならせめてオイラにも肩書が欲しいでやんす!」

「じゃあ、掃除番長ね」

「あんまりでやんすぅ~!!」

「頑張れ矢部君……」




初めまして、柿の樹と言います。
恋恋高校編のプレイ動画を見ていたら、なんだかSSを書きたくなってきました。
理由はそれだけです


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第二話 その男、サイドスロー

「…………フッ!」

 

 

42……43……44……

 

70……71……72……

 

恋恋高校大グラウンドの一角。

時間は午前7時半。生徒もまだ疎らにしか来ていない。

ヴンッ!とバットのスイング音だけが響いている。

 

98……99……100……

 

「……ふぅ。とりあえず、100スイング終わったな」

 

朝学校に来てからの素振り百回は、オレの日課だ。

中学で野球を始めた時から、欠かさずに行っている。

独りで素振りをしていると落ち着くし、何より基礎練習は大事だしね。

だから、いつもは人気の少ないところを選んでやっているんだけれど……

今日は珍しくギャラリーが居る様だ。

こんな早い時間、部活でもやっていないと来る用事は無いだろうに……特に男子生徒なんて。

とりあえずオレは、バットをフェンスに立て掛け、こちらを見ている少年に向き直った。

 

「ん?もう終わりか……」

「えぇと……君は?もしかして、入部希望者?」

「いや、ただ見学してただけだ。ソフト部以外で素振りしている奴なんて珍しいからな」

「まぁそうだろうね。野球部……と言ってもまだ愛好会だけど、ついこの前できたばかりだしね」

「でも、もうそこそこ有名だぞ?」

「え、そうなの?」

「ああ、あんたのところの連れが、学校中の男子を勧誘して回ってるからな。いい反応は無いにしろ」

「あ、あはははは……」

 

いい反応は無い、か……。

確かに、昨日皆で勧誘して回ってみたけど。昨日の時点では入部希望者はゼロだったな。

 

「甲子園を目指すか。ま、悪くは無いけど、ちょっと無謀すぎやしないか……?男子生徒、七人しかいないっていうのに」

「うう……それは……」

「あの女ピッチャーを入れても八人。到底試合ができる人数ではないわな」

 

言われてみればそうなんだよな。

たった七人しかいない男子生徒が全員野球部に入ったとしても一人足りないし、それに全員が入ってくれるとは限らない。

リトルとかで野球の経験がある女子生徒のほとんどは、ソフト部に入るって噂だし。

ここのソフト部って、全国区なんだよなぁ……相手が悪いよ。

 

「で、君はどうなのさ?」

「ん?いや、僕は……」

「君も一緒に野球やろうよ!今は無理でもさ、不可能じゃないよ!甲子園を目指そうよ!」

 

とりあえず、ダメもとで聞いてみた。

しかし……

 

途端、彼は渋い表情をして歩きだしてしまった。

 

「悪いけど。僕は野球部には入らねぇよ……あかつき大付属中のパワプロさんよ」

「―――え?」

 

何でそれを……。

 

「ち、ちょっとま……行っちゃった……」

 

何故自分の事を知っているのか、聞き出そうと思ったが彼はそそくさとこの場から立ち去ってしまった。

オレの事を知っているってことは……中学野球経験者かもしれない。それも、かなり活発なチームの……。

でも、部の大会や練習試合で彼を見た事は無いし、シニアの選手でもあの顔は見たことがない。

もしかして、彼があおいちゃんの言っていた子なのかな……。

 

 

 

 

 

第二話 その男、サイドスロー

 

 

 

あいつが、あかつき中でクリーンナップを打っていたパワプロか……。

典型的な熱血野球バカって感じだな。邪気は感じなかった。

本気で甲子園を目指しているのかね……いや、本気なんだろうな。

全く僕とは大違いだよ。こちとら、もう燃え尽きかけてるって言うのに……。

 

「甲子園ね……夢があっていいじゃないか。なぁ諏訪っちゃん?」

「さあ、俺にはよく分からないな」

「だろうな。まぁ興味がなかったらそんなもんでしょ~よ」

「じゃあ聞くな……」

 

僕が今話しているのは中学からの友人、諏訪部(すわべ)吾郎。

教師を目指してるらしい……朝っぱらから小難しい本を読みふけっていなさる。

まぁそれはどうでもいいとして。

あの後、僕は教室に居た諏訪部と合流して、南グラウンドの一角へと移動していた。

とある人物との約束があったので……。で、その人物とは……

 

「遅いよ、柿原君。どこに行ってたのさ」

「悪ぃ早川。……ちょっと、とある野球少年と話し込んでたもんでな」

 

早川あおい。

世にも珍しい、アンダースローの女性ピッチャー。

ずっと一人で壁当てをしながら待っていたらしい。額は薄ら汗ばんでおり、左手にはグローブが付けられていた。

 

何で僕がこんなところで彼女と会っているかって?

そりゃあ……

 

「その野球少年って、もしかしてパワプロ君?」

「ああ。あんたら野球部の部長様だ……うっし」

 

僕は自分のカバンからグローブを取り出し、左手にはめた。

そして、感触を確かめた後、ゆっくりと胸の前で構える。

それを見た諏訪っちゃんはベンチに移動し、また本を黙読し始めた。

 

「とりあえず、誰かさんのせいで投げすぎちゃったから、軽くね」

「ああ、それで構わないよ。時間も無いしな」

「じゃあいくよ!」

「ああ、ちゃっちゃとこい」

 

早川からボールが投げられ、パシッ!と心地よい音を残してグローブに収まる。そして僕も早川のグローブにめがけ、ボールを投げ返す。また、パシッ!という音が響く。

キャッチボール。こんな時間から早川と会っているのはそのためだ。

 

「まったく……野球部入ったんなら、部員とやってればいいだろうに」

「それは、そうだけどさぁ。君が付き合ってくれるって言ったんでしょ、キャッチボール」

「あんときは野球部なんて無かったろうに。だから僕がやったげようかって、そういう話だった」

 

ホントそう思うよ。野球部ができるなんて知ってたら、付き合わなかったっちゅーに。

 

「でも、約束は約束だよ」

「そんなにこやかに言われてもねぇ。まぁ、今さら反故にはできないけど……さ!」

「で、結局パワプロ君とはどんな話したの?まさか、野球部に誘われた?」

「御明察。すっごく熱く誘われた」

「ふうん……で、どうするの?」

「どうするって……やらねぇよ、高校では」

 

早川にボールを投げるが。キャッチした後投げ返してくる気配はない。

 

「でも、経験者でしょ。ボクからもお願いするよ。野球部に入ってよ」

「……でもなぁ、たった三人だろ?それに……」

「それに?」

「もう燃え尽きかけてんだよ、僕は。リトルで四年……シニアで三年……それも、最後の方ではあんまりやる気も無かったし。中途半端なやつがいても、面倒なだけだろ?」

「でもさ、君の実力なら十分―――」

「そういうお前はどうなんだよ、早川」

「―――え!?」

 

一度視線を切ってから、もう一度強く向き直る。

 

「お前こそ、本気でやろうと思ってんのか……。お前だって、言ってたじゃないか。高校野球やる気なんてなかったって……やめよう、って思ってたくせによ」

「でもボクは、甲子園……!」

「―――そういうの、おこがましいと思うぜ」

「な、なんですって……!?」

「そりゃそうだろうよ」

 

お互い無言になってにらみ合う。重苦しい空気が流れるが、そんな物気にしてはいない。

「もう引き上げるぞ」と言いつつ、僕はグローブをカバンの中にしまった。

そしてカバンを担いで立ち上がった瞬間……

 

「痛゛っ!!」

 

背中にボールが直撃した。

 

「ゴメン、手が滑っちゃった」

 

んなろう……硬球ぶつけやがって……!しかも手が滑っただぁ……んな訳ゃねぇだろ!

もう一言吐いてやろうかと後ろを向いたが、険しい顔をしながら項垂れている早川の姿を見て思いとどまった。

そして、まだ痛みの残る背中をさすりながら彼女のところまで歩み寄り、ボールを手渡しながら言った。

 

「いや、その……悪かったな。少し言いすぎた」

「…………」

「まぁでも―――って、なんか言えよ」

「……何よ」

「やめようって思ってたお前が、またやろうって思えるようになったんだろ。程度こそすれ、甲子園に行きたいって思ったんだろ……思わせてくれたんだろ、アイツが」

「―――え」

「だったらいいじゃんか。コッチだって、今はやる気は無いけど……お前らを見てたら、その内やる気が戻ってくるかもしれない。野球が嫌いになってるって訳じゃないしな。いつか、僕も入れてくれって、ひょっこり顔を出すかもしれないから、とりあえずは、期待してていいんじゃないかな」

「それって……」

「まぁ、入部は前向きに検討しておく。アイツにも言っといてくれ、入らないって言った事、少し語弊があるって」

 

 

"キーン・コーン・カーン・コーン"

 

「おろ?」

「あ!?」

 

チャイム鳴っちまったな。

 

「とりあえず、教室行くか」

「……うん。ありがとう、柿原君」

「まぁ、まだ何もしてないけど」

 

荷物をまとめて、僕らは教室へと移動し始めた。

甲子園か……まだ入ると決めた訳じゃないが、コッチだってそういう馬鹿は期待したくなる。

さて、僕自身のエンジンはいつになったらかかり始めるかな……。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あれ、そういえば諏訪部君は?見当たらないけど」

「あり?どこ行ったんだ―――あ、メール……諏訪っちゃんからだ」

「なになに?」

 

 

----------------------------------

 

from 諏訪部吾朗

to 46-yoroshiku-teppei@---.---.jp

cc

 

件名 只今教室

 

本文

 

先生来てるぞ

 

 

 

 

----------------------------------

 

 

「「あ゛!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気合入ってるか矢部君!?」

「満タンでやんす!今のオイラにはガンダーパワーが乗り移っているでやんすっ!」

「あ、ああそう……」

 

放課後、オレと矢部君は練習のために大グラウンドに来ていた。

矢部君やけに気合が入ってるな……何かいい事でもあったのかな?まあ、それはそれとして。

現在この大グラウンドはソフト部と共用である。

ただ、恋恋高校近郊にソフト部専用のグラウンド(と言っても、ほぼ球場)が新設されたため、整備が整い次第ソフト部はそちらに引っ越すそうだ……さすが金持ち学校、全国レベルの部活への投資は半端じゃないな。

と言う訳で、ソフト部が引っ越しした後は暫定的に我ら野球愛好会が使用できるよう一応の許可を得た。

つまり、練習環境は保障されているようなものだ。最初はどうなることかと思ったけど……。

 

「パワプロくーん、矢部くーん、おまたせー!」

「あ。あおいちゃん!」

「その子はどちら様でやんすか?」

「紹介するね。この子ははるか。ボクの中学からの親友で、ウチのマネージャーをしてくれることになったの」

「「おー(でやんす)」」

「は、初めまして……七瀬はるかです。体が弱いので迷惑をかけることもあるかもしれませんが……その、よ、よろしくお願い……します?」

「いや、聞かれても……コホン。キャプテンのパワプロだよ、ヨロシクねはるかちゃん!」

「はい……」

「オイラ矢部でやんす!美人さんでやんすね、是非電話番号とアドレごふぁぁぁ!!」

「調子乗るなこのメガネ!」

「あ、あの……喧嘩は……」

「ははは……。まぁ、まだ愛好会だし部員も三人だけだけど、仲良くやっていこうね!」

「は、はいっ!」

 

あおいちゃん、マネージャーを探してきてくれてたのか。本当に感謝だね。

 

 

―――七瀬はるかがマネージャーになった!―――

 

 

 

 

そう言えば、経験者の男子がいるって言ってたけど、それはどうなったのかな?

朝会ったアイツの事も気になるし……名前聞いておけばよかったなぁ。

 

「あおいちゃん」

「なぁに、パワプロ君」

「実は……」

 

オレは、今朝の自主連中に出会ったアイツの事をあおいちゃんに話してみた。

あおいちゃんは「あ~柿原君ね」と、妙に納得した表情をしている。

成程、柿原っていうのかあいつは……。

その後あおいちゃんの話を聞くと、あの後あおいちゃんも柿原と会っていたらしい。

誘ってみたけど、やっぱり駄目だったそうだ。でも「前向きに検討している」とも言っていたらしい。

真偽は兎も角として、それはそれで収穫かな。一歩……いや、半歩前進だ。

 

「で、その柿原の経歴とか知ってる?知ってたら教えて欲しいんだけど」

「いいよ。ええっとね……」

 

柿原宏樹。

出身中学はパワフル第三中。野球経験は……聞いたことが無いところだけど、西之都(にしのみやこ)リトル、シニアで七年間。右投右打のピッチャーで、フォームはサイドスロー。内野手の経験もあるらしい。

 

「へぇ~。それだけ?プレースタイルとかは聞いてない?」

「うん。今のところ聞いているのはそれだけだよ。一度だけストレートを見せてもらったけど、球は結構速かったなぁ」

「二人とも~何やってるでやんすか?早くランニングに行くでやんすよ!」

「あ、うん、分かった!じゃあ行こうか、あおいちゃん」

「うん」

 

柿原の事は気になるけど、今は目の前の事をやっていくしかないよな。

とりあえず話を切り、矢部君達と一緒にランニングへと向かった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「西之都のピッチャー、柿原でやんすか。聞いたことないでやんすね」

「そうなんだ。矢部君でもしらないか~」

 

練習が終わり、片付けも済んだ後。更衣室で柿原の事を矢部君に聞いてみた。

矢部君はシニア出身らしいから、もしかしたら知ってるかもって期待してたんだけどなぁ。

 

「力になれず申し訳ないでやんす。でも、その柿原って人、それだけ固執するに値する人なんでやんすか?」

 

確かに言われてみればそうだけど……でも"経験者"って事だからポイント高いんだよなぁ。

ピッチャーっていうのは、ほかのポジションと比べても一朝一夕でモノに出来たりするポジションじゃない。

だから今は一人でも即戦力が欲しい。

それに……

 

「高校生でサイドスローっていうのも珍しいし、サイドはそれ自体が武器になったりするからね。あと、もしもあおいちゃんが投げられなくなった時には、二番手ピッチャーって必要だからさ」

「あおいちゃんも変則投法でやんすから、その子が控えに居れば相手に苦手意識を植えつけることもできるでやんすね」

「うん。それに、内野経験者っていうのもポイント高いよ。ファーストあたり任せられるかな」

「外野はさせないでやんすか?」

「サイドスローだから、外野向きの肩じゃないよたぶん。それに、内野のスナップスローはサイドに近いしさ」

「成程でやんす」

「さて、着替えも終わったし。帰ろうか」

「やんす」

 

しっかりと施錠の確認をした後、更衣室を後にする。

正門へと向かう途中、大グラウンドのフェンス前で人影を見つけた。

あれは……

 

「パワプロ君、あの人は……」

「ああ、あいつが……」

 

柿原だ。

こんな時間にこんなところに居るなんて、一体どうしたんだろう。

ずっとグラウンドの方を見つめている……なんだか、物凄く遠い目をしているように感じるな。

 

「未練、か……、……ん?」

 

こちらに気づいたようだ。視線が重なる。

互いに無言……にらみ合うこと数秒、柿原は視線を切った後軽く目を閉じた。

そしてそのまま身を翻し、何も語ることなく立ち去ってしまった。

前向きに検討している、か……色々と迷っているんだろうか。

 

その後あおいちゃんたちと合流したオレ達は、正門を出た後、それぞれの帰路についた。

 

 

 

 

次の日からだった。柿原が練習を見に来るようになったのは……。




途中まで書いていたのが消えてしまったので、書きなおすことに……orz

西之都。由来は西宮です。


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第三話 過ちの価値は・前編

いつもやっていることだ。

立つ位置はプレートの右端、ノーワインドアップで振りかぶり、トルネード気味に上体を捻る。

体は軽く沈みこませ、ステップはややインステップに……。

腕を鞭のようにしならせ、ボールを……放つ!

 

『ピンポーン!ビンゴッ!』

「よしっ!」

 

ここはバッティングセンターのストラックアウトのコーナー。

先ほどの投球で最後のボールだったが、ビンゴを達成したので、ボーナスでもう一球投げられるようになった。

ビンゴボーナスのボールを受け取り、再度構えをとる。

 

一度深呼吸をした後投球モーションへ……流れる様なサイドスローから放たれたボールは、吸い込まれるように的へと向かっていった。

 

 

 

 

 

第三話 過ちの価値は・前編

 

 

 

野球愛好会ができて、一週間……。

ソフト部の引っ越しも滞りなく完了している。

 

「という訳で、新入部員の方々です」

「……"という訳で"って、そんな話の流れだったっけ?」

「気にしてはいけません」

「そ、そう……。まぁ、ありがとうはるかちゃん!助かるよ!」

「いえいえ。では、入ってきてください」

 

ぞろぞろと三人、ジャージに身を包んだ男子生徒がグラウンドに入ってくる。

三人とも見たことがある顔だ……お前ら一度断ってるだろ……。

こいつらの顔には渋々という感じは無い……すごいな、はるかちゃん。どうやったんだ?

 

「えぇ、知ってると思うけど、オレがキャプテンのパワプロだ。とりあえず、右の人から自己紹介していってくれ!」

 

ザッ!と三人が前に出る。

 

「小沢です。野球経験は無いけど、小学校の時に町内会でソフトボールやってました。ポジはキャッチャー」

「青木です。俺はスポーツはやったことないなぁ……」

「高橋です!俺も経験は全くないけど、はるかさんの頼みなら断れないッス!ヨロシク!」

「そ、そう……」

 

これで部員は七人、内プレイヤーは六人……男子は五人か。

すごいな。全校生徒中男子は七人しかいないけど、そのうち五人も野球部に入ったのか。はるかちゃんには、本当に感謝だよな。

ソフト出身だけど、キャッチャーが居てるのも心強い。あとは、野手が三人そろえば試合ができるぞ!

 

「とにかく、入部してくれてありがとう。まだ創部したばかりだし試合できる人数じゃないけど、甲子園目指して頑張ろう!」

「「お~!(でやんすっ!)」」

 

―――チームメイトが増えた!―――

―――みんなのやる気が上がった!―――

 

 

 

 

「じゃあ、練習を始める前に。守備位置決めようか」

「そうでやんすね。ポジションが決まってないと、出来る練習も限られてくるでやんす」

「とりあえず、遠投と50m走の結果で判断しよう」

 

という訳で、ストレッチの後ポジション選考のための体力測定をすることにした。

その測定の結果順位は―――

 

50m走 高橋 青木 小沢

遠投  小沢 高橋 青木

 

―――という風になった。

 

 

ピッチャーのあおいちゃん、センターの矢部君は確定として……。

小沢はキャッチャー確定だな、ソフトとは言え経験者だし。

青木は脚も遅いし、肩も弱いな。まぁ、初心者だから仕方ないけど……。とりあえず、ファーストかレフトかな。

高橋が意外に身体能力あるんだよな。肩の強さも、小沢と大して変りがなかったし。脚もそこそこか。

迷うな……オレはあんまり動きたくないけど、先にセンターラインを固めたいし。

高橋をとりあえずセカンドに置いて、オレがショートに行くかな。

後は柿原次第だけど……無い物ねだりはダメだな。

……よし、決めた!

 

「んじゃ、ポジション発表するぞ」

 

 

―――小沢 キャッチャー

「まぁ、当然だよなぁ~」

 

―――高橋 セカンド

「オッケー!頑張るぜ!」

 

―――青木 ファースト

「分かった」

 

「まだ部員は少ないから、小沢以外は暫定的なものと思っていいよ。新入部員の能力によっては、移動させるかもしれないしね!じゃあ、まずは基礎トレから、練習始めようか!」

「「お~!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが恋恋高校か……」

 

ノートをめくる。

恋恋高校。去年まで女子高だったが、今年に共学となり……しかも野球部を創ったと聞いて、やってきたのだが……。

随分と人が少ないな。ふむ、少し聞いてみるか……。

正門の警備員に名刺を渡して事情を説明し、入校手続きをとる。

そして私は、野球部が練習している大グラウンドへと向かった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ちょっとウォータークーラーに行ってくるでやんす!」

「あいよ~!」

 

ふむ、あの子に聞いてみようか。

ちょうど通りかかった、ビン底眼鏡の少年を呼びとめる。

 

「ちょっとすまん。そこのキミ」

「何でやんすか?」

「キミは野球部員かね?」

「見ての通りでやんす」

「随分と部員が少ないようだが、全員で何人だね?」

「七人でやんす。と言っても、内一人はマネージャーでやんすから、実質六人でやんす」

「そ、そうか……」

 

なんと……たった六人とは……。

これでは練習もそうだが、試合も碌にできないではないか。

 

「ところでおじさんは誰でやんすか?見たところ、この学校の人ではないようでやんすが」

「む。いや、そんな事は気にしなくてよろしい。練習に戻ってくれたまえ。ではな」

「あ……行ってしまったでやんす」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

まさか、碌にメンバーも揃っていないとは……参ったな、これではスカウト以前の問題だ。

有力な選手が入ったという情報も聞いていない。無駄足だったか。

しかたがないな、恋恋は当面チェックリストから外しておこう……。

 

「さて、次はパワフル高校にでも行くか……おや?」

 

男子生徒が一人、大グラウンドへと歩いて行くのが見えた……はて、部員は六人だったはずだが。

しかしあの男子生徒、どこか見覚えがあるような……あ!

 

あの子は---

 

「キミ、ちょっと待ってくれないか!?」

「はい?何か御用で……影山さん!?」

「やはり柿原君か。久しぶりだね」

 

柿原宏樹。

シニア時代、一時期注目していた選手だ。あかつきや帝王等、強豪校の名簿に彼の名前がなかったので、どこに行ったのかと思っていたら、何と恋恋に来ていたとは……。

 

「一体こんなところにどうして……まさか、視察ですか?」

「まぁそうだが。ときに柿原君。キミは野球部には入っていないのかね?」

「え、ええまぁ……。誘われてはいるんですが……色々と、迷ってまして……」

「まだ、気にしているのかね、アレを……」

「…………ええ」

 

大層困ったような顔で、彼は苦笑いをする。

 

「気にしていないと言えば嘘になりますよ。入部自体は前向きに検討していますし、僕だってまだ野球は好きです、やりたいという気持ちもあります……でも、あんな事をした僕がまた野球をやっていいのか……そう思ってしまうので、イマイチ踏ん切りがつきません」

「そうか……キミには、期待していたのだがね」

「ありがとうございます。中学時代、僕を唯一評価してくれたのが、影山さんでした……でも、僕はそんなあなたの期待を裏切り、チームも裏切ったんですよ。過程はどうであり、あれは僕の意思です」

「…………」

 

一年前。シニアリーグの地区予選第二試合……。

彼の所属する西之都シニアはサヨナラ負けを喫した。その時の敗戦投手が、この柿原君だった。

九回一死走者無しでエースからリリーフするも、ヒット、連続四球で満塁となり、最後はサヨナラ満塁本塁打で敗戦……。

傍目にはただの炎上に見えていたらしい。しかし、普段の彼を知る私には分かった……あの時だけは、あからさまに雰囲気が違っていた……あれは故意だったと、私はそう直感した。

柿原宏樹は、そんな事をやるような選手ではなかったはず……いったい何があったのか、あの時は動揺を隠せなかった。

 

「しかし、キミはあの事を今でも悔いている……他人のために後悔できる人間は、優しい人だと、私は思うがね……」

「そう、ですかね……」

 

そう言って、彼はいったん空を仰ぐ……。そして、また苦笑いをしながら、「知ってますか?」と言葉を発した。

 

「なんだね」

「この高校には、パワプロがいます」

「パワプロ……!?なんと、あかつき大付属中のパワプロ君かね!?」

 

パワプロ……まさか、あかつき大付属中でクリーンナップを打っていた彼までもがこの恋恋に来ていたとは。

 

「ええ。あいつは、この恋恋高校で甲子園を目指しています」

「甲子園を?ここでかね?」

「もちろん今は無理でしょうけど、いずれは……」

「そうか。しかし、それを知っていてキミはどうするのだね」

「分かりません。でも、あいつらをずっと見ていれば……また、やれるようになるかなって。だから……」

「いや、それ以上言わなくていいよ。キミの心境は分かったつもりだ」

「影山さん……」

「いずれ、キミがマウンドに戻ってくる時を、期待しながら待っているよ、柿原君。……ふむ、随分話し込んでしまったな。では、私はここで失礼するよ」

「パワプロは、見ていかないんですか?」

「いや、生憎と私が見なければいけない選手はいっぱいいるのでね」

「そうですか。……ありがとうございました、色々話してもらって。少し気が楽になりましたよ」

「ふむ」

 

最後に彼は「お気をつけて」と言いグラウンドへと行ってしまった。

それにしても、柿原とパワプロ。片や無名シニアの出身だが中学での注目選手が二人も……これは、認識を改めなければならないな。

 

『あ、柿原君でやんす!』

『なんだ、今日も見学か~!』

『はは、まあな~!口出しはしてやるから、しっかり練習しやがれよ~!』

『うるせ~!口出しするぐらいならさっさと入部しやがれ~!』

 

恋恋高校……いずれ、この学校は台風の目となるだろうな。甲子園も、夢ではないか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと見学しかしてないけどさ。ホントに入る気あるの?」

「ん~実はまだ迷ってるかな。あとひと押し何かあれば、踏ん切りはつきそうなんだけどな」

「もうかれこれ一週間なんだけど……」

「ふむ……」

 

恒例となっている早川とのキャッチボール。

毎朝これで会うたびに入部するかどうか聞かれている。正直、煩わしい以外の何物でもないんだが……向こうの気持も分からんでもない。僕としても、そろそろ明確な返答をすべきだとも思っている。

でもまぁ、ソレはソレでコレはコレ。

基本的には半分流しつつ、キャッチボールを楽しんでいる。早川の方も同じだ。

でも……な……

 

「なぁ早川……」

「何?」

「わざと負けようとする奴って……お前、どう思う?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「なんて事を朝聞かれてさ、しかも物凄く真剣な顔で。びっくりしちゃったよ」

 

練習の休憩時間中。

あおいちゃんが唐突にこんな話を切り出した。いや、オレもびっくりなんだけど。

 

「ん~それは、なんだか意味深でやんすねぇ~」

「でしょ?なんだか空気が重すぎて結局答えられずじまいだったけど」

「わざと負けるか……いったい、何があったんだアイツに?」

「さあ、シニア時代の事は何にも話してくれないから」

 

ここ一週間、アイツはずっと練習を見に来ているけど、一度も後ろめたいような素振りは見せた事がなかった。

オレ達は基本的に練習中にしか柿原とは合わないので、同じクラスで毎朝会っているあおいちゃんでも知らないとなると、オレ達には全く見当がつかない。

さて、休憩もそろそろ切り上げて練習に戻ろうかと思ったその時、見計らっていたかのように柿原がやってきた。

噂をすればなんとやらだな……。

 

「よう。今日も例の如く来てやったぞ~」

「まったく、顔出すくらいなら入れよな……。でさ柿原。ちょっと頼みがあるんだけど」

「ん?」

 

全く気の抜けた顔だよなぁ……さっきの話題が嘘の様だよ。

まぁ、そんな事は今は関係ない。勘繰っても仕方がないので、さっさと本題に入ろう。

 

「お前がピッチャーだってのを見込んで頼みがあるんだ。うちのキャッチャーの捕球練習に付き合ってくれないか?」

「何でまたそんな。ピッチャーなら早川が居るじゃないのさ。それに、練習に参加したら入部しろなんていうのもなしだぜ?」

「いや、そんなつもりはまったくないよ」

「ふむ……」

 

いや、これは朝からずっと考えてた事だ。小沢はソフト出身だしブランクもあるから、硬球のキャッチングに慣れさせる必要がある。でも、うちのピッチャーは今のところアンダースローのあおいちゃんしかいないから、ほかの球筋も……特に、そこそこに球の速い奴を経験させたい。

だからお前に白羽の矢を立てたと、柿原に説明する。

 

「別に入部しろとは言わないから。な?小沢のレベルアップのためだと思って―――」

「分かった分かった。そんなに言うなら手伝ってやるよ!その代わりスパイク貸してくれよ?」

「そのくらい分かってるって。---矢部く~ん!」

 

矢部君に部室から予備のスパイクを、そしてスピードガンも持ってくるように伝える。

 

「球速まで測るのかよ」

「まぁ、気になるものは気になるからね」

「さいですか……」

 

ブツブツ言いながらも、柿原は小沢とキャッチボールを始めた。

やっぱり経験者だな、スローイングが綺麗だ。

そうしみじみ思っているうちに、矢部君がスパイクとスピードガンを持って部室から戻ってきた。

それに気付いたのか、柿原はキャッチボールを中断し靴をスパイクに履き替える。そして感触とフォームを確かめながらもう一度キャッチボールを始め、そしていよいよマウンドへと上がった。

 

「コースは投げ分けるけど、とりあえずストレートだけな」

「おう!じゃあよろしく頼むぜ~!」

 

マウンドを均し、プレートの右端に立ってキャッチャーに正対する。

……思えば、アイツの投球を見るのはこれが初めてだったな。あおいちゃんは一度見た事があるって言ってたけど、さて、どんな感じなんだろう。

 

「よし、じゃあ行くぞ!」

「おっけ~!」

 

投球フォームに入る柿原を、皆かたずをのんで見守っていた。

 

ノーワインドアップから体を捻る、トルネード気味のサイドスロー。ややインステップするそのフォームから投じられた球は―――

 

「―――っ!!」

 

―――"ッパァァン!"と乾いた音を立てて、小沢のミットへと収まった。

 

「うわ、速っ!ちょっとビビったぜ~!」

「そらそうだろうよ。全力投球だし、そもそも早川のアンダーよりも数段速いからな」

 

その投球に、オレは見とれてしまっていた。

速い……フォームが綺麗なのもそうだけど、ボールが予想以上に速い。

スピードガンを見ると、そこには"138km/h"と表示されていた。

 

「か、柿原っ!」

「なんだよ、まだ始めたばっかなのに」

「お前、中学の時最速何キロだった!?」

 

驚きを隠せないオレは、我を忘れて柿原に詰め寄っていた。柿原は少し引いている。

高校一年。しかもまだ入学したてで、つい最近まで中学生のやつが138キロ……それも変則フォームで投げ込んでいるんだ、驚くなという方がおかしい。

 

「ま、まぁ落ち着けや。最速は一応141キロだけど?」

「ひゃ、ひゃくよんじゅういち……」

 

ヤバい。マジ金の卵だこいつ。何でこんなやつが無名なんだよ。

……もしかして、変化球がどうしようもないとかか?いや、でも---

 

「キャプテ~ン!早く続きやりたいんだけど~!」

「え、あ、あぁゴメン!」

「…………」

 

小沢の言葉で我に返る。ふと柿原の顔を見ると、眉間にしわを寄せていた。い、いや怖くなんかないぞ!

オレはとりあえずベンチに戻り、スピードガンの電源を落としたあと、自分の練習を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わった後、柿原に飯に誘われた。

どうしようか迷ったが「色々と聞きたい事あるんだろ?」と言われたので、誘いに乗ることにした。

シニア時代の事とか、わざと負ける発言とか色々気になっているものもあるし……向こうから何か話す気になってくれたっていうなら、断る理由は無い。

 

そしてオレ達は、柿原の行きつけらしい牛丼チェーン店に行くことにした。




柿原のピッチングフォームは、千葉ロッテ中後投手のフォームに、若干トルネードを加えた感じです。中後のフォームかっこいいよ……コントロール悪いけど。ちなみにパワプロのバッティングフォームはサブロー打法。


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第四話 過ちの価値は・後編

星野屋

全国に名をとどろかせる牛丼チェーン店。キャッチコピーは"牛丼を熱くする"。

速い、安い、なおかつ味はそこそこ。学生やサラリーマンに人気の牛丼屋である……。

 

PAWAPEDIAより引用。

 

 

 

 

 

第四話 過ちの価値は・後編

 

 

 

「すんませ~ん。牛丼並つゆだく二つと、みそ汁一つ。あとお冷ください」

 

かしこまりましたと言って店員が引き揚げていく。

駅前の星野屋、窓側のテーブル席にオレ達は陣取っていた。

練習後柿原に誘われてやってきた。アイツが何か話したそうにしていたし。

それに、柿原が何かを自分から話してくれるのは、恐らくこれが初めてだろうから。

 

テーブルに牛丼とみそ汁、お冷が運ばれてくる。

 

「まずは冷めないうちに食おうや」

「そうだな」

 

牛丼を腹にかっ込む。出来たてだからやっぱり熱いな。

他愛も無い世間話等のトークに花を咲かせながら箸を進めていく。やがて牛丼は無くなり、二人は箸を置いた。

 

「じゃあここからは、野球の話な」

「ああ」

 

先程までの気の抜けた雰囲気から一変し、柿原の顔は努めて真剣なものとなっている。

 

「聞きたい事、何でも聞けよ。……特に、シニアの頃の話なんかは気になってんだろ?今日は隠し事は無し。洗いざらい話すからさ」

「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらうよ」

「おう」

「今朝あおいちゃんに言ってた"わざと負ける奴"って、何の事だ。それがシニアでの事に関係してるって言うなら、何があったんだ?」

 

一番気になっている事をまず持って来た。柿原は『待ってました』といった感じで、不敵に笑っている。

そうだよ。むしろ、この事を話すために柿原はこの席を設けたようなものだ。

"その話題"の当事者が口を開く。

 

「まあ、面白い話じゃない。綺麗な話でもない。結論だけ言えば、僕のエゴだ。話は長くなるけど、いいよな?」

「お前が誘って来たんだし、そのための席だろ。オレも聞かないと帰れない」

「そうだな。じゃあ本題だ……」

 

一呼吸置いて、柿原が話し始める。

 

「僕は中学の頃、西之都シニアに所属していた。そのチームは弱小で……且つ監督親子の贔屓がまかり通っていて、ほとんど独裁状態のゴミみたいなチームだった。それでも、僕らは真剣に練習にも試合にも取り組んでたし、全国制覇したいとも思っていた。もちろん、無理だとは重々分かってたけど国際大会も目指していた。ちなみにエースは監督の家の兄弟。ほとんどの試合で先発をやっていた。僕は小六ん頃からピッチャーをやっていたけど、そのとばっちりを受けてシニア時代の三年間は一度も先発をした事がなかった」

「え、一度もか?」

「ああ、一度も……。しかも、リトル時代もリリーフしかやった事なかったから、都合四年間、ずっと投手としては、リリーフ登板しかしてなかった。まあその分、ロングリリーフ・抑え・ワンポイント・セットアップって、いろんな場面を経験してきたけどな」

 

まあ、そこら辺は信頼されてたってことかな?と言って苦笑いをする。

プロの世界ではよくあることだ。だけど、シニアで三年間もそんな扱いって、オレじゃ到底耐えられない。

 

「なあ、悔しかったか。先発できなくて」

「……いや、不思議とそんな事は無かったな。流石に最初は不満だったけど、性に合ってたのか悔しいとかはあんまり感じなかった。……話それたな、本題に戻すぞ」

「ゴメン。分かった、続けてくれ」

「ああ……。その監督家の兄弟だが、兄貴の方はまだひたむきでよかったよ。一党独裁に不満はあったけど、その兄貴の方だけは信頼されてた。実力もあったしな……問題は、弟の方だ」

「…………」

「こいつが曲者でな。そいつは兄貴とは違って、親に言われたから仕方なく野球をやっている様な奴だった。表面上は真剣にやっているけど……それは監督(おや)の前だけ。監督がいなくなりゃあすぐにサボるし、親の権力を盾にして虐めなんかもやっていた。もちろん腰巾着やってるやつら以外からは、すこぶる嫌われていた。僕だってそうだった。こいつとは関わり合いになりたくないって思ってた……あんとき以外は、な」

「あの時……?」

 

途端に柿原の顔が険しくなる。

 

「中学三年、最後の大会前。僕はその頃、いよいよチームの体制に嫌気がさしててさ、やる気なくしてたんだよな。やめようかとも思っていたけどさ、幼馴染の友達に呼び止められて……とりあえず、大会が終わるまではって事で、まだ続けることにしていた。でもな、ちょうど同じ頃……その二男坊エースがらしくなく張り切っててな。それに影響されたのか知らないけど、チームの雰囲気も最後の大会に向けてどんどん加熱していってた」

「それは、良い事なんじゃないのか?」

「そんな単純な事だったらどれだけよかったかな……。僕はそいつを見た瞬間、何か企んでるなって、思ったよ……」

「企んでるって、そんな事……」

「でも残念なことに、その予感は当たっちまってたんだ」

「……わざと負ける奴って……もしかして、そいつか?」

「いや違う……」

 

オレは言葉に詰まる。

そんなオレをしり目に柿原は「ここからが核心だ」と言った。

思わず息を呑む。そして……

 

「わざと負ける奴……それは、僕だ」

 

自嘲気味に、そう言った。

 

「な、何でなんだよ!?」

 

思わず声を荒げてしまった。ほかの客が、何事かとこちらの方を見ている。

オレはお冷を一口飲んで、気持ちを落ち着かせた。

 

「大体予想はついてたろうに。まぁとにかく聞けよ」

「あ、ああ……」

「……そいつはな、表では全国大会に行くぞって息巻いてたけど、その実、早く大会なんて終わってほしい、面倒くさいなんて思ってやがったんだよ。そして運の悪い事に、アイツは僕に取引を持ちかけて来た」

「取引……?」

「アイツは、どこから聞いたのか、僕がやめようと思ってるのを知ってたからな。その為のおあつらえ向きの理由を用意してやるって……そう言われた」

「それってどういう……」

「僕はリリーフだからな。どんな試合でもいい……自分は好投するから、僕には適当に炎上して敗戦投手になってくれってさ、そう言われた。アイツも僕も、早く野球をやめたかったんだよ。だから、その為の理由と説得力を持たせるための舞台が必要だったのさ。いけ好かない奴とは思っていた、関わりたくないとは思っていた。でも、残念ながら互いの利害は一致していたし、これまた残念なくらいお人好しな僕はアイツにもメンツってモンがあるって思って、僕が断れば違う誰かがそれをしなけりゃならなくなると思って……それを引き受けちまったんだ。僕が泥をかぶってりゃあ、責められるのは僕だけで済むってな……」

「でも、それは間違ってるよ!」

「自分でもそう思うよ。でも、その時は周りが見えていなかったんだよ。ガキだったんだ……」

「ガキだったって……そんな事じゃ」

「すまされないのは分かってるさ。とりあえず、最後まで聞いてくれ。……そんなこんなで大会が始まって……第二回戦。遂にその時が来た。試合は一対三。二点リードで迎えた九回裏、次男坊がノーアウト三塁から犠牲フライを打たれてな、そこから僕がリリーフした。そして最初の打者をライト前で出塁させた後、二人目、三人目とフォアボールで歩かせて……ベンチは何とかダブルプレーでって雰囲気だったけど、最後は……逆転サヨナラのグランドスラムを浴びて、ゲームセットだ。僕はわざとだとばれない様に不調を装って、見た目だけは真剣そのものにして投げた……まさか、最後が満塁ホームランとは、我ながら出来過ぎてると思うよ……」

 

そ、そんな事って……馬鹿げてる。

オレは、腹の底から湧きあがるものを抑えきれなかった。

 

「お前、自分が何をしたか分かってるのかよ!?何でそんな事が出来るんだよ!なんとも思わなかったのかよ!」

「なんとも思ってない訳ないだろう……」

 

本当になんとも思ってない訳無いなんて分かってる。でも、釈然としない。

とりあえず、このままここで口論になってしまったら迷惑だろうと思ったので、オレ達はこの近くにある河川敷の公園へ移動することにした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

河川敷公園グラウンド。

ここは夕方は人通りが少ない。もし万が一大声で怒鳴ったとしても迷惑は少ないだろう。

 

「柿原……さっきの続きだ」

「ああ」

「お前、何で今あんな事を言うんだ」

「……全てを知ってもらったうえで、受け入れて欲しいからな。それに、後々知られるよりは、まず誰かに知っていてもらいたい。だからだ」

「そうか……それは分かった。でも、よくあんな事が出来たな。そこら辺自分でどう思うんだよ。全国行こうってやる気だしてるチームメイトの気持ちを踏みにじった事は!」

 

オレは無意識にアイツの胸ぐらをつかんでいた。

柿原はなされるがまま、力無く(こうべ)を垂れている。

 

「僕だってな……何も後悔していない訳じゃない。その時は、その時こそは何も思わなかったさ……でもな、あの後……試合が終わってから、泣き崩れてるチームメイトの姿を見て……僕のせいじゃないって、何も知らずに涙ぐみながら慰めてくれた幼馴染の顔を見て、そこから、それから……物凄い後悔した……」

 

感情が高ぶってきたのか、次第に言葉の語尾に力が入ってくる。

 

「夏が終わっても、秋になっても、冬になっても、その事ばかりが頭をよぎった。僕は結局、自分の都合のためにチームを、仲間を、そいつらの夢を裏切ったんだよ……!だから、ずっと……ずっと後悔してる!今だってそうさ、今までだってそうさ!吐きそうなくらい、トラウマになりそうなくらい後悔してるさ!」

 

柿原が溜まったものを吐き出すかのように声を荒げる。そして顔をあげ、キッとこちらを睨むが、その目には涙がたまっていた。

数秒間にらみ合った後、オレは手を放した。

 

「お前の感情は正しいよパワプロ。普通、こんなこと言われて怒るなっていう方がおかしいもんな。そうさ、これが僕が入部を迷ってる理由だよ……。だから僕は、野球部の無い恋恋を選んだっていうのに……でも……」

「でも、なんだよ?」

「やりたいんだよ、野球が。まだ好きなんだよ、野球が。迷っちゃいる。けど、お前たちを見てりゃまたやれるようになるかなって。そんでもって今日久々にマウンドに立った時に、改めて思ったよ。一球投げるたびに、ミットから捕球音が聞こえるたびに、やっぱり、僕は野球がしたいって……。でも、こんなやつが一緒に野球をやっていいのか。それが気になって、不安で、怖くて……口では前向きにって言ってても、その実全然踏み出せなかった」

 

柿原がこれだけ思いつめているなんて、全く知らなかった。でも、こいつのやった事は決して許されるものじゃないし、柿原はそれを理解した上でオレにこの話を打ち明けている。

だから同情してやるつもりはない、アイツもそれを望んではいない。

オレは冷淡な口調で

 

「言いたいのはそれだけか?」

「……ああ、たぶんな」

「許してくれっていうのは無理だ。許す許さないはオレが決める事じゃない。ただ、それでもお前の事を受け入れろっていうなら……改めてお願いする。野球部に入ってくれ、柿原」

 

そう。この話はこいつのいたチームの話であって、オレには直接関係は無い。ただ、その行為自体は俺だって癪に障るものだ。実際同じチームに居てこんな事をされたら、恐らく絶対に許す事は無いだろう。

でも、そう言うのを差し引いても、甲子園に行くためにはこいつの力が必要だ。

あれは自分の都合だとこいつは言ったけど、それだけじゃない。

これは柿原が、きっと優しすぎたからこそ起こしてしまった事なんだ。これだけ後悔して、苦しんで……誰からも責められる立場だろうに、悩んで、それでも野球を好きであり続けて、まだ野球をやりたいと思い続けて。そんなこいつを、オレは否定したくは無い。練習の時のアイツの顔を見たら、楽しそうだった。野球を楽しんでいた。柿原の野球への想いは、たぶん本物だ。チームがチームだっただけに、それが歪んでいってしまっただけだと俺は思う。

 

だから、柿原はオレ達を裏切らない。そうオレは確信してる。

きっとこいつは、信じてあげた分だけオレ達の力になってくれる。

 

「いいのか……、……こんな、大馬鹿もんなんだぞ?」

「いいよ、馬鹿で。オレも馬鹿だから、言い合いっこなしだ。だから、オレ達の力になってくれ」

 

柿原は、オレの言葉を一言々々かみしめるかのように静かに目を閉じた。

そして、しばらく沈黙を保った後

 

「パワプロ……僕は……野球が、やりたい……」

 

そう、涙ながらにこぼした……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「まったく、あんなもの聞かされる身にもなってくれよ。あんなこと聞かされて、はい一緒にやりましょうなんて言うやつがいると思うか?」

「普通いないだろうな……ほんと、お前が普通じゃなくて助かったよ」

「なんか嬉しくねぇ……」

「まぁ気にすんな。僕も気にしねぇから」

 

それお前が言うことかよ……。

そんでもって―――

 

「結局どうするんだよ?」

「ん?」

「"ん?"じゃねぇ、入部だよ入部!」

「ああ、それか。それなら、決めてるよ……僕を野球部に入れてくれ。お前のおかげで、いろいろ吹っ切れた。ありがとな」

「それはこっちのセリフだよ。期待してるぞ柿原」

「まぁ、その期待に添えるように頑張るとしますか」

 

柿原が立ち上がる。オレも少し遅れて立ちあがった。

 

「これからよろしくな、キャプテン。恋恋の守護神(リリーフエース)として……」

 

柿原の手が差し出される。オレもそれを強く握り返した。

ああ、よろしく頼むぞ守護神!!

 

そしてオレ達は夕日の沈みかけている河川敷を後にし、互いの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「お帰り宏樹。さっき雅ちゃんから電話かかってきてたわよ」

「ん?雅から?」

「早くかけなおしてやんなさい」

「へ~い」

 

ふむ、雅から電話なんて珍しい。なんだろうな……。

僕は部屋に戻ってケータイを手に持った。

 

「うわぁ……着信履歴三件……」

 

マズったなぁ……パワプロとのことで全然気付かなかった。こりゃ、謝っとくかな。

さてと、まずは電話電話……

 

"プルルルルルルル"

 

『はい、小山です』

「あ~雅?僕だ」

『あ、ヒロ君?も~何度も電話したよ~!?』

「ゴメン悪ぃな。ちょっと高校のやつと話し込んでたもんで、全然気付かんかったわ」

『高校……ヒロ君は恋恋だっけ?』

「ああ。そう言うお前は……えぇと、ときめき青春……だったっけ?」

『うん、そうだよ』

 

小山雅。

リトル、シニアで同じチームだった遊撃手の女の子。ちなみに言うと幼馴染だ。

昔はよく六つ上の兄貴分のやつと一緒に三人で遊んでたものだが、最近は連絡を取り合うことも少なくなったな。

……でも、ときめき青春か。なんか、超絶ヤンキー校らしいけど……何でそんなところに……

 

「なあ、雅」

『なに?』

「身の回り、大丈夫か?身の危険を感じてたりしないよな?」

『あはは。ダイジョーブだよ。皆見た目は怖いけど、良い人たちばかりだからさ』

「そ、そうか……」

 

ん~まあそれなら問題ないか。

でも、雅も女の子だからな~心配なんだよなぁ。

 

『そう言えばさ、ちょっとヒロ君に相談があるんだけど』

「相談?」

『も~何回も電話したってさっき言ったでしょ。それだよ!』

「成程、さいですか。じゃあこの柿原お兄さんが相談に乗ってやろうか」

『私の方が誕生日早いけどね……』

「そこんとこは突っ込まないでくれるかな……虚しいから」

 

はい、見栄張ってます。早生まれ(二月)はコンプレックスです。すみません。

 

『で、話を戻すけどさ……』

「うむ」

『実はね、野球部に誘われたんだ』

「……へぇ、そうなんだ」

『うん。練習を覗いてて、たまたまボールが転がってきたのを返球したらさ、一緒にやらないかって。野球はやりたいよ、でも、私みたいな女の子が高校でもやっていけるのかなって思ってさ。だから、一度ヒロ君にも聞いてみようと思って……』

 

なんだ、そんな事か。

雅の実力なら十分にイケると思うんだけどな……。1週間前の早川への"おこがましい"発言はどこへやら、僕は入部を勧めることにした。

 

「いや別にいいんじゃないか、入っても。誘われてうれしかったろ?」

『まぁ、そうだけどさ』

「なら入った方がいいって。通用するかどうか分からないっていうならな、通用するまでダメもとでやってみろよ。なんたってな、僕らはあの秀一に鍛えられてたんだぜ?やれるって」

『秀兄さんかぁ。そうか、そうだよね。うん、頑張ってみるよ。ありがとう』

「どういたしまして」

 

そうか。雅も高校野球をやるか……。

小学校、中学校と同じチームだったけど、遂に袖を分かつか。当たった時が楽しみだな。

 

『でさ、ヒロ君はどうなの?高校では野球……やるの?』

「どういう意味だよ?」

『だってシニアの最後の大会が終わった後、責任取るってすぐにチームやめっちゃったし。かなり思いつめてたみたいだし……その、まだ気にしてるのかなって』

 

……ああ、雅は真相を知らないものな。

確かに気にしてる……でも、それはもう大丈夫だ。もう心の中は整理がついてる。

 

「まぁな。でも、気にすんな。僕は高校でも野球をやるつもりだ。こっちも誘われててな」

『そうなんだ、よかったぁ』

 

雅は我がことの様に喜んでくれている。嬉しいね、こういう友達を持つと。

 

「でも、まだ創部したてで部員が七人しかいない弱小野球部だからな……一週間前は三人だったし。前途は多難だよ」

『あはは。それじゃあうちとあまり変わらないね。うちもキャプテンでピッチャーの林君って人と、外野手の矢作君って人と、マネージャーの女の子の今は三人しかいないからさ』

「うわぁ、そりゃ大変だな」

 

でも、待てよ……ピッチャーの林?それってもしかして。

 

「なぁ雅。その林ってやつ、フルネームは林啓太で合ってるよな?」

『そうだけど、それがどうしたの?』

「やっぱりな……」

 

林啓太。サウスポーの技巧派ピッチャー。

パワフル第三中時代の友達で、三中野球部のエースだった奴だ。よく一緒に野球談議をしてたっけ……。

そう言えばときめき青春に行くって聞いてたけど……やっぱり、そこでも野球やってるのか。

……選手二人しかいないけど。

 

「というわけだ」

『そうなんだ。ライバルってやつだね!』

「ライバルねぇ。そう、なんのかなぁ」

 

ま、ライバルかどうかはともかくとして。

あいつなら絶対に甲子園を目指してくるだろうな。パワプロほど熱血じゃないが、なんか似たタイプだし。

だとすれば、なおさら……

 

「林に伝えといてくれよ。パワ三中の柿原が『応援してる。いつか大会で会おう』って言ってたって」

『うん分かった。伝えておくよ』

「ああ、頼む。そんで、お前がグラウンドに立ってる姿も、期待して待ってるぞ?」

『うん!じゃあ、おやすみヒロ君』

「ああ、おやすみ」

 

電話を切って、無造作にベッドへ倒れ込む。

いや、野球をやめられない理由がイキナリ二つも出来ちまったなぁ。

 

さて、僕も本腰入れて、甲子園を目指すとしますか。

よろしく頼むぜ、パワプロ!




柿原のパーソナルデータ(高校一年目4月時点)


柿原宏樹 恋恋高校#10

基本情報
国籍:日本 誕生日:2月23日(15歳)
身長:172cm 体重:67kg

選手情報
投球・打席:右投右打
ポジション:投手・内野手
投球フォーム:サイドスロー(千葉ロッテ中後投法+ややトルネード)
打撃フォーム:オープンスタンス(日本ハム稲葉打法)

経歴
西之都リトル→西之都リトルシニア→恋恋高校


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第五話 悩めるキミに、愛の拳を!

「という訳で、今日から厄介になります。自己紹介……いる?」

 

周りからは「知ってるぞ~」という声が聞こえる。

まぁ、此処の連中とは全員面識あるものな。昨日練習に参加してもらったし。

 

「まかせる」

「ふむ……。柿原宏樹、パワフル第三中出身。ポジションは主にピッチャーでリリーフ専門。一応ファーストとサードの経験もある。まぁそれなりによろしく」

 

そう言えば内野の経験あるってあおいちゃんが言ってたっけ。

青木をファーストにしてるし、ショートもまだ本決まりじゃないからな。オレがショートをやってる間はサード、オレがサードに戻ったら青木をレフトにしてファーストに行ってもらおうかな。

 

「パワプロ」

「何だ柿原?」

「いや、せっかく入部したんだしさ。一応監督に挨拶しときたいんだけど」

「監督?」

「ああ、監督」

「そういえばうちの監督って見たことないでやんすね」

「パワプロ君、監督って誰がやってくれてるの?」

「そうだぜキャプテ~ン。一度も練習見に来てないよな、監督って」

「…………」

「どうしたパワプロ?」

「「…………?」」

「…………」

「…………」

「…………わ」

「…………わ?」

 

 

「監督探すの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「「―――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(でやんすっ)!?」」

 

 

 

 

 

 

第五話 悩めるキミに、愛の拳を!

 

 

 

「ゴメンナサイ……」

「まったくだ」柿

「パワプロ君、キミって……」早

「失望しちゃいます……」七

「何のために名門の誘いを蹴ってきたでやんすか……」矢

「「……はぁ……」」

 

お願い、皆そんな目で見ないでくれ……。

確かに忘れてたよ。部員集めに必死で全然覚えてなかったよ。

むしろ急に部員が四人も増えたことでなおさら頭の隅に追いやられてたよ!

一応顧問は保健医の加藤先生がやってくれてるけど……うん、やっぱり監督は必要だよね……。

 

「ま、落ち込むのは勝手だけどさぁ、とにかく探そうや、監督やってくれる人」

「うん。でも見つかるかなぁ?うちの先生たちって、どう見ても文系ばかりで……」

「野球やソフトを経験してるような人はいなさそうでやんすね。かろうじてソフト部の監督くらいでやんす」

「でも、流石に兼任なんて酷な事はお願いできませんし……」

 

「「……はぁ……」」

「だからこっちを見て溜め息なんて()かないでよ!!」

 

分かったよ分かったよ!俺が責任もって監督探すよ!キャプテンだし、部長だし!

この際直談判、勧誘のポスター、賄賂etc...何でもやってやる!

 

「さっすがキャプテン。頼りになる!」

「頑張ってね、パワプロ君!」

「出来れば美人さんを所望するでやんす!」

「私もお、応援しています……」

「誰も手伝うって言ってくれないのかよ!?」

 

この薄情な部員共め……!そして矢部君、お前は自重しろ!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

その後はるかちゃんが手伝うと言ってくれたので、二人で監督の勧誘をすることにした。

ちなみに柿原と矢部君は初心者二人組の面倒をみるため、あおいちゃんは小沢の捕球練習に付き合うためグラウンドに残っている。

 

「まずは、監督募集のポスターでも作りましょうか」

「そうだね。紙はA3ぐらいでいいかなぁ」

 

とりあえず、オレ達は職員室でポスターの掲示許可とA3サイズのコピー用紙を一枚もらい、部室に戻ってからポスターの製作を始めた。

ポスターと言っても非情に簡素である。用紙いっぱいに『野球愛好会、監督募集』、そして下の方に『経験不問。詳しくは、愛好会部室まで』と小さく書かれているのみ。シンプルなことこの上ない。

変に凝ったデザインを考えるよりも、こういうものはシンプルかつストレートに書く方がインパクトがあるし目立つだろう。

 

その後印刷室へ行って、このお粗末極まりないポスターを校内にある掲示板の数だけコピーしてもらった。

そして、はるかちゃんと一緒に校内中の掲示板にポスターを貼って回る。

半分くらい貼ったところで、はるかちゃんがだるそうにしているのが目に入った。

 

「はるかちゃん。疲れてるなら、部室か保健室で待っててもいいよ。後は一人でやっとくからさ」

「でも、それだとパワプロさんに悪いです」

「いいんだよ。監督の事忘れてたのはオレの責任だし、野球部の言い出しっぺはオレだしさ。それに、はるかちゃんにはあんまり無理させられないしね……あおいちゃんに怒られるし」

「い、いえ。私だって頑張れます!……パ、パワプロさんと一緒なら……」

「ん?何か言ったはるかちゃん?」

「い、いえ……何でもありません。分かりました。では、お言葉に甘えて……先に部室に戻っていますね」

「うん。オレもちゃっちゃと片づけてすぐに戻るよ」

 

ペコリと一礼してはるかちゃんは部室へと向かっていった。

最後の方に何かボソボソと言っていたけど何だったんだろう?

とりあえずオレは、まだ手元に残っているポスターを掲示板に貼って回るため、その場を後にした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「よし、全部貼り終わったぞ」

 

そんなこんなで全てのポスターが張り終わり、部室へと向かう……が、何やら騒がしい。何があったんだろう。

部室前に行くと、あおいちゃんと金髪ロングの如何にもお嬢様といった感じの女子生徒が物々しい雰囲気で睨み合っていた。はるかちゃんは、二人にはさまれオロオロとしてしまっている。

 

「揉め事、かなぁ……?」

 

一抹の不安を胸に、オレは部室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、このわたくしをご存じない?」

「え、ええ……」

「む。入学時の学力テストで三番だった倉橋彩乃ですわっ!貴女と諏訪部吾郎さえいなければわたくしが学年トップでしたのに……よくもわたくしのプライドを傷つけてくれましたわね!」

 

そ、そんなこと言われても……。

でも、私って入学テスト一位だったんだ。順位表見てなかったから知らなかったな。それに諏訪部君って、たまに柿原君と一緒に見学に来ていた人だよね。へぇ、諏訪部君も頭いいんだ。

 

「―――なのに貴女は―――って、聞いていますの、七瀬はるかっ!?」

「ひゃうっ!」

 

倉橋さんはたじろぐ私を鬼の形相でにらんできている。こ、怖いよぉ……。

 

「どうしたの、はるか?」

「あ、あおい……」

 

そこに、あおいがやってきた。

倉橋さんは、あおいを見るなり「ふ~ん。へ~え」と言い不敵に笑った。

それに気を悪くしたのかあおいも倉橋さんを睨みつける。

 

「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!」

「あら、これは失礼。わたくしは倉橋彩乃ですわ。貴女が噂の野球少女早川あおいですわね」

「そうだけど一体何の用?」

「別に用と言うほどのものではありませんわ」

「そ。じゃあ部外者はすぐに出て行った方がいいと思うけど?手元が狂ってボールが当たっても知らないわよ」

「…あら、わたくしにそんな事を言ってもよろしいのかしら?」

 

倉橋さんが得意げに笑う。

なんとも、聞けば彼女はこの学校の理事長の孫であるらしい。故に、自分が理事長にねだれば野球愛好会をつぶすことくらい造作も無い事だなどと言い放った。

 

そんな事……いいはずがない。

パワプロさんが、あおいが立ち上げたこの愛好会を、矢部さんや柿原君、部員の皆が甲子園を目指して頑張っているこの愛好会を、理事長の孫だからといって一人のワガママで潰されていい訳がありません!

 

しばらく二人がにらみ合っていると、ポスターを貼り終えたらしいパワプロさんが戻ってきた。

 

「いったいどうしたのさ、二人とも」

「あ、パワプロ君いいところに!この娘がさ―――」

「ん?」

「あ―――」

 

倉橋さんはパワプロ君を見るなり、急に顔を赤らめて走り去ってしまった。

 

「パワプロ君……倉橋さんに何かしたの?」

「え!?なんでそうなるのさ!全くの初対面だよっ!」

「そぉ?……でも、いったいなんだったのかしら?」

「さ、さぁ……?」

 

パワプロ君が来た途端、急に倉橋さんの態度が変わったな。それに、アレって……いや、まさかね。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

『いやぁ、初心者を指導するのって案外疲れるのな』

『まったくでやんす。おちおちサボってもいられないでやんす!』

『矢部……お前、サボる気だったのか?』

『い、言い間違えたでやんす!束の間の休息を手に入れたいと言おうとしてたでやんすっ!』

『ホントか……?』

「―――っ、お退きになって!」

『おぁ!?』

『やんすっ!?』

『な、何だ今のは……?』

『あの人は、倉橋彩乃でやんす!詳しくは上記をでやんす!』

『……メタ発言ど~も』

 

あの方を見た瞬間、私はその場から逃げるように走り去っていた。

顔が熱い……心臓がいつもより激しく脈打っている……。

そして、いつしか中庭の一角へと行きついていた。私はいまだ高鳴っている胸をおさえ、近くのベンチに力無く腰を落とした。

 

あの方は、野球のユニフォームを着ていた……。まさか、あの方が早川あおいと……七瀬はるかと同じ野球愛好会に所属していたなんて……。

これでは、あの愛好会を潰そうにも潰せませんわ。

 

「嫌われでもしたら……わたくし……」

 

わたくしはそう、力なく呟くしかできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月三週。

 

ポスターを貼り出してから一週間が経った。しかし、今だ誰一人として名乗りを上げてくれた先生はいない。

加藤先生も、顧問としては頑張ってくれているらしいが、「大事な研究がある」と言って監督は引き受けてはくれなかった。

 

「つ~訳で、野手として出場してた時には、大体二、三番を打ってたな。パワーは無いけど、ミートとカッティングにはそこそこ自信がある。期待してもいいレベルだと思うけどな」

「そうか、それは心強い!」

「投手としてはどうなの?投球練習とフリーバッティングを見た限りじゃ、変化球もそこそこ投げられるようだけど?」

「ん~まぁ、一応変化球はスライダー、シンカー、ツーシームが投げられるかな。スライダーは打たせて取るための高速スライダーと、大きく曲がる斜めのスライダーを投げ分けてるから、都合四球種だな」

「へぇ~。そんなに投げられるんだ、すごいね!ボクはカーブとシンカーが投げられるけど、投げ分けまではできないなぁ」

「あんだけキレがありゃ十分だと思うけど?」

 

今は部室でそれぞれの中学時代のプレースタイルについて話し合っている。

まずはオレの事。クリーンナップを打っていて、広角打法が持ち味だとか、肩と送球には自信があるとか。

あおいちゃんは短気だとか、キュ・キュ・ボンだとか、腰回りがエロいだとか弾道が―――ゲフンゲフン。

 

ともかく、聞けば聞くほど柿原はとんでも無い奴だな。

MAX141km/hのストレートと四つの変化球を操るサイドスローの高校一年生。おまけに打撃にも自信があると来た。名門からスカウトされていてもおかしくないレベルだよ。素質は猪狩並なんじゃないのか?

ホントこいつが恋恋を選んでくれて助かった。敵なら、絶対に相手にしたくないよこんなの。

 

でも、勿体ないな。これでリリーフしかやる気ないんだから。

普通に実力はあおいちゃんよりあると思うんだけどな。でも当の本人は「ウチのエースは早川だ!」って言ってるし。

 

いや、決してあおいちゃんが弱いピッチャーだって言ってる訳じゃない。

アンダースローでかつ制球力もあって、球種は少ないけど変化球のキレは抜群で、気合の籠った投球には底知れぬ威圧感がある。球速にだけ目を瞑れば、エースとしては十分すぎるくらいだ。

ただ、現状では柿原がチートすぎるだけで……。

 

そうやいやい話していると、矢部君が何やら必死の形相で部室に駆け込んできた。

 

「ビ、ビッグニュースでやんすっ!」

「うお!?なんだ?」

「ど、どうしたの矢部君!?」

「ビッグがニュースで☆◇@……!」

「と、とりあえず落ち着いて。」

 

物凄くテンパっているようだ、既に言葉になっていない。

とりあえず「うるさいわよ、メガネっ!」の一撃で矢部君を黙らせ、意識を取り戻したところで何があったのか聞いてみた。

 

「まだ意識がモ~ロ~とするでやんす……」

「やり過ぎだぞ早川」

「ゴ、ゴメンね……」

「しっかりしてよ……で、何があったのさ矢部君?」

「う~ン……ハっ!思い出したでやんす!?愛好会に監督が来るでやんすよっ!」

「「えぇ!?」」

 

そ、それはホントか矢部君!?

噂によれば、その人はまったくのド素人らしい……いや、期待はしてなかったけど、やっぱり素人なんだね。

まぁ、素人でも野球の事に詳しければそれはそれでいいんだけど。

 

―――ガチャッ!―――

 

そのとき、部室のドアが勢いよく開け放たれた。オレ達は「今度は誰だ?」と思い入口の方を見る。

するとそこには、恋恋高校のユニフォームに身を包み、バットを担いだ女性が仁王立ちしていた。後ろには加藤先生も付き添いなのか、姿が確認できる。

その人は暫し部室を見渡した後、つかつかとオレ達の方へ歩み寄ってきた。

 

「ここが野球愛好会ね」

「うぉぉぉぉ!美人さんでやんす!」

「うるさい矢部……はい、そうですけど。加藤先生、この方はどちらさまで……?」

「それは今から説明するから、とりあえず部室に皆を集めて頂戴」

「あ、はい」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

そしてしばらくした後、野球愛好会一同は部室に集合していた。

 

「皆集まったわね。じゃ、自己紹介してもらおうかしら……三ツ沢先生」

「はいっ!」

 

三ツ沢先生。そう呼ばれた彼女は一歩前に出て、元気な声で喋り出した。

 

「私は、今日から野球部の監督をすることになった三ツ沢環(みつざわたまき)よ。よろしくネ皆!」

「野球愛好会部長のパワプロです。こちらこそよろしくお願いします」

 

オレと三ツ沢先生の自己紹介が終わると、「じゃあ後は適当に親睦を深めてね~」と言って加藤先生は退出してしまった。

詳しい説明は無しですか。そう思うオレを尻目に、矢部・小沢・高橋・青木の男子四人は早速三ツ沢先生に突撃して行く。

オレ、あおいちゃん、はるかちゃんは呆れてものが言えなかった。

 

「はいはい、質問は順番ね~」

「彼氏はいますか!?」

「家はこの近所ですか!?」

「妹さんいたりしますか!?」

「ガンダーロボ好きでやんすか!?」

「あ……あははは。そうねぇ……」

「お前らもっとまともな質問しろって……!」

「ふぎゃ!」

「ほげ!」

「きゃん!」

「や゛ん゛!」

 

三ツ沢先生にたかる四人を見かねたのか、柿原から静かに鉄拳と共に喝が入る。

そのまま柿原は先生の前に立ち、自らも質問をし始めた。

 

「ええと、三ツ沢先生?」

「なぁに?」

「失礼は承知で聞きますけど。随分とお若いようですが、お歳は……?」

「ってオイ!お前もかよ!」

「バカヤロウ。僕はいたって真剣に聞いてんだよ。下心なんてあるか!」

「まぁまぁ。うん、歳は22よ」

「22……って事は、教員歴は……?」

「今年が最初よ。ちなみに野球の経験も無いけど、大丈夫。これから覚えていくわ」

「は、はぁ……」

 

って事は三ツ沢先生、今年が教師一年目の新人!?

そんでもって野球も全くのど素人。う、嘘でしょ……。

柿原もあまりの衝撃にたじろいでしまう。そして今度は入れ替わりにあおいちゃんが質問をする。

 

「あの、三ツ沢先生。じゃあ、何で野球部の監督になったんですか?」

「私おじいちゃんっ子だったんだけど、おじいちゃんが野球大好きだったのよ。だから、いつか野球にかかわりたいなって、漠然と考えてたの」

「はい……」

「そしたら偶然!タイミング良く募集があって、顧問の加藤先生に相談してみたら快くOKしてくれたのよ!」

 

なるほど、そう言うことか。

それなら名乗りを上げてくれたのもうなずけるんだけど……

 

「でも、心配しないで。小さいころからスポーツはやってたの!」

「へ、へぇ……それって、何ですか?」

 

スポーツはやってるのか。もしかして、ソフトかな……それなら野球が素人でもまだいいんだけど。

しかしそう思う、いや、そう願っていたオレの思いは次の一言であっけなく打ち砕かれた。

 

「空手よ!」

「「か、空手ぇ!?」」

「そう、空手。これでも全国大会に出た事もあるのよ」

 

空手って……もはや球技関係ないじゃん!加藤先生、よく快諾したな……。

でも、全国大会って、何気に凄い事を言っちゃってるよこの人。

 

「たとえば、こんな人形くらいなら……」

「あ、オイラのケロ左右衛門!!」

 

先生は近くにあった矢部君のフィギュアに照準を合わせ、正拳突きを放つべく構えをとる。

矢部君は己が半身を守るべく、フィギュアと先生の間に飛び込んでいった。

そして……気合のこもった右正拳突きが放たれ……

 

「ちぇすとー!」

「ケロざえもぉぉぉぉぉん!!!」

 

次の瞬間。矢部君はドアを突き破り、空の彼方へと消えていった……

 

「矢部くぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「さ、逆らわない方がよさそうだな……」

「矢部さん、大丈夫ですか?」

「だめね、まだ気を失ってるわ……」

「「ぞぞーっ!」」

「皆、これからビシバシいくから、よろしくネ!気合の足りない子には、タマキパンチよ!」

「「は、はい。よろしくおねがいしま~す!」」

「大丈夫かしら……」

「さあ、な……」

「私は楽しそうでいいと思います」

「け、けろざえも……ん……」

「あ、あはははは……」

 

何はともあれ、恋恋高校野球愛好会に監督がやってきた。

前途は多難だろうが、何かが変わる気がした……

 

―――チームのやる気が上がった!―――

 

 

 

 




はい、実況パワフルプロ野球ポータブル4 パワフォー大学編から、タマキちゃんこと三ツ沢監督の登場です。まぁ、ストーリー通り加藤先生が監督をやってもよかったんですがね、タマキちゃんは好きなキャラなので、登場させちゃいました。これからの展開でも、他タイトルのキャラ達が登場する予定です。そしてラストには……


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第六話 もうひとつの道

「っしゃあ!!バックホーム練習いくぞ。センタァー!」

「バッチ来いでやんす―!!」

 

バッターボックスから柿原の檄が飛ぶ。

 

創部から一月以上が経ち、すでに五月三週目となった。しかし、いまだ正外野手はセンターの矢部君だけしかいない。

内野陣だけは暫定ながら、ファースト:柿原、セカンド:高橋、サード:青木、ショート:オレとなっている。青木に関しては、柿原にファースト経験がある事と、投手交代時にあおいちゃんにファーストに入ってもらいたいからサードに回ってもらった。初心者に一、三塁を兼任しろと言っても酷な話だし。

 

それはそれとして、外野が一人だけというのはいただけない。幸いと言うかなんというか、本格的な守備練習はいまだ出来ていないので、内野のうち誰かをコンバートさせる手もある。

あと、矢部君はお世辞にも強肩とは言い難い。守備自体は安定しているし、脚が速いからかなり広範囲をカバーできる。でも、肩が強くなければランナーを刺したり足止めすることは難しい。

 

男子生徒はあと諏訪部一人しかいないし。諏訪部が入ったとしても八人しかいないから、それに加えて女子生徒を後一人入れなければ、今年度中に試合ができるかどうかすらも分からない。

まぁ、今年を我慢するというのなら、来年の新入生に期待するしかないんだけど。

 

諏訪部ってどうなんだろうな……一度柿原に聞いてもらうか。

 

 

 

 

 

第六話 もうひとつの道

 

 

 

「と言う訳で、諏訪部を誘ってきて欲しいんだが」

「な~んだ。まぁ、僕も一応聞いておこうとは思っていたし」

「え、マジで?」

「おお、マジ。ちなみに諏訪っちゃん、ああ見えて中学の頃は槍投げの選手だったからな……肩は強いと思うんだよなぁ」

 

へぇ、槍投げか。なんだか物凄く期待できそうな響きだ……さぞかし肩は強いんだろうな。槍ってそこそこ重たいらしいし。そんな物投げたりするんだしさ。

 

「とにかく、諏訪っちゃんの事は僕が聞いとくわ」

「ありがとう。たのむよ」

「おう。でも……後一人欲しいよな」

「まあね……。でも、男子は諏訪部以外全員入ってくれた訳だし、今は贅沢言えないよ」

 

ホントは贅沢言いたいんだけどなぁ。

とりあえず、今は柿原が無事諏訪部を連れてくる事を期待しておこう。

 

「さ~て練習も終わった事だし、TSUDAYAで※サバカンのCDでもあさるかな~」

 

※サバカン=SURVIVAL・COUNTRY・GENERATIONの略称。そこそこ人気の四人組ロックバンド。

 

「切り替え早いな。自主練とかしようと思わないのか?あおいちゃんはさっさとロードワークに行ったっていうのに」

「フィジカルだけが練習じゃないさ。技術研究も立派な鍛錬なのですよ」

 

そう得意げに言いながら鼻歌交じりに柿原は行ってしまった。

 

「技術研究ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ―――ハッ―――」

 

ボクは今、走っている。

ピッチャーが走り込みをする理由には、大きく分けて二つあると思う。

一つは、スタミナをつけるため。そしてもう一つは、下半身を強くし、フォームを安定させるため。

 

一つ目の理由は簡単だ。長いイニングを投げ切るには、体力が要るから。二つ目は……フォームが安定すれば、球速も上がるし、制球も球持ちも良くなる。そしてそれはそのまま、無駄な体力消費の減少にもつながる。

 

「新フォーム……か……」

 

今ボクが走っているのは、新しいフォームに耐えうるだけの下半身を作る為である。

何故今、新しいフォーム作りなんてするのかと言うと―――

 

『どうしたの柿原君。そんな神妙な顔して』

『ん?いや、な。お前のフォームについて考えててさぁ』

『フォーム?ボクの?』

『ああ。打席で見てて気づいたんだけど。お前のアンダースローってさ、今は低めのサイドに近い感じだよな。まぁ、それ自体は悪い事じゃないんだけど、見てたらなんかさ……下半身が踏ん張りきれないから結果上半身が上ずって、サイドみたいな投げ方になってると思うんだわな』

『うん……』

『だから、もっと足腰を鍛えたら踏ん張りが利くようになって、もうちょいリリースポイントを下げられるようになると思うんだよな。そしたら、今よりもっと角度のついたアンダーになって、相手も打ちにくくなると思うんだけど』

『……まさかボクの腰回りをずっと見てたのって、そのため?』

『おうよ!』

 

―――練習中にこんなやりとりがあったからだ。

 

夏の大会には出られない。だから、今は個々人のレベルアップのために時間を割こうというのが現在の愛好会の方針で、今までよりリリースポイントを下げるフォームを作るのもその為だ。

柿原君はボクがエースだと言ってくれた。そして、謙遜するピッチャー、簡単にマウンドを譲るピッチャーはいらないとも言っていた。……リリーフ専門の彼が言うのはどうかと思うけど。

でも、それがボクの成長を願ってのものだったら、ボクはその期待に応えなければならない。

 

先発として、エースとして。

 

「背番号1って、意外と重たいんだね……」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

そうして走っていると、いつしかソフト部新グラウンド近くへとやってきた。

 

「……いつ見ても大きいなぁ。ほとんど球場にしか見えないよこんなの」

 

こんなもの造るお金があるんなら、うちにもいくらか投資してほしいよね。

……まだ愛好会だから、現実には無理な話だけど。コレを見るとそう思いたくもなるよ。

 

「―――あれ?」

 

ふと駐車場の方に目をやると、ソフト部の部員だろうか、誰かが一人黙々と素振りをやっていた。

 

ソフト部はグラウンド内の施設で練習をしている筈だ、今もグラウンドの方からずっと掛け声が聞こえている。それに、外に出ているのはこの子一人だけの様だし。

 

ちょっと、話をしてみようか。何かだ、落ち込んでるような雰囲気がするし。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「―――ん?なに。今練習中なんだけど」

「ごめん。―――キミ、もしかして落ち込んでる?」

「な……!?お、落ち込んでなんかないわよ」

「そお?でも、素振りしてるキミを見ていたら、なんだか悲しそうな、悔しそうな顔してたし」

「何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないのよ。それに、そのユニフォーム……あなた野球部の人?」

「うん。ボクは早川あおい。野球部……と言ってもまだ愛好会だけど、ピッチャーやってるんだ」

「ふうん、ピッチャーね。……アタシは夏野向日葵。ソフト部でショートを……やってたわ」

 

やってた?何か引っかかる言い方だな。

何でか聞こうと思った矢先、頭に鉢巻きを巻いた少女がこちらに駆け寄ってきた。

 

「夏野!」

「―――あ、さっちゃん」

「急に居なくなったと思ったら……またここで素振りしてたのかい?」

「まぁね」

「夏野……あんた最近そっけないわよ。悩みなら、あたしが聞いてあげるじゃない」

「…………強いし、居場所のあるさっちゃんにアタシの悩みなんて分からないよ」

「あ、夏野……!」

 

夏野さんは、逃げるようにして新グラウンドへと走って行った。

 

「行っちゃったね」

「まったくみっともないとこ見られちまったね……。あんた、野球部の早川あおいね」

「そうだけど、キミは?」

「あたしは高木幸子。あの子と同じ、ソフト部員よ。ついでにあんたと同じ、一年生」

 

彼女は、鉢巻きをたなびかせながらこちらに向き直った。

 

「夏野さんと何かあったの?」

 

ボクは気になっていた事を聞いた。高木さんはしばらく押し黙った後、ポツポツと話をしてくれた。

 

夏野さんとは、中学の頃からの友人だという事。昔は、二人で野球をやっていた事。自分の誘いでソフト部に入った事。自分はレギュラーを取って、夏野さんはいまだベンチにすら入れていないこと。そのほかにもいろいろと話してくれた。

 

「あの子はたぶん、あたしの事がコンプレックスになってるんだよ。一緒にやってきて、一緒に入部して、あたしだけレギュラーを取れて、期待の新星だとかちやほやされて。あたしと何かにつけて比べられて……そういうのがつらいんだと思う」

「でも、それだけじゃないよね。そういうことなら、どんな部活でもよくあることだよ」

「あたしもそう思うよ。ソフト部には半ば強制的に入れちゃったしね……、……あの子、まだ野球やりたいんだと思うよ」

「―――え?」

「最初は純粋にソフトを楽しんでたと思う。でも、野球部ができて……こみ上げて来たんじゃないかな、またやりたいって」

 

遠くの方を見つめながら高木さんが言う。

その顔はなんだか、とても悲しそうだった。

 

「でもあの子は、自分はソフト部だからって言い聞かせて。必死にそれを考えないようにしてる。レギュラーを取ろうと努力してる。でも……それが余計に忘れられなくしてるんだよ。なまじ、あんたみたいなのが野球部に居るからね」

「それって……!?」

「ただの八つ当たりだよ。でも、同じ女の子が野球をやってるって、そこそこ刺激の強かった事だと思うよ」

「…………」

「ごめんね、湿っぽい話で。じゃあ、あたしも練習があるから……」

 

高木さんは行ってしまった。

 

それにしても、野球に未練、か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

昼休みの食堂、テラスにて。

 

「野球?俺がか?」

「そ。お願いだよ諏訪っちゃん~」

「お前な……何で俺が恋恋に来てるのか知ってるだろう」

「おうよ、進学のため!」

「分かってるなら誘うな。俺は勉強に専念したいんだ」

「でもよ。諏訪っちゃん目指してるのって、体育教師だろ?なら、高校で何もしないって……キャリアが中学までって、拙いだろ?」

「陸上は大学で再開するつもりだ。それならキャリアは問題ない。トレーニング自体は続けてるしな」

「実戦から遠ざかったら、体は鍛えてても、技術は鈍るぜ。それに、部活やってても勉強と両立できるやつはいるし、一流大学や企業に行くやつだっている。本当に体育教師になりたいってんなら、それこそ何かスポーツやるべきだぜ、今。そこら辺、どう思うのよ?」

 

諏訪っちゃんは腕組みをして考え込んでしまった。

いや、でも道理だよね。だって、諏訪っちゃん課外活動やってる訳じゃないし。このままにしておくのはもったいないよな~。

そもそも諏訪っちゃんは頭がいいから、両立はできると思うし。

 

「お願いっ!諏訪っちゃんの肩が必要なんだ、野球部に入ってくれ!外野を守ってくれ!」

 

僕はテーブルに顔を擦りつけんとばかりに頭を下げる。

正直、来年男子がそれだけ入るかなんてわからないし、僕らの代で甲子園を目指す以上あまり悠長には待ってられない。

活躍するためには、有力な選手がいる。そして有力な選手を呼び込むためには……やっぱり活躍するしかないんだ。だからメンバーがいる。

諏訪っちゃんには、一流になれるだけの素質がある!……と、思う。

 

「ふむ……。素人だぞ?」

「―――え?」

「素人でもいいのかと聞いてるんだ」

「いいよいいよ大歓迎~!」

「そうか……じゃあ、何で俺が陸上の強豪校じゃなくて、この恋恋に来ていると思う?」

「え?……そりゃあ進学校だからじゃないの?」

「それもある。けど、それだけじゃない。……実を言うと、一度陸上から距離を置きたかったんだ」

「何でまたそんな」

「中学ではあくまで"楽しく"やっていただけだからな。それを引きずらないよう、気持ちを整理する時間が欲しかったんだ。だから、気持ちの整理がついてから陸上を再開しようと思ってた」

「うわ、なんかイメージと違ぇ……諏訪っちゃんはもっと真摯にやってると思ってた」

「それはお前の幻想だ」

「いや、手厳しい」

「……だから、続けるならそれもよし。諦めるならそれもよしと考えてる」

「ふむ……ってことは!?」

「まぁ寄り道するのもいいだろう。素人でよければ、野球部に入ってやる」

「おおぉ!!」

 

マジか、マジか、マジですか諏訪っちゃん!?

ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だよなぁ、うん。

 

これで右翼手ゲットだ。試合ができる人数まで、あと一人か。

 

「さんきゅ、諏訪っちゃん」

「ああ、とりあえず宜しくな」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「と言う訳で、諏訪っちゃんが入ってくれました。バンザ~イ!」

「よろしくね諏訪部君!」

「オイラの華麗な守備に見とれるなでやんすよ!」

「強肩の外野手が入ってくれて心強いよ。ありがとう諏訪部」

「礼には及ばない。オレも甲子園と言うやつを目指したくなったからな。とりあえず、ユニフォームもジャージも無いから今日のところは練習に参加できないが、明日から宜しく頼む」

 

諏訪部が愛好会に加わり、これで選手は八人になった。

レフトか、ショートか。あと一人……あと一人で試合ができるようになる。

 

「皆~そろってる?」

「あ、タマキせんせー。どうしたんですか?」

「ちょっと皆にお知らせがあってね―――って、あれ?見慣れない子がいるわね」

「ああ、アイツですか。諏訪部」

 

諏訪部に自己紹介をするように促す。

 

「今日から愛好会に入りました、諏訪部です。宜しくお願いします」

「へぇ~新入部員ね。私は野球愛好会副顧問で監督の三ツ沢よ。よろしくね諏訪部君」

「―――で、タマキせんせー。お知らせってなんですか?」

「ああ、それはみんなが揃ってから説明するわねパワプロ君。だから、皆を集めてきてくれない?」

「わかりました」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

そして三塁ベンチ前に愛好会部員全員が集合し、監督からの発表を皆そわそわしながら待っている。

 

「皆集まったわね。皆にお知らせなんだけど……来週の土曜日、うちのソフト部の紅白戦があるんだけれど……それの見学に行くわよ」

「ソフト部の見学、ですか?」

「ええ、そうよ。まぁ青木君の疑問も尤もだわ、違うスポーツですもの。でも、ソフトボールも元をただせば野球と同じ。それにうちは初心者が半分を占めてるから、まずベテランの動きを見てみることも経験になるはずよ」

 

まぁそうだよな。実際生で試合を見ることはオレも中学の頃やっていたし、ビデオなどでは気づかない、伝わらない部分をたくさん見つけることもできる。それにソフトは、グラウンドや細かなルールの違い以外はほとんど野球と同じだしな。通ずる事ばかりだ。見に行って損は無い。

 

「ソフト部……」

「ん?あおいちゃんどうしたの?」

「いや、ちょっとソフト部に気になる子がいて」

「恋か?」

「違うわよっ!」

「柿原、そんな暑苦しい笑顔で茶々入れないでくれ、疲れるから……。で、気になる子って?」

「そこ、まだ話の途中よ。私語をしない!特にパワプロ君、キャプテンでしょ!」

「す、すみません……。あおいちゃん、また後で聞かせてよ」

「うん」

 

怒られちゃったよ……。

とにかく、来週のソフト部の紅白戦見学は12:30にソフト部新グラウンド、通称恋恋球場へ現地集合の運びとなり、この場は解散となった。

 

「パワプロ君」

「あ、あおいちゃん」

「ソフト部のこの事なんだけど、実は―――」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「―――ということなの」

「成程。ソフトに転向してもまだ野球がやりたい、か……」

「まだそうときまった訳じゃないけど、そうかもしれないって」

「でも、ソフト部員なんでしょ……オレ達にはどうにも」

「何だよ、そんな辛気臭くなってよ。そんな難しく考えることか?」

「でも……高木さんも気にかけてるみたいだったし、元気づけてあげたいよ」

「別に元気づけてやるのは僕らの仕事ではないだろーよ。……にしても、未練ねぇ。耳が痛いな」

 

柿原がなんだか不敵な笑みを浮かべている。

それに気付いたのか諏訪部がすかさず突っ込みを入れる。

 

「宏樹……お前、何か企んでないか?……まさかとは思うが」

「ふふふ、まぁそう心配し為さんな御三方。この柿原君に任しときゃいいのよ」

 

諏訪部の突っ込みに、笑顔満点のサムズアップで応える柿原。

俺は、苦笑いしながら無意識に胃のあたりをさすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてソフト部の紅白戦当日。ユニフォームに身を包んだ恋恋部員たちは恋恋球場の前に集結していた。

ちなみに三ツ沢監督はユニフォームの上にグラウンドコートを羽織り、はるかちゃんはキャップに制服姿といういでたちである。

 

「それでは竹中主将、今日はよろしくお願いします」

「いえ三ツ沢先生。つたないプレーを見せると思いますが、どうぞ参考にしていってください」

 

監督とソフト部主将のあいさつが終わり、いよいよ球場内へと入っていく。

そこはまさに、プロ顔負けのそれはそれは素晴らしい球場であった。

 

「す、すげぇ……」

「見ろよこれ、総天然芝って書いてあるぜ!」

「贅沢ここに極まれりってかんじでやんす!羨ましすぎるでやんす!」

 

矢部君たちが驚きを隠せずワイワイと騒いでいる。

無理も無い、オレだって驚いたくらいだ。流石は金持ち学校……やる事の次元が違うぜ。

 

「これに使う金を、僕らにも分けてくれたらなぁ……」

「ソフト部が強豪だからこそだろう。俺達もこうして欲しければ、甲子園へ行くしかない……そう煽られてるようにも感じられるよ」

 

柿原と諏訪部もたまらず驚嘆の声を出してしまっている。

確かに、こんなものを見てモチベーションが上がらない訳ないよな。

 

そして、試合開始時間が近づきオレ達は客席へと向かうことになったのだが、それぞれの守備陣ごとに別々の位置で試合を観戦することにした。

オレ、青木、高橋は三塁側に、矢部君と諏訪部は右翼席に、柿原とあおいちゃんは小沢を連れてバックネット後方に、監督とはるかちゃんはソフト部監督、ウグイス嬢と共に放送席へそれぞれ移動した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

両チームの先発オーダーが発表され、いよいよ試合が開始する。

高木さんは紅組の四番キャッチャーか。件の夏野さんは、先発じゃないみたいだな。

 

試合は終始紅組が優勢だった。

高木さんがここまで長打二本を含む三打数三安打一四球三打点と大暴れしており、八回の時点でスコアは紅6―1白。この回も白組は連続ヒットでピンチとなり、失点こそ防いだが既に大勢は決しているように見えた。

 

9回表、白組は6、7番と立て続けに代打攻勢に出るが、虚しく凡退してしまう。

そして、最後の打者として代打夏野がコールされた。

帽子を後ろ向きに被った少女が打席に立つ。成程、あれが夏野さんか。

 

最後の意地とばかりに8球ほど粘るも、敢え無くファーストフライに倒れ紅白戦は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合後のロッカールーム。

今日の試合は、代打でノーヒット……ついに、紅白戦でもスタメン出場は叶わなかった。守備固めにも起用されなかった。

 

「夏野、何?あのスイングは、もっと気合を入れなさいよ」

「すみません、先輩」

 

確かに、最近全然練習身が入らない。今日の試合も半ば怠惰的だったように、自分でも思う。

 

「そんなんだからいつまで経ってもダメなのよあんたは。野球をやってたかどうか知んないけど、高木とはえらい違いだわ」

「…………」

 

確かに、さっちゃんは上手い。中学の軟式野球でも、ずっとクリーンナップを打ってたし、此処でもすぐに二軍のレギュラーを勝ち取った。今度の大会からは一軍に上がるとの噂もある。

それに比べてアタシは、レギュラーどころか二軍のベンチ入りすら危うい。期待度なんて、比べるべくもない。

 

ホントは比べることすらおこがましいと思う。でも、アタシ達は比べられる。

さっちゃんとアタシじゃ、全然勝負にならないっていうのに。

 

さっちゃんだって、気にかけてくれてはいる。でも、肝心のアタシの実力がこれじゃね……。

 

「ちょっと聞いてるの夏野?……まったく、やる気がないんなら、あんたソフト部やめなさいな」

「…………」

「こんなあんたと比べられる、高木がかわいそうだわ」

 

そう言って先輩はロッカールームから出ていってしまった。

かわいそうか……確かに、そうかもしんないな。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

球場から出ると、何やら人だかりができていた。

竹中キャプテンと、部員数人……そして―――

 

「あのユニフォームは……まったく、野球部が何の用なのよ」

 

野球部の面々が数人いた。その中にはこの前ここで出会ったおさげの子もいた。

アタシは面倒に巻き込まれるのが嫌で素通りしようと思ったが、キャプテンに呼び止められてしまった。

 

「ごめんねぇ夏野ちゃん。この人たちがどうしてもお話があるって」

「話って……アタシにですか?いったい―――」

「それは僕から話そう」

 

なんだか軽いのか暑苦しいのかよく分からないやつが出てきた。

 

「僕は柿原。野球愛好会のピッチャー兼ファーストだ。ちょっと君に……っていうか、ソフト部にちょいと相談があってな」

「……何よ?」

「まぁそう睨むなよ……部長さんも、心して聞いてほしいんですが」

「はい。何でしょう?」

 

一体何だっていうのよ……。

どうせ碌でもない話だろうと思う私の予想の斜め上の発言を―――

 

「夏野さんを、下さい……!」

 

―――綺麗なお辞儀をしながら、彼はサラっと言ってのけた。

 

「……な、なんですってぇ!!?」

「は、はぁ!?」

「な、何言ってるの柿原君!?」

 

…………!?

な、なななななな何を言ってんのよこいつは!?あ、アタシを下さいって……まさか、ぷ、プロぽ……いやいやいやいやいや、そんな事は無いはずよ、だって初対面だもの!

 

「あ~わざと紛らわしい言い方したのは謝る。まあアレだ……ヘッドハンティングってやつだな」

「へ、ヘッドハンティング……?」

「ああ。お前をスカウトしに来た」

「柿原……オレ全然聞いてないんだけど」

「だって言ってねーもんよ」

「宏樹。これがお前の企みか……」

「御明察。なかなかのインパクトっしょ?」

「インパクトがありすぎて、驚きを通り越しちゃったよ……」

 

な、なんだ……スカウトか……っていうか、わざとかい!ちょっと期待したアタシが馬鹿だったかも。

それでも十分に予想外すぎるんだけど。

 

「ス、スカウトって……そんなことできる訳ないでしょう!夏野ちゃんは大事なうちの部員よ!」

 

ですよねー。

案の定キャプテンは反論する。しかし、柿原はまったく動じることなく、勝ち誇った顔で懐から何かを取り出した。

 

「ふふふふふ。そういうと思ってましたよ部長さん……。しかぁし!この柿原君には秘策があるのさ!さあ、こいつが眼に入らぬか。ならばしかと見、恐れ慄け畏怖を抱け!」

 

あれは……写真?まさか……!?

 

「まさか、ソフト部の盗撮写真とか……」

 

皆ゴクリと息をのむ。この発言に、周りの温度が一気に下がったような気がした。

そして、柿原は一人ずっこけていた……。

 

「……アホか。んなモンするわきゃねぇだろうさ……」

「いや、でもそういう展開期待するし」

「しなくていいの!」

「で……結局何の写真ですか?」

「ぬぬぬ……コホン。あ~よくぞ聞いてくれました。コレは、最近巷で大人気のジョニーズ発高校生イケメンバンド!御子息隊のブロマイド二十枚セット、サイン入りフォトブック付きだぁぁぁぁ!!」

 

柿原が高らかに宣言した途端、周りから―――主にソフト部員から歓声が上がる。

御子息隊。涼風希望(ホープ)、星空星光、黒珠真の三人からなるバンドで、現在女性人気がうなぎのぼりだという。しかし、アタシは生憎と興味がない。

 

「柿原、よくそんな物持ってたな……」

「いやぁ、こんな事もあろうかと。備えあれば憂いなしってね。で、どうですか部長さん?部の共有財産にするもよし、醜く奪い合うもよし……コレと夏野さんの、交換トレードって言うのは」

「キャプテェン……まさかOKしたりは―――」

「もちろんOKよ!!不束者だけど、どうぞ貰っていってらっしゃいな」

「あざーす!」

「―――なんですってぇ!」

 

あ、あんまりだよキャプテン……。たかが写真で、部員を売り飛ばすなんて。

 

「夏野さん、同情するよ……」

「しなくてもいいわよ!ねぇ、さっちゃんからも何とか言ってよ!」

 

せめて、せめてさっちゃんだけでも引きとめてくれれば。

 

「いいんじゃないのかい」

「え、さっちゃんまで……何を言い出すの。まさか、アンタも写真に釣られたっていうの!?」

「違うわよ。ねぇ夏野……あんた、まだ野球好きなんでしょ?」

「そ、それは……」

「隠してても分かる。あんたは、心の奥底ではまだ野球がやりたいんだよ。それに、野球部ができて余計にそれが強くなった。今の夏野じゃ、うちでレギュラーを取るどころか、一軍にも上がれやしない。そんなあんたを燻ぶったままソフト部で使い潰すよりも、あたしは野球部で伸び伸びとやってもらいたい」

「で、でも……!」

「ごめんね。アタシがソフト部に誘ったばかりに……ずっと比べられて。辛かったんじゃないの」

「……謝んないでよ。アタシだって比べられるのは嫌だけど―――」

「お願い向日葵!」

「―――!?さ、さっちゃん……」

「お願い。野球部に入って……向日葵。あたしに、もう一度野球やってる姿を見せてよ……。あんたがあたしの事で比べられて、貶められるような事を言われるのは、もう嫌なんだよ……」

「……さっちゃん」

 

さっちゃんが涙ながらに懇願する。こんな彼女は、見た事がなかった。

それほどまでに、さっちゃんはアタシの事を想っていてくれたというのだろうか。

 

「夏野さん……」

「あんたは……?」

「オレは野球愛好会部長のパワプロ。ねぇ夏野さん、オレからも頼むよ。愛好会に入ってくれないか」

「…………」

「柿原の手が多少強引だったのは謝る。けど、それはアイツがキミの事を必要だって、コストを払ってまで採る価値があるって思ったからなんだよ。オレだってそうだ。夏野さん、キミの力が必要だ……オレ達と一緒に野球しようよ!」

 

その時アタシの胸にズンと衝撃が走った。

自然と、涙がこみ上げていた。

 

「い、いいの……アタシが、野球やっても……?」

「いいのよ向日葵。頑張って、甲子園目指すんだよ……」

「グス……さっちゃぁん……。うわぁぁぁん!」

「……よしよし」

 

アタシは、さっちゃんの胸に飛び込み、溜まったものを吐き出すかのように泣いて、涙で濡らした。

……ちょっとふかふかで気持ちいいなぁとか、羨ましいなぁとか思ったのは秘密だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「えぇ、ソフト部の夏野さんがうちに移籍した!?パワプロ君、私全然聞いてないんだけど!?」

「いで、いででででで!!せ、せんせー……首を締めないで下さい。墜ちます……」

「いや~スンマセンねぇ。当日まで内緒にしてたもんですから、あはは!」

「柿原君もなんで相談しないのよ!」

「ん~いや、コレは強行策しかないと思いまして。相談したら、たぶん却下されてたと思いますし」

「まぁ、今回は成功したから良しとするでやんすよ監督」

「も~次こんなことしたら、タマキパンチだからね!」

「肝に銘じておきます」

「……お願いだから、放してください……本気で、墜ちそうです」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「パワプロ君、どーしたのその首の痣」

「いや、タマキせんせーにね……誰かさんのとばっちりで」

 

柿原がこっちを見てサムズアップをする。ちょっとイラっとしたのは言うまでも無い。

 

「御愁傷さま……」

「同情してくれてありがとう……」

「皆~来たわよー!」

 

お、夏野さんが来たみたいだ。

今はソフト部から野球愛好会のユニフォームへと着替えているが、なかなかに様になってるじゃないか。

 

「よし。じゃあ皆集合!」

 

号令をかけると。キビキビとした動きで皆が整列した。

 

「これで九人そろった訳だが……。現時点を以って、オレ達野球愛好会は、野球部へと昇格した。今、タマキせんせーが書類の申請をしてくれている。……これから、本格的にやっていきたいと思う。……目指すぞ、甲子園!」

 

『おお!』とそこかしこで歓声が上がる。皆思い思いに喜びを表現しているようだ。俺だって嬉しいよ!

 

「おい、エースからも何か一言、言えよっ!」

「え、う、うわぁ!?」

 

柿原に背中を叩かれてあおいちゃんが前に出てくる。そして、「私が甲子園に皆を連れていきます」と言ってこの場を締めた。

 

何はともあれ……これでやっと選手が九人そろったな。

夏の大会はもう出ないことにしているけど、秋季地区大会……ここにまずは全てをぶつける!

これから、改めてよろしく頼むぜ、皆!

 

 

 

 

オレ達の"夏"が、今始まろうとしていた!

 

 

 

 




またまたポータブル4キャラの登場。今回はナッチこと夏野向日葵。
P4内では特に触れられなかった内野守備ですが、まぁアレ以前に守備経験があって、大学で投手転向→更に野手に戻ったという事で。


諏訪っちゃんのパーソナルデータ(一年目5月時点)

諏訪部吾郎 恋恋高校#9

基本情報
国籍:日本 誕生日:(15歳)
身長:182cm 体重:78kg

選手情報
投球・打席:右投右打
ポジション:右翼手
打撃フォーム:スタンダード1
ステータス:3GCDAEF

経歴
パワフル第三中学校(陸上部:槍投げ)→恋恋高校

ナッチに関しては公式キャラなので割愛します。


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第七話 スターティング・オーダー

「んじゃ、行ってくるわ」

「ああ。OKしてもらえるといいな」

「してもらわないとこっちが困るっての。夏の大会に出ない学校なんて、そうそういないんだしさ」

「そうだな。じゃあ、とき春の人達によろしく言っといてくれ」

「おうよ。色の良い返事、期待しておけよ」

「コラ!早くしなさい、置いていくわよ」

「あ、は~い!じゃ、後は頼んだぜキャプテン」

 

そう言って、柿原は三ツ沢監督の車へと乗り込み、ときめき青春高校へと出発した。練習試合の申し入れをしてもらう為だ。

本来なら部長であるオレが出向くべき何だろうけども、この話を持ち出してくれたのは柿原だし―――なんとも、向こうに二人知り合いがいるらしいので、この件の最終確認と敵情視察、そして同窓会も兼ねて出向いてもらうことにした。

 

ちなみに、その知り合い二人のうち一人は、同じシニアに所属していた幼馴染で遊撃手の女の子。もう一人は同じ中学に通っていた野球部のピッチャーで、なかなかの実力者らしい。

 

もう時期は六月二週目……夏の大会に参加を決めている学校が多い中、幸いなのかどうかは分からないが、ときめき青春も先月にやっと部員が集まったらしいので、今年の夏は参加を見送るとのことだった。だから、その話を偶然聞いた柿原が、この事を話題に上げてくれたのだった。

 

練習試合か。

もしこの話が通ったならば、これが恋恋野球部の初陣となる。

互いに無名校同士の対決ではあるけれど、今の自分たちの実力を見るにはいい機会だ。練習試合とはいえ、負ける気は無い。

 

思わず身震いをした。ふと右手を見ていると、手のひらは手汗でびっしょりだった。

ああ、オレって……嬉しいんだな。まだ決まった訳じゃないけど、試合ができるってことが……。

 

「さて、オーダーを考えないといけないな……」

 

オレは一抹の期待と不安を胸に、大グラウンドへと駆け足で向かった。

 

 

 

 

 

第七話 スターティング・オーダー

 

 

 

さて、オーダーか……。

 

試合のオーダーを決めるのは普通監督の仕事だ。しかし、三ツ沢監督は監督初心者どころか野球自体が全くのど素人である。なので、今回の練習試合オーダーについては俺に一任されている。

選手自体も九人丁度しかいないので、代打・代走はもちろんなし。考えるのは投手の継投くらいだ。

こういう訳なので現状監督の出番はほとんどないに等しい。だから、秋の大会まではとにかく勉強に専念してもらいたい。

 

……そして、オーダーの事に戻るが、ちなみに言うとオレの打順はすでに決まっている……四番だ。ただ、今のところはオレしかまともに長打を打てないから暫定的に入っているだけだし、そもそも俺は元から四番を打つタイプじゃない。中学の時もたまに四番に入る時はあったが、基本は二、三番だったくらいだし。

 

後は他の奴らだけど、シニアで上位打線を打っていた矢部君と柿原はともかくとして、初心者が三人、ソフトからの転向組が二人……小沢は経験者とはいえ三年のブランクがあるし、諏訪部に関しては野球を始めたのがつい三週間前だ―――にしては当たりが良ければかなり飛ばすんだよなコイツ。そして、投手のあおいちゃんは打撃はお世辞にもいいとは言えない。

 

「これだけで大体決まってしまうような気がしないでもないな」

 

そんな事はとりあえず頭の隅に追いやり、ウォーミングアップと基礎練習を済ませたあと、メモ用紙とクリップボードを持って、各メンバー達の打撃練習を見ていった。

 

そして全員が打撃練習を済ませたところで皆をベンチ前に集合させた。

 

「ええ、皆知っての通り、今日は柿原とタマキせんせーがときめき青春高校へ練習試合の申し込みに行ってる。まだ出来ると決まった訳じゃないけど、この際だから打順を決めたいと思う」

 

練習試合と聞いたとたんに、皆が緊張していくのが分かった。オレ達の初陣だしな、分からんでもない。

 

「とりあえず、今までの打撃練習での内容からオーダーを決めた。長期的には暫定的なものだけど、とき春戦では今から言う打順で決定だと思ってくれ。よほどの事がない限りは変えない。じゃあまずは―――」

 

いよいよ打順を発表する。皆がかたずをのんでオレを見つめている。

 

「一番センター、矢部君」

「合点でやんす!」

 

矢部君は今のメンバーではダントツに足が速い。それにバッティングも悪くないし、アベレージも高い。リードオフマンとしては文句なしだろう。ただ、中学の時のデータを見ると得点圏打率が低いのがちょっと気になったかな。

 

「二番ショート、夏野さん」

「任しちゃってよ!」

 

ソフトからの再転向で、待望の正遊撃手。中学時代に経験があったらしいのでそのまま入ってもらった。打撃に関しては、パワーは無いけど低めをさばくのがうまい。バントよりも打撃でつなぐ二番として猛威をふるってもらいたい。

 

「三番ファースト兼リリーフ、柿原」

「まぁ、無名とはいえシニアで上位打線を打っていたでやんすからね」

 

シニア時代、野手として出場する時には二番や三番を打っていたらしいその打撃には、正直驚かされた。本人が以前言っていた通り、ミート打ちとカッティングのレベルはかなり高い。先月、一緒に草野球に乱入した時は、一〇球以上粘ってから痛烈な一打を浴びせるなど持ち味を如何なく発揮していた。そして、こいつも低めへの対応がうまい。

 

「四番サード、パワプロ―――まぁ、オレだな」

「あかつき中でクリーンナップを打っていた実力、期待してるよ」

 

とりあえず、現行メンバーの中ではオレが一番安定して長打を打てる……と言っても、本質は中距離打者だと自分では思っているので、何とか"つなぐ四番"として頑張っていきたい。まぁ、あかつき中でクリーンナップを打っていたというプライドも多少なりとあるので、簡単に譲る気は無い……たぶん。

 

「五番ライト、諏訪部」

「!?……いいのか、俺なんかが五番に座っても」

「ああ。まだ荒いけど、パワーは十分に期待できる」

 

こいつが一番びっくりした。考えてた自分が一番驚いたくらいだ。

まだフォームが定まってないから打撃自体は荒いけど、ジャストミートすれば驚くほどの飛距離を出してくる。正直、潜在的な長打力は俺よりも上かもしれない。それに、最初はかすりもしなかった一四〇キロの球にも、最近は対応できるようになってきている……本当に野球歴三週間かこいつ……。

とにかく、将来の四番候補には間違い無いだろう。今後の成長が楽しみである。

守備に関しても、動きはまだもっさりとしているが、深い位置から楽々とレーザービーム送球して見せるあたり、感服に値する。

 

「六番レフト、青木」

「うぅ、緊張する~」

 

夏野さんがショートに入った関係でオレがサードへ戻ったため、レフトへと移ってもらった。

正直打力は最底辺だが、ガッツはある。クリーンナップからの仕切り直しという点では、積極的な打撃で下位打線を引っ張っていってほしいところ。

 

「七番セカンド、高橋」

「下位打線か~まぁ、気楽にいかせてもらうぜ!」

 

三人組の中では一番パワーがある。脚もそこそこだから上位打線においてもいいけど、セカンドと言う関係上守備に集中してほしいのもある。本人も言っているが、気楽にやっていって時たま一発を狙ってもらいたい。

 

「八番キャッチャー、小沢」

「アベレージ低いから、まぁ妥当かな~」

 

大事な扇の要だ、他の奴ら以上に守備に専念してほしい……元々打撃は最低クラスなので尚更だ。

しかし、パワーは高橋と同じくらいあるのでラッキーな長打を期待してもいい。

 

「九番ピッチャー、あおいちゃん」

「まあピッチャーだもんね」

 

コレはほぼお決まりの様なものだ。例によってあおいちゃんは打撃が弱いし、スタミナ的な問題でも一番打席の回らない9番に置くのはセオリーと言えるだろう。とにかく、あおいちゃんはピッチングに集中だ、エースだしね。

 

「とりあえず、各々が自分の役割をしっかり理解した上で、これからは練習していってほしい。うちは急造チームだし、特にパワーがある訳でも、機動力がある訳でも、小技がうまい訳でもない……正直今のオレ達じゃ―――」

「パワプロさん、三ツ沢先生からお電話です」

「―――ん、ありがとうはるかちゃん。ちょっと待っててくれ……はい、はい……へぇ。そうですか、はい、ありがとうございます。とき春の監督さんにもよろしく伝えておいてください。……はい、では……。皆、とき春との練習試合決まったぞ!」

 

おお、と皆から歓声が上がる。

 

「来週の土曜日に向こうのグラウンドでするそうだ。詳しい事はせんせー達が帰ってきてから説明するらしい」

「うひょーでやんす!遂にオイラの真の姿がベールを脱ぐでやんす!」

「アンタに脱ぐほどのベールなんてあるの?」

「夏野さん、手厳しいですね」

「…………(必ず勝つ)」

 

皆、やる気は満々みたいだ。

相手の強さは正直分からない……けど、それでも自分たちがどこまでできるのか、どれだけやれるのか、まずは知らなければいけない……勝つにしても、負けるにしても。でも、負けてやる気は無い。

 

「いよいよ、ボクが投げるんだね……」

「あおいちゃん……。でも、練習試合だしさ……あんまり気負わなくてもいいよ。ま、オレも大分緊張してるけどね」

「ふふ……。練習試合でも……絶対に、負けないよ!」

「うん、そうだね。絶対に勝とう!よし、今日から皆気合入れ直して練習しろよ!」

「「おー!」」

 

六月三週、来るときめき青春高校との練習試合に向けて、オレ達は再び練習を開始した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「よー。帰ってきたぜぇ~」

「あ、お帰り柿原。せんせーもお疲れさまでした」

「いいのよ、これも監督の仕事だしね。じゃあキャプテン、皆を集合させてくれる?」

「分かりました」

 

しばらくして、三ツ沢監督と柿原が帰ってきた。

練習を中断させ、部員達を部室のホワイトボード前へと集合させる。

見回してみると皆緊張した面持ちのようだ。

 

「皆そろったわね。それじゃ来週の練習試合と試合相手のときめき青春高校について説明するわね」

 

監督は懐からメモを取り出し、淡々と読み上げていった。

 

「試合会場はときめき青春高校野球部グラウンド。試合開始は14:00で、集合は40分前。うちは午前中はここで練習してから電車で向かうわ。電車賃は片道四百円よ。……休日だから大丈夫だとは思うけど、校内の治安が多少悪いから気をつけてね。試合後は、いくらか時間を設けてるわ。思う存分技術交流をして頂戴。次に相手チームの選手だけど……柿原君、お願い」

「は~い。まず、言っておくけど、とき春を舐めてたらエライ目に遭うかもしれないんでそこんとこ注意しとけ。全員一年だけど……なんてったって、ウチよりも経験者の比率が高いからな」

 

治安……悪いのか。じゃあ何であっちで試合するんだよ……。まぁそれはそれとして。

ウチと似たようなチーム状況とは聞いていたけど、経験者が多いのか。

 

「ファースト、神宮寺光。右投げ左打ち。脚は遅いけど、高いミートセンスとパンチ力を兼ね備えた安打製造機(ヒットメーカー)だ。恐らくクリーンナップに入ってくるだろうな」

「安打製造機か、厄介だな……」

 

「セカンド、茶来元気。右投げ右打ち。突出したものは無いけど、バランスのいい選手だ。積極的に振ってくるタイプだから、勢いにのまれないようにな」

「特徴は無いけど欠点も無い選手ってことですね」

 

「サード、稲田吾作。右投げ右打ち。安定して長打を狙える中・長距離打者だ。鈍重だけど肩は強いから、刺されないように気をつけろ」

「こいつもクリーンナップだな、たぶん」

 

「ショート、小山雅。右投げ両打ち。僕と同じシニアでプレーしてたやつだ。……パワーは無いが、ミート力があって小技もうまい。守備に関しても、身体能力を技術でうまく補ってる名手だ、エラーは滅多にしない。……一つ言っておく、"巧いぞ"」

「巧い、か……同じショートとして負けらんないわね」

 

「キャッチャー、鬼力剛。右投げ右打ち。アベレージは低いけど、パワーはホント目を疑いたくなるレベルだ。フェンスオーバーを何度も見せられたからな……。肩も強いから、盗塁死、牽制死には十分に気をつけろよ」

「まさに四番キャッチャーって感じだな~。同じ一年とは思えないぜ」

 

「外野陣は、センターに矢作伸雄、ライトに三森右京、レフトに三森左京。三人とも弱肩だけど、揃いも揃って俊足だ。打ち上げれば、まずアウトになるだろうな……それだけ守備範囲が広い。それに、走塁・盗塁も積極的にしてくる。幸い三人とも打力自体は弱い方だから、打ち取るのはまだ楽かもしれん。ただ、内野安打になる確率もそこそこあるからな」

「なんかセンターのやつからはオイラと同じ匂いがするでやんす。きっとさわやかな眼鏡イケメンに違いないでやんす!」

「そんな事ある訳ないでしょ」

 

「最後にピッチャーだ……。林啓太、左投げ左打ち。僕と同じパワフル第三中出身で、野球部のエースだった奴だ。スリークォーターから多彩な変化球を投げ込む技巧派サウスポー。MAXは143キロ。持ち球はスライダー、スローカーブ、カットボール、スプリット、スクリュー、チェンジアップ、シュート変化するツーシーム。スクリュー以外の変化量は大したものじゃないが、キレがあるし、これを抜群の制球力で操ってくる。物怖じせず、淡々とアウトを積み重ねるクールなマウンドさばきも特徴だ。正直、闘志むき出しのやつとはまた違った威圧感がある」

「まさにエースって感じだね……ボクとはえらい違いだよ」

「ああ。正直早川とは全然レベルが違う。僕らだってアイツから打てるかどうかなんてわからない。……でも」

「―――うん。抑えれば、負けない!絶対、負けないよ」

「流石、ウチのエース様だ分かってらっしゃる」

 

……。

 

凄いな、ときめき青春高校。

正直、聞いた限りじゃオレ達よりずっと選手のレベルが高い。特にピッチャーの林なんて、総合力じゃ猪狩と同じくらいかもしれない。そして、まったく正反対のタイプだ。

 

勝てるのか、こいつらに。

 

「じゃあ、キャプテンと監督。最後に一言ずつお願いします」

「ええ。パワプロ君、先にお願いね」

「あ、はい……」

 

さて、何て言おう。言葉が出てこない。

皆俺の顔を見て、オレの発言に注目している。

 

見かねたのか、あおいちゃんが声をかけてくる。

 

「パワプロ君……カッコイイ事なんて言わなくてもいいんだよ。キャプテンが何か言ってくれれば、それだけでボク達は元気になれるからさ」

「あおいちゃん……うん。皆、勝つぞ!」

「「おー!」」

 

その後、三ツ沢監督が当たり障りのない言葉で締めくくり、今日は解散となった。

 

 

 

 

 




や~題名があれですけど、今回はまだ戦いませんでした。次話で、ついにとき春チームと激突です。

え?ピッチャーは青葉じゃないかって?それはまた後々


次回 『第8話 ときめけ青春!恋せよ球児!』 まもなくプレイボールです!

恋々オーダー&ステータス(一年目6月時点)
1.中 矢部  2DDBDDE チャンス2、盗塁4、走塁4
2.遊 夏野  2EEDCCD バント○、ローボールヒッター、流し打ち
3.一 柿原  2CEECCC AH、粘り打ち、流し打ち、ミート多用
4.三 パワ  3CDDBDD 広角打法、ムード○、対エース○
5.右 諏訪部 3FDDAEF レーザービーム、送球4、三振、強振多用
6.左 青木  1GFEEEG エラー、積極打法、積極守備
7.二 高橋  4GEDCFF ムード○、強振多用、積極守備
8.捕 小沢  3GEFCEF 三振
9.投 早川  2GGFDEE

早川
129km/h DD 先発◎、中継ぎ◎ キレ4、緩急○、短気
カーブ2、シンカー4

柿原
141km/h CD 中継ぎ◎、抑え◎ キレ4、奪三振、闘志、球持ち○
Hスライダー1、スラーブ4、シンカー3、ツーシーム


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第八話 ときめけ青春!恋せよ球児!

6月3週目。

 

今頃あちこちの高校では、甲子園出場をかけた戦いがまさに始まろうとしているところだろう。

ただ、オレ達恋恋高校は今年の夏の大会には参加しない。まずはじっくりと力を蓄え、秋の大会……そしてその先のセンバツに全てをぶつけるために。

 

しかし、そんなオレ達も戦わない訳じゃない。

今日はときめき青春高校との練習試合。チームが出来上がってから一カ月、待ちに待った初の実戦だ。

先週唐突に試合をすることが決まったためか、皆どことなく緊張しているようだった。

まぁ、柿原に関しては今も横で鼻歌を歌っているあたり、まったく緊張感が感じられないが。

 

「さて、着いたわよ」

 

いつしか、オレ達はときめき青春高校の正門前へとたどり着いていた。

そして、そこには―――ずっと待っていたのだろうか、ユニフォーム姿の少年とジャージを着た女の子が立っていた。

 

「大空さんに林君、お出迎えありがとうね」

「いえ、三ツ沢先生。恋恋高校の皆様、お待ちしておりました。マネージャーの大空美代子です」

「野球部キャプテンの林啓太です。グラウンドへは私たちがご案内いたします」

「分かったわ。じゃあ、今日はよろしくお願いね」

「…………」

「ほらっ、パワプロ君も挨拶する!(バシッ!)」

「痛゛っ!……ええ、恋恋高校野球部キャプテンのパワプロです。よろしくお願いします」

「ふふ……じゃあ皆さん、グラウンドへご案内いたしますね」

 

マネージャーの大空さんに率いられて、オレ達はグラウンドへと向かっていく。

それにしても、アイツが林か……イケメンじゃねぇかこの野郎……。猪狩と言い、天才は顔も天才だって言うのかよ……チクショウ。

大空さんも美人だよなぁ。あのふんわりとした感じ……

 

「―――っ!!?」

 

ひっ!?

 

今、何だか物凄く強烈な殺意を複数感じたような……き、気のせいだよなうん。

 

「パワプロ君……」

「パワプロさん……」

「キャプテン……」

「は、はい……」

「「「背中に気をつけてね」」」

「ひぃぃぃぃ!!」

 

こ、こえーよ三人とも。

試合に集中しなけりゃ、このままじゃ命が危ないかもしれない。

ちなみに、矢部君は大空さんに電話番号を聞こうとしたところ監督にねじ伏せられた。

女の子って怖いですね……今日知りました。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

グラウンドに着くと、とき春の選手たちが練習をしていた。うわ、がら悪いな……。

オレ達はひとまず三塁側ベンチに荷物を置き、各自ウォーミングアップを始めた。

 

「パワプロ、早川、ちょっと来てくれ」

「ん?」

「なに?」

 

準備運動をしていると、ふと柿原に呼ばれた。

柿原の方を向くと、とき春の選手が二人―――一人は林、そしてもう一人、金髪をポニーテールにした子がこちらに駆け足でやってくるのが見えた。

 

「紹介する。こいつらが中学の時の知り合いの、林と小山だ。んで啓太、雅。こっちがキャプテンのパワプロと、ウチのエース早川だ」

「さっきも挨拶はしたけど……改めて、初めまして。キャプテンの林啓太だ、今日はよろしく」

「小山雅です……ショートをやってます。その、今日は、よろしくお願いします」

「恋恋野球部キャプテンのパワプロだ。こっちこそ今日はよろしく頼む。練習試合を受けてくれてホント感謝してるよ」

「ピッチャーの早川です。キミ達の事は柿原君から聞いてるよ。お互い、良い勝負をしようね」

「君達の方こそ、噂はかねがね。件の女ピッチャー、そしてあかつき中OBの実力、見せてもらうよ」

「へっ!それを言われると、手を抜く訳にはいかないな」

「ふふ。僕達だって、練習試合だからって負けるつもりはないよ」

「ま、お互い正々堂々フェアプレーでいこうじゃないか。雅、啓太、完封されないように気ぃつけろよ?」

「そっちこそ。コールドになるのだけは、避けてくれよ宏樹」

「はは。お前との投げ合い、楽しみにしてるぜ」

「うん……。三人とも、マウンドで待ってるよ……。行こうか、雅ちゃん」

「え、あ、うん。じゃあヒロ君、早川さん、パワプロさん、今日はよろしくお願いします」

 

先に戻っていった林をトテトテと小山さんが追いかけていく。か、かわいいなぁもう……。

 

「パワプロ君」

「は、はひっ!?」

 

ごめんなさい、もう睨まないでください、怖いです。怖いと言った事も謝ります、スミマセン。

 

「それにしても、"ヒロ君"なんて言わせてるんだ、ヒロ君?」

「馬鹿。幼馴染なんだ、普通だろ。僕だって下で呼び捨てにしてるしな、イチイチ突っ込むなよ」

「ふ~ん。……あの子も、女の子なんだよね」

「……ああ。でも、アイツはここでは"男"として振る舞ってる。そうして、甲子園を目指すそうだ……」

「そう、なんだ……」

「…………」

 

あおいちゃんと柿原、なんだか悲しそうな顔をしている。

男として、か……。やっぱり、女の子として野球をやり続けてるあおいちゃんにも、小山さんとずっと野球をやり続けてきた柿原にも、思う所があるのか……。それはきっと、今のオレには分からない事なんだろうな。……それだけは分かる。

 

「まぁ、しんみりするのは後でもできるよ。今は、早くアップを済ませよう二人とも」

「そうだな……。じゃあ、頼むぜキャプテン、エース」

「まかせろよ、守護神」

「期待には応えるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両校のノックが終わり、やがて試合開始の時間となった。まず塁審がグラウンドに入り、続いてときめき青春の選手達が守備位置につく。林は、先ほどの発言通りマウンドで待ち構えていた。

グラウンドの外には、ちらほらと見物客や、どこから嗅ぎつけてきたのか見知ったスカウトの人達もいた。

 

ちなみに、今回審判をしてくれるのは地元の草野球チームの皆様、そしてウグイス嬢はとき春放送部の部長さんである。ご協力感謝いたします。

 

ウグイス嬢により、スターティングメンバーが発表される。

 

『先攻、恋恋高校のスターティングメンバーを発表します。

 

 一番センター    矢部

 二番ショート    夏野

 三番ファースト   柿原

 四番サード     パワプロ

 五番ライト     諏訪部

 六番レフト     青木

 七番セカンド    高橋

 八番キャッチャー  小沢

 九番ピッチャー   早川

 

以上でございます』

 

この前言ったものからは特に変更は無い。まぁ、これでいくって言ったしね。

 

『続きまして、ときめき青春高校のスターティングメンバーを発表します。

 

 一番レフト     三森左京

 二番ショート    小山

 三番ファースト   神宮寺

 四番キャッチャー  鬼力

 五番サード     稲田

 六番ピッチャー   林

 七番セカンド    茶来

 八番センター    矢作

 九番ライト     三森右京        

 

以上でございます』

 

林は六番か……という事は、それなりに打力もあるのか。

 

ふむ、強打者・巧打者が集まった上位打線の破壊力は抜群。下位打線も、一度茶来で仕切り直してから矢作と三森兄弟の機動力で攻めてくる布陣か。リードオフマンが三人……さしずめ、下位打線からのスーパーカートリオだな。実質下位打線は無いものと考えてもいいか……なんとも厄介な打線だ。

 

「パワプロ君、何ビビってるでやんすか?」

「い、いやそんなことないぞ!ただ、すごい打線だなって……」

「それをビビってるって言うでやんす。キャプテンが弱気でどうするでやんすか」

 

そうだよな。あっちはあっち、こっちはこっち。

よし、気合入れ直さなくちゃな。

 

「よし、円陣だ。皆集まれ!」

「「おー」」

 

絶対勝ちたい。オレが頑張らなきゃ、皆だって頑張れない。

それに―――

 

「皆が頑張れるから、オレも頑張れる。オレ達の第一歩だ、気を抜かず行くぞ」

「「…………」」

 

あれ?何でみんな黙るのさ……

 

「……カッコつけんなよ。分かり切った事じゃないの」

「ぬぬ……じゃあ盛り上げ隊長、なんか言えよ」

「ふふん、じゃあ僭越(せんえつ)ながら―――」

 

―――絶っってー勝つ。気ぃ緩めんじゃねえぞ!行くぜ野郎ども!恋恋、ファイっ―――

―――おぉー!!―――

 

「まず初回、思い切っていくわよー!」

「矢部君、まずは出鼻を挫いてやれ」

「合点でやんす!」

 

皆ベンチへと戻り、矢部君はバットを担ぎ打席へと向かう。

 

そして、審判からプレイボールが宣言され、いよいよ試合が始まった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

『ストーライッ!』

 

個性は無いが、安定感のあるフォームから投げ込まれた球は寸分の狂いも無く、キャッチャーの構えたアウトローのコースへと決まる。

速い。恐らくストレートかツーシームだろうか、矢部君は一瞬あっけにとられていた。

 

第二球目はインコースへの恐らくカットボール。

コレを矢部君は空振りしてしまい、2ストライク。

最後は低めのチェンジアップを引っかけてしまいボテボテのサードゴロでワンナウト。

しょんぼりとした表情で矢部君が戻ってくる。

 

「ドンマイ、矢部っち」

「あのカットボールとツーシームはエグイでやんす。手元に来るまでストレートにしか見えないでやんすよ。気をつけるでやんすよ夏野」

「分かってますって」

 

ふむ……やっぱり投手の生きた球は違うか。

130キロ台のムーヴィングファストなんて、高校一年生が打てるような球じゃないよな。

 

練習試合とはいえ、初っ端から猪狩級の投手と対戦か。

中学の時に猪狩の剛速球をずっと見てたし、柿原もサイドで141とか出すからなんか感覚がマヒしてたけど……高一で、しかもサウスポーで143キロ出す林も、考えてみれば相当なバケモンだよな、うん。しかも、変化球も多彩だし。

でも、コレはいい経験になると思う。

 

『二番、ショート夏野さん』

「さあ、こい!」

 

夏野さんがバットを構える。

林から放たれたボールは―――遅い、チェンジアップだ……。

速球を待っていたのか、タイミングを外された夏野さんは豪快に空振ってしまう。

二球目は内角へ落ちるチェンジアップ。これも空振りしてしまう。

三球目の高めに外したストレートを見送った後―――

 

『ストライッ!バッターアウト!』

 

外角へ逃げていくスクリューを振ってしまい空振り三振となる。

ここから見てても分かる、物凄い変化量だ。

 

「ヤバいよアイツ。どの球もフォームがほとんど変わんないから、全然球種が絞れない」

 

見分けのつきにくいリリースに、多彩な変化球か……鬼に金棒だな。

 

「打てるか、柿原?」

「さあな。でも、アイツ相手にバッティング練習やったこともあるんだ、そうそう簡単には打ち取られないぜ?」

「そうなのか、じゃあ期待できるな。頼―――」

「……まあ、勝率物凄く低いけどな……グス」

「―――むぞ……?」

 

期待、していいんだよな……?

 

『三番、ファースト柿原君』

「っしゃあ!」

 

気合と共に柿原がバッターボックスへ入る。その顔は、どこか楽しそうだった。

マウンド上の林も、待ってましたとばかりに一瞬笑みを浮かべる。

柿原がバットを構えるのを見届けると、林は投球モーションに入った。

 

初球はインハイ、胸元近くへのカットボール。

恐らく仰け反らせてフォームを崩させるためのボールだったのだろうが、読んでいたのか、柿原は少し体を引いただけで平然と見送る。

 

二球目はアウトローへのチェンジアップ。スイングを堪えて見送るも、僅かに入っていたのかストライク。

三球目のカットボールを打つもファウルで2ストライク。

追い込まれながらもそこから五球ファウルで粘り、九球目……。

 

僅かに甘く入ったスローカーブを引っ張り、レフト前へとはじき返した。

 

レフトがショートへ送球する間に、柿原は一塁を悠々と駆け抜ける。その時の顔は、まさにしてやったりというものだった。

 

「ナイスだ宏樹!」

「流石柿原君!」

「かっきーやるー!」

 

チーム初安打にベンチが盛り上がる。よし、オレも続かないとな。

ヘルメットをかぶり直し気合を入れると、オレはネクストから打席へと向かった。

 

『四番、サードパワプロ君』

「とにかく繋げるでやんすよパワプロ君!」

「期待してるわよキャプテン!」

 

打席から林を睨みつける。

ブレ無いリリースとキレのある変化球、そしてそれを支える制球力。球速だってある。

前の打者三人の話から、怖い投手だってことは十分に分かった……あとは、実感だけ。

 

まずは球筋を見極める。

 

林が初球を投じる。

インローへとカットボールが決まる。曲がりすぎず、曲がらなさすぎず絶妙な変化量だ。

おまけに、矢部君の言った通りかなりのキレだ、手元に来るまでストレートにしか見えない。まさに、理想的なカットボールだよ。

 

次は恐らくチェンジアップかな。

今までの投球を見る限りじゃ、速球とチェンジアップのコンビネーションで組み立てている感じだ、確率は高い。

読み通り、二球目はチェンジアップだった。しかし、低めに外れてボール。

 

三球目、ツーシームかフォーシームかカットボールか……速い球に狙いを絞る。

そうして投じられた球は外角へ……ツーシームだ。

ほんの少し腕を伸ばしてボールを打ちにいくが―――

 

(!?曲がらない……ストレート!?)

 

外角はツーシームだと思い込んでいたために、裏をかかれた。

腕を伸ばしていた分だけ芯を外され、勢いの無い打球がセカンド方向へと飛ぶ。

しかし、打球はわずかに二塁手茶来の頭を超え、ライト前へのラッキーなヒットとなった。

 

「あぶねぇ……」

「ラッキーラッキー。ツイてるぞキャプテ~ン」

 

何はともあれこれで2アウト一、二塁。一打先制の場面だ。

ホームを見ると、諏訪部が静かに打席に入っていた。

 

「すっちー楽にね~!」

「諏訪部君ガンバ~!」

「一発見せつけるでやんすっ!」

 

バットを構える、しかしそれは何処か緊張しているようだった。

無理も無いな。まだあいつは野球を始めて一カ月で、試合は初めてだ……緊張もするだろう。ましてや得点圏で、自分はクリーンナップだったらなおさらな。

 

一球目、二球目と豪快に空振る。どっちもカットボールだろう。

やっぱり140キロを打てると言っても所詮はマシンの球か。投手の生きた球は怖いんだろうな。

いつもはどっしりと構えているのに、今は腰が砕けている。

三球目はバットに当てるも一塁側へのファウル。

そして四球目、外へ変化するスクリューを空振りし、三振でスリーアウトチェンジ。

初回先制はならなかった。

 

「すまない……」

「ドンマイ諏訪っちゃん。気にすんなって、相手の方が強いってだけだ」

「そうそう。ダメもとで気楽に振っていけよ。な?」

「ああ……」

 

さて、今度はこっちが守る番だ。

初回はまずきっちり抑えていきたいな。

 

「頼んだよ、小沢、あおいちゃん」

「まぁやれるだけは頑張るぜ~!」

「うん。三者凡退でサクッと終わらせるよ!」

 

バッテリーの二人に声をかけるが、いつになく気合が入っている。まぁ、デビュー戦だものな。

あおいちゃんがマウンドに立ち投球練習を始めると、向こうのベンチがざわつきだした。

アンダースローは珍しいから、そりゃ驚くよな。

 

投球練習も終わり、トップバッターの三森左京が打席に入る。

三森兄弟は足が速いらしい……内野安打を警戒しないとな。

 

初球、外角低めのストレートを見送る。

ボールは、キャッチャーが構えたストライクゾーンぎりぎりのコースへとピシャリと決まっていた。

二球目は外角高め、僅かに外したストレート。

コレを三森左京は振りにいくが、ファーストへの弱々しいフライとなり、柿原が捕球してワンナウト。

 

『二番、ショート小山さん』

 

小山さんが左打席に入る。そういえば、両打ちだったっけ。

柿原が"巧い"と言うくらいの選手だ。簡単に打ち取られてはくれないはず。

 

あおいちゃんが初球を投じる。

インローへのシンカー。決して甘くは無いその球を―――

 

『―――ふっ!』

「なに!?」

 

小山さんは体をくるりと回転させ、コンパクトなスイングでライト前へとはじき返した。

 

「っ!ライトォ!」

「まかせろ!」

 

打球はライト方向、浅めに守っていた諏訪部の前でワンバウンドするが、それを諏訪部は素早い動作で捕球し、一塁へと投げ返す。そして―――

 

『アウトォ!』

 

速い―――!

ボールは小山さんが到達するよりも早く柿原のファーストミットへと収まり、結果はライトゴロとなった。

打球が意外に速かったのと、たまたま位置取りがよかったのもあるけど、いきなりナイスプレーだ。相手ベンチも審判も驚いている。

 

「ナイス諏訪っちゃん」

「ありがと、諏訪部君」

 

軽く手をあげて答え、諏訪部は守備位置に戻っていく。

これで2アウトだ。

 

続く三番の神宮寺は、あっさりとショートゴロに打ち取られてスリーアウトチェンジ。

宣言通りあおいちゃんは三者凡退で初回を抑えきった。

 

「ナイスピッチあおいちゃん」

「皆の守備のおかげだよ」

「謙遜しなさんなって。神宮寺を打ちとったシンカー、絶妙だったぜ?」

「どーいたしまして」

 

これで初回が終わり、互いに0―0でスタートした。

林とあおいちゃんの投球、柿原と小山さんのバッティング、諏訪部の好守備等々。

どちらも初回は驚きでいっぱいだろう。序盤からいいものを見せてくれる。

 

それから、二回は互いに三者凡退。

三回はワンナウトから矢部君がポテンヒットで出塁するも、後続が続かずチェンジ。ときめき青春も、三塁までランナーを進めるが点を取れず。

 

しかし四回。オレと諏訪部が連続三振、青木が投ゴロに倒れた後、試合は動き出した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……クっ」

「たった二点だ、これから取り返して行けばいいよ」

「そーだよ。まだ四回が終わったところなんだしさ、チャンスはあるって!」

 

四回裏。二順目になって、あおいちゃんが捕まり出した。

 

先頭打者の小山さんにシングルヒット、続く神宮寺にツーベースを打たれノーアウト三塁、二塁。

そこから四番の鬼力君に犠牲フライを打たれ先制される。五番稲田を打ち取った後は、六番の林にもタイムリーを打たれ、この回二失点目。

茶来にもヒットを許すが、続く矢作を内野フライに打ち取りスリーアウトチェンジ。

 

先に二点も先取された……相当悔しいはずだ。

あおいちゃんはベンチに戻ると、帽子を深くかぶりうつむいてしまった。

 

五回表の攻撃も三者凡退に終わる。

打席から戻ってくるあおいちゃんを、柿原は険しい表情で出迎えた。

 

「せんせーが、このイニング投げ終えたら交代だってさ」

「交代?……そう。交代なんだ」

「……お前、なんだよその反応。まだこの回投げるんだぞ」

「わかってるよ」

「いいや分かってないね」

「お、おい二人とも……」

 

二人とも睨み合ったまま動かない。ベンチ前に険悪な空気が流れる。

 

「少し打ち込まれたくらいで動揺してんじゃねぇよ。何か、もう負け試合を決め込んでるって言うのか?えぇ?」

「そんな訳ない!ボクはまだ投げられるよ、信頼してよ!」

「なら一々落ち込むな、先発だろ!投球だけじゃなくて、気持ちでも試合を作れよ!」

「なん、ですって……」

「打たれる度にそんなんじゃ、他の奴らまでやる気をなくすんだよ。投げる気があるんなら、それらしく振る舞え」

「早くしなさい。あまり長引くようだと没収試合にするよ」

「う……スンマセン、すぐに行きます。早川、しゃきっとしてくれよ?」

「言われなくても分かってるよ」

 

お互いギクシャクしたまま二人はそれぞれの守備位置へと戻っていく。

"気持ちでも試合を作れ"か。投手の柿原には、何か思う所があったんだろうけれど、あんなにケンカ腰にならなくてもよかったんじゃないかな。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

五回裏、先頭バッターの三森右京をフォアボールで出塁させた後、続く一番、三森左京に痛恨の2ランを浴びてしまった。

 

……やはりあおいちゃんの投球にはキレがなくなっている。

負けん気の強いあおいちゃんだから、なんとか林に負けまいと、相手を抑え込んでやろうと躍起になっているからだろう。だから余分な力が入りすぎて、余計な気を遣いすぎて、思ってる以上にスタミナを消費してしまい、結果投球の質が下がる。

 

オレ達はタイムを取り、マウンドへと集まった。

 

「ドンマイドンマイ。球自体は良いの来てるから、コースさえ気をつければそうそう打たれないって」

 

小沢が当たり障りのない言葉をかける。

しかし、それが気に食わないのか、奴がまたしゃしゃり出てきた。

 

「お前ら、甘やかすな。それじゃこいつの為にはならない」

「何だよ柿原、いいたい事があるのは分かるけど、これ以上あおいちゃんを責めるのはやめろよ」

「別に、投球自体を責めはしないさ……僕が文句あんのは、気構えの方だ。お前もかばうな」

「何だって……!?」

「いいよパワプロ君。ごめんね打たれちゃってさ……エース失格だよね」

「馬鹿言え。お前以外に誰がエースをやれるってんだよ」

「でもさ―――」

「ウチのエースはお前だ。エースが勝手に自分を貶めるな」

「!?……何で、何でなのよ―――」

 

その言葉にあおいちゃんが顔をしかめる。

そして、柿原に言い放った。

 

「―――何でボクなの!?何でボクがエースなの!?柿原君の方が上手いのに、何でボクに投げさせるのさ。君が投げればいいじゃない。君がエースになればいいじゃない!ボクこそリリーフに行けばいいんだよ、その方が勝て―――」

「馬鹿野郎!!」

 

柿原も声を荒げる。その顔は怒りと失望に満ちていた。

 

「僕はな……お前だからエースを任せたんだ。お前の投球を始めて見た時にも、練習で改めて見たときにも、"僕はこいつの後ろで投げたい"って本気で思った、だから任せた」

「…………」

「お前がもっとだめなピッチャーだったら、僕が投げてたさ。でも僕はお前に投げさせてる、それだけの素質がお前にはあるからだ」

「でもボクは、もう四点も―――」

「それはお前が自分を信じなくなったからだ。……いいか、早川」

「……っ。なに?」

「先発はな、投球で、何より気持ちで試合を作っていかなきゃならない。だから圧倒的な投球を求められる。そしてリリーフは、先発がつくった試合を壊さないように……それ以上に、圧倒的な投球をしなけりゃならない。何でか分かるか?」

「それは……」

 

あおいちゃんが言い淀む。

柿原は一度眼を閉じ一呼吸置いた後、言葉をつづけた。

 

「相手に、"もうこれ以上手が出せないな"って思わせるためだ。リリーフっていうのはそういうモンだ。だから、今のお前の様な少し打たれたら動揺するような奴や、それを分かってないやつに、後ろを任せたいとは思わない。リリーフは、先発崩れが来るような場所じゃない……」

「―――!?」

「僕は、お前に成長してほしい、先発として、エースとして。投球で負けてもいい、でも、気持ちで負けるな。それがお前の役割だ。お前が負かされた分は、僕らが打撃で取り返す!」

「気持ちで、負けない……」

 

柿原……お前。

 

「エースは自分でなるもんじゃない、ましてや譲ったり、譲られるものでもない。周りから求められて、初めてそう在る事が出来るもんだ。だから頼むぞ、早川……。っつーわけで―――」

「?」

「?」

 

柿原が怪しげな笑みを浮かべる。

そして(おもむろ)に右手を出すと―――

 

「元気出せ!」

「え……?」

「「―――あ゛!?」」

「ひ、ひゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

―――思い切りあおいちゃんのお尻をつかんだ。

あまりの衝撃にあおいちゃんは赤面し、皆絶句する……そして、

 

「な……何すんのよ……この、ヘンタァァァァァァイっ!!」

「ふべっ!!」

 

柿原に強烈な右アッパーを喰らわせた。

柿原はしばらくの間宙を舞い、数秒後地面へと落着した。向こうのベンチも、審判も、目が点になっていた。

 

「エッチ!サイテー!何考えてんのよこの片頭痛持ち!」

「かっきー……せっかくカッコよかったのに、減滅だよ」

「柿原、コレは無いよ……」

「…………馬鹿が」

 

ムクリと起き上がってきた柿原に対し、皆して罵声を浴びせる。

しかし柿原は、それに堪えた様子も無く、顎をさすりながらマウンドへと戻ってきた。

 

「っ痛……なんだ、まだ元気あんじゃねぇの。だったら、この後きっちり抑えてくれよ。ランナーはいないんだ、伸び伸びとやりたいように投げろ」

「わ、分かってるわよ……余計なお世話だよ、馬鹿……」

「あっそ……。んじゃ、期待してるぜ、エース様よ」

 

そういうと柿原はファーストへと戻っていった。

これ以上時間はとってられないので、オレ達もそれぞれの守備位置へと戻っていった。

 

まさか、気持ちを切り替えさせるためにやったっていうのかよ。

……羨ましい。後で感触とか聞いてみようかな……。

 

「…………」

「ひっ!?」

 

そう邪まな考えをしていると、あおいちゃんが物凄い殺気と共にこちらを睨んでいた。

スミマセン、怖いです。怖いと言ったことも謝ります。試合に集中します。

 

兎にも角にも、さっきので吹っ切れたのか後続を三者凡退に切って取り、スリーアウトチェンジ。

あおいちゃんは、マウンド上で小さくガッツポーズを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、六回表の攻撃では―――

先頭バッターの矢部君からライト前ヒット、フォアボール、センター前ヒットでそれぞれ出塁しノーアウト満塁。一発入れば同点と言う場面で、オレがショートゴロに打ち取られ、6-4-3のゲッツー。

その間に矢部君が生還し一点を返すものの、続く諏訪部が今日三度目の三振に打ち取られ、スリーアウトチェンジ。

 

そしてこの回からは柿原がマウンドに上がり、何事も無いかのように三者凡退に打ち取る。

 

七回以降。

さっきの一点か、柿原の登板でスイッチが入ったのかは分からないが、林の投球は明らかにすごみが増していた。

柿原もそれに応えるべく全力投球し、それぞれ九回まで互いの打線をパーフェクトに抑え込み、そして抑え込まれた。

 

そして、オレ達とときめき青春高校の初試合は4-1でときめき青春高校が勝利し幕を閉じた。

 

 

恋恋  000 001 000 | 1

とき春 000 220 000 | 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい試合だったよ」

「いや、こっちこそ。凄いピッチャーに出会えてうれしかったぜ」

「そうかな……俺なんてまだまだだと思うよ。でも、ありがとう。また、いつか試合をしよう」

「ああ、次こそは負けないぜ」

 

西日がまぶしいグラウンドの中、オレ達は再戦を誓い握手を交わす。

別の場所では、あおいちゃんと小山さんが何やら真剣な表情で見つめ合っている。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「小山さん。君、女の子なんだよね。柿原君から聞いたよ」

「……そうですか。もう、ヒロ君ったら!」

「ふふ。あと、君の事情も聞いたよ……」

「え……」

「大丈夫。今バレたら大変だもんね、誰にも言わないよ」

「ありがとうございます。後でヒロ君を叱っておいてください、何でもかんでもしゃべらないでって」

「分かったよ!まったく、乙女の秘密をばらすなんてね」

「あはは。……早川さん」

「なぁに?」

「早川さんは、甲子園目指してるんですか?」

「……うん、目指してるよ。皆で、甲子園に行きたいからさ。それに―――」

「はい」

「ボクはボクとして、甲子園に出たいと思ってるから」

「……。早川さんは凄いですね。私にはそんな勇気は無かったなぁ……」

「そんなことする君も、十分勇気あると思うけど?」

「あはは……耳が痛いです。また、試合してくれますよね。グラウンドで会えますよね」

「うん、野球を続けている限り、またきっと会えるよ」

「楽しみにしています!」

「うふふ、ボクも!」

 

ここにも、女同士の熱い友情が結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、今日の試合はお疲れ様。残念だったわね……」

 

ときめき青春高校との練習試合が終わり、オレ達は恋恋高校へと戻ってきていた。

 

確かに今日は勝てなかった。それは悔しい……けど残念だとは思ってない。

自分たちの実力を知れたのもそう、林という好投手に出会えたのもそう―――負けたことも含めて、色々を収穫を得ることができたこの練習試合は、とても有意義だったように感じる。

決して残念ではなかった……そう思う。

 

「とにかく、勝てなかった事は気にしない。各自、今日の試合での自分の良かったところ、悪いところを見つめ直して、秋の大会に向けて頑張っていきましょう」

「「はいっ!」」

「それじゃ、キャプテンから何か一言頂戴」

「ん?あ、はい……」

 

何か一言か。そうだな……

 

「ええと、今日の試合で改めて分かった事がある。オレ達は弱い。正直今日の試合は勝てると思ってたし、オレや矢部君、柿原や諏訪部、夏野さん達上位打線が打ちまくってある程度得点できるだろうって、あおいちゃんや柿原が押さえてくれて危なげなく勝てるだろうって、そう思ってた。でも、それは己惚れ以外の何物でもなかった。自分が名門出身だからって天狗になっていたし、諏訪部の予想外の成長や、皆の実力に浮かれてもいた。……だから、負けたのはよかったのかもしれない。これで自分達の現状を知ることができた。だからオレ達は、今日負けたことによって勝った時よりも自分達の事を成長させられるはずだと思う」

「「…………」」

「オレ達は弱い、それを重々理解したうえで、これからの練習に取り組んでほしいと思う。秋の大会まではまだ二ヶ月以上もある。レベルアップしていくには十分すぎる時間だ。甲子園に……まずはセンバツに出るために、頑張ろう皆!」

「「はいっ!」」

「じゃあ、今日はここで解散ね。明日は休みにするから、また月曜から練習頑張るわよ。それじゃあ皆、お疲れ様!」

「「有難うございましたっ!!」」

 

今日負けた事を、オレは忘れない。そして、今日の敗北には感謝をしたい。

 

ここは常勝あかつきじゃない。ただの恋恋高校なんだ。

その己惚れから今日改めて目が覚めた。

 

甲子園に行くには、あの林や、猪狩の様な好投手を倒さなければならない。

そしてそいつらを倒すには、皆で強くならなければいけない。

オレだけじゃない、あおいちゃんだけじゃない、もちろん矢部君、柿原、諏訪部だけじゃない。

 

……野球部全員が強くならないとな。

 

「なあ、パワプロ」

「ん?」

「実は―――」

 

 

 

 




林啓太のパーソナルデータ(一年目六月三週時点)

林啓太 ときめき青春高校#1

基本情報
国籍:日本 誕生日:6月18日(16歳)
身長:178cm 体重:71kg

選手情報
投球・打席:左投左打
ポジション:投手
投球フォーム:スリークォーター11(ノーワインドアップ・グラブ顔/セットポジション・腹)
打撃フォーム:スタンダード1

経歴
パワフル第三中学→ときめき青春高校

ステータス(一年目6月時点)
143km/h BC 先発◎、中継ぎ○、抑え○ キレ4、リリース○、緩急○、低め○、ポーカーフェイス
カットボール2、スローカーブ1、SFF3、チェンジアップ2、スクリュー4、Hシュート1
3DCDCBD 広角打法

注:フォームの番号はパワプロ2012決定版での表記


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幕間

20XX年 9月XX日 頑張パワフルズ対シャイニングバスターズ

 

パワフルズ 優勝マジック残り1

 

4対4 延長11回裏パワフルズの攻撃

 

『バスターズは6番手の松田がマウンドに上がっています。しかし、先頭バッター島田のヒットとショート谷村の悪送球でノーアウト三塁一塁。球場全体がどよめいています……。バッターは6番橋本に代わりまして、代打の梶原です……。パワフルズ、このまま一気にサヨナラ、優勝を決められるのか。バスターズが粘るのか、梶原初球フルスイング―――』

 

『あーっと!梶原打ち上げてしまった。セカンド高田ゆっくり前進、掴んでワンナウト。延長11回裏パワフルズ、ノーアウト三塁一塁……一打出ればサヨナラ、優勝が決定する場面でランナーを返すことができません!』

 

『ここで一旦内野陣がマウンドに集まります。ネクストバッターは今日代打でノーヒットのパワプロ。FAで一時はカイザースに移籍したんですが、トレードで再びパワフルズに戻ってきました。今期で18年目、打撃コーチも兼任。ベテランとしてチームを支え、その勝負強い打撃で何度もチームの窮地を救ってきました。いま、延長11回裏1アウト三塁一塁の打席に向かいます』

 

『場内は割れんばかりのパワプロコール。今期、古葉監督の退任が発表されたパワフルズ、ここで勝てば4年ぶりのリーグ優勝。是非、監督の退任に花を添えたい。最高の場面で回ってきたこの男に、期待が高まっています!』

 

『ピッチャー松田、初球……外角外れてボール!一打出ればサヨナラ、バッテリーここは警戒している。二球目……変化球、ストライク。これも外角低めです。1ストライク1ボール、パワプロの心境というのはどういうものなのでしょうか?三球目はバックネット、ファール。これで追い込まれました』

 

『先ほどレフトの守備でファインプレーをしました盟友矢部も、ベンチから祈るように打席を見つめています。三塁ランナー帰ればサヨナラ、優勝の場面。ファンの期待、ベンチの期待、そして何より自分自身への期待に応えたい。最後の最後で、男になれるかパワプロ……おおおおおおおおおおおおお!』

 

『打った!打ったぁぁぁ!はじき返した打球は右中間無人の野を抜けてぇぇぇぇ!三塁ランナー安藤ホームに帰ってきた、帰ってきた!パワフルズサヨナラぁぁぁぁぁ!劇的な幕切れ!やっぱりこの男がやってくれた!お前だ!パワプロだ!』

 

―――頑張パワフルズ、パワプロのサヨナラ打で4年ぶりのリーグ優勝ぉぉぉぉぉ!―――

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・

 

 



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第九話 自分を知ること

ある日曜日。

天気は澄み渡るような快晴。

照りつける日差しの熱さが、もう夏なんだという事をジリジリと教えてくれる。

 

……ていうか、本当に熱い。

 

正直部屋にこもりたい。クーラーをかけた部屋でアイス食いながら野球の専門誌読みたい。

 

「まぁ、少なくとも体を動かすつもりはあったけど……」

 

時間は午前十時すぎ。

炎天下の河川敷グラウンドに今オレはいる。そして目の前では諏訪部が黙々と素振りをしている。

 

「……っ……っ!」

「…………」

 

そういえば、何でこんなところに居るんだろう―――

 

 

第九話 自分を知ること

 

 

 

 

『なあ、パワプロ』

『ん?』

『実は、お前に頼みがある』

『頼み?』

『ああ。……お前、名門でクリーンナップを打っていたんだろう。だから、それを見込んでお願いしたい……俺を鍛えてくれ』

『それは別にかまわないけど、なんだよ急に』

『今日の試合で……俺は四打席全てで三振だった。正直浮かれていた、マシンの140キロが打てるからと、クリーンナップに入っているからと……。でも違った。アイツの球には、一球もかすりもしなかった……怖くなった、悔しかった。甲子園に行くには、甲子園で勝つにはアイツの様な奴らを打てなければならない。俺は打てるようになりたい。だから、俺鍛えてくれ……頼む、パワプロ……!』

 

 

 

 

―――ああ、あの時こんなやりとりがあったんだっけ。

 

確かに向上心があるのは良い。オレだって諏訪部の成長には期待してるから、こういう特訓は喜んで引き受ける。

ただ、普段黙々と練習メニューをこなしている諏訪部が自分からこうしてくれ、ああしてくれと言ってくるのがあまりにも珍しかったので、少し驚いた。

 

周りの意見を聞けるほど心に余裕ができたのか、ただ()いているだけか。それは分からないけど、強くなりたいと言うならそれを拒む理由は無い。

なのでオレが付きっきりで指導しているんだが……。

 

「―――プロ……ワ……パワプロ!」

「―――ひ!?な、なんだ諏訪部、急に話しかけるなよ」

「……。……練習に付き合ってもらって文句を言うつもりはないが、一人だけたそがれて放置されても困るんだが」

「ゴ、ゴメン……」

 

―――諏訪部の評価が下がった―――

 

「で、何なんだよ?」

「……どうも違和感がぬぐえない。俺のスイングを見ていてどう思った?」

「どう、か。そうだな―――」

 

俺は一つ一つ気になった点を説明していった。

 

ステップが大きすぎて体が突っ込んでいることや、回転が巧く使えておらず腕だけのスイングになっていること等々。

 

「多分、お前のフォームが崩れ出したのは試合からだと思う。試合前のお前は結構どっしりと構えてたけど、初心者でまだフォームの固まりきって無かったお前は、いざ試合となって色んな球に手を出してるうちに、次第にフォームを崩されていったんだ。特にお前はあの試合中、どんな球でも打ち返そうとして遠くのボール球にも手を出していた。しかも、内角高めにボール球を投げられたことで、投球自体にも恐怖心を持った。だから更に腰が引けて……」

「つまり……フォームを矯正しなければならないと?」

「まぁ、簡潔にいえばそうだな。でさ、諏訪部……今のフォーム、っていうか最初に教えられたフォーム。打ちやすいか?」

「いや、分からん。……一応、極々基本的なフォームを教えられたんだが」

 

そうか……。でも、もししっくりこないっていうなら色々なやつを試してみた方がいい。

オレはスクエアスタンスで、割と顔らへんの高さでバットを構えるけど、柿原はオープンスタンスでバットの位置は高い。

それぞれに振りやすい、打ちやすい形ってやつがあるから、諏訪部はまずそれを見つけないと。

 

とりあえず、諏訪部が今一番振りやすいと思う形で素振りをさせてみた。

 

「どうだ?」

「……う~ん、ぎこちない」

「ふむ」

 

まぁ、マシンとはいえ速い球を打ち返せるんだから、動体視力は良いしスイングスピードも初心者にしてはそこそこ速い。ただよく見ていると、下と上があまり連動していないしかなり筋力に頼った腕振りだという事が分かる。

正直、マシン打撃の時のインパクトが強すぎて諏訪部の事を見誤っていたんだと思う。なまじ球への反応がいいし、恵まれた体格もあって前に打球が飛ぶだけにオレ自身舞い上がっていた。コイツは勝手に育つだろうと。

 

でも違った。

確かに素質はあるだろうが諏訪部は初心者なんだ。よくよく思い返してみれば、練習中だって本気を出した柿原やあおいちゃんからクリーンヒットを打てたことは全くなかった。手を抜かれててもほとんどファールばかりであまり前にはとんでいなかった。

つまり、マシンの140の球も”打てる”んじゃなくて”ただ当たっている”だけだったのだろう、だからマシンじゃない林のキレのある球が打てなかったのは、至極当然だったのかもしれない。

 

「とにかく、今は全部真っ白にして自分に合うフォームを見つけよう」

「ああ。己惚れる訳じゃないが、俺が打てないことにはチームの勝ちは見えてこない。いい打者が一人でも欲しい状況だ……お前たちの負担をできるだけ減らしてやりたい」

「うん。俺もお前には主軸として成長してほしい……諏訪部なら絶対いい打者になれるさ、だから一緒に頑張ろう!おー!」

「ああ……!」

 

かくしてオレ達は練習を再開した、諏訪部の理想のフォームを探すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も河川敷グラウンドで、フォームを変えつつ素振りとトスバッティングを繰り返していたオレ達だったが、時間も午後十二時を回りそろそろ腹も減ってきたなとコンビニへ昼飯を買いに行こうとした矢先、ある聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『なんだ、もう終わりかい?』

 

そう、忘れるはずの無いあの声が……

 

「い、猪狩!?」

「……まったく無様なスイングだったよ。僕を笑い殺させる気かな?」

 

猪狩が得意げに笑う。

 

「パワプロ……こいつは?」

「ふん、自己紹介が遅れたね。僕は猪狩守……あかつき大付属高校のピッチャーで、そこの馬鹿と昔チームメイトだった者だよ」

「む……馬鹿とはなんだ馬鹿とは。お前だってツンデレのくせによぉ!って言うかこんなところで何してんだよお前は」

「つ、ツン……!?そのような低俗な言葉で僕を形容するな汚らわしい。……まあいい。ランニングをしていたら偶々見知った顔が目に入ったものでね」

 

へ~え、それで茶々入れに来たと。

 

「で、彼は君のチームメイトかい?」

「ああ、諏訪部って―――」

「パワプロ、自己紹介くらい自分で出来る……」

 

諏訪部が割って入ってきた。

なにか、物凄い形相で睨んでいる気もするが、猪狩も涼しい顔で受け流している。

こ、怖えーよ諏訪部……。

 

「俺は諏訪部吾郎。コイツと同じチームで外野手をやっている。お前の噂はパワプロや他のチームメイトからも聞き及んでいる……天才、だそうだな」

「天才か……ふふ、周りがそう言うのならそうかもしれないね。で、その天才の僕に何か用かな?」

(……話しかけてきたのお前じゃん)

「バッティングも上手いと聞いている……そのお前から見て、俺はどう映った?」

 

諏訪部の質問に猪狩が眼を細める。

しばし視線を切った後、ゆっくりと言葉を発した。

 

「君は初心者かな?」

「ああ、まだ初めて一カ月だ」

「そうか……。そうだね、一言で言うなら”荒い”な。力まかせに振るのはバッティングじゃない……腕振りのように見える外国人選手でもちゃんと腰を使っているからね。君のはただバットを振っているだけで、バッティングになっていない……それだけの体格を持っているだけに惜しいな。適正なスイングをすれば、そこいらの有象無象などとは比べ物にならない力を引き出せるだろうに。このままでは、ただの案山子か、木偶の坊だよ」

「…………」

「体格は目に見える才能だ……しかし、当たれば飛ぶで勝ち進めるほど、この地区は甘くは無い。才能を殺したければ、今の練習を続けるといいさ……倒し甲斐は無くなるが、対抗馬が減ればそれに越したことなないのでね。……まったく少し喋りすぎてしまったよ。普通凡人の事など気にかけないのだけれどね、パワプロの手前友人の(よしみ)だ」

 

あー久々に聞いたよ猪狩節。相変わらず憎ったらしいな~もう。

諏訪部のヤツ、表情強張らせたままだよ。まったく、選手相手には初心者、初対面でも厳しいな毎度々々。

 

『せいぜい無駄にならない努力を見つける事だね』と言って猪狩がその場を去ろうとする。

しかし、それを諏訪部は制止して

 

「お前の力を見込んで頼みがある。俺と一打席だけでいい……勝負してくれ」

 

と言い放った。

 

「お、おい諏訪部……」

「キミ……僕に勝負を挑むという事の意味を分かっているのかい?」

「それは重々分かっているつもりだ。天才であるお前の相手をすれば、分からなかった何かがつかめるかもしれない」

「初心者である君に僕の球が打てるとでも?」

「それは分からない……。だた、俺は今無性にお前の事を打ちたくてたまらない。闘争心というのだろうか、持てる者への嫉妬なのだろうか……それは分からんが、この(たぎ)りは本物だ」

「…………」

 

珍しく諏訪部が熱くなっている。こんなに感情をむき出しにした諏訪部をみるのは、たぶん初めてだ……。

猪狩は相変わらず涼しい顔をしている。表情からは読み取れないが、多分その想いや熱意は伝わっている筈だと思う。

 

「まったく、この猪狩守が舐められたものだね」

「雑魚が相手とはいえ天才が、勝負を避けるのか?」

「いいや、むしろその逆さ。僕としては勝負を申し込まれればそれを断るつもりはない。むしろ、現実を教えるために全力で潰しにかかるよ。ただ、残念ながら今はキャッチャーもグラブもないんでね」

「……………」

「どうしてもというなら、前哨戦として6割の力で投げてあげるよ」

「前哨戦?」

「そうだ、今日のところはね。ただ、今日の結果によらず後日……そうだね、3日後にまた全力で相手をしてあげよう」

 

二人はさも当然のようにマウンドへ、そしてバッターボックスへと向かい睨み合った。

 

「6割でいいのか?」

「十分だよ」

 

猪狩が凄む。諏訪部も鋭い視線を絶やさない。

俺は見ているだけなのに、二人の威圧感にのみ込まれそうだった。

 

「あいつ、猪狩を前にしても全く物怖じしてない。むしろ……」

 

むしろ、強打者の風格すら漂わせている。

なんだろう、諏訪部は初心者のはずなのに物凄く頼もしく、恐ろしく見える。

あ、そう言えば……猪狩にアレ言っておこうかな。

 

「猪狩!」

「なんだい?」

「なんだってなんだよ。お前肩作ってないだろ?だからウォーミングアップがてら、少し話を聞いてくれ」

「そうか、そう言えばそうだったね。僕とした事が頭に血が上っていたよ。キミ、少し待っていたまえ」

 

一旦仕切り直して、オレと猪狩はキャッチボールを始める。

諏訪部もバットを掲げたまま瞑想を始めた。

 

猪狩はグラブがないので、返す時は素手でも捕れるくらいゆるい球を投げかえす。

ちょうど方が温まってきたころ合いを見計らって、オレは猪狩に告げた。

 

「なあ猪狩。オレ達この前練習試合してさ」

「へえ。で、それがどうかしたのかい?」

「いや。その時諏訪部コテンパンにされてさ……まぁ、それはオレもだけど」

「何が言いたい?」

「その時の相手投手……お前並みのレベルだったぞ」

「…………」

「そんな奴の全力投球を見た後なんだ、6割で足りるか?」

 

心外だとばかりに、一瞬猪狩の眉間にしわが寄る。

しかし、すぐ何事も無かったかのようにマウンドに向かった。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

改めて猪狩と諏訪部が正対する。

少し中断が入ったが、二人の緊張感は微塵も解けていなかった。

 

「全部ストレートでいくよ。キミを打ち取るくらいならそれで十分だ」

「それでいい。俺も今の自分で変化球まで打ち返せるとは思っていない」

「そうか……なら、いくぞ」

 

猪狩が一球目を投げる。宣言通りストレートだ、しかもど真ん中。

6割というが、速い!

諏訪部はバットを振るそぶりも見せずに見送った。いや、振らさせなかったのか。何しろ猪狩のストレートは伸びがある分体感ではもっと速いはずだ。

 

二球目もど真ん中だったが、諏訪部はこれを豪快に空振った。

 

そして三球目―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはりこの程度か。

なかなかいい眼をしていたが、所詮は素人……ど真ん中すらかすりもしない。

久々に楽しめると思っていたんだけれどね。

 

しかし、あのオーラ……そそられるものがあるな、まるで強打者と戦っているかのようだ。

名残惜しいが、次で確実に仕留める。

 

「―――っ!」

 

これで終わりだ……!

 

『……、っ!!!!!!!!!』

 

諏訪部がバットを出す。コースはさっきよりも少し高め、今の彼なら疑いなく三振だろう……そう思っていた。

しかし―――

 

(なに……)

 

甲高い金属音と共に、頭上にボールが現れた。

そしてボールはゆっくりと自分のもとへ落下し、吸い込まれるようにグラブに収まった。

 

「やはり、ストレートだけで十分だったようだね。これが現実さ……今のキミなら、全力でなくともこうして打ち取れる。分かっただろう、力の差が」

「そうだな。ただ、掠らせることはできた。我がままに付き合ってくれてありがとう、次の”真剣勝負”も、期待して待っている。また、会うときは成長した俺を見せる番だ」

「3日で出来る成長など知れているが、キミがもし”本物”なのだとしたらその3日も馬鹿にはならないのかもしれないね」

「どうだろうか。ただ、こんな素人に一定の期待を寄せてくれてうれしく思う。お前から受けた助言は忘れずにとどめておく」

「はて、僕は助言などしたつもりはないのだけれどね」

「俺は”体格がいいから外国人の様なフォームで打てばいい”のだろう?先の言葉を深読みすればそういうことになる。お前は俺にどんなスイングがあるか一瞬で見抜いていたんだ」

「さあどうだろうね。凡人に投げかけた言葉など一々覚えてはいないよ」

 

『勝負の約束は忘れていないけどね』と付け足し、僕はグラウンドを後にした。

 

『やったぞ諏訪部!あの猪狩のストレートに当てるなんて!』

『いや、運よく当たっただけだ。だが、フォームの方向性は決まった。これで、前に進める……!』

『よーし飯食ったら猛特訓だぁぁぁ!!』

『ああ!!』

 

後ろから彼らの喧騒が聞こえる。

 

まったく。

最後の一球……あれは無意識に7割半くらいの力で投げていたはず。それを内野フライとはいえ前に飛ばすとは……。

 

「パワプロ、キミはいい素材を見つけたな」

 

彼は必ず大きな壁となって、僕達の前に立ちはだかるだろう。

諏訪部吾郎か……再戦がこれほど楽しみなのは、キミ以来だよパワプロ。

 

―――猪狩の評価が上がった!―――

―――猪狩のやる気が上がった!―――

―――諏訪部のフォームがフェルナンデス打法に変わった!―――

 




はいはーい久方ぶりの本編投稿ですわ。

諏訪っちゃんのフォームはコレ連載開始時からずーと悩んでて、小谷野・松中・フェルナンデスと候補は上げていたんですが、今日改めてフェルナンデスのバッティング動画見て「これだ!」と思い、フェルナンデスのフォームに決定しました。

次回、目覚める力   まもなく、プレイボールです!


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第十話 合宿

八月一週目。

夏、真っ盛りである。

 

蝉の鳴き声けたたましいけふこの頃……夏の甲子園大会に向けた予選も大詰めを迎え、各都道府県の代表校があれよあれよと決まっていく。

ちなみに、"激戦区""あそこだけ戦国時代"などと評されるウチの地区ではあるが、最近はあかつき大付属と帝王実業の二強となっているのが実情である。しかし、そのほかの学校が弱い

 

訳ではなく全体としてのレベルはむしろ高い……のだが、その中でも前の二校が飛び抜けて強いために二強の様相となっている。

 

とまぁ、そんな予選大会を見事というか当たり前というか勝ち抜いてきたのは、言うまでも無くあかつき大付属。

事実上の決勝戦と言われた準々決勝で帝王実業を退け、準決勝・決勝とストレートに完封勝ちで甲子園への切符を手にした。

 

そのあかつき大付属メンバーの中でひと際存在感を放っていたのが、一年生の猪狩守である。

 

最速146km/hのストレートとキレのいいスライダー、カーブ、フォークを操る本格派サウスポー。

前エースの三年生を抑えに追いやり、一年生にしてあかつきのエースに君臨した彼を……

誰もがその威圧感に呑まれ、圧倒的な投球で9回を文字通り支配していくその姿を……

 

だれもが皆"怪物"と呼んだ――――――

 

 

 

 

 

第十話 合宿

 

 

 

 

 

 

ときめき青春高校との練習試合からすでにひと月以上が経過した。

 

この一カ月でオレ達が進歩した事といえば、タマキせんせーがやっと基本的なルールを理解し始めた事と諏訪部のバッティングが格段に上達したことぐらいである。

 

……あ、そうそう。

諏訪部のバッティングといえば、河川敷での一件から三日後、宣言通り猪狩がウチ(恋々)に来て諏訪部と全力の一打席勝負をした。

 

結果は……なんとライト前へゴロヒットを放つ大金星(?)であった。

いつも通りポーカーフェイスを繕っていた猪狩だったが、諏訪部の成長を讃えつつもなんだか心なしか不機嫌そうだった……夏の予選のあの快進撃は、もしかしたらあの時のイライラを

 

ぶつけていたのかもしれない。そうだとしたら、八つ当たりの的にされた他校の面々が不憫でならない……合掌。

 

ちなみに諏訪部はフォームが固まってからというもの、さっきも言ったが加速度的にバッティングが上達していっている。

もともと高そうだった長打力にはさらに磨きがかかり、次から次へとライナーで柵外へぶち込んでいく。変化球や難しいコースの球も右に左に難なく打ち返すなど、確実性も劇的にアッ

 

プしていた。そりゃもう成長というより”覚醒”というレベルで。

 

 

『うわー諏訪部君すごーい!』

『飛距離更新したんじゃないの?』

『これもう4番で確定じゃね?』

『まじでカッコよすぎるぜ~!』

『フォーム一つであそこまで変わるもんかねぇ』

『まだまだオイラの足元にも及ばないでやんす!』

「…………」

 

確かに次の試合からは諏訪部が4番でもいいかもしれない。打撃力に関して言えばすでにチームの中では群を抜いている。

だけど、なんだけど―――

 

「オレ、もしかして抜かれてる?」

 

っていうか、あいつもしかして……いや、もしかしなくても天才じゃね?

オレだって伊達にあかつき中のクリーンナップを打っていた訳じゃない。中学時代はそこそこに騒がれたり、色々な名門校から勧誘を受けていたくらいだし今でも自分の実力が周りに劣

 

っているとは思っていない……ただあいつの成長が驚くほど著しい。

諏訪部、なんと恐ろしい子……こんなに早く“4番”が手に入ったのはうれしい誤算ではあるのだが―――

 

「あかつき大付属中クリーンナップというオレのアドバンテージは一体……?」

 

まさかこんなに早く抜かれるとは思わなかった……野球歴たった二カ月のヤツに。

オレ、泣いていいかな?

 

「パワプロ君なにやってるでやんすか?」

「い、いやなんでもないよ。諏訪部はすごいなー、あはは」

「……物凄い棒読みだよ」

 

そうやってオレが悶々としていると、矢部君達が集まってきた。

 

「キャプテンさ、すわっちが成長してんのは喜ばしい事じゃない。悔しいかもしんないけど、男の嫉妬は見苦しいわよ見ていて」

「うう……」

 

夏野さんの言葉がグサリと刺さる。

嫉妬か……そうだな、みっともないよな。こんな程度で取り乱して……オレより凄いヤツらなんてごまんといるのにさ。慢心はよくないよな、心を入れ替えなきゃ。

 

「にしてもホント……諏訪部はすげーよな。これだけ打てたら、クリーンナップがすごく厚くなる」

「うん。シート打撃でもボクくらいじゃもう全然抑えられなくなっちゃったし、ちょっと悔しいよね。でも、ああいうのが天才っていうのかな……そう考えると、先発としては物凄く頼

 

もしいと思うよ」

「秋の大会、もしかしたらもしかするでやんす!」

「ああ、オレもすげーわくわくしてきた」

 

エースに守護神に4番……矢部君の言うとおり秋の大会、何かひと波乱起こせるかもしれない。そのためにも、1・2番はもちろんクリーンナップであるオレがもっとレベルアップして

 

脇を固めないと。

この夏は猛特訓か……それなら―――

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「合宿がしたいですって?」

「はい……駄目でしょうか?」

 

ところ変わってクラブハウス内の監督室。

思い立ったが吉日でタマキせんせーに相談しに来たけど、この難しい顔を見る限りもしかしたらダメっぽい。

各々のさらなるレベルアップのためもあるけど、"合宿"と云うキーワードはそれだけで気分の乗るものだから、モチベーションを保つためにもやっておきたいんだけどな。

 

「う~ん、させてあげたい気持ちはあるけど……うちはまだ創部したばかりだから部費に余裕はないし、理事長に頼み込もうにも実績が無いから厳しいわよ?」

「そうですか……うぬぬぬ」

「まぁそう唸ったって仕方が無いわよ……一応この件は加藤先生とも相談してみるから私が預かっておくわ。だから今日はもう帰りなさい」

「分かりました。じゃあ合宿の事はお願いします。お疲れさまでした!」

「はいはい。じゃあまた明日ねー」

 

すぐにOKというわけにはいかなかったけど、一応考えてみてはくれるらしい。

とりあえず今日のところはタマキせんせーにまかせて、オレは帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もう三日である」

「合宿どーなったんだろうね……あ、柿原君とはるかだ」

「よっ。二人きりで昼食とは仲睦まじいね御二人さん」

「う、うるさいっ!そんなこと無いわよ。ねぇパワプロ君!?」

「え?あ、ああ……うん……で、そっちこそ二人でデートか?」

「ちげーよ」

「三ツ沢先生から皆部室に集まってほしいとの伝言です」

「せんせーから?って事はまさか」

 

合宿の事について何が進展があったのかな?

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「さぁ皆集まったわね。よってたかってはいどうぞ、皆に朗報よ!」

「朗報って事は、アレでやんすか!?」

「そうアレよ!皆お待ちかねの合宿に行けるようになりました!」

「「「おお~~!!!!!」」」

「田舎にある古い施設なんだけど、近くには海もあるから泳げるわよ。ちなみに宿泊費はタダ!」

「うわー、かっきー海だって!アタシどんな水着持っていこうかな~」

「おいおい本分は練習だぜ?まぁどうせならとびきりのを所望するけど」

「そこイチャつくなでやんす!リア充爆発しろで―――」

「はいはい分かったから少し黙ろうね矢部君。とにかく、週明けから二週間みっちり合宿よ!前日は休みにするけど、後のタイムスケジュールは配ったしおりを見てね」

 

矢部君がタマキせんせーに制止されて沈黙する。

ついに合宿か……た、タマキせんせーや加藤先生も水着になるのかな。ゴクリ。

 

…………

 

いやいやいやいやいや!

柿原も言っていたが本分は練習練習!この二週間でみっちりがっちり鍛え上げるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"みーん、みーん、みーん……、……"

 

夏、真っ盛りである。

 

蝉の鳴き声けたたましいけふこの頃……オレ達は合宿先である施設に到着した。

せんせーも田舎と言っていたが、本当に結構な田舎だった。

矢部君も模型屋もゲーセンも無いと喚き散らしていたが―――

 

「周りに何もない。あの、せんせーここは?」

「ああここはね、大学時代の野球部の友達が紹介してくれたところなの。なんでも古い小学校の校舎とグラウンドを自分たちで整備して合宿所として使ってたらしいわ。ほらあそこに、

 

パワフォー大学って書いてあるでしょ?」

 

あ、ホントだ。

手製の看板に"パワフォー大学野球部宿舎By片倉"と書いてある―――

 

「荷物を置いたらまずは昼休みね。自主練したければご自由に。あと、少し歩いたら小さなスーパーが近くにあるから買い物はそこで……じゃあ、一旦解散」

「「「はーい」」」

「ねぇパワプロ君?」

「ん?なに、あおいちゃん」

「ちょっと探検してみない?」

 

―――オレとあおいちゃんは荷物を置いてしばらく宿舎内を見回ってみた。

パワフォー大学と云えば、近年のどん底とも言われた低迷期から這い上がり、現在は強豪であった頃の勢いを取り戻しているという。

広い校舎やグラウンドのあちこちに補修やラクガキの跡がある……さっきの看板もそうだけど、苦労だったり熱意だったり……必死に這い上がろうともがいて、努力して、そういう想い

 

が染みついているようで、なんだか胸が打たれて熱くなった。

 

「パワプロ君……」

「大丈夫だよあおいちゃん。まったく、感傷的になるなんてまだ早いっての……」

 

タマキせんせーの繋がりがあるとはいえ、縁も所縁もないオレ達に施設を使わせてくれるんだ―――

 

「頑張らないと、罰が当たるよなオレ達」

「うん……頑張って、出ようね、センバツ」

「ああ」

 

そろそろ昼休みも終わるな。

絶対に秋の大会で結果を出さないと……そう胸に刻みつけ、オレ達はグラウンドに向かった

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

さて、先程のしっぽりとした雰囲気は何処へやら、合宿初の練習とあってオレ達は燃えに燃えていた。

 

「よっしゃあ!これから二週間気合い入れていくぞ野郎ども!」

「「「おおーー!!!!」」」」

「ちょっとぉ、ボク達は野郎じゃないんですけど」

「まぁ細かい事は気にしなさんな早川さんよ」

「そーそー、気にしちゃ負けよ?まずはエンジョイ&ハッスル、ぶっ飛んで行くわよ!」

「で、何をするんだキャプテン」

「とりあえず、まずは入念にストレッチと柔軟体操な。その後は筋トレ、ランニング、ポール間、反復横とび―――」

「体力トレばっかりでやんす!ボールは使わないでやんすか!?」

「そりゃオレ達は初心者ばっかりで基礎体力が低いからね、この二週間は徹底して体力作りに専念させるつもりだよ。まぁ全くボールを使わないって事もないから。ちなみにグラウンド

 

でのトレーニングが終われば海で水中歩きと水泳トレだよ。そして明日は砂浜ランニングも入る」

「鬼でやんす!ろーどー基準法違反でやんす!」

「はいはい文句言わないの。じゃあ始め!」

 

そう、今のオレ達は初心者組を始め体力に不安がある。技術を身につけるにはその土台となる体が必要だし、九回を戦い抜くのも、トーナメントを戦い抜くのも体力がいる。

うちは普段の練習がそれほどハードではないから、この機会にしっかりとした体作りをしたい。そのためにタマキせんせーにも色々な体幹トレーニングの方法を教わったし、それを随時

 

実践していくつもりだ。

 

『腹筋、背筋、スクワット……に、肉が千切れる……』

『ぜぇぜぇ、まだ走るのかよ……もう太ももプルプルしてるぜ……』

『』

 

 

とまぁ何だかんだやっているうちにグラウンドでの練習が一通り終わり、休憩の後全員で海に向かったのだが―――

 

『やーんハルカちゃん可愛いー!』

『な、夏野さん……恥ずかしいです……』

『そうよナッチ―――ってコラ!何処触ってんのよもぉ!』

『いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないんだしぃ』

『あはは。皆ほどほどにね』

『ふふ、日差しが気持ちいいわ』

 

「おぉ…………」

「こ、これは……」

「「「「ゴクリ……」」」

「ふ、フォォォォォォォォォ!」

 

そこには、楽園(パラダイス)が広がっていた……。

見渡す限り水着、水着、水着……女神たちが薄い布切れ一枚であちら、こちらと戯れている様の何と神々しい事か。

 

「こんなもの見れて……い、生きてて良かったでやんす……感無量でやんす」

「ハハ……こりゃあ想像以上だ。カメラ持ってきたらよかったかな?」

「お、俺今日死んでもいいや……」

「加藤先生、エロすぎる……あの黒ビキニは反則だろ!」

「監督も凄え。なんだあのスタイルの良さは!?」

 

Glamorous、Beauty、Pretty……より取り見取り色とりどり。

 

神様、楽しい合宿になりそうです……ありがとう。

 

そんな逆上せた妄言を頭の中で吐きながら、オレ達はビーチへと疾走した。

 

ちなみに、隠し撮りしようとした矢部くんは早々にばれて女子たちにリンチされたのだった。



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