そして、鶴見留美は (さすらいガードマン)
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そして、鶴見留美は彼と出逢う 前編

原作とは少しだけ違う世界。 留美視点で開幕です。


 何がいけなかったんだろう、どうしてこんな事になっているんだろう……。

 

 気が付くと、私は一人だった。クラスの友人たちの中で孤立していた。

 千葉村(ちばむら)へと向かうバスの中、窓の外を流れていく、高速道路の単調な景色を、私は一人誰とも口を利かずにぼんやりと眺めているだけ。

 

 千葉村というのは、群馬県のみなかみ温泉から程近い所にある千葉市民のための保養施設で、正式な名称は「高原千葉村」という。

 私の学校では毎年六年生が夏休みのこの時期、いわゆる林間学校としてここを訪れるのが恒例となっている。この林間学校という行事自体は強制参加ではないんだけど、参加費も安く、六年生の各クラス担任らが全員引率に参加するということもあって、特別な用事のない限りほとんどの子が参加する。今年も全員参加との事だ。

 

 六年一組から三組まで、それぞれ三十人余りがクラスごと三台の大型バスに分乗。ここに、担任、副担任、校長先生、養護の先生等が別れて乗り込み、総数は百人を超える。

 

 五十人乗りの大型バスの座席にはかなり余裕がある。私は、少し疲れたふりをして自分の席を離れ、バス後方の窓際の席に一人でぽつんと座っていた。

 

 

 

 これは罰なのかな。あの日、あの子に声をかけてあげられなかったから、私は今、罰を受けているのかな……どうしてもそんな風に思ってしまう。

 

 五月の連休を過ぎた頃、だと思う。いつの間にか、クラスの女子の中心メンバーによる「その子」へのハブり行為が始まっていた。話しかけられても無視し、あからさまにその子に分かるように内緒話をしてはクスクスと嘲笑う。先生の見ている所では普通に話しているような振りをする。

 珍しい事じゃない。今までだって何度もあった。些細なことがきっかけでいつの間にか誰かがハブにされ、暫くするといつの間にか終わり、別の誰かにターゲットが移る。

 

 いつも、こういうの嫌だな、と思ってはいた。思っていたけれど、何もできなかった。しなかった。可哀想だけど、自然に終わるのを待つしか無い。そう、無理やり思い込もうとしていた。でも、この時の私は、どうしてもそう思い切る事ができなかった。

 

 だって、その子―― 「藤沢 泉(ふじさわ いずみ)」――泉ちゃんと私は……

 

 

 ザザッ、というようなノイズがバスの中に響き、私の思考を途切れさせる。

 ガイドさんがマイクのスイッチを入れたようだ。気が付くと、バスはいつの間にか高速道路を降りて一般道を走っている。木々の緑は深く、遠くには高い山。その山上に広がる空は澄んで青い。東京湾にほど近い都市部に暮らす私たちにとってはそれだけでも非日常の光景だ。

 

「皆さん、長らくのご乗車、お疲れ様でした。当バスはあと10分少々で本日の目的地、『高原千葉村』に到着します。駐車場にバスが停まりましたら、忘れ物の無いよう、慌てずに……」

 ガイドさんの決まりきった注意のあと、担任の桜井先生から、一度荷物を建物の中に置いてから玄関前の「集いの広場」に集合すること、そこでこの後の説明を受けた後、そのままオリエンテーリング開始になるので、林間学校のしおりや飲み物などの手荷物は持ってくること、集合時間は九時半であること、などの連絡事項が伝えられる。

 

 程なくバスは千葉村の駐車場に到着した。日差しは強いが、高原で、また、時刻も午前九時過ぎ、とやや早いこともあってか、八月とは言えそこまでの暑さは感じない。

 クラスメイト達はバスの運転手さんから順番に荷物を出してもらうと、友達同士で大騒ぎしながら少し離れた本館という建物へと向かう。

 

 

 私はこういう時も一人。気まずそうにちらちらとこっちを見てくる子も何人かいるけど、……周りの目を気にしてか、話しかけてはこない。仁美と由香が、こっちをちらっと見て、クスクスと嘲笑った様な気がした。

 

 胸の奥が鈍く痛む。学校で一人でいるのはもう大分慣れたし、元々一人でいる時間は嫌いじゃない。ただ、こういうイベント時にひとり、っていうのはやっぱりきつい。夏休みに入って、仁美達と顔を合わせることが無くなり、正直少しほっとしていたところで、本音を言えば林間学校にも来たくなかった。仮病を使って休んでしまおうかとも考えた。

 でも、そんな事をしたらお母さん達が心配する。ただでさえ、「今年はお友達と遊びに行かないの?」なんて聞かれてる。「受験する子がいたりして、今年はみんな忙しいみたい」とか言ってごまかしてるけど。……受験する子がいるってのも嘘じゃないし。

 

 それに……もしかしたら、もしかしたらだけど、

 

――休みを挟んだことで自然と状況が変わって、みんな夏休み前の事なんか忘れたみたいに普通に話せるんじゃないかな――

 

 なんて期待も、少しだけ、ほんの少しだけしていたんだ。

 

 だけど仁美たちの私に対する態度は相変わらずで、他のグループの子達の、わたしに対する距離は前よりも開いてしまった感じさえある。

 ただ、彼らからの悪意はあまり感じない。なんというか、「あまり関わりたくない」とか、「どの程度なら私と話しても自分が浮かないのか、距離感をつかめないでいる」みたいな感じ。

 仁美たちだって、最低限必要なことは普通に話しかけてくるし、話しかければ無視まではしない。連絡事項なんかの必要な話ならば普通に聞く。ただ、()()()()()。それ以外の話をしようとすると、他の子が勝手に違う話を始めて、まるでそこに「鶴見留美」が居ないかのように話が進む。私を、嘲笑う様な顔でチラチラ見て彼女たち同士で笑い合う。いたたまれなくなった私は、うつむいて一人距離を置く。その繰り返し。

 なんというか、私にとってはタイミングも悪かったと思う。この、「いじめのようなもの」のターゲットが私に移るのが、せめてこの林間学校の班決めよりも前であったなら、間違っても仁美たちと同じ班にはならなかっただろうから。

 

 

 

 ふと気が付くと、みんなから少し遅れて歩いている私を、立ち止まって待っている女の子がいる。

 

 ――泉ちゃん――

 目が合うと、彼女は落ち着き無く周りをキョロキョロと不安げに見回す。きっと、私に話しかける所を誰かに見咎められないか気にしているのだろう。

 

「……ぁ……留美ちゃ……」

 

 それでも私に声をかけてくれようとしている泉ちゃんを、小さく首を振って、大丈夫だからと目で制する。今私にかまったら、泉ちゃんがまた標的にされてしまうかもしれない。

 それに、私は()()()、泉ちゃんを見捨てた。その場の空気を読んだつもりになって、彼女を見捨てたんだ。きっと、他の子が無視されている時もそうだったんだろう。

「こんなの、すぐに終わる」そう言い訳して、みんなを見捨ててきたんだ。

 

 今更、自分だけ助けてもらうなんて……できないよ。

 

 だから、今はいい。私はまだ大丈夫。そう自分に言い聞かせて――言い訳して――足を動かす。

 

 集合場所である「集いの広場」には、屋根のない、けれどそれなりに大きな石造りのステージがあり、その正面に広い芝生のスペースが広がっている。

 その芝生の部分に、各班ごとにまとまって座り、全員の準備が出来るのを待っているのだが……。

 すごくうるさい。もう九時半を過ぎているのにみんな大声で好き勝手に話をしているし、向こうのクラスの男子なんかまだ走り回っている。ほんと馬っ鹿みたい。

 

 もう先生方はステージの上に並んでいるが、まだ何も言わずに私達を見ている。ステージの真ん中に立っている学年主任の小山先生はじっと腕時計を見ている。私の班の仁美たちもステージの様子には気づかずに話に夢中だ。

 そのうち先生方の様子にみんなが気づきはじめて、少しずつ静かになっていく。仁美達はまだ気づかない。仕方なく声をかける。

「仁美、ねえ仁美っ」

 トントンっと軽く肩をつつく。

 

「え、鶴見(・・)。……なんなの」

 

 冷たい声。由香や森ちゃんたちも珍しいものでも見るようにこっちを振り向く。

 私は無言でステージを指差す。それで始めて周りの様子に気付いた仁美達は、あわてて正面を向いて静かにする。

 『鶴見』……か、仲良くしてた頃は、『留美』『留美ちゃん』と呼んでくれていたクラスメイト達が、『鶴見』『鶴見さん』と呼び方を変えた。

 幼稚だ。馬鹿みたいだ。下らない。そう思う。思うけど、……でも、心が折れそうになる。惨めになる。

 

「はい、みんなが静かになるまでに三分かかりました」

 

 みんながようやく静かになると、小山先生のお説教が始まった……。

 

 

 

 お説教の後はこの施設の説明。それからこの後についての話。天候もいいので、当初の予定通りで、これからすぐオリエンテーリングにスタートし、ゴールした先で配られたお弁当で昼食。その後、自由時間と屋外レクリエーション。それから飯盒炊爨で班ごとにカレーライスを作って、それが早めの夕食、片付けの後、本館に戻って入浴、就寝という流れになる。

 

 

「では最後に、みなさんのお手伝いをしてくれる、お兄さんお姉さんを紹介します。まずは挨拶をしましょう。よろしくお願いします」

 

 先生に続いて生徒みんなで

 

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

 と、お決まりのあいさつ。

 

 すると、段の端に並んでいた十人位の、高校生ぐらいの人たちが一斉に前に出て横に並んだ。先頭で出てきた、いかにもリーダーって感じの人が、更に一歩前に出て挨拶を始めた。

 

「これから三日間みんなのお手伝いをします。何かあったらいつでもぼくたちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作っていってくださいね。よろしくお願いします」

 

 拍手が巻き起こる。女子たちはみんなキャーキャー言っている。挨拶をした高校生は、なんというか文句無しにイケメンだ。髪を明るい色に染めているものの、不良っぽくない清潔な印象を受ける。女子が騒ぐのも当然だろう。

 それに、彼だけでなく――

 

「あの髪の長い人すっげー美人じゃん」

「てゆーかきれいな人ばっかりじゃん。テンション上がってきた!」

「さっき挨拶したのって、総武高サッカー部の葉山さんじゃん!こないだチバテレビに出てた」

「あ、じゃああっちが戸部さんかー。あの二人で地区の得点ランキング一位二位なんだぜ、っすげーよなー」

「もう一人の男の人もカッコイイ……けど……あれ? なんか目が……寝不足?」

 

 どうやらボランティアらしい高校生たちは、それで選んだんじゃないかってくらい全員が美男美女だった。

 男子が三人。さっき挨拶してた葉山?っていう人。それから長髪のちょっとチャラそうだけどワイルドって感じでなかなかにハンサムな人。もう一人、背も高いし、整った顔立ちの一見文学青年って感じの人、なんだけど、ただ、この人の目が……ドヨンとしてて……。さっき誰かも言ってたけど、もしかして三日間ぐらい徹夜でもしてるのかもしれない。なんか疲れてるみたいに少し猫背気味だし。

 

 女子は六人。まず目を引くのが長い黒髪の線の細い、超美人。芸能人と言われてもおかしくないどころか、芸能人にもそうはいないレベルに見える。何者?

 それから長い髪を明るい色に染めたちょっと気の強そうな人。すごく綺麗で、スタイルも良い。モデルさんみたい。隣でその人と何か話しているのが、ふわふわの髪をピンクがかったブラウンに染めて、頭の横でお団子ヘアにしてる、こちらはスタイルバツグン()()の可愛らしい人。この人もモデルさんみたいで、二人とも服のセンスが凄く良い。二人が並ぶと本当に人の目を引きつける。

 あと、メガネがよく似合うボブカット、お洒落な麦わら帽子をお腹に抱え、他の人達に比べると少しおとなしそうに見える清楚そうな、文学少女っぽいひと。さっきの、目だけちょっと残念な男子の隣に並んだらちょっと絵になりそう。

 次に、可愛らしい顔で、グリーン系のジャージとクウォーターパンツをボーイッシュに着こなし、髪も短くていかにも運動部女子って感じの人。

 最後の一人は、他の人達に比べると小柄で、少し幼い印象の人。でも、元気いっぱいで、すごく可愛らしい。下級生かな。

 おまけに、その後紹介された総武高の先生が、びっくりする位キレイな女性で、背も高くスタイルも良い。総武高って、なんでこんなにレベル高いの? 進学校だよね?

 

 県立総武高等学校――私の小学校の学区内にあり、公立高校でありながら県内有数の進学校。制服のデザインもすごく可愛くて、ちょっと憧れる。ただ、通学途中ですれ違う生徒さん達は、あそこまで美形さんばかりでは無かったような気がするんだけど…………?

 

 

 そんな風に、自分の置かれている状況をしばし忘れて高校生たちを観察していると……、

 

「それではみなさん、立ってくださーい。忘れ物はありませんかー?」

 

 係の先生ががメガホンマイク片手に声をあげる。

 

「では、オリエンテーリング、スタート!」

 

 

 

 

 




林間学校編、そして物語全体のプロローグ。
留美が八幡と出逢う直前までのお話でした。

留美から見た八幡たちの感想は、文章的には不要かな、とも思ったのですが、まあ、原作読者さん向け、ということで。


さて、次回、いよいよ留美と八幡が出会います。

10月29日 一部修正しました。
同    誤字修正しました。

5月12日 誤字(仮名遣い)修正 報告ありがとうございます。


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そして、鶴見留美は彼と出逢う 中編① オリエンテーリング


 長くなりそうなので分けました。

 今週、できればもう一回投稿の予定です。だが、今、我が手には

『ゲーム、俺ガイル続』がああぁぁ……  予定は未定です(DETH?)


 まだ始まったとも言えないような一話の時点で読んで下さっている方、お気に入りを付けてくださっている方、感想をくださった方、本当に有難うございます。ペースは早くないかもしれませんが、頑張って書いていくのでよろしくお願いします。




 

「では、オリエンテーリング、スタート!」

 

 先生の掛け声と同時に、私達は五~六人で組んだ班、三クラス合わせて17班が一斉にスタートを切る。 と言っても、数組の男子の班が凄い勢いで走り出して行ったのを除けば、みんなそれほど急いではいない。

 

 説明によれば、今日のオリエンテーリングは、東京ドーム2つ分位の広さ(広いのか狭いのかよくわからないけど)の林の中に網目のように遊歩道が通っており、その中にチェックポイントはAからFの6箇所。地図に描かれた大きな岩、小川、橋などを目印にポイントを探して、そこに書いてある問題を解いて、チェックシートの回答欄に書き込む、というもの。

 制限時間90分。最低でも4箇所以上のチェックポイントを見つけるように、と言われている。逆に言えば、4箇所だけでも良いということだ。そう考えればそれほど焦ることも無いだろう。もちろん、全チェックポイントを回って早いタイムでゴールすれば順位は上がる。一応、5位までの班には豪華?賞品があるという事だし、さっき走って行った男子達はそれが目当てだろう。

 

 各班、それぞれに、大体の探すポイントの順番を決めて、後は雑談をしながらのんびりと歩いている。私達の班も周りと同じように、賑やかに談笑しながら最初のポイントに向かっていく。 先頭に仁美と森ちゃん。前とくっつくように二列目に由香と友ちゃん。そして、最後に私が、少し遅れてついて行く。

 

「……でさー、その時桜井センセがー……」

「……うそぉー。マジで? 馬っ鹿じゃん」

「それで……」

「…………」

 

 学校のこと、男の子のこと、さっきの高校生達のこと。話題はコロコロと変わり、誰かが面白いことを言えば、その度に歓声が上がる。

 私は、4人の会話に入れない。たとえ無視されても、自然に、普通に話しかけてみよう。そう思って口を開いて見ても、声が出ない――私を拒否する視線に怯えて、声がうまく出せない……。

 仕方なく、周りの風景を眺めつつ、みんなの話を聞くともなしに聞きながら歩いていた。

 

 周りが少し明るくなった。道のすぐ横をきれいな小川が流れていて、林が少し切れて、その向こうに山が見える。風景画みたいな場所。

 

 ……写真、一緒に撮ってもらえないかな……。

 

 本当は、この子達と写真って雰囲気じゃないのはわかってるけど、でも、友達との写真が1枚も無かったら、きっとお母さん、心配する。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「お母さん、私そろそろ行くよ」

 

「そ、忘れ物無い? ……あ、カメラ忘れてるわよ?」

 

「……いいよ別に、私、写真そんなに好きじゃないし」

 

「そんな事言わないの。友達との写真、たくさん撮っておいで。今は要らないって思ってても、後から良い思い出になるんだから。ほらっ」

 

 そう言ってお母さんは、私の手に小型のデジカメを押し付ける。それ以上何も言えず、それを受け取ってショルダーバッグのポケットに押し込む。

 

「じゃ、行くね」

 

「はい、行ってらっしゃい。楽しんでおいで。仁美ちゃん達とも仲良くね」

 

「……うん。 行ってきます」

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「あ、ポイントA、あれじゃない?」

 

 森ちゃんが、小さな橋の袂にある立て看板のようなものを見つけて駆け寄る。

 

 白いペンキで塗られた立て看板は、風雨にさらされてか、あちこち塗装が禿げており、大分茶色っぽくなっている。そこに真新しい白い紙が、四隅をピンで留めて貼られていた。

 

「やっぱりそうだ。 えーと……」

 

『 Aの問題  現在の千葉県の、市・町・村は、合わせていくつでしょう 』

『 正解なら10点、十の位が合っていれば5点 』

 

「だってさ、仁美、わかる?」

 

「わっかるわけ無いじゃん」

 

「あたしも~。友ちゃんは、」

 

「その、私もわかんない、かな……」

 

 仁美達は、私をチラッと見るものの何も言わない。……ふと、友ちゃんと目が合ってしまった。

 

「あ、……留、……鶴見、は?」

 

 そう友ちゃんが言った途端、一瞬だけ空気が凍る。

 

「あ、ごめん……」

 

 友ちゃんは、失敗した、みたいな顔でシュンとしてしまう。

 

「いいよ、別に。……鶴見、わかる?」

 

 森ちゃんが、どうでもいいけど、という感じで聞いてくる。

 

「……五十いくつかって聞いたことあるけど……」

 

 私がそれだけ答えると、

 

「ふぅん……じゃぁさ、真ん中で55個にしとこっか。当たればラッキー」

 

 由香がそう言って、チェックシートのAの欄に、55と書き込む。

 

「じゃ、次行こ、次」

 

「次、Cだっけ」

 

「うん。C行ってからB」

 

 それからまた、さっきと同じように四人の少し後について、次のチェックポイントを目指して歩き出す。

 

……なんだか、今のでますます、写真、頼みにくくなっちゃったな……。

 

 首からストラップで下げている小さなデジカメが今日は重く感じる。ちょうどお腹のあたりでなんだか寂しそうぶら下がっているカメラを右手でそっと撫で、小さくため息をついた。

 

 

 

 

 そうして、次のポイントを探しているとまた、木が少なくて少し開けたところに出た。するとそこで、さっきの高校生たちがみんなに声を掛けていた。

 

「頑張れ!」

 

「ゴールで待ってるから!」

 

「まだたっぷり時間あるよーん」

 

 彼らに気づくと、仁美達はきゃあきゃあ言いながら話しかける。

 

「こんにちはー。お兄さん達もオリエンテーリングやってるんですかぁ」

 

「いや、僕たちはこのまま登って、料理の準備とかかな。後は、君たちの応援」

 

 森ちゃんが話しかけたのをきっかけに、私達と高校生達は混ざって一緒に歩きだす。

 

「へー、いま、そーゆーのが流行ってるんだー」

 

「そのワンピ、すっごいカッコイイです~」

 

「んーこれ?、ららぽのバーゲンよ。 あーし、違うもん買いに行った時にたまたま見つけてさー」

 

「それにしても、小学生なのにみんなおしゃれだよね~。お洋服とか、自分で選ぶの?」

 

「それはだいたいママが……、コーデは自分で……」

 

「とべさんは、ずっとサッカーやってるんですか~」

 

「んんー、おれさー、小学校の頃はバスケやってたんよー。で、中学入ってから……」

 

「ええっ! 男の子? ……あ、ごめんなさい。その、びっくりしちゃって……」

 

「あはは、よく言われちゃうんだけどね……」

 

 みんな、かっこいい高校生達と話せるのが嬉しくて仕方ないらしく、大騒ぎだ。その後ろを私がついて歩き、一番後ろから、「寝不足男」と「黒髪超美人」が並んで静かについてくる。

 

 ……高校生たちが居る今なら、「写真撮ろう」って言っても変じゃないかな? なんて考えて、カメラを持ったけど、やっぱり話に割り込めない。

 

「あ、チェック・ポイント、この辺だよ」

 

 お団子あたまさんと先頭を歩いていた由香がチェックシート片手に立ち止まる。

 

「せっかくだから、みなさんも一緒に探しましょうよ~」

 

 仁美が、葉山さんにお願いすると、彼は一瞬だけ迷って、

 

「じゃあ、ここのだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な?」

 

「「はーい」」

 

 四人が元気よく返事をして、このあたりにあるはずのチェックポイントをみんなで探すことになった。

 

 

 

 何となくみんなと少し離れて看板を探していると、いつの間にかすぐ横に葉山さんが来ていて、私に声をかけてきた。

 

「チェックポイント、見つかった?」

 

「……いいえ」

 

 急になんだろうと困惑していると、彼はにこりと笑って言った。

 

「そっか。じゃあみんなで探そう。 名前は?」

 

「鶴見、留美」

 

「俺は葉山隼人、よろしくね。あっちの方とか隠れてそうじゃない?」

 

 そう言ってみんなのいる方を指差す。私は彼に背中を押され、四人の真ん中に連れて行かれた。するとそれまで和やかだった4人に、ピリッとした空気が走る。

 森ちゃんと由香が目を見合わせて何か言いたそうにして、でも何も言わない。仁美は、「何でこっちに来るの?」みたいな視線を私に向けてくる。友ちゃんは、周りをキョロキョロみて、なんだかオロオロしている。

 

「さ、ここには無いみたいだから、もう少し向こうかな?」

 

 また皆でポイントを探し始める。仁美や森ちゃんのすぐ隣で歩いていると、ひどく居心地が悪い空気だ。「一緒に写真撮って」なんてとても言い出せないまま、いつの間にかみんなの輪からはみ出てしまう。

 

……結局言えなかったな……。どうしよう、お母さんに、写真……。カメラをきゅっと掴む。

 

「隼人くーん。チェックポイントって、これじゃね?」

 

「きっとそーだよ。とべっち、やったねー」

 

 道から少し離れた所を探してくれていた、とべさん?と、眼鏡ボブカットの女の子がポイントを見つけてくれたようだ。

 

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

「いーよいーよ。それじゃ、ゴールで待ってるから、みんな、頑張って!」

 

 お団子頭さんに励まされ、私達は次のポイントを探しに行く。高校生たちはゆっくりと上へと向かう広い道を登っていった。

 

 

 

 どうにか全てのチェックポイントをみつけて、私達の班がゴールしたのは終了10分前だった。

 まだゴールしてない班もあるようだが、早めについた班は、木陰の芝生に寝転がったり、古タイヤと丸太で作られた遊具で遊んでいたりしていたようだ。

 程なく全部の班がゴールする。

 

「全員揃いましたねー。では、こちらのテーブルに、班ごとに席について下さい。今から順番にお弁当を配ります」

 

 係の先生や、高校生達が、紙の箱入りのお弁当とペットボトルのお茶をテキパキとそれぞれのテーブルに配っていく。それから、各テーブルに一つずつ、きれいに剥いて切り分けられた瑞々しい梨の載ったお皿も。かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「この梨は、みんなのために、ボランティアのお兄さん、お姉さんたちがむいてくれました」

 

「「ありがとうございまーす」」

 

 よく見ると、梨なのに、「りんごのうさぎ」みたいに耳の形に皮がついてるものや、少し歪な形をしているものもあった。

 

 うさぎの形の梨を食べてみる。皮の付いているそれは、少しだけ苦くて、でもじんわりと甘くて……ちょっとだけ心が落ち着いた。

 

 





「おい、テメェ、いつまで俺のルミルミに悲しい思いさせとくんじゃいゴルァ、」

と、いうみなさんすいませんすいません。もうしばらく留美は切ない思いをしてしまいます。

 だが、我々には、比企谷八幡がいる! 八幡さんはやってくれる(おとこ)やでぇ~(何弁?)

 ということで、次回、カレー編(仮)です。
 

 ちなみに、問題Aの答えは、54市町村(2016現在)です。

10月29日 誤字修正しました。



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そして、鶴見留美は彼と出逢う 中編② カレーライスと隠し味

 
 読んでくださってる方、お気に入り登録していただいた方、本当にありがとうございます。
 また、誤字の指摘も本当に感謝しています。投稿前に全部確認しているつもりなんですが。今後とも宜しくおねがいします。


では、本編。留美は、ついに彼と出逢います。




 

 お昼ごはんの後は、野外レクリエーション。

 

 「子供の遊び指導員」の中岡さんという、少し年配のおじさんから、昔からある、あまり道具を必要としない野外の遊び方を教えてもらった。

 

 五つほどのグループに分かれて、「ハンカチ落とし」 「フルーツバスケット」 「手つなぎ鬼」等を順番にやっていく。

 クラスも班もバラバラに振り分けられたグループだったので他の四人とは一緒にならず、正直私は、少しだけほっとすることができた。

 

 

 時刻は午後三時。今から班ごとに、野外炊飯でカレーライスを作り、午後5時を目安に早めの夕食になる。

 私の班では、一応、私と仁美・由香がカレー、森ちゃん・友ちゃんがご飯の担当だ。

 

 まず、高校生を引率してきたあの美人先生が、かまどの火の付け方を見せてくれた……んだけど……、

 

 まず、かまどの下に等間隔に隙間を開けて炭を積み上げ、下の方に液体の着火剤をぴゅうとかける。それから、新聞紙を固く棒状に丸めて、その先端にライターで火を点ける。

 ここまでは流れるような動きで実にスムーズだった。それを、着火剤をかけた炭の横に押し込む。一応火はついたようだけど、なかなか炎が大きくならない。

 するとその先生は、炭の上からさっとサラダ油をかけた。バチバチっと音を立て、一瞬大人の背丈よりも高く火柱が上がる。

 わぁっ、と、みんなから歓声のような、悲鳴のような声が上がったが、その一瞬だけで火は落ち着いたようで、当の先生は余裕の表情。なんだかすごくかっこいい。

 

 ただ、他の先生方は慌てていて、

 

「みんな、最後のは悪い見本だから真似しないように。なかなか火がつかない時は近くの先生にお願いしなさい」

 

と注意を受けた。

 ふと横を見ると、さっきの女先生が、うちの校長先生に叱られてペコペコ頭を下げていた……。

 

 

 

 炊事場、と言っても屋根の下に大きな流し台がたくさん並んでいるだけだけど、雨天時にはここにガスコンロをセットして煮炊きが出来るらしい。そのせいか、百人位で料理をしていても、スペースには十分な余裕があるみたいだ。

 

 私は、相変わらず他の四人と少しだけ離れた所で、割当のジャガイモと人参を、どんどん皮をむいてちょうどいい大きさに切り分けていった。

 私達のところに近いかまどで、さっきの高校生達が火を起こしていた。葉山さんって人が、少しニヤニヤしながら、あの寝不足男をからかうように何か話している。

 

 私のすぐ横で、「フ、腐腐……」というような変な声が聞こえたので思わずそっちを見ると、

 

「愚腐腐っ『とべはや』を見に来たはずが、まさかの『はやはち』とはっ!!! キマシタワー」

 

 と、「眼鏡の似合う線の細い美少女」だったはずのものが、壊れて何か違うものになろうとしていた……。すると隣りにいた人が、そのものの頭をしゃもじでスパコーンと勢い良く引っ叩いた。

 

「ったく、小学生の前で……。 少しは擬態しろし」

 

 あ、この人、髪を束ねてるけど確か三浦さんとかいう人だ。意外とピンクのエプロンがよく似合っている。まあ、今のは見なかったことにしよう。

 でも……、こういう馬鹿みたいなのを見ていると、惨めな気分を少しだけ忘れられる。

 

 

 私は手先が器用な方だ、と、自分でも思うし、料理だって結構出来る。ただ、流石に炭のかまどでの調理は経験がないから、なかなか新鮮な体験だった。

 

 さっき見せてもらった要領で炭に火を着け、飯盒とカレーの鍋を火にかける。

 ここまで作業が進むと、みんなの手が空いてくる。後は、カレールウを入れるまでは、かまどの前で雑談しながら時々鍋の様子を見ているだけだ。

 

 

 仁美も由香も、一緒に作業している間は、必要な事だけは話をするけど、こういう時は何となく会話に入れてもらえない雰囲気になる。いつの間にか、そんな空気を読むことに慣れてきちゃってるなあ……私。

 

 ……だから私は、四人がいるかまどの前から少しだけ離れた柱にもたれて、少しずつ暮れていく景色と、かまどの火とを交互に眺めていた。

 

 

 

 すぐ近くで自分たちのカレーを作っていた高校生達が、近くで作業している、私達を含むいくつかの班に声を掛けてきた。

 作業が遅れている班は、火を起こすのを手伝ってもらったりしているけど、森ちゃんや仁美たちは普通に雑談をしている。

 

 仁美と話していた葉山さんが、突然、すっとこっちにくると、

 

「カレー、好き?」

 

 なんだか造ったような笑顔で私に聞いてきた。何で私に? ……みんなと離れてる私に気を使ってくれたのかな。

 でも、正直……困る。だって……。

 

 さっきまではしゃいでいた仁美や森ちゃん、それに他の班の子たちも、黙って私達を見ている。その視線にどこか非難めいたものを感じ、目をそらして下を向く。

 

「……別に。カレーに興味無いし」

 

 周りの視線に耐えきれなくて、それだけ言ってその場を離れた。それでも、嫌な視線は絡みついてくる。

 

 まだ、料理の途中だから、遠くに行くわけにも行かない。どこか……。一箇所、他と温度が違うように見える場所があった。顔をあげると、あの寝不足男と黒髪美人が少し間を空けて立っている。なんでここだけこんな空気なんだろう?

 

 でも、私は逃げ込むようにそこに向かった。

 

 美人さんが強い眼差しで周りを一(にら)みし、寝不足男がドヨンとした目でみんなの目を見返すと、私に向いていた嫌な視線がたちまちそらされる。

 ……もしかして、助けてくれたのかな。

 

 そこで葉山さんが、

 

「じゃあ、せっかくだし隠し味入れるか。みんな、何入れたら良いかな?」

 

 明るく大きな声でそう言うと、もうみんなの注目はそっちに行ってくれた。ほっとする。

 

「コーヒー入れようよ」

 

「チョコレートでコクが出るって」

 

「フルーツ入れよう。桃缶とか」

 

 え? 思わず振り向くと、変なことを言ってるのはお団子頭さんだった……。カレーに桃缶って……。

 

「あいつ、バカか……」

 

 思わず、という感じでそれを見ていた寝不足男が言葉を漏らす。美人さんは額に指を当てて眉をひそめている。

 

「ほんと、馬鹿ばっか」

 

 そう私が言うと、目の前の彼は、さも当然の事だろうと言わんばかりに、

 

「まぁ、世の中大概(たいがい)はそうだ。早めに気づいてよかったな」

 

 そんなことを言う。私は急に興味が湧いて、まじまじと彼の顔を見上げた。相変わらず目はどんよりしているけど、眠そうって感じでもない。この人、別に寝不足じゃなくて、いつもこんな目なのかな? そんなふうに見ていると、

 

「あなたもその、大概のうちの一人でしょう」

 

 そう美人さんが言う。

 

「あまり俺を舐めるなよ、俺は大概とか大勢とかの中には入れてもらえん。ぼっちは常にぼっちだからな。つまり俺は常にオンリーワンの存在たる逸材ってことだな」

 

「そんな最低なことを得意顔で誇れるのはあなたくらいのものでしょうね……。呆れるのを通り越して軽蔑するわ」

 

「通り越したなら尊敬してくれませんかね……」

 

 ふふ、変なの。……夫婦漫才? なんだかこの二人なら、私のことを解ってくれるんじゃないかって……別に助けてはくれなくても、理解はしてくれるじゃないかって、不思議とそう思えた。本当はなんでもいいから頼りたいだけなのかもしれないけど。

 

 

 

 ……名前、知りたいな。

 

 どう聞いたら良いのか思いつかず、

 

「名前」

 

とだけ言う。

 

「あ? 名前がなんだよ」

 

 本当になんの事かわからない、みたいな態度にちょっとイラッとして、

 

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

 

 と、つい強く言ってしまった。すると、

 

「……人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものよ」

 

 一気に二十度ぐらい温度が下がったような気がした。 ……美人さんが私を氷のような瞳で睨んでいる。表情を歪めたりとかは全然してないのに、

 

 ただ、目だけが怖い……ほんとに怖いよ……。目を合わせられない。

 視線をあわせられないまま、私は小さい声で、

 

 「……鶴見、留美」

 

 それだけ言えた。それでどうやら目の前の雪女さんは許してくれたようで、私の周りの温度が戻ってくる。

 

「私は雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)。そこのは、……ヒキ、ガ? ……ヒキガエルくん? だったかしら」

 

「おい、なんで小学校の頃の俺のあだ名知ってんだよ、……最後は俺、カエルってよばれてたからな」

 

 彼は雪女さん、じゃなかった雪ノ下さんにそう言い返してから、あらためて私の方に向き直り、

 

比企谷八幡(ひきがやはちまん)だ」

 

 そう名乗った。

 

「で、これが由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)な」

 

 ちょうど今、雪ノ下さんのとなりにやって来たお団子頭さんを指して比企谷さんが言った。

 

「へ、なに? どったの?」

 

 由比ヶ浜さんは、わたしの方を向いて、

 

「あ、あたし由比ヶ浜結衣ね。鶴見、留美ちゃん、だよね? よろしくね」

 

「うん……」

 

 声をかけてくれた彼女に、私はただ、頷くだけで答えた。

 

「なんか、そっちの二人は違う感じする。()()()()()人たちと」

 

 もどかしくて上手く言えないことを、それでもどうにか口にした。

 比企谷さんは、一瞬だけカレーの味付けで盛り上がっている仁美たちや葉山さんの方を見て、また私に視線を戻す。それで、ああ、この人には伝わったんだな、と何故か安心した。

 

「私も……違うの。()()()()と」

 

 そう、違うはずなんだ。私はあんなのと一緒じゃない。だから……。

 

「違うって、何が?」

 

 由比ヶ浜さんが真剣な顔で聞いてくる。

 

「周りはみんなお子様なんだもん。私、今までその中でけっこう空気読んで、上手に立ち回ってきたつもりなんだけど……。 でも、なんかそういうの下らないからもうやめたの。自分が嫌なことしなきゃ一緒にいられないなら、一人でも別にいいかなって」

 

「で、でも。小学校の友達とか思い出って結構だいじなんじゃないかなぁ……」

 

「別に思い出とかいらない……。中学入ったら他から来た人と友達になればいいし」

 

 そう、あんなつまらない事を喜ぶ人達ばかりではないはずだ……なんて――ただの強がりなのは自分でも分かってるけど……。

 

 

「残念だけど、そうはならないわ」

 

 雪ノ下さんが、私の目をまっすぐに見て言い放つ。

 

「あなたの同級生達も、同じ中学へ進学するのでしょう? なら、また同じことが起きるだけよ。今度は『他から来た人』も一緒になって」

 

 何も言い返せない。そんな事、ホントはなんとなく解ってた。ただ、そうじゃないって、勝手に信じたかっただけなのも。

 

「それくらい、あなたはわかっているのではなくて?」

 

 そう。ほんとに私……。

 

「やっぱり、そうなんだ……。 ほんと馬鹿みたいなことしてた」

 

「何が、あったの?」

 

 由比ヶ浜さんが穏やかな声で聞いてくる。

 

「誰かがハブられるのは何回かあって……。けど、そのうち終わるし、そしたらまた前みたいに話したりする、クラスのマイブームみたいなもんだったの。いつも誰かが言い出して、なんとなくみんなそういう雰囲気になるの」

 

 三人共何も言わない。けど、真剣に聞いてくれているのは感じる。

 

「それで、私と仲良かった子がハブにされてね、その時は私もちょっと距離置いちゃって……。 でも、その子が本当に大切にしてることを、あいつら、(けな)して、馬鹿にしたの」

 

「私、その子がそのことをどれだけ大事に思っているか知ってたから、どうしても我慢できなくて……。それで、みんなに、『こんな馬鹿みたいなことやめよう』って。 ……そしたら、今度は私がこうなってたの……」

 

 雪ノ下さんが小さく息を呑んで、少し目をそらした。

 

 ぽたり、と、足元に水滴が落ちる。 ……私、いつの間にか泣いてたんだ……。

 

「中学校でも、……こういうふうになっちゃうのかなぁ」

 

 その時、

 

「すごーい。これ、美味しい!」

 

「ホントだー。やっぱコーヒーがよかったんじゃん?」

 

「やっぱさー……」

 

 カレーの味見で一層盛り上がるみんなの声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、後片付けをして本館に戻り、入浴、今はもう就寝時間。

 

 部屋は、ドアを入って右側に、作り付けの二段ベッドが二組縦に並んでおり、左側がトイレ、奥に二段ベッド一組の、真ん中の通路を三組の二段ベッドで挟んだような形の六人部屋だ。

 

 私は左のベッドの上の段で一人横になっている。

 

 他の四人は、消灯時間を過ぎても、まだ右下奥のベッドに集まってまだひそひそと雑談中だ。

 

「それにしてもさー、葉山さん、やっぱカッコイイよねー」

 

「ほんとほんと」

 

「私は戸塚さんかな~。最初、女の子かと思ってたからマジびっくりしたケド、話してみたら結構カッコいい事言うし、そう。あれでテニス部の部長さんなんだって」

 

 え? 思わず声が出そうになった。戸塚さんって……あの緑のジャージの!?

 男の子だったんだ……今日一番びっくりしたかもしれない。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 もうすぐ夕食が始まる……。またあの中に戻らなきゃなんない……。

 私が必死でこぼれそうになる涙を抑えていると、

 

「まあ、あれだ。向こうに居場所がないような時は、俺らんとこに来ればいいんじゃねーの。知らんけど」

 

 思わず比企谷さんの方を振り向く。目が合うと、照れたように視線を逸らされた。少し頬が赤い。

 

「……比企谷くん、あなたこんな所で小学生をナンパするなんて、犯罪者の風上にしか置けないわね」

 

「俺、どんだけ居場所限定されてんだよ」

 

「うわぁ、 ヒッキー、なんだか顔、赤くしてる。……キモい」

 

「馬っ鹿、違うっつーの。 ……雪ノ下、携帯をしまえ。すぐに通報しようとするんじゃない」

 

「まあ聞け、今は夏休み中だ。だからこの林間学校さえ乗り切ってしまえば、後は新学期まで自宅から一歩も出なければとりあえず嫌な状況は避けられるだろ」

 

「い、一歩も出ないって、それはさすがにムリがあるんじゃ……」

 

「大丈夫だ。必要なものはみんなアマゾンさんが届けてくれる。なんだったら、新学期が始まっても一歩も外に出たくないまである」

 

「ヒッキー……」

 

 コホン、と雪ノ下さん。

 

「話がそれているわ。彼女が呆れているでしょう?」

 

「お、おう。これはあくまでお前が嫌じゃ無ければ……

「『お前』じゃない」

 

「……スマン。……鶴見が、

「『留美』」

 

 今みたいな感じになってから、『鶴見』と呼ばれると、相手から酷く距離を取られたように感じて、胸が痛くなる。だから、比企谷さんには、『鶴見』と呼ばれたくない。

 何でか分からないけど……そう、思った。

 

「……はあ、わかった。その、留、留美が嫌じゃなければ、雪ノ下のところでも、由比ヶ浜のところでも良い、いつでも()()()()()に来ればいい。そう思えるだけでも少しは気が楽になるだろ」

 

「八幡のところでも良いんでしょ?」

 

 思い切って、『八幡』って呼んでみた……嫌がるかな?

 

「名前呼び捨てかよ……」

 

「は? 名前、八幡でしょ?」

 

「はあ、まあ良い。俺んとこでも構わんが、俺一人の時はダメだ」

 

 意外なことに、彼は名前呼びされた事をあっさり流し、別なことにダメ出しをする。

 

「何で?」

 

「何でって、お前みたいのが俺一人のところに来たら、雪ノ下とかが通報しちゃうだろ」

 

「ほんとね。やっぱり今のうちに通報しておこうかしら」

 

「まだ何もしてねーだろ……」

 

「『まだ』、今『まだ』って言ったわね。比企谷くんあなたやっぱり……」

 

「ヒッキーキモい」

 

「揚げ足を取るな!!」

 

 

 

 ふふ、なんだか少しだけ心が軽くなった。いつの間にか涙も引っ込んでいる。

 

「あの、」

 

 私は三人に対して真っすぐ立って、

 

「もう、戻るね。……ありがとう。その、話、聞いてくれて」

 

「おう、またな」

 

「いつでもおいで、待ってるからさ」

 

「そうね」

 

 雪ノ下さんも、優しい顔で(うなず)いてくれた。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 微かに聞こえてくる仁美たちの話し声と、建物全体を包み込むように何処からともなく響いてくる虫や蛙の声……脳裏にはなぜか八幡の照れたような顔が浮かんで……

 

 最近なかなか寝付けなかったのが嘘のように、私はいつの間にか眠りに落ちていった。

 

 

 

 




 
 ようやく、ほんとうの意味で、留美と八幡が出逢いました。

 この作品は、原作の別視点、という体で書いていますが、このあたりから色々とずれて行きます。なぜなら、

 ここは、「八幡と留美の距離が少しだけ近い世界」だからです。


では、次回は、少し短めの「過去編」を予定しています。

ご意見、感想など、是非お寄せ下さい


10月30日 誤字修正しました。



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幕間 ① 青い世界

読んでくださってる方、お気に入り登録してくださってる方、ありがとうございます。

今回は


この先オリジナル注意!!  です

この「幕間」は、読まなくても一応お話はつながります。ただ、読んでおくと、本編の留美が、どういう子なのか、少しだけ理解できます。



話は、オリキャラばかりで進むので、そういうのが苦手な方はバックでお願いします。


 

  将来の夢

          四年二組  鶴見 留美

 

 私のお母さんは、洋服のコーディネートをする仕事をしています。洋服や、靴や、バッグ等を、たくさんの中から選んで、とてもおしゃれでかっこいい組み合わせを作ります。それを、雑誌の、ファッションの記事にするのです。

 同じ洋服でも、組み合わせによって、おしゃれになったり、かっこ悪くなったりするので、とてもかっこいい組み合わせを見つけるお母さんはすごいと思います。

 この前、お母さんのお友達のところで、仮ぬいのモデル、というのをさせてもらいました。ばらばらに分かれている服を、私の体に合わせてまち針と糸でとめていくと、たった五分ぐらいですてきな洋服になりました。それを写真にとります。三着くらいやりました。

お母さんや、お母さんの友達に、「留美ちゃん、似合うね」と、ほめられて、とてもうれしかったです。

 私は、おしゃれでかっこいい洋服が好きです。組み合わせを考えるのも楽しいです。だから、私は大人になったら、洋服を作る仕事か、お母さんのように、洋服の雑誌を作る仕事がしたいです。

 

 

 

 

 ***********

 

 

 

「留美ちゃんは、さっきの作文、なに書いたの?」

 

「んー、お母さんの仕事のこと書いて、あとは、洋服の仕事がしたいです。っていうかんじかな。 泉ちゃんは?」

 

「わたしは、絵の練習と勉強をいっぱいして、おじいちゃんの絵をみんなに紹介出来るようになりたいって書いたよ」

 

「紹介? 『おじいちゃんみたいな画家になりたい』 じゃ無いの?」

 

そう聞くと、泉ちゃんは、びっくりした顔でかぶりを振って、

 

「無理だよぉー。 画家にはなってみたいけど、おじいちゃんみたいってのは、さすがに無理」

 

「そうなの?」

 

「うん。 えへへ」

 

 泉ちゃんのおじいちゃんは、私は知らないけど結構有名な画家さんらしい。泉ちゃんは小さい時からおじいさんに絵を習っていたという。

 そのおかげか、泉ちゃんが図工の時間に描く絵は、いつも特別な存在感を放っていた。奥行きがある、絵に広がりがある、なんというか、「一枚の画用紙の中に小さな世界がある」みたいな感じで。

 

「でも、紹介って言っても、どんな仕事? 雑誌とかで記事書くとか?」

 

「えっとね、がくげいいん、って言って、美術館とか博物館とかで展示物を管理するお仕事があるんだって。 だから、わたしはそれになりたいって」

 

 そう言う泉ちゃんの顔は、何だかとてもほこらしげだった。

 

「……それで、なんだけど」

 

「何? 泉ちゃん」

 

「留美ちゃん、今度の土曜日、何か用事ある?」

 

「何もない、と思う。 一応お母さんに聞いてみないとだけど」

 

「もし大丈夫だったら、私のおじいちゃんの絵、一緒に見に行ってもらえないかな? なんか今、展覧会、みたいなのやってるんだって。 それで、もしよければ泉も友達連れておいでって、おじいちゃんが券くれて」

 

「……良いけど、それ、私なの? 愛ちゃん達は?」

 

 愛ちゃんと夏菜ちゃんは、泉ちゃんと幼稚園から一緒の子で、いつも一緒にいる。三人とも、どちらかと言えばおとなしい子たちだ。だから、泉ちゃんがさそうなら、まず彼女たちが先だろう。

 

「えっと、聞いてみたんだけど、油絵とか、あんまりよくわかんないからって……」

 

 そう言って彼女はちょっとしょんぼりしてしまった。自慢のおじいさんの絵を見せたかったのかもしれない。

 私は、逆に少し興味が出てきた。あれだけ絵の上手い泉ちゃんが、そこまで尊敬しているおじいさんの絵、見てみたいな。

 

「私、見に行ってみたい」

 

「ほんと!」

 

「うん。 今日帰ったら、行ってもいいか聞いてみる。土曜日だよね」

 

「うんっ。 一緒に行けたらいいなぁ……」

 

 

 ***********

 

 

 

 泉ちゃん――「藤沢 泉(ふじさわ いずみ)」という女の子と仲良く話すようになったのは、その前の年、三年生の五月くらいからだ。

 私の学校には、朝のホームルームから一時間目の授業まで十分くらい「読書の時間」というものがあって、みんな自分の好きな本を読んでいる。漫画は禁止だけれど、それ以外なら、小説でも、絵本でも、科学の雑誌とかでもいい。本は家から持ってくる人もいれば、図書館から借りている人もいる。

 私はその日、家から持ってきた文庫本の小説を読んでたんだけど、早く続きを読みたくて、休み時間にもその本を読んでいた。そしたら、

 

「あれ、その本……」

 

 隣の席からそう声をかけてきたのが泉ちゃんだった。もっとも、本人は、声をかけた、と言うより、思わず声が出ちゃった。という感じだったようだけど。

 

「何? この本、どうかしたかな?」

 

そう、私が尋ねると、

 

「あ、あの、ごめんなさい。 ……そのね、こ、これ」

 

そう言って彼女は、今彼女自身が読んでいたらしい本のブックカバーをはがしてみせた。

 

「あ! それ……」

 

「うん。だからちょっとびっくりしちゃって」

 

 そう、私と泉ちゃんは、隣の席で、お互いそれとは知らずに全く同じ本を読んでたんだ。

 

 それは、恩田陸(おんだりく)という作家さんの「夜のピクニック」という文庫本。小学三年生でこれを読んでる子はあんまりいないだろうな、と自分でも思っていたくらいだから、隣の席の子がその本を同時に読んでいた、という事に、私も本当に驚いた。

 

 ……それに、なんだかとっても嬉しかったんだ。

 

 彼女もきっとそう思ってくれたんだろう。それ以来、私達はいろんな話をするようになった。本の話が多かったけど、それ以外にも、家族のことや、お互いの友達のことも。

 

 ただ、それで私が彼女たちと一緒のグループになる、というようなことは無かった。いつも一緒に行動するわけでは無いけど、二人で話していると楽しくて、なんというかとても居心地がいい。そんな不思議な友達関係。

 

 泉ちゃんとは、大人になってもずーっと仲良しでいるんじゃないかな……なんて、この頃はそんな風にも思っていた。

 

 

 

 

  ***************

 

 

 

「お母さん、お帰りなさい。ご飯だけは炊いたよ」

 

「ただいま。ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった。今日は、ぱぱっとおかず作るから、ちょっと待っててね」

 

「うん、それは大丈夫。 あ、もうお風呂のスイッチいれよっか?」

 

「そうね、じゃあお願い」

 

 帰ってきたばかりで疲れているはずなのに、お母さんは椅子に掛けてあったエプロンを着けながらキッチンへと向かう。 

 

 ……私がもっと大人なら、もっとたくさんお母さんを手伝えるのに……。

 

 たまに私がそんな事を言うと、お母さんは、

 

「そんな事考えなくていいの。留美はまだ四年生でしょ、友達とたくさん遊んで、たくさんお勉強して、とか、そういうことのほうがずっと大事なんだから」

 

 なんて、笑いながらそう言う。

 

 

 

 **********

 

 

 

 現在の鶴見家は、母子家庭みたいな状況になっている。お父さんは元気だけど、いわゆる単身赴任中で、ここ最近一、二ヶ月に一回くらいしか家に帰って来れないでいる。以前の赴任先にいた時は、毎週末に帰って来れたんだけど……。まあ、一箇所に半年ぐらいしか居ないし、

 

『お父さんの次の赴任先が家に近いところでありますように』

 

と、今度神社でお願いしてきてあげよう。

 

 

 

 ***********

 

 

 

 いつも、向かい合ってごはんを食べながら、その日学校であったこととか、友達とどんな話をしたのかとか、いろんな話をする。なんてことない話でも、お母さんはとても楽しそうに聞いている。

 

「ねえお母さん」

 

「ん? なあに?」

 

「今度の土曜日、何も無いよね?」

 

「無かった、と思うけど、どうしたの?」

 

「クラスの、泉ちゃんて子が、一緒に絵を見に行こうって、その子のおじいちゃんが画家さんで、なんか、展覧会?するんだって」

 

「泉ちゃん……。 あ、あのおんなじ本読んでたって子か」

 

「うん。その子」

 

「良いじゃない。絵の展覧会。 あ、でも、場所どこ? 子供たちだけであんまり遠くは……」

 

「東京だって言ってたけど、泉ちゃんはお母さんが一緒に来るって」

 

「東京って言っても広いけど……。 でも、あちらのお母さんが行ってくださるっていうなら、お願いしちゃおうかな。 良いよ、留美、行っておいで」

 

「やった。ありがとうお母さん。 お土産買ってくるね」

 

「いや、東京に仕事しに行ってる私に東京のお土産って……」

 

「いいの。 こういうのは「気持ち」でしょ」

 

「……留美、あんたはまた子供っぽくない言葉ばっかり覚えて……」

 

 子供っぽくなくていいんだ。 ……私は早く大人になりたい。

 

 

 

 

 お母さんが仕事していることで、周りから色々と言われているのにはけっこう前から気付いていた。そのことで悩んでいる事も。

 自宅のパソコンで作業出来る部分が多い仕事とは言え、週の半分は江東区にある出版社に出勤してるし、時には遅くなることもある。お父さんがあまり家に居れないこともあって、おばあちゃんは、会う度に、「留美が可愛そうでしょ。十分生活出来てるんだから、無理しないでそんな仕事やめちゃいなさいよ」とお母さんを叱る。

 

 私は、それがたまらなく悔しい。仕事してるお母さんはすごくかっこいい。私のせいで、私が大人じゃないせいで、お母さんの仕事を、「そんな仕事」なんて言われちゃうのが悲しい。だから、私は早く大人になるんだ。

 

 私が、そんなことばかり言っているせいか、お母さんは、私が友達と遊んだり、出かけたり、という話になると本当に嬉しそうにしてくれる。私が……子供らしく、いつも元気で、たくさんの友達と仲良くしてる、「留美」でいればお母さんは安心して仕事を続けられる。

 

 だから、私は、いつも元気で友達たくさんの「留美」で居よう。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 ――土曜日――

 

 

 

「……あの、……ここ? え?」

 

「? どうしたの、留美ちゃん?」

 

 

 

 

 

 私、泉ちゃん、泉ちゃんのお母さん、の三人で電車に揺られてやって来たのは……、

 

 上野近代美術館 特別展Aホール、『(あお)の世界 ―― 藤澤誠司(ふじさわせいじ)展』

 

 海外でも「青の巨匠」「日本のムソク」などとして広く知られる藤澤誠司の代表作、ニューヨーク現代美術館所蔵の『苦悩(くのう)』、十五年ぶりの日本公開。他にも数多くの有名作品を揃え……。

 

 正面玄関横の、深い青色のボードにくっきりと真っ白い文字も鮮やかな、大きな大きな看板を見るだけでも、どれほど高名な画家なのかわかる。有名っていう話だけは聞いてたけど、こんなに凄い人だなんて知らなかった。

 唖然としている私とは対象的に、泉ちゃん親子は、慣れた様子で入場窓口に向かう。私もなんとか置いていかれないようについて行く。

 

「『苦悩』は、私も生で見るの初めてなんだ。ほんと楽しみ」

 

「なんか、すごいんだね」

 

 我ながら間抜けな感想だとは思うけど、それしか言葉が出てこなかった。

 

 常設展は後で見ることにして、先に今日の目的である、泉ちゃんのおじいさんの展示、企画展、『藤澤誠司展』の入場ゲートをくぐる。

 照明のやや落とされたまっすぐの回廊を抜けると、

 

 そこに、『苦悩』はあった。

 

 大きさは、畳三枚分程だろうか。暗い背景の上に、三人の男たちが描かれている。一人はうつむいて座り込み、一人は何かを嘆いているかのように右手で目のあたりを覆うようにして立ち、最後の一人は正面を向きつつも目をそらしている。

 そして、幾重にも、幾重にも塗り重ねて描かれた男たちは、髪も躰も全て青色。黒に近い暗緑色のような色から、この暗さの中では白にさえ見える水色に近い青まで、その濃淡と、一センチ以上はあるだろう、油絵具の塗り重ねの立体が、照明に照らされて濃い陰影を作り出している。

 

――圧倒的な存在感。私はその絵の前に立っているだけで足がすくみ、それでも目が離せないでいた。

 

 

 

「留美ちゃん」

 

どれくらい呆けて居ただろうか、泉ちゃんに呼ばれて、我に返る。

 

「うん……。 泉ちゃん。うん、すごい、ね」

 

「うん……、ほんとに。すごい」

 

 泉ちゃんは少し涙ぐんでいた。

 

 

 

 

 

 その後、順路に沿って館内を進む。『苦悩』ほどではなくても、それぞれに素晴らしい絵が並ぶ。そのほぼ全てが青い世界。

 

 面白かったのは、彼の若い頃の作品を集めた部屋で、ここだけは普通の(青色だけじゃない)風景画や、赤一色・黄色一色だけの人物画や、ブロンズ像まであって、こんなにすごい画家さんでも、昔は色々悩んだりしたんだろうな、と思ってちょっと楽しくなった。

 

 

 企画展の出口にあたる部屋に入ると、泉ちゃんが、

 

「おじいちゃん、来たよー」

 

 と言って駆け出した。

 

「こら、走らないの」

 

 彼女のお母さんがたしなめるが、泉ちゃんは聞いてない。その先で、車椅子に座った、でもどこかガッシリとした体格の、七〇歳ぐらいに見える男性がこちらに向かってニコニコしていた。すぐ横に二人、警護の人がついている。

 

「おお、お前たちか、来るのが今日なら連絡ぐらい……」

 

 そこまで言って、私に気が付いた泉ちゃんのお祖父さんは、

 

「おや、こちらのお嬢さんは?」

 

 そう彼女に聞く。

 

「私の友達だよ。おんなじクラスで、ほら、私と同じ本読んでた子」

 

「あ、あの、初めまして。鶴見、留美です」

 

「初めまして。泉の祖父で、絵描きの藤澤誠司といいます。今日は来てくれてありがとう」

 

 朗らかに右手を出されたので、思わず握手までしてしまった。なんか、あいさつの仕方までいちいちカッコイイおじいさんだなぁ。映画に出てくる外国人みたい。

 

「もしよろしければ、今日の感想などいただけないかな」

 

 藤澤先生がそう言うと、泉ちゃんは、

 

「私、『苦悩』、実物初めて見たけど、やっぱり写真とは迫力が違うねー。絵はさ、大きければいいってもんじゃないのは分かってるけど、あの大きさはそれだけでもうパワーだよ。私もあのくらい大きいの、描いてみよっかな」

 

そう言うと、

 

「あんな大きなの、家のどこに置くのよ……」

 

 と、泉ちゃんのお母さんは呆れている。

 

 私は、

 

「あの、上手く言えないですけど、『苦悩』 本当に感動しました。なんていうか、心の中に真っすぐ入ってくるみたいで……その……」

 

「うんうん。ありがとう。君たち位の子には『怖い』絵だってよく言われるんだけどね」

 

「えと、怖いって感じは無かったです。すごい迫力は有りましたけど……」

 

もう少し何か言わなきゃ……。 あ、そうだ。

 

「あと、先生の若い頃の作品で、あの、黄色い人の絵が、なんか可愛くて好きです」

 

私がそう言うと、藤澤先生は少しびっくりしたような顔をした後ニッコリと笑い、

 

「『憧憬(どうけい)』か。若い頃の(つたな)い作品を、好き、と言ってもらえるのは、なんだか面映(おもはゆ)いが、嬉しいものだね、ありがとう。留美くん」

 

 うっ……、やっぱり藤澤先生、いちいちカッコイイ。

 

 

 

 その後、泉ちゃんのお母さんに、私と泉ちゃんとで先生を挟んだ写真を撮ってもらった。

 

「泉にはいい友達が居るな。どうかこれからも泉と仲良くしてやってくださいね」

 

「はい、もちろんです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございました」

 

「あ、なんか留美ちゃん、あいさつがカッコイイ?」

 

 ふふ。先生に対抗して、精一杯カッコつけてみた。

 

 

 

 ミュージアムショップで、お母さんへのお土産にと何枚か絵葉書を買い、美術館を出る。

 空を見上げるときれいな青空。その青を見ても、『苦悩』の、鮮烈(せんれつ)な「青」の印象が薄れることは無かった。

 

 

 

 




 
以上、留美の過去編その一 でした。

本編では口数の少ない子ですが、決して暗い子では無いと思います。ただ、早く大人になりたいだけ、なのでしょう。

次回から林間学校編・後編です。



もしよろしければ、ご意見・ご感想などいただけるとありがたいです。

追記:美術館とかの名称は、わざと、です。「ディスティニーランド」的な。

11月7日 誤字とか修正しました。



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そして、鶴見留美は彼と出逢う 後編① 自由行動は意外に不自由

 
 どもども。まず最初に、誤字の報告、本当に助かります。感謝感謝、です。

 ではあらためて、読んでくださってる方、お気に入り付けてくださってる方、感想くださる方、本当に有難うございます。
 他に沢山華やかなお話がある中、非常に地味なこのお話が、前回まででついにお気に入り100件を超えました。その後もじわじわ増加中で、本当にうれしいです。

 さて、今回は、林間学校編、後編の前編です(ナンノコッチャ)
 失礼、わかりにくいので後編① です。

 林間学校二日目、果たして留美は、無事に八幡たちに会えるのでしょうか。




 

 なんだか、(なつ)かしい夢を見ていたような気がする。夢の内容はほとんど覚えて無かったけど、イメージは深い青色。窓の外に広がる、高原の空の色にも負けない、鮮烈な青……。

 

 目が覚めた時、一瞬いつもと違う視界に混乱した……天井がすぐ目の前にある。二段ベッドの上の段って結構高いんだな。

 そう、昨日から、林間学校で……。ようやく頭が働き始める。部屋の時計を見ると、まだ五時を回ったばかり。仁美たち四人はまだぐっすりと寝ているようだ。昨日、遅くまで起きてたみたいだし。

 

 他のみんなを起こさないように、静かにベッドのはしごを降り、カーテンを小さく開けて窓の外を見てみる。外はすっかり明るくなっているけれど、太陽はまだ昇ってきたばかりのようで、林の木々が長い影を作っている。

 

 予定では、今日、日中は自由行動のはず。それから、夜に肝試し。自由行動も肝試しも、基本的には班ごとの行動だ。この部屋の四人と一日中一緒……。正直、気が重い。でも、今日を乗り切れば、明日はクリーン活動(ゴミ拾いとか掃除)をして、帰るだけだ。そう考えて、どうにか気持ちを奮い立たせる。

 

 

 

 **********

 

 

 

 朝食は簡易なバイキング形式で、クラス、男女関係なく、好きなもの同士で食べて良いとのことで、みな大騒ぎで食べている。私は、窓際の一番端の、外の景色を眺めながら食べられる席に座った。食堂を見回してみるが、八幡たちは居ない。どうやら朝食は一緒ではないようだ。その事をちょっとだけがっかりしている自分に驚いた。どうやら私は、あの人達が、その、嫌いでは……無いみたい。ふふ、変なの。

 

 ふと気が付くと、もう半分以上の子たちが食事を終えて、食器を返し、部屋へと戻っていく。私の部屋の四人も、食堂を出て行くところだった。私は、残っていたパンを口に押し込むと。少しだけ急いで食器を片付けた。

 

 

 

 **********

 

 

 

 御手洗いを済ませて部屋に戻ると、もう誰も居なかった。食事に出る前に、出かける準備を済ませておいたのだろう。多分だけど……わざと。私を置いてけぼりにするために。

 さすがに凹んだけれど、とにかく仁美達を追いかけなくちゃ。素早く手荷物を用意し、首からカメラを下げ、すぐに部屋を飛び出した。

 

 飛び出した……けど。走り出そうとしていた足が止まる。……飛び出して、追いかけて、それで? 彼女たちに追いついたとして、なんて言うの……?

 

 それでも、私はのろのろと歩き出した。追いつけなくたっていい。むしろ、見つけられないほうがいいのかもしれないな、なんて思いながら。

 

 

 

 そんな事を考えながら歩いていたのに、案外簡単に四人を見つけてしまった。正面玄関から出て右手の、本館から少しだけ離れた林の中に、やや大きめの東屋があり、そこから森ちゃんと仁美の声が聞こえて来る。おそらく、由香と友ちゃんも一緒だろう。

 たった今まで会いたくないな、なんて考えていたくせに、それでも四人に追いついたことにどこかホッとして声をかけようと……

 

「それにしても、鶴見、調子に乗ってるよねー」

 

 そう言った仁美の声に、思わず木の陰に隠れてしまった。

 

「せっかく葉山さんが声かけてくれてんのに、『別に興味ない』とか言って、どっか行っちゃうしさ」

 

「そそ。相手してらんない、みたいにさ。でも、あの、なんだっけ、雪なんとかさん? 目が超怖くなかった~? やばいよね、あれ」

 

「わたしも怖かった。目、合わせらんなかったもん、あとゾンビみたいな目の人も」

 

「ゾンビみたいとか笑えんだけど」

 

「でもさー、私、見ちゃったんだよねあの後」

 

 何か思わせぶりに森ちゃんが言う。

 

「え、何?」

 

「それが、ウケんの。鶴見、あいつ泣いてたんよ」

 

 

 ……一瞬、頭が真っ白になった。

 

「あいつ、たまたまあたしから真っすぐ見えるとこに立ってたんだよね。で、何となく見てたら、俯いたまんまで、涙ポロポロ流しながらなんかボソボソ言ってんの」

 

「なっ、カッコ悪……」

 

 見られて……た。 ……あんな(みじ)めに泣いてるとこ、見られてた……。 恥ずかしい。悔しい、恥ずかしい、悔しい、悔しい、悔しい……。

 足が震える、目に涙が溜まってくるのが自分でもわかる。いつも私の事なんか見ないくせに、どうして、あんな時だけ……。

 

「じゃあ、あの怖いおねーさんに、『ハブられて悲しいよー、えーんえーん』とか言っちゃってたりして、ぷ」

 

「フッ、誰よソレ」

 

「だいたい鶴見もさー、藤沢んときの事、あやまってもこないじゃん。それじゃ、こっちだって終わりってわけにいかないよねー」

 

 そう、私は、今までの子たちと違って、「何となく」ハブられたわけじゃない。こんなの、幼稚だと言ってみんなを馬鹿にしたんだ。 ……直前まで、自分も同じ、幼稚なことを、馬鹿な事をしていたくせに。

 だから、私に対する嫌がらせは、今までみたいに自然には終わらないだろう……もしかしたら、ずっとこのままなのかな……。

 

 でも、じゃあどうしたら良い? みんなに謝るの? 私が間違ってた、って。

 

 ……嫌だ。絶対に嫌だ。

 

 それは、あの日みんなが泉ちゃんにした事を許すって事だ。 ……あの時、私が泉ちゃんを見捨てたことを許すって事だ。そんな事、できない……よ。

 ポタッと、抑えていた涙が落ちる。私、また泣いてる。かっこ悪いなぁ、私って。

 

「あ、テニスコート、もうそろそろ使える時間になるよ」

 

そう言って由香がぴょこんと立ち上がる。

 

「んじゃ、行こっか」

 

「あー、鶴見は?」

 

「来ないんだからほっとけば。自由行動は『好きな人同士で組んで下さい』だしねー」

 

「あはは、じゃあしょーがないっかー」

 

 四人の声が遠ざかっていく。その声が完全に聞こえなくなるまで、私は動くことが出来ずに居た。

 

 

 

 これからどうしよう。さすがに彼女たちを追いかけて一緒にテニスするなんて出来るわけがない。仕方なく、来た道を重い足取りで引き返す。

 

 

 

 本館の前まで来た所で、生け垣の刈り込みをしていたらしい職員さんが声を掛けてきた。

 

「どうしたの、忘れ物かい?」

 

 確か、昨日、外遊びの指導をしてくれた、中岡さんとかいう方だ。

 

「いえ……」

 

「お友達は一緒じゃないのかな?」

 

「…………」

 

 私が何も言えずにいると、中岡さんはにっこり笑って、

 

「おや、それはカメラかい? 最近のは、おしゃれで小さいんだねえ」

 

 そう言われて私は、いつのまにかデジカメを胸に抱きしめるように持っていた事に気が付いた。

 

「あ、……はい。 ……お母さんが、写真、撮っておいでって」

 

「そうかい。……じゃあ、あの小さい水路にそって少し降っていくときれいな川があるよ。林も開けていて、今の時期なら川沿いにラベンダーも咲いてる。いい写真が撮れるんじゃないかな」

 

中岡さんは、私の様子を見て、それ以上何も聞かずに話を変えてくれた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、そこ、行ってみます」

 

 私は笑顔を作ってそう言った。 ……ちゃんと、「笑えた」と、思う……。

 

 

 

 **********

 

 

 

 中岡さんに教えてもらったとおりに、水路沿いの細い林道をゆっくりと降っていくと、サラサラと水の音がしてきた。少し歩くと、急に視界が開けて、ゆるやかにカーブしているきれいな川に突き当たった。

 川幅は五メートルほどだろうか。川底の石が陽の光を反射してキラキラしているのがはっきり見える位の浅瀬になっている。対岸には鮮やかな紫のラベンダーと、白い小さな花がたくさん咲いていた。

 

 何枚か写真を撮る。遠くの山々がちょうど林に隠れてしまって、川と一緒にフレームに入らない。もう少し角度を変えようと、川の上流に向かって川沿いの道をのんびりと歩く。すると、バシャバシャという、水を掛け合うような音と、きゃあきゃあ言う歓声が聞こえてきた。

 顔を上げて先を見ると、どうやらあの高校生達が水着で水遊びをしているようだ。葉山という人もいる。私は、あの人がどうも苦手だ。多分、一人でいる私を気にかけてくれているんだろうな、というのは分かるけれど、あの、急に距離を詰めてくる感じと、いかにも作って貼り付けたような笑顔がなんだか好きになれない。

 

 引き返そうかな、と思った時、川沿いの木によりかかって座っている八幡を見つけた。ちょうど日陰になっているので、最初は気が付かなかった。

 

 目を閉じてる。寝てるのかな? 起こさないように、そっと近づく。他の高校生達は激しく水を掛け合うのに夢中で私に気付いていないみたいだ。

 ……八幡って、目を閉じてると、すごくきれいな顔してる。木漏れ日が当たってキラキラしていて、絵葉書の風景みたい。 ……なんだかドキドキしてきた。そっとカメラを構え、木に寄り添うように眠る彼を写真に収める。八幡はまだ気が付かない。このまま立ち去ろうかな、と思った、けど……。

 

―― 向こうに居場所がないような時は、俺らんとこに来ればいいんじゃねーの ――

 

 その言葉が私の背中を押す。勇気を出して、私は八幡に近づく。今度はわざと足音を立て、まるで今来たばかりみたいに。

 

 それで起きたらしく、八幡はパチリと目を開けると、私に気がついて、やる気なさそうに左手を小さく挙げて、

 

「よっ」

 

 と一言だけ。私も、

 

「うん」

 

 とだけ返事して、八幡のすぐ横に座った。くっついてはいないけど、でも体温を感じる距離。それだけで少し心が上向く。

 二人並んで、他のみんなの水掛け合戦を見ている。雪ノ下さんの目が本気だ。こんな遊びなのに、絶対にやられたままでは終わらない……あの人にはあまり逆らわないようにしよう。

 

「……ねえ、八幡は、なんで一人なの?」

 

「水着持ってきてねぇんだよ。おま……留美は?」

 

「ふーん。私のほうはね、今日一日自由行動なんだって。それで、朝ごはん終わって部屋戻ったら誰も居なかった」

 

「……そか」

 

「うん」

 

 ……そのあと偶然、私への陰口を立ち聞きしてしまって、悔しくて泣いて、そのまま逃げて来ちゃった。なんて事、かっこ悪過ぎてとても言えない。

 

 その後も二人でぼーっと川の方を眺めてると、由比ヶ浜さんが私たちに気づいたみたいで、雪ノ下さんと一緒に川から上がってくる。近くに敷いてあったレジャーシートからタオルを取って、体を拭きながら二人でこっちにやって来た。

 由比ヶ浜さんが、タオルで少しだけ濡れた髪の毛をぽんぽんってしながら、私の前にしゃがんで声を掛けてくれた。

 

「あのさ……留美ちゃんも一緒に遊ばない?」

 

 私は小さく首を振った。さっきの彼女たちのようにはしゃぐ気分じゃ無い。

 

「そ、そっかぁ……」

 

由比ヶ浜さんをがっくりさせてしまった。ごめんなさい……。心の中で謝る。

 

「だから言ったじゃない……」

 

 雪ノ下さんが、由比ヶ浜さんに声をかける。この三人、なんだか他と違う空気を持ってるけど……どんな関係なのかな。

 

「ね、八幡」

 

「ん? どした」

 

「えっと、この三人って、付き合いは長いの?」

 

「いや、知り合ったのもこの春からだし、そもそも付き合いどころかまともな人間関係が成立してないまである」

 

「……はぁ。なんとなくわかった。じゃあ、八幡は、さ」

 

「お、おう」

 

「小学校の時からの友達っている?」

 

「いない、な。ま、正直必要ない。だいたいみんなそうだぜ、ほっといていい。義務教育終わればあいつら多分一人も会わないぞ。ちなみに俺は中学校の時の友達もいない」

 

 急にドヤ顔になった八幡に、由比ヶ浜さんが呆れて、

 

「そ、それはヒッキーだけでしょ!」

 

 と言うと

 

「私も会ってないわ」

 

 雪ノ下さんが間髪(かんはつ)入れずに真顔で言う。すると由比ヶ浜さんは諦めたように小さくため息をついて私の方を向いた。

 

「留美ちゃん、この二人が特殊なだけだからね?」

 

「特殊のどこが悪い? 英語で言えばスペシャルだ。ほら、なんかちょっと、優れてるっぽいだろ」

 

「日本語の(みょう)よね……」

 

 雪ノ下さんまで関心している。珍しい……のかな?

 

「なあ由比ヶ浜、おまえ、小学校の同級生で、今でも会うやつ何人ぐらいいる?」

 

 由比ヶ浜さんは、顎に手をあてて少し考えてる。

 

「会うって言っても……同窓会とかを別にしたら、一緒に遊ぶってのは、一人か二人、かなぁ」

 

「お前んとこ、一学年何クラス?」

 

「ん? 三クラスだけど」

 

「一クラスだいたい三十人として、掛ける三で九〇人。その中で、今も付き合いがあるのが一人か二人、%にすると、ええと……」

 

「約一・一から二・二パーセントね。小学校からやり直したら?」

 

 雪ノ下さん計算早いなぁ。

 

「まあとにかく、人付き合いの得意な、八方美人(はっぽうびじん)の由比ヶ浜でさえこんなもんだ」

 

「美人……えへへ」

 

「由比ヶ浜さん、別に褒められているわけではないわ」

 

「普通のやつの人付き合いが由比ヶ浜の三分の一くらいだと仮定すれば、小学校時代の友達が高校生になっても友達やってる確率は一%以下だ。こんなもの、誤差の範囲だ。よって切り捨てていい。よし、証明終了」

 

 八幡は得意気に胸を張って言い切った。由比ヶ浜さんは「なるほど~」とか言って納得しかけている。

 けれど、雪ノ下さんは、そっとこめかみを押さえる。

 

「この男……何から何まで仮定だけで証明をでっち上げたわ……。数学を何だと思っているのかしら」

 

「うん。さすがにそれが無理やりなのは小学生の私にもわかる……」

 

 私がそう言うと、

 

「え、あれ? あ、そ、そうだよ! こんなのおかしいよ!」

 

 由比ヶ浜さんが手をブンブン振りながら八幡に抗議する。

 八幡は、チッと小さく舌打ちをして言う。

 

「数値とかはどうでもいいんだよ。要は考え方の問題ってことだ」

 

「さっきの証明はまるで出鱈目(でたらめ)だけど、何故か結論だけは正解に見えるのよね……。不可解だわ……」

 

 雪ノ下さんは、納得行かないというようにブツブツ言っている。由比ヶ浜さんは、

 

「んんー……あたしはあんまり賛成しないけど……。でも、一%てことは百人の内一人でいいってことでしょ。そう考えれば、少しは気が楽になる、かな。みんな仲良くって、やっぱしんどい時あるし」

 

 何となくだけど、由比ヶ浜さんが自分の経験を話してるんだなって事は分かる。こんなに誰とでも仲良くなれそうな彼女でも、そういうこと、あるんだな……。でもそうか、百人中一人でいい、そう思うと何故か、泉ちゃんの顔が一瞬だけ心に浮かんだ。

 

 由比ヶ浜さんはそこで私に向き直って、優しく微笑んで言った。

 

「だから、留美ちゃんもそう考えれば、さ」

 

「うん。でも……お母さんが……。いつも、友達と仲良くしてるかって聞いてくるし。林間学校でも、たくさん写真撮っておいで、思い出になるから、って、デジカメ……」

 

由比ヶ浜さんにカメラを見せながらそう答える。

 

「そうなんだ……、いいお母さんだね。留美ちゃんの事、心配してくれて」

 

 そう、お母さん。 ……今の私の状況を知ったら、きっと心配するだろうな。そんな事を考えていると、

 

「そうかしら……。我が子を支配して、管理下に置く、所有欲の象徴(しょうちょう)では無いのかしら?」

 

 冷たく、暗い声で雪ノ下さんが言った。ちくん、と胸の奥に小さな痛み。

 

 由比ヶ浜さんは大きく目を見開いて、

 

「え……。そ、そんな事無いよ! ……それに、その言い方はちょっと」

 

そう言うと、二人の間に緊張が走る、八幡が割って入った。

 

「雪ノ下、まああれだ。母親ってのは余計なことすんのが仕事、みてぇなところがあるからな。俺が休みの日にゴロゴロしてりゃ小言を言うし、勝手に人の部屋掃除するし……。たとえそれがお前の言う管理だとしても、愛情が無かったらそもそも管理しようとさえしないだろ」

 

 雪ノ下さんはきゅっと唇を()んで、何かに耐えるように下を向く。

 

「……そう、ね。普通は……そうよね」

 

 彼女は、私に向かって優しく微笑むと、

 

「ごめんなさい。私が間違ってたみたい。無神経な発言だったわ」

 

そう言って私に向かって頭を下げた。小学生の私なんかに、真摯(しんし)に。

 

「あ、全然……。なんか難しくてよくわかんなかったし」

 

 どぎまぎしながら私が言うと、四人とも静かになってしまった。なんだか気まずい。彼女とその母親の間には、きっと私なんかでは想像できない何かがあるんだろうな……。

 

「まああれだ。なら、撮っておくか? 俺の写真。誰も撮ろうとしないからスーパーレアだぞ」

 

 八幡が空気に耐えきれなくなったようにそう言った。

 

「いらない」

 

「……そうですか」

 

 バッサリ、という感じで私が言うと、少し凹んでるみたい。でもいいの……だって、もっとレアな八幡の寝顔、もう撮っちゃったし。

 

「まあ何にせよ、ぼっちには生きにくい世の中だ。()()()()()()? それが正義みたいに言うから、どこかが歪むんだろ。みんなが『正しいぼっち』になれば、誰も傷つかないのにな」

 

「た、正しいぼっちってなんだし」

 

「それは、他人は他人、自分は自分、ってのをきちんと理解しているぼっちだ」

 

「? どゆこと、あんましよく分かんないんだけど……」

 

「人間は一人ひとりみんな違う。そんな当たり前のことがちゃんと理解出来てないから、自分と違う誰かを排除し、傷つけようとする。 親子だって、友達だって、みんな一人ひとり考え方も何もかもが違うんだ。だから……、自分と違う他人をちゃんと認めてやり、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それができるのが、『正しいぼっち』だ」

 

「『正しい』ぼっち、か……」

 

 私がそうつぶやくと、八幡が続けた。

 

「一人ひとりがバラバラになっても自分自身と向き合えるなら、無理して誰かと仲良しごっこする必要もないし、大勢で群れて、(むれ)から外れた一人を攻撃する事も無い」

 

「……うん」

 

 八幡の言葉は、なぜか私の心にすっと入ってくる。

 

「比企谷くん……、あなた、小学生に『比企谷教(ひきがやきょう)』の布教でもしてるの? 鶴見さん、あなたも、あまりこの男の話を真剣に聞きすぎるとそのうち抜け出せなくなるわよ?」

 

 私たちの様子を見ていた雪ノ下さんが、少しだけ楽しそうに言う。

 

「俺を悪徳新興宗教(あくとくしんこうしゅうきょう)の教祖みたいに言うのはやめてもらえませんかね……」

 

「教祖? あなた、そんな器じゃないでしょう? せいぜい末端の勧誘員がいいところよ」

 

「さいですか……」

 

「……でも私も、あなたが言ってること、何となくだけど解るわ。『正しいぼっち』ね。ふふ。比企谷くんらしい……」

 

「ゆきのんまで……、わかるけど、でもそんなのって、なんだか寂しいじゃん……」

 

 由比ヶ浜さんは小さくそう言った。

 

 

 

 

 

「ねぇ、私の状況とか、今みたいな嫌な感じも、高校生くらいになれば変わるのかな……」

 

 私がそう誰にともなく尋ねると、

 

「少なくとも、あなた自身が今のままでいるつもりなら、絶対に変われないわね」

 

 雪ノ下さんの言葉はいちいち胸に刺さる。

 

「けど、この先周りが変わることだってある。だから、いまの人間関係にこだわって無理に付き合い続ける必要なんてないだろ」

 

「でも……、留美ちゃんは今が(つら)いんだから、それをどうにかしないと……」

 

 由比ヶ浜さんが切なそうな顔で私を見ながらそう言った。

 

「辛いっていうか……今、自分が惨めっぽくて嫌なの。無視されたり、陰口言われてんの聞いたりすると、悔しくて、そんな自分がかっこ悪くて、さ」

 

「そうか」

 

「嫌だけどさ、もう、どうしようもないし」

 

「……何故?」

 

 雪ノ下さんが静かに聞いてくる。

 

「……見捨てちゃったんだ。その子にとって絶対に見捨てちゃいけない時だったのに、私は……。だから、また同じように仲良くなんて出来ない。あの子とも、みんなとも。またいつ、誰がこんなふうになるか分かんないし、それなら、なんかもう、このままでいいかなって。……惨めなのは、嫌だけど……」

 

 思い出したら、また涙が(あふ)れてきた。泣いている理由は、あの時の私? それとも今の私? 感情の整理がうまく出来ない。みんなから(かく)れるように、膝に顔を(うず)めた。

 

「惨めなのは嫌か」

 

「……うん」

 

 八幡に問われ、顔を上げないまま小さく(うなず)いた。

 

「……肝試(きもだめ)し、楽しいといいな」

 

 八幡はそう言って立ち上がった。

 そっと見上げると八幡と目が合う。相変わらずどよんとしてるけど、なぜかその眼差(まなざ)しは優しかった

 

 

 

 

 




 
 八幡、ついに立つ!!(物理的に)

 はたして八幡は、出口のない迷路に囚われた留美姫を救い出すことができるのかっ!!

 次回   『 決着 』 ――君は、腐った目の中に希望を見つける――

 *注) 大袈裟詐欺(おおげささぎ)注意

 ご意見、ご感想などお待ちしています。



 11月11日 ルビ追加、一部語尾等修正。
   同   誤字修正しました。 snow flowerさん、いつもありがとう。

 11月12日 誤字修正しました。 くるぷさんありがとう。

 18年2月12日 誤字修正 兄やんさん報告ありがとうございます。
 


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そして、鶴見留美は彼と出逢う 後編② 肝試しが本当に試すもの

 
 いつも読んで頂いてる方、お気に入り、評価等付けてくださる方、本当に有難うございます。
 誤字報告も有難うございます。毎回、チェックはしてるつもりなんですが……。

 さて、林間学校編は今回がラスト。肝試し編です。原作での八幡の暗躍の裏で、留美は何を思っていたのか?

 いつもよりちょっとだけ長めです。




 

 八月にもなると、夏至の頃に比べて随分日が沈むのが早くなる。ここは、周囲を山に囲まれている分、いっそう暗くなるのが早いのかもしれない。

 私達が夕食を終えた頃には、外はもうだいぶ暗くなってきていた。空にはまだ明るさが残っているものの、木々の姿は暗い影となり、窓から見える街灯の煌々(こうこう)とした明かりがその影を一層色濃く見せている。

 

「だいぶ暗くなってきましたね~。もう少し暗くなったら、いよいよ肝試し、開始ですっ。それじゃあ、待ってる間、こちらにちゅうもーく」

 

 可愛らしい猫のコスチュームを着た、あの一番小柄な高校生が、マイクを持って声を上げる。尻尾が二本あるし、マイクを持ってない方の手には長い爪の付いた手袋をしているので、一応、「猫又(ねこまた)」という妖怪のつもりなのだろう。猫耳がとても似合っていて、それになんだか話し方も猫っぽい。とても怖い妖怪にはみえないなぁ。

 

 ホールの照明が消されて、明かりは常夜灯と、外から差し込む街灯の光だけになった。

 正面のテレビから不気味な音楽が流れ出す。どうやら何かのビデオを流すようだ。

 

 始まったのは、『本○にあった怖い話 ~夏の特別編~』というタイトル。

 

 周りが暗いこともあってか、みんな結構夢中になって見ている。短めの話が何本も続くんだけど、その内容が、「ふざけて肝試しに出かけたら本当に霊に襲われた」 「海水浴をしていたら突然足首を捉まれて海にひきずりこまれた」 「山でキャンプをしていたら、いつの間にか人数が一人増えている」 といった、わりとよくある話。

 ただ、これからまさにキャンプ場で肝試しに出発しようとしている私達をどきりとさせるには十分だった。

 

 ビデオが終わると、ステージの真ん中の明かりだけがぽつんとついた。

 

「さあ、いよいよ肝試し、始めるよー。みんなは、班ごとに、だいたい二分おきに出発してもらいます」

 

 口調も服装も変わらないのに、この暗さと、さっきのビデオのせいか、なんだか司会の猫又さんがちょっと不気味に見えてくる。

 

「ここを出たら、コースに沿って進んで、途中にある古い(ほこら)から、この御札(おふだ)を一枚取って来て下さい」

 

 そう言って彼女は、長い爪の付いた手で、赤黒く(すす)けたような御札をみんなの前にかざした。

 

「途中、分かれ道にはこの、赤い三角コーンが置かれています。こっちの道には行ってはいけません。……もし行ったら……、二度と帰って来れないかもしれませんよ」

 

猫又さんは急に声を低くしてそう言う。他のクラスの女子が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。

 

「さあ、いよいよスタートです。出発する順番は、私がバラバラに指定するよ。いつ呼ばれるかわからない。ドキドキタイムだぁー。 最初はどの班にしようかなー?」

 

 そう言われて、みんながザワッとする。目をそらす子、手を挙げて自分たちを指差してる男子とか、反応は色々だ。

 

「じゃあ、最初にスタートするのは、この班だー!」

 

 そう言って猫又さんが、長い爪の付いた手袋の指先で、一組の男子班を、「ビシッ」とばかりに指差す。さっき自分たちが行きたいとアピールしていた男子たちだ。

 

「よっしゃー」

 

「マジかよ~。ちゃっちゃと行くかー」

 

などと、歓声を上げながら彼らはスタートして行った。

 

 

 私達の班では、友ちゃんが、とりあえず一番をのがれて、

 

「あーよかった こわかったよー」

 

と言って森ちゃんのかげに隠れるようにしていたけど、後のみんなは、

 

「えー、早いほうが良くない?」

 

「別にどっちでもー」

 

 などと言いながら、さっき見たビデオの話なんかをしている。私は四人のすぐ近くにいるものの、相変わらず会話には入れず、他の班の様子なんかを眺めていた。

 

 今朝、彼女たちの話を立ち聞きしてしまったせいなのか、みんなの視線が怖い。

 森ちゃんが、仁美が、ちらっと私のことを見る度に、惨めに泣いていた私を嘲笑っているように感じてしまう。由香が、友ちゃんが、顔を見合わせて何か言ってるのを見る度に、みんなを馬鹿にした私を非難しているように感じてしまう……。

 あるいは、彼女たちの態度には、私が考えている様な深い意味など無いのかもしれない。でも……私は、彼女たちを真っすぐ見ることさえ出来ずにいた。

 

 そんな事をしているうちに、みんな、次から次へと出発していく。私達の班は、半分を過ぎてもまだ呼ばれない。

 照明を落とすぐらいまではホールの中にいた居た八幡たちはいつの間にか居なくなっていた。いわゆる、「脅かし役」をやりに行ったのかもしれないな、なんて考える。

 

 

 

 結局、私達は最後の班になってしまった。薄暗い中で、一班だけぽつんと残されると、それはそれで別の怖さがある。

 

「おっ待たせしました~。 最後にスタートするのは、こぉの班だー!」

 

 猫又さんは、最後だからなのか、ひときわ大きく腕を振って、「ビシィーっ」という感じで私たちに長い爪を突きつけた。

 

 

 

「よりによって最後とか、無いよね~」

 

「ホント、超待ったっつーの」

 

「でもぉ、やっぱり怖いねー」

 

 友ちゃんは森ちゃんの袖にぎゅうっとくっついたままビクビクしている。

 

「大丈夫だって。別にお墓とかじゃないし」

 

 本館の建物を出ると、もう空は真っ暗になっている。林道の中にぽつんぽつんと立っている照明の小さい明かりを頼りにコースを進んでいく。

 風が吹く度に、ざわざわと木々が揺れる。遠くでホウホウと、(ふくろう)か何かの声がする。どこからか、「きゃぁ~」と悲鳴の様な声が小さく聞こえてくる。先に出発した他の班の子たちの声だろう。

 

 不意に、私達のすぐ頭の上を、バサバサッと大きな音を立てて何かが飛び去った。

 

「キャっ」「ヒィっ」「……っ」「んっ……」「…………」

 

 思わずみんなでしゃがみ込む。黙り込むこと数秒。

 

「…………っはぁーー」

 

「あー、マジビビったぁ~」

 

「何かの鳥、だよね。フクロウとか?」

 

「怖えー。幽霊とかより、鳥のが怖い」

 

 さすがに今のはちょっと怖かった。友ちゃんなんか涙目になってる。仁美が、無理やりにでも気分を盛り上げよう、と言う感じで、

 

「はいはい、ただの鳥、鳥。 ちゃっちゃと行こー!」

 

 そう声を上げて歩きだす。その後は、四人は不安を吹き飛ばそうとするように少し大きな声で話しながら道を進んでいった。

 私も、あまり離れるのは怖いので、なるべく四人にくっつくように歩いて行く。すると仁美が、ちらっとうっとうしそうな目で私を見た。……私は目をそらして、唇を噛む。

 

 三つ目の分かれ道。三角コーンで塞がれていない左手の道を進んでいくと、街灯も遠くなり、周囲の闇は一層深くなる。風がざわざわと森を揺らし、何となくみんなの口数が少なくなってきた。

 

 緩やかな曲がり角を右に曲がると、急に目の前に人影が見えた。

 

 一瞬、みんなビクッとしたものの、よく見ればボランティアの高校生達三人だった。あの葉山さんと、モデルみたいなお姉さん、それから派手でワイルド系のお兄さん、名前は、確か三浦さんと戸部さんだったかな。お化け役にしては、ごく普通な服装をしている。

 

「あー、葉山さんたちだぁー」

 

「超フツーの格好してる~」

 

 怖い思いをしていた所に、昨日たくさん話をしてくれた高校生達が現れたことに少しホッとしたんだろう、仁美と由香が声を上げて彼らに駆け寄っていく。森ちゃんもそれに続き、友ちゃんは森ちゃんの袖を握ったまま付いて行く。

 

「なんか、こんなんじゃ全然怖くないよー」

 

と、どこか小馬鹿にしたように森ちゃんが言う。

 

「高校生なのに頭わるーい!」

 

由香が言い、仁美がそれに乗って、

 

「そうそう、もっとやる気出してよねー」

 

そう言いながら戸部さんのパーカーの裾をクイクイとひっぱった。

 

 すると戸部さんが仁美の手を乱暴に振り払うと、

 

「あ? お前、何タメグチ聞いてんだよ?」

 

そう言って仁美を睨みつけた。

 

「あ、……え……」

 

 仁美はびっくりして固まってしまい、他のみんなも一瞬で静まり返る。

 

「ちょっと、あんたらチョーシ乗ってんじゃないの? 別にあーしら、あんたたちの友達じゃぁないんだけど?」

 

三浦さんの声が険しい。すごく怒ってるみたいだ。

 

「あ、あのっ……」

 

「つーかさぁ、なんかさっきあーしらのこと超馬鹿にしてたヤツいたよねー? あれ言ったの誰?」

 

 私達に何も言わせず、端から順番に私達の顔を(にら)みつけていく。四人は顔を見合わせるものの、押し黙ったままだ。その様子に、三浦さんは一つ舌打ちすると、

 

「誰が言ったかって聞いてんの。答えらんないわけ? あんたらの誰かが言ったじゃん。誰? 早く言いなっての」

 

三浦さんの声が段々イライラしてくるのが分かる。

 

「ごめんなさい……」

 

仁美が小さい声で謝る。

 

「何? 聞こえないんだけど」

 

「…………」

 

「舐めてんのか? あぁ」

 

戸部さんが一歩前に出て私達を上から見下ろす。思わず私達が後ずさりすると、いつの間にか葉山さんが回り込んでいる。気が付くと私達は、大きな木を背にして、三人に取り囲まれる形になっていた。。

 

「戸部、やっちゃえやっちゃえ。ここで礼儀ってのを教えとくのもあーしらの仕事? みたいな」

 

 怖い。どうしよう、どうしよう? 頭がうまく働かない。

 戸部さんがぱちんと指を鳴らして、

 

「葉山さーん。こいつら、やっちゃっていいっすか? ボコっちゃっていいっすかぁ?」

 

 そう、私達の背後にいる葉山さんに声をかけながら、まるでボクサーのような格好で両腕をあげて(こぶし)を握る。 ……祈るような思いで、私達は葉山さんの方を見る。今までずっとみんなに優しい態度をとってきた彼なら、なんとかこの場をとりなしてもらえるんじゃないかって。

 だけど葉山さんは、そのどこか作り物のようなきれいな顔を(ゆが)ませて、

 

「五人……か。こうしよう。二人は見逃してやる。三人、ここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」

 

 ぞっとするような冷たい声でそう言った。

 皆で顔を見合わせる。一様にその顔に浮かんでいるのは、恐怖と戸惑(とまど)い。森ちゃんが、友ちゃんの顔をちらと見る。もう今にも泣き出しそうだ。

 森ちゃんは、葉山さんたちに

 

「……すみませんでした」

 

震える声でそう言った。

 けれど葉山さんは、

 

「謝ってほしいんじゃない。三人残れって言ったんだ。 ……選べよ」

 

 さっきより強い口調。また、みんなで顔を見合わせる。

 

「ねぇ、あんたら聞こえないの? それとも聞こえててシカトしてんの?」

 

「早くしろよ。誰が残んだって聞いてんだろ? お前か? おい」

 

 三浦さんと戸部さんが脅すように言う。戸部さんが地面を蹴りつけた。私達の足元に砂が飛んでくる。みんなビクンとして、五人、くっつくように小さくかたまる。

 

「鶴見、あんた残りなよ……」

 

「……そう、そうだよ」

 

 森ちゃんと仁美にそう言われる。 ……ああ、やっぱりそうなっちゃうのかぁ……。ショックもあったけど、私の胸に浮かぶのは、どこか(あきら)めみたいな感情。(ひざ)(ふる)えるほど怖いけど、不思議と涙は出てこない。誰かに肩を押され、五人の中からはじき出される。

 

 その様子をじっと見ていた葉山さんが、少し顔を強張(こわば)らせたような気がした。

 

「一人決まったか。 ……あと二人だ。早くしろ」

 

「……由香があんなこと言わなければ……」

 

ぽつり、と仁美が言葉をもらす。その言葉に押されたように、

 

「由香のせいじゃん」

 

「そ、そうだよね……」

 

森ちゃんと友ちゃんも次々に言う。

 

「違う! 仁美だって森ちゃんだって言ってたじゃん。あたしのせいじゃない」

 

「それは……、森ちゃんの言い方が悪かったの! 森ちゃんいつもそう。先生とかにもそうだし」

 

「はぁ? 私? 先生とか今関係ないでしょ? 私、普通のことしか言ってない。(ひど)いこと言ったのは由香と仁美じゃん。なんで私のせいになってるの?」

 

 森ちゃんが仁美の肩を手で突いて声を荒げる。

 

「もうやめようよぉ。みんなで謝ろうよぉ……」

 

 ついに友ちゃんがぼろぼろと泣き出した。釣られるように、他のみんなも涙目になっている。

 

 パチン、と携帯電話を閉じる音が鋭く響く。今まで不機嫌そうに携帯をいじっていた三浦さんが、

 

「あーし、泣けばいいと思ってる女が一番嫌いだから。隼人、どーする? まだグズグズ言ってるけど」

 

そう言って泣いてる友ちゃんを睨む。

 

「あと二人って言っただろ。 ……早く選べ」

 

 葉山さんの感情のこもっていない、機械みたいな声が怖い。戸部さんが、ボクシングのように鋭く拳をふりまわしながら言う。

 

「葉山さん、もう、全員ボコったほうが早いんじゃねーの?」

 

「そうだな…… じゃあ三十秒だけ待ってやる」

 

そう言って葉山さんはパーカーの袖をまくり、腕時計を見た。

 

(あやま)っても(ゆる)してもらえないよ。 ……先生、呼ぶ?」

 

 森ちゃんが小声で言ったのを戸部さんが聞き(とが)める。

 

「あぁ? チクったらどうなっか分かってんべ? お前らの顔覚えたかんな」

 

また、みんなの動きが止まる。

 

「残り二十秒」

 

葉山さんの冷たい声が響く。

 

「……やっぱ由香だよ」

 

「由香残んなよ」

 

 仁美と森ちゃんがそう言って、嫌がる由香を私の方へ押し出そうとする。由香は目を見開いて、何か言いたげに口を動かしながら、(すが)るように友ちゃんを見た。

 さっきから涙を止めることが出来ずにいる友ちゃんは、一瞬ビクッとした後、由香から目をそらして、

 

「……ごめん……でも、しょうがない、から」

 

小さくそう言った。

 由香はそれで力が抜けたようになり、押し出されるままにフラフラと私の方へやって来た。

 

「あと一人」

 

 葉山さんはそれだけ言ってまたカウントを始めた。

 仁美も森ちゃんも涙声でなにか言ってもみ合っている。友ちゃんの泣き声が大きくなる。

 

 

 多数決。「みんなが言うからしょうがない」「みんなやってる事」だから、みんなが正しいと、そういう空気に行動を強制される私の周りの世界。

 

 

「十、九、八……」

 

 

 そんな世界が当たり前だと、だから「しょうがない」とそう何かを諦めていた。だけど、私は、「私」は……。

 

――自分と違う他人をちゃんと認めてやり、他人と違う自分もちゃんと認めてやる――

 

 八幡の決意にも似た言葉が、胸の中に響く……。「私」は、胸にぶら下げているデジカメを握りしめた。

 

 

「五、四、三……」

 

「あの……」

 

 私はそう言って左手を上げた。カメラを(にぎ)った右手に力がこもる。

 葉山さんのカウントが止まる。

 

「な、に……!!」

 

 彼が何か言いかけた瞬間、真っ白になる視界。

 高校生三人が私の方を向いたのを見て、私はカメラを彼らの顔の方に向かって突き出し、連続でシャッターを切った。フラッシュが強烈な光を放つ。 ……二回、三回。明滅(めいめつ)する世界。

 

 その場にいる全員の動きが止まる。

 

「走るよ? こっち。急いで」

 

 私は仁美たちに向かってそう言い、まだ(ほう)けている由香の腕を(つか)んで走り出した。

 三浦さんの横をすり抜け、遠くに微かに明るく光っている本館の方向を目指してとにかく逃げる。

 

 

 

 木々の間を駆け抜け、ようやく街灯のある、少し開けた場所にたどり着いた。後ろを振り返って見る。幸い、彼らは追って来てはいないようだ。

 少しだけホッとして、私達は後ろを気にしつつも、歩を(ゆる)めて歩きだした。

 みんな息が上がっている。友ちゃんはまだぐすぐすとべそをかいているし、他のみんなも涙目だ。多分、私も。

 お互い、顔を見合わせるものの、誰も何も言わない。

 ……違う。あんな事があった後で、何をどう話せばいいのか分からないんだ。

 

 一言の会話も無いまま、少し歩くと、古ぼけた祠の前にでた。祠の前に木製の、和風のテーブルみたいなのが有り、その上に出発前に見たのと同じ御札が置いてある。どうやらいつの間にか肝試しのコースに戻っていたらしい。

 御札を取ろうと手を伸ばすと、

 

(のろ)うぞ~、呪うぞ~、呪っちゃうぞー」

 

と、祠の裏からいきなり長い髪の毛を振り乱した巫女装束(みこしょうぞく)の女性が飛び出してきた。

 

 仁美が悲鳴を上げ、みんなが転がるように後ろに飛び退()く。友ちゃんがまた泣き出した。

 

「え、ありゃ? そんなに怖かったかな?」

 

 見ると、彼女は、あの、眼鏡の高校生で、たしか「ひな」とか呼ばれてた人だ。長い髪は玩具(おもちゃ)っぽいウイッグで、しかも(はかま)はミニで、よくよく見ればコミカルでさえある。

 ただ、葉山さん達と一緒にいた人だ。どうしたって怖いと思ってしまう。

 

「ごめんごめん。脅かし過ぎたかな~ はい、御札」

 

 彼女は台の上の御札を取り、私たちに差し出してくれた。私がおっかなびっくりそれを受け取ると、

 

「もう少しでゴールだから頑張ってねー」

 

そう言って、にっこり笑った。多分、さっきのことなんか何も知らないのだろう。

 

「……ありがとうございます」

 

 それだけ言って、またゴールを目指す。お互い、一言も話さず、視線も合わせないままで。

 また、目の前を大きな鳥がバサバサと羽音を立てて飛び去る。今度は、誰も悲鳴を上げなかった。

 

 

 

   ********************

 

 

 キャンプファイヤーがまだ赤々と燃え続けている。

 

 炎を囲んでの、歌やフォークダンスを終えた私達は、就寝時刻までの自由時間を思い思いに過ごしていた。

 

 ……あの後結局、私達は予定と大して変わらない時間にゴールすることが出来た。ただ、泣きはらしたような顔をクラスメイトたちに見られ、

 

「えー? たいして怖くなかったじゃ~ん」

 

なんてからかわれた森ちゃんは、

 

「いやー、なんか、すごい大っきな鳥がさー、もうここ、すぐ頭の上でばさばさーって。もう、超ビビったー」

 

 そんなふうに誤魔化(ごまか)していた。

 友ちゃんだけは森ちゃんの隣にくっついているものの、由香も、仁美も、違うグループの子とばかり一緒にいて、意識してお互いを無視してるみたいだった、私もそのまま、四人の誰かと話をすることもなく時間は過ぎていく。

 

 自由時間に入ると、早々に自分たちの部屋に帰るグループもあれば、クラスも男女もバラバラの友達同士でホールへと移動し、カードゲームとかをする人達もいるようだ。

 それに、まだ燃えているキャンプファイヤーを眺めながら何かを話している子たちもいる。

 私は、一人で芝生に座り、大きな炎を見上げて物思いに(ふけ)っていた。

 

 今日は本当に最悪の日だった。昼間は置いてけぼりにされたし。肝試しでは、本当に怖い思いをした。ほんと、最悪……。 最悪だったはず、なんだけど……。

 

 目の前の()き火から、すこし焦げたような、でも嫌じゃない匂いがする。たまに吹き抜ける風には、高原の夜の匂いがある。私、息をしてる。自然に、深く。

 今まで気付かなかったけど、私林間学校に来てから、もしかしたら、その前から……あの日からずっと、呼吸が浅くなってたみたい。 

 

「空気が美味しい」なんて感じたのは本当に久しぶりだ。

 

 

 

 ****************

 

 

 フォークダンスの途中から、変化があった。

 

 最初、私と手をつなぐ時、相手の子は少し緊張して、仁美や森ちゃんの方へ視線を送る。いままでなら、彼女たちから冷たい目で嘲笑われ、なんだかギクシャクしてしまうんだけど、今日は何の反応もない。段々緊張は解け、普通に話しかけてくれる子が出てくる。

 それでも仁美たちは何もいわない。それを見ていた別の子が、私を、思い切って『留美ちゃん』と呼んでくれた。それでも、クラスの中心であるはずの彼女たちは何も言わない。

……それで終わり。

 

 フォークダンスと歌が終わる頃には、私をハブるというクラスの空気はあっさりと消えてしまっていた。

 

 多分、彼らもきっと、終わりにするきっかけを探してくれていたんだろう。一人ひとりのクラスメイト達は、ただ、みんなと違う事をして、「次の標的」にされるのが怖かっただけなのだ。

 だから、「みんなと違う自分」を認めず、常にみんなと同じであろうとするのだろう。……もしかすると仁美や森ちゃん達も、自分が標的になる事を怖がって、常に自分たち以外の生贄(いけにえ)を作り続けていたのかもしれない。

 

 さっき、なぜ彼女たちと一緒に逃げたのか、自分でも正直良くわかんない。あれだけ酷いことをされていて、普通に考えたら一人で逃げたって良かったはずだ。

 でも、気がついたら、由香の手を取ってた。気がついたら、仁美たちに声をかけてた。なら、それが「私」なのだろう。変だとは思うけど、「私」が認めてあげなくちゃ、みんなとは違う自分を、ただそのままに。

 

 色々と壊れてしまったものは多いけれど。今夜、私は何かから開放された。それは多分、クラス内での嫌がらせなんていうちっぽけなものじゃなく、もっとずっと大きな何かだ。

 

 

 

 ****************

 

 

 キャンプファイヤーを囲む輪の、私のちょうど向かいあたりに八幡を見つけた。本館へ向かう通路の横の、背もたれのないベンチに腰掛け、ぼうっと炎を見ているみたいだ。すぐ近くで、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、それにジャージに着替えたさっきの猫又さんが三人で立ち話をしている。葉山さん達はもう居ないようだ。何となく安心する。

 

 気が付くと、かなりの数の生徒が本館の方へと引き上げていた。残っているのは二〇人位だろうか。仁美たち四人も、いつの間にか居なくなっている。

 

 そうだ、火が消える前にキャンプファイヤーの写真を撮っておこう。フォークダンスの頃に比べると、だいぶ火は小さくなってきてるけれど、ここから撮影すれば、炎の(やぐら)と、それに照らされた本館がきれいにフレームに入りそう。

 たしか、「夜景モード」とか、「花火モード」とか言うのがあったはず。どうやるんだっけ? デジカメのダイヤル型のスイッチをくるくる回していたら、変な所を押してしまったらしい。保存フォルダが開いて、最後に撮影した画像が表示される……。

 

 

―― 一人ひとりがバラバラになっても自分自身と向き合えるなら、無理して誰かと仲良しごっこする必要もないし、大勢で群れて、群から外れた一人を攻撃する事も無い。

 

―― (みじ)めなのは嫌か。

 

―― 肝試し、楽しいといいな。

 

 

 (わか)って、しまった。八幡が、八幡達が何をしたのか、何をしてくれようとしたのか。

 

 あの時、とにかく相手の目を(くら)ませようと、葉山さん達の顔めがけて夢中でシャッターを切った。その時の画像。その中の一枚。

 葉山さん達の後ろで、木の陰に隠れている八幡達がはっきりと写っていた。八幡は、「ドッキリ」なんて書いてあるボードを胸の前で持ち、今まさに飛び出そうとしているように見える。

 ……あんな(ひど)いドッキリがあっていいはずがない。高校生が寄ってたかって小学生の女の子を泣かせるなんて、一歩間違えば大問題だ。……でも、誰のためにそんな無茶をしてくれたのか、が、わからないほど馬鹿でも、子供でもないつもりだ。

 

 そして、その八幡達の無茶のおかげで、私がどれほど救われたかも……。

 

 

 ショックとか感謝とか、自分でもわけの分からない怒りの様な想いとか、そんな感情がごちゃごちゃになって胸をいっぱいにする。

 

 今、すごく八幡と話したい。だけど、なんて言おう。「ありがとう」っていうの? それとも、「こんな無茶なことしないで」って文句をいうの? どっちも違う気がする。

 それに、私がホントのことに気がついた事を、八幡は多分喜ばない。

 

 それでも私は立ち上がって、ゆっくりと八幡たちに向かって歩く。歩きながら、どう声をかけようか考える。けど、考えがまとまらないまま、八幡達の目の前まで来てしまった。一瞬、八幡と目が合う。思わず目をそらしてしまった。そのまま前を通り過ぎて……数歩。

 

 

 

 

 

 

 

 私は足を止め、彼に向かって振り返る。

 

「ね、八幡」

 

「お、おう。どした?」

 

 彼はびっくりしたように応じる。

 

「写真」

 

「……写真?」

 

「私と、一緒に写真撮って。……その、『ボランティアの高校生たちと仲良くなった』って言えば、お母さん、喜ぶと思うし」

 

きっとこれが、今の私の精一杯だ。お礼も、文句も言わない……言えない、まだ。

 

八幡は表情を(ゆる)めて、

 

「そうか」

 

と一言。

 

「うん」

 

と私。

 

すると、

 

「いーねいーねー。ね、留美ちゃん。私達とも一緒に撮ってくれる? ほら、ゆきのんもー」

 

「わ、私は別に……」

 

「えぇー、いーじゃーん……」

 

話を聞いていた由比ヶ浜さんが、雪ノ下さんをグイグイ引っ張ってくる。

 

「あの、もし嫌じゃなかったら、みんなで撮りたいんだけど……」

 

「そう……あなたがそう言うならご一緒するわ」

 

雪ノ下さんの笑みが優しい。

 

「おぉっ、お兄ちゃんが美少女三人と一緒に写真!! いいですねぇ~。小町撮りますよー、ほら、そこ並んで下さい」

 

 猫又さん……小町さん? って、八幡の妹さんだったんだ……。言われてみれば結構似てるかも。その、「目」以外は。

 

 ベンチの真ん中に私が座り、私の左に八幡、右に雪ノ下さんが座る。私と雪ノ下さんの間から顔を出すように由比ヶ浜さんが中腰で立つ。

 

「ほら、お兄ちゃん何やってんの。もっとちゃんとくっついてよ!」

 

「いや、でもな」

 

「い・い・か・ら」

 

 八幡は、頭をガシガシと()いて、おっかなびっくり、という感じで私に肩を寄せてきた。緊張してる八幡、なんだか可愛い?

 

「じゃ、撮りま~す。 ……はい、ちーずっ」

 

 フラッシュが光る。すぐ画像を確認した小町さんは渋い顔で、

 

「お兄ちゃん…… キョドりすぎて顔が変。新しい顔と取り替えて?」

 

「小町ちゃん……、お兄ちゃん、どっかのお子様向けヒーローじゃないからね?」

 

見せてもらった八幡の顔は、確かに、あさっての方に目が泳いでて変だった。

 

「これは、……これを見せたら、(かえ)って親御さんが心配するんじゃないかしら?」

 

雪ノ下さんがサラリと酷いことを言う。

 

「悪かったな……」

 

八幡がぼやいていると、

 

「あ、(さい)ちゃーん。彩ちゃんも一緒に写真撮ろうよー」

 

 何故か水の入ったバケツを運んでいた戸塚さんに、由比ヶ浜さんが声をかける。

 

「え、それ、僕も入れてもらっていいのかな……?」

 

「あ、えと、いい、かな?」

 

由比ヶ浜さんが聞いてきたので、私はこくんと(うなず)く。

 

「じゃあ、今度は戸塚と小町が入れよ。小町、カメラ貸し……」

 

そう言って立ち上がろうとした八幡の袖に、思わずぎゅっと縋り付(すがりつ)いてしまった。

 

「あ……」

 

何やってるの私? 

 

「えーと……留美?」

 

疑問半分、照れ半分、という感じで八幡が戸惑っている。

 

 その、なんというか、くっついてた八幡の体温が離れちゃうと思ったら、急に寂しくなっちゃったんだもの。うぅ……。

八幡の方を見れない。自分でも顔が赤くなってるのが分かる。

 

「あはは。……八幡、先に僕がカメラマンやるよ。みんな、交代で撮ろ。いいよね、ええと、鶴見さん?」

 

戸塚さんが優しく言ってくれる。

 

「小町、いーこと思いつきましたっ」

 

小町さんはそう言って、戸塚さんにカメラを渡し、その耳元で何かぼそぼそ言うと、私と八幡の間から顔を出すように、由比ヶ浜さんの隣に立った。

 

「それじゃあ、撮るよ。 さん、にー、いち……」

 

その瞬間、小町さんが私の肩を八幡の方にギュッと押し付けた。

 

また、フラッシュが光る。

 

「おい、小町何してんの?」

 

見ると、小町さんは左手で八幡の両目を(ふさ)いでいる。

 

「目さえ(かく)せば、お兄ちゃんもいい男っ。……あ、これ、小町的にポイントたっかいー」

 

「いや、ポイント高くないから。普通にお兄ちゃんのことディスってるからね?」

 

「まぁまぁ、見てくださいよぉ」

 

 みんなで画像確認。……ほんとに、ハンサムさんに小町さんがじゃれついているように見える。八幡とくっついてる私は恥ずかしそうで、でも嬉しそうな顔。……私、今、こんな顔してたんだ。

 

「でも……本当にこれだけで随分と格好良(かっこよ)……。いえ、その、いくらかはましに見えるようになるのね……」

 

雪ノ下さんは、少し照れたようにそう言う。

 

それから、カメラマンを交代しながら、自由時間ギリギリまで撮影会? は続いた。

 

 

 

 就寝前、廊下の端にある洗面所で歯磨きをしていると、やはり歯磨きをしに来たらしい由香と一緒になった。

 二人とも無言。歯ブラシの音と、水音だけが響く。

 先に歯磨きを終えた由香が、正面を向いたまま話しかけてきた。

 

「……る、留美」

 

「……何?」

 

 意外。正直声をかけてくるとは思わなかった。由香は最後までこっちを向かずに、

 

「さっき、さ、その……ありがとう。 ……それだけ」

 

 本当にそれだけ言ってくるりと振り向くと、早足で部屋へと戻って行ってしまった。

 

 

 色々なことが、少しずつ変わっていく。……新しい出会いもあれば、(こわ)れて無くしてしまうものもある。多分、これからもずっと、その繰り返し。

 

 

 それでも、この、今日という一日を、私は生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 

  **************

 

 

 玄関を入ると、エアコンのひんやりとした空気が身体を包んだ。外との温度差に、背中のあたりがぞわぞわっとする。夕方になっても、こっちはまだまだ暑い。

 

「お母さん、ただいま」

 

「おかえり、留美」

 

 私は大きいバッグと、ショルダーを並べて床に置き、ぽすっとお母さんに抱きついた

 

「二日ぶりー」

 

「はいはい。 ……んー、ちょっと日に焼けたかしら? 楽しかった?」

 

「うん、楽しかったよ。……疲れたけど」

 

「一緒の子たちに迷惑かけなかった?」

 

「迷惑はかけてない、と思うけど……」

 

言いながらソファに移動し、くてんとその上に(からだ)を投げ出す。いつもの天井。やっぱり(うち)は安心するなぁ。

 

「あら、何かあったの?」

 

「いやー、ちょっとだけ仁美たちとケンカしちゃってさ」

 

意識して、何でもない事のように明るく言う。

 

「え、どうして?」

 

お母さんの顔が曇る。

 

「大したことじゃないって。『子供同士の喧嘩(けんか)なんてよく在ること、大騒ぎするようなことじゃありません』よ」

 

「留美……、それ、子供本人が言う台詞(せりふ)じゃないでしょう……」

 

(あきら)め溜息? みたいな力の抜けた声で言って、お母さんは笑いながらがっくりする。

 

「それにね、代わりに、ってわけじゃないけど、ボランティアで来てくれてた高校生たちに、すごく仲良くしてもらえた。でね、すごいの。そこの総武高の生徒さんなんだけど、全員イケメンときれいな娘ばっかり。ついてきた先生まですごい美人なの!!」

 

 私はソファからがばと起き上がって力説する。

 

「あら、すごいじゃない。お母さんも見てみたかったわ」

 

「全員、じゃないけど一緒に写真撮ってもらったから、あとでプリントするよ……。あ、そうだ。お母さんにお礼言わなきゃ」

 

「お礼? 何のこと?」

 

「あのね、やっぱりお母さんの言うとおり、カメラ持ってってよかったよ。ありがとね」

 

 そう言って、もう一度ソファに寝っ転がった私は、お守りのように首から下げていたデジカメを優しく両手で包む。

 お母さんに聞こえないように小さい声で「ありがとう」と(ささや)いて、その小さなボディをそっと()でた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 これにて林間学校編、完結です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 原作と少しだけ違う世界、いかがだったでしょうか? 自分としては、まあまあうまくまとめたつもりなんですが。

 前半から結構しつこくカメラの描写をしていたので、途中でこのオチに気付いた方もいたかもしれませんね。

 次回は、一応、過去編②の予定です。オリキャラ話ですが、若干、今回のエピローグ的な要素も入る……はずです。

 ご意見、ご感想などお待ちしています。 
 リアクションがあると、次を書く励みになりますので、よろしくおねがいします。


 11月19日 誤字等修正しました。 報告感謝です。
  同   行間等一部修正しました。

5月1日 誤字修正。不死蓬莱さん、報告ありがとうございます。


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幕間 ② 三枚の写真と

 
 更新のペースが落ちてきました。申し訳ありません。 ……11月に忘年会ってなんなの? あと一ヶ月も残ってるのに、忘れちゃだめじゃん!


 いつも読んでくださる方、本当に有難うございます。


 さて、今回は…… オリジナル注意、です。

 過去編なので、ヒッキーもゆきのんもガハマさんも出てきません。そんなの俺ガイルSSじゃない! という方はバックでお願いします。

 留美は、八幡と出会う直前まで、どういう想いを抱えていたんでしょうか? というお話です。


「こんにちはー」

 

「いらっしゃい、仁美ちゃん」

 

 玄関から仁美とお母さんの声が聞こえたので、私は座ったまま声を張り上げる。

 

「仁美、上がってきてー」

 

「留美、横着しないの!」

 

「あはは。それじゃあ、おじゃましま~す」

 

そう言って仁美は私の部屋へ。

 

「あれ、由香はまだ来てないの?」

 

「うん、少し遅れるって電話あった」

 

「そっか」

 

 今日は、私と仁美、由香の三人で、うちで宿題を終わらせ、その後みんなで遊ぶ予定。

 森ちゃんは、陸上の地区選抜の練習日で、友ちゃんはその応援に行くと言っていた。試合の応援には私たちも行くつもりだけど、練習の応援ってなんだろう? でも、本人はとても楽しそうだった。

 

 

 

  * * * * *

 

 

 私の学校では三年生に上がるときと、五年生に上がる時の二回クラス替えがある。

 仁美、由香、森ちゃん、友ちゃんの四人とは、去年、五年生に上がる時に初めて同じクラスになった。

 彼女たちは、いわゆる、「目立つ女子」で、五年生になったばかりの頃、仁美が中心になって私にも声をかけてくれ、何となく今の五人で一緒に行動することが多くなった。

 私はこういう、「クラスの中心グループ」に入るのは初めてで、最初は少し気後れしていたものの、いつの間にか一緒にいるのが自然になっている。

 

 

 仁美は、スラッとしていて髪も目も色素が薄くて、ちょっと外国人の血が流れてるっぽい印象を受ける。けど、本人に聞いてみたら「バリバリの日本人だよ」と言っていた。怒りっぽくて、ちょっとした事ですぐカッとなるところがあるけど、何にでも一生懸命だ。

 

 由香はちょっと調子のいいところがある子だけど、とにかくよく笑う。その笑顔がとってもカワイイ。空気を読むのがうまくて、ただ、その分人の意見に流されやすい。笑顔の効果か、男子にファン多し。

 

 森ちゃんは、私たちの中で一番背が高く、成績優秀、運動神経抜群で、今年は短距離走の千葉県代表メンバーの一人にも選ばれている。いわゆる完璧超人で、そのせいか、誰に対してもちょっと上から目線なのが玉に(きず)だけども。

 ただ、幼稚園からずっと一緒の幼馴染、友ちゃんに対してだけは激甘。傍で見てると、まるで過保護のお母さんみたい。

 

 そしてその、うちのクラスのマスコット、友ちゃん。この子は、身長も低くて華奢。髪の毛もふわふわ。言動も少し幼くて、何ていうかお人形さんみたいに可愛い。森ちゃんの事が大好きで、いつも彼女に付いていく。……森ちゃんが甘やかすのも分からないでもない。こんな可愛いのに懐かれたらしょうがないな、うん。

 

 初めてみんなをうちに連れてきた時は、みんなのオシャレで可愛い様子に、うちのお母さんが大興奮。「うちの娘をどうかよろしく」と選挙の応援みたいにみんなと握手していた。……恥ずかしいなぁ、もう。

 中でも仁美は、将来はモデルになりたいらしく、そういう世界に詳しいお母さんとは話が合うようで、そのせいか、時々一人だけでも家に遊びに来るようになった。その度に、

 

「留美のお母さんってカッコイイよね~。ホント、留美が羨ましい」

 

みたいなことを言うので、お母さんはますます仁美が気に入ってしまった。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 遅れてきた由香と一緒に、三人で宿題を片付けたところで一息入れ、おやつの時間にする。

 リビングで、お茶を淹れてくれたお母さんと一緒に、四人でお菓子をつまんでいると、

 

「そうそう、あなたたち、ディスティニーランドとか好きよね?」

 

 お母さんが何かを思い出したようにそう言い出した。

 

「ん? 多分みんな、好き、だと思うけど……」

 

言いながら仁美たちに視線を遣ると、二人共うんうんと頷いている。

 

「あー……、実は、取引先の方から、微妙な優待券を頂いたのよね……」

 

「ビミョーってなんですかぁ?」

 

由香が聞く。

 

「それがね、タダじゃなくて、パスポートが十人まで半額になるってやつなの。しかも、ゴールデンウィーク・夏休み・年末年始の繁忙期には使えませんっていう……」

 

「確かに微妙かも」

 

私がそう言うと、

 

「それなら、十人で使えば、超オトクですよ!」

 

仁美がそう言ってテンションを上げる。確かに、十人が半額なら、金額で三万円以上割引になる。

 

「でも、十人て……」

 

「あたしたち五人と、みんなのお母さん五人で十人じゃん」

 

仁美は行く気満々だ。てゆーか、お母さんたちと一緒? 由香もそう思ったようで、

 

「えぇ~、ママ達と一緒ぉ~?」

 

そう言って渋る。

 

「あら、楽しそうじゃない。私、仁美ちゃんたちと一緒に行ってみたいわ。それに、みんなのお母さん達ともお話したいし」

 

「話って……、わざわざディスティニー行かなくたって」

 

「大人になると、色々ときっかけが必要なのよ……」

 

お母さんはわざとらしく溜息をつく。

 

「いいじゃん、なんか面白そうだし。あたし、今度森ちゃんたちにも聞いてみる」

 

「娘の友達と、女子だけのお出かけって、なんだか素敵よね……」

 

仁美とお母さんですっかり盛り上がってしまった……お母さん、自分のこと、女子(・・)とか言ってるし……。

 

「あはは、まぁいっか~。私もママに言ってみる」

 

由香も乗り気になって、結局、みんなの都合がいい時に十人で出かけよう、という話になってしまった。

 

 ……それが、四月、ゴールデンウィーク前の話。

 

 その後、なかなかみんなの都合が合わず、六月の第二日曜日か、その次の週ならみんなOKということで、出かける日はその日に決まった。

 最初はちょっと面倒くさいと思っていた私も、お母さんや友ちゃんなんかがものすごく楽しみにしているのを見ているうちに、私自身も段々楽しみになってきていた。

 

 だけど…… 心配事が一つ。

 去年の終わりぐらいからうちのクラスで始まってしまった、「気に入らない子をハブにする」ブーム、みたいなものの対象が、ゴールデンウィーク明け位から泉ちゃんになってしまった。

 彼女自身が何かしたわけじゃなかったけど、その時ハブにされてた子と、普通に仲良く話しちゃってたんだ。それで、その次は泉ちゃん。こうなると、もうゲームみたいなものだ。誰もやめるきっかけを見つけられずに未だに続いている。

 

 ……ホント幼稚でバカばっかだ。そう思う。けれど……、結局は私だって何も出来ないままだった。

 

 こういう時、誰かを無視したり、わざとらしく名字で呼んだり、っていうのをしたくない私は、とにかくその子と距離を置いてあまり関わらないようにしてきた。そうやってブームが過ぎるのを待つしかない。

 今回もそう。どうせすぐに終わる。そう自分に言い聞かせ、意識して彼女と距離を置いていた。泉ちゃんは悲しそうにはしているけど、しょうがないと諦めて、「自分の番」が終わるのを静かに待っているようだった。

 

 

 

  * * * * *

 

 

 その日、泉ちゃんは明らかに様子がおかしかった。

 

 最近の状況もあって、彼女が一人でいるのは当たり前。休み時間は、一人静かに本を読んでいるか、あるいは無地のノートに、5Bとか6Bとかの濃い鉛筆で何かその辺のもの――例えば自分の左手とか――を描いて過ごしているか、だった。

 その様子は、じっと大人しく、嵐が過ぎ去るのを待っている小動物みたいで、なんとかしてあげたいという焦燥感に駆られる。

 

 ただ、そこで周りの空気を読まないような行動をすれば、きっと状況はもっと悪くなると、私も、多分泉ちゃんも分かっていた。だからこそ今まで、あまり目立つような行動はしないでいたはずなのに……。

 

 

 六月も中旬。その日は金曜日だった。朝から彼女は、授業中は気もそぞろ。休み時間になると机の上に画用紙を取り出し、青い色鉛筆で何かを一心不乱に描いている。シャッシャッというその音は少し離れた私の席にもはっきりと届いてくる。

 

 二時間目の後の休み時間、私は仁美たちと、明後日行く予定のディスティニーランドに何を着ていくかの相談をしていた。

折角(せっかく)みんなで行くんだから、何かテーマを決めてオシャレしよう!」と、今日になって由香が言い出したのだ。

 

「みんな白黒で、パンさんの耳とか付けて、目んとこに星のメークとかしたらかっこよくない?」

 

「う~ん、いいけど、みんなで写真撮るっていうには、なーんか地味じゃない?」

 

「そっかー…… じゃあ、イエローでくまさんとか?」

 

「あ、いいかも。上がイエローで下が普通の青いデニムならみんな持ってんじゃない」

 

「黄色のトップス、誰か持ってない子いる?」

 

「どうだったかな~、最近着てないからサイズが……」

 

「それに、デニムだと暑くない?」

 

「そっかー……」

 

 会話が途切れると、色鉛筆が紙をこするシャシャッと言う音が、少し耳障りに聞こえてきた。仁美がすっと席を立つ。

 

 まずい、と思った時にはもう、仁美が泉ちゃんから画用紙を取り上げていた。

 

「あっ……」

 

泉ちゃんは慌てて、取り返そうとするように手を伸ばすが、仁美はそれをサッと(かわ)す。

 

「ちょっと、音うるさいよ藤沢。 だいたい、なんでこんな気持ち悪い絵ぇ描いてんの?」

 

「う…………」

 

泉ちゃんは何も言い返せない。顔色が真っ青……というか青白い。体調が悪いんじゃないだろうか。風邪か、後はその、女子だし……。

 

「ほら、見てよこれ。変なの」

 

仁美はすぐ近くにいた子に押し付けるように泉ちゃんの絵を渡す。

 

「うわ、キモい」

 

一言大袈裟(おおげさ)に言ってすぐ、汚いものでも扱うように次の子へ。

 

「げー、真っ青じゃん。変なの」

 

「なんか怖い」

 

「呪われそう」

 

「てか、何描いてんのか分かんない」

 

「不気味ー」

 

「……」

 

 次から次へと押し付け合うように受け渡されるうちに、泉ちゃんの絵はあっという間にしわくちゃになっていく。

 こっちに回されてきた絵を森ちゃんが受け取り、由香と友ちゃんは横から覗き込む。泉ちゃんは自分の席で立ち上がったまま、絵がどんどんぼろぼろになっていく様子を目で追うことしか出来ないでいた。

 

「ほんっと、何これキモい。青い顔? 何?」

 

森ちゃんが言うと、

 

「うん、なんだかわかんない」

 

「やっぱ怖いわ」

 

友ちゃんと由香が応じる。

 

「ほら、留美も見てみ?」

 

 私は、押し付けるように渡された絵を手に、泉ちゃんの方を見る。彼女は、一瞬何か言いたげに口を開いたものの、何も言わず、ただ私の顔を見つめた。

 

―― 娘の友達と、女子だけのお出かけって、なんだか素敵よね ――

 

 一瞬、そう言ったお母さんの顔が脳裏をよぎる。

 

 私は、その絵をちらっと見て、

 

「別に……絵とか興味ないし。 ……こんなのどうでもいい」

 

私がそう言うと、泉ちゃんは大きく目を見開いて、悲しそうに目を逸らしてうつむいた。

 

 私は絵を持ったまま泉ちゃんの席に近付き、かなりぼろぼろになってしまった絵を、彼女の机に放り投げるように置いた。……泉ちゃんの右頬を、つうっと涙が伝う。

 ……ごめん、泉ちゃん…… 私は、それに気づかないふりをして仁美や森ちゃんたちに声をかける。

 

「みんな、もうすぐ授業始まるし、話後にしよっか? 私、ちょっとお手洗い行くけど……」

 

多分、こう言えば……

 

「あ、じゃああたしも行く」

 

「わたしもー」

 

予想通り、仁美と由香がついてくる。

 

「しゃーない。じゃ、みんなで行って、も少し話そっか」

 

「うん」

 

 森ちゃんたちも来る。私達五人がいなくなれば、これ以上泉ちゃんに酷いことする子はいないはず。なんとなくみんな、ちょっとやりすぎたかな、という感じになってたから、たぶん丁度いいタイミングだったんだろう。

 

 ……あの絵は多分、『家族』だ、泉ちゃんの家に遊びに行った時、画集で見せてもらった事がある。彼女によれば、彼女のお祖父さんの、『苦悩』に並ぶ代表作の一つらしい。

 泉ちゃんの描いた絵は、色鉛筆ながらも絵の特徴をよく捉えていた。画集で見ただけの私が、すぐそれとわかる程に。

 なぜ今日彼女があの絵を描いてたのかはわかんないけど、本当は、すぐに割って入って泉ちゃんを助けたかった。だけど、明後日の事を考えると、どうしても空気を読んでしまう……。お母さん、すごくすごく楽しみにしてるし……。

 それに、一人の子をハブるのは、たいていそんなに長くは続かない。きっと、泉ちゃんのことだって、もうすぐ終わりになる。そう、自分に言い聞かせる。

 

 みんなで、あーでもないこーでもないと話しながら、休み時間ギリギリで教室に戻ると、泉ちゃんが居なかった。

 教室に残ってた子にそれとなく聞くと、保健委員の子が保健室に連れて行ったとの事。そういえば随分顔色が悪かったし……。すぐ戻って来ないようなら、あとでこっそり様子を見に行ってみよう。そして……みんなには内緒で、さっきの事謝ろう。

 

 

 

 三時間目も、四時間目も、泉ちゃんは教室に戻って来なかった。

 

 昼休み、みんなには、私は用事があるからと言い。少し遠回りしてこっそりと保健室に泉ちゃんの具合を見に来た。

 けれど保健室のベッドには誰もいない。行き違いになったかな? と思って保健の先生に聞いてみる。

 

「……藤沢さんなら、先程お母さんが迎えに来て、早退しましたよ」

 

「え、そんなに具合悪かったんですか」

 

 と聞くと、何故か少し変な顔をして、

 

「うーん、そうといえばそうなんだけど……。まあ、心配するようなことは無いから」

 と、それだけ言った。

 

 

 

 

  * * * * *

 

 

―― 日曜日 ――

 

「晴れてよかったよねー」

 

「ホント。日向(ひなた)はちょっと暑い位だけど」

 

「やっぱ、デニムじゃなくてよかったじゃん」

 

 私達は開門とほぼ同時にディスティニーランドの入場ゲートを(くぐ)り、アーケードのはるか向こう、青空を背景に輝くプリンセス城の幻想的な美しさに歓声を上げた。

 直前まで来れるかどうかわからないと言っていた友ちゃんのお母さんも無事に参加でき、小学六年生5人、その母親5人、女性のみ総勢十人と、なかなかの大所帯だ。

 インターナショナル・バザールを抜けた広場で、一応、はぐれた場合の集合場所とかの打ち合わせをしていると、

 

「あっ、留美~、仁美~、あっち。パンさん! パンさん!」

 

 少し先を歩いていた由香たちがパンさんの着ぐる……パンさんを見つける。ここは夢の国。中の人などいない。

 

「行こっ。写真写真」

 

 仁美が私の手を握り、二人で手を繋いで走り出す。

 

「うんっ。折角こんな格好してきたんだし……。おかーさん達も早くー」

 

 そう後ろに声を掛ける。

 

「お母さん、そんなに早く走れないわよ~」

 

 そう言ってるけど、そもそも走る気がなさそうだ。森ちゃんのお母さんと話しながら、ペースを変えずに歩いてくる。

 

 

「先行って、順番取っとくねー」

 

 森ちゃんが、艶のあるボブカットをふわりと揺らして一気に加速する。速っ! さすがなんでもこなす女。100メートル走千葉県三位は伊達じゃない。

 

 ……一人、また一人と、列に並んでいる森ちゃんに追いついて、ようやく全員が揃った。写真撮影の列が私達の番まで回ってくるのに、あと5、6組というところかな。これぐらいなら、パンさんと写真を撮れずに終わりなんていう悲しい事は無いだろう。

 

「森ちゃんさんきゅ。やっぱ速いね~」

 

そう私が言うと、

 

「だって森ちゃんだもん!」

 

と、何故か友ちゃんがドヤ顔で胸を張る。

 

「ぷ。なんであんたが威張んのよ」

 

由香が笑う。

 

友佳(ともか)はいいの」

 

そう言って森ちゃんは友ちゃんに後ろから抱きつく。身長差があるので、友ちゃんがすっぽり包まれたみたいになる。

 

「……ホント、森ちゃんって、友ちゃんには甘いよね……」

 

仁美が、誰に言うともなく呆れたように言った。

 

 

 

 今日の私達五人の服装は全員パンさん仕様。白のトップスに黒のスカートかキュロット。頭にはしっかりパンさん耳カチューシャ装着。アクセントに、全員同じ、白いレースで縁取られた、幅の広い赤いリボンを、めいめい好きな所に付けている。

 私は、フリルの飾りが付いた白いカットソーに黒のミニスカート+細かいパンさん柄のレギンス、黒のスニーカー。ポニーテールに例の赤いリボン。このリボンは、この前みんなおそろいで買ったもの。

 仁美と由香は、アイライナーで目の周りに星まで描いている。

 

 私達の順番が回ってきた。五人でパンさんを囲んでポーズをとり、お母さんたちが何枚も写真を撮る。順番待ちをしている人達からも、「すご~い」「カワイイ~」などと歓声が上がっていた。

 

 

 

  * * * * *

 

 

「たっだいま~」

 

「ただいまー。 ……はぁ、疲れた~。もう年かしら? あなた達にはついていけないわね」

 

 一日、遊び倒してしまった。 ……花火こそ見なかったものの、午後七時半スタートのパレードまでしっかりと見てしまったせいで、お母さんと二人で家の玄関をくぐったのはもう九時近かった。明日学校も仕事もあるのに……。

 

「夕ご飯、(はい)る?」

 

「うーん、少しなら」

 

「じゃあ、今日はちょっとずるしてレンジのやつにしちゃおっか?」

 

 お母さんは、冷凍食品のことを「レンジのやつ」という。よく考えると変な言い方だけど、「意味が分かるんだからいいでしょ」だって。

 

「じゃあ、エビピラフにしようか、半分ずつ。あとポテトサラダ」

 

「うん」

 

 お母さんがご飯の準備をしている間にお風呂のスイッチを入れ、カーテンを閉める。テレビを付けると、もう九時のニュースが始まっていた。

 

『……による、今後の株価の動きが注目されます。……以上、報道フロアからお伝えしました』

 

『では、次のニュース。 ……訃報です。世界的に有名な画家の、藤澤誠司さんが昨夜亡くなりました。藤澤さんは、青の巨匠などの名で海外でも広く知られ…………』

 

 

 

 

 

「   …………み、留美、どうしたの? 大丈夫?」

 

「……あ」

 

 目の前に心配そうなお母さんの顔。肩を抱かれている。気が付くと私は、床にへたり込んでいた。

 

「大丈夫、ちょっと疲れただけ。やっぱりご飯とか、あとにする。……部屋で少し横になるね……ごめんなさい」

 

「それはいいけど……平気なの?」

 

「うん……。何かあったら、呼ぶから」

 

「そう……」

 

 

 ……ドアを閉じ、私は着替えもせず自分のベッドに倒れ込む。

 

 やっとわかった。どうして泉ちゃんがおかしかったのか。遅すぎたけど。

 泉ちゃんは多分知っていたんだろう。大好きなお祖父さんがもうすぐ亡くなってしまうという事を。

 あの、『家族』の絵を描くことは、彼女にとって死に(のぞ)むお祖父さんへ捧げる、祈りにも似た行為だったのかもしれない。

 

 ……それを、私は……。

 

―― 泉にはいい友達が居るな。どうかこれからも泉と仲良くしてやってくださいね ――

 

―― はい、もちろんです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございました ――

 

 ……わたしは……。 

 

―― 別に……絵とか興味ないし。 ……こんなのどうでもいい ――

 

 ……わたし、はっ……。

 

 あの絵を投げ返した時の泉ちゃんの涙が、いつまでも流しきれない(おり)のように、わたしの心の深い、深い所に沈んでいった。

 

 

 

  * * * * *

 

 

 月曜日、朝のホームルームで、泉ちゃんが忌引で数日休む事が伝えられる。

 

 昨日のディスティニーランドの興奮を引きずっている仁美たちは、いい気分を邪魔された、みたいに感じているようで、なんだか不満気だ。

 

「藤沢のお祖父さんってさー、あの真っ青な怖い絵描いてる人でしょ。図工の教科書に乗ってるやつ」

 

 森ちゃんが言うと、

 

「あーあれ、ゾンビみたいでなんかコエーよな」

 

「そーそー」

 

「なんかグロいし」

 

 一緒になって騒いでいた男子がみんなで言う。

 確かに今年の図工の教科書に、『苦悩』が載っているけど、あんな、A4の教科書の四分の一ほどのスペースの平面的な写真では、あの絵の迫力の一万分の一も伝わらないだろう。

 

 

「あんなヤバイ絵なんか描いてるから、呪われて死んじゃったんじゃない?」

 

仁美が笑いながら言ったその言葉を、私はどうしても聞き流せなかった。

 

「やめなよ。人が亡くなってんのに。呪いとか幼稚なこと言って、ばっかみたい」

 

 つい、きつい口調になってしまった。空気が凍りつく。森ちゃんも友ちゃんも目を丸くしてる。仁美は一瞬、言われたことが理解できない、みたいな顔をした後、真顔になって私を睨む。

 

「はぁ。何いってんの留美。よく聞こえなかったからもう一回言ってくんない?」

 

「幼稚だって言ってるの。クラスメイトのお祖父さんが亡くなってるのに、呪いとか。下らない」

 

 わかってる。こんなのただの八つ当たりだ。自分が肝心な時に何もできなかったのを、誰かを非難することで自分の心を紛らわしたいだけなんだって。他に角の立たない言い方がいくらでも有るのに、どうしても自分が押さえられない。

 

「仁美も、留美もやめてよ」

 

「やめてって。留美がいきなり突っかかってきたんじゃん」

 

「うん。いまのは留美の言い方が酷いでしょ。仁美に(あやま)んなよ」

 

森ちゃんにそう言われる。ほんとその通りだ。だけど、

 

「…………」

 

「ふーん。そう。 ……わかった」

 

仁美の声の温度が一気に下る。

 

「あんた、今までもあたしたちのことそうやって馬鹿にしてたんだね。何となく、ノリ悪いなって思うことあったけど、そういうことでしょ」

 

 わからない。けど、どっかで、みんな幼稚だって、思ってた。でも、だからってそれが嫌ってことじゃなかったんだけど……。

 

「悪かったわね、私たち馬鹿で幼稚で。だから、鶴見さん(・・・・)の友達続けるの、無理だわ」

 

「仁美ちゃん! それは……」

 

友ちゃんが何か言いかけるのを、森ちゃんが止めた。

 

「友佳やめな。鶴見(・・)が悪い」

 

 ……ああ、これは宣言だ。次にクラスでハブにするのは、「鶴見留美」だっていう事をみんなに伝えるための儀式みたいなものだ。

 

 このクラスでだれかをハブにする時の、暗黙のルール。

 

 私たちの学校では、元々男女とも、下の名前か、あだ名で呼びあうことが多い。けれど、ハブりが始まると、基本は無視し、何か必要があって話す時は必ず名字(みょうじ)で呼ぶようにするのだ。

 そのルールを守らない者がいると、クラスの中心である森ちゃんや仁美、由香たちを含むみんなが、視線でプレッシャーをかける。その視線はこう突きつける。

 

『ルールを守らなければ、次はお前だ』

 

 と。

 

 私はこの日、生まれて初めて「ハブられる側」になった。

 

 

 

  * * * * * * 

 

 

 

 いままで、「留美」「留美ちゃん」と、親しげに話しかけてくれた友達から一斉に無視され、どうしても必要な時でも、クラス全員があだ名や下の名前で呼び合う中、私ひとりだけが「鶴見」「鶴見さん」と呼ばれる。

 誰が思いついたか知らないけど、本当に幼稚で下らない。でも、単純だからこそ、真っすぐに心を(えぐ)ってくる……。

 今まで、泉ちゃんも、他の子達もこんな思いしてたんだな。……こんな思いさせてたんだな。ほんっと、幼稚でバカばっかだ。みんなも、私も。

 

 

 

 木曜日。無視され始めてから四日目、重い足を引きずりながらも教室に着くと、久しぶりに泉ちゃんが自分の席に座っていた。ほんの一瞬、自分の置かれた状況を忘れて駆け寄る。

 

「泉ちゃん、もう……」

 

大丈夫なの? と聞こうとした時、泉ちゃんは顔も上げずに、

 

「おはよう、鶴見さん(・・・・)

 

周りの全てを拒否するような、冷たい声でそう言った。

 

 

 ……その後の数分のことは何も覚えていない。気が付くと私は、トイレで朝食べたものを全て吐いてしまっていた。

 

 

 

 

  * * * * *

 

 

 今、私の部屋の机に、三枚の写真が飾られている。三面鏡のように折りたためる木製の写真立て。

 

 壊れてしまったもの。失ってしまったもの。新しく見つけたもの。今なら、……そう、今になってようやく分かる。どれも全て、私にとって大切なものだって事が。

 

 

 

 一番左は、デスティニーランドで仁美たちと撮った、パンさんと一緒に五人でポーズを決めている写真。

 

 夏休み明け、もう、クラスで誰かがハブられることは無くなった。ただ、私は、みんなとの距離を計りかねている。

 あれから由香とはわりとよく話すようになった。いつも一緒にいるってわけじゃないけど、今、一番話をするクラスメイトかも知れない。

 仁美は、私を「留美」と呼ぶようにはなったけど、二人で話すことはほとんど無い。

 友ちゃんはいつものようにクラスのマスコットで、なんだかんだいって森ちゃんとはいつも一緒だ。あの二人は変わらないなぁ。彼女たちを見ていると、八幡たちと河原で、小学校からずっと付き合っていける友達は百人にひとり、というような話をした事を思い出す。

 でも……もう、五人で仲良くって事は二度とないんだろうなって事はなんとなくわかってる。多分、みんな。

 

 

 

 真ん中の写真は、藤澤先生の左右に私と泉ちゃんが立っている写真。

 

 泉ちゃんとは、「鶴見さん」と呼ばれたあの日から、夏休みに入るまで一ヶ月以上、一言も口を聞かなかった。あの、何もかもを拒絶するような声が怖くて、目を合わせることさえ避けていた。

 

 私たちが、私があの日彼女にした事を考えれば、簡単に(ゆる)されないのは分かっている。

 だからか、私は、彼女の代わりにみんなに無視されることで、彼女に償っているという自己満足に浸っていたのかもしれない。彼女は別にそんな事を望んではいないんだろうなと頭では理解しているのに。それでも。

 

 泉ちゃんは林間学校の最初の日、聞き間違えじゃなければ、私を「留美ちゃん」と呼ぼうとしてくれていた。夏休みに入って、彼女にどんな心境の変化があったのかはわからないけど、もしかすると誰かから、なぜ私がハブられるようになったかを聞かされて、責任を感じて話しかけようとしてくれたのかも……。

 夏休みが終わって、ようやく彼女とは他のクラスメイトと同じように、朝や帰りのあいさつだけはするようになったけど、でもそれだけ。未だに、泉ちゃんの前だと緊張する。また彼女を傷つけることが怖いのか、傷つけられるのが怖いのか……、自分でもよくわかんない。

 

 

 

 右端の写真は、千葉村で、八幡たちと撮った写真。

 

 小町さんが八幡の目を隠しているあの写真だ。お母さんを心配させないために撮った写真。千葉村のことは、決していい思い出ばかりじゃ無かった。

 でも……林間学校で八幡に会えたことで、私の世界は随分と変わった。きっと、本当に変わったのは、世界ではなく私自身の方なんだろう。

 

 結局私は、「自分はあのへん(・・・・)と違う」なんて言いながら、私と違う仁美たちを受け入れられず、彼女たちと違う「私」も受け入れられなかった。それだけの事だったんだと今だから分かる。

 だからいつか、八幡があの時言ってたように、「自分と違う他人を認め、他人と違う自分を認める」そういう事が出来る「私」になりたいと思う。ただ、『正しいぼっち』っていうネーミングセンスはちょっとどうかと思うけど。

 

 小町さんが一人だけ中学生だったというのはあとから聞いてびっくりした。確かに小柄だけど、その割に大人っぽく見える。中学生でも、三年生ならそんなものなのかな。

 あの後彼女に、「お母さんのパソコンでメールを使える」という話をしたら、最終日の帰り際に、

 

「何かあったらいつでも連絡してねっ。お兄ちゃんはそういう時のためにある(・・)んだから」

 

と言って小町さんのメールアドレスが書かれたメモをくれた。

 

 

 

 

 私は、机の引き出しを開け、手帳の間に隠すように挟んだもう一枚の写真をそっと取り出す。八幡が木にもたれて眠る写真。

 

 プリンタの、セピアカラーモードでプリントしてみたら、本当にまるで絵葉書のような写真になった。木漏日の下で目を閉じて樹にもたれる八幡の姿は、何ていうか……知性的でかっこいい、みたいな感じで、見てるだけでドキドキする。

 男の人の写真を見てこんなふうに思うなんて、初めてかもしれない。目を開けてる八幡にはあんまりドキドキしないけど。ふふ。

 

 今はまだ無理だけど、いつか、写真立ての中の三枚の写真を、心から笑って見れる時が来たらいいな。なんて思いながら、セピア色の八幡のほっぺを軽く突っついた。

 

 

 

 




 ……少し重い話になってしまいましたね……。

 しかし、これは過去の話。未来は収束し、留美は、固有結界『無限のぼっち(Unlimited lonely works)』を持つ比企谷八幡という少年に救われるのです。

 ** 注:そんな壮大な話ではありません。 **


 今回は説明調の文章が多くて申し訳ありませんでした。言い訳させて貰えば、最初は仁美たちとの出会いとか、なんでこういう子と友達してるのか、とか、いじめ?の具体的な話とかきちんと書こうとは思っていたんですが、それを全部やろうとすると、八幡が出てこない話が五、六話続いてしまう、という事態になりそうだったので、そこはざっくり書かせて頂きました。

 前話を読まれた方から頂いた質問で、「下の名前で呼んだだけで(ハブにするのが)終わるの?」というのは、このクラスの暗黙のルールだから、ということで。(後付では無いです。一応一話にそれっぽいことを書いてますよ)

 さて、次回からクリスマスイベント編なんですが、更新まで少し開いてしまいます。あるキャラの出番を増やしたくて、プロットの再構成をしているんですが、見切り発車で書き始めると、先の話で辻褄が合わなくなりそうなので……すいません。

 その作業と同時進行で、辻褄合わせとかそういうのが必要ない、ライトな「俺ガイルクリスマスネタ」みたいのを一本書いてるので、そちらが先になるかもしれません。


 ご意見、ご感想お待ちしています。 ではでは。


12月1日 誤字修正しました。報告有難うございます

 同   一部、かな→漢字修正しました


12月2日 誤字修正しました。報告ありがとうございます。

12月7日 誤字修正しました。








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鶴見留美は聖夜に願う① 比企谷八幡は溜息をつく

 どもども、大変お待たせしてしまいました。クリスマスイベント編です。
 クリスマスどころか年末に更新って遅すぎだろ……。すいません、ここに来てようやくまとまった時間が取れるようになったので。

 変なクリスマス企画モノなんか書いてるからだろ、と言われればその通りなんですが、ああいうのは一話ずつ短時間で書けるので、忙しい時期には楽なんですよ……。

 と、言い訳も終わったところで、

 八幡と留美の距離が原作よりもちょっとだけ近いクリスマスイベント編、スタートです






 秋も深まってきた十一月のとある午後、母に頼まれていた買い物の途中で、八幡を見かけた。

 駅前のマ○ンピアから家に向かって買い物袋を片手に歩いていると、総武高の制服を着た男女が、私とは反対側の歩道を歩いていた。私の視線は無意識のうちに引き寄せられ、男子のほうが八幡だとすぐに気付く。……夏休み以降、私はこの制服を見ると、どうしても八幡たちを探してしまう……。

 

 八幡は、少し大きめのコンビニ袋を片手に下げて、とても可愛くてお洒落な女の子と並んで歩いている。雪ノ下さんとも由比ヶ浜さんとも違う女の子。あの二人と一緒にいるのはたまに見かけてたけど、この人と一緒にいるのを見るのは初めてだ。

 なんというか、「ゆるふわ系」というのかな? 女子の私から見ても「可愛いなぁ」と思えるひと。八幡と距離が近い。二人共学校帰りらしく、バッグを背負ったままで、肩と肩をくっつけるようにして小声で何か話しながら歩いている。

 もしかして、彼女さん……かなぁ。そんな風に想像するとなんだかもやもやする。声もかけられずに見ていると、二人はすぐ近くにあるコミュニティーセンターに入っていってしまった。

 

 なんだか気になって、少しだけ遠回りして信号を渡り、センターのエントランスに行ってみる。正面玄関の大きなガラス越しにそっと中を覗いてみたけど、もう八幡達の姿は見つけられなかった。

 

 ふと、入り口近くの掲示板に目をやると、「海浜総合高校・総武高校合同、クリスマスイベント」の告知ポスター。

 ……総武高校。八幡の通う高校。もしかしたら八幡は、何らかの形でこのイベントに参加しているのかもしれない。

 でも、このポスター「イベント」とだけ書いてあって、具体的に何をやるのかは書かれていない。サプライズ、みたいな感じなのかな? そんな事を考えながら、踵を返して家へと急ぐ。今日は、お母さんの帰りが7時位のはずだから、それまでにご飯炊いて、お風呂準備して……。うん、やることいっぱい。頑張ろ。

 

 

 

  **********

 

 

 二学期が始まり、私たちのクラスは少し雰囲気が変わった。クラスの中心だった仁美と森ちゃんのグループがバラバラになったことで、女子のまとまりが無くなった。いい意味でも、悪い意味でも。

 ただ、それでクラスもバラバラになったかといえば、意外なことに今度は男子を中心にしてそれなりに仲良くまとまり、日々の行事をこなしている。男子たちは、相変わらず意味もなく大騒ぎしたりして、幼稚だなぁと思うことも多いけど、女子のグループにはない、その、裏表のないノリみたいなものが私たちを自然に引っ張っていく。これはこれで悪くないな、なんて、少しは彼らを見直すようになった。

 

 その中で私は、特に誰かのグループに入るでもなくこの二学期を過ごしている。別に一人ぼっちというわけでもなく、その時その時で一緒にいるメンバーが違うだけだ。 今は、……由香がいるグループの子たちと一緒にいることが多いかな。 

 

 泉ちゃんとも普通に話すようになった……表面的には。だけど、どうしても一歩引いてしまう。目の前で泉ちゃんが笑っていても、心から笑えない。だから、作った笑顔を貼り付ける。ほら、鶴見留美はちゃんと笑っていますよ……そう嘘をついて。彼女にも……自分にも。そんな自分が嫌だけど、でも、彼女と向き合うことがどうしても怖い。

 

 

 

 八幡とは、今日みたいに、買い物の途中とかにたまにすれ違う。たいてい向こうは自転車に乗っているので、私に気が付かずに通り過ぎてしまうことも多い。

 でも、信号待ちとかで目が合ったり、時には隣に並ぶようなときもある。そんな時私は、八幡に向かって、肘から先だけをちょっと上げて、腰の横あたりで小さく手を振る。八幡はちょっと恥ずかしそうにして周りを見回し、でも、ほんの少しだけ手を上げて、小さく小さく手を振り返してくれる。そういう時のなんだか余裕の無さそうな八幡の表情が私は好きだ。だって、なんだかとってもかわいいんだもん。

 

 言葉を交わすわけでもない、ただそれだけの行為。でもそれが、私の胸の奥にじんわりとした熱をくれる。

 

 

 

  **********

 

 

 コミュニティーセンターで八幡を見た次の日、私の小学校の掲示板に、このイベントへの参加募集の告知が貼り出された。

 担任の桜井先生の話では、なんでも、あのセンターに近い学区にある小学校の6年生を対象に、主催する高校生たちのお手伝いとしてイベントにボランティア参加して欲しい、というものらしい。

 イベントで招待するお客さんは、センターに隣接する老人ホームのお年寄り達と、やはりすぐ近所にある公立の保育園生だけど、ボランティアに参加すれば、当日もイベントを楽しむ事ができる、とのこと……。どうしよう、参加してみようかな? もしかしたら八幡と一緒に出来るかもしれないんだよね。 でも……。

 

 

 

  **********

 

 

 夏休み中、友達と遊ぶことが急に少なくなった私に、お母さんは何かを感じたのだろう、あまり仁美たちのことを言わなくなった。

 代わりというわけでも無いだろうけれど、私が望めば、家事とか、色々な事を教えてくれるように、任せてくれるようになった。

 食費用の財布を預かってスーパーでの買い物。料理は、電子レンジはいいけどオーブンとかコンロを使う料理はお母さんが居るときだけ。包丁はもう大人用を使ってもOK。

 洗濯機やミシンもいつでも使っていい。パソコンは、リビングのデスクトップ(一体型)やプリンタは自由に使える。自分用のアドレスも作ってもらっている。

 お母さんの仕事用のノートパソコンには決して触らないこと。

 少しずつ、ルールが増え、手伝えることが増えていく。お母さんに頼ってもらえる事が嬉しい。

 

 携帯電話は、中学生になったら持たせてもらえる約束になっている。だから、それまではメールはパソコンだ。林間学校の後、このパソコンから八幡の妹の小町さんにあの時の写真を送った。小町さんからはお礼のメールが届き、今でも、たまにだけどメールのやりとりをさせてもらっている。

 

 

 

  **********

 

 

「ねえ、お母さん」

 

「ん、ちょっと待ってね……。はいはい、なあに?」

 

キッチンに並んで洗い物をしながら、私たち二人はいつもの様に雑談をしている。

 

「あのさ、マリンピアの手前にコミュニティーセンターってあるでしょ」

 

「うん」

 

「そこでクリスマスにやるイベントに、ボランティアで参加してもいいかな?」

 

「ボランティア?」

 

「うん。なんか、総武高と海浜高で、イブの日に、あそこの老人ホームと保育園のためにイベントやるんだって、で、小学生はそのお手伝い」

 

「へえ、いいんじゃない? 留美、やってみたいんでしょ」

 

「でも、そしたら、買い物とか洗濯とか、色々手伝えることが減っちゃうかも……」

 

「留美」

 

「……うん」

 

「前にも言ったけど、そんな事気にしなくていいの。家事を手伝ってくれるのは嬉しいけど、お母さんは、留美がやりたいことをやってくれた方がもっと嬉しい」

 

そう言って笑った後、ボソリと続ける。

 

「だいたい留美は変なとこに気を使いすぎなの。相変わらず子供らしく無いわよね~」

 

「うぅ。それはこういう性格なの! 簡単には変わらないよ」

 

 

「……あの~、コーヒー、まだかな~……」

  

リビングからお父さんの声がする。すっかり忘れてたけど、そういえば珍しく今日はいるんだった(ヒドイ)

 

「ごめーん、今から淹れるねー」

 

そう言って私はコーヒーメーカーのタンクに水を入れる。

 

 

 

  **********

 

 

 数日後、私はこの学区内にある三つの小学校から集まった、ボランティア参加者十数人の中にいた。私の学校からは5人が参加しているが、私のクラスからは私一人だけ。そのことを寂しいと思わず、むしろホッとしている自分に気付く。

林間学校以降、クラス内で誰かをハブにするという事は無くなったし、それなりに仲良くやっている。とは言え、どことなくぎくしゃくとした、変な緊張感はまだ残っていて……。だからだろうか、クラスメイトのいない集団の中に居ると、不思議な開放感を感じる。

 

 小学生の参加者が全員揃ったところで、係の職員さんに、「講習室」という、学校の教室より一回り大きいくらいの部屋に案内される。机や椅子、大きなホワイトボード。教室というより、会議室って感じかな。……そこに、

 

 八幡が、いた。いてくれた。やっぱりこのイベントに参加してたんだ。トクン、トクンと、私の心臓が心地良く幸せなリズムを刻む。

 

 向こうもすぐに気がついて目を丸くしている。私がいつものように、右手を腰のところで小さく振ると、いつもよりもさらにキョドキョドと周りを見廻して、そっぽを向いたままで私に向かって小さく左手を振ってくれた。

 

 

「……何やってるんですか? せんぱい」

 

ぷ、今、八幡てば、一瞬飛び上がって宙に浮いたみたいに見えた。

 

 この前一緒にいた女の子に真後ろから声をかけられ、可笑しいぐらい取り乱している。

 

「べ、別にななんでもねーよ……」

 

とか言ってる。

 

「えぇー、嘘ですぅ。……今絶対なんか変な動きしてましたよー」

 

「いやアレだ。ちょっと疲れたからこう、ストレッチをだな……」

 

「なんか怪しーです、あと、動きがキモいです」

 

笑顔でヒドいことを言いながらも、彼女は八幡の腕をクイクイ引っ張って、まるで二人でじゃれてるみたいだ。……なんだか面白くない。

 

 でも……これからどう行動したら良いのかわからない。イベントに申し込んだ時は勢いで、とにかく参加すれば、八幡とゆっくり話が出来るんじゃないか、もし出来るなら、あの時のお礼を言えたらいいな、なんて考えていたけど……。

 うん。とりあえず八幡にはちゃんと会えたし、とにかく、少し様子を見よう。今は、みんななんだか忙しそうだし。

 

 そんな事を考えていると、海浜高の制服を着ている、背の高い高校生がこちらにやってきた。彼は、八幡達が何か計算の様な作業をしている方を向いて、

 

「いろはちゃん、ちょっといいかな?」

 

 と、声をかける。

 

「はーい、今行きますぅ」

 

 返事をして、とてとてとやって来たのは、あの、八幡と一緒に居た可愛い人だった。

 彼女が隣に来るのを待って、高校生があいさつを始める。

 

「やあ、○○小学校、△△小学校、□□小学校の皆さん、こんにちは」

 

「「こんにちはー」」

 

「僕は海浜総合高校の生徒会長で、玉縄と言います。……そして、」

 

 玉縄さんはサッと左手を彼女の方に大袈裟に伸ばして、自己紹介を促す。

 

「はい、総武高校で生徒会長してる、一色いろはです。みんな、今回はよろしくね」

 

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

 この人、生徒会長さんだったんだ……。 少し驚いていると、玉縄さんが挨拶を続ける。

 

「今回は僕たちのクリスマスイベントに参加してくれてありがとう。みんなで協力してクリエイティブで、エキサイティングなものに仕上げていこう。君たちの参加によるシナジー効果を期待しているよ」

 

 両手を振り回して、なんだか力強く語っている。隣の一色さんは、何故か呆れたような態度でそれを見ている。ちらっと八幡に目をやると、なんというか、うんざりとしたような顔でこちらを見ている……。なんだか少し変な空気だ。

 

「では、いろはちゃん、こっちでさっきの続きを……」

 

 と言って、玉縄さんは一色さんを連れて中央のテーブルに戻ってしまう。

 あれ、私達は何をすれば良いんだろう? 別の人が指示をくれるのかな、と少し待ってみたが一向に誰も来る気配がない。

 

 最初は雑談して気にしていなかった他の小学生たちも次第にざわざわし始めた。

 

「ねー、何やればいいの?」

 

「誰か聞いてきてよー」

 

「えー」

 

「お前行けよ」

 

「じゃあ、じゃんけんで……」

 

 ふう、仕方ない。

 

「私、何やればいいか聞いてくるよ」

 

そう言って私は、八幡たちが座っている総武高校の席に向かう。八幡は片手で頭を抱えるようにしてノートパソコンを覗き込み、やはり総武高の制服を着た細身の男子としきりに何かを話していた。……なんだか忙しそうだな……。

 声をかけるのをためらっていると、ちょうど一色さんが中央のテーブルからこっちに戻ってきて、八幡の隣に座る。

 会長さんの隣の席に座ってるってことは、八幡も生徒会の役員さんやってるのかな? なんて考えつつ一色さんに声をかける。

 

「あ、あのー、」

 

「あ、何かな?」

 

……この人、くるんと振り返る仕草からして可愛いなぁ。年上の人を可愛いとか思ったら失礼かもだけど。

 

「すいません、私達、今日は何すれば良いんですか?」

 

 そう聞くと、一色さんは、ウッと一瞬言葉に詰まり、玉縄さんたちの方をちらっと見て、はぁ、と小さくため息をついた。

 

「ごめん、少しだけ待ってね」

 

 そう言って一色さんは八幡の方を向いて、何か小声で聞いている。八幡も小声で何かを返す。また、二人の距離が近い。ますます面白くない。

 どうやら話がまとまったらしく、一色さんは、

 

「そうですね~。じゃあ、そういうふうに指示してきます」

 

八幡にそう言うと、何かのファイルを一冊持って立ち上がり、私と一緒に小学生の集まっている席へと移動した。

 

「はい、じゃあ、小学生のみんなには、今日から、イベント当日にこの上のホールで使う飾りを作ってもらいまーす」

 

そう言って一色さんが持っていたファイルを開き、くるんとひっくり返して私たちに見せる。

 

「こっちの、ピンクの付箋(ふせん)が張ってあるのが、会場用で、水色の付箋が張ってあるのがクリスマスツリー用のです。付箋に丸がついてる物は、もう材料がそろってるやつです」

 

 彼女の説明を聞きながら、小学生みんなでファイルを覗き込む。材料がある、という物は、立体的な星型のオブジェやサンタクロース、トナカイなどの、クリスマス限定でしか使えない切り絵などで、それ以外は、折り紙の輪をつないで作るチェーン等、どこでも手に入りそうな材料で作るものが多い。

 

「今日は、最初二組に分かれてもらって、一組はこの切り絵を作り始めてて下さい。もう一組は、そこの文具店で、ここに書かれている材料と、あと、人数に足りない分のハサミとか糊とかの買い出しをお願いしますねー」

 

「私たちだけでですか?」

 

 私とは別の小学校の、とっても背の高い女の子が一色さんに尋ねる。

 

「あ、そうか……。そうだよね。 ……女の子が多いみたいだし……」

 

一色さんは、ちょっとだけ考えて、

 

「書記ちゃーん、ちょっとこっち来てくれる?」

 

そう、八幡たち総武高の役員さんの方に声をかけた。

 

 

 

 呼ばれてやって来たのは、三つ編みに黒縁メガネの真面目で大人しそうな人だった。

 一色さんが買い出しのことを説明し、彼女が買い出し班に付いて来てくれることになった。

 

「総武高書記の藤沢沙和子です。よろしくね」

 

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

「えっと、じゃあ、あなたたち五人、私と一緒に来て下さい。後の人は、私が帰ってくるまでは他の人がついていますので、その指示で切り絵の方を始めて下さい」

 

「「はーい」」

 

 私とさっきの背の高い子を入れた五人が、一番前に居たため買い出し班になってしまった。……八幡が付いて来てくれればいいのに……。

 

 

 

 文具店はセンターからすぐのマ○ンピアの中にあり、品揃えも豊富で、文具のディスカウントと看板を出しているだけに値段も安い。すぐそこのコンビニで五百円で売っているものと同じ物が二百円台前半で売られていたりすることもある。当然、私もよく利用するけど……。

 

 大掛かりなイベントってやっぱりすごいんだな、って思う。大判の折り紙、色画用紙、工作用紙……、紙、紙、紙。紙関係だけで買い物かご三つ分。買い物に五人も要らないよ、と思ってたけどそんなことは全然無かった。

 考えてみれば、三階のホールは結構広い。折り紙のチェーンだって、端から端まで飾れば相当な長さになるだろう。書記さんと、買物リストを見ながら買い忘れがないかをチェックしていると、

 

「鶴見さーん」

 

少し離れた通路から、隣のクラスの子に呼ばれる。たしか佐川……なんとかさん。下の名前が出てこない。まあいいや。

 

「どうしたの、佐川さん?」

 

「え、あなた……鶴見、さん?」

 

私が返事をすると、何故か書記さんがびっくりしている。佐川さんは何事かとこっちを見てる。

 

「はい……」

 

私が答えると、さらに質問をかぶせてくる。

 

「もしかして、○○小学校?」

 

「そうですけど、あの……?」

 

「あ、ごめんなさい、何でもないの。……ええと、なんだっけ?」

 

 佐川さんが、

 

「あの、ハサミなんですけど、わたし、左利きで……どうしようかなって。それに、すごいたくさんあるし」 

 

 それで、三人でハサミのコーナーを見てみると、……ホントだ、たくさんある。この列の棚、通路から通路まで全部ハサミだ。左利き用のハサミも安いのからプロ用までそろっている。

 

「もちろん買うのは構わないけど、左利きって何人いるのかしら?」

 

そう言って書記さんは携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけて確認している。

 結局、左利きは、買い出し組が、佐川さんと背の高い子――綾瀬さん、だったかな――と、センターに残っている子に一人、の合わせて三人、ということで、糊とかハサミとか入ってるカゴに足りない人数分のハサミ(安いの)を入れていく。

 

「……っと。 うん、これで全部そろったと思います」

 

 私がチェックを終えると、

 

「じゃあ、会計して帰りましょう」

 

 書記さんがみんなに声をかけ、会計を済ませる。袋が大小合わせて八個にもなった。

 

 

 

 みんなで袋をぶら下げコミュニティーセンターへと帰ってくる。重い袋は、二人いた男子が頑張って持ってくれた。

 

 講習室に入ると、部屋の半分の机が大きく並べ替えられていて、残っていた小学生たちはそこでサンタとかトナカイとかの切り絵を作っていた。ハサミが足りてなかったようで、交代で使っている。

 そのすぐ横の椅子に、さっきのファイルを広げた八幡が座っている。どうやら作業中の子たちの監督役をしていたらしい。

 

「あ、比企谷先輩、お疲れ様です」

 

書記さんが声をかけると、

 

「おう、そっちこそお疲れさん」

 

それこそ、なんだか疲れたような声で言う。

 

「……会議、どうでした?」

 

「あー……、まあ、どうもならんわ。とりあえず今日は、今できるのをやるしかねーな。あと、議事録のまとめ」

 

「……そうですか……」

 

「あの議事録必要なの? 『アグリー』と『それあるっ!』ばっかりなんだけど……って、いやお前に言ってもしょうがねーな、悪い」

 

思わず、という感じで言ってしまったらしい。

 

「そんな事……でも、このままじゃ、不味いですよね」

 

彼女もうつむいてしまって、なんだか元気がない。

 

 

「八幡、なんか困ってるの?」

 

私が八幡の隣の椅子に座ってそう聞くと、少しだけ優しい顔になったように見えた。

 

「……おう、おま……、留美もお疲れさんな」

 

八幡は私が反射的に睨んだのを見て、『お前』と言いかけたのを『留美』と言い直した。うん、八幡えらいえらい。ちゃんと覚えてたみたい。

 

「うん、大丈夫、近いし。それで?」

 

「ああ、まあなんだ、具体的に何やるかまだ決まって無くてな……」

 

「え、それって大丈夫なの?」

 

 もう十二月に入っている。イブまで日数はあるけど、今まだ何も決まってないというのはさすがに……。

 

「大丈夫じゃないから、頑張ってどうにか決めないとな」

 

そう言って八幡はがっくりとして、一つため息をついた。なんだか思ったよりも大変そうだ。

 

「そっか。……うん」

 

 

 私と八幡のそんなやりとりを、書記さんは少し離れた席でなんだか不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 




 みんな大好き玉縄くんでした(違う)

 場面転換がやたら多い上に、山もオチもない話でしたね……。 原作中でも話が停滞している時期の話ですし、まあ、プロローグだから、ということで。次回はもうちょっと話が動いてくるはずです。

 このタイミングで更新すると、読者様によってはもう新年、という方もいらっしゃるかもしれませんね。では、

良いお年を~ & 明けましておめでとうございます!



12月30日 誤字等修正しました。 報告感謝です。

5月2日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。


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鶴見留美は聖夜に願う② クリスマスツリーと唐揚げもどき

どもども。

 この「そして~」に限れば、今年初の更新になります。読んでくださってる方、お気に入りを付けてくださっている方、感想をくださる方、本当にありがとうございます & お待たせしました。
 お気に入りもじわじわと増えていたようで、この前書きを書く直前にチェックしたらなんと370件になっていました! 人気作品とは比べるべくもない数字ではありますが、地味なこの話にこれだけの方がお気に入りをつけて頂いたこと、とても嬉しいです。

 さて、クリスマスイベント編 ② です、このあたりから、留美と八幡の関係が徐々に原作とは違っていきます。






 それから、火曜から金曜までの週に四日、コミュニティーセンターでクリスマスイベントの手伝いをする日々が始まった。学校が終わった後一度家に帰り、各自コミュニティーセンターに集合する形だ。

 それぞれの学校の行事や、家の用事を優先してくださいと言われているので、毎回全員参加と言うわけではない。日によっては、十六人のうち、半分くらいしか来れない日もあったりする。

 

 そんな中、私は今のところ毎回参加している。……初日に何をやるかみんなを代表して聞きに行ったり、高校生の中に八幡と言う知り合いが居て、親しく話していたり、という経緯があったせいか、何となく私が小学生の代表みたいになってしまっているのだ。

 飾り作りの材料が足りなくなった、とか、今日は誰々さんがお休みです、とかいう報告が何故か私のところに来て、その度に私が八幡や会長さん、書記さんたちに話す。

 

「別に私がリーダーってわけじゃないのに……」

 

そう八幡に不満をこぼすと、八幡は何故か可笑しそうに笑い、

 

「留美もかよ……。世の中ぼっちを働かせ過ぎだろ。せっかく一人で居るんだから、そうっとしておいてくれませんかね……」

 

なんて馬鹿なこと言ってる。あと、私は別にぼっちじゃないし。

 

「そんなことよりさ、八幡」

 

「おう」

 

 私はちょっと気になっていることを聞いてみることにした。

 

「まだ何やるか決まんないの?」

 

「……おう」

 

「『おう』ばっかりだね……」

 

「おう。って、いや悪い、留美。……そのな、別にテキトーに返事してるってわけじゃなくてだな……」

 

「ううん。 ……八幡が悪いわけじゃないし」

 

 ……八幡も、だいぶ疲れてるなぁ……。

 

 そう。私たち小学生が参加し始めてもう二週目だというのに、未だにイベント自体、何をやるのか決まっていないらしいのだ。

 一度、高校生・小学生みんなで「アイデア出し」の会議? みたいなのをやったけど、合唱・コンサート・演劇・ミュージカル・映画……等々、それなりに案は出た。けれど、そのどれかに決めるんじゃなくて、全部ミックスしてうまくやれないか? みたいな話になってしまい、結局その日は何一つ決まらなかった。

 

 どうやら今日になっても状況はあまり変わっていないらしい……。

 

 どうするんだろう、このペースで行けば、今週中には飾り作りが終わってしまう。あと、私たち小学生に出来るのは……。そんな事を考えながらハサミを動かしていると、

 

「あ、留美ちゃん、小学生はそろそろ時間ですね~」

 

そう一色会長さんが声をかけてくれる……だからどうして私に?

 

……はぁ、もういいや。なんだか慣れてきたし。

 小学生はいつも、五時前を目安にして作業は終わりになる。あまり遅くなって、家族に心配をかけないようにという配慮だろう。

 

「みんなー、時間だって。片付けおねがいしまーす。あと、今日何をいくつ位作ったか、だいたいで良いのでこっちのチェック・シートに書いといてくださーい」

 

私は、今日参加している小学生十人ぐらいにそう指示をする。この講習室は、私たちの貸し切りというわけではない。明日もまた作業があるからといって、やりっぱなし。出しっぱなしで帰るわけにはいかないのだ。

 完成した飾り・作りかけのもの・道具や糊といったものを、それぞれ種類ごとにべつべつのダンボール箱に入れ、部屋の端によせて置く。……結構増えてきたなぁ。

 

「鶴見さん、こっち終わったよ」

 

「こっちも」

 

「……」

 

 

きれいに片付いた所で、みんなそろって高校生たちにご挨拶。

 

「はーい、今日もお疲れ様で~す。いつもホントにありがとう。外はもう暗いので、みんな、気をつけて帰って下さいねっ」

 

一色さんがそう言ってニッコリ笑う。ぽわわわーんと、花が飛ぶような可愛らしい笑顔に甘い声。……男子とか、顔真っ赤にしちゃってるし……。女子はまあ、うん、色々と気がついてる子も何人か居るみたいだけど。

 

「「おつかれさまでしたー」」

 

 声を揃えて挨拶し、今日の作業は終了。コートを着ていると、八幡と一色さんの声が聞こえてきた。

 

「……お前、小学生にまであざといんだな……」

 

「むー、なんでですかぁ、ぜんぜんあざとくないです。素ですよぅ」

 

「イヤほら、そーゆうとこな……」

 

 

 小学生がみんな部屋を出た後、私は最後に部屋を出て……くるっと振り向いて、八幡に向かっていつもみたいに体の横で手を振る。

 八幡は、一色さんのことを気にしてか、私の方を見てもこくんと頷くだけ。 ……でも私は手を振るのを止めてあげない。ふふ。

 一色さんはそんな様子に気づき、わざとらしく小首をかしげて八幡のことをじいっと見ている。八幡は、手を振りつづけている私と彼女を交互に見て……がしがしと頭を掻きながら、諦めて私に小さく手を振ってくれた。

 

「じゃーな、留美。気をつけて帰れよ」

 

 一色さんは、にやっとなんだか悪い笑顔を浮かべると、八幡を肘でつつきながら、彼を真似するように腰の横で手を振ってみせた。

 八幡は「お前らな……」とかなんとか言ってる。ちょっと顔赤くしてるし。おっかしいの。

 

「留美ちゃん、またね~」

 

「はい、お先に失礼しまーす」

 

私は一色さんにも手を振り、今度こそ部屋を出る。

 

 

 

 コミュニティーセンターを出ると、街はもう完全に夜の風景へと変わっていた。マリンピアの周りの木々を飾る青いイルミネーションが遠目にも美しく輝いている。

 ひゅう、と風向きが変わった。十二月の夜の冷たい風が、ついさっきまで暖房の効いた部屋にいた私から遠慮なく体温を奪っていく。

 うわ、風が当たるとほんと寒い。今日はお母さん居るはずだし、特に買物もない。早く帰ろ。

 

 どこかの店先から聞こえてくる、「ラスト・クリスマス」の曲をBGMに、私は家への道をリズムを刻むようにして歩き出した。

 

 

 

  **********

 

 

「ただいまー」

 

 コミュニティーセンターからわずか数百メートル。それでも相当冷えてしまった体を、香ばしいカレーの香りが出迎えてくれた。

 

「あ、留美お帰りー。きょうは寒いからカレーにしてみたよ」

 

「うん! ふふ、玄関までいい匂いしてきてるよ。いつもの?」

 

「そう。お肉を切る大きさだけ変えてみた」

 

 最近のうちのカレーは鶏肉のカレー。塩麹(しおこうじ)に漬けて一晩置いたお肉を使って、後はいつもと同じように作るだけなのだが、胸肉・もも肉とも蕩けるように柔らかくなり、「一味違う」カレーになる。

 

 しばらく前、お母さんが関わっている婦人雑誌の料理の記事で「塩麹」とか「なんとかヨーグルト」とかにお肉を漬けて寝かせる、みたいなのを特集したそうだ。その中でも、塩麹と鶏肉の相性は抜群に良く、たまたま試食に参加したお母さんはすっかりはまってしまい、自分でも試行錯誤しながらうちでも色々と作っている。

 

 コートをハンガーに掛け、小学生の基本、「手洗い・うがい」を済ませてから食卓にお皿を並べる。

 

 

 

「いただきまーす」

 

「はい、召し上がれ」

 

熱々のカレーライス。例のお肉を一切れ口に運ぶと、じゅわっと旨味が溢れ、舌先でほろほろと崩れるくらい柔らかい。

 

「はぁ~、美味しい。生き返る~」

 

そんな私の様子を見て、お母さんはニコニコと笑っている。

 

「外、寒かったでしょう」

 

「うん、風がすごく冷たいよ。 まあ、センターの中は暖房効いてるから、帰ってくる時だけなんだけどね」

 

 ふと、正面の壁掛け時計が目に入る。六時……か。八幡たちはまだ準備やってるのかな? なんか疲れてたみたいだけど、大丈夫かな……。

 

「留美、何かあったの? 心配事?」

 

ちょっとだけぼうっとしていたようで、お母さんに心配されてしまった。

 

「……心配ってほどのことじゃ無いんだけどさ……」

 

「うん」

 

「ほら、前に話したでしょ、林間学校でお世話になった時に仲良くなった高校生のこと」

 

「うん、確か総武高の子たちで、みんなイケメンと美人ばっかりなんだっけ?」

 

「そうそう。でね、そのうち一人が今回のイベントにも参加してるんだけど、なんか色々と大変そうでさ。……すごく疲れてるみたいだったし」

 

「あら、大変ねぇ……。 ね、それって、写真に写ってる子?」

 

「うん。八幡って言ってさ、あの、小町さん……妹さんに目隠しされて写ってる人」

 

「ああ、あの、ちょっとだけ残念なイケメン君か」

 

「残念て……まあ、合ってるけど」

 

娘の恩人にそれは酷くないですか? お母さん……。あんまり詳しいこと言ってない私が悪いんだけどさ。

 林間学校の写真をお母さんに見せる時、さすがに目隠しされた写真だけじゃ可哀想だと思ったので、ちゃんと何枚かは八幡の顔がはっきり写っている写真も見せた。もちろん、できるだけ目がどよんとしてないのを選んでだけど。

 

 

 

「そんなに心配なら、差し入れでもしてあげたら?」

 

「え、差し入れ?」

 

「ほら、この前留美が作った唐揚げもどきとかどう? まだ、お肉も塩麹もあるわよ」

 

「もどきって言わないで。あれは、『揚げ焼き』って言うの!」

 

「どっちでもいいでしょ、あれ、美味しかったわよ」

 

そう、あれは確かに美味しかった。本当の揚げ物はまだ危ないから駄目と言われているけど、深めのフライパンを傾けて作る、揚げ焼きなら、お母さんが家にいる時に限り作ることが出来る。

 確かに、学校から帰って、前の日に塩麹に漬けておいたお肉を拭いて、少し多めの油で揚げ焼きすれば、十分か十五分で出来る。でも、

 

「センターまで持っていったら冷めちゃうじゃん。それに、本当に渡せるか分からないし……」

 

あれは温かいから美味しいんだしさ……。

 

「ふっふっふー。じゃじゃーん、こんなこともあろうかと、こういうものを用意しております」

 

 お母さんは食器棚の奥から、大きめのマグカップみたいなのを取り出した。スクリュー式のしっかりした蓋がついている。

 

「これはね、スープマグっていって、朝入れたお味噌汁とかスープが、お昼でも熱々のままで飲めるようにするものなの」

 

「へえ、……でも、スープ用じゃ無いの?」

 

「それがね、最近の若い子たちはこれにあったかいパスタとか、リゾットとか入れて、それでお弁当にしちゃうんですって。……ね、これなら荷物にならないでしょ」

 

「そっか、うん。じゃあ明日やってみよう。……後でお肉漬けなきゃね」

 

 ふふ、なんだか楽しみになってきた。八幡、どんな顔するかな。

 

「それに、もし渡せなくても、私がちゃんと晩御飯で食べてあげるからねっ」

 

…………お母さん……ちょっとヒドい。

 

 

 

  **********

 

 

「それじゃあ、これから二手に分かれてもらいまーす。一班はここで残ってる飾りを作ってください。もう一班はエントランスの方に降りて、クリスマスツリーの組み立てと飾りつけをしてもらいますねー」

 

 必要な飾りがほぼ完成し、まだ作ってなくて数が多く必要なのは雪の結晶型の飾りくらいになったころ、一色会長さんからそう指示があった。

 

「ツリーって、大きいんですよね」

 

誰かがそう聞くと、

 

「うん、大きいよ。 ……ええと、」

 

「確か、三メートル二十センチだったと……。この講習室の、あの換気扇の高さくらい、だそうです」

 

一色さんの隣にいた書記さんが答える。……大きい。小学生たちが歓声を上げる。

 

「すごいねー」

 

「わたし、そっちがいい」

 

「俺もー。こっちちょっと飽きたし」

 

 確かに、細かい作業ばかりでみんなもう飽きてきている。

 

「班分け、どうしよっか」

 

一色さんが私に聞いてくる。……はぁ。みんな、ツリーの方に行きたいよね……。

 

「残り、この折り紙の雪だけだし、私やるよ。みんなはツリーの方に行って」

 

私がそう言うと、背の高い子――綾瀬さん――が、

 

「それじゃあ、鶴見さんだけ大変じゃん。あたしも残ろうか?」

 

そう言ってくれるけど、本当はツリーの方に行きたそうだ。

 

「大丈夫だよ、それより、ツリーの方でみんなのことお願い」

 

うん、この綾瀬さんもリーダータイプで、作業によっては指示を出す側に回ることも多い。私が残るなら、彼女は向こうに行ってもらったほうが良いだろう。

 

「それなら、私、むこうに呼ばれるまで、ここ手伝いますよ」

 

書記さんがそう言ってくれて、結論が出る。一色さんは、「書記ちゃんおねがいね~」と言ってみんなを連れて講習室を出ていった。

 

 

 

「これ、結構細かいんだねぇ……」

 

書記さんがハサミを動かしながら言う。この飾りは雪の結晶。材料はキラキラとした光沢のある白銀色の大きめの折り紙。この裏に線が印刷されていて、その線に沿って六等分に折り、細かい線に沿って切り抜いてから再び広げると、きれいな雪の結晶の形が出来上がる、という物だ。この線が中々複雑で、きれいに切るには集中力が要る。

 

「ずっとやってると目が疲れますよ」

 

「うふふ。もう疲れてきちゃった」

 

書記さんはそう言って言って一度眼鏡を外し、軽く目をマッサージする。ちょうどその時、

 

「藤沢さ~ん、ちょっといい?」

 

総武高の生徒会の席から書記さんに声がかかった。彼女はちらっと私を見ながら立ち上がる。

 

「大丈夫ですから行って下さい」

 

「そう、ごめんね」

 

そう言って彼女は自分の席に戻って行った。

 高校生たちの方を見ると、八幡は海浜の生徒会長さん――玉縄さんだったっけ――と何やら話をしている。ちょっとイライラしてる、かな。とにかく忙しそうにしている。どうしよう、差し入れ渡すって雰囲気じゃないなぁ。八幡の分しか無いし。

 

 目の前の箱にはまだ相当な枚数の白銀の折り紙。私は作業に集中することにした。

 

 

 

  **********

 

 

「……飾り、作ってんのか」

 

その声に顔を上げると、さっきまで忙しそうにしていた八幡が目の前に立っている。集中してて気が付かなかった。

 

「一人でやってんのか」

 

私の手元を覗き込むようにしながら、少し心配しているような声でそう聞いてくる。

 

「……見ればわかるでしょ」

 

私が、ハサミと作りかけの飾りを持ったまま、両手を小さく万歳するように上げて微笑うと、八幡もにやっと笑い、「そりゃそーだ」とかボソボソ言いながら、私の座っている隣の椅子にどかっと座る。

 そのまま見ていると、私の目の前の箱からハサミと材料を取り出し、見よう見まねで私と同じ作業を始めてしまった。

 

「……なにしてんの」

 

「見りゃわかんだろ」

 

ぷ、そりゃそーだ。……ふふ、変なの。

 

「……他にやることないわけ?」

 

「ないんだなぁ、それが」

 

八幡は、やっぱり少し疲れたような声でそう答えた。

 

「……暇人(ひまじん)

 

「ほっとけ」

 

 二人して笑い合い、後はしばらく無言で作業に集中する。八幡と居ると、何も話さずにいても不思議に居心地が良い。波長が合うというのだろうか。家族以外の人をこんな風に感じるのは初めてかも……ううん、もう一人。一瞬だけ脳裏を泉ちゃんの顔がよぎり、胸の奥が小さく(うず)いた。

 私と八幡は、ただ黙々とハサミを動かす。紙を切るチョキチョキという音だけが耳に響き、他の雑音を遠ざける。……気が付くと、完成した雪の結晶の飾りは相当な数になっていた。

 

 ぱたぱたという足音が響く。一色さんが小走りにやって来て、

 

「あ、カッター借りていきますねー」

 

そう言って、道具の箱からカッターを数本取り出す。多分エントランスの方の作業で必要になったんだろう……と、

 そこで初めて、私と八幡が一緒に作業をしていたのに気付いたようで、八幡に向かってちょいちょいと手招きしている。

 八幡が一色さんの方に、なんだよという感じで体を傾けると、彼女は内緒話をするように八幡の耳の所に手を当てた。

 

「……先輩ってもしかして年下好きですか?」

 

……聴こえちゃってるし。それもなんだかスゴイ意味深な言葉が。

 

 私を除く小学生がみんなエントランスの方に行ってしまっているためか、講習室は意外に静かだ。聞くつもりがなくてもつい声が聴こえてきてしまう……。

……嘘です。気になって気になって、作業してるふりをしながら耳がダンボになっていました。そしたらまさかの……。

 ドキッとした。え、それってつまり八幡が私を……イヤそんな、……でも、ホントにそうだったらどうしよう。 あ、なんだか頭がぐるぐるしてきた。

 

「別に苦手じゃねぇな」

 

「!!」 

 

 八幡がさらに私を混乱させるようなことを言うので、つい我慢できずに二人の方を向いてしまった。八幡と目が合う。……八幡は、私と一色さんに一度ずつ目をむけ、フッと優しく笑い、「妹いるしな」と小さい声で独り言のように付け加える。

 ふふ、そういう意味かぁ。ちょっと安心した、かな……うん。もしかしたら八幡は、一色さんと私を妹みたいに思ってくれているのかもしれない。そうならそれはそれで嬉しいな、なんて考えていると、

 

「……もしかして今、わたしのこと口説いてますかごめんなさい年上結構好きですけど無理です」

 

いつの間にか八幡が一色さんに振られていた……あれ?

 

「いや、どう考えても違うでしょう?」

 

 八幡はそう言って、犬にシッシッとするように手を振って一色さんを追い払う。

 彼女は、「なんですかその扱い……」とか文句を言いながら、カッターを持って講習室を出ていった。

 また、静かな時間。紙とハサミの音だけの時間。二人とも終始無言で、折り紙でできた雪の結晶だけが、さらさらと音をたて、目の前のダンボール箱の中に降り積もっていく。

 

 やがて、最後の一個が完成し、カサッと音を立てて、箱の中で山になった雪の飾りの一番上に落ちた。

 

「これで終わりか……」

 

「……うん」

 

 ふぅとため息をついて、となりを見上げると八幡と目が合う。二人で笑い、小さくハイタッチ。

 終わったぁ~。思ってたよりずっと時間掛かっちゃったな……。八幡が手伝ってくれなかったら今日終わんなかったかもしれない。

 

「八幡、あの、ありがと」

 

「おう、留美もお疲れさん」

 

そう言って八幡は、私の頭をいい子いい子するようにさすさすと撫でてくれた。

 

「……あぅ」

 

う、嬉しいけど、恥ずかしい。頬が熱い。わたしの顔はきっと真っ赤だろう。

 

「……っと、スマン、留美」

 

慌てて八幡が手を引っ込める。どうやら無意識だったらしい。

 

「ううん、大丈夫、びっくりしただけ。その、イヤじゃない……」

 

「……そうか」

 

八幡はちょっと照れくさそうに微笑むと、今度は、ぽん、ぽんと二回、手のひらで優しく頭を包むように撫でてくれた。……はぁぁ、八幡の手ってなんだか気持ちいい。

 

「ふふ。八幡もお疲れ様」

 

「おう。……ツリー、まだやってるだろうし、行ってみたらどうだ?」

 

「うん……。ね、八幡、ちょっとだけ時間ある?」

 

「ん……まあ、やれること無いしな」

 

私はバッグから巾着を引っ張り出し、八幡の手を引いて講習室を出る。

 

「こっち」

 

「お、おう、 って留美?」

 

 

 

私は、二階と三階を結ぶ階段の踊り場にあるベンチまで八幡を引っ張ってきた。ここなら、ほとんど誰も通らないし。……振り向くと、彼はちょっと照れたような顔をしている。

 

「何?」

 

「いや、そのな……手……」

 

言われて、私が八幡の手をぎゅっと握ったままなのに気付いた。

 慌ててパッと手を放す。

 

「べ、別にこのくらい、ちょっと引っ張ってきただけでしょ」

 

「あーまあ、いやその……」

 

変な雰囲気になってしまったので、コホンと一つ咳払い。

 

「八幡、そこ座って」

 

そう言うと、何故か八幡は床に正座しようとする。……何してんの? そこ座って=床に正座なの?

 

「そうじゃなくて、ベンチに」

 

「お、おう、そうか」

 

八幡がベンチに座り、私も隣に座って巾着から例のものを取り出す。蓋をパカンと外し、フォークを添えて彼の前に差し出す。スープマグという保温容器はちゃんと仕事をしてくれたようで、中にたっぷり詰められた唐揚げは美味しそうに湯気を立てている。

 

「八幡、差し入れ。良かったら食べて」

 

「え、これ、なんで?」

 

八幡はなんだか戸惑っているみたいだ。

 

「なんか、疲れてるみたいだったから……元気出して欲しくて。日頃のお礼? みたいな」

 

「いや、お礼って……。でも、サンキュな。じゃあ、いただきます」

 

八幡は私が作った唐揚げ(風)を一切れ口に放り込む。少し噛んで……ちょっと驚いた顔。これは成功かな、ふふ。

 

「すっげぇ美味い。何これ、何でこんなに柔らかいの?」

 

「ふふん。私が作ったんだよ、スゴイでしょう」

 

「マジで? 留美、お前本当にすごいな……」

 

そう言いながら、八幡は二個目、三個目と唐揚げを口に運ぶ。

 

「ありがと。でも、少ししか無いから、みんなには内緒ね。あ、あと、これお茶」

 

マグボトルに入ったお茶を渡す。八幡は一口飲んで、ふう、と一呼吸ついた。

 

「ねえ、少しは元気出た?」

 

「おう。……その、悪かったな。まさかお前にまで心配掛けるとは……」

 

「八幡が悪いわけじゃないでしょ。……でも、一人で頑張るって嫌いじゃないけど、さ」

 

「……そうだな、俺も一人でやるのが普通だが、それだけじゃ駄目かぁ」

 

「うん、多分。ふふ」

 

 そう、一人で出来ないことが二人なら出来ることもある。さっき八幡が私を手伝ってくれたみたいに。もちろん、そんな単純な問題ばかりじゃ無いのはわかってるけれど。

 

「……私も食べよ」

 

私はそう言って八幡からフォークをさっと奪い、唐揚げを一つ刺してそのまま口へ。

 

「お、おい……」

 

「もう食べちゃったもんね」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 八幡はフォークを見て、少しだけ赤くなってる。もちろん、八幡が何を言おうとしたかなんてわかってる。だってわざとだから。……私だってちょっとは恥ずかしいし。でも、八幡の今の顔を見たら、もっともっとそんな顔を見たくなって……。

 

「八幡、あーん」

 

私は唐揚げを一つ刺すと、フォークを八幡の口元に差し出す。

 

「おい……」

 

「早く食べちゃわないと、誰か来ちゃうかも」

 

「いや、だからね……」

 

「はーやーくー」

 

「あー、ったく」

 

八幡は、降参というように目を閉じ、口を大きく開いた。

 

う……、ドキドキする。目を閉じた八幡の顔はとても繊細そうで……。唐揚げを口の中に運ぶと、八幡の口がそっと、フォークを挟むように閉じる。ほんの数十秒前、私の唇に触れていたフォークを……。照れくささをごまかすため、私はあえてそのフォークでもう一きれ唐揚げを食べる。……ああもぅ、口閉じるのドキドキするよぅ……。

 こ、これはマズイなぁ、最近、うっすらと自覚しつつあった私自身の心の中の何かが勢いを増してきた気がする……。

 

「ね、ねぇ八幡、この唐揚げの秘密、教えてあげよっか」

 

八幡にフォークを返し、妙な雰囲気を切り替えるため、無理やり話題を切り替える。

 

「いや、……うん、そうだな、是非教えてくれ、うん。」

 

八幡もそれに気付いて話題に乗ってきてくれた。こういうとこ、やっぱり波長があうなぁって感じる。

 

「あのね、これは前の日にお肉を塩麹に……」

 

 

 

  **********

 

 

 八幡と一度講習室にもどり、巾着をしまってからエントランスに降りる。ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。ツリー自体はもう組み上がっていて、今は、何ていうんだろう、幅の広い脚立みたいなのを使って飾り付けの真っ最中だ。

 

「あ、鶴見さんおつかれ~。雪のやつ、終わったの?」

 

綾瀬さんが私に気付いて声を掛けてくれる。

 

「うん、総武高の人たちも手伝ってくれたから……。でも、ほんと大きいね、これ……」

 

そう、組み上がったツリーは本当に大きい。さっき、大体の高さは聞いていたものの、当たり前だけどその分横に伸びる枝部分も長い。こうして全ての枝を広げた時の迫力は想像以上だ。

 

「……これ、後で運ぶって言ってたけど、エレベーターに入るの?」

 

私が誰ともなしに聞くと、綾瀬さんが、

 

「なんか、上の二段を外して、後は下の枝はロープで縛ると上に閉じるんだって」

 

そんな風に答える。よくはわからないけれど、まあ、ちゃんと運べるって事だけはわかった、けど……、

 私の隣に来た綾瀬さんがなんだか不思議そうな顔をする。すんすんと鼻を鳴らし、こう言った。

 

「……あれ、鶴見さん、なんだか美味しそうな匂い?」

 

「え、き、気のせいじゃない?」

 

 やば、さっきの唐揚げの匂いが付いちゃったんだ。自分ではわからないけど。

 

「そうかな~ お腹すきすぎたかな?」

 

「うん、お腹空いたね~」

 

綾瀬さん、みんな、ごめんなさい。私だけ、お腹も心もほっこりしています……。脳裏にさっきの光景が浮かぶ……八幡の唇に挟まれたフォーク……それに……。

 

「……鶴見さん、やっぱり疲れてる? 少し休んだほうがいいんじゃない、顔もちょっと赤いみたいだし……」

 

言われて我に返ると、私は無意識に指で自分の唇を触っていた。……それで赤くなってるって……。やっぱり、そうなのかな……。

 

 ふふ、でも悪い気分じゃない。まだはっきりと言葉にするには曖昧だけど、私の中で確かに育っているこの感情はきっと、とてもとても大切なものだ。

 ……うん、すぐに結論を出さなくてもいいや。もう少しだけ、このむず痒いような、甘酸っぱいような感覚を楽しんでおこう。

 

 エントランス奥の時計を見ると、午後四時四十分。

 

「もうすぐ時間になりまーす。切りの良い所で片付けに入ってくださーい」

 

私は、飾り付けをしているみんなに向かってそう声を上げる。

 

「もうすぐ終わりだから大丈夫。こっち、手伝ってくれる?」

 

気遣ってくれた綾瀬さんに声をかけ、ツリーの下に散らばっている道具を片付け始める。

 

「おーけー。じゃ、さっさと終わらせて帰ろっか」

 

綾瀬さんは右手の親指を上げ、ニカッと格好良く笑った。

 

 

 

 

 




 やっと、やっと留美と八幡の本格的な会話です。はちルミの話でありながら、これだけ二人が一緒にいるのは九話にして初めてという……。

 今回、雪の結晶の飾りを作る場面ですが、八幡が留美に声をかけてから、二人の作業が終わるまで、台詞()()は原作9巻と全く一緒です。
 八幡と留美の距離が近い世界。同じ台詞でも、雰囲気が違うなあ、というのが伝わればとても嬉しいです。


 現在、他の俺ガイルSSと並行して書いているので、少々更新がゆっくりになっています。この「そして~」だけを読んでくださっている方には申し訳ありません。
 このお話は特に丁寧に書いていこうと思っていますので、もしよろしければ次回もおつきあい下さいね。

ご意見、ご感想、是非お寄せ下さい。 ではまた次回。

2月2日 わかりにくい部分を微修正。

5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さん報告ありがとうございます。


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鶴見留美は聖夜に願う③ 彼女たちの絆と私の場所

 いつも読んでくださってる方、お気に入り付けてくださってる方、いつもありがとうございます。更新、間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

 今回、ついにあの二人が参戦してきます。




 コミュニティーセンターの窓の外には冬独特の澄んだ青空が広がっている。晴れて風が無いせいだろうか、日中はコートが必要ないくらいの暖かさだった。中途半端な飾り付けのままでエントランスの端に置かれている大きなクリスマスツリーは、その大きさ故にか、やけに青々として見えている。

 

 ここに来るのは二日ぶり。昨日は他の行事でセンターのエントランスが使われていたため作業が出来なかったのだ。

 私たち小学生は、ある程度人数が揃ったところでツリーの飾りつけの準備を始めていた。高校生たちは、今日は先に会議があるとのことで、ドアをくぐると、私たちに挨拶だけして階段を登り二階の講習室へと向かって行く。時間割の関係だろうか、今現在来ているのは海浜総合の生徒さんたちばかりで、八幡たち総武高の面々はまだ姿を見せていない。

 

 

 

「どうする、もう始めちゃおっか?」

 

「箱だけ持ってきて準備しておいて……高い所の飾りは高校生来てくれてから、かな」

 

 今日のようにエントランスで作業がある日は、センターの職員さんがこの場所にも暖房を入れてくれるので寒くはない。私たちは一度講習室に行って上着を置き、オーナメントや、私達自身が作った飾りの入ったダンボール箱を持って、またエントランスに戻ってくる。

 

 

 

「あ」

 

 ちょうど玄関口の扉から八幡が入ってくるところだった。いつものようにコンビニ袋を手に下げ、隣には一色会長さん。

 

「はちま……」

 

 声を掛けようとして、二人の後に続いて入って来る人影に気付いた。

 

「あら」

 あちらは雪ノ下さんが最初に気付いたようだ。

 

「こんにちは。……鶴見留美さん、だったわよね」

 

 そう言って雪ノ下さんは微笑んだ。なんだか……夏より笑顔が優しくなったような気がする。

 

「はい。こんにちは。雪ノ下さん、由比ヶ浜さん」

 

「やっはろ~、留美ちゃん。久しぶり~」

 

 私が返事をすると、隣の由比ヶ浜さんも片手を大きく上げて挨拶してくれ……た?

 

「? やっは? ろー……?」

 

 聞き間違えかな? 『やっほー?』、『ハロー?』

 

「由比ヶ浜、日本語で話せ。そんなんじゃ小学生に笑われるぞ」

 

「ヒッキーひどい。ちゃ、ちゃんと日本語だし!」

 

 八幡に言われ、由比ヶ浜さんはアワアワとしながらも言い返す。……正直どう考えても日本語では無いような……。

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん」

 

 雪ノ下さんが優しく言う。

 

「ゆきのん……」

 

「……宇宙は広いもの。あなたの挨拶を分かってくれる人たちもきっとどこかに居るはずよ」 

 

「フォローの規模が大きすぎる!?」

 

 ……あんまり優しくなかった。……でも、本当に仲が良いんだなって事は三人のそばに立っているだけで伝わってくる。これは、夏には感じなかった、三人に漂う和やかな空気感。

 

 

 

 

 

「まあ、なんだ。今日からこの二人にも手伝って貰うことになったから。その、よろしくな」

 

 八幡がそう説明し、私たちは改めて挨拶を交わす。

 

「あ、はい。……よろしくお願いします」

 

「うん。こちらこそよろしくね~」

 

「あの男に何かされたら、すぐに私たちに言うのよ」

 

「おい、そこ。世間の皆様が聞いたら誤解すんだろーが……」

 

 そんなやりとりをしていると、一色さんが時計をみて言う。

 

「あ、先輩、すいません。そろそろ会議、始まるんで……」

 

「……おう。じゃあ行くか」

 

 『会議』と聞いて一瞬だけ顔を曇らせた八幡が、他の三人にそう言う。

 

「留美ちゃんもゴメン。また後でね」

 

 一色さんが最後にそう言い、八幡たち四人は二階への階段を登って行ってしまった。……もう少し、八幡たちと話したかったな……。

 

 

 

 四人の姿が見えなくなると、少し遠巻きに私たちの様子を見ていた小学生たちが一斉に寄ってくる。

 

「ね、鶴見さん。今の人たち誰? すっごいキレイな人たちだね!」

 

「わたし、見たことある。うちの林間学校に来てくれてた人たちだよね。……鶴見さんと知り合いだったんだぁ」

 

「林間学校?」

 

「うちの学校で、夏に千葉村に行った時にさ…………ボランティアで…………」

 

「へぇー、うちも千葉村行ったけど、ボランティアとか無かったなー」

 

 そんな雑談をしながら作業を進めていく。これだって、あと二日もすれば終わってしまう。今日こそイベントの内容が決まれば良いけど……。

 

 

 

 一時間ほどして、今日の会議は終わったらしい。高校生たちの何人かがこちらに降りてきて作業を手伝ってくれる。

 少し遅れて、八幡たちも降りてきた。みんな、すごく疲れたような顔をしてはいる。けれど、八幡の顔はどこか今までとは違い、俯いたまま溜息をついたりはしない。雪ノ下さん、由比ヶ浜さんと小声で言葉を交わしながら、次の()()を考えている。

 

「八幡、」

 

 駆け寄って声をかけると、

 

「あ、留美。悪い、俺たちこれからちょっとうちの学校行ってくるから」 

 

「学校って、……総武に?」

 

「おう。ま、ちょっと相談があってな」

 

 そう言い、皆少し早足でセンターを出て行く。……八幡、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。三人が本当に自然に、横に並ぶのが当たり前のように歩いて行く後ろ姿を見ていると……何故か胸の奥がもやもやする。

 

 何故か、なんて、理由はもう何となくわかってる。私にとって八幡は、林間学校の時から「特別」な人だけど、私は別に八幡の「特別」ってわけじゃないから。

 八幡にとっての「特別」は、きっと雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだ。……うん、三人のこの様子を見てれば誰にだってわかる……お互いがお互いを「特別」に想っている、三角形の閉じた世界。……そこに私なんかが入る隙間は見つけられなくて……。

 

 

 

 ふと、隣を見ると、一色さんが前を歩く三人に、はっとさせるような切ない視線を向けているのに気が付いた。……もしかすると、私も今彼女と同じ表情をしていたのかもしれない。

 一色さんは一度(うつむ)き、そして再び視線を上げる。もうそこには、さっきの憂いを帯びたような表情は無い。彼女はとびきりの可愛らしい声を上げ、三人を追って駆け出していく。

 

「せんぱ~い、待って下さーい。置いてくなんてひどいですよぅ」

 

「おう、あんまりあざとすぎて、うっかり忘れてたわ」

 

「あざとくないですっ。……だいたい、あざといから忘れるとか意味わかりません! ホント、私の扱いがひどすぎませんかぁ」

 

「あはは。ごめんねいろはちゃん…………」

 

「…………」

 

 八幡たちに追いつき、並んで歩いて行く一色さん。……ただ見送るだけの私……。

 

 その日、結局八幡たちは、私たち小学生が帰される時間までにはセンターに戻って来なかった。

 

 

 

  **********

 

 

 土日の休みを挟み、月曜日。先週までは土・日・月は、小学生の作業はお休みだったのだが、今週と来週は、コミュニティーセンターの利用が多い日曜日以外は作業が出来るようになったとの事。

 私が着いた時にはもう高校生たちの会議が始まっていて、私はまだ八幡の顔も見れていない……。

 

「鶴見さ~ん、この星、どっち向きにしよっかー」

 

 少しぼうっとしていたようだ。気付くと、頭の上から声がする。見上げると、綾瀬さんが手すり付きの脚立の上で、きらきらとミラーボールのように光る大きな星型の飾りを抱えている。これは、クリスマスツリーの一番上に、ペンにキャップを被せるようにして取り付ける物だ。これを取り付ければいよいよ飾り付けも完成だ。

 

 ツリーはステージを降りた所、右端の方に置く予定だから……。

 

「正面から見て、一番きれいに見えるのってどの向きかな?」

 

 近くで作業している子達に聞くと、

 

「こっちじゃない?」

 

「この向きも綺麗に見えるよ」

 

 と、意見はバラバラ。みんなでツリーの周りをぐるぐる回って、一番左右のバランスが良く見える向きがいいと言うことになった。

 私はその方向から綾瀬さんを見上げ、

 

「こっちが正面になるように取り付けてー」

 

 と声を掛ける。綾瀬さんは、星を一度くるんとひっくり返して表裏を確認すると、両手で慎重に星を被せていった。……少しだけ角度を調整して、ゆっくりと手を離す。

 

――完成。その場にいるみんなから、自然に拍手が湧き上がる。

 

 

 

「一度ライト当てて見ようか」

 

 作業を手伝ってくれていたセンターの職員さんが、下から当てるタイプの投光器をセットしてくれる。イベント本番でもこれでライトアップするらしい。

 

「じゃあいくよ。……スイッチ・オン!」

 

 ワッと歓声が上がる。……すごく綺麗……。私と八幡で作った雪の結晶も、キラキラと白銀色の粒のような光を反射して、折り紙とは思えないくらい……。思わず見惚れてしまった。……小学生みんなに広がる、なんとも言えない満足感。ちょっと目をうるうるさせている女の子もいる。

 

 ずっと見ていたい位だったけど、残念ながらライトは数分で消されてしまった。八幡たち高校生にも見てほしかったな……。

 

 

 

 私たち小学生は、ツリーが完成してちょうど区切りが良いので今日の作業は終わりにしよう、という事になった。

 みんなで道具なんかの片付けをしていると、二階から総武高の書記さんが降りてくる。

 

「お疲れ様ー。……ツリー、すごくきれいだねぇ」

 

「さっき、ライトアップして、もっともっとキレイだったんですよ」

 

 誰かが言うと、彼女は、

 

「ほんと? 私も見たかったなぁ」

  

 そう言って少し残念そうに笑う。

 

「あ、鶴見さんもお疲れ様。……ね、会議、ようやく決まったよ」

 

 ホッとしたような顔をして私に言う。

 

「やっとですか……」

 

「会長と……それに雪ノ下先輩と比企谷先輩がすごく頑張ってくれてね……。具体的な話は明日になるけど、一応、うちは演劇、海浜さんはコンサートをやることになったの」

 

「雪ノ下さんと、八幡……」

 

「……うん。あの人達、本当にすごいね。それに、由比ヶ浜先輩も。高校ごとに別れてやるって事になった時、なんだか雰囲気悪くなっちゃったんだけど、それも由比ヶ浜先輩がうまくまとめてくれて……。私生徒会なのに、あんまり役に立たなかったなぁ……」

 

「そんなこと……」

 

 でも、やっぱりあの三人……か。そうだ、会議終わってるなら、様子見に行こうかな。……少しだけでも何か話したいし。

 帰り支度をしているみんなに「お疲れ様」と声をかけ、二階の講習室へと向かう。

 

 

 

「……ほんと、雰囲気最悪ですよー。このイベント無くなるかと思ったじゃないですか~」

 

 講習室のドアからそっと中を覗くと、何故か八幡と雪ノ下さんが一色さんに怒られていた。一色さんはぷくっと頬を膨らませ、眉をひそめてかなりのお怒りモードだ。

 あれっ、書記さんは、「二人が頑張ったおかげで会議が終わった」みたいなこと言ってたはずなんだけどな……。

 

「私は、間違ったことを言ったつもりは無いけれど」

 

 雪ノ下さんがそう言って拗ねたように目をそらすと、一色さんはちょっと頭にきたらしく、少しだけ声を荒げる。

 

「正論かもしれないですけど、もっと空気を読むっていうか、こう、いろいろあるじゃないですかー」

 

 言われた雪ノ下さんは、ちょっとだけ八幡の方を向いて、

 

「その男に空気を読め、なんて言っても無駄よ。部室でも文字列しか読んでいないし」

 

 八幡からは見えないかもしれないが、少しいたずらっぽい表情でそう言う。

 

「生憎だが俺クラスの読書家ともなれば、きっちり行間を読むぐらいのことはする。……だいたい、今怒られてたのお前じゃないの?」

 

 雪ノ下さんは不思議そうに小首を傾げ、

 

「一色さんは、今正論だと認めたじゃない。だったら怒られる(いわ)れは無いと思うのだけど」

 

「あー、それそれ、そういうとこ怒られてんだよ。ちゃんと人の話聞け、話」

 

 まるで喧嘩しているようなやりとりだけれど、その声音はとても穏やかで……。会議が決着して、八幡がどれだけホッとしているのかが伝わってくる。

 

「あのー、私の話聞いてますかー。二人に言ってるんですよー。二人に!」

 

「ま、まぁまぁ、丸く収まったんだし……その、イベントも無くならなかったんだし、良かったじゃん。ね?」

 

 一色さんの怒りを由比ヶ浜さんがとりなし、八幡たちの方に視線を送る。すると、八幡と雪ノ下さんは一瞬目を合わせ、すぐにぷい、と二人、反対方向にそっぽを向いてしまった。由比ヶ浜さんはそんな二人を見て「あはは」と苦笑いしながら頬をコリコリと掻いている……。

 

 

 

――私のほうが……先、だったのにな……――

 

 八幡とは年齢も違うし、当たり前だけど学校も違う。あの二人と違って、いつでも一緒に居られるわけじゃ無いのはわかってる。……でも、このクリスマスイベントに限っては、私のほうが先に八幡と一緒に居て……。たくさん話をして、一緒に飾り作りをして、それに二人だけで私の作った鶏の揚げ焼きも食べて……。

 

 

 

――それでも、どこか追い詰められていたような八幡を助けたのは――

 

 ……あーあ。結局、あの二人、かぁ……。

 

 八幡も雪ノ下さんも、別に優しい言葉なんか言わないし、態度もなんだかそっけない。けれど、会話の端々(はしばし)で三人の間に交される暖かい視線……そこから読み取れるのは、八幡と雪ノ下さん、由比ヶ浜さんの、お互いに対する深い信頼と優しさ。……今のやりとりを見ているだけでも三人の絆の強さが伝わってくる。

 

 だから、これはきっと三人にとっては普通のこと。……なのに私は、「ずるい」と思ってしまう。雪ノ下さんのことも由比ヶ浜さんのことも嫌いじゃないのに、感謝だってしてるのに、……後から参加してきて、当たり前のように八幡の隣にいる二人を、「ずるい」「羨ましい」と思ってしまう……。

 

 やだなぁ……。何より、そんなことを考えてしまう自分が本当に嫌だ。

 

 私は彼らに声をかけるきっかけが掴めず、そのまま踵を返して講習室を後にした。

 

 

 

 あの二人が来てから、あんまり八幡と話せてないな……。そんな事を思いながらの帰り道。風も無く、先週よりは随分と暖かいはずなのに……クリスマスのイルミネーションで鮮やかに彩られた街の風景は、しかしひどく寒々しく感じられた。

 

 

 

  **********

 

 

 翌日。

 

 私は今、講習室の隅っこで、天使の羽根、というか、翼を作っている。

 

 工作用の白くて薄いダンボールを、翼・背中部分・翼、が繋がった形に切り抜き、翼部分に淡い青色のペンで羽根の模様を描く。それから翼部分を背中のほうに折り曲げ、背中部分に幅の広いゴム紐を輪のように二つ取り付け、ランドセルみたいに背中に背負えるようにして完成。

 ただ、このゴム紐、針と糸で取り付ける、というのが少し面倒くさい。ホチキスや安全ピンだと、保育園児に付けさせるには怪我が心配、ということらしい。

 

 それでまあ、そのゴム紐をつける作業は裁縫にある程度慣れていないと少し難しい、ということで、他の子の作った翼も、全部ではないけれど結構たくさん私の所へ回ってくる。結果として、私の目の前にはかなりの数の「ダンボールでできた翼」が積み上がっている、という状況になってしまった。

 他の子たちは天使の輪を作ったり、会場の飾り付けの足りない部分を作ったりしている。

 

 今、高校生たちがそれぞれの高校の席に集まって細かい内容を決めているところなので、その内容次第で、その後の作業は変わってくるのだろう。

 

 しばらく一人で作業を進めていると、総武高の方の話は終わったのか、八幡がやって来た。この前と同じように私の隣に座ると、私の作業を見ながら裁縫箱の方に手を伸ばしてきた。

 

 ああ、やっぱり手伝ってくれるつもりなんだな……。でも、

 

「八幡、いい。いらない」

 

 ふーんだ。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが来てから、ずっと、ずーっとべったりで、私の事なんかかまってくれなかったくせに……。

 

「一人でできる」

 

 私が八幡の顔も見ずにそう言うと、

 

「いや、できるつってもお前……」

 

 だって、結構寂しかったんだから。簡単には(ゆる)してあげないんだから……。

 

「いい」

 

 そう言って私は首を振る。

 

「……そうか、一人でできる、か」

 

 八幡はそう言うと、がたんと椅子を引いて立ち上がった。

 

 あ……。思わず八幡を見上げる。……言い過ぎちゃったかな、また向こうに行っちゃうのかな……。引っ込みがつかない私は、何も言えないまま下を向くだけ……。

 

 すると八幡は、ちょっと大袈裟に胸を張り、トントンと自分の胸の真ん中あたりをたたく。

 

「でもな、俺のほうがもっと一人でできる」

 

 そう言って「にぃっ」と笑った。

 

 ぷ、何カッコつけてんの?

 

「……なにそれ、……ばっかみたい」

 

 わたしと八幡は顔を見合わせて笑ってしまった。

 

 もう一度座り直した八幡は、裁縫箱から針と糸を取り出す。もう、私も止めない。

 二人して針仕事。意外なことに、と言ったら失礼かもしれないけれど、八幡は結構上手に縫い針を使う。ダンボールに糸を通す時も中指にはめた指ぬきを器用に使っているし。男の人って、あんまりこういう事しないものだと思ってたけど……。

 

 ふふ。やっぱり八幡は私に優しい。……だけど、それはどこか、「外に向けた」優しさで、彼が雪ノ下さんや由比ヶ浜さんに見せる、遠慮のない優しさとは違っている。

 優しくされるのは嬉しいけれど、同時にその優しさの()()に切なくなる。

 

……だって、八幡が、彼女たちと並んで歩む世界を見せつけられると、「私もそこに行きたい」という、叶うはずのない願いを抱いてしまうから……。

 

「八幡」

 

「ん?」

 

「……良かったね。……その、雪ノ下さんたち、来てくれて」

 

「おう。まあ今回は特に……あいつらには感謝してる。……それから、留美にもな」

 

「え、私? 何で?」

 

「まあアレだ……お前と、あと平塚先生にも随分と心配かけてな。それで、色々と背中を押してもらったというか、」

 

「八幡……」

 

「その、唐揚げも旨かったしな。……だからその、あんがと、な」

 

 そう言って八幡は私の方に手を伸ばし、軽くクシャッとするように私の頭を撫でてくれる。

 

 もう……。一番ずるいのは八幡だ。私、さっきまで結構本気で拗ねてたのに。この何日か、雪ノ下さんや由比ヶ浜さんのことでずっともやもやしてたのに。……これだけで、この、八幡の手の暖かさだけで、私の中の嫌な感情がゆっくりと溶けていく。

 

 だからいいや。「特別」じゃないかもしれないけど、でも、八幡の中には私の場所がちゃんとある……そう、触れている手の温もりが伝えてくるから。

 

 

 

 私を撫でていた八幡の手の動きが止まる。どうしたんだろう……。八幡の方を見上げると、彼は私をじっと見て何かを考えているみたいだった。

 

「どうしたの、八幡?」

 

 すると八幡は私が思ってもみなかったことを口にする。

 

 

 

「なあ、留美。 ……お前、うちの演劇出てみないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 




 留美のヤキモチ回。
 
 留美は、八幡にとって十分「特別」だと思うんですが……。まあ、現時点であの二人と比べるのは無理がありますね。なにしろ時系列的に、『本物』の直後なわけですから、そりゃあ絆も堅いってもんですよ。

 原作・アニメでは、会議が決着するまでがメイン、後はエピローグのような扱いでしたが、留美にとってのイベントはこれからが本番です。


 ご意見・ご感想お待ちしています。 では、また次回。


2月3日 誤字等細部修正

2月22日 誤字修正 報告ありがとうございます

5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。


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鶴見留美は聖夜に願う④ 大切な友達①


どもども。 更新が滞りがちで申し訳ありません。なんと言いますか、

    例年       今年
12月  忙しい      例年通り忙しい
1月  やや落ち着く   忙しい    New
2月  やや落ち着く   非常に忙しい New ←イマココ
3月  非常に忙しい   さらに忙しい New

というわけで、更新はあせらずにしていきたいと思います。

今回、投稿前に知り合いに読ませたところ、
「長い。一話五分ぐらいで読めるほうが楽」
と言われましたので、4000文字前後の三話に分割してみました。

では、また新たなキャラが参加してくる「聖夜に願う」④⑤⑥。どうぞ。




 

『……世界中で贈り物をやり取りする人々の中で、この若い二人のような者たちが最も賢い行いをしたのです』

 

『こういう者こそが最高の賢者と呼ばれるのです』

 

『……だから、私達から彼ら若い二人に』

 

『そしてみなさんに、心ばかりの贈り物を』

 

『メリー・クリスマス』

 

 

 

「……で、ここで留美と、保育園の代表の子にスポット・ライトが当たるから、ここからは向こうの代表が決まってからもう一回だな。一応、流れとしてはこの後ケーキとお菓子配って、それから留美と綾瀬さんでキャンドルサービスってことになる。大体のところはいいか?」

 

「うん。台詞もそんなには無いし」

 

「あ、あたしも大丈夫です」

 

 ここはコミュニティーセンターの三階ホールのステージ上。八幡の言葉に、私と綾瀬さん――絢香(あやか)が頷く。

 

「後は……あ、そうそう。言いにくい台詞とか有ったら今のうちに言ってくれってさ。変えられるところは書き直すからって」

 

「セリフは別に……ただ……」

 

 私が少し言いよどむと、

 

「ん、どした?」

 

「別に大したことじゃ……。この話は前から知ってたけど、あらためて読んでみると……その、どこが賢者なのかなって。……何ていうか、この二人、結局ちぐはぐな事するわけでしょ。賢者って、頭いい人のことじゃないの?」

 

「留美もやっぱそう思った? 実はあたしも。……二人とも脇が甘いっていうか……とにかくリサーチが足りないっ」

 

 絢香は両足を踏ん張り、右手の拳を握りしめて言う。……相変わらずアクションが大きいなあ。けれど背の高くスラッとした彼女がやるとそれがギャグにならず、いちいちカッコイイのだ。そういうところはちょっと羨ましい。

 

すると八幡は、

 

「ああ、それな。俺も前に気になって調べたことがあんだけど、これってキリストさんが産まれた時にすごく貴重な贈り物をした三人の賢者の話からきてるんだと。『相手のためだけを想って自分の本当に大切なものを差し出すという行為が素晴らしい』って事なんだとさ」

 

「相手のためだけを想って……」

 

「ああ。何でもその贈り物ってのが、それぞれ当時は簡単には手に入らない、家が買えるぐらい貴重なもので、しかも、その三人の賢者たちは、幼いキリストを守るために命がけで王様の命令に背いたんだと」

 

「ま、だからこの『賢者』ってのは頭がいい人という意味じゃなくて……」

 

 

 

「せんぱ~い、ちょっとこっち良いですか~」

 

 ホールの入口から、ファイルを胸にかかえた一色会長さんがぴょこりと顔を覗かせる。

 

 八幡は言葉を切り、「悪い。じゃ、あとでな」と言って舞台から降りていく。

 

「こっち単独で使える予算の事なんですけど~……」

 

 一色さんは八幡の隣にぴたっとくっついてファイルを開き、指を指して何かを説明してる。

 

 八幡は頭をガシガシと掻きながら、

 

「あー、それか……。雪ノ下はなんて言ってる?」

 

「雪ノ下先輩と結衣先輩はケーキとクッキーの材料費の試算してます。あとは、まだ参加人数が確定して無いんで……」

 

 小声で話を続けながら、二人は並んでホールを出ていってしまった。

 

 

 

「へへっ。留美、比企谷さん取られちゃったね」

 

 つい、二人の姿を目で追ってしまっていた私の肩を後ろから捕まえて、絢香がそんな事を言う。

 

「べ、別に取られたとか……」

 

「いやー、他の男の事をそんな熱い目で見られると、夫としては妬けちゃうねえ」

 

 絢香は全身をくねくねさせながら大げさに言い、また「へへっ」と笑う。

 

「『夫の役』でしょ。日本語は正確に」

 

 釣られて笑いながら私は答える。

 

 

 

  **********

 

 

 

 あの、長い会議がようやく決着した日、私は八幡に、「総武高の劇に出ないか」と誘われた。

 

『八幡は、私が出たら嬉しい?』

 

『……おう。まあ、留美ならその、舞台映えすると思うしな』

 

『……八幡がやって欲しいなら、良いけど……。でも、それって八幡が決めちゃていいの?』

 

そう聞くと、彼は視線を天井に向け、しばし考えると、

 

『……まあ、俺はプロデューサーみたいなもんだからな』

 

 そうして、よくわからないけど、とにかく私は総武高の劇に出演することになった。

 

 

 

 その後、上演する劇は「賢者の贈り物」に決まった。私でも知っている有名な話で、作者はO.ヘンリー。

 ざっくり言うと、デラとジムという貧しい夫婦が、お互い相手へのクリスマスプレゼントを買うために、デラは自慢の美しく長い髪を、ジムは親から受け継いだ金時計を売ってしまう。ところが、デラからジムへのプレゼントは金時計のための立派なプラチナの鎖、ジムからデラへのプレゼントは美しい髪を飾るためのべっ甲の櫛で、お互いのプレゼントは用をなさなくなってしまった。という話だ。

 しかし、物語はこの二人を最高の賢者であると言って締めくくる。初めてこの話を読んだ時から少し変だなと思っていたけれど、八幡の説明で何となくだけど納得はできた。

 

 

 

 で、その配役が……

 

 デラ : 私、鶴見留美

 

 ジム : 綾瀬絢香さん。私とは違う小学校。背が高い。カッコイイ女の子。

 

 ヘア用品店の女主人 : 中原さん。誰もやりたがらないので手を上げてくれた。

 

 あとは、ナレーション及び機械の操作に五人、園児の誘導に三、四人。それぞれ兼任あり。中原さんも、出番以外の時はこっちに回る。

 

 それから、楽器が弾ける数人は海浜総合高校のミニコンサートの方に参加することになった。二曲ぐらい高校生と一緒に演奏するらしい。

 

 

 

『じゃ、あらためてよろしくね。綾瀬絢香だよ。そろそろ絢香って呼んでくれたら嬉しいけど』

 

 そう言って彼女は右手を差し出してくる。

 

『こっちこそよろしくお願いします。ふふ……じゃあ、私のことも『留美』でいいよ、……絢香』

 

 私は絢香の手をしっかりと握った。

 

 絢香はまず、背の高さが印象に残る女の子だ。私も小さい方じゃないけれど、立って話すと少し見上げるような感じになる。九月に測った時には161センチだったと言っていた。その後も伸びているらしい。

 意思の強そうな瞳。肩より少し長めの髪を一つ縛りにしていて、美人だけど「かわいい」というより「かっこいい」女の子。あと、アクションがいちいち大きい。そういうところは演劇に向いてるのかも。

 

 

 

  **********

 

 

 

 今日は、あの「書記さん」が劇の脚本を書き上げたというので、劇に参加する小学生みんなと、実際の流れを確認しに三階のホールに来てたんだけど……。

 

「それで? 前から気になってしょうがなかったんだけど……留美と、あの比企谷さんってどういう関係なの?」

 

 他のみんながステージを降りて、私と二人だけになったところで絢香がそう聞いてきた。

 

「どうって……。前に話したことあると思うけど、夏の林間学校の時にお世話になって……」

 

「えぇ~~。でもさ、なんかお互い名前で呼んでるし、最初は親戚とか、ご近所さんとかかなーって思ったけど、そーゆうんでも無さそうだし、この間なんか頭撫でられてるし。……それに、そういう時、留美が比企谷さんを見る時の目がさ……」

 

「え、私の目?」

 

 思わず聞き返すと、

 

「マジ? 自覚無いの?」

 

 絢香は、「意外」といった顔をする。

 

「うん。そんなに変な目、してるかな」

 

「変、っていうか……その、目の中にハートマークが見えるというか……」

 

「な…… え?」

 

「やっぱその、好き、なんでしょ?」

 

 動揺している私に、何故か絢香のほうが赤くなって聞いてくる。

 

 ……「好き」か。正直良くわからない。いや、ここまで来ればさすがに自覚はある。私は間違いなく八幡が好き。……けれど、それが、みんなが囃し立てるような恋愛的な「好き」なのかと問われるとすぐには答えが出ない。

 私は、八幡からは妹みたいに思われているんだろうな、というのが何となくわかる。でも、それが嬉しいと感じる自分もいて……。恋として好きなら、妹扱いされて嬉しいと思うだろうか。……それに、「高校生と小学生の恋愛」というのは、なんだか現実感が無いし。

 

「うーん。よく分かんない」

 

「えぇー、なんで?」

 

「あ、もちろん嫌いなわけじゃないけど……だって、高校生と小学生だよ?」

 

「いいじゃん! 高校生との大人っぽい恋とか、ちょっと憧れあるなぁ」

 

 絢香は、両手をぐーにして軽く頬に当て、わざとらしく腰を左右にくねくねさせる。

 

「だからさぁ、留美はもっとぐいぐい行こうよぉ」

 

「絢香……面白がってるだけでしょ……」

 

「へへっ。やっぱわかる?」

 

「あのねぇ……」

 

 私が呆れた声を出すと、

 

「あ、ゴメン。……こういうの嫌だったらもう言わない」

 

 絢香は、しまった、という感じで真顔になる。

 

「ううん。……ここだけの話にしてほしいんだけど、正直、自分でもちょっとは自覚あるよ。八幡のこと、好きなのかな、って」

 

「! だったら……」

 

「でも、八幡から見たら、多分私は妹みたいなもので……どう考えても恋愛対象にはならないと思うんだよね……」

 

 私が小さく溜息をつくと、絢香は、

 

「うーん……確かにすぐには……。あ、でもさ、あたしら来年は中学生じゃん。中学生と高校生なら、さ」

 

「ふふ。今はこの話はいいよ。まあ、自分でもホントのところ分かってないんだし。……もし良かったら、また相談乗って」

 

 私がそう言うと、

 

「うん。それはもちろん」

 

 絢香はホッとしたように頷いた。

 

 

 





分割一話目 三話で投稿します。

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鶴見留美は聖夜に願う⑤ 大切な友達②

 分割 2/3

 三話に分割しての投稿です。前回更新の続きは、一話前からお読み下さい。




 

 

 絢香と二人で講習室に戻ってくると、八幡と雪ノ下さん、それと書記さんが一つの机を囲んで何か話していた。

 

「八幡」

 

 ちょうど私たちに背を向ける形で座っていた八幡がくるりと振り向く。すると八幡の陰に隠れていた反対側の席に……。

 

「……泉ちゃん……?」

 

 大好きな友達――苦手な友達……「藤沢 泉」ちゃん……。

 

「あ、その……こんにちは。留美ちゃん」

 

 意外な人物の登場にあ然としている私に対し、泉ちゃんの方は当然私がここにいることをわかった上で来ているのだろう、少しぎこちない笑みを浮かべながらも普通に挨拶をしてくる。

 

「うん、こんにちは……じゃなくて、その、どうしたの?」

 

 いきなり彼女の顔を見せられて、一瞬足がすくんだものの、どうにか気持ちを立て直し、無理やり笑顔を作って尋ねる。

 

「あ、あのね……沙和子おねーちゃんに劇の背景描いてほしいって頼まれて……」

 

「背景? 沙和子おねーちゃん?」

 

「私たちから簡単に説明するわ」

 

 雪ノ下さんが話を引き継ぐ。

 

「『賢者の贈り物』で登場する場面は、デラたちの自宅、髪を買い取るお店、それからできれば街中の三つ。これからセットを作るのは時間的にも予算的にも現実的では無いわ」

 

「はい」

 

「幸い、このコミュニティーセンターに後方投影型のプロジェクター・スクリーンがあるというので、それをお借りすることにしたのよ」

 

「こうほうとうえい……?」

 

 絢香がよく分からない、という顔をすると、八幡が説明してくれる。

 

「あー……。プロジェクターは分かるだろ? 白いスクリーンに映画みたいに映すやつ」

 

「あ、はい」

 

「後方投影型ってのは、すごく薄いスクリーンに、左右を逆にした映像を真後ろから投影して、その反対側から透かして見れるタイプのやつだ。これにパソコンとかデジカメとかを繋いでおけば、保存されている映像を使って次から次へと背景を切り替えられるから、今回みたいに尺が短いのに場面転換のある劇にはもってこいだ。それに、裏側から映すから演技の邪魔にもならない」

 

「ふうん。なんか、すごいんだね……」

 

 私たちが感心していると、

 

「ただ、その背景がな……」

 

「出来合いの画像を使っても良かったのだけれど、せっかく手作りの劇なのだから、誰か描ける人がいればお願いしましょう、という話になったの」

 

 雪ノ下さんはそう言って視線を書記さんと泉ちゃんに向けた。

 

「それで、私の従妹がものすごく絵が上手いし、描くのも速いという話をしたら、じゃあお願いしてみましょうという話になったの。泉ちゃんは今回参加してる、留美ちゃんたちと同じ〇〇小学校だし、追加の参加者っていう形にしてもらって」

 

 四人が囲んでいたテーブルに目を移すと、泉ちゃんがスケッチブックに鉛筆で簡単な部屋の絵を描いているのが見えた。それをちらっと見るだけでも、その小学生とは思えない絵のレベルの高さを感じる。所々にバツ印が付いていたり、漢字で「緑」とか「茶」とか書き込んであるのはまさに今打ち合わせをしていた内容なのだろう。

 

「うわぁ~ 絵、すごく上手なんだね」

 

 私の横でスケッチブックを覗き込んで目を丸くしていた絢香が泉ちゃんに声をかける。

 

「あ、あたし、綾瀬絢香。留美の夫のジム役だよ。よろしくね」

 

 そう言って右手を差し出す。

 

「あ、はいあの、ふ、藤沢泉、です。よろしくお願いします」

 

 ちょっと気圧されるみたいにしながらも、泉ちゃんは微笑って絢香と握手した。 

 

 

 

  **********

 

  

 

「でも、ジム役、女の子がやるんだね」

 

 あの後、少し休憩になり、今は私・絢香・泉ちゃんの三人で話をしている。泉ちゃんがふと漏らした言葉に、

 

「あはは。この劇、最後のところで留美を抱きしめるシーンが有るんだよね。男子は恥ずかしがって誰もやんないの。せっかく留美とギューってできるチャンスなのに」

 

 絢香は何かを抱きしめるようなポーズをとってニヤニヤ笑いながら言う。

 

「ちょっと絢香、変な言い方しないで。『私を』じゃなくて『デラを』でしょ」

 

「どっちだっておんなじじゃーん」

 

「違うっ。……上手く言えないけど、なんか違うからっ」

 

 私が文句を言っても、彼女は全く平気な顔。

 

「そうかな~ ねえ、藤沢さん。あたしがジム役じゃ変かな?」

 

「ううん。全然そんなこと無い。背も高いし……なんだかかっこいいし」

 

「え、かっこいい? ……そう?」

 

 泉ちゃんのストレートな言葉にちょっと照れたような顔をしていた絢香だけど、一つコホンと咳払いをすると、私たち二人に向かって斜に構え、両腕をびしっと広げるようなポーズを決め、

 

「ありがとう! 泉さんにそう言ってもらえて光栄だよ!」

 

 少し低く作ったような声でそう言った。

 

「!」

 

 一瞬固まった泉ちゃんは何故か頬を染めて絢香に向かってぱちぱちと拍手。……絢香の方は右手を胸に当て、大きく礼をして応えている……何だこれ。

 

 でも、確かにかっこいい。私も、八幡に見てもらうんなら絢香に負けないように演技しないと……なんて、ふふ。やっぱり私、何かというと八幡の事考えてるなぁ。

 それに絢香がいると息が詰まらずに泉ちゃんと話せている。お互い同士は相変わらず目を合わせられないでいるけど、避けられているような空気は感じないし。

 もしかしたら、泉ちゃんの方も以前のように仲良くなりたいと思っていてくれるのかもしれない、なんて都合のいい事を考えてしまう。……今だって傍から見れば多分普通に話せているのに、それでも、心の奥にある泉ちゃんに対する『怯え』のようなものがどうしても消せないでいる……。

 

「そういえば、泉ちゃんと書記さんが従姉妹だったっていうのはびっくりしたなー」

 

 私は自分に笑顔を貼り付け、なるべく自然に話題を振っていく。

 

「ああ。うち、お父さん居ないでしょ。だから小さい頃は、お母さんに用事がある時は、お祖父ちゃんのところか、沙和子おねーちゃんの家に預かってもらってたんだ」

 

 『お祖父ちゃん』という言葉がチクリと胸に刺さる。

 

 少し遅れて彼女もちょっとだけ気まずそうな表情に変わる。

 

「あ……。あの……わたし、今日はそろそろ家に帰るね。これ、少しでも描いておきたいから」

 

 そう言って彼女は左腕に抱えたスケッチブックをポンと叩く。

 

「そっかぁ。じゃ仕方ないね。じゃあ、また明日、かな?」

 

 絢香が言うと、

 

「あー……。あのね、わたしは毎日は無理なんだ。その、絵の塾もあるし……。でも、これは家でちゃんと描くし、また来るから」

 

 なんだか申し訳なさそうに彼女は言う。

 

「うん、待ってるよー。藤沢さん」

 

「わ、私も、待ってるから」

 

 私たちが言うと、

 

「……うん。じゃあまたね、留美ちゃん、綾瀬さん」

 

 泉ちゃんは、今度はぎこちなさのない笑顔で私達に手を振り帰って行った。

 

 

 

 そのあと、劇の出演者とナレーション役みんなで、講習室の隅でセリフの読み合わせをしてその日は終了。いつもより少しだけ早い時間。

 

「おつかれさん。……留美、今ちょっと良いか?」

 

 帰り際、珍しく八幡の方から私に声をかけてきた。

 

「うん。どうしたの?」

 

 彼に付いて行くと二階と三階を結ぶ階段の踊り場……二人で揚げ焼きを食べたあの場所で八幡は立ち止まった。そのまま振り向かずに言う。

 

「なぁ……留美、お前、あの藤沢の従妹となんかあんの?」

 

「……!」

 

「あぁいや、別に話したくないなら聞かん。……ただ、お前らの様子を見ててちょっと心配になっただけだ。それに俺の気のせいかもしれんし、な」

 

「……何で?」

 

「何でって、まあアレだ。ぼっちには人の苦手オーラが見えるつうか……」

 

 八幡はこっちを振り向きながらよくわからないことを言う。

 

「……おい留美、何で泣いてんの?」

 

 八幡はそう言うと、しょうがないなあ、とでもいうように優しく頭を撫でてくれる。

 

 泣いてる、というより涙がただ流れている。自覚が無いだけかもしれないけど、表情だってあんまり変わって無いはずなんだけど……。

 

「……分かんない……」

 

「スマン。変なこと言ったな」

 

 ホントに分かんない。何で私泣いてるんだろ。今日、泉ちゃんと学校にいる時よりたくさん話せたし……絢香のおかげだけど……泣くような事なにもないはずなのに。

 八幡に苦手オーラが出てるって言われたからショックだった? それとも……。

 

「ねえ、八幡 ……そんなに変だった?」

 

 八幡は私の頭に手を乗せたまま動きを止め、少し躊躇して、それからなんだか済まなそうに口を開く。

 

「これは俺の気のせいかもしれん、という前提で聞いてくれ」

 

「うん」

 

「さっきのお前らは、その、『お互いに話しにくいと思ってるのに二人とも笑って……無理に言葉を探して会話を続けている』ように見えた。俺にはな」

 

「そっかぁ……」

 

 分かる人には分かっちゃうんだなぁ。

 

「ただな、」

 

「ただ?」

 

「お互いを嫌っているようには見えなかったぞ。むしろ仲がいいのに喧嘩中、みたいな感じにも見えた。だから、よくわかんなくて、つい留美に聞いちまったんだ。悪かったな」

 

「何も悪いことなんて……。あのね……あの子が私の前にハブられてた、私とすごく仲良かった子なの。だけど色々あって……まだなんだかギクシャクしちゃってるままなんだ」

 

「そうか……」

 

 八幡はそのまま黙ってしまった。頭に触れている手の温もりが私の心に沁みていく。……それにしても、八幡は照れてもいない……この前の事といい、彼は私のこと、「とりあえず留美は頭撫でとけばなんとかなる」ぐらいに思ってるんじゃないだろうか。……うう、なんか悔しいけど否定できないなぁ。今だってすぅっと心が落ち着いてきてるし。

 

「ねえ、八幡」

 

「ん、どした」

 

「私、このイベント頑張る。……それで、終わったら、話の続き聞いてくれる?」

 

「おう、任せろ。俺なんかが力になれるかは分からんが……。ま、話を聞くだけならいくらでも聞いてやる」

 

「ふふ……うん。ありがと。……あと、もう一つだけお願い」

 

「ん、なんだ」

 

「もう少しだけ頭撫でて」

 

 八幡の顔を真っすぐ見て、ちゃんと笑顔でお願いする。

 

 八幡は「フッ」と笑うと、今度はガシガシっとちょっと乱暴に私の頭を撫でてくれた。

 

 

 




分割二話目 三話で投稿します

3月2日 誤字修正 報告感謝です


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鶴見留美は聖夜に願う⑥ 大切な友達③

分割 3/3

三話に分割しての投稿です。「最新話」から来た方は2話前よりお読み下さい。


 今日は衣装合わせの日。と言っても実際に衣装らしい衣装を着るのはデラ、ジム、髪用品店の女主人、の役の三人だけ。

 小学校が違うため、センターに着く時間はバラバラで、今日は私のほうが絢香達より先みたいだった。講習室の入り口で由比ヶ浜さんと一緒になる。

 

「やっはろ~ 留美ちゃん」

 

「ふふ。やっはろーです。由比ヶ浜さん」

 

 挨拶を返しつつ室内を見回すけれど、八幡は居ないようだ。由比ヶ浜さんは、

 

「今日は衣装合わせのやるんだっけ。エレベーターの手前の控え室だってさ。ヒッキーと沙和子ちゃんはもう行ってるよ」

 

 そう教えてくれてにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、そっち行ってみます」

 

 お礼を言って、そのまま同じフロアの控え室に向かう。

 

 控え室は複数あるんだけど、一番エレベーターに近い部屋のドアが開けっ放しになっていた。部屋の中を覗き込むと、書記さんの姿は見えず、

 

 ……八幡がしゃがんで、保育園児の女の子のほっぺを右手でむにむにとつついていた……。

 

 

 

「あ、はーちゃん、だれかきたよ」

 

「ん、 さーちゃん帰ってきたんじゃないのか?」

 

 八幡はそう言って、ほっぺむにむにを続けたままこっちを振り向く。

 

「おう、留美か。今日は早いんだな」

 

「うん。……じゃなくて、八幡何やってるの?」

 

 私に言われてようやく気付いたように女の子のほっぺをつつくのをやめる。

 

「いや、別にこれは……」

 

「あのね、じゃんけんに勝ったほうがつんつんできるの。……おねぇちゃんもやる?」

 

 女の子の方が嬉しそうに説明してくれる。あらためて見てみると、さらっさらの少し青みがかった髪を二つ縛りにした、整った顔立ちの非常に可愛らしい女の子だ。

 

「私は、その……」

 

「留美、紹介しとくわ。この子が保育園代表で留美たちと一緒に舞台に上がってくれる『けーちゃん』だ」

 

「かわさきけーか!……です」

 

 しゅたっ、と手を上げて名乗り、あとから思い出したように「です」を付けて、にぱっと微笑う顔がかわいい。

 

「こんにちは。私は、鶴見留美。よろしくね」

 

「るみ?」

 

「うん。そうだよ」

 

 けーか?ちゃん――けーちゃんは、何かを考えるようにじいっと私の顔を見る。そしてまたにぱっと笑うと、びしっと私を指差し、

 

「るーちゃん」

 

 と、得意顔で言う。

 

「え、『るー』?」

 

「ふっ、良かったな、留美。今日からお前は『るーちゃん』だ」

 

 八幡が言うと、けーちゃんは満足気に、

 

「うん。はーちゃんとるーちゃん」

 

 そう言うとまたまたにぱっと笑う。よく笑う子だなあ……。

 

「なあ、るーちゃん。悪いんだが少しけーちゃんのこと見ててくれ。もう少ししたらここに衣装が届くから。俺の方も多分そんなにはかからん。終わったらすぐ戻る」

 

「る……。八幡までるーちゃん言わないでよ、自分だってはーちゃんのくせに」

 

「大丈夫だ。けーちゃんと話してればすぐ慣れる」

 

 いや、それって大丈夫っていうのかな。

 

「まあ、とにかくちょっとだけ頼むわ。そのうち綾瀬たちも来るだろ」

 

「うん」

 

 

 

 八幡が控え室を出ていくと、けーちゃんが、

 

「るーちゃん、じゃんけんしよう」

 

 と言う。八幡とやってた遊びの続きって事なのかな。

 

「いーよ。どうやるの?」

 

「じゃんけんしてー、勝ったらほっぺつんつんするの」

 

「おっけー。じゃあ……、じゃん、けん、ポン!」

 

最初はけーちゃんの勝ち。

 

「えへへ。いくよー」

 

 けーちゃんは小さい指で私の頬をぐりぐりしてくる。痛くはないけどなんかくすぐったい。

 

「「じゃん、けん、ポン! あいこで、しょ!」」

 

 今度は私の勝ち。けーちゃんは負けたのに嬉しそうに顔を差し出してくる。私は彼女の頬をそっとつつく。

 ……うわぁ~~ なにこれ。スベスベしててぷにぷにしててすっごい気持ちいい……。小さい子のほっぺってこんなにさわり心地いいの? それともけーちゃんが特別なのかな?

 あまりの気持ちよさに、つい長めに触っていると、ドアのところからスッと誰かが荷物を抱えて入ってくる。

 

「けーちゃんゴメン。ちょっとおそくなっちゃった……って、あれ、アンタ、うちの妹に何してんの」

 

 総武高の制服を着た、目つきの鋭いポニーテールの美人さんに睨まれた。え、ちょっと八幡、こんなの聞いてないよ……。

 

「あ、あの……」

 

「はぁ?」

 

 うぅ、こ、怖い。この人ちょっと不良っぽいし……。

 

「さーちゃん!」

 

 けーちゃんは、てててっとその美人さんに駆け寄り、ぴとっとそのお腹に抱きつく。

 

「あのね、るーちゃんとあそんであげてたの」

 

 けーちゃんがニコニコしているのを見て、さーちゃん?さんは表情を緩める。けーちゃんの頭を撫でているその表情はとても柔らかくて、ついさっきとはまるで別人のようだ。

 ……でもけーちゃん、私と遊んでくれてたんだ……。

 

 ひとしきり妹の相手をして、彼女は、はっと思い立ったように顔を上げて私を見る。

 

「その、ごめんね。うちのが迷惑かけたみたいで」

 

「迷惑なんて……。けーちゃん、いい子でしたよ」

 

「うん! けーちゃんいいこ!」

 

 けーちゃんは、はいと返事をするように手を上げる。

 

「けーちゃん……。それで、アンタは? 比企谷がこっちに居るって聞いたんだけど」

 

「あ、私は鶴見留美です。デラの役で……。八幡はすぐに戻るような事言ってました」

 

 そう言うと彼女はちょっとびっくりしたような顔で、

 

「『八幡』……ね。ああ、アンタが由比ヶ浜の言ってた、『比企谷と仲良くし過ぎの小学生』か」

 

 仲良くしすぎって……由比ヶ浜さん、そんな事言ってるんだ。……ふふ。間違っても褒められてるわけじゃないのに、不思議と悪い気はしない。

 

「あたしは川崎沙希。この子の姉で、比企谷と由比ヶ浜とは同じクラスだ。今回は奉仕部の連中から劇の衣装を頼まれてね。……三人って聞いてるけど、あとの二人は?」

 

「もうすぐ来ると思いますけど、学校が違うのではっきりとは……」

 

「そう。じゃあ、とりあえずデラ用のは……」

 

 川崎さんがそう言って大きなトートバッグの口を開いたところで、絢香と中原さん、それに八幡と書記さんが入ってくる。

 

「留美、おまたせ~」「遅くなりましたー」と小学生二人。

 

「おう、川崎。今回はサンキューな」「先輩、お疲れ様です」と、こちらは八幡と書記さん。

 

「ま、アンタ達には色々と世話になったしね」

 

 そう言いながら川崎さんはバッグから服を取り出していく。

 

「これがデラ、で、ジム、女主人、と。資料見て、雪ノ下から預かった材料でそれっぽく作ってみたけど、あくまで即席の衣装だからね。裏地もなんにも無いから、中に何か着ないと寒いしゴワゴワすると思うから、それは注意して」

 

「「「はい」」」

 

「それからデラにはこれも」

 

 書記さんがそう言って取っ手の着いた少し大きめの紙袋を渡して来る。

 

「ウイッグ二つです。長髪と、それから髪を切った後用のショート」

 

 それを見て川崎さんが、

 

「あ、じゃあそっちからやってみようか。えーと、鶴見さん? ちょっと髪まとめるよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 その後、全員が衣装を着用。サイズが合わないところは仮縫いで止め、後は私用のウイッグ。まとめてピンで止めた髪の上から、ショートヘアの方をすっぽりとかぶってみて、ずれないように数か所ヘアピンで留めてもらう……完成。

 

「「「おお~~」」」

 

「すごーい。るーちゃんじゃないみたい」

 

「ホントだぁ。留美、明るい髪色でショートだと印象が変わるねぇ」

 

 姿見に映った私は、本当に別人みたい。髪はもちろん、衣装も『昔の外国の、粗末だけど暖かそうな冬服』にちゃんと見える。実際は表布一枚のペラペラなんだけど、とてもそうは見えない。ちなみに中には学校の体操服を着ている。

 

「ね、八幡……どうかな?」

 

「……ん。まあ悪く無いんじゃねーの。なかなか似合ってるしな」

 

 と、なんだか無難な感想。もうちょっと褒めてくれてもいいのに。

 

「比企谷さん、あたしは~?」

 

「おお、綾瀬は身長あるからか、男物似合うな……なんつーか、格好いい。うん」

 

 あれ、絢香はすごく褒められてる……なんだか面白くないなあ……。

 

 

 

 

 それから、衣装を着たまま演技の中で動きが大きい所を実際にやってみて、問題が無さそうかをみんなでチェックする。特に悪い部分はなさそうなので、後は川崎さん達に衣装の仕上げをお願いして、元の服に着替え、講習室に戻る。

 

 また、セリフの練習をして、少し休憩。ふと、資料かなにかの整理をしていたらしい八幡と目が合った。私は八幡の所に行き

 

「あれ、なんか用事?」

 

 そう聞くと、八幡は周りを気にしてか小声で言う。

 

「いや、用があったわけじゃない。ただ、やっぱいつもの髪の方が似合ってるなと思ってな。さっきのショートも良かったけど、俺はその髪型の留美のほうが好きだなと……」

 

「あ……う。す、好……」

 

 ちょっと待って、いきなり何言うのよ八幡……。こんな不意打ちずるい。もう……自分が真っ赤になっているのが分かる。……びっくりしすぎてなんだかくらくらしてきた。

 

 

 

「ひ、比企谷くん……。あなた、小学生の女の子に向かって何を言ってるのかしら」 

 

「ちょ、ヒッキー!」

 

「せんぱい……、いくらなんでもそれは……」

 

 八幡は小声で言ったはずなのに、しっかりと雪ノ下さんたち三人に聞かれていたらしい。

 

「へ?」

 

 八幡は、何のことだか分からない、というような顔をしていたが、

 

「あ、いや待て。今のは別にそういう意味じゃなくてだな、」

 

 やっと自分が何を言ったか気付いたらしい。慌てて言い訳するも手遅れみたい。

 

「そういう意味じゃ無かったらどういう意味なんですかー。せんぱいのロリコン、変態っ」

 

「だからちがうっつーの…………」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 

 そう、多分特別な意味なんてなにもない言葉。でも、私にとっては特別な言葉。胸のドキドキがいつまで経っても止まらない。

 

「るーちゃん、かお赤いよ。だいじょうぶ?」

 

 私が一人で悶えていると、こっちで川崎さんの仕事が終わるのを待っていたけーちゃんが心配そうに声をかけてくれた。

 

「ありがと。大丈夫だよ。けーちゃん」

 

 そう答えたものの、大丈夫……じゃあないかも。でも、感情をコントロール出来ない今の自分は、変に冷静だった自分より愛おしく感じる。誰かの一言、態度一つでこうも心を揺り動かされていることが……嬉しい。

 きっとこうして、少しずつこの心は育っていくんだろう。

 

 

 

 

 ちなみに、絢香は後日、けーちゃんにより、「あーちゃん」の名前をもらいましたとさ。

 

 

 

 

 

 




 分割ラストです。

 三話に分ける長さの割りには、あんまり大きな山のない話でしたね。まあ今回は、絢香、泉、川崎姉妹との細かい話でしたが、話は間もなくイベント本番に突入します。でも、原作だとここからさらに参加キャラがふえるんだよなあ。どこにスポットを当てるのかが悩みどころですねぇ。

 ご意見・ご感想お待ちしています。

 今回は、一話が長いとの意見で分割してみましたが、読者さんの反応次第で、次話からはまた元の長さに戻すかもしれません。そのあたりのご意見もいただければありがたいです。


2月26日 沙希の変換間違いを修正


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鶴見留美は聖夜に願う⑦ 直方体の世界の中で

 いつも読んでくださってる方、本当にありがとうございます。今確認したところ、お気に入りが556件に伸びていました! この、のんびり更新の地味な作品を沢山の方に気に入っていただけたこと、あらためて感謝です。

 今回は随分お待たせしてしまいました……。でも、おかげさまで、年度末の忙しい時期もようやくゴールが見えて来ています。まだ忙しいことに変わりはありませんがww。


 さて、クリスマスイベントへの準備は最終段階へと進んでいきます。では、どうぞ。



「るーちゃん、準備オッケー?」

 

 照明が落とされ、非常灯の明かりだけの暗い中、舞台袖の絢香が私に声をかけてくる。

 

「る……、はいはい。あーちゃんも?」

 

「うん」

 

 そう頷いて、絢香は右手を上げて軽く左右に振り、台本片手に舞台下に立っている八幡に合図を送った。八幡は、耳元に手をやり、インカムを操作して何か指示を出すと、私の目を見て小さく頷く。その所作が妙に様になっていて、いつもよりちょっとだけかっこよく見える。ふふ、さすがはプロデューサーさん。

 

 私も八幡に向かってこくんと頷く。

 

 

 

『1ドルと78セント……。それで全部……』

 

 ゆっくりとナレーションが流れ始めた……。半分だけ降ろされていた幕がゆっくりと上げられていく。私は床に座り込み、お金(おもちゃ)を数えている。まだ照明は点かない。

 最初に、舞台奥のスクリーンが暖炉のある部屋の絵を映し出す。泉ちゃんによって描かれた背景は「正面に暖炉のある、小さいながらもよく手入れされた暖かな雰囲気の部屋」 わずかに遅らせて私にスポットライトが当たる。

 

『でも、やっぱり1ドルと78セント。明日はクリスマスだというのに』

 

 ナレーションに合わせて、私はがっくりと俯いた……。

 

 

 

 

 今、コミュニティーセンターの三階ホールでは、総武高側の出し物である、演劇『賢者の贈り物』のリハーサルが行われている。本番をあと三日後に控え、衣装やかつらも付け、照明なども全て本番と同じように行う。また、「通し稽古」という形で、途中でセリフを間違えたり段取りの違いがあったりしても途中で流れを止めない。

 本番と違うのは、お客さんが居るかいないかという事と、あとは、みんなが、さっきの絢香のように声を出して動きを確認しても良いということだけだ。だから、スタッフ役の子たちが、

 

「ここで照明つけまーす」 とか 「背景、お店の中に変わります」 とか、本番では出せない声を出しながらお互いのタイミングを確認している。

 

 ……それにしても背景の絵、すごいなあ……。さすがは泉ちゃん、というべきか。『デラたちの部屋』『繁華街』『髪用品店』、昨日訓練室のプロジェクターで初めて見せてもらった背景の絵はどれも暖かな色味で、ごちゃごちゃせずに良くそれぞれの雰囲気が出ている。こうして見ると、余計なものが入らない、という「絵」の「写真」に対しての強みがよく分かる。……しかも、場面転換の時に、数秒だけ、『マダム・ソフロニーの髪用品店、髪のことなら何でも。シャンプー、カツラ、取り揃えております』などと描かれた看板が映ったり、鍋を火にかける場面では美味しそうな料理が登場したりというなかなか見事な演出になっている。

 僅か数日でこんなに描けるなんて……やっぱり『絵』は彼女にとって特別なものなんだなあ……。

 それが、ステージの大画面プロジェクターで表示されると、拡大された迫力もあってかより雰囲気が出ていて……。いけない、気を抜くとつい背景を見てしまう。これが本番だったら主役がお客さんに背を向けっぱなしになってしまう。当日は、お母さんも見に来てくれるんだから、ちゃんと頑張らなきゃね。

 

 

 

 **********

 

 

 

 衣装合わせの翌日、私達小学生に一枚ずつプリントが配られた。「クリスマスイベント観覧申し込み用紙」……?

 

「みんな、ちゃんともらったかなー。足りなかったら手を上げてくださーい」

 

 一色会長さんが声をかける……どうやら全員に渡ったようだ。

 

「じゃあ、雪ノ下先輩、お願いします」

 

 雪ノ下さんが一歩前に出る。

 

「みなさん、いつもありがとう。……実は、何人かのご家族の方から、イベントを観たいという御要望をいただきました。ですが、このイベントは元々施設のお年寄りと保育園のためのもので、ご家族をご招待出来るだけの予算は正直ありません」

 

 雪ノ下さんは一度言葉を切る。

 

「そこで昨日話し合いを持った結果、お菓子と飲み物の代金を「協力費」という形で負担していただければ、保護者の方々にも参加いただけるだろうという事になりました。幸いこのセンターのホールは十分な広さがありますし。

 今、みなさんにお配りした用紙は、そのお願いと参加人数把握のためのものです。申し訳ありませんが、期日が迫っていますので、明後日までに提出をお願いします。尚、お金はこちらに書いてあるように当日受付で…………」

 

「…………」

 

 

 

 

 

「ね、るーちゃんちはどうなの。イベント来れそう?」

 

「るーちゃんって……。それ、そんなに気に入ったの? 絢香」

 

「ノンノン。あたしの名前は『あーちゃん』よ。はい、『あーちゃん』、りぴーとあふたーみー」

 

 絢香は、右手の人差指を立てて左右に振り、ぱちーんとウインクをしながら言う。

 

「……あーちゃん……」

 

 私が半ばため息混じりにそう言うと、

 

「ぐーっど!」

 

 絢香は親指を立てて、嬉しそうにへへっと笑う。

 

 ついさっき、劇のあとのサプライズ? の練習を保育園の子たちとしていた時に、私がけーちゃんから「るーちゃん」と呼ばれているのに気づいた絢香。その後、けーちゃんに何かお願いしたようで、絢香はめでたく、『あーちゃん』の称号を手に入れた!

 絢香はこれが大変お気に召したようで、けーちゃんたち保育園生が帰ったあとも、誰彼構わず「~ーちゃん」と呼び、呼ばれたみんなを面食らわせている。

 

「あーはいはい。うちは、お母さんの当日の仕事次第かな。在宅勤務の日なら来れるかも。……で、絢……あーちゃんのうちはどうなの?」

 

「あはは。うちは来る気満々だよ~。「イベントを観たいという御要望」って、あれ、うちも入ってるもん。……それにしても、「御要望」だってさ、ぷぷ。そんな大袈裟なもんじゃ無いんだけどね~。あたしが、『コミセンでステージに立つよ』って言ったら、『え~、見たい見たい』って」

 

 何となく想像できてしまう。やっぱり絢香のご家族だなぁ……。あれ、こんな風に思うのって失礼かな? でも、絢香だし。ふふ。

 出会って一月も経っていない彼女のことをこんな風に思える事が不思議でもあり、嬉しくもある。気に入った相手には一気に距離を詰めてくる、しかもそれを不快に感じさせない絢香の性格のおかげだろう。

 このイベントに参加している小学校三校の六年生は、私立に進学する者を除いて、来年同じ公立中学校に進学する。だから、あと三ヶ月ちょっとで、もしかしたら私たちは同級生になっているかもしれない。「絢香と同級生……」そんな他愛のない事を考えるのがなんだか無性に楽しかった。

 

 

 

 そんな事があり、その夜、家でお母さんに例のプリントを渡すと、

 

「イブの日の午後なら東京出勤じゃないから観に行けるよ」とのことで、お母さんもイベントを見に来てくれることになった。

 ただその後、「留美がお世話になってる八幡くん達にもご挨拶しなきゃね~」なんて言ってたけど……聞かなかったことにしよう、うん。

 

 

 

 **********

 

 

 

「……キャンドルサービス、ちょっと時間がかかりすぎるわね」

 

 雪ノ下さんがストップウォッチを見ながらそうつぶやく。

 

「う~ん、けっこうテーブルの数増えちゃったからね~。ヒッキー、どうしよっか?」

 

「話の雰囲気的に、デラとジムがばらばらに回るってわけにもいかねえだろうしな……。留美、綾瀬、けーちゃんはお年寄りの席だけ回ることにして、ホールのサイドからもう一班か二班、小学生に出てもらうか。増えたテーブルは保護者席が多いんだからそのほうがいいだろ」

 

「じゃあ、左右の入り口に一班ずつ待機してもらいますかね~、あ、でもそれだと~……」

 

 

 

 劇のリハーサルが終わり、今はその後のキャンドルサービスの時の動きとかを確認している。八幡たちが話してるのをぼうっと眺めながら私が小さくため息をつくと、

 

「留美、まだ気にしてんの? あれ、留美だけが悪いってわけじゃないでしょ」

 

 そういって絢香は私のおでこを指でちょんとつつく。

 

「うん……それはわかってるんだけど、さ」

 

 

 

 *********

 

 

 

 リハーサルでちょっとしたトラブルがあった。

 

 私が髪用品店で、『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』とセリフを言うと、一瞬舞台が暗くなり、少しの間だけ幕が下りる。そしてその後、幕の外ではジャキ、ジャキと髪を切る音が効果音として流れる。

 幕が降りているのは時間にして30秒ほどで、私はその間にロングのウイッグを止めている三本のピンを抜き、女主人役の中原さんが服の中に隠しているショートカットのウイッグと取り替え、前と後ろの二箇所をピンで留めてもらい、幕が再び上がった時には髪が短くなっている、という段取りだったんだけど……。

 

 私がロングのウイッグのピンを抜き、カツラを外そうとしたら……痛っ。ウイッグが外れない! どうやら私自身の髪がウイッグの何処かに絡みついてしまったらしい。どうしよう、カツラを付ける前、後ろ髪のまとめ方が甘かったんだ……。私と中原さん、ふたりが焦れば焦るほど手元がおぼつかなくなり……結局、流れを切らないはずのリハーサルを一度止めることになってしまった。

 

 その問題は、私が髪からみ防止用のターバンみたいなものを着ける、ということで一応解決したんだけど……どうしても「迷惑をかけてしまった」という気持ちが拭いきれず、後半の演技には今ひとつ身が入らなかった。

 

 八幡たちは、

 

「気にすんな。誰かが悪いわけじゃない。むしろ本番じゃなくて良かったってだけの話だ」

 

「そうよ、鶴見さん。こういう問題点を見つけるためのリハーサルでもあるのだし」

 

 そんなふうに言うだけで、誰も私を責めたりしなかった。

 

 

 

 *********

 

 

 

 ふと、奥で従姉である書記さんと話していた泉ちゃんと目が合う。……いつから来てたんだろう。今日、リハーサルを始める時にはまだ来てなかったはずだけど……。さっきの、見てたのかな……。

 泉ちゃんは私の方に来ると、心配そうな声で、

 

「留美ちゃん……髪、大丈夫だった? 痛くない?」

 

 そう聞いてくる。……ああ、やっぱり見てたんだ。かっこ悪い所みられちゃったなぁ。

 

「泉ちゃん……。うん、大丈夫。まだここがちょっとだけヒリヒリするけど平気」

 

 私は右耳の後ろ辺り、さっき髪が引っ張られた所をちょんと指差して笑顔を作る。

 

「そう、よかったぁ」

 

 泉ちゃんは胸を撫で下ろすようにすると、少しだけ遠慮がちに、

 

「ね、その……背景、実際ステージで見てどうだった? あれで大丈夫かなぁ?」

 

 そう不安げに感想を聞いてきた。

 

「あ、うん! 何ていうか、色がとってもあったかくって、お話にはピッタリだって思ったよ、それに……それに……」

 

 あれ、なんだろう、普通に絵の感想を話そうとしてるだけなのに、なんだか胸が痛い、どんどん言葉が出てこなくなる。……なんで? あ、なんだか涙出そう、どうしよう、なに……これ……。

 

「……留美ちゃん……?」

 

 

 泉ちゃんが不安そうな顔で私の顔を覗き込もうとした時、突然、絢香に後ろからがばっと抱きつかれた。

 

「きゃ」

 

「へへっ。るーちゃんもいーちゃんも何辛気臭い顔してんの? クリスマスイベントなんだよ? もっと明るく盛り上がっていかないと」

 

「ちょっと絢香……」

 

「ねえねえ、いーちゃん、留美ってばさっきのこと自分のせいだってまだ気にしてんの。みんなそんなこと無いよって言ってるのにさ」

 

 違う。今のは別にさっきのことでおかしくなったわけじゃ無い……。

 

「別にこれは……」

 

 言いかけて身を捩るように振り向いて絢香の顔を見上げると、とても優しく、それでいてちょっと切なそうな瞳で私の顔を見つめ、頷くように微笑った。

 

 あ……わざと、だ。絢香は私の泉ちゃんに対する態度がぎこちないの、ちゃんと気付いてるんだ……。だから今、無理やり割り込むみたいにして、私を助けてくれたんだ……。

 絢香は私の頭を優しく、包むように撫でてくれる。

 

「あ、ごめ……私、ごめんねっ……」

 

 思わず涙が溢れる。でも、私はその一(しずく)だけ涙を流し、それでどうにか気持ちを踏みとどまらせた。

 

「へへっ、特別だよ~。私は比企谷さんみたいに簡単にほいほい人の頭撫でたりしないんだからね~」

 

 絢香は冗談めかしてそう言ってくれる。……ふふ、八幡、言われてるなぁ。こんな状況なのになんだか頬が緩んでしまう。

 

 

 

 

 

「……泉ちゃんも、なんかゴメンね」

 

 ようやく少し落ち着いた私が謝ると、

 

「んーん。気にしないから大丈夫。……それであの、綾瀬さん、『いーちゃん』ってわたし?」

 

 泉ちゃんは私に優しく言うと、それからなんだか訝しげに絢香に尋ねる。

 

「そう。ちなみにあたしは『あーちゃん』ね。こっちが『るーちゃん』で、比企谷さんが『はーちゃん』」

 

「え、え?」

 

 絢香が得意顔で答える。泉ちゃんはますます何のことだかわからないみたいでオロオロしてる。

 

「あはは。あのね、保育園の代表の子、居るでしょ。彼女が自分のこと「けーちゃん」って言ってて…………」

 

 

 話題が変わり、いつの間にかさっきの変な胸の痛みは感じなくなっている。……もしかして私は「あの時」の自分自身の言葉を怖がっているのかもしれない。自分の言葉がもう一度彼女を傷つけることを……。

 

 もしそうなら、きっとこのままじゃ何も進まない。元通りに心の底から笑い合うことも出来ない。……でも、じゃあどうしたら良いの? ……答えはまだ見つからないまま。 

 

 

 

 **********

 

 

 

 イベント二日前、終業式の日。絢香たちは学校の行事があるので、今日は遅れるか、もしかしたら時間によっては来れないかもしれないと言っていた。

 リハーサルが変なことになってしまい、後半の、特にジムとのセリフ合わせをもう一回ぐらいはしておきたいところだけれど……絢香がいないんじゃしょうがない。

 

 少し時間の空いてしまった私が、あの二階と三階の間の踊り場に行くと、八幡が飲み物を片手にベンチに座ってボーっとしていた。

 私に気付いた八幡は、黄色と濃い茶色の、蜂の体みたいな色の缶コーヒーをくいっと一口飲み、

 

「おう、留美お疲れ」

 

 と、だるそうに片手を上げた。

 

「八幡もね。……サボり?」

 

「ばーか、今日は俺、超働いてるっつ~の。……今はアレだ。千葉県民のソウルドリンクを飲んで英気を養ってるところだ」

 

「八幡、それ好きだよね……。甘すぎない?」

 

「その甘いところがいいんだろうが。……人生、色々と苦いことも多いしな」

 

 八幡は髪をかきあげ、格好をつけたように言う。……でも、苦いこと……か。

 

「ね、八幡……。サボりついでに、ちょっとだけセリフ合わせに付き合ってくれない?」

 

「だからサボってないっての。……綾瀬たちは?」

 

「今日は学校の行事で遅れるって。もしかしたら来れないかもって言ってた。子供会がどうとか」

 

「そうか……。ま、いいだろ。どうせなら、このまま上に登ってステージ行くか? 今なら開いてるぞ」

 

「うん。……あ、でも台本私のしか……」

 

「いや、俺も持ってる。まあ、劇だけじゃなく、イベントの流れ全部一冊にまとめたやつのほうだけどな」

 

「そか、じゃあよろしくね、『はーちゃん』」

 

「あいよ、『るーちゃん』」

 

 

 

 **********

 

 

 

「で、どっからやる?」

 

「あ、じゃあ、あの失敗したとこ。髪を切った後から」

 

「おう。って、ここ、あんまりセリフ無いぞ」

 

 ホチキスで閉じてある資料の、台本の部分をパラパラめくっていた八幡が言う。

 

「うん。だから、八幡はナレーション読んで。それに合わせて私が動くから。で、ジムが帰ってきたらジム役」

 

 幕が降りたままの舞台に立つと、世界からそこだけ四角く切り離されているような不思議な錯覚を覚える。遥か頭上のライトだけが灯されており、ステージの上には何もない。床のあちこちに様々な色のテープが貼られているだけだ。演劇、コンサートそれぞれで立ち位置や楽器を並べる位置を示すテープ。

 私のテープは白。幅の広いテープをほぼ真四角にちぎって、真ん中に大きく数字が書かれている。

 私はステージの隅に台本を置くと、このシーンの始めの立ち位置の番号が書かれたテープの所に立った。……八幡に向かってコクンと一つ頷いて合図を送る。

 

「あー『デラは、ジムの喜ぶ顔を思い浮かべながら、次々と時計店や宝石店を巡ります…………』」

 

 八幡のナレーションに合わせ、私は花から花へと渡るちょうちょのように、ウキウキとした足取りで白いテープを番号順に渡り、ジムへのプレゼントを探す……。

 

 

 

 

 ……そして、ジムの金時計にぴったりのプラチナの鎖を買って帰宅した後の場面へ。

 

 ジムが帰ってきて、デラの姿を一目見ると、唖然として何も言えなくなってしまう。それで、デラが何を言っても、

 

『髪を……切っちゃったって?』とおなじような言葉を馬鹿みたいに繰り返すだけ。

 

 私は八幡の目を下から覗き込むようにして訴える。

 

『お願い、ジム。私のことを嫌いにならないでちょうだい。……髪は短くなってしまったけれど、ちゃんとお洒落もしたし、いつもよりちょっとだけ上等のお肉も用意したのよ。……それにワインだってあるわ』

 

 八幡は、セリフの無いところだから一応演技しとくか、みたいな感じで台本通りに首を振り、俯く。

 

『お願いよ……ジム。今日はクリスマス・イブなのよ……』

 

 その今にも泣き出しそうなデラの声にハッとして、ジムはデラを抱きしめて……。

 

 

 

「……って、八幡、なんでぼーっと立ったままでセリフ読もうとしてるのよ」

 

 動かずに私のセリフを待っている八幡に文句を言う。

 

「え、いや別に演技とかいらんだろ、俺は。それにさすがにこのシーンはな……」

 

「誰も!……、誰も見てない、から。……私、勇気出したいの。だから、ね……」

 

 ちょっと大きな声で彼の言葉を遮ったものの、そのあとの言葉はどんどん尻すぼみになってしまう……。

 八幡にからしたら私が言ってる事は支離滅裂だろう。……それでも、私は八幡の制服の裾のあたりを両手できゅっと掴み、(すが)るように彼の目を見上げる。

 

「…………」

 

 八幡は、私の目を見て何かを感じたのだろう。しょうがないとでもいう風にひとつ溜息をつくと、台本を持っていない右腕をそっと私の背中のほうに回し、優しく後頭部をかかえるようにして、ほとんど力を入れずに抱き寄せた。

 私の頭がぽてんと八幡の胸にくっつく……。

 

「八幡……」

 

「……『ジム?』だろ。そこは」

 

 見れば、八幡は左手に持った台本を片手で器用に広げたままだ。

 

 もう……ばか正直で鈍感なんだから……と、いうわけじゃないらしい。私のくっついている八幡の胸からはドクン、ドクンという大きな鼓動が伝わってくるし、顔も赤いし、声もどこか震えている。照れ隠し、なのかな。そう思ってあらためて八幡を見ると、なんだかカチコチに固まってる……。ふふ、少しは私のこと、女の子って意識してくれてるのかなぁ。

 もっとも私は八幡よりドキドキしてるし八幡より顔を赤くしてるし、八幡より声も震えてるけどね。……こんなに自分の鼓動がはっきり聞こえるのって私の記憶にある限りでは初めてじゃないかな。自分で何かの病気じゃないかと心配になるレベル。

 まあ、昔から恋は病気みたいなものだって言われてるみたいだし……うん、これが恋だとしたなら、何の心配もいらない。むしろ心地良いドキドキでさえある。

 

 はぁ、しばらくこのままでいたいなぁ。でも、演技を続けないでいると、八幡が変に思っちゃうかもしれないから、

 

『ジム?』

 

 そうセリフを言い、ジムを……八幡を見上げる。八幡は懐からプレゼントの箱を取り出し、そっとテーブルの上に置く、というふりをする。

 

「えと、『デラ、僕のことを勘違いしないでおくれ。 髪型とか化粧とかシャンプーが変わったとか、そんなもので僕のかわいい奥さんを嫌いになったりするもんかい。 でもね、その君へのプレゼントを開けたら、 さっき、しばらくの間どうして僕があんな風におかしかったか解ってくれると思うよ』」

 

 心臓をきゅんと締め付けられたような気がした。……セ、セリフだからっ。それに何ていうか棒読みだし。でも、そう分かっていても、この密着した体勢で『僕のかわいい奥さん』とか言われると、鼓動がさらに一段と速くなる。……「奥さん」かぁ。ふふ。……このまま離れちゃうのはちょっぴり残念だけれど、そうしないと話が進まない。私は八幡からすっと体を離し、プレゼントを開ける動作をし、ちょっと大袈裟に喜びの悲鳴を上げて演技を続ける……。

 

 

 

 

 

 

 そうして、最後まで一通りセリフ合わせを終えると、八幡はどこかホッとしたような表情で台本をぱたんと閉じた。

 

「んんっ、と。留美、お疲れさん」

 

 両手を頭の後ろにまわすような格好で軽く伸びをしながら八幡が言う。

 

 よし、林間学校の時のお礼を言うならきっとこのタイミングだ。さっきので勇気も出た。今日のお礼と、そのついでに合わせて、って形なら夏の事を言ってもそんなに唐突って風にはならないと思うし……。私は意を決して真っすぐ八幡の方を向き、彼の相変わらず疲れたような横顔を見上げる。

 

「……八幡、その、色々ありがとう」

 

「どういたしまして、だ。それに、留美には俺たちの劇に出てもらってる訳だし、どっちかって言えば礼を言わなきゃならんのは俺の方かもな」

 

「ううん……。私がお礼を言いたいのは、今日のことだけじゃ無いの……」

 

「留美?」

 

 八幡は私の雰囲気が変わったのに気が付き、怪訝な顔をして私の正面へと向き直る。

 私は……勇気を振り絞る。今まで言えずにいたことを言うために。いつかは言わなきゃいけないことだから。

 

「あの、林間学校の肝試しの時の事……」

 

 そう言っただけで、なぜか明らかに八幡の表情が少し辛そうに歪んだ。

 

「あの時、私を助けてくれたお礼を、ずっと……ずっと言いたかったの」

 

「……やっぱ、気付いてたのか……。まあ、キャンプファイヤーで写真撮ったりした時からそんな気はしてたけどな……」

 

「うん……。今まで言えなかったけど、私は……」

 

「やめとけ留美」

 

 強く、けれど冷静な声で静止され、私は一瞬言葉を失う。私を見つめる八幡の瞳はひどく悲しそうで、何かを後悔しているようにさえ見える。

 

 

 

「……どうして?」

 

 やっと、一言だけ声を絞り出すようにして尋ねると、八幡は、

 

「俺は留美に感謝してもらえるような事は何もしちゃいない。……俺はお前の周りの人間関係をバラバラにしようとしたんだ。むしろ恨まれても仕方ないとさえ思ってる」

 

 そんな、私が思ってもみなかった事を口にして俯く。

 

「恨むだなんてそんな事……。私があの時どれだけ辛かったか、八幡たちのおかげでどれだけ楽になれたか……だから私はっ……」

 

 私がそう訴えると、

 

「まあ、そういう事も、もしかしたらあったかもしれない。……けどな、留美の感謝を受け取るべき相手がもし居るとしたら、それは実際に体を張って損な役回りを演じてくれた葉山たち三人だ。……間違ってもあんな最低の筋書きを考え、その上悪役を他者に押し付けて、結局最後まで何もせずに見ていたような俺なんかじゃない」

 

 八幡はきっぱりとそう言いきった。そう言う八幡のどこか悟ったような表情は、私にそれ以上の反論を許さない。だけど……だけどさ……。

 

「八幡……わ、私が八幡に感謝しちゃ……ダメなの?」

 

 なんとか、それだけ言えた。……声が震えてる。自分でも半分涙声みたいになっているのが分かる。ねえ、どうして? あの時、何か見えない檻のようなものにとらわれていた私を開放してくれたのは――間違いなく八幡なのに……。

 

 そんな私の様子を見た八幡は、がしがしと頭を掻きながら、

 

「まあ、アレだ。その……『今日のお礼』って言うんなら、いくらでも感謝されてやる。実際、慣れない事やったからすっげー疲れたわ。少なくとも、俺には役者は向いてないって事はわかった」

 

 無理やり空気を変えようとするように、ちょっとおどけた調子でそう言って、彼は照れたようにニイっと笑った。……良かった、怒ってるわけじゃ無さそうで私は少しホッとする。

 うん。八幡が何にこだわっているのかわからないけど、今は……いいや。

 

 私はコホンと一つ咳払い。

 

「じゃあさ、あらためて、……八幡、今日は練習付き合ってくれてありがとうございましたっ」

 

 私はわざとらしく、ちょっと大袈裟にお辞儀をする。45度の最敬礼とか言うやつだ。 

 

「おう。まあ、役に立てたならなによりだが」

 

 そう偉そうに言って八幡は私の頭を軽くぽんっと撫でる。……ホント、八幡は私の頭を何だと思ってるんだろう。絢香が言うとおり、気安く撫ですぎだよ……。でも、それで嬉しくなっちゃう私も大概だけどね。ふふ。

 

 それに、なんだかちょっと心が落ち着いた。まだ不安が完全になくなったわけじゃないけど、でも、きっと大丈夫。

 

「うん。……じゃあ、向こうに戻ろっか」

 

 私は、この八幡と二人だけの時間に少し名残惜しさを感じながらも、舞台の端に寄せて置いておいた台本を取りに向かう。

 

「なあ、留美」

 

 八幡が背後からぼそっと声をかけてくる。

 

「ん? どうしたの」

 

 私が足を止め、上半身だけ振り向くと、

 

「例の葉山たちな、イベント当日来るってさ。そう一色が言ってた。……さっきの話だけど、もしあいつらに礼を言うつもりなら、俺が話通しておこうか?」

 

 私の方を見ないままそんな事を言った。

 

「……ううん。当日時間があるかも分からないし、……それにそれはちゃんと自分で言わなきゃいけない事……なんじゃないかな」

 

「そか。んじゃ、この話は終わりだな」

 

 二人並んで舞台を後にする。舞台袖のパネルを操作し、八幡がステージの明かりを消した。

 

 

 照明が落ちて暗く静まり返った舞台を振り返り、ほんの少しだけ立ち止まる。次にここの明かりが灯るのは、イベント本番当日、クリスマスイブの日。……開演の日は、もう目の前に迫っていた。

 

 

 




 長方形の舞台の上には様々なドラマがあります。留美とその周辺の関係も少しずつ変化してきました……。

 長くも慌ただしかった準備も終わり、次回、海浜高・総武高合同クリスマスイベント、開幕です。

 ご意見、ご感想お待ちしています。



 P.S. 前回、一話分の長さについてご意見を伺ったのですが、どうやら、「少しぐらい長くても無理に分割する必要は無い」という意見が多いようなので参考にさせていただきました。
 また、その回の更新で、瞬間的にデイリー9位まで上がったと報告をいただきました。大変嬉しいです。……が、まあ、これは三話連続更新によるドーピング効果みたいなものでしょう。それでも、これもみなさんに沢山読んでいただければこその結果です。
 あまりいい気にならず、じっくりと書いていきたいと思っておりますので今後もよろしくお願いします。

 ではまた次回。

3月18日 誤字修正 報告ありがとうございました。

1月9日 誤字修正 reira様 ありがとうございました。


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鶴見留美は聖夜に願う⑧ 私が聖夜に願うもの 前編

いつも読んでくださってる方、お待たせして申し訳ありません。
どうにかこうにか3月中に二回目の更新出来ましたっ(ぎりぎりじゃん……)

ついにクリスマスイベント当日のお話です! では、どうぞ。






「八・幡っ!!!、盟友たる汝の檄に応え、剣・豪・将・軍っ、ここに推さ……ん……?」

 

 コミュニティーセンターのエントランス。自動ドアが開くと、いきなり大声で名乗りを上げる不審人物。何やら両肩に大きなクーラーボックスをぶら下げている。

 ちょうどクリスマスツリーを三階のホールに移動させるための準備をしていた、私たち小学生十数人の警戒するような視線にさらされ、彼の声は急速にしぼんでいった。

 

「何、あの人……」

 

「あ、総武の制服なんか着てる。……なんか怖い」

 

「ね、ケーサツ呼んだほうがいいんじゃ……」

 

 遠巻きにしているみんながそんな事を言い始めると、総武高の制服に無理やり体を詰め込んだような小太り体型、銀縁の眼鏡をかけた彼は急にオロオロし始めた。

 

「いや、け、警察とかそんな……」

 

 たまたまその時入り口の近くにいた絢香が、距離を保ったままで、

 

「……あのー、な、何かご用ですか?」

 

 おっかなびっくり、という感じでそう尋ねた。

 すると、

 

「わ、我は八幡の前世からの盟友にして剣豪……」

 

 ボソボソと言いかけたところで、周りの視線が更に厳しくなるのを感じたらしく、彼は一度言葉を切り、口調を変えて言い直す。

 

「あ、その……わ、僕は比企谷くんの友達の材木座という者です。本日はイベントのお手伝いをという話でですね…………」

 

 

 

 彼の声がどんどんとしぼんでいき、聞き取れなくなりそうになったところで、

 

「ふう~~、疲れたぁ。……あ、材木座くん、どこに運ぶかもう聞いた?」

 

 やはり両肩でクーラーボックスを担いだ、ジャージ姿の爽やかスポーツ女子……にしか見えない戸塚さんが、自動ドアを開いてエントランスに入ってきた。

 

「と、戸塚氏~」

 

「? どうしたの材木座くん。……って、あれ? 八幡は?」

 

「そ、それが……」

 

 材木座さん? が情けない声を出す。

 そこで戸塚さんが私に気付いた。

 

「あ、鶴見さん! 久しぶり~。僕たち学校から、八幡に頼まれたもの運んで来たんだけど……。エントランスで待ってるからって」

 

 なるほど、中身はきっとケーキとクッキーの生地だ。……そういえば八幡が、昨日一日がかりで総武高の調理室で仕込みをやったとか言ってた。

 ちなみに、昨日は祝日で、別のイベントがあったためここの調理室は使えなかったらしい。

 

「こんにちは、戸塚さん。……八幡なら、今隣の保育園に打ち合わせに行ってます。「そんなに時間かかんない」って言ってましたけど……」

 

 私が言い終わる前にエントランスの入口が三度開き、八幡と一色会長さんが並んで入って来た。一色さんは、八幡と二言三言言葉を交わすと、戸塚さんにペコリとお辞儀だけしてそのまま早足で二階に上がっていった。

 

「おお、もう着いてたか。遅くなってスマン。……その、悪いな戸塚、こんなこと頼んじまって」

 

「何言ってるのさ、八幡。僕から手伝いたいって言ったんじゃないか」

 

「まあ、な。でも、重かっただろ。……こんなの、材木座に全部持たせればいいのに」

 

「ひどいなぁ。それに、そんな事したら僕の仕事が無くなっちゃうよ」

 

「何を言う! 戸塚は俺の近くで笑っていてくれればそれでいいんだ!」

 

 八幡は拳をぎゅっと握って力強く宣言する。

 

「あはは。八幡は冗談が上手いなぁ。それに大丈夫。僕、こう見えて体力あるんだよ。ちゃんと運動部の部長やれてるんだから。……それにほら、腕の筋肉だって結構有るんだからね……」

 

 戸塚さんは八幡の手をとると、自分の二の腕の当たりを触らせて、「キラッ」という効果音が聞こえるような顔で爽やかに微笑った。

 

「お、おう……」

 

 戸塚さんの腕を掴まされた八幡は、遠慮がちにその腕を揉み、何故か頬を赤くしている。

 

 

 

「ね、ね、留美。あの娘やばいんじゃないの? 比企谷さん、すごいデレデレしてるよっ。あっちが本命なんじゃないの?」

 

 絢香が私の肩を掴んで揺さぶるようにしながら言う。あっちが本命って、じゃあどっちが本命じゃないのよ……。でもまあ、あれは勘違いしちゃうよね……。

 

「あー、大丈夫、って言うのかな? こういう場合。 ……あの人、戸塚さんていうんだけど、男の子だから」

 

「あのね留美っ、冗談言ってる場合じゃ無いよ。もしかしたら雪ノ下さんたちより強力なライバルが…………」

 

 彼らの様子と私を交互に見ていた絢香が言葉を止めて黙り込む。

 

「…………マジ?」

 

「……うん」

 

「えぇ~~、し、信じらんない。けど、言われてみれば確かに……僕っ娘なんか現実にはそうそう居るもんじゃないし……。でも、これって違う意味でもっとやばいんじゃ……」

 

 なんだか絢香が一人でブツブツいい出した。絢香って、たまにこう、ちょっとおかしくなる時があるなぁ……。

 

 

 

「は、八幡よ」

 

 今まで完全に放置されていたさっきの不審人物、もとい材木座さんがようやく八幡に声をかける。

 

「ん、なんだ居たのか材木座」

 

「な、ひどいではないかっ。だいたいお主がエントランスで待っているなどと言うから……、我は今危うく通報されるところだったのだぞ」

 

 八幡は小首を傾げるようにして、

 

「話が見えん。……留美、こいつなんかやったのか?」

 

 そう私に聞いてくる。

 

「別に何かってわけじゃないけど……。入ってくるなりおっきな声で、『けんごーなんとか』って名乗ってた」

 

 八幡は額に手を当ててがっくりすると、ゆっくり材木座さんのほうを振り返り、

 

「なあ、材木座」

 

「う、うむ」

 

 ジトッと材木座さんを睨んで一呼吸置くと、

 

「馬鹿か。全部お前が悪い」

 

「ぐはっっ」

 

 ……とどめを刺した。

 

 

 

「まあ、冗談はともかく、材木座もサンキューな。これで全部か?」

 

「うむ、ボックス4つにどうにか収まった」

 

「足りない食器なんかは後で平塚先生が届けてくれるって。もし、早めに必要なら、僕がもう一回行ってくるよ」

 

 そう戸塚さんが言うと、

 

「……いや、うちの演劇は後半だし、食器を使うのは最後の最後だ。先生もイベント開始前には来るって言ってたんだから大丈夫だろ」

 

 そう言って八幡は、戸塚さんと材木座さんが持ってきたクーラーボックスを一個ずつ両肩にかけ、

 

「じゃあ、二人とも調理室まで頼むわ。ついて来てくれ」

 

そう言って、二人を連れてエレベーターに向かって行った。

 

 

 

 私たちもクリスマスツリー移動の準備を再開する。一度、ツリーの上から三分の一あたりにあるジョイント部分を外し、二つの部分に分けてエレベーターに乗せるのだが、その作業にじゃまになる飾りは一度取り外し、また三階のホールにツリーを設置してからもう一回飾り付ける、という流れになる。

 

 今回のイベントの準備を進めていく中で、私たち小学生が中心になって作り、いつもこのエントランスにあったツリー。それが今日で見納めになる……。

 八幡と私で作った雪の結晶の飾りもいくつか外す。そうして、後はホールに運ばれるのを待つばかりとなった。

 

 一部だけ飾りを外された、大きな大きなクリスマスツリーは、枝を垂らしてどこか寂しそうに見えた。

 

 

 

 **********

 

 

 

 時刻は一時五十三分。

 

 午後の一時にイベントが始まり、もうすぐ一時間が経つ。海浜高のコンサートは二部構成で、前半は海浜高ブラスバンド部と小学生(音楽チーム)のジョイント演奏。話題のコマーシャルの曲や、流行りのドラマの主題歌などを織り交ぜた、みんなが楽しめるようによく考えられた曲ばかりだった。

 そして今は後半、プロの弦楽四重奏カルテットによるミニコンサートが行われており、最後の曲が演奏されているところだ。

 

 バイオリンの音色が長くたなびくように響き、余韻を残して曲が終わる。四人の奏者が立ち上がり、そろって会場に向かって一礼をすると、会場からは割れんばかりの拍手。さすがに、プロの演奏は迫力があった。

 こんなすごい人達が、忙しい時期にも関わらずこのイベントに出演してくれたのは、なんでも、メンバーのうちの一人が海浜高のOB、正確には、海浜総合高校が三校から統合される前の、その内の一つの高校のOBだからだという話だ。

 

 これで、間もなく海浜高校側のミニコンサートは終わりを迎え、休憩を挟んで、いよいよ総武高の演劇、『賢者の贈り物』の幕が上がる。

 さっきまで海浜高のバンドと一緒に演奏していた、私たちの中で「音楽班」とか「音楽チーム」とか呼ばれている子たちも、もう自分たちのテーブルに戻ってきていた。彼らは一様にホッとしたような、けれどとても満足気な表情を浮かべている。

 ……私たち「演劇チーム」も、舞台が終わったらこういう顔で笑えるように頑張ろう。そして……私は客席最後列右奥のテーブルを見る。そこには、葉山さん・三浦さん・戸部さん・海老名さん……と、知らない男子生徒が二人。すぐ隣のテーブルには、けーちゃんのお姉さんと戸塚さん達が座っている。そういえば、八幡が同じクラスだとか言ってたっけ。

 

 うん。劇が無事に終わったら……。私は、願掛けをするような気持ちである決意を固め、未だアンコールを求める拍手が続く中、劇の準備のためにそっと席から立ち上がった。

 

 

 

 **********

 

 

 

『二十ドルだね。それで良ければ買わせてもらうよ』

 

 女主人役の中原さんがデラの髪を一撫でして言った。

 

 ……デラが髪を売る場面。『賢者の贈り物』の舞台は今のところ順調に進んできている。――でも、ここからだ。

 

『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』

 

 私がそう言うと、スッと舞台の照明が落ち、幕が降りる。リハーサルで私が失敗した場面……今度は大丈夫、と思っていても全員に緊張が走るのを感じる。

 舞台上では幕から光がもれないように小さな明かりが灯され、会場には髪を切る音の演出が流されている。

 ――一本、二本、三本――髪留めのピンを全て抜き、ロングのウイッグを外す…………。今度はきれいに外れた!

 ショートカットのウイッグは、幕が降りると同時に舞台袖から飛び出した絢香が持ってきてくれている。それを素早くかぶり向きを微調整。前のピンは中原さんが、後ろは絢香が留めてくれた。……そしてロングの方のウイッグを抱えた絢香が急いで舞台袖に引っ込む……。時間は?

 

 舞台袖の八幡がこちらに両手を突き出し、九、八、七……と指を折りながら「よし!」と私たちに合図を送るように深く頷く。彼に右手のVサインで合図を返した私は、中原さんと顔を見合わせて笑みを浮かべ、音を立てないようにちょんと小さくハイタッチ。

 

 

 

 また一度照明が消され、スルスルと何事もなかったかのように幕が上がる。

 

『どうだい、短い髪もなかなか似合ってるじゃないかね』

 

 女主人のセリフに一拍遅らせて、私にピンスポットが当たると、会場が大きくざわめく……。反応は上々、やった……大成功だ。

 

『ほら、約束のお金だよ』

 

 デラは女主人からお金を受け取って礼を言うと、ジムへのプレゼントを探しに街へ飛び出していく……。

 

 

 

 

 

 舞台は進み、場面はデラがジムの帰りを待っているところへ。

 

 デラである私は姿見の前に立ち、短くなってしまった髪をいじりながら、

 

『ずいぶんみすぼらしくなっちゃったわね。……ジム、怒ったりしないかしら?』

 

 そう言って大きなため息をつく。

 

『デラは、ジムが彼女の事を嫌いになってしまったらどうしよう。と、どんどん不安になってきてしまいました。だって、ジムはいつも、彼女の流れるように美しい髪をとても褒めてくれて、一番の自慢のように言ってくれていたんですから』

 

 ナレーションの後、カラン、とドアベルが揺れる音がしてジムが仕事から帰ってくる。

 

『ただいま。デラ、ねえこれを……』

 

 少し興奮気味に早足で入ってきた「ジム」絢香は、デラの顔を見るなりショックで固まってしまう。……何かを取り出そうとするように懐に手を入れたままで。

 

『おかえりなさい、あなた。今、お鍋を火に掛けるから、少し座って待っていて』

 

 そう言っても絢香は目を見開いたままピクリとも動かない。……そういえば、彼女は、この「動かない」演技が一番きついって言ってた。

 

『そんな顔しないで。……髪は、切って、売っちゃったの』

 

『髪を……切っちゃったって?』

 

 ようやく口を開いたジムは、

 

『そうよ、だって、どうしてもあなたにプレゼントをしたかったんだもの』

 

『……髪を……切った……』

 

 絢香は、まるで魂が抜けた人形みたいにおなじような言葉を繰り返す。

 

 私は絢香の目を下から覗き込むようにして訴える。

 

『お願い、ジム。私のことを嫌いにならないでちょうだい。……髪は短くなってしまったけれど、ちゃんとお洒落もしたし、いつもよりちょっとだけ上等のお肉も用意したのよ。……それにワインだってあるわ』

 

 絢香は、信じられないとでも言うように首を振り、がっくりと俯く。

 

『お願いよ……ジム。今日はクリスマス・イブなのよ……』

 

 その今にも泣き出しそうなデラの声にハッとして、ジムはデラをぎゅっと抱きしめる。

 

 絢香の肩にもたれかかり、抱きしめてくる彼女の背に私も腕をまわす。

 やっぱり、背が高いって言っても、八幡とはずいぶん肩の高さが違うんだな。それになんだか絢香は少し甘い匂いがする。こんな時なのに、練習の時の八幡の胸の暖かさと鼓動を思い出してなんだかドキドキしてきちゃった。

 絢香の肩越しに舞台袖の八幡とたまたま目が合ってしまった。彼はなんだかちょっとバツが悪そうにぷいと目をそらす。ふふ……って、いけない。集中、集中。

 

『ジム?』

 

 おそらく赤くなってしまっているだろう顔でそうセリフを言い、ジムを……絢香の目を見上げる。彼女はそれを見てさらにきつく私を抱きしめる……ちょっときつ過ぎ、絢香痛いってば。

 

 彼女は片方の手を緩めると、懐からプレゼントの箱を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。

 

『デラ、僕のことを勘違いしないでおくれ。 髪型とか化粧とかシャンプーが変わったとか、そんなもので僕のかわいい奥さんを嫌いになったりするもんかい。 でもね、その君へのプレゼントを開けたら、 さっき、しばらくの間どうして僕があんな風におかしかったか解ってくれると思うよ』

 

 ふふ。絢香って演技上手いなぁ……八幡の棒読みとは大違い。デラのことを好きって心がすごく伝わってくる。

 私はプレゼントの包みを開く。

 

『そこには、素晴らしい物が入っていました。もう半年も前にブロードウェイのお店で見つけてからずっと、素敵だなぁ、綺麗だなあと思って、店の前を通る度に眺めていた、高価なべっ甲の飾り櫛のセットだったのです。きっとデラの美しい髪によく似合うことでしょう』

 

『これって……なんて素敵なの!! 私、すぐに…………』

 

 そう言って私は後頭部に手を回し……唖然としたように動きを止める。

 

『そこでデラは気付いたのです、その高価で素敵な櫛が飾るはずだった、自慢の美しい髪がもうそこにはないことを』

 

『あぁ……なんてことなの……』

 

 ナレーションに続き、私はがっくりと項垂れてそのまま座り込む。

 

『デラ……』

 

 絢香ジムが、座り込んでいる私の肩に背後から両手をのせる。私はのろのろと立ち上がり、櫛を胸にだいたまま、ジムに向き直って気丈に言う。

 

『ねえ、聞いてジム。……私の髪はとっても早く伸びるのよ!!』

 

 ここ、台本に「ドヤ顔で」って書いてあったのを思い出して、つい笑いそうになってしまった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……世界中で贈り物をやり取りする人々の中で、この若い二人のような者たちが最も賢い行いをしたのです』

 

 ……そして、物語は終りを迎える。私が鍋を火にかけると、スクリーンには美味しそうな肉料理の絵が映し出され、それから舞台もスクリーンもゆっくりとフェードアウトするように真っ暗になっていく。

 ナレーションが続ける。

 

『こういう者こそが最高の賢者と呼ばれるのです』

 

『……だから、私達から彼ら若い二人に』

 

『そしてみなさんに、心ばかりの贈り物を』

 

『『メリー・クリスマス』』

 

 劇の間消されていたクリスマスツリーのライトアップ照明が灯され、暗いホールの中でキラキラと煌く。雪の結晶が綺麗に光っているのを見るとなんだか嬉しくなった。

 

 次に、舞台袖に一筋のスポットライトが当たる。小さな小さなホールケーキの載ったお皿を抱えた可愛らしい天使姿のけーちゃんが、てててっと舞台中央に進み出て、ライトもそれを追いかける。

 彼女は、

 

『めりー・くりすま~す』

 

 と、元気な声で言い、にこぱっ、ととびっきりの笑顔。

 その声に合わせてホールの照明が点き、

 

「「「メリー・クリスマ~ス」」」

 

 八幡と副会長さんがホール横の扉を開くと、ケーキのお皿を胸に抱えた大勢の小さな天使たちが一斉に入ってきて、お年寄りにケーキを配っていく。その可愛らしさにお年寄りたちはもうメロメロだ。

 

 園児たちの後ろから、沢山のケーキやクッキーの小皿、それからガラス製の、花の形をした文鎮のような物が載せられたワゴンがいくつか、小学生と書記さんたちに押されてゆっくりと入ってくる。ちなみにこちらのケーキはきれいにカットされたショートケーキだ。

 

 可愛い天使ちゃんたちは、自分の持っていた分のケーキを配り終えるとワゴンの所にもどり、まだ配っていないお年寄りへ、会場奥の家族や高校生たちの席へ、それから自分たちの席へも、次から次へとケーキやお菓子を届けていく。そのちょこちょこと可愛らしい姿に、会場は何とも言えない幸せな空気に包まれた。

 その間に、サンタ帽子をかぶった小学生たちが、ガラスのオブジェをテーブル一つに一つづつセットしていく。

 

 私と絢香と、それからけーちゃんは、舞台が暗転している間に私たちのすぐ横に置かれたテーブルにケーキをのせると、舞台横の階段を降り、キャンドルサービスの準備をする。私と絢香は、銀のトーチ――に見立てた、アルミ箔できれいに巻いた着火マ○――を二人で手をつなぐ用にして持ち、けーちゃんは緑・赤・白のクリスマスカラーの紙紐で編まれた可愛らしいカゴをちょこんと腕にかけた。このカゴの中には金銀ラメ入りの、ドリルみたいな形の、いわゆるクリスマスキャンドルが何本も入っている。

 

 

 

 ……雪ノ下さんは、保育園の子たちが転んだりした時のことを心配して、ケーキ等はだいぶ余分に作っていたみたいだった。実際、練習の時は張り切りすぎて転んだ子も居たんだけど……。うん。どうやら本番では何事もなく無事にケーキやお菓子を配り終えることが出来たようだ。少しホッとする。

 私の視界の端にいた八幡がインカムに何か言うと、ホール全体の明かりが絞られ、少しだけ暗くなった。

 

「るーちゃん、けーちゃん、行こう」

 

 絢香が小さな声でそう言って一つウインク。

 

「「うん」」

 

 私たちはゆっくりとお年寄りたちのテーブルを回り始めた。

 

 

 

 まず、私たちの前を歩くけーちゃんが、カゴからキャンドルを一本ずつ取り出し、『めり~・くりすま~す』と言いながら、例のガラスのオブジェに開いている穴に差し込んでいく。そう、これはキャンドルスタンド。実は、このスタンドもキャンドルもカゴも、ついでに着火○ンも、ダ○ソーで全部百円。だけど、こう演出されると不思議に豪華なものに見えてくる。

 

 絢香と私は、けーちゃんのセットしたキャンドルに、結婚式の新郎新婦のように二人で一緒に銀のトーチもどきを持ち、やはり『メリー・クリスマス』と声をかけながら順番に火を灯していく。キャンドルに火が灯るとお年寄りたちは本当に嬉しそうに喜んでくれた。

 

 一方、ホールの、ステージから離れたテーブルでは、サンタ帽子をかぶった小学生スタッフたちと保育園の天使たちが私たちと同じようにキャンドルをセットし、順番に火を点けていった……。

 

 

 

 そして、全てのキャンドルに火が灯され、私たち三人は再び舞台の上へ。けーちゃんが先程のテーブルの上に置いてある、これ一つだけ取っ手のあるガラスのキャンドルスタンドにろうそくをセットし、それを掲げるように持って私と絢香の方を向く。

 私たちがそうっと火をつけると、微かに揺れる炎を見て、けーちゃんは「えへへっ」と笑い、小さい――けれど眩い光を放つキャンドルをそっとケーキの横に置いた。

 

 その瞬間、ホールの照明はさらに暗くなり、沢山の炎が幻想的に揺らめく…………。

 

 そして数秒の間を置き、はっとさせられる程きれいに通る声がホールに響く。一度聞いたら強く印象に残る、雪ノ下さんの涼やかな声。

 

『大切な人のことを心から思うことが出来る者こそが本当の賢者。……あなたの大切な人は、誰ですか? ……ここにいらっしゃる全ての賢者のみなさんに、メリー・クリスマス』

 

 彼女の凛と透き通った声が、言葉が、みんなの心に染みていく。

 

 

 メッセージが終わると同時に会場が明るくなり、スピーカーからは「ジングル・ベル」が流れ出す。

 私たちは、けーちゃんを真ん中にして三人で手をつなぎ、深々と客席に向かってお辞儀をする。

 ワッと、会場からは大きな歓声と沢山の拍手。さっきの、プロの音楽家の人たちにも負けないくらいの拍手をもらえている。

 

 左の舞台袖から中原さんとサンタ帽小学生チーム、右の舞台袖から園児の天使ちゃんたちが舞台に上がってきて、みんなで手をつなぎもう一度深く一礼。……再び会場から大きな拍手が巻き起こる。

 

 

 

 ―― あなたの大切な人は、誰ですか? ――

 

 歓声と拍手とクリスマスソングに包まれながら、私はさっきの雪ノ下さんの言葉を思い返していた。……大切な……人。

 

 ―― 後ろの方のテーブルから大きな拍手を送ってくれているお母さん。

 

 ―― 今、一緒に舞台に立ち、一緒に笑ってくれる絢香。

 

 ―― なんだか泣きながら拍手してくれてる泉ちゃん……。

 

 ―― お年寄りたちに忙しそうにお茶を注いで回っている八幡。……って、そこは私の方を見て、よくやったって頷いてくれるところじゃないの?……ふふ。

 

 つい、その四人にちらちらと目が行ってしまう……。こんな風に、すぐ近くに大切な人が居ると思える自分はきっととても幸せなのだろう。だけど……。

 うん……泉ちゃんのことは……大好きなのに、前と同じように笑いたいのに……いつかは元通りに自然に笑える日がくるのかなぁ――もう、半年も経っちゃったよ。ホント、自分の臆病さが嫌になる。

 

 それに、八幡とは――そか、このイベントが終わっちゃったら、もう当たり前みたいには会えなくなっちゃうのか。……やだなぁ。終わりたくないなぁ……。

 

 だったら――だったら、私は…………。

 

 

 

 そうして、ゆっくりとステージの幕は下りていった。

 

 




 ついに演劇本番! ……ですが、このお話的にはつなぎの回かもしれません。留美と八幡があんまり絡まないし。
 むしろ次回、アフターの方が色々ありそうです。

 クリスマス編も残り1~2話+おまけ、というところまで来ました。次回は、こんなに間を開けずに更新できると思い……ます。……多分。



P.S. この話を書いてて知った衝撃の事実。……デラって金髪ストレートじゃ無かったなのん。

 参考にさせていただいた和訳に「滝のような茶色の髪」とあったので、あれ?と思って他の訳や原文まで調べました。……間違ってない……というか、そのまま訳せば、「波打って輝く、まるで滝のように垂れて膝まで届く長さの茶色の髪が、服のように彼女を覆っている」っておいおいスゲーな。
 訳し方は色々でしょうが、ブラウンでウエーブがかかっている、というのは間違いないようです。
 「常識だろ」と言われたら、返す言葉もありませんが……。


ご意見・ご感想お待ちしています。いやほんとに。一言でも書いてくれたら嬉しいです。


4月1日 誤字修正。いつも報告ありがとうございます。

5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。



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鶴見留美は聖夜に願う⑨ 私が聖夜に願うもの 後編

 いつも読んでくださってるみなさん、感想を書いてくださるみなさん、お気に入りを付けてくださったみなさん、誤字報告をくださったみなさん、全てに感謝を。

 クリスマスイベント編、最終話。 いつもより少し長めです。






『以上で、海浜総合高校・総武高校合同クリスマスイベントのステージは終了となります。まだお時間はございますので、総武高校が誇るパティシエのケーキとお菓子をお供に、ごゆるりとご歓談下さい。

 尚、施設の都合上、会場の使用は午後四時までとさせていただきますので、ご協力をよろしくお願いしま~す』

 

 ぷ、すごくしっかりした挨拶だったのに、最後だけなんだか一色さんっぽい……。それにパティシエって。

 

 

 

 **********

 

 

 

 無事に舞台を終え、控え室に降りて衣装から私服に着替えた私たちは、そこでお母さん達と少しだけ話をすることができた。

 

「ほんと、かっこよかったわよ。留美」

 

「ふふ、ありがとうお母さん」

 

「あの、髪を切ったところってどういうふうにやったの?」

 

「それはね…………」

 

 そんな事を話していたら、お母さんが、

 

「あ、そういえば、さっき八幡くんたちに挨拶してきたわよ」

 

 突然とんでもない事を言い出す。

 

「なっ……。何してんのっ? 変なこと言ってない?」

 

 私が詰め寄るようにしてそう聞くと、お母さんは、えへらえへらと笑って、

 

「大丈夫よぉ~。ただ、留美がお世話になってますってだけ」

 

「そう……なら、いいけどさ」

 

 ほんとかなぁ……なんだかニヤニヤしてるみたいなのが気になるけど。

 

 

 その後、私たちはホールの自分たちのテーブルに戻り、雪ノ下さんたちがここの調理室で仕上げたというケーキとクッキー、それになんだか高級そうな紅茶で優雅なおやつタイムを過ごしている。

 

「いやー、でもさ留美、このケーキほんと美味しいよね。……雪ノ下さんって、マジで何者? あんだけ美人で仕事もできて、こんなケーキも作っちゃうとか……」

 

 絢香の感想はもっともだと思う。こんな完璧超人が身近にいるなんて信じられないくらいだ。何でも出来るっていうのはうちのクラスの森ちゃんなんかもそうなんだけど、雪ノ下さんは何でも「完璧に」出来る。

 このケーキだって、普通のいちごのショートケーキだからこそ余計に質の高さがはっきりと分かる。こんなに美味しいの、お店でだって食べたこと無い。

 八幡もなんだか彼女には弱いんだよね……。雪ノ下さんって、弱点とか無いのかな?

 

 

 

「……はい、どうぞ」

 

「ありがとうね」

 

「いえいえ、そちらも、お茶のおかわりいかがですか?」

 

 制服に洒落たエプロンを着けた給仕係が、優雅にお年寄りのカップにお茶を注いでいく。その正体は……。

 玉縄さん……ギャルソン姿が妙にさまになってるなぁ。相変わらずアクション大きいけど、かえってそれがよく似合う。

 

 いま、お年寄りや家族のお茶くみなどを担当しているのは、海浜高の高校生たち。数人ずつが交代でホールを担当しているようだ。ケーキやクッキーの準備は総武高校側が主体で行ったので、こっちは逆に海浜高が中心で、ということらしい。

 

 

 そんな様子を眺めながら、私がテーブルを立つタイミングを図っていると、

 

「留美ちゃ~ん、お疲れ様ー」

 

「小町さん!?」

 

 まさかの小町さん。いつ来たんだろう。劇の時には分からなかったけど……。

 

 絢香が「ね、留美、誰?」と肘をつつきながら小声で聞いてくる。

 

「あ、八幡……さんの妹さんで、小町さん。こっちはジム役の綾瀬絢香さん。小学校は違うけど、友達です」

 

「こんにちはー」

 

「へへー、こんにちは。モニター越しで、作業しながらしか見れなかったけど、劇、すごく良かったよー。後でもう一回家でゆっくり見せてもらうねっ」

 

 小町さんはそう言うけど……

 

「え、モニター? カメラなんて……」

 

 私がキョロキョロとあたりを見回すと、

 

「ん? ちゅうにさんが撮ってるよ、ほら、あそこ。さっき、ちゃんとケーキとお菓子も届けてきたよ」

 

 そう言って小町さんは、ホールの後方、天井からせり出しているガラス張りの部屋を指差す。確か、コントロールルームとか制御室とかいう部屋。劇の時の照明とか、背景のプロジェクターや効果音もここで操作してたはず。

 

「あ、ホントだ」

 

 ガラスの向こうが薄暗くて少し見づらいけど、よく見ればその中で材木座さんが大きめのカメラを操作しているのが見える。他にも何人かいるみたい。……そういえば、戸塚さんたちのテーブルに居なかったな。すっかり忘れてた。

 

「雪乃さんたちと、その映像見ながらタイミング見てケーキのカットしたりしてたんだ」

 

「そうだったんですか……でも、小町さん、受験だから来れないかもってはちま……お兄さんが」

 

「ふふっ、いいよ、あんなの、『はちまん』で」

 

「でも……」

 

 さすがに本人がいない時に小町さんの前ではなんだか呼びにくい。絢香だけならもう平気なんだけど。

 

「まあなんでもいいけどさ。……お兄ちゃんには、息抜きに来れたらおいでって言われてたんだ。だから、今日の雪乃さんのお手伝いだけ。……ホントはもっと手伝えたら良かったんだけどね」

 

「そんな……でも、今日会えて嬉しいです。……そうだ、なかなか言えないから……受験、がんばってくださいね」

 

「うん。だから、今日はもう、これ食べたら帰ってまた勉強するよ。留美ちゃんたちは打ち上げ出られるの?」

 

「あ、はい、一応。絢香も行くって言ってるから……」

 

「えぇ~~、るーちゃんはぁ、あたしが行かなくてもはーちゃんが行けばホイホイ付いて行くんじゃないの~?」

 

「んん? はーちゃん?」

 

「ちょっと絢香!! な、なんでも無いです」

 

 そう言って私は絢香を睨むけど、彼女はぺろっと舌を出して平気な顔……もう。

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るねー」

 

「はい、また今度」

 

 小町さんが席を立ち、八幡たちが座ってる席に向かったので、私もひと呼吸置いて立ち上がる。

 

「留美、どしたの?」

 

「あ、ちょっとだけ知り合いに挨拶してくる」

 

 絢香の質問にそれだけ答え、私はホール一番奥の席へ向かった。

 総武高生のテーブルのうちの一つ。私は少しだけ離れたところで一度立ち止まり、ゆっくりと深呼吸。それから真っすぐ前を向いて進む。……私を変えるために、私が変わるための一歩として。

 

 

 

 私が彼らの席に近付くと、最初に葉山さんが気づき、ちょっとだけ怪訝な顔をする。

 

「ん? 隼人?……って、アンタ……」

 

 三浦さんも気が付き、さすがにちょっと驚いた顔をする。

 

「こんにちは、あ、あの……」

 

 勇気を出してここまで来たはいいけど、どうしよう。いきなりお礼を言うのってさすがに変だよね……。周りがみんな注目してくるのでさらに話しにくい……。

 

 すると海老名さんが、

 

「ね、大岡くん、大和くん、飲み物取りに行きたいんだけど、ちょっと付き合ってくんない?」

 

 立ち上がって、私の知らない二人にそう声をかけた。

 

「え、でも、」

 

 二人はちらっと戸部さんを見る。その戸部さんは、葉山さんと一瞬目を合わせると、

 

「あー、わりぃけど、俺の分も頼むわー」

 

 そう言って拝むように両手を合わせる。

 

 二人は、ちらっと私を見てそれから葉山さんの方を向く。葉山さんが小さく頷くと、

 

 「うし。じゃぁ、ゆっくり行ってくるか」 

 

 大和さん? の方が言い、海老名さんと三人で席を外してくれた。

 テーブルに残ったのは、私の他に、葉山さん、三浦さん、戸部さん……あの肝試しの夜に、私たちを囲んだ人たち。……もちろん、あれは演技だったんだってもう解ってるんだけど……それでもさすがに緊張はする。……でも。

 

「……林間学校の時、その……私のために嫌な思いさせてごめんなさい。……いろいろありがとうございました」

 

 私は一息にそう言って頭を下げる。

 三人は顔を見合わせてはいるけど、特に驚いてるという様子がない。予想してた……のかな。

 

「……あーしらは、別に。あーゆーのムカついて、勝手にやっただけだし、……それに嫌な思いしたのって、アンタもでしょ」

 

 三浦さんはケータイを弄りながら独り言みたいに言った。

 

「……それでも……」もう一感謝の言葉を口にしようとすると、

 

「感謝とかいーから。それでさ……あのあと…… どうなん? その、ハブりとか?」

 

 三浦さんがちらちらとこちらの様子を気にしながら聞いてくる。

 

「あ、はい。その……みなさんのおかげで、クラスからそういうの、無くなりました。……まだちょっとだけギクシャクはしてるけど、でも……大丈夫です」

 

「そ。……なら、良かったじゃん」

 

 彼女は横を向いたままそう言って「フッ」となんだか楽しそうに笑った。

 

「そーだべ。まー、なんつーの。前より良くなったんならオッケー、みたいな」

 

 戸部さんが、親指をたてて言う。

 葉山さんはそんな二人に目をやると、

 

「二人もこう言ってるし、こっちは気にしてないよ」

 

 そう言って爽やかに微笑った。

 

「ほんとに、ありがとうございました」

 

 私はホッとしながらもう一度お礼を言った。

 すると葉山さんが小声で、

 

「あと……これは黙ってろって言われてたんだが……」

 

「……?」

 

「さっき比企谷が俺に声をかけてきてね。何かと思ったら、『もし林間学校の時の子が俺達の所に来たら、何も言わずに話を聞いてやってほしい』と、そう言って頭を下げてきたんだ。……あいつが俺に頭を下げるなんて意外でね……。ずいぶん君のことを心配してるみたいだったよ」

 

 八幡……。鼻腔の奥がツンとして目頭が熱くなる。……ちゃんと自分で言うって言ったのに……、ばか。……でも……ありがと……。

 

 両手で口元を抑える私を見て、葉山さんは、

 

「比企谷には内緒な」

 

 口元に人差し指を立て、そう言って笑った。

 

 

 

 そして私は、心が暖かくなって自分の席に戻った…………はずなんだけど。

 何故か私はまた葉山さんたちのグループのテーブルに戻ってきている。

 

 

 

 **********

 

 

 

 私が自分の席に戻ると、

 

「ね、留美。あのイケメン集団と知り合い?」

 

「あ、うん、あの人達も林間学校で……」

 

「なにそれ……。その、林間学校の時のメンバーって顔で選んだの? 雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんもそうなんでしょ」

 

「うん……あ、あと、戸塚さんと、それから小町さんも」

 

「……ちなみにあの材木さんは?」

 

「い、居なかった」

 

 名前間違ってるけどね……。

 

「ふむ、ますます顔で選んだ疑惑が……ってまあそれはいいや」

 

「いいの?」

 

「うん、それよりあたし達のことも紹介してよ~」

 

 絢香がガシッと私の手を掴んで揺さぶる。

 

「あ、じゃあ私も」

 

「それなら俺も」

 

 中原さんやほかのみんなまでノリで騒ぎ出す。

 

「え、やだよ、紹介とか……」

 

 だって、さっきみたいな話をした後にもう一回って……なんだか恥ずかしいし。

 

「えー、留美には比企谷さんがいるんだからいーじゃん。独り占めはんた~い」

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「特にあの、髪長いおねーさんとお話してみたい」

 

 え、三浦さん? そっちなの? 葉山さんじゃなくて?

 

「へへ、きれいで格好いいじゃん。あーゆうの、やっぱあこがれるよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 **********

 

 

 

 私はみんなの圧力に負け、恥ずかしながら葉山さんたちにもう一度頭を下げ、小学生たちとお話してもらうことになった。

 

 ただ、けーちゃんが、すぐ隣のテーブルのお姉さんの所に来ていたのでちょっと心強い。

 

 でも、……けーちゃんに頼る私って……。

 

 そういえば、けーちゃん、なぜかまだ天使姿のままだけど……。お姉さん……確か沙希さん、が顔をほころばせて写真を撮りまくってるからこれでいいのかな。……うん、歩く度にぴこぴこ揺れる天使の羽根と輪っかがとってもかわいい。これで、

 

「るーちゃ~ん」

 

 なんて、可愛い声でピトッと抱きつかれたりすると……もう……なんかね……。

 

 そんな事を思いながらけーちゃんと遊んだりしていると、少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいる八幡を見つけた。彼は、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんたちと優しい目で話をしている。

 彼が何かの拍子にこちらを向き、私と目が合う……。彼は少しだけ驚いたような顔をした後、目を細めて柔らかい表情を浮かべた。……なんとなくだけど、その目は私に、「よかったな」と言ってくれているように思えた。

 

 

 

 **********

 

 

 

 老人ホームのお年寄りも、保育園の子たちも帰り、今は会場などの片付けが始まっている。

 とりあえず今日は色々と細かいものはじゃまにならない所に寄せて置き、運び出しは明日、という物も多いということだ。準備の時とちがって締切りみたいなものがないからか、騒がしいながらもどこか弛緩した、のんびりとした空気が流れている。

 

 夕方から簡単な打ち上げ、「お疲れ様会」とかいうのがあるので今日はそれまでのんびり作業という感じ。

 それに、クリスマスイブということもあり、小学生たちは片付けも打ち上げも強制ではないんだけれど……なんだか名残惜しいのは私だけでは無いらしく、結構な人数が残っているようだ。

 

 

 絢香たちと一緒に講習室の荷物を一通り後ろの壁際に寄せ、今日各学校に返還したりするものはエントランスに下ろしてまとめて、と。

 うん、だいたいの決まりはついた、かな。

 

「ね、ちょっとだけぐるっと見てきていい?」

 

 そう絢香に言うと、なんだかニヤニヤしながら、

 

「いーよいーよ。ほらほら行っといで。集合時間まで帰ってこなくていいから」

 

「あー、比企谷さんならさっき控え室に居たよ。多分ホールの荷物をそっちに下ろしてるんじゃないかな」

 

 中原さんまで()()()()()そんな事を言う。

 絢香たちの話だと、小学生のメンバー……特に演劇班で一緒にいた子たちは私のことを応援してくれているらしい。……応援って何よ? 

 いやまあ……その、気持ちは嬉しいけどやっぱり恥ずかしいというか……。

 

 でも、反論するのも変だし、「ありがと」とだけ言い、みんなの言葉に甘えて講習室を出た。

 「ぐるっと回ってくる」なんて言ったくせに、私は自然と早足になって控え室の方に向かった。そこに八幡が居なかったらそのままホールに上がってみよう。

 

 

 

 

 

 控え室の方には結構な数のダンボール箱が積まれている。入り口から覗くと、八幡と副会長さんが何かの数をチェックしているところだった。

 

「ま、ここはこんなところか……」

 

 八幡がチェックに使っていた、クリップボードをぽんと机の上に置く。

 

「比企谷」

 

「ん? どうした本牧……」

 

 私に気付いた副会長さんが私の方を指差すと、八幡は私を見つけ、入ってこいと手招きする。

 私は副会長さんにペコリとおじぎをしながら控え室に入った。

 

「留美か……。お疲れさん。……そっちは手、空いたか?」

 

「八幡たちもお疲れ様。講習室はだいたい終わりかな……。すごい荷物だね、これ、どうするの?」

 

「平塚先生が明日ワンボックス借りてきてくれるから、それで運ぶ。三、四回ぐらい往復すれば終わるだろ……近いしな」

 

 うん、ここから総武高は、車なら五分もかからないだろう。……それで、全部終わっちゃう……かぁ……。ただの感傷かもしれないけど、やっぱり寂しいなぁ……。

 

 そんな風に思っていると、

 

「そういや、さっきお前の母さんこっちに挨拶に来たぞ」

 

 ああ、そういえばそんなこと言ってた。

 

「何か変なこと言ってなかった?」

 

「……いや、なんだ、『お世話になってます』『こちらこそ』みたいな感じだったけど……。それにしても、すごいな、留美の母さん」

 

「え、なにが?」

 

「いや、俺の目を見ても全然平気そうだったぞ。……いや、大人だから、見ても知らんぷりで目をそらすってのはあると思うが……そういうのは何となく分かるからな」

 

 八幡は少しだけ寂しそうに言う。

 

「うん……」

 

「けど、ほんと自然に話すんだよ、ジロジロ見るわけでもなければ目をそらしもしない……。そういえば、留美も最初からそうだったな……?」

 

「お母さんはまあ……慣れてるんじゃないかな、そういうの」

 

「慣れって……、ああなんかマスコミ関係みたいなこと言ってたな。取材なんかで、いちいち人の外見気にしてる場合じゃないってやつか、なるほどな……」

 

 八幡が一人で勝手に納得してる……ふふ、慣れてるってそういう意味じゃないんだけど……まあいいや。

 

 八幡が時計を見て、

 

「まだけっこう時間あるな……。留美、大丈夫なら、少し『話』するか?」

 

 八幡はこっちを見ないまま、「話」を強調するように言った。……だからこれは、あの時の「話」の続きのこと……私と泉ちゃんの事。……どうする?

 少しだけ迷ったけど、話そう。……前に進まなきゃ、変わらなきゃって、そう決めたんだし。

 

「うん。私、八幡には聞いて欲しいこと……あるし」

 

「おう……あ、じゃあちょっとここで待っててくれ。二、三分……いや、五分以内で戻る」

 

「え、八幡……?」

 

 彼は返事も聞かずにさっと出ていってしまった。結果、私は副会長さんと二人で取り残される……。

 

 う……ちょっとだけ気まずい。実は副会長さんとはあんまり話したことないんだよね……。林間学校でお世話になった人たち以外では、書記の藤沢さんか、後は一色会長さんとばかり話してるから……。

 

 

 

「あ、その、鶴見さん」

 

「は、はい」

 

 間が持たないのは彼も同じようで、ちょっとぎこちなくだけど向こうから話しかけてきてくれた。

 

「その、今回はありがとう。……正直最初は小学生と一緒にやるのって大変なんじゃないかって思ってたんだ。でも、実際やってみたら、君たちのおかげで大成功だった」

 

「そんな……みんな頑張ったからですよ」

 

 そう私が応えると、彼は何かに納得したように言う。

 

「うん、そう……そうだね。じゃあ、『お疲れ様』かな」

 

「はい、『お疲れ様』です。ふふ」

 

 その後は少し緊張が解け、あの場面はうまくいった、とか、キャンドルサービスの時に転びそうになった子がいて焦った、とかそんな話になった。そうこうしているうちに八幡が戻ってくる。

 

「悪い、待たせたな、留美。 ……上でいいよな?」

 

「うん、大丈夫。……じゃあ、失礼します」

 

「お疲れ様。比企谷も後でな」

 

「おう」

 

 

 

 副会長さんに挨拶して、「上」へ……いつもの、遠い方の階段の二階と三階の間の踊り場へ。ふふ、なんとなくここは、「八幡と私の場所」って感じがする。そう思ってるのは私だけなのかもしれないけど。

 

 いつもならがらんとしていて、ベンチ以外なにもないような所だけど、今はここにも大きなダンボール箱がいくつか、端に寄せて積み上げられている。

 

 八幡はベンチの端にどかっと腰を下ろすと、

 

「なあ、留美。……無理に話さなくてもいいんだぞ」

 

「……ううん」

 

 私も八幡の隣に少しだけ間を空けて座る。くっつきはしないけれど、でも体温を感じることが出来るいつもの距離。

 

 私は、ゆっくりと話し始めた……。

 

 

 

 三年生の時、泉ちゃんと、隣の席で偶然同じ本を読んでるのに気付いて仲良くなったこと。藤澤誠司先生の絵画展を見に行って、先生とお話したこと、泉ちゃんと仲良くしてくれって言われたこと。

 友達が泉ちゃんをハブにした時、雰囲気に流されて距離を置いてしまったこと。

 

 そして……先生がご病気で亡くなる直前に、そうとは知らずに、「絵には興味ない」なんて言って泉ちゃんをひどく傷つけたこと。

 そのことで友達に八つ当たりして、自分がハブられるようになったこと。その時、泉ちゃんに避けられて、ショックだったこと……。

 

 ……今は、一緒に話していても心から笑えないこと。

 

 

 

 そこまで話したところで、八幡がぽつんと言った。

 

「で、どうしたいんだよ、留美は?」

 

「それは……また、前と同じように仲良くなりたいの」

 

「だったら、前みたいに話してればいいんじゃないのか? 見たところ、ギクシャクはしてても、向こうからは普通に話しかけてきてるんだろ。そうすればそのうち……」

 

「うん、わかってるんだけど、でも私……怖いんだ、泉ちゃんと話してて。……特に絵の話とかになると……その、この前も勝手に涙が出てきちゃって……」

 

「ああ、トラウマみたいなもんか。だったら藤沢とは一切絵の話はしないとか……」

 

「そんなの……無理だよ。……あの「背景」の絵、見たら分かるでしょ。泉ちゃんって言ったら、やっぱり「絵」なんだから」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 八幡は一つ溜息をつき、

 

「だいたい、怖いって()()怖いんだ?」

 

「それは……あの時みたいに、私がなにか言ってまた泉ちゃんを傷つけるんじゃないかって。……もう、あんな顔は見たくないんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

「違う、な」

 

 八幡の雰囲気が急に変わった。……なに……なんか、恐い。

 

「八幡……?」

 

「違う。それだけじゃ、無いだろ」

 

「え……」

 

「お前が何かを言うことで藤沢を傷付けるのが怖いって話なら、留美自身が気をつける問題だ。……昔それだけ痛い思いしてんなら、もう絶対に彼女を傷つけるようなことは言わないだろ」

 

「…………」

 

「だから、留美が怖いのは自分だけではどうにもならないこと……藤沢に、何か言われたり、拒否されたりするのが怖いんじゃないのか」

 

 八幡の言葉にどきりとさせられ、胸が詰まる。……そう、か。そうかも。私が怖いのは……でも……。私は八幡の顔を見上げて逡巡する。

 

「……いいから言っとけ。言いにくいことでも、誰かに吐き出せば楽になるってこともあるしな」

 

「うん……」

 

「どうせこのベンチに座ってんのは留美と俺だけだ。……俺はぼっちだから、誰かに喋るって心配もないぞ」

 

 またそんなこと言ってる……。でも、八幡になら、私の嫌なとこ、知られてもいいかな。……そう、八幡だけになら……。

 

 そして私は、今まで言えなかった、閉じ込めていた、忘れていた想いを打ち明ける。

 

「私……ね、あの時、泉ちゃんに、「鶴見さん」って呼ばれて、すごく、すごくショックだったの。いやだったの……。私……泉ちゃんのために仁美たちとケンカして、ハブられて……。わかってるの、自分が悪いんだってこと。けど……それでも――いやだったのっ」

 

 いつの間にか涙がこぼれ、声が枯れていく。それでも、八幡はただ静かに私の話を聞いてくれている。

 

「あの後私、トイレで吐いたんだよっ。……いくら吐いても気持ち悪いのが収まらなくって。泉ちゃんのために怒ったのにどうしてって、悲しくって……辛くって……」

 

 そう、私はあの時拒絶された恐怖から抜け出せてないんだ……もう、ずいぶん前の事なのに……でも、苦しいよう……八幡……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとさ、もう出てきていいぞ、藤沢」

 

 一瞬、八幡の言葉が理解出来なかった。

 

 

 

「え……なに。……なんて言った……の? 八、幡……?」

 

 私の問いに答えず、八幡はすっと立ち上がると、踊り場の端に積み上がっているダンボールを軽々とどかしていく。……中身、空っぽだ……。

 そして、その箱に隠された角のスペースに、涙で顔をぐちゃぐちゃにして座り込んでいる――泉ちゃんが、居た。

 

「あ……」

 

 嘘……、私の嫌な所、みんな……聞かれてた……の? 泉ちゃんに?

 

 私は思わず立ち上がり、八幡を睨んで、

 

「どうして……どうしてこんな酷いこと、するのっ!」

 

 そう涙声で叫ぶ。

 けれど八幡は平気な顔で、

 

「あー、言っとくが藤沢は悪くないぞ。……俺がいいって言うまで、何があっても出てくるな。声も出すなって言われてたんだからな」

 

「ここにいるの、八幡だけって言ったじゃない……」

 

 だから、……八幡だから私はっ……。

 

「この『ベンチに座ってんのは』二人だけって言ったんだ……別に嘘は言ってねーよ。……夏のドッキリは失敗したけど、今回はうまく…………」

 

 

 パシッ、と、びっくりするほど鋭い音が響く……。

 

 私は無意識に八幡の頬を殴っていた…………。

 

「あ……う……うぅ~……」

 

 痛い、……手のひらが熱くて……。心が痛い。痛いよ、八幡……。

 

 涙が止められない。声も絞り出すようにしか出ない……。

 私に殴られた八幡は、何も言わずに私を見つめ、ただ静かに立っている……。

 

 私はこの場にいる事に耐えられなくなって、顔を伏せ、八幡を見ないように走り出そうとして……。

 

 

 

 後ろから泉ちゃんに抱きしめられた。

 

「ごめんなさいっ……。比企谷さんが悪いんじゃ無いの……。わたしが、何もできなかった……から」

 

 なに……分かんない……よ。

 

 混乱している私に、泉ちゃんは言葉を続ける。

 

「あのね、わ……わたしも、やだったの。……留美ちゃんが『絵なんて興味ない』って言ったの。……お祖父ちゃんの絵を一緒に見た留美ちゃんにだけはそんな事言ってほしくなかったのっ」

 

 泉ちゃんが泣きながらそう訴える一言一言が私の胸に刺さる。

 

「あの時……、お祖父ちゃん死んじゃって……、わたし、心がぐちゃぐちゃで……留美ちゃんにひどいことしちゃって……。ずっと謝りたかったのに、なかなかうまく行かなくって……ただ笑ってごまかして……」

 

 あぁ……同じ、だったんだ。泉ちゃんも私も、ちゃんと言わなきゃいけないこと、……言えないでいたんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、留美、藤沢……」

 

 ずっと黙っていた八幡が口を開く。さっきとはまるで違う、温かい声。

 

「八幡……?」

 

「無理に、元通りにしよう、前と同じにしよう、って考えるから怖くなるんだ。前と違うことが不安になるんだ。……今、お互い、言いたかったこと言っただろ。言い足りなければもっと言っとけばいい」

 

「…………」

 

 八幡がほんの僅かに笑みを浮かべる

 

「もう留美も藤沢も前とは違うんだ。……それで、嫌なとこもわかって、ちゃんと覚悟して……それでも友達やりたいなら――また最初から始めれば良いんじゃねーのか? ……相性がよけりゃうまくいくし、壊れるもんは壊れる。……けど、一から……ゼロから始める関係なら、前と同じかどうかなんてそもそも気にする意味がない。……なら、何も怖いことなんかねぇだろ」

 

 彼はそう言うと私たちに背を向け、

 

「……ま、俺はそんな面倒くさいの御免だけどな」

 

 一言余計なことを言い、八幡は、そのまま下に降りて行ってしまった。

 

 

 

 踊り場には、放り出されたように私と泉ちゃんが残される。……でも、なんだか不思議な開放感。

 

 ふりむくと、泉ちゃんと目が合った。ふふ、ひどい顔。……きっと私はもっとひどい顔してる。

 泉ちゃんの目を見ていると、私の中にまだ不安が残ってるのを感じる……だけど。

 

 

 

 また、今から始めるんだ。……だから、きっと怖くない。

 

 

 

「泉ちゃん……」

 

「うん……」

 

「私と、また友達になって」

 

「うん……うんっ」

 

 私はそのまま泉ちゃんに抱きつく。……再び溢れる涙。けれどその涙は、暖かく、しょっぱくて……ほんの少しだけ甘い――心地良い涙だった。

 

 

 

 **********

 

 

 

 二人でひとしきり泣き、少し落ち着いた私たちは、洗面所で顔を洗ってから講習室に戻ってきた。「お疲れ様会」までは、二十分以上あるけど、もうテーブルの準備とかは始めているようだ。……八幡は中にいるのかな? 

 

 そのまま入ることがなんだか恥ずかしくて、そっと入り口から中を覗くと……何故か八幡が絢香の頭をぽん、ぽんと撫でているところだった。……どういうこと?

 八幡と目が合う……、彼は絢香からすっと手を離すと彼女に一言何か言って、素早く何処かへ行ってしまう。あ……逃げた。絢香の方はまだ私に気付かない。

 ……私は泉ちゃんをその場に押しとどめ、

 

「あーやかっ」

 

 そっと近付き、真後ろから声をかける。

 

「ひゃっ!」

 

 彼女はビクンとして振り向く。

 

「あ、な、なに? 留美」

 

 え……絢香、なんだか顔赤いみたいだし、目が泳いでる……まさか……。

 

「大丈夫、ちゃんと見てたから……。今の何?」

 

 う……思った以上に棘のある声が出てしまった事に自分自身でびっくりする。

 

「ちょ、留美怖っ……」

 

 絢香もぎょっとしたようだが、

 

「へへー……いやぁ~、年上男子に頭撫でてもらうっていいもんだねぇ。ほら、私背ぇ高いからさ、同級生とかだとちょっとさ……」

 

 急にくねくねしながら変なことを言い出した……何かごまかそうとしてる……?

 私がそのまま、じ~~っと見ていると、彼女は諦めたように言う、

 

「あはは。……いや、そのね、留美のこと頼まれてたんだよね……比企谷さんから」

 

「な……」

 

「あんたと泉ちゃんがさ、色々複雑みたいだから、『それとなく気をつけてやってくれ、頼む』って感じに……」

 

 いつの間にそんな……。

 

「あー……実はさっき、泉ちゃんを階段のとこに連れ出したり、段ボール箱積むの手伝ったりしたりしてましたっ。あは。……で、今のは、『うまくいったから、ありがとな』みたいな……。留美?」

 

 振り向いて泉ちゃんを見れば、ちょっとバツが悪そうに、右のおでこのあたりをこりこり掻いて苦笑いしてる。……ほんと、八幡にはかなわない……なぁ……。

 

「ごめん。絢香、泉ちゃん、またあとでっ」

 

「はいはい、いってら~」

 

 絢香のなんだか嬉しそうな声に送られて、私は八幡を探しに講習室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 誰もいないエントランス。隅っこにある自販機コーナーのベンチに腰掛けて、八幡はいつものアレを飲んでいた。

 

「八幡」

 

 私は声をかけ、八幡の隣りに座る。

 彼は、

 

「おう」

 

 と、こっちを見ないまま一言だけ。

 

「さっきは……ごめんなさい。……叩いちゃって」

 

「いや、叩かれるようなことしたしな。……で、もう大丈夫なのか?」

 

 八幡は、私の様子を伺うようにそう聞いてきた。

 

「……うん。ほんとに、ありがとう」

 

「そか」

 

 八幡はそう言って、ふっ、と小さく笑った。

 

 

 

 無言だけど満たされた時間が過ぎていく。時折八幡がコーヒーを啜る音がかすかにするだけ。

 ……あ、やっぱり八幡の頬、片方だけちょっと赤い。

 

「ねぇ、ちょっとほっぺ見せて」

 

「いや、んなもん見てどうすんだよ」

 

「いいから」

 

 私はベンチの上で膝立ちになり、八幡の肩に寄りかかるようにすると、嫌がる八幡の手をどけて無理やり覗き込んだ。……まだ結構赤い。腫れたりはしてないみたいだけど。

 

「ごめんね、痛かったでしょ……」

 

「あー……まぁ、少しだけな」

 

 私は、赤くなっている所を指先で優しく撫でる……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして……そこにそっと私の唇を押し当てた。

 

 

 

「なんっ……!?」

 

 八幡は一瞬固まった後、びっくりして飛び退く。

 

「る……おま、何してんの?」

 

 いつもどこか余裕のある八幡も、さすがに赤くなって慌ててる。……けど私の方もいっぱいいっぱいだ。

 

 ……これ、思ってたよりずっと恥ずかしいよ~。

 

「お……おまじない。おまじないだからっ。……早く治るようにって」

 

 どうにかそれだけ言って、今度は私が逃げ出した。……唇が熱い。心臓が鼓動を刻む度に、その熱が全身に波紋のように拡がって行く……。

 

 

 

 ……私、八幡のこと好きだ……。

 

 今までだって自覚はあった。ううん、そうじゃない。自覚してるって勘違いしてただけだ。

 ――八幡と目が合うと心が暖かくなる。八幡と話すのがうれしい。彼の近くで体温を感じると安心する。八幡が他の女の子と仲良さそうにしてるともやもやする――()()()好き?

 

 そんなんじゃない。それは、もう好きになってるからそう感じるってだけ。

 

 ……今気付いた。初めて知った……本当に人を好きになるってこと。

 

 

 ――八幡が、この世界に居てくれることに、……私を、比企谷八幡という、少しひねくれてるけど誰より優しい男の子と巡りあわせてくれた奇蹟に「ありがとう」って言いたい。ずっとこの奇蹟が続きますようにって心から願いたい――

 

 世界とか奇蹟とか――大袈裟かもしれないけど、そう素直に思える、それが私の好きの気持ち。

 

 ふふ、でも……誰に感謝したりお願いしたりしたらいいのかなぁ……神様? それとも仏様とか? 八幡のご両親……は違う、かな……。

 

 

 

 そうだ。だったらイエス様にお願いしよう。きっと願いを叶えてくれる――だって私は「賢者デラ」そして今夜はクリスマス・イブだもの。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 イベントから二日。昨日まではテレビでも「クリスマス」の話題で持ちきりだったのに、一夜明ければクリスマスの「ク」の字も出てこない。今年を振り返って、とか、来年は、とかの話題ばかり……。

 

「はあ」

 

「どうしたの、溜め息なんかついて……。クリスマスイベント終わって気が抜けちゃった?」

 

 リビングのソファにもたれて、一つ大きなため息をついた私にお母さんがそう声をかけてくる。

 

「そんな事無いけど……」

 

 

 

 誰かを心から好きになる、それはとっても素敵なこと。

 だけど……自覚してしまった恋の現実はなかなかに厳しくて……。

 

 何と言っても恋のライバル……と言っていいのかな? 八幡の近くにいる女の子は魅力的な人たちばかりで……。

 

 その中でも――多分だけど――今、八幡の心を一番占めているのは雪乃さん。八幡を好きになったから、見ているから分かる。あの、漫才みたいなやりとりをしてる時、真面目に仕事をしてる時、二人が並んで立つ姿がとっても自然で……なんというか、根っこのところで深く信頼しあっているのを感じる。

 それに……二人の間にあるのはただの信頼だけじゃ無い。……それが何なのかは、彼ら二人にしかわからないことなんだろう。

 

 それから、結衣さんが八幡のこと好きなのは間違いないし、いろはさんも……もしかしたらだけど沙希さんもなんだか八幡のこと気にしてるっぽいんだよね。

 ほんと、全くどこがぼっちなのよ。

 

 そして、決定的なのは、彼女たちが八幡と同じ高校生なのに、私はまだ小学生であること。

 高校生の八幡にとって、五つも年下の小学生である私が恋愛対象になるとはとても思えないし。……はぁ。

 

 

 

 また溜息をこぼす私に、お母さんが、

 

「ね、留美、これやってみない?」

 

 そう言ってお母さんがタブレットPCの画面を開く。

 

「ん? 何」

 

「うちの雑誌の新年号のウェブ版限定でやってる来年の運勢。干支と星座と血液型の組み合わせで576通りの結果が出るって。

 

「へぇー」

 

 576通りって……さすがウェブ版。それだけで本が一冊出来ちゃうよ。

 

「じゃあ、お母さんから」

 

 母が自分の干支と星座、最後に血液型を入力すると、「健康運」「金運」「仕事・学業運」「恋愛運」なんかが、棒グラフで表示され、その下に簡単なコメントが表示される。

 

「うーん、金運は良いけど、恋愛運はイマイチね」

 

 ……お母さん……恋愛運って……。

 

「あ、相性占いもあるわ。……お父さんは五つ上だから干支は○年で、星座は△。血液型はBっと」

 

 え、五つ上。

 

「ね、お母さん。お父さんとお母さんって、五歳差ってこと?」

 

「急にどうしたの? そうね、お母さんのほうが誕生日早いから、差は四歳半位だけど、学年では五つお父さんの方が上よ」

 

 両親の年の差なんて意識したことなかったけど――五歳差……私と八幡と同じ。

 だから何、って言われれば何もない。わかってる。……でもちょっとだけ……ううん、すごく嬉しい。

 

 頭の中で、大人になった私が八幡に向かって、「おかえりなさい、あなた」なんて言ってる場面を想像してしまった。何だこれ……私、おかしい……。

 

「……留美? 溜め息ついたり真っ赤になったり忙しいわね……」

 

 お母さんが何か言ってるけど聞こえない。

 

 そうか、大人になれば……結婚するぐらいの年齢になれば、五歳の差なんて大したことじゃないんだ。……叶わない恋かもしれないけど、今、無理に諦める必要なんて無い。そう考えることが出来るだけでもこんなにも心が躍る。

 ……やばいなぁ……これ。自分で思ってたより私、ずっと本気みたい。ふふ、なんだか楽しくなってきちゃった。

 

「おーい、留美……大丈夫? 今度は何で笑ってるの? 話聞いてる~?」

 

 私の恋はきっと前途多難――それでも私は前を向く。いつか、自然に八幡の隣に立っていられる未来を夢見て。

 

 

 

 

 鶴見留美は聖夜に願う  完

 

 

 

 

 




 どもども。 おかげさまでクリスマスイベント編「鶴見留美は聖夜に願う」無事完結です。なんとかタイトル通りのお話になりました。


 途中年末・年度末を挟み、だいぶ更新のペースが落ちてしまいましたが、どうにかここまでたどり着いたのも、飽きずに読んでくださったみなさんのおかげです。本当にありがとうございました!!


 さて、次回は「幕間」です。 クリスマスイベントに関係する話をちょこっと書きたいと思っています。



 ご意見、ご感想お待ちしています。
 
 今回だけでなく、「聖夜に願う」全体に対しての意見・感想ももしありましたらぜひ。

 ではでは~。



4月8日 誤字修正 報告ありがとうございました。

5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。


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幕間 新しい友達

 
 どもども。更新が遅くなりすいません。その分ちょっと長めになっております。

 さて、今回のお話は、クリスマス編の「おまけ」として書かれております。
 話が飛んだり、説明不足だったりするところがあるかもしれませんが、そこは「おまけ」ということでお許し下さいね。

 では、「鶴見留美は聖夜に願う――幕間」です。





 最近、新しい友達ができた。

 

 近所の高校が主催するクリスマスイベントのボランティアに参加して知り合った子で、同じ六年生。お隣の小学校に通っている。

 彼女とはなんだか波長が合うというか、この先もずっと仲良くしていけそうな気がしてるんだ。

 

 ただ、彼女はとっても素敵な子なんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと、目がドヨンと濁った高校生に恋をしているのだ!

 

 ふっふっふ~。るーちゃんだと思った? ……残念っ! あーちゃんでしたっ。

 って、あたしは一体誰に話してるの……。

 

 

 

 *********

 

 

 

 その子、「鶴見留美ちゃん」の最初の印象は、「すっごくきれいな娘」

 

 あたしも、自分の容姿は……まあまあいい方なんじゃないかな、ぐらいには自信あったんだけど、鶴見さんはそういうのとはちょっとレベルの違う美少女で、「アイドルの卵です」とか、「なんとか劇団で女優目指してます」とか言われたら、多分普通に納得してしまっただろう。

 そのせいかもしれないけど、初めはみんな、こっちから話しかけるのは気後れするというか……この地区の3つの小学校から集まったボランティア参加者16人の中で、彼女はどこか浮いてるみたいに一人で居た。

 

 

 ボランティア初日。私たち全員が講習室という部屋に案内されると、早速、海浜総合高校と総武高校の生徒会長さん二人から御挨拶をいただいた。

 

 

 

 まず、海浜の制服を着た、なかなかのイケメン君がこちらにやってくる。高校生としてもやや高めの身長。彼が総武高校の人たちの方へ何か声をかけると、

 

「は~い、今行きますぅ」

 

 と、可愛らしい声で返事をして、肩までの茶髪をゆるふわにした、海浜の彼に比べるとやや幼い印象の女の子がこちらにやって来る。背もあまり高くなく、あたしより小柄だ。

 

 二人並んだところで、海浜の彼がコホンと咳払いをひとつ、挨拶を始めた。

 

「やあ、○○小学校、△△小学校、□□小学校の皆さん、こんにちは」

 

「「こんにちはー」」

 

「僕は海浜総合高校の生徒会長で、玉縄と言います。……そして、」

 

 玉縄さんは彼女の方に手を差し出して、場を譲る。

 

「はい、総武高校で生徒会長してる、一色いろはです。みんな、今回はよろしくね」

 

 「ニコッ」という文字が見えそうなぐらい完璧に可愛い笑顔で彼女が言う。でも……、なんだか隣の玉縄さんにちょっと苛ついているような……気のせいかな?

 

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

 あたし達も元気よくあいさつを返す。それにしても、この一色さん、元々の容姿だけでなく、表情とか仕草とかがいちいちカワイイ。……高校だと、会長は選挙で選ぶんだろうし、やっぱりそういうのが大きいのかな。

 

 続けて玉縄さんが話を始める。

 

「今回は僕たちのクリスマスイベントに参加してくれてありがとう。みんなで協力してクリエイティブで、エキサイティングなものに仕上げていこう。君たちの参加によるシナジー効果を期待しているよ」

 

 ……うわ……いきなりガツンとカマしてくれるなぁ、この会長さんてば……。身振り手振りは大きいけど、ぶっちゃけ何言ってんだかさっぱりわかりませんよ?

 

 で、結局何のイベントなの? と話の続きを待っていると、あろうことか玉縄さんは一色さんを連れて自分の席の方に戻って行ってしまった。いわゆる、「すぐに担当者が参ります」って感じでも無さそうだし……。

 

 え、いきなり放置ですか……。それでも、少しの間は、私たちも他の小学校の子たちと自己紹介もどきをしたりしてたんだけど、いつまで経っても次の指示がないのでさすがにみんなざわついてくる。

 

「ねー、何やればいいの?」

 

「誰か聞いてきてよー」

 

「えー」

 

「お前行けよ」

 

「じゃあ、じゃんけんで……」

 

 やれやれ、しょうがないからあたしも行くかぁー、と立ち上がろうとした時、

 

「私、何やればいいか聞いてくるよ」

 

 そう言って鶴見さんはすっと立ち上がるとそのまま高校生たちの方へ行ってしまった。ちょうど席に戻ってきた、あの可愛らしい生徒会長さん達となにか話をしている。……鶴見さん、か。へへ、なんか格好いいな。

 

 私達小学生にとって、面と向かって高校生達と話をする、っていうのはけっこうハードルが高い。なんていうか、大きいし大人っぽいし。

 だからあたしは、何をやるか聞きに行くにしても、二、三人で行くつもりでいたんだよね。でも、彼女は当たり前のように一人で堂々と話をしている。

 

 綺麗でかっこいい女の子、鶴見留美ちゃん――仲良くなれたらうれしいな。と、この時はその程度の感覚だった。

 

 

 

 

 

 彼女に本格的な興味を持ったのはその後、材料の買い出しから帰ってきた後だ。

 

 その日、私達小学生は最初二班に分けられた。

 あたしと鶴見さんを含む五人は、総武高の生徒会役員の藤沢さんという人と一緒に、すぐ近くのマリ○ピアにある文具量販店に紙や道具類などの買い出しに行ってくることになった。

 で、その買物を無事終えて、みんなで沢山の袋をぶら下げてえっちらおっちらとコミュニティーセンターに帰ってきた、その時の話。

 

 この時、買物に参加してないみんなは、元からある材料で作れる飾りなんかを作ってたんだよね。あたし達が講習室にたどり着くと、

 

「あ、絢おかえり~。すごい荷物だね……」

 

 同じクラスで一緒にイベントに参加してる陶子(とうこ)が私たちに気付いて声をかけてくれる。

 

「ただいま~。紙ばっかりだけどけっこう重い……」

 

「おつおつ~」

 

 持ってきた袋をドサッと机の上に下ろす。あーあ、手のひら赤くなっちゃってるよ。

 

 

 

 最後に講習室に入ってきた藤沢さんが、小学生の監督役をしていたと思しき高校生に、

 

「あ、比企谷先輩、お疲れ様です」

 

 そう声をかけると、

 

「おう、そっちこそお疲れさん」

 

 彼は疲れたような声で応じる。見れば、ちょっと「うわっ」ていいそうになるくらいどよんと濁った目をしてる……けど、それ以外はなかなかのイケメンさん。作り自体はさっきの玉縄さんより整ってるんじゃないだろうか。

 

 でも、あの目は無い。……徹夜でもしたんですか。

 

「……会議、どうでした?」

 

「あー……、まあ、どうもならんわ。とりあえず今日は、今できるのをやるしかねーな。あと、議事録のまとめ」

 

「……そうですか……」

 

 何となく聞こえてくる話では、どうも会議がうまくいってないらしい。

 

「……でも、このままじゃ、不味いですよね」

 

 なんて、彼らが二人して元気無さそうにしていると、

 

 

 

「ハチマン、なんか困ってるの?」

 

 鶴見さんが、その目の濁った高校生の隣の椅子に、当たり前のように座ってそう聞いた。

 

「……おう、おま……、留美もお疲れさんな」

 

 彼の方もなんだか普通に返してくる……今、『留美』って名前呼び捨てにした……? それに『ハチマン』って、何? あだ名?

 周りのみんなは、二人の様子に ??って感じなんだけど、当の二人はそんな空気に気付く様子もなく会話を続ける……親戚かなんかなのかな。

 

「うん、大丈夫、近いし。それで?」

 

「ああ、まあなんだ、具体的に何やるかまだ決まって無くてな……」

 

「え、それって大丈夫なの?」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 聞けば、「ハチマン」とは「八幡」―― 比企谷八幡さん。……まさかの小学生が高校生の名前呼び捨て!

 

 面白い……。綺麗でカッコ良くって、高校生の男子と名前で呼び合う「鶴見留美」ちゃん。それに、その微妙なイケメン高校生「比企谷八幡」さん。

 

 あたしはその日、この二人を生暖かく見守っていこうと決意したのでした。

 

 

 

 *********

 

 

 

 あたしの密かな楽しみは、

 

「他人の恋愛を横から眺めてニマニマすること」

 

 あまり大っぴらにそんな事をしていると、「こいつ性格悪ぃーなぁ」なんて言われそうなので一応ヒミツ。まあ、陶子辺りは気がついてるんだけどね。

 それに、あたしは別に誰かの恋愛を馬鹿にしたり、邪魔したりはしない。もし相談に乗ってほしいって言われれば一生懸命手伝う。お似合いのカップルがラブラブしてる所を見てると、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうんだ。

 誰かにそう言ったら、

 

「えー、そういうの見てたら、羨ましくなったり、リア充爆発しろとか思ったりしないの?」

 

 なんて聞かれた事がある。

 羨ましい、か。……正直ピンとこないなぁ。あたしは今のところ、自分自身の恋愛にそれほど興味がない。だからその分、やりすぎない程度に彼らを、彼女達を応援するのだ。

 

 ついでに言えば、マンガや小説なんかも恋愛要素がたっぷり入ってるものが好み。ただ、いわゆる少女漫画の、ヒロイン一人が複数のかっこいい男子に囲まれる、みたいな話はいまいち好きじゃない。

 だってそれってヒロインの勝利が確定してるから、いまいちドキドキしないんだよね。むしろ、どっちかといえば男の子向けの「ハーレムもの」なんて言われる作品の方が好きかもしれない。

 

 そういうお話に複数登場するヒロイン達の中で、気に入った娘を応援する気持ちで読むんだ。でも、その娘が主人公と結ばれるとは限らないから、すごくドキドキする。……それで、その恋が実ればとっても嬉しいし、他の娘が選ばれるとちょっぴり切なくなる。

 ……少し前にとあるライトノベルで、あたしイチ押しの、表は厨二ゴスロリ、裏は家庭的で健気っていう少女が、まさかの展開で主人公の実の妹に負けた時はけっこうショックだったなぁ……そういえば、あれって、この千葉が舞台だったっけ。

 

 ま、あたしの話はいいや。

 

 

 とにかくそんな訳で、あたし的に現在注目の鶴見さんだけど……、ここ二、三日なんだか機嫌が悪い。それに、ちょっと元気も無いみたい。……まあ実は、理由はなんとなくはわかってるんだけどね。

 

 あの二人……雪ノ下さんと由比ヶ浜さんの二人が参加するようになってからというもの、「ハチマン」こと比企谷さんは急に忙しくなったみたいで、ちっとも鶴見さんにかまってくれなくなっちゃったんだよね……。

 

 まったく……イカン、イカンよ比企谷くん。君は女心というものがわかっておらんね。

 

 今まで、少しでも時間があればすぐ比企谷さんのところに行って、大した話じゃなくてもとっても楽しそうに話をしてた鶴見さん。……それを、いくら忙しいからと言って全く相手をしてくれないとか……。

 しかも、今正に彼と一緒に行動してる二人が二人とも、総武の制服がよく似合うすっごく魅力的な女の子っていうんだからそりゃあ鶴見さんの機嫌も悪かろうって話ですよ!

 

 

 でも……この二人の高校生、本当にレベル高い!

 

 雪ノ下さんはいわゆる黒髪ロングのものすごい美人。スラッとしていてどこか儚げなんだけど、なんというか、こう……シャープな、一本芯の通った印象をうける。「凛とした」っていう表現が似合うかな。

 しかも、聞いた話だと彼女の一言で、止まっていたイベントが一気に動き出したというじゃないですか。この外見で中身も有能とか……こういう人、現実にいるんだなあ、と感心してしまう。

 

 もう一人、髪を明るく染めている由比ヶ浜さんは、優しい笑顔が印象に残る女の子。彼女がいると不思議とその場が柔らかくなり、ギスギスした雰囲気が消えていく。

 くるくる変わる表情のせいか、「可愛い」印象が強いけど、小顔で目もパッチリで、雪ノ下さんとはタイプが違うけどこちらも「美人」に分類される顔立ちだとあたしは思う。……そして、注目すべきはそのスタイルの良さ! 何ていうかその……大きいんですよ、すごく。それなのにウエストラインはきゅっと引き締まってて……どっかのモデルさんですかって感じなの。

 

 そんなハイスペックな二人だけど、何となく比企谷さんに気がありそうっぽいんだよね~。いや、はっきり分かるわけじゃないけど……なんか三人ですごくいい雰囲気出しちゃっててさ。……で、ますます鶴見さんがしょんぼりしてしまうと。

 

 鶴見さんもすっごくきれいなイイ娘だけど、そうは言ってもまだ小学生。恋のライバルがこの二人ってのはキビシイよね。

 

 

 それにしても、この二人にしろ鶴見さんにしろ、こんな綺麗な娘たちがそろってなんであんな目が濁ってて猫背のイケメン崩れに惹かれるのかね~? とか、最初は思ってたんだよね。

 ……でも、このイベントを通してわかってきた。

 

 あれだね、「仕事ができる男はモテる」ってやつだね。

 

 

 彼はとにかく頭の回転が速い。そして難しい仕事、大変な仕事を当たり前のように自分で引き受け、淡々とこなしていく。強力な助っ人である雪ノ下さん達を連れてきたのも彼だし……正直、比企谷さんがいなかったら、このイベント自体失敗して……何もやらずに解散、みたいなことになってたんじゃないだろうか?

 

 そして、たま~にしか見せない素の笑顔とか、目を閉じて何かを真剣に考えてる表情とかを見てるとなんだかキュンと……って、いやいや、あたしまで胸キュンしてどうすんだよ……危ない危ない。

 

 

 まあ、そんな雰囲気の中、私達小学生チームは無事にクリスマスツリーの飾り付けを完成させ、今は講習室の後ろの方で、保育園の子たちに着けてもらうための天使の翼とか、頭の上の輪っかとかを作っているところ。

 

 この天使の翼は、白いダンボールで出来た本体とそれを背負うためのゴム紐を針と糸で縫ってくっつけるんだけど……あたし、あんまり裁縫って得意じゃないんだよね。

 だからあたしは、他の子が切り抜いてくれた翼に、水色のペンでせっせと羽の模様を描いている。

 それに、鶴見さんが幅の広いゴム紐を縫い付けていくんだけど……この子器用だなぁ。ダンボールに千枚通しみたいな物でプスプスと小さな穴を幾つか開け、そこに上手に針を通していく。彼女がゆっくりと糸を引っ張ると、きれいなバッテンの形の縫い目になった。

 他にも縫い物出来る子はいるんだけど、彼女がやったほうが綺麗に仕上がるのでついみんな鶴見さんに任せてしまう。……結果、彼女の前に翼の山が。

 

 しゃーない、こっち終わったら、あたしも下手なりに手伝おう。

 

 

 

 お、ホワイトボードの辺りで、「今後の方針」みたいなのを話し合ってた高校生達だけど、どうやら一段落したらしい。

 比企谷さんが、様子を見に、って感じでこちらにやって来た。鶴見さんの前に山と積まれた翼に気付いたらしく、ごく自然に彼女の隣に座り、作業を手伝おうと手を伸ばす……。

 

 あたしを筆頭に、鶴見さんの機嫌が悪い理由に気付いてる小学生のみんなは、仕事をしているふりをしつつドキドキしながら彼女の動向に注目する……。

 

「八幡、いい。いらない」

 

 そう言って彼女は少し唇を噛む。

 比企谷さんの手がピタッと止まり、彼は鶴見さんの顔を覗き込む。

 

「一人でできる」

 

 彼女が比企谷さんの顔も見ないでそう言うと、

 

「いや、できるつってもお前……」

 

 比企谷さんは、鶴見さんと山になってる翼とを交互に見ながら呆れたような声を出す。

 

「いい」

 

 彼女は首を振る。もう、素直じゃ無いなぁ……。

 

「……そうか、一人でできる、か」

 

 比企谷さんはそう言うとガタンと音を立てて立ち上がった……えぇっ、行っちゃうの? 見守る小学生ズに緊張が走る。

 

 鶴見さんはその音にピクンとして、一瞬、縋るような目で彼を見上げる……。けど、自分で「一人で出来る」と言ってしまった手前、何も言えずに下を向いてしまった……。

 

 ああもう! 意地張ってるから……。

 

 比企谷さんは小さく息をつき、それからぐっと胸を張り、トントンとその胸を叩いて言う。

 

「でもな、俺のほうがもっと一人でできる」

 

 比企谷さんナイス! 意味分かんないケド格好いいよっ。でも目はちょっとアレだけどっ。

 

「……なにそれ、……ばっかみたい」

 

 鶴見さんはそう言ってクスクス笑い出す。……いや、馬鹿ってそれはアナタの方でしょうが、この意地っ張りさんめ。

 

 まあ、比企谷さんがフォローしてくれたのはちゃんと鶴見さんもわかってるみたいで、比企谷さんがもう一度彼女の隣に座っても何も言わず、二人で仲良く作業を再開してしまった。……比企谷さん、意外に針使うの上手いな。手慣れた感じで様になってる。

 くっ、女子としてなんか敗北感。……裁縫、少し練習しようかなぁ。

 

 うん。まあとにかく良かった良かった。鶴見さん、けっこう機嫌良くなったみたいだし。

 

 一安心したあたしは、二人の様子を気にしつつも作業を再開した。……でも、二人の話はしっかりと聞き耳を立てて聞いている……へへ、だって気になるじゃん。

 

 

「八幡」

 

 鶴見さんがポツリと言う。

 

「ん?」

 

「……良かったね。……その、雪ノ下さんたち、来てくれて」

 

 鶴見さんいい子だ。なかなか言えないよ、こんなこと。

 

「おう。まあ今回は特に……あいつらには感謝してる。……それから、留美にもな」

 

「え、私? 何で?」

 

「まあアレだ……お前と、あと平塚先生にも随分と心配かけてな。それで、色々と背中を押してもらったというか、」

 

「八幡……」

 

 ををっ、なんかいい雰囲気じゃないのっ。

 

「その、唐揚げも旨かったしな。……だからその、あんがと、な」

 

 そんな事を言いながら比企谷さんは、彼女の頭に手を伸ばし、サワサワと優しく撫でる……。

 

 ひゃぁあぁ~……こ、これってアリなの? いいの?

 

 ふと周りを見渡せば、この部屋にいるみんなが注目してるというのに、鶴見さんはとろんとした瞳で気持ちよさそうに自分から頭を擦り付けるみたいにしてるし、比企谷さんは目を細めて優しい顔してるし……完全に二人の世界? 

 

 はぅぅ……見てるこっちがなんだか恥ずかしくなってきた……。

 

 ……はぁ。キミたちもうちょっと周りを気にしなさいよ。由比ヶ浜さんなんて目を丸くして口をぱくぱくしてるじゃないの。てゆーか唐揚げって何? いやそれはいい……のか?

 

 ふと気がつくと、比企谷さんは彼女の頭に手を乗せたまま何か考え事してるみたい。

 鶴見さんも気付いて、

 

「どうしたの、八幡?」

 

 と尋ねた。

 

 ツッコミどころ満載、いやむしろツッコミどころしか無いようなこの状況は、比企谷さんの次の発言でさらに加速する!

 

「なあ、留美。 ……お前、うちの演劇出てみないか?」

 

 ……あたし、もうついて行けない……。

 

 

 

 **********

 

 

 

「じゃあ、うちのブラス部のリーダーに紹介するから、キミたちは僕と一緒に来てくれたまえ」

 

 玉縄会長さんが、アライアンスでシナジー効果がどうたらこうたら言いながら、金管楽器を吹ける小学生、「音楽チーム」の五人を上のホールに連れて行った。何でも、海浜総合高校の吹奏楽部の部長さん達が今日会場のチェックに来ているとのこと。

 

 

 

「では、このメンバーで劇の方頑張っていきましょう。みなさん、あらためてよろしくお願いしますね~」

 

 一色会長さんが、講習室に残った小学生、「演劇チーム」それから、総武高生徒会、奉仕部のメンバーに、相変わらず甘~い声で挨拶する。

 

「えっと、『賢者の贈り物』本編については、書記ちゃんの脚本が今日中には書き上がるということなので、出演者の練習は明日からですねー。……留美ちゃん、絢香ちゃん、陶子ちゃん、そういうことでよろしくね~」

 

「「「はい」」」

 

「では、今日は本編の後の演出について話し合う、ということでいいのかしら?」

 

「ですです。……それでなんですけど、雪ノ下先輩にはぜひケーキを作って頂きたいな~と。それをみなさんにプレゼント! みたいな感じでー」

 

「え、でも、そんなにお金あるの? だって、お年寄りと保育園の子たちだけでもけっこうな人数になるじゃん」

 

「それは一応、さっき役所の方に確認してみた。お年寄りたちにお茶とお菓子を提供するって形なら、市の方でもある程度は助成金を出してくれるとさ。どんなものを出すかにもよるが、自分たちで作るなら、それほど無茶な金額にはならんだろ……。どうだ、雪ノ下?」

 

「それなら、まずは、参加人数の確認と材料費の試算ね。それから、こことうちの学校の調理室、冷蔵庫の利用状況の確認と予約」

 

「ゆきのん、学校の方はあたしやるよ。23日でいいんだよね」

 

「ええ、でも、冷蔵庫は前日からイベント当日まで使いたいわ」

 

「………………」

 

「…………」

 

「……」

 

 はー、なんか……今までダラダラしてたのが嘘みたいにすごいペースで話が進んでいくなあ……。うん、会議とか話し合いって、やっぱこうじゃないとねっ。

 

 

 

 さて、『もうついて行けない』なんて思ってはいたはずなんだけど、何故かあたしは準主役である「ジム」として劇に出演することになってしまった。

 

 と言っても、この『賢者の贈り物』って、舞台に立つのは三人だけなんだけどね。それにずっと出てるのは、留美が演じる「デラ」だけで、私の「ジム」と、陶子の「女主人」は、それぞれ一つの場面に登場するだけ。

 

 

 

 留美が主役の「デラ」に決まった時点で、身長のバランス的にジム役をやれそうな男子は二人いたんだけど、二人とも恥ずかしがって、「絶対やりたくない」って言うんだよね。

 

 ……まあ、分からなくもない。演技とは言え、女子と抱き合ったりしたら、後でからかわれるに決まってるし。……まして、相手が留美というすごく綺麗な娘ともなれば、どうしたってビビってしまうんだろうな。

 しかし……まったくもったいない。どうしてこれをチャンスと考えないのかね彼らは。

 

 だって、留美と合法的にハグ出来るんだよ! こんなラッキーそうそう無いよ!

 

 でも、みんな、舞台に立たなくて済むナレーションとか照明とかの方をやりたがって、ジムと女主人のなり手がない。

 ……で、さっきも言った身長のバランスもあって、結局はあたしがジム役に決まったの。

 女主人役もなかなか決まらなかったんだけど、「絢もやるならしょうがない」ってことで、最後は陶子が引き受けてくれた。

 

 そういえば、この時初めて「留美」「絢香」って呼びあうようになったんだっけ。

 ふう、やっと「留美」「八幡」の関係に並んだよ~! 

 

 

 

 *********

 

 

 

 今日は、完成した脚本を持って、出演者と比企谷さんで実際のステージを見に来ている。

 舞台の上で本を持ったまま、だいたいの動きを確認。

 

 気をつけなきゃならないのは、現実に人と話すときと違って、セリフを言う時に相手と客席の間ぐらいの方向を向くこと。そうやって客席から顔が見えるように、声が通るようにするんだってさ。

 これが意識してやらないとなかなか難しい。つい、話す相手を真っすぐ見ちゃうんだよねー。

 

 

 

「せんぱ~い、ちょっとこっち良いですか~」

 

 一通り流れの確認が終わったころ、一色さんがホールにやって来て、比企谷さんに何か相談をはじめた。……肩をぴったりくっつけるみたいに並んで、ふたりでファイルを覗き込んでいる。

 

 うーん……なんだかこの一色さん、気のせいかもしれないけど、急に比企谷さんにモーションをかけ始めたような……。

 最初はそうでもなかったよね? いつからだろう。……雪ノ下さんと由比ヶ浜さん達が来てから……かな。急にライバル心が出たとか? もし彼女まで比企谷さんに好意を持ってるとしたら、留美はますます大変だよなぁ……。

 

 

 

 結局、比企谷さんはそのまま一色さんに連れて行かれてしまった。

 みんなが舞台を降りて自分の持ち場に帰っていく。その時留美と二人になったので、思い切って比企谷さんとの関係を聞いてみた。

 

「それで? 前から気になってしょうがなかったんだけど……留美と、あの比企谷さんってどういう関係なの?」

 

「どうって……。前に話したことあると思うけど、夏の林間学校の時にお世話になって……」

 

 うんうん、それは前にも聞いたってば。 

 

「えぇ~~。でもさ、なんかお互い名前で呼んでるし、最初は親戚とか、ご近所さんとかかなーって思ったけど、そーゆうんでも無さそうだし、この間なんか嬉しそうに頭撫でられてるし。……それに、そういう時、留美が比企谷さんを見る時の目がさ……」

 

「え、私の目?」

 

「マジ? 自覚無いの?」

 

「うん。そんなに変な目、してるかな」

 

 あんなとろんとして幸せそうな表情をしておきながら、自覚が無い……だと……。

 

「変、っていうか……その、目の中にハートマークが見えるというか……」

 

「な…… え?」

 

 おおっ、珍しく動揺してる。なんかかわいなぁ。もうっ! こっちが照れちゃうっての。

 

「やっぱその、好き、なんでしょ?」

 

 ここでど真ん中の疑問をぶつける……さすがに怒るかな?

 

 留美は小首をかしげて少しだけ考えると、

 

「うーん。よく分かんない」

 

 と、照れるでも怒るでもなく、「ほんとにわかんない」みたいな顔で答えた。

 

「えぇー、なんで?」

 

 アレで好きじゃないとか言うつもりかね? そんな考えが顔に出てしまったのか、

 

「あ、もちろん嫌いなわけじゃないけど……だって、高校生と小学生だよ?」

 

 彼女はそう言い加える。

 

「いいじゃん! 高校生との大人っぽい恋とか、ちょっと憧れあるなぁ」

 

 冗談めかして言ったけど、これは本音。あたし、自分の背が高いのもあってか、同じ小学生の男の子には興味がない。それに、漫画なんかの影響かもしれないけど、「彼氏の顔を見上げて話す」のにはちょっと憧れる。

 

「だからさぁ、留美はもっとぐいぐい行こうよぉ」

 

「絢香……面白がってるだけでしょ……」

 

「へへっ。やっぱわかる?」

 

「あのねぇ……」

 

 留美はちょっと困ったような顔で呆れたように言う。

 

 あ、マズったかな……。恋愛のことあれこれ言われるの嫌いな子もいるよね……。

 

「あ、ゴメン。……こういうの嫌だったらもう言わない」

 

 そう彼女に謝る。留美にはこんなことで嫌われたくはない。

 すると留美は少し表情を崩して言う。

 

「ううん。……ここだけの話にしてほしいんだけど、正直、自分でもちょっとは自覚あるよ。八幡のこと、好きなのかな、って」

 

 認めたっ。そんなに素直に答えるとは。

 

「! だったら……」

 

「でも、八幡から見たら、多分私は妹みたいなもので……どう考えても恋愛対象にはならないと思うんだよね……」

 

 留美は小さく溜息をつく。

 

 そうかなぁ、傍から見てると、二人で居てもおかしくないと思うけどな。……でもまあ、雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんとかと比べちゃうと、どうしたってそう考えるよね。

 

「うーん……確かにすぐには……。あ、でもさ、あたしら来年は中学生じゃん。中学生と高校生なら、さ」

 

 あたしが話を続けようとすると、

 

「ふふ。今はこの話はいいよ。まあ、自分でもホントのところ分かってないんだし。……もし良かったら、また相談乗って」

 

 留美はそう言って笑った。あたしはそれ以上何も言えず、

 

「うん。それはもちろん」

 

 とだけ言って頷いた。

 

 

 

 話題が途切れ、何となく二人無言のまま講習室に帰ってくる。

 

 ドアをくぐると、比企谷さん、雪ノ下さん、書記の藤沢さんと、それにもう一人、見慣れない女の子の四人が一つの机を囲むようにして話をしているところだった。赤くて細いフレームの眼鏡を掛けた小柄な女の子。

 

 気が付くと、並んで歩いてた留美がいつの間にか立ち止まって、あたしから数歩遅れている。

 

 思わず振り向いたあたしの目に映った彼女の姿は、まるで幽霊を見て立ちすくんでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 あの時……怯えるような表情を一瞬だけ見せた留美はしかし、その後は普通に笑顏でその娘――藤沢泉ちゃん――と話していた。

 

 総武高の書記の藤沢沙和子さんの従妹で留美の同級生。演劇の背景を描くために途中から参加してくれるという。

 ちょっと大人しい感じの子で、絵がものすごく上手だ。……この「上手」っていうのが普通のレベルではなく、本格的な、いわゆる「プロを目指す」レベルの絵で……聞けば、絵の専門学校の特科コースに、高校生・大学生に混じって通っているそうだ。

 

 彼女はいつも黒と黄色の表紙のスケッチブック持ち歩いていて、何か思い付いたことがあるとそれに鉛筆でサッと何かを描いている。普段は眼鏡をしておらず、小柄なのもあって少し幼く見える彼女だけど、絵を描く時には眼鏡を掛けていて、その時の表情はずっと大人びて見える……って、この鉛筆9Bっ? そんなのあるの?

 

 

 

 その後の留美と藤沢さんの様子を見てると…… なーんかギクシャクしてるんだよねぇ。話の内容なんかや話し方はなんだか親しそうなのに、突然どっちかが言葉に詰まったみたいになって、気まずい雰囲気になったり……。

 何かはあるんだろうなと思うんだけど……表面上はお互い仲良くしてるので無理に踏み込むことも出来ないし、それに藤沢さんは毎日来るというわけでもない……。

 

 まあ、そんな感じで順調に劇の準備は進んで行き、今日は保育園の子たちとの初練習。といっても、代表の子以外は、天使の格好でケーキとお菓子を配ってもらうだけなんだけどね。ただ……。

 

「るーちゃん、このろうそくおもしろいねー。ぐるぐるだねー。火がついたらきれい?」

 

「そーだねー。あ、けーちゃんはあんまり見たことないの?」

 

「えーと、さーちゃんが『火はあぶないから』って小さいろうそくしかつけてくんない」

 

 留美と話してるこの代表の子が、もう超カワイイの。

 例の天使コスプレセットを身に着けた姿は……何これ天使?本物の天使なの? お家に持って帰りたいっ!

 

 んん? 今、留美のこと「るーちゃん」って呼んでた? それに留美も「けーちゃん」とか。なにそれズルい。あたしも混ぜてもらおう。

 

「ねーねー、けーちゃん? おねーさんのことも『るーちゃん』みたいに呼んでー」

 

「いーよー。おねえちゃん、おなまえなんていうの?」

 

 彼女がくりくりのお目目で可愛く聞いてくる。

 

「あたしは、『あやせ あやか』っていうんだけど……」

 

 けーちゃんはほんのちょっとだけ視線を上にやるようにして考え、

 

「じゃあ、『あーちゃん』」

 

 そう言って彼女は、にぱっと天使の笑顔……癒やされる……。

 

「へへっ、ありがとー、けーちゃん」

 

「うんっ、あーちゃん」

 

 ぐはっ、これは想像以上に嬉しい。

 ……テレレテッテッテッテー「あやかは『あーちゃんのしょうごう』をてにいれた」

 

 

 

「じゃあほら、陶子もっ」

 

「え、私も?」

 

「ほらほら」

 

「あ、ええと私は、『なかはら とうこ』だよ」

 

「じゃあ、『とーちゃん』」

 

「「ぷっ」」

 

「とーちゃ……ちょっと絢、それに鶴見さんまで何笑ってんのよ!」

 

 陶子はムッとした顔で私たちに言い、

 

「ね、ねえけーちゃん? ちがうのないかなぁ」

 

 けーちゃんにそうお願いする。

 

「んーとね、あ、『トコちゃん』は?」

 

「トコちゃん……うん。ありがとうけーちゃん」

 

……テレレテッテッテッテー「とうこは『トコちゃんのしょうごう』をてにいれた」……しつこい。

 

 

 

 

「あ、そうだ綾瀬、今ちょっとだけいいか?」

 

 見事「あーちゃん」の称号をゲットし、意気揚々とホールを出ようとした所で比企谷さんに声を掛けられた。ちなみに留美達は先に「お花摘み」へ。

 

「はい大丈夫ですよ。でも……わざわざなんです?」

 

「いやその、留……鶴見と藤沢の事なんだが……」

 

「ぷ。別に言い直さなくてもいいですよ。比企谷さんが留美を名前で呼んでんのなんて最初からですし」

 

 そう言うと、彼は少しだけ照れたように頭を掻きながら、

 

「まあ、な。ただ、そもそも俺は誰かを下の名前で呼ぶってのに抵抗があってだな」

 

 と、よく分からない言い訳をする。

 

「えぇー? だったらなんで留美のことだけは名前で呼ぶんですかぁ?」

 

 すると、比企谷さんは少し言いよどみ……

 

「そういえば綾瀬は留美と違う小学校だったな……。その……留美にとって、『下の名前で呼び合う』って事には、俺らが普通に思うより大きな意味があるみたいなんだわ。

 だからまあ、留美がそう呼んでほしいって言うんならそんくらいはしてやろうと……まあそんな感じだ」

 

「なんでそこまで……」

 

「まあ、責任っていうか……夏にちょっといろいろあってな」

 

 夏……例の林間学校の時のことか。……留美は、「お世話になった」としか言わないけど……。

 

「なんだかよくわかりませんけど、まあとにかく留美と泉ちゃんの話、ですよね」

 

「おお、そうだったな。スマン」

 

「いえ」

 

「あの二人の様子……どう思った?」

 

 あぁ……。へへっ、やっぱ比企谷さん、留美のことよく見てるなぁ。

 

「その、無理に笑ってる、とかそういうことですよね?」

 

「おう。藤沢に聞いた話では……ああ、うちの書記の子の方な。……で、あの二人、前は本当に仲良かったのに、半年ぐらい今みたいな状況が続いてるらしい。

 

「半年も……ですか?」

 

 そこまでとはさすがに意外。ギクシャクしたにしても、もっと最近の事かと思ってた。

 

「ああ。ただ、俺が見た限りあの二人はお互い元のように仲良くしたいと思ってる……ように見える。だから、何かきっかけさえあれば……な」

 

「でも……きっかけって言っても……」

 

「まあ、今すぐでなくても、自分たちの小学校以外の場所、例えばここで一緒に何かをやることで少しずつ変わって行くかもしれない」

 

「はい」

 

「で、二人が気まずくなったりギクシャクした時にうまくフォローしてくれるヤツがいればなぁ、と」

 

「なるほど、それをあたしに。……でも、なんであたしなんです?」

 

「お前たち二人が、名前で呼び合ってるから、ってのが一つ。……さっき言ったみたいに、留美にとって『名前で呼ぶ子』は特別だと思うからな……。

 あとは、何となく綾瀬なら大丈夫って感じがしたから。……どうだ、頼んでもいいか?」

 

「もちろんです。あたし、留美のこと好きですし。あと、それから……」

 

「ん?」

 

「さっき比企谷さん、『責任』とか難しいこと言ってましたけど……留美は比企谷さんに、『留美』って呼ばれるのとっても嬉しそうです。……だから、大丈夫ですよ!」

 

 上手く言えない……何が大丈夫なんだか……。でも、ニュアンスは何となく伝わったようで、比企谷さんは眩しいものを見るように目を細め、

 

 

 

 さわさわっ、とあたしの頭を撫でてくれる――って、ひゃぁぁぁ~~。こ、これ、留美限定じゃ無いのっ!?

 

「なんつーかその、ありがとな」

 

 ふわぁ~~、あったかくってちょっとだけ重い……でもその僅かな重さが気持ちよくって……。な、なんという破壊力。これが八幡大菩薩の右手に封印されし能力(ちから)かッ。……いやそうじゃなくてっ。

 

 それに比企谷さん、何フツーに『ありがとな』とか言ってるんですか! ちょっとは動揺したり恥ずかしがったりしなさいよ!

 

 ……けど、これ……留美が気持ちよさそうにしてたのわかるわ。なんだか脳みそ溶けそう……。

 

「……はう……」

 

 

「お、スマン。つい……な」

 

 あたしが動作不良を起こしてるのに気付いた彼がすっと手を引っ込める。「つい」って……。

 

「いえあのあの……はう……」

 

 くそう、比企谷さんの手が離れた時、もうちょっと撫でて欲しい……とか思っちゃったじゃないか。ここは反撃の時だ。あたしは無理やり心を立て直し、

 

「へへっ、それなら今度は、あたしのことも『絢香』って呼んでくださいよ~」

 

 そう言って、わざとらしく上目遣いをしてみる。

 

 比企谷さんは、ちょっとだけびっくりしたような顔をして、

 

「……あや……」と言いかけたものの、

 

「やっぱやらん。恥ずい」

 

 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

 えぇ~~、あなた乙女の頭を撫でておいて今更ですかぁ……。

 

 

 

 斯くしてあたしは、「留美と泉ちゃん対策特命係」(脳内変換)としての任務を受けたのでしたっ。

 

 

 新しい友達 続 につづくっ。

 

 

 




 
 ……幕間なのに「つづく」とか……

 さて、今シリーズ初、留美以外の視点でのお話です。
 最初は、「クリスマス編の裏話を絢香視点でサクッと短めに書こうと思ってたんですが……。話半分の時点でもう本編一話よりも長くなってしまうという……。
 そんなわけで、次回もこのお話の続きです。


 ちなみに、「原作ヒロインが八幡に恋してるのを、オリジナルヒロイン視点で生暖かく見守る」というスタイルは、「ハーメルンの俺ガイルSS書き」といえば五指に入るであろう有名作家さんのいろはSSのパクr……ゲフンゴフン、……オ、オマージュです。
 私はこの作品のオリジナルヒロインが大っっっ好きで、実は「絢香」の名前の一字はこの彼女からいただいているのですよ。……○ーちゃん☆さん、無断ですいません。


 ご意見、ご感想お待ちしています。 ではでは~。



 4月23日 誤字修正。 また報告いただきありがとうございます。
 4月24日 誤字等修正。 いつも報告ありがとうございます。

 5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。


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幕間 新しい友達 続

 読んで頂いてるみなさん、いつもありがとうございます。

 毎度更新が遅くてすいません。いつものごとく、その分ちょっと長めです。
 今回もおまけのお話、ということで、話が飛んだり、説明不足だったり、というのについてはご容赦下さいね。

 では、前回に引き続き、あーちゃん視点でお送りします。




「背景変わりまーす」

 

 確認役の子の声が響き、ステージ奥のスクリーンに映し出されていた背景が、『繁華街』から、『髪用品店』に切り替わる。数秒だけ、『マダムなんとかの髪用品店』のカットインが入るのがなんか格好いい。

 

 

 

 イベントまで三日。今、総武高側のステージ、『賢者の贈り物』のリハーサルが行われている真っ最中……なんだけど……。

 

 

 

 ……暇だ。

 

 ジムの出番って、演劇の本編では最後の方だけなんだよね。まあ、その後キャンドル・サービスとかあるけどさ。

 

 これが本番なら、出番が無いからと言って衣装のままでその辺をウロウロするわけにもいかないんだろうけど……リハーサルだから、ということで客席の最前列から留美と陶子の演技を眺めている。

 

 留美が、

 

『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』

 

 そうセリフを言うとサッと幕が降りる。といってもリハーサルでは下のほうが空いたままだけど。

 スピーカーから、ジャキジャキと髪を切ってるみたいな音が流れてくる。その間に留美がロングのカツラからショートカットのカツラに取り替えて…………。あれ? なかなかカツラが外れない? 二人が慌ててるのがわかる。

 

 

 

 ぱんぱん、と、手を鳴らす音。

 

「ストップウォッチとめてくださ~い」

 

 あたしの横、ステージのほぼ正面で見ていた一色さんが、手を叩いて声を上げ、進行を止める。

 

「留美ちゃん、陶子ちゃん、無理に引っ張らなくていいから少し待ってて」 

 

 そう言いながら彼女はステージに駆け上がった。

 

 

 

 

 あたしや比企谷さんも舞台上に上がり、何があったのかを確認する。

 どうやら、カツラ本体の金具部分が、留美の髪の毛を喰うようにガッチリと挟んで引っかかってしまったらしい。どうにかカツラは外れたけど、留美の、耳の後ろ辺りの地肌が赤くなってしまっている。

 

「ごめんなさい……髪、ちゃんとまとまってなかったみたいで……」

 

 留美がそう言うと、一色さんは、

 

「そんなのいいです。それより……ここ、痛くないですか?」

 

 そう言って、赤くなってるところにそっと触れる。

 

「あ、ちょっとだけです。でも……」

 

「いいから気にすんな。誰かが悪いわけじゃない。むしろ本番じゃなくて良かったってだけの話だ」

 

 比企谷さんや、他のみんなも気にしないように言ってくれたけど、留美はその後も少し気持ちを引きずってるみたいだった。うん、まあしょうがない。

 

 結局カツラの問題は、留美の髪に薄いはちまきみたいなのをピン留めしたままにしておいて、ロング・ショートそれぞれのカツラを髪に直接じゃなく、そのはちまきに留めるようにする、という事になった。

 

 それから、ショートのカツラも陶子が最初から隠しておくんじゃなくて、幕が降りてる間にあたしが運ぶ、というように変更になった。そうすればかぶる向きを確認したり、髪を整えたり、ロングの方をまとめたりっていう手間が無くなるし、……なによりその時間、あたし暇そうにしてたし……ってそんな理由ですか……。

 

 

 

 

 リハーサルは、中断こそあったものの、劇本編のほうは他に問題もなく終わった。

 

 ただ、その後のサプライズ部分が色々と……。

 

 保育園の子たちがケーキとかお菓子を配る時お互いにぶつかって転んだり、お皿(練習だから何も載ってない)を落としたりということがあった。これは、お皿を配り終えた子が後ろに戻るのではなく、ぐるっと大回りしてワゴンのところに戻るようにすることで解決。

 結果として天使の動き回る範囲が広くなって、見た目もすごく華やかになった。

 

 それから、あたし、留美、けーちゃんのキャンドルサービス。

 全テーブルを本番と同じつもりで回り、その時間を測ってみたら、ステージに戻って最後のろうそくに火を灯す頃には最初のろうそくが半分以上溶けてしまう、ということがわかった。さすが二本で108円だけのことはある……。

 それに雪ノ下さんの、「あまり時間を掛けすぎないほうが雰囲気を保てる」という指摘もあって、無理に出演者のあたし達がやることにこだわらず、奥の方のテーブルは別のキャンドル班を二つ作って対応することになった。

 

 と、こうして、色々な問題が解決して、みんな、いよいよ本番、という感じに雰囲気が盛り上がってくる。

 

 

 

 そんな中、泉ちゃんが留美に、

 

「ね、その……背景、実際ステージで見てどうだった? あれで大丈夫かなぁ?」

 

 そんなふうに感想を聞いた。

 留美は、最初は笑顏で答え始め……、

 

「あ、うん! 何ていうか、色がとってもあったかくって、お話にはピッタリだって思ったよ、それに……それに……」

 

 ……けれど、見ている間に間に留美の顔色が悪くなり、手先が小さく震え始めた。

 

 あ、これマズイやつだ。

 

 

 

「……留美ちゃん……?」

 

 泉ちゃんの方も異変に気付いたみたい。

 

 ……どうしたら……って。 ああもうっ、このまま迷ってたってダメだっ。

 

 あたしは留美に、後ろからかかえるようにして抱きついた。

 

「きゃ」

 

 ……留美の手、怖いくらい冷たくなってる……。

 びっくりしてる二人に構わず、あたしはわざとらしいぐらい脳天気な声で言う。

 

「へへっ。るーちゃんもいーちゃんも何辛気臭い顔してんの? クリスマスイベントなんだよ? もっと明るく盛り上がっていかないと」

 

 いーちゃんてだれだよ。なんて突っ込まれる前に、もうここは勢いでいくしか無い。

 

「ちょっと絢香……」

 

 あ、留美の顔色が戻ってきた。ほっとしながらあたしは続ける。

 

「ねえねえ、いーちゃん、留美ってばさっきのこと自分のせいだってまだ気にしてんの。みんなそんなこと無いよって言ってるのにさ」

 

 留美は、あたしの方にくるりと振り向いて、

 

「別にこれは……」

 

 そう言いかけたところであたしと目が合う。……涙で滲んだ目。

 彼女は、安心したのか、力を抜くようにしてあたしに体重を預けてくれた。

 

 あたしはそのまま、留美を抱きしめるみたいにして彼女の頭を撫でてあげる。

 

「あ、ごめ……私、ごめんねっ……」

 

 留美の目尻から一滴(ひとしずく)だけ涙が溢れる――床にぽたりと落ちた涙の跡。あたしはそれに気づかないふりをした。

 

「へへっ、特別だよ~。私は比企谷さんみたいに簡単にほいほい人の頭撫でたりしないんだからね~」

 

 良かった、留美笑ってる。でもほんとだよ。あたしは「ナデナデの安売りはしない女!」……う~ん、あんまりかっこよくない……。

 

 その後、彼女は落ち着きを取り戻すと、いつものままの留美に戻っていた。……さっきの、何だったのかなぁ。痛々しくてこっちが泣きそうだったよ……。

 

 

 **********

 

 

 

 イベント当日の朝、あたし達がクリスマスツリーを移動させる準備をしていると、

 

「剣・豪・将・軍っ」とかいきなり名乗りを上げて、変なおじさんがエントランスに入ってきた。クーラーボックスを二つ肩から下げている。

 最初は不審者かと思ってみんなぎょっとしてたけど……、みんなに睨まれると急に弱々しくなったし、総武高の制服着てるし、よくよく見ればそれほど老けているわけでも無さそうで……。うん、ただの「痛い人」だな、これは。

 

 なーんて、ちょっとホッとしたところにさらなる衝撃が襲う。

 

 彼の後、すっごく可愛い女の子が少し遅れて入ってきた。やはりクーラーボックスを肩に下げている。どうやら留美と知り合いで、戸塚さんというらしい。爽やかなライムグリーンのジャージを着てるけど、この娘も総武高の生徒さんなのかな?

 

 彼女から比企谷さんの事を聞かれた留美が、

 

「……八幡なら、今隣の保育園に打ち合わせに行ってます」

 

 そんなに時間はかからないだろう、みたいなことを説明してるまさにその途中で自動ドアが開き、比企谷さんと一色さんが並んで帰ってくる。

 

「せんぱい、雪ノ下先輩たちこれ待ってるんで先いきますね~」

 

 一色さんは、手に持った封筒をひらひらさせて言う。

 

「おう、俺は調理室に荷物運んでからいくわ」

 

「了解でーす」

 

 そう言って彼女はちょっと小首をかしげて、ぱちんとウインクしながら可愛く敬礼。

 はあぁ、わざとらしいけど、かっわいいなぁ。女子としては見習うべきだろうか?

 

 そんな感じで一色さんは、ちょこんと戸塚さん? に頭をさげ、そのまま二階へと上がって行った。

 

 比企谷さんは彼女のところにいそいそとやって来て、

 

「おお、もう着いてたか。遅くなってスマン。……その、悪いな戸塚、こんなこと頼んじまって」

 

 比企谷さん、なんか、嬉しそうだなぁ……。

 

「何言ってるのさ、八幡。僕から手伝いたいって言ったんじゃないか」

 

 む、……この人、比企谷さんのこと「八幡」って呼んでる! しかも「僕っ娘」だとっ!

 

「まあ、な。でも、重かっただろ。……こんなの、材木座に全部持たせればいいのに」

 

「ひどいなぁ。それに、そんな事したら僕の仕事が無くなっちゃうよ」

 

「何を言う! 戸塚は俺の近くで笑っていてくれればそれでいいんだ!」

 

 比企谷さんはなぜか拳を握って熱く語る……。って、愛の告白かよ! 

 

「あはは。八幡は冗談が上手いなぁ。それに大丈夫。僕、こう見えて体力あるんだよ。ちゃんと運動部の部長やれてるんだから。……それにほら、腕の筋肉だって結構有るんだからね……」

 

 彼女は比企谷さんの手をとり、腕をペタペタ触らせたりしてる。

 

「お、おう……」

 

 比企谷さんは比企谷さんで、頬を赤くして彼女の腕をムニムニと……って、えぇ~~、

こ、ここに来てまた新しい女登場とか……。しかもやたらとベタベタしてるし……。

 

 

 

「ね、ね、留美。あの娘やばいんじゃないの? 比企谷さん、すごいデレデレしてるよっ。あっちが本命なんじゃないの?」

 

 留美の肩をガクガク揺さぶっても、彼女は妙に冷めた顔。……アンタわかってんの? 雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも一色さんにもデレてない比企谷さんが大デレですよッ!

 

「あー、大丈夫、って言うのかな? こういう場合。 ……あの人、戸塚さんていうんだけど、男の子だから」

 

 男の娘? 何いってんのこの子は。

 

「あのね留美っ、冗談言ってる場合じゃ無いよ。もしかしたら雪ノ下さんたちより強力なライバルが…………」

 

 男の娘なんて現実にそうそう居るもんじゃなくてオトコノコは男の子だから……?

 慌てるあたしを留美は、「うんうん、わかるよ」みたいな顔でじっと見てる。……え? ホントに?

 

 

「…………マジ?」

 

「……うん」

 

「えぇ~~、し、信じらんない。けど、言われてみれば確かに……僕っ娘なんか現実にはそうそう居るもんじゃないし……。でも、これって違う意味でもっとやばいんじゃ……」

 

 そう、これはもしかして、女子が腐っちゃう感じの人たち大歓喜みたいな状況なのではっ。

 

 留美はなんだか呆れ顔であたしを見てるけど……、比企谷さんて、そっちの趣味の人なんてことは……無いよね?

 

 

 

 **********

 

 

 

『こちらのお店で、私の髪を買っていただけますか?』

 

『そりゃあ、商売だからね。……けど、まずは見せてもらってからだよ』

 

 

 

 総武高プラス小学生演劇チームの舞台本番、『賢者の贈り物』は、リハーサルでトラブルのあった、髪用品店の場面に入ってきた。

 

 もちろん対策はしたし、今回はうまくいくはずだ。そう思ってはいても、みんなどうしても緊張してしまう……。

 

 

 

『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』

 

 デラのセリフに合わせて照明が落ち、幕が下りる。完全に幕が下りたところで一つだけライトが点灯した。

 一色さんにぽんと肩を叩かれ、ショートのカツラを持ったあたしは舞台袖から飛び出して留美と陶子のところへ向かう。

 あたしが二人のとこに着いた時には、もうロングのカツラを外し終えたところだった。

 

「向きはこのまま。そっちが前ね」

 

 あたしはそう小さい声で言って、ショートのカツラを、陶子と二人で留美の頭にかぶせる。そして、焦るけど慎重に、留美の巻いてるはちまきみたいなやつにピンで丁寧に留める……。よし、OK。

 陶子も指でOKサインを作ったのを確認して、あたしは受け取ったロングのカツラを丸めて抱きかかえると素早く舞台袖に引っ込んだ。

 

 

 ひと呼吸置いて振り向くともう、一つだけ点いていた明かりは消えていて、それからゆっくりと幕が上がっていく。

 

 

『どうだい、短い髪もなかなか似合ってるじゃないかね』

 

 陶子のセリフに合わせて、スポットライトがショートカットになった留美を照らすと、会場が大きくどよめいた。

 

 ……よし、上手くいったぁ。

 

 一色さんが心底ホッとしたように溜息を一つつき、すぐにインカムで何か指示を出す。……そこであたしと目が合った彼女は、ニコッと微笑って可愛く片目を閉じた。

 

 

 

 さあ、いよいよあたしの、ジムの出番がやって来る。

 

 

 

 カラン、というドアベルの音を合図にしてあたしは舞台に上がる。

 

『ただいま。デラ、ねえこれを……』

 

 懐に手を入れたままセリフを言い、そこから視線を上げる。

 

 ……そのまま目を見開いて動きを止めるんだけど……。

 脚本を書いた書記さんに、「できれば瞬きもなるべくしないで」と言われてしまっている。これが地味にキツイんだよね~。

 

『おかえりなさい、あなた。今、お鍋を火に掛けるから、少し座って待っていて』

 

 留美デラに言われてもそのまま動かない……。懐に突っ込んだままになってる右手がつりそう……。目もヒクヒクしてきた。 

 

『そんな顔しないで。……髪は、切って、売っちゃったの』

 

『髪を……切っちゃったって?』

 

 はぁ、ようやく動ける。

 

『そうよ、だって、どうしてもあなたにプレゼントをしたかったんだもの』

 

『……髪を……切った……』

 

 あたしは馬鹿みたいに同じようなセリフを繰り返す。

 

『お願い、ジム。私のことを嫌いにならないでちょうだい。……髪は短くなってしまったけれど、ちゃんとお洒落もしたし、いつもよりちょっとだけ上等のお肉も用意したのよ。……それにワインだってあるわ』

 

 留美が切ない声で訴える。

 

 あたしは、「なんてことだ」みたいな感じにゆっくりと左右に首を振り、がっくりと俯く。

 

『お願いよ……ジム。今日はクリスマス・イブなのよ……』

 

 今にも泣き崩れそうな留美の声。……なんだかキュンとしちゃう。

 

 そして、あたしは……ジムはデラをぎゅっと抱きしめる。ちらっと留美の表情を伺うと、彼女の口が小さく「八幡」と動いたように見えた。

 

『ジム?』

 

 留美はそう言ってそのまま潤んだような瞳であたしの顔を見上げる。……かっわいいなあホントにこの子はもう! 思わず留美を抱きしめる手に力が入ってしまい、窮屈そうにわずかに身を捩った彼女から睨まれちゃった。

 ごめん。君が可愛すぎるのがいけないのだよ――じゃない!

 ……馬鹿なこと考えてないでちゃんと演技しなくちゃね。

 

 

 

 あたしは手の力を緩め、改めて懐からプレゼントの箱を出して、テーブルの上にトンと置く。そして留美の目を見つめ、

 

『デラ、僕のことを勘違いしないでおくれ。 髪型とか化粧とかシャンプーが変わったとか、そんなもので僕のかわいい奥さんを嫌いになったりするもんかい。 でもね、その君へのプレゼントを開けたら、 さっき、しばらくの間どうして僕があんな風におかしかったか解ってくれると思うよ』

 

 よし、完璧っ。なにを隠そう、これがジムの一番長いセリフなのだ。これが上手く言えると、あとはなんとかなるって自信が湧いてくる。

 

 そして留美デラはプレゼントの包みを開き、歓声を上げた……。

 

 

 

 **********

 

 

 海浜高・総武高両校によるステージは大成功のうちに終了し、イベントも大きな山を越した。

 

 今、あたし達はお客さんと一緒に、雪ノ下さんや、由比ヶ浜さん、それになんと比企谷さんの妹さんの小町さん達お手製の超美味しいケーキとクッキーをお供に贅沢なお茶の時間を過ごしている。

 

 ……そう、比企谷小町さん。さっき少しだけあいさつに来てくれて、留美に紹介してもらった。比企谷さんの妹で中学三年生。目が濁っていないこと以外は整った顔立ちといい、お兄さんとよく似ていると思う。留美とはたまにメールのやり取りをしているとのこと。

 小柄で可愛らしい。……一色さんと少しだけ印象が似てる……かな?

 

 小町さんが自分のテーブルに戻って行った後、留美が

 

「知り合いに挨拶してくる」

 

 と言って、なんだか気合い入れてホールの一番端の方にあるテーブルに歩いていった。彼女はさり気なく席を立ったつもりみたいだったけど、小学生はみんな注目してるよー。

 

 で、今、総武高の高校生達(当日参加の人たち)が座っているテーブルのところで何か話してるんだけど……。何で留美の周りには美男美女ばかり揃うのかな。

 

「ね、絢、あの留美と話してる人たち、カッコイイ人ばっかりだよね」

 

 陶子も気がついてたようで、もっともな感想を口にする。

 

「うん……なんかキラキラしてるね……髪とか」

 

「いや、それだけじゃ無いでしょ……」

 

 あたしたちの話が聞こえたらしく、隣のテーブルに座ってた男子が、

 

「おれ、あの人知ってる。今鶴見さんと話してるの、総武サッカー部の主将の葉山さんだぜ。秋の大会で県のベストイレブンに選ばれてた」

 

 と、なんだか嬉しそうに教えてくれた。

 

 はー、見た目が良いだけじゃ無いんだ……。でも、サッカー? 留美とどんな知り合いなのかなぁ。

 それにあたしは、留美と話してたもう一人、髪の長いおねーさんに興味を持った。何ていうか、綺麗だけど、それだけじゃ無い、いい女オーラ? みたいなのを感じる。

 

 留美は彼らに何度か頭を下げ、それからどこかホッとしたような顔になって自分のテーブルに戻ってきた。あたしはさっそく、

 

「ね、留美。あのイケメン集団と知り合い?」

 

 まずそこから聞いてみた。すると、

 

「あ、うん、あの人達も林間学校でお世話になって……その、八幡と一緒に」

 

「なにそれ……。その、林間学校の時のメンバーって顔で選んだの? 雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんもそうなんでしょ」

 

「うん……あ、あと、戸塚さんと、それから小町さんも」

 

 うわ、美形ばっかりじゃん。比企谷さんはともかく(ヒドイ)。

 いや、そのね、比企谷さんもイケメンの部類だとは思うんだけどさ。それにあの目も見慣れてくれば大して気にならないし。うん。

 

 あ、総武高生といえば、

 

「……ちなみにあの材木さんは?」

 

 確認のため聞いてみると、

 

「い、居なかった」

 

 との答え。はい、顔で選んだの確定ですね。まあ、だからどうしたって話だけど。

 

  

 そんなことより、

 

「あたし達のことも紹介してよ~」

 

 あたしは留美の手を握ってお願いする。すると、

 

「あ、じゃあ私も」

 

「それなら俺も!」

 

 陶子や、それから、さっき「サッカー部の葉山さん」のことを教えてくれた男子が食いつく。

 

「え、やだよ、紹介とか……」

 

 でも、留美はなんだか渋い顔。

 

「えー、留美には比企谷さんがいるんだからいーじゃん。独り占めはんた~い」

 

 そう言うと、留美は、照れと呆れが混ざったような変な顔をする。

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「特にあの、髪長いおねーさんとお話してみたい」

 

 そう言うと留美はちょっとだけ驚いたようだ。……ふふふ。女子がすべて葉山さんのようなイケメンに群がるわけではないのだよ。……まあ、別に美形が嫌いなわけではないけどね。というか、眺めるのは大好きだけどね。

 

「へへ、きれいで格好いいじゃん。あーゆうの、やっぱあこがれるよね」

 

「おれも葉山さん達に話聞いてみたい! 鶴見さん、頼むよー」

 

「あ、えーと、別に私が紹介とかしなくたって……」

 

「ねー、鶴見さん、お願いっ」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 抵抗むなしく留美はみんなに押し負け、小学生のうちあたしたち十人ぐらいが葉山さんたちのテーブルの方に移動してきている。

 

 留美が、

 

「あの、この子たちがみなさんとお話してみたいって言うんですけど……」

 

 と、なんとも申し訳無さそうに言ったお願いを、彼らは笑ってOKしてくれた。

 

 

 

「……綾瀬、絢香っていいます」

 

「あ、アンタさっきダンナ役やってた子だよね。……へえ、背ぇ高いんだね。あーしと変わんないじゃん」

 

「はい、身長ばっかり伸びちゃって……ちょっとコンプレックスだったりするんですけど」

 

 あたしがそう言うと、三浦さんは、

 

「なんで? 小学生でそんだけ背高いって超かっこいいし。堂々としてれば?」 

 

 そう何でもない事のように言う。

 はぁー、三浦さん、思ってた通り格好良い人だ。……それに、思ってたよりずっと優しくて繊細な人だ。

 

 言葉遣いとかはアレだけど、話しかけにくそうにしてる子にも気付いて、自分から声をかけてくれたりする。

 少しきつめ、というか強気な印象を受ける目元だけど、これってわざとそういうメイクにしてるのかも。よく見れば別につり目ってわけじゃないし、笑顏はすごく穏やかだ。

 もしかしたら、すっぴんは優しい顔だったりするんじゃないかなぁ。

 

 それに……時折葉山さんを見つめる横顔が……なんてゆーかもう、超乙女なの!

 まあ、少し見てればすぐ、彼女が葉山さんの事好きなのはわかる。そう思って見てると彼に対する仕草とか態度とかがいちいち可愛く見えてくるんだよねー。

 

 葉山さんを、「はやとー」って呼ぶ時の、「や」から「と」にかけてちょっとだけ声が上ずる感じとか、もう、きゅぅぅんってしちゃう。

 

 ふむ……わからないかね? ならば君は、恋愛ウォッチャーとしてはまだまだだということさ。

 

 

 

 **********

 

 

 

 色々あったクリスマスイベントもどうにか無事に終わった。

観に来てくれた家族の反応も良かったし、出演者のはしくれとしてはもう大満足。……なんていうの?、こう……やりきった感、みたいな。

 

 あたし達は、講習室で夕方に行われる簡単な打ち上げ、「お疲れ様会」が始まるまでの時間を、会場とか講習室とかの片付けをしながらダラダラと過ごしていた。

 倦怠感と、高揚した気持ちが混じり合ったみたいな不思議な気分。……「祭りのあと」って、こんな感じなのかな……。

 

 

 

 さっき、作業が一段落したところで、留美が、

 

「ね、ちょっとだけぐるっと見てきていい?」

 

 なんて言い訳をして出ていった。まったく、どうせみんな応援してるんだから、「八幡に会いに行ってくる」とか言えばいいのに……。素直じゃないなぁ。

 陶子が、「比企谷さんは控え室に居るよ」って教えた時の、ほんのり頬をピンクに染めた嬉しそうな顔と言ったら……。ヘヘ、きっと真っすぐ控え室に向かったに違いない。

 

 

 

 ところが、留美が出ていって少ししてから、比企谷さんが、誰かを探すように周りを見回しながら講習室にやって来た。あれ、留美と行き違いになっちゃったかな。

 

 

「あれ、留美と会いませんでした?」

 

 あたしがそう声を掛けると、

 

「お、ここにいたか」

 

 と比企谷さん。 ……あれ、探してたのあたし?

 

「綾瀬、ちょっと急ぎで頼みたいことあんだけど、今大丈夫か?」

 

「あ、はい。こっちだいたい終わりですし……でも留美が……」

 

「ああ、留美なら今控え室に居る。……それでお前、奥の階段の、ホールに上るとこの踊り場ってわかるか?」

 

「え……と、はい」

 

 それなら知ってる。講習室からだとホールに上がるには遠回りになるからほとんど使わないけど。

 

「そこに、藤沢を、『控え室の前を通らないように遠回りして』連れてきてくれないか」

 

 え、控え室を通らずにって……さっきの話からすると、

 

「留美に見られないように、ってことですか?」

 

「……まあ、な。俺はちょっと用意するもんがあるから……頼む」

 

 詳しい事情はわかんないけど、つまりこれは、特命係(仮)の任務ですね。よし、ここは今朝新たに学んだ技を使う時……。

 

「了解でーす!」

 

 そう言ってあたしはビシっと敬礼してぱちんと片目を閉じる。少しだけ前かがみ、小首をちょっとだけ(かし)げる。この曲げ過ぎない角度がポイントだ。

 

「……それ、やめといたほうがいいぞ、一色のあざといのが感染(うつ)るから」

 

 比企谷さんは呆れたようにそう言った。

 

 

 

 **********

 

 

 

「あ、あの~、これってどういう……」

 

 さて、例の踊り場の隅には事情がいまいちよく分からずにオロオロしてる泉ちゃん。今、あたしと比企谷さんで、まるで彼女を囲んで閉じ込めるみたいに空の段ボール箱を積み上げているところだ。

 いじめじゃないのよ。念のため。

 

「悪いが藤沢、俺の言うとおりにしてくれ」

 

「は、はい」

 

 泉ちゃんが不安げに頷く。

 

「もう少ししたら、俺と留美がここで話をする……予定だ」

 

「予定……ですか」

 

「事情が変わったら連絡するが……とにかく、俺達が何を話していても……俺が良いと言うまで絶対に出て来ない。声も立てない。……という事で頼む」

 

「それって……」

 

「たぶん、お前にとって気分のいい話じゃないかもしれない。けどな……それできっと何かが変わる。……藤沢も、今のままで良いとは思ってないんだろ」

 

「……はい」

 

 ダンボールの壁の向こうで泉ちゃんが小さく、でもはっきりと返事をした。

 

「あのー、あたしはどうしたらいいですかね?」

 

 あたしが比企谷さんにそう尋ねると、彼は少しだけ迷うような顔をした後、

 

「あー……綾瀬は、部屋にもどって知らなかったふりしてろ」

 

 そう答えた。

 

「え、でも……」

 

「いや、これがもしうまくいかなかったら……綾瀬が手伝ってたって事になれば留美とお前の間が気まずい事になるかもしれんし……。だから、な」

 

 ああ、なるほど……考えたくもないけど、今より悪くなることだってありえなくはないんだよね……。

 

「わかりました……」

 

 そう言われればここは納得するしかない。

 

「よし、じゃあ留美を待たせてるから、一度下降りてここに連れてくる。……あ、藤沢」

 

「はい?」

 

「そこに一個置いてある箱は、中身も段ボール詰めたやつだから、椅子代わりにしてていいぞ」

 

「はい、ありがとうございます。それから……その、よろしくお願いします」

 

「……おう。ま、お前の従姉からの依頼でもあるしな」

 

 そう小さく返事をして、彼は階段を降りていった。え、依頼って何? 比企谷さんって、もしかして高校生探偵……いや漫画じゃないんだから。

 

 あたしは、気にはなりつつもその場を離れる。……どうか上手くいきますように……。

 

 

 

 **********

 

 

 

 あれからどうなったのかなぁ。講習室に戻ったあたしはヤキモキしながら待っていたんだけど……。

 

 お疲れ様会まで30分を切り、テーブルやら飲み物やらの準備が始まった頃、ようやく比企谷さんがすっと講習室に入ってきた。

 ……留美と泉ちゃんの姿は見えない。どうしたんだろう。

 心配してるのが顔に出ていたんだろうか、あたしに気が付いた彼は、「大丈夫」というようにひとつ頷く。

 

 それから比企谷さんは雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、それから総武高生徒会の人たちと何か話してたんだけど……一段落したところで、ようやくあたしの所に来てくれた。

 留美たちの事、聞かなきゃ。

 

「あの、比企谷さん……?」

 

「おう。……アレだ、多分うまくいった、と思う」

 

「多分て……」

 

「いや、あとは二人だけのほうがいいと思って最後までは……な。まあ心配ないだろ」

 

 そか、留美たち、仲直り出来たんだ。……はあ~~よかったぁ~。

 ほんと、リハーサルの後の時なんかもう痛々しいぐらいだったし……でも、一体どうやって?

 あの二人の抱えてるものって、なんか複雑そうで……『お互いゴメンナサイして、はい仲直り』みたいな簡単な雰囲気じゃなかったと思うけど。 ……あれ、そういえば比企谷さん、なんだかずっと左の頬を触っているような……。

 

「比企谷さん、それって……」

 

 あたしがその不自然な手の動きをじっと見ているのに気付いても、

 

「ま、ちょっとな」

 

 彼はそれしか言わない。

 

「大丈夫なんですか?」

 

 あたしが聞くと、比企谷さんは、

 

「このくらい大したことじゃない」

 

 そうして話を打ち切るように、

 

「とにかく、今回は変なことさせて悪かった。サンキューな……絢香」

 

 そう言ってあたしの頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 

 

 ……って、ぎゃあぁあぁ。絢香? 絢香って言った今? そんでもって頭ぽんぽんって。

 

 な、何してくれんの比企谷さんっ。うわこれ、自分でも顔赤くなってんのわかる。

 

「な……なんで」

 

 あたしがやっとの思いでそう聞くと、

 

「なんでって……こないだ自分で言ってただろ、名前で呼べとか。だからまあ、一回くらいは、な」

 

 ぐわっ、そう言えばあたし言いましたね……「あたしのことも『絢香』って呼んでくださいよ~」とか……。ああでも、一回だけかぁ……。

 って、いやいやそこはがっかりするとこじゃ無いでしょ!

 

 

 すると比企谷さんは急に手を引っ込め、

 

「ま、とにかく助かったわ」

 

 とかなんとか言ってすうっとあたしから離れると、何故かそのまま部屋から出ていってしまった。……どうしたんだろう。

 

 

 

 ――一瞬、背後に冷気を感じた。

 

「あーやかっ」

 

 いきなり真後ろ三十センチ位のところから呼ばれる。

 

「ひゃっ!」

 

 あたしが慌てて振り向くと。目の前に留美が仁王立ち。

 

「あ、な、なに? 留美」

 

 あちゃ~、いつ戻ってきたんだろ。……あ、さては比企谷さん逃げたな。ずるいじゃん自分だけ……。

 ここは一つ、何でもないこと、みたいな感じで行こう、と……、

 

 

「大丈夫、ちゃんと見てたから……。今の何?」

 

 笑顏なのに、感情を殺したような低い声。……それはちっとも大丈夫じゃないやつですねわかります。

 

「ちょ、留美怖っ……」

 

 いや誤解だからね? あたしはただ留美たちのことを心配してただけで……。うん、そう……それだけ。だから、

 

「へへー……いやぁ~、年上男子に頭撫でてもらうっていいもんだねぇ。ほら、私背ぇ高いからさ、同級生とかだとちょっとさ……」

 

 そう、()()()()()()()()()()場をごまかす。

 留美がなんとも言えない顔であたしを見ているので、あたしは一つため息をつき、

 

「あはは。……いや、そのね、留美のこと頼まれてたんだよね……比企谷さんから」

 

 そう種明かしをした。

 

「な……」

 

「あんたと泉ちゃんがさ、色々複雑みたいだから、『それとなく気をつけてやってくれ、頼む』って感じに……」

 

 さすがに驚いてるみたい。ここでさらに追撃を。

 

「実はさっき泉ちゃんを階段とこに連れ出したり、段ボール箱積むの手伝ったりしたりしてましたっ。あは。……で、今のは、『うまくいったから、ありがとな』みたいな……。留美?」

 

 彼女は唖然として、あたしと泉ちゃんを交互に見て目をぱちぱちさせてる。

 泉ちゃんは照れ笑いみたいな顔でおでこを掻いてるし。

 

 留美は、一度大きく息を吐くと、すっごいいい笑顔でふふっと笑い、

 

「ごめん。絢香、泉ちゃん、またあとでっ」

 

 そう言って講習室を飛び出して行く。

 

「はいはい、いってら~」

 

 その背中にこっちも笑顏で声を掛け……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 留美が見えなくなったところで素早く泉ちゃんの手を握り、一言、

 

「追っかけるよ――静かに」

 

 と言って、そのまま彼女を連れて走り出す。

 

「え、えぇ~~」

 

 

 

 **********

 

 

 

「あ、あの、こーゆーのってよくないんじゃ……」

 

「しっ。泉ちゃん、声低く」

 

「あ、ごめんなさい。でも……」

 

「まあまあ。ここを見逃してどうすんのよ。恋愛ウォッチャーの名が泣くよ」

 

「わたし、べつに恋愛ウォッチャーとかじゃ……」

 

「あ、なんか動きが…………」

 

 

 

 ここはエントランスの隅っこ。

 留美たちのいる自販機コーナーから少しだけ離れた場所で、今朝までツリーが置いてあった場所の目の前だ。

 あたしたち二人は、そこに並んでいるソファーベンチの間に隠れて留美と比企谷さんの様子を覗いて……じゃなくて見守っている。

 

 だって……ねえ、気になるじゃん、ここまで付き合ったんだしさ。

 

 

 

 

「…………ほんとに、ありがとう」

 

 留美の声が小さく聴こえてくる。

 比企谷さんは、

 

「そか」

 

 と、一言だけ言って、笑う。

 

 その後二人はなんにも言わずにただ並んで座ってるだけなんだけど、なんだか雰囲気あるんだよねぇ。二人が、くっつくかくっつかないかギリギリぐらいの間を空けて座ってるってのがあたし的にイイ感じだ。

 

 

 

「ねぇ、ちょっとほっぺ見せて」

 

 どれくらい経っただろう、留美が比企谷さんの顔を覗き込むようにして言った。

 

「いや、んなもん見てどうすんだよ」

 

「いいから」

 

 比企谷さんが手でガードするみたいにしたけど、留美はベンチに膝立ちすると、そのまま彼の肩に体重を預け、その手を剥がした。

 

 

 留美は比企谷さんの赤くなった頬を見てわずかに顔を歪めた。

 

「ごめんね、痛かったでしょ……」

 

「あー……まぁ、少しだけな」

 

 彼女は、比企谷さんの頬にそっと触れ、指先で静かに撫でる……。

 

 あれ? 留美……なんだかぽうっとして……。

 ふらっと、吸い寄せられるようにして留美が比企谷さんに近づいていく。

 

 え、ここ、これってもしかして……。

 

 

 

 彼女はそのまま、比企谷さんの赤くなった頬にそっと触れるようなキスをした。

 

 ―― 一瞬、時間が止まる ――

 

 ひゃぁぁぁ~~。きたこれ! 大スクープ! じゃなくてっ!

 泉ちゃんなんか、さっきまで嫌がってたくせに、両手を口に当てたまま目を丸くしてガン見だ。……なんかうるうるしてるし……。

 

 留美すごい! あたし達が出来ないことを平然とやってのけるっ! そこにシビれる!あこがれるゥ! ……って、いやいや。

 それに、「平然と」ってわけでも無さそうだしね……。

 

「なんっ……!?」

 

 留美の予想外の行動に、ちょっとだけ固まってた比企谷さんが弾かれたように椅子から立ち上がる。

 留美は留美で視線があっち行ったりこっち行ったり定まらず、なぜか両手を中途半端に上げてジタバタするように動かしてる……ぷ。なんだか可愛い……ペンギンみたい。

 

 二人共可笑しいぐらい真っ赤になってるし。

 

「る……おま、何してんの?」

 

 へへーん、いつもどこか余裕で人の頭撫でたりしてる比企谷さんが珍しく慌ててる。……ザマーミロだっ!

 

 留美は、真っ赤な顔をいっそう赤くして、

 

「お……おまじない。おまじないだからっ。……早く治るようにって」

 

 そう言うと、恥ずかしさの限界に達したらしい。そのまま小走りに廊下を走って行ってしまった。……講習室、そっちじゃないよ……。

 

 ……だいたい、カエルの呪いじゃないんだから、ほっぺの赤く腫れてるのがキスのおまじないで治るとか聞いたこと無いし……あれぇ? 

 

 訂正。ごめん留美、おまじないちゃんと効いてるわ。

 

 ……比企谷さん……顔全部真っ赤だから、頬が赤くなってたのなんてわかんなくなってる。

 

 

 

 ふと気がつくと、あたしの横の泉ちゃんが、まだ両手を口に当てたまま、赤くなってうるうるを続けていた。……こっちはこっちで固まってたか……。

 

 その後、あたしはどうにか泉ちゃんを正気に戻し、お疲れ様会の始まる前には無事に講習室に戻れたのでした。

 

 

 

  **********

 

 

 

 あたし達が講習室に戻ってから、少しだけ時間を開けて、留美も、それに比企谷さんも、「出来るだけさり気なく」みたいな感じでここに戻ってきていた。

 

 ただ、さすがにちょっと気まずい……というか気恥ずかしいようで、お互いをチラチラと見たりして意識しながらも、留美は私達と一緒に部屋の後ろの方の壁際で、比企谷さんは材木さんや戸塚さんがいるテーブルで、とそれぞれ別々に過ごしている。

 

 たまーに目が合っちゃうと、二人してお互い慌てて目ぇそらしたりしてるの。 

 ふふふ。若い二人は初々しくて良いのう……。

 

 

 

 打ち上げが始まってからしばらくして、由比ヶ浜さんと雪ノ下さんが二人で私達小学生のほうにやって来た。

 

「みんな、おつかれさま~。飲み物とか足りてるかな?」

 

「「おつかれさまでーす」」

 

「だいじょーぶでーす」

 

 みたいな感じで、みんなで一通り、「お疲れ様のごあいさつ」

 後はまた皆バラバラに雑談が始まる。

 

 

 

 ……そして、

 

「ねえ、留美ちゃん……」

 

 みんなの注目が逸れるのを見計らっていたかのように、由比ヶ浜さんが少し表情を引き締めて、いよいよ本題というふうにそう切り出した。

 

「は……はい」

 

「あのさ、お願いがあるんだけど……」

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん……」

 

 話し始めた由比ヶ浜さんに、雪ノ下さんが(たしな)めるような口調で声をかけた。

 けれど、由比ヶ浜さんはそれを目で制し、もう一度留美に向き直る。

 

 ……すると留美のほうもちょっと気圧されるみたいな感じになり、表情から笑顔が消える。……まさか、さっきの見られてたとかじゃないよね?

 

 

 え、何これ……も、もしかして宣戦布告とか!? 

 

『私のヒッキーに手ぇださないでっ』とか言っちゃうのっ?

 

 ……い、いわゆるしゅ、修羅場ってやつ? ……ってあわわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちのことも、名前で呼んでくれないかなぁ」

 

 ズル。

 

 いや、マジでコケそうになった。……でもなんで今?

 

「あの……?」

 

 さすがに留美も戸惑ってるみたい。

 

「あはは……。何ていうかさ、夏とか、今回とかで、留美ちゃんと私たち、けっこう仲良くなれたと思うんだよね……」

 

 由比ヶ浜さんはなんだか照れくさそうにしながら話を続ける。

 

「でもさ、留美ちゃんはヒッキーとだけ名前で呼び合ってて、私たちのことはずっと「由比ヶ浜さん」「雪ノ下さん」だし、なんか寂しいっていうか、そのズルいっていうかだし……。ね、ゆきのん!」

 

 急に振られた雪ノ下さんは、こめかみの辺りを押さえながら、

 

「別にずるいわけではないと思うのだけど……でも、そうね」

 

 そこまで言って、ふふっと微笑うと、

 

「同じ時期にあなたと知り合ったはずのあの男が、私たちより親しげに接しているというのは……なんだか負けているような気がして不快だわ」

 

 ちょっといたずらっぽい顔でそう言った。

 留美がくすりと笑う。

 

「だから、私もこう呼んでいいかしら ――留美さん?」

 

 雪ノ下さんの声は優しい。

 

「あ……は、はいっ。もちろんです。……その……雪乃、さん。それから、結衣さん」

 

「うんっ。留美ちゃん、これからもよろしくねっ」

 

 そう言って由比ヶ浜さん――結衣さんは留美に抱きついた。……あ、留美が埋まってる……やっぱりすごいなあ結衣さんの、……ふかふかメロン?

 

 

 

 その様子を見ていた一色さんが不満をこぼす。

 

「えぇ~、結衣先輩たちだけなんかずるいですー。せっかく今回仲良くなったんだから、わたしたちも混ぜてくださいよう」

 

 へへっ、ホントそうだよ。

 

「じゃあ、あたしもいーですか? いろはさん」

 

 あたしがそう声を上げると。

 

「もちろん。今回はほんとお疲れ様ね、絢香ちゃん」

 

 

 

 その後は、いろはさんが比企谷さんを無理やり引っ張ってきて、

 

「ほらほら~、せんぱいも、『いろは』って呼んでいいんですよ?」

 

 なんてからかったりしてる。

 

 あ、いろはさん、冗談ぽく言ってるけど……声少しだけ震えてるし、頬もほんのり赤い。……これってすごく期待してる?

 

「いや、俺はやらんっつーの」

 

 残念ながら乙女の気持ちは伝わらなかったようです。

 

「えぇ~、何でですかぁ。留美ちゃんだけしか呼ばないなんてえこひいきですぅ」

 

「別に……一人だけってわけじゃ……」

 

 比企谷さんはそう言ってちらっとだけあたしの方を見た。

 

 なっ……ちょっと比企谷さんっ。「アレ」をカウントに入れるのはずるいでしょ。あんなのはただの冗談で……。はう。

 なななにをドキドキしてるんだあたしはっ。

 

 ……そもそもみーんな比企谷さんが悪い! ホント、「撫でるな危険!」

 

 

 

 それからは、なんだかお疲れ様会全体が、「名前で呼び合う祭り」みたいな変な感じになっちゃったけど、……なんだかとっても楽しかったなぁ。

 

 

 

 **********

 

 

 

 まだ一週間くらいしか経っていないのに、やけに懐かしいような気分でクリスマスイベントの時のことを思い返していると、

 

 

 

「あ~や~」

 

 よく通る陶子の声がそれを中断させる。……あたしの耳に駅前独特の喧騒が戻ってきた。駅に向かう人の波はいつもの倍ほどもあるだろうか。

 いつの間にか見上げていた空の色は、冬の……それもこの時期だけの澄んだ青。

 

 あたしは座っていたベンチから立ち上がり、白い息を吐きながら陶子たち三人のもとに小走りで駆け寄る。

 

「あけましておめでと。絢香」

 

「うん。おめでと、留美、泉ちゃん」

 

「おめでとうございます、絢香さん」

 

「ちょっと絢~、私には?」

 

「陶子には今朝言ったでしょーが」

 

「あれは電話じゃん」

 

 ああもう! めんどくさいなぁ。

 あたしは胸に軽く手を当てて軽く腰を落とし、「騎士の礼」みたいなポーズをとる。

 

「……陶子様におかれましては昨年中は大変お世話になりまして、うんたらかんたらで本年も宜しくお願いいたします」

 

「うむ、苦しゅうない。今年もよきにはからえ」

 

 陶子が偉そうにふんぞり返って言う。

 

「ぷ、なにそれ」

 

 留美が笑う。隣で泉ちゃんが笑う……もう、どこも無理をしてない自然な笑顏で。

 

 そんな――あたしの、新しい友達。

 

 

 

 へへっ、特命係の任務完了! 今日はこれから四人で初詣!

 

 

 

 




 以上、クリスマスイベント編おまけ、絢香編でした。

 いや……「幕間」に前後編合わせて3万字とか……。

 当初の構想では一万字前後で収まるはずだったんですが、絢香に突っ込ませたい場面が多すぎて……これでもけっこう削ったんですよ。……ホント、どうしてこうなった?



 次回のお話については現在検討中です。予定していた、いわゆる「本編」(一つの話に5話も6話もかかるような話)は、留美が中学生~高校生頃の話に飛んでしまいます。
 なので、時系列にそってやや短めの話(小学生編~中学生編)を書いていくのが良いのか、本編を進めた上で、こぼれ話として短編をあとから入れていくのが良いのか……。

 留美が成長しちゃったら一気に読者が離れそうな……ww どうなんでしょうね。

 
 ご意見・ご感想お待ちしています。

 ではまた次回。



P.S.
こちらの話がちょっと区切りの良いところなので、一月から更新できずにいた実験的な短編集(小町ポイント)の方をきちんと「完結」という形にする作業にも手を付けていきたいと思います。もしかしたらそっちの更新が先になるかもしれません。

5月8日 誤字修正。 報告感謝です。
5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さん報告ありがとうございます。
5月18日 分かりにくかった表現を一部修正。


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鶴見留美は想いを贈りたい① 決戦は金曜日?

 
 どもども。こちらの、「そして~」のみ読んでくださってる方には約一ヶ月ぶりの更新になります。お待たせしました。

 今回から新章、原作成分の少ないオリジナル編になります。……というか、この先はオリジナルにするしかありませんね。12巻……いつ出るんですかねぇ……。

 2月。恋する女の子に、あのイベントの季節がやって来ます。





 

 もうすぐあのドアが開いて八幡が入ってくる。

 

 私を見てびっくりするかな? ふふ、……小町さんじゃなくて私が「お帰りなさい」って言ったらきっと驚くよね。

 

 八幡から小町さんに、『駅に着いた。なんか買ってく物あるか?』って電話があってからもう五分以上経ってる。

 小町さんは『何も無いよ、早く帰っておいで』と返事をしてたし、ここまでゆっくり歩いても十分はかからない――だから、もうすぐ八幡に会える。

 

 

 

 そして私はこの、綺麗にラッピングした小箱を渡し、想いを告げる。

 

 たぶん八幡は……まあやっぱり最初は驚いて……それから……ちょっとは嬉しいって思ってくれるのかな。――それとも、迷惑って思うかな。

 胸のあたりが苦しくなる。……あーあ、やっぱりやめようかなぁ。

 

 ううん、今日まで何回も何回も考えた。まだ子供だって思われてるのは解ってる。けど、私が……()()、八幡のことが好きな女の子の一人なんだってこと、ちゃんと伝えたい。……別に、すぐ思いに応えて欲しいなんて言わない、言えるわけがない。ないけど、少しぐらいは私のこと、()()()()()()意識させてやりたい。

 

 ――だから、伝えるんだ。

 

 ドアの外で、トントンと、靴に付いた雪を落としてるような音がする。帰ってきた!

 どうしよう、偉そうなこと考えてたくせに急にドキドキしてきちゃった。

 

 ……そして、ドアノブがガチャリと音を立てて回り、ゆっくりドアが開く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

『で、どうなの? やっぱり手作り?』

 

「なんであげるの前提なのよ」

 

『あげないの?』

 

「それは……あげるつもり、だけど……」

 

『へへっ、それでそれで?』

 

「うん、実は、さ……」

 

『…………』

 

「…………」

 

 

 

 

『なるほどね~ ね、留美、明日、留美ん家行ってもいい?』

 

 

 

 

 

 

 

 2月に入り、寒さはいっそう厳しさを増している気がする、そんなとある土曜日、一応、「バレンタインデーの相談」という名目で、絢香が私の家に遊びに来ている。

 

 十二月のイベントを通じて仲良くなった私たち。話してみたら、意外とお互いの家が近いということがわかった。……まあ、この春からは同じ中学校に通うわけだし、それほど遠くないんだろうなってのはなんとなく思ってたけど……絢香の家、私が知ってるお店だったの!

 

 駅前、やや千葉寄りの方にある、『御菓子司 あやせ屋』という地元ではけっこう有名な和菓子屋さん。ちょっと高級めなお店で、(うち)でも、自宅用というより、お土産とか御使い物として利用することが多い。

 

 絢香の家はお祖父さんの代に暖簾分けされた美浜店で、本店は千葉城の近くにある大きなお店。そこは絢香のお父さんの従兄のお店で、江戸時代から続く銘店だそうだ。

 

 

 

 

 

 

「う~ん、要するに、インパクトが欲しいってことだよね? なんてーの、『差別化』とかいうやつ?」

 

 腕組みのポーズで、大袈裟に頷きながら絢香が言う。

 

「……うん。普通に作って普通に渡しても印象に残んないかなって」

 

「ふむふむ。じゃあ、いっそのこと、手作り和菓子なんかどう? ほら、これとかカワイイでしょ」

 

 そう言って絢香は、今日家からお土産に持ってきてくれたお菓子のうちの一つを指差す。

 

 練切(ねりきり)と言われる色鮮やかな餡を使った細工菓子がいくつか載せられた重箱みたいなタッパー。絢香が指したものは、ピンク色のハートを白い矢が撃ち抜いているという意匠の物。可愛らしいけど繊細な作りの、もはや芸術品だ……ほんと、食べちゃうのもったいない位。

 

「……それ、ちゃんと作れるようになるのに何年かかるのよ……」

 

「えーと、満足いく生地が練れるようになるまで五年、修行は一生とかおとーさん言ってた」

 

「はいはい却下」

 

「いやだから、うちでお買い上げいただいてですね~、そんでもってラッピングだけぱぱっと変えて、

『これ、あなたの為に一生懸命作ったの♪』

と、やれば……」

 

 

 はあ。私はがっくりと小さくため息をつく。

 

「あのねぇ……。それって一番やっちゃダメなやつでしょ!」

 

「ごめん、半分冗談だってば」

 

 半分は本気なのね……。 

 

 

 

「それに……こういうの初めてだし、やっぱりちゃんと自分だけで作ったお菓子がいいかなって……」

 

「ほうほう、乙女ですなぁ」

 

「からかうなら、相談するのやめるっ」

 

「ごめんごめん。……でもさ、贈るものが決まってるなら、それこそ相談って?」

 

「……昨日電話でも言ったけど、八幡って、()()()だけど……それなりにチョコとか貰うと思うんだよね。だから、普通に渡して、「義理チョコのうちの一つ」みたいになっちゃうのはやだし、何か……その、渡し方、とかさ」

 

 …………それに、

 

「そもそもこのままじゃ、二人だけで面と向かって渡せるチャンスとか無いし……」

 

「留美あんた、仮にも自分が好きな男子を『あんな』って。 ……あーでも……そうねー。比企谷さんにチョコあげそうな子かぁ…………ひとり、ふたり…………」

 

 そう言いながら絢香は指折り数え……って、え、両手? 片手で収まらないの?

 

「そ、そんなにいるかな……」

 

 私が地味にショックを受けていると、絢香は、

 

「まあ、少しでも本命チョコの可能性がある人みんなってことで。恋のバトルは、可能性があるライバルを全部あぶり出して、それから一つずつ潰し……対策を練っていくのが基本だからねー」

 

 ……今、なんか怖い発言があったような気がしたけど……? 

 

 彼女はそう言うと、今度は声に出してもう一度数え始めた。

 

「まず、雪乃さん、結衣さん、いろはさんは本命チョコ確定。留美も当然そうだよね? 義理か本命か微妙なのは沙希さんとけーちゃんに……あとあたしとか……

 

「けーちゃんも?」

 

「うん。あとはねぇ……戸塚さん、小町さん」

 

「……戸塚さんは……なんというかまあ……。でも、小町さんが『本命チョコ』ってことはないでしょ?」

 

「甘いっ 甘すぎるよ留美! 千葉の兄妹の仲の良さを舐めちゃいけないよ!」

 

「……その『千葉の兄妹』って、八幡もたまに言うけど、何なの?」

 

「まあそれはこっち側のネタみたいなもんだけど、でも……仲いいんでしょ、比企谷さんと小町さん」

 

「まあ、普通よりは……かなり……相当?」

 

 言われてみれば……うん、本命チョコもひょっとしたらありそうなくらい……? まさかね。

 

 

 

「いい? ここからが重要よ」

 

 急に真剣な表情になった絢香の言葉に、私はゴクリとつばを飲む。

 

「さっきの本命云々はともかく、比企谷さんが何かを考える時、小町さんの意見が大きく影響するってのは間違いないと思うの」

 

「!! それは……うん、そうかも」

 

「だから、まずは小町さんに味方になってもらおう」

 

 そう言って彼女は自分でうんうんと頷く。……でも、なんだかすごく納得できる。たしかに小町さんに嫌われでもしたら、八幡、会ってもくれなくなっちゃうかもね。

 

 

 

「ただ…………小町さん受験生だし、そこは上手くやらないとね~」

 

「うん」

 

 もちろんそうだ。2月14日は受験当日だし、しすこん?の八幡もバレンタインどころじゃないかもしれない。

 

 そう考えると……別な日にしようかなぁ……当日渡せないのは残念だけど。

 

 

 

「それから、もう一つ」

 

 絢香は、言葉を止め、一瞬言い淀んでから続ける。

 

「小町さん……最終的には、雪乃さんと結衣さんの味方をするだろうから、そこは覚悟しておくこと」

 

「…………うん、わかってるよ」

 

 うん。……きっと小町さんは、()()()()()()()()を、もしかしたら八幡以上に大事にしてると思うから。

 

 もちろん、私が八幡にチョコ渡したいって言ったら、協力はしてくれると思う。

 

 …………でも、もしも私が、 ……その、「本気で八幡の恋人になりたい」って言ったら――雪乃さんや結衣さんのライバルになりたいと思ってるって言ったら――きっと小町さんは雪乃さんたちの側についてしまうだろう。

 でも――今は無理でも、いつか……いつかは小町さんも、みんなも、私が八幡の隣にいても変じゃないって認めてくれる日がくるんだろうか。そんな日が来たらいいなぁ。…………それで、『おにいちゃんと留美ちゃんはお似合いだね』なんて言ってもらえたりして…………。

 

 はぁ。改めて思う…………道は険しいなって。

 

 

「で、小町さんの――総武高の受験って何時くらいに終わりになるのかな」

 

 ぼんやり考え込んでしまっていた私に絢香が聞いてくる。

 

「えと、千葉県の公立校はみんな13日が学科試験で、14日は面接とか小論文とか

だから……2時か3時位だと思うけど」

 

「ふむふむ。当日に渡すなら……そこが狙い目かもね」

 

「え、でも、小町さんの受験当日に……」

 

「だから、終わった後だよ。比企谷さんて、小町さんの受験、まして会場が総武高って事なら、普通に付き添いでついてきたり、そうじゃなくても、迎えに来るぐらいはしそうでしょ」

 

 まあ、無いとはいえないけど……。

 

「というか、そこは迎えに来てもらって、駅前かどっかで比企谷さん兄妹と合流。んで、留美はめでたくチョコを渡せる……と。うん! 完璧!」

 

 グッと、ガッツポーズを決める絢香。

 

「そんなに上手く行かないよ……それに、小町さんになんて説明するの? そ、その……『本命チョコ渡したいから手伝って下さい』とか、言えないよ……」

 

「ううん……そこはほら、あんまり重くなんないように…………そうだね~…………」

 

 彼女はまた腕を組んで目を閉じると、今度は体をコミカルに左右にくねくねさせながら、顔だけは真剣な表情で考えてくれる。

 すぐにぱっと目を開けて彼女は言う。

 

「じゃあ、こんなのどう? 『日頃の感謝の気持ちを贈りたい』から、受験終わった後時間があれば機会を作ってください、ってメールで頼んでみるの」

 

「へえ、なんだか格好いい言葉だね……。でもどこかで見たような……」

 

「うん、うちの店に張ってあるポスターに書いてあった。ま、ベタっちゃベタな言葉だけどね」

 

 …………でも、悪くないかも。「私が八幡に感謝の気持ちを贈る」なら、小町さんも、雪乃さんや結衣さんだって変に思わないだろうし。

 

 それに、八幡だってその理由なら自然に受け取ってくれそうな気がする。

 

「じゃあ、それでお願いだけしてみようかな。……それで都合悪ければ、別の日でも仕方ないし」

 

「そうそう、まずは連絡してみてから悩めばいいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

---------------------------------------------------

20xx/02/xx 18:32

宛先1:小町さん

宛先2:

---------------------------------------------------

件名:バレンタインのことで

---------------------------------------------------

本文:

こんばんは 受験前の忙しい時にすいません

実は、八幡さんに日頃の感謝の気持ちをこめてお菓子を贈りたいと思っているのですが、受験が終わった後、少しだけ協力してもらえませんか

 

お忙しいようでしたら、このメールはスルーしてください

受験、頑張ってくださいね

---------------------------------------------------

 

 

 

 

---------------------------------------------------

20xx/02/xx 18:45

送信元:小町さん

---------------------------------------------------

件名:返信:バレンタインのことで

---------------------------------------------------

本文:

こんばんは留美ちゃん メールありがとう

ちょうど息抜きしてたところなので大丈夫だよ

 

まずは愚兄めにバレンタインの贈り物をいただける件ほんとに感謝ですよ!

お兄ちゃんも泣いて喜ぶことでしょう

 

でも、協力ってどうすればいいのかな?

小町もこういう話なら大歓迎だから、遠慮しないでまたメールしてね

小町にできることなら手伝うよ

---------------------------------------------------

 

 

 

 

---------------------------------------------------

20xx/02/xx 20:07

宛先1:小町さん

宛先2:

---------------------------------------------------

件名:ありがとうございます

---------------------------------------------------

本文:

すぐに返信いただいてありがとうございます

パソコンは着信にすぐに気が付かないことがあるのでちょっと不便ですね

来月にはケータイを買ってもらえることになっているので、そしたらすぐ返信できるようになります

 

さっきの協力のお話ですが、私の希望としては、2月14日当日に八幡さんに直接手渡ししたいです

 

ですので、小町さんの受験終わった後、八幡さんが小町さんを迎えに来るようなら、その時少しだけお時間もらえないかなぁ、と

 

もちろん無理にとは言いません

---------------------------------------------------

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------

20xx/02/xx 20:38

送信元:小町さん

---------------------------------------------------

件名:今のところ

---------------------------------------------------

本文:

さっきお兄ちゃんに14日の予定を聞いてみました

もちろん、留美ちゃんのメールのことはナイショにしてるから安心してね

 

今のところお兄ちゃんは、朝から小町のために一日中神様にお祈りしてるって。

それで、小論文の試験が終わるころ小町を迎えに来てくれるか聞いたら、何の予定も無いから構わんって言ってました

バレンタインだってのになんだろうねこのがっかりな兄は……

 

ただ、まだ先の話なので、これから予定が入るかもしれません

また、日にちが近くなったらあらためて予定決めようね

---------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 その後、何度か小町さんとメールのやりとりをし、待ち合わせは駅前の和菓子屋さんの茶寮コーナー、いわゆるイートインみたいなところで午後3時ということになった。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

――2月14日当日――

 

「泉ちゃん、ほんとありがとっ。次、ちゃんと交代するからね」

 

「いいよいいよ~」

 

 泉ちゃんはニコニコした顔で手を左右に振り、それから、

 

「でもでも、あとからお話きかせてね」

 

 小声でそう付け加え、うふふと微笑った。

 

 

 

 帰りのホームルームが終わり、泉ちゃんに日直の仕事を交代してもらった私は急いで教室を飛び出した。彼女以外には家の用事ということにしてある。

 今日は五時間目までしか無い日だし、これから家に帰っても3時には十分間に合うはず。……なんだけど、どうしても気持ちが急いてしまう。

 

 だって、今日は千葉では非常に珍しいことに雪が降っているのだ。

 

 昨夜から降り出した雪は、家々の屋根や木々にうっすらと積もり、辺りを一面真っ白に変えた。幸い、道路の積雪はそれほどでもなくて、交通機関の乱れも僅かだったようだ。それでも、

 

「小町さん、大丈夫だったかな……」

 

 受験当日の雪。私との待ち合わせのことはひとまずおくとしても、肝心の受験自体、多少の日程変更とかはあったかもしれない。何かあれば、メールで連絡が入っていたりするかも。

 そう思って数百メートルばかりの家路を急ぐ。

 

 

 

「ただいまー」

 

「留美お帰りー」

 

 家に着くなりパソコンを起ち上げメールのチェック。

 小町さんからは……うん、昨日、日時の確認した後のメールは入っていない。

 

 現在時刻は午後2時40分。

 私はランドセルを置き、昨日準備しておいた小ぶりのトートバッグの取っ手を握るとすぐまた、さっき入ってきたばかりの玄関へ取って返す。

 

「いってきまーす」

 

 と、お母さんに声をかけると、

 

「慌ただしいわねー。 でも、頑張っておいで!」

 

 そう言ってお母さんは、胸の前で腕を斜めにするようなポーズでぴっと親指を立てる。

 ……格好いいけど、エプロン着けたままやるポーズでは無いと思うよ……。

 

 

 

 

 

 クリスマスの後、八幡と私は、学校帰りとかに偶然会えば話くらいはするようになった。だけど、そうは言ってもせいぜいちょっとした立ち話程度だ。

 あと……何回かはファミレスとかに入ったこともあるけど、そういう時は八幡だけじゃなく、奉仕部の二人だったり、いろはさんだったりが一緒で、私が八幡に甘えてもいい、みたいな雰囲気にはちっともならない…………。

 だから、今回みたいに時間をとって話せるのは、本当に久しぶり。小町さんも、

 

『チョコ渡す時には、ちゃんと席外してあげるようにするから大丈夫だよ』

 

 と言ってくれてるし……。

 

 一瞬、風が吹いて私の髪をファサッと跳ね上げる。

 

「あ」

 

 髪の毛、もう一回()かしてくればよかったかなぁ……。オフィスビルのガラスに映る私の髪は、心なしか少しだけ乱れているような気がしないでもない。

 服は……襟とか、肩のあたりを少し引っ張って整える。それから、ちょっとだけ笑顏の練習。

 

 …………うん、おーけー。ちゃんと可愛い、と、思う。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 待ち合わせのお店の前で立ち止まり、一つ深呼吸してから自動ドアを潜る。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 店員さんに声をかけられ、

 

「あ、奥で待ち合わせです」

 

 私がそう言うと、「どうぞ」と促されて私は奥の茶寮コーナーへ。お客さんはまばらで……その一番奥の席。

 

 小町さんがもう席に着いていて、テーブルの上には、黒い漆塗りの小盆に並べられた色とりどりの綺麗な干菓子とお茶。

 

 あれ、八幡は? ……お手洗い、かな。

 

「あ、留美ちゃん久しぶりー」

 

 私に気付いた小町さんが小さく手を振ってくれる。

 

「こんにちは、小町さん、受験お疲れ様でした」

 

 私がそう挨拶しながら、落ち着き無くあちこち視線を泳がせているのを見て、小町さんはなぜか申し訳無さそうな顔になる。

 

「あのね、お兄ちゃん、今日になって急に出かける事になったからって連絡来て……帰ってくるの、夕方……夜になるんだって」

 

「そんな……」

 

 かくんと膝の力が抜け、思わずテーブルに手をつく。

 

「留美ちゃん、大丈夫?」

 

「あ、ごめんなさい。…………だ、大丈夫です」

 

 ちっとも大丈夫じゃないように見えたんだろう――小町さんは慌てて立ち上がり、私を支えるようにしてそっと椅子に座らせてくれた。

 

 

 

 …………色々と決心してきたのにな。今日のためのお菓子だってすっごく頑張って作ったんだけどな……。

 一人でドキドキして、お母さんにニヤニヤしてて気持ち悪いって言われて、絢香にからかわれて怒って、泉ちゃんにキラキラの目で励まされて…………。

 

 …………楽しみに、してたんだけどなぁ。

 

 

 

 

 あーあ。このお菓子、小町さんに預けて八幡に渡してもらおう。……ホントは直接顔見て手渡ししたかったけど、そんな風に言ったらせっかくここに来てくれた小町さんに申し訳ない。

 じわっと滲んできてしまった涙を、なんとかこぼさないように我慢していると、

 

「留美ちゃん」

 

 小町さんが私の顔を覗き込むようにして声をかけてくれる。

 

「は、はい」

 

「明日、休みだよね」

 

「はい……あの?」

 

 確かに今日は金曜で……明日、明後日とは特に学校行事なんかの予定も無いけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし留美ちゃんが良かったらなんだけどさ……今夜、うちにお泊まりしない?」

 

 

 

 




 
 傷心の留美は、小町にお持ち帰りされてしまうのか! ゆりゆりなのかっ! 

 ……そういう話ではありませんね。次回は「るーちゃんドキドキ! 八幡さんのご自宅訪問回」です。

 ご意見、ご感想お待ちしています。


―― 追記 ――

 こちらを更新しなかった一ヶ月の間に、ここでもう一つ書いていた「小町ポイント クリスマスキャンペーン」を完結させました。
 リンク機能を使用した、ちょっと変わったお話です。「俺ガイル」が好きで、パロディネタが嫌いでなければ読んでみて下さいね。

以上、宣伝でした。

ではでは~



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鶴見留美は想いを贈りたい② 伝えたい気持ちは

 ** 御  20話到達 & お気に入り800突破  礼 **

 いつも読んでくださる方、お気に入り付けてくださってる方、本当にありがとうございます。
 更新ペースの非常にゆっくりなこのお話が20話に到達。お気に入り数はなんと800を超えました!
 このような地味な作品を沢山の方に読んでいただき、あらためて感謝、感謝です。


 さて、物語は一つの山へ。留美は無事に本命チョコを渡せるのでしょうか。




 

 

「もし留美ちゃんが良かったらなんだけどさ……今夜、うちにお泊まりしない?」

 

「えぇっ!」「ひゃぁー……ってマズ……」

 

 小町さんの言葉に驚きの声を上げたのは私だけじゃ無かった。

 私が()()()()()声の方を振り返ると、衝立を挟んだ、ちょうど私の真後ろに当たる席に…………。

 

「……絢香、ここで何してるの?」

 

「えーと? さ、三時のおやつ?」

 

 いつの間にか高校生風の私服を着て、伊達メガネまでかけた絢香が座ってる。……というかこの人最初からいたじゃん。全然気付かなかった。

 ……腹が立つことに、大人っぽい格好がよく似合ってるんだよね。

 

 

 そう、ここは絢香のお家(おうち)、『御菓子司 あやせ屋』美浜店。

 

「『一番奥の席に案内するように言っておくね。大丈夫、邪魔なんかしないから』だっけ?」

 

「いやその、邪魔はしてない……ような?」

 

「あのね……」

 

 私は一つ溜息をつき、小町さんの方に振り向き、

 

「あの、友達がごめんなさい」

 

 見れば、小町さんは大笑いしてる。

 

「……あはは、びっくりした~。……えーと、絢香ちゃん、だっけ? 全然小学生に見えないや……。 よく留美ちゃんのメールには出てくるけど、会うのはクリスマスの時以来かな」

 

「はいっ。ご無沙汰してまーす」

 

 絢香がぴしっと敬礼すると、何故か小町さんも敬礼で返す。…………もういいや。

 それより、

 

「あの、小町さん……さっきの……」

 

「ああうん。お兄ちゃん、ご飯は食べてくけど、そんなに遅くはならない、みたいなこと言ってたからさ。じゃあ家で待っててもらえば今日中に直接渡せるなって思って」

 

「で、でもそんなのご迷惑じゃ…………」

 

「いやいや、うちは全然。どうせ今日も両親は遅いし、お兄ちゃん出かけてるから小町とカーくんだけだし」

 

「かーくん?」

 

「あ、うちの猫。カマクラってゆーの。可愛いよ~、会いにおいでよ~」

 

 う、それはちょっと会いたい……かも。

 

「それに、せっかく受験終わったのに、打ち上げ一人じゃ寂しいじゃん。ね、留美ちゃん」

 

「でも、お母さんがなんて言うか……」

 

 よく知らない人の家にお泊りなんて……。

 

「うん、そだね。親御さんの許可はちゃんと取らなきゃ! 留美ちゃん家、ここから近いんだよね。歩いて何分くらい?」

 

「あ、七、八分です……けど」

 

「よし! じゃあ一緒にごあいさつに行こう! そうすればお泊りの準備も出来るし」

 

 

 そう言って小町さんはさっと席から立ち上がり、店員さんに声をかける。

 

「すいませーん。これ、包んでもらっていいですか? あと……これとこれ、お土産用に……」

 

 ……なんか、小町さんてすごい。あの、めんどくさがりの八幡の妹さんとは思えないなあ……。

 

 

「さ、行こう、留美ちゃん。……絢香ちゃんはまた今度ゆっくりね」

 

 会計を終えた小町さんが、私と一緒にお店を出ようとすると、

 

「あ、あの……小町さんっ」

 

 絢香が彼女を呼び止めた。

 

「これ。比企谷さん……お兄さんに渡してもらっていいですか?」

 

 そう言って小町さんに、このお店のバレンタイン用デザインのペーパーバッグを預ける。

 

「絢香?」

 

「ちょ、留美、変な顔しないでよ。あたしもクリスマスの時とかけっこうお世話になったし、まあ、菓子屋の娘として、せっかく来てくださるんならと用意してただけで」

 

 そう言ってちょっと居心地悪そうに言う。

 

「一応、お兄さん宛にはなってますけど、宜しければ皆さんで食べてくださいね」

 

「……うん、ありがとう。……()()()()()()()()()()渡すね」

 

 小町さんは絢香の目をじっと見て、大事そうにその袋を受け取る。

 

「……その、よろしくお願いします」

 

 そう言ってもう一度頭を下げる絢香は、ほんの少しだけ頬を染めているようにも見えた。

 

 

 

 

 **********

 

 

 それからはあっという間。私を連れて鶴見家に乗り込んだ小町さんはすぐにお母さんと仲良くなり、お互い電話番号やら住所やらを交換し、私の着替えなんかを準備して…………。

 

 

「それじゃあ、娘のこと、よろしくお願いします。留美もご迷惑おかけしないようにね」

 

「はい、おまかせください。留美ちゃんはしっかりしてるから大丈夫ですよ」

 

「うん、行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい、頑張って!」

 

 

 ……と、あやせ屋を出てからここまでわずか30分。

 

 その後電車に揺られること数駅。最寄り駅から徒歩5~6分。

 

 まだ雪はチラチラと舞っていて、歩道のあちこちに雪は残っている。

 けれど道中特に大きな混雑もなく、私たちは、5時前には比企谷兄妹のお家の前に無事到着することが出来た。

 2階建てのきれいなお家。エントランスのところに、今やすっかり見慣れた八幡の自転車が止められている。 ……へえ、ここが、八幡のお家、かぁ。

 

 3時頃お店に入るまでは全く思ってもいなかったような展開……。

 

 

 ――今日、私は八幡の家にお泊りする。

 

 

 って、あらためて言葉にすると、えぇ~って感じだよ。……はあ、またなんか緊張してきちゃった。 

 

 

 

「ただいま~」

 

 私なんかの緊張をよそに、小町さんはさっさと鍵を回しドアを開ける。……まあ、自宅なんだから当たり前なんだけどさ。

 

「留美ちゃんどうぞ~。ささ、入って入って」

 

 小町さんに手招きされて玄関をくぐる。

 

「比企谷家へようこそー」

 

 小町さんの声に合わせるように、玄関で待ち構えていたらしい灰縞の猫が「みー」と鳴いた。小町さんが、

 

「ただいまカーくん、いい子にしてたぁ?」

 

 と声をかけ、その頭を軽くワシワシっと撫でる。

 

 この子がカマクラくんかぁ。思ったより大きいけど、どこか愛嬌のある顔……うん、カワイイ。撫でようと右手を伸ばすと、彼の方からその手に頭をすり寄せてきた。

 首から背中にかけてのあたりをさすさすと優しく撫でてあげたら、「にゃー」でも「ミー」でもなく、

「ヘッヘッ」と声を上げて目をほそめる。…………あったかい……それに……手触りも、こう、ちくちくさらさらしてて、なんとも気持ちがいい。

 

「ををっ、カーくんも留美ちゃんのこと気に入ったみたいだねー」

 

 小町さんはそう言いながらちらっと時計を見る。

 

「5時、かぁ。 ……お兄ちゃんはご飯食べてくるみたいだし、わたし達も食べちゃおーか」

 

 

 

 

 それから、作り置きしてあったらしいシチューを温めて夕食をいただく。

 

 二人で食事をしながら、それぞれの学校の話とか、友達の話、あと、小町さんの受験の話なんかもした。小町さんは、

 

「まあ、全部終わったしね、 ……あとはもう、受かるときは受かるし落ちるときは落ちるっ」

 

 なんて、半分開き直ったように言ってる…………。

 

 もちろん、絶対、ぜったい合格してほしいけど……ただ、話によると小町さんは第二志望の私立にはもう合格していて――ここだってレベルは低くない――まあ、それを考えればこれ以上気を揉んでも仕方がないのかも。

 

 

 

 

 洗い物を始めた小町さんに追い払われたカマクラくんが、「しょうがないからこっちと遊んでやるか」みたいな顔で私のところへやってくる。

 ヨイショと抱き上げ、膝の上に乗せて、喉のあたりを指でさすってあげると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。ふふ、かわいいなぁ。

 ……けどこれ、けっこう重い……。ずーっとこのままだったら、足がしびれて立てなくなっちゃうかも。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 時計が午後7時を回ったころ、小町さんの携帯が着信音を奏でる。

 

「もしも~し。 ……お兄ちゃん、今どこ? …………うん、……うん、小町ももう食べたよ……………」

 

 八幡から、だ。

 

「…………特に無い、かなぁ。寒いし、早く帰っておいでよ。 …………うん、気をつけてね」

 

 

  通話を切った小町さんは、私の方を振り向き、

 

「お兄ちゃん、今駅だって。 ……留美ちゃん、どうする? 玄関でサプライズするなら、小町たち奥にいるよ」

 

 どうしよう…………。 うん、やっぱり、できれば早く渡したい、かな。

 

「じゃ、じゃあ、それでお、お願いしましゅ」

 

 う、緊張して噛んじゃった…………。

 

 小町さんは優しく微笑って、

 

「よし。じゃあ、小町は自分の部屋にいるね。留美ちゃん、後で声かけて」

 

 

 

 小町さんはカマクラくんに、

 

「カーくんも行くよ~」

 

 と声をかけて二階に上がっていく。

 カマクラくんは小町さんの声に応え、するすると器用に階段を登って彼女について行った。ぴょん、ぴょん、ってジャンプするみたいに登るわけじゃ無いんだなぁ……などと、変なところに感心してしまう。

 

 

 そして私は、きれいにラッピングされた小箱を手に、一人玄関で八幡を待つ。

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

「ただいま」

 

 玄関のドアを開け、ややテンション低めで帰ってきた八幡を、

 

「お帰りなさい♪ 八幡」

 

 と、私にできる精一杯の可愛い声でお出迎えする。

 

「うおっ、 ……………え……何? …………留美…………?」

 

 うふふ、混乱してる混乱してる。サプライズ成功。

 

 八幡は、じいっと私を見て、

 

「…………小町が化けてるわけじゃないよな……」

 

 なんて馬鹿なこと言ってる。

 

「そんなわけ無いでしょ……」

 

 もう、相変わらず発想がひねくれてるなぁ。

 

 

「いやでも……何で……?」

 

「……あのね、八幡、……これ。 今日、バレンタイン……だから」

 

 そう言って私は、彼のために、思いをいっぱい詰め込んで準備した小箱を、両手で八幡に差し出す。

 

 彼は一瞬固まって、……それから、戸惑うような、少し照れたような顔をすると、壊れものでも触るようにそれを優しく受け取ってくれた。

 

「まあその、何だ、ありがとな、留美。……義理でもやっぱうれしいな、こういうのは」

 

 はあ……。やっぱり義理とか言うんだ。 …………こんなに丁寧にラッピングしてあって、義理なわけ無いでしょ。

 

「あのね、八幡……」

 

「ん……?」

 

「……それ、義理じゃ無いから。 本め…………」

 

 本命だから、と言おうとして顔を上げた時、

 

 

 

 ――見てしまった。……目に入ってしまった。

 

 八幡が、大事そうに大事そうに抱えている2つの小さな紙袋を。

 

 ――ピンクとオレンジが可愛らしい花柄の袋。

 

 ――光沢のある純白に、細く真っ赤なリボンが一筋鮮やかな袋。

 

 それは見るだけで()()()()を思い起こさせる…………。

 

 

 

「…………ほ、本気の、感謝チョコ、だから」

 

 思わず怯んで、変なことを言ってしまった。 

 

「感謝チョコ? ……今はそんなのがあるのか。……いや、友チョコとか聞くけど、違いがよく分からん……」

 

「その、ね……」

 

 どうしよう。……とっさに言ってしまっただけの言葉に意味なんて無い――けど、そこで思ったんだ。

 『本気の感謝チョコ』って変な言葉だけど、でも、もしかしたら私の気持ちとしてぴったりかもって。

 

 もちろん、八幡のことは好き。 ……その、男の人……として。だからこそ本命って言おうとしたんだし。

 

 けどさ、私は彼に好意を伝えて……どうしたいのかな。 ……付き合って欲しい、とか?

 

 ――小学生の女の子が、高校生の男の子に「好きです、付き合って下さい」と言いました――

 

 ……うん、なんていうか、OKしてもらえる未来がまったく見えない。むしろOKされたらこっちが引くかも。 …………はぁ、5歳の差って、やっぱり大きいなぁ。

 

 だから、林間学校の時のこと、泉ちゃんとのこと……。

 

 私がどれだけそのことを感謝しているか。 ……今は、それを八幡に伝えよう。

 

 

 

 

「留美?」

 

 私が黙ってしまったのを、どうやら待ってくれていたらしい八幡が心配そうに声をかけてくれる。

 

「これはその……義理なんかじゃなくて、私の……感謝の気持ち」

 

「感謝って……」

 

「林間学校のときも、泉ちゃんのときも、いつも私を助けてくれてありがとう」

 

 戸惑ったままの八幡に、私はもう一度頭を下げる。

 

「いや、俺は感謝されるようなことは……。それに、林間学校の時のは前にも言ったように葉山たちが…………」

 

「そうじゃないの、八幡」

 

 彼は言葉を切り、黙って私を見つめる。

 

「もちろん、ハブにされてるのを無くしてくれた事にも、もちろん感謝してるけど、それより……私の、何ていうのかな、「世界の見え方」みたいなのを変えてくれた、から」

 

「あん? 世界の見え方……? どういう…………」

 

 彼は、心底わからない、という風に首を傾げる。

 

「ふふ、『正しいぼっち』の事だよ」

 

「ゴホッ。な、お前な……」

 

 私が言うと八幡は噴き出し、

 

「…………それ、忘れてくれ…………」

 

 なんて言う。 …………あれ、私にとってはけっこう大事な思い出なんだけど、八幡にはそうじゃないのかな。

 

 

 

 私がシュンとしているのを見た彼は少し慌てたように言う。

 

「いや、あの時のこと全部忘れろって話じゃなくて、今の、『正しいぼっち』って言い方な?」

 

 何だ……少しだけほっとする。

 

「あの後、雪ノ下に、

 

『いいかしら比企谷くん。せっかく普段よりちょっとはましな事を言っているのだから、もう少し言葉のセンスにも気を遣った方が良いわね。

 いくら目とか顔とか心とかが腐っているからと言って、言葉まで腐らせる必要は無いのよ?』

 

 とか言われてな……」

 

 うわ、雪乃さん、容赦ないなぁ。……でも、八幡の、雪ノ下さんのモノマネが妙に雰囲気を掴んでいて、なんだか笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 その後、小町さんも一緒に三人でリビングの炬燵を囲み、お茶の時間。

 

「はい、お兄ちゃん……これは小町から」

 

 そう言って彼女は八幡に小さな包を渡す。

 

「え……、でもお前、今年は受験だから無いって…………」

 

「まあ、一応。さすがに手作りじゃないけど、お兄ちゃんが喜ぶ顔も見たいしね。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「……あんがとな」

 

「どういたしましてだよ、お兄ちゃん」

 

 なんだか二人とも嬉しそう……こういうのが、『千葉の兄妹』なのかな、ふふ。

 

「あと、せっかく留美ちゃんからもらったんだから…………食べて感想言ってあげなくちゃ!」

 

「え、」

 

 そんな急に……こ、心の準備が…………。

 小町さんは私にいたずらっぽい笑みを向ける。

 

 

 

「開ける、ぞ?」

 

 八幡は私をちらっと見て、それから丁寧に包装をはがしていく。やがて箱の蓋が開き…………。

 

「これは……クッキーサンド? いや、なんかやたら軽いな」

 

 八幡は箱いっぱいに詰められている()()を一つつまみ、不思議そうに見つめる。

 

「じゃあその、食べて良いか……?」

 

「う、うん。 ……どうぞっ」

 

 うぅ…………目の前で食べてもらえるなんて思ってなかったから、うれしいけどなんだかドキドキする。

 八幡は八幡で、小町さんと私の二人に両側から注目されてちょっと食べにくそう……。

 

 

 

 八幡が私のお菓子をゆっくりと口の中へ…………。

 

「……お、融ける! それにこの味……もしかしてマッ缶、か?」

 

「うん!」

 

 やった。成功!!

 

「……うん……なんかじゅわっと融けて……すげぇ美味い。これ何だ……」

 

「これね、ダックワーズっていうの。生地に少しだけコーヒー混ぜて、かける砂糖少なめにして、コーヒーと練乳で作ったクリーム挟んでみたの……八幡の好きなあの味みたいでしょ。…………どう、かな?」

 

「いや、ほんとうまいぞこれ。な、小町にもやっていいか」

 

「うん、小町さんにも食べてみて欲しい。……あ、あと、その下の方にある黒っぽいクリームのやつはチョコ味だから。……バレンタインだしね」

 

「じゃあ、小町もいただくね。チョコのとコーヒーの一つずつ……」

 

 小町さんは小さめのダックワーズを二つ手のひらに載せると、まずチョコ味の方を口の中へ。

 

「ホントだ、融けるみたい。美味しいねぇ……チョコと……これ、バタークリーム混ぜた?」

 

「はい、生クリームより生地に合うって本に書いてあって……」

 

「へえ……うん、チョコの方も美味いぞ。まあ、俺はマッ缶味のが好きだが」

 

「ふふ、それは八幡のために作ったんだもん」

 

 そう言うと八幡は、

 

「そう面と向かって言われると照れるっつーか……その、ありがとな、留美。スゲー美味かった」

 

「うん」

 

 良かった。八幡が美味しいって言ってくれた。…………絢香、泉ちゃん、やったよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 バレンタインデー数日前。

 

 私は絢香と泉ちゃんに、八幡にあげる予定の『マックスコーヒー味のダックワーズ』の試食をしてもらっていた。

 

 

「……でね、こっちのお皿が例のコーヒー味のやつで、こっちがチョコクリームなんだけど……。とりあえず食べてみて」

 

「ほいほーい。いただきまーす。どれどれ~ …………ん、サラサラ溶ける。美味しい美味しい」

 

 絢香が言えば、

 

「うん、美味しいね、このとける感じ、ほんとマカロンみたい」

 

 泉ちゃんの反応も上々。

 

「あ、でもなんでマカロンにしなかったの?」

 

「う……」

 

 絢香の一言に一瞬固まる私。

 

「? どうしたの留美ちゃん……」

 

 

 と、ちょうどそのタイミングでキッチンにお母さんが入ってくる。

 

「お、頑張ってるわね~。 少し休憩してお茶にしたら?」

 

 そう言って私たちの分も紅茶を淹れてくれる。

 

「ありがとうございます」「いただきまーす」

 

 お母さんはお皿の試作品をちらっと見て、

 

「あ、留美……八幡くんにあげるの、結局『失敗マカロン』にしたんだ」

 

「へ、『失敗マカロン』?」

 

 絢香たちがびっくりしてる。

 

「ちょっとお母さん、今回は失敗じゃないの! ちゃんと最初から、『ダックワーズ』のレシピで作ったんだから」

 

「あはは、ごめんごめん……」

 

 

 

 そう……実は、私は最初、表面ツルツルで可愛い『マカロン』に挑戦したんだけど――見事に失敗。ひび割れだらけの残念なマカロンになっちゃったんだ。……生地の乾燥とかすごく時間かかったのに……。

 

 ただ、見た目はともかく食べてみればそれはとても美味しくて…………まあそれで色々調べて、ほぼ同じ材料で手早く作れるダックワーズ……お母さん言うところの『失敗マカロン』を作ることにしたんだ。……お小遣いでたくさん買ったアーモンド・プードルを無駄にしなくてすむし。

 

 それにお母さんには『失敗』なんて言われてるけど、悪いことばかりでもない。このダックワーズ、見た目の華やかさではマカロンに及ばないものの、生地の風味や、大きさ、形の自由さはこっちのほうが応用が効くし、それに生地の泡を潰したり乾燥させたりといった手間もかからないから、味を変えて何度も作り直ししたり出来るし、数も作りやすい。

 そんなこともあって、私は八幡が喜んでくれそうな、例のコーヒー味のダックワーズを作ってみることにしたんだ。

 

「こう、融けるみたいな感じだから、このくらいの小さめのほうが良いんじゃないかなぁ。一口でお口に入るし」

 

「比企谷さんならこっちのコーヒー味でしょ。こっち多めにして……あと、箱に詰める時一番上の段は全部コーヒーのやつにするといいよ。そうすれば間違いなく最初の一口にインパクトある」

 

 そんな、彼女たちの協力のおかげで…………。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 私が工夫して一生懸命作ったお菓子を、八幡が美味しい美味しいと食べてくれる……何とも言えない幸せに浸っていると、

 

「あと、お兄ちゃん、これは絢香ちゃんから。後でちゃんとお礼言ってね」

 

 そう言って小町さんは、絢香から預かっていた袋を八幡に渡す。

 

「綾瀬が? 俺に?」

 

 八幡が不思議そうにしながら炬燵のテーブルの上に中身を取り出すと、細長い紙の箱と、封筒に入っていない、二つに折られただけの便箋。

 

 彼が箱の蓋を開けると、色鮮やかでお洒落な練切菓子が三つ。

 あ、この前見たピンクのハートと白い矢がモチーフの、和菓子っぽくないデザインのものも入ってる。でも、どこか少し違うような……。

 

 八幡は便箋を開き……、

 

「えーと、『これは……  」

 

「ちょっとお兄ちゃん! 女の子からの手紙を声に出して読むとか……」

 

 ポイント低いよー、と小町さんが非難の目を向けると、

 

「いやでも、大したことは書いてないぞ、ほら」

 

 そう言って八幡は、私たちの方に向けて便箋を広げて見せてくれた。

 

 これは……確かに手紙というよりは走り書きのような感じで、多分絢香がこれを小町さんに預ける直前に書いたんだろう。

 

『比企谷さんへ

 これは私が練習もかねて作ったものなので形はあれですが、餡はちゃんと父が練ったものなので味は保証します。どうぞ、皆さんで食べて下さいね。

 あーちゃんより』

 

 あらためて絢香のお菓子を見る。……確かにプロが作ったのに比べれば拙いかもしれないけど、細かい細工を、手を抜かず丁寧に丁寧にやっているのがわかる。

 きっと、食べてくれる人のことを想って。…………絢香……。

 

 

 

 八幡は、

 

「小町、留美、先に好きなの取っていいぞ」

 

 なんて言ってるけど……。私は小町さんと目を見合わせる。

 

「お兄ちゃん……。これは、お兄ちゃんが全部食べたほうが良いと思う」

 

「うん……」

 

 私たちの反応に八幡は、「?」という感じで、

 

「いやでも、みなさんでって書いてあるし……」

 

 なんて言うので、

 

「じゃあ、一口だけ味見させて貰うから」

 

 私はそう言い、お菓子の端っこをほんの少しだけ切り取って口に運ぶ。

 それは、この前食べた同じお菓子より優しい味がするような気がした。

 

 

 

 

 **********

 

 

 小町さんが、

 

「留美ちゃんの布団とか、さっき広げておいたんだ。今からちょっと敷いてくるね」

 

 と言って二階に上がって行き、リビングに残されるのは八幡と私の二人だけ。

 

 

 

「八幡、なんか元気無い?」

 

 ソファーの下の部分を背もたれ代わりにしてぐてっと座っている八幡に声をかける。

 

「いや、少し疲れてるだけだ。 ……なにせ、ぼっちの引きこもりが休日に出かけるとか、それだけで半分ぐらいライフが減るわ。あと……少し考え事してただけで、別に調子悪いとかじゃあない」

 

「そう? でも、なんだか悩んでるみたい。……あの、クリスマスイベントの……会議ばっかりやってた時みたいな顔してる」

 

「え、そんなに、か」

 

「ね、私に話してみない?」

 

「いやそれは……」

 

「話せることだけ。……前に、八幡も私の話聞いてくれたでしょ。……ヒドイことされたけどね」

 

「うぐ、……あれは……悪かった」

 

 泉ちゃんの時のことをチクチクつついてあげると、八幡は渋い顔をして謝った。

 

「じゃあ……ねっ」

 

 

「……少しだけな」

 

 八幡は天井の照明を見上げ、少し眩しそうに目を眇めて話し出した。

 

「まあ……俺の理想みたいなもんとして……他人の意見とか、今の状況とか、人間関係のしがらみとかに一切影響されずに、本心から思った通りの行動をとりたい……みたいな気持ちがあったわけだ」

 

 八幡は、一言一言、言葉を選ぶかのように訥々(とつとつ)と話す。

 

「うん」

 

「だけど俺は……逃げた」

 

「逃げた?」

 

「今の関係とか、状況とかを壊すのが怖くなって――選ぶことから、自分の本心と向き合うことから逃げて、今の状況を、関係を守ろうとしちまった。

 ……だから、本当にこれでよかったのか、これは欺瞞じゃないのか、なんて……今んなってグダグダと色々考えちまって…………ま、そんな感じだ」

 

 そこで八幡は、部屋の角にそっと置いたままになっている二つの紙袋に目をやり、小さく溜め息をこぼす。

 

「その……悪かったな、心配かけて」

 

 八幡は、これで終わり、と言うように話を切ろうとする。

 

 

 

「ねえ、八幡?」

 

「おう、どした?」

 

「さっき、ありがとね」

 

「ちょっと待て分からん……何が?」

 

 ふふ、この流れでいきなり言われても分からないよね。

 

「お菓子、美味しいって言ってくれて」

 

「ああ。いやお礼いうのはこっちだろ。別にお世辞言ったわけじゃないしな。……その、ほんとに美味かったぞ。特にマッ缶味のやつとか」

 

「ふふ、良かった。でも、やっぱりありがとう、なんだよ」

 

「?」

 

「八幡が私の作ったお菓子を、美味しいって言ってくれた。ほんとに美味しそうに食べてくれた。……それがね、涙出そうになるくらいうれしかったの」

 

「そう、か」

 

「だからあらためて思ったんだ。私、八幡のこと大好きなんだって」

 

「おう…………って、え?」

 

 さすがにびっくりしてる。急に何言い出すんだこいつ、みたいな顔。

 ……でもね、私にとっては急に、じゃないんだよ。

 

「さっき八幡が帰ってきたときさ、私、『感謝チョコだよ』みたいなこと言ったでしょ」

 

「ああ、いやでも……」

 

「いいから聞いて?」

 

「おう……」

 

「あれ、とっさに思いついて言っただけなの。……そのね、あの時……八幡が持ってたあの紙袋見て急になんだか怖くなっちゃって」

 

「紙袋……」

 

 八幡はもう一度部屋の角に視線を送る。

 

「ふふ、今の八幡の話もだけど、雪乃さんと結衣さん、でしょ?」

 

 そう。私の想いが、彼女たちの想いに到底届かないことなんか最初からわかってるのに……ただ、怖かった。

 

 

 八幡はどう言えば良いのかと一瞬迷ったような表情を見せ、そして、

 

「……まあ、な」

 

 そう言って八幡は少し切なそうな顔をする。……その表情にどんな思いが隠れているのか、八幡じゃない私にはわからない。

 

「私……欺瞞、なんて難しいことよくわかんないけど…………。八幡はさ、逃げたんじゃなくって、今の関係をそれだけ大切に思ってるってことなんじゃないかな。無くしたくないほど大事に思ってるってことなんじゃないかな」

 

「留美……」

 

「だから、『逃げた』なんて言い方したら、八幡が守ろうとしたものに……失礼だと思う」

 

「…………」

 

「逃げてたのは、私なの」

 

 そう、八幡には雪乃さんと結衣さんがいるってわかってて、そのくせ、八幡が二人から貰ったであろう紙袋を見ただけで、「本命」って言えなくなって、「感謝チョコ」とか変な言い訳して……。

 さっきの『感謝』って言葉も、嘘を言ったつもりはない。

 

 けど、私が八幡に()()()()()()()()()()()は…………。

 

 

 

「だから、今度はちゃんと言うね――

 

 私は……八幡が好き。八幡から見たら私なんてまだ子供かもしれないけど……でも、ちゃんと一人の女の子として、八幡に恋してる、の。

 

 ――だから、これは本命チョコ。 ……まあ、あんまりチョコレートは使って無いんだけどね」

 

 ようやく想いを告げた私は、中身を半分ほどに減らしたダックワーズの小箱にそっと手を添え、まっすぐに八幡を見つめる。

 

 

 

「留美お前……」

 

 八幡の顔に浮かぶのは困惑の表情。

 

「別に、今私と付き合って、とかそんな無茶言わないから。ただ私が言いたかった……だけ、だから」

 

「…………その、本気、か?」

 

「うん」

 

「けど、そのなんだ……恋、ってのは……たぶん勘違いだ。たまたま苦しい時、悲しい時に俺がちょっと手を貸したってだけで、――別に俺じゃなくてもそうしただろうし……だから、やっぱりさっきの感謝チョコっていうので合ってるんじゃねえのか?」

 

「…………あのさ、八幡」

 

 まったく……。八幡は、そんな言い方をするんだね。

 

「おう……って留美、なんで笑顏で怒ってんだよ」

 

「はぁ。……八幡って、面倒くさいね。それに馬鹿みたい」

 

「馬鹿って……」

 

「……本当に……本当に辛くて苦しい時に助けてもらって、どれだけ感謝していいかわからない位で……この人のこともっと知りたいなって思って、

 それから、その人が今度は、ずっとギクシャクしてた大好きな友達と仲直り……ううん、もう一度友だちになるのを手伝ってくれて……やっぱりただ感謝するってだけじゃ足りなくて、そして沢山話すうちに、どんどん、どんどん好きになって……」

 

「いやだから、それが勘ちが……」

 

「勝手に私の気持ちを決めつけないで! じゃあ聞くけど、これが勘違いなら、勘違いじゃない恋って、ほんとに好きになるってどういうこと?

 感謝から始まる気持ちが勘違いで、話をしていくうちに相手を知って好きになるのも勘違いなら、どうやって好きになるのが本当なの? 顔とか見た目? それともお金持ちかどうかとか?」

 

 いくら八幡でも、この気持ちを勘違いって言われるのは許せない。

 

「――八幡は、私の気持ちが、恋じゃない、勘違いだって言えるぐらい、女の子の気持ちがなんでもわかるって言うのっ?」

 

「それ……は……」

 

 八幡は、私の思わぬ反撃にたじろいだように言葉をつまらせる。

 

「ねえ、私は……私を助けてくれた八幡にいっぱい感謝して、色々話してるうちに八幡のこと少しずつわかってきて……それでますます好きになったの。……ね、自然なことでしょ ……それにね」

 

「それに……?」

 

「私、これからも八幡のこともっと見ていたい。……近くに……居たい、の」

 

「…………」

 

「それで、万が一八幡の言うとおりただの勘違いだったら…………」

 

「おう……」

 

「その時はちゃんと『やっぱりやーめたっ』って言うから! だから……それまでは八幡のこと好きでいてあげる」

 

 私は強気に笑って胸を張る。

 

 

 

「ふ、おま、どんだけ上からなんだよ」

 

 文句を言いながらも八幡はようやく愉しそうに……優しい目で笑ってくれた。

 

「だから逃げないでね? 私は、八幡に助けてもらって嬉しくて、そして好きになった――この気持ちが勘違いなんかじゃないって、ちゃんと()()だって証明してあげるんだから!」

 

「!! 留美おまえ、……『本物』って……」

 

 八幡が何かに驚いたような表情(かお)をする。

 

「ん、どうしたの? 八幡」

 

 何か変なこと言っちゃったかな?

 

「いや……、なんでもねえよ。 …………しかし参ったな」

 

 八幡はガシガシと頭を掻いて、ちょっと困ったように天井を見上げる。

 

「なあ、留美……」

 

「うん」

 

「その、悪かった。一方的に『勘違い』なんて言っちまって」

 

「うん……」

 

「まあなんだ、留美の気持ちはうれしい。けど、俺はなんにも応えらんねーぞ?」

 

「ふふ、『うれしい』って思ってくれたんなら……いーよ。さっき言ったでしょ、私が言いたかっただけだって」

 

 これは本当。さすがに()、彼が私を恋愛対象に見てくれるなんて思ってない。

 

「おう……」

 

「だから、私が八幡を好きってことだけ、覚えておいてくれればいいの。あとは今まで通りで……いいよ。……あとね、八幡」

 

「お、おう」

 

「お願いだから、私のこと避けたりしないでね。…………そんなことされたら……泣く」

 

「脅しかよ……ったく、わかったわかった。これで留美を泣かせたりしたら、小町になんて言われるか分からんしな。……だから、お前がちゃんと『勘違いだった』って気がつくまでは……いつでも相手してやるから」

 

 彼は、なんだか諦めたみたいに笑い、

 

「だからまあなんだ、その、よろしくな」

 

 と言って、八幡は()()私の頭を、ポン、ポンと撫でる。

 

 ……ふふ、自分の顔がにやけてるのがわかる。

 ロマンチックでもなんでもなくなっちゃったけど、でも、伝えた。伝えられた……私の気持ち。

 

「うん、ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」

 

 私がカーペットの上で正座して、手をついてペコリと頭を下げると、

 

「いや、そのあいさつ違うだろ……」

 

 そう言って八幡はちょっと照れたようにそっぽを向いた。

 

 

 

 そこで私はようやく少し落ち着く。冷静に考えるとずいぶん恥ずかしいことを沢山言ってしまったような…………あぅ……。

 もちろん八幡といっしょにいられて嫌なわけ無いんだけど、今の告白直後のこの状況で二人というのは……気まずいというかむず痒いというか…………。

 

 そこに階段を降りてきた小町さんから救いの声がかかる。

 

「留美ちゃ~ん、お風呂いっしょに入ろー」

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 清潔そうなバスルーム。白い湯気。

 私と向かい合って湯船に浸かっている、どこにも無駄なお肉がついてない裸身。

 

 

 

 

 私は今、小町さんと一緒にお風呂に入ってる。

 小町さんて、普段は全然そんなこと意識させないけど、こう、目の当たりにしてしまうと結構スタイル良いんだよね……。スレンダーだけど、ちゃんと女の子らしい丸みを帯びたライン。胸だって小さくはないし。

 

 でも……八幡だって男の子だし、やっぱり大きい方がいいのかな?

 私は…………、まだそのっ、ふ、ふくらみ始めたばっかりだし、お母さんはスタイルいいし、こ、これからだもん!

 

 

 

「いやー、うちで誰かと一緒にお風呂はいるなんて何年ぶりかなー?」

 

 小町さんはなんだかすごく嬉しそうに言う。

 

「……小学校卒業する頃までは、たまにお兄ちゃんと一緒に入ったりしてたんだけどねー」

 

「そーなんですか」

 

 その言葉にちょっとだけドキッとする。

 だって、小学校卒業する頃って、つまり今の私ぐらいって事で……八幡と一緒にお風呂……。

 

「うん? お兄ちゃんと一緒に入ってみたい? 呼ぼか?」

 

「えぇっ! ちょ、そのあの……」

 

 私が体を抱きしめるようにして縮こまると、

 

「あはは、冗談だよ。さすがに一緒にお風呂って年じゃ……。あ、そだ。……留美ちゃん」

 

「はい?」

 

「髪、洗ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 小町さんの指が、さわさわと私の髪をすくようにしてシャンプーの泡を馴染ませていく。誰かに髪を洗ってもらうのって、髪を伸ばしてからは初めてかも。

 軽く指が通る度にシャンプーの花の香りが広がって、ほんの僅かだけ髪を引っ張られるような感じがなんだか気持ちいい。

 

「うーん、留美ちゃんの髪、真っ直ぐで綺麗だよねー。ストレートロング、ちょっと羨ましい」

 

 小町さんは手を止めないまま、私の後ろから正面の鏡越しに声をかけてくる。

 

「小町さんは髪、伸ばさないんですか」

 

「小さい頃はけっこう長かったんだけどね。でも、こんなには伸ばしたことはないなぁ。小町、ちょっと癖っ毛だし」

 

「小町さん、髪長いのも似合うと思いますよ」

 

「うーん、高校入ったら伸ばそうかな~。さっきの話じゃないけど、もうお兄ちゃんとお風呂はいるわけじゃないし」

 

「八幡と?」

 

 それと髪を伸ばすの話がどう繋がるのかよくわかんないけど……。

 

「小町ね、小さい頃はその長い髪が上手く洗えなくて、お兄ちゃんに洗ってもらってたんだー。

 ほら、うちは両親とも忙しくってさ。お母さん帰ってくるの待ってると、お風呂入るの遅くなっちゃうから」

 

 なるほどね。八幡と小町さんが仲いいのって、きっとこういう事情もあるんだろうな。

 

「いくつぐらいまで伸ばしてたんですか?」

 

「小学校二年生、かな? そのころから、お風呂入るのいつも一緒ってわけじゃなくなってきたし、自分でやるとなると洗うのも乾かすのも大変でさ。

 お兄ちゃんは、頼めば文句言いながらちゃんとやってくれるんだけど、毎回頼むのも悪いなって思うようになって」

 

「私は逆で、そのくらいから伸ばし始めました」

 

「ふうん、なんかきっかけでもあるの?」

 

「……大した理由じゃないです。聞いたら笑っちゃうような……」

 

「別に笑ったり……と。留美ちゃん、流すから目、閉じててね」

 

「あ、はい。……………ふわぁ」

 

 上からシャワーのお湯が優しくかけられ、小町さんの手が撫でるように、バラのような甘い香りの泡をすすいでいく。時折、泡を流してくれるように背中やお腹に当てられる温かいシャワーがちょっぴりくすぐったい。

 

「ほい、もう目を開けて大丈夫だよ」

 

 小町さんは私の髪をサッと拭いて水をきると、もう一枚乾いた大きめのタオルを取って巻くようにまとめてくれた。

 

「完成っ」

 

「あの、ありがとうございます」

 

「へへっ。どういたしましてっ。……小町、こういう『お姉ちゃん』ぽいことやってみたかったんだよね~ ずっと妹欲しかったし」

 

 そう言って小町さんは楽しそうに、いたずらっぽくクスクス笑う。

 

「ね、留美ちゃん、小町の妹にならない? ……あれ、でももし留美ちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんになったら、留美ちゃんがお義姉ちゃんで小町が義妹(いもうと)……。それはなんかヤダなー。そこはあえて『小町お姉ちゃん』って呼んでくんないかな」

 

「お、お嫁さんって…………あう」

 

 こ、小町さんてば急になんてこと言うの! ……そりゃあ、考えないわけじゃないけど、女の子だし。この前なんか、妄想の中で八幡を、『あなた』なんて呼んじゃったりしてたけど……。

 

 

 

「ごめんごめん冗談。でも…………へへ。その、ありがとね、あんなお兄ちゃんを好きになってくれて」

 

「……小町さん……やっぱり、聞こえてました?」

 

 いきなり「お嫁さん」とか言うって事は……恥ずかしいなぁもう。

 

「まあ、うちは別に防音でも何でもないし、ドアも開けっ放しだったし。……あは、『ふつつか者ですが』だもんね……。でも、留美ちゃんの気持ちに気がついたのはお菓子屋さんで会った時だよ」

 

 え、あやせ屋で……?

 

「実はさ、小町、あの時まで留美ちゃんをお泊りに誘おうとまでは思ってなかったんだよね」

 

「え? その……」

 

 じゃあ、なんで……。

 

「とりあえず湯船浸かろ。身体冷えちゃう」

 

 小町さんはそう言ってにぱっと笑った。

 

 

 

 

 

 

「ふう、あったか~い。ね、留美ちゃん」

 

「はい」 

 

 髪を洗ってもらっている間にけっこう体は冷えてしまっていたようで、湯船のお湯がやや熱めに感じられた。ただ、その熱さがむしろ気持良く体の奥に沁みていく。

 

「さっきの話だけどさ、今日お兄ちゃんから携帯に連絡あったのってちょうど受験終わったぐらいの時間でさ。多分こっちに影響ないようにって気を使ってくれたんだろうけど……」

 

 そう言って小町さんはまた申し訳無さそうな顔をする。

 

「で、もう連絡間に合わないと思ったから、小町は、留美ちゃんに謝って、『明日か明後日には必ずお兄ちゃんのこと引っ張ってくるから』って言って、その予定を決めようと思ってたんだ」

 

「! そうだったんですか? あ、でも、だったらどうして急に……」

 

「あのね、留美ちゃんさ――すっごい悲しそうな顔したんだよ、小町が、『お兄ちゃんが来れない』って言った時。 ……もう、『この世の終わり』みたいな」

 

「な、そそ、そこまでじゃ…………」

 

 無い、と言える自信はない。だって会えるの楽しみにしてたぶん、会えないのが……お菓子渡せないって思った時、すごいショックだったから……。

 

「だからね、その顔を見て……今日じゃなきゃダメだって思ったの。留美ちゃんのこと、今日中にお兄ちゃんに会わせてあげなくちゃって」

 

「…………」

 

「まあ、まさかあんな告白するとは思わなかったけどねー」

 

「あ、あれは勢いもあって……その……」

 

 全部聞かれてたかと思うと、このままブクブクと湯船に沈んでいきたくなる。

 

「でもさ、気持ち……伝わったんじゃないかな。 ……お兄ちゃん、もう少し自分に自信が持てるようになるんじゃないかな」

 

 小町さんはまっすぐ私を見る。

 

「だから、今日留美ちゃんを連れてきてほんとに良かった。……ありがとね」

 

 立ち込める湯気の中、そう言って優しく笑う小町さんの顔は、何故かとても大人びて見えた。

 

 

 

 

 




 
 八幡たち三人のデート。選んだ答えは原作とは少し違うようですね。

 そして、ついに留美が想いを伝えました。ここから、二人の意識が変わり始めます。


 今回出てくる小町は原作と雰囲気が少し違いますが、これは意識してそのようにしています。
 原作、八幡視点の小町は、八幡に全力で甘えてきますが、中学校で生徒会役員をしている事や、大志との接し方などを見るに、同世代~年下から見た小町は、しっかりしていて頼れる存在に見えるんじゃないでしょうか。


 さて、話は山を越え、次回は今回ほどドタバタはしない話になる予定です。

 ご意見・ご感想お待ちしています。


――どうでもいい追記――

 今回、お気に入り800突破のサービスとして、本来小町の寝室で寝る前にするはずだった会話シーンをバスルームに移動させました。……本当にどうでもいいな……



6月18日 かな⇔漢字修正

  同  誤字修正 報告ありがとうございます。


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鶴見留美は想いを贈りたい③ 優しい世界


「前回の後書きで、今回はドタバタしない話だと言ったな? あれは嘘だ」


相変わらずゆっくり更新ですいません。バレンタイン編は今回が一応ラストになります。





 小町さんと色々な話をしていたこともあって、少々長風呂になってしまったようだ。

 

 ちょっと火照った身体に小町さんから借りたパジャマを身につける。きれいなグリーンの厚めの生地、見た目はちょっともこもこしてて、合わせの部分と袖のところにオフホワイトのラインが入った「ちょっとおしゃれな冬用の部屋着」みたいなデザイン。でも、腕通りもいいし、素肌への肌触りも良いあたり、やっぱりパジャマなんだなと思う。

 サイズは……私にはほんの少しだけ大きい。でも、腕や裾を捲くらなきゃいけないほどでもない。

 

 実は、うちでお泊りの準備をした時にはパジャマも持ってこようと思って準備したんだけど、小町さんが、

 

「小町のパジャマ一組貸してあげる。冬物は荷物になるしさ」

 

 と言ってくれたので、結局家から持ってきたのは替えの下着・靴下と歯磨きセットぐらいで済んだ。

 

 

 

 ふと見れば、小町さんも私のと同じデザインで淡いオレンジ色のパジャマを着ている。見た感じ私の着てるグリーンの物より気持ち大きいサイズに見えるかな。

 

「えへへ、うちはいつも、ららぽの同じお店で、家族みんな同じ柄のやつ色違いで買ってるんだー」

 

 小町さんはそう言って、にこにこしながら私の肩を後ろから抱きかかえるようにして洗面台の前に引っ張っていく。

 

「小町さん?」

 

「ほら見て、お姉ちゃんと妹みたいでしょ!」

 

 満足気な小町さん……。洗面台の鏡に映る、色違いでおそろいのデザインのパジャマを着た二人の少女は――確かに、とても仲の良い姉妹みたいに見える。

 

 

 

 

 それから二人並んでリビングに戻ると……八幡は炬燵に足を突っ込んだまま、先程のソファに上半身をもたれさせた状態で静かに寝息をたてていた。

 

「ああもう、お兄ちゃんはしょうがないなあ。……小町、上からお兄ちゃんの着替え取ってくるから、留美ちゃんはそいつ叩き起こして、お風呂に放り込んじゃって」

 

「え……あの、……はい」

 

 小町さんは、私が「あの」といってるあたりでもう階段を上り始めていた。

 仕方なく、というわけでもないけど、八幡の肩を軽くゆすりながら声をかける。

 

「八幡、起きて。……コタツで寝たら風邪ひいちゃうよ……八幡ってば」

 

「…………ん……小町ちゃん、愛してるからあと五分……」

 

 はあ、ダメだ。完全に寝ぼけてる。

 でも……目を閉じてる八幡はいつもより少しだけ幼く見える。整った眉、すっと通った鼻筋……こうして間近で見ると、意外に睫毛もけっこう長かったりして。……別にすごいイケメンてわけじゃないんだけど……うん、十分にカッコイイ男の子だ。

 ふふ、……なんだかドキドキしてきちゃった。

 

 あまりにも無防備なその姿を見て、私はちょっとしたいたずらを思いつく。

 一つ咳払いをして、「あー、あー」と軽く発声練習。……よし!

 

『お兄ちゃん、とっとと起きないと、小町もう口聞いてあげないよ』

 

 もう一度肩をゆすりながら八幡の耳元で言う。口調だけは真似たつもりだけど、どうかな……?

 

 すると八幡は、目を閉じたまま、

 

「んっ」と正面やや上に両手を伸ばす。……引っぱり起こしてってことかな。ふふ、いつもこんな風に小町さんに甘えてるんだ。なんだかかわいい。

 

 私が、八幡の両手を持って、よいしょっと勢いをつけて引っ張ると、八幡は寝ぼけたまま、でも引っ張られるままにゆっくりと起き上がり…………わ、私の身体に抱きつくように覆いかぶさってくる! 

 

 え、八幡? 何……いきなりそんな…………「ぐえ」

 ちょ、重いっ。変な声出ちゃったでしょ。

 

 何の事はない。八幡はただ、私の身体を手すり代わりに立ち上がっただけだった……んだけど、まだ完全に寝ぼけているらしく、私に抱きついたまま…………というか、頭と肩に(つか)まったままフラフラしてる。

 

 ちょっと八幡……肩はともかく女の子の頭に掴まるって失礼じゃない?

 

 そうは言っても、私は八幡が倒れないようにバランスをとるのに必死で、身動きが取れず困っていると、

 

「お待たせー……って、ちょっとお兄ちゃん何やってるの! 小町にじゃないんだからそんなことしちゃダメ…………」

 

 階段の中ほどで気が付いた小町さんが慌てて駆け下りてくる。

 

 小町さんになら良いの!? という疑問は一旦置くにしても……慌ててたわりにはすぐに助けてくれる様子がない。

 うぅ……八幡が近いよ……体温が、息が……近くて……。

 

「あ、あの、小町さん助けて…………?」

 

 私が言うと、小町さんはようやく手を貸してくれた。

 

「あ、ごめん。留美ちゃんなんか嬉しそうだったから良いのかなって」

 

「そ、そんなわけ無い……です。重かったし」

 

「あはは」

 

 バレてるなぁ。……それはその、嬉しくないこともなかったけど……。まあ、頬が火照っているのは決して風呂上がりだからというだけじゃない。小町さんから見たら、私の顔は面白いぐらい真っ赤になっていることだろう。

 

 八幡を二人で両側から支えるような体勢になり、小町さんが肘で彼の脇腹あたりをけっこう遠慮なくグリグリっとやると、

 

「んがっ…………。あ? ……何?」

 

 と、八幡はようやく目を覚ました。

 

「……へ、何この体勢……俺、どっかに連行されてんの? それに留美、なんで赤くなって……?」

 

「なん……」

 

「なんでも何も、ごみいちゃんのせいでしょーが、この馬鹿八幡。いいからとっととお風呂入ってきて」

 

 私が何か言うより先に小町さんがキレた。二階から持ってきた八幡の着替えを彼に押し付けるように渡すと、片足を上げて足の裏で押し出すようにして八幡をお風呂の方へと追いやった。

 

 彼は、「相変わらず扱いがヒデーな……」とかブツブツ言いながら、まだ少し寝ぼけているのか、フラフラとした足取りでバスルームの方に向かって行った。

 

「留美ちゃん、アホな兄がゴメンね」

 

「いえその……私も悪くて……」

 

 私がボソボソとそう言うと、

 

「え? 何が」

 

 小町さんが不思議そうに聞く。 ……これ、言うの恥ずかしいなぁ。

 仕方なく、私が正直に「小町さんの真似をしたらさっきみたいな事になった」のを話すと、彼女はなんとも複雑な表情をして…………。

 

「うん、やっぱりお兄ちゃんはどうしようもなく八幡だなー」

 

 と結論づけた。

「八幡」って悪口じゃないと思うけど……でも、小町さんの言い方になんだかすごく納得させられてしまった。 ……ふふ「どうしようもなく八幡」だって。

 

 

 

 小町さんと二人、まだ湿っている髪にドライヤーを当てていると、玄関から、「ただいまー」と声が聞こえてきた。

 どうやら八幡たちのご両親が帰ってきたようだ。……なんだか少し緊張する。この前お母さんの雑誌に、『カレの母親のアナタに対する好感度は、第一印象で九割決まる!』とか書いてあったし……。

 

「おかえりなさい、お父さん、お母さん」

 

「はいただいま」「ただいま」

 

「あの、お邪魔してます」

 

 私は立ち上がり、ピンと背筋を伸ばしてご両親に頭を下げる。――第一印象、第一印象。

 

「あら、小町のお友達がお泊りするって…………ずいぶん可愛らしいお友達ね!」

 

「うん、小学六年生の子でね、夏にお兄ちゃんと行ったボランティアの時に仲良くなったの」

 

「鶴見、留美っていいます。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。八幡と小町の母です。今日は遅くなってしまってごめんなさいね」

 

「初めまして、二人の父です。(うち)は、私も家内もこんなだから大したお構いも出来ないが、自分の家のつもりで寛いでくれて構わないからね」

 

 

 なんか……カッコイイご両親だ!

 

 いつも八幡が、「社畜」とかヒドイこと行ってるけど、お父様もお母様も、スーツが似合ってて、すっごく「仕事が出来る大人」って感じがする!

 それに、なかなかの美男美女だ。 ……文句なしに可愛い小町さんと、ちゃんと見ればかっこいい八幡のご両親なんだから当たり前なのかもしれないけど。

 

 

 

「おう、お帰り。親父、お袋」

 

 そこに、八幡がお風呂から戻ってきたんだけど……。

 

 

 

 「あ……」「おい……」

 

 二人して一瞬固まる。八幡は、私と色も柄も同じパジャマを着ていた。 …………八幡と、おそろいのパジャマ……。

 

 八幡は視線を下に落として、なんとも落ち着かない表情。 ……きっと私も似たような顔をしてるんだろうな。

 

「えへへ、留美ちゃんには私が前に着てたのを貸してあげたんだけど、()()お兄ちゃんと同じ色のになっちゃったねぇ」

 

 小町さんは、私たち二人が照れているのを見て、満足そうにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 その後、あらためて八幡のお父様とお母様にごあいさつ。

 

 私が、

 

『八幡さんと小町さんには、本当に、感謝しきれない位お世話になっているんです』

 

 といったようなことを一生懸命お話したら、ご両親はうんうんと頷きながら聞いてくれた。

 話の区切りがつくと、お母様はなんだか嬉しそうに、

 

「留美ちゃん、これからもよろしくね」

 

 と仰ってくださる。 ……それに、その様子を見ていたお父様が、ニコニコして八幡に何か言いながら彼の背中をバンバンと叩いていたのが印象的だった。

 

 八幡は 「いてーよ親父、ったく叩き過ぎだろ……」 とか言ってそっぽ向いちゃったけど、小町さんはそれを見てとっても楽しそう。

 

 うん、八幡てばいつも、親父やお袋は小町ばっかりかわいがって……とか言ってるけど、全然そんな事無さそう。ちょっぴり拗ねてるみたいな八幡を見ていると、なんだか私まで嬉しくなってきちゃった。

 

 

 

 **********

 

 

 

 小町さんの部屋。彼女のベッドの横に敷かれた薄ピンク色のふわふわのお布団の中。

 

 布団に入って暫くして……最初は少しだけ緊張していたものの、いつの間にかウトウトしていた私は、どこからか聴こえてきた「キイ」という微かな音に気付き、ゆっくりと目を開く。

 ……そして、足元の方向、部屋の入口から誰かが覗き込んでいる気配に気付いた。

 

 背中がゾワリとし、一瞬で目が覚める。

 僅かに開いたドアの隙間。常夜灯の明かりは弱く、その暗闇の先には届いていない。

 

 え、八幡? でも、用があるなら声かけてくるよね……。 まさか、泥棒、とか……。

 気付かれないように、寝返りをうつふりをしてそうっと周りを見回す。小町さんは全く気づかずに眠っているようだ。 ……ドアのところの気配はまだ動かずじっとしているみたい。私が目を覚ましたのに気付いたのかな? どうしよう。

 

「ん……」

 

 小町さんが寝返りをうつ…………と、その侵入者は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 可愛らしく、「みー」と鳴いた……。

 

 はぁぁ~。全身の力が抜ける……びっくりしたぁ。

 気配の正体はカマクラくん。そういえばさっきから姿が見えなかったけど、今までどこにいたんだろう。

 

 隣のベッドで寝てる小町さんが、「んんっ」だか「んなっ」だか言いながら布団の真ん中あたりを腕で持ち上げて隙間を作り、反対の手でポンポンとベッドの縁を叩く。カマクラくんはおっかなびっくりという感じに私のちょうど膝のあたりを布団ごと踏み越えると、そのままベッドに飛び乗るようにして小町さんの布団の中に潜り込んでいった。

 

 ああ、そうか。いつもの通り道に私が寝てたから、カマクラくんは困ってすぐ部屋に入ってこれなかったんだ……ふふ、怖がったりしてごめんね。

 

 

 

 でも、一安心はしたものの、私は今のですっかり目が覚めてしまった。

 小町さん、今ので起きたのかな? もし目が覚めてるなら、せっかくだから聞いてみたいこともあるんだけどな……。

 

 

 

「……小町さん、起きてます?」

 

「…………う……ん。……どうしたの留美ちゃん…… 眠れない?」

 

 やっぱりもう寝ちゃってるかな、と思った小町さんが、一呼吸遅れて返事をしてくれる。

 

「あ……なんだかその、目が冴えちゃって……」

 

「あはは。まあ、今日は色々あったしね。……留美ちゃんも小町も」

 

 あー……私の場合、今まさに目が覚めるようなことがあったんですけど……。

 

 でもそうだよね。小町さんは今日ようやく受験が終わって……。

 

「……もしかして今起こしちゃいました?…………小町さん、疲れてるのに……」

 

「ううん、いーよいーよ。――それで?」

 

「あ、あの…………」

 

「聞きにくいこと? ……もしかしてお兄ちゃんのことかな」

 

「いえ、そうじゃなくて……あれ、やっぱりそうなのかな……」

 

「んん?」

 

 八幡のことって言えば八幡のことだけど……でもそうじゃなくて……。

 

 

 

 

「小町さん」

 

「うん」

 

「小町さんは……何で私のこと……その、手伝ってくれるんですか?」

 

「ん? 何でって……」

 

 彼女は質問の意味がよく分からない、というふうに言って私の方に向けて寝返りをうつ。部屋の明かりは微かで、その表情ははっきりとは見えない。

 

「……友達に……小町さんは雪乃さんと結衣さんの味方をするだろうから、って言われてそれで……その」

 

 そう。さっき小町さんが言っていたように、もし私の気持ちに……私が八幡のこと本気で好きなんだっていう気持ちに気付いてるなら、あの二人とすごく仲の良い小町さんが私を手伝ってくれる理由が解らない。

 

 ……所詮私なんて子供だから、って、本気にされてないのかな。 ――全然、相手にもされてないのかな。

 そんな風には思いたくない。ないけど……。 

 

 

 

「ふんふん……なるほどね~ ……もしかして絢香ちゃん?」

 

「いえあの……はい」

 

 まあ、隠すようなことでも無いし。

 

「あはは、言いそうだよね~ …………ねえ、留美ちゃん」

 

 急に小町さんの声が真剣なものに変わり、私は一瞬息を呑む。

 

「は、はいっ」

 

「小町は、雪乃さんのことも結衣さんのことも大好きだけど……別にあの二人の味方ってわけじゃあないよ?」

 

「え……」

 

 

 

 

「それに、留美ちゃんの味方でもない。 ――小町はね、お兄ちゃんだけの味方なの」

 

「…………」

 

 

「お兄ちゃんはあんなだけど――でもね、小さい頃から、小町が寂しい時も辛い時も、どれだけ我儘(わがまま)言ってもずっとずっとそばにいてくれて…………いつでも小町のことを一番に考えてくれて――だから、小町は『お兄ちゃんの味方』なの」

 

 息が詰まり、なぜかじわっと涙が出てくる。……きっと、いつもどこか飄々(ひょうひょう)とした話し方をする小町さんの……こんなにも感情のこもった声を初めて聞いたから。

 

 

 

「まあ、うざいし面倒くさい時も多いんだけどねー」

 

「あはは」と、小町さんはいつもの話し方に戻って照れ隠しのように笑う。

 

「小町さん……」

 

「結局恋愛なんて本人同士の問題だからね。お兄ちゃんが誰かを好きになって……その人もお兄ちゃんを好きになってくれたなら……うん、小町はそれでいいと思うんだ」

 

「はい……」

 

「ただ……出来るなら――お兄ちゃんを()()()()()()()()()()がずっとそばに居てくれたら良いなって」

 

 いつの間にか仰向けになっていた小町さんは、天井を見上げてそんなふうに言った。

 

「今の、留美的にポイント高い、です」

 

 そう言って、私も小町さんと同じように仰向けになる。

 

「おー、留美ちゃんもなかなか言うね~」

 

 二人で天井を見上げ、目を合わせないままクスクス笑う。

 

 

 

「ふふ、起こしちゃってごめんなさい。もう寝ましょうか」

 

「そだねー。……どう、もう眠れそう?」

 

「はい。なんだかぐっすり眠れそうな気がしてきました」

 

「ん、じゃあ……おやすみ、留美ちゃん」

 

 そう言って小町さんは少しもぞもぞと動いて後ろを向いた。微かに、ゴロゴロというカマクラくんが喉を鳴らす音が聞こえてくる。

 

「はい、おやすみなさい……」

 

 私は右耳を枕につけ、家で眠るときと同じ横向きの体勢になり、それから肩まで掛け布団を引っ張り上げた。小町さんとはちょうど背中合わせの向き。

 

 そういえば……私の正面、壁一枚挟んだ部屋で八幡が眠ってるんだよね……なんだか変な感じ。

 その壁をぼんやりと見つめながら、私はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 今度こそ、私はゆっくりとまどろみの中に落ちていく。

 

 …………小町さんて、八幡のシスコン以上にブラコンだったりする……?

 ふふ、もしかしたら私の恋の最大のライバルは……小町さんかも…………なんて……くだらない事を考えてるなぁ……私……………………。

 

 …………お休みなさい…………八……幡……………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

「ピンポーン」と、比企谷家のリビングにチャイムが鳴り響く。

 

「お兄ちゃん、ちょっと出て~。小町たち今、火ぃ使ってるから~」

 

「へいへい」

 

 そう言って八幡は、一つ伸びをしてからゆっくりと立ち上がり、引き戸をあけて玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 土曜日の朝。私たち三人は、少し遅めの朝ごはんの準備をしているところ。

 

 八幡たちのご両親は、まだお休みになられている。と言ってもお仕事がお休みというわけでは無いらしい。土曜日はフレックスという制度で、小町さんの話によると、ご両親は今日はお昼前位に出勤することにしたそうだ。 ……昨日もお帰りが遅かったし、大変だなぁ。

 八幡がいつも、仕事なんかしたくないって言ってるのって……ご両親の大変そうな姿を見ているせいもあるんじゃないかな。

 

 

 今朝の献立は、ご飯に豆腐とわかめのお味噌汁。豚こま肉を生姜焼き風に炒めたものと、玉子焼き、サラダ。それから、昨日のシチューの残りを電子レンジでチンしたもの。

 

 小町さんに、朝はいつもご飯なんですか、と聞いたら、特には決まってないとのこと。

 トーストのときもあるし、完全な和食の時もあれば、今日のように和洋折衷みたいなメニューの時もあるんだって。

 

 小町さんが玉子焼きを焼いている間に、私は煮立ちかけたお味噌汁の鍋の火を止め、レタスをちぎって皿に敷き、トマトとブロッコリーを切ってその上に盛り付ける。

 ドレッシングは……好みもあるし、まだ掛けないでおいたほうがいいかな。

 

 

 八幡がなかなか戻ってこないので、私は玄関に続く戸を開けて顔を出し、

 

「八幡、もうすぐ朝ごはん出来るからこっちに……」

 

 来て、と声をかけようと……。

 

 

「…………とにかくっ、昨日は奉仕部のお二人に先輩のことお譲りしたんですから、今日こそはわたしに付き合ってくだ…………へ?

 なっ……え、えぇ~~っ!? ちょちょちょっとぉ、どゆことですかせんぱいっ!!」

 

 と、早口でなにかをまくし立てていた、特徴のある甘い声の女の子が驚きの声を上げる。

 

「あ、いろはさん……。おはようございます」

 

「あ、うん。留美ちゃんおはよー……じゃなくてっ! こここここれは一体……」

 

 いろはさんは、私と八幡にせわしなく視線を走らせ、なぜか両手をブンブン振り回して半分パニックになってる。……そんなに何か変だったかな?

 

 

 

 えーと? チャイムが鳴って、まず八幡がパジャマ姿のままで玄関へ対応に出た。

 で、戻ってこない彼に、

 

「八幡、もうすぐ朝ごはん出来るよ」

 

と、声をかけに出ていったら、八幡はまだ来客であるいろはさんと話をしていた……。

 

 

 ……あ、もしかして、小町さんも八幡のご両親も顔出してないから、八幡と私、二人っきりだと思われちゃったのかな? そういえば私、八幡と同じパジャマの上にエプロンを着けた格好だし……うん、これは変な誤解させちゃったのかも。

 

 小町さんを呼んで誤解を解かなきゃ、と思った時には、

 

 

「…………だから、ちょお大変なんですよう。 …………そうです、留美ちゃんをお家に連れ込んで…………。 はい…………。 …………その、おそろいのパジャマなんか着ちゃっててですねー…………」

 

 いろはさんは、もう誰かに電話(通報)をしている最中だった…………。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 数時間後…………。

 

 比企谷家のリビングは法廷と化し、被告人である八幡が、無実の罪で裁かれようとしていた。…………よくニュースでやってる冤罪って、こんな感じなのかなぁ。

 

 

 

 法廷(仮)に、八幡の正面に陣取った裁判長の凛とした声が響く。

 

「…………では結論として、被告人比企谷くんが、小学生女子を自宅に連れ込み、その、いかがわしい行為に及んだ、ということで間違いないわね」

 

「ひ、ヒッキーがそんな…………ヒドイよ……」

 

「ホントです。 ……せんぱいが……せんぱいがこんな変態だったなんて……」

 

「だから違うっつーの。…………ねえこれいつまでやるの? お前らわかっててやってんだろ」

 

 周りを女子三人にぐるりと囲まれて正座させられていた八幡がぼやくように言う。ちなみに小町さんと私は少し離れたソファ(傍聴席?)に座っておとなしく様子を見ている。

 

 

「……そうね、さすがに人様のお宅でいつまでもこんな悪ふざけをしているわけにもいかないわね。ここらでお開きにしてお茶にしましょうか」

 

 直前の台詞とは別人のような柔らかい声で雪乃さんが言う。

 

「よし、それじゃ、ヒッキーは有罪ってことでいいよね」

 

「ですねー」

 

「いやよくねーだろ?」

 

 

 どうやら裁判ごっこの決着はついたらしい。――八幡の弁明は届かなかったみたいだけど。

 

 

 

 

「じゃあ、小町お茶淹れてきますよ」

 

「あ、私も行きます」

 

 隣ですっと立ち上がった小町さんに続いて私も席を立つ。

 

 

 

 ふと、結衣さんと目が合う。私のことを見てたみたいだったけど……。

 

「結衣さん?」

 

「あ ううん。ゴメンゴメン。ただ、ずいぶん小町ちゃんと仲良くなったんだなーって」

 

 それは……うん。昨日からたくさん話せて、八幡――「お兄ちゃん」に対する強い想いも聞けて……。

 今回のことで私、小町さんと前よりずっと仲良くなれたんじゃないかなって思う。……小町さんの方もそう思ってくれてたら嬉しいんだけどな。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 実は、朝のあの後すぐに、変な誤解自体は解けたんだよね。……小町さんが私たちの様子を見に来てくれたから。

 でも、どんなやりとりがあったのかは分からないけど、いろはさんの電話の相手だった結衣さんと雪乃さんがここに来ることになった。なんでも八幡に話したいことがあるんだとかで。

 

 

 

 しばらくしてご両親がお仕事に出かけられて――起きて来たらリビングにいる女の子がもう一人増えてるのに目を丸くしてたけど――そして、程なく雪乃さん、結衣さんが到着。

 

 で、さっきの裁判になりました、と。

 

 

 

 

 

「…………ひどい目にあった……」

 

 ようやく被告人席から開放された八幡がお茶をすすりながらホッとしたように言う。

 

「比企谷くん、貴方がいけないんでしょう。昨日電話で話した時、留美さんのこと一言も言わなかったじゃないの」

 

「そーだそーだ、ヒッキーが隠すのが悪いんだー!」

 

「いや、あれはその、言うタイミングを逃したっつーか……だいたい、留美のこと連れてきたのは小町だし」

 

「それでも、よ。折角……これからは何でもすぐ話せるように、と連絡先を交換したというのに……最初から隠し事みたいなことをされるというのは気分が悪いわ」

 

 雪乃さんが、珍しくほんの少しだけ拗ねたような声を出す。

 

「うぐ……それは、……スマン、悪かった。……ただ、ああいう話の流れだと言いづらくてな……」

 

 八幡が頭をガシガシ掻きながら言い訳のように言う。

 

「ええ……確かに分からなくもないけれど……」

 

 

 

 

「えへへ、でも……やっぱりゆきのんも、あの後ヒッキーに電話したんだね」

 

 結衣さんが嬉しそうにポツリと言う。

 

「それは……その、緊急時のためにもちゃんと連絡できるか確認しておかないといけないでしょう」

 

「いや、昨日は別にそんな話しなかっただろ。お前の…………

 

「黙りなさい比企谷くん。例え私が昨夜(きのう)貴方に何を話したとしても、それは今言ったように確認のための一環に過ぎないわ」

 

 雪乃さんは微かに頬を染めた表情でキッと八幡を睨む。

 

「お、おう……」

 

 

 

「でも……そんなふうに言われると、雪乃先輩がせんぱいとどんな話したのか逆に気になりますね……」

 

「――一色さん?」

 

 いろはさんの言葉に、雪乃さんが氷の視線を向ける。

 

「ひゃい、な、なんでもないですー……」

 

 雪乃さん……最近は彼女の事「いろはさん」って呼んでるのにこういう時は……ふふ、怖い怖い。

 

「あはは……」

 

 

 

 なんていうか……お互い言ってることはアレだけど、八幡たち三人といろはさん……絡み合う視線は優しく、そして楽しそうで……いいなあ。

 過ごしてきた時間の、積み上げてきた絆の差を見せつけられ、胸の奥が鈍く痛む。

 

 

 

 きっと、これが八幡が守ったもの。 ――失いたくなかったもの。

 

 八幡は「欺瞞」とか言うけど、私から見えるのは、ただ眩しくて、遠くて……どこまでも優しい世界。

 

 でも……でもいつか、私もこの世界の内側に入ることが出来たなら、きっと…………。

 

 

 

 

 

「……とにかく、留美さんはあくまで小町さんのお客さんで、比企谷くんにやましいことは何も無かったというのなら、最初からそう言えばよかったでしょう」

 

 

 雪乃さんの言葉にドキッとする。……別にやましいこと、じゃないけど……昨日、私は八幡に「好き」って伝えて…………思い出しただけで頬が熱くなる。

 

 思わずそっと八幡の方を見てしまう――と、八幡とまともに目が合ってしまった。彼もなんだかバツの悪そうな、照れたような表情(かお)で…………見つめ合った時間は数秒。二人どちらからともなく目をそらす。

 

 

 

「…………」「あ…………」「…………あれ?」

 

 はっと気がつくと、雪乃さんたち三人が私と八幡の様子をじぃっと見ていた。

 

 

 

「…………比企谷くん、今のは何かしら?」

 

「ヒッキー……?」

 

「……せんぱい……。これはもう一回裁判ですかね…………」

 

 

 

「あのっ、八幡は別に……

 

「留美さん……貴女もそこに座ってくれるかしら?」

 

 私の弁明は、雪乃さんの平坦で――でも有無を言わせぬ声に遮られた。

 

 

 さ、さっきの訂正。八幡が守ろうとした世界は、優しいだけではないみたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 鶴見留美は想いを贈りたい  完

 

 

 

 

 

 

 





 バレンタイン編はこれにて終了です。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

 留美たちは第二審を無事に乗り切れたんでしょうかww それは皆様のご想像に(以下略

 留美から見える「眩しくて優しい世界」は……八幡たちにとっては、もしかしたら「優しいけれど停滞した世界」なのかもしれませんね。



 次回についてはまだ細かいところは未定です。ただ、おそらく次のお話で「小学生留美」は最後になると思います。

 ご意見・ご感想お待ちしています。



7月2日 誤字修正。報告ありがとうございました。






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鶴見留美はふわふわと落ち着かない① 卒業とサプライズ

 
 申し訳ありません。気が付けば前回の更新から2ヶ月も開いてしまいました……。

 個人的に色々とあったんですが、どうにか落ち着いてきました。待っていていただいた方、心配していただいた方、本当にすいません&ありがとうございます。

 卒業…………小学生の留美は、このお話がラストになります。








 

 

「おっ待たせです~」

 

 ここは比企谷家のリビング。三人とも部屋に入ったのを確認するようにして元気な声を上げたのは、私の左隣に立つ小町さん。

 彼女の反対側、右隣には絢香が立ち、私たちは三人とも、首から足首のあたりまでを隠すようにすっぽりと薄手のシーツを巻きつけるように羽織っている。

 

 リビングのソファには観客席宜しく八幡たちが座ってる。どうやら私たちの()()を待っていてくれたようだ。

 

 

 

 そう言えば、先月にお邪魔した時にこの部屋の真ん中をどーんと占領していた炬燵は、その姿を普通の低い長テーブルへと変えており、そのせいか少しだけ部屋が広くなったように感じる。

 

 あの日、雪乃さん・結衣さん・いろはさんに不審な態度を追求された八幡と私だけど、「感謝の気持ちのチョコレートを送った・受け取っただけ」という事でどうにか事なきを得た。

 つまり、玄関で『感謝チョコ』を送ったことだけを話して、八幡が「ぼっちの俺はそういうの慣れてないから態度がおかしかっただけ」と主張し、夜の……私の八幡への本気の告白についてはどうにかバレずに済んだの。おかげで今私はこうして無事にここに立っていられるんだ……。

 

 大袈裟? ううん、そう思えないくらいあの時の裁判もどきはちょっと怖かった……うん……怖かった。

 

 

 

 

 

 ふと、隣に立つ小町さんがピンと姿勢を直す気配で我に帰る。

 

「ではっ、エントリーNo.一番! 小町、行きまーす!」

 

 彼女が掛け声とともにバサッと勢い良くシーツを床に落とすと、

 

「「おおっ」」

 

 と、観客席? から感嘆の声が上がる。

 

「小町ちゃんが……小町ちゃんが総武の制服着てる…………なんかもう、なんかもうだよ! ゆきの~ん」

 

 結衣さんが目を潤ませてそう言いながら、雪乃さんの袖を引っ張ってぶんぶん揺する。

 

「ちょっと……結衣さん、そんなに引っ張らなくてもちゃんと見ているわ」

 

 雪乃さんは結衣さんの手を押さえるようにしながら、

 

「でも……、本当によく似合っているわ。あらためて、合格おめでとう、小町さん」

 

 そう言って柔らかく微笑う。

 

「へへー。ありがとうございます! 結衣()()、雪乃()()

 

 小町さんはニコニコしながら、なんだか嬉しそうに言った。

 

「あ、先輩って……そうかぁ。えへへ、小町ちゃんにそう呼ばれるとなんか照れちゃうね……って、ヒッキー、なんか泣いてるし!?」

 

「ばっかお前、小町の晴れ姿だぞ!! これが泣かずにいられるかよ」

 

 八幡がグッと拳を握って力説するように言う。

 

「いや、入学式とかでもないのにさすがにそこまでだとちょっと引くってゆーか……」

 

「まあまあ結衣先輩。お兄ちゃんはどうせいつもこんなんだから、いちいち気にしてたら負けですよっ」

 

 小町さんが苦笑いしながら「たはは~」と呆れたように言えば、

 

「そうね、小町さんの言うとおりよ。比企谷くんのシスコン体質はもはや不治の病なのだし、これから小町さんがうちに入学してくるにあたっていちいち気にするのは時間の無駄……いえ、そもそもあなたの存在自体が無駄……?」

 

 雪乃さんは素の表情で小首を傾げる。きょとんとした表情が可愛い……言ってることはヒドイけど。

 

「おい……」

 

「なにかしら泣き谷(なきがや)くん」

 

 そう言って雪乃さんは八幡に視線を向け、いたずらっぽく笑った。

 

「無駄に韻を踏んでるのが腹立つな……」

 

 そう文句を言いつつも、八幡の声音はどこか優しい――優しさを、無理に隠そうとしなくなってる。それを見て結衣さんが嬉しそうにへへっと笑った。

 

 

 

 そんな様子を見ていた小町さんは口元に笑みを浮かべ、くるりと私たちの方を向いてニッと笑って声を上げる。

 

「じゃあ、第二弾っ! 留美ちゃん、絢香ちゃん、どうぞっ!」

 

 少しだけ緊張する。私と絢香はお互いに目を合わせ、声を出さずに「せーのっ」と口だけを動かし、二人同時にシーツを足元に落とした。

 

 

「おお……」「うわ、可愛い……」「ふふ……」

 

 私たちがこの春から通う中学校、美浜第二中学校――通称浜二中――の制服は黒に近い紺色のジャンパースカート型だ。前身頃に6つの飾りボタンが着いていて、スカート部分の裾のところには一本白いライン。ウエストのところをベルトで締められるようになっている。

 中のシャツは白で、襟の赤いリボンタイが可愛い。この赤いタイが総武高の制服と同じっぽく見えるという所も私的にはちょっと気に入ってる部分だったりする。

 

 

「……リアル朝潮改二かよ……マジか……いや、これはこれで…………」

 

 なんだか意味不明なことをブツブツ言ってた八幡だけど、

 

「あの……どうかな、八幡……?」

 

 という私の言葉にはっとしたように、

 

「いやその、すごくよく似合ってるぞ。留美も……綾瀬もな」

 

 ちょっとだけ照れたような顔で、それでもちゃんと褒めてくれた。ふふ。

 

「うんうん、なんかさ、二人ともかっこいいっていうか……大人っぽい、し?」

 

「ほんとそうですね。小町のとこのセーラー服も好きでしたけど、浜二の制服のが特徴あってオシャレっぽい感じはしますよねー」

 

 ちょっと羨ましいなー、と小町さん。

 

「そうね。特に絢香さんなんか背が高いから……なんだか高校生みたいに見えるわね」

 

 雪乃さんが誰に言うともなくそんな風に言う。

 確かに絢香は、結衣さんや小町さんより身長が高い。雪乃さんともそれほど変わらないんじゃないだろうか。

 早く大人になりたい私としては、彼女のスラっとして大人びたスタイルはすごく羨ましいって思うんだけど、絢香に言わせれば、「背ぇ高ければ高いで損することだってあるんだよー。特に女子はさぁ……」ということらしい。

 

 

 

 

 そんな話をしていると、絢香が

 

「あのー、今さらなんですけど……本当にあたしも呼んでいただいて良かったんでしょうか?」

 

 と、なんだか申し訳さそうに言う。

 

「あら、急にどうしたの、絢香さん?」

 

「いやそのですね、比企谷さんのご自宅って……留美はともかくあたしは良いのかなって。いろはさんだって来てないのに……」

 

「一色は声かけなかったわけじゃないぞ。ただ、この時期忙しいみたいでな」

 

「そうそう。いろはちゃん、生徒会長さんだもんね。今日来れないってすごく残念がってたし」

 

「まあアレだ。今日は卒業祝いってことだしな。なら留美と綾瀬は一緒に呼んでもおかしくはねえだろ。留美一人ってのもアレだし……。 それに……いやまあ、それは後でか……」

 

「……?」

 

 後で? なんの事だろう。

 

 

 

 

 

 そんな風に、少々大袈裟過ぎだった制服姿のお披露目も終わり……、

 

「じゃ、あらためて乾杯……の前に、制服着替えよっか」

 

 着たばっかりだけどねー、と小町さんが言い、私たち三人はぞろぞろと小町さんの部屋へと着替えをしに戻っていく。ふふ、なんだかちょっとお間抜けな感じ。

 まあ、さすがに入学式前に制服汚すわけにはいかないもんね。

 

 

 

 そう、私と絢香は数日前にそれぞれの小学校を卒業したばかり。四月から同じ中学校に進学するのを待つ身だ。

 小学生でも中学生でもない――ちょっとだけ心細いような、それでいてわくわくするような――不思議な、ふわふわとした気分の数週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

『桜のつぼみもふくらんで』

 

『今、希望の季節――春』

 

『『僕たち』』

 

『『私たちは』』

 

『『『今日、〇〇小学校を卒業します』』』

 

『…………』

 

『……』

 

 

 

 今日は私が六年間通った〇〇小学校の卒業式。嬉しいことも悲しこともあったけど、それが今日で最後だと思うと……どうしてもしんみりしてしまう。

 なんて……我ながら月並みな感想だなあ。でも、卒業式の当事者になればきっとみんなが思うこと――感じること。

 

 今、六年生から在校生に向けての、『わかれの言葉』の最中なんだけど、皆で言う台詞以外に、卒業生全員に一人だけで言う台詞が必ず一つ割り当てられる。

 その、私に割り当てられた台詞が…………

 

『夏休み、楽しかった林間学校』

 

 ふふ、……楽しかった、かなぁ? でも、間違いなく一生忘れられない思い出にはなった。もし林間学校が無かったら、八幡とも出会えなかったわけだし……。

 そんな風に思えば、割り当ては単に出席番号順なのに、私にこの言葉が回ってきたのには不思議な縁のようなものを感じてしまう。

 

 

 ――ほんと、馬鹿ばっか

 

 ――まぁ、世の中大概(たいがい)はそうだ。早めに気づいてよかったな

 

 

 誰に言ったわけでもない私の独り言のような言葉に、なんともひねくれた言葉を返してきた、徹夜続きみたいに目がドヨンとしたボランティアの高校生…………変なやつ。

 

 あれから半年……ふふ、まさかその「変なやつ」をこんなに……こんなに好きになるなんて想像もしなかった。

 思えばあのひねくれた台詞も、一応私を慰めてくれようとしてたのかなって今ならわかる。ほんと、八幡の優しさって解りにくいんだよねー。

 

 

『『私たちは決して忘れません』』

 

 あ、今の女子全員で言う台詞だったのに、ぼーっとしてて言えなかった……。

 

 ……変なこと考えてないで集中しなくちゃね。もうすぐ『わかれの言葉』も終わりが近い。

 

 

 

『……』

 

『…………』

 

『『希望を胸に』』

 

『『『旅立ちます!!』』』

 

 

 卒業生全員で最後の言葉を締めくくる。一呼吸置いて、ゆっくりとピアノの伴奏が流れ始めた。

 

『『『~♪しろいひかりのなーかにー…………』』』

 

 練習で散々歌って、もう感動も何もないだろうと思っていた卒業式の定番ソング……けれど、本番で歌うと――なぜかこの歌はひどく心に沁みた。

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 卒業式を無事に終えた私たちは一度在昇降口から校庭に出た。下級生たちが一列に並んで作ってくれている花道をぞろぞろと歩き、彼らとの別れを惜しむ。卒業式で泣かなかったのに、ここで泣いてしまう子達が結構いる。

 それほど親しい下級生がいたわけじゃない私だけど、それでも縦割り活動とかで一緒だった低学年の女の子たちが目を潤ませて、

 

『留美ちゃん、卒業おめでとうございます』

 

 と言って小さな花束をプレゼントしてくれたのには、私の方もちょっとだけ目頭が熱くなってしまった。

 

 

 

 

 

 その後、卒業生全員が正面玄関前に移動し、父兄と一緒のクラス写真撮影になる。自分のクラスの順番が廻ってくるのを待ちながら、めいめい仲の良い友達と写真を撮り合ったり、話をしたりしている、そんな時。 

 

 ピンクと黄色の紙の造花で縁取りされた、「○○小学校卒業式」の看板の前で、泉ちゃんと並んで写真を撮ってもらっていると、

 

「……留美、ちょっといい?」

 

「え? ……うん、……何?」

 

 声をかけてきたのは森ちゃん。見れば、一緒に友ちゃんと仁美も居る。……そういえば仁美がこの二人と一緒にいるのを見るのはずいぶん久しぶりのような気がする。

 

「あの、さ……」

 

 森ちゃんは仁美と私とを交互にチラチラ見ながら、遠慮がちに何かを言いかける。

 

「うん……」

 

「五人で、写真撮らない? その……うちら、中学違うし。由香にも声かけて」

 

「あ……」

 

 そう。森ちゃんは陸上の強豪校である私立中に無事合格し、この春から私たちとは違う中学校に通うことになっている。そしてなんと友ちゃんも。

 友ちゃんだって元々成績は良い方ではあったけど、森ちゃんと同じ中学校に行きたいって言って春ぐらいからものすごく勉強してたもんね……。森ちゃんもずっと彼女の先生役してたし。

 

 ちなみに森ちゃんも陸上特待生ではなく一般受験。この前「どうして?」って聞いてみたら、

 

「うーん、中学校で陸上よりもっとやりたいこと出来ちゃったら困るし」

 

 だって。何でもこなせる森ちゃんならではの答えだよね。

 

 ただ、もしかしたらだけど……友ちゃんの受験の結果によっては私立中やめるつもりだったのかも。ちらっとそんな事をほのめかしたら、森ちゃんは照れたみたいにくすりと笑った。

 ……ふふ、いつの間にかこんなことも自然に話してる。 ……林間学校の頃には、森ちゃん達とこんな風に話せるようになるなんて想像もしてなかった。

 

 

 

 他のクラスメイトと写真を撮っていた由香に、

 

「由香、私たちとも写真撮ろ」

 

 私がそう声をかける。彼女は私と一緒にいる森ちゃんや仁美の顔を見て一瞬怪訝な顔をしたものの、友ちゃんのハラハラしたような顔を見てフッと表情を緩め、

 

「うんっ、撮ろ撮ろ」

 

 そう言ってニカッと笑った。

 

 

 

 二度とそろって仲良くなんて出来ないと諦めていた五人が、ぎこちない笑顏を浮かべながらもこうしてまた一枚の写真に収まろうとしている。

 嬉しさと寂しさと、それから戸惑いを一摘みだけ混ぜ合わたような――そんな不思議な感情が私の胸を占める。

 

 みんな、少しずつ変わっていく。……変わることが良いことも悪いこともあるんだろうけれど、きっとそれは誰かが止めようとしても止められない流れなんだよね。だから、今はそのままの流れに任せてみようと思う。

 

 ……何年か過ぎて、また一緒に写真を撮る機会があるのなら、その時こそ、みんな素直に笑い合えるんじゃないかな――なんて……楽観的すぎるかなぁ。

 

 

 

 振り返れば、通い慣れた薄いクリーム色とれんが色の校舎。その上に広がるのは三月らしい淡い色の青空と巻雲。……六年間を過ごしたこの場所が、家の近くにあるというのは今までと何も変わらないのに、四月からは、通りがかりに外から眺めるだけの場所になる。

 

 右手に抱えた卒業証書の筒がわずかに重みを増したような錯覚。

 

 

 

 うん、私――卒業したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんと並んで歩く、卒業式からの帰り道。

 

「留美ももう中学生かぁ。 ……ついこないだ小学生になったと思ってたのに、なんだかあっという間だったわねー」

 

「えー? 私は……六年間、けっこう長かったと思うけど……」

 

「そう? お母さんが年なのかしら」

 

「年って……」

 

 お母さんは確か35歳だったはず。さすがにまだ、「もう年だ」とか言う年齢じゃ無いと思うけどな。

 

「いやほんと、この前買った留美のケータイだって、説明書見ても何がなんだかさっぱり分からないし。留美もお父さんもよく最初からあんなに簡単に使えるわよね……」

 

「まあ、お父さんはああいう仕事だし。でも、スマホは本体に説明全部入ってるから分からなければそれ見ればいいんだよ」

 

「それが簡単じゃないのよね~。機種変える度に一から覚え直しだし」

 

「えー、でも、お母さんだってパソコンとかタブレット使ってるでしょ?」

 

「あれはパソコンっていうか、()()()()使ってるのよ。編集で使うソフトは昔からあるソフトのバージョンアップだから。……さすがに十年以上使ってれば覚えるってだけよ」

 

 お母さんは、年っていうより機械が苦手なだけなのかも。

 

 でも、そう。中学入学のお祝い、ということで、両親は前からの約束通り私にスマートフォンを買ってくれた。今流行の「学生割引プラン」で、家族もお得になるからとお父さんも同時に最新型に機種変更。お父さんと私とで色違いの同じ機種ってのがなんとも言えないけど……。

 お母さんは、「娘を持つ父親の気持ちを察してあげなさい♪」だって……。

 

 で、お母さんも一緒に同じのに変更しようかって言ったら、使い方がわからなくなるからいいって……。

 

 

 

 そんな話をしていて、ポーチの中のスマホの電源を卒業式の開始前から切りっぱなしにしていたのを思い出した。歩みを止めてポーチから取り出し、電源を入れる……と、新着メールが数件。

 

「お父さんと……あ、小町さん……?」

 

 お父さんからは、「卒業おめでとう。出席できなくてごめん。あと、卒業式の写真送って」みたいな内容。

 

 

 小町さんからは――

 

「卒業のお祝いパーティー…………小町さんと……え、私たちも?」

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

「じゃあ改めて――小町ちゃん、留美ちゃん、絢香ちゃん、卒業おめでとー。 かんぱーい!!」

 

 結衣さんが乾杯の音頭を取り、私たちはジュースやお茶の入ったクラスを鳴らした。

 

 テーブルには私たちが着替えている間に運ばれたらしい、色とりどりの美味しそうな料理が所狭しと並べられている。今日の料理は、雪乃さんと、それからなんと八幡が作ってくれたとのこと。

 八幡は、

 

「まあ、そう言っても俺は野菜切ったり洗い物したりを手伝っただけで、ほぼ雪ノ下の料理だから期待していい。 ……あと、由比ヶ浜には触らせてないから安心して食べていいぞ」

 

 なんて言ってる。

 

「ちょ、ヒッキーそれどういう意味だし!」

 

「ま、まあ、結衣さんだって頑張ってくれたじゃない。……その、買い出しとか……味見……とか?」

 

「フォローされてるのに悲しい!?」

 

 雪乃さん、優しく微笑ってるけど目が泳いでますよ?

 

 

 でも……うん、前に一度だけ結衣さんの作ったお菓子を食べたことがあるけど……マドレーヌ?だったかな? ……なんというか、酸っぱ甘かった(甘酸っぱいじゃ無いところがポイント!)

 結衣さんて、なんで余計なものを入れたがるのかなぁ。

 

 私もお料理とかお菓子作りとか時々する。初めて何かを作る時はレシピを参考に一度作ってみて、次に作る時に自分の好みに合わせて調味料の量を変えたりっていうのはよくやるけど……そもそも、レシピに載ってない調味料をドバドバ入れたりしたらそれはもう別の料理だよね……。

 

 結衣さんは、

「えぇー、でも、いろんなの入れたほうが美味しくなりそうだし。ほら、なんかこう……隠し味? 的な。『さしすせそ』とかいうじゃん」

 なんて言ってたけど……結衣さん、隠し味が隠れてないよ……。

 

「結衣さん……『さしすせそ』というのは、五つ全部入れなさいという意味では無いのだけれど……」

 雪乃さんがそう言って頭を抱えていたのを思い出す。

 

 

 

 話のとおり、並ぶ料理は雪乃さんの御手製なんだけど、とても普通の家庭料理には見えない。

 サフランできれいに色付けされ、ムール貝や海老などの魚介がふんだんに使われたパエリアの大皿を中心に、温野菜のサラダ、小さめのピザ、カットフルーツなどがそれを囲むように並べられ、色彩もとても華やかだ。プロのケータリングを頼んだみたい。

 

 

 流石に雪乃さんのお料理だけあってどれもものすごく美味しい。私も、料理をするからには、いつかこういうのも作れるようになりたいな……それで八幡に褒めてもらって…… はぁ、私、こんな時まで何考えてるんだろう……。

 

 

 

「ふむふむ。あ、これ柔らかくて美味しいです。蒸したんですか? 雪乃先輩」

 

 小町さんが雪乃さんに尋ねる。

 

「いえ、これは下茹での代わりに電子レンジを使っているの。 ……でも、小町さんに()()と呼ばれるのも慣れないせいかなんだか変な感じがするわね。……別に今までと同じ呼び方でもかまわないのだけれど」

 

「いえいえ、『親しき仲にも礼儀あり』ですよっ。それに小町、雪乃さんと結衣さんを、『雪乃先輩』『結衣先輩』って呼べるようになるのを目標にずっと受験頑張ってきたんですから。 ……あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「いやいや、『礼儀あり』って言うならポイントがどうとか言わないだろ」

 

 八幡が言うと、

 

「別にいいじゃん、面倒くさいなあ()()()()()は。そんな事言う人は『お兄ちゃん』って呼んであげません」

 

 小町さんがプイッとそっぽを向く。

 

 あ、シスコンを自称する八幡がちょっとショックを受けるかなと見れば、

 

「『比企谷先輩』……なんかいい響きだな。いやしかし『お兄ちゃん』も捨てがたい」

 

 なんだか頬を赤くしてちょっと喜んでいた……。

 

「……貴方ね…………」

 

「げ、ヒッキーなんかキモ」

 

 雪乃さんと結衣さんが軽く引き気味に言うと、八幡はこほんと小さく咳払いをして応じる。

 

「いや、まあアレだ。確かに自分でも引かれて当然な発言だとは思う」

 

「自覚はあるんだ……」

 

「だが、俺は基本ぼっちだからそもそもまともな後輩がいない。唯一俺を先輩呼びするやつがいるにはいるが、『比企谷先輩』とは言わんしな……」

 

 いろはさんか。彼女の『せんぱい』呼びには、あれはあれでもっと特別な感情がこもってそうな気がするんだけどなぁ……。

 

 

「うーん、じゃあ、大志くんにお兄ちゃんのこと『比企谷先輩』って呼ぶように……

 

「小町! せっかくの祝いの席で羽虫の話などするな」

 

「えー、大志くんならよろこんでお兄ちゃんのこと『比企谷先輩』って呼んでくれると思うけどなー」

 

 ふふ、そういえばけーちゃんのお兄さんも無事に総武高に合格したって言ってたっけ。

もし小町さんが奉仕部に入部したりってことになったら、その川崎大志さん?もいっしょに入りそう。……八幡と仲良くしてくれるといいけど。

 

 

 

 その後、料理を楽しみながら話題は次々と移り、進学したら部活はどうするのか? みたいな話題になっていった。

 小町さんは、

 

「小町はどうしよーかなー、奉仕部は魅力的ですけど、結衣先輩も雪乃先輩も夏で引退になっちゃうんですよねー」

 

「ちょっと小町ちゃん? 誰か一人抜けてませんか」

 

 八幡が言うと、

 

「何? お兄ちゃんは別にいてもいなくても変わんないし」

 

 言われた八幡は「兄の扱いがヒドイ」とかいって地味にダメージを受けているようだ。

 その姿を見た小町さんは、にへーっと満足気に笑うと、

 

「だって、お兄ちゃんとはいつでも一緒にいられるでしょ」 

 

 胸の前で両こぶしを可愛くくっつけるように握り八幡を見上げるように、健気でせつない声音を作って言う。

 

「えへへ。これも小町的にポイント高い!」

 

「く、お前、一色と付き合うようになってからあざとさが増してないか? 落として上げるとか……ズルくない?」

 

 文句は言ってるけど、八幡はなんだかんだで嬉しそう。小町さんのこと好きすぎでしょ。

 

 

「留美ちゃん達は? もう決めてるの?」

 

 結衣さんに質問され、私と絢香は顔を見合わせる。絢香が、

 

「部活は……一通り見学してからですかねー 聞いた話では5月中に決めればおーけーらしいんで」

 

 と答え、私もこくこくと頷く。

 あと、もしかしたらだけど、お母さんの友達の所に将来のための勉強に行くかもしれないし。そうするとハードな部活じゃ大変かな……なんて、そんなことも頭にある。

 

 まあ、この前ちらっとそんな話が出ただけだし、わざわざここで言うことでも無いかな。

 

 

 

 

 

 

 

 会話が一通り落ち着いたところを見計らったように八幡が席を立つ。彼が小町さんに視線を向けると、小町さんはこくん頷いた。

 

「じゃあ、小町頼むわ」

 

 そう言って八幡が二階に上がっていく。雪乃さんと結衣さんがちらっと目を合わせたけど、特に不審がってる様子もない……なんだろう?

 

 

 八幡が階段を登るのを小首をかしげて見上げていた小町さんが、彼が自分の部屋に入ったのを確認するとくるっと私たちの方を振り向いた。

 

「はいはーい。ここで留美ちゃんと絢香ちゃんはじゃんけんをして下さい」

 

「え、何?」「あのー、何ですか?」

 

「まあいいからいいから。順番決めるだけだから気楽にね」

 

 順番……?

 二人とも小町さんに腕を取られて立たされ、訳も分からないまま絢香と向き合う。彼女も戸惑っているようで……どうやら事情を知らされていないのは私と彼女だけのようだ。

 

 

 絢香は私の顔を見ると、なんだか覚悟を決めたようにへへっと笑う。

 

「よくわかんないけど、やるからには負けない。3回勝負ね!」

 

 彼女は左手で前髪をサッとかきあげ、そのまま流れるような動きで私の目の前にその指先を突きつけた。 ……ただじゃんけんするだけなのに大袈裟だなあ。でも、絢香はこういう仕草が一々かっこいいんだよね……。

 

「じゃあ、勝負!」

 

『じゃん、けん、ポン――』

 

 

 あいこ、負け、あいこ、あいこ、勝ち、あいこ、負け…………。

 

「へへっ、あたしの勝ちぃ」

 

 絢香が飛び上がって喜ぶ。 う……けっこう真剣に悔しい。私に向かって得意げにVサインを見せてくるとことかちょっと頭にくるなぁ。なんて、ふふ。

 

 

「じゃあ、絢香ちゃん、お先にどうぞ~ 小町の部屋の手前のドアだよー」

 

 小町さんがそう言って絢香を促す。

 

「えぇー、いやあの……ホント、何なんですか?」

 

「まあまあ、行けば分かるから」

 

 尻込みしてた絢香は、小町さんに背中を押され、恐る恐るという感じで階段を上っていった。

 上からノックの音。ドアが開き、再び閉まる。

 

「留美ちゃんは座ってもう少し待っててね」

 

 小町さんにそう言われ、なんだか落ち着かない気持ちのままソファに浅く腰を下ろす。

 「待ってて」っていうことは……次は私も行くんだよね。何があるんだろう。

 

「結衣さんと雪乃さんは何か知ってるんですか?」

 

 向かいに座る彼女たちにそう尋ねる。結衣さんは、

 

「いやー、小町ちゃんには言わないでって念を押されちゃったし……」

 

 あははと申し訳なさそうに笑ってお団子にした髪をくしくしといじる。

 それじゃあと雪乃さんの顔を見れば、一瞬私と目が合った彼女はふっと笑みを浮かべ、

 

「心配するようなことでは無いわ」

 

 と一言だけ。うん――さっぱり分からない。

 

 

 

 そうこうしているうちに、二階でドアを開閉する音がして、それから絢香の声。

 

「次、留美呼んでくださいってー」

 

「じゃあ、絢香ちゃんは小町の部屋で待っててねー」

 

「はーい」と返事をすると、絢香はそのまま奥に引っ込んだようだ。

 

 

 

「お待たせ。今度は留美ちゃんどうぞっ」

 

 階段を上る。一つ目の……八幡の部屋のドアの前で一つ深呼吸。

 

 コンコンとノックをすると、ひと呼吸おいてノブがカチャリと回り、ドアが内側からゆっくり開かれる。

 

「おう。まあ……どうぞ」

 

「うん」

 

 おう、だって。ふふ、さっきまで下で話してたのになんだか変な感じ。

 

 八幡の部屋……かぁ。前に小町さんと一緒に少しだけ入ったことはあるけど、八幡と二人というのは初めてだ。

 とは言っても、二人っきりだっていう感覚……なんていうか緊張感みたいなものはあまりない。すぐ隣の部屋に絢香、下には小町さん達が居るわけだしね。むしろ今から何があるかのほうが気になる。

 

「とりあえずそこ座ってくれ」

 

 言われて、ラグの上に置かれたクッションに腰を下ろした。

 

 あらためてぐるりと部屋を見回す。あまり飾り気のないシンプルな部屋に、けっこう大きめの本棚が二つも並べておいてあるのが印象的。本棚はほぼ隙間なく埋まっていて、カラフルな背表紙の、いわゆるライトノベルから、文学全集のような渋いものまで、ジャンルもバラバラのようだ。

 あ、『夜のピクニック』がある。なんだかちょっと嬉しい。隣に同じ作家さんの本が何冊か並んでる……これはまだ読んだことないなぁ。今度貸してもらおう。

 

 

 

 そんな風に私がキョロキョロしていると、八幡は机の引き出しからきれいにラッピングされた箱を取り出した。

 そして私の斜向かいに少しだけ距離をとって胡座をかくように座ると、それを私に向かってスッと差し出す。

 

 ――水色の地に、白とピンクの細かい花柄。巻かれた焦げ茶のリボンには『White Day』の白い文字。

 

「遅くなってすまん。もっと早く渡せればよかったんだが、卒業式とか色々あったしな……」

 

 八幡は申し訳なさそうに言うけど…………えへ……う、嬉しい……。

 

 

 

 先月のバレンタインデー。私は想いを伝えることが出来た、という事だけでもう一杯一杯で、お返しなんて全然期待して無かった。それに、私自身の卒業式や中学校入学の準備とかもあって、ホワイトデーどころじゃなかったっていうのが正直なところ。

 

 あ、もしかして、だから今日私と絢香が呼んでもらえたのかな。あの日、絢香が八幡に贈った綺麗で可愛らしい和菓子の姿が脳裏をよぎる。

 

 

「下で渡そうかと思ってたんだが、ちゃんと一人一人渡したほうがいいってあいつらに言われて……まあ、そんな感じだ」

 

 ……私は、八幡が差し出してくれたそれを両手で大事に受け取り、きゅっと胸に抱えた。ふふ、なんだか顔がにやける。

 

 私のそんな態度を見たからだろうか、八幡は付け加えるように言う。

 

「あー、そのアレだ。あくまでこの前のお返しってやつな? ……言っとくがそんな大したもんじゃないぞ。普通に買えるお菓子だ。まあ、評判を聞く限りじゃ、美味い……らしい」

 

「うん…………八幡、ありがとう」

 

 分かってるよ、特別な意味なんか無いってことぐらい。それでも私は――

 

 

 

「それで、な」

 

 あれ、まだ何かあるのかな? 私が八幡の目を見上げると、

 

「まあこれはこれとして、だ。 ……留美、入学祝い、なんか欲しいものあるか?」

 

 意外なことを聞いてくる。

 

「え?」

 

「まあ、あんまり高いもんは無理だが」

 

「入学祝いなんて……そんなのいいよ」

 

 私が断ると、

 

「いや、これは俺が勝手に留美に何かしてやりたいと思ってるだけだ。おまえとは、夏以来なんだかんだで縁みたいなもんがある気がするしな」

 

「……うん……」

 

 縁、かぁ。ふふ、八幡もそんな風に感じてくれてたんだ。……でも、そうだよね。そうでなければ、私と八幡が今ここに二人で座ってることなんて無かった。いろんな縁が重なって今があるんだ。……大切に……しよう。

 

「ただ、その『何か』がまるで思いつかん。まあ考えてみれば、俺なんかに小中学生女子の好みなんて分かるはずが無い」

 

「それは……」

 

 うーん、そうかも。さすがに否定できない……かな。それに、小学生女子の好みに詳しい男子高校生ってのも逆に「それってどうなの!?」って言われそうだよね。

 

「それで小町に相談してみたんだが、小町は、『なら、本人に聞いてみればいいんだよ。お兄ちゃんの残念なセンスでいらないものプレゼントされても留美ちゃん的に困ると思うし』だと」

 

「小町さん……」

 

 相変わらず八幡にはキビシイなぁ。

 

「まあそれはその通り、と納得したわけだ」

 

 納得しちゃったの!? 

 

 

「で、どうだ、留美?」

 

 なるほど……それで本当に本人(私)に聞いてるわけか。八幡って小町さんに言われたことにはほんと素直だよね。

 

「……そんな、急に言われても思いつかないよ。それに、もし何かもらえるなら、八幡が選んでくれる物ならなんだって嬉しいよ?」

 

「そうは言ってもなぁ……文房具とかは……学校の指定とかあったりするのか? 服……いや、俺のセンスじゃな……」

 

 八幡が悩んでる顔を見て一つ彼にお願いしたいことを思い付いた。……でも、そのままお願いしてもきっと八幡はOKしてくれないかなぁ。それなら……。

 

 

 

「ね、八幡……だったら、あの、い、一緒に選んでよ。その……お買い物、連れてってくれたら嬉しい……」

 

 勇気を振り絞った私の言葉に、八幡は一瞬ぎょっとしたような顔をする。

 

「ああ、だったら小町とも都合を合わせて……

 

「だめっ」

 

 私は思わず八幡の膝に手を伸ばし、少し体重を預けるようにして八幡の顔をじっと見上げる。だって……

 

「……留美?」

 

「だめ。 ……八幡と二人だけがいい」

 

 一瞬私と目が合った八幡は、視線を私の手が乗っている膝に移し、それから居心地悪そうに目を逸らして言う。

 

「いや、それはアレでだな……」

 

 そうだよね。八幡は「勘違い」とか言ってるけど、それでも一応私の気持ちは知ってるわけだし……「二人で出かけたい」って、つまりはデートのおねだりみたいになっちゃってるもんね。

 うん、八幡なら、私の彼に対する好意を知ってるからこそきっと断ってくる。だから、「デート」じゃない理由があれば……。

 

「だって、小町さんが一緒だったら……八幡は小町さんにまかせちゃって自分で選んでくれないもん。――私……私は、どんなものでも八幡が私のために選んでくれた物がいい」

 

「…………」

 

 彼は、何か言いかけて口を開いたものの、声を発すること無く唇を結び、それから部屋の天井を見上げるようにしてしばし悩む。

 

 やがて八幡は、「はあ」と溜息を一つついて、

 

「まあ、『欲しいものを選んでもらうために一緒に買物に行く』ってだけの話だよな」

 

 どこか、自分に言い訳するみたいに言う。だから、

 

「う、うん。そうそう買物。せっかくだから直接見て選びたいし。それだけだよ」

 

 そう言ってその「言い訳」を後押ししてみる。

 

「…………なあ、留美……。入学祝いの話は小町しか知らない。 ……だから、他のやつらには内緒にしてもらっていいか? その、この前みたいなことになると面倒だしな」

 

 この前……先月の裁判ごっこかな。

 

「うん。絶対……絶対に言わないから」

 

 だってバレたら私も怖いし。

 

「……じゃあ、いつがいいんだ?」

 

 そう言って八幡はスマホを取り出し、スケジュールを確認し始めた……。

 

 

 

 

 

 

 ふふ、嘘みたい! 八幡と……その、「デート」の約束……しちゃった。いやその、ただのお買い物だけどさ。でも、私の心の中では「八幡とのデート」 

 

 どうしよう、今からドキドキしてきちゃった。男の子?と二人で出かけるのって初めてだし。

 

 

 

 あ……何着てこうかな。

 

 

 






 次回、デート回。

 いや、目の腐った男と女子小学生のデートとかヤバいでしょ? 女子中学生でもヤバいでしょ?
 しか~し、留美は今、小学生でも中学生でも無いから何をしてもセーフ!! 空白の二十日間――楽園はこんな所に在ったのか!

 ……普通にアウトですね。

 あ、留美たちの制服はただの作者の趣味です。
 艦これにあまり詳しくないって方は「朝潮改二」で画像検索♪ お気に召さなければ八幡のセリフ「リアル〇〇かよ」の〇〇の部分などを脳内変換してお楽しみ下さい。

ご意見、ご感想お待ちしています。


― 追記 ―
 
 いろいろありまして、生活パターンが大きく変わりましたが……それもようやく慣れてきた所です。
 またいつものようにゆっくりペースの更新ではありますが、頑張って書いていきますのでよろしければ次もお付き合い下さいね。


5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さんありがとうございます。



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鶴見留美はふわふわと落ち着かない② 二人の時間

 
 どもども。 相変わらずのゆっくり更新ですみません。
 毎回更新前に小説情報のページを確認するんですが……今回、なんとお気に入りが1000を突破。UA100000 PVも300000を越えました!! どんどんパフパフ~!

 もちろん人気作品には比べるべくも無い数字ではありますが、二年も新刊が出ていない作品の、さらに決してメインではないヒロインが主人公の地味なお話をこれだけ沢山の方に読んでいただけていること、本当に感謝感謝です。
 引き続きゆっくりですが丁寧に書いていきたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。

 では、デート回、スタートです。





 

 

「うん。いい感じ……だよね?」

 

 そう、黒っぽいガラスに映った自分自身に問いかけた。

 

 

 ここは南船○駅を北口側に出て、すぐ左の階段を下りた所。駅舎の大きな明り取りのウインドウを姿見替わりにして、今日の服装にどこかおかしなところがないかチェック中。

 

 

 

 なんだか落ち着かない表情の私は、いつもより少しだけ大人っぽい装いをしている。

 

 ゆったりとしたハイネックの白いニットの上に、春らしく明るい茶色のノースリーブで膝丈のAラインワンピース。足元はわざと短めにした白いソックスに、今まであまり履く機会のなかったヒールの高いスウェード調の黒い革靴。

 頭にはワンピースと同じ色のベレー帽(元々ワンピースとセット)を浅めにかぶる。髪は左右に分けて肩のあたりをゴムで括り、前に垂らすようにしてみた。あとはその髪を留めた所に小さな小さな赤いリボンでアクセントを付けている。

 

 右肩にかけられたあまり大きくない焦げ茶のバッグ。これは前にお母さんのお友達からいただいたものだ。元は絵本の主人公であるツリ目で愛嬌のある猫の顔が焼印のように加工されているところが可愛くてお気に入り。

 

 そして――唇にはほんの少しだけ淡いピンクのグロス。

 

 うん、高校生の……八幡のとなりを歩いてもおかしくない位には大人っぽくしよう、っていう目標は一応クリアしてる――と、自己採点。

 

 

 

 …………ただ、八幡の目にはどう映るだろうか? 

 

 ――大人っぽいって褒めてくれるかな?

 

 ――似合いもしないのに背伸びしてるって馬鹿にされるかな?

 

 

 ……なんて。ふふ、実はなんとなく予想はついてるんだ。だって、八幡と出会って半年以上。いつも一緒にいられるわけじゃ無いけど、彼の人となりに触れる機会は決して少なくなかったから。

 

 だから分かる。八幡は私から「どう?」って聞かなければきっと何も言ってくれない。そして、私がそう聞いたら、必ず「よく似合う」って言ってくれるんだろう。

 彼のその言葉が本心なのか、はたまた相手を傷つけまいとする気遣いなのかは――その時々の八幡の表情を見てこっちで判断するしか無い。

 

 全く、本当に面倒くさいよね。 ……けれど、彼との付き合いに慣れてくるとこれが癖になってくる。

 私の言葉や態度で八幡が動揺したり、嬉しいと思ってくれたりするのが僅かに彼の表情に出るんだけど……そのなんとも言えない照れたような表情が……その、たまらなく愛おしくなってくるんだ。

 

 以前絢香にそんな話をしたら、

 

「え、そこまで? 単に留美の、なんてゆーか、『惚れた弱み』みたいなもんじゃないの? 思ってることをきちんと言ってくれない男子って、あたし的にはどっちかと言えばイラッとくるけど……」

 

 なんて言われてしまった。 ……惚れた弱み……まあ否定しきれない、ような気も、しないでもない? う~ん。

 まあその後絢香も、「それが比企谷さんらしいっちゃらしいんだけどね~」とか言って笑ってたけど。

 

 

 

 そんな風に頭のなかで色んな思いを巡らせていたら、次の電車が到着したらしい。駅の北口から次から次へと掃き出されるように出て来る人の中に……八幡を見つけた。

 あれ? スマホで時間を確認すると、待ち合わせの時刻までまだ30分以上ある。

 

 随分早く来るんだな……って、私も人のこと言えないか。ふふ、だって今日八幡と出かけるの楽しみすぎて家で時間まで待っていられなかったから。

 もしかしたら八幡も、私とのデー……お出かけ、ちょっとは楽しみにしてくれてるのかなぁ――なんて、私に都合のいい事を妄想してしまう。

 

 その八幡だけど、どうやら私が先に着いているとはあまり考えなかったらしい。階段を下りきったところでまわりを一度ぐるっと見回しただけで、すぐに歩道を仕切る柵みたいなものに寄りかかると、ポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めてしまった。

 

 でも今、一瞬だけ私と目が合ったような気がしたんだけどなぁ……?

 

 こちらに気が付かなかった八幡。改めて観察してみれば中々にお洒落な格好。

 グレーのパーカーにカーキグリーンのジャケット。下は黒いスキニーパンツ、同じく黒のスニーカー。ネイビーブルーの地にベルトが茶のワンショルダーバッグ。

 

 ……カッコイイ。えへへ、あれって一応私と出かけるために着てきてくれたんだよね。思わず顔がにやける。

 でも八幡、やっぱり猫背だなぁ。背筋伸ばせばもっと素敵に見えるはずなのにに勿体無い。

 

 私は私服の八幡を一通り観察して満足すると、ゆっくりと彼に近付いて行く。一メートル位の所まで寄ってもまだ八幡は顔を上げない。

 少しいたずらしたくなって、私は声をかけないままさらに彼の方に一歩踏み込んだ。

 

 私と八幡の距離は50センチ。さすがに今度は彼も顔を上げて私を一瞥すると、また視線を外しかけて…………驚いたように私の顔を二度見した。

 

「留美……か?」

 

「八幡……何で疑問形なのよ?」

 

 いくらなんでも顔見て分からないってこと無いでしょ。

 

「いやだってなお前……それに背もなんか……」

 

 そう言いながら彼は確認するかのように、視線を私の頭から足先まで移動させる。

 そして私の足元、靴の踵の高さに気づいたらしい彼は、「納得した」というように一つ頷き……改めて私に目を向けた。

 

 

 私は両腕を軽く開くようにして、

 

「どう? 似合わない……かな?」

 

 ちょっと震えてしまった声で例の質問をぶつけ、じぃっと見上げるようにして八幡の表情の変化に意識を集中する。

 彼は一瞬戸惑ったような表情を見せた後、

 

「あー……上手く言えん。まあなんだ、今までのイメージとは違うが……これはこれで似合ってると思うぞ。 ……正直驚いた」

 

「驚いた……?」

 

 八幡はなんだか落ち着かない様子で……やがてわずかに照れたような――私の大好きな表情で次の言葉を紡ぐ。

 

「その、そういう大人っぽい格好もするんだなって」

 

 やった! ちゃんと本気で褒めてくれてる。

 

 八幡から見た私はきっとものすごく嬉しそうな表情をしたんだろう。彼は自分自身の言葉に照れたのか、なんだか恥ずかしそうにぷいと目をそらす。ちょっと顔を赤くしててカワイイ……けど、手で顔をパタパタ扇ぐのはなんだかオジサンくさい。

 

「えへ、ありがと。八幡も格好いいね。私服……あんまり見たこと無いから新鮮……かも」

 

「おう。まあこれは全部小町に着せられた。正直俺にはダメ出しされたやつとの違いが分からん……」

 

 ぷ。別に服だけ褒めたわけじゃないよ。――でも、服装に気を使わなそうな八幡にしては决まってるな、とは思ったけど――これ小町さんチョイスかぁ、なるほどね~。 ……ん? 「着せられた」って、そのままの意味じゃないよね? 小町さんが手取り足取り八幡を着替えさせている姿を想像してしまった……。ありえないとは思うけど、八幡と小町さんの仲の良さを知ってる身としては一概にそう言いきれないのが怖い。

 そもそも高校生位の兄妹で、兄のワードローブを妹が管理してるって時点で……。

 

「どした?」

 

「んーん、なんでもない。じゃあ行こ、八幡」

 

 私はそう言って彼の手を引く。

 

「お……おう?」

 

 京葉線の高架下を線路と平行に通っている、高架の谷間みたいな歩道を、私たちは並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩道橋を渡って、そのまま店舗二階の入り口に到着! 本日の目的地は、私の家や総武高の最寄り駅からたったの四駅、千葉県民のお買い物の聖地――ららぽーとTOKYO-BAY!

 

 なんてね。「千葉県民の~」とか言っちゃってるあたり、私にも八幡が感染っちゃったかな。

 でも、ほんとにそうなんだよね。ららぽって京葉線と京成線に挟まれたみたいな所に在って、どちらの沿線の人も利用しやすいし、駐車場だって結構たくさんある。その上映画館とかの遊ぶ施設もいろいろある。千葉県全部っていうのは大袈裟にしても、少なくともこの沿線に住んでる人たちは「買物」といえばまずここを思い浮かべるんじゃないだろうか。

広さだけならイオ○の方が大きいかもだけど……こっちのほうがオシャレでカワイイ店が多い気がする。

 お母さんに言わせると、「外で着るもの中心なら、ららぽの方がバリエーション豊富」「家で着るもの中心ならイ○ンの方が安い」ということらしい。

 

 まあそんなふうだから、私も子供の頃から、お母さんと一緒の買物だったり友達と甘いもの食べに来たり、と数え切れないくらいここには来てるけど…………ふふ、こんなにドキドキわくわくしながらこの入口をくぐるのは初めてだ。

 

 八幡はお店に入ってすぐ、コーヒーショップの手前あたりで立ち止まり、店内の人混みを見て少しだけめんどくさそうな顔を見せた。

 

「なあ、留美」

 

「なに? 八幡」

 

「欲しい物だいたい決めてきたか?」

 

「ううん。だってそれを一緒に選んで貰うために今日来たんでしょ?」

 

「いやまあ、それはそうなんだけどな……」

 

 彼は右手で頭をガシガシと掻くと、

 

「まあ、アレだ。とりあえず帰るか」

 

「ちょ、なんで来たばっかりで帰る話してるのよ!」

 

 ほんと、信じられない。そんな思いを込めて八幡を睨むと、

 

「……なら、とりあえずその手を離してくれませんかね」

 

 逆に軽く睨み返された。

 

 う……私はさっきから――駅前からずっと彼の左手を握り続けている右手にむしろ力を込めてしまった。

 

「お前みたいのと手を繋いで歩くとか……色々とハードル高すぎんだろ」

 

 ……ブツブツ言ってる八幡。「お前みたいの」って何よ? せっかく二人で来たんだし、手をつなぐぐらい……。

 

「えーと……その、八幡が迷子になったら困るでしょ」

 

「いやそれ言い方おかしくない? 俺が迷子になっちゃうの? まあ確かにこのままだと下手すると俺の人生が迷子になっちゃうかもしれんが……」

 

 相変わらずだなぁ。でも、ただ手を離しちゃうのはつまんないし……。

 

「あ、じゃあこうしよっか?」

 

 そう言って私は繋いでいた手を一度離し、今度は彼の服の袖口をちょこんと握る。

 

「これなら良いよね」

 

「……それ、あんまり変わらなくねーか?」

 

「じゃあ……やっぱり手、つなぐ? それとも腕組むとか……」

 

「…………このままでおねがいします」

 

 私に握られた袖をしばし見ていた彼は、「選択肢がおかしい……」とかぼやきつつあきれたように一つ息をつくと、

 

「とりあえず……何か良いのが見つかるまで、ぐるっと周ってみるか」

 

 何か諦めたようにそう言った。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

「この辺のやつとかどうだ」

 

「うーん、これならさっきのお店で見たののほうがいいかな」

 

「じゃあ…………」

 

 

 洋服屋さん、アクセサリーショップ、小物屋さん……。八幡と二人で巡るテナントの数々はとても色鮮やかに映る。

 なーんて、まあ実はららぽに入ってるお店って元々、やたらと色彩豊か過ぎ、みたいな意匠のお店にしてるとこが多いんだよね。去年仁美たちと一緒に来た、スイーツ食べ放題のお店なんてもう、それこそ店内全部パステルカラーで、「超カラフル」みたいな感じだし。

 

 

 それでも――やっぱり違う。八幡と二人だと、いつもと同じ風景が違って見える。これが誰かを好きになるって事なのかな。隣を歩く――高い踵のおかげでほんの少しだけ近くなった――彼の横顔をちらっと見上げながらそんな事を思う。

 

 八幡の方は……慣れてしまえば平気、ということなのか、最初の頃こそ落ち着かない様子を見せていた彼も、今は私に袖を握られている状況でも自然に話をしてくれてる。

 そのことをちらっと聞いたら、

 

「思い出させるなよ……まあ、意識しなけりゃ俺にとっては手首に重りぶら下げてるみたいな感じがするだけだしな」

 

「重りって……」

 

 相変わらず女の子に失礼なこと言うなあ。ふふ、でもね、一度目を合わせてからすぐにプイッとそらす仕草で、これは照れ隠しに言ってるんだって解るよ? それに小町さんや奉仕部の二人のおかげか、私と二人で並んで歩いてること自体には案外それほど抵抗無さそうにしてるんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……まだ同じ柄のやつ売ってんだな……」

 

 八幡が立ち止まったのはファンシーなキッチン雑貨のお店の前。彼が気にしてるのは……エプロン? 前にこのお店で買い物したことあるのかな。イメージ的にはあんまり似合わないような気もするけど……でも本気かどうだか、「俺は専業主夫志望だ」とか言ってるくらいだから、そういう意味では別におかしくない……のかも。

 

「どうしたの、 八幡。何か買うものあった?」

 

「いや、前にちょっとな」

 

 そう言って八幡は何かを懐かしむように笑う。

 

 エプロンかぁ。デザインは好きなのもあるけど、いま四枚持ってるんだよね。さすがにこれ以上あっても使わないかな。

 だったらむしろ調理器具。この、鮮やかなオレンジ色で内側に目盛りのついてるお玉とかカワイイ……あ、商品名が「レードル」になってる。さすがはオシャレ雑貨のお店。同じシリーズ、へらは「スパテラ」フライ返しは「ターナー」菜箸(さいばし)は……さすがに「菜箸」のままだった。

 

 このあたりのコーナーにはアイデア器具みたいのもいろいろあって、八幡もけっこう興味深そうに見てる。

 今は、スイッチを押すと10センチぐらい離れたところから鍋の中の油やフライパンの表面の温度を測れるセンサー式の料理用温度計のサンプル品を手にとってなんだか感心してるみたい。

 

 ん? 今頭の上でピッという音がした。 

 

「…………ちょっと」

 

 私が抗議の声を上げると、 

 

「悪い。いや、ついな」

 

 八幡は少しバツが悪そうな顔をして謝る。

 

 「つい」って……全く……人の頭の温度なんか勝手に測らないでほしい。

 

 

 

 

 うーん、今まで色々見た中ではここのオレンジのお玉(商品名はレードルだけど)が一番心にヒットしてる。

 けど、入学祝いに調理器具、それもお玉をプレゼントしてもらうってどうなんだろう……しかも高校生の男の子から。

 うん、無いな、無い。これは日を改めて自分で買いに来よう。

 

 

 

 

 そんな風にお店を見てまわる。エスカレーターを下りて一階のお店も。

 

 

 

「なあ、留美。腹減らないか?」

 

 一階に下りて暫く経った頃、これまで私に引っ張られるままについてきてくれていた八幡がそう聞いてくる。

 色々と見て回る事に夢中になっていたらしい。気がつけばお昼をかなり過ぎてしまっていて……それなりにお腹も空いてきているみたい。

 おまけに足もなんだか痛くなってきてる……慣れない靴でけっこう歩いたからかなぁ。

 でも、まずはこんなに引っ張り回したこと謝らなきゃ。

 

「ごめんね、八幡。なんだか夢中になっちゃって……」

 

 あなたと一緒だったから……とは言わない。あんまり好き好き言い過ぎるときっと八幡は逃げちゃうし。 ……ホントはちょっと言ってみたいけど。

 

「いや、俺もぐるっと見て回るのは久しぶりでけっこう面白かった」

 

 どうやら気を悪くしてるわけでは無さそうなのでほっとした。

 

 

 

「んじゃ、メシにするか。 ……留美、なんか食いたいもんあるか?」

 

「私はなんでも良いけど……八幡は?」

 

「『何でもいい』……そこに罠が……いや、留美に限ってはそれは無い……か?」

 

 八幡はなぜか変な顔して悩んでる。

 

「どうしたの八幡? ほんとになんでも……あ、なら、」

 

 私たちは、二階から一階へと縦にUターンするようにグルっと回って、だいぶ駅方面の入り口の近くまで戻ってきている。ここまで来てるなら……。

 

「ねえ、八幡。だったらサイゼリヤにしようよ。すぐそこだし」

 

「サイゼ……」

 

 八幡がピクンと動きを止める。

 

「あれ? ダメかな。八幡、前にサイゼ好きだとか言ってなかったっけ?」

 

「いや大歓迎だ。むしろ俺一人ならサイゼ以外のファミレスが全て閉店しても構わないまである」

 

「全部閉店って……。でもだったらなんで?」

 

「いや、留美はいいのかよ」

 

「何が? サイゼリヤ、安くって美味しいよ……って知ってるよね。八幡だし」

 

 そう、サイゼリアは小学生のおサイフにも優しいのだ。友達と遊びにきて、ちょっとお小遣いがピンチの時でも、一番安めのドリアやスパゲティ、ハンバーグ、あとピザだって299円とか399円。小学生ならプラス110円でドリンクバーが付いちゃう!

 もちろんちゃんと美味しいし、女の子ならそれで十分お腹いっぱいになれる。

 

 ――あ、そういえば私はもうすぐ中学生。キッズドリンクバーとは今日でお別れかなあ。

 

 私が変なところで寂しくなってるのはひとまず置いて、と。

 あらためて、首を傾げるようにして「どうしようか」という視線を八幡に送ると、

 

「じゃあ、サイゼにするか」

 

 彼はなんだかとっても嬉しそうな声でそう言った。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「お待たせしました~ こちら、ミラノ風ドリアとミートソースボロニア風、辛味チキンとシーフードサラダになりますー」

 

 

 

 八幡と向い合せで座る窓際の席。時間がだいぶ遅めだからか、そこそこお客さんが入ってはいるものの、私たち二人は特に待つことも無くすぐ席に通される。

 

 注文を済ませ、私たちがドリンクバーで飲み物を取ってくると、さほど時間を置かず料理が運ばれてきた。

 八幡の前に置かれた、ふつふつとまだ音をたてているドリアの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

「そっちも美味しそうだねー」

 

 私がサラダをボールからお皿に取り分けながらそう言うと、

 

「ん。サイゼのメニューはだいたい食ったが……やっぱりこれが最強だな。これが299円で食えるとか……やはり千葉は神に愛された地ということか……」

 

「サイゼリヤは別に千葉だけじゃぁないでしょ……八幡の好きなマックスコーヒーならそうかもだけど」

 

「フッ、甘いな留美。マッ缶は、利根(とね)コカ・コーラの管轄する地域で発売してる。だから千葉だけじゃなく茨城県でも普通に買えるぞ」

 

 彼は得意気にそう言ったあと、

 

「まあ、茨城って俺ほとんど行かないけどな……」

 

 そう言って窓の外に視線を移した。

 あんなに甘いコーヒー飲むの、千葉県の人たちだけじゃ無いんだ……。

 

 

 

 サイゼリアのららぽーと店は、私たちが入ってきた入り口近くの一階にあり、そこだけビルから半円状に飛び出して半分独立した建物のようになっている。

 半円の外周部分にぐるっと席が配置され、窓が大きくてとっても明るい。現在その席のうちの一つ、四人がけのボックス席で私と八幡がお食事中なわけだけど……結構長時間窓のない建物の中に居たせいか、大きな窓から外を眺めていると少しだけほっと出来る。

 

 

 

「ね、ドリア一口もらってもいい? こっちも一口あげるから」

 

「ん……」

 

 私と彼は各々のトレーを一度入れ替える。

 

 では一口……はふっ、まだ熱っ……ふふ、でも美味しい。

 

 

 

 最近の八幡と私。いわゆる「あーんして」は、さすがに恥ずかしいらしく嫌がるけど、私と食べ物をシェアしたり、同じペットボトルの飲み物を飲んだりするのをあまり気にしなくなった。

 でもそれは、彼氏彼女みたいな感じじゃなくって……なんていうか「兄妹」と似たような距離感に落ち着いたって事なのかな。

 

 一応は私の想いを知ってるはずの八幡のこの態度は、私の恋にとっては進展なのか後退なのか……正直わからないけど、でもずっとドキドキしっぱなしでいるよりこの方がなんだか居心地は良い。

 

 

「えへ、やっぱりドリアも美味しいね!」

 

「おう、こっちも美味い……。 まあ、ミラドリの王座は揺るがんが」

 

「ぷ。王座って何よ」

 

 私たちはまた、トレーを今度は元通りに交換する。

 

「あ、デザートとかも頼んでいいぞ。ちゃんと俺が出すから」

 

「え、でも……」

 

「なんかうちの親……特にお袋が留美のこと気に入ったらしくて……()()()入学祝いの話をしたらいくらか軍資金が出た。だから遠慮するな」

 

 お母さまに気に入ってもらえた……って、もしかしてあの時の第一印象作戦が効いたのかな?

 

「ふふ、優しそうで格好いいお父さんとお母さんだよね」

 

 私がそう言うと、

 

「は、優しそう? 何言ってんのお前?」

 

 と、彼は心底驚いたように言う。

 

「え、だって前にお邪魔した時にはさ……」

 

「いやあれは、お前っていうお客さんが居たからカッコつけてただけだっての」

 

 八幡は一つため息をついてさらに続ける。

 

「休みの日の朝なんか、俺と小町がちょっと騒ぐと、

『うるさい、バカ兄妹。くたばれ。こっちはたまの休みに寝てるんだから静かにしてろ!』

だぜ……」

 

「へえ……優しそうなお父さまって感じなのに……」

 

「……残念ながら『お母さま』のセリフなんだなこれが…………ちなみに親父はちょっとやそっと騒いだぐらいじゃ目を覚まさないでぐーすか寝てるし、小町に()()()とことん甘い」

 

 八幡は、「悲しいけど、これ現実なのよね……」と独り言のように付け加える。

 

「お、お母さま……なんかすごいね……」

 

 うん……嫌われないように気をつけよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 食事が一段落し、何杯めかのドリンクバーのカップの中身は、八幡がコーヒー、私が紅茶になっている。

 

「……ねえ、八幡」

 

「ん、どした」

 

「あのね、入学祝い……これでいいよ」

 

「? いやまだ何も買ってないだろ。さすがにサイゼで食事奢るだけじゃ……」

 

「んーん、そういう意味じゃなくってさ……。私ね、八幡と二人でお店回って、ご飯食べて……すっごく楽しかった。嬉しかった。だから、今日の『二人でお出かけ』がお祝いって事で……ね?」

 

 そう言って私はまっすぐ彼に目を向ける。

 

「お、おう。そうか……いや、でもな……」

 

 私の好きな、ちょっと照れたような彼の表情。今日はたくさん見れた。ふふ、普段なかなか一緒に居られない私にとって、今日の「デート?」はやっぱり最高のプレゼントだったと思う。

 

 

 

「じゃあ、さ。もう一つだけお願い……いい?」

 

「お願い……? まあ、俺に出来るやつならいいぞ。さすがにメシだけってのもな」

 

「ホント!?」

 

 私は思わず立ち上がる。ふふ……八幡、今「いい」って言ったよね。

 

「お、おう?」

 

 私は一つ深呼吸をして、もう一度八幡の目を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね、八幡との『思い出』が欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 




 

『思い出』って何ですかね。やっぱり二人がぴったりくっつかないと出来ないアレですかね?

デートは()()()()()順調にきてますねぇ。このまま無事に終わると良いのですが……てな感じで、次回も引き続き二人のデートの続きです。

 そういえば、今回の登場人物、留美と八幡だけという……。強いて挙げればサイゼのウエイトレスさん?

 ご意見、ご感想お待ちしています。


― 蛇足 ―
留美がファッションについて細かく見るのは母親の影響でそういう仕事に関心があるから。ちなみに彼女のバッグは革工房わちふぃーるどのショルダーバッグのイメージです。


9月19日 誤字修正 報告ありがとうございます。
 


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鶴見留美はふわふわと落ち着かない③ 入学祝い狂想曲

 

 読んでくださる方、お気に入り登録してくださる方、感想、評価を下さった方、いつも本当に有難うございます。やっぱり沢山の方に読んでいただけていると思うと書く時のテンションも上がりますね。

 それでは、デート回後編。

 留美の言う『思い出』とは?  いつもより少し長めです。
 
 





  

 

 女の子が憧れるシチュエーション。 壁ドン? あすなろ抱き? ――お姫様抱っこ……。

 

 好きな男の子にしてもらえたなら、きっと最高の気分のはず……なのにどうして私はこんなに惨めな気持ちなんだろう……。 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「『思い出』って……これかよ……」

 

 食事を終えた私たちは、サイゼリヤがある南館から北館へと移動し、大きなゲームセンターエリアへとやってきていた。

 私に袖を引かれて移動する間ひどく落ち着かないような態度を見せていた八幡は、なぜかホッとしたような、それでいて戸惑うような顔をしている。

 

「? 何だと思ったの」

 

「い、いや、なんでもねーって」

 

 変な八幡……。

 

 

 

 私の目当ては、店内奥の一角にある、プリクラコーナー。

 

 実はこの前、ここじゃないお店で絢香たちと一緒にプリ撮ったんだけど、その時「カップルコース」っていうのを選べる機種があったの。

 その時は、「へー、こんなのあるんだ。 ……いつか八幡と一緒に撮ってみたいな」ってちらっと思ったぐらいだった。

 けど、さっきお昼食べながらららぽーとの店内マップ何気なく見てたら、サイゼリヤの結構近くにゲームセンターがあって……ふとその時のこと思い出しちゃったんだ。

 

 だから、もし八幡が「いいよ」って言ってくれたら一緒にプリ撮ってもらおうって思ったの。……もちろん「カップルコース」っていうのはナイショで。ふふ。

 

 そのまま八幡の手を引いてプリクラコーナーの方に進もうとしたら、彼が少し抵抗するような素振りをする。

 

「ダメ?」

 

「いや、駄目っつーか……ちょっと緊張してんだよ。こういうのあんまり慣れてねーし」

 

 あんまり、ってことは初めてというわけじゃあ無さそうだ。小町さんと一緒に撮ったのかな、それか……いつもの三人……。うーん、こんなこと考えてももやもやするだけだ。

 私は平静を装って聞いてみる。

 

「緊張って、別にやったこと無いわけじゃ無いでしょ?」

 

「おう、まあ一応はな……」

 

「小町さんと、とか?」

 

「いや…………」

 

 八幡は言葉を濁す。小町さんじゃ無いんだ……。だったら雪乃さん――は無いか。プリクラとか誘いそうなのは結衣さんか……いろはさんの方がありそうかな。

 

「ふぅん……誰と撮ったの?」

 

「……留美、なんでそこで怖い声になるんだよ……」

 

「え? き、気のせいだよ」

 

 ……ホント、そんな声出すつもり無かったんだけどな。

 

「そうか? あー、去年その、戸塚とな……」

 

「とつ……! そ、そうなんだ」

 

 びっくり。これはさすがに予想外の答えだ……。

 

「おう、いや、なんというか……成り行きでな」 

 

 成り行きって……。目の前にある注意書きには「女性のお客様及びカップルのみの御入場とさせていただきます」と大きく表示されている。

 

 カップル……そういうカップルも有りなのかな……。

 

 

 

 

 でも、八幡の答えを聞いてしまえば案外心は軽くなる。私の中で、「小町さん」と「戸塚さん」は、嫉妬をしても意味がないくらい八幡にとっての特別なんだとわかっているから。

 

 ――なんて、格好つけてはいるけど、本音を言えばきっとこの二人は「八幡の恋人」にはならないだろうと安心してるってだけかも。……「恋人」に……ならない……よね!?

 

 

 

 一抹の不安を抱えつつも、

 

「大丈夫だよ、私この前絢香や陶子ちゃんと撮ったばっかりだから教えてあげる。一応は男女二人なんだから入るのはOKでしょ。……それに八幡さっき、『俺に出来ることならやる』って言ってくれたでしょ。ね、入学祝い」

 

 そう言って再び彼の袖を引っ張る。

 八幡は、「ああもう」とでも言いたげにガシガシと頭を掻くと、

 

「まあ、確かにやるって言ったし……『入学祝い』だしな」

 

 そう言って抵抗を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は八幡がキョロキョロと落ち着かない様子で居るのを構わず、腕を引っ張ったまま目的のプリクラ機の中に引き込むことに成功。

 

 八幡は「まあプリクラ撮るくらいなら……」とか言いつつも不安そうに周りを見回している。私が機械にお金を投入すると、

 

『こーすを、えらんでね~』

 

 可愛らしい声でガイダンスが流れ、目の前の液晶パネルにコース選択の画面が表示される。

「二人用コース」「三人用コース」「多人数用コース」……そして「カップルコース」

 

 私は八幡が何かを言う前に「カップルコース」のところにタッチする。

 

 

『とりたいぽーずを、3つえらんでね~』

 

 

「おい、留美今のって……」

 

「ん? 何、八幡」

 

 私は知らんぷりで次の作業を進める。

 

 

「いや、今カップルコースとか……」

 

 

 選べるポーズは結構たくさんある。肩を抱いてもらう『ぎゅー』とか、二人の手でハート型を作る『はーと』、後ろから抱きつかれるみたいな『らぶらぶ』、二人で小指を絡めて顔を寄せ合う『ゆびきり』それから、頬とか口に、……キ、キスしてる『ちゅー』とか……他にも沢山。

 

 『ちゅー』かぁ。クリスマスイベントの時の事を思い出す。今にして思えばよくあんなに大胆なことが出来たものだと自分でも思う。……あの頃は色々といっぱいいっぱいだったからなぁ……。迷っている間にもどんどん制限時間がカウントダウンされていく。

 

 

「だからコースがおかしいんじゃないかって…………」

 

 

 3つか……。最初は軽く、『ゆびきり』で、それから次は『ぎゅー』 もう一つ……『ちゅー』はさすがに……、でも『らぶらぶ』なら頼めばやってくれないかな……。うん、もう時間ないしこれにしよう。

 

『これでいいかな~』

 

 よし! と最後の決定ボタンをタッチする……ん?

 

 

 

「……お~い、留美さんや?」

 

「あ! ……な、なに?」

 

 八幡……全部見てたよね。さすがにごまかせない、かな。

 

「『あ!』じゃねえ……。なんで入学祝いでカップルコースなんだよ」

 

「だって……だって、『思い出』だから……ね?」

 

 思い出だから……って全然理由になってないけど、でもどうしてもこれがいいと目で訴える。

 しばし二人見つめ合う……というか、にらめっこみたいに我慢比べ。

 

 

 

「…………誰にも見せるなよ」

 

 少し考えるような様子を見せていた八幡だけど、結局最後は折れてくれて、しょうがないというように一つため息をつく。

 

「うんっ」

 

 

 

 

 

 

 

『さいしょは、このぽーず!』

 

 画面の端に、モデルさんによるポーズのお手本が表示される。

 最初は『ゆびきり』 二人で肩を寄せ合う様にして、いわゆる「指切りげんまん」をしているようなポーズだ。

 

「八幡、はい!」

 

 私が小指を差し出すと、

 

「えーと……こう、か?」

 

 画面を見て確認するようにしながら八幡も手を重ねてくる。……絡む指先、少しこそばゆそうな彼の表情になんだかキュンとしてしまう。

 

『さつえいするよ~  さん、にぃ、いちっ』

 

 パシャリ、と音がしてほっとして指をほどこうとする八幡。

 

「八幡、まだだよ」

 

「ん?」

 

『もういっかい、いくよ~ さん、にぃ、いちっ……』

 

…………。

 

 

 

 

 一つのポーズを2回撮影すると次に進む。

 

 2つめのポーズは『ぎゅー』

 

 お手本では、男の子が女の子の肩をしっかり抱き寄せるようにして、女の子の方は胸の前辺りでVサインをして笑顏を見せている。

 

「これは……」

 

 八幡はお手本を見てちょっと怯んでる様子。

 

「ほら、八幡早くっ。お手本と同じようにしないと、『やり直し』って言われちゃうよっ」

 

「え! なに? これってそういうもんなの?」

 

 ……ふふ、もちろん嘘だよ、ごめんね八幡。

 

 彼は私に言われるまま、気恥ずかしそうにしながら肩を抱いてくれた。……もっとも「肩を抱き寄せる」というより、「肩にちょこんと手をのせる」みたいな感じになっちゃったけど。

 

 

 

 

 ――そして最後のポーズ、『らぶらぶ』

 

 「あすなろ抱き」「バックハグ」などと呼ばれるポーズ。表示されたお手本では、男の子が女の子を後ろから抱きしめ、彼女の耳の上辺りに頬を擦り付けるようにしている。

 女の子は男の子の腕に自分の手を重ねてニッコリと笑顏。

 

  ……で、八幡はと言えば、両手で大きな輪を作って、それで私を囲むようにしてる。極力私に触れないように、というつもりなんだろうけど……なんか違う。まるで浮き輪を被せられてるみたい。

 

「八幡、そうじゃなくって、もっとぎゅって……」

 

「いやそれ無理だから」

 

「もう……」

 

 

『さつえいするよ~ さん、……』

 

「えいっ」

 

 私は八幡の両腕を外から巻き込むように引っぱり、そのまま彼の腕をぎゅっと抱きしめる。

 

「おわっ!……と」

 

 八幡はバランスを崩し、体重を私に預ける形になって……。

 

 ――結果、今私……八幡に抱き締められてる。画面のお手本よりもっとぎゅうっと。

 

 パシャリ、と撮影音。

 

「ちょ、留美お前……」

 

「ほら、八幡前見てっ」

 

 私はがっしりと彼の腕を掴んだまま離さない。

 

『もういっかい、いくよ~ さん、にぃ、いちっ』

 

 パシャリ。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 プリクラ機の横、落書きコーナー。並んで表示されてる二つの液晶画面、二本の入力用のペン。一本は手も触れられず置かれたままだけど、もう一本は絶賛大活躍中。

 落書きしてるのはもちろん私。背景は……ベタかもだけど、やっぱりハートが沢山のにしようかな。スタンプはこれとこれ。あとは……なんて書こうかな。

 

 でも……この3ポーズ目、『らぶらぶ』の写真……なんていうか……すごくいい。

 八幡は慌ててたせいかもしれないけど、作り笑顔じゃない自然な表情だし、私はいたずらが成功してすっごく嬉しそうに頬を染めて笑ってる。

 その、自分で言うのはどうかと思うけど、画面の中の私は、本当に素敵な笑顔をしている女の子だ。 ……ふふ、八幡の隣にいる私ってこんな顔してるんだな。

 

 撮影の間のほんの十秒くらいだったけど、八幡に抱き締めてもらって……うん、すごく嬉しかった。

 私はピンクの文字で大きく「大好き」と書き込む。他の人が書いてるのを見た時は、「バカップルだなぁ」なんて、ちょっと呆れたりもしてたけど……いざ自分の想い人とのプリクラを目の前にするとそう書きたくなっちゃう不思議……。

 

 

 

「ねえ、八幡も書いて」

 

 落書きの残り時間が半分くらいになってもなんだか疲れたように立ったままの八幡にそう言うと、

 

「いや、俺はこういうのセンス無いし、それになんというか……見てるだけで照れる」

 

 う、確かに照れる……かも。私がはしゃいで「バカップルプリクラ」にしちゃったし。

 

「でも、『思い出』なんだから、八幡にもなんか書いて欲しい」

 

「なんかって言ってもな……」

 

「それにさっき誰にも見せないって約束したんだから、八幡がもし変なこと書いても……笑うのは私だけだよ」

 

「いやお前は笑うのかよ。そこは『誰も笑ったりしないよ』って言うところだろ……」

 

 でもまあそういうことなら、と八幡はようやくペンを握ってくれる。

 

「後悔するなよ」

 

 後悔って……大袈裟だなあ。そして八幡は画面にペンを走らせる。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

©達吉 *1

 

 

 

 ぷ、あははは……、八幡さいてー……でも、大好き!

 

 八幡は、画面の下の隅っこに、まるで漢字の書き取りみたいなしっかりとした黒文字で『祝入学』って書いたの! それも選択した三枚全部に。

 

 大笑いする私を見て、八幡は、

 

「フ、どうだ参ったか」

 

 とドヤ顔。

 

「うんっ、参った。あははは」

 

 ほんと、こんなやたら丸文字キラキラのプリクラに、硬い字で『祝入学』って……。でも八幡らしいっていうか、こういうところも……好き。

 

 ……私大丈夫かな? このまま八幡に染まっちゃったら、私のセンスまで斜め下にずれて行っちゃうかも。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 しばらくして、プリクラ機のシール出口に、完成したシールシートがコトリと軽い音を立てて落ち、私はドキドキしながらそれを取り出す。

 

 全体的にピンクと水色を中心にした配色の、大小様々のシールたち。それぞれに私と八幡の顔、顔、顔。ぎこちない八幡、はにかむ私、照れてる八幡と嬉しそうな私……。

 

 ……そして、くっきり黒く、「祝入学」の文字。ふふ、結構目立つなぁ。でもこれ、なんだかとってもいい味になってる。

 

 

 

 備え付けのハサミでシートを半分に切り、八幡に渡そうとしたら、

 

「そんな危険物、迂闊に持って帰れねーよ」

 

 なんて言ってる。

 

「じゃあ、たくさんあるからみんなにおすそ分けしようかな~」

 

「おいバカやめろ」

 

「なら、八幡もちゃんと受け取ってよ」

 

 私は彼の上着の袖をくいくいと引っぱりながら言う。

 

「いやでもな……何処に隠すか…………」

 

 ガシガシ頭を掻きながらぶつぶつ言い始める八幡……。

 

 

 

 

 

 その時――。

 

「……っべーわ、隼人くん。最後のコーナーの抜け方とかぁ、もう神業っしょ」

 

「たまたま運が良かっただけだって」

 

「いやマジで、初めてやっていきなりランクインとか、レーサーとか超向いてんじゃね?」

 

「あれはただのゲームだろ。レーサーなんて、そんな簡単になれるようなものじゃないよ……」

 

 

 どこかで聞き覚えのある声が……。

 

 声の方を伺えば、葉山さん、戸部さん、少し遅れて三浦さん、海老名さんの四人がアーケードゲームのコーナーから連れ立ってやってくる。

 

 八幡が慌てて方向転換をしようとしたんだけど……。

 

 

 

「……って、あれ? ヒキタニくんじゃね?」

 

 間に合わず見つかってしまった。

 

 

「そんな名前のひとはしらない。人違いだ」

 

「またまた~。ヒキタニ君てば、冗談ばっかりー」

 

 八幡は、「いやほんと俺、『ヒキタニ君』なんて人知らないんですけど」とか言ってるけど戸部さんはちっとも聞いてない。

 

「あれ? その娘もしかしてカノジョさん? 俺もしかしてじゃましちゃったり…………お? おお?」

 

 戸部さんは私の顔をじっと見て……なんだかあ然とした表情。

 

「戸部、あんまり彼を困らせ…………比企谷、その子……?」

 

「ん、どうしたの戸部っち。 ……あ」

 

 追いついてきた女子二人もこちらに顔を向ける。

 

「ヒキオと……アンタ確か……」

 

 どうやら、他の三人も私の顔を思い出したようだ。

 

 

 

 ……私たちは、「私が八幡の袖にくっついた状態」でプリクラのコーナーから出てきたわけで……その上、急いで隠したものの、持っていたシールもちらっと見られたかもしれない。

 悪い事してる訳じゃない……けど、八幡は多分見られたくなかったはず。

 

 

 

 空気が重くなってしまったところで、

 

「ねーねー二人はどんな関係? だめだよ~ヒキタニ君、キミには隼人くんっていう大事な人が居るでしょ~」

 

 海老名さんが冗談めかして言ってくれる。

 

 

「関係って……別に()()()()()()()()。今日はその、入学祝いを買いに来ただけだ。……あと葉山とかいらん」

 

「ふっ、ヒドイなキミは」

 

「知るか。だいたい、いるって言ってほしいのかよ」

 

「いやそれは……」

 

 八幡と葉山さんが一瞬目を合わせ、二人同時に恐いものでも見るように海老名さんの方を向く、と……。

 海老名さんの目が妖しく光ったような気がした。

 

「腐、フヒっ……『俺にはお前が必要だっ!』……はやはちキマシタワー!!」

 

 そこで三浦さんがバシッと、結構遠慮なく海老名さんの後頭部を引っ叩く。

 

「だからちゃんと擬態しろし……」

 

 

 

 

 

 私は八幡がどこか言い訳がましく葉山さん達と話してるのを少し引いたところでぼんやりと見ていた。

 

 はぁ。…………別に恋人とか彼女って言ってもらえるとは思ってなかったけどさ、「何の関係もない」って言われたのは結構――ううん、凄くショックだなぁ…………。

 もちろん、八幡が照れ隠しとか焦りとかでそういう風に言ったってのはよくわかってる。『関係ない』という言葉の意味も、恋人とか()()()()()()()()()()という、それだけなのもわかってる。

 

 でも……でもさ。

 

 ふとそこまで考えて、改めて思う。

 

「私と八幡の関係」って一体なんだろう。

 

 家族でも恋人でもない。年も、住んでるところも学校も違う。

 林間学校で知り合って、クリスマスイベントを一緒にやって……それだけ?

 

 ううん、そんな事無い。八幡は私にとって特別で、その……片想いの相手で……。

 

 じゃあ――八幡にとっての「私」は……?

 

 

 

 悶々とそんな事を考えていると、なんだかまた足がじりじりと痛くなってきちゃった。

 午前中からけっこう歩いたし……それにこれ、疲れてるだけじゃなくて、多分靴ずれもしてる、かなぁ。……我慢出来ない程じゃないけどさすがに気になる。どこかで一度靴下脱いで見てみよう。

 

 どこか座れる所を探して……。

 つい足を気にして下を向いたまま歩きだしたせいで、すぐ前を横切る人影に気付くのが遅れた。

 

「あ……」

 

 目の前を通り過ぎたのは、すぐ近くで両替機を使っていたらしい体格のいい外国人の男性。慌ててよけ、ぶつかりこそしなかったものの、私は床を這っている配線カバーのようなものに(つまず)いてバランスを崩し、なれない靴と足の痛みもあってそのままぽてんと尻餅をついてしまった。

 

 その外国人の方はどうやら急いでいたようで、私には気付きもせず、何事もなかったように早足で行ってしまった。

 

 

 

「留美、大丈夫か」

 

 すぐ私の様子に気がついた八幡が駆け寄ってきて、心配そうに手を差し伸べてくれる。

 

「うん、平気……痛っ」

 

 八幡の手を掴んで、なんでもないことのように立ち上がろうとしたら、右の足首――(くるぶし)の下あたりに鋭い痛みが走り、思わず悲鳴のような声が出てしまった。

 

 捻ったりはしてないし……多分だけど転んだ拍子に靴ずれが酷くなったのかも。

 

「留美?」

 

「……あー……ちょっと靴ずれしちゃったみたい」

 

 

 

 八幡に肩を借り、とりあえず近くにあった格闘技ゲーム用の長椅子に足を伸ばして座らせてもらう。一度靴を脱いで……と。

 

 私たちの様子を見て、なんだか野次馬が集まってくる。三浦さんはチッと舌を鳴らし、私の靴を持って立ち上がった。

 

「ヒキオ、ボーっと突っ立ってないでその()連れて向こう行くから」

 

 彼女は八幡にそう声をかけ、顎で店の出口の方を指す。

 

「いや、連れてくって言っても……」

 

「はあ! ここじゃあ目立つって言ってんの。あんた男っしょ。女の子一人ぐらいとっとと運ぶし」

 

 三浦さんはそう言うとくるっと振り向き、野次馬たちをキッと睨みつける。彼女の迫力に彼らは慌てたように目をそらした。

 

「ちょっとだけ我慢しろよ」

 

 八幡はそう言うと片膝を突くようにして、私の背中と太もも、膝とお尻のちょうど間くらいのところにスッと腕を通して……ふわりと私を抱き上げた。

 

「あ……」

 

「留美、ちゃんと掴まってろ」

 

「……うん」

 

 八幡に言われ、私は彼の首に腕を廻した。靴を脱いだ状態でこういう風に抱き上げられていると、足元がスースーしているような感じがしてひどく落ち着かない心持ちにさせられる。

 

 

 

「ヒキタニ君、こっちだよ~」

 

 海老名さんに声をかけられ、ゲームセンターのエリアから離れる。

 

 

 触れる半身から八幡の体温が伝わってくる。私も女の子だし、「好きな人にお姫様抱っこしてもらう」というのにはもちろん憧れてはいた。

 

 ……でも、せっかくの「お姫様抱っこ」を私は素直に喜べない。

 

 ドキドキしないわけじゃない。八幡が私を気遣ってくれてるのが嬉しくないわけじゃない。――でも……。見上げると、時折心配そうに私を見る八幡の真剣な顔。なんだか申し訳なくなって私は視線を伏せた……。

 

 ふと周囲に目をやると、葉山さんや戸部さんがさり気なく私たちを野次馬からガードしてくれてる様子に気付く。

 

 

 

 ……あーあ。やっちゃた……今日はずっと楽しかったのに。背伸びして……無理して大人ぶってたからバチが当たったのかな。

 慣れない踵の高い靴なんて履いてカッコつけて……結局転んでみっともないとこ見せてたら意味ない……。

 それに、そのせいでまた迷惑かけちゃったし……八幡だけじゃなく、葉山さんたちにまで。

 

 

 ついさっきまでプリクラであんなにも高揚していた気持ちがどんどんと冷えていく。

 

 ……目尻にじわっと涙が滲んで来ちゃった……こんなことくらいで。打たれ弱いなぁ、私。……まあ、普段大人ぶってるけど実は結構泣き虫な方だという自覚はある。

 

 

 

 

「ヒキオ、こっち」

 

「おう」

 

 

 三浦さん達に先導されて連れてきてもらったのは、エレベーターの裏手、階段の上り口手前にあるベンチ。メインの通路からは陰になっている場所なので、さっきのように変に注目されることも無い。

 

「そこ座らせてあげて」

 

「ん……下ろすぞ」

 

 八幡はベンチの上にそうっと私を下ろしてくれた。

 

 

 

「ちょっと靴下めくるね~」

 

 海老名さんが優しく私の靴下を爪先残しで脱がせてくれる。両足とも、(くるぶし)の下あたりがかなり赤くなっていて、特に右足の方は傷口にじんわりと血が滲んでいるのが分かる。

 

「あ~、切れてはないけど……これ、痛かったでしょ」

 

「えーと……ちょっとだけ、です」

 

 本当はかなり痛いけど……。

 

 それが表情に出てしまったのかもしれない。海老名さんと一緒に傷を見てくれていた三浦さんが立ち上がり、八幡に詰め寄るようにして声を荒げる。

 

「ヒキオあんたさぁ……連れてる子がこんなになるまで気付かないとか、マジありえないし! だいたい……」

 

「ごめんなさい! 八幡は悪くないの。……私が自分で勝手に無理しちゃっただけなの!」

 

 私が慌てて言うと、彼女は少し驚いたような顔で私を見る。 

 

「…………けど……」

 

「優美子、留美ちゃんがそう言ってるんだし、ね?」

 

「……まあ、あーしは別に……」

 

 海老名さんのとりなしで、どうやら三浦さんは矛を収めてくれたようだ。三浦さんはくるっと私の方に向き直ると、

 

「アンタもさぁ、痛いんなら早く言うし」

 

 そう諭すように言って指先で私のおでこをちょこんとつつく。

 

「……はい……」

 

 う……なんだか小さい子がお母さんに叱られてるみたい……。

 

 

 

 それから三浦さんはバックのファスナーを開け、小さな箱を取り出して海老名さんに渡した。

 

姫菜(ひな)、ほらこれで」

 

「ほいほーい。お、大きいのもあるんだ」

 

 見れば、パステルカラーの絆創膏セット。ピンク・ミントグリーン・オレンジの三色で、サイズも三種類ぐらいあるみたい。

 

「右足は大きい方。こっちは……中サイズで大丈夫だね…………と、出来たよ。どうかな」

 

 海老名さんは傷と絆創膏のサイズを見比べるようにしながら、優しく絆創膏を貼ってくれた。

 

 ピンクとオレンジの絆創膏で覆われた傷口にそっと触れてみる。

 ……うん、少し押すとさすがに痛むけど、すごく楽になった。ちょっと触るぐらいなら多分平気だろう。

 

 海老名さんが三浦さんに向かって「大丈夫」というように頷くと、三浦さんはホッとしたように厳しかった表情を緩める。

 なんというか……「お母さん」と「お姉ちゃん」みたい……なんて、ちょっと失礼な想像をしてしまう。

 

 

 

「あの、ありがとうございました」

 

 私が彼女たちにお礼を言うと、

 

「俺からも……その、色々助かった。ありがとな」

 

 そう、八幡も一緒になって頭を下げてくれた。

 

「んふふ~、どういたしましてだよ~、留美ちゃんにヒキタニ君」

 

「まあ、礼とかいいし。……けどさ、この靴今日はもうヤバいっしょ」

 

 三浦さんはそう言って私の靴をヒョイと持ち上げてみせる。

 

「あー、ヒール高いし……たぶんまた痛くなっちゃうねー」

 

 そうだよね、踵が高い靴履いてるとどうしても爪先とか甲に負担がかかるし。

 

 すると今まで離れて様子を見ていた葉山さんが、

 

「じゃあ、今日のところは安いサンダルでも買って、とりあえずそれで帰るのがいいんじゃないかな。たしかこの向かいあたりに靴屋あっただろ」

 

 そう解決策を提案してくれる。

 

「ああ、そういやあったわー。それか、上のゼビ○とかでもよくね、シューズサンダルとか」

 

「そうだな……いやでも女の子だし……」

 

 

 

 

「靴屋……か」

 

「八幡……?」

 

 葉山さんと戸部さんが話しているのを聞いていた八幡が、

 

「なぁ、留美のこと少しだけ頼んで良いか?」

 

 そう彼らに声をかける。

 

「比企谷?」

 

 

 

 八幡は葉山さんと何か小声で話をしてる。なんだか指差したりして……何かの場所を確認してる……のかな。

 話を終えたらしい八幡は、こちらに振り向くと、

 

「留美、すぐ来るからちょっとここで待ってろ。 ……その、足……気が付かなくて悪かった」

 

 ピンクとオレンジの絆創膏、爪先だけちょこんとかぶってる靴下。見た目だけならちょっと可愛くなってしまった私の足に目を向け、申し訳なさそうにそう言う。

 

「そんなの……」

 

 八幡は全然悪くないのに……そんな顔、させたくなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 八幡が何処かへ行ってしまい、私が心細そうにしているように見えたのかもしれない。

 

「大丈夫だよ~。お姉さん、留美ちゃんのこと食べたりしないからー」

 

 隣に座ってくれている海老名さんが冗談めかしてそう言ってくれる。その優しそうな表情に、私も思わず頬が緩む。

 

「でさでさ~、もしかして留美ちゃんて、ヒキタニ君の事……」

 

 彼女は私に顔を寄せ、興味津々、みたいな感じに小声でそう聞いてくる。一応、男性陣には聞こえないように気を使ってはくれているみたい。

 

「それは……あの…………」

 

 私はなんだか恥ずかしくて答えられなかった。けど、

 

「ごめんごめん。無理して答えなくていいよ~。でも、だいたい分かっちゃったかな♪」

 

 そんな風に言われてしまった。まあ、急に聞かれて思わず頬が熱くなったし、態度もぎこちなかった。……そういうのって、見てれば分かってしまうものなのかもしれない。

 

「……ったく、結衣といい、あんなのの何処がそんなに良いん?」

 

 三浦さんが誰に問うでもなくそんな風に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 彼自身の「すぐ戻る」という言葉どおり、五分ほどで戻ってきた八幡。

 

 その手には……鮮やかな真っ黄色のプラスチック?サンダル。クロックスサンダルとかいう、あの柔らかくてボコボコ穴が開いてるデザインのサンダルだ。 ……でもさすがに真っ黄色って……。

 

 葉山さん達も同じことを思ったらしい。

 

「比企谷……安いサンダルとは言ったがさすがにそれは……」

 

「うん……」

 

「無いわー、その色は無いわー」

 

 と一様に渋い反応。でも、せっかく私のために用意してくれたんだし、ちょっと恥ずかしいのさえ我慢すれば…………。

 

「八幡、私それでいいよ。…………それなら、足痛く無さそうだし、ありがと……」

 

 すると八幡は、

 

「待て待て。勘違いしてんじゃねえよ。留美も悲壮な覚悟みたいな顔すんな」

 

 そう言って私の前にそのサンダルを並べる。よく見れば、油性ペンで『△△シューショップ・Sサイズ』と書かれている。

 

「事情を話して、靴屋から借りてきただけだ。……向こう行くまでずっと抱っことか、目立ってしょうがないからな」

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 と、いうわけで……靴屋さんにやってきた八幡と私。試着用の椅子に腰を掛けた私の前に、ズラッと20足ほどの運動靴が並べられている。

 ニコニコした店員さんが、

 

「お客様のサイズで白系の物ですとこのあたりになりますね」

 

 と説明してくれる……って多すぎでしょ……。

 

「ちょっと八幡……お店の人になんて言ったのよ」

 

 私が小声でそう尋ねると、

 

「いや、ちょっと怪我してるとは言ったが……。しかし、ここまでしてもらって買わないわけにはいかなくなったな。 ……もしかしてそれが狙いか?」

 

 八幡も小声で返す。なるほどそうかもしれない。商売上手? 押し売り?

 

 

 

「でも、さっきサンダルって言ってなかったっけ?」

 

「それなんだけどな、俺からの入学祝い、これにしようと思ってな」

 

「え?」

 

「通学用のシューズって、この辺の中学校はみんな、『白地の運動靴、ただしラインやワンポイントはカラーが入っててもOK』みたいな感じだろ。だから店の人にはそういう条件の靴を出してもらった」

 

 まさかこんなに持ってくるとは思わなかったが、と言って頭を掻く八幡。

 

「でもさ、入学祝いならさっきプリクラを……」

 

「いやあのな、俺と小町で留美に入学祝いを贈るっつう話は小町以外にも、雪ノ下や由比ヶ浜たちも知ってんだよ。……まあ二人だけで買いに来るとは言ってないが……」

 

「うん……?」

 

「だからもし、『入学祝い、何を選んだの』と聞かれた場合、アレはその、非常にまずい」

 

「……私は構わないのに……」

 

 ちゃんと「祝入学」って書いてあるし。

 

「俺が構うんだよ。……それになんというか、『通学用シューズ』のほうが入学祝いらしいしな。まあもちろん留美ん家でも用意はしてるだろうが、洗い替えが一足ぐらい増えても困らんだろ」

 

「それはそうだけど……でも私、また八幡たちに迷惑かけちゃって…………ちゃんと大人っぽくするつもりだったのに……だからこれ以上……」

 

 うん、これ以上迷惑かけられないよ……。

 

 

 

 うつむいた私の頭に、優しく温かい重さがかかる。

 

 ちらっと見上げれば八幡の優しい目。頭を撫でてくれるやさしい手。ベレー帽を気にしてか、撫でるというより手をのせたまま指だけ動かしてさすさすしてくれる感じ。……ふふ、帽子の生地越しの指がなんだかちょっとくすぐったい。

 

「なあ留美、俺は迷惑だなんて思ってねえよ。たぶん葉山たちだってそうだ。……だからそんな顔するな」

 

「……うん」

 

「とにかくアレだ。俺が靴を買うのは『入学祝い』だ。……留美が足を怪我したのはたまたまなんだから、余計なことは気にするな」

 

「…………」

 

「……留美」

 

「ん?」

 

「あー、なんだ。無理して大人っぽく、とか考えなくても良いんじゃないか」

 

「私……無理してた、かな。こんな服、似合わないかな」

 

「いや、お前は今日みたいな大人っぽい格好も似合うとは思うが、そういうことじゃなくてだな……。どう言ったらいいのか分からんが、今のままの留美が一番留美らしくて良いと思うぞ……ってやっぱり何言ってんだか分からんな……」

 

 八幡はう~んと唸って首を捻る。

 

 ふふ、ホント何言ってるか全然分からない。

 

 

 

 ――けれど、伝わってくるよ。八幡が私のことをちゃんと見てくれてるってこと。私のために一生懸命考えてくれてること。八幡の声が、手の温もりが伝えてくれたよ。

 

 

 

「八幡」

 

「ん?」

 

「ありがとね」

 

「…………おう」

 

 うん、おかげでなんだか肩の力が抜けた。元気も出てきた。

 

 私は私のままでいいって、八幡がそう言ってくれたから。

 

 

 

 って、そういえばさっきからずっと靴出してもらったままで全然選んでない! お店の人にすごい迷惑かけちゃってるんじゃ……と、さっきの店員さんを見れば、なぜか少し頬を染めてほっこりした笑顏でこっちを見てる……というか見守ってる!?

 どうやら私と八幡のやりとりをしっかり見られていたらしい。八幡がたまに言う『生暖かい目で見守る』ってこんな感じなのかな……うう、なんだかすごく恥ずかしい……。

 

 八幡も今の状況に気付いたらしく、場を取り繕うかのように

 

「あー。さて、と。留美、どれがいい?」

 

 と訪ねてくる。 

 でも私の答えは决まってる。

 

「八幡が選んで♪」

 

「……何か条件は?」

 

「私に似合うこと♪」

 

「留美お前な……」

 

「ふふ♪」

 

 

 

 

 八幡は並べられたシューズを一通り手にとって見ると、その中から自信なさげに一足のシューズを私に差し出した。

 

「これなら、軽いし、ここも柔らかいし……それに留美に似合う、と思う」

 

 八幡が選んでくれたのは、白いレディーススニーカー。サイドに黒とグレーのギンガムチェック柄のキルトでうさぎの横顔のシルエットがデザインされている。内生地とインソールも同じギンガムチェックで、タンの部分にも黒いうさぎのロゴマーク。

 うん……デザインはすごく可愛いけど、白黒のモノトーンだからか格好良くもある。それに派手じゃ無いから十分通学にも使えるだろう。

 

「どうだ?」

 

「うん……これにする」

 

「いや、一回履いてからにしろよ」

 

「だってこれ、すごく可愛いし格好いい」

 

 私がすっかりその気になっていると、彼は呆れたように言う。

 

「……あのな、履いてみて足痛かったら意味ないだろ」

 

 あ、そうだった。靴ずれのことすっかり忘れてた……。

 

 

 

 で、実際に履いてみたら履き心地もすごく良かったの。足首周りが肉厚で柔らかい。……八幡はもしかしてこれで選んでくれたのかもしれないな。サイズは少しだけ大きめだけど、紐靴だし、これからのことも考えれば丁度いいかもしれない。

 紐を縛り直し、少し歩いてみたけど、ほとんど痛みを感じない。

 

「うん、大丈夫。 ……じゃあ、これで。……でもほんとにいいの?」

 

「おう、じゃあ決まりだな。他のやつは片付けてもらって……」

 

 

 

 

「……じゃあ、あーしら帰るけど……って何これ? なんでこんなに並べてるし……」

 

 ちょうどそこに、いつの間にか自分の買物を終えたらしい三浦さんがやってきて……ズラッと並べられたシューズに目を丸くしてる。

 

 そう、実は三浦さん達も靴屋さんまで付いて来てくれたんだよね。で、八幡がお店の人と話を始めると、

 

「あーしも自分の靴見てくる。隼人も一緒に見てー?」

 

 と言ってそのまま店の奥に入ってったんだけど……結構時間経ってたんだな。ホント、お店には迷惑かけちゃったかも……。

 でも、ちゃんと「お買上げ」したんだからいいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はその、サンキューな」

 

「ありがとうございました」

 

 真新しい靴に履き替えた私は、八幡の隣で葉山さんたち四人に向かって頭を下げる。

 

「はは、気にするなよ。こういうのはお互い様だろ。……それにキミのなかなか見れない表情(かお)が見れて面白かったしな」

 

「うっせ。何それ口説いてんの? ごめんなさい無理です」

 

 八幡が両手を突き出すようにしてそう言うと、

 

 葉山さんはもう一度「ははは」と笑って、三浦さん達と一緒に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と……俺らも帰るか」

 

「うん」

 

 名残惜しいと思う気持ちもあるけど、靴ずれのこともあるし、無理はしないでおこう。……それでも、一抹の寂しさは拭えず、隣に立つ八幡を見上げる。ヒールの高さ分だけ視点が下がり、ほんの僅か遠くなってしまった八幡の横顔。

 でも、これは彼がプレゼントしてくれた、等身大の視点。――だから私は無理して背伸びしなくてもいいんだ。

 

 

 

 不意に、目の前にスッと八幡の手が差し出される。

 

「え……」

 

「まあ、一応怪我人だし、また転ばれても困るからな」

 

 ぶっきらぼうな言い方だけど、彼の声は優しい。

 

 もう痛くないから転んだりしないよ――なんて野暮な反論はしない。だって今のは、彼自身の優しさに対する照れ隠しだってちゃんと解ってるから。

 

「ありがと、八幡」

 

 私はそう言って差し出された手をきゅっと握る。

 

 

「……駅までな」

 

「……うん」

 

 

 

 私たちは、ここへ来たときと同じように手をつなぎ――けれど決して同じではない気持ちで――ゆっくりと駅への道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 中学校に入学して数日経った朝。

 

 私はまだ生地に硬さの残る制服に身を包み、ようやく馴染み始めた通学路をのんびりと歩いている。

 登校時間にはかなりの余裕があり、私と同じ制服を着た学生はまだまばらにしか歩いていない。

 

 家と中学校のだいたい中間位の場所にある、大きくはないけれど枝振りの良い桜の木。今年はやや開花の時期が遅れ気味だったせいか、満開の時期こそ過ぎたものの花はまだまだ残っていて、時折道行く人々の頭上からひらひらと薄いピンクの花びらを撒くように降らせている。

 

 

 その舞い散る桜の向こうから、ゆっくりとこちらに歩いてくる総武高の制服を着た男女――八幡と小町さんを見つけた。

 

 あれ? どうしたんだろう、いつもより早い。始業の時刻は高校よりも小学校や中学校のほうがやや早く、普段であれば登校時間が被ることはないんだけど。

 

 

「八幡っ、小町さーん!!」

 

 私が二人に向かって手を振ると、彼らはすぐ私に気付き、小町さんは手をブンブンと大きく振り、八幡は軽く片手を上げて応えてくれる。

 

 私は二人に向かって自然と駆け出す――弾むように、()()()()()()

 

 

 

 

 

「おはよう、八幡、小町さん。今朝は早いんだね」

 

「おう、おはようさん…………。今日は、『新入生歓迎会』ってのがあって、朝からその会場の準備だと」

 

 八幡は相変わらずのめんどくさそうな顔でそんなことを言う。

 

「小町は何もないけど、お兄ちゃんが出るなら一緒に出ようかなって」

 

 

 

 そういえばこの前、一色さんから新入生のための行事の準備の手伝いを頼まれてる……みたいなこと言ってたっけ。それが今日か。

 

「まあ、小町のための歓迎会だしな」

 

「……お兄ちゃん、その言い方じゃ小町のためだけの会みたいに聞こえちゃうよ?」

 

 小町さんが呆れたように言う。

 

「俺にとってはその通りだからな。むしろそうとでも思わんとモチベーションが保てん。全く、朝から働きたくないでござる。おまけに放課後は片付けまで……働きたくないでござる」

 

 八幡は、「大事なことなので二度言いました」とかブツブツ言いながも、表情を見ている限りそれほど嫌そうには見えない。

 八幡が今みたいにネット用語とかギャグとかをブツブツ言ってる時って結構表情明るかったりするんだよね。逆に本当に考え込んでいる時、悩んでいる時は黙りこくって人を遠ざけるみたいなところがある。

 

 

 

 わざとらしくがっくりと下を向いていた八幡がゆっくりと半身を起こし、そこでおやという顔を見せた。

 ようやく彼の視線が私の履くスニーカーを捉えたらしい。

 

「お、それ……」

 

 そう、私が今日履いてきたのは八幡にプレゼントしてもらったスニーカー。

 

「うん! ……どうかな」

 

 そう言って私はクルンと回ってみせる。

 

 白地に、黒とグレーのワンポイントが入ったスニーカーは、浜二中――私の通う中学の制服のデザインにも無理なくフィットしてると思う。

 制服姿でこの靴を履いてるところを八幡に見せるのは今朝が初めてだけど……。

 

「いやまあ……うん、制服でも変じゃないな。俺が選ばされた時はすごい不安だったが」

 

「そういう言い方しないで。私、これすごく気に入ってるんだから」

 

 そう言って、私はダンスの前ステップを踏むみたいに彼の前に右足を踏み出し、ちょっと得意気に胸を張る。

 

「ふむふむ、それがお兄ちゃんの選んだっていう靴かあ。……可愛いけど、子供っぽくはないし……うん。お兄ちゃん合格っ! 留美ちゃんの制服にも似合ってるし、さすがは小町のお兄ちゃん! ……あ、今の小町的にポイント高い!」

 

 

「じゃあ私もあらためて。……コホン。……八幡がプレゼントしてくれた靴、可愛くて履きやすくて、とても気に入ってます。本当に有難うございました」

 

 私は真顔でそう言うと、大袈裟なぐらい深々とお辞儀をして…………ぴょこんと身体を起こし、ペロッと小さく舌を出して片目を閉じる。

 

 

「こいつ……」

 

 「ふっ」と八幡が笑みを漏らす。私たち二人から褒められ、彼も満更でない様子で、その笑顏はいつもよりも柔らかだ。

 

 

 もちろんこの靴を気に入ってるのは本当だし、何よりこれなら今小町さんに見せたみたいにみんなに自慢できる。 …………だって、()()()()()()()()()の方は誰にも見せないって約束させられちゃったし。

 

 

 

 

 

 時折吹く南風が桜の枝を揺らし、また沢山の花びらが辺りを舞う。

 

 八幡は、ひらひらと落ちてくる花びらを見上げるようにしながら、

 

「そう言えば留美、足はもう大丈夫なのか?」

 

 と聞いてくる。ただの靴ずれだったのに心配症だなぁ。

 

「うん、まだ少し跡は残ってるけど……全然平気。ほらっ」

 

 私は彼に見せつけるようにぴょんぴょんと跳ねてみせる。スカートがふわりと広がり、道端に積もっていた桜の花びらがそれに煽られるようにひらひらと舞い上がる。

 

 ……ふふ、私……子供みたいなことしてる。でもそれがなんだか楽しい。無理して大人っぽくしなくたって、八幡はちゃんと私のことを見ていてくれる――だからきっとゆっくりでいいんだ。

 

 

 でも、うさぎの靴のおかげかな? 私はなんだか前よりも高く跳べるようになった気がしてる。昨日越えられなかった事をきっと今日なら越えられる。今日越えられない何かは明日にはきっと越えることが出来る。

 

 

 

 

 そうして少しずつ、いろんなことを跳び越えて――いつか、八幡の隣を自然に歩けるような「私」になるんだ。

 

 

 

 




*1 大好きな作家さんである達吉様に挿絵をご寄稿いただきました。人物の心理描写――特にいろはのモノローグが素晴らしい有名作品「そうして、一色いろはは本物を知る」の作者様です。
素敵な留美と八幡を描いて頂き、本当にありがとうございます。



 少しずつ、ゆっくりと近付いていく二人の距離。

 留美はついに中学生にになりました。

 
 次のお話はまだ未定ですが、次回は久々の「幕間」を予定しています。
 内容については、まだ、ナ・イ・ショですっ!(いろはす風)

 ご意見・ご感想お待ちしています。



― 蛇足 ―

 プリクラ機は特定のものでなく、色々な機種をごちゃ混ぜにしています。


 八幡が留美にプレゼントした靴は、

「プレイボーイ バニー ローカットスニーカー チェック」
で、画像検索していただくとイメージし易いと思います。家族が色違いの実物を持っているんですが、インソールが外せたり、靴紐が2色付いてきたりとなかなか良いです。

 まあ、あくまでもこれそのもの、というわけではなく「参考イメージ」という事で。
 
 



10月2日 誤字修正 報告ありがとうございます。
4月28日 一部表現修正


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幕間 とある日の電話

 
 いつも読んでくださってる方、まとめ読みしてくださった方、本当にありがとうございます。気がつけば、お気に入りを付けてくださった方が1300人を超えていました!
 こういう地味なお話を飽きずに読んでいただけるというのはうれしいですね~。
 
 相変わらずのゆっくり更新ですいません。ただ今回は言い訳もありまして……。

 実はお話を書くのに使っていたノートパソコンがおかしくなりました。
 液晶が機能せず外部モニタに繋がないと何もできなくなったり、いつも使ってるエディタで日本語変換が使えなくなったり……。
 元々調子が悪かったので、これを機に新しいPCを購入し、エディタやらデータやらの移動をして……というのに少々時間がかかってしまいました。

 その間も「メモ帳」とかでちまちま書き溜めてはいましたので、今回は二話同時の更新です。本当はまとめて一話にしようと思ってたんですが。二話目が思いの外長くなってしまったので……。

 では、二話同時更新の「幕間」一話目です。




『……うん、良かったじゃん。ちゃんと陽乃さんに話せて、さ』

 

「話をした、というだけよ。実際、それだけで何が変わるというわけでもないわ」

 

『それでも、だよ。…………ゆきのん、頑張ったね』

 

「それは……」

 

 そう、かもしれない。ただ姉さんにほんの少し自分の気持ちを話しただけ。けれど、その少しのことがこの何年も出来ないでいたのだから。

 もし今日、結衣さんと……彼の、比企谷くんの後押しがなければ、私はまたきっと言い訳して――逃げていただろう。

 

「そう、ね。 ……その、色々とありがとう、結衣さん」

 

『どういたしまして、だよ』

 

 電話の向こう側、彼女の笑顏を思い浮かべ、私も思わず顔が綻ぶ。

 ちら、とリビングの壁に掛かっている時計を見れば、間もなく日付が変わろうという時刻。

 

「……随分遅くなってしまったわね。こんな時間までごめんなさい」

 

『そんなのいいよ。あたし、もっと遅くまで優美子たちとLINEしたりしてる時あるし!』

 

「……それはあまり威張って言うようなことでは無いと思うのだけれど……まあいいわ。それじゃ――」

 

『あの!……』

 

 

 

 通話を終わらせようとしていた私の話を、結衣さんが割り込むようにして遮る。

 

『あのさ、 ゆきのん……』

 

「結衣さん……?」

 

『あの、さ……今からヒッキーに電話してあげて』

 

「…………」

 

 彼女の思いがけない言葉に一瞬息が詰まる。

 

 

『ヒッキー、あの後ゆきのんの事すっごく心配してた。きっと今も心配してる』

 

「でも……こんな遅くに……」

 

『大丈夫だよ。この時間ならヒッキーまだ起きてる。もし寝てても……ゆきのんからの電話ならヒッキーは必ず出るよ』

 

「……そうかしら?」

 

『うん、きっと』

 

 変に確信じみた彼女の声が耳に残る。

 

『だけどヒッキーからはゆきのんにかけてこないよ? ……だって、ヒッキー、前に言ってたじゃん。 ……アドレス教えてもらって調子に乗ってすぐメールしたら迷惑がられた、みたいな話』

 

 確かに彼は中学時代の話としてそんな事を言っていた。いつも通りの、少し自虐的なあの顔で。

 

『……黒歴史だとか言って笑ってたけど、ヒッキーほんとは……、だから……』

 

 彼女は一度言葉を切り、改めて言い直すようにして言葉を紡ぐ。

 

『だから、ゆきのんから電話してあげてほしいの。 ……せっかく……ううん、やっと連絡先交換したんだし――友達に、なったんだし』

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

「――雪ノ下の問題は、雪ノ下自身で解決すべきだ」

 

 と比企谷くんは言った。

 

「けどな、今焦って何でもかんでもを決めちまう必要も無いだろ。母親やら姉やらに脅かすみたいにプレッシャーかけられて……その状態のお前は冷静か? いつも通りの雪ノ下雪乃か?」

 

「……っ、それは……」

 

 私が言葉に詰まり俯いていると、

 

「――何かを決めなければならないとしたら……、それを決めるのはあくまでも()()()()()()であるべきだと思う」

 

「ヒッキー……」

 

 そして、彼は一度逡巡するような様子を見せた後、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「俺も……由比ヶ浜も協力するっつーか、その……だからまずアレだ……」

 

「比企谷くん……?」

 

 目をそらして下を向き、どこか照れたようなもどかしそうな表情。私にこんな表情を向ける彼は珍しい……けれど初めてでは無い。彼のこの表情を見たのは奉仕部に入部したばかりの頃、それに文化祭の後だったか――あの時は確か……

 

「なあ雪ノ下、俺と……その…………

 

「いいわ比企谷くん。 ……私たち、友達になりましょう」

 

「ちょ、また最後まで言わせずに断るとか…………って、え?」

 

 彼のポカンとした表情に思わず頬が緩む。

 

「あら、違ったかしら?」

 

「いや……違わない……けど。 ……良いのかよ。俺と友達とか本気か?」

 

「……自分から言ってきておいてひどい言い草ね。……まあ、『三度目の正直』という言葉もあるし……」

 

「いや、お前今言わせなかっただろ……。それに……それなら三度目、もっと早くに言っときゃ良かったかもな」

 

「『二度あることは三度ある』とも言うわよね……」

 

「お前な……」

 

「冗談よ。 ……その、改めてこれからもよろしくね、比企谷くん」

 

 そして私は彼の――珍しく濁りの少ない目と視線を交わす。

 

「ふふ……」

 

「はは……」

 

 

 

「……ねえねえゆきのん! それにヒッキーも! あたしも居るんだよ!? 置いてきぼりにしないで~」

 

 そう言って結衣さんが私にぎゅうっと抱きついてくる。相変わらずの……その、圧力と熱。たまに息苦しく、それなのに離れてしまうと寂しく感じる彼女の体温が――今日はただただ心地よかった。

 

 

 

 

 

 こうして私と彼はようやく友達になり、結衣さんの勧めで連絡先を交換することになった。

 と言っても、彼がかつて結衣さんにそうしたのと同じように、無防備にも彼のスマートフォンを私にひょいと預けただけだったのだが。

 

 私は彼の電話のアドレス帳を開き、私の電話番号とメールアドレスを登録。 ……そのまま私のスマホに発信し、その着信履歴から比企谷くんの番号とメールアドレスを登録する()()()()()

 

 振り――そう、実は私の電話には比企谷くんの番号もアドレスもとっくに登録済みになっているのだ。

 

 クリスマスイベントの……演劇の準備に追われて慌ただしかった頃、ある日私の家に泊まった結衣さんが、

「急に連絡が必要になることもあるかもしれないから」

 と彼の連絡先をメモしてくれたのだ。

 他人の番号やアドレスを本人の許可なく第三者に教えるという行為の問題については、本来なら結衣さんに対する指導が色々必要になることなのだろうけれど……。

 

 それでも私は、「急に必要になるかもしれない」というそれを言い訳にするように自分のスマホにこれを登録し……イベントが終わった今も消すことなく大切に残したままにしてきたのだ。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 一度もかけたことのない彼の電話番号……。

 

 常夜灯だけに明かりを落とした自室。手の中で光る液晶画面にぼうっと映し出されたその番号をしばし眺め……私は画面の中の「発信」ボタンにそっと触れた。

 

 

 

 コール音は一回半。

 

『……もしもし……?』

 

「こんばんは、比企谷くん」

 

『おう……。念のため聞くが間違い電話でしたってオチじゃ……無いよな?』

 

 ふふ、相変わらず疑り深いのね。

 

「今日の着信履歴から発信しているのだし、間違えるわけもないわ」

 

『いやそういう意味じゃなくて……』

 

 もちろんホントは彼が何がいいたいのかはわかっている。だから……。

 

「私は()()()()()()()()()()()()()に電話をかけているだけよ。それともまさか貴方、たった数時間前のことも忘れてしまったの? 目だけでなく脳まで腐って記憶に影響が出ているのかしら……」

 

『雪ノ下、そのセリフがすでに友達に対するものとは思えないんですが』

 

「友達の定義なんて人それぞれだと思うの。表面だけ取り繕うような関係の友達なら……いらないわ」

 

『……全く、お前も俺とは違う意味でぼっち体質だよな……。まあいい、で、どした?』

 

 彼の声のトーンが優しくなる。きっと私が柄にもなく緊張して、ごまかすように悪態をついていたのを察してくれているのだろう。彼の気遣いに感謝しつつ私は本題に入る。

 

「あ……その、一応報告、というか……」

 

『報告?』

 

「あのこと……姉さんに話してみたわ」

 

『……そうか。……で、雪ノ下さん――陽乃さんはなんて』

 

「相変わらず人を茶化しながらだけど……でも話はちゃんと聴いてくれたわ。……一応協力はしてくれるみたいね。……あんまり当てにはできないけど」

 

『でも……話せたんだな。逃げずに』

 

「ええ……。貴方と結衣さんのおかげね」

 

『俺は……何かしたわけじゃねえよ……』

 

「でも……ありがとう」

 

『おう……』

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 2日ぶりに姉さんの待つ家に帰った私は、彼女に、今日まで言えずにいた私の気持ちをほんの少しだけ――でもようやく言葉にして伝えることができた。

 

 

 ――父のように、政治の道に進みたい。

 

 

 かつて己の身に降り掛かった理不尽。正しいはずの者が、努力している者が何故か生きにくいこの世の中。大きなところでは国家単位の差別や迫害から、果ては小学校のいじめ問題まで、この世界はそんな理不尽で満ち溢れている。

 そして、そういう問題を解消していくには……結局は政治の力によるしか無いのだ。たとえそれがどれほど困難な道であったとしても。

 

 私は別に性善説だの性悪説だのに囚われたりはしていない。私を含め、人間は弱くて不安定だ。ゆえに、その置かれた状況によって、正しくないとわかっていてもそちらに流されてしまうことも多いということも理解している。

 

『鋳型に入れたような悪人など居ない。普段は普通の人間がいざという間際に急に悪人に変わるから恐ろしいのだ』

 

 そう漱石が「こゝろ」の中で著しているように、これが人間の本質だろうと私も思う。だからこそ、正しい者が……正しい行いをする者が少しでも生きやすくなるような、普通の人間が悪人にならずに済むような、そんな社会へと変えていきたいと思うのだ。

 

 私は将来、政治の道を目指したい。自分が表舞台に立たなくても……例えば父の秘書、あるいは、もし姉がその道へと進むつもりならそのサポートからでも構わない。

 

 ――けれど、母は決してそれを許そうとはしないだろう。なぜなら彼女のすでに定めている将来設計図の中に()()()()は入っていないのだから…………。

 

 それが解っていてもまともに母と対峙できずにいる自分。

 そして比企谷くんや結衣さんの存在に縋り、明確な自分の意志というものを保てていない自分。

 このままでいいとはとても思えないけれど、今の私にとってはそもそもどんな自分を目指すべきなのかさえ朧げにしか見えていない。

 

 

 だったら、私は…………。

 

 

 

 **********

 

 

 

『……雪ノ下?』

 

 比企谷くんの声にハッと我に返る。

 

「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてしまって」

 

 少し考え込んでしまったらしい。

 

『いや、良いけど……。なんか、珍しいな』

 

「そう……ね。これからの事を色々と考えてしまって」

 

『これから……』

 

「そう、これから。 ……私の事も……私たちの事も」

 

『……おう』

 

 彼の声がほんの僅か熱を帯びたような気がした。

 

 それっきり二人共押し黙り……かすかな息遣いだけが電話越しに伝わってくる。

 

 そして私はふと、ずっと気になっていたことを話そうという気になった。些細なこと……けれど、こういう機会でも無ければきっと言えないこと。……そう、今なら言える。

 

「そう言えば比企谷くん」

 

『ん?』

 

「その、去年のクリスマスの頃から、私……由比ヶ浜さんのことを『結衣さん』一色さんのことを『いろはさん』と呼ぶようになったでしょう。その時、比企谷くんのことも考えたのよ」

 

『考えたって……何を?』

 

「その、貴方の呼び方も変えたほうがいいのかしらって……」

 

『いやそれは……』

 

 あからさまに戸惑うような彼の声。

 

「でも、結局変えられなかったわ。流石に『八幡くん』と呼ぶのは恥ず……抵抗があったし……。親しみを込めて、『ヒキタニくん』とか『ゾンビ企谷くん』とか呼ぼうかとも思ったのだけれど……」

 

『おいちょっとそこ、むしろ親しみが後退してるだろ。それを親しみを込めてとか言ったら親しみさんに失礼だろうが」

 

「……ふふ、冗談よ」

 

 そう言って私は笑う。 ……彼と話していると私は……そう、楽しい。楽しいのだ。

 

 他の誰と話すのとも違う感情。やはり比企谷くんは私にとって特別な存在なのだろう。実際、彼を求める気持ちは私の心の中に確かに存在する。けれどこの、彼に対する気持ちがはたして単なる恋愛的な気持ちなのかと問われれば――正直自分でも良くわからない。

 

 

「ただ……呼び方は変わらないけれど……私は前よりずっと貴方を近しく思っている、ということを……ちゃんと伝えておきたかったのよ」

 

 そう、私が彼を特別に思っているということを、彼自身にも知っていて貰いたいのだ。

 

『…………おま……いや……おう』

 

 ふふ、彼が電話の向こうで照れているのが伝わってくる。今夜の私は饒舌だ。きっと今日彼と結衣さんの三人で出かけたこと、それに久しぶりに姉さんと正面から向き合って話したことも重なって色々とテンションがおかしくなっているのかもしれない。

 

『その……アレだ。正直今更お前から違う呼び方されても違和感しかねえよ……多分』

 

「そういうものかしら」

 

『あー、例えば俺がお前を、『雪乃』とか『ゆきのん』とかって呼んだらどうだよ……』

 

 …………不意打ちで彼から『雪乃』と呼ばれ思わず頬が熱くなる。……本当、顔の見えない電話で良かった。

 

「確かにそれは気持ちわ……照れるわね」

 

『今お前気持ち悪いって言おうとしなかったか? 親しみさんは何処に出かけちゃったの?』

 

「何のことかしら?」

 

『こいつ……』

 

 楽しい……。今日の私達は何かを先送りにしてしまったのかもしれないけれど、それが間違いだとは思いたくない。いえ、もしかしたら両方間違っていて……両方正しいのかもしれない。

 

「だからその、改めて言うのは変かもしれないけれど……これからもよろしくね、『比企谷くん』」

 

『おう。……まあなんだ、よろしくな、『雪ノ下』』

 

 そして私は、少しだけ名残惜しく思いながらも終話ボタンに触れる。

 

 

 

 

 姉さんから見ると私たちの関係はいびつだと言う。

 私が、

 

「比企谷くんや結衣さんに依存していると言いたいのでしょう? その自覚はちゃんとあるから今はほうっておいて」

 

 と言った時、姉さんは、

 

「依存……ねぇ。そんな単純で生易しいものじゃ無いと思うけど……雪乃ちゃんにはわかんないかなー」

 

 と、どこか独り言のように言い、探るように私の目を覗き込んできた。

 

 確かに姉さんの言うように私たちの関係はどこか歪んでいるのかもしれない。いずれは私も彼もそのことに正面から向き合わなければならない時が来るのだろう。

 

 結衣さん、いろはさんとの関係。そして……比企谷くんがどの程度自覚しているかはわからないけれど留美さんとの事も……。

 

 

 

 鶴見留美さん……。私と彼女はどこか似ている……いえ、似ていた。

 

 彼女もやはりかつての私と同じような理不尽に晒され、けれど彼女は私のようになってしまう前に比企谷くんと出会い、彼に救われた。

 もし、小学生の時の私が、今の比企谷くんのような人と出会うことができていたなら……なんて、それは意味のない仮定ね。

 

 それからの彼女は、特に隠す様子もなく彼に想いを寄せているように見える。その瞳は誰よりも真っ直ぐで……その素直さが正直羨ましくさえある。

 

 だからこそ比企谷くんにとっても彼女は大きな存在になりつつあるのだろう。それはきっと……留美さんが彼を慕ってもおかしくないと彼自身納得できるだけの経緯があるから。

 人からの好意を信じることに臆病な彼は、間違いなく自分に好意を持って接していると信じられる相手に特別な価値を見出すのだろう。

 小町さんや……彼女のように。

 

 

 いつか私もあんな風に誰かとまっすぐ向き合える日が来るんだろうか。

 

 それでも……比企谷くんという名前を知ってから二年。知り合ってからほぼ一年。

 入学式の日の事故から、奉仕部の仲間としての関係を経て、今日――もう日付が変わってしまったから――昨日、ようやく私たちは友達になれたのだ。

 

 それを素直に「嬉しい」と思える自分がいる。だから……今はそれでいい。

 

 カーテンを開くと、窓の外の雪はすっかり止んでいた。いつの間にか晴れてきた夜空の雲間から、白く静かに輝く月が顔を覗かせ白銀の世界を照らしている。

 

 私は窓ガラスに息を吹きかけて白く曇らせ、指で猫の足跡みたいなマークをつけた。子供の頃姉さんとよくやった遊び……。私は足跡を3つ作って満足し、そっとカーテンを閉じた。

 

 ふふ、なんだか今夜はゆっくりと眠れそう。

 

 

 

 

 

 

 ――翌朝、珍しく寝過ごした私は、

 

『――ゆきのん、ゆきのん! ヒッキーのお家で留美ちゃんのパジャマがおそろいで、いろはちゃんが大変なの!』

 

 ……という、結衣さんからのさっぱり要領を得ない電話で叩き起こされることになるのだけれど。

 

 

 

 

 

 




 
 このお話初、原作キャラ視点でお送りしました。以前から大体の話は作ってあったのですが。12巻に合わせる形で一部を書き直しています。

 続いて同時更新二話目があります。
 
 
 
11月1日 「」『』間違い修正。

11月2日 誤字修正。いつも報告ありがとうございます。

5月4日 誤字修正。 不死蓬莱さんありがとうございます。


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幕間 甘くてあまい話

 
「幕間」二話同時更新の二話目です。最新話のリンクからいらした方は一話前からどうぞ。

二話目の語り手は久々のあいつです。何故かけっこう長くなってしまいました。

 



 

 

「ありがとうございました~」

 

「「有難うございましたー」」

 

 お会計を終えてお店を出て行くお客さん。あたしがかけた声にかぶせるように店の奥からおとーさんとじーちゃんの声がする。

 と、そのお客さんと入れ違いになるかのように、高校生の男の子が一人店内に入ってきた。このあたりでは珍しくない総武高校の制服。

 

 けれど、うちみたいな甘味処に男の子一人というのは珍しい……って、なんと比企谷さんじゃん。

 いや、特徴のある髪型に猫背、もしかしたらそうかなーとはちょっと思ったけど、まさか一人でうちに来るとか思わないじゃん。さっきのお客さんが座っていたテーブルの「抹茶ぜんざいセット」の器を下げながらチラチラ見ていれば、その知的な横顔、髪をすかして覗く素敵にゾンビちっくなご慧眼。

 うん間違いない。世の中にはボサ髪・猫背の高校生男子なぞ掃いて捨てるほどいるだろうけれど、あの整ってるのに腐っているという絶妙かつ奇跡のバランスの邪眼をもつヤツなど比企谷さんしかいないッ!

 

 ……て、熱く語るようなことでもないな。要するに、服装からしても学校帰りらしい比企谷さんが、あたしの家でもある和菓子店兼和風茶寮『御菓子司 あやせ屋』美浜店にご来店してくださった――まあそれだけなんだけどね。

 

 

 

 そんなわけで、久々に「あーちゃん」こと綾瀬絢香がお送りしますよ~。

 

 んん? 千葉市の、「あやせ」って名前の女子中学生はヤバイだろって? 大丈夫。どこかのヤンでデレなあやせちゃんは名前の方があやせ。こっちは名字と屋号があやせなので人畜無害。しかもまだピチピチの小学生なので安心してお付き合いくださいねっ!

 

 

 

 さてさて比企谷さんが御用なのは私がいる茶寮の方ではなく販売の方のようで、店に入ってからすぐにショウケースの中を覗き込んで……ぎょっとしたような顔をしている。

 

 えぇ~、今日そんな変わったものあったかなぁ。まあ確かにバレンタインデー・ホワイトデーという菓子業界一大イベントのせいで、ちょっと和菓子店ぽくない……ぶっちゃけ「これほとんどケーキじゃね?」みたいな見た目のもどーんとスペースを取ってるけど……てゆーか今ケースの半分くらい()()だけど。 ……やっぱそのせいかな?

 

 

 

 あ、他の和菓子店さんの中には、「伝統を守り、クリスマスやらバレンタインやらというイベントには手を出さない」ってとこもあるケド、うちはどんどん積極的にイベントやってく方針みたい。

 大体がおとーさんもじーちゃんも、お祭り好きで新しもの好きなんだよね。だからうちはクリスマスもハロウィンもフェアやるし、季節ごとの限定スイーツみたいなのも結構作る。

 

「和菓子屋ならではのアプローチってのがあるだろ。生クリーム大量に使うケーキに比べりゃカロリーも控えめだし。 ……それに、せっかくの稼ぎ時に指咥えてみてるだけってのも腹立つしな。ここで稼げば晩酌が旨いって寸法よ」

 

 ……お、お父様。それは流石に身も蓋もないのでは……。

 

 でも、それだけじゃない。我が父の作る菓子は美味しいだけでなく、見た目も実に繊細で美しいのだ。いやまじで。

 おとーさんの言動は……江戸っ子の職人っていうのに変な憧れがあるらしく、似非べらんめえというか何というかであれなんだけど、その指先が練り上げる菓子の造形は非凡。特に得意とする煉切では、若手のとき出場した「全国創作和菓子コンクール」で金賞を取ったりもしている。本人は最高賞である厚生労働大臣賞じゃなかったと悔しがってたらしいけど。

 

 だから……おとーさ……父はあたしの憧れでもあったりするのだ。

 

 このお店は……多分年の離れた弟二人のうちどっちかが継ぐんだろうけど、もしも二人に違うやりたいことができたなら、その時はあたしが継いでもいいかなぁ、なんて思ったりもしてる。 ……誰にも言ったことは無いけどね。

 

 そんな事を頭の片隅で考えつつ、未だにショーケースの前で何やら悩んでいる様子の比企谷さんに横から声をかける。

 

「お客様、何かお探しでしょうか?」

 

「い、いえその……もう少し見てから……」

 

 急に声をかけられ、「もう少し」と言いながらもう帰ってしまいそうな様子で後ずさる比企谷さん。

 

「こんにちはぁ。そんなに構えなくても大丈夫ですよ」

 

「は、はい。……あの?」

 

 

 

 この反応…………ふふふ。どうやら比企谷くんにはアタシの正体がわかっていないと見える。うむ、まあそれも仕方あるまい。

 ジャストなうのあたしは、この店のバイトさん用の制服である、和風・洋風を組み合わせたような……着物風洋服とでもいうようなものプラスお店のロゴ入りエプロンを身に付けており、髪は編んでまとめている。その上化粧っ気が全く無いのをごまかす意味もこめて伊達メガネまでかけているのだ。

 別に比企谷さんじゃなかったとしても、じっくり見なければあたしだとは分からないだろう。あたしはただでさえ身長もあってこうしていれば高校生ぐらいには見えるだろうから。

 

 てゆーかわざとそう見えるようにしているんだよね。

 

 現在の日本では、小学生を働かせるということになかなかめんどくさいルールが有る。これは厳密には家業の手伝いでもそうで、「家の仕事を手伝う小学生」というのは黙認されているだけなのだそうだ。

 けれど、こと接客の仕事となると「アウト」とされることが多いらしい。……本人が好きでやってるんだから良いと思うんだけどなぁ。

 

 そんなわけで、平日学校から帰った後、今日のように「おかーさんが近所の公園で弟たちの幼稚園バス待ちをして、そのまま買い物して帰ってくる」みたいなちょっとホールの人員が手薄になる時間にお店のお手伝いをして……一応「お駄賃」という名目で1時間あたり800円の「お小遣い」をもらっている。

 ……んん? それ完全にアルバイトじゃないかって? ……な、なんのことッスか? う、うちは小学生に労働させたりする店じゃ無いッス。いやあたし誰だよ。

 まあ、土日とかの忙しい日にはすぐ近くにある大学にかよう学生のバイトさんが入ってくれてるので、それほど長時間仕事をする機会があるわけでもないし。

 

 ……などと脳内で長々と語ってしまったけれど、比企谷さんは一向にあたしに気付く様子がない。それほどまでにこの変装は完璧なのかっ!

 ……なんて、単に忘れられてるだけだったりしたら悲しいなぁ。……だ、大丈夫だよね。クリスマスの後だって挨拶ぐらいはするようになったし、先月のことだってあるし…………い、一応ヒント出してあげよっかな、うん。

 

 

「へへ、あたしのお菓子、どうでした?」

 

 そう言ってあたしは伊達メガネをおでこにクイッと持ち上げる。あたしの言葉に比企谷さんは一瞬目を丸くすると、

 

「あ、なんだ綾瀬か。びっくりしたわ」

 

 そう言って彼はようやく緊張を解く。

 

「なんだとはなんですか。ここはあたしの(うち)なんですから居てもおかしくないでしょう」

 

「居るのはおかしくないが、その格好がおかしい」

 

「え……変……ですか……? あたしこの制服好きなんですけど、似合ってませんかね……」

 

 と大げさにしゅんと落ち込んで見せる。

 すると比企谷さんは見てておかしくなるぐらい慌てて言う。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……まさか店員さんやってるとは普通思わないだろって意味でな……。その、制服は似合ってて……大人っぽくて格好いいと思うぞ。逆に合いすぎててまったくお前の事わからなかったぐらいだし」

 

 比企谷さんは冗談という風でなく、真顔でそんなことを言う。

 

「う……あ、ありがとうございます」

 

「……なんでお礼……?」

 

「なんでもないですっ……」

 

 ……『似合ってて……大人っぽくて格好いい』……くっ、不意に褒められるとドキドキしちゃうじゃないかよぅ……。まったく比企谷さんはこれだから……ホント、まったくもう、まったくもうだよ!

 

「コホン。えー、改めましてお客様、今日は何をお探しですか?」

 

 気を取り直し、あたしは営業スマイルで応戦を開始する。

 

「いや、それは……」

 

 おや……比企谷さん、なんだか言いにくそうだけど、お菓子見に来てるのに言いにくい理由ってなんだろう? まあ時期的にはホワイトデー絡みかな? うちのお菓子もおすすめしたいとこだけど、まずは言いにくい理由だよね。さっきのギョッとしたような表情も気になるし。

 

「比企谷さん、なんかあるんですか? あたし、とっても気になります!」

 

「ふ、なんでそんなネタ知ってんだよ……」

 

 

 

 

 その後すぐおかーさんが戻ってきたので、あたしは比企谷さんを奥の席にさそい、お茶を飲みながら事情聴取お話を伺うことに。

 最初は言い渋ってた比企谷さんだったけど、食い下がる私にようやく口を開く。

 

「いや……小町が『ホワイトデーのお返しは三倍返しとかいうよね。……そういえばお兄ちゃん今年は結構もらってたみたいだけど大丈夫?』とか言うからちょっと気になってな……」

 

 

 

 比企谷さん曰く、「今年は人生初、まあもちろん義理だろうがそれでも何人もの女の子からチョコを頂き、大変嬉しく思う」

 

 曰く、「で、あれば当然ホワイトデーにはたとえうざがられようともちゃんとお返しをすべきだろう」

 

 曰く、「さらに驚くべきことに、みんな手作りなので三倍返しと言われてもどの程度のものを返して良いのかよく分からない」

 

 

 

 

「……で、かろうじて値段の参考になりそうな『あやせ屋』のお菓子を確認しに来たわけだ……」

 

 ははぁ、それでやけに集中してショウケース覗いてたんだ……。

 

「なんか……すまんな。まさか本人が居るとは思ってなかったからな」

 

 彼はそう言って申し訳無さそうな顔をする。

 

「いえいえ。無理やり聞いたのはこっちですし。どうせですからバレついでになんでも相談してくださいよ」

 

「そういう訳にもいかねーだろ」

 

「いえいえ、この前のことのお礼もありますし」

 

「お礼って……あれは俺大したことしてないだろ」

 

「まあまあ。あたしはほんとに助かったんですから、そういうことでいいじゃないですか」

 

 

 

 この前のこと……については別の機会に。あんまり詳しく語ると比企谷さんとあたしのフラグが立っちゃいそうだから。てへ。

 まあ、先日たまたま個人的にお世話になってしまう出来事があったということですよ。

 

 

 

「で、誰と誰からもらったんです? ここだけの話にしておきますから、とっとと全部吐いたほうが楽になりますよっ」

 

「え、なにこれ取り調べなの?」

 

 彼はまた答えを渋る。

 

「じゃあ、予想してみましょうか。 ……あたしと留美の他に……雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、会長さん。あとは小町さんとお母さん……どうですか?」

 

「あー……お袋はくれなかった。小町は受験だから既製品。あとは今お前が言った三人の他に川崎とけーちゃん、藤沢、城廻先輩、あとクリスマスイベントで顔ぐらい見てるかもしれんが折本ってやつ」

 

「そ、そんなにですか……」

 

 な……なんということでしょう。なんだかんだでモテるんじゃないかとは思ってたけど、留美とあたしを合わせたら十一人、二桁じゃないですか!

 それに聞き覚えのない名前も……。藤沢さん……は「書記ちゃん」さんのことか。折本さんはなんとなくおぼえてる。海浜校の――ウケるウケると騒がしかった人だよね。でも、彼女も中々の美人さんだったと思うけど……比企谷さんって一体……。

 

 

 まあもちろん、それが全部本命チョコというわけでは無いにしても……。

 

「それ、自称ぼっち(笑)のもらう数じゃ無いですよね……」

 

「自称って言うな。今年はいろいろあってたまたまなんだよ。去年までは毎年小町からもらう一つだけだったし……まあそれはいい」

 

 いやよくないっ。色々とよくないっ。

 

「とにかく、ここからが本題なんだが……」

 

 本題……つまり、比企谷さんの「本命」は誰なのか、だよね。あたしはゴクリとつばを飲む。

 ああどうしよう。ここでもし、「本命は雪ノ下だ」とか、「由比ヶ浜が好きなんだ」とか聞いてしまったら、この後留美の顔を見て話せなくなっちゃうよ……。

 

「実は……」

 

「実は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「予算がピンチだ」

 

「は?」

 

「いやだから、小遣いが厳しい」

 

「な、な、何いってんですか比企谷さん! それのどこが本題なんですか」

 

「ばっかおまえ本題も本題、最重要項目だろうが。今年も小町だけに返せばいいと思って……まあもしかするとその、部活仲間からは「義理」ぐらいはもらえる可能性もゼロではないかもしれんから――一応それぐらいの出費は覚悟……というかまあ取ってはおいたわけだ」

 

「はいはい」

 

「で、びっくりこの人数だろ? しかも今ここのお菓子の値段見たら……三倍返しとか無理だろこれ!」

 

 彼はどこか他人事のようにそう言う。

 

「ちょ、あれはおと……父が作ったやつだからあの値段なんです! 比企谷さんに差し上げたのは……餡を煉ったのは父ですけど、その、形を作ったり細工をしたりしたのはあたしなので――お金なんか取れる代物じゃ無いんですよ……」

 

 お店に並んでいる煉切は、小さいものは二百円台からあるけど、比企谷さんに贈ったようなケーキに近いサイズの凝った細工のものは高いもので五百円近い。

 バレンタインの時と並ぶ商品は違っているけれど似たようなデザインのものはある。 ちなみに『恋ごころ』という名前の、ハートを矢で射抜いたデザインのお菓子だと、ホワイトデーバージョンは白いハートにピンクの矢という、バレンタインとは対になるカラーリングだったりする、というふうに。

 それで比企谷さんはあたしが贈ったのと似た煉切菓子の価格を確認してたんだろうな。

 

 いまショウケースに並んでいるもので彼にプレゼントした物に近いデザインの商品の値段はそれぞれ、450円・470円・480円(税別)

 これを合計して、その三倍返し……で、それを基準に十一人分と計算してみたとすると……げ、消費税足したら五万円近いじゃん。なるほど比企谷さんがぎょっとするわけだ。

 

 

「いや、綾瀬が作ってくれたってのは小町から聞いてるから。……あれ、味はもちろん美味かったし、細工だって細かくて食べちまうのがもったいないくらいきれいだった。

 そりゃあ親父さんのと並べて比べれば違うのかもしれんが……ちゃんと『売り物になる』お菓子だったと思うぞ」

 

 比企谷さんは離れたショウケースの方にちらっと視線を遣りながらそう言ってあたしの作ったお菓子を褒めてくれる。

 美味しいのはおとーさんの餡なんだから当たり前。だけど…………へへ、苦労した細工を褒めてくれたのはすっごくうれしいなぁ。

 あんなに気合い入れて細工菓子作ったの初めてだし……。こんなことを言うとあたしが比企谷さんのことを好きみたいに思う人も居るかもしれないけれど……そおゆうんでも無い……と思う。

 

 なんていうか、留美とかまわりの娘たちが一生懸命バレンタインの準備してるの見てて……()()()羨ましくなっちゃったんだよね。

 

 留美はお菓子の試作したり、あと「告白するか迷ってる」みたいなこと言っててそわそわ落ち着き無いし……。

 それから陶子のやつ。あの子実は彼氏持ちなんだよねー。まったくお互い小学生の分際でけしからん。だいたい普段は結構強気なキャラのくせして彼氏の前では妙にしおらしくなっちゃったりするところが許せん。いや、あたしの許しとかいらんだろーけどさ。

 

 まあそーゆうの間近で見てるとね~ やっぱりあたしもがんばるぞい! とかちょっとは思うわけでありますよ。

 だけど今のあたしには、「どうしてもあげたいっ!」て思うような異性が居るわけでもない。でも、折角のイベントだし、おとーさんたち以外にも誰かにあげたいなぁと。

 だってバレンタインにお菓子手作りしたはいいものの、あげるのが肉親だけって乙女としてどうなのよ、とか思っちゃうじゃん。

 

 そんな風に思ってたところで留美の「どうやって比企谷さんに渡そうか」っていう話になった時に、じゃあ、せっかくだからうちに来てもらって、留美のついでに受け取ってもらおうと考えたわけですよ。なんだかんだで比企谷さんにはお世話になってるしね。

 で、お店のバレンタイン限定煉切の中からあたしが可愛いと思うのを3つ選んで、あたしなりにできる範囲でなるべく同じものを作ろうと目指したわけ。

 

 ……まあ、結局比企谷さんが来れなかったのにはがっかりしたけど、小町さんにお願いすることが出来たのでせっかく作ったお菓子が無駄にならなくてすんでよかった。 

 おとーさんがあたしのためにわざわざ見本まで作ってくれたから、渡せなかったらおとーさんにも申し訳ないな、なんて思ってたからさ。

 

 

 

 ちなみにおとーさん、じーちゃん、弟二人の分は一つにドンとまとめて作って目の前で切り分けた。けっして比企谷さんにあげる方に時間をかけるために手抜きしたわけでは無いのよ。ほんとよ。

 何を作ったかというと……一度作ってみたかった煉切ホールケーキ!

 煉切餡を丸い枠のなかで色ごとに四層に重ね、枠を外したそれを真っ白な餡で覆い、更に甘さを抑えた白い煉切餡と生クリームを混ぜたものを、星口金をつけたクリーム絞りでデコレーション。

 そして最後は本物のいちごを乗せて――完成!!

 

 見た目はまるっきりいちごのショートケーキホールサイズ。断面は……羊羹みたいにスパッと切れるので超きれい。味も……これ最高。いちごと生クリームと餡の組み合わせってヤバイ。いちご大福の例もあるように、苺の酸味と餡ってよく合うんだよね~。

 弟達やおかーさん、ばーちゃんにもとっても好評でした。

 

 ……実のところ、これは何種類も餡を練るほうが大変で、おとーさんとじーちゃんとあたしの三人で作ったみたいになっちゃったけど……。忙しい時期に申し訳ないことしちゃったかなー。

 まあでも、おとーさん達こういうチャレンジみたいなことするの大好きだし。やたらノリノリで楽しそうにしてたからいいよね。

 

 

 

 とか思ってたら、このケーキ風煉切、おとーさんの手で改良されて、さっき比企谷さんが覗き込んでいたショウケースの中に新商品として並んでるんだよね……ほんと商魂たくましいというか……。いやでも、ケーキ部分の一層がいちごたっぷりの葛ゼリーになっててほんとに綺麗で美味しいんだよ!

 

 

 

 

 

 そんなことはともかく、

 

「とにかくですね! あたしのアレを値段の基準にするのは間違ってます。それに……三倍返しとか都市伝説みたいなもんです。きちんと気持ちがこもってれば値段なんて関係ないと思いますよ」

 

「そんなもんか」

 

「そうですよ。だいたい女の子の手作りチョコの価値を値段で考える方が失礼です。三倍返しなんて……比企谷さんが一生働いても返せないかもしれないですよ……」

 

「お……おう」

 

 彼はそれでようやく納得したような顔をする。

 

「しかし……気持ちを込めるつっても……どうすりゃいいんだ?」

 

「いやいやそれを比企谷さんが考えるのが大事なんでしょう! 手作りするわけじゃないんですから、『相手に合わせて選ぶ』って感じですかね。そこがセンスの見せ所、みたいな」

 

「分らんではないが……そーいうのを俺に求められてもなぁ……。だいたいどの店行ったらいいのかも見当がつかないしな」

 

「まあ……そですかね~……。あ、じゃあ、ち