とある妖精の航海録 (グランド・オブ・ミル)
しおりを挟む

転生編1・妖精の目覚め

 

 

 

 

 

スッと目が覚める。睡眠によって疲労感は解消され、身体中に感じるのは行動への意欲。気持ちのいい朝だ。少なくともここ数年の間では最高の目覚めではないだろうか。

 

しかし、起きようと思って上半身を起こした直後、俺は違和感を感じた。

 

まず目覚めた場所。見渡す限り木、木、木。そして地面には一面の草花。草原。上を見上げればサンサンと照りつける太陽。

 

「どこ?ここ。」

 

思わず疑問を口にした。ここでも違和感。声が高い。俺は自分で言うのも何だが「平凡」という言葉が世界で一番似合うであろう一男子高校生だ。こんな女子のような高い声は出せない。

 

そして今さらだが服装にも違和感。俺が来ていたのは肩から上がない真っ白なドレス。両腕には某腋巫女のような同じく真っ白な袖。その袖の袖先とドレスのスカート部分はフリルのように広がっている。

 

「…いやいやいやいや!」

 

色んなことが起こりすぎて取り乱した俺はその場からばっと立ち上がった。するとまた違和感。

 

背が低い。

 

背は周りのクラスメイトに比べて割と小さいほうだった俺だが、今感じる程低くはなかった。この背丈、さながら5、6歳の子供のようだ。

 

「どーなってんの……?」

 

半ば放心状態の俺は額に冷や汗をかいて呟いた。周りは人っ子一人いない森なのでその疑問に返答は返ってこない。

 

《…目が覚めましたか?》

 

突然後ろから声が聞こえた。突然のことでビクッと反応してしまった俺はばっと後ろを振り返る。するとそこには他の木とは比べ物にならない程巨大な大樹。どうやら俺はこの大樹の根の又で寝ていたらしい。もちろんそんなことをした記憶はないが。

 

キョロキョロと辺りを見回してみても俺に話しかけたような人影は見当たらない。なんだ気のせいか。

 

《気のせいではありませんよ。》

 

「へ!?」

 

今度は確実に聞こえた。どうやら声は目の前の大樹から発せられているようだ。何をバカなと思うがそうとしか考えられない。

 

《ふふ、無事目が覚めたようで何よりです。これで私の役目も終わりました。私の体は残します。良きようにお使いください。"エレイン"様。》

 

「え!?ちょっと待って!話がさっぱり……!!」

 

何かやり遂げたように満足そうに話す大樹。何か一方的に話が進んでいたので弁解しようとすると大樹がパッと光った。あまりの眩しさに俺は細い両腕で顔を覆う。みるみる大樹は姿を変え、やがて俺よりも小さくなった。光が治まったので恐る恐る見てみるとそこに巨大な大樹の姿はなく、代わりに緑色でいくつもの黒い丸の模様がある大きめのクッションがふよふよと浮いていた。

 

「…………は?」

 

俺が間抜けた声を出すとクッションはふわふわとゆっくり俺に近づき、ポフッと俺の手の中に収まった。

 

「……え~っと…。」

 

俺が恐る恐る手を放すとクッションは落ちることなくその場で浮遊する。頭の中で俺の後ろへ移動しろと念じればクッションはその通りに俺を右回りに回って移動した。俺はそのクッションにポフッと腰を降ろして考える。

 

まずこのクッションはどう見ても「七つの大罪」の登場人物、怠惰の罪(グリズリー・シン)のキングが扱う神器"霊槍シャスティフォル"だ。そして先ほど大樹が言っていた"エレイン"という恐らくは俺の名前……。察しの悪い俺は今さら気がついた。

 

「これが…憑依転生ってやつ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はクッション状態のシャスティフォルに抱きついた状態でふわふわと森の中を移動する。本当に見事に木が生い茂る森だ。もはやジャングル手前である。

 

俺が憑依したのは間違いなく、同じく七つの大罪の登場人物であり、キングの妹で強欲の罪(フォックス・シン)バンの恋人"エレイン"だろう。実際に顔を見たわけではないが、服装や子供のような背丈もドンピシャなのでほぼ確定事項だ。

 

エレインに、"妖精族"へと転生したのなら空を飛べるのではないか?

 

そう思って実際にやってみたらできた。なんというか説明できないが、とにかくできたのだ。腕をどうやって動かすのか説明できないのと同じで当たり前のように空を飛べた。逆にこの体は前世と比べ身体能力はかなり落ちていた。たった数メートル走っただけでバテるという軟弱ぶり。まぁ、妖精は空を飛べるので体を鍛える必要がないのだろう。

 

空を飛べることが分かったので、とりあえず空へ上がれるだけ上がってみた。俺がいるのは小さな島だった。恐らく地図に載ることもないであろう本当にちっぽけな島。周りには青い海が広がっているのみ。絵に描いたような無人島だ。

 

空を飛べる俺はこの島を脱出しようと思えばいつでもできる。が、その前に水が飲みたいと思い、こうやって島を探索し、川を探している。

 

「お、あったあった。」

 

しばらく飛んでいると急に森が開けた。そして目の前には綺麗な河と湖、そして湖に流れ落ちる小さめの滝が広がった。大自然の美しさとは素晴らしい。この一言に尽きる限りだ。

 

「……やっぱり。」

 

湖に映る自分の姿を確認した俺は思わず溜め息をつく。予想通り俺はエレインに憑依していたようだ。この見事なまでの幼女顔と太陽の光をキラキラと反射する美しい金髪。間違いなくエレインだ。

 

「さて、俺……私は何ができるのか。」

 

小さな両手で湖の水をすくい、コクコクと一杯飲み干した俺は立ち上がって呟く。一人称は"俺"のままでいこうとしたが、湖に映るエレインが俺と言う姿が嫌になって急遽"私"に変えた。

 

そして俺は腕を組み、目をつむって考える。今の俺は妖精族の聖女エレインだ。だが、心は自然を愛する妖精族ではなく、その真逆の自然破壊の王者たる人間の俺。果たしてエレインの力を使えるのかどうか。

 

「まぁ、物は試しか。」

 

俺はそう呟き、右腕の肘から先を曲げ、くいっと上げた。するとゴウッという音をたて、俺の前方に暴風が吹き荒れ、湖の向こう側の木を揺らした。

 

"そよ風の逆鱗"。吹き荒れる暴風で相手を吹き飛ばすエレインの代表的な技の一つだ。

 

「ふぅ、何とかエレインの力は使えるみたいだ。じゃあお次は……。」

 

俺は俺の横にふよふよと浮くクッション状態のシャスティフォルに目線を移す。そして槍になれという念を送った。すると、パッとシャスティフォルが姿を変え、クッションから神々しい一本の槍へと変化した。

 

槍になったシャスティフォルは、俺が念じれば念じた通りに動いてくれる。素早い動きは俺がまだ慣れてないせいか手を動かして指示を出さなければいけないが、それでもシャスティフォルはまるで手足のように自在に動く。

 

俺は右手の人差し指と中指を合わせて立てる。すると縦横無尽に動き回っていたシャスティフォルはビタッとその動きを止める。そして立てた二本の指をくいっと下に向ければシャスティフォルはひゅんっと俺の後ろへ移動し、キッと止まる。そしてポンッという音を立てて元のクッションへと戻った。

 

「はぁ~~、これからどうしよう……。」

 

俺はシャスティフォルへ顔を埋め、そう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生編2・妖精の出会い

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が転生して初めての朝を迎えた。あの後俺は結局今後どうするべきか思い浮かばず、そのままシャスティフォルに顔を埋めてふて寝した。考えることを放棄したのだ。まあ、色々なことが起こりすぎて軽くパニックを起こしていたし、割りと正しい行為だったのかもしれない。

 

「さてさてさーて、まずここは一体どこなんだ?」

 

朝起きて湖で水浴びを済ませた俺は腕を組んで呟く。エレインに憑依したからにはここは七つの大罪の世界と考えるのが一番自然だ。なぜかエレインの俺がキングの神器を持っているが、別の世界線だと考えればまあ、分からなくはない。だが、俺が知る限り七つの大罪に今いるような島は出てこなかった。

 

考えられるのはここが七つの大罪の世界ではないという可能性だ。そもそも今もなお俺の隣でふよふよと浮く緑のクッションは原作では妖精界の神樹から創られたありがたいものだ。あの大樹が神樹だとするならここは妖精界のはず。なのにこの島には妖精一匹見当たらない。おかしい。

 

グー……

 

あーでもないこーでもないと俺が一人で自問自答していると湖に俺のお腹の音が鳴り響いた。そういえば転生してから何も食べてない。

 

「………魚でも食べますか。」

 

とりあえず海に出てシャスティフォルで適当にブスブスやれば魚の一匹や二匹くらいすぐ捕まえられるだろう。そう思って俺は振り返り、砂浜へ向かおうとした。

 

「………………」

 

そこにはいつの間にか人がいた。頭は緑髪で顔はいかにもな悪人顔な男、はっきり言って怖い。左耳には3つのピアス、白いTシャツに腹巻きをしていて、左腕には黒い布を巻いている。そして何より腰に3本刀を差していた。

 

「「……………」」

 

お互いに気まずい空気が流れる。そんな中、男は「あ~その…えっとだな…」と頭をかきながら会話をしようとしている。しかし、俺はそんなことなど気にしていられなかった。相手は武器を持っている。それも刀。さらに体の鍛え具合からして相当な実力の持ち主だ。そんなことは素人の俺でも分かる。つまり、目の前の男は俺のことなどアリを踏み潰すように殺すことができるのだ。普通に考えて初対面でいきなり殺されるなんてことがあるはずないのだが、ここがどんな世界が分からない以上絶対大丈夫なんて保証はないし、転生やら憑依やら神器やらで精神があまり正常ではなかった俺はそんなことは考えられなかった。

 

俺がとった行動は………

 

「うおっ!?」

 

クッション状態だったシャスティフォルを素早く槍に変え、男目掛けて飛ばした。男はそれをギリギリのところでかわす。まだシャスティフォルの扱いには慣れていないが、現状身を守る手段はこれしかない。

 

「あ、あなたは何者ですか!?わ、わわ私を一体どうする気ですっ!?」

 

俺は自分でも呆れる程の震え声で男に叫んだ。叫びながらも攻撃する手は休めない。無我夢中で槍を振り回し、男を攻撃した。

 

「どわっ!ちがっ!話を聞けっ!!」

 

ズドッ!ズドッ!とあちこちから飛んで来る槍を男はすべてかわしていた。

 

「わ、私は食べてもおいしくないです!!」

 

俺はついに自分でもわけがわからないことを口走りながら、槍を無造作に、乱暴に振り回し始めた。"飛び回る蜂(バンブルビー)"というキングの技だ。

 

ガキィン!

 

ついに避けきれなくなったのか、男は腰から2本刀を抜き、その刀を交差させてシャスティフォルを受け止めた。

 

「ぐっ……!なんて力だ!落ち着け!俺はお前をどうこうするつもりはねぇ!!」

 

「う、嘘です!絶対何かするつもりです!だってあなたはそんなに怖い………怖い………」

 

男がシャスティフォルを受け止め、少し考える時間ができた。俺は男の顔をよく見てみた。すると男は俺が前世でよく見た人物に限りなく、ていうかそっくりなことに気がついた。

 

俺はシャスティフォルを自分の手元に戻し、それでもいつでも動かせるように構えながらゆっくりと男に近づいた。そして恐る恐る男に名を聞いてみた。

 

「ロロノア・ゾロだ。」

 

返ってきた答えに俺は絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「かんぱ~い!!」」」

 

「か、かんぱーい……。」

 

俺はあの後ゾロにめちゃくちゃ謝罪した。日本人の最終奥義「土下座」まで披露し、それはもう心から詫びた。

 

どうやら俺はエレインに憑依転生し、キングの力を持ったうえでワンピースの世界へ来てしまったらしい。もうわけが分からない。だからもう考えるのはやめにした。やめだやめやめ。分からないもん、だって。何で俺がこの世界に来たのかとかもう知らん。来てしまったものはしょうがないと割りきろう。じゃないとやってられない。

 

話が逸れた。ゾロに謝罪した後、俺はゾロに案内されて島の砂浜へと連れてこられた。まあ、ゾロ特有の方向オンチのせいでいつまでたっても砂浜へたどり着けず、結局俺がクッション状態のシャスティフォルにゾロを乗っけて空から向かう羽目になったのは余談なので置いておく。

 

そして案内された先にはお察しの通り麦わらの一味がいた。メンバーと船がゴーイング・メリー号であることからちょうどアラバスタ編が終わったばかりだ。

 

そしてそのまま俺と麦わらの一味の出会いを祝して宴が開かれることとなった。皆は楽しくわいわいと騒いでいるが、新参者の俺には何となく居心地が悪く、同じく新参者であろうロビンの後ろに隠れてしまう。そんな俺をロビンは「ふふ♪」なんて微笑ましいものを見るように笑っている。なんか悔しい。

 

「ところでエレイン。お前何でこんな島にいるんだ?」

 

ルフィが大きな骨付き肉をかじりながら俺に聞いてきた。

 

「……それが私にも分からないんです。気がついたらここにいて……。」

 

「つまり、記憶喪失ってこと?」

 

「……そう、なりますね。」

 

ナミの疑問に俺は首を縦に振る。記憶喪失か…。存外間違っていない。そもそもエレインに転生なんて言っているが俺は死んだ覚えはない。だから一体どういった経緯でこんなことになったのか分からないので記憶喪失でいいだろう。

 

俺が記憶喪失と知って同情してくれたのだろう。皆しんみりとして黙りこんでしまった。空気を変えるために俺はなぜ皆がこの島に来たのか聞いてみた。するとナミが溜め息をついて砂浜を指さした。そこには半分以上浜に乗り上げたメリー号の姿があった。

 

「このバカが下手くそな操縦して船をこの島に乗り上げちゃったのよ!」

 

ナミはルフィのほっぺたをつねりながら話す。ゴム人間のルフィのほっぺたはありえない程によく伸びる。

 

「どうするよルフィ。あれじゃ俺達当分この島から出られねぇぞ。」

 

ウソップがメリー号を指さしながら言った。この様子じゃ本当に困っているようだ。

 

「では、私が船、戻しましょうか?」

 

「「「え?」」」

 

俺の提案にほぼ全員が不思議そうな顔をする。俺は持っていた樽のジョッキ(ちなみに酒ではなくアップルジュース)を置き、ふよふよとメリー号の船首のほうへ移動した。

 

「霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"」

 

そしてクッション状態のシャスティフォルの姿を俺の五倍はある巨大な熊のぬいぐるみのような形態に変化させた。これは神樹の特性を持つシャスティフォルの形態の一つで、神樹は外敵から身を守るために自らに生える苔に形を与えて戦わせる。

 

巨大な熊となったシャスティフォルはメリー号を船首から押し、見事沖へ戻すことに成功した。

 

「「「すっげ~~~!!」」」

 

俺が目線を皆に向けるとルフィ、ウソップ、チョッパーを文字通り目を輝かせていた。そして目にも止まらぬ速さで俺に駆け寄ると熊状態のシャスティフォルに飛びついた。

 

「何だこれ!?どうなってんだ!?」

 

「モフモフだ~~!!俺これ好きだ~~!」

 

「なあなあなあ!どうなってんだこの熊!?おもしれ~~!!」

 

どうやらシャスティフォルは三人に気に入られてしまったようだ。とりあえずチョッパーの頭を熊状態のシャスティフォルの手で撫でてあげたりしているとルフィは俺にとんでもないことを提案してきた。

 

「なあ!エレイン!お前俺の仲間になれよ!!」

 

「……え!?」

 

原作を読んである程度理解していたが、あまりにもいきなりすぎる勧誘に俺は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編1・妖精の始まり

 

 

 

 

 

 

結局俺はルフィに半ば無理やり麦わらの一味に入れられた。まあ、俺としてはワンピースの世界で右も左も分からない手前、ありがたい申し出でもあった。ちなみに何で俺を仲間に入れたのか聞いてみれば「面白いから」という答えが笑顔付きで返ってきた。なるほど、俺は手品師枠というわけか。

 

麦わらの一味での俺の役目は雑用係となった。現代日本で平凡に育ってきた俺は海で役に立つ知識など持ってないし、特技もない。強いて言えば昔から人の愚痴を聞くことだけは得意だったが、あまり役に立たないだろう。

 

そんなわけで俺は雑用係に落ち着いたのだ。ウソップと一緒に船の修繕をしたり、ルフィの相手をしたり、シャスティフォルでゾロの訓練に付き合ったり、ルフィと釣りをしたり、ナミの海図書きの手伝いをしたり、ルフィのつまみ食いを止めたり、サンジと一緒に料理をしたり等々…忙しい日々を送っている。半分くらいルフィの相手をしているが気にしてはいけない。

 

そして今、俺はチョッパーのお手伝いをしている。チョッパー先生は大きめの木製のお椀に緑色の葉っぱと茶色の葉っぱを1:3くらいの割合で入れて、木製の棒で胡麻すりのようにグリグリやっている。俺も隣で同じ作業をしていた。俺にはよく分からないが、これが良い傷薬になるらしい。

 

「なあ、エレイン。」

 

「はい?何ですか?」

 

ふと、チョッパーが思いだしたように聞いてきたので、俺は手を休めずに返事をする。

 

「ずっと気になってたんだけど、お前何で空飛べるんだ?」

 

「え?う~ん…何でと聞かれましても……その質問はチョッパーさんに何故角があるのと聞いているようなもので……とにかく飛べてしまったんです。」

 

「能力者じゃないのか?」

 

「悪魔の実のですか?はい、違います。私は人間とは違う"妖精族"という種族なので、飛べるのは種族的な能力かと。」

 

「人間じゃない……のか。」

 

俺が人間ではないことを告げるとチョッパーは何だか悪いことを聞いてしまったように俯いてしまった。チョッパー自身ヒトヒトの実を食べてしまいトナカイ、人間双方の種族からつまはじきにされた経験があるので、俺に対して思うことがあるのだろう。

 

俺は作業を一旦やめ、チョッパーの頭を帽子ごしに軽く撫でる。

 

「そんな顔なさらないでください。私は一人じゃありませんから。チョッパーさんを含め、私にはたくさんの仲間がいます。寂しくなんてありません。」

 

「……そっか。へへっ、ごめんな、しんみりしちゃって。」

 

チョッパーに笑顔が戻った。俺はそんなチョッパーに「いえいえ」と返しておく。

 

再び作業を再開した俺達。心なしか、チョッパーの俺に対する好感度が上がったような気がする。しばらく作業を続けていると外からパラパラと物音が聞こえてきた。

 

「雨か…?」

 

「あられ……でしょうか?」

 

時間が経つにつれ、その物音は徐々に大きくなってくる。流石におかしいと思い、俺とチョッパーは甲板へ出た。

 

「……え?」

 

「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

甲板で空を見上げると俺は呆然とし、チョッパーは飛び上がって驚いた。

 

何と空から巨大なガレオン船が降ってきていた。パックマンを凶悪化したような生き物を船首に持つメリー号の10倍はあるであろう巨大船だ。

 

ドンッ!!

 

ガレオン船はメリー号のすぐ隣、30メートル先辺りの海に落ちた。そのせいで近辺に巨大な波が発生し、海に叩きつけられたことでガレオン船が木っ端微塵となり、破片がメリー号にまで飛んで来る。

 

「何なんだこりゃー!!?」

 

「エレイン!何ぼさっとしてんの!!舵きって舵!!」

 

「は、はい!!」

 

「ってきくかよこの波で!!」

 

「何もしないよりマシでしょ!!」

 

「まだ何か降ってくるぞ!気をつけろ!!」

 

「そうさ!これは夢だ!落ち着いて瞼を閉じて……目を開ければほーら、そこには静かな朝が………ってぎゃあぁぁぁぁぁ!!!ガイコツーー!!!」

 

メリー号は大パニックだ。とにかく皆船が沈まないようにするのに必死だった。人が空想できるすべての出来事はすべて起こりうる現実だと言い残した物理学者がいたはずだが、今ならその学者を神と崇められるような気がした。

 

しばらく落ちてくる瓦礫やら波やらをさばいていれば何とか無事に切り抜けることができた。俺達の目の前では現在進行形でガレオン船が海へ沈んでいく。

 

「「た、助かった~~………。」」

 

俺とチョッパーは安堵の溜め息をついてシャスティフォルにもたれ掛かる。すると安息もつかの間、今度はナミが悲鳴をあげた。

 

「"記録指針(ログポース)"が壊れちゃった!」

 

"記録指針(ログポース)"とは、天候、波がめちゃくちゃな偉大なる航路(グランドライン)で唯一航海の手がかりとなるコンパスで、島に発生する磁場を記録し、次の島を指し示してくれる物だ。

 

ナミの左腕についている記録指針(ログポース)の針はビーンと真上を指しており、動く様子もない。それを見て俺はふと呟いた。

 

「空島………。」

 

「!?エレイン!お前今"空島"って言ったか!?」

 

「へ!?あ、いえ!その………!!」

 

「空に島があんのか!!すっげ~~~!!」

 

普段はちゃらんぽらんな癖に地獄耳なルフィは俺が呟いた一言をしっかり聞いていたらしい。チョッパーやウソップと一緒に肩を組んで「空島♪空島♪」と嬉しそうに踊っている。

 

"空島編"。ワンピースでも一、二を争う名作ストーリーであり、前世でも友達がやたら漫画やらDVDを勧めてきた。と言うのも、俺はあまりワンピースに詳しくない。東の海(イーストブルー)からルフィがこういう冒険をして…といった漠然とした知識しかないのだ。せっかく転生したというのに、まったく役に立たない奴だ。俺は。

 

「エレイン。あの船から何か持ってきてくれないかしら。」

 

「はい、分かりました。」

 

「あ!俺も行くぞエレイン!」

 

「俺も俺も!」

 

ロビン嬢に頼まれ、俺はガレオン船に調査に行くこととなった。好奇心MAXなルフィとウソップも一緒だ。ウソップをシャスティフォルに乗せ、ルフィの脇を持ってふよふよと沈みゆくガレオン船へ向かう。……ルフィ、結構重い。妖精となり、貧弱化した俺には辛い。

 

余談だが、ロビンは麦わらの一味の中で唯一俺のことだけ名前で呼んでくれる。まだ本当の意味で麦わらの一味になっていないロビンは皆をルフィのことは「船長さん」、ナミのことは「航海士さん」など役柄で呼ぶ。俺がそうでないのは恐らく俺が雑用係だからだろう。「雑用係さん」なんてゴロの悪い呼び方はロビンもしたくないのではないだろうか。それとも他に理由が?そういえばロビンはよく俺を膝の上に乗せて頭を撫でてくれるがそれは何故だろう?まあいい。

 

「え~…と、とりあえずこの仏様が入った棺桶でいいか………。船長!私は先に戻りますよ!」

 

「おう!俺達はもうちょっと探検していく!!」

 

俺はルフィに一声かけ、白骨化した死体が入った棺桶を持ち上げようと試みる。

 

「う~ん!う~ん!………ダメか。」

 

薄々予想していたが、ダメだった。俺の2倍はある大きな棺桶は俺には持ち上げられないようだ。そこまでか弱いのか妖精ボディ。泣けてくる。

 

仕方なく俺はシャスティフォルを第二形態の熊にして棺桶を持ち帰った。

 

「ロビンさん、これでどうでしょう。」

 

「ええ、十分よ。ありがとう。」

 

俺が棺桶を甲板に置くとロビンは笑って俺の頭をなでりこなでりこと撫でてくれた。エレインボディの弊害か、その時猫のように目を細めてしまった。

 

ロビンの死体解剖によると、あのガレオン船は南の海(サウスブルー)の王国ブリスから208年前に出航した探検隊の船だそうだ。白骨化して頭蓋骨までバラバラになった死体からそんなことを割り出すとは…。つくづくロビンが凄腕の考古学者なのだと理解させられる。そのことを素直にロビンに話すと「ありがとう♪」とまた頭を撫でられた。

 

「おい!皆!やったぞすげぇもん見つけた!!」

 

ルフィがウソップを小脇に抱え、ゴムゴムの実の能力でメリー号へ帰って来た。ゴムの伸縮性を活かしてすごい勢いで帰って来たため、着地の際ウソップが吹っ飛んでいってしまう。それを第二形態のシャスティフォルで受け止めることを忘れない。

 

「ほら!!これ見ろよ!!」

 

そしてルフィが自信満々に胸を張って俺達に見せてきたのは空島の地図だった。海というより雲に周りを覆われた島が記されていた。地図にはしっかりと「SKYPIEA(スカイピア)」と書かれている。

 

「やったぁー!!空島は本当にあるんだ!!」

 

「夢の島だ!!夢の島へ行けるぞ!!」

 

いよいよ空島存在の信憑性が上がり、ルフィ達は大騒ぎしている。今は女だが、一男として俺も何か胸の中にこみあげるものがあった。これが"ロマン"というやつだろうか。

 

「とりあえず空島はあると仮定して、どうやって行けばいいのでしょう?」

 

「まず情報が必要ね。それがないと何も始まらないわ。」

 

「よし!沈んだあの船をサルベージよ!!」

 

「「おぉーーー!!」」

 

「できるかぁ!!」

 

俺達の空島編は原作通り、騒がしい始まりとなった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編2・妖精のサルベージ

 

 

 

 

 

 

サルベージとは簡単に言えば沈没した船の引き上げ作業のことであり、嵐などで沈んだ海賊船や貿易船、または戦争で沈められた輸送艦など対象は様々だ。パソコンの普及が進んだ現代日本では、失ったデータを修復すること、または大量のデータに埋もれ、行方がわからなくなったデータを探し出すこともサルベージと呼ばれる。

 

「じゃ幸運を祈ってるわ!頑張ってね!」

 

空島への手がかりを得るためには俺達の目の前で沈んだガレオン船をサルベージしなくてはならないが、如何せん大きすぎる。さらに言えば俺達にはサルベージのための設備は何一つないので元々無理な話なのだ。

 

というわけでルフィ、サンジ、ゾロの三人はウソップ作の即席潜水服を着て海へ潜ることとなった。樽でできた潜水服を装備した三人はメリー号から海へと飛び込む。

 

「こちらエレイン。皆さん、大丈夫ですか?」

 

『こちらルフィ。何だか怪物がいっぱいいるぞ。』

 

『ここは巨大ヘビの巣か!?』

 

『こちらサンジ。うわっ!!こっち見た!!』

 

「OK!」

 

「OKか!?」

 

俺がシャスティフォルの第二形態で三人の給気ホースを伸ばすリールを回しながら配音管に声をかけると元気な声が返ってきた。それを聞いたナミは頷き、ウソップはそれにツッコんでいる。

 

しばらくルフィ達の状況を聞きながら作業をしていると遠くから軽快な歌が聞こえてきた。その音楽は徐々に近づいてくる。笛やシンバルの音が鳴り響き、「サルベージ♪サルベージ♪」と歌っている。やがてその声の主はメリー号のすぐ隣へ停泊した。大きな船だった。先ほどのガレオン船よりは小さいがそれでもメリー号の3倍はあるであろう大きな船だ。船首はおもちゃ屋でよく見かけるシンバルを持ったおサルさんで、帆には猿の顔にバナナが交差されたガイコツが描かれている。海賊船のようだ。

 

「おいお前ら!そこで何やってる!この海域に沈んだ船はすべて俺のもんだ!手ぇ出すんじゃねぇぞ!」

 

船の船長らしき猿っぽい男が俺達に叫んだ。聞けば彼らもサルベージをするらしい。ナミが上手いこと言いくるめ、俺達は彼らを様子見することとなった。

 

まず船から潜水服を着た船員が何人か海へ飛び込み、"ゆりかご"なる金具をガレオン船にセットする。そして今度は船首のサルが外れ、クレーンに吊られて海へ入っていく。それについてウソップとチョッパーが大絶賛していた。ナミは呆れていたが、俺も少しカッコいいと思ってしまったのは内緒だ。

 

そして驚くなかれ、何と彼らはホースから息を吹き込んで船を持ち上げようとしていた。無茶苦茶だ。しかし、桁外れの肺活量でガレオン船にはみるみる空気が溜まっているようだ。配音管からルフィ達の悲鳴が聞こえてきそうだったので、ウソップとチョッパーが慌てて配音管の口を押さえる。

 

すると何かトラブルがあったようで猿っぽい男は潜水服もなしに身一つで海に飛び込んだ。

 

「何なのよ……。」

 

「さ、騒がしい人達ですね……。」

 

ナミが額を押さえながら呟いた一言に俺は苦笑してコメントした。ふと後ろを振り返れば何故かウソップとチョッパーが抱き合って震えていた。

 

「?お二人共、どうかしましたか?」

 

「エ、エレ、エレイン………!!」

 

「ふ、船、船の下!!何かいる!!」

 

「船の下?」

 

俺はふわっと空に浮き、メリー号の下を見てみる。そこにはもうメリー号とは比べ物にならない大きさの影が動いていた。

 

「………………ホントだ。」

 

あまりの出来事に俺はそれくらいしか言えなかった。やがてその大きな影は海面に姿を現す。

 

「ぎゃあぁぁ!!あぁぁぁ!!!」

 

「何なんだよありゃー!!!」

 

「何あの大きさ!!バカにしてるの!まるっきり大陸じゃない!!」

 

「あら、あの子達全員船ごと食べられちゃったの?」

 

「ホースが口の中に続いてますから、間違いないですね。」

 

「「や~め~ろ~~~~!!」」

 

それは巨大なカメだった。顔だけでもメリー号の15倍の大きさはあり、全体の大きさなど考えたくもない。

 

どうしようどうしようとパニックになっているとメリー号の船体が大きく揺れた。カメの口から続いている給気ホースが引っ張られたようだ。

 

「野郎共!ロープを手繰りボスを救え!!ボスはまだ生きている!!」

 

「「「アイアイサー!!」」」

 

見ればあちらの船ではルフィ達と共に食べられたであろう猿顔の男を助けようとしている。なるほど、こんな時はチームの団結力が試されるのか。

 

「エレイン!」

 

「はい!!」

 

「ホースを切って安全確保!!」

 

「はいっ!?」

 

「悪魔かてめぇは!!」

 

ナミからの指示に俺は思わずコケそうになって、ナミにウソップがツッコむ。そんなやり取りをしていると突如周辺がどっぷりと暗くなった。ふと目をやればあちらの船では「不吉の前兆」やら「怪物が出る」やらと騒いでいる。

 

ドサッと甲板にガレオン船で手にいれたであろう大荷物を持ってルフィ達がメリー号の甲板に落ちてきた。自力でカメの口から脱出し、ルフィの能力で帰って来たらしい。あちらの船を見ればどうやら猿顔男も無事らしい。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

 

「わっ!どうしたんですか!?」

 

何やら猿顔男は俺達に怒っている。早くここから離れようと船を出す準備をしているとチョッパーが俺に泣きながら抱きついてきた。

 

「エ、エレイン!!あれ!あれ!!」

 

「あれ……って……。!!え!?」

 

「な!?」

 

「なんだありゃ!!?」

 

チョッパーがエレインボディの平たい胸に顔を埋めながら指す方向を見て驚愕した。そこにはカメなんかより数十倍でかい巨人の影が三人分あった。

 

「「「怪物だぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

俺達は恐怖の余り無我夢中で逃げた。メリー号の帆をたたみ、オールを全員で目一杯漕いだ。しばらく漕いでいると暗くなっていた海域は抜け、そこにはカモメが舞う穏やかな海が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色んなことが起こりすぎて精神的に疲れていた俺達は怪物から逃げきった後、甲板に座り込んでしばらく休んだ。そのあとルフィ達が持ってきた戦利品を開けてみたが、錆びた剣や食器、ボロボロのヨロイなどろくなものがなかった。

 

完全に行き先を失ったかに見えたメリー号だが、ロビンが猿顔男の船からこっそり奪っていた"永久指針(エターナルポース)"のお陰で何とか路頭に迷わずに済んだ。

 

ちなみに永久指針(エターナルポース)は記録指針(ログポース)の亜種で、その島の磁場をあらかじめ指し示してくれる物だ。

 

メリー号の行き先は"ジャヤ"という島。そこで俺達は空島についての情報収集をすることとなった。

 

「船長、ジャヤで何か必要な物とかありますか?」

 

「ん?そうだな……肉!!」

 

「………だと思いました。調達しておきますね。」

 

メリー号の船首(ルフィの特等席らしい)で昼寝をするルフィに俺がシャスティフォルに抱きついてふよふよ浮きながら尋ねると予想を裏切らない答えが返ってきた。それを俺はナミからもらった紙にメモしておく。

 

七つの大罪原作でキングは主人公メリオダスらの酒場の仕入れ係を担当していた。俺もそれにあやかり、雑用係兼仕入れ係を担当しようと思っている。半ば無理やりとはいえ俺のようなへっぽこを主人公組に入れていただいたのだ。これくらい働かないと申し訳なくてしょうがない。メリー号にはベッドが2つしかなく、あとの面々はハンモックを吊って寝ている。俺はチョッパーを除けば仲間の中で一番小さいのでよくベッドを勧められるがいつもシャスティフォルを枕に床で寝ている。主人公組を差し置いて俺がベッドで寝るなど……殺されそうな気がするのだ。

 

そうこうしている内にメリー号はジャヤという島についた。遠目から見ればリゾートのようないい感じの町並みだが、上陸してみればそんなことはなかった。港にはたくさんの海賊船が堂々と停泊していて、建物はボロボロ、町行く人々はほとんどが武器を持った無法者で「物騒」という言葉がこの上なく似合う町だった。

 

ルフィとゾロが空島への行き方を聞き込みすることになったが、この二人がトラブルを起こさないわけがないとナミもついていき、計三人が聞き込みを担当、サンジ、ウソップ、チョッパーは船へ残り、俺とロビンが物資の調達をすることになった。

 

「えっ!?この皿一枚で3万ベリー!?……ぼったくりじゃないですか?」

 

「何を言うかねお嬢ちゃん。この町じゃ安いほうだよ。」

 

「……予算オーバー。結構です。ありがとうございました。」

 

俺はよく見ればヒビが入った大皿を店主へ返し、ふよふよとまた店を探し始めた。ここは金が有り余る海賊が金を湯水のように使うことで成り立つ町らしく、物価がそれ相応に高い。これじゃあナミからもらった予算では頼まれた物すべてを買うことは難しそうだ。

 

キョロキョロと店を探しながら浮遊していると誰かが俺の肩を掴んだ。

 

「ぐへへ、お嬢ちゃんかわいいね。」

 

「どうだい?そこのホテルでいいことしないかい?おじさん達がおごってあげるよ。」

 

無精髭を生やしたふくよかなおっさん二人が下卑た笑みを浮かべていた。あっち系の趣味があるらしい。俺は抱きついていたシャスティフォルを素早く無数のクナイへと変化させ、おっさん二人の喉元や心臓などあらゆる急所に突き立てる。

 

「……すみません、聞こえませんでした。もう一度お願いします。」

 

「「………な、なんでもありません。」」

 

俺が黒い笑みを浮かべればおっさん達はそう言って一目散に逃げていった。こんなやりとりはこの町に入ってからよくあることだ。一度路地に連れ込まれてマジでやられそうになった。その時は第二形態にしたシャスティフォルを無茶苦茶に暴れさせて何とかなったが、めちゃくちゃ怖かった。それ以降俺はからまれるたびにシャスティフォルで追っ払っている。

 

「ゼハハハハ!中々肝が座ってるな!嬢ちゃん!」

 

「ん?」

 

クナイとなったシャスティフォルをクッション状態に戻しているとふと後ろから笑い声が聞こえた。振り返るとウソップ程ではないが鼻が長めのビール腹の男がいた。

 

「中々面白いモン見させてもらった。嬢ちゃん、海賊か?」

 

「あ、はい。雑用係ですけど。」

 

会話をしながら俺は首を傾げていた。この男、どこかで見たことあるような気がしてならない。恐らくキャラクターの一人なのだろうが如何せん俺は原作知識がない。必死に記憶から引っ張りだそうとするも喉まで出かかって引っ込んでしまう。

 

「じゃあな嬢ちゃん!りっぱな海賊になれよ!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

男はそう言って去っていった。俺は男から教えてもらった安い雑貨屋の地図を片手に再びふよふよと移動を始めた。

 

「あら、エレイン。」

 

「あ、ロビンさん。」

 

移動し始めた矢先、近くの酒場からロビンが出てきた。

 

「酒場で何してたんですか?」

 

「ふふ、情報収集よ。それよりエレイン、物資は集まった?」

 

「いえ、この町は物価がやたら高くて。でも親切なおじさんから安い雑貨屋さんを教えてもらいましたよ。」

 

「そう。これから服を調達しようと思ってるの。良かったら一緒にいきましょ。」

 

「はい。」

 

俺とロビンは再びジャヤの町を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編3・妖精と絵本

 

 

 

 

 

 

 

「お、重い………。」

 

無事買い出しを終えた俺とロビンはメリー号へ帰っていた。しかし、如何せん物資の量が多すぎた。まず俺が頭に乗せている銀のボウルにはルフィに頼まれた骨付き肉が3つ入っている。手に持つバッグにはサンジから頼まれた食材、その状態で抱きつくシャスティフォルにはロープが巻かれ、チョッパーの医学本にメリー号の資材、酒、食器、服などが吊るされている。こんな重装備で俺はロビンの隣をふよふよ……というかふらふら飛んでいた。さすがにちょっと持ち過ぎたかもしれない。

 

「それでエレイン、何か思い出した?」

 

「へ?何がです?」

 

「記録指針(ログポース)が真上を指した時、あなたは真っ先に"空島"と呟いた。空を飛べるあなたのことだもの。故郷は空島だったりするんじゃない?」

 

「あ!いえっ…!その、まだ何も……。私が失ったのは経験記憶のほうで、情報のほうは残ってたみたいなので……え~と…!」

 

ロビンのもっともな指摘に俺は慌てて弁解した。忘れてた。そういえば俺は記憶喪失という設定だった。しばらく弁解しているとロビンは「そう。」と言って納得してくれた。危なかった。なるべく原作知識は話さないほうが良さそうだ。

 

「それでロビンさんは酒場でどんな情報を仕入れたんですか?」

 

「これよ。」

 

そう言ってロビンは懐から一枚の地図をピラッと取り出した。俺は手がふさがっているため、魔力を用いて地図を顔の辺りまで浮かせる。見ると地図はこのジャヤのものだった。ジャヤの島が海を挟んで二つに割れていて、左側の島には俺達がいる町が記され、右側の島の東の海岸にはバツ印がつけられていた。

 

「このバツ印は何ですか?」

 

「ある人物が住んでいるのよ。名前は『モンブラン・クリケット』。夢を語ってこの町を追われた男よ。話が合うんじゃない?」

 

「おぉー!すごいですロビンさん!」

 

何て機転の利く御人だニコ・ロビン。俺が慣れない仕入れに四苦八苦している間にここまでやってくれていたとは。俺はロビンの高いスペックに詠嘆の声をもらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達が船に戻るとルフィとゾロが傷だらけでチョッパーの治療を受けていた。何があったのかナミに尋ねると「あんたが空島なんて言うから!」と怒られてしまった。ウソップから「今あいつに近づかないほうがいい」と忠告もいただいたので素直にロビンの背中に隠れることにした。

 

「オウオウ!ニーチャン!勝手にここらの海域に入ってくんじゃねぇぞ!ウォーーホーー!!」

 

そしてロビンの情報を元に俺達はモンブラン・クリケットという人物を訪ねることになった。その道中、またもや俺達は猿っぽい男に出会った。海で出会った猿顔男とは別人で、緑の海賊帽子に緑のコートを羽織ったオランウータン風の猿顔男だ。何故か今日は猿と縁が深い日らしい。

 

そのオランウータン男"ショウジョウ"は、俺達が海で猿顔男(ちなみに"マシラ"というらしい)に会っていたことを知ると途端にマイクを片手に大声で叫び出した。俺が特にマシラには手を出していないことを告げようとするも、頭に血が上っていて聞こえていない。ショウジョウの雄叫びはとても大きく、ルフィ達は耳を塞いでいる。

 

その時、バキバキッとメリー号から嫌な音が聞こえてきた。見ればメリー号がウソップの修理した箇所から壊れ始めている。ルフィ達の無茶な航海でダメージを蓄積したメリー号にとってショウジョウの音波攻撃は大打撃だ。

 

「全速前進よ!ここにいたら船がバラバラにされちゃうわ!」

 

俺達はナミの指示の元、大急ぎでその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トンテンカン…トンテンカン…

 

「まったく…!あの…!オランウータンめ…!船をさらに破壊してくれやがって…!」

 

ショウジョウから逃げきった俺達はモンブラン・クリケットの家を目指しながらメリー号の修繕をしている。ウソップとルフィが主に船の側面を、ゾロと俺がマストの修理だ。

 

「気がつきゃいつのまにかボロボロだなこの船も。替え時か?」

 

「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!!」

 

剥がれたマストの表面の木材に、俺が買ってきた木板を上から張りつけて、トンカチで釘を打っていたゾロがボソッと呟いた一言にウソップが怒る。しかしゾロの言う通りよく見なくてもメリー号はボロボロだ。所々傷だらけで、今俺達がやっている修繕だってただのツギハギにすぎない。

 

「着いたわよ。」

 

トンカチを持って振る力すらないため、魔力でトンカチを操作して修理していた俺の後ろからいきなりロビンがそう声をかけた。あまりにいきなりだったので俺はビクッと反応してしまった。俺の反応が可笑しかったのかロビンは口に手をあてて「ふふふ♪」と笑っている。

 

そのことに若干頬を膨らませながら前を見るとジャヤの東の海岸があった。海岸と言っても砂浜があるわけではなく、草原がそのまま海に面している。

 

「「「すっげぇ~~~!!」」」

 

そして海のすぐ近くにあるモンブラン・クリケットの家を見てルフィとウソップとチョッパーが目を飛び出させて驚いた。その家はお城だった。シンデレラに出てくる城とアラビアンの城を足して2で割ったような城だ。

 

「ん?」

 

「どうした?エレイン。」

 

「いえ……何かが…………あ。」

 

俺はその城を見てふと違和感を感じた。何と言うか、その城には何かが足りないような気がしたのだ。うまく言葉では言えないが、存在感というものをイマイチ感じ取れない。その正体を確かめるべくメリー号から飛んでその城に近づいて俺は呆けた声を出した。

 

「げ!ただの"板"!?」

 

「……モンブランさんはずいぶん見栄張りな人のようですね。」

 

城の正体に気づいたルフィが、ガーンという効果音と共に叫ぶ。その城は木の板に描かれたただの絵だった。本当の家は2階建ての小さな物で、あとはベニヤ板に描かれた城だけだった。

 

「ねぇロビン。その人はどんな夢を語ったの?」

 

「詳しくは分からないけど、このジャヤには莫大な黄金が眠っていると言っているらしいわ。」

 

「「「黄金!!?」」」

 

ロビンの情報にルフィ達は大声をあげて驚いた。特にそういった物に目がないナミはチョッパーにその辺を掘るように言って黄金を探し始める。そんな簡単に出る物じゃないと思うのだが。そう言ってもナミは聞かない。

 

「!これは…絵本?」

 

目をベリーにして黄金を探すナミに溜め息をついた俺は、近くの切り株のテーブルに一冊の絵本を見つけた。かなり年期が入っている。題名は「うそつきノーランド」。汚れた表紙にはタイトルと頭に栗のような帽子を乗せた男が船の甲板に立つ絵が描かれている。

 

「うそつきノーランド?へ~、懐かしいな。ガキの頃よく読んだよ。」

 

「知ってるんですか?」

 

「あぁ、俺は生まれは北の海(ノースブルー)だからな。」

 

俺が絵本のタイトルを呟くと、それを聞いていたサンジが反応した。聞けばこの絵本は北の海(ノースブルー)では有名な話で、主人公のノーランドは昔実在したという話もあるのだとか。というかサンジが北の海(ノースブルー)出身とは知らなかった。役に立たない原作知識は今日も平常運転である。

 

絵本の物語を簡潔に言うと、「モンブラン・ノーランド」という探検家の話だ。その男はいつも嘘のような大冒険の話を村人にしていた。ある日、冒険から帰ったノーランドは王様に「ある島で山のような黄金を見た」と報告した。王様はそれを確かめるため、多くの兵士を連れて船を出した。が、苦労の末辿り着いた島は何もないジャングルで黄金など影も形もない。ノーランドはうそつきの罪で死刑となり、誰にも信じられることのないまま処刑された。

 

「…あわれウソつきは死んでしまいました。"勇敢なる海の戦士"になれもせずに…。」

 

「俺を見んなぁ!!切ない文章勝手に足すなぁ!!」

 

「あははは♪」

 

ナミがウソップを可哀想なものを見るような目で見て絵本をパタッと閉じ、それにウソップはツッコんだ。その一連の流れが面白くて俺はつい笑ってしまう。

 

そんなやり取りをしていると、海岸に座り込んで海を眺めていたルフィが突然海に落ちた。何事かと俺達が目を向けると海から顔がひし形で頭に栗を乗っけたご年配の男が上がってきた。

 

「狙いは"金"だな?死ぬがいい。」

 

そう言って男は一番近くにいたサンジへ蹴りかかった。男の蹴りをサンジは軽いフットワークでかわしていく。サンジが男の蹴りをしゃがんで避けたところで男は左の手刀を繰り出した。それをサンジは左足のスネで受け止める。

 

ドウンッ!!

 

「おわっ!!」

 

「サンジさん!!」

 

攻撃を受け止めたことでサンジに一瞬のスキができてしまった。男をそのスキを見逃さず、拳銃を取り出して発砲した。サンジは何とか既の所でかわしたが、身をのけ反ってかわしたためバランスを崩して後ろに倒れてしまう。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態"増殖(インクリース)"!」

 

俺は格好の的になったサンジを庇うように前に出た。そしてシャスティフォルを無数のクナイとなる第五形態に変化させる。

 

「ぐっ………!」

 

「へ?……あ、あの、私まだ何もしてませんけど。」

 

俺が攻撃しようとした矢先、男は苦しそうな呻き声をあげてその場に倒れてしまった。一先ず俺はシャスティフォルを元のクッションに戻して男を乗せてあげた。その後、チョッパー先生の指示の元、男を男の家に運び込んでベッドに寝かせる。

 

「!この人…"潜水病"だ!!」

 

チョッパーが男を診断してそう叫んだ。チョッパーは皆に指示を出して家の窓を全開にする。

 

"潜水病"。前世で学校で教わった記憶がある。生物の授業で微妙に時間が余ったので先生がそんな話をしていた。詳しくは覚えていないが、ダイバーがたまにかかる病気で、海底から海上に上がる時の減圧が原因で、体内のある元素が溶解状態を保てずその場で気泡となり、その気泡が血管、血管外で膨張して血流や筋肉などに障害を与える。

 

本来この病気は持病になったりするものではない。チョッパー先生曰く、この男は毎日無茶な潜り方を続けてきたらしい。何か目的があるのだろうか。

 

「分からないけど……危険だよ。場合によっては潜水病は死に至る病気だ。」

 

チョッパーの言葉が重くその場を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編4・妖精とサウスバード

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウキキキ!」

 

「ウォッホッホ!」

 

「ははははは!」

 

「…………はぁ。」

 

切り株のテーブルを囲み、笑って楽しくしゃべるマシラとショウジョウとルフィを見て俺は溜め息をついた。正直展開についていけてない。

 

俺達を襲ってきた男、訪ね人"モンブラン・クリケット"を看病しているとマシラとショウジョウの二人が押し掛けてきた。二人はクリケットをおやっさんと呼んでいた。どうやらクリケットは二人のボスだったらしい。そしてルフィは二人と打ち解け、ああやって楽しく会話中というわけだ。

 

「おーい!みんな!気がついたぞ!」

 

「そうですか。良かった良かった。」

 

クリケットの看病をしていたチョッパーが外にいる俺達を呼びに来た。ルフィ達の会話にどう反応していいか分からなかった俺はこれ幸いと家へと入った。狭い家の中では、ベッドの上に座り込んだクリケットがタバコを吸っていた。

 

「迷惑かけたな。おめぇらをいつもの金塊狙いのアホ共だと思った。」

 

「え!?金塊をお持ちなの!?」

 

「ナミさん、狙わないでください。」

 

「うっ……、わ、分かってるわよ!」

 

目をベリーにするナミを俺がジト目で見るとナミは慌ててコホンと咳払いをした。あの目は絶対本気だった。

 

「おっさん!俺達空島に行きてぇんだ!行き方教えてくれ!」

 

「空島?ウワッハッハッハ!!お前ら空島を信じてるのか!?」

 

「キッ!!」

 

「オイ!ナミやめろ~~~!!病人だから~~~!!」

 

「?」

 

ルフィが空島について訪ねるとクリケットが大声で笑い、ナミが怒ってクリケットに殴りかかろうとしているのをウソップが必死に止めていた。俺はそれを頭にハテナを浮かべて眺める。

 

「空島はないんですか?」

 

「フフ、さぁな。あると言ってた奴を一人知っているが、そいつは世間じゃ伝説的な大うそつき。一族は永遠の笑い者だ。」

 

「「はっ!」」

 

「俺じゃねぇよ!!」

 

クリケットが言う"伝説的な大うそつき"の部分で俺とルフィはシンクロしたかのようにハッとしてウソップを見た。さらにクリケットが話を続け、「うそつきノーランド」の話になっても俺とルフィは同じくウソップを見た。その時もウソップから「俺じゃねぇ!!」とツッコミを貰う。なんだかコントみたいで楽しい。

 

「子孫!?そしてここがお話の舞台!?」

 

「ああ、じいさんのじいさんのそのまたじいさんの…、俺の遠い先祖さ。迷惑な話だ。奴の血なんざ俺には蚊程も通っちゃいねぇだろうに。」

 

クリケットの話では、モンブラン家は当時国を追われ肩身狭く暮らすも、人の罵倒は今もなお続いているらしい。しかし、一族の誰もがノーランドを恨むことはないのだそうだ。

 

「なぜですか?」

 

「ノーランドが類まれなる正直者だったからだ。」

 

「「「え!?」」」

 

「絵本にあるノーランドの最後の言い訳はこうだ。『そうだ!山のような黄金は海に沈んだんだ!』。アホ面沿えて描いてあるが、実際は大粒の涙を流した無念の死だったという。」

 

俺は抱いた絵本に目線を落とす。そこにはこれから処刑されるというのに笑いながら檻に入れられるマヌケな顔のノーランドが描かれてあった。

 

「到着した島は間違いなく自分が黄金都市の残骸を見つけたジャヤ。それが幻だったとは到底思えない。ノーランドは地殻変動による遺跡の海底沈没を主張したが、誰が聞いてもただの苦し紛れの負け惜しみ。ノーランドは見物人が大笑いする中殺された…。」

 

「では、クリケットさんはノーランドの汚名返上のために海底の黄金都市を探して……?」

 

「バカ言うんじゃねぇ!!」

 

ドン!!

 

「エレイン!!」

 

俺が聞くとクリケットはいきなり俺に銃を発砲した。銃弾は空中に浮いていた俺の顔の横を通過し、窓から外へ飛んでいった。わざとはずれるように撃ったらしい。それでも俺はいきなりのことで心臓が縮み、空中にいられなくなってゾロの頭に落下した。以降、俺はゾロに肩車された状態でクリケットの話を聞く。エレインを肩車できるなんて…。ゾロ、羨ましい奴め。…ふざけてる場合じゃないか。

 

「大昔の先祖がどんな奴だろうと俺に関係あるか!!そんなバカ野郎の血を引いてるってだけで罵声浴びるガキの気持ちがお前らにわかるか!?俺はそうやって育ってきたんだ!!」

 

そう俺達に叫んだクリケットは気持ちを落ち着けるためにタバコを深く吸い、フーッと煙を吐き出す。

 

「だが、この400年の間には一族の名誉のためにと海へ乗り出した奴も数知れねぇ。その全員が消息不明になったがな。俺はそんな一族を恥じ、家を飛び出して、海賊になった。」

 

「へー、おっさんも海賊なのか。」

 

「なりたかったわけじゃねぇ。ノーランドの呪縛からにげたかったんだ。だが、10年前、冒険の末なんと俺はこの島に辿り着いちまった。モンブラン家を、ノーランドを最も嫌い続けた俺がだ。これも運命かと考えちまうともう逃げ場はねぇ。あるならよし、ねぇならそれもよし、黄金を見つけて奴の無実を証明したいわけじゃねぇ。俺の人生を狂わせた男との"決闘"なのさ。」

 

「……くぅ!!まさに男の……!!」

 

熱く語るクリケットにウソップはじ~んと来て涙を流している。

 

「じゃあ猿達は?あいつらは何でここにいるんだ?」

 

「そりゃまた…!海底にかける男達の熱いドラマがあったんだろうな……!!」

 

「あいつらは絵本のファンだ。」

 

「ファンかよ!!」

 

猿達とクリケットのずいぶん簡単なつながりにウソップはビシッとツッコんだ。それでも、そんな簡単なつながりでも、孤独に生きてきたクリケットは二人に救われているみたいだ。

 

「まー、猿の話は置いといてよ。」

 

「コラ!!何流してんだ!!」

 

あっさりとマシラ達を話題から外したルフィをウソップがツッコむ。そんなウソップをルフィはぐいっとどかしてクリケットに叫んだ。

 

「俺は空島に行きてぇんだよ!おっさん!!」

 

「……フフ、せっかちな奴だ。空島の証言者は"うそつきノーランド"。こいつに関わりゃお前らも俺と同じ笑い者だ。」

 

クリケットはベッドの近くの本棚から古びた航海日誌を取り出した。

 

「ほれ、その辺読んでみろ。」

 

「わっ!」

 

クリケットは日誌を半分程開いてナミへ投げ渡す。ナミはその日誌の古くてカサカサになったページを読み始めた。

 

そこには「ウェイバー」というスキーのような空島の産物を手に入れたことや、空島に生きる「空魚」という魚を見たことなどが、まるで空島があることが当たり前であるかのように書かれていた。

 

それを見てルフィ達はやっぱり大はしゃぎしている。俺はゾロの肩からふわりと浮くとそんなルフィ達を通りすぎてクリケットに近づいた。

 

「あ、あの……。」

 

「ん?どうした?」

 

「先程はすみませんでした。あなたの気持ちも考えず勝手なことを言ってしまって。」

 

「フフ、気にすんな。こっちも悪かったな。いきなり撃ったりしてよ。」

 

俺がさっきの失言をペコリと頭を下げて謝るとクリケットは俺の頭をポンポンと撫でて許してくれた。その流れで俺は今度はクリケットに肩車される。なんだかエレインの姿になってからやたら子供扱いされる気がするのは俺の気のせいだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルフィ、ウソップ、ナミは切り株のイスに座り、ゾロはその後ろで寝ている。俺はチョッパーをお腹に抱き、切り株のテーブルに背中を預けている。そんな俺達の前にはクリケットが腕を組んで立っている。空島について知っていることを教えてくれるそうだ。

 

「この辺の海では時として真昼だってのに一部の海を突然"夜"が襲う奇妙な現象が起きる。」

 

「あった!あったぞそれ!!なあ!」

 

「はい。夜が来てそれで、とてつもなく大きな人影が現れたんです。」

 

「巨人の事か。あいつらに関しても色々謂れはあるが今はおいとけ。突然の夜の正体。それは極度に積み上げられた"雲の影"だ。"積帝雲"。そう呼ばれている。空高く積み上げるも気流を生まず、雨に変わることもない。そいつが上空に現れた時、日の光さえ遮断され、地上の昼は夜に変わる。」

 

「積み上げても気流を生まない雲!?そんな事……」

 

「ないと思うのも自由。俺は別に信じろと言ってるわけじゃねぇ。」

 

クリケット曰く、空島が存在するとしたらそこにしか可能性がないらしい。そしてそこへ行くためには"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"という海流を利用しなければならない。空へと海流が約1分間上昇し続ける海の"大爆発"に乗って空へ吹き飛ぶわけだ。口で言うのは簡単だが、俺達がイメージする爽やかな空の旅には絶対にならない。"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"は月5回の頻度で起こる"災害"。それを利用するのだから命懸けの旅だ。吹き飛ばされた上空にうまく空島がなければそのまま海に叩きつけられて全員木っ端微塵。そもそも空島が存在しなければ結果は同じだ。

 

クリケットやマシラ達は俺達が空へ無事飛べるように進航の補助や痛々しい姿のメリー号の強化もしてくれるそうだ。

 

「ところでクリケットさん。その"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"の上空にうまく積帝雲が重なる日って分かりますか?」

 

「ん?明日の昼だ。行くならしっかり準備しろ。」

 

「何ぃぃぃ!?明日の昼ぅぅぅぅ!!?」

 

俺がクリケットに災害情報を聞いてみるとまさかの明日の昼という答えが返ってきた。そんな天文学的な確率の話は少なくても数ヵ月は先になるだろうと望み薄で聞いた身としては予想外だ。俺の後ろではウソップが目を飛び出させて驚いている。そしてウソップはすぐにキッと目の色を変えてクリケットへ叫んだ。

 

曰く、なぜ今日会ったばかりの自分達にここまでしてくれるのか。空島なんて伝説的な場所へ行く絶好の機会が明日で、その為に船の強化や進航の補助をしてくれるなんて話がうますぎる。信用できないとそう叫んだのだ。

 

俺は原作知識のおかげで空島がちゃんと存在していることを知っている。しかし、ウソップ達はそうではない。人が口を揃えて「ない」と言う存在が不確かな場所へ命を懸けて行かなくてはならない。だから慎重になってピリピリしてしまう。この叫びはその現れだろう。この状況では誰もウソップを責められない。

 

クリケットはタバコを深く吸い、フーッと煙を吐き出し、そして口をゆっくり開いた。

 

「……マシラのナワバリで日中、夜を確認した次の日には南の空に積帝雲が現れる。"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"の活動も周期から考えて明日、南の地点で起こる。100%とは言い切れんがそれらが重なる確率は高い。」

 

「………………」

 

「俺はお前らみたいなバカに会えて嬉しいんだ。さぁ、一緒にメシを食おう。今日は家でゆっくりしてけよ。"同志"よ。」

 

クリケットは話しながらゆっくりと歩き、「"同志"よ」の部分でウソップの横を通りすぎた。ルフィ達はメシだメシだとはしゃいでいる。俺はそんなルフィ達を尻目に、地面に座り込むウソップにふわふわと近づく。

 

「エレイン…、俺はみじめで腰抜けか?」

 

「……はっきり言えばそうなりますね。でもウソップさんは間違っていないです。すぐ信じるにはあまりにもリスキーな話ですから。ちゃんとクリケットさんに謝ってくださいね。」

 

俺がそう言うとウソップは立ち上がり、クリケットに向かって駆けていき、クリケットの腰に抱きついて謝った。クリケットはそのせいでウソップの鼻水が服についてしまい、ウソップを蹴り飛ばす。

 

「ふふ♪」

 

なんだか可笑しくなった俺は少し笑い、胸にノーランドの絵本を抱きしめてルフィ達の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「わははははは!!」」」

 

「いやぁ、今日はなんて酒のうめぇ日だ!!」

 

「さぁ食え食え!まだまだ続くぞサンマのフルコースは!!」

 

太陽も西の空へ沈み、外は真っ暗となった。今夜の夜空には雲がかかっていて星は一つも見ることができない。

 

クリケットに会った夜、俺達はクリケットの家で宴をしていた。雑用係の俺はサンジと共に料理をして、その料理をルフィ達の元へ運ぶ。ふと目をやればウソップが料理にたっぷり仕込んだタバスコでマシラが火を吹き、それをロビンが遠巻きにエールを呑みながら眺めて微笑んでいる。

 

麦わらの一味の食卓はいつもこんな感じだ。そもそもあのルフィが行儀良く料理を食べるなんてできるわけがない。ウソップやチョッパーも然りだ。俺達はそんなルフィ達につられ、気がつくといつの間にか宴会へ発展してしまう。

 

俺はそんな空気が好きだ。ゾロみたいにお酒は呑めないし、ルフィみたいに大食いもできないが、皆が楽しそうに笑って、時にはちょっとした悪戯でケンカになって、でも最後は皆で肩を組んで歌って…。人間も能力者もトナカイも妖精もそんな垣根など気にせずに騒げるこの空気が俺は好きだ。世間から見れば海賊など無法者の犯罪者の集まりだが、ルフィ達のような海賊がいるなら、そんなに邪見にするものでもないのかもしれない。

 

「これを見ろ!!」

 

「わっ!"黄金の鐘"!!」

 

しばらく宴をやっているとノーランドの話になった。クリケットは俺達に10年間潜って海底で見つけた黄金を見せてくれた。クリケットが見つけたのは金をグラム分けするために加工された鐘型のインゴット3つとペンギンのような奇妙な鳥の金の造形物だ。その鳥は"サウスバード"という現在のこのジャヤにも生息する鳥で、ノーランドの日誌にも登場した鳴き声が変な鳥らしい。

 

「「「しまったぁ!!!」」」

 

俺がサウスバードの造形物をつんつんと触っていると急にクリケット達が叫んだ。俺はそれにびっくりして条件反射でルフィの胸元に抱きついてしまう。

 

どうやらクリケット達は肝心なことを忘れていたらしい。明日、俺達はジャヤから真っ直ぐ南へ向かい、"突き上げる海流(ノックアップストリーム)"の現場へ行かなければならない。だが、ここは方角すらまともに知ることのできない"偉大なる航路(グランドライン)"。目指す対象が島ではない以上"記録指針(ログポース)"を頼ることもできない。そこでサウスバードの習性を利用するのだ。サウスバードはサケやハトのように体内に正確な磁石を持つ動物の最たるもので、どんな場所へ放り出されても正確な方角をその体で示し続けるらしい。

 

とにかく、このサウスバードがいなければ何も始まらない。かくして俺達はクリケット達がメリー号の強化をしている間にサウスバードを一羽捕まえることになった。

 

真夜中の森で。

 

「霊槍シャスティフォル第七形態"導苔(ルミナシティ)"。」

 

「おお!明るい!!」

 

「お前のクッションって本当便利だな。」

 

今夜は星が一つも見えない程暗い夜。さらにそんな時間に森へ入ればさらに暗闇が深まる。俺はシャスティフォルを小型の土星のような形態にして辺りを照らす。その光に無数の虫達と共にルフィ達が集まってくる。ゾロが言うように、シャスティフォルは応用の利く本当に便利な神器だ。

 

皆でシャスティフォルを囲み、サウスバードをどう探すが話し合っていると、ジョ~と鳥というか生物の鳴き声としても可笑しい鳴き声が聞こえてきた。間違いなくあれがサウスバードの鳴き声だろう。姿はさっきクリケットが見せてくれた黄金の造形物の通りだ。

 

「よし!網は3つある!3手に別れて探そう!!」

 

「「「おぉーーー!!!」」」

 

サンジとナミとウソップ、ゾロとロビン、ルフィとチョッパーの3チームに別れてサウスバードを探すことになった。俺はルフィ達が迷わずに帰って来れるように、シャスティフォルで辺りを照らしながらここで待機だ。

 

「まぁ、鳥一匹くらい船長達ならすぐ捕まえられるでしょう。」

 

俺は近くの木の根に腰かけてロビンから借りた歴史書を読む。前世では歴史なんて苦手教科筆頭だったが、この世界の歴史書は中々面白い。ゲームの説明書を読むようにサクサクと読める。辺りを照らすシャスティフォルには蛾やハエが集まってくるが、そんなことを気にしてはられない。

 

しばらく本を読んでいると辺りから悲鳴が聞こえてきた。あの声はサンジとナミか。少し遅れてウソップの悲鳴も聞こえてくる。その反対からはルフィとチョッパーの悲鳴と走り回る音が聞こえる。たかだか鳥一匹と軽く考えていたが、相当苦戦しているらしい。

 

それから少し待っているとルフィ達は戻ってきた。皆とても疲れた様子だ。特にルフィとチョッパーなんかは蜂にでも刺されたのか顔中を腫らしている。いまだにサウスバードを捕まえられないみたいだ。

 

その時、ジョ~とまたしてもサウスバードの鳴き声が聞こえた。頭上を見上げれば黄金の造形物と同じ姿の鳥が枝の上で翼をはためかせて鳴いている。よく分からないがなんとなく目が俺達をバカにしているような気がする。

 

「『お前らなんかに捕まるかバーカ!』だって。」

 

「何を!?わざわざそれを言いに出てきやがったのか!!撃ち落としてやる!!」

 

案の定だった。ヒトヒトの実を食べたトナカイで動物の言葉が分かるチョッパーがサウスバードの言葉を翻訳してそれにウソップが怒る。今のは俺もカチンと来た。

 

俺は右腕をサウスバードへ向け、魔力を放出する。するとサウスバードの周囲の木が反応し、枝が驚異の速度で伸びてサウスバードをぐるぐる巻きにして捕獲した。サウスバードは何が起こったか分からないようで混乱していた。妖精王の森の"生命の泉"を悪意ある人間から守る聖女エレインならではの力だ。

 

「捕獲完了ですっ☆」

 

「「「おぉ~~!!」」」

 

「………(カァァァァ」

 

「ふふ♪」

 

七つの大罪原作のゴウセルを真似て少しおどけてポーズをとってみるとルフィ達から拍手が送られた。それで俺は恥ずかしくなって赤くなるとロビンが微笑む。ちくせう、やらなきゃ良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひし形のおっさん!!」

 

「マシラ!!ショウジョウ!!」

 

サウスバードを無事捕獲した俺達が戻るとクリケット達が血まみれで倒れていた。家もボロボロに破壊され、メリー号もマストや船首が折られ、派手に壊されている。何者かに襲われたようだ。

 

「ルフィ!!金塊が奪られてる!!」

 

壊された家を調べていたナミがそう叫んだ。皆は目の色を変える。クリケットは俺達に余計な迷惑をかけないように気にするなと言ってくれるが、あれはクリケットが10年間も、体が壊れるまで潜って見つけた物だ。気にしないわけがない。

 

「!ゾロさん、このマークは一体何でしょう?」

 

「!こいつは……!!」

 

「べラミーのマーク!!」

 

俺は壊されたベニヤ板の城の絵に、まん丸のガイコツに斜線が引かれたマークを見つけた。それを見てナミはべラミーのマークと言う。

 

「なぁ、ロビン。海岸に沿って行ったら昼間の町に着くかな?」

 

「えぇ、着くわよ。」

 

べラミーのマークを見たルフィはロビンに町への道筋を尋ねていた。町への行き方が分かったルフィは指をパキッと鳴らして俺達にこう言った。

 

「朝までには戻る。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編5・妖精の空島旅行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな海、空は大きな雲がたくさんあるものの快晴と言っても差し支えない晴れ、風も良好、絶好の航海日和だ。これで上空にカモメが2、3羽飛んでいればなおいい。

青い広大な海を3隻の海賊船が進む。マシラ、ショウジョウの猿山連合軍の船と我らがゴーイング・メリー号だ。メリー号はクリケット達によって対突き上げる海流(ノックアップストリーム)用の"フライングモデル"へと改良されている。両サイドには上手いバランスで白い翼が取りつけられ、メリー号の船首の羊にはトサカがつけられて___よく見なくたってモデルは鶏だ。これから空へ飛び立とうというのに飛べない鳥類をオマージュするとは………クリケットは俺達に空から落ちてこいとでも言いたいのだろうか。

 

「ジョ~~~…」

 

「あなたも不安ですか?」

 

「ジョ!ジョ!」

 

そうそう、言い忘れたが今俺の頭には現在進行形でサウスバードが止まっている。何か言いたげな鳴き声を出したので、なんとなく予想してみると当たりらしい。サウスバードは俺の頭の上でバサバサと翼を動かして頷いた。こうやって俺とやりとりしながらも頭はしっかりと俺達が進むべき南を向いてくれている。

ルフィを待っている間、俺が乱暴な捕まえ方をしたせいで拗ねてしまった彼をあやしている間になつかれたのだ。動物には愛情だよと昔おばあちゃんが教えてくれたがまったくもってその通りだ。バーソロミュー・くま風に言えば「的を射ている」と言ったところか。

 

ルフィといえば彼はまたやらかしてくれた。クリケットのためにべラミー討伐へと向かったルフィ。俺は昼間何があったのかナミに聞いてみてポンッと手をついた。

べラミー。そういえばそんな奴がいた。ルフィとゴムゴムと類似能力の"バネバネの実"の能力者で、ハイエナと呼ばれる"チンピラ"という言葉がこの上なく似合う、ドフラミンゴに憧れを持つ男だ。空島編では冒頭からルフィに突っかかるいわば中ボス的な奴だ。

このべラミーを倒すべく町へと向かったルフィだが、帰りが遅い。ルフィのことだからやられるわけはないのだが、とにかく遅かった。出発の時間を45分もオーバーしやがったのだ、奴は。

ようやく黄金を取り戻して帰って来た奴の手には大きな二本角と黄土色の尻を持つ黒い昆虫___ヘラクレスが握られていた。しかも目が白いアルビノ個体である。時間がないと言っているのに余計なことをしていた奴をパチンと平手打ちした俺は悪くないと思う。奴に打撃は通じないし、エレインボディの非力なビンタじゃなんの意味もないだろうしな。

 

「南西より"夜"が!!"積帝雲"です!!」

 

ショウジョウの船の船員の一人が双眼鏡を覗いて叫んだ。南西を見ると遠くの空がどっぷりと暗くなっている。

マシラの話では積帝雲が現れるまで後5分程度はあるはず。どうやら予想よりも早く現れたようだ。現代の天気予報ですら外れることのある天候の予想、まだ人工衛星もないであろうワンピースの世界の予報にはやはり限度がある。

 

マシラ達の指示の元、俺達は急いで準備をした。爆発でやられないよう帆はしっかりと畳み、サウスバードも飛ばされないように船にしっかり繋いでおく。

その時、突然ガクンッと船が揺れた。気がつくと周りの海が大渦となっていた。突き上げる海流(ノックアップストリーム)はまず、巨大な大渦から始まるらしい。

一匹の海王類が運悪く渦に巻き込まれてしまった。俺達とは比べ物にならない程大きく、屈強な海王類が為すすべもなく渦に飲み込まれる。

 

「……すごい。」

 

改めて自然の力を再確認した。これ程の自然災害を目にすればそれくらいしか出てこない。

やがてメリー号は渦の中心へ到達した。飲み込まれると身構えたところ、大渦はさっきまでの猛威が嘘のように消えた。しかし、次の瞬間___

 

ドッパァァン!と、まるで世界を揺るがすような轟音を立てて海が吹き飛んだ。吹き飛んだ海は天を貫くように高い水柱を生み出す。

 

「すっげ~~!!船が垂直に走ってるぞ~~!!」

 

「わぁ~~!俺空飛んでる!!」

 

「エレイン!急いで帆を張って!!このままだと弾き飛ばされちゃう!!」

 

「はい!!」

 

マストにしがみついて指示を出すナミの声で俺は急いで帆を張った。全員が突き上げる海流(ノックアップストリーム)で吹き飛ばされないよう船にしがみつくか船室に入るかしている今、メリー号を安全に操作できるのは空を飛べる俺しかいない。

ナミの言うとおり帆を張るとメリー号は上昇気流を受けてさらに加速した。突き上げる海流(ノックアップストリーム)の凄まじい海流を受けるため、マストはみしみしと音を立てている。だが、ナミ航海士によればこれでいいらしい。さらにこの状態から、船室のチョッパーが舵を取り舵__つまり左に切るとメリー号は海流に絶妙に乗り、さらにスピードをあげ、海流から浮きなんと空を飛んだ。マストと両サイドの翼が上手く風を受けているようだ。メリー号はバランスを崩すことなく飛行し続ける。

 

さすがはナミだ。海と風が相手なら彼女に敵う者はいないだろう。

 

俺達はもうスピードで積帝雲に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば俺達は空島へ辿り着けた。俺は原作知識があるから、よっぽどのイレギュラーがなければほぼ辿り着けることは知っていたが、やはりあれほど刺激的な旅はドキドキするものだ。

俺達が突き上げる海流(ノックアップストリーム)で辿り着いたのは積帝雲の"中層"に当たる場所だった。そこでは謎の仮面男に襲われ、"空の騎士"を名乗る老人に助けてもらったりした。

そんなこんなあり、さらに上へ行く方法を模索しているとはるか上へ伸びる雲の滝を見つけた。その滝の前には梅干しのような顔をしたおばあちゃんの天使がいて、そのおばあちゃんに「入っていいよ」と言われたので俺達は「"神の国"スカイピア」へと入国した。

 

一気に説明すると何がなんだか分からないだろうが、俺だって分からない。なにせトントン拍子で話が進んでいくのだ。いちいち整理している暇がない。

 

「ひゃっほ~~!!空島だぁ~~!!」

 

「おお!!この島地面がフカフカすんぞ~~!!」

 

ルフィ達はまるで天国のような空島にはしゃぎまくっている。よく見れば普段は保護者のような雰囲気があるサンジやナミでさえルフィ達に混じって楽しそうだ。

 

「ほら、あなたも遊んできなさい。」

 

「ジョ~~~♪」

 

俺はそんなルフィ達を眺めながらサウスバードを逃がす。サウスバードは嬉しそうに空島の彼方へと飛び立っていった。

 

「…………」

 

俺はぐっぐっと手を握ってみる。その次はメリー号の船首を撫で、軽く自分のほっぺたをつねってみた。痛い。夢じゃない。俺はちゃんとここに存在していて、目の前には本物の空島が広がっている。俺はそのことに安心感を覚えた。時々思うのだ。実はこれは俺が見ている夢で、現実の俺は昏睡状態で病院のベッドにでも横たわってるんじゃないかと。だから時々こうやって自分の存在を確かめている。

それと同時にわくわくもした。前世では紙の上、または画面の上だけの存在だったワンピースの冒険を俺は体験することができている。それはとても光栄なことで、とても素晴らしいことなのだと感じられた。

俺はメリー号の船首に体育座りで座り込んだ。普段は特等席だと豪語して座らせてくれないルフィも今は遠くで遊んでいる。今なら座り放題だ。

 

「楽しそうね。あの子達。」

 

「…そうですね。空島…本当に素敵な場所です。」

 

俺の後ろにはいつの間にかロビンが立っていた。ロビンは俺と同じようにルフィ達を眺めると、どこか遠い目をした。

 

「……航海や上陸が冒険だなんて……考えたこともなかった。」

 

「……………」

 

ルフィやゾロが聞いても、おそらく何も分からないであろうロビンの言葉。しかし、原作知識のある俺には分かってしまう。ロビンがどんなに暗い道を生きてきたのかを。

麦わらの一味は皆共通して何かしら暗い過去を背負っている。ロビンだけに限らず、俺はそれを原作知識なんてルール違反で一方的に知っている。本来なら俺はいつかルフィ達に打ち明けるべきなのだろう。「私は実は転生者で、あなた達はある人物が生み出した創作の登場人物で、私はあなた達のことを知っています」と。だが、そんな事言えるわけがない。信じてもらえるわけがないし、信じてもらえたとしても一味の雰囲気を悪くするだけだ。

 

あぁ!くそ!いっそ俺が無責任な奴だったらこんなこと気にしないで済んだのに!小心者で慎重派なせいでこういうことは無駄に考えてしまう。

 

俺はメリー号の船首からふわりと浮いてロビンの手を引いた。

 

「エレイン?」

 

今俺ができることはこれくらいだ。

 

「ほら!ロビンさんも一緒に行きましょう!」

 

「あっ!ちょっと!」

 

俺はロビンの手を引いたままメリー号から飛び出す。俺がロビンを手を引いて空を飛んでいるため、端から見れば金髪の幼女と黒髪の美女が雲の海の上を手を繋いで飛ぶ幻想的な光景になることだろう。

俺はロビンをふわりと雲の砂浜に降ろし、後ろに手を組んで精一杯微笑んでみせた。

 

「題名をつけるなら『天国に降り立つ女神』です。いかがですか?」

 

「……ふふ、素敵だわ。オークションにでも出したら大荒れになるわね。」

 

一瞬ポカンとしたロビンだが、すぐに俺の冗談を読み取って乗ってくれた。その表情はとても楽しそうだ。よし!赤面物のギャグをやったかいがあったというものだ。ギャグとして成立したかは別として。

ロビンは原作通りなら、この後のエニエスロビー編でルフィ達に助けられ、真の意味で麦わらの一味になる。当然その戦いには俺も参加する予定だ。戦力になるかどうかは別として、ロビンの事情を知ってしまっている以上知らんぷりはできない。恐怖がないわけではないが、それでもロビンのために戦おうと思えているあたり、俺も麦わらの一味に染められてしまったようだ。

 

「お~い!エレイン!ロビン!こっち来てみろよ!!」

 

「は~い!今行きますよ~!!」

 

遠くでヤシの木のような木に登ったルフィが俺達を呼んだので、振り返ってヒュンと急いで向かう。

船長のお呼びだ。雑用係として一番に向かわなくては!

そんな自分の中のどうでもいい心がけに従って俺はルフィの元へ飛んだ。

 

「………ありがとう。」

 

後ろでロビンがそう小さく呟いていたことに俺は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編6・妖精の試練

 

 

"貝(ダイアル)"

 

それは、空島での生活に欠かせないものだ。見た目はごく普通の貝殻__まぁ、普通じゃないのもあるがとにかく見た目は貝殻だ。その貝殻には特殊な力があり、音を録音する"音貝(トーンダイアル)"、風を蓄えていつでも放出できる"風貝(ブレスダイアル)"など、種類も豊富だ。

この貝(ダイアル)は空島文化を直接支えており、空島とは切り離せないものだ。

 

「まとめるとこんな感じですか?」

 

「はい。そう思って頂いて結構です。」

 

今日も今日とてシャスティフォルに抱きつき、ふわふわと浮かんだ状態の俺の質問を返したのは、金髪と言うよりクリーム色と言ったほうがしっくりくる髪をピョコンと虫歯のキャラクターのように可愛らしくまとめ、背中に空島の住人である証の翼が生え、ピンク色のワンピースを着た少女__コニスだ。

 

彼女とは、砂浜で遊んでいる時に出会った。彼女は俺達を自分の家に招待し、空島について何にも知らない俺達に色々教えてくれた。彼女の父親もまた独特の雰囲気漂う人で親切に対応してくれた。

 

ただ、コニスが俺を見た瞬間固まったことには驚いた。俺が首を傾げて彼女の顔の前で手を振ってみると少し頬を染めて「す、すみません!あんまり綺麗だったものですから!」と後ろに下がった。

 

俺が綺麗って……この子大丈夫か?

 

確かに見た目はエレインボディだし、綺麗なのは認めるが、中身が俺である以上それだけでマイナスだと思うのだが。むしろ身も心も純粋無垢なコニスのほうがよっぽど綺麗だと俺は思う。だって俺、中身は男なんだぜ?引くだろ。

 

コニスと話しているとキッチンから大量の料理を持ったサンジがコニスの父親と一緒に出てきた。空島の食材を存分に使ったフルコースが完成したようだ。俺達はコニス達と料理を食べながら会話を楽しむ。

 

「"神"がいるのか!?"アッパーヤード"って所に!?」

 

コニス達とおしゃべりを楽しんでいると、海で"ウェイバー"に乗って遊んでいたナミが見えなくなったことに気がついた。コニスはそれを聞くと、顔を青ざめて空島には"神・エネル"が住む絶対に入ってはいけない場所があるのだと説明した。もしナミがそこに入ってしまえば神の裁きがくだされるそうだ。ちなみにルフィはそのことを聞いたら嬉しそうにニコニコしていた。こいつ絶対入る気だ。

 

まあ、空島編のストーリー上、結局全員がその"アッパーヤード"に入ることになるのだが。

 

空島編の大ボスと言えばなんと言ってもエネルである。3種の悪魔の実の内、最強種と言われる"自然系(ロギア)"ゴロゴロの実の能力者で、身体を雷に変えることができるチートな御方だ。最大2億ボルトもの電圧を出すことが可能でしかも雷速で移動できる。始めて見た時は「え?こいつどうやってたおすの?」と絶望感に包まれたものだ。あんな絶望感は某宇宙の帝王様の変身以来だった。

そんな奴相手に俺のようなへっぽこ妖精が敵うわけがない。だから今回の戦いでは、俺は極力暗躍に徹するつもりだ。理想としてはエネルに次々にやられるゾロ達を治療、介護する役割が望ましい。即効性がないとはいえ、一応傷を治療する機能ならシャスティフォルに備わっている。うん、それがいい。そうしよう。

 

いなくなったナミを探すべく、メリー号に乗り込んでいた俺達。そんな俺達の前に白い服を着た屈強な男達がほふく前進で登場した。彼らはコニス達と「へそ」と会話している。多分あれが空島の挨拶なのだろう。

 

"マッキンリー隊長"と名乗る男達のリーダーは俺達を不法入国者と呼び、第11級犯罪故、700億エクストル払えと言った。1万エクストルで1ベリーなので、700万ベリーだ。

高い、高すぎる。だいたい俺達はあのおばあさんに「入っていいよ」と言われたから入ったのだ。それで入ったら不法入国って詐欺もいいとこだ。まぁ、ルフィ達ならあそこで断られても力づくで入国しただろうということは置いといて。

 

「ルフィ!その人に逆らっちゃダメよ!」

 

俺達がマッキンリーと話しているとナミがウェイバーで帰って来た。どうやら無事のようだ。ナミはマッキンリーには逆らわないように言っていたが、請求額を聞くと、ウェイバーでマッキンリーを吹き飛ばしてしまった。あーあ。

当然マッキンリーは怒って攻撃を仕掛けてきた。ただでさえ詐欺まがいなことで取り締まる彼らだ。あんなことをすれば当然公務執行妨害的なことになる。

ルフィ、ゾロ、サンジが男達を蹴散らしてくれている。その間に俺はナミをメリー号に乗せた。途中飛んでくる雲を引く矢は槍状のシャスティフォルを円を描くように高速回転させて弾いている。

 

無事、男達をたおした俺達だが、犯罪者になってしまった以上、ここを離れなくてはならない。ここにいれば関係ないコニス達に迷惑をかける。俺は出航に必要なものをコニス宅から分けてもらおうとするルフィ、サンジ、ウソップについていく。荷物持ちは雑用係の役目だ。

 

コニス宅で出航の準備をしていると、望遠鏡でメリー号を見たウソップが騒いだ。見ればメリー号は超巨大なエビに掴まれ、どこかへ猛スピードで連れていかれている。そのスピードは本当にすごいもので、あっという間にメリー号は見えなくなった。

 

コニスの父親によれば、あのエビは"超特急エビ"といって神の島(アッパーヤード)へ生け贄を運ぶのだそうだ。だが、生け贄とは名ばかりで、ナミ達は人質として捕らえられ、俺達4人はナミ達を助けるために神の島(アッパーヤード)で"試練"を受けなくてはならないのだ。

 

何にしても俺達がやることはナミ達を救い出すことだ。そして多分ルフィのことだからエネルやその部下の神官、神兵も倒そうとするだろう。神兵くらいは俺も戦えるが、神官あたりは怪しいし、エネルには勝てない。俺は傍観させてもらおう。ああ、こんな無能な雑用係を許してくれ。

俺達はコニスに導かれ、エンジェル島の船着き場へやって来た。神の島(アッパーヤード)は数百を越える"雲の川(ミルキーロード)"が流れているので、船でしか行けないのだそうだ。

 

「皆さんの船はこちらです。どうぞ、"カラス丸"です。」

 

コニスがそう言って指したのは大きめのパラソルをつけたカラスの船だ。はは、船だと言うのにカラス……水鳥ですらない。そんな船より、隣の豪華絢爛な船が良いと言うルフィを俺は平手打ちしておいた。礼儀ある日本人としてその発言はいただけない。

 

さあ、いざ出発といったところでルフィがコニスがずっと震えていることに気がついた。言われてみれば冷や汗もすごい。ルフィがよく問い詰めるとコニスは口を押さえて地面の雲にペタンと座り込んだ。そしてポロポロと泣き始め、意を決して叫んだ。

 

「超特急エビ呼んだの!私なんです!!」

 

犯罪者を確認したら裁きの地へ誘導するのが国民の義務だから、そうしないと殺されてしまうからと、あまりの天使達が止めるなか、コニスは泣きながら叫んだ。

 

その叫びを聞いた俺達の心は一つだった。

 

「バカヤロー…!お前!こうしなきゃ仕方なかったんだろ!?じゃあそれを___!!」

 

「「「何で俺達に言うんだ!!!」」」

 

「………え?」

 

「あなたが狙われるんですよ!?」

 

俺はコニスの肩を掴んで揺すった。その間に周りの天使は「裁きが来る」と言って俺達から離れていく。ゾクッと空から嫌な気配を感じた。エネルの攻撃が来る。そう思った俺の行動は早かった。槍状のシャスティフォルの柄の部分でルフィ達三人を遠くへ弾き飛ばし、そのシャスティフォルを上空へと飛ばす。

 

「コニスさん!私に捕まっていてください!」

 

「な、何を……!!あなたも早く逃げて……!!」

 

「言うとおりにしろ!!どうなるかなんて俺にもわかんねぇんだ!!」

 

エネルの攻撃は雷速だ。ぐずってる暇なんてない。いつもの敬語すら忘れて俺が叫ぶとコニスは俺にギュッと抱きついた。頭上を見上げればシャスティフォルが高速で回転し、空は異常な程光っている。もう一瞬の猶予もない。

 

「霊槍シャスティフォル第八形態____!!」

 

俺が叫ぶと同時に巨大な光線と轟音がその場に到達した。

 

 

 

 

 

 

 

「エレイーーーン!!!」

 

 

………ルフィの声が聞こえる。俺はゆっくりと閉じていた目を開けた。すると目の前に薄い緑色の膜が広がった。その膜は俺とコニスを包み込んでいて、外側には光線で消し飛んだ周りの雲と、煙が見える。なんとか俺は生きているようだ。目を閉じていたコニスも生きていることを確認している。やれやれだ。俺がパチンと指を鳴らすと緑の膜は俺の頭上に粒子となって集まり、元の槍状のシャスティフォルに戻った。

 

「エレイン!!コニス!!」

 

「良かった!!お前ら無事だったか!!」

 

煙が晴れ、俺達が無事だと分かったルフィ達が駆け寄ってきた。俺に抱きついてきたルフィの背中をポンポンと撫でる。

 

通用して良かった。霊槍シャスティフォルの第八形態"花粒園(パレン・ガーデン)"。神樹は自身が傷つくと花粉を出して傷を外敵から護り、癒す。それは何十年、何百年とかかるため即効性はないが、傷の痛みだって充分和らぐ。そんな神樹の特性を活かしたキングの防御技だ。

だが、エネルの大規模な攻撃に通用するか不安だったので通用して本当に良かった。通用しなかった俺もコニスも今頃丸焦げだ。

 

「あの……あなたは一体……?」

 

「ん?私ですか?私はエレイン。普通の妖精ですよ。」

 

コニスが聞いてきた質問に俺は笑ってそう返した。そう、俺は普通の妖精だ。某普通の魔法使いを真似て言ったつもりだが、きっと分からないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々あったが、俺達は神の島(アッパーヤード)へナミ達を助けにカラス丸で出航した。コニスは「ほう、我輩が出るまでもなかったか」とその場に登場したガン・フォールへ預けた。まさか彼女を連れていくわけにはいかない。ガン・フォールはコニスを守ってくれると言っていたし、あの場に登場したということは恐らく原作なら彼がコニスを助けたのだろう。なら安心だ。ていうかだったら俺が怖い思いをしてまでコニスを守ることなかったのか。くそう、俺に完璧な原作知識があれば!

 

長い雲の川(ミルキーロード)をカラス丸で進むと巨人の顔のような壁があり、それには「沼の試練」、「鉄の試練」、「紐の試練」、「玉の試練」と四つの入り口があった。この四つから一つを選べということだろう。

俺達は「玉の試練」を選んだ。決めたのは運転手のウソップだ。決め手は「唯一暴力的な響きがないから」らしい。

辿り着いた玉の試練では、そこら中に小さな玉の雲が浮かんでいた。その玉雲は中からヘビが出てきたり、爆発したりする。

「ほーうほうほう!!」

 

俺達が変な玉雲に四苦八苦していると上からそんな笑い声が聞こえた。見れば玉雲の上で玉みたいな丸い眼鏡をかけた玉のように丸い体型の男が踊っていた。その男は自身を四人の神官の一人"サトリ"と名乗った。

 

「………(スッ」

 

「ほう、槍を飛ばすか。」

 

「え?」

 

俺はシャスティフォルをクッションから槍に変え、サトリ目掛けて飛ばした。するとサトリはこれを読んでいたかのようにかわし、俺にすばやく近づいた。そして俺の腹部へ手を沿え___

 

「"衝撃(インパクト)"!」

 

と叫んだ。すると俺は体の内部に強烈な衝撃を受け、カラス丸から吹き飛んでそこら一体に生える巨大樹の一本にぶつかった。その衝撃で一瞬意識がとびかけ、ゴフッと血を吐いた。華奢なエレインボディに今のは大分応えた。

強大な魔力に反して体力は人並み以下な妖精族の身体を、息切れしながら持ち上げるとルフィ達もサトリにやられ、カラス丸から吹き飛ばされている。さすがは神官だ。こいつを倒すのが玉の試練というわけか。

 

勝てるかどうか分からないが、やるしかない!

 

俺達がいなくなったカラス丸は雲の川(ミルキーロード)を勝手に進んでいく。カラス丸を見失う前にカタをつけなくては。ルフィと俺がサトリの相手をし、サンジとウソップがカラス丸を回収に向かう。

 

「"ゴムゴムの~銃(ピストル)"!!」

 

ルフィが右腕を勢いよく伸ばして攻撃してもサトリはそれを読んでかわしてしまう。俺がシャスティフォルを遠隔操作して攻撃しても結果は同じだ。

 

サトリは完全に俺達の動きを読んでいる。あれは"心綱(マントラ)"、後に"見聞色の覇気"と呼ばれる力だ。生き物が身体から発する"声"を聞いて相手の次の動きを予測することができる。厄介な力だ。

 

「こんにゃろ~~!!"ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)"!!」

 

「って待ってください船長!!やたらと玉を打ったら………!!」

 

俺が慌てて叫ぶも、もう手遅れ。ルフィの拳の雨はサトリにあっさり避けられ、拳はその辺に浮いていた玉を弾き飛ばす。弾き飛ばされた玉は他の玉へぶつかり、連鎖が起こって四方から玉が飛んでくる。

俺は飛んでくる玉をシャスティフォルでさばきながらサトリを観察する。なんとか勝機はないものか。

 

そして見つけた。その勝機を。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態"増殖(インクリース)"!!」

 

俺はシャスティフォルを無数のクナイに変化させ、サトリへと飛ばした。サトリはそれを"心綱(マントラ)"でかわす。しかし、逃がさない。俺は無数のクナイがサトリを取り囲むように操作した。シャスティフォルはシャラララと高速回転しながらサトリに徐々に近づいていく。これではいくら動きが読めてもかわせないだろう。

 

「ぐぬぬ……!!かあぁぁ!!!」

 

サトリは傷を覚悟でクナイの檻から強引に脱出した。そのせいでサトリは手に足に所々切り傷を負っている。サトリは「残念だったな」と得意気に俺を木の上から見下ろした。

 

「そうでもありませんよ。」

 

「なに?」

 

「"状態促進(ステータスプロモーション)"。」

 

ブシュッ!!

 

「ぐあっ!!!」

 

俺が右手をサトリに向けるとサトリの身体中の切り傷が一気に悪化した。足の傷も開いたために立っていられなくなったサトリはその場に膝をつく。

 

シャスティフォルを操るキングの魔力"災厄(ディザスター)"だ。かすり傷を重傷化させ、毒を猛毒に変え、小さな腫瘍を増大させる。木々や植物を成長・繁殖させる一方、間引くことで森を維持し統べる妖精王ならではの力。

 

「エレイン!よくやった!だんごめ!もう逃がさねぇぞ!!"ゴムゴムの~~___!!」

 

「ま、待て………!!」

 

「"バズーカ"!!!」

 

動けないサトリにルフィは後ろへ伸ばした両腕で強烈な一撃をおみまいした。サトリは玉のようにその辺の木にガンガンぶつかってはずみ、やがて地面に落っこちた。

俺達の勝ちのようだ。

 

「おぉ~い!船を捕まえたぞ!!」

 

俺とルフィがハイタッチしているとウソップが遠くで叫んだ。ウソップが腰から出したロープでカラス丸を捕まえ、そのウソップにサンジが抱きついている。それを見てなんとなく嫌な予感がした俺はルフィの脇を持ってふわりと浮かび、自分でカラス丸へと向かう。

そしたら案の定、ウソップとサンジは勢いよく飛び過ぎたせいで木にぶつかりながらカラス丸へと乗ってきた。それを見てルフィは「エレインのおかげで助かった」とほっと息をついている。サンジはウソップを「あとで覚えてろ」とげしげし蹴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉の試練を終えた俺達がカラス丸を進めると、無事ナミ達の待つ"生け贄の祭壇"へたどり着くことができた。俺達を待つ間、ナミ達はチョッパーを船番に残して島を探索していたが、その間にチョッパーは神官の一人に襲われたみたいだ。チョッパーはとっさにガン・フォールを呼んで助けてもらったみたいだが、メリー号はメインマストが折られ、さらに超特急エビのせいで船底に穴が開いてしまい、もう船として生命があるのかどうかという状態、チョッパーもガン・フォールも神官のせいで重傷を負ってしまった。俺はメリー号を守れなかったことを必死に謝るチョッパーを抱きしめて「戦ってくれてありがとうございます」と伝えた。神官からメリー号を守るために戦うなんて、俺だったらできるかどうか分からない。

 

ナミ達の探索にも収穫があった。驚愕の事実が発覚した。なんとこの神の島(アッパーヤード)はジャヤの一部だということが判明した。神の島(アッパーヤード)は俺達と同じように突き上げる海流(ノックアップストリーム)で空へ吹き飛ばされてきたのだ。ノーランドが見つけた黄金郷は海に沈んだのではない。400年間ずっと黄金郷は空を飛んでいたのだ。

 

黄金郷はここにある。そんなことを聞いて黙っているルフィ達ではない。宝を目の前に何もしない海賊がどこにいる。今日はもう日が沈むので、一晩ここでキャンプをし、明日皆で宝探しをすることになった。

 

夕食のサンジ特製"石焼シチュー"を食べ終え、後は寝るだけとなったとき、ルフィとウソップが「キャンプファイアーだ!」と騒ぎ出した。夜の森の怖さを知っているナミとロビンは当然それを止める。だが、ルフィ達も引かない。

 

「ちょっと!ゾロもなんか言ってよ!!」

 

何を言っても聞かないルフィにナミはゾロに協力を求めた。

 

「おい!ルフィ!組み木はこんなもんか?」

 

「あんたらもやる気満々かぁ!!」

 

だが、ナミよ。無駄である。すでにゾロはルフィ側だ。ゾロは俺とサンジと共にすでにキャンプファイアーの組み木を完成させていた。すまぬ、ナミ。俺もキャンプファイアーをしたいのだ。たとえこの命尽き果てようとも。

 

「あっはっはっは!!」

 

「おウォウォウォ~~!!」

 

「ウオウオ~~!!」

 

「ノッてけノッてけ!!黄金前夜祭だ!!」

 

反対していたナミもロビンもキャンプファイアーが始まればしっかり楽しんでいる。ロビンはエールを片手に、大樹の根に座ってルフィ達を見て微笑んでいる。俺はそんなロビンの隣に座り、ロビンのジョッキにエールを注ぐ。見れば神の島(アッパーヤード)に住んでいた狼達も宴に混じっているがまあいいだろう。キャンプファイアーは人数が多いほうが楽しい。

 

「雲ウルフも手なずけたか。」

 

「あ、ガン・フォールさん。気がつかれましたか。」

 

宴を続けているとメリー号の船室で寝ていたガン・フォールが起きてきた。ガン・フォールは俺の隣にあぐらで座る。俺はまだ残っているサンジのシチューを勧めたが、ガン・フォールは断った。消化管がやられているらしい。

 

「して、おぬしよ。」

 

「はい?」

 

ガン・フォールはロビンやゾロとこの大地は空に住む者達の永遠の憧れだなんだと話をしていたが、急に俺に話をふってきた。俺は口に含んだアップルジュースをごくんと飲み込んで返事をした。

 

「おぬしは一体何者なのだ?」

 

ガン・フォールは真剣な顔で俺に尋ねてきた。曰く、エネルの神の裁きを防いだのは俺が初めてなのだそうだ。ガン・フォール自身も昔、部下と共にエネルに挑んだが、その圧倒的な実力に為すすべもなくやられたらしい。

 

「何より、おぬしの中に"王"を感じるのだ。」

 

「?王、ですか?」

 

「そうだ。あの娘を守った時、おぬしは娘に叫んだであろう。『言うとおりにしろ』と。」

 

「あら、ダメよ、エレイン。そんな言葉を使っちゃ。」

 

「あ、あはは、すみません。切羽詰まってたもので。」

 

ロビンが俺の頭を撫でながら何故か笑顔でそう言ってきたので俺は素直に謝った。ガン・フォールの話は続く。

俺がコニスに叫んだ時、ガン・フォールは俺の中に王の存在を確かに感じたらしい。エネルのように、支配する王ではなく、皆を守り、皆を導くことのできる王の姿を彼は確かに見たと言うのだ。

 

俺は自分の手をじっと見る。"王"か。確かにこの体はエレインで、力は妖精王ハーレクインだ。ガン・フォールが俺に王を感じてもおかしくはない要素が揃っている。だからだろうか。それともガン・フォールはこの体に宿る"俺"自身に王を感じたのか。いや、それはないか。平凡に平凡を重ねたような俺が王であるわけがない。もしかしたらガン・フォールは"俺"という存在が宿る前の"エレイン"の姿を見たのかもしれない。俺がいない本来のエレイン……どんな存在だったのだろう。

 

そんなことを黙々と考えていると、ルフィ達と踊っていたチョッパーが目を擦りながら俺の元へやってきた。そして俺の膝の上にポスッと倒れる。眠くなったようだ。可愛いやつめ。

俺はロビン達に「お先に失礼します」と言ってチョッパーを抱えてメリー号へ向かった。いい加減俺も眠くなってきた。そしてチョッパーをベッドへ寝かせて布団をかけ、いつものように床で寝ようとすると、チョッパーが俺の服をギュッと掴んできた。引っ張っても離してくれない。

仕方ないので、非常におそれ多いが俺はチョッパーの隣へと潜り込んだ。いわゆる添い寝だ。しかし、あまりにも申し訳なかったので、せめてもの償いにクッション状態のシャスティフォルにチョッパーを乗せ、俺は小さい普通の枕で寝ることにした。神樹の香りに包まれたチョッパーはくーくーとなおいっそう気持ち良さそうに眠る。

 

「ふふ、おやすみなさい。チョッパーさん。」

 

俺は目の前で眠る小さな船医にそう告げて瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・船医と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から差し込む光で俺は目が覚めた。上体を起こしてうーんと伸びをしてからベッドから立ち上がり、船室からメリー号の甲板へ出ると東の空に太陽が昇っていた。まだ明け方だったらしく、西の空はまだ暗い。

 

「ん?あれ?」

 

俺はふと、ボロボロだったメリー号が修復されていることに気がついた。俺が昨日神官から守れなかったせいで折れてしまったメインマストも、穴が開いた船底も、上手いとは言えないがしっかりと直っている。ウソップが直してくれたのかな?

 

「あ!そうだ!空の騎士の薬作らねぇと!」

 

俺は急いで船室に戻った。昨日サンジから分けてもらったシチューのアロエとニンニクで空の騎士の火傷薬と消毒薬を作らなきゃいけない。あと、今日の宝探しで多分皆いっぱい怪我するからな。傷薬もいっぱい作らなきゃだ。神官や神兵に加えてシャンディアっていう敵もいるみたいだしな。

 

「あれ?薬できてる。」

 

俺が船室に戻るとテーブルの上にはすでに消毒薬や火傷薬が作られていた。よく見れば傷薬までちゃんと用意されている。一体誰が……

 

クンクン

 

俺が鼻を鳴らすと近くからアロエとニンニクの匂いがした。俺はその匂いのするほうへ歩く。

 

「あいてっ!」

 

「んっ……すぅ……すぅ……」

 

匂いに集中していた俺は何かにつまずいて転んだ。見ると俺がつまずいたのは、光を反射してキラキラする金髪を持ち、白いドレスに身を包んだ少女、エレインだった。エレインはベッドの小さな枕に頭を置いて気持ち良さそうに床で寝ていた。いつもの大きなクッションはどうしたのだろうとキョロキョロすると、そのクッションはベッドにあった。昨晩は俺に譲ってくれたみたいだ。

俺はベッドから布団を引っ張ってエレインにかけた。こいつはナミやロビンがベッドで寝ろと言っているのにいつも遠慮して床で寝ている。まったく、体悪くするぞ。

スンスンと鼻を鳴らすとアロエやニンニクの匂いはエレインの手からするのが分かった。あの薬はエレインが作ってくれたみたいだ。

 

俺達がエレインに会ったのは、アラバスタでルフィがクロコダイルを倒した後のことだ。その日の偉大なる航路(グランドライン)は特に荒れていて、天候がとても不安定だった。メリー号の舵はいつも俺が切っているが、ナミの指示で忙しかったのでルフィに任せた。でもルフィは舵を切るのがすごく下手くそだった。いくら天候が不安定でも、どうすれば船が島に乗り上げるというのか。

 

メリー号が乗り上げたのは小さな無人島だった。島の外側は砂浜でそれ以外は森の本当に小さな島だ。メリー号が島に乗り上げてしまった以上、何日かはそこで過ごさなければならなかった。だから俺達は食べ物を探すために島を探索することになった。しばらく島を歩き回るとそれなりに食べ物を見つけることができた。それを持ってメリー号に戻るとゾロが帰って来ていなかった。また迷子になったらしい。

皆で探しに行こうとした時、空からゾロを連れて降りてきたのがエレインだった。ナミとロビンは空から降りてくるエレインを見て綺麗だと呟いていた。俺もそう思った。白いドレスと金髪を風に揺らして空から降りてくるエレインは、まるで絵本の一ページみたいでとても綺麗だった。

 

エレインとの出会いを祝っての宴の時に、ゾロがエレインの力について話した。エレインが操る槍はゾロの力と同じ、もしくはそれ以上の力を持っているらしい。エレインは手と首をすごい勢いで振って否定していたが、それでもゾロが認めるだけの力を持っているということだ。

案の定、エレインは不思議な力を持っていた。いつも持ってる大きなクッションは戦う時に槍や熊のぬいぐるみなど色んな形に変形した。どうやっているのか聞くと"でぃざすたー"という魔力を操っていると言われたが、それが何なのかは分からなかった。

そんなエレインをルフィは一目で気に入って、エレインは俺達の仲間になった。エレインは、自分には役に立つことがないからと雑用係として働いている。いつも誰よりも早く起きてメリー号を掃除したり、サンジと一緒に朝食を作ったり、ゾロの訓練に付き合ったり、俺の薬の調合を手伝ってくれている。エレインが来て一番変わったことは食料の減りだ。エレインがルフィのつまみ食いをしっかりガードしてくれるおかげで食料の心配がなくなったとサンジが嬉しそうに話していた。

俺もエレインにはずいぶん助けられている。ルフィ達はよく怪我をするため、そのぶん薬の調合が間に合わない時もあった。でもエレインが手伝ってくれるおかげで最近はそういうことはなくなった。それについてありがとうと言うと、エレインは「そんな、私なんて何の役にも立っていませんよ」と言っていた。

 

本当はお前が誰よりも働いているのに、エレインは本当に謙虚なやつだ。

 

ある日、俺はずっと疑問に思っていることをエレインに聞いてみた。エレインは基本空を飛んでいる。メリー号を掃除する時も、宴の時もあまり地面に着かずに空を飛んでいる。もしかして能力者かと思ったが、水を苦手にしてる様子もない。それが俺はずっと不思議だった。

聞いてみると自分は人間ではなく、"妖精族"だという答えが返ってきた。それを聞いて俺は悪いことを聞いてしまったと思った。青っ鼻で、ヒトヒトの実を食ったせいで"化け物"と呼ばれて、人間じゃない孤独は俺が一番分かってたはずなのに。察することができなかった自分が情けなくて、申し訳なくて落ち込んでしまった。

けどエレインは怒らなかった。それどころか俺の頭を優しく撫でて慰めてくれた。俺はそれがたまらなく嬉しかった。

 

外はまだ明け方だ。皆が起きてくるまで時間がある。俺は布団に潜り込み、まだ寝ているエレインの胸元に顔を押し付けた。息を吸い込むとエレインから甘い花の匂いが漂ってきた。ちょうどエレインが寝相で俺を抱き締めるようにしてくれて、とても暖かくて安心できた。

 

いつも皆に優しくて、皆のために働いてくれるエレイン。時々ルフィ達と悪戯をすると怒るけど、落ち込んだ時は頭を撫でたり、抱き締めたりして励ましてくれるエレイン。そんなエレインが俺は大好きだ!

 

俺はゆっくりと目を閉じてエレインの腕の中で眠りについた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編7・妖精の宝探し

 

 

 

 

 

 

 

 

空島は青海から1万メートル上空の雲よりも高い位置にあるため当然かもしれないが今日は雲一つない快晴だ。ルフィがメリー号の船首に立って両腕を高々とあげて叫んでいるように、絶好の宝探し日和である。

ここがジャヤの片割れで、黄金郷はここにあることを知ってわくわくしたせいか、昨日はよく眠れなかった。眠気を呼ぶためにガン・フォールや皆の薬を作って深夜にやっと眠ることができた。気持ちよく眠るチョッパーを起こさないように床で寝たはずなのに、朝起きるとチョッパーが胸元にいてびっくりした。日本全国…いや、世界中のワンピースファンの皆さんごめんなさい。大してワンピースに詳しくない俺がチョッパーを抱き枕にしてしまいました。ちなみに言っておくと抱き心地は最高だった。

 

「おい!ゾロ!どこ行くんだ!そっちは逆だ!西はこっちだぞ!!まったく、お前の方向音痴にはホトホト呆れるなぁ。」

 

「おいルフィ、お前は何でそう人の話を聞いてねぇんだ!黄金は"ドクロの右目"にあんだから右だろうが!バカかてめぇ!!」

 

「……私達が向かっているのは南で方向はこっちだと伝えて来てくれる?」

 

「……はは、了解です。」

 

ロビン嬢に頼まれ、すっとんきょうな言い争いを続けるルフィとゾロにふよふよと近づく。ああいう二人のやりとりを見るともしかしたら乗る船を間違えたのかもしれないと不安になってしまう。

ナミの提案でルフィ、ゾロ、ロビン、チョッパー、俺の宝探しチームと、ナミ、サンジ、ウソップのメリー号待機チームに別れることになった。俺達宝探しチームがまっすぐ南に向かって黄金を手に入れ、ナミ達がメリー号を遺跡付近の海岸に寄せ、そこで合流、そのまま空島を脱出して晴れて麦わらの一味は大金持ち海賊団という寸法だ。ナミめ、簡単に言ってくれるぜ。

実を言うと俺はメリー号待機チームを希望していたが、チョッパーが一緒に探そうと手を引くものだから流れで宝探しチームになってしまった。ロビンもなんだか嬉しそうにしていたし、何がこの二人の好感度をここまで上げたのだろうか。

 

「この森はもっと恐いとこかと思ったけど、なーんだ大したことねぇな!」

 

「チョッパーさん、今日は何だか強気ですね。」

 

「そうなんだ!ははは!………この四人がいると心強いな。(ボソッ」

 

「ん?何か言いました?」

 

「な、何でもねぇよ!」

 

「だが、確かに拍子抜けだよな。昨日俺達が入った時も何にもなかったしよ。」

 

「ふふ、おかしな人達ね。そんなにアクシデントが起こってほしいの?」

 

ルフィ達とそんな会話をしていると、不意にバキバキと物音がした。最初は気のせいかと思ったのだが、その音は徐々に近づいてくる。さらにジュラララなんて変な音もしだした。

その音のするほうを見てみるとあらびっくり。超巨大大蛇が大口を開けていた。え、いつの間にいたのこいつ。あれか、でかすぎて気づかなかったっていうオチか。

 

「ぎゃーーー!!!」

 

「逃げろ~!!大蛇だ~!!」

 

「ちょっ!大きすぎますって!!」

 

「何て大きさ……。空島の環境のせいかしら。」

 

「ぶった斬ってやる!!」

 

チョッパーは悲鳴をあげ、ルフィは楽しそうにして、俺は慌ててシャスティフォルを槍にし、ロビンは冷静に大蛇を分析し、ゾロは刀を構える。そんなことをしていると大蛇は俺達に素早くうねうねと襲いかかってきた。巨体に似合わぬ素早い攻撃を俺は間一髪空へと回避する。ルフィ達も無事回避できたようだ。

 

「…はは、しかも毒持ちですか。って笑えませんね。」

 

俺達が避けたことで大蛇は俺達の後ろにあった大樹へ噛みついた。大蛇が牙を立てた大樹はジュ~という音をたて、やがてメキメキと倒れた。牙に強力な毒をお持ちらしい。

 

「わっ!ちょっ!危なっ!何で私ばっかり狙うんですか!!」

 

大蛇は空に浮かぶ俺目掛けてジャンプして噛みついてきた。俺はそれをなんとかかわしていくが、大蛇はなぜかしつこく俺を狙ってきた。俺が一番おいしそうなのか?見た目が子供だから?一番弱そうに見えるってかちくしょう。

 

「いい加減にしてくださいっ!」

 

「ギャインッ!!」

 

あまりにしつこかったので、シャスティフォルの第二形態で大蛇の頭をゴーンと殴った。ちょうどジャンプしてきた大蛇を殴ったので、大蛇は打ち落とされ、地面に激突した。俺はその隙に逃げた。猛スピードで、一直線に、無我夢中で。せっかくワンピースの世界に生を受けたのに、蛇の胃で消化されるなんてまっぴらごめんだ。

 

「ふ~っ、何とか逃げきりましたか。………あれ?皆さーん?どこですかー?」

 

大蛇からは無事逃走成功したみたいだが、必死に逃げるあまりルフィ達とはぐれてしまったようだ。周りは大樹しかない森で、誰の気配もない。

 

「むぐぅ、こうなったら仕方ありません。先に遺跡に行って皆さんを待つとしましょう。」

 

ゾロはまず間違いなく南へ真っ直ぐ進むなんてことはできない。下手すればぐるっと森を一周して元の場所に戻ってきそうだ。ルフィはまあ、悪運が強いからなんだかんだでたどり着けそうだし、チョッパーも然り、ロビンに至っては心配するだけ無駄だ。彼女が道に迷うなど太陽が西から昇るくらいありえないことだ。

 

「さて、黄金に向けてレッツゴーです。」

 

俺は右手を空にあげて誰に言うわけでもなくそう言って、ふわふわと移動し始めた。

 

そしてすぐ止まった。

 

「…………南ってどっちでしょう?」

 

どうやら俺もゾロのことを言えないらしい。大蛇からむちゃくちゃに逃げ回っている内に、方角が分からなくなってしまった。

こうなってしまっては仕方がない。俺はシャスティフォルを槍にして、刃を下にして地面に立てた。そこから魔力を解けばシャスティフォルはカランと俺から見て右方向に倒れる。

 

「よし、あっちですね。」

 

俺はシャスティフォルが倒れた方向に今度こそふよふよと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?おかしいなぁ、またこの木ですか。さっきも見た気がするのですが……。」

 

ルフィ達とはぐれてからしばらく経ち、俺はまだ森の中をさ迷っていた。適当な木を目印にして進み、方角が分からなくなったら先程のようにシャスティフォルを倒して進んでいたが、それでも不充分らしく、一向に遺跡にたどり着かない。妖精なのだから飛べばいいのだが、エネルや神官、シャンディアが恐くてそれはできない。ガン・フォール曰く、俺はエネルの裁きを防いでしまった初めての存在だ。絶対エネルは俺に目をつけている。空なんて飛んだら最後、雷で撃ち落とされるのがオチだ。

 

「メ~!」

 

「メ~!」

 

「神・エネルの命により、お前を排除するメ~!」

 

「……またですか。」

 

突如、俺の前にヤギのような顔の男が三人現れた。神兵だ。だが、もう驚かない。先程から何度もこのように襲撃されている。最初こそ驚いたが、もう慣れたものだ。

 

「「「メ~!!」」」

 

神兵達は掌を俺に向け、一斉に飛びかかってきた。多分、あの掌には"衝撃貝(インパクトダイアル)"、または"斬撃貝(アックスダイアル)"が仕込まれている。

俺は飛びかかってくる神兵達のほうを向き、両手を胸の前で祈るようにポーズをとる。そしてその両手をパッと開いた。

 

「"金風の逆鱗"!!」

 

「「「ぎゃあぁーー!!」」」

 

すると俺の正面の広い範囲に暴風が吹き荒れ、神兵達を吹き飛ばした。神兵の内二人は大樹にぶつかってそのまま気絶し、もう一人は近くの雲の川(ミルキーロード)へ落ちた。

神兵やシャンディアは貝(ダイアル)を用いて襲ってくる。かわすには貝(ダイアル)の種類を見分けなくてはいけないが、俺はこのように風で吹き飛ばしている。このほうが手っ取り早いし、無駄な労力を使わなくて済む。

 

「それにしても神兵が増えてきましたね。もしかして遺跡が近いのでしょうか。」

 

ここまでほとんど勘で進んできたが、もしかしたら意外と遺跡へ向かっていたのかもしれない。俺はとりあえず近くの大樹の根に腰掛け、一旦休憩してお昼にすることにした。リュックに入っているサンジ特製の弁当を開けると、しいたけやたらこがご飯の上に乗せられ、鮭や空島のエビなどがおかずとして盛りつけられた幕の内風のおいしそうな料理が広がった。

 

「いっただきま~す♪」

 

はむっと一口食べれば魚介の味が口いっぱいに広がった。さすがサンジだ。食材の味がこれでもかと引き出されている。うん、すごくおいしい。

 

ドォォンッ!!

 

「!」

 

俺がサンジの弁当に舌鼓を打っていると、突然大きな大砲の音がして、大きな鉄球が飛んできた。俺はそれを上に飛んでかわした。弁当も無事だ。鉄球は俺が座っていた大樹の根を破壊し、奥の大樹にめり込んで止まった。

 

「貴様!青海人だな!?」

 

声のするほうを向くと、大樹の枝の上に原始人風の格好をして、肩にバズーカ砲を担いだ、良く言えば大柄な、悪く言えばふくよかな男が立っていた。

 

「いきなり撃ってこないで…(もぐもぐ)…くださいよ。(はむっ)…びっくりするじゃ…(もぐもぐ)…ないですか。」

 

「食うのをやめろぉ!!」

 

俺が弁当を食べながら話すとお叱りを受けてしまった。心外だ。そっちが食事中にしかけてきたのだろう。

 

「俺はシャンディアの戦士ゲンボウ!お前を排除する!!」

 

そう言ってゲンボウは俺にバズーカ砲を向け、再び鉄球を撃ってきた。俺は急いで弁当をかきこみ、少しむせながらそれを回避する。その後もゲンボウは何発も撃ってくるが、中々当たらない。空にいるぶん狙いにくいようだ。

 

「ちっ!こういうもんを知ってるか!?」

 

そう言ってゲンボウは俺に向かって小さな巻き貝を投げてきた。その貝は投げられるとプシューと雲を吐き出す。ゲンボウはその雲の道に乗り、俺に向かって滑ってきた。

 

「"雲貝(ミルキーダイアル)"だ!くらえ!!」

 

俺の目の前に迫ったゲンボウは至近距離でバズーカを構える。その顔はニヤリと笑っている。俺を仕留めたと思っているのだろう。だが甘い。

 

「霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"!」

 

ドォォンッ!!

 

「!なに!?」

 

俺はすばやくシャスティフォルを俺とゲンボウの間に滑り込ませ、第二形態に変化させた。ゲンボウの撃った鉄球は熊状態のシャスティフォルのお腹にズムッとめり込み、ポヨンと跳ね返されてむなしく地面に落ちていく。第二形態のシャスティフォルにはどんな打撃も通用しない。

ズタッと地面に着地したゲンボウ。同じく俺も地面に降りる。

 

「なかなかやるな、青海人。」

 

「それはどうも。」

 

ゲンボウと俺は軽口を叩いた後、すぐに構える。

さてさてさーて、どこから来る?あの巨体では多分すばやく後ろに回り込むなんてことはできないからやはりバズーカ砲で正面からか?いや、また貝(ダイアル)を使ったトリッキーな攻撃かも……。

俺が黙々と考えているとゲンボウが動いた。ゲンボウのスケート靴のような靴からボウッと爆風が起き、その反動でゲンボウは前へと飛び、俺を飛び越えて後ろへと回り込んだ。

 

「なっ!?」

 

ドォォンッ!!

 

ありえない動きに俺は動揺してスキを作ってしまった。ゲンボウはそのスキを見逃さず、俺にバズーカ砲を撃った。鉄球は見事俺に命中し、俺は大樹を2本程貫通して吹き飛ばされてしまった。

 

痛ぇ……!!死ぬ程痛ぇちくしょう。

 

「油断したな。」

 

「ゲホッ……!それはあなたです!!」

 

「なに?………!?何だこれは!?」

 

今ので頭が切れたらしい。頭から流れる血を左手で押さえながら俺はゲンボウの頭上を右手の人差し指と中指で指した。ゲンボウが頭上を見上げると、無数のクナイ状の第五形態となったシャスティフォルがそこに滞空していた。俺は吹き飛ばされる瞬間、シャスティフォルを空に飛ばして待機させておいたのだ。今更気づいても遅い。くらえ!

 

「"炸裂する刃雨(ファイトファイア・ウィズファイア)"!!」

 

ズザアァァァァ!!

 

「ぐわあぁぁぁぁ!!!」

 

俺が上げた右手を振り降ろすと無数のクナイがゲンボウへと雨のように降り注いだ。その威力は立ち上る土煙とゲンボウの悲鳴が物語っている。……死んでないよな?一応手加減はしたつもりだが………。

リュックからハンカチを取り出して頭の出血を押さえながらふわふわと近づくと、クナイが何本か刺さったゲンボウが倒れていた。俺がシャスティフォルをクッションに戻しながらゲンボウの手首に触れるとトクントクンと脈が聞こえる。

 

良かった、まだ生きてる。

 

だが、このまま放っておいて死んでしまったら後味が悪い。俺はリュックから傷薬を取り出してゲンボウの傷口に塗り、包帯でぐるぐる巻きにしておいた。チョッパーから教わった通りに治療したつもりだが、所詮は素人の付け焼き刃。早く医者に見せたほうが良い。どうしたもんか……。

 

「ゲ、ゲンボウ!!」

 

「ん?」

 

声のしたほうを向くと、そこには足の内側を露出させた奇妙なピンクのズボンを履いた黒髪の女性がいた。服装から察するに彼女もシャンディアの戦士だろう。

 

「あんた!よくもゲンボウを!!」

 

「わわっ!!ちょっとタイム!!」

 

「んっ!?んんんんっ!!」

 

彼女は俺の足元で倒れるゲンボウを見ると血相を変えてジャキンと銃を俺に向けてきた。俺は慌てて彼女が引き金を引く前に第二形態のシャスティフォルで彼女を拘束する。俺はふーっと息をついて彼女の顔辺りにふわりと飛ぶ。

 

「いいですか?よく聞いてください。彼は突然襲ってきたから仕方なく返り討ちにしただけですし、ちゃんと治療もして生きています。そう熱くならないでください。」

 

腰に手をあてて、保育園の先生のように話すと彼女も納得してくれたようで、表情が穏やかになってきた。俺は彼女を優しく解放した。

 

「……あんた変わってるね。戦った敵を治療するなんて。」

 

「いやだって死んじゃったら悪いじゃないですか。」

 

俺がそう答えると何が可笑しいのか彼女は口に手をあてて小さく笑った。俺は首を傾げるばかりだ。

 

「私はシャンディアの戦士、ラキだ。あんたは?」

 

「私は麦わらの一味の……って言っても分かりませんよね。青海の海賊の雑用係、エレインです。」

 

俺はラキと仲良くなり、彼女と行動を共にすることになった。ゲンボウはいいのかと聞くと「シャンディアの戦士はそんなにヤワじゃない」と言われた。彼女が言うのならいいのだろう。

ラキは小さい子ども用のバッグを持っていた。中を見せてもらうとバッグいっぱいに土が入っていた。俺にはよく分からないが、アイサという少女の宝物なのだそうだ。今回の戦いでエネルを倒せば、400年続いた戦いに終止符を打つことができ、この自分達の故郷を取り戻せると彼女は意気込んでいた。

 

「メ~!!」

 

「青海人!シャンディア主力の一人ラキ!神・エネルの命によりここで始末するメ~!!」

 

ラキと話ながら森を進んでいると、頭上の雲の川(ミルキーロード)から声がした。見ると神兵が二人、雲の川(ミルキーロード)から俺達を見下ろしていた。

 

「ふふ、やるかい?エレイン。」

 

「はい。ぱぱっとやっちゃいましょう、ラキ。」

 

俺達は互いに顔を見合せ、神兵二人にラキは銃を向け、俺は槍状のシャスティフォルを向けた。そして攻撃しようとしたその時___

 

「ぐあぁぁぁ!!」

 

「ぎゃあぁぁぁ!!」

 

雲の川(ミルキーロード)が突然バリッと青白く光り、神兵二人は何かにしびれたように気絶し、水面に倒れた。

 

「!この力は……エネル!!」

 

ラキはそう言って大樹を登り雲の川(ミルキーロード)に近づいた。俺も恐る恐るだが、ふわふわと雲の川(ミルキーロード)に近づく。

どうやらどこかの雲の川(ミルキーロード)上で誰かがエネルにやられたらしい。その電流が雲の川(ミルキーロード)を伝い、神兵達はそれでやられたらしかった。

 

「エレイン、私は様子を見に行ってくるよ。エネルがこれだけの力を使う相手だ。ワイパー達の内の誰かかもしれない。」

 

「分かりました。気をつけてくださいね。」

 

ラキは俺にそう言い残して大樹の枝を飛びわたり、雲の川(ミルキーロード)に沿って森の中へと消えていった。

 

「さて、私も行きますか。…と言っても、もう着いてるんですけど。」

 

俺は立ち去るラキに手を振った後、再び進行方向を向いた。その先は森が開けていて、雲の地盤に遺跡の瓦礫が多数沈んでいた。奥には怪物の口のような造形物と天高くのびるつるが見える。目的地に着いたようだ。

 

俺はクッション状態のシャスティフォルに抱きつき、いつもの体勢でふわふわと遺跡に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編8・妖精と神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~、高いなぁ~。」

 

遺跡に入った俺は、とりあえず遺跡中を探索してみた。が、黄金らしき物はこれっぽっちも見つからなかった。きっとこの遺跡は、遺跡全体のほんの一角に過ぎないのだろう。あと怪しいのは遺跡の中心にのびる巨大な豆の木だけだ。このつるを見ると『ジャックと豆の木』のおとぎ話を思い出す。

木を見上げると中腹に雲の地面があるのが見える。見た感じあそこが臭いな。

俺はふわふわ飛んでそこを目指す。こういう時、妖精族に転生して良かったとしみじみ思う。

 

「よいしょっ。ここも遺跡ですか。」

 

ズボッと雲を突き抜けて雲の地面に降り立つと、そこは少し歪んでいて、下と似たような遺跡があった。でも、残骸しかなかった下の遺跡に比べれば、ここは町のような形がそのまま残っている。黄金はここかな?

俺は遺跡をふよふよ探索し始めた。道端にはシャンディアの戦士や神兵がバタバタ倒れている。ここでも一戦あったみたいだ。

 

「ん?」

 

しばらく遺跡を見て回っていた俺はあるものを見つけた。それは小さなぬいぐるみのようだった。パッと見タヌキのようで頭には二本の角、×印のついた青いリュックを背負って……って!!

 

「チョッパーさん!!」

 

チョッパーだった。チョッパーがお腹辺りに大きな切り傷をつくって血まみれで倒れていた。俺は急いでチョッパーに駆け寄る。チョッパーの胸に手を当てるとトクントクンと心臓の鼓動が聞こえる。良かった、まだ生きてる。俺はチョッパーの傷口にこれでもかと傷薬を塗りたくり、包帯をぐるぐる巻いていく。

 

「そいつはお前の仲間か?」

 

声のしたほうを向くと、二枚遺跡の壁を隔てた向こう側に二足歩行の変な犬に乗った男がいた。サングラスをかけ、口の周りに髭を生やした筋肉質な男だ。肩には白い刃の刀を担いでいる。

 

「………チョッパーさんはあなたが?」

 

「半分は俺が仕留めた。後は勝手に"試練"の餌食になったんだ。」

 

「試練?」

 

「そうだ。ここは生存率0%、"鉄の試練"!」

 

そうか…、この男は神官か。チョッパーはあいつに一人で立ち向かって……。

俺は自分のリュックを降ろしてチョッパーの頭をリュックに乗せ、地面に寝かせた。そしてクッション状態のシャスティフォルを槍に変え、男目掛けて飛ばした。男はシャスティフォルをジャンプしてかわした。

 

「やる気か?」

 

「えぇ、覚悟しなさい。妖精の怒りは自然の怒りです。」

 

神官は恐ろしいが、仲間がやられて黙っているわけにはいかない。

俺はシャスティフォルを再び男へと飛ばす。かわされても何度も何度も飛ばした。男は飛んでくるシャスティフォルを基本はジャンプしたり身をかがめたりしてかわし、避けきれない場合は白い刀で弾いていた。

 

「霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"!」

 

男に弾かれたことでシャスティフォルは男の後ろへと飛ばされた。俺はそれを利用し、シャスティフォルを第二形態に変化させた。第二形態となったシャスティフォルは男に殴りかかる。

 

「"鉄の堤防(アイゼンバック)"!!」

 

「なっ!?」

 

シャスティフォルの拳が男に届く瞬間、男は刀をシャスティフォルへ向けた。すると刀の刀身がむくむくと変化し、白い壁と化した。シャスティフォルの拳はその白い壁に阻まれ、男には届かない。

 

「これだから青海人は…。こいつの刀身は"鉄雲"、重量は雲、硬度は鉄だ。雲に決まった形があると思うか?あぁ、あとそこ、気をつけろ。」

 

ズッ!!

 

「え!?」

 

攻撃を阻まれたシャスティフォルは後ろへよろめいてしまう。シャスティフォルの足が地面の何かのスイッチをカチッと押した。その瞬間、遺跡の壁から白い有刺鉄線が勢いよく飛び出し、シャスティフォルを貫いた。あれも鉄雲のようだ。腹部分を貫かれたシャスティフォルは身動きがとれない。

 

「"鉄の扇(アイゼンファン)"!!」

 

男は鉄雲の刀を巨大な扇の形に変形させた。その扇を振り、シャスティフォルを真っ二つに切断する。

 

「"鉄の鞭(アイゼンウィップ)"!!」

 

「あうっ!!」

 

鉄雲の扇を振った勢いそのままに男は刀身を鞭に変えて俺を狙ってきた。鉄雲の鞭の切っ先の速さに俺は反応できずに打たれ遺跡の壁に打ち落とされてしまった。痛みに耐えながら俺はよろよろと立ち上がる。男は刀を肩に担ぎ、余裕の表情で俺に近づいてくる。俺は男に、正確には男の後ろのシャスティフォルに右手を向ける。

 

「ん?」

 

俺が魔力を流したことで、シャスティフォルは再び槍状となり、男の首元に刃を向けて浮遊した。神樹から創られた霊槍は真っ二つにされたくらいじゃすぐに再生する。

 

「……悪いな。どうやらお前をナメていたようだ。詫びに名乗ろう、俺は神官オームだ。冥土の土産に覚えておくといい。」

 

「…ご丁寧にどうも。私はエレイン、しがない妖精族です。」

 

俺が名乗ると同時にオームは俺を蹴り飛ばした。オームの力は強く、蹴り飛ばされた俺は壁を2、3枚貫いていく。やられてばかりではいられない。俺は飛ばされながらシャスティフォルを円のように回転させ、盾のように自分の前に持ってくる。その間に俺は自分の体勢を立て直した。

 

「むんっ!!」

 

「っ!!」

 

予定では、シャスティフォルの盾に男が立ち往生している間に風の魔力で押しきる作戦だったのだが、オームは高速回転するシャスティフォルを素手で掴んで止めてしまった。オームは掴んだシャスティフォルで俺を遠くへ殴り飛ばす。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「何だ?もう息切れか?」

 

オームはシャスティフォルをポイッと捨て、鉄雲の刀を構えながら俺に歩みよってくる。だが、シャスティフォルを捨てたのが運の尽きだ。

 

「っ!?はっ!!」

 

「うっ!!」

 

俺はオームの背後のシャスティフォルに魔力を送った。シャスティフォルは空に浮き、ドリルのように高速で縦回転すると無数のクナイへと姿を変え、オーム目掛けて飛んできた。オームは心網(マントラ)でその動きを読み、俺に刀を振り下ろした。オームにクナイが刺さるのと俺が刀で斬られるのはほぼ同時だった。

 

「ぐっ……!!ちっ!どこにそんな力が……!!」

 

「ハァ……ハァ……」

 

オームは肩に刺さったクナイを抜き、憎々しげに俺を見据える。俺は自分の胸を見下ろしてみる。左肩から斜めに斬られ、白いドレスも切れて赤く染まり、エレインのぺったんこな胸が血と共に晒されていた。はは、こんなんじゃお嫁にいけないな。いく気はないけど。

 

「喰らえぇーー!!!」

 

オームは額に青筋を浮かべて俺に斬りかかってきた。よし、奴は俺への怒りで冷静さを欠いている。確か心網(マントラ)、即ち見聞色の覇気は精神が乱れると使えなくなったはず。今が絶好のチャンスだ。

俺はシャスティフォルを元の槍の状態に戻し、オームの後ろ斜め上から振り下ろした。オームは全く気づいてない。いける。

 

「"飛び回る蜂(バンブルビー)"!!」

 

「があぁぁぁぁぁ!!!」

 

オームは不規則に振り下ろされるシャスティフォルの刃に身体中を斬りつけられ、断末魔の叫びをあげてやがて力なくドサッと倒れた。最後に地面に転がった鉄雲の刀をシャスティフォルで上空からドスッと突き刺してフィニッシュだ。

 

「ハァ……ハァ……勝った……。」

 

何とか勝てた。やはりエネルの側近的存在の神官。妖精の力を持ってしてもかなり手こずった。オームが最後に突っ込んでこなかったら負けていたのは俺だった。

もうクタクタだ。俺はふらふらとチョッパーの元へ飛び、包帯を巻いた彼の体を抱き締めた。

 

「なんと……オームを倒しおったか。」

 

「ん?あっ!ガン・フォールさん!駄目ですよまだ動いちゃ!!」

 

「ガン・フォール!!てめぇ!なぜここに!!」

 

俺がチョッパーを抱き締めていると上から声がした。見ると鎧に身を包んだガン・フォールが俺を見下ろしていた。そしてもう一つ反対側から声がした。そちらを振り向くとゲンボウと似たり寄ったりのバズーカ砲を担ぎ、左肩と顔に刺青を入れた男がいた。いつも役に立たない原作知識が珍しく働き、その男の名前を引っ張り出す。ワイパーだ。シャンディアの戦士最強の男だ。ラキが言っていたのはこの人のことだ。

 

俺が一人で納得していると、空からなぜかゾロが降ってきた。俺はシャスティフォルの第二形態でゾロの体を受け止める。まあ、ゾロだし、受け止めなくても何の問題もないだろうけど一応だ。

 

「悪ぃな、助かった。」

 

「何で空から落ちてきたんですか?」

 

「あぁ、それはあのアホ鳥と……」

 

「ジュラララッ!!」

 

ゾロが遥か上空を飛ぶ大きなサウスバードを指さしたところで朝襲ってきた大蛇が雲の地面を突き抜けて遺跡へとやってきた。あの蛇、とうとうこんなところまで……。

 

「……あの蛇のせいだ。」

 

「……なるほど。」

 

正直ゾロに何があったのかまったく分からないが聞かないことにした。何か、話すのも嫌そうだ。相当苦労したのだろう。今はとりあえず方向音痴で有名なゾロがここに辿り着けたことを喜ぶべきだ。

 

「まぁ、どうでもいいことだ。とっとと黄金を頂いていこう。」

 

「てめぇら全員、邪魔をするなら排除してやる!」

 

「エネルの居所、神隊の居所を教えて貰おうか!」

 

「え!?ちょ!もしかして戦うんですか!?」

 

「ジュララララ!!」

 

ゾロ、ガン・フォール、ワイパーが戦い始め、他にも下から神兵、シャンディアの戦士が続々と現れ、俺はその戦いに巻き込まれていった。

 

俺、もうクタクタなんですけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不本意ながら始まった遺跡での戦い。オームとの戦いで疲れきった俺は襲いかかってくる神兵やシャンディアの戦士を最小限の力で退けながらチョッパーを庇っていた。戦いはこのままゾロに任せようと思っていたが、なぜか小さな女の子を連れたナミがウェイバーで乱入し、大蛇に食べられてしまった。

ゾロはワイパーや神兵、シャンディアの戦士との戦いで手一杯みたいなので、俺がナミ達救出を試みる。が、この大蛇が予想以上に硬く、シャスティフォルの刃が通らない。まいったな、ぐずぐずしてたらナミ達が胃液で消化されてしまうが、俺の魔力もあまり残っていない。残り少ない魔力はエネルと戦う羽目になった時のために残しておきたいし。

 

「"稲妻(サンゴ)"!!」

 

「えっ!?」

 

俺が大蛇に四苦八苦していると、突如遺跡が青白く光った。そして次の瞬間には遺跡の地面が綺麗さっぱりなくなっていた。飛べる俺はともかく、ゾロ達は重力に従って下へと落ちていく。大勢いた神兵やシャンディアの戦士はゾロ達の戦いでやられたようで、今生き残っているのはガン・フォール、ゾロ、ワイパー、俺、あとは大蛇の中のナミ達のみだ。

今の光は間違いなくエネルの仕業。ゾロ達を追って下へ行けば間違いなくエネルがいる。命が大事ならこの安全地帯から傍観するのがベストだろう。だが、仲間が強敵に立ち向かっているのに自分一人だけ高みの見物なんて薄情な真似は俺にはできない。

俺は怖さを消すためにギュッとチョッパーの体を強く抱き締め、ゾロ達を追って下へと向かった。

 

落ちた先にはまたしても遺跡があった。だが、この遺跡こそ本物だろう。上の遺跡とは比べ物にならない程の巨大さだ。上の遺跡はまさに氷山の一角にしか過ぎなかった。

 

「あっ!エレイン!!」

 

「ナミさん!良かった!ご無事でしたか!」

 

俺が遺跡に降り立つとそこにはナミがいた。見たところ目立った傷もなさそうだ。聞けばガン・フォールが落下中に蛇の口の中へ入り、助けてくれたらしい。

 

「あれ?あの女の子はどこですか?」

 

「アイサね。一緒に脱出するはずだったんだけど、ルフィが……」

 

「え?ちょっと待ってください!あの蛇の中に船長がいるんですか!?」

 

「うん。」

 

呆れてものも言えない。どうりで見かけないと思ったらあんなとこにいるのか、我らが船長は。果たしていつからいたのやら。とにかく、ルフィはナミと一緒にいたアイサとガン・フォールの相棒の鳥ピエールと共に大蛇の中にいるらしい。……まあ、ルフィだ。何とかして脱出するだろう。今心配すべきことは……

 

「"神の裁き(エル・トール)"!!」

 

今しがた、大蛇に高電圧の光線を放ったエネルだ。俺はチョッパーをナミに渡し、ゾロの隣にふわふわと浮かぶ。

 

「"燃焼砲(バーンバズーカ)"!!」

 

「おっと!ヤハハハ!そう熱くなるな戦士ワイパー。まだゲームは終わっていない。」

 

ワイパーがエネルにバズーカ砲をぶっ放し、青白い炎の光線でエネルを攻撃する。バズーカからはほんのりとガスの匂いが漂ってくる。多分、風貝(ブレスダイアル)か何かにガスを溜めて放出し、そのガスに火を乗せることであの光線をつくっているのだろう。そんなワイパーの光線をエネルはヒラリとかわして雲貝(ミルキーダイアル)で作った丸い玉雲にあぐらで座って俺達を見下ろす。

 

「ゲームだと?」

 

「そうさ…なに、ほんの戯れだ。私を含め3時間後、82人の内どれだけの人数が立っていられるかという"生き残りゲーム"。私の予想は生き残り6人…、あと3分で3時間が経つ。つまり今、この場に7人もいてもらっては困るのだよ。神が予言を外すわけにはいくまい。」

 

この場にいる者を数えると、ワイパー、ガン・フォール、ゾロ、俺、ナミ、あとは遺跡の古代文字を解読して一足先にこの場に辿り着いていたロビン、そしてエネル…、なるほど、7人だ。

 

「さて、誰が消えてくれる?そっちで消し合うか、それとも私が手を下そうか?」

 

「……お前ら、どうだ?」

 

「私はイヤよ。」

 

「わ、私も嫌です!」

 

「俺もだよ。」

 

「俺もごめんだな。」

 

「我輩も断固拒否する!」

 

ゾロがロビンと俺に聞いたのを皮切りに、その場にいる全員が遺憾の意を唱えた。エネルを前に、少し声が震えてしまった俺を許してほしい。遺跡の壁にチョッパーを抱えて隠れるナミは例外だ。

 

だとすればあと残っているのは____

 

ガン・フォールは槍の先を向け、ワイパーはバズーカ砲を構え、俺はシャスティフォルの刃を向け、ゾロは刀の先を向け、ロビンはいつでも能力を発動できるように右手を構える。そして俺達はエネルに声を揃えて言った。

 

『お前が消えろ!!』

 

「………不届き。」

 

エネルはニヤニヤ笑っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編9・妖精の決着

 

 

 

 

 

 

 

「貴様の目的は何だ!!エネル!!」

 

「"還幸"だよ、ガン・フォール。」

 

ガン・フォールが槍の先をエネルに向けて叫び、エネルはガン・フォールにそう返した。

還幸って……、確か行幸を終えた天皇が帰ってくることだっけ。つまりエネルの目的は還るべき所へ還ること?

エネルは拳を握りしめ、興奮した様子で俺達に語りかける。エネルの目的は、見渡す限り大地が広がる夢の世界、"限りない大地(フェアリーヴァース)"へ行くことだという。

そしてエネルにはその目的を叶える上でもう一つ、やることがあるのだという。

 

「土には土の!人には人の!神には神の!還るべき場所がある!!私は神として自然の摂理を守るため!全ての人間をこの空から引きずり下ろしてやる!!」

 

「!まさか……あなたはこの国を!?」

 

「ヤハハハ!まさかと言う程意外なことではあるまい。それが自然だ。」

 

エネルはこの空島を、スカイピアを消すつもりだったのだ。それを聞いたガン・フォールはエネルに叫ぶ。"思い上がるな"と。

 

「人の生きるこの世界に!!"神"などおらぬ!!」

 

ガン・フォールの叫びなどエネルにとってはどこ吹く風。エネルは小指で耳をほじくり、指先についたゴミをふっと飛ばした。

 

「元・神、ガン・フォール。神隊を心配していたな。6年前、我が軍に敗れ、私が預かっていたお前の部下650名。今朝ちょうど私が頼んだ仕事を終えてくれたよ。」

 

エネルは玉雲からスタンと降りる。そして眉毛の辺りをかきながら溜め息と共に言った。

 

「そして言ったはずだ。今、この島に立っているのは……ここにいる7人のみだ。残念なことをした。」

 

「!!!?………おぬし……!!」

 

エネルの非情な言葉にガン・フォールはよろめいた。エネルの言葉の意味を読み取れば……、もうガン・フォールの部下はいないということだ。

 

「貴様悪魔かぁ!!!」

 

ガン・フォールは槍を構え、エネル目掛けて突っ込んでいった。エネルはヤハハハと笑いながら持っていた金の棍棒を上に放り投げるとガン・フォールの一撃を避け、両手の人差し指をガン・フォールの腕にスッと添えた。自然系(ロギア)の能力者であるエネルは今の一撃を受けても特に問題はない。それでも避けてみせたのは自分の絶対的な能力から生まれる余裕だろう。

 

「2000万ボルト"放電(ヴァーリー)"!!」

 

バリッ!!

 

エネルは指先から電気を放ち、ガン・フォールを感電させた。電撃を浴びたガン・フォールは黒焦げになって膝から崩れ落ちてその場に倒れた。

 

これがゴロゴロの実の威力……。初めて間近で見る自然系(ロギア)の恐ろしさに俺は改めて身震いした。

 

「さて、これで6人だ。ヤハハハ!よくぞ生き残った!!これから私が旅立つ"限りない大地(フェアリーヴァース)"へお前達を連れて行こうじゃないか!!」

 

エネルは俺達に両手を広げてそう言った。エネルはそこに紛れない神の国を建国するため、俺達を連れて行こうと言うのだ。

 

「それをもし断ったら?」

 

「ロビンさん?」

 

エネルの誘いにロビンは真っ先にそう聞いた。

 

「断る?何故だ?ここにいればこの国と共に奈落の底へ落ちてしまうのだ。」

 

「確かにあなたの能力ならそれもできるのでしょうけど、むやみにこの国を破壊してはあなたの欲しがる物も落としてしまうのでは?」

 

「"黄金の鐘"か?ヤハハハ!心配には及ばん!お前の行動を思い返せば考えられる場所は一つに限られる。」

 

「え?」

 

「意外そうだな。その条件を使えば俺を出し抜けるとでも思ったか。」

 

「!ロビンさん!!」

 

エネルは右手の人差し指に電気を溜め、ロビンへと向ける。俺は恐怖で震える体を必死で動かし、ロビンとエネルの間に入る。

 

「俺は打算的な女が嫌いでね。」

 

バリッ!!

 

間もなく、エネルの指先から強烈な電撃が放たれた。

 

「………ほう。」

 

「ハァ……ハァ……」

 

「!エレイン……あなた………。」

 

エネルの放った電撃は、第二形態となったシャスティフォルに直撃した。水分を多く含む特徴を持つ第二形態のシャスティフォルが電撃をすべて引き受け、ロビンには傷一つついていない。さらに、"守護獣(ガーディアン)"は水分を多く含むため熱に強い耐性を持ち、電撃によるダメージもほとんど受けていない。俺が電撃を止めたことでエネルはほうと感心したと言わんばかりの声を漏らし、目をつむっていたロビンは俺の名を小さく呼んだ。

 

「この感じ………、ヤハハハハ!身覚えがあるぞ!そうか!昨日私の裁きを止めたのは貴様だな!?」

 

「……えぇ、そうですよ。」

 

「名乗れ。」

 

「エレイン。」

 

俺はシャスティフォルを槍の状態に戻した。槍になったシャスティフォルは俺の横でフィンフィンとゆっくり、円を描くように回る。

 

「私の雷を二度も受けて無傷とは……その槍はなかなかのものだな。」

 

「"霊槍シャスティフォル"。妖精界の神樹から創られし神器です。」

 

「……なるほどな。」

 

エネルはそう呟くとバリッと姿を消した。そして次の瞬間、エネルは俺の目の前に迫っていた。エネルは棍棒の突きで俺を攻撃し、俺は吹き飛ばされて後ろにいたロビン共々壁に打ちつけられる。

 

「あうっ!!」

 

「ああっ!!」

 

「!てめぇ!!」

 

俺達がやられたことで怒ったゾロがエネルへ斬りかかる。エネルはゾロの刀を棍棒で受け止めた。

 

「……女と子供だぞ……!!」

 

「見れば分かる。」

 

「イカれてんのかてめぇは!!」

 

ゾロは受け止められた刀とは逆の刀を振ってエネルを攻撃したが、エネルは棍棒を軸にまるで高跳びのようにかわした。

 

「"燃焼砲(バーンバズーカ)"!!」

 

エネルが空を舞ったところでワイパーがバズーカ砲を構え、放った。青白い炎がエネルへと迫る。迫る炎にエネルはニヤニヤいやらしい笑みを崩さない。

 

「"電光(カリ)"!!」

 

エネルが一瞬光ったと思ったら、ピシャア!ゴロゴロ!と辺りに雷鳴が轟き、ワイパーが放った炎の光線がドパンとかき消されてしまった。ワイパーは驚きで開いた口が塞がらない。エネルは何事もなかったかのように地面に降り立った。

雷鳴が轟いたということは、空気が音速で膨張した証拠だ。それほどのエネルギー……はは、まったく笑えない。こんなのどうやって勝てってんだ。

 

「これから夢の世界へ旅立とうという時に、そう殺気立つ事もあるまい。」

 

「んなもんに興味ねぇよ!!」

 

「霊槍シャスティフォル第五形態"増殖(インクリース)"!!」

 

ゾロは刀を構えてエネルに走り込み、俺はシャスティフォルを無数のクナイにしてエネルに飛ばした。しかし、ゾロは自然系(ロギア)特有の形のない体で斬撃を受け流され、俺はクナイのシャスティフォルごと棍棒で跳ね返されてしまった。エネルはゾロの顔を踏みつけ、得意そうに高笑いする。

 

「ハァ……ハァ……くっ……」

 

跳ね返された俺は遺跡の壁に叩きつけられる。立とうとするとオームから受けた傷から血がポタポタと滴り、荒い息が漏れる。エレインボディとはいえ度重なる強敵との連戦でいい加減限界みたいだ。

 

「はっ!」

 

「ん?」

 

俺がなんとかふらふら宙に浮かんだ時、ワイパーがバズーカ砲を捨て、エネルに足でしがみついた。エネルの胸に掌を添えた右腕には左腕が添えられている。

その行動を不審に思ったエネルだが、次の瞬間、エネルはガクッと膝をついた。カランッと棍棒も落とし、明らかに様子がおかしい。まるで体に力が入っていないような……。

 

「"海楼石"ってもんを知ってるか?」

 

海楼石って……。確か友達が言ってたな。悪魔の実の能力者から力を奪う海と同じエネルギーを発する石…だっけ。ワイパーの靴にはその海楼石が仕込んであるらしい。そうか、だからエネルは体に力が入らないのか。

 

「くらえエネル!"排撃(リジェクト)"!!」

 

「がっ!!!」

 

ドンッ!という轟音と共にその場で土煙が爆発を起こした。エネルは口からゲボッと血を吐いて倒れた。ワイパーの右手からエネルへ強烈な衝撃が伝わったらしい。その衝撃波が少し離れた俺の所にまで伝わってくる。ゾロはエネルが膝をついた時に抜け出していたので多分無事だ。それにしてもこの衝撃は……、昨日喰らった衝撃貝(インパクトダイアル)の比じゃないな。撃ったワイパー自身も右腕を押さえてうずくまっている。撃ち手もただでは済まないらしい。

俺はふわりと浮かんでロビンの元へ向かう。ロビンは気絶していた。

一見倒したかのように思えるが、エネルがそう簡単にやられるとは思えない。何せ前世では友達が自然系(ロギア)能力者で最強といつも言っていた奴だからな。ワイパーには悪いが、こいつを倒せるのはゴム人間のルフィだけだ。

そしたら案の定だった。エネルは止まった心臓を自分の電撃でマッサージして復活した。

 

「人は神を恐れるのではない、恐怖こそが神なのだ!」

 

そんなことを言い、エネルは口元を拭きながらドヤ顔で立ち上がる。俺はロビンに戦いの余波が届かないように彼女を離れた場所まで運ぶ。そして俺は再びエネルの前に出た。

 

「ヤハハハ!次は貴様か!!」

 

俺が戻った時、すでにワイパーは黒焦げにされていた。ゾロも今しがた、巨大な狼のような電撃にやられた所だ。

 

……原作通りなら、エネルは全身が絶縁体で雷を無効化できるルフィが倒すはずだ。別に俺がここで手を出さなくても物語はイレギュラーがない限りそう進んでいく。そう、だから俺は特に何もする必要がないのだ。やらなくても何の問題もない。でも………

俺はゾロを見る。ゾロは両手に刀を握ったまま気絶している。気を失っても刀を放さないその執念はさすがだ。

次にロビンを見る。遺跡に叩きつけられた時に頭を切ったらしく、頭から血がつーっと流れている。それ以外にも敵と戦ったであろう傷が身体中に見られる。

次にナミを見る。傷だらけのチョッパーを抱き抱える彼女は、俺を心配そうな眼差しで見つめている。そんなことしている暇があるならさっさと逃げればいいのに。

 

ここには俺の仲間達がいるのだ。必死に戦って倒れた仲間も、その仲間を守る仲間も。そんな彼らの前で、原作なんてものを気にして何もしないなんてこと……

 

「……できるわけねぇだろ。」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「何でもありませんよ。それより後ろ、注意してください。」

 

「む?」

 

俺はエネルの後ろに右手の掌を向けた。エネルは後ろを振り向いて驚愕の表情をした。…言っておくがかの有名なエネル顔ではない。エネルが振り返った先にはエネルの身長など遥かに超え、上層の雲の遺跡に届くかという程の巨大な植物が生えていた。

 

「まさか……これも……」

 

「ハァ…ハァ…ご明察ですね。」

 

その植物はキュゥンと光を吸収し、やがてブワッと閉じていた蕾を開いた。まばゆい光を放つ神々しい花が姿を現す。

 

「霊槍シャスティフォル第四形態"光華(サンフラワー)"!!」

 

俺の叫びと共に、シャスティフォルは花びらから無数の、巨大な光線をエネルに発射した。エネルは巨大な光線の弾幕に避ける間もなく飲まれる。

光とは、突き詰めてしまえば電磁波、つまりは電気と似たようなものだ。雷のエネルに攻撃できるのはゴム人間のルフィしかいないが、同じ電気で攻めればもしかしたら攻撃が通る可能性がある。身体中が恐怖で震え、魔力もほとんど残っていない。こんな俺がエネルを倒そうなんて無茶な話だということは重々承知している。可能性は限りなくゼロに近い。けど、少なくともゼロじゃないはずだ。

 

「はあぁぁぁぁ!!!」

 

俺はエネルにひたすら光線を撃ち続けた。それこそ遺跡の地面が破壊され、大穴があく程だ。しかし、元々少なかった俺の魔力ではそう長くは持たず、その弾幕は間もなく終わりを迎えた。

 

「ハァ……!ハァ……!」

 

シャスティフォルは元の槍に戻り、俺は胸を押さえてその場に膝をつく。もう空を飛ぶ力も残っていない。俺はゆっくりと顔を上げ、立ち上る土煙のほうを見た。

 

「……今のは効いたぞ、青海人。」

 

土煙が晴れると、身体中に軽い火傷を負っただけのエネルが姿を現した。額に青筋を浮かべ、大層お怒りの様子だ。はは、笑うしかねぇなちくしょう。

 

エネルはバリッと姿を消すと俺の前に瞬間移動した。そして俺に電気を帯びた右手を向ける。

 

「1億ボルト"放電(ヴァーリー)"!!」

 

俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ………」

 

「おぉ!良かった!気がついたか!!」

 

俺が目を覚ますと、目の前には見慣れた長い鼻があった。ウソップだ。全身に包帯を巻いて傷だらけになったウソップが俺が気がついたことを泣いて喜んでいた。

どうやらここは俺達がいた遺跡の一つ上の島雲、俺が最初に立ち入った瓦礫しかない遺跡のようだ。ロビンが運んでくれたらしい。

空を見上げれば、空は黒い雷雲に覆われ、玉のような巨大な雷雲が浮かび、天から雨のように落雷が降り注いでいる。まるで地獄の一丁目だ。

 

「ようし!エレインも目覚めたことだし!あのつるはこの俺様が仕留める!!俺様の"火薬星の舞い"を受けてみろぉ!!」

 

ウソップはゴーグルを装備し、パチンコを構えて巨大な豆の木にうおぉ!と走っていった。その豆の木は根元の部分が半分斬られ、全体的に傾いている。根元付近にゾロが倒れているので、斬ったのはゾロだろう。

どうしたのかと近くにいたロビンに聞くと、エネルが空を飛ぶ方舟で逃げたため、豆の木を倒してルフィがエネルの元へ行けるようにしたいのだそうだ。その話を聞いて、あぁ、空島編のラストってこんな感じだったなぁなんて思い出す。

 

「霊槍シャスティフォル第四……!!うっ!!」

 

ウソップは豆の木に火薬星を連発しているがビクともしていない。ここは俺が加勢するべきかと思ったが、俺にはもう魔力が残っていなかった。シャスティフォルを第四形態にしようとしても、苦しくてとてもできない。

 

「どいてろ。」

 

「……ワイパー…さん?」

 

何度魔力を送ろうとしても、シャスティフォルはクッションのまま何の変化もない。何とか動かそうと四苦八苦しているとワイパーが俺をぐいっとどかし、豆の木に走っていった。そしてゾロの斬り口の上辺りに立つと、豆の木に右手を添えた。まさか……!

 

「"排撃(リジェクト)"!!」

 

ドォン!という音と共に、豆の木が破裂したかのように斬れた。俺は力なく落ちてくるワイパーに力を振り絞って飛んでいき、魔力を絞り出してクッション状態のシャスティフォルを操作してワイパーを受け止めた。一発撃っただけであんなに苦しんでいたのに……無謀なことをしてくれる。見ればワイパーの右腕は変な方向へ曲がっている。さすがに折れてしまったのだろう。

しかし、その甲斐あって豆の木は最初メキメキと小さなきしむ音を立て、やがてバキバキという大きな音と共にゆっくり倒れ始めた。豆の木の上ではルフィがエネルへと向かっているだろう。

 

だが、エネルもバカではなかった。豆の木がある地盤を砕こうと、神の島(アッパーヤード)を雷の雨で集中砲火してきた。俺は豆の木の根元に倒れるゾロを何とかシャスティフォルに乗せ、ふらふらになりながらもロビンの元へと戻る。

 

「ムダだ……!エネル!!お前には落とせやしない!!」

 

俺がロビンの元へ戻るとワイパーがそう叫びながらシャスティフォルから降りた。そして雷の雨が降り注ぐ豆の木の根元へと歩いていく。

 

「お前がどれだけの森を燃やそうと!!どれだけの遺跡を破壊しようと!!大地は敗けない!!」

 

ワイパーの叫びとほぼ同時に、神の島(アッパーヤード)に一番の大きさの雷が着弾した。俺は爆風に思わず両腕で顔を覆う。爆風が止み、目を開けると、雷などものともせず、悠然と佇む神の島(アッパーヤード)が目の前に広がった。

 

「………すごい。」

 

大地の偉大な力に、俺はそう呟くしかできなかった。

俺が大地の偉大さに言葉を失っていると、上空からドッパァァンという轟音が聞こえた。見上げると空島を滅ぼさんとしていた球状の黒雲が綺麗さっぱり消え去っていた。黒雲があった辺りには麦わら帽子を首にかけた人影が小さく見える。ルフィだ。

 

ルフィは巨大な黄金の玉をくくりつけられた右腕を捻りながら限界まで後ろに伸ばし、エネル目掛けてその拳を放った。エネルは全身に雷を纏い、雷神のような姿で対抗するも、ルフィの拳に打ち抜かれた。エネルはルフィの拳と共に方舟から吹き飛び、俺の位置からは見えない島雲へと飛ばされた。

 

カラァーン…

 

エネルが島雲へ飛ばされた次の瞬間、美しい、それでいて力強い鐘の音が辺りに響き渡った。優しく、暖かく、この海の彼方まで届きそうな、そんな鐘だ。

確か、クリケットの家で読ませてもらったノーランドの日誌に書いてあった。"その島からは美しい鐘の音が響き渡った"と。その鐘の音がこれか。確かに素晴らしい音だ。こんなに感動的な鐘の音は初めてだ。

 

「聞こえていますか?クリケットさん…。黄金郷はありましたよ…。うちの船長さんが…それを証明してくれました。」

 

俺はシャスティフォルの、ゾロの頭の横辺りにポフッと腰掛け、空を見上げながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空島編10・妖精の帰還

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナ、ナミさん……その……」

 

「ん?何?」

 

「恥ずかしいですよぅ……これ……」

 

俺は俯いて赤面しながら服の袖を上げた。俺が今着ているのはチョッパーに巻いてもらった包帯の上にナミの青いパーカー一枚だけだ。俺が着ていたドレスはボロボロの血だらけだったので、ナミが着せてくれたのだが、サイズが大きすぎて袖から手が出てないし、全体的にぶかぶか、おまけに俺に合うズボンがなかったので下は穿いてない。素にぶかぶかのパーカー一枚というとんでもない状態だ。

 

「仕方ないじゃない、我慢なさい。それに結構似合ってるわよ。」

「うぅ………」

 

確かに胸が丸出しのドレスを着ているわけにはいかない。くっ、裸パーカー。見るぶんには眼福だが、いざ自分がやるとこんなに恥ずかしいものなのか。こんなことならジャヤで俺の服も買っておくべきだった。

 

「お~い!エレイ~ン!ナミ~!何やってんだ!こっちこいよ!!」

 

「は~い!今行きますよー!」

 

ルフィにお呼びされたので、急いで向かう。その際に、近くにあった肉料理を皿に盛ってルフィに持っていくのも忘れない。俺のその行動にナミは後ろで呆れたように溜め息をついていた。

 

「宴だぁ~~~!!!」

 

俺が持っていった肉料理を頬張り、ルフィは飛び上がってそう叫んだ。それと同時にゾロとサンジが用意していた巨大キャンプファイヤーに火をつける。戦いのあとは皆で宴会。ワンピースの鉄則である。遺跡の中で負傷者の手当てにあたっていたシャンディアの者や天使達も集まってきて皆で火を囲んで歌い、踊り始めた。

 

「わっとと!」

 

「よいしょっ!もう、無理なさらないでください。」

 

まだエネルとの戦いで受けたダメージが残っていて、うまく宙に浮いていられない俺をコニスがポフッと受け止めてくれた。俺は体勢を立て直して改めてふわりと浮き、「ありがとうございます」と彼女にペコリと頭を下げる。

 

これは俺が後で知ったことだが、コニス達が住むエンジェル島はエネルの雷で跡形もなく消し飛ばされてしまったらしい。しかし、それだけの大規模な攻撃の死者はゼロだ。コニスがエネルの目的を知るや否や、島の天使達に声をかけ、マッキンリー隊長の指示の元、いち早く避難していたからだ。これは紛れもなく彼女の大手柄だ。俺なんてエネル相手にどう生き残るかしか考えていなかったというのに。

 

「ふふっ。」

 

「?エレインさん?どうかしましたか?」

 

「いえ、コニスさんってすごい方なんだなぁと考えていただけです。」

 

「へ!?わ、私なんてそんな!!」

 

「ふふふっ。」

 

俺が褒めた途端に顔を真っ赤にして慌てて否定するコニス。そんな彼女が可愛くて可笑しくて、ついまた笑ってしまう。

彼女のおかげで助かった天使達はエンジェル島がなくなってしまったので、この神の島(アッパーヤード)でシャンディアと共に暮らしていくのだそうだ。400年間戦いを続けてきた彼らの間の歪みは、そう簡単に埋まるものではないけれど、ルフィ達が開くこの宴会がその一歩となることを願う。

 

「エレインさん。」

 

「はい?」

 

俺が炎を囲んで踊る皆をボーッと眺めていると、コニスから声をかけられた。彼女のほうを向くと、彼女はアルコール度数が比較的低めのエールが入った樽のジョッキを片手に笑っていた。俺は彼女の意図を読み取り、リンゴジュースが入った自分のジョッキを持つ。

 

「「乾杯♪」」

 

コツンと互いのジョッキを突き合わせ、俺とコニスはグイッとジョッキの中身を飲んだ。空を見上げれば大きな満月が俺達の宴を見守ってくれている。今夜は長い夜になりそうだ。

 

「わっ!」

 

「エレイ~ン、何やってんだい。こっち来なよぉ~。」

 

コニスと和やかに飲んでいると不意に後ろから脇に手を通されて抱き上げられた。俺を抱き上げられたのはラキだった。見れば顔が赤い。さっきゾロと飲み比べをしていたせいで相当酔っぱらっているらしい。俺を抱っこしたラキはそのまま火の近くのシャンディアの女性達が集まっている所へ行く。

 

「これからシャンディアの女が総出で舞いを披露するんだ。あんたも入んな!」

 

「えっ!?ちょ、ちょっとそんな!無理ですよ!!」

 

「大丈夫さ!自由に舞ってくれりゃいい。お~い!エレインも入れてやっておくれぇー!!」

「ラキさんそんな勝手に__!!」

 

「あら、かわいい子ね。いいわよ。」

 

「おぉっ!ちっこいがなかなかのべっぴんだな!!」

 

「いいぞ!やれやれ!舞いは人数が多いほうが盛り上がる!!」

 

ラキが踊り子のリーダーらしき女性に声をかけるとその人は了承し、まわりのシャンディア達ははやし立てる。俺は踊り子達に「小っちゃくてかわいい~♪」とか「ほっぺたぷにぷに~♪」とか弄ばれながら踊り子の衣装に着替えさせられた。遠くを見れば踊り子の中に俺を見つけたらしいゾロとウソップが「やれやれ!」と拳をあげている。

 

あえてもう一度言おう。今夜は長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、エレイン。起きろ。」

 

国を上げた喜びの宴は連日続いた。前世では三徹くらいはお手の物だった俺も、馴れない踊りをしたせいですぐに眠気に襲われ、結局コニスと少し飲んだだけですぐに寝てしまった。いつものようにシャスティフォルで寝たはずだが、いつの間にかロビンの膝枕でぐっすり寝ていた俺をルフィが起こす。ちなみに俺は踊りの後着替えて再びナミの青パーカーに戻っている。俺はまぶたが重い目をくしくしとこすりながらむくっと起き上がる。

 

「ふみゅ……なんですかせんちょー…。」

 

「しっ!静かにしろ。黄金奪って逃げるぞ。」

 

「黄金っ!!」

 

「いっ!?バカナミ!お前声がでけぇよ!!」

 

「うるせぇな!!眠れやしねぇ!!」

 

「ぐへぇ!!」

 

ルフィが人差し指を口の前で立て、いわゆるし~っのポーズで俺に笑いながら黄金を奪うと言うと、俺の隣で寝ていたナミが「黄金」という単語に反応して跳ね起きる。そのナミの大声でウソップが起きて寝ぼけてチョッパーを殴ってしまい、サンジ、ゾロ、ロビンが立て続けに起きて、大騒ぎになり、結局天使達やシャンディアの者達も起こしてしまう。

 

「お~い!大変だ~!!」

 

シャンディアの一人が森のほうから走ってきてそう言うと、俺達が騒いで起こしてしまった天使やシャンディア達はそっちのほうへ行った。誰もいなくなった所でルフィが本題に移る。ルフィの話では、なぜか宴会で踊っていたあの大蛇のお腹の中にはたくさんの黄金があったらしい。それをごっそり頂いてそのまま空島からおさらばしようという訳だ。

いくらそこに黄金があるからと言っても、大蛇のお腹の中に入る気になれない俺はパスし、ウソップと一緒に貝(ダイアル)を貰うことにした。ロビンは「ちょっと行ってくるわね」と言ってどこかへ行ってしまった。ちなみに言うまでもないが、ナミは大蛇の中に黄金があると分かると迷いなく、誰よりも早く入っていった。

 

「これは……!ワゴームというのか!!」

 

俺とウソップはまだ残って寝ている天使を起こし、貝(ダイアル)との物々交換を頼む。貝(ダイアル)と何を交換するかと言われ、ウソップはすかさずポケットから輪ゴムを取り出した。ゴムを見たことがない天使のおじさんは輪ゴムをみょんみょんともの珍しそうに触る。

 

「この前あのバカでけぇ豆の木を倒したのは九割がその"ウソップ輪ゴーム"の力だ!世界中で俺しか持ってねぇ!」

 

「おぉーー!!」

 

「でも待て、今はそれじゃなくてこの鉄板!"鉄"欲しいんだろ?わざわざ船から取ってきたんだ。これと貝(ダイアル)を交換して……」

 

「いや!ワゴームがいい!これとなら交換してもいいぞ!!」

 

「がっはっはっは!エレイン君!用意してあげなさい!」

 

「あ、あはは。はい、こちらです。」

 

俺はウソップの交渉術に苦笑し、箱いっぱいに入った輪ゴムをおじさんに差し出す。おじさんはその輪ゴムを受け取り、ウソップにありったけの貝(ダイアル)を出してくれた。ウソップはたくさんの貝(ダイアル)を風呂敷にくるんで嬉しそうに笑う。まあ、空にはゴムなんて存在しないし、ある意味鉄より珍しい物だ。この交渉は互いに利益のあるwin-winの交渉だと言えるだろう。

 

俺とウソップがルフィ達の元に戻ると、ルフィ達もちょうど蛇の口から出てくるところだった。皆背中にパンパンの風呂敷を背負っている所を見ると、あっちも大漁のようだ。ナミがいないのでどこなのか聞くと、船でコニスと出航準備をしてくれているようだ。

 

「おっ!皆さん!ロビンさんが帰ってきましたよ!」

 

しばらくその場で待っているとロビンが帰ってくるのが見えた。後ろに何やら布に包まれた巨大な物を担いだシャンディア達がいる。

 

「お~い!ロビ~ン!!急げ!逃げるぞー!!黄金奪ってきた!!」

 

「アホ!言うな!!後ろ見ろよ皆一緒に帰ってきてるぞ!!」

 

「やべー!!巨大大砲だ!!」

 

「ぎゃーー!!大勢いるぞ!!」

 

いや、恐らくあれは巨大大砲なんかではないだろう。俺もそれが分からない程鈍感ではない。あれはさしずめルフィ達にお礼がしたいシャンディア達が持ってきてくれた巨大な黄金といったところだ。

 

「船長、多分あれは……」

 

「エレイン!何やってんだ!早く逃げるぞ!!」

 

「ふぇ?」

 

俺がその旨を伝えようとすると、あろうことかルフィは走りながら俺に腕を伸ばし、ぐるぐる巻きにした。

 

「わあぁぁぁぁぁ!!!」

 

ゴムのルフィの腕は勢い良く戻った。その反動で俺は空の彼方へ吹っ飛んでしまい、キラーンとお星さまになった。しばらく飛んだ挙げ句、俺は神の島(アッパーヤード)の端、ちょうどメリー号が停泊している辺りにドォーン!という音と共に不時着した。

 

「エ、エレインさんっ!?」

 

「ちょっとエレイン!!あんたどこから飛んできたのよ!!」

 

「はらほれひれはら………」

 

妖精族であることが幸いしたのか、はたまたギャグ補正がかかったのか、神の島(アッパーヤード)のほぼ中心の遺跡から島の端まで飛ばされたというのに俺は目立った怪我はなく、目を回すだけで済んだ。

半分地面に埋まっていた俺はコニスとナミに救出された。そしてしばらくメリー号で待っているとルフィが何食わぬ顔でやってきた。

 

「いっ!?な、何だ?エレイン、顔怖いぞ?」

 

「ふふふ……あら、そうですか?ふふふ……。」

 

「わっ!おいっ!危ねぇよ!!」

 

「ふふふふふ……」

 

俺は約30分程、第五形態のシャスティフォルでルフィを追い回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メリー号は現在、空島に初めて来た時の白い雲の海を航行中だ。ここは白海というスカイピアの下層の海雲で、ここの"雲の果て(クラウド・エンド)"という所から青海に帰れるらしい。

 

「黄金!黄金!」

 

「やったぜ!ついに俺達は黄金を手に入れた!!」

 

俺が壊れた見張り台の修理を終え、甲板に降りると皆が大量の黄金を囲んで騒いでいた。出航してからずっとこの調子だ。

 

「大金持ちだぞ!ここは一つでっけぇ銅像買わねぇか!?」

 

「バカ言え!何すんだそれで!ここは大砲を増やすべきだ!」

 

「ナミさ~ん!俺鍵付き冷蔵庫が欲しい~!!」

 

「俺はなぁ!本買って欲しいんだ!他の国の医学の本が読みてぇ!」

 

「酒。」

 

皆、思い思い欲しいものがあるみたいだ。ウキウキした様子で麦わらの一味の金庫番ナミに欲しいものをねだる。

 

「ロビンさんは何か欲しいもの、ないんですか?」

 

「ふふっ、私はいいわ。あなたこそないの?」

 

「そうよ!エレイン!あんたは何かないの?」

 

俺が階段に座ってルフィ達を眺めていたロビンに声をかけると、彼女はそう返し、俺達の会話にナミが入ってきた。見ると他の皆も俺に視線を向けている。

欲しいもの……欲しいものか……う~ん…と……あ。

 

「雑巾が古くなったので新しいものと、バケツが壊れてしまったのでそれも。」

 

「「「はぁ~…」」」

 

頑張って今欲しいものを引っ張り出すと全員に溜め息をつかれた。ナミがのしのしと俺に歩みより、がしっと俺の肩を掴む。

 

「そうじゃなくて!あんた自身が欲しいものよ!何かないの!?お菓子とか本とか!」

 

「えー…と、お菓子はサンジさんが作ってくれるものが大好きですし、本はロビンさんとチョッパーさんに借りて読めるので特に……」

 

サンジの作るお菓子は絶品も絶品。あれを一度食べてしまったら市販のお菓子などもう食べられなくなる。ロビンやチョッパーにたまに借りて読む歴史書や医学本は、前世にはなかった歴史や病気、治療法などが載っていて面白い。

 

「まったくもう…、あんたは遠慮しすぎなのよ!子供なんだからもっとねだってもいいのよ?」

 

「ありがとうございます♪でも大丈夫ですから。」

 

俺がそう言うとナミは「そう」と呆れたように行ってしまった。どうしてだろう。そうロビンに聞くと彼女は「さあ、何でかしらね」と笑った。俺は何がなんだか分からなくて首を傾げた。

 

「皆さん!見えました!雲の果て(クラウド・エンド)です!」

 

メリー号の隣を二人乗りバイク型ウェーバーに父親と乗っていたコニスがそう叫んだ。前を見ると丸い建物とシャチホコのようなものを構えた門が見えてきた。門の看板にはしっかり「CLOUD END」と書かれている。

 

「はぁ~、降りちまうのか俺達…。」

 

「確かにいざ降りるとなると名残惜しいな。」

 

「空島楽しかったなぁ~。恐かったけど。」

 

空島から降りることに皆寂しさを感じているようだ。俺もそうだ。まあ、大蛇に追いかけられたり鉄球撃ち込まれたり刀で斬られたり雷に打たれたりろくな思い出がないが、いざお別れとなると寂しい。

 

「あの門を通ったら、雲の道(ミルキーロード)で青海へ……という具合でしょうか?」

 

「多分ね。ほら皆!いつまでもしんみりしてないで!青海へ降りるのよ!!」

 

門にウェーバーを止め、メリー号の進行に合わせて走るコニス達に俺達は分かれを告げた。お別れが済むとコニスの父親は俺達にすぐに帆をたたんで船体にしがみつくように言ってきた。俺は言われた通りに帆をスルスルとたたむ。

う~ん…空島編のラストで何か大事なことを忘れているような……

 

「よし!野郎共!!青海へ帰るぞぉ!!」

 

「「「おお!!!」」」

 

ルフィと掛け声と同時にメリー号は門を通り抜けた。さあ、青海への雲の道(ミルキーロード)の坂道だ。

 

「皆さん!落下中お気をつけて!!」

 

スポーン……

 

「「「………落下中?」」」

 

メリー号が門を抜けるとそこには雲の道(ミルキーロード)の坂道なんてものはなく、俺達はスポーンと大空へ放り出された。

そして間が悪い俺はこの瞬間に思い出した。あぁ、空島から降りる時ってこんな感じだったなぁ、と。

 

「「「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

空に放り出されたメリー号は重力に従ってひゅ~と自由落下していく。このまま青海まで真っ逆さまかと思われたが、雲から突然風船のようなタコが飛び出し、メリー号をがしっと掴んだ。その瞬間、ガクッとメリー号の落下速度が落ちた。風船のようなタコがパラシュートの役割をしてメリー号はふわふわとのんびり空を飛ぶ。

 

カラァー……ン……カラァー……ン……

 

「!ロビンさん、これ!」

 

「えぇ。」

 

ふわふわと空の旅を楽しんでいると、空島からあの黄金の鐘の音が聞こえてきた。ラキ達シャンディアが俺達のために鳴らしてくれているようだ。

俺達は黄金の鐘の歌声に見送られ、空島から青海へ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編1・妖精の航海

 

 

 

 

 

 

 

 

風船タコのおかげで何とか俺達は死なずに青海へ戻ってくることができた。無事青海へ帰還し、空を見上げてもスカイピアはまったく見えず、すごい所へ行っていたのだと改めて実感した。

空島で手に入れた物は青海でも使えるのか試してみたところ、"雲貝(ミルキーダイアル)"のみ使用できなかった。雲を出そうとしてもスカスカと空音を鳴らすだけだ。雲が形になるには空島の環境が必要らしい。

 

「さぁ!皆お待ちかね!お宝の山分けよ!」

 

「いよっ!待ってました!!」

 

テーブルに黄金を積み、それを囲んで皆が騒ぐ。サンジなんかは珍しく眼鏡なんかかけて買うものをぶつぶつと呟きながら算盤をはじいている。ロビンは黄金で騒ぐ俺達を少し離れた所から見守っている。テーブルに山のように積み上げられた黄金を見ると、今は幼女だが一男として胸が高鳴ってくる。

 

「まず私のへそくりが8割で~♪」

 

「「「いやいやいや……」」」

 

ナミがキラキラした笑顔で黄金の山をジャラッと自分のほうへ移動させたのでロビンを除く全員で異議を唱える。もちろんこれはナミの冗談であることは分かっているが、ここでちょっとした悪戯を思いつく。

 

「……ではナミさんは私にずっと裸でいろとおっしゃるのですね……。ぐすっ……いえ、いいんです。所詮私は雑巾がけしか能のない雑用係の穀潰し…衣服までお世話になるわけにはいきませんから……。」

 

「「「じと~~……」」」

 

「あ、あはは。やーね!冗談に決まってるじゃない!!泣かないでエレイン!あれ冗談だから!!」

 

俺は嘘泣きで涙目になりながら俯くと全員から冷やかな視線がナミへ送られた。全員から白い目で見られたナミは冷や汗をかきながら慌てて俺を抱きしめて慰めた。ふふふ、悪戯は無事成功したようだ。

 

その後色々話し合った結果、まずはメリー号を修理することに決まった。東の海(イーストブルー)からのルフィ達の無茶苦茶な航海にも耐え、俺達を乗せてくれているメリー号。そのメリー号は所々に激戦の跡が残されていてボロボロだ。ここらで本格的に造船ドックに入れて本職の船大工に修繕してもらったほうがいい。その修繕にいくらかかるか分からないので黄金の山分けは保留だ。

 

「あとできれば"船大工"さんを仲間にするべきではないでしょうか?」

 

「そうだな!メリー号は俺達の"家"で"命"だ!この船を守ってくれる船大工は必要だ!」

 

そしてメリー号を修繕すると共に、可能ならば船大工を仲間に入れる方針に決まった。話し合いも終わり、俺達は船大工を求めて航海を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああ!!大波だぁぁぁ!!」

 

「何かいますよ!?波の中に!!」

 

「"シーモンキー"だ!!」

 

「やべぇ!風がねぇ!!帆をたたんで漕げ!!」

 

航海を再開した俺達だが、さすがは偉大なる航路(グランドライン)。次々に試練が襲いかかった。今俺達は大波を起こしながら追いかけてくる猿のような海獣から逃げている。

 

「む!?前方に船発見!!」

 

シーモンキーから逃げている最中、見張り台のウソップが双眼鏡を覗きながらそう叫んだ。

 

「敵ですか?」

 

「いや、分からねぇ!」

 

「?分からない?」

 

俺はウソップの返答に首を傾げた。船が見えるのなら何かしら情報は得られるだろう。ドクロを掲げていれば海賊船であり、カモメを掲げていれば海軍船、会社のエンブレムを掲げていれば商船である。分からないというのは何だろうか。

 

「あの船何も掲げてねぇんだ!帆も旗も!!」

 

「何だそりゃ!?何も掲げてねぇ!?何のために海にいるんだ!?」

 

俺達が話していると前方からやってきた何も掲げていない船はメリー号の横を通りすぎた。このままではシーモンキーの大波の餌食になってしまう。

 

「船の皆さーーん!!大波に飲まれてしまいますよーー!!舵を切ってくださーーい!!」

 

俺は口に両手をあてて船に向かって叫んだ。船に乗っていた人達、恐らく海賊達は俺の声に気づいてふらりと立ち上がったが、その海賊達はとにかくまとまりがなかった。大波が目の前だというのに「敵船だ!」だの「大砲を用意しろ!」だの、はたまた「舵を切れ!」と誰かが言えば「てめぇが命令すんな!」と怒号が響く。そんなこんなしている内にその船はドッパァァンと大波に飲まれ、シーモンキーが嬉しそうに笑う結果となった。

 

「?何だったんでしょうか、あの船。」

 

「どうせ敵だろ。ほっとけよ。それより、猿共はあの船を沈めて満足したようだな。波が大分落ち着いた。」

 

ゾロの言う通り、シーモンキーはあの船と共にキャッキャッと笑いながら海底に姿を消し、先程までの大波が嘘のように海は静けさを取り戻した。ナミが言うにはもう次の島の気候領域に入ったらしい。

 

「ロビンさん、何か見えますか?」

 

「あら、エレイン。」

 

俺はふわふわと空を飛び、見張り台でウソップと交代して紅茶を飲みながら見張りをするロビンへ近づく。俺が話しかけるとロビンは前方を指さした。

 

「島がずっと見えてるわ。」

 

「へ?あ、本当ですね。けっこう霧が深い島…。ナミさーん!次の島に霧がかかってます!」

 

「霧か…、危ないわね。チョッパー、前方確認よろしくね!」

 

「おう!分かったぞ!」

 

「おっ!もう次の島に着くのか!造船所あるかな!!」

 

「……って見えてたのなら言ってくださいよロビンさん。」

 

「ふふっ、ごめんなさいね。」

 

ロビンが指さした方向には少々霧がかかった島があった。俺達はバタバタと上陸準備を整える。まあ、準備と言ってもイカリを準備するだけだが。

やがてメリー号が進むとパァァと霧が晴れ、島の姿が見えてきた。

 

「な、何もねぇーー!!」

 

「何じゃここは!すげー!!見渡す限り草原じゃねぇか!!」

 

「あーあー、何つう色気のねぇ場所だよ…。」

 

「人は住んでいるのかしら。」

 

「う~ん、少なくとも造船所は期待できないですね。」

 

その島には何もなかった。ルフィが言うように、見渡す限りの草原だ。地平線の彼方まで、所々高い木がポツポツ生えているだけのだだっ広い草原。

 

「うひょー!!草原だ!!」

 

「すげー広いぞ!!」

 

「いやっほーー!!」

 

「こらぁ!!またあんた達は!!」

 

ルフィとウソップとチョッパーは広い草原が嬉しかったのか、ゴロゴロと寝転がりながら遠くへ行ってしまった。

 

「まったくあいつらは得体の知れない土地にずかずかと……!」

 

「これだけ開けてりゃあ危険も何もねぇだろ。」

 

「あ、ゾロさん!イカリなら私がおろします!」

 

俺はゾロからイカリを受けとり、浅瀬のほうへドボンとおろした。もちろん俺にイカリを持つ力はないので魔力を使ってだ。

 

「ナミさん、この島の記録(ログ)はどれくらいで貯まるのでしょうか?」

 

「そうね……、多分数日もあれば貯まると思うけど…。」

 

「まぁとにかく、俺達も船を降りようぜ。ここにいても始まらねぇ。」

 

「あ、では皆さんで行ってきてください。船番は私がやります。」

 

「あら、じゃあ私も船番として残るわ。」

 

「そう?じゃあお願いね。すぐ戻ってくるから。」

 

そう言ってナミとサンジとゾロはルフィ達が転がっていったほうへ歩き始めた。俺は何故か嬉しそうに微笑むロビンと二人で船番だ。

 

「お茶でも入れますか?」

 

「あらいいわね。じゃあ二人でお茶会をしましょうか。また歴史、教えてあげるわ。」

 

「ちょっと待っててください。すぐに……!?」

 

俺がお茶を入れにキッチンへ向かおうとした時、突然船がグラリと揺れた。何事かと顔をあげるとメリー号の3倍はあるであろう巨大な、キツネ型の船首を持った海賊船がいつの間にかあった。深い霧で接近に気づかなかったらしい。島を散策に行ったナミ達も船の異変に気づいて戻ってきた。その海賊船はキツネの両手をかたどったイカリを島に刺し、メリー号の行く手を完全に封鎖した。

 

「エレイン、大丈夫?」

 

「はい、私は空を飛んでましたから。ロビンさんも怪我はありませんか?」

 

「えぇ、平気よ。」

 

「お前ら何者だ!やるんなら出てこい!!」

 

ゾロが腰の刀に手をかけてそう叫ぶと船室からぞろぞろと奇抜なマスクを着けた海賊達が現れた。海賊達の一人がキツネの船首に立ち、俺達にこう宣言した。

 

「我々は"フォクシー海賊団"!早まるな、我らの望みは"決闘"だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編2・妖精とドーナツレース

 

 

 

 

「お~い!雑用の嬢ちゃん!その調味料一式はこの辺に置いてくれ!」

 

「あ、はい!ただいま!」

 

顔にヘンテコな仮面をつけたフォクシー海賊団の男に言われ、俺は魔力で浮かせた調味料が入った袋を言われた場所に置く。

 

決闘を申し込まれた俺達だが、辺りにはわたあめやらリンゴ飴やらの屋台が並び、カラフルな桃燈が飾られ、空には花火、決闘というよりお祭りのような雰囲気になってきた。

 

フォクシー海賊団が挑んできた"決闘"は決してケンカのことではなく、「デービーバックファイト」という海賊同士の仲間取りゲームだった。海のどこかにある海賊島で生まれたこのゲームは3本勝負の競技を行い、勝てば1競技ごとに敵船から船員を貰い受けることができる。勝てば戦力が強化されるが、負けるリスクもでかい。俺達が申し込まれたのはそんなゲームだった。

 

正直こんなゲームがあったことは知らなかった。ワンピースって章ごとにルフィが敵ぶっ飛ばしてるだけかと思ってたが、こんな展開もあったとは。ワンピースって奥が深いな。長く愛されてる理由が分かった気がする。

 

「サンキュー嬢ちゃん。これはお礼だ。」

 

「わっ!ありがとうございます!」

 

男からお手伝いのご褒美にピンク色のわたあめを貰った。昔町のお祭りで買ったものより一回り程大きい。はむっと一かじりすれば口いっぱいに甘ったるい砂糖の味。久しぶりに食べたが旨い。

 

「エレイン!お前もわたあめ貰ったのか!俺もロビンから貰ったんだ!」

 

俺がわたあめをかじりながらルフィ達の下へもどるとチョッパーがわたあめを片手にとてとてと走ってきた。甘い物が好きなチョッパーはわたあめを気に入ったらしい。口の周りをベタベタにしながらわたあめを頬張るチョッパーは最高に可愛かった。

 

 

 

 

 

 

「以上これを守れなかった者は海賊の恥とし、デービー・ジョーンズのロッカーに捧げる!守ると誓いますか?」

 

「誓う。」

 

「誓う!!」

 

やがてルフィとフォクシー海賊団船長のフォクシーによる選手宣誓が行われ、フォクシーが3枚のコインを海に放り投げる。これでデービーバックファイトの開幕がデービー・ジョーンズに報告され、競技が始まるのだそうだ。

 

「ロビンさん、デービー・ジョーンズって誰ですか?」

 

「悪魔に呪われて深い海底に今も生きているという昔の海賊よ。海底に沈んだ船や財宝は全て甲板長だった彼のロッカーにしまわれるの。」

 

「沈んでくる物を何でも自分の物にしちまうデービーの名前から、敵から欲しいものを奪う事を海賊は"デービーバック"と呼ぶのさ。」

 

ロビンの説明にサンジが補足説明を付け加える。海の底で生きている海賊…。もちろん伝説上の存在だろうが、ほぼ何でもありなワンピースの世界だ。そういう存在がいても不思議じゃない。おまけにこの世界は俺がいることで七つの大罪が混じってる可能性もあるので然もありなん。

 

「おい!おめぇら!オーソドックスルールは分かるか!?」

 

「オーソドックスルール…ですか?」

 

「そうだ!出場者は3ゲームで7人以下!1人につき出場は1回まで!一度決めた出場者は変更なしだ!」

 

「ふんふん…、わっ!」

 

「分かってる!あっち行ってろ!!」

 

ルール説明に来た男から熱心にルールを聞いているとサンジがぐいっと首根っこをつかんで俺を引き寄せ、男を追い払った。

 

「もうっ!いきなり何するんですか!」

 

「…あんまりウロチョロすんな。」

 

俺が抗議するとサンジはタバコに火をつけながらそっぽを向いてしまった。俺はそんなサンジの行動に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合った結果、競技の出場者は次のように決まった。

 

・第一回戦「ドーナツレース」

 

ウソップ

ナミ

ニコ・ロビン

 

 

・第二回戦「グロッキーリング」

 

ロロノア・ゾロ

サンジ

エレイン

 

 

・第三回戦「コンバット」

 

モンキー・D・ルフィ

 

 

チョッパーは誰かが怪我をした時のための救護班として欠場だ。原作だとどうだったか知らないが、俺が加わったことで負けた、なんてことにならないように気をつけようと思う。

 

「いい?絶対にエレインは取られないようにするわよ!」

 

「ええ。」

 

「あぁ、それは分かってる!」

 

「ナミさん?」

 

「へっ!?あ、何?」

 

「いえ、これで決定なら提出してきますけど。」

 

「あ~、うん!それでいいわ!」

 

何やらナミとロビンとウソップが集まってヒソヒソと話していた。ナミに声をかけるとビクッとなって振り向いた。俺そんなに驚くことしたかな。少し疑問に思いながら俺はメンバー表を提出した。相手方はもう決まっていたらしく、俺が提出したらすぐに競技が始まった。フォクシー海賊団宴会隊長のイトミミズがバカでかい雀に乗って空からハイテンションに司会を務める。

 

宴会隊長って……普段何してる人なんだ?

 

俺のどうでもいい疑問はともかく第一回戦だ。一回戦は「ドーナツレース」。空ダル3個とオール2本で手作りボートを作り、島を一周するというレースだ。船大工の腕の見せ所だが、うちに船大工はいない。いきなり相手方に有利な試合じゃないか?

 

ナミ達が乗るのはウソップが作った"タルタイガー号"。強そうなのは名前だけで、実際はタル3個を真っ二つにして繋げただけのイカダだ。ちょっとした波を受けただけで沈んでしまいそう。ロビンも「きっと沈むわ。」なんて澄ました顔で言っている。

 

対するフォクシー海賊団チームは"キューティワゴン号"という船大工が技術の粋をあつめて作り上げた安定性抜群の船に乗っている。こっちは"イカダ"であっちは"船"だ。もうこの時点で雲泥の差だろう。加えてあちらには人間の10倍の腕力を持つ魚人がいて船をホシザメが引くらしい。これについてはナミも抗議するがサメがダメだというルールはないとのこと。

 

船だけ見れば両チームに圧倒的差があるが、こっちには百戦錬磨の航海士ナミがいるし、ウソップの空島で手に入れた数多くの貝(ダイアル)もある。こっちにだって勝ち目はある。

 

両チームに迷子防止の永久指針(エターナルポース)が投げ渡され、いよいよスタートである。イトミミズがスタート合図の銃を空に向けると同時に横からジャキンと金属音が聞こえた。横を見るとフォクシー海賊団が銃や大砲をナミ達に向けて構えていた。それを見て思わず俺は叫んだ。

 

「皆さーーん!!島から離れてくださーーい!!」

 

パァン!!

 

俺が叫ぶと同時のスタート合図の銃声が鳴った。予期した通り、スタートと同時にフォクシー海賊団から全面攻撃がナミ達に送られた。タルタイガー号がそのせいで吹き飛び、大きく遅れをとってしまう。何とか沈まずに済んだナミ達だが、妨害はまだ終わらない。今度は大岩がナミ達に向けて投げられた。

 

「ふっ!!」

 

俺は抱きしめていたシャスティフォルを槍に変え、大岩の中心に撃った。シャスティフォルは大岩を貫き、中心を貫かれた大岩はピシピシとひびが入ってドカァンと割れた。

 

「エレイン!」

 

「早く行って下さい!なるべくギャラリーから離れて!」

 

ナミ達に叫んでる間にも銃弾や砲弾は飛んでくる。俺は槍状態のシャスティフォルを高速回転させてそれらを弾いた。ナミ達は俺が防御している間に相手チームを追いかけて行った。

 

「…さて、覚悟はできてますね?貴方達。」

 

ナミ達が無事行ったことを確認した俺はシャスティフォルを第五形態に変形させて黒い笑みを浮かべてフォクシー海賊団を見下ろした。フォクシー海賊団は俺の笑顔に一歩後ずさる。

 

「…どこ行く気だよ。ナミさん達が怪我でもしたらどう落とし前つける気だクソ共。」

 

彼らが下がった所にはタバコを噛みしめ額に青筋を浮かべたサンジがいた。フォクシー海賊団は俺とサンジにはさまれる。

 

「「「ぎゃあああああ!!!!」」」

 

辺りにフォクシー海賊団の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナミ達がスタートした後、俺達は屋台で焼そばやリンゴ飴を食べたり、酒を飲んだりしながらナミ達の帰還を待った。レースの模様はイトミミズが電伝虫に実況していたので大体把握できた。

 

そしてついにナミ達が帰って来た。ボートは所々ボロボロだが、大幅に差をつけて勝っている。でも相手方の追い上げも凄い。魚人とサメが合体してスクリューのように回転することで魚人の腕力も加わって超高速で追い上げてくる。これはどっちが勝つか非常に際どい勝負になりそうだ。

 

「ナミさーん!ウソップさーん!ロビンさーん!あとちょっとです!頑張ってくださーい!!」

 

俺はわたあめをポンポン代わりにして必死に応援した。その甲斐あってか、相手チームも追い付けず、ナミ達の勝利は目前に迫った。

 

「"ノロノロビーム"っ!!」

 

その時、敵陣のフォクシーの手からポワァンと不思議な光線が発射された。その光線はナミ達に命中し、ナミ達は急に動きが遅くなって相手チームに抜かれてしまった。

 

『勝者!!キューティワゴン号!!』

 

「「「わあぁぁぁぁ!!!」」」

 

何がどうなったのか俺達は飲み込めないが、一回戦は相手方の勝利で終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドーナツレースは大幅カットです。一応書いてはみたんですけど、エレインがいないのにだらだら書いてもしょうがないかなと思ってカットさせていただきました。楽しみにしていた方ごめんなさい。レース展開は原作と変わらないので、気になる方は原作を買って読んで下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編3・妖精のグロッキーリング前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェ~フェッフェ!不思議がってるな!これぞ"ノロマ光子"の力だ!!」

 

一体何が起こったのか。俺達が頭にハテナを浮かべているとフォクシーが得意気に解説に来た。

 

「の、ノロマ光子?ですか?」

 

「そう!この世に存在するまだまだ未知の粒子だ!この光を受けたものは生物でも液体でも気体でも…、他の全てのエネルギーを残したまま物理的に一定の速度を失う!!」

 

「わからん!!バカかお前!!」

 

フォクシーの説明を聞いても分からなかったルフィがそう強く返すとフォクシーはガクンと膝をついて落ち込んでしまった。意外とハートが弱い方らしい。

 

「つまりですね、あのビームに当たると何でも遅くなっちゃうんです。」

 

「あ~、なるほど。そう言や分かるよ。」

 

「でも…そんなことが…。」

 

「あり得ない!?分かっているだろう!この海でそんな幼い言葉は通じねぇ!!俺は"ノロノロの実"を食ってそいつを体から発せられる"ノロマ人間"になったのだ!!見よ!この威力!!」

 

フォクシー海賊団の一人、大柄な男のハンバーグがフォクシーに向かってバズーカを撃った。フォクシーは素早く飛んでくる砲弾に指を向け、ノロノロビームを放った。するとビームを浴びた砲弾は急に失速してのろのろ飛ぶようになる。

 

「このノロノロ効果は約30秒だ。その後速度を取り戻す。何事もなかったかのようにな。」

 

「あ、あの…そろそろ……」

 

「見たか!!これがノロ……!!」

 

ボカァン!!

 

砲弾が自分に向かっていることを忘れて夢中でしゃべるフォクシーだが、30秒経ってノロノロがなくなり、砲弾はフォクシーの顔面に直撃した。だがフォクシーはすぐにむくっと起き上がって俺達に仲間を一人差し出すように要求した。見たところ鼻血が出てるだけで特に問題なさそうだ。あれ?人間は普通死ぬと思うんですけど。あれか、ギャグ補正ってやつか。

 

『相手方の船員1名!指名してもらうよ!オヤビン!どうぞ!!』

 

イトミミズの司会と共に、フォクシー海賊団の音楽隊がドロドロドロドロと太鼓を叩く。俺は何故かロビンにギュッと抱き締められ、チョッパーに手を握られた。

 

「フェッフェッフェ!まずは一人目、俺が欲しいのは……お前!!船医!トニートニー・チョッパー!!」

 

「俺っ!?」

 

フォクシーの指名と同時にチョッパーは男達に連れていかれた。俺と繋いでいた手も引き裂かれた恋人のようにむなしく離れる。チョッパーはあれよあれよとフォクシー海賊団にもてはやされ、彼らと同じマスクまで被せられた。

 

「みんな~~~!!俺嫌だ~~~!!」

 

チョッパーは座らされたイスを立ち、泣きながらこっちに戻ろうとしたが、男達に捕まえられた。チョッパーは手足をバタバタさせて必死に抵抗している。

 

「ガタガタぬかすなチョッパー!!見苦しいぞ!!」

 

そんな時、ゾロが飲んでいた酒をドンと置いてそう叫んだ。

 

「お前が海に出たのはお前の責任!どこでくたばろうとお前の責任!誰にも非はねぇ!ゲームは受けちまってるんだ!海賊の世界でそんな涙に誰が同情するんだ!男ならフンドシしめて勝負を黙って見届けろ!!」

 

「!」

 

ゾロの言葉に、チョッパーは涙を拭いてドカッと男らしくイスに座り直した。場はゾロとチョッパーの男気に大いに盛り上がっている。

 

「さっさとはじめろ!二回戦!」

 

「あぁ、ウチの大事な非常食…取り返してつりがくるぜ。いくぞエレイン。」

 

「はいっ!!……え?非常食?」

 

さぁ、二回戦の開幕だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り引きも終わり、次は二回戦、「グロッキーリング」だ。麦わらの一味の出場者はゾロ、サンジ、エレインの三人。

 

「エレインはともかく、あの二人にチームワークがあるとは思えない。」

 

ナミはフィールド上で早くもケンカをするゾロとサンジを見て溜め息をついた。チョッパーには悪いが、一回戦でエレインを取られなくて良かったと思う。エレインが二人の良い仲裁役となっているからいいものの、もしエレインが取られて二回戦はあの二人だけなんてことになっていたらどうなっていたか分からない。

 

『ここでグロッキーリングのルール説明をするよ!フィールドがあってゴールのリングが二つ!球をリングにぶちこめば勝ち!ただし!"球"はボールじゃないよ!"人間"!両チームまずは球になる人間を決めてくれ!!』

 

「おい、おめぇら、誰が球やるんだ?」

 

「ん。」

 

「勝手に決めんじゃねぇよ!!球はてめぇだろマリモ!!」

 

「あぁ!?ゴチャゴチャ言わねぇで黙ってやれよエロコック!!」

 

ゾロとサンジは言い合いの末にケンカを始めてしまった。

 

「あはは、すみません。私がやります。」

 

仕方なくおずおずと手を挙げたエレインが球役を務めることになり、球役の証として紅白のピエロのボールを頭につけた。

 

「はぁぁ~~……。」

 

その光景を見てナミは頭をおさえて深い溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴンダバダバダバ♪

 

『おっと!聞こえてきたよ!奴らの入場テーマ曲!』

 

突然軽快な音楽がかかり、フォクシー海賊団の海賊船の船首がウィーンと開いて、相手選手が入場してきた。まずはさっきの大柄男のハンバーグ、次にハンバーグよりもさらに大きな男ピクルス、そして最後にハンバーグやピクルスよりもさらに大きい、魚人と巨人のハーフ"魚巨人(ウォータン)"のビックパンだ。球役の証は一番大きいビックパンがつけている。

 

「不足は?」

 

「ねぇな。」

 

「が、頑張ります!」

 

普通に考えて勝ち目は薄いが、ゾロとサンジは心底わくわくしているかのようにニヤリと笑っていた。頼もしく思った俺は怖い気持ちを必死に抑えてギュッと握りこぶしを握った。

 

キィンとコイントスが行われ、ボールを相手チームが取った。ボールマンである俺は審判に指示された通りに敵陣のミッドサークルに移動する。

 

「おい、嬢ちゃんちょっと待て。武器は反則なんだ、そのクッション置いてきな。剣士の兄ちゃんもだ。」

 

「え?これダメなんですか?どこから見ても普通のクッションですよ?」

 

「しらばっくれても無駄だ。さっきそのクッションが槍に変わったのをこの目で見たんだからな。」

 

「……ぶぅ~~。」

 

ちぇっ、いざって時はシャスティフォルで何とかしようと思ってたんだがな。俺はしぶしぶシャスティフォルをルフィに預けた。ルフィは「お♪フカフカだ♪」なんて嬉しそうに抱いている。能天気な奴め。

 

『さぁさぁさぁさぁ!待ったなし!!麦わらチームのボールマン、エレインが敵陣サークルについたよ!!グロッキーリング!いよいよスタートだ!!』

 

ピーーーッ!!

 

『試合開始ーー!!!』

 

「いくどーー!!"投石器(スリリング)タックル"!!」

 

「わっ!!」

 

試合開始のホイッスルが鳴ると同時にピクルスが思い切りタックルしてきた。俺はタックルをすんでのところで空に回避する。

 

「どいてろエレイン!俺が決めてやる!!」

 

素早く敵陣に走り込んできたサンジがビックパンの顔目掛けてジャンプする。そして蹴りの体勢に入った。

 

「ん?ああ。」

 

ボーッと突っ立っていたビックパンだが、サンジの存在に気づくとヒュッとサンジに腕を突き出した。ビックパンの上に着地したサンジはぬるぬると滑ってしまう。

 

『ビックパンの腕で滑るコックサンジ!そりゃーそうだね。ビックパンはドジョウの血を引く"魚巨人(ウォータン)"!肌はぬるぬるだ!』

 

「速攻ーーっ!!」

 

パァン!!

 

「きゃっ!!」

 

サンジが滑っている間にビックパンは俺を手のひらでバチーンと弾いた。俺は敵陣から吹き飛ばされて味方陣地まで戻ってきてしまう。

 

「エレインっ!!」

 

「"お掃除タックル"!!」

 

「うわっ!!」

 

吹き飛ばされる俺を受け止めようと下を走っていたゾロはピクルスの強力なタックルで吹き飛ばされてしまった。その間にハンバーグが空中で俺の体をがっちりと掴む。

 

「ゴリラスロー!!」

 

「わ~~っ!!」

 

俺はそのままブォンと投げ飛ばされた。投げ飛ばされた先ではピクルスが待ち受けていた。

 

「この野郎!!」

 

「エレイン!!」

 

ゾロとサンジがそのピクルスをカットに向かった。

 

「"スピニングタックル"!!」

 

「うが!!」

 

「ぐわっ!!」

 

するとピクルスは巨体を高速回転させた強力なタックルで二人を弾き返した。投げ飛ばされた俺もまた回転タックルで再び上空へ弾かれる。

 

『敵陣上空!ハンバーグ、エレインをとらえた!!これはリングが射程距離!!ハンバーガーダンクだ!!』

 

上空で俺をキャッチしたハンバーガーはさながらバスケのダンクシュートのように構え、俺をリングに叩き込もうとする。

 

そうはさせるか。

 

俺は両手を地面に向けて魔力を放出した。するとシュルシュルと芝生が異常な速度で伸び、ハンバーグをぐるぐる巻きに拘束した。

 

「え?」

 

「ふぅ…、よいしょっ♪」

 

俺はその隙にハンバーグの手から抜け出し、魔力で芝生を操作してハンバーグを勢いよく投げ飛ばした。ハンバーグはピクルスの下へ飛んで行き、二人はゴーンと頭をぶつけて気絶した。

 

「ふふん♪どんなもんですか。」

 

俺は伸ばした芝生の上に仁王立ちしてむんっと胸を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編4・妖精のグロッキーリング後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ねぇな!ゴール寸前だったじゃねぇか!!何しに前線に行ったんだバカマユゲ!!」

 

「てめぇこそ何やってんだ三流剣士!!何もできずに地べた転がりやがって!!」

 

「ちょっと、お二人ともそのへんで……」

 

俺がふよふよとゾロとサンジの元へ戻ると二人はギャーギャーとケンカをしていた。俺は二人の間に無理矢理入り、小さな手でぐいっと二人の距離を離してケンカを止める。試合はまだ続行中なのだ。いつまでもケンカをしてもらっては困る。

 

ドズゥンッ!!

 

「わっ!?」

 

「うぉっ!!」

 

「ぐっ!!」

 

その時、俺たちの不意を突き巨大な足が降ってきた。それを俺たちは何とかかわす。魚巨人(ウォータン)であるビッグパンが強襲してきたようだ。だが何か様子がおかしい。ビッグパンが踏み荒らしたグラウンドはまるでサッカースパイクでえぐったような、または畑を耕した後のようになっている。普通の靴ではこんなことにはならないだろう。まさか……

 

「おい!お前ら!何逃げてんだ!チャンスだぞ!そいつがボールだ!!」

 

「そりゃわかってる!!コイツの靴の裏に刃物がついてて……!!」

 

ウソップの野次にゾロが反応する。今もなお続くビッグパンの足踏み攻撃。彼が足を上げた瞬間に靴の裏に何本もついた刃物がギラリと光る。

 

「ちょっと審判!!武器は反則なんじゃないんですかっ!?」

 

俺が審判にそう抗議するも、審判はそっぽを向いてピ~ピ~と下手くそな口笛を吹くばかり。

 

こ、このやろう……!

 

なんという白々しさだ。もはや一周回って清々しい。

 

「ふざけんなぁ!!!」

 

「ぶべっ!?」

 

突然横から黒い靴が飛んで来てスコーンと審判にクリーンヒットした。振り替えるとサンジが右足を振り抜いている。

 

「てめぇ見たろ!!何だその滝のような汗は!!」

 

「ちょ、ちょっとサンジさん落ち着いて下さい!!」

 

今にも審判に蹴りかかりそうなサンジを俺は必死に押さえる。あいつは曲がりなりにも審判だ。こんなことしたら……

 

「麦わらチームサンジにイエローカード!!」

 

おでこに立派なたんこぶをつくった審判はピーッと笛を吹きながらサンジに黄色いカードを叩きつけた。それにもサンジは「なんだとてめぇ!!」と怒るのでまた俺は必死に押さえる。

 

また、この後フィールド上でビッグパンが斧を振り回しているのを見つけ、また抗議して同じようなやり取りが行われたことを追記しておく。

 

「熱くなったら相手の思うツボです!落ち着いて下さい!」

 

必死にサンジを押さえるも、敵の理不尽な手にサンジは怒りが収まらない様子。どうしたものかと悩んでいると……

 

「サンジ君!とにかく勝って!!」

 

「勝ちマス!!」

 

ナミがサンジを一言激励。するとさっきまで怒りで煮えたぎってたサンジは目をハートにして両手でハートを作った謎のポーズをナミに向かって決め、冷静さを取り戻したというか、とにかく怒りは収まった。なるほど、サンジを落ち着かせるにはこうすれば良いのか。今度やって……いやいや、つるぺったんなエレインボディでやっても効果はないか。

 

そんなこんなでゲームに復帰した俺達、とにかくビッグパンのぬるぬるな巨体を攻略しないことには始まらない。ゾロとサンジは逃げるのをやめ、正面からビッグパンとぶつかりにいく。

 

「"ドジョウすくいスライディング"!!」

 

するとビッグパンはぬるぬるな肌を生かし、二人目掛けてスライディングをかました。思わずジャンプしてかわした二人はビッグパンの背中に乗ることになる。

 

「ぶしし♪」

 

「ああああぁ~~!!」

 

「目が回る~~!!」

 

その体勢のままビッグパンが自分の足を掴めばあら不思議。ゾロとサンジはビッグパンの背中を永遠にぬるぬる滑り続ける。

 

「もう、何をやってるんですか。"そよ風の逆鱗"!」

 

俺はビッグパンの側面に回り、風の魔力で二人をビッグパンから脱出させる。二人はころころと地面を転がる。

 

「すまねぇエレイン。助かった……。」

 

「ぐ、目が回った。」

 

二人は地面に座り込みぐらぐらする頭を抱えていた。俺はそんな二人を見てふぅ~と溜め息をつき、気を緩めてしまった。

 

「スキありーー!!」

 

「へ?」

 

「"スピニングタックル"!!」

 

俺のスキをついてトゲつきの肩当てをしたピクルスが回転攻撃を仕掛けてきた。ピクルスのタックルは俺にクリティカルヒットし、俺は天高く弾き飛ばされる。

 

「「エレイン!!」」

 

地上で俺を呼ぶ声が聞こえるが、俺は吹き飛ばされてる真っ最中のため答えることができない。

 

「"ハンバーガーハンマー"!!」

 

「がっ!!」

 

今度は空中高く跳んできたハンバーグが鉄のサックを装着した拳で俺を叩き落とした。地面に叩きつけられた俺は相当なダメージを負い、体が動かない。

 

「"パンクアタッーク"!!」

 

そこへ追撃の一撃が来た。ハンバーグの鉄のサポーターをつけた肘でのエルボーは仰向けになっていた俺の腹に見事に直撃。華奢なエレインボディは当然耐えれるわけがなく、あばら骨がメキメキ、ボキボキと嫌な音を立てる。

 

「っ…………!!!」

 

俺は悲鳴を上げなかった。否、上げられなかった。もはやそんな余裕も残っていなかったのだ。俺にできたのは地面に寝転んだ状態で体をくの字に曲げ、少しでも衝撃を逃がすことのみ。感じたのはまさに身を裂くような激痛だった。

 

そこで俺の意識は一瞬途切れる。度重なる激痛に身体が俺を守ろうとそうしたんだろう。だが、俺はこんなところで気絶してられるかと根性で目を覚ました。すると俺の隣にはいつの間にか血だらけのゾロとサンジが寝転んでいた。二人も手酷くやられたようだ。

 

「おい、お前ら……」

 

寝転んだ状態でゾロが話しかけてきた。相手方の歓声の中だが、ゾロの声は、はっきりと聞こえる。

 

「10秒手ぇかせ…。」

 

「…了解。」

 

「…妥当な時間だな。」

 

ゾロとサンジはすっと、ダメージを感じさせない動きで立ち上がった。俺はもう満足に体が動かないので魔力で浮くだけだ。まぁ、普段からそうだし別にどうってことない。

 

『立った!!立ち上がったよ麦わらチーム!!』

 

実況のイトミミズがそう叫ぶと同時に大歓声が上がる。もう会場は相手方の勝ちで決定ムードだったので大いに盛り上がる。ルフィ達も喜んでくれてるようだ。

 

「おい!お前ら!ワン"モンスターバーガー"プリーズ!!」

 

ここでフォクシーがハンバーグ達にそう叫んだ。すると彼らはでかい金棒や剣などあからさまに凶器を取り出す。完全にルール無視だ。

 

「ミンチにしてハンバーグ♪」

 

「スライスしてピークールス♪」

 

「「「ゲストは!?」」」

 

「緑のレタスに♪黄色いチーズ♪黄色いパプリカのおまけつき♪」

 

見ればビッグパンが鉄でできたシンバルのような武器をガシャンガシャンとやっている。なるほど、"モンスターバーガー"とはハンバーグとピクルスの武器で散々敵を痛め付けた後、ビッグパンがあれでプレスする技らしい。

 

だが、もうそんなことは俺達にとってどうでもいい。俺達は今、ビッグパンをゴールに叩き込むこと、これしか考えていない。

 

「"三級挽き肉(トロワジエムアッシ)"!!」

 

ズドドドンッ!!

 

「ぶぶっ!!」

 

「"木犀型斬シュート(ブクティエールシュート)"!!」

 

ドンッ!!

 

まず、サンジがハンバーグの顔面に両足での連続蹴りをかました後、彼を天高く蹴りあげる。飛ばされたハンバーグはビッグパンの元へ向かい、彼の鉄シンバルにガシャァンと挟まれてしまった。

 

「おめぇよくも!!」

 

サンジに向かって得意の回転攻撃で斬りかかってきたピクルス。だが、サンジの前にゾロが走り込み、ピクルスの攻撃を受け止める。

 

「"無刀流 龍巻き"!!」

 

そしてピクルスの回転の勢いそのままに今度は彼を上空に飛ばす。回転しながら飛ばされたピクルスはビッグパンの腹部に命中し、そのままビッグパンを斬り刻んだ。

 

「さてさてさーて、お覚悟を!」

 

「え?」

 

「"そよ風の逆鱗"!!」

 

俺はすかさず空中で身動きのとれないピクルスを風の魔力で狙い撃ちした。空中は妖精族のホームグラウンドだ。ピクルスは抵抗できずに吹き飛んでいき、"偶然"審判に命中した。偶然ですよ偶然。

 

「"反行儀キックコース(アンチマナーキックコース)"!!」

 

ピクルスに斬り刻まれて倒れこむビッグパンの体をサンジが背中側から押し返し、ビッグパンは立ったまま気絶することになった。

 

「来い!コック!!」

 

「分かってる!!」

 

ビッグパンの前でゾロとサンジが互いに向かって走り込んでいく。そしてゾロはサンジの右足に乗り……

 

「"空軍パワーシュート(アルメ・ド・レールパワーシュート)"!!」

 

サンジはゾロをビッグパンに向けて蹴り飛ばした。ゾロはビッグパンの上顎を掴み、ゾロのパワーとサンジの蹴りの勢いでビッグパンの巨体がフワッと浮く。

 

ズドォォンッ!!

 

ゾロはそのままビッグパンの頭をゴールに叩き込んだ。

 

『ゴーーーーール!!!』

 

「「「わあぁぁぁぁぁぁあ!!!」」」

 

デービーバックファイト、第二回戦グロッキーリングは俺達の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編5・妖精と青雉

第三回戦コンバットも大幅カットです。流れはドーナツレース同様原作とまったく変わらないのでそちらをご覧下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

第二回戦を制した俺達は無事チョッパーを取り戻し、第三回戦のコンバットもルフィはフォクシーの姑息な手やノロノロビームをなんとかかわし、辛くも勝利。彼らの海賊マークを奪ってデービーバックファイトは俺達の勝利で閉幕した。

 

そして現在、俺達はフォクシー達から奪った海賊旗を担いだルフィに連れられ、ある場所に向かって歩いていた。ちなみに俺はチョッパー先生に絶対安静を言い渡されてしまったので、クッション状態のシャスティフォルにうつ伏せに寝転がった状態でふよふよ移動している。俺の身体には頭や体に包帯がぐるぐる巻かれている。

 

いや~、ずいぶんエレインボディを痛め付けてしまったものだ。

 

しばらく歩くと広い草原の真っ只中にかまくらのような形のテント式の家に辿り着いた。家の前には首や足がやたら長い白い馬と小さな、俺と大体同じくらいの背丈のおじさんがいた。おじさんは白い馬を愛しそうに撫でている。

 

「ブッ飛ばしてきた!」

 

ルフィはおじさんの前に行くとにししと笑いながらフォクシー達から奪った旗をおじさんに突き出した。おじさんはそんなルフィを見て「ありがとうよ…。」と笑った。その横でチョッパーは白い馬の足に巻かれた包帯をほどいて手当てをしていた。包帯がほどかれた白い馬の足には銃で撃たれたような傷がある。

 

なるほど、合点がいった。ルフィはフォクシー達に傷つけられた白い馬の仇を討つためデービーバックファイトを受けたのだ。わざわざ相手の土俵に立って。麦わらの一味に入って日が浅い俺だが、ルフィの性格はなんとなく分かっている。まったく、お人好しなことだ。

 

聞けばなんでもこのおじさん、トンジットさんは10の島々からなるこのロングリングロングランドを引き潮の時に渡り歩く移動民族のおじさんだったが、うっかりこの島に取り残されてしまったらしい。俺達がメリー号で送ってあげられればいいのだが、10の島々は元々1つの島で満潮で分かれているだけなので記録(ログ)がとれないのだそうだ。

 

「うごっ!?」

 

俺達をもてなそうと家に入ろうとしたトンジットさんは家の入口の前の壁にぶつかった。よく見れば壁ではなく、かなり高身長の人だった。青いYシャツの上に白いスーツを着た男で、アフロヘアーのようなファンキーな髪型で立ったままアイマスクをしてぐーぐーと気持ち良さそうに寝ている。こ、この人はもしかして………!!

 

ドサッ……!

 

「ハァ……!ハァ……!」

 

「ロビン!?」

 

「どうした!?ロビンちゃん!!」

 

男を見た瞬間、ロビンが真っ青な顔をして地面に崩れる。ルフィ達もただならぬ気配を感じ、男から一歩下がっていつでも戦えるように構える。

 

「あらら…こりゃいい女になったな、ニコ・ロビン。」

 

この男を俺は知っている。自他共に認めるワンピースオンチの俺でも知ってるこの男は"青雉"。本名は"クザン"といって海軍の最高戦力である三人の海軍大将の一人である。自然系(ロギア)の悪魔の実"ヒエヒエの実"の能力者で大将の肩書きに恥じない圧倒的な実力と存在感を持つ人物だ。

 

「何でそんなやつがここにいんだよ!!もっと何億とかいう大海賊を相手にすりゃいいだろ!!」

 

「ちょっと待ちなさいお前ら、まったく……。別におれぁ指令を受けてここに来たわけじゃねぇ。天気がいいんで散歩してただけだ。だいだいお前らあれだよ……ほら……………忘れた、もういいや。」

 

「「話の内容グダグダかお前!!」」

 

ダラダラとした雰囲気の青雉にサンジとウソップがツッコむ。そんな彼の海兵としてのモットーは「だらけきった正義」らしい。見かけ通りである。青雉はやがて立っているのが疲れたらしく、持っていたコートを枕にしてその場に寝転がって話をし始めた。

 

ズキンッ!

 

「うっ……!?」

 

「?どうかしたかエレイン?」

 

「あ、いえ、大丈夫です。」

 

青雉がコートを地面に置いたとき、一瞬コートの"正義"の文字が見えた。その瞬間俺は鋭い頭痛を感じた。思わず頭を押さえた俺を隣にいたチョッパーが心配してくれた。今はもう痛みを感じないので大丈夫だと伝えておく。今の頭痛は一体何だったのだろうか……。

 

「まぁ、早ぇ話、お前らをとっ捕まえる気はねぇから安心しろ。アラバスタ事後、消えたニコ・ロビンの消息を確認しに来ただけだ。予想通り、お前達と一緒にいた。」

 

寝転がって話をする青雉は寝起きのためか若干細目である。その目には一見覇気がまったく宿ってない。こんなのが海軍の最高戦力だなんて初見じゃ絶対信じないだろう。

 

「まぁ、本部に報告くらいはしようと思う。賞金首が一人加わったら総合賞金額(トータルバウンティ)が変わってくる。あとは何より……お前もいることが分かったしな。」

 

「へ?」

 

それまでやる気のやの字もなかった青雉だが、俺をそう指差した瞬間、心なしか青雉の目に強い光が宿った気がした。

 

何だ?俺がいることが分かった?俺は__エレインはワンピースにはいないイレギュラーなはずだ。現に俺が妖精族だということを皆に話しても、どうも彼らには馴染みない種族みたいだったし、魔力を使ってみせてもめちゃくちゃ驚いてくれた。当然青雉だって妖精族のことは知らないはずだ。なのに何故?何故俺がいることが重要なんだ?

 

「あの……それはどういう……?」

 

「ん?決まってんだろ。それは政府が「"ゴムゴムのぉ~"!!」……ん?」

 

俺が青雉と話していると後ろからルフィの声が聞こえた。振り返るとルフィが青雉に殴りかかろうとしていて、サンジとウソップがそれを止めていた。

 

「離せ!!お前らなんだよ!!」

 

「落ち着けルフィ!こっちからフッかけてどうすんだ!!」

 

「相手は最強の海兵だぞ!!」

 

「それが何だ!!だったら黙ってロビンを渡すってのか!!ブッ飛ばしてやる!!」

 

「いやだから……何もしねぇって言ってるじゃねぇか。」

 

海軍大将を前にしてもルフィはいつものルフィのままだった。そこに一切の怯えや恐れはない。ははは、ルフィらしいや。そんなルフィを見てさっきまで取り乱していたロビンも少し落ち着きを取り戻したようだ。俺はふよふよとロビンのそばに移動し、彼女の背中をさすってあげる。俺は取り乱した人の対処法なんてよく知らないが、ある程度落ち着いてきたらこうやって背中を優しくさすってやると人は落ち着いてくるっておばあちゃんに習った記憶がある。大分昔のことであまり覚えてないし、その情報自体も正しいのか不明なので合ってるかどうかは定かではないが、やらないよりマシだろう。しばらくやってるとロビンは落ち着いたみたいで俺に「ありがとう」と言って立ち上がった。

 

俺がロビンの背中をさすっている内に話は進んだようで、青雉がトンジットさんが島を移動できるように手助けしてくれるようだ。俺達は青雉の指示の下、トンジットさんの家を畳んで、荷物を荷車に纏め、引き潮の時に道ができる海岸へ移動する。ルフィと青雉は結局打ち解けてわいわいと話している。敵軍の大将とわいわい話せる我らが船長の肝っ玉を賞賛するべきか、その無謀さを咎めるべきか……う~ん、悩み所だ。

 

「少し離れてろ……。」

 

そう言って青雉は海岸の端に立ち、手をチャプと海につけた。

ざばっ!!

 

「ギュアアァア!!!」

 

「!!いかん!!この辺りの海の主だ!!」

 

その瞬間、海から巨大な海王類が顔を出し、大きな牙を剥き出しにして青雉へ向かっていく。ルフィ達は慌てて身構えるが、俺とロビンは青雉の実力を知っているので何もせず青雉をじっと眺める。

 

「"氷河時代(アイス・エイジ)"。」

 

ガキー…ン!!

 

青雉がそう呟いた瞬間、一瞬にして海が海王類ごと凍りついた。これが海軍大将"青雉"の能力。能力者の絶対的な弱点である海水すらも凍りつかせる青雉の圧倒的な実力を改めて思い知らされる。海は水平線の彼方まで氷の大地と化し、本人曰く一週間は溶けないらしい。

 

「ありがとうなー!!この恩はずっと忘れねぇよー!!」

 

その後、コートと長靴に身を包んだトンジットさんは俺達に手を振りながら氷の大地を歩いていった。ルフィ達はトンジットさんが見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 

「ぶぇっきしっ!!寒ぃ!!」

 

「ほら、大丈夫ですか船長。風邪引かないで下さいよ。」

 

「おぉ、わりぃな!」

 

豪快なくしゃみをしたルフィに俺はティッシュを手渡す。そうやって戻ってくると青雉が草原に胡座をかいて座っていた。ルフィの顔を見ては頻りに頭をかき、何か言いたげな顔をしている。

 

「……何だ?」

 

「…何というか、じいさんそっくりだな、モンキー・D・ルフィ。奔放というか…つかみ所がねぇというか…。」

 

「!!…じ、じいちゃん…!?」

 

「?船長、どうしました?汗だくですよ?」

 

青雉がルフィのじいさんの話をした途端、ルフィは汗を滝のようにかいて青い顔をした。俺はそんなルフィの様子を尋ねるも、本人はわたわたとするばかりで、俺はキョトンとして首を傾げるしかない。

 

「お前のじいさんにゃ、俺も昔世話になってね…。俺がここに来たのはニコ・ロビンとお前を一目見る為だ…。」

 

そう言うと青雉は顔を少し俯かせる。見えにくいが目を閉じていることから考え事をしているようだ。やがて青雉は2、3回程ぐにぐにと手悪さをした後、顔を上げる。その目には先程の彼からは想像もできない程の覇気や殺気が宿っていて、それを見た瞬間俺はビクッと体が震え上がるのを感じた。

 

「やっぱお前ら……今死んどくか。」

 

「「「!!?」」」

 

青雉がそう言った瞬間、俺達は身構えた。とはいえ、青雉の威圧からか、まともに身構えることができたのはルフィとゾロとサンジのみだ。ルフィは拳を握りしめ、ゾロも分かりにくいが刀に手をかけていつでも抜けるようにしている。サンジも膝を曲げ、いつでも動ける姿勢を取っている。一触即発の雰囲気だ。俺も恐ろしくてたまらないが、戦闘になる可能性があるのでゆっくりとシャスティフォルから降り、いつでも展開できるように側に構えておく。

 

「政府はまだまだお前達を軽視しているが、細かく素性を辿れば骨のある一味だ。少数とはいえ、これだけ曲者が顔を揃えてくると後々面倒なことになるだろう。初頭の手配に至る経緯、これまでお前達がやってきた所業の数々、その成長速度、長く無法者共を相手にしてきたが、末恐ろしく思う。」

 

「そ、そんなこと急に……!!見物しに来ただけだっておめぇさっき……!!」

 

「特に危険視される原因は……お前らだよ。」

 

焦るウソップの言葉を無視し、青雉は俺とロビンを指差した。青雉に指名を受け、俺の心臓はドクンッと大きく拍動する。

 

「お前!!エレインまで狙ってんのか!!ブッ飛ばすぞ!!」

 

ルフィの叫び声も青雉はどこ吹く風、大将としての余裕でそれを軽く受け流す。そして青雉はロビンの過去に少し触れる話をする。故郷である"オハラ"を中将達の軍艦による集中砲撃"バスターコール"で焼かれ、何もかもを失い、高額の賞金までつけられた彼女はあらゆる組織に入り、裏切っては生き延びて、生き延びては裏切ってを繰り返してきた。

 

「今日までニコ・ロビンが関わった組織はすべて壊滅している。その女一人を除いて…だ。何故かねぇ?ニコ・ロビン。」

 

「………!!」

 

「…そこまでにしてもらえませんか?」

 

冷や汗をかき、再び震え始めたロビンの肩にポンと手を置き、俺は青雉に槍状態のシャスティフォルを向けて睨み付ける。恐怖はまだ抜けきってないが、体が勝手に動いていた。海軍大将としての責務なのかもしれんが、人の過去をほじくり返すような真似はいただけない。

 

「!……エレイン…!」

 

「ほぅ、そんなにその女が大事か。なるほど……うまく一味に馴染んで___」

 

ボッ!!

 

「………なによ。」

 

「聞こえなかったか?口を閉じろと言ったんだ。」

 

尚もロビンへの口撃を続ける青雉の頬を、俺が飛ばしたシャスティフォルが掠める。本来切れた頬から赤い血が吹き出るはずだが、ヒエヒエの実の能力者である青雉の切れた頬はまるで氷が割れたかのようにヒビが入っていた。その傷も、空気中の水分が凝結した白い煙と共にすぐに修復される。

 

「……まぁいい、そしてこの一味が危険視されるもう一つの原因が…お前だ。」

 

「…………」

 

「エレインが……何したってんだっ!!」

 

再び青雉に指名される俺だが、今度は無言で青雉のことを睨み続ける。そんな俺の代わりにルフィが食ってかかった。その間に先程飛ばしたシャスティフォルが空中を周回して俺の隣に戻り、フィンフィンとゆっくり回転する。

 

「?……お前ら、そいつから何も聞いてねぇのか?てっきり話した上で行動してると思ったんだが……」

 

「……こいつは記憶を失ってる。過去の所業なんざ何一つ覚えちゃいねぇ。」

 

忘れかけていた俺の記憶喪失設定をゾロが青雉に解説する。それを聞いた青雉は「…なるほどねぇ……」と納得したかのような顔をした。

 

「……なら、嬢ちゃんの気に障ることをしちまった詫びに妖精族について話してやろうか。もっとも、聞くはどうかは当人の嬢ちゃんが決めることだ。どうだ?聞くか?」

 

青雉の言葉に皆が一斉に俺を見た。俺は少しの間考え込む。これは、何故青雉が知るはずもない妖精族のことを知っていたのか、また、この世界における妖精族とはどのようなものなのか、七つの大罪の要素がどれ程混じっているのか知る又とないチャンスなのかもしれない。聞いて得はすれども損はしないだろう。そう思って俺は青雉にゆっくり頷いた。

 

「……じゃあ話してやる……。」

 

そう言うと今まで座っていた青雉がゆっくりと立ち上がった。そして青雉は俺達に衝撃の事実を告げた。

 

「端的に言えば400年前……妖精族は政府によって滅ぼされた種族だ。」

 

「「「!!?」」」

 

「…な……に……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待って……!兄さん行かないで……!!』

 

『だけど……!!アイツを放っておけないだろ!!エレイン!少しの間森を頼む!!』

 

俺が知るはずのない………"エレイン"としての記憶。それが少しだけ、俺の頭に浮かんだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デービーバックファイト編6・妖精と真実

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精族は政府によって滅ぼされた種族。

 

青雉の口から語られた衝撃の事実にその場の空気が一瞬にして凍りついた。ルフィ達はあまりの衝撃にその事実をすぐに理解することができなかった。いつも自分達のために尽くしてくれる大切な仲間の家族が、友が、もうこの世に存在しない。その事実を認めたくなかったのも一因だろう。

 

ルフィ達はこれまでの冒険で仲間の故郷を守る戦いを何回か経験している。見事敵を打ち倒して彼らを救った時見た笑顔の輝きをルフィ達は今でも鮮明に思い出せる。

 

「な、何言ってんだよ……!!」

 

だからこそ、一番に事を理解し、発言したルフィの声は怒りに震えていた。もうエレインには帰る場所も、迎えてくれる家族もいない。そんなことあってたまるかという思いが今のルフィには宿っている。

 

「何言ってんだお前っ!!」

 

「てめぇ……!!」

 

「エレインの仲間に何したのっ!?」

 

「何とか言えっ!!」

 

「返答次第じゃただじゃおかねぇぞノッポっ!!」

 

「許さないぞお前っ!!」

 

「まさかっ……!バスターコールを……!?」

 

それは麦わらの一味全員が全員同じ思いだった。未だ茫然としているエレインを除き、全員が自身の得物を青雉に向け、先程まで感じていた恐怖など知ったことかと青雉を責め立てる。政府が妖精族を滅ぼしたのは遥か400年も昔の話で、青雉を責めても意味はないのだが、ルフィ達は目の前の政府関係者を責めずにはいられなかった。青雉はこの反応は想定済みだったのか両手を前に突きだして落ち着くように促し、幾分かルフィ達が落ち着いたのを見計らって話し始めた。

 

「そもそもお前ら……、"妖精族"についてどれくらい知っている?」

 

青雉の問いにルフィ達はエレインの船での生活や戦闘時の能力などを思い浮かべる。彼女は常に空をふよふよと飛び、時に植物を操り、極めつけに"魔力"という聞き馴染みのない不思議な力を使う。これが妖精族の力なのだろうか。その旨を青雉に伝えると彼は「あぁ、そうだ。」と肯定した。

 

「だが、お前らが知ってるのは妖精族の計り知れない力のほんの一部分だ。その他にも相手の心を読んだり、変身したりと妖精族は様々な力を持っている。そして何より政府が恐れたのが悠久の時を生ける妖精族の"寿命"だ。奴らは姿形を変えずに数千年と生きることができる。だからその嬢ちゃんもそんなナリをして本当は幾つなのか分かったもんじゃねぇ。」

 

「「「!?」」」

 

青雉の言葉にルフィ達は驚いてエレインを見た。心を読めることや変身できることにも驚かされたが、その寿命に一番驚いた。ルフィ達人間は一部例外を除いて寿命は精々100年、リトルガーデンで出会った巨人族でさえ寿命は300年である。それと比べると妖精族のそれはまさに桁が違う。そして、今まで分かった妖精族の能力を総合的に見ても、他の種族とは卓越した能力を有しているように思えた。エレインの異常なまでの強さの一端を垣間見た気がした。

 

「そんな長寿命の種族だ。"空白の100年"のことを知ってるやつが何人いたって不思議じゃねぇ。加えて当時政府は妖精王の治める森と和平を結んでいた。それは友好の証というより、互いに干渉しない密約の意味合いのほうが強かった。ニコ・ロビン、お前ならもう分かったんじゃねぇか?なぜ政府が妖精族を滅ぼしたのか。」

 

青雉がふったのでルフィ達はロビンの方を向いた。考古学を学び、オハラでの経験もあるロビンは震えながらも答える。

 

「……"空白の100年"は政府が調査すること自体を禁止する程の知ってはいけない歴史……妖精族はそれを知っている可能性があり、なおかつ、政府に従順でない不確定因子だったから……」

 

「そうだ。その上それを治める妖精王は何人の侵入を拒み、人々に恐怖を与えた正真正銘の化け物だった。厄介者はとっとと消すに限るとの考えに至った当時の政府は"ある事件"をきっかけに妖精族の森に一斉攻撃を仕掛けたのさ。」

 

話し終えると青雉は未だ茫然と立ち尽くすエレインの元へスタスタと歩み寄る。

 

「…待ちなさい……!!」

 

エレインと青雉の間にロビンが立ち塞がった。

 

「…そこを退け、ニコ・ロビン。」

 

「…エレインを、どうするつもり……!?」

 

「無論、殺す。」

 

「「「!!?」」」

 

エレインの殺害予告にルフィ達に緊張が走った。

 

「この400年の間、幾度となく生き残りの妖精族が復讐のために政府に乗り込んできた。もちろんその度に返り討ちにしてきたが、受ける被害は毎回甚大だ。だから俺達海兵は妖精族を見かけたら即座に殺すよう上から指示を受けてる。」

 

そう言って青雉は凍てつく氷と化した右腕をエレインに向ける。

 

「っ!させないっ!!"三十輪咲き(トレインタフルール)"!!」

 

ロビンは咄嗟にハナハナの実の能力で青雉の体中に無数の自分の手を咲かせた。それらの手は青雉の首、手、足といった関節を押さえる。

 

「あららら、少し喋り過ぎたかな。残念、もう少し利口な女だと買い被ってた。」

 

「"クラッチ"!!」

 

青雉の体中に咲いたロビンの手が一斉に関節技をかけ、青雉の体は腰からボキッと折れ、バラバラに地面に転がった。だが、自然系(ロギア)である青雉の体はすぐに氷で再構築され、パキパキと元通りになる。

 

「んあぁ~~、ひどいことするじゃないの……」

 

青雉は地面の雑草を何本かブチブチと抜き、それを空中にパラッとばらまき、凍らせることで一振りの氷の剣を作った。青雉はそれを振り上げてロビンを狙う。

 

ガキィンッ!!

 

その氷の剣を走り込んできたゾロが刀で受け止めた。

 

「"切肉シュート(スライスシュート)"!!」

 

ゾロが受け止めた氷の剣をサンジが遠くへ蹴り飛ばした。無防備になった青雉にルフィが走り込む。

 

「うっ!」

 

「ん!!」

 

青雉は空中のサンジの右足、ゾロの右肩をそれぞれガッと掴んだ。

 

「"ゴムゴムの銃弾(ブレット)"!!」

 

ドォンッ!!

 

そのタイミングでルフィの強力なパンチが青雉の腹部に決まった。

 

「うわっ!!」

 

「ぐあぁ!!」

 

「おあああっ!!」

 

だが、青雉にダメージを受けた様子はない。それどころか、逆に攻撃を仕掛けたルフィの拳が凍らされ、サンジとゾロも掴まれた部位を凍らされてしまった。

 

「なっ!?あの三人がいっぺんに………!!」

 

一味の主力である三人が一度にやられたことにナミは海軍大将の力を肌で感じて身震いする。

 

「……いい仲間に出会ったな。だが、お前はお前だ、ニコ・ロビン。」

 

「っ!……違う……!私はもう……!!」

 

冷気を体中に纏った状態で青雉はロビンに抱きついた。体中に当てられた冷気でロビンの体はパキパキと徐々に凍っていく。

 

「逃げろっ!!ロビンっ!!」

 

逃げようにも青雉に抱かれた状態で、なおかつ体が凍っていく中では身動きがとれず、ロビンは為す術なく凍っていく。そして全身が凍りつこうとしたその時……

 

ドゴォ!!

 

「っ!!」

 

「っ!ハァ……!!ハァ……!!」

 

青雉の頭をシャスティフォルの第二形態が殴り砕いた。全身の約7割程度を凍らされたロビンが振り返るとエレインが鋭い眼光を青雉に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何だってんだオイ…。」

 

頭を再生した青雉は俺のことを睨み付ける。だが、俺も臆することなく青雉を睨み返した。

 

この世界の妖精族の事実を理解することができず、しばらく茫然としてしまったが、元々俺はこの世界の構造を細かく理解する気はないし、1+1=2の計算に何の疑問も抱かないように、"ああ、そういうものなんだ"と納得するしかないという結論に至り、自分を無理矢理納得させた。

 

そして気を持ち直した時、ロビンが青雉に凍らされてる真っ最中だったので慌てて助けた。ルフィとゾロとサンジはそれぞれ拳やら腕やら足やらを凍らされている。

 

やべぇ、俺がぼうっとしてる間にどれだけ話が進んだんだ?

 

「ウソップ!チョッパー!ロビンを連れて船に戻れ!!手当てしてロビンを助けろ!!」

 

ルフィはウソップとチョッパーに指示を出し、二人はその指示に従ってロビンに肩を貸して急いで船に戻っていった。

 

「ゾロ、サンジ、エレイン。お前ら、手を出さないでくれ!一騎討ちでやりてぇ!!」

 

そしてルフィは俺達三人に下がれとの命令を下した。正直勝てるとは思えなかったが、船長の真剣な眼差しを見て、俺達は潔く下がった。

 

「……ゾロさん、サンジさん、お二人は船に戻ってその凍った手足を手当てして下さい。ここには私が残ります。」

 

「!だけどお前は……!!」

 

「大丈夫です。私は誇り高き妖精族ですよ。ルフィさんを連れて必ず戻ります。」

 

「…………………ちっ、分かった。だが手当てしたらすぐに戻ってくるぞ!いいな!」

 

「はい。」

 

ゾロとサンジは凍った手足を庇いながらメリー号へ走っていった。残るは俺と青雉と対峙するルフィ、そして俺の後ろに立っているナミだけだ。

 

「……ナミさん、あなたも早く船に戻って下さい。」

 

俺は背中越しにナミに話しかける。ナミが今どんな表情をしているのか、俺には分からない。

 

「……エレイン、あなた……いえ、何でもないわ。絶対戻ってくんのよ!やられたら許さないからね!!」

 

そう言い残し、ナミも船に戻っていった。彼女の足音がだんだん遠ざかっていくのが分かる。これでいい、うろ覚えだが、原作でもルフィは青雉と一対一で戦ったはずだ。俺という見物人がいるものの、それと同じ状況を作り出すことができた。これでルフィは原作通りこの状況を切り抜けることができるはずだ。俺は万が一危なくなった時の保険だ。いざという時はできるかどうか定かではないが、"真の霊槍"の力を発揮してでもルフィを助けるつもりだ。

 

「……あぁ、そろそろいいか?」

 

「いくぞっ!!うおおあああぁ!!!」

 

ついに無謀な戦いが幕を開けた。先手必勝とばかりにルフィが素早い踏み込みで青雉で突っ込んでいく。青雉は冷静に氷の力を纏った右手を前に突き出し、ルフィを凍らせようとする。

 

ガンッ!!

 

ルフィは青雉の手をしゃがんでかわし、左足で青雉を天高く蹴り上げた。そしてすかさず大きく息を吸い込み、体をゴム風船のようにふくらませながらギリギリとひねりを加えていく。

 

ブオッ!!!

 

「"ゴムゴムの暴風雨(ストーム)"!!!」

 

ふくらみとひねりが限界に達したルフィは地面に向かって息を吹き出し、風圧とひねりで体をギュルルルルと勢い良く回転させながら青雉の方へ吹き飛ぶ。吹き飛びながらルフィは"ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)"も並行して放ち、それはまさに拳の暴風雨(ストーム)だ。

 

「"アイスタイム"。」

 

パキィ……ン……

 

だが、ルフィの最高の攻撃も青雉にはまったく届かなかった。青雉はルフィの拳の雨の僅かな隙間を縫って抱きつくという神業を披露し、ロビンと同じようにそのままルフィの全身を凍りつかせてしまった。凍りつき、自由落下してくるルフィの体を俺はクッション状態のシャスティフォルでポフッとやさしくキャッチした。

 

スタッ

 

俺がルフィの体を割らないように慎重に地面に置いた直後、青雉が地面に降り立った。俺はすぐさまシャスティフォルを槍状態にして傍らに構える。青雉はルフィという決して弱くない海賊を相手にしたというのに息切れ一つ起こしていない。それどころか、衣服も一切の乱れも見られない。

 

完敗だ……。

 

いっそ清々しい程の大惨敗。世界とはこんなに遠いのか。俺は思わずフッと微笑を浮かべてしまった。その微笑に青雉は気がつかなかったらしい。

 

「……次は嬢ちゃんが相手か?」

 

「……いえ、一騎討ちをこちらから挑んだ以上、私が戦うのは野暮というやつでしょう。」

 

俺は青雉と会話しながら、この状況をうまく切り抜ける方法を、脳をフル回転させて考えていた。先の戦いでルフィが青雉に少しでも傷を負わせてくれれば"状態促進(ステータスプロモーション)"とかやりようがあったのだが、結果は無傷の完敗だ。無い物ねだりをしても仕方ない。

 

考えろ……!10秒で考えるんだ!ルフィも俺も両方助かる方法を……!!

 

「………なるほどねぇ、まいった、ハメられた。」

 

「………は?」

 

青雉はポリポリと頭をかくと突然そんなことを言った。

 

「一騎討ちを受けちまった以上この勝負は俺の勝ちでそれまで……。そういうことか?これ以上他の奴らに手を出せば野暮になるわな。」

 

俺は唖然としていた。野暮って……そんなことで見逃してもらえるのか?こんなことは俺がいた現代日本じゃまずありえない。警察官が街で暴れる犯罪者との一対一の勝負をして、おまけに勝ったのに「これは一騎討ちだから」と言って犯罪者を見逃したりはしないだろう。この世界だってそれは同じはずなのに青雉は見逃そうとしている。もしかしてこの世界って俺の想像以上に"仁義"とかそういうものが浸透しているのだろうか。

 

「……これだけは言っとくぞ。お前達はこの先、ニコ・ロビンを必ず持て余す。あの女の生まれついた星の凶暴性をお前達は背負いきれなくなる。」

 

「………………」

 

「あの女を船に乗せるという事はそういう事なんだ……。」

 

「……一応、頭の片隅にでも入れておきましょう。」

 

「……ここでお前らを仕留めるのは造作もねぇが、借りがある。これでクロコダイル討伐の件、チャラにしてもらおうじゃないの。それと……あぁ、いいや、スモーカーのバカの話は。じゃあな。」

 

そう言って青雉はコートを羽織りながら草原の彼方へ消えていった。なるほど、青雉が今回俺達を見逃したのはルフィがクロコダイルを倒したから。俺はその戦いに参加していないのでまたも薄っぺらな原作知識になるが、確かクロコダイルは"王下七武海"という政府公認の海賊だったはずだ。緻密な戦略でアラバスタを乗っ取ろうとしたクロコダイルをルフィは見事討伐した。その功績が今回役に立ったのだろう。

 

その後、俺はクッション状態のシャスティフォルでルフィを優しく抱き抱え、ふよふよと船に戻った。そしてチョッパー先生の適格な治療のおかげでルフィとロビンは一命を取り留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、俺は一人、メリー号の甲板をクッション状態のシャスティフォルに寝転がった状態でふよふよと浮遊していた。なんとなく、眠る気にならなかったのだ。凍りづけになったルフィはぐーすか寝ていたけどな。あの図太い精神が羨ましい。

 

ふと空を見上げると無数の星々が輝いていた。草原しかないこの島で見る星空はより一層輝いて見える。むしろ鬱陶しいくらいだ。

 

『……だぁれ?』

 

しばらく星空を眺めているとふと頭に懐かしい顔が浮かんだ。黒髪のショートカットで背が高めの女の子の顔だ。

 

「……ふふっ、そっか、確かあいつに初めて会った夜も憎たらしいくらい星が光ってたっけ。」

 

俺は頭に浮かんだワンピース好きのそいつ__"夏美"のことを思い出し、そっと右腕を星空に伸ばし、手のひらを広げてかざした。なんとなくそうしたい気分だった。

 

……夏美、信じられないかもしれないが、俺は今、お前が知り尽くしているワンピースの世界にいる。本物の偉大なる航路(グランドライン)はテレビや漫画で見るものとは段違いで、常に命懸けの旅だ。ここはお前が知ってるワンピースとはちょっと違う世界だけど、俺は頼もしい仲間達と楽しくやってるよ。

 

……お前はきっと、俺のことを恨んでいるんだろうな。出来損ないの弟(オレ)を。これは俺のわがままだけど、もし良かったら見守っていて欲しい。

 

俺はこの世界で、お前の分まで生きるから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り数時間前、ここは海軍本部元帥室。"絶対的正義"の文字がデカデカと掲げられたこの部屋では、海軍の帽子を被り、その上にカモメを乗せたメガネでアフロヘアーの男が机の上に積み重ねられた書類を片付けていた。男の名は"センゴク"。海軍のトップである元帥を担う男だ。

 

センゴクが黙々と仕事をしていると、バタバタと足音が聞こえてきた。その足音は徐々に近づいてきて、部屋の前に辿り着くと、元帥室の襖をスパーンと開けて海兵が入ってきた。ひどく慌てた様子の彼の階級は大佐。海賊達を相手に幾度となく戦果を上げた海軍将校である。彼はビシッと敬礼すると机のセンゴクに慌てた様子で話し始めた。

 

「センゴク元帥!!報告があります!!"例の島"に向かわせた調査兵団の件なのですが………!!!」

 

「……あぁ、あれか。…まったく、上はいつまであんなものに固執する気なのか。今回の被害はどうなんだ?また全滅か?」

 

大佐が報告した調査兵団とは偉大なる航路(グランドライン)の前半にある小さな島の調査隊だ。それは地図にすら載らない本当にちっぽけな島で、絵に描いたような無人島である。海軍は上の指示でその島の調査を定期的にやらされている。

 

何でもその島には"宝樹アダム"や"陽樹イヴ"とはまた異質な"神樹"がそびえ立っており、その樹は遠い昔に滅びた"聖女"なる存在を守っているのだとか……。

 

そんな根も葉もない伝説に、世界の創造主の末裔である天竜人が興味を持ち、度々調査依頼が海軍にやってくるというわけだ。彼らが言うには神樹を伐採し、眠っている聖女と共に持ち帰れとのことだが、センゴクとしてはそんなことに兵を使いたくはなかった。大海賊時代である現在、海には無法者がそれこそ掃いて捨てる程いる。各地で行われる略奪行為の処理の追われる最中、真実かどうかも分からない伝説に付き合いたくはなかったのだ。伝説が真実かどうかはともかく、何故か調査兵団は毎回全滅してしまうのでなおさらだ。

 

どうせ今回も全滅の報告だろう……。遺族への書類と慰謝料を用意しなければ……。

 

そう思っていたセンゴクだが、今回の報告はかなり違っていた。

 

「いえ、実は先ほど兵団から連絡がありまして、隊は初めて島の中心部へ侵入することに成功したとのことです!」

 

「なに?」

 

声を張り上げて報告する大佐。それを聞いたセンゴクは、普通喜ぶ場面なのだが、喜びよりも疑問が先走った。

 

今までの調査は、すべて島に降り立ち、生い茂る森の中心に向かおうとした瞬間、何かに襲われて全員絶命というケースが多く、そうでなくても中心に行く前に必ず全滅していた。だが、今回に限って中心部への侵入に成功、しかも大佐から報告を聞くに、そこに至るまでの経緯で死傷者はゼロらしい。

 

何故だ?何故急にここまですんなり事が進む?

 

センゴクの疑問は募るが、中心部に着いたのならひとまず調査結果を聞こうと大佐へ報告を促す。兵団は何を掴んだのか。少なからず期待を抱くセンゴクだが、大佐の報告はその期待を裏切る。

 

「……それが……中心部にはまるで巨大な大樹が抜けた跡のような大きな穴が開いてるのみで……神樹も聖女も……影も形もないと……。」

 

「なんだとっ!?」

 

センゴクは机をバンッと叩いて立ち上がる。その衝撃で机の上の書類がバサバサと落ちるが、そんなことは気にしてられない。これまで数えきれない程の兵を島に送ったのだ。散々兵を犠牲にした挙げ句無駄足でした、など冗談ではない。

 

「(いや、待てよ……!)」

 

怒りと悔しさに打ち震えるセンゴクだが、ふとあることに気づく。先ほどこの大佐の報告では「島の中心部にはまるで巨大な大樹が抜けた跡のような大きな穴があるだけ」とあった。その巨大な大樹こそが神樹だとしたら……?もう聖女は目覚め、活動を開始しているとしたら……?

 

「……………聖女か……。」

 

センゴクは小さく呟き、思考を巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公にやたらワンピースの漫画やDVDを勧めてきた友達とは夏美のことです。ここから少しずつ、主人公の過去にも触れていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・考古学者と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この疫病神がぁっ!!」

 

違う…………!

 

「あんたの罪は生きてる事さ!!」

 

やめて………!!

 

「お前はこの世に生きてちゃいけねぇんだ!!」

 

やめてよ………!!

 

「へへっ……ガキのくせにこの賞金額だ。」

 

誰か……助けて………!!

 

「貴様の存在そのものが大罪なんだっ!!」

 

助けてよっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

悪夢に魘されていた私は目が覚めた瞬間がばっと身を起こした。背中にべっとりとかいた汗の量から考えて、今回はいつにも増して魘されていたようだ。

 

「ハァ……ハァ……久しぶりに見たわね……。」

 

20年の逃亡生活の中で浴びせられた数々の罵倒、拒絶、欲望、それらが永遠とも思える時間何度も流れていく悪夢。これを見たのは思えば久しぶりのことだった。以前はほぼ毎晩見ていたが、この船に乗せてもらってからは一度も見ていなかった。どうやら昼間青雉に会ったことは想像以上に私に影響を与えているようだ。

 

「…………………」

 

窓の外を見るとまだ真っ暗だ。東の空も闇に閉ざされていて、一向に光が訪れる気配がない。周りを見渡せば隣のベッドで船長さんが、他の皆は机や床で寝ていた。

 

「…………………」

 

私は突然胸の奥から込み上げてきた不安と恐怖に耐えるようにベッドの上で膝を抱えて座った。この気持ちは知っている。20年間ずっと抱え続けた気持ちで、この船で過ごす内にいつしか忘れ去っていた気持ちだ。

 

この船での生活はとても充実している。まるで子供の頃オハラで、図書館の皆と過ごした時みたいに毎日が楽しい。この船にいればどこまでも、それこそ私の夢を叶えるところまで行けるんじゃないかと、そう思える程に。

 

だけど、だからこそ怖くなる。結局彼らも私という存在の重さを知れば、いつか私を捨ててしまうのではないかと。いくら気のいい彼らだって、海軍の最高戦力や世界政府に追われるような私を受け入れてくれるわけがないと。結局私は永久に一人で、真の歴史を追い求めるなんて大層な理想を掲げた所で、叶えることなんてできないのではないかと。ここでの生活が充実していた分、捨てるのが異様に怖くなる。仲間に捨てられるなんて何回も経験したことなのに、今までにないくらい怖い。

 

ガチャ

 

「あれ?ロビンさん。起きてたんですか?」

 

扉を開けて、甲板から金髪の少女がふわふわと入ってきた。空島での戦いで着ていたドレスを失った彼女は航海士さんの白いぶかぶかのワイシャツを着て、片手には食べかけのパイを乗せた皿を持っている。

 

「…エレイン……ええ、少し眠れなくて……」

 

「ロビンさんもですか?私もなんです。」

 

そう言って彼女__エレインは私の側に近づいてきて、彼女の近くをふよふよと浮かんでいるクッションにポフッと腰かけ、空中を漂いながらぱくぱくとパイを食べ始めた。彼女が食べているそれはミートパイのようだ。肉と生地が余っていたので自作したらしい。

 

彼女は私がこの船に乗ってまだ間もない頃、嵐によって流れ着いた小さな島で出会った。太陽の光でキラキラと輝く金色の髪を揺らし、純白のドレスに身を包んだ少女の姿は神々しくも、少し乱暴に扱ったら壊れてしまいそうで不思議な魅力を持っていた。彼女はその後、彼女の持つ特異的な槍__今しがた彼女が座っているクッション__に興味を引かれた船長さんによってこの船に乗ることになった。

 

彼女は自分は記憶喪失だと言った。気がついたらあの小さな島で寝ていたという。だけど、私は彼女と生活する中でそれは嘘なのではないかと、薄々思うようになってきた。記憶喪失にしては普段の彼女の行動は迷いなくはっきりしてるし、時には自分の意見もはっきりと言うからだ。私は記憶喪失の人に実際に会ったことはないが、そういう行動はしないのではないかとなんとなく想像がつく。そうするとエレインは記憶喪失と偽っていることになるが、私は気にしないことにした。彼女がそうするのもなんらかの事情があるはずだし、それはとても辛いものであるかもしれないからだ。何より皆に自分のことを隠している私が聞くのは不公平だと思った。

 

出会った当初から私は彼女に親近感を抱いていた。今日、青雉の話でその理由が分かった。彼女は私と似ていたのだ。政府によって故郷を滅ぼされたことも、それまで孤独に生きてきたことも。だから私は同じ境遇の彼女に知らず知らずの内に惹かれていたのだ。

 

だけど、彼女は私と決定的に違っている。私が闇に生きているのに対し、彼女は光に生きている。ほら、今だって青雉から故郷を滅ぼされたことを聞いたのに、無邪気にニコニコ笑ってミートパイを食べている。私は恐怖と不安に押し潰されそうになっていたというのに……。

 

「ねぇ……エレイン……」

 

「もぐもぐ…ん?何ですか?」

 

「少し、話を聞いてくれるかしら…?」

 

気づけば私は目の前の少女に何もかも話し始めていた。オハラで起こったことも、今まで私がやってきたことも。何故なのかは分からない。20年の間にもこんなことは一度もなかった。もしかしたら私はもう限界だったのかもしれない。とにかく今は積もりに積もったこの気持ちを目の前の少女に吐き出したかった。

 

「………そうですか、それは辛かったですね。でも、それでどうしたんですか?」

 

私が話し終えるとエレインは少し陰が差した表情でそう聞いてきた。

 

「……別にどうもしないわ。ただ、今になって急に強い恐怖が込み上げてきただけ。青雉に会ったせいで疲れているのかしらね……」

 

そう言って私は笑顔を作るが上手く笑えていなかったらしい。ミートパイをテーブルにコトリと置いたエレインが心配そうな顔をして私の横にポフッと腰を下ろした。

 

「ロビンさん……」

 

「……結局、私は何も変わってないわね。この船の皆に囲まれて、前よりも笑えるようになって、少しは変われたかななんて、思っていたのだけど……」

 

「……ロビンさん、こっち向いてもらえますか?」

 

「?何かし……は?」

 

「にー!」

 

私が言われた通りにエレインの方を向く、彼女は可愛らしい笑顔を浮かべながら小さな手で私の頬を持ち上げ、無理矢理笑顔を作った。

 

「アハハハハ!いい顔してますよロビンさん!」

 

「……からかわないでくれるかしら。」

 

「ははは、すみません……ふふっ……!」

 

そっぽを向いた私に一応謝ったエレインだが、笑いをこらえながらでまったく反省の色がない。

 

「でもロビンさん、あんなにいい顔を作れるんですから、あなたはちゃんと変わってますよ。」

 

「………でも私は……」

 

どうやらさっきの行動は彼女なりの励ましだったらしい。けど私は自分が変われているとは到底思えなかった。こんな私が光で生きていくなんてできるはずがない……。

 

「だってこの船を見つけたじゃないですか。」

 

「……え?」

 

「あなたが20年、たった一人でフラフラと生きて、この船に乗り込まなきゃ何も始まらなかった。」

 

ピンッと私の額を人差し指で弾きながらエレインは話を続ける。

 

「こうやって、ウジウジと悩むことだってなかったでしょう。少しずつですが、あなたはちゃんと変われてますよ。」

 

「エレイン……」

 

「それに私はロビンさんのことを大切な仲間だと思っています。もちろん私だけじゃありません。船長も、ゾロさんも、ナミさんも、ウソップさんも、サンジさんも、チョッパーさんも皆そう思ってます。だからロビンさんも少しずつでいいので、私達のことをその巨人さんが言っていた仲間だと、そう思ってくれませんか?仲間なら、あなたの重荷を少し軽くするくらいはできますから。」

 

「………ふふっ、ありがとう。」

 

「どういたしまして♪」

 

今度は私はエレインに上手く笑いかけることができた。彼女もニコッと笑みを浮かべて返す。私の中で渦巻いていた不安や恐怖はもう大分治まっていた。エレインに話してみて良かったと思う。

 

「ねぇ、エレイン。あのミートパイを少し頂けるかしら?」

 

「あぁ、これですか?はい、どうぞ。」

 

気持ちが落ち着いたら少し小腹が空いた。私はテーブルの上に置いてあるエレイン作のミートパイが食べたくなった。エレインはミートパイが乗った皿をフォークと共に私に差し出した。私はそれを受け取り、フォークでパイを切り分けて口に運ぶ。

 

「……うっ………!?」

 

「どうですか?まずいでしょう。」

 

「……えぇ……とても……」

 

「やっぱり。」

 

私が口に広がった衝撃的で爆発的な味に顔を青くすると彼女は何故か得意そうな顔をして空中でむんっと胸を張った。

 

「いやぁ、暇がある時にサンジさんからご指導を受けてるんですけどねぇ、ちっとも上手くならないんです。」

 

そういえば時折コックさんが台所で青い顔をしていたが、なるほど、彼女の料理の指導をしていたのか。不思議だ。見た目はこんなにおいしそうなのに何故味がここまでひどくなるのか。

 

でも………

 

「さくっ……もぐもぐ……」

 

「ロビンさん?おいしくないのでしたら無理に食べなくていいですよ?」

 

味はお世辞にも、間違ってもおいしいとは言えない。だけど私はこのミートパイの暖かな味がとても好きでフォークが止まらなかった。

 

こうして二人だけの秘密の夜は静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編1・妖精と産業都市

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青雉によって物の見事な冷凍マグロならぬ冷凍ゴムにされたルフィと、ルフィ程ではないが全身を氷付けにされたロビンの安静のため、メリー号は4日間ロングリングロングランドに停泊した。そして今日は出航して3日目、天気は晴れで風も良好、航海は順調に進行中である。強いて言えばメリー号のダメージが所々目立ち始めて水漏れしたり、床が抜けたりしているが、それも次の島で修繕するまでの辛抱だと、その度に俺とウソップがカナヅチを振る。

 

やあ、皆さんこんにちは。先日、眠れなくて夜更かしをしていたら突然ロビン嬢から人生相談を受け、内心驚き過ぎてビクビクしながらも、前世で夏美から受けた励ましや、七つの大罪の名言のオマージュ、そしていつ役に立つか分からない類いまれなる天性の人の愚痴の聞き役の上手さで彼女を元気付けることに成功したエレインだ。

 

あの時はロビンがいきなり自分の過去について暴露し始めるから本当にびっくりした。原作において、結局ロビンがルフィ達に自分の過去を話したのか定かではないが、少なくともあの時点では誰にも話していないのは確かだ。どうやら俺に対するロビンの好感度はルフィ達をも上回ってるらしい。前々から高い高いと思っていたが、とうとうそのレベルまできたか。

 

えぇ……いや、決して嬉しくないわけじゃないけど……。俺、別に特別な事したわけじゃないんだけどな。本当に何がそうさせたんだろう。

 

「かー…。かー…。」

 

「ゾロさんは呑気なものですね……。」

 

「?どうしたんだエレイン?どこか具合悪いのか?」

 

今、俺はメリー号の船首側の甲板の柵に背中を預け、ちょこんと正座から両足を左方向に崩した女の子座りをしている。エレインボディの弊害か、この体になってから胡座などよりもこの方がリラックスできたりする。そんな俺の横には頭を枕代わりのクッション状態のシャスティフォルに置き、頭の上で両手を組んでイビキをかいて寝ているゾロがいる。彼はスゴイ。何がスゴイのかと言えば暇さえあればぐーすか寝ているのだ。もしかしたら一日の半分以上を睡眠に費やしているのではないだろうか。まぁ、その分夜に剣やアレイを振っているのだが。何度か規則正しい生活をしないと体に毒だと説教しているのだが、まるで直す気がない。彼なりの信条なのだろうか。

 

余談ではあるが、ゾロは昼寝をする時、刀を腰から外して柵に立て掛けておく。恐らく、昼寝中に敵に襲われても瞬時に刀を抜けるようにしているのだろうが、一度メリー号から刀を落としかけたことがある。その時は間一髪、俺が空中でキャッチして事なきを得たが、それ以来、人に刀を絶対に触らせないゾロだが、昼寝する時は俺に預けるようになった。そのため、今俺はお腹の辺りにゾロの三本の刀を持って座っている。もちろん、刀の持ち手はゾロの方に向けたままだ。

 

俺が隣で気持ち良さそうに鼻提灯を作って寝るゾロを見て溜め息をつくと、チョッパー先生がトテトテと駆け寄ってきて心配そうに声をかけてきた。溜め息を見られてしまったらしい。

 

「大丈夫ですよ、チョッパーさん。ありがとうございます。」

 

「そうか?気分悪くなったらすぐに言えよ!」

 

そう言ってチョッパー先生は船室の方へ駆けていった。話を戻すようだが、そういえばロビンと同じようにチョッパーからの好感度も何故か高かった。何故だ?マジで分からん。二人共、こんなへっぽこ妖精の何が気に入ったんだ?

 

「んナミすわぁぁぁん!じゃがいものパイユ、作ってみたのですマドモアゼル。よろしければ。」

 

「ん、おいしい。」

 

「幸せーーー!!!」

 

「うるせぇなてめぇ!!眠れねぇだろ!!」

 

サンジの大声でゾロが鼻提灯をパチンッと割って起きた。二人はそこからお互いを"サボテン君"、"ダーツ"と罵り合い、いつものケンカに発展した。こうなった二人を止めるのはとても面倒だ。俺はその場にゾロの刀を置き、ふよふよと足早にその場から退散した。

 

「「ルフィ♪ルフィ♪」」

 

「いくぞ!凍った俺のマネ!!」

 

「「あっひゃっひゃっひゃ!!」」

 

ふよふよとマストのある中央の甲板に移動すれば、ルフィが全身小麦粉まみれになって氷付けになった自分のマネという自虐ネタを披露し、ウソップとチョッパーが笑い転げていた。こっちもこっちで変なことをやっていた。

 

「ふふっ………。」

 

あっちもこっちもがやがやと、本当に賑やかで心地よい船だ。ここは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カ、カエルだ!!カエルがクロールしてるぞ!!」

 

しばらく船を走らせているとルフィが海をクロールで泳ぐ、傷だらけのバカでかいカエルを見つけた。ルフィ達はオールを全力で漕いでカエルを追跡する。

 

「コラ!あんた達!何勝手に進路変えてんのよ!!」

 

「聞いてくれナミ!身体中ケガしたカエルが海を泳いでんだ!!俺達は是非あいつを丸焼きで食いてぇんだよ!!」

 

「「「食うのかよ!!」」」

 

「エレイン!槍であいつを捕まえてくれ!!」

 

「嫌ですっ!!私カエル苦手なんですっ!!」

 

しばらくカエルを追跡していると、海の真ん中に立つ灯台が見えてきた。カエルはその灯台を目指しているようなのでメリー号も灯台の方へ進む。

 

灯台の近くまで船を進め、カエルもその近くで止まった時、カンカンカンと海上に似合わない音が聞こえてきた。

 

「(あれ?この音どこかで聞いたような……)」

 

カエルに夢中で音のことは気にしないルフィ達がメリー号をカエルの真横に寄せようとした時、メリー号がガコンと何かに乗り上げた。何やら遠くの方からシュッシュッポッポッという音も近づいてくる。

 

この音はもしかして………

 

「!霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"!!」

 

「「「うわあぁぁぁぁ!!」」」

 

俺が音のする方を向いた時、もうそれはすぐそこまで迫っていた。黒い鋼鉄のボディを持ち、大きな車輪を回転させ、煙突から煙を吐きながら大地を走る乗り物__蒸気機関車は何故か大海原を颯爽と走り、メリー号に迫っていた。よく見れば海にはこの機関車のためのもの思われる線路が敷かれており、メリー号はそれに乗り上げてしまっている。俺は即座にシャスティフォルを第二形態に変化させ、機関車とメリー号の間に滑り込ませてクッションにすることでメリー号を線路上から弾き出した。

 

「!おいカエル逃げろ!!何してんだ!!!」

 

無事機関車から回避に成功した俺達。だが、カエルは機関車の真正面に立って逃げようとしない。それどころかさながら力士のように四股を踏み、両手を前に突き出して機関車を受け止める構えをとった。

 

「うわー!!ひかれたー!!」

 

当然カエルが機関車に勝てるわけもなく、カエルは機関車にはね飛ばされて遥か遠くの海にポチャンと落ちた。

 

「「「………………」」」

 

俺達はその様子を呆然と見つめていた。危なかった。カンカンカンという変な音は踏切の音だった。あの音が聞こえた時に転生者である俺が一番に気づかなければならなかった。あと一歩シャスティフォルで防御するのが遅れていたら今ごろメリー号は木っ端微塵だ。

 

機関車を見たルフィ達は「何だあれ……」とか「船が煙吐いてたぞ……」とか呟いて未だポカーンとしている。ワンピースの世界に蒸気機関車は存在しないらしい。それかルフィ達の故郷にないのか。

 

「大変だ!ばーちゃん!ばーちゃん!海賊だ!!」

 

海を走る機関車の衝撃はまだ抜けきれないルフィ達。そんな中、灯台の横に隣接する建物__さっきの機関車と建物の形状から考えて駅__から三つ編みをバイキンマンのツノみたいにした小さな俺くらいの女の子とニャーと鳴くウサギ、そして車掌の帽子を被ったおばさんが出てきた。女の子はチムニー、ウサギはゴンべ、おばさんはココロというらしい。俺達はココロさん達にサンジ作のじゃがいものパイユをお裾分けしてさっきの機関車の話を聞く。聞けばあれは"パッフィング・トム"という海列車で蒸気機関車と同じ仕組みでパドルを回して海の線路を進むらしい。

 

そしてちなみにあの巨大カエルはヨコヅナという名前で、力比べが大好きらしく、いつも海列車に戦いを挑んでいるんだとか。それを聞いてルフィは「頑張り屋は俺は食わねぇ!」と言っていた。カエル捕獲作戦が取り止めになって俺はフゥと安堵の息をついた。

 

「そんで?おめぇらどこに行きてぇんだい?海列車に乗るかい?」

 

「あ、いえ、私達は記録(ログ)を辿るだけですから。」

「へー、どこ指してんの?」

 

「えーと、確か北の方を。」

 

「そうか、そりゃおめぇ"ウォーターセブン"だね。水の都っつーくらいでいい場所だわ。何より造船業でのし上がった都市だ。その技術は世界一ら!」

 

「へー!じゃあ、すげぇ船大工もいるな!」

 

「んがががが!いるなんてもんじゃないよ!世界最高の船大工の溜まり場だ!」

 

「そんなにか!よーし!決めた!必ずそこで船大工を仲間にするぞ!!野郎共!早速出航だ!!」

 

俺達はココロばーさんに簡単なウォーターセブンの地図とアイスバーグという船大工の紹介状を書いてもらった。そしてココロばーさん達に別れを告げ、再び船を進める。

 

「あんた。」

 

「?はい、なんですか?」

 

「もしかしておめぇ妖精族かい?」

 

「はい、そうですけど。」

 

出航準備をしている時、不意にココロばーさんに声を掛けられた。チムニーとゴンべがクッション状態のシャスティフォルをモフモフして遊んでいる傍ら、ココロばーさんは少しだけ難しそうな顔をして、すぐに顔を上げた。

 

「んがががが!やっぱりそうかい。政府の人間に注意すんらぞ!」

 

「はい、ご忠告ありがとうございます。」

 

こんなやり取りもあって、メリー号は再び出発した。そうだ、聞けばウォーターセブンは海賊だけではなく政府御用達の島でもあるらしい。青雉は"海兵は妖精族を見つけ次第殺すように命じられている"と言っていた。俺は島ではルフィ達以上に気を張らなければならないだろう。

 

「はぁ~……」

 

「?どうかしたんですかウソップさん?」

 

ウォーターセブンへ向かう途中、ウソップがツギハギだらけのマストにしがみついてすりすりと頬擦りをしていた。俺はその行為に疑問を持って声をかける。

 

「このブリキのツギハギでもよ……長い冒険の思い出じゃねぇか。これから綺麗に直っちまうのかと思うと感慨深くてよ……。」

 

「ははは、確かにそうですね。」

 

「だが、偉大なる航路(グランドライン)に入ってからのメリー号への負担は相当なもんだ。このままじゃ船も俺達も危険だぜ。」

 

「でも、空島でたくさん黄金を手に入れましたし、ピッカピカの新品同様に直してあげられますよ。」

 

「ん?おい、あれじゃねぇのか?」

 

俺がウソップとサンジと話していると、ゾロが前方に島を見つけた。まだ遠くて小さくしか見えないが、遠方からでもロングリングロングランドのような草原の島ではなく、都市化が進んだ島であることが見てとれる。

 

「うお!」

 

「素敵ね…。」

 

「綺麗です。」

 

「こりゃすげぇな。」

 

やがて船が島に近づき、島の全貌が見えるようになった。島の中央には巨大な噴水がそびえ立ち、周りには造船所と思われる施設がいくつかあり、それぞれに大きなクレーンが建っている。造船施設だけでなく、街並みもかなり綺麗で見る者を魅了する。ウォーターセブンはまさに産業都市だった。

 

島の正面には海列車の駅があった。俺達がメリー号をどこに停めようか困っているとボートで釣りをしていたおじさんが裏へ回るように言ってくれた。その先でも親切なおじさんがいて、街から少し離れた岬へ停めるように言ってくれた。造船業が売りの島だけあって海賊も客であるらしく、島の人はまったく海賊を恐れている様子がない。不思議な島だ。ありがたいけど。

 

「よし!帆を畳めー!!」

 

船を岬に着け、ルフィの指示を受けた俺は魔力でロープを操ってシュルシュルと帆を畳んでいく。このくらいはもう慣れたものだ。反対側のロープはゾロが引く。

 

ボキッ!

 

「わー!!何やってんだてめぇ!!」

 

「違っ……!俺はただロープを引いただけで!!」

 

するとメリー号のマストが真ん中からポッキリ折れてしまった。想像以上に傷が深いメリー号に俺達は改めて驚く。むしろここまでダメージが溜まっていてよく俺達を運んできてくれたものだ。

 

そんなこともあり、俺達はついにウォーターセブンへ上陸することになった。黄金を換金してメリー号の修理に当たるのがルフィとウソップ、そしてお金のことならお任せあれ、麦わらの一味の鬼の金庫番ナミ。

 

一方、チョッパーとロビンと俺は島の探索と俺の服選びだ。さすがにいい加減ナミの服を借りるのにも限界を感じている。今日までナミにはパーカーやらワイシャツやら色んな服を着せられて辱しめを受けてきた。しかも恥ずかしがる俺を見て奴はニッコリ笑っているのだ。間違いなく生粋のドSである。このままではいずれ裸エプロンとかやらされても不思議ではない。

 

そして船番として船に残るのがゾロとサンジだ。ケンカしないか非常に心配だが、サンジは少ししたら島へ買い出しに出掛けると言っていた。それは本来俺の仕事なのだが、今回は服選びを優先させてもらえるよう頼み込んだ。それを笑顔で、俺の頭をポンポンと撫でながら承諾してくれたサンジはめちゃくちゃいい奴だ。

 

「おーい!エレイン!早くしろよ!」

 

「はーい!今行きます!」

 

チョッパーの催促する声に、俺は船室にてせっせと着替えを始める。さすがに服屋までの道を露出の多いワイシャツやらで行くわけにはいかない。俺は比較的マシなパーカーに身を包んだ。

 

『フフフ……』

 

「ん?」

 

俺が着替えを済ませた時、ふと後ろから笑い声が聞こえた。後ろを振り返るとテーブルの上にレインコートを着た小さな少年が座っていた。少年は足をプラプラさせて、フードを深く被っているため顔はよく見えないがニッコリと笑っている。

 

「あなたは誰ですか?」

 

もしかして知らない間に船に迷い込んでしまったのか。そう思い、ふわふわ近づいて声をかけても少年は楽しそうに笑うだけで何も答えない。

 

『………ありがとう。』

 

「え?何ですか?」

 

突然少年が小さな声でポツリと呟いたようだが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。

 

「エレイーン!まだかー?」

 

「はいはーい!あ、そうだ君も一緒に………ってあれ?」

 

外からチョッパーの声が聞こえたので俺は外の方を向いて返事をする。そして再び少年の方を向くが少年は跡形もなく消えていた。きょろきょろと辺りを見渡してもどこにもいない。

 

「?誰だったんでしょう。」

 

俺は首を傾げながらメリー号の船室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編2・妖精と謎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「賑やかだなー!」

 

「ふふっ、そうね。」

 

「産業都市だけあって活気に満ちてますね。」

 

俺は現在、ロビンとチョッパーと共にウォーターセブンの街を歩いている。水の都と呼ばれるだけあって街中に水路が張り巡らされており、人々は"ヤガラブル"と呼ばれる馬のような魚に乗ってスイスイと水上を移動している。また、小舟で屋台や八百屋をやっている人もいる。確か前世にもこんな街があったような気がする。確かイタリアだっけかな。

 

ちなみに俺は今いつものようにふわふわ浮いているわけではなく、クッション状態のシャスティフォルを前に抱いてロビンとチョッパーと一緒に歩いている。先ほどから黒い帽子とスーツに身を包んだいかにもな服装の政府の人間を何回か見かけている。そんな中をふわふわ飛んだら一発で妖精だとバレてしまう。

 

「いらっしゃいませー!」

 

しばらく街を歩いた俺達は商店が立ち並ぶ中、花屋と楽器専門店に挟まれた小さな服屋を見つけ、入った。店の中は綺麗に掃除が行き届いていて、服も子供用のものから、中世の貴族が社交パーティで着るようなド派手なドレスまで多種多様なものが取り揃えてあった。俺達が店に入ると、髪をポニーテールにまとめた、綺麗と言うよりは可愛い系の女性店員が出迎えてくれた。

 

「この子の服を選びに来たの。わけあってこの白いドレスを駄目にしちゃって。出来ればこれと同じものを仕立ててくれるかしら?」

 

女性店員が出てくるとロビンが俺が必死の努力で血染みを落としたエレインの純白のドレスを取り出しそう言った。

 

「はい!分かりました!簡単な作りの服なので明日までには完成しますよ。では、お決まりになりましたらお声掛け下さい。」

 

女性店員は元気良く返事をするとドレスを持って店の奥に消えていった。そして俺はロビンに試着室に連行され、色々な服を着せられる。俺くらいの小さな活発な女の子が良く着るようなTシャツとミニスカートのセット、ロングスカートとエプロンそして頭に頭巾といった村娘風の衣装、何故かあったへそ出しルックウェイトレスの豚の帽子亭でのエリザベスの衣装など本当に色々着せられた。最後のはさすがに恥ずかしすぎたのと、貧相なエレインボディじゃあまりにも悲しすぎたので早々に脱いだ。

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

散々着せ替え人形にされた挙げ句、俺が選んだのは緑のドールシューズに、緑のロングスカートを主体としたフリル付きのメイド服だ。七つの大罪原作において、エレインが着ていた傲慢の罪(ライオン・シン)のエスカノールが経営する麗しき暴食亭の制服である。さっきのエリザベスの衣装といい、何で七つの大罪の衣装があるのだろう。この際どうでもいいけど。

 

「ふふふっ、素敵よエレイン。」

 

「ああ!よく似合ってるぞ!」

 

試着室から出た俺をロビンとチョッパーがそう褒めてくれた。鏡を見て我ながら悶絶する程似合っているのは分かっていたが、人から褒められると何か照れくさくて頬が赤くなってしまう。

 

そんなこんなで俺の服選びを終え、服屋を後にした俺達は再び街を歩く。心なしか、先ほどナミのパーカーを着て歩いていた時よりも視線を感じる。ほら、今も正面から歩いてきた青年がその場に立ち止まって俺の方を凝視している。

 

ふふふ、見たか!これがメイド服によって引き出されたエレイン本来の魅力だ!……なんてね。青年よ、人の趣味にとやかく言うつもりはないが、ロリコンは今のご時世生き辛いぞ。

 

と、冗談はこのくらいにして、先ほどから考えていることがある。今着ているメイド服を見つけた時にふと思ったことだ。何の証拠もなく、あくまで俺の推測でしかないが、この世界に魔神族、延いては"十戒"が存在する可能性だ。

 

そもそも"七つの大罪"がどういう物語なのかおさらいしておこう。簡単に言えば、リオネス王国という国に仕える七人の騎士団の話だ。メンバーは獣の印(シンボル)を刺青として体に刻んでおり、それぞれが"憤怒"、"嫉妬"、"強欲"、"怠惰"、"色欲"、"暴食"、"傲慢"の大罪を背負っており、それぞれが背負う過去、使命、野望、そして強力な能力を持っている。リオネス王国の伝説の騎士団として知られる彼らだが、実は魔神族の精鋭部隊である"十戒"を討つために結成されたものであり、物語は"七つの大罪"と"十戒"の戦いへ入っていく。

 

今までそんなことは考えもしなかったが、そもそも俺という異物が混じっているこの世界、よく考えれば他の異物がなく、俺一人だけポツンといる方が不自然である。俺はただ一人の異例な存在だと思い込んで漠然と生きてきたが、この前青雉に会った時にその考えは変わった。青雉は400年前、政府は妖精王の森と和平を結んでいたと言っていた。それは人間の王国と不可侵の条約を結んでいた七つの大罪原作と同じである。そして"妖精王"の森。この世界に妖精王であり、エレインの兄であるキングが存在していても不思議ではない。キングがいるということは"七つの大罪"も………"十戒"も存在していても不思議ではないのだ。

 

……とは言ったものの、いくら考えたところで仕方ないかと俺は思う。確かにこれらが事実である可能性はあるが、それはどこまでいっても俺の推測であり、可能性の域を越えない。それに例えそれが事実であっても俺に出来ることなど何もないだろう。

 

結局、俺に出来ることは十戒が存在しないことを祈り、ルフィ達の冒険がなるべく原作通りにいくためにサポートをすることだけなのだ。

 

「船医さん、あそこ。本屋があるわ。」

 

「え?あ、本当だ!!」

 

ロビンが本屋を指差すとチョッパーは目を輝かせて本屋に直行した。目にも止まらぬ速さで走っていたチョッパーに苦笑しながら俺とロビンは本屋へ歩く。

 

そうだ、本屋だ。前にロビンから借りた歴史書には魔神族とかの情報はなかったが、もしかしたら本屋にそれに関する情報が載っている本があるかもしれない。

 

そう思った俺は少し小走りになって本屋の中に駆け込んだ。チョッパーは医学関連のコーナーに行ったが、俺はその反対側の歴史関連のコーナーへ行く。そこには「世界政府について」、「モンキー・D・ガープの軌跡」などのそこそこ分厚い本が立ち並ぶ。俺は本棚の本の背表紙に指を当て、目当ての本を探していく。

 

魔神族……七つの大罪……妖精族……どれでもいい。何か手掛かりになる本はないか。

 

歴史関連コーナーのすべての本の背表紙を確認したが、それらしい題名の本は見つからなかった。「七英雄物語」なんていう本は一応見つかったが、辞書のような厚さの本でとてもじゃないが読む気にならなかった。それに題名からして神話的な何かを感じる。多分、読んでも無駄だろう。

 

まあ、冷静に考えて大罪人を国の騎士団にするなんて話は七つの大罪の世界観だからこそ成り立つのであって、海賊は即縛り首、妖精族は即座に処刑するこの世界では正直考えられない。ましてや、世界を我が物にせんとする魔神族の対抗勢力にするなどありえないだろう。政府の顔が立たなくなる。

 

「んー……無駄足ですかね…。」

 

元々あったらラッキーくらいの気持ちだったので別にいいが、結局俺の中の疑問が募るだけに終わった。俺はトテトテと歩き、ロビンとチョッパーと合流しようとする。

 

「ん?」

 

本棚の角を曲がり、チョッパーのいる医学関連コーナーに行こうとした時、本屋の入り口近くの絵本コーナーに置いてある一冊の絵本に目が止まった。本の題名は「七英雄物語」。先ほど見つけたクソ分厚い本の絵本版が出ていたらしい。恐らくあっちが原作で、子供でも読みやすいように編集させたのがこれだ。何となく興味を引かれた俺は絵本を手に取ってみる。表紙から見るに、まぁ、題名からして薄々予想していたが、小さい子供が憧れるヒーローもの、もっと言えば戦隊もののようだ。表紙には題名通り七人の勇者らしきキャラクターが描かれている。

 

センターで堂々と剣を振りかざしているのは黒髪で、青と黄色を基調とした服を着た少年だ。その姿はドラクエの勇者を彷彿とさせる。

 

その勇者君の右肩から顔を除かせているのは赤髪で眼鏡をかけた如何にもなモヤシ少年だ。一見するととても戦えそうには見えないがこういう奴程バカげた強力な能力を持っているのはお約束である。

 

眼鏡モヤシ君の反対側でムキッとしたポーズを決めているのが、褐色の肌を持ち、全身の黒光りする筋肉とは相対的な白い髪を持った青年である。こいつは絶対根性論が大好きな熱血タイプだ。

 

この三人の真後ろで両手を広げ、如何にも神聖な雰囲気をこれでもかと醸し出しているのは赤みがかかった茶髪の、俺程ではないがあどけなさを残した幼い顔立ちの女性だ。彼女の背中からはまるで女神族のような白い翼が生えていた。

 

視点をずらしてみれば、先ほどの眼鏡モヤシ君のさらに後ろ、女神族もどきさんの右手首辺りには、小さめにではあるが、タバコを加えた金髪のアフロヘアーのファンキーな男が弓を構えて不敵な笑みを浮かべていた。

 

そして小さすぎて今まで気づかなかったが、表紙の上部にある「七英雄物語」の「七」の字の上に鼻がピノキオのように伸びた小人が座っている。丸い尻尾が生えたその小人は小さなトンカチを担いでニコニコと笑っている。

 

そして何より俺の注意を引いたのは女神族もどきさんの左手首の辺りに描かれる金髪のロングストレートヘアーの少女の後ろ姿だ。他の六人はヒーローにふさわしいキラキラと明るい背景に描かれているが、彼女だけ背景がまるで魔神族の漆黒の魔力のように暗く、黒く塗りつぶされている。

 

表紙と題名からふわっと何となくこの七英雄物語を想像してみた。俺が求める情報とまるっきり無関係というわけではなさそうだ。ただ、近いというわけでもなさそうである。俺はとりあえずパラッと絵本を開いてみる。

 

…って厚っ!絵本のくせして結構ボリューム高めだな。こんなの子供に読み聞かせたら半分も読まずに寝るぞ。

 

なんてことを思いながらパラパラと本を読み進めていく。ざっくりとした内容は概ね俺が予想していたものとほぼ同じだった。

 

平和な世界に突如現れた悪い魔物達を倒そうと集まった七人の戦士が笑いあり、涙ありの試練を乗り越えながら見事魔物を封印し、再び世界に平和が訪れました。めでたしめでたし。

 

ざっくりと言えばこんな感じだ。普通に聞けば何てことのない王道のおとぎ話。だが、七つの大罪の情報を求めて物語を読んだ俺にはいくつか引っ掛かる所がある。

 

まずは主人公達。"七英雄"なんていうもんだから彼らが七つの大罪であることを少しばかり期待したのだが、何となく違うのが分かった。表紙に描かれていた彼らが七つの大罪のメンバーと全く違うので当然と言えば当然なのだが、それでもこの七英雄という名は七つの大罪に近い組織である。やはり何かしら関係がある。

 

次に敵役の魔物達。絵本で出てきたそれらは俺がよく知る魔神族によく似た風貌をしていた。赤い体のデブな魔物が出てきた時は「あれ?これ魔神族じゃね?」と驚いた。容姿がほとんど一緒だったのである。だが、絵本のどこを探しても魔神族という言葉は見当たらない。あくまで魔物と記されている。

 

………ダメだ。謎が謎を呼んでわけが分からなくなっている。

 

俺はハァと溜め息をついて絵本を棚に戻す。今回の情報収集は前に進んだのか後ろへ下がったのか分からない結果となった。

 

「おーい!エレイン!」

 

その時、チョッパーが俺の方へ慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「あれ?お前何を読んでたんだ?」

 

「あぁ、これですよ。少し気になりまして。」

 

俺は本棚の「七英雄物語」を指差す。するとチョッパーは「あー!」と納得したような声を上げた。

 

「久しぶりに見たなー!この絵本!」

 

「チョッパーさん、知ってるんですか?」

 

「あぁ!すごい有名な絵本なんだ!親が子供を育てる時に誰でも必ずこれを読み聞かせるって話だぞ!」

 

チョッパー先生によれば、この絵本はこんなナリをして有名で尚且つそこそこ人気もあるらしい。前世で例えるなら桃太郎的立ち位置の絵本と言った所か。誰でも知っているが、人気かと言われればそうでもないみたいな。

 

「…ってそんなことより大変なんだ!ロビンがいなくなっちゃったんだ!」

 

「へ?ロビンさん?私達と一緒にここに入ったはずじゃあ……。」

 

「俺もそう思ったんだけど、でもどこにもいねぇんだ!」

 

「分かりました。ではとりあえず近くを探しましょう。落ち着いて、リラックスです。こういう時こそ慌てず騒がず、ですよ。チョッパーさん。」

 

そう言いながら俺がチョッパーの額をチョンッと人差し指で押すとチョッパーは「そ、そうだな。」と言ってその場でスーハースーハーと深呼吸をした。その後、俺は落ち着いたチョッパーと一緒に本屋から出てロビンを探し始めた。ロビンを探しながらも、俺の頭の中では先ほどの絵本の内容がぐるぐると回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編3・妖精と仲間

 

 

 

 

 

 

 

「………メリー号がもう……」

 

「……直せない……!?」

 

あの後チョッパーと二人で街を駆けずり回りロビンを探したが結局見つからず、一旦メリー号へ戻ってきた。その道すがら食料をたくさん抱えたサンジと合流し、船へ戻ってきた俺達は、甲板で寝ていたゾロから衝撃の事実を聞かされた。

 

俺達が出払っている間にこの船に鼻が四角くて長い船大工の男が来たらしい。恐らく、黄金を換金したルフィ達が依頼した船大工だろう。その男はメリー号を隅から隅まで調べ、ゾロに向かってこう言ったそうだ。

 

「はっきり言うがお前達の船はもう直せん。」

 

なんでも、船の心臓部である竜骨__船首から船尾まで船底を通って貫く太い木材__を深く損傷していて、いくら腕のいいウォーターセブンの船大工といえどもどうすることもできないらしい。

 

「……そんな……」

 

俺はふよふよと浮きながらメリー号の船首部分を見る。いつも無茶ばかりする俺達を運んでくれた頼もしいその羊の後ろ姿は何故かとっても弱々しくて、そして寂しそうに見えた。

 

「そ、そんなこと急に言われても……!」

 

「そうだぜ!見ろ!船はいつもと変わらねぇし、東の海(イーストブルー)からこんなとこまで一緒に海を渡ってきたじゃねぇか!」

 

サンジの言う通り、メリー号はいつもと全く変わらない。ウソップと俺とで一生懸命ツギハギして真っ直ぐを保っているマストも、いつだか羽目を外しすぎたルフィが破いてしまい、俺が夜なべをして縫い合わせた帆も、マストのてっぺんでたなびく麦わら帽子を被ったドクロマークが描かれた海賊旗も、何もかもがいつものまま。だけど専門の船大工はこの船の寿命は尽きたと言う。俺達にはそれが受け入れられない。

 

「俺!メリー号が好きだぞ!!」

 

「全員そうさ。だが、現状打つ手はなさそうだ。」

 

ロビンはいなくなり、メリー号は修理不能。次々湧き出る問題に俺達は顔をしかめた。

 

「みんなーー!!」

 

そんな時だった。船の修理の依頼に出掛けていたナミが帰って来た。だが、そこにルフィとウソップの姿はなく、ナミ一人だけが黒いアタッシュケースを抱えてこちらに走ってくる。

 

「ナミさーん!何かあったんですかーー!?」

 

「ウソップが……!!ウソップが大変なの!!」

 

「「「何!?」」」

 

問題はまだ尽きそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船の修理依頼を担当していたルフィ達だが、トラブルに見舞われたらしい。空島で手に入れた黄金を3億ベリーに換金できた所までは良かった。だが、その後、2億ベリーを持って造船所を少しルフィ達と離れて歩いていたウソップが"フランキー一家"とかいう連中に襲われ、ウソップは重傷を負い、2億ベリーはまんまと奪われてしまったらしい。

 

それを聞いた俺達は船にナミを残し、ウソップが倒れているという街の大通りへ向かった。途中ルフィも合流し、五人でウソップを探すも見つからず、代わりにウソップのものと思われる血痕が見つかった。その血痕はポタポタとある場所を目指して移動している。間違いなくウソップのものだ。彼は2億ベリーを奪われたことに責任を感じて一人で取り返しに行ってしまったらしい。

 

「………息はあるか、チョッパー。」

 

「大丈夫、気絶してるだけだ。」

 

血痕を追った俺達はウォーターセブンの北東の方まで来た。"FRANKYHOUSE"とデカデカと掲げられた不思議な形の家が建つ海岸に傷だらけのウソップが倒れていた。その顔は涙と血と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 

「……霊槍シャスティフォル第八形態"花粒園(パレン・ガーデン)"。」

 

俺はウソップの上半身を抱き上げ、頭を膝の上に乗せてシャスティフォルを第八形態に変形させた。シャスティフォルは緑色の粒子の膜となって俺とウソップを包み込み、ゆっくりとウソップの傷を癒していく。

 

「……ゆっくり休んでろ、ウソップ。あのふざけた家ぶっ飛ばしてくるからよ……!!」

 

そう言ってルフィ達はフランキーハウスへ歩いていった。静かに、怒りを感じさせる歩みでゆっくりと近づいていく。フランキーハウスからは絶えず大勢の笑い声が聞こえる。中で酒盛りをしているようだ。

 

ちょうどルフィ達が玄関先に辿り着いた時、扉を開けてルフィ達の軽く倍はあるであろう高身長の男が出てきた。

 

ドカアァンッ!!

 

ルフィはヒュッと軽く跳躍し、男の顔辺りの高さに達すると男の顔面を思いきり殴り飛ばした。殴り飛ばされた男はフランキーハウスに盛大に突っ込む。そこから先は外にいる俺には見えなかったが、フランキーハウスから度々ガラクタが飛び出してくるので、中の状況は想像に難くない。四人は大いに暴れているようだ。

 

「……うぅ……ごめんな……メリー……皆……。」

 

シャスティフォルが傷を癒したことで俺の膝の上のウソップが涙混じりに話し始める。といってもまだ意識が戻ったわけではないので寝言のようなものだろう。余程金を奪われたことに責任を感じているらしい。俺は無言でウソップを抱きしめる力をギュッと強めた。

 

ワンピースに関しては本当に無知な俺だが、さすがにフランキーを知らない程ではない。フランキー一家の親玉で、体の前半分をサイボーグに改造した彼は航海不能となったメリー号の代わりとなる船を造りエニエス・ロビー編終了後に麦わらの一味に船大工として加わることになる。出会いはこのように敵同士であるが、後にウソップとも打ち解け、共に新たな武器の開発をしたりする。

 

メリー号が航海不能であることは、俺は知っていた。でも、だからといって短い間とはいえ俺達の家であるメリー号をそう簡単に諦められるものでもない。もしかしたら俺がいることで何か変わるかもしれない、そんな薄い希望を抱いていた。だが残念ながら運命は変えられなかったらしい。結局メリー号はここで寿命を迎えてしまった。

 

「エレイン、終わったぞ。」

 

長く考え込んでしまったようだ。いつの間にか戦闘が終わり、チョッパーが膜の外に立っていた。俺はシャスティフォルを元のクッション状態に戻した。チョッパー先生はウソップの側に寄るとリュックから医療道具を取りだし、テキパキとウソップの応急処置を始める。俺も手伝いたい所だが、ウソップのケガがあまりにも酷すぎるのと、チョッパー先生の手際に着いていけない力不足もあって、今回は手伝わずにその場を離れる。

 

俺はシャスティフォルに抱きついてふよふよとルフィの元へ向かった。無惨な姿となったフランキーハウスのガレキの山のてっぺんにルフィはいた。腕を組み、仁王立ちしたルフィは遠くの海を見つめただじっとしている。

 

「船よぉ……決めたよ……。」

 

俺がルフィの真横に来た時、ルフィはその重い口を開いた。言いたいことは分かっているが俺はルフィに「何をですか?」と聞く。

 

「ゴーイング・メリー号とはここで別れよう。」

 

「………そうですか。」

 

その言葉が来ることは分かっていたがどういう顔をしたらいいのか分からない。俺は胸に渦巻く悲しみと虚しさを押し殺し、なるべくいつもの笑顔をルフィに向けた。メリー号が大好きなのは皆いっしょで、ウソップだけじゃない。ルフィもウソップと同じくらいメリー号が大好きだ。それ故、船長という立場からメリー号を切り捨てなければならないルフィが誰よりも辛いはず。それなのに、俺まで浮かない顔をしていてはダメだ。せめて俺くらいはいつも通り笑ってルフィ達を支えなければ。俺の足りない頭はそう結論を出した。

 

「おーい!エレイン!ウソップを船まで運ぶからお前のクッションに乗せてくれ!」

 

「はーい!」

 

応急処置を終えたチョッパーが俺を呼んだ。俺はルフィに「さ、行きましょう船長。」といつも通り笑いかけてチョッパーの元へ急ぐ。ルフィは麦わら帽子を深く被り、「あぁ。」と短く返事をしてガレキから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランキー一家を撃退し、ウソップを連れてメリー号に帰還してから数時間後、太陽は西へ傾き、空はオレンジ色に染まっている。ロビンはまだ戻ってきていないが、チョッパーの治療の甲斐あってウソップの意識が戻った。

 

俺達が船室に向かうとウソップが土下座する勢いで謝罪をした。まずウソップを落ち着かせてから船についての話し合いに入る。

 

「船は…メリー号は残りの1億で直せそうなのか?せっかくこんな一流の造船所で修理できるんだ。この先の海も渡っていけるように今以上に強い船に……!!」

 

不安そうな顔色でメリー号についてルフィに尋ねるウソップ。そんなウソップを見て俺は皆にバレないようにそっと顔を逸らした。現実を知っている身として、メリー号に誰よりも愛情を注いできたウソップに現実を告げるのはとても辛い。

 

「それがよ、ウソップ。船は乗り換えることにしたんだ。」

 

ルフィはウソップに自然に決断を話した。ウソップは一瞬何を言われたのか分からない顔を浮かべ、すぐに理由を聞いた。自分が金を奪われてしまったからかと。

 

残念だけどウソップ、そうじゃないんだ。もしそうだったらどれだけ良かっただろう。だけど、現実はもっと非情だ。

 

「メリー号はもう直せねぇんだよ!!」

 

メリー号のことで興奮し、散々怒鳴りあった後にルフィがウソップにそう叫んだ。ウソップは放心状態になった。あまりに辛い現実を受け止めきれないのだろう。そんなウソップを見るのも辛くて、俺はクッション状態のシャスティフォルをギュッと抱きしめる。

 

ルフィはウソップに詳しく事情を話す。造船所であった船大工に査定してもらったところ、この船はもう修復不可能であると告げられたと。だがウソップはこの話を聞いてもまだ受け入れられないようだ。いや、現実は受け入れたものの、メリー号を手放すことができないのかもしれない。

 

ウソップは絶対メリー号を見捨てないと宣言し、今まで通り自分が直すと言って資材を買いに傷ついた体を引きずって造船所へ向かおうとする。

 

「お前は船大工じゃねぇだろうウソップ!!」

 

そんなウソップをルフィが怒鳴ることで制止する。ウソップは狙撃手であって船大工ではない。本職の船大工が匙を投げる程傷ついたこの船をウソップが修繕できるわけがない。

 

ルフィが言っていることは船長としては正しい。海賊団存続のため、寿命を迎えた船から新しい、より強固な船に乗り換えることは間違っていない。だが、ウソップはそれに納得できない。正論と分かっていても、大事な仲間を見捨ててこの先へなど進めない。そうルフィに掴みかかる。

 

「いい加減にしろお前ぇ!!」

 

怒鳴り合いの末、ルフィがウソップを押し倒した。

 

「お前だけが辛いなんて思うなよ!!全員気持ちは同じなんだ!!」

 

「だったら乗り換えるなんて答えが出るはずねぇ!!」

 

「………!!じゃあいいさ!そんなに俺のやり方が気に入らねぇなら今すぐこの船から………!!!」

 

バカッ!!!

 

言ってはならない言葉を言いかけたルフィを俺は無表情で、シャスティフォルの第二形態で殴り飛ばした。思いきり殴り飛ばされたルフィはテーブルに突っ込んで壁に激突する。殴り飛ばした時に落ちた麦わら帽子を床に降りて優しく拾う。

 

「ちょっとエレイン!?」

 

「………船長、少し頭を冷やしましょう。ね?」

 

咎めるナミを無視した俺は壁に背中をつけて座るルフィの頭にポンと麦わら帽子を乗せてそう笑いかけた。いつも通りの笑みになるよう努めたが、恐らく目は笑っていなかったと思う。仲間をそう突き放すのは一番やってはいけないことだ。ルフィは「悪い……今のはつい……」と言いながら立ち上がる。

 

「いやいいんだルフィ……それがお前の本心だろ……」

 

その時、ウソップがポツポツと話し始めた。前々から自分は一味の皆の強さにはついて行けないと感じていたと。自分とルフィ達との仲は、自分が海へ出ようとした時に船に誘ってくれただけのものだと。

 

自分の心のうちを言い終わるとウソップはメリー号を降りてスタスタとどこかへ歩いていってしまう。

 

「俺はこの一味をやめる。」

 

ウソップはそう言ってメリー号の__ルフィの方へ振り返る。チョッパーやナミが必死にウソップを止めようとする中、ウソップは決意の籠った目でルフィのことを見据える。そして大声でこう宣言した。

 

「俺と決闘しろぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編4・妖精の別れ

 

 

 

 

 

 

ここはウォーターセブンの中心から離れた所にある小さな宿。背が低いおばちゃんが経営するメリー号が停泊する岬から割と近い宿だ。そこにウソップは泊まっていた。ルフィに決闘を申し込んだウソップは午後10時に再び岬へ戻る約束をし、ここに泊まっている。

 

「治療は必要ないって……どういうことだよ!?」

 

その宿に俺とチョッパーはウソップを訪ねて来ていた。一応意識は戻ったものの、フランキー一家にこっぴどくやられたウソップはまだまだ治療が必要で、チョッパー先生はウソップが出ていくと船を飛び出してここまで追いかけて来ていた。なお、俺はチョッパーの付き添いだ。麦わらの一味の頼れる雑用係である俺はチョッパーの治療の際には助手または看護師として活躍しなければならない。

 

「当然だろ…。俺とお前はもう仲間じゃねぇんだ。」

 

「で、でも!お前は重傷なんだ!!身体中傷だらけで……!!そんな身体で決闘なんて無茶だよ!!」

 

何とか治療しようと必死に説得するチョッパーを、ウソップは部屋のベッドに両腕を枕にして仰向けに寝転んだ状態で突き放す。そんな二人のやり取りを俺はクッション状態のシャスティフォルにうつ伏せに寝転んだ状態で天井の辺りにふわふわ浮き、頬杖をついて見下ろしていた。

 

「いいから船に帰れ!!何度も言わせるなよ!!俺とお前はもう仲間でも何でもねぇんだ!!」

 

「っ!!」

 

しばらくやり取りをした後、ウソップがそうチョッパーを怒鳴り付けた。チョッパーの体がビクッとはね、やがて涙を流しながら走って部屋を後にした。その時に床に並べていた医療道具や救急箱が蹴り飛ばされ、ガシャァンと床に散らばる。

 

「………………」

 

俺はふわりと床に降りて、無言で散らばった道具を片付ける。部屋の中に重苦しい空気が流れる。

 

「………なぁ、エレイン……。」

 

道具を半分程拾い集めた時、ウソップが話しかけてきた。その声からはルフィに決闘を申し込んだ時やチョッパーを追い出した時と違い、何となく迷いのようなものを感じる。

 

「……何でしょうか。」

 

「………もし冒険の中でかけがえのない仲間が傷ついて、もう立ち上がれなくなった時、どうすればいいと思う?その仲間を信じて引きずってでも連れていくべきなのか、それとも見切りをつけて休ませてやるべきなのか、どっちが正解なんだ?」

 

その質問を聞いた時、俺はウソップの気持ちを何となく理解することができた。何度も言うように俺の特技は人の愚痴を聞くことというカウセリング染みたことだ。相手の言動から相手の気持ちを読み取ることには長けている。

 

きっとウソップもメリー号がもうダメだということは理解しているのだ。だが、メリー号を一味の中で誰よりも大切にしてきた分、ダメだから「よし、新しい船に乗り換えよう」と切り替えることができず、どうしてもメリー号の可能性を捨てきれなくて、自分のその気持ちを貫くために決闘を申し込んでしまった。そんなところだろう。

 

「どちらも一概に正解とは言えないと思います。仲間を信じることも選択の一つですし、後に思いがけない方法で立ち上がることができるかもしれません。一方、見切りをつけるというのもまた選択の一つです。傷ついた仲間をずるずると引きずったままでは仲間全体に負担をかけてしまいますから、すっぱりと見切りをつけることも必要なことです。」

 

ウソップの質問に対して俺は嘘偽りなく自分の考えを正直に述べた。仲間を信じる意見を擁護するという選択肢もあったが、今のウソップにはこうした方がいいと思った。

 

「………そうか。」

 

「では、失礼しました。」

 

道具を拾い終え、救急箱の蓋をパチンと閉め、それを両手で持って俺はウソップの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、約束の午後10時、ウソップは約束通りに再びメリー号へ戻ってきた。全身に包帯が巻かれた痛々しい姿だが、左手に愛用のパチンコを握りしめ、その目は真っ直ぐ正面のルフィを見ていた。

 

そして始まった決闘、結論から言うと激戦の末ルフィが勝利した。ウソップはルフィのことを知り尽くしている分、様々な戦略でルフィを追い詰めたが、元々ウソップの体は限界だった上、ルフィとウソップにはかなり力の差がある。しかも前衛で戦うルフィに対してウソップは狙撃手だ。遠くから敵を狙い撃ち、味方をサポートすることで真価を発揮する。一対一の対決では、ルフィには敵わない。

 

「バカ野郎っ……!お前が俺に勝てるわけねぇだろうがっ!!!」

 

目の前に倒れるウソップにルフィはウソップを殴り倒した右腕を握りしめ、そう叫んだ。その叫びにはどんな想いが込められているのだろう。決闘とはいえ仲間をその手で倒してしまった悲しみ、ウソップ、メリー号と別れる決断をした船長としての重い責任、辛い想い、そんな色々な感情がごちゃ混ぜになって今のルフィにのし掛かっているのだろう。それはルフィだけではなく、ウソップも同じだ。ここまで共に冒険してきた仲間と別れる。その決断の代償は決して軽くない。

 

「……船を空け渡そう。俺達はもう、この船には戻れねぇから。」

 

ルフィが麦わら帽子を深く被りながら戻ってくるとゾロがそう呟いた。俺はこくりと頷くとチョッパーと共に倒れているウソップの元へふわふわと近づく。そして彼の傍らに治療に必要な医療道具を置いてメリー号を後にした。俺達はメリー号とウソップに別れを告げ、新しい船を手に入れてこの先の海へ進まなければならない。

 

俺も本当はウソップと別れたくはない。もちろんメリー号とも。だけどこれは船長が下した決断だ。雑用係の俺がいつまでも名残惜しんでちゃいけない。そう思い、俺は一度だけウソップを振り返ったのを最後に岬を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘の後、俺達は裏町に宿をとることにした。新しい船の宛ができるまで、ひとまずこの島から動けない。それで宿をとったわけだが、皆ウソップのこともあって眠れず、結局部屋は誰も使っていない。皆一晩中部屋の中でウロウロしたり、どこかへ行ったりしていた。

 

そして朝方、皆で宿の屋上にいるとサンジがやって来た。彼はロビンが帰ってこないか、一晩中岬を見張っていたのだ。俺も一緒に行くべきだったのだが、今行くとウソップがまた名残惜しくなってしまいそうでサンジに頼んだ。今日、またサンジは、今度は町を探すつもりらしい。俺とチョッパーはサンジと行動を共にすることにした。

 

「ルフィっ!」

 

そんな話をしているとナミが慌てた様子で屋上に飛び込んできた。朝から町の人達が何やら騒がしかったのでナミは町の様子を見に行っていたのだ。そしてこの騒動の原因はウォーターセブンの市長のアイスバーグという男に暗殺の魔の手が伸び、彼は意識不明の重体だというのだ。彼は昨日造船所でルフィ達に何かと世話をしてくれたらしい。

 

それを聞いたルフィは今まで座っていた高台からぴょんっと飛び降りて、ナミと共に様子を見に行った。俺とチョッパーとサンジは予定通りロビンを探しに町へ。ゾロはもう少し成り行きを見るために宿に残るという。

 

宿を出た俺達は宛もなく町中でロビンを探し回った。昨日、俺達が訪れた服屋や本屋を起点に周辺をウロウロ歩き回り、聞き込みをしながらロビンを探した。その時、俺を見かけた服屋の女性店員が仕立て終わった俺の服を持ってきてくれたが、手荷物になるので後で受けとると言って預かってもらった。

 

そうやってロビンを探し回っていると、今夜、この町が高潮に飲まれることを知った。何でも、この町には毎年"アクア・ラグナ"という高潮がやって来て町を水浸しにしていくらしい。その事を知った俺達は急いで岬へ行き、メリー号の近くでその話を大声でするという方法でウソップに危険を伝えた。ウソップが甲板へ出てくると同時に俺達は全速力で岬を後にした。

 

そんなことをしていると、町は一層騒がしくなった。町の人々がノコギリやらトンカチやら持って穏やかじゃない。俺は道に落ちていた号外として町中にバラまかれた新聞を拾って読んでみた。

 

「………お二人共、これを見てください。」

 

「!……これは…。」

 

「ロビンが……!?」

 

俺は拾った新聞を広げてサンジとチョッパーに見せる。新聞ではアイスバーグ暗殺犯として麦わらの一味が指名手配されていた。賞金首のルフィ、ゾロ、ロビンの写真が大きく載せられ、実行犯はロビンだと記されていた。幸い俺達3人は顔が割れていないので追われることはない。宿に残ったゾロも上手く逃げているはずだ。心配なのはルフィと共にいるナミだが、まぁ、それもルフィが何とかするはずだ。

 

聞き込みを再開する俺達だが、人影が大分減ってきた。先程避難の案内放送も聞こえたので、もう皆避難し始めているのだろう。

 

一度避難場所の方へ行ってみるべきか。ロビンのことだから人伝にアクア・ラグナのことを聞いて避難していてもおかしくない。そう俺が思い始めた時、ふとチョッパーがクンクンと鼻を鳴らした。

 

「ロビンちゃん!」

 

「ロビ~~ン!!」

 

「ロビンさん!」

 

チョッパーの向く方向を見ると、川を挟んだ向かい側にロビンが立っていた。服は昨日のままで、特に外傷もなく無事そうだ。ロビンを発見した事に喜びながらサンジとチョッパーは向こう岸へ渡ろうとする。

 

「私はもう……あなた達の所へは戻らないわ。」

 

するとロビンはそうはっきりと告げた。サンジ達は新聞に書かれていることが原因と思い、そのことは誰も信じていないことを話す。が、ロビンはそれを真実だと、アイスバーグの屋敷に侵入したのは自分だと記事を肯定した。

 

「私にはあなた達の知らない闇がある。それはいつかあなた達を滅ぼすわ。」

 

続けてロビンは俺達にそう告げた。現に自分はアイスバーグ暗殺の罪を俺に着せ、逃げようとしていると。もう、俺達と会うことはないと、そう告げて俺達に背を向けた。

 

「ロビンさんっ!」

 

たまらず俺はその場から飛び出した。ロビンがこんなことをする理由を俺は知っている。だが、ウソップのこともあり、仲間の事に関してひどく敏感になっていた俺はこのままロビンを行かせてしまうことに耐えられなかった。全速力で飛び出した俺は川を飛び越え、伸ばした手はあと少しでロビンに届く。

 

「…………」

 

「!!………あうっ!」

 

だが、その手は届かなかった。ロビンがハナハナの実の能力を発動し、俺は空中で体中から咲いたロビンの無数の手に拘束され、ボテッと地面に落ちた。クッション状態のシャスティフォルで受け止めたため、怪我はないが、地面から咲いたロビンの手が俺の体を地面に縫い付け、身動きがとれなくなった。

 

「……あなたにはとてもお世話になったわ。あの夜、あなたのおかげで私の気持ちはずいぶん楽になったの。」

 

そう言ってロビンは足元に転がる俺にしゃがみ、俺の頭を撫でた。

 

「ありがとう、エレイン。さようなら。」

 

そう微笑みながらロビンは立ち上がり、俺達に背を向けて歩き出した。俺は必死に拘束を解こうとし、サンジは川を泳いで渡ろうとし、チョッパーは川岸からロビンの名を叫び続けた。だが、それも虚しく、サンジがこちら側へ渡りきった時にはロビンの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編5・妖精と仲間

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビンを見失ってしまった俺達は別行動をとることにした。チョッパーはルフィ達と合流して今あった事をすべて伝える。そして俺とサンジは、ロビンはこの島を海列車で脱出する可能性が高いとふみ、海列車の駅であるブルーステーションで待ち伏せしていた。

 

「……ビンゴ。」

 

そしてその予測は見事的中したらしい。駅には政府の役人や海兵がぞろぞろと集まっており、その中にはローブに身を包まれたロビンの姿も確認できる。

 

『午後11時発、エニエス・ロビー行き最終便、間もなく発車致します。』

 

時刻は午後11時、風が高くなり、波も高く荒くなり、水位も駅の一階が浸かり、海列車には二階から乗車しなければならない程上がっている。

 

「……サンジさん、どう出ましょう?」

 

「どう見ても連行されてるようにしか見えねぇが、あれくらいの相手なら軽く捻っちまえるはず……。何か狙いがあるのか、逃げられねぇ理由があるのか……俺に助けてほしくてわざと?ぶぅっふふ!♪」

 

妄想の世界に入ってニヤニヤと笑い始めたサンジを俺は苦笑いで見つめる。そんなことをしていると役人の誰かから"CP9"が到着したとの声が聞こえた。

 

「放せ!チキショー!!放せ!!」

 

「俺をどこへ連れてく気だ!!」

 

目を向けると四人の人物が簀巻きされたウソップとフランキーを担いできていた。先頭を歩くのは黒いシルクハットを被った男で、眼鏡をかけた金髪の女性と鼻がウソップのように長く、かくかくした男がその後ろを歩く。一番後ろを歩くのは牛の角のような髪型のかなり大柄な俺でウソップとフランキーはその男が担いでいる。四人とも共通して黒い服装に身を包み、役人や海兵達から揃って敬礼を向けられることから、四人は政府関係者であり、それもかなり高い地位にいる者だということが窺える。

 

「……ウソップさん……。」

 

「あの野郎……一味抜けても迷惑かける気か……。」

 

CP9……確かエニエス・ロビー編においての最大の敵であることは分かるのだが、彼らが何者なのかは詳しくは知らない。俺の原作知識は大事な所でモヤがかかる。確か……、政府の諜報機関の内の一つだとかなんとか夏美が言っていたような気がしないでもない。

 

ま、いいか。事情は知らんが彼らがロビンを拐う俺達の敵であることに間違いはない。全力で戦ってロビンを奪い返すのみだ。

 

『アクア・ラグナ接近中につき、予定を繰り上げ間もなく出航致します。』

 

ルフィ達が誰か来ないか待っていた俺達だが、駅にもう列車が出発するというアナウンスが鳴り響く。

 

「チッ、もう出ちまうのか。」

 

「思えば一般のお客さんはいないわけですから、さっさと出発してしまうのは当然かもしれませんね。」

 

ルフィ達が来る気配はなく、ポッポーと汽車の汽笛が鳴り、煙を吹いてゆっくりと機関車が動き出す。これ以上は待てないので、俺達はルフィ達への手紙と町で手に入れた"子電伝虫"を駅に残し、発車する汽車の最後の車両に飛び乗った。

 

荒れ狂う海を機関車は波を越え、風を越え力強く走る。荒波で線路がぐわんぐわんと揺れるので、俺達が乗る汽車もめちゃくちゃ揺れる。というか、こんなに線路が揺れたら汽車も横転したりしそうなものなのだが……。そこはワンピース世界の謎技術でなんとかなっているのか。

 

「わっ!」

 

「あぶねぇっ!」

 

揺れでバランスを崩し、危うく放り出されそうになった俺をサンジが手を掴んで助けてくれた。今度は放り出されないように空を飛ぶのをやめて車両の柵にがしっとしがみつく。

 

「いやぁ、外は凄い嵐…「"首肉(コリエ)シュート"!!」ぶへぇ!?」

 

気分転換でもしようと思ったのか、役人の一人が扉を開けて外へ出てきた。その男をサンジが有無も言わさず蹴りつける。男は車両の中へ蹴り飛ばされ、ガッシャーンと勢い良く座席に激突した。

 

「誰だ貴様らぁ!!」

 

「あぁ……せっかくの潜入が…。」

 

「……まぁ、しょうがない。」

 

潜入のつもりが早くも見つかってしまった俺達。まぁ、見つかってしまったものはしょうがないと割り切り、とりあえずその車両にいた役人はパパっと全滅させた。

 

「こ、こいつらっ!!」

 

そして次の車両でも役人達との戦闘が待っていた。先程と同じように、サンジと二手に分かれて片っ端から倒していく。

 

「このぉ!!」

 

「……霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"。」

 

剣を片手に斬りかかってきた役人の攻撃を槍状態のシャスティフォルでギィンと受け止める。剣を大きく振り上げてかかってきた彼の攻撃は、日頃からゾロの訓練に付き合っている俺からすればかなりスキが大きく、太刀筋も読み易かった。そして剣を受け止めた状態でシャスティフォルを第二形態に変化させて彼の顎にアッパーを決める。役人はベコッと頭から車両の屋根を突き抜けてしまった。

 

「サンジ!エレイン!お前ら何でここにいるんだ!?」

 

そして、この車両にはウソップとフランキーが捕まっていた。簀巻きにされた彼らは他の荷物と同じように床に転がされていた。ここにロビンはいないようだ。

 

「あ、サンジさん、ありましたよ電伝虫。何匹かいるみたいです。」

 

「あぁ、よかった。これでナミさん達と連絡がとれる。」

 

「………お前ら、海賊仲間か?」

 

俺とサンジが車両の荷物からこの世界の電話である電伝虫を物色しているとフランキーが話しかけてきた。フランキーの問いにサンジとウソップは揃って「"元"な。」と答えた。

 

「誰だてめぇは。」

 

「…俺はウォーターセブンの裏の顔、解体屋フランキーだ。」

 

ドゴォ!

 

「てめぇがフランキーかクソ野郎!!よくもあん時はウチの長っ鼻をえらい目に!!何枚にオロされてぇんだコラァ!!」

 

「ちょ、ちょっとサンジさん!落ち着いて下さい!!」

 

「待てサンジ!あれから色々あったんだ!!」

 

「……てんめぇ~!縄解けたら覚えてろぉ……!!」

 

フランキーが名乗った瞬間、サンジは彼の顔面の真ん中を思いきり蹴った。さらに追撃を仕掛けようとするサンジを俺とウソップで慌てて宥める。ウソップの様子を見るに、フランキーとはもう打ち解けているようだ。きっと俺は忘れてしまった原作イベントがあったんだろう。うん。

 

そんなゴタゴタがあって、二人の縄を解き、俺達は車両の上にて手に入れた電伝虫でナミと連絡をとった。車両の上なのは役人や海兵に見つかるのを避けるためだ。

 

そして、ナミから事の詳細を聞いた。ロビンが古代兵器を呼び起こす可能性を持っていることも、ロビンが俺達のために政府の言いなりになっていることも。それらは俺にとっては知っている情報だったが、改めて聞くと何かじーんとくるものを感じる。サンジもそれは同じなようで、電伝虫の受話器を握り潰し、やる気がみなぎっている。

 

「よし!このフランキー一家棟梁フランキー!手を貸すぜ!俺もニコ・ロビンが政府に捕まっちゃ困る立場だ!何よりそんな人情話聞かされちゃあ……アウッ!!」

 

フランキーもこの通り協力してくれるようだ。ロビンの話を聞いて涙を流す彼を見て、そういえばフランキーは情にもろいって設定があったなぁ…なんてことをぼんやりと思い出す。

 

「………ウソップさん。」

 

「……俺は……いい。もう俺には関係ねぇし、あれだけの醜態をさらして、どの面下げてお前らと一緒にいられるんだ!ロビンには悪いが、俺は一味をやめたんだ。じゃあな。」

 

俺が座り込んでいたウソップに声をかけると、彼はそう言って後方車両の方に歩いていってしまった。

 

「あ!!見つけた!!」

 

「!しまった!!」

 

俺達がこれからどうするか話し合っていると海兵の一人が車両の上に顔を出し、俺達を見つけた。感づかれたらしい。

 

「"メタリックスター"!!」

 

俺がすかさずシャスティフォルで攻撃しようとすると、後方から飛んできた何かに当たり、海兵はドボンと荒れ狂う海へ落ちてしまった。

 

「……話はすべて彼から聞いたよ。お嬢さんを一人助けたいそうだね。私が力を貸そう!私の名は……"そげキング"!!」

 

「「「………………………」」」

 

俺が振り向くとそこにはトーテムポールのてっぺんのようなキテレツな仮面と赤いマントを装着したウソップが待っていた。

 

「……よし、ロビンちゃん奪回作戦を決行する!」

 

サンジはそんなウソップを華麗にスルーして改めて作戦会議に移る。確かあの姿はウソップの最初の手配書に載る姿だ。とにかく、一味をやめた身であってもウソップは協力してくれるので、俺はその気持ちをくんで今後彼をそげキングと呼ぶことにする。

 

話を戻してサンジが提案したロビン奪回作戦だが、まず全7車両ある内最後尾の車両にて俺達が役人達を挑発し、後方に2車両にできるだけ役人や海兵を集め、その後、その2車両を切り離してしまうというものだった。切り離した2車両は暴走海列車に乗ってエニエス・ロビーに向かうルフィ達の邪魔になるが、そこはあっちで何とかするだろう。

 

「「「ぎゃー!!やられたー!!」」」

 

「それでは皆さん!良い旅を♪」

 

作戦は無事成功し、海兵や役人を大分減らすことに成功した。残りはあと5車両である。

 

「"揚げ物盛り合わせ(フリットアソルティ)"!!」

 

「"ガンパウダースター"!!」

 

「"ストロング右(ライト)"!!」

 

「霊槍シャスティフォル第一形態"霊槍(シャスティフォル)"!」

 

残り5車両の1車両目には役人がわんさかいた。俺達四人は協力して手際よく彼らを倒していく。サンジとそげキングは素手の敵や近くの敵を、フランキーと俺は遠くから銃で狙ってくる敵を倒した。サイボーグであり、正面からの銃弾が効かないフランキーが銃弾を防御し、俺が槍状態のシャスティフォルを飛ばして役人達を倒す。意外にも俺とフランキーはいいコンビになれそうだった。

 

間もなく俺達はその車両の役人達を全滅させた。さて、2車両目に入るわけだが、俺達の目的は一刻も速くロビンを救出すること。わざわざバカ正直に1車両ずつクリアしていく義理もない。と、いうわけで2車両目にいた面白い顔のワンゼとかいうCP7の男はサンジに任せ、俺とそげキングとフランキーは先へ進むことに。

 

そして、同じ理由から3車両目に控えていたネロというCP9の新入りの男はそげキングとフランキーが引き受けた。空を飛ぶことができ、四人の中で最も機動力がある俺は残った2車両の中を窓から覗いてロビンを探した。4車両目には駅で見たCP9の面々がいた。さすがの彼らもこの嵐の中を高速で駆け抜ける海列車の中を外から覗かれているとは夢にも思わなかったようでこちらには気づいていない様子だった。

 

ということで残った5車両目、つまり一番前の車両にロビンは乗っていた。俺はロビンがいることを確認して窓をコンコンと叩く。

 

「エレインっ!?」

 

窓の外の俺の姿を見たロビンは大層驚いた様子だった。彼女は慌てて窓を開け、俺を中に入れてくれた。

 

「なぜあなたがここに!?どうやって乗り込んだの!?」

 

「あはは、大変でしたよ。サンジさんとこっそり最後尾に乗り込んだつもりがいきなり見つかっちゃいまして………わぷっ、えへへ、ありがとうございます。」

 

ロビンは俺に事情を聞きながら、紅茶の台車にかけてあった布でびしょびしょになった俺の髪や顔を拭いてくれた。

 

「さて!ロビンさん!助けに来ましたよ!船長達も、もう一隻の海列車で追いかけて来てるんです!さ、一緒に逃げましょう!妖精族の私にかかればこの列車から逃げ出すことは朝飯前です!四人も抱えて飛ぶのは少し大変そうですが……まぁ、なんとかします!さぁ、はやく準備を……「待って!!」……はい。」

 

「私はあなた達にはっきりとお別れを言ったはずよ!私はもう一味には戻らない!!」

 

「……そうですか。」

 

ロビンは一味には戻らないことを再び俺に告げた。それを聞いた俺は車両の端にある紅茶セットの方にふわふわと移動した。

 

「ロビンさん、紅茶入れましょうか?」

 

「!………お願いするわ。」

 

それはメリー号でいつも俺とロビンがしていたやり取りだった。ロビンが船で本を読み始めると、俺は決まってロビンにそう質問し、ロビンは俺の入れた、美味いか不味いかで言ったらサンジの入れたものの方が断然美味いと言える紅茶を飲む。

 

いつものように紅茶を二人分入れた俺は一杯をロビンに渡し、もう一杯を自分で持ってロビンの正面の座席に座った。いつものように紅茶を二人で飲んでほっと息をつく。

 

「………どういうつもり?」

 

「何がですか?」

 

「私はもう戻らないのよ。あなたは早くここから逃げるべきだわ。妖精族のあなたは見つかれば確実に殺される。」

 

「ふふっ、もう見つかってますよ。」

 

「ならなおさらよ。」

 

俺は紅茶をもう一口こくりと飲み、ロビンの顔をじっと見た。彼女の顔は悲観やら、焦りやら、怒りやら、色んな感情が入り乱れていた。俺はそんな彼女の顔を見てふっと笑って見せた。

 

「ロビンさんがまだ冒険したりないようですので、待ってるんです。」

 

「なっ……!」

 

「どこまで冒険するんですか?エニエス・ロビーですか?ナミさんのお話では、裁判所や正義の門があるみたいですね。」

 

「ふざけないでっ!!私は帰りたいなんて欠片も思ってない!!」

 

「そうですか、困りましたね。」

 

「っ!ここから去りなさい!!私はもうあなた達の仲間じゃないの!!」

 

ロビンのその言葉に、俺はもう一度紅茶を飲んでカップを台車に置き、ふわふわと浮かんでロビンの隣に座る。

 

「私とロビンさんは一緒に本を読みました。」

 

「?何を……」

 

「一緒にご飯を食べました。一緒におやつを食べました。一緒に紅茶を飲みました。一緒に服を買いました。一緒に航海をしました。一緒に冒険をしました。一緒に戦いました。」

 

そう言って俺はロビンの方を向き、もう一度ニコッと笑って見せ、こう言った。

 

「これ以上、何をすればロビンさんと仲間になれるのでしょう?」

 

「っ!!」

 

そんなことを話していると、後ろの車両からドタンバタンと騒がしい物音が聞こえてきた。耳を澄ますとCP9の男と思われる話し声とサンジの怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら戦闘を終えたサンジ達がCP9の面々と衝突したようだ。

 

すると、ロビンはすっと立ち上がってスタスタと後ろの車両に向かっていった。

 

「ロビンさん、そっちには行かない方が……」

 

「まだあなたのように、私を救おうとする勝手な人達がいるみたいだから、しょうがないでしょ。」

 

俺が声を掛けると、そう言ってロビンは後ろの車両に行ってしまった。

 

「…………もぅ。」

 

俺はため息をついてロビンの後を追った。ここに来たのがもしルフィ達だったら、もっと上手くやって、無理矢理にでもロビンを連れ帰ったのだろうが、やはり俺では役不足だったようだ。ロビンを説得することはできなかった。

 

「ニコ・ロビン!!貴様何を…!!」

 

「はっ!」

 

「ぶはぁ!?」

 

後ろの車両に向かう途中、まだ一人いたらしい役人を槍状態のシャスティフォルで八つ当たり気味に殴り飛ばし、俺達は後ろの車両に着いた。

 

こうなったらもう、原作通りルフィ達と合流して、エニエス・ロビーで一味全員で戦ってロビンを奪い返すしかないのかな。

 

俺がそんな原作頼りの情けないことを考えているとロビンは後ろの車両の扉を開け、CP9の面々とサンジ達と対面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編6・妖精の怒り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロビンちゃん!良かった!無事なのか!」

 

ロビンが扉を開け、後ろの車両に向かうとそこではもう戦闘が始まっていた。サンジとCP9のシルクハットの男__かすかな原作知識では確かロブ・ルッチとかいう名前だったはずだ__が火花を散らしている。そこにロビンが登場するとサンジは一先ずロビンの無事を喜ぶ。

 

だが、そんなサンジを見てもロビンは表情を変えない。サンジやそげキングが一緒に帰ろうと言っても無反応のままだ。きっとこれ以上話しても無駄だと俺は思い、ふわふわとそげキングの下へ行き、小声で話しかける。

 

「そげキングさん、私とウソップさんが一緒に作った煙玉は持ってますか?」

 

「え?おぉ、あるぞ。」

 

「私が彼らの気を引きます。その間にそげキングさんはロビンさんを確保してください。後は後ろの車両を外して逃亡しましょう。」

 

そうそげキングに言って俺はCP9の面々の方に向き直る。政府関係者だけあって彼らは妖精族である俺に興味津々のようだ。

 

「………お前、妖精族だな?」

 

案の定、ルッチがそう話しかけてきた。

 

「へぇ、わかるんですか?」

 

俺はとてつもない眼光を向けてくるルッチに内心ビクビクしながらも平常を装ってそう答えた。

 

「その一見子供のような幼い姿、政府の役人や海兵を容易く倒す戦闘能力、何よりお前から感じる得体の知れない力……すべて政府の資料に載っていた情報に当てはまる。」

 

さすがの洞察力である。俺がルッチの前でやったことなどロビンの側からそげキングの方へ移動しただけ。たったそれだけでそこまで見抜けるとは、今までの相手とは比べ物にならない。

 

「本来ならば政府の命により、お前は即刻殺さねばならないが、今回の任務はニコ・ロビンとフランキーをエニエス・ロビーに連行すること。力も未知数のお前と戦い

、任務に支障をきたすわけにはいかない。運が良かったな。」

 

「それはそれはどうも。ついでにロビンさんを返していただくわけにはいかないですか?」

 

俺はあざとく、エレインボディを最大限に利用して上目遣いでそう交渉してみる。

 

「分かりきったことを聞くな。お前に手を出さないこと自体最大限の譲歩だということを忘れるな。」

 

だというのに、この男はまったく気にも留めず、そう俺に吐き捨てた。こいつ、人の血が通ってるのか?チラリと後ろを見ればサンジとフランキーはいつでも車両の連結を外せる位置にスタンバイしているが、肝心の煙玉役のそげキングはまだタイミングを見てる段階だった。作戦実行にはもう少し大きな隙が必要なようだ。

 

仕方ない……。

 

「霊槍シャスティフォル第二形態"守護獣(ガーディアン)"!!」

 

大きな隙を作るため、俺はルッチに先制攻撃を仕掛けた。第二形態となったシャスティフォルは拳を大きく振り上げ、ルッチに猛突進していく。

 

ガキィンッ!!

 

シャスティフォルが放った渾身の右ストレートはルッチの左腕によって容易く防がれた。俺は間髪入れずに左でもパンチを繰り出し、次は右、次は左とインファイトしていく。そのすべてをルッチは的確に防いでいた。

 

やがてルッチはシャスティフォルの拳をガシッと左手で掴んだ。そして右手の人差し指を立て、右腕を後ろへ引いていく。何かしてくる構えだ。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態"増殖(インクリース)"!」

 

「!!」

 

ルッチが右手の人差し指を勢いよくシャスティフォルに向かって突き出した瞬間、俺は素早くシャスティフォルを第五形態に変形させた。無数のクナイとなったシャスティフォルは一瞬にしてザッとルッチの前方周囲に散らばり、ルッチの放った一撃は空を切ることになる。そして俺がパチンッと指を鳴らすとシャスティフォルはズドドドドドと爆音を立ててルッチに向かって一斉に突撃した。無数のクナイに襲われたルッチは座席に勢いよくぶつかる。

 

「……………"鉄塊"。」

 

パラパラと破壊された座席の破片や埃が舞う中、ルッチはほぼ無傷の状態で立ち上がった。彼はスーツの一部が破けたり、軽い切り傷ができたりしたものの、シャスティフォルの攻撃を防ぎきったようだ。現に第五形態のシャスティフォルが彼の肩や足に何本か立っているが、すべて刺さりきっておらず、表面上で止まっている。

 

その防御力は先ほど彼が使った"鉄塊"という技によるものだろう。"六式"という超人的な戦闘技術の一つであり、肉体の強度を鉄レベルにまで高められる技だ。霊槍シャスティフォルの強度は鋼をも上回る。肉体の強度を鉄レベルに高めたところでシャスティフォルは問題なく貫けるはずだが、そこはエニエス・ロビー編におけるラスボスであるCP9。これまで培ってきた技術で防御したのだろう。

 

「"指銃"!!」

 

「っ!!」

 

ズドンッ!!

 

「「「エレインッ!!」」」

 

「小娘っ!!」

 

ルッチが突如俺に向かって突進し、右手の人差し指を俺の胸辺りに突き出してきた。その指を俺がモロに受けたと思ったサンジ達、そしてフランキーが俺の名前を叫ぶ。だが、安心して欲しい。ルッチの一撃は、防御用に忍ばせておいたクナイ状態のシャスティフォルの一つで間一髪受け止めることができた。

 

「………なぜお前はニコ・ロビンを庇う?」

 

「……仲間を救いたいと思うのは当然じゃないですか。」

 

ギリギリと指銃とクナイ状態のシャスティフォルが拮抗する中、不意にルッチが話しかけてきたので俺はそう返した。

 

「……人間でもか?」

 

「ええ、もちろんです。あなた方政府こそなぜ執拗にロビンさんを追うのです?」

 

「すべては正義のためだ。」

 

「………"正義"………か。……ふっ!」

 

俺はルッチに"そよ風の逆鱗"を撃ち込んだ。至近距離で突風に襲われたルッチは吹き飛ばされて一瞬体勢が崩れるも、すぐに立て直してザザザーッと床に踏ん張って耐える。

 

「では、あなた方の掲げる"正義"とは具体的にどういったものでしょう?」

 

「何?」

 

「敵を滅ぼせば正義ですか?人々の為に戦えば正義ですか?弱きを助け、強きをくじけば正義ですか?そもそも正義とは何ですか?本当に正しいものなのですか?」

 

ルッチの言った"正義"という言葉にエレインの身体が、何より俺の心も反応したのか、いつにも増して口が動く。話している内に俺の脳裏にある男の顔が浮かんできた。正義というものに振り回された憐れで浅はかな男の顔、そして甦る幼き日の苦しい記憶。だが、それは今は関係ないと無理矢理その記憶を消し去る。

 

「人間は、誰しもが"正義"という言葉の正確な定義を知らない。けれども、人間はそれを簡単に掲げ、その名の下に力を振るい、時として命すら奪ってしまう。そんな正義を私は、ただの体のいい免罪符程度にしか考えておりません。あなた方はどうお考えですか?」

 

「………言ってくれる。」

 

ルッチに喋りかけながらも、俺は彼の背後でシャスティフォルを操っていた。無数のクナイ状態になっていたシャスティフォルはカチリカチリと集まり、再び一本の神々しい槍となる。

 

「ルッチ!」

 

「!」

 

鼻がウソップのように長く、四角い男がルッチの名前を叫ぶのと、ルッチが振り返るのと同時に俺は槍状態のシャスティフォルをルッチに向かって降り下ろした。ルッチは腕を交差させ、ガキィンとシャスティフォルを受け止める。

 

「"金風の逆鱗"!!」

 

「ぐわっ!」

 

「くっ!」

 

ルッチの動きを止める俺を危険と判断したのか、CP9の面々が俺に襲いかかってきたので、風の魔力で一面に突風を巻き起こして彼らに圧力をかける。

 

「そげキーング!"煙星(スモークスター)"!!」

 

そのスキにそげキングが煙玉を床に叩きつける。ボォンと割れた玉から勢いよく煙が吹き出し、車両全体が煙で覆われる。CP9の視界を封じ、そげキングは煙の中ロビンを確保した。そして、そげキングとロビンが一つ後ろの車両に乗り移ったのを確認すると、サンジとフランキーは車両と車両の連結を切断する。連結が外れたことでCP9の乗る車両とサンジ達が乗る車両はどんどん離れていく。空を飛べる俺は悠々とサンジ達の車両へ乗り移った。

 

「やったぁ!ロビンを取り戻したぞぉ!!」

 

「ああ、だが気を抜くな!その辺のザコとは違うんだ。」

 

作戦成功に浮き足立つそげキング、そんな彼をサンジがたしなめる。相手は政府のエリート組織だ。そう簡単にいくわけがない。俺はロビンを守るように前に立つ。

 

「なっ!?何だ!?」

 

その時、ガガガッと俺達の車両に何かが引っ掛かり、ガコンッと前の車両に引っ張られる。見ればCP9の金髪の女性がトゲトゲのムチを何本も俺達の車両に引っ掛け、車両と車両を繋いでいた。そして今度は牛の角のような髪型の大男がそのムチを力一杯引っ張ると俺達の車両は引き戻され、再び車両と車両は連結する。

 

冗談みたいなパワーだ。本物の牛だってあんな力は出せないぞ。どんな鍛え方したんだあの木偶の坊!

 

「その手を離してもらうぞ!"粗砕(コンカッセ)"!!」

 

車両と車両を体一つで連結している大男に対してサンジが脇腹から強烈なかかと蹴りをくらわす。それを大男は"鉄塊"を使って防御する。大男は一瞬ぐらついたが、その手を離すことはない。

 

よし、ここは………

 

「霊槍シャスティフォル第三形態____!!」

 

「"八輪咲き(オーチョフルール)"!!」

 

「わっ!?」

 

サンジの加勢をしようとした矢先、俺は突如身体のあちこちから咲いたロビンの手にシャスティフォルごと絡めとられてしまった。

 

「ちょ…!何で!ロビンちゃん!?」

 

「何度言わせるの!私のことは放っておいて!!」

 

俺がロビンにやられたことにサンジは一瞬気を取られてしまった。そのスキをついて長鼻のCP9の男がサンジの顔面を蹴り飛ばす。

 

「ったくお前らは何やってんだ!!せっかく逃げられるチャンスだろうがぁ!!」

 

そう言ってフランキーは車両の壁に体当たりし、そのまま壁をバキバキと剥がしてなんと壁ごと押しきって前の車両に突っ込んでいった。彼も結構大概である。でもそのおかげで大男の手が外れ、再び車両と車両は離れ離れになる。

 

「待って!私は逃げたりしないわ!!」

 

「待てよロビンちゃん!俺達は全て事情も知って助けに来たんだぞ!!政府の"バスターコール"って攻撃さえ何とかすりゃロビンちゃんがあいつらに従う事はねぇはずだろ!!」

 

「その"バスターコール"が問題なんだ。」

 

サンジがロビンを必死に説得していると不意にサンジの背後の空間がまるで丸いドアのようにガチャッと開いた。そして中から牛の大男が現れる。

 

「"嵐脚"!」

 

「ぐぁっ!!」

 

予期せぬ登場にまったく反応できなかったサンジは大男の放った足からの斬撃をまともにくらってしまう。不意を突かれたのはサンジだけでなく俺達も同じであり、そのスキを逃すCP9ではない。俺とそげキングもあっという間にやられてしまい、ロビンは彼に奪われてしまう。

 

「やめて!私は逃げる気はないわ!それでいいはずよ!!」

 

「向こうからかかって来るんだ。仕方ない。」

 

「……じゃあ早くここを離れましょう。」

 

ロビンはきびすを返し、大男の作った空間のドア入ろうとする。

 

「……待ってください。」

 

そんな彼女を俺は呼び止めた。先ほど大男の"指銃"で体を撃ち抜かれたため、俺の呼吸はハァハァと乱れる。そんか中でも俺は彼女を呼び止めた。

 

「ロビンさん……バスターコールだがウスターソースだか……そんなものは大丈夫……なんて…無責任なことは言いません。……その壮絶さは……あなたが一番よく知ってますもんね……。でもね、ロビンさん……海賊は船長の許可なく…船を降りることは出来ないんです……だから……船長を信じてください……!!」

 

「!」

 

「……ふんっ!」

 

「エレイン!!」

 

大男が俺を目障りだと言わんばかりの顔で蹴りかかってきた。そげキングが庇ってくれたおかげで俺は蹴られずに済み、代わりにそげキングが脇腹を蹴られて飛ばされ、壁に激突した。

 

ロビンは大男の空間のドアの彼方へ歩いていった。結局俺はロビンを連れ戻すことができず、原作通りルフィに丸投げするしか出来なかった。そのことが悔しくて俺は下を向いて唇を噛み締める。

 

「ロビンちゃん!!」

 

「ムダだ。ニコ・ロビンは協定を破らない。」

 

「っ!!何でそう言える!!」

 

一人残った大男はいけしゃあしゃあとロビンの過去について語り始めた。バスターコールによって島をまるごと破壊され、ロビンだけが生き残ったこと。それはあの夜、ロビンが俺に話してくれたことと同じだった。バスターコールはロビンにとってこれ以上ない恐怖。今回その恐怖を俺達に向けることでロビンをつり上げたということをどこか自慢気に話す大男に俺は殺意に近い黒い感情を覚え、彼をキッと睨む。

 

「……言いたいことはそれだけか。」

 

「何?」

 

「胸糞悪いことをベラベラ話しやがって……!!所詮はトラウマを引っ張り出さなきゃ人一人捕まえられない脆弱な人間がハエのように集って何がCP9だ……!!」

 

最初の頃彼らに感じていた強敵の恐怖など忘れ、俺は彼に怒りをぶつける。それほど俺はロビンを過去をほじくり返し、あまつさえ利用すらした彼らに深い怒りを感じていた。

 

「待ってろよ……!!間もなく俺達の仲間と船長がお越しになる……!!麦わらの一味が全員揃ったらお前らの正義も大義も何もかも全部ぶっ壊してロビンを取り戻す!!」

 

「!?」

 

俺はそう言いながら素早くシャスティフォルを第二形態に変形させて大男に突撃させた。怒りによって俺の魔力が上がっていたのか先ほどよりも速度が上がっており、大男はその予想外の速度に反応が遅れる。

 

「覚えとけ!!この単細胞木偶の坊!!」

 

バゴォンッ!!

 

「があぁっ!!?」

 

シャスティフォルは大男の顔面を全力でぶん殴り、空間のドアの中に叩き込む。空間のドアはガチャリと閉まり、それと同時にフッと消えた。

 

「………畜生……。」

 

一応大男に怒りはぶつけたものの、ロビンを救えなかった事実は変わるわけでもなく、そこに残るのは悔しさと空しさだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編7・妖精達の強襲

 

 

 

 

 

 

エレイン達の奮闘も虚しく、ロビンをCP9から取り戻すことはできなかった。さらに、あの戦いの後フランキーも捕まり、ロビンとフランキーは手錠を嵌められ、二人とも第一車両に乗せられている。

 

そんな中、列車はもう間もなく目的地に到着しようとしていた。列車の目の前に見える島は現在時刻が夜であるにも関わらず、その島周辺だけ太陽の光が差し込んでいた。あれが列車の目的である"不夜島"エニエス・ロビーである。

 

ルッチ達CP9はその列車の第二車両に乗っていた。ルッチは車両の中で自身の右腕を撫で、苛立ちの表情をする。ルッチが撫でる部位は先ほどのエレインの攻撃によってスーツが切り裂かれ、その下の肌に軽い切り傷ができていた。

 

「しかし、驚かせてくれたのう、あの娘。」

 

「ええ、まさか"鉄塊"を使用したルッチの防御を貫いて、軽傷とはいえ彼に傷を負わせるなんて。やはり妖精族は油断ならない相手のようね。ブルーノも最後に重いのを一発もらったようだし。」

 

最後にエレインのシャスティフォルによる攻撃をくらったブルーノはやられた顔面を押さえ、座席にもたれかかっている。あれだけ強力な攻撃をくらってもその程度で済むのは流石と言った所か。

 

第二車両ではカクとカリファがエレインについて雑談をしていた。そんな中、ルッチは尚も自身の右腕の切り傷を睨み付け、苛立ちの表情を崩さない。

 

「(……何故だ?何故奴はこれ程の力を発揮できる?今まで出会った妖精族とは根本的に何かが違う……。奴は……何者なんだ?)」

 

ルッチはエレインの異常に高い戦闘能力について考えていた。ルッチはこれまで何回か妖精族を抹殺する任務を受けた経験がある。確かに長寿命による深い経験と、異質な魔力を使いこなす彼らとの戦闘は一筋縄ではいかなかったことは事実だが、自身の実力と"六式"という超人的体術で問題なく勝利し、抹殺できる程度だった。

 

だが、あの妖精の少女は違った。まだまだ戦闘に慣れてなく、戦い方にムラがあるものの、それでも他の妖精族の少なくとも倍以上の戦闘力を持っていた。どう考えても異常だった。

 

「………もう一度、政府の資料をチェックする必要があるな。」

 

もしかしたら自分の見落とした情報があるのかも知れない。そう考え、ルッチは前方を見据えるとグッと拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、俺達は遅れて来たルフィ達の海列車ロケットマンに拾われた。そこにはルフィ達だけではなく、フランキー一家の面々や、パウリーという男を初めとする、島の船会社ガレーラカンパニーの職人達の姿もあった。彼らにも事情があり、今回のロビン救出に協力してくれるらしい。

 

そのパウリーが提案した作戦はこうだ。そもそもエニエス・ロビーはほぼ一直線状の構造をしていて、ロビンとフランキーは島の最奥にある"正義の門"へ連れていかれる。正義の門の先は大型の海王類の巣になっており、そこを安全に通過できる手段は海軍しか持っていない。つまり、フランキーとロビンが正義の門を通過するまでがタイムリミットというわけだ。

 

そこでまずガレーラカンパニーとフランキー一家が先行して島へ乗り込み、海兵や役人をできるだけ減らしておき、その後でCP9に勝つ可能性がある俺達麦わらの一味が侵入し、できるだけ対CP9戦のために俺達の余力を残しておくというものだ。

 

即席で立てた作戦としてはなかなか良さげなのでそれを採用することにした。

 

『さぁ、おめぇら島の正面らよ!エニエス・ロビーの後ろの空をよくごらん!!』

 

車内に運転手のココロばーさんのアナウンスが流れた。彼女もまた、今回の作戦に協力してくれるらしい。窓から外を見てみると目の前に大きな塔がある島が見え、さらにその奥にとんでもなく大きな、てっぺんが霞んで見えないほどの巨大な門があった。

 

あれが正義の門……。前世で何回か見たことはあったが、それは紙の上か画面上の話であり、実際にこの世界に立って実物を見ると迫力やら存在感が違う。

 

「おい、エレイン。」

 

「はい?」

 

俺が正義の門に圧倒されていると不意にルフィに声を掛けられた。俺が振り向くとルフィは窓をガラッと開けていた。そして、窓枠に片足をかけて、にししっと笑いながら「行くだろ?」と俺に言った。俺は一度苦笑気味にハァとため息をつき、でもすぐに笑って「はい♪」と返事をした。

 

ルフィは車両からエニエス・ロビーを囲む高い鉄柵まで手を伸ばし、ゴムの収縮力でバヒュンッとエニエス・ロビーへぶっ飛んで行く。

 

「ちょっと待ちなさいよルフィ!エレイン!作戦立てたでしょ!!」

 

「えへへ、ごめんなさいナミさん、もう待てません!」

 

俺はナミにペロッと可愛く舌を出して笑い、すぐさまルフィを追って、皆が後ろでギャーギャー言っているのを聞きながらエニエス・ロビーへ侵入した。皆には申し訳ないが、俺自身、目の前のロビンを救えなかった手前、いても立ってもいられなかったのだ。

 

「おお!すんげー穴ボコ!島が浮いてるみてぇ!」

 

「お待たせしました!行きましょう!」

 

一足先に侵入していたルフィは島に入ってすぐの正門に立っている政府の旗にしがみつき、エニエス・ロビーの内部を見下ろしていた。巨大な司法の塔があるエニエス・ロビーの本島の周りは滝になっており、底が見えない程深い穴が空いている。

 

「侵入者だ!撃ち落とせー!!」

 

「ほっ!」

 

「わっ!……っと!」

 

俺がルフィに合流すると同時に海兵の誰かが俺達を発見し、四方から銃弾が飛んでくる。俺達はそれを軽くかわし、門の向こう側へ降り立つ。そして本島への一本道を爆走し、今度は本島の門へ突き進む。正門もそうだったが、本島の門も大勢の海兵によってかたく守られていた。その海兵達は皆大きなマントを装着しており、質が高いことが窺える。

 

「よっ。」

 

ズドォォンッ!!

 

「「「うげぁ~~~~っ!!!」」」

 

だが、それがどうしたという話だ。確かに脅威ではあるのだろうが、その程度では今の俺達は止められない。俺は軽い掛け声と共に槍状態のシャスティフォルを投降し、第一陣として槍を構えて突進してきた連中を吹き飛ばす。

 

「おりゃーっ!!」

 

「「「ぎゃあぁ!!!」」」

 

俺の攻撃に呆気に取られていた第二陣を今度はルフィが拳と脚で粉砕する。そして第三陣はほぼ相手にせずにかわし、俺は飛行能力で、ルフィは能力を用いてタタンッとあっという間に門の上に登る。

 

「じゃあな!俺達先急ぐからよ。」

 

「後でまた人が来ますので、よろしくお願いしますね。」

 

そう門番の海兵達に一声かけ、俺達は本島へと侵入した。

 

さあ、侵入したはいいものの、言うなればここからが本番である。侵入して真っ先に目に映るのは目の前の巨大な司法の塔。そしてその前のこれまた大きな建物である。ナミから聞いた話からしてあれは裁判所だろう。

 

まあ、そんなことはどうでもいい。それより本島へ侵入した俺達は今、おびただしい数の海兵や役人に囲まれている。俺達がたった二人なのに対し、あっちは一万いるらしい。周りを見渡せば屈強な男達が斧やら銃やら武器を構え、こちらを睨んでいる。

 

「おい、エレイン。ヘマすんなよ。」

 

「もちろん。」

 

敵に怯むことなく俺達は短い会話をし、戦い始める。ルフィはいつも通り拳で、俺は風の魔力を使って、敵に攻撃をさせる暇も与えず、次々に倒していく。

 

「後ろがガラ空きだ!!」

 

「子供にも容赦ないんですねぇ。」

 

ズバンッ!!

 

「がふっ!?」

 

後ろから刀を振り上げる海兵に対し、俺は風を竜巻状に彼の足下にまとめ、そこからまるで刃物を振り上げるかのように勢いよく下から風を巻き起こした。海兵は胸元をバッサリ切り裂かれ、その場に倒れる。この間約一秒だ。魔力の扱いもそこそこ様になってきたなぁと思わず自画自賛してしまう。

 

とはいえ、敵に囲まれている現状では一人倒した所でまたすぐに新しい敵がわいてくる。現にさっきの海兵を倒したと思ったら今度は前方から役人二人がそれぞれ斧と槍を構えて襲ってきた。俺は二人に"そよ風の逆鱗"を撃ち、その勢いを利用して急上昇した。そして空中で槍状態のシャスティフォルを構え、発射するべく右手を後方に引く構えをとる。

 

「よっ…………と!!」

 

そこへルフィの腕が伸びてきた。ルフィはシャスティフォルを掴むと、ピョーンとシャスティフォルに飛び乗り、ガシッと足を絡ませて体を固定した。

 

「にししっ!よしっ!やってくれ!!」

 

「しっかり掴まってくださいね!」

 

ルフィが拳をガッと合わせ、準備万端なことを確認して、俺はシャスティフォルをルフィごと、前方の敵が多数固まっている場所へ発射した。シャスティフォルはドリルのように縦回転しながら突き進んでいるため、それに乗っているルフィも高速回転している。その中でルフィは"ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)"を放つ。ルフィを乗せたシャスティフォルは前方の広い範囲の敵を蹴散らしながら突き進んでいく。

 

「「合技"ゴムと槍の暴風雨(ラバースピアストーム)"!!」」

 

「「「ぎいやああああ!!!」」」

 

シャスティフォルはおよそ200人程敵を吹き飛ばした辺りで速度を緩め、そのタイミングでルフィはシャスティフォルから後ろへ飛んで降りた。そして次の瞬間シャスティフォルは爆発するかのように第五形態へ変化し、高速で飛び交う無数のクナイ状のシャスティフォルによって最後の全体攻撃が仕掛けられ、敵はさらにざっと100人近く減ることとなった。

 

「今だ!!あの妖精を狙えっ!!」

 

ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!!

 

「!しまっ……!!」

 

シャスティフォルが俺から離れた瞬間を狙い、相手は四方八方から大砲を撃ってきた。ドガァァンッ!!と無防備な俺の体を無慈悲にも凄まじい爆風が包み込む。

 

「へへへ………。っ!?」

 

得意気に空中の爆風を見つめる海兵だが、その笑みはすぐに消え、困惑の表情が浮かび上がる。ボンッ!と爆風が吹き飛び、中から周囲をジャララララと高速回転する無数のクナイによって守られた俺が現れたからだ。俺は空中で足を組み、頬杖をついてまるで女王様のような姿勢で彼らを見下ろし、「なんちゃって♪」と笑う。

 

「バ、バカな……、あの槍と奴はかなり離れていたはず……!」

 

「あの距離の槍を一瞬で引き戻したってのか!?」

 

確かにかなり遠くへ飛ばしてしまったシャスティフォルだが、あの程度ならまだ俺の魔力操作範囲内なのだ。一瞬で自分の手元に戻すことくらい造作もない。というか、こんな敵地のど真ん中で大事な得物を手放す程俺はバカじゃない。

 

「ここは我々法番隊の出番っ!!」

 

そんな中、敵の中から何人か犬に跨がった男達が飛び出した。彼らは犬の脚力を利用した軽く素早い身のこなしで建物の壁を蹴り、俺のいる空中に飛び出すと両腕に装着した長い爪のような刃物を振り、高速回転する第五形態のシャスティフォルの壁を破ってみせた。彼らの刃物で弾かれた無数のクナイが宙を舞う。

 

「!まさか……!!」

 

「はっはーっ!!」

 

壁を破った彼らは得意気に笑い、勢いそのままに俺に突進しながらもう一度刃物を振り上げた。このまま俺を斬りつけるつもりらしい。

 

そんな彼らの後方で先程弾かれたクナイ、そして今まで俺を守っていたクナイが瞬時にカチリカチリと集まり、元の槍状に戻る。

 

「なんちゃって♪」

 

バコォンッ!!

 

「「「ぐあっ!?」」」

 

槍に戻ったシャスティフォルが一振りされると一瞬にして彼らは地面へたたきつけられる。犬に乗った彼らは地面に激突してダメージを受けるも、その身のこなしで体勢を立て直し、こちらを睨む。同じく海兵や役人も空中の俺を睨み、各自銃やら大砲やらを構えている。

 

「ほっ!」

 

チュドドドドドドッ!!

 

「「「があぁぁあああっ!!!」」」

 

それらが発射される前に俺はシャスティフォルを再び第五形態へ変形させた。そして俺がパチンッと指を鳴らすと無数のクナイが地上の彼らに雨のように降り注ぐ。辺りの敵を一掃できたことを確認して、俺は一度地上近くまで降りる。そしてその場でふわふわ浮きながらん~っ!と伸びをした。

 

「さて!準備運動も済みましたし、そろそろ……」

 

そう言いながら俺はまだまだ残っている敵の集団に目を向けた。ルフィはいまだ戦い続けているものの、エニエス・ロビーの兵力も並大抵ではなく、まだまだ数は多い。とはいえ、彼らは可愛いエレインの顔を向けられたというのに、すっかりひるんでしまっているようだ。俺が目を向けると彼らは額に汗をかき、ザッと一歩後ずさる。

 

「……ペース上げていきますか。」

 

そう言う俺の後ろには、突如巨大な植物が生える。メキメキと音を立てて育つ植物の先端についた蕾はキュゥゥンと光を吸収し、やがてブワッと敵に向かってその蕾を開く。

 

「霊槍シャスティフォル第四形態"光華(サンフラワー)"!」

 

ズドドドドッ!!

 

「「「ぎゃあああああっ!!!」」」

 

そして植物状のシャスティフォルの花弁から無数の光弾が彼らに降り注ぎ、その強力な火力によって辺りは地獄と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょ。ふー…。」

 

あの後もしばらく戦い続け、減らしても減らしてもキリがない敵にウンザリしてきた頃、ゾロ達が突撃してきたようで、戦力がそちらの方へも流れ始め、こちらの戦力が減った。それによって俺達はだいぶ楽に進むことができ、ようやく裁判所の上にたどり着くことができた。後は目の前に見える司法の塔へ侵入してロビンを取り返すだけだ。

 

「"空気開扉(エアドア)"。」

 

いざ司法の塔へ乗り込むべく、クッション状態のシャスティフォルにルフィを乗せ、離陸準備を進めていた所に、あの大男が現れた。奴は例の空間移動技術で俺達の前に現れ、俺達が今している行為は世界的な大犯罪だということを親切に教えてくれた。また、六式の達人であるCP9と戦っても無駄だということも理詰めの説明で丁寧に教えてくれた。

 

だけど、そんなことはもう分かりきったことだ。ナミから話を聞いて、ロビンを助けようと決めた時から覚悟していたことだし、俺は拙いながらも原作知識を持ち合わせているため、その辺の事情もある程度理解できる。でもそれだけだ。理解はできるけど納得はできない。ロビンを助けたいからここに来たんだ。俺達は。

 

だいたいそんな骨格が歪んだ顔でペラペラしゃべられても説得力がない。どうしたのその顔?誰にやられたの?

 

「……………(スッ」

 

「エレイン、俺がやる。手ぇ出すなよ。」

 

「……はーい、船長。」

 

俺がシャスティフォルを槍状態にし、大男に向けて戦闘体勢をとると、ルフィは俺を右手で制し、そう言った。俺はその指示に従い、シャスティフォルをクッション状態に戻してポフッと腰かけ、下がった。

 

その直後、二人の戦いは始まった。開始直後、強力なパンチ攻撃を仕掛けるルフィ。それを大男は"鉄塊"で防御しようとするが、ルフィの攻撃の威力を防ぎきれず、ダメージを受けて後ずさる。その顔には困惑の表情が浮かんでいた。

 

「世界がどうとか、政府が何だとか。勝手にやってろ!俺達はロビンを取り返しに来ただけだ!!」

 

「………ヒュー♪」

 

我らが船長の熱いセリフに俺は思わず口笛を吹いた。その後、二人は壮絶な戦いを繰り広げた。両者一歩も引かず、互いに技を連発していく。互いに出し惜しみをしないので、俺は大男の使う六式をよく観察することができた。"指銃"、"鉄塊"、"月歩"、"嵐脚"、"紙絵"、"剃"。そのすべてを大男は適材適所でルフィに繰り出していた。

 

その六式を観察していく中で、俺は"鉄塊"という技に注目した。その理由は特になく、強いて言えば何か引っかかるものを感じたというべきか。ぶっちゃけ他の技はどういうメカニズムで成り立っているのかさっぱり分からなかった。一応原作知識から"剃"という技は発動の際に地面を10回以上蹴ることで爆発的な速度で移動できる技ということは知っているが、その時点でおかしい。物理法則を完全に無視している。発動の瞬間を捉えようにも、速すぎて見えない。

 

だが、"鉄塊"という技は海列車から何度も見ていることもあって、何となく分かりそうな気がする。何かこう、あと一つピースがあれば俺も習得できそうな……。

 

「"ギア2"。」

 

そんなことを考えていると、二人の戦いは第2ラウンドに入った。ルフィが足をポンプのように動かすとルフィの体に赤みが増し、体全体から蒸気が吹き出す。血流の流れを加速させて身体能力を高める"ギア2"という技だ。

 

「"ゴムゴムのJET銃(ピストル)"!!」

 

ズドォッ!!

 

「ぐあっ!?」

 

ルフィがギア2状態になったことで流れは完全にルフィのものとなった。ルフィは"剃"を使って移動し、大男を翻弄しながら強烈な攻撃を繰り出していく。大男はルフィを必死に捉えようとするもまったくついていけないようだ。

 

やがて大男はこのままでは不利と判断したのか、例の空間移動技術で姿を消した。辺りには静寂が訪れる。その間、俺は自分の右手をじっと見つめ、"鉄塊"について考えていた。

 

俺の目に狂いがなければ、"鉄塊"をしようするとき、彼らは基本その場に立ち止まり全身に力を込める。その行動から読むに、恐らく"鉄塊"は全身の筋肉に力を込め、そこにさらに何らかの力を加えることで完成すると思われる。その何らかの力が分からない。単なる気合いなのかそれとも技術なのか。その辺を長い訓練で学んでいくのだろう。

 

ここである仮説を立てる。もし"鉄塊"をこのエレインボディで使おうとした場合、彼らのような超人的な筋力は持ち合わせていないが、膨大な魔力ならある。その魔力を身に纏えば、皆無な筋力や謎の技術やらを補って完成させることができるのではないか?

 

………かなり暴論で理屈も何も合っていないことは分かっている。だが、この先ルフィ達と海を渡っていくにあたって、エレインとキングの力だけでは物足りない気がする。そもそもその二人の力だってまだまだ引き出せてないわけだし。だから、手に入れられそうな力は極力手に入れておきたいのだ。

 

それに根拠も一応ある。七つの大罪原作において、グリアモールという聖騎士がいる。彼の魔力"障壁(ウォール)"は"鉄塊"に勝るとも劣らない防御力を持っていた。また、魔神族は闇の魔力を体の表面上に纏うことで強固な防御力を得ることができていた。

 

つまり、程度に差があれど、魔力で防御力を得ることは十分に可能なのだ。それならば試してみない理由はない。善は急げと俺は魔力を右手に集めてみた。すると、膨大な量の魔力が集まったことで右手は薄く輝きだす。

 

「あとはこれで体の表面を………」

 

次は集めた魔力で手始めに右手全体を覆うように魔力を操作する。ゆっくり、ゆっくり………

 

ボッ!

 

「へ?あっ、えっ!?」

 

順調に魔力を操作できてると思ったら、突然魔力が右手から溢れ出し、俺の体の周囲を小さな竜巻のように回りだした。薄く緑がかった純白の魔力の光は俺の周囲でぐるぐると渦をまいており、その様はまるで七つの大罪原作のメラスキュラの体の周囲の闇の魔力のようだ。

 

「"ドアドア"!」

 

「エレイン!後ろだ!」

 

「っ!」

 

予期せぬ魔力の動きに戸惑っていると、俺の背後から消えていた大男が現れ、俺に襲いかかってきた。ルフィには敵わないと見て、せめて俺だけでも始末する心づもりらしい。考え事に耽っていた俺は完全に不意を突かれた。

 

フッ!

 

「なっ!?」

 

「へ?」

 

だが、俺に突進してきた大男は俺の周囲の魔力に遮られ、竜巻を巻いていた魔力はその流れで大男を受け流した。

 

「"JETスタンプ"!!」

 

「ぐっ!?」

 

魔力に受け流され、地面に不時着した大男をすぐさまルフィが強襲。が、大男はルフィの攻撃を何とかかわし、二人は距離をとって再び対峙する。

 

これは……思っていた感じではないが、思いがけずなかなかいい防御技ができた。体の周囲に風の魔力を纏うことで、"鉄塊"のように攻撃を受け止めるのではなく、相手の力を利用して受け流す。"風壁(ウィンドカーテン)"と言ったところか。これはどうやら発動中は絶えず魔力を消費し続けるようなので、出しっぱなしにはできない。

 

「"ゴムゴムのJETバズーカ"!!」

 

「"鉄塊・剛"!!」

 

ズドンッ!!!

 

俺が"風壁(ウィンドカーテン)"を解除すると、丁度決着がついたようだった。ルフィの攻撃は大男のどてっ腹に命中し、大男は"鉄塊"で受け止めたが、威力を殺しきれずにダメージを負い、その場にドサッと倒れた。

 

しかし、危なかった。新しい技が成功したからいいようなものの、一歩間違えばあの大男に確実にやられていた。ここにきて俺の戦闘経験の浅さが出始めている。今後気をつけていかねば。

 

「船長、体は大丈夫ですか?」

 

「あぁ、けどすげぇ疲れた。まだ体がついていかねぇみてぇだ。」

 

左手をグッ、グッと握ったり開いたりしながらルフィはスタスタと司法の塔の方へ歩く。この裁判所と司法の塔の間には滝壺があり、橋も何もかかっていない。

 

「でも、今はいいや。体なんか。」

 

ルフィは裁判所の端に立つと、すぅっと深く息を吸い、叫んだ。

 

「ロビ~~~~~~ン!!迎えに来たぞぉ~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編8・妖精の気持ち

 

 

 

 

 

 

 

 

ルフィがあの大男を倒した後、すぐにナミ、チョッパー、ゾロ、サンジ、そげキングが俺達に追いついた。全員集合した俺達麦わらの一味は裁判所の端に立ち、司法の塔のベランダに立つCP9、そして、フランキーのおかげで拘束から逃れこの場にいるロビンを見上げる。

 

「私には海をどこまで進んでも振り払えない巨大な敵がいる!私の敵は『世界』とその闇だから!青雉の時も!今回の事も!もう二度もあなた達を巻き込んだ!これが永遠に続けばどんなに気のいいあなた達だっていつか重荷に思う!いつか私を裏切って捨てるに決まってる!それが一番恐いの!!」

 

遠所遥々ロビンを助けに来た俺達。が、ここでロビンの過去が邪魔をする。幼い頃経験したバスターコールの地獄、そして20年間の逃亡生活からの恐怖が彼女にこびりついており、俺達が伸ばす手を彼女は取ることができない。

 

「いつか落とす命なら!私は今ここで死にたいッ!!」

 

悲痛な叫びを上げるロビンに、俺は顔をしかめた。これ以上、彼女が苦しむ姿を見ていたくなかった。同時に彼女の叫びを笑う、顔に変なものをつけた誰か___フランキーはスパンダと呼んでいたから多分そうなんだろう___の声も聞こえてきて、体が震える。早く彼らを倒したい、そして早くロビンを救いたい。そういった戦闘欲が湧いてくるのを肌で感じた。

 

「……ロビンの敵はよーく分かった。そげキング、あの旗撃ち抜け。」

 

「了解。」

 

ルフィが指示を飛ばすと、そげキングは肩に担いでいた巨大なパチンコを構え、炎の鳥の形をした弾を発射した。炎の鳥は司法の塔のてっぺんにある政府の旗へ真っ直ぐ飛び、旗のど真ん中を撃ち抜いた。中央に大きな穴が空いた旗は勢いよく燃え上がる。

 

「正気か貴様ら!!全世界を敵にまわして生きられると思うなよ!!」

 

「望むところだぁーーーーーー!!!」

 

ルフィがそう雄叫びを上げた。もちろん、俺達全員同じ思いだ。その覚悟はとうの昔に出来ている。

 

「ロビン!まだお前の口から聞いてねぇ!!生きたいと言えぇ!!」

 

「………っっっっっ!!生ぎたいっ!!私も一緒に海へ連れてって!!!」

 

やっと聞けたその言葉に俺達はニッと笑う。その時、ガコンッと音を立てて裁判所から司法の塔へ続く跳ね橋が下り始めた。フランキー一家、そしてパウリー達がうまくやってくれたらしい。

 

ズドォン!!

 

が、しかし、跳ね橋は半分まで下りた所で、大砲か何かを撃たれて止まってしまった。また、その間司法の塔でも揉め事が起き、フランキーがスパンダに突き落とされ、空中へ放り出された。そのフランキーは俺がシャスティフォルを飛ばして迅速に救出する。

 

「た、助かったぜ小娘。」

 

「どういたしまして。さて、皆さん。こうなったら私がシャスティフォルであちらまで直通便で飛ばしますので、掴まって下さい。」

 

「待ってエレイン!ココロさんから連絡が……!」

 

俺がシャスティフォルを槍形態に変え、司法の塔へ狙いを定めているとナミの持つ電伝虫が鳴った。そのココロばーさん曰く、滝に向かって飛べとのことだ。

 

ポッポーッ!!

 

「!この音は海列車の……ってわっ!?」

 

「行くぞっ!!」

 

ルフィは腕を伸ばしてその場の全員を連れ、言われた通りに滝へと飛び込んだ。すると裁判所からなんとロケットマンが走ってきて、半分までかかった橋を発射台のように飛び、ちょうど落下中の俺達を連れてドゴォンッ!と司法の塔へ突っ込んだ。ちなみに、空を飛べる俺は空中で列車をするりとかわし、ふわふわと安全に侵入した。

 

「エレイン!ズルいぞ!俺達はこんな突入させられたってのに!!」

 

「あはは、すみません。そんなことより早くロビンさんを……」

 

「待て。」

 

何はともあれ無事司法の塔へ侵入した俺達がロビンの下へ向かおうとすると、誰かから声を掛けられた。声がした方を向くとそこにはCP9の一人である丸っこい体の男が壁に張り付いていた。

 

「チャパパパパ!侵入されてしまったー。さっきの部屋に行っても、もうニコ・ロビンはいないぞ!ルッチが正義の門へ連れてったからな。」

 

その男は何故かチャックの付いた口を動かし、ペラペラと状況と、CP9側の作戦を説明する。司法の塔内部には彼を含めてCP9が五人いて、それぞれがロビンの手にかけられた海楼石の手錠の鍵を一つずつ握っている。しかも、その鍵の中で本物は一つだけ。つまり、俺達はCP9の面々を倒して鍵を奪い、その鍵をロビンの手錠で試して本物を見つけなければならない。こうしている間にもロビンは正義の門へと連行されているので、チンタラやってる暇はない。周到な時間稼ぎだ。

 

「しかし、ロビンさんの方が事を急ぐのでしょう?ならば、鍵はロビンさん自身を迅速に回収した後で良くありませんか?」

 

「チャパパパパ、お前頭いいな。でもそんな事したら鍵なんか海に捨てちゃうぞ!」

 

そう言い捨て、その男は"剃"を使ってその場から消えた。何がなんでも相手方は俺達と戦いたいらしい。時間的にも一人のCP9相手に大人数で畳み掛ける戦法もNGだ。個人個人がCP9と対峙し、手分けして鍵を集める他ない。

 

「このっ!待てぇ!!」

 

「おい待て!お前が待て!!」

 

男を追って走り出すルフィをゾロが頬っぺたを掴むことで止める。戦いの前にそれぞれの動きを確認する必要がある。じたばたと暴れるルフィを俺がシャスティフォルの第ニ形態で押さえつけ、俺達はその場で作戦会議を開く。

 

会議とは言ってもすでにやれることは限られているので、全体の動きの確認だけだ。ルフィがルッチと戦うのは当然として、残る俺達は五人のCP9から鍵を五本手に入れてルフィを追う。ゾロとサンジと俺とフランキーは単独で行動し、近距離での戦闘を得意とするチョッパーは遠距離型であり近距離における火力が足りないナミとそげキングのどちらかと組んで戦う。そんな流れになった。

 

俺の力を評価してくれているのか、俺は単独組に分けられてしまったが、実を言うと俺はCP9と一人で戦うことに不安を感じていた。もちろんロビンのために命をかけて戦う覚悟は自分なりにがっちり固めてきた。とは言っても俺は所詮本物の戦いを知らない青二才。いくらエレインとキングの魔力を手にしたとしても、戦いのプロであるCP9を相手に中身が俺ではいささか力不足ではなかろうか。そんなことを考えていた。

 

エニエス・ロビーに侵入する前、ロケットマンの車両の中で俺はその旨をゾロに打ち明け、相談していた。すると「一つ島を越える度、俺達は全員知らず知らず力を上げてる。お前も行く島々で毎度死線を越えて来てんだ。自信を持て。」と熱い激励を頂いた。

 

「全員死んでも勝て!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

俺達は司法の塔内部へ突入し、各自CP9を探して散る。クッション状態のシャスティフォルを脇に抱き、塔の内部を高速で飛行しながら俺は自分の胸に手を当てる。

 

大丈夫。力なら充分備わっている。後は実戦でそれを俺自身がどれだけ効果的に使えるかだ。大丈夫。俺ならできる。

 

そう自分に言い聞かせ、緊張を和らげながら俺は塔内部を飛び回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を降りたり昇ったり、俺はあちこち飛び回ってCP9を探した。が、相当巡り合わせが悪いのか一向に誰とも出会わない。すでにあちこちでドゴォンだのドズゥンだの爆音が鳴っていて、他の皆はそれぞれ誰かと戦っているようだ。

 

「まずい…。私も早く戦わないとロビンさんが……。ん?あれは?」

 

少々焦りながら一階を飛行していると、遠くにナミらしき人物を見つけた。何かから逃げるように壁に身を寄せる彼女だが、その背後にはガタイのいい、赤みがかった長髪を持つ怪しげな男がいて、次の瞬間その男はしゅるしゅると髪を自在に操ってナミの手足を拘束した。ヤバイ!

 

「霊槍シャスティフォル第一形態"霊槍(シャスティフォル)"!!」

 

ドズゥン!!

 

「びょ!?」

 

俺が放った槍形態のシャスティフォルは見事彼の腹部ど真ん中に命中した。手応えから咄嗟に"鉄塊"を発動したようだが、シャスティフォルの強度は鋼をも上回っている。そのため防御しきれず、シャスティフォルの刃はそこそこ深く彼に刺さり込んだ。俺の一撃を受け、男は後ろの壁まで思い切り吹っ飛ばされる。そのおかげでナミは髪の拘束から抜け出すことができた。

 

「ガハ!ケホッ!ケホッ!……ハァ……ハァ……」

 

「ナミさん!ご無事ですか!!」

 

「ハァ……ありがとうエレイン。助かったわ。今の内にここを離れましょう!」

 

「え?でも鍵は……」

 

「これでしょ!」

 

ナミは俺にあの丸っこい男が持っていたものと同じ鍵を出した。

 

「鍵だけは気づかれないようにスッたの!皆の状況分かる?」

 

「いえ、見かけたのはナミさんだけですけど。」

 

「おーい!ナミ!エレイーン!」

 

俺とナミが逃げながら話しているとそこにチョッパーが合流した。チョッパーから状況を聞くとゾロとそげキングが大変なことになっているらしい。少し手違いがあってなんと二人の手首が海楼石の手錠で繋がってしまったらしい。そしてその手錠を外すにはCP9の誰かが持っている2番の鍵が必要なのだそうだ。ナミがあの男からスッた鍵は3番。必要なのはこれじゃない。

 

ドカァンッ!

 

「ひゃっ!?」

 

「何!?」

 

「人形!?」

 

俺達三人が並んで走っていると上から何かが落下してきて、それは丁度俺達の目の前に着弾した。その物体は人の形をしているものの、全身がピカピカのツヤツヤで不自然に体の凹凸がない。まるでガラスの工芸品のようだった。

 

「サンジ!?」

 

「どうしたんですかこの体!?」

 

よく見るとそれはサンジだった。CP9の誰かに敗北し、こんな姿にされてしまったようだ。サンジが落ちてきた方を見上げると、階上からメガネをかけた金髪の女性のCP9がこちらを見下ろしていた。

 

「……サンジ君、まともに戦った?」

 

その女性を見上げたナミはサンジにそう問いかけた。日頃から女性に甘いサンジは果たしてあのCP9とまともに戦って負けたのか。ナミはそう疑問に思ったのだ。

 

「俺は死んでも女は蹴らん!!」

 

それに返ってきた答えがこれだ。その堅固な騎士道に俺とチョッパーは「おお」と思わず詠嘆の声を漏らす。

 

とにもかくにも、あの女性の能力で戦闘不能になったサンジは一時休戦だ。サンジの代わりにあの女性の相手はナミが務めることになった。

 

「よよい!逃がしてぇ~なるものぉ~か~!!」

 

「よし!あの男の相手は私がします!チョッパーさんはフランキーさんの所へ行ってみて下さい!鍵を手に入れているかもしれません!」

 

「分かった!」

 

追いかけてきたあの長髪の男の前に俺が立ち塞がる。チョッパーはフランキーを探して、より機動力のあるトナカイ型の獣型となり、塔の内部へ消えていった。

 

「生命帰還"髪縛り"!」

 

「っ!!」

 

ついに始まったCP9との戦闘。先手必勝とばかりに長髪の男__戦いが始まる前にクマドリと名乗っていた__は俺に向かってしゅるしゅると髪を伸ばしてきた。俺はそれを空中に飛び上がることで回避する。俺はクマドリの髪をかわしながら彼の後ろへ回り込み、シャスティフォルを槍形態に変形させる。

 

「はっ!」

 

「よよいっ!」

 

俺が後方から放った槍の一撃をクマドリは俺よりも高く跳躍することで回避した。空中へ飛び出したクマドリは"月歩"を使って俺の真上に移動し、持っている長い杖の先を、親指と人差し指で作った輪っかに通した。

 

「"指銃Q"!!」

 

ボッ!!

 

「わっ!?」

 

クマドリはその体勢から杖をモリ突き漁のモリのように発射した。俺は何とかその攻撃をかわし、杖は床に激突する。床は杖によって真ん丸の穴が開いており、その穴の周りには一切の無駄な破壊がない。パワーが一点に凝縮されている証拠だ。

 

「"Q"!"Q"!"Q"!」

 

その杖の一撃をクマドリは連発してきた。俺は空中を飛び回ってそれらを何とかかわしていく。

 

「くっ!第ニ形態"守護獣(ガーディアン)"!!」

 

「"Q"!」

 

ズボッ!!

 

第ニ形態に変化したシャスティフォルはクマドリに殴りかかる。が、巨体の熊のぬいぐるみとなったシャスティフォルはクマドリにとってはいい的であり、彼の杖の一撃はシャスティフォルの胸の部分に命中し、杖は背中側に突き抜ける。

 

「はっ!」

 

ガンッ!!

 

「ごっ!?」

 

が、シャスティフォルはそんなことは気にもとめずクマドリに突進し、杖に貫かれたまま渾身の右ストレートをクマドリに決めた。さすがにこの行動は予想外だったのか、クマドリは"鉄塊"も張らずにまともに受け、背後の壁にぶち当たる。

 

よしっ!いける!

 

そう意気込み、俺はシャスティフォルを第五形態に変化させて追撃を決めようとする。

 

しゅるしゅるっ!

 

「なっ!?しまった!」

 

しかし、立ち込める煙と埃の中からクマドリの髪が素早く伸びてきて、たちまち俺を拘束してしまった。

 

「よよいっ!生命帰還"獅子指銃"!!」

 

ドンッ!ドンッ!

 

「っ!?」

 

煙から姿を現したクマドリは髪をざわざわと操った。すると髪の毛でできた手がたくさん出来上がる。その手は人差し指を立てた形をしており、次の瞬間それらが一斉に俺に襲いかかってきた。俺は咄嗟に第五形態となっていたシャスティフォルで防御を試みる。が、実際受け止められたのは半分ぐらいで、残りの半分は俺の体に突き刺さった。

 

「しっ!!」

 

強烈な痛みが走るが、ここで退くわけにはいかない。俺は無数のクナイ形態のシャスティフォルを用いて素早く髪の拘束を切り、一旦距離をとる。

 

「"剃"!」

 

「"そよ風の逆鱗"!!」

 

すぐさまクマドリは距離を詰めてきた。それを止めるべく、俺はクマドリに向かって突風を放つ。

 

「ぃよいっ!!」

 

ゴンッ!!

 

「がっ!?」

 

しかし、"剃"の驚異的な加速によって風は切り裂かれてしまい、俺はクマドリのパンチをもろに喰らって、今度は俺が壁に叩きつけられた。俺はゲホゲホと血を吐きながらも痛みをこらえて立ち上がる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

強い……。分かってはいたけど今までの相手とはレベルが段違いに違う。その強さの何よりの原因はやはり"六式"。あれのせいで生半可な攻撃は通じないし、一発一発の攻撃が重く、速く、鋭い。おかげでこっちは上手く追撃が決まらなくてイライラしているのに、あっちの攻撃は一撃受けただけでも大ダメージなんていう状況ができている。クマドリには風の魔力はほとんど通じない。シャスティフォルの攻撃なら充分通用するものの、上手く連続して攻撃を当てないとダメージは見込めない。現にもう何発か攻撃を喰らっているクマドリだが、あまり苦しそうではなく、ダメージを感じさせない。海列車ではルッチに対して上手く連撃を決めることができたが、あれは恐らくシャスティフォルの攻撃が初見だったからだ。ルッチによって俺の情報はCP9に渡っているだろう。だからクマドリに上手く連続攻撃ができないのだ。

 

「ハァ……ハァ……ぺっ!」

 

なんて、考えていたって始まらない。とにかく、自分ができることをするだけだ。そう自分に言い聞かせ、口に溜まった血を吐き出すとシャスティフォルを槍形態に変え、クマドリに飛ばした。クマドリはそれを後ろへ弾き返し、楽々防御する。

 

よしっ!今だ!

 

シャスティフォルを弾いたことで胸を開いたクマドリには一瞬スキが生まれる。そこを狙って俺は風の魔力を放った。"そよ風の逆鱗"のように風で圧力をかける技は通用しない。だから俺が放った魔力は鋭利な風となってクマドリに襲いかかる。

 

「"鉄塊"!!」

 

キンッ!

 

「っ!」

 

ちっ!これでもダメか。これじゃあ本格的に風の魔力は通じないな。シャスティフォル一本でこの場を乗り切るしかない。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態"増殖(インクリース)"!」

 

クマドリの背後に落ちたシャスティフォルが浮き上がり、すぐさま無数のクナイ形態に変形する。そしてそのままクマドリの背中目掛けて突撃した。

 

「むんっ!」

 

しゅるしゅるっ!

 

「なっ!?」

 

だが、なんとクマドリは髪の毛を繊細に尚且つすばやく操作して無数のクナイ達をすべてキャッチしてしまった。

 

「よよいっ!お前ぇさんの力っ!とくと見させてもらったぁ~!!この槍さえ封じてしまえぇ~ばぁ~!恐るるに能わぁ~ず!!」

 

「っ!」

 

ヤバイ、かなりヤバイ。風の魔力が通じない今、唯一の対抗手段であるシャスティフォルさえもクマドリは対応してきた。戦いの流れを完全に握られている。

 

「どっせぇ~い!!」

 

ドコッ!!

 

「ぐっ!!」

 

シャスティフォルを失い、無防備となった俺の腹にクマドリの蹴りが命中する。俺は蹴り飛ばされて床をゴロゴロと転がった。

 

「っ!」

 

倒れ込んだ俺はすかさず手をシャスティフォルへ向ける。クマドリの髪に捕まった無数のクナイ達一つ一つが高速回転し、拘束から抜け出た。そのクナイ達が集まり、クマドリの頭上で、組んだ両手を振り上げた第ニ形態に変形する。

 

「よいっ!はっ!」

 

「わっ!?」

 

降り下ろしたシャスティフォルの拳をクマドリはがっしりと掴み、そのまま俺に向かって投げた。シャスティフォルは俺に当たる直前で停止し、ザッと再び第五形態に変化する。

 

「"嵐脚『蓮華』"!!」

 

「あぐっ!!」

 

が、俺の目の前に張ったクナイの壁はクマドリが足から放った斬撃によってパァンと弾き飛ばされる。斬撃はシャスティフォルを弾いただけではなく、俺の肩もズパァンと切り裂いた。着ていたメイド服が血に染まっていく。幸い、当たったのが胴に近い所だったので腕はまだ繋がっている。

 

「"指銃Q"!」

 

「うっ!」

 

倒れている俺に追撃が飛んできた。俺は傷だらけの体にムチを打って飛んでかわした。

 

そこからの戦いは、飛んで必死に逃げる俺をクマドリが追うという一方的なものになった。なんたって俺には彼に対する有効打がない。風の魔力は通用せず、シャスティフォルも対応され、もう彼には通じない。今も逃げながらシャスティフォルで攻撃しているが、どれもあの自在に動く髪で防がれてしまう。

 

「生命帰還"髪縛り"!!」

 

「"風壁(ウィンドカーテン)"!!」

 

伸びてきたクマドリの髪を風の防御で受け流す。

 

そろそろ逃げ回るのも限界に近い。俺自身の消耗もそうだが、それ以上に俺の移動パターンさえもクマドリは把握してきた。シャスティフォルへの対応スピードといい、やはり戦い慣れしていない俺の動きは単純で、CP9にとっては読みやすいものなのだろうか。

 

「"剃"!!」

 

ゴッ!!

 

「あぐっ!!」

 

逃げる俺の背中にクマドリは加速をつけて膝蹴りをかました。俺は床に墜落し、ゴロゴロと床を転がって壁に激突した。

 

「……ガフッ……!」

 

満身創痍で倒れる俺をクマドリは一切の容赦なく髪で縛り上げる。俺の体は空中に持ち上げられ、十字架のように拘束された。首にも髪が巻き付いているので息も苦しい。

 

「あっ………!がっ………!」

 

「木枯らし吹くこの今生でぇ~!春の芽吹きを待つも叶わず大往生!せめて一度真っ赤にいとしい花弁咲かせぇ、散らずがおいらの義理人情!あの世に行ったらぁ、おいらの死んだぁおっかさんに伝えてやっておくんなせぇ!おいらぁ元気で殺ってるぜっ!!」

 

クマドリは歌舞伎のように、涙まで流して大袈裟に身振りをして、杖の先を俺の心臓に向けて狙いを定めた。とどめを刺すつもりだ。

 

ダメだ…。このままじゃ殺されてしまう。

 

打つ手がなくなり、拘束され、死が目前に迫って俺は完全に追い詰められた。仕方なく俺は奥の手を発動させることにした。クッション状態で床に落ちていたシャスティフォルが槍形態に変化してフワリと俺の背後に浮かび上がる。

 

正直この手はできることなら使いたくなかった。原作キングが使っていた技なので俺にもできるとは思うが、成功する保証がない。それに成功したとしても俺の体にとんでもない負担がかかる。でもこのままだと確実に殺されてしまうし、何よりロビンのためならばそれくらい安い負担だ。

 

「…ふふっ……」

 

転生したての頃、ルフィ達と出会って仲間になった時は主人公組と行動していれば間違いない、なんて気持ちだったのに気づけばずいぶん俺も変わったものだ。この戦いだってもとよりロビンのために参加するつもりだったが、こんなに熱い気持ちは持っていなかった。

 

自分の気持ちの変化に軽く笑みをこぼしながら、俺はとっておきの奥の手を発動させた。

 

「神器解放っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編9・青年と妖精

タグを少々変更させて頂きました。


 

 

 

 

「ゼェッ!……ゼェッ!……」

 

「…………!!」

 

司法の塔の内部にて、二人の人物が相対していた。二人がいる部屋はメラメラと炎が燃え盛っている。相対する二人の内、一人は血のにじむメイド服に身を包んだ、まだあどけなさを残した幼気な金髪の少女、エレインだ。苦しそうに息を切らし、額から血を流して片膝を床につく彼女は、もう到底戦闘はできそうにない。この状況で唯一の頼みの綱である霊槍シャスティフォルも、彼女の傍らで槍形態のまま力なく転がっている。そんな状況であっても彼女は、額から流れる血が目に入るのか、片目を閉じ、自分の目の前の男を睨み付ける。

 

片やエレインの前に立つのは赤みがかった長髪を持つ、黒スーツに身を包んだ男、クマドリだ。彼もエレイン程ではないが、身体の所々から血を流し、戦いの中で傷ついている。その彼の後ろ、エレインから見て右側の辺りの壁には大穴が空いており、外の景色を見ることができた。夜が来ない不夜島であるエニエス・ロビーの空が広がっている。よく見ると部屋中の炎はその大穴から伸びていた。息も切らさず、じっと無言で正面を見つめる彼は、一見エレインよりも軽傷に見えるだろう。だが、彼はエレインと違って大きな傷害を負っていた。

 

彼の左肩から先がなくなっていたのだ。

 

「ガルルルァアッ!!」

 

ズムッ!!

 

「っ!?」

 

クマドリは突然雄叫びを上げ、エレインに突進し、杖でエレインの腹部を突いた。

 

ガンッ!!

 

「……ガボッ……!!」

 

強烈な一撃をもらったエレインは吹き飛ばされて後ろの壁に激突し、多量の血を吐く。

 

「"獅子樺蕪"っ!!」

 

ズンッ!!

 

「っ!があぁぁぁあっ!!」

 

クマドリは追撃として、先端を発火させた杖をエレインの腹部に押し付けた。ジュゥゥと炎が彼女の身を焼き、エレインは苦痛に顔を歪める。

 

ゴンッ!!

 

「あうっ!!」

 

そのエレインの脳天にクマドリは杖を放して拳骨を落とした。

 

「うぅ………」

 

ドサッと床に落ちたエレインは焼かれた腹部を苦しげに押さえる。

 

「死ね!死ね!さぁ!さぁ!さぁ!!」

 

「うっ……!ぐっ……!」

 

床に倒れたエレインをクマドリはガスガスッ!と何度も蹴りつけた。エレインはもうろくに動くこともできず、ただ顔を両腕で庇うのみだ。

それでもクマドリは蹴り続ける。

まるで死を恐れる獣のように何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も___

 

どうしてこんなことになったのか。時は数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神器解放っ!!」

 

「むうっ!?」

 

クマドリの髪に縛られたエレインが叫ぶと、エレインの背後に浮かんでいた槍形態のシャスティフォルがカッと光った。そして次の瞬間凄まじい魔力が放出され、そのほとばしる魔力が黄金の炎のオーラとなってエレインとシャスティフォルを包み込む。その力の波動に驚いたクマドリは拘束を解き、エレインから距離をとって警戒する。

 

「ぐぎぎぎっ……!!ぐがが……っ……!!」

 

黄金の炎に包まれたエレインは歯を食いしばり、自身の身体にのしかかる負担に必死に耐えていた。

 

エレインがやろうとしていることは神樹の"真の力"の解放である。エレインが使用する霊槍シャスティフォルは原作七つの大罪において、神樹から妖精王に選ばれたものに授けられるものだ。神樹の特性と鋼以上の硬度をあわせ持つその槍の力は、妖精王の持つ魔力"災厄(ディザスター)"によってのみ100%引き出される。

 

しかし、エレインが普段使用するシャスティフォルは力を抑えたいわば仮初めの姿なのだ。彼女の魔力によって真の力が解放された時、霊槍は本当の姿を現す。

 

だが、それには大きな負担がかかる。原作のキングも作中初めて使用した時の負担は相当なもので、爪は剥がれ、鼻血が吹き出し、ボロボロになりながらもなんとか使用できるという状態だった。しかもその負荷は発動中もずっとかかり続けるので当初キングですらも連発どころか維持することも難しい状態だった。

 

「あががが……!!ぐぅ…!!」

 

それはエレインであっても例外ではない。まるでトレーラーでも担がされているかのような尋常ではない負担に必死に耐えていた。もともとクマドリ戦でダメージを負っていたエレインにその負荷は耐え難く、彼女は目や鼻をはじめとする顔中の穴という穴、そして身体中の傷口から血を噴出させ、少女が出してはいけないような呻き声を上げる。

 

「俺……は…キングや……エレインみたいに……強い存在じゃ…ない……!並外れた…頭脳も……力強い…武力も……魔力…だって……持っちゃいない……!ただの…高校生だ…!!」

 

やがてエレインは負担に耐えながら口を開いた。

 

「けどっ……!こうして……ここにいる…以上っ!俺は……麦わらの…一味……雑用係…エレインだ!!仲間のために……命を懸ける……覚悟はあるっ!!」

 

その言葉は、今必死に耐えている自分自身に言い聞かせているかのようだ。

 

「よよいっ!な~に~を~ごちゃごちゃ言ってい~や~が~る~っ!!」

 

「俺はもうっ!失うわけにはいかないんだぁーーー!!!」

 

エレインが叫ぶのと同時に、シャスティフォルはより一層眩い光を発した。そして次の瞬間にはシャスティフォルはその姿を大きく変えていた。サイズは通常の槍形態のシャスティフォルを優に超え、少なくとも2倍以上はある。槍の刃先から柄まで黄金に彩られており、刃はメラメラと燃え盛る炎のような形状をしている。神々しさと荒々しさをあわせ持つ見事な一振りの槍がそこには存在していた。

 

「真・霊槍シャスティフォルっ!!」

 

「ぬっ!?"鉄塊"『剛』!!」

 

「ああぁぁぁぁっ!!!」

 

エレインは右手を後ろへ引き、槍投げのように思い切り前へ振り切った。それに合わせてシャスティフォルはゴウッ!と轟音を立ててクマドリの方へ一直線に飛んで行く。

 

「………うぅ!?」

 

出し得る最高硬度の"鉄塊"で受け止めようとしたクマドリだが、目前に迫ったシャスティフォルの迫力と圧力を見てその判断は間違いだったと気づき、呻き声を上げる。しかし、それは遅すぎた。

 

ウオッ!!!ゴゴゴゴゴ!!

 

シャスティフォルは着弾すると十字架のような大爆発を引き起こし、そこら一帯を火の海へと変えた。

 

「な、何だこの揺れは!?」

 

「落ち着けそげキング。下にとてつもなく大きな気を感じた。多分エレインが何かやらかしたんだろう。」

 

そしてその衝撃は司法の塔全体を大きく揺るがすものとなり、ゾロ達をはじめとする各階で戦う者達に動揺を与えた。

 

「ハァッ…!!ハァッ…!!」

 

大爆発によって炎と煙に包まれた前方を確認して、エレインはガクッと片膝をついた。真・霊槍の代償としてほとんどの魔力をごっそり持っていかれ、とてつもない喪失感と脱力感が彼女を襲い、意識まで持っていかれそうになる。

 

だが、まだだ。まだ意識を失うわけにはいかない。俺はロビンを助けに行かなければ。

 

そう自分を奮い立たせ、エレインは何とか意識を持ちこたえる。

 

「……さて、他の皆さんは……どうなったでしょうか。」

 

もうクマドリは倒した。

そう確信したエレインは皆の状況を確認しに行くべく、立ち上がろうとする。

 

カラァンッ!

 

「!…これは……!!」

 

そこに、前方の煙の中から何かが投げ込まれた。見るとそれは通常の槍形態に戻ったシャスティフォルだった。

 

「……まさか………!!」

 

エレインが慌てて前方を見ると、そこには左腕をばっさり失ったものの、真・霊槍の一撃から生還したクマドリが煙の中に立っていた。

 

「そんな……!!何でっ……!!」

 

クマドリが真・霊槍から生還できた理由。それはクマドリの経験の深さとエレインの浅さが一致したものである。

 

"鉄塊"を発動していたことでシャスティフォルが当たる直前までクマドリは動くことができなかった。しかし、クマドリは今までの経験から瞬時にシャスティフォルの狙いが彼から少しズレていることに気がついた。戦闘経験が浅いエレインには身体の強烈な負荷に耐えながら相手を正確に狙うことができなかったのだ。

 

それに気づいたクマドリは身体の欠損を覚悟の上で"鉄塊"を解除し、"紙絵"を発動した。攻撃を受け止める"鉄塊"と違い、"紙絵"は攻撃の風圧を利用して攻撃をかわす技。その一瞬の判断が功を奏し、直撃は避けることができたが、真・霊槍の威力は凄まじく、その余波によってクマドリは左腕を失う結果となった。

 

「もはや……、もはやこらゆる事ならぬぅ!!獅子吼雷落として候ぉ!!よよよいっ!!よいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして冒頭に戻る。エレインの底力によって生死の狭間を体験したクマドリは今もなおエレインを蹴り続け、必要以上に痛め付けていく。

 

もはや呻き声さえ上げることができなくなっても執拗に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も____

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

やっと攻撃が止んだ時、エレインはもうピクリとも動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは……どこだ………?

 

気がつくと俺は満開の花畑で寝転んでいた。辺り一面、どこに目を向けても白、赤、黄色のコスモスのような小さい花が色とりどりに、ところ狭しと隅から隅まで咲いていた。

 

そんな花畑で、どうやら俺は眠っていたようだ。今もなお睡魔に襲われ、瞼がとても重い。身体だってせいぜい左腕を動かせる程度だった。

 

「あれ……?この身体………。」

 

左手を顔の前まで持ってくると、目に映ったのはエレイン特有のふっくらもちもちとした小さな手ではなかった。俺が17年間付き合ってきた男の手がそこにはあった。

 

俺はそのまま左手で自分の顔をペタペタと触ってみる。この平凡な輪郭、一般的な目と現代人らしいメガネ、極めて普通な鼻、少々乾燥気味の口、何とも言えない髪型、間違いない。これは俺の身体だ。よく見れば、服装も通っていた高校のものになっている。何故だか俺は自分の身体に戻っているようだ。

 

「だが……なぜ……?」

 

久しぶりに聞いた自分の声で呟く疑問。確か俺は何故だか知らないがワンピースの世界で原作より強力な力を持つエレインに憑依転生して、エニエス・ロビーでロビンを奪還すべく戦っていたはず。それが何だってこんなところで平凡な肉体に戻って寝転んでいるのやら。まるでちんぷんかんぷんだ。

 

というか、眠気がヤバい。こうやって考えることさえ困難になってきた。俺は早いとこエレインに戻って戦わなきゃいけないのに。

 

ファサッ

 

何とか身体を持ち上げようと上げていた左腕が落ち、花々にやさしく包み込まれる。まいったな、これでもう指一本動かせねぇや。睡魔も限界だし、いっそこのまま寝ちまうか。なんか色々楽になれそうだし。

 

俺がそう思っていた時だった。

 

「……………………」

 

「!……………あんたは……!」

 

いつの間にか寝転ぶ俺の左肩辺りに誰かが立っていることに気がついた。首を少し倒して横を向くとそこには金髪の少女が立っていた。背中に大きなリボンがある肩出しの白い清楚なドレスと、某楽園の巫女のようなドレスと同色の白い袖を身につけ、あどけなさを残す顔に埋め込まれた大きな瞳は髪と同じ、金色の眩い光を放っている。

 

「エレ……イン……?」

 

この世界に生を受けてから、俺は誰よりも目の前の少女のことを知っている。何故なら彼女はこの世界の俺そのものだから。

 

目の前で俺を見下ろすエレインの表情はあまり優れない。上手く言葉にはできないが、不安、やるせなさ、後悔、嬉しさ、等々様々な感情をごちゃ混ぜにして詰め込んだような、そんな顔をしている。

 

「……申し訳ないな…あんたの身体……ボロボロにしちまって……まだ…嫁入り前だろうに……」

 

彼女に何て声をかけていいか分からず、苦し紛れに俺はそんな軽口を口にしてみた。それに対してエレインは目を閉じ、首を左右に静かに振った。「気にするな」ということだろうか。

 

そのあとエレインは俺の頭の方へ回り込み、何を思ったのかその場に腰を降ろして俺の頭を自身の膝に乗せた。膝枕というヤツだ。

 

そしてエレインは俺の顔の前に右手をかざし、魔力を放出した。どうやら攻撃系の魔力ではないようだ。放出された魔力は俺の身体を包み込む。

 

暖かい

 

俺はそう感じた。まるで幼き頃、母親に身を委ねたあの時のようだ。エレインの魔力は俺だけではなく、周りの花達にも影響を与えた。俺の周りの花々がブゥンと淡く光り輝き出す。さっきまで力がまるで入らなかった身体に少しずつ力が戻ってくるのを感じた。

 

スゴイ。けど、エレインやキングの魔力にこんな力あっただろうか。記憶を探ってみるも、"神風(ミラクルウィンド)"にも、"災厄(ディザスター)"にも該当する能力はない。作中でも、こんな力の使われ方はしなかったはずだ。

 

『エレインっ!!』

 

「っ!?」

 

しばらく身を委ねていると、不意に脳裏に凛とした女性の声が響いた。いや、響いたと言うより甦ったと言うべきか。遠い記憶がフラッシュバックするように浮かんできたのだ。もちろん俺はその女性の声に聞き覚えがない。

 

『奴らは私達が食い止めるっ!お前は神樹と生命の泉を持って逃げろっ!!』

 

『そ……そんなっ……!!』

 

だんだん声だけではなく、情景まで浮かんできた。エレインと思われる少女が杖を持った妖精族の耳の長い少女から、やたら神々しく、崇高な何かを感じる木の枝と生命力溢れる液体がなみなみと注がれた美しい杯を押し付けるように渡されていた。エレインの目からは涙が溢れている。渡している少女は……七つの大罪原作のゲラードだろうか。そしてその二人の少女の周りは戦火が燃え盛る戦場の真っ只中だった。

 

『エレイン様~!』

 

『コケモモを見つけて来たれす!』

 

『ふふっ、皆ありがとう。』

 

また覚えのない記憶が甦る。さっきの戦場とはうって変わって穏やかな自然の中、大きな大樹の下でエレインが笑顔で大勢の小人達と戯れていた。エレイン達がいる森と大樹は見覚えがある。遠くには森の先に綺麗な河と湖が見える。間違いない。ここは俺が転生したあの島だ。

 

『あなたは……生きて……私も生きて……必ず…会いに行くから……』

 

『……バカ野郎』

 

今度の記憶は再び戦場に戻る。しかし今度の戦場はあの島のようだ。あちこちから火の手が上がる中、エレインは白い髪の鋭い目付きの青年に抱きかかえられていた。しかし、二人とも満身創痍である。エレインは腹部を大きく抉られ、息も絶え絶えであり、青年の方は全身が血まみれで左腕がなくなっている。青年に抱きかかえられるエレインは震える手を青年の顔に伸ばしていた。青年の顔には見覚えがある。七つの大罪原作に登場するエレインの恋人、〈強欲の罪(フォックス・シン)〉のバンだ。俺は彼の顔を見て何故かとても懐かしい気持ちになった。

 

「!…今のは……?」

 

記憶のフラッシュバックが終わったとき、エレインによる魔力の放出も終わっていた。エレインは俺の頭を膝から降ろし、ゆっくりと立ち上がってその場から去ろうと歩き出した。

 

「エレイン……?あんたは一体……」

 

俺が声をかけるとエレインは立ち止まって振り返った。その表情は相変わらず複雑で、目には涙が浮かんでいる。

 

「……ごめんなさい、どうか立ち上がって。それが私とあなたの想い人、何よりあなた自身が望んでいること……。」

 

そう言うとエレインは再び歩き出し、風に舞う花びらと共に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る炎の中、塔の内部でクマドリは息を切らして足元に転がるエレインを見下ろしていた。必要以上に痛め付けられたエレインは全身アザだらけ血まみれのボロ雑巾のようになって倒れている。目は閉じられており、意識はとうにない。

 

「ぐっ……!あいや……天晴れ…。」

 

エレインを始末したと確信したクマドリは左肩の傷口を押さえ、よろよろとその場を離れる。傷口からは未だポタポタと血が流れている。直撃こそしなかったものの、真・霊槍の力は凄まじく、クマドリの左腕を奪っただけではなく、瀕死に追い込む程のダメージを与えていた。

 

この戦いの前、クマドリはルッチからエレインについて聞いていた。妙な槍を使う妖精族には気をつけろと。そいつはルッチの"鉄塊"を貫通して切り傷を負わせる程の奴だと。

 

クマドリは一切油断をしていなかった。ルッチからエレインの技を聞き、自分でも戦いながら分析し、適切な対策をとって戦った。戦い自体もクマドリが優勢なものだった。しかし、エレインの最後の攻撃、それによってクマドリは左腕を失うという重傷を負うこととなった。ルッチが言う通り、エレインはただの妖精族ではなかったということだ。

 

だが、重傷こそ負ったものの、エレインは始末した。他の連中もCP9のメンバーが直に倒すことだろう。自分はとにかく止血して休息を取らなければ。クマドリがそう思っていた時だった。

 

ピク……

 

クマドリの背後に倒れていたエレインの指がわずかに動いた。そして彼女は無言で、ポタポタと血を垂らしながらゆっくりと立ち上がった。

 

「な…なんと……!!」

 

振り返ったクマドリは驚愕した。あれほど徹底的に痛め付け、もう立つ所か意識が戻るかどうかすら怪しい所まで追い詰めたというのに、エレインは俯きながらもしっかり立っている。だが、驚くべき事象はこれだけではない。

 

「っ!!?」

 

エレインが俯いていた顔を上げ、その黄金の瞳をカッと開いてクマドリを睨み付けた。その瞳に先ほどまでの悩みながらも仲間のために戦う少女の姿はなく、獲物に狙いを定める猛獣の姿があった。その眼光にクマドリはたじろぐ。

 

「よよいっ!?」

 

そして次の瞬間、ブワァとエレインの血に濡れた金髪が巻き上がり、その金が根元から一瞬で漆黒の黒へと変化した。その変化に驚く間もなく、フッとエレインがその場から姿を消す。

 

ズンッッ!!

 

「えっ……ぐあっ……!!?」

 

クマドリが瞬きをした次の瞬間に、エレインはいつの間にかクマドリの懐に移動しており、握りしめた拳で彼の腹部に強烈なアッパーを叩き込んだ。

 

「あぐ……ぐ……」

 

クマドリは腹部を押さえ、ガクガクと後ろに後退りする。顔を向けると拳を突き出したままのエレインが相変わらず鋭い眼光を向けている。

 

「げぼっ……!」

 

やがてダメージの限界を超えたクマドリは血を吐き、ドサッとその場に倒れた。エレインの勝利である。

 

「何だこりゃあっ!!?」

 

静寂が訪れた部屋に聞き覚えのある声が響いた。エレインが顔を向けると、先ほどエレインが真・霊槍で開けた穴からフランキーが部屋に入ってきていた。

 

チョッパーから状況を聞いたフランキーは塔の屋外にてCP9の一人のまん丸の男、フクロウを下し、4番の鍵を手に入れていた。目的の2番の鍵を手に入れるべく、加勢をするために再び塔に戻って来たのだ。

 

フランキーはエレインの足元で倒れているクマドリを見て、戦闘の結果を理解した。だが、目の前の変わり果てたエレインがどう見ても普通ではないことも感じ取った。

 

「お前、あの小娘なんだよな?」

 

フランキーの問いに答えることなく、エレインはスタスタとフランキーのもとへ歩み寄る。

 

「お、おいっ!」

 

フランキーのもとまで来るとエレインはまるで猫のようにくんくん、すんすんと彼の匂いを嗅いだ。やがてピクッと別の何かに反応すると上を見上げ、ぐっと踏み込んで跳躍。ドゴォッと天井を破壊して上の階へ上がっていった。そこに普段の非力な妖精族の彼女の姿はどこにもなかった。

 

「…何なんだ?一体……。」

 

その場に残されたフランキーはポカーンとエレインが天井に開けた穴を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一体このガキは」

 

「何なんじゃろうのう……。」

 

司法の塔、4階"狼の間"。ゾロとそげキングがCP9のカクとジャブラと戦っていた部屋は困惑に包まれていた。海楼石の手錠によって繋がれたゾロとそげキングが二人のCP9から逃げ回っていた時、突如床を突き破って黒髪の少女が現れたのだ。その少女__エレインは尋常ではない威圧感を放ち、その場にいる者は皆警戒している。

 

「おい、あれはエレイン……だよな?」

 

「髪の色が変わっちまってるが、エレインだろ。あの顔と服で他に誰がいるってんだよ。」

 

ゾロとそげキングも例外ではない。床を突き破ってきた身体能力といい、今のエレインは彼らが知っている普段のエレインではない。

 

「何だか知らねぇが奴も海賊の一人だ。さっさと消しちま___」

 

ジャブラがエレインに近づいたその時だった。

 

ドゴォッ!!

 

「がふっ!?」

 

「何っ!?」

 

「「!?」」

 

エレインの姿がヒュッと消え、次の瞬間ジャブラの顔面を殴り付けた。その攻撃にカクは驚愕を声を漏らし、ゾロ達も彼女のあまりの変わりように驚いた。

 

「てめぇ…!!」

 

額に青筋を浮かべたジャブラはイヌイヌの実の能力を発動させて人獣型に変化し、狼由来の身体能力でエレインに襲いかかる。

 

ドカバキと殴り合う二人、その間もエレインは終始無言だ。六式を交えて戦うジャブラに、エレインは互角以上の力を見せる。

 

「いいぞ!何だかよく分からねぇがいい調子だ!頑張れエレインッ!!」

 

「あいつ……こんなに強かったか?」

 

エレインの強さに興奮するそげキングだが、ゾロはその力に疑問を持った。普段船のいかりすら持ち上げられないエレインがここまで変化するのはどう考えても普通じゃない。

 

「ぐっ!?」

 

しかも、よく見ると戦えば戦う程エレインの強さが増していってるような気がする。最初は互角だったが、今ではジャブラが押され始めている。

 

「仕方ない、ワシも加勢するか。」

 

エレインの予想以上の力に今度はカクが動いた。悪魔の実の能力を発動させて人獣型になり、エレインの背後から近づく。

 

ブゥン……

 

「何だありゃあ?」

 

「黒い……玉……?」

 

するとエレインは右手を上に向け、パチンコ玉程度の大きさの黒い塊を産み出した。それを振り向き様カクに向かって投げ飛ばす。

 

「がっ……!?」

 

瞬時に"鉄塊"を発動させたカクだが、黒い塊はそれすら貫き、カクの右肩を撃ち抜いた。カクは人型に戻り、右肩を押さえて膝をつく。

 

「ナメた真似しやがって!!"鉄塊拳法"!!」

 

ジャブラは自身の持ち技である、全身に"鉄塊"をかけた拳法でエレインに素早く拳を打ち込む。

 

ガッ!

 

「何っ!?ぐあっ!!」

 

しかし、それすらエレインは容易く受け止め、そのままジャブラを頭上へ持ち上げて床に叩きつけた。さらにジャブラを遠くへ投げ飛ばし、自身は凄いスピードでそのジャブラを追いかける。エレインが追いながら右手を後ろへ引くと腕から黒い影が吹き出してエレインの腕を覆い、ぐんぐんと後ろへ伸びて先の方で黒い拳が形成される。

 

「て、鉄か……ぐぼぉっ!?」

 

"鉄塊"を貫き、エレインの影の拳がジャブラを打ちぬく。ジャブラは吹き飛ばされて壁へと激突する。まだ意識はあるようだが、ゲホゲホと咳き込み、相当のダメージを負った様子だ。

 

「!あの技はルフィの……」

 

ゾロは、エレインがジャブラに叩き込んだ拳がルフィが先日のウソップとの決闘で放った"ゴムゴムの銃弾(ブレット)"に酷似していることに気づいた。

 

「ゴホッ……!こりゃあ……」

 

「本気を出さねばのう……」

 

ジャブラとカクが睨み付ける中、エレインはなおも変わらず無言、その瞳は"赤く"輝いていた。

 

ドズゥゥンッ!!

 

「ブオォォォオ!!!」

 

「!?」

 

「今度は何じゃ!?」

 

「あ!?」

 

「何だあれ!?チョッパー!?」

 

カクとジャブラが構えたその時、今度は上から巨大な怪物と化したチョッパーが落ちてきた。その後、すぐにナミが来てゾロ達に状況を説明する。

 

フランキーに状況を伝えたチョッパーはナミに加勢し、CP9の一人のカリファと戦うことになった。その戦いの最中ランブルボールを3つ服用したチョッパーはあの姿となり暴走、カリファは一撃のもとに倒したものの、暴走は止まらず、ここまで来てしまったようだ。

 

「あの女が持ってた2番の鍵は手に入れたけど……、ていうか、チョッパーもだけどエレインのあの変化は何!?」

 

「色んなことが起こり過ぎてるな。だが、2番の鍵を手に入れたってのは朗報だ。今のうちにこれを外してくれ。」

 

「わ、分かった。」

 

ナミの持つ鍵でやっと解放された二人。そんな中、エレインと怪物と化したチョッパーは睨み合っていた。何が起こるか分からない緊張した雰囲気の中、二人に襲いかかろうとしたカクやジャブラをゾロが斬撃で退ける。

 

「グルルルル……!!」

 

「………………………」

 

息を荒げ、唸り声を上げるチョッパーをエレインは無言で見上げる。一触即発の雰囲気の中の睨み合いは数分間続いたが、その終わりは突然訪れる。

 

「ルル……ル……」

 

「えっ!?嘘っ!?」

 

先ほどまで暴れまわっていた怪物チョッパーが急に声を静めてドズゥンと倒れた。そしてシュルルルと身体がみるみる縮み、気絶しているものの元のチョッパーへと戻った。その事にナミは驚きの声を上げた。

 

「ああ……あ……」

 

「エ、エレイン……?」

 

だが、今度はエレインに異変が起きた。先ほどまで鋭い眼光で敵を圧倒していたエレインが急に頭を抱えてうずくまったのだ。

 

「あああああああっ!!!」

 

「エレイン!!どうしたのよ!!」

 

そしてあろうことかその頭を床に叩きつけ、激しい自傷行為を始めた。その様子に慌ててナミが駆け寄り、エレインの肩を掴む。

 

「しっかりしなさいっ!!エレインっ!!」

 

エレインの身体をブンブンと振って、しっかり目を見ながら励まし何とか正気に戻そうとするナミ。エレインのその瞳は"ドス黒い赤"に染まっていた。

 

「大丈夫……。大丈夫よ。」

 

「あ……ああ……あ……」

 

ナミがエレインを抱き寄せ、ゆっくり背中を撫でてやるとエレインは徐々に落ち着きを取り戻した。それと同時に瞳の色が戻り、髪もスーッと元の金髪へと戻っていく。

 

「ハァ……ハァ……ナミ…さん?私は一体……?」

 

「!エレインっ!!良かった!!」

 

やがて正気に戻り、辺りを見回すエレインをナミは笑顔で抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編10・妖精の脱出

今話より、パソコンからの投稿となります。何かと至らぬ点がございますが、何卒ご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…………と…………」

 

 司法の塔の内部、狼の間。ここは現在、激しい戦場の真っ只中である。現に海楼石の錠から解放されたゾロは、キリンの能力者のCP9と激しく斬りあって戦っている。そんな中、俺はというと、安堵の笑顔でナミに抱きつかれて困惑の表情を浮かべていた。

 

「これは一体……?」

 

「!アンタまさか覚えてないの!?」

 

「あ、いえ、一応記憶はあるのですが……」

 

 あの謎の花畑でエレインが去っていくのを見送った後、俺は意識をフッと失うことになった。そして次に気が付いた時にはあの謎の力でクマドリ達CP9を圧倒していた。だが、あの状態は力が凄まじい分制御がとんでもなく難しく、例えるなら、不発弾を抱えて戦っているような感覚で、いつ暴発するかわからない力を抑え込むのに必死で、記憶はあるものの、その時の理性はないという半ば暴走に近い状態だ。しかも、戦っているとき、何故だか力がどんどん増していく不思議仕様だ。強力ではあるが、現時点ではあまり実用的な力ではない。

 

「っつ!!」

 

「あ、ごめん!大丈夫?」

 

 ナミが俺を降ろし、俺の足が地面についた瞬間、全身に10万ボルトくらいの電流が流れたかのような痛みが走った。忘れていたが俺はクマドリに全身を痛めつけられ、かなりの重傷を負っていた。さっきまで元気に戦えたのは謎の力の影響か、はたまたアドレナリンが大量分泌でもされていたのか。幸い魔力は真・霊槍発動直後のまま、ていうかむしろ少し回復さえしていたので、ふわりと浮くことで痛みを避ける。

 

「エレイン、アンタまだ動ける?」

 

「へ?あ、はい。全身ボロボロですが、移動と少しの戦闘くらいは……」

 

「今フランキーが3番と4番の鍵を持ってロビンの下に向かってるからアンタも行って!その方がロビンも安心するでしょ!」

 

「はいっ!分かりまし……」  

 

ビュンッ!!ビュンッ!!

 

「……ってうわっ!!」

 

「キャッ!!」  

 

「はっ!行かすかよっ!!」

 

「お前は想像以上に危険なんでのぉ。」

 

 俺がロビンの下へ行こうとした時、カクとジャブラが俺とナミの間に嵐脚を飛ばして妨害̪してきた。二人は俺を仕留めんとこっちに飛びかかってきた。俺は風の魔力で迎撃しようと右手を前に突き出す。

 

「”三十六煩悩鳳”!!」

 

「”火薬星(ガンパウダースター)”!!」

 

 その時、ゾロの斬撃がカクを、そげキングの射撃がジャブラを襲い、それぞれ直撃を受けた二人は足を止めた。

 

「エレイン君!ここは我々に任せたまえ!!」

 

「こいつらを倒した後も戦いが待ち受けてるはずだ!できるだけ魔力は温存しておけ!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 俺は二人に礼を言って部屋を飛び出した。正義の門への道を探すためあちこちがむしゃらに飛んでいると、同じく正義の門への道を探しているフランキーと会った。彼は2本の鍵とクッション状態のシャスティフォルを抱えて通路を走ってきた。

 

「フランキーさん!」

 

「小娘!お前大丈夫なのか?」

 

「はい!ナミさんのおかげでもう大丈夫です!」

 

「そうか!良かった!これお前の武器だ!お前も正義の門に向かってんのか!?」

 

フランキーがシャスティフォルを投げ渡しながらそう聞いてきたので俺は「はい!」と答えた。

 

「さっきチムニー達から道を聞いた!この先のドでかい地下通路から行けるらしい!行くぞっ!」

 

 フランキーの案内で階段をひたすら降りていくと確かに大きな地下通路の入り口が見えてきた。その入り口の大きな鉄の扉はまるで大砲でも撃ち込まれたかのように破られていた。聞けばもうすでにルフィがここを通って行ったらしい。

 

入口を通り、長い長い地下通路を全力で飛んでいるとやがて何か部屋が見えてきた。部屋に入った途端、ルフィが吹き飛ばされてきたのでクッション状態のシャスティフォルで受け止める。

 

「船長!」

 

「エレイン!来たか!」

 

「麦わら!ルッチの野郎に苦戦してんのか!」

 

 ルフィの前には正義の門への扉の前で肩にハトを乗せて仁王立ちしたルッチの姿があった。

 

「よしお前ら!ロビンを追ってくれ!あのハトの奴の後ろの扉から正義の門へ行けるんだ!俺があいつを抑えるからよ!!」

 

「了解です!」

 

「スーパー任せろっ!」

 

 まずルフィが雄叫びを上げながらルッチに襲い掛かり、右ストレートを放った。ルッチはそれを素早い動きでかわし、ルフィの懐に潜り込んで指銃を一瞬で何発も打ち込んでルフィを吹き飛ばした。そのスキに俺とフランキーは扉へ向かうが、ヒュッとルッチが移動して俺達の行く手を阻む。

 

「”ストロングハンマー”!!」

 

 フランキーが右手のカバーを外し、鉄部分をむき出しにしてルッチに殴り掛かるも、ルッチは剃でヒュッと消えて攻撃をかわした。消えたルッチは俺の目前に現れ、右足で蹴りを放ってきた。俺は咄嗟にクッション状態のシャスティフォルを盾にして防御するが、シャスティフォルがメリメリと嫌な音を立てる。

 

「お前は危険だ。死ね。」

 

 ルッチは空中で素早く体勢を整え、今度は左手の人差し指を立て、指銃の構えをとった。それを見た俺はニコッと笑って飛行に使っていた魔力を解いた。

 

「何っ!?」

 

 魔力を解いたことで俺の身体はフッと自由落下し、ルッチの指銃は空を切った。

 

「"JET銃(ピストル)”!!」

 

ドンッ!!

 

 自由落下した俺の影からギア2となったルフィが超速の拳を繰り出した。俺の身体が影になってルフィの姿が見えていなかったルッチはその拳をモロに喰らい、吹き飛ばされて壁に激突する。

 

「フランキーさん行きましょう!」

 

「ああ!」

 

「二人とも!ロビンを頼んだぞ!!」

 

 そのスキに扉を通り、ルフィの声を背に俺達はロビンの下へ急いだ。また長い長い螺旋階段を全力で駆け上がっていく。

 

ドガァァァァンッ!!

 

「キャッ!」

 

「ぐあっ!!」

 

 階段を上るとそこは正義の門まで続く大きな橋だった。階段を上りきった時、フランキーの足元が爆発を起こした。フランキーはその爆発でドボォンと海に落ち、俺は空に吹き飛ばされる。ロビンを追う俺達の対策として敵さんが地雷を仕掛けていったらしい。しかし、方や鉄の身体を持つサイボーグ、方や空を飛べる妖精族、フランキーはすぐに橋をよじ登って復帰し、俺は即座に空中で体勢を立て直した。

 

「急げ!急げ!」

 

 体勢を立て直した俺は橋をよじ登るフランキーを待つことなく飛行を再開した。正面に見える正義の門はもう開いている。それも全開に。ということはもうすぐロビンが連れていかれてしまう。間に合わなかったら意味がない。速く、速く!

 

 全力で飛ばしているとやがて橋の終わりが見えてきた。手錠をはめ、傷だらけでこちらに逃げてくるロビンに海兵たちが銃を向けている。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 俺がロビンの前に体をねじ込んだ瞬間、その銃から弾丸が発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  

 

 

ドガァァァァンッ!!!

 

「!」

 

「地雷が!まさか誰か来たのか!?」

 

CP9の長官スパンダムに連れられ、正義の門へ向かうロビンは現在渡っているためらいの橋の先が爆発した音を聞いた。その音は自分を助けに来た誰かがスパンダムの仕掛けた罠にやられたことを意味していた。そのことにロビンは急ぐスパンダムに引きずられながら涙を流した。あんまりな状況に悔しくて涙が止まらなかった。

 

「よく見ておけ!これが歴史に名の刻まれる英雄の……」

 

 そしてスパンダムが正義の門へ踏み入ろうとする……

 

ボカァァン!!

 

「ポカバッ!?」

 

 その時だった。突如飛来した弾丸がスパンダムに命中し、爆発して彼を門の向こう側へ吹き飛ばした。彼の正義の門への第一歩はひどく情けないものとなった。その後も次々に弾丸が飛来し、門の周りで整列しスパンダムを出迎えていた海兵達を吹き飛ばしていく。それがどこからの攻撃か分からず、動揺する海兵達だが、その中でロビンだけはそれが誰によるものか分かっており、一点を見つめて流す涙を嬉し涙に変えていた。

 

「ちょ、長官あれを!!」

 

 やがて双眼鏡を覗いていた海兵が司法の塔の頂上を指さした。そこには巨大パチンコを構えたそげキングが立っており、風が吹く中寸分狂わず海兵達を狙っていた。海兵達はそげキングを狙って銃を撃つが、そもそも距離が遠すぎて銃弾が届かない。

 

「っ!!」

 

「長官!ニコ・ロビンが逃げます!!」

 

 海兵達がそげキングを狙うことに夢中になっているスキをついてロビンは正義の門から逆方向に走り出した。それを見たスパンダムは海兵達に発砲を指示した。歴史の本文(ポーネグリフ)を解読することができるロビンは政府が是非とも捕らえておきたい存在。殺すわけにはいかないので海兵達は急所を外してロビンを撃つ。

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「っ!!」

 

キキキンッ!!  

 

「「「なっ!?」」」

 

 思わず目をつむるロビン。しかし彼女に銃弾が届くことはなかった。突如介入した何者かによってすべて防がれたからだ。海兵達がどよめきの声を上げる。

 ロビンは恐る恐る目を開いた。

 

「………………」

 

「エレ……イン……」

 

 するとロビンの前には槍形態のシャスティフォルを背に、エレインが宙に存在していた。右手を肩の位置で真っすぐ横に突き出し、少し俯いて直立の状態で宙に浮くエレインの姿は傷だらけで、でもこの場を支配する確かな存在感を醸し出していた。

 

「……ロビンさん、遅くなりました。」

 

 エレインはロビンの方へ振り向き、そっとロビンに笑いかけた。その笑顔を見た瞬間、ロビンは心が何か温かいもので満たされていくのを感じた。エレインの傷を見ればどれだけの激戦をくぐり抜けてきたのか分かる。それでも自分をちゃんと宣言通りに迎えに来てくれた。そのことが何よりも嬉しくて。

 

「エレイン……、ありがとう……。」

 

「あはは、ロビンさんそれはまだ早いですよ。もうじき皆さんが来られますから、お礼はその時にお願いします。」

 

 ニコッと再びロビンに微笑んだエレインは表情を一変させ、目の前のスパンダム、ひいては周りの海兵達をキッと睨みつけた。ただの海賊、それも雑用係のはずなのに威厳のある眼差しに海兵達はたじろぐ。

 

「ひ、怯むな!撃……」

 

ズアァッ!!

 

 スパンダムが指示を出す前に、エレインはシャスティフォルを第五形態に変化させた。無数のクナイとなったシャスティフォルが辺りを飛び交い、海兵達がバタバタと倒されていく。スパンダムもドサッと尻もちをついた。

 

「ひっ!!」

 

「ずいぶんとロビンさんがお世話になったようですねぇ……」

 

 すぐに立ち上がろうとしたスパンダムだが、その時にはもうすでに槍形態のシャスティフォルの切っ先が彼の首に突き付けられ、腕を組んだエレインが空中から絶対零度の視線で彼を睨みつけていた。霊槍を操り、血だらけのメイド服をたなびかせるその姿はまさに妖精の王そのものだった。かつて誰しもが恐れた妖精王の存在を、スパンダムはしかとその肌で感じ取った。

 

「待てよ小娘。そいつは俺の獲物だ。」  

 

 その時、フランキーが遅れてやって来てエレインに赤い袋を投げ渡した。 

 

「おっと、これは?」

 

「さっき長っ鼻から送られてきたニコ・ロビンの手錠の鍵全部だ。それでニコ・ロビンを解放してやれ。俺はそいつに用がある。」

 

 そう言い、フランキーはゴキゴキと拳を鳴らしながらスパンダムに歩み寄る。そのフランキーとすれ違ったエレインは袋の中の鍵を次々に試し、5番の鍵でようやく外すことができた。その間、フランキーはスパンダムに何か個人的な感情があるようで、彼を容赦なく鉄の拳で殴り飛ばしていた。

 

ボガァァァンッ!!

 

 ロビン解放の喜びに浸る間もなく開かれた正義の門から突如砲弾が撃ち込まれた。砲弾は島を囲む鉄の柵を吹き飛ばした。よく遠くを見ると門の向こう、霧の彼方から海軍の軍艦の艦隊がやってくるのが見えた。

 

「っ!」

 

 やがてその艦隊が橋を囲むように配置につくと、ロビンが恐怖から自分の身体を抱きしめ、その場に座り込んでしまった。

 

「ロビンさん……、!そうか、これがバスターコール……」

 

 その様子を見て原作知識があるエレインはこれがバスターコールであることを思い出す。ぼんやりとした知識を探ると、確かに今見てる光景は自分の知っているエニエス・ロビー編のラストの場面と重なる。

 

「フランキーさん!少しヤバめの雰囲気です!早いとこ脱出の準備をしましょう!」

 

「おう!だったらあの護送船を奪うより他ねぇな!どけ海兵共ぉ!!」

 

 エレインがそう声をかけるとフランキーは左腕から砲弾を発射しながら、政府がロビンを運ぶために用意した船を奪うため突撃していった。

 

「ロビ……」

 

 エレインがロビンに声をかけようと振り向くと、ロビンはまだ恐怖から抜け出せておらず、地面に座り込んで震えていた。今彼女の脳内では幼い頃のバスターコールの経験がフラッシュバックしている。

 

「……………………」

 

「……エレイン?」

 

 そんなロビンの前にエレインはふよふよと移動し、彼女の前にトッと降り立った。そして…………

 

「にー!」

 

 飛び切りの笑顔を浮かべ、ロビンの口角を持ち上げて無理やり笑顔を作った。それは数日前、ロビンが闇に飲まれそうになった夜にエレインが彼女に行ったことと全く同じだった。

 

「もぅ、駄目じゃないですかそんな顔をしたら。言ったはずですよ、あなたには仲間がいるって。仲間ならあなたの背負う重荷を軽くすることができるって。」

 

 あの日のようにロビンの額をピンッと人差し指で弾き、頬を膨らましてロビンを励ます。その様子は彼女の可愛らしい姿も相まってプンプンという擬音が聞こえてきそうだった。

 

「……ありがとう。」

 

「元気出ましたか?」

 

「えぇ、おかげでもう大丈夫。」

 

 その可愛らしい励ましは確かに効果があったようだ。さっきまで止まらなかった震えが治まり、ロビンはスッと立ち上がり、フランキーが戦う護送船の方へエレインと共に向かう。

 

「おうニコ・ロビン!お前もう大丈夫なのか!?」

 

「えぇ、オハラの時とは違う。私はもう一人じゃないから。」

 

 そこからエレイン達は三人で護送船を奪うため乗っていた海兵達と戦った。海兵達も必死に抵抗したものの、力の差は歴然で次々と蹴散らされていく。

 

「うはははは!!悪いな海兵諸君!この船は俺達の脱出用に使わせてもらう!!」

 

 そしてわずか数分後、船に乗っていた海兵達は全員海へ落とされ、三人は見事船を奪うことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ 

 

 

 フランキーとロビンと共に護送船を奪った後、しばらくしてナミ達がココロさんに連れられて海中からやってきた。ルッチの策略で地下通路に水を流されたそうだ。その頃にはもう艦隊による一斉砲撃が始まっており、島は爆炎に包まれている。結果的にそのおかげでナミ達は助かったというわけだ。

 

「んがががが!よかったれぇ!!」

 

 ちなみになぜココロさんが海中を渡れたかというと、なんと彼女は人魚族だったのだ。人魚のわりに二足歩行で陸にいるが、人魚というのは30歳を超えるとヒレが二股にわかれて陸上生活が可能になるらしい。空を飛び、心を読める妖精族の俺が言うのもなんだが、人魚族、万能すぎやしないだろうか。

 

 まあ、とにかくこれでルフィ以外は護送船に到着し、あとはルフィがルッチを倒すのを待つのみだ。だがその間護送船及び俺達のいる橋が艦隊に囲まれてしまった。橋はロビンがいるおかげで砲撃を免れているが、その代わり軍艦に乗っている海兵達がロビンを奪おうと白兵戦を仕掛けてきた。

 

「くそっ!なんだこいつら!当たってくれねぇ!!」

 

「気をつけろ!能力者も混じってるぞ!」

 

 この海兵達というのがさすがバスターコールに参加するだけあって一人一人のレベルが高い。そげキングの射撃がかわされたり、ゾロの刀が錆びさせられたりした。

 

カキンッ!

 

「くっ!」

 

 俺も必死に戦っているが、海兵の一人に飛ばした槍形態のシャスティフォルを剣で容易く防御され、力でグググッと押されてしまう。そこからボンッ!とシャスティフォルを第二形態に変形させ、その海兵は海へ吹き飛ばしたが、また次の海兵が来る。やはり苦しい。敵の強さも然ることながら魔力も残り少ないので長いこと持ちそうにない。

 

 そんな中、壁が砕けた塔でルフィがルッチの強烈な一撃をもらって倒れたのが見えた。それを見たそげキングが仮面を外し、ウソップとしてルフィを鼓舞する。それによってルフィはもう一度立ち上がり、ルッチと対峙する。

 

「”ゴムゴムのJET銃乱打(ガトリング)”!!」

 

ドドドドドドドドドドッ!!!

 

 そして激闘の末、ついにルフィが勝利を収めた。超速の拳の嵐でルッチを吹き飛ばし、ルフィはドサッとその場に仰向けに倒れる。

 

「一緒に帰るぞ!!ロビーーーン!!!」

 

 勝利に叫ぶルフィ。しかし、まだピンチは終わってない。依然として周りは軍艦だらけでルフィは力を使い果たして体が動かない状態だ。おまけに頼みの綱の護送船が先程砲撃されてしまった。状況は悪くなる一方で脱出はもはや絶望的だ。

 

『……………………』

 

「え?誰ですか?」

 

 そう思った時だった。ふと誰かの声が俺の耳に届いた。この声は少し聞き覚えがある。ウォーターセブンに着いた時にメリー号で見かけたあの少年の声だ。その不思議な声は他の皆にも聞こえるみたいだ。その声は俺達に下を見ろと言っている。

 

「全員、海へ飛べーーーー!!」

 

 その声の通りに下を見たウソップがそう叫んだ。俺も下を見てみるとそこにはもう一人の俺達の仲間がいた。動けないルフィをロビンが能力で落とし、俺達は海へと飛び込む。

 

「メリー号に乗り込めーー!!」

 

『迎えに来たよ。』

 

 もう一人の仲間___メリー号へ乗り込むために。メリー号は不思議なことに誰も乗っていなかった。まるで船が自分の意志でここに来たかのようだ。聞こえた不思議な声といい、あながち間違いではないのかもしれない。

 

ドォンッ!ドォンッ!

 

 安心も束の間、もう相手方はなりふり構っていられなくなったらしい。ロビンの存在関係なしに軍艦がメリー号目掛けてバンバン砲弾を撃ち込んでくる。

 

「さぁ逃げるわよ!皆!」

 

「「「おぉーー!!」」」

 

 だがしかし、ロビン、メリー号と仲間が全員揃った俺達にもう怖いものなんてない。正義の門を閉め、海流を乱しておいたサンジの策略もあり、俺達はスイスイと軍艦の間をくぐり抜けていく。

 

「畜生っ!!あんなちっぽけな海賊団から!たった一人の女を何故奪えねぇ!?」

 

 もう間もなく軍艦の群れを抜けるという頃、一隻の軍艦の上であの長官スパンダがフランキーにやられてぷっくり腫れた顔で地団駄を踏んでいた。俺は彼を睨み、左手を彼の方へ向け、第五形態となったシャスティフォルを彼の頭上に滞空させる。

 

ズドドドドドッ!!!

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「「「ちょ、長官殿!!!」」」

 

 俺が左手をクイッと扇ぐと無数のクナイがスパンダに降り注ぎ、彼は軍艦の甲板を貫いて海に落ちることになった。俺はその光景を眺めながらパンパンと両手を叩く。もうすでにメリー号は軍艦の群れを抜け出ている。

 

「わわっ!ロビンさん?」

 

 その時、不意にロビンが俺の脇に手を入れて後ろから抱き上げてきた。彼女は困惑する俺を見てフフッと笑みを浮かべると皆を見渡してこう言った。

 

「皆、ありがとう!」

 

「しししっ!気にすんな!」

 

 政府との戦いに勝利し、メリー号は歓声と笑い声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編11・妖精の懸賞金

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エニエス・ロビーから脱出した俺達はゆったりと波に揺られてウォーターセブンを目指した。途中、仮面を取っていたウソップが我に返ってまた仮面をつけてしまい、再びそげキングに戻ってしまった。

 

「おや?皆さん、前方から船が……」

 

「あれはガレーラカンパニーの船だ。」

 

「アイスのおっさん!」

 

 しばらくすると前方から大型の船が近づいてきた。その船の帆にはガレーラカンパニーの会社名とロゴマークが描かれていて、たくさんの船大工が乗っている。総出でお出迎えに来てくれたようだ。

 

メキメキ……

 

「?……メリー?」

 

バキッ!!

 

「「「うわぁ!?」」」

 

 その時、一瞬嫌な音を立てたかと思うとメリー号の前方部分が折れてしまった。空中に浮いていた俺はともかく、他の皆はバランスを崩して甲板に倒れる。力尽きたかのように壊れたメリー号だが、メリー号はもう二度と走れないと断定された船。考えてみればこれが当然の結果なのかもしれない。

 

「おいおっさん!メリーがやべぇよ!頼む!何とかしてくれ!!」

 

 慌ててルフィが船に乗っているアイスバーグさんや船大工達に助けを求める。しかし、返ってきた返事はアイスバーグさんの「もう眠らせてやれ」の一言だった。話を聞くとアイスバーグさんはどういう経緯か波にやられ、廃船所に打ち上げられていたメリー号を発見し、謎の声に頼まれてできる限り修繕したらしい。その後、メリー号は引き寄せる波に乗ってひとりでに海へ飛び出して行ったらしい。

 

「長いこと船大工をやってるが、こんな凄い海賊船は見たことがない。見事な生き様だった。」

 

「………………分かった。」

 

 アイスバーグさんの言葉に長いこと考えてルフィはついにメリー号に別れを告げることを決断した。ガレーラカンパニーの船から小舟を二隻借り、少し離れた所でルフィ以外の全員が小舟の上で並び、船長であるルフィがもう一つの小舟に乗り、代表でメリー号に火をつける。

 

「メリー、海底は暗くて寂しいからな。俺達が見届ける。」

 

 そう言ってルフィはメリー号に火をつけた。炎は着火箇所から徐々に徐々に燃え広がっていく。よくゾロとルフィが特等席だと言って取り合っていた船首、下手な操舵であちこちぶつけてボロボロになった側面、ルフィ達が破いて俺が夜なべをして縫い合わせた帆、不味い不味いと酷評をもらいながらサンジと料理の特訓に励んだ台所、そのすべてが炎に包まれ、海底へとゆっくり沈んでいく。

 

『ごめんね……』

 

 その様子を見届けていると、不意にまたあの声が聞こえた。

 

『もっと皆を遠くに運んであげたかった。だけど僕は……』

 

「ごめんっつーなら俺達の方だぞメリー!!俺舵下手だからお前を氷山にぶつけたり島に乗り上げたりよ!帆も破ったことあるしよ!ゾロもサンジもアホだから色んなもん壊すしよ!その度にウソップとエレインが直すんだけど下手くそでよぉ!!」

 

『……だけど僕は幸せだった。今まで大切にしてくれてどうもありがとう。僕は本当に幸せだった。』

 

「っ!!…………メリーィィィィ!!!」

 

「……ありがとう、メリー号。」

 

 ルフィが叫ぶ中、俺は小さくお礼を言った。こうして海賊船ゴーイング・メリー号は皆に看取られながらその最期を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐガツガツ!」

 

「もう!船長!ボロボロこぼしてます!あぁ、ほら!ソースが口の周りに!こっち向いてください!きゃっ!ちょ、こら!私の服で拭かないでください!!」

 

 エニエス・ロビーでの戦いから二日後、俺達はガレーラカンパニーが建ててくれた仮設住宅にお世話になっていた。キッチン、バス、トイレ付きとかなり贅沢な造りである。

 そして、さっきから俺が何をしているかと言うと、ルフィのお世話である。迷惑なことにルフィは最近寝ながら食べる技術を編み出したようで、今もそれを使って寝ながらサンジの料理を食べている。だが、所詮寝ながらであるので行儀はいつも以上に悪く、そこら中を汚して食べている。それで見ていられなくなった俺がお世話をしているというわけだ。

 

「今帰ったぞー!!」

 

 しばらく仮設住宅で過ごしていると、フランキー一家の治療に行っていたチョッパーとロビンが帰ってきた。

 

「ロビンから目を離さなかったぞ!」

 

「よし!ご苦労チョッパー!」

 

「フフッ、もうどこにも行かないったら。」

 

 ビシッと敬礼をするチョッパーにサンジが敬礼を返す。もう二度とロビンが離れないように一味全員で見張っているのだ。

 

「おう!お前ら!スーパーか!?」

 

 次にフランキーがポーズを決めて仮設住宅に飛び込んできた。フランキーはその場にドカッと座り込むと何やら話し始めた。

 

「……ある戦争を繰り返す島に__」

 

「何だ突然!つまらねぇ話なら聞かねぇぞ!」

 

「黙って聞け!」

 

 フランキーの話によると、世界には例え何があっても倒れない最強の樹”宝樹アダム”が数本だけ生えており、その樹の一部が裏のルートで売りに出されることがあるらしい。フランキーの夢はその宝樹でどんな海も越えて行ける夢の船を造ること。俺達から奪った2億ベリーでその宝樹はもう手に入れ、図面も作成済み。これから造るその船が完成したら俺達に乗って行ってほしいそうだ。

 

「じゃあ、私達その船をもらえるんですか?」

 

「そうだ。俺の気にいった奴らに乗ってもらえるんならこんなに幸せなことはねぇ。」

 

「うおぉ!ありがとうフランキー!!」

 

「嬉しい!ルフィ!船が手に入るわよ!」

 

「ぐが~。」

 

 船が手に入るとあって大喜びの皆。そんな中でもルフィは相変わらず寝ながら食事を続けていた。

 

ガヤガヤ!わーわー!

 

「?何でしょう、外が……」

 

 そんなことを話していると、何やら外が騒がしくなってきた。不思議に思った俺が扉に近づいた次の瞬間__

 

ドカァァァァンッ!!!

 

「ひゃあぁぁぁっ!?」

 

「へぶっ!?」

 

 突然扉が爆発四散し、俺はその衝撃に吹き飛ばされて寝ているルフィにぶつかって二人仲良く床に転げ落ちた。

 

「お前らが麦わらの一味か。」

 

「海軍か!」

 

 俺がふわりと飛び上がると破壊された扉や壁の瓦礫を踏みつけた、将校のマントと犬の被り物を身に着けた海兵と、その後ろに大勢の海兵の軍が目に入った。俺は慌ててシャスティフォルを構え、皆と共に戦闘態勢を取る。

 

「くか~。」

 

「起きんかぁ!!」

 

ドゴォンッ!!

 

 犬の被り物の海兵は視認できないほどの超スピードで動き、俺がぶつかってもなお眠り続けるルフィに拳骨をくらわした。

 

「イデェーー!!」

 

「痛ぇ?何言ってんだ!パンチがゴムのお前に効くわけが………」

 

 拳骨をくらったルフィは飛び起きて殴られた箇所を押さえて転げ回る。打撃が効かないゴム人間のルフィに拳骨でダメージが通り、サンジは動揺する。

 

「愛ある拳に防ぐ術なし。ずいぶん暴れておるようじゃのぉ、ルフィ。」

 

 そう言うとその海兵は被っていた犬の被り物をおもむろに外した。すると白髪と白い髭を生やした強面の老人の顔が現れた。

 

「げぇ!?じいちゃん!!」

 

「「「じ、じいちゃん!?」」」

 

 その顔を見たルフィの口から出た言葉にその場にいる皆が驚く。その人物は、かつて海賊王ゴールド・ロジャーを何度も追い詰めた海軍の英雄、海軍本部中将モンキー・D・ガープその人だった。

 

「ガープさん、無意味な破壊はやめてくださいよ。」

 

「そう言うなドーベルマン。こうやって入った方がカッコいいじゃろ。」

 

 そんなことをしていると壊された壁の穴からもう一人、海軍将校が現れた。顔中に十字の傷があるこれまた強面の男であり、どんな海賊もその顔を見ただけですくみ上ってしまいそうだ。ガープさんの紹介によると彼の名はドーベルマン。彼もまたロジャーが名をとどろかせた時代を戦った海兵であり、海軍本部中将である。

 

「君がルフィ君か。私はドーベルマン。よろしく頼む。」

 

「ん?おう!よろしくな、おっさん!」

 

 ドーベルマンはその強面には全く似合わない穏やかな表情を浮かべるとルフィに手を差し出した。ルフィはその手を笑顔で取り、がっしりと握手を交わす。ドーベルマンはガープさんの孫であるルフィに是非会ってみたいと今回のガープさんの航行についてきたのだそう。

 

「……………………」

 

「?どうかしましたかロビンさん?」

 

 仲良くルフィと握手を交わすドーベルマンを見てロビンが怪訝な顔をしていたので、俺は声をかけた。

 

「……ドーベルマンと言えば、海賊なら誰であろうと滅ぼす過激な思想の持ち主として有名な海兵だったはず。それが何故あんなにルフィと親しげに話しているのか………。」

 

「何か心境の変化でもあったんじゃないですか?人間、生きている内に何らかの経験で人生観を変えるなんてままある話ですよ。」

 

「……だといいんだけど………。」

 

 俺がそう言ってもロビンは訝しむ表情を崩さなかった。

 そんなこんなしていると町に出ていたゾロが帰ってきて、俺達が海軍に襲われていると思い、海兵達と戦い始めた。ルフィはそれを止めようと仮設住宅の外へ飛び出す。

 

「どれ、止めてみぃお前ら。」

 

「「はいっ!」」

 

 そこでガープさんは二人の若い海兵にそう指示を出した。二人はそれぞれルフィとゾロに襲い掛かり、他の海兵とは違う強さを見せるも、ルフィ達に敵うレベルではなく、すぐにルフィ達にやられてしまう。それを見てガープさんは「全く敵わんな!」と笑っていた。

 

「やっぱりお二人は凄い。お久しぶりです!コビーです!」

 

 どうやら二人はルフィ達の知り合いのようだった。立ち上がってパンパンと埃を払うとルフィ達と親しげに話し始める。

 

「さてお前ら、この壁直しておけ。」

 

「「「えぇ!?そんな勝手な!!」」」

 

 その間、ガープさんが海兵達に自分が破壊した壁を直すよう指示すると大ブーイングをくらった。結果、ガープさんを含む海軍総出で壁の修繕を行うことになった。

 

「よっこいせっと。」

 

「っ!!!!」

 

 壁の修繕のために床に腰を下ろしたガープさん。その時にマントが翻り、今までよく見えなかった彼の腰部分が見えた。俺は彼の腰にあるものを見て息をのんだ。

 

「ガ、ガープさん………それは………?」

 

「んぉ?これか?」

 

「何だそれじいちゃん。刃が折れてるぞ。」

 

 俺が震えた声でそれを指さすと、腰に巻いていた鞘からそれを抜き、俺達にかざして見せた。ルフィの言う通り、それは一見剣のように見えるものの、刃が根元からぽっきりと折れていて、光を反射して怪しげに輝く竜を象った柄のみとなっている。

 

「これは政府から預かった”常闇の棺”というものの欠片での。これから行く任務に使うものなんじゃ。」

 

 ガープさんが説明してくれるものの、俺の耳には全く入ってこなかった。俺はフラフラとガープさんに近づき、気が付けばその刃折れの剣を持つ手をつかんでいた。

 

「これを渡しなさい!」

 

「な、何をするんじゃ!?」

 

「さっさと渡しなさいっ!!これは人間の手に負えるものじゃないっ!!」

 

「ちょ、ちょっとエレイン!何やってんの!?」

 

 俺は今までにない程取り乱し、顔を青ざめながら必死にガープさんから刃折れの剣を奪い取ろうとした。何故なら俺はそれがどんなに恐ろしいものか知っていたから。

 常闇の棺は原作七つの大罪において、三千年前の聖戦で猛威を振るった魔神族を女神族、巨人族、妖精族、人間が力を合わせて封印したレリーフである。刃折れの剣はその棺の欠片であり、原作では魔神族に操られた聖騎士長ヘンドリクセンがその封印を解き、恐ろしい魔神族十戒が現世に再来することになる。

 

「おいエレイン!何だってんだよ!落ち着けって!」

 

「船長!離してください!!早くあれを奪わないとっ!!」

 

 ルフィに羽交い締めにされ、ガープさんから離されるも俺はまだ暴れ続ける。

 

「ガープさん。妖精の彼女はそれがお気に召さないようだ。壁の修繕は兵士達に任せ、我々は船に戻りましょう。」

 

「う、うむ。」

 

「コビー君、私達は先に戻る。君達はゆっくりルフィ君達と話してきなさい。」

 

「「はい!ありがとうございます!」」

 

 その間にガープさんはドーベルマンに連れられて仮設住宅を出て行ってしまった。

 

「待てっ!!頼むっ!待ってくれぇ!!!」

 

 俺は必死に呼び止めるも、その声が彼らに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮設住宅を出たガープとドーベルマンの二人は並んでウォーターセブンの街を歩き、彼らの乗ってきた軍艦を目指していた。

 

「……この剣が何だと言うんじゃい。」

 

 その間ガープはエレインが異様に反応した刃折れの剣を訝しげに見つめていた。妖精族の彼女があそこまで取り乱したのだ。きっとこの剣には自分の知らないとんでもない秘密があるに違いない。ガープはそう考えていた。

 

「……………………」

 

「?どうかしたかドーベルマン?」

 

 そんな中、先ほどから頻りに後ろを振り返るドーベルマンを不思議に思ってガープが声をかける。

 

「……いえ、あの一味にはとんでもない者がいたものだと思いまして。」

 

「何?」

 

「フッ、こちらの話ですよ。」

 

 一人納得したような顔で歩き始めるドーベルマン。ガープは首をかしげて後ろを振り返るも、その先では未だに暴れるエレインをルフィが必死に押さえているだけであり、特におかしなことは見当たらなかった。少々疑問は残るが、気にするほどでもないかと自己完結したガープは再び歩き始め、軍艦に向かって行ってしまった。

 

 エレインとルフィ、その二人から伸びる影の一つが巨大な化け物の姿になっていることに気づかずに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後一頻り暴れたが、結局刃折れの剣を奪うことはできなかった。そうなると俺を襲うのは、原作七つの大罪のように十戒が復活してしまうのではないかという恐怖だった。十戒の恐ろしさはこの世界じゃ俺が誰よりも分かってる。俺はその恐怖で震え上がり、しばらく部屋で寝込むことになった。

 

「エレイン、どう?気分は。あとこれは仕立ててもらったあなたのドレスよ。」

 

「……大分落ち着きました。お騒がせしてすみません。」

 

 寝込んで三日目の朝、ロビンが部屋に俺の純白のドレスとコーヒーを持ってきてくれた。彼女は俺が寝込んでいる間、付きっきりで看病してくれた。俺はベッドの上で、ロビンは椅子に座って二人でコーヒーをすする。

 

「……あの剣が、どうかしたの?」

 

「………………」

 

 ロビンにそう聞かれても、俺はコーヒーカップを握りしめて俯くことしかできなかった。

 けど分かってる。分かってるんだ、これが逃げだってことは。ロビンの質問に答えることは簡単だ。「海軍があれを使って十戒を復活させてしまうのが怖いんです。」と、この一言を言えばいい。だけど、何故そんなことを知っているのかを聞かれたら、俺が転生者であることを明かさなければならないだろう。でも、俺はそんなこと絶対にできない。ルフィも、ゾロも、ナミも、ウソップも、、サンジも、チョッパーも、ロビンも、フランキーも、皆楽しいことや辛いこと、嬉しいことや悲しいことなど、色んなことを経験しながらここまで必死に人生を歩んできたのだ。だというのに、仲間とはいえその経験を何も知らない小娘が、「この世界は創作物なんです。」なんて言ったら皆どう思うだろう。それは彼らに対する最大の侮辱になるに違いない。

 だけど、ここは言ってしまうのが正解なのだというのもわかる。言って俺が嫌われようとも、彼らの安全には代えられない。ガープさんはルフィのおじいさんなわけだし、言えば何らかの策をしてくれるだろう。

 

 言え。言うんだ俺。一言、たった一言を言うだけでいいんだ。簡単だろ?そんなことぐらい。さあ言え。言ってしまえばそれで____

 

「言いたくないならそれでいいのよ。」

 

「…………ふぇ?」

 

 俺が内心で葛藤しているとロビンが前から俺を抱きしめてきた。彼女は俺の頭をゆっくりと撫で、それによって荒れていた心がだんだんと落ち着いていく。

 

「あなたがそこまで恐怖することだもの。私も皆も、無理に聞き出そうとは思ってないわ。心構えができたらいつでも話して。」

 

 違う、違うんだロビン。これはそんな悠長なことを言ってられる問題じゃないんだ。今すぐ手を打つべき問題なんだ。頭ではそう分かっている。けれど、ロビンの言葉の甘い誘惑に心はどんどん引き込まれていき、気づけば「無理に今話さなくていいかも…………」なんて考えになってしまっていた。

 

「………そう……ですね。ありがとうございます。」

 

「フフッ、どういたしまして。さ、皆のところへ行きましょう。」

 

 そう言ってロビンは俺に手を差し出してきた。この手を取るのは絶対に間違いだ。そう理解している。理解しているというのに…………

 

「…………はい。」

 

 結局俺は誘惑に負け、その手を取ってしまった。もしかしたら、これが後に起こる悪夢を食い止める最後のチャンスだったかもしれないのに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲ 

 

 

「エレイン!元気になったか!良かった!あ、そうだ見ろよこの手配書!」

 

 ロビンと一緒に皆がいる部屋に行くと、何やら皆テーブルを囲んで盛り上がっていた。俺に気づいたルフィが手を振りながら近づいてきて自分の手配書を上機嫌に見せる。見るとルフィの懸賞金が1億ベリーから3億ベリーに上がっていた。ルフィだけでなく、ゾロも上がっており、他の皆にもそれぞれ懸賞金がついたらしい。間違いなくエニエス・ロビーの一件のせいだろう。

 

「……あんたのもあるわよ、エレイン。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 テーブルに突っ伏し、重い雰囲気を纏ったナミが俺に一枚の手配書を差し出した。ナミは自分が賞金首になったことが相当ショックだったらしい。俺は彼女から手配書をおずおずと受け取り、恐る恐るその額を確認した。

 

”闇の聖女(ダーク・セイント)” エレイン

 

懸賞金1000万ベリー

 

 手配書の写真には、槍形態のシャスティフォルと、右手を掲げてシャスティフォルに指示を出す俺が映っていた。シャスティフォルを前に映すことで上手く俺とシャスティフォルを同時に撮っているカメラマンの手腕に驚きだ。

 そして金額、あれだけ大暴れした割にはナミの1600万ベリーより下と、低めの設定にホッと胸を撫でおろす。

 

「フフッ、エレイン、0を一つ付け忘れているわよ。」

 

「へ?」

 

 ロビンに指摘されて俺はもう一度手配書をまじまじと確認する。1000万に0を付け忘れるってまさか…………

 

”闇の聖女(ダーク・セイント)” エレイン

 

懸賞金1億ベリー

 

「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 初頭価格としてはあまりにぶっ飛んだ金額に俺は驚きの声を上げ、その場にパタンと倒れこんで目を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




解体罪書

エレイン

通称”闇の聖女(ダーク・セイント)”エレイン 懸賞金1億ベリー

身長:150㎝ 体重:38kg

出身地:日本(東北) 魔力:?

種族:妖精族(精神は人間) 特技:家事・雑用(料理以外)

好きな食べ物:サンジ特製スイーツ 嫌いな食べ物:オムライス

好きな言葉:半分こ 嫌いな言葉:正義

好きな動物:猫 嫌いな動物:猫

チャームポイント:エレインボディ 尊敬する人物:夏美

敵に回したくない人物:麦わらの一味 後悔している事:救えなかった事

闘級(エニエス・ロビー編終わり時点):4050 魔力3050
                      武力0
                      気力1000


 何故か七つの大罪の登場人物エレインとして生を受け、ワンピースの世界に転生した日本人。本名は神楽坂悠希。ワンピースの知識は残念ながら薄いが、七つの大罪の知識は豊富。そのためか、口癖はメリオダスと同じ「さてさてさーて」。目覚めたある無人島でルフィ達と出会い、それ以来麦わらの一味の雑用係として冒険に参加する。一味に加入した当初は世界的ヒーローであるルフィ達に無礼があってはならないと雑用に励んでいたが、元々世話焼きな性格なのか、今やルフィ達のお世話が日課になっている。いつも敬語で話しているが、精神は男であるため、度々口調が男物になってしまい、その度にロビンにたしなめられている。掃除・洗濯と家事の腕は一級品だが唯一料理だけは苦手であり、ロビン曰く、彼女の料理の味は「衝撃的で爆発的」。また、ルフィ達曰く、怒るとめちゃくちゃ恐いらしい。

・魔力
 彼女の魔力の詳細は現時点では不明。現在分かっていることはキングの”災厄(ディザスター)”とエレインの”神風(ミラクルウィンド)”の能力を持っているということだけ。戦闘では空を自在に飛び回り、この二つの能力を駆使して、霊槍シャスティフォルと風を操って戦う。

・霊槍シャスティフォル
 霊槍は本来神樹に妖精王に選ばれた者に授けられるもの。強度は鋼をも上回り、十通りの形態に変化できる。魔力”災厄(ディザスター)”によってのみその力は100%引き出せる。また、神器解放によって真・霊槍シャスティフォルとしてさらに大きな力を引き出すこともできる。

・謎の力
 エニエス・ロビーでの決戦で発現した力。発動中は髪の色が金から黒へ変わり、終始無言・無表情となる。肉体的に非力なはずのエレインがルフィのように肉弾戦で戦うようになり、しかもその強さはある条件を満たせばどんどん増していく。だが、その間瞳の色がだんだん赤に変わっていき、ドス黒い赤に染まると狂ったように自傷行為を始めてしまう。

・普通の高校生
 本人は普通の男子高校生を自称している。過去に何かあったようだが…………。

・闘級
 闘級とは原作七つの大罪において純粋な強さを数値化したもの。魔力はそのまま魔力の強さを表し、武力が身体能力の強さを表し、気力が戦いにおける冷静さと忍耐を表す。この三つの合計が闘級である。闘級は絶対的なものではなく、その時の状況や相性によって変化する。
 エレインの闘級はかなり高いもの(参考までに、七つの大罪の主人公メリオダスの物語第一部終了時の闘級は3370)であり、その数値はルフィ達をも上回る。しかし、彼女自身の戦闘経験がまだ浅いため、実際のところ闘級ほどの力は発揮できていない。

 ちなみにルフィ、ゾロ、サンジの闘級は以下の通り。

ルフィ:3580 魔力0
       武力2380 
       気力1200
            
ゾロ:3140 魔力0
      武力2400  
      気力740  

サンジ:3010 魔力0
       武力2200
       気力810

なお、闘級に悪魔の実の能力は考慮されない。
     





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エニエス・ロビー編12・戒めの復活

 

 

 

 

 

 

 

 ここは世界のほぼ中心に位置する島マリンフォード。三日月型のこの島には、数多くの海賊が”ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を求めて海で跋扈する大海賊時代には珍しいのどかな街が広がっている。横暴な海賊達とは無縁なこの街が今日も平和なのは島の中心にどっしりとそびえ立つ海軍の総本山、海軍本部があるおかげである。建物内の広場では、海賊の魔の手から人々を守るため、今日も海兵達が厳しい訓練を受けている。

 

 そんな海軍本部の一室で、海の治安を守るための会議が開かれていた。

 

「……では、続いての議題です。」

 

 たくさんの名のある将校が御膳の前に座る中、チリチリ頭の男が将校達の視線の先に立ち、報告書をペラリとめくる。彼の名はブランニュー。彼は今、日々移り変わる海の情報を将校達に報告していた。彼は次の議題へ移るため、会議室の前にあるホワイトボードに青いマグネットで一枚の手配書を張り出した。その手配書を見て、長時間に及ぶ会議であくびをしたりと疲れの色を見せていた将校も目の色を変える。

 

「先日前代未聞の大事件を起こし、一味全員が指名手配となった麦わらの一味、その一人”闇の聖女(ダーク・セイント)”エレインについてです。」

 

手配書の写真には、シャスティフォルを駆使して戦うエレインの凛々しい姿があった。空を自在に舞い、風を味方につけ、聖なる霊槍を振りかざして戦う彼女の姿は海軍も息を吞むほど美しく、まるで本当の聖女のようだ。しかし、どんなに美しくても彼女は海賊。正義を掲げる彼らからすれば闇に堕ちたも同然。だから彼らは彼女を”闇の聖女(ダーク・セイント)”と呼ぶのだ。

 

「……彼女のことは私も気になっていたのだ。確かにエニエス・ロビーを落とした海賊団の一員故、高額の懸賞金をかけるのは当然だろう。だが、初頭で1億はかけすぎではないかね?」

 

 将校の一人がブランニューにそう質問した。彼の言う通り、エレインがかけられた初頭懸賞金額はあまりに高すぎる。ルフィの初頭価格が3千万、歴史の本文(ポーネグリフ)が読めることで政府から危険視されているロビンが7900万、王下七武海の一人、九蛇の皇帝ボア・ハンコックでさえ8千万ベリーだ。それを踏まえれば初頭価格から1憶ベリーをかけられ、一気に海賊の中の超新星(スーパールーキー)の仲間入りを果たしたエレインの異常さがわかるだろう。市民の方からも、海軍は小さな女の子一人にビビりすぎじゃないかという声がちらほら聞こえてくる。

 その将校の質問にブランニューは「もちろん分かっております。」と返事をし、「しかし……」とエレインの手配書の写真に写るシャスティフォルを指さした。

 

「奴が使用するこの武器をご覧ください。目撃した海兵の情報によればこの槍の強度は鉄以上、さらに状況に応じて様々な形態に変化するといいます。これは伝承にある妖精王が持つ霊槍の特徴と一致します。」

 

 ブランニューの報告に将校達は皆顔をしかめる。それは出来れば目をそらしたいと思う程厄介な問題だからだ。ここにいるのは皆激戦をくぐり抜けた歴戦の英雄ばかり。妖精族の厄介さも身に染みて分かっている。

 

 はるか400年も前のこと、世界政府と妖精族は互いに不干渉の密約を結んでいた。政府側は強大な魔力を持つ妖精族とあまり関わりたくなかったし、妖精族も人間にさほど興味を抱かなかった。両者の関係はそれで成立していた。

 ところがある日のこと、数百年に渡って一人の妖精が人間を大量に虐殺してまわる事件が起こった。その妖精は神出鬼没に人間の集落をまわり、残されるのは背中を無残に切り裂かれた死体だけだった。事態を重く見た当時の海軍が襲撃を受けた村に急行したところ、そこにいたのは件の妖精の死体と、呆然と立ち尽くす当時の妖精王だった。海軍は妖精王をすぐさま拘束し、そして妖精王は、長きに渡る一人の妖精の凶行を止めなかった”怠惰の罪”を受け、インペルダウンに投獄された。

 世界を震撼させたこの事件だが、政府はこれを好機と見た。この事件で妖精の恐ろしさは世界中に広まっていた。政府はそのことを大義名分に、厄介な妖精族を消すべく妖精王の森に総攻撃を仕掛けた。政府は本来煉獄の炎でしか燃やせない妖精王の森を何らかの手段を用いて火の海にし、妖精族は故郷をなくし、その数を著しく減らすこととなった。

 

 今回手配されたエレインはそのかつての妖精王が所有していた霊槍に非常に酷似した武器を操る。もしかしたら妖精王の再来かと警戒するが故、高額の懸賞金をかけたのだとブランニューは報告した。結局、なんにせよ警戒するに越したことはないという結論にいたり、その日の会議は終了した。会議が終われば多忙な将校達はそれぞれの任務へ散っていく。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そんな中、海軍元帥のセンゴクと海軍中将で大参謀と呼ばれるつるという女性だけが残った。

 

「………どう思う?おつるちゃん。」

 

 二人はしばらく神妙な顔をして黙っていたが、やがてセンゴクがつるにそう話しかけた。つるは目線をセンゴクに向けることなく口を開く。

 

「……どうも何もないだろう。確か数日前に報告があったね、例の島の聖女が神樹と共に消えたって。何かの理由で島を訪れた麦わらの一味がその聖女と接触してそのまま一味に加わったと考えるのが自然だろう。」

 

「……だが、確か妖精は人間嫌いのはず………」

 

「麦わらはあのガープの孫だよ?それくらい何ら不思議じゃないだろう?」

 

 つるにそう言われてセンゴクは海軍の英雄と言われる自由奔放な同僚を思い出し、思わず納得してしまう。確かに奇想天外なことを平気でやらかすあの男の血縁者ならば、あまり疑問はわかない。

 

「そしてあの霊槍。皆目をそらしてるようだけど、彼女は間違いなく今代の妖精王に選ばれた娘だろうね。今はまだ大したことなくても、早ければ数年後には相当厄介な存在になる。」

 

 そこまで言うとつるはふと天井を見上げた。そして自分がバリバリ戦場で活躍していた頃、海上で何度も戦った敵であり、戦友でもある妖精族の女性を思い出す。

 

「………ゲラード、妖精族はそんなに人間(私達)を恨んでいるのかい。その怒りは今も、燃え続けているのかい。」

 

 つるが呟いた言葉にこたえるものはこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは偉大なる航路(グランドライン)のとある島。海と山に囲まれて活気が溢れるこの島の沿岸にある少女がいた。左手に一枚の手配書、右手に植物を象った杖を持った少女は波が打ち寄せる沿岸の崖の上に足をつけることなくふよふよと浮いている。そんな彼女は緑と赤の色鮮やかなドレスを身にまとい、左側頭部に大きな花がある帽子を被っている。そして何よりの特徴として彼女の背中には一対の羽が生えていた。

 

 少女は持っていた手配書をピラッと見る。その写真にはシャスティフォルと共に美しく戦うエレインの姿があった。それを見た少女はフッと満足げに笑う。

 

「無事だったか、まったく心配させおって。」

 

 それだけ言うと少女は手配書を海へ放り投げ、くるっと振り返り、ピンと背筋を伸ばした凛とした姿勢で島の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わってここは海底の大監獄インペルダウン。海の超凶悪犯ばかりが収監される鉄壁の砦の最下層、あまりに凶悪故政府からもみ消される程の犯罪者達が収監されるLEVEL6。別名「無間地獄」と呼ばれるそこは収監される囚人全員が死刑、もしくは完全終身というインペルダウンの中でもダントツでヤバイところだ。囚人は何もない監獄で鎖に繋がれて放置され、死ぬまで無限の退屈を味わうことになる。

 

「……なあ、知ってるか?さっき看守共が話してたのが聞こえたんだけどよ。」

 

 ある牢獄に閉じ込められた男の囚人が、同じ牢に入っているもう一人の男に話しかけた。先ほども言ったようにここは無限の退屈を味わう場所。こうしてほかの囚人に話しかけるくらいしかやることがない。

 

「エニエス・ロビーを攻め落としたってルーキーがいるらしいんだ。”麦わら”っていう3憶の男さ。」

 

「……へぇ、それはまた大胆なことをするガキがいたもんだ。」

 

「だろ?なんでもそいつは妖精の女を従えてるガキでな、その前代未聞さに慌てふためく看守共の顔ときたら傑作だったぜ。」

 

 ハハハッと男が笑うともう一人の男もつられて笑う。しばらく二人はルフィの話題で盛り上がっていたが、ふと話しかけた方の男が自分達の牢の丁度目の前の牢に目を向ける。その牢は男達の複数人用のものとは異なり、一人用の小さいものだった。中は暗い影が差しこんでいてよく見ることができない。

 

「なぁ、前から思ってたんだがよ、あの小っこい牢屋にはだれが入ってんだ?お前知らねぇか?」

 

「なんだお前知らなかったのか。あそこにはな、かの白ひげ海賊団元・一番隊隊長様が捕まってんのさ。」

 

「何!?白ひげ!?はぁ~、さすがはLEVEL6。囚人のレベルも高いねぇ。」

 

 話しかけた男は心底驚いた様子だ。それもそのはず、”白ひげ”という男は海賊王ゴールド・ロジャーとしのぎを削った世界最強の海賊であり、現在最も”ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”に近い男と言われている。

 

「あ、でもよ、白ひげは仲間の死を許さねぇんだろ?そんな奴が収監されてるってことはここは直に戦場になるんじゃねぇか?」

 

「いや、それはないだろう。」

 

 話しかけられた男はその件の牢に目を向ける。相変わらずその牢の中を彼らは見ることはできないが、中では左頬から首にかけて傷があり、白い髪や髭が伸びきった男が捕らえられていた。他の囚人達が鎖で繋がれているだけなのに対し、その男は鉄の猿轡をくわえさせられ、四肢を何本もの鉄の杭で打ち付けられていた。その声すら出せない徹底した拘束は、この男だけは逃がしたくないという政府の意思が透けて見える。

 

 その牢を見ながら話しかけられた男は話し始める。

 

「10年前、海軍中将オニグモに捕らえられてからずっとろくに口もきけず、動くこともできず、食事もろくに与えられることなく、ただただ拷問を受け続けてるんだ。正直、今も生きてるのが不思議なくらいだ。いくら白ひげといえども今更そんな奴のために戦ったりしない。」

 

「……なるほど、なんだそうか~。つまんねぇな。」

 

 男の説明を聞き、話しかけた男は興味を失って虚空を見上げる。白ひげがこのインペルダウンで暴れてくれればどさくさに紛れて脱獄できるかもしれないと期待したからだ。その可能性はないと否定されれば興味も失せる。

 

__~♪…~♪…

 

「ん?鼻歌?」

 

「こんなものどこから聞こえてくるんだ?」

 

 その時、誰かの鼻歌が聞こえてきた。曲はビンクスの酒だろうか。二人は歌の出所を探そうとキョロキョロ辺りを見渡す。

 

「フ~~~ン~~~♪ンンン~~ン~~♪」

 

 その鼻歌は、さっきまで二人が話していた白ひげ海賊団元・一番隊隊長が歌うものだとは二人とも気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうおう兄ちゃん羽織良さそうですねぇ、ちょっと恵んでくださいよ。あぁん?私が誰だか分かってるんですか?私はかの1憶ベリーの海賊…………」

 

「エレイン?さっきから何ブツブツ言ってんの?」

 

 ウォーターセブンの麦わらの一味の仮設住宅。その部屋の隅で壁に向かってブツブツ喋るエレインにナミが声をかける。

 

「いえ、折角1憶という高額で手配されたのは嬉しいんですが、私のこの見てくれでは迫力にかけるかなと思いまして…………」

 

 エレインは自身のつるぺたすとんな身体をぺたぺた撫でながらそう答える。そんな彼女にナミはハァと呆れ顔になる。

 

「また変なこと始めて………、心配しなくても1憶の海賊を捕まえようなんて連中は妖精族が手強いことくらい分かってるわよ。」

 

 そんなことより___とナミはしゃがんでエレインと目線を合わせると、緩んでいた彼女の頭の包帯の結び目をキュッと結び直す。

 

「もうちょっと大人しくしてなさいよ。あんたは一番重傷なんだから。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 そう、今エレインは全身に包帯が巻かれた痛々しい姿となっている。クマドリとの戦いで全身に打撲や火傷を負い、骨も何本か折れてしまったエレインはチョッパー先生の治療を受けてこのような姿になってしまった。

 

「ほら行くわよ。フランキーの船が完成したって。皆はもう行ってるわ。」

 

「分かりました。今行きます。」

 

ナミとエレインは荷物を担ぎ、仮設住宅を後にした。

 港に行くともうすでにナミとエレイン以外は集まっており、新しい船のお披露目を今か今かと待ちわびていた。フランキーが設計した夢の船、ガレーラカンパニーの面々も造船に協力したらしく、布を被った船の傍らにはパウリー達が廃材を枕にして眠っていた。しかし、肝心のフランキーはいない。ルフィが仲間に誘うことを見越して身を隠したらしい。フランキーは何か事情があって海賊にはなりたくないようだ。

 

「この船は凄いぞ。どんな海でも超えていける。」

 

 そう言ってガレーラカンパニーと共に造船を手伝ったアイスバーグが船にかかった布に手をかけた。

 

「フランキーからの伝言はこうだ。『お前はいつか海賊王になるんならこの百獣の王の船に乗れ』!」

 

 アイスバーグが布を取るとメリー号のおよそ二倍はある大きさの、ライオンの船首を持ったスループ船が現れた。甲板はふかふかの芝生に覆われ、ジムや図書館、大浴場まで完備された船にルフィ達は大興奮だ。

 

「うおぉ!!夢にまで見た鍵付き冷蔵庫があった!巨大オーブンまで!!」

 

「こ、これはすごいですっ!これでお掃除が楽になりますっ!」

 

 中でもサンジとエレインが特に興奮しており、サンジはキッチンに備え付けられた設備に、エレインはフランキー作の自動でゴミを吸い込む機械、前世でいう掃除機にそれぞれ大喜びしていた。

 

 新しい船に大喜びしているとルフィ達はアイスバーグからフランキーを無理やりにでも海に連れ出すように頼まれた。フランキーは海に出たくないわけではないのだが、過去の出来事から自分をこのウォーターセブンに縛り付けてしまっているらしい。その束縛からフランキーを解放するためには力づくが唯一の手段なのだそうだ。

 その言葉を承諾してルフィ達が行ったフランキーの勧誘は過去類を見ないほどひどいものだった。

 

「ナミさん?何も見えませんよ?」

 

「あんたは絶対見てはいけないわ………」

 

 それがどういうものかは特に特筆しないが、終始ナミがエレインの目を塞いでいたことを記しておく。何はともあれ無事にフランキーが仲間に加わった麦わらの一味はウォーターセブンを急いで出航する。というのも、ガープの船が攻撃態勢を整え、ルフィ達を探しているという情報をゾロとサンジが入手してきたからだ。だが、この船にはまだ一人乗っていない人物がいる。ルフィと決闘をして仲間から抜けたウソップだ。 

 ウソップについてはフランキーの船が完成するまでに話し合っていたことがあった。ウソップは理由はどうであれ、ルフィと決闘をして敗け、勝手に一味を出て行った。それ故にルフィが下手に出て彼を迎えに行くことは船長の威厳を失うことに繋がるということで、彼が謝りに来るまで待つことになったのだ。だが、結局出航までウソップが現れることはなかった。

 

「しょうがねぇよ!ずっと待ってたけど来なかったんだ。これがあいつの答えだ。あいつはあいつで楽しくやるさ!」

 

 そう言って笑うルフィだが、その無理やり作った笑顔は見ていて苦しい。

 

ボォンッ!!

 

 そんな時、遠方から砲弾が飛んできて船の付近に着弾した。見れば犬を象った船首を持った海軍の軍艦が島の影から現れた。軍艦の船頭でガープがメガホンで叫んでいる。ウォーターセブンではルフィ達を捕まえないと言ったガープだが、その事を海軍本部にバカ正直に報告してお叱りを受けたのだそう。ガープは船を狙って素手で次々に砲弾を投げる。

 

ズドォンッ!ズドォンッ!

 

「どわっ!無茶苦茶だあのじいさん!!」

 

 その砲弾の速度は尋常ではなく、大砲で撃つものより威力も数段上だ。ルフィ達は砲弾を叩き落として必死に船を守る。

 

「来た!ウソップが来たぞ!」

 

 そんな中、チョッパーが海岸に駆け付けたウソップの姿を発見した。チョッパーは急いでそのことをルフィ達に伝える。その間に海岸のウソップは必死に叫びながら船の方に走ってくる。

 

「エレインッ!ウソップが来たってば!」

 

「”追撃のつむじ風”!」

 

 ウソップの口から出てくるのは決闘の件をうやむやにしようという言葉のみ。待ち望んだ言葉ではないので、チョッパーが知らせてもルフィ達はそれを無視する。エレインもチョッパーの知らせにわざと被せるように技名を叫び、飛んでくる砲弾に追尾性能を持つ風の刃を飛ばした。

 

「ごめーーーーんっ!!」

 

 船がウォーターセブンを離れ、そろそろ海岸からの声も届かなくなるというとき、ついに待ち望んだ言葉がウソップの口から出た。ウソップは顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにしながら海岸の先で必死に頭を下げて謝っている。もう一度仲間に入れてくれとそう叫んでいた。

 

「バカ野郎っ!!早く掴まれーー!!」

 

 それを聞いて真っ先にルフィがウソップに手を伸ばした。ルフィもウソップと同じく涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。ウソップがルフィの腕を掴むとゴムの伸縮性ですごい勢いで船に引っ張られ、ルフィと頭をぶつけたウソップはあらぬ方向へ飛んでいき、それをエレインが苦笑を浮かべながら第二形態のシャスティフォルで受け止める。麦わらの一味のいつもの光景が戻ってきた。

 

「やっと全員揃った!冒険にいくぞ野郎共っ!!」

 

「「「おぉーーーーっ!!」」」

 

 ルフィが号令をかけて皆が元気よく返事をする。まずはこの砲撃を抜けなくてはならない。そのためにフランキーが指示したのは船の帆をたたむことだった。指示を受けたエレインが魔力を用いて慣れた手つきでシュルシュルと帆をたたんでいく。

 次にフランキーは船に名前を付けようと提案した。名もなき船では出航に勢いがつかないとのこと。それで未だ続く砲撃の中ではあるが船の名前を決める緊急会議が開かれた。皆思い思いの名前を提案するが、誰もかれもセンスがひどい。でたらめに動物を羅列させてみたり、船のイメージとかけ離れた名前を付けようとしたり、中々いい案が出ない。

 

「あ…あの………」

 

 そんな中、エレインがおずおずと手を挙げた。

 

「サウザンド・サニー号………なんてどうでしょう?」

 

 エレインは原作にてこの船に付けられた名前を提案した。それはアイスバーグが過酷なる千の海を太陽のように陽気に超えていく船という意味で提案した名だ。

 

「おお!カッコいいなそれ!」

 

「俺が考えたダンゴ・ゴリラ・ライオン号よりいい!!」

 

「しりとりかっ!!」

 

 当然この名はルフィ達も気にいったようで、船の名前はサウザンド・サニー号に決まった。

 

「おーーい!じいちゃんっ!これから俺達本気で逃げるからな!!」

 

 船の名前も決まり、後は逃げ切るだけとなってルフィがガープにそう叫ぶ。するとガープは一体どこから取り出したのかサニー号を優に超える大きさの巨大鉄球を投げつけてきた。

 

「”風来(クー・ド)バースト”!!」

 

 よもや鉄球が激突すると思われた瞬間、サニー号の後方に装備された巨大空砲から強烈な空気が発射され、サニー号が一瞬にして大空を舞い、巨大鉄球を回避した。宝樹アダムの強度と巨大空砲によって実現したサニー号の緊急離脱システムだ。

 

「今日からこいつがお前らの船だ!!」

 

「よっしゃー!」

 

「よろしくな!サニー!」

 

「エレイン!帆を張れ!全速前進っ!!」

 

「はい!船長!!」

 

 船も新しくなり、心機一転した麦わらの一味は次の冒険に向けて陽気に船を走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃまいった。逃げられたわい。」

 

 ルフィ達にまんまと一杯食わされ、ガープはニヤリと笑う。そしてさすがは儂の孫と腕を組んで大笑いした。

 

「……さて、儂らもさっさと任務を終わらせて帰るとするか!ドーベルマン!次の任務は何じゃったかの!」

 

「忘れないで下さいよガープさん。その常闇の棺の欠片を持って”決戦地ブリタニア”に行き、古代種族”魔神族”の封印を解く、ですよ。残りのレリーフと女神の使徒の血は現地で渡される手筈になっています。」

 

 任務を覚えていないガープにドーベルマンは呆れ顔になるとガープの腰にある常闇の棺の欠片を指さして説明した。

 

「……なぁ、ドーベルマン。俺はその任務についてよく知らねぇんだが、政府は何でまた魔神族なんて復活させようと思ったのよ?」

 

 そうドーベルマンに尋ねるのは自分で帰るのが面倒くさいと図々しくガープの船に搭乗していた青キジだ。青キジがビーチチェアに寝そべりながら質問するとドーベルマンが説明を始める。

 なぜ政府が魔神族を復活させようとしているのか。それを説明するためにはまず最近の政府の考え方について説明しなければならない。以前まで政府は古代兵器の存在とその復活を恐れていた。ロビンが幼くして指名手配されたのもそれに由来する。しかし、政府は兵器の復活を恐れるよりいっそ呼び起こして大海賊時代に終止符を打とうと考えた。今回の事件でアイスバーグを襲ったのは実はCP9なのだが、それも古代兵器の復活のためだった。

 魔神族の復活もその一環である。古代兵器の利用があまり上手くいっていない今、3400年前の第一次聖戦、そして400年前の第二次聖戦で猛威を振るった魔神族を甦らせ、政府の圧倒的な組織力と武力で配下に加えてしまおうというわけだ。これから彼らが向かう決戦地ブリタニアは第二次聖戦において最後の戦いの舞台となった島である。その島は極めて特殊な場所にある。エニエス・ロビー、インペルダウン、海軍本部の政府三大機関を結ぶタライ海流を造る巨大な大渦、その中心にその島は存在していた。

 

「よっしゃ!行くぞお前ら!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 ガープが指示を飛ばすとコビーを始めとするガープの部下達が船を慌ただしく走り回り、軍艦をブリタニアに向けて出発する。海軍の軍艦は船底に海楼石が敷き詰められているため、海の中の海王類達にその存在を気づかれることはない。軍艦の旅は順調に進んでいく。

 

「グオォォォォォッ!!!」

 

「お、大型の海王類だぁ!!」

 

「全員戦闘準備っ!!」

 

 だがそれも100%ではない。軍艦の存在に気付いた敏感な海王類が海面から顔を出してガープの軍艦に襲い掛かる。

 

「慌てるなバカもん!どれ、ここは儂が……」

 

 ガープは意気揚々と将校のコートを脱ぎ捨てた。すると腰につけていた常闇の棺の欠片が露になる。それを見た海王類がピクッと反応した。

 

__ォォォォ……ン………

 

 次の瞬間、海王類は常闇の棺の欠片が凶悪な竜となって自分に食らいついてくる幻覚を見た。それに怯えて海王類はガープの船に背を向けて海中へ去っていく。その様子にガープは不満げな顔をし、海兵達はホッと胸を撫でおろした。

 

「……一瞬、あの剣に怯えたみてぇだったな。」

 

 青キジがポツリと疑問を口にしたが、それを気にする者はこの船にはいなかった。

 それから数日間旅をして、タライ海流を何とか越えた末にガープ達はブリタニアに到着した。乗っていた海兵達はもうくたくたである。

 

「ガープ、やっと到着か。」

 

「おぉセンゴク。もう来とったか。」

 

 そこでガープ達を待っていたのはセンゴクだった。彼もまたこの任務のために海軍本部での会議が終わった後に駆け付けたのだ。その手には様々な種族が描かれたレリーフと血液が入った試験管を持っている。常闇の棺と女神の使徒の血だ。二人は合流するとブリタニアの奥地へ進み、木が開けた広場のような場所に出るとセンゴクがガープの持っていた刃折れの剣を常闇の棺にはめ込み、地面に放り投げ、女神の使徒の血をガープに手渡した。

 

「さあ、後は封印を解くだけだ。」

 

「ん?儂がやるのか?」

 

「お前がやれとの上からの命令だ。私は最後まで反対したのだがな………」

 

 そう言ってセンゴクは下がった。ガープが後ろを振り返るとセンゴクや青キジ、ドーベルマン、そして自分の部下達がいた。これだけそうそうたる顔ぶれが揃っていれば不測の事態が起きても大丈夫だろう。そう結論付けてポケットから書物を取り出して魔神族復活のための呪文を唱え始めた。

 

『これは人間の手に負えるものじゃないっ!!』

 

 不意に自分の孫の船にいた妖精の少女の顔が頭をよぎったが、ガープはすぐに頭から追い出して任務に集中する。

 

バリバリッ!!

 

 呪文の前半の部分が終了すると儀式の準備が完成した。レリーフから強い光が放たれ、空中に禍々しい穴が出現する。ガープは呪文の続きを唱えながら試験管から女神の使徒の血をレリーフに垂らす。すると禍々しい穴がより一層広がった。

 

「魔の者達の呪縛を解き放て。………ぐおっ!?」

 

「ガープ中将!?」

 

「これはマズいな………、全員退却!」

 

 すると次の瞬間、光の刃が飛んできてガープの身体を切り裂いた。危険を感じたセンゴクは海兵達を光の刃が届かない距離まで下がらせる。

 

「ぐぬぬ………、この程度でへこたれる儂ではないぞ!ぐおぉぉぉぉっ!!」

 

 ガープは無数の光の刃に襲われながらも海で鍛えた力を武器に耐え、尚も呪文を唱え続ける。

 

「消えよ………!無垢なる呪いっ!!」

 

グアッ!!

 

 ついにガープが呪文をすべて言い終え、儀式を終えると一際強力な光が放たれ、センゴク達は思わず目を覆った。目を開けると気を失ったガープが地面に倒れており、常闇の棺もバラバラになっている。

 

ゾクッッッ!!!

 

 だが、そんなことは正直今のセンゴク達にとってどうでも良かった。そんなことよりも目を引かれる者達が目の前にいたからである。そこにいたのは"九人"の化け物だ。数々の戦いを経験したセンゴクや青キジでさえ、身の危険を感じて身構えてしまう程の力を彼らから感じた。

 

 海賊達が猛威を振るう大海賊時代、そこに新たなる混沌………十戒が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・航海士と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい皆!今日はもうお開きよ!」

 

 そう言って私が手をパンパンと叩くと、新しい船サニー号の甲板で空になった皿や酒樽に囲まれてぐったりして眠そうにしていたルフィ達がのそのそと立ち上がってあくびをしながらそれぞれの寝床に向かっていく。

 戻ってきたロビンとウソップ、そして新しい仲間のフランキーとサニー号の加入を祝して今日は一日中宴をしていた。夢中でどんちゃん騒ぎをしていたらいつの間にかあたりはどっぷり夜になってしまっている。一日中騒ぎ続けてさすがのルフィ達も疲れたようだ。

 

「もうゾロさん、ちゃんと自分で歩いてくださいよ。」

 

「ぐぉ~!ぐぉ~!」

 

 ふと目を向けると腰に手を当てて呆れ顔のエレインが、彼女のいつも携帯するクッションを枕にいびきをかいて眠るゾロをクッションごとふよふよ運んでいた。妖精族である彼女は力こそまったくないものの、不思議な魔力で空を飛び、ゾロを男部屋のボンクに降ろして布団をかけた。

 

「ん~!あ、ナミさん。もうご就寝ですか?」

 

 私がその一部始終を見ていると、男部屋から出て気持ちよさそうに伸びをしたエレインが声をかけてきた。

 

「えぇ、エレインは?」

 

「私はまだ寝ませんよ。甲板をパパっと片付けた後、見張り番をする予定ですから。」

 

「えぇ!?今から片付けるの!?」

 

 私は改めて甲板を見る。一日がかりの大宴会の残骸として汚れた皿の山や酒樽が足の踏み場もないほど散らばっていた。これを夜も更けた今から片付けることを想像するとゾッとする。かく言う私も明日の朝に片付けるつもりでいた。しかも彼女はその後見張り番をすると言うのだ。どれだけ働くつもりなのだろう。

 

「お前、見張り番もあるのか?」

 

「あ、サンジさん。はいそうですよ。」

 

「ならやっぱ片付けはいい。今からやったんじゃ大変だろ。」

 

「何をおっしゃいますか!皆さんが気持ちのいい朝を迎え、より快適な冒険が出来るように努めるのが雑用係の仕事です。まだまだ働きますよ!」

 

「お、おぉそうか。」

 

 エレインのみなぎるやる気にサンジ君もたじろぐ。

 

「はい!それでは皆さんおやすみなさいませ!」

 

 私達にそう言うとエレインは早速作業に取り掛かった。彼女が魔力を甲板の芝生に流すと芝生が伸びて何本かの緑の触手になり、テキパキと皿や酒樽をキッチンへと運んだ。キッチンではエレイン自身が待機していて運ばれてきた皿やコップを慣れた手つきで次々に洗っていく。

 

 その光景を見て私はふと思った。仲間になってから彼女は日々私たちのために雑務をこなしてくれる。毎日の命がけの航海や冒険であまり意識したことはなかったが、彼女の仕事ぶり無しではこの船はもはや回らない。だというのに私は彼女の仕事のことをあまりにも知らなすぎると。

 

「……よしっ!」

 

 という訳で私は明日一日彼女の仕事を見ていこうと決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!波は穏やか天気も良好と、気持ちのいい朝ですねぇ。」

 

 次の日の朝5時少し前、エレインは甲板で気持ちよさそうに伸びをしていた。その後箒やフランキー作の掃除機を使ってサッと軽くサニー号の掃除をする。私は普段より二時間早く起きてまだうとうとしているのに彼女は朝からすごく元気だ。

 

「おーいエレイン、そろそろ朝飯の準備だ。」

 

「はーい!」

 

 ちょうど掃除が終わるころにサンジ君が起きてきて、二人は朝食の準備を始める。朝からとてつもない量を食べるルフィ達の朝食を作るのはかなり大変でエレインが手伝ってくれるようになって大助かりしているとサンジ君が前に話していた。今日の朝食はサンドイッチのようで、二人は色んな具材を次々パンに挟めていく。

 

「ぐおぉ!?」

 

「ありゃ、これもダメですか。」

 

 その時、エレインが作ったサンドイッチを試食したサンジ君がまるで毒でも盛られたかのように呻き、キッチンで膝をついた。エレインはその隣で自分の作ったサンドイッチをムグムグと頬張って首をかしげている。彼女の料理の腕が絶望的なのはもはや周知の事実だが、どうやらそのひどさは想像以上だったらしい。ただ具材をパンで挟むだけのシンプルなサンドイッチでも殺人的なポイズンクッキングになってしまった。

 そんなことがありながらも二人は手早く朝食を準備し終え、自分達の朝食を簡単に済ませたところでエレインが皆を起こしに行く。

 

「皆さーん!朝ですよー!起きてくださーい!」

 

 時刻は午前7時半。エレインは男部屋に備え付けられたベルを鳴らして皆を起こす。けたたましいベルの音に皆起き出してあくびをしながらダイニングへ向かう。

 

「くかー…くかー…」

 

「ぐぉ~!ぐぉ~!」

 

 しかし、男部屋には若干二名の寝坊助が取り残された。ルフィとゾロだ。二人は未だボンクの上で気持ちよさそうに眠っている。そんな二人にエレインはふわふわと近づいた。

 

「ほら二人共!朝ですよ!起きてください!」

 

カンカンッ!

 

 そしてどこからともなくフライパンとお玉を取り出し、二人の耳元で強く叩いた。エプロンをつけてフライパンとお玉を持つその様はさながら寝坊助の息子達を起こすどこかの母親のようだった。小さなお母さん。そんな言葉が私の頭によぎる。

 そんなフライパン攻撃にようやくゾロが観念して起きた。だが、それでも起きない強敵が残っている。

 

「むにゃむにゃ……サンジ……飯ぃ………」

 

 ルフィだ。昨日あれだけ食べたというのに夢の中でもサンジ君に食べ物を要求している。ていうかそんなに食べたいならさっさと起きればいいのに。そんなルフィにエレインはめげずにフライパン攻撃を続ける。

 

「むにゃ………」

 

「ふぎゃっ!」

 

 しかし、あろうことかルフィが寝返りを打ったことでルフィの腕がエレインを吹き飛ばしてしまった。エレインは壁に叩きつけられ潰れた猫のような声を出す。その後エレインはゆらゆらと亡霊のように立ち上がる。

 

「いい加減に………起きなさーい!!」

 

「わっかりました~!!」

 

 そして大声と共に暴風を起こしてルフィを男部屋から叩き出した。風で吹き飛ばされたルフィは飛び起きてそのままダイニングへ向かう。

 こんな感じで彼女は朝から大忙しのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズザアァァァァ!!!

 

ガキンッ!ガキンッ!

 

 午前9時、朝食とその後片付けが終わるとエレインは甲板でゾロと訓練を始める。無数のクナイとなったシャスティフォルを雨のようにゾロに向かって降らせ、ゾロはそれを最小限の動きでかわし、かわしきれないものは刀を使って弾いていた。

 

「”三十六煩悩砲”!」

 

 クナイがすべて放たれた後、そのスキをついてゾロが空に浮かぶエレインに斬撃を飛ばした。

 

ザンッ!  

 

 その斬撃はクナイが集まって一本の槍となったシャスティフォルによって切り裂かれ、霧散した。そんな訓練が約二時間続き、終わるとエレインはストンッとゾロの前に降りて礼をする。

 

「ありがとうございました。」

 

「こっちもだ。大分動きが良くなったな。」

 

 ゾロが言ったことは素人目に見ても分かる。エレインとゾロの特訓は彼女が仲間になってからずっと行われてきたことだ。最初の頃はまだ戦闘にどこかぎこちなさがあったエレインだが、毎日ゾロと訓練を重ねていく内に、最近ではより高度で複雑な魔力操作ができるようになっていた。

 

「おーいエレイン!こっち来いよ!ウソップと射撃ごっこしようぜ!」  

 

 その時、船頭で遠くに浮かぶゴミや岩礁を撃って遊んでいたルフィとウソップとチョッパーがエレインを呼ぶ。エレインは「はーい!」と返事をしてルフィ達の下へ駆け寄っていった。度々こうやってルフィの相手をするのもエレインの立派な仕事の一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この戦では彼の策略が勝利の大きな要因となったと考えられているわ。」

 

「なるほど、こっちの資料によるとそのためにかなり前から下準備を進めていたみたいですね。」

 

 昼食も終わって午後1時。エレインは紅茶を飲みながらロビンと優雅に歴史の勉強をしていた。テーブルの上に歴史の本を何冊か広げ、二人で討論をしている。何でも学ぼうとするエレインに歴史を教えるのはロビンとしても楽しいようで、二人は真剣に、時折笑いながら楽しそうに1時間ほど話していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん~♡最高ですぅ♡」

 

 ロビンとの勉強が終わるとエレインはおやつの時間になる。サンジ君の特製スイーツ、今日はイチゴをふんだんに使ったパフェを頬張り、ほっぺたを押さえながら至福の笑顔を浮かべる。その笑顔はまるで世界中の幸せがそこにあるかのような、見てるこっちがにやけてくる満面の笑みだった。自分が作ったものをそんな顔で食べてもらってキッチンのサンジ君も嬉しそうにしている。

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした。これで午後からも頑張れます。」

 

 食べ終わった後も味の余韻に浸り、しばらく可愛くぽんやりしていたエレインだが、ハッと意識を取り戻すと恥ずかしそうにはにかみながらサンジ君にお礼を言ってダイニングを後にした。

 おやつを食べてエネルギーが充電されたのか、その後エレインは鬼神のように大浴場の掃除やサニー号の大掃除をこなした。あっちこっちに飛び回って掃除をするエレインの姿に私は思わず圧倒されてしまった。

 

 その後彼女は朝食、昼食と同じく夕食の準備をサンジ君としていたが半分ほど準備が終わるとサンジ君に断って途中でキッチンから出て行ってしまった。何事かと追いかけていくと、なんと彼女はフランキーの下へ行き、サニー号のメンテナンスの仕方まで習っていた。船の修繕はフランキーに任せるとして、日々のメンテナンスはエレインが引き受けるつもりらしい。

 

 午後7時半頃になると夕食の準備が整い、皆でダイニングに集まってわいわい騒ぎながら宴会並みの大騒ぎの夕食、それが終わると入浴の時間である。いつもは入浴するのは私とロビンとサンジ君くらいで、他の皆は週に数回しか入らないが、今日は時折開催される男の大お風呂大会の日だった。私とロビンが入浴を終えた後、男チームが大浴場でバカ騒ぎを始めた。

 その間もエレインの仕事はある。脱ぎ散らかされた男共の服を拾い集め、タライを使ってゴシゴシと洗濯をする。その服達をサニー号のジムへと登る縄梯子に干したところでルフィ達が上がってきて、ようやくエレインが入浴する。何度か一緒に入ろうと誘ったのだが、なぜかエレインは異常に恥ずかしがって必死に断った。

 

 お風呂から上がったエレインは、ロビンが選んだ可愛らしいピンクの水玉のパジャマを着ると私の下にふわふわと近づいてきた。

 

「ナミさん、今日は海図を書くご予定はありますか?」

 

 そういえば、と彼女に海図を書く手伝いを頼む時は大抵今くらいの時間だったと思い出した。彼女に海図の手伝いを頼むようになったのはやはり彼女が仲間になってから間もない頃だ。彼女が私の海図に興味を持っているようだったので教えてみたところ、かなり呑み込みが早くて驚いたのを覚えている。それどころか彼女は平面で地図を書き表すための投影法や緯度経度の基準や測量方法についてなど、地図の読み方を知らない素人がするには明らかにおかしい質問をしてきた。私は彼女にどこかで何か教育を受けたことがあるか聞いたが、本人は首を傾げるばかりだった。

 

 話は戻していつもなら手伝いを頼むところなのだが、今日一日を通して彼女の大変さを知ってしまったため、とても頼む気にならなかった。

 

 今日知った彼女の仕事はまだほんの一部に過ぎない。誰かケガをしたり病気になったりすればチョッパーの治療の手伝いをするし、ウソップやフランキーと一緒に兵器の開発をしたりもする。さらには私から航海術を学んで私の補助までするのだ。

 

 そう思うと、とたんに今まで何も知らなかったことの罪悪感と普段どれだけ彼女に尽くされているのか知ったことによる感謝の気持ちが私の中に込み上げてきた。私はその気持ちに流されるまま彼女を抱き上げる。

 

「へ?わわっ!?どうしたんですか!?」

 

「何でもないのよ……ぐすっ………いつもありがとねエレイン!」

 

「え?ナミさんどうして泣いてるんですか?ていうか恥ずかしいですから降ろしてください!」

 

 何故か涙まで出てきた私は困惑するエレインをしばらくの間抱きしめて離さなかった。

 そしてその日以来、私がエレインに異常に親切になるのはまた別のお話。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編1・妖精とゴーストアイランド

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在決戦地ブリタニアにて、センゴクを始めとする海軍の面々は心の底から震え上がるような恐怖を感じていた。その恐怖は例えるならカエルが蛇に睨まれた時に感じるような、天敵に対するものに近い。本能的な恐怖を感じていた。

 その要因となっているのはセンゴク達が政府の命で復活させてしまった目の前の化け物たちだ。

 

 赤い甲冑のような姿をしてハルバードを肩に担いだ長身の老人、前髪がパッツンヘアーのピンクの髪を持ち白いレオタードを着て体の周囲に纏う闇が特徴的な少女、タコの触手のようなもので体を覆い隠す赤髪の少年、腕が4本あり肌が緑色の顔をボロ布で隠す巨人、禍々しい闇に仮面のような顔が無数に浮かんだ異様な姿の化け物、衣類を纏っておらず体の最低限の部分だけを闇で隠したオレンジ色の髪の猫目の女性、マントを纏ってストレートパートの髭を生やした黒紫色の髪の男性、紺色の服を着た銀髪で不気味な雰囲気を持つ男、赤い服を着た黒髪の少年………。

 

 その誰もが四皇と呼ばれる海の皇帝達が支配する偉大なる航路(グランドライン)後半の海、新世界でも十分に生き残っていける、いや、それ以上のことをしでかすに違いない。

 そう思ったセンゴクは彼らの並々ならぬ脅威に思わず息を呑んだ。

 

 

「…ケツから言って、称賛ものだな」

 

 突如オレンジ髪の女性が空を見上げてそう呟いた。それだけで海兵達はビクッと怯えて後ろに下がる。

 

「それは一度ならず二度までも我々をこの忌々しい女神の封印に追い込んだあの時の人間達の手腕は敵ながら称賛に値するものだ_ということか?」

 

 まるでその女性の言葉を翻訳するかのような髭の男性の言葉に、オレンジ髪の女性は「ん」と返す。その会話を聞いていた赤い服の少年はギリッと歯を食いしばり、右の拳を力いっぱい握りしめる。

 

「………っ! メリオダスめっ……!」

 

 その際、その少年から尋常じゃない殺気が放たれ、海兵達の何人かが泡を吹いて倒れてしまった。その中には、異常に高い見聞色の覇気の素質を持つコビーの姿もあった。そんな彼らをヘルメッポを始めとする周りの海兵が介抱する。化け物たちはそんな海軍のことなど意にも介さずに会話を続けている。だが、そのおかげでセンゴクは恐怖を和らげ、冷静になる時間が与えられた。

 

「(確かにこいつらは恐ろしい。だがここには私やガープ、ドーベルマン、そして海軍の最高戦力であるクザンもいる。さらにはベガパンクが新開発した”あの兵器”もある。何も恐れることはない。)」

 

「んんっ……」

 

 センゴクがそう考えていると丁度気絶していたガープが目を覚ました。ガープは頭を押さえながら立ち上がると目の前の赤い服の少年を見て目を見開いた。

 

「ルフィ?あ、いやよく見たら違うか。すまんのぅ、髪の色が似とったから見間違えてしまったわい」

 

 がっはっはっはと笑うガープを見てセンゴクはため息をつく。だが、そんなガープの戯言のおかげで化け物たちの関心がようやくセンゴク達海軍に向いたようだった。

 

「あー、まずは復活おめでとう。お前たちの封印を解いたのは他でもない私達だ」

 

 まずはセンゴクが前に一歩出て最初に発言してその場の主導権を握る。場を制圧する第一条件としてまず誰よりも先に発言して存在感を示さなければならない。智将と呼ばれるセンゴクはその辺をよく理解していた。

 

「……何こいつ、人間?」

 

「にしては随分闘級反応が高いッスねぇ。信じられねぇッス」

 

 ピンク髪の少女、赤髪の少年がセンゴクを見て何やら困惑の表情を浮かべている。主導権を握れたかどうかは不明だが、センゴクは少なくともなめられたわけではなさそうだ。

 

「お前たちを復活させた理由はただ一つ、我が海軍の軍下に入り、正義の戦力になってもらうためだ」

 

 センゴクは要件を単刀直入に言った。力を持った相手には余計な長話は避け、そうした方がいいことを経験上知っていたからだ。化け物たちはそれに眉一つ動かさず、何も言わない。

 

「ククク……カーッハッハッハッハッハッ!! 愉快愉快!」

 

 その静寂を破ったのは甲冑の老人だ。彼は体を反らして大層面白そうに大笑いする。

 

「あの裏切り者と結託したあの時の人間(貴様等)にはしてやられたが、愚かにも封印を解き、あまつさえ我ら十戒に下につけじゃと………」

 

 そこまで話すとその老人と赤い服の少年の姿がフッと消えた。そして次の瞬間には二人は海軍元帥であるセンゴクですら追うことが困難なスピードでそれぞれの得物を構えてセンゴクの眼前まで迫っていた。

 

「この身の程知らずがっ!!」

 

 老人のハルバードと少年の剣がセンゴクに迫る。

 

ガキィンッ!!

 

 だがそれらはセンゴクに届くことはなかった。老人のハルバードをガープが、少年の剣をドーベルマンがガードしたからだ。ドーベルマンと少年は組み合ったままだが、老人とガープは互いに距離をとって好戦的な笑みを浮かべる。

 

「むぅ、お前さん中々やるようじゃのう」

 

「がっはっは! お前もな! 年甲斐もなく燃えてきおったわい!」

 

 老人とガープはどちらも武人気質なところで気が合うのか敵同士でありながらも互いに笑いあう。

 

「やれクザン!」

 

 そのスキにセンゴクは青キジに指示を出した。

 

「あいよっと」

 

 青キジは軽い返事をしてセンゴクの命令を実行した。海軍大将の実力を遺憾なく発揮して化け物たちの間を目にも止まらぬ速さで走り抜け、彼らに銀の首輪を装着していく。

 

「! こいつは………」

 

 首輪を装着された銀髪の男が体に起こった異変に気が付いた。

 

「それは”AMR(アンチマギリングリング)”という。我が海軍が長年お前たち魔神族の身体を研究した結果をもとにDr,ベガパンクによって開発された兵器だ。海楼石と同程度の硬度を持ち、お前たちの魔力の一切の行使を制限する。さあ、お前たちの力は封じた。大人しく我が軍下につけ」

 

 腕を組んでそう告げるセンゴクだが、ガープと対峙している老人はフンっと鼻で笑う。

 

「我ら最高位の魔神に魔力を封じたくらいで勝った気でいるとは浅慮な男よ。貴様等ごとき今のままで十分じゃということを_」

 

「いや、分かった」

 

 老人はハルバードを構え、センゴクに再び斬りかかろうとしたのだが、赤い服の少年は剣を腰の鞘に収め、戦闘態勢を切ってしまった。これには老人も驚きの表情を浮かべる。

 

「……そうか、分かってくれたようで嬉しい。ひとまずお前たちはこの島で待機していてくれ。任務があればこの電伝虫で指示を出す」

 

 思ったよりもすんなり事が進んで腑に落ちないセンゴクだが、赤い服の少年に電伝虫を手渡して待機命令を出す。

 

「おいっ! どういうつもりじゃゼルドリス!!」

 

「黙っていろガラン」

 

 老人_ガランはこの結果が気に食わないのか激昂するが、少年_ゼルドリスに言われて押し黙る。センゴクはこの時点でこのゼルドリスという少年がリーダー格なのだろうと判断した。

 

 その後、センゴク達はマリンフォードに向けて出航し、島には十戒の面々のみが残った。

 

「…何故奴らに従ったの? ちゃんと説明してゼルドリス」

 

 ピンク髪の少女_メラスキュラの質問に「ああ、分かってる」と答えた。その後、十戒は島の奥地へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、美味しい料理、ごちそうさまでした」

 

「あの、それはいいですけど顔を拭きましょう?」

 

 そう言って俺はサニー号のダイニングでソースや食べ物のカスで顔中を汚したガイコツにハンカチを渡した。このガイコツの名はブルック。航海中にひょんなことから出会い、ルフィが新しい仲間として勧誘した人物(?)だ。

 ウォーターセブンを出航した俺達は次の島である魚人島を目指して順調に航海をしていた。その途中、毎年100隻以上の船が謎の消失を遂げる”魔の三角地帯(フロリアントライアングル)”に迷い込み、そこで出会ったのがゴーストシップを彷彿とさせるボロボロの船に乗ったブルックだった。見た目がガイコツという面白さからルフィは一目でブルックを気に入った。その様子を見てそういえば俺もシャスティフォルを面白がって勧誘されたなぁとしみじみ思いだした。

 それはさておき、ルフィ以外の皆はブルックのことを怖がるか警戒している。まぁ怪しい海で怪しい人物に出会ったのだからそれが正しい反応だ。しかし、俺は兼ねてより彼のことを知っていたのでルフィと同様に極めて自然に徹する。

 原作では彼は最初こそ皆に気味悪がられるものの、その義理堅さから後に受け入れられて麦わらの一味の一員となる。海賊であり、一度偉大なる航路(グランドライン)の厳しさに敵わず死んでしまうがヨミヨミの実の力でガイコツの姿で蘇った彼は50年前に偉大なる航路(グランドライン)の入り口で再会を約束したクジラのラブーンと再会するためこの深い霧に覆われた暗い海で50年間たった一人で生き続けている。

そんなブルックは俺も好きだし、仲間になることに不満はない。あるとすれば美人に目がない彼がナミやロビンのパンツは見たがるのに、魅惑のエレインボディを持つ俺にはノーリアクションということだが、そこはどうでもいい。

 しかし、ブルックを仲間にするのには大きな障害がある。実は彼は今、ある人物に影を奪われている状態で日の光を浴びると消滅してしまう体になっている。その人物の名は”ゲッコー・モリア”。世界でたった七人の政府公認の海賊”王下七武海”の一人でカゲカゲの実の能力者である。モリアは他人から奪った影を死体や物に入れることでゾンビの兵士を作り出すことができ、その力で過去に活躍した猛者達の無数のゾンビ兵を従えている。

 

ズズゥンッ!

 

「わわっ!?」

 

「おっと、大丈夫ですか!?」

 

「これは何の振動だ!?」

 

 ブルックからモリアについての話を聞いていると突如サニー号が大きく揺れた。椅子に座っていた俺はバランスを崩して倒れ、ブルックがそれを受け止めてくれる。

 

「まさか! この船はもう監視下にあったのか!?」

 

 ブルックは慌てた様子で甲板に飛び出すと目の前に広がる光景に目を見開いた。俺も甲板に出てみてその光景に「え?」と思わず言葉が出てしまった。さっきまで周りは何もない暗い海だったというのにいつの間にか不気味な雰囲気が漂う島が存在していた。

 頼りない原作知識によると確かあれは”スリラーバーク”。モリアが所有する世界最大の海賊船だったはずだ。俺達はあのバカでかい海賊船に捕まった形になったらしい。

 

「あなた達はここを何とか脱出してください! 絶対に海岸で錨を下ろしたりしてはいけません!」

 

 俺達の身を案じてブルックはそう言って自分の影を取り戻すべく、サニー号から飛び降り、海の上を走って単身スリラーバークに乗り込んでいってしまった。だが、冒険好きのルフィがそんな忠告を聞くはずもなく、俺達もスリラーバークに上陸することになった。

 ナミとウソップとチョッパーは怖くて行きたくないということで、一先ずフランキー作の小舟を試し乗りすることになった。それがメリー号を模して造られた小舟ミニメリー2号だ。ミニサイズだが復活したメリー号に三人は大喜びで乗り回す。

 

ガコンッ!

 

 ミニメリーの姿が霧のせいで見えなくなった時、変な音と共に三人の悲鳴が聞こえた。ミニメリーが島に乗り上げでもしたのだろうか。俺が空を飛んで三人の安否を確認しようとするが、突然サニー号の錨が勝手に下りたり、ハッチが勝手に空いたり、ルフィのほっぺたがむにょーんと伸びたりと不自然なことが立て続けに起こる。

 

「これは………まるで透明人間でもいるかのようですね」

 

「透明人間? んなもんどうしろってんだ」

 

「私に任せてください」

 

 異変を感じた俺は目を瞑り、辺りに意識を集中させた。

妖精族に転生した俺だが、まだ人間としての意識が強いためか読心や変身といった妖精固有の技能は使いこなせていなかった。だが、エニエス・ロビーで真・霊槍を発動して魔力が刺激されたのか集中して心の声を聞こうとすれば見えない相手の気配くらいは察知できるようになった。

 辺りを探ってみるとロビンに近づこうとする不届き者の気配を感じ取った。

 

「去れ曲者っ!」

 

ズドンッ!!

 

「ぐふぅ!?」

 

 俺がその一見何もない空間に槍形態のシャスティフォルを飛ばすと確かな手応えと聞きなれない男の呻き声が聞こえた。ビンゴだ。

 

「おぉ! 本当にいた!」

 

「よく分かったなエレイン!」

 

 透明人間はシャスティフォルに押されザザーッと甲板の芝生に足の跡をつけながら後ろへ滑る。その芝生の変化でルフィ達も透明人間の存在を確認した。俺の横に戻ってきた槍形態のシャスティフォルの刃の先端がほんの少し血に濡れている。本気ではなかったとはいえ、普通の人間ならば重傷を負ってもおかしくない力で攻撃したのに。透明人間は常人をはるかに超えた強靭な肉体を持っているようだ。

 

「ガルルルルル………!!」

 

「? 猛獣の声?」

 

バッ!!

 

「あ! こら待ちなさい!」

 

 突然聞こえた猛獣の唸り声。恐らく透明人間が発したものだろうが、いきなり突拍子もなく聞こえたその声に俺は一瞬意識を反らしてしまい、そのスキに透明人間は船から逃走を図った。俺は再び気配を探って慌ててその後を追う。

 

「ホロホロホロホロ…♪」

 

「わっ! 何ですかこれ!?」

 

 透明人間を追って島に飛ぼうとした時、突然どこからともなく間抜けな顔をしたゴーストが現れた。かなりの速度で飛んでいた俺はそれを避けきれず、ゴーストは俺の腹部辺りを通過する。

 

「……あうぅ………私のような者が……目障りにも空を飛んで………すみません………」

 

「おいっ! どうしたんだよエレイン!」

 

 するとあっという間に俺の思考がすべてマイナス方向のものへ塗り替えられた。超ネガティブ思考になった俺はクッション状態のシャスティフォルに顔を埋め、体を丸めてふらふら宙を漂う。少しずつ高度が下がって海に堕ちそうになる俺をルフィが受け止めてくれた。

 

「何だ!? 小娘に何が起きたんだ!?」

 

「あのゴーストが何かやりやがったのか!」

 

「ちっ! とにかく船をつけるぞ! エレインがそんな状態じゃ三人を追えねぇ!」

 

「うぅ…私なんて…いっそハエに生まれれば良かったのに…」

 

「そんなことないわ。あなたは妖精族のエレインよ」

 

 空を飛べる俺が行動不能になってしまい、ナミ達を素早く救出に行く手段がなくなってしまった。まだネガティブが続く俺をロビンが抱きしめて慰める中、ルフィ達は錨を上げたり、帆を張ったりしてスリラーバークへ上陸しようとする。

 

ドォ…ン…!

 

「何だ!?」

 

「波が!?」

 

 しかし、まるで俺達の侵入を拒むかのように突如不自然な波がサニー号を襲い、船はどんどんスリラーバークから遠ざかる。

 

「いかん! ナミさんと逸れちまう!」

 

「フランキー! 船の秘密兵器で何とかしてくれ!」

 

「よしっ! 飛び出すびっくりプールってのがあるぜ!」

 

「「「楽しそうだなー、ってアホかっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後俺達は不自然な波に翻弄され、俺のネガティブが解けた頃に巨大なクモの巣にサニー号が引っかかってようやく島に船をつけることができた。船をつけた桟橋には計算したとしか思えないくらい丁度よく島の正面入り口があり、怪しみながらもそこから島に入る。

 

「お! 何だありゃ?」

 

 入り口を通るといきなり下りの階段があり、そこを下ると無数のガイコツが敷き詰められた趣味の悪い堀に出た。その堀の奥から何やら大きな獣がのっしのっし歩いてきて俺達を歓迎する。その獣は犬の身体に三つの尻尾、そして二つの犬の首に一つ狐の首が混ざった奇妙な出で立ちをしていた。

 

「一応…ケルベロスでいいんでしょうかねあれ」

 

「へぇ、地獄の方が安全だろうに」

 

「あら、可愛いわね」

 

「あいつケンカ売ってねぇか?」

 

「生意気だな」

 

「うめぇのかな?」

 

 本来ならこういう異形な生物を目の当たりにした人間は恐怖したりするのだろうが、生憎そんな可愛らしい精神を持った者はこの場にはいない。俺を含めてな。ケルベロスも怖がる反応を期待していたのか、俺達の反応にガガーンという文字を背負ってショックを受けている。出鼻をくじかれたケルベロス。戦闘能力はそんなにないのか、虫取り網片手にじりじりと迫るルフィに後ずさる。

 

「にししっ! お手!」

 

「ワン!ワン!コォン!」

 

 やけを起こしたのかケルベロスは手なずけようとしたルフィの身体に三つの頭でガブリと噛みついた。やはりケルベロスなのに一匹狐が混じっているのは中々シュールだ。噛みつかれたルフィにさほどダメージはなく、ケルベロスの犬の頭をポンポンと叩いてゆっくり離すように促す。

 

「こんにゃろっ!!」

 

ボカァンッ!

 

 そして三つの頭をまとめて殴り飛ばし、ぐったりしたケルベロスに「ふせ!」と言って満足気な顔をした。

 とにもかくにもケルベロスを手なずけた俺達は意気揚々と不気味な島に足を踏み入れた。ケルベロスに乗ったルフィが楽しそうに声を上げる。

 

「入ってすぐこんなオモロいの出てくんだからこの島楽しみだなー!」

 

「ケルベロスがいたんですからデュラハンとかも出てくるんですかね?」

 

「ふふっ、どうかしらね」

 

「元気ねぇなケルベロス、シャキッとしろ!」

 

「まぁ、敗者に妙な同情はしねぇこった」

 

「お~い!ナミさ~ん!どこだーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編2・妖精の影

文体は結局前のものに戻しました。こっちの方が書きやすいので。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島へ入った俺達は薄暗い森を抜け、やがて広い墓地に出た。道中、例のゴーストが俺達を監視するかのようにちょくちょく姿を現したが、今まで敵らしい敵は出てきていない。

 それで今俺達がいる墓地はまるで海外のホラー映画に出てきそうな程かなりいい雰囲気を醸し出している。こんな場所でもルフィは平常運転でここで弁当を食べようなんて言ってサンジに「飯が不味くなるわ!」と突っ込まれていた。

 

「あ~………」

 

 そんなことをしていると急に男の呻き声が聞こえてきた。声の出所を探ってみるとどうやらそれは墓の一つから発せられているようだった。俺達がその墓を見ると地面からズボッと手が生えた。そのまま見ていると地面から生やした手を支えにして、頭頂部が寂しい男が地面から這い出てきた。その男は全身に包帯を巻き、体の所々に縫い傷がある。

 そんな男を見てルフィは一言。

 

「大怪我した年寄り…!?」

 

「「「ゾンビだろ! どう見ても!!」」」

 

 少しズレたルフィのコメントにゾロ達と一緒に俺も突っ込んでしまった。そうこうしている内に墓場ではたくさんのゾンビが墓から這い出て…いや、飛び出してきた。一人一人思い思いのポーズを決め、「アチョー!」だの「ヒャッハー!」だの叫ぶその姿にサンジは「こんなに生き生きしてんのか? ゾンビって」と苦笑していた。

 

 そうして墓から飛び出したゾンビ達は一斉に俺達に襲い掛かってきた。四方から迫る敵にロビンは能力を発動させるために両腕を組み、サンジは吸っていたタバコの煙をフーッと吐き、俺はシャスティフォルを第五形態に変化させ、ルフィとフランキーは拳をボキボキと鳴らし、ゾロはチャキッと刀を抜いた。

 

「「「7憶B・JACKPOT!!」」」

 

 そして迫り来るゾンビ達をそれぞれの自慢の攻撃で吹き飛ばした。

 

 その後、吹き飛ばされたゾンビ達はその場に正座させられ、ルフィによって尋問を受けた。一応このゾンビ達もモリアの兵士の端くれなので、ナミ達の行方を聞いても知らないと言ってはぐらかそうとする。しかし、ひとたびルフィがボキボキ拳を鳴らせばゾンビ達は人が変わったようにペラペラとしゃべりだす。彼らによるとナミ達はこの墓場の近くにそびえ立つドでかいお屋敷に向かったようだ。

 

 それを聞いた俺達はゾンビ達をもう一度地面に埋め直し、さっさとそのお屋敷に向かう。その途中で俺達は一人の老人に呼び止められた。その老人はブルックと同じように影がなく、俺達の前で土下座して影を奪った男を倒してほしいと頼んできた。ここでルフィ達はモリアの名を始めて聞くことになる。

 

 ロビンによるとモリアは元の懸賞金が3憶2000万ベリーで、一時期は現在の四皇、”百獣”のカイドウとも渡り合った謎が多い男だという。

 

 今から戦う身としては何とも恐ろしい話だが、そんな話を聞いてもルフィは少しも臆することなく、モリアは俺達がぶっ飛ばすから任せておけと老人に豪語し、意気揚々と屋敷に向かい、俺達もその後を追う。

 

 墓場は屋敷のほとんど隣にあったので、少し歩けば屋敷に到着した。改めて見てみると西洋風の装飾が施された見事な屋敷だ。多分、海外のホラー映画ならこんな屋敷にボスのドラキュラ伯爵がいたりするんだろう。

 

「ん?」

 

「どうしたのエレイン?」

 

「いえ、屋敷の上に何かが見えまして……」

 

 俺の言葉にルフィ達も屋敷の上を見上げる。濃い霧で見えにくかったそれは霧が少し晴れてきたことでだんだん見えてくる。

 

「あれは……帆……!?」

 

 それは蝙蝠のように羽を広げるドクロのマークだった。屋敷の裏にさらに大きな塔のような建物があり、それが船のメインマストの役割を果たして、呆れ返る程巨大な黒い帆がかけられていた。そうだ、あまりに大きくて島のように感じていたが、ここはスリラーバーク。世界一大きな海賊船なのだ。それを確認するとそのスケールの大きさを改めて実感する。

 

「さあ! 行くぞお化け屋敷!」

 

 スリラーバークの凄さを再確認して、俺達はルフィの掛け声と共に屋敷に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「屋敷を囲めぇ! レッツフェスタナイッ!♪ 海賊達は一人たりとも逃がさなーい!♪」」」

 

 丁度ルフィ達が屋敷に入った直後、さっきルフィ達に倒されたはずのゾンビ達はノリノリのダンスと共にルフィ達が入った屋敷を取り囲んでいた。ゾンビである彼らは痛みを感じることがないため、やられてもケロッとして起き上がるのだ。彼らはモリアの海賊団の幹部であるアブサロムの指示のもと、ルフィ達が逃げられないように包囲網を張っている。

 

カツン……カツン……

 

 そんなノリノリのゾンビ達の間を一人の男が足音を立てて通る。青いズボンと白のシャツの上に黒のロングコートを羽織ったその男は最大の特徴として顔の下半分がライオンの顎になっている。この男がモリアの海賊団の幹部の一人、”墓場”のアブサロムである。

 アブサロムは先ほどエレインのシャスティフォルによる攻撃を受けたというのにピンピンしている。それは彼の身体には様々な動物の皮膚や筋肉が移殖されているからである。同じく幹部の一人である天才外科医ドクトル・ホグバックによってゾウの皮膚、クマ・ゴリラの300㎏の筋力、ライオンの顎を移殖した彼の身体は驚異の強さを持ち、シャスティフォルの一撃でもそうそうダメージを与えることはできない。

 

ギイィ……

 

 アブサロムは屋敷の裏まで来るとそこにある一際大きい扉を開いた。そして部屋の奥に十字架が建てられ、扉から十字架まで無数の棺桶が並べられた部屋に叫ぶ。

 

「さぁ! 得物共はおいら達の敷地に入り込んだ! 目を覚ませ! 将軍(ジェネラル)ゾンビ共っ!」

 

 アブサロムのその声に棺桶がガタガタと揺れる。そして様々な容貌のゾンビ達が棺桶から出てきた。ある者は大柄な鎧を纏った男、ある者は腕が何本もある男…。そのゾンビ達は墓場でルフィ達を襲ったゾンビ達とはどこか纏う雰囲気が違う。それもそのはず、このゾンビ達はその誰もが過去に名をはせた著名な戦士達。ルフィ達を襲った兵士(ソルジャー)ゾンビとは強さも格もまるで違う。

 

 将軍(ジェネラル)ゾンビ達はアブサロムの指示のもと、ぞろぞろと隊列を組んで部屋から出ていく。目的はルフィ達の捕縛である。

 彼らを見送ったアブサロムが部屋に戻るとまだ5体、部屋に残ったゾンビ達がいた。背中に弓を背負った男、大柄で刃の丸い斧を二つ持った男、刀身の先が波打つ曲剣を持った女、背丈よりはるかに長い剣を持つ少年、そして刃がギザギザの両刃の大剣を持った長身の男のゾンビだ。

 

「おいっ! お前達! 何をぐずぐずしているっ! ガルルルルッ!」

 

「まぁ少し待ってくれよ、ウチの船……じゃなかった、団長は寝起きに弱いんだ。」

 

 アブサロムがそのゾンビ達に怒鳴ると、長剣の少年ゾンビがそう返した。少年が団長と呼ぶ長身の男は棺桶のふちに座り俯いている。

 

「まったくしょうがねぇ奴らだな…。早く行けよ。」

 

 そんな男ゾンビの様子にアブサロムはハァとため息をついて部屋を後にした。アブサロムの言葉に少年ゾンビは「分かったよ。」と返事をする。アブサロムが部屋を去った後、少年ゾンビは改めて長身の男を見た。

 

「さて、アブサロム様の命令だし、そろそろ僕たちも行こうか。」

 

 少年ゾンビの言葉に長身の男は棺桶から鉄製の仮面を取り出し、それを顔に装着した。

 

「……メイクアップ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ行ったんだあいつらは?」

 

「船長、その鎧はどこで拾ってきたんですか?」

 

 屋敷に潜入した俺達をまず待ち構えていたのは大量のゾンビ達だった。強さはそこまで脅威ではなかったものの、壁に飾ってある絵画から飛び出して来たり、動物の剥製がゾンビだったり、クマの絨毯がゾンビだったりとその種類は多種多様だった。そんなゾンビ達を撃退した俺達だったが、いつの間にかサンジが消えていることに気がついた。どうやら夢中でゾンビ退治をしている最中、敵の策にはまってしまったようだ。ナミ達に加えてサンジも捜索対象になり、俺達は屋敷探検を続けていたが、今度はゾロまでもが消えてしまった。

 

 そんなわけで今俺達はルフィ、俺、ロビン、フランキーという4人パーティに、ナミ達の居場所を吐かせようと連れてきた小さな盾にブタの顔がついたゾンビを加えて屋敷を探索している。ルフィはどこで見つけてきたのか黄金の鎧を着てガシャガシャと足音を立てて歩いている。彼曰く、鎧があったら着るのが男のロマンなのだそうだ。

 

「広間に出たわよ。」

 

 そんなこんなで歩いているとまるで闘技場のような広間に出た。床には武舞台が敷かれ、あちらこちらにサーカスのようなテントが建っている。

 

ガキィンッ!

 

「うおっ!?」

 

「フランキーさん!」

 

 その広間へフランキーが足を踏み入れた瞬間、天井からフランキー目掛けて鎧のゾンビが剣を構えて降ってきた。フランキーはそのゾンビの剣を既の所でかわして距離を取る。しかし、そのゾンビはすぐさまフランキーと距離を詰め、剣を振るう。フランキーは盾のように変形させた左腕でその剣を防ぎ、ゾンビの腹に強烈な右ストレートをお見舞いした。

 

グッ……

 

「あ?」

 

ズバァンッ!!

 

「フランキー!!」

 

 だが、ゾンビはフランキーの一撃に耐え、踏みとどまるとフランキーに向かって突進。すれ違いざまフランキーを斬りつけた。

 

「やられやしねぇよこんな死人なんぞに!!」

 

 しかしフランキーはサイボーグ。鉄の身体で剣を防御したフランキーはゾンビの頭をむんずと掴み、そのまま遠くへ投げ飛ばした。投げ飛ばされ、武舞台を破壊しながら飛んでいったゾンビだが、ボロボロの状態にも関わらず平然と立ち上がる。その様子は明らかに今までのゾンビと違う。

 

「ブヒヒヒヒヒ! それがゾンビの本当の恐ろしさだ!」

 

 その時、後ろから俺達をあざ笑う笑い声が聞こえた。振り返るとそこにはいつの間にそこまで逃げたのか、さっきまで俺達が歩いていた通路に俺達が連れてきたブタゾンビがいた。

 

「将軍(ジェネラル)ゾンビ達は一人一人がかつて戦場で名を上げた強硬な戦士達なんだ! 一国の騎士団! 凶悪な犯罪者! 一流の海賊! そんな奴らが不死身になったと思え!」

 

 そのブタゾンビの言葉に前を見るとそこにはもうおびただしい数のゾンビ達がいた。その一体一体が強者の雰囲気を纏っており、今までのゾンビ達のように簡単に勝たせてくれそうにない。

 

「あれだけ打ち込んでもまるで応えねぇ奴がこんなにいるんじゃ、まともに相手してたらこっちが消耗しちまう!」

 

「そうか! これが最終戦じゃねぇんだもんな!」

 

「この広間の奥……どうやら中庭に出られそうですよ。」

 

「なら私達4人、そこで落ち合いましょう。」

 

「「「かかれっ!!」」」

 

 丁度俺達の作戦会議が終わる頃、将軍(ジェネラル)ゾンビ達は一斉に襲い掛かってきた。俺達はその攻撃をかわしながら4手に分かれる。

 

ブンッ!ブンッ!

 

「よっ! はっ!」  

 

 強靭な肉体から振り回される剣や斧を俺は空を飛んですいすいと避けていく。この後起こる戦闘も考えてなるべく魔力は温存しなければならない。

 

「コォー……コォー……」

 

「グフフフフ……」

 

「ボォー……」

 

 難なく敵をかわしていた俺は突如三つの大きな影に覆われた。前方を見ると三体の巨体の鎧ゾンビが俺の行く先を遮っていた。不気味な呼吸音と笑い声を出す三体はそれぞれ剣と斧と槍を構え、俺に向かって振り下ろす。

 

「……霊槍シャスティフォル第三形態”化石化(フォシライゼーション)”。」

 

 俺は素早く三体の懐にクッション状態のシャスティフォルを滑り込ませ、魔力を流した。するとシャスティフォルは刃が二股に分かれた矛のような形状に変化した。そして俺が右手を横に振るとシャスティフォルも横薙ぎに振るわれ、三体の腹部に矛の刃が当たる。

 

「な、何じゃこりゃあ!?」

 

 すると矛の刃が当たった箇所から三体のゾンビの身体が徐々に石化し始めた。いくら不死身のゾンビといえど石になってはどうしようもない。パキパキと石になっていく身体にパニックになっている三体を尻目に、俺はその横を悠々と通り過ぎた。

 

「一刀流”三十六煩悩砲”!!」

 

「えっ!? 何だ!? ゾロ!?」

 

 その時、ふと左サイドからルフィの声がした。そっちを見てみると剣を三本構えたおっさんのゾンビにルフィが襲われていた。そのゾンビはゾロの三刀流の剣術を使ってルフィを追い詰めている。ゾンビの性格と戦闘能力はそのゾンビの影の持ち主に由来する。あれは間違いなくゾロの影が入ったゾンビのようだ。

 

ズッ!!

 

「うわっ!?」

 

 ゾロゾンビに追い込まれてルフィはいつの間にか他の将軍(ジェネラル)ゾンビ達に囲まれていた。このままではルフィが捕まってしまうかもしれないと思い、俺が救出に向かおうとしたその時、突如死角から強い光を纏った矢が飛来した。俺はそれを咄嗟に上へ飛び上がることで回避したが、チッという音がして右腕にかすってしまった。矢はそのまま壁に向かって飛び、刺さるのではなくボゴォンッと破壊して大穴を開けた。

 

 俺は矢がかすった右腕を見る。着ていたエレインの肩出し白ドレスのフリル付きの袖が黒く焼け焦げ、ブスブスと黒い煙を上げている。しかし、俺はそんなことよりもある事に驚いていた。

 

「これは………魔力……?」

 

 そう、あの矢が纏っていた光、そしてそれを受けた自分の右腕から確かに魔力の存在を感じ取ったのだ。転生して何度かこの世界で戦闘をしてきたが、自分以外の魔力の使い手に出会ったことがなかった俺は、初めて感じる他者の魔力に驚いていた。

 

「あ~あ、外れちゃった。」

 

 俺が驚いていると何とも軽い調子の男の声が聞こえてきた。その方を向くとそこには5人の将軍(ジェネラル)ゾンビがいた。

 

「っ!!」

 

 俺はその5人を見て息を呑んだ。何故なら俺はその5人を知っていたからだ。輪のような刃の斧を二つ持った全身鎧の大柄の男はヒューゴ、俺にあの光の矢を放った軽い調子の声の持ち主の男はワインハイト、刃の先端が波打つ曲剣を構える女性はジリアン、背をはるかに超えた長い剣を持つ少年はサイモン、そして顔に不気味な鉄の仮面をつけ、巨大な大剣を肩に担いだ長身の男はスレイダー。

 

「……”暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)”……!?」

 

「ほぅ……俺達の名を知っているとは……」

 

 俺の驚愕の声にスレイダーがそう返答した。

 ゾンビとなっているが、彼らのその姿は見間違いようがなかった。彼らの名は暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)。七つの大罪原作においてリオネス国王に直属する騎士団が彼らである。本来主人公メリオダスが団長を務める”七つの大罪”がリオネス国王に仕える直属の騎士団だった。だが、”七つの大罪”は聖騎士長惨殺の濡れ衣を着せられ、国を追放されてしまう。その後に生まれたのが今俺の目の前にいる暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)だ。

 

 彼らの登場にますますこの世界の謎が深まった。400年前の妖精族滅亡、七英雄、ガープさんが持っていた常闇の棺の欠片、暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)……。一体どれ程の七つの大罪要素が紛れ込んでいるのか。

 

「まあいい。悪いが貴様を拘束させてもらう。」

 

 そのスレイダーの言葉が合図となって暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)が一斉に襲い掛かってきた。弓の使い手であるワインハイトが一瞬で距離を取って身を隠し、他の4人がそれぞれの得物を構えて突進してくる。大好きな漫画のキャラクターと戦えることに感動を覚える反面、その強さも重々承知しているため、いつも以上に気を引き締める。

 

「むんっ!」

 

 最初に攻撃してきたのはヒューゴだった。二つの斧を合わせて振りかぶり、ハンマーのように振り下ろした攻撃を落ち着いて見極めて回避する。そしてカウンターをくらわせようとシャスティフォルを槍形態にする。

 

「っ!」

 

ガイィンッ!!

 

「へぇ、よく気づいたね。」

 

 その時、背後から強い殺気を感じた俺はカウンター用に構えていたシャスティフォルを咄嗟に後ろへ移動させた。背後にはサイモンが迫っており、俺を両断するように振るわれた横薙ぎの長剣をシャスティフォルの柄の部分が防御した。

 

 ヒューゴとサイモンの二人に囲まれた状態はマズいと判断した俺は二人の間を抜け出して距離を取り、シャスティフォルを手元に引き戻す。そしてシャスティフォルを第五形態に変化させてパチンッと指を鳴らした。無数のクナイとなったシャスティフォルは二人に一直線に襲い掛かる。

 

ビッ!!

 

「っ! ”風壁(ウィンドカーテン)”!!」

 

 シャスティフォルを二人に飛ばした直後、俺の背後にヒュッと突然ジリアンが現れ、曲剣から俺に光線を飛ばしてきた。またも不意を突かれた俺は咄嗟に身体の周りに風を纏い、その光を受け流す。

 あの光はジリアン得意の拘束魔法だ。当たれば光が身体にまとわりつき、動くことができなくなる。

 

「中々しぶといな。」

 

「くっ!」

 

 何とかジリアンの魔法を凌いだのも束の間、ジリアンの影からスレイダーがヌッと現れ、大剣を振るって俺に襲い掛かる。ブンブンと大剣を振り回すその剣技は大剣の重量を全く感じさせない程速い。俺がそれをかわせているのはゾロと日々行っているトレーニングのおかげだろう。ありがとうゾロ。

 

 さて、この暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)のゾンビだが、やはりゾンビだけあって原作の彼らと違う所がちょくちょく見受けられる。例えばスレイダーは鉄の仮面をつけている時はオカマ口調になるはずだがそれがないし、使う剣技も漫画やアニメで見た荒々しい彼のものとは大分違っている。それは性格や戦闘力が影の持ち主のものに由来するモリアのゾンビの特性によるものだろう。

 

 しかし、さっきのジリアンの光、そして最初に受けたワインハイトの矢の光は間違いなく魔力だった。ワンピースの世界の住民が魔力を持っているとは考えにくい。よってそれは生前の暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)の面々が持っていたものということになる。だが、確か魔力は持ち主の死と同時に失われるものだったはず。メラスキュラの力で一時的に蘇った原作エレインや聖騎士長ザラトラスは再び魔力を使えていた。だが、目の前の暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)はどう見てもザラトラス達のように生き返ったようには見えない。でも魔力が使えている以上、モリアの能力でも生き返った扱いになるのだろうか。

 

「俺の剣をかわすとはな……、だがこれならどうだ?」

 

 ん?待てよ。ゾンビでも魔力が使えるってことは………ヤバイっ!!

 

「”威圧(オーバーパワー)”!!」

 

ズッ!!!

 

「っ! しまっ………!!」

 

 スレイダーが大剣を置き、腕を開いて身体を大きくみせるポーズをとると次の瞬間彼の身体が何倍もの大きさに見え、その威圧感に俺の身体は硬直し、まったく身動きが取れなくなった。

 しまった。完全に頭から抜けていた。スレイダーの魔力”威圧(オーバーパワー)”。相手を威圧することで一定時間その相手の動きを封じることができる。

 目先の剣技や暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)の連携の対策に精一杯でこの魔力の対策ができなかった。これは完全に俺のミスだ。

 

「終わりだ。仕留めろワインハイト、生け捕りだ。」

 

「了解、団長。」

 

 いくら後悔したところでもはやどうすることもできず、俺はワインハイトが放った矢の光を見たのを最後に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの? こんな所に隠れて。(ボソッ」

 

「なんかヤバそうな奴らが集まってるぞ。(ボソッ」

 

「他に隠れ場所がなかったんだからしょうがねぇだろ。(ボソッ」

 

 ミニメリーに乗っていたナミ、ウソップ、チョッパーの三人はエレインの推測通りスリラーバークに乗り上げてしまっていた。その後、島の恐ろしいゾンビ達に散々脅かされ、誘導されたかのように屋敷にたどり着いた三人はまたもゾンビ達に追い回され、色々あって現在はモリアの幹部の一人、ペローナに仕えるぬいぐるみゾンビの中に隠れていた。ぬいぐるみゾンビがその事を何度かペローナに伝えようとしているが、ペローナはぬいぐるみゾンビの声が気にいらないようでその度に「しゃべんなクマシー!」と怒られていた。

 

 モリア達は現在集会を開いているようでモリア、アブサロム、ホグバック、ペローナが一堂に会していた。幹部達が集まったことに満足気に笑うモリアは「早く俺を海賊王にならせろ!」と言った。

 

「何が海賊王だ! 海賊王になるのは俺だ!!」

 

 そのモリアの言葉に反応したのは縛られた状態で檻に入れられたルフィだ。ルフィのすぐ隣には先ほど運ばれてきたエレインがクッション状態のシャスティフォルごと縛られて気絶していた。二人とも将軍(ジェネラル)ゾンビ達に捕まってここへ連れてこられたのだ。

 

「キシシシ! お前らを集めたのは他でもねぇ! 記念すべき二つの大戦力の誕生を共に祝おうってんだ!」

 

 檻の中で暴れるルフィを尻目にモリア達の話は進んでいく。話によると今夜彼らが待ち望んだ最強のゾンビが二体完成するらしい。

 

「あっ! 海賊が檻を食い破って逃げます!!」

 

 そんな話がされる中、ルフィが鉄の檻を食い破って逃走した。と言っても縛られたままであるため、口でシャスティフォルをくわえ、器用に尺取虫のように逃げる。

 

「”ネガティブホロウ”!」

 

 しかし、そんな動きで逃げ切れるはずもなく、ペローナがあの触れるとネガティブになるゴーストを放出し、そのゴーストをくらったルフィは即撃沈してしまった。

 

「光を当てろ!」

 

「何すんだこのヤロー!!」

 

 その後、ルフィとエレインは縛られた状態で天井から吊るされ、背中から照明を当てられた。照明の強い光によって二人の足元に影がくっきりと映る。

 

「キシシシ!」

 

「何だあれ!? 俺とエレインの影!?」

 

 床に映った二人の影をモリアはベリべリとはがした。そして大きなハサミを取り出して二人の影をジョキンと切り離す。影を取られたルフィはガクンと気を失ってしまう。

 

「キシシシ! ついに手に入れたぞ! 3憶の戦闘力と1憶の妖精の力!! これで最強のスペシャルゾンビが一気に二体完成する!!」

 

 二人の影を手にしたモリアはご機嫌に高笑いする。一方影を抜かれたルフィとエレインはゾンビ達によって船へと連れていかれてしまう。それを見たナミが思わずぬいぐるみゾンビから出ようとするが、それをウソップが止めた。影を抜かれてすぐ死ぬわけではないことはブルックが証明済みなので、ウソップは敵がルフィとエレインの影をどうするか見届けるべきだと判断した。

 

 ルフィとエレインの影を手にしたモリア達は、その二人の影を入れるスペシャルゾンビの身体が保管されているという特別冷凍室へ移動した。そこにあった死体を見てナミ達は驚愕した。そこにあったのは500年前に国引き伝説を残した大悪党、”魔人”オーズの死体だった。オーズは特別冷凍室の中で巨大な鎖で拘束されていた。鬼のような角が頭に生えたオーズの身体は巨人族を軽く超えるほど大きく、その姿にナミ達は震えが止まらなかった。

 

 モリアはルフィの影に過去の人間関係の一切を消す過去消去の契約を施すと、ルフィの影をオーズの身体に押し込んだ。するとオーズはパキパキと凍り付いた鎖を揺らしながらゆっくりと動き出す。そしてその恐ろしい目をギロリと開いた。

 

「「「ぎゃあぁぁぁぁあ!!!」」」

 

 そのあまりの恐ろしさにナミ達はたまらずぬいぐるみゾンビから飛び出してしまった。ナミ達はモリア達に捕まらないように、あるいは恐ろしいオーズから逃げるように特別冷凍室を飛び出して逃げる。逃げるナミ達をアブサロムが追いかけていった。

 

「まったくドタバタしやがって。スペシャルゾンビの誕生はまだ終わってねぇぞ。」

 

 その様子に呆れたようにため息をついたモリアはホグバックにある物を持ってくるように指示する。指示を受けたホグバックは特別冷凍室のさらに奥の一室に保管されていた棺桶を持ってきた。将軍(ジェネラル)ゾンビ達のものよりかなり綺麗に着飾られているその棺桶をモリアは笑いながら開けた。そこにはオーズのような恐ろしい化け物ではなく、一人の少年が入っていた。髪は少し寝癖がある茶髪で顔は童顔、青と黄色のパーカーを着たその少年は随分と細身だ。棺桶に入っていた以上死体であるのだが、その少年はオーズや他のゾンビ達に比べて傷や腐敗がほとんどなかった。

 その少年の姿を見てモリアは一層ご機嫌に高笑いする。

 

「キシシシ! さぁ長い眠りから目覚めろっ!! かつて政府にも恐れられる絶大な魔力を誇った妖精王”ハーレクイン”よっ!!」

 

 そう言ってモリアはエレインの影をその少年__ハーレクインの身体に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編3・妖精と妖精王

長い間更新できなくて申し訳ありませんでした。ようやく更新再開です。活動報告の返信を見たら私を心配してくれる声が届いていて心にぐっときました。

皆様の応援をエネルギーに、これからも頑張ります!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんどん運べー! まだ足りねぇぞ!」

 

「どんだけ食うんだスペシャルゾンビって!」

 

 オーズの冷凍室は現在大騒ぎになっていた。復活したオーズにはルフィの性格が反映されており、ルフィばりの食欲で復活早々、オーズはモリアに食事を要求した。大勢のゾンビ達が肉や野菜といった大量の食糧を次から次へと持ってくる。それをオーズは巨大な口に放り込み、むしゃむしゃと食べる。

 

「ほら船長、お口が汚れてますよ。」

 

「おっ、悪ぃなチビ。ん? 船長って俺のことか?」

 

 ルフィのように口元を汚しながら食べるオーズに、もう一体のスペシャルゾンビが魔力で浮かせた大きな布でオーズの口元を拭く。エレインの影が入れられた妖精王ハーレクイン、”キング”のゾンビだ。

 

「キシシシ! ハーレクイン、おめぇはオーズと違って従順なようだな。」

 

「はい、ご主人様。」

 

 嬉しそうに笑うモリアの言葉に、キングはペコリとお辞儀をする。ゾンビとして復活したオーズだが、ルフィとオーズの体格差が大きすぎるため、ルフィの意思がまだ強く残っている状態だ。オーズがモリアの従順な部下となるにはもう少し時間がかかる。その点キングはエレインとの体格差はほとんどないため、従順な部下に仕上がった。

 

「さて、てめぇには過去消去の契約を結ばなかったわけだが、いくつか質問がある。政府は”闇の聖女(ダーク・セイント)”エレインを今代の妖精王だと睨んでいる。それは事実なのか?」

 

「……さぁどうでしょう? 私としては元ご主人がそれほどの器とは到底思えませんが。」

 

「そうか、なら次の質問だ。この海のどこかに妖精族の生き残り共が隠れている島があるはずだ。その場所を知っているか?」

 

「いえ、存じ上げません。申し訳ございません。」

 

「なんだ知らねぇのか。」

 

 キングがペコリと頭を下げるとモリアはがっかりしてその場に座り込んだ。モリアはあわよくば他の妖精族もゾンビにするつもりだったようだ。

 

「あぁ~食った食った。ちょっと外に出てくる。世界一周でもしてくるか。」

 

「「「いや大航海かっ!」」」

 

 キングとモリアが話している間に食事を終えたオーズはルフィのようなことを言った。それに突っ込む他のゾンビ達を尻目に、オーズは鋼鉄で密封された冷凍室の壁をいとも簡単に拳で破壊し、意気揚々と外に出て行った。

 

「海賊王に俺はなるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影を取られた俺、そしてルフィ、ゾロ、サンジはサニー号へ戻された。気絶していた俺達は船に戻ってきたウソップ達に起こされ、今の現状を知る。まず俺達の影が取られ、ゾンビにされていること、ナミがアブサロムという透明人間に攫われたこと、そしてブルックがルフィ達が前にあったクジラのラブーンの仲間であることが分かった。ラブーンのことですっかりブルックが気にいったルフィ達はナミと影の他に、ブルックの影も取り戻して仲間にすることを決める。

 

「ところでチョッパーさん、私のゾンビは見ませんでしたか?」

 

「ごめんなエレイン、俺達ルフィのゾンビが怖くってお前の影の行方は見てねぇんだ。」

 

「まぁでも、ブルックの話だとゾンビってのは影の戦闘力と死体の筋力が一致した時に強力な個体になるんだろ? エレインの力の本分は魔力なわけだし、エレインの高い魔力を最大限活かせる死体なんてそうそうあるもんじゃねぇだろ。」

 

 心配すんなと笑うウソップだが、俺にはどうも引っかかる。暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)のこともあり、肉体次第でゾンビは魔力も扱えることが分かっている。確かにウソップの言う通り、俺の持つ妖精王の魔力についてくるには普通の人間では役不足だ。だが、この世界には七つの大罪要素がねじ込まれている。例えばモリアが昔の妖精族の死体や、はたまた魔神族の死体を所有していた場合、俺のゾンビはオーズに負けず劣らない脅威となる。警戒するに越したことはない。

 

「よしいくぞっ! モリアをぶっ飛ばす!!」

 

「「「おう!」」」

 

「透明クソ人間めっ! クソ許さんっ!!」

 

 こうして俺達はルフィ、そしてナミが攫われたことで怒りに燃えているサンジを先頭に、再びスリラーバークに足を踏み入れた。向かってくるゾンビ達を返り討ちにしながら突き進む。俺、ルフィ、サンジ、ロビン、チョッパー、ウソップは階段を駆け上ってモリアのダンスホールを、ゾロとフランキーは階段の下の通路を通ってペローナの部屋を目指す。

 

ヒューン…

 

「! 皆さん下がってっ!!」

 

ドゴォンッ!!

 

 不意に嫌な予感を感じた俺は前を走るルフィ達に叫ぶ。その瞬間上から巨大な影が降ってきてモリアのダンスホールに続く階段を破壊してしまった。おそらくオーズの仕業だろう。俺とチョッパー、ロビン、ルフィは咄嗟に下がったので無事だったが、反応に遅れたサンジとウソップがたくさんのゾンビ達と共に下へ落ちてしまった。

 

「サンジー! ウソップー!」

 

「大丈夫ですっ! 私が助けます!」

 

 下に落ちた二人を受け止めようと俺はクッション状態のシャスティフォルを飛ばす。だが、そのシャスティフォルにドスドスッと矢が三本撃ち込まれた。

 

「「「!?」」」

 

「おっと、させないよ。」

 

 そう言って俺達の前に暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)の五人が降り立った。大剣を肩に担いだスレイダーがルフィの前に悠然と歩み寄る。

 

「何だお前ら!?」

 

「暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)だ。モリア様にたてつく者の排除を命令されている。」

 

「どけっ! 俺はモリアに用があるんだ!」

 

 そう言ってルフィは真っ先にスレイダーに突進していった。スレイダーはルフィを狙って大剣を真上からズドォンと振り下ろす。それをルフィはヒュッと横に移動してかわす。

 

「”ゴムゴムの鞭"っ!」

 

ズドッ!

 

「っ!」

 

 大剣を振り下ろしたことでできたわずかな隙を突き、ルフィはスレイダーの脇腹に蹴りを打ち込んだ。その蹴りで体勢が崩れたスレイダーにルフィは連続で攻撃していく。スレイダーは大剣を使っている分、懐に潜り込まれると弱いようだ。

 

「だあっ!」

 

ドンッ!

 

「ぐわっ!」

 

 ルフィの連続攻撃を止めるべく、ヒューゴが二つの斧を重ねてハンマーのようにしてルフィに振り下ろした。ルフィは階段に叩きつけられクレーターを作り、スレイダーはその間にルフィから距離を取る。

 

「”腕力強化(アームポイント)”!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 倒れたルフィに追撃をしかけようとしたヒューゴをチョッパーが止めた。腕力を強化した状態のチョッパーならヒューゴのパワーにも対抗できる。

 

「面倒ね、その生き物。」

 

 チョッパーの姿を見たジリアンが曲剣の先をチョッパーに向けた。

 

「事が済むまで身悶えしててもらうわ。」

 

 曲剣の先に光が宿る。拘束の魔力でチョッパーの動きを封じる気だ。

 

「”八輪咲き(オーチョフルール)”。」

 

「なっ!?」

 

「悪いわね、事が済むまで身悶えしててもらうわ。」

 

 だが、ジリアンが魔力を発射する前にロビンがジリアンを無数の手で拘束した。何とか抜け出そうとするジリアンだが、がっちりとホールドされているので身動きが取れない。

 

「ちっ! 構え太刀”円”!」

 

 そんなジリアンを助けようとサイモンがロビンを狙って長い太刀を横薙ぎに振り回した。

 

ガキィィンッ!!

 

「なっ!?」

 

 だが、サイモンの太刀は俺が槍形態のシャスティフォルで防御した。サイモンの太刀を押さえつけた俺は、ヒュンッとサイモンに近づき、彼のおでこにピトッと手を置いた。

 

「ちょっと失礼♪」

 

ボウッ!!

 

「ぐほっ!!」

 

 俺はそのまま至近距離で”そよ風の逆鱗”をぶっ放した。強風を受けたサイモンは階段に叩きつけられ、ぐちゃっと頭部が潰れる。

 

「はっ!」

 

 そのまま俺は階段の端から俺達を狙って弓を引き絞っているワインハイト目掛けてシャスティフォルを飛ばした。シャスティフォルは空気を切り裂きながらワインハイト目掛けて一直線に飛んでいく。

 

スカッ

 

 だが、シャスティフォルはワインハイトをすり抜けた。シャスティフォルが通過するとワインハイトはゆらゆらと揺らぎ、消えた。どうやらこの場にいた彼は魔力で作った幻影だったようだ。本物の彼はどこだと魔力を探ってみれば、彼はスリラーバークの塔、ちょうど崩れた階段の先にいた。魔力を宿した矢をこちらに向けて構えている。

 

「”ゴムゴムの銃(ピストル)”!!」

 

ガンッ!

 

「がぁっ!」

 

 だが、ワインハイトはその矢を放つ前にルフィの長いリーチのパンチをくらって倒れる。俺が幻影を攻撃して外したことで油断していたようだ。

 

「へへっ、どうだ!」

 

 バチンッと腕を戻したルフィがスレイダーに得意気に笑う。さっき俺一人で戦った時は暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)の技術、魔力、連携に何もできずにやられてしまったが、ルフィ達と戦えばこんなにも優勢に戦うことができる。ルフィを中心に俺達が誰かを押さえることで技術を潰し、魔力は悪魔の実の能力で対抗し、連携はゾンビになってしまった彼らよりも俺達の方が圧倒的に上だ。

 

「素晴らしいな。さすがスペシャルゾンビの影の主だ。だが、俺達は不死身だ。」

 

 そう言って大剣を構え直すスレイダーからはルフィから受けたダメージを感じない。さらにチョッパーが戦っているヒューゴ、俺が頭部を潰したサイモン、ルフィの拳をくらったワインハイトもケロッとした様子で立ち上がった。このゾンビ達を倒すには、塩を食べさせて影を持ち主の元へ返すか、焼いて身体を完全に消滅させるしかない。

 

「ではこれでどうですか?」

 

 俺がスッと指先を下に向けると階段から勢いよくボッと巨大植物が生えてきた。シャスティフォルの第四形態だ。シャスティフォルはメキメキと限界まで成長するとキュゥゥンと光を吸収し、やがてブワッと蕾を開く。

 

「霊槍シャスティフォル第四形態___」

 

 高速で動き回って戦う暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)の面々に塩を食べさせるなんてことはウソップのような狙撃能力でもない限り不可能に近い。だったら光線で身体を粉微塵に焼いた方が早いだろう。俺はシャスティフォルの標準を合わせ、彼らを焼き払おうとした。

 

 その時だった。

 

ドンッ!

 

「え…!?」

 

「何だ!?」

 

「エレインの霊槍がっ!?」

 

 光線を放とうとしていた第四形態のシャスティフォルが何者かに縦に真っ二つに切り裂かれてしまった。槍形態に戻ったシャスティフォルが真っ二つになってカランッと階段に落ちる。

 

「シャスティフォルが……! 一体誰が………!?」

 

「さてさてさーて、誰でしょう?」

 

「「「!?」」」

 

 俺がキョロキョロと辺りを見回していると上空から声が聞こえてきた。上を見上げてその者の姿を見た俺は絶句した。

 

「な…………え…………!?」

 

「それはあなたが一番よく分かっているんじゃないかな? 元ご主人。」

 

 その人は、俺がよく知っている人物だったからだ。黄色と緑のパーカーに黒のズボン、緑の靴に左足首には熊の印(シンボル)、茶色の髪の特徴的な寝癖、何より俺のシャスティフォルを容易く両断する力量。そんな人物、一人しかいない。

 

「兄………さん…………?」

 

「「「えっ!?」」」

 

 「キング」と言おうとしたのだが、俺の口は勝手にそう呟いていた。目の前のゾンビが俺の、エレインの兄だと聞いたルフィ達は驚いて俺とキングを見比べている。そしてキングはというと、俺の言葉を聞くとニタァと、原作のキングは到底浮かべないであろう気味の悪い笑みを浮かべた。

 

パァンッ!!

 

「ぐっ…!!」

 

 俺がその笑みに不快感を感じていると、不意に横から強い衝撃を受けて俺の身体は吹き飛んで、モリアのダンスホールから大分離れた森に不時着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エレイーーーンっ!!」

 

 ルフィはエレインが吹き飛ばされた方向に叫んだ。ルフィ達の目の前ではエレインの兄だというゾンビがふよふよと浮かんでいる。その傍らには地面から生えた巨大な木の触手がゆらゆらと揺れている。エレインを吹き飛ばしたのはこの触手だ。

 

「何すんだお前っ! エレインの兄ちゃんなんだろっ!」

 

「身体はね。でも今はモリア様の忠実な僕なんですよ。」

 

 キッとルフィがキングに怒りの視線を送るが、当のキングは気にも留めずにスレイダーの元に降り立つ。

 

「まったく暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)ともあろう者達がいつまで手こずっているんですか。」

 

「この者達がなかなか強敵でな。何か用かスペシャルゾンビ。」

 

「アブサロム様の命令を伝えに来たんですよ。暴れているオーズを止めるため、将軍(ジェネラル)ゾンビは全員集合です。」

 

「そうか、分かった。」

 

 キングから命令を伝えられるとスレイダー達はヒュッとその場から立ち去った。この場に残ったのはキングとルフィ達だけとなる。

 

「…………何ですか? 何か言いたそうですね。」

 

「っ! 当たり前だ! お前よくもエレインを!」

 

 飄々と喋るキングにチョッパーがそう叫んだ。チョッパーは青キジに妖精族が滅ぼされた種族だということを聞かされたあの日から、エレインのことを気にかけていた。一人の寂しさはチョッパー自身よく知っていたから。それはチョッパーだけでなく、ルフィもロビンも、麦わらの一味全員同じだ。冒険を続けて誰か一人でも生き残りの妖精族に会わせてやりたい。そう思っていた。

 

 だというのにやっと会えた同胞がゾンビと化した兄だというのだ。彼らが怒るのも無理はない。

 

「そりゃあ今の私はモリア様の兵士なわけですし、敵を倒すのは当然じゃないですか。」

 

「このっ!」

 

 ゾンビになっているとはいえ自分の妹を「敵」と呼ぶキングに怒ったルフィが我慢ならずにキングに殴りかかる。ルフィの拳をキングはどこからともなく取り出した緑の剣でガードした。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態”増殖(インクリース)”…………ってね。」

 

ザザザーッ!!

 

「ぐわっ!」

 

「ぐっ!」

 

「あうっ!」

 

 キングはその緑の剣を瞬間的に何本にも増やし、三人目掛けて飛ばした。至近距離で攻撃を受けたルフィはもちろん、チョッパーとロビンも攻撃を防ぎきれずに傷を負う。

 

「じゃ、私は元ご主人と遊んできますので。あなた達もあまり暴れないでくださいね。スペシャルゾンビとして私の仕事が増えるんですから。」

 

 そう言い残すとキングはシューンッとエレインが飛ばされた方向へ飛んでいってしまった。

 

「くそっ、待てぇ!」

 

「待ってルフィ! 深追いしないで!」

 

 腕を伸ばしてキングを捕まえようとするルフィをロビンが止めた。

 

「私達の目的はモリアを倒すことよ。ここで彼を追っても体力と時間のロスになる。彼はエレインに任せましょう。本当にエレインのお兄さんなら、彼のことはエレインが一番よく分かっているわ。」

 

「でもっ………!」

 

「モリアを倒せばすべての影が返ってくる。そう言ったのはあなたでしょう。エレインのお兄さんから影を抜くことができれば、彼をちゃんと弔うこともできるわ。それが今あの娘にしてあげられる一番のことよ。」

 

「っ………! 分かった。」

 

 未だ納得いかないルフィだが、ロビンが言うことが正しいことは理解できるので自分は前に突き進む。

 

「モリアァァァァッ!!」

 

 キングのこともあり、ルフィのモリアへの怒りは一層強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ………!ごほっ………!」

 

 木々を破壊し、森にクレーターを作った俺は咳き込んで血を吐いた。

 

「まさか……キングまで………。」

 

 七つの大罪”怠惰の罪(グリズリー・シン)”のキング。見た目は小さな少年だがその正体は妖精王の森を治める妖精王”ハーレクイン、かつて人間の王国と密約を結び、絶大な魔力で人々に恐怖を与えた存在だ。闘級は4190、俺のシャスティフォルは本来妖精王たる彼のために神樹から作られたものだ。

 

 まさか暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)に続いてキングまで出てくるとは。それもゾンビになって。しかも彼の左足首にはしっかりと七つの大罪団員の証である獣の印(シンボル)が刻まれていた。これでこの世界に七つの大罪が存在することは確定だ。

 

ヒュンッ!

 

「!」

 

 考え事をしていると緑の剣が飛んできた。俺はそれを上空に飛び上がることで避ける。これは……キングの親友ヘルブラムが使っていた魔剣か。

 

「おぉ~、咄嗟の不意打ちにもちゃんと反応できましたね。さすがにエレインの身体を持っているだけのことはある。」

 

 声のする方を向くと、そこには魔剣を傍らに戻しているキングの姿があった。ゾンビらしく生気を感じさせないその顔は、他のゾンビと比べると腐敗や損傷が少ない。妖精族は死んでも肉体が腐らないからだ。

 

「………あんまりその口調で喋らないでもらえますか? キングに敬語はあまり似合いません。」

 

「あっそ。ま、言われなくてもそうするさ。ここには俺とお前しかいないからな。」

 

 ん? 今の言葉、まるで転生のことをバレないように違和感をなくすために敬語を使っていたということか?

 

「もしかしてモリアに転生のことは…………」

 

「もちろん言ってねぇよ。聞かれなかったしな。」

 

 何というか、キングは他のゾンビ達とは違うような気がする。本人が意識しているかは分からないけど、まるで俺のように転生のことを隠しているみたいだし。

 

「何で報告しないのかって? それは俺も知らねえよ。ただ、モリア様は俺から他の妖精族の居場所を聞き出すために過去消去の契約をしなかったから、そのせいであんたの自我が残っているのかもな。」

 

 そこまで言うとキングは「でも……」と言って魔剣を構えた。

 

「俺のやることは変わらない。モリア様の兵士として目の前の敵を倒す。それが俺の仕事だっ!」

 

パァンッ!

 

「ぐっ!」

 

 キングは地面から木の触手を生やし、それを振るって攻撃してきた。俺はそれをクッション状態のシャスティフォルを盾にして防御し、一時下がる。

 

「まだまだいくぞ。」

 

ボッ!ボッ!ボッ!

 

 キングはさらに木の触手を生やし、合計四本になった。俺は触手の波状攻撃を第二形態のシャスティフォルで一本一本防いでいく。そうやって防いでいると触手の間に隙を見つけた。ちょうど触手と触手の間に隙間ができ、俺からキングまで一直線の道ができている。

 

「いけっ! シャスティフォルっ!」

 

 俺はそのチャンスを見逃さず、シャスティフォルを槍形態にしてキング目掛けて飛ばした。シャスティフォルは正確にキングに向かって飛んでいく。

 

ピタッ

 

「…………え?」

 

 だが、シャスティフォルはキングに当たる直前でピタッと停止してしまった。いくら魔力を込めてもこれ以上進まない。

 

「何やってんだ?」

 

カキンッ!

 

 ピクリとも動かないシャスティフォルはキングの魔剣で弾き返されてしまった。シャスティフォルはフィンフィンと回転しながら俺の横に戻る。

 

「よいしょっ!」

 

バチッ!

 

「あうっ!」

 

 キングが手を横に振ると気の触手がブゥンと横に振られ、俺は打たれて森の中に墜落した。倒れる俺に追撃しようとキングが触手を振り上げる。俺はその触手を迎え撃とうとシャスティフォルを第五形態に変形させる。

 

パァンッ!

 

「なっ!?」

 

「おいおいそれは攻撃のつもりか?」

 

 だが、無数のクナイとなったシャスティフォルはいとも簡単に触手に撃ち落されてしまった。

 

ドンッ!

 

「ぐはっ!」 

 

 俺は背中を触手で打ち付けられると今度は触手に持ち上げられた。

 

シパパパパーンッ!

 

「はっはっは! 1億の妖精はよく弾むな!」

 

 キングは俺を四本の触手でまるでボールのように弾いて弄んだ。空中に投げ出された俺は第五形態のシャスティフォルを操作してギュルルルルッと触手の一本を取り囲んだ。

 

「はっ、そんな攻撃じゃ止められないぜっ!」

 

ズドッ!

 

「がっ!」

 

 だがそれは何の障害にもならず、触手はシャスティフォルごと俺を吹き飛ばした。再び森へ墜落した俺はよろよろと立ち上がって頭から流れてくる血を押さえながら空中のキングを見上げた。

 

 おかしい。あまりにも強すぎる。前述の通り、キングの闘級は4190、対して原作エレインの闘級は2830だ。だが、今の俺(エレイン)はシャスティフォル分の能力が加わっているからキングと実力は近いはずだ。なのに現実はこうしてキングに一方的にやられている。何かがおかしい。もしかして俺は何か見落としているんじゃないか? 重要な何かを。

 

「元ご主人、あんまり頑張らないほうがいいと思うぜ?」

 

「? どういう……意味ですか……?」

 

 俺がそう聞くとキングは「だってさぁ……」と言いながらくるっと後ろを向いた。俺は彼の背中にあるものを見て息を呑んだ。

 

「絶対俺には勝てないんだから。」

 

 そう言うキングの背中では小さい羽がピコピコと動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編4・待ちぼうけの妖精王前編

 
 なろう様の方で「怪盗令嬢シャーナ」というオリジナル作品に挑戦しています。よろしければそちらの方もぜひご覧ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 キングの背中の羽を見た俺は思わずそんな言葉を呟いていた。

 

 俺達妖精族には様々な特徴がある。それは心を読む力だったり、変身する力だったり、魔力の多さだったり色々あるが、一番分かりやすいのは背中から羽が生えている所だ。

 

 妖精族は皆昆虫のような羽を持っていることが最大の特徴で、この羽が人間達の間では長寿をもたらす薬になると信じられており、時に狙われることもある。この羽、妖精族の中でも極めて重要なもので、羽が生えると初めて妖精族は一人前として認められる。さらに、羽が生えた妖精はさらなる魔力を発揮することができるようになる。

 

「元ご主人、あんたなら分かるだろ? 無駄な抵抗はよせ。絶対俺には勝てない。」

 

 七つの大罪原作においてキングの羽が生えたのは第二章の十戒編の最中だ。圧倒的な強さを誇る十戒相手に戦うことすらできなかったキングだが、修行によって羽を手に入れたことで闘級を跳ね上げ、一気に前線に立って魔神族と戦うことになる。その闘級は__

 

「っ………霊槍シャスティフォル第一形態”霊槍(シャスティフォル)”!!」

 

「………まだやるか。」

 

 俺はキングに槍形態のシャスティフォルを再び飛ばす。それを見たキングはため息をついて飛来するシャスティフォルに魔剣を飛ばした。

 

ズパッ!  

 

 するとシャスティフォルは魔剣にいとも簡単に切り裂かれてしまった。

 

ズッ! 

 

「っ…がはっ……!」

 

「おっと悪い。勢いつけすぎちまったよ。」

 

 魔剣は勢いそのままに俺の腹部に突き刺さった。剣が抜かれると傷口からグシュゥと血が噴き出る。

 

「何度も言わせんなって。あんたじゃ俺に勝てないの。」

 

「っ……」

 

 闘級41600。それが羽を手に入れたキングの闘級の数値だ。羽がなかった時に比べて10倍近くまで跳ね上がっている。いくらシャスティフォルがあったとしても、羽が生えていない今の俺(エレイン)では届きようもない数値だ。

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

ザッ!!

 

 だが、だからといって諦めるわけにはいかない。こいつは下手するとモリアやオーズ以上の脅威になる。何としてでもここで倒すか、最低でもルフィがモリアを倒すまで足止めしておかなければならない。俺は身体に鞭を打ってシャスティフォルを第五形態に変化させた。

 

「”炸裂する刃雨(ファイトファイア・ウィズファイア)”ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 俺は第五形態のシャスティフォルの、クナイの一つ一つ隅々まで全力で魔力を流し、キングに向けてぶっ放した。弾幕という言葉では言い表せない密度のクナイがキングに飛んでいく。

 

「……ま、あんたがそうするしかないのは分かってたけどね。」

 

ジャッ! ギュルルルルッ!  

 

 それを見たキングは瞬時に魔剣を増殖させ、高速回転させた。円を描きながらシャスティフォルに立ち向かう魔剣は圧倒的に数が少ない。それでもキングは涼しい顔をして俺の渾身の攻撃を撃ち落していく。俺はその様子に歯ぎしりしながらぐっ、と身構える。

 

「……元ご主人、俺とあんたの思考回路は同じなんだ。純粋な力じゃ敵わないと感じた相手にすることなんて手に取るように分かるぜ。」

 

ビュッ!!

 

 キングが言い終わった瞬間、シャスティフォルの嵐の中から俺が勢いよく飛び出した。キングに奇襲を仕掛けようと風の魔力で急加速した俺がシャスティフォルで死角を作って飛び出したのだ。シャスティフォルが囮だと気づかれないように全力で魔力を込めたのだが、キングにはお見通しだったようだ。

 

「…………(バッ!」

 

「”そよ風の逆鱗”か、甘い。」

 

ジャキンッ!

 

 俺がキングに両手を向けた瞬間、キングは俺の攻撃を読んで魔剣の一つを飛ばした。魔剣は俺を切り裂かんと迫る。

 

「”風壁(ウィンドカーテン)”っ!」

 

ブワッ!

 

「! 何ッ!」

 

 だが、魔剣は俺が風の壁を展開するとその風に受け流されて空を切った。その結果にキングの顔が動揺に染まる。俺とキングの思考回路は同じ、ということは戦闘に慣れていない未熟な精神も同じということだ。キング(俺)は絶大な力を得て慢心するあまり、あと一歩読み損ねてしまったようだ。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

 俺はガラ空きのキングに迫り、忍ばせておいた第五形態のシャスティフォルの一つを構える。このままキングの首を斬り落として隙を作り、塩を飲ませれば勝利だ。

 

ピタッ

 

「…………え?」

 

 だが、刃はキングに届くことなく静止してしまった。どれだけ力を込めてもキングを斬りつけることができない。さっきと同じだ。

 

「…………だから何やってんだよ何度も。」

 

バキッ! 

 

「ぐっ!」

 

 空中で止まる俺はキングから見れば格好の的で、俺は触手に殴られて吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直した俺はフラフラとキングと同じ高さに浮かび上がり、睨み合う。

 

 何故だ、何故さっきからキングに攻撃できない。奴に攻撃が当たる瞬間に必ず止まってしまう。まるでキングに攻撃するのを嫌がっているかのように……。まさか………。

 

「………なるほどね。何をやってるのかと思えばそういうことか。」

 

「………何がですか?」

 

「あんたがさっきからまともに戦えない理由だよ。少し考えれば当然のことだった。」

 

グオッ!

 

 余裕綽々に話すキングに、俺は第二形態のシャスティフォルで攻撃を仕掛けた。だが、これも届かず、シャスティフォルの拳はキングの顔に届く前に止まってしまっている。キングはその拳を撫でながら得意気にしゃべる。

 

「元ご主人、あんただって薄々気づいてんだろ? あんたはエレインじゃない。妖精王でもない。人間混じりの出来損ないだ。」

 

ドガッ!

 

 そう言ってキングは触手でシャスティフォルを殴り飛ばした。シャスティフォルは俺の横を通り過ぎてズドォーンッ! と森に不時着した。

 

「そんなあんたが神樹から作られたシャスティフォルを使いこなせるわけがない。羽がなかったために使いこなせていなかった原作キングとはわけが違う。」

 

バチッ!

 

「あうっ!」

 

 キングは今度は三本の触手で俺を襲ってきた。シャスティフォルなしでは防御のしようがなく、あえなく俺は打ち落とされる。落下する俺をクッション状態に戻ったシャスティフォルが受け止めた。

 

「出来損ないなのは俺も同じだけど、暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)を見れば分かるように、モリア様の能力でゾンビになった者は生き返ったことになるようだ。魔力を持ち、入れられた影に関係なく生前の姿として認識される。つまり、今の俺は由緒正しき妖精王ハーレクインってわけだ!」

 

「げほっ………ごほっ………」

 

「そんな俺があんたの操るシャスティフォルにやられるわけがない。その気になればシャスティフォルの制御権も奪えるだろうが、それじゃあ面白くない。」

 

 そう言うとキングは俺の周りの木々に魔力を流した。すると木の幹からポツポツと小さな水滴の球が無数に飛び出し、それらは俺を囲むように周囲に浮かんだ。

 

「……ヤバ………」

 

「くらえっ! ”養分凝縮(コンデンスパワー)”!」

 

ズドドドドドドドドドッ!!

 

 木は幹を垂直に走る放射組織から水分や養分を内部に運ぶ。”養分凝縮(コンデンスパワー)”はその水分を一気に中心に凝縮させ、鉄の球のような強度の水玉を作る。そんなものをいくつもマシンガンのように撃たれ、俺の身体は土煙に沈んでいく。

 

「もうちょっと遊ばせてもらおうか。」

 

 そう言ってキングはまたニヤッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __当時政府は妖精王の治める森と和平を結んでいた。それは友好の証というより、互いに干渉しない密約の意味合いの方が強かった。

 

 __それを治める妖精王は何人の侵入も拒み、人々に恐怖を与えた正真正銘の化け物だった。

 

 __その名は………

 

「ハーレックインッ♡」

 

「はっ………!」

 

 ハーレクインと少女の声で呼ばれた少年は、ボーッと居眠りをしていた意識を現実に戻される。少年は黄色と緑のパーカーに黒のズボン、緑の靴を身に纏い、髪の毛は茶髪で特徴的な寝癖がついている。この背中に小さな羽が生えていること以外いたって普通の少年が絶大な魔力を持っているなど誰も思うまい。

 

「ディアンヌ? どこ?」

 

 ハーレクインは声の主であるディアンヌという少女を探そうと辺りを見渡す。するとハーレクインの目の前にぬっ、と身体が土でできた巨大な人型の化け物が二体現れた。

 

「わあぁぁっ!」

 

 ハーレクインはその化け物に飛びのいて驚いた。自分を襲うモンスターかと身構えていると少女の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「にゃはははははっ! おどろいた?」

 

 黒髪の少女_ディアンヌは化け物たちの頭上からぴょこっ、と顔を出して笑った。彼女は化け物たちを自分の子供のようにぎゅっと抱きしめる。その大きさから分かるように、ディアンヌは巨人族だ。まだ子供だというのに彼女の大きさはハーレクインの四倍近くある。

 

「ごはんにしよっ!」

 

 そう言ってディアンヌは作った食事をハーレクインの前に並べた。今日のメニューは彼女の大好物のサメの丸焼き二匹に果物がいくつかだ。肉をあまり食さない妖精族であるハーレクインは二匹のサメに苦笑しながら果物を頂くことにした。

 

「なにかおもいだせた?」

 

 食事中、ディアンヌがハーレクインにそう尋ねた。というのも、ハーレクインは記憶を失っている状態だった。数か月前、嵐のあった次の日、ディアンヌはこの島の海岸に打ち上げられているハーレクインを発見したが、彼は自分の名前以外をすべて忘れてしまっていた。それ以来、ハーレクインは記憶を取り戻すまでの間、ディアンヌと一緒に島の洞くつで暮らしていた。

 

「うーん……オイラは不思議な所から大きな木が見える景色を眺めていたんだ。でもそれだけ。」

 

「ふーん?」

 

 ディアンヌはもっちゃもっちゃとサメを食べながらハーレクインの話に相槌を打った。

 

「でもディアンヌが土人形(ゴーレム)を作れるとは思わなかったな。」

 

 ハーレクインはディアンヌの後ろに座る二体の化け物を見てそう言った。

 

「えへへ~、すごいでしょ。」

 

「うん、すごい。」

 

 照れて笑うディアンヌをハーレクインが褒めたのには理由がある。巨人族はかつて大地との結びつきが強い種族だった。並外れた筋力に加え、大地の力を魔力としてその身に変換することでより強靭な巨人になることができた。土人形(ゴーレム)など、巨人族なら作れて当たり前のものだった。

 

 だが、それはもう過去の話。聖戦を経て魔神族も女神族も姿を消した今の世界では、それほど巨人族が力を振るう必要がなくなってしまい、巨人族は年々魔力を衰退させていった。その影響か年々寿命を縮めている巨人族は、今では大多数が己の筋力のみで戦うようになっており、魔力を扱う者は極稀だ。

 

 そのため、子供ながら土人形(ゴーレム)を作ることができるディアンヌは優秀な巨人族と言える。

 

「ぷはーっ♪ たべたたべた!」

 

 サメ二匹をぺろりと平らげたディアンヌは満足気に笑った。そしてすぐに立ち上がるとハーレクインを掴んで外に駆けだした。

 

「あそびにいこうっ! ハーレクインッ!」

 

「え? あっ! ちょっと!?」

 

 __時はエレインがルフィ達と出会う655年前、これは妖精王ハーレクインと巨人の少女ディアンヌの在りし日の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーっ! すごいっ! みたことないさかながいっぱいっ!」

 

「そうだろう! 偉大なる航路(グランドライン)で獲れた魚だからな! ここ南の海(サウスブルー)じゃまずお目にかかれねぇ!」

 

 ある日、ディアンヌは視察の任務で島を訪れたと言う海軍の男から魚をもらっていた。人気のない島で友達と一緒に暮らしているというディアンヌに男が厚意で分けてくれたのだ。大きく正義と書かれたマントを着た男はがっはっはっはと豪快に笑う。

 

「おーい、ディアンヌー!」

 

「あ、ハーレクインっ!」

 

 丁度そこへ昼寝から目覚めたハーレクインがディアンヌを探して飛んできた。そんな彼にディアンヌは大きく手を振る。ディアンヌを見つけたハーレクインだが、彼女の側にいる男と海岸に停泊している軍艦を見て冷たい目に変わる。

 

「うおっ! 驚いた! 友達ってーのは妖精だったのか!」

 

「うんっ! ハーレクインっていうんだ。ハーレクイン、このおじさんからおさかなもらったよ!」

 

「おうよっ! このモンキー・D・ドレイク様にかかればこんな魚の百匹や二百匹朝飯前だ! 何せ俺は海軍で一、二を争う………」

 

「ふーん、あっそ。行こう、ディアンヌ。」

 

 ドレイクが胸を叩いて己の自慢話を始めたが、ハーレクインは淡白な返事をするとすぐに洞くつに帰って行ってしまった。ディアンヌは少し困惑しながらもドレイクに別れを告げてハーレクインについて行く。もっとも、ドレイクはそんなことに気づかずに自慢話を続けていたが。

 

「………ねぇディアンヌ、あまり人間を信用しちゃいけないよ。」

 

 帰り道、ハーレクインはディアンヌにそう言った。ハーレクインの言葉にディアンヌは首を傾げて尋ねる。

 

「どーしてにんげんをしんようしちゃいけないの?」

 

 それに答えようとした時、ふっ、とハーレクインの脳裏に記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どーして人間を信用しちゃイカンのよ? ハーレクイン。』

 

『人間くらいだからさ。海軍だの海賊だの、くだらないことで年中同族同士でもめ事やら戦を起こしているのは。』

 

『でも人間は妖精にない文化や考え方を持っているんだぜ? 分かんねぇかな~?』

 

『わかんないね。』

 

『相変わらずチミは頭が固いよな。』

 

『…ヘルブラム、あまり人間を信用し過ぎるといつかひどい目にあうぞ。』

 

『じゃ、そん時は俺っちを止めてくれよ。親友のチミがさっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘル…ブラム………?」

 

 それは間違いなくハーレクインの記憶の一部だった。自分は大きなキノコがたくさん生えている場所で明るい妖精と話をしていた。彼は自分の親友だと言っていた。だが、それ以上のことは分からない。

 

「ハーレクイン? どうしたの?」

 

「あっ、いや、何でもないよ。気にしないで。」

 

 不安げなディアンヌにハーレクインは必死にごまかした。ハーレクインはこの記憶は一先ず胸に留めておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十年後、ディアンヌが高熱を出して倒れた。呼吸が荒く、苦しそうでハーレクインが呼びかけても反応することができない。

 

「くっ! まいったな………!」

 

 ハーレクインはひどく焦った。妖精族は病気にならないため、こういう時どうすればいいかまったく分からないのだ。とにかく、何か薬になりそうな植物でも集めてくるべきだと考えたハーレクインは洞くつを飛び出そうとする。

 

「いか……ないで………」

 

ぐいっ

 

「ぐえっ!」

 

 だが、ディアンヌがハーレクインをぎゅっと抱きしめてしまった。人肌寂しいディアンヌがハーレクインを胸に抱いてしまったため、ハーレクインは身動きが取れない。「いかないで………」と何度も呟くディアンヌ、するとまたしてもハーレクインに記憶が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待って………! 兄さん行かないで………!! お願い………!』

 

『っ…! だけど………!! あいつを放っておけないだろ!! エレイン! 少しの間森を頼む!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エレイン………?」

 

 白いドレスを着て金色の髪の少女が、丁度今と同じようにどこかへ行こうとする自分を必死に引き止めていた。自分はかなり後ろ髪を引かれていたが、最終的にそれを押し切ってどこかへ飛び立った。

 

「ってそんなことよりも今はディアンヌの薬草っ! ふんぬ~!!」

 

 何か重要そうな記憶だったが、今はディアンヌの方が先決と何とか拘束から逃れようとする。が、ディアンヌの力が強くてまったく動けない。

 

「おぉっ! お前らこんな所にいたかっ! ん? ディアンヌっ! お前熱出してんのか!?」

 

 そんな時に洞くつへ訪れてディアンヌを助けてくれたのはいつか魚をくれたドレイクだった。すっかり老けて海軍を引退し、今は隠居しているというドレイクはふと二人のことを思い出してこの島にやって来たのだ。ドレイクが持ち合わせていた薬で適切な処置を施すとディアンヌの容態はたちまち良くなり、すぅすぅと気持ちよさそうに眠るようになった。

 

「バラの実とライムの花で作られたドラム王国の薬さ。風邪・発熱・衰弱に効く上に即効性もあって海じゃあよく世話になったもんさ。」

 

「へぇー、なるほど薬か。」

 

 ドレイクの説明を聞きながらハーレクインは粉末状の薬をしげしげと見つめる。いつかの記憶で親友が言っていたように、人間は妖精にない文化や考え方を持っているようだ。やがてハーレクインは薬の観察をやめ、照れくさそうにドレイクに頭を下げた。

 

「ありがとう………。それとこないだの魚、美味しかった。」

 

「ん? こないだのって………あぁ、もう何十年も前の話だろ。」

 

 そう言ってドレイクはハハッ、と笑った。年を取って色々なことを経験したのか豪快に笑っていたあの頃と違い、その時の彼は幾分か大人びていた。

 

「むにゃ………おなかすいたよぉ………。」

 

 涎を垂らしながら寝言を言うディアンヌを見てハーレクインとドレイクは笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編5・待ちぼうけの妖精王後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜、ハーレクインは夢を見た。それは、ありし日の自分が過ごした記憶が夢となって現れたものだった。

 

『兄さんはやくー!』

 

『エレイン、待ってくれよ!』

 

 そこはいつか居眠りした時に夢で見たことのある森だった。ディアンヌと過ごすこの島では見られない不思議な植物が生えている森で、自分は白いドレスを着た金髪の少女と追いかけっこをしていた。二人とも妖精族なのだが、まだ魔力が目覚めていないのか、木々が立ち並ぶ森の中を楽しそうに走り回っている。エレインと自分が呼んだ少女も、自分もまだ羽が生えていなかった。

 

『おーーい! ハーレクイン! エレイン!』

 

 しばらく走り回っていると空から自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。自分とエレインが空を見上げると、植物を象った杖を持った妖精が二人の前に降り立った。どうやら彼は自分達と面識がある妖精族の戦士のようだ。

 

『お前達こんなところにいたのか。早く森の奥に戻んな!』

 

『どうしたの?』

 

『人間達が集団でまた森に攻め入ってきたんだ。これから妖精王様と俺達とで戦いに行くのさ。』

 

 早く避難しろよ、と自分達に告げるとその妖精は羽を羽ばたかせて遠くへ飛んでいってしまった。自分とエレインはその背中をじっと見つめている。

 

『かっこいいな………』

 

『? どうしたの?』

 

 ふと自分が呟いた言葉にエレインが首を傾げた。

 

『いや、何でもないよ。ただ、魔力が発現したら、オイラもあんな風に妹のキミや、皆を守れるようになりたいなって思ってさ。』

 

 そう言って自分は照れくさそうに頬をかいた。エレインはキョトンとしていたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

『ふふっ、ありがとう。私も兄さんを支えられるような魔力を発現させたいわ。』

 

 夢の中で自分とエレインは楽しそうに笑っている。その光景を見てハーレクインは安心した。自分にエレインという妹がいることを思い出せたこともそうだが、その妹と仲良く、幸せに生きていたことが分かったからだ。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

 

 だが、その安堵は瞬く間に消滅した。今まで穏やかだった夢の雰囲気が一変し、重く、暗いものへと移り変わる。自分とエレインの顔から笑顔が消え、そこら中から罵詈雑言の嵐が聞こえてくる。

 

『なんだよハーレクイン、まだ羽生えねえのか。』

 

『来年、新しい妖精王が選定されるらしいぞ!』

 

『すげぇ! エレイン何だその魔力!?』

 

『くそっ………! どうしてオイラは………!!』

 

『大変だ! エレインが”悪魔の実”を………!』

 

『えへへ………、私、兄さんの助けになったかな………?』

 

『エレイン………何で………』

 

『………今代の妖精王はハーレクインに決まったらしい。』

 

『何で神樹はあんなやつを………』

 

『………………』

 

 仲が良かったはずの自分とエレインの仲は引き裂かれ、だんだん距離ができていく。

 

 __妖精王………? 妹…エレイン……? オイラは……オイラは一体………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーレクインッ!!」

 

「はっ!」

 

 不安そうに涙を浮かべ、必死に自分を呼ぶディアンヌの声に、ハーレクインは飛び起きた。呼吸は荒く、汗もびっしょりかいている。

 

「い、今のは……」

 

「だいじょうぶ? ハーレクイン、すっごくくるしそうだったよ?」

 

「な、何でもないよ。ちょっと夢見が悪かっただけさ。」

 

「でも……」

 

「大丈夫だって。今日は確かドレイクの所に遊びに行くんだったね。早く行こう!」

 

 そう言ってハーレクインは無理に笑うとディアンヌを連れて外へ出た。さっきの悪夢は間違いなく自分にとって重要な記憶なのだが、すべての記憶を取り戻すには何かもう一つきっかけが必要だった。

 

 ハーレクインとディアンヌは洞くつを抜けて海の方へ歩いて行く。余生をこの島で過ごすことに決めたドレイクは海岸に小屋を建てて魚を獲りながら暮らしている。

 

「わっ! すごーいっ!」

 

「いつの間にか小屋がたくさん………」

 

 いつも通る丘から海岸を見下ろした二人は目を見開いた。この前来た時はドレイクの小屋一軒しかなかった海岸に、いつの間にか小屋がたくさん建っていて一つの集落が出来上がっていたからだ。よく見ると小屋だけではなく、畑や牧場などもできている。

 

「わーっ! 巨人だ!」

 

「あのチビっ! 宙に浮いてる!」

 

 集落に近づくと広場で遊んでいた子供達がハーレクインとディアンヌに驚いた。子供達はハーレクインがこの集落のことを尋ねようとする前に逃げていく。

 

「おーい君達、もしかしてディアーネとヘレキンかい?」

 

「あ、ドレイク!」

 

「あれ? でもあんなに若くなかったような………」

 

 子供達が逃げた先には、ドレイクによく似た青年がいた。ドレイクにそっくりではあるが、最後に会った時より随分若いうえ、自分達の名前を微妙に間違っていることからハーレクインはすぐに彼がドレイクとは別人だと気づく。

 

「僕はドレイクの孫だよ。じいさんの昔の知り合いの人達が集まってできたこの集落で牧場をやっているんだ。」

 

 ディアンヌとハーレクインはドレイクの孫だという青年から詳しい話を聞いた。子供の頃、母親と一緒にこの島へ来たこと、ドレイクから自分達のことをよく聞いていたこと、牧場をやる傍ら、ドレイクのような海軍将校になるために日々トレーニングをしていること。

 

 ドレイクの孫と話す時間はとても楽しいものだった。だが、同時に二人は自分達と人間との時間の感覚のズレを肌で感じる。

 

「オイラ達にとっては昔のことでも、人間にとっては随分昔のことなんだね………」

 

 そして洞くつへと戻る帰り道、ハーレクインはふと海岸に停泊する一隻の船を見た。となりの島の大きな町に色々なものを買いに行くために集落から出ている船だ。その船に乗り込む人々や、となりの島で売るために積み込まれた作物を見た時、ハーレクインは欠けていたピースが揃ったような感覚を覚えた。

 

 

 

 そしてその晩、ハーレクインは記憶の全てを思い出した。

 

『妖精王様! 一大事です! ヘルブラムと共に森の外に出た連中が捕まりました!』

 

『相手は海軍の大将を名乗る男です!』

 

『きっと狙いは我々の羽だ! ”天竜人”が我らの羽が長寿の薬になるという噂を信じているとの話があった!』

 

『妖精王! このままでは彼らは………!』

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 いつものようにディアンヌの隣で寝ていたハーレクインは飛び起きた。その顔は今までにない真剣な表情をしていて、ただならぬ雰囲気にディアンヌも起きる。

 

「どうしたの……? ハーレクイン。」

 

「………全部、思いだした。オイラは妖精界の神樹に住む妖精族の王で………たくさんの仲間と、大切な妹がいて………神樹を通して妖精界とこの世界を結ぶ妖精王の森を見守っていた。」

 

 だがある時、人間に興味を持っていた親友のヘルブラムが悪い人間に騙されて連れ去られてしまった。ハーレクインはそれを追って、たった一人の妹を森に残し、その人間に戦いを挑んだが、不意を突かれて海に落ち、この島に流れ着いたのだという。

 

ドォーンッ!!

 

「「!?」」

 

 ハーレクインがそこまで話すと突如轟音が響いた。二人が慌てて外に出ると集落がある方の空が赤く光っていた。火の手が上がっているようだ。

 

「ハーレクイン! はやくいこう!」

 

「いや危険だ! ディアンヌはここにいて!」

 

 ハーレクインはヒュッ、とディアンヌの前に浮かび上がってそう言った。

 

「ここはオイラが一人で行く。それが終わったらオイラは………」

 

「…おともだちをさがして、みんなのところへかえってあげて。」

 

 ディアンヌはそう言って寂しそうに笑顔を作った。だがハーレクインは振り向いてディアンヌの目を見てこう言った。

 

「必ず君の元へ戻る! 約束するよ!」

 

「…………うん!」

 

 ディアンヌは嬉しそうに笑った。その笑顔を見届けてハーレクインは集落に向かって全速力で飛んでいく。集落は家や牧場がメラメラと燃え上がって壊滅していた。そこに住んでいた人々は背中を無残に切り刻まれて絶命している。それは、連れ去られた仲間達が人間達にやられていた殺され方に酷似していた。

 

「まさか………あの海軍大将の男が………」

 

 そう思ったハーレクインだが、すぐにそれはないと思い直す。何せあれは数百年前の話だ。人間が生きていられるわけがない。

 

ザッ………!

 

 だが、その予想を覆す存在がハーレクインの前に現れた。

 

「なぜ……生きている!?」

 

 少し緑がかった短髪にもじゃもじゃの髭、そして特徴的な左目の眼帯にたなびく”正義”のコート。その男は間違いなく数百年前、ヘルブラム達を連れ去った海軍大将だった。血まみれのドレイクの孫を引きずって現れたその男を見てハーレクインは戦慄した。

 

「それはこちらのセリフだ………!」

 

 だが、その海軍大将もハーレクインの顔を見て驚いていた。

 

「俺っちを助けに来たチミは奴に不意を突かれて殺されたとばかり………だから今度は俺っちが奴の不意を突いて殺してやった。」

 

「その口調………! まさかヘルブラムなのか! その姿は何のつもりだ!」

 

 海軍大将の男がしゃべる独特の口調、それを聞いたハーレクインは親友の名前を叫んだ。すると男はポンッ、という軽い音と共に羽の生えた小さな少年の姿に変わった。その少年は間違いなく親友のヘルブラムだった。

 

「あの姿は人間への憎しみを忘れんためのものさ。」

 

「じゃあこの人達は君が……!? 君は人間が好きじゃなかったのか!」

 

「……うん、好きだったよ。弱くて愚かでも短い命を懸命に生きる人間が愛しかった。でも人間は………俺っちの仲間を騙し、その羽を奪ったんだ!!」

 

 途端にヘルブラムの顔が怒りと憎しみにまみれたものに変わる。

 

「任務のためだとか言って! 一人一人………ゆっくりと傷つけないように!! なぁ! 想像できるか!? 目の前で一人一人! メリメリブチブチって羽を引き裂きもがれるんだ! 今でもあの音と皆の悲鳴が頭にこびり付いているよ!!」

 

 涙を流し、憤怒の表情で人間への怒りを語るヘルブラム。だがハーレクインにはその声が「自分を止めてくれ」と言っているように聞こえた。

 

「俺っちは人間が憎い!! だから二百五十年間殺し続けた!! だけど足りないんだ!! この世界から人間を滅ぼすまでは!!」

 

 ハーレクインは傍らからバラの花を一輪摘み取り、魔力を込めてヘルブラムに放った。バラはヘルブラムの胸を貫き、白かった花びらが赤く染まる。絶命し、怒りと憎しみから解放されたヘルブラムは安らかな顔で倒れる。ハーレクインはその亡骸を抱えていつまでも泣き続けた。

 

 __オイラは償わなければならない。長い間、本当に長い間友達を苦しめてしまったことを。

 

 夜明け前、ハーレクインはディアンヌの待つ洞くつへ戻った。彼の姿を見て嬉しそうに笑うディアンヌにハーレクインは魔力を込めた花を放った。その花がディアンヌの首に当たると彼女は意識を失って倒れた。

 

 __ごめんねディアンヌ、君との約束は守れなかった。どうかオイラのことは忘れて生きてほしい。

 

 ディアンヌから自分との思い出を消したハーレクインは全焼した集落へ戻る。しばらくすると海軍の軍艦が島に到着し、海兵達はハーレクインを拘束した。やがてハーレクインは政府に事の顛末をすべて話し、それを受けて政府は彼に罪を言い渡した。

 

「長きに及んだ一人の妖精による人間の虐殺! その凶行を妖精王は知らず! 見過ごし! 放置した! 我々と不可侵の密約を結んだはずの妖精の長の罪は重い! 大罪人ハーレクインに〈怠惰の罪〉を言い渡し! インペルダウンに禁固千年の刑に処す!!」

 

 __ねぇディアンヌ。もしまたいつか会えたなら、もう一度君に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どう思う? 今回の事件。」

 

「予想通りと言ったところか。やはり魔力とは実に厄介な力よ。」

 

「うむ、悪魔の実のように、海楼石で容易に制御することができん。そう言った意味では妖精族は今の世界では脅威となりうる存在。」

 

「左様、だから早い段階で奴らは消しておくべきだったのだ。」

 

「まあ良いではないか。今回の事件、我らにとっては非常に好都合。妖精王は消え、大義名分も充分揃っておる。」

 

「うむ、では指令を出す! 至急海軍本部元帥に伝えよ! ”準備が整い次第妖精王の森へ一斉攻撃を仕掛けよ”と!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り、ここはスリラーバークの森。エレインとキングが戦う最中、ルフィはモリアを追いかけまわしていた。影を取られた者は太陽の光を浴びると消滅してしまう。全員の影をいっぺんに取り返すべくルフィは真っ先にモリアに戦いを挑んだ。だが、そんなことはモリアは承知だったようで、ルフィと真っ向から戦うことはせず、逃げ回って時間を稼いでいた。

 

「捕まえたっ! もう逃がさねぇぞコノヤロー!!」

 

 屋敷から追いかけっこをしてこの森でようやくルフィはモリアを捕まえることができた。腕を伸ばしてモリアの身体をガッチリ拘束したルフィだが、モリアはその拘束をニュルン、といともたやすく抜け出してしまう。

 

「え? カゲ?」

 

 今更ながらルフィは今まで追いかけてたモリアが全身真っ黒の偽物であったことに気づいた。モリアがカゲカゲの実の能力で作り出した偽物_”影法師(ドッペルマン)”はヒューン、とどこかに飛び去ってしまった。

 

「しまった~!! 騙されてた~! ここはどこだ~!?」

 

 夜明けまで時間がない中、大幅に時間をロスしてルフィは焦る。

 

「とにかく早くモリアを探さねぇと! どこにいるんだ!? 屋敷か!?」

 

 もう一度モリアに会うべくルフィは屋敷に向かって走り出した。

 

ビュンッ! ドゴォンッ!!

 

「わっ! 何だ!?」

 

 そんなルフィの目の前に何かが墜落してきた。その墜落によって巻き起こった砂ぼこりが晴れてくると落ちてきたものの正体が分かった。

 

「エ、エレインッ!」

 

「ゼー……! ゼー………!」

 

 ルフィはクレーターの中心で倒れるエレインに駆け寄った。彼女は身体中ボロボロで、吐く息も苦しそうだった。

 

「どうした!? お前の兄ちゃんにやられたのか!?」

 

「その通りですよ。」

 

「っ!」

 

 ルフィは声が聞こえた上空を見上げた。そこには頭の後ろで手を組んで寝転ぶキングの姿があった。彼の傍らでは魔剣がフィンフィンと回転しており、背後では何本もの触手がうねうねと動いている。

 

「さっきぶりですね、麦わらのルフィ。」

 

「お前っ! よくもエレインを!!」

 

ビュンッ!

 

 言うが早いか、ルフィは腕を伸ばして上空のキングを攻撃した。

 

「おっと、まったく何度も言わせないでくださいよ。今の私はモリア様の忠実な僕なんです。」

 

 キングはその拳をかわしながらヘラヘラと笑う。

 

「何だとぉ! 許さねぇ!!」

 

 その態度に頭にきたルフィはさらなる攻撃をキングにしかけようとする。

 

「待って………船長……」

 

 だが、その攻撃は後ろから待ったがかかった。エレインだ。彼女はボロボロの身体を何とか奮い立たせてよろよろと立ち上がった。そしてふわりと浮かび上がってルフィの隣へ来る。

 

「大丈夫ですから………彼は私が何とかします………船長はモリアを………」

 

 エレインはあくまで自分の役割を全うしようとしていた。何せキングは原作には登場しないイレギュラーだ。自分が何としてもこいつをここで食い止めて、ルフィ達と関わらないようにしなければモリア戦の勝敗に影響が出る可能性が大きい。例え勝てなくても、せめてルフィ達がモリアとオーズを倒すまで引き付けておかなければならない。エレインはそう考えていた。

 

「…………いや、いいよ。俺があいつをぶっ飛ばすからお前は休んでろ。」

 

 だが、ルフィはエレインの申し出を断った。ギア2を発動して身体中から蒸気を噴き出す。

 

「え? い、いや大丈夫ですよ船長! ちょっと傷が深く見えますけど、実際のダメージは大したことないんです! 魔力だってまだまだ残ってますし、私が何とか食い止めますから船長はその間にモリアを__!」

 

「いいんだ!」

 

 何とかルフィを説得しようとするエレインだが、ルフィはそんな彼女の言葉を大声で遮った。今までルフィにそんなことをされたことがないエレインはビクッ、と身体を震わせる。ルフィはそんな彼女の頬を指で触れた。

 その指は、濡れてしまった。

 

「え…………?」

 

「もうこれ以上、そんな顔で戦うお前は見たくねぇ。」

 

 そう言ってルフィはフッ、とその場から消えた。上空を見上げればルフィはキングと戦い始めていた。キングの木の触手による波状攻撃をルフィは”JET銃乱打(ガトリング)”で粉砕しながらキングに肉薄していく。

 

「これ………涙………?」

 

 エレインは先ほどルフィに言われて、初めて自分が涙を流しながら戦っていたことに気が付いた。何故だかは分からないが、涙はぽろぽろと止めどなく流れ続け、一向に止まる気配がない。

 

「何で私……涙を? いや、それ以前に………」

 

 涙もそうだが、そもそもキングと戦い始めてからおかしなことがあった。エレインの攻撃がまったくキングに届かないのだ。キングはこれは自分の妖精王としての器がエレインを上回ったためだと言っていたが、本当にそうだろうか。エレインはあまり納得できていなかった。

 

 止まらない涙、そして攻撃できない自分。それはキングによって妨害されているというよりも、まるで自分自身がキングを攻撃することを嫌がっているような、その方がしっくりくる。

 

「キングを攻撃することを嫌がる………あぁ、なるほど。そういうことか。」

 

 何で気が付かなかったんだ、とため息をついてエレインは目を閉じ、胸に手を当てた。そして自分自身に問いかけるように祈る。

 

__エレイン、聞こえるか。聞こえたら返事をしてくれ。

 

 すると、エレインの意識は自分の中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、ここは………」

 

 次に目を覚ました時、俺はエニエス・ロビーでの戦いで訪れた花畑にいた。身体も普通の男子高校生の自分のものに戻っている。どうやら俺の問いかけにエレインは答えてくれたようだ。少し遠くに、寂しげに膝を抱えて座るエレインの後ろ姿が見える。俺はゆっくりと彼女に歩み寄った。

 

「あんただったんだな、俺の攻撃を止めていたのは。」

 

「…………………」

 

 俺がさっきからキングを攻撃できなかったのは、キングの魔力が俺より上だとか、妖精王としての器だとか、そういうことじゃなかった。単に俺の身体であるエレインが実の兄貴と戦うことができなかった。ただそれだけだった。

 

「……分かっているとは思うが、あれはキングじゃない。モリアにいいように利用されてるだけだ。」

 

「…………分かってるわ、分かってるんだけど………ごめんなさい、私には兄さんと戦うことなんてできない………」

 

 そう言ってエレインはさらに顔を俯かせてしまった。血を分けた兄妹と戦いたくない。その気持ちは充分に分かる。だが、だからといってゾンビとなったキングをあのままモリアの好きにさせておくわけにもいかない。何とか彼女に戦ってもらわなくては。

 

「なぁエレイン、無理を承知で頼む。なんとか戦ってくれないか。でないと………!」

 

「嫌っ!」

 

 俺が言い終わらないうちにエレインは拒絶した。

 

「エレイン………」

 

「嫌よ! そんなのできっこないっ! 何百年も帰りを待ち続けたのよ! 何人もの悪意ある人間から森を守って、海軍の軍隊に襲われて、皆と離れ離れになって、それでも待って………やっと会えた世界でたった一人の兄さんなのっ!!」

 

「…………………」

 

「……だからお願い、兄さんだけは見逃して。他のことなら私、いくらでも力を貸すから。少し苦しい戦いになるかもしれないけど、あの船長さん達と力を合わせれば、兄さんを退けながらモリアを倒すことも__」

 

「…………あんたはそれでいいのか?」

 

 今度は俺がエレインの言葉を遮った。

 

「…………え?」

 

「兄妹と戦いたくない、その気持ちはよく分かる。だがあんたは本当にそれでいいのか? あんたも分かってるだろ? キングの力は強大だ。キングを退けながらモリアとオーズを倒すことなんていくらルフィ達でもできない。ここで倒さなきゃ確実に負ける。」

 

「………………」

 

「そうなればキングはこの先永遠にモリアに使われ続けるんだ。ゾンビ兵として、それこそ馬車馬なんて表現が生易しいくらいに。兄貴の身体がそんなことになって、あんたは、本当に満足なのか!」

 

「っ………!」

 

「……本心を聞かせてくれ。」

 

「………そんなの嫌に決まってる! 満足なわけないっ! でも私は………」

 

 エレインのその声が聞けて、俺は満足気に笑った。

 

「ならもう答えが出てるじゃないか。」

 

 俺はそう言ってエレインに手を差し出した。

 

「一緒に戦ってくれ、エレイン。」

 

 エレインはその手をしばらくじっ、と見つめていたが、やがて涙を拭うとその手を掴んだ。

 

「…………兄を、頼みます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわっ!」

 

 エレインに変わってキングと戦っていたルフィは森の木に叩きつけられた。キングの木の触手によって上空から叩き落とされたのだ。

 

「もうおしまいですか? 3億の首”麦わらのルフィ”。」

 

「くそっ! あんにゃろ中々やるな! ギア2も通用しねぇか!」

 

 あれからルフィはギア2の超スピードで攻撃を仕掛けていたが、キングの周囲の木の触手や、魔剣に防がれてあまりキングにダメージを与えられていなかった。

 

「よし! ならこれでどうだ!」

 

 そう言ってルフィは右手の親指を噛んだ。ギア3の構えだ。

 

「甘いですね!」

 

 だが、それを黙って見過ごす程キングは甘くなかった。ルフィの背後の木々からポポポッ、と無数の水滴の球が浮かび上がる。

 

「やべっ!」

 

「”養分凝縮(コンデンスパワー)”!」

 

 その水滴達はキングの合図で一斉にルフィに襲い掛かる。

 

ギギギンッ!!

 

「!?」

 

「なに!」

 

 だが、水滴はルフィに届く前に打ち落とされた。ルフィの背後では槍形態のシャスティフォルがフィンフィン、と回っている。

 

「遅くなりました船長。」

 

「エレイン、お前………」

 

 その霊槍の主、エレインがルフィの前にストッ、と降り立った。

 

「ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。私ならもう大丈夫です。船長は早くモリアを倒しに向かってください。」

 

「…………ああ、分かった!」

 

 決意ある眼差しでキングを睨むエレインの顔はさっきまでとは別人のように変わっていた。その顔を見たルフィはキングをエレインに任せ、モリアを探しに屋敷の方へ走っていった。

 

「逃がすわけないだろ!」

 

 だが、それをキングが見逃すはずもなく、彼は無数の触手を走るルフィの背中にけしかけた。

 

スパァンッ! 

 

「なっ!」

 

 だが、その触手たちは一瞬にしてシャスティフォルが切り裂いた。

 

「て、てめぇっ__!」

 

「黙れ。」

 

ズドォーンッ!!

 

 エレインに罵声を浴びせようとしたキングだが、その前に槍状のシャスティフォルの一撃で吹き飛ばされた。

 

「なっ………!?」

 

 さっきまでかすりもしなかったエレインの攻撃で吹き飛ばされてキングは困惑する。

 

ボフッ

 

 上空へ吹き飛ばされたキングをすごい速度で回り込んでいたシャスティフォルが第二形態に変形して受け止める。

 

「はっ!」

 

 キングは背後のシャスティフォルに魔剣を振るうが、当たる前にシャスティフォルは第五形態に変化し、キングの頭上へ舞い上がっていった。

 

「ぐわぁぁぁあ!!」

 

 そしてその無数のクナイ状のシャスティフォルによってキングは森へ打ち落とされた。墜落してできたクレーターからキングが血だらけになってよろよろと立ち上がると、そんな彼の様子を上空からエレインが冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

「覚悟しろ。」

 

「っ………!!」

 

 エレインをギッ、と睨むとキングはエレインと同じ高度まで上昇する。

 

「何故だ、何故俺を攻撃できる…? 妖精王としての器は俺の方が上のはず………!」

 

「…キング、お前に入っているのが私の影なら知っているはずです。神樹は妖精界を悠然と見下ろす存在、そこに善悪の感情はありません。さっきまでは、ちょっとエレイン(私)の決心が揺らいでいただけです。」

 

「!………ごほっ! では何故!? 何故俺がたったあれだけの攻撃でここまでのダメージを………!? 羽が生えていないお前と俺とでは闘級にかなりの差があるはず……!」

 

 キングは血を咳き込みながらさらに疑問を口にした。何故4万超えの闘級を持つ自分がエレインの攻撃で大ダメージを負ったのか。その疑問にエレインはため息をつきながら答えた。

 

「本当にお前は私の影なんですね。ちょっと呆れます。」

 

「何?」

 

「『お前は全体的に動きに無駄がありすぎる。そんなんじゃすぐ息が上がっちまうぞ』、ゾロさんの言葉です。思い出しましたか?」

 

「っ!」

 

 エレインの指摘にキングはハッとした。

 

 それはゾロに稽古をつけてもらい始めたばかりの頃だった。当時まだ転生してから日が浅く、魔力の運用自体にも慣れていなかったので、シャスティフォルの扱いも今とは比べ物にならない程グダグダだった。そこをゾロにさっきの言葉で厳しく指導されて、今のエレインがいる。

 

 つまり、エレインの影で動いているキングは精神がまだ戦いにおいて未熟でありながら妖精王の強大な魔力を手にしてしまい、そのせいで慢心して無駄のない魔力運用を疎かにしてしまった。そしてそのままエレインやルフィと連戦した結果、気付かぬうちに魔力を大量に消費してしまって当初と比べて大幅に力を落としてしまったというわけだ。今のキングならエレインでも十分に戦える。

 

「ぐっ………!」

 

「さあ、決着を付けましょう。妖精王(バカ兄貴)。」

 

「だあぁぁぁぁぁあ!!」

 

 キングは残った魔力を大量に放出すると、魔剣を増殖させ、それらを高速回転させてエレインに飛ばしてきた。エレインは冷静に槍状のシャスティフォルを構え、迎え撃つ。

 

ギギギッンッ!!

 

 大きく円を描くように高速回転したシャスティフォルが盾のようにエレインの前に立ちふさがって魔剣を打ち落としていく。そうすることでキングに隙ができ、そこを突いて今度はエレインが槍状のシャスティフォルを飛ばして攻撃する。

 

ガキィンッ!!

 

「ぐっ…!!」

 

 キングはシャスティフォルの一撃を残しておいた魔剣の一本で受け止める。

 

「………負けるかぁっ!!」

 

グアッ!!

 

 キングはその魔剣をさらに分裂させてシャスティフォルを吹き飛ばした。キングはさらに数の増えた魔剣でエレインを猛撃するが、エレインはそれらを第五形態のシャスティフォルで弾いていく。

 

 もはや二人の実力差は逆転し、勝負はあった。それでもモリアのゾンビ兵であるキングは止まらない、止められない。

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

「…………いいんだ。」

 

「あああぁぁぁあっ!!」

 

「もう休んでいいんだ。」

 

「ああああっ……!! ああぁぁぁぁっ!!!」

 

「「ハーレクイン/兄さん………。」」

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編6・妖精の悪夢



 投稿が遅くなり、本当に申し訳ございません。リアルがすごく忙しくて………。本当に長らくお待たせしました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボボッ………

 

 シャスティフォルで斬りつけたキングの身体が切り口から発火した。これは最近ゾロに教えてもらった技だ。切っ先にすべての力を集中させた斬撃の摩擦熱で相手を燃やし斬る。俺の炎は本家のゾロのものより弱々しいが、キングは身体を燃やす炎の熱と斬撃のダメージでゆっくり地面に墜落していった。

 

ヒラリ………

 

「? あれはリボン………?」

 

 その時、キングのポケットから赤いリボンが出てきた。俺は地面に横たわるキングの傍らに降下しながらそれを空中でキャッチした。

 俺は腰にぶら下げていた袋からウソップが作った塩の玉を取り出す。後は胸部に炎を灯しながら倒れるキングの口にこれを入れれば終わりだ。

 

「や………あ……エレ………イン…………久しぶ………り………」

 

「!」

 

 だが、死んでいて、なおかつモリアに操られているはずのキングが俺に話しかけてきた。その目には先ほどまでの負の感情は一切なく、穏やかな色をしている。その声は間違いなくエレインの兄ハーレクインのものだった。

 一体なぜ、どういう原理で死んでいるハーレクインが話し出すのか。それは分からないがその声は聞いておくべきだろう。そう思って俺はキングの側に歩み寄った。

 

 

「その…リボン……、君へのプレゼント……なんだ……。長い間…待たせちゃったから………せめてお詫びにと……思って…………」

 

「……………………」

 

 いつの間にか俺の身体は涙を流していた。キングの手を取り、その言葉を聞き続ける。

 

「マリン……フォードで……人気のアクセサリー……なんだけど……オイラもバカだ…な…。こんな…ものじゃ、君に…は、何の…詫びにも…ならない…………のに……」

 

「…………そうですよ、貴方は本当に大バカです!」

 

 俺の返答を聞くと、キングはフッ、と安堵の笑みを浮かべ、やがて炎に包まれていった。もう炎でほとんど見えなくなったキングの身体からヒュッと黒い魂のようなものが抜け出て、俺の足元に宿った。俺は無事キングをモリアの呪縛から解放し、影を取り戻すことができたようだ。

 

「……エレイン、キングを解放してあげることができたよ。ありがとう。」

 

 俺はキングの最後を見守った後、闇に覆われた空を見上げてそう呟いた。そしてゴシゴシと手で涙を拭うと地面をキッと鋭く睨みつけた。

 

ボンッ!

 

 すると風の魔力によって地面に半径1m程度の穴が掘られた。俺はほぼ炭になってしまったキングの亡骸を魔力で浮かせるとその穴の中に寝かせ、その上から土を被せた。静かに眠れ。そんな思いを込めるとキングの亡骸を埋めた周囲の地面にポポポッ、と色とりどりの小さな花が咲き乱れた。これでキングも寂しくないだろう。

 

 キングの弔いを終えた俺は、キングの墓に背を向け、屋敷の方を向いた。戦いはまだ、終わってない。

 

「…………さあ、行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷では麦わらの一味とオーズ、そしてモリアが壮絶な戦いを繰り広げていた。ルフィの影の入ったゾンビであるオーズは巨人族以上の巨体を持つ魔人、それにさらにルフィの身軽な戦闘スタイルが加わり、モリアがカゲカゲの実の力で再現したゴムゴムの実の能力まで併せ持つ。どんな荒波も仲間と共に乗り越えてきた麦わらの一味でも苦戦は必至の相手だった。

 

「”ゴムゴムの鐘”ぇ!!」

 

ドゴォンッ!

 

 巨体由来のパワーにルフィのスピード、さらにゴムゴムの技まで使いこなすオーズに麦わらの一味は近づくことさえできない。

 

「四本樹(クロトワマーノ)………!」

 

 そんなジリ貧を脱却したのはロビンだった。離れた場所に自身の手足を咲かせることのできるハナハナの実の能力によって、コックピットのように改造したオーズの腹部に乗り込むモリアの身体に何本もの腕を束ねた大きな腕を四本咲かせ、モリアの巨体を締め上げた。

 

「”クラッチ”!!」

 

 そしてそのままモリアの首をボキンッ!とへし折った。モリアの悲鳴が響き、勝負はついたかに思われた。

 

「キシシシ、残念だったな。」

 

「なっ…………!」

 

 だが、モリアは自分の影を囮に使うことでロビンの攻撃を回避し、逆にロビンの背後に回り込んでいた。モリアも王下七武海の一員、そう簡単に勝たせてくれる相手ではない。モリアはニタニタと笑いながらロビンの足元からベリベリと影をはがした。そしてそれを切り取ろうと大きなハサミを構える。

 

「キシシシ!」

 

「ロビンちゃ………!!」

 

ザンッ!!

 

「ぐっ……!?」

 

 だが、モリアがロビンの影を切り取る寸前、突如一本の槍が飛来してモリアの脇腹を斬り裂いた。思わぬ痛みにモリアはロビンの影から手を放し、斬り裂かれた脇腹を押さえる。その槍はギュルルルと高速で回転すると飛んできた方角へと戻っていく。

 

「あれは、霊槍……!」

 

「ってことは………!」

 

 ウソップは希望に満ちた顔を霊槍が飛来した方へ向ける。

 

「皆さん、遅くなりました。」

 

 そこには傷だらけになりながらも戦いを切り抜けてきたエレインが、仲間達を安心させる笑顔と共に浮遊していた。

 

「うおぉぉぉお! エレインが来てくれたぞ~!」

 

「へっ、遅えよ。」

 

「よっしゃあ! ここから一気に勝つぞ!」

 

 エレインという大きな戦力の加入に、苦戦続きで硬くなっていた麦わらの一味の表情が少し和らぐ。

 

「てめぇ………! 闇の聖女(ダーク・セイント)…………!!」

 

 再びオーズの腹部に戻ったモリアは自分を斬ったエレインを睨みつけた。やがてオーズに指示を出すとオーズは主人の命に従って隕石のような拳をエレインに振るう。

 

「キシシシッ! 吹っ飛べ!!」

 

「………”守護獣(ガーディアン)”。」

 

 迫り来る拳にエレインは落ち着いて霊槍を構えた。第二形態へ変化させたシャスティフォルがオーズの拳をバズンッ! と受け止める。多少後退したものの、シャスティフォルはオーズの攻撃を完璧に防御して見せた。

 

「おおっ! あの剛腕を受け止めたっ!」

 

 エレインの活躍に仲間達が沸く。エレインはシャスティフォルを今度は槍形態に戻し、ギュルルルッと円を描くように回転させた。シャスティフォルは回転しながら突き出したオーズの右腕を斬り裂きつつ登っていく。

 

ズババババッ!!

 

「うおっ!」

 

「何だオーズ情けねぇ! そんなチンケな槍、さっさとはたき落としちまえ!」

 

 ゾンビとなったオーズは痛みを感じないため、自分の身体が傷つけられることに危機感を感じない。やがてシャスティフォルはオーズの右腕を登りきると右肩の辺りで回転を止め、ピタッと空中で停止する。見るとエレインは人差し指と中指を立てた右手を挙げ、魔力を集中していた。目を閉じると先ほど戦ったキングの儚い最期と、その妹”エレイン”の悲しみが、深く胸を締め上げる。

 

「…………っ!!」

 

ズバンッ!!

 

「どわっ! 腕斬られた~っ!!」

 

「何ッ! そんなバカな!!」

 

 目をカッと開けたエレインは額に青筋を浮かべ、殺意を込めた鋭い眼で右手を振り下ろした。すると大振りに振られたシャスティフォルがオーズの右腕を肩から斬り落とした。斬られた腕がズゥンッと地面に落ち、痛みがないオーズも主人と共に動揺する。如何に魔人と恐れられたオーズであっても500年前の死体をモリアの能力で無理やり動かしているだけ。本物ならともかく、怒りに燃える妖精王の本気の魔力に耐えられるはずがなかった。

 

「すげぇ! オーズの腕斬り落としたっ!」

 

「あんなにあっさり…………! エレインすごく強くなってる!」

 

「ああ、さすがだ。」

 

「皆、今のうちに体勢を立て直しましょう!」

 

 エレインが戦っている最中、地上ではゾロ達がそれぞれバラバラに散り、体勢を立て直していた。その間、今まで束になってかかってもビクともしなかったオーズとモリアを、たった一人で圧倒するエレインの強さに驚きを隠せない。それもその筈、実はエレインは先ほどのキング戦を経て、”エレイン”の身体と魂の繋がりがより強くなったことで、グンと戦闘力をアップさせていた。それは闘級にして5130相当。七つの大罪原作でのマーリンをも超える数値だ。他人の力と過去の伝説にいつまでも縋るモリアでは到底手に入れられない力だ。

 

「おのれっ…! ”欠片蝙蝠(ブリックバット)”!」

 

 モリアは影で作ったたくさんの小型の蝙蝠達をエレイン目掛けて飛ばした。蝙蝠達は大きく口を開けてエレインに噛みつこうと襲い掛かる。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態”増殖(インクリース)”。」

 

 だが、それもエレインには通用しない。シャラララと空中を踊る無数のクナイ達がモリアの蝙蝠達を一匹残らず潰す。

 潰した蝙蝠の残骸がビチャビチャと地面に落ちる中、エレインはオーズの腹部のモリアを冷淡な目で見下ろす。

 

「とりあえず三回は死んでくれます? じゃなきゃ兄さんに怒られてしまいますから。」

 

 まるでもう勝ったも同然と言わんばかりのエレインの言葉に、プライドの高いモリアはギリッと歯ぎしりした。そしてエレインに潰された蝙蝠の欠片を集めると漆黒の影の塊を作った。それをオーズの斬られた腕の傷口に装着すると、影の塊はズズズと形を変え、オーズの腕を作った。

 

「キシシ…、まさかお前がここまでやるとはな……、正直想定外だったぜ。だが! 俺は倒せねぇ!」

 

「倒しますよ、必ず。」

 

「フンッ、いけオーズ! ”影の剛手(シャドーズハンド)”!!」

 

「うおぉぉぉお!!」

 

 モリアの掛け声と共に、オーズは影の右手をエレインに伸ばし、握りつぶそうとする。

 

「まずいっ! 逃げろエレイン!!」

 

「いくらエレインでもあれは防げねぇ!!」

 

 先ほど防いだ拳よりも影の手の攻撃は大規模だ。さしものエレインも防ぐことをやめ、回避行動をとる。逃げるエレインにオーズの漆黒の手が迫る。

 

ザンッ!!

 

「がっ!」

 

「ちっ! 今度は何だってんだ!?」

 

 だが、その手はエレインに届くことはなかった。突如現れた何者かがオーズの影の腕を斬り落としたからだ。その者はモリアとオーズの正面に立つと、チンッと大きな剣を背中に背負う鞘に収める。全身青色で筋骨隆々の麦わら帽子を背に持つ男だ。

 

「………あなたは一体?」

 

「俺はルフィだぜ。」

 

「は?」

 

「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」

 

 自分達の船長のあまりの変わりようにエレインを始め、仲間達は驚愕する。なんでも、ルフィはここへ来る途中にモリアに影を取られた者達に会い、打倒モリアのために協力してもらったらしい。手練れの海兵や屈強な海賊といった様々な影をその身に取り込むことで、短時間だけではあるものの、驚異的な戦闘力を手にしたようだ。

 

 ともかく、多少の変化はあれどこれで麦わらの一味が全員揃った。エレインが随分時間を稼いだおかげで、ダメージが深く一時戦線離脱していたフランキーやブルックも起きて戦線に復帰している。

 

「いくぞっ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 オーズ、そしてモリアを倒すための麦わらの一味最後の作戦が始まった。まずロビンがハナハナの実の能力で足場を作り、それを利用してルフィがスリラーバークで一番高い塔を登っていく。

 

「待てぇ!」

 

 オーズがそれに気を取られているスキにナミが雨を降らせてオーズをびしょ濡れにする。続いてフランキーとウソップが即席で配管工事を行い、スリラーバークの冷凍庫の冷気をオーズに放射する。するとナミの雨が冷気で凍り付き、オーズは足元を固められて動けなくなる。

 

「どわっ! 凍った!」

 

「こいつら…! 何をする気だ……?」

 

 オーズとモリアが困惑する中、麦わらの一味の作戦は終わらない。今度はサンジがスリラーバークの巨大な舵の鎖をオーズ目掛けて蹴り飛ばし、それは見事オーズの首に引っ掛かる。最後にゾロとブルックの剣士コンビがオーズの腹に攻撃し、オーズが腹を引いたところで舵の鎖を巻き上げれば作戦は完了。後は仕上げを待つのみだ。オーズの上空からは塔のてっぺんから飛び降りたルフィがオーズ目掛けて急降下している。

 

 チョッパー考案のこの作戦は人体の構造を利用したものだ。人間の背骨は本来S字に曲がることで衝撃や重さを和らげる構造になっている。だが、オーズの背骨は今、麦わらの一味の作戦により真っ直ぐに伸ばされている。その状態で攻撃を受ければ衝撃の逃げ場はなくなり、オーズの背骨は砕け散るという寸法だ。

 

 上空から迫り来るルフィは空気を取り込み、風船のように膨らんだ身体をねじって、その空気を噴射して加速と回転を加えてオーズに突撃する。そしてその丸太のように太くなった腕で遂に攻撃を繰り出した。

 

「”ゴムゴムの暴風雨(ストーム)”!!」

 

ズドドドドドドドドッ!!!

 

 それはいつかの決戦で青雉に放った技だ。だが、影を取りこんだことで格段にパワーアップした今のルフィが放てばその威力はあの時の比ではない。一発一発が格段に重いパンチをオーズの頭上より何度も何度も浴びせる。もはや悲鳴をあげる間もなくオーズは背骨のみならず全身の骨をバラバラに粉砕された。

 

「ううっ……!」

 

 やがてオーズがズゥンッ、と倒れると同時に、ルフィの身体から影が抜け出ていく。パワーアップの時間切れのようだ。影が抜けたルフィはみるみる身体が小さくなり、元の姿に戻るとドサッと地面に落ちた。

 

「ぐふっ………、おのれ貴様らっ…………!!」

 

 オーズはなんとか倒したが、肝心のモリアはまだ倒れていなかった。オーズの腹部にいたモリアはオーズの肉体が盾となり、あまり攻撃を食らわなかったためだ。モリアはふらつきながらもオーズの腹部から這い出ると、自身をここまで追い込んだ麦わらの一味の面々をギロリと睨みつける。だが、麦わらの一味は微塵も怯んではいなかった。それはなぜか。

 

「っ!!」

 

「霊槍シャスティフォル第四形態__!!」

 

 その答えは麦わらの一味の背後、モリアの正面にあった。エレインが巨大な植物形態のシャスティフォルを構えていたのだ。シャスティフォルは充分な光を吸収した蕾をブワッ、と開き、発射準備はもう万端だ。

 

「”光華(サンフラワー)”!!」

 

「しまっ__!!」

 

「言ったでしょう? 倒すって。」

 

 ボウッ!!

 

 今更気づいても、もう遅かった。麦わらの一味はモリアに止めを刺すことまで計算に入れていたのだ。間もなく発射された極太の光線にモリアは為す術なく全身を呑み込まれた。光線の威力は凄まじく、モリアは一瞬で意識を刈り取られた。ブスブスと黒煙を上げるモリアの身体がやがてぐらりとよろめく。

 

「「「やったあぁぁぁあ!! 勝ったぁぁぁあ!!」」」

 

 その姿を見て、ルフィを応援するべく戦場にやってきていたモリアの被害者達が喜びの歓声を上げる。オーズは倒れ、スリラーバークの支配者モリアも戦闘不能だ。彼らはもう勝ちを確信したのだ。後は倒れたモリアを叩き起こし、力ずくで影を解放させればすべて解決する。この悪夢も終わる。ハッピーエンドだ。

 

「ぐぅぅ………! かあっ……!!」

 

___そのはずだった。

 

 エレインの攻撃で完全に落ちたはずのモリアは倒れることなく、よろめいた身体をしっかり踏ん張って立て直した。

 

「「「う、うわあぁぁ!! モリアが………!!」」」

 

「うそ………」

 

「おいおい………マジかよ。」

 

「あんだけの攻撃を受けて、まだ倒れねぇのか…。」

 

 モリアは一時期、現四皇カイドウと渡り合った程の大海賊。その執念にさすがの麦わらの一味もうんざりとした表情を隠しきれない。だが、勝負を諦めたわけではない。ルフィを始め、皆ボロボロの身体に鞭を打って戦闘態勢に入る。

 

「キシ……シシシ………! この俺が……てめぇら如きを相手に…ここまでやられるとはな………。さすがにプライドも傷ついたぜ………! ハァ………ハァ………!!」

 

 だが、瀕死の状態なのはモリアとて同じ。息も絶え絶えになりながらもモリアは鋭い眼光を失わない。まだ何か秘策があるようだ。

 

「………仕方ねぇ、ホグバックが言うにはまだ研究中らしいが………こいつを使うか…………!」

 

 モリアは懐から何かを取り出した。それは何の変哲もない注射器のようだが、中にはボコボコと泡立つ紫色の不気味な液体が入っている。

 

「麦わら………これが何か分かるか………?」

 

「………何だ………あれ?」

 

「何か…すごく気持ち悪いわ。」

 

「薬…ってわけでもないな。」

 

「…………!! ま、まさかそれはっ…………!!」

 

 モリア以外の全員がその液体に嫌悪感を覚える中、一人その正体に気づいたエレインが顔を青ざめる。その反応に満足したモリアはニヤリと笑う。

 

「こいつはなぁ、俺が七武海に加入した時に………政府からいただいた魔神族………”灰色魔神(アッシュ)”の血だ!!」

 

「!! 何ですって………!!」

 

「何か知ってるのかロビン!?」

 

「………魔神族は、過去二度起こった聖戦と呼ばれる戦で生きとし生ける者すべてを苦しめた伝説の古代種族よ。その凶暴さと邪悪さから今は封印されているはず…………それをなぜ貴方が…………!?」

 

「キシシ……簡単なことだ……。400年前、第二次聖戦が終わった直後、政府は下位魔神数匹と上位魔神一匹の身柄を拘束した………。魔神族の圧倒的な力を…我が物にしようと画策してな……キシシシ…………!!」

 

「なんてことを……」

 

「それ以来、政府は魔神の身体を研究し続けた……。そして最近になって分かったことだが………魔神の血液には、摂取した生物の身体を………より強靭にする作用がある!」

 

「「「!!」」」

 

 それを聞いて、この場にいる全員がモリアがこの後何をする気なのか分かってしまい、息を吞む。

 

「現に、表には出ていないが……政府は裏で魔神の血を取り込み……より強力な”新世代”と言われる海兵を少しずつ増やしている………。だが、それも灰色魔神(こいつ)の下位種……”赤色魔神(レッド)”の血であればの話………。灰色魔神(こいつ)の血の作用にはどんな生物も耐えられない…………」

 

 ここまで喋るとモリアはニィッ、と不気味に笑った。

 

「だが、ホグバックの仮説はこうだ……! 七武海に数えられるだけの強さっ! そして”悪魔の実の能力者”である俺ならば! 反応にどうにか耐えることができると! その力の程を今見せてやるっ!!」

 

「っ!! ダメッ!!」

 

 喋り終わったモリアは注射器を自身の腕に突き刺した。七つの大罪原作から灰色魔神(アッシュ)の恐ろしさを知っているエレインが慌てて止めようとするも、モリアはその血を自らに取り込んでしまった。

 

「っ!! ぐあぁぁぁあっっ!!!」

 

 すると間もなく、モリアは身体を急激に作り変えられる痛みにのたうち回った。ボコンッボコンッ、と身体のあちこちが盛り上がったかと思えば、やがてモリアの巨体はみるみる瘦せていく。そして肥満体から全盛期の、戦闘向きのシャープな肉体を取り戻したモリアは苦しむのを止め、ボォッ……と怪しげに輝きながらゆっくり立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…………お前はこんな景色を見ていたのか…………カイドウ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!! いけっ! シャスティフォル!!」

 

「待てエレイン!!」

 

「ダメだ!!」

 

 仲間達の制止を聞かず、エレインは完全に変化しきる前に倒そうと槍形態のシャスティフォルをモリア目掛けて飛ばした。

 

カッ!!!!

 

「キャッ!!」

 

「うわっ!!」

 

「チィッ!!」

 

 シャスティフォルがモリアの顔面に命中した瞬間、モリアは激しい光に包まれた。そのあまりの光量に全員が思わず目を覆う。やがて光が収まり、一同が最初に目にしたのは、半分から先がなくなった槍形態のシャスティフォルだった。

 

「あれは…………モリアなのか?」

 

 震えた声のウソップの疑問に、誰よりもモリアに近い位置にいるルフィが答えた。

 

「いや…………もう別物だ。」

 

 彼らの前には異形の姿となったモリアが佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編7・妖精の一撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何あの姿………」

 

「本当にモリアなの………?」

 

 その場にいる者は皆、異形の化け物と化したモリアに恐れおののいている。今のモリアは今までの肥満体が嘘のように筋肉質になり、身体は不気味に濁った白色となった。さらに、額からは禍々しい角を、背中からは黒い翼を生やしている。

 これまでは常に相手を見下し、高笑いをしていたモリアだが、今はまったくの無表情で、目も破壊と殺戮だけを宿した無機質なものになっている。その静けさが、逆に恐怖を掻き立てた。

 

「ちっ! どんな姿になろうと関係ねぇ!」

 

「もう時間がねぇ、畳みかけるぞ!」

 

 その沈黙を破ったのはゾロとサンジだった。もうほとんど夜は明け、東の空が明るくなり始めている。消滅まで一刻の猶予もない。恐れている暇などないのだ。

 

ガキィンッ!!

 

 ゾロの剣、サンジの蹴りは確かにモリアにヒットした。だがダメージを与えることはできなかった。変質したモリアの表皮があまりにも硬すぎて傷一つ付けることができなかったのだ。モリアはゾロとサンジを右腕を一振りするだけで弾き飛ばした。

 

「どわっ!」

 

「ちっ!」

 

「ゾロっ! サンジっ!」

 

 ゾロとサンジの安否を心配するルフィ。だが駆け寄る暇も与えずモリアの反撃が来る。モリアは自分の周囲の空間にポッ、ポッ、ポッと小さな黒い球を無数に出現させた。モリアのその技の恐ろしさを唯一知っているエレインがいち早く叫ぶ。

 

「まずいっ! 皆さん! モリアから離れて__!!」

 

「”黒雪(ダーク・スノウ)”」

 

 その叫びと同時にモリアが黒い球を辺りにパアッとバラまいた。黒い球はパラパラとまるで雪のように降り注ぐ。

 

ズッ………!!

 

「おいっ! 大丈……っ! 死んでる!?」

 

「触っただけで死ぬ!? んなバカな!!」

 

 被害者達の一人がその雪に触れてしまった。その者の肉体はたちまち闇に侵食され、命をも蝕まれてしまった。雪の恐ろしさを知った者達は雪を避けようとするのだが、上にばかり意識がいって肝心のモリアとの戦いに集中できない。

 

「”金風の逆鱗”っ!」

 

ゴウッ!!

 

 その状況を打破したのはエレインだった。エレインは風の魔力を使い、黒い雪をすべて吹き飛ばした。

 

「おおっ! 助かったぜエレイン!」

 

 当たれば即死の黒雪(ダーク・スノウ)の恐怖から解放され、ウソップが思わずガッツポーズをする。

 

「っ!! 危ねぇっ! ウソップ!!」

 

 そのウソップのすぐ後ろにモリアが迫っていた。彼は右腕を振りかぶり、その首を今にも斬り落とさんとしている。

 

「………え?」

 

ビュッ!!

 

 ウソップが認識する間もなくモリアの腕は尋常ではない速度で振られた。

 

ドンッ!!

 

「「「ウソップ!!」」」

 

 誰もがウソップの死を覚悟した。しかし、モリアの禍々しい腕は緑の熊のぬいぐるみに呑み込まれた。再生したシャスティフォルをエレインが彼を守るために滑り込ませたのだ。間一髪で命が助かったウソップはドサッとその場に腰を抜かす。

 

「こんにゃろー!! ”ゴムゴムのJET銃乱打(ガトリング)”っ!!」

 

ドドドドドドドドドッ!!

 

 腕を第二形態のシャスティフォルに呑まれて身動きが取れないモリアをギア2を発動したルフィの連続攻撃が襲う。視認すら難しい高速の拳が次々にモリアを射抜く。

 

「ナミさんっ!」

 

「OK! エレイン! 準備はできてるわ!」

 

 だが、ゾロやサンジの攻撃も通らなかったモリアにこれだけでは足りない。さらに追撃を仕掛ける。ルフィの攻撃中にナミは、モリアの頭上に大きな雷雲を作り上げていた。エレインの合図でナミは天候棒(クリマ・タクト)の先に宿らせた電気泡(サンダーボール)を雷雲へと投げる。すると瞬く間に雷雲はゴロゴロと鳴り、ピシャアァァンッと強力な雷を落とした。雷は水分を多く含む第二形態のシャスティフォルへ余すことなく降り注ぐ。

 

「”サンダーボルト=テンポ”!!」

 

 ルフィの拳にナミの雷、通常の相手ならこれで十分大ダメージを与えたと言える。だが、灰色魔神の恐ろしさを知っているエレインはさらに攻撃を加える。第二形態のシャスティフォルがモリアをがっしり掴み、そのまま空中へ放り投げた。上昇を続けるモリアにエレインは迎撃を開始する。

 

「霊槍シャスティフォル第四形態”光華(サンフラワー)”!!」

 

 第四形態のシャスティフォルから放たれた極太の光線がモリアの全身を呑み込む。これでモリアは麦わらの一味の三人の必殺技を三連続で浴びた。誰もがモリアへのダメージを期待して視線を上げる。

 

「…………」

 

「お、おいおい………嘘だろ…………?」

 

「あれだけ撃ち込まれて…………ほとんどダメージ無しかよ……!?」

 

 しかし、非情な現実がそこにはあった。モリアは身体の所々が焦げただけで特に目立った外傷や疲れが見られなかった。背中に生えた黒い翼を羽ばたかせ、悠然と空中に存在していた。

 

「チッ、本格的にマズいな。」

 

「ああ、もう朝だ。物陰に隠れながら戦うしかないこの状況でこんな奴と戦うことなんてできねぇ。」

 

 ゾロとサンジは額に冷や汗をにじませる。もう戦場には日の光が差し込んでおり、影を取られた者達は瓦礫や木の影に入らなけらば消滅してしまう。そんな中あれ程の攻撃がほとんど通じないような化け物と戦うことはとても不可能だ。

 

「! あら、そうでもないみたいよ。」

 

 そんな危機的状況の中、ふと何かに気づいたロビンがそう呟いた。

 

「あぁ? 一体何を……、! これは!?」

 

「島中の影が………」

 

 フランキーとブルックも異変に気づく。空を見上げるとスリラーバーク中の影たちが、次々に世界中に散っているのだ。その中のいくつかが戦場に降りてきて、ルフィやゾロ、サンジといった影を取られた者達の足元へ戻っていく。

 

「これは一体………」

 

「恐らく、モリアの意識が薄れているためでしょう。」

 

 ブルックの疑問にエレインが答えた。

 

「灰色魔神の闇が、モリアの精神をも侵食しているのです。自己を保つのに必死なモリアに影を支配するだけの余裕がなくなったのだと思います。」

 

「よく分かんねぇけど、これでルフィ達は自由に戦えるんだな! よっしゃあ! こうなったらここにいる全員であいつを倒そう!」

 

 エレインの話が本当なら、モリアは凶悪にパワーアップしたものの、麦わらの一味も味方が増えたことになる。ローリング海賊団をはじめとした被害者達も戦意は充分だ。ウソップの声を皮切りに、その場の士気はぐんぐん高まる。

 

「…………いや、あいつとは俺一人でやる。お前らは手を出さねぇでくれ。」

 

 それに待ったをかけたのはルフィだ。あの化け物にたった一人で立ち向かうというルフィに当然仲間達から反発が起こる。

 

「何言ってんだルフィ! 相手はお前とナミとエレインの攻撃も、ゾロとサンジの同時攻撃も通じない怪物だぞ!」

 

「そうよルフィ! せっかく皆の影が戻ったんだからここは全員で…………!!」

 

「いえ、私は正しい判断だと思うわ。」

 

 ウソップとナミの反論にロビンが意見した。

 

「ロビン?」

 

「大人数で立ち向かっても、さっきの黒い雪を放たれたらさらに犠牲が拡大してしまう。それなら例え力が上でも一対一の勝負に持ち込んだ方が戦いやすいわ。」

 

「でも……だからって…………」

 

 ナミはまだ納得していないが、ルフィはもうやる気だ。

 

「エレイン、頼む!」

 

「……はい船長。霊槍シャスティフォル第八形態”花粒園(パレン・ガーデン)”。」

 

ブゥン………

 

 ルフィの指示でエレインはシャスティフォルの第八形態でルフィとモリアの二人を包み込んだ。これで万が一モリアが”黒雪(ダーク・スノウ)”を放ったとしても仲間達に降り注ぐことはない。

 

「…………!」

 

ガン!ゴン!

 

 閉じ込められたモリアは緑の粒子の壁を殴って外へ出ようとする。だが、ちょっとやそっとの攻撃で破れる程花粒園(パレン・ガーデン)は甘くない。さすがに七つの大罪原作の、”完璧なる立方体(パーフェクト・キューブ)”程硬くはないが、それでも神樹が身を守るための防御技だ。防御力もそれ相応に高い。

 

「”暗黒の環(ダーク・ネビュラ)”。」

 

ゴォ………!!

 

 生半可な力では破れないと知ったモリアは暗黒の魔力を衝撃波にして身体から放った。その凄まじい圧力にミシミシと花粒園(パレン・ガーデン)が悲鳴を上げる。

 

ドルルンッ………!

 

 だが、その時にはルフィも最終攻撃の準備を整えていた。ギア2を発動して身体から蒸気を噴き出し、さらにその上からギア3も重ねて発動する。

 

「おい! その技重ねていいのか!?」

 

 その行為に仲間達から心配の声が上がる。エニエス・ロビーでの戦いでは2と3をそれぞれ単発で出しただけでルフィは動けなくなったのだ。その技を同時発動など無謀にもほどがある。

 とはいえ、モリアは無茶をしなければ勝てない相手というのも事実だ。魔神の力を取り込んだモリアは最早ルフィ達の力をはるかに越えた存在。現にルフィ達の攻撃はまったく通じなかった。今のモリアを討つには限界を超えた一撃を叩きこむほかない。

 

「いくぞ………モリア! お前をぶっ飛ばして、俺達は先へ行く!!」

 

 加速する血流と骨風船によって赤く光る砲弾と化したルフィは闇のエネルギーの中心にいるモリアをギンと睨む。

 

「”ゴムゴムの巨人の(ギガント)JET砲弾(シェル)”!!」

 

ドオォンッ!!! バリンッ!!

 

「…………!!」

 

ズガンッ!! 

 

 超速度で発射されたルフィ砲弾はモリアの”暗黒の環(ダーク・ネビュラ)”いともたやすく破り、モリアの土手っ腹に直撃した。その衝撃は凄まじく、攻撃を受けて身体をくの字に曲げたモリアは”花粒園(パレン・ガーデン)”を貫き、はるか上空へ打ち上げられた。

 

ぷしゅうぅぅぅ!

 

 持てる力を超えて攻撃を放ったルフィもまた、空気を噴射しながら吹き飛ぶ。今のは紛れもなくルフィの最高威力の一撃。これならどんな相手でも一溜りもない。

 

「がっ…………!! おのれ…………!」

 

「う、うわあぁぁぁぁ!!」

 

「まだ生きてるっ!!」

 

 __そのはずだった。上空で黒い翼を羽ばたかせ体勢を立て直したモリアは鋭い眼光でルフィを睨む。

 

「あの攻撃でも………ダメージ無し…………!!」

 

「そんな…………!! ルフィの身体張った攻撃でも効かねえってのか!?」

 

「…………いえ、効いてはいるわ。見て。」

 

 ロビンが気づいたように、ルフィの攻撃はモリアにまったく通じなかったわけではなかった。強烈な一撃をまともに喰らったせいでモリアの皮膚の装甲が崩れている。今の状態のモリアなら、先ほどまでのようにすべての攻撃を無効化されることもない。次にモリアが地上に降りてきた時が彼を倒すチャンスとなるだろう。

 

「かあぁ………!」

 

ポッ! ポッ! ポッ!

 

「おい! あの黒い雪……!」

 

「気を付けろ! またあの攻撃が来るぞ!!」

 

 だが、モリアはそんなチャンスは与えないとばかりに、攻撃がほとんど届かない上空で攻撃の準備を始めた。触れただけで命を奪う”黒雪(ダーク・スノウ)”を無数に生み出す。

 

ズズズ…………

 

 しかも今度はそれだけではなかった。生み出した大量の黒い雪を凝集・濃縮し、死のエネルギーが満ちる漆黒のエネルギー弾を作り出した。

 

「何あれ…………!」

 

「まずいぞ……! あんなのぶん投げられたら…………!!」

 

 絶体絶命の状況。それも悪いことにモリアは、技の反動で身体が縮んでしまっているルフィを狙っていた。

 

「死ね……! 麦わら…! ”黒死(デッド・エンド)”!」

 

「ぐっ………! くそっ…………!」

 

 無慈悲にもその死は、力を使い果たしたルフィに放たれようとしている。

 

「「「ルフィ!!」」」

 

 もはやルフィの死は逃れられない。誰もがそう思った。

 

「……神器解放。」

 

フワリ……

 

 その時、ルフィの身体が優しく抱きしめられた。ルフィが見上げると、金色の炎の如き魔力の波動に包まれたエレインが自身を抱きとめ、微笑んでいた。

 

「エレイン…………。」

 

「船長、後は私にお任せください。」

 

 エレインの言葉を聞くと、ルフィは安心したかのように瞼を閉じた。

 

「何を___!!」

 

ズガンッ!!

 

 その様子を不審に見ていたモリアは突然巨大な影に打ち落とされた。

 

「くっ!」

 

 モリアは自身が墜落したことで発生した土煙を払い、状況を確認しようと辺りを見渡す。

 

ドズゥンッ!! 

 

 すると間もなくその巨大な影がモリアのすぐそばに着地した。その正体は緑の熊のぬいぐるみ、シャスティフォルだ。だが先ほどまでとは姿が大きく変化している。

 体格はオーズほどではないにしても、巨人族並みにまで大きくなっている。さらに身体の形状も腕が四本から二本になり、より筋肉質な戦闘向きのものへと変化した。

 

「真・霊槍シャスティフォル第二形態”守護獣(ガーディアン)”」

 

「ぬぅんっ!!」

 

ドガガガガガガッ!!

 

 その巨人のようなシャスティフォルにモリアは連続で打撃を与えていく。その一発一発の攻撃は大地を簡単に割る程のパワーが込められている。

 

 ドズンッ!!!

 

「ぐはっ!!」

 

 だが、シャスティフォルはその攻撃を意にも介さず、逆に強烈な一撃をモリアにおみまいした。岩石のような拳で殴られたモリアはズズズズッと地中深くにめり込んでいく。元々第二形態のシャスティフォルにはいかなる打撃も吸収する特製があるが、それにしても、モリアの連続攻撃を受け切ってのカウンターの一撃。明らかにシャスティフォルはパワーアップしている。

 

「うおぉぉぉっ!! すげぇぞエレイン!!」

 

 その強さにウソップ達も歓声を上げる。

 

「ハアッ……!! ハアッ………!!」

 

 しかし、その強さと身に纏う金色の炎とは裏腹に、エレインはとても苦しそうに息を荒げている。汗を大量にかき、時々血も吐いている。

 

「エレイン………? どうしたんだ?」

 

「……まさかあの技、あいつにかなり負担がかかるのか?」

 

 ゾロやサンジがそのことを尋ねる間もなく、ボンッと勢いよくモリアが地中から飛び出してきた。

 

「貴様……!!」

 

 皮膚の装甲がなくなり、今のシャスティフォルの攻撃が効いたようだ。少なくないダメージを受けた様子のモリアは、今度は手を天高く掲げ、闇の炎の魔力を集め、発射の準備をする。

 

「真……霊槍シャスティ……フォル…第五……形態”増殖(インクリース)”……!!」

 

ザンッ!!

 

 それを黙って見届けるエレインではない。すぐさま第五形態のシャスティフォルのクナイの大群で迎撃する。

 そしてその第五形態もまた変化していた。クナイ一つ一つがエレインの身体と同等の大きさがある、黄金色のものに変化している。その大型海王類の牙のような刃の嵐に襲われたモリアは集めていた闇の炎の魔力ごと吹き飛ばされた。それだけではなく、四肢や下半身といった身体のパーツがバラバラに切断された。

 

「「「おおおぉぉぉ!! やったぞぉぉぉ!!」」」

 

 その姿に誰もがモリアの死を確信し、被害者達も歓声を上げた。

 

「ゼェ……!! ハァ……!! ゲホッ!」

 

「エレイン! 大丈夫!?」

 

 エレインが相当辛そうに地に膝をついた。満身創痍のエレインにナミが駆けよる。

 

「麦わらぁ……!! 闇の聖女(ダーク・セイント)ぉ……!!」

 

ズズズッ…………

 

「………おいおい、しつけぇぞ。」

 

「あの再生能力……完全に人間やめやがったなモリアの野郎。」

 

 麦わらの一味の連続攻撃を喰らわせ、ルフィの限界を超えた一撃をまともに受け、真・霊槍の力をこれだけ喰らい、身体がバラバラになろうともまだモリアは倒れない。身体の切断部位から闇を放出し、モリアは上空で身体を

再生して見せた。その執念深さにゾロもサンジもうんざりとした表情を見せる。

 

「もう限界だろう小娘ぇ………! 今度こそ終わりにしてやる…………!!」

 

 エレインに狙いを定めたモリアは再び闇の魔力を高め始める。”黒死(デッド・エンド)”の構えだ。モリアはエレインはおろか、広場にいる全員をまとめて始末するつもりなのか、その闇の球体は先ほどルフィに放とうとしたものより遥かに大きい。

 

「やべぇ! やべぇよ! どうすんだあれっ!?」

 

「………くそっ!」

 

「万事休すか…………!!」

 

 このままでは地上にいる者達は全員等しく殺されてしまう。頼みのエレインも無茶に無茶を重ねた真・霊槍の連発で恐らくもう限界、ゾロやサンジは”黒死(デッド・エンド)”に備えて臨戦態勢をとっているが、すべての生物に等しく死をもたらすあの闇に対抗できるとは思えない。

 

「どうしよう……」

 

 ナミが不安げにそう呟いた時だった。

 

「大丈夫……ですよ…ナミさん……。再生することぐらい…………想定通り…です。」

 

 エレインが、フラフラながらも立ち上がっていた。ドレスの胸部分を握りしめるその姿は見ていて辛いが、目の闘志は消えていない。

 

「でも、あんたもうボロボロじゃないっ! それに想定通りって、バラバラになっても再生しちゃう化け物を一体どうやって…………!!」

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

 エレインはフワリと浮かぶと、自身が今出せる最大出力まで魔力を高めた。身に纏う金色の炎が今までで一番勢いよく、力強く燃え盛る。

 

パチッ

 

 その状態でエレインが指を鳴らすと、クナイ状となって散らばってい真・霊槍が集まり、槍の形を形成していく。やがてシャスティフォルはエニエス・ロビーでクマドリの左腕を奪った黄金の炎の槍へと姿を変える。

 

「真・霊槍シャスティフォル第一形態”霊槍(シャスティフォル)”っ!!」

 

ドンッ!!!

 

 ありったけの力を込めてエレインが最後の一撃を放つ。

 

「”黒死(デッド・エンド)”!!」

 

 モリアも負けじと最大級の闇を放つ。

 

パンッ!

 

「なにっ!?」

 

 しかしその闇は妖精王の光によってあっさりと消え失せてしまう。

 

「ああぁぁぁぁっ!!!」

 

カッ!!!!

 

 シャスティフォルがモリアに直撃した瞬間、巨大な十字型の大爆発が起き、激しい光が放出される。あまりの光量に地上にいる者達は目を開けていられない。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁ…………!!」

 

 光の中、モリアの断末魔の叫びが響き、そして徐々に小さくなり、消えていく。

 

「……おい、モリアは?」

 

「どう……なったんでしょう?」

 

 次にウソップ達が目を開けた時、モリアは消えていた。跡形もなく消滅させられたか、それとも遥か彼方へ吹き飛ばされたのか、それは定かではないが、ルフィ達麦わらの一味はスリラーバークの悪夢との戦いに勝利したのだ。

 

「ハアッ………ハアッ………」

 

ポスッ

 

 力をすべて出し切ったエレインは空に浮かぶこともできなくなり落下した。それをロビンが能力を使って優しく受け止める。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「ふふ、お疲れ様。」

 

 ロビンがエレインを抱き上げると、彼女はルフィと同じように寝息を立てていた。闇と影を打ち払った英雄はしばしの休息をとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スリラーバーク編8・混沌への序章

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長かった夜が終わり、モリアとスリラーバークが見せた悪夢も終わりを告げる。一晩中戦い続けた麦わらの一味は、広場に集まって瓦礫に腰を下ろし、休息をとっていた。

 

「……なあ、こいつらの新しい戦闘法、身体に負担かけすぎじゃねぇか?」

 

 そんな中、ウソップがクッション状態のシャスティフォルの上で眠るルフィとロビンの膝の上で眠るエレインを見て呟いた。

 

「………ええ、そうね。」

 

 その言葉に、エレインの頭を撫でていたロビンも同意する。他の皆も同じ気持ちなのか、勝利の後だというのに少し沈んだ顔になる。

 

「もし。」

 

 その重苦しい空気を断ち切るように、ある人物が声をかけてきた。戦いの前にルフィ達と出会った大怪我した年寄りだ。彼と、ローリング海賊団をはじめとしたモリアの被害者達は改めて麦わらの一味に礼を言った。最早麦わらの一味の傘下に下ると言い出しそうな程ゾロ達に惚れ込んだ彼らに、お礼の品を巻き上げようとする気満々のナミ以外はむず痒く感じる。

 

『そうか……』

 

 皆が勝利に湧く中、その場にふさわしくない声音が聞こえてきた。

 

「! 誰だあれは!?」

 

 その方向を向くと、モリアと同等の体格の男が瓦礫の上に腰かけ、電伝虫で誰かと話していた。真っ黒な服と手袋に包まれた、高い壁のような上半身、そして何の感情も読み取れない無機質な目。その姿を見た誰かがこう言った。

 

「あ……あれはまさか……! 七武海バーソロミュー・くま!」

 

 その言葉にその場の誰もが息を呑む。今やっとの思いで倒したモリアと、軽く見積もっても同等の男が目の前にいる。そして、そんな男がこのタイミングで現れたということは……

 

『モリアが倒された…、この情報は世界に流すべきではない。その場の者達を消せ。』

 

「……了解。」

 

「「「っ!!」」」

 

 つまりはそういうことだ。政府は一度、七武海の一角をルフィによって落とされている。これ以上引っ掻き回されてはたまらないという政府による、七武海の人海戦術だ。正々堂々ではないかもしれないが、この海でそんな甘い考えは意味をなさない。

 

「…………」

 

「っ!」

 

 ドズゥンと、くまはゾロ達の前に降り立った。くまをギロリと睨みつけたゾロが、二本の刀に手をかける。

 

「二刀流居合”羅生門”っ!!」

 

 強靭な脚力で前進しながらの居合斬りだ。しかし、それで斬れたのは直線状にあった大岩のみ。肝心のくまは瞬間移動して斬撃をかわし、ゾロの背後に回り込んだ。そしてその肉球付きの大きな掌を振りかぶる。

 

ボコッ!!

 

「おわっ!?」

 

 ゾロを押しつぶさんとするその掌底を何とか転がりながら回避した。モリア戦直後で体力がないゾロはいつもより動きにキレがない。そしてくまが掌底を叩きこんだ地面には掌の肉球と同じ跡ができていた。

 

 バーソロミュー・くまはニキュニキュの実の肉球人間。和やかなネーミングと見た目とは裏腹に、その能力はどんなものでも弾き飛ばせるという凶悪なもの。空気を弾けば空気砲を放つことができ、自分を弾けば瞬間移動も可能。どんなに強力な攻撃も、触れることさえできれば弾いて防御できる。

 

 とても今の状態で戦うべき相手ではない。その後もゾロが必死に応戦するも、まったく敵わなかった。もちろん戦ったのはゾロだけではなく、ウソップやサンジ、そしてローリング海賊団なども立ち向かったが結果は同じだ。くまは能力の理不尽さもさることながら、肉体の耐久力も異常だった。サンジの渾身の蹴りにも動じず、逆にサンジの足がダメージを受ける始末だ。

 

 やがてくまは休戦を申し出た。くまも名のある海賊、弱い者いじめは性に合わないのか、条件付きならこの場を見逃してやると告げた。しかし、その条件というのが「麦わらのルフィの首を差し出す」というものだった。

 

「「「断るっ!!」」」

 

 それを聞いた時、その場の全員がそう言った。くまは「残念だ」と呟き、掌からポンッと肉球型の空気弾を弾き出す。

 

「”熊の衝撃(ウルススショック)”。」

 

ドズンッ!!

 

 その空気弾は大爆発を起こし、その場の全員を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力の使い過ぎで気を失った俺が次に目を覚ました時、すべてが終わっていた。皆から話を聞くと、あの後バーソロミュー・くまというもう一人の七武海が現れて襲ってきたらしいが、空気爆弾で辺り一帯を吹き飛ばして俺達の生死確認もせずに去っていったらしい。

 とはいえ、やたら元気なルフィと一人だけ重傷なゾロを見れば、ゾロが身を挺して俺達を守ってくれたのだと分かる。実際原作でもそうだった。

 

 ゾロは麦わらの一味を守るために自分の首を差し出そうとまでしてくれた。そのゾロの覚悟を見てくまが出した条件はルフィがモリアとの戦いで受けたダメージを肩代わりすること。自身も瀕死であるにもかかわらずそれを受けた結果、ゾロはモリア戦から一日たった今でも目覚めない重体になってしまった。

 とても心配だがそのおかげで俺は今生きているのだ。ここは素直に感謝しておくことにする。

 

 そして、今俺はスリラーバークの中庭にいるローリング海賊団のために軽食を運んでいる。彼らは何年ぶりかの太陽が嬉しいあまり中庭に寝転んで日光浴しているのだ。ジャムやパンを包んだ風呂敷を第二形態のシャスティフォルに持たせてふよふよと進む。

 

「ん? あれは…」

 

 瓦礫まみれの中庭に着こうかという時、俺は近くにゾンビの身体が山積みにされているのを発見した。屋敷で俺達を襲ってきた将軍(ジェネラル)ゾンビ達だ。強靭だった彼らの身体は落石事故にでもあったかのようにぐちゃぐちゃに潰れていた。もしかしたら大暴れするオーズとゾロ達の戦いに巻き込まれていたのかもしれない。

 

「………スレイダー」

 

 その中には俺を苦しめた”暁闇の咆哮(ドーン・ロアー)”の姿もあった。敵だったとはいえ、大好きな七つの大罪のキャラがこうも無残な姿になっているのを見るのは胸が痛む。

 

コロンッ

 

「ん?」

 

 一ファンとして彼らだけでも埋葬してあげようと、スレイダーの身体を魔力で浮かせると彼のポケットから球状のものが三つほど落ちた。拾ってみるとそれはピンポン玉程度の大きさの深緑色の球だった。表面には数字の4のような、巾着袋のような不思議な文字が刻まれている。

 

「! もしかして………!」

 

 この球に心当たりがあった俺はその球の一つを地面に勢いよく叩きつけてみた。すると丁度人一人を包み込む程度の緑色の膜が展開され、それに包み込まれた俺はみるみるうちに傷が回復していき、身体中に巻いてあった包帯やガーゼがはらりと落ちた。モリア戦のダメージだけでなく、これまでの冒険で蓄積されてきたダメージも綺麗さっぱりなくなり、身体が驚くほど軽くなる。

 

「間違いない………! これはっ!」

 

 自分の予想に確信が持てた俺は、一目散にゾロの下へ飛んでいった。ゾロはスリラーバークの一室でチョッパーが付きっきりで看病している。部屋に入ると一旦サニー号に戻っていたルフィやフランキー、サンジ達も戻ってきており、テーブルに料理を並べていた。これから宴でも始めるのだろう。いつもなら手伝う所だが、俺はローリング海賊団に持ってきた軽食を押し付けると眠るゾロの下へ直行した。

 

「チョッパーさん! 少し失礼しますよっ!」

 

「エレインっ! お前なんで怪我治ってんだ!?」

 

「後で説明しますからっ!」

 

 俺の身体が新品になっていることに飛びのいて驚くチョッパーを押しのけて、俺はゾロ目掛けて球を投げた。

 

「”超回復術”っ!」

 

ギュウンッ!!

 

「………ん? もう朝か?」

 

「「「え…………? えええぇぇぇぇっ!!?」」」

 

 膜が展開されてさっきの俺と同じようにゾロの傷を治し、ゾロが意識を取り戻すと皆が目玉を飛び出させて驚いた。俺の予想通り、この球は”超回復術”が込められた”呪言の玉”だったようだ。

 呪言の玉は七つの大罪原作において大魔術師マーリンが作り上げた、魔術をストックすることができるアイテムだ。どんなに高難度の魔術であってもそれがストックされた呪言の玉さえあれば、例え魔術師でなくても任意のタイミングで使用できる。

 そして超回復術は範囲内の生物を全快させることができる魔術である。その回復力は絶大で、腕が取れていようが胸を貫かれていようが腐食に侵されていようが生きてさえいれば完治させてくれる。

 

 だが、スレイダーが持っていた呪言の玉の超回復術は、俺が知っているものよりその範囲が狭い。作中では巨人族さえ包み込む範囲で膜を展開し、範囲内であれば何人でも治療してくれた。しかし、俺が使ったものは範囲的にも魔力量的にも一人を治すのが限界のようだった。

 もしかしたらスレイダーが生前持っていたであろうこの玉が、長い年月の経過で劣化していたのかもしれない。ケータイだって何もしなくてもバッテリーを消費する。スレイダーが生きていた時代が年単位で昔だったらそういった可能性は充分考えられる。

 

 それはともかく、重体だったゾロを完治させた玉について皆に問い詰められたので俺が知っている知識を話した。すると皆は凄いものがあったものだと感心した様子で俺が持つ呪言の玉を見つめた。特にチョッパーは、どんな病気も治せる医者を目指していることもあり、本気で魔術を学ぶことを考えている様子だった。

 

 ちなみに、呪言の玉が一つ余ったのでローリング海賊団に譲ろうとしたのだが断られた。船長のローラ曰く、「私達を解放してくれた恩人からこれ以上もらうわけにはいかないわ。あんた達がいざって時に使って。」だそうだ。なんて良い海賊達だ。お言葉に甘えて俺は余った呪言の玉を懐にしまい込んだ。

 

「あっ、そういえばエレイン。そのリボンどうしたの?」

 

 ゾロも無事治り、ほっとして宴の準備を手伝い始めた俺の頭を指差してナミがそう尋ねた。俺はキングからの贈り物のリボンを某常闇の人食い妖怪のように側頭部に結んでいた。俺は頭のリボンを撫で、はにかみながら答えた。

 

「ああこれですか? これは兄さんからもらったリボンです。せっかくなので付けてみました。」

 

「………そう。とてもよく似合っているわ。」

 

 そう言ってロビンが俺の頭を撫でてくれた。キングの形見のリボンを褒められるといつも以上に嬉しくなる。思わず笑みをこぼすことはもちろん、身体が小躍りしそうなくらいだ。きっと『エレイン』も喜んでいるのだろう。

 

「………よし! これで最後、配膳完了です!」

 

「たんまり作ったぞ!! 好きなだけ食え!!」

 

「うお~!! 待ってましたぁ!!」

 

「宴だぁ!!」

 

 テーブルにずらりと並べられたサンジの豪華フルコース。皆はそれに我先にと食らいついた。そしてルフィが高々と樽ジョッキを掲げたのを合図に、毎度恒例、戦後の宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーールフィ達がモリアを倒して三日後、決戦地ブリタニアーー

 

 

 封印から解放された十戒の面々は、ブリタニアの中心部で待機していた。ブリタニアは人が全く住んでいない分生息している動物が多いため、食べるものには困らない。

 

 今は夜であり、辺りはどっぷりと暗くなっている。魔神族にとっては最高の時間帯に、十戒は焚火を囲っていた。普段の彼らならまずそんなことはしないが、如何せん暇すぎるのだ。海軍に付けられた妙な首輪のせいで魔力を使えず、待機を命じられた以上行くところも他にない。なぜゼルドリスが海軍に従ったか、それを問い詰めても本人は「近い内にわかる」の一点張りだ。

 

「………ねぇゼルドリス。おかしいと思わない?」

 

 パチパチと炎が燃える様子をぼんやり眺めていたメラスキュラがそう尋ねた。ゼルドリスは足元に落ちていた木の枝を焚火に放り込みながら答える。

 

「ああ、この地に蓄えられていた魔力が尽きかけている。」

 

「確か以前復活した時も同じだったわね。」

 

「ああ、だが、今はその比ではない。豊潤だった頃に比べ5分の1もないだろう。」

 

 ゼルドリスは話しながら自分の手をぐっぐっと握りしめた。

 彼ら十戒は第二次聖戦と呼ばれる時代にもこうして太古からの封印から目覚めた。女神の封印は魔神族である彼らから魔力を根こそぎ奪い取り、抵抗力を奪った。

 そして今、同等の封印から解き放たれた彼らは前回と同じように魔力を欠乏していた。時間が経てば大地からの循環によって回復していくが、今の世界は海にも大地にもほとんど魔力が蓄えられていなかった。これでは全開まで魔力を回復するのに相当の時間を費やしてしまう。

 

 ゼルドリスとメラスキュラの会話を聞いていたタコ触手の赤髪の少年_グロキシニアは呟いた。

 

「きっともうこの世界で魔力を扱う者はほとんどいないからッスね。」

 

 自身の身体を覆い隠すタコ足に身を預け、眠そうにあくびをしながら語る。

 

「魔力を扱う者がいなければ、循環が止まる。そうなればそれまで海や大地に蓄えられていた魔力は住まう生き物達に移り、彼らの子孫達に脈々と受け継がれていくッス。」

 

 自然の理ってやつッスよ、とグロキシニアは締めくくった。時代の流れとは何とも虚しいものだ。かつてはその魔力をめぐって種族間の大戦が起き、多くの犠牲者を出したというのに。

 

「………ん。」

 

 そんな会話をしていると、今まで木の幹に寄りかかって寝そべっていた銀髪の男_エスタロッサと緑色の肌の巨人_ドロールが目をパチリと開いた。誰かが近寄ってくる気配を感じたからだ。だが特に彼らは戦闘態勢に入ったりしない。その何者かが、彼らと同じ闇の魔力を持っていることから、少なくとも敵ではないと判断した。

 

「………待たせてすまなかったな。我が同胞達よ。」

 

 焚火の光が現れたその人物を照らす。”正義”のマントを羽織った厳格な顔の海兵、ドーベルマンの顔を。しかし彼の様子は以前ガープらと行動を共にしていた時と違っていた。海兵とは到底思えぬ邪気を放ち、その瞳はドロリとした闇に包まれ、顔には魔神族特有の紋章が浮かんでいる。

 

「お前はあの時の人間……いえ、でもこの気配は。ゼルドリス、貴方もしかして_」

 

「ああ…」

 

 ゼルドリスが頑なに「いずれ分かる」と言っていた意味、それがようやくメラスキュラにも分かった。目の前の男はドーベルマンであってドーベルマンではない。彼の中にある人物が憑依し、操っている。その者の名はフラウドリン。不在の”無欲”の代理として十戒の末席に数えられる男だ。

 女神の封印から逃れることができた彼は400年前の聖戦の時もこうして十戒の面々を解き放ったことがある。人間は過ちを繰り返した。またもこの男の手で、しかも前回と同じような方法で魔神族の復活を許してしまったのだ。

 

「さてフラウドリン。俺達はお前の指示に従った。『ここは海軍に従ってくれ』というな。何故あのようなことを言った?」

 

 あの時、ガランがガープと、ゼルドリスがフラウドリンと拳と剣を交えた時、フラウドリンはゼルドリスにそう進言していた。一時的に海軍の傘下に加わってくれと。その時に海軍に潜り込んでいるフラウドリンの存在に気づいたゼルドリスはその進言に従ったが、何故そんな消極的なことを言ったのか、ゼルドリスは疑問だった。いくら魔力を封じられているとはいえ、十戒全員が揃ったあの場なら、人間の雑兵集団など充分制圧できたはずだった。

 

「………私はここ10年程、この男の身体を借りて海軍に身を置いた。お前達を復活させるためにな。その過程で様々な情報を集めていく内に、人間は以前のように造作もない存在ではないと判断した。」

 

 フラウドリンはゼルドリス達に今の世界情勢を語った。世は大海賊時代、ゴールド・ロジャーという一人の男がきっかけで始まったこの乱世では様々な場所で人間同士の争いが頻発し、それが人間全体の闘級を押し上げる結果となった。王下七武海、四皇、革命軍、そして海軍にも魔神族に対抗でき得る人間などごろごろいる。

 

「人間がそこまで……」

 

「……信じ難いな」

 

「こんな世だ。海軍において基本的に戦闘力が重視される。そこに身を置いた私の地位が中将だということが証拠になるかと思うが……ガラン。」

 

「ん? なんじゃ?」

 

 フラウドリンはこの島で獲れた大きな牛の化け物の肉を食らっていたガランに声をかけた。

 

「あんたとやり合った男も私と同じ中将、今は老いたが”海軍の英雄”と称される程の実力者だ。あんたから見て奴の実力はどうだった?」

 

「カーハッハッハッ! どうもこうもないわ! 多少やるようじゃが所詮人間など脆弱なハエも同然! あの程度で英雄などと持て囃されるようでは人間の限界など高が知れておるわっ! ………と言いたいところじゃが」

 

 それまでいつものように自信満々にご機嫌に話していたガランが急に俯いた。ガランは実際にガープと相まみえたハルバードを握りしめて噛みしめるように話す。

 

「あの男の力、確かに儂らに届き得るものじゃった。あの拳から伝わってくる力は計り知れん。もしあの男が全盛期であったなら、魔力を使ったとしても儂は勝てんじゃろう。」

 

 儂も年を取ったな、と寂しそうに、そして武人としてどこか嬉しそうに語るガランを見てゼルドリス達はフラウドリンの話が真実であることを悟る。そうでもなければ自信過剰なガランが仮の話とは言え自身の敗北を、それも人間に認めるなどありえないからだ。

 

「……なるほど、状況は理解した。だからお前は」

 

「あぁ、あの場で海軍と事を構えるのは得策ではない。今は一時的にでも海軍の指示に従い、チャンスを待つべきだ。」

 

「………で? そのチャンスっていつ来るんだ?」

 

 それまで会話を聞いていたエスタロッサがフラウドリンに尋ねた。フラウドリンはフッと笑って答える。

 

「近々海軍は”火拳のエース”という海賊の公開処刑を予定している。それも海軍の本拠地マリンフォードでな。こいつは世界最強の海賊、白ひげ海賊団の二番隊隊長。処刑が行われれば白ひげ海賊団との交戦が予想される。」

 

 チャンスはそこに生まれる、とフラウドリンは言ってこの場を去った。中将という立場ある自分が海軍に付け入るスキを作るというのだ。それまでゼルドリス達はこの島で休息を取りながら待機、女神の封印から他の仲間が解き放たれるのを待つ。そしてすべての準備が整った時、フラウドリンが作った綻びを押し開き、この地を、この海を魔神族の領土とすべく動き始める。

 

 

 

 

 

 人間は、政府は気づいていなかった。魔神族復活から頂上戦争まで、正義のため自分達の意思で実行したと錯覚している一連の出来事は、すべてフラウドリンという一介の魔神の手のひらの上で踊らされていただけだということに。

 

 嵐の前の静けさというべきか、政府が長い年月をかけて作ってきた世界が壊れる混沌への序章は静かに始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・音楽家と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリラーバークの墓地、そこに一際立派な墓が建っていた。『RUMBAR・P』と記された猛々しいデザインのその墓はウソップとフランキーが建てたブルックの仲間達の墓だ。その墓の前にブルックは座り込み、ヴァイオリンで供養の曲を奏でていた。

 少し前にはその隣にゾロもいた。ゾロはエニエス・ロビーの戦いで失った刀”雪走”をブルックの仲間達の墓の隣で供養して、ついさっき船へ帰っていった。ブルックも、もうすぐ終わるこの曲を弾き終えたら戻るつもりだ。彼もまた、先日の勝利の宴でルフィに誘われ、麦わらの一味に加入することになったのだ。

 

_~♪……

 

「………よし。」

 

「いい曲ですね。」

 

「うわっ!」

 

 曲が終わり、立ち上がろうとしたブルックの背後からひょっこりエレインが顔を出した。ブルックは驚いて尻もちをつく。

 

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんですけど。」

 

 クスクスと笑ったエレインの背後には様々なものがふわふわ浮かんでいる。ノコギリの様な大剣、二つの輪斧、先の刃が曲がった曲剣、やたらと長い刀、弓、大小様々な鎧、極めつけはエレインが手に持っている鉄の仮面だ。

 

「それは確か将軍(ジェネラル)ゾンビの………」

 

「はい、知らない顔ではないので一応供養をと思いまして。昨日の宴の後、寝る前に身体は埋葬したのですが、やはり騎士である彼らには象徴たるこれも必要かと。」

 

 そう言うとエレインは、彼らを埋葬したという墓地の片隅の場所に持ってきた剣やら鎧を飾り始めた。団長であるスレイダーの装備を中心に、それを囲むように他の団員の装備を配置。まるで戦闘時の陣形のように飾った後、盛り上がった土に『暁闇の咆哮、ここに眠る』と記し、手を合わせて拝んだ。

 

「………」

 

 その背中をブルックはじっと見つめる。死体の状態からして、彼らはきっと百年単位で昔の人物だ。そんな彼らを知り合いではないにしろ知っているという。それも、「彼らは、どんな人達なのですか?」と尋ねると、「誇り高き聖騎士ですよ。私の知っている限りでは、陰謀に巻き込まれても、仲間を失っても、国や王に最後まで忠を尽くしました」と、まるで彼らの人格まで知っているようだった。

 

 あの小さな少女は一体何者だろうとブルックは思う。ナミに聞くと、エレイン本人も詳しく分かっていないらしい。記憶を失って行くところがない所を自分と同じようにルフィに誘われ一味に加入したと。種族も妖精族で出生どころか年齢さえ定かではない。

 でも騎士である彼らのことを知っていたり、ゾロの傷を治して見せたあの呪言の玉なるものといい、確かに自分達とは”違う世界”を生きたかのような、そんな振る舞いをする少女だ。

 

「…ブルックさん?」

 

「……えっ!? あっ! はい!」

 

 いざ二人きりになると何と話しかけていいか分からず、悶々としているといつの間にかエレインの顔が目の前にあった。どうやら深く考え込み過ぎてしまったようだ。ブルックはまたも驚くことになった。

 

「私はもう船に戻りますけど、どうされます?」

 

「あっ、では私も一緒に…。」

 

 ということで、ブルックとエレイン。二人は並んでサニー号へ帰ることになった。時折ブルックがエレインの方を見ると、エレインはクッション状態のシャスティフォルに抱きつき、時々大きなあくびをしたりして眠そうに飛んでいる。たまに横道にそれそうになるのをブルックが修正する。長い宴に付き合ったせいで眠くなっているようだ。この見た目相応の子供の様な仕草、とてもオーズを圧倒していた頼もしい彼女とは思えない。

 

 その姿に、ブルックはラブーンの姿を重ねた。50年前、偉大なる航路(グランドライン)の入り口に残してきた子供のクジラ。麦わらの一味に入ったことを決意表明に、もう一度再会を誓った大切な仲間に彼女はどこか似ている。

 ルフィのようにガンガン皆を引っ張るわけではない。けれど、嬉しい時、楽しい時、悲しいとき、苦しい時、いつもどこかに彼女がいる。一緒に笑って戦ってくれる。そんな存在に思えた。

 

「Zzz…はっ! すみません、またウトウトしてました。」

 

 彼女がいれば、自分は頑張れる。ラブーンのことを思い出させてくれるエレインがいれば、自分はこの一味と必ず世界を一周することができる。そうブルックは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてブルックが麦わらの一味に入って早数日、ブルックはサニー号の甲板をトボトボと歩いていた。仲間達の役に立とうと色々なお手伝いをしてみたものの、どれもこれも空回りしてしまっていた。サンジのもとで食器洗いをしてみれば危うく皿を割りかけ、ナミの海図製作を手伝えばかえって邪魔をしてしまい、あげくにウソップとフランキーの新開発の大砲にコーラと間違えて醤油を入れて壊してしまった。

 

 麦わらの一味の一員になったものの、この船で自分はあまりお役に立てていない。そのことに落ち込みながら歩いていたブルック。ふと図書室前のナミのみかん畑の方を見るとみかんの木をじっと見つめるエレインの姿があった。

 

「……エレインさん?」

 

「………」

 

 エレインは顎に手をあて、真剣な顔でみかんの木を一本一本観察している。やがて、うん、と頷くと畑の真ん中辺りに生えていた木を魔力を用いて引っこ抜いた。

 

ズボッ!

 

「え~~っ!?」

 

「ひゃっ!」

 

 ブルックは飛び上がって驚いた。ナミがあのみかん畑をどれだけ大切にしているか知っていたからだ。時たまルフィなどがみかんを狙ったりもするが、その度にナミが鉄拳制裁を加えて死守していた。

 ブルックは慌ててエレインのもとへ駆け寄ると彼女の肩を掴み、ブンブンと揺すった。

 

「何しているんですかエレインさんっ! ナミさんにっ! ナミさんに怒られちゃいますよっ!?」

 

「あのっ……いや……これは………」

 

 エレインはブルックに事情を説明しようとするが、激しく揺すられているため上手く言葉が出せない。

 ブルックはエレインの側にプカプカ浮かぶみかんの木を見てハッとすると急いでそれを抱く。

 

「とにかく、これを何とかしないとっ! ナミさんに見つからない内に!」

 

「私がどうかしたの?」

 

 あたふたするブルック、そこに間の悪いことにナミが図書室から現れた。その手には海図製作の資料となる本を抱えている。その姿を見てブルックはびしっと固まった。元々骨なので白黒だが、ショックで全身が脱色して白黒になる。

 

「ナミさんっ! あのっ、これは違うんですよっ! きっとエレインさんも悪気があってやったわけではっ!」

 

「ああ、そういうこと。大丈夫、分かってるわよ。」

 

「……へ?」

 

 思ってもみないナミの言葉にブルックは呆ける。ふと隣の妖精の少女を見るとクスクスと笑っていた。

 

「もう、慌てすぎですよブルックさん。私はただ、間引きをしていただけです。」

 

「間引き………ですか?」

 

 ブルックが聞き返すとエレインは、ブルックが抱いている木を魔力で浮かせ、ブルックに良く見せた。

 

「ほらこの木、良く見てください。もうすっかり育ち切っちゃって老木、つまりおじいちゃんになっているんです。こういう木は畑から抜いておかないと土の栄養を取るばかりで他の若い木の成長を阻害してしまう。だからこうやって間引かなきゃいけないんです。」

 

 言われてみればエレインの抜いた木は他の木と比べて幹に艶がなく、葉も少なくてしなしなだった。木全体もどこか弱々しく、他の木よりつけている実が明らかに少ない。

 

「エレインは妖精族の観察眼か何かでこういうことが見極められるみたいでね。たまに畑の様子を見てもらってるのよ。」

 

 自分が早とちりしただけだと知ってブルックはホッと息を吐いた。考えてみれば仲間思いの彼女がナミの宝物を荒らすはずがなかった。

 

「なるほど、そういうことでしたか。」

 

「ええ、いつもありがとうねエレイン。」

 

「いえいえ。」

 

 ナミに頭を撫でられたエレインは嬉しそうに目を細めた。

 

「そういえばエレインさん。この木はどうしましょう?」

 

「あ、それは切り分けて薪にしちゃいます。水分量が少ないのでよく燃えると思いますよ。」

 

「では、木材置き場へ運びましょう! お手伝いします!」

 

 そう言ってブルックは元気よく立ち上がるとその老木を担ぎ上げた。その際、老木の後方が畑の若い木とぶつかる。

 

「あっ、その木は」

 

「へ?」

 

 すると衝撃でその木からボトボトとみかんが落ち始めた。そのまま地面に落ちればたくさんのみかんが潰れてしまう。ブルックは老木を投げ捨てるとその木のもとへダイブした。だが、みかん達は着地寸前でピタッと停止、ブルックはただ土に頭から突っ込んだ。

 

「ぶへっ!」

 

「……っとと。この木は老木とはまったく逆でこの畑で一番元気なんです。なっているみかんはどれも果肉がぎっしり詰まっているので落っこちやすくなってましたね。」

 

「なら今が食べ頃ね。サンジ君にスイーツでも作ってもらいましょうか。」

 

 左手で老木を、右手でみかん達を空中に浮かして制御しながらエレインはナミと談笑していた。やがて胸にたくさんのみかんを抱えてナミがキッチンへ向かうと、エレインはブルックへみかんを一つ差し出した。

 

「これナミさんからもらいました。一緒に食べましょう。」

 

 二人はメインマストの根元のベンチに座り、みかんを一つずつ食べる。幸せそうに食べるエレインを見てブルックも一口いただく。噛んだ瞬間、果肉が一粒一粒潰れていく感触が伝わり、口の中が忽ちみかんの香りで満たされる。自家栽培の、それも船上で育てたみかんとは思えない味に思わず目を見張る。これはやはり、植物の専門家である彼女が日々管理し、観察したその賜物ということか。

 

「……何か悩んでらっしゃいますね」

 

「へっ!?」

 

 唐突に話しかけられ、ブルックはエレインに振り向いた。スリラーバークでの事といい、彼女には驚かされてばかりだ。

 

「ごめんなさい急に。でも私、妖精なので……ブルックさんが何かモヤモヤとしているのが、分かってしまうんです。」

 

 妖精族は人の心を読むことができる。50年前、ルンバ―海賊団として航海していた時、そんな種族がいることを聞いたことがあった。本人が言うには未熟さ故に完全に読むことはできないが、何となく相手の感情や思考を感じ取ることができるのだという。

 

 ブルックは今の自分の悩みを打ち明けた。ルフィに誘われ、ラブーンとの再会を目的に麦わらの一味へ加入したはいいものの、皆の役に立てず、そればかりか逆に足を引っ張っているのではないかと。自分は、この船に乗って本当に良かったのかと。

 

 それを聞いたエレインは目を閉じて、俯き、やがてフフッと笑った。

 

「船長にとって、私とブルックさんを仲間にした理由は一緒だと思いますよ。」

 

「え?」

 

 それはブルックにとって意外過ぎる言葉だった。まだ加入したばかりとはいえ役に立てていない自分と、片や一味のあらゆる面でサポートをこなし、戦力的にも頼もしい彼女が同じ?

 

「私はですね、船長たちと出会った時にシャスティフォルを見せたんです。この指先一つで十の形態に変わる不思議な武器を。」

 

 エレインが指をまるで指揮者のように振ると、クッションだったシャスティフォルが槍へ、熊へ、大量のクナイへと次々変化した。

 

「そうしたら船長、『おもしれ~』って言って飛びついて、その後『仲間になれよ』って。要するに手品師枠だったんですよ私。」

 

 その光景がありありと想像できて苦笑するブルック。そして思う。自分も似たような経緯で誘われた記憶がある。確かに採用理由は同じだった。

 

「仲間になった後はちょうど今のブルックさんのように皆さんの役に立ちたくて、雑用係をやり始めたんですが、これも最初は上手くいきませんでしたよ? 錨は持ち上げられないわ料理は下手くそだわ刀を勝手に触ってゾロさんに怒られるわで。というか今でも直ってませんねこれ。」

 

 まぁ何が言いたいかというと、とエレインは立ち上がって船首の方を見た。ブルックが壊してしまった大砲を組み立て直すフランキーとウソップの横でルフィとチョッパーが釣りをして遊んでいた。するとルフィが釣りあげた大きなカジキが大砲に直撃してまた壊してしまい、二人揃ってフランキーとウソップに追いかけまわされていた。

 

「あまり暗くならずに、思いのままこの船で過ごしてみてください。いつの間にか染まり、染められてますから。」

 

 ストン、とエレインの言葉が抵抗なく飲み込めた気がした。この船に乗っている人は誰もが活き活きとしている。それは本来混じり合うことのなかった個性が不思議な力によって何かを欠くことなくまとまっているからだ。そしてその力の正体は、一つは船長であるルフィの存在感と大きな器。そしてもう一つは一味を見守り、支えるエレインであるとブルックは理解した。

 

 ルンバ―海賊団も、ヨーキ船長一人がまとめていたわけではない。船員の、船の後ろにはいつだってラブーンがいた。ヨーキ船長の背中を見て歩みながら、その背をラブーンが見守り、支えてくれていた。

 

 

 

 

 麦わらの一味雑用係、妖精族エレイン。彼女はやはり、ラブーンとよく似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


~~虚飾の皿~~






「いやぁ、今日もご馳走様でした。」

 サニー号のダイニング。夕食を終えたブルックは満足気に食器を置いた。いつ食べてもサンジの作る料理は絶品である。

「「「………」」」

 しかし、同じく食事を終えた仲間達の顔色が優れない。美味しい食事の後だというのに、あのルフィでさえまるで処刑を待つ下手人のようだ。

「? 皆さん、どうかし_」

「はぁい、ブルックさん。今日はもう一品あるんですよ♪」

 ふわりと現れたエレインがブルックの前に皿を置いた。それはハチミツとクリームがたっぷり乗った美味しそうなパンケーキだ。ルフィ達の前にも一皿ずつ同じものが置かれていく。しかし、配膳するサンジはどこか申し訳なさげだ。

「デザート付きですか。今日は豪勢ですね。」

 ブルックは早速パンケーキを切り分けて口へ運んだ。まろやかな甘みがすぐに口いっぱいに広が___らなかった。

「うっ…!?」

「ふふんっ、私とサンジさんが腕によりをかけて作った特製パンケーキです。皆さん、味わって食べてくださいね♪」

 まるで爆竹を食べたかのように口内を攻撃する爆発的な味。すぐに水をがぶ飲みして流し込んだが、まだ口の中で火花がバチバチと散っている。

「ハァ…ハァ…こ、これは……?」

「はは、ブルック。引いちまったか?」

 ブルックの隣に座る、死んだ魚の目でフォークを持つウソップが教えてくれた。
 今日は第二土曜日、食後に”虚飾の皿”が出る日だと。この習慣が始まったのはエレインがサンジに料理を教わり始めてしばらく経った頃。一流コックのサンジがいくら教えても劇物しか作れないエレイン。こんなものを食べさせては船員の命にかかわるが、海のコックとして矜持を持つサンジはいくら失敗料理とはいえ食料を処分して粗末にすることはできない。
 そこで考案されたのが”虚飾の皿”というイベントだ。食料の無駄をなくすため、エレインがサンジに料理を教わる日を毎月の第2、第4土曜日に定め、夕食後、彼女が作った料理が二皿、サンジの作ったお手本料理に混じって出されるというもの。エレインの料理は味は最低だが見た目だけはサンジのものと比べて見分けがつかない。目の前にあるのは絶品料理か、劇物か。いわば一種のロシアンルーレットなのだ。

「うんぎゃあぁぁっ!! 舌が! 舌が破裂するっ!!」

 ちなみに今日のもう一人の被害者はチョッパー。号泣しながら牛乳を流し込み、何とか刺激を和らげようとしている。前回はナミとフランキーが、前々回はルフィとロビンが被害にあったらしい。

 苦しむブルックとチョッパー。その姿を他の皆は見ることしかできない。助けに入れば最後、自分もあの地獄を味わうことになるからだ。

「もぐもぐ…。う~ん、卵とオーブンの火力が強すぎましたかね? よしっ、この失敗を次に活かしましょう!」

 その惨状を作り出した元凶は呑気に反省会。その様子を見てサンジは口元をヒクつかせる。少なくとも、あの劇物を食べて何の拒否反応も示さない舌を交換しない限りエレインの料理が上達することはないだろう。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャボンディ諸島編1・妖精とトビウオ


作者個人の「七つの大罪」ヒロインランキング

1:エレイン
2:メラスキュラ
3:黒爪のレン(吸血鬼王族の一人)
4:デリエリ
5:エリザベス

あくまで個人的なランキングです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 その日、ガープは聖地マリージョアの外れを一人歩いていた。世界会議(レヴェリー)が行われるパンゲア城や天竜人の居住区から離れた土地。そこは建物はおろか、草木もろくに生えていない聖地と呼ぶにはあまり似つかわしくない場所だった。

 

 ガープは先ほどまで海軍の上層部が集められた会議に参加していた。先日クロコダイルの後釜として七武海の一席についた”黒ひげ”マーシャル・D・ティーチ。彼が海軍への手土産にした白ひげ海賊団二番隊隊長”火拳”のエースの処遇を決める会議だ。

 

 かつて海賊王としのぎを削った世界最強の海賊白ひげ。彼に対して政府は非常に大きなカードを得たわけだがそれ故に扱いも慎重にならなければならない。

 もちろん海軍としては世界への見せしめとして公開処刑をしたい。それは海軍や政府の信用を勝ち取ることになるし、世の海賊達への牽制になるだろう。だが、白ひげは仲間の死を許さない。子供でも知っている常識だ。やれば間違いなく白ひげ海賊団との戦争になる。戦闘(・・)ではない、戦争(・・)だ。四皇の一角と事を構えるにはそれ程の覚悟がいる。

 

 当然、他の四皇の動きも見ておかなくてはならない。赤髪はともかくとして、カイドウやビッグマムなどは何をしでかすか分からない。

 とはいえ元々政府上層部の強い意向もあり、そういった世界情勢や海軍の戦力、各海の海賊達の様子を見た上で海軍は、海賊ポートガス・D・エースの公開処刑の実行を決定した。

 

 

 そしてその会議の帰り道、他の者が戦争に向けて慌ただしく準備を進めるなか、ガープはここへ一人やってきていた。いつもならセンゴク辺りが咎めるところだが、今回ばかりは黙認した。ガープがそうなった理由も、ここへ来た目的も知っているからだ。

 

 ガープはひどく思い悩んでいた。海賊の処刑。それがただの海賊なら何も思うことはない。ただ今回は事情が違った。エースは海の上で何度も戦ったロジャーから預かり、ルフィと共に育てた孫だからだ。強い海兵にするためのしごきという不器用な育て方しかできず、結局二人とも海賊になってしまったが、大切な家族であることに変わりはない。本当なら処刑を阻止したい。だが立場がそれを許さない。”海軍本部中将”、”海軍の英雄”、その肩書が今や自分だけのものではないことを知ってしまっているから。

 

「…お、また来たか。」

 

「……ああ。」

 

 そんなガープを一人の人物が出迎えた。背丈はガープの半分ほどでかなり小柄だ。身に着けている制服や羽織っているマントから海軍所属の者であることが分かる。MARINEの帽子を深くかぶっているので顔はよく見えないが金髪の、そして声や体格から男であることがうかがえる。

 

 思い悩んだ時や何か行き詰った時、ガープは決まってこの人物のもとを訪れた。英雄などと呼ばれて正義を志す者の旗印となっているガープだが、彼だって人だ。今回のように悩む時だってある。そんな時は目の前の人物に疑問や悩みをぶつけるのだ。文字通り、拳と身体で。

 

 うっぷん晴らし、と言えなくもないがガープは今まで何十回、何百回と挑んできた。だが、”あの”ガープが一度だって勝てた試しがない。その圧倒的な実力から世界政府全軍総帥コングの副官(XO)を任され、このマリージョアにて天竜人護衛の指揮を任されているこの男。ガープの言わば師匠であり、良き相談相手であり、育ててくれた恩人だ。

 

「…儂はこんなに年を取った。だというのにあんたは相変わらず変わらんのぉ。」

 

「しっしっしっ! さ、ガープ坊。かかってきな!」

 

 ガープはため息をつき、拳を握る。もとよりそのつもりだ。

 

「…ぬうぇいっ!!」

 

 拳に覇気を纏わせ、ガープは殴り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾクッッ!!

 

「っ!!(バッ!」

 

 サニー号のびっくりプールの淵に座り、トロピカルジュースを飲んでいた俺は不意に感じた強い魔力に驚き、その方角を向いて戦闘態勢に入った。

 

「わっ! どうしたんだエレイン?」

 

 その様子を見たチョッパーが尋ねてくる。

 

「………いえ、とても強い…山のような魔力を感じたもので。」

 

「何っ、そうか。ここは海軍本部の近くだもんな。モリアが言っていた新世代とかいう海兵かも。」

 

 船に戻るか、というウソップの提案に乗り、遊んでいたびっくりプールをいそいそと片付け始める。

 

 ブルックを仲間にした俺たちは偉大なる航路(グランドライン)を順調に航海し、世界を一周する巨大大陸赤い土の大陸(レッドライン)に辿り着いた。俺は途中加入だが、これで俺達は偉大なる航路(グランドライン)を半周したことになる。もう一度この赤くて途方もなく高い壁を見る時、ルフィは海賊王になっているはずだ。

 そして、次に記録指針(ログポース)が示す目的地が魚人島。針が真下を指している辺り海の中にある島なのだが、行き方が分からない。シャークサブマージ3号という潜水艇で試しに潜っていたルフィとロビンとブルックが、俺たちがプールを片付け終わったタイミングで戻ってきたが手掛かりはなさそうだ。

 

「ヨホホ、潜水艇初めて乗りました!」

 

「どうだ? 何か見つかったか?」

 

「駄目ね、限界深度ギリギリまで潜ったけど。これ以上下なら着く前に死んじゃうわ。」

 

 まるでお手上げ状態。ふと俺は思いついたことを試してみることにする。

 

「霊槍シャスティフォル第八形態”花粒園(パレン・ガーデン)”」

 

 神樹の花粉を大きく展開し、サニー号そのものを包み込む。

 

「おおっ! こいつは!」

 

「どうでしょうナミさん、フランキーさん。このまま船ごと沈んで行ってしまうのは。」

 

「……うーん、難しいわね。例え沈めても海中での舵がきかないんじゃ目的地には着けないわ。」

 

「それにそもそもどうやって沈むんだ? こいつは船だ。それに浮上する方法も分からねぇまま沈んじまったらサニー諸共俺たちはおしまいだ。」

 

 二人の意見はごもっともだ。俺はシャスティフォルをクッションに戻してそれに体育座りをする。仮にできたとしてもシャスティフォルが皆を守り切れるかも分からない。神樹の完全防御形態といえども深海の水圧に耐えられるのか七つの大罪原作にも描写がなかったし試したこともない。神樹も植物。もしかしたら日光の届かない深海では本来の力が出ない可能性もある。

 原作ではどうしていただろうか。相変わらずのカスカス原作知識。何にも覚えていない。世界に誇るワンピースの作者様だからきっと上手い方法があるのだろうが、現時点では八方塞がりだ。

 

ゴポゴポ………

 

「ん?」

 

 海に不自然に発生した泡をルフィが不思議そうに覗き込む。

 

ザパァンッ!!

 

「うおっ!?」

 

 するとそこから海獣が現れた。ウサギと魚を掛け合わせたような姿のサニー号の二倍はあろうかという怪物。普段なら多少なりともびっくりするところだが、スリラーバークでモリアと一晩中戦い続けた俺達にはイマイチ迫力がないように見える。あっけなくルフィに腹パンされてノックアウトした。

 

ポポンッ!

 

「おや? 何か吐き出しましたね。」

 

 倒れ行く海獣の口から何か飛び出すのをブルックが確認した。その物体は二つ。一つは星形の小さなもの、もう一つは上半身は女性、下半身は魚という異形の人だ。

 

「わっ!」

 

「あ、あれはまさかっ!!」

 

 一先ず人影の方をクッション状態のシャスティフォルで受け止めようとしていたところ、目をピンクのハートにしたサンジに押しのけられた。結果人影はサンジを押しつぶす形で不時着し、俺は星形の妙な物体をポスっと胸で受け止めることとなった。

 

「よっ! 嬢ちゃん! 受け止めてくれてありがとよ!」

 

「わわっ! しゃべった!」

 

 何かのぬいぐるみかと思いきやそれはしゃべるヒトデだった。身体はオレンジ色でヒトデなのに目も口もある。あと民族衣装のようなオシャレな帽子もかぶってる。

 

「わ~っ! 人間の人潰しちゃった!!」

 

 そしてサンジに落ちてきた人影は紛れもない人魚だった。緑のショートカットの髪にピンク色の尾ひれ、名前はケイミー。一見活発そうな可愛らしい人魚だが、どうもおっちょこちょいが過ぎるみたい。さっきのような海獣に何度も食べられそうになっているという。その数なんと20回。もはや狙わなければ出せない数字ではなかろうか。そしてオレンジのヒトデはパッパグ。ヒトデなのに喋れる上にケイミーのデザイナーとしての師匠なのだという。道理でオシャレな帽子をかぶっていると思ったら。

 ともあれ、初めて見る人魚に皆興味津々だ。次々に質問したり、話しかけたりしている。ただ、あまりにもケイミーばかり構われているためか、パッパグが船の端っこで拗ね始めた。

 

 いやまあ確かに人魚も珍しいが、個人的には喋って歩いて服をデザインするヒトデの方がよっぽど物珍しいと思うのだが。

 あまりにもパッパグの出す負のオーラが気になるので、彼にも話しかけてみる。

 

「あの~、パッパグさん?」

 

「! おおっ! ついに俺に興味が出たか!」

 

「これで貴方を拘束するので見事抜け出してみてくれませんか?」

 

 そう言って俺は背後に第五形態のシャスティフォルを構える。パッパグに頼んでいるのはよく幼児用教育テレビでやっていた、爪楊枝か何かで地面に縫い付けられたヒトデが自らの柔らかい関節を利用して抜け出すあれだ。

 

「最初に言うことがそれかよっ!? ってかコエェー!!」

 

 せっかく構ってあげたというのに、思いっきり引かれてしまった。その後もパッパグは俺に苦手意識を持ったらしく、俺を避けてケイミーの背中に隠れるようになってしまった。

 まあそれはともかく、ケイミーが助けてくれたお礼に俺達にたこ焼きをご馳走してくれることになった。ケイミーが働くたこ焼き屋のそれは世界一美味しいらしい。それに乗らないルフィではない。是非ともご馳走してもらおうとするがここでトラブルが発生。ケイミーのたこ焼き屋の店主”はっちん”なる人物がマクロ一味およびトビウオライダーズという人攫い集団に捕まっていることが判明。すぐさま助けに行こうとするケイミー達を引き止め、俺達も協力することになった。救出を手伝う代わりに魚人島への行き方を教えてもらおうというナミの計算だ。

 

「さてさてさーて、ケイミーさん。その人攫い達の居場所は分かりますか?」

 

「うん! 待ってて。」

 

 俺の質問にケイミーは元気よく答えると船の縁の方へ歩き出した。しかし、足が魚の尾ひれである彼女は陸での移動が大変そうだ。俺がクッション状態のシャスティフォルに乗せて運んであげることにした。

 

「ありがとうエレインちん! おーいっ!」

 

 ケイミーが海に向かって呼びかけるとちゃぽんと水面から魚達が顔を出した。続いてケイミーがパクパクと口を動かすと魚達もパクパクと何かをしゃべる。

 

「近くまでなら先導してくれるって!」

 

「へー、魚と会話ができるんですか。凄いですね。」

 

 一旦海の中へ潜った魚達は整然と並ぶと泳ぎながら尾ひれでバシャバシャと水面を叩く。すると海の上に綺麗な水しぶきの矢印が現れた。

 

「スゲー!!」

 

「これについて行けばいいのね!」

 

 サニー号は魚の矢印に沿って進み始める。その道中でパッパグが色々なことを話してくれた。この辺りの”シャボンディ諸島”周辺では裏稼業として人身売買が行われていること、その業界で最近名を上げてきたのがトビウオライダーズだということ、あとブルックと一緒になって歌なんかも披露してくれた。

 

「あ、魚達が…!」

 

 そうこうしていると、矢印を作ってくれていた魚達が突然海へ消えた。そしてそのすぐ後、空から巨大なトビウオに乗った男達が来襲した。トビウオをまるでバイクのように乗りこなすそいつらはすれ違いざまサニー号へ砲弾を放つ。

 

「霊槍シャスティフォル第二形態”守護獣(ガーディアン)”!」

 

 それらをシャスティフォルでボムっとキャッチ、空のトビウオへ投げ返すがそれこそバイク並みのスピードで飛ぶ彼らはひらりとかわして見せる。

 そいつらは偵察部隊なのかそれだけで帰っていったが、そのおかげで魚達の先導がなくてもアジトの方角が分かった。甲板へ大砲を出すなど、各自戦闘準備を整えながらトビウオライダーズのアジトへ向かう。

 

「はっちん、大丈夫かな…」

 

「ご安心くださいケイミーさん! 空での戦闘なら妖精族たる私の専門です。1億の賞金が伊達ではないことを披露してあげます!」

 

 不安がるケイミーを安心させるため、槍形態のシャスティフォルに腰かけてガッツポーズをとる。後ろからナミの「まだ懸賞金のこと気にしてたのね…」と呆れの声が聞こえたが無視だ。最初こそ驚いたものの、誰も彼もが強者のワンピースの世界で億という懸賞金をかけられたのはちょっとした誇りなのだ。

 そんな会話をしているとケイミーの背中からひょっこりとパッパグが顔を見せる。

 

「おめぇ、妖精族なのか?」

 

「え? はい、そうですけど」

 

 パッパグの疑問に答えるようにふわふわくるりと空中で一回転してみる。

 

「だったらおめぇも気をつけろ! 魚人や人魚も高く取引されるが、妖精は珍しいからもっと上だ! お前の正体に気づいたら真っ先に目を付けられる!」

 

 パッパグの注意は最もだと思った。青キジの話が正しければ妖精族は400年も昔に滅んだ一族、生き残りが度々政府に戦いを挑んでいるらしいが本来なら会うことのないレア種族なのだろう。この先行くことになるシャボンディ諸島では十分に注意しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トビウオライダーズのアジト。それは海の上に無理やり立てた居住区のようだった。建物の造りは素人目に見ても弱く、きっと荒波の一つでも起きようものなら簡単になくなってしまうだろう。人攫いの隠れ家としてはいい立地だろうが、何か武装しているようにも見えない。それに静かすぎる。

 

「まあ……罠でしょうけど。」

 

 気配を探ってみればあちこちから人の気配と心の声が聞こえる。待ち伏せからの奇襲という作戦は王道で良いのだが、妖精を相手取るには悪手すぎる。

 ちなみにケイミー達はこの状況が罠だということにまったく気づいていなかった。おっちょこちょいなのに加えて性格が素直すぎる。まあそれが彼女らの良い所なのだが。

 

「ニュ~、ケイミー!」

 

「はっちん!」

 

 そしてこれまた罠だと言わんばかりにアジトのど真ん中に人質を入れた檻があった。その中には目的のはっちん。何故かスミで汚れて真っ黒だがこれには訳があった。

 はっちんことハチは昔アーロン一味という魚人海賊団の幹部をしており、ナミの故郷を支配して長年苦しめた経緯がある。アーロン一味自体はルフィ達に倒されて壊滅したが、ハチはナミへの負い目から顔を合わせづらかったのだ。

 

 昔倒したとはいえナミを苦しめた憎き敵の一人、ここに来てルフィ達がはっちん救出を渋りだした。その様子を見てケイミー達だけでもハチ救出に海に飛び込むが、海中で待機していたマクロ一味の三人組にあっさり捕まった。一応シャスティフォルで彼女達だけでも助ける。

 

「……皆、ハチも解放しましょう。」

 

「おいナミ、いいのか?」

 

 そしてナミの判断で追加でハチも助けることになる。なんだかんだナミも人がいい。ケイミーとパッパグを乗せたクッション状態のシャスティフォルを引き戻すと同時に、ルフィが船首に立って叫ぶ。

 

「野郎共っ!! 戦闘だぁー!!」

 

「「「おぉ~っ!!」」」

 

 ケイミー達をサニー号へ降ろし、シャスティフォルを槍に変えて構える。四方八方どこから攻められようとも、空なら俺の領分だ。

 

「頑張れー! ルフィちん、エレインちん、皆ーっ!!」

 

 ちなみにこの最中、ゾロがハチの檻と縄を斬り、マクロ一味はハチによって殴り飛ばされ退場した。マクロ一味、登場から退場まで何ともしょっぱい連中だった。

 

 ザブンッ!とたくさんのトビウオが海から飛び出し、サニー号を中心にぐるぐる旋回し始める。本当の敵は彼ら、トビウオライダーズだ。彼らは不規則に飛び回り、サニー号の真上に来ると爆弾を落としてきた。

 

「ふっ!」

 

 それを槍形態のシャスティフォルを高速回転させ、盾に使って弾く。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態”増殖(インクリース)”」

 

 続いて大量のクナイとなったシャスティフォルが宙を舞い、トビウオを次々落としていく。脅威なのはトビウオの飛行とスピードで、騎手自体はそんなに強くないらしく、クナイが一本、もしくは二本あれば容易に崩せた。あれだけのスピードを制御しながら対処するのは難しいのだろう。たまにハンドルから手を放してサニー号へ特攻してくる命知らずもいたが、そんな奴には”そよ風の逆鱗”を正面から当ててやれば吹き飛んでいった。

 

「すごーいっ! エレインちん!」

 

「さっすがエレイン! 空中戦じゃ頼りになるぜ!」

 

「いやぁ、えへへ…」

 

バチッ!

 

「ぎゃっ!」

 

 ケイミーとウソップに褒められ、ついよそ見をしていると空からルフィの声が聞こえた。見ると敵のトビウオに乗り込んで遊んでいたルフィを間違えて撃退してしまったようで、ルフィはそのままひゅるひゅると落下し、敵のアジトへ屋根を突き破って不時着した。

 

「あっ……」

 

「『あっ……』じゃないっ!」

 

「あいたっ!」

 

 ペチンッとナミに頭をはたかれた。ゴム人間だから大丈夫だと思うが、ふわふわとアジトまで飛んで確認に向かう。

 

「うわぁ!」

 

「船長!」

 

 やっぱりルフィは無事でアジトから飛び出してきた。しかし何かに追われている。

 

「バタバタと叩き落されやがって! 蚊やハエじゃねぇんだぞトビウオライダーズ!」

 

 程なくしてその者は現れた。大きな黒い牛にまたがり、バキバキと自分のアジトを踏みつぶして、俺とルフィに手にしたバリスタで銛を撃ちながら現れたその男はトビウオライダーズのボス、デュバルだ。彼は俺達麦わらの一味に、特にサンジに深い深い恨みがあるらしい。デュバルはかぶっていた鉄仮面を外しながらその怒りを語る。

 

「…あらら。」

 

 仮面の下から現れた顔はサンジそっくりだった。サンジといってもあの手配書の似顔絵の方だ。その恨みというのも要約すればサンジがあの似顔絵で手配されたばかりにある日から突然海軍から追われるようになってしまったというもの。サンジを恨むのはお門違いのような気もするが、事情が事情なだけにそうバッサリと言い切れない。不憫な人物だ。

 

「知るかーっ!!」

 

 その独白に怒ったサンジはサニー号からこっちへわざわざ泳いできてデュバルを蹴った。サンジもサンジであの似顔絵手配にはひどくショックを受けていたみたいで、それが原因で恨まれるというのも頭にくる話だ。

 

「あのー、サンジさん。彼には彼の言い分ってものがありますし……」

 

「うるせーっ! あんなもんで手配されていること自体認められねぇってのにそれが実在するだと!? ふざけんなっ!」

 

 こりゃだめだ。取り付く島もない。ここはサンジに任せたほうが良さそうだ。ブルックなんかは大爆笑しているが、きっと後でサンジにしばかれるだろう。

 

「おめぇら全員死ぬがいいっ!」

 

ボッ!!

 

 至近距離で銛を発射され、サンジは危機一髪回避した。デュバルはもう一方の手で俺とルフィの方にも銛を放ってきて、それをかわしたせいで一瞬サンジと分断された。

 

バッ! 

 

 そのスキを狙ってトビウオライダーズが二人、網を張って飛び出した。彼らはサンジを網に捕らえて海へ飛び込む。溺死させるつもりだ。

 

「ハハハ! トビウオは海中生物の中でもトップクラスのスピードを持つ。例え魚人でも追いつかねぇよ!」

 

 デュバルが言うことが本当ならハチに助けにいってもらってもサンジは助けられない。シャークサブマージ3号を出している暇もない。出来るとしたらサンジの心の声を聴きながら海中に狙いを定め、シャスティフォルを遠隔操作するくらいだが、今の俺にそこまで高度なことができるかどうか。

 

「私に任せて!」

 

 悩んでいるとサニー号からケイミーが海へ飛び込んだ。パッパグ曰く、海中生物で最も遊泳速度に優れた種族が人魚であり、そのスピードはトビウオすら優に超えるという。海獣に20回も食べられたとは思えない頼もしさだ。

 そして程なくしてケイミーがサンジを胸に抱いて浮上してきた。サンジは、幸せそうに鼻血を噴き出していること以外は無事そうだ。

 

 さらに、気づけばデュバルの部下は随分減っていた。こうしている間にもウソップが大砲で撃ち落としたり、ブルックが剣と音楽の力で張り切って戦ったり、サニー号の機能をフルに活かして戦った結果だ。空と海という圧倒的不利な状況の戦闘でも、俺達は勝つことができた。残るはデュバル一人。

 

「ならばこのモトバロの恐ろしさを見せてやる!」

 

 デュバルは跨っている牛に発破をかけると牛はルフィに向かって突進してきた。聞けば海軍本部の精鋭をも蹴散らしてきた突進。しかしそれは数々の修羅場をくぐり抜けてきたルフィには通じない。危な気なく受け止める。

 

「……お前とは闘うだけ無駄だ。」

 

ゾクッッ!!

 

 牛を受け止めたルフィが睨む。それを間近で見ていた俺はとてつもない恐怖を感じた。心臓を鷲掴みにされるような、強大な鬼に会ったかのような、今まで味わったことのない感覚だ。それを向けられたモトバロという牛はたまらず泡を吹いて倒れた。

 これが夏美が言っていた”覇王色の覇気”なのだろうか。数百万人に一人が資質を持つとされる王の素質。確か効力は戦うまでもない敵を威圧して気絶させることだったはずだ。スレイダーの”威圧(オーバーパワー)”とはまた違う、生物としての格そのものを見せつけるかのような感じだった。

 

「船長、大丈夫です………船長?」

 

「ん? どうかしたかエレイン?」

 

 異変を感じた俺は目をこすってもう一度ルフィの顔を見つめる。いつものルフィだ。

 その後、トビウオライダーズとの戦闘自体は海から上がったサンジがデュバルを”整形(バラージュ)ショット”で蹴り倒して終わり、サニー号は新たにハチを乗せてトビウオライダーズのアジトを後にする。

 

 だが俺にはどうしても気がかりなことがある。気のせいならばそれでいいのだが、どうにも気のせいとは思えない。皆が撤退準備をする中俺はルフィの顔をボーッと眺めていた。

 

「どうしたんだエレイン、さっきから。俺の顔に何かついてるか?」

 

「い、いえ! 何でもないんです。」

 

 やっぱり気のせいだったのだろうか。さっきルフィが覇王色の覇気を使った時___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 額に魔神族の紋章が浮かんでいたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほとんど原作沿いのため、少々駆け足になってしまいましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャボンディ諸島編2・妖精と中継地

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居酒屋で働いている人は凄いと思う。

 さらに言うなら飲食業界で働いている人を尊敬する。接客をやっている人も料理を作る人も皿洗いをする人も含めて全員だ。

 食事を提供する店ならば朝、昼、夜といったラッシュの時間は避けられない。その時間の忙しさはそんじょそこらの業界では中々味わえないだろう。居酒屋を例に挙げたのは夜の混み方が半端なく、しかもそれが深夜まで続くからだ。皆お酒と宴が大好きだから起こる現象であり、お店としては嬉しい悲鳴なのだろうが、とんでもない量の仕事量を日々さばいて生きている方々は本当にすごいと思う。

 

 何でこんな思考になっているかというと、今まさに目の前で忙殺されている人物がいるからだ。俺達に助けてもらったお礼だと言って自慢のたこ焼きを振舞ってくれるハチ。頭に鉢巻を巻いて店主スタイルになったハチは六本の腕をせわしなく動かして次々にたこ焼きを焼く。そしてそのたくさんのたこ焼きはルフィをはじめとした皆の口に次々に放り込まれていく。

 

「うめぇうめぇ! 止まらねぇ! なんてうめぇたこ焼きだ!」

 

ジュワ~ッ!

 

「あっちゃっちゃっ!!」

 

「もう、船長。この水に手を入れてください。」

 

 焼きあがるのを待ちきれないルフィは鉄板から直接たこ焼きをつかんで食べていた。そんなことをしている内に自分の手を焼いてしまい、俺はコップの水を魔力で浮かせた。ルフィはそれに手を突っ込んでジュ~と手を冷やす。

 しかし、ルフィがこれほど夢中になるのも分かる。ハチの作るたこ焼きは絶品だ。生地のもちもち具合も然ることながら、ソースが主張しすぎないおかげでたこ焼き全体としてすごく完成度が高い。これほど美味しいたこ焼きは初めて食べた。サンジも唸るほどの逸品である。

 

「それで……ナミは、どうだ…? その、味は………?」

 

 食事会が始まってしばらく経った頃、ハチは恐る恐るといった様子でナミに話しかけた。この食事会はサニー号と並列して走らせているハチの屋台船で行われており、ナミは屋台船の縁に座ってたこ焼きを食べていた。確執ある二人の会話にルフィ達はビクッと固まった。丁度座っている位置がハチとナミの一直線上で、その場にいづらくなった俺は大皿に盛られたたこ焼きを持ってふわふわとサニー号へ向かう。麦わらの一味全員は屋台船に乗り切れないため、フランキーとロビンとゾロはサニー号で食べている。彼らにたこ焼きを届ける名目でその場を離れたのだ。

 とはいえ、割とすぐにハチの元気な声が聞こえたのであまり心配は要らなかったようだ。先の戦いでハチを解放することを提案したのはナミだ。昔のことを完全に許すとまではいかなくとも、今のハチの姿を認めてくれたということだろうか。

 

「………(じ~っ」

 

「…お前、何やってんだ?」

 

 再び賑わいだした屋台船。俺はサニー号甲板の柵からぴょこっと顔を出して、ものすごい勢いでたこ焼きをかきこむルフィを見ていた。今のところ特に変わった様子はない。見間違いならそれでいいのだが、やはりあの時見えた気がする魔神族の紋章が頭から離れない。

 

 デュバルの愛牛モトバロと組み合った時、ルフィは覇王色の覇気の片鱗に目覚めた。モンキー・D・ルフィという人物の強大さを本能に刻み込み、卒倒させたのだ。そこまでは別にいい。確かこれは原作にもあった正規の道だったはずだ。だけど、仮にあれが見間違いじゃなかったとして、魔神族の紋章がルフィに浮かび上がったのは何故だろう。額から右目にかけて刻まれた闇の刻印。七つの大罪主人公にして魔神王の息子、メリオダスのものと酷似している。闇に属する者の象徴が覇気の覚醒と共に出現した?

 

 もしかしてこの世界での魔力は覇気として人々の間に受け継がれている? ルフィは人間だ。魔神族でもない彼が闇の力を持てるとしたら、魔神の血か戒禁を取り込むこと。でもそのどちらも可能性としては低い。ではやはり? しかし仮に覇気の正体が魔力であったとして、なぜルフィに魔神の魔力が発現したのかという根本的な疑問は解決されない。そもそも覇気を使えない俺が使っているこの魔力は何なのだという疑問も生まれる。

 

「む~~っ!」

 

「…いや、本当にどうした?」

 

 頭がこんがらがってきてわしわしと金糸の絹のような髪をかく。その様子を見てゾロが割とガチで心配していたけど気にしない。

 

「……はっ」

 

 ふと、恐ろしい事実に気づいて手が止まった。

 

 __あれ? ここから先の冒険、大丈夫か?

 

 俺が麦わらの一味に加入してからここまでの道のり、俺をはじめとする不確定要素(イレギュラー)はちょくちょく入ってきたものの、原作通りの順調な旅ができていたと思う。高度一万メートルの空島へ行くことができ、神エネルを倒した。青海に帰ってきてからのデービーバックファイトでは誰一人仲間を失うことなく勝利をおさめ、続くウォーターセブン、エニエス・ロビーでの決戦では政府に連れ去られるロビンを救うことができたし、スリラーバークでは七武海の一人モリアを討ち果たした。数々の苦難を乗り越えて偉大なる航路(グランドライン)を半周してきた麦わらの一味。今や億超えの大海賊となった彼らに、俺も少しばかり力添えできたという自負がある。

 だが、ここから先はそうもいかないかもしれない。元々あってないようなものだった俺の原作知識はここからさらに薄くなる。というかほとんど知らない。それに加えてモリアが言っていた魔神の力を持った”新世代”の海兵、この世界に入り混じる七つの大罪要素が起こす変異、そして何より魔神族精鋭部隊”十戒”の影。いつまでもこれまでのように上手くいくとは限らない。

 

 元々俺は原作にほとんどこだわっていないから、外れるなら外れるでいいと思う。ただ、皆には路頭に迷っていた俺をこの船に置いてくれた恩がある。原作のように、彼らが立ちはだかる障害を陽気に乗り越えていけることを願っているし、そのためなら何だってする。

 だけどそれが何の意味も為さなかったら? 急に魔神の大群がこの船を襲うかもしれない。”沈黙”のモンスピートが気まぐれで放った”獄炎鳥”が飛来してこの船を焼き尽くすかもしれない。もし圧倒的な力を持つ十戒の誰かに遭遇してしまったら………

 

 俺は、俺の力で彼らを守れるのだろうか?

 

 ……急に恐くなった。明確な、敵うはずのない脅威との戦闘をイメージしてしまったせいで、悪い光景ばかりが頭によぎる。寒気がして、震えだした身体を止めるため、自身の身体をぎゅっと抱きしめる。

 

 嫌だ、彼らを、皆を失いたくない。皆にはこれからもずっと陽気に旅を続けてほしい。その皆の姿を見るのが好きなのに、それを突然奪われるだなんて耐えられない。

 

 これから訪れるであろう脅威のことを皆に言った方がいいのだろうか。でも言ったところで何になる?

 魔神族は自然ならざる生命力とすべてを飲み込む闇を内包した恐ろしい存在。打ち明けたところで今の俺達にはどうすることもできない厄災だ。下手に不安を煽るくらいなら言わない方が__

 

「おい」

 

「ひゅいっ!?」

 

 不意にゾロの手が肩にポンと置かれ、俺の身体はビクッと跳ねた。

 

「体調が悪いなら船室で休んでろ。」 

 

「あ、いえ、大丈夫ですよ? 本当に……」

 

 口ではそう言ってみたものの、体の震えは止まらない。そんな俺を見てゾロだけじゃなくフランキーとロビンも顔をしかめた。

 

「おめぇ震えてるじゃねぇか。顔色も悪い」

 

「そうね、横になった方がいいわ。」

 

 ロビンが自分の膝をポンポンと叩いている。俺はお言葉に甘えてふわふわとロビンのもとへ行き、ポスっとその膝に頭を預けた。いまだ震え続ける俺の身体をロビンはポンポンと優しく撫でる。普段から定期的にこうしてもらっているからか、徐々に徐々に俺の心は落ち着いていく。

 

 サウザンド・サニー号、麦わらの一味。俺がこの世界で出会った、居場所。いつも賑やかで、騒がしくて、それが時々煩わしく思う時もあるけど、とても居心地がいい皆。

 

 俺は彼らを守りたい。例えどんなことに手を染めることになっても、例えこの力と引き換えにしても、この命を失ってでも。彼らを、皆の夢を守りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寝たか?」

 

「えぇ。」

 

 ロビンの膝の上で眠るエレインを見る。顔色や体の震えは少しずつ治まり、安らいだ表情になっていく。

 

「それにしても、やっぱりこいつはあれを気にしてんのか? ルフィの爺さんが持ってた……」

 

 フランキーが顎に手を当てて考え込む。

 ”常闇の棺”の欠片。ウォーターセブンで会ったルフィの爺さんが剣の柄として持っていたそいつを見た時から、こいつの様子が日増しに変わっていった。事あるごとに挙動不審になったり、何かを考え込んだり、何かに怯えるようになった。おそらく何か重大なことをこいつは知っている。その上で、何らかの事情から俺達に話すことができないようだ。

 

 アラバスタを発った後流れ着いた無人島で出会った時から、こいつは掴みどころのない奴だった。まるで箱入り娘か何かのように海や海獣について何も知らない、かと思えば時々鋭い指摘や疑問を持ったり、意外な知識を持っていたりする。普段の振る舞いは見た目通り完全にガキ、だが偉大なる航路(グランドライン)の過酷な旅や戦闘に付いてきて泣き言もほとんど言わない。千年以上生きる妖精族であることを差し引いても正直見上げた胆力だと思う。

 

 ルフィがこいつを仲間に引き入れた当初は、あまりいい印象を持っていなかった。当時アラバスタで敵対したばかりのロビンを仲間にした直後ってのもあるが、こいつの野望の見えない無機質な目が、まるで船にいることさえも、生きるために仕方なく義務として組織に属していると言っているかのような目が何より気に入らなかった。

 今でこそこいつの実力や覚悟を認めている。稽古ついでに手ほどきしてやれば技術をどんどんものにしていき、これまでの戦いで仲間のために死力を尽くしてきたこいつの頑張りに決して嘘はない。

 

 ……だが、俺達に何も言わず、ウジウジと悩んでいるのは気に入らねぇ。そしてこいつに信じさせてやれない自分にも腹が立つ。

 

 いずれにせよ、こいつがここまで思い悩むということは余程でかい何かが起きようとしているのだろう。そしてそれは俺達にも影響があることで、こいつの様子から、それは近づいている。

 

「…あら、またトレーニング?」

 

「…ああ、魚人島の行き方に目途が立ったら呼んでくれ。」

 

 思い出すのはスリラーバークで戦った七武海、くまにモリア。狂暴化したモリアにはまったく歯が立たなかった。この先の海には、あれを超える奴がゴロゴロ出てくる。

 

 俺はまだまだ強くなれる。強く、ならなくちゃならねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロビンの膝の上で一休みしている間に、船はプカプカとシャボン玉が発生する不思議な島、”シャボンディ諸島”に到着した。次なる目的地の魚人島は赤い土の大陸(レッドライン)の直下海底1万メートルに位置する。そこへ向かうため、この島固有のシャボンコーティング技術をサニー号に施してもらうというわけだ。シャボンディ諸島は”ヤルキマン・マングローブ”という世界一巨大なマングローブが集まってできた島で、そこら中からポコポコと飛び出て浮かぶシャボンは樹の特殊な樹液で構成されているため、人が乗っても割れないほど弾力と張力に優れている。この樹脂で船を包み込めば海底の水圧にも負けないらしい。

 

「サンジさん、皆さんは?」

 

「ああ、島に探索に行ったよ。ウソップとフランキーは残って船の修繕だ。」

 

 どうやら寝ている間に皆目新しいこの島に飛び出していったらしい。といっても、俺も後で買い出しに行く予定だ。今はその前にさっきのたこ焼きパーティーで散らかった皿や瓶を片付けなくてはならない。いつものように、魔力で一気に浮かしてテキパキと厨房へ運ぶ。

 

 ストッ

 

「ん?」

 

 ふと誰かが降り立つ音が聞こえたので、厨房からひょこっと顔を出す。するとゾロが島に降りて奥へと歩いていくところだった。

 

「ゾロさん、残ってたんですね。どちらへ?」

 

「ん? 散歩だが。」

 

「え゛…」

 

 その言葉を聞いて俺は思わず固まった。ゾロは極度の方向音痴だ。一人で散歩になんて出したら間違いなく迷子になる。そしてここはいくつもの樹の離れ小島が連なってできた諸島、とても探しきれない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいねっ!」

 

 バババババと猛スピードで手を動かし、超特急で洗い物を終わらせた。そしてビュンと彼のもとへ飛び寄る。

 

「お、お待たせしました。私も買い出しに行くので、一緒に行きましょう。」

 

「…まぁいいが。そんなに急ぐ必要があったのか?」

 

「も、もちろんですよ。せっかくですし、一緒に行きたいじゃないですか。」

 

 こうして俺はゾロと二人で買い出しに出た。酒を探してあちこち見て回るゾロの隣をふよふよと飛んでいく。

 

 街へ入るとまるでテーマパークのようだった。ヤルキマン・マングローブ自体が緑と白の縦縞模様なのに加え、色んな建物にシャボン玉の技術が応用されていて他では見れないデザインになっている。さらに、島が偉大なる航路(グランドライン)の前半と後半の中継地になっているため、新世界へ向かう船乗りや海賊に向けたグッズや食べ物を売る屋台がたくさん並んでいる。ゾロも色んな屋台に顔を出してつまみや酒を購入して楽しんでいる。

 

 ボカンッ!

 

「きゃ~~っ!」

 

「海賊だぁ!!」

 

 ただ、新世界への中継地なだけあって俺達のような無法者も多く滞在しているようだ。そこかしこで海賊同士の乱闘を目にする。島のすぐ近くに海軍本部があるため、さすがに空島に行く前に立ち寄ったジャヤ程ではないが荒れている。だが新世界目前までやってきた海賊なので戦闘力は誰もが高い。建物や住民を巻き込んで大規模な戦闘を起こし、体力が消耗したところにこれまた腕が立つ賞金稼ぎが乱入してきてふん縛る。そんな光景を何度も目にした。

 

「…おい、見つけたぞ(ヒソッ」

 

「…ああ、麦わらの一味の”海賊狩り”に”闇の聖女(ダーク・セイント)”。どっちも1億超えの首だ(ヒソッ」

 

 そしていざこざに巻き込まれるのは俺達とて例外ではない。俺達が進んでいる道の左斜め前方の建物、その3階に二人の賞金稼ぎが潜んでいた。遠い所から一人が双眼鏡で観察し、もう一人が銃を構えている。俺達を狙撃で仕留めるつもりだ。今は屋台を物色するゾロが市民に紛れているが、射線が確保できれば逃さず撃ってくるだろう。

 というかそもそも銃口は俺の方に向いている。見た目から強そうなゾロより、まずチョロそうな俺から倒そうという魂胆か。その判断は正しい、だが、それで俺が倒せるかは別の話だ。

 

 賞金稼ぎがいる部屋をキッと見る。丁度窓枠の所に植木鉢に入ったサボテンがある。そこへ魔力を送った。

 

「ん? なん……ぐぇ!」

 

「どうし…がっ!?」

 

 効果はすぐに現れ、肥大化したサボテンの針が二人の喉を貫いた。バタンッと倒れて二人はこちらから見えなくなる。

 

「……今誰か狙ってたか?」

 

「はい、賞金稼ぎが二人。狙撃手でした。」

 

 どうやら多少名のある海賊でもこの島では気を抜けないようだ。賞金稼ぎはもちろんのこと、同業者(かいぞく)からも狙われている。

 

「ん~~っ! ん~~っ!」

 

「ちっ! 静かにしねぇか!」

 

 それに加えてこの島には人攫いまでいる。パッパグが言っていたシャボンディ諸島の裏稼業、人身売買の商品を誘拐する者達だ。今まさに俺達の真横を、もぞもぞと不自然に動く黒い袋を抱えた男達が走っていく。周りの人達は察しているのか気まずげに目をそらしている。とりあえずこのまま連れていかれては寝覚めが悪いので、男達の足元の芝生に魔力を通してわっかを作る。草結びというやつだ。男達はわっかに足を引っかけて見事に転び、投げ出された袋から口にガムテープを貼られた女性が出てきた。

 

「いでっ!」

 

「まずいっ! 早く戻せ!」

 

 起き上がった二人は急いで女性を袋へ戻そうとする。

 

 ぬ~ん……

 

「「ぎゃぁ~~~っ!!?」」

 

 その二人の背後に第二形態のシャスティフォルを立たせてみた。振り返ってシャスティフォルを見た二人は飛び上がって悲鳴を上げて転がるように逃げていった。いきなり背後に大きなクマのぬいぐるみがあったら恐怖だろう。見方によればホラー映画に出てくる人形に見えなくもないし。俺はふよふよと女性に近づいてガムテープと身体を縛っているロープを外してやった。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「いえいえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、エレイン達より先に島に上陸したルフィ達はハチの知り合いだというコーティング職人に会うため、13番グローブにある”シャッキー'sぼったくりBAR”に訪れていた。残念ながら目的の職人”レイリー”には会えなかったが、元海賊の酒場の店主シャクヤクという女性から、今シャボンディ諸島に集まっている海賊達の話を聞く。

 

「君と同じように偉大なる航路(グランドライン)を潜り抜けてきた猛者達が今、この島に集まってる。モンキーちゃんにロロノアちゃん、エレインちゃんを含めると億超えの賞金首が12人上陸してる。」

 

「そ、そんなに!?」

 

「ええ。もっとも、これほど世界のルーキーが顔を揃えることはそうそうあるものじゃないけど。」

 

 ライバル達のあまりの多さにチョッパーが驚くなかシャクヤクは語る。今この島に集っている億超えの賞金首達こそが、世に”12人の超新星(スーパールーキー)”と呼ばれる大物海賊であると。その中でも、ユースタス・”キャプテン”キッド、”魔術師”バジル・ホーキンス、”赤旗”X・ドレーク、”死の外科医”トラファルガー・ロー、そして”麦わらのルフィ”は特に話題性のある海賊なのだと。

 

「まあでも、うちの人がよく見ていたのは君のエニエス・ロビーの記事よ。」

 

 シャクヤクはカウンターの上に新聞と、二枚の手配書を出した。新聞の方はエニエス・ロビーの一件について報じられたものだ。シャクヤクが言うように何度も読み返されたのか折り目やシワなどのクセがついている。そして手配書は、ルフィとエレインのものだった。

 

「ん? 職人のおっさんが?」

 

「ええ、彼も昔海賊をやっていてね。君と、そしてエレインちゃんの手配書を興味深そうに眺めていたわ。」

 

 そういう私だってそうよ、と言ってシャクヤクはカウンターに頬杖をついた。思わずルフィが「何でだ?」と聞くと、彼女はニコッと笑った。

 

 

 

 

「だって彼女、すごく似てるのよ。昔私達が縁のあった妖精の海賊にね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。