東方恋華想《完結》 (室賀小史郎)
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主人公
霊夢の恋華想


ページを開いて頂きありがとうございます。
初めての東方物で勉強中ですが、甘いお話が書けるよう頑張ります!
因みにタイトルは東方恋華想(れんげそう)です。
理由は語呂が良かったから!

では第一回目をどうぞ♪

恋人は博麗霊夢。

デれいむです。


 

 博麗神社ーー

 

「ん〜、到着〜。いつもより少し遅くなったけど……」

 

 博麗神社の鳥居の前に着いた俺は、目的の人物を探して境内をキョロキョロと見渡した。

 

 すると、

 

「あ〜! やっと来た〜!」

 

 聞き慣れた声が奥の方から聞こえてきた。

 

 彼女は俺を見つけると箒を持ったまま、パタパタと俺の方へ駆け寄って、

 

「遅かったじゃない、今日は来てくれないのかと思った……」

 

 そう言って俺の胸に飛び込んできたのは、恋人である、博麗霊夢だ。

 

「ごめんごめん。今朝の田んぼの仕事が長引いちゃったからさ」

「むぅ、むぅむぅ!」

 

 理由を聞いても霊夢は頬をプックリと膨らませている。霊夢がこうなるのは『理由は分かったけど納得していない』という証拠だ。

 俺はそれが分かっていたので、透かさず霊夢の頭をポンポンと優しく撫でてやった。

 

「ほら、機嫌直して。な?」

「もっと撫でなさい」

 

 霊夢はそう言うと俺の胸に顔をグリグリと埋めてきた。どうやら機嫌は直ったようだ。

 

「霊夢……」

「何よ? まだ撫でるのやめちゃダメだからね?」

「好きだよ」

「っ」

 

 霊夢の愛らしさに耐え切れずに、俺は素直な気持ちを伝えた。霊夢は顔をボンッと耳まで真っ赤にする。

 

 そして、

 

「わ、私だって……大好きなん、だからぁ、ね♡」

 

 目を反らし、消え入りそうな声でそう告げてくれた。

 

「はは、霊夢はやっぱり可愛いな」

「う、うるさいうるさい♡」

 

 口ではそう言うものの、霊夢は蕩けた顔をしていて、声も弾んでるから全く説得力がない。

 

「さて、じゃあ今日も神様にご挨拶するかな♪」

「そ、そうね……」

 

 霊夢としてはまだ名残惜しかったのか、俺が離れると表情が少し曇った。

 そんな霊夢の頭をもう一度ポンッと一撫でした俺は、お社の前に立ち、お賽銭を入れ、いつも通りにご挨拶と豊作を祈願した。

 

 

 縁側ーー

 

 お参りが終わると、霊夢が「まだ帰っちゃダメ」と言わんばかりに俺の着物の袖を引き、お社の隣にある霊夢の家の縁側に通された。

 

「はい、お茶」

「ありがとう」

「今日は曇りだから田んぼの心配は無いわよね? 夕方まで帰らないわよね?」

「それまでお邪魔させてもらうよ」

「うん♡」

 

 それから俺は霊夢が淹れてくれたお茶をズズッとすすり、はぁ〜とまったりした息をこぼした。一方、俺の左隣に座る霊夢はニコニコと俺の顔を眺めていた。

 

「今日のお茶も美味しいよ」

「あんたにしか淹れないお茶っ葉だもの。あったり前でしょう♪ 魔理沙やアリスにだって出さないんだから♪」

「そんないいお茶を……なんか申し訳ないな〜」

()()()だから淹れてるの。遠慮なく飲みなさいよ」

「でも……」

 

 すると霊夢ははぁ〜と大きなため息を吐いた。それから「だ、だって」と口籠り、何やら顔を赤くして、モジモジし出した。

 

「?」

「だ、だから……あ、あんたは……」

「俺は?」

「わ、私の大切な人なんだから特別なの!」

 

 そう言い放った霊夢は俺の腰に両手を回し、二の腕に顔を埋めた。余程恥ずかしかったようだ。

 かく言う俺も突然の告白にエクステンドがグングン上がっている。

 こんなに可愛い生き物が居るのだろうか。

 居るよ、今、俺の目の前に!

 

「霊夢好きだよ」

「……好きじゃなきゃ許さないんだから♡」

「本当に好きだよ。霊夢」

(そんなの知ってるわよ、バカ♡)

 

 俺がちゃんと霊夢の目を見てそう言うと、霊夢は一瞬だけ目を反らし、またすぐに俺の目をしっかり見つめ、

 

「私も♡」

 

 と満面の笑みで返してくれた。

 

「霊夢!」

「わぷっ」

 

 その可愛さのあまり、俺は霊夢のことをこれでもかと抱きしめた。

 最初は驚いていた霊夢だったが、途中からは霊夢もキュッと俺のことを抱きしめてくれた。

 

(こんな娘が恋人だなんて……俺は幸せだな〜)

(好き……好き好き……好き好き好き好き好きーー♡)

 

 そのまま俺達は言葉をお互いに発しないまま、暫くの間抱きしめ合った。

 

 それからお日様も高くなり、お昼の時刻を告げてきた頃。

 

「お〜っす、お二人さん。今日も磁石みたいにくっついちゃって〜、お熱いな〜」

 

 霊夢の親友である魔理沙が箒に乗ってやって来た。霊夢は魔理沙の顔を見るなり「うわっ」と声をあげて明らかに嫌そうな声を出す。

 

「人の顔見るなり「うわっ」は無いだろ〜? 魔理沙ちゃん泣いちゃうぜ?」

「あんたがそんな軟な神経してるはずないでしょ?」

「おいおい〜、私だって乙女だぜ?」

「乙女が「だぜ」なんて口走るはずないじゃない」

「うわ〜ん、酷いよ〜! 霊夢がいじめるよ〜!」

 

 そう言って魔理沙は俺の膝に嘘泣きしながらすがりついた。

 

「魔理沙! 何してるのよ! 離れなさい!」

「まぁまぁ、俺は大丈夫だから……」

「私が嫌なの! 魔理沙!」

「え〜ん、怖いよ〜!」

 

 悪ふざけを続ける魔理沙だったが、霊夢が般若みたいな形相で御札を取り出した瞬間、魔理沙は嘘泣きを止めて急いで俺から離れた。

 魔理沙が離れると、霊夢は先程まで魔理沙がすがりついていた膝に頭を乗せた。

 

「どうした、霊夢?」

「あんたの膝を清めてるの。魔理沙に汚されたから」

「そこまで言わなくてもいいだろ〜? 私は毎晩ちゃんと風呂に入ってるぜ?」

「私の気が済まないの!」

 

 霊夢はそう言うと鼻をフンッと鳴らして、俺の膝に頭を預けてゴロゴロし出した。

 

「ところで魔理沙は霊夢に何か用事があって来たのか?」

「昼飯時だからな!」

「な〜る〜」

「魔理沙にあげる食べ物なんて無いわよ」

「貧乏だから無いのか?」

「魔〜理〜沙〜!」

「ほらほら、ケンカしない」

 

 俺が仲裁に入って霊夢をなだめるように頭を優しく撫でると、

 

「む、むぅ……」

 

 不満そうな声をあげつつも大人しくなった。可愛い。

 

「彼氏の前では鬼巫女も形無しだな〜」

「うるさいわね……いいでしょ」

「はいはい、ご馳走様……で、マジで何も食わない気か?」

「食べるわよ……お腹空いてきたし……」

「お〜、何だよ何だよ〜。なら早く作れよ〜」

「ならせめて、お賽銭入れなさいよ」

「友情はお金じゃ買えないんだぜ?」

「食べ物はお金が無きゃ買えないの!」

 

 そんなこんなで霊夢は炊事を始め、俺と魔理沙は適当な雑談をしながら霊夢を待った。

 

 ーー

 

「はい、魔理沙の分ね」

「…………」

「こっちはあんたのね♡」

「あ、ありがとう……」

「じゃあ、食べましょ♡」

「う、うん」

 

 霊夢が俺に出してくれたのはおにぎり三個とお味噌汁、大根のお漬物に焼き魚。対する魔理沙はおにぎり二個とお味噌汁のみだった。

 

「これが恋人と親友の差か……おにぎりの塩が身に沁みるぜ」

「三円で食べられるんだから感謝なさい」

「へ〜い……」

「何なら魔理沙、この焼き魚半分食bーー」

「それはあんたの分よ? 出されたら残さず食べなさい♪」

「アッハイ」

 

 笑顔の圧力に負けた俺は魔理沙に心で謝りながら昼飯を食べた。

 文句を言いつつも完食した魔理沙は食器を台所へ片付け「ごっそさ〜ん」と言って、箒に跨り空の彼方へと飛んで行った。

 

「本っ当にご飯目当てだったのね……」

「まぁまぁ、それが魔理沙の長所で短所でしょ?」

「知ってるからムカつくの!」

「はいはい、怒らな〜い怒らな〜い」

 

 俺は霊夢の頭を撫でながらなだめると、霊夢は「分かった……」と恥ずかしそうに言って俺の肩に頭を乗せた。

 

「洗い物は俺がするよ」

「悪いわよ。私が……」

「なら一緒にやるか?」

「うん♡」

 

 

 台所ーー

 

「何かこうしてると夫婦みたいだよな〜」

「そ、そうね……」

「もしそうなら幸せだな♪」

 

 すると霊夢がふと俺の隣から離れた。霊夢は俺の背後に回るとトンッと背中に頭を押し付けてきた。

 

「霊夢?」

「こっち見ないで……このまま聞いて……」

「分かった」

 

 それから霊夢は深呼吸し「よし」と小さくつぶやいてから、口を開いた。

 

「私ね……あんたが……あなたが好き! 愛してるの! お願い、ずっと私と一緒にいて!」

「霊夢……」

「唐突にごめんね……でも、それくらい、好きなの……あなたとの時間が、もっとほしいの……離れたく、ないの……」

 

 掠れた声で告白する霊夢。俺は手を止めてゆっくりと振り返って、霊夢の顔を見た。

 

「こっち見ないでって言ったのに……っ」

「こういうことは目を見て答えなきゃいけないから」

 

 霊夢は薄っすらと涙を浮かべている。それだけ勇気を振り絞ったのだろう。

 そして俺はーー

 

「ごめん」

「っ!?」

「霊夢から言わせてごめん。俺も霊夢を愛してる! 俺と結婚してください!」

「ば、バカ! バカバカバカバカ!」

「ちょ、叩くなよ、痛いって」

「もぉ〜! バカ! 愛してる! バカ!」

 

 そして霊夢はギュッと俺の胸に飛び込んできた。

 

「ごめんから始まるプロポーズなんて聞いたこと無いわよ、もう♡」

「も、申し訳ない」

「やだ」

「えぇ〜」

 

 霊夢は俺から顔をプイッと逸らし、すぐにまた俺の方を向いて、

 

「一生あんたの隣でこの事言い続けてやるだから、覚悟なさい♡」

 

 満面の笑みで言ってきた。

 思わず俺は霊夢を抱き寄せ、霊夢の唇に自分の唇を重ねた。

 

「んっ……っ……ん〜っ……ぷはぁ……♡」

「愛してる、霊夢」

「私の方が愛してるわよ♡」

 

 笑顔でそう言った霊夢から今度は俺が唇を奪われた。

 

「んふふ、私からしちゃった♡ 神様に怒られちゃうかも♡」

「お社の前じゃないから見えてないさ♪」

「じゃあ、もう一回♡」

「あぁ、何度でもしよう」

「うん♡」

 

 その後、紫さんや藍さんが突如として現れ、紫さんに俺と霊夢の結婚を反対された。

 霊夢が本気でキレそうになった瞬間、紫さんは慌てて結婚を認めてくれた。

 紫さん曰く『娘はやらんって一度は言いたいじゃない?♪』とのこと。藍さんは苦笑いしか浮かべられなかったが『お幸せに』と俺と霊夢に言葉をかけてくれたーー。




博麗霊夢編終わりです!

こんな感じのお話を書いていこうと思います!
思い付いたらなのでバンバン更新は出来ないと思いますが、頑張って書いていきます!
二人の馴れ初めとか、付き合ってどれくらいとか、主人公に能力があるかとか、細かいところは未設定です。
ご了承お願い致します。


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魔理沙の恋華想

恋人は霧雨魔理沙。

あなたのハートにマスタースパーク。


 

 人里ーー

 

「何だこれ……?」

 

 今目の前で起こっていることをそのまま説明すると、仕事が終わって帰ってきたら、今まで借りてた借家に『空き家』という立札が置かれてた。

 更には中も空っぽで家具や衣服も全部無くなってた。

 

(家賃滞納なんてしてないし、そもそもこんな手荒なことをする大家さんじゃない……)

 

「……い」

 

(なら空き巣……じゃないよな。タンスとか持ってくの大変だし、わざわざ男である俺の下着や服なんて要らないだろう……)

 

「……〜い」

 

(人が考えてる最中に誰だよ……バシバシ人の肩を叩きやがっtーー)

 

「無視すんなよ〜、泣くぞ?」

「ま、魔理沙……」

 

 正体は俺の恋人、霧雨魔理沙だった。ずっと俺が反応しなかったせいで、魔理沙は涙ぐんでいる。

 

「わ、悪い悪い。ちょっと考え事してて」

 

 俺は魔理沙に急いで謝り、魔理沙の左頬を優しく撫でた。

 

「んっ……今度無視したらヤだからな?」

 

 そう言うと魔理沙は俺の右手に自分の手を重ね、俺の手にスリスリと頬ずりした。どうやら許してくれたみたいだ。

 

「魔理沙は俺に何か用か? 用事なら後にしてほしいんだけど……」

「え? 私はお前を迎えに来てやったんだぜ?」

 

 ん?

 

「お前のことだからいつも通り家に帰っちまったんだな〜。忘れん坊め♡」

 

 んんん!?

 

「ど、どういうことですかね?」

「私にあんなことをしておいて……今更何言ってるんだよ?♡」

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!!?

 やべぇ、上目遣いでモジモジする魔理沙めっちゃ可愛い!

 俺のハートにマスタースパークがもろ直撃なんだがががが!

 

「なぁ、本当に忘れちゃったのか? 昨晩のこと……」

 

 魔理沙は俺の右手をギュッと握りしめ、寂しそうに目を細めて俺のことを見て訊いてきた。

 

(思い出せ! 思い出せ俺!)

 

 確か、昨晩は魔理沙がキノコパーティをするって言い出して、魔理沙の家で俺以外にも霊夢やアリスも呼んでみんなでキノコ鍋をつついてた。んでもってお酒も飲んでて魔理沙が酔っぱらうと霊夢やアリスは『ご馳走様』って何故か俺に言って帰ってった。その後、魔理沙と二人きりになってそのまま酒飲んで……気が付いたら寝てた。

 

 まさか、酔った勢いで魔理沙を!?

 

「マジか……」

「やっと思い出したのかよ、ば〜か♡」

「いやぁ……まぁ、その……ありがとう」

「おう♡」

 

 謝ろうかと思ったが、魔理沙はこういう時に謝られるのは嫌いだ。だから俺はお礼を言った。正直プレイ内容とか魔理沙の○○○声とか全く覚えてないが、魔理沙の反応を見るなり当たりなんだろう。

 魔理沙は満面の笑みで俺に抱きついて、俺の胸に顔をグリグリしてるのだから。

 

(くそ……魔理沙とのスイートメモリーを忘れるだなんて……!)

 

「じゃあ、私の家に早く帰ろうぜ♡」

 

 ん?

 

「え、魔理沙の家にか?」

 

 俺がそう説明すると魔理沙は「ん?」と小首を傾げた。

 

(何、この可愛い生き物……)

 

 すると魔理沙は何か思ったらしく、耳まで真っ赤になった。そして魔理沙は「本当にイジワルだな……♡」と言いつつ、熱くなった自分の両頬を手で押さえ、モジモジと腰をくねらせる。

 

「そ、そうだな、私の家じゃなくて、()()()家だったな♡ 早く私達の家に帰ろうぜ?♡」

 

 んんんんんん!!!?

 少し潤んだ瞳の上目遣いで頬を赤らめてのそのカミングアウトはなんなの? 俺を萌え殺す気なのか?

 

「こほん……ま、まぁ、確かにあんなことをしておいて責任を取らないのも男じゃないよな。うん」

「へへ、お前のそういうとこ、私は大好きだぜ♡」

 

 本日二度目のマスタースパークが俺のハートを貫いた。やめて! 俺の残機はもうゼロよ!

 ん? と言うことは……。

 

「つかぬ事を聞きます、魔理沙さん」

「ん、何だ? 女友達くらい私はうるさく言わないぜ? あ、でも浮気したとしても私にバレないようにしろよな? んで遊び終わったら、ちゃんと私の所に戻ってくること!」

 

 違います。そうじゃありません。そしてなんでそんなにイケメンなの魔理沙。余計に惚れるやん。

 

「いや、浮気とかしないよ。俺には魔理沙だけって言ったろ?」

「うん、今でもちゃんと覚えてる♡」

「っ!?」

 

 あ、危なかった……もう少しで魔理沙のニパッにピチュるところだった……。

 

「そ、そうじゃなくてさ……一緒に住むにしても、急過ぎないか? 魔理沙がやったんだろ、これ?」

 

 何とかグレイズで乗り切った俺は取り敢えず話を進めるため、目の前にある空っぽになった俺の家を指差した。

 

「ん? 善は急げって言うだろ? 魔法でお前が使ってた家具や何かは全部運んだぜ?」

「何にしたって急過ぎだろ……俺は必ず責任は取るし、逃げないぞ?」

「んなこと分かってるよ……ただ……♡」

「ただ?」

「あ、あんな熱く激しくされたら……もう、離れて暮したくないんだもん♡」

「っ!!!?」

 

 あ〜、いい人生だった……。

 プレイ内容は覚えてないことだけが悔やまれるが、俺は最高の人生を全う出来た。

 

「あ、お、おい!」

 

 最後に聞こえた声は、俺の最愛の女性の声だった。

 

 ピチューーン

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 霧雨魔法店ーー

 

「ん……」

「お、やっと目ぇ覚めたか?」

 

 目覚めると俺の目の前には魔理沙の笑顔があった。

 魔理沙は俺が寝かされてるベッドの横に椅子を出して、俺を介抱してくれてたようだ。

 

「ここは天国か?」

 

 随分長い夢を見ていたような気がする。

 

()()()家だぜ♡」

 

 夢じゃなかった……。

 

 ベッドから起き上がって辺りを確認すると、確かに魔理沙の家であることが分かった。夜になっているということも。

 更に部屋の中には魔理沙のタンスの横には俺が使ってたタンスもしっかりと並べられている。

 

「急に倒れるから驚いたんだぞ〜?」

「ご、ごみぇん……」

 

 魔理沙は心配してくれてたみたいで、魔理沙は抗議のつもりなのか、両手で俺の両頬を左右からグニグニと摘んだ。

 

「呼吸も規則正しかったから永琳にはまだ診せてないんだけど、どこか痛むか?」

「いや、大丈夫」

 

 主に魔理沙のせいだったからとは言わない。

 

「お前は良く気絶するよな〜。そんなんで力仕事なんてしてて大丈夫なのか〜?」

「大丈夫大丈夫」

 

 主に魔理沙の(ryーー

 

「ま、お前が大丈夫ならいいけどさ〜……」

 

 魔理沙はそう言って俺の太腿ら辺にぽふっと頭を乗せてきた。相当心配させてしまっているようで、申し訳なく思う。

 

「心配してくれてありがとうな」

「へへ、お礼なんかいいって♡」

「あぁ」

 

 俺は笑顔で返してから魔理沙の頭をワシャワシャッとと少し乱暴に撫でた。髪型が崩れてしまうが、魔理沙にはこれくらいの方が好評だからだ。

 

「ん〜、お前のワシャワシャ好き〜っ♡」

「それは良かった」

「はふ〜♡」

 

 まるで飼い主に甘える犬のように魔理沙は頭の位置をコロコロと変え、撫でられたいポイントを変えていく。

 コンテニューしたのに早速残機がごっそりと持っていかれそうだ。

 

(しかし、本当にこれでいいのか?)

 

 そう、俺は魔理沙に大切なことを伝えてない。

 

「なぁ、魔理沙……ちょっといいか?」

「ん? 真面目な話か?」

 

 魔理沙の質問に俺はゆっくりと頷くと、魔理沙は「分かった」と言って姿勢を正した。

 俺は深呼吸した後で魔理沙の手をギュッと握って、魔理沙の目を見てしっかりと伝えた。

 

「こんな俺だけど、魔理沙を心から愛してる。俺と結婚してほしい」

(順番が逆になったけど、やっぱりこういうことはしっかり伝えないと……)

「…………くすっ」

「な、わ、笑うことないだろ」

「だってさ……ふふふっ♪」

 

 魔理沙は俺の渾身のプロポーズに声を弾ませて笑った。こっちは恥ずかしいやら胸キュンやらで顔が赤くなってるのがハッキリと分かる。

 ひとしきり笑うと魔理沙はベッドの方へ座り、俺の右の頬を撫でながら目を合わせた。

 その琥珀色の瞳にはしっかりと俺が映っているのが分かる。まるで吸い込まれて行くようだ。

 

 そして次の瞬間、

 

「んっ……♡」

「んんっ!?」

 

 魔理沙が俺に肉薄してくると同時に、唇に柔らかい感触が伝わってきた。

 

「んんっ……ちゅっ、んふぅ……ちゅ〜っ♡」

「んんんんっ!?」

 

 まるで全神経が唇に集まっているかのようだった。それくらい魔理沙との口づけは刺激的だった。

 

「んはぁ……へへ♡」

「はぁ、はぁ……魔理沙……」

 

 時間としては短い。だが俺からすればかなり時間が経ったような気がする。

 魔理沙はそんな戸惑う俺を見て鈴のようにコロコロと笑う。

 

「何度言われても嬉しいもんだな♡ 私も愛してる♡」

「そ、そうか……」

 

 ん? 待て、()()()()()()()……だと?

 

「昨晩のお前の私を強引に抱きしめて『魔理沙を一生愛します! 結婚してください!』っていう激しいプロポーズも素敵だったけど……しっとり言われるのもまたキュンキュンしちゃうな♡」

「と言うことは……夜のマスタースパーク(意味深)は発射されてなかった!」

「ん? 何の話だ?」

「え……俺、声に出てた?」

「うん」

「…………」

 

 正直に白状すると魔理沙からすっごく笑われた。

 穴があったら入りたかった。

 

「ふふふ、お前は本当に面白いな〜」

「し、仕方ないだろ……」

「まぁ、私の言い方も悪かったかもな♪」

「……」

「じゃあ……♡」

「ん? どうした魔理sーー」

 

 俺は魔理沙に押し倒される形でベッドに寝転がった。

 対する魔理沙はイタズラっ娘のように笑い、俺の首筋にソッとキスをして、

 

「お前が思ってた通りのことになっちゃおうか♡」

 

 耳元でそう囁かれ、俺の何処がとは言わないがルナティックになったのはお察ししてほしい。

 でもお互いに初めてだったからエクストラステージにはまだまだ程遠かった。それでもお互いに幸せな時だったのは間違いなかった。

 

 後日、俺一人で魔理沙の親父さんに頭を下げに行った。親父さんは一発だけ俺をぶん殴ると『あのじゃじゃ馬を頼む』と言ってくれたーー。




霧雨魔理沙編終わりです!

乙女で押しの強い魔理沙にしました!
お粗末様でした☆


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紅魔郷
ルーミアの恋華想


恋人はルーミア。


 

 人里ーー

 

 爽やかな朝、優しい日差し、活気ある人里。

 今日も幻想郷は平和だ。

 僕はそんな平凡な一日を、

 

「ルーミア、少しは自分で歩いてよ」

「む〜、イヤだ〜!」

 

 背中にルーミアをぶら下げながら歩いている。

 

 僕の恋人、ルーミアは小さな見た目で、いかにも□リコンと思われがちだが、彼女の正体は妖怪であり、闇を操ることが出来る。

 今は日の光を浴びていて弱体化しているだけで、日が沈めば元の姿に戻る。夜に元の姿のルーミアともデートしたことがあるため人里の少数の男達からは嫌味も込めて「タラシ」と呼ばれている。

 

「な〜な〜」

「どうしたの?」

「寺子屋行きたくな〜い」

「ダメダメ。慧音先生にルーミアと一緒に暮らす代わりに授業にはちゃんと連れてくるように言われてるんだから」

「むぅ〜……お前は私より慧音の方が好きなのか〜?」

 

 ルーミアはそう言って僕の首筋にガジガジと歯を軽く突き立てる。これにはルーミアなりの抗議の意味がある。

 

「慧音先生は好きだよ? 良く面倒見てくれるし、優しいし、良い人じゃないか」

「夜なら私もナイスバデーだ〜! よそ見しちゃメ〜!」

「ちょ、痛い痛い!」

「慧音に盗られるくらいなら私がお前を食べて、永遠に私の血となり肉となり、骨にするぞ〜!」

「なんだその殺伐とした愛情!? 大丈夫! 僕はルーミア一筋だから!」

 

 そう言うとルーミアは僕の首筋に噛み付きながら「ぐるるる」と唸っている。まだ半信半疑なのだろう。

 

「君と出会って恋をして、君と暮らして愛ってのを知った。僕の人生にルーミアは必要だよ」

 

 恥ずかしいけど僕はちゃんとルーミアへの気持ちを伝えた。

 するとルーミアは途端に笑顔になり、突き立てていた歯の痛みも消えた。その証拠にルーミアは今、僕の首筋をちゅ〜ちゅ〜と吸っている。この行為はルーミアが僕にだけすることで、「嬉しい」や「大好き」の意味が込められている。

 ただ人々が往来する道のど真ん中でやらないでほしい。前に比べたらみんな流してくれるが、突き刺さるような視線もあるから。

 

「あ、ルーミア」

「んむぅ?」

「チルノちゃんと大妖精ちゃんが向こうの橋に見えるよ」

ほんほふぁ(ホントだ)♪」

 

 すると向こうも僕達に気がついたようで、小走りで駆け寄ってきた。

 

「おっす、ルーミア! 旦那さん!」

「おはようございます♪」

 

 元気に挨拶するチルノちゃんに対し、礼儀正しく挨拶する大妖精の大ちゃん。僕達も二人に笑顔で挨拶を返し、一緒に寺子屋へ向かうことになった。

 

「今日もルーミアは旦那さんと一緒だな〜♪ ラブラブだな〜♪」

「えへへ、いつもラブラブだよ〜♡」

「ふふ、ルーちゃん幸せそう♪」

「そ〜なのだ〜♡」

「あはは……」

 

 チルノちゃん達の言葉にルーミアは嬉しそうに返答するが、僕としては恥ずかしくてなんて返せばいいのか分からず、取り敢えず笑うことしか出来ない。

 

「そう言えばルーちゃん、国語の宿題やってきた?」

「え、宿題なんてあったの、ルーミア?」

「…………」

 

 ルーミアはバツが悪そうに僕から目を逸らした。

 

「ルーミア?」

「…………」

 

 呼んでもルーミアはずっとそっぽを向いたままだった。この時点で宿題があったことを隠していたのは事実だ。

 僕は『仕方ない』と思いつつ、ふぅと一息吐いた後で、

 

「チルノちゃんや大ちゃんはやってきたのかい?」

 

 話題を二人に振った。

 

「あたいは最強だから大ちゃんの答えを見ながらやってきたぞ!」

「一緒にやりました……あはは……」

 

 潔いチルノちゃんの答えに、大ちゃんは苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「そっかそっか。二人は偉いな〜。何処かの嘘つきとは違って♪」

 

 僕はわざと大声で言ってから、二人の頭を優しく撫でた。

 

「へへ、あたいは最強だからね♪」

「あ、ありがとうございます」

「お利口さんはしっかり褒めなきゃね♪」

 

 変わらずに二人の頭を撫で撫でしていると、チルノちゃんは「むふ〜♪」と何処か自慢気で、大ちゃんは「えへへ♪」とはにかんでいた。

 

 すると、

 

「むぅ〜、むぅむぅむぅ〜」

 

 耐え切れなくなったルーミアが唸りつつ、僕の頬に頭を押し付けてきた。『私も撫でろ〜』と言う合図である。

 でも僕はそれを無視してチルノちゃん達の頭を撫で続けた。

 

「わ〜ん! ごめんなさい〜! いい子にするから撫で撫でしてほしいのだ〜!」

「よく言えました♪」

 

 泣きながら謝って僕の首筋を甘噛みするルーミア。

 そんなルーミアに僕は『よしよし』と優しく頭を撫でてあげると、ルーミアは「んへへ〜♡」とだらしない声を出して喜んだ。

 

「次からはちゃんと言うんだよ?」

「分かったのだ〜♡ だからもっと撫でて〜♡」

「はいはい♪」

「ん〜♡」

 

「ルーミア猫みたいだね♪」

「うん、可愛い♪」

 

 こうして三人を寺子屋に連れて行った後で、僕は仕事へ向かった。

 去り際にルーミアから熱いキスをされたーー

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 

 自宅ーー

 

「ただいま〜」

「おかえりなさ〜い♡」

 

 日が暮れ、仕事を終えて帰宅した僕を出迎えたのはルーミアだ。ただ今は日暮れなので元の大人っぽいルーミアに戻っている。

 

「ただいま、ルーミア」

「うん♡ いい子にしてた♡」

「宿題は?」

「だ、大ちゃん達と終わらせた……」

「丸写ししてない?」

「してない! ちゃんと自分でやった!」

「ん、いい子いい子」

「な〜♡」

 

 頭を撫でるとルーミアは猫みたいな声を出して僕の胸に顔を埋めた。

 体が大きくなって声や口調も多少大人っぽくなっても、やはり子どもっぽいところは変わらないので綺麗というよりは、可愛いの方が強い。

 

「ねぇねぇ、お腹空いた〜♡」

「今作るから待ってて」

「うん♡ 今日は何?」

「牛肉が安かったからハンバーグにしてあげるよ♪」

「わ〜い、やった〜♡」

 

 こうして僕は晩御飯を作るため、台所へ移動した。

 

「ねぇ、ルーミア?」

「ん〜? 何かお手伝いするか〜?」

「いや、そうじゃなくて……この状態だと作り難いんだけど」

 

 ルーミアは僕のお腹の方へ手を回して後ろから僕を抱きしめていた。

 

「イヤなの?」

「嫌ではないんだけどね……ほら刃物使うから危ないでしょ?」

「じゃあこう?」

 

 ルーミアはそう言うとお腹の方ではなく、肩の方へ手を回してきた。いわゆるあすなろ抱きってやつだ。

 

(あんまり変わらない気がする……)

「あ、あのさ、そうじゃなくtーー」

「んっ♡」

 

 振り返った瞬間、僕の唇とルーミアの唇が重なってしまった。大きくなったルーミアは身長が僕より大きいので見上げることになる。対するルーミアは僕を見下ろす形なので丁度キスしてしまうのを忘れていた。

 

「ちゅっ、んむぅ……っ……ちゅっ、ちゅ〜♡」

 

 それで一旦こうなると暫く離してくれない。

 ルーミアは自分の舌を僕の口の中へ強引に侵入させると、僕の歯や歯茎、舌の裏まで優しく撫でるようにゆっくりと丹念に愛撫する。

 こうなるとルーミアの独壇場で彼女が満足するまでこのキスは終わらない。

 舌と舌が絡み合い、唇を離したとしてもルーミアの長い舌が僕の舌を離そうとせず、また唇が吸い寄せられてしまう。

 

「んっ、ちゅっ……しゅき、んんっ……らいしゅきぃ、ちゅるっ、んちゅっ♡」

「んはぁ、んっ、る、るぅ、み……んっ、あ……っ」

 

 どれだけ舌と舌を絡ませただろう……どれだけ唇をついばまれたのだろう……やっと舌や唇が離れると、僕とルーミアの唇からは二人の唾液が混じり合った唾液が糸を引いて妖しく輝いていた。

 

「はぁ、はぁ……どうして、いつも……はぁはぁ、こんなに激しいんだ」

「だってお前とのキスが大好きなんだもん♡」

「まったく……」

「えへへ、ご馳走様♡」

 

 ルーミアは愛くるしい笑顔でそう言うと自分の口端に残った唾液をペロッと舐め取った。その仕草が妙に色っぽくて内心ドキッとしながらも、僕は口を服の袖でで軽く拭いてから料理に戻った。

 料理中、ルーミアは相変わらず僕から離れようとはしなかった。

 

 

 料理が完成し、居間で二人向かい合わせで座り、『頂きます』と手を合わせるとルーミアは勢い良くハンバーグにかぶりついた。

 

「はふ、はぐ、ん〜♪」

「まだあるからゆっくり噛んで食べるんだよ?」

「ん〜!」

 

 早速お代わりをねだってきたので、僕はまた新しいハンバーグをお皿に乗せた。

 

「美味しい?」

「うん♡ 美味しいし、お前の手料理だから幸せ♡」

「ふふ、そっか」

 

 大人っぽいなっても変わらないルーミアの屈託無い笑顔。僕は彼女の表情でこれが一番好きなのは秘密だ。

 

 それから二人で御飯を食べ、お風呂も済ませ、布団を敷いて後は寝るだけになった。

 

「ん〜ん〜♡」

「ん?」

「んん〜♡」

 

 僕の隣に寝転ぶルーミアは可愛くねだりながら僕の着物の胸ぐらを引っ張ってくる。

 これは……

 

「お手柔らかにね、夜更かしし過ぎはいけないから」

 

 彼女が僕を食べたい(意味深)合図だ。

 

「今夜も沢山お代わりする〜♡」

 

 こうして僕とルーミアの夜は更けていくのだーー。




ルーミア編終わりです!

恋人というかそれ以上っぽくなりましたがご了承を!
ルーミアは妖怪なのでセーフ。ということで!

お粗末様でした♪


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大妖精の恋華想

恋人は大妖精。


 

 寺子屋ーー

 

「はい、本日の授業はこれまで。予習復習を忘れずに、社会の宿題も忘れるんじゃないぞ?」

『は〜い!』

 

 今日の寺子屋は訳あってお昼過ぎには終わりました。

 その理由は、

 

「は〜、終わったけど、鮭味噌定食とか訳分かんな〜い」

「社会科見学だよ、チルノちゃん……」

 

 社会科見学です。私、大妖精は隣でうなだれるチルノちゃんにそう教えるとチルノちゃんは「そうそれ♪」と言ってました。

 慧音先生が教室を後にするとみんなは「どうしよ〜」と言った感じに悩んでました。

 そして自然とルーミアちゃん、リグルちゃん、橙ちゃん、ミスティアちゃんが私とチルノちゃんの周りに集まって来ました。

 

「ミスチーはいいよね〜」

「え、どうして?」

「お店やってるから簡単でしょう?」

「え……でもお店以外のことを見てくるように言われたからそうでもないよ?」

 

 チルノちゃんとリグルちゃんに対してミスティアちゃんは苦笑いで返しました。

 

「橙は藍しゃまと結界の見回りに行くから大丈夫だもんね♪」

「私は美鈴のお仕事を見学に行く〜♪」

 

 一方の橙ちゃんとルーミアちゃんはもう既に決まっているみたい。

 

「あ、ミスチーはもこたんの所に行けば? 今日は炭を作る日でしょ?」

「あ、確かに……お願いしてみようかな」

「じゃあ私は幽香さんの所に行こうかな。お手伝いくらいなら出来るし……」

「あたいはどうしよ〜!」

 

 みんな目処が立ってきたからチルノちゃんはとても焦ってました。

 

「そう言えば大ちゃんどうするの?」

 

 そんな時に橙ちゃんが私に聞いてきました。

 

「橙は馬鹿だな〜。大ちゃんはもう決まってるよ♪」

「そうそう♪ お兄さんの所に決まってるよね♪」

「…………」

 

 チルノちゃんとミスティアちゃんの言葉に、私は顔が熱くなりました。

 

「あ、そっか〜♪ お兄さんの所なら一緒に居られるし、お仕事風景も見れるもんね♪」

「恋人が職人さんで良かったね〜♪」

「でも大好きな人に夢中でお仕事なんて見てられないんじゃないかな〜?♪」

「わ、私、もう行くね!」

 

 橙ちゃん、ルーミアちゃん、リグルちゃんもニヤニヤしながら言ってくるので、私は急いでその場から逃げるように立ち去りました。

 寺子屋を出る際にみんなから『お幸せに〜♪』と声をかけられましたが、恥ずかしい過ぎて何も言えませんでした。

 

 そして私はお兄さん……恋人の住むお店へ向かいました。

 私の恋人のお兄さんは木組み職人さんで、人が住むお家や子ども達のおもちゃなど、色々作っています。

 私やチルノちゃん達もお兄さんのお店に良くお邪魔してました。お金が無くても売り物のおもちゃで遊ばせてくれたり、おもちゃが動く仕組みとか、簡単なおもちゃの作り方とか色んな楽しいお話を聞かせてくれます。

 

 そして気がついたら……お兄さんのことが大好きになってました。

 

 

 お兄さんのお店ーー

 

 お兄さんのお店の側までくると、お兄さんは店先で若い女性の方とお話をしていました。

 なんだか親しそうでお互いに笑ってます……。

 

「むぅ……」

 

 それを見ていたら、なんか胸がモヤモヤしてきました。風邪でも引いたのかな?

 

 そしてお兄さんがその女性と別れると、お兄さんは私のことに気がついて、笑顔で手を振ってくれました。

 私はそれがとても嬉しくて思わず走ってお兄さんの側まで行きました。

 

 すると、

 

「あっ」

 

 石に躓いて私は体勢を崩してしまいました。

 転けると思って目を瞑ると、ふわっと温かい感触がしました。

 

「あはは、大ちゃんは相変わらずおっちょこちょいだな〜♪」

 

 お兄さんが受け止めてくれたんです。

 とても優しくて、とても温かくて、大好きな人の匂いがして、大好きな人のお顔がすごく近くて、その笑顔が嬉しくて……私の心臓がピョンピョン跳ねました。

 

「大丈夫? 足痛めたりしてない?」

「は、はい♡」

「ん、それは良かった。次からちゃんとゆっくり歩いてくるんだよ? 僕は逃げないから」

「はい〜♡」

 

 お兄さんはそう言って私の頭を優しく何度も撫で撫でしてくれました。優しい声と優しく大きな安心するお兄さんの手で撫でられてた私は、嬉し過ぎてきっと変な顔をしてたと思います。

 

「今日は随分と早いね。それに他のみんなも居ないし……何かあったかい?」

「あ、いえ……何もありませんよ?」

「本当に? 大ちゃんは良く溜め込んじゃうからね。僕らは恋人同士なんだし、ちゃんと話してほしいな」

「だ、大丈夫でしゅ! 今日は宿題で鮭味噌定食が出されただけなんれしゅ!」

 

 私の言葉にお兄さんは一瞬だけ頭にはてなマークを浮かべましたが、すぐにクスッと笑って「いらっしゃい」と言ってくれました。とても恥ずかしかったけど、とても安心しました。

 

 お店の中に入ると、すぐにお兄さんが作ったおもちゃが陳列棚に飾られています。そしてお座敷があって、その奥に行くと作業場があって、二階にお兄さんが暮らしています。

 

 お座敷に上がらせてもらうと、お兄さんは笑顔でお茶とお団子を持ってきてくれました。

 

「鮭味噌定食じゃないけど、どうぞ♪」

「あ、ありがとうございます」

「それで、鮭味噌定食って何かな?」

「うぅ〜」

 

 お兄さんがニコニコしながら私にそう言ってきました。あのニコニコはお兄さんが楽しんでる時のニコニコなので、私は思わずお兄さんの二の腕をポカポカと軽く叩いて抗議しました。

 

「あはは、大ちゃんは可愛いな〜♪」

「〜〜!」

 

 可愛いって言われるのは嬉しいけど、恥ずかしいのには変わりません。

 それからもひとしきりからかうと、お兄さんはお茶をすすって私に訊いてきました。

 

「社会科見学ってのは分かったけど、僕のところでいいのかい? もっと他の職場とかの方が楽しいんじゃないかな?」

「例えば?」

「ん? 例えば……妖夢さんの所とか、優曇華さんとお薬売り歩くとか……それこそ慧音先生の仕事風景とか♪」

「私はお兄さんの所がいいんです……駄目ですか?」

「勿論、駄目じゃないよ。じゃあ今日は少しだけだけど、僕の奥さんとして働いてね」

「!!!?」

 

 突然の言葉に私はボンッと顔を真っ赤にしちゃいました。だって奥さんってお嫁さんってことで、お嫁さんってことはお兄さんとけけけけ、結婚しているってことで……。

 

「嫌かな?」

「いいい嫌じゃないでしゅ! ふちゅちゅきゃもにょでふが(不束者ですが)よろしきゅおねぎゃいしましゅ(よろしくお願いします)!」

 

 私が思わず正座して頭を下げると、お兄さんは「はい」と優しくお返事をしてをくれました。えへへ。

 

 それから私はお兄さんの仕事のお手伝いをすることになりました。

 

「大ちゃん、そこのヤスリを取ってくれない?」

「はい♪」

 

 お兄さんの作業のお手伝いをしたり、

 

「お嬢ちゃん、この積み木はおいくらかな?」

「あ、はい……千五百円です!」

 

 お兄さんのお店のお会計をしたり、

 

「なんだ大将、いつの間に嫁さんなんてもらったんだ?」

「結婚式には呼ばれてないわよ♪」

「あはは、その時はご招待しますよ」

「あぅあぅ」

 

 お客さんにからかわれたり、

 

「お兄さん、お茶を淹れましたよ♡」

「ありがとう♪」

「〜♡」

 

 お兄さんに撫で撫でしてもらったりと、沢山の経験をしました。

 

 そして日が傾いてきた時のことです。

 

「今日はお疲れ様でした」

「えへへ、お兄さんもお疲れ様でした♡」

 

 子ども達も帰り、静かになったお店のお座敷で、ご褒美にお兄さんに膝枕をしてもらいながら頭を撫で撫でしてもらいました。きゃ〜!

 

「私、お役に立てましたか?」

「うん、とても助かったよ。ありがとう♪」

「良かった……」

「早くこんな風に共に過ごす時が来てほしいって余計に考えてしまったよ」

「え……それって!」

「ふふ、大ちゃんが思ってる通りだよ」

 

 プロポーズされちゃいましたぁぁぁぁ!

 

「わ、私も……早くお兄さんのお嫁さんになりたい……な?♡」

「待ってるよ、いつまでも」

「はい♡」

 

 すると、

 

「ごめんくださ〜い」

 

 来た時にお兄さんとお話してた女性が訪ねてきました。

 

「はい、いらっしゃいませ」

「あらあら、娘さんとの団欒のお邪魔だったかしら?」

「…………」

 

 わざとらしく嫌味っぽく言ってくるので、私は少し嫌な気分になりたした。

 しかし、お兄さんはすぐに首を横に振りました。

 

「いいえ、将来を約束した方です」

「え?」

「!?」

 

 お兄さんの言葉に私も女性も固まりました。

 

「将来は僕の家内になります。以後お見知りおきを♪」

「……」

 

 すると女性は歯を食いしばるようにお店から出て行ってしました。お兄さんが言うには最近妙に馴れ馴れしくて困っていたそうですーー

 

 

 寺子屋ーー

 

「ーーそれから私はお兄さんと手を繋いでお家へ送ってもらいました。お家の側まで行くと、お兄さんから約束のちゅうもしてもらい、幸せな社会科見学になりました!♡」

 

 昨日の私の社会科見学の発表が終わると、みんな『お〜!』『おめでとう!』『お幸せに!』と言って拍手をしてくれました。

 慧音先生も顔を少し赤くしてましたが『良い発表だった』と褒めてくれました。

 

 そして私はこのことを報告しに今日もお兄さん……未来の旦那さんへ会いに行きます♪




大妖精編終わりです!

無自覚に惚気る大ちゃんって感じにしました!
果たしてそこまで発表する必要はあるのか?と思われるでしょうけれど、どうかご了承を。

そして大ちゃんも妖精で長生きなのでセーフということで!


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チルノの恋華想

恋人はチルノ。


 

 霧の湖ーー

 

 俺は大きなバスケットを持って霧の湖へやってきた。

 今日は昼間でも霧が濃くなく、絶好のピクニック日和なのだ。

 そして、

 

「お〜い!」

 

 湖の方から複数の影が現れ、真っ直ぐに俺の方へ向かってくる。

 それを見ると俺は思わず顔が綻んでしまう。

 

 何故なら、

 

「兄ちゃ〜ん!♡」

「お〜、チルノ♪」

 

 胸に飛び込んでくる愛しい恋人であるチルノに会えるからだ。

 

「チルノ〜、待ってよ〜」

「チルノちゃ〜ん」

 

 その後からフランちゃんと大妖精の大ちゃんが現れた。フランちゃんは日傘を持っているせいで全速力が出せないのだろう。

 

「こんにちは♪」

 

 そして最後に湖の上を軽快に走ってきた美鈴さんが荷物を持って到着した。

 

 今日はみんなでピクニックをする約束で今に至る。

 みんなが俺とチルノの側にやってくると、何やらニヤニヤされた。

 俺が首を傾げていると、

 

「兄ちゃん♡ 兄ちゃん♡」

 

 チルノが俺の胸に顔を埋めて氷の羽をパタつかせていたのだ。

 

「チルノちゃんは相変わらずお兄さんのことが好きだね〜♪」

「熱くて溶けないか心配になるね〜♪」

「傍から見たら犯罪臭が半端ないですけどね」

「どうして犯罪なの?」

 

 美鈴さんの言葉にチルノが反応して質問すると美鈴さんは笑顔で答えた。

 

「それが大人のルールなの」

「あたいが最強でもダメなの? あたいは兄ちゃんと付き合ってちゃダメなの?」

「え……あ、あ〜……」

 

 俺の右腕をギュッと抱きしめて「そんなのヤダ!」と言うように美鈴さんを睨むチルノに、美鈴さんはどうしようかとあたふたしている。

 

「あたいレミリアやパチュリーから教えてもらったぞ! 好きって気持ちに歳とか見た目とか関係ないって! それは周りが勝手に決めることだって!」

「ま、ま〜、確かにそういう意見もあることにはあるけど〜……」

 

「美鈴あたふたしてるね〜♪」

「チルノちゃんはお兄さんのことになると必死だからね……」

 

 美鈴さんもどうしたらいいのか分からず、俺の方へ目配せをしてきた。『助けての合図』だ。俺は小さく笑うと、まだ美鈴さんに力説するチルノの頭にポンッと手を置いた。

 

「どうしたの、兄ちゃん?」

「俺達は俺達でこれまで通りでいれば大丈夫だよ。好き同士なんだからな」

「兄ちゃん……うん♡ あたいは兄ちゃんが大好きで、兄ちゃんもあたいが大好き!♡ 何も問題ないよね!♡」

 

 そう言ってチルノはまた俺の胸に顔をグリグリと埋めた。そんなチルノが可愛くて、俺は目一杯チルノの頭を撫でてやると、チルノは「兄ちゃ〜ん♡」と甘えた声を出した。

 そんな声を聞いて俺のエクステンドがアップしたのは言うまでもない。

 一方の美鈴さんは「助かった〜」と大きく息を吐き、フランちゃんと大ちゃんはチルノを微笑ましく眺めていた。

 

 それから俺達は湖からほんの少しだけ離れた場所にレジャーシートを敷いた。この場所は森のすぐ側でもあるから、ちゃんとフランちゃんに木陰が当たるように配慮している。

 それでも美鈴さんは念には念をと、フランちゃんのために持ってきた特大パラソルも立てた。

 

「よぉ〜し、遊ぶぞ〜!」

「チルノ、ちょっと待ってよ」

「遊ぶ前にお昼御飯でしょ?」

「あ、そっかそっか♪ 忘れてた♪」

 

 チルノはそう言って「てへへ」と笑ってペロッと舌を見せた。

 そんなことをしている内に俺と美鈴さんは昼食の用意を済ませ、チルノ達を呼んだ。

 

「準備が出来たぞ〜」

「みんな集まって〜♪」

 

 するとみんなは『は〜い♪』と元気に返事をして満面の笑みで集まってきた。

 

 今回、料理の方は俺が用意する番だった。おにぎりやサンドイッチ、レバニラ炒め、玉子焼き、アスパラベーコン巻き、ポテトサラダなどなど、つい気合を入れ過ぎてしまった。それでも咲夜さんの料理には負ける。

 今回はフランちゃんも参加するため、フランちゃん専用の生レバーなどもちゃんと用意した。

 

「うわぁ〜、これお兄さんが作ったんだよね!? 咲夜みたい!」

「フラン様、私もたまにお料理をお出ししているんですけど?」

「美鈴はカップ麺だよね♪」

「違いますよ! ついこの間も酢豚とか作って差し上げたじゃないですか!」

「私、酢豚にパイナップルって許せないの」

「あぁぁんまりだぁぁっ!」

「わ、私はパイナップル入りも好きですよ」

 

 泣きわめく美鈴さんに大ちゃんが優しくフォローをすると、美鈴さんはぱぁっと顔を明るくさせた。しかしすぐさまフランちゃんに「次からはパイナップル抜きで」と言われて、また泣いてしまった。

 そんな美鈴さんを可笑しそうに笑うチルノとフランちゃんだったが、大ちゃんだけは一生懸命フォローしていた。

 気を取り直してみんなで手を合わせ『頂きます』をすると、みんな俺の料理に笑みをこぼしてくれた。

 

「はぐはぐ……生レバー美味しい♪」

「このカツサンド完璧だよ!」

「おにぎりも美味しいです♪」

「へへん、あたいの兄ちゃんなんだから何作ったって最強に決まってるでしょ♡」

 

 みんなの言葉にチルノはまるで自分が褒められているかのように胸を張っている。

 

「チルノは次、何食べたい?」

「玉子焼き♡」

「はいよ。ほら♪」

 

 俺のあぐらを掻いた足の隙間に座るチルノの口元へ玉子焼きを持っていくと、チルノは「あ〜♡」と口を開けてパクンと一口に玉子焼きを頬張った。ハムスターみたいにほっぺを膨らましているチルノは、本当に愛らしくて俺のエクステンドは更に上昇する。

 

「相変わらず仲良しだね〜、私とお姉様みたい♪」

「フランちゃん達とチルノちゃん達では愛が少し違うけどね♪」

「にしてもチルノちゃんって羽たためたんだね〜。初めて知った……」

 

「兄ちゃんもあ〜ん♡」

「あ〜ん♪」

 

 三人の視線を感じつつも、俺はチルノと幸せな昼食を過ごした。

 

 それから食べ終わると、チルノ達は湖の側へ遊びに行った。

 一方の俺と美鈴さんはチルノ達のはしゃぎ声を聞きながら後片付けをしていた。

 

「いやぁ、どれも美味しかった。ご馳走様でした♪」

「お粗末様でした。みんなに喜んでもらえて何よりだったよ」

「流石は人里で惣菜屋さんをやってるだけのことはあるね〜♪」

「あはは、まあ仕事と今回のはまた別だからな。愛情の入れようが違うよ♪」

 

 そう言って俺は自分の二の腕をポンポンと叩くと、美鈴さんは「ご馳走様」と苦笑いを浮かべた。

 

「そういえばチルノちゃんから聞いたんだけど、お兄さんに算数を教わってから算数が少し分かってきたんだってね」

 

 片付けを終えた俺と美鈴さんはレジャーシートに座り直し、湖の側で戯れるチルノ達を見守っていると、ふと美鈴さんがそう切り出してきた。

 

 俺は内心ドキッとしたが、平静を装って返した。

 

「ま、まぁね……かけ算の五の段までは今のところ出来るかな……」

「ちゃんと出来るとキスのご褒美があるのなら、頑張って覚えるでしょ〜♪」

「…………」

 

 美鈴さんはニヤニヤしながら言って俺の脇を肘で『このこの』っとつついてきた。

 だってそうすると本当にちゃんと覚えるんだもん! 仕方ないじゃないか!

 

「それとテストで取った点数と同じ数だけキスしてあげるんだってね〜? 嬉しそうに自慢されちゃったんだよね〜、来る途中にさ〜♪」

「そ、そうすると次のテストも頑張るって言うから……俺としてもおねだりされるのは嫌じゃないし」

「あの文さんが今では熱愛報道記事も書かなくなったくらいだもんね〜♪」

「まぁでもあの報道のお陰で堂々としていられるようになったから、そこは感謝してるかな〜」

「ほうほう♪」

 

 その後も俺は美鈴さんにチルノと何処までいったのかとか、モラルは守っているのかとか色々訊かれた。

 

「あ、チルノ〜。美鈴がお兄さんと仲良くしてるよ〜?」

「あ〜! ホントだ〜! 美鈴! 兄ちゃんはあたいのだぞ〜!」

 

 休憩にやってきたフランちゃんの呼び掛けで、チルノは素早く俺と美鈴さんの間に割って入った。

 

「兄ちゃんはあたいのだぞ! いくら友達の美鈴でも渡さないからな!」

 

 そう言って俺にしがみつくチルノ。

 

「だ、大丈夫だって! ちゃんと分かってるから!」

「美鈴は確かに優しくて美人だけど、兄ちゃんはあたいのことが好きなんだからな!」

「わ、分かったってば〜!」

 

「もぉ、フランちゃんったら……」

「だって美鈴があたふたしてるとこ面白いんだもん♪」

 

 すると、

 

「いいか、よく見てるんだぞ!?」

 

 チルノが俺の顔をグイッと自分の方に向けた。

 

「ん♡」

「っ!?」

 

 チルノに思いっ切りみんなの前で唇を奪われてしまった。

 

「うわぁ」

「これがキスか〜♪」

「あわわわ」

 

「ちゅっ、ん、ん〜……んはぁ♡ どうだ、これで兄ちゃんがあたいのだって分かったでしょ?♡」

 

 キスをし終えたチルノが美鈴さんにそう言うと美鈴さんは顔を真っ赤にして困ったような笑顔で頷いた。

 その一方でフランちゃんは楽し気にクスクスと笑い、大ちゃんは俯いていた。

 

「チルノ!」

 

 流石にこれは恥ずかしいと言うとした俺だったが、

 

「だ〜い好きだよ、兄ちゃん♡」

 

 眩し過ぎる愛らしい笑顔でそう言われた俺は、ただ頷くことしか出来なかったーー。




チルノ編終わりです!

チルノは真っ直ぐに相手を思う純粋な恋愛モノにしました!
チルノも妖精だからセーフということでお願い致します!

ではお粗末様でした♪


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美鈴の恋華想

恋人は美鈴。


 

 紅魔館ーー

 

 心地よい日差しが降り注ぐ昼下がり。

 紅魔館の門前に三人の少女達が現れた。

 

「皆さん、ようこそおいでくださいました。レミリアお嬢様達が中庭でお待ちですよ」

 

「あんたが起きてるなんて珍しいわね〜」

「霊夢〜、そう言ってやるなよ♪ なぁ、アリス?」

「うふふ、そうよ。今の美鈴はだらしない姿は晒せないもの」

 

 アリスに「ねぇ?」と振られた美鈴は顔を赤くして苦笑いを返した。

 

「ま、それもそうよね〜。だらしないと愛想尽かされちゃうもんね♪」

「相思相愛なんだしその辺は大丈夫だろ♪」

 

 霊夢や魔理沙にニヤニヤ顔で言われると、

 

「はは、早くお嬢様達の所へ向かってくだしゃい!」

 

 顔を耳まで赤くして言葉を噛みながら中へ入るよう促す美鈴だった。

 

 そして霊夢達が「またね〜♪」と手を振って中へ入ると、丁度一人の男に出くわした。

 

「あら、あんた何持ってるの?」

「どうせ美鈴へのお茶とかだろ?」

「これからも仲良くね♪」

「どうも♪」

 

 この男は数ヶ月前からレミリアに召し抱えられた庭師の青年だった。元は人里でそこそこ腕の立つ庭師だった青年は、レミリアに半ば強引に自分の元へ召し抱えられた。

 レミリアはとある幽霊に自分が従えている半人半霊の庭師を自慢されたので、自分の所にも欲しいと思って彼に目を付けたのだ。

 そしてこの男は今では紅魔館の庭師で美鈴の彼氏……つまり恋人でもあるのだ。庭の手入れが終わると特にやることが無いため、暇な時は美鈴が寝ないように話し相手になっていたら……と言った感じだ。

 

 男は霊夢達と別れると、すぐに美鈴の元へやって来た。

 美鈴はまだ顔が赤かったため、男に「どうしたの?」と訊かれるとあたふたとした。そんな美鈴の反応に男が「可愛い」と言うと、美鈴は「はぅ〜」と言って余計に顔を赤くして俯いてしまった。

 

「うわっ、あっま」

「おとめーりんってやつだな♪」

「あそこだけ春告妖精が来そうね」

 

 そんな二人の様子を見ながら、霊夢達はレミリア達が待つ中庭のパーゴラへ向かった。

 

「美鈴、大丈夫?」

「はい……」

「無理はしないでね?」

 

 彼はそう言って美鈴の頭を優しく撫でた。すると美鈴は猫のように「みゅ〜♡」と声をもらしながら気持ち良さそうに目を細めた。

 

「はい、美鈴。烏龍茶で良かったよね?」

「はい♪ ありがとうございます♡」

 

 冷たい烏龍茶が入ったコップを満面の笑みで受け取った美鈴は早速一口含んだ。

 

「あれ?」

 

 一口飲んだ美鈴は思わず小首を傾げた。何故ならいつもの烏龍茶と少しだけ違ったから。

 

(美味しいけど咲夜さんが淹れてくれるお茶と違うなぁ……咲夜さんが淹れるヤツはいつも後味の苦味がガツンと来るのに……)

 

 もう一口、また一口と烏龍茶を飲む美鈴。すると彼は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

「ご、ごめん。不味かったかな?」

 

 その言葉に美鈴は目をカッと見開いた。

 

「こ、これ、あなたが?」

 

 ワナワナしながら訊ねると、男ははにかみながらコクリと頷いた。

 

「ほら、今日はお客様がお越しになるってことで咲夜さんも忙しかったみたいで、代わりに淹れてくれって言われたんだ……」

「そ、そそそ、そうでしか♡」

(咲夜さんに後でお礼言わなきゃ!)

 

 嬉し過ぎて言葉を噛む美鈴。

 

「咲夜さんみたいに上手に淹れられなくてごめんね。今お水か何かーー」

「ま、待ってくだしゃい!」

 

 そう言って美鈴は彼の袖をキュッと掴んだ。

 

「?」

「お、おかおか……」

「丘?」

「お代わり……欲しいでしゅ♡」

「美鈴……勿論だよ♪」

「〜♡」

 

 美鈴の言葉に笑顔で彼が返すと、美鈴は嬉しそうに頷くのだった。

 

 

 パーゴラーー

 

 そんな二人の様子を少し離れた場所から眺める一団がいた。

 

「うわぁ〜、美鈴嬉しそ〜♪」

「乙女ですね〜♪ 恋愛小説みたいです♪」

「フラン、そんなに見てちゃ駄目よ……ふふ」

「小悪魔もそこら辺になさい」

 

 レミリア達だった。パーゴラからは場所的に二人の様子が丸見えなので、みんなは二人の様子をお茶菓子代わりに楽しんでいた。

 

「霊夢、アリス、大丈夫?」

「お願い、咲夜……くそにっがい抹茶を淹れて……うっぷ」

「甘くて胸焼けしそう……うっ」

「あはは、私はもう慣れたぜ♪」

 

 美鈴達の甘々シーンを初めて見た霊夢とアリスは口の中がジャリジャリしていた。咲夜が透かさず苦いお茶を淹れると、二人はそれを一気に飲み干すのだった。

 すると、

 

「しっかし、レミリアにしては珍しいよな〜」

 

 魔理沙が咲夜の用意したクッキーを食べながらレミリアにそう言ってきたのだ。

 

「どういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。お前って紅魔館の奴らのことは過保護なくらいなのに、美鈴とあいつが付き合うのをよく容認したな〜って」

 

 するとレミリアは小さく笑って紅茶を一口含んでから、魔理沙に返した。

 

「確かにここにいるみんなは私の家族。誰に過保護と言われようと私なりの考えで全員を守るわ。でも縛り付けることだけはもうしたくないの……ね?」

 

 そう言うとレミリアは微笑んでフランの頭を優しく撫でた。フランもそれに対して「えへへ♪」と笑顔を返す。

 

「それにあれだけお互いを愛し合っているのなら、第三者の私が出る幕は無いわ。あの男が私のおめがねにかなって、美鈴とああなる運命だった……ならその運命を見届けるのがあの二人の主である私の使命、よ♪」

 

 そう言ってレミリアは軽くウィンクをするのだった。

 

「ご立派でございます、お嬢様」

「咲夜、鼻血出てるけど?」

「はっ、し、失礼しました!」

 

 パチュリーに指摘された咲夜はすぐに止血した。

 

「でもまあ確かに咲夜が言う通り、立派な考えだと思うわよ、私は。前のあなただったら運命を操ってそうだし……」

「運命ってのは良く分からないけど、妖怪と人間がああしてるなんて、まさに今の幻想郷ならではの光景よね♪」

 

 霊夢とアリスがレミリアの言葉に対してそう返すと、レミリアは「ふふん♪」と胸を張るのだった。

 

「あ、またちゅーしてる〜♪」

「ふぉ〜!」

「しかも長いな〜♪」

 

 一方のフラン、小悪魔、魔理沙は二人の一挙手一投足に野次馬根性をまる出しにするのだった。

 

「これも見守る必要があるじゃないの、レミィ?」

「こいうことは敢えて本人達が責任を持つべきだと思うわ……」

 

 パチュリーの言葉にレミリアは苦笑いを浮かべて、また優雅に紅茶を飲むだった。

 

 

 門前ーー

 

 みんなに見られているとも知らず、美鈴達は二人だけの世界に浸っていた。

 

「ちゅっ、ちゅ〜……んはぁ……ぁむ、っ……♡」

 

 美鈴は恥ずかしさも忘れ、貪るように彼の唇を味わっている。

 

「んはぁ……美鈴はキスを知ってからキス魔になったね」

 

 やっと唇が離れ、彼が若干息を荒くして言うと、美鈴は自分の唇を舌でなぞって笑顔を見せた。

 

「えへっ♡ 私をキス魔にした悪魔さんは誰ですか?♡」

「そ、それは……」

 

 美鈴の言葉に彼は『自分です』言うように目を逸らすと美鈴は、

 

「んふふ♡ ちゃ〜んと責任を取ってくださいね♡」

 

 そう言ってまた彼の唇に自らの唇を重ねるのだった。

 

 それからまた暫く、二人のお互いの唇が離れると、美鈴は「ん〜♡」と声をもらして彼に抱きつくのだった。

 最初の恥ずかしさは何処へやら。美鈴はもう何も気にすることなく愛しの彼へ甘えるのだった。

 

「は〜、幸せです♡」

「なら良かったよ」

 

 抱きしめ合った状態で言葉を交し、二人はお互い相手の腰に手を回したままの状態で顔を合わせ、互いのでこをコツンと合わせた。

 

「私のこと、好きですか?♡」

「うん、好きだよ♪」

「大好きですか?♡」

「勿論、大好きだよ♪」

「きゃ〜♡ 私も大好きです♡ ん〜、ちゅっ♡」

 

 美鈴は何度も何度も彼の頬へついばむようなキスをした。彼はハニカミながらも美鈴の頭を優しく撫で、彼からも美鈴の頬へ柔らかいキスを返した。

 

「んっ♡ やん♡」

「嫌だった?」

「今のは言葉の綾です……嫌じゃないですから、やめないでくださいよぅ♡」

 

 美鈴は抗議の意味で彼の頬に自分の頬を擦り合わせる。彼は笑顔で「ごめんごめん」と謝ると、すぐにまた美鈴の頬へ幾つものキスをした。

 

「んっ♡ あっ♡ はんっ♡」

「美鈴、ちょっと声抑えて……誤解されるから」

「で、でも、気持ち良くて……あんっ♡」

「美鈴……」

「あ、やめないでください!♡」

「で、でも、そんな声を聞かされ続けたらこっちがもたないよ……」

「イジワル〜♡」

 

 その言葉が彼を突き動かした。

 美鈴をその場で壁ドンした彼は美鈴にこれまでとはまったく違う濃厚で熱いキスをし、そのまま……ーー

 

 勿論その後、咲夜が止めに入ったので見せられない展開にはならなかった。

 そして二人は揃ってレミリアと咲夜からお説教を受け、霊夢やアリスは耐え切れずに盛大に砂糖を吐き、残りのパチュリー達は美鈴達や霊夢達を笑って眺め、優雅なお茶会はたちまち賑やかになるのだったーー。




紅美鈴編終わりです!

お粗末様でした♪


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小悪魔の恋華想

小悪魔が恋人。

※注意
今回の主人公は人外です。
小悪魔ちゃんの髪型はショートでもロングでも好きな方をご想像してください。


 

 紅魔館ーー

 

 ここ紅魔館の大図書館は本日も変わらずの一日が過ぎていた。

 私は我が主であるパチュリー様により召喚された使い魔である。

 

 約半年前に召喚され、今ではこの幻想郷にも大分馴染めたと自負している。

 

「パチュリー様。魔理沙様がお越しです」

「泥棒にまで敬語は使わなくていいわよ」

 

 私がパチュリー様に報告をすると、パチュリー様はため息混じりで言葉を返し、読んでいた本を閉じた。

 

「ひっでぇな〜。今日はちゃんと本を返しに来たんだぞ?」

「彼が行かなきゃいつも借りっぱなしじゃないの。貴女は……」

 

 そう言ったパチュリー様がため息を吐くと、魔理沙様はケラケラと笑って誤魔化した。それを見るとパチュリー様はまた盛大なため息を吐いた。

 

「もういいわ。返す本を貸してちょうだい」

「こちらでございます」

 

 本を包んだ大きな風呂敷を机に広げると、パチュリー様はその一冊一冊を丁寧に確認する。魔理沙様が誤って破いてしまっていたりした事例があるため、パチュリー様はそれ以来必ず確認する。

 

 すると、

 

「パチュリー様、紅茶をお持ちしました。魔理沙さんもどうぞ♪」

 

 パチュリー様のもう一人の使い魔である小悪魔さんがティーセットを持ってやって来た。みんなからは「こあ」というあだ名で親しまれている。

 

「ありがとう、こあ」

「サンキュ〜♪」

 

 丁寧に紅茶を淹れ、お二人が座る前にそれぞれティーカップを置いた小悪魔さんは一礼して、私の隣へ並んだ。

 そして、

 

「(おかえりなさい♡)」

 

 愛くるしい笑顔で私に小声でそう言ってくれた。

 小悪魔さんには紅魔館へ召喚された時からお世話になっていて、お互いにパチュリー様の使い魔同士ということもあり意気投合し、つい数日前に正式にお付き合いすることになった。

 

「た、ただいま……」

「んふふ、はい♡」

 

 小悪魔さんは私のどんな些細な言葉でも、いつもこのように嬉しそうにしてくれる。私はそんな彼女の笑顔を見る度に胸がときめく。そしてその都度、私は彼女のことを心から好きなのだと確信する。

 

「相変わらずラブラブだな〜」

「使い魔同士、通じ合う物があるのよ」

 

 魔理沙様の言葉にパチュリー様は含み笑いをしながら返し、紅茶を含んだ。

 私はお二人の会話が聞こえているので、恥ずかしさのあまり体温が上がっていく。

 

「お〜お〜、真っ赤な悪魔になったな〜♪」

「変身する能力を身につけたのは凄いことね。ふふ」

「か、勘弁してください」

 

 お二人に私が言葉を返すとお二人だけでなく、小悪魔さんまでもクスクスと私を見て笑った。

 出来ることならばこの場から逃げたい。しかしパチュリー様が本を確認し終えるまではここを離れることは許されないので、私は俯くことでしか対抗出来なかった。

 

 ーー。

 

 それからようやくパチュリー様が本を確認し終えたので、私は小悪魔さんと一緒に本を元の本棚へ戻す作業に入ることが出来た。待っている間、私はずっとからかわれ続けたので、動いていないのに変な汗をかなり掻いてしまった。

 

「凄い汗ですね〜♪ うふふ♪」

「貴女のせいでもあるのですよ……お二人に加担して。少しは助けてくれても良かったではありませんか」

「私は貴方の可愛い一面が見れて楽しかったですから♡」

「……そうですか」

 

 これは勝てないと思った私は、そう言って本棚の方へ向き直ると、小悪魔さんは「そうで〜す♡」と言いながら私の背中へ抱きついて顔をグリグリと埋めた。

 本当に小悪魔の名前その通りで、やることがいちいち可愛くて、でもそれが嫌じゃないのだから困ったものだ。これが惚れた弱みなのかもしれない。

 

「あ、そう言えば……」

「はい?」

「ただいまとおかえりなさいの口づけ……まだですよね?♡」

「なっ!?」

「お付き合いする際に約束しましたよね〜? 沢山キスしてくださいって♡」

「い、今は職務中です」

 

 私はそう理由を付けて黙々と本を戻す作業を続けた。彼女のことだ、多分今私の背中にいる彼女は不満そうに頬を膨らませていることだろう。

 彼女と口づけをしたくない理由はない。だが、彼女との口づけは私を堕落させる魔性の口づけなのだ。だから出来るだけ仕事中はしないようにしている。

 

(む、この本はあちらの棚だな……こちらに置いてーー)

 

 そう思って手にしていた本をカゴへ戻そうと振り返ったその時だった、

 

「ちゅっ♡」

「!?」

 

 小悪魔さんに唇を奪われてしまった。

 柔らかく、瑞々しい彼女の唇に、私はまるで乾いた喉が水を欲するかのように夢中になる。それくらい彼女の唇は魔性を秘めているのだ。

 

「ん、ちゅっ……っ……ちゅ〜♡」

「っ……んっ、んんっ……」

 

 唇がまったく離れない。いや、私の本能が彼女の唇を欲して放さないのかもしれない。そう思えるくらいの間、彼女とのキスは続いた。

 

「んはぁ……んふふ、ご馳走様です♡」

 

 ようやく唇を離した小悪魔さんはペロッと自分の唇を舌でなぞり、艶やかな微笑みで私にそう言った。

 

「……お粗末様でした」

「んふふふ〜♡」

 

 私が精一杯の返事をすると、小悪魔さんは幸せそうに笑って、私の胸にしがみついた。こんな愛くるしい行動を取られてはこちらからは何も文句が言えない。

 

 その後も私は不意打ちの口づけを何度もお見舞いされながらも本を戻す作業は続け、全てが戻し終わった時には私は小悪魔さんから本日何度目になるか分からない口づけを受けた。

 

 

 ーー。

 

「ひゃ〜……ラブラブっていうかバカップルだな、マジで」

「私はもう慣れたわ……あれでも今日は少ない方よ」

「うわぁ……」

 

 パチュリー様達がそんな話をしていると、図書館のドアが勢い良く開いた。

 そしてこういう風に開ける人物は紅魔館でただ一人だ。

 

「パチェ〜! 悪魔貸して〜♪」

 

 パチュリー様のご親友であるレミリア様の妹君であるフランドール様だ。フランドール様のお遊びは命懸けなので、私が召喚されて以来度々こうして図書館へ訪ねて来る。

 

「彼の仕事も終わったから好きにしてちょうだい。ただ遊ぶなら他でやってね」

「うん♪」

「よっ、フラン♪」

「あ、魔理沙だ♪ 魔理沙も一緒に遊ぼ〜♪」

「あ〜、悪ぃ。私は今パチュリーと話してっからさ、また今度でいいか?」

「ぶ〜……約束だからね?」

「この魔理沙様が約束を破ったことがあったか?」

「ない!」

「よし! んじゃまた今度な♪」

「うん! 悪魔〜! 早く遊ぼ〜!」

 

 魔理沙様との会話が終わったフランドール様は私の手を取って猛スピードでご自分のお部屋へ連れ行った。

 それから私はフランドール様とそれはとてもとても楽しい(激しい)遊びをした。

 遊びが終わって自室へ戻る頃には、朝焼けが紅魔館を照らしていた。

 

 

 自室ーー

 

 折られた肋骨や腕の骨を再生しつつ、入浴と食事を済まして自室へ戻った私は、信じられない光景を見た。

 私のベッドが不自然に盛り上がっているのだ。

 

 そしてこんなことをするのは決まっている。

 

「………………何をしているんですか、小悪魔さん」

 

 ベッドの端に座って声をかけると、小悪魔さんが掛け布団から顔を半分だけ覗かせて、「えへへ♡ おかえりなさい♡」と言ってきた。

 無駄にいい笑顔で思わず胸の鼓動が高鳴る。

 

「た、ただいま」

「そろそろ帰ってくる頃だと思って来ちゃいました♡」

「そ、そうですか……」

 

 するとバサッと掛け布団を取り、彼女は私をベッドへ押し倒すと、また掛け布団を掛けた。

 

「あ、あの……小悪魔さん?」

 

 小悪魔さんの突然の行動に焦る私をよそに、小悪魔さんは私の体にギュ〜ッと抱きついて離れようとしなかった。

 

(あぁ、そうか……)

 

 私は悟った。だから彼女の頭を優しく撫でた。

 

「フラン様ばっかりズルい……貴方は私の恋人なのに……」

 

 小悪魔さんは私を度々長時間に渡って独占するフランドール様にヤキモチを焼いているのだ。

 しかしフランドール様はレミリア様の妹君で、かつ自由な身となった今は楽しい時間を過ごすのも大切なことであり、ヤキモチを焼いてもそれを吐き出せないのだ。

 私は黙って彼女の頭を何度も何度も撫でた。

 

「……今日のフラン様はどうでした?」

「とても良い笑顔で私の肋骨を一気に三本へし折っていました」

「……相変わらず元気みたいですね」

「はい、とても」

「…………」

 

 フランドール様が元気であることは嬉しいが、私を独占されるのは嫌という気持ちが入り混じっているのだろう。彼女は暫く黙り込んでしまった。

 私はそこで彼女へ魔術を掛けた。

 

「どんなに過ごした時間が違っても、私の心はいつも小悪魔さんと共にあります。貴女が私の最愛の方です」

 

 すると、

 

「ふふふ……♡」

 

 彼女は嬉しそうに笑みをこぼしてくれた。

 しかし、

 

「あだ名で呼んでくれなかったから失格♡ もう一度やり直し♡」

 

 やはり彼女の笑顔(魔術)の前には勝てないと思い知らさせたーー。




小悪魔編終わりです!

その名の通り小悪魔っぽい彼女にしました!
色々と設定を盛りましたがご了承を!

お粗末様でした☆


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パチュリーの恋華想

恋人はパチュリー。


 

 紅魔館ーー

 

 紅魔館は今日もいつも通り平和な昼下がりを迎えていた。

 そして今日も暇を持て余す紅魔館の主・レミリアは大図書館を管理する親友であるパチュリーと雑談をしていた。

 

「でさ〜、フランったらね〜ーー」

「あの子も今は自由なのだから、仕方ないわ」

 

 レミリアは最近遊んでばかりいる妹のフランドールについて小言をこぼしていた。レミリア自身、フランが日々を楽しんでいるのは好意的に捉えてはいるが、つい過保護になってしまいがち。なのでこうしてパチュリーに愚痴をこぼしているのだ。

 パチュリーとしてはそんな親友のお話も快く聞き、時にはレミリアの行き過ぎた指導を注意したりしている。

 

 そしてずっと喋っていたレミリアがふと口を閉ざし、パチュリーの顔を凝視した。

 そんなレミリアにパチュリーが小首を傾げると、レミリアがニッコリと微笑んだ。

 

「貴女、本当に変わったわね♪」

「どういう意味? 私としては何も変わっていないのだけれど?」

「いいえ、パチェ、貴女は変わったわ。その証拠に……」

 

 そう言ってレミリアはパチュリーにサッと机に置いてあった鏡をかざし、

 

「とても表情が明るくなったもの♪」

 

 と言った。

 するとパチュリーは「そうかしら?」と鏡に映る自分の顔をじーっと眺めた。

 

「お話のところ失礼致します。パチュリー様、古書店の方がお見えです。小悪魔が先に行って対応していますので、パチュリー様も行かれるのでしたら、お向かいください」

 

 音も無く現れた咲夜にパチュリーは、

 

「えぇ、分かったわ♪ レミィ、悪いけど私はこれで失礼するわね♪」

 

 と満面の笑みを浮かべてふわふわと飛んでその場を後にした。

 

「あ〜あ〜、あんなにお花咲き乱れさせちゃって……あれが動かない大図書館だなんてね〜、うふふ」

「恋は人を嗚呼も変えてしまわれるのかと思うと凄いと思いますわ」

「私も今後を考えて誰かとお付き合いしようかしら?」

「そんな! お嬢様はまだまだ大丈夫です! 寧ろお嬢様に見合う男性などこの世に存在しませんわ!」

「わ、分かったからそんなに興奮しないの……」

 

 レミリアのほんの冗談にクワッと目を開いて抗議する咲夜。そんな咲夜にレミリアは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 

 門前ーー

 

「これが今回持って来た書物のリストです」

 

 台車に多くの書物を持って来たこの青年は、パチュリーの恋人である。

 人里で古書店を営んでおり、店には魔導書から何から集まってくる。その噂を友人のアリスから聞いたパチュリーは時々自ら赴き、その都度大量に書物を購入していた。そしていつの間にか意気投合し、彼からの告白で数ヶ月前から付き合うことになったのだ。

 パチュリーが持つ転移魔法を使えば人里からわざわざ紅魔館まで来なくても良いのだが、会える口実として本の配達は二人の暗黙のルールとなっている。

 

「……はい、いつもありがとうございます♪」

「いえいえ、あの人のためですから」

「お熱いですね〜♪」

「いやぁ……あはは♪」

 

 美鈴と小悪魔にからかわれつつ、彼は台車を押して門をくぐると、

 

「あ……」

「いらっしゃい♡」

 

 パチュリーが待ち構えていて、二人は思わず見つめ合った。

 

 そんな二人を見て、美鈴はさっさと門を閉め、小悪魔はピュ〜っと大図書館へ戻った。

 

「今日もお届けに来ました。パチュリーさん」

「えぇ、ありがとう♡」

 

 そしてパチュリーは彼の左腕にピトッとくっつき、二人はゆっくりと大図書館へ向かって歩き出すのだった。

 

 

 紅魔館内・廊下ーー

 

「喘息の方は大丈夫ですか?」

「えぇ、落ち着いてるわ♡」

「毎回こうして迎えに来てくれてますが、歩いて大丈夫なんですか?」

「平気よ♪ それに少しは動かないとね♪」

 

 二人でそんな話をしていると、

 

「あ〜! パチュリーとパチュリーの旦那さんだ♪」

 

 ボールを持ったフランが現れた。その後ろにはチルノや大妖精、ルーミアも居ることから、おそらくこれから遊びに行くのだろう。

 

「だ、旦那さんだなんて、みんなの前でなんてこと言うのフラン!?」

「えぇ〜? でも、お付き合いしてるんでしょ〜?」

「ずっと付き合ってたら結婚するって慧音先生言ってたぞ!」

「この前、文の新聞にも結婚間近って書いてあったのだ〜♪」

「人里ではお二人の話題で持ちきりですよ♪」

(あんのマスゴミ烏〜〜〜!)

 

 人里でそんなことになっているのかと顔を真っ赤にしてワナワナするパチュリーだったが、対する彼の方は照れくさそうに笑って頭をポリポリと掻いていた。

 

「パチュリーはフランのお友達なんだから、幸せにしないと怒るからね!」

「結婚式挙げるならあたい達も呼んでよね!」

「沢山美味しいもの食べさせてほしいのだ〜♪」

「応援してます!」

「だ、だから私達はまだそんなーー」

「はい、精一杯彼女を愛します」

「っ!?」

 

 否定しようにも彼が言い放った言葉にパチュリーは思考停止してしまった。

 それからフラン達は『頑張れ〜♪』と励まし、外へと走っていった。

 

「フランちゃん、日傘持ってなかったけど大丈夫なのかな?」

「…………咲夜がなんとかするでしょ……」

 

 彼の言葉に半ば放心状態で返すパチュリー。彼はそんなパチュリーを気にしつつ、大図書館へ向かってまた歩き出した。

 

 

 ーー。

 

 大図書館へ着いたパチュリーは悶々としながら彼が持って来た書物を確認していた。

 

『はい、精一杯彼女を愛します』

 

 パチュリーの頭の中では先程の彼の言葉が何回も何回も駆け巡っていた。

 

(あれはどういう意味で言った言葉なのかしら……)

 

「…………ーさん?」

 

(そもそもお付き合いはしてるけど、けけけけ、結婚なんて……)

 

「……リーさん?」

 

(でででででも、『愛します』ってのはやっぱり……♡)

 

「パチュリーさん!」

「むきゅっ!?」

 

 彼に力強く名前を呼ばれたパチュリーは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 それを見た彼はまたクスクスと笑ってパチュリーを見つめた。パチュリーはそれに文句を言おうとしたが、先程の彼からの言葉がまだ忘れられず、彼の顔を正面から見ることが出来なかった。

 

「ばか♡」

「すみません、ふふ」

「ふんっ」

 

 それから古書の確認を終え、パチュリーは小悪魔にそれらを倉庫へ仕舞うよう指示を出すと、彼の服の袖を引っ張って自分の机の側に置いてあるソファーへ強引に連れ行った。

 

 彼をソファーへ座らせると、パチュリーは顔を伏せ、黙ったまま彼の左隣に腰を下ろした。しかしそれでもパチュリーは彼の左腕にギュ〜ッとしがみつき、頭も彼の肩に預けていた。

 

「さっきフランちゃん達に言ったこと、怒ってますか?」

「…………」

(嬉しいに決まってるじゃない!♡)

 

「怒らせてしまったのら謝ります」

「…………」

(どうして謝るのよ! 私は嬉しかったのに! むきゅ〜!)

 

「でもあの言葉を訂正するつもりはありません」

「え」

 

 すると彼はパチュリーの手を強く握りしめた。

 

「お付き合いを始めてまだ三ヶ月ですが、私はパチュリーさん、貴女と結婚したいと思ってます」

「な……な……」

 

 彼からの唐突のプロポーズにパチュリーは狼狽し、口をパクパクさせる。

 パチュリーがそんな風に言葉を詰まらせていると、彼は少し強引にパチュリーの顎をクイッと自分の方へと持ってきた。

 

 彼の真剣で力強い黒い瞳に、パチュリーは目が離せなかった。

 そして、

 

「貴女のために、私のこの残りの生涯を捧げます。私が生きている間で構いません。貴女の長い生涯のほんの少しの間だけ、私を貴女の隣に居させてください」

 

 更に言葉を紡いだ彼は、パチュリーの唇にソッと自分の唇を重ねた。

 

 重ねてから少しして唇を離し、彼がパチュリーの表情を伺うと、パチュリーは目を見開いた状態で硬直していた。

 

「パチュリーさん?」

「…………」

「パチュリーさ〜ん?」

 

 するとパチュリーはハッと我に返り、その直後に顔を真っ赤にした。

 

「お返事はいつでも構いません。しかし、出来れば私が生きている内に、お返事を頂けると嬉しいです」

 

 笑顔でそう言って立ち上がろうとする彼を、パチュリーはグッと服を引っ張って止めた。

 

「パチュリーさん?」

「勝手なこと言って、勝手に帰らないでよ……」

「す、すみません……」

「貴方の生涯を私にくれるのでしょう?」

「はい」

「なら、一秒も無駄にしないで。これから貴方は死ぬまで私の隣に居ること、返事は?」

「はい」

「ん、じゃあ今のが答えだから♡」

 

 そう言うとパチュリーは彼の胸にムギュッと顔を埋めた。

 

「あ、でもお店のこととかあるので、もう少し時間をもらってもいいですか?」

「むきゅ〜! ムードが台無しじゃない!」

「いやぁ、こうもすぐにお返事をもらえるとは思ってなくてですね〜」

「むきゅむきゅ! いいからとにかく今日は私から離れちゃダメ!♡」

「はい、分かりました♪」

「ふんっ、ばか♡」

 

 その後、パチュリーは魔法を駆使して彼の店を丸ごと大図書館へ転移させ、二人は紅魔館で盛大な結婚式を挙げるのだったーー。




パチュリー・ノーレッジ編終わりです!

こんな風にデレるパチュリーも可愛いと思ったので、今回はこう書きました♪

お粗末様でした☆


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咲夜の恋華想

恋人は咲夜。


 

 紅魔館ーー

 

 日も沈み始めた夕刻。紅魔館の主・レミリアはお休みの日は毎回これくらいの時間に目を覚ます。

 

「咲夜〜」

 

 レミリアの声に従者の咲夜が即座にレミリアの部屋へと参じる。

 

「おはようございます。レミリアお嬢様」

「おはよう。今日も宜しく頼むわね」

 

 レミリアの言葉に咲夜は「はい」と笑顔で返すと、咲夜はレミリアの身支度を流れるように開始する。

 お顔を拭き、歯を磨き、お召し物を着換えさせた後、咲夜はゆっくりと丁寧にレミリアの髪を櫛で梳いた。

 

「いつもありがとう、咲夜」

「これが私の仕事ですし、お嬢様のお世話をすることが私の喜びですわ」

「頼もしく育ってくれたわね♪」

「全てはお嬢様のお陰ですわ」

 

 髪を梳きながらこうした会話をしつついると、レミリアがまた一つ話題を振った。

 

「彼との仲はどう? ケンカとかしてない?」

 

 その話題に咲夜の表情から明らかに動揺の色が浮かんだ。

 それを感じ取ったレミリアはクスクスと笑い声をこぼした。

 

「咲夜は彼の話題には本当に弱いわね〜♪ それとも本当に彼とは上手く行っていないのかしら?」

「い、いえ、彼はその……とても大切にしてくださっていますわ♡」

 

 レミリアや咲夜の言う彼とは、数年前に執事として召し抱えた青年で咲夜の恋人のことである。元々は人里で小料理屋を営んでいたが、経営が上手くいかずに破産。

死のうと考えた彼は魔法の森に出没する人を食う『宵闇の妖怪』に身を捧げようとした。

そこで彼は夜の散歩をしていたレミリアと咲夜に出会い、事情を聞いたレミリアは自分の執事として彼を召し抱えた。

そして咲夜の指導を受け、今では立派な執事になり、咲夜も成長していく彼に段々とのめり込むようになり、今に至る。

 

「私の目に狂いは無かったわね♪ 最初は貴女の負担を少しでも減らそうと思って召し抱えたのだけど、今ではフランの相手もしてくれるんだもの♪」

「そうですわね♪ 前にも増してこうしてお嬢様のお世話に専念出来るのも彼のお陰ですわ♪」

「ちゃっかりと頂いちゃってる訳だしね」

 

 そう言ってレミリアは咲夜の方を向いていたずらっぽくウィンクをした。そんなレミリアに咲夜は「も、申し訳ありません」と言いながら顔を赤くさせるのだった。

 

 レミリアの身支度も終わり、レミリアが立ち上がろうとすると、ドアがコンコンコンとノックされた。

 

「入りなさい」

 

 レミリアがドアに向かって言うと、ドアがガチャっと開き、青年が入って来て礼儀正しくお辞儀をした。

 

「おはようございます。レミリアお嬢様。起床後のお茶を持って参りました」

「あら、ありがとう。頂くわ」

 

 レミリアがそう言うと青年は「はい」と短く返事をし、また部屋を出た。そして部屋の前に持って来たティーセットを乗せたステンレスの配膳台を押し、また入室する。

 

 レミリアはソファーへ移動し、彼が淹れる紅茶を待った。

 静かに、そして丁寧に紅茶を淹れ、レミリアの前へティーカップを差し出す。

 

「どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとう」

 

 そしてレミリアがそのティーカップに口を付けたその時、

 

「お嬢様、お待ちください」

「?」

 

 どうぞと勧めたはずの彼がそれを止めた。

 そして彼は「失礼します」と言ってレミリアが持っていたティーカップを取り上げ、透かさず香りを確認した。

 

 すると、

 

「…………やはり。咲夜さん、またお嬢様の紅茶へ毒を入れましたね?」

 

 と咲夜に言った。口調は柔らかいが、その目は鋭く咲夜を捉えていた。

 

「咲夜貴女、またやったのね……」

「毎回同じ物では飽きてしまわれると思いまして♪」

 

 呆れた感じに言うレミリアに対して、咲夜は眩しいくらいの笑顔で答えた。

 

「いくらお嬢様が吸血鬼でも、そういうことはなされない方がよろしいかと思います。お嬢様、只今淹れ直しますのでもう暫くお待ちください」

 

 彼はそう言うとレミリアは笑顔で頷き、淹れ直してくれるのを待った。

 

「甲斐甲斐しいですわね」

「元凶は貴女でしょ、咲夜」

「お茶目で瀟洒なメイドジョークですわ♪」

「はいはい、お茶目お茶目」

 

 傍から聞いていれば不届きな発言だが、これはレミリアと咲夜のコミュニケーションの一つなので、青年は涼しい顔をして紅茶を淹れ直し、今度こそレミリアはその紅茶を飲むことが出来た。

 

「……ん、美味しいわ♪」

「咲夜さんが選ぶ最高の茶葉ですから」

「淹れる方がその茶葉を台無しにすることもあるのよ♪ 貴方の紅茶は安定感のある味わいで、私は好きよ」

「勿体無いお言葉です」

 

 青年がレミリアに対して礼儀正しくお辞儀すると、一方の咲夜は「むぅ」と頬を膨らませた。レミリアの言った『好き』という言葉に少しだけヤキモチを焼いているのだろう。

 そんな咲夜の反応を見たレミリアは小さく見えないように口元をニヤリとさせた。

 そして、

 

「貴方は本当に優秀な執事になったわね♪ 喜ばしいことだわ♪」

 

 と言って青年の頭を優しく撫でた。 

 

「っ!?」

 

 それに対してあからさまに眉間にシワを寄せる咲夜。

 

「お、お嬢様……私にこの様なことをなされなくても……」

「あら? フランはこうすると喜んでくれるのだけれど、貴方は嫌?」

「い、嫌ではありませんよ? しかし……」

 

 そう言うと彼は咲夜の顔色をうかがうようにチラチラと咲夜の方を見た。

 

「〜〜!」

 

 咲夜は明らかに怒っていた。その証拠に今度は完全に両方の頬を膨らませて顔を真っ赤にしている。

 それを見た青年は「お、お嬢様……」と声を震わせて戯れを止めるように目で訴えた。

 

「あら、貴方の髪って触り心地いいわね〜。暫く撫でていたいわ♪」

 

 しかしレミリアは尚も止める気は毛頭無く、彼の頭を撫で続けた。

 すると、

 

「私、そろそろお食事のご用意に移らさせて頂きますわ」

 

 怒りで顔を真っ赤に染める咲夜はそう言って、瞬く間にその場を後にした。

 

「あらあら♪ ちょっとやり過ぎたかしら♪」

「ちょっとではありませんよ……」

「まぁ、いつものお茶の仕返しには丁度いいでしょう?」

「それによって私が責められるのですが?」

「恋人を優しく慰めるのも大切なことよ?」

「ああ言えばこう言う……」

「私は貴方達にほんの少しの刺激を提供してあげてるのよ♪ 感謝なさい♪」

「有り難き幸せに存じます」

 

 明らかに『ありがた迷惑だ』と言わんばかりの瞳で言う青年に、レミリアは愉快そうに笑い声をあげるのだった。

 

 

 紅魔館内・廊下ーー

 

(全く、レミリアお嬢様は本当にお戯れが過ぎますねぇ)

 

 配膳台をコロコロと押して厨房へ戻る青年は、そう心の中で愚痴をこぼしていた。

 

(咲夜さんになんて言って許してもらえばいいのやら……手作りケーキ? それともこの前喜んでくれた膝枕の耳掻きとか?)

 

 どうやって彼女のご機嫌を取ろうかと考えながら居ると、

 

「…………咲夜さん?」

「んぅ〜」

 

 咲夜が彼の背中に抱きついて不満の唸り声を出していた。

 

「能力の無駄使いはお嬢様に怒られますよ?」

「(…………またお嬢様の話する)」

「え?」

 

 その時、咲夜は彼に抱きついている両腕に更に力を込めた。

 

「今はお嬢様のお話をしないで……私だけを見て……」

「私はいつも貴女のことを見ていますよ、咲夜さん?」

「嘘つき……さっきはお嬢様に頭を撫でられて嬉しそうにしてたもん……」

「ま、まぁ、お嬢様に頭を撫でられて嬉しくない方が無理かと……」

 

 すると咲夜はカチンと来た。なので咲夜は強引に彼の頭を自分の胸にグイッと寄せ、ガッチリとホールドして彼の頭を優しく撫でた。恐らくはレミリアに対抗しているのだろう。

 

「さ、ささ咲夜さん?」

「ん、だらしない顔……貴方のその表情は私だけが知ってる愛しい顔よ♡」

「い、いやいや、そりゃあ好きな人にこうされたら誰だって……」

「ふふ、嬉しい……いくらお嬢様でも貴方のことは譲れない♡」

「お嬢様はちゃんと理解してくださってますよ……ですからこうしてお付き合い出来ている訳ですし……」

「それでも貴方の心がお嬢様に奪われてしまうかもしれないでしょう?」

「そんなことはありません! 私はちゃんと咲夜さんだけを心から愛しています!」

 

 思わず大声で叫んでしまった彼は、叫び終わって顔を真っ赤にした。それを見た咲夜はニッコリと微笑み、彼の唇にソッと自分の唇を重ねた。

 

「ん〜、ちゅっ♡ 私も貴方を愛しているわ♡」

 

 こうしてご機嫌になった咲夜は、彼の頬を一撫でしてまた姿を消した。

 

 

 厨房ーー

 

「んふふ♡ お嬢様に感謝して今日のお食事は血の滴るお肉料理にしましょ♡」

 

 こうして咲夜は青年から大声で愛の言葉を約束通り引き出してくれたレミリアに、とびきり豪勢な食事を振る舞うのだったーー。




十六夜咲夜編終わりです!

策士咲夜さんといった感じにしました♪
レミリアも従者のために一肌脱ぐ心優しい主にしました!
今回は甘さ控え目だったかもしれませがご了承を。

では此度もお粗末様でした☆


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レミリアの恋華想

恋人はレミリア。

うー☆じゃないよ!


 

 紅魔館ーー

 

 夕焼けに照らされ更に赤くなる紅魔館。

 そんな紅魔館の主・レミリアはとある人物を今か今かと待っていた。

 いつもなら冷静なレミリアだが、今回ばかりはソワソワと落ち着きがなく、部屋の中をウロウロしたり、吸血鬼も映る魔法の鏡の前で何度も何度も身だしなみをチェックしている。

 

(ソワソワするお嬢様可愛いいいい!)

 

 そんな主を見ながら待機している咲夜は鼻から噴き出しそうな忠誠心を何とか抑えていた。

 すると部屋のドアがコンコンとノックされた。

 

「どどど、どうぞ!」

 

 平静を装ってレミリアが声をかけると、一人の男が入室した。

 彼は人里から離れた土地に住み、若くしてブドウ園を営むレミリアの恋人である。今日は紅魔館へブドウ酒を卸しに来たのだ。

 

「失礼します。レミリアさん」

「え、えぇ……いらっしゃい♡」

 

 いつものように優しく微笑んで挨拶をする青年に、レミリアは目にハートマークを浮かべて羽をパタパタとさせる。

 

「ようこそおいでくださいました。お茶をどうぞ」

「いつもありがとうございます」

「いえ。ではお嬢様、何かありましたらお呼びくださいませ」

 

 咲夜の言葉にレミリアは無言でコクコクと頷いた。もう言葉を発する余裕がないほど彼に夢中である証拠だった。咲夜はそんなレミリアにニッコリと微笑み、二人に一礼してパッと姿を消した。

 

 咲夜が姿を消すと、レミリアはその時を待っていたかのようにスススッと青年の元へ移動し、彼の膝の上へちょこんと座った。

 彼と二人きりのレミリアには彼の膝の上が定位置なのだ。

 

「はふ〜、落ち着くわ♡」

「お嬢様にお気に召してもらえて光栄です♪」

「む、そんな言い方しちゃ駄目だって前に約束したはずよ? 今は恋人同士の時間なんだから♡」

「ふふ、そうですね。レミリアさん♪」

 

 彼が優しく笑って返すと、レミリアは「ん〜♡」と幸せそうに声をもらして青年の胸に顔をグリグリと埋めた。

 

「僕としては皆さんの前でもしてあげたいですね。紅魔館の皆さんには悪いですが、この方は私の大切な人だと見せつけたいです♪」

「そ、その気概は嬉しいわ。でも、せめて並んで座るくらいしか……今の私は持たないわね」

 

 そう言うとレミリアはみんなにこの状況を見られることを想像し、耳まで真っ赤にして「はぅ……」と俯いてしまった。

 そしてレミリアはまた口を開いた。

 

「それに貴方はフランからもとても気に入られているわ。もしも今の私達をフランが見れば、自分もして欲しいと願うでしょう?」

 

 レミリアはそう話しながら、繋いでいる青年の手にまたキュッと力を込める。

 

「あの子を邪魔者扱いしたくはないけれど、二人きりの時間くらい……私は貴方を独占していたい♡」

 

 レミリアは気恥ずかしそうに言葉を紡ぎつつ、今度は青年の首に手を回した。

 レミリアの真紅の瞳はまっすぐと青年の顔を捉える。

 

「そこまで愛されている僕は幸せです。なら暫くは、二人でこうして触れ合いましょう」

 

 彼の言葉にレミリアは「えぇ♡」と眩しい笑顔で答えた。

 

「もっと僕の方にもたれてもいいですよ? レミリアさんはとても軽いですから」

 

 まだ遠慮が見えるレミリアに青年が優しく言葉をかけると、レミリアは「じゃあ」と前置きして彼の体に自身の身体全体を預けた。

 

「ん……ふふ、温かい♡ 大好きな貴方の顔も匂いも……貴方のすべてが近くて、幸せで頭がクラクラしちゃう♡」

「僕はいつでもレミリアさんに酔ってますよ♪」

「ふふん、当然ね♡ この私を本気にさせたのだから、ちゃんと責任を取りなさいよね♡」

「えぇ、勿論dーー」

 

 とその時、レミリアはバッと身体を離し、元の席へと素早く座り直した。

 それと同時に部屋のドアがバーーンと解き放たれ、

 

「お兄ちゃん!」

 

 レミリアの妹、フランが目を輝かせて現れた。

 

「……フラン。もっと静かにお入りなさい。それとご挨拶も忘れているわよ?」

「あ、ごめんなさい、お姉様」

 

 レミリアに注意されたフランはトボトボと部屋から出て行き、今度はドアをトントントンとノックしてから入室した。

 

「ご機嫌よう、お兄ちゃん、レミリアお姉様♪」

「はい、ご機嫌よう、フランちゃん」

「ん、ご機嫌よう、フラン」

 

 もう一度初めからやり直したフランは、「これでいいんだよね?」と言うようにレミリアの顔色をうかがった。

 

「いい子よ、フラン」

「えへへ♪ ねぇねぇ、お姉様。お兄ちゃんとお人形さんごっこしてもいい?」

「こらこら、そんなこtーー」

 

 その時レミリアの脳裏に電撃が走る。

 今は夕方であるが彼は優しいからフランのお願いは聞いてくれる。フランとお人形さんごっこをすれば夜になる。夜になると妖怪に襲われる危険性があるので彼は帰れない。となると紅魔館へ泊めさせることが出来る。この考えを0.5秒間の間に思いついたのだ。

 するとレミリアは小さく咳払いをして、青年に訊いた。

 

「フランがこう言っているのだけれど、貴方はどうかしら?」

「えぇ、勿論構いませんよ」

「やった〜♪」

 

 彼が快く頷くとフランは大喜びでその場でピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「ありがとう。お願いね」

 

 レミリアが笑顔でそう言うと、彼も笑顔でまた頷いた。

 そして青年はフランに手を引かれて部屋を後にし、それを見送ったレミリアはニヤリと妖しく微笑んで、冷めた紅茶をゆっくりと飲み干すのだった。

 

「咲夜」

「はい、お嬢様」

「今夜はあの人を紅魔館へ泊めるわ。客室の準備をお願い」

 

 レミリアの言葉に咲夜は「畏まりました」と言って頭を下げる。そしてレミリアは「あぁ、それと……」と言葉を紡ぎ、窓の方へとゆっくりと歩み寄り、窓に掛かる真紅のカーテンをバッと開け放った。

 

「今夜、その客室の周辺には誰も見回りさせないこと……いいわね?」

「畏まりました」

 

 咲夜はそう言ってまたパッと姿を消し、ティーセットを片し、客室の準備へと向かった。

 レミリアは夕闇掛かった空を眺め、

 

「今夜は楽しい夜になるわね」

 

 と真紅の瞳をギラギラと輝かせるのだった。

 

 

 ーー。

 

 フランとお人形さんごっこをした青年は夜も更けた頃にようやく開放された。

 そしてレミリアは予定通り、彼を紅魔館へ泊めることに成功し、今は館のお馴染みの面々に青年を加えたみんなでの晩餐会になった。

 

「宿泊もさせてもらえた上にお食事まで、ありがとうございます」

「気にしなくていいわよ♡ 今日はフランと遊んでくれたお礼と貴方が造った美味しいワインのお礼よ♡ 好きなだけ食べてね♡」

「お兄ちゃんとお食事、嬉しいなぁ♪」

 

 彼の正面に座るレミリアは彼の顔をニコニコと眺め、フランは彼の右隣に座って嬉しそうに咲夜の用意した料理を食べていた。

 

「そう言えばレミィ、彼とはどこまで行ったの?」

「っ……ごほっごほっ!」

 

 親友であるパチュリーの唐突な質問に、レミリアは思わずむせてしまった。

 

「お、お嬢様!」

「あらあら、そんなにむせ返るほど進展しているなんて……親友として喜ばしいことだわ♪」

「いい性格してるわね、パチェ……」

「貴女の親友を長いことしていた賜物ね♪」

 

 パチュリーの言葉にレミリアは「ぐぬぬ」と悔しそうに唸った。

 

「あはは、お姉様が『ぐぬぬ』だって〜♪ きゃはははは♪」

「可愛らしい唸り声ですね」

 

 そんなレミリアにフランはコロコロと楽し気に笑い、青年はクスクスと優しく笑った。

 愛する妹の笑顔と最愛の人の笑顔にレミリアはそれ以上パチュリーに何も言うことが出来ず、その後もパチュリーからの質問攻めにレミリアはてんやわんやするのだった。

 

 

 ーー。

 

 そして夜も更け、青年は自分のために用意された客室のベッドに横たわっていると、キィ〜っとドアが開いた。

 

「レミリアさん?」

 

 彼がそう声をかけると、

 

「ぎゃおー♡ たーべーちゃうぞー♡」

 

 とレミリアがノリノリで言ってきた。

 青年が身を起こしてレミリアの姿を確認すると、彼は心臓が止まるのではないかと思うほど自分の心臓がドクンと跳ねるのが伝わってきた。

 

 どうしてそこまで驚いたかと言うと、ランタンに照らされていたレミリアが黒地にバラの刺繍が施されたレースのネグリジェ姿だったのだ。

 

「れ、レミリアさん、そそ、その格好は何ですか!?」

「あら、貴方と(しとね)を共にするから着てきたのよ?♡ こういうのはお嫌い?♡」

「いやいや、添い寝するだけでそんな格好は……それに色々と、その……」

「んふふ、添い寝だなんて……それで済むはずないでしょう?♡ 吸血鬼の目の前に美味しそうな人間がいると言うのに、ね♡」

 

 そう言いうとレミリアは青年をトンッと押し倒し、覆い被さった。

 

「レミリアさん……」

「責任、取ってくれるのでしょう?♡」

「……はい」

「頂きま〜す♡」

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 翌朝、ゲッソリした彼とツヤツヤしたレミリアを見た咲夜は朝食にお赤飯を用意したというーー。




レミリア・スカーレット編終わりです!

カリスマとかりちゅまを持ち合わすレミリア様は本当に魅力的ですな〜。
自分で書いているのに主人公が羨ましいのであります。
レミリア様は吸血鬼なので年齢的には大丈夫ということでお願いします!

ではお粗末様でした☆


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フランドールの恋華想

恋人はフランドール。


 

 紅魔館ーー

 

「林檎と蜂蜜〜♪ 紅茶のジャムはアプリコット〜♪」

 

 穏やかな昼下がり、レミリアの妹、フランドールは日傘を差して紅魔館の中庭広がるバラ園のバラを眺めていた。

 

「ご機嫌ですね、フラン様」

 

 そんなフランに一人の執事が声をかけた。

 するとフランはパァッと表情を輝かせ、執事の胸に飛び込んだ。

 

「お兄様〜♡ おかえりなさ〜い♡」

「おっと……フラン様、いくら曇りとは言え、日傘はちゃんとお使いください」

 

 執事はそう言いながらもフランが落とした日傘を拾い、フランのために差し、にこやかな表情でフランの頭を優しく撫でた。

 

「むぅ〜、これからはフランって呼んでって言ったでしょ!?」

 

 しかし対するフランは執事の言葉に不満をもらした。

 

 この執事はレミリアが召し抱えた執事で、主にフランのお世話を担当している。

 そして、

 

「フランの恋人なんだから、もっと親しく呼んでくれなきゃ♡」

 

 フランの恋人でもあるのだ。

 

 最初は気性の荒かったフランも、彼の誠実な態度や姿勢に心を突き動かされ、今ではこうして自分の部屋を出るまで回復。更には彼の紹介からチルノや大妖精といった友達も出来、彼という存在はフランの中で絶大な存在となっている。

 

「いえ、今は勤務中ですので、ご愛称でお呼びするのは……」

「今はお姉様も咲夜もいないじゃん」

「この場に居られないからと言ってお呼びして良いことでもないのですよ、フラン様」

 

 執事は優しく諭すように言うものの、フランは納得がいくはずもなく、彼の背中に回した手で執事の背中をギューッと握っている。

 

「フラン様、痛いです」

「私はフラン様じゃないから知らな〜い」

 

 そんな彼女の態度に執事は「ふぅ」っと小さく息をこぼし、フランの耳元に自身の口を近付けた。

 

「んにゃぁ、くすぐったい……もぉ、何なの?」

「(今はこれで我慢して、フラン)」

「〜♡♡」

 

 執事が耳うちでしっかりとフランのことを呼ぶと、フランの胸はキューンと飛び跳ね、羽もパタパタ、キラキラと上機嫌な反応を見せる。

 

「えへへ〜♡ やっぱりお兄様にそうやって名前呼ばれると、すっごく嬉しいなぁ♡」

「お気に召してもらえて光栄です♪」

「うん♡ ん〜♡ お兄様、お兄様〜♡」

 

 すっかり機嫌を直したフランは彼の胸に頬ずりをし、脚も完璧に彼の身体をホールドしている。

 

「ねぇねぇ、私の所に来たってことはもうお姉様の所に行かないのよね?」

「いえ、バラ園のお手入れが済みましたら、ご報告へ向かいます」

「それって一緒に行っちゃダメ?」

「いえ、そんなことはありませんよ」

「じゃあフランも行く〜♡ お仕事なら我慢するけど、しなくていいならお兄様と離れたくないもん♡」

「ありがとうございます」

 

 彼はフランに笑顔でお礼を言って頭を撫でると、フランは気持ち良さそうに「みゅ〜♡」と声をもらした。

 

「…………フラン様」

「ん、なぁに?♡」

「大変申し訳ありませんが、このままだとバラ園のお手入れが出来ません故、降りてください」

「あ、は〜い♪」

 

 フランは素直に返事をし、ストンと執事から降りると、今度は執事の背中に回ってポフッと背中にしがみついた。

 

「落ちないでくださいね?」

「落ちそうになったら飛ぶから平気♪」

 

 そう言いつつフランは彼の背中をよじ登って彼の肩に頭を置いた。

 

「なら良いのですが……」

「んふふ、心配してくれてるの?♡」

「当然です」

「それはフランがお姉様の妹だから?」

「…………」

 

 フランは執事がそう言わないと分かっていて敢えてああやって質問した。執事がどう答えるのかワクワクしていると、執事は黙ってフランの方に首をひねり、フランの柔らかく瑞々しい唇に軽く自身の唇を重ねた。

 彼の大胆な行動にフランは一瞬だけ驚き、すぐにその表情は恍惚な表情へと変わった。

 

「この口づけが答えです。私の愛するフラン様」

「んへへ〜♡ お兄様にフランの唇奪われちゃった〜♡」

 

 フランは言葉ではそう言っているが、両手を頬に当て蕩けた顔で「やんやん♡」と嬉し恥ずかしいと言った感じである。対する執事はクスッと小さく笑い、フランの頭をポフポフっと叩くように撫でた。

 

 ーー。

 

 バラ園の手入れをしつつフランと執事が談笑していると、

 

「お、今日もお前らは仲いいな〜♪」

 

 紅魔館の外壁を箒に乗って越えてきた魔理沙が現れた。

 

「魔理沙だ〜♪ やっほ〜♪」

「よっ、フラン♪」

「魔理沙様、ちゃんと門からお入りになってください。拒みはしませんから」

 

 笑顔で挨拶を交わすフランと魔理沙に対し、執事が苦笑いを浮かべて注意すると、魔理沙は箒から降りて「分かってるんだけどさ〜」と前置きして、門の方を指差した。

 

「門番が寝てっからさ〜。美鈴じゃないと外からは開けられないだろ?」

 

 それを聞いた執事は「それは大変申し訳ありませんでした」と頭を下げ、

 

「フラン様、少々お時間を頂きますね」

 

 とフランを自分の肩からゆっくりと降ろした。

 

「あんまり美鈴に構ってちゃメ! だよ?」

「はい、早々に起こして戻って参ります」

 

 執事はフランの言葉にニッコリと答え、居眠りする美鈴の元へと向かった。

 フランはその様子をジーッと眺めつつ、羽をパタパタさせていた。

 

「フランは本当にアイツが好きだな〜」

「えへへ〜、だって大好きだもん♡」

「はいはい、お熱いこって」

 

 魔理沙は「やれやれ」と言った具合に両手を上げ、ハートマークが飛び交うフランに苦笑いを浮かべて眺めた。

 そして次の瞬間、魔理沙はあることを思い付き、フランに話題を振った。

 

「そういや知ってるか、フラン?」

「ん、何を?」

「アイツ、人里でかなり人気あるんだよ」

「へぇ〜、流石フランのお兄様ね♡」

「そ、そうだな……」

(ちっ、これくらいじゃ動じないか……)

 

 魔理沙はフランが嫉妬したらどんなことになるのか興味が湧き、好奇心に駆られてフランが嫉妬しそうな話を考えた。

 

「んでさ〜、アイツ、団子屋の娘にすげぇ気に入られててよ。この前なんてアイツとその娘が一緒nーー」

 

 魔理沙は『一緒に仲良さそうに歩いてたんだ』と言おうとしたが、思わず口をつぐんでしまった。

 何故なら、

 

「んふふふふ……フランのお兄様にそんな汚い女が近寄ってるんだ」

 

 満面の笑みで鋭く伸ばした爪を舌で舐めるフランが怖過ぎたからだ。

 

(や、やっべぇ! つい話を盛り過ぎたぜ!)

 

 内心焦る魔理沙をよそに、フランは不気味な笑い声を隣であげている。

 

「まぁお兄様は素敵だから他の女が近寄ってくるのは仕方ないわ。寧ろお兄様の魅力の前についほの字になるのは仕方ないし、お兄様に惚れるのは趣味がいい証拠だわ。でもお兄様はフランの恋人でフランの大切な人でフランの一番でフランの全てなのにどうして分からないのかな。お兄様はきっと迷惑しているに決まってる。だってお兄様は優しいから相手が傷付くようなことを面と向かって言えない人だもん。でもそれに付け入ろうとする浅はかさは許してはおけない。だってお兄様はーー」

 

 ブツブツと何かの呪文のように言葉を並べるフランに、魔理沙は心から震えがきた。何せフランは口では笑っているが目は紅く鋭く輝き、睨んだだけで睨まれた相手は潰れるんじゃないかと思うほどの威圧感を放っているのだ。

 

「魔理沙」

「は、はい!」

「その女はどこの団子屋のどんな女なの?」

「い、いや〜、誰だったかな〜?」

(作り話だなんて言えねぇ空気だぞ!?)

「魔理沙……魔理沙はフランの味方だよね? そいつを庇おうとする必要ないよ?」

(庇おうとしてるんじゃなくて架空の人物だから困ってるんですぅぅぅ!)

 

 すると、

 

「フラン様、只今戻りました」

 

 執事がにこやかに戻ってきた。執事の登場にフランの威圧感はシュッと消え、またハートマークがヒラヒラと舞い上がるオーラへと変わった。それを見た魔理沙は心底ホッとするのだった。

 

「お兄様〜♡」

 

 フランは執事にまたもギューッとしがみつくと、

 

「お兄様、今度からお買い物とかで人里に行く時はフランも一緒に行く〜♡」

 

 と無邪気に微笑んで言った。

 

(やっべぇ……声かける女は全員きゅっとしてドカーンしそう……)

 

 魔理沙がどうしようと思考を巡らせると、

 

「フラン様はお連れ出来ません」

 

 フランには特に従順なあの執事がキッパリと断った。

 執事の言葉に呆然とするフランだったが、執事は透かさずフランを抱きしめて、ゆっくりとその理由を話した。

 

「愛するフランを人里の男共に見せたくない。フランを瞳に映す異性は私だけで十分だから」

「っ!!?♡」

 

 いつもは冷静な執事が敬語も捨て、独占欲を丸出しにして『フランは俺のだ』言うように抱きしめ、その手に力を込めた。

 フランはそれがもう嬉しくて嬉しくて、顔を真っ赤にし、蕩けさせている。

 

「お兄様、素敵……♡ フランはずっとお兄様だけだよ?♡」

「フラン、私もフランだけだ」

 

 そして二人は魔理沙が居るのも忘れ、熱い口づけを交わすのだった。

 

「わ、私は図書館に行くぜ!」

 

 こうして魔理沙は口にジャリジャリとした感触を覚えながら、逃げるように去った。

 しかしそんな魔理沙を気にすることもなく、フラン達は長い長い口づけを続けていたーー。




フランドール・スカーレット編終わりです!

ちょっとヤンデレチックになりましたがご了承を!
フランちゃんが書き終わったので、紅魔郷は終わりになります。
取り敢えず次の妖々夢のキャラクターに移ります。

では小さなお知らせをしたところで、今回もお粗末様でした☆


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妖々夢
レティの恋華想


恋人はレティ。

太ましくないよ!


 

 妖怪の山の麓ーー

 

「ふんふんふ〜ん♪ らら〜ら〜♪」

 

 冬の間だけ姿を現す妖怪ことレティは秋の昼下がりだというのに、上機嫌に歌を口ずさみながら小川を眺めていた。

 

「あれ? レティじゃない。どうしたの?」

 

 そんなレティの前に秋静葉が現れた。

 

「あら〜、静葉さん、こんにちは〜」

 

 静葉に対して相変わらず間延びした挨拶を返すレティに、静葉は苦笑いを浮かべながらも「はい、こんにちは」と返した。

 

「実はですね〜♪」

 

 そして静葉の先程の質問にレティが答えようとすると、

 

「春ですよ〜♪」

 

 と言いながらリリーホワイトが現れた。

 

「はぁ? リリーまで……もしかして異変!?」

 

 春告精のリリーまで登場する始末に静葉は大混乱。しかしそんな静葉をよそに、リリーはレティの周りをフワフワと飛びながら「春ですね〜」「春ですよ〜」と触れ回っている。

 

「あらあら〜、恥ずかしいわ〜。溶けちゃいそう♡」

 

 そんなリリーに対してレティは白く澄んだ頬を紅潮させ、その頬を両手で押さえ「んふふ〜♡」と嬉しそうな声をもらしている。

 

「え……まさかその春なの!?」

「そうですよ〜♪ レティさんに春が訪れているんですよ〜♪」

「そんなに言いふらさないで〜♡」

 

 静葉は心底驚いた。何故ならあの冬以外は寝ているだけのレティに青春という春が来たというのだから。

 

「それは本当なのよね、レティ?」

 

 静葉が念押しするとレティは赤くなった頬を押さえたまま「はい」と小さく頷いた。

 

「驚いた〜……あのレティがね〜」

「レティさんはあの異変以来、よくお外を出歩くようになったのですよ〜♪」

「へ〜……まぁ確かに前に比べたら冬場以外でも見掛けたわね」

「そうしている内に素敵な男性と出会ったんですよ〜♪」

「うふふ♡」

 

 レティは恥ずかしそうにしながらもリリーを止める素振りがないため、リリーはペラペラとレティの恋事情を語り出す。

 

「レティさんが暑さで参っている時に〜、その男性がレティさんにかき氷をご馳走したのですよ〜♪」

「ほうほう……」

「それでレティさんが後日にお礼として氷をその男性にプレゼントしたのですよ〜♪」

「それでそれで?」

「それからもお二人は交互にプレゼントを重ねて〜、ついこの間お付き合いを始めたのですよ〜!」

「おぉ〜!」

 

 リリーの話に聞き入った静葉は思わず拍手してしまった。そんな静葉の反応にレティは「ありがと〜♡」と嬉しそうに答えていた。

 

「ん? ちょっと待って。リリーはどうしてそんなに詳しいの?」

「ご相談を受けていたからですよ〜♪」

「その節はお世話になりました〜♪」

「どういたしましてですよ〜♪ 私としても恋の春を感じられて嬉しいのですよ〜♪」

 

 仲良く頭を下げ合うレティとリリー。そんなレティに静葉は素朴な質問をぶつけた。

 

「レティの恋人って話を聞く限り人間よね?」

「はい〜♡ とっても優しくて〜、素敵な方なんです〜♡」

「い、いやそこまで聞いてないけど……」

「あらあら〜♡」

「人間と付き合うなんて大丈夫なの? ほら、あの鬼巫女とかスキマの妖怪とかにうるさく言われない?」

「言われませんでしたよ〜? 寧ろ〜、人間と妖怪が仲良く出来るからドンドン、ラブラブになってほしいって〜♡」

 

 レティはそう自分で言いながら「きゃっ、言っちゃった♡」と口を押さえた。そんなレティにイラッとしながらも静葉は「へぇ〜」と神対応するのだった。

 そして静葉はニヤッと怪しい含み笑いをして、レティに訊いた。

 

「それで小川で待ち合わせてこれから逢引でもするの?」

 

 静葉の質問にレティは耳まで真っ赤に染まった。もうこの反応からして「そうです」と言っているようなものだ。

 

「は〜る〜で〜す〜よ〜♪」

「〜〜♡」

 

 リリーが一際大きな声でレティの春を告げると、レティは言葉にならないような声をあげてモジモジと体をくねらせた。

 

「はいはい、ご馳走様……」

 

 レティに対して静葉は苦笑いを浮かべて言うと、遠くの方から一人の男性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「あ、もしかして、あの人?」

 

 静葉がそう言って目配せすると、レティはそれを確認するなりその男性の元へ飛んでいってしまった。

 そして男性に飛びつくレティとレティに押し倒されながらも笑顔で彼女を抱き止める男性を見て、静葉は「うわぁ……」と驚きの声をもらした。

 

「春ですよ〜! 春ですよ〜!」

「リリー、うるさい」

「我が世の春が来た〜〜!」

 

 リリーのテンションの高さに少々イラッと来た静葉は、軽くリリーの頭を叩いて落ち着かせた。

 するとレティが男性を連れて静葉達の元へと戻ってきた。

 

「静葉さん、ご紹介しますね〜♡ 私の彼で〜す♡」

「お初にお目にかかります、静葉様」

 

 レティに紹介をされた男性は礼儀正しく静葉に頭を下げて挨拶した。

 

「あら、レティの彼氏の割にはちゃんと教養はあるのね」

「はい、私達、百姓は秋姉妹のお二方に大変お世話になっております故……穣子様には畑仕事の際に度々お目にかかるのですが、こうして静葉様にお目にかかるのも私達、百姓にとってはありがたき幸せなのです」

 

 深々と頭を下げて言うレティの彼氏の態度に、静葉はとても気分が良くなった。自分も幻想郷の秋を司る神の一人として紅葉を人々に届けているが、豊作を届けている穣子より人々から感謝されるのは少ない。そのため、先程の彼の言葉は静葉にとって凄く嬉しい言葉なのだ。

 

「ふふん、当然よね♪ 私が居なきゃ幻想郷には秋の紅葉なんて来ないんだから♪」

「えぇ、本当に毎年見事な紅葉をありがとうございます」

 

 静葉の気分は最高潮だった。胸を張り、ドヤァと鼻を高くしていると、

 

「………………」

 

 親の敵でも見るかのように冷たく鋭いレティの視線が自分に突き刺さっていた。

 するとレティは静葉と男性の間に割って入り、男性の左腕にギュッと抱きついて、静葉に口を開いた。

 

「いくら静葉さんでも、彼を私から奪うなら容赦しません」

 

 先程とは全く違う、重く、冷たい絶対零度の視線とトーンで忠告するレティに、静葉は思わず身体を震わせた。

 

「第一次恋戦争ですよ〜!」

 

 そんな重苦しい場面で更に油を注ぐリリー。

 静葉は『空気読めよ!』と心で全力ツッコミを入れるが、目の前のレティは不気味に笑って辺りに冷気を撒き散らしている。

 

 すると、

 

「静葉様、大変申し訳ありません」

 

 と男性がまた深々と頭を下げてきた。

 そんな彼の行動に静葉が「へ?」と間の抜けた声を出すと、男性は冷気を放つレティの肩をグッと抱き寄せてから、ハッキリと静葉に言った。

 

「私はレティさんのことが大好きなんです。ですから静葉様のお気持ちにはお応え出来ません!」

 

 まさかのお断り宣言だった。

 静葉はあまりの展開に硬直し、口をあんぐりと開けて言葉が出なかった。

 

「レティさん、私はレティさん一筋です。これからもずっと! ですから心配しないでください!」

「嬉しいです〜♡ 私も、ずっと貴方だけを愛しています〜♡」

 

 そんな静葉をよそにレティ達は勝手に盛り上がり、熱い抱擁だけでなく、熱い口づけまでも交わし出す始末。

 

「んんっ、ん〜っ、ちゅっ……んはぁ♡ んふふ♡ 皆さんの前でなんて恥ずかしいわ〜♡」

「私達の愛に恥ずかしいことなどありませんよ」

「きゃ〜ん、溶けちゃうわ〜♡」

 

 そして二人は固まっている静葉とニコニコしているリリーに一礼して、仲良く腕を組んで小川沿いをゆっくりと歩いていった。

 

「振られちゃいましたね〜。秋ですか〜?」

「どうして私が振られた体になってるのか理解出来ないわ……」

 

 その後、静葉は「秋以外滅びればいいのに」と一層念じるようになったそうな。

 しかし静葉がどんなに念じたところで、レティ達カップルにとってはこれからも春なのには変わらなかったーー。




レティ・ホワイトロック編終わりです!

静葉の扱いがアレですがご了承を。

お粗末様でした♪


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橙の恋華想

恋人は橙。


 

 寺子屋ーー

 

 本日も穏やかに時が過ぎる幻想郷。

 そして昼下がりとなった寺子屋では終わりの時間を迎えていた。

 

「よし、今日はここまで。宿題は無いが、予習復習を忘れずにすること。以上!」

『ありがとうございました〜!』

「うむ……あぁそれと、遊ぶなら暗くならない内に帰るようにな」

『は〜い!』

 

 みんながそれぞれ帰る中、橙が慧音の元へやってきた。

 

「慧音先生、相談があるんですけどいいですか?」

 

 そんな橙に慧音はニッコリと微笑み「どうしたんだい?」と訊いた。

 

「好きな人に感謝を込めて何かプレゼントしたいんですけど、何がいいか分からないんです……」

「好きな人とは紫さんや藍さんかな?」

「違います。紫様も藍様も好きですけど……えっと、あの……」

 

 橙は言葉に詰まり、耳や尻尾をピコピコさせ、頬も微かに赤らめている。

 

「あぁ、あの人へのプレゼントか」

 

 慧音がハッキリと言うと、橙は恥ずかしそうにしながらもコクコクと首を縦に振った。

 慧音が言う"あの人"とは人里で豆腐屋を営む青年のことである。

 この青年が作る豆腐や油揚げは幻想郷一と称され、中でも八雲家はそのお店のお得意様である。

 そうして付き合っていく中で、橙は青年の気さくで優しい人柄に惹かれ、つい最近、紫や藍に許しを得て正式にお付き合いすることになった。

 紫も藍も「この青年なら」と見込んでのことで、このことは幻想郷中を駆け巡った。

 

 そんな橙の直近な相談に慧音は「う〜ん」と腕を組んで考えた。

 一方の橙は不安そうに耳を垂れさせて慧音を待っていた。

 

「あれこれと候補を挙げることは出来るが、私は彼のことを橙程は把握していないからな。橙、彼がどんな人物なのか私に教えてほしい」

 

 すると橙は「はい!」と元気に返事をして慧音に青年のことを話した。

 

「あのですね、にぃに(青年の愛称)はとても凄いんです! お豆腐料理や油揚げ料理を沢山教えてくれて、そのお陰で紫様と藍様に褒めてもらえたんです!」

「ふむふむ……それは良かったな♪」

 

「それからもっと凄いのは、甘味もお豆腐などで作れてしまうところです! お豆腐を使ったレアチーズケーキを作ったり、おからでクッキーやドーナツを作ったり、油揚げを使ったラスクを作ったりと、とてもお勉強になるんです!」

「ほう……だからこそ人気なのだろうな」

 

「それでいつも橙に優しくしてくれて、良く褒めてくれて……笑顔がすっごく素敵で……」

「お、う、うん……」

 

「紫様達がお仕事で家に帰られない日とかは嫌な顔一つしないで橙を泊めてくれて……お布団の中でずっと抱きしめてくれて、橙が眠るまでずっと頭を撫でてくれるんです……えへへ♡」

「う、うむ……」

 

 もう後半は惚気話に変わってしまったので、慧音は取り敢えずそこで話を止め、もう一度思考を巡らせた。

 

「そう言えば橙。友達のチルノ達には相談しなかったのかい?」

 

 慧音が素朴な質問を橙にすると、橙は耳をヘニョっと垂れさせて難しい顔をした。

 

「しましたけど……」

 

 そう前置きした橙はみんなから言われたことを慧音に話し出した。

 

 

 チルノの場合ーー

 

『プレゼント? それならカエルの氷漬けだよ! 最強だもん!』

 

 大妖精の場合ーー

 

『う〜ん……感謝の気持ちを込めたお手紙とかは? お金も掛からないし、気持ちがこもってて残る物だから♪』

 

 ルーミアの場合ーー

 

『お肉がいいと思うな〜。お肉なら嫌がる人居ないよ!』

 

 リグルの場合ーー

 

『虫の標本とかどうかな? タマムシとか綺麗だしレアだよ!』

 

 ミスティアの場合ーー

 

『プレゼントか〜……私ならお料理ご馳走するかな〜。残らない物だけど思い出には残ると思うから♪』

 

 てゐの場合ーー

 

『男へのプレゼントなんてスカートたくし上げて「して♡」って言えばそれで問題無いウサ♪』

 

 みんなの意見を橙が話すと、慧音は思わず頭を抱えた。特にてゐの回答に慧音は頭突きをしようと心に決めた。

 

「みんなちゃんと考えてくれたんですけど、何だかしっくり来なくて……」

 

 説明を終えた橙は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「参考になるのは大妖精とミスティアくらいだな……それで私にも相談したのか」

「はい……みんなの意見が悪いって訳じゃないんですけど、どうしたらいいのか考えれば考える程分かんなくなっちゃって……」

「ふふ、橙は本当に彼のことが好きなのだな」

「え、あ……うぅ」

 

 橙はまたも顔を赤らめモジモジしながら俯いた。しかし耳や尻尾はピコピコしていて『好き』という気持ちが伝わってくる。

 そして慧音は「よし」と頷いて橙の目をまっすぐに見つめた。

 

「慧音先生?」

「では私からも一つアイデアをあげよう」

 

 それから慧音は橙に自分が思い付いたアイデアを伝えると、橙はパァっと表情を明るくさせ、慧音に笑顔でお礼を述べて早速行動を開始するのだった。

 

「ふふ、恋とは個人をこうも成長させるのだな……本当に恋とは不思議な物だ」

 

 お花畑が咲き乱れているような橙の後ろ姿を見送りつつ、慧音は橙に「頑張りなさい」とソッと告げて、自身も帰り支度を始めるのだった。

 

 

 人里ーー

 

 人里も夕焼け色に染まり、各民家では炊き出しの煙が煙突から上がっていた。

 

 そんな人里を橙は大きな手提げを片手にぶら下げて足取り軽く道を進んでいた。

 

 慧音が出したアイデアは彼が作った豆腐や油揚げで橙の手料理を振る舞うことだった。少しミスティアと似たアイデアではあるが、橙はそちらの方が彼は喜ぶと思って慧音のアイデアを実行することにした。

 橙は先ず、家に帰って藍から自分にも出来る豆腐料理を教えてもらい、それを一度作り、紫に試食をお願いすると、紫は笑顔で「美味しく出来てるわ」と太鼓判を押してくれた。

 それから橙は二人からお泊りのお許しを得て彼の住まいでもあるお店へと向かっているのだ。

 

 橙が目的の付近まで来ると、目的の人物はお店の暖簾を片付けている所だった。

 

「にぃに〜♡」

 

 彼の姿を見つけた橙はパタパタと彼の元へ走っていく。

 橙に気が付いた彼はその場で片膝を突き、両手を広げ、笑顔で橙を出迎えた。

 

 橙が彼の胸に飛び込むと、彼はしっかりと橙を受け止めた。

 

「いらっしゃい、橙ちゃん。紫さんから聞いてるよ。今日は僕の家に泊まるんだってね」

「うん! 急にお泊りに来てごめんね?」

「あはは、謝る必要はないよ。こんな可愛い恋人が泊まりに来てくれるんだから嬉しい限りさ」

 

 彼はそう言って橙の頭をポンポンっと優しく叩くように撫でると、橙は「にゃ〜♡」と嬉しそうに鳴いた。

 そして彼は橙をそのまま抱っこしてお店の中へと連れて行った。

 

 お店の中に入ると、彼は橙専用の椅子に橙を下ろした。

 

「今店の片付けをしちゃうから、橙ちゃんは少しここで待っててね」

 

 すると橙は、

 

「あ、良かったら台所借りてもいい?」

「え、構わないけど、お水大丈夫?」

「手に付く程度なら大丈夫だもん!」

「……この前みたいにタライひっくり返さないでね?」

「もう迷惑掛けないも〜ん!」

 

 橙はそう言って両手をブンブン振って抗議した。それを見た彼は苦笑いを浮かべて謝り、橙の頭をまた優しく撫でた。

 そして台所の方へ向かう橙を見送りつつ、

 

(まぁ、紫さんや藍さんがきっと何処かで監視してるだろうから大事には至らないだろうけど……早く片付けて様子を見に行こう)

 

 そう考えた彼は店仕舞いを早く進めるのだった。

 

 ーー。

 

 お店の片付けを終えて台所へ繋がる茶の間に入ると、彼は思わず二度見してしまった。

 何故なら橙が茶の間のテーブルにお鍋を用意していて、更に橙の横にはおひつや茶碗等が用意されていたからだ。

 

「え、これはどういうこと?」

「橙が用意したの♡ お米は藍様に炊いてもらったやつを持ってきたけど、お鍋は橙の手作りだよ♡ にぃにが作ったお豆腐とか油揚げとか沢山使ったお鍋にしたの♡」

 

 ニッコニコで答える橙の愛らしさと心遣いに、彼は嬉しさのあまり橙を抱きしめた。

 

「ありがとう。とても嬉しいよ」

「えへへ♡ 橙からもありがとう♡ このお鍋ね……にぃにに食べてもらいたくて作ったの♡ 未熟な橙とこうしてお付き合いしてくれてるお礼♡」

 

 すると彼は「それは違うよ」と首を横に振った。

 彼の言葉に橙が小首を傾げると、彼は橙の頬を優しく撫でながらゆっくりと語った。

 

「僕はお情けで橙ちゃんと付き合っている訳じゃないよ。橙ちゃんに心を惹かれ、心から好きだから紫さん達に頭を下げて交際を許してもらったんだから」

「にぃに……♡」

「未熟でも何でもいい。僕はどんな橙ちゃんでも好きだよ」

「うん……橙も♡ 橙もどんなにぃにでも大大だ〜い好き♡」

 

 橙はそう言うと彼の首筋にカプッと噛みつき、歯型を残した。この行動は橙が彼にだけする愛情表現なのだ。

 その後、彼は橙が愛情込めて用意したお鍋を橙と仲良くつついた。

 そしてその日の最後は、互いに布団の中で身を寄せ合い、橙が眠りに就くまでの間、幸せな時間を過ごすのだったーー。

 

「良かったなぁ、橙……ふふふ」

「藍、鼻血……」

「おぉ、これは失礼しました」




橙編終わりです!

橙はとにかく水が苦手ですが、水を頭から被らなければ大丈夫という設定でお願いします。
そして橙は元は化け猫なのでお付き合いしてもセーフということでご了承を。

ではお粗末様でした!


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アリスの恋華想

恋人はアリス。

クールでツンでデレデレアリスです!


 

 魔法の森ーー

 

 よく晴れた朝、私アリス・マーガトロイドは今、恋人の家に訪れている。

 彼は数年程前から魔法の森に住み着いた魔法使い。

 フワフワと掴みどころがなく、それでいて人の気持ちを敏感に察知する心優しい人。

 そして彼は普段、得意の機織りで様々な布や生地を作ってそれで生計を立てている。彼の織った織物は使い勝手が良く、人里でもそこそこ人気で彼の織った物しか買わないというファンもいるくらい。

 

 かく言う私も彼と知り合った頃から自分のお人形達のお洋服は彼の織った物で作っている。

 普段他人にはあまり興味のない私だけど、彼とは波長が合うというか、馬が合うというか、お話をしなくても居心地が良かった。

 私の家に招待した時も上海や蓬莱以外に喋ることが出来ないお人形達に対しても良く話しかけてくれて、それが馬鹿にしているとかではじゃなく、とても大切に思ってくれていることが分かり、彼の優しさを思い知った。

 

 それでいつしか私は彼を目で追うようになり、お互いに色んな話をする仲になり、一年くらい前に彼から告白をされ、私達は晴れて恋人同士となった。

 

「………………」

 

 そして彼は今、機織りをしている。

 ついこの前、私達が人里で買い物をしているとひとりの女性から声をかけられ、自分の娘の七五三衣装を作ってほしいと頼まれた。

 そこで生地を彼が織り、私がその生地で着物を作るといった共同製作をすることになり、彼が生地を織り終わるまで私はこうして彼の家に度々訪れている。

 決して会える口実にはしてない。たぶん……。

 

「いつも来てくれるのに背中ばっかり見せてごめんね」

「ううん、気にしないでいいわ。私が勝手に来てるだけだから。私こそ邪魔してごめんなさい」

「あはは、相変わらずアリスは謙虚だね。僕はアリスがいてくれるだけで嬉しいよ」

「そ、そう……」

 

 彼はすぐにこうやって私が喜ぶセリフをポンポン出してくる。おかげで私は顔が熱くなる……ホントにズルい。

 仕事中でも時たまこうして私に声をかけてくれるだけでも、私は嬉しい。自分だったら集中し過ぎて声なんてかけないから。

 そしてまた彼は仕事の方へ集中する。

 そんな彼の背中を私は黙って眺めていた。

 

(男の人の背中って広いわよね……霊夢や魔理沙がいかに女の子か分かる……)

 

(そしてどうしてか抱きつきたくなるのよね……自分からは絶対に出来ないけれど……)

 

 すると彼がふと手を止めてクルッと上半身を捻って私の方を向くと、

 

「アリス、どうしたの?」

 

 と微笑みながら訊いてきた。

 私は急いで「何でもない」と取り繕ったが、彼は私の側までやってきて、ギュッと私を優しく抱きしめてくれた。

 

「ふふ、ギュッてされたいって顔に書いてあるよ♪」

「書いてないもん!」

「じゃあ僕がしたいから暫くこのままね♪」

「……し、仕方ないわね♡」

「ありがとう、アリス」

「…………♡」

 

 また彼に心を読まれてしまった。でも彼の抱擁に私はもう脳や身体が拒めなくなっている。このフィット感からはもう離れないだろうと毎回実感させられている。

 

 それから暫く彼に優しく抱きしめてもらい、彼が仕事を再開した時には、もう日もかなり高くなっていてお昼になっていることが分かった。

 するとドアが勢い良く開き、ある人物が入って来た。

 

「おっす、二人共〜♪ 今日も仲良くやってるか〜?」

 

 その人物は魔理沙だった。

 

「やぁ、いらっしゃい魔理沙」

「何の用なの?」

「昼飯時に来たんだから察してほしいな。できる女アリスよ♪」

 

 その言葉に私は思わず頭を抱えた。要するに魔理沙はいつものように昼食をたかりにきたんだもの。

 そんな魔理沙に対して彼は愉快そうに笑ってるし……ホントお人好しなんだから。

 

 彼も仕事を再開したばかりだったから、私が仕方なく魔理沙の分も昼食を用意した。彼には冷めても大丈夫なようにおにぎりにして彼の側にある小さなテーブルにソッと置いておいた。

 

「ん〜……アリスの作る料理は相変わらず美味いな♪」

「はいはい、どうも」

 

 魔理沙の言葉は相変わらずなので適当に流しつつ、私も自分の分の昼食を食べた。彼は気を遣われることを気にするタイプだから、こういう時は気にせず食べることにしている。

 

「なんかお前ら最近いつも一緒に居るよな〜。やっぱ恋人同士だから一緒に居たいのか?」

「そ、そうじゃなくて、仕事の関係よ!」

 

 私はそう魔理沙に言ったけど彼は、

 

「僕はどんな理由であれ、アリスと一緒に過ごせる時間が増えて幸せだよ♪」

 

 だなんて声を弾ませて言うものだから、一気に私の胸がトクンと跳ねてしまった。ホントにズルい。

 

「ひゃ〜、お熱いね〜♪ 仕事も同じように一緒にやってんなら、もういっそのこと結婚しちまったらどうだ?」

「っ!?」

 

 魔理沙の発言に私は思わず言葉を失ってしまった。

 だって、けけけ……結婚だなんて考えもしなかったから。

 ただ好きで好きで好きで好きで好きで仕方ないから、一緒に居られる口実を探してるだけなんだもの、私は。

 

「さってと、腹も膨れたしチルノ達をからかいに行くかな♪」

「程々にしなさいよね……その都度、私や彼のところに駆け込んでくるんだから」

「その時はその時だぜ♪ んじゃ、ご馳走さん♪」

 

 魔理沙はそう言って颯爽と帰っていった。結婚だなんて爆弾を投下したのくせに……。

 お陰で全然落ち着かないじゃない。

 

 彼の背中をチラッと確認してみたが、彼は何ら変わりなく作業している。

 

(結婚か……彼のタキシードは白……いやいや、ここはキリッと黒の方がいいかも……)

 

(って何を考えているの私はぁぁぁっ!!)

 

 魔理沙のせいで彼の背中すらまともに見れなくなった私は、自分を落ち着かせるために食器を片付けた。

 

 ーー。

 

 私が食器を片付けてテーブルへ戻ると、彼は作業を中断しておにぎりを頬張っていた。その食べてる仕草が何だか可愛くてつい顔がニヤけそうになってしまう。

 すると彼と目が合い、彼が笑顔で言ってきた。

 

「今僕のこと好きって思ってるでしょ?」

「なっ!? べべべ、別にいつも思ってるもん!」

(どうしてバレたのか分からない……もしかしてさとりみたいな心を読む能力もあったりするの!?)

 

 そんなことを考えていると、彼が私の座る椅子の隣にやってきた。

 

「ど、どうしたの?」

(近い近い近い!♡ きゃ〜!♡)

 

「アリスに問題です♪」

「へ? あ、うん……?」

「今日は何の日か知ってる?」

 

 彼の問題に私は真剣に考えた。何故なら彼がわざわざこんな問題を出してくるのは私達に関係した事柄だからだ。

 

「ん〜……初めて会った日は違うし、初めてデートした日……いやいや、それは一昨日に迎えたし……う〜ん……」

 

 何か思い出して私! せっかく彼がこうして私達の記念日を出題してくれてるんだから!

 

「初めてお泊りをした日……初めて手を繋いだ日……あ! 初めてキスした日!」

 

 これだと思った私が彼に答えると、彼は困ったような笑顔で首を横に振った。

 

「凄く嬉しいこと沢山覚えててくれてるけど、違うよ。今日は僕達が付き合って一年の記念日だよ」

「あ、そっか……えへへ♡」

「まぁ僕としては自分で勇気を出して告白した日でもあるんだけどね」

 

 はにかんで言う彼に私は胸をキュンっと締め付けられた。彼のこういう仕草や言動はホントに心臓に悪い。

 

 すると彼はおもむろに懐から小さな箱を取り出した。

 

「そんな記念日に僕からアリスに贈り物だよ」

「え、ありがとう♡」

「開けて開けて♪」

「えぇ♡」

 

 その箱の蓋を開けると、そこには綺麗なシルバーリングが輝いていた。

 

「うわぁ♡ 指輪なんて初めて貰っちゃった♡ ありがとう、すっごく嬉しいわ♡」

「喜んでもらえて何より……アリスにとっては指輪を貰うのは僕が最初で最後になるね♪」

 

 そんなことを笑顔でサラッと言った彼だったけど、すぐにまた言葉を重ねてきた。

 

「あ〜……最後ではないか」

 

 その言葉に私が「え?」と首を傾げると、

 

「だって婚約指輪と結婚指輪が残っているじゃないか。僕はどちらもアリスに贈るつもりでいるよ」

 

 彼はそう言って優しくニッコリと頬んで、私の両手を優しく包むように握ってくれた。

 

「まぁ、全てはアリスの返事次第だけどね」

「……分かってるくせに、バカ♡」

 

 私は彼の言葉に思わず涙ぐんでしまった。そして彼はそんな私を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。

 

 それからプレゼントされた指輪をはめた私は、満面の笑みで彼に見せた。

 

「えへへ♡ どう、似合う?♡」

「うん、とってもお似合いだよ♪」

「あのね、ちゃんと手を見て言ってよ……」

「アリス」

「な、何よ?」

 

 すると彼は少し強引に私を抱き寄せ、その勢いのまま唇を奪った。普段の優しい彼とは少し違う、力強くて、私のすべてを受け止めてくれる、男らしいキス。

 互いの唇が離れると、そこにはいつも通りの優しい彼の笑顔がすぐ近くにあって、

 

「これも初めて言うけど……愛してるよ、アリス」

 

 すぐにこんな恥ずかしいセリフをいつものようにサラッと言う。

 

「……そんなの知ってるわよ♡」

 

 そして私もまた素直になれずそう言い返すと、彼はまた私の唇を奪うのだったーー。




アリス・マーガトロイド編終わりです!

私の中でのアリスはツンデレキャラなので、今回はそのイメージのまま書きました♪

ではではお粗末様でした☆


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リリーの恋華想

恋人はリリー。


 

 人里ーー

 

 人里のとある一角に小さな花屋があった。

 その花屋を経営するのは若い青年ただ一人。

 しかし、季節の様々な花をあの風見幽香から仕入れるため、知る人ぞ知る名店とささかやれている。

 

「いやぁ、今回もいい花をありがとうな! また必要になったら買いにくるよ!」

「ありがとうございます。今後ともご贔屓に」

 

 墓参りのための花を購入した中年の男は青年の肩をバシバシと叩いて店を後にした。

 青年がお客を店の前まで出て見送っていると、ふと自分の背中に暖かな気と小さな気配を感じた。

 青年は「あぁ、今日も来てくれた」と心から喜んで振り返ると、

 

「来ましたよ〜♡」

 

 春の桜のような可憐で愛くるしい妖精、リリーホワイトが立っていた。

 青年とリリーは恋人同士で、リリーはここ最近は毎日店に訪れている。

 

 最初は季節外れな春の花につれられてリリーがこの店に訪れ、それがすっかり気に入ったリリーはそれからも頻繁にここを訪れるようになった。

 そしてリリーはいつしか青年に惹かれ、青年もリリーに惹かれていて、二人は互いに特別な存在となった。

 

「いらっしゃい、リリー。今日も来てくれて嬉しいよ」

「私もあなたに会えて嬉しいです〜♡」

 

 彼に優しく抱きしめられるリリーの周りには、季節外れの桜が舞い散るほど春が訪れていた。

 

 そして二人は互いの顔を笑顔で見つめ合いながら店の中へと入っていった。

 

 ーー。

 

 店の中に入ると今はお客も居ないため、二人は店の奥にある座敷へ上がり、窓からの日差しを浴びながら過ごしていた。

 リリーは彼の膝の上に乗り、彼に後ろから優しく抱きしめられ、嬉しそうに笑顔の花を咲かせる。

 

「リリーは本当にポカポカして抱き心地がいいな〜」

「えへへ、もっとギュ〜ッてしてもいいですよ〜?♡」

「そんな風にするとリリーが苦しいだろ?」

 

 すると、リリーは体ごと彼の方へ振り向き、彼の顔をグイッと自分の方へ固定した。

 そんなリリーの表情はどこかとても真剣で、真っ直ぐに彼の瞳をジッと見つめている。

 

「どうしたのリリー?」

「苦しいだなんて思いません……あなたにされることなら、それは全部私の幸せです」

「リリー……」

「あなたに会えない時間、あなたと触れ合えない時間……これ程、苦しい時間は私にはありません」

「…………」

「ですから、もっともっと強く抱きしめてください。あなたと離れても、この瞳を閉じた時に瞼の裏でもあなたをハッキリと映し出せるように……♡」

 

 そう言ってリリーは彼にキュッと抱きついた。その手はいつもより力強く、まるで『もう離れたくない』と言っているようだった。

 そんなリリーに彼は「俺も同じ気持ちだよ」と優しく囁き、彼も負けじとリリーの小さな体をギュッと力強く抱きしめた。

 

「んぁ……♡」

「あ、ごめん。痛かった?」

「いいえ……今のはその……嬉しくて、つい♡」

「嬉しくて?」

「はい……普段優し過ぎるくらいの抱擁しかされませんでしたから、いざこうして強く抱きしめてられると……あなたと一つになっているような、そんな気持ちになって……♡」

「っ!?」

 

 両方の頬を桜色に染めた上に上目遣いでそんなことを言われるのだから、至近距離でされた青年としては、胸が高鳴るなんて言葉では計り知れないくらいの衝撃と高鳴りが押し寄せていた。

 

「リリー……」

「あ……♡」

 

 その証拠に彼はリリーの顎をいつもより少し強引に自分の方へクイッと向ける。リリーは彼のそんな行動に心がときめき、その瞳には彼の姿しか映し出されていなかった。

 リリーがソッと目を閉じて唇を彼に差し出すと、すぐに彼の唇がリリーのその唇に重なった。

 

「ん、ちゅっ……ちゅっ、んぁ、好き、はむっ♡ らいしゅき、んんっ、でしゅ、ちゅっ……♡」

「りり、ぃ、ちゅっ……んんっ」

 

 春ではなく常夏くらいの熱い口づけを交わす二人。

 そしてそれは暫く続き、やっと二人が唇を離した頃には、互いの唾液が糸を引いていた。

 

「んふふ〜、いっぱいちゅうしてくれて嬉しい♡」

「あはは、俺もだよ♪ ほら、口拭いてあげるから」

「あの日の夜みたいに舐め取ってくれないんですか?♡」

「それはそれ、これはこれってことで」

「じゃあ……♡」

 

 そう言ったリリーはトンッと彼に覆い被さるように押し倒した。

 

「り、リリー?」

「今度は私が舐め取ってあげますね♡」

 

 そしてリリーは妖しく舌なめずりをした後、彼に「頂きます♡」と言ってから彼の唇を何度も何度もついばんだ。

 

 ーー。

 

「…………」

「んゆ〜♡」

 

 何度も唇をついばまれた青年は、未だにリリーに押し倒されている状態だった。何故ならリリーが彼の胸に顔を押し付け、甘える猫のようにグリグリとしてくるからだ。

彼としてもこれはこれで可愛いので止めることも出来ず、惚れた弱みということもありリリーにやられたい放題だった。

 

 そして、

 

「ここはいつから春画紛いのことを実演するようになったのかしら?」

 

 風見幽香もそれを見ながらにこやかに笑っていた。

 

 幽香はいつも通り彼の店に花を卸しに来たのだが、呼んでも返事がなく、奥の座敷へとやって来たら何やら面白いことになっていたのでずっと眺めていたのだ。

 彼は幽香の存在にすぐ気付いたがリリーが全然離してくれなかったので、ずっとこの状態だった。

 

 そして幽香の声でやっとリリーが起き上がりると、彼も顔を真っ赤にしたまま上半身を起こした。

 

「んふふ、随分と楽しい季節外れな春ね〜♪」

「す、すみません、幽香さん」

「幽香、こんにちはです〜♪ 私と彼はいつも熱い春なのです!」

「はいはいご馳走様……で、花を卸しに来たのだけれどそろそろ確認してくれないかしら?」

「は、はい、今やります! 幽香さんは座敷で待っててください!」

 

 すると青年はリリーを優しく退かし、一撫でした後で急いで店先へ向かった。

 

「お茶飲みますか〜?」

「えぇ、せっかくだから頂こうかしら」

「は〜い♪」

 

 リリーが幽香へお茶を淹れて、湯呑を渡すと幽香は「ありがとう」と言って受け取り、リリーが淹れた緑茶をコクッと口に含んだ。

 

「緑茶なのに砂糖がこれでもかって入ってるみたいに甘いわね……ふふ」

「お砂糖は入れてませんよ〜?」

「なら雰囲気のせいでしょうね」

「そんなに甘い雰囲気ありました〜?」

「さっきまであんた達が私の前で繰り広げてたじゃない」

 

 リリーのわざとなのか素なのか分からない答えに、幽香は思わず苦笑いを浮かべてツッコんだ。

 するとリリーはニヨニヨと顔を緩め、ほっぺを両手で押さえながら『やんやん♡』と体をくねらせた。

 

「改めて言われると恥ずかしいです〜♡」

「恥ずかしいって顔してないわよ」

「だって幸せの方が大きいですから〜♡」

「どうしようもない春頭ね」

 

 幽香が呆れ半分で言うとリリーは「えへへ〜♡」と辺りに花吹雪を舞い散らせた。

 

「ごめんくださ〜い」

 

 すると店先に一人の女性が現れた。

 女性は青年に花束を頼み、彼はその場で色々と要望を聞きながら要望に合った花を選んでいる。

 

「相変わらずいい花を選ぶわね〜」

「お花と言えば彼ですからね〜♡」

 

 彼の仕事風景を見ながら感心する幽香と惚気るリリー。

 

 すると女性と青年は何やら楽しそうに会話を始めた。

 それを見たリリーは、

 

「何なのですか、あの(あま)は? 私の彼だというのにあんなに馴れ馴れしく……」

 

 と言って、いつの間にか全身真っ黒のブラックリリーへと変わり、嫉妬の炎を燃やしていた。

 

「だだの接客でしょう? あれくらいで嫉妬なんてするんじゃないわよ」

「分かってはいますが……ぐぬぬぬぬっ!」

 

 幽香はそんなリリーを見て『恋って大変ね』と考えながらまた茶をすすった。

 

 それから接客が終わり、卸しの確認も終えた青年が戻ると、リリーはパッとまたいつも通りのホワイトなリリーへ戻った。

 

「お待たせしました。確認終わりましたよ」

「お疲れ様です♡」

「はい、お疲れ。お代はいつも戻りよ」

 

 そして彼からお代を受け取った幽香は「色々とご馳走様」と言って帰っていった。

 

「恥ずかしかった……」

「私は幸せでしたよ〜♡」

「俺はまだまだ慣れそうにないな〜……」

 

 そう言って頭を掻く彼を見たリリーはニヤッと小さく笑った。

 

「じゃあ、慣れるまでしましょ♡」

「へ……うわっ」

 

 そしてリリーにまた押し倒された青年はまたまたリリーに何度も何度も唇をついばまれるのだったーー。




リリーホワイト編終わりです!

妖精ですがキス魔っぽくなりました。
春でもないのに外にいることに関してはどうかご了承を。

ではお粗末様でした☆


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ルナサの恋華想

恋人はルナサ。


 

 廃洋館ーー

 

 霧の湖の近くにあるプリズムリバー三姉妹が暮らす廃洋館。

 ライブの無い日はいつも楽器の音が鳴り響いているこの廃洋館だが、今日ばかりは悲鳴のような声が響き渡っていた。

 

 何故なら、

 

「………………」

 

 ルナサがいつも以上にどよ〜んと暗いのだ。

 

「姉さん、何かあったの?」

「私達で良ければ話聞くよ?」

 

 そのルナサのどんより加減に悲鳴をあげたメルランとリリカだったが、二人はすぐにそう言ってルナサの側へ歩み寄った。

 

 するとルナサが掠れるような声で「彼が来ない……」と言った。

 

「彼?」

「あぁ、姉さんの恋人のことね?」

 

 メルランがそう確認するとルナサはゆっくりと頷いた。

 

 ルナサは半年程前から人里に住んでいる若い画家の男と恋仲になっているのだ。

 

「きっとあの女の所に行ってるんだわ……」

 

 ルナサの言葉に二人は驚愕した。何故ならあれだけルナサ一筋だった青年が浮気をするだなんて考えもしなかったからだ。

 

 二人がルナサに詳しく事情を訊くとルナサは淡々と説明した。

 

 それは今から三週間程前。彼が作品制作に集中したいとのことで今日までは会えないと言ってきた。

ルナサは寂しいと思いながらも、彼の絵に対する誠実さを分かっていたので「分かった」と頷いた。

 そしてついこの前、姉妹で人里へライブをしに行った時に問題が起こった。

その日のライブは無事に終えたが、その帰り際にルナサは彼の後ろ姿を見つけた。

彼に会いたかったルナサは急いで彼の背中を追いかけようとしたが、足が止まった。

 何故なら彼の隣に知らない女性が居たから。

 ルナサは彼が浮気をするなんて考えたくなかったが、約束のこの日に彼がまだ来ないということはそういうことなのだろうと思い、絶讃落ち込み中なのである。

 

「何かの間違いじゃないの?」

「そうよ。あんなに仲良かったじゃない」

「人の心なんて所詮そんなもんなのよ……」

 

 二人の言葉にもやさぐれて返すルナサ。

 するとメルランがルナサの肩をガシッと掴んだ。

 

「まだ好きなでしょう!? このまま黙ってるつもりなの!?」

「メルラン……」

「そうだよ! 兄さんはルナサ姉さんと結婚して、私の本当の兄さんになるの楽しみにしてるのに!」

「リリカ!?」

「とにかく何もしないでいるより、何か行動しましょう! じゃないと私達だって納得出来ないもの!」

「でも、どうすればいいのか分かんない…………」

 

 するとメルランが「私にいい考えがある」と言ってニヤリと笑った。

ルナサは不安になったが、彼に捨てられたくないという気持ちの方が勝り、メルランに言われた通りにした。

 

 ーー。

 

 そして太陽が下がってきた昼下がり。

 例のルナサの彼氏が廃洋館へとやってきた。

 

 リリカに出迎えられ、メルランにルナサの部屋へと案内された彼は、ルナサの部屋のソファーに座ってルナサが来るのを待っていた。

 

「(ねぇ、本当にこれで彼を取り戻せるの?)」

「(大丈夫大丈夫。紅魔館の図書館で読んだ本に、たまにはこういうことをすると燃え上がるって書いてあったもの!)」

「(きっと兄さんも惚れ直してくれるよ!)」

「(うぅ〜)」

 

 そしてルナサは妹達に背中を押されて部屋へと入った。

 

「お、お待たせ……」

「あぁ、いいよ気にしなくて。僕の方こそ来るのが遅くなってごめんね」

 

 彼が深々と頭を下げると、ルナサは慌てて「平気だから」と言って、彼に頭を上げるよう促した。

 彼が頭を上げてルナサに「ありがとう」と言って笑顔を見せると、ルナサの胸はトクンと高鳴った。

それもそのはず。ルナサはこの彼の笑顔で恋に落ちたのだ。そして三週間振りの彼の笑顔なのだからいつも以上に胸はときめいていた。

 

 それからルナサが彼のすぐ隣に腰を下ろすと、彼は透かさずルナサの肩を抱き寄せた。

 

「ちょ、ななな、何!?」

「嫌だったかな? せっかくこうやってルナサとちゃんと会えたから、もっと君を近くで感じたかったんだ。嫌なら離すよ」

「そんなこと言われたら答えは一つしかないじゃない……バカ♡」

「ありがとう……ルナサ……会いたかった」

 

 彼はルナサに優しく囁き、ルナサの肩だけではなく腰にまで手を回して抱きしめていた。

 ルナサは嬉しいやら恥ずかしいやらで目がグルグルと回ったが、両手だけはちゃんと彼の背中に回してギュッと彼を抱きしめていた。

 

 ーー。

 

「ねぇ、あれで本当に浮気してると思う?」

「嘘が上手ならあり得るけど、いつもの姉さん達と変わらないわね〜」

 

 そんな話をしながらルナサ達をドアの隙間からこっそりとメルランとリリカが観察していた。

 仮に自分達の大切な姉を悲しませるものなら、いくらルナサの恋人といえど、二度と忘れないポルターガイストの恐怖の旋律を奏でようとしているのだ。

 

「ルナサ姉さんすっごく赤くなってるね〜。大丈夫かな?」

「こう見ると姉さんも乙女よね〜♪」

「と言うか二人して抱きしめ合ったままで、まったく会話しないね」

「でもそろそろ動くんじゃない?」

 

 ーー。

 

「ルナサ、今日はコート着てるんだね」

「え、あぁ、うん……」

 

 回した手はそのままで少し体を話した二人は、互いの鼻がくっつきそうな距離で会話する。

 彼が言ったように今のルナサは黒のオーバーコートを羽織っているのだ。

 

「違う服装を見るのは新鮮でいいね。凄く似合ってるよ」

「そう♡」

 

 彼から褒められたルナサは嬉しさのあまり顔がフニャっと蕩けた。

 

「本当に君みたいな可愛い女性が恋人で僕は幸せだよ」

 

 するとルナサはピクッと肩を震わせた。何故ならまだあの疑いは晴れた訳ではないから。

 彼の『恋人』という単語でそのことを思い出したルナサはグッと彼から体を離した。

 

「ルナサ?」

「私ね……見ちゃったの」

「何を?」

「あなたが私以外の女性と並んで歩いているところを……」

 

 すると彼は一瞬驚いた顔を浮かべるとすぐに、

 

「あ〜、やっぱり見られちゃってた?」

 

 と素直に言葉を返した。

 

 その言葉にルナサはその場から立ち上がり、彼の真正面に立った。

 

「ルナサ……?」

「私、あなたが好き……大好き……誰にも、渡したくない……!」

「気持ちは嬉しいけど、急にどうしたの?」

 

 するとルナサはガッとオーバーコートを脱いだ。

 

「っ!!!?」

 

 彼はルナサの姿に言葉を無くした。

 何故ならルナサはいつもの服装ではなく、胸元がダイヤモンド型にぱっくりと開いた黒のセーターワンピースを着用していたからだ。

丈もミニで太腿から下がハッキリと見え、更には控え目だがちゃんと自己主張している谷間がしっかりとこんにちはしている。

 

「め、メルランが男の人はこういう服が好きだって言ってた……私もこういう服、似合うか分からないけど、ちゃんとあなた好みの女になる」

「…………」

「だから……だから、私を捨てないで!」

 

 ルナサは彼の膝にすがりつき「お願い……それくらいあなたが好きなの」と声を震わせた。

 

「あの〜……凄く言い辛いんだけど……落ち着いて聞いてくれる?」

 

 彼がルナサの頭を撫でながら訊くと、ルナサは彼の目を見てコクコクコクコクと必死に頷いた。

 

「ルナサが僕と女の人が歩いてたのを見たのって、人里でライブやってた日だよね?」

「うん……」

 

 すると彼は「あちゃ〜」と言った顔を浮かべた。

 

「…………あの時一緒に歩いてたのはね……」

「…………」

「僕の妹なんだよ」

「へ?」

「妹が僕の恋人がどんな人のかしつこく聞くもんだからさ……直接会わせるのはルナサも緊張するだろうから、敢えてライブのルナサを見せに妹を連れて行ったんだよ」

 

 その説明から数秒の沈黙後、ルナサはボンッと音を立てて耳まで真っ赤にして自分のベッドに潜り込んでしまった。

 

「にゃうにゃうにゃう〜!」

 

 掛け布団を被り、その中でジタバタしながら羞恥に苛まれるルナサ。

 彼はそんなルナサの側へ行き、布団の上からルナサ背中ら辺をポンポンと優しく叩きながら「誤解させるようなことしてごめん……」と謝ると、ルナサは「私こそごめんなさい」と消え入りそうな声で謝った。

 

「その……その服も、凄く似合ってるよ。可愛い」

「うるさい……♡」

「もう一度今のルナサをじっくり見たいんだけど……ダメかな?」

 

 するとルナサはバサッと布団から出て、彼をベッドに押し倒して、それでまた布団を被った。

 

「布団の中なら暗いから、見てもいいわ♡」

「真っ赤になってるルナサ可愛い♪」

「や、やっぱり見ちゃダメ♡」

「もう遅い♪」

「あ、どこ触って……はんっ♡」

「三週間も我慢したんだ。じっくりとルナサの音色を聞かせてもらうよ♪」

「そ、そこは弾くところじゃ……んんっ♡」

 

 ーー。

 

「あらあら〜……大人の演奏会になっちゃったわね〜♪」

「結局ルナサ姉さんの勘違いだったわけか〜。本当に人騒がせなんだから」

「ふふ、そうね〜。さ、私達は二人のセッションの邪魔にならないように退散しましょう」

「そうだね♪ ルナサ姉さんが一方的に鳴るだけだし……」

 

 その後、ルナサは彼の前だけ、色んな衣装を着るようになったそうなーー。




ルナサ・プリズムリバー編終わりです!

ちょっと最後はんんんっ?てな感じになりましたがご了承を。

ではではお粗末様でした☆


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メルランの恋華想

恋人はメルラン。


 

 廃洋館ーー

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 メルランはメロディを口ずさみながらご機嫌な様子。

 朝早起きして髪をセットし、何度も何度も鏡の前で百面相してた。

 

「随分ご機嫌ね、メルラン」

「そりゃあ恋人と会うんだからルンルンっしょ♪」

 

 そんなメルランを眺めるのは姉のルナサと妹のリリカだった。

 そしてリリカが言ったように、メルランはこれから恋人に会いに行くのだ。

 

 メルランのお相手は人里でライブハウス兼バーを営む男性で、プリズムリバー三姉妹を始め、鳥獣伎楽、堀川雷鼓、九十九姉妹といった者達の演奏の場なっている。

 そしてメルランはその男性とつい数ヶ月前にお付き合いすることになったのだ。

 

「メルランが幸せならそれでいいわ。もしメルランを悲しませるなら、相手を鬱にしてメルランが居ないと生きていけない精神状態にしてあげよう」

「そんな物騒なこと考えないでよ……」

 

 不気味な笑みを浮かべて言うルナサにリリカは「洒落にならん」と言った感じにツッコミをいれた。

 するとメルランがクルリとルナサ達の方を向いた。

 

「姉さん、リリカ、そろそろ行くわね〜♪」

 

「え、あぁうん、行ってらっしゃい」

「お土産よろしく〜♪」

 

 こうしてメルランは自分の周りに音符を飛ばして、珍しくスキップしながら出ていった。

 そんなメルランを見送ったルナサとリリカは優しい微笑みを送るのだった。

 

 

 人里ーー

 

 人里の彼の店までひとっ飛びにやってきたメルランは、彼の店の中に入る前に髪や服を整えていた。

 彼に会いたい一心だったのでメルランは髪も服もボサボサになってしまったのだ。

 

(Danger Z○neなんて口ずさまなきゃ良かったわ〜)

 

 そんな後悔をしつつ整えていると、お店の中から何やら楽器の音が聴こえてきた。

 

(この音色は……ハーモニカかしら?)

 

 その音色はとても優しく、音楽を心から愛している者が奏でるものだった。メルランはその音色に聴き惚れていたが、あることに気がついた。

 

(そういえば誰が演奏しているのかしら?)

 

 ライブハウスは地下に作ってあり、一階はバーである。

そして更にはこの店の営業時間はいつも夕方からなので、こんな日が高い内から楽器の音色が聞こえるはずがないのだ。

 

 メルランはドアの高い位置にソッと張られているガラスから中の様子を伺った。

もし誰が演奏しているのならドアを開ける音でせっかくの演奏の邪魔なってしまうからだ。

 

(ごめんくださ〜い……っ!?)

 

 覗いた窓の向こうの光景にメルランは驚いた。

 

『〜〜〜♪』

 

 ハーモニカを演奏していたのは自分の恋人だったからだ。

 

(えぇぇぇ!? 音楽が好きなのは知ってたけど演奏もするだなんて知らなかったぁぁぁ!)

 

 付き合って数ヶ月。知り合ってから一年近く。メルランがこの時に初めて知った彼の一面だった。

 そしてメルランは改めてその音色に耳を澄ました。

 

 それはどこまでも優しくて、どこまでも澄んでいる空ようにメルランの心を包んだ。

 

(あ〜……こんなにも優しい音色は初めてだわ……いつまででも聴いていたくなっちゃう……)

 

「お母さん、あの子何を見てるのかな〜?」

「しっ! 見ちゃ駄目よ!」

 

 その通りすがりの親子の会話でメルランは自分の今の姿にハッとした。

 今の自分は傍から見れば、ふわふわと浮かんでドアの窓からこの店の中を覗く不審者なのである。

 

(降りよ……)

 

 恥ずかしくなったメルランは浮かぶのを止め、地上に立ち、今度は辺りをキョロキョロと見渡した。

 

(さっきの親子しか見てた人居ないわよね?)

 

 そして周りに誰も居なかったことを確認したメルランは大きく深呼吸をした。

 

(よし、入ろう!)

 

 そう思った矢先、

 

「おはよう」

 

 店のドアを開けて男性が声をかけたのだ。

 

「おおお、おはおはおはよう!」

 

 すっかり気が動転したメルランは盛大にどもってしまった。

 そんなメルランに男性は「そんな挨拶初めて聞いた」と可笑しそうに笑って言うのだった。

 メルランは恥ずかしさのあまり顔から火が出るんじゃないかというくらい、カァ〜ッと真っ赤にさせた。

 

「はは、そんな真っ赤になるメルランは初めて見たな。入れよ、メルラン」

「お、お邪魔しま〜す」

 

 中に入り、お店の奥にある彼が寝泊まりしているだけの和室に通されたメルラン。

 そこには男の部屋としては不釣り合いな淡いピンク色の座布団がある。これは彼がメルラン用に買った座布団であり、メルランの特等席だ。

いつも通りその座布団に座ったメルランに彼は透かさずコーヒーを淹れた。

 

「ほい。これでも飲んで落ち着け」

「いただきましゅ……」

 

 言葉を若干噛みながらコーヒーカップを受け取ったメルランは、早速一口含んで落ち着こうとした。

 

(あ……)

 

 そしてメルランはいつも通り、何も言わなくても既に入っているお砂糖の甘さにホッとした。

 

「で、何で店の前に来た時からワチャワチャやってたんだ?」

「うぅ〜……せっかく落ち着いたのに〜」

「落ち着いたから話せるんだろ?」

「イジワル〜」

「その意地の悪い男と付き合ってるのは誰だったかな〜?」

「〜〜♡」

 

 彼の意地悪な質問にメルランはボソボソッと答えた。

 しかし彼は「聞こえな〜い」とわざとらしく言ってメルランを困らせた。

 そしてメルランはまた顔を赤くし、

 

「わ・た・し!」

 

 とハッキリと答えた。

 そんなメルランに彼は「は〜い、よく言えました〜♪」と悪戯っ子のような笑みを見せ、メルランの頬を優しく撫でた。

 

「もぉ……本当にイジワルなんだからぁ〜」

「好きな女ほど悪戯したくなる男心なのさ」

「ああ言えばこう言う……もう♡」

 

 すると彼はまた笑った。そしてメルランに「すまんすまん♪」と言葉だけの謝罪をした。メルランとしてはこんな愛らしいことをされては許すほかなく、悔しいとただただ思った。

 

 一頻り笑った後で、彼はまた先程と同じく「店の前で何してたんだ?」と訊ねてきた。そしてメルランは観念したかのように素直に白状した。

 

「お店の前に着いたらハーモニカの音が聴こえてきて……誰が演奏してるのか気にってドアの窓から見てました。これでいい?」

「うん、満足♪」

(あの顔は絶対に知ってて訊いてる……だって私をからかって楽しそうにしてる顔だもん)

 

 メルランはそう考えながら彼の顔を「むぅ〜」っと恨めしそうに睨んだが、彼はそんなのは一切気にしない風にクスクスと笑っていた。

そんな彼の笑顔にメルランはキュンと来てしまい、先程までのことはもう忘れてしまったかのように顔をニャァっと緩めるのだった。

 

 ーー。

 

 そして落ち着いたメルランは彼に素朴な疑問を訊ねた。

 

「あ、そう言えば、どうして楽器出来るってこと黙ってたの?」

「訊かれなかったから」

「…………」

「訊かれなかったから」

「二度も言わなくていいわよ!」

 

 彼の対応にメルランが顔を真っ赤にして言うと、彼はふと真顔になった。

 

「まぁ……なんつうか、今のは冗談なんだけどさ」

「知ってるわよ」

 

 フンッと鼻を鳴らしてメルランがそっぽを向くと、彼は苦笑いを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「黙ってたっていうか……話せなかったんだよ。ごめん」

「どうして?」

 

 すると彼は頬を少し赤くし、急にソワソワと落ち着きなく目を泳がせた。

 

「…………メルランが吹くトランペットの音色に惚れて、楽器始めたからな……俺は」

「へ?」

 

 彼の言葉にメルランは思わずボンッと顔が真っ赤になった。

 一方の彼も更に頬を紅潮させ、照れ隠しなのかしきりに頭を掻いている。

 

「まぁそんだけの話だ……」

「うん……えへへ♡」

「何笑ってんだよ」

「だって……えへへ〜♡」

(そんなこと言われて嬉しくない訳ないじゃないの〜♡)

 

 ニヨニヨと笑うメルランを見て、彼はとうとう耐え切れずに「コーヒー淹れ直してくる」と言って立ち上がってしまった。

 そんな彼にメルランは「私も行く〜♡」と言って彼の背中に飛び付いた。

 

「な、い、いいよ! いいから座ってろよ!」

「やだ〜♡ 寂しい〜♡」

「〜〜!!」

「今度セッションしましょうね♡」

「…………気が向いたらな」

 

 照れ臭そうにしながらもちゃんと笑顔で言った彼に対して、メルランは満面の笑みで「うん♡」と返した。

 

 それから更に数ヶ月後、メルランと彼が奏でる明るく優しい音色は、たちまち幻想郷中に響き渡るようになるーー。




メルラン・プリズムリバー編終わりです!

恋人の前だと振り回されるメルランにしてみました!

お粗末様でした☆


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リリカの恋華想

恋人はリリカ。


 

 人里ーー

 

 今日も今日とて穏やかな昼下がりの幻想郷。

 そんな昼下がりをプリズムリバー三姉妹はライブを終えた後で、小さな洋風茶屋に立ち寄って紅茶と洋菓子を楽しんでいた。

 

「人里のライブが終わるとここに来るのが定番になったわね……」

「いいじゃん、別に♪ お兄さんも素敵だし♡」

「紅茶もケーキも美味しいわよね〜♪」

「だよねだよね♪ お兄さんも素敵だし♡」

 

 ルナサとメルランの言葉に反応するものの、結局は同じセリフを放つリリカ。

 

「……はぁ」

「んふふ♪」

 

 そんなリリカにルナサは半分呆れた感じにため息を吐き、メルランは愉快そうに笑っていた。

 

「お兄さんまだかな〜♡」

 

 姉達からどう思われていようとお構い無しのリリカは目的の"お兄さん"が来るのを待っていた。

 

 リリカの"お兄さん"はここの洋風茶屋を営む男性であり、リリカの恋人でもある。

 リリカが一人で人里を探検(迷子)している時にたまたま来店し、二人は出会い、彼の優しい人柄に惹かれたリリカの猛烈アタックによって数週間前に二人は晴れて恋仲となった。

 

「お待たせしました。日替わりケーキセットになります」

「わぁ、今日も美味しそう♡」

「今日のケーキはモンブランケーキです。セットの紅茶はアッサムですので、是非ともミルクティーにして味わって頂けると幸いです」

「モンブランだなんて初めて見たわ」

「名前は知ってたけど実際に見たことはないわよね〜」

「このケーキは十六夜咲夜さんから教わりました」

「あのメイド長ってホントに何でも出来るんだね……」

 

 すると彼は最後に中くらいサイズの蓋付きバスケットを三姉妹のテーブルに乗せた。

 彼がその蓋を開けると、そこには三姉妹のそれぞれの顔がココアパウダーでプリントされた直径約五センチサイズのクッキーが所狭しと詰まっていた。

 

「こちらはいつもご贔屓にしてくださる皆様へ、私からのサービスです。皆様のお家でお召し上がりください」

「わぁ〜、ありがとう、お兄さん♡」

「ご馳走様です。次来た時にバスケットはお返ししますね」

「ありがとうございます〜♪」

 

 三姉妹がお礼を言うと男性はニッコリと笑みを返し、また一礼してカウンターへ戻った。

 

「んへへ〜、いつ見てもス・テ・キ〜♡」

「はいはい」

「ふふ、早速頂きましょ〜♪」

 

 恋人から目を離そうとしないリリカは放っておいて、ルナサはミルクティーを口に含み、メルランはモンブランケーキを食べた。

 

「ん……相変わらずいい味してるわ。レミリアさんがここの茶葉を買い付けてるのもよく分かる」

「ケーキもすっごく美味しいわ〜♪ 咲夜さんのケーキも好きだけど、ここのケーキも好き〜♪」

「むふ〜ん、恋人が姉さん達に褒められるのって自分も褒められてるみたいで、何か誇らしいわ♪」

 

 鼻高々に言うリリカだがルナサは「別にリリカは褒めてない」とその鼻をへし折った。

 しかしそれでもリリカは何も気にする素振りも見せず、ただただ目をハートマークにして彼の横顔や背中を追うのだった。

 

 ーー。

 

 それから暫く経ったが、リリカは今でもテキパキと仕事をこなす彼を眺めながら紅茶やケーキを口へ運んでいた。

 

「リリカ、食べるか見るかのどちらかにしなさい」

「お行儀悪いとお兄さんがガッカリしちゃうかもしれないわよ〜?」

「うぅ〜……分かった……」

 

 リリカは渋々といった感じで頷き、見るのを止めてやっと正面を向いた。リリカとしては一人で来た時のいつものスタイルだったが、改めて考えるとちょっと不安になってしまった。

 

「愛想尽かされてたらどうしよ……」

「どうしよって言ったってねぇ……と言うか、今更心配するのね」

「だってぇ〜」

「もし愛想尽かされたらここまで贔屓しないと思うけど?」

 

 ルナサがそう言うとメルランも笑顔でコクコクと同意する。

そんな二人に対してリリカが「贔屓?」と言って小首を傾げると、ルナサは無言で先程彼から受け取ったバスケットを指差した。

 

「クッキーがどうかしたの? 私達へのサービスでしょ?」

「中身を見れば分かるわよ」

 

 ルナサが呆れ気味に言うと、その隣に座るメルランはまたも笑顔でコクコクと頷いた。

 リリカは「ん〜?」と首を傾げてバスケットの蓋を開けるが、やはり最初に見た時と同じく三姉妹の顔がプリントされたクッキーが詰まっていただけだった。

 何が何だかサッパリといった感じで左右に首を傾げるリリカに見かねたルナサが「貸して」と言ってバスケットを取った。

そこからルナサが三枚のクッキーを取り出して、リリカへ手渡した。

 

「私達の顔が上手にプリントされてるね」

「それだけじゃないのよ」

「そうかな〜?」

「ふふふ、リリカちゃんクッキーの上を見れば分かるわよ〜♪」

「ん〜……っ!?」

 

 リリカはそれを見て思わず赤面した。

 何故かと言うと、リリカの顔がプリントされたクッキーにだけ、スタンプで小さく『Cutie』という文字が刻まれていたから。

 

「その言葉だけじゃなくて他にも『Sweetie』・『Honey』・『Juliet』・『Angel』って刻まれてるクッキーがどっさりよ」

「どの言葉も恋人に対して使う言葉よね〜♪」

「あぅあぅあぅ〜……♡」

 

 リリカは頭から湯気を出す程赤面していた。しかし目ではしっかりとそのクッキーを捉えていた。口角の方も上がりに上がっていて、その口からは「ふひひ♡」と何やら怪しい声をもらしている。

 そんなリリカを見てルナサは両手を小さくあげて「やれやれ」と言った感じに首を横に振り、メルランは「あらあら〜♪」と口を押さえて笑った。

 

 バスケットの中のクッキーを眺めながら締まりのない顔をするリリカだったが、ふとある文字が目に入った。

 

「ねぇねぇ、ルナサ姉さん」

「今度は何?」

「これ何て読むの?」

 

 そう言ってリリカは気になった文字が刻まれたクッキーをルナサへ見せた。

 ルナサはその文字をじっくりと見たが分からなかった。なのでメルランの方に視線を向けると、メルランも「分からないわ」と言った具合いに首を横に振った。

 

「B・a・eで何て読むのかな〜?」

「普通の読み方なら『ベイ』とか『ベー』だけど、意味は分からないわね〜」

「気になるなら聞くのが一番でしょ」

 

 そう言ったルナサは透かさず「すみませ〜ん」と彼を呼んだ。

 彼はすぐにその声に返事をしてルナサ達のテーブルの側へやってくると、丁寧にお辞儀をした後に「どうされました?」と訊ねた。

 

「ねぇねぇ、お兄さん。このB・a・eってどう言う意味なの?」

 

 リリカが気になっていることをそのまま彼に訊ねると、彼の表情に少し動揺の色が見えた。

それでもすぐに普段の表情へ戻った彼は小さく深呼吸をしてから、ニッコリと微笑んで答えた。

 

「その言葉は『before anyone else』の頭文字を取った略語です」

「お〜、で、その言葉の意味は!?」

「『他の誰よりも優先して』という言葉になるそうです。パチュリーさんから教えて頂いた言葉で、せっかく教えて頂いたので愛するリリカさんへ送ろうと思いまして……」

「ふぇ……」

 

 彼が珍しく少し早口で説明しながらほんのりと自身の頬を紅潮させると、その説明を聞いたリリカもポッと頬を赤く染めた。

 

「言葉はいつも進化するのね……凄いわ」

「素敵な言葉ね〜♪ こっちまで熱くなっちゃうわ〜♪」

 

 ルナサの言葉はともかく、メルランの言葉に二人は恥ずかしさのあまり同時に顔を伏せた。

 しかし、それと同時にリリカは彼の手をキュッと握った。

 

「リリカさん?」

 

 リリカの行動に思わずリリカに彼が訊ねると、とリリカは少しだけ顔を上げ、彼の顔……瞳を見て、

 

「わ、私も、ね……」

 

 と前置きした。

 彼は思わず生唾を飲み込み、次の言葉を待った。

 

「お兄さんのことがどんなことよりも最優先だよ?♡」

 

 言葉を絞り出すように上目遣いで言ったリリカは、言い終わってからすぐにまた顔を伏せた。

しかしそれとは真逆に手では彼の手をギュ〜ッと握りしめいた。

 すると彼はその場で片膝を突き、リリカの手を両手で優しく包んだ。

 そして、

 

「ありがとうございます。これからもリリカさんを大切にします」

 

 と優しい笑顔で伝え、リリカの手の甲へソッとキスをした。

 それが終わると彼は照れ隠しなのか、その場から急ぎ足で厨房の方へと姿を消した。

 

「うぇ、うぇっへへへ〜♡」

「もう少しマシな笑い方しなさいよ」

「でも雰囲気は激甘ね〜♪」

 

 その後リリカは廃洋館へ帰ってからもその笑い声をあげ続けたそうなーー。




リリカ・プリズムリバー編終わりです!

ちょいとロマンチックな感じにしましたが、リリカらしさ(?)は残した感じのお話にしました!

お粗末様でした♪


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妖夢の恋華想

恋人は妖夢。


 

 白玉楼ーー

 

 この日も冥界は穏やかな時がゆっくりと過ぎていた。

 冥界とは罪の無い死者が成仏するか転生するまでの間を幽霊として過ごす所である。

 そしてこの冥界に一際大きなお屋敷、白玉楼がある。

 そこに暮らす剣術指南役兼庭師である魂魄妖夢は、自分の主である西行寺幽々子にお昼御飯を振る舞っていた。

 

「ん〜♪ 妖夢の作る料理はいつも美味しいわ〜♪」

「ありがとうございます、幽々子様」

 

 テーブルに所狭しと並べられた料理を、まるで水を飲むかの如く平らげていく幽々子。

 

「あの、幽々子様」

「ん、何かしら?」

「今日はその……洗い物が終わったら刀を鍛えに人里へ行ってもよろしいでしょうか?」

 

 妖夢がそう訊ねると、幽々子は笑顔で頷いた。

 それを見た妖夢はニパッと太陽のような笑顔を浮かべた。

 

「でもね、妖夢……」

「はい?」

「わざわざ人里に行く用事を作らなくても、やることをちゃんとやった後なら好きに過ごしていいのよ?」

「わ、私は別に用事を作っている訳では……」

 

 すると幽々子は空いた丼を妖夢に渡した。

 妖夢はそれを見て透かさずその丼にご飯をてんこ盛りによそった。

 そして丼を受け取った幽々子は諭すような口調で妖夢に言った。

 

「私はこのご飯が食べたいから食べるの。だから妖夢も好きな人に会いたいから会いに行く。妖夢が私に『物を食べるな』と言わないように、私だって妖夢に『会いに行くな』なんて言わないわ」

「幽々子様……」

「彼に会いに行ってらっしゃい」

 

 幽々子が笑顔で妖夢に言うと、妖夢は満面の笑みで「はい!」と頷いた。

 しかし、

 

「ですが、食べ過ぎはいけません。白玉楼の家計は日を追う毎に食費で減り続けているんですからね!」

 

 と釘を刺された。

 幽々子は「せっかくいい風にまとめたのに」と思いながら、舌ではなく口で「ちっ」と言うのだった。(舌打ちが出来ないから)

 

 それから妖夢は幽々子が綺麗に食べ終えた食器を全て洗い終え、意気揚々と人里へ向かうのだった。

 そしてそれを幽々子は屋敷の縁側から優しく見送った。

 

 すると、

 

「スキップなんてしちゃってまぁ……乙女ね〜」

 

 スキマを使って八雲紫と八雲藍が現れた。

 

「あら、いらっしゃい。紫に藍ちゃん」

「はぁ〜い♪」

「お邪魔します」

「お茶飲む?」

「そのために来たのよ。藍」

 

 すると紫はスキマからお茶会の道具を取り出して藍に渡し、それを受け取った藍はしずしずとお茶を点てる準備を開始した。

 

「妖夢はまた人里にいる半妖の所へ?」

「えぇ、最近は鴉天狗に撮ってもらった二人の記念写真を自分の机に飾って良く眺めてるわ♪」

「まぁあの娘はクソ真面目だから変な男に捕まらなくて良かったわね」

 

 そう話す紫に幽々子は「そうね〜♪」とにこやかに返した。そして二人は藍が点てたお茶を飲みながらスキマを使って妖夢の恋路を覗……んん。見守るのであった。

 

 

 人里ーー

 

 妖夢は数ヶ月前から人里で鍛冶屋を営む半人半妖の男と恋仲になった。

 ある日、妖夢が人里で盗っ人を成敗した時、その場に居た彼から「刀が傷んでいる」と言われ、半ば強引に鍛冶場へ連れて行かれた。

 妖夢は最初「無愛想で失礼な人」と思っていたが、彼の仕事に対する誠実さや真剣さを目の当たりにし、刀も見違えたことから、ちょくちょく刀を見せに来るようになった。

 そして彼は刀だけではなく、鍋や鎌、鍬といった道具の修理まで積極的に取り組む姿勢に惹かれ、次第に彼にのめり込み、やっとの思いで恋仲になれたのだ。

 

 妖夢は恋人に会いたい一心で心をみょんみょんと弾ませながら、足取り軽く彼の鍛冶屋へ向かった。

 

 ーー。

 

 鍛冶屋の前に着いた妖夢は一度髪を手櫛で整え、服やスカートの埃をパッパッと払った。

 そして小さく深呼吸をして気合いを入れた。

 

(よし……いざ!)

 

 意気込んで入口の戸を開けようとしたその時、

 

「戸の前で深呼吸なんかしてどうした?」

 

 と背後から彼に声をかけられた。

 妖夢は思わず「みょん!?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「驚かせて、すまん」

「う、ううん、大丈夫大丈夫!」

「さっきまで鍛冶場に居たから」

 

 そう言って彼は肩に乗せた五本の鍬に目配せした。

 その鍬は綺麗に鍛え上げられていて、まるで新品のようだった。

 

「そうなんだ……またあとで来た方がいいかな?」

 

 彼の仕事の邪魔はしたくないので妖夢がそう訊ねると、彼は首を横に振って妖夢の右手を掴んで中に入るよう促した。

 

「お邪魔するね♡」

「あぁ」

 

 そして中に入った妖夢は座敷に上がり、囲炉裏の側に座った。

 

「最後の仕上げがあるから適当に茶でも飲んでてくれ」

「うん、分かった♡」

 

 彼の言葉に妖夢が笑顔で頷くと、彼もニッコリと頷いて鍛えた鍬の仕上げ作業に入った。

 

(お仕事をしてるあなたの背中を眺めるのが、私は好き♡)

 

 そう思いながら妖夢はお茶なんかそっちのけで彼の仕事風景を眺めた。

 

 ーー。

 

 それから彼が「よし」と小さく言うと鍬を壁に掛け、座敷へ上がった。

 すると彼は妖夢側へ歩み寄り、その顔をジッと見つめた。

 

「ど、どうしたの? 何か私の顔に付いてる?」

 

 ペタペタと自分の顔を触る妖夢に、彼は「いや」と首を横に振ると、妖夢の横に置いてある二本の刀を指差した。

 

「それ、見せに来たんだろう?」

「え……あ、うん……」

「見せてみろ。傷んでいるようならまた鍛えるなり研ぐなりしてやる」

「うん、ありがとう♡」

 

 そう言って妖夢が彼に刀を手渡すと、

 

「お礼なんかいい。これは俺の仕事だし、妖夢の役に立てるからやるだけだ」

 

 と笑顔で言い、妖夢の頭を力強い大きな手でグリグリと撫でるのだった。

 

 妖夢はその瞬間、胸の奥がキュ〜ンと締め付けられ、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 そして思わず「みょんみょん♡」と幸せいっぱいな声をもらした。

 

 彼はそれから妖夢の刀を見たが、特に傷んでいる所は無かったため、手入れだけを済ませて妖夢に刀を返した。

 

「ありがとう♡」

「俺は手入れしかしてない。お礼なんかいい」

「でも、あなたが私やこの刀を想ってお手入れしてくれたんだもん……だからお礼くらい言わせて?」

「そうか……」

 

 彼は照れ隠しなのか、また妖夢の頭をグリグリと撫でながらその反対の手で頬を掻いていた。

 

 すると何処からかぐぅ〜っと何か響くような音がした。

 妖夢が不思議そうに首を傾げると、彼が「飯まだなんだ」と自身の腹をペシッと叩いた。

 

 それを見た妖夢はチャンスとばかりに、台所を借りて彼のために食事を作ってあげた。

 

「簡単な物で悪いけど、食べて♡」

「ありがとう、頂きます」

「召し上がれ♡」

(お行儀良く手を合わせるなんて、なんか可愛い♡)

 

 そして彼はまず味噌汁が入ったお椀を取り、少し息を吹きかけてから味噌汁をすすった。

 

(ふぅふぅするとこ可愛い〜!♡)

 

 彼の一挙手一投足に妖夢は頬を押さえて『やんやん♡』としながら心を弾ませている。

 それからも美味しそうに自分が作った料理を食べるところを心行くまで堪能した妖夢は、彼が食べ終わる頃には彼よりも満足感に満ち溢れていた。

 

 すると、

 

「邪魔するよ〜」

 

 と複数の百姓らしき団体がやってきた。

 それを見ると彼は透かさず彼らの側へ行き、「鍬なら出来てる」と言ってそれぞれの鍬を手渡した。

 

「お〜、流石だな!」

「これでまた捗るぜ!」

「また頼むよ!」

「これで出来た野菜、今度ご馳走すっからな!」

「ありがとな!」

 

 男達はお礼の言葉等を彼にかけると、彼は「あぁ」と笑顔で短く返事をした。

 

「んじゃ、またな!」

「これ以上嫁さんとの邪魔しちゃ悪いからな♪」

「俺みたいに尻に敷かれんなよ?」

 

「みょん!?」

 

 帰り際の男達の言葉に妖夢は思わず顔を真っ赤にした。

 しかし、

 

「好きな人の尻に敷かれるなら本望だ」

「みょみょん!!!?」

 

 と彼が笑顔で言い返した。

 すると男達は「見てらんねぇや!」と冷やかして賑やかに去って行った。

 

「みんな気のいい人達だ。気を悪くしないでくれ」

 

 戻ってきた彼は妖夢にそう言うが、妖夢はそれどころではなかった。

 

()()()()の尻に敷かれるなら本望だ』

 

 その言葉の『好きな人』が頭の中を駆け巡っていたから。

 

「ね、ねぇ、今の言葉って……」

「今の?」

「そ、その……好きな人って……」

「あぁ、みんなに言うのは嫌だったか?」

 

 彼の言葉に妖夢はブンブンと首を横に振って「嬉しかった♡」と返し、彼の大きな胸に飛び込んだ。

 

「私もあなたが好き!♡」

「あぁ」

「もう好き!♡ 好き好き好き好き、大好き〜!♡」

「俺もだ」

 

 それから妖夢は暫く彼の胸に抱かれたまま、彼と愛を囁き合った。

 

 

 白玉楼ーー

 

「あっま……藍、青汁無い?」

「八女茶ならありますよ」

「じゃあそれで!」

「分かりました」

「金平糖より甘々ね〜♪」

 

 幽々子達はそんな話をしながらにっがいお茶をがぶ飲みするのだったーー。




魂魄妖夢編終わりです!

真面目な妖夢に好きと連呼させたくて書きました!

お粗末様でした☆


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幽々子の恋華想

恋人は幽々子。


 

 白玉楼ーー

 

 今日も穏やかな日和に恵まれた冥界の昼。

 しかし、白玉楼ではちょっとした異変が起こっていた。

 

「…………ご馳走様」

「ゆ、幽々子様?」

 

 幽々子は妖夢が用意した料理を一口、二口食べて箸を置いてしまったのだ。

 

「ごめんなさい、妖夢。もう下げていいわ」

「か、畏まりました」

 

 妖夢は幽々子が残した料理を片付け始めると、幽々子はふらぁっと何処かへ向かってしまった。

 

(今日で一週間、ずっとこんなご様子……どうしたらいいんだろう……)

 

「やっほ〜、妖夢♪」

 

 すると妖夢の向かい側にスキマが開き、そこから紫がひょこっと顔を出した。

 

「あ、紫様……こんにちは」

「あなたの様子とこの残った料理を見る限り、幽々子ったらまだ復活しないのね」

「はい……」

「幽霊だからそこら辺は大丈夫だけど、元気がないと困るわね〜」

「はい……」

「ちょっと幽々子と話してくるわ」

「お願いします。私では出来ることが限られているので……」

 

 妖夢が紫にそう言って深々と頭を下げると、紫は「あなたも思い詰めちゃダメよ」と優しく声をかけてから幽々子の所へと向かった。

 

 ーー。

 

 紫が幽々子の居る場所へスキマを開くと、幽々子は縁側に座って、ぼ〜っと空を眺めていた。

 

「………………」

「幽々子」

「あら、紫? いらっしゃい」

「…………えぇ」

 

 明らかにいつもの幽々子らしくない様子に、紫は「さて、どうしたものか」と考えながら幽々子の隣に腰を下ろした。

 

「…………ねぇ、幽々子」

「何?」

「彼は実家に帰省してるだけなんだから、気にし過ぎじゃないの?」

「…………」

「貴女が彼にくびったけなのは私や妖夢も知ってるわ。でもそれにしたって気にし過ぎよ」

「…………」

 

 紫の言葉に幽々子は黙ったまま俯いて何も言い返そうとしなかった。

 

 紫が言った"彼"とは幽々子の恋人で白玉楼の料理人をしている若い青年のことである。

 青年は数年前までは人里の外れで小料理屋を営んで居たが、立地条件が悪かったため借金を抱えていた。

 そしてとうとう店を売り払うことになり途方に暮れていると、そこへ前から彼の店をご贔屓にしていた幽々子が手を差し伸べ、彼を白玉楼で住み込みで働くよう召し抱えたのだ。

 彼は自分を救ってくれた幽々子に毎日美味しい料理を振る舞った。更には料理だけでなく白玉楼の掃除等も積極的にこなし、妖夢に負けず甲斐甲斐しく幽々子に尽くした。

 そんな彼の誠意や真心に惹かれた幽々子は彼に夢中になり、今では妖夢や紫達が呆れるほどのバカップルになっている。

 

 そして今、幽々子の元気が無い理由は紫が言っていた通り、彼が実家へ帰省しているからなのだ。

 幽々子としては彼が自分の家族に会うための本当にたまにの休暇として帰省を許しているが、その都度幽々子はこうして元気を無くすのである。

 

「毎回こうなるって分かってるんだから十日間もお休みあげなきゃいいのに……」

「だ、だって毎日毎日あんなに働いてくれているのに一日や二日の休暇じゃ嫌われちゃうかもしれないじゃない!」

「妖夢には休暇あげてないのに?」

「失礼ね。妖夢には週に二日、ちゃんとお休みあげてるわよ。うちはアットホームで笑顔が耐えない職場なんだから!」

「その言い回しだと逆のイメージになるわよ……」

「とにかく! 私は普段から住み込みで働いてくれてる彼のために時たまだけど十日間の休暇を与えてるの! それを彼がどう使ったってそれは自由だもん! そんなことまで彼を縛って嫌われたくないもん!」

「もんって、貴女……」

(そもそも本心ではずっと束縛していたいって言ってるようなものね……)

 

 そう思いながら紫は、隣で「うぅ〜」と唸り声をあげながら人魂をギュ〜ッと抱きしめている幽々子に苦笑いを浮かべた。

 

 するとそこへ妖夢が「遅くなって申し訳ありません」と言って、お茶が入った湯呑とお茶菓子をお盆に乗せてやって来た。

 

「あら、ありがとう、妖夢」

「ありがとう……」

 

 妖夢は二人に「いえ……」と言って二人の間にお盆を置いた。

 すると幽々子が何かに気付いた。

 

「妖夢、このお菓子って……」

「はい。お察しの通り、この羊羹は彼が作り置きしていった物です」

「…………」

 

 幽々子はその羊羹が乗った小皿を震える手でソッと持ち上げた。

 そして小皿に添えられた竹の楊枝で一切れを取り、一気に口へ頬張った。

 

「幽々子、もう少し味わったら?」

「はぁ……幽々子様ったら」

 

 妖夢と紫がそんな幽々子に苦笑いを浮かべていると、幽々子は大粒の涙をこぼした。

 

「ゆ、幽々子様!?」

「っ……ぐすっ……うぇぇえええ……」

「ちょ、ちょっと、幽々子?」

「うあぁぁぁんっ」

 

 彼の作った羊羹を食べたことで、幽々子は大好きな彼の優しい声や笑顔、温もりを思い出し、今まで抑えていた感情をとうとう吐露してしまったのだ。

 幽々子は涙を止めようと自身の手を顔へと近づけるが、止めることは出来ない。

 せきを切ったようにその涙は勢いを増し、頬を伝い続ける。

 

「ふぇ……か、ふぁっ……ひっく、ひっ……彼にぃ……ぐす……あ、ひぐっ、会いたいよぉっ」

「幽々子……」

「幽々子様……」

 

 子どものように大声で泣きじゃくる幽々子に紫も妖夢もどう声をかけたらいいのか分からず、ただただ幽々子が泣き止むのを待った。

 

 そして暫くすると、わんわんと泣いていた幽々子がピタッと泣き止んだ。すると次の瞬間、幽々子は物凄い速さで飛び立ってしまった。

 

「幽々子様!?」

「心配しなくても大丈夫よ、妖夢」

「しかし!」

 

 動揺する妖夢をよそに至って冷静な紫は「大丈夫」と微笑んで、妖夢にスキマで冥界と顕界の結界付近を見せた。

 そこには、

 

 

 結界付近ーー

 

(少し早いけど帰って来てしまった……)

 

 幽々子の恋人である青年が荷物を持って立っていた。

 

(いつも十日間も一気に休暇をもらっても、仕事していないと落ち着かないんだよな〜……それにーー)

 

 そう考えながら白玉楼へ向かって一歩を踏み出した矢先、

 

「おかえりなさ〜い!♡」

「うあぁぁぁっ!?」

 

 幽々子が青年めがけて猛スピードで突進してきた。

 あまりの展開に青年はそのまま幽々子に押し倒される形で地面へ背中を打ち付けた。

 

「くっ……ぐぅおぉぉぉ……」

 

 激しい痛みにより彼は何とも言えない声をあげているが、幽々子は彼の胸にグリグリと顔を押し当てながら「ん〜♡」と幸せいっぱいの声をあげている。

 

「幽々子様……い、如何されたのですか……?」

「あなたが帰ってきたの分かったから、この通り飛んできたの♡」

「さ、左様ですか……」

「うん♡ はふはふ♡ ちゅっちゅ♡」

 

 幽々子は青年の匂いを嗅ぎ、首筋や頬へこれでもかと口づけをする。その姿は先程まで泣いていたとは思えないくらいだ。

 

「ゆ、幽々子様……お止めください」

「や〜♡ 一週間もあなたと離れてたんだもの、これくらいじゃ離してあげないんだから♡」

「で、ですが、他の亡霊の方々が見てます!」

「私達のラブラブなところを見せつけてるのよ〜♡ ん〜、ちゅっ♡」

「んんっ、ちゅっ……ゆゆ、こ、んっ、んはぁ、さまぁ……っ」

 

 今度は幽々子からの熱烈な口づけに彼の口は制圧され、言葉を遮られてしまう。

 ようやく幽々子が唇を離すと、互いの唾液が糸を引いていた。

 

「んふふ、おかえりなさい♡」

 

 そう言った幽々子は彼の口の端に漏れていた唾液をペロッと舐め取った。

 

「毎度毎度、勘弁してくださいよ……」

 

 青年は顔を真っ赤にしながら自身の口を服の袖で拭きながら幽々子へ文句を言うが、幽々子はマタタビに酔った猫のように、彼の頬に自身の頬を擦りつけ「んにゃ〜♡」とご満悦な声をあげている。

 そしてやっと落ち着いた幽々子は、青年の胸元を人差し指でクリクリとこねくり回しながら訊いた。

 

「帰ってきてくれたのは嬉しいけど、どうして今回は早く帰ってきたの〜?」

「せっかくのお心遣いなので今まで言えなかったのですが、自分には十日間も長い休暇は要りません」

「どうして?」

 

 すると彼は少し頬を赤く染め、幽々子から目を逸らして答えた。

 

「す、すすす……」

「す?」

「好きな人に十日間も会えないのは嫌なんです!」

「!?♡」

 

 彼の告白は幽々子の胸をズキューンと射抜いた。

 

「女々しくて申し訳あrーー」

「私も本当は十日間もあなたに会えのは嫌だったの〜!♡」

 

 彼の言葉を遮って幽々子は彼をこれでもかと抱きしめた。

 

「ゆ、幽々子様!?」

「私達、やっぱり同じ気持ちだったのね♡ 嬉しいわ♡ ますますあなたを好きになってしまったわ♡」

「幽々子様……」

「あん、もぉ、いつまで様付けなの? こんな時くらい呼び捨てにして……ね?♡」

「………………幽々子」

「は〜い♡」

 

 そして二人は暫くその場でキャッキャウフフするのだった。

 

 

 白玉楼ーー

 

「ちょっと素振りしてきます……」

「はいはい」

 

 そんな二人の様子を見ていた妖夢は口の中に違和感を感じながら物凄い速さで素振りをし、紫はそれを苦笑いで眺め、

 

「恋って凄いわね〜♪」

 

 と言いながら、スキマから見える幽々子達を見つめて茶をすするのだった。

 

 それから彼の休暇は十日間と変わらなかったが、彼は二日程で白玉楼へ戻り、残りの日数は幽々子とイチャイチャするのに使うようになったそうなーー。




西行寺幽々子編終わりです!

かの偉大なる歌手が歌ってました。
会いたくて会いたくて震える。と……。
恋する幽々子も会いたくて会いたくて食欲不振になるのもあるかも!

ということで、お粗末様でした☆


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藍の恋華想

恋人は藍。


 

 人里ーー

 

 今日も穏やかに時が流れる幻想郷。

 

「藍様〜! 次はどこのお店に行くんですか!?」

 

 そんな昼下がりの空の下、橙は藍と共に夕食の買い物に赴いしていた。

 

「後は酒と味噌を買わねばならんかrーー」

(あに)様のお店に行くんですね♪」

「ん、そうだ♪」

 

 藍の言葉を遮って橙が次に行く店を答えると、藍は少し嬉しそうに頷いた。

 

 橙の言った"兄様"は人里で酒屋を営む若い男店主のことで、その酒屋では酒だけでなく、醤油、お酢、味噌等も自家製で売られていて、八雲家はそこのお得意様である。

 

「着きましたよ、藍様!」

「あぁ、そうだな……」

 

 店に着いたが藍は入ろうとせず、先に前髪や後れ毛を手櫛で整え、服の裾や袖の埃を払い、何処か落ち着かない様子でいそいそと身支度をしている。

 

「入らないんですか?」

「ま、待ちなさい。そう急ぐものではないぞ?」

「はい……」

 

 いつもは余裕で満ち溢れているのに、今の藍は声も上擦っていつもの藍らしくない。

橙はそんな藍を不思議に見ながら、深呼吸までしだす藍を待った。

 

 それから藍は「よし!」と小さく気合いを入れ、ようやっと店の暖簾をくぐった。

 

「ごめんくださ〜い!」

「ごごごご……ごめんくだしゃい!」

 

 元気に入って行く橙に対し、藍は頬を赤く染めてどもっている。

 

 それもそのはず、藍はこの店の店主である若い男と恋仲になっているのだ。

 顔を合わせる機会も多く、結界の見回りの休憩時や人里へ来た際には必ず立ち寄り、短いながらも多くの逢瀬を重ね、つい数週間前に紫の許しを得て正式にお付き合いを始めた。

 付き合うことに対して紫に許しを得るため、二人で挨拶した際には「まだ付き合ってなかったの?」と呆れたように言うほど、藍とその男は仲睦まじかった。

 

「あ、はい。いらっしゃいませ、藍さん、橙ちゃん」

 

 暫くして店の奥から店主である男と、

 

「おや、お客さんだね。んじゃ、儂もそろそろ戻らせてもらうよ」

 

 と言いながら初老の男が現れた。

 

「こんにちは!」

「お〜、これは元気な子だね。親の教育がいいと見える」

 

 橙が元気に挨拶すると、初老の男は目を細め橙の頭をポンポンと撫でた。

 藍は「ありがとうございます」とお礼を言って男に会釈をすると、男はうんうんと頷いて店の出入り口へと向かった。

 そしてその去り際、

 

「じゃあ、先程の話は考えておいてくれよ? お前さんにも悪い話じゃないんだからな」

 

 と笑顔を見せて店を出ていった。

 

 それを店主の男は苦笑いを浮かべながら店の前まで行って見送り、初老の男の背中が小さくなるのを確認した彼は、その場で盛大なため息を吐いた。

 

「兄様、大丈夫? よしよしする?」

「あ〜、大丈夫だよ橙ちゃん。ありがとう」

 

 橙の心遣いに男はお礼を言って橙の頭を優しく撫でると、橙は「にゃ〜ん♪」と嬉しそうに鳴いた。

 

「何か大事か?」

 

 藍が二人の側へ来て心配そうに男へそう訊ねると、男は「あ〜……」とバツが悪そうに頭を掻いた。

 それを見た藍は、

 

「橙、すまないがお使いを頼まれてくれないか?」

 

 と橙に言った。

 橙は「はい」と頷くが藍の唐突なお願いに少し首を傾げている。

 

「紫様に甘味を頼まれていてね。橙の好きな物で構わないから、これで買える物を買って来てほしい」

 

 そう言った藍は橙に桜色の巾着を手渡した。

 橙は自分の好きなお菓子を買っていいとのことで、藍から巾着を受け取ると「行ってきます!」と元気にその場を後にした。

 

「気を遣わせて申し訳ありません」

「いいさ。お前の悩みは私の悩みでもあるのだからな」

「藍さん……」

「そ、それに私達はその……恋人同士、だろ?」

 

 藍はそう言うと男の左手をキュッと握って彼の顔を下から覗き込むように見上げた。

 それを見た男は笑顔で「はい」と頷き、藍の右手を握り返した。

 

 それから男は店の前に「休憩中」と貼札をし、落ち着いて話せるように店の奥にある客間へ藍を連れて行った。

 しかし、男は客間の前で立ち止まってしまった。

 藍は男の行動に小首を傾げていると、男は小さく息を吐いて、

 

「怒らないでくださいよ?」

 

 と前置きした。

 しかし藍は、

 

「私はお前の様にお人好しではない。事と次第では分からん」

 

 と至って真面目に返した。

 それに対し、彼は苦笑いを浮かべたが「分かりました」と言って藍を客間へと入れた。

 男に座るよう促された藍は座布団に座ると、男は隣の部屋から本らしき物を何冊持って戻ってきた。

 男は藍の前にそれを置くと「見てください」と言った。

藍は「では……」とその一冊を手に取って開いてみると、

 

「っ!!!?」

 

 驚きのあまり声を失った。

 

 男が持ってきた物は全てがお見合い写真のアルバムだった。

 

「最近、妙にこういった話が多くて……」

「そ、そ〜なのか〜……」

「店も繁盛しててお前も年頃だから、ここいらで嫁さんでも貰ったらどうかね……と、このアルバムを押し付けられるように置いて行かれてしまいまして……」

「…………」

 

 男が説明するも、藍は黙ってそのアルバム一つ一つを見ていく。しかしその背中には九尾の炎とは別のどす黒い炎が烈火しているように見える。

 

「一つ訊きたいことがある」

「何でしょう?」

「この中にお前が心惹かれた者は居るか?」

「居るはずがありません! 藍さん以外なんて眼中に居りません!」

 

 温厚な彼が珍しく声を荒げたことに藍は驚いたが、それと同時に喜びが込み上げ、男への愛しさで胸が高鳴った。

 

「そうか……ふふ、そうかそうか……お前は前からそういう男だったな♡」

 

 藍は愉快そうに笑い、立派な九尾をこれでもかとブンブンに振っている。この上ない喜びを感じているのだろう。

 

「当たり前です……藍さんと出会って、こうして恋仲になれたのに、他の人とだなんて……」

「まぁ当然だな……お前は私にベタ惚れだ。その証拠にお前は私の前だとすぐにだらしなく顔を緩めるからな。それはもうアホなくらいに♡」

 

 藍はそう言うがブーメランになっているとは気付いていない。

 

「そこまで言わないでくださいよ」

 

 男が藍に苦笑いを浮かべて返すと、藍は「事実だからな♡」と胸を張った。

 しかし藍は次の瞬間に「まてよ……」と腕を組んだ。

藍の行動に男が首を傾げると藍はブツブツと考えを語りだした。

 

「だが普段のお前はそこそこモテるし、この様に押しに弱いから心配だな。お前は顔も愛嬌があるし、誰に対しても優しいし、マメで頭も切れる……」

「恥ずかしいので褒めちぎるのは止めてください。それにモテると言っても年齢的な意味だからかと……」

「何を言うか。そこら辺の娘ならお前の誠実な人柄を見れば好きになるに決まってる……私が身を持って体験したのだからな♡」

「は、はい……」

(藍さん、とても尻尾振ってる……)

 

「嫁の嫁ぎ先として、これ程良い物件はそうそうあるまい。しかし、お前は私のだ! 今更ポッと出の生娘なんぞにお前を譲ってやれる程、私はお人好しではない。というか今更出て来ても遅いんだ!」

 

 プク〜ッと頬を膨らませた藍は、男の側へ行くと『彼は私の!♡』と言わんばかりに彼の身体に絡みつくように抱きついた。いわゆる何たらホールドである。

 

「藍さん……私は藍さんだけですよ。これまでも、これからも、ずっと……」

 

 藍を優しく抱きしめ返した男が藍へそうつぶやくと、

 

「お前の全ては私のだ! 例えお前が死んだとしても! お前の灰も! 骨も! 全部全部! 私が朽ち果てるまで土には還してやらんからな!」

 

 駄々っ子のように言って彼を離そうとはしなかった。

 

「嬉しいです。死んでもなお、貴女の側に居られるなんて……」

「ふふ、嬉しいに決まってるだろ、愚か者め♡」

 

 そして藍は妖しく微笑むと、彼の首筋に噛みつき、自身の歯型の痕をハッキリとつけた。

 

「この歯型は特別だ。死ぬまで消えぬ……これでお前は誰が見ても私のだ♡」

「はい、藍さん……」

 

 男がそう返事をすると藍は堪らず男を押し倒した。

 そして、

 

「では、契が済んだところで……今度は交わるとしよう♡」

 

 と言って妖しい舌なめずりをした。

 男も「どうぞ、お好きなように」と微笑み、藍にその身を預けるのだった。

 

 

 ーー。

 

『くっ、んあぁぁ♡ 好きにしていいのは、んっ♡ 私のはずだろっ♡ んあぁぁぁんっ♡』

『私だって男ですからね。好きな人を悦ばせることくらい心得てます、よ!』

『んひぃぃっ♡ そんにゃ、激しくぅぅ♡』

 

 扉を隔てた向こうで、行われる弾幕ごっこ(意味深)。

 

「藍様が負けてる……兄様って一体……」

 

 その様子をお菓子の入った紙袋を手にした橙が見つめていると、

 

「橙、男女の愛の弾幕ごっこは見ちゃ駄目よ?」

 

 と言いながら紫がスキマから現れた。

 

「そうなんですか?」

「そうよ。あなたも藍くらいになれば分かるわ。さ、あなたはこちらにいらっしゃい。藍はもう少し遅くなるから」

「分かりました、紫様♪」

 

 その後、藍が帰ってきたのは夜になってからだった。

 藍は紫に叱られたが、叱られている間も幸せそうにニヤけていたため、紫は叱る気が失せたそうなーー。




八雲藍編終わりです!

恋人から夫婦へという感じになりましたがご了承を。

ではお粗末様でした☆


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紫の恋華想

恋人は紫。


 

 博麗神社ーー

 

 本日も何事もなく時が過ぎた幻想郷。

 そんな夕暮れ時に差し掛かった頃、霊夢の元には面倒な客が来ていた。

 

「でね〜、彼ったらね〜♡ 優しく私の頬を撫でてくれてね〜♡」

「………………」

 

 博麗神社のお社のすぐ隣にある霊夢の住いでは、あの大妖怪が締まりなく目を細め、口を半開きにして惚気話をする様を霊夢が呆れながら見つめ、茶をすすっていた。

 

「んもぉ、聞いてるの、霊夢?」

「はいはい、聞いてる聞いてる……」

「そう、ならいいの……それでね、彼がね♡」

(お布施持ってきてくれるから聞いてるけど、毎度毎度しんどいわ……)

 

 紫は数ヶ月前から人里の外れに暮す木こり職人の青年とお付き合いしている。

 

 二人の出会いは一年程前に遡る。

 その日、紫は森の中で不届きな妖怪達に囲まれていた。

すると木こり仕事から帰宅途中の青年がその場へ出くわし、彼は何と紫を助けるために妖怪達へ果敢に立ち向かった。

 そんな出会いから紫は青年を気に掛けるようになり、度々彼の元へ足を運び、恋煩い等を経て今に至る。

 

「あ〜♡ 早く来てくれないかしら〜♡」

 

 紫は青年のことを想いながら夕焼け色に染まっていく空を眺めた。

 

 どうして紫が博麗神社に来ているのかというと、彼は博麗を信仰していて、木こり仕事の前と後に必ず博麗神社で仕事の祈願と無事に仕事を終えられたお礼をしに来るからだ。

 更に紫は神社を待ち合わせる場所に使わせてもらっている代わりに、お布施と食べ物を霊夢にあげている。

 

「あんたが幻想郷以外のことでこんなに夢中になるものがあったなんて思わなかったわ」

 

 紫の変わり様に霊夢がそうつぶやくと、紫は「私だって思わなかったわ」と笑顔で返した。

 その返答に霊夢は「は?」と間の抜けた声を出してしまった。

 すると紫はクスクスと愉快そうに笑ってから、また空を眺めた。

その瞳は恋い焦がれる人を想う、とても優しい瞳だった。

 

「前はただの変わり者だったのに、今はいい方に変わったわね……」

 

 そんな霊夢の言葉に紫は「前半のは聞き流してあげる」と言って振り返り、

 

「私、そんなに変わったかしら?」

 

 と霊夢に訊いた。

 

 霊夢はその問いにすぐさまコクリと頷くと、それを見た紫は「恋って凄いわね♪」とまた愉快そうに笑うのだった。

 

 するとお社の方から砂利を踏む音がした。

 霊夢は青年が来たと思い、紫に声をかけようとしたが、そこにもう紫の姿は無かった。

 

(相変わらず早いわね〜)

 

 そう思った霊夢は苦笑いを浮かべて、紫が使っていた湯呑を片付けるのだった。

 

 ーー。

 

 青年はお賽銭を投げ入れ、博麗の神に感謝の祈りを捧げていた。

 

(今日もお守りくださり、ありがとうございました)

 

 感謝の祈りを終えた青年が目を開け、もう一度本殿を見ると、

 

「おかえりなさ〜い♡ 私のダーリン♡」

 

 との声と同時に視界を塞がれた。

 しかも顔中に何やら柔らかい感触がし、女性特有の香りが彼の鼻をくすぐった。

 紫が彼の頭を自分の胸にヒシッと抱えたのだ。

 

ふふぁひぃふぁん(紫さん)……ふうひぃふぇふ(苦しいです)……」

 

 彼は自分にこんなことをするのは誰だかハッキリとしていたので、紫の胸の中で声を発したが、

 

「あん♡ くすぐったいわ♡ もぉ♡」

 

 と言って、紫はまったく彼を離そうとはしなかった。

 しまいにはもっとキツく彼を抱きしめ、紫は彼の髪に顔を埋めクンクンと彼の匂いを嗅ぎ出す始末。

 

「神の御前で何やってるのよ!」

 

 と、そこへ霊夢が怒号をあげて紫の後頭部を思いっきりお祓い棒で殴ると、紫はやっと彼を離した。

 

「けほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……すぅ〜、はぁ……」

「イッタ〜イ」

 

 彼は酸素の美味しさを噛み締め、紫は後頭部を片手で押さえてちょっと涙ぐんでいる。

 

「痛いじゃないの霊夢〜……」

「あんたが場所を弁えないからよ」

「私じゃなかったら死んでたわよ? 殺人未遂よ?」

「妖怪を退治して何か悪いことでも? それにあんたはこんくらいで死なないでしょ」

 

 霊夢はそう言って鼻を鳴らすと、紫は青年の元へ駆け寄っていく。

 

「ダ〜リ〜ン! 霊夢が〜! 霊夢が私を虐めるの〜! あの時みたいに助けて〜!」

 

 彼の左腕にしがみつき、まるで少女のように言いつける紫に、青年は苦笑いを浮かべて紫が霊夢に打たれた場所を優しく撫でることしか出来なかった。

 

「あんたも紫が恋人だからって甘やかすんじゃないわよ! そもそも恋人だからこそ、迷惑ならしっかり言ってやりなさいよ!」

 

 霊夢の矛先が彼に移ると、彼は余計に苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「私がダーリンをギュッてするの迷惑だったの……?」

 

 紫はそう言って瞳をウルウルとさせて彼を見つめた。

 すると彼は首を横に振って、紫に優しく微笑み、紫の頬を優しく撫でた。

 

「僕は紫さんからされることなら、何でも嬉しいです」

「ダーリン……♡」

 

 彼の素直な言葉に紫は思わず声を震わせ、また彼をギュ〜ッと抱きしめた。

 

「あ〜ん〜た〜ら〜ね〜……!」

 

 そんな二人に鬼の形相を浮かべる霊夢が鋭い眼光を放ってお祓い棒を振り上げた。

 

 それを見た青年は急いで、朴の葉の包みを霊夢へ差し出した。

 

「何よこれ?」

「木こり仕事中に動物を捕まえたので、そのお裾分けです。血抜きも済ませてありますから」

「血抜きってことは、肉よね!?」

 

 途端にパァッと表情を輝かせる霊夢に青年が頷くと、霊夢は「やった〜!」と大はしゃぎした。

 

「ま、そういうことなら見逃してあげるわ。あんたは良く参拝にも来てくれるしね♪ ふふふふ♪」

「(神なんて祀ってないくせに……)」

「何か言ったかしら〜?」

「な〜んにも〜♪」

 

 紫のボヤキに霊夢がまた鋭い眼光を向けるが、紫はそれをヒラリと交わし、彼の腕を取って「用が済んだなら行きましょ♡」と言って彼とスキマの中へと消えて行った。

 

「ったく……ホント面倒な奴だわ」

 

 消えたスキマの方を見ながら、霊夢はそうつぶやくとルンルン気分で台所の方へと向かった。

 

 

 人里の外れーー

 

 紫はスキマを使って彼を彼の家まで送ると、さも自分の家であるかのように「ただいま〜♪」と言って家の中へ入った。

 青年は優しく笑ってその後に続くと、ふと紫が戸をくぐってすぐの所で振り返った。

 

「紫さん?」

 

 彼が不思議そうに紫に声をかけると、紫は「んふふ〜♡」と楽し気に笑ってから、彼の手を取って満面の笑みで口を開いた。

 

「おかえりなさい、あ・な・た♡」

「!!?」

 

 紫の言葉に思わずボンッと顔を真っ赤にする青年。

そんな青年を紫は「可愛い♡」と言いながら愛でていると、

 

「好きな人にそんな可愛いことされたら、誰だってこうなりますよ……」

 

 とはにかみながら紫に返した。

 見事なカウンターを喰らった紫も彼と同じく、ボンッと顔を真っ赤にした。

 

「も、もぉ〜……可愛いだなんて……恥ずかしいわぁ♡」

 

 紫はそう言いながら恥じらうように目を伏せてしまった。

その初々しい仕草がまた、普段の掴みどころのない紫らしくなくて青年は動揺してしまう。

 

「あなたは本当に変わった人ね……私を可愛いだなんて言うんだもの♡」

「で、でも事実ですから」

「ふふ、ありがと♡」

 

 紫は小さくお礼を言うと、彼を家の中へ引っ張り、その勢いのまま彼の唇に自身の唇を重ねた。

 口づけを交わした時間はほんの一瞬だったが、青年はその一瞬はとても長く感じた。

 

「あなたと触れ合うと、まるで生娘のように心が踊っちゃうわ♡」

 

 唇を離した紫は、彼とおでこをくっつけた距離でそう囁いた。

 

「紫さん……」

 

 彼が紫の名を呼ぶと、紫は嬉しそうに微笑んで言葉を重ねた。

 

「あなたに恋をして、今までの自分じゃないみたいよ♡ 本当にあなたが好き♡」

 

「あなたの姿を見るだけで、体が熱くなって……あなたとこうして目を合わせるだけでも、幸せな気持ちになれるの♡ 名前を呼ばれると尚更♡」

 

「こんな感情は……遠い昔に味わったきりよ♡」

 

 紫の告白のような言葉に、青年はまた胸が高鳴るのを感じた。

 

「ぼ、僕も同じ気持ちです……紫さんとこうなれて幸せです」

 

 彼も負けじと紫へ自身の気持ちを精一杯伝えると、

 

「えぇ……好きよ、あなた♡」

 

 紫は真っ直ぐに青年の目を見てそう告げた。

 

 そして二人はまた吸い寄せられたかのように、互いの唇を重ね合わせた。今度は一瞬ではなく、長く、深く……。

 

 それから、夜も更けた頃ーー

 

「あの、紫さん?」

「なあに?♡」

「どうして僕の布団の中に?」

「あら、それ聞いちゃうの?♡ それとも言わせるのが趣味なのかしら?♡」

「い、いや、いつもなら帰る頃だと思いまして……」

「私、そろそろ冬眠するから……その前に、ね?♡」

「あ、あ〜、それで……」

「冬眠するまでは離さないから♡」

「も、保ちませんよ……」

「大丈夫♡ ちゃんと()()()も用意してるから♡」

「おうふ……」

「それじゃあ……いただきま〜す♡」

 

 その後、人里では里の外れで夜な夜な男の悲鳴声が聞こえるという怪談話が持ち上がったそうなーー。




八雲紫編終わりです!

デレデレになる紫さんを書きたかったので、こんな感じになりました!
どうかご了承を。

それではお粗末様でした♪


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香霖堂
朱鷺子の恋華想


恋人は朱鷺子。

おまけもあります!


 

 香霖堂ーー

 

 穏やかに時を刻む幻想郷。

 しかし、昼下がりを迎えた香霖堂では些か賑やかな時を迎えていた。

 

「こ〜り〜ん、何か食いもんないのか〜?」

「お茶のお代わりちょうだ〜い」

「君達は本当に遠慮と言うものを知らないな」

 

 レジ側のカウンター席に居座り、店主の霖之助へあれこれと注文をつける霊夢と魔理沙。

 霖之助は文句を言いつつも、こんなことは慣れっこなので煎餅やらお茶やらを甲斐甲斐しく用意している。

 

 霖之助をこうやって顎で使っている霊夢達は、店の片隅で読書に勤しむ朱鷺子へ声をかけた。

 

「朱鷺子も食べるか〜?」

「…………うん」

「お茶もあるわよ〜?」

「…………うん」

 

 朱鷺子は小さく頷くと、霊夢とは反対側の魔理沙の隣に座った。

 

「やっぱ、まだ霊夢に怯えてるのな」

「もう何もしないわよ……」

「…………」

 

 霊夢はそう言うが、朱鷺子は前に一度、霊夢にボコボコにされているため、霊夢へジト〜っと疑いの目を向けている。

 

「そ、それで? あんたはなんで珍しく香霖堂(こっち)に来てるの?」

 

 霊夢が慌てて別の話題を振ると、魔理沙も「そういやそうだな〜」と言って朱鷺子の方を見た。

 対する朱鷺子は「別に……」と言って目を逸らす。

元々物静かな性格なので、基本的に多くは語らないのだ。

 

「彼が今日は夕方まで帰って来ないらしくてね。それまで面倒を見てほしいと頼まれたんだ」

 

 店の奥から朱鷺子の分の湯呑を持って戻ってきた霖之助が代わりに答えると、霊夢と魔理沙は「なるほど」と納得したように頷いて茶をすすった。

 

 朱鷺子は随分前から人里で古書店を営む半人半妖の男と懇ろな関係になっている。

 何でも森で傷付いた朱鷺子をその男が見つけ、そして自分の家で介抱したことで話すようになり、朱鷺子もその男も本が好きという共通の趣味があるため、口数の少ない朱鷺子とでも別に会話しなくても心は通じていった。

そしていつしか二人は一緒に暮らすようになり、店ではいつも肩寄せ合って本を読んでいることから、人里の人々からは『シュガースポット』などという呼ばれ方をされている。

 

「夕方までってあいつ何してんだ?」

「何でも、紅魔館の図書館と鈴奈庵で傷んだ本の修繕をするとか言ってたな」

 

 魔理沙の疑問にまたも霖之助が答えると、魔理沙は「あ、そっか」と納得した。

 

「本の修繕とかでもお金になるからいいわよね〜」

「それだけあいつの腕は確かだってことだろ? 霊夢がやったら現物がなくなるじゃん」

「このお祓い棒で臨死体験させてあげようか?」

 

 霊夢が爽やか笑顔で魔理沙にお祓い棒を見せると、魔理沙は冷や汗を流しながら謝った。

そんな魔理沙を見て霊夢は「なら最初から言うな」と言って魔理沙の頭をポコンッと叩き、また煎餅を小動物のようにカリカリと小気味良い音を立てて頬張るのだった。

 

 すると黙ってそのやり取りを見ていた霖之助が湯呑を置いてつぶやいた。

 

「でもわざわざうちに預けなくても、彼の店に置いておけばいいのにな〜。どっかの魔法使いと違って金目の物は盗まないだろうし」

「そんな魔法使いが居るのか……魔法使いの風上にもおけないヤツが居るんだな。ヤレヤレだぜ」

 

 霖之助のつぶやきに魔理沙はそう言うが、その場に居た全員が魔理沙の方を呆れた顔で見ていることには気付かなかった。

 

「まぁ、一人にさせておくよりは誰かと居てもらった方がいいんでしょ。それに霖之助さんなら手は出さないでしょうから」

「それもそうだな〜。霖之助は枯れてるからな」

「酷い言われようだな。僕だって恋人くらい居るぞ?」

 

 その言葉に霊夢と魔理沙は衝撃が走った。それは霊夢が煎餅を落とし、魔理沙が茶を吹き出しす程。

 

「嘘だろ!? そんな話聞いたことないぜ!?」

 

 魔理沙の言葉に霊夢もコクコクと頷いている。

 

「聞かれなかったからね」

 

 そんな二人に霖之助は平然と返し、茶をすすった。

 

「魔法の森に住んでるんだよね?」

「あぁ、君は会ったことがあったんだったね。そうだよ」

 

 朱鷺子の言葉に霖之助がそう返すと、魔理沙が朱鷺子に詰め寄った。

 

「おい、その妖怪ってルーミアか!? だったら犯罪だぜ!?」

 

 すると朱鷺子は「ううん」と首を横に振った。

 それを見た魔理沙はホッと胸を撫で下ろすと、今度は霊夢が「じゃあ誰よ?」と訊いた。

 朱鷺子は勝手に答えてはいけないと思い、霖之助の方を見ると、霖之助は小さく息を吐いて「この人だ」と写真を見せた。

 

 その写真には霖之助とその隣でニッコリと微笑む、若く麗しい女性が写っていた。

 女性の見た目は十代後半か二十代前半で、目は切れ長で鼻も高く、かなりのベッピンである。腰まである長い黒髪は、まるで鳥の濡れ羽色のように藍色掛かっていて、その髪を一つに纏めて右肩から胸の方へ垂らしている。

 

「うわぁ……超美人……」

「男を騙す妖怪なんじゃね?」

「失礼な……彼女の手を良く見ろ」

 

 霖之助にそう言われた霊夢達は彼女の手に注目すると、その手には青い紙を貼り付けた行燈をぶら下げていた。

 

「青行燈なんて幻想郷に居たのね」

「あ〜、百物語すると出て来るっていう、あいつか〜」

「彼女は百物語の語り部でね。またに人里で彼女自ら話を披露してるんだ」

「私も前に、森で沢山聞かせてもらった」

 

 それから霊夢達は霖之助にどういう経緯で今に至ったのか訊ねた。

 しかし霖之助は「さぁ、どうだったかな」と話をはぐらかしつつ、その写真に写る彼女を見て優しく微笑むのだった。

 

 納得しない霊夢達が霖之助に詰め寄る中、カランコロンとドアベルが鳴ると、朱鷺子の彼氏とその青行燈が入ってきた。

 

「もうそんな時間か」

 

 霖之助が二人を見てから、窓の外を確認すると空はもう夕焼け色に染まっていた。

 一方で朱鷺子は男の側へ駆け寄り、彼と青行燈の間へ強引に入って、彼の腕にしがみついた。

 そんな朱鷺子を見て、青行燈は「あらあら」と笑って二人から離れてレジのカウンター席へ退散した。

 

「霖之助さん、朱鷺子の面倒を見てくれてありがとうございました」

「いいよ、これくらい。この二人より手が掛からないからね」

 

 霖之助に男がお礼を言うと、霖之助はそう笑顔で返した。

 そして朱鷺子とその男はみんなに一言言ってから、仲良く手を繋いで香霖堂を後にした。

 それを見送ると、霊夢や魔理沙は青行燈に詰め寄り、先程から霖之助がはぐらかしていた二人の馴れ初めを根掘り葉掘り訊いた。

霖之助は止めたが、青行燈の方は「どこから語ろうかしら♡」とノリノリで話をするのだった。

 

 

 帰り道ーー

 

「どうして青行燈(お姉)さんと一緒だったの?」

 

 帰り道の道中、朱鷺子が少し不機嫌そうに男へ訊いた。

 

「ん? 鈴奈庵から帰る時に出くわしたから。目的地も一緒だったから一緒に行っただけだよ?」

 

 男が平然と返すと、朱鷺子は「そう」とだけ返し、男の左腕をギュッと抱きしめた。

 すると男は何か思い付いたような表情を浮かべると、朱鷺子の頭をポンポンッと優しく叩くように撫でた。

 

「ん…………いきなり、何?♡」

 

 朱鷺子は不機嫌そうに訊きながらも、頭の方は「もっと♡」と言うように彼の腕にグリグリと押し当てられている。

 

「朱鷺子が可愛いから♪」

「え?」

「僕と青行燈さんが一緒に居たから嫉妬したんでしょう?」

「…………別に」

「僕は朱鷺子一筋だよ。これからもずっとね」

 

 男にそう優しく囁かれた朱鷺子は顔を真っ赤にして「知ってる♡」とだけ返した。

 そんな朱鷺子を男は一層愛らしく思い、朱鷺子の頬へソッとキスをした。

 

「い、いい、いきなり何!?♡」

「朱鷺子のことが好きって気持ちが一杯になったから♪」

 

 朱鷺子の言葉に男は悪戯っぽい笑顔を見せて答えると、朱鷺子は「バカ♡」と言って、嬉しそうに羽をパタつかせるのだった。

 

「もっとしてもいいのよ?♡」

「はいはい♪」

「〜♪♡」

 

 それからも二人は互いに頬へキスをし合い、肩寄せ合って帰り道を歩き、すれ違う人々に砂糖を振り撒いたそうなーー。




 おまけーー

 香霖堂ーー

「はぁ〜……」

 霊夢達もやっと帰り、霖之助は盛大なため息を吐いた。

「んふふ〜♡」

 その一方で霖之助の恋人である青行燈は満足気に笑っていた。

 朱鷺子達が帰った後、青行燈は霊夢達の質問に事細かく答え、霖之助との恋物語を暴露したのだ。

「語り部ってのは人の嫌がる話も語るんだね……」
「霖之助さんはあたしとの甘いお話はお嫌い?」
「嫌いなら君とこんな関係になってない。ただ魔理沙達に聞かれたくなかっただけだ」
「ふふ、照れなくたっていいじゃない♡」

 青行燈はそう言うと、隣に座る霖之助の頬をツンツンと突いた。

「君は何もかも話し過ぎなんだよ、前から……」
「あたし達の関係は何も隠すようなことは無いもの♡ あたしと霖之助さんはこんなにラブラブなのよってみんなに教えてるだぁけ♡」

 霖之助にそう返した青行燈は霖之助の腕にギュッとしがみついて頬ずりした。

「もっと慎んでほしいね」
「あら、人里であんなに熱い告白をしてくれたのに?♡」
「あれは君がそういう状況に持っていったからだ!」
「じゃあ、そんなあたしはもうお捨てになる?」

 青行燈がそう訊ねると、霖之助はたじろぎ、誤魔化すように茶の入っていない湯呑をすすった。
 そして、

「…………好きなものは手放さない主義だ」

 とそっぽを向いたまま青行燈の手を握った。
 青行燈はそれを聞いて嬉しそうに顔を緩め、霖之助の肩に頭を預けるのだったーー。

ーーーーーー

朱鷺子編、そして少しですが森近霖之助編終わりです!

東方香霖堂の方が永夜抄より早く登場したので、こちらを先に書きました!
朱鷺子は元々は名無しキャラですが、好きな方も居るので大妖精や小悪魔と同じくこの作品でも取り上げました♪
次からは永夜抄のキャラを書いていく予定です!

今回は甘さ控えめだったかもしれませんが、お粗末様でした〜☆


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永夜抄
リグルの恋華想


恋人はリグル


 

 寺子屋ーー

 

「よし、本日の授業はここまで! 今日は算数の宿題を出すから、明日までにはちゃんとやってくるように!」

『は〜い』

 

 本日も平和に時が過ぎたお昼過ぎ、寺子屋の教師である慧音の言葉に、多くの生徒達は力無く返事をしつつ慧音から宿題のプリントを受け取った。

 中でも某カルテットはみんなして机に突っ伏し、明らかに不満の色を見せている。

 

「みんな大丈夫?」

「これ見て大丈夫には到底見えないけど?」

「あはは……」

 

 そんなカルテットに大妖精が心配の声をかけるも、てゐに見たままをツッコまれ、橙には苦笑いをされてしまう始末。

 

「勉強なんてしなくても生きていけるのだ〜!」

「私は歌とお店で生きて行けるも〜ん!」

「算数はあたい達をダメする洗脳教育だ〜!」

「大人の勝手な押し付けによる弾圧だ〜!」

 

 ルーミアの叫びに便乗するように、ミスティア、チルノ、リグルも揃って変な理屈を叫ぶ。

 

「洗脳とか弾圧とか、こいつら意味知ってて言ってるのか?」

「多分知らないで言ってるね……」

「橙もどういう意味か分かんない」

 

 カルテットの悲痛な叫びに大妖精達は余計に表情を曇らせている。と言うよりは隣の部屋にまだ居るであろう慧音にみんなが怒られないかと、大妖精と橙は内心ヒヤヒヤしていた。

 しかしそんな心配などそっちのけで、カルテットの話題は既に違う話題へ突入していた。

 

「でもチルノは大ちゃんから宿題教えてもらえるからまだいいのだ〜」

「そういうルーミアだって霊夢に教えてもらえるじゃん!」

「霊夢は優しいから好きなのだ〜♪」

 

 チルノとルーミアは互いの先生役の話題で盛り上がり、

 

「ミスティアは妹紅さんに教わるの?」

「え、あ、うん。妹紅さんの都合が悪かったら、てゐちゃんと一緒に鈴仙さんに教わるけどね」

「永琳先生じゃないんだ。どうして?」

「お師匠様は診察とか研究があるから無理なんだよ。だから鈴仙に教えてもらってるんだ。姫様よりはマシな頭してるから」

 

 ミスティアとリグルはてゐも巻き込んで先生役の話題で盛り上がり、終いには橙も「橙は藍様に教わってる〜!」と参加してしまう。

 するとまたも話題は別な話題へと変わった。

 

「そう言えば、リグルはお菓子屋の兄ちゃんから教えてもらえるよね?」

「え、まぁ……うん……」

 

 チルノの急な話題振りにリグルは頬を少し赤く染めて頷いた。

 

 チルノが言った"お菓子屋の兄ちゃん"とは、人里で小さなお菓子屋を営む男のことで、この男はリグルの恋人なのである。

 彼の店には寺子屋の帰りなどにみんなで寄ることが多く、妖精だろうと妖怪だろうと分け隔てるなく接する彼の優しさに、心を惹かれたリグルが思い切って告白をして今に至る。

 

「いやいや、勉強は勉強でも夜の勉強じゃね?」

 

 てゐがニヤニヤしながらそんな話を振ると、その話題に無頓着なチルノやルーミア、橙は首を傾げるが、ちょっとおマセな大妖精やミスティアは急に顔を赤らめた。

 

「そ、そんなことないよ! おにぃはちゃんと宿題とかしないとしてくれな……はっ!」

 

 てゐの話題に猛抗議したつもりが、リグルは墓穴を掘る形になってしまった。

 

「へぇ〜……ヤることはヤってんのか〜……ふ〜ん」

「い、今のは言葉の綾で……」

「リグルちゃんって大人なんだね」

「次からお兄さんに会い難いね」

「大ちゃんとミスティアも変なこと想像しないでよ!」

 

 おマセな三人からの言葉にリグルは顔を真っ赤にして意見するも、てゐ達は「ラブラブ〜」と冷やかしてくるだけだった。

 更には何の意味か分かってないチルノ達も何故か便乗してきたため、リグルは「とにかくそんなことしてないから!」と叫んで、逃げるようにその場を後にした。

 

「あはは、真っ赤になって逃げてったな〜♪」

「行き先はお兄さんのところなのだ〜♪」

「ラブラブなのは否定しなかったもんね♪」

 

 てゐ、ルーミア、チルノは愉快に笑い合っていたが、一方のミスティア、大妖精、橙の三人は「ちょっと言い過ぎたかな」と少し反省していた。

 

「……お前達、早く帰りなさい」

 

 すると隣の部屋から慧音がまだ残っているチルノ達に声をかけた。

 チルノ達はみんなして返事をすると、慧音は「それと……」と言ってみんなへ言葉を更にかけた。

 

「リグルにはちゃんと謝ること。もし謝らなかったら制裁だ」

 

 ニッコニコの慧音の笑みにチルノ達は寒気を感じ、必死にコクコクと頷くのだった。

 それを見た慧音は「よし」と優しく微笑んで、帰っていくチルノ達を見送った。

 

 

 人里ーー

 

 その頃、リグルの彼氏が営むお菓子屋には、自分用の茶菓子や来客用の菓子を買いに霊夢が訪れていた。

 

「えっと、これとこれと……これもお願い!」

「はい、畏まりました」

「ツケでお願いね♪」

「……畏まりました」

 

 いつものようにツケを使う霊夢に、男は少し言葉を詰まらせながらも素直に返事をして菓子を紙袋に詰めた。

 

「お品物になります」

「ん、ありがと♪ 次の妖怪退治で入ったら払うから、それまではもう少し大目に見てね?」

 

 霊夢がそう言って上目遣いをすると、男は「はい」と返した。

 男は何か弱みを掴まれているのではなく、前に悪い妖怪から襲われたのを霊夢に救われた恩があるので、こうしてツケを利かせている。

 

「あ、後これ。換えの御札と破魔矢ね」

「いつもありがとうございます」

「いいのいいの♪ 融通利かせてくれてるお礼みたいなもんよ♪」

 

 ツケの額はかなりの額だが、ツケの代わりに清めの札や魔除けの矢を定期的に無料でくれる点から、何とかお互いに取り引きは成立しているのだ。

 

「ーーーぃ!」

 

 すると遠くの方から何やら声がし、その声は段々と近くなってきている。

 

「ーーーにぃ〜!」

 

 そして人影がハッキリと見える位置になると、

 

「おにぃ〜〜〜!」

 

 リグルが半べそで店にやってきて、思い切り男の胸へ飛び込んだ。

 

「ふぐぉ!?」

「おにぃ〜! おにぃ〜!」

 

 リグルからの強烈なタッコーを受けた男は、座敷の方まで飛ばされた。一方でリグルはそんなことお構いなしに、彼の胸に顔を埋めながら必死に何かを訴えている。

 

 状況の整理がついていない霊夢だったが、一先ずリグルに「落ち着きなさい」とリグルの頭を手でペシッと叩くと、リグルは「あ、うん」と言って覆い被さるのを止めた。

 

「あ、あんたがここに来たってことは寺子屋終わったのよね?」

「え、うん。そうだけど?」

 

 すると霊夢は「いっけない! ルーミア!」と言って急いで店から出て神社へと飛んで帰った。

 

 それをリグルは首を傾げて見送ると、男の方はやっと上半身を起こした。

 

「いったたた……今日は手荒な訪問だね……」

「あぁ、ごめんなさい!」

 

 彼が自身の胸を擦りながら起き上がるのを見て、リグルは謝りながら、慌てて自分も彼の胸を擦った。

 

「それで、何か嫌なことでもあったのかい?」

「え……嫌っていうか……なんと言うか……」

 

 リグルが歯切れ悪く答えると、彼は「ゆっくりでいいよ」と優しく言ってリグルの頭を撫でた。

 それからリグルは顔を少し赤らめて「あのねーー」とこれまでの経緯を話した。

 

 ーーーー

 ーー

 

「あっはっはっは……そういうことか、あっははは♪」

「もぉ、笑わないでよぅ!」

 

 リグルの説明に大爆笑の彼。そんな彼にリグルは顔を真っ赤にしながら彼の胸をポカポカと叩いて抗議する。

 

「ごめんごめん……でも、ふふふ……」

「むぅむぅむぅ!」

「はぁはぁ……よし、収まった」

 

 笑いが収まったのはいいが、リグルの方は完全に機嫌を損ね、彼の胸に顔を埋めて顔を合わせようとしない。

 

「リグル……」

「……知らない」

 

 フンッと鼻を鳴らすリグルに男は「笑って悪かったよ」と言いながら、リグルの頭をポンポンと優しく撫でた。

 

「確かに笑ったのは悪かったけど、馬鹿にして笑ったんじゃないんだよ」

「…………」

「チルノちゃん達にそうやって言われるほど、ラブラブだって気付かなかったからさ。こんなに幸せな状況なのに、自分が気付いてないと思ったら笑えてきたんだよ」

「…………♡」

「だからリグルを馬鹿にした訳じゃないんだ。許してくれないか?」

 

 そう言うと、リグルはゆっくりと男の方に顔を向けて唇を差し出すように目を閉じた。

要するに「キスしなきゃ許さない」と言っているのだ。

 彼はもう一度「ごめんね」と言って優しくキスをした。

 

「…………どうかな?」

「短かったからまだ許してあげない♡」

 

 顔では許していると分かっていても、リグルの言葉を聞いた彼はまた優しく笑って「分かった」と頷いて、今度は長い長いキスをした。

 

「ちゅっ……んっ、おにぃ、んんっ♡ ちゅぱっ、しゅき♡ んんっ♡ らいしゅきぃ♡ ちゅっちゅ♡」

 

 すっかり機嫌を直したリグルは自分の気が済むまで、彼の唇を離そうとはしなかった。

 そしてその現場をリグルに謝りにきたチルノ達に目撃され、更にからかわれたのは別のお話ーー。




リグル・ナイトバグ編終わりです!

リグルは妖怪なので大丈夫ということでお願いします!
今回は甘さ控えめでしたが、どうかご了承を。

ではではお粗末様でした☆


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ミスティアの恋華想

恋人はミスティア。


 

 寺子屋ーー

 

 穏やかなお昼を迎えた幻想郷。

 寺子屋では通常の授業も終わり、多くの子ども達が帰る中、ある複数名だけが居残りを強いられていた。

 

「大ちゃん、算数って何なのかな?」

「変に哲学的なことを言わないで、早く問題解いてよチルノちゃん」

 

「掛けたり割ったり難しいのだ〜! 調味料を掛けたり、木の実を割ったりした方が簡単なのだ〜!」

「足し算と引き算が出来れば、生きて行く分には十分だと思うんだよね。どう思うてゐ?」

「かけ算やわり算が出来ると生活していく中で、出て来る計算がもっと早く出来るようになって、もっと生活しやすくなるって、お師匠様が言ってたぞ。だから頑張れリグル、ルーミア」

 

 残っているのはチルノ、リグル、ルーミア、ミスティアの四人であり、その四人に付き添うように仲の良い大妖精、橙、てゐは慧音と共に自分に出来る範囲で勉強を教えていた。

 

 しかしミスティアだけは黙々と問題を解いていて、ついにーー

 

「先生、答え合わせお願いします」

 

 ーーと、一番乗りで慧音の元へプリントを見せに行った。

 

「おぉ、早いなミスティア。どれ、見せてみろ」

 

 ミスティアは慧音にプリントを渡すと、慧音は一つ一つ採点していった。

 

 そして慧音が「うん」と頷くと、すぐにミスティアの方を見てニッコリと笑顔を見せた。

 

「全問正解だ。おめでとう、ミスティア」

 

 慧音の言葉に残っていたみんなが歓声のような声をあげた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 一方のミスティアは嬉しそうに顔をほころばせ頭を下げていた。

 

「うんうん。最近のミスティアは本当に賢くなったな♪ これも店をやっているからかもしれないな♪」

 

 慧音はそう言いながらミスティアの頭を優しく撫でると、ミスティアは「えへへ♪」と声をもらした。

 

「それもあるだろうけど、ミスチーは兄ちゃんに勉強教わってるからじゃないの〜?」

「そ、それもあるかな……えへへ♡」

 

 チルノの言葉にミスティアは少し恥ずかしそうに頷いた。

 

 チルノが言った"兄ちゃん"とはミスティアの恋人で、迷いの竹林へ向かう道のその手前で小料理屋を営んでいる半人半妖の青年のことである。

 

「チルノ、お兄さんじゃないよ。ミスチーの旦那さんだよ」

「だだだだ旦那しゃん!?」

 

 リグルの言葉にミスティアはボンッと耳まで真っ赤にした。

 

 しかし、リグルがそう言うのも当然で、その理由はミスティアがその半妖の青年と一緒に暮らし、一緒に店をやっているからだ。

 

 青年の方からミスティアに「君と一緒にこの店を営んでいきたい」とプロポーズ並みの告白をされ、ミスティアはそれを快く承諾。傍から見たら夫婦と何も変わりないのだが、ミスティアとしては自分自身がまだまだ半人前なので、一人前になるまでは結婚はしないと彼と約束しているのだ。

 

「どうせ店が終わったら「うふんあはん」してるんだろ? 男女が一つ屋根の下に居るんだからさ♪」  

「…………」

「こらてゐ、そんな話題を出すな。それとミスティアも否定するならちゃんとしろ」

 

 てゐのあっち方面の話題に俯いてしまったミスティアを慧音が助けるも、当のミスティアは顔を真っ赤にしているだけで反応がない。 

 

「でもこの前、お客さんから女将さんって言われても普通にお返事してたよね♪」

「お兄さんを呼ぶ時もミスチーは『あなた〜』って呼んでたのだ〜♪」

「橙が紫様達とお店に行った時は二人並んで、仲良くお皿洗ってたよ〜♪」

「ぁぅぁぅぁぅ……」

 

 大妖精、ルーミア、橙の無自覚な暴露に、ミスティアは顔を両手で押さえ、その場にしゃがみ込んでしまった。ミスティアのライフはもうゼロに近かった。

 

「こらこら、みんな。ミスティアが困ってるだろう?」

 

 透かさず慧音がミスティアに助け舟を出すが、みんなは「お店では恥ずかしがってないよ?」と首を傾げた。

慧音は「色々とあるんだ」と苦笑いで擁護し、みんなは「へぇ〜」と言ってそれ以上は何も暴露しなかった。

 

「とにかくミスティア。君はもう帰ってもいいぞ」

「はいぃ〜……」

 

「ミスチー、後でお店行くね〜♪」

 

 帰ろうとするミスティアにチルノがそう言うと、他のみんなも「私も」と言うように手を振った。

 ミスティアは恥ずかしがっているものの、みんなが店に来てくれるのは嬉しいので「待ってるね」とはにかみながら返して、寺子屋を後にした。

 

「よ〜し! ミスチーのお店に行くために頑張るぞ〜!」

「頑張るのだ〜♪」

「私も頑張ろ♪」

 

 そうして意気込むチルノ達を優しく見守る慧音達だったが、

 

『この問題どう解くの(だ)〜?』

 

 との言葉に苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 人里の外れーー

 

「ただいま〜♡」

 

 ミスティアが帰ってきた頃は、丁度お昼のラッシュも終わり、店にはお客が居なかった。

 

「おかえり、ミスティア」

 

 そして彼は洗い物をしながら、ミスティアへ笑顔を送った。

 

 ミスティアは「今手伝うね」と笑顔で返し、奥の座敷へ寺子屋の荷物を置いてから、すぐに彼の隣へ並んだ。

 

「帰ってきたばかりなんだし、休んでていいんだよ?」

「いいの♡」

 

 彼の心遣いにミスティアはそう言うも、彼は「でも……」と顔を曇らせた。

 するとミスティアは彼の目を真っ直ぐに見つめて、

 

()()()お店でしょう? だから私にもやらせて。ね?♡」

 

 と上目遣いで微笑んだ。

 彼はミスティアのその表情に胸をドキッとさせられ、少し顔を赤く染めて「ありがとう♡」と返した。

 

 すると店のガラス戸がガラガラと開き、妹紅が入ってきた。

 

「邪魔するよ」

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ♪」

 

 妹紅はいつものように店の一番奥のカウンター席に座ると、彼が「いつものですか?」と訊ねた。

 妹紅が「あぁ」と笑みを返すと、彼は「はい」と元気に返して調理に取り掛かった。

 

「お冷とおしぼりです」

「ありがとう。今日ミスティアが居るとは思わなかったな」

「居残りが早く終わったので♪」

「あ〜、そういえば慧音が褒めてたぞ。最近のミスティアはちゃんと授業内容を覚えられるようになったって」

 

 おしぼりで手を拭きながら妹紅がそんな話をすると、ミスティアは嬉しそうに「えへへ♪」と笑い声をもらした。

 

「女将としても板についてきて、客足も上々……順風満帆じゃないか」

「そうですかね〜♪」

「後は結婚だな♪」

「ひゃう!?」

 

 妹紅の「結婚」という言葉に明らかに動揺するミスティア。

 

「僕の方は受け入れ体制万全なんですけどね〜♪ お客方からも「早く結婚しちまえ」ってよく言われます♪」

「あっはは♪ なんだ、後は女将の決心だけか〜♪」

「うぅ〜」

 

 それから妹紅はいつもの豚玉丼をペロリと平らげると、お勘定を済ませ「ご馳走さん」と言って竹林へ帰っていった。

 

 妹紅へ出した食器をまた青年が洗い、ミスティアががテーブルを拭いていると、ミスティアがふと彼に言った。

 

「…………待たせてごめんね」

「気にしなくていいよ。僕達にはまだまだ時間はあるんだから」

 

 ミスティアの言葉に彼は手を休めずに優しく返すが、ミスティアとしてはやはり申し訳ないと思う気持ちの方が強かった。

 そんなミスティアの表情を見て、彼は洗い物を終えてからミスティアを呼んだ。

 ミスティアがカウンター席から「どうしたの?」と厨房の方に身を乗り出すと、それと同時に彼がミスティアの唇に自身の唇を重ねた。

 

「んむぅ!?♡」

 

 ミスティアは驚いたが、すぐに彼を受け入れ、自らも彼の舌に自身の舌を絡めた。

 店には二人の舌が絡み合う音だけが響き、互いの唇が離れる頃にはミスティアの顔は幸せそうに蕩けていた。

 そしてそんなミスティアの頬を優しく撫でながら、彼はゆっくりと声をかけた。

 

「恋人でもミスティアとこうして居られるなら、僕は幸せだから。だからゆっくりでいいんだよ」

 

 彼の言葉にミスティアは胸の奥がトクントクンと高鳴った。

 そして今度はミスティアの方から彼の唇を奪った。

 

「んっ……み……っ、てぃ……んんっ」

「んんっ、っ……ちゅぱっ……んふぅ♡」

 

 先程とは違い、激しくどこまでも求めてくるようなキス。ミスティアの唇が彼の唇を放した時には、互いに小さく肩で息をする程だった。

 

「私、必ず一人前になってあなたのお嫁さんになるから♡ だからそれまでずっと離さないでね♡」

「結婚しても離す気なんてないよ。ずっとずっと」

「うん♡」

 

 嬉しそうに頷いたミスティアは、また彼の唇に今度は短くついばむようなキスをした。

 

「えぇぇ、そこまでいったなら結婚しちゃえよ〜!」

 

 突如としてすぐ隣で聞こえてきた声に、ミスティアは「へ?」と間の抜けた声を出して声がした方を向くと、

 

「おいおいおい! そこまで言ってまだ恋人止まりかよ〜!」

「いっぱいちゅうしてたのだ〜♪」

「ちゅうしたなら結婚しなよ♪」

「てかもう結婚してるようなもんじゃん♪」

 

 てゐ、ルーミア、チルノ、リグルと、

 

「見ててドキドキしちゃった〜……」

「ミスチー幸せそうだよ〜♪」

「皆に昼食をご馳走に来たんだが、邪魔してしまったな」

 

 大妖精、橙、慧音が立っていた。

 それを認識したミスティアは顔を真っ赤にし、ポーッと頭から湯気を出して気を失ってしまった。

 しかし青年に抱えられたミスティアはとても幸せそうな顔に変わった。

 

 後日、ミスティアは寺子屋チルノ達から質問攻めされたのは言うまでもないーー。




ミスティア・ローレライ編終わりです!

赤面するミスチーが書きたかったのでこの様なお話にしました♪

此度もお粗末様でした☆


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慧音の恋華想

恋人は慧音。


 

 迷いの竹林ーー

 

 穏やかに雲が流れる昼下がり。

 慧音は寺子屋が終わってから、迷いの竹林を妹紅と共に歩いていた。

 

「すまないな、妹紅。恩に着るよ」

「気にするなよ。親友の頼みとあればこれくらいはな」

 

 妹紅が清々しい笑顔で返すと、慧音は「ありがとう」と笑顔を返した。

 

「でも川で溺れた子どもを助けて、自分がそのまま風邪引くとか……本当お人好しだな。夫婦(めおと)揃ってさ」

「夫婦言うな! 私と彼は夫婦の契は結んでいないぞ!」

「結んでなくても二人して寺子屋で教師して、同じ家に寝泊まりしてて、暇な時は縁側で肩寄せ合って空を見上げてるくせによく言うよ♪」

「こ、恋仲にある男女が縁側で寛いでいて何が悪いんだ!」

「何も悪いとは言ってないだろ……ただ、あんなに仲睦まじいと夫婦にしか見えないんだよ。さっきだって「彼が熱を出してるんだ! 妹紅、永遠亭まで案内してくれ!」ってかなり必死だったし♪」

 

 妹紅の話に、慧音は「くぅ……」と顔を真っ赤にして唸ることしか出来なかった。

 

 慧音とその恋人の半人半妖の男は数年前から共に寺子屋で子ども達に勉学を教えていて、傍から見たら夫婦にしか見えないほど仲睦まじく、人里ではおしどり夫婦等と囁かれている程だ。

 

「ほら、早く行くぞ。弱った旦那が帰りを待ってるんだろ?」

 

 妹紅がそう言って慧音の肩を叩くと、慧音は「妹紅〜!」と抗議の声をあげた。

しかし妹紅は「はいはい」と聞き流すだけで、まったく反省の色は見せなかった。

 

 

 永遠亭ーー

 

 永遠亭に着いた慧音と妹紅。

 妹紅は門前で待ち、慧音は一人、鈴仙に連れられて診察室へ通された。

 

「師匠。患者様をお連れしました」

「あら、慧音じゃない。()()精力増強剤でも?」

「い、いや、今日は風邪薬を貰いに、な。彼が熱を出してるんだ」

 

 永琳の唐突のカミングアウトに慧音は平静を装って本来の目的を告げた。

 それを聞いた永琳は幾つかの簡単な質問をし、慧音の答えによってそれに合った薬を処方するため、慧音に待合室で待つように言って作業場へ向かった。

 

 待合室で待っていると、鈴仙がお茶を淹れて戻ってきた。

 

「どうぞ♪」

「あぁ、すまない」

()()()()の様態は大丈夫ですか?」

 

 鈴仙の言葉に慧音は思わずすすった茶を吹き出しそうになった。しかし何とか堪えた慧音はゴクンと喉を鳴らして茶を呑み込み、鈴仙を睨み付けた。

 

「え、えぇ!? 私何か変なこと言いました!?」

「私達はまだ結婚などしていない!」

「えぇぇぇぇ! そっだったんですかぁぁぁ!?」

 

 鈴仙の驚きように慧音は鼻息を荒くして頷くと、鈴仙は「ごめんなさい。てっきり……」と苦笑いを浮かべて謝罪した。

 

「まったく……みんなして私と彼を何だと思ってるんだ……」

(夫婦って言ったらまた怒っちゃうよね〜)

 

 慧音は顔を赤くして「まったくまったく」と怒っているのを見ながら、鈴仙は思った言葉を呑み込んで苦笑いをするしかなかった。

 

 すると永琳が複数の紙袋を持って待合室へやってきた。

 

「お待たせ。食後に一袋で一週間分。こっちは高熱が出た時用の解熱剤ね」

「あぁ、ありがとう」

「あと貴女を見た時から、気になっていたことがあるのだけれど……」

 

 永琳の言葉に慧音は「ん?」と首を傾げた。

 

「貴女の首筋からチラホラと見える赤いアザ、治すなら塗り薬を処方するわよ?」

「っ!?」

 

 慧音が急いで自身の首筋を手で押さえると、

 

「あ〜、それ私も思いました。髪の毛と服の襟であまり目立ってませんが、ポチポチと見えますよね」

 

 鈴仙も気になっていたとばかりにそう口にした。

 

「こ、ここ、これはあれだ、ほら……竹林を歩いて来たから、む、むむ、虫にだな……」

「あ〜、分かります〜。私もしょっちゅう刺されてますから」

 

 鈴仙はそう言うが、永琳はニヤリと怪しい笑みをした。

 

「まぁ()()()()のなら大丈夫かしらね♪」

「あ、あぁ……」

「じゃあ最後に今回のお代ね」

 

 永琳は請求書兼処方書を出すと、慧音は「うむ」と頷いてお代を支払った。

 しかしあることに気が付いた。

 

「永琳、この予防薬とはなんだ?」

「貴女用よ。こっちの紙袋に入ってるわ。彼氏の看病してて移されても困るでしょう? それも食後に服用してね」

 

 永琳が答えると、慧音は「何から何までかたじけない」と頭を下げ、永琳は笑顔で「いいえ♪」と返した。

 こうして慧音は永遠亭を後にし、また妹紅の案内で迷いの竹林を抜け、妹紅と別れて愛する彼の待つ自分達の家へと戻った。

 

 

 慧音達の家ーー

 

「(戻ったぞ〜)」

 

 慧音は彼が寝ていても悪いと思い、小声で家へ入った。

 そして、そろりそろりと彼が寝ているはずの自分達の寝室の戸を少し開けると、彼は青と緑の横縞のちゃんちゃんこを羽織って机に向かっていた。

 

「おい! 風邪なのに何してるんだ!」

 

 彼の行動に慧音は荒い声をあげて寝室へ入ると、彼は呑気に「あ〜、おかえり」と言った。

 

「ただいま♡ じゃなくて! 風邪を引いているのに何で寝ていないんだ!」

「いや、暇だったから、生徒達が提出した読書感想文の採点を……」

「風邪を引いているのに仕事なんかするんじゃない! ほら寝た寝た!」

 

 慧音の気迫に押され、彼は「過保護だな〜」と言いつつ布団に戻った。

 

「過保護なくらいでいいんだ。それよりもう夕方だからお粥を作ってやる。それを食べたら薬を貰ってきたからそれを飲め。いいな?」

「あぁ、何から何までありがとう」

「っ!!?♡」

 

 彼の笑顔のお礼に慧音は胸がキューンと締めつけられた。

 それから慧音は「お礼なんかいい」と恥ずかしそうに返し、台所へと向かった。

 

 ーー。

 

 それから慧音が作ったお粥を平らげた彼は薬を飲んでまた布団に入った。

 それを見届けた慧音は洗い物をし、自分も永琳から貰った予防薬を飲んだ。

 

 すると、

 

「ぐっ!?」

 

 ドクンと胸の奥が跳ねた。

 そして次の瞬間、慧音は白沢(ハクタク)の姿になってしまった。

 

「飲んだ途端にこの姿になるとは……」

 

 しかし、窓の外を見ると満月が出ていたので、慧音は「あ〜、ただ時期が重なっただけか」とつぶやいた。

 それでも慧音は自分の体に妙な火照りを感じていた。

 胸の奥からジワジワと湧き上がるような火照りが。

 

(私も風邪が移ってしまったというのか?)

 

 そう思った慧音は自分も今日は早く休もうと、支度をして寝室へ向かった。

 

 ーー。

 

 眠る彼のすぐ隣に布団を敷き、彼の寝顔を眺めながら眠くなるのを待つ慧音だったが、一向に眠くなる気配がなく、寧ろどんどん体の火照りが増していった。

 すると彼が慧音の苦しそうな息使いに目を覚まし、慧音に「どうかしたのか?」と言ってすぐ側までやってきた。

 

(あぁ、もうダメだ♡)

 

 と次の瞬間、慧音は彼を押し倒していた。

 

「け、慧音?」

「はぁ、はぁ、すまん♡ お前の私を心配してくれる優しい声と愛するお前の蒸れた雄の匂いで……もう耐えられん♡」

「へ?」

「すまん……でも大丈夫だ♡ お前は天井のシミを数えていれば、それでいい♡」

「いやいやいやいや!」

「汗を掻けば熱も下がると私の歴史に記している♡」

「え、ちょ、まーー」

「さぁ、私達の愛の歴史に新しいページを追加しよう♡」

「きゃあぁぁぁぁ〜っ」

 

 

 翌朝ーー

 

「……昨晩はすまなかった」

「気にしてないよ。風邪も治ったみたいだし」

 

 昨晩の暴走を覚えていた慧音は朝一番で彼に耳まで真っ赤になりながら謝罪すると、彼は笑顔で慧音を許した。

 

「でも、慧音に朝まで搾られるとは思わなかったな〜。慧音も案外大胆なんだな。あんなに好き好き言われながrーー」

「うわぁぁん、言わないでくれぇぇぇ!」

「慧音は気が済むまでしてたからね〜。俺も気が済むまでは言わせてもらうよ♪」

「うぅ〜、イジワル……」

「朝までーー」

「やぁぁぁん、ごめんなさいってばぁ!」

 

 すると彼はイタズラっぽく笑って慧音に言った。

 

「じゃあ、口づけして♪」

「え」

「朝まーー」

「わ、分かった、分かったから!」

「じゃあよろしく♪」

「むぅ……ちゅっ♡」

 

「もう一回♪」

「く、くぅ……」

「ほらほら、早く〜♪」

「覚えてろよ〜……ちゅっ♡」

「覚えてていいんだ?♪」

「にゃう〜!」

 

 こうして慧音は彼の気が済むまでからかわれ続けたそうな。

 

 

 一方ーー

 

「師匠、あの予防薬って媚薬でしたけど、良かったんですか?」

「媚薬は時に予防薬にもなるのよ……免疫細胞の濃密な交換によってね♪ ま、半妖だから通じる理論なんだけどね♪」

「な、なるほど……」

「さ、今日もお仕事お仕事♪」

「はい、師匠!」

 

 そして黒幕は今日も研究に励むのだったーー。




上白沢慧音編終わりです!

前回に引き続きお前らもう結婚してんじゃんって感じになりましたがご了承を。

ではお粗末様でした☆


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てゐの恋華想

恋人はてゐ。


 

 人里ーー

 

 本日も平和に時が過ぎた幻想郷。

 夕刻を迎えた人里では、カラスが鳴き、子ども達も足早に帰宅し、多くの民家から炊き出しの煙が登っている。

 

 そして人里へ薬を売りに来ていた鈴仙とてゐも永遠亭へ帰る最中だった。

 

「れ〜い〜せ〜ん〜、早く帰ろ〜!」

「ちょっと待ってってば! 夕飯の買い物を頼まれてるんだから!」

 

 てゐは鈴仙のスカートの裾を引っ張って「早く」と訴えているが、鈴仙はスカートを気にしながら買い物をしている。

 

「は〜や〜く〜!」

「あと少しだから待ってってば〜!」

 

 そんなこんなでやっとこ買い物を終えると、てゐは鈴仙の手を引っ張って家路を急いだ。

 

 どうしててゐがこんなに急いでいるのかと言うと、永遠亭で自分の帰りを待っている最愛の恋人が居るからなのだ。

 

 その青年は数年前まで人里で暮していた。

 しかし大きな火事で家と家族を失い、ただ一人生き残った青年は生きる希望を捨て、迷いの竹林に身を投じた。

 そして野垂れ死ぬを待っていると鈴仙とてゐが彼を見つけ永遠亭へ運び、永琳が治療し、輝夜の許しを得て永遠亭に迎え入れた雑用係である。

 

 最初こそは暗かった青年だったが、てゐが彼を特に気に掛け、彼相手に悪戯をよく仕掛け、てゐの遊び相手になっているうちに徐々に彼も本来の明るさを取り戻した。

 そしてそんな二人が恋仲になるまで、そう時間は掛からなかった。今ではてゐはこうした仕事以外で青年の側を離れようとしない程。

 

「急かしてるけど、元はと言えばてゐが悪いんだからね!」

「そんなの知ってるし! だから早く帰ってアイツの側に居てやりたいんだ!」

 

 そんなてゐに鈴仙は「まったく……」と愚痴をこぼし、てゐに手を引かれるがまま家路を急いだ。

 

 

 永遠亭ーー

 

 その頃、永遠亭では、

 

「貴方も大変ね。恋人の作った落とし穴で右腕骨折とか」

「あはは、まぁ幸いポッキリ折れたのでヒビが入るよりはマシだと思ってます」

 

 輝夜が彼を自分の部屋に呼んで暇潰しをしていた。

 

 彼は今朝、いつも通りに永遠亭の庭掃除をしていると、てゐのいつもの悪戯で作った落とし穴に落ちて怪我をしたのだ。

 しかし今回は運が悪かった。いつもならてゐが落ちるところを隠れて見ているため、てゐの能力で大事には至らずに済んでいたのだが、今回は落とし穴を掘ったてゐ自身がその存在を忘れていたので彼は右腕を骨折してしまった。

 それでも彼はてゐを責めなかったが、永琳や鈴仙はこれでもかとてゐを叱りつけた。

 恋人を骨折させてしまったとして、てゐも猛省し、涙を流して二人から叱りを受け、彼に泣いて謝り、そして今に至る。

 

「輝夜様、お茶のおわかりどうですか?」

「遠慮するわ。そろそろあの子達も帰ってくる頃でしょうし、貴方は自分の部屋に戻りなさい。私は寝るから夕飯になったら起こしてちょうだい」

「畏まりました。では失礼致します」

「立てる?」

「大丈夫です。お心遣いありがとうございます」

 

 彼はそう言ってスッと立ち上がると、輝夜は「ん」と微笑んで布団に寝転んだ。

 彼は輝夜の部屋から出る時にもう一度「失礼しました」と声をかけて、自分の部屋へ向かった。

 

 ーー。

 

「ーーい!」

 

「?」

 

「ー〜い!」

 

 部屋に戻る途中で、遠くの方から声がしたので立ち止まると、向こうの方からてゐが彼の元へドタドタと走ってやってきた。

 

 彼は優しく笑ってその場に膝を突くと、てゐは彼にムギュッと抱きついた。いつもなら飛び付くのだが、彼のことを配慮した結果、今回はゆっくりだった。

 しかし抱きついて彼の首に回したてゐの手はとても力強く、彼の胸に顔を擦り付けるてゐは「もう離れないから!」と何度も何度も繰り返し言った。

 

「おかえり、てゐ♪ 今日は一緒に薬を売りに行けなくてごめんね」

「何言ってんだよ! 私が悪かったんだからお前が謝るな!」

「あはは、ごめんごめん」

(お前は優し過ぎんだよ、バカ♡)

 

 それからてゐは彼の鼻先と自分の鼻先を擦り合わせた。これはてゐの「ちゅうしよ♡」という合図なのだ。

 すると彼はもう一度優しく「おかえり」と声をかけ、てゐは「ただいま♡」と返して幾度も互いの唇をついばんだ。

 

「……ちょっとあなた達」

 

 二人で互いの唇を味わっていると、ふと横槍が入った。

 それは鈴仙で、鈴仙は頬を赤くして二人を直視しないように両手で目を覆っていた。

 

「何だよ、鈴仙」

「鈴仙さん、おかえりなさい」

 

 てゐは不機嫌そうに鈴仙に視線だけを向け、青年はいつも通りに挨拶をした。

 

「て、てゐ、まだ師匠に細かい報告もしてないんだから早く来て」

「んだよ〜、そんなの鈴仙がやればいいだろ〜? 私はコイツの面倒をみなきゃいけないんだから」

「どう見てもイチャついてただけでしょ!」

「イチャついてない! おかえりとただいまのキスをしてただけだ!」

「それを普通はイチャついてるって言うのよ!」

 

 鈴仙とてゐがそんな言い争いをしていると、青年は苦笑いを浮かべて「俺も一緒に行くから」とてゐをなだめると、てゐは「仕方ないな〜♡」と言って鈴仙と言い争うのを止めた。

 それを見た鈴仙は呆れたようにため息を吐いて「早く行くわよ」と、脱力感に満ちた言い草で体を翻すのだった。

 

 それから三人で永琳の元へ行き、鈴仙とてゐは細かな報告をした。

 報告が終えると、鈴仙は永琳の後片付けの手伝いでその場に残り、てゐと青年は夕飯の支度をしに厨へと向かった。

 

「なぁ、本当に休んでなくていいのか?」

 

 厨へ向かっている途中、青年のことを心配したてゐがそう訊ねると、青年は「大丈夫」とニッコリ微笑んだ。

 

「頼むから無理だけはするなよ?」

「てゐも手伝ってくれし大丈夫さ。流石に鍋振りは出来ないけどね」

「絶対無理すんなよ!? したら怒るからな!」

 

 てゐがそう念を押すと、青年はまたニッコリ微笑んで「あぁ」と短く返した。

 そんな彼の笑顔にキュンときたてゐは、彼に抱きつきたいのをグッと堪え、彼の骨折していない方の腕にキュッと抱きつくのだった。

 

 ーー。

 

 それから二人は厨で料理を始めた。

 今日は輝夜がハンバーグをご所望なのでタネはてゐが作り、味や火加減は彼が担当した。

 

「こんな感じか?」

「うんうん、そんな感じ。後は人参と玉ねぎをすりおろして」

 

 青年の指示にてゐは「分かった」と頷いて人参と玉ねぎをすりおろしていく。

 すると青年がてゐを見つめながら小さく笑った。

 そんな青年にてゐが「何か間違ったか?」と訊くと、彼は「違うよ」と言って、笑った理由をてゐに語った。

 

「なんかこうしてると一緒に作ってる感じがして、いいなって思えてさ。なんかこう、幸せだなって」

「そ、そっか……えへへ、実は私もおんなじ事思ってた……♡」

「はは、なら尚更幸せだな」

「うん……♡」

 

 そして、てゐはうさ耳をピコピコと跳ねさせながらまた作業を開始した。

 タネも出来上がり、焼く段階に入ると青年は火加減を見ながらてゐに指示を出した。

 

「両面に焼き色がついたら一回皿に出してね」

「分かった」

「焼いた時に出た肉汁はこっちの器に入れて」

「了解」

 

 その作業が終わると、彼はフライパンに小麦粉を入れそれをバターで炒めるように頼み、てゐは指示通りに小麦粉を炒めた。

 その後も彼は隣で水を入れ、調味料や肉汁を加えソースを作った。

 そしてそのソースの中に先程のハンバーグを入れ、煮込みハンバーグを完成させた。

 

「おぉ〜! 凄い! これ私達で作ったんだよな!?」

「俺達っていうよりは殆どてゐが作ったようなもんだけどね」

「お前の言う通りに作ったんだから、私達の料理だろ?」

 

 てゐがそう言って「むぅ」っと片側の頬を膨らませると、彼は優しく笑って「てゐの言う通りだな」と言った。

 こうして二人で作った料理は食卓でみんなの笑顔を呼び、てゐは輝夜達に褒められ、みんな幸せな食卓を過ごした。

 

 そして夜ーー

 

「痒いとこあるか〜?」

「右の真ん中ら辺……あ、そこそこ」

 

 風呂に入れない青年のため、てゐは甲斐甲斐しく彼の世話を焼いていた。

 

「本当にごめんな。こんなことになっちゃって」

「いいっていいって」

「もっとお前もお師匠達みたいに私を叱ってもいいんだぞ?」

 

 すると青年は向きを変えぬままゆっくりと口を開いた。

 

「俺はてゐが居たから今の俺があるんだ。孤独だった俺に温もりくれた。そんな人に骨の一本や二本折られたくらいでとやかく言わないさーー」

 

「ーーそれに、骨折したからこうしててゐに付きっきりで面倒見てもらってるしね♪ こんなに幸せなことはないよ」

 

 そう言うと、てゐは「そんなの反則だ、バカ♡」と青年の背中をペシッと軽く叩いた。

 すると青年は「てゐのことが好き過ぎて馬鹿になったんだ」と返し、てゐはまた今度は無言で彼の背中を叩いた。

 

 それからーー

 

「な、なぁ、てゐ……これはどういうことだ?」

 

 体が拭き終わるとてゐは彼に服を着せぬまま、彼を布団に仰向けで寝かせ、その上に覆い被さってきた。

 

「ん? どういうことってこういうことだけど?♡」

 

 そう言いながらてゐは妖しく微笑んだ。

 

「今晩は全部私がシてやるからな♡ 精一杯罪滅ぼしをさせてもらう♡」

「そ、そんなのしなくていいよ!」

「とかなんとか言っちゃって〜、かなりヤル気じゃん?♡ ん?♡」

「そ、それは……」

「ま、お前は楽にしてな♡ 後はこっちがヤルからさ♡」

「おうふ……」

 

 その晩、てゐは何度も彼の上でぴょんぴょんしたーー。




因幡てゐ編終わりです!

これももう結婚してんじゃんって感じになってしまいましたが、どうかご了承ください。
そしててゐは見た目より長生きしてるのでセーフということでお願い致します!

ではお粗末様でした☆


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鈴仙の恋華想

恋人は鈴仙。


 

 人里ーー

 

「じゃあ、これお代ね。また頼むよ」

「はい♪ では失礼します♪」

 

 とある民家に本日最後の訪問販売を終えた鈴仙は、外で「う〜ん」と伸びをした。

 

(師匠には販売が終わったら夕方までは自由にしてていいって言われてるし、彼のところにでも行こうかな♡)

 

 まだ日も高い空を見ながらそんなことを思った鈴仙は、早速目的地へ向けて歩を進めた。

 

(あ、手ぶらで行くより何か手土産くらい買った方がいいよね……)

 

 ふとそう思った鈴仙は、目的地へ行く前に適当な茶屋で手土産を買うことにした。

 

 それからいくつか茶屋の前を通った鈴仙だったが、ピンと来る茶屋が無く何も買えないでいた。

 

「鈴仙じゃん」

 

 ふと聞き慣れた声に名前を呼ばれ、声がした方を見ると、そこには魔理沙が居た。

 鈴仙と魔理沙は互いに挨拶を済ますと、早速魔理沙が話題を振った。

 

「訪問販売の帰りか?」

「はい♪」

「へぇ、お疲れ」

「ありがとうございます♪」

 

 すると魔理沙は鈴仙の顔をマジマジと見つめ、クスッと小さく笑った。

 鈴仙はそんな魔理沙に小首を傾げていると、魔理沙は「あ〜、悪い悪い」と言って謝った。

 

「別にお前を馬鹿にして笑ったんじゃないんだ。ただ前みたいにビクビクしてないし、堂々としてるから、変わったなって思ってさ♪」

 

 魔理沙の説明を聞いた鈴仙は「そうですか?」と含み笑いを浮かべて訊いた。

 

「あぁ、変わったさ。これも愛の力ってやつかね〜♪」

「ちょ、いいいいきなり何を言い出すんですか!?」

 

 愉快そうに言う魔理沙に鈴仙は少し頬を赤く染めて抗議した。

 

 魔理沙がそう言うのには訳がある。

 鈴仙は元々人間をとても恐れていて、里に行く際は極力人に会わないようにしていた。

しかし、そんな鈴仙を変えた人物が居る。

 

 それは鈴仙がこれから向かおうとしている人物で、その人物は人里で鍼灸師として鍼灸院をしている若い男性で、鈴仙の恋人だ。

 

 彼と鈴仙の出会いは数年前まで遡る。

 その日も人を避けて薬の訪問販売をしていた鈴仙は、周りを気にするあまり前方不注意で彼とぶつかってしまい、彼は何とも無かったが鈴仙は軽く足首を捻ってしまった。

 

 それから彼は鈴仙を自分の鍼灸院までお姫様抱っこで運び、治療を施した。鈴仙はその時の彼の誠実さ、優しさ、他者を思い遣る姿勢に心を惹かれ、度々訪れるようになり、数ヶ月前に鈴仙から思い切って告白し、晴れて恋仲となった。

 

 そんな優しい人間の彼と接してから、鈴仙は人間への恐怖心も消え、今では明るく堂々としていられるのだ。

 鈴仙の変化に永琳や輝夜も最初こそは驚いたが、理由を知った二人は彼の元へ訪れ深々と感謝を伝え、「鈴仙をよろしくお願いします」と言う程だった。

 

「どうせ、これからあいつの所に行くんだろ? ん〜?」

「そ、そりゃ行きますけど……」

「前のお前なら逃げるように帰ってたのにな〜♪」

 

 魔理沙がそう言いながら鈴仙の脇を肘で小突くと、鈴仙は顔を真っ赤にして「うぅ〜」と俯いてしまった。

 すると魔理沙はまた何かを思い出して口を開いた。

 

「あ、そうそう。そこの茶屋で美味いみたらし団子売ってたぜ♪ あいつの所に行くなら買ってってやれよ。私も霊夢用に買ったし♪」

 

 そう言った魔理沙は団子屋の包を見せてニッコリと笑った。

 そんな魔理沙を見た鈴仙は「じゃあ、そうしようかな」と頷いた。

 

「一緒に食べんのはいいけど、団子より相手を食うなよ?♪」

「ま り さ さ ん!」

 

 猛抗議する鈴仙に、魔理沙はケラケラと笑いながら謝ると、箒に乗って「んじゃな〜♪」と颯爽とその場を後にした。

鈴仙は魔理沙を見送ると、自分も魔理沙に言われた茶屋で手土産を買い、彼の鍼灸院へとまた歩を進めた。

 

 

 ーー。

 

 鍼灸院の前まで来た鈴仙は裏の玄関に回った。昼下がりにはここはもう休診していて、裏に回らないといけないからだ。

 

 裏の玄関の前で鈴仙は小さく深呼吸をしてから、戸を軽くトントントントンと四回叩いた。

 これは鈴仙達の決まりごとで、彼が誰が来たのか明確にする意味と『だ・い・す・き』の意味が込められている。

 

 それから暫くすると、ガラリと戸が開いた。

 

「いらっしゃい、鈴仙♪」

「えへへ、今日も来ちゃった♡」

「僕はいつでも歓迎だよ……さ、上がって♪」

「邪魔しま〜す♡」

 

 それから鈴仙は茶の間へ通され、彼が鈴仙のために買ってくれた自分専用の兎の形をした座布団に腰掛けた。

 彼は透かさず鈴仙へお茶を淹れると、鈴仙の前へ「どうぞ」と言って湯呑を置いた。

 

「いつもありがとう♡」

「これくらい造作も無いさ」

 

 そう言う彼に鈴仙は「うん♡」と返すと、正面に座った彼の方へスススッと移動し、彼の左腕にキュッと抱きついて頬ずりした。

 

「どうしたの、鈴仙?」

「ん〜ん♡ 今日はいっぱい甘えたいだけ♡」

「そっかそっか♪」

 

 彼はそう返して鈴仙の髪を優しく手で梳いた。鈴仙はそれが心地よくて思わず「みゅ〜♡」と甘えた声をあげた。

 

「ねぇねぇねぇ、お土産にみたらし団子買ってきたから食べない?♡」

「いつも悪いね……ありがたく頂くよ」

「ふふ、気にしないで♡ 今開けるね♡」

 

 それからガサゴソと包を開いた鈴仙は「わぁ♪」と明るい声をあげた。

 

「どうしたの?」

「あのねあのね、評判しか聞いてなかったんだけど、凄いよこのお団子! みたらしが中に入ってるの!」

 

 そのみたらし団子は鈴仙が言ったように団子の中にみたらしが入っていて、串に刺さっているのではなく、手を汚さずに一つ一つ摘んで食べられる作りだった。

 

「おぉ、これは新しいね」

「だよねだよね♪ じゃあ先ずはお一つ……はい、あ〜ん♡」

 

 鈴仙は早速その一つを摘んで彼の口元へ運んだ。

 彼が口を開けると鈴仙はポイッと彼の口の中へ団子を入れた。

 

「…………ん、美味しい♪」

 

 彼の嬉しそうな笑顔に鈴仙も顔をほころばせる。

 そして彼は「じゃあ、鈴仙にも」と団子を鈴仙の口元へ運んだ。

 

「あ〜……ん……ん〜、おいひぃ♪」

 

 幸せそうな表情を浮かべて鈴仙は頬を両手で押さえた。

 

「はは、鈴仙可愛い♪」

「はわっ……も、もぉ、急に何?♡」

「そう思ったから」

 

 彼はそう言って悪戯っ子のように笑うと、鈴仙は嬉し恥ずかしと言った複雑な表情をした。

 

「んじゃ、鈴仙の可愛いところをまた見たいから、もう一回食べて♪」

「もぉ〜、何それ〜?♡」

「そのままの意味だけど?」

「うぅ〜♡」

 

 鈴仙は恥ずかしそうに唸りながらもちゃんと「あ〜ん♡」と口を開けた。

 そしてまた彼から団子を食べさせてもらった鈴仙は、また幸せそうに笑みを浮かべて「美味しい♡」と答えた。

 

「それじゃ、今度は私が食べさせる番だからね♡」

「頼むよ……あ〜」

 

 彼は口を開けて待機したが、鈴仙は「……でも私が食べちゃう♡」と自分の口へ団子を入れた。

 そんな鈴仙を彼は可笑しそうに笑って見つめると、鈴仙が不意に顔を彼の顔へと近づけた。

 

「鈴s……っ!?」

「っ……ちゅっ、ん……ん〜、ちゅるっ……んっ♡」

 

 彼の唇を奪った鈴仙は自分の舌で強引に彼の口を開け、そこへ自身が食べていた団子を流し込んだ。

 

「ぷはぁ……美味しかった?♡」

 

 唇を離した鈴仙にそう訊かれた彼は赤面してコクコクと頷くことしか出来なかった。

 鈴仙はそんな彼を見て「可愛い♡」と言って、また彼の唇をついばんだ。

 

「れい……んむっ、せ……んんっ、ちゅっ……」

「んはぁ、ちゅっ……れろっ、んっ……ちゅっちゅ〜……んっ……はぁ♡」

「ど、どうしたの鈴仙、なんかいつより積極的だぞ?」

「実は私、昨晩から()()()だから♡」

「え」

 

 すると鈴仙は彼を押し倒し、その上に覆い被さって潤んだ瞳で彼の瞳を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 

「したいな……あなたと気持ちいいこと♡」

 

 そう言った鈴仙の手は既に彼の胸元を弄っていた。

 

「鈴仙っ、ダメだ……こんな日が高い内から!」

「いつもこの時間帯にしてるじゃない♡ 今日は夕方までいっぱいいっぱいイチャラブしよ♡」

「鈴s……っ!?」

「ほら、私のココ♡ あなたとキスしてただけで、もうこんなになってるの……あなたじゃないと鎮まんない♡」

「一回だけだからな……」

「あは♡ うん、いっぱい可愛がってね♡」

 

 そう言った鈴仙は彼の耳にしゃぶりつき、彼とラブラブに過ごした。

 

 そして第一ラウンド終了後ーー

 

「れ、鈴仙……一回って約束だろ!?」

「えぇ〜?♡ まだ抜いてないから、まだ一回は終わってないよ〜♡」

「鈴仙が放してくれないからだろ!? 早くこのホールドしてる足を解いてくれよ!」

「それで簡単に解いてあげる私じゃないよ?♡」

「くぅ……」

「ほらほら、時間は限られてるんだから早く〜♡ 私、まだまだあなたを感じたいの♡」

「鈴仙!」

「きゃん♡ ふふ、嬉しい♡ あぁっ♡」

 

 そして夕方にやっと鈴仙が彼の家から出て来ると、鈴仙はお肌ツヤツヤで満足感に溢れる笑顔だったそうなーー。




鈴仙・優曇華院・イナバ編終わりです!

うどんげに愛を搾り取られる感じに仕上げました!
まぁ彼氏なら彼女の要望には出来る限り応えねば男の恥ですからね! 妬ましい!←自分で書いてて
そしてかなりきわどいラストになりましたがご了承を。

ではお粗末様でした♪


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永琳の恋華想

恋人は永琳。


 

 永遠亭ーー

 

 今日はあいにくの雨となった幻想郷。

 昼頃までは晴れていたが、太陽が西へ傾くに連れ雨雲が増し、昼下がりを迎えた今では本降りとなっている。

 

 そんな雨模様を月の頭脳こと八意永琳は自身の研究室の窓から眺めていた。

 

(あの人は傘を持って行かなかったけど、ちゃんと何処かで雨宿り出来ているかしら……)

 

 そして永琳の頭の中には一人の青年のことがグルグルと巡っていた。

 

 永琳が研究の手を休めるほど想いを馳せる人物は、数年前に人里から永遠亭へ医師を志してやってきた青年で、今では永琳の恋人である。

 最初こそは永琳も拒んだが、彼の人を救いたいという熱意に負け、輝夜の許しを得て、弟子として永遠亭に迎え入れた。

 彼は永琳の元で多くを学び、吸収。そんな彼の純粋さや実直さに永琳は段々と心を惹かれた。

 そして彼が永琳から往診を任されるほどの実力を持った時、永琳は彼から告白を受けた。

 

 永琳は彼の告白を最初は断った。

 何故なら寿命の問題があるから。

 残されると分かっている。ならばいっそのこと今まで通りの方がいいと、永琳は考えたのだ。

 

 しかし、彼は医師を志した時と同じく、永琳を諦めなかった。終いには輝夜すら付き合ってしまったらどうかと言い出すほど。

 永琳は根負けする形で彼と恋仲になったが、いざ彼と恋仲になると、永琳は今までのタガが外れ、鈴仙やてゐは勿論、あの輝夜まで呆れるほどのバカップルへと変貌した。

 

 永琳が彼のことを心配しながらいると、永遠亭の玄関の戸がガラリと開く音がした。

 その音を聞いた永琳は早足で玄関へと向かった。

 

 

 ーー。

 

 玄関を覗くと、そこには寺子屋帰りでずぶ濡れのてゐの姿があった。

 

「うひ〜……朝は晴れてたのに、最悪だ〜!」

 

 てゐはそう言って手荷物を玄関へ置くと、また外へ出て玄関先でプルプルと頭や体を振った。

 

「おかえり、てゐ。はい、タオル」

「お、サンキュ、鈴仙♪」

 

 後からやってきた鈴仙からタオルを受け取ったてゐは、鈴仙にお礼を言って濡れた髪をワシャワシャと拭いた。

 

「あれ、師匠? 休憩ですか?」

「おっ♪ お師匠じゃん、ただいま♪」

 

 永琳の存在に気がついた二人が永琳に声をかけると、永琳はニコッと笑って二人の元へ歩み寄った。

 

「おかえり、てゐ。私は少し外の空気を吸いにね……」

「そうでしたか。お疲れ様です!」

「乙、乙〜」

 

 二人は永琳へ労いの言葉をかけると、永琳は「ありがとう」と笑みを見せた。

 

「本当は彼が帰ってきたと思って、玄関まで様子を見に来たんでしょ〜?」

 

 奥の襖から顔だけを出してそんな声をかけたのは輝夜だった。

 永琳は輝夜の言葉に内心ギクッとしながらも、平静を装った。

 

「ま、まぁ、姫様の言われることも少しありますわ……でも空気を吸いに来たことも確かです」

(そんなに顔を赤くしてまだ言い訳するのね……)

(照れてる師匠、可愛い……)

(お師匠もこんな乙女顔するんだな〜)

「な、何なの、みんなして!?」

 

 永琳はそう言って、ニコニコする鈴仙とニヤニヤする輝夜とてゐに抗議した。しかし三人は「何も〜♪」と口裏を合わせたかのようにハモり、余計に永琳を見つめた。

 

「そんなに心配しなくても、アイツならどうせ適当な所で雨宿りしてるって」

「そうかしら? だといいのだけれど……」

 

 てゐの言葉に永琳はそう言うと、てゐは永琳に見えないようにニヤリと含み笑いをした。

 

「まぁアイツは人里でも人気だからな〜」

 

 その言葉に永琳はピクリと眉を震わせた。

 そしてそんなてゐに呼応するかのように輝夜もニヤリと含み笑いをした。

 

「なんでも最近、人里には出会い茶屋が出来たみたいだからね〜。ホイホイ雨宿りさせられてそのまま……なんてことがあるかも♪」

「姫様! 私、人里に用事があることを思い出しましたので人里に行って参ります!」

 

 輝夜の言葉が決定打となり、永琳は足早に人里へと向かっていった。

 それを鈴仙はポカンとしながら見送っていると、輝夜とてゐはケラケラと笑い合った。

 

「あっははは、姫様も人が悪いな〜……ふひひ、人里に出会い茶屋なんて無いのに……ぷくくく……」

「ふふふ、だって……ふふ、嗚呼でもしないと行かないじゃないの……あははは♪」

「あの〜、出会い茶屋って何なんですか?」

 

 鈴仙がそう訊ねると二人はまた笑い「男女のための茶屋♪」とだけ教えた。

 それを聞いた鈴仙はボンッと顔を赤くして「私、夕飯の用意してきます!」と、逃げるように去って行った。

 

「あらあら、イナバの鈴仙はまだまだ青いわね」

「どうせその内目覚めるから大丈夫じゃね?」

「ま、それもそうね……ところでてゐ」

「あぁ、分かってる。ちゃんと傘には細工したよ」

 

 てゐはクスッと笑って輝夜にそう告げると、輝夜は「パーぺきよ♪」と親指を立てた。

 そして二人は開けっ放しの戸から外の雨をにこやかに笑って眺めるのだった。

 

 

 人里ーー

 

 その頃、青年は迷いの竹林方面へ通ずる通りの茶屋の軒下で、適当に雨宿りをしていた。

 

(まさか本降りになるとは……もし止みそうにないなら濡れるの覚悟で走るか……)

 

「雨が止みませんね〜」

 

 すると、茶屋の女将がおかわりの茶を持って青年へ声をかけた。

 青年はお茶を受け取ると「そうですね」と返して、茶をすすった。

 

「もし止まないようなら、店の傘をお貸ししますから。その際は声をかけてくださいね」

「ありがとうございます。もう少し様子を見て、もしもの時はお言葉に甘えさせて頂きます」

 

 彼はにこやかに女将へそう返すと女将はニッコリと笑みを見せてまた店の中へと戻った。

 それから彼はまた雨空を見ながら待っていると、すぐ隣に誰かの気配がした。

 

「迎えに来るのが遅くなってごめんなさい♡」

「永琳先生……」

 

 そこには赤い蛇の目傘を差した永琳が立っていた。

 

「すみません。お手数をお掛けして……」

「気にしないで。私が勝手に来ただけだから♡」

 

 永琳は彼にそう言って笑みを浮かべると、彼もそれにつられて笑みをこぼした。

 

「じゃあ帰りましょうか……これ、あなたの傘よ♡」

「ありがとうございます……ん?」

「あら……」

 

 永琳が持ってきた青い蛇の目傘は開くと点々と穴が開いていた。

 

「ごめんなさい、私ったら確認もしないで持って来てしまったから……」

「あはは、まぁこのくらい大丈夫ですよ♪ ずぶ濡れになるよりはマシでしょう♪」

「そ、そんなのダメよ! それが原因で風邪なんて引いたらどうするの!?」

 

 過保護な永琳に彼は苦笑いを浮かべて「大丈夫ですよ」と返すが、永琳はその言葉を受け入れようとはしなかった。

 

 

 そしてーー

 

「ほら、もっと私の方に寄って。肩が濡れちゃうわ♡」

「は、はい……」

 

 二人は相合傘で家路を歩いていた。

 

「何を赤くなってるの? ほらもっとこう♡」

「え、永琳先生!?」

 

 永琳は彼の腰に手を回し、キュッと自分の体と密着させた。

 

「ふふ、これで大丈夫、ね?♡」

「は、はは、はい……」

「もぉ、どうしたの?♡」

「どうしたのって……」

「もしかして照れてるの?♡」

 

 永琳は彼の初々しい反応を愛らしく思い、クスクスと笑って訊ねると、

 

「こ、心から惚れている女性がこんなにすぐ側に居るのですから……当然です」

 

 と彼は言った。

 

「!!?♡」

 

 永琳はその言葉にズキューンと胸を射抜かれた。

 

「も、もぉ……いつも私はあなたの側に居るじゃない♡」

「いつだって先生が側にいるからこうなんです……貴女を好きだと言う気持ちが溢れてくるんです!」

「!!!!?♡」

 

 永琳は彼の告白にエクステンドがグングン上昇した。

 すると永琳は急に立ち止まり、彼を正面から抱き寄せた。

 

「え、永琳先生!?」

「ここはもう人里の外よ……だから今は先生なんて呼ばないで」

「…………永琳」

 

 彼は掠れる声で永琳の名を呼ぶと、永琳は「は〜い♡」と嬉しそうに返事をした。

 そして、

 

「ねぇ、キスしよっか?♡」

 

 唐突にそんなことを彼に言った。

 彼は狼狽すると永琳はクスッと笑って、彼の傘を持っている方の手をクンッと下げ、それと同時に彼の唇を奪った。

 

「っ!!!!!!?」

「ちゅっ……っ、んっ……んぅ♡」

 

 ほんの数秒間、彼は永琳に唇をついばまれた。そして永琳が唇を離すと、ほのかに頬を紅潮させて小さく笑った。

 

「んふふ、お外でしちゃったわね♡」

「そ、そうですね……」

「あら、いつの間にか雨止んだわね……」

「じゃ、じゃあ傘を畳みーー」

 

 すると永琳はスッと彼の唇に人差し指を当てて、彼の言葉を遮った。

 

「よく見たらまだ小雨……これは永遠亭に着くまで止まないわ♡」

「え」

「ふふ、濡れないように、肩寄せ合ってゆっくりと帰りましょ♡」

 

 永琳はそう言って、彼の頬に軽くキスした。

 そして彼は永琳に言われるがまま、仲睦まじく永遠亭までの道のりを相合傘で帰るのだったーー。




八意永琳編終わりです!

永琳のお話はちょっと淡くて大人っぽい感じにしました!
まさに(゚∀゚)o彡゜えーりん!えーりん!ですな←意味不明

ではお粗末様でした〜♪


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輝夜の恋華想

恋人は輝夜。


 

 迷いの竹林ーー

 

 夜も明け、笹と笹の隙間から朝日が射し込む。

 穏やかに揺れる竹の音と朝を告げ、自分達の巣へと戻る夜雀の鳴き声。

 そんな竹林の奥に隠れるよにある永遠亭。

 そこで暮らす輝夜は、縁側に座ってある人物を眺めていた。

 それは、

 

「ふぅ、朝の庭の掃除終わりっと……」

 

 永遠亭に数年前から住み込みで働く若い青年だった。

 

 彼は妖怪拡張計画で幻想郷入りした妖怪で、元は迷いの竹林に住み着いていた妖怪「万年竹」だった。

 永夜異変後、輝夜は時たま永遠亭から出て、暇潰しに夜の竹林を散歩することがあった。その時に輝夜は万年竹と出会い、話をするようになった。

お互い長年の時を生きてきた者同士ということもあり、輝夜は月の話を、彼は地上や外の世界で耳にしてきた、または見てきた話をし合い、友好を深めていった。

 

 そんなある日、幻想郷で人間と妖怪の隔たりが無くなり、迷いの竹林にも多くの人間が訪れるようになると、永遠亭の人手が足りなくなってきたと永琳がボヤいた。

それを聞いた輝夜は「それなら迎えたい者がいる」と言って、永琳のヒトニナール(薬)を万年竹に振り掛け、それにより人間の青年の姿にされ、有無を言わさず永遠亭の新たな雑用係として輝夜に連れて来られた。

 

 そして輝夜は人の姿となった万年竹を一時も目を離そうとはせず、自他共に認めるバカップルと変貌していた。

 

「お掃除終わった〜?」

 

 箒を置いて一息吐く万年竹を見て、輝夜がそう声をかけた。

 

「お姫さん、毎回言ってるが庭の掃き掃除が終わったら池の掃除があるんでさ。もうちょい待ってくれよ」

 

 輝夜の問いに万年竹は苦笑いを浮かべて返すと、輝夜は「お〜そ〜い〜!」と駄々をこねた。

 

「そう駄々をこねなさんな。池の掃除が終わりゃ茶でも散歩でも付き合ってやっからよ」

 

 万年竹はそう言って優しく輝夜の黒く美しい髪を手で梳くと、輝夜は「絶対に約束よ?」と上目遣いで指切りをせがんだ。

 

「あいよ、俺とお姫さんの約束だ♪」

「うん♡ ゆ〜び〜き〜り〜げ〜んまん♪ 嘘ついた〜ら♪ 灼熱の炎で燃やして竹炭にする〜」

(どうして毎度毎度、罰のところだけ真顔で早口なんだろうね、このお姫さんは……)

「ゆ〜び切った♪」

「あいあい。んじゃ池の掃除に取り掛かるよ」

 

 輝夜と指切りを交わした万年竹はそう言って姿勢を直す。

 しかし透かさず輝夜が万年竹の腰に手を回して、彼を抱き寄せて、彼のお腹ら辺に顔を埋めた。

 

「お姫さん……」

「ん〜♡ 貴方の成分を補給してるの〜♡」

「本来、生気を吸うのは俺の方なんだけどな〜」

「そんなの知らな〜い♡」

 

 そう言って輝夜は顔をグリグリと押し当て、万年竹の匂いや温もりを堪能した。

 

 それからも顔を押し当てる輝夜に万年竹は「お姫さん、そろそろ」と言って、輝夜の頭を優しくポンポンと叩くと、ようやく輝夜は彼から顔を離した。

 

「すぐに終わらせっから、な?」

「は〜い……じゃあ、ん♡」

 

 輝夜はそう言って目を閉じて万年竹へ唇を差し出すように顎を上げた。これは輝夜なりのキスの催促である。

 

「お、お姫さん……またなのか?」

「またなの……ほら、早く♡」

「〜〜〜」

 

 万年竹は頬を赤く染めながら周りをキョロキョロと見回し、誰も居ないことを確認した上で、ソッと輝夜の唇にキスをした。

 

「〜♡」

 

 すると輝夜は万年竹の首に手を回してガッチリとホールドした。

 

「!!?」

 

 驚いて離れようとした万年竹だったが、時は既に遅く、輝夜の舌がスルスルっと彼の口へ侵入した。

 あっさりと侵入を許した万年竹は抵抗するも、輝夜の舌に口の中を丹念に愛撫され、徐々に引き離そうとする力は弱まった。

 

 唾液と唾液が混ざり合い、互いの舌が交差する度に口元から艶やかな音がもれる。

 どのくらい混じり合ったのか思考が回らなくなるほど、輝夜にされたい放題にされ、「ちゅぱっ♡」という音と共にやっと唇を解放されると、万年竹の目の前には妖しく、そして愛らしく微笑む輝夜の顔があった。

 

「お姫しゃん……」

「んふふ♡ 本当に貴方ってこういうことには弱いわね♡ 可愛いわ♡ んちゅっ♡」

「や、やめれ……」

 

 呂律が回っていない上に、今度はついばむように小さなキスを何回もしてくる輝夜に、万年竹は本当にされるがままだった。

 対する輝夜は普段の飄々とした万年竹とは違う、愛に溺れ、無抵抗に自分を受け入れる彼を余計に愛おしく思い、何度も何度もキスをした。

 

「(おぉ〜!)」

「(あんなにちゅっちゅしてる……)」

「(姫様……)」

 

 睦み合う二人を朝食に呼ぼうとやってきた永琳達は、たまたまその光景を目撃してしまった。

 

 てゐは輝夜の珍しい光景に目を輝かせ、鈴仙は顔を手で覆いながらもしっかりと指の隙間から覗き、永琳は輝夜の幸せそうな姿にホロリと涙を流した。

 

「(ここは邪魔せずに姫様達の分は取って置いて、私達は退散しましょう)」

「(えぇ〜! もっと見たい〜!)」

「(だ、ダメよてゐ!)」

「(そうよ、てゐ。邪魔すると馬に蹴られるわよ?)」

「(ちぇ……)」

「(は、早く行きましょう!)」

 

 こうして永琳達はそそくさとその場を後にした。

 

 それからようやく輝夜がキスを止めた時には、もう日が大分高くなってしまってからだった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ、おひめしゃん……」

「はぁ、はぁ、大好きよ、んちゅっ♡」

「お、おれも……」

 

 今回最後のキスを終えた二人はようやく離れた。

 互いに肩で息をして、どれだけキスをしていたかが分かる。

 

 それから万年竹はようやく池の掃除に取り掛かるが、足元がおぼつかないため、何度か石垣から落ちかけたのだった。

 

 

 それからーー

 

「私、今度はその玉子焼きがいい〜♡」

「あいあい♪」

 

 二人は遅めの、と言うよりはお昼御飯を仲良く縁側で食べていた。

 輝夜は「あ〜♡」と口を開け、雛鳥状態である。対する万年竹は甲斐甲斐しく輝夜が指定した物を口へ運んでいた。。

 

 万年竹が箸で玉子焼きを輝夜に食べさせると、輝夜は顔をほころばせて「ん〜♡」とご満悦の声をあげる。

 そんな輝夜を見て、万年竹もニッコリと笑い、自分も玉子焼きを食べた。

 

 それからも二人で和気藹々としたお昼を過ごしていると、カゴを背負った妹紅が現れた。

 

「お〜、今日も二人して揃ってるな〜」

「何よ、何か文句あるっての?」

「ねぇよ。ただ呆れただけだ」

「は?」

「あ?」

 

 相変わらず喧嘩腰の二人に万年竹が急いで仲裁に入ると、輝夜は「むぅ」と言いながら彼の腕にギュッと抱きついた。

 そんな輝夜に妹紅は苦笑いを浮かべつつ、背負っていたカゴを下ろした。

 

「この前の決闘の約束だ。たけのこ取ってきたぞ」

 

 妹紅はそう言うとカゴから一つのたけのこを輝夜達に見せた。

 

「あらあらあら、随分殊勝な心掛けね♪」

「お姫さん……すまんね、妹紅。ありがたく頂くよ」

「気にすんなよ♪」

 

 万年竹の言葉に妹紅は笑顔を見せて返すと、輝夜は「そうそう♪」と言った。

 妹紅は思わず顔をしかめるが、輝夜は万年竹にたしなめられ「ぶぅ〜」と不満の声をあげた。

 

「それじゃ、渡すもんも渡したし、私は帰るぞ。またな」

 

 妹紅はカゴを二人に預けてからそう言って背を向け、振り返らずに手だけを振ってその場を去った。

 万年竹は「お〜、またな♪」と声をかけるも、輝夜は何も言わずに妹紅を見送った。

 

「貴方って妹紅と随分親しく話すのね」

 

 妹紅が完全に去った後で輝夜は不機嫌そうに万年竹へ言った。

 

「お姫さんより前から知り合いだったからな〜。こればっかりはしょうがねぇさ」

「何かムカつく……」

「ムカつくって言われてもな〜」

 

 すると輝夜は万年竹の手をギュッと握りしめた。

 

「お姫さん?」

 

 万年竹は輝夜に声をかけるも、輝夜は「うぅ〜」と唸るだけだった。恐らく妹紅に嫉妬しているのだろう。

 それを見抜いた万年竹は優しく微笑んで、輝夜の頭をポンポンと撫でた。

 

「知り合ったのは妹紅が先だったが、そんな妹紅も知らない俺の顔をお姫さんはいくつも知ってる。それで十分じゃねぇか」

 

 万年竹がそう言うと、輝夜は「それもそうね……♡」とはにかんで頷き、すっかり機嫌を直し、彼の腕に頬ずりするのだった。

 

「ねぇねぇねぇ♡」

「あいあい?」

「キスしよ、キス♡」

「ま、またかい!?」

「貴方とのキスだから好きなの♡ ほら早く♡」

 

 そして言われるがまま輝夜にキスをした万年竹は、またも輝夜に暫く唇を奪われた。

 輝夜と万年竹の甘く長い時はこれからも続くのだーー。




蓬莱山輝夜編終わりです!

キス魔の輝夜さんって何かいいですよね!
と思ったので妄想をそのまま書きました!
ちょっと独自設定が強い感じになりましたが、ご了承を。

ではお粗末様でした☆


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妹紅の恋華想

恋人は妹紅。


 

 迷いの竹林ーー

 

 穏やかな日和を迎えた幻想郷。

 そしてここ迷いの竹林では、寺子屋の生徒達がたけのこ掘りの体験学習をしに訪れていた。

 この竹林のことを熟知している妹紅は、その体験学習の案内役兼特別講師として慧音とその生徒達と共に竹林を歩いた。

 

「今日はありがとうな、妹紅」

「……あぁ」

「みんな今日の体験学習を楽しみにしていたからな。晴れて良かった」

「……あぁ」

 

 慧音の言葉に適当な相づちを返すだけの妹紅。

 そんな妹紅を慧音は可笑しそうに見てから、妹紅が先程から注目している後ろの方へ視線を移した。

 

「なぁなぁ、兄ちゃん、笹笛ってどう作るんだ?」

「この大きな笹の葉で舟作ってよ〜♪」

「笹って食べられるのか〜?」

 

 後ろではチルノ、リグル、ルーミアなどなど、多くの子ども達が一人の青年を囲んでいた。

 

 この青年は見た目だけなら若いが、彼は妖怪『かまいたち』でこの竹林に長年住んでいるれっきとした妖怪である。

 そして妹紅の恋人でもある。

 そんな彼も妹紅のお手伝いとして、慧音にこの体験学習に招かれたのだ。

 

 彼は元々、この竹林でひっそりとその日暮しをしていた。そして数十年前に妹紅と知り合い、話すようになり、人間と妖怪の隔たりが無くなったことをきっかけにし、つい最近お互いに色々と吹っ切れ恋仲となった。

 

「笹笛ってのは若い葉で作った方がいい。葉笛をやんならこっちの大きい方がいいがな……ほら、こんな方に」

 

 彼はそう言うと、適当に切り取った大きな笹の葉を唇に押し当てて「ピ〜プ〜♪」っと適当な音を奏でた。

 子ども達はそれに大喜びし、彼と同じように笹の葉の葉笛を「ピ〜ピ〜♪」と明るい音を奏でる。

 

「ふふ、自然と戯れることで生徒達の心が豊かになるな♪ 彼には後で何かお礼をしなければなるまい♪」

「アイツはお礼なんか遠慮しちまうから、言葉で十分だろ……わざわざ慧音が何か特別なお礼とかする必要はない」

「私は略奪愛の趣味は無いぞ?」

「べ、別にそんな心配してねぇし……」

 

 妹紅は微かに頬を赤く染めて慧音にそう返すと、慧音は「ならいいじゃないか」と言った。それでも妹紅は頑なに首を縦に振ろうとはせず、「もしお礼するなら私の前でしろ」と言った。

 

「お前は本当に彼のことになると独占欲が増すな」

「独占欲なんてねぇし……ただ、慧音とアイツが二人で一緒に居るのが嫌なだけだし……」

「それを独占欲と言うんだ……ま、仮に私が彼を妹紅から略奪しようとしても、彼は妹紅一筋だから無理だろう」

「…………♡」

 

 慧音がニッコリと笑顔を浮かべて言うと、妹紅は何も返さなかったが明らかに顔を緩め、とても喜んでいるようだった。その証拠に頭からハートの形をした白い煙がポッポッといくつも浮かび上がっていた。

 

「そんなに好きなら、もう同棲したらどうだ?」

「は、はぁ!? どどど同衾!?」

「同棲だ。ど・う・せ・い」

「あ、あ〜……同棲な」

 

 そんな妹紅に慧音は呆れたように息を吐いて「で?」と訊ねた。

 

「ど、どどど同棲なんて私らには早いよ……こ、この前だって、や、やや、やっと、ちゅちゅちゅ……ちゅう出来たのにににに……」

「ちゅうって……」

 

 慧音は妹紅に「どこの生娘だ!」とツッコミを入れたいのをグッと堪えた。

 

「そ、それに私から同棲したいとか言ってさ……重い女だとか思われたら嫌じゃん?」

「何を今更……妹紅と彼は何十年も共に過していたじゃないか。今更同棲だの何だので重く受け止めるはずがなかろう」

「な、何だよ、その言い草〜……他人事だと思って」

「他人事だとは思ってはいないさ。親友の恋路なのだからな」

 

 そう言って爽やかな笑顔を慧音が妹紅に送ると、妹紅は「お、おう」と頬を染めてだけ返した。

 

「慧音先生〜」

 

 すると大妖精が慧音を呼んだ。

 慧音はその声に「どうした?」と返すと、大妖精は「ルーミアちゃんがお腹空いたそうです」と答えた。

 

「お腹空いたのだ〜」

「橙もお腹空いた〜」

 

 ルーミアと橙が自分のお腹を押さえて言うと、他の生徒達も「私も〜」「僕も〜」と次々と慧音に訴えた。

 

「まぁ遊びながら歩いてればお腹も空くわな」

「日も大分高くなってるしねぇ」

 

 かまいたちと妹紅がそれぞれ言うと、慧音は「仕方ない」と笑顔を見せた。

 

「妹紅、何処かにみんなが座れるような開けた場所はあるか?」

 

 慧音が妹紅に訊ねると、妹紅は「こっちだ」と言ってみんなを先導した。

 

 ーー。

 

 開けた場所に着き、生徒達はお弁当を広げてワイワイガヤガヤと昼食を食べていた。

 しかし、

 

「うわぁ♪ もこたんと兄ちゃんのお弁当同じだ〜♪」

「流石付き合ってるだけあるね〜♪」

「愛妻弁当かはたまた愛夫(あいふ)弁当かだね♪」

「いやいや同じ物を二人で作ったのかもよ〜?♪」

「ラブラブなのだ〜♪」

 

 チルノ、リグル、橙、てゐ、ルーミアは妹紅達のお弁当を見ながらニコニコニヤニヤと二人を見た。

 

「ちょ、ちょっとみんな〜」

「妹紅さん達困ってるよ〜」

 

 大妖精とミスティアはみんなにそう言うが、みんなのヤジは止まらなかった。

 

「これは妹紅と一緒に作ったんだ〜♪ 妹紅は何だかんだ言って料理とか出来るからな♪ いいだろ〜?♪」

「…………っ♡」

 

 かまいたちは胸を張って妹紅のことを自慢するが、妹紅は顔を真っ赤にして複雑な表情を浮かべている。褒められるのは嬉しいが、みんなにはそんなに言わないでほしいと言った感じなのだろう。

 

「ほらほら、みんな。食事中は立っちゃダメだぞ〜」

 

 そんな妹紅を見て、慧音は手を叩きながらみんなに言うと、みんなは声を揃えて返事をして素直に昼食に戻った。

 それから食休みをした後、目的地に着いた一行は昼下がりまでたけのこ掘りを体験し、妹紅とかまいたちに感謝して今日の体験学習を終えるのだった。

 

 そしてそれからーー

 

 妹紅はかまいたちと慧音達を見送った後で、彼の手を取ると、彼に有無を言わさず強引に自分の家へと連れてきた。

 そして、

 

「妹紅、帰ってからどうしたんだ、一体?」

「うるさい。お前は黙ってろ」

 

 妹紅はかまいたちを適当な場所に座らせると、彼の腰に手を回して、彼の膝を枕代わりにうつ伏せに寝そべっていた。

 

「そんなに疲れたのか?」

「そんなとこだ……」

(鈍感め!)

 

 すると、かまいたちは「そうかそうか」と頷くと、妹紅の白銀の髪を優しく手で梳いた。

 

「お疲れだったな、妹紅」

 

 かまいたちが優しく言葉をかけると、妹紅は「ん♡」と嬉しそうに頷き、彼の膝に顔を押し当てた。

 

「さて、んじゃそろそろ俺もお暇させてもらうかな。流石にあんなに子どもの面倒を見て疲れたから」

「…………ダメ」

「え?」

「まだ帰っちゃダメ……帰っちゃヤ……」

 

 妹紅の潤んだ瞳に下から見つめられてそう言われたかまいたちは、ドクンと胸の中が跳ねた。

 

「きょ、今日は随分と我儘なんだな」

「こんな私は嫌い?」

「んことないさ。寧ろグッと来た♪」

「何それ……バカ♡」

 

 妹紅はそう返すと彼の膝にまた赤くなった顔を押し当てて足をパタパタする。何だかんだでまだ帰らずに居てくれるかまいたちの優しさが嬉しいのだ。

 すると妹紅の脳裏に慧音の言葉が浮かんだ。

 

『今更同棲だの何だので重く受け止めるはずがなかろう』

 

 妹紅はあの時の慧音の言葉を思い出し、かまいたちの顔をチラッと覗いた。

 

「? 今度はなんだ?」

 

 妹紅の視線に気がついたかまいたちは、変わらぬ笑顔を妹紅に向けて優しく訊いた。

 そして妹紅は起き上がり、彼のまっすぐに見つめた。

 

「ん?」

「あ、あの……さ」

「ん〜?」

「嫌だったら断っていいんだけどさ……」

「うん」

「わ、わらひと……うぐぅ」

「…………」

 

 言葉を噛む妹紅をかまいたちは笑ったりせず、ジッと妹紅の言葉を待った。

 そして妹紅は大きく深呼吸してから、またかまいたちの目を見つめた。

 

「わ、私と一緒に……く、暮らさないか?♡」

「!!?」

 

 妹紅はかまいたちの手を両手で握りしめてギュッとまぶたを閉じた。

 すると、かまいたちは妹紅の手を反対の手と掴まれた手で包み込むように優しく握り返した。

 

「俺で良ければ喜んで♪」

「っ……♡!」

「どわぁ!?」

 

 妹紅はかまいたちの言葉を聞いた瞬間、彼を押し倒し彼の胸に頬ずりした。

 

「ありがとう♡ すっごく嬉しい♡ これからはずっと一緒だから♡」

「あぁ、勿論」

「えへへへ♡」

「それじゃ、式は博麗の巫女さんとこで挙げるか♪」

「ん?」

 

 かまいたちの言葉に妹紅は固まった。

 

「俺からプロポーズしようとしてたんだけどな〜。まさか妹紅から言われるとは思わなかったよ〜♪」

「え、プロ……えぇ?」

「一緒に暮らさないか。なんて好きな女に言わせるなんて男の恥じだな〜。結婚したら目一杯愛でてやるからな♪」

「けっ!?」

「あ、突然のことだったがちゃんと指輪は用意してあるからな♪」

「ゆ、指輪!?」

「んじゃ、今日はそういう日だってことだよな?」

 

 混乱している妹紅はあっさりとかまいたちに押し倒されてしまう。

 

「え……え?」

「俺も初めてだから上手くとは言えないが、優しくする」

「え、あ……うん♡」

「愛してるよ、妹紅。俺の残りの生涯で、妹紅に沢山思い出を残してやるから」

「うん……沢山頂戴♡」

(これはこれで良かったのかな♡)

 

 それから二人は今まで以上に深く繋がり、愛を育んだ。

 そしてその数週間後、二人は博麗神社で盛大な結婚式を開いたそうなーー。




藤原妹紅編終わりです!

今回も色々とオリジナル要素を入れましたがご了承を。
不死のもこたんですが、幸せな思い出を沢山作ってほしいですね♪
そして永夜抄も終わりです♪

ではお粗末様でした☆


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萃夢想
萃香の恋華想


恋人は萃香。


 

 博麗神社ーー

 

 清々しく晴れた幻想郷。

 博麗神社に住む霊夢は境内の掃除を終え、自身が寝泊まりしている住宅の縁側で茶をすすっていた。

 

 すると博麗神社へ一人の青年が訪れた。

 青年は手水舎で手水を取り、心身を清めてから神前へ進み、軽く会釈をしてから賽銭箱に賽銭(お札)を入れ、鈴を鳴らして「二拝二拍手一拝」の作法で拝礼し、最後にまた軽く会釈をしてから退くと、今度は霊夢の所へまっすぐと向かっていった。

 

「お久しゅうございます、霊夢殿」

「一週間振りなんだから久し振りって程でもないでしょ。仕事の方は終わったの?」

「はい。紅魔館の改築作業は昨日終わりまして、今日は朝から紅魔館の方々にそれぞれ新たに改築した点の説明をして、それが終わったのでこちらへ顔を出させて頂きました」

「そ、まぁお疲れ様。萃香ならまだ寝てるから、起きてくるまでもう少し待ってなさい。今お茶淹れるわ」

 

 霊夢がそう言うと、青年は「ありがとうございます」と返し、縁側に腰を下ろした。

 

 この青年は見た目こそは若いなりをしているが、これでも数千年以上生きている聖獣・獅子であり、獅子が人の姿に化けているのだ。普段は妖怪の山にある小さな小屋に住み、人里や妖怪達の住まいを建築、増築、改築したりして日々を過ごしている。獅子である彼には招福駆邪(福を招き、邪気を追い払う)という力があるため、人間達だけでなく妖怪達にも多く慕われている。

 そしてこの獅子の青年は萃香の恋人でもある。

 

 青年と萃香の出会いは萃香自身が起こした萃夢想の異変以後、萃香が神社に度々訪れるようになってから神社を訪れた彼と知り合ったことからだった。

 そして萃香は獅子の心意気や人間に対する優しい心、そして萃香や他の鬼、妖怪に対しても嘘偽りのなく接する心に段々と惹かれていった。

 それでつい一週間前に神社で行われた宴会で、萃香は大衆の前で青年に告白。そんな萃香に青年は「未熟者ですが、よろしくお願いします」と返し、みんなの前で大物カップルが誕生したのだ。

 このことはすぐ様、文の新聞やはたての新聞で幻想郷中に知れ渡り、多くの者達から祝福された。

 

「アンタも大変だったわね。紅魔館の改築工事なんて頼まれて」

 

 緑茶が入った湯呑を持って霊夢が戻ってくると、青年にそんなことを言いながら湯呑を渡した。

 

「ありがとうございます……いやいや、にとり殿や他の河童の方々と一緒だったのでそんなに大変ではありませんでしたよ」

「でもレミリアって注文細かそうじゃない。無駄に理想高いから」

「あはは……そこはまあ、否定出来ませんが、お金を払う側なのですから出来るだけ良い改築をしてほしいと願うのは当然でしょう」

「まぁ分からなくもないけどね〜」

 

 そう言って霊夢が茶をすすると、青年は「あ」と何か思い出したような顔をし、持っていた手提げをガサゴソと漁った。

 

「これ、紅魔館の改築工事のお礼に頂いた西洋のお菓子だそうです。沢山貰ったので霊夢殿にもお裾分けです」

「あら、ありがと♪ 最近お菓子なんて食べてないから嬉しいわ♪」

「…………何なら全部差しあげますよ?」

 

 青年がそう言って霊夢に箱を丸々渡すと、霊夢は「やった〜♪」と大喜びでその箱を抱きしめた。そんな霊夢を見て、青年は「今度山の幸をお持ちしよう」と密かに思うのだった。

 

 すると、

 

「霊夢〜……薬湯作って〜……」

 

 奥の襖から萃香が頭を押さえてのそのそとやってきた。

 

「あら、起きたのね萃香」

「おはようございます、萃香」

 

 霊夢はお菓子を貰って上機嫌なのでニコニコしながら挨拶し、青年はにこやかに萃香へ挨拶した。

 

「お? おぉ〜!? 何だお前! 帰ってたのか!♡」

 

 青年の姿を見るなり、先程まで具合が悪そうだった萃香は途端にハキハキとし出し、彼の背中へムギュッと抱きついた。

 

「遅かったじゃんかよ〜♡ 寂しかったんだぞ〜♡」

「会いに来ても良かったんですよ?」

「仕事の邪魔しちゃうもん……」

「あはは、お心遣いありがとうございます。しばらくは何も予定は無いのでゆっくり過ごせますよ」

「ホントか!?♡」

 

 萃香は目をキラキラと輝かせて青年に確認すると、彼は「はい♪」と頷いて萃香の頭をポフポフと優しく撫でた。

 

「んじゃ宴会だ〜♡ お前と朝まで飲み明かすぞ〜♡」

「お金も何もないのに宴会なんてしないわよ」

 

 ノリノリの萃香に霊夢がそう釘を刺すと萃香は「えぇぇぇぇ!?」と不満の声をあげた。

 

「どんなに言ったってない袖は振れないの。第一、昨日だって宴会みたいなもんだったじゃない」

「あれは宅飲みだ! 宴会はもっとこうパーッtーー」

「と・に・か・く! 宴会はしばらくやりません、以上!」

 

 霊夢に明言された萃香は青年の膝にすがりつき、「あぁんまりだぁ〜!」と泣き叫んだ。

 そんな萃香に青年は「泣かないでください……」と優しく声をかけながら、萃香の頭を優しく撫でた。

 

「大体ね、せっかく彼氏が仕事を終えて帰ってきたんだから、恋人とゆっくり過ごしなさいよ。あの告白以来、恋人らしく過してないんでしょ?」

「霊夢……」

「一週間振りに恋人に会えて宴会したいって気持ちは分かるわ。でもだからこそ二人の時間が必要なのよ。離れてた時間が愛を強くし、一緒となった時間が愛を育むのよ」

「霊夢殿……」

 

 霊夢の言葉に萃香だけでなく青年も胸を打たれた。

 すると萃香が「おい」と言って青年の服をクイクイと引っ張った。

 

「どうしました?」

「お前も、その……わ、私と二人っきりで過ごしたいか?」

 

 顔を微かに赤くし、上目遣いで訊いてきた萃香に青年はニッコリと笑って頷くと、萃香はパァッと表情を明るくさせて、彼の胸に顔を埋めた。

 

「じゃあ、今日はずっと二人で過ごそうな♡ いっぱいいっぱい♡」

「今日だけと言わず、しばらくは二人で過ごしましょう。萃香に沢山お土産話がありますから」

「うん♡ 聞く♡ お前が見てきたこと、お前が体験したこと、全部♡」

 

 すると萃香は善は急げとばかりに青年の手を引いて、「お前の家に帰ろう♡」と言った。

 それに頷いた青年は、霊夢に「お邪魔しました」と言って萃香に引きずられるように神社を去るのだった。

 

「よし。これで萃香はしばらく来ないわね……今日は彼にお賽銭入れてもらったし、いつもより豪華な物食べましょ♪ 大根のお味噌汁に沢庵も食べちゃおっと♪」

 

 二人を見送った霊夢はしばらく贅沢な食卓になると喜び、意気揚々と人里へ買い出しに行くのだった。

 

 

 妖怪の山ーー

 

 妖怪の山にある青年の小屋に戻った二人は、夕闇に染まる空を肴にまったりと酒を酌み交わしていた。

 二人の時間を作ったのはいいが、お互いに何をすればいいのか分からず、取り敢えず飲もうということになったからだ。

 

「二日酔いじゃなかったんですか?」

「お前と居るのに酒が無きゃ始まんねぇだろ♡」

「僕としてはお酒よりも萃香の瞳に酔ってしまいますけどね」

「っ……か、からかうなよ、もぉ〜♡」

 

 青年の言葉に萃香は嬉しそうにはにかみ、盃に注いだ酒をグイッと飲み干した。

 

「お、お前はそんなに私の目、好きか?♡」

「えぇ、好きですよ……大きくて真っ直ぐで、嘘をつかない綺麗な瞳ですから」

「お、お前の目は優しくて何でも包み込んでくれそうな目だよな……♡」

「萃香に褒めてもらえると嬉しいです♪」

 

 青年は嬉しそうに笑って萃香に返すと、萃香は「そっか〜♡」と上機嫌に返してからまた酒を口に含んだ。

 

「…………なぁ、お願いがあるんだけどいいか?♡」

 

 萃香が青年にそう訊ねると青年は「なんでしょう?」と柔らかい口調で返した。

 すると萃香は酒が入った盃を青年に差し出した。

 

「この酒、人肌にしてくれ♡」

「……ふふ、分かりました」

 

 青年は萃香から盃を受け取ると、そこに入っている酒を口に含み、飲み込まずに口の中に留めた。

 そして萃香は青年が胡座を掻いている足の空間に、彼と向かう合う形でちょこんと座って小さな口を「あ〜♡」と開けた。

 すると青年は萃香の口にソッと自身の口を近づけた。

 

「っ……んっ……っ……ん〜っ……」

「んぅ……ん、ぁ……んんっ……ぁふ♡」

 

 萃香は青年の口から自分の口に移される酒を、コクッコクッと可愛らしく喉を鳴らして飲んでいく。

 そして酒を飲み干してから、萃香は青年の口の中に残った微かな酒を舌で舐め取りつつ、彼の舌と自身の舌を絡めていく。

 

「んんっ〜……しゅき(好き)、ちゅっ……ずっろ(ずっと)、んっ、ずっろまっへふぁんだお(ずっと待ってたんだぞ)、んちゅっ♡」

「ちゅっ……ん、すいか……んんっ」

 

 長い長い口づけが終わると、二人は少々息を荒げながら互いの目を見つめ合った。

 

「大好きだぞ♡」

「僕も萃香が大好きです♪」

 

 短く愛の言葉を囁いた二人は、また吸い寄せされるように互いの唇を重ね合わせ、これまでの時間を取り戻すかのように何度も何度も口づけをし、互いを強く求め合い、愛をより深く育むのだったーー。




伊吹萃香編終わりです!

萃香は見た目こそ□リですが、鬼なので大丈夫ということで!
此度もオリジナル要素が多かったですがご了承を。

ではお粗末様でした〜☆


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三月精
サニーの恋華想


恋人はサニー。


 

 魔法の森ーー

 

 穏やかに晴れた昼下がり。

 魔法の森にひっそりと佇むアリス邸には可愛らしい客が訪れていた。

 

「次はそう……そうよ、上手上手♪」

「本当ですか!?」

「良かったわね、サニー」

「良かったね〜♪」

 

 アリスの言葉に目を輝かせたサニーに、ルナとスターは笑顔を浮かべた。

 どうしてアリスの家にこの光の三妖精が訪れているのかというと、

 

「うん、ちょっと歪だけどマフラーだから巻いちゃえば気にならないわね。上手く出来たわ、おめでとうサニー♪」

「ありがとうございます♪」

 

 マフラーの編み方を習いに来ていたのだ。

 サニーはある人にマフラーをプレゼントしたくて、アリスに頼み込み、ここ一週間はずっとアリスの家に通いつめた。

 

「赤と白で縁起いいわね♪」

「霊夢さんカラーだけど、端っこに刺繍した太陽さんがサニーっぽいね♪」

 

 サニーの応援に来ているルナとスターもサニーが一生懸命編んだマフラーを絶賛した。

 

「えへへ……喜んでくれるかな〜?♪」

「きっと喜んでくれるわ。もし喜ばないなら私が上海や蓬莱ととっちめてあげる」

「そうそう、それにお兄さんは優しい人だから、きっと喜んでくれるわよ♪」

「うんうん♪ サニーからのプレゼントなら尚更よ♪」

 

 みんながそう言うと、サニーは「うん♪」と笑顔で頷いた。

 サニーが手編みのマフラーをプレゼントしたいのは、人里で焼き菓子屋を営む青年で、サニーの大好きな人なのだ。

 

 数ヶ月程前にサニーと青年は博麗神社で出会い、悪戯をしても笑って許し、美味しいお菓子をくれたことから、サニーは彼のことを凄く気に入った。

 最初はルナやスターを誘って青年の店へ行っていたが、その内にサニーは一人でも店に行くようになり、青年への想いはいつしか恋心へと変わった。

 そして一月程前にサニーは思い切って告白。青年も笑顔でサニーを受け入れ、二人は晴れて恋仲になった。

 

 それからサニーは普段から自分に美味しいお菓子だけでなく、笑顔や幸せをくれる青年にお返しをしようと考えた。そこで霊夢に相談をしに行ったところ、そこにアリスが居合わせていて、霊夢は「アリスが居るんだし手編みのマフラーでも習ったら?」と提案したのだ。

 アリスは最初こそは嫌がったが、真剣に頭を下げてお願いするサニーの熱意に負けてマフラーの編み方を教えることにしたのだ。

 そして今日、サニーはやっとの思いで赤と白のメリヤス編みの大柄なストライプのマフラーを完成させた。

 

「後はどう渡すかね〜」

「え? 普通に渡すだけじゃダメなの?」

「ダメよ〜。せっかくのプレゼントなんだからロマンチックに渡さなきゃ♪」

「そうそう。何事もインパクトが大切よ」

「でも私、そんなの分からないよ〜……」

 

 ルナとスターの言葉にサニーは困ってしまう。

 するとルナとスターは含み笑いをした。

 

「大丈夫よ。ね、スター?」

「うん♪ だってここには出来る女が居るんだもの♪」

 

 そう言うと二人はアリスをチラッと見た。

 

(え? 私に丸投げする気なの、この娘達は!?)

 

「都会派のアリスさんならロマンチックな渡し方くらい知ってますよね〜?」

「伊達に都会派を名乗ってる訳じゃないですよね〜?」

 

 ルナとスターがアリスにニヤニヤした笑顔をしながら言うと、アリスは「こいつら……」と握り拳を作ったが、

 

「アリスさん……」

「うぐ……」

 

 妙に潤んだ瞳で助けを求めるサニーの前に、アリスは握り拳を解くほかなかった。

 

「はぁ……分かったわ。参考になるかは分からないけど、パチュリーの所で読んだ本の中で幾つか候補をあげるわ」

 

 するとサニーは「ありがとう、アリスさん♪」とアリスに抱きついた。そんなサニーに驚きながらもアリスは優しく微笑み「お礼は成功してからね♪」と言ってサニーの頭を優しく撫でた。

 

 それからアリスは幾つかロマンチックな渡し方のシチュエーションを聞かせ、サニーはその中から一つのシチュエーションを選んだ。

 するとルナとスターは早速協力してくれそうな者達に話をしに行き、サニーはアリスからどんな風に振る舞えばいいのかを遅くまで伝授してもらうのだった。

 

 

 それから数日後ーー

 

 人里ーー

 

 よく晴れた正午、サニーは店が休みである青年をデートに誘った。

 サニーは約束の時間より三時間も前から約束の広場にスタンバイし、頭の中で何度も何度もシュミレーションをしていた。

 

「あれ? サニーちゃん?」

 

 すると約束の時間よりも一時間早く青年が現れた。

 

「あれ、もしかして俺、時間間違えてた?」

 

 先に居たサニーを見て青年がサニーにそう訊ねると、サニーはブンブンと首を横に振った。

 

「ち、違うよ! お兄ちゃんは間違えてないよ!」

「え、でも……」

「わ、私もたまたま早く着いちゃったの!」

「そっか……」

 

 すると青年はサニーの冷たくなった両手をギュッと優しく包み込んだ。

 

「こんなに手を冷たくさせて……そんなに待っててくれたんだな。ありがとう、サニー」

「はぅっ!?♡」

 

 青年の優しい言葉と笑顔にサニーは赤面し、残機を早速一つ失った。

 

「お、お兄ちゃんだって……いつもこんなに早く来てるなんて知らなかったよぅ♡」

「早く行けば早くサニーに会えるだろ?」

「うぐっ!!?♡」

「今日はサニーも早くから来てくれてたから、余計早く会えて嬉しいよ、俺」

「ぴぃ!!!?♡」

 

 青年の言葉一つ一つに確実に残機を持ってかれるサニー。サニーの残機はもうゼロに近かった。

 

 ーー。

 

「ねぇ、あれで最後まで保つの?」

「大丈夫じゃない〜?♪ だってすっごく嬉しそうだもん♪」

「私は心配だわ……」

 

 そんなサニー達を隠れて見守るルナとスター。

 

「あ、動くわ」

「プレゼント作戦開始〜♪」

 

 こうして二人もサニー達の後をこっそり尾行するのだった……と言ってもサニーは青年に夢中なので、ルナが足音を消すだけで尾行は凄く容易かった。

 

 ーー。

 

「先に何処かでお茶するか? 寒いし温かい物を飲んで落ち着こう」

「う、うん……♡」

 

 手を恋人繋ぎで繋ぎつつ、二人はまずは適当な茶屋に腰掛け、団子とお茶を楽しんだ。ただ歩いているだが、サニーはずっと嬉しそうに頬を染めて青年の横顔を見上げている。

 

「はい、サニー。あ〜ん」

「あ〜……あむ♡」

「美味しい?」

「うん……おいひぃ♡」

「はは、サニーのその可愛らしい笑顔が出るなら本当なんだろうな♪ 当たりを引いたな♪」

「っ!!!!?♡」

 

 サニーはまたも被弾するが、青年の笑顔や優しい声を聞くだけでエクステンドもグングン上がっているので何とか一回休みにならずに済んだ。

 それからもサニーは被弾とエクステンド、グレイズを繰り返し、やっと本番である霧の湖まで青年と向かうのだった。

 

 

 霧の湖ーー

 

 霧の湖でも霧が薄くお散歩コースには持ってこいの場所。それでいて湖をバックにとても雰囲気がある場所。

 サニーはここでマフラーを渡そうと決めていた。

 

「湖の側だと流石に寒いな……サニーは寒くない?」

「う、うん……平気♡」

 

 サニーはそう返すが、実際は極度の緊張で寒さなんて感じる余裕はなかった。

 

 ーー。

 

「今よ、チルノ、レティさん。よろしく〜♪」

「音は私が消すからサニー達が凍りつかない程度にお願い」

 

 茂みに隠れ、ルナとスターがレティとチルノに頼むと、二人はニッコリと頷いた。

 レティは微かに雪をサニー達の上に舞い散らせ、チルノは微かに冷気の風をサニー達に送った。

 

 ーー。

 

「うおっ!? 雪に風って……サニー、他の場所へーー」

 

 青年が「他の場所へ行こう」そう言おうとすると、サニーは「お兄ちゃん!」と遮った。

 

「どうした?」

「あの……あのぉ……♡」

「モジモジしてどうした?」

「さ、寒いなら、これ……あげる♡」

 

 サニーはそう言って青年にピンクのリボンでラッピングした紙袋を渡した。

 

「え?」

「あ、あのね……いつも優しくしてくれるお兄ちゃんに、感謝の気持ちと……これからも大好きでいてって気持ちを込めて作ったの♡」

 

 青年がラッピングを解くとサニーが編んだあのマフラーが入っていた。

 

「ありがとう、サニー。すっごく嬉しいよ♪」

「は、はぅ……い、今巻いてあげるから、しゃがんで♡」

 

 サニーの言葉に青年は「おう♪」と言ってしゃがんだ。

 そしてサニーは青年の首にマフラーを巻いたのだが、

 

「…………短い」

 

 巻けることには巻けたのだが一周巻きでもギリギリの長さだったのだ。

 サニーは「ごめんなさい」と涙ぐんでしまうと、青年はサニーの顎をクイッと上げ、そのままサニーの唇を奪った。

 

「ん……んぅ……っはぁ……お、お兄、ちゃん?♡」

 

 唇を離したサニーが青年に訊ねると、青年は微かに頬を赤く染めて、優しく微笑んでいた。

 

「心までこんなに温かくなるマフラーは初めてだよ。ありがとう、サニー……大好きだよ」

「にゃうっ!!!!!?♡」

 

 愛の言葉と爽やか笑顔がサニーの胸に直撃した。

 

「これからもずっとサニーと一緒だからな♪」

「は、はひ♡」

 

 こうしてサニーはアリスから教わったシチュエーションとは多少違えど、プレゼント作戦は大成功に終わった。

 しかし次の日からサニーは暫く顔が緩みっぱなしで、これにはルナとスターも呆れたそうなーー。




サニーミルク編終わりです♪

花映塚より書籍の三月精の方が先に登場したのでこちらを先に書きました。ご了承お願い致します。
そしてサニーは妖精なのでセーフと言うことでお願い致します!

それではお粗末様でした☆


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ルナの恋華想

恋人はルナ。


 

 魔法の森ーー

 

 本日もまったりと時が過ぎる幻想郷。

 博麗神社の裏にまで広がる魔法の森、その神社裏の森の中で一際大きな木に暮らす光の三妖精は、家の外に出て日向ぼっこをしていた。

 

「んぁ〜……今日は暇だね〜」

「たまにはこんな日もいいじゃない♪」

 

 枝に足でぶら下がって不満をもらすサニーに、スターはにこやかに返した。

 

「ルナはいいよね〜。お昼から()()()で〜」

「っ!? で、でででデートじゃにゃいし! ただ、あいつの買い物に付き合わされるだけだしししし!」

「ルナったら嘘ばっかり〜♪ 昨晩は本を読むのも止めて、デートに備えて早くに寝ちゃったじゃない♪」

「ち、遅刻するのが嫌だっただけよ!」

「お昼からなのに遅刻する訳ないじゃん。それに遅刻くらいで怒らないでしょ、あのお兄ちゃん」

「にぃちゃのことお兄ちゃんって言うな!」

 

 サニーの言葉に耳まで真っ赤にしてムキになったルナは言葉を発してから我に返り、口を両手で押さえた。

 

「へぇ〜……ほほぅ〜……ルナはお兄ちゃんのこと『にぃちゃ』って呼んでるんだ〜♪」

「それに他の子にお兄ちゃん呼びされるのはイヤなんだ〜♪」

「〜〜〜!」

 

 サニーとスターがニヤニヤと笑いながらルナへ詰め寄ると、ルナは栗みたいな口をギュッと閉じ、ワナワナと肩を震わせた。

 

「あれれ〜? 急に黙っちゃってどうしたの〜?」

「コーヒーの飲み過ぎでお腹(ポンポン)痛くなっちゃった〜?」

 

 サニーとスターはそれからも「ねぇねぇねぇねぇ♪」「ルナチャ〜?♪」とルナの周りを飛びながらからかった。

 

 サニー達が先程から話題に出している"お兄ちゃん"とは、最近ルナに出来た恋人のことである。

 ルナの恋人は人里で嗜好品店を営む人間の青年で、ルナはそこでコーヒーを買うお得意様だ。

 

 二人の出会い、それは数ヶ月前、サニー達と一緒に青年の店へコーヒーを盗みに行ったのが、二人の出会いだった。

 青年の勘が鋭いということもあり、犯行は容易く見つかった。サニー達は怒られると思って急いで逃げたが、ルナはそこで盛大に転け、一人取り残されてしまった。

 青年がルナに近付くとルナはもうダメだとギュッと目を閉じた。

 しかし青年は怒るどころかルナを優しく起き上がらせ、擦りむいた膝を治療した挙句、盗もうとしたコーヒーを紙袋に包んでルナへ渡した。

 青年の行動にルナが困惑していると、彼はルナの頭をポンポンと優しく叩き、笑顔でこう言ったのだ。

 

『お前達は妖精だろう? 物を盗むのは感心出来ないが、妖精なら仕方ない。それにお前達に罰を与えるのは閻魔様の役目だ。今回はこれをあげるから、もう盗もうとしちゃダメだぞ?』

 

 ルナはこの時は何も言わず紙袋をぶん取るようにしてその場を去ったが、それ以来、盗みをすることはなくなった。

 そしてルナの頭から青年のあの笑顔が離れることはなく、ルナは度々彼の店に忍び込み、その内に堂々と来るようになり、そして恋心を自覚したルナはつい先日、思い切って彼に告白したのだ。

 ルナの告白に彼は「こんなに可愛らしい娘に告白されて断るのは男の恥だ」と言って、ルナと正式に付き合うこととなった。

 

「んが〜! 私、もう行くから! デートじゃなくて買い物に!」

 

 サニーとスターにからかわれ続けたルナは、顔だけでなく耳まで真っ赤にさせて逃げるようにその場を後にした。

 ルナの叫びにサニーとスターはお星様を目や頭の上に浮かび上がらせ、ルナに二人揃って『い、いってらっしゃ〜い』と声をかけるのだった。

 

 

 人里ーー

 

 お昼前を迎えた人里では多くの人間、妖怪達が行き交い、活気に溢れていた。

 ルナはそんな人里の中にある、青年が営む嗜好品店の前に着くと、髪を整え、服の埃を払った。

 それから青年の店の中に入ると、お目当ての彼が今訪れている女性客と話をしていた。

 

 青年は話の途中だったがルナの姿を確認すると、「お〜、来たのか!」とルナに声をかけた。

 

「あらあら、可愛らしいお客さんだこと♪」

 

 女性客がそう言うとルナは「どうも」と照れつつも頭を下げた。

 しかし、

 

「あはは、この娘はお客じゃないですよ。俺の大切な人でしてね♪」

 

 青年は鼻高く笑いながら女性客にルナを紹介したのだ。

 ルナはまさか青年がそんなに堂々と自分との関係をおおっぴらに言うとは思わず、突然のことで顔を真っ赤にして栗みたいな口をパクパクさせた。

 

「あらまあ♪ 流石は幻想郷ね〜、妖精と人間でもこうした関係になれるだなんて♪」

「ですよね〜♪ まさか自分が妖精とお付き合いするとは思いませんでしたよ♪」

 

 青年の言葉にルナは変な引っ掛かりを感じ、ムッとしたが、

 

「こんなにも可愛らしい娘と付き合えるなんて、幸せ者ですわ、俺は♪」

 

 と更に鼻高く笑い飛ばすのだった。

 女性客はそんな青年の話を聞いて「ご馳走様♪」と言って、口を押さえて笑うのだった。

 

「……ふぅ、じゃあ、あたしはそろそろお暇しようかね。お熱い二人に水を差すのも悪いし♪」

「いやっははは、気を遣って頂いちゃってすいませんね♪」

「ぁぅぁぅぁぅ……」

 

 それから女性客はルナ達に「お幸せに♪」と声をかけて店から去っていった。青年は「またのお越しを〜!」と言って見送ると、ずっと赤面したまま口をパクパクさせているルナをお姫様抱っこした。

 

「ちょ、ななな、何!?」

「何ってお姫様抱っこだが?」

「そ、そうじゃなくて!」

「お姫様扱いされるのは嫌か?」

「〜〜……にぃちゃにされるのは好き、よ?♡」

 

 ルナはボソボソっと掠れた声で言うと、青年の首に手を回してギューッと抱きついた。

 

「まだ約束の時間には早いのに来てくれて嬉しいよ、ルナ♪」

「ん、もっと感謝しなさい……♡」

 

 すると青年は「おう♪」と返事をしてルナをお姫様抱っこしたまま、その場でくるくると回った。

 ルナは「きゃ〜っ♡♪」と声をあげたが、それは喜んでいるのだと誰もが分かる嬉しい悲鳴だった。

 

 ーー。

 

「(うわぁ……ルナってあんな風になるんだね)」

「(ルナ可愛い♪)」

 

 後からルナをつけてきたサニーとスターは、ルナと青年の睦み合う姿に二者二様の反応を見せていた。

 サニーの能力で姿を消し、ルナが恋人とどういう風に過ごすのか見に来たのである。音を消すルナが居ないため、一応サニー達は店の外から二人を眺めている。

 

「(これからデートなのに、あんなにラブラブしてて疲れないのかな?)」

「(疲れないわよ〜♪ だってあんなにニコニコしてるもの♪)」

「(私も恋人が出来たらルナみたいになるのかな〜?)」

「(どうかしらね〜♪)」

 

 ーー。

 

「そういやルナ、ビターチョコを入荷したが食べるか?」

「え、いいの!?」

 

 青年の言葉にルナは目をシイタケにした。

 

「ルナのために仕入れたようなもんだしな。ウチじゃわざわざチョコなんて買う客はそう居ねぇからよ」

「そんなことしなくていいのに……」

「バ〜カ、彼女特権ってヤツだよ、言わせんな」

「あぅ……ごめん♡」

 

 青年はそれからお姫様抱っこしていたルナを椅子の上に下ろすと、店の棚からビターチョコレートを一枚取ってルナに「ほら」と言って手渡した。

 

「あ、ありあり、ありがと……♡」

「食べさせてやろうか?」

「ひ、一人で食べれるもん♡」

「ルナにあ〜んってしたかったな〜」

「な、なら最初から言いなさいよ!♡」

「だから訊いたじゃん。食べさせてやろうかって」

「〜〜……今日のにぃちゃ、イジワルだよ?♡」

 

 ルナはそう言うと恥ずかしそうにプイッとそっぽを向いてしまった。

 

(おこ)ルナ可愛い♪」

「可愛いって……♡」

「どんなルナも好きだからな、俺は♪」

「わ、私だってどんなにぃちゃも好きだもん♡」

「ありがとよ♪ んじゃ、ルナにチョコ食わせたいからこっちに座れ♪」

 

 そう言った青年が自分の膝をポンポンと叩くと、ルナは「今行く♡」と嬉しそうに頷いて彼の膝上に座り、彼の手からビターチョコレートを食べさせてもらうのだった。

 

 ーー。

 

「(もう見てらんない……スター、もう帰ろ)」

「(えぇ〜、サニーが見たいって言い出したのに?)」

「(もうこんな甘いの耐えられないの! 帰って苦いのか辛いの食べたい!)」

 

 サニーの言葉にスターは「仕方ないな〜」と言って、サニーとその場を去った。

 

 そしてそれからすぐに青年とルナがビターチョコレートの口移しをしたことは、二人だけの秘密である。

 その後、ルナは青年とのデートを終えて家に帰ってくると、その顔は締りなく蕩けていたそうなーー。




ルナチャイルド編終わりです!

ルナチャも妖精なのでセーフと言うことでお願いします!

それではお粗末様でした☆


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スターの恋華想

恋人はスター。


 

 博麗神社ーー

 

 清々しい朝を迎えた幻想郷。

 しかしここ、博麗神社では朝から賑やかな声がこだましていた。

 

「ほらほら、イタズラした分キッチリ働きなさい」

 

 霊夢はそう言いながら、お祓い棒を掌に軽くパシパシと叩いて見せ、ある者達に軽く圧力を掛けている。

 それは神社裏の大木に住み着いている光の三妖精で、この三人は今日も朝っぱらから霊夢にイタズラを仕掛け、それがバレて今は霊夢から罰を受けているのである。

 しかも罰は神社の掃除だけではなく、みんな霊夢と同じ巫女服(霊夢が子どもの頃に着ていた物)を着せられながらの奉仕作業だった。

 

「うへ〜……なんで私達が神社の掃除なんかしなきゃいけないのよ……」

 

 サニーは箒で境内の掃き掃除をし、

 

「私はちゃんと反対したのよ? なのにサニーが……」

 

 ルナは賽銭箱や廊下の拭き掃除をし、

 

「まぁ、バレちゃったものは仕方ないわね〜♪」

 

 スターは境内の草むしりという名の砂遊びをしていた。

 

「アンタらも毎度毎度どうしてイタズラしたりする訳?」

 

 サニー達を見て、霊夢は困ったような呆れたような、何とも言えない表情を浮かべている。

 

「そこに誰かが居れば!」

「イタズラするのが私達! 光の三妖精!」

「……その、成功すると楽しいから」

 

 ノリノリで答えるサニーとスターだが、ルナはイマイチノリきれずモジモジしながら答えた。

 そんな三人を見て、霊夢は盛大なため息を吐くのだった。

 

「まぁ人里で悪さをしないならそれでいいわ。出来れば私にもイタズラしないでほしいけど……」

「だって霊夢さんにはいつもバレちゃうんだもん! 悔しいんだもん!」

 

 サニーが霊夢にそう言うと、霊夢はやれやれと両手を軽くあげるのだった。

 

「おやおや、今日は可愛らしい巫女さんも居るのですね〜♪」

 

 すると若い青年が境内にやってきて霊夢達に声をかけた。

 青年の姿を見るなり、スターはパァッと表情を明るくさせ、彼の胸に飛び込んだ。

 

「お兄ちゃ〜ん♡ 会いたかった〜♡」

「おはよう、スターちゃん♪」

 

 自分の胸に顔をグリグリと擦りつけてくるスターを、青年は快く受け入れてスターの頭を優しく撫でた。

 

「あ、お兄さんだ♪ おはよ〜♪」

「おはようございます」

 

 サニーとルナも青年に挨拶すると、青年は笑顔で「二人もおはよう」と返した。

 

「あら、誰かと思えば□リコンじゃない。おはよ」

 

 一方の霊夢は青年に軽口を叩いて挨拶した。

 

「おはようございます、酷い言い様ですね〜。たまたま好きになった方が小さかっただけですよ」

「んなの知ってるわよ。寧ろその守備範囲の広さに私は感服するわ」

「スターちゃん、可愛いじゃないですか。こんなに愛らしい娘を好きにならない方がおかしいです」

「や〜ん♡ お兄ちゃんったら〜♡」

 

 青年とスターの仲を見て、霊夢は「はいはい」と呆れたように返した。

 

 この青年は数年前に魔法の森に住み着いた魔法使いで、スターの恋人でもあるのだ。

 二人の出会いは数ヶ月前のことで、この日にも光の三妖精は誰かにイタズラをしようと魔法の森を彷徨いていた。

 そこで青年にイタズラを仕掛けたのだが、いつもの如く失敗に終わり、罰として三妖精は青年が趣味としている盆栽の手入れを手伝うハメになった。

 中でもスターは自分も茸の盆栽を育てていることから、その後も青年の元を度々訪れるようになった。

 共通の趣味を持ち、盆栽に必要な物を一緒に買いに行ったり、時には互いの盆栽を見せ合うなどなど、二人の心の距離は段々と近付いていった。

 そして数週間程前、スターからの告白で二人は恋仲となり、今では二人の仲を知る者達が呆れる程のバカップルとなっている。

 

「んで、うちに何の用よ?」

 

 戯れ合う二人に霊夢は冷めた視線を浴びせながら青年に訊いた。

 すると青年は「あ、すみません」と言って、スターを抱えたまま霊夢の元へ来た。

 

「普通の材料で新しい魔法薬を生成しようとしたら、ただの煮物になってしまいまして……そのお裾分けに」

 

 青年がそう言ってどこに入れていたのか分からない鍋を何処からか取り出して霊夢に渡すと、霊夢は目を輝かせた。

 

「匂いは美味しそうだけど、食べたら何かあるとか無いわよね?」

「無いですよ。僕はいつでも自分で試してから人に勧めるんですから」

「まあ、これまでアンタから貰った物で変なことは起きてないから、信用は出来るけど……」

「信用されて嬉しいです」

 

 そんな話をしているとサニーとルナも霊夢の元へやってきた。

 

「霊夢さんお掃除終わったよ〜」

「後はスターが草むしりを終わらせるだけよ〜」

「あら、お疲れ様。スターが終わるまでもう少し待ってなさい」

 

 霊夢の言葉にサニーとルナは『えぇ〜……』と明らかに落胆の色を見せた。

 

「スターちゃん、イタズラの罰をちゃんとしてないのかい?」

「…………」

 

 青年に訊かれたスターだったが、スターはバツが悪そうに彼から目を逸らした。

 すると青年は「ふぅ」と小さく息を吐き、抱えていたスターを下ろすと、スターと同じ目線になるように膝を突いた。

 

「いいかい、スターちゃん?」

「…………」

「イタズラをするなとは言わない。でも罰はちゃんと受け入れなきゃダメじゃないか。僕が好きなスターちゃんはちゃんと反省の出来るいい娘のはずだよ?」

「…………ごめんなさい」

「ん、なら僕も手伝うからしっかり草むしりをしよう♪」

 

 青年がそう提案すると、スターは「ううん」と首を横に振った。

 

「これは私の罰だから私が一人でやらなきゃいけないの」

「スターちゃん……」

「でも一人は寂しいから、お兄ちゃんに側にいてほしいな?♡」

 

 上目遣いでお願いしたスター。そのスターのお願いに対し、青年は「あぁ、勿論」と笑顔で頷くと、またスターをヒョイっと抱え上げた。

 

「じゃあスターちゃんがサボらないように、しっかりと監視しなきゃね♪」

「うん、私から目を離さないで♡」

 

 二人は互いにそう言葉を交わして互いの頬を擦り合わせた。

 そんな二人を見て霊夢は一層呆れた顔をし、サニーは目を輝かせ、ルナは赤面するのだった。

 

「まぁいいわ。じゃあスターのことは頼んだわね。サニー、ルナ。アンタ達は箒とか片して私の所に来なさい」

 

 霊夢の言葉にサニーとルナは『は〜い』と返事をして、箒や雑巾を片した後で霊夢の元へと向かった。

 

「じゃあ私も草むしりやっちゃお〜♪」

「頑張ってね、スターちゃん」

「うん♡」

 

 それからスターは青年に見守られながら、黙々と草むしりに励むのだった。合間合間で彼と見つめ合いながらだったが、ちゃんと草むしりはしているので霊夢も特にこれと言って注意はしなかった。

 

 スターと青年が草むしりをする一方、霊夢はサニー達と朝餉の準備をしていた。

 

「ほんっとにアイツらは一緒に居るとトリモチでくっついたかのように居るわよね〜」

「恋すると人はそうなるものってパチュリーさんから借りた本に書いてあったわ」

「あの二人はラブラブだもんね〜♪」

「ラブラブでも何でもいいけど、せめて人前では慎んでほしいものね」

 

 棘のある言い方をする霊夢にサニー達が小首を傾げていると、霊夢は「栗みたいな口してないで、あれを見なさいあれを」と言って顎をクイックイッとやった。

 サニーとルナは霊夢が顎で示した方を見ると、スターと青年が互いの頬にキスをし合っていた。

 

「お〜! ちゅっちゅしてる〜!」

「あ、またした……」

「草を一つむしる度にああやってるのよね〜。罰の意味を分かってるのかしら」

「スターはご褒美があると頑張るんだよ♪」

「現金と言うかしたたかというか……」

「あわわ、また……」

 

 ーー。

 

「お兄ちゃん♡ 好き〜♡ ちゅっ♡」

「僕もスターちゃんが好きだよ♪」

「また取ったら、今度はお兄ちゃんがちゅってしてね♡」

「あぁ、勿論♪ 終わらせたらちゃんとしたキスもご褒美にしてあげるからね♪」

「わ〜い♡ 私頑張る〜♡」

 

 こうして互いにちゅっちゅしながら草むしりを終え、霊夢の用意した朝餉をみんなで食べた。

 しかしスターと青年は恥じらうこともせず、互いに仲良く食べさせ合っていたため、霊夢達は朝餉が甘く感じるのだったーー。




スターサファイア編終わりです!

スターも妖精なのでセーフということでお願い致します!
今回は甘さ控え目だったかもしれませんがご了承を。

それではお粗末様でした!
次は花映塚に入ります!


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花映塚
文の恋華想


恋人は文。


 

 妖怪の山ーー

 

 微風が心地良く頬を撫でる穏やかな昼下がり、そんな日でも、山にある滝の側から周辺を哨戒している椛はある面倒事に晒されていた。

 

「射命丸様、私まだ哨戒任務の途中なんですけど……」

「大天狗様にはお許しを得て来たから大丈夫! それよりまだ何処か分からないの!?」

「山だって広いんですから、そんなにすぐには見つかりませんよ……星熊様が一緒なので比較的見つけやすいですけど……」

 

 椛の隣に立って「早く早く!」と急かす文。

 文は椛にどうしても勇儀を見つけ出してほしいのだ。

 何故なら、

 

()()()が勇儀さんに消し炭にされたらどうするのよ〜!」

「星熊様たってのご指名なのですから、それは無いでしょう」

(素直に心配だからって言えばいいのに……)

 

 文の大切な恋人が勇儀と守矢神社に向かっているからだ。

 

 文の恋人は妖怪の山に住む『送り狐』という妖怪の一青年だ。

 送り狐はこの妖怪の山で、山の中にある守矢神社や名居守の祠へお参りしたい人間を安全に送迎する案内役なのだ。

 文と送り狐の青年は妖怪の山の社会で位は違えど、博麗大結界の成立よりも以前、まだ鬼が山にいた頃からの顔馴染みだった。

 青年の仕事柄、人間から面白いお話を見聞きするため、文は彼から新聞のネタを提供してもらうこともしばしば。

更には青年が愛読している『文々。新聞』も彼の人柄から、今では当初に比べて多くの人々に購読してもらっている。

 

 青年は自身の過去の一件から、妖狐でありながら人間には特に好意的であり、更には人、妖問わず多くの者に慕われていて、文もその中の一人だった。

 そんな中、近年の幻想郷では人間も妖怪も分け隔てなく暮らせるようになってきた。このことにより二人にも変化が訪れ、文は青年から告白をされた。文もそれに快く頷き、二人は数百年の時を経て、ようやく恋仲となったのだ。

 

 それで今、青年は勇儀に頼まれて守矢神社へ勇儀を案内している最中なのだ。

 文としては青年が鬼であり、更には勇儀の無自覚な美貌に魅了されてしまうのではないかと心配し、椛の千里眼を使って様子を見ているのだ。

 

「私としては、彼は一途なので大丈夫だと思いますけどね」

「何を言ってるの! あのダイナマイトボデーは脅威に決まってるでしょ!?」

「好きなら相手のことを信頼しましょうよ。あとなんですかボデーって……」

「だって勇儀さんって前からあの人のことお気に入りっぽかったんだもん! 勇儀さんに迫られたら逃げるどころか捻じ伏せられて、そのまま美味しく頂かれちゃうかもでしょ!?」

 

 文の言葉に椛は「はいはい」と最早適当に相槌を返していた。

 そしてやっと勇儀と青年を見つけると、勇儀は彼の肩に手を回して上機嫌に神社の石段を登っていた。

 

「仲良く肩を組んで歩いてますね〜。星熊様が一方的に彼の肩に腕を回している感じですが……」

「ちょ、勇儀さんその人は私のですからね!」

 

 椛の報告に文は聞こえるはずのない勇儀にそんな言葉を叫んだ。

 

「今度は頭を撫でられてますね……彼も狐耳を倒して嬉しそうにしてます」

「きぃぃぃぃ!」

「耳元で変な奇声あげないでくださいよ……」

 

 すると文は「だってだってぇ!」と椛の肩を揺らした。椛は頭をグワングワンとさせられながらも、ちゃんと二人からは目を離さなかった。

 

「どうして勇儀さんも萃香さんも私の彼氏なのにあんなに馴れ馴れしく接するの!? 毎日あれだけ私との熱愛っぷりを新聞で報道してるのに!」

「彼は過去の教訓から嘘偽りは二度としないと誓ってますからね〜。そこが鬼であるお二人から好感を得ているのでは?」

(殆どは野次馬根性で、射命丸様との恋路を根掘り葉掘り聞かれているだけでしょうけど……)

 

「大体、あの人は好かれ過ぎなのよ! 人里でデートしてても老若男女問わず声かけられるし、山の中でも野鹿や野猿、野鳥が寄ってくるし、私が全然独り占め出来ないのよ!?」

「はぁ……」

(そもそも仕事以外は彼にべったりのくせに、まだ満足していないのもどうかと思いますけどね……)

 

 文の凄まじい独占欲と嫉妬心に椛はほぼ呆れていると、

 

「あ、彼だけ守矢神社を離れました。どうやら行きの案内だけの様ですね、射命丸sーー」

 

 言葉の途中だったが、物凄い風と同時に文の姿は無かった。椛がもう一度千里眼で彼の方を見ると、そこにはもう文が彼の左腕を掴んで離そうとしない光景が見えた。

 

(鬼が苦手なのは分かりますが、最初から一緒にいれば良かったものを……)

 

 椛はそう考えると思わず大きなため息を吐いた。そしてやっと文から解放され、椛は哨戒任務へと戻るのだった。

 

 ーー。

 

「あ、文、いきなりどうしたんだ? こんなに甘えてくるなんて?」

「私以外の女の人とデートなんかするから……」

 

 ムスッと顔をしかめている文はそう言って、青年の腕にグリグリと頭を擦り付けている。

 青年はそんな文を見て、「仕事だよ」と言って苦笑いを浮かべた。

 

「勇儀さんに撫でられて嬉しそうにしていたそうじゃない?」

 

 文はジト〜っと青年を睨んで言うと、青年はまた苦笑いを浮かべて自身の頭を軽く掻いた。

 

「貴方は隙が多過ぎなのよ。いつもいつも愛想振り撒いて……」

「職業柄人見知りなんてしてられないからな。しかめっ面してるよりは、ニコニコしてる方がいいだろ?」

「それはそうだけど……」

「俺だってニコニコしてる文の方が好きだぜ♪」

「っ!!」

 

 青年の不意打ちに文は思わず残機を一つ減らしてしまい、文はそのまま彼の肩にもたれ掛かった。

 そんな文を見て、青年は文の肩をトントンと叩きながら「文〜?」と声をかけるが、文の方は「何でもない♡」としか返すことが出来なかった。

 

(今顔上げられない……私絶対に変な顔してるもん♡)

 

 文は青年に言われたことが嬉し過ぎて顔がニヤけてしまっていたのだ。

 

 それから文は顔の緩みが直るまで青年の二の腕に顔を埋め、そのまま山道を歩いた。

 

 ーー。

 

「勇儀さんはどうして守矢神社へ?」

 

 落ち着いた文が青年の腕にしがみつきながら、ふとそんなことを訊いた。

 

「何かかなり重い物を運ぶから手伝ってもらうんだと」

「なら貴方じゃなくて、早苗さんに案内をしてもらえば良かったんじゃ……」

「姐さんも最初はそのつもりだったんだけど、早苗ちゃんは色々と準備があって案内出来ないってことで俺んとこに話が来たんだよ」

「そう……」

 

 すると青年は何かを思い出したような表情をした。

 

「そう言やぁ姐さんから、文と何処まで行ったんだってかなり訊かれたよ」

「それで?」

「昨晩は朝まで睦み合いましたって答えた!」

 

 青年がはにかんで文に答えると、文は「そっか♡」と嬉しそうに笑った。

 

「新聞に載ってる通りなんだなって、すげぇ笑われたけどな〜」

「ふふん、捏造新聞なんてもう誰にも言わせないからね!」

「でも俺達の仲をあんなに書かれるのは、ちょっとな〜……」

 

 頬を微かに赤らめて言う青年に、文は思わずドスの利いた声で「何か問題でも?」と彼に詰め寄った。

 

「問題って言うか……何と言うか……」

「ちゃんとした理由があるなら言ってよ。隠し事はしないって約束でしょ? それとも私とのスイートメモリーが世に知れ渡ると何か不都合なことでもあるの? 無いわよね? だって私のことを愛してくれているんだもんね? 何百年も前から私は貴方に恋してた。貴方から告白されてとても嬉しかった。今でも凄く幸せなのに何が問題なの?」

 

 文はマシンガンならぬ機関銃の如く言葉を並べ、更には「どうしてどうして?」と何度も何度も青年に問い詰めた。

 

「お、おい、落ち着けよ! 俺が嫌なのは文の可愛さが他の男達に知られるのが嫌だなって思ってるだけだ!」

「あやややっ!?♡」

 

 青年の言葉に文はボンッと顔を真っ赤にして硬直してしまった。対する彼もしまったと言ったような表情を浮かべ、耳まで真っ赤になって文から目を逸らして虚空を見つめた。

 すると文はモジモジとしながら青年の袖をキュッと片手で掴むと、

 

「…………私はずっと貴方だけの女だよ?♡」

 

 と上目遣いで彼へ甘い言葉をかけた。

 青年はそんな文からの可愛らしいスペカを喰らい、ゴリゴリとライフを削られた。

 

「お、俺だって文だけだ……出来ることなら誰にもこんな可愛い文を見せたくない」

 

 耐え切れず青年はそう言って文を力強く抱きしめた。

 すると文もそれに応じるように青年の背中に手を回し、「ふぇっへっへ〜♡」とだらしない笑い声をあげた。

 

「変な鳴き声が聞こえてるぞ?」

「私の勝手でしょ〜?♡」

「鴉だけに?」

「うん♡ どうせなら、このまま私も貴方のお家へ帰ろっかな♡」

「え?」

「貴方にしか見せない私のあんなとこやこんなとこ、沢山見せてあげる♡」

 

 そう言った文は妖しく笑い、青年の唇をついばんだ。

 

「貴方が私にしか見せない色んなとこも独占取材させてね♡」

「お手柔らかにな」

「加減が出来ればね〜♡」

 

 それから青年は文に耳や頬、首筋等に何度も何度も口づけされながら家へと帰るのだった。

 そして次の日から『文々。新聞』は更なる激甘新聞となるのだったーー。




射命丸文編終わりです!

ちょいヤンデレっぽくなったこと、独自設定が強くなったことにはご了承を。

ではお粗末様でした〜!


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メディスンの恋華想

恋人はメディスン。


 

 永遠亭ーー

 

 今日も穏やかに時が流れる幻想郷。

 しかしそんな昼下がりを迎えた永遠亭では、全く穏やかではない話で騒然としていた。

 

「ねぇ、それは確かなの?」

「そうだよ、きっと何かの間違いだよ」

「違うもん! 私ちゃんとこの目で現場見たもん!」

 

 今日も永遠亭に様々な毒を卸しにきたメディスンは、縁側に並んで座る輝夜と鈴仙に鼻息荒く訴えていた。その隣でフワフワと浮かんでいるスーさんも両手をワタワタと動かし、必死に訴えている。

 

「(あの人が浮気とか……人はやはり心変わりする生き物なのね〜)」

「(姫様、まだ浮気だとは言えませんよ……きっと何かの間違いですって)」

「(それもそうよね〜……まぁ取り敢えずは、話だけでも聞きましょう)」

 

 小声でそう言う輝夜に鈴仙は小さく頷きを返した。

 

 二人やメディスンが先程から話題にしているのはメディスンの恋人である、無名の丘寄りの魔法の森に住み着いた魔法使いの青年のことだ。

 

 青年は数年前に魔法の森に住み着き、無名の丘で研究に必要な鈴蘭を採取していた。

 そんな時にメディスンと出会い、メディスンはその時はまだコミュニケーション能力が皆無で、挨拶代わりの弾幕ごっこを仕掛けたのだ。

 青年は戸惑いつつも応戦し、メディスンを退けた後、傷ついたメディスンを自分の家で介抱した。

 

 二人の出会いはとても壮絶なものだったが、メディスンは青年の優しさに触れ、彼を気に入り、暇な時はいつも彼の所に訪れていた。

 メディスンは青年と関わり、永遠亭の人々とも関わり、次第にコミュニケーションや人とのマナーが育まれていった。

 するとメディスンはコミュニケーション能力を身に着けると同時に、青年に対する恋心も自覚していった。

 

 それから長い恋煩いを経て、数週間前にようやっとメディスンは自分の気持ちを青年に告白。青年もメディスンの気持ちに応え、二人は晴れて恋仲となり、一緒に暮らすようになるほどまで進展した。

 しかしそんな幸せいっぱいなメディスンは青年の浮気現場を目撃してしまい、毒を卸しにきたと同時に家出してきたのだ。

 

「にぃにぃがあんなに浮気性だなんて思わなかった! 私って言う恋人が居るのに他の女を連れ込むなんて!」

 

 完全にプンスカプン状態のメディスン。

 

「こんなことになるなら、にぃにぃに依存性の高い毒を毎日飲ませて、私が居ないと生きていけない身体にすれば良かった……」

 

 ハイライトさんを出張させているメディスンは、不気味な含み笑いをして「そうだわ、そうすれば」とつぶやいていた。

 

「今からでも遅くないんじゃない?」

「姫様!?」

「でも今は顔も見たくないもん! だからまだいい!」

(まだって言っちゃったよ、この娘!?)

(これが巷で言うヤンデレかしら?)

 

 プイッとそっぽを向いたメディスンは鼻を鳴らしつつ、出された饅頭にかぶりついた。

 輝夜は先程ああ言ったものの、少なからず青年がそんなことをする性格ではないと分かっているので、鈴仙と共に取り敢えず詳しい話だけでも訊くことにした。

 

「他の女を連れ込んだって言ったわよね? 相手が誰か分かる?」

 

 輝夜の問いにメディスンはコクリと静かに頷いた。

 ただまだ口の中に饅頭が入っていたので、それを飲み込むまで待ってと二人に手をかざした。

 

「……ごくん。相手は私もよく知ってる娘だった」

「それは誰だったの?」

「それは……」

『それは……?』

「…………上海よ」

 

 メディスンが出した名前に輝夜と鈴仙は揃って間の抜けた表情をしてしまった。

 それもそのはず。何故なら上海はアリスの人形だからだ。

 

「にぃにぃったら、私が鈴蘭畑に行ってる間に上海を家に連れ込んでたのよ!? しかもご丁寧に上海にリボンまでプレゼントしちゃってさ!」

 

 輝夜や鈴仙からすればそれが浮気だとは思えない。

 しかし、メディスンは元々鈴蘭畑に捨てられた人形が妖怪化した付喪神なので、メディスンからすればこれは立派な浮気行為なのだ。

 

「(どうするんですか姫様?)」

「(どうするって言ってもね〜……時が過ぎるのを待つしかないじゃない!)」

 

 すると、

 

「こんにちは、貴女達は縁側で何をしているの?」

「こんにちは」

 

 アリスとメディスンの彼氏が現れた。

 

「こんにちは。何してたってお話してたのよ」

「お二人共、こんにちは。お二人は何か御用ですか?」

「私はこの前、永琳さんに頼まれた材料を届けにきたのよ」

「俺はメディスンの帰りが遅いから迎えにきた」

 

 鈴仙の質問に二人が答えると、その答えを聞いた輝夜は首を傾げた。

 

(彼とメディスンって喧嘩してるのよね?)

 

「メディスン、遅いから心配したんだぞ?」

「ごめんね、にぃにぃ♡」

「次からはもっと早く帰ってくるか、遅くなると言ってからにしてくれ」

「は〜い♡」

 

 家出しにきているはずのメディスンは青年の胸に飛び込んで顔をスリスリしている。どう見ても先程とは態度が違うのだ。

 それを見た鈴仙も輝夜と同じく首を傾げていた。

 

「二人して首を傾げてどうしたの?」

 

 そんな中、状況を把握していないアリスが二人に訊ねると、鈴仙がアリスに先ほどメディスンから聞いたことを説明した。

 するとアリスは手で口を押さえて笑い、両肩を小刻みに震わせた。

 そんなアリスの反応に輝夜達はまたも揃って首を傾げた。

 

「メディスン、ちょっとこっちにいらっしゃい」

「ん、な〜に〜?」

 

 笑い過ぎて流してしまった涙を拭きながらアリスがメディスンに手招きすると、メディスンは青年に向かい合った状態で抱っこされてアリス達の元へ運ばれてきた。

 

「メディスン、貴女は勘違いをしてるわ」

「勘違い?」

「彼が私の上海に浮気してると思ってるんでしょう?」

「あ!」

 

 アリスの言葉でやっと思い出したメディスンは青年からパッと離れ、アリス達の背中へ隠れてしまった。

 それを見た青年は露骨に悲痛な表情を浮かべた。

 そんな青年を見て、メディスンは思わずまた彼の元へ行こうとするも、浮気のことがあるのでグッと堪えた。

 

「彼はね、私が森に落としてしまった上海を見つけてくれたのよ」

 

 アリスはメディスンと同じ目線になるようにかがみ、メディスンにことの真相を伝えた。

 しかしメディスンはまだ納得出来ていないと言うような顔をし、

 

「リボンあげてた……」

 

 とアリスに訴えた。

 するとアリスは「それはね」と言って説明を始めた。

 

「見つけた時に上海のリボンが破れていたから、彼はわざわざ縫い直してくれたのよ」

 

 そう言ったアリスは「ほら」と上海を出して、上海のリボンを見せた。

 その上海のリボンには真新しい縫い跡があった。

 

「本当に本当に本当? にぃにぃは上海のことが私より好きになったとかじゃないの?」

「それはご本人に訊くといいわ」

 

 アリスはそう言うと青年に目配せした。

 その目配せに反応した青年はゆっくりとメディスンの元へ近付き、アリスと同じようにメディスンと同じ目線になるようその場に片膝を突いた。

 

「誤解させるような真似をしてすまなかった。でも俺はメディスン一筋だ。信じてほしい」

「にぃにぃ……」

「メディスンと出会って人形も大切にしようと思えた。だから傷ついた上海のリボンを修復しただけなんだ……信じてくれるか?」

 

 青年の言葉にメディスンは「うん……」と頷き、更に彼の首に手を回してギュッと抱きついた。

 そんなメディスンを青年もギュッと抱きしめた。

 

「メディスン……すまなかった……」

「ううん、私が勘違いしちゃったのが悪かったの……」

 

 メディスンはそう言いながら青年の頬に自分の頬を擦り付けた。

 

「一件落着ね」

「元凶は私なだけに、誤解が晴れて良かったわ」

「そもそもどうして森の中にお人形を落としてしまったんですか?」

「魔理沙が暇だからって弾幕ごっこ仕掛けてきたからよ……」

 

 うんざり顔で答えたアリスに鈴仙は苦笑いを浮かべ、輝夜は愉快そうに笑った。

 

「ねぇ、にぃにぃ」

「ん、どうした?」

「仲直りのちゅうしよ?」

「あぁいいとも」

 

 メディスン達の言葉に輝夜達は驚愕した。

 

「ごめんなさい、にぃにぃ……大好きだよ♡」

「俺こそごめんな。大好きだ、メディスン」

 

 そして二人は人目をはばかることなく、仲直りの口づけを交わした……何度も何度も。

 

「これ、傍から見たら犯罪現場よね?」

「付喪神と魔法使いだからセーフってことでいいんじゃないかしら?」

「は、はわわわわ」

 

 メディスン達のラブラブ具合を目の当たりにした輝夜達は、二人の邪魔をしないようにソッとその場から離れ、ジャリジャリする口の中を鎮めるのだったーー。




メディスン・メランコリー編終わりです!

メディスンは付喪神なので犯罪ではないと言うことでお願い致します!
今回は甘さ控え目ですがご了承を!

ではお粗末様でした♪


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幽香の恋華想

恋人は幽香。

ドS成分少な目です。


 

 太陽の花畑ーー

 

 四季折々の花が咲き誇るこの太陽の花畑では、住み着いている風見幽香が日課である花の世話を終えて、優雅に昼下がりのティータイムを過ごしていた。

 お気に入りのティーカップにお気に入りのハーブティーを淹れ、自宅のテラスで花を眺めながら、穏やかな太陽の日差しを感じていると、そこにアリスとメディスンがやってきた。

 二人は幽香に笑顔で挨拶をすると、幽香もニッコリと笑みを返して二人をテラスへ招き入れた。

 

 アリスは自分の家の花壇に幽香から貰った花を植えていることで交流があり、メディスンは花が好きという共通の趣味で交流があるため、度々こうして集まってはお茶を楽しむのだ。

 

「あら、今日のはまた違ったハーブティーね……香り自体は甘いけれど、味はどこかスパイシーな感じ」

「でもなんかとっても落ち着く〜♪」

 

 幽香が丁寧に淹れたハーブティーを飲んだ二人は舌鼓を打った。

 それを嬉しそうに眺める幽香は「良かったわ」と言って、自分もハーブティーを口に含んだ。

 

「今日のはね、フェンネルのハーブティーなのよ」

「フェンネル?」

「フェンネルって言うのはこれよ」

 

 首を傾げるメディスンにアリスは持ってきた植物図鑑からフェンネルの項目を開いて、メディスンに見せるとメディスンは「お〜!」と目を輝かせてそのページを読んだ。

 

「フェンネルには鎮静作用があって、気持ちを落ち着かせたい時におすすめね。鼻にぬける独特の香りも、アロマ効果が高くて、リラックス作用があるの」

「私は前に飲ませて貰ったカモミールティーの方が甘くて好きかな〜♪」

「ふふ、なら今度カモミールティーをご馳走するわね」

 

 素直なメディスンの言葉に幽香はクスクスと優しく笑い、メディスンの頭を撫でた。するとメディスンは気持ち良さそうに目を細め「んゆ〜♪」とご満悦な声を出した。

 

「そう言えば幽香」

 

 アリスに呼ばれた幽香は「何?」とアリスの方を向いた。

 

「人里に居る彼氏との仲はどうなの?」

 

 アリスから「彼氏」の単語が出た瞬間、幽香はボンッと顔を赤くした。

 

 アリスの言う彼氏とは文字通り幽香の恋人のことである。

 幽香の彼氏は人里でガーデニングショップを営む半人半妖の青年で、ガーデニングショップを営むきっかけを作ったのは幽香なのだ。

 青年は数年前に幽香から目をつけられていて、ある時に突然、道端で幽香から弾幕ごっこを仕掛けられた。

当然青年は敗北するが、敗北した理由は道端に咲いていた花を流れ弾から守ったからであり、そんな青年の優しさや強さに魅了された幽香は、青年を気に入り、自分の元へ半ば強制的に置いた。

 それから半年程前、幽香の少々強引な告白に青年は快く応じ、更には結婚式の資金を貯めるため、彼は幽香から叩き込まれたノウハウでガーデニングショップを人里に開き、今では日中は店をやって夜に帰ってくるという生活をしている。

 

「幽香とお兄ちゃんは仲良しだよね〜♪ この前もお兄ちゃんに傘を持たせて人里お散歩してたし♪」

「ま、まぁ私の男なんだから、私に尽くして当然よね……」

 

 メディスンの言葉に幽香は精一杯平静を装って言葉を返した。

 

「流石は幽香ね〜♪ 彼氏でももう尻に敷いちゃうなんて♪」

「恋仲でも上下関係はハッキリしておかないとね……」

 

 アリスの言葉にも平静を装って返す幽香だが、顔は真っ赤なのでメディスンはともかく、アリスは楽しんでいるようにしか見えない。しかし幽香はそんな洞察も出来ないくらい焦っているため、平静を装うのに手一杯だった。

 

 それからも幽香はメディスンの無邪気な口撃とアリスのちょっとした口撃を浴び続け、二人が帰る頃には茹でダコのように赤くなってしまうのだった。

 

 

 それから夜ーー

 

「ただいま〜」

 

 青年が仕事を終えて帰ってくると、

 

「あなた〜!」

 

 と幽香は半べそで彼の元にやってきて、彼に抱きついた。

 

「ど、どうした?」

 

 そんな幽香を見て、青年は戸惑いつつも幽香の頭を優しく撫でながら声を掛けた。それでも幽香は「うぅ〜」と力無い声をもらすだけだった。

 

「誰かに嫌なこと言われた?」

「ううん……」

「寂しかった?」

「寂しかったけど、そうじゃないの……」

 

 青年のかける言葉に一つ一つ答える幽香。それでもどうしてこのような状況になったのか分からない青年は、幽香に引っ付かれたまま居間へと向かった。

 

 ーー。

 

 青年は居間にあるソファーに腰掛けると、幽香もその隣にちょこんと座り、また青年に抱きついて顔を埋めた。

 こうなったらとことん待つしかないと考えた青年は、幽香がちゃんと言ってくれるまで幽香の頭や髪を優しく撫で続けた。

 

「少しは落ち着いた?」

「うん♡」

「じゃあ、どうしてこうなったの?」

「…………怒らない?」

「聞いてみないと分からない」

「…………嫌いにならない?」

「いきなり弾幕ごっこを仕掛けたられても、今こうしてるのに?」

「……あうぅ〜」

 

 幽香は「ごめんなさい」と言わんばかりに俯いた。

 そんな幽香に青年は「ごめんごめん」と謝って、幽香の頬に優しいキスをした。

 

「んぁ……んふふ♡」

「ほら、話してごらん?」

「えっとね……」

 

 幽香は顔を真っ赤にしながらアリス達との会話のことを説明すると、青年は大きな声を出して笑った。

 

「な、なんでそんなに笑うのよ!? 私はすっごく気にしてるのに!」

「わ、悪い悪い……ふふ、で、でもなんでもっと素直に言わなかったんだ?」

「だ、だって……私があなたに甘えてるだなんて知られたくなかったんだもん……」

「それと引き換えに、俺を尻に敷く彼女という印象を持たれたってのも可笑しな話だな♪」

 

 青年はまた可笑しそうに言うと、幽香は「むぅ〜」と可愛く唸って抗議した。

 

「まぁ俺は周りからどう思われても構わないよ。ちゃんと愛する人が俺のことを理解してくれているんだから」

「……そんな言い方……ズルい……♡」

「ズルいかな?」

「私がズルいって思ったからズルいの!」

「お、今の発言は尻に敷いてる感じだね〜♪」

「むぅ、やっぱり怒ってるから今日のあなたは意地悪なのね!」

 

 幽香はそう言うと両頬をぷくぅっと膨らませて、プイッとそっぽを向いてしまった。

 

「幽香〜」

「知らない……ふんだ」

「悪かったよ……俺しか知らない幽香を独り占め出来てると思ったらつい、さ」

「…………ぁぅぅ〜♡」

「幽香だって、自分しか知らない俺を独り占め出来てるって思うと嬉しくならないか?」

 

 すると幽香は「嬉しい、かも♡」と少し頬を緩めた。青年はそれを聞いて「だろ?」と言うと、幽香はまた彼の方を向いて、今度は「うん♡」とハッキリ頷いて彼に抱きついた。

 

「こんなに可愛い幽香を独り占め出来て俺は幸せだな〜♪」

「私も幸せよ〜♡」

「幽香可愛いよ幽香〜♪」

「あなた素敵よあなた〜♡」

 

 それから二人はラブラブイチャイチャしつつ、晩御飯も仲良く食べさせ合うのだった。

 

 ーー。

 

 晩御飯の後は入浴タイムである。

 しかし、今日はいつもの入浴タイムではなかった。

 何故なら、

 

「ゆ、幽香……なんで今日は一緒に入ってるんだ?」

「そういう気分だったから、よ♡」

 

 今日は幽香も同じく湯船に浸かって居るからだ。

 幽香は自身の背中を青年の胸に預け、ご機嫌に足で湯船をパチャパチャとさせている。

 

「あなたがまだまだこういうことに弱いのも、私だけが知ってるのよね♡」

「そ、そうだね……」

「んふふ〜、もう何度も肌は重ねてるのに♡」

「こら」

「きゃ〜♡」

「好きな人の肌なんて慣れる訳ないだろ……」

 

 恥ずかしそうにつぶやいた青年の言葉に、幽香は胸がトクントクンと高鳴った。

 すると、

 

「〜♡」

「ゆ、幽香!?」

 

 幽香は向きを変え、青年と向かい合う形で彼に抱きついた。いわゆるだいしゅきホールドである。

 

「あなたのことが欲しくなっちゃった♡」

「え、こ、ここで?」

「ここでもベッドでも♡」

「せ、せめてベッドまで我慢しない?」

「や〜♡ 我慢出来ないもん♡ それに、あなたもヤル気満々じゃない♡」

「こ、こんな体勢なら誰だって……」

「私にしか見せない、あなたの可愛い顔や声……沢山聞かせてね♡」

「あ、あぁ……」

 

 その後、青年は風呂場でもベッドでも、物理的に幽香のお尻に敷かれることになったとさーー。




風見幽香編終わりです!

ツンデレってのも考えたんですが、甘えん坊で夜は積極的なゆうかりんのお尻に敷かれたいという妄想をそのまま書きました!
ギリギリのR-15って感じでご了承を。

ではお粗末様でした☆


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小町の恋華想

恋人は小町。


 

 地獄ーー

 

 地獄では今日も罪ある者の魂が判決待ちで門に並んでいる。

 そしてそんな多忙を極める中、映姫は迅速かつ的確に罪人達を裁いていく。

 

「無意味な殺生、多大なる盗み、己の欲のままの邪淫、他を巻き込む飲酒、度重なる妄語……よって、あなたは黒です! 火炎地獄の業火の中で悔い改めなさい!」

「い、いやだ! いやだぁぁぁぁっ!」

 

 判決を受けた罪人は暴れ、逃げようとするも、獄卒に取り押さえられ、引きずられるように大叫喚地獄の下に位置する火炎地獄へと連れられていく。

 

「嫌ならば、初めからあの様な所業を繰り返さなければ良いのです……」

 

 映姫はそうつぶやき、小さくため息を吐いた。

 何人もの罪人を見ている映姫だからこそ、どうして人は罪を重ねるのかと心底不思議に思う。

 

「四季様、ここいらで休憩にしましょう」

 

 すると一人の青年が映姫にそう声をかけた。

 この青年は映姫が束ねる多くの部下の内の一人で、彼も死神である。

 青年は映姫の雑務を一手に任せられている凄腕の事務係で、映姫の頼もしい部下の一人なのだ。

 

「……時間が惜しいのでは?」

「時間は確かに惜しいですが、昼食後はこれまで休みなく裁かれて居ました。今後の審議にもそろそろ支障が出るかもしれませぬ故、どうかお休みください」

 

 映姫の言葉に青年は恭しく頭を下げて返すと、映姫は「分かりました」と言って肩の力を抜いた。

 

「お疲れ様です。此度は何に致しましょう?」

「緑茶でお願いするわ」

「畏まりました」

 

 青年はまたも恭しく頭を下げて返し、手際良く茶の準備を始めた。

 

「小町がサボらずに仕事をこなすだけで、こうも数が増えると流石に堪えるわね……外の世界の比ではないけれど」

 

 映姫が愚痴をこぼすと青年は「左様ですね」と微笑んで返し、映姫の机に緑茶が入った湯呑を差し出した。

 普段は愚痴何ぞこぼさない映姫だが、長年自分に仕え、気心も知れている青年との会話では閻魔様でも例外である。

 

「ん……落ち着くわ……」

 

 緑茶を口に含み、表情をほころばせる映姫。

 そんな映姫に青年は「それは何よりでございます」と笑みを返した。

 すると映姫は湯呑を置いて口を開いた。

 

「小町とは上手くいってる?」

「はい、まだ慎みが欠けている部分はありますが、前のみたいに館内等で無闇やたらに私に擦り寄ることは無くなりました」

「……そう」

「その節は申し訳ありませんでした」

「いいわよ、ちゃんと改めて居るのなら」

 

 優しく微笑んだ映姫がそう言うと、青年は「ありがとうございます」と返した。

 

 どうして映姫が小町と青年のことを気に掛けているのかと言うと、二人は数ヶ月前から恋仲になっているからだ。

 映姫にとって二人は大切な部下であり、友人。そんな二人を映姫は常に色んな意味で気に掛けている。

 色んな意味と言うのは大きく分けて二つあり、先ず一つは友人として二人の恋路が上手くいっているのかと言うこと。

そしてもう一つは時と場所を弁えているかである。

 

 青年の方は真面目なので映姫はこれと言って不安は無いが、小町の方が映姫は不安なのだ。

 何故なら二人が付き合うことになったと自分に報告しにきた際、小町は人前だと言うのに青年の唇を奪って見せ、『あたいら付き合いま〜す♡』と小町節全開で報告したからだ。

更には館内で会えば人目をはばかることせず小町は青年に引っ付き、その都度彼の唇を奪い、船頭の仕事の合間でも彼の所に訪れて引っ付き、唇を奪うと言う行為を繰り返してきたのだ。それが例え上司である映姫の前であっても。

 一方、幸いなのは小町が仕事をサボることが無くなったことだが、映姫としては時と場所を弁えていないのも十分問題なのだ。

 

「私から注意するよりも貴方から言われた方が、今の小町には効果的……今後もよろしくお願いね。人前でなければ、私だって二人の恋路をとやかく言うつもりはないのだから」

「お心遣いありがとうございます」

 

 そんな会話をしていると、

 

「ちわ〜っす、四季様〜♪ 本日分の仕事終えたのでご報告に参りました〜♪」

 

 ドアを開けて入室した小町が元気良く声をかけた。

 

「あら、お疲れ様。小町」

「お疲れ様」

 

 二人に声をかけられた小町は二人にニコッと笑みを返すと、すぐに青年の方へ移動し、満面の笑みで彼の左隣に立った。

 

「(お疲れ、小町♪)」

「(えへへ、あんがと♡)」

 

 小声で些細な言葉を交わす二人を見た映姫は「ご馳走様」と言ってから小町の方を見た。

 

「報告ご苦労様。貴女の本日の仕事は終わりです。帰って休むなり、昼寝をするなりしていいわ」

「了解しました♪ お疲れ様で〜す♪」

「えぇ……では私達もそろそろ仕事を再開しましょう。次の罪人を呼んで」

「畏まりました」

 

 こうして映姫も小町に負けないよう仕事に戻るため、湯呑に入った緑茶を飲み干して、青年に指示を出した。

 青年も恭しく頭を下げて返し、湯呑を片付けつつ、次の罪人が待つ門へと向かった。

 

 ーー。

 

「…………小町」

「? なんだい、お前さん?♡」

「何故に付いて来る?」

 

 門へ繋がる廊下を歩く青年の横に、小町はピッタリと付いてきていた。

 

「何故ってぇ、お前さんから離れたくないからに決まってるじゃないの〜♡」

「気持ちは嬉しいが、私はまだ仕事中だ。構ってはやれん」

「あたいはこうして並んで歩いてるだけで幸せよ♡」

「…………そうか」

 

 青年は小町の言葉に思わず頬を赤く染め、それを悟られないよう少々ぶっきらぼうに返すが、対する小町は嬉しいそうにデレデレしながら「うん♡」と返すのだった。

 

「お前さん、今日のお仕事はどれくらいに終えるんだい?」

「そうだな……今日はこのあと大罪人の審議があるから、いつもより遅くなる」

「そっか〜……」

「だから素直に家へ戻って休むか、人里で気ままに甘いものでも食べてくるといい」

 

 青年がそう言って優しく微笑むと、小町は「それもいいんだけどねぇ〜」と頬を赤く染めて、照れ臭そうに自身の頬を人差し指でポリポリと掻いた。

 そんな小町に青年が小首を傾げていると、

 

「その前にお前さんからの甘い口づけがほしいな〜、なんて♡」

 

 と上目遣いをして甘えた声で小町は彼におねだりした。

 

「…………だ、ダメに決まってるだろっ!?」

 

 小町の誘惑に青年の理性は一瞬グラついたが、彼はなんとか保ち直して小町のおねだりを却下した。

 

「いいじゃないのさ〜♡ あたい、毎日このために頑張って仕事してるんだよ〜?♡」

「分かってる……でもダメだ」

「釣った魚にエサをちゃんとやらなきゃ、愛想尽かされちまうよ〜?♡」

「やらずともいつも勝手にエサを食いにくるじゃないか……」

「そう堅いこと言わずにさ〜♡ 固くするのは夜だけでいいから、ね?♡」

「小町……」

 

 小町の決して引かないおねだり攻撃に青年は頭を抱えた。

 

「ね?♡ ね?♡ 先っちょだけでいいからさぁ♡」

「どんなねだり文句なんだ、それは……」

「お前さ〜ん♡ お願〜い♡ お仕事を頑張ったあたいにご褒美をおくれよ〜♡」

「…………」

「お前さんの愛を注いでもらわないと干やがっちゃうよ〜♡」

「…………一度だけだぞ?」

 

 とうとう根負けした青年が頭を抱えてそう言うと、小町は「さっすがいい男だね〜♡」と言って、彼の手を取って誰も使っていない部屋へと彼を連れ込むのだった。

 

「……っ……こ、こまひ……んんっ」

「ちゅっ、んぁ……っ……んむぅ、ちゅ〜っ……んん〜……♡」

 

 部屋に入るなり、青年は小町に唇を奪われた。

 小町は青年の頭を両手で固定し、強引に彼の口の中へ自分の舌を入れ、上顎や下顎、歯茎など、念入りに愛撫していく。

 部屋の中には二人の唇からもれる吐息と唾液が合わさる音が響き、二人だけの甘い雰囲気に更なる甘さを加えていた。

 

「んはぁ……んふふ♡ お前さんとの口づけは本当癖になるねぇ♡」

「はぁはぁ……お、終わったなら手を離してくれ……」

「んもぉ、ムードってのがないねぇ♡」

「こっちだって我慢してるんだ……」

「何なら()()シてくかい?♡ ん?♡」

 

 小町はそう言って、たわわに実った乳房を両脇で締めてクイクイっと上げて見せた。

 

「仕事があるんだ……終わるまでいい子に待っててくれ」

「あたいの胸を大きくした張本人がよく言うねぇ〜♡」

「それは……」

「んふふ♡ 真っ赤になるお前さんも愛くるしいねぇ♡」

 

 そう言った小町はまた青年の唇をついばんだ。

 

「こ、こみゃひ……」

「あと一回♡ んっ♡ ちゅっ♡ ぁむ♡」

 

 その後も何度も青年の唇をお代わりした小町だった。

 

 勿論、仕事が遅れた青年は仕事後に映姫からお叱りを受け、そのお叱りには小町も揃って受けるのだったーー。




小野塚小町編終わりです!

サボリストのこまっちゃんも愛の前に真面目になる!
みたいな感じにしました♪

ではお粗末様でした〜☆


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映姫の恋華想

恋人は映姫。


 

 人里ーー

 

 穏やかなお昼を迎えた幻想郷。

 しかし人里ではちょっとした異変が起こっていた。

 

「おい、あれって映姫だよな、霊夢?」

「そうね……まごうこと無き映姫だわ」

「小町さんが言ってたのって本当だったんですね……」

「ただの戯言だと思ってたけど、現場を見ちゃうと……ね」

 

 人里に居合わせた魔理沙、霊夢、早苗、アリスの四人は驚愕していた。

 何故なら、

 

「ほら、早く♡ 時間は限られているのよ♡」

「そ、そんなに引っ張らないでください、四季様!」

 

 あの映姫が男の鬼と仲睦まじく人里を歩いているからだ。

 映姫は鬼である男の左腕をグイグイと引っ張り、無邪気な笑顔を浮かべている。

 

 霊夢達が小町から聞いた話。それは映姫に前々から恋人が居るという話だった。

 小町の話によれば、この鬼は映姫が閻魔になった頃から側に仕える獄卒の一人で映姫の右腕的存在であり、映姫にとって小町と同じくらい心を許せている者なのだ。

 映姫の性格上、色恋沙汰は無縁だったがそれでは寂し過ぎると考えた小町がけしかけ、映姫はこの鬼と付き合うことになった。

 それから映姫はプライベートの時間の使い方がガラリと変わり、鬼とのデート時はあの小五月蠅い説教も無くなって、今のようにラブラブオーラ全開で人里を見て回っている。

 

「あの真面目が服を着て歩いてるような映姫がな〜……」

「映姫さんだって一人の女っていうことでしょ」

 

 心底感心する魔理沙にアリスは苦笑いを浮かべて返した。

 

「真面目一辺倒じゃなくなったのはいいことだと思うけどね、私は」

「私もそう思います♪ 閻魔様とはいえ、やはり逆恨みされることもありますし、心の支えがあった方がいいですよね♪」

 

 霊夢の言葉に早苗も目を輝かせて賛同する。

 でも、

 

「ねぇねぇ、お昼御飯を食べたら旧都に行きましょ♡ 前に温泉に行きたいって言っていたものね、あなた♡」

「え、しかし……」

「私はあなたとなら何処でも楽しいです♡ さぁ、早く行きましょ♡」

 

 甘ったるい空気をそこら中にばら撒く映姫を見て、霊夢達は思わず口の中をジャリジャリとさせるのだった。

 そんな霊夢達に構うことなく、映姫は鬼を引っ張りながら適当なお食事処へと向かうのだった。

 

 ーー。

 

「貴女のお店を運良く見つけられて良かったわ♪」

「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます♪」

 

 映姫達は人里の外れで、ひっそりと屋台を出していたミスティアの店で昼食にしていた。

 

「時に、本日小町はここへ訪れましたか?」

「い、いえ今日はまだ……」

「そうですか……もし訪れた時には帰るよう言ってください。私か彼へ報告すると脅しても構いませんので」

 

 上司モードの映姫の気迫にミスティアは「は、はい……」と返して、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 それからミスティアはお昼だけの限定メニュー『ヤツメウナギのひつまぶし』を二人に出すと、二人は礼儀正しく手を合わせ「頂きます」と言ってから食べ始めた。

 

「相変わらず良い味です……貴女が首を縦に振ってくれさえすれば、中有の道へ店を構えることを二つ返事で許可するのですが」

「あはは、私は目的があって屋台をしてますから……お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 ミスティアが迷いのない笑顔で返事をすると、映姫は「残念♪」と微笑んでひつまぶしをまた口に含んだ。

 

「女将さん、お代わり」

 

 早くも一杯目の大盛りを食べ終えた鬼がミスティアにお重を手渡すと、ミスティアは「また大盛りでいいですか?」と訊ねた。

 すると鬼はミスティアの言葉に笑顔で頷き返し、ミスティアはそれを見て「少々お待ちくださいね〜♪」と返してお代わりの準備を始めた。

 

「あなたは本当に彼女の料理が好きよね……」

「え、あ、はい。妖怪の山で女将さんが屋台を出している時なんかは、仲間と良く飲みに行くので」

「そう言えば前に言っていましたね。美味しい酒と料理が出て来る美人女将の店を見つけた、と」

 

 映姫が鬼に対して少しばかり棘のある言い方をすると、彼は「いやぁははは……」と苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「お兄さんはいつも私の料理を美味しそうに食べてくれますし、酔って絡んでくるような苦手なお客さんからも守ってくれるので、私は大好きですよ♪(お得意様として)」

「女将さん!?」

「へぇ〜……ほほぅ〜……詳しく訊かねばいけませんね〜♪」

「四季様!!!?」

 

 無邪気なミスティアのリークに映姫はニッコニコな笑顔を見せ、彼の言い分を聞くことなく、ミスティアから根掘り葉掘りと彼の話を聞いた。

 

 そしてーー。

 

「とても有意義な昼食でした♪ ご馳走様でした♪」

「いえいえ♪ お粗末様でした〜♪」

「………………ご馳走様でした……」

 

 映姫とミスティアは互いに満足気な表情をしているが、鬼の方はとても青ざめていた。

 何故ならミスティアがノリノリで彼の武勇伝(酔った時の話など)を次々とリークしたので、それを聞いた映姫は目のハイライトを留守にさせていたからだ。

 

「ではお代は私が払いますね♪」

「し、四季様、こ、ここは自分gーー」

「何か問題でも?」

「い、いえ……」

「ならばあなたは黙って奢られなさい♪」

「ご、ご馳走様です……」

 

 鬼が弱々しくそう言うと、映姫は「はい♪」とハイライト不在のままの笑顔を見せた。

 そして映姫は彼に荷物を持たせ「少し待っていなさい」と言って、ミスティアのすぐ側へ向かった。

 

「(ミスティアさん……)」

 

 お会計をする際、映姫はミスティアに小声で話しかけた。

 そんな映姫にミスティアが小首を傾げると、

 

「(タレのレシピまでは聞きませんので、よろしければ今度貴女のお料理のレシピをいくつか教えてください)」

 

 と映姫ははにかんでミスティアに耳打ちした。

 ミスティアは一瞬驚いた表情を見せたが、映姫の健気さに笑みを見せ「(いつでもどうぞ♪)」と耳打ちを返した。

 映姫はそれを聞いて「ありがとう♪」と返し、少し色を付けてお会計を済ませた。

 それから映姫はまた鬼の腕を引っ張りながら、次の目的地、旧都にある温泉を目指して歩き出した。

 

(ふふ、仲良しで見てるこっちまでぽかぽかするな〜♪)

 

 そんな二人を見送るミスティアはほっこりとしながら、二人が使った食器を片付けるのだった。

 

 

 妖怪の山ーー

 

 旧都へ行くには妖怪の山にの中にある間欠泉を通る必要がある。

 映姫は鬼の左腕に抱きつきながら歩くが、彼はまだ映姫が怒っていると思っているため、凄く不思議な空気が流れていた。

 そんな空気の中で鬼はオドオドしているが、その一方で映姫は彼の困った表情等を見て内心ではとても楽しんでいた。

 

「あ、あの〜……四季様?」

 

 この空気に耐え切れなくなった鬼が映姫の顔色を伺いながら声をかけると、映姫は「何かしら?」と小首を傾げた。

 

「今度から酒は程々にしますから……その、怒らないでください」

「私はそもそも怒ってませんよ?」

「え……しかし、あの時の目は……」

「怒っていた、と?」

 

 映姫の問いに鬼が恐る恐る頷くと、映姫は小さく息を吐いて立ち止まった。

 

「四季様?」

 

 突然立ち止まってしまった映姫に鬼が声をかけると、映姫はムギュッと彼の胸に顔を埋めた。

 

「し、四季様!?」

「…………ない」

「?」

「今の私は皆の閻魔様じゃない」

「…………映姫」

 

 鬼が照れながらも映姫を呼び捨てにすると、映姫は嬉しそうに「うん♡」と言って彼の背中に回した両手に力を込めた。

 

「あなたは初めから白よ……黒なのは私……」

「え?」

「私は怒っているつもりはなかった。でもあなたがそう感じたのであれば、あなたが私を怒っていたと誤解させた心当たりがあるの……」

「そう、なのですか?」

「えぇ……私はきっとミスティアさんに嫉妬していたの」

 

 映姫の告白に鬼は「何故?」と疑問を投げ掛けた。

 すると映姫は真っ直ぐに彼の目を見て、

 

「あの子が私の知らないあなたを沢山見ていたから……」

 

 と、頬を赤く染めて答えた。

 

「映姫……」

 

 藍色掛かった澄んだ瞳で言われた鬼はドクンと胸が高鳴った。

 

「あなたが同僚や部下と楽し気に過ごしているのを知れたのは嬉しい。でもその反面、それを知っている彼女がどこか羨ましかった……あなたの全てを私は知っているつもりでいた。だから知らず知らずの内に嫉妬をしていたのよ……」

 

 その言葉を聞いた鬼は映姫の全てを包み込むように、映姫を優しく抱きしめた。

 

「どうしたの、いきなりこんな優しく抱きしめてくれたりして♡」

「愛おしくてつい……」

 

 鬼が素直に思ったことを口にすると、映姫は「そう♡」と嬉しそうに返した。

 

「映姫にしか見せてない顔が自分には沢山あります……ですから、その……どうかご安心ください。自分は死ぬまで映姫を愛しますから」

「それはプロポーズですか?♡」

「…………そう思ってもらって構いません」

「ふふ、間があったので黒です♡」

「す、すみません」

 

 すると映姫は彼のことを見上げ、ソッと彼の唇に自身の唇を重ねた。

 

「ちゅっ……ふふ♡ これが私からの答えです♡」

「映姫……」

「私とあなたの未来は白と断言します♡ 幸せにしてくださいね♡」

「はい!」

 

 その後、二人は旧都で婚前旅行と称して一泊し、家族風呂で身も心も深く繋がるのだったーー。




四季映姫・ヤマザナドゥ編終わりです!

えいきっきはちょっと大人っぽい話にしました!
こんな風にデレるえいきっきは白ですよね?
やってることは黒かもしれませんがご了承を!

そしてこれにて花映塚は終わりです♪

ではお粗末様でした!


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儚月抄
豊姫の恋華想


恋人は豊姫。

※東方儚月抄に出て来る綿月姉妹は既婚者設定がありますが、ここではあくまで恋人同士として書きます。
そして月の都と幻想郷の歴史や月の都の文化についても複雑なので、ここでは一切触れず、いつもと変わりなくほのぼのと書かせて頂きます。
ご了承をお願い致します。


 

 月の都ーー

 

 地上から遠く離れた場所、月。

 しかしこの月でも地上と同様、何ら変わりなく穏やかに時が過ぎていた。

 

「ふぁ〜……しっかし、こうも平和だと門番するのも退屈だな〜」

「何言ってるんだ。これも都を守る大切な役目だ。そんな不謹慎なことを言うもんじゃないぞ」

 

 都の門を預かる二人の門番はそんな話をしながら門を守っていた。

 

 すると背後から「やっほ〜♪」と明るい声をかけられた。

 二人が背後に目を向けると、そこには自分達の主である綿月豊姫がにこやかに手を振っていた。

 

「と、豊姫様!? いかがされました!?」

 

 二人の内、真面目な門番が急いで豊姫の元で片膝を突いて訊ねると、豊姫は「そんなに畏まらなくていいわよ〜♪」と軽く言いながらその門番を気遣った。

 しかし、真面目な門番は「お心遣いありがとうございます」と返すだけで姿勢は崩さなかった。

 そんな彼を見て豊姫は苦笑いを浮かべると、もう一人の少し軽い感じの門番が豊姫に向かって口を開いた。

 

「もしかしてダンナのことですかい?」

「えぇ、そうなの〜♡ 私暇だからダーリンに会いたくって〜♡ ダーリンここに来なかった?」

 

 門番の質問に豊姫はデレデレとだらしない顔をして二人に訊ねた。

 

 豊姫と門番があげた人物は豊姫の恋人で、月の都の防衛部隊の参謀総長をしている月人の青年である。

 参謀総長と言っても彼が本部に居ることは少ない。何故なら彼自身が生涯現場主義を掲げ、日中は常にあちこちの防衛カ所を見て回っているのだ。

 月人の中でも高い位を持つ青年ではあるものの、彼はそれにお高く止まることはせず、常に月の民には優しく接し、防衛に携わる月人達や玉兎達に対しては気さくに、そして常に職務に励んでくれていることに対する尊敬を持って接しているため、多くの者達から慕われている存在だ。

 そんな青年が同じく皆から慕われている(良く挙動に振り回されるが)豊姫と恋仲になったのは月の都では大ニュースであり、今では皆が二人の仲を温かく見守っている状況なのだ。

 

「参謀総長殿ならば先程訪れまして、我々に声をかけてくださった後は依姫様達が居る訓練所へ向かうと仰られていました」

 

 真面目な方の門番が豊姫にそう言うと、豊姫は「分かったわ、ありがと♪」と返し、二人に差し入れの桃を渡してスキップしながら訓練所へ向かった。

 

「相変わらず豊姫様はダンナに首ったけって感じだな〜♪」

「参謀総長殿も豊姫様を凄く大事にしていらっしゃる。もしご結婚となれば都をあげてお祝いすることになるだろうな」

「早く結婚式が出来るといいよな〜♪ その時はより美味い酒が飲めそうだし♪」

 

 軽薄そうな門番はそう言って豊姫から貰った桃にかぶり付くと、真面目な方の門番は「お前はブレないな」と言って桃にかぶり付くのだった。

 

 

 その頃、訓練所では、

 

「ほら、そこ! 隊列を乱すな! そのせいで仲間が死ぬんだぞ!」

『サーイエッサー!』

 

 依姫の指導の元、玉兎達が訓練に励んでいた。

 

「皆さん、大分連携が取れてきましたね」

 

 その依姫の横で参謀総長は玉兎達の動きを見て笑顔を浮かべていた。

 

「まだまだよ。今日はあなたが見に来ているから頑張ってるだけ。私だけだったらこんなにもハキハキしてないもの」

「手厳しいですね、依姫様は」

 

 青年は依姫にそう言って苦笑いを浮かべると、依姫は「これが普通よ」と真面目に返した。

 

「時に、そろそろ休憩を入れてはいかがでしょう?」

「何故? まだ三時間しか訓練をしていないというのに」

「何事も時には休むことも必要です。でないと訓練時に必要な集中力が保てません」

「それは軟派な考えね。鍛え方が足りない証拠よ」

「全員が全員依姫様ではないのです。押し付けてはそれが原因で士気が下がります。そしてそれが月に益をもたらすことはありません。どうかお聞き入れください」

 

 青年は恭しく頭を下げて進言すると、依姫は渋々といった感じに「分かったわ」と返し、訓練をしている玉兎達に「十分間の休憩を与える!」と号令を出した。

 それを聞いた玉兎達は安堵のようなため息を吐いてその場にへたり込んだ。

 

「情けない……あれぐらいの訓練で。これでは都を守ることなど……」

 

 玉兎達の様子を見て依姫は思わずそう嘆く。

 

「依姫様、そう思っていても口には出さぬ方が良いかと。皆の士気に障ります。依姫様がもし師と仰ぐ方からかのようなことを言われたら、どう思われますか?」

「そう言われないよう、更なる努力をするのみ」

「…………それは依姫様だから言えるのでしょう。ですが先程も申しました通り、全員が全員依姫様ではないのです。アメとムチの使い方を間違わぬよう、お願い致します」

「…………心に留めておこう」

 

 依姫はまた渋々といった感じに言葉を返すと、青年は「それでこそ依姫様です」と言って笑みを浮かべた。

 プライドの高い依姫がどうしてここまで青年の言葉に頷くのかというと、彼が常に月の都や民達を考え、真の意味で益を考えていることを良く理解しているからだ。

 すると、

 

「難しいお話は終わりかしら〜?」

 

 と豊姫が二人に声をかけてきた。

 そんな豊姫に二人は苦笑いを浮かべて挨拶をすると、豊姫はにこやかに返して、わざわざ依姫と青年の間に割って入って彼の腕に抱きついた。

 

「いくら依姫でもダーリンは渡さないからね〜♪」

「私達はそんな話をしていた訳ではありません……」

「知ってるわよ〜……でもダーリンの隣は私だけの場所なの〜」

 

 豊姫はそう言って青年の腕に力を入れると、依姫は「はぁ……」と苦笑いを浮かべて返した。

 

「豊姫様、皆の前なのですから……その……」

「みんな私達の仲は知ってるんだもん、いいでしょ〜♡」

「しかし……」

 

 青年は頬を赤くして豊姫に離れてくれるよう頼むが、対する豊姫は「聞こえな〜い♡」と言って彼の腕に頬擦りしていた。

 そんな豊姫と青年の様子を玉兎達は目をシイタケにして眺めている。

 

「お姉様、ここは訓練所です……睦み合うのでしたら他でやってください」

 

 依姫がそう言うと、豊姫は「は〜い♪」と元気に返事をし、青年のことを引きずるように訓練所を去った。

 

「し、失礼しますね、依姫様」

「んもぉ、今は依姫じゃなくて私を見るの!♡」

「は、はい……」

 

「…………お姉様も相変わらずね……」

(あやつも大変だな……いや、寧ろそれが嬉しいから恋仲なのか?)

 

 二人の背中を見送る依姫はそう思いつつ、また玉兎達の訓練を再開するのだった。

 

 

 そしてーー

 

「ねぇねぇ、何処か景色のいいところでお休みして、桃でも食べない?♡」

 

 豊姫は青年の腕に抱きついたまま道を歩き、彼にそう提案した。

 一方、青年は顔を赤くしたまま周りの目を気にしていて桃どころではない。

 現にすれ違う者達はみんなして、微笑まし気な視線や好奇な視線を二人に向けている。

 

「まだ見回るところがあるのですが……」

「むぅ……私と仕事どっちが大事なの!?」

 

 豊姫が少し声を荒げて青年に詰め寄ると、それまで狼狽していたはずの青年はハッキリと「仕事です」と答えた。

そんな青年に豊姫は明らかにショックといった表情を浮かべるが、彼は更に言葉を続ける。

 

「自分の仕事はこの都や民を守ることです。それはすなわち豊姫様を守ることでもあります……私は愛する豊姫様が傷付くところを見たくありません。ですから仕事を大切にすることで、その根底にある豊姫様を日々守りたいと願っています」

 

 真剣な眼差しで豊姫を捉えて青年が言うと、豊姫はボンッと顔を真っ赤にさせ、次第に頬を緩めて恍惚な表情を浮かべた。

 

「え、えへへ〜♡ それじゃあ仕方ないわね〜♡」

 

 豊姫は自身の胸がキュンキュンとときめくのを感じながらニヤけた顔をして青年に言うと、彼は「はい」と少しはにかんで返した。

 

「でも、休憩も大切よね〜?♡」

「へ?」

「私のために頑張ってくれるのは素敵だけど〜、私を放っておくのはいけないことよね〜♡」

「決して放っている訳では……」

「なら一緒に桃食べましょ♡」

「…………」

 

 豊姫の可愛らしく「ね?♡ ね?♡」と青年におねだりすると、彼はとうとう根負けして「では、一つだけ」と折れるのだった。

 そして二人は地球が一望出来る場所で、仲睦まじく桃を食べさせ合うのだったーー。




綿月豊姫編終わりです!

風神録より書籍の儚月抄の方が先に登場したのでこちらのキャラを先に書きました!
色々と独自設定が多く、今回は甘さ控え目ですがどうかご了承を。

ではでは、お粗末様でした〜☆


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依姫の恋華想

恋人は依姫。


 

 月の都ーー

 

「ら〜らららら〜♪ らら〜♪」

 

 穏やかな昼を迎えた月の都。

 そんな中、豊姫は居間の窓から見える宇宙(そら)を眺め、歌を口ずさみながら妹の依姫とレイセンを待っていた。

 豊姫自身はともかく、依姫は日々忙しく自身の鍛練や玉兎達の訓練をしていて、レイセンも玉兎兵として依姫の訓練を受けている。

 そのため食事の際はちゃんと家族揃って食べようと決め、こうして二人を待っているのだ。

 普段料理をするのはペットであるレイセンだが、こういう時のお昼御飯はいつも豊姫のお手製である。

 

 すると依姫とレイセンが「お待たせしました」と姿を現した。

 豊姫は二人に対して「お疲れ様♪」と労いの言葉をかけると、二人は豊姫に笑みを返した。

 それから三人は食卓を囲み、礼儀正しく手を合わせてから昼食をとるのだった。

 

「ーーでね、そこの桃がまた美味しくって〜♪」

「美味しそうですね〜!」

「……お姉様は本当に桃がお好きですね」

 

 豊姫の桃トークをレイセンは素直に聞いているが、一方の依姫は苦笑いを浮かべて、相変わらずだなぁといった感じに言葉を返している。

 

「依姫、何かあったの?」

 

 次の瞬間、豊姫が突然依姫にそう訊いてきた。

 依姫は思わず「え?」と返すと、豊姫は更に言葉を続けた。

 

「だって貴女、さっきからお箸に何も摘んでないのに、お口へお箸だけを運んでるんだもの。気になるじゃない?」

 

 豊姫の指摘に依姫は「うっ」と恥ずかしそうに目を逸らした。

 そんな依姫を見て豊姫が「悩み事なら聞くわよ?」と言葉をかけ、レイセンも「わ、私もお力になります!」と力強く依姫を見た。

 すると依姫は少しの沈黙の後「実は……」と口を開いた。

 

「ここへ戻る前の訓練所でのことです。私は午前中の訓練を終え、レイセンを待っていた時に他の玉兎兵達の話し声が聞こえてきまして、その内容がーー」

 

 ………………

 …………

 ……

 

『ねぇねぇ、最近の依姫様って余計に厳しくなってない?』

『あ〜分かる〜。前の準備体操はフルマラソンだったけど、今はフルマラソン時にフル装備で走らされるよね〜』

『いざって時に必要なのは分かるけど、やっぱキツイよね〜。ただでさえ更に厳しい訓練が待ってるのに……』

『依姫様の訓練より防衛隊長様の方が理に適った訓練してくれるよね〜。何より優しいしさ〜』

『というか、あのお二人がお付き合いしてるなんて未だに信じられないよ、私〜』

『私も〜。あんな厳しい人が恋人だったら窮屈だよね〜』

『防衛隊長様も物好きよね〜』

『何か弱味でも握られてたりしてね〜♪』

『あはは、有り得る〜♪』

『もしそうだったら、防衛隊長様がすっごく可哀想〜』

 

 ………………

 …………

 ……

 

「ーーという会話を耳にしてしまいまして……」

「あ〜、なるほどね〜」

「私、注意してきます!」

 

 レイセンがそう言って立ち上がると、依姫は「その気持ちだけで嬉しいわ」と言ってレイセンの頭を優しく撫でた。

 その一方、豊姫は依姫の話に苦笑いを浮かべていた。

 

 すると依姫はその時のことを思い出したのか、右手にグッと力を込めた。そのせいで罪のない割り箸がペキョッと心地良い音を立てて見事に折れる。

 それを見たレイセンが「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 

「みんな噂話が好きだから仕方ないわよ〜」

「…………私だって噂話くらいでとやかく言うつもりはありません。でも!」

 

 そう言って依姫は勢い良く立ち上がった。

 

「私があの人の弱味につけ込んでいるなどと言われるのは心外です! そもそも、あの人が私を選んでくれたと言うのに!」

 

 依姫はそう叫ぶと先程折った割り箸を更に手の中で粉々に粉砕した。

 それを見た豊姫は「まあまあ」となだめ、レイセンは冷や汗をドッと掻いた。

 

 依姫には数年前からお付き合いしている恋人の男性がいて、彼はプライベートだけでなく公人としても依姫の相方的存在であり、月の防衛隊長を任せられている。

 何年も前から共に任務をこなし、依姫の中で一番親しい男だった。そんな彼から数年前に告白をされた依姫は快く頷き、晴れて恋仲となり今に至る。

 

「私だって自分が堅物で無骨者なのは重々承知しています! でもそんな私が好きなのだと、あの人は言ってくれたんです! なのに……なのに!」

「おちけつおちけつ。ね?」

「お、おちおち、落ち着いてくだしゃい……」

 

 なだめる豊姫とレイセン。対する依姫は「ふ〜ふ〜!」と興奮した猫のように肩を震わせていた。

 

「依姫の気持ちも分からなくはないけど、事実とは異なるんだしいいじゃないの。貴女は彼と今まで通りラブラブしてればいいのよ」

「ら、ラブラブチュッチュなんてしてましぇん!」

(チュッチュまでとは言ってないんだけどな〜……自白しちゃってるわね〜)

(ラブラブチュッチュ……はわわ〜!)

 

 そんな依姫の自爆を豊姫はにこやかに眺め、一方のレイセンは顔を赤くしていると、静かに居間のドアがノックされた。

 

 豊姫はそのノックに「どうぞ〜」と声をかけると、依姫のお相手である男が「お食事中に失礼致します」と言って居間へと入ってきた。

 

 すると、

 

「あなた〜♡ ここまで来るなんて、どうかしましたか?♡」

 

 と先程まで興奮状態だった依姫が一変し、男の元へ素早く駆け寄り弾んだ声で話かけた。

 

(切り替え早っ)

(依姫様、嬉しそう……)

 

 デレデレモードに切り替わった依姫に、豊姫達は二者二様の驚きをしている。

 

「いえ、贔屓にしている店の店主から桃を多く譲ってもらいまして、そのお裾分けに参りました」

「うわぁ、嬉しいです♡ ありがと♡」

 

 桃と言えば豊姫なのだが、いち早く反応した依姫は周りにハートをばら撒くようなオーラで男から桃の入ったカゴを受け取った。

 

「ちょっとお兄さん。少しいいかしら?」

 

 豊姫がそう声をかけると男は「はい、何でしょうか」と言って豊姫の元へ行ってその場で片膝を突いた。

 

「公的な場ではないのだから、そこまでしなくていいわ。直りなさい」

「はっ」

「で、依姫のことで少しお話があるのだけれど」

「はい」

「ちょ、お姉様!?」

 

 慌てて止めに入ろうとする依姫だったが、豊姫に「静かに」と御された依姫は黙るしかなかった。

 それから豊姫は先程依姫から聞いた話を男にし、それを話した上で「貴方はこの話をどう思う?」と訊ねた。

 

「言い方は悪いですが、周りからどのように言われても私は気にしません。私は依姫様が好きで共にありたいと願いましたから……流石に行き過ぎた噂話には注意をしますけどね」

 

 男のキッパリとした答えに、豊姫は満足そうに頷き、彼のすぐ隣に居る依姫に「だそうよ?」と言った。

 

「あなたぁ♡ あぁ、あははっ……そこまで言い切ってくれて嬉しいです♡」

 

 依姫は恍惚な表情と恍惚なポーズをし、目にまでハートマークを浮かべている。

 

「私は当然の意見を述べただけです。そのような噂話、私の依姫様への想いで掻き消します。こんなにも依姫様への愛が私にはあふれているのですから」

「はうぅ……わ、私もあなたのこと好きですよ?♡ いえ、大好きです♡」

 

 男が依姫の手を取って優しく言葉をかけると、依姫も嬉しそうに声を弾ませて返した。

 

「これはご馳走様と言う他ないわね〜♪」

「ラブラブです〜♪」

 

 豊姫とレイセンがそう二人に言うが、

 

「依姫様……」

「あなた……ふふっ♡」

 

 互いに手を取り合い、見つめ合いながら二人だけの世界に浸っていた。

 

「私達が居るのに、二人だけの世界を作らないでよ〜」

 

 そんな二人を見て豊姫が苦言をもらすと、レイセンは「幸せなのですから、良いではありませんか♪」と二人をフォローした。

 

「まぁそうなんだけどね〜」

 

 レイセンの言葉に豊姫は同意するも、何処か歯切れの悪い感じだった。そんな豊姫にレイセンが小首を傾げると、豊姫は「あちらを見なさい」と目配せした。

 

「依姫様……心からお慕いしております」

「あぁ、あなた……私もあなたが、好きです♡ 大好き♡ 本当に、好き……んっ♡」

 

 愛の言葉を囁き合った後で、二人は豊姫達の前であるのにも拘わらず口づけをし始めてしまった。

 そんな二人を見たレイセンは刺激が強過ぎて、顔を真っ赤にして硬直してしまった。

 

「……ほら二人共、ラブラブチュッチュするなら他でやってちょうだい」

 

 呆れた豊姫が二人の手を引くと、二人は今更ながらはにかむのだったーー。




綿月依姫編終わりです!

豊姫同様、依姫編も色々と独自の設定をぶっ込みましたが、どうかご了承ください。

此度もお粗末様でした!


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レイセンの恋華想

恋人はレイセン。


 

 月の都ーー

 

「それじゃあ今回もよろしく頼むわね、レイセン♪」

「気を付けて行ってくるのよ? それとくれぐれも八意様には失礼の無いように」

「はい! 分かりました!」

 

 綿月姉妹から永琳へ宛てた書状を受け取ったレイセンは、お腹から声を出して返した。

 第二次月面戦争終息後、レイセンは「月の使者」の一員となり、今では月の親善大使的な役割も担っている。

 ただ、気軽に地上へ行けない綿月姉妹が、恩師である永琳に私的な文を渡してほしいがためにレイセンを遣わしている方の意味合いが強い。

 

「あ、それと、地上へ降りたら地上の時間で二週間くらい過ごしてきなさい。新しい文化が生まれてるとか、前に比べてどれほど技術が進んだとか、色々見て報告してほしいの」

 

 豊姫がレイセンにそう付け加えると、レイセンはまた「はい!」と返事をした。

 すると今度は依姫が口を開く。

 

「……ただし、この前の小娘の恋日記みたいに甘ったるい報告書は書かないように」

「あぅ……気を付けます」

「私はそういう報告書でもいいわよ〜♪ 大切なペットの恋路を見守るのも、主の役目だしね♪」

「お姉様が良くても私が困るんです……そもそもお前達の(しとね)での話まで書かなくて良いのだ。あんな……あんな……っ!」

「は、はひ」

「まあまあ、レイセンもお年頃だし、あの地上人にメロメロだから仕方ないわよ〜♪ ま、何にしろ気を付けて。任務をちゃんと遂行すれば、私も依姫もとやかく言わないから♪」

 

 ワナワナと肩を震わせる依姫とは違い、豊姫が優しい言葉をかけると、レイセンは顔を赤くさせながらも「はい」としっかり返事をし、笑顔を浮かべてリュックを背負い、月の羽衣を持ってその場を後にした。

 

「早く会いたいって顔して行ったわね〜♪」

「そうですね……内容はどうあれあの子が幸せなら、私もそれは嬉しいです」

「八意様の教えを受けている人だから、多少は安心だしね♪」

「はい……ただしあの子を泣かせるようなら、いくら八意様の弟子と言えど処します」

「それは同感ね〜♪」

 

 綿月姉妹はレイセンを見送りつつ、そんな話をしながらレイセンの恋路を応援するのだった。

 

 レイセンには地上人の恋人がいる。

 この恋人は地上人、即ち幻想郷に住む人間であり、永琳の元で薬術を学んでいる若い青年である。

 

 青年の優しさや誠実さに惹かれたレイセンは一目惚れするも、地上人との恋愛は許されないことだと考え、その恋心をひた隠しにしていた。

 しかしその恋心を輝夜や永琳に見透かされ、永琳が仲介。するとレイセンと青年は両想いだったこともあり二人に残る問題は月と地上の関係性だった。

 永琳は綿月姉妹へ書状で二人の恋愛に対し理解してくれるよう伝えた。

 その書状を読んだ姉妹は、これを期に地上と月との友好関係を築こうと考え、何よりレイセンの幸せを考え、二人の交際を認めたのだ。

 永琳はその際に紫にも理解を求めたが、紫の方は「こちらに過度な干渉さえしなければ構わない」とのことだった。

 

 

 永遠亭ーー

 

 そんなこんなで数ある障壁を乗り越え、

 

「いらっしゃい、レイセン。待ってたよ」

「こんばんは、またお世話になります♡」

 

 二人は今を共に過ごすのだった。

 

 ーー。

 

 夜の地上へ降り立ったレイセンは青年に連れられ、輝夜と永琳の元へ通された。

 

「こちらが今回の書状です」

 

 レイセンは永琳へ三通の書状を手渡した。

 内二通は豊姫と依姫の永琳への私的な手紙で、最後の一通が今回レイセンを地上へ遣わした旨が記されていた。

 

「二週間の滞在ね、了解したわ……部屋はいつもの部屋でいいかしら?」

 

 永琳の言葉にレイセンは恭しく頭を下げて「はい」と返事をした。

 しかし永琳の隣に座って、これまでずっと黙っていた輝夜がふと口を開いた。

 

「そろそろ彼と同じ部屋でもいいんじゃないの〜? どうせどちらかはどちらかの部屋に行く訳だし〜♪」

「ひ、姫様!?」

 

 輝夜の言葉に青年が思わず反応するも、輝夜は「本当のことでしょ〜?」と言い、手にしている扇子で口元を隠して楽しそうに笑った。

 

「あの二人がレイセン(この子)を遣いに送ってくるのが、玉兎達の繁殖期に合わせて送ってくるのはそういうことなのかしら〜?」

「八意様っ!?」

「あら〜、なら尚更同じ部屋にしてあげた方がいいんじゃないの〜?♪」

「ん〜……二週間も交尾を続けられると流石に困りますわ」

「お二人共、いい加減にしてくださいよ!」

「わ、私、そんなにえっちな子じゃありません!」

 

 レイセン達が輝夜達の戯言にとうとう声をあげると、輝夜達は声をあげて笑い「ごめんなさい♪」と口だけで謝るのだった。

 

 それからレイセンはいつもの客室へ通され、永遠亭の食卓をみんなして囲んだ。

 その後、片付けの手伝いや、その他もろもろも済ませたレイセンは永遠亭の縁側へ立ち、月の本部に居る玉兎へ定期連絡を入れていた。

 

『ーー今回の連絡は以上。後日また定期連絡するわ』

『あいあい。んじゃ任務頑張ってね〜』

 

 本部へ連絡を済ませたレイセンは小さく息を吐くと、地上の空に浮かぶ故郷を眺めた。

 

(綺麗だな〜♪)

 

 地上から見る故郷の美しさに、レイセンは思わずため息をこぼした。

 それから永遠亭の庭にある橋が掛かった池の橋に立ち、夜風で笹の葉が揺れる音を聞きながら月見をした。

 

 すると、

 

立待月(たちまちづき)に橋の上で誰をお待ちしているのですか?」

 

 レイセンは背後から何者かに優しく声をかけられた。

 

「何ですか〜、その他人みたいな言い方なんかして〜?」

 

 誰の声かすぐに理解したレイセンは、振り向かずに言葉だけを返すと、声の主はレイセンのすぐ右隣に立った。

 

「あはは、少々気障過ぎた言い回しだったね♪」

 

 レイセンの恋人である青年が笑いながらそう言うと、レイセンは「ホントよ〜♡」とどこか嬉しそうに返した。

 

「そう言えば、たちまちづきって何ですか?」

 

 青年の先程の単語をレイセンが訊ねると、青年はレイセンの頭を優しく撫でてから「それはね」と説明を始めた。

 

「立待月っていうのは満月と十六夜月の次に出る月でね。人が月が出るのをいまかいまかと立って待つ内に月が出るって意味だよ」

「おぉ〜……地上では様々な呼び方があるんだね!」

 

 青年の説明を聞いたレイセンが目を輝かせると、青年は「そうだね」と言って優しく微笑みを返した。

 それから二人は何も言葉を交わさずとも、肩を寄せ合い、その立待月を眺めた。

 青年がレイセンの肩を優しく抱き寄せると、レイセンは彼の体に自身の体を預けるようにしながら身を寄せた。

 

 その一方ーー

 

「(甘いわね〜! 激甘オーラプンプンじゃないの!)」

「(姫、少しは黙れよ。気付かれちゃうだろ)」

「(そもそも何で覗くんですか!?)」

 

 そんなレイセン達を建物の陰に隠れ、輝夜、てゐ、鈴仙が野次馬根性で覗……静かに見守っていた。

 

「(あんなバカップルはそうそう見られないからな〜。しかも超が付く遠距離恋愛だから、どんな風になんのか見たいじゃん?)」

「(そうそう。それに何だかんだ言いながらイナバだって私達と見てるじゃない♪)」

「(…………お言葉ですが、私は輝夜様達が変な悪戯をしないようにお目付け役として来たんです)」

 

 もっともらしい言葉を言う鈴仙だったが、輝夜に「間があったから却下」と笑顔で否定されるのだった。

 

「(しっかし黙ったままで何もしねぇな〜)」

「(それでも当人達からすれば楽しいのよ♪)」

「(……ドキドキ……)」

 

 ーー

 

「レイセン……」

「はい、何でしょう?♡」

 

 青年に呼ばれたレイセンが上目遣いで返すと、彼は少し頬を赤らめながら、

 

「…………そろそろ冷えて来たし、部屋へ戻らないか?」

 

 と言った。

 するとレイセンもかぁ〜っと顔を赤くし、青年の袖をキュッと握った。

 

「…………いっぱいしてくれる?♡」

「っ!?」

 

 レイセンの控えめなおねだりとモジモジしながらの上目遣いビームを喰らった青年は一気に顔を赤く染めた。

 

「……今夜はずっと一緒に居よう」

「っ……うん♡ 私を離さないでね♡」

 

 こうして二人は仲睦まじく屋敷の中へと消えていった。

 

 一方ーー

 

「オロロロ〜!」

「これくらいで砂糖を吐くとか、イナバはまだまだね〜」

「これが鈴仙だってことさ」

 

 二人の様子を見ていた輝夜達の内、鈴仙だけが砂糖を吐いていた。

 しかし余裕そうな輝夜とてゐも実は口をジャリジャリとさせていたのは秘密である。

 

 それからの二週間、レイセンは月へ帰るまで日中は青年とデートしながら任務を遂行し、夜は青年と沢山ぴょんぴょんして過ごすのだった。

 そして綿月姉妹へ提出した報告書にはまたも全てバッチリと書いていたとかーー。




レイセン編終わりです!
そして儚月抄も終わりです!

今回もオリジナル要素をかなり入れましたがご了承を。
レイセンは月と地上という遠距離恋愛っぽくしました♪

ではお粗末様でした☆


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求聞史紀
阿求の恋華想


恋人は阿求。

※本編のほんの一部に同性愛的な表現が含まれます。ご了承お願い致します。


 

 人里ーー

 

 穏やかに晴れ渡った幻想郷。そんな昼下がりの空の下を阿求は楽し気に歩き、資料として借りた本を返却しに鈴奈庵へ向かっていた。

 

 鈴奈庵の暖簾をくぐると、いつも店番をしている友人の小鈴が「いらっしゃ〜い♪」と阿求に声をかけた。

そんな小鈴に阿求は「こんにちは♪」と笑顔で挨拶を返し、返却本を小鈴に渡した。

 小鈴はその返却された本を確認し、異常が無いことを伝えると阿求と共にその本を棚に戻す作業に移った。

 

「いつも手伝わせてごめんね〜」

「気にしないで。私が好きで手伝ってることだし、こうして手伝っている内にまた借りたい本が見つかる時もあるから」

「そっか……なら、ありがと♪」

 

 小鈴が笑顔で阿求にお礼を言うと、阿求はニッコリと笑みを返した。

 

「これ片し終わったら紅茶ご馳走するね。この前お母さんが来客用にいい茶葉買ってきたから♪」

「いいの?」

「阿求は私の友達だけど、お客様でもあるんだからいいに決まってるじゃない♪」

「ふふ、ならご馳走になろうかしら♪」

 

 そして二人で笑い合ってから、二人はまた棚へ戻す作業に戻った。その際に阿求はまた幾つか借りたい本を見つけ、またそれを借りる手続きも行うのだった。

 

 それから小鈴は店番をしながらも、レジの隣に設置してあるテーブルに移って、阿求と共にお茶を飲みながら雑談をしていた。

 

「そう言えば阿求、今日の髪飾りも可愛いわね♪」

「そう? ありがとう♪」

「それも彼氏からの贈り物?」

 

 小鈴が冷やかすように訊ねると、阿求はビオラの花を模した髪飾りを優しく撫でながら、恥じらう素振りも見せずに「えぇ♡」と頬をほんのりと赤く染めて答えた。

 

「かぁ〜……お熱いね〜、ホント」

「ラブラブだからね〜♡」

「はいはい、ご馳走様」

「お粗末様〜♡」

 

 小鈴が言うように、阿求にはお付き合いしている恋人がいるのだ。

 その恋人は妖怪『垢舐め』で、若い見た目の男であるが既に数百年の時を生きている。

 この垢舐めという妖怪は水場などの垢を舐め取るだけの人間に無害な妖怪で、人間と妖怪の隔たりが無くなった数年前から人里に暮らし、その時から『垢舐め清掃』と言う店を営んでいる。

 垢を舐めるだけでなく、埃なども舐め取り、仕上げはひとつひとつ丁寧に乾拭きまでするため、人里ではそこそこの人気を誇る。

 その噂を聞きつけた阿求が屋敷の書庫や倉庫の掃除を頼んだのが、二人の出会いである。

 

 稗田家には多くの使用人を雇っているが、書庫や倉庫の掃除となるとどうしても時間がかかり、更には完全に埃を取り除くのは不可能なのだ。そこで阿求が目をつけたのが垢舐めである。

 垢舐めの精密かつ正確な仕事に感銘を受けた阿求は、その後に垢舐めと定期的な契約を結び、その都度垢舐めと親しくなっていった。

 そして数ヶ月前、垢舐めが思い切って阿求に自分の阿求へ対する想いを告白すると、阿求はその告白に快く頷き、二人は晴れて恋仲となったのだ。

 

「でも、今回の髪飾りも素敵よね〜。この前のマーガレットの髪飾りも可愛かったし〜」

「ふふ、全部彼の手作りなのよ♡」

「ふぇ〜……尽くされてますね〜、奥さん」

「奥さんなんて〜、そんなことないわよ〜♡」

 

 小鈴の「奥さん」という単語に阿求は否定するも、その顔は締まりなく蕩けているため、全く説得力がない。

 

「私はみんなや小鈴よりこの世に長く居られない……それでも彼は私を、彼が死ぬまで一生愛してくれると言ってくれたの♡」

「もし阿求が男として転生しても?」

「えぇ、男でも阿求に変わりはないって♡」

「ひぇ〜……なんかそこまでいくと重いような気がする〜」

 

 小鈴が冗談半分で言うと、阿求は絶対零度の笑みを浮かべて「何か問題でも?」と返した。

 そんな阿求に小鈴は「な、何にも〜」と苦笑いを浮かべて返すのだった。

 

「あ、そう言えばさ、私気になって調べたことがあったの」

 

 話題を切り替えた小鈴に阿求が「何を調べたの?」と返すと、小鈴は店の本棚から一冊の本を持ってきた。

 

「これ、前に垢舐めさんが借りていった本なの」

「…………『花言葉全集』?」

 

 小鈴が持ってきた本の名前を読み上げた阿求は、小首を傾げた。

 

「垢舐めさんがうちから借りた本ってこれだけなのよ〜。だからどうして借りたのか気になってこれを読んだの。そしたら……」

「そしたら?」

「阿求がこれまで身に着けてきた花の髪飾りの花言葉がすっごくロマンチックだったの!」

「……ほう、続けなさい」

(何キャラなのよ、あんた)

 

 阿求の言葉に内心でツッコミを入れながら、小鈴は取り敢えず「先ずはそのビオラ」と言って、ビオラの項目を開いた。

 

「ビオラの花言葉……信頼、忠実、少女の恋、そして誠実な愛」

「ふむふむ……♡」

「んで、この前のマーガレットを模した髪飾りのマーガレットの花言葉……誠実な心、心に秘めた恋、真実の愛」

「んふふ……♡」

「その前のキキョウの髪飾り。キキョウの花言葉が……優しい愛情、誠実、清楚、気品、変わらぬ心、変わらぬ愛」

「ふへへへぇ〜♡」

 

 小鈴がこれまで垢舐めが阿求へ贈った髪飾りの花言葉を読み上げる度に、阿求はだらしなく頬を緩めて「あの人ったら〜♡」と言いながら垢舐めに想いを馳せていた。

 

「ーーとまあ、こんな感じで垢舐めさんが阿求へ贈ってる髪飾りの花には、それぞれ凄いロマンチックな意味があることに気が付いたのよ」

「そっかそっか〜♡ にひひひ〜♡」

「嬉しいのは分かったから、そろそろその変な笑い方止めてくれない? 流石に怖いんだけど」

「ごめんごめん……ふふふふ♡」

(ダメだこりゃ……)

 

 阿求の笑い声に小鈴はそう思うも、幸せそうな阿求に優しい眼差しを向けるのだった。

 すると、

 

「ちわ〜、垢舐め清掃で〜す」

 

 渦中の人物、垢舐めが鈴奈庵へやってきた。

 ここ鈴奈庵でも垢舐め清掃と定期契約をしているからだ。

 

「あなた〜♡ 会えて嬉しいわ〜♡」

 

 阿求は垢舐めを見るなり、彼の胸に飛び込んだ。

 垢舐めは驚きながらも阿求をしっかりと抱きとめると、阿求は「ん〜♡」と幸せそうな声をもらしながら彼の胸に顔をグリグリと埋めた。

 

「阿求さんが鈴奈庵に居られるとは思いませんでしたよ」

「私もあなたが鈴奈庵に来るとは思ってなかったわ♡ あなたのいい情報も得たし、あなたに会いたいと心から思ってたの♡ だから本当に嬉しい♡」

「一体どんな情報を?」

 

 垢舐めが阿求に訊ねると、阿求は「ヒミツ〜♡」と言ってはぐらかし、小鈴は「ご馳走様です」と二人に手を合わせた。

 そんなこんなで謎は残るものの、垢舐めは阿求を下ろした後で鈴奈庵のクリーニングに取り掛かった。

 

「…………阿求さん、もしかしてずっとそうしてるおつもりですか?」

「あら、お仕事のお邪魔かしら?♡」

 

 阿求は垢舐めの背中からお腹ら辺に手を回して、彼にギュ〜ッと抱きついて離れようとしなかった。

 垢舐めはそんな阿求の行動を愛らしいと思う反面、

 

「そ、そうではありませんけど、小鈴さんが……」

 

 小鈴に見られているという恥じらいを感じていた。

 

「あ、私は気にしないのでお構いなく〜♪」

「小鈴もああ言ってるし、いいでしょ?♡ ね?♡」

「…………分かりました」

 

 垢舐めは小鈴の心遣いと阿求のおねだりに負け、阿求に引っ付かれながら掃除を始めるのだった。

 

「…………あの、阿求さん?」

「なぁに?♡」

「そんなに見つめられてると、恥ずかしいのですが……」

 

 阿求は垢舐めの背中の脇から頭をぴょこっと出して、埃を舐め取る彼の仕事風景を見ているのだ。

 

「いいじゃない♡ 好きなんだもの、あなたがお仕事してる時の表情(かお)♡」

「はぁ……」

「私に向けてくれる優しい表情も好きだけど、真剣なあなたの表情も大好き♡」

「…………」

「その長い舌で、いつも私を愛してくれてる時の表情も大大大好き♡」

 

 すると垢舐めは阿求に少し顔を伏せて言葉を返す。

 

「……毎回すみません、埃や垢を舐めてる舌で阿求さんを……」

「あなたは気にし過ぎなの♡ それに私を気遣って毎回口の中を洗ってからしてくれるじゃない♡」

「で、でも、気にしますよ……」

「あなたがいつも贈ってくれる髪飾りのように、私もあなたへ変わらぬ愛や変わらぬ心といった気持ちを持ってるわ♡」

「え、何故それを!?」

「さぁ〜?♡」

「〜〜……」

 

 またも阿求にはぐらかされた垢舐めは、今度は顔を赤くして阿求から顔を背けた。

 

「私はあなたが好き♡ あなたの全てが♡ だから何も後ろめたさを感じる必要は無いのよ♡」

「……ありがとうございます」

「私こそ、ありがとう♡」

 

 それから垢舐めは阿求と愛の言葉を囁き合い、身を寄せ合いながら作業を終えると、阿求と共に身を寄せ合ったまま鈴奈庵を後にした。

 その光景を最後まで見てしまった小鈴が、二人が帰るまでの間に紅茶やお茶をがぶ飲みしたのは言うまでもないーー。




稗田阿求編終わりです!

儚月抄の後に出たのは求聞史紀なので、あっきゅん編を書きました!
あっきゅんは30年前後の寿命で、転生までの100年あまりは地獄の閻魔の下で働き、転生の際に閻魔が用意する性別になりますが、このお話は二次創作としてどうかご了承ください。

それとここでお知らせなのですが、このお話で今年の更新を終わりにしようと思います。
これから仕事等で色々と忙しいので……何卒、ご了承お願い致します。
次の更新は今のところ未定ですが、気長にお待ち頂けると幸いです。
次回は風神録のキャラから更新予定です!

では後書きが長くなりましたが、此度もお粗末様でした☆
そして早いですが、読者の皆様、良い年末年始をお過ごしください!


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風神録
静葉の恋華想


恋人は静葉。


 

 妖怪の山ーー

 

 秋が過ぎ、冬が訪れた幻想郷。

 山を流れる玄武の沢では、暇を持て余した秋姉妹が釣りをしながら時間を潰していた。

 

「あ〜、秋が終わって本当に最悪だわ〜♪ 秋以外の季節なんて滅んでしまえばいいのに〜♪」

「…………」

 

 毎度の文句を言う姉の静葉だが、今の静葉はめちゃくちゃにこやかでいつもの言葉に棘がない。

 そんな姉を妹である穣子は少々冷ややかな目で見ながらいた。

 

「ねぇ〜、穣子もそう思うでしょ〜?」

「ん〜、そっすね〜。姉さんは冬が来てもポカポカと温かそうで妬ましいけど〜」

 

 穣子が皮肉のつもりでそう言ったが、静葉の方は「そんなことないわよ〜♪」と全く皮肉と捉えていなかった。

 

 どうしていつも秋以外はネガティブな静葉がこんなにもうz……元気なのかというと、今の静葉には心を支えてくれる力強い存在がいるからなのだ。

 

 それは、

 

「静葉さ〜ん♪」

「あら〜、もう見つかっちゃった〜♡」

 

 この若い青年の存在である。

 この青年は若い外見をしているが、この妖怪の山に住む木魅(ことだま)……つまり木の精霊であり、この姿になるまでにざっと千年以上の時を経ている。

 静葉は紅葉の神であり、幻想郷中の紅葉を司っているため、こうした木魅との知り合いは多い。

 その中でも静葉が一番心の拠り所にしているこの木魅は、数ヶ月前から静葉の恋人としてお付き合いを始めた存在なのだ。

 静葉が今年の紅葉祈願で木魅の本体である老木に訪れた際、彼から『前から好きでした! 付き合ってください!』と告白された。

 元々静葉も木魅を好意的に思っていたこともあり、静葉は『私で良ければ♡』と告白を快諾。

 それからというもの、二人は互いに用事がない時は常に一緒にいるほどのバカップルとなり、静葉に至っては人里の若者達から縁結びの神として信仰され始めているほどなのだ。

 

 そして本日も互いに暇なのでこうしてイチャついているのである。

 

「静葉さん♪」

「なぁに?♡」

「呼んだだけです♪」

「もぉ〜、またなの〜?♡」

「嫌ですか?」

「嫌じゃないわよ〜♡」

「静葉さ〜ん」

「うふふ〜♡」

 

 それを隣で聞く他ない穣子は「名前を呼ぶだけでどうしてそこまで笑えるのか」と言いたいのをグッと堪え、釣り竿に無意識に力を入れていた。

 

 するとそこにフワッとした風が吹き込んできた。

 

「ども〜♪ 清く正しい射命丸文です♪」

 

 風が止むとそこには山の鴉天狗が現れた。

 

「あら、天狗じゃない。どうかしたの?」

 

 穣子が呆れた感じで文に訊ねると、文は「実はですね〜♪」と前置きしながら手帳を取り出した。

 

「今人里で縁結びの神として名高い静葉さんの特集記事を書こうと思いまして、こうして取材のご依頼に参った次第です♪」

「姉さんも私も秋の神なんだけど? というか、姉さんが縁結びの神様なら、その側にいる私にご縁がないのは縁結びの神様としてどうなのよ?」

「それはただ単に穣子さんにご縁が無いからでは?」

「姉さん、今日の夕飯は焼き鳥にしない?」

「お〜、怖い怖い♪ ここにも妬まシストが居られるとは驚きです♪」

 

 文の発言に穣子は思わず拳に力を込めたが、静葉が慌てて止めに入り、文の方には青年が「文さんも言い過ぎですよ」と口を挟んだ。

 文はすぐに「すみませ〜ん♪」と反省していないものの謝罪の言葉を口にすると、穣子は「ったく……」と不満そうな声をもらしつつも拳を引っ込めた。

 

「そ・れ・で〜、取材の方なんですけど〜、ご了承頂けませんか!? ゴシップ記事にはしませんから!」

「二人の取材は止めといた方がいいと思うよ〜、私は」

 

 穣子が文にそう忠告すると文は「何故です?」と首を傾げた。

 すると穣子は「ん」と言って静葉達を指差した。

 文は透かさず穣子が指差した二人を見ると、

 

「静葉さん、宜しければこれから寒椿が綺麗に咲いている場所に行きませんか? 前からご案内したいと思ってたんです♪」

「まぁ、嬉しいわ♡」

「愛しい貴女と前から冬の山で寒椿や蝋梅を眺めながら過ごしたいと思ってたんです……あ、でも花より静葉さんを見てしまうかもしれません」

「自分で誘っておいて私しか見ないなんて……馬鹿ね♡ うふふ♡」

 

 二人はもう自分達の世界に入って、手を取り合って互いの瞳を見つめ合いながらラブラブトークをしている。

 

「あやや〜……これはお熱いですね〜。春告精が来てしまいそうです。取り敢えず一枚♪」

 

 文が静葉達のラブラブシーンを激写すると、穣子は「悪用はしないでよね?」と釘を刺した。

 

「悪用はしませんよ♪ お二人は一緒にいると常にあんな感じなのですか?」

「そうね……付き合ってから毎日毎日ま〜い日、二人で寄り添ってるわ。家に帰る時なんて姉さんは泣きながら帰ってくるもん」

「お〜重い重い。それに対して彼氏さんはなんと?」

「私が聞いた台詞は歯が浮くような言葉だったわね。貴女が泣くと僕も悲しいとか、心はいつも貴女と共にありますとか」

「もう一緒に暮らしちゃえばいいのでは?」

「私も何度もそう言ってるわよ」

「妹さんからのお許しは得ているのに……何か一緒に暮らせない理由があるのでしょうか?」

「知らないわよ、そんなの。でも私に気を遣ってるとかではないと思う。前にそう言ったら『気なんて遣ってない』って即答されたから」

 

 穣子がなんだかんだ言いつつも文に情報提供すると、文はそれをしっかりと手帳に書き込んだ上で、もう一度静葉達に取材依頼をしようと二人に視線を戻したが、二人の姿はもう何処にも無かった。

 

「あれ?」

「二人ならもうどっかに行ったわよ〜。さっき話してた寒椿が咲いてる所にでも行ったんじゃない?」

「あややや!? 私も驚く早業ですね! 穣子さん、お二人が行かれた場所をご存知ですか?」

「私は山に関しては詳しくないからね〜。姉さんや木魅さんしか知らない場所かもしれないし、諦めたら?」

「そうはいきません! あんなバカップルはそういませんからね! 是が非でも特集記事を書かせて頂かないと!」

 

 そう言った文は瞬く間に姿を消し、二人の行方を追った。

 

「縁結び特集なんてやらないんじゃない」

 

 小さくなった文の背中に、穣子はそう言って自分はまた釣りに戻るのだった。

 

 ーー。

 

 その頃、静葉は木魅と共に大蝦蟇の池のほとりに訪れていた。

 そこには寒椿が満開に咲き誇り、寂しい冬景色を色鮮やかに彩っていた。

 

「寒くないですか?」

「うん♡ あなたとこうしてるから温かいわ♡」

 

 静葉はそう言うと、木魅の左腕をまた少しキュッと抱きしめた。

 

「寒かったら言ってくださいね?」

「うん、ありがと♡ ちゅっ♡」

 

 木魅の優しさに静葉はお礼を言って彼の左頬へ軽くキスをすると、彼はかぁ〜っと顔を赤くさせた。

 

「ふふ、もっと温かくなったわ♡」

「か、勘弁してくださいよ」

「千年以上も生きてるのに心は初心よね、あなたって♡」

「心から恋い焦がれたのが遅かっただけです」

「私もあなたが初めての恋人なんだけどね〜♡」

「……うぅ」

「ふふふ♡」

 

 二人は寒椿よりも互いの話しかしてなかった。もしここに幽香がいれば、きっと寒椿は「解せぬ」と言ってると告げられるだろう。

 

 ーー。

 

(お〜、これは流石に入ってはいけない空気ですね〜)

 

 静葉達を見つけた文は池の側にある木の枝に隠れ、二人の写真を撮りつつ、出るタイミングを伺っていた。勿論シャッター音は消してある。

 

(それにしても、花を愛でずに相手を愛でるとはこれ如何に……。先程から静葉さんは彼氏さんの頬や首筋にちゅっちゅしてばかりですね〜……ラブいラブい)

 

 ーー。

 

「ねぇ、私、ちょっと寒くなってきちゃった♡」

「ならば他の場所に移りましょうか。神であれ何かあってはいけませんし」

「うん……でも、手っ取り早く温かくなる方法あるのよね〜?♡」

「ほう、それは焚き火とかですか?」

「あっちの茂みに行きましょ♡」

「へ? 茂みですか? 日も当たってませんよ?」

「まだ分からないの?♡ ん〜?♡」

 

 そう言うと静葉は胸元のボタンを外して谷間をチラチラと木魅へ見せつけた。

 

「ちょ、静葉さん!?」

「あなたの愛で温めて♡」

「!!?」

 

 そして二人は茂みへと消えると、暫くしてから二人の艶めかしい声が聞こえてきた。

 

 ーー。

 

(さ、流石にこれは記事に出来ませんね……うわ、あんなことまで!)

 

(もしかして一緒に暮らさない理由って、これに溺れてしまうからということですかね……わわっ、凄い体勢です!)

 

 静葉達のおしくらまんじゅうの一部始終を見てしまった文は、そう思いながらソッとその場から退散した。

 後日の文々。新聞のトップ記事には『縁結び秋静葉! 恋人とのラブラブデート!』という見出しが踊り、おしくらまんじゅうの部分はちゃんとカットされていたーー。




こつこつ書いていたら出来上がったので更新しました!
そして秋静葉編終わりです!

なんか肉食系静葉にしてしまいましたがご了承を。
こんな静葉もいいですよね?

ではお粗末様でした!


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穣子の恋華想

恋人は穣子。


 

 妖怪の山ーー

 

 秋も過ぎ、冬が訪れて暫く経つ幻想郷。

 雪が降るのも近い今日この頃の昼下がりを、穣子は姉の静葉と共にふもとをのんびりと散歩していた。

 

「秋以外の季節なんて無くなればいいのに……」

「まあまあ、四季がある幻想郷は美しいんだから、そう言わないの」

「穣子は私よりも信仰を集めてるからそんなことが言えるのよ」

「紅葉を楽しみにしてる人達だって多いじゃない」

「農民より少ないもん!」

 

 静葉の悲痛の叫びに穣子は思わずたじろぎ、苦笑いを浮かべる他なかった。

 

「大体、穣子は最近、豊穣の他にも信仰を集めてるじゃない……」

「え、そうかな?」

 

 穣子がそう言って小首を傾げると、静葉は何度も首を縦に振った。

 

「そうよ……最近の穣子はーー」

「すみません!」

 

 静葉が説明をしようとすると、突然背後から声をかけられた。

 二人が後ろを振り返ると、そこには若い男女が立っていて深刻そうな顔をしていた。

 

「あの、そちらのお帽子を被った方、あなた様は秋穣子様ですよね!?」

「え、はい、私が秋穣子ですが?」

 

 すると男女はパァッと顔をほころばせ、透かさず穣子の元に跪いた。

 そんな二人に穣子はオロオロしていると、見てらんないとばかりに静葉が二人に「何の用なの?」と訊いた。

 静葉の言葉に男の方が「ははぁ!」と声を出すと、頭を下げたまま説明を始めた。

 

「実は私共は結婚して五年になる夫婦でして……」

「ふむふむ……」

「しかしまだ子宝に恵まれておりません……」

「ほうほう……」

「なので穣子様のお力を借りようと!」

 

 男がそこまで言うと静葉は「だとさ」と話題を穣子に振った。

 穣子は苦笑いを浮かべつつ、夫婦に対してゆっくり諭すように語った。

 

「五年の間で子宝に恵まれなかったのは、さぞお辛かったでしょう。でも知っての通り私は豊穣を司る神。あなた方の願いはお引き受け出来ません」

 

 穣子の言葉に夫婦は「そんな!」と声をあげるが、それを穣子は優しく手で制すと、

 

「私ではどうもすることは出来ませんが、その願いはこの妖怪の山にいる神へお伝えしましょう。土着神でありますが人身御供もありませんのでご安心を」

 

 と付け加えると夫婦は穣子にまた恭しく頭を下げ、持ってきた米や川魚を穣子へ捧げて帰っていった。

 それを見送ると、穣子は「それで何の話だっけ?」とまた静葉に訊くと、静葉は「それよ、それ」と穣子が貰った米や川魚を指差した。

 

「これ? でもこれ守矢神社に持ってく物だよ?」

「そうじゃないのよ! 穣子がそうやって人々の願い事を守矢神社に伝えに行くから穣子の株が上がってるのよ!」

「株って……だって私じゃ子どもなんて与えてあげられないもん」

「だからってそんな甲斐甲斐しく面倒見てやる必要もないでしょ!?」

「そうかな〜……人間あっての豊穣じゃない? 人間がいないと作物だって作れないんだし、私達神は人間あってこその神なのよ?」

 

 穣子の主張に静葉はぐうの音も出なかった。

 静葉が反論も出来ずにいるのを穣子は気にする素振りも見せず、帽子から小さな鈴を取り出すとそれを鳴らした。

 辺りに透き通るような鈴の音が響くと、山の中から一人の若い男が現れた。

 

「俺をお呼びかい、穣子さん?」

「うん♪ また守矢神社にこれを運んでほしいの♪」

 

 すると男は「あいよ」と言って米と川魚をヒョイッと持ち上げた。

 

「いつも頼っちゃってごめんね?」

「好いた女の頼みだ……これくらい気にするな」

「えへへ、ありがと♡」

 

 穣子が笑顔でお礼を言うと、男は小さく笑って「おう」とだけ返した。

 

 この男は穣子の恋人であり、正体は妖怪の山に住む『だいだらぼっち』という巨大な妖怪なのだ。

 幻想郷に来た際に自身の大きさを変えられる能力を得たため、今では基本的に人間とそう変わりない背丈をしている。

 しかしその力は群を抜いて強く、あの勇儀が一目置いているくらいだ。

 

 そして穣子とは共に人間の田畑の手伝いをしている時に意気投合し、今では皆が呆れるほどのバカップルである。

 そんな二人を見て、人里の多くは穣子に子宝のご利益もあるのではと考え、先程のように人々が信仰するのだ。

 しかし穣子が言うように自身は豊穣の神であって子宝の神ではないため、最初は戸惑ったがだいだらぼっちが『それなら守矢神社に頼むといい』と発したのを期に、穣子は人々の願い事を守矢神社に伝えることにしたのだ。

 自分の発言が発端なので、だいだらぼっちは供物を運ぶなどして穣子を手伝っている。

 

「それじゃあお姉ちゃん、私はだいだらぼっちと守矢神社に行くからね♡」

「失礼する」

「はいはい、行ってら〜」

 

 声を弾ませてその場を去る穣子と、礼儀正しく頭を下げるだいだらぼっちに静葉はそう返し、

 

「あんなに仲睦まじいなら子宝の神と思われても仕方ないわよね〜」

 

 とつぶやいて自分は散歩を再開するのだった。

 

 

 守矢神社ーー

 

「早苗ちゃ〜ん、神奈子さ〜ん、諏訪子さ〜ん」

 

 守矢神社へ着いた穣子達。

 境内に入ると穣子は透かさず三人を呼んだ。

 

「あら、穣子さん、だいだらぼっちさん、こんにちは♪」

 

 本殿の中から早苗が顔を出して二人に挨拶すると、早苗は急いで靴を履き、パタパタと二人の元へやってきた。

 

「またいつものですか?」

「そうなの。お願い出来ない?」

「これが供物だ」

「はい、分かりました! その願いは守矢が叶えます!」

 

 シャキーンと言うような決め顔をした早苗に、穣子は苦笑いを浮かべて「お願いします」と返すが、だいだらぼっちの方は顔色一つ変えずに「これは本殿の御膳に置くぞ」と言って本殿に向かった。

 

「だいだらぼっちさんはいつも優しいですね♪ 妖怪のみんながだいだらぼっちさんみたいに心優しい妖怪ならいいんですけど」

「まぁ、怖がられることで自分の存在意義を得る妖怪がいるくらいだし、こればっかりはね〜」

「それもそうですよね。でも前みたいに人の命を脅かすような事態にはならないので安心はしてますけどね♪」

「罪のない人間は襲わないようになったもんね。お陰で彼も心無い人々から変な言い掛かりをされなくなったわ」

 

 そう言う穣子は優しい顔をしていた。

 だいだらぼっちは元々害のない妖怪として知られていたが、妖怪は妖怪。それを快く思わない人間もいたのだ。

 

「いやぁ、今日もお熱いですね〜♪ だいだらぼっちさんへの好き好きオーラプンプンです♪」

「そ、そうかな? 私はいつも通りだけど……」

「ではいつも好き好きオーラプンプンなのですね!」

 

 キリッと言うような顔をして早苗が言うと、穣子は「やめてよ〜」と言いながら赤く染まった頬を両手で押さえた。

 

「俺の穣子さんを困らせるな」

 

 すると本殿から戻っただいだらぼっちがそう言いながら、穣子を早苗から守るように抱きしめた。

 

()()だって、きゃ〜♡)

 

 穣子はだいだらぼっちの言葉が嬉し過ぎて思わず頬を緩めた。

 

「いえいえ、困らせてませんよ〜♪ だいだらぼっちさんの()()()()なんですから♪」

「ならいい……そういや、中で神奈子様が呼んでいたぞ」

「あ、ホントですか? ならば行かなくては! ではお二人共、願いは聞き入れましたとお伝えください!」

 

 早苗はそう言い残すと「では!」と言って、その場を後にした。

 

「穣子さん、大丈夫か?」

「え、あ、うん……」

「顔が赤いが?」

「な、何でもないから……」

「そうか……穣子さんが何もないなら信じよう」

 

 だいだらぼっちはそう言って優しい笑みを穣子に送ると、穣子の胸はキュンキュンと跳ねた。

 

「ね、ねぇ……♡」

「どうした?」

「この後って暇?♡」

「暇だが?」

「じゃ、じゃあ、夕方までデートしない?♡」

 

 照れ笑いを浮かべて穣子が訊ねると、だいだらぼっちは快く頷いた。

 それを見た穣子は、

 

「やった♡ じゃあじゃあ、人里に何か美味しい物食べに行こ♡」

 

 と言ってだいだらぼっちの手を引いた。

 

「あぁ、いいとも。穣子さんと一緒にいられるなら何処でも楽しいから」

「もぉ〜、ばか♡」

「事実だからな」

 

 だいだらぼっちが平然と返すと、穣子は耐え切れずに彼の胸にギュッと顔を埋めた。

 そんな穣子の頭をだいだらぼっちは優しくポンポンと撫でると、穣子は顔を上げ、

 

「…………ちゅう、したい♡」

 

 とおねだりした。

 だいだらぼっちはそれにしっかりと頷いた後で、

 

「でもここでは不謹慎だ。だから……」

「きゃっ♡」

 

 穣子をお姫様抱っこした。

 

「神社の外に出たらしよう」

「うん♡ いっぱいしてね♡」

 

 こうして二人はラブラブオーラ全開で守矢神社を後にするのだったーー。




秋穣子編終わりです!

穣子は妹なので妹っぽく甘え上手な感じ?にしました!

ではお粗末様でした〜!

またこつこつ書いて出来上がったら更新します!


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雛の恋華想

恋人は雛。


 

 妖怪の山ーー

 

 冬も本格化してきた幻想郷。

 そんな昼下がりを厄神である雛は一人で、どこか楽し気に玄武の沢に沿って降りていた。

 

 するとそこへ、雛の友達であるにとりが沢から顔を出して雛に声をかけた。

 雛はその声に反応すると、笑みを見せてにとりのそばへ近寄った。

 

「こんにちは、にとり。今日も水浴び?」

「そんなとこ♪ 雛は散歩?」

 

 にとりが沢から上がりつつ、雛にそう訊ねると雛は「いいえ」と首を横に振った。

 それを見たにとりはニヤニヤと怪しい笑みを見せる。

 

「な、何なの?」

「いやぁ、散歩じゃないなら、またあの魔法使いの所にでも行くのかな〜って思ってさ〜」

「…………駄目なの?」

「ダメだなんて言ってないよ〜♪ 相変わらず仲睦まじいなぁと思っただけ♪」

 

 にとりがニシシと笑い声をもらして言うと、雛は顔を赤くしてにとりを睨んだ。

 

 今にとりが話題に出した魔法使い。それは玄武の沢に沿って降りてすぐの魔法の森に数年前から住み着いた男で、この男は今では雛の恋人なのである。

 雛は厄神であるため「見かけても見てない振りをする事」・「同じ道を歩かない事」・「自分から話題に出さない事」等など、多数のタブーがあるのにも拘わらず、その男はそんなタブーを一切気にすることなく雛と交友関係を築いた。因みににとりも彼と似たような感じで近付き、雛と友達になっている。

 初めのうちは雛も男に自分へ近づかぬよう警告したが、男はそれも無視。雛の厄に触れて、不幸が身に降り掛かっても男は雛に引くことなく近寄っていった。

 雛自身、元から人には友好的であったし、今回は向こうから近寄ってきてくれたのが嬉しくあったのもあり、厄が無い時を狙って男に会いに行ったりするようになっていった。

 そんな逢瀬を繰り返す内、二人は惹かれ合い、今では恋人という関係になったのだ。

 

「雛が幸せそうだから、私は友達として素直に嬉しいよ♪」

「……ありがと」

「なっはっは♪ 今日もあ〜んなことやこ〜んなことしてイチャイチャしてくるといいよ♪」

 

 にとりに茶化された雛は我慢の限界とばかりに「にとり〜!」と両手を上げ、顔を真っ赤にして抗議したが、にとりは散々っぱら雛を笑った後に沢の中へ消えていった。

 

 雛はそんなにとりの影を恨めしそうに見送りつつ、ふぅと一息吐いてから、また恋い焦がれる魔法使いの元へと歩を進めるのだった。

 

 

 魔法の森ーー

 

 雛が妖怪の山を降り、山と霧の湖の境に出ると、丁度湖へ流れ込む沢の岩場で魔法使いの男は釣りをしていた。

 それを見つけた雛は小さく笑い、抜き足指し足忍び足でそろりそろりと男の背後へ忍び寄っていった。

 

 それから雛は男が自分の間合いに入ったのを確認してから、

 

「だ〜れだ♡」

 

 と言って彼の視界を両手ではなく余ったリボンの端で塞いだ。

 

「…………雛だろ?」

 

 男は呆れた感じで答えると、雛はぷくっと両頬を膨らませた。

 

「むぅ〜……もっと誰かな〜みたいなのはないの〜?」

「そう言われてもな〜……俺が一つのことに集中してると他が見えなくなるの分かってるだろ? それより早くリボン取ってくれよ」

「構ってくれないから、や〜」

「や〜って……」

 

 雛の可愛らしい我儘に男は胸がキュンと跳ねるが、一方の雛は大真面目。終いにはキュッと視界を塞いでいるリボンをギュ〜ッとキツく締め始めた。

 

「オ、オ〜……ダレカナ〜、ウ〜ン……モシカシテヒナカナ〜?」

 

 男は頑張った。酷い棒読みだが雛のリクエストにちゃんと答えた。

 

「は〜い♡ 正解よ〜♡」

 

 対する雛は満足そうな声でそう返し、男の背中にキュッと抱きついて「これがしたかったの〜♡」と言いながら彼の肩から顔を出して、彼の左頬に頬擦りした。

 そんな雛の頭を彼は優しく撫でると、雛は「ん〜♡」と幸せそうな声をもらした。傍から見れば、それはまるで子犬が飼い主に甘えているような感じに見えることだろう。

 

 男はふぅと一息吐くと、椅子にしていた岩から立ち上がった。

 

「釣りは終わり?」

「あぁ、今晩と干物にする分は釣れたからな」

「私、邪魔しちゃった?」

 

 不安そうに雛が男に訊ねると、彼は小さく笑って「バ〜カ」と言った。

 そして、

 

「雛が来たんだ。これ以上釣りなんてしてらんねぇよ」

 

 と言ってニカッと歯を見せて雛に笑顔を向けた。

 そんな彼の笑みに雛はグングンとエクステンドを上昇させ、彼の胸に抱きつき嬉しさを爆発させるかのように、自身の顔を彼の胸にグリグリと埋めるのだった。

 

 それから二人は恋人繋ぎで手を繋ぎ、男の家へと向かった。

 

「そういや、今日は泊まっていくのか?」

「え、うん……そのつもりだったけど、都合悪かった?」

 

 男の問いに雛が答えて逆に訊き返すと、男は首を横に振って、

 

「いや、ただその言葉が聞きたかったんだ」

 

 とはにかんで返した。

 その反応が不意打ち過ぎて、雛のエクステンドはまたグググ〜ンと上がり、雛は「もぉ〜♡」と言って男の左肩に頭を預けるのだった。

 

 ーー

 

 男の家に着いた二人が中に入ると、彼は「適当な所に座っててくれ」と雛に言って釣り竿等を片付けてお茶の準備をした。

 雛はその間、男の家の中に溜まった微かな厄を彼に気付かれないように吸い取り、彼が戻るのを待った。

 

「緑茶でいいか?」

「えぇ、何でもいいわ♡」

「それが一番困るんだが……」

「ふふ、もっと困っていいのよ?♡」

「どうしてだよ……」

「それは困ってるあなたの顔が可愛らしいからなのと、困ってる間は私のことで頭がいっぱいになっているからよ♡」

「…………そうかよ」

 

 男が恥ずかしそうにしながら頭を掻いて返しすと、雛はまた嬉しそうに彼を見て頷くのだった。

 

「あぁ、そういや、また売れてたぞ、雛人形」

 

 男は思い出したかのようにそう言って、雛へお金が入った巾着を見せた。

 

「あら、いつも回収してくれてありがとう♡」

「俺はただ回収だけだ。気にすんな。勿論一銭も盗ったりしてないからな」

「分かってるわよ、あなたは本当に誠実な人ね♡」

「……うるさい」

 

 雛は流し雛で川に溜まった雛人形から厄を吸い取り、厄の除かれたその雛人形達をリサイクル品として人里に無人販売所を設けて売っている。

 男は、普段から人間のことを思って山から出てこない雛のことを思い、その雛人形を無人販売所へ足しに行くのと代金を回収するのを雛の代わりに行っているのだ。

 そのため、人里で男は魔法使いではなく雛人形職人として知られていて、たまに雛人形の予約まで貰ってくるほどだ。

 

「……後、二件予約もらった」

「うん、分かったわ……ふふ、本当に雛人形職人さんが板についてきたわね♪」

「ただの代行だって言ってるんだがな〜」

「私はあなたとお仕事してるみたいで嬉しいわ♡」

「……そうかよ」

「ふふふ、照れちゃった?♡」

「うるさい」

「静かに話してるじゃない♡」

「…………」

「可愛い♡」

 

 雛がそう言うと男はまた頭を掻いて茶をすすった。

 

「あちっ!?」

 

 すると急いでいたせいもあり、まだ熱かったお茶が猛威を奮った。

 

「あら、また厄のせいかしら?」

ふぉ、ふぉへほほひほふぁ(お、俺の落ち度だ)……」

 

 呂律の回っていない男を心配した雛は「べ〜ってして?」と言って彼に舌を見せるよう訊ねた。

 男は素直にべ〜っと雛へ舌を見せると、雛は「ちょっと赤くなってるわね〜」と言った。

 そして、

 

「はむっ♡」

 

 と可愛らしい声をあげて男の舌を優しくついばんだ。

 

 雛の行動に度肝を抜かれた男だったが、雛にガッチリと肩を固定されているので振りほどけなかった。

 くちゅくちゅ、ちゅぱちゅぱと言った音を立てて雛にされるがまま舌を優しく愛撫された男は、次第に自分も雛の腰に手を回して雛の身体を自分の方へと寄せた。

 

「ん……んぅっ、んはぁ♡ ふふ、少しは和らいだかしら?♡」

「少しどころじゃねぇよ……」

 

 互いに少し息を荒げつつ笑い合うと、雛は「あらあら♡」と妖しく笑った。

 

()()も腫れちゃってるわね〜♡」

「ひ、雛のせいだ……」

「じゃあ、ここの厄も吸い出してあげなきゃね♡」

「…………頼む」

「ふふふ……じっくりと吸い出してあげるわね♡ あ・な・た♡」

「ひ、雛……」

「どうしたの?♡」

「いや、その……する前にちゃんと言いたいんだ……好きだよ、雛」

「私もあなたのこと大好き〜♡」

 

 そしてその晩、雛は沢山厄を吸い出して、朝にはツヤツヤになり、男の方は真っ白になるのだった(ちゃんと生きてる)ーー。




鍵山雛編終わりです!
コツコツ書いて大晦日に合わせました!

色々とタブーがある雛ですが、そこはご了承を。
でも雛もこんな風に幸せになるってのもありですよね?

ではお粗末様でした♪
良い年末をお過ごしください☆


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にとりの恋華想

恋人はにとり。


 

 妖怪の山ーー

 

 シトシトと雨が振り、余計に寒い幻想郷。

 そんな妖怪の山の一際大きな杉の木の下に、一人の若い男の鬼がポツンと立ち、誰かを待っているようだった。

 この鬼の見た目は若いがこれでも軽く千年は生きている。

 その証拠に額から生えた立派な銀色の角は真っ直ぐに、そして雄々しく存在感を放っている。

 この銀色の角が特徴的なのでこの鬼はみんなから「銀」と呼ばれている。

 

 殆どの鬼は例外を除いて地下に移り住んでいるが、銀は山にいる頃から人里に度々出没しては人々が困っていることを解決したり、相談に乗ったりしていたため、古くから人々と交流があるため例外的に地上(人里の外れ)に住んでいる鬼である。

 そんな銀が何故わざわざ雨の中、山まで来て待ち合わせをしているのかというと、

 

「銀ちゃ〜ん♡」

 

 この河城にとりと会う約束をしていたからである。

 

 どうして銀とにとりが会う約束をしているのかというと、二人が前から恋仲だったからだ。

 まだ銀が妖怪の山にいた頃、強大な力を持つ鬼に誰もが恐れる中、銀だけはひっそりと暮らし、宴会などでは常に立場の弱い者の側に立っていた。

 にとりも銀に何度も助けてもらい、人見知りな自分にも優しく接してくれる銀に惹かれ、何年もの恋煩いを経て思い切って告白して恋仲となった。

 そしてその告白をしたのがこの杉の木の下であり、二人の逢瀬や逢引はここが待ち合わせ場所なのだ。

 

 にとりが銀の隣に立つと、銀は黙ってにとりに手拭いを差し出した。

 

「ありがと♡ いやぁ、今日は降っちゃったね〜」

「そんな日もあるさ……ほら、ここもちゃんと拭け」

 

 銀はにとりの言葉に返事をしつつ、にとりが拭き取れていない所を優しく拭いてやった。

 

「んぁ♡ くすぐったい♡」

「河童とはいえ風邪なんか引いたらいけないからな。我慢しろ」

「ちょ、そ、そこは……んひぃ♡」

女子(おなご)は首周りを冷やしちゃいかんと聞いた」

「そ、それは人間であって、私ら妖怪じゃ……んにゃん♡」

「女子には変わりないだろう?」

「んんっ……そ、そうだけど〜、あっ♡」

 

 それからもにとりは銀に優しく拭かれ、その都度艶めかしい声をあげるのだった。

 やっと拭き終わった頃、にとりは両頬を紅潮させ肩で息をしていた。

 

「大丈夫か、にとり?」

「だ、大丈夫……」

「今度はもっと優しくする」

「い、いや、それ以上優しくされると私が色々とヤバイからダメだから」

 

 にとりの言葉に銀は「何故だ?」と首を傾げたが、にとりは「何でも!」と言って詳しくは話さなかった。

 

「それより今日はどうするんだ? ここに留まってても体を冷やしちまうが?」

「私は銀ちゃんが肩抱いてくれてるから温かいよ?♡」

「そうじゃなくてだな……」

「えへへ♡ ごめんごめん♡ それじゃ私の家に行こうか♡ この雨じゃ間欠泉センター前も閉まってる店が多そうだし」

 

 にとりがそう提案すると銀は「分かった」と頷いて、肩寄せあった相々傘で仲良くにとりの家へ向かった。

 

「ねぇねぇ♡」

 

 山道を歩いていると、ふとにとりが銀に声をかけた。

 

「ん?」

「好き♡」

「なんだ、ヤブから棒に?」

「だって私の方に傘を差してくれてるからさ♡ 河童だから濡れたっていいのに♡」

「当然のことをしてるだけだ」

「ふふ、そういう優しいとこ、大好き♡」

 

 そう言ってにとりは満面の笑みで銀の逞しい左腕に抱きつくと、銀は「おう」と小さな笑顔を見せた。

 

「私の家に着いたら何かしたいこととかある?」

「にとりと一緒にいたい」

「そ、そうじゃなくてさ〜……もっとこう、お茶飲みたいとか、きゅうり食べたいとかさ〜♡」

「にとりがしたいことなら何でもいい……俺はにとりと同じ時間を過ごせるならそれだけで幸せだ」

「ひゅいっ!?♡」

 

 真っ直ぐな眼差しで銀に言われたにとりは、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それと同時に胸にキュンキュンと心地良い締付けを感じた。

 

「な、なんでそんな恥ずかしいセリフをサラッと……♡」

「俺は恥ずかしいセリフなんて言ってない。本当のことを言ってる」

「止めて! これ以上キュンキュンさせないで! 死んじゃう!」

「…………」

 

 にとりにそう言われた銀は『それは嫌だ』と目で訴えながらも、しっかりとにとりの言う通りに口をつぐんだ。

 

(はぁ〜……これじゃいくら残機があっても足りないよ〜)

 

 そう考えながらにとりはふぅと小さくため息を吐いて、火照った頬の熱を冷ました。

 すると、

 

「疲れたなら抱えるが?」

 

 と銀がにとりに訊いた。彼なりの心遣いなのだが、にとりは銀の優しさにまたも残機を減らすのだった。

 

 それからにとりはグレイズを繰り返しつつ、何とか銀の優しさという弾幕を掻い潜って家に着いた。

 着いたと言ってもにとりは赤面し過ぎて頭から湯気が出ている程だった。

 

「大丈夫か、にとり?」

「う、うん……平気平気……♡」

「具合が悪いならお暇するが?」

 

 するとにとりは「やだやだやだ〜!」と銀の胸にしがみついた。それを見た銀はにとりの頭を優しく撫でながら「分かった」と言って微笑んだ。

 

「とりあえずお茶淹れるね♡」

「おう」

 

 にとりは台所へとテコテコ歩いて行った。

 

「〜♡」

「…………」

 

 そんなにとりの後ろを銀はのそのそと追いかける。

 

「ん? どったの?」

「離れたくない」

「ひゅいっ!?♡」

 

 銀の素直な言葉ににとりはまたしても素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

(あ〜! 可愛いよ〜! キュンキュンするよ〜!)

 

 にとりは高鳴る鼓動と共に心の中でそう叫びつつ、銀には「そかそか〜♡」と蕩けた顔で返した。

 

「また見知らぬ発明品が増えているな……」

 

 にとりを後ろから抱きしめながら銀がつぶやくと、にとりは「そうでしょそうでしょ♪」と言って胸を張った。

 

「最近は更に絶好調だしね〜♪ これなんかお湯を保温出来る機械なんだよ♪」

 

 得気に可愛らしい河童型の置き物を撫でるにとり。

 その河童のお皿部分を押すと河童のくちばしが開いて、そこからお湯が出てくる代物だ。

 

「危険な発明はやってないだろうな?」

「や、やってないよ〜……銀ちゃんに怒られるもん」

「当たり前だ。にとりが危険な目に遭うかもしれないのに……」

 

 銀はそう言うとにとりを抱きしめている両手にまた少し力を込めた。それを感じたにとりは「うん♡」と嬉しそうに微笑んで頷いた。

 

 お茶を淹れた後、銀はいつものソファーに座ると左隣の位置をポンポンと叩いた。

 

「お茶置いたら座るから待ってよ〜♡」

「……すまん」

「謝んなくてもいいよ♡ そういうちょっと強引なとこも大好きだから♡」

「俺はにとりの全部が好きだ」

「……またそうやってぇ♡」

 

 にとりは銀の言葉にまたも胸をキュンキュンとさせられ、心地良い締付けを感じながら銀の左隣へぽふっと座り、銀の肩に頭を預けた。

 

「ぎ〜んちゃん♡」

「なんだ?」

「好き♡」

「俺もだ」

「大好き♡」

「俺もだ」

「愛してるぅ?♡」

「勿論」

 

 銀はそう言った後、にとりの頬を優しく撫でた。

 にとりは銀の優しい手つきに思わず「えへへ〜♡」と嬉しそうに笑い、銀の大きな手に頬擦りする。

 すると銀は不意ににとりの顎をクイッと上げ、にとりの顔を自分の方へ向けた。

 

 少し強引な顎クイににとりは自然に「あ♡」と声をもらすと、銀はにとりの目を真っ直ぐに見つめて「にとり……」と声をかけた。

 

「うん……いいよ♡ ん〜♡」

 

 にとりはそう言って目を閉じて銀へ自身の唇を差し出した。

 すると銀はにとりに自分の角が当たらないように顔を傾け、その差し出された唇に自身の唇をゆっくりと重ねた。

 重ねたら最後、二人は互いの唇を求め合い、舌を絡め、互いの温度を高めていった。

 

「ぎんちゃ……んんっ、ちゅっ♡ しゅき♡ んちゅっ♡ らいしゅき〜♡」

「ちゅっ……おれも、んっ……だぞ、にとり……ちゅっ……」

 

 口づけを交わしながら愛を囁き合う二人は、もうお茶どころではなく、そのままにとりは銀に押し倒される形でソファーへ寝転んだ。

 

「えへへ♡ 鬼に押し倒されちゃった♡」

「嫌ならしない……」

「こんなに好きな男から求められてるのに、断る理由(わけ)無いじゃん♡」

「じゃあ……」

「うん♡ 今日もいっぱいいっぱい愛して♡」

「にとり!」

「銀ちゃ〜ん♡」

 

 こうしてにとり達は夜遅くまでお互いの体温を感じ合い、また愛を育むのだったーー。




河城にとり編終わりです!
そして明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します!
コツコツ書き溜めて元旦に間に合わせました!

にとりのお話はお互いにお互いのことで夢中といったバカップルにしました!

元旦早々、お粗末様でした〜♪


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椛の恋華想

恋人は椛。


 

 妖怪の山ーー

 

 穏やかな日和を迎えた幻想郷。

 本日休暇の椛は、穏やかな休日の昼間を玄武の沢で過ごしていた。

 その理由は沢にいるにとりと、趣味の将棋を指す約束を前もってしていたから。

 

「いやぁ、椛とこうして将棋を指すのは久々だね〜」

「そうかな? 私としてはそんなに経っていないような気がするけど?」

「そりゃあ、椛は彼氏と毎日キャッキャッうふふしてるからね〜。一人者とは時の感じ方が違うっしょ」

「な、何を言ってるの、そんなことないもん!」

 

 椛はそう言うが明らかに一手を間違えたため、かなり動揺している。

 

 にとりが言うように椛には恋人がいる。

 椛の恋人は妖怪の山に住む同じ天狗の青年。

 同じ天狗と言っても、青年は木の葉天狗で椛達、白狼天狗の一つ上の位だ。

 木の葉天狗は境鳥(さかいどり)とも呼ばれ、山の境を空から見張り、危険人物が山へ入らないか取り締まる役割を担っている。

 

 椛の部隊の隊長でもあるその木の葉天狗は、椛とは正反対の性格で飄々としている。良く言えば融通が利く天狗だ。

 そのため椛と青年は仕事の件で意見が食い違うことが多かった。

 しかしその都度、椛の意見に嫌な顔せずしっかりと理由と目的を返す木の葉天狗に椛は惹かれ、それは恋へと変わっていった。

 そんな時、間欠泉や怨霊が噴き出してくるという異変が発生。その異変解決後の宴の席で酔っ払った椛は文に木の葉天狗に対する想いを告白してしまい、そのままゴシップ記事にされてしまった。

 しかしそれを読んだ木の葉天狗本人は椛に自分の想いを告白。両想いだった二人は晴れて恋仲となるのだった。

 

「そうかな〜。今日だって本当なら彼氏の所に行きたかったんじゃないの〜?」

「あの方は今日もお仕事なの。私のワガママでお仕事の邪魔したくないもん」

(行きたかったってのは否定しないんだね〜)

 

「そ、そもそも、仕事の後とかに会える訳だし、私がちょっと我慢すればいいだけだもん」

 

 椛はそう言うものの、表情はしょんぼり顔で尻尾も垂れてしまっている。

 そんな椛ににとりは「まぁ将棋指しながら気長に待とうや♪」と王手をかけるのだった。

 

 それから椛は気を引き締め直して巻き返しを図るが、にとりはそれをさせず、昼飯時になる頃には椛の負けで対局を終えるのだった。

 

「は〜、集中力を欠いたからその時点で負けてた〜」

「あはは♪ 椛の弱点は彼氏の話題だね♪」

 

 にとりがそう言ってケラケラと笑うと、椛は悔しそうに「がるるる〜……」と唸った。

 

「さてと、もうお昼時だけど椛はこの後どうするの?」

「え、もうそんな時間!?」

 

 驚いて訊き返す椛ににとりは「うん」と頷くと、

 

「大変! お昼御飯一緒に食べる約束してたんだった! 急いで待ち合わせの所に行かなきゃ!」

 

 と頭を抱えて叫んだ椛は、鴉天狗顔負けのスピードでその場を後にした。

 そして椛が座っていた場所には「午後になったらまたここで会おうね」と、椛からの書き置きの紙が置かれていた。

 

「相変わらずあっちっちだな〜。火傷しちゃうよ」

 

 にとりは椛の書き置きを読みながらそうつぶやくと、沢で冷やしておいたキュウリを水から上げ、パリッと小気味よい音を立ててかぶりつき、椛の帰りのまったりと待つのだった。

 

 ーー

 

 待ち合わせ場所は椛が普段持ち場としている滝の所である。

 椛がその場へ着くと、そこには代わりの白狼天狗ではなく、立派な茶色の翼を持った天狗が岩に寝そべっていた。

 

「お、お待たせしました〜!」

 

 椛はそう言って急いで木の葉天狗の元へ近寄ると、木の葉天狗は全く微動だにせず、椛に背中を向けたままだった。

 

「お、遅くなったのは申し訳ありませんが、無視はしないでくださいよぅ……」

 

 申し訳なさと無視された悲しみが半々といった所の椛。それでも木の葉天狗は黙っていた。

 いつもなら優しく声をかけてくれるのにと思った椛は、ソッと彼の元へと近寄り、顔色を伺った。

 もし本当に怒っているなら目を見て謝りたかったからだ。

 

「…………」

 

 椛は言葉を失った。

 何故なら木の葉天狗は怒っていたのではなく、居眠りしていたからだ。

 

(最近お疲れ気味でしたものね……)

 

 他の部隊長のことは知らないなが、彼もまた忙しい身。自分達白狼天狗とはまた違う責任を担っている部隊長だからこそ、その心労は大きい。

 椛はソッと彼の頭を自分の膝の上へ移し、彼の頭を優しく撫でながら彼の規則正しい寝息を聞きつつ、寝顔を見つめた。

 

(いつも飄々としてるのに、寝顔はとても可愛いんだよね〜……えへへ♡)

 

 そんなことを思いながらはにかんでいると、

 

「ん〜……もみ、じ……」

 

 木の葉天狗が寝言を発した。

 その寝言に椛は思わず胸がときめき、無意識に尻尾をブンブン振っていた。

 

(あ〜、もう我慢出来ない♡)

 

 そう思った椛は次の瞬間、彼の唇に自身の唇を軽く重ねた。

 

「えへへ……しちゃった♡」

 

 自分からしたのに少し恥ずかしそうに言葉をもらした椛。

 

(ま、まだ起きないよね?♡)

 

 すると椛はあと一回、もう一回、と言うように彼の唇をついばんでいった。

 

「ちゅっ♡ はむっ♡ んんっ♡ はふ♡」

「…………随分と積極的なんだな、椛」

「わふっ!?」

 

 ふと目を覚ました木の葉天狗の言葉に椛はドキッと胸が飛び跳ねた。

 

「あ、あぁ……うぅ〜」

「あれ、もう終いか?」

「い、いつから起きておられたのですか?」

「椛が膝枕をしてくれた辺りから」

 

 ニヤニヤと悪戯っ子のような笑みで答える木の葉天狗に、椛はボンッと顔を赤くした。

 

「膝枕を堪能したら声をかけようとしたんだがな〜。まさか唇を奪われるとは思わなんだ」

「ご、ごめんなさ〜い……」

 

 すると彼は「よっ」と起き上がり、椛と向かい合うと椛の頬を優しく撫でた。

 

「?」

「驚きはしたが、謝る必要はないさ。恋人の可愛い衝動だからな」

「はぅ〜♡」

「てな訳で、今度はこっちからな?」

「はい♡ ん……♡」

 

 椛は素直に頷くと、目を閉じて、彼へ唇を差し出した。

 木の葉天狗は「好きだぞ、椛」と言ってから、すぐに自分の唇を椛の唇に重ねた。

 唇が重なり合うと椛は自然と口を開き、彼の舌を自身の口の中へと誘った。

 彼の舌がスルリと入ると、椛はハムハムと甘噛みした後、ペロペロと優しく愛撫した。

 互いの吐息と舌が絡まる音を聞きながら、短くも長い甘い時が流れた。

 

「んはぁ……はぁはぁ♡」

「はぁはぁ、随分と積極的なんだな、今日は?」

「はい……どういう訳か、あなたの匂いを嗅ぐと体が火照ってきてしまって♡」

「大分蕩けた顔をしてるしな……熱でもあるんじゃ?」

 

 心配になった木の葉天狗が椛の額と自身の額をコツンと合わせるが、次の瞬間には椛がまた唇を重ねてきた。

 

「もみっ……じ、んんっ!」

「んっ、ちゅっ♡ んはぁ、もっろ♡ はむっ♡ ちゅっ♡」

 

 完全に歯止めが利かない椛は木の葉天狗に覆いかぶさるように、彼を押し倒した。

 更に椛は腰をクイクイッと木の葉天狗の腰に押し付けてくる。

 

「……お前、もしかしてあの時期がきたのか?」

「かもしれません♡」

「かもしれませんというか、そうだろ……」

「うぅ〜♡」

 

 椛は申し訳なさそうにしながらも本能に抗えず、そのまま木の葉天狗に覆いかぶさったまま、艶めいた吐息をもらして身悶えている。

 

「…………ここじゃ、誰かに見つかるから場所を変えるぞ」

「シてくれるんですか?♡」

「恋人に求められたら、応えるのが男ってもんだろ?」

「えへへ……嬉しいです♡」

 

 木の葉天狗は起き上がると、椛を優しくお姫様抱っこし、そのまま山の木々の中へと姿を消すのだった。

 

 

 そしてーー

 

「午後に来るって割には、来たのは昼下がりだね〜。椛の午後は遅いんだね〜」

「ご、ごめん……」

「別に謝る必要ないよ。恋仲の男女がお楽しみだった訳だし? あっ、あとさ、内容は聞かないけど終わったなら口の周りちゃんと拭きなよ。付いてるよ?」

「あ……ペロッ♡」

(舐め取っちゃうんだ〜)

 

 お楽しみ後の椛は顔を赤くさせながらも、艶々していたとかーー。




犬走椛編終わりです!

ちょっちえっちぃ感じになりましたがご了承を!

ではお粗末様でした☆


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早苗の恋華想

恋人は早苗。


 

 妖怪の山ーー

 

「想い風〜♪ 君に届いていて〜♪」

 

 妖怪の山に社を置く守矢神社。

 その住居スペースの台所では、守矢神社の風祝(かぜはふり)で神奈子の巫女にして諏訪子の遠い子孫である早苗が上機嫌に歌を歌いながら夕飯の準備をしていた。

 早苗の背後にあるテーブルには既に出来上がった料理が湯気と共に美味しそうな匂いを漂わせていた。

 

 するとそこへコソコソと諏訪子がやってきた。

 諏訪子は元々小さい体を更に縮めテーブルへ忍び寄ると、持っている爪楊枝で早苗の作った鶏の唐揚げに手を伸ばした。

 

「一個だけですよ、諏訪子様」

 

 早苗が諏訪子の気を感じて振り向かずにそう告げると、諏訪子の方は「ありゃ、バレた」と返した。そしてちゃっかりと唐揚げは二個刺して。

 

「私も成長してますからね♪ これくらいは分かります♪」

「胸だけじゃなくて、早苗自身も立派になったね〜。いいことだ〜」

「どういう意味ですか?」

「あ、ごめんごめん。胸は元々立派だったね」

「終いには怒りますよ?」

 

 早苗がそう言うと、奥から神奈子がやってきて「そう怒るな、早苗よ」と声をかけた。

 

「諏訪子はふざけて言っているだけで、本心からではない。そう簡単に心を乱すものではないぞ」

「そ、それはそうですけど……」

「それにな、諏訪子は最近早苗が他のことにご執心だから構ってもらいたいのさ」

 

 神奈子の言葉に諏訪子は唐揚げを頬張りながら「そうだそうだ〜」と言った。

 

「べ、別に執着してる訳じゃないですよ……」

 

 早苗はそう返しつつ、焼き上がったハンバーグをお皿に盛る。しかしその顔は少し赤く染まっていた。

 

「そうは言うけどさ〜。これだってあの人間のために作った料理でしょ?」

「そ、それはそうですけどぉ……い、いいじゃないですか、ダーリンったら私が料理持ってかないと適当な物で済ましちゃうんですもん!」

「という大義名分で今日も押しかけるのね。流石早苗汚い」

「諏訪子様のお夕飯のおかずは煮干だけにしますね」

 

 早苗に反撃された諏訪子はその言葉を聞いて急いで謝るのだった。

 

 神奈子や諏訪子が言うように、早苗には心から慕っている恋人がいる。

 その男は人里で酒造業を営む若き青年で、守矢神社の祭時にはそこの酒を使っている。

 異変を起こし、なかなか信仰が集まらない中でこの青年は守矢を信仰。早苗は巫女としてしょっちゅう顔を合わせている内に青年の人柄に惹かれ、数ヶ月の恋煩いを経て告白し、神奈子や諏訪子に許しを得て恋仲へとなった。

 

 そして諏訪子が言ったように、早苗は毎日青年の元へ手料理を持っていくのだ。

 これは付き合う前からのことで、青年のずぼらな性格に見かねた早苗が自主的に行ってあげていたことなのだが、今では早苗が彼に会う口実にしているのは言うまでもない。更にはそのまま朝まで帰って来ない日も多い。

 しかし神奈子や諏訪子は「愛する者が出来ればこうなる」と寛大な心で受け入れている。

 

「まぁ押しかけ女房と言われても仕方ないくらいの頻度で朝帰りだからな。諏訪子の言うことももっともだ」

 

 神奈子にサラリと言われた早苗は思わず「うぐっ」と狼狽えた声をあげた。

 

「まぁ、朝チュンは構わないけどさ〜。早苗は守矢の風祝で神奈子の巫女なんだから、嫁にはやれないからね。結婚するなら婿取りだから」

「わ、私達、まだそこまで考えてませんよ!」

()()ならその内ということだろ? 覚悟は早い内にしておいた方がいい」

「うぅ〜……」

「婿って言っても別に宮司になれとは言わないよ。でも早苗を嫁入りさせるのは出来ないって話」

「は、はひ……」

「あやつも人間にしてはそこそこ我々に信仰をおく者だ。そこら辺さえ守れば私達は何も言わんよ」

 

 二人の言葉に居ても立ってもいられなくなった早苗は、強引に「わ、分かりましたから!」と二人の話を終わらせ、手早く料理を包んで「行ってきます!」と叫ぶように言って逃げるようにこの場を後にした。

 

「ちょっと色々と突っ込んだこと言い過ぎちゃったかな?」

「そうでもないだろ。いずれは言わなければいけないことなのだから」

「それもそっか♪ それじゃあ早苗も行っちゃったし、私達もご飯食べよ♪」

 

 諏訪子が笑顔でそう言うと神奈子も笑顔で頷き、二人は早苗が自分達のために置いていった料理を茶の間へ運ぶのだった。

 

 

 人里ーー

 

 青年の住む借家の玄関前に着いた早苗は、すぐに入ることなく何やら悶々としていた。

 

(神奈子様も諏訪子様も話が大袈裟なんですから……ダーリンと私が、けけけ、結婚だなんて)

 

 先程、神奈子達に言われたことが頭から離れないのである。

 

(そ、そりゃあ、確かにいずれは……ゆくゆくは添い遂げたいと思ってるけど、今はまだ恋人以上夫婦未満の期間を楽しみたいというか)

 

 今の早苗は人の家の玄関前でニヤニヤモジモジしながらいるのでとても怪しい。

 

(白無垢よりウェディングドレス着たいって言ったら怒られるかな〜……あ〜、でもチャペルなんてないから無理かな〜?)

 

『早苗の白無垢姿、素敵だね。惚れ直したよ』

『そんな♡ ダーリンの正礼装も素敵よ♡』

『早苗の方が』

『ダーリンの方が♡』

 

「な〜んちゃってな〜んちゃって〜!♡」

 

 早苗は一人コントをし、一人ツッコミをし、人の家の前なのに「きゃ〜きゃ〜♡」と一人で騒いでいた。

 

「早苗?」

 

 玄関から顔を出して青年に声をかけられた。自分の家の前が騒がしいなら見に来て当然である。

 早苗は顔を真っ赤にしながら「わ、忘れて!」と言いながら片手で顔を隠した。

 青年は小首を傾げながらもコクリと小さく頷くと、早苗に「上がったら?」と声をかけ、耳まで真っ赤になった早苗を招き入れるのだった。

 

「ははは、そんなことを考えて一人であんなに盛り上がってたのか」

「うぅ〜、笑うことないでしょ……もう」

 

 早苗から一人コントをしていた理由を聞いた青年は早苗に悪いと思いつつも、早苗の可愛らしい理由に笑い声をあげていた。

 

「悪い悪い。でも……ふふ、まさかそんな話をあのお二人からされて一人でああもなってる早苗が可愛らしくてな♪」

「そんな言い方、ずるいよぅ♡」

 

 青年からの不意打ちに早苗の鼓動は喜びでトクンと跳ねた。

 

「まぁでも、あのお二人がそこまで考えてくれてるのもありがたい話だけどな。こうして早苗と付き合ってること事態が奇跡だと思ってるのに」

「奇跡は起こすものだからね! ダーリンと結ばれたいと思った時から、私はダーリンと結ばれるために頑張ったんだから♡」

「流石巫女さんは言うことがすごいな〜」

 

 感心した青年に早苗は「えっへん♡」と言って胸を張った。

 それから二人は早苗が作ってきた手料理を温かいうちに食べつつ、結婚の話題が尽きなかった。

 それは食べ終わって二人が肩寄せ合って食休みをしてる今まで続いた。

 

「なぁ、早苗」

「な〜に、ダーリン?♡」

「守矢神社って敷地広かったよな」

「え、うん、それなりに広いけど……」

「なら、婿入りしたらそこで新しく酒造業しようかな。俺は」

 

 青年の言葉に早苗は思わず「へ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「俺、次男だしさ。家元は兄貴が継いでるし、婿入りを機会に自分の酒を作ろうかなって」

「そんなに簡単に決められる話なの?」

「そりゃあ最初は色々と揃えなきゃいけない。そもそも八坂様や洩矢様に許可貰わなきゃ出来ないけどさ」

「無理に私の所に来なくていいんだよ? 妖怪も沢山いるし……」

「危ない妖怪なんていないだろ。今の幻想郷には」

 

 青年はそう言うが早苗はまだ「でも……」と遠慮がち。

 そんな早苗を見た青年は、

 

「…………結婚しても離れて暮らすなんてやなんだよ、俺は」

 

 と少し強引に言葉を発した。

 そう言った青年の頬はとても紅潮していて、いつもの涼し気な顔は何処かにいっていた。

 それを見た早苗は辛抱出来ずに青年を押し倒した。

 

「どうした、早苗?」

「ダーリンが私を本気にさせること言うから♡」

「今まで本気じゃなかったのか?」

「今のは言葉の綾というか……結婚を本気で考えようって意味の本気♡」

「早苗……」

「うふふ、二人で幸せになろうね♡ ちゅっ♡」

 

 早苗に軽く口づけされた青年は唇を離してから、はにかんで「おう」と返した。

 

「じゃあ先ずは、宝物から作っちゃおうか♡」

「宝物?」

「うん♡ こ・だ・か・ら♡」

「!!!?」

「頑張ろうね、あ・な・た♡」

「なら目指すのは上が女の子、下が男の子の一姫二太郎ってことだな……」

「え、何言ってるの野球チームが出来るくらいだよ?♡」

「野球チームって外の世界のやつだよな? でもそれって確か九人じゃ……」

「うん♡ あ、でも控えの投手も合わせて十人かな?♡」

「おぉう……」

「この幻想郷では常識に囚われてはいけないの〜♡」

 

 この日の弾幕ごっこ(意味深)で早苗はずっと青年をふわとろに包み込み、朝まで抜くことを許さなかったそうなーー。




東風谷早苗編終わりです!

早苗は昼はおしとやか、夜はガッツリにしました!
因みに一姫二太郎は一番目が女の子、二番目が男の子の姉弟のことで、女男男の三人姉弟は間違いです。

というどうでもいいことを書きつつ、此度もお粗末様でした!


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神奈子の恋華想

恋人は神奈子。


 

 妖怪の山ーー

 

 山に社を構える守矢神社。

 静かな昼下がりの境内を神社の主である神奈子は落ち着きなく歩き回っていた。

 そんな神奈子に諏訪子が声をかける。

 

「少しは落ち着きなよ〜。神奈子〜」

「これが落ち着いて居られるか! いつもの時間になっても来ないんだぞ!?」

「いつも同じ時間に来れる訳ないじゃん。いいから落ち着いて待ちなよ」

 

 諏訪子はそう言うが、神奈子の方は「風邪でも引いたんじゃないか」、「来る途中で妖怪に襲われたんじゃないか」、「だとしたらその妖怪を消し炭にしなくては」などとつぶやいていて諏訪子の言葉はまるで耳に入っていなかった。

 

 神奈子が心待ちにしている人物とは、数年前から魔法の森に住み着いた魔法使いの男のことで、この男は神奈子の恋人なのだ。

 この魔法使いは他の魔法使いと違って科学的な思考を持ち、独自の理論を展開しては周りから異端児として見られている。

 そんな男に興味を持った神奈子が早苗を遣いにやって神社の宴会に招待したのが二人の出会いだった。

 この男も外の世界出身であるため、神奈子と同じく外の高度な技術や科学知識を知っているのもありすぐに意気投合。

 そして周りから異端児扱いされる男の理論も神奈子は真剣に議論し、それは神奈子にとっても男にとっても充実した楽しい時間だった。

 それから二人は会う頻度が増え、互いに互いを意識し合うようになり、今では恋仲というところにまで発展したのだ。

 

 そして神奈子はいつも男が来る時間になっても現れない彼を心配して落ち着きがないのだ。

 時間が過ぎていると言ってもほんの二、三分である。

 

「今は人間を襲う妖怪なんて殆ど居ないんだから大丈夫だって〜」

「殆どだろう!? 零でないのなら心配して当然だろう!?」

「仮に襲われたとしてもあいつだって魔法使いなんだから大丈夫でしょ〜」

「それでも万が一があるだろう!?」

 

 ああ言えばこう言う神奈子に諏訪子はお手上げ状態で口をつぐんで苦笑いを浮かべる他なかった。

 その間にも神奈子は「あ〜、心配だわ〜」と言いながら境内を彷徨いていた。

 

「そんなに心配なら毎回迎えに行けばいいじゃん」

「重い女だと思われたくない!」

「来たら来たでベッタリなくせによく言うよ」

「あ、あれはあやつが離してくれないからであって、私がくっついている訳ではない!」

「その割には嬉しそうだよね〜」

「そ、そりゃあ、あんなにも好意を寄せてもらえるのは嬉しいからな……」

「そっかそっか〜」

(乙女の顔しちゃってま〜)

 

 神奈子は嬉しそうに顔をほころばせ、ほんのり赤く火照った両頬を手で押さえてモジモジしていた。

 そんな神奈子を諏訪子が微笑ましく眺めていると、鳥居の方から声がした。

 

「神奈子様〜、諏訪子様〜、只今戻りました〜♪」

「こんにちは〜」

 

 そこには入信者集めから帰ってきた早苗に加え、魔法使いの男の姿もあった。

 それを見た神奈子はまさに神風張りの速さで二人の元へ向かった。

 

「どこをほっつき歩いていたんだ! 心配したんだからな!」

「い、いや〜、来る途中で早苗ちゃんと会ってさ。こうしてチラシを運ぶのを手伝ってたんだよ……」

「そ、そうだったのか……早苗が世話になったな。ありがとう」

「これくらいどうってことないさ」

「…………うん♡」

 

 二人はそのまま抱き合ったまま互いに見つめ合い、二人だけの世界に入ってしまった。

 

「あのぉ〜……」

「今話しかけたって聞こえやしないよ。早苗は余ったチラシ持って、戻って私とお茶でも飲も」

「わ、分かりました〜」

 

 それから早苗は一応神奈子達にも挨拶してから諏訪子と共に宿舎の方へと消えていった。

 自分達の世界に浸る二人はそれに構うことなく、愛を囁き合い、更には互いの唇をついばみ合いつつ、時を過ごすのだった。

 

 幾度も互いの唇をついばみ合った二人はやっと場所を移した。

 二人は諏訪子が河童に頼んで境内に作らせた二人専用の宿舎でまったりとラブラブな時間を過ごしていた。

 どうして新たに宿舎を作ったのかというと、神奈子が彼氏と人の目を気にせずにいちゃラブ出来るようにという建前で、ただ単に同じ宿舎だとうるさいから作らせたのだ(特に夜がうるさい)。

 

「うふふ、お前とこうしていると夫婦になったみたいで心が踊るよ♡」

 

 神奈子は男に後ろから抱きかかえられるような形で背中を預けて座っている。

 

「神奈子は本当に言うことが乙女チックだな」

 

 男はそう言いつつも「でもそこが可愛い」と続け、神奈子を後ろから優しく抱きしめていた。

 

「可愛いとか……止めなさいよ、恥ずかしいから♡」

「恥ずかしがったって、ここには俺と神奈子しかいないだろ。それに、思ったことは素直に口に出す性格なんだよ、俺は」

「むぅ……意地の悪い人♡」

「そんな意地の悪い人と付き合ってるのはどこの神様かな〜?」

 

 男にそう返された神奈子は「私です……♡」と素直に認めるしかなかった。すると男は「神奈子は本当に可愛いな〜」と上機嫌で言葉を発し、神奈子の頭を優しく撫でるのだった。

 

「ね、ねぇ……」

「ん?」

 

 神奈子の呼びかけに男が返事をすると、神奈子は彼から離れて今度は向かい合う形で彼の膝の上に座った。

 座った神奈子は何やら潤んだ瞳で男の目を見つめ、彼の首に回した両手をクイックイッと動かしながら何かのアピールをしている。

 

「何かな〜?」

 

 神奈子が何を求めているのか分かっている男は、敢えて意地悪な質問をした。

 それに対して神奈子はほんのりと頬を赤くさせてモジモジしながら目を逸らした。

 

「言ってくれなきゃ分かんないな〜」

「分かってるくせに……意地悪しないでよ♡」

「好きな娘には意地悪したくなるの性格なんでね、俺は」

「むぅ〜……ちゅう……♡」

「え?」

「ちゅうしたいの、バカっ!♡」

 

 神奈子が顔を真っ赤にしてハッキリと答えると、男は満足気に笑って「悪い悪い」と謝ってから神奈子の唇に自身の唇をソッと重ねた。

 

「っ……んっ♡ んむぅ♡ ちゅっ♡ ちゅ〜♡」

「ん、かな、こ……んんっ」

「離しちゃだめ……んっ♡ もっと、このまま♡ はむっ♡」

 

 息継ぎをしようと唇を離そうとするものなら、神奈子は透かさず唇を重ねて少しでも離れることを拒んだ。

 互いに吐息をもらし、はしたなくも唾液を垂らしつつ唇を重ね合った。

 やっと二人の唇が離れた頃にはお互いに肩で息をしていて、口の端々からは二人の唾液が糸を引いて怪しく光っていた。

 

「はぁ、はぁ……ふふ♡ 沢山、してくれたな♡ 嬉しい、ぞ……はふっ♡」

「殆ど……はぁ、はぁ……俺が、神奈子にされたい放題だった……気がするがな……ふぅ」

 

 すると神奈子は「神からの口づけなら嬉しいだろう?♡」と言って、コテンと男の肩に頭を預けた。

 そんな神奈子に男は「光栄ですよ、八坂様」と少しふざけて返し、神奈子の頭を優しく撫でてやると、神奈子は嬉しいそうに「んっ♡」と声をもらした。

 

「こんなにも幸せだと、信仰なんてどうでもよくなるな……♡」

「おいおい、信仰は大切だろ。存在が掛かってるんだからよ」

「そうは言うけどな……私はお前が居なくなった世を生きていけるか不安になるんだよ」

「俺は魔法使いだぞ……少なくともまだ千年は生きるさ」

「千年……お前にとっては長くとも、私にとっては短い年月なのさ……」

 

 悲観的に返す神奈子に男は「なら今をもっと幸せに過ごそう」と言って笑みを見せた。

 そんな彼の笑顔を見た神奈子は思わず嬉し涙を流して「うん♡」と頷くのだった。

 そして、

 

「じゃあ、その後のことも考えようか♡」

 

 と神奈子が言って男の体をギュッと手だけでなく足も使って抱きしめた。

 

「その後?」

「お前が死んでしまった後のことだ……お前が私と伴にあった証拠を残したい♡」

「それって……」

「お前が私にお世継ぎを残してくれるんだろう?♡」

「っ!?」

「それなら私も寂しくないからな♡ それにこればかりは私も一人では出来ん……だから一緒に……な?♡」

「そ、そうだな……」

「ひとりと言わず、何人でも……愛するお前が望むだけ産むぞ、私は♡」

 

 神奈子がもの凄いプロポーズを男にすると、神奈子はそのまま男に覆い被さり、愛の結晶作りに励むのだったーー。




八坂神奈子編終わりです!

連続して子作りエンドになりましたがご了承を。
こんな風に甘えん坊で積極的なB……神奈子様もいいですよね!

と言うことでお粗末様でした〜!


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諏訪子の恋華想

恋人は諏訪子。


 

 妖怪の山ーー

 

 雪が降り積もり、雪化粧をした幻想郷。

 そんな肌寒い日和を守矢神社の祭神である諏訪子は、鼻歌交じりで過ごしていた。

 

「ららら〜ん、ら〜、らら〜らら〜♪」

 

 諏訪子は上機嫌で何やら大きめなバッグに荷を詰めている。

 

「ふふふ、ご機嫌ですね、諏訪子様ったら♪」

「今日を待ち望んでいたからね。何日も前から」

 

 そんな諏訪子の様子を微笑ましく眺める神奈子と早苗。

 今日、諏訪子は地霊温泉郷へ二泊三日で遊びに行くのである。

 

「下着はやっぱり黒かな〜♪ でも情熱的に赤も……いやでもここは清楚に白って選択肢もあるわね……」

 

 諏訪子はああでもないこうでもないと悩んでいた。しかもこれに関しては数日前から悩んでいるのだ。

 

「布切れの一枚や二枚でああも悩めるものかね〜」

「いやまあ、諏訪子様にとっては悩むところなんですよ、きっと」

 

 早苗が苦笑いを浮かべて返すと、神奈子は「そんなもんかね〜」と半分呆れた感じで返した。

 諏訪子がどうしてこういうことにまで悩んでいるのかというと、これから地霊温泉郷に一緒に向かう相手が恋人だからなのだ。

 

 諏訪子の恋人は数年前に幻想郷入りしたエントと言う西洋の木の精で、トレントと呼ばれることもある。

 このエントも見た目は長身で若いがザッと数千年生きており、諏訪子と同じく見た目が若い大人なのである。

 エントは幻想郷入りした際、妖怪の山に住むか、魔法の山に住むか悩んでいた。元々時間の感覚がゆっくりなため決めきれずに居ると、山にある守矢神社にふらりと立ち寄り、そこで初めて諏訪子と出会った。

 そして諏訪子の方がエントのものの考え方や癒し系オーラを気に入り、山に住むことを勧め、山に住むことにしたエントの家に度々訪れるようになった。

 そうやって絆を育んでいく内にエントは諏訪子に惚れ、諏訪子に告白。諏訪子は前々から気に入っていたこともあり快く頷き、恋仲となった。諏訪子としては告白されたいからエントから告白するように接していたと、文の取材で明らかにしたが、二人の仲は変わらずラブラブである。

 

「よし、荷造り完成♪ 後はアイツを待つだけね♪」

「お茶をお淹れしましょうか、諏訪子様?」

 

 荷造りを終えた諏訪子に早苗が訊ねると、諏訪子は「もう少しで来ると思うから大丈夫♪」と返し、玄関の方へ向かった。

 

 すると丁度、やってきたエントが玄関を開けたところだったので、諏訪子は透かさずエントの胸にダイブし顔を埋めた。

 エントは驚きながらもしっかりと諏訪子を受け止め、「危ないなぁ〜」と返しながらも諏訪子の頭を優しく撫でていた。

 

(乙女の勘というか何というか……)

(流石は諏訪子様です……)

 

 タイミングの良さに二人は驚いて苦笑いを浮かべた。

 そしてエントは諏訪子を抱えたまま上がると、神奈子と早苗の側に座った。

 

「お二方、こんにちは〜」

「あぁ、こんにちは。今日から諏訪子のことをよろしくな」

「温泉楽しんできてくださいね♪」

「はい、諏訪子と満喫してきます〜」

 

 エントののほほんとした挨拶に神奈子達は微笑んで頷きを返すと、諏訪子は「挨拶終わったなら早く行こ♡」とエントを急かした。

 そんな諏訪子にエントは「相変わらずせっかちだな〜」と言いながらも、諏訪子の荷物を背負い、諏訪子も抱えたまま立ち上がった。

 

「それじゃ、行ってくるね〜♡」

「失礼します〜」

 

「お気をつけて〜♪」

「何かあったら連絡するんだぞ〜」

 

 こうして諏訪子達は地霊温泉郷へと向かうのだった。

 

 

 地霊温泉郷ーー

 

 温泉郷に着いた二人は早速宿へ向かい、案内された部屋に荷物を置いて一息吐いた。

 この部屋には個室の温泉が設けられていて、それなりのお値段をするいい部屋だ。

 

「いや〜、来ちゃったね〜♡ 二人きりだよ、二人きり♡ しかも個室温泉付きの旅行♡ ひひひ♡」

「二人きりの旅行だね〜♪」

「うん♡ すっごく楽しみにしてたんだ♡」

「僕だもだよ〜♪」

「だよねだよね〜♡」

 

 そう言うと諏訪子はあぐらを掻くエントの足の隙間にポスッと入り込み、エントに背中を預けて思い切り手足を伸ばした。

 するとエントは諏訪子が両手を上げている隙きに、諏訪子の両脇から両手を出して諏訪子を包み込むように抱きしめた。

 

「アンタの力加減は最高だね〜♡ とっても安心する♡」

「気に入ってもらえて何よりだよ〜♪」

「えへへ、幸せ〜♡ もうちょっとぎゅ〜ってして♡」

「苦しくないかい?」

「私はこう見えても丈夫だからね♡ それにたまには苦しいくらい抱きしめてほしい♡」

 

 諏訪子の願いを聞き入れたエントは「それじゃあ……」と遠慮がちに言いながらも、回した手にキュッと力を込めた。

 

「ん……あぁ……んふぅ♡」

「諏訪子……」

 

 諏訪子のもらした吐息にエントは慌てて力を緩めようとしたが、諏訪子から「やめないで!♡」とお願いされた。

 

「あ……っ……んんっ……んぁ……♡」

「ほ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫……んひぃっ♡ もう少し、このまま……あぅ♡」

 

 諏訪子はそう言うが、先程から抱えている体が小刻みに震え、頬も赤く紅潮し、目もうつろになってきている。

 

「ね、ねぇ……そっち向くからちょっと緩めて♡」

「分かった……」

 

 エントと向き合った諏訪子は、透かさずエントの胸にしがみついた。

 

「もっかい、さっきのぎゅうして♡」

「でも……」

「お願い……♡」

 

 エントは心配だったが、惚れた女から潤んだ瞳で見上げられておねだりされたら選択肢は一つしかない。

 エントは諏訪子の腰や背中に回した手にまたゆっくりと力を込めた。

 

「んあぁ……これこれ、あぅ……この力加減……しゅきぃぃ♡」

「諏訪子……」

 

 諏訪子の艶かしい声にエントは段々と変なことしている気分になった。

 

「んんぅ……♡」

 

 すると諏訪子が甘えた声でエントの服の胸元をクイックイッと引っ張ってきた。

 

「どうしたの?」

「ちゅうしたい……♡」

「うん、いいよ」

「ん〜……♡」

 

 差し出された小さな唇にエントが軽く唇を重ねると、

 

「んんっ♡ ちゅっ♡ んちゅっ♡」

「!!!?」

 

 諏訪子は「もう離さない」と言わんばかりにエントの首に回した手に力を込め、激しく貪るようにエントの舌に自身の舌を絡めてきた。それによりエントも気持ちが昂ぶり、先程よりも力強く諏訪子の体を抱きしめた。

 

「んむぅ!?♡ んんっ、あふっ、んっ……んんんんっ〜♡」

 

 それから諏訪子は大きく体を震わせ、その手の力はとても強いものとなったが、暫くすると力は弱まり、唇も離れて力なくエントの胸に頭を預けた。

 

「はぁはぁ……ひひ、抱きしめてもらっただけで……はぁはぁ、いっちゃった♡」

「え!?」

「何よぅ……こんな私は嫌いなの?♡」

「そう言う訳じゃないけど……」

「ふふ……アンタだってこんなにしてるじゃん♡」

「うぅ……」

「えへへ、私でこんなにしてくれて嬉しい♡ それじゃあ、温泉入ろっか♡」

「うん……」

「隅々まで洗ってあげるから覚悟してね、ちゅっ♡」「ちょ、諏訪子……」

「この日のためにずっと我慢してたんだから、満足させてよね♡」

「温泉入るだけだよね……?」

「大丈夫大丈夫♡ 温泉でもお布団でも何回でもシようね♡」

「えぇっ!!?」

 

 驚きを隠せないエントに構うことなく、その気モードになった諏訪子はエントに甘い言葉を耳元で囁き、そのまま耳にかぶりつくのだった。

 こうしてエントは諏訪子に絶対的リードを許したまま、されるがまま温泉旅行を過ごし、色々なものを洗い流すのだった。

 

 

 そしてーー

 

「いやぁ〜、個室風呂の部屋を取ったと聞いた時点でこうなるとは思ってたんだよ、私は……」

「エントさ〜ん、大丈夫ですか〜?」

「大丈夫大丈夫♡ ちょっと張り切り過ぎちゃっただけだよ♡」

 

 旅館を出る日、エントは干乾びていたため、諏訪子が神奈子と早苗を呼び、エントは二人に運ばれて地霊温泉郷を後にし、永遠亭へ直行するのだった。

 因みにエントが復活するまで一ヶ月掛かった。長引いたのは『諏訪子がちょくちょく患者のところにお見舞いにきていたからだ』と、永琳は殺意の波動を込めた笑顔で語っていたそうなーー。




洩矢諏訪子編終わりです!

人妻設定がありますが定かではないので、あくまで恋人設定で書きました。どうかご了承を。
そして妙に肉食系にしてしまったのにもご了承を。

此度もお粗末様でした☆


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緋想天
衣玖の恋華想


恋人は衣玖。


 

 天界ーー

 

 天人達が暮らす、雲の上の世界、天界。

 その比那名居一族の屋敷の離れで、衣玖は日向ぼっこしながら茶をすすっていた。

 衣玖は天子が起こした異変以来、比那名居家に天子のお目付け役として召し抱えられた。

 しかし、衣玖本人は元々が面倒くさがりなので自分では最低限のことしかせず、大体のことは()()に任せている。

 

「衣玖〜、たっだいま〜♪」

『た、只今戻りました〜……』

 

 そこへ地上へ遊びに行っていた天子が元気に帰ってきた。その後ろにいる若い男と女は疲れた顔をしつつ、天子に引きずられるように帰ってきた。

 

 この男女が衣玖の連れであり、男の方が衣玖の恋人である。

 彼らは狛犬で天界に住んでいた姉弟で、姉の狛犬(通称コマ)と衣玖は数千年来の友である。

 衣玖が比那名居家で働くことになった際、衣玖が総領様にお願いして二人も召し抱えてもらったのだ。

 何故なら友と一緒にいたいという理由だったが、その裏には恋人の狛犬(通称シシ)と離れたくないからという理由が大きくある。

 

 衣玖自身、元々他人の行動等には興味は無かったが、友達の弟で接しやすく顔を合わせるのが多かったこと、自分とは違い表情が豊かなこと、何だかんだ言いながらも面倒見が良いこと等など、好きになるのにそう時間はかからなかった。

 そして天子が起こした異変後、比那名居家へ仕えることになった衣玖は意を決してシシに告白。シシは驚きながらも衣玖の告白に頷くとコマも連れて今に至る。

 

「お帰りなさいませ、総領娘様」

 

 衣玖が挨拶すると、天子は「ん〜♪」と上機嫌に手を振って離れの庭に植えてある桃の木にかかったハンモックに飛び乗った。

 

「コマとシシもお帰りなさい」

「お帰りなさいじゃないわよ〜、天子様ったら好き勝手喧嘩売って仲裁するの大変だったんだから〜」

「いつものことじゃないの♪」

「いつものことだから疲れたの!」

 

 コマの言葉に衣玖はクスクスと愉快そうに笑いながらいると、天子がシシを呼びつけた。

 シシは衣玖に一礼してから天子の元へ駆け寄ると、天子に「寝たいからハンモックをいい感じに揺らして」と命令され、苦笑いを浮かべながらもちゃんと優しくハンモックを揺らしてあげた。

 

「相変わらず天子様はシシがお気に入りだね〜。狛犬じゃなくて小間使いって感じだけど」

「シシは元々優しいから、総領娘様もその優しさが分かるのよ」

「でも衣玖としては複雑じゃな〜い?」

 

 コマの言葉に衣玖が小首を傾げると、コマはニヤニヤしながら「だって恋人が他の娘と一緒にいると妬いちゃわない?」と訊いてきた。

 

「ふふ、妬かないわよ〜♪」

「ありゃ、何か意外だね〜。シシのこと大好きなのに」

「大好きだからこそ大丈夫なの♪ シシのことを信じてるから♪」

「ひゃ〜、お熱いね〜。アタシもいつか衣玖みたいに幸せになれるといいな〜」

「ならまずはハードル下げなきゃね」

「え、なんでよ? アタシのハードルってそんなに高い?」

「高いっていうか……重いっていうか……」

「そうかな〜。毎日キスしてくれて、毎日愛を囁いてくれて、毎日アタシを満足させるまで抱いてくれるってそんなに重いかな〜?」

「重いと思うな〜、私は」

 

 衣玖が苦笑いを浮かべて返すと、コマは「そんなことないのにな〜」と言いながら衣玖が飲んでいた茶をすすった。

 

「ほら、犬! しっかりと優しく揺らしなさい!」

「やってますでしょ!?」

「やれてないから言ってるのよ、犬!」

「がるるる〜!」

「や〜い、犬〜♪」

「これでどうだ〜!」

「あっはは♪ 楽し〜い♪」

 

 一方で天子はシシのことをからかいつつ楽し気に笑っていた。対するシシもいつしか笑顔に変わり、天子のハンモックを激しく揺らしていた。

 

「…………」

「?」

 

 そんな光景を無表情のまま黙って見つめる衣玖の様子をコマが横目で見ていると、

 

「…………っ」

「!?」

 

 衣玖の握りしめた拳から小さくも青い稲妻がバチッと走るのだった。

 

(めっちゃ嫉妬してじゃん。余裕綽々な振りして強がっちゃってさ〜)

 

 コマは衣玖にそう心の中でツッコミを入れると、何も知らずに天子と戯れ合うシシに心の中で合掌するのだった。

 

 

 その日の夜ーー

 

「あ、あのぉ〜、衣玖さん?」

「何?」

「どうしたんですか?」

「そんな気分なの〜」

 

 天子も眠り、やっと今日のお勤めが終わったシシ達。

 コマは婚活パーティに出かけ、シシは風呂上がりに自分の部屋でお酒を飲みながら一人でほろ酔い気分に浸っていた。

 するとそこに衣玖が入ってきた。

 シシが『衣玖さんも一杯どうです?』と声をかけたが、衣玖は何も言わず、無言のままシシの元へ近寄り、シシを背後から抱きしめて、今に至る。

 

「衣玖さん、俺、また何かしてしまいましたか?」

「…………」

「無言ってことはしてしまったんですね?」

「…………」

 

 シシは頑張って今日一日の出来事を思い返した。

 しかしほろ酔い気分というせいもあり、これといった事柄が思い浮かばず、ただただ無言の時間が続いた。

 

 すると不意に衣玖が「……シシ」と声をかけた。

 シシがその声に反応すると、衣玖はシシの顔を強引に自分の方へ向け、シシの唇を奪うように自分の唇を重ねた。

 

 衣玖と口づけを交わした瞬間、シシは身体全体に電流が走ったかのように硬直し、衣玖に為す術なく制圧されてしまった。

 ほんのりとシシの口の中に残った日本酒の香り……シシの苦しそうな息遣い……自分にされるがままのシシに衣玖は適度な昂りを感じつつ、シシとの口づけを堪能した。

 ちゅぱっとはしたない音と共に互いの唇が離れると、二人は互いに蕩けた顔をしていた。

 

「衣玖……さん……」

「シシは……私だけ♡」

「はい……」

「私も……シシだけ♡」

「はい……」

 

 衣玖はそれからシシの前に移動し、シシの掻いたあぐらの中に腰を下ろした。

 シシも盃を置いて衣玖のことをお姫様抱っこするように抱えると、衣玖はシシの首に手を回し、ギュッとシシに抱きついた。

 

「衣玖さん、本当にどうしたんです? 何かしてしまったなら言ってください」

「あなたは何も悪くない……私の意思が弱いだけ……」

「え?」

 

 すると衣玖はシシに抱きついたまま、耳元で静かに口を開く。

 

「あなたが私を置いてどこかに行ってしまいそうで、怖いの……総領娘様がシシと触れ合っていると特に……」

「…………」

「総領娘様がシシを気に入ってるのは見れば嫌でも分かるわ……でもどんなにあのお方が望んでも、あなただけは渡さない……渡したくない……」

「衣玖さん…………」

「でもあのお方が絶対的な権力であなたを私から奪うようなら、私は……!」

「衣玖さん!」

 

 シシは強引に衣玖の話を終わりした。それ以上の言葉は聞きたくなかったからだ。

 

「大丈夫です……天子様はそんなことをする方ではありません。それは衣玖さんが一番分かってるはずです」

「…………」

「それに俺は衣玖さんしか……その……す、すす、好きになれませんから……」

 

 せっかくの言葉をどもり、顔を真っ赤にして言うシシ。

 そんなシシの言葉や想い、仕草に衣玖はこれでもかと胸が高鳴り、よりシシへの愛情がこみ上げてきた。

 

「ふふふ……そこはちゃんと言って欲しかったな〜♡」

「む、無茶言わないでくださいよ……想いを伝えるのはまだ恥ずかしいんです……」

「もう何年も一緒にいるのに……まだ慣れないの?♡」

「慣れる慣れないの問題じゃないんです」

「お酒飲んでても?♡」

「こういうのはお酒の力で言いたくありません」

「真面目なんだから……でもそういうところも大好きよ♡ ちゅっ♡」

 

 衣玖がシシの耳に優しくキスをすると、シシは顔を真っ赤にし、衣玖を抱きしめたまま立ち上がった。

 

「きゃっ♡」

「衣玖さん!」

「野獣さんに変身ね♡」

「……ダメですか?」

「ここまで来てそういうこと訊かないの……それとも言わせたいのかしら?♡」

「す、すみません」

「ふふ、ほ〜ら♡ 早くシシのベッドに連れてって♡ 続きしましょ、ね?♡」

 

 その夜、二人は沢山サタデーナイトフィーバーし、朝から天子に「昨晩はお楽しみでしたね♪」とニヤニヤ顔で言われるのだったーー。




永江衣玖編終わりです!

天子と衣玖さんの関係は原作では顔見知り程度なので、こちらでは独自設定高めで書きました。
面倒くさがりの衣玖さんでも恋すればこうも変わるっていいと思うんですよ(個人的に)。

ではお粗末様でした〜☆


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天子の恋華想

恋人は天子。


 

 天界ーー

 

 変わりなく平穏の時が過ぎる天界。

 しかし、どんなに天界が平穏でもその平穏を退屈と思う者がいる。

 

「総領娘様!」

「総領娘様! どこに隠れているんですか!」

 

 総領娘こと、比那名居天子は今日も適度な悪戯をして退屈な時間をぶち壊していた。

 

 屋敷の者達は天子が割った高貴な壺の責任を問おうと血眼で探している。

 そしてそれは付き人である永江衣玖の元にも飛んできていた。

 

「総領様には私から言っておきます。なので皆さんは壺を片付けておいてくださいませんか?」

「ですが週が始まってこれで三度目ですよ!?」

「前は毎日でしたよ? それも壺だけでは済みません」

「しかし……」

「総領様に怒られるのは彼女自身です。それに異変後は大分丸くなりした。きっと虫の居所が悪かったのでしょう」

 

 衣玖の言葉に屋敷の者達は渋々といった感じに頷き、自分の持ち場へそれぞれ戻っていった。

 

「皆さんはもう行きましたよ、総領娘様?」

 

 衣玖がドアの方を向いたまま声をかけると、天子は衣玖のベッドの下からひょこっと顔を出した。

 

「ありがと、衣玖♪ 助かったわ♪」

「総領様にはちゃんとお叱りを受けてくださいね」

「分かってるわよ〜……」

「今日もまた寂しくて物に当たったんですか?」

 

 衣玖が天子にそう訊くと、天子は小さく頷いた。

 

「あの方も忙しい身なのですから、我慢してください」

「だって、一ヶ月も会えないだなんて聞いてないもん……」

「あの方は元々ご自分のことは語られませんからね……でもそれは総領娘様も良くご存知でしょう?」

「そうだけど……寂しいものは寂しいの!」

 

 天子はそう言うと窓から外に飛び出してしまった。

 そんな天子に衣玖は『ご夕飯までにはお戻りくださいね〜』と声をかけるだけで、あとを追うことはしなかった。

 何故なら天子が向かう場所は一つだったからだ。

 

 

 ーー

 

 天子は天界でも誰もが好んで近づかない場所へ来ていた。

 そこは天界の最北端に位置し、日の光も無いに等しいくらい寂れた場所。

 しかしこんな所にも大きくて厳格ある立派な祠があるのだ。

 

(まだ帰ってない……馬鹿……)

 

 天子は祠に入ると、適当な所に寝転び、天井を見上げた。

 天井の一面にはいっぱいに黒く雄々しい龍の絵が描かれていて、生きているかのように眼光鋭く天子を見つめていた。

 

(早く帰ってこないかな……)

 

 天子が待ちわびているのは、この絵に描かれている黒龍なのだ。

 黒龍と言っても龍の姿ではなく、その見た目は若い青年の姿である。

 

 黒龍は災いをもたらす邪悪の化身とされているため、天界では大きな地位を誇るものの天人達からは恐れられ、ここには誰もやってこない。

 実際には誰よりも争いを好まず、争い事になれば自らの命を投げうってでも争いを止める心優しい龍なのだが、それを知る者は殆どいない。

 

 そんな誰もやってこないところに天子が訪れたのには理由がある。

 この黒龍こそ、天子が最も慕っている恋人だからだ。

 

 天子は元々裕福な家庭で暮らし、天人へなったことで更に苦労というものを知らずに生きてきた。

 親と顔を合わせるのも事務的で、家族よりは殆ど付き人と接するしかなかった。

 そんな中で天子はいつものように家を飛び出した。

 そして気の向くまま行った先で出会ったのが黒龍である。

 黒龍は天子に何も言わないながらも特に邪険にすることもなく、しかも一人の人として接した。

 総領娘としての自分ではなく、一人の人として接してくれた黒龍を気に入った天子は黒龍の元を度々訪れるようになり、今に至る。

 

 そして黒龍が不在なのは龍同士の会議に出席しているからだ。

 

(早く帰ってきてよ……)

 

 天子はそう思いながら、今度は黒龍の布団が仕舞ってある押し入れに潜り込んで、ふて寝していた。

 色眼鏡で自分を見ることなく、どんな文句も黙って聞いてくれる黒龍が恋しい天子。

 しかし恋しい黒龍の匂いがついている布団の上で、天子はいつしかそのまま眠りに就いてしまった。

 

 

 それから数時間後ーー

 

「ん……ん〜……」

(なんだろう……とても温かくて安心する……そして大好きな人の匂いもする)

 

 そう感じながら天子がゆっくりと目を開けると、

 

「…………」

「ん〜……?」

「…………」

「黒、龍?」

 

 視界が段々ハッキリしてきた天子の眼前に黒龍の顔が浮かび上がった。

 

 黒龍は天子が眠ってしまった数十分後に祠へ帰ってきた。

 祠に入ると天子の靴があったが見回しても姿がなく、気を探ると押し入れで眠っていたので、起こさないように持ち上げ、座して天子を抱えたまま、起きるのを待っていたのだ。

 

 天子は黒龍だと気付くと、目をパッと見開き、黒龍の胸板や顔をペタペタと触り出した。

 黒龍が小首を傾げていると、天子は「やっと帰ってきたのね、馬鹿黒龍〜♡」と叫んで黒龍にしがみついた。

 黒龍はそんな天子に優しい笑みを浮かべ、更に優しく天子の背中をポンポンと叩くように撫でた。

 

「黒龍〜♡ 黒龍〜♡」

「♪」

 

 黒龍の胸板に顔を埋めてご機嫌の天子。そんな天子を見て黒龍も何も言わないながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 すると天子はあることを思い出して素早く祠の外を見た。

 

 外は来た時よりも暗くなっていて、明らかに夜だというのが分かる。

 それを知った天子は「あちゃ〜」とバツが悪そうな声を出した。

 

「衣玖に夕飯までには帰ってくるように言われてたのにな〜」

 

 すると黒龍が首を横に振った。

 天子は「どうしたの?」と訊くと、黒龍は机の上に置いてあった手紙二通を天子に渡した。

 

「一つは衣玖の字ね。もう一通のは……げ、お父さんからだ」

 

 明らかに嫌そうな顔をする天子だが、黒龍から「そんなことを言うな」という視線を飛ばされた。

 天子は「ちゃんと読むわよ」と言って苦笑いを浮かべつつ、まずは衣玖の手紙から読んだ。

 

『総領娘様へ

 

 お時間になっても帰って来られなかったので

 黒龍様の所までお迎えに参りましたところ

 黒龍様のお膝元で幸せそうに寝ていたので

 今回は帰ります。

 

 私の手紙と一緒に総領様のお手紙も

 預かっているので必ず読んでください

 

               永江衣玖より』

 

「衣玖に悪いことしちゃったわね〜……で、次はお父さんからのか……」

 

『愛する娘へ

 

 壺のことは怒ってないよ☆

 明日には必ず帰って来てね♪

 それと黒龍様に失礼がないように(・へ・)

 

                byパパ』

 

「何がパパよ……いつも仕事仕事でこういう時ばっかり父親面して……てか文面キモッ」

 

 天子は思わずつぶやくと、黒龍が軽く天子の頭を叩いた。

 そして天子に「そんなことを言うな」という視線を送った。

 

「わ、分かってる……今のはつい口が滑ったのよ」

「…………」

「そ、そんなに怖い顔しないでよ……ちゃんと明日謝るから」

「♪」

 

 天子が反省の色を見せると、黒龍はまた優しく天子の頭を撫でた。

 

「ていうか、お父さんって私達のこと知ってたんだ……何も言わないから知らないのかと思ってた」

 

 すると黒龍はまた一通の手紙を天子に見せた。

 

「またお父さんの字……」

 

『此度の文、拝読しました。

 私の娘と蜜月な関係になったとのことで

 私としては驚いております。

 

 娘は私のせいで愛情というものを

 よく知らぬまま育ってしまいました。

 こんなことを申すのは恐れ多いのですが

 どうか我が娘、天子を

 末永くお願い致します。

 情に深い黒龍様にしかお願い出来ません。

 何卒、天子を宜しくお願い致します。  』

 

「黒龍から先にお父さんに手紙出したの!?」

 

 天子が驚いて訊くと、黒龍はコクリと頷いた。

 

「律義というかなんというか……」

 

 黒龍に苦笑いを浮かべていると、天子はある文字に注目した。

 

「というか『蜜月』って……私達結婚もしてないのに……♡」

「?」

「てか、こう書かれてるってことは親公認なのよね?」

 

 天子の言葉に黒龍がしっかりと頷くと、天子は思わずニヤニヤしてしまった。

 そんな天子に黒龍が小首を傾げていると、

 

「じゃあ、今度私の屋敷に黒龍を連れてっていいのよね?♡」

「!?」

「お父さんとお母さんに私達がラブラブなの教えちゃいましょ♡ 蜜月な関係ならもういつ私をお嫁さんにしてもいいってことだもんね♡」

「………………」

「黒龍、だ〜いすき♡ ずっと離さないんだから♡」

 

 次の日、天子は黒龍を連れて屋敷に戻ると比那名居一族総出で黒龍を歓迎した。

 そしてその日から天子は黒龍の祠で過ごすようになり、毎日愛に包まれた幸せな日々を過ごし、退屈な日々が消え去ったそうなーー。




比那名居天子編終わりです!

これも色々と独自設定を濃い目にしましたがご了承を。
何かと破天荒な天子も恋すればこうなるかなと思って書きました!

ではお粗末様でした☆


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地霊殿
キスメの恋華想


恋人はキスメ。


 

 地底ーー

 

 幻想郷の地下に広がる、広大な洞窟空間の世界、旧地獄。それが地底だ。

 鬼が築いた巨大都市「旧都」があるが、そこに行くには橋姫が番人を務める橋を渡る必要がある。

 と言っても今では地底も異変後に地上との相互不可侵が緩まり、地上との交流が増え、温泉郷なんていう観光地的な名として知られているため、怖いもの知らずの人間や地上で暮らす妖怪達なんかはちょくちょく訪れているため、橋姫も番人としてではなく殆ど道案内人として橋に立っている。

 そして、この橋よりももっと前。地底へ繋がる縦穴の底にひとりの鬼が立っている。

 

 この鬼は手洗鬼(てあらいおに)と呼ばれ、だいだらぼっちの一種である。

 だいだらぼっちは巨大な鬼であるが、手洗鬼は自分の能力(幻想郷入りと同時に会得)で背丈を変えられるので普段は人間と同じくらいの背丈をしている。

 どうしてこの鬼がここにいるのかというと、

 

「鬼さん、今回もよろしくお願い致します♪」

「ん、帰るのか。それじゃ送ろう」

 

 地底から帰る人を地上へ送り届けるということをしているのだ。

 降りてくる時はヤマメや勇儀が築いた階段を降りてくればいいのだが、せっかく温泉に入った後に何百もの階段を昇るは酷なので、元々人間に対して友好的だった手洗鬼が自分の能力を使って人々を送り届けることをし始めた。

 手洗鬼は人々を無駄に怖がらせないために地底へ移った心優しい鬼なので、こうして人々の助けとなり、触れ合えるのは自分としても嬉しいことなのだ。

 

「さぁ、乗るといい」

 

 ある程度大きくなった手洗鬼は人間達のグループにそう言って手を差し出すと、みんなは「お願いしま〜す」と言いながら靴を脱き、脱いだ靴を持って手洗鬼の掌に乗った。

 人間を地上まで送ると、みんなは手洗鬼にお礼を言い、そして酒や食べ物をお礼として掌に乗せた。

 手洗鬼としては見返りを求めていなかったが、人々の厚意から断り切れず、今ではこれがお代みたいになっている。

 

 そして人間達が去ると、

 

「やあやあ、今日もよくやってるねぇ♪」

 

 と聞き慣れた声がした。

 その声の主は萃香だった。

 手洗鬼は縦穴からヌッと顔を出して確認すると、そこには博麗の巫女や白黒の魔法使い、七色の人形使いの姿があった。

 

「皆さん、ご無沙汰してます。皆さんで地底にご用事でも?」

 

 手洗鬼がそう訊ねると萃香が元気に「温泉と酒♪」と完結に答えた。

 しかしそれだけでは分からないので、隣にいた霊夢が透かさず補足した。

 

「さとり達にご招待されてね。こうして遊びに来たのよ」

「左様で……ならばお乗りください。せっかくですので地下までお送りしますよ」

 

 霊夢達にそう言うと、魔理沙や萃香は「元よりそのつもりだ♪」と言って掌に乗った。

 霊夢とアリスはそれに呆れながらも、手洗鬼に「お願いね」と言って自分達も掌に乗った。

 

 

 霊夢達が掌から降りると、手洗鬼もみんなが話しやすいようにいつもの背丈に戻った。

 

「ありがとな♪ 帰りも頼むぜ♪」

「その時は酒置いてってやるよ♪」

「お気遣いありがとうございます」

 

 魔理沙と萃香にそうお礼の言葉を返すと、アリスが「なら私も地底のお饅頭でも買ってきてあげますね」と言った。

 

「いやいや、お気になさらず。自分が勝手にしてることなので」

「そうそう。笑顔でお礼言えば十分よ」

 

 手洗鬼の言葉に霊夢がそう言うと、魔理沙やアリスから「それは霊夢が何もあげれる物持ってないからでしょ?」とツッコまれた。

 

「御札くらいなら何枚だってあげれるもん……」

「そうしたらこいつの能力が使えないだろ」

「霊夢さん、自分はお気持ちだけでありがたいですから」

 

 慌てて手洗鬼がフォローすると、霊夢は「うぅ〜」と申し訳なさそうな表情を浮かべて唸った。

 すると萃香と魔理沙が「無い袖は振れないんだから気にすんな♪」とフォローしたが、それは逆効果だった。

 それを見たアリスは「なら私が霊夢の分も出してあげるわよ」と言ったので、霊夢はアリスにお礼を言いながら抱きついた。

 アリスは顔を真っ赤にして「分かったから離れなさい!」と言ったが、霊夢を強引に引き剥がそうとはしなかった。

 そんなこんなで賑やかに霊夢達はその場を後にしたが、霊夢達がその場を去ってすぐに手洗鬼は頭に凄まじい衝撃を受けた。

 

「………………」

「キスメ……痛いじゃないか……」

 

 衝撃の正体はキスメで、手洗鬼はヒリヒリする頭を押さえてキスメに抗議した。

 

「浮気した罰」

「浮気なんて……」

「したもん! あの鬼巫女達と仲良さ気に話してたもん!」

「いや、あれはただ話してただけで……」

 

 手洗鬼はそう説明するも、キスメは「ふんっ」と鼻息荒くそっぽを向いてしまった。

 キスメと手洗鬼は恋仲で、キスメは少し前に手洗鬼の元へお昼御飯を持ってここへ来ていたのだ。

 ただキスメは元々内気で積極的に人とは話さないので、バレないように上に上がって、手洗鬼達の様子を見ていたら、恋人の手洗鬼が他の娘と仲良く話をしていたことにヤキモチを焼いてしまったのだ。

 

「せっかく愛情込めて沢山おにぎり握ってきてあげたのに……」

「だから、浮気してないって……」

「嬉しそうにしてたもん……」

「そりゃあ、人と話せるのは嬉しいからで、下心があった訳じゃないんだよ」

「…………本当に?」

「あぁ」

 

 手洗鬼は真っ直ぐな眼差しでキスメの言葉に頷くと、キスメはニパッと笑って「じゃあ信じる♡」と機嫌を直したが、

 

「でも嘘だったらあなたの首を落として私だけのものにするから」

 

 と鎌を首筋に当てて警告した。

 

「大丈夫だ……キスメ一筋だから、他の女子に興味はない」

「や〜ん♡ そうやってまたキュンキュンさせて〜♡」

 

 手洗鬼の言葉にキスメは明らかに先程の声とは全く違う声で「やんやん」と言う具合に、両頬を手で押さえて首を左右に振った。

 

 それからキスメは桶から出ると、適当な岩に手洗鬼と座り、持ってきた風呂敷を広げた。

 そこには二段重ねの大きな重箱があり、一段目は大ぶりのおにぎり。二段目には肉や魚等といった煮物や焼物が入っていた。

 

「こっちはお茶ね♡ 温かいのと冷たいの両方持ってきたけど、どっちがほしい?♡」

「冷たいのを頼む」

 

 キスメは「は〜い♡」と返事をすると、冷たい緑茶が入っている竹水筒からお茶を紙コップに注いだ。

 その一方で手洗鬼は近場にある水場で手拭いを濡らし、その手拭いで手を洗った。

 

「召し上がれ♡」

「頂きます」

 

 手洗鬼はそう言って、まずは大きなおにぎりを手に取って口いっぱいに頬張った。

 適度な塩加減と握り具合、そして香ばしい焼き海苔の香りと白米の香りが口の中に広がり、手洗鬼は思わず顔がほころんだ。

 そんな表情を見たキスメは嬉しそうに笑みを浮かべ、自分も自分用に握ってきた小ぶりのおにぎりを頬張るのだった。

 

「もぐもぐ……美味い……むぐむぐ」

「あはは、そんなに慌てなくても、まだまだ沢山あるよ♡」

「それは分かってるが、美味いから仕方ない……もぐもぐ」

「た〜くさん愛情込めたも〜ん♡ 美味しいに決まってるでしょ♡」

 

 キスメの言葉に手洗鬼は「あぁ」と頷きつつ、一つ目のおにぎりの最後の一口を口に放り込んだ。

 そして二つ目を手に取ろうとした際、キスメが手洗鬼を止めた。

 

「こっち向いて♡」

「?」

「ご飯粒ついてる♡」

「す、すまん」

「普段はしっかりしてるのに、こういう子どもっぽいとこもあるのよね〜♡」

「面目無い……」

「私はそういうとこも好きよ♡ 私しか知らないあなたの可愛い一面だもん♡」

 

 そう言うとキスメは取ってあげたご飯粒を手洗鬼に食べさせてあげるのだった。

 手洗鬼は恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、素直にキスメの指にあるご飯粒食べた。

 その直後、キスメはその指をペロッと一舐めし、自分もまたおにぎりを食べるのだった。

 その仕草に内心ドキッとした手洗鬼は、耳まで赤く染めて二つ目のおにぎりを頬張るのだった。

 

 ーー

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした♡」

 

 仲良く手を合わせてご馳走様をした二人は、食後に温かい緑茶を肩寄せ合って飲んだ。

 

「ねぇねぇ♡」

「ん?」

「食後に甘い物食べたいな♡」

「え」

 

 傍から聞けばデザートのおねだりだが、二人にとってこれはただのデザートではない。

 

「食べたいな〜♡」

「…………」

 

 キスメはそう言いながら手洗鬼の唇を優しく撫でるように指でなぞった。

 手洗鬼は顔を真っ赤にし、辺りに人がいないか確かめた。

 

「別に見られたっていいじゃない♡ みんなに私達のアツアツでアマアマなキスシーンみせちゃおうよ♡」

「恥ずかしい……」

 

 普段キリッとしている手洗鬼の初心な反応を目の当たりにしたキスメは、身体の中からゾクゾクと何かが込み上げてきた。

 そして次の瞬間、有無を言わさず唇を奪い、暫くの間辺りにちゅぱちゅぱと何とも言えない音が響くのだったーー。




キスメ編終わりです!

内気だけど心を許した相手には強気なキスメにしました!

お粗末様でした〜☆


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ヤマメの恋華想

恋人はヤマメ。

※グロテスクな表現が少し入りますので、苦手な方はご注意ください。


 

 地底ーー

 

 地底には地上での罪人がたまに放り込まれる。

 放り込まれた者は生きて地上へは戻れない。

 どんなに運が良くとも、最後の最後で必ず姿を消す。

 

 そして、今もひとりの罪人がその場へ足を踏み入れた。

 

(ここさえ抜けりゃ、後は地上へ上がるだけよ……)

 

 男は息を殺し、気配を殺し、地上へ繋がる縦穴を登っていく。かなりの傾斜だが這うようにすれば登れなくはない。その代わりに身動きはかなり制限される。

更には登るのにかなりの時間を有する上、隠れる場所もないため、追跡者からは丸見えの状態だ。

 しかし、唯一の救いは明かりがないため暗いということ。

 

(これだけ暗けりゃ見つかんねぇだろ。さっさと登っちまおう)

 

 男は旧都で盗んだ黒い羽織りで全身を覆い、ゆっくりゆっくりと着実に登っていく。

 

(よし! 見えた! これでーー)

「ほぅ、貴様。運がいいな」

 

 地上へ繋がる出口まであと少しのところで、男は声をかけられた。

 男の前に現れたのは、長身で筋骨隆々の青年だった。

 

(どうして!? というかなんでこんな急斜面で普通にしてられんだ、こいつ!?)

「この縦穴は俺の縄張りなんでね。貴様が来た時から分かっていた」

 

 青年はそう言うと右手の指先から真っ黒な糸を出してみせた。

 

「ひっ」

「俺は牛鬼……貴様みたいな運の良い奴を狩るのが仕事だ」

「ま、待ってくれ! やっとここまで来たんだ! 命だけは助けてくれ!」

「貴様に殺された母娘も同じようなことを言っていたな……貴様はその時どうした?」

 

 牛鬼の問いに男は何も言い返せなかった。

 

「言えないよなぁ。貴様はあの母娘の泣き叫ぶ声を聞きながら、犯し、じわじわと殺したんだからなぁ」

「あ、あいつが俺を捨てたのが悪ぃんだ!」

 

 男は見苦しい言い訳を叫ぶが、次の瞬間には声が出なくなった。何故なら牛鬼の糸に喉元を潰されたから。

 

「ーっ! ーーーっ!」

「やっと静かになったな……俺は貴様の事情なぞ興味はない」

 

 すると牛鬼は妖しく笑い、男の元へ近づいていく。

 男は逃げようとするも、既にその身は牛鬼の糸に絡まり、逃げられない。

 

「先ずは貴様の手足から食らう……俺は一番美味いところは最後に食らう主義でね」

「ーーーーーっ!」

「貴様があの母娘にしたように、俺もじわじわと貴様を食い殺してやろう」

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

「今回もお疲れさん♪ また頼むよ♪」

「あぁ、俺のところまで来る奴がいればな」

 

 ひと仕事終えた牛鬼は小町と話していた。

 小町は牛鬼が処分した罪人の魂を運ぶため、牛鬼とはこうして良く顔を合わせる仲である。

 

「ま、これで多分暫くは何もないからさ。気長に待ってておくれよ♪」

「そうさせてもらうよ。俺だって忙しいんだからよ」

「悪かったって〜、後で映姫様にあんたの手当てに色つけてくれように頼んどくからさ〜♪」

「それは勘弁してくれ。それが理由で地獄に落とされちゃかなわんからな……まぁ既に地獄行きは決まってるようなもんだが、少しでも罪を軽くしたくてこの仕事を受けてるんだからよ」

「なはは……ま、まぁ、とりあえず終わりだからさ。あんたは帰りなよ」

 

 苦笑いを浮かべて小町が返すと、牛鬼は「あぁ」と短く返して旧都の方へ歩いていった。

 小町はそれを見送った後で、罪人の魂を運んで行くのだった。

 

 

 牛鬼が旧都の入り口へ着くと、橋からある人物が牛鬼の方へ駆けてきた。

 

「ダーリン〜♡」

 

 その人物は牛鬼の恋人であるヤマメで、ヤマメはお花畑が咲き乱れたかのようなオーラをまとって牛鬼の胸へダイブした。

 

「戻ったよ、ヤマメ」

「うん、待ってた♡」

 

 ヤマメはそう返すと、牛鬼に「お仕事お疲れ様〜♡」と言って、何度も何度も牛鬼の頬や首筋にキスをした。

 

「くすぐったい……」

「えへへ、ごめんごめん♡ じゃあこっちにするね♡」

 

 するとヤマメは牛鬼の唇に自身の唇を重ね、何度も何度も牛鬼の唇をついばんだ。

 対する牛鬼もヤマメの体をしっかりと抱きしめ、ヤマメの口づけに応えていた。

 

「ダーリン……ちゅっ♡ んっ♡ ずっと、んんっ、ずっと♡ 待ってたの……ちゅっ、ん、れろ♡」

「待たせて、んん、悪かった……ちゅっ」

「んはぁ…………えへへ♡ それじゃ、早速デート行こ♡ デート♡」

 

 やっとチュッチュするのを止めたヤマメがそう言って牛鬼の左手を取ると、牛鬼は「あぁ」と優しい笑みを見せて恋人繋でその場を後にした。

 

 元々今日は朝からヤマメとデートする予定だったが、罪人のせいで半日を無駄にしてしまった。

 二人は地底では誰もが知っている名物カップルで、二人は旧都が出来る前から付き合っている仲である。

 そのラブラブさはあのパルスィでさえ妬むのを止めているくらいで、周りからは『さっさと結婚しろ』と言われている。

 実際二人は同じ家に住んでいる上、付き合いも何百年単位なので、事実上は結婚しているようなものだ。

 しかし二人からすれば恋人以上夫婦未満の関係を楽しみたいということで、結婚はしないであくまで恋人として付き合っているのだ。

 

 地底は今、温泉街として賑わっていて、地上に暮らす妖怪も度々訪れている。

 

「ねぇねぇ、ダーリン♡ 地底マップ(雑誌)で新しい休憩所が出来たんだって♡ 行ってみない?♡」

「ヤマメが行きたいなら一緒に行くよ。俺はそういうのには疎いから」

「ダーリンは我が道を行くタイプだもんね〜♡」

「違うな」

「えぇ〜、そうかな〜?」

 

 すると牛鬼はヤマメの手を優しく両手で握りしめ、ヤマメの目を見つめた。

 

「俺が進む道はヤマメと同じ道だ。常に俺はヤマメと共に歩んで行きたい」

「ダーリン……♡」

 

 牛鬼のプロポーズ並の言葉にヤマメの胸はキュンキュンと心地良い締め付けを感じた。

 

「不意打ち過ぎるよぅ♡」

 

 ヤマメは恥ずかしそうにしながら返すが、その瞳ではちゃんと牛鬼の目を見つめ返している。

 すると二人の距離は互いに引かれ合うように徐々に縮まり、またしても互いの唇をついばむラブラブチュッチュタイムに突入するのだった。

 

「ま〜たやってますね、あの二人……」

「まぁ、地底名物だからね〜」

 

 そんなヤマメ達を、散歩に来ていた地霊殿の主・さとりとそのペットでお伴していたお燐が眺めていた。

 ヤマメ達は人前だろうが、何だろうがラブラブチュッチュタイムに突入すると暫くあのままである。

 地底にある茶屋で一休みしていたさとり達は二人のすぐ真横、ある意味では特等席でヤマメ達を見ていた。

 

「全く気にせずに口づけしてますね〜」

「そうね……いつもいつもラブラブだわ」

 

 顔を真っ赤にしてヤマメ達から目を逸らすお燐とは正反対に、さとりはお茶をすすりながら涼し気な顔をしてヤマメ達を見ている。

 

「さとり様はどうしてそんなに見てられるんですか〜?」

「幸せな光景だから……かしらね。私もあそこまでは行かなくとも、いずれはあの二人のように、私に寄り添ってくれる人がいたらいいな……とか考えちゃうのよ」

「さとり様にはこいし様とあたいやお空、地霊殿のペット達がいるじゃないですか〜! 寂しいこと言わないでください!」

「ふふふ……そうね、今の私も十分幸せなのよね……ありがとう、お燐」

 

 さとりはそう言うとお燐の頭や顎を優しく撫でた。

 お燐はその優しい手付きに思わず喉を鳴らし、さとりの肩に頬擦りするのだった。

 そしてさとりはそんなお燐を優しく眺めつつ、ようやくラブラブチュッチュタイムを終えて歩き出したヤマメ達の背中を見送るのだった。

 

 

 ヤマメ達は目的の場所、新しく出来た休憩所に着くと、早速中へ入った。

 外観はパッと見るとただの大きな木組みの家だが、中は小綺麗でどの部屋も完全個室という地底では珍しい休憩所だった。

 適当な部屋に通されたヤマメ達。

 その部屋のベランダからは旧都が広がり、遠目だが地霊殿も見えている。

 

「いい部屋だな……休憩所というよりは宿みたいだ」

「そうだね♡ 追加料金払えば泊まることも出来るって言ってたしね♡」

「でもいきなり休憩所で良かったのか?」

「うん♡ ダーリンお仕事の後だったから、とりあえず先にゆっくりさせてあげたいって思って♡」

「ヤマメ……」

「えへへ♡ ほら、こっちにおいで♡」

 

 ヤマメはそう言って牛鬼に向かって両手を広げた。

 牛鬼は吸い寄せられるようにヤマメの膝枕に身を預けた。

 

「素直なダーリン可愛い♡」

「ヤマメの方が可愛い。絶対に」

「ありがと♡ ダーリンから言われるとすっごく嬉しい♡」

「大好きなヤマメの匂いがする……」

「やん♡ くすぐったい♡ なら私もダーリンの匂い嗅いじゃうんだから♡」

「仕事した後だから嗅がないでくれ」

「や〜♡ 私だけ嗅がれて不公平だもん♡ それに私は好きよ、ダーリンの汗の匂い♡ 嗅いでるとクラクラしちゃう♡」

「なら余計に嗅がない方が……」

「もう遅いで〜す♡」

 

 その後もヤマメと牛鬼はラブラブいちゃいちゃして過ごした。

 そしてその光景は休憩所の部屋の窓からバッチリ見えていたので、目撃した者達はことごとくその場で砂糖を吐いたそうなーー。




黒谷ヤマメ編終わりです!

蜘蛛らしく糸で絡めて離さないようなヤマメにしようと思ったのですが、デレデレで周りが見えてないヤマメは新しいかと思って今回のような感じにしました!

お粗末様でした〜☆


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パルスィの恋華想

恋人はパルスィ。


 

 地底ーー

 

 地上から移り住んできた者達が暮らす地底。

 その地底の都・旧都へ繋がる大きな橋に、守護神的存在として番人をするひとりの鬼神が今日も立っていた。

 番人と言っても、今の旧都は前ほど閉鎖的ではなく、温泉目当ての観光客が多い。

 そのため、番人のパルスィは番人というよりは案内人的な存在と化している。その証拠として、今は橋に設置した椅子に座って『温泉郷はこの先真っ直ぐ』と書かれたプラカードを持っているのだ。

 パルスィ自身も己の糧となる他人の嫉妬心が蓄えられるので、今の生活には概ね満足している。

 

 しかし、一方で少し困ったこともある。

 それは、

 

「お姉さ〜ん、良かったらお茶しませんか〜?」

 

 ナンパがたまにやってくるのである。

 パルスィは鬼神であるが、それと同時に女神でもあり、容姿端麗で誰もが見惚れる存在である。

 そんなパルスィが橋にひとりでいれば、声をかける輩もいるのだ。

 

(温泉郷なんて出来て、こんな面倒な奴も来て……こういう奴等はみんな軽そうで妬ましいわ)

 

 パルスィはそう考えながらナンパには返事もせずにシカトしていた。

 

「そんなムスッとしてないでさ〜♪ 俺、こう見えても結構金持ってるし、欲しいのあれば買ってあげるよ?♪」

 

 ナンパはそれでも構わずパルスィにしつこく声をかける。

 

(金があるなら遊郭にでも行けばいいのよ……そのハッピーな頭が妬ましいわ)

 

 そんなナンパにパルスィはただ無言で眺めていた。

 すると、

 

「てめぇ、人が下手に出てりゃいい気しやがって……」

 

 ナンパの声色が変わった。

 

「お高く止まってんじゃねぇよ! 少し美人なだけでよ!」

 

 そう叫ぶとナンパはパルスィの手を力強く掴んだ。

 それでもパルスィは何も言わずにいた。それもその目は凄く冷たかった。そして表情は何処か哀れんでいるようにも見えた。

 

「どうせ誰にも相手にされねぇんだろ!? なら俺が一晩だけ夢見せてやるってんだよ!」

 

 本性というか、本音がだだ漏れのナンパはパルスィの手を引いて、強引に連れ去ろうとした。

 

 するとその時、

 

「下賤な人間が来るたぁ、地底も甘く見られたもんだなぁ」

 

 と声をかける者が現れた。

 ナンパは「あ"ぁ"?」と高圧的な態度で振り向くが、その勢いはすぐさま何処かへ消え失せてしまった。

 

「威勢のいい人間だなぁ……殺るなら相手になるぜ?」

 

 ナンパのすぐ真横に立ちはだかっていたのは、鬼だったのだ。

 その鬼は口に大きく黒い煙管を咥え、ナンパを見下ろしていた。

腰まで伸びる真っ白で鋭い髪とは別に頭の左右には蛇がとぐろを巻いているような太く真っ赤な角が生えており、ナンパのことを白眼も見えない大きな黒眼で捉えている。

そして着ている真っ黒な着物の胸元からは明らかに普通の厚さではない胸板がチラリと覗かせていて、着物の捲くられた袖から見えている腕も分厚い筋肉で覆われているのがハッキリと見て取れる。

 

 鬼は不敵な笑みを浮かべていたが、ナンパはその笑顔やオーラに思わず腰を抜かし、声を震わせながらヘコヘコと這いつくばりながら逃げていった。

 

「けっ、つれないねぇ……挨拶くらいしろってんだ。礼儀がなってねぇ」

「あなたが挨拶したら死んでたわよ、あの人間」

 

 パルスィが呆れたように言うと、鬼は「そうか?」と首を傾げつつ、また煙管を吸った。

 

「何もされてねぇか?」

「変な言いがかりをされたくらいよ」

「やっぱご挨拶してくるわ」

 

 ニッコニコの笑みを見せてナンパの後を追おうとした鬼だったが、透かさずパルスィに「いいからここにいなさい」と言われた。

 鬼は明らかに不満そうな顔をしてパルスィを見ると、パルスィはふぅと小さく息を吐いて口を開いた。

 

「あんなのより、私のところにいなさいよ……妬ましい」

 

 少し目を逸らし、頬を微かに赤く染め、鬼の着物の袖を掴むパルスィ。

 そんなパルスィを見た鬼は上機嫌に頷き、胸いっぱいに煙管を吸った。

 

 実はこの二人……恋人同士である。

 最初、この鬼はパルスィの警護と怪しい人物が旧都へ行かぬようにするため、さとりに頼まれた護衛兼取締役だった。

 しかし、パルスィに一目惚れしたこの鬼は、仕事そっちのけで猛烈アピールをし、パルスィはそれに折れるような形で恋仲となり、今ではパルスィも満更でもない様子で二人の恋路は順調そのものである。

 

 この鬼、元は悪鬼であり、地上にいた頃は人里に祟りを起こす名前の通りの悪い鬼だった。

その力は勇儀や萃香なんかも一目置くほどの実力者だ。

 パルスィという守るべき存在が出来たことで今ではかなり丸くなったが、今でもその実力は健在で純粋な力比べなら勇儀と互角、もしくはそれ以上であり、元々兄貴気質なところも相まって人脈も広く、仲間達からは恐れられるより、憧れや尊敬といった対象となっている。

 

 ただそんな鬼にも弱点があり、その弱点とはお酒なのだ。

 酒に強いイメージがある鬼だが、この鬼は全く飲めず、おちょこ一杯でふにゃふにゃになってしまうほどだ。お酒が飲めない分、かなりの愛煙家であるため、周りからは『煙鬼(えんき)』という名で通っている。

 

「あなたが煙草の葉が無くなったとかで買いに行っちゃったのが悪いのよ、馬鹿」

「す、すまねぇ」

「私よりも優先されるコイツが妬ましいわ!」

 

 そう言ってパルスィは煙鬼が咥えている煙管を睨んだ。

 

「妬ましいって言われてもなぁ……」

「(まぁ、あなたの煙管を吸ってる時の仕草が好きだから吸っててくれた方がいいんだけど♡)」

「ん、何だって?」

「何でもないわ。それよりもっと隣に来てよ、私寒いんだけど?」

 

 パルスィからそう言われた煙鬼は「おう♪」と返事をし、透かさずパルスィのすぐ右隣に移動して逞しい左腕をパルスィの肩に回した。

 

「これでどうだい、お姫様?」

「まぁまぁ……まぁまぁね♡ でも悪くないわ♡」

「そいつぁ良かった♪」

「〜♡」

 

 その後も二人は肩寄せ合って仕事をし、行き交う人や妖怪達に生温かく見られたが、二人にとってそんなことは些細なものだった。

 

 本日地底へ訪れる予定の者達が全員橋を通り終えると、二人は互いにふぅと息を吐いた。

 やっと本日のお勤めが終わった瞬間である。

 

「終わった終わった〜」

「あなたはただ煙管吸ってただけでしょ、妬ましい」

「だって俺には話しかけてくる奴いねぇもんよ」

「話しかけようとしたら逃げられるものね♪」

 

 パルスィはそう言うとクスクスと可笑しそうに笑った。

 そんなパルスィの言葉に煙鬼は思わずムスッとして、片っぽの頬を膨らませる。

 そしてそんな煙鬼の仕草が愛らしくてパルスィの心はぴょんぴょんと跳ねる。

 

(高度なギャップ萌えを見せるあなたは妬ましい!♡)

 

 そう心の中で叫んだパルスィは「えい♡」と煙鬼が膨らませた頬を指で突くのだった。

 突かれると煙鬼の口からはプシュっと可愛らしい音を立てて空気が抜け、煙鬼は更にご機嫌を損ねてパルスィに背を向けてしまった。

 パルスィは「やり過ぎた」と反省し、透かさず煙鬼の背中に抱きついて「ごめんね」と謝った。

 

「別に怒ってねぇし……」

「嘘つき……ならこっち向いてよ」

「…………」

「今晩手料理ご馳走するから、許して……ね?♡」

「……ふわとろオムライスがいい」

「ふふふ、相変わらず可愛い食の趣味してるわね♡ いいわよ、作ってあげる♡」

 

 パルスィがそう言うと、煙鬼は「じゃあ早く帰ろう!」と言って振り向くと、透かさずパルスィをお姫様抱っこして自分の家へ駆けるのだった。

 最初こそは驚いたパルスィだったが、煙鬼の無邪気な笑みに毒気を抜かれてしまい、ただ「馬鹿♡」とだけ言ってしっかりと煙鬼に捕まり、その身を預けるのだった。

 

 煙鬼の家に着くと、パルスィはエプロン(自前)をつけて、腕によりをかけて大好きな煙鬼へふわとろオムライスを作った。

 そして大好きな煙鬼が美味しそうに自分の手料理を食べるところを眺めながら、パルスィは幸せな食卓を過ごした。

 

 

 そしてーー

 

「らから〜、パルスィは俺の嫁しゃんにするんらお〜♪」

 

 煙鬼は酔っ払っていた。

 何故なら、

 

「はいはい、気長に待ってるわよ♡」

 

 パルスィがこっそりとお酒を飲ませたからだ。

 パルスィはこの酔っ払ってふにゃふにゃになった煙鬼が愛くるしくて堪らないので、一緒に晩御飯を食べる時は必ず食後のお茶にお酒を盛るのである。

 

「れも〜、まら、恋人パルスィとラブラブしたいんらお〜♪」

「うん、沢山ラブラブしようね〜♡」

「するぅ〜♪」

 

 すっかり酔っ払った煙鬼は煙管そっちのけでパルスィの膝に擦り寄っている。

 

「ふふ、こんなに大きいのに子どもみたいに可愛いわね〜♡」

「子どもじゃらいお〜、俺はパルスィの夫なんらお〜!」

「はいはい♡ あなたは私の夫よ♡」

「ん〜♪ パルスィ、ちゅ〜♪」

「は〜い♡ ちゅ〜♡」

 

 二人は互いの唇を軽く何度も重ねて、チュッと可愛らしい音を立てた。

 

「パルスィ〜♪」

「な〜に〜?♡」

「今夜は帰っちゃらめ〜♪」

「ど〜して〜?♡」

「パルスィとラブラブしるから〜♪」

「じゃあお布団のところ行く?♡」

「うん〜、いく〜♪」

 

 こうしてパルスィは朝まで煙鬼と濃密にラブラブするのだったーー。




水橋パルスィ編終わりです!

ツンデレっぽく書こうと思ったのですが、パルパルパルスィでありながら、甘々パルスィって感じにしました!
デレデレパルスィもありですよね?

ではお粗末様でした〜☆


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勇儀の恋華想

恋人は勇儀。


 

 地底ーー

 

 地底には地上から移り住んだ鬼達が築いた都、旧都が広がっている。

 そこには危険な妖怪やら怨霊やらが住んでいて、地上の者達からは恐れられている場所。

 しかし、そんな地底に住む者達は地底の暮らしにとても満足していて、地上とは少し違いはあるものの、地上と変わらず平穏な時が流れている。

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 そんな地底を勇儀は上機嫌に鼻歌交じりで足取り軽く下駄を鳴らしていた。その両手にはお気に入りの焼酎の一升瓶を持って。

 

「あら、勇儀さん。お酒を持ってどちらへ行かれるのですか?」

 

 すると勇儀に声をかける者がいた。

 勇儀がその声の主を確認すると、そこには地霊殿の主であるさとりと、その妹であるこいし、更にはペットであるお空やお燐といった古明地一家の面々が立っていた。

 

「お〜、そっちも珍しいな。家族連れで」

「こいしがやっと帰ってきたので、今日はみんなで外食をと……」

 

 さとりはそう言うとこいしに「ね?」と笑みを向けた。

 対するこいしはさとりの右手を握ったまま「うん♪」と嬉しそうに頷いた。

 勇儀はそんな姉妹のやり取りに心を和ませていると、お空が「それで勇儀姐さんの方は?」と訊いてきた。

 

「私はこれからちょっと、な♪」

「うにゅ? ちょっとなんてお店あったっけ?」

「相変わらずお馬鹿だねぇ、お空は……」

 

 お空の的外れな考えに透かさずお燐が苦笑いを浮かべてツッコミを入れた。

 

「えぇ、どういうこと〜?」

「あんまり深く訊くもんじゃないって言ってんの!」

「うにゅにゅ〜……」

「相変わらずだな〜、お前のペットらは」

 

 勇儀がケラケラと笑って返すと、飼い主であるさとりは「ごめんなさい」と少し恥ずかしそうに謝った。

 勇儀はそれを見て透かさず「謝ることはないさ」と言って笑みを見せた。

 すると勇儀は何か思いついたような顔をしてさとりの目を見た。さとりは透かさず第三の眼で勇儀の意図を確かめた。

 

「…………なるほど、分かりました。ではお邪魔させて頂きますね」

「おうよ、大勢で行った方があいつも喜ぶからよ♪」

「とか言って、私達にあの人との仲を見せつけたいのでしょう?」

「そ、そこまで読むなよ……」

「ごめんなさい、読めちゃったものですから♪」

 

 勇儀とさとりのやり取りにこいし達が置いてきぼりにされていると、さとりは「勇儀さんが美味しいお店に案内してくれるそうよ」と言った。

 それを聞いたこいし達は「おぉ〜!」と目を輝かせた。

 

「んじゃ、私のあとに付いておいで♪」

『は〜い♪』

 

 こうして勇儀はさとり達と共に目的の場所へと向かうのだった。

 

 

 ーー。

 

 勇儀に連れられてきたのは、旧都でもかなり外れの場所。

 そんな寂れた所に小さな小さな居酒屋がぽつんと佇んでいた。

 

「わぁ、こんな所に居酒屋さんなんてあったんだ!」

「あたいも初めてです!」

「どんなお店なのか楽しみ〜♪」

 

 お空とお燐は初めてのお店に少々興奮気味で、こいしもドキドキワクワクといった感じに目をキラキラさせている。

 そんなこいし達を見て、さとりは優しく微笑み、それから勇儀は「それじゃ入るぞ♪」と言って店の暖簾を潜ると、こいし、お空、お燐、さとりと順番に続いていった。

 

 中に入るとすぐにカウンター席と小さな座敷があり、カウンターの中には男の鬼がひとり立っていた。しかもその鬼は勇儀よりも背が高く、ガタイもしっかりしていて、尚且つ強面だった。

 そんな鬼の迫力に思わず言葉を失っていたこいし、お空、お燐だったが、

 

「よう、今日は団体客も一緒だぞ♡」

「いらっしゃい。待ってたぞ、勇儀」

 

 その鬼は勇儀と笑顔で話をし始めた。

 勇儀に至ってはさとり達と話していた声色とは全く違う明るい声色で、その鬼と仲良く話をしていて更にはカウンター席越しにその鬼の頬にキスまでしていた。

 

 この鬼は勇儀の恋人で、鬼達の間では『山鬼(ざんき)』という名で知られていて、山鬼の店は知る人ぞ知る名店である。

 その名の通り山鬼は体格が(他の鬼と比べて)山のようにデカく、山のようにどんな状況にも動じない静かな鬼だが、その力は勇儀をも凌ぐとのこと。

 勇儀とは山にいた頃からの顔馴染みであり、勇儀の兄貴分的な感じで前から勇儀が無茶をする度に注意したり、介抱したりと何かとお節介を焼いていた。

 そして今ではこの有様である。

 

「山鬼〜♡ 私、山鬼の作った肉じゃが食べた〜い♡」

「ちゃんと作ってある。でもまずはお客人の方が先だ」

 

 山鬼はさとり達を座敷に招くと、カウンターから出てきてさとり達におしぼりとお冷を出した。

 

「さとりさん、お久しぶりです。その節はお世話になりました」

「私はただ許可しただけです。あまり気にしないでください」

 

「お姉ちゃん、この鬼さんと知り合いだったの?」

「えぇ、地底でお店を出すには本当なら私の許可が必要なの。山鬼さんのお店はちゃんと何度も地霊殿まで足を運んで正式に許可した私公認のお店なのよ」

 

 さとりがこいしに説明すると、一緒に聞いていたお空とお燐も「おぉ〜!」と声をあげた。

 

「今この店があるのは全部さとりさんのお陰です。今日はその時のお礼として存分に楽しんでください」

「ふふ、ありがとう。この子達はこう見えて食いしん坊だから助かるわ」

「よ〜し! んじゃ先ずは乾杯だ〜!」

 

 こうして勇儀はさとり達の盃に持ってきた焼酎を注ぎ、細やかな宴が始まった。

 

「うわぁ! この魚の煮付け美味しい!」

「あたいは勇儀姐さんイチオシのこの肉じゃがかな〜♪」

「この出汁巻き玉子好き〜♪」

 

 こいし達は山鬼が作った料理にすっかり胃を掴まれた様子で次々と箸を伸ばしていく。

 そんなこいし達の様子を勇儀は自分のことのように喜びながら盃を仰いでいる。

 

「どれも本当に美味しい。それに気配りも」

 

 さとりはひとつひとつの料理に舌鼓を鳴らし、お酒をちびちびと飲みながら楽しんでいる。

 

「お空がいるのに流石に鳥料理は出せねぇよな♪」

「私達は平気だけどね〜♪」

「ですね、こいし様♪」

 

 勇儀の言葉にこいしとお燐がそう反応すると、お空は「えぇ〜!?」とショックを受け、さとりの方に行ってすがりついた。

 

「よしよし……こいしもお燐も冗談だから泣かないの」

「うにゅ〜♪」

 

 さとりの膝の上で頭を撫でられたお空がご満悦の声をもらすと、こいしやお燐も頭を撫でられたくてさとりのそばに行った。

 さとりは三人からもみくちゃにされながらも、優しく三人の頭を順番に撫で、心温まる光景へ早変わりした。

 

「相変わらず、お前らは仲良しだね〜」

「家族ですから♪」

 

 勇儀の言葉にさとりが珍しく満面の笑みで返すと、勇儀は思わず「羨ましい」と感じてしまった。

 鬼として仲間は沢山いたが、家族とういう存在がなかった勇儀からすればそれは至極当然のこと。

 独りに慣れていると言ってもこうして家族の団欒を目の当たりにすると、やはり感慨深い物がある。

 さとりはその勇儀の心内をふと知ってしまったが、それには敢えて触れず、勇儀へ酒を勧めるのだった。

 

 それから暫く続いた宴だったが、こいしとお空は酔い潰れて眠ってしまったためお開きとなった。

 こいしはさとりがおんぶし、お空はお燐の荷車に乗せ、さとりとお燐は山鬼と勇儀に礼を言って店を後にした。

 店に残った勇儀はカウンター席に移り、山鬼の食器を洗う光景を肴に酒を楽しんでいた。

 

「いやぁ、急に静かになったねぇ」

「いつも通りじゃないか」

「そうだねぇ……」

 

 勇儀はそう言って盃を空にするが、その声はどこか寂しそうだった。

 そんな勇儀を不思議そうに見つめる山鬼の視線に気が付いた勇儀は誤魔化すように笑い、また盃に酒を注ごうとした。

 

「…………ちょっと待って」

 

 山鬼はそう言うと奥の棚から赤漆の盃とお銚子を持ってきた。

 

「小洒落たもん持ってるんだな〜」

「勇儀のために買ったんだ」

「え」

 

 山鬼の言葉に勇儀は思わず胸がドキッと高鳴った。

 しかし山鬼はそんな勇儀に構うことなく、大、中、小といった順に盃を重ねた。

 そして小さな盃へ酒が入ったお銚子を一回、二回と傾け、三回目で注ぐと、山鬼は一回、二回と盃に口を付け、三回目で盃の酒を飲み干した。

 山鬼が次も同じように注ぐと、今度はその盃を勇儀に勧めた。

 

「な……こ、これって……♡」

 

 勇儀は突然のことで思わず声が裏返ってしまった。

 何故なら山鬼がしているのは三三九度で 「三献の儀」。つまり新郎新婦が盃を交わすことに契りを結ぶという意味で、婚礼の儀式の中にあるひとつなのだ。

 

「嫌なら受けなくていい」

「い、いいのか、本当に私なんかで……?♡」

「何を今更……勇儀だからこうしてるんだ」

「〜♡」

 

 山鬼の真っ直ぐな言葉に勇儀は嬉しそうにしながらもモジモジとしてしまい、まるで生娘のようにしおらしくなってしまった。

 

「俺の嫁として、これからは俺の隣で酒を飲んで、俺の料理を食ってほしい」

「うん……私、山鬼の嫁さんになる♡」

 

 こうして勇儀は山鬼と三三九度を行い、細やかな契りを結んだ。

 そしてふたりの鬼はひとつの家族となり、末永く寄り添い、盃を酌み交わすのだったーー。




星熊勇儀編終わりです!

何かと豪快な勇儀姐さんですが、こういうロマンチックなお話もいいかなと思ってこう書きました!
今回は甘さ控えめでしたがご了承を。

お粗末様でした☆


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さとりの恋華想

恋人はさとり。


 

 地底ーー

 

 私の名前は古明地さとり。

 地霊殿の主であり、他人の心を読む(さとり)妖怪。

 つい数年前まで地霊殿から出ることすらしようとしなかった私だけれど……今の私は旧都の視察に赴いている。

 

 地底での異変以降、相互不可侵の関係だった地上と関係も持つ者が増えたのがきっかけで、今では地上の者達をターゲットにした温泉郷という新たなビジネスを展開している。

 人間を餌にする妖怪や怨霊が住まう地底と言われているものの、それは地上の者達が無闇に地底へ近づかないようにするためのプロパガンダ……つまりお互いのためを考えた言い伝えだが、本当の所は地底の者達で人間を餌にする者達は罪人しか食べていない上に、そもそも人肉でなくても生きていける者達が殆どだ。

 だから温泉郷を作って多くの人々に地底へ訪れてほしい……これはそんな私の夢の実現に向けた視察である。

 

「さとり様、お疲れではありませんか? もしお疲れなのでしたらいつでも俺の背中にお乗りくださいね!」

 

 そんな私のすぐ左隣で私を守るように歩く大きく黒い犬……ではなく狼。

 名前はクロ……可愛いでしょう?

 この子は狼の姿をしてるけど人の姿にもなれる子で、私のペットであり……恋人でもあるの。

 

「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。それに疲れたら飛ぶから」

「えぇ!? せっかくなんですから乗ってくださいよ! 俺がお伴にきた意味がないじゃないですか〜!」

 

 クロは私に残念そうに言う。その証拠にクロの立派な尻尾がシュンと垂れているから。

 この子は異変前に私が拾った狼で、最初はとても小さくて犬にしか見えなかった。

 でも今ではこんなにも頼もしい存在となり、私に絶対的な忠誠を誓って、こうした視察の際にはいつもお伴してくれる。内心では私の側を離れたくないっていうのが強いけれど、こういうところもとても愛おしい。

 

「ふふふ……拗ねないの。私はクロが側にいてくれるだけで凄く安心してるの♡」

 

 私がそう言うと、クロは「本当ですか……?」と弱々しく訊いてきた。いつもは元気で頼もしいのに、こういう弱々しい感じを見ると思わず胸が高鳴ってしまう。

 だって可愛いんだもん。

 

「えぇ、本当よ……だから自信を持ちなさい♡」

「はい!」

 

 クロは元気に返事をすると耳を倒して頭を私の方に向けた。これはクロの撫でてください、の合図。私はそんなクロに思わず笑顔を浮かべて頭を撫でると、クロは嬉しそうに尻尾を振った。

 

「おい、てめぇが古明地さとりだな!?」

 

 クロと触れ合っていると急に背後から邪魔された。

 振り向くとそこにはガタイのいい鬼の男が三人立っていて、私を親の敵のように睨んでいる。その手には金棒やら何やら物騒な物を持って。

 その鬼達の心からは私への憎悪がサードアイで見なくとも感じ取れた。

 

「えぇ、私が古明地さとりですが……何か?」

「てめぇが閻魔なんかに告げ口したせいで、こちとら大迷惑だったんだ!」

「店も取り潰されたんだぞ!」

 

「それはあなた方が鬼の力をちらつかせて地上からきた人々に恐喝していたからです。全て身から出た錆でしょう。寧ろその程度で済んだことを喜ぶべきでは?」

「うるせぇ! てめぇが言わなきゃバレなかったんだよ!」

「俺らみたいな小物の気持ちなんざ、だだっ広い館でぬくぬく育ったお嬢様には分からねぇんだよ!」

 

「確かに分かりません……ですが小物なら何をしてもいいということにはなりません」

 

 するともう我慢の限界だったのか、ひとりの鬼が私にめがけて棍棒を振りかざしてきた。

 しかしそれは私の元に届くことはなく、辺りに砂煙が舞い上がった。

 

「さとり様に手ぇ出す不届き者は、この俺が許さねぇ!」

 

 どうやら人の姿へ化けたクロが鬼を吹き飛ばして舞い上がった砂煙だった。

 その証拠に砂煙が晴れると、長身の男が姿を現し、腰まである藍色掛かった綺麗な黒髪が揺らめいていた。

 

「犬っころの分際で、鬼である俺達に楯突く気か!?」

「楯なんざ必要ねぇ。その前に俺が貴様らの喉笛を引き裂いてやる! そして俺は狼だ!」

「クロ、殺してはダメよ?」

 

 私の言葉にクロは不満そうにしながらも「御意」と頷いた。

 すると残りの鬼達が得物を構えてクロへ突進してきた。

 

 クロは金棒を持つ鬼の攻撃を避けると、その鬼の腕を取り、空振った遠心力を使って鬼を放り投げ、地面に叩きつけると同時に肘でその鬼の溝を潰した。

 

 仲間が一瞬で伸されるのを目の当たりにした残りの鬼は「ひぃ!?」とたじろぎ、弱腰になった。

 そして目標を変え、私の方へと突進してきた。

 戦術としては正しいけれど、本当なら逃げるべきだった。

 

 クロは透かさず私と鬼の間に入ると、大振りしてくる刀に合わせて側転。それと同時に脚で鬼の頭を絡め取り、側転でついた遠心力で鬼の脳天を地面に叩きつけ、それと同時に絡めた脚で鬼の喉を潰した。

 

 ほんの数分……いや、数秒で鬼達は伸びてしまった。

 

「クロ……やり過ぎ……」

「で、でもこれでも十分手加減したんですよ!?」

 

 すると最初にクロに吹き飛ばされた鬼が起き上がった。

 

「ほ、ほら! ちゃんと生きてます!」

「ふふ、そうね……じゃあ、あの鬼をこちらへ連れてきてちょうだい」

 

 私が命令すると、クロは透かさず起き上がった鬼の腕をガッチリと決めて私の前に連れてきた。

 

「見せしめに殺ろうってか?」

「黙ってさとり様のお言葉を待て」

 

 私はゆっくりとその鬼の前に立ち、口を開いく。

 

「今度ね……また新しく旧都に温泉宿を作ろうと思ってるんです」

「だから何だってんだ?」

「まだ気付かないかしら? その宿を建てるのに人手がいるんですよ」

「…………は?」

「どうせ何もすることがないなら私が雇ってあげましょう。勿論ちゃんと働いてくれれば宿が完成したら、その後はその宿の従業員として雇用することを約束します」

「ま、マジかよ……」

「旧都の雇用問題も私の仕事の内……それでどうかしら?」

「それはあいつらも入ってるんだよな?」

 

 鬼が伸びているふたりの鬼を見て言う。

 私はニッコリと笑って「勿論」と返すと、その鬼は「なら頼む」と頭を下げてきた。

 

「じゃあ詳しい話は後日ということで……そうね、三日後のお昼に地霊殿へ来てください。お食事しながら話を詰めていきましょう」

 

 そう言うと鬼は「はい!」と返事をして伸びた仲間を介抱に向かった。

 

「…………」

 

 そんな鬼をクロはまだ許せていないのか、険しい表情で見つめている。

 

「クロ、お座り」

「え、あ、はい」

 

 私の言葉に素直に反応したクロがその場で跪くと、私はクロの左頬にそっと口づけた後で、更にクロの左手の指先にも口づけた。この口づけには意味があり、頬には親愛や満足感。指先には賞賛という意味合いがある。

 

「さ、さとり様!?」

「守ってくれてありがとう……嬉しかったわ♡ ますますクロのことが好きになっちゃった♡ どうしてくれるの?♡」

「そ、そう言われましても……」

「ふふふ、じゃあクロからもして♡」

「は、はい……失礼します」

 

 するとクロは跪いたまま私の左手を取り、手の甲に口づけ、手を離してから今度は私の左足のすねに口づけた。手の甲には敬愛。そしてすねには服従という意味がある。

 でも私がしてほしいのはその場所ではない。

 

「…………やり直し」

「えぇっ、何か間違ってましたか!?」

「クロは私のペットだけれど、恋人でもあるのよ? この場合、口づけるべき場所はどこ?」

 

 私の問いにクロは「えっと……」と言ってあたふたしてしまった。こういう鈍感なところも可愛くて仕方ないけれど……。

 

「ここよ、ここ」

 

 早くしてほしくなってしまった私が痺れを切らし、クロに向かって唇を差し出した。

 

「し、失礼します」

 

 やっと気が付いたクロはそう言うと私の唇に口づけてくれた。

 そして心の中にある私への愛の言葉が沢山私の元へ流れ込んできて、私の心からもクロへの愛がこれでもかと溢れ出した。

 

 唇を離すとクロは蕩けた顔をしていて、それも凄く愛おしかった。

 

「ねぇ、クロ?♡」

「は、はい?」

「疲れちゃったから視察地まで運んでもらってもいいかしら?♡」

「は、はい! 喜んで!」

 

 するとクロは狼の姿に戻ろうとしたので、私は「待って」と言ってクロの手を握った。

 

「?」

「私、今は抱っこがいいわ♡」

「抱っこ……ですか?」

「えぇ、してくれる?♡」

「よ、喜んで!」

 

 そう言うとクロは私の体を軽々と持ち上げてくれた。

 

「で、ではちゃんと掴まっててくださいね……」

「えぇ、お願い♡」

 

 私はそう返すとクロの首に手を回し、すぐ目の前にあるクロの頬にまた口づけた。

 

「さ、さとり様!?」

「視察地につくまでクロのほっぺを独り占め♡」

「…………元から俺はさとり様のです」

「そうね……これからもクロは死ぬまで私のペット(恋人)♡」

「はい!」

 

 こうしてクロは私を抱きかかえて足取り軽く目的地へ向かった。

 クロに抱っこされながら私は、私達を周りで遠巻きに見ている者達の反応を見たけれど、それはとても楽しかったーー。




古明地さとり編終わりです!

主導権を握りつつもデレデレのさとりにしました!

お粗末様でした☆


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燐の恋華想

恋人はお燐。


 

 地底ーー

 

 灼熱地獄跡の上に蓋をするかのようにそびえ立つ地霊殿。

 ここにはその主である古明地さとりとその妹であるこいしだけでなく、さとりのペットも数多く住んでいる。

 

 中でも灼熱地獄跡の温度管理をする霊烏路空、通称お空と灼熱地獄跡で怨霊の管理や死体運びを任されている火焔猫燐、通称お燐は飼主であるさとりのために日々自分の職務をこなしている。

 

 そして本日のお勤めを終えたお空とお燐は報告のためさとりの元へと訪れていた。

 

「ーーご報告は以上です♪ こちらが先程ご報告しました内容の報告書になります♪」

「えぇ、今日もありがとう。お空、お燐」

 

 さとりはお燐から報告書を受け取ると、お空は頭、お燐には顎とそれぞれ優しく撫でた。

 撫でられたお空は幸せそうに「うにゅ〜♪」と声をもらし、お燐は嬉しそうに喉を鳴らしている。

 さとりはそんな二人の笑顔を見て、思わず自分も笑みをこぼした。

 

 するとさとりの仕事部屋のドアがガチャッと勢い良く開いた。

 そこには、

 

「お姉ちゃ〜ん、ただいま♪」

 

 こいしの姿があった。

 しかしやってきたのはこいしだけでなく、こいしのすぐ隣には長身で細身の青年が立っていた。

 この青年は人の形に化ける山猫の妖怪で名前はヤマカゲ。昔は山に迷い込んだ人間を襲う極悪妖怪だったが地底に来てからは罪人しか襲わず、旧都で居酒屋を営み、そこそこ繁盛している店の店主なのだ。

 どうしてヤマカゲがいるのかというと、こいしが手を繋いでいることから無意識のままに連れてこられたのだろう。その証拠にヤマカゲは魂が抜けているかのように生気を感じ取れない。

 

「こいし、あなたまtーー」

「こいし様ぁぁぁ! どうしてヤマカゲさんを連れてきたんですかぁぁぁ!?」

 

 さとりの言葉を遮り、お燐はそう叫びながらこいし達の元へ近付くと、素早くこいしとヤマカゲを引き離して「ほら、しっかりおし!」と呼び掛けてヤマカゲの頬を軽く叩いた。

 

「…………はっ、ここはどこだ!?」

 

 こいしから離れたヤマカゲは我に返り、辺りをキョロキョロと見回した。

 するとすぐ側にいるお燐と目が合った。

 

「お、お燐ちゃん……?」

「うん、あたいだよ♪」

「てことはここは地霊殿か?」

 

 ヤマカゲの言葉にお燐が頷くと、ヤマカゲは一瞬ホッとしたが、またすぐにどうして自分がここにいるのか分からないという表情に変わった。

 

「ごめんなさい。妹が勝手に連れてきてしまって」

 

 さとりがヤマカゲの前に立って謝ると、ヤマカゲは「あ〜、そういうことか〜」と間延びした返事を返した。

 

「カゲさん、オッスオッス♪」

「お〜、お空ちゃん、オッスオッス♪」

 

 お空がヤマカゲと挨拶を交わしていると、それを見ながらさとりはこいしに「どうしてヤマカゲさんを連れてきちゃったの?」と訊いた。

 

「あのね、ヤマカゲさんのお店に行ったらヤマカゲさんが『お燐ちゃん、今何してんのかな〜?』って言ってたから連れてきてあげたの♪」

「えぇ!?」

 

 こいしの説明にいち早く反応したのはお燐だった。

 

「こいしちゃんに聞かれてたのか〜」

 

 ヤマカゲははにかみながらそう言うと、ポリポリと頬を掻いた。

 対するお燐は「にゃう〜……」と恥ずかしそうにモジモジしている。

 

 どうして二人して照れているのかというと、二人は恋人同士だからだ。

 ヤマカゲは旧都で罪人を捕まえては化け猫ネットワークを通じてお燐に死体を提供していて、対するお燐はそのお礼としてヤマカゲのお店を良く利用していた。

 そういうこともあったので二人は自然と話す機会が多くなり、お燐もヤマカゲも何もなくてもお互いに会うのが自然となっていき、今に至る。

 

「それにしたってちゃんと説明してから連れてきなさい。ヤマカゲさんにだってお仕事があるんだから」

「は〜い……」

「まあまあ、さとりさん。おいらは気にしてねぇから、そう怒らないでやってくれよ」

「いいえ、こういうことはしっかりと言い聞かせないといけません。無意識なら何をやってもいいということではいけませんから」

 

 さとりの言葉に部外者であるヤマカゲは何も言い返せなかった。

 それからさとりはこいしに「私の部屋へきなさい」と言うとヤマカゲに「お詫びはします」と一言言ってから仕事部屋を後にしようとした。

 するとさとりはドアに手を掛けたところで、ふと口を開く。

 

「お空、あなたの報告書にも誤字があったからこいしと一緒にいらっしゃい」

「うにゅ!?」

「お燐はヤマカゲさんを家まで送ってあげて」

「え、あ、はい。分かりました!」

 

 お燐は返事をした後でヤマカゲの手を取って部屋を出ようとした。

 するとさとりはお燐の耳に素早く耳打ちする。

 

「(今夜は帰って来なくてもいいから、沢山甘えてきなさい♪)」

「にゃにゃにゃっ!!?」

 

 さとりの言葉にお燐が素っ頓狂な声をあげるが、さとりは小さく笑って「お幸せに」と口パクした。

 それを見たお燐は顔を赤らめつつ「いってきましゅ……」とだけ返事をし、ヤマカゲを引きずるように部屋を後にするのだった。

 

「お燐はヤマカゲさんと遊ぶのに、私とこいし様はこれから怒られるのかぁ……」

「何だか不公平だよ〜……」

 

 こいしとお空がお燐とヤマカゲを羨ましがっていると、

 

「ほら、二人共。早くいらっしゃい。今日はお燐がいない分、みんなでお夕飯の準備をしなくちゃいけないんだから」

「え……お姉ちゃん、私達に怒ってるんじゃ……?」

「うにゅ?」

「怒ってるわ……だから私と地霊殿のみんなのお夕飯を作るの」

 

 そう言うとさとりは「これが今回の罰よ♪」と付け足して、二人にウィンクした。

 すると二人はさとりに抱きつき、三人で仲良く厨房へと向かうのだった。

 

 

 ーー。

 

「ヤマカゲさん……今日のお店休んじゃって本当に良かったのかい?」

「あ〜、大丈夫大丈夫♪ 元々開店時間過ぎちまってたし、今日は予約客も居ないからな♪」

 

 ヤマカゲの店舗兼住居に着いたお燐は、ヤマカゲの住居スペースである居間のところに座り、台所で料理をしているヤマカゲと話をしていた。

 

「そっか……うぅ、でも本当ならお店開いてたんだよね……ごめんよぉ」

 

 ヤマカゲは気にしていないようだが、お燐としては気にしてしまい、思わず縮こまってしまう。

 すると台所から料理の乗った皿を持って戻ってきたヤマカゲが、ちゃぶ台に料理を並べつつお燐に言葉をかける。

 

「謝ることねぇよ……こいしちゃんのお陰でお燐ちゃんに会えたんだしよ」

「ヤマカゲさん……♡」

「それにせっかくお燐ちゃんがいるのに、店なんてやってたらお燐ちゃんとこうしてゆっくりと話も出来ねぇしな……だからこれはおいらのワガママさ」

 

 はにかみながら言うヤマカゲにお燐の胸はグググ〜ンと昂る。

 

「ほ、ほら、お燐ちゃんが好きな魚の煮物と甘い厚焼き玉子だぞ……他にも作ってくっからさ、どんどん食ってくれよ♪」

「うん、いただきます♡」

 

 それから二人は仲睦まじく食卓を囲み、互いに愛する者の笑顔で心まで満たされるのだった。

 

 そして食後ーー

 

「ふぅ、お腹いっぱいだよ〜♡ やっぱヤマカゲさんのお料理はいつ食べても美味しい♡」

「あはは、お燐ちゃんだけのために心を込めて作った甲斐があるよ♪」

 

 ヤマカゲは当然のことのように言うが、不意にそんなことを言われたお燐はまたも胸がグググ〜ンと昂ぶった。

 そして、

 

「…………あの、ヤマカゲさん……♡」

 

 と静かに言ったお燐はヤマカゲの肩にもたれ掛かった。

 そんなお燐にヤマカゲが「ん?」と訊き返すと、

 

「……あたい、今日は帰りたくないなぁ……なんて♡」

「え」

「ヤマカゲさん……♡」

 

 お燐が切なそうにヤマカゲの名を呼び、潤んだ瞳で見つめると、次の瞬間にはお燐の唇がヤマカゲの唇に重なっていた。

 

「っ……んっ♡ ちゅぱっ……にしし♡」

「お燐ちゃん……」

「ほら……あたいのここ、触って♡」

「お、お燐ちゃん!?」

「ヤマカゲさんといるとあたいはいつもこうなっちゃうんだよ♡」

「そ、そうか……」

「ヤマカゲさん……あたいのこの火照り、鎮めてくれるかい?♡」

 

 お燐の問いにヤマカゲは顔を真っ赤にしたままコクコクと頷いた。

 

「にしし……じゃあ、あたいと朝まで沢山にゃんにゃんしよ♡ 離しちゃイヤだよ?♡」

「離してくれないのはお燐ちゃんだろ……?」

「あたいはしつこいからね♡ 覚悟してね♡」

「おう」

 

 その後めちゃくちゃにゃんにゃんしたーー。




火焔猫燐編終わりです!

猫らしい性格にしようと思いましたが、擦り寄ってくれる猫ちゃんぽくしました!

お粗末様でした♪


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空の恋華想

恋人は空。


 

 地底ーー

 

 この地底には灼熱地獄の熱を利用した温泉郷なるものがある。

 最近では地底だけに限らず、地上からわざわざ温泉に入りにやってくる者も多い。

 そんな温泉郷を管理経営する古明地さとりは、今とてつもない困難に見舞われていた。

 

「さとり様〜! 私はどうしたらいいんですか〜!?」

 

 そう悲痛な叫びをさとりにぶつけるのは、さとりのペットである霊烏路空。通称お空で、灼熱地獄の温度管理を任せている八咫烏を取り込んだ地獄烏の妖怪である。

 そんなお空がどうしてさとりの書斎にまで乗り込んで、さとりの膝にすがりついているのかと言うと、

 

「…………お空、もう一度言ってくれるかしら?」

「ですから〜! マルが私とセ○クスしてくれないんですぅ!」

 

 夜のお悩みだったのだ。

 お空にはマルという地獄烏(雄)の恋人がいる。

 このマルもさとりのペットであり、お空が灼熱地獄の温度管理に専念出来るようにとさとりが間欠泉センター内においた妖怪で、主に迷い込んだ人々を地上へ戻す任務や危険人物の排除を担当している。

しかもマルの中には夜叉という鬼神の力も備わっているため、その性格は勇猛でいて正義感溢れる好青年である。

 お空と同じく地獄烏ではあるが、お空とは違って疑り深く、記憶力も良いため、さとりとしてはそんな彼ならお空を安心して任せられると考えているので、お空とマルが無事に結ばれることを切に願っている。

 

 実際にお空がマルに恋していると知ってからはあの手この手を使ってマルにお空の気持ちを勘付かせ、今のような関係に持っていった。

 しかし夜の悩みに関してはさとりも経験が無いため、お手上げ状態なのだ。

 さとりはどうしたらいいのか困り、丁度仕事の報告に来ていたお燐へ助けて光線を送った。

 

「お空、さとり様にそんなこと訊いちゃ失礼だろう?」

「だってさとり様くらいにしか相談出来ないんだもん……こうしてマルとラブラブになれたのだってさとり様に相談したからだし……」

 

 お燐の言葉にお空はシュンとしながら返した。

 そんなお空を見て、さとりの良心にチクリと刺さるものがあった。

 

「にしたってそういう相談するかい? そういうのなら地上に出回ってる雑誌とかに書いてあるだろう?」

「だってさとり様はえっちな小説書いてるから、そういうのに詳しいのかなって、思って……」

 

 まさかの暴露だった。

 それはさとりの胸に大きな衝撃を与え、お燐は思わずさとりの顔を見てしまった。

 

「お、お空……どどど、どうして私がそんな物を書いてると思うのかしらららら?」

 

 あくまで平静を装ってさとりがお空に訊ねると、

 

「こいし様が『お姉ちゃんが書いた本読んであげるね♪』って時間がある時に良く読んでくれるからです!」

 

 と満面の笑みで素直で真っ直ぐな瞳をしてお空は答えた。

 さとりはそんなお空の眩しい笑顔の前に思わず目の前が霞み、机に突っ伏してしまった。

 

「さとり様ぁぁぁ! しっかりしてくださいぃぃぃ!」

「お燐、あなたも疲れたでしょう? 私も疲れたわ……今は何だかとても眠いの……お燐……」

「にゃ〜ん……じゃなくて、さとり様ぁぁぁ! それはフラグのセリフですよぉぉぉ! それとあたいは犬じゃありませんからぁぁぁ!」

 

 現実逃避するさとりの肩をお燐は必死に揺すった。

 そして何とか踏ん張ったさとりは咳払いをしつつ姿勢を直すと、お空に落ち着いて説明を始めた。

 

「あのね、お空……そういうことには順序があるの。どうせあなたのことだからストレートに言い過ぎたのでしょう?」

「ストライクって何ですか?」

「ストライクじゃなくてストレート……真っ直ぐにという意味よ」

「お空はマルになんて言ったんだい?」

 

 お燐がお空にそう訊ねると、

 

「『あなたの熱いものを私にぶち込んで、私をあなたの力で制圧して!』って……」

 

 何の恥じらいも無く言い放った。

 お燐は言葉を失い、さとりは思わず意識を失いかけたが、飼主の責任感が上回り、何とか持ち返した。

 

「お、お空……どうしてそのセリフを選んだのかしら?」

「え……そのセリフの後でヒロインの子はいっぱいえっちなことされてたから、そう言えばマルも私にしてくれるかなって思って……」

「そう……そうね、そうよね、そう思うわよね……」

 

 さとりは酷い頭痛に悩まされつつ、ふぅと一息吐いてからお空が理解しやすいように言葉を選んでゆっくりと説明を始めた。

 

「あのね、お空……私の考えたお話では、彼の気持ちは動かないの」

「そうなんですか?」

「えぇ……彼はお空も知っての通り、真面目でお空のことを一途にちゃんと愛してくれているでしょう?」

「はい♡ いつも私に愛してるって言ってくれます♡」

「……そんな彼がお空にそんなセリフを言われたら、どうしたのかと心配してしまうでしょう?」

「はい……何言ってるんだって言って頭を撫で撫でしてくれました……♡」

「…………そう、だからあんなセリフは彼にの胸には響かないの」

「でも私、マルと一つになりたいですぅ……マルの愛をもっと深く感じたいんですぅ……」

「………………え、えぇ、十分理解してるわ……だからそんなセリフではなくて、もっとお空が思ってることを伝えればいいと思うの」

 

 さとりの言葉にお空は「うにゅ?」と小首を傾げる。

 それを見たさとりはお空の頭を優しく撫でて、

 

「難しく考えちゃ駄目……お空のそのままの気持ちを伝えればいいの」

 

 と諭すように言葉をかけた。

 

「私の気持ち……」

「そう。でもいきなりは駄目よ? 誰も居ない二人きりの場所で言うの。ちゃんと相手の目を見てね」

 

 するとお空は晴れ晴れとした表情に変わり、さとりに「分かりました!」と元気に言った後にちゃんとお礼も言ってから部屋から去っていった。

 さとりはそれを見送るとその身にドッと疲れやら羞恥やらが襲った。

 

「お疲れ様でした、さとり様」

「ありがとう……お燐……」

 

 そう言うと同時に、さとりはこいしにも勘付かれないようなペンネームにしようと誓うのだった。

 

 

 ーー。

 

「…………おい、空」

「うにゅ?♡ なぁに、マル?♡」

「なぁにじゃない。いきなり俺のところに来たかと思ったら、急に空の部屋に連れてこられたんだ。ちゃんと説明しろ」

 

 急に連れ攫われたマルは自分の胸板に顔を埋めるお空に説明を求めた。

 

「大体、俺はまださとり様にご報告すらしてないんだぞ?」

「うにゅ〜……だって、早くマルに会いたかったから……」

 

 少し怒り気味のマルにお空がしょぼんとしながら返すと、マルは「うぐ……」と思わずたじろいでしまった。

 

「そ、その気持ちは嬉しい……が、いつも急過ぎるんだよ、空は」

 

 マルはお空の頭を優しく撫でながらそれとなく注意すると、お空は「えへへ、ごめんねぇ♡」と嬉しそうに謝った。

 そんなお空の笑顔を見て、マルの胸はドクンと大きく跳ねた。

 するとその瞬間、お空が「あ……」と何か発見したように声をあげた。

 

「どうかしたのか?」

「うん……今、マルの胸がドクンって跳ねたのが分かった♡」

「そ、そりゃあ、そんなに胸に顔を近付けてりゃ分かるだろう?」

「うん……今もドクンドクンってちゃん聞こえるよ♡」

「そりゃあ生きてるからな……」

 

 マルが照れくさそうに言うと、お空は「うん、そうだね♡」と返し、今度はしっかりとマルの胸に耳をあてた。

 

「そんなに珍しいもんでもないだろ……」

「そうだけど……嬉しいの♡」

「…………嬉しい?」

 

 そう訊き返すとお空は顔をマルの方に向けて「うん♡」と満面の笑みで頷いた。

 そして、

 

「だって、私と一緒でマルの胸もドクンドクンって言ってるんだもん♡」

 

 と続けた。

 マルは意味が分からず「はぁ?」と首を傾げると、お空は「だからぁ♡」と言って、今度はマルの頭を自分の胸に強引に手繰り寄せた。

 

「う、空?」

「…………聞こえるでしょ?♡」

「何が?」

「私の胸の音♡ マルと一緒でドクンドクンって……聞こえない?♡」

 

 マルは落ち着いて耳をすませると、確かにお空の胸からはドクンドクンと少し早い鼓動の音がした。

 

「…………聞こえるよ、空の鼓動が」

「マルと一緒にいるといつもこうなんだ♡ 疲れてもいないのに沢山沢山鳴るの♡」

「ふふ、そうか……」

「マルと一緒♡ マルも私と同じ気持ちなんだよね?♡」

「そうだな……」

 

 マルが素直に頷くと、お空はソッとマルの唇に自身の唇を重ねた。

 

「ちゅっ……えへへ♡ マル、愛してるぅ〜♡」

「俺も空のことを愛してるよ」

「じゃあさ……♡」

「?」

「ちゅうよりもっと深くマルと繋がりたいな♡」

「!?」

「私、マルと一つになりたい♡」

「…………分かった」

「やった〜♡」

「ま、待て待て! 先ずは湯浴みをしてからベッドで落ち着いてだな!」

「もう待てないもん!♡ ずっとこうしたかったんだもん!♡」

「ま、待ってくれぇぇぇぇぇ!」

 

 その後、めちゃくちゃ核融合したーー。




霊烏路空編終わりです!

ちょっと下ネタが入りましたがご了承を!
元気に真っ直ぐな好意を向けてくれるお空が彼女だと、毎日が楽しそうですよね、妬m……羨ましい!

ではではお粗末様でした〜☆


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こいしの恋華想

恋人はこいし。


 

 地底ーー

 

 どうして人は他人に自分のことを知ってもらいたいのだろう。

 

「……し様」

 

 どうして人は他人のことを知りたいと思うのだろう。

 

「……いし様」

 

 それなのに

 どうして人は自分の心の中を他人に見られるのを嫌がるのだろう。

 どうして…………

 

「こいし様!」

 

 するとすぐ近くで大声で自分の名前を呼ばれた。

 私の名前は古明地こいし。地底にある地霊殿の主である古明地さとりの妹。

 意識がハッキリしてきた私はゆっくりと瞼を開ける。

 すると目の前には私のことを心配そうに見つめる大きなツキノワグマがいた。

 

「起こしてしまって申し訳ありません。うなされていたようなので心配になりまして……」

 

 礼儀正しく謝って、私を気遣ってくれるこの熊の名前は「(げつ)」。今は熊の姿をしてるけど妖怪で、普段は人の姿をしていて眠る時だけ妖力を蓄えるためとかで熊の姿になる。

 月は私が地上を放浪してた時に私のことをハッキリと認識した妖怪だった。

 どうして私を認識出来たのか訊ねたら、月は「嗅ぎ慣れない匂いがした」とか言ってた。

 動物のことに詳しいお姉ちゃんにそのことを話したら、熊は嗅覚が鋭い。そして月の場合は妖怪ということもあるから余計に鋭いらしいって言ってた。

 

「ん、大丈夫……心配してくれて、ありがと♪」

 

 私は月にそう言って月の大きくて逞しく、ゴワゴワした腕に抱きついた。このちょっとしたチクチクがなんか心地良いの。

 すると月は「何ともないならいいんです」と言って、私の頭を優しく撫でてくれた。プニプニした肉球の感触が気持ち良かった。

 

 出会った時から私は月を気に入って地霊殿に連れてきた。

 地霊殿にはお姉ちゃんのペットが沢山いるけど、月は私だけのペットで、私をちゃんと認識出来るからお姉ちゃんも月を飼うことを快く許可してくれた。

 許可してくれなくても私が勝手に飼っちゃう予定だったけど。

 

「月の腕、ゴワゴワ〜♪」

「そりゃあ、今は熊の姿ですからね〜」

「人の姿の月の髪もゴワゴワだよ〜♪」

「癖っ毛なんです……」

「サラサラヘアー目指す〜?♪」

「遠慮します……」

「え〜、サラサラヘアーの月も見たい〜♪」

「気恥ずかしいので勘弁してください」

 

 月とこうした他愛もない会話をするのが私は一番好き。

 だって今は私の恋人だもん。

 お互いがお互いを求め合ったというか、もう月がいない日常なんて考えられない。

 外出する時は常に月も一緒に来てくれるし、それが今の私の当たり前。

 お姉ちゃんも月のことを信頼してるし、私もこう見えて結構強いけど、月だってとっても強いから一人より二人の方が心強いし楽しい。

 

「今日はどこに行こうかな〜♪」

「紅魔館はどうです? 最近行っておられないようにお見受けしますが?」

「そういえば最近フランちゃんと遊んでないな〜……メイドさんのお菓子も食べたいし……図書館で何か面白そうな本も探したいし……」

「それともなければ魔法の森や太陽の畑なども最近は行っておられませんね」

「あ〜……サニーちゃん達とも遊びたい……でも幽香さんやメディちゃんともお茶したいな〜……」

 

 考えれば考えるほど行きたい場所ばかり。

 前は地上を彷徨っててもこれといって目的はなかったけど、月と色々お出掛けしてる間にお友達も増えたし、行きたい場所が増えた。

 私としては月と一緒ならどこでも楽しいんだけどね。

 

「月はどこか行きたいところある〜?」

「自分は特には……」

「もぉ〜、こういう時にハッキリしない男は駄目って地上の新聞に書いてあったよ?」

「すみません……自分はこいし様と一緒ならどこでも楽しいものですから、つい……」

 

 月の言葉に私の胸は思わず高鳴った。だって月も私と同じことを思ってたんだもん。

 

「月のバカ……♡」

「すみません♪」

 

 私は顔がニヤけてるのを悟られないように月の腕に顔を埋めたけど、多分バレてる。

 だって月の声は笑ってるもん。

 

「月のバ〜カ♡」

「あはは、馬鹿ですみません♪」

「……ホントだよぉ、バカ♡」

 

 私がどんなに馬鹿って言っても月は笑って私の頭を撫でてくれる。

 頭を撫でられたり、こうして月の腕に顔を埋めたり、月と触れ合うと胸の奥が温かくなって、月に対する好きって気持ちが溢れてくる。

 私はチラッと月の顔を見上げて月のことを呼ぶと、月は「はい?」と優しく私の目を見てくれた。

 

「あの、ね……♡」

「はい」

「私ね……♡」

「はい」

「月のこと、大好き♡」

「自分もこいし様のことが大好きです♪」

 

 私は好きって言うのにとても勇気出したのに、月はすんなり返してきて狡いと思う反面、堂々と言ってくれるのがすごく嬉しくて、自分でも顔がふにゃふにゃになってるのが分かった。

 それでも月は馬鹿にするように笑うんじゃなくて、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべてくれてる。

 こういう些細なことでも私は嬉しくて……月のことが愛おしくて堪らない。

 でも私が飼主なのに……と悔しい思いもあるから、私はまた月の腕に顔を埋めた。

 

「〜〜……♡」

「一先ず外出の準備を致しましょう。着替えとご朝食を持って参ります」

「分かった……♡」

 

 私が頷くと月は「では少々お待ちください」と言って私の頭を一撫でしてから部屋を出ていった。

 

 暫くすると月は人の姿で私の朝御飯と着替えを持って戻ってきた。

 私が着替えてる間、月は今度は外出の準備に取り掛かった。

 私が「手ぶらでいい」と言っても、月は「何かあってからでは遅いので」と言っていつも食べ物やら飲水、更にはキズ薬や絆創膏といった物まで肩に掛ける鞄に入れる。

 お姉ちゃんも月も過保護っぽいところがよく似てる。

 私のことを思っての行動だから嬉しいんだけどね。

 

 着替え終わった私は月と一緒に朝御飯を食べて、ちゃんとお姉ちゃん達に一言言ってから外出した。

 

 

 地上ーー

 

 間欠泉を登り、地上に上がると、太陽が煌めいてた。

 

「いい天気だね〜♡ 絶好のデート日和って感じ♡」

「あはは、そうですね♪」

 

 肩車してくれてる月に私が笑顔で言うと、月も笑って言葉を返してくれた。

 

「それで……」

「ん?」

「本日はどちらへ行かれますか?」

 

 改めて行き先を訊かれた私は「う〜ん」と考えた。

 そして、

 

「今日は月とデートの日にする〜♡」

 

 と宣言した。

 すると月はそんなことは考えてもいなかったみたいに「え」とした顔をしてる。

 

「いつも一緒にお出掛けはしてるけど、二人っきりでデートって暫くしてないでしょう? だから♡」

 

 私がそう言うと月は「分かりました♪」と嬉しそうに頷いてくれた。

 

「そうと決まれば人里へ出発進行〜♡」

「了解です、こいし様♪」

 

 こうして私と月の久し振りのデートが幕を開けた。

 

 

 人里ーー

 

「あ〜……むっ……ん〜♪ このお団子美味しい〜♪」

 

 新しく出来た茶屋のお団子は控えめな甘さでとても美味しかった。

 それに月に食べさせてもらってるから余計にそう感じるのかも。

 月は私の反応を見て「それは何よりです♪」と自分のことのように喜んでくれてて、それもまた嬉しかった。

 だから、

 

「はい月も、あ〜ん♡」

 

 と今度は私が月にお団子を食べさせてあげた。

 月は私に一礼してから私が差し出したお団子を食べる。

 

「美味しい?♡」

「はい♪ こいし様に食べさせてもらえたので、一層そう感じます♪」

「っ……え、えへへ、そっかそっか♡」

 

 また私が思ってたことと同じことを月が言うから、また胸が高鳴った。

 するとどこからか話し声が聞こえてきた。

 

「仲の良い父娘だな」

「んだな。俺の娘なんかもう近寄ってすらきてくれねぇよ」

「いやいや、男の方は若いし兄妹じゃねぇか?」

 

 その話し声は私達に向けられてるとすぐ分かった。

 確かに私と月の外見じゃそう思われても仕方ない。

 頭ではそう理解してるけどなんかモヤモヤする。

 そう感じた私は月には悪いけど、月を急かして場所を移した。今度は無意識を操って。

 

 適当に人里の中を月の手を引いて歩く私に、月は何も言わずについてきてくれた。

 その優しさが嬉しくて……でもどこか寂しくて……私は足を止めた。

 

「こいし様?」

 

 そんな私に心配そうに声をかけてくれる月。

 でも私は何も言わなかった。

 ううん、言えなかった。

 だって自分がどうしたいのか、何を言えばいいのか分からなかったから。

 

 私がただ黙ってると、月は後ろから私のことを包み込むように優しく抱きしめてくれた。

 そして、

 

「自分は他の人にどう見らていても一向に構いません。こいし様と共にいられるのであれば」

 

 と言ってくれた。

 でもその言葉を私の心が否定した。

 

「…………やだ」

「え?」

「月と恋人同士に見られないのはやだ! いつも一緒にいるのに! こんなにこんなに好きなのに!」

「こいし様……」

 

 自分でも何言ってるんだろうと思った。

 でもそれを言うととても心の中がスッキリした。

 すると月が私の肩を掴んで自分の方へ私の体を向かせた。

 

「こいし様……能力をお解きください」

「え……うん、分かった」

 

 能力を解いて、月はどうする気なんだろうと考えた瞬間、月は私に口づけした。

 人里のど真ん中なのに……ただでさえ、いきなり存在を現した私達を行き交う人達が注目してるのに。

 

「んはぁ……げ、月?♡」

「これで皆から恋人同士だと分かってもらえたでしょう」

「あ……うぅ〜……やることが極端過ぎるよぅ♡」

「そうですね……自分も流石にこれは恥ずかしいです」

「バカ♡」

「とりあえず、退散しましょうか」

「うん♡」

 

 そしてお互い顔が真っ赤っかの私と月は手を繋いで人里の道を走り出した。

 

「ねぇ、月?♡」

「はい?」

「大好き♡」

「自分もこいし様が大好きです」

 

 この日、私は初めて心の中を曝け出し、心の中を読まれることの気恥ずかしさを覚ったーー。




古明地こいし編終わりです!

なんかちょっとセンチっぽくなりましたが、こいしちゃんらしさは出せたかなと思ってます!

ではお粗末様でした☆


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星蓮船
ナズーリンの恋華想


恋人はナズーリン。

※命蓮寺組のお話では戒律等の事柄には深く触れません故、いつも通り書きます。
どうかご了承を。


 

 命蓮寺ーー

 

 本日も穏やかに時が過ぎる幻想郷。

 ここ命蓮寺でもそれは変わらず、穏やかな昼下がりを迎えていた。

 

「じゃあ、聖にご主人。私はこれで失礼するぞ」

 

 そんな中、ナズーリンは定例集会が終わると共にそそくさと寺を後にしようとしていた。

 ナズーリンは寺の者達とは違い、普段は無縁塚の近場に住んでいる。

 ナズーリン曰く「無縁塚の地下には何かお宝が埋まっている」らしく、その近くに小屋を建てて、そこで無縁塚をダウジングしながら過ごしているからだ。

 ただ、これまでガラクタしか見つかっておらず、お宝とは縁遠い。

 

「あら、もうお帰りですか? 集会後のお茶会がありますのに……」

 

 そんなナズーリンに寺の住職である聖が残念そうに言うと、その隣にいる信仰対象の本尊毘沙門天の代理であり修行僧の寅丸が「まぁまぁ」と声をかけた。

 

「ナズーリンには今、一秒でも早くお会いしたい方が居られます故、致し方ないかと思います♪」

「よ、余計なことは言わないで頂きたいな、ご主人!」

 

 ナズーリンは急いで寅丸に言い返すが、その微かに紅潮した頬が何よりの証拠だった。

 

「あらあら……それは気付かず、ごめんなさい」

 

 聖が謝るとナズーリンは「だ、だからそんなんじゃない」と慌てて返した。

 すると聖はナズーリンの話も聞かず「あ、それでしたら」と言葉を続け、一度寺の奥へ引っ込むと、すぐにまた戻ってきた。その手には掌サイズの折り詰めを持って。

 

「これ、これからのお茶会で皆さんにお出しする物と同じお団子です。よろしければあの方とお食べください」

「え……いいのかい? 折り詰め一つ分も貰って……」

「はい。水蜜とぬえが大量に買ってきてしまいましたので……それにあの方には私達もお世話になってますからね」

「そ、そうか……ではありがたく」

(だから船長達は集会中でも畳の上で正座してたのか……)

 

 ナズーリンは聖から折り詰めを受け取ると、ちゃんとお礼を言ってから今度こそ無縁塚の方へと向かった。

 それを聖と寅丸は優しく見守りながら、ナズーリンの背中が見えなくなるまで見送るのだった。

 

 

 無縁塚付近ーー

 

 ナズーリンは自身が寝泊まりしている小屋ではなく、また別のとある小屋の前にやってくると、いそいそと自身の髪や服の埃を払っていた。

 そして深呼吸してから、その小屋へ足を踏み入れた。

 

 小屋の中に入ると、奥で大きな人影がモゾモゾと動いている。

 

「た、ただいま〜……」

「おぉ、お帰りナズーリン。早かったね〜」

 

 ナズーリンがそう声をかけると、その影はナズーリンに返して奥から出てきた。

 

 それは大きな体の青年だった。

 しかしこの青年はただ大きな青年ではなく、牛の妖怪なのだ。

 その証拠に頭の両側面からは太くて立派な牛角が生え、尻のところには体に対しては小さく細い尻尾が生えている。

 そしてナズーリンの恋人である。

 

 この青年はナズーリンが無縁塚付近に住み着いて少ししてから移り住んできた妖怪で、ナズーリンはこの青年を牛ということから最初は見下していた。

 しかしナズーリンはこの青年に多くの同胞達を野良猫などから救ってもらったことで評価を改め、話をする毎に青年へのめり込んでいった。

 そしてつい数日前に晴れて恋仲となり、今に至るのだ。

 

「……し、仕事していたのではなかったのか?」

「してたけど、丁度終わったところだったからね〜。僕はてっきりナズーリンがタイミングを見て来てくれたのかと思ってたんだけど〜?」

「ま、まぁ、私の頭脳にかかればこれくらいぞうさもないぞ……」

 

 たまたまタイミングが良かっただけだが、ナズーリンは敢えてそういうことにして、胸を張った。

 少しでも相手にいい格好したい乙女である。

 青年は「今お茶入れるね〜」と言って茶の準備に取り掛かると、ナズーリンは「すまない」と言って、自分も上がって囲炉裏の側へ座った。

 

「今日の集会はどうだった?」

「どうと言われてもなぁ……相変わらずの集会だったぞ。新しいといえば、ご主人の物を無くすことに対してどうするか話し合ったくらいだ」

「あはは、皆さん変わりないみたいだね〜♪」

「笑ってはいるがな……毎回毎回宝塔を探す私の身にもなってほしいんだが……」

「何だかんだ言いながらも、いつも探してあげてるじゃないか〜♪」

「あ、あれはご主人が泣いて頼み込むからであって……ひいては毘沙門天様のためだ……」

 

 ナズーリンはそう強調するが、本心でないことは火を見るよりも明らかだった。何故ならナズーリンの耳がピコピコと動いていたから。

 青年は気付いていたが、敢えて何も言わず、ナズーリンにお茶の入った湯呑を「どうぞ」と言って差し出した。

 

「む、すまない……おっと、忘れるところだった。聖とご主人からこれを預かってきた」

 

 そう言ってナズーリンは聖から受け取った折り詰めを青年に手渡した。

 

「わぁ……これは嬉しいですね〜♪ 中身は何だろう?♪」

「団子だそうだ。元はムラサ船長とぬえが大量に買ってきたそうだが、君には世話になってるからと聖が持たせてくれたんだ」

「なるほど……今度お線香をお渡しする時にお礼をしないといけないね」

「言葉だけでいいと思うぞ。お礼の品を渡したらまた聖がお礼の品を渡すに決まってるからな」

 

 そう言ってナズーリンは苦笑いを浮かべて茶をすすった。

 ナズーリンが言ったように、青年は命蓮寺で使う線香を作っている。最初はお香を専門に作って人里の無人販売所で売っていたのだが、ナズーリンと関わるようになって線香の生産も始め、無臭の物から花の香りがする物まで様々な種類を作っている。

 

「そうか……ならせめて美味しく頂こう」

「それがいい」

 

 そう言って互いに笑い合って折り詰めの蓋を開けると、

 

「おぉ〜」

「こ、これは……」

 

 何とも言えない光景が二人の前に現れた。

 

 折り詰めの中身は聖が言った通り団子だった。

 しかし、その団子の形が問題だった。

 

「これはハート型なんだね〜。凝ってるな〜」

 

 そう、一個一個がハートの形をした団子だった。

 青年は形や作り方にえらく感心していたが、ナズーリンはそれどころではなかった。

 何せ大好きな彼とこれからこのハート型の団子を食べるのだから、ナズーリンの心はドキドキと高鳴っていたから。

 

「す、すごい団子だな……」

 

 普段から何事にも涼しい顔をしてみせるナズーリンも、今回に限ってはどうしても心情が顔に出てしまっていて、その証拠に顔は真っ赤で、尻尾も耳もブンブン、ピコピコと大きく動いている。

 

「それじゃあ、はい……ナズーリン、あ〜ん♪」

「えぇぇっ!?」

 

 青年が笑顔でナズーリンの口元に団子を持っていくと、ナズーリンは素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「? ナズーリンが貰った物だから、最初はナズーリンからでしょ? あ〜ん」

「だ、だだ、だからって食べさせてもらわなくても、一人で食べられるぞ!」

「え……マミゾウさんやぬえちゃんから恋人なら食べさせてあげるのが普通だ……って教わったんだけど、何か間違えちゃった?」

「〜〜っ」

(アイツら〜〜っ!)

 

 青年の言葉にナズーリンはマミゾウとぬえのニヤニヤした顔が脳裏に浮かび、心の中で二人を呪った。

 しかし青年はそんなナズーリンに対して「ナズーリン?」と小首を傾げたまま、ナズーリンに団子を食べさせようと待っていた。

 

「…………頂きます」

 

 ナズーリンは青年の心を無碍に出来ず、観念したかのように青年の手から団子を頬張った。

 

「もぐもぐ……」

「美味しい?♪」

「……ごくん。ま、まぁ……不味くはない♡」

「そっか、良かった♪ じゃあ、僕も頂きmーー」

「ほ、ほら……あ〜ん♡」

 

 青年が団子を食べようとすると、ナズーリンが言葉を遮って青年の口元へ団子を運んだ。

 すると青年は嬉しそうに笑ってその団子を頬張った。

 

「……わ、私だけ食べさせてもらっては不公平だからな♡」

「ありがとう♪ ナズーリンに食べさせてもらうと余計に美味しく感じるよ♪」

「……ヨイショしても何も出ないからな♡」

 

 こうして二人はその後も仲良く団子を食べさせ合い、団子の甘さとは違う、甘い一時を過ごすのだったーー。




ナズーリン編終わりです!

ちょいツンデレっぽく、そして甘さ控えめで書きました!
鼠は繁殖力があるからあっち系にしようとも思ったのですが、最初はやはり甘酸っぱい方がいいかと思ったので……w

ではお粗末様でした〜♪


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小傘の恋華想

恋人は小傘。


 

 命蓮寺、墓地ーー

 

 夜になり、人々が家に帰って静まり返る幻想郷。

 寺の墓地も一層静まる中、二人の男女が墓地を訪れた。

 

「ね、ねぇ、やっぱり帰ろうよ……妖怪とか出たらどうするの?」

 

 女の方は引け腰で男の手を引いていた。

 しかし、男の方は「大丈夫大丈夫♪」と言って、全く女の話を聞いていなかった。

 そして墓地の奥に足を踏み入れた、その時、

 

「恨めしや〜!」

 

 と頭上から大きな化け傘が出てきた。

 女は驚きのあまり腰が抜け、男は女を抱きかかえて急いでその場を後にするのだった。

 

「はぁ〜♪ ご馳走様〜♪」

 

 男女の逃げ帰る背中に化け傘からひょっこりと顔を出してそう言うのは、多々良小傘。

 小傘は人を驚かし、その心で自分を満たす妖怪である。

 普段は人里で鍛冶をしている小傘がどうして命蓮寺の墓地にいるのかと言うと、小傘は人里の……主に若者から『恋人と肝試しするから驚かす役をやってほしい』と頼まれることが増え、こうして驚かす役を買って出ているのだ。

 全然驚いてくれなかった前とは違い、今は本当にこういうことが苦手な人々を相手にするので、小傘でも余裕で驚かすことが可能なのだ。しかも自分は満たされるという最高のおまけ付きなので、小傘としては願ったり叶ったりな仕事だった。

 

「小傘さん」

 

 するとそこに寺の住職である聖が現れた。

 

「あ、聖。もう時間?」

 

 小傘がそう訊ねると聖は「はい」と言って頷いた。

 亥三つ刻(午後十一時)になると墓地への門を閉めるのだ。

 それは仏様が静かにちゃんと眠れるようにという聖の思いであり、小傘も墓地を使わせてもらう際の決まり事でもあるため、素直に従っている。

 

「今日は四組の方々がいらっしゃいましたね」

「うん♪ 私も満たされたよ♪」

「それは何よりですね♪」

 

 聖はそう言うと自慢気に胸を張る小傘を優しく見つめた。

 すると聖は「あ、そうそう」と言って懐から包を二つ取り出した。

 

「? あぁ、また修理かい?」

「えぇ、お願い出来るかしら?」

「任せてよ♪ また元通りにしてあげる♪」

 

 そう言った小傘はその包を受け取った。

 包の中には(りん)(仏壇やなんかにある鐘の名)が包まれていて、小傘はたまにこうして仏門関係の修理品も預かるのだ。

 

「もう一つの包は水蜜が漬けたお新香です。よろしければ()()()()と食べてください♪」

「わ、わちきと彼が夫婦と申すのかえ!?」

 

 聖の言葉に小傘は思わず驚いて仰け反ってしまったが、その顔は満更でもない感じだ。

 

「わ、わちきと彼はただ一緒に住んでるだけで、結婚なんて〜♡」

「あらあら……それは申し訳ありません。いつも仲睦まじいとお参りに来られた方々から伺っていたものですから」

「な、仲はいいけど〜……そこまではまだだよぉ♡」

 

 そりゃいつかはしたいけど……と小傘がゴニョゴニョと言うと、聖はそれを微笑ましく見つめ、心の中で頑張ってください、とだけ伝えた。

 それから小傘は天に登るようにフヨフヨと飛び去り、夜の空へ消えていった。

 

 

 人里ーー

 

 小傘は自分の今の住まいである、人里の小さな鍛冶屋に着くと「鈴ちゃん、ただいま〜♡」と元気に言って、中へ入った。

 

「お〜、お帰り小傘。今日の成果はどうだった?」

 

 中に入ると囲炉裏の側に一人の青年が座っていて、おちょこでチビチビと晩酌していた。

 

 この青年は小傘と同じ付喪神の一人で、仏壇にある鐘、鈴の付喪神なのだ。

 壊れて捨てられた鈴が何百年も放置されて生まれたのがこの青年で、名前は鈴道(りんどう)

 小傘とは違って普段は鐘や金具の修理を日頃から行っている職人的な付喪神なのだ。

 

 小傘との出会いは数年前の雨の日だった。

 鈴の付喪神から鈴道は雨がすごく苦手で、突然の雨で身動きが取れなかった。そんな時に小傘が通り掛かり、鈴道に傘を差してやると、鈴道は小傘に心から感謝した。

 そしてその道中、小傘は鈴道に『私の傘、変な色してるから嫌じゃない?』と訊ねると、鈴道は首を大きく横に振った。それを見た小傘が『どうして?』とまた訊ねると、鈴道は優しく微笑んでこう返した。

 

『紫ってとても高貴な色で誇り高い色だよ。それに僕が鈴だった頃、君の傘によく似た色の鈴布団(鈴の下に敷く布団)の上に乗っていたからね。だから変な色なんかじゃない』

 

 その言葉に小傘は胸が高鳴った。

 こんなにも自分の傘の色を褒めてもらえたこともなく、こんなにも自分を必要としてくれることもなかった小傘からすれば、それはこの上ない幸せだった。

 それから小傘は鈴道の元に住み着くようになり、鈴道から愛の告白もされ、今では人里の人々も二人を夫婦として見間違う程の熱愛っぷりを見せているのだ。

 

「えへへ〜、今日もバッチリ驚かしたよ〜♪」

 

 鈴道の問いに小傘は自慢気に返しながら、下駄を脱いで座敷に上がり、鈴道の膝の上に頭を乗せて「褒めて褒めて〜♡」と催促した。

 

「お〜、それは良かったね〜♪」

 

 そう言って鈴道は小傘の頭を撫でると、小傘は「もっともっと〜♡」と更に催促した。

 そんな小傘が可愛くて、鈴道はワシャワシャと小傘の頭を撫でた。

 

「きゃ〜♡ 激しいよ〜♡」

 

 口ではそう言っているが、その声色はとても弾んでいてとても喜びに溢れていた。

 すると小傘の懐から包が二つポロッと落ちてしまった。

 

「あ、忘れてた……」

「何かは知らないが、潰れちゃったりしてないか?」

「だ、大丈夫! 私、軽いし!」

「軽いからとかの問題なのか?」

 

 小傘の言葉に鈴道は苦笑いを浮かべて一つの包を開くと、そこにはヒビの入った鈴があった。

 

「わ、私のせいでヒビがぁぁぁぁ!」

「いやいや、さっき軽いって自分で言ってなかったか?」

 

 鈴道がそうツッコミを入れると、小傘は「あ、そうだった」とコロッと表情を変えた。

 

「それにこれは命蓮寺の鈴だろう? 一度修理した物は忘れないからね、僕は」

「さっすが鈴ちゃん♡ 出来る男だねぇ♡」

「急に持ち上げないでくれよ。それより、この鈴の修理は明日の内に終わるから、終わったら返して来てくれるかい?」

「あ、なら一緒に行こ♡ その後は鈴ちゃんとデート出来るし♡」

 

 小傘の突然の申し出に鈴道は持っていた鈴をポロッと落としてしまった。

 対する小傘は「ね〜、いいでしょ〜?♡」「ねぇねぇねぇ〜?♡」と鈴道の背中に抱きついておねだり攻撃。

 

「とりあえず、これは鍛冶場に持ってくから」

「あん♡ もぉ、鈴ちゃんったら〜♡」

「…………」

 

 顔を真っ赤にして鍛冶場へ向かう鈴道の背中を小傘はクスクスと笑いながら見送ると、もう一つの包。聖が持たせてくれたお新香を小皿に盛って、鈴道のためにまたお酒を追加して待った。

 

 戻ってきた鈴道はまだ顔を赤くしていたが、小傘が「お帰り〜♡」と言うと、照れながらも「うん」と返して、また小傘の隣に腰を下ろした。

 

「鈴ちゃん、つ〜かまえた〜♡ えへへ♡」

 

 鈴道が隣に座ると、小傘はそう言って鈴道の右腕にギュウっとしがみついた。

 

「小傘はいつもそうやって僕を困らせるんだな……」

「え〜、嫌?♡」

「嫌というか……照れくさいというか……」

「二人きりなのに何が照れくさいの〜?♡ それにもう何年もこうしてるのに♡」

 

 そう言って小傘が鈴道の右頬を人差し指でツンツンと突くと、鈴道は何も言えないのを誤魔化すようにおちょこに入った残りの酒を飲んだ。

 

「はい、もう一献♡」

「あ、ありがとう」

「聖から貰ったお新香もあるよ〜♡」

「あ、それ貰い物だったのか……なら明日()()()()お礼を言わなきゃね」

 

 その言葉に小傘は嬉しさのあまり鈴道の右腕に更にギュウっと身を寄せた。

 

「ど、どうしたの、小傘?」

「やっぱり鈴ちゃんって優しいなぁって思って♡」

「仕事ばっかりじゃ駄目だって思っただけだ」

「んふふ♡ そういう鈴ちゃんが私はだ〜いすき♡ ん〜、ちゅっ♡」

「小傘!?」

「えへへ〜♡ 鈴ちゃんは優しいからぁ、夜のお誘いも乗ってくれるよねぇ?♡ ちゅっ、んちゅっ♡」

「…………灯り消すぞ」

「そのままでもいいよ?♡」

「僕が恥ずかしいんだ!」

「あはは〜♡」

 

 こうして朝まで二人は互いを求め合ったーー。




多々良小傘編終わりです!

猪突猛進の小傘ちゃんの愛で夜も眠れない。的な感じにしました!

お粗末様でした〜♪


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一輪の恋華想

恋人は一輪。

※少し残酷な描写があります。読む際にはご注意ください。


 

 命蓮寺ーー

 

 雨が降り出し、昼間とはまた別な景色を見せる幻想郷。

 夕方を迎えた命蓮寺の玄関では、一輪が落ち着きなくウロウロし、誰かの帰りを待っていた。

 

「もう少し落ち着いたらどうなの〜、一輪?」

「水蜜……」

 

 そんな一輪に水蜜が苦笑いを浮かべて声をかけるが、一輪はまだ心配そうに雨の降る外を見つめていた。

 

「雲山も何とか言ってやりなよ〜」

「…………」

 

 水蜜は雲山にそう言うが、雲山は腕を組んだままゆっくりと首を横に振った。

 すると、

 

「一輪は本当にあいつが好きで仕方ないんだね〜♪」

「恋する乙女よのぅ♪」

 

 とぬえとマミゾウが奥からやってきた。

 

「わ、私はただ心配しているだけで……」

 

 二人の言葉に一輪はそう言葉を返すが、その顔は赤く染まっているので、すぐに図星だとバレていた。

 

「似たようなもんじゃろうて。好きだからこそ、そうして甲斐甲斐しく帰りを待っておるのじゃろう?」

 

 したり顔でマミゾウに言われると、一輪は俯いて「うぅ〜」と唸った。

 

「一輪があいつと付き合うようになって長いけど、何だかんだ毎日毎日ラブラブだもんね〜♪」

「聖が目を光らせてるとは言え、あの熱愛っぷりだもんね〜♪」

「や、やましいことをしていないのだからいいでしょう!?」

 

 ぬえと水蜜の言葉に一輪はつい大声で返してしまい、その後ですぐに我に返って口をつぐんだ。

 

 命蓮寺には数年前に新しい仲間が入門した。

 それは若い青年でありながら、妖怪と人間の間に生まれた妖と人の血を引く者だ。

 この青年の名は『ジン』と言い、数年前に幻想郷にやってきた者だった。

 

 ジンの両親であった妖怪も人間も心優しき者達だった。

 しかし、人間と妖かし達の隔たりが大きい外の世界では、その夫婦は畏怖の対象でしかなく、その恐れに耐え切れなくなった人間達により、家族は家ごと焼き払われてしまった。

 燃え盛る炎の中、親達は必死に子どもを守った。

 家の床を壊し、床下へ穴を掘り、そこへまだ幼かった我が子を隠し、その穴を板で隠した後、自分達でその上に座り、火がそこへ行かぬようにした。

 

 火が完全に消え、救われた子どもは穴から出た後、山をねぐらにし、成長していった。

 その間、ジンは人間達へ復讐をしようとは考えなかった。何故なら両親はそんなことを望まないと知っていたから。

 そして幻想郷にやってきて、命蓮寺の思想に感銘を受け、入門。

 

 その時のお目付け役が一輪だった。

 ジンは一輪の言葉に忠実で、それでいて気遣いも出来ることから、一輪は厳しく、そして時には優しくジンを導いた。

 そうしている内に一輪とジンは互いのことを深く知り、それはいつしか恋となり、愛へと変わっていった。

 

「お、来たみたいじゃな」

 

 マミゾウがそう言って寺の門へ目配せすると、遠くから荷物を懐に抱えて走ってくるジンの姿があった。

 

「あ、ホントだ♪」

「んじゃ、一輪、私達は退散するから、ごゆっくり〜♪」

 

 ジンの姿を確認したぬえや水蜜はそう言って一輪に気を遣ってその場を後にした。

 

「どれ、儂らも退散するかの。雲山、良い嗜好品を手に入れたんじゃ、お主も一服しようぞ」

「…………」

 

 マミゾウが煙管を見せると、雲山は頷いてマミゾウと共に一輪の側を離れた。

 

「な、何よ、みんなしてこんな時だけ空気読んで……」

 

 さっきまで延々と自分をからかっていたみんながすんなり消えたことに、一輪は思わずそうつぶやいてしまった。

 それからすぐ、ジンがようやく命蓮寺の玄関へ足を踏み入れた。

 

「た、只今戻りました……はぁはぁ……」

 

 ジンは息を切らして一輪にそう言うと、一輪は微笑んで「お帰りなさい」と返し、持っていた手拭いでジンの頭や顔を甲斐甲斐しく拭いてやった。

 

「す、すみません、一輪さん……」

「そうね……持っていった傘も無いし、ずぶ濡れだし……」

 

 呆れたように言う一輪に対して、ジンは「これには」と訳を話そうとしたが、一輪の人差し指がその口を遮った。

 

「どうせ、あなたのことだから傘を持っていない人に傘を貸してあげたのでしょう?」

「……は、はい」

「その心は評価するけどね……それであなたが風邪を引いたら傘を貸してもらった人が気にしてしまうでしょう?」

「…………はい」

「あなたはいつもそう。自分のことはいつも後回しで、お人好しで……」

「うぅ……申し訳ありません」

 

 すると、

 

「でもそんなジンさんが一輪は大好きなんですよね♪」

 

 と言って背後から聖がやってきた。

 聖の登場に驚いた二人だったが、一輪の方は聖の登場よりも聖が言った言葉に狼狽しているようだった。

 

「聖様、只今戻りました。頼まれた品はこちらに……あ、ちゃんと濡れないように持って帰ってきました!」

「えぇ、ありがとうございます」

 

 聖はジンから包を受け取ると、一輪を見た。

 

「一輪」

「は、はひ」

「ジンさんが風邪を引かぬよう、早く部屋に行って暖をとらせてあげなさい」

「わ、分かりました! 今すぐ用意します!」

 

 一輪は声を上ずらせつつも、しっかりと返事をしてその場から逃げるように去っていった。

 

「あの子ったらあんなに慌てて……間違って火傷しないかしら?」

「一輪さんはしっかりしてますから、大丈夫かと」

「ならいいのですけれど……」

 

 聖はそう言って一輪を心配してはいたが、その目は楽し気だった。

 それから聖は包の中の品がちゃんと濡れず、頼んだ品も揃っていることを確認してからジンも部屋へ行くように指示した。

 ジンはうやうやしく一礼してから部屋へ向かい、聖はその背中を優しく見送ってから自分は本堂の方へ向かうのだった。

 

 ーー

 

 ジンが暖のとれる囲炉裏の部屋へ入ると、一輪はせっせと火をおこし、更には温かい茶の用意までしていた。

 

「一輪さん、ありがとうございます」

「い、いいのよ、これくらい……ジンのためだし♡」

「……」

「……♡」

 

 二人は互いに口をつぐみ、顔を赤くして、囲炉裏を囲んだ。

 

 ーー

 

「(何も話してないけど、ニコニコはしてるね〜♪)」

「(かぁ〜、じれったいのぅ!)」

「(あんなに赤いなら囲炉裏要らないんじゃない?♪)」

 

 そんな二人の様子を、マミゾウ達が隣の部屋からこっそりと覗……見守っていた。

 因みに雲山はこうしたことはしたくないのでこの場にはいない。

 

 ーー

 

「あ、あの……」

「ね、ねぇ……」

 

 一輪とジンは言葉が重なってしまい、また口をつぐんでしまった。

 

「ジ、ジンからどうぞ?」

「い、一輪さんからでいいですよ?」

 

 互いに譲り合い、全く会話が進まない。

 

 ーー

 

「(あれ、お見合い?)」

「(もう付き合って長いと言うに、初じゃのぅ)」

「(乙女一輪wwwww)」

 

 ぬえの言葉にマミゾウは若干呆れた言葉を返し、一方の水蜜は大草原を生やしていた。

 

 ーー

 

「ちょっと、こっち来なさいよ……」

「え、あ、はい……」

 

 意を決して一輪がジンに手招きすると、ジンは遠慮がちに一輪の隣へ近寄った。

 

「もっと……」

「こうですか……?」

「もっと!」

 

 ジンは結局、一輪と肩寄せ合うように座ることになった。

 

 ーー

 

「(流石一輪!)」

「(みこし入道を飼い慣らすだけのことはあるのぅ♪)」

「(ktkr!wwwww)」

 

 一輪の一挙手一投足に観客は大興奮。

 

 ーー

 

「っ!♡」

「一輪さん!?」

 

 一輪は思い切ってジンに抱きついた。

 ジンは驚いて口をパクパクさせているが、しっかりと一輪の体を抱きかかえている。

 

「こ、こうすると……あ、温かいでしょ?」

「は、はい、凄く……でもこれだと一輪さんが寒くなるのでは?」

「わ、私はあなたと違ってこれくらいで冷えないわよ……私のことはいいから、今は素直に私とこうしてなさい……♡」

「は、はい……」

「〜♡」

 

 ーー

 

「(ふぉぉぉぉぉぉ!)」

「(最初からああすれば良いものを……♪)」

「(キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!)」

 

 観客のボルテージが最高潮に達すると、

 

「皆さん?」

 

 とどこか冷たい声が背後からかかった。

 振り返ると、そこには絶対零度の笑みを浮かべた聖と呆れた顔をした寅丸とナズーリンの姿があった。

 それを見たマミゾウ達は一瞬にして冷めた。

 血の気が引いたの方が正しいかもしれない。

 

「覗きはいけませんと前に申しましたよね?」

「お気持ちは分かりますが、良い趣味とは言えませんよ」

「みんなはこれから罰として写経をしてもらう」

 

『いやぁぁぁぁ!』

 

 ーー

 

「何だか、隣の部屋が騒がしいような?」

「どうせまた、誰かが姐さんを怒らせたんでしょ……それより、今は私に集中しなさいよぅ♡」

「はい、一輪さん……」

 

 そう言ったジンは、一輪の体に回している手にまたギュッと力を込めると、一輪は幸せそうに笑みを浮かべ、ジンの体を温めてあげるのだったーー。




雲居一輪編終わりです!

控えめだけど、尽くしちゃう一輪にしました!

お粗末様でした〜♪


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水蜜の恋華想

恋人は水蜜。


 

 命蓮寺ーー

 

 雲一つなく、広く晴れ渡る幻想郷。

 そんな昼下がり、命蓮寺では法話を終え、みんなで茶の席を設けていた。

 

「今回の法話も実に有難かったですね」

「流石は姐さんですね」

 

 茶をすすりながら寅丸と一輪が法話の内容について話していると、その隣に座る響子やこころは「うんうん」と頷く。

 

「二人は頷いているが、途中寝てなかったか?」

 

 そこに今日は寅丸の招集に応じて命蓮寺にやってきていたナズーリンがツッコミを入れると、二人は目を逸らしながら「そんなことないよ〜」と返した。

 響子は声が震えているし、こころに至っては頭の面がすっとぼけている面なので図星であることが見て取れる。

 

「ふふふ、まぁ響子さんやこころさんには少し難しいお話だったかもしれませんね」

 

 そんな二人を見て、居眠りをされた聖自身は楽しそうに笑っていた。

 

「そ、そういえば、ムラサさんはどちらへ?」

 

 すると響子が話題を変えるために、この場にいない水蜜のことを話題にした。

 法話の時、水蜜の姿は確かにあったが、今は気配すらないのだ。

 

「どうせまた血の池地獄にでも行ってるんだろう」

「ムラサったら、またなのね……」

 

 ナズーリンがそう言うと、一輪はやれやれといった感じに肩をすくませた。

 

「行き先は血の池地獄でも、理由はお前さん達が考えていることとは違うぞ」

 

 するとそこへ居候のマミゾウが煙管をふかしつつ、ニヤニヤしながら現れた。

 そんなマミゾウの言葉にナズーリンや一輪は小首を傾げる。

 そしてナズーリンが「どう言うことだ?」と訊くと、マミゾウは「もっと平和な理由じゃ♪」とだけ言って、お茶請けの胡麻煎餅をヒョイっと口に運ぶのだった。

 

「と言うか、お二人はご存知なかったのですね」

「まぁ、お二人はこの手のお話はあまりなさないからでしょう」

 

 更に首を傾げているナズーリン達に、聖と寅丸がそう言って茶をすすると、響子が口を開いた。

 

「あのですね〜、ムラサさんは大好きな方に会いに行かれたんですよ♪」

「もう半年前からずっとそうしている……」

 

 更にこころも言及すると、ナズーリンと一輪は目を丸くさせた。

 水蜜にそんな相手がいるだなんて露程も思っていなかったからだ。

 

「一応何度かご挨拶にお越してくださいましたよ?」

「その時、一輪は写経をしていましたし、ナズーリンは無縁塚にいましたから、お会いはしなかったのでしょう」

 

 聖の言葉に寅丸がそう言うと、聖は「なるほど」と一人納得していた。

 

「…………しかしあの船長がなぁ」

「まぁ、ムラサも女の子だしね」

 

 ナズーリンと一輪は驚きつつも、ちゃんと水蜜のことを受け入れるのだった。

 それから相手はどんな方なのか、どれくらい進んでいるのか、などと言った俗な話になったが、聖は家族の話として変に誇張はせずに見たままを伝えると、そういう話に免疫のない……というか慣れていないナズーリンと一輪は思わず顔を真っ赤にさせ、茶を何杯もお変わりしたのは言うまでもない。

 

 

 血の池地獄ーー

 

 地底よりも更に奥深く、閻魔によって裁かれた罪人達が入る地獄の一部である、血の池地獄。

 そこには現世で「性」に関する罪……性欲に溺れ、異性をかどわかして苦しめた等の罪を犯した者達が落ちる場所だ。

 

 そんな池の淵に水蜜は立っていた。

 すると池から人なら軽くひと呑みにしてしまう程の大きな大蛇が現れた。

 これは「ぬるり坊」といって、血の池地獄の主であり、溺れた罪人を飲み込んでは体内に飼っている無数のヒルで更に罪人を懲らしめる妖怪である。

 ぬるり坊は水蜜にゆっくりと近寄ると、水蜜の頬を体とは対象的に細く二つに割れた舌でペロリとなぞった。

 

「あはは♪ くすぐったいよ〜♪」

 

 ぬるり坊が水蜜を歓迎するかのようにじゃれついていると、

 

「今日も来たのか、水蜜」

 

 と言って長槍を持った長身の獄卒(鬼)が現れた。

 この鬼は閻魔から血の池地獄の管理を任せている最高責任者で、名は「(くれない)」と言い、水蜜の恋人である。

 水蜜が地底にいる時からの知り合いで、他の獄卒と違って馬が合うため極めて仲が良かった。

 そして地底異変後、地上に戻った水蜜だったが、度々ここへ戻ってきては逢瀬を重ね、今ではその甲斐あって晴れてお付き合いをしている。

 

 獄卒の恋人が出来たからか、付き合ってから水蜜は水難事故を起こすことが無くなり、修行にも更に真面目に取り組むようになったので、聖や寅丸としては良い傾向だと思い、二人の仲を認めている。

 問題は閻魔の方で、獄卒が妖怪と付き合うことに反対。しかし反対はしているものの、権力を使って別れさせてはいないため、変なことをしなければいいようである。

 

「クレちゃん♡ やっほ〜♡」

「おう」

 

 紅を見つけると水蜜は紅の胸に飛び込み、紅はそんな水蜜を優しく抱きとめた。

 

「えへ〜、クレちゃ〜ん♡」

 

 水蜜は幸せそうに紅の胸に顔を擦り付けているが、

 

「おいおい、どさくさに紛れてぬるり坊のよだれを俺の服で拭くなよ」

 

 と苦笑いを浮かべて指摘すると水蜜は「あ、バレた?」と言って胸から離れ、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「まぁ、これにも慣れたけどな……」

 

 そう言った紅だが、すぐに水蜜の顔にまだ残っていたよだれを懐から取り出した手拭いで優しく拭いてやった。

 

「ん〜……えへへ、ありがと♡」

 

 水蜜が満面の笑みでお礼を言うと、紅は「おう」と短く返して、ぬるり坊にまた池へ戻るように指示してから水蜜の手を取って池の事務所へと向かった。

 

 ーー

 

 事務所に通されると、血の池地獄に勤務している獄卒達が声を揃えて水蜜に挨拶した。

 水蜜が紅の恋人ということはみんな知っているので、みんなとも顔見知りなのだ。

 

「クレさん、また女房連れてきたんスか〜?」

「血の池も煮えちまうほどお熱いッスね〜♪」

「閻魔様に見つかったら怒られますよ〜?♪」

 

 休憩していた獄卒達は紅にそうヤジを飛ばした。

 水蜜は満更でもないようにニコニコしていたが、紅の方は「うるせぇ、うるせぇ」と照れ隠しに怒鳴って水蜜の手をしっかりと握り、足早に自分の部屋へ入っていってしまった。

 それを獄卒達は「ご馳走で〜す♪」と二人をはやしつつ、持ち場へ向かうのだった。

 

「ったく、あいつ等……いつもいつも好き勝手言いやがって」

「なら別の所にすればいいのに〜♡」

「ここ以外、二人きりになれる場所がねぇの知ってるだろ……」

「私は何処でもいいよ〜♡ みんなに何言われても気にしないし♡」

 

 水蜜がそう言うと、紅は「俺が気にするんだ!」と顔を真っ赤にして返すのだった。

 そんな紅が可愛いやら愛しいやらで水蜜は思わず笑いが込み上げ、小さく笑ってしまう。

 

 すると紅はドカッとソファーに座り、そして、

 

「ん……」

 

 と小さく言って、自分の隣をポンポンと叩いた。

 これは水蜜に「隣に座れ」という紅なりの合図である。

 

「あはは、クレちゃんは相変わらずやることが可愛いね〜♡」

「うるせぇ……」

 

 水蜜にからかわれたと感じた紅はそう言って、顔を水蜜から逸した。

 

「もぉ〜、拗ねちゃや〜だ〜♡」

「拗ねてねぇ」

 

 口ではそう言うが、未だに顔を逸しているので拗ねていることは明白である。

 水蜜は「ほら〜、こっち向いて♡」と言って紅の頬を人差し指でツンツンすると、紅は小さな唸り声のようなものをあげながら水蜜の方を向いた。

 その顔はとても真っ赤で、耳まで赤くなっている。

 

「クレちゃん♡」

「なんだ?」

「好き♡」

「おう」

「大好きだよ♡」

「わ、分かった」

「クレちゃんは?♡」

「…………」

「私のこと好きぃ?♡」

「知ってるだろ」

「え〜、言ってくれなきゃ分かんな〜い♡」

「……こいつ……」

「それで〜?♡ 私のことどう思ってるの〜?♡」

「…………水蜜を好いている」

 

 また訊かれた紅は観念したかのように掠れた声で、愛の言葉を絞り出した。

 

「私もクレちゃんのこと大好き〜♡」

 

 紅の口から愛の言葉を出させた水蜜は、そう言って紅の首に手を回してギュ〜ッと抱きついた。

 恥ずかしがっている紅だが、水蜜をちゃんと抱きしめ、二人は時間が許す限り二人して抱き合い、愛を囁くのだったーー。




村紗水蜜編終わりです!

船長らしくグイグイいく水蜜にしました!

因みに「血の池地獄」は、経血や出産時に血を流し、地神を穢れさせた罪で堕ちる地獄という記述もありますが、あくまでこのお話では本編に書いた地獄という解釈でお願い致します。

お粗末様でした〜!


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星の蓮華想

恋人は星。


 

 命蓮寺ーー

 

 写経を終え、皆が寛ぎの時を迎えた。

 夕方に近いということもあり、人里では多くの民家で米を炊く煙が上がっている。

 

 そんな空を見上げるのは、命蓮寺の住職である聖白蓮と毘沙門天代理の寅丸星である。

 

「今日も終わりですね」

「そうですね。今日も何事もなく平和な一日でした」

 

 星の言葉に聖は穏やかな口調で返し、今度は寺の庭で遊ぶ、寺の皆のことを優しく眺める。

 ぬえは縁側でマミゾウと茶を飲みつつ何やら楽し気に会話をし、水蜜や一輪、雲山は響子と掃き掃除をしながら談笑し、こいしやこころは小傘を追いかけ回していたりと、皆が思い思いの時を過ごしていた。

 

 すると寺の門にナズーリンと一人の青年が姿を現した。

 二人は門の側にいる一輪達と挨拶を交わし、こいし達やぬえ達に手を振りつつ、真っ直ぐに聖……というよりは星の方へ向かって歩いてくる。

 それを見て聖はニッコリと笑い、一方の星はバツが悪そうな顔をしていた。

 

「宝塔……見つけてきたぞ、ご主人様?」

 

 懐から宝塔を取り出し、ニッコニコの笑みを浮かべるナズーリン。しかしその笑みは凄く冷たかった。

 

「川の中にあったよ〜」

 

 一方、ナズーリンと帰ってきた青年の方は苦笑いを浮かべている。

 

 この青年は人間の姿をしているが、その正体は龍で名前はハカ。

 数年前に幻想郷入りした龍で、水を好み、普段は幻想郷の水路を魚の姿で自由気ままに過ごしていてるのだ。

 

「も、申し訳ありませんでした……」

「失くすにしてもどうして川に落とすんだ?」

「さ、さぁ……どうしてでしょう?」

「そうだよなぁ、分からないよなぁ。この私の頭脳を持ってしても解明出来ないのだからなぁ」

 

 ナズーリンにグサグサと言葉の弾幕を浴びせられる星は、体を縮めて自分の失態を反省しながらナズーリンの言葉をジッと聞いていた。

 

「ハカが居なければどうなっていたか……次に失くすならせめて陸地にしてくれ。ご主人もハカに間抜けな所はこれ以上見せたくないだろ?」

「失くさないように心掛けます!」

 

 ナズーリンの言葉に星が真剣な眼差しで返すと、ナズーリンはため息混じりで星へ宝塔を渡した。

 

「僕はどんな星ちゃんも好きだから、気にしなくていいよ〜♪」

 

 そこでハカが星を安心させるために声をかけると、透かさずナズーリンに「ハカもご主人を甘やかすな!」と注意され、星と共に体を縮めるのだった。

 

 この二人は恋仲の関係にあり、二人の出会いは今回のように星が宝塔を川へ落としのがきっかけだった。

 落とし物をする癖があることから、人里の一部からはドジっ虎などと揶揄されている星に対し、ハカはからかうこともせず『誰にだって欠点はあるよね〜♪』と声をかけたことから、星はハカに惹かれた。

 それから度々会いに行くようになり、数ヶ月前に星からの告白で今に至る。

 

 付き合い出した当初は龍虎カップルということで、かなり人里で話題になった。中にはスピード破局するかもと賭博が成り立つくらいだった。

 しかし結果はこの通りで、今ではみんな平和の象徴的な感覚で二人を見ているそうな。

 

「(怒られちゃったね♪)」

 

 ナズーリンが二人に説教する中、ハカがこっそりと星に声をかけると、星は「そうだね♪」と言うような笑みだけを返して、二人並んでナズーリンのお言葉を大人しく聞くのだった。

 

 それから数十分後ーー

 

「いいかい? ご主人はもう少し毘沙門天様の代理としての心構えをーー」

 

 まだまだ説教モードのナズーリン。

 星は寺の廊下で正座しつつ、辛抱強く聞いているが、

 

「お兄ちゃ〜ん、今度お魚釣りに連れてって♪」

「あぁ、いいよ〜。釣りしたくなったら川へおいで」

 

 一方のハカはこいし達に囲まれてナズーリンの話は聞いてなかった……というよりも、ナズーリンの話は星に対する言葉ばかりなので、ハカが聞いていなくてもナズーリンは気にしていないというのが正しい。

 

「皆さ〜ん、もうお夕飯ですよ〜」

 

 すると寺の奥から聖がみんなに声をかけた。

 奥の部屋には水蜜と一輪が作った煮物や味噌汁が並べられている。

 

 こいし達はそれを見ると「ご飯だ〜♪」と声を弾ませ、奥の部屋へ向かう。

 

「ちゃんと手は洗ってくださいね〜?」

 

 聖がこいし達にそう言うと、こいし達は揃って「は〜い♪」と返事をし、奥の部屋を通り過ぎて、井戸へ向かった。

 

「ということですので、ナズーリン。今日はこれくらいに」

「ふむ……仕方ない」

 

 ナズーリンは聖の言葉に取り敢えずは頷いたが、その表情からはまだまだ言い足りないといった心境が伺える。

 星は「助かった……」と声をもらし、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「大丈夫、星ちゃん?」

「あ……」

 

 するとハカは星を心配して優しく頬を撫でると、星はその頬をほんのりと赤く染めた。

 

「だ、だだ、大丈夫ですすすす」

「そう? ならいいんだけど……脚痺れてない?」

「う、うん! あれくらいの正座では痺れないよよよよ!」

「無理してない? 辛いなら抱っこするよ?」

 

 ハカはそう言って星に向かい「ほら」と両手を広げた。

 星はその甘美な誘惑に抗ったが、

 

「おいで〜♪」

「にゃ〜♡」

 

 ハカのトドメの一言で虎はただの猫になるのだった。

 

「聖、判定は?」

「…………恋人同士ですし、相手を思い遣った行動なので超許す」

 

 両手を合わせ、慈悲深い笑みを浮かべて判決を下した聖に、ナズーリンは肩をすくませて「甘いな」と苦笑いを浮かべて返した。

 それからナズーリンとハカも夕食をお呼ばれし、星はハカと見つめ合いながらラブラブな夕食を過ごし、辺りに砂糖を振り撒いたそうな。

 

 

 そしてーー

 

「ん〜♡ ハッちゃん、ハッちゃ〜ん♡」

 

 夕飯後、二人は縁側に座り、肩を寄せ合って月見をしていた。

 しかし、星に限っては月を見ているとは全く思えない。何故なら星はハカの腕に抱きつき、その腕に顔を埋めているからだ。

 

「あはは、星ちゃんは可愛いな〜♪」

「ハッちゃんの前だけだも〜ん♡」

「それは特別な気がしていいね♪」

 

 ハカはそう言うって星の頭を優しく撫でる。

 星はそれが心地良くて、思わず「にゃ〜♡」と甘えた声を出してしまった。

 すると、

 

「でもいいのかな〜。僕だけお酒なんか頂いちゃって……」

 

 ハカが少し申し訳なさそうにお酒が入った徳利を見つめた。

 すると星は「大丈夫大丈夫♪」と言って、更に言葉を続ける。

 

「聖が飲んでいいと言ったのですから、気にしなくていいですよ♪ それは奉献されたお酒で、私達じゃ精々煮物とかに使うくらいですから、飲んでもらった方がいいんです♪」

 

 笑って言う星だったが、ふと顔を逸して「村紗さんや一輪さんとかは隠れて飲んでますし……」と小声で付け加えた。

 

「星ちゃんだって蟒蛇(うわばみ)だろう?」

「…………」

 

 ハカに指摘された星はプイッとそっぽを向いて対抗するも、その時点で認めていると同じである。

 

「聖さんもみんながお酒を隠れて飲む分にはとやかく言ってないんでしょう?」

「は、はい……」

「星ちゃんは毘沙門天の代理だから、それを考えてるのは分かるよ? でも毘沙門天を祀って、その化身とまで言っていたあの上杉謙信でさえ、梅干しや塩を肴に毎晩お酒を飲んでいたんだから、それと同じでしょ?」

「で、でも……」

 

 まだ後ろめたさが残る星に、ハカは不意打ちで口づけをした。

 

「んむぅ!?♡」

 

 するとハカは星が気づかない内に、自身の口の中に含んであったお酒を星の口の中へソッと流し入れる。

 

「ん……んぐっ……ごくっ……ぷはぁ……は、ハッちゃん!」

 

 珍しく強行的なハカを星は睨みつけるが、すぐにハカが今度は星の顎をグイッと自分の方へと上げた。

 

「は、ハッちゃん?♡」

 

 ハカの綺麗で真っ直ぐな瞳の前に、星の胸は高鳴った。

 

「僕が一緒にいるから、一緒にお酒飲もう?」

 

 その優しく甘美な囁きは星の胸を更に追い打ちをかける。

 

「お酒じゃなくて、僕に酔えば……お酒を飲んだって誰も気づかないよ」

「あ……あぁ……♡」

「星ちゃん」

「ハッちゃん……♡」

 

 星はもう我慢出来なかった。その証拠に星の瞳にはハカの顔しか映しておらず、ハカから見れば星の瞳にはハートマークが浮かび上がっていたから。

 

「もう一杯、飲む?」

「の、飲みたいれしゅ♡」

「じゃあ飲ませてあげるね♪」

「は、はぃ……んんっ♡」

 

 こうして二人は月明かりに照らされ、何度も何度も人肌のお酒を飲むのだったーー。




寅丸星編終わりです!

色々と都合のいい設定にしてしまいましたが、ご了承を。
でもこんなのもいいと思ったんです(個人的に)!

お粗末様でした♪


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白蓮の恋華想

恋人は白蓮。


 

 白玉楼ーー

 

 とても穏やかな昼下がり。

 ここ冥界に聳え立つ白玉楼では、とある女子会が催されていた。

 

「それじゃみんな〜、カンパ〜イ♪」

『カンパ〜イ♪』

 

 白玉楼の主・西行寺幽々子の合図で始まった今回の定例女子会。

 その参加者はーー

 

「いやぁ、何だかんだこの女子会というのも随分回を重ねたな〜」

 

 守矢神社の祭神・八坂神奈子。

 

「そうね〜、でもちょいちょい出れなかった時もあるし、私はそんな風には思えないわね〜」

 

 幻想郷最古参の妖怪・八雲紫。

 

「神奈子は皆勤賞だからね〜。私も研究とかであんまり出れないし」

 

 月の頭脳・八意永琳。

 

「私も寺の方が何かと忙しくて……あ、私は緑茶でお願い致します」

 

 封印された大魔法使い・聖白蓮。

 

 そうそうたる面々が集まった女子会……女子会である。

 

 これは幻想郷の各グループの代表的な存在である面々が、交流をするために紫と幽々子が企画した定期的な集会なのだ。

 この場にはいないが紅魔館の主・レミリア・スカーレットや地霊殿の主・古明地さとり、仙界に住んでいる豊聡耳神子、閻魔である四季映姫もメンバーに入っている。ただ今回は仕事や身内の都合で欠席。

 

「私は特にこれといった仕事がないから、暇なのよ」

「貴女が動くとろくなことにならないからね。だから何かある度に『また守矢か』なんて言われるのよ」

 

 永琳の言葉に神奈子は「だから今は何もしてないだろう!?」と声をあげると、みんなから「まあまあ」とたしなめられた。

 

「神奈子のことは置いといて……さっきの言葉に、一人嘘つきがいたわね〜」

 

 紫はそう言うと扇子を広げ、口元を隠してその一人を流し見る。

 その視線の先には、

 

「え、私ですか?」

 

 白蓮の姿があった。

 白蓮はどうして自分が嘘つき呼ばわりされたのか理解出来ず、首を傾げる。

 

「だって貴女、寺では彼氏とイチャイチャしかしてないじゃない?」

 

 紫がそう言い放つと、その場にいる全員が「えぇ!?」と目を丸くさせ、白蓮ただ一人が「違います!」と顔を微かに赤らめて否定した。

 

 紫が言ったように、白蓮には恋人がいる。

 それは数年前に命蓮寺の門下に入った『煙々羅(えんえんら)』と言う煙の妖怪だ。

 白蓮の元に来てからは修行により人の姿へなることが可能となったが、前のように煙の姿に戻ることも可能である。

 

 煙々羅は心の美しい人の前に姿を見せる妖怪で、ある日白蓮が本堂で線香を焚いて修行していると、その煙から煙々羅が現れたのが二人の出会いだった。

 煙々羅は白蓮が何をしているのか興味が湧き、色々と白蓮から話を聞き、白蓮も嫌な顔一つせずにしっかりと受け答えすると、煙々羅は白蓮の思想を気に入って、その時から門下に入ることにした。

 それから白蓮と過ごす内に煙々羅は白蓮のことが女性として好きになり、その心を知ってからは毎日白蓮に猛アタックをし、それに白蓮が折れた形。

 しかし白蓮も元から煙々羅を可愛がっていたこともあり、周りからすれば「やっとくっついたのか」と呆れられたくらいだった。

 

「貴女ね、私は幻想郷の管理者よ? スキマを使えばいつだって貴女達を見れるのよ? 忘れてない?」

「そ、そうですけど、私とえんちゃんはイチャイチャなんてしてませんよ! 一緒にお茶したり、一緒にお料理やお掃除してるだけですから!」

 

 紫の言葉を聞いても白蓮はなおも否定する。

 しかし、他の皆は「えんちゃんだって♪」「ちゃん付で呼んでるのね♪」「これは映姫様がいれば黒ね♪」と白蓮の恋人の呼び方に注目が集まった。

 

「煙々羅だからえんちゃんね〜。なら聖は彼氏からは何て呼ばれてるの〜?」

 

 幽々子がそう訊ねると、他の皆も気になるといった顔で白蓮の方を注目。

 それに対し、白蓮は目を逸らして黙秘する。

 

「確か〜、レンレンだったわよね〜?♪」

 

 しかし紫にバラされ、白蓮の抵抗は無意味に終わった。

 対する皆は紫の言葉に「おぉ〜!」と大興奮。

 

「それじゃあ、ちょっと俗な質問だけど……」

 

 すると永琳が手をあげ、

 

「夜の方はどうしてるの?」

 

 と、とんでもない質問をしてきた。

 これには白蓮も思わずむせてしまう。

 

「ふむ……確かに気になるな」

「どうなの、聖?」

 

 興味津々の神奈子と幽々子。

 白蓮はもう逃げられないと悟り、観念したかのように口を開く。

 

「その……普通に重ねています……」

「尼でもヤルことはヤッてるのか」

 

 神奈子がそう返すと、白蓮は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「邪淫を貪らなきゃいいんだし、気にしなくてもいいじゃない♪」

「でも聖がそうことするのは意外ね〜」

「大僧侶も根は女だったということね」

「結婚すれば子もこさえる訳だしな」

「…………」

 

 その後も白蓮は煙々羅との生活を根掘り葉掘り訊かれ、その都度白蓮は顔を真っ赤にさせるのだった。

 女子会が終わると白蓮は真っ白に燃え尽き、ゆらゆらトボトボと寺へ帰っていった。

 

「流石にやり過ぎたかしら?」

 

 白蓮の背中を見て紫がそう言うと、

 

「でも何だかんだ貴女も楽しんでたじゃない」

「そうそう♪ それに聖の人間らしいところが見れて得した気分だわ♪」

「ま、次からは触れないでやろう。これがきっかけで来れなくなったら夢見悪いしな」

 

 とそれぞれ思うことを言い、神奈子の言葉に皆で頷いたあとで解散するのだった。

 

 

 命蓮寺ーー

 

 寺に帰ってきた白蓮は、真っ直ぐに煙々羅の部屋へやってきた。

 煙々羅は読書中だったが、白蓮の様子がおかしいことにすぐ気がつき、読んでいた本を置いて白蓮の元へ。

 

「ど、どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」

「…………」

 

 押し黙る白蓮を見た煙々羅は「そっか」と声をかけると、白蓮のことを優しく抱きしめた。

 

「無理には訊かないよ……大丈夫。レンレンは一人じゃないよ」

「…………うん♡」

「よしよし……お帰り、レンレン」

「…………ただいま、えんちゃん♡」

 

 それから暫く、白蓮は煙々羅に抱きしめてもらい、落ち着きを取り戻した。

 

「…………ごめんなさいね、えんちゃん」

 

 部屋の中へ入り、煙々羅と向かい合って座った白蓮は、開口一番に謝罪の言葉を述べる。

 

「謝ることないよ♪ レンレンが元気ないと俺だって悲しいからね♪」

「ありがとう、えんちゃん♡」

「いいえ〜♪」

 

 それから白蓮は女子会でのことを話した。話していると白蓮はまた恥ずかしさが込み上げてきて、その声はどんどん小さくなっていった。

 

「ーーと言った感じで……」

「それは災難だったね……」

 

 白蓮が話し終えると、煙々羅は優しい笑みを浮かべ、白蓮のことを労った。

 

「でも、紫さんが全部を見てる訳じゃないんだから、そんなに答えなくても良かったんじゃない?」

「そ、それはそうですけど……」

 

 煙々羅の指摘に白蓮は何か言いた気に煙々羅を見た。

 それに気づいた煙々羅はそのまま白蓮の言葉を待った。

 そして、

 

「…………だ、大好きなえんちゃんとのことだから、皆さんには誤解なくお伝えしたかったの♡」

 

 消え入りそうな声で、でも目ではちゃんと煙々羅のことを見つめて伝えると、煙々羅は「そっか」とニッコリと笑って白蓮のことをまた優しく抱きしめる。

 

「凄く嬉しいよ、ありがとう、レンレン♪」

「えんちゃん……♡」

 

 すると白蓮が煙々羅の胸元をクイクイっと引っ張った。

 煙々羅が白蓮の顔を見ると、その目はとても潤んでいて何を求めているのかが分かる。

 

「口づけ……したい♡」

 

 煙々羅は白蓮に「勿論♪」と告げ、そのまま白蓮の唇に自身の唇を重ねる。

 何度か軽く互いの唇をついばみ合い、最後は白蓮から長い口づけをされた。

 

「ぷはぁ……こ、こんなにしていいの?」

「今更です♡」

「だ、だって、いつも長いのは夜中にしか……まだ夕方だよ?」

「いいんです……今日は、えんちゃんを感じたかったから♡」

「レンレン……」

「共に地獄へ落ちてくれるのでしょう?♡ あの告白、嘘ではないんですよね?♡」

「も、勿論……」

「なら何も怖くありません♡ だから今は、もっと私と……♡」

 

 

 一方、部屋の戸の前ーー

 

『えんちゃん、好き……ちゅっ……大好きなの……んっ、れろ♡ んんっ、れる♡』

『れ、レンレン……んんっ、ちゅっ……』

 

「…………ここに今から突入しろと?」

 

 茹でタコのように真っ赤な水蜜が立っていた。

 突き当りの角には一輪達がそれを見守っている。

 時間的に夕飯なので、水蜜はジャンケンに負けて二人を呼びに来たのだ。

 

『えんちゃん……えんちゃ〜んっ♡』

『ちょ、れ、レンレン……ま、待って』

 

 戸の向こうからは二人の艶めいた声がまる聞こえである。

 

「も、もうさ、先に食べちゃわない? こっちはもう()()()()っぽいし」

 

 角にいるみんなに水蜜がそう提案すると、みんなは揃って首を縦に振り、二人の邪魔にならないよう退散した。

 

 その日、白蓮は朝まで煙々羅の部屋から出て来なかったとかーー。




聖白蓮編終わりです!

聖の可愛いところが書きたかった。ただそれだけです!
愛故のことなので、ラストのあれは仕方ない。愛ある行為なので、どうかご了承を。

お粗末様でした☆


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ぬえの恋華想

恋人はぬえ。


 

 魔法の森ーー

 

 穏やかに雲が流れ、優しい太陽が降り注ぐ幻想郷。

 そんな日和でも薄暗い森の奥地に一人の少女がいた。

 

「…………」

 

 今指名手配されている鬼人正邪。

 指名手配と言っても起こした異変で程度が知れてしまったため、そこまで危険人物扱いされておらず、その動向は紫や映姫にしっかりと監視されているので基本的に自由に過ごしている。

 

「あ、正邪ちゃ〜ん♪」

「お待たせ〜♪」

 

 するとそこに二人の少女が現れた。フランドール・スカーレットと古明地こいしである。

 二人は正邪の友達で日頃からこうして良く集まるのだ。

 正邪は口では「友達じゃない」と言いながら、日中に集まる時は敢えて日があまり差していない森の奥地を集合場所にするので、内心では友達を気遣っていることが分かる。

 

「遅ぇよ! 私は朝からずっと待ってたんだぞ!」

 

 怒る正邪にフランは「ごめんね〜」と謝るが、正邪は「やだ!」と言ってそっぽを向いた。

 そもそも集合時間はお昼だったが、正邪の性格からして素直にはなれないのだ。

 

「あはは、正ちゃんは相変わらずだね〜♪」

「ね〜♪」

 

 そんな正邪の性格を良く知る二人はクスクスと笑い合った。そんな二人の反応に正邪はちょっと嬉しい気持ちになったが、

 

「う、うるせぇうるせぇ! それよりこいしちゃん! ぬえちゃんはどうしたんだ!」

 

 それを誤魔化すために正邪は話題を振った。

 封獣ぬえもこの集まりのメンバーだからだ。

 

「あ〜、ぬえちゃん今日は来れないよ♪」

 

 こいしがそう答えると、フランが「あ〜、それってもしかして〜?♪」と意味深なことを言い、ニヤニヤと笑った。対するこいしも「そうそう♪」と笑って返す。

 

「? 何で来れねぇのか二人は知ってるのか?」

「うん、あのね〜♪ ぬえちゃんはね〜♪」

「異獣のお兄ちゃんとデートなんだよ〜♪」

 

 二人の答えに正邪は「は?」と間抜けな声をあげてしまった。

 

「デートってなんだ?」

「仲良しな男女が一緒にお出かけすることだよ〜♪」

「ぬえちゃん今日を楽しみにしてたもんね〜♪」

「…………あ〜、確かにこの前、んな話をしてたな〜」

 

 やっと思い出した正邪はそう言うと腕を組んだ。

 

 ぬえは数ヶ月前に恋人が出来た。

 それはぬえと同じく命蓮寺の門下に入っている異獣という妖怪で名前はセツ。

名の通り女みたいに腰まである長く綺麗な漆黒の髪を持ち、顔も中性的で少し童顔。

 仏門に下る前はお腹が空くと人間の前に姿を現して食べ物を物欲しそうな目で見つめ、食べ物をくれた人間にはお礼として何か一つお手伝いするという変わった妖怪だったが、その行いが聖の目に止まり、聖の説得で門下に入った。

 そこで当時新参者同士だったぬえとは何かと過ごすことが多く、ぬえがどんなに悪戯しても笑って許すセツに段々と心を惹かれ、今に至るのである。

 

「よし、ちょいと邪魔してやるか♪」

 

 正邪は楽しそうにそう呟くが、フランやこいしは当然反対した。

 

「ダメだよ! ぬえちゃんが可哀想でしょ!」

「そうだよ! それに聖が『人の恋を邪魔すると馬に蹴られる』って言ってたもん!」

「はんっ、恋ってのは障害あってこそ燃えるんだよ! ぬえちゃんを思ってこそ邪魔するんだ!(嘘)」

「正邪……」

 

 正邪の言葉にフランは感銘を受けた。

 

「正ちゃん、そこまでぬえちゃんを応援したいんだね! なら私達も手伝うよ!」

 

 こいしがそう言うと正邪はニヤリと笑い、二人を引き連れてぬえがデートしている場所へと向かった。

 

 

 妖怪の山ーー

 

 正邪達はぬえがデートに来ている妖怪の山にやってきた。(正邪は指名手配犯なのでこいしが無意識を操って天狗にバレないようにしている)

 するとすぐに玄武の沢の所にターゲット達を発見する。

 

「落ちないようにね、ぬえ」

「あはは♡ ちゃんとセツに捕まってるから平気だよ〜♡」

 

 ぬえはセツの左腕にギュ〜ッと抱きつき、猫なで声でセツとのデートを満喫していた。

 

 ーー

 

「うぇっ……何だよ、あの空間」

「ぬえちゃん嬉しそ〜♪」

「ラブラブだね〜♪」

 

 ぬえ達の激甘風景を見た正邪達はそれぞれ見た感想を述べ、正邪は早くあの空気をぶち壊そうと決めた。

 

「よし、作戦を開始するぞ!」

「可哀想だけど、これも二人のためだもんね!」

「頑張って応援しなきゃ!」

「そうだ! じゃあまずはこいしちゃんからだ!」

 

 そう言った正邪はこいしに指示を出した。

 こいしの能力でセツの意識を無にするのだ。

 

 ーー

 

「でね〜♡ そしたら小傘がね……って聞いてるの、セツ?」

「………………」

 

 こいしの能力が発動していることも知らず、ぬえはセツが無反応なのに小首を傾げた。

 

「セツ〜? ねぇ、セツ? セツったら〜!」

「………………」

 

 どんなに呼びかけても無反応なセツ。

 

 ーー

 

「くくくっ……早速困ってるな〜♪」

 

 そんな二人を木の陰から楽しそうに見つめる正邪。

 

「ぬえちゃん大丈夫かな?」

「流石に無反応だと可哀想……」

「何言ってんだよ、これを乗り越えてこそだろうが!」

 

 心配そうにこいしとフランが見つめる中、正邪はそう言い聞かせていると、ぬえ達に動きあった。

 

 ーー

 

「あはは♡ セツはそうやって意地悪して私が困るとこ見たいんだ♡」

「………………」

「ふふ〜ん♡ なら私も対抗策があるよ〜♡」

 

 するとぬえは「えい♡」と言って、セツに抱きつき、そのままセツの唇を奪った。

 

 ーー

 

「うわ〜……ぬえちゃん大胆〜!」

「あ、異獣のお兄ちゃんも気がついたみたい!」

「って、そのままちゅっちゅすんのかよぉぉぉ!」

 

 最初の作戦は失敗に終わり、ぬえ達は長いキスを終えるとまた歩き出したので、正邪達はそのまま後をつける。

 

 ーー

 

「はい、あ〜ん♡」

「あ〜♪」

 

 滝が見える岩場でぬえ達はお昼御飯を食べさせ合っていた。

 料理は二人でしたようで、二人して「美味しいね♪」と笑みを浮かべて、和気藹々としている。

 

 ーー

 

「咲夜がお弁当作ってくれたから良かった♪」

「たまごサンド美味し〜♪」

「おにぎりの梅が甘い……」

 

 正邪達もフランが持ってきた咲夜のお弁当を食べながら、ぬえ達の様子を見ていた。

 フラン達は平然としているが、正邪はぬえ達の甘さにすっかり取り込まれている。

 

「おい、フランちゃん! 次の作戦だ!」

「あ、うん、分かった♪」

 

 フランは指についたツナマヨサンドのマヨネーズをペロッと舐め取ってから、

 

「きゅっとして〜……ドカ〜ン!」

 

 とぬえがセツに食べさせようとするおにぎりを破壊した。

 食べさせようとしたおにぎりが目の前で破壊されたぬえ達は、驚きのあまり二人して『うわっ!?』と声をあげる。しかもご飯粒や中の具がセツの顔にベッタリとついてしまった。

 それを見た正邪は「大成功〜♪」とご満悦だったが、

 

 ーー

 

「ご、ごめんね、セツ! 今取ってあげるから!」

 

 ぬえはそう言うと、セツの顔についたご飯粒などを自分の舌を使って舐め取り始めた。

 

「ありがと……妖精か何かの悪戯かな?」

「ペロ……どうだろ? でも、ペロペロ……ごめんね……ペロッペロ……」

「ぬえ、さっきから唇しか舐めてないんだけど?」

「えへへ♡」

「食べ終わったらしてあげるから、まずは拭く物頂戴」

「は〜い♡」

 

 ーー

 

「やっぱりラブラブ〜♪」

「あ、またペロペロした♪」

「何なんだよあいつらぁぁぁ!」

 

 この作戦も失敗に終わり、正邪だけがまた砂糖を吐くのだった。

 

 それからぬえ達は昼食を済ますとお昼休みなのか、その場で肩寄せ合って座り、滝を眺めている。

 

「くそぉ〜……なら最後の手段だ!」

 

 正邪はそう言うと自分の能力でセツの口から思っていることとは反対の言葉が出るようにした。

 

 ーー

 

「セツ〜♡ 大好き〜♡」

「俺もぬえが大嫌いだよ」

 

 その言葉に、抱き合っていた二人は顔を見合わせた。

 

「私のこと、嫌いなの?」

「嫌い! とっても嫌いだよ!」

 

 ーー

 

「ひひひ、最初からこうすれば良かったんだ♪」

 

 二人の反応を見て笑い転げる正邪。

 するとフランとこいしが「あっ」と小さな声をあげた。

 正邪がそれに気づいてぬえ達を確認すると、

 

 ーー

 

「セツ……知ってるよ?♡ 嫌よ嫌よも好きの内だよね?♡」

 

 ぬえはセツにそう言うと、セツの胸に顔を埋めた。

 

「最初はビックリしたけど、考えてみればセツが心からそう言うことないもんね〜♡」

「ぬえ……」

「んふふ♡ 大好きだよ、セツ♡ ちゅっ♡」

 

 二人はまた長く、しかも今度は濃厚に、濃密に互いの唇、舌を重ね合わせるのだった。

 

 ーー

 

「うわぁ……大人のちゅうだ〜!」

「えっちなちゅうしてる〜!」

「あいつらもうやだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 正邪はそう叫ぶとその場から逃げるように去ってしまい、フランとこいしは急いで正邪を追うのだった。

 その後、ぬえとセツは変わりなくラブラブなデートをし、更にラブラブになった一方で、正邪は暫く辛い物しか食べなくなったそうなーー。




封獣ぬえ編終わりです!

正邪が何をしてもデレぬえちゃんには効かないバカップルにしました!

お粗末様でした♪


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ダブルスポイラー
はたての恋華想


恋人ははたて。


 

 妖怪の山ーー

 

 本日も天候に恵まれた幻想郷。

 そんな晴天の元、姫海堂はたては自分の家にこもって、念写した写真を元に自分の新聞である『花果子念報』のトップ記事を考えていた。

 

「この写真は一面……あぁ、でもこっちの写真を一面にした方が映えるかな〜」

 

 はたては二枚の写真を見比べて悩んでいた。

 一つは寺子屋の子どもたちが里で奉仕活動をした時の集合写真。そしてもう一つはさとり達、地底組が『おいでませ。地底温泉郷』と書かれた横断幕を持っている写真だ。

 どちらも一面を張るのに十分な写真であり、どちらとも人里の住人にとっては嬉しいニュースであるため、どうするのか腕の見せどころでもある。

 

 するとはたての家のドアがガチャりと開く音がした。

 それが聞こえたはたてはすぐさま玄関へ向かい、

 

「おかえり〜♡ ダ〜リン♡」

 

 と甘えた声で玄関に立つ人物へ抱きついた。

 

「あやや〜……はたては恋人の前だとこんなにもにゃんにゃんしてるのですね〜」

「…………何であんたが何も言わずにひとん家に入ってきてるのよ!」

 

 その人物が最愛の人ではなく、文だと分かったはたては抱きついたまま文の体を締め上げる。

 

「あやややや! ギブ! ギブですはたて!」

 

 はたての肩を高速タップした文。はたては仕方なく腕を解くと、文は腰を押さえてその場に座り込んでしまった。

 

「ちょっとしたジョークじゃないですか〜……イタタ……」

「親しき仲にも礼儀ありってね。今後はいきなりノックも無しに入らないでよね」

 

 ニッコリと笑ってはたてが注意すると、文は苦笑いを浮かべて「はい」とだけ返した。

 

「それで、何の用よ? 私、今作業中だから中には入れらんないわよ?」

「長居はしませんよ。私だってこれから原稿まとめなきゃいけませんから。手短に」

「ん、それで?」

「彼からの伝言です。『博麗神社で萃香さんに捕まったから帰るのは遅くなる』だそうです」

「またか〜……分かったわ。伝言ありがと」

「いえいえ♪ では私は帰りますが、ダーリンさんが帰ってくるまで頑張ってくださいね〜♪」

 

 文が帰り際にニヤニヤ顔でそう言うと、はたては「はいはい」と少し顔を赤らめて文を見送った。

 

 はたてには数年前から同棲している恋人がいる。

 同じ鴉天狗であるがはたてや文みたいに新聞記者をしている訳ではなく、普段は風景写真を気ままに撮るカメラマンをしている。

 数十年前、はたては彼が撮影した写真を念写した際にその写真に惚れ込み、直接会いに行ったことが二人の出会いだった。

 それから意気投合した二人は付き合い始め、一緒に暮らすようになり、今では彼がはたてのために写真を撮り、それをはたてが念写して新聞に使うという感じで、仕事でもプライベートでも掛け替えの無いパートナーなのだ。

 

(ていうか、鬼に捕まったなら迎えに行かなきゃいけない感じかしら……きっと飲まされてるだろうし)

 

 そう考えたはたては、ちゃっちゃと新聞の原稿をまとめ、博麗神社へ最愛の人を迎えに行くのだった。

 

 

 博麗神社ーー

 

 急いで仕事を終わらせ、急ピッチで神社へと降り立ったはたてだったが、その場で凍りついてしまった。

 

 何故なら、

 

「おい、天狗〜♪ 私を抱っこ出来るなんて幸せだぞ〜?♪」

「いやぁ、あははは……」

 

 愛する人が鬼とは言え、他の女をあぐらを掻いた脚の隙間に座らせているからだ。

 

 はたては両手をグッと握り締め、更には歯も食いしばり、物凄いオーラをまとってその場へ乗り込む。

 

「失礼します!」

「は、はたて……」

「お〜、女房のご登場か〜♪ どうした〜?♪」

 

 上機嫌に酔っ払っている萃香は呑気な質問をするが、はたてはそれどころではない。

 文張りのスピードで二人を引き剥がすと、はたては彼を守るように抱きしめ、萃香を睨んだ。

 

「お〜? 嫉妬か〜? いやぁ、悪い悪い♪」

「悪いと思うならはじめからしないでよ! ダーリンは私のなんだから!」

「お〜、いい気迫だね〜♪ 昔の血が騒ぐよ♪」

 

 立ち上がった萃香はそう言うと、妖しく笑って両肩をコキコキと鳴らす。

 その目は楽しそうだが、まとっているオーラは凄まじく、地鳴りまでしている

 

「さぁ、かかってkーー」

「何しとんじゃあぁぁぁ!」

 

 萃香の言葉を遮り、その萃香をワンパンKOしたのは博麗霊夢だった。

 

「人が妖怪退治で空けてる時に何してんのよ!」

「…………」

 

 伸びている萃香の胸ぐらを掴んで「聞いてるの?」「ああん?」と正に鬼巫女霊夢がご降臨されている。

 

「あんたらどうせ萃香に無理やり連れて来られたんでしょう?」

 

 眼光鋭くそう訊ねられた二人は恐怖でお互いに抱き合い、「そ、そうです!」と体を震わせて答えた。

 

「なら帰りなさい。私はこれから萃香に用事があるから♪」

「は、はい、失礼します! ほら、ダーリン!」

「あ、うん……お邪魔しました〜!」

 

 二人がその場を去った後、博麗神社の方から凄まじい叫び声が聞こえてきたが、二人は振り返ってはならない……と自分に言い聞かせて心の中で萃香に合掌しつつ帰宅するのだった。

 

 ーー

 

 帰宅すると、はたてはすぐに彼の服を脱がし、彼の体を入念に濡れタオルで拭いた。萃香が横取りしようとしていないのは分かっているが、やはり他の女と密着していたのが気になったのだ。

 

(全く、萃香さんったら……)

 

 萃香の顔を思い浮かべるとフラストレーションが溜まるので、はたてはもうこれ以上は考えないように努めた。

 

「ごめんね、はたて」

「ううん……断れないんだから仕方ないわよ」

「でも……」

「ふふ、そうやってすぐ私のことを気遣うんだから……被害者はダーリンでしょ?」

「…………」

「確かにあの光景を見て、私も思わず頭に血が上っちゃったけどね……私のダーリンなのに〜って」

 

 彼の胸元を優しく拭きながらはたてが照れくさそうに話していると、彼の方も「俺も……」と口を開いた。

 

「俺も……この場所ははたての場所なのにって思ってた……ちゃんと言ったんだけど、余計に居座られちゃって」

「ふふふ……言っても聞いてくれないでしょ、酔ってたから尚更♪」

「本当にああなるとは思わなかったから参ったよ……」

「お疲れ様♪」

 

 体を入念に拭き終えると、はたては甲斐甲斐しくも彼に新しい服を着せてあげた。

 

「何から何までありがとう♪」

「これくらい気にしないで♡」

 

 笑顔で言い合った後、二人はそのまま軽く互いの唇を重ねる。

 

「ちゅっ、ん……えへへ、おかえり♡ ダーリン♡」

「ただいま、はたて♪」

「そういえば、ご飯はどうする? 食べれる?」

「あぁ、今回はお酌してた時間の方が多かったからな。あんまり飲んでないから食べられるよ」

「良かった……それじゃ今作るわね♡」

「あ、でも夜も遅いから軽めのでいいぞ?」

「あはは、了解♡ 居間で待ってて♡」

 

 はたての言葉に彼は笑顔で頷き、言われた通り居間に向かった。それを見送ったはたては台所に入り、簡単にお豆腐のお味噌汁とおにぎり、そしてカブの漬物を用意して、居間へ向かうのだった。

 

「本当に簡単な物だけど、作ってきたわよ♡」

「ありがとう、明日の朝は俺が作るからな♪」

「うん♡ 期待してる♡」

 

 彼に笑顔で言葉を返したはたては、料理をちゃぶ台に乗せると今度は彼のあぐらの隙間に座った。

 

「ん〜♡ 落ち着く〜♡」

「俺も落ち着くよ……この重みがしっくりくる♪」

「遠回しに重いって言ってる?」

 

 ニッコリとどす黒い笑みをはたてが浮かべると、彼は愉快そうに笑って「そういう意味じゃないよ♪」と返す。

 そして、

 

「これが俺の幸せの重さだからな♪ この重みがないとダメなんだよ、俺♪」

 

 とサラッと凄い言葉を発した。

 それを間近で聞いたはたては嬉しさのあまり顔を紅潮させた上に羽もパタパタさせてしまった。

 

「羽にご飯付いちゃうぞ?」

「その時はダーリンが責任とってね♡ ダーリンが私を喜ばせるからこうなってるんだから〜♡」

「あはは、分かったよ、お姫様♪」

「〜♡」

 

 こうして二人はラブラブいちゃいちゃしながら晩御飯を食べさせ合い、その後もラブラブいちゃいちゃするのだったーー。




姫海堂はたて編終わりです!

今回はシンプルにバカップルにしました!

お粗末様でした〜♪


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茨歌仙
華扇の恋華想


恋人は華扇。


 

 妖怪の山ーー

 

 この山にある大蝦蟇の池の辺りに、ひっそりと佇む小さな小さな診療所。

 ここはただの診療所にあらず、主に獣を診る場所である。

 

 診療所には背が大きく、心優しい男の鬼が暮らしている。しかし、この鬼は鬼でありながら鬼の象徴である角がない。

 この鬼、名は「烈鬼(れっき)」といい、昔は山で悪逆非道の限りを尽くしていた。

 しかしそのせいで人間に退治され、その際に額の角を折られたのだ。そしてこの烈鬼を癒やしてくれたのは、山の動物達だった。

 それから烈鬼は心を入れ替え、悪さは一切せず、山の動物達を保護したり、角の痕を頭巾で隠し、名を変えて人里のペットの往診をしたりと、動物達へ恩返しをした。

 その甲斐あってか、山の大天狗からは例外的に山に住むことを許可され、今では用のある者達から診療所までくることが多くなった。

 

「これで大丈夫。でも今日は安静にさせることだ」

「ありがとうございました!」

 

 人里から飼い犬を連れてやってきた男はお礼を言って、懐から金の入った巾着を取り出した。

 それを見た烈鬼は「金は取らん」と言ってその巾着を引っ込ませる。

 

「しかし……」

「しかしではない。これは金のためにやってることではないのだ」

「何から何まで……本当にありがとうございました!」

「あぁ、その愛犬と末永くな」

 

 烈鬼はそう言うと指を口に当ててピューっと音を鳴らした。

 すると診療所に二メートルを超える大きく真っ黒な山犬が二匹入ってくる。

 

「帰りに何かあってはいけないからな。この者達を同行させる」

「ありがとうございます!」

「それと七日後に経過を見に往診する。空いている時間帯はあるか?」

「七日後ですと……夕方なら家にいます」

「分かった。では七日後の夕方に伺わせてもらう」

「はい、では失礼します〜♪」

 

 男はそう言うと飼い犬を抱え、山犬達と共に診療所を後にした。

 

 男を診療所の外にまで出て見送った烈鬼が診療所内へ戻ると、

 

「あら、お帰りなさい、()()()()♪」

 

 山の仙人である茨木華扇が烈鬼が普段から座る椅子に座っていた。因みに犬山とは烈鬼の通名である。

 

「姐さん、入るなとは言いませんが、せめて一声かけてから入ってくださいよ」

「私とあなたの仲じゃない♪ それより何かないの〜? こうして私が来てあげたのに〜?」

「いつも勝手に来て食べ物をねだらないでくださいよ……今用意しますから」

「んふふ、そういう優しいとこ、好きよ♡」

 

 華扇の言葉に烈鬼は「どうも」と返して、甲斐甲斐しくお茶と適当なツマミを用意する。

 

 この二人は恋人同士であり、華扇の方から診療所までちょくちょくやってくるのだ。

 きっかけは華扇のペットである大鷲の久米が怪我をした際に、烈鬼の診療所へやってきたことからで、烈鬼の動物への愛情を目の当りにした華扇は、烈鬼を気に入り、度々自身のペットの健康診断と称しては烈鬼に会いに来ていた。

 それから互いのことも話すような間柄になり、華扇からの告白で今に至る。

 山の妖怪達の間では『羨ましいけど嗚呼はなりたくないカップル』と言われいるとか。

 

「烈鬼〜、食べさせて〜♡」

「その手は飾りですか?」

「乙女の手を汚させるの?♡」

「乙女って歳でもーー」

「お・と・め♡」

「アッハイ」

 

 圧力に負けた烈鬼は仕方なく自分が作った小魚の煮物を華扇へ食べさせた。

 華扇は親鳥から餌をもらう雛鳥状態。

 普段真面目な華扇からは誰も今の光景は想像出来ないだろう。

 

「で、今日は何用なんですか?」

「あむあむ……んぅ?」

「だから……何か用があったから来たのではないのか?」

 

 烈鬼は少し声が震えてしまった。

 何故なら、口をモキュモキュさせながら上目遣いで小首を傾げる華扇に、烈鬼は不覚にもキュンとさせられたから。

 

「ごくん……恋人に会うのに何か理由いるの?♡」

「別に無いですが……付き合ってから毎日じゃないですか」

「だってあなたからは来てくれないじゃない」

 

 そう言った華扇は今度は片方の頬をぷっくり膨らませて不満の声をもらすと、またもその仕草に烈鬼はキュンとさせられた。

 

「……診療所がありますから」

「だから私の方から来てるんじゃない。文句あるの?」

「無いです……」

 

 烈鬼がそう言うと、華扇は「ならいいでしょ♡」とにこやかに返し、また烈鬼に向かって「あ〜♡」と口を開ける。

 

「仙人様は修行しなくていいんですか?」

「ほうはほぅひぃいほ♡」

「お行儀悪いですよ?」

「ごくん……今日はもういいの♡」

「さいですか」

 

 すると診療所に先程の山犬達が戻ってきた。

 

「お〜、お前達、帰ったか♪」

「お帰り〜♪」

 

 二匹に烈鬼達がそう言うと二匹は揃って軽く吠え、烈鬼の元に擦り寄る。褒めてほしいという合図だ。

 

「ははは、よくやったぞ〜♪」

 

 いつも物静かな烈鬼はこういう時だけはにこやかに、そして親バカのように二匹を褒めて、二匹の頭や顎を優しく撫でる。

 更に片方の山犬は尻尾を振ったまま床に寝転び、烈鬼へお腹を見せた。この甘えん坊な方はサクラと言って、烈鬼を心から慕っているのだ。

 

「お前はここぞとばかりに甘えるな〜、愛いやつめ♪」

「〜♪」

 

 烈鬼にお腹を撫でられ、嬉しそうにするサクラ。するともう片方が嫉妬して烈鬼とサクラの間に割って入り、烈鬼に体を擦り寄せてきた。こちらはウメと言い、サクラの姉である。大人しい性格をしているが、このウメも烈鬼のことが大好きなのだ。

 

「こらこら、お前もちゃんと撫でてやるから。そんなに押し付けてくるな♪」

 

 横腹辺りをポンポンと優しく叩いて離れるように言っても、ウメは寧ろ気持ち良さそうにしている。

 

「よし、んじゃまたよろしくな♪」

 

 そう言って烈鬼は立ち上がると、戸棚から大きな骨(人里の飲食店から頂いた豚や牛の骨)を取り出し、二匹にそれぞれ渡すと、二匹は骨を咥え、大喜びで診療所の傍にある自分達の寝床へ帰っていった。

 

「はは、あいつらめ♪」

 

 それを楽し気に見送る烈鬼。

 すると何やら背中にポフッと柔らかい感触が伝わった。

 

「どうしました、姐さん?」

 

 その正体は華扇で、華扇は烈鬼の背中に抱きついて顔や頭をグリグリと押し当てている。

 

「浮気者〜〜」

「浮気なんてしてませんよ。あいつらを構ってて、姐さんを放っておいたのは謝りますけど……」

「あの子達、雌でしょ?」

「雌ですね……というか姐さんがあいつらを引き取ってほしいって連れてきたんですが?」

「そうだけど……」

「もしかして、姐さん……嫉妬してます?」

 

 すると華扇はギュ〜ッと烈鬼の腰の肉を摘んだ。

 見透かされたので華扇は顔を真っ赤にして、無言で抗議している。

 

「図星突かれたからって無言で摘まないでくださいよ……かなり痛いんですよ、これ」

「浮気者のくせに〜」

「だからペットですよ……」

「浮気者浮気者〜」

「なら姐さんだって浮気者ではありませんか? 姐さんのとこには雄のペットが多くいますよね?」

 

 痛いところを突かれた華扇は「うぐっ」と怯み、手を緩める。

 しかし背中からは離れようとしなかった。

 

「どうして私ばっかり……ズルい……」

「ズルいと言われましても……」

「ズルいもん……ズルっ子だもん」

「ズルでも何でもいいんで、そろそろ離れてくれません?」

「やだ♡」

「こっちからもちゃんと抱きしめたいんですけど?」

「…………♡」

「姐さん?」

 

 すると華扇は黙ったまま烈鬼の前に回り、両手を広げて「抱っこして?♡」とおねだりした。これにキュンと来ない訳はなく、烈鬼は透かさす華扇を抱きしめる。

 

「烈鬼〜♡ 大好き〜♡」

「大好きですよ、姐さん」

「ちゃんと名前呼んで〜♡」

「大好きです、華扇さん」

「えへ〜♡ もっと〜♡ もっと名前呼んで〜♡」

 

 甘えた声でねだる華扇に烈鬼は何度もその名を呼び、その都度華扇は顔を蕩けさせた。

 そして烈鬼は華扇の方が何倍もズルいと感じながらも、それは口に出さず、甘えん坊な恋人を優しく抱擁し続けるのだったーー。




茨木華扇編終わりです!

ダブルスポイラーのあとは茨歌仙なので、華扇様を書きました!
こんなに嫉妬しちゃう華扇様って可愛いですよね?
という妄想をそのまま書きました!

お粗末様でした♪


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神霊廟
響子の恋華想


恋人は響子。


 

 命蓮寺ーー

 

 清々しい朝を迎えた幻想郷。

 そして寺の庭では、山彦である幽谷響子が日課の掃き掃除をしていた。

 

「おはようございます、響子さん」

 

 そんな響子に寺の住職の聖白蓮が声をかけると、響子は大声で「おはようございま〜す!」と返した。

 

「はい……今日も掃き掃除ありがとうございます」

 

 聖はそう言って響子の頭を優しく撫でる。

 

「えへへ……私の日課ですから♪」

「ふふ、そうですか。でも無理はしないでくださいね」

 

 聖の心遣いに響子はまた元気よく返事をすると、聖はまた響子の頭を一撫でするのだった。

 すると、

 

「おはようございます。聖様、響子ちゃん」

 

 一人の男がバケツと雑巾を持ってやってきた。

 この男は数年前に出家して命蓮寺へ入門した青年であり、真面目で礼儀正しく、誰に対しても優しい好青年。

 

「おはようございます、今日もよろしくお願い致します」

 

 聖の言葉に青年は手を合わせ、恭しく頭を下げる。

 青年は寺の門を拭くのが日課で毎朝こうして門へ掃除をしにやってくるのだ。

 

「お兄さんおはようございま〜す!♡ 今日も私はお兄さんのことが大好きです!♡」

「お、おはよう、響子ちゃん」

「貴方からは言ってあげないのですか?」

「聖様っ!?」

「ふふ、冗談です♪ ではお邪魔虫は退散しますね〜♪」

 

 聖はそう言うとクスクスと笑いながら本堂へ向かった。

 そんな聖に響子は「またあとで〜♪」と変わらず返したが、青年の方は顔を真っ赤にしたまま手を合わせ、聖の背中に一礼をすることがやっとだった。

 

「じゃ、じゃあ、掃除しようか?」

「は〜い!♡ 大好きなお兄さんと今日も仲良くお掃除しま〜す!♡」

「響子ちゃんっ!」

「えへへ〜♡」

 

 こうして二人は仲良く掃除を開始した。

 

 言わなくても分かるだろうがこの二人は恋人同士。

 そしてこの関係になって半年となるまだまだ幸せ絶頂期である。

 

 青年が寺にやってきてから、青年は門の掃除、響子は寺の掃き掃除と何かと顔を合わせることが多く、響子の大声にも青年は笑って返し、襲われ(子犬が戯れ付いてくる感じ)ても優しく構ってくれていたので、響子はいつしか青年に恋心を抱くようになった。

 

 そこで響子は寺に居候している二ッ岩マミゾウにこのことを相談した。

 響子の相談を聞いたマミゾウは愉快そうに笑った。

何故なら青年も響子のことで自分に相談をしていたからだ。

 それを聞いた響子はすぐさま青年の元へ行き、大声で告白をした。青年は驚いたが、すぐにその顔ははにかみ、青年からもちゃんとその告白に応え、今のような恋仲となった。

 寺のみんなは二人が付き合うことを祝福し、中でも聖は人と妖怪のカップル誕生に喜び、二人は人と妖怪の架け橋的な存在となったのだった。

 

「おやおや、今日も夫婦で精が出るね〜♪」

「毎日毎日あっちっちだね〜♪」

「仏様が冷やかしに来ちまうな〜♪」

 

 朝早くから墓参りに来た人々は毎回こんなヤジを飛ばしてくる。

 付き合う前までは笑って流していた青年や響子だったが、今となっては響子だけ違った。

 

「はい! 私達ラブラブなので!」

「毎日幸せです!」

「ラブラブなので誰が冷やかしに来ても負けません!」

 

 山彦の性なのか、そのヤジ一つ一つに返事をしていくのだ。

 対する人々は当初こそは驚いたが今ではすっかりと慣れたようで、今はこれが人々と響子の挨拶と化している。因みにこのやり取り中、青年は顔を真っ赤にしながら門をひたすら掃除してやり過ごしているが、耐えきれない時はフリーズ……つまり固まってしまう。

 今日は人数も少なかったのでフリーズまでには至らなかった。

 

「皆さんに嗚呼やって声をかけられると嬉しいですね、お兄さん!♡」

 

 人々を見送った響子が耳や尻尾をパタパタさせて大喜びなのに対し、

 

「そ、そうだね……」

 

 青年は頭から湯気を出す程赤くなっていた。

 

 ーー

 

 日課を終えた二人は、今度は寺の厨に入り、寺のみんなの朝餉を用意していた。

 毎回の朝餉は青年が入門してからは基本的にこの二人が担当していて、野菜・山菜・野草・海草類を主にした素材でそれぞれ煮物や汁物、お浸し、浅漬けにして調理する。

 

「お兄さん、味見してください!♡」

「…………うん、いい味だよ♪」

 

 青年が笑顔で言うと響子は「やった〜!♡」と大喜び。

 

「おはようございます、二人共」

「おふぁお〜……」

 

 そこへ寅丸と水蜜が現れた。

 

「おはようございます、寅丸様、村紗さん」

「おはようございま〜す!」

 

 青年と響子が挨拶を返すと、寅丸は水を汲み、水蜜は牛乳瓶を一本取った。

 

「今朝もお二人並んで仲睦まじいですね♪」

「はい、ラブラブですから! ね?♡」

「あはは……」

 

 水を飲みつつ寅丸が言うと、二人は相変わらずの反応を見せる。

 

「お陰で今朝も牛乳が甘いよ〜」

「朝の糖分摂取は大切ですからね!」

「ははは……」

 

 水蜜の言葉にも同様だった。

 

「み、皆さん、そろそろ朝の座禅が始まりますから、早く行きましょう!」

 

 少々強引に青年が話題を切り替えると、寅丸と水蜜はニヤニヤと笑いながら本堂に向かい、青年と響子は火の元のしっかり確認をしてから向かった。

 

 

 ーー

 

 朝の座禅が終われば、その後はみんな揃って朝食となる。

 中でもぬえは青年と響子が作った朝食を前に待ちきれないと言うような目で、早く早くと聖の服の袖を引っ張っていた。

 

「ふふふ、では皆さん。手を合わせてください」

 

 聖の声にみんなは一斉に手を合わせる。それを確認した聖は一言二言と教えを説いてから「頂きます」と言った。

 するとみんなも声を合わせて「頂きます」をし、賑やかな朝食が始まる。

 

「この煮物、好き〜♪」

「今日の煮物はお兄さんが作ったんです!♡」

「ぬえちゃんの口に合って良かったよ」

 

 ぬえは青年が作った煮物をヒョイパクヒョイパクと笑顔で口に運んでいる。

 それを見た青年は良かった……と思いながら自分は響子が作った味噌汁を口に含んだ。

 すると響子は両手を胸の前でギュッと握り、青年の顔色を伺った。

 

「ん……味見した時から思ってたけど、あっさりしてて美味しい」

 

 その感想を聞いた途端、響子は顔が蕩けたかのように締まりがなくなり、デレデレニヤニヤとだらしない顔になる。

勿論、耳や尻尾もピコピコブンブンで気分は最高潮のようだ。

 

「相変わらずね、響子は」

「はっはっは♪ 良いではないか、一輪よ……恋する乙女は何事にも嗚呼なるのじゃからなぁ♪」

 

 一輪が苦笑いを浮かべてつぶやくと、その隣に座しているマミゾウは豪快に笑って返した。

 一方、二人を眺めているのは一輪とマミゾウだけでなく、聖は微笑みを浮かべ、寅丸とぬえはニヤニヤと眺め、水蜜は無言で一心不乱に辛子蓮根をもぐむしゃしている。

 

「はい、お兄〜さんっ♡ あ〜ん♡」

「ちょ、ちょっと響子ちゃん!?」

「食べてくれないんですか〜?」

 

 響子は大きな瞳をウルウルさせ、青年に食べてと訴えかけるも、青年はグッと堪えて「み、みんなの前だから……」と響子をたしなめる。

 

「なんじゃなんじゃ〜、肝が小さいのぅ」

「食べてあげなよ〜♪ 旦那さんでしょ〜?♪」

 

 外野であるマミゾウとぬえが透かさずヤジを飛ばす。

 青年は頭の天辺まで赤く染まり、聖や寅丸の方へ助けてください……とアイコンタクトを飛ばした。

 

「仲睦まじいことは良いことです。これくらいなら私は構いません」

「最愛の方に食べさせてもらえるだなんて、理想的ではないですか♪」

 

 しかし二人の仏スマイルの慈悲無き教えが返ってきた。

 

「お兄さ〜ん……」

「わ、分かったよ……」

 

 神にも仏にも見放された青年が渋々頷くと、響子はまた太陽の如く表情を明るくさせ、青年が開けた口にお浸しを入れる。

 

「美味しいですか〜!?♡」

「…………美味しいです」

「えへへ、まだまだありますよ〜♡」

「これで終わりじゃないのか!?」

「ダメなんですか〜?」

「…………分かった」

「〜♪♡」

 

 その後も青年は自分の膳に乗った物が無くなるまで食べさせてもらい、自分からも響子に食べさせてあげるのだった。

 青年は心から恥ずかしかったが、対する響子はキラキラ笑顔だったそうなーー。




幽谷響子編終わりです!

響子は元気いっぱいなので、元気いっぱいに好意をぶつけてくれる感じに書きました!

お粗末様でした☆


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芳香の恋華想

恋人は芳香。


 

 仙界ーー

 

 豊聡耳神子が創り出した自由に幻想郷と行き来が出来る異世界、仙界。

 その仙界にそびえ立つ道教道場、神霊廟には主人であり創造主の豊聡耳とその門人の物部布都と蘇我屠自古。それと邪仙の霍青娥が暮らしている。

 

 そんな縁側で青娥は一人お茶を楽しんでいた。

 

「…………青娥殿」

 

 するとそこへ豊聡耳が神妙な面持ちで声をかける。

 

「どうしました、豊聡耳様?」

「どうしましたじゃありません。何なのです、あれは?」

 

 そう言うと豊聡耳は自身の手に持つ(しゃく)で庭の方を指差した。

 

「よ、芳香! 離せ! まだ仕事が残ってるんだ!」

「いーやーだー! 離れて欲しくば接吻しろー!」

「どうしてそうなるんだぁぁぁ!」

 

 神霊廟の庭では、背の高い男のキョンシーと青娥のキョンシーである宮古芳香が植木の下で言い争っている。

 しかし男の方は木を背にし、芳香は前に伸ばした両手を木に付け、男の自由を奪っている……いわゆる逆壁ドン的な感じなので、言い争っていると言うよりは芳香に襲われている状態に近い。

 その証拠に芳香は一方的に男の顔に顔を近づけ、背伸びをして、何とか男に口づけようと頑張っている。

 

「青春の一ページですわ♪」

「そうじゃなくて、止めさせなさい!」

 

 豊聡耳の言葉に青娥は「えぇ〜」と不満の声をもらす。

 しかし豊聡耳は態度は変えず、しっかりと「止めさせなさい」と目でも訴えかける。

 すると青娥は「いいですか、豊聡耳様?」と前置きして、何やら語りだす。

 

「二人は愛し合っているのです。それは主人である私がどうこう言うのは間違ってますわ。ここは静かに見守るのも大切かとーー」

「真っ昼間から公の場で接吻をせがむ風景なんか見守れるわけないでしょうがぁぁぁ!」

 

 青娥の言葉を遮り、とうとう爆発した豊聡耳。

 それを見た青娥はクスクスと可笑しそうにしながら、芳香達の元へ向かった。

 青娥の背中を見送りつつ、豊聡耳は盛大なため息を吐く。

 

 芳香がご執心の男のキョンシーは数週間程前に青娥が神霊廟の雑用係兼芳香の恋人として術師に蘇生させた新たなキョンシーで、名前は「景昌(かげまさ)」と言う真面目で誠実なキョンシーだ。

芳香と違い、死してすぐにキョンシーとなったので肌色もそこまで悪くない上にどの関節もちゃんと曲がり、脳も芳香程腐っていない。

 

 芳香もすぐに景昌を気に入り、二人は恋人として生活を始めたが、芳香がかなり……いや、積極的過ぎるため、しょっちゅう景昌は芳香に襲われているのだ。

 景昌は男だが雑用係として蘇生されたキョンシーなので芳香程の戦闘力は無く、芳香には力では敵わない。

そのため景昌は昼夜問わずあんな感じなのだ。

 

(仲睦まじいのは結構ですが、もう少しモラルというものを青娥殿は芳香に教えてもらいたいものです)

 

「せ、青娥様ぁぁぁ! お止めくださいぃぃぃ!」

 

「っ!?」

 

 景昌の叫び声で豊聡耳が視線を移すと、

 

「ほら男の子なんだから女の子に恥ずかしい思いさせちゃ駄目よ!」

「接吻すーるーぞー♡」

 

 青娥が景昌の頭を芳香の方へと屈ませ、口づけ出来るように手伝っていた。

 

「んん〜っ!」

「〜♡♪」

「ほら、しっかり腰も抱いて、舌も絡めて情熱的に!」

 

 芳香は景昌との口づけにご満悦だが、やかましさで情緒も何も欠けている。

 

「何をさせているんだぁぁぁ!」

 

 透かさず豊聡耳が芳香と景昌の間に割って入り、笏で青娥の頭をズビシッと引っ叩いた。

 

「あん、痛いですわ。豊聡耳様〜」

「あんではありません。というか、先程は見守るとか何とか抜かしていたのに何で施しているのですか!」

「だってここまで来たらさせてあげたいでしょう?」

「それならせめて人前でさせないでください!」

 

 豊聡耳が青娥を叱りつけている間、

 

「かーげーまーさー♡ 好きー♡ ちゅー♡」

「んぐむぅ〜!」

 

 倒された景昌は上に乗った芳香にいいように唇を貪られていた。

 豊聡耳がそれに気付いて芳香を引き剥がすと、景昌の顔はトマトのように真っ赤で瞳の光は曇り、唇はかなりふやけていた。

 

 ーー

 

「しかしまあ、大変だったな〜」

「はい……」

 

 景昌は屠自古と厨場に入って夕飯の準備をしていた。

 青娥と芳香はあの後で、豊聡耳が罰として人里へ道教の勧誘に連れ出したので今は留守である。

 

「愛故に人は盲目的になると言うからのぅ」

 

 そんな二人の後ろで布都は使う皿をせっせと拭いていた。

 

「こうしと言う偉い人物も恋する男女について書いておるくらいだからな」

「どう書いておられるんですか?」

「うむ、確か……『いらない何も捨ててしまおうーー」

 

 布都の語る言葉に、屠自古は「ん?」と小首を傾げる。

 

「ーー君を探して彷徨うマイソウル』」

「それ絶対孔子じゃねぇだろ!?」

 

 そこまで聞くと屠自古が透かさずツッコミを入れて言葉を遮る。

 

「いや、言っておる!」

「どこのこうしだ! 少なくとも私の知ってる孔子じゃねぇぞ!」

「稲葉家のこうしじゃ!」

「紛らわしい言い方してんじゃねぇぇぇ!」

 

 屠自古はそう叫ぶと布都の脳天に小規模な雷を落として黙らせた。

 

「わ、我が何をしたと……」

「暫く黙ってろ馬鹿異仙」

 

 そう言い捨てると、屠自古は景昌の肩をポンッと優しく叩いく。

 

「まぁ、なんつうかよ……芳香もどうやって気持ちを表現していいのか分かんねぇんだよ、多分」

「屠自古さん……」

「脳が腐ってても、あれだけ好き好き言ってんだ。男冥利に尽きるってことで、愛想尽かさないでやってくれよ。お前だって好意を寄せられて悪い気はしないだろ?」

 

 すると景昌は少しだけ頬を赤く染めて小さく頷いた。

 屠自古はそれを見ると小さく笑い、景昌の肩をポンポンッと軽く叩くのだった。

 

 それからまた料理を再開すると、景昌がふと口を開く。

 

「自分も芳香に嗚呼して好意を寄せられるのは嫌ではないんです。芳香と引き合わせてくれた青娥様にも感謝しきれないくらいで……」

「そうか……ふふ」

「ただ、どこででも口づけを迫られるのは慣れませんね……隙きあらば押さえ込まれちゃいまして」

「ま、まぁあいつは何事にも真っ直ぐだからな」

「はい……口づけは構わないのですが、せめて二人きりの時にしてほしいです」

「見事に性別が逆転してるな……まぁ気持ちは分からんでもないが……」

 

「ならば二人きりであれば接吻しても良いと提案してはどうじゃ?」

 

 雷撃から復活した布都がそう提案した。

 

「言っても聞かないからこうなってんじゃねぇの?」

 

 屠自古が鋭くツッコミを入れると、布都は「むむむ……」と唸り声をあげる。

 

「ま、世の中にはこうも求めてくれるのはそうないんだから、甘んじとけ。贅沢な悩みってことでさ」

「そうですね……ありのままの芳香を受け入れてこそ、男ですよね」

 

 景昌が胸を張って言うと、布都も屠自古も「その粋だ」と笑顔を見せるのだった。

 

 

 そして、その夜のことーー

 

「かーげーまーさー♡ 好きー♡」

「うん……」

 

 夕飯も終えた景昌が外に出て風呂を沸かしていると、また芳香に襲われた。

 しかし、今は二人きりなので景昌も顔こそは赤くしているが、ちゃんと芳香を受け入れている。

 

「好きー♡ 好き好きー♡ 大好きだーぞー♡」

「……好きだよ、芳香」

「うん♡ 好き好きー♡」

 

 芳香は景昌の背中に覆い被さるように抱きつき、景昌の肩に顎を乗せて景昌に頬擦りした。

 

「夜の景昌は逃げないからもっと好きー♡」

「夜は人目が無いからね」

 

 はにかんだ景昌が頬を指で掻きながら言うと、芳香は「そっかー♡」と返しつつ景昌の頬にぶちゅ〜と口づける。

 

「吸い過ぎて跡は残さないでくれよ?」

「んー♡」

「そろそろ離してくれないと跡が……」

「んーー♡」

「芳香〜?」

「んーーー♡」

 

 もう跡が残るのは確実だと思った景昌はもう何も言わず、芳香の気が済むまでそのままでいた。

 

 

 次の日ーー

 

「で、そのままの芳香を受けれたらそうなったと……」

「はい……」

 

 景昌の顔や首にはかなりの跡があった。

 

「やれやれ……」

「んー♡ んー♡」

「今は腕に侵食中なのね♪」

「芳香殿は衰えを知らぬの♪」

 

 豊聡耳や屠自古は呆れたため息を吐き、青娥と布都は二人を微笑ましく見守った。

 その後も芳香は景昌から離れなかったというーー。




宮古芳香編終わりです!

芳香もストレートな愛をぶつける感じに書きました!

お粗末様でした☆


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青娥の恋華想

恋人は青娥。


 

 魔法の森ーー

 

 多くの生き物が寝静まり、月明かりが届くこともない森の奥。

 そんな場所にひっそりと佇む小屋の中に、小さな蝋燭の灯りが見える。

 

「…………」

 

 その小屋には男の魔法使いが一人、湯呑を片手に魔導書を読んでいる。

 この男、名は「クレイ」と言い、黒魔術も白魔術も極めし者で若い見た目とは裏腹に百年以上を生きている。

 元は外の世界にいたが、外の世界でやれることが無くなったので数年前にこの幻想郷へやってきた。

クレイの力はあの紅魔館のパチュリー・ノーレッジも認めた程で、霊夢や紫は最初こそは異変を起こさないかとマークしていたが、本人直々に「今の生活を壊すことはない」と誓ったため、今ではすっかり幻想郷に馴染んでいる。

 

 しかしクレイは幻想郷に来て一つ変わったことがあった。

 それは、

 

「クレイ様〜♡ あなたの愛しい愛しい娘々が今宵も来ましたわ〜♡」

 

 目の前の壁をすりけてきた、この霍青娥と恋仲になったことである。

 

 青娥は邪仙ではあるがその純粋さから、クレイの極める多くの術に興味を持ち、それがきっかけでクレイの元へ訪れたのが二人の出会いだった。

 クレイは驚いたが、使いこなすかは別として教えるだけならと言うことで度々会うようになり、クレイの魔術に対する情熱や随所に見せる知性、そして純粋さに青娥は遠い遠い昔に置いてきた感情が芽生えた。

 恋心を自覚してからの青娥はあの手この手でクレイにアプローチをし、数ヶ月前にようやっと恋仲となり、今では恋人としてクレイの元を訪れるようになったのだ。

 

「いつもながら、唐突だな。拒みはしないのだからちゃんとドアから入って来い」

「こうした方があなたのすぐ目の前に来れるではありませんの♡」

 

 壁を完全にすり抜けてそんな言葉を返すと、クレイは苦笑いを浮かべる。

 

「それに何だかんだ言っても、ちゃんと決まった時間にこうして、この机の所にいてくださるではありませんか♡」

 

 青娥はクレイに抱きつきつつ、嬉しそうに言葉を続けた。

 

「…………言っても聞かないからだ」

 

 微かに頬を赤くし、照れ隠しでそっぽを向いて言うクレイに、青娥は胸がときめく。

 

「クレイ様、可愛い♡」

「それはどうも……何か飲むか?」

「クレイ様と同じ物を頂きますわ♡」

 

 青娥がそう返すと、クレイは小さく頷いて自分が飲んでいるお茶を用意し始めた。

 その間、青娥はクレイの椅子のすぐ隣にある椅子に腰掛けて大人しく待っている。

 

 クレイが茶を淹れて青娥の元へ戻ると、茶の入った湯呑を青娥の前に置いた。

 青娥はそれに礼を言ってから口に含むと、クレイが先程まで読んでいた魔導書に目を向ける。

 

「これはどんな魔導書ですの?」

「アリスから借りた人形を操る魔導書だ。自分も知らない分野だから中々に面白い。彼女自身の魔法の概念や魔法への探究心も実に興味深いしな」

「それは何よりですわね♪」

 

 魔法のことに関しては子どものように屈託のない笑みを浮かべるクレイ。青娥はそんな彼の笑顔を見るのが好きで、それを見れただけで今日の逢瀬は大満足だ。

 しかし青娥の胸にはチクチクと刺さるものがある。

 それは嫉妬心。何故なら目の前でこんなにも楽しそうに他の女の話をしている上、自分とでは絶対に彼の好きな魔法の話題はついていけないから。

 

 だから青娥は少々無理矢理だが別の話題を考えた。

 

「そう言えばですね、今度神霊廟にお越しくださらないかしら?」

「神霊廟か……俺の様な者が行ってもいいのか? 俺は魔法使いだぞ?」

「いいからお誘いしていますの……豊聡耳様も久々にお会いしたいと仰ってましたし♪」

「そう言えば、青娥と付き合う際に一度会ったきりだったからな……ならばお邪魔させてもらおう」

 

 クレイが笑顔でそう返すと、青娥は笑みを浮かべて手を叩いて「決まりですわね♡」と嬉しそうに言いう。

 

「ではその時はお迎えに参りますわ♡」

「分かった。日はいつ頃だろうか?」

「う〜ん…………明日で♡」

「随分急だな」

「善は急げと申しますでしょう?♡」

「相変わらずの行動力だな……」

「照れてしまいますわ〜♡」

 

 そんなこんなで急遽神霊廟に招待されたクレイ。そしてその夜の青娥はご機嫌なままクレイの家を後にするのだった。

 

 

 神霊廟ーー

 

 次の日の夕方、クレイは青娥に連れられ神霊廟へとやってきた。

 謁見の間に通されたクレイは、青娥と並んで正座し、神子が来るのを待っている。

 神霊廟の外観は中華風であるが中は和室が多く、色々と混ざっている感じだ。

 

「待たせてすまない」

 

 するとそこへ神子が現れ、二人の前に座った。

 

「謁見の間ではあるが、楽にしてくれて構わない。今日は急なことであったが来てくれて感謝する」

「いえ、急なことには恋人で慣れていますから。寧ろ招待してもらえて光栄です」

「随分と青娥殿が世話になっているね……そのことも重ねて礼を言わせてほしい」

 

 神子がそう言うと、青娥が透かさず「豊聡耳様」と小さく声をあげた。その顔は少し不機嫌そうで、右の頬をぷっくりと膨らませている。きっと気恥ずかしくなったのだろう。

 神子はそんな青娥に苦笑いを返し、小さく咳払いをして口を開いた。

 

「そういうことも踏まえ、今宵はささやかながら宴の席を設けた。楽しんでいってほしい」

「お心遣いありがとうございます」

「では、宴の間へ行きましょうか♡ クレイ様のために腕によりをかけてお作りしたんですよ♡」

 

 青娥がそう言うとクレイはニッコリと微笑んで「ありがとう」と言葉を返した。

 

「朝早くから仕込みも頑張っていましたからね。見ていてこちらも嬉しくなってしまうくらいに」

 

 ふふりと笑って神子が言うと、青娥は「豊聡耳様!」と珍しく顔を真っ赤にして神子へ詰め寄る。

 

「そういうことは言わないでくださいまし!」

「あんなにも彼への欲を聞かされては告げ口の一つも言いたくなります♪」

「勝手に欲をお読みにならないでください!」

「勝手に聞いてしまうくらいだだ漏れにしていたのは貴女ですよ♪」

「むぅ〜!」

 

 口の上手い青娥は敗北し、それを誤魔化すようにクレイの手を引いてズカズカと先に宴の間へ行ってしまった。

 それを神子は微笑ましく眺め、自分も二人の背中を追うのだった。

 

 ーー

 

 宴の間へ着くと、テーブルにはささやかとは程遠いくらいの料理が並べられていた。それは満漢全席と言われても過言では無いくらいである。

 

「凄い料理だな……」

「クレイ様のためについ気合が入り過ぎてしまいましたの♡」

「この量なら豊聡耳殿が言っていた通りだな」

「はぅぅ、それは忘れてくださいまし……♡」

 

 熱くなった頬を手で押さえる青娥。そんな青娥にクレイは微笑み、その頭を優しく撫でる。

 そしてその後ろに居る神子に「では宴を始めよう」と促され、宴が幕を開けた。

 

「では我の皿回し芸をご覧頂こう♪」

「皿回しじゃなくて皿割りの間違いだろ〜?♪」

「何を言うか! 落としたら芳香殿が食べる算段じゃ! 抜かりはないぞ!」

「落とすの前提かよ♪」

 

 前に立って布都と屠自古が漫才めいたことをし出し、宴は大盛り上がり。

 神子も宴は無礼講と言うことで二人のやり取りを笑って眺めている。

 

「芳香は本当に何でも食べるんだな」

「育ち盛りですからね〜♪」

「青娥ー、ご飯ー♪」

「は〜い♪」

 

 青娥は笑顔で自分とクレイの間に座る芳香にご飯を食べせている。そしてクレイも芳香の口周りについた食べカスを拭いてやっているため、それはさながら親子のような光景だった。

 

「そうしていると親子のそれと変わりませんね♪」

「おぉ! これは確かに夫婦(めおと)と相違ないですな!」

 

 神子と布都がそんな言葉をかけると、青娥は生娘のようにモジモジして俯いてしまった。

 

「こんな青娥殿は滅多に見られないですね♪」

「青娥殿! ご入籍はいつになるのじゃろうか!? 我々が目一杯盛り上げますぞ!」

「娘もいるんだし、もう入籍したんじゃないのか?♪」

「二人は私の母と父なのかー♪」

 

 みんなの言葉に青娥はどんどん顔を赤くして、終いにはクレイの背中に隠れるようにして顔を伏せる。

 

「皆さん、あんまり青娥をイジメないでやってください。ちゃんとその時にはご報告しますので」

「っ!?♡」

 

 クレイの言葉に青娥はピクンと肩を震わせた。その言葉が限りなくプロポーズに近かったからだ。

 

「く、クレイ様……♡」

 

 青娥がクレイの服をキュッと握り、震えた声でクレイの名を呼ぶと、

 

「酒の席ではなく、ちゃんとした席で正式に申し込むよ。その時までもう少し待っててほしい」

 

 と青娥の目を真っ直ぐに見つめて返した。

 すると青娥は照れながらも、ニッコリと微笑んで「お待ちしておりますわ♡」と返し、そのままクレイの頬にキスをした。

 それを見たみんなは大興奮で、細やかな宴は婚前の宴と化してしまうのだった。

 

 後日、青娥はクレイからの正式な求婚を受け入れ、二人は盛大な結婚式を挙げたそうなーー。




霍青娥編終わりです!

変化球というか、純粋な娘々にしました!
こんな青娥もありですよね?

ということで、お粗末様でした♪


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屠自古の恋華想

恋人は屠自古。


 

 人里ーー

 

 今日も今日とて穏やかに時が過ぎる幻想郷。

 そんな昼下がり、物部布都と蘇我屠自古はこぢんまりした甘味処に訪れていた。

 二人は人里に道教の勧誘に訪れていて、その帰りに甘味処に寄ったのだ。

 

「此度も成果は無しか……ぐぬぬ」

「唸ったってどうしようもないだろ。今は地道に勧誘するしかないんだからよ」

 

 自分の真向かいに座って唸る布都に屠自古は声をかけるが、布都にその声は聞こえていない。

 

「大体何なんじゃ! 神霊廟に来たとしてもすぐに去りおって! 道教の『ど』の字すら学ばずに!」

「おい……」

「一日二日で道教を極められる訳がなかろう! なのに簡単に! 花を摘みに行くかの如く辞めて行きおる!」

「おいって……」

「そんな心積もりならば端っから来るなと言いたいわい! そんな輩に太子様がーー」

「静かにしろ!」

 

 とうとうキレた屠自古は布都の頭に雷撃を喰らわせた。

 

「やれやれ……これでちっとは頭が冷えたろ」

「屠自古よ、我の頭は今すごく熱いぞ……」

「あん? もう一撃いっとくか?」

「いっとかぬ」

 

「ははは、相変わらずですねぇ、お二人さん」

 

 すると二人の元へ甘味処の店主である若い人間の男が、二人の頼んだ甘味を持ってやってきた。

 甘味が来たことで布都は「おぉ! 来おったか!」とすぐに復活。それを見て屠自古は苦笑いを浮かべる他なかった。

 

「お待ち遠様。布都さんがプリンアラモードで、屠自古さんが白玉クリーム餡蜜ですね♪ おまけでどちらもいつもよりクリーム多めにしときましたので♪」

「お〜、流石は店主殿じゃのぉ♪ これからも贔屓にするぞ!」

「ありがとうな、店主♡」

「いえいえ、大切な方と大切なお得意さんですからね♪ では、ごゆっくり♪」

 

 店主はそう言うと一礼し、屠自古にニッコリと微笑みを向けて厨房へ戻った。

 屠自古はその背中が厨房に消えるまで嬉しそうに眺め、そんな屠自古を布都は不思議そうに眺める。

 

「ん、どうした? 食わないのか?」

 

 視線を戻した屠自古が自分のことを凝視する布都にそう問い掛けると、布都はプリンアラモードのイチゴを頬張り、それをごくんと呑み込むと何やら怪しい笑みを浮かべた。

 

「な、何だよ……その面は?」

「くっくっく……あっははは! 我は分かってしまったぞ、屠自古よ!」

「何が分かったんだ?」

「ここ最近、勧誘活動後は常にこの甘味処に来ておる! そして今の店主殿とお主の雰囲気で我は察したぞ!」

「…………」

「ここの店主殿を勧誘し、神霊廟でもこの甘味を馳走してもらうという魂胆じゃろう、そうであrーー」

「違う」

「なん……じゃと!?」

 

 言葉の途中で否定された布都は思わず「( ゚д゚)(こんな)」顔をして、今度はプリンアラモードのオレンジを摘む。

 

(んな顔でも食うのな……)

「布都にもちゃんと言ったはずだ」

「ごくん……何をじゃ?」

「だから……その……」

 

 いざ改めて言うとなると恥ずかしくなり、屠自古は思わず尻込みしてしまう。しかし布都は気になって仕方なく、早く申せと言わんばかりにテーブルを軽く叩いた。

 

「…………私と店主は、だな……」

「お主と店主殿は!?」

 

「恋人同士なのですわ♪ 物部様♪」

「うわぁ!?」

 

 突然、壁から顔を出して屠自古が言おうとしていたことを言ったのは霍青娥である。

 

「青娥……いきなり出てくるな」

「あら、ごめんなさい♪ 楽しいお話声が聞こえてきたものですから♪」

 

 屠自古は両手で赤くなった顔を押さえながら青娥に注意するも、青娥は全く反省の色がなかった。

 

 青娥が言ったように屠自古とここの店主は恋人同士である。

 何かと苦労の絶えない屠自古が、元から行き付けにしていた店の店主につい愚痴をこぼしたのがきっかけだった。

 店主は屠自古の愚痴を嫌な顔せずに静かに聞き、その都度、亡霊相手にも変わらず励ましの言葉や優しい言葉をかけてあげていた。

 そんな店主に屠自古は段々と恋心を募らせ、そしてやっとの思いで告白して今に至る。

 

「全く……ちゃんと入り口から入りなさい」

 

 すると店の入り口から苦言を呈しつつ豊聡耳神子がやってくる。その後ろには宮古芳香もいる。

 

「太子様まで……どうされたのですか?」

「太子様ぁ! こちらの席が空いておりますぞ〜!」

 

 神子達は屠自古達が座るすぐ隣のテーブルに座ると、店主に甘味を注文してから屠自古の問いに答えた。

 

「おやつ時ですから私達もこうしてお茶をしに来たまでのことです」

「決して蘇我様と店主様の熱々娘々を冷やかしに来たわけではありませんわ♪」

「あんたはもう少し歯に衣着せてくれないか!?」

「あらやだ、ちゃんと衣は着てますわ♪」

「羽衣と歯の衣を掛けておるのですな! 座布団二枚ですぞ!」

「おめぇは黙ってろ!」

 

 またも屠自古の雷撃を受けた布都はそのままテーブルに顔を突っ伏し、そんな布都を青娥はクスクスと笑って眺める。

 

「…………つまりお茶するついでに様子を見に来たということでいいですか、太子様?」

「えぇ、そういうことです。私の屠自古がお世話になっているのですから、たまにはこうして赴いて礼を言おうと」

「あら豊聡耳様、蘇我様はもう豊聡耳様のではありませんわ?」

「屠自古は店主のだぞー」

「芳香!」

「お〜、これは失敬。確かに今の屠自古は店主殿のだ。そしてこれからも!」

「何良い顔して言ってるのですかぁぁぁ!」

 

 屠自古が真っ赤にした顔で声を荒らげると、もう一人の渦中の人物である店主が神子達の甘味を持ってきた。

 

「お待ち遠様です。豊聡耳様が白玉ぜんざい、青娥さんと芳香さんが抹茶クリーム白玉餡蜜ですね♪」

「ありがとうございます♪」

「いえいえ、それではごゆっくり♪」

 

 店主は一礼して厨房へ戻ろうとすると、透かさず神子が声をかける。

 

「店主殿。今お時間よろしいか?」

「はい、大丈夫ですよ?」

(店主を呼び止めてどうする気ですか、太子様……)

 

 神子の行動に不安を隠せない屠自古。

 

「屠自古との関係は良好ですか?」

「な、ちょ、たた太子様!?」

 

 屠自古は思わずまた声を荒らげてしまった。何故なら神子が店主にストレートに訊くとは思ってすらいなかったから。

 

「はい、とても良いお付き合いをさせて頂いております♪ 屠自古さんのような方が恋人で幸せでございます♪」

「お前も素直に答えるにゃぁぁぁ!」

 

 もういても立ってもいられなくなった屠自古はそう叫ぶと、店主の口を両手で押さえた。そして興奮した猫のように「ふ〜ふ〜!」と息巻いている。

 

「屠自古のその反応を見る限り、お二人の仲は良好のようだ♪ 安心しました♪」

「熱々娘々で常夏ですわね〜♪」

「ラブラブなのかー♪」

「屠自古と店主殿は恋仲じゃったのか! だからいつも屠自古は店主殿の話をしていたのじゃな!」

「うるせぇぇぇぇっ!」

 

 本日三度目の雷撃が放たれると、布都は「何故……」と掠れた声をあげて床に転げ落ちた。

 

「ぷはぁ……屠自古さん、流石に今のは可哀想ですよ」

「だってこいつが!」

「いつものことなのですから、いいではないですか♪」

「そう、だけどよぅ♡」

 

 店主から優しく頭を撫でられた屠自古はこれまでの威勢が無くなり、トロ〜ンと顔を蕩けさせる。

 それを見た周りはニヤニヤと二人を眺めた。

 

「ふふ、こんな屠自古は本当に珍しいですね♪」

「恋する乙女となっては怨霊も可愛いものですわね♪」

 

「からかわないでください!」

「でも屠自古さんはいつも可愛いですよ〜♪」

「おい!」

「可愛いです♪」

「あ〜……もぉ!♡ それでいいよぉ!♡」

「照れてる屠自古さんもまた可愛いですね〜♪」

「やめろ〜!♡」

 

 それからも屠自古は店主に可愛い可愛いと言われ、帰る頃には顔がフニャフニャのデレデレになるのだったーー。




蘇我屠自古編終わりです!

今回は甘さ控えめって感じですが、とじーのイジられて照れてる所をメインにしました!

お粗末様でした☆


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布都の恋華想

恋人は布都。


 

 仙界ーー

 

 悠久の時が流れる仙界。そしてそんな仙界を象徴するかのようにそびえる神霊廟。

 今日も神霊廟は穏やかに、そして賑やかな時が過ぎていた。

 

「太子様〜! 我はどうしたら良いのでしょうか〜!」

「えぇい、っさい! 静かにしろバ解仙!」

 

 神子と屠自古が茶をしていると、そこにいつもながら突然やってきて、神子の前で泣きじゃくる布都。

 

「我は尸解仙じゃ!」

「そこだけキッチリ返すんじゃねぇ! 静かにしろってんだよ!」

 

 布都は屠自古に何を言われても静かにしなかった。神子もこのままでは話すら出来ないのでお手上げ状態。

 

「黙れって言ってるだろうが!」

 

 屠自古はそう叫ぶと布都の脳天に小さな雷を落とし、布都を大人しくさせた。しかし、それでも布都の手は力強く握られている。

 

「はぁ……あのよ、誰も話を聞かないとは言ってねぇだろ。先ずは落ち着けってことだ」

「そうですよ、布都。先ずは落ち着きなさい。そのような状態では話もまともに出来ないだろう?」

 

 こんな布都は珍しい。そう感じた神子と屠自古は優しく布都の手を取って、諭すように声をかけた。

 すると布都はむくりと起き上がり、二人に「申し訳ありませぬ……心を乱していました」と返して服のすすを払う。

 

「で、今回は何なんよ?」

「聞いてくれ! 我は今大ピンチなのじゃ!」

 

 布都が屠自古に詰め寄ると、屠自古は「近ぇ!」と言って布都のでこをペシッと叩いて落ち着かせる。

 

「す、すまぬ……それでなーー」

「大方、恋人と何かあったんだろ?」

 

 屠自古が呆れた感じに言うと、布都は大きく頷いた。

 

「布都の恋人……確か数週間前にお付き合いを始めた、人里で古本屋を営む青年ですね。一度挨拶に来ましたし、誠実そうな方という印象ですが……その方とーー」

「そうなのです! ただ誠実だけではなくてですね、優しく、気概もあり、我のことをいつもーー」

「だからその恋人と何があったんだって訊いてんだよ。寒いからって店に火でも放ったのか?」

「お主は我を何だと思っておる!?」

 

 言葉を遮った屠自古に布都が詰め寄ると、屠自古はハッキリ「放火魔」と言い放つ。

 

「まあまあ、二人共……それで布都。その青年と何があったんだ?」

 

 二人を仲裁しつつ神子が改めて訊ねると、

 

「それがですね、太子様! あやつ! 我という者がいながら春画本をたんまりと持っていたのです! それも店に堂々と並べて置いていたのです!」

 

 布都は興奮気味に理由を話した。しかし対する神子も屠自古もポカンとした顔をする。

 

「巧妙に隠したと思っていたのでしょう。しかし謀で我を欺くなど笑止千万! 見つけた瞬間にあやつの頬を一叩きして、その春画を焼き払ってやったのです! 勿論外で焼き払いましたぞ!」

 

 その後もガツガツと力説する布都。要するに恋人が春画を持っていたので、それが悔しくて悲しくて自分でもどうすればいいのか分からないということらしい。

 布都が話し終えると、屠自古だけでなく神子までも盛大なため息を吐いてしまった。

 

「ど、どうしてため息を吐かれるのです!?」

 

 解せぬと言わんばかりに布都が二人の反応に声を荒らげると、神子は屠自古に目配せする。それを確認した屠自古は静かに口を開いた。

 

「あのよぅ、布都。お前の恋人は何を生業(なりわい)にしてる?」

「何戯けたことを! 古本屋に決まっておろう! それもどんなに保管状態が悪くともしっかりと綺麗にしてーー」

「だからそれだよ」

 

 布都の言葉を遮って屠自古が言うと、布都は「む?」と小首を傾げる。

 

「だからよ……その見つけた春画。店の品だろうって言ってんだよ」

 

 屠自古がそこまで言っても解さぬ様子の布都。それを見た神子はふぅと小さく息を吐いて口を開く。

 

「古本屋……ただ古くなった本を売るだけでなく、買取も行っています。そして中にはそういった物を売る人はいる。ならばそれも品として並べて置くのが普通だろう?」

「…………」

「その本達は店の隅の棚などにまとめて置いてあったのでは?」

「…………確かに、隅にありました」

「つまりお前は勘違いして恋人に一発喰らわせた挙句、品物も焼き払って来たってことだ」

 

 屠自古がハッキリ言うと、布都の顔はみるみる青ざめていく。

 

「皿の代金だけでなく、その燃やしてしまった本の代金も捻出しなくては……春画とは言え、著名な者の作品ならば幾らでも値は釣り上がるからお幾らになるやら」

「わ、我はなんてことを……」

「今回は財政的にもやってくれたな〜」

 

 すると布都は恋人に謝るため、大急ぎで古本屋へ向かった。

 

「ったく……」

「私達も向かおうか。ささやかながら詫びを持って」

「分かりました。直ちに準備いたします」

 

 こうして神子達も準備に取り掛かるのであった。

 

 

 人里ーー

 

「邪魔するぞ!」

 

 恋人の営む古本屋へやってきた布都はそう言って店内に入ると、青年は空いた棚に新たな古本を並べている最中だった。

 

「お〜、布都ちゃん。本日二度目だね♪」

 

 あんなことをしたのに、青年は変わらず優しく布都を出迎える。そんな恋人を見て、布都は胸が張り裂けそうな気持ちになった。

 

「ちょっと待ってね〜。今この棚の陳列しちゃうかーー」

 

 青年の言葉を待たず、布都は青年の背中にギュッと抱きついた。

 そんな布都に青年が「布都ちゃん?」と声をかけると、

 

「…………すまぬ

 

 

 布都は小さく謝った。その声は掠れ、震えている。

 青年は布都の方に体を向け、布都の瞳から溢れている涙を優しく指で拭い、口を開いた。

 

「確かに驚いたけど、こっちもちゃんと説明してなかったしお互い様だよ。だからそんなに思い詰めないで。勘違いだって分かってもらえただけで十分だから」

「しかし! 我の勘違いで、お主の顔を……売物を……!」

「大丈夫大丈夫。あれがずっと売れなかったし、そろそろ処分しようと思ってたから」

 

 それからも布都は何度も何度も謝り、青年もその都度優しく言葉を返して、布都が落ち着くまで背中を優しく撫でてやるのだった。

 

 ーー

 

「本当に申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでした」

 

 後からやってきた神子と屠自古は青年に深々と頭を下げる。

 

「お気になさらず。確かに驚きましたが、私が至らぬことが招いたことですので」

「お心遣い感謝する」

「これはお詫びの饅頭です。どうぞ」

 

 屠自古はそう言うと青年へ大きな包を渡した。

 

「いやいや、頂けませんよ!」

「どうか受け取ってくれ。布都がしたことは私達の責任でもある」

 

 すると青年は「では……」と包を受け取る。

 

「燃えた本の代金も今度支払わせてもらう。ただあいにく今すぐには用意出来ない。どうかお待ち頂けると……」

「いえ、このお饅頭で十分です。布都ちゃんにも説明したことですが、あの本達はずっと売れなかったので今度燃そうと思っていましたので」

「しかし、その間に売れた物もあっただろう?」

「確かにそうかもしれませんが、私は売れない物だと思ってましたから気にしていません。ですので、これで十分です」

 

 青年がニッコリと笑って返すと、神子は屠自古と共に改めて深々と頭を下げた。

 それから二人は青年……正確には青年の顔より少しだけ下に視線を下げる。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 その先には布都が青年の膝に乗って規則正しい寝息を刻んでいた。布都は泣き疲れて、あの後で青年の体に自分の体を預けて眠ってしまったのだ。

 

「布都のこと、よろしくお願い致します」

「よろしくお願い致します」

 

 二人は青年にそう言うと青年は「はい」と笑って頷いた。それから二人は布都を残し、神霊廟へ戻っていった。

 

 ーー

 

「…………ん、ん〜」

「お、起きたね、布都ちゃん♪」

「おぉ〜……そうか、我は眠ってしまったか」

「おはよ♪」

「おはよう♡」

 

 すっかり元気を取り戻した布都は青年と笑顔で挨拶すると、青年の胸に頭を擦りつける。そして青年はそんな布都の頭を優しく撫でてやった。

 

「……お主の手が冷たくなっておるのぅ。すまぬ」

「体は布都ちゃんのお陰で温かったから大丈夫だよ」

「それでは我の気が済まぬ! ほれ、少し手を貸せ!」

 

 布都に言われたまま青年は布都の前に手を出すと、

 

「こんなに冷たくなって……はぁ〜、はぁ〜」

 

 布都が優しく青年の手に温かい息をかけた。

 

「ありがとう、布都ちゃん♪」

「お主は我の大切な恋人じゃからな♡」

「布都ちゃん……」

「こんな我じゃが、これからもよろしく頼むぞ♡ 我はお主を心から好いておるからな♡」

「こちらこそ♪」

 

 こうして布都と青年はまた一つ、恋人としての絆を深めるのだったーー。




物部布都編終わりです!

勘違い、でも素直な布都ちゃんのドタバタストーリーにしました!

お粗末様でした☆


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神子の恋華想

恋人は神子。


 

 仙界ーー

 

 果てしなく広がる空間に異彩を放つ神霊廟。

 そんな神霊廟では今日もまったりとした時が過ぎてる。

 

「………………」

 

 神霊廟の創造主である豊聡耳神子は縁側に座り、一心不乱に精神統一していた。

 そんな神子を遠目に見ている者達。

 

「本日の太子様は何やら迫力があるのぅ」

「そうだな〜……」

 

 物部布都と蘇我屠自古である。

 二人は今夜開く宴会の準備をしながら、遠目に見える神子の姿を見ていた。

 布都が言うように、神子はいつもとは違い、並々ならぬ雰囲気を漂わせていて、布都は「流石は太子様じゃ」とそのオーラにご満悦。だが、屠自古の方は心なしか呆れてるように見ている。

 

「戻ったぞー」

 

 すると二人の元に、宮古芳香が宴会の料理に使う食材を大量に背負って帰ってきた。

 

「おぉ、ご苦労じゃったの芳香殿♪」

「キョンシーは疲れないぞー」

「お帰り。食材はこっちに置いてくれ」

「分かったー」

 

 屠自古にそう返した芳香は、屠自古に言われた通りの場所に背負っている食材をドシッと下ろした。

 屠自古はその荷を解くと神子に頼まれた通りに料理を作っていく。

 

「太子は何をしてるんだー?」

「太子様は今精神統一をしておる。見てみよ、あの神々しいお姿を!」

「キョンシーに言ったって分からねぇだろ。いいからお前も料理手伝えよ」

 

 屠自古にそう言われると、布都は「おぉ」と返して料理を手伝い、芳香は食材の切れ端をもりもり処分するのだった。

 

 ーー

 

 宴会の時間が迫ってくると、神子は神霊廟の門前で誰かを待っていた。

 しかしいつも冷静沈着な神子にしては落ち着きなく、ウロウロしたり、しきりに髪を整えたり、服装を確認したりと忙しない。

 それは共に門前で待っている布都には心配され、屠自古には「落ち着いてください」と言われる程で、聖人らしからぬ神子だった。

 

「お待たせしましたわ〜♪」

 

 するとそこへ霍青娥がやってきた。そして青娥に連れられるよう一人の金髪の男もいる。

 その男は腰まである長い髪を先の方で碧、白、朱、黒といった四色の紐で一つまとめにしていて、顔は中性的で穏やかな雰囲気の好青年だ。

 

「ご招待頂き、ありがとうございます」

 

 男はそう言って神子達に頭を下げると、

 

「い、いえいえ! こちらこしょ、ご足労頂きまひて、ありがとうございみゃす!」

 

 聖人らしからぬ噛み噛みの挨拶を神子は返した。

 そんな神子に男は優しく笑みを向けると、神子の二つに尖る髪が獣の耳のようにピコピコと震える。

 

 実はこの二人、付き合って半年となる恋人同士であり、男の方はあの青龍・白虎・朱雀・玄武の四神を束ねる黄龍である。

 黄龍は青娥と古くから交流があり、青娥が黄龍を幻想郷にお忍びで招待し、神子に会わせたのがきっかけだった。

 神子は黄龍の人柄、物事の捉え方などに感服し、憧れるようになり、いつしかその憧れは恋に変わった。

 それから神子は何かと青娥に黄龍のことを訊き、青娥はそれを面白いと思ってけしかけた結果が今である。

 

 黄龍と恋仲になって益々黄龍に首ったけとなった神子。

 今回、宴会を設け、更にはこうして黄龍を呼んだのも、神子は黄龍と次なるステージへ進むためだと考えての宴会なのだ。

 

「さぁさ、立ち話もなんですから、そろそろ宴会の間へ行きましょ♪」

 

 青娥が手を叩いてそう促すと、布都や屠自古は頷いて料理を運ぶために厨場へ向かい、神子は黄龍と並んで宴会の間へ向かった。そしてその後ろを青娥はニヤニヤしながら追う。

 

 ーー

 

 宴会の間へ着くと、そこには布都達が作った豪勢な料理がところ狭しと並んでおり、黄龍は思わず「おぉ」と小さな驚きの声をあげた。

 それからみんなの盃に酒行き渡ると、神子の震え上ずった声による乾杯で宴会が始まる。

 

 ーー

 

「黄龍殿、盃が乾いておりまするぞ! 我が注ーー」

「布都〜、新しい皿出してくれ〜」

「あい分かった!」

 

 布都は黄龍の盃へ酌することなく屠自古の元へ向かってしまった。

 

「布都ったら……すみません、黄龍殿」

「いえいえ、構いませんよ」

「わ、私がお酌しますね♡」

「ありがとうございます」

 

 黄龍は神子からの酌を笑顔で受けると、酒の注がれた盃をクイッと飲み干す。

 

(あ〜、飲む仕草も、何もかも素敵♡)

 

 神子は黄龍をジーッと見つめ、またも髪をピコピコと震わせる。

 

「大勢で飲む酒は格別ですね……愛する神子さんのお酌ならなおのこと美味しく感じます」

「っ!?♡」

 

 突然の剛速球に神子は思わず顔を伏せた。

 

(やだやだ……!♡ そんなこと言われたらどんな顔していいのか分かんない!♡)

 

(と、とにかく何か言葉を返さなきゃ!♡ あ〜、でも何て返したらいいの!♡)

 

(そ、それに、今の私、絶対に変な顔してる!♡ こんなだらしない顔見せられない!♡)

 

(そもそも今声出したら絶対に変な声出ちゃう!♡ でもこのまま何も言葉を返さないってのも失礼だし、どうしたらいいの!♡)

 

(愛するだなんて言われて嬉しいよぉぉぉぉ!♡ 私も黄ちゃん愛してるぅぅぁぁぁ!♡)

 

 神子は心の中がかなりかき乱れ、ああでもないこうでもないと百面相する。そんな神子を黄龍は可愛いと思ってにこやかに眺めつつ、手酌した酒を飲んでいた。

 

「……ぷくく……」

「青娥ー、ご飯ー♪」

「ちょ、ちょっと待ってね、芳香ちゃ……くふふっ」

 

 そんな神子の姿を向かいで見る青娥は、笑いを堪えきれずに盛大に両肩を震わせている。

 

「太子様〜! お顔が真っ赤ですぞ〜! 水を持って参りました!」

「あ、ありがとうございます」

 

 結局何も返せなかった神子は布都から水の入ったコップを受けると、その水を飲み干し、ふぅ……と息を吐いた。

 

「太子様、飲み過ぎたのでしたら、少し夜風に当たってきてはいかがですか?」

「いえ、これくらい大丈夫です……」

 

 屠自古の提案を神子は断るが、それを見逃す青娥ではない。

 

「倒れたら黄龍様が悲しまれますわ♪ ここは素直に向かわれた方がよろしいかと♪」

「しかし……」

「黄龍様も勿論付き添って頂けますわよね?♪」

「!?」

「はい、勿論です」

 

 神子が「なぬ!?」と言うような顔をしているのをよそに、黄龍は青娥の言葉にすんなりと頷く。

 この状態で二人きりになると考えただけでもオーバーヒートしそうな神子。しかしそんな神子の状態を知ってか知らずか、黄龍は立ち上がると笑顔で神子へ手を差し伸べる。

 これには神子もその手を取るしか選択肢はなく、神子は親に手を引かれる子どものように黄龍と宴会の間を後にした。

 

「見ていて面白いですけど、流石にもたもたし過ぎですわ〜」

「いい性格してるよな、あんたは」

 

 屠自古にそう言われると、青娥は「それ程でも♪」と返して芳香の口に料理を運んぶ。屠自古は布都が二人の元へ要らぬお節介を焼きに行かないように見張りつつ、神子に陰ながらエールを送るのだった。

 

 ーー

 

 二人は庭へやってきた。

 酒で火照った頬を夜風が優しく撫で、雰囲気もバッチリである。

 

「…………」

「…………」

 

 神子が俯いて真っ赤にした顔を隠している一方で、黄龍は神子の隣に立ってにこやかに今の状況を楽しんでいた。

 

(せっかくのチャンスなのに……言葉が見つからない……♡)

 

 どうしようどうしようと悩む神子に、黄龍はそっと神子の肩を抱いて引き寄せる。

 

「お、黄龍殿!?♡」

「今は二人きりです。いつものように呼んでください」

 

 神子に優しく黄龍が声をかけると、神子は「……お、黄ちゃん♡」と控えめにその呼び方を口にした。

 

「何か私に話があるのではないですか?」

「あ……うぅ〜……あると言えばありますが、まだ心の準備が……」

「多分、私も神子と同じ考えです」

 

 ニッコリと笑って黄龍が言うと、神子は「え」と黄龍の顔を見る。すると黄龍は「私の欲を聞いてご覧?」と神子に言った。

 

『貴女と口づけがしたい』

 

 黄龍の欲は神子が考えていたことと同じで、それを知った神子はまた改めて黄龍の顔を見る。

 

「しても、いいですか?」

 

 黄龍はそう言うと、神子の頬を優しく撫でてから神子の顎をくんっと自身の方へあげた。

 黄龍の琥珀色の瞳に神子は釘付けになり、「どうぞ」と言わんばかりにそっと瞼を閉じる。

 

「愛していますよ、神子」

「私もです……んんっ♡」

 

 二人の初の口づけはほんのりと甘い酒の味だったというーー。




豊聡耳神子編終わりです!

初キッスというほんのり甘めのお話にしました!

お粗末様でした♪


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マミゾウの恋華想

恋人はマミゾウ。


 

 命蓮寺ーー

 

 純白の雪化粧をし、更に幻想的表情を見せる幻想郷。

 牡丹雪が一晩中降り続け、それが止んだのは昼を過ぎてからだった。

 

「やぁっ♪」

「うわっ、やったな〜! えい♪」

 

 雪が止んでからは庭でぬえとこいしが雪玉の弾幕ごっこをし、

 

「てりゃぁ♪」

「甘〜い!」

「傘でガードした!?」

「お〜……!」

 

 こちらもこちらで、水蜜と響子、こころがいつも墓地にやってくる小傘を巻き込んでの雪玉弾幕ごっこ。

 

「ふぉっふぉっふぉ♪ 皆して元気じゃのぅ♪」

「ふふ、そうですね♪」

「私は寒くてあんなにはしゃげません……」

「あなたは寒がりだからね〜」

 

 そんなみんなを縁側の間で火鉢を囲んで眺めている年長者……お姉さん組。

 マミゾウは愉快に笑って煙管を吹かし、聖は炭の燃えカスを拾い、寅丸は毛布に包まり、一輪は茶を淹れている。

 

「寅も所詮は猫と同じということかの」

「なんとでも言ってください。寒いものは寒いんです」

「座禅中は平気なんですけどね〜」

「座禅中は集中してますからね」

「あはは……」

 

 キリッとした顔で立派な意見を返す寅丸に一輪は苦笑いを浮かべた。だが毛布に包まった今のままでは威厳も何にもないので、そのせいか聖もマミゾウも感心するどころか思わずクスッと笑ってしまった。

 すると寅丸は悔しかったのか、ムスッとした顔になり「いいですよ、どうせ私は猫ですよ」と言ってふて寝し、畳に「の」の字を書き始めた。

 

「毘沙門天代理がこれしきのことで不貞腐れるでない」

 

 マミゾウが笑って寅丸に言うと、寅丸は「不貞腐れてません〜」とまるでもんちを起こしている子どものように返す。

 

「後で好物のどら焼きを買いますから、機嫌を直してください」

 

 聖の言葉に寅丸はピクンと肩を揺らし、チラッと聖の方を見た。

 

「それは(かわうそ)屋のどら焼きですか?」

 

 寅丸が聖にそう訊ねると、聖はニッコリと笑って「はい」と答える。それを見た寅丸は「なら仕方ありませんね」と言って起き上がった。

 

 獺屋とは数年前に人里に出来た焼き菓子屋で、寅丸はそこのどら焼きが大好物なのだ。他にもたい焼き、クリーム饅頭、一口カステーラといった物があり、味が良く値段も手頃なのでなかなかの評判である。

 

「お主は本当にあのどら焼きが好きじゃのぅ」

「だって美味しいですから♪ 特にあのかすたぁどくりぃむと餡が一緒になったあのどら焼きは革命的です!」

 

 力説する寅丸にマミゾウは「そ、そうか」と押され気味に返したが、次に浮かべた表情はどこか嬉しそうな、幸せに溢れた顔だった。

 

「ふふふ、やはり慕う方が褒められると嬉しいですか?」

 

 聖がマミゾウにそう言うと、マミゾウは「うむ♡」と顔を緩める。

 マミゾウには心から慕う者……すなわち恋人がおり、その恋人は今話題に上がっている獺屋の店主だ。

 そしてその獺屋の店主は外からやってきた妖怪『(かわうそ)』で、マミゾウやぬえと昔から交流のあった、化かして人を驚かすお茶目な妖怪。

 元は四国の獺達をまとめる長だったが、人と関わることが無くなり、その存在が忘れられてきたため数年前に仲間達と幻想郷入りして、その仲間達と焼き菓子屋を開業した。

 人里の者達は最初は気味悪がって寄り付こうとすらしなかったが、昔の好であり人里でも人望があるマミゾウの宣伝によって店は繁盛。

 そんなマミゾウに前々からほの字だった店主は幻想郷に来たのをきっかけに種族の壁を越えて猛アタック。今ではマミゾウも心から慕う相思相愛カップルとなり、人里で有名なカップルなのだ。

 

「ちは〜、獺屋で〜す♪」

 

 すると門の所に温厚そうな愛嬌ある顔つきの青年がやってきた。この青年が獺屋の店主でみんなからは『かわさん』・『うそやん』などと呼ばれて親しまれている。

 その証拠に青年の頭には先端が丸みを帯びている小さな耳がちょんと生えており、長く側偏した立派な尻尾が見えている。

 

 獺が来たことでみんな揃って遊ぶ手を止め、獺の手を引いて寺の中へ上がらせる。

 

「道が悪い中ご足労頂いて、ありがとうございます」

 

 聖が獺にそう礼を述べると、獺は「いえいえ、自分のためでもありますから♪」と返した。

 獺は定期的にこうして寺へ出張販売にきている……というのは建前で、本当はマミゾウに会いたいから店主本人が直々にやってきているのだ。

 

「雪が積もっておるのに良う来たのぅ、かわちゃん♡」

「俺はマミちゃんのことを考えればいつだって熱いからな♪」

「歯が浮くようなこと言うでない♡」

 

 口ではそう言いながらもマミゾウの顔はニヤニヤのデレデレである。

 

「ねぇねぇ、今日のお菓子は〜?」

 

 そこにお菓子を待ち望むこいしが声をかけると、獺は「お〜、ごめんごめん」と言って背負っていた荷を下ろした。

 

「今日はいつもと趣向を変えてね……ほら♪」

 

 荷を解くと、壺二つと一斗缶が現れた。

 こいし達はそれを見て小首を傾げるが、獺が一斗缶の蓋を取ると、中には焼き立てのどら焼きの皮が湯気を立てている。

 

「こっちの壺は餡で、もう一つはかすたぁどくりぃむだよ♪ 好きに盛り付けが出来て一個五十円だ♪」

 

 獺が手を開いて見せて五十円の「五」をアピールすると、こいし達は目を輝かせ、即座に聖の方を見た。

 聖はそれを見て小さく笑い、みんなに「いいですよ♪」と声をかけるとみんなしてどら焼きのトッピング作業に入る。

 

「カスタードクリームオンリー♪」

「温かくて美味しい〜♪」

「このボリュームと美味しさで五十円っていいよね〜♪」

「モキュモキュ……♪」

 

 こいし、ぬえ、こころ、小傘はカスタードクリーム派、

 

「私はやっぱり小倉だな〜」

「この甘さ控えめの餡がいいのよね♪」

「あむあむ♪」

 

 水蜜と一輪、響子は小倉派、

 

「後でナズーリンにも食べさせてあげましょう♪」

 

 混合派の寅丸と、みんなして思い思いにどら焼きをトッピングして食べ、笑顔が溢れた。

 それを獺はニコニコと嬉しそうに眺める。

 

「かわちゃ〜ん♡ 儂のことも見てほしいぞい♡」

 

 そんな獺の背中に抱きつきて甘えるマミゾウ。獺はそんなマミゾウに「お〜♪」と返してマミゾウの頬を優しく撫でる。

 

「マミちゃんはどら焼き食べないのかい?」

「儂はお前さんとこうしてる方が満たされるからのぅ♡」

 

 そう言うとマミゾウはスリスリと獺の頬に自分の頬を押し当てた。傍から見れば同じ場に居るのが申し訳なくなってくるような状況だが、みんなはもう慣れているのでマミゾウ達のやり取りを見ながらどら焼きを頬張っている。

 

「相変わらず仲睦まじいですね♪」

「どら焼きの甘さもなくなってしまいますね♪」

 

 聖と寅丸は二人を微笑まし気に眺め、茶をすすった。

 

「二人共ラブラブ〜♪」

「マミゾウのあんな顔って普段は見られないよね」

「あれが恋する表情か……」

「驚いてないけど、ご馳走様って感じだね〜」

「二人共ニコニコですね〜♪」

 

 こいし、ぬえ、こころ、小傘、響子は楽し気に二人を見ている。

 

「雪が溶けちゃうね〜」

「あんなに密着して……」

 

 水蜜と一輪は季節外れの暑さを感じつつ、二人の邪魔をしないよう静かにどら焼きを頬張っていた。

 

 みんなに注目される中、マミゾウと獺はそんなことお構い無しに二人だけの世界。

 

「マミちゃんは今日も綺麗な目をしてるね……吸い込まれそうだ」

「お主の目はギラギラしておるのぅ♡」

「今すぐにでも奪い去りたいからね♪」

「かっかっか♡ 夜に儂が行くまで我慢しろい♡」

「分かってるさ♪」

「今夜も寝かさんぞい♡ 覚悟しとくことじゃ♡」

「そう言っていつも俺に負かされるのはどこの狸さんかな〜?♪」

「かわちゃんのいけず〜♡」

 

 まさにキャッキャうふふのイチャコラ状態で、それを目の当たりにするみんなは慣れていても口の中がジャリジャリするのだったーー。




二ッ岩マミゾウ編終わりです!

何かと大人っぽいマミゾウでも恋人とは静かにイチャイチャする。的な感じにしました♪

お粗末様でした☆


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鈴奈庵
小鈴の恋華想


恋人は小鈴。


 

 幻想郷ーー

 

 降り積もった雪も解け、草の芽が出て来た今日この頃。人里でも人々の往来が増え、冬とは違った景色を映す。

 

 ここ鈴奈庵でも本格的な春に向け、本日の貸本業務を休み、店内の清掃、棚替えに力を入れており、駄目になった本はクリーニング、もう出ないとなった本は焼却と大忙し。

 

 本居小鈴は友人である稗田阿求と裏庭で、もう出ないと判断された本達を焼却処分していた。

 

「いやぁ、ごめんね〜。手伝ってもらっちゃって〜」

「ううん、気にしないで。今日は時間もあったから」

 

 阿求は本を燃しつつ小鈴に返すと、小鈴は「ありがと」と笑顔を返して、また火の中に本を入れる。

 

「これを燃したら取り敢えず燃すのはないから、火は消しちゃっていいからね♪」

「ん、了解。この次は何をするの?」

「棚替えは今お父さんとお母さんがやってるから……私達は蔵行きの本を蔵に仕舞う作業だよ♪」

 

 小鈴がそう言うと阿求は「そっか……」と少しぎこちない笑みを見せた。

 

「運ぶのはちゃんと荷台使うし、力が必要なのは持ち上げる時くらいよ……それに今回はちゃんと阿求が持てるくらいの量を渡すから心配しないで」

 

 小鈴が苦笑いを浮かべて返すと阿求はコクリと小さく頷いた。

 前に阿求はこの作業を手伝った際、小鈴が凄い量の本を一気に渡してきたのが原因で本に埋もれてしまった。阿求はその時のことをまだ根に持って気にしているので、少し神経質になっている。

 

 ーー

 

 火も消し終え、お蔵入りとなる本を荷台に積んだ小鈴達。

 二人して荷台を押すも、量が量なのでずっしりと重い。加えて荷台の車輪もガタが来ているので、なかなか安定しない。

 

「この荷台も買い換えなきゃいけないわね」

「うん、お父さんには言ってるんだけどね〜。車輪が壊れるまでは使えるって聞かなくて……」

「小鈴のお父さんらしいわね」

 

 小鈴の言葉に阿求はそう言ってクスクスと笑うが、小鈴は「ただケチなだけよ」と苦笑いを浮かべるのだった。

 

 するとそんな話をしていたからか、荷台の車輪の一つがガタンと音を立てて外れてしまった。そのせいで荷台は傾き、そこに乗せた本は大きく傾斜。

 

「本が!」

「あわわ、落ちる〜!」

 

 二人は崩れ落ちる本の山に思わず目を伏せた。

 しかしすぐに崩れ落ちる音がするはずが、何の音もしない。不思議に思った二人がそ〜っと視線を戻すと、

 

「間に合いましたね……いやぁ、良かった良かった♪」

 

 背の高い青年が本の山を手や体で支え、落ちるのを阻止していたのだ。

 

「立風さん!?」

「原稿を持って来ましたら、凄い状況だったので……間に合って良かったです♪ 取り敢えずこの本はどうしましょうか?」

「い、今風呂敷持って来ますので、しょ、少々お待ちください!」

 

 顔が真っ赤になる小鈴はそう言うと急いで店の方へ向かった。

 

 この灰色の西陣織紬の和服に身を包む青年、名は「杉 立風(すぎ たつかぜ)」と言い、若い純文学作家だ。因みにペンネームが「(はやて)」でやっている。

 そして鈴奈庵で自身の著書を製本しているため、本居家とは家族ぐるみでの付き合い。

 

「も、持ってきました!」

「はい、ありがとうございます、小鈴さん♪」

「はい〜♡」

 

 そしてこのトロットロに蕩けた顔をしている小鈴の恋人でもある。

 小鈴は最初、立風が店で製本を依頼しているのもあり、彼の書く小説の一ファンだった。しかし打ち合わせなどで度々顔を合わせ、話をする内に立風の人柄に触れ、考えに魅了され、いつの間にか彼のことを常に考えるようになった。

 それから阿求にも相談し、逢い引きにも誘い、やっとの思いで告白。立風もその告白に笑顔で応え、今では両家のご両親公認でお付き合いしている関係だ。

 

「それでは僕は原稿を届けに行きますので、これで♪」

「は、はい♡ ありがとうございました♡」

「ありがとうございました」

 

 二人は立風にお礼を言うと、彼は「お気をつけて」と二人に声をかけてから笑みを返し、その場を後にする。

 

「…………♡」

 

 それを小鈴が目にハートマークを浮かべて見送ると、阿求が「ごっほん」とわざとらしい咳をした。

 すると小鈴は赤くなった頬をポリポリと掻いて、苦笑いを浮かべる。

 

「名残惜しいのは分かるけど、まずはやるべきことをしましょうね」

「分かってるよ〜……ただ見送ってただけじゃん」

「あんなにも熱い視線をただとは言わないわよ」

「ただだけを強調しないでよ……」

「だって事実だもの♪」

 

 阿求がいたずらっぽく笑みを見せると、小鈴は「むぅ……」と何も言い返すことが出来なかった。それにクスッと笑った阿求は、小鈴の肩を軽く叩いて作業を再開するのだった。

 

 ーー

 

 荷台が壊れてしまったので、二人は風呂敷に本を包み、何回かに分けて蔵へ運んだ。しかし量も量なのでそれだけでかなりの時間を費やしてしまった。

 

「荷台って画期的な物だったのね〜……」

「流石の私も今回のは堪えた〜……」

 

 蔵の前で二人は小休憩を取っていた。小鈴も阿求も博麗の巫女や紅魔館の瀟洒メイドといったスーパー超人ではないので、休憩は必要だ。しかもこれからまた力仕事となればなおのこと。

 

「これを今度は各棚に仕舞うのか〜……」

「心を折るようなこと言わないでよ……」

 

 二人は蔵の扉横に積み上げた本の山を見て、思わず愚痴やため息が出てしまった。

 

「はぁ〜……グダグダ言ってたってどうにもならないし、やっちゃおうか」

「待って小鈴、もう少し……もう少しでいいから時間を頂戴」

 

 フンスとやる気を出す小鈴だったが、普段から力仕事をしない阿求にはまだ時間が必要のようだ。

 こればかりは仕方ないので、小鈴は一人でも先に再開しようと本を何冊か抱えようとした。

 

 すると、

 

「小鈴さん、僕もお手伝いしますよ♪」

 

 そこに立風が現れた。それもたすきがけ姿でかなりのやる気である。

 

「え、でも……♡」

 

 遠慮がちに言葉を詰まらせる小鈴だが、その表情は立風のたすきがけ姿に釘付け状態。

 

「原稿も問題なくお渡し出来まして、僕も時間が出来ましたからお気になさらず♪」

「あ、ありがとう、ございましゅ……♡」

 

 尻込みする小鈴に立風はニッコリと笑みを返すと、立風は率先して本を持ち、小鈴と共に蔵の中へ入っていいく。阿求はそれを見て、自分は邪魔をしないようにしよう……と考え、運びやすいように本を整理することにするのだった。

 

 ーー

 

「初めてお邪魔しましたが、かなりの量の書物があるのですね……」

「埃っぽくてカビ臭い所で手伝わせてごめんなさい……」

 

 立風が感心する中、小鈴は恥ずかしいやら照れくさいやらで顔を真っ赤にしている。

 

「あはは、小鈴さんは本当に奥ゆかしい方ですね♪ どこの家も蔵は埃があるものです。僕の家の蔵なんかはこんなに整理されていませんので、他所様には見せられませんからね〜」

「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ……それで、この本はどちらに?」

「あ、それはこっちです……」

 

 それからも二人は一緒になって本を次々と仕舞っていった。

 

「これで最後になりますね……」

 

 立風はそう言うと小さく息を吐く。するとそれを見た小鈴は、申し訳なさそうに「手伝わせてごめんなさい」と改めて謝罪の言葉をかける。

 

「今日の小鈴さんは謝ったりお礼を言ったりと大忙しですね♪ お気になさらずと申したではありませんか♪」

「でも……」

「それに小鈴さんのお父様から『お前もいずれはやることだから、今の内に覚えとけ』と言われましたので♪」

「へ!?」

「おや、僕が小鈴さんの婿になるのは嫌ですか?」

「そ、そんにゃことにゃいでしゅ!♡」

「ふふ……なら良いではありませんか♪ 近い将来の予行演習です♪」

「は、はぃ……♡」

「お慕いしていますよ、小鈴さん♪」

「わ、私も!♡ 私も、立風さんがらい

しゅきれふ……♡」

 

 すると二人は沢山の本に囲まれる中、小さく口づけを交わすのだった。

 

 ーー

 

「あっま……」

 

 それを陰からバッチリ見てしまった阿求は、盛大に砂糖吐いたそうなーー。




本居小鈴編終わりです!

東方心綺楼の前に書籍の東方鈴奈庵が発表されたので、先にこちらを書きました。
小鈴は元気なトラブルメーカーって感じですが、慌てふためくしおらしい小鈴にしました!

お粗末様でした☆


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心綺楼
こころの恋華想


恋人はこころ。


 

 人里ーー

 

 晴天に恵まれ、時がゆっくりと過ぎる幻想郷。

 里は人間達の笑顔に溢れ、それと上手く共存する妖怪達、妖精達にも笑顔が溢れている。

 

 そんな昼下がり、秦こころと一人の青年がとある茶屋の前に立った。

しかし二人が立つ場所、向きは茶屋の出入り口ではなく、その隣。

それは緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた縁台とは反対の場所で、更には店に背を向けて立っているのだ。

 

 人々は二人を不思議そうに見つつ素通りしていく。

しかしそれが何なのか分かる人々は、二人を見つけると顔をパァッと明るくさせ、二人の周りへ集まる。中にはその茶屋でお茶と団子を買う者まで居た。

 

 するとこころが黒い着物に灰色の伊達袴姿の青年に目配せする。それを見た青年は右の腰に差してある筒からある物を取り出した。

それは黒塗りの能管で、青年は集まった人々に一礼するとしなやかな音色を奏でる。

 

 人々はその音に魅了され、その上品な音色にうっとりと耳を傾けた。

 暫くすると、音色は段々とその色を変え、今度はしっとりとしたものとなる。

 

 するとこころがゆっくりと瞼を閉じ、両手に持つ扇子を音も無く開いた後、右手を上げ、左手を下げ、そのままの状態で静止する。

 音色と合わさり、その場には静寂な時が流れる。

 一つ……二つ……三つと時が過ぎ、

 

「……っ!」

 

 こころが目を見開くと、笛の音色も激しく、高らかに天高く鳴り響いた。

 

 青年も顔を赤くし、いっぱいに笛へ息を流し込み、どこまでも広く、どこまでも遠く、どこまでも高くと笛の音を奏で、その隣でこころは跳び、舞う。

 人々はそれを見て、息を呑む者、歓声を上げる者と様々で二人の演技の虜だ。

 

 クライマックスに差し掛かり、音色は青年の指や舌使いにより小気味よく転がされ、こころは扇子を指に掛けて勢いよく回す。

 二人が息を合わせ、ピタリと演奏と演舞を終えると、周りからは割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

 

 ーー

 

「いやはや、ありがとうございました♪ お二人のお陰で客も大入りでございます♪」

 

 店主は二人にニッコリと笑ってお礼を述べると、二人は揃って一礼した。

 

「こちらはご依頼料です♪ それとおまけと言っては何ですが、うちの団子も……良かったらお二人でどうぞ♪」

「お心遣いありがとうございます♪」

「ありがとうございます」

「へい、またよろしくお願い致します♪」

 

 こうして二人は今日の公演を終えると、二人並んでその場を後にする。

 

 ーー

 

 人里と迷いの竹林との中間に、二人が寝泊まりしている小屋があり、二人は座敷に上がるとふぅと小さく息を吐いた。

 

「今日の公演も上手くいったね、こころ」

「あぁ、上手くいった。実に最高の気分だ」

 

 青年の言葉にそう返すこころは福の神の面を頭に付けて返す。これは喜びの意味があり、こころが嬉しいと感じてる時の面だ。青年はそれを見ると、ニッコリと笑みを浮かべ「そうだね」と返した。

 

 この青年は数年前に降りた能管の付喪神。名前は「林 彩音(はやし あお)」と言う。

 彩音は人々に能楽の楽しさを教えるため、人里で毎日笛を吹いていた。そこにこころが通りかかり意気投合。今ではこころと恋人の関係であり、二人で幻想郷に能楽の楽しさを伝えている。

 

「彩音〜」

「ん、どうしたの?」

 

 こころに呼ばれ、訊き返した彩音だったが、その答えはすぐに分かった。

 何故ならこころは両手足を広げて自分の方を向いているからだ。これはこころが抱っこを求めいる合図である。

 

「…………ギュッてして♡」

 

 彩音の瞳をジーッと見つめてこころが要求すると、彩音は「ほいよ♪」とこころの手を引いて、自分の胸にこころを優しく収めた。

 するとこころの面がにこやかなおかめに変わる。これも喜びを表しているが、甘えられる喜びが強い。

 

「頭も撫でてほしい♡」

「お安い御用だよ♪」

「〜♪♡」

 

 彩音がこころの髪を梳くように丁寧に撫でると、こころは嬉しそうな幸せそうな甘えた声をもらし、彩音の胸に顔をグリグリと押しつける。

 それから少しすると、今度はこころがふと彩音の顔を見上げた。

 

「? 今度はどうした?」

「彩音の顔を見てるだけ♡」

「はは、何か照れくさいな♪」

「私は照れない♡ ずっと見ていられる♡」

 

 顔は無表情なこころではあるが、その声色は甘く、彩音の耳を撫でる。

 

「でもやっぱりスリスリもしたい♡」

「好きなだけどうぞ♪」

「最初からそのつもり♡」

 

 こころはそれからも彩音にスリスリしたり見つめたりと、彩音にこれでもかと甘えた。彩音も言った通り、こころの好きにさせ、それを優しく見ながらこころの髪をまた優しく梳いてやるのだった。

 

 ーー

 

「彩音〜彩音〜」

「はいはい♪」

「あ〜……あむあむ♡」

 

 暫く互いの体温を感じ合った二人は、今度は並んで座り、今日の公演のおまけでもらった団子を食べさせ合っていた。

 中でもこころはみたらし団子を気に入ったらしく、彩音に食べせてもらう度に幸せそうな声をもらしている。

 

「ここのお団子は美味しいね。繁盛してないのが不思議なくらいだよ」

「だから我々や彩音で客寄せしたんだろう? 味さえ分かれば、固定客は出来るはずだ」

「それもそうだね♪ 味はいい訳だし、また食べたいと思う人もいるよね♪」

 

 彩音が笑って返すと、こころも「うむ♡」と弾む声で返した。

 すると小屋の戸を叩く音がし、彩音はその音に返事をしつつ戸の所まで行って戸を開ける。

 

「貴女は確か、紅魔館の……」

「こんにちは。紅魔館でメイド長をしております、十六夜咲夜と申します」

 

 そこには咲夜が立ってた。彩音はそれに少し驚きながらも咲夜を座敷に上げ、こころは咲夜に茶を淹れる。

 

「番茶だが、飲むといい」

「ありがとうございます」

 

 咲夜はお礼を述べ、こころが淹れたお茶を優雅にすすった後、姿勢を正した。

 

「早速、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

 

 彩音がそう返すと、咲夜は「では……」と前置きして、用件を述べる。

 

「私の主である、レミリアお嬢様があなた方の演技をご覧になりたいとのことで、今夜の晩餐に来てほしいと言伝を承っております」

 

 用件に二人は思わず顔を見合わせた。こころに至っては驚きの意味を表す大飛出(おおとびで)の面をしている。

 

「急なご依頼で申し訳ございません。しかし、あなた方の評判をレミリアお嬢様がお聞きになり、能楽に興味をお持ちになられましたレミリアお嬢様たってのご希望なのです」

 

 咲夜はそう言った後に「どうか」と二人に頭を下げる。

 二人はそれを見てもう一度顔を見合わせると今度はうんと頷き合い、咲夜に「喜んでお引き受けします」と声を揃えて公演の依頼を引き受けた。二人としても、西洋文化を色濃く持つ紅魔館の主に能楽を披露出来る機会が嬉しいからだ。

 

「急なご依頼にも関わらず、ありがとうございます。今晩はお料理もこの私が腕によりをかけてご用意させて頂きますので、よろしくお願い致します」

 

 そう言う咲夜に二人は「楽しみにしてます」と一礼すると、咲夜はにこやかに去っていった。

 咲夜が去ると、二人は早速仕事の打ち合わせを始める。

 

「演目はどうしようか?」

「私達が一番自信のあるものでいいのでは?」

「となると、人里でやった「彩笛(あやぶえ)」か「心々(しんしん)」だね」

 

 彩音がそう言うと、こころもうんと頷く。この演目は二人が考案した演目で、唄がなく、演奏と演舞を楽しんでもらう演目だ。

 

「…………せっかくだし、二つやっちゃおうか?♪」

「おぉ、それはいいな♪」

 

 彩音の提案にこころも面を火男にして乗り気の様子。

 

「よし、決まりだ♪ 頑張ろうね!」

「勿論だ♪ じゃあいつものように、あれを頼む♪」

 

 こころがそう言うと、彩音は「よし来た♪」と返してこころへ口づけした。これは二人が頑張れる源で、してないのとしたのとでは音もキレも段違いなのだ。

 

「……んはぁ♡ ん、頑張るぞ♡」

「僕も頑張るよ♪」

「……彩音♡」

「ん?」

「愛してる♡」

「僕もこころを愛してるよ♪」

 

 こうして二人は愛のパワーを充電し、紅魔館での公演を大成功させるのだったーー。




秦こころ編終わりです!

相思相愛なラブラブカップル的な感じにしました!

お粗末様でした♪


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輝針城
わかさぎ姫の恋華想


恋人はわかさぎ姫。


 

 霧の湖ーー

 

 深い霧に覆われる湖周辺。しかしどんなに濃霧でも、それが薄まる時がある。

 そんな時間を狙って、湖に住むわかさぎ姫の元へ仲良しの妖怪達が集まってきた。

 

「姫〜、遊びに来たよ〜!」

「途中でお前が好きそうな石も拾ってきたぞ〜」

 

 元気にわかさぎ姫を呼ぶのは今泉影狼。そして、石をチラつかせているのが赤蛮奇である。

 すると湖の中央付近から、チャプっとわかさぎ姫が顔を出した。

 

「姫〜、こっちこっち〜♪」

「お〜い」

 

 わかさぎ姫は二人の姿を確認すると、猛スピードで二人の元へ泳いでくる。その早さに二人は思わずたじろぐが、ザパッと二人の前に現れたわかさぎ姫は今にも泣きそうだった。

 

「ど、どうしたの、姫!?」

「何かに追われているのか?」

 

 影狼はすぐにわかさぎ姫を湖から引き上げ、蛮奇は頭を飛ばして湖を確認する。しかしどんなに探っても水面上からは穏やかないつもの湖でしかなく、蛮奇はやむなく探索を終え、わかさぎ姫にどうしたのか訊ねた。

 

「そんなに慌てて、どうした?」

「私達に話してみて」

 

 二人してわかさぎ姫に優しく声をかけると、わかさぎ姫は目にいっぱいの涙を浮かべ、

 

「…………ないの

 

 と小さく声を絞り出した。

 

「え?」

「すまん、わかさぎ姫。もう少し聞こえるように頼む」

「彼が一週間も会いに来てくれないんですぅ!」

 

 今度はハッキリとした声で言ったわかさぎ姫。二人はその声に星を見つつ、キーンとなった耳を撫でた。

 

 わかさぎ姫が言う、彼とはわかさぎ姫の恋人でまだまだ若い小豆洗いである。

 小豆洗いは妖怪の山に暮らしていおり、洗った小豆でアンコを売って生計を立てている大人しい妖怪だ。

 

 二人が出会ったのは数年前で、妖怪の山に繋がる川をわかさぎ姫が遊泳散歩している最中に知り合ったのがきっかけだ。

 互いに他人に優しく、大人しい性格の似た者同士である二人は、それからちょくちょく会うようになり、小豆洗いの告白で今に至る。

 

「いつものように川を上ればいいじゃないか」

「そうよ、いつもそうしてるんでしょう?」

 

 二人がわかさぎ姫にそう言うと、わかさぎ姫の方は「何度も行きました。でも会えませんでした」と悲しげに返した。

 

「やっぱり、私が人魚だから捨てられちゃったんでしょうか……」

「そ、そんなことないよ!」

「そうだぞ、もしそんな理由なら付き合ってすらいないだろう」

「蛮奇、それフォローになってない」

 

 影狼のツッコミに蛮奇は「およ?」と間の抜けた返事を返すが、わかさぎ姫はそれどころではない。

 

「なら、今までお情けで……そうよね、彼は優しいからきっと言えなかったんだわ。それなのに私が調子に乗って彼の優しさに甘えてばかりいたから、もううんざりされて……」

 

「ほら〜、もう蛮奇のせいで姫が病みモードになっちゃったじゃな〜い!」

「す、すまない……」

 

 わかさぎ姫はこうなると最終確認に相手を殺して自分も死のうという結論に至るので、影狼はこうなった時用の話題を口にする。

 

「でもさ、姫。小豆洗いから告白されたんでしょ?」

「はい……」

「それは姫が好きだから告白したんでしょ?」

「多分……」

「多分じゃなくてそうなの。姫はこれまで小豆洗いと話してて、その時の笑顔も小豆洗いが無理して作ってたものだと思うの?」

「…………」

「そんな不誠実な奴だって姫は思うの?」

「……思わない」

 

 影狼はわかさぎ姫の瞳に光が戻ったのを確認すると心の中で勝利のポーズをした。こうなればもう危ない思考には走らないからだ。

 

「では、どうして会えないんでしょうか……」

「ならアイツを呼ぶか」

 

 蛮奇がそうつぶやくと、

 

大変だ〜! 影狼がわかさぎ姫を食おうとしてるぞ〜!

 

 大声で空高く大ぼらを吹いた。

 すると瞬く間に風が吹き、

 

「スクープ! 特ダネですぅ!」

 

 射命丸文が颯爽と登場する。

 

「お〜、流石は早いな〜♪」

「天狗を呼ぶためだけに変なこと言わないでよ……」

 

 ケラケラ笑う蛮奇に対し、影狼は思わず苦笑い。

 

「? どういうことです?」

 

 状況を理解出来ない文が小首を傾げていると、蛮奇が文を呼んだ経緯を説明した。

 

「ーーということでな。そういうことに詳しそうだから釣った」

「ぐぬぬ……なんて卑劣な……」

「お前の書く記事よりは卑劣じゃないと自負している」

「泣きますよ? 清い私のハートはガラスより繊細なんですよ?」

「繊細でもどんなに頑張っても割れない防弾ガラスだろ? 毎回変な記事を書いて色んなやつから怒られてるんだからさ」

 

 蛮奇の言葉に文はぐうの音も出せなかった。すると話の論点がズレていると影狼にツッコまれ、蛮奇はハッとして本題に戻る。

 

「それで、お前の方で何か知らないか?」

「知ってますけど〜、これまでの態度がですね〜?」

 

 ニヤニヤと悪い顔で笑う文。蛮奇はキッと睨んだが、文は相変わらず「お〜、怖い怖い」と言うだけで、話が進まなかった。

 

「文さん、お願いします! 彼の身に何があったんですか!?」

 

 そんな文にわかさぎ姫が物凄い剣幕で迫ると、文は思わず狼狽。それだけわかさぎ姫の顔は怖かった。

 観念した文は小さくため息を吐くと、小豆洗いの現状を説明。それを終えると文はまた新聞のネタを探すため、三人の元を後にした。

 

「まさか……彼が……」

「いや、すごいショック受けているようだが、あいつは熱で寝込んでるだけだぞ?」

「だけってなんですか! 一週間も! 一週間も熱でうなされていたんですよ!?」

「お、おぉう、すまぬ」

「あぁ、あの人が苦しんでいるのに、私はこの身体のせいで何も出来ない……うぅ……」

 

 わかさぎ姫はついに大粒の涙を流してしまう。

 

「なんなら私が小豆洗いの家まで運ぼうか? 家は知らないから教えてもらわなきゃいけないけど」

「本当ですか? いいんですか?」

「うん♪ その代わり、戻る時は小豆洗いにお願いしてね♪」

 

 こうしてわかさぎ姫は小豆洗いの元へ向かうのこととなり、急いで準備をするのだった。

 

 

 妖怪の山ーー

 

 小豆洗いの家に着くと、影狼は戸を叩く。

 すると弱々しい声がし、ゆっくりと戸が開いた。

 

「どちらさーー」

「どうも〜♪ 赤い狼の宅急便です♪」

「…………はい?」

「お前にお届け物だ。()()だから注意しろよ?」

 

 小豆洗いが困惑する中、二人はせっせと中に大きな包を運び、小豆洗いの布団の側にそれを置くと「あざした〜!」と適当に言って帰っていく。

 

「な、なんだったんだ?」

 

 嵐のように去っていく二人の背中を見つめ、まぁいいか……と考えた小豆洗いは取り敢えず包の中を確認するため、包の結び目を開いた。

 

「ぷはぁ……小豆洗いさん♡ あなたの愛しい愛しいお姫様が参りましたよ〜♡」

 

 包を開くと大きな桶に入ったわかさぎ姫がパンパカーンと現れた。これには小豆洗いも腰を抜かし、夢でも見ているのではと思うほどだった。

 

「え、なんで、わかさぎ姫さんが?」

「文さんにあなたが熱を出しているとお聞きしたので、影狼さんや蛮奇さんに頼んで連れてきてもらいました♡」

「と、取り敢えず水を桶に入れますね……」

 

 そう言うと小豆洗いは水瓶からバケツでわかさぎ姫が入る桶に水を注ぎ、ある程度注ぐとまた床に就いた。

 

「ごめんなさい、寝たままで」

「気にしないでください。それに今の私は看病に来たんですから♡」

 

 わかさぎ姫はフンスフンスとやる気満々。

 

「では失礼しますね♡」

 

 するとわかさぎ姫は小豆洗いの額に自身の手をあてた。

 

「私、皆さんと違って体温低いですから、よく冷えますよ♡」

「はい、気持ちいいです♪」

「ふふふ、治るまでずっと一緒に居ますからね♡」

「治っても一緒に居てほしいで……あっ」

 

 熱で弱っていたせいか、小豆洗いはつい常日頃から思っていたことを口にしてしまい、慌てて訂正しようとする。

 しかし、

 

「あむ♡」

「っ!?」

 

 わかさぎ姫に唇を奪われた。ひんやりとしたわかさぎ姫の舌が自身の火照った口の中を巡り、それだけで小豆洗いは腰砕けになってしまった。

 

「んはぁ……ふふ♡」

「わかさぎ姫さん」

「とっても嬉しいです♡ 私もいつまでもあなたのお側に居たいです♡」

「はい……結婚しましょう」

「はい♡」

 

 後日、風邪が治った小豆洗いはわかさぎ姫が不自由しないよう川岸に家を建て、そこで末永く幸せに暮したそうなーー。




わかさぎ姫編終わりです!

恋人から夫婦へという甘いお話にしました!

お粗末様でした☆


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赤蛮奇の恋華想

恋人は赤蛮奇。


 

 人里ーー

 

 夕暮れ時となった幻想郷。人と妖、更には妖精や天人、神などといった種族も問わず、みんなが助け合い、笑い合いって生活していて、近頃の幻想郷は本当の意味での幻想郷であり理想郷。

 

 そしてとある居酒屋でも人間と妖怪のグループが楽しいひと時を過ごしていた。

 

「ん〜、やっぱおでんは大根だよな〜♪」

「私は牛すじかな〜♪」

 

 魔理沙の言葉に隣に座る影狼はそう返しつつ、牛すじを頬張る。

 

「私はこんにゃくかな〜……あ、でもちくわも好き♪」

「私は食べ物なら何でも好き」

 

 魔理沙達の前に座る小傘と霊夢も、二人の話に乗りつつ思い思いのタネを食べている。

 霊夢と魔理沙は人里へ久々に飲みにやってきて、この店に入るとそこに小傘と影狼が居合わせたので、こうして相席しているのだ。

 そもそもどうして小傘や影狼がこの店にいるのかというと、

 

「熱燗の追加、持ってきたぞ」

 

 友達の赤蛮奇がここで働いているからである。

 小傘や影狼は赤蛮奇の様子を見るついでとしてちょくちょく訪れているため、店の常連客だ。

 

「あぁ、それと、()()()がサービスで何かご馳走するってよ。好きなメニュー選べ。巫女や魔法使いにもだそうだ」

 

 赤蛮奇がそう言うとみんなは大喜び。思い思いのメニューを注文すると、赤蛮奇は「ん」と返して厨房へそれを伝えに戻る。

 

「相変わらず、いい感じみたいだね♪」

「ね〜♪ 蛮奇の表情も明るいし♪」

 

 小傘の言葉に影狼は笑みを浮かべて同意していると、魔理沙が口を開く。

 

「そういや、なんでお前達は赤蛮奇の様子を見に来てるんだ?」

 

 魔理沙の疑問に小傘や影狼が答えようとすると、それより早くに霊夢が「あれを見れば分かるわよ」と言って、とある場所を指差した。

 魔理沙がその先に目をやると、そこはカウンターで赤蛮奇とこの居酒屋の店主である男が親しげに話しているところだった。

 

「あ〜、そういうことか♪」

 

 それを見た魔理沙が納得すると小傘や影狼はニコニコと笑みを返す。

 

「そういえば、あいつも妖怪だったよな」

「えぇ、(テン)っていう化けイタチ♪ 蛮奇とはもう二年目なのよ♪」

「へぇ〜、結構長いんだな」

「妖怪からすれば短いでしょ。私達とは寿命の長さが違うんだら」

 

 霊夢がお酒を飲みつつ言うと、魔理沙は「それもそうか」とあっさりした言葉を返した。

 

 この居酒屋は化けイタチである『鼬』が経営する店である。

 本来テンという動物は漢字にすると「貂」であるが、この鼬はイタチが長い年月を生き、妖怪化したもの。

 外の世界の一部地域では「狐七化け、狸八化け、貂九化け」とも言い、狐や狸よりも化けるのが上手いとされていた。しかしその認識も薄れ行き、こうして幻想郷へやってきたのだ。

 こっちへ来てからは人里で開業。そして鼬が従業員として雇ったのが赤蛮奇であり、これが二人の出会い。

 鼬が赤蛮奇に一目惚れし、猛アピールの末が今なのである。

 元々物事を斜めに捉えていた赤蛮奇だったが、鼬の誠意に根負けした形で、赤蛮奇自身は鼬がうるさかったのでお情けで付き合ってやっている……とまだ少し素直になりきれていない。しかし二人の仲は誰がどう見ても相思相愛である。

 

「女将さ〜ん、ハムカツとおにぎり追加で〜!」

「はいよ〜♪」

 

 このように今では客から「女将」と呼ばれても素直に返事をしている上、否定もしない。更には赤蛮奇も何処か嬉しそう。

 

「あれでお情けなんて無理があるだろ」

「だよね〜♪ さっさと素直になればいいのにさ〜♪」

「あれはあれで素直なんじゃないの? なんだかんだ言ってこの店辞めてない訳だし」

「仲良しはいいことだよね〜♪」

 

 みんなしてそんな話をしていると、赤蛮奇が先程注文したメニューを運んできた。

 

「小傘と影狼はおでん盛りで、魔法使いがきのことほうれん草のバターソテー、巫女が豚の生姜焼きだったよな?」

 

 それぞれのメニューを前に置く赤蛮奇。すると、

 

「サンキュな、女将さん♪」

「ありがとう、女将さん♪」

 

 魔理沙と影狼がニヤニヤしながら赤蛮奇のことを敢えて女将と呼んだ。

 

「はいはい、どういたしまして。何言っても値段はまけないからな」

 

 二人の口撃も赤蛮奇はスルリと避け、澄ました顔で厨房へ戻っていく。魔理沙と影狼はその反応につまらなそうに口を尖らせた。

しかし霊夢と小傘は角度的に見えてしまった。嬉しそうに微笑む赤蛮奇の横顔を。

霊夢と小傘は心の中でご馳走様と赤蛮奇に言い、またみんなで料理とお酒を堪能するのだった。

 

 ーー

 

 そして店を閉めた真夜中、赤蛮奇と鼬は仲良く後片付けをしていた。

 

「〜♪」

 

 赤蛮奇は鼬の隣に立ち、鼬が洗った食器を丁寧に拭いている。今日は更にご機嫌なようで鼻歌まで口ずさんでいた。

 

「今日は妙に機嫌がいいね、せっちゃん」

「あ? 普通だよ、普通。別に影狼達に女将って呼ばれたのが嬉しかった訳じゃない♡」

 

 本心がだだ漏れである。

 

「はは、みんなせっちゃんのことを女将だと思ってるんだね」

「まったく、困ったもんだよな♡」

「その割には嬉しそうだけどね?♪」

「は? そんなことはない。寧ろこっちは迷惑してるんだ♡」

 

 本当に素直ではない。でも赤蛮奇はニコニコしているので、鼬は「そっか」と笑顔で返しつつまた洗い終えた皿を赤蛮奇に渡した。

 そして鼬はふと思ったことを口にする。

 

「そんなに迷惑かな……この店の女将って言われるの」

「迷惑だな♡ でももう諦めてるよ……恋人が店主してて、そんなとこで私が働いてれば周りからそう見えるのは仕方ないと思ってる。だから気にしなくていいぞ♡」

「なら、本当の意味で女将になるかい?」

 

 鼬の思いもよらない言葉に赤蛮奇は思わず頭をポロッと落とししまった。

 

「い、いい、いきなり何を言い出すんだ! 今のがどう言う意味か分かってて言ってるのか!?」

 

 浮かんだ頭だけでなく、体の方も鼬の肩を軽く叩いて照れ隠す赤蛮奇。すると鼬は赤蛮奇の頭を優しく持ち上げ、そのままギュッと抱きしめた。

 

「こ、今度はなんだよ……離せよ♡」

 

 口ではそう言いつつも、赤蛮奇は大人しく鼬に抱かれている。

 

「あんな言葉、冗談じゃ言えないよ……せっちゃんは僕がそんな冗談を言えない奴だって分かってるでしょ?」

「そ、そりゃあ、なんだかんだで付き合いも長いからな……♡」

「なら僕がさっき言ったのも、どう言う気持ちで言ったことか分かるよね?」

 

 優しい声で諭すように囁かれる赤蛮奇はどう答えていいのか分からず、ただ顔を真っ赤にしたまま押し黙ってしまう。

 すると赤蛮奇はとあることに気がついた。

 

 ドッドッドッドッ……それは赤蛮奇の耳の近くでハッキリと聞こえ、更にはその音に伴って頬に微かながら振動を感じる。

 この音と振動の正体が鼬の鼓動だとすぐに気付いた赤蛮奇。すると鼬への想いが溢れ、自分も更に顔が熱くなり、体の方では胸がキューンと締め付けられる。

 

「せっちゃん、僕と結婚しよう……今は無理だって言うならせっちゃんがそう思ってくれた時でもいい」

「…………♡」

「僕と結婚したいってせっちゃんに思ってもらえるように、これからもっとせっちゃんに愛情を注ぐよ」

「…………♡♡」

 

 鼬が赤蛮奇への想いをゆっくりと語る間、赤蛮奇は嬉しくて何も返せなかった。

 それからもプロポーズとも言える言葉を鼬が並べる中、ようやく赤蛮奇は「おい」と口を開き、鼬の言葉を止める。

 

「黙って聞いてれば、歯が浮くような台詞ばっか言いやがって……このアホイタチ♡」

「ご、ごめん……」

「ふんっ……お前のその変な妄言を聞いてやれるのは、私しか居ないだろう……♡」

「え?」

「だ、だからその妄言に騙されてやるって言ってるんだよ……みなまで言わすな、アホイタチ♡」

「せっちゃん……嬉しいよ……せっちゃん、これからも大好きだよ!」

「耳元で叫ぶな!♡ 仕方なく、仕方なくなってやるんだからな!♡」

 

 こうして誕生した夫婦は、これからも末永く幸せに暮したそうなーー。




赤蛮奇編終わりです!

ツンデレっぽく仕上げました!
似たようなオチが続きましたがご了承を。

お粗末様でした☆


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影狼の恋華想

恋人は影狼。


 

 人里ーー

 

 大きな異変もなく、大きな事件もなく、ゆるりと時が流れる幻想郷。

 そんな昼下がりの人里を今泉影狼はルンルン気分で歩いていた。

 

(久し振りの彼とのデートだから今日はちょっとおめかししちゃった♪)

 

 そう影狼はこれから大好きな彼とデートなのだ。

 影狼には狼男の恋人がおり、人里ではもうすっかりお馴染みとなった名カップルである。

 狼男の名前は「蝦夷 風牙(えぞ ふうが)」と言い、人里の治安を守っている部隊(警察的な団体)に所属する、正義感溢れる好青年。

 この部隊は幻想郷の平和を維持するのに紫が立ち上げたもので、人間と妖怪の混合部隊である。

 因みに風牙はその部隊で小隊長であり、影狼とデートするのは本当に久々なのだ。

 

 影狼は風牙のためにいつもの長く綺麗な髪をポニーテールにし、左の耳元には風牙がプレゼントしてくれた赤椿の髪飾りも付けている。

 

(綺麗って言ってくれるかな〜♡)

 

 影狼はそのことを考えると、もうデレッデレのニヤッニヤで辺りにはお花畑が咲き乱れているような雰囲気。

 

「あれ、影狼ちゃん?」

「お〜、本当だ」

 

 そんな影狼に声をかける者達がいた。

 それは人里に住む多々良小傘と赤蛮奇だった。

 影狼は二人を見ると、スキップで近寄り、ニッコニコで挨拶をする。

 

「やっほ、二人共♪ 今日も世界は晴れやかね♪」

「あはは、今日はいつになくご機嫌だね♪」

 

 小傘がにこやかに返す一方で、赤蛮奇の方は「なんだこいつ」と言うような顔をしていた。

 

「どうしたの、蛮奇♪ 元気無いわね♪ 元気出さなきゃダメよ?♪ こんなに晴れやかなんだから♪」

「どう見たって曇りだろ……おめでたいやつめ」

「んふふ〜、ありがと〜♪」

 

 赤蛮奇の嫌味にも影狼はニッコニコで返し、赤蛮奇は更にイラッ☆とする。こんな状態の影狼に今は何を言っても意味がないと悟った赤蛮奇は、それ以上は何も言わずに小さくため息を吐くのだった。

 

「影狼ちゃんがご機嫌ってことは〜、これから蝦夷さんとデート?」

「そ〜なのよ〜♡ 今日のお仕事は早く終わるみたいで、これから夜までデートなの〜♡」

 

 小傘にデレッデレで返す影狼。それを見た赤蛮奇は思わず胃もたれを感じた。

 

「そっかそっか〜♪ 良かったね〜♪」

 

 小傘がそう返していると、すぐ近くから赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 その泣き声は小傘がおんぶしている赤ん坊だった。

 

「あれ、赤ん坊いたの?」

「最初からいた。バカ者め」

「おしめ変えてほしいのかな〜?」

 

 小傘は人里でベビーシッターもしていて、赤蛮奇はたまたまこの日その手伝いをさせられていたのだ。

 小傘はすぐに赤ん坊を近くのベンチに下ろし、おしめを確認する。

 

「別に汚れてないな〜。お腹空いちゃった?」

「なら、近くの茶屋で粉ミルク作ってくるから待ってろ」

「うん、お願い♪」

 

 なんだかんだ面倒見の良い赤蛮奇はすぐさま粉ミルクを作りに茶屋へ向かい、小傘は赤ん坊の服を整えてから、赤ん坊を優しく抱っこして「もう少しだからね〜♪」と赤ん坊をあやす。

 

「力いっぱい泣くわね〜」

「この子元気だからね♪」

「おぎゃ〜! おぎゃ〜!」

 

 泣く赤ん坊に対し、影狼も「お腹空いたね〜♪」と優しく声をかけてあやすと、

 

「きゃっきゃ♪」

 

 赤ん坊が泣き止み、嬉しそうに笑い出した。それも影狼の方に両手を伸ばして。

 

「どうしたのかしら?」

「う〜ん……あ、影狼ちゃんの尻尾じゃない?」

 

 小傘の言葉に影狼は「え?」と返し、自分の尻尾を見る。試しに赤ん坊の近くでご自慢のもふもふ尻尾を振って見せると、赤ん坊はまた嬉しそうに笑い声をあげた。

 

「ほら、やっぱり影狼ちゃんの尻尾に反応してる♪」

「えへ、えへへ♪」

 

 赤ん坊は影狼の尻尾を掴み、そのもふもふにご満悦。

 

「あ〜、満月が近くて今はちょっと毛深いのよね〜」

 

 影狼はそう言うと複雑な表情を浮かべる。しかし赤ん坊も小傘も影狼の尻尾で笑みを見せているので、影狼はこれはこれでいいかな……と笑みを浮かべた。

 それから赤蛮奇が粉ミルクの入った哺乳瓶を持って戻ってくると、赤ん坊は今度はミルクに夢中になり、一生懸命にミルクを飲む。

 

「一生懸命飲んでて可愛い〜♪」

「やっぱりお腹空いてたんだね♪ 泣き方覚えとかなきゃ♪」

「人間の赤子によくそこまでしてやれるな」

「そういう蛮奇だって、なんだかんだ言いながらちゃんと世話してるじゃない♪」

「泣いたままだと近所迷惑だからだ……」

 

 影狼の言葉に赤蛮奇がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、小傘も影狼もそんな赤蛮奇を微笑ましく眺めた。

 

「あ、そういえば影狼ちゃん。デート向かう途中だったんじゃなかった?」

 

 その言葉に影狼はビクンと肩を震わせる。

 

「お前、忘れてたな?」

「私達が呼び止めちゃったから、ごめんね!」

「ううん、いいの! 気にしないで!」

 

 影狼はそう言うと、二人と赤ん坊に一声かけてから猛スピードで風牙との街合わせ場所へ向かった。

 

「あんなに急ぐと髪型が崩れるんじゃないか?」

「あはは……まぁ、そこはご愛嬌ってことで」

 

 小さくなっていく影狼の背中を見つつ、二人はそんな話をして影狼を見送るのだった。

 

 ーー

 

「…………」

 

 街合わせの橋の上に立つ風牙は、穏やかに里の中に流れる小川の表面を楽しみつつ影狼を待っていた。

 すると物凄い風と共に影狼がやってくる。

 

「お、遅れて……はぁはぁ、ご、ごほっ……ごめん、なさい……はぁはぁ」

 

 膝に両手をつき、肩で息をし、言葉も途切れ途切れで謝る影狼。

 しかしそんな影狼に風牙は優しい笑みを浮かべ、影狼の頭をポンポンと叩くように撫でる。

 

「あはは、待つのも楽しみのうちさ♪ それに男は女を待つもんさ♪」

「お、怒ってないの?」

「怒る必要ないじゃないか。こんなに息を切らせて飛んできてくれたんだから、寧ろ嬉しいくらいさ」

 

 ニカッと爽やかに笑い、影狼に返す風牙。そんな風牙の優しさに影狼は思わず胸がときめき、自然と尻尾もブンブンと振っていた。

 

「ほら、綺麗な髪も崩れちゃってるぞ、そのままな?」

「ぁん……ありがとう♡」

 

 それから風牙は影狼の髪を優しく手で梳き、それが終わると二人して手を繋いでデートへ繰り出すのだった。それも互いの指を絡め合う恋人繋ぎで。

 

 ーー

 

「どうかな、これ?♡」

「ん〜、こっちの方が影狼には似合うと思うぞ」

 

 二人は人里の露店でアクセサリーを見ていた。

 風牙は影狼に似合うと思ったアクセサリーを影狼の耳元にあて、うんうんと頷く。

 

「ならこれ買っちゃおうかな〜♡」

「それならこれくらいですぜ、ご両人」

「え、そんなに安くて大丈夫ですか?」

「はい♪ ご両人はお似合いのご夫婦ですからねぇ、安くしやんすで、身につけて宣伝してくだせぇ♪」

「やだ♡ 私達まだそんなーー」

「ありがとうございます♪ それではその値段で頂きます♪」

 

 影狼の言葉を遮り、風牙は店主に言われた金額を払って影狼の手を取って歩き出した。店主が二人に「ご馳走様です〜♪」と言って見送ると、影狼は思わず顔を真っ赤にしてしまった。

 

「ど、どうしたの風牙……いつもよりちょっと強引だったよ?♡」

(こういうのも嫌じゃないけど♡)

「せっかく夫婦に見られてるんだ、否定することないだろ? 影狼は俺と夫婦に見られるの嫌か?」

「う、ううん!♡ そんなことないよ!♡」

「なら、今日はそういうことでいいだろ?」

 

 風牙はそう言って「な?」と悪戯っ子みたいな笑みを見せると、影狼は「うん♡」と満面の笑みで返し風牙の腕にキュッと抱きついた。

 

「影狼、好きだよ。これからもずっと」

「私も♡ 私もだよ風牙♡」

 

 こうして二人はそれからも仲睦まじく人里を練り歩き、最後は二人仲良く迷いの竹林へ帰るのだったーー。




今泉影狼編終わりです!

今回は普通のラブラブカップルにしました!

お粗末様でした♪


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弁々の恋華想

恋人は弁々。


 

 人里ーー

 

 人と妖、霊と神、異なる思想と宗教。いかなる種族も和気藹々と時を過ごす幻想郷。

 この日の幻想郷にも夕暮れを迎え、子どもたちは家に帰り、大人たちは仕事帰りの一杯と洒落込む。

 そんな中、人里の一つの橋に紺の長着に紺の羽織物を着用している一人の青年がポツンと立っていた。

 

 その青年は行き交う人々をどこか楽しげに眺めている。

 すると青年は懐に手を入れ、何やらゴソゴソとしだした。

青年が取り出したのは古代朱色の少し歪な尺八で、青年はそれを丁寧に手で擦り、小さく息を吐くと優しく尺八へ息を吹き込んだ。

 

 辺りには優しく優雅な尺八の音が響き、その音に足を止める者、更には引き寄せられるかのように青年の側へ寄る者と、たちまち青年の周りには人々が集まった。

 優しく、どこまでも透き通る尺八の音。そして青年の優しい表情に、人々はうっとりと時間を忘れて聞き惚れる。

 

 ーー

 

 そんな中、とある建物の物陰でその青年をこっそりと見る者達がいた。

 

「姉さん、いつまで見てるの? 早く行きなよ」

「や、八橋は黙ってて! 今いいところなの!」

 

 九十九姉妹の九十九弁々と九十九八橋である。

 二人……正確には弁々が隠れて、青年の演奏を食い入るように見つめているのだ。弁々は時たま「ふひっ」と言うようなおかしな笑い声を出しているので、八橋からすれば周りの目が気になって仕方がない。

 

 どうして弁々がこうしているのかというと、弁々は今尺八を演奏している青年と恋仲の関係にあり、青年の演奏しているところを見るのが好きなのだ。

 青年は人間であり、弁々は琵琶の付喪神。種族こそ違えど、今の幻想郷においては何ら珍しいことではなく、寧ろ今の幻想郷を代表するカップルとまで言われている。

 

「うふふふ、素敵な音色……♡ あの指さばきも、吹いてる表情も全部好き……♡」

 

 弁々は怪しく笑い、目や自身の周りにハートマークを浮かべてご満悦の様子。

 

「確かにいい音だけどさ〜、お願いだからその『ドゥフフフ』って笑い方やめてよ。めっちゃ周りの人が怪しんでるんだけど?」

 

 対する八橋は苦笑いを浮かべて、弁々を注意する。しかし弁々に八橋の声は届いておらず、弁々は青年の演奏が終わるまでその笑い声をあげ続けるのだった。

 

 ーー

 

「ふぅ……ありがとうございました」

 

 演奏を終え、青年が一礼すると聞き入っていた人々から拍手が巻き起こった。中には青年の手に小銭を握らせる人もいるほど。

 

 集まった人々が散り、それを眺めながら青年は尺八を懐に仕舞い、うんと伸びをする。

 そこでやっと弁々達は青年の元へ近づいた。

 

「こんばんは〜♡」

「お兄さん、こんばんは〜……」

 

 青年にデレデレしながら挨拶する弁々に対し、八橋の方はなんだか疲れ切った顔で挨拶する。

 

「おや、弁々さんに八橋ちゃん、こんばんは♪ 今日も来てくれたんだね♪」

 

 青年がニッコリと笑って二人に声をかけると、弁々は「また来ちゃった〜♡」なんて言いながら青年の手をぎゅうっと両手で握って、更にデレデレな顔をした。

 

「あはは、来てくれて嬉しいよ♪ これからどこかで演奏するの?」

「ううん♡ 魔法の森で演奏してきたから、今日はもう演奏予定はないよ〜♡」

「強いて言えば、お兄さんの尺八を聞くためだけに来たみたいなもんよ」

「そっか……いたなら一緒に演奏してくれればよかったのに」

 

 少し残念そうに言う青年。しかし弁々はそれもまた自分が好きな青年の表情なので、弁々は更にだらしない顔へと変わる。

 

「ごめんね〜♡ どうしてもあなたの演奏だけを聞きたかったの〜♡ 今度は必ず入るから、そんな顔しないで、ね?♡」

「約束だよ? 弁々さん達と一緒に演奏するの好きなんだから」

「私もあなたと演奏するの好きよ〜♡」

 

 弁々は青年に抱きつき、甘えた声でそう告げると、それに呆れる八橋が口を開いた。

 

「なんならもういっそのこと、今から合わせれば? まだ人、結構歩いてるし」

 

 八橋の提案を聞き、弁々は青年に「しちゃう?♡」と上目遣いであざとく可愛く訊くと、青年はニッコリと頷きを返す。

 

「よぉ〜し、じゃあやっちゃお〜♡ 八橋、好きに奏でちゃって! 私と彼で合わせるから!」

「え、私も入ってるの!?」

「当然でしょ! ほら、早く!」

「わ、分かったよぉ」

 

 いつもは八橋が弁々を振り回す立場であるが、青年が絡むとその関係は逆転し、弁々が八橋を巻き込む形になる。しかし八橋ももう慣れたので、八橋はマイペースに自分が想い描く音色を奏で始めた。

 琴の音色が辺りに響き渡ると、また人々が足を止める。更に琵琶と尺八が加わると、より一層人々が集まり、ストリートライブとは思えないほどの一体感が生まれた。

 

 ーー

 

 演奏を終えた弁々達は聞いてくれた人々から多くの気持ち(銭)を貰い、せっかくなのでその銭で夕飯をちょっと豪勢にすることにした。

 弁々は当然青年も自分たちの住む借家へ誘い、今は三人一緒に鍋をつついている。

 

「ふぅ、ふぅ……はい、あなた♡ あ〜ん♡」

「あ〜……あむ、うん、美味しい♪」

「えへへぇ〜♡ 愛情たっぷりの弁々鍋だからね♡」

 

 弁々は青年の隣に座り、青年に甲斐甲斐しく作った鍋を食べさせていた。

 対する八橋はこの鍋、私も一緒に作ったんだけどなぁ……と思いながらも、何も言わずに二人がイチャイチャしているのを眺め、黙々と鍋を食べている。

 

「八橋ちゃん、ほっぺたにご飯粒付いてるよ?」

「え、どこ?」

「あはは、反対だよ♪ ほら♪」

「ありがとう、お兄さん♪」

 

 八橋はお礼を言うと、青年が取ってくれたご飯粒をそのままパクンと口に含んだ。それは本当の兄妹のようで、弁々はそれを微笑ましく眺めている。

 

「そう言えばさ、私ずっと気になってたことあるんだけど、訊いていい?」

 

 八橋がそう言って青年を見ると、青年は「何かな?」と優しい笑みを浮かべて返した。

 

「お兄さんは姉さんのどこが好きで付き合ってるの?」

「へ?」

「や、八橋!」

「だって姉さんはいつも惚気けてるからわかるけど、お兄さんからは聞かないんだもん。そもそも告白だって姉さんからで、基本的に姉さんが押せ押せでお兄さんは受け身でしょ? ずっと気になってたんだ〜」

 

 八橋がそう言うと、青年は「簡単なことだよ?」と返す。八橋はそれに頷くと、青年は弁々の方を向いた。

 弁々は青年がなんと言うのか気になり、微かに頬を赤く染めたまま真剣に青年の目を見つめ返す。

 

「音楽に対する熱意、それでいて優しい音色、何に対しても一途なところ、かな? あげたらキリがないから、特に好きなところをあげてみた」

 

 臆面もなく言った青年の言葉に、八橋は「ほうほう」と頷く。その一方で弁々は顔を真っ赤にしたまま硬直してしまった。

弁々は普段、自分がデレデレ、ニヤニヤと青年の好きなところを褒めて惚気けてるので、今回のような逆パターンの耐性がないのだ。

 

「良かったね、姉さん。姉さんの一方的な愛じゃなくて♪」

「……うるさい……♡」

「いつも思ってるよ。弁々さんのことが本当に大好きだから」

 

 青年のまっすぐな眼差しとまっすぐな言葉に弁々はもう耐えられなかったのか、両手で顔を押さえてしまう。

 こんな弁々は珍しいので、八橋は「お〜」と感嘆の声をあげた。

 

「照れている弁々さんも、いつもニコニコしている弁々もどれも可愛い」

「や、やめて……あなたが私を好きなのはとても伝わったから……♡」

「いえ、いつも弁々さんに言われてたから、今回はちゃんと自分から弁々さんへの想いを伝えようと思う! 弁々さん大好き! ずっとずっと大好きです! 死んでも大好きです!」

「は、はうぅぅぁぁぁ……♡」

 

(こりゃ今夜、姉さんは寝れないね〜)

 

 その後も弁々は青年から愛の言葉を沢山言われ、その都度なんとも言えない声をあげた。

 そしてそんな姉を八橋は助けることなく、ニヤニヤしながら眺めるのだったーー。




九十九弁々編終わりです!

いつもは冷静な弁々も恋すればデレデレになるかなと思い、こうしました!

お粗末様でした!


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八橋の恋華想

恋人は八橋。


 

 魔法の森ーー

 

 平和に時が流れ、穏やかに日が降り注ぐ昼下がり。

 魔法の森にある開けた場所で、プリズムリバー三姉妹と九十九姉妹、更には堀川雷鼓が森に住む妖精や妖怪達に対してリサイタルをしていた。

 その中には人間の姿もちらほらあり、みんなそれぞれの演奏に夢中だ。

 

「……みんな、聞いてくれてありがと〜!」

 

 トリを飾った雷鼓が演奏を終え、手を高らかにあげて叫ぶと、聞いていた者達は揃って歓声をあげた。

 

 ーー

 

 観客達が帰ると、演奏者達はそれぞれリサイタルの成功を喜び合った。

 

「いやぁ〜、最高のライヴだったね〜♪」

「雷鼓さんの太鼓は今日もキレキレでしたね」

「聞いててこっちまで楽しくなったよ〜♪」

 

 ルナサとリリカに褒められ、雷鼓は上機嫌に笑い、二人に「ありがとね」と返す。

 

「今日の八橋ちゃんはノリノリだね〜♪」

「え、そうかな〜? いつも通りだったけど……」

 

 メルランに褒められた八橋は謙虚に返したが、ルナサもリリカも、更には雷鼓までもが今日の八橋の出来を褒め、八橋は少し照れくさそうに頭を掻いた。

 

「そりゃあ、今の八橋は乗りに乗ってるからね〜……自然と演奏にも熱が入るわよね♪」

 

 皆の様子を見ていた弁々がそんなことを言うと、三姉妹も雷鼓も「どういうこと?」と言いたげに小首を傾げる。

 それを見た弁々は「実はね……」と前置きし、少し怪しく笑って理由を話そうとした。

 

「ちょ、待って姉さん!」

 

 弁々がどんな話をしようとしているのかを察した八橋は、慌てて弁々を止めようとしたが、

 

「八橋にはつい最近、恋人が出来たのよ〜♪」

 

 弁々は八橋に構うことなく話してしまい、八橋は「なんで言うのよ〜!」と猛抗議。対する雷鼓達は「おぉ〜!」と驚き、しかしどこか楽しげに八橋を見ていた。

 

「遅かれ早かれみんなにすぐバレるんだからいいじゃないの♪」

「そ、それでも恥ずかしいの!」

「そんなにあのお兄さんと付き合ってるって知られるのは嫌なの〜?♪」

「嫌じゃないけど、そんなあからさまに言われるのは嫌なの!」

 

 八橋は弁々にそう言うと、弁々の肩をグワングワン揺らす。対する弁々はいつも八橋に振り回されているので、ささやかなお返しを楽しんでいた。

 

「へぇ、あんたらやっと付き合ったんだ♪」

「おめでとう」

「どっちから告白したの〜?♪」

「やっぱ八橋ちゃんから!?」

 

 みんなからの反応に八橋は怯んだ。何故なら自分が片想いしていたのがみんなにバレていたから。

 

「だ、誰とか訊かないの?」

「はぁ? んなの訊かなくたって分かるよ」

「よくお店の前で演奏させてくれる、茶屋のお兄さんでしょう?」

 

 雷鼓とルナサが当然のように言うと、八橋は顔を更に真っ赤にして俯いてしまった。否定しないとは認めていることになる……つまりは図星。

 

 八橋は最近人間の恋人が出来た。

 その人間は人里で中華風の茶屋を営む若い男で、八橋の一目惚れから様々なドラマを経て、八橋の告白によって今に至る。

 

「な、なんでみんな分かってるのよ……」

 

 八橋がそうつぶやくと、メルランとリリカは「だってね〜?♪」と顔を見合わせる。

 

「あんたはお兄さんに夢中で気付いてないだろうけど、傍から見たらかなり分かりやすい反応だったわよ」

 

 呆れたように説明する弁々に、他のみんなも揃って首を縦に振る。

 

「あんなにお兄さんのことを目で追ってればね〜?♪」

「挨拶する時もいっつも声が上擦ってたしね〜?♪」

「それなのにあいつはなかなか八橋のことに気が付かなくてな〜」

「二人を見る度にやきもきしてたわ」

「〜〜〜〜〜っ」

 

 みんなからの言葉に、八橋は言葉にならない声をあげて手で顔を押さえた。

 そんな八橋に弁々はポンと軽く肩を叩いて「ね? バレバレでしょ?」と声をかけると、八橋はそのままの状態でコクコクと頷くのだった。

 

「ねぇ、そんなに私って分かりやすかった?」

 

 八橋の言葉にみんなは揃って頷く。

 

「そ、そんなにあの人のことばかり見てた?」

 

 またも一斉に頷かれると、八橋は「うわぁぁぁん!」と大声をあげ、その場に座り込んでしまった。

 

「今更何恥ずかしがってるのよ」

「だって、こんなに知られてるなんて思ってもいなかったんだも〜ん!」

 

 弁々は八橋を落ち着かせようと頭を撫でるが、八橋はずっとうずくまったまま。

 

「よし、それじゃ今からあの茶屋に行くか♪」

「いいわね。打ち上げも兼ねて行きましょうか」

 

 雷鼓の提案にルナサが頷くと、メルランもリリカも乗り気で「杏仁豆腐食べる〜♪」などと言って盛り上がる。

 

「ほら八橋、私達も行くわよ? それとも一人だけ借家に帰る?」

「………………行く

 

 声を絞り出すように八橋が返すと、みんなは八橋を急かしつつお目当ての茶屋へと向かうのだった。

 

 

 人里ーー

 

 人里までひとっ飛びし、八橋の恋人が営む茶屋に着く。

 みんながすんなり入る中、八橋だけは髪を整えたり、服の埃を払ったりしてなかなか入ろうとしなかった。

 すると痺れを切らした弁々が八橋を後ろから押して、少々強引に店の中へ入れる。

 

「ちょ、姉さん、ま、待っーー」

 

 待ってと言おうとした八橋。しかしそれより先に何かにぶつかってしまった。

 

「八橋さん、いらっしゃいませ♪ 弁々さんもいらっしゃいませ♪」

 

 それは八橋の恋人である店の店主で、八橋は店主の胸板にぶつかってしまっていたのだ。

 八橋は急いで退こうとするも、その背中は弁々がしっかりと押さえているため、動くに動けない。

 一方で弁々は八橋の背中を押しつつ、男に「いつも妹がお世話になってます〜♪」などと挨拶している。

 

「いえいえ、私の方がお世話になりっ放しで……この前も忙しい時間帯に手伝いに来てくれたんですよ♪」

 

 男はそう言いながら八橋の頭を優しく撫で、それからも八橋を褒めちぎっては弁々に惚気た。

 八橋はもう恥ずかしいやら嬉しいやら、照れるやらで男の胸に顔を埋めたままやり過ごすしか手はなかった。

 

 ーー

 

 恋人と姉に散々いじられたあとで、八橋はようやく解放されて雷鼓達の座るテーブルについた。

 それでもみんなは八橋をニヤニヤと見つめているので、八橋は全く気が休まらない。

 

「かなりラブラブじゃな〜い♪」

「杏仁豆腐より甘いぞ〜♪」

「やめてよぅ、もう……」

「メルランもリリカも、そんなに冷やかさないの」

 

 ルナサに注意された二人は「ごめんなさ〜い♪」と謝るが、その口調はまるで反省してなかった。

 

「まぁ、なんだ。幸せそうで何よりだよ♪」

「超幸せよね、八橋?♪」

「幸せですけど何か……?」

 

 雷鼓と弁々に八橋はそう言いながら睨むが、二人はニヤニヤして「別に〜♪」と返してくる。八橋はこの状況が嫌になり、机に突っ伏してしまった。

 

「皆さん、そんなに私の恋人をイジメないでやってください」

 

 するとそこに男がお茶と店自慢の杏仁豆腐を持ってやってきた。男と九十九姉妹が話しているうちに雷鼓達が他の店員に頼んでいたのだ。

 

「おぉ〜、良かったな八橋♪ ナイトが来てくれたぞ〜?♪」

「…………」

「八橋さん、大丈夫ですか?」

 

 机に突っ伏したままの八橋に、男は配膳しつつ優しく声をかける。

 

「大丈夫……♡」

 

 すると八橋はチラッとだけ恋人の方へ目をやって伝えると、男は「そうですか♪」と返して八橋の頭を優しく撫でた。

 恋人に頭を撫で撫でされた八橋は、その気持ち良さに思わず「んにゃ〜♡」と甘えた声をしまう。

 やばい……と思った八橋だったが、もうその時点で遅く、みんなからは更にニヤニヤされていた。

 

「うぅ〜」

「八橋さんは相変わらず可愛いですね〜♪」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……み、みんなの前で言わないでぇ♡」

「えぇ〜、こんなに可愛い恋人は皆さんに自慢したいですよ〜」

「ぁぅぁぅぁぅ……♡」

 

 その後も八橋は、散々恋人に可愛がられ、みんなからは冷やかされるのだったーー。




九十九八橋編終わりです!

いつも振り回す役の娘が振り回されてるのって可愛いですよね?という個人的な思いを書きました!

お粗末様でした♪


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正邪の恋華想

恋人は正邪。


 

 人里ーー

 

 穏やかに晴れ、人々の笑顔が溢れる幻想郷。

 お昼時を迎えた人里では、とある定食屋がそこそこの賑わいを見せていた。

 

「三番テーブル、出来たぞ! それから五番もだ!」

「へいへい!」

 

 店主に言われ、威勢良く返すのはあの鬼人正邪だ。

 どうしてあの正邪が人里で真面目に働いているのかというと、正邪が閻魔との取り決めで極刑にしないという代わりに無償で働き、善行を積むという約束をしたから。

 何故正邪がそんなことを承諾したのかというと、この店の店主と触れ合って心を入れ替えたからだ。

 

 それは数ヶ月前、正邪は散々逃げ惑い、生きるためにこの店に強盗に入った。

 するとこの店主は『好きなだけ持ってけ』と正邪に怯えることもしなかったので、正邪は強盗を止め、この店主に興味を持つ。

 話してみると、この店主は化け狐で名前は(きょう)と言い、長い年月を人里で暮らしてきた低級な妖怪。

 正邪のように強引に物事を斜めに捉えることはしないものの、どこか達観していて、正邪はそこが気に入って店に入り浸るようになった。

 それから正邪は匡の言う事なら聞くようになり、正邪の中で匡は大きな存在へと変わり、匡に迷惑をかけないために閻魔の元へ出頭。閻魔もそういうことならと正邪へあの提案をした。

 こうした経緯で今に至るのである。

 

「あぁ〜、疲れた〜」

 

 やっとお昼のラッシュが終わり、カウンター席に座って突っ伏す正邪。

 

「お疲れさん。まかない作ったから食べるといい」

 

 匡はそう言って正邪の頭を叩くように撫でると、正邪は「言われなくても食うよ♪」と無邪気な笑みを返して厨房へ入る。

 

 それと同時に店のドアが開くと、萃香、針妙丸、霊夢の三人が入ってきた。

 

「お邪魔するよ〜♪」

「こんにちは〜♪」

「お邪魔するわね」

 

「へい、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 

 匡に言われ、霊夢と萃香はカウンター席に座り、針妙丸に限っては小人なのでテーブルの上に座る。そのままだと足が痛くなるため、匡は針妙丸用の座布団を出した。

 

「巫女さん、今日はツケかい?」

「方方でお祓いしてお金入ったからツケも払うわよ。じゃなきゃ二人も連れてこないっての」

 

 匡の言葉に霊夢が苦笑いを浮かべて返すと、匡は「さいですか」と返し注文を訊く。

 

「私は肉じゃが定食、御飯大盛りで」

「私はねー……焼き肉定食!」

「私はいつもので♪」

 

 それぞれ注文すると匡は「はいよ」と返して調理に取り掛かった。

 

「ねぇねぇ、狐さん、正邪は?」

 

 すると針妙丸が匡に訊いた。あの異変で利用されていたとはいえ、針妙丸は正邪のことを許しており、正邪のことはいつも心配しているのだ。

 

「今皆さんに隠れて飯食ってますよ」

 

 匡は隠すことなく伝えると、正邪が立ち上がって「もがふご〜!」と意味不明な叫び声を出す。恐らく匡がすんなり教えたことに対しての叫び声だろう。

 

「ほら、ちゃんと座って食え。それと物を口に入れたまま喋るな」

「ごくん……分かったよ」

 

 正邪は素直に返事をすると、また座って匡が作ったまかない料理を口に運んだ。それを見た匡は「偉いぞ」と言ってまた正邪の頭を叩くように撫でると、正邪は顔を赤くし、でもどこか嬉しそうに匡の手を退ける。

 

「正邪は相変わらず素直じゃないね〜。狐さんに撫で撫でされるの内心では喜んでるのに♪」

「う、うるせぇ! こんなの嬉しくも何ともない! ウザいだけだ!」

 

 針妙丸に正邪はそう言って否定するも、萃香に「嘘だって私には分かるけどね〜」と言われ、正邪は顔を真っ赤にして何も言い返さずに座り直すのだった。

 

「心を入れ替えたら、こんなに可愛い子鬼になるだなんてね。匡さんって意外とタラシ?」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。この子は元々根は真っ直ぐないい子です。あっしが何もしなくてもいずれはちゃんと変われたでしょう」

 

 霊夢に匡がはっきりと返すと、正邪はそれを聞いて思わず頬が緩んだ。

 

「お待ち。味噌汁と浅漬けのおかわりの時は声をかけてください」

 

 そんな話をしているうちに匡はみんなの定食を作り、みんなはそれぞれ手を合わせてから口いっぱいにその料理を頬張る。

 霊夢達が美味しそうに食べているところを匡は嬉しそうに眺め、その匡をしっかりと見ていた正邪も同じように嬉しそうな表情を浮かべるのだった。

 

 ーー

 

 日も沈み、店を閉めた定食屋。店の暖簾を正邪が店の中に仕舞うと、正邪はすぐに匡の元へ行ってその背中にギュッと抱きつく。

お店が終われば甘えてもいい……という二人の暗黙のルールである。

 

「まだ洗い物してるんだから、離れてくれ。手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「やなこった♡ 今日の私の仕事は終わったもんね、もうこれからは私の時間だもん♡」

 

 自分の顔を匡の背中に押し当てて、甘える正邪。正邪は認めないが、天邪鬼でも好きな人には甘えん坊になるのだ。

 

(匡の匂い好き♡ それにこうしてると温かい……好き、大好き♡ 匡大好きぃ〜♡)

 

 口には絶対にすることは出来ない匡への想いを正邪は爆発させ、匡へこれでもかと甘える。それは子犬が飼い主に甘えるような、そんな愛くるしさだ。

 

「匡〜♡」

「どうした?」

「呼んだだけ〜♡」

「そうか」

「匡〜♡ 匡〜♡」

「はいはい」

 

 正邪はその後も匡を何度も呼び、匡はその都度、嫌な顔もせずに応えた。匡からすれば、どうして正邪が自分の名を呼ぶのか分かっているから。

 

「今晩の飯は何が食いたい?」

「匡が自分で考えろ〜♡」

訳)匡の作った物なら何でもいい。

 

「なら余り物でいいか? 捨てるのは勿体無いから」

「残飯処理かよ〜♡ 匡のケチ〜♡」

訳)余り物でもいいよ。匡の料理だもん。

 

 こんな具合に正邪の言葉を匡は熟知しているため、会話も成立している。傍から聞けば支離滅裂だが、二人にとってはこれが当たり前。

 

「んじゃ、洗い物が終わったらな。それまで大人しくしていろ」

「やだね♡ 私はずっとこうしてるもん♡」

 

 その後も匡の言葉に正邪はことごとく反発した。しかし反発しても今では可愛いワガママなので、匡は二つ返事で正邪の好きにさせつつ自分の仕事をこなすのだった。

 

 ーー

 

 晩御飯や風呂も終えると、正邪の甘えモードは更に増す。

 今も正邪は居間に座る匡のあぐらの中に入り込み、匡と向き合ってホールド中だ。匡も嫌な顔せず正邪の頭を優しく撫でている。

 

「ん〜♡ 気安く撫でるなよ〜♡」

「はいはい」

「誰が止めていいって言ったんだよ〜♡」

「お前は相変わらずだな」

 

 匡はそう言って苦笑いをすると、正邪はどこか嬉しそうにしながら匡の胸板に顔を埋め、甘える。

 

「匡〜、嫌〜い♡」

「嫌いなら離れればいいだろ?」

「やだ♡ 絶対に離れてやんないもんね〜♡」

「嫌いな割には随分と甘えるんだな?」

「甘えてねぇし♡ 寒いから仕方なく匡にくっついてるだけだし〜♡」

 

 ああ言えばこう言う正邪に匡は「そうか」と返しつつ、正邪の額にそっとキスをした。正邪が必要以上におでこの辺りを擦り付けていたのでした次第で、この正邪の行動はそこにキスして欲しいという合図なのだ。

その証拠に正邪は幸せそうに顔をデレデレさせている。

 

「何してんだよ〜♡ もっと優しくやれよ〜♡ 優しくなかったからやり直しだ〜♡」

「はいはい……ちゅっ」

「んぁ……ダメだ、気に食わない♡ やり直し♡」

 

 それから何度も何度もやり直しを命じる正邪に言われるがまま、匡は正邪にキスをした。

 何度もされているうちに正邪の顔は蕩け、今度は自分から匡にキスをし、匡はそんな正邪を優しく受け入れる。

 

「嫌い……ちゅっ♡ 匡なんて、大っ嫌い……ちゅっ、んんっ、れろっ……ちゅぱっ♡ ずっとずっとつきまとってやる、んちゅっ♡」

「あぁ、ずっと一緒だ。正邪」

「〜♡」

 

 その夜も正邪は匡に沢山甘え、朝までコースだったそうなーー。




鬼人正邪編終わりです!

デレッデレの正邪を書きたかったので、こうなりました!
ご了承ください。

お粗末様でした♪


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針妙丸の恋華想

恋人は針妙丸。

※針妙丸の大きさは20センチくらいの設定です。


 

 博麗神社ーー

 

 ポカポカ陽気が心地良い昼過ぎ、今日も穏やかな幻想郷はのんびりと時が過ぎている。

 しかし、その平穏を引き裂く少女の悲鳴が博麗神社でこだましていた。

 

「れ〜い〜む〜! す〜い〜か〜! た〜す〜け〜て〜!」

『にゃ〜ん♪』

 

 博麗霊夢が保護している少名針妙丸が猫の姿になって遊びに来た火焔猫燐と橙に追われていたのだ。

 二人は少しの本能と遊び心で針妙丸を追っているが、追われる針妙丸にとっては恐怖であることこの上ない。

 針妙丸が追われていても霊夢はいつものことなので助けに行こうとはせず、干した洗濯物を確認していて、萃香に至っては昨晩遅くまで飲んでいたせいもあり、まだ夢の中。

 

「うわぁぁぁん! だ〜れ〜か〜!」

 

 夢中で逃げる針妙丸。しかし走り疲れた針妙丸はバランスを崩して転んでしまう。

 

「にゃ〜♪」

「ふみゃ〜ん♪」

 

 ジリジリと詰め寄るお燐と橙。逃げようにももう足に力が入らない針妙丸。

 

 もうダメだ、お終いだ。私はこれからこの猫達のおもちゃにされて、散々弄ばれて、ボロ雑巾のように捨てられるんだ……そう過度な妄想した針妙丸はそっと瞼を閉じる。

 

 そしてお燐と橙が針妙丸へ飛び掛かるが、

 

「ほい、そこまで♪」

 

 という言葉と共にお燐と橙より一回り大きな白猫が針妙丸の前に現れ、立派な二股の尻尾で二匹の顔をペシッと叩いた。

 

「はっくん♡」

 

 この猫は博麗神社の裏に広がる森の中に住んでいる妖怪「猫又」で、お燐や橙よりも数百歳以上も年上の大先輩。名前は「沙白(しゃはく)」と言い、周りからは「ハクさん」と言う呼び名で親しまれている。

 因みに沙白は神社の縁側で日向ぼっこするのが好きで度々訪れているのだ。

 沙白にたしなめられた二匹はポンッと人の姿になると、苦笑いを浮かべた。

 

「えへへ、ごめんよ〜、ハクさん。つい本能が……」

「橙もごめんなさいです……」

 

 自分に謝る二人に対し、沙白は「謝る相手が違うだろう?」と諭すように返すと、二人は揃って針妙丸へ頭を下げる。

 

「針ちゃん、二人もこう言ってるし、今回は許しやってくんねぇか? 行き過ぎた遊びはしねぇようにさせっからよ」

 

 沙白はそう言って針妙丸に頼むと、

 

「はっくんがそう言うならいいよ♡」

 

 と針妙丸はすんなり二人を許してやるのだった。

 

 もう気付いているかもしれないが、針妙丸と沙白は恋仲関係にある。

 針妙丸は今回のように襲われているのをよく沙白に助けられ、それが積み重なり恋に落ち、今に至るのだ。

 

「お燐ちゃんも橙ちゃんも、もう嫌がってる相手に悪ノリしちゃぁいけねぇぞ? せめて手遊びくれぇにしとけ」

 

 注意する沙白に針妙丸が「手遊び?」と言って小首を傾げると、沙白は「前脚でこう……ちょいちょいっと♪」と返して針妙丸が被っているお椀の蓋を前脚で軽く突く。

 

「きゃあ♡ もぉ、止めてよぅ♡」

「なっはっは、これくらいなら多目に見てやってくれ♪」

「はっくんなら許すよ〜♡」

「いや、二人の方を多目に見てやってくれよ♪」

「えぇ〜、どうしようかな〜?♡」

「そう意地悪言いなさんな♪ うりうり♪」

「きゃん♡ 突いちゃダメぇ〜♡」

 

 実践しただけでこの激甘空間。そんな激甘空間にお燐は口の中をジャリジャリさせ、橙はどこか目を輝かせている。

 

「あんたら本当にバカップルね」

 

 すると乾いた洗濯物を持って霊夢が戻ってきた。

 そんな霊夢に対し、針妙丸は「あ、裏切り者だ」と先ほど助けてくれなかったことへの恨みある言葉をかける。

 

「助ける必要ないからよ。そもそも二人があなたを追いかけるのは遊びなんだから」

「でもすっごくすっごく怖いんだよ!?」

「飛ぶなりなんなりすればいいじゃない」

「二人だって飛べるし、すばしっこいから攻撃も当たらないの!」

「それはあなたが弱いからでしょ」

「私は六ボスだよ!?」

「知ってるわよ、そんなこと」

 

 針妙丸の言葉を霊夢は涼しい顔をして躱していく。次第に針妙丸はふくれっ面になり、親に助けを求める子どもように沙白の前脚に抱きついた。

 

「はっく〜ん! 霊夢が〜! 霊夢がいじめる〜!」

「お〜、よしよし」

 

 沙白は針妙丸をもう片方の前脚で優しく包み込むと、針妙丸はすぐに機嫌を直してだらしない顔になる。

 霊夢はそれを見ると苦笑いを浮かべ、未だに起きてこない萃香を叩き起こしに向かうのだった。

 

 ーー

 

 針妙丸と沙白、そしてお燐と橙は陽のあたる縁側に寝そべりまったりと時を過ごす。

 

「ねぇねぇ、ハクさん」

「ん、なんだい橙ちゃん?」

「ハクさんは針妙丸さんを追いかけたくならないんですか?」

「橙ちゃん達とは年季が違うからな〜。追いかけたくはならねぇな。別の意味では追いかけてるが」

 

 沙白の言葉にお燐や橙は「別の意味?」と返しつつ首を傾げた。

 すると沙白は小さく笑って口を開く。

 

「おいらは針ちゃんをいつも追いかけているのさ。心底好いた相手だからなぁ」

 

 そう言った沙白は自分の腹を枕代わりして眠る針妙丸の顔を優しく見つめ、尻尾を器用に使って針妙丸の頬を撫でた。

 そんな沙白に橙はまたも瞳を輝かせ、お燐は「うっぷ」と何やら吐きそうなのを堪えるのだった。

 

「あんた達〜、萃香も起きたから私達はお昼にするけど、あなた達もまだなら食べる?」

 

 すると居間に戻ってきた霊夢がみんなに声をかける。

 

「食べます♪」

「ご馳走になりま〜す♪」

「ゴチになります、霊夢さん」

 

 お燐達の返事に霊夢は「ん」とだけ返すと、土間へと向かい、橙は「藍様に教わったのでお手伝いします♪」と言って霊夢の背中を追った。

 

「針ちゃん、針ちゃん……起きてくれ、針ちゃん」

 

 霊夢と橙が土間へ行くと、沙白は前脚で針妙丸の肩をポンポンと叩いて針妙丸を起こす。針妙丸は寝ぼけ眼を擦りつつ起きると、沙白の前脚にギュッと抱きついて「おはよ〜♡」と挨拶する。

 

「おう、おはよ♪ 針ちゃん、すまねぇが人の姿になるから離れてくんねぇか?」

「ん、分かった〜♪」

 

 針妙丸が少し離れると、沙白は「よっ」と声をあげた。するとボンッと煙が上がり、一人の青年が煙の中からの紺色の長着姿で、肩まである綺麗な白髪を靡かせつつ現れる。

 これが沙白の人の姿で針妙丸はそれを見るとふよふよと飛んで沙白の肩に乗った。

 

「もふもふはっくんじゃなくて、人型はっくんだ〜♡」

「あはは、でも髪は猫毛だけどなぁ♪」

「うん、人型でも頭はもふもふ〜♪」

 

 針妙丸はそう言って沙白の襟足を触ると、沙白はくすぐったそうにしつつも針妙丸の好きにさせた。

 

「お〜い、白猫と火車〜。暇ならこっち手伝ってくれ〜」

 

 萃香に呼ばれた二人は返事をして萃香の方の手伝いをし、こうして少し遅めのお昼御飯となった。

 

 ーー

 

「………………」

「お〜〜〜〜!」

 

 いざお昼御飯になると、お燐は固まり、橙は目をしいたけにする。

 何故なら、

 

「はい、針ちゃん、あ〜ん♪」

「あ〜……はむっ、ん〜♡」

 

 目の前で激甘空間がブワッと砂糖を撒き散らしているからだ。

 その一方で霊夢や萃香は気にする素振りもなく、黙々と食事をしている。

 

「お姉さん達、よくこの砂糖弾幕の中で平然としていられるねぇ……」

「私はもう慣れちゃったよ、毎回こんな感じだし……」

「レミリアと咲夜みたいなもんだし、別にどうってことないじゃない」

 

 お燐の言葉に対し、萃香は苦笑いを浮かべ、霊夢はクールに返す。

 

「はっくんにもあ〜ん♡」

「はむっ♪」

「あん♡ 私の手まで食べちゃダ〜メ♡」

「ちっこいからつい食べちまったよ♪」

「もぉ、はっくんのイジワル〜♡」

 

 霊夢達を気にすることなく、針妙丸達は変わらずのキャッキャうふふ状態。

 

「お、お姉さん、お茶ちょうだい……くそにっがいやつ……」

「はいはい」

「化け猫の方はよく平気だな〜」

「だって見てて楽しいもん♪」

 

「はっくん♡ はっくん♡」

「針ちゃん♪ 針ちゃん♪」

 

 その後も二人のシュガーワールドは拡大し、お燐はとうとう耐えきれず盛大に砂糖を吐き、霊夢と萃香に介抱され、橙はずっと針妙丸達を眺めていたそうなーー。




少名針妙丸編終わりです!

針妙丸のお話はバカップルにしました!

お粗末様でした♪


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雷鼓の恋華想

恋人は雷鼓。


 

 人里ーー

 

 日が落ち、人々が家で寛ぐ頃、人里の外れではとある催し物が開かれていた。

 それは、

 

「おら〜! 声出せ〜!」

『わぁぁぁぁっ!』

 

 堀川雷鼓と九十九姉妹の和楽器で構成された『九十九with雷鼓』と、

 

「こっちももっと盛り上げるよ〜♪」

『いえぇぇぇぇっ!』

 

 プリズムリバー三姉妹の『プリズムリバー洋楽団』、

 

「高らかに歌いましょ〜♪」

『ぎゃーてー、ぎゃーてー、はらぎゃてー、はらそーぎゃーてー!』

 

 ミスティア・ローレライと幽谷響子からなる『鳥獣伎楽』による合同ライヴだ。

 これは月一で定期的に行われているイベントで、娯楽の少ない幻想郷住人からすればかなりの大イベント。

 音楽を愛する雷鼓達にとっても多くの人々に自分達の音楽を披露出来るということもあり、みんないつも以上に観客を煽り、盛り上げる。

 過去のイベントでは八意永琳(横笛)や蓬莱山輝夜(琴)、わかさぎ姫(歌)、秦こころ(能楽)などなど、有名人達もゲストとして登場したほど。

 今回は都合で実現しなかったが、今後は十六夜咲夜(ヴァイオリン)や紅美鈴(二胡)。西行寺幽々子(舞い)、魂魄妖夢(三味線)をゲストに呼ぶ予定がある。

 

 ライヴも最高潮に達し、最後の演目が終わると、会場は一つになっていた。

 

「愛してるぜ〜!♪」

 

 雷鼓の言葉に観客は大声援を送り、此度のライヴも大盛況のうちに幕を下ろすのだった。

 

 ーー

 

 観客達を見送った雷鼓達は、演奏会場の裏にある楽屋代わりの小屋に戻ると、小屋の前には黒と白のストライプ柄のジャケット、ジレベスト、パンツに身を包む青年が雷鼓達を出迎えた。

 この青年の名は「律 奏(りつ かなで)」と言い、打出の小槌によって音叉という楽器の音を合わせる道具が付喪神化した者。

 奏はこのイベントの企画者で、他にも出演交渉や会場管理、そして本職である楽器の調律をするやり手の付喪神。

 

 そして、

 

「奏〜♡ 疲れた〜♡ 癒やせ〜♡」

「はい、沢山癒やして差し上げます♪」

 

 雷鼓の恋人である。

 

 雷鼓の演奏に惚れた奏が雷鼓に告白したのがきっかけで、今では幻想郷で知らぬ者はいないほど有名なカップル。

 奏は飛び込んできた雷鼓を優しく抱きとめると用意したタオルで雷鼓の汗を優しく丁寧に拭いてやった。

 

「相変わらずお熱いわね〜」

「ライヴの時より熱いかもね〜♪」

 

 弁々の言葉に八橋がニヤニヤしながら返すと、他の面々も八橋と同じようなことを口にしつつ小屋の中へ入っていく。

 中には奏が用意したタオルや飲み物、更には軽い食べ物まである。

 

「ん〜、沢山歌ったから汗掻いちゃった〜」

 

 ミスティアはそう言って汗を拭くと、響子や九十九姉妹も「私も〜」と言いつつそれぞれ汗を拭う。

 

「ライヴのあとの冷たいお茶は美味しい♪」

「うん、とっても美味しいよね〜♪」

「ん、美味しい」

 

 その一方でプリズムリバー三姉妹は奏が冷やしておいたお茶を堪能していた。三人はポルターガイストなので汗とは無縁なのだ。

 

 するとそこに奏が雷鼓に抱きつかれたままやってきた。

 

「皆さん、今回のイベントも大成功でした。ありがとうございました。来月もよろしくお願いします」

 

 奏はそう言って丁寧に頭を下げると、みんな一斉に返事をし、笑みを返す。

 

「奏さんはこれから雷鼓さんと家に帰ってセッション(意味深)?」

「あはは、雷鼓さんも疲れてますから、セッション(普通)なんてしませんよ♪」

 

 八橋の意味深な言葉にも奏は平然と答え、自分の背中に抱きつく雷鼓の頭を軽く撫でた。

 

「奏さんは雷鼓さんとセッションすることあるんですね!」

「やっぱり激しいんですか?」

 

 無邪気に言う響子に対し、ミスティアはムフフなことを若干想像しつつ訊ねる。

 

「セッションする時はそうだね……雷鼓さんってかなりアップテンポだから、それに合わせるとどうしても、ね」

 

 苦笑いを浮かべながら返すと、響子はフムフムと頷き、ミスティアの方はカァ〜っと顔を赤くさせた。念のためだが、あくまでセッションの話である。

 

「奏は私についてくるのがやっとだからね〜♡ 私がリードしてやんないとダメなのよ、奏ってば♡」

 

 雷鼓にそう言われた奏は「私は元々叩かれてなんぼの道具なので」と返すが、雷鼓は「それは私も同じ♡」と返し、また奏にギュッと抱きつく。

 

「雷鼓さんは叩く側になったけど、奏さんはみんなを奏でる側になったわよね♪」

「言われてみればそうだね♪」

「似てるけど役割が違う。でもその少し違いが二人にとってはいいことなのかもしれないわね」

 

 プリズムリバー三姉妹はそう言って仲睦まじい雷鼓と奏を微笑ましく眺めるのだった。

 

 それからみんなそれぞれの住処に戻って行き、奏は後片付けを終えてから、左腕にしがみつく雷鼓と共に借家へ帰ることにした。

 因みに雷鼓は奏の借家に居候しているため、二人は傍から見れば夫婦同然である。

 

「な〜な〜、奏〜♡」

「はい、何でしょうか?」

「私、今日も沢山、奏に愛を込めて演奏したんだよ?♡」

「はい、十分伝わってきましたよ♪」

「へへ、そうだろそうだろ?♡」

 

 奏に褒められる雷鼓はいつもの豪快な姐さんというイメージではなく、ブンブンに尻尾を振る子犬のような印象で、奏の腕にスリスリと頬擦りしていた。

 そんな雷鼓が可愛くて、愛しくて、奏は雷鼓の頭を軽く叩くように撫でる。

 すると雷鼓は「えへ〜♡」と甘えた声を出し、顔を蕩けさせるのだった。

 

 ーー

 

 借家に着くと雷鼓はすぐに土間へ行き、奏は明日のスケジュールを確認する。

 

(明日は午前中、寺子屋で音叉を使ったセラピーの実演。午後からは紅魔館でレミリアさんを交えた咲夜さん達との打ち合わせか……)

 

 明日もそれなりに予定があり、それぞれの準備をする奏。

 そうしている内に雷鼓が土間から酒の入った徳利を持って居間へと戻ってきた。

 

「今お風呂を沸かしますから、お酒はその後にしませんか?」

「言われなくてもそのつもりさ♪ ただ準備しとくだけ♪」

「そう言って沸かしている内に飲んでしまわれたことが多々ありますが?」

「うぅ〜……今日は平気だよ〜。今回は私も一緒についてくし、それなら安心だろう?」

 

 疑いの目を向ける奏に雷鼓がそう返すと、奏は「それでしたら良いでしょう」と頷き、二人して風呂を沸かしに行く。

 

 ーー

 

 風呂が沸くと先に雷鼓が入り、今度は奏が入って火を消し、ようやく二人だけでの酒盛りが始まった。

 

「んっ、んっ……んっ……ふぅ。ふふっ♡」

「少しペースが早くありませんか?」

 

 奏はそう言いつつも雷鼓の盃に酒を注ぐ。

 

「ライブが成功したんだ、今日くらいガッツリ飲みたいじゃない?♡」

「ははは、雷鼓さんらしいですね♪」

「ふふっ、それに……私が酔えば、奏が私を襲いやすいだろう?♡」

 

 普段の雷鼓からは想像の出来ない妖艶な流し目に、奏は内心ドキッとしてしまう。

奏自身、下心は無かったのだが、雷鼓のどこか艶っぽい声と目つき。更にはまだ乾ききっていない湿った髪や少しはだけた胸元がそれを際立たせる。

 

「酔わせてどうこうなんてしませんよ……そもそも今日の雷鼓さんはお疲れなのですから、そんなことしません」

「え〜、男なら襲ってよ〜♡ オーケーサイン出してるんだぞ〜?♡ 据え膳だぞ〜?♡」

「なんとでも言ってください、私は雷鼓さんの身を案じているんですから」

「ちぇ……いつも私のお尻叩いて私が鳴くのを楽しんでるくせに……」

「それは雷鼓さんがお願いするからです! 私は好きな人を叩く趣味などありません!」

「奏は私とハードなセッションするの嫌……なの?」

 

 酔いのせいもあるのか、そう訊いてくる雷鼓の瞳はいつにも増して潤んでいて、吸い込まれそうだった。

 そんな瞳を前に奏は思わずたじろいでしまうが、雷鼓は奏に構わず身を寄せる。

 雷鼓はまっすぐに奏の目を見つめ「嫌なら振り払いなよ……♡」とささやいた。奏がそう出来ないのを見越しての言葉だ。

 

「た、叩くのは嫌ですが、雷鼓さんと交ーー」

「んっ♡」

 

 交わるのは好き……そう伝えようとした奏だったが、言い終える前に雷鼓に口を塞がれてしまった。

 互いの舌と唾液が絡まる音、口端からもれる吐息。

 うっとりした雷鼓の表情としっとりと潤う唇は、まるで媚薬のように奏の神経を麻痺させる。

 

「んぅ……ちゅ、ふぅ……へへ、元気になってるよ、奏の♡」

「雷鼓さん……」

「遠慮することないよ……私は奏の女で、その女から誘ってるんだからさ♡」

「雷鼓、さん」

「大好きな奏の逞しいバチで、私のことを響かせて♡」

 

 耳元で甘くささやかれ、しまいには耳を舐められらた奏は、辛抱堪らずに雷鼓を押し倒し、雷鼓と真夜中のラブセッションを開始するのだったーー。




堀川雷鼓編終わりです!

ガツガツ、そして大人の色っぽさを出したお話にしました!

お粗末様でした♪


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深秘録
菫子の恋華想


恋人は菫子。


 

 迷いの竹林ーー

 

 無限に、無数の竹が織り成す迷宮、迷いの竹林。

 入った者は余程運が良くないと生きては出られない。

 

「ーーとか言ってたのに今ではかなり安全よね〜♪」

「まぁ、今は人間も妖怪も隔たりがないからな……拒む必要が無いんじゃ、竹林だって永遠亭まで行けるようにしなきゃいけないんだよ」

 

 竹林の入口付近にある藤原妹紅邸(小屋)には、昼間なのにも関わらず、あの宇佐見菫子が訪れていた。

 菫子が幻想郷にいるということは、元の本体は外の世界で就寝中。菫子は高校の授業中でもこうして眠り、幻想郷へ遊びに来ているのだ。

 

 近頃の幻想郷は人と妖の壁が薄くなり、人里でも妖怪が住めるほどにまで溶け込んでいる。それでも悪い妖怪はいるが、それは人間も同じこと……なので善良な者達は人里で共存しているのだ。

 そのお陰か迷いの竹林には立札が各所に立ててあり、永遠亭の場所も妹紅の案内無しでも行けるように施されている。

 

「……それより、私のところにきてていいのか?」

「へ、なんで?」

 

 妹紅の言葉に菫子が小首を傾げると、妹紅は何やら呆れたような感じで頭を掻いた。

 

「こっちに来たってことは、あいつに会いに来たんだろ?」

「えっと……それはその……まぁ」

 

 菫子は妹紅の指摘に何やら歯切れ悪く返す。更には目は泳ぎに泳ぎ、頬もほんのりと赤くなっている。

 

「今更何恥ずかしがってるんだ? いつも人里でいちゃついてるくせに」

「いちゃいちゃちゅっちゅなんてしてません!」

「ちゅっちゅとまでは言ってないだろ……てかちゅっちゅってなんだよ、ちゅっちゅって……」

「ちゅっちゅ、ちゅっちゅ言わないでください!」

 

 元々はお前が言ったのに……と妹紅は思ったが、顔や耳を真っ赤にして慌てる菫子が気の毒になったので、妹紅は何も言わずにやんわりと謝った。

 

「あ、あの人は今お仕事中だもん……だからこうやって妹紅さんのところにーー」

「暇を潰しに来た、と」

「あ・そ・び・に! 来たんです!」

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」

 

 妹紅が珍しくケラケラと笑いながら菫子に返すと、菫子は妹紅を恨めしそうに睨むのだった。

 

 菫子はこの幻想郷に恋人がいる。

 それは人里で万屋を営む人間の青年。

 きっかけは菫子が質の悪い妖怪に連れ攫われるところを助け出してもらったことからで、それから妹紅と青年が知り合いだったこともあり、妹紅のお陰でお近付きになり、今に至る。

 

「てか、あいつの家で待ってればいいんじゃないの?」

「いやいやいやいや! 無理無理無理無理無理!」

「何回同じこと言うんだよ……」

「だだ、だって……私これまでお付き合いしたことないし、あの人が初めてだし、勝手に家に上がったら変な子だって思われちゃうし、お行儀悪いし……」

 

 ブツクサとあの手この手の理由をあげ出す菫子。青年は豪快で細かなことは気にしない質だと言うのに、菫子はその真逆で慎重かつ論理的に物事を進める。

 妹紅は内心、良くこんなに性格が違うのに上手く行ってるな……と思いつつ、菫子の言葉を止めた。

 

「大丈夫だって、あいつなら。それに仕事が終わって、家に帰ると出迎えてくれる人がいるって当たり前のようで幸せなことだぞ?」

「で、でも……」

「人里じゃ、二人が付き合ってるって知らない人はいないんだし、勝手に入ったって何も思われないって」

「……妹紅さんも来てくれる……?」

「なんで私がそこまで面倒見なきゃいけないんだよ。それくらい一人でやれよ」

「ですよね〜……」

 

 どうしようどうしようと落ち着きを無くしてしまった菫子に妹紅は小さくため息を吐くと、スッと立ち上がって押入れから一リットルのペットボトルほどの瓶を取り出した。

 

「これ、私が作ったメンマ。あいつにお裾分けしようとしてたやつ。菫子が持っていって渡して」

「……妹紅さん」

 

 妹紅は菫子に青年の家に行く理由をくれたのだ。それを理解した菫子は妹紅からその瓶を預かると、笑顔でお礼を言ってから、走って青年の家へと向かう。

 

「私もなんだかんだ言いながらお人好しだねぇ……」

 

 小さくなる菫子の背中を見送りながら、妹紅はそう言って小さく笑うと、竹炭を作る作業へ向うのだった。

 

 

 人里ーー

 

 青年の家の前までやってきた菫子。荒れた息を整え、服の埃を払い、そして小さく深呼吸。

 

「お、お邪魔しま〜す……」

 

 戸を開け、小さな声で一言言ってから入る。

 当然中には誰もおらず、部屋の隅に畳まれた布団と小さな箪笥だけがちょこんと置いてあるだけ。

 

(改めて見ると、必要最低限の物しかないって感じ……)

 

 菫子はそう思うと、普段自分がどれだけ青年のことしか眼中にないのかを思い知らされた。それと同時に、

 

(でもこの素朴な感じ……嫌いじゃないなぁ)

 

 とも思うのだった。

 外の世界……普段の自分の周りは物が溢れ、物があることがステータスみたいなところがある。それなのに幻想郷では物がなくても十分生活出来るのだから、凄いと思う。

 多少の不便はあっても殆どが許せる範囲であり、ここで普通に生活する分なら何ら困らない。自分のいる世界がどれだけ進歩しているのか、どれだけのことを忘れているのか、どれだけ忙しいのか……そんな雑念、雑音等が無いからこそ、自分は幻想郷が好きなのかもしれない。

 

「人ん家の中でボーッと突っ立って何してんだ?」

 

 不意に後ろから声をかけられた菫子は思わずビクーンと肩が震え、心臓が口から飛び出すのではないというほど驚いた。

 振り返るとそこには顔がすすだらけの愛しい恋人が立っており、自分の顔を不思議そうに見つめている。

 

 すると青年は「まぁ、いいか」とつぶやき、菫子の頭を軽く叩くようにポンポンと撫でた。

 

「ただいま、菫子♪」

「お、お帰りなさい……♡」

 

 単なる他愛もない挨拶。しかし菫子にとってはそれも胸がときめく瞬間だ。何故なら大好きな人の笑顔がすぐ近くにあるから。

 

 青年は「ちょっと待ってな」と言って菫子を座敷に上がるよう促す。

 すると青年は水瓶から桶に水を入れ、手ぬぐいを濡らして汚れた顔や手、上半身、脚と仕事の汚れを取り除いていった。

 

(良かった……怪我してない)

 

 菫子は青年の背中を見ながら、青年が無事であることに安堵する。

青年は万屋であるが故、危険な仕事も引き受け、怪我をする時もあるのだ。

その証拠に青年の背中や腕、脚には無数の傷跡があり、中でも目立つ大きな三本の傷跡は熊退治で負ったもの。

 菫子としては心配で仕方ないが、青年はこの仕事にやり甲斐を感じているのでそれを止めてとは言えない。

 

「そんなに見てても何も出ねぇぞ?」

「あ……ご、ごめんなさい……」

 

 菫子は急いで視線を逸らして謝ると、青年は服を着直して菫子の隣に座った。

 

「そんな心配すんなよ。ヤバイと思えば俺だって逃げるからよ」

「でも仕事は完遂するんでしょ?」

「まぁな、でなきゃ万屋なんて名乗れないからな♪」

 

 屈託のない笑みで言う青年を見て、菫子は何も言葉を返せなくなる。それと同時に自分の不甲斐なさが溢れてきた。自分よりも少し歳上、それも自分の周りでは大学生だったり、もっと普通の仕事をしている年齢……。

 どうしてこうも違うのか、どうしてこうも立派なのか、どうしてこうも前向きに生きられるのだろうか……本当に自分がまだまだ未熟だと思えて仕方なかった。

 

「おい」

「え……ふみゅ!?」

 

 突然青年に両頬をムニムニされる菫子。

 

「湿気た面してんじゃねぇよ。菫子は俺の隣で笑ってればいい。笑顔で俺の帰りを待ってればいい。ちゃんと俺は菫子の所に帰るから」

 

 そう言うと青年は「な?♪」と菫子に笑みを見せる。

 菫子はそんな青年の笑顔を見て、自分もそれにつられるように笑みを浮かべた。

 

「好きだ、菫子……」

「私も……大好きです♡」

 

 二人で愛の言葉をささやき合うと、次は自然と互いの唇を重ね合わせ、二人は幸せな笑みを浮かべるのだったーー。




宇佐見菫子編終わりです!

随分と日が空いてしまい申し訳ありませんでした。

菫子のお話は普通くらいの甘さにしました!

お粗末様でした♪


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紺珠伝
清蘭の恋華想


恋人は清蘭。


 

 人里ーー

 

 今日も今日とて平穏そのものの幻想郷。

 最近は玉兎という種族も人里に出入りするようになり、また違った賑わいを見ている。

 そんな昼下がり、一つの茶屋に二人の人物がやってきた。

 

「………………」

 

 茶屋の中へは入らず、黙ったまま茶屋を眺めるのは稀神サグメ。そしてその隣に控えるのは鈴瑚である。

 

「…………?」

「あ、はい。ここに清蘭がいますよ、サグメ様♪」

 

 サグメは目で『ここに清蘭が?』と訊くと、鈴瑚はにこやかに頷いて返す。あの異変以降、清蘭や鈴瑚は地上に興味を持って任務(地上人がおかしな行動をしていないか)のついでに人里にも訪れるようになり、清蘭に至ってはこの茶屋でアルバイトをするくらい馴染んでいるのだ。

 サグメはそんな清蘭が地上人に酷いことをされていないか心配になり、こうして鈴瑚を伴って清蘭の様子を見にきた。

 

 鈴瑚が「ささ、入りましょ♪」とサグメに入店するよう促すと、サグメはゆっくりと頷いて入店。

 

「いらっしゃいませー!」

「らっしゃせ〜!」

 

 威勢の良い声にサグメは思わずビクッと肩を震わせたが、鈴瑚が気にせずテーブルに座るので出来るだけ平静を装って鈴瑚の正面の席についた。

 

「あれ、鈴瑚ちゃん? 今日は珍しい人と一緒なのね♪」

「あ、おみっちゃん♪ この方は私達の上官で、サグメ様って言うの♪ 無口だけどすっごく優しい方だから安心してね♪」

「…………」

 

 茶屋でアルバイトをする娘、おみっちゃんに鈴瑚は屈託のない笑みでサグメを紹介すると、サグメは少し顔を赤くしつつもペコリと頭を下げる。

 

「それじゃ、月の方なんだ♪ 月には綺麗な方ばかりね〜♪ 取り敢えず今お茶持ってくるから、それまでに何食べるか決めてね♪」

「あ、ちょっとタンマ! 清蘭呼んでくれない? サグメ様から話があるのよ」

 

 おみっちゃんの言葉に鈴瑚が清蘭について言うと、おみっちゃんは「分かったわ♪」と笑顔で頷き、店の奥へと向かった。

 

「………………」

「おみっちゃんはここでアルバイトしてる娘なんです♪ 素直でいい娘ですよ♪」

「…………」

「そうですよね♪ でも、ここの主人もいい人ですから、だからいい人が集まるんだと思います」

「……♪」

 

 傍から見れば鈴瑚一人がただ喋っているように見えるが、鈴瑚はちゃんとサグメの言いたいことを読み取って話している。どうしても伝わらない時にはサグメが持参しているメモ帳に記すが、鈴瑚にとっては案外簡単に伝わるのでサグメとしては一緒にいて心地よい。

 

 そんなことをしていると、茶を持って清蘭が二人の元へやってきた。

 

「いらっしゃいませ、サグメ様、鈴瑚♪」

「おっす、清蘭♪」

「…………♪」

 

 清蘭の変わりないところを見て安堵するサグメ。

 

「サグメ様、私にお話とは何でしょうか?」

 

 お茶を置きながら訊ねる清蘭に対し、サグメはゆっくりと首を横に振る。元々は清蘭の様子を見に来ただけなので、元気な清蘭を見れた時点でサグメから話すことはもう無いのだ。

 サグメは持ってきたメモ帳に「元気そうで良かったわ」と書くと、清蘭は嬉しそうに頷いて「ありがとうございます、サグメ様♪」と返した。

 それから清蘭は二人から注文を取ると、店主の元へオーダーを伝えに行く。

 

「店主さん、三色お団子三人前と抹茶アイス一人前です♡」

「はいよ。清蘭ちゃん、休憩に入っていいよ。あの人とは積もる話もあるだろ?」

「え……でもぉ……」

「はは、気にすることはないよ。遠慮するな」

 

 そう言って店主に頭を撫でられる清蘭は幸せそうに頬を緩め、うさ耳も短い尻尾もピコピコと震わせていた。

 

「………………?」

「あれ、ご報告してませんでした? あの人、清蘭の恋人ですよ?」

「〜〜っ!!!!!?」

 

 そんなことを聞いていないサグメは思わず仰け反ってしまうほどの衝撃があった。

 そして今度は睨みつけるように店主の顔を凝視する。

 

「大丈夫ですよ〜、何か弱みを握られてるとかそんなことないですから〜」

「…………!!!!?」

「さっきも言いましたけど、主人はいい人ですよ? 私達がお腹を空かせて倒れてるところを助けてくれたんですから」

「…………」

「サグメ様だから言いますけど、地上人って穢れてるって言われてますが、私達は穢れてるなんて思いません。寧ろ月人にはない温かさがあります」

「………………」

「別に懐柔されたと思ってもらっても構いません。ですが、地上人には地上人の文化と歴史があります。それを否定すること自体がおこがましいと思いますし、差別という心も月人よりは激しくありませんから……」

 

 鈴瑚の言葉にサグメはそれ以上睨むのを止めた。玉兎という種族は軍でも捨て石扱いする者が多い。月人の貴族の間では「飼う」という扱いでもある。

 月では下の位である玉兎が穢れた地では平等に扱われている……これがどれほどすごいことかサグメは理解出来た。だから清蘭や鈴瑚がこの地上で任務に励めている理由も分かる。それを思うとサグメはこの地が楽園と呼ばれているのも十分頷けた。

 

「サグメ様〜、休憩頂いちゃいました♪」

「…………」

「はい、とっても優しくて素敵な人です♡」

「……」

「えへへ〜♡」

 

 清蘭の惚気モードを目の当たりにして、サグメは自分の方が赤くなってしまう。何しろこんなに眩しい笑顔で、好いた相手のことを惜しげもなく言うことなんて月ではないからだ。

 

「清蘭は本当に主人が好きだね〜。団子の甘さも無くなっちゃうよ〜」

「大好きなんだもん、仕方ないじゃん♡ いっぱいいっぱい大好きだもん♡」

「…………っ」

「大丈夫ですよサグメ様。清蘭はちゅっちゅはしてますけど、あっちまでは進展してませんから♪」

 

 それを聞いたサグメは思わず口に含んだ茶を思いっきり吹いた。玉兎同士ならそんなネタは日常茶飯事だろうが、サグメにとっては全く解せない話題なので耐性がないからだ。

 

「…………!!?」

「え、口づけですか? 確かによくしてますけど……♡」

「……!!!!?」

「後学のために、ですか?」

 

 サグメは清蘭に後学のために口づけがどのような感じなのか教えてほしいと目で伝えた。決してやましい思いからではなく、後学のためである。念のためもう一度、決してやましい気持ちではない。

 

「そうですね〜……なんて言えばいいんでしょうか……」

「………………」

「わくわく♪」

 

 どう説明すればいいのか悩む清蘭だが、サグメも鈴瑚も身を乗り出して待機している。

 

「つきたてのお餅って感じですかね……温かくてフワフワのモチモチで、癖がなくて何個でも食べられちゃいそうな、そんな感じですね♡」

「…………」

「お〜、それは分かりやすい!」

「口づけの話しなんてしてたら、したくなってきちゃった♡」

 

 鈴瑚は大興奮、サグメは顔を真っ赤にして小刻み震え、清蘭は火照った頬を両手で押さえ、なんともカオスなことに。

 そんな中、渦中の人物と言っても過言ではない店主が直々に清蘭達のテーブルへ、品物を持ってやってきた。

 

「お待ちどう様です。三色団子三人前と抹茶アイス一人前です……清蘭ちゃんはこっちのみたらし団子ね♪」

「ありがとうダーリン♡ ちゅっ♡」

「んんっ!?」

 

 清蘭は口づけがしたいのもあり、そのまま店主に抱きついて口づけをしてしまった。

 これにはサグメも鈴瑚も目が飛び出るような勢いで見開いてしまう。

 

「ん……ちゅっ、んはぁ、んんっ♡」

「せいら、んんっ……んはぁ、はぁ、まだ仕事中なんだぞ!?」

「えへへ〜、だってダーリンと口づけしたくなっちゃったんだもん♡」

「だからってお客様の前でしなくても……」

「もうしちゃったもん♡ もう遅いもん♡」

「ったく……」

 

 その後もイチャイチャちゅっちゅする清蘭と店主を見て、鈴瑚は目を輝かせていたが、サグメは暫く地上には来ないと誓ったそうなーー。




清蘭編終わりです!

明るい無自覚デレデレにしました!

お粗末様でした☆


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鈴瑚の恋華想

恋人は鈴瑚。


 

 妖怪の山ーー

 

 穏やかに雲が流れる幻想郷。

 しかし、妖怪の山にある小さな小屋では衝撃的なことが起こっていた。

 

「鈴瑚、あんたそれマジで言ってるの!?」

「どうしたの鈴瑚ちゃん!?」

 

 鈴瑚の相方である清蘭と地上へ任務で訪れていたレイセンは鈴瑚に詰め寄っている。

 あの異変後、清蘭と鈴瑚は地上に残り、気ままな生活をしていて、レイセンは依姫等の任務ついでにちょくちょく二人の元へ遊びに来ているのだ。

 そして今日、鈴瑚がふと二人に言った。

 

『私、今日から食べる量を控える』

 

 この言葉に清蘭は勿論のことだが、レイセンも口をあんぐりと開けて驚愕した。

 何故ならあの鈴瑚が食べることを控えると言っているから。鈴瑚は食べることが好きで、地上に残ったのも色んな食べ物があるからという理由が強い。そんな鈴瑚が食べる量を抑えるなんてことは二人にとっては異変レベル、月面戦争並の一大事なのだ。

 

「ちょっと〜、私別に食べないとは言ってないよ? ただ、少し量を控えるってだけじゃん」

「いやいや! その発言が鈴瑚から出ることがおかしいのよ!」

「な、何か悩み事があるなら相談して?」

 

 鈴瑚はいつも通りだが、清蘭やレイセンから冷静さが消えるほどの言葉だった。

 すると鈴瑚は小さく息を吐いて、どこか恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「笑わないでよ?」

 

 鈴瑚が少し頬を赤くしてそう二人に確認すると、清蘭は「笑わないよ!」と力強く返し、レイセンも真剣な面持ちでコクコクと頷いた。

 

「えっと……その……あいつのためにダイエットしようかな〜、なんて思ってる次第で……」

 

 その言葉にレイセンは小首を傾げるが、清蘭の方は思わずニヤニヤしてしまった。

 清蘭の反応を見て更にレイセンは頭にはてなマークを浮かべると、清蘭がレイセンに分かりやすく説明する。

 

「鈴瑚ってば、今人里でお惣菜屋さんを営んでる優しいお兄さんとお付き合いしてるんだよ〜♪」

「えぇ!? 鈴瑚ちゃん、彼氏がいるの!?」

「いるのよ〜、それが♪ 美味しいから良く利用してたんだけど、いつの間にか鈴瑚ったらそのお兄さんにほの字で〜、この前やっとくっつけたのよ〜♪」

「おぉ〜! 恋は突然にだね!」

 

 清蘭の説明にレイセンも目を輝かせ、興味津々。鈴瑚が何も口出ししないのも、清蘭の言ってることがそのままなので、ハニカミつつ頭を掻いている。

 すると今度はレイセンが鈴瑚に食いついた。

 

「どうしてそのお兄さんのことが好きになったの!?」

「どうしてって言われても……気がついたら自然と目で追うようになってたから、何とも……」

「何とぼけてるのよ。お兄さんに色々と人里を案内され時に、その優しさと誠実さに惚れたって言ってたじゃん♪」

 

 清蘭に本当のことを暴露されると、鈴瑚の顔は果物の林檎のように真っ赤になり、レイセンは「ふぉ〜!」と興奮状態になった。

 

「おっとと、つい話題がそれちゃったわ……本題に戻すけど、何だって急にダイエットなの? お兄さんに何か言われたの? 太ったねとか」

 

 清蘭がこれまでの話題に軌道修正すると、鈴瑚は「ん〜」と悩み出す。

 

「太ったとは言われてないけど……その、見ちゃったからさ〜」

「何を見たってのよ?」

「お兄さんが私よりスラッとしてて細い女の人と親しげに話してるとこ……」

 

 鈴瑚の言葉にまたも二人に衝撃が走った。玉兎の性かもしれないが、こういった下世話な話は大好物なので、二人は思わずドロドロな痴情のもつれを想像してしまう。

 しかし互いにいけない顔をしているのに気付き、頭を振って元の顔に戻すと、レイセンが鈴瑚に訊いた。

 

「お兄さんのお姉さんとか妹さんかもしれないし、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

「それもそうよね。てか、あのお兄さんが二心ある人には思えないよ。あれで二心があったら正真正銘の遊び人だけど」

「あいつはそんな人間じゃないもん! フラれるとしてもちゃんと話してからフッてくれるもん!」

「私の例えが悪かったけどさ、フラれるフラれないの話は止めよう」

 

 鼻息荒く抗議する鈴瑚を清蘭がなだめると、レイセンが穏やかに笑う。それを二人が小首を傾げて眺めていると、レイセンはごめんごめんと手をやって口を開く。

 

「鈴瑚ちゃんがそこまで言う人なら、きっと大丈夫だよ♪ それに地上人って月のみんなが言うほど穢れてないって思うし♪」

 

 そう言われると、鈴瑚も清蘭もうんと頷いた。だって自分達はそう思ったからこそ、月には戻らず幻想郷に残ったのだから。

 

「んじゃ、気を取り直してお兄さんのところにでも行こうか♪」

「何でよ!?」

「だってレイセンにまだ紹介してないじゃん? それにもう昼下がりだし、そろそろ夕飯の買い物にも行こうよ」

「そ、それはそうだけど……」

「レイセンだって見たいでしょ?」

「ま、まぁ、お目通り叶うなら」

 

 その言葉に清蘭は鈴瑚に「ほらね♪」と言って返すと、鈴瑚は観念したかのように頷いて、二人と一緒に恋人のいるお惣菜屋へ向かうのだった。

 

 人里ーー

 

 お惣菜屋の前へ着くと、中から何やら騒ぎ声が店の外まで聞こえている。

 

『だから早く結婚してお父さんとお母さんを安心させてあげなさいって言ってるの!』

『うるさいな〜、いいだろ、別に。そんなの追々どうにでもなるって』

『なってないから言ってるのよ!』

 

 ギャースギャースと言い争う声がしており、なかなか中へ入り辛い空気。

 

「あの人だよ、この前、私の彼氏と親しそうに話してた人」

 

 鈴瑚がそう言うと、清蘭もレイセンも思わず修羅場を見れるかと期待してしまったが、何とかその気持ちを抑えて中の様子を伺う。

 中では今も鈴瑚の彼氏と女の人が言い争っているが、鈴瑚が言ったように確かに距離が近い感じがする。

 

 どうしようかと考えていると、鈴瑚の彼氏が自分達の存在に気がついた。

 そして気がつくと、彼氏は透かさず三人の元へ……と言うよりは鈴瑚の元へとやってくる。

 

「鈴瑚ちゃん、ナイスタイミング! ちょっとこっちに来てくれ!」

「え、あ、あのぅ!?」

 

 驚く鈴瑚をよそに彼氏の方はあれよあれよと鈴瑚を女性の前に連れ行ってしまった。

 

「この子が俺の婚約者だ!」

 

 その言葉に鈴瑚も女性も『え?』とハモってしまう。

 

「俺はこの子と結婚する! そう約束してる! だから変なお節介はいらねぇぞ!」

 

 彼氏の思わぬ言葉に鈴瑚は理解出来ずに立ち尽くしてしまった。

 すると鈴瑚は女性から「ちょっと貴女」と声をかけられる。

 

「は、はい!?」

「こいつと結婚するって本当?」

「え……あの、その……」

「ほら、そんなに凄むと彼女が怯えちまうだろ?」

「あんたは黙ってな。私はこの子と話してるんだ。で、どうなの?」

「えっと……その、私も……結婚したいって思ってましゅ……♡」

 

 最後の方は尻すぼんでしまったものの、しっかりと返事をした鈴瑚に女性はニッコリと笑みを浮かべて、鈴瑚の肩を勢い良く叩いた。

 

「そうかいそうかい♪ やっとこいつにも決まった人が出来たんだねぇ♪ こんな可愛い義妹が出来るなんてあたしゃ嬉しいよ♪」

「えと、えと……よろしくお願いします?」

「よろしくね♪ あ、あたし、こいつの姉だから、何か嫌なことされたらすぐに言うんだよ? ぶぢ回してやるからね♪」

「俺はそんなことしねぇぞ! めっちゃ鈴瑚ちゃんを愛してるからな!」

「青二才が何言ってんだい!」

 

 それからいくつか言葉を交わした後、彼氏の姉は嵐のように去っていき、鈴瑚はそこでやっと今置かれている状況を理解した。

 自分は今プロポーズされたのだと……。

 

「あ、あの、わ、私しし……」

「ごめんな、戸惑わせちまって。でも鈴瑚ちゃん。俺と結婚してほしい。君となら俺は頑張れるんだ!」

「っ……はい……結婚します♡」

 

 こうして二人は自然な流れでまるで誓いのキスをするかのように、互いの唇を重ねた。

 

「なんだか凄いところに遭遇しちゃったね」

「鈴瑚め……ベリーベリーシュガーダンゴなんてやってくれたわね……」

 

 後日、二人は晴れて夫婦になったそうなーー。




鈴瑚編終わりです!

ドタバタなプロポーズシーンを書きました!

お粗末様でした♪


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ドレミーの恋華想

恋人はドレミー。


 

 夢の世界ーー

 

「…………」

 

 夢の支配者たるドレミー・スイートはテーブルに座り、読書をしつつ気ままな時間を過ごしていた。

 例の異変以降、目立ったこともなく、悠久の時をただただ平穏に過ごす。それはとても良い。

 

 しかし、少しだけ変化があった。

 

「…………」

 

 それはドレミーの向かい側に座る、この稀神サグメがちょくちょく訪れるということだ。

 ドレミーはサグメに頼まれてあの迷惑な計画に付き合わされた。しかし今となってはもう何ら気にしていない。

ただサグメとしてはその時のことがまだ気掛かりでお詫びとして、色んな本や月の桃などを届けに来るのだ。

あと夢の世界でなら黙っていても、ドレミーがその思考を読んでくれるので楽というのもある。

 

「もう私はあのことを気にしてはいませんよ?」

「…………」

「いや、まぁ、何だかんだで縁が出来ましたし、私の使命の邪魔をしなければ遊びに来てくれていいわ」

 

 眉尻を下げ、まるで捨てられた子犬のように目を潤ませていたサグメは、ドレミーの言葉でパァッと明るくなった。

 ドレミーはこれがあの舌禍をもたらす女神かと思うとつい笑いそうになってしまい、懸命に笑いを噛み殺す。

 

 すると、

 

「失礼します。ドレミー様、サグメ様。お茶をお持ちしました」

 

 そこに一人の青年が現れた。

 この青年はドレミーの手下であり、羊の妖怪である。その証拠に頭頂部の両側からは鬼をも凌駕する程の立派な角がとぐろを巻いている。

 夢の世界だから睡眠にまつわる羊の妖怪というのは極自然な感じがするが、実は羊を数える風習は元々は外の世界のイギリスのもので、羊を英語に直すと「sheep(シープ)」。これは「sleep(スリープ)」と「sheep」をかけた駄洒落なのだ。

 

 ただここは幻想郷で夢の世界。なのでこんなことも当たり前なのである。

 

「ありがとう、君は良く気が付くね……いい子いい子♡」

 

 ドレミーはいつもよりだいぶ甘い声で青年の頭を優しく撫でると、青年も嬉しそうに尻尾を振った。

 もうわかるだろうが、この二人はプライベートでは懇ろな関係で、あのドレミーが青年の前ではドレ顔をせず、デレ顔になるのだ。

 

「どうぞ、サグメ様♪」

 

 青年がそう言ってサグメの前に紅茶を置くと、サグメはミルクも砂糖も使わずに紅茶を口に含む。

 

「あらあら、今日はミルクも砂糖も入れないのね……珍しい」

「………………」

「あら、それはごめんなさいね。でももう慣れたら?」

「…………!!」

「あ〜はいはい、どうせ私達は穢れてますよ♪」

 

 サグメに適当に返しつつ、ドレミーは青年が用意した紅茶を飲むとその美味しさに「うん♪」と頷いた。

 

「今日のも美味しいわ♡ でも少し熱いかも……」

「それは申し訳ありません」

「だから人肌に戻して♡」

 

 ドレミーがそう願い、ティーカップを青年へ差し出すと、青年は素直にそのティーカップを受け取る。

 サグメはフーフーするか氷を入れるのかと思ったが、その考えはすぐに外れだと認識した。

 

 何故なら青年はティーカップに入った紅茶を自分の口に一口含ませ、口の中でモゴモゴし出したからだ。

 そして数秒後、青年はドレミーに「ん」と唇を差し出した。ドレミーはそれにニッコリと笑い、その差し出された唇を啄む。するとコクコクと静かに喉を鳴らし、それが鳴り止むと今度は舌と舌、唾液と唾液が混ざる蜜な音が鳴り響いた。

 

「ん〜、ちゅっ、ちゅ〜♡ んはぁ……ふふふ、やはりこれが一番良い塩梅ね♡」

「ドレミー様……」

「ふふ、だ〜め♡ 続きはあとで、ね?♡」

 

 そう言ったドレミーは青年のおでこに軽く口づけたあとで、青年の顔をぎゅうっとその胸に抱きしめる。青年もそれが嬉しくて尻尾をブンブンに振って嬉しさを猛アピールしている。

 

「…………」

 

 サグメはそんなバカップルの砂糖弾幕……というよりは砂糖ボムをもろに受け、紅茶で口の中のジャリジャリ感を無くそうとしたが、それは叶わなかった。どんなに流し込んでも新たなる砂糖が生成されてくるからだ。

 

「お代わりはどうですか、サグメ様?」

「…………」

 

 青年が気が付き、サグメに声をかけると、サグメは顔を真っ赤にしたままティーカップを差し出した。

 青年がまたティーカップに紅茶を注ぐ間、ドレミーがふと口を開く。

 

「そう言えば、貴女。彼の羊姿は見たことないわよね?」

「?」

「今の彼の羊姿は毛が凄いの♪ もうこれでもかってくらいモフり甲斐があって……貴女、好きでしょ、モフモフしたもの?」

 

 そう言われると、サグメはまた別の意味で赤面した。

 サグメはモフモフした可愛い物が好きで、たまに玉兎を褒めるという名のもとに玉兎達の耳や尻尾をモフモフしているのだ。そして夢では良くモフモフに囲まれ、幸せそうにしているので、ドレミーにはそういったことも筒抜けなのである。

 

「君、彼女に羊姿を見せてあげなさいな♪」

「え、でも……」

「大丈夫よ、彼女はモフリスター(モフモフマイスターの略)だから♪」

 

 何がどう大丈夫なのか不明だが、青年は「わかりました」と頷き、ポンッという音共に立派な雄羊の姿になった。それはメリノ羊で体中にモフモフのふわふわな毛がモッサリと生えている。

 それを見た瞬間、サグメは目の色が変わり、鼻息荒くギラギラした目付きになった。

 

「ちょ、ちょっと怖いんですけど!?」

「こんな彼女は珍しいわね〜、まぁこのフワモコを目の前にしたら変わるのも当然よね♪」

 

 青年は思わずドレミーの背中に逃げると、ドレミーは笑いながら青年の背中ら辺の毛をモフモフと叩く。

 するとサグメは更に鼻息を荒くさせ、両手をワキワキさせながら目をシイタケにして、若干ヨダレも垂らしつつにじり寄る。

 

「ど、ドレミー様! あの目は肉食動物が獲物を捕える時の目ですよよよぉぉぉお!?」

「こんなに豹変するとは思わなかったわ♪」

「楽しんでないでどうにかしてくだしゃあぁぁぁぁ!」

「別に獲って食われるようなことにはならないし、早くモフらせてあげれば?」

「ででででも、めっちゃ怖いんですけどどどど!!?」

 

 しかしもう覚醒したサグメは青年の背中にモフり付いてしまった。それからは青年がどんなにお願いしてもサグメが満足するまで青年のふわふわモコモコな毛に顔を埋め、まさに「ドルルルル!」っといった感じでモフり倒されるのだった。

 

 ーー

 

「………………」

「お〜い、まだ機嫌直らないの〜?」

 

 サグメがキラキラしながら帰ってから数時間の時が過ぎたが、青年は不機嫌なまま。

 その証拠に青年は人の姿に戻ったあとで、部屋の隅で体育座りをしていじけている。

 

「もうお嫁にいけません……サグメ様にあんなとこやあんな場所まで擦られてしまいました……」

「お嫁って……」

 

 思わずツッコミを入れてしまったが、ドレミーとしてもサグメがあそこまでドルルするとは思ってなかったので、確かに青年に悪いことをしたと思ってチクチクと罪悪感に苛まれいた。

 

「……どうせされるなら、ドレミー様が良かった……」

 

 ふとした青年のつぶやきにドレミーは思わず胸がキュンと締め付けられる。普段凛としているのに、こんな弱々しくも保護欲に溢れた状態でその台詞はクライボム級の破壊力だ。

 それが直撃したドレミーは思わず青年の背中に抱きついた。

 

「ど、ドレミー様?」

「そんなおねだりたされたら、我慢出来なくなっちゃうわ♡」

「お、おねだりなんて……」

「君の全ては私のもの♡ 今から夢よりも気持ち良いことをしてあげる♡ 私の愛しい君……私の愛を存分に♡」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「ん〜、無理ね♡」

「えぇ!?」

「眠らせはしない♡ 甘美な夢は今ここで作られるから♡」

 

 その後、青年はドレミーから沢山の愛という夢をその身に刻まれるのだったーー。




ドレミー・スイート編終わりです!

夢オチじゃないちゃんとした甘々に出来たかと思ってます!

お粗末様でした♪


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サグメの恋華想

恋人はサグメ。


 

 月の都ーー

 

 月人や天人が穏やかに暮らす都がある、月。

 戦争はあったものの、もういつもの都に戻っている。

 

 とある屋敷に住む、あの稀神サグメも穏やかに過ごしており、今も寝室のベッドの中で規則正しい寝息を刻んで夢の中。

 

 するとそこに一人の男が静かに入室する。

 この男はサグメの懐刀……側近中の側近でサグメが一番信頼を置いている者。そしてサグメが心から愛し、慕っている掛け替えの無い存在である。

 

 サグメは自身の能力のため、口を開くことが極めて少ない。

 ただし能力を使うには少し面倒な条件を満たす必要がある。

 それはサグメ本人が事象の当事者に対して、その事象について語らなければいけないということ。

 

 更に能力自体も、

 逆転する事象を選べないことや、都合の悪いことも良いことも同時に反転すること

 すでに起きたことを書き変えられるのではなく、あくまで「運命の車輪」≒「流れ」を変えることしか出来ないこと

 言ったことと正反対のことが起きるのではないこと

 

 と、これだけややこしいとサグメ自身も滅多に使うこともしないし、ましてやふとした時に条件を満たして発動するのを阻止するために口を閉ざさなくてはいけないのだ。

 

 ただ、側近のお陰もあり自分の意図を説明することは出来る。当事者でない側近に意図を伝え、その意図を側近が当事者に伝える。この形ならサグメの能力は発動しないのだ。このことを見つけたのが側近であり、サグメはそのお陰で誤解されることがかなり減った。

 側近が忠義を尽くし、自分に接してくれるのでサグメは心から信頼を寄せ、今では恋仲と、順風満帆である。

 

「サグメ様、そろそろ起きてください。朝食が片付きませぬ」

「……ん……んぅ……」

 

 側近がサグメの肩を揺すって声をかけても、サグメは寝返りをうって背中を向ける。

 

「サグメ様……サグメ様……」

 

 めげずに声をかけ続けると、サグメはようやく薄っすらと瞼を開けて「うん?」と側近の顔を確認した。

 

「ようやく起きられましたね。おはようございます、サグメ様」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて挨拶されたサグメは、自分も小さく笑って側近の肩に腕を回す。

 それに小首を傾げる側近だったが、時既に遅し。側近はサグメに抱かれるように掛け布団の中へ引きずり込まれてしまった。

 

「サグメ様! 寝惚けているのですか!?」

「そうではない♡」

「ならこのようなお戯れは止してください! それと早く起きてください!」

「や〜だ♡」

「可愛く言っても駄目です。今朝はサグメ様の好きなふわとろオムレツですよ? 冷めても知りませんよ?」

「…………起きる」

 

 少〜しだけ悩んで渋々起きることを選択したサグメ。

 側近が体を起こすと、サグメは「ん♡」と両手を側近へ広げる。これは「起こして♡」の合図なのだ。

 

「甘えたな女神様ですねぇ」

「ん〜、ん〜ん〜!」

「駄々をこねないでください。ちゃんと起こしますから」

「うん♡」

 

 それから側近は子どものように甘えるサグメを起こし、身支度等を甲斐甲斐しく行ったあとで、ようやく居間へと移らせることに成功したのだった。

 

 ーー

 

「食べながらで恐縮ですが、時間が無いので本日のご予定をお知らせします」

 

 サグメはその言葉に頷きつつ、朝食をモキュモキュする。

 

「朝食後は豊姫様、依姫様達との会合。昼食を挟みまして、午後一から研究室にて技術者達からの報告会、その後は小休憩を挟んで、海の視察というご予定です」

「うん……はむはむ♡」

「ちゃんとお聞きになられてました?」

「うん……あむあむ♡」

 

 一抹の不安は残るものの、ちゃんと聞いているのがサグメである。

 その証拠に本日の仕事も滞ることなく終えたのだった。

 

 

 その日の夜ーー

 

「サグメ様、入りますよ」

 

 サグメが湯浴みも終え、寝るまでの自由な時間を過ごす時、男はこれまでの側近の顔から恋人という顔に変わり、サグメの所へ訪れる……サグメの方からは恥ずかしくていけない乙女心なのだ。

 

 サグメは入っていい時は返事をしないので、男は「失礼します」と言って部屋の中へ。

 

 中に入ると、ベッドの上で白い寝間着姿のサグメが微かに頬を染めて、男へ微笑みを向けていた。

 

「今日もお疲れ様でした、サグメ様」

 

 いつも通りの言葉遣い。しかしその口調はこれまでとは段違いで優しく、男の表情も柔らかいので、それを見たサグメは嬉しそうに頷く。

 

 サグメのベッド、サグメが座る直ぐ近くへ男が腰を下ろすと、サグメはちょこちょこと男の隣までやってきて肩と肩をくっつける。

 

「もう、こうして私がサグメ様のお部屋を訪ねるのが日課ですね……たまにはサグメ様が私の部屋へ来て頂いてもいいのですよ?」

「……うぅ……♡」

 

 サグメは恥ずかしそうにモジモジしだす。

 

「行くようになると、私の部屋に入り浸ってしまうからですか?」

 

 男の問いにサグメは「……うん♡」と控えめに答える。

 そして、

 

「でも、こうして待つのも好き、だから♡」

 

 と偽りない眼差しで告げられ、男は胸が高鳴った。

 

「そう思ってくださり、凄く嬉しいです、サグメ様。ですが、サグメ様が私に会いたいと思ったら、いつでも私の部屋を訪ねて頂いてよろしいのですよ? サグメ様が来てくださるのは、私にとって喜びなのですから」

「…………」

「サグメ様も待つだけでなく、望んでください。急には難しいと思いますが……」

「あなた……♡」

「せっかく恋人同士なのですし、私的な時は対等になりませんか?」

「……♡」

 

 男がそう告げると、サグメは男を見つめてそっと耳元へ口を近寄せる。

 

後悔しても知らないわよ?♡」

 

 耳打ちされた男はその言葉に驚いてサグメと顔を見合わすと、サグメはいつになく色めいた瞳を男へ向け、そのまま男へ身を預けてきた。

 

「私は……もっとわがままになるわよ?♡」

「どうぞ、朝があれですからね。わがままにはもう慣れてます♪」

「なら、私がいいって言うまでーー」

 

 そこまで言うと、サグメは「ん♡」と両手を広げる。サグメは「私がいいと言うまで抱きしめなさい」と、そう目で言っているのだ。

 男は頷き、サグメに手を伸ばして、優しく抱きしめる。

 

「これでいいですか?」

「もっと♡」

 

 まるで子どものようにねだるサグメに、男はまた胸が高鳴った。それと同時に、サグメへ愛の言葉を伝えるように、気持ちを込めて、自分を感じてもらえるよう力を込める。

 

「まだ……まだ足りないわ……♡」

 

 込める力、想い、気持ち、男の愛をその身に受けるサグメは自然と甘い吐息がもれる。しかしなおも「もっと♡」と抱擁を求めた。

 

「わがままな女神様ですね」

 

 男はサグメを少し離して言うと、サグメは「いけない?♡」と上目遣いで小首を傾げて見せた。

 

「いえ、可愛らしく思います♪」

「良かった……これで音をあげられるとーー」

「困りますか?」

「うん♡」

「どうして困るのですか?」

 

 男が訊ねるとサグメは少し目を伏せ、顔を赤くして「だって……」とモジモジと体をくねらせる。

 

「もっとわがままなお願いをしようとしてます?」

「うん……するぅ♡」

「あはは、何でしょうか、サグメ様?」

 

 するとサグメはまた「ん♡」と両手を広げた。

 透かさず男がサグメを抱きしめると、

 

「そのまま、頭を撫でて……♡」

 

 ささやかなわがままが追加される。

 その後も「次は……♡」、「それから……♡」と求めるサグメ。そんな可愛い願いを男は全部叶え、愛すのだった。

 

 ーー

 

「それではサグメ様。もう時間も時間ですし、私はお暇させて頂きますね♪」

 

 沢山甘え、愛を育んだあとで男はそう言って立ち上がると、まるで拗ねるような顔をしたサグメは、そろそろと男に近づき、男の服の袖を掴んだ。

 

「帰っちゃ……や♡」

「サグメ様……」

「まだ一緒に……だから帰っちゃ、やぁ♡」

 

 その願いに男は頷くしか選択肢はなく、その夜は朝までサグメに寄り添うのだったーー。




稀神サグメ編終わりです!

サグメ様からおねだりされたら頷くしかないですよね?

お粗末様でした♪

それとお知らせがあります。

旧作の方はやるのか、と多くの方々からご質問を受けておりますので、ここでお知らせします。

旧作は書きません。

何故ならば、この作品を書くにあたりまして、元々旧作キャラまで書こうとはしていなかったという私の身勝手な理由のせいです。本当にごめんなさい。
旧作キャラに嫁さんや大好きなキャラが居られる読者様方には大変申し訳ないのですが、何卒ご了承お願い致します。


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クラウンピースの恋華想

恋人はクラウンピース。


 

 博麗神社ーー

 

 よく晴れた幻想郷。しかし本日は昼前でも非常に肌寒い上、霊夢のところには今チルノが大妖精と共にやってきているため、寒さが増している。

 

「お前! こ、これ以上あたいに近づくな!」

「えぇ〜、あたい達と一緒に遊ぼうよ〜!」

 

 そんな中、囲炉裏の間で毛布に潜り込み、遊びに誘うチルノを警告しているのは地獄の妖精・クラウンピース。

 クラウンピースは主人であるヘカーティアの指示で地獄を離れ博麗神社の下の地下空間に居を構えているものの、ほぼ霊夢達と一緒に生活している。

 これに対して霊夢は萃香や針妙丸もいるので、三人になろうが特に気にしていない様子だ。

 

 今では萃香や針妙丸とも打ち解け、博麗神社裏の森に住む光の三妖精達とも遊ぶ仲なので大分馴染んでいる。

 そして最も変わったことが、

 

「こんにちは〜」

「あんちゃ〜♡」

 

 クラウンピースに恋人が出来たことだ。

 

 この青年は博麗を信仰する人間で、普段は人里で銭湯を営んでいる。

 とある吹雪の夜、寒さに弱いクラウンピースが倒れていたところを青年が救い、それによりクラウンピースが青年を気に入り、今に至る。

 

 この時間になると青年は決まって博麗神社へお参りに訪れる。銭湯の掃除等を終えると、昼下がりまで手すきになるからだ。

クラウンピースは青年が来ると毛布から出て青年に飛びつき、そのままほぼずっとホールド状態でいることが多い。

青年も優しくクラウンピースを抱っこしているが、周りからしたら控えてほしいくらいだとか……。

 

「あんちゃ、温か〜い♡ 今日は寒いからあんちゃにずっとくっつくいてる!♡」

「あはは、クラウンピースちゃんは相変わらず寒がりだな〜」

「いいでしょ!♡ それに可愛い恋人のあたいがくっついてるんだから、あんちゃは幸せなはずだよ!♡」

「あぁ、凄く幸せだよ」

 

 そう言って青年がクラウンピースの頭をポンポンと叩くように優しく撫でると、クラウンピースは嬉しそうに羽をパタつかせる。その羽は半透明なので光りに当たってキラキラ輝き、それがまた甘い雰囲気にマッチして余計に甘い光景となる。

 

「あのクラウンピースがいつもより凄く楽しそうにしてる!」

「クラウンピースちゃんはお兄さんが大好きだからね♪」

「仲がいいのは結構だけど、境内でイチャつかないでほしいわ……」

 

 チルノと大妖精がバカップルを見ながら話している横で、霊夢はため息混じりにぼやく。

 それを聞いて青年は苦笑いを浮かべるが、一方のクラウンピースはそんなことは聞こえていないので、変わらず青年の胸に顔をグリグリと押し付けている。

 

「霊夢〜、萃香起こしてきたよ〜」

「霊夢〜、薬湯作って〜……」

 

 すると萃香を起こしに行っていた針妙丸が戻ってきて、その後ろからのそのそと片手で頭を押える萃香が現れた。

 

「お、針妙丸だ! 今日も小さないな!」

「うるさい! いつか絶対に同じ身長になってやる!」

「その頃にはあたいがもっと身長伸びてるし〜♪」

「なら私はそれ以上に伸びる!」

 

 チルノと針妙丸が相変わらずの口論を繰り広げる中、萃香は弱々しく「静かにしてくれ〜」と頼み、それを見た大妖精がチルノ達をなだめる。なんともいつも通りの博麗神社。

 

「少しは控えなさいよ……しまいには禁酒させるからね」

「そんなのやだ〜……」

「なら控えなさい。あんたの酒代だけでうちの資金は飲み潰されてるのに……」

 

 霊夢に注意される萃香はいつもよりか小さく見えた。

 

「休肝日とか一杯だけとかにしたら〜?」

 

 そんな萃香にクラウンピースがそう提案した。青年の背中に移動し、肩に顎を乗せた状態で。

 

「休刊日〜? そんなの天狗に言えよ〜」

「萃香さん、クラウンピースちゃんが言ったのは肝臓のお休みのことだと思います……」

 

 萃香に大妖精がそうツッコミを入れると、萃香は「あ〜、無理無理」と片手を振ってあしらった。

 

「私の肝臓は一日でもお酒入れないと破裂する仕組みだから〜」

「そうなの!? 鬼って大変なんだな!」

「チルノちゃん、騙されないで!」

 

 そんなことをしていると、土間から霊夢が戻ってきて「適当なこと教えない」と萃香に注意し、萃香へ薬湯の入った湯呑を手渡す。

萃香はそれにお礼を言いつつ、苦い渋いと涙目になりながら飲んでいった。

 

「そんなになるまで良く飲むよな〜、あたいには何が美味しいのか分かんないや」

「私達にはまだ早いんだよ」

「まぁ、妖精には早いかな〜。鬼の私にとっちゃ、欠かせない物だよ♪」

 

 萃香の言葉にチルノも大妖精も「へぇ〜」と目を丸くする中、霊夢と針妙丸は呆れたようにため息を吐く。

 するとクラウンピースが口を開いた。

 

「あたいはあんちゃと一日でも会えなかったら死んじゃう!♡」

 

 かなり大胆な発言で大妖精と針妙丸は顔を赤くし、チルノは「そーなのかー」と例のポーズをしつつ返し、残る霊夢と萃香はそんなこと聞かなくても分かる……と言うような目をしながらのスルー。

 

「あたいね、あんちゃが大好きなの。本当ならあんちゃの側にずっといたい。でも、この神社にいることがご主人様の言い付けだから……だからごめんね、あんちゃ」

「謝る必要はないよ。俺がこうしてお参りに来れば会えるんだから……だからそんな悲しい顔をしないで」

 

 青年はクラウンピースにそう優しく声をかけると、その頬に優しく口づける。

するとクラウンピースは「ん♡」と弾んだ声をもらし、口づけが終わると同時に青年にギュッと更に抱きついて青年の頬と自分の頬を擦り合わせた。それはまるで飼い猫が飼い主に甘えているような、そんな愛くるしい光景だった。

 

「あんちゃ〜♡ 好き〜♡ 大好き〜♡」

「あはは、俺もクラウンピースちゃんが大好きだよ♪」

 

 またいつものように好き・大好きを交互に言い合い、砂糖の弾幕を辺りに撒き散らすルナティックシュガーズ(極限のバカップルという意)。

 

「すっごいラブラブだね、大ちゃん!」

「そ、そうだね……」

「甘過ぎる……」

「にっがい薬湯が甘く感じる不思議……」

「結局こうなるのよね〜」

 

 チルノは目を輝かせているものの、大妖精や針妙丸はピチュる寸前。萃香は冷めた感じで霊夢はグレイズでゴリゴリ躱している。

 

「あんちゃ……あたい……♡」

「え……でもみんながいるし……」

 

 するとクラウンピースが何やらモジモジしながら、何かをねだるように目配せを始めた。これはクラウンピースがちゃんと口づけをしたい……そうおねだりする時の仕草である。

 それを見ると霊夢や萃香、針妙丸は何も言わずにふらっとその場を後にし、察した大妖精もチルノを連れて霊夢達と共に避難した。

これは二人に配慮した故の行動ではなく、見慣れている霊夢達といえども、至近距離でのシュガーボム(キスシーン)直撃は避けたいのだ。もしかすると……いやかなりの確率でシュガーボムの次はルナティックシュガーボム(ディープ)に発展するので、こうなると即座に霊夢達は逃げることにしている。

 

「ほら、あんちゃ、霊夢達もあたい達に気を遣ってくれたよ? だから、しよ?♡」

「…………」

 

 まだ躊躇いがある青年に対し、クラウンピースは準備万端とばかりに青年の鼻先に自身の鼻先を擦り付け、瞳にはハートマークを浮かべる。

 

「分かった……しようか、クラウンpーー」

「んちゅ〜っ♡」

 

 青年が言い終わるのを待たずして、クラウンピースは青年の唇に自身の唇を重ねた。二人にとってもうこれ以上の言葉は不要だったから。

 

 唇と唇を合わせ、上唇、下唇と順にお互いについばんでいく。

 熱を帯び、青年がクラウンピースの口の中へ舌を入れようとするも、クラウンピースはゆっくりと口を開き、青年の舌を焦らしながら自分の元へと誘っていった。

 色めく吐息と互いの舌が絡まる艶めく音、離れてもまた重なり合う唇……何度も何度も愛する人の唇を感じ合う二人は自然と抱き合っていた。

 

「おぉ〜!」

「あ、あんなに、ちゅちゅ、ちゅうしてる……」

 

 好奇心に負けてクラウンピース達のキスシーンを見ていたチルノと大妖精は驚きながらも異なった反応を見せ、

 

「早く終わってくれないかな〜……お腹空いた……」

「準備だけでもしましょうか……」

「そ、そうだね……」

 

 いつものメンバーはしずしずと昼食の用意に取り掛かった。

 

 結局、クラウンピース達は霊夢達が昼食を作り終えるまで口づけしていたとかーー。




クラウンピース編終わりです!

バカップルのバカイチャを書きました♪

お粗末様でした☆


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純狐の恋華想

恋人は純狐。

※重い部分はカットしてますのでご了承お願い致します。


 

 人里ーー

 

 今日も平穏に時が流れる幻想郷。

 しかしそんな昼下がり、ある少女にとっては少々厄介なことが起きていた。

 

「うどんちゃ〜ん、私どうしたらいいのかな〜?」

「わ、私に言われましても……」

 

 人里にある茶屋でとある人物から相談を受けるのは、鈴仙。

 そして鈴仙に相談しているのは、神霊であるあの純狐だ。

 

 純狐はあの一件以降、鈴仙を気に入り、暇を持て余していたのでちょくちょく地上へ訪れている。

 

 そして今、何を相談しているのかと言うと、

 

「彼が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで……どうしたらいいのか分からないのよ、うどんちゃ〜ん!」

 

 恋の相談だった。

 

 純狐には辛く苦しい過去がある。そしてあの一件で博麗の巫女や白黒の魔法使い、鈴仙達と関わったことで地上に興味を持ち、降り立った。

 しかし土地勘も無く、ただ彷徨っていた純狐は魔法の森で悪い妖怪に襲われた。純狐の力からすれば屠るのは容易かったが、そんな純狐を助けた一人の青年がいたのだ。

 その青年は数年前に魔法の森に住み着いた外の世界からやってきた魔術師で、名前は「レーザル」。幻術を得意とし、愛用の角笛で魔力を込めた音色を奏で相手を混乱させたり、惑わしたりして撃退する。

 レーザルの幻術で妖怪が戸惑っている内に、レーザルは純狐を救出。そのことから純狐はすっかりレーザルを気に入り、あの辛く苦しい過去を乗り越え、今ではレーザルと恋仲にまで発展したのだ。

 

「……いつもみたいに会いに行けばいいじゃないですか」

「駄目よ! 今週はもう六日連続で会ってるのよ!? 今日くらいは我慢しなきゃ、重い女だと思われちゃうじゃない!」

 

 もう十分重いよ……と思った鈴仙だったが、その言葉は胸にしまい込むことにした。でないとあとが面倒だから。

 

「じゃあ我慢すればいいじゃないですか。私、まだ薬売りの仕事終えてないので、もう行っていいですか?」

「冷たいよ、うどんちゃん! 私と貴女の仲じゃない! 何か気を紛らわす方法とか教えてよ!」

「帰ってへカーティアさんやクラピちゃんと過ごせばいいじゃないですか」

「へカちゃんは閻魔のとこに行っちゃってて、クラちゃんは紅魔館に遊びに行ってるから無理!」

「いや無理ではないでしょう? 一人でも本を読むとか、部屋のお掃除するとか、お昼寝するとか色々時間潰せます」

「一人でいると余計に彼の顔しか頭に浮かばないの〜! それで気がついたら地上に来ちゃってるの〜!」

 

 鈴仙がああ言えば純狐はこう言う。何を言っても結局『帰る』という選択肢は純狐にはないようだ。

 鈴仙としては早く仕事に戻りたい上に、純狐の惚気け話に付き合わされるのはまっぴらごめんなので、さっさとこの状況を何とかしたい。

 

「もういっそのこと一緒に住んでしまえばいいのに……」

 

 もう面倒くさくなった鈴仙が、お茶を飲みつつそうつぶやくと純狐が急に席を立った。

 

「うどんちゃん! 貴女今いいこと言ったわ!」

 

 そう言って鈴仙の背中を勢い良く叩く純狐。それにより鈴仙は口からお茶の弾幕を繰り出すことになったのは致し方ない。

 

「ごほっ、ごほっ……こ、今度は何なんですか?」

「うどんちゃんがいいことを言ったわ! 私、これから彼に一緒に住むように提案するわ!」

 

 それはそれで重いことにならないのでしょうか、純狐さんや……と鈴仙は思った。しかしこうなった純狐はもう誰にも止められない。止められるなら例の宿敵くらいだ。

 純狐は鈴仙に何度もお礼を言い、鈴仙と自分のを合わせたお代を払ってから、颯爽と茶屋を後にした。

 

「………………薬売りに行こ」

 

 そんな純狐の背中を鈴仙は死んだ魚のような目で見送りつつ、鈴仙は仕事に戻るのだった。

 

 

 魔法の森ーー

 

 間欠泉地下センター前から森の中へ直進すること十分。純狐のお目当ての相手、レーザルの暮らす小屋がある大木が見えてくる。

 レーザルの小屋は大木の枝のところに建てられており、これはレーザルが趣味で作った小屋。

 

 純狐は小屋の扉の前に降り立つと、服の埃を払い、乱れた服や髪を軽く整えてから扉をノックしようとした。

 

「いらっしゃい、純狐」

 

 しかしそれより先にレーザルが扉を開け、微かだが笑顔を見せて純狐を出迎える。

 純狐はその笑顔に胸をキュンとさせながらも、自分もニッコリと笑ってレーザルに返し、そのまま中へと入った。

 

 ーー

 

「いつものでいいか?」

「うん♡」

 

 レーザルの言う『いつもの』とは珈琲のことで、レーザルが普段から飲んでいる物。純狐はレーザルと同じ物なら何でもいいので、必然的に飲み物は珈琲となる。

 

「純狐は砂糖とミルク多めだよな」

「きょ、今日はそのまま挑戦するわ!」

「それ、昨日も一昨日も、その前からも言って未だにブラック飲めないじゃないか。無理するな」

無理なんてしないもん……」

「あんな苦そうに飲んでて無理してないなんて言えないだろ」

 

 そう言ってレーザルは純狐の膨れた頬を人差し指でツンツンする。そんなレーザルに純狐は更に膨れっ面になるが、レーザルが構ってくれるのが嬉しいので段々といつものデレデレな顔に戻った。

 

 珈琲を淹れ、いつものソファーに二人で肩を並べて座る。純狐は幸せそうにレーザルの肩に頭を預け、思わず足をパタパタさせた。

 

「そういえば、今日は来るのが遅かったな……来てくれないのかと思っていたんだ」

「そ、そんなに寂しかった?♡」

「まぁな……もう純狐と過ごすのが当たり前になってるから、純狐がいないとポッカリと穴が開いたような気分なんだ」

 

 そんなことを大好きな相手から言われた純狐は、グングンとエクステンドが上がってしまう。それに純狐は新たな野望をその胸に秘めているため、先程のレーザルの言葉はその野望を達成させるのに十分な言葉だった。

 

「あ、あのね、レーザル……」

 

 先程の言葉で自信をつけた純狐は思い切って鈴仙からもらった案を提案することにした。

 しかしなかなか次の言葉が出せず、純狐はオロオロとしてしまう。付き合うのを決める時もそうだったが、同棲することは更なる一歩を進むこと……それは純狐にとって望むことだが、それと同じくらい不安がある。

 

 もうあんなことになりたくない……

 もう何も失いたくない……

 もうあの光景を見たくない……

 

 そのことを思うと次の言葉が出ないのだ。

 

 すると純狐の耳に穏やで、それでいて安心する音色が流れてきた。

 

「〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜♪」

 

 レーザルの角笛だった。レーザルが純狐の気分が落ち着くように癒やしの音色を奏でていたのだ。

 

「レーザル……♡」

「〜♪ ……どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

 演奏を終え、純狐に優しい笑みを見せるレーザル。純狐はその笑顔に力強く頷くと、レーザルの左手を自身の両手で優しく包み込むように握った。

 

「レーザル、私ね……貴方とずっと一緒にいたい♡ 少しの間でも離れたくない……だから、一緒に暮らそう?♡」

「駄目だ」

「え……ど、どうして?」

「こういうのは男から言うものだ。だからーー」

 

 そう言ってレーザルは純狐の顎をクイッと自分の方へと優しく、しかし少し強引に向ける。

 

「ーーだから、俺から言う。俺の元で一緒に過ごそう、純狐。大丈夫だなんて無責任なことは言わない。でも純狐の悲しみ、辛さを半分……いやそれ以上を共に背負わせてくれ。愛する君に俺は残りの一生を捧げることをここに誓おう」

「……はい、これからの私は貴方と共に♡」

 

 そして二人は自然と互いの唇を重ね合わせた。レーザルが純狐の腰を力強く抱くと、純狐はそれに応えるようにレーザルの首に回した両腕に力を込める。

 口づけが終わる頃には、外がすっかり夜になっていたとかーー。




純狐編終わりです!

少しでも幸せになってほしい。そう思って甘さ控えめな純愛にしました!

お粗末様でした☆


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へカーティアの恋華想

恋人はへカーティア。


 

 人里ーー

 

 よく晴れた昼。人里の外れにある小さな小屋。

 

「とうちゃ〜く♪」

 

 その小屋の前に降り立ったのは変な珍しいティーシャツ姿の女神・へカーティア。

 地獄の女神である彼女が何故地上の女神となってまでこちらに来ているのかと言うと、

 

「愛しい愛しいダーリン♡ お昼よん♡ 愛しい愛しいへカちゃんがお迎えに来たわよ〜ん♡」

 

 愛する人をデートに誘うためである。

 

 へカーティアは地上に恋人が出来た。それは半人半神の男で、天界より捨てられし青年『ルシア』。

 

 幼き頃より穢れた半神として蔑まれたルシアは天界から追放され、幻想郷へやってきた。人里の外れに住み、生まれ持って身についていた知恵や力で人々を陰ながら守ってきた者。

 

 そんなルシアとへカーティアが出会ったのは数ヶ月前のこと。

地上に興味を持ったへカーティアが地上を散策していると、慣れぬ地上の空気に当てられ弱り果て、倒れ込んでしまった。

そこに妖怪退治から戻る途中のルシアに発見され、手厚く看病され、その際に互いに色んな話をした。

 そしていつの間にか意気投合……と言うよりは波長が合うとか馬が合うと言った方がいいだろう。

 

 それからへカーティアは度々ルシアの元へ訪れるようになり、今ではこの有り様。

 更に困ったことに、

 

『ちょっと地上の私! 私のダーリンに馴れ馴れしくしないでよ!』

『そうよ! そもそも、今回は月の私がダーリンとイチャイチャする番だったはずでしょ!』

 

 どのへカーティアもルシアに首ったけなのだ。

 実際にルシアが助けた時のへカーティアは青い髪で地上のへカーティア。しかし身体はそうでも思考は全部共通なので、それぞれがルシアに惚れている状態。

簡単に言えば、へカーティアは一つの身体で三人の人格おり、その三人がルシアと懇ろなのだ。

 

「あの……ケンカは止してください……」

 

「あ、ダーリン♡ これはケンカじゃないわ♡ 誰が正妻か決めてるだけよん♪ ま、最初にダーリンと出会った地上の私が正妻だけどね♡」

『はぁ? 初めてダーリンに告白したのは月の私よ!?』

『なら初めてダーリンとキス、更にはその先をした地獄の私が正妻でしょ!?』

 

 脳内で言い争うそれぞれのへカーティア。ルシアは神の血が混じっているのでそれぞれの会話も聞こえているため、何とも居たたまれない感じになってしまう。

 ただいつまで経っても言い争いは止まらない。ルシアは「あ、あの!」と強く発言すると、へカーティアはどうしたの……と言うようにルシアの方を向いた。

 

「ぼ、僕はどのへカーティアさんも、その……好きです。なのでケンカしないでください……好きな人がケンカしてるのは、嫌なんです」

「ダーリン……♡」

『ダーリン……♡』

『ダーリン……♡』

 

 ルシアの言葉にどのへカーティアも胸を貫かれ、愛おしさが込み上げてくる。

 

「ちゃんと、愛します。どのへカーティアさんも平等に……必ず」

「ありがとう♡ 私、ダーリンと出会えて幸せよ♡ ずっとずっといつまでも愛し続けるわ♡」

『私もよ、ダーリンだけ♡』

『ダーリンがいれば何も要らないわ♡』

 

 地上に続き、月や地獄のへカーティアもそれぞれルシアにメロメロ状態。

 やっと事態が収まると、へカーティアはルシアを小屋から連れ出してとある所へ向かった。

 

 

 夢の世界ーー

 

 へカーティアがルシアを連れてきたのは夢の世界。

 何故、夢の世界に連れてきたのかというと、

 

「さぁ、これでそれぞれの私が独立したわ♡」

「心置きなくダーリンとラブラブ出来るわ♡」

「夢の世界って本当に便利よね〜♡」

 

 夢の世界では夢であるが故にそれぞれのへカーティアが独立出来る。

 これはへカーティアがこの世界の主であるドレミーから聞き出した裏技で、三人同時にルシアとイチャイチャする場合はこの裏技を使うのだ。

 ただちゃんと実体があるので何とも摩訶不思議である……いや、気にしたら負けなのかもしれない。

 

「また来たんですか……毎回毎回お熱いですね〜」

 

 そこにドレミーがふよふよと飛んでやってきた。

 四人はドレミーに気づくと、それぞれ挨拶を交わす。

 

「あら、ドレちゃん♪ お邪魔してるわよん♪」

「勝手にやってるわよん♪」

「いつも通りお散歩させてねん♪」

「お、お邪魔してます、ドレミーさん」

 

 えぇ、本当にお邪魔ですよ……と言いたいドレミーだが、それを言ったら消し炭、その炭すら残してもらえないのでただ会釈を返すドレミー。

 

「ラブラブするのは結構ですが、ケンカだけは止めてくださいね。あなた方がケンカしたらいくら夢の世界と言えど崩壊しますので……」

「大丈夫! ダーリンの前でそんなはしたないことしないわ!」

 

 地獄のへカーティアがそう言うと、他のへカーティア達もコクコクと首を縦に振る。

 

「…………まぁ、ケンカしたら恋人さんに愛想尽かされちゃうかもですしね。出来るだけ平和に過ごしてください」

 

 そう言い残すとドレミーはまたふよふよと飛んで行った。

 ドレミーを見送ると、へカーティア達はルシアの右に地上、左に地獄、背中に月とフォーメーションを展開して、夢の世界を仲良く散歩することにした。

 

 ーー

 

 夢の世界を散策して暫く経つと、ルシアのお腹が小さく鳴った。へカーティア達はそれを聞くと適当な場所(ドレミーに怒られない所)に移動。

 

「ふふ、ダーリンは半分人間だからすぐにお腹空いちゃうのね♡」

「ごめんね、気づくのが遅くなっちゃって♡」

「ちゃんとダーリンのお弁当作って来たからね♡」

 

 するとルシアが少しバツが悪そうに頭を掻いた。へカーティア達がそんなルシアに小首を傾げていると、ルシアが小屋を出た時からずっと肩に下げていたカバンの中身を三人に見せる。

 

 そのカバンの中にはお重が入っていた。へカーティア達がそれに驚いていると、ルシアが照れくさそうにしながら口を開く。

 

「今日はサプライズで僕がご馳走しようと思って……ごめんなさい、変に気を回してしまって」

 

 謝るルシアだったが、へカーティア達はそんな言葉は耳に入ってない。何故ならルシアの心遣いが嬉しくてそれどころではなかったからだ。

 へカーティア達はもう辛抱堪らんとばかりにルシアに抱きついた。ルシアはへカーティア達に埋もれる。

 

「ダーリン♡ 大好き♡」

「もっともっとダーリンが好きになっちゃった♡」

「女神をこんなに籠絡させて悪い人♡」

「ろ、籠絡なんて……僕はただーー」

 

 皆さんに日頃のお礼をしたかった……そう続けようとしたルシアだったが、それは叶わなった。

 何故なら、

 

「はむ……ん……ちゅっ……んっ、ちゅ〜っ……♡」

 

 地獄のへカーティアに唇を奪われたからだ。

 

「んはぁ……ふふ、もう言葉は要らないわ♡」

「へカーティアさーー」

「次は私の番♡ ん〜……ちゅっ♡」

 

 次は月のへカーティアに唇を奪われ、ルシアはまたも言葉を遮られる。

 地獄のへカーティアはねっとりと情熱的なキスなのに対し、月のへカーティアのキスは愛を貪るような激しいキス。それが終わると、

 

「最後は私♡ ちゅっ、んっ……ぁむ♡」

 

 地上のへカーティアによる甘く優しいキスの弾幕。

 それはまさに夢の世界だった。

 

「はぁはぁ……へカーティアさん」

「はぁはぁ……っ……ダーリン♡」

「もう我慢出来なくなっちゃった♡」

「ご飯の前に私達を食べてほしいな♡」

 

 完全にスイッチが入ってしまったいけない女神達。

 ルシアは理性を奮い立たせ、へカーティア達に対して首を横に振る。

 

「ダーリンの()()も、ルナティックよ?♡」

「へ、へカーティアさんが触ってるからです!」

「だって欲しいんだもん♡」

「ダーリン、頂戴♡ ダーリンの素敵な弾幕を私達の中にぶちまけて♡」

 

 ぷちっ……っとルシアの理性が切れた。その次の瞬間、ルシアはへカーティア達が望むがままへカーティア達を愛した。それはもう激しく……。

 

 ーー

 

「ダーリン♡ もっとぉ〜♡」

「ダーリン、次は私にぃ〜♡」

「もっとダーリンの愛がほしい〜♡」

「全員、平等に沢山愛します!」

『ダ〜リ〜ン♡』

 

「あ〜、争ってはいないけど、これはこれで迷惑ですね〜……」

 

 激しく愛し合う神々とその半神にドレミーはそう嘆きつつ、その空間だけを遮断し、他の夢に影響が及ばないように励むのだったーー。




へカーティア・ラピスラズリ編終わりです!

三人同時にしちゃいましたがご了承を。

あとは蓮子とメリーで終わりですので、最後までお付き合いしてくださると幸いです!

お粗末様でした☆


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秘封倶楽部
蓮子の恋華想


恋人は蓮子。


 

 某大学、キャンパスの中庭ーー

 

 白い雲が穏やかに流れ、天候に恵まれた昼間。宇佐見蓮子はベンチに座って、親友であるマエリベリー・ハーン(メリー)が来るのを()()()()()

 

「メリー遅いな〜、相談したいことがあるってのに〜……」

 

 メリーはまだかな〜と空を仰ぎ見る蓮子。するとすぐ側から何かがドサッと落ちるような音がした。

 蓮子がその音の方に視線を移すと、そこにはメリーが立っていた。メリーの足元には彼女が持ち歩いているカバンが落ちており、先程の落下音はその物のせいだと分かる。

 

「れ、れれれれ、れれれれれ……」

「どうしたのメリー、そんなに驚いて?」

 

 メリーは蓮子のことを指差し、この世の物とは違う物を見たかのように慌てふためいて『れ』と連呼していた。

 蓮子はそれが面白くて思わず笑い声をあげるが、メリーはそれどころではない。

 

「蓮子が私より先にいるなんてあり得ない! これはドッペルゲンガー!? それとも幻影を見せる何か!?」

「あ、あの〜、メリーさ〜ん?」

「きぃぃぃやぁぁぁ! 喋ったぁぁぁぁ!」

「そりゃあ喋るっしょ……」

「悪霊退散悪霊退散悪霊退散! 神様仏様イエス様ブッタ様太陽神様! 信仰してませんがどうかお助けををををを!」

「あ、なんかそれ早口言葉にしたらめっちゃウケると思う♪」

 

 その後もああだこうだわめいてしまったメリー。蓮子がやっとメリーを落ち着かせることに成功したのは一時間後だった。

 

 ーー

 

「はぁ……蓮子が私より先にいるなんてことなかったからすっごくびっくりしたぁ〜……」

「それはそうとさ〜……メリー……」

「なぁに?」

「なんでいつもの帽子の上に英和辞書なんて乗っけてるの?」

「天変地異の前触れかもしれないでしょ!? 空から槍が降ってきたらどうするの!? 槍じゃなくても大粒の雹とか!」

「流石の私も傷つくよ!?」

 

 蓮子にそう言われたメリーは渋々頭に乗せていた英和辞書をカバンに仕舞う。蓮子は「失礼しちゃうな〜」とご立腹だが、それと同時にいつもメリーを待たせているのが申し訳なく思うのだった。

 

「それで? メールにあった相談したいことって?」

「あ、そうなの! メリーにしか相談出来ないことなの!」

 

 やっと本題に入った二人。しかし親友のメリーには、蓮子がどんな相談をするのか大方見当がついていた。

 蓮子は最近、大学の陸上部に所属する同い年の青年と恋仲になった。蓮子が自身の研究のために陸上部が練習しているグラウンドに侵入し、その際に蓮子へ注意したのがその青年だった。

しかし、蓮子が理由を話すと青年は快く研究に協力。融通が利くので蓮子も青年を気に入り、グラウンドに通ううちに青年の練習風景を見て、そんな青年に惚れた。そらからメリーに助言してもらいつつ、ものにした恋人なのだ。

 

 だからサークル外で蓮子が自分に相談するなんて事柄はこうしたことだけなので、メリーは蓮子の相談事の内容はお見通しーー

 

「部活で疲れた彼にマッサージしたいんだけど、エッチなマッサージもした方がいいかな!?」

 

 ーーではなかった。

 メリーは予想の斜め上の相談に思わず、口に含んだペットボトルのお茶を噴き出す。

 

「うわぁ、汚っ!?」

「げほっげほっ……けほっ……なんて相談なのよ!!」

 

 メリーは口元を拭きつつ、蓮子にそう怒鳴ると蓮子は「だって〜……」とメリーから目を逸らした。

 

「こんな相談、メリーにしか出来なくて……」

「私でもそんな相談に答えられないわよ!」

「えぇ〜!? メリー、私より乙女乙女してるじゃん! これまでも相談乗ってくれてたじゃん!」

「それとこれとは別よ! 第一、私はそんな経験ないんだから!」

 

 二人の声がこだまし、周りの学生達も二人の方へ視線を向ける。それに気が付いた二人は愛想笑いを浮かべてその場を誤魔化した。

 

「だ、大体、蓮子の方があの人のこと詳しいんだから、自分で考えてよ」

「考えたよ? だからこうして相談してるんじゃん」

「だ、だからって……え、えええ……」

「エッチなマッサージ?」

「まで、する必要はないとおもおも、思うのよ……」

「いやぁ、彼も男だからさ〜、彼女としては一肌脱いでやろうかと……」

「物理的に脱いじゃ駄目でしょ……もっとこう、お料理作ってあげるとか」

「無理。暗黒物質になる」

「……お食事に連れて行ってあげるとか」

「無理。お金ない」

「…………デートに誘うとか」

「無理。昨日彼から誘われた」

「……………………」

 

 ああ言えばこう言う蓮子にメリーは何も提案出来なくなった。

 

「は〜……やっぱ、エッチなマッサージをーー」

「だからなんでそうなるのよ!? 蓮子は欲求不満なの、発情期なの!?」

「え、人間って年がら年中発情してる生き物だよ? だからいつ何時ーー」

 

 科学者的な解説を始めてしまった蓮子。メリーはまた始まったと思い、遠い空を見る。

 するとメリーの中にふと案が浮かんだ。

 

「ねぇ、蓮子。今度のデートってどこに行くか決まってるの?」

「決まってないけど?」

「なら、お家デートにしたら? 二人でまったり過ごすの! それならあの人も安らぐんじゃない?」

 

 メリーの提案に蓮子は目を輝かせた。蓮子は透かさず青年へその旨を伝え、今度のデートは青年の住むアパートでお家デートすることとなった。

 

 デート当日ーー

 

 青年のアパートの部屋にいつも通りにやってきた蓮子。青年の部屋は男の部屋にしては、それとも男だからか、物が少なく、必要最低限の物しかない。

 蓮子は青年があぐらを掻いた足のところに座り、青年にもたれる。

 

「本当にお家デートなんかでいいの? 俺の部屋って特に面白い物ないけど……」

「あなたは普段から部活部活で休みの方が少ないでしょう? 貴重な休みなんだからまったりしようよ♡」

「でも……」

「私とまったりするの、いや?」

 

 蓮子の少し寂しそうな声と服の袖を掴む手を見た青年は、優しく蓮子の頭を撫でたあとで「そんなことないよ」と返す。

 すると蓮子は自身を撫でる手を取って、自分の胸の方で抱きかかえ「それで良し♡」とだけ返した。

 

「ねぇ……♡」

「ん? どうかした?」

「二人きりだしさ……いつもと違うことしない?♡」

「例えばどんなーー」

 

 青年が言葉を言い切る前に蓮子は青年を押し倒し、青年の上に覆いかぶさる。蓮子の唐突な行動に青年は驚いたものの、ちゃんと蓮子を抱きとめた。

 

「沢山、キスしよ♡」

「……キス?」

「うん♡ キスにはリラックス効果があるし……あなたも私も気持ち良くなるでしょう?♡」

「最初は細菌の交換とか言ってたのにね♪」

「今も思ってるよ? でもそれ以外も分かったし、今はした方がいいという結論を出してるわ。文句ある?」

「文句はないよ……俺はどんな蓮子ちゃんも好き、だから」

「自分で言って照れないでよ……私まで恥ずかしくなるでしょ」

 

 互いに頬を染める。青年が蓮子に謝ろうとすると、それより先に蓮子の唇が青年の唇を塞いだ。

 ちゅっ、ちゅっと優しく青年の唇をつばまむ蓮子。その手は青年の胸元をギュッと握り、青年が逃げられないようにしている。

 

「んはぁ……えへへ♡ 我慢出来なくて、私からしちゃった♡」

「蓮子ちゃん……」

「ねぇ、今度はあなたからしてほしいな♡」

 

 蓮子はそう言ってキスのおねだりをすると、青年は「勿論」と答えて蓮子の顎をクイッと自分の方へ向ける。

 

「大好きだよ、蓮子ちゃん」

「私も♡ 私もあなたが大好き♡」

「んっ……ちゅっ、んんっ……」

「ぁ……んっ……ちゅちゅ〜っ♡ はむっ♡ もっろ♡ ぁむっ、ちゅぷっ……しゅき……っ……らいしゅきぃ♡ んんっ、ちゅっ♡」

 

 その日のお家デートは一日中キスしていたと言っても過言ではない程、二人でキスしてばかりだった。優しいのから激しいのまで色んなキスをし、色んな場所へキスをした。

 

 ーー

 

「ってな感じで、た〜くさんキスしちゃった〜♡」

「そ、そう……わざわざ報告までしなくていいのよ?」

「え、提案者に報告するのは当然でしょう?」

「き、気持ちだけでいいのよ……私の身ももたないから」

 

 こうしてメリーはまた違う悩みが蓮子によってもたらされるのだったーー。




宇佐見蓮子編終わりです!

蓮子らしくまっすぐに。そして一途に書きました!

お粗末様でした♪


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メリーの恋華想

恋人はメリー。


 

 京都某所の喫茶店ーー

 

 よく晴れた空模様。人々が行き交う中、喫茶店の中ではゆっくりとした時が流れる昼下がり。

 大学の授業を終え、特にやることもなくこの喫茶店で過ごす一組の女子大生達がいた。

 

「〜♪」

「…………」

 

 鼻歌交じりで珈琲を飲むのはマエリベリー・ハーン。通称メリー。そしてそんなメリーを観察しつつクリームソーダのアイスクリームを突くのが彼女の親友、宇佐見蓮子。

 

 メリーがご機嫌なのには理由がある。

 それは、

 

「お待たせしました。当店自慢のホットケーキでございます」

 

 今、隣のテーブルに品物を持ってきた男の店員の存在だ。

 

 この青年はメリー達とは別の大学に通う青年で、メリー達より二つ年上。この喫茶店の常連であるメリー達は青年と友人関係であり、こうしたアルバイトをしてるせいか青年はとても気配り上手。そして彼の素朴だが的確なアプローチでメリーが首ったけになった恋人なのだ。

 

 青年は品物を置くと「ごゆっくりどうぞ」と一礼してからそのテーブルを離れ、いつも待機する場所へと戻っていく。その際、青年はメリーが自分へ手を振っているのに気が付き、ニッコリと笑みを返して戻った。

 

「えへへ♡」

「自分でやっといて照れるっておかしくない?」

「う、うるさいわね……いいじゃない、別に」

「まあ別にいいんだけどね〜」

 

 そう言いつつもニヤニヤした視線をメリーに向ける蓮子。メリーはそれに気づかない振りをして、また珈琲をすすった。

 

「時間的にもう少しかな?」

「え? あ、うん。彼、今日は午前中から入ってたみたいだから、もう少しで上がるわよ?」

「大学が違うとこういうスケジュールも組めるから面白いわよね〜。今日はどんなデートするの?」

「今日は確か……映画行って、夕飯食べてーー」

「ホテルに行って、ホニャララして、朝になって大学へ」

「そ、そんなことしないわよ」

 

 蓮子のボケにメリーは真っ赤になりながらもちゃんとツッコミを入れる。しかしそのツッコミに蓮子は少し物足りない様子だ。

 

「え〜、夕飯食べてさよならってつまんなくない? せめて夜景見てくとか、夜の街を散歩するとか、色々あるっしょ?」

「……彼にだって予定があるの。私のわがままに付き合わせられないわよ」

「やっぱり夕飯食べてさよならってだけじゃ嫌なんだ♪」

 

 蓮子に上手く誘導されたメリー。口をへの字に曲げて怒りを表すも、蓮子はケラケラと笑って全く悪びれる素振りがない。

 

「別に中学生とか高校生じゃないんだしさ、少しくらい遅くなったっていいんじゃない? お互い一人暮らしっしょ?」

「でも……」

「メリーはもう少しがっつくべきだと思うのよね〜。いつまでも彼氏にお任せじゃ飽きられちゃうわよ?」

「…………」

「受け身受け身で来てたから難しいとは思うけどさ。ここら辺で自分を出すのも大切だと思うわけよ」

 

 メリーに諭すように言う蓮子の言葉に、メリーはふと青年の方へ視線を移した。そこにはいつもと変わりない大好きな青年が立っており、メリーはそれだけで胸の奥がトクントクンと鳴る。

 

「ま、捨てられたら私が慰めてあげるよ♪」

「もぉ、蓮子ったら……」

 

 相変わらずおちゃらける蓮子にメリーは感謝しつつ、先程の蓮子の言葉を胸に留めて置くのだった。

 

 ーー

 

 それから少しして蓮子は帰り、バイトから上がった青年はメリーと街へ繰り出した。

 

「映画何観ようか?」

「あ、あなたが観tーー」

 

 観たいものでいい……そう言おうとしたメリーは、そこで蓮子の言葉を思い出し、青年にちょっと待つよう手をかざす。

 

(受け身じゃ駄目よ、マエリベリー・ハーン! ここは私の意見を言わなきゃ!)

 

 そう決意したメリーだったが、すぐに答えは出なかった。何故なら、

 

(私、今どんな映画やってるのか知らないお……)

 

 この有様だったからだ。

 そんなメリーは「映画館に着いてから決めようよ」と無難な言葉を返し、それまで青年と肩寄せ合って映画館までの道のりを進むのだった。

 

 ーー

 

(な……な……なっ……!?)

 

 映画館に着いた二人。しかしメリーは言葉を失った。

 その理由は、

 

『ホラー映画祭! とびきりの恐怖をあなたの脳髄へ!』

 

 という最も困った状況だったから。

 

(どどどど、どうしよう! ホラー映画なんて無理! 絶対叫んで幻滅されちゃうお!)

 

「映画は今度にしようか? メリーちゃん、怖いの駄目だったでしょ?」

「う、ううん! そんなことにゃいお! 私、これが観たかったの!」

 

『幻想村の神隠し』

 

「本当に大丈夫? これかなり怖いって評判だけど?」

「だだだ大丈夫ぶぶぶ!」

 

 メリーは自分の見栄を後悔しつつ、青年とその映画を観た……観たというより、叫んでいた方が多かったのは秘密だ。

 一方の青年は上映中、ずっと左腕をメリーにキメられていたので別の意味で冷汗が滝のように流れていた。

 

 ーー

 

 映画も終わり、げっそりしたメリーを青年は優しく介抱しつつ、近くの公園へ連れ行った。当初の予定ならファミレスだったのが、流石にあんな凄い映像を観たあとでは何も喉を通らないだろうと青年が判断したからだ。

 

 適当なベンチに座り、メリーはホラー映画が終わった安心感からの脱力状態。方や青年は腕が折れなかったことへの安堵による脱力感。

二人の間には何とも言えない空気が漂っていた。 

 

『ごめん(なさい)』

 

 そしてやっと二人から出た言葉が謝罪だった。二人はそのことに驚いたが、すぐにそれが可笑しくて笑ってしまう。だって二人して同じことを口にしたのだから。

 

「うふふ、ごめんなさい……私が意地を張ったから」

「あはは、俺こそごめん……もっと下調べしてから誘うべきだった」

 

 改めて互いに謝り、笑い合う二人。映画は確かに失敗だったが、二人の仲を向上させるのには十分だった。

 

「このあとどうしよっか?」

「流石にあのあとでご飯はちょっとないよね……」

 

 メリーの問いに青年はそう返しつつ、う〜んと思案する。

 すると公園の中央広場にある噴水の水が綺麗な音楽と共に水しぶきをあげた。

 

「もうこんな時間なのね……」

「そうだね」

 

 この噴水は夜の七時になると音と共に噴き出す仕組みで、二人にとってはこれがいつものお別れの合図。

 

「ねぇ、メリーちゃん」

「?」

「ちょっと、噴水のところに行こうよ」

 

 青年はそう言ってメリーへ手を差し伸べる。メリーは少し戸惑いながらも、青年の笑みに応え、その手を握った。

 

 メリーを噴水の水しぶきが当たらないギリギリのところまで連れ出す青年。メリーはライトアップされた穏やかな噴水の光と水の音、そして大好きな青年の温もりで心が温かくなった。

 

「いつもならこれで解散してるけどさ……」

「…………?」

「今日はもう少しだけ、一緒にいない?」

 

 青年の提案にメリーは思わず「え」と声をあげて、青年の顔を見る。

 

「あ〜、その……ほら、男らしくないんだけど、ホラー映画を観たあとでちょっと心細くって、さ」

「〜〜……♡」

 

 メリーの胸はこれまでにないくらい高鳴った。青年がホラー映画が苦手だなんて聞いたこともない。ならばこの提案は青年が自分のことを考えてしてくれたことだと分かったからだ。

 

「駄目……かな?」

 

 微かに頬を染め、不安そうに訊いてくる青年。

 メリーの選択肢は一つしかない。

 

「駄目じゃないわ♡ 私も、まだあなたと一緒にいたいって……そう思ってたから♡」

 

 メリーの言葉に青年は「そっか……」と返し、メリーの肩を抱き寄せる。メリーもそれに抗うことなく青年に体を預けた。

 

「メリーちゃん……」

「なぁに?♡」

「ここを離れる前にキス、してもいいかな?」

「どうぞ♡」

 

 目と目を合わせたあとで、メリーから瞼を閉じ、青年がメリーの唇に自身の唇を重ねる。それと同時に噴水の音楽止み、それはまるで噴水が二人に気を遣ったかのような、そんな感じだった。

 その後は二人で夜のウィンドウショッピングと洒落込み、最後は青年のアパートへメリーも一緒に向かったそうなーー。




マエリベリー・ハーン編終わりです!

ちょっとしたラブコメの純愛物にしました!

お粗末様でした☆


※お知らせ※

本来ならばこれで終わりにするのですが、なんか都合良い具合に、あと二話で百話になります。
なのでキリの良い百話までの残り二話をルナティック(激甘)に書く予定です。
書くのは主人公である霊夢と魔理沙を予定しております。始まりも締めもやはり主人公がいいかと思っての選択です。

内容につきましては既に書いた霊夢、魔理沙のお話とは別で書こうと思います。
続編的な感じも考えたのですが、他のパターンの方が楽しんでもらえるかと思ったのでこうしました。

以上をここにお知らせとして残します。
ご了承お願い致します。


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ルナティック
霊夢の恋華想


恋人は霊夢。


 

 博麗神社ーー

 

 平和な時が流れる幻想郷。

 そして今宵は雲ひとつない満月。それも大きく見える月夜だ。

 

 霊夢はお社の隣にある自分の住居の縁側に座り、誰かを待っていた。

 しきりに髪をいじり、足もそわそわと落ち着きがない。

 

 するとそこに何者かが現れる。

 霊夢は気配に気が付き、バッと立ち上がるが、

 

「今宵は外の世界で言うスーパームーンね、霊夢〜♪」

 

 その正体は待ち人ではあらず、紫だった。

 霊夢は紫だと分かった途端、不機嫌そうに「何か用?」と訊ねる。

 

「どうしてるかな〜と思ってね〜♪」

「本当に神出鬼没ね……様子を見に来たなら、もう分かったでしょ? 早く帰りなさいよ。私、これから大切な用事があるのよ」

「そう邪険にすることないでしょ〜? 小さい頃はよく一緒にお月見してたのに〜」

 

 紫はそう言うと霊夢の背後に回り、霊夢を抱きしめた。霊夢はウザそうにしながらも「はいはい」と返して頭を掻く。

 

「もういいでしょう? 本当にもう行ってよ。彼が来ちゃう」

「むぅ〜、恋は人を変えるって言うけど、霊夢は変わり過ぎよ〜」

「何とでも言いなさいよ」

 

 そう言うと霊夢はフンッと鼻を鳴らし、紫から顔を背ける。

 今の霊夢には大切な人間の恋人がいる。その恋人は人里に住んでいる若き木彫り職人の青年。先祖代々博麗を信仰しており、青年と霊夢は幼馴染み。そして今では霊夢の掛け替えのない存在なのだ。

 そんな青年と今宵は月見の約束をしているので、霊夢にとって紫はお呼びでない。紫はそんな霊夢が面白くて霊夢の膨れた頬をツンツンと突く。

 

「ま、博麗の巫女としての務めさえ蔑ろにしなければ、私は何も言わないわ」

「巫女としての務めは果たすわ。それが私の存在意義だもの」

 

 はっきりと紫に言い返す霊夢。そんな霊夢を紫は頼もしく思い、小さく笑みをこぼした。

 

「私は今の幻想郷が好きなの。それを破壊する者が現れたなら、全力で退治するわ」

「そう……それは頼もしいことだわ♪」

「でもねーー」

「?」

「ーー彼のことはそれ以上に愛してる」

「…………ご馳走様」

 

 霊夢の覚悟ある言葉に紫はそれ以上は何も言わなかった……と言うよりは言えなかった。それは霊夢の真剣さがピリピリと伝わってきたから。

 

 するとそこに霊夢の待ち人が現れた。霊夢は青年の姿を見つけるやいなや、紫から離れて青年の腕にギュッと抱きつく。

 そんな霊夢に青年は「遅くなってごめん」と言いながら、霊夢の髪を優しく手で梳いた。

 

「いいわよ、紫で暇潰せたから♡」

「私は暇潰しだったの!?」

「紫が勝手に来たんでしょ?」

「酷い! 酷いわ霊夢!」

 

 紫は嘘泣きをしつつ、青年の肩にすがりつく。

 霊夢はそんな紫を容赦なく叩いて青年から離れさせた。

 

「暴力巫女〜!」

「彼は私のなの! 紫のじゃないの!」

 

 霊夢はそう言って青年を守るように抱きしめ、紫から遠ざける。紫はそんな霊夢に「あぁ、霊夢もこんな顔もするようになったのか」としみじみ思ってしまった。

 

「ふふふ、ごめんなさい♪ それじゃあ、お邪魔虫はそろそろ退散するわね♪」

「早く帰りなさい!」

「はいはい♪ じゃあね、霊夢、恋人くん」

 

 すると紫は二人に手を振ってスキマの中へと消えていった。

 

「ったく、紫ったら……」

「まあまあ、紫さんだって霊夢が心配なんだよ」

「それは分かってるけど……いつも様子を見に来るタイミングがおかしいのよ」

「はは、そうむくれるなよ」

 

 青年が優しく言って霊夢の頭をワシワシと撫でてやると、霊夢は「ん〜♡」と幸せそうな声をあげたので、もう機嫌は直ったようだ。

 

 それから二人は縁側へ移り、月見酒と洒落込むのだった。

 

 ーー

 

 縁側に座り、月を肴に酒を飲む霊夢達。

 青年の肩に霊夢は頭を乗せ、幸せそうに足をパタつかせる。

 

「〜♪ 〜〜♪ 〜♪ 〜〜〜♪」

 

 霊夢は鼻歌も交じり気分も最高の様子。

 

「今日はご機嫌だね、霊夢♪」

「当然でしょ♡ 大好きなあなたと月見してるんだから♡」

 

 霊夢の満面の笑みと言葉に青年は胸が高鳴り、頬に火照りを感じた。青年はそれを誤魔化すように霊夢から目を逸らし、盃を仰ぐ。

 そんな照れ隠しをする青年に霊夢は愛おしさが込み上げ、青年の赤くなった頬をペロッと一舐めした。

 

「うわぁ、な、なんだよ、霊夢?」

「あなたが可愛かったから、舐めちゃった♡」

「舐めちゃったって可愛く言われてもな……」

「えへへ♡ さっきの私、可愛かった?♡」

 

 霊夢の問いに、青年は更に顔を赤くするだけで答えなかった。そんな青年に霊夢は「ねぇねぇ♡ 可愛かった?♡」としつこく訊てくる。

 

「か、可愛かったよ……いつも可愛いけど」

「んふふ♡ ありがと♡」

 

 そう言って霊夢は青年の腕にギュッと抱きつき、そのまま腕に顔を擦り付けた。

 そんな霊夢がまた可愛くて、青年は霊夢の頭に自身の頭を乗せ、霊夢と同じく自分の顔を擦り付ける。

 

「ん〜♡ あなたとこうしてるのが一番幸せ♡」

「俺もだよ……ずっとこうしていたいくらいだ」

「ずっとこうしてればいいじゃない♡ 私は望むところよ?♡」

「…………腹が減っても?」

「その時は二人でご飯作ればいいの♡」

「はは、そっか」

 

 青年は霊夢らしい答えに笑い、霊夢のおでこに小さく口づけをした。

 

「ん……もぉ、いきなりなんだからぁ♡」

「唇の方が良かった?」

「お月見なのに、私達がお月様に見られちゃうじゃない♡」

「それもそっか」

 

 青年が霊夢にそう返すと霊夢は「うん♡」と言って、青年と目を逸らして青年の腰に手を回して顔を伏せてしまう。

 青年はそんな霊夢に目を合わせてほしくて、霊夢に「こっち向いて」と言うように頭をポフポフ叩いた。

 すると霊夢はそれに応えるようにチラリとだけ、青年の顔を見る。霊夢の上目遣いと赤く染まった頬が実に愛らしくて、青年は思わず胸がときめいた。

 そんな青年の心境を知らぬ霊夢は更に追い打ちをかける。

 

「…………お月見様に見られない、奥の部屋でならしてもいいよ?♡ ちゅう……♡」

 

 狙って言ったのかと思うくらい、霊夢の言葉と仕草は青年の胸を貫いた。その言葉に青年は霊夢を抱きしめる。

 

「な、なぁに、急に?♡」

「霊夢が可愛いから……」

「い、今そんなこと言うの、反則じゃない?♡」

「反則なもんか!」

 

 すると青年は自分の胸の鼓動を聞かせるように、霊夢の耳を自身の胸にあてた。

 

「聞こえるだろ?」

「うん……聞こえてるよ、あなたの鼓動♡ トクントクンって♡」

「霊夢のせいでこんな風になってるんだからな?」

 

 照れながら青年が告白すると、霊夢は「えへへ♡」とはにかむ。そんな霊夢に「笑うなよ」と言う意味で青年は霊夢の頭を人差し指でグリグリすると、霊夢は謝りながらその手を取った。

 霊夢は取った手をそっと自分の胸にあてる。

 

「私も一緒だよ♡ あなたのせいで……あなたの姿を見た時から、ずっとこんなに胸が高鳴ってるの♡」

「霊夢……」

「こんなに大好きで、こんなに近くにいるのに、まだあなたのことが欲しいって思ってる自分がいるの♡」

「…………」

「こんな欲張りな私……嫌い?」

「そんなことない……俺だって同じこと思ってる」

 

 青年はそう言うと霊夢の腰に手を回し、優しく包み込むようにまた霊夢を抱きしめる。

 

「こうして抱きしめても、もっともっと自分の方へ霊夢を近付けたくなる……それくらい俺は霊夢のことが好きなんだ」

「なら、一つになっちゃおうか?♡」

「え?」

 

 霊夢に押し倒されるように崩される青年。戸惑う青年を霊夢は艶めいた表情で舌なめずりをしながら、見下ろしていた。その姿は月に照らされ、まさに幻想的な光景だった。

 

「私達、そろそろそういう仲になってもいい頃だと思うのよね♡」

「そういう仲って……」

「私のこと、欲しくない?♡」

「…………欲しい」

「じゃあ、貰って♡」

「霊夢!」

 

 こうして二人は月に見えない奥の部屋へと姿を消し、互いを深く求め合い、朝を迎えるのだったーー。




博麗霊夢ルナティック編、終わりです!

常にデレデ霊夢にしました♪
あんな風に迫られたら、もうね?

お粗末様でした!


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魔理沙の恋華想

恋人は魔理沙。


 

 魔法の森ーー

 

 桜の花が咲き誇り、芽吹いた花々が彩る昼間の幻想郷。

 リリーホワイトが陽気に春を叫び、空を舞う中、魔法の森にあるアリス邸ではアリスの悲痛な叫びがあがっていた。

 

「魔理沙! 何してるのよ!」

「わ、私はアリスに言われた通りフレアをしただけだぜ!?」

「私が言ったのは"フランベ"よ!」

 

 魔理沙に料理を教えていたアリスは魔理沙の料理スキルに悲鳴をあげつつ、しっかりと鎮火させる。しかし食材もだが、台所もほぼほぼ焦げでしまい、料理は失敗に終わった。

 

「もう……だからあれ程やる前には声をかけてって言ったのに」

「わ、悪かったって……ちゃんと魔法で直してやるから、そんなに目くじらを立てるなよ〜」

 

 アリスの小言に魔理沙は苦笑いを浮かべながら、自分の失敗で焦がしてしまった台所を綺麗に修復する。

 

 どうして魔理沙がアリスから料理を教わっているのかというと、魔理沙はこれから恋人とのデートを控えており、その時に恋人へ手作りの料理を振る舞いたいという乙女心から今に至るのだ。

 

 魔理沙の恋人は魔導書を専門に扱う小さな魔導書館を営む外の世界から来た元魔導師の男で、見た目は青年だが魔理沙より二百年以上を生きている。

 どうして元がつくのかというと、男はとある大災害から人々を守るために大魔法を使い、その大魔法の代償で殆どの魔力を使い果たしてしまった。

そのため寿命が長いことと、これまでの魔術の知識しか男には残っておらず、このまま時間を無駄にするよりは自分の知識を必要とするところに行こうということで、ひょんなことから繋がりがあった八雲紫に頼んで幻想郷入りしたのだ。

 

 そして男が幻想郷入りして、初めて出会った幻想郷民が魔理沙だった。

 魔理沙も好奇心から男に自ら接触し、互いのことを話し、魔法という共通点があることから共鳴し、いつの間にか互いに惹かれ合うようになり、男からの告白で今日に至る。

 

 そんな二人が恋仲となって初めての春がやってきた。

 魔理沙は初めての恋に一生懸命で、男に精一杯の愛を送ろうと、慣れていない手の込んだ料理を作りたいのだ。

 

「またはじめからだけど、時間とか平気?」

「あいつには私が迎えに行くまで待ってろって言ってあるから余裕だぜ♪」

 

 時計を見て魔理沙の予定を気遣うアリスだったが、やはりそこは魔理沙だった。アリスは思わずクスリと笑い、「じゃあ頑張りましょうか」とだけ言って魔理沙に料理を教えるのだった。

 

 ーー

 

 日が傾いていく昼下がり、魔法の森でも迷いの竹林と隣接する位置に男の魔導書館が佇んでいる。

 ようやく料理が完成した魔理沙は愛用の箒でひとっ飛びして、男の元へと参上した。

 

「お待たせ〜♡ ちょ〜っと手間取ったから遅くなったぜ♡」

 

「構わないよ。魔理沙を待つのも楽しみの一つだからね」

 

 館内に入って声をかけると、館の一番奥の席に座る男は読んでいた魔導書を閉じて、魔理沙へ優しい笑みを向ける。

 魔理沙はパタパタと男のすぐ側へ行くと、バフッと男の胸に飛び込んだ。

 

「そう言ってくれると思ったぜ♡ へへへ♡」

 

 自分の胸に飛び込んできた魔理沙を受け止めた男は、魔理沙の笑顔に自分も顔をほころばせ、魔理沙の左頬を優しく撫でる。魔理沙はそれが気持ち良くて、まるで猫が喉を鳴らすように「んゆ〜♡」と幸せそうな声を出した。

 

「……それで、今日はこれからどうするんだい? 魔理沙が秘密って言うから、何をするのかすら把握してないんだけど」

「おっと、そうだったな。これから博麗神社の裏に行くぜ!」

「博麗神社の裏……なるほど」

 

 男が納得すると、魔理沙はニカッと笑い頷く。博麗神社裏には山桜が自生しており、今の時期が絶好の花見具合。

 しかし男は少し疑問が浮かんだ。

 

「何故、博麗神社境内の桜ではなく、裏へ?」

「んなの決まってるだろ? あそこは知ってるやつが少ない穴場だ。二人っきりで花見出来るじゃんか……」

 

 そう答えた魔理沙はそのあとに、小言で「誰にも邪魔されたくないんだよ、察しろよ」と付け加える。

 男はその健気な気持ちに心を打たれ、魔理沙の頬を両方の手でワシワシした。

 

にゃ、にゃんらお(な、なんだよ)〜」

「気が回らなくてごめん。行こうか♪」

「うん♡」

 

 こうして二人は仲良く博麗神社の裏へと向かうのだった。

 

 博麗神社裏ーー

 

 目的地に着くと、日は更に傾き、空は薄っすらと夕焼け色に染まり始めていた。

 しかしその夕焼けが山桜の味のある純白色の花を彩り、そこだけが別次元のような、幻想的な風景を演出している。

 

「綺麗だな〜……」

「うん、綺麗という言葉以外、出てこないね」

 

 その光景に二人は感嘆の言葉をもらし、せっかくなので山桜地帯を軽く歩くことにした。

 魔理沙はしっかりと男の手を握り、男は魔理沙の歩幅に合わせ、ゆったりと桜を堪能する。

 

 すると男はある視線に気がついた。視線の正体を確認するとそれは魔理沙の視線だった。

 

「俺の顔に何か付いてるかい?」

「へ!? う、ううん! 相変わらず素敵だぜ!?」

 

 男の横顔に見惚れていた……と真っ直ぐには言えず、魔理沙は空いてる方の手をワチャワチャさせながら誤魔化すつもりでそう返したものの、その言葉は誤魔化しにならなかった。

 そんな可愛らしい魔理沙の言動や行動に男は思わず吹き出す。

 

「な、何笑ってんだよぅ……」

「ごめん……魔理沙が可愛くて、ついね」

「な……か、可愛いって誤魔化したって笑ったことは変わりないだろ……」

 

 口ではそう言うものの、魔理沙の表情はふにゃりと蕩けている。不意打ちの褒め言葉に魔理沙は弱いのだ。

 

 それから魔理沙は「す、少し早いけど夕飯にしようぜ!」と言い、適当な桜の木下に男を連れて行った。

 

 ーー

 

「初めて作ったやつばっかだけど、アリスにちゃんと教わったし、味見もしっかりしたから安心してくれていいぜ♡」

 

 魔理沙は四次元帽子から料理が詰まった大きなバスケットを取り出すと、その料理の完成度に男は思わず「おぉ……」と声をもらす。

 バスケットの中には各種のサンドイッチ、彩り豊かなサラダ、ポークソテー、きのこのバター炒めがところ狭しと入っていた。

 

「これを魔理沙が……」

「アリスにも少〜し手伝ってもらったけどな。でもほぼ私が全部作ったんだぜ♪」

 

 自慢気に胸をポンと叩く魔理沙。そんな魔理沙の心や思いが嬉しくて、男は胸が熱くなった。

 そして魔理沙に感謝しつつ、男は魔理沙の手料理を堪能した。それはいつもの料理よりも何倍も美味しく感じ、魔理沙も男が喜んでくれているのがはっきりと分かったので、お互いに幸せなひとときとなった。

 

 ーー

 

 少し早めの夕飯を終えると、空は本格的に夕焼け色に染まった。

 二人は桜の下に寄り添って寝そべり、春と桜、そして恋人の体温を感じながら静かな時を過ごしていた。

 

「今日はありがとう、魔理沙」

「へへ、そうだぞ♡ もっと感謝しろ♡」

 

 男に腕枕される魔理沙は上機嫌。そんな魔理沙に男は「ありがとう」という気持ちを込めて、何度も魔理沙の頭を撫でた。

 

「寒くないか?」

「ん〜?♡ お前が側にいるから温かいぜ?♡」

「寒くなったら言ってね。ブランケット持ってきてるから」

「別に要らないぜ?♡」

 

 魔理沙はそう言うと男の方へもっと近寄り、体全体を密着させる。

 

「こうしてるだけで心も体もポカポカするからな♡」

「…………そっか」

 

 魔理沙から不意打ちのマスタースパーク(笑顔)を喰らった男は思わず頬を染めた。魔理沙はそれに気付かず、相変わらずの笑顔のまま男の胸板に頬擦りする。

 

「あ、そうそう。俺からも魔理沙に贈り物があるんだ」

 

 ふとした男の言葉に魔理沙は「え」と声をあげ、男の顔を見る。

 すると男は小さな小さな包を魔理沙に手渡した。

 

 魔理沙がその包を開けると、そこには水晶のイヤリングが一つだけ入っていた。

 

「これ……」

「前に俺のピアスを綺麗だって言ってくれたでしょ? それは魔理沙用に俺が今までピアスに使ってた水晶をデザインはそのままにイヤリングにした物なんだ」

 

 そう言うと男は魔理沙に片耳を見せる。そこにはピアスの痕があるだけで、本当にあの水晶がこのイヤリングなのだと分かった。

 

「ありがとう!♡ 一生大切にするな!♡」

「うん、お揃いだし、そうしてくれると嬉しいな」

「へへ……大好きだ!♡ ん〜……ちゅっ♡」

 

 二人はそのまま夜桜に囲まれ、互いの唇の感触を確かめ合うのだったーー。




霧雨魔理沙ルナティック編終わりです!

ラストは一生懸命な魔理沙に愛される。そんな純愛物で締めさせて頂きました。

さて、この回で晴れて百話。それに伴い、前から申していました通りこのシリーズを閉じたいと思います。

東方Projectは私としましては限りなくにわかファンに近く、原作と多々違う点があったことをお詫び申し上げます。
しかし多くの方々に甘いお話をお届け出来たかなと思っております。

ここまで応援してくださった方々、お気に入り登録してくださった方々、ご感想をくださった方々、評価してくださった方々、そして読んでくれた読者様方、本当に本当にありがとうございました!

それでは最後に……お粗末様でした☆


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憑依華
女苑の恋華想


恋人は女苑。

お久しぶりです。
元となる作品を良く知らないにわかファンの筆者でございますが、リクエストをいくつか頂いておりましたのでこうして限定カムバックします。
未プレイ、未読で他の東方二次創作作者様方の作品から得た知識程度の身ではありますが、読んでもらった読者様方に『甘い』と思ってもらえるよう、頑張って書きます。
どうか温かい目で、ブラックコーヒーを片手に読んでくださいませ。

注意
本編にマヨヒガを登場させますが、八雲家はそこに住んでおらず、別の場所に居を構えている設定でお願いします。


 

 人里ーー

 

 幻想郷は今日も穏やかに時が過ぎ、人々も(あやかし)たちも平穏に過ごしている。

 しかしそんな人里ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

「あーはっはっ! 重たくて重たくて仕方ないわ! 欲しい人は好きなだけ持っていけーっ!」

 

 あの富を吸い出す疫病神の依神女苑があろうことか道のど真ん中を金銭をばら撒きながら歩いているのだ。

 女苑は時たまこのようなばら撒きをして人里を練り歩き、一人で馬鹿騒ぎをする。

 道行く人々の多くはその金銭に群がり、またある者たちは疫病神の捨てた金銭だからと命蓮寺や博麗神社、守矢神社へ届けるといったことをし出す始末。

 

 女苑がこのようになったのは半年程前のこと。

 最初はまた異変を起こしたのかと霊夢たちが退治に乗り出したが、理由を聞いた霊夢たちはそのどうでもいい理由に馬鹿馬鹿しくなってその日の内に解散してしまった。

 その理由はーー

 

『最高の金づるを見つけてお金があり過ぎて困ってるから』

 

 ーーとのこと。

 

 女苑は自身が起こした異変の後、姉の紫苑と付かず離れずな関係をしながら金持ちを探して幻想郷を彷徨っていた。

 しかし自身が起こした異変の主犯と広く知られており、どんな金持ちに取り入ろうとしても誰も彼も彼女に取り入る隙を見せなかった。

 そんなある日、女苑は魔法の森のマヨヒガに迷い込んだ。

 女苑もマヨヒガのことは知っているがそれをその目で見たのは初めてで、しかもマヨヒガから何か物を持ち出すことが出来ればその者は一生幸せになれると言われているため、女苑はすぐにマヨヒガへと上がり込んで物色を始めた。

 

 しかし物色を始めたものの、どれも女苑の好みに合わない物ばかり。

 古びた物ばかりでアクセサリーも宝石も見つからず、女苑は『湿気た家だ』と舌打ちをかます始末。

 すると女苑は背後から声をかけられた。

 驚いた女苑が振り返ると、そこには黒紅梅色の小袖に紫紺の袴を身にまとう青年が立っていた。その顔は薄くも気品に溢れており、女苑は中でも耳から伸びる大きな大きな耳たぶに目を引かれた。何しろ外の世界で言う五百円玉ほどの大きさだから。

 

 マヨヒガにまさか住人がいるとは知らなかった女苑。

 しかもいないことをいいことに物色していて中も散らかし放題だったので、これには女苑も自身の浅はかさを悟り、青年へ頭を下げた。

 いつもの彼女ならあの手この手と言葉巧みに逃げおおせたはずが、何故か青年を見るとこの時ばかりは言い訳が思いつかなったという。

 

 そんな女苑を見、青年は『僕は怒ってはいません』と言った。

 驚いて女苑が頭を上げると、青年は目を細め、優しい優しい笑顔を浮かべていた。

 

 その青年の笑顔を見た途端、女苑は自分の顔がカァーッと沸騰するかように熱を帯びていくのを感じ、逃げるようにマヨヒガを飛び出した。

 後に女苑はその青年が『黒原満大(こくばら みちひろ)』という、福の神だということを知る。彼は生まれながらに福に愛され、あの大黒天をその身に宿す……いわば大黒天様の親戚のような者だった。

 

 それを知り、女苑は下心のままに青年へ取り入ろうとする。

 しかしそこで大きな誤算が生じた。

 黒原は女苑を疫病神と知りながら側に置き、彼女の言うまま富を渡したのだ。

 そこまでは良かった……どんな無理難題を言っても優しく叶えてくれる黒原に女苑は次第に恋心を抱いた。

 女苑も自分の心の変動にどうしたものかと一時は頭を悩ましたが、彼の側にいるだけで幸せになり、女苑はそんな自分を自覚し、黒原と共にあろう……と告白をして半ば強引に共に住むようになったのだ。

 

 ーーーーーー

 

 そうした経緯で、女苑は今日もいつものように黒原の住むマヨヒガへ帰ってきた。

 そもそもマヨヒガは一度行けばもう二度と辿り着けないのだが、黒原からもらった紫色をした石があればこうして難なく辿り着けるのである。

 

「たっだいま〜! 今日も散々ばら撒いて来ちゃったわ!」

 

 すっからかんになった金銭を入れとく巾着をそこらへ投げ捨て、女苑はドカドカと座敷に上がった。

 

「おかえり、女苑。新しい巾着と金銭はいつものように用意しておいたよ。それと料理も用意してあるからね」

 

 黒原は笑顔で女苑を出迎える。

 居間のちゃぶ台には女苑がリクエストした豪華な料理が煌々と並べられ、女苑は「ありがと〜♡」と黒原に抱きついた。

 

「あはは、僕は何もしてないよ。全部は天からの授かり物だからね」

「んふふ、それもそうよね!♡」

 

 女苑はそう返すと黒原から離れ、テーブルについてその料理をモシャモシャと頬張り始める。

 そんな女苑を黒原は相変わらず優しく微笑みながら見つめ、お茶を淹れてやったり食べさせてやったりと甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 

 ーー

 

「……ねぇ」

 

 しばし料理を堪能していた女苑がふと黒原へ話しかける。

 

「ん、なんだい? 違う料理がいい?」

 

 黒原はそう言って土間の方へ向かおうと立ち上がろうとするが、女苑は違う違うと首を横に振って黒原の袴の裾を引っ張った。

 

「じゃあ、なんだい?」

 

 優しく黒原が訊ねると、

 

「今日も一緒に食べてくれないの?」

 

 女苑は消え入りそうな声で寂しそうにそう訊ねた。

 

「うん。僕は女苑が残した物を食べるから」

 

 黒原は迷わずに言葉を返す。その顔は相変わらず優しい笑顔で、それを目の当たりにする女苑の胸にチクチクと嫌な痛みが生じた。

 

 女苑がここへ住むようになってからいつも朝夕の食事は共に過ごすが、女苑は黒原と一度も同じ時に食事をしたことはない。

 それは女苑が散々食べて残した料理を黒原が「余り物には福がある」と言って食べるから。そんなことをしなくても料理は次々と生み出せる黒原なのに、そうしないのは彼が福の神だからだろう。

 現に食べ残しでも黒原はとても美味しそうに食べ、演技でも気を遣っている訳でも、はたまた何かを隠している風でもないのだ。

 

「でも……私は満大と一緒に食べたい」

「その願いだけは叶えることは出来ない……ごめんね」

 

 どんなワガママも聞く黒原だが、共に食事は取れない。

 その理由は二人が家族ではないからだ。

 

 傍から聞けば変な理由と思うだろう。

 しかし黒原は福の神。食を共にするのは家族でなくてはならず、いくら同居人だからと共に食卓を囲むことは彼の(おしえ)ではご法度なのだ。

 

「満大のケチ……」

「ごめんね……」

 

 先程までの和気あいあいとした空気は消え、一気に重苦しい空気が二人を包む。

 

(こんなにこんなに大好きなのに……家族みたいに過ごしてるのに……)

 

 女苑はそう思い、目を伏せ、下唇を噛みしめた。

 

 ぽむっ

 

 すると、ふと頭に何やら柔らかい感触が伝わってくる。

 視線を上げると、

 

「そんなに悲しい顔をしないで……女苑が悲しいと僕は胸が張り裂けそうだ」

 

 黒原はそう言って女苑の頭を優しく優しく撫でていた。

 福の神である黒原は目の前の人が悲しみに暮れると、その不幸が彼自身の身体を蝕み、耐え難い苦しみを生じる。

 それを思い出した女苑は無理矢理にでも笑顔を見せた。こうすることで彼の痛みは少しではあるが和らぐのだ。

 

「そんなに僕と一緒に食べたいと思ってくれてるんだね」

 

 ふと聞こえた言葉に女苑はコクリと短く頷いて見せる。

 するとーー

 

「じゃあ、家族になっちゃおうか」

 

 ーーとんでもない言葉が返ってきた。

 女苑はすぐに視線を黒原へ向けると、彼はいつものように優しく微笑んでいる。

 

「で、でも……私は疫病神だよ? そんな私と満大がけ、結婚なんて……」

 

 自分で言ってて顔を赤くする女苑。

 確かに結婚が出来るならしたい……そうすればもっと彼と同じ時を過ごせるのだから。

 しかし自分は疫病神で彼は福の神……まさに表と裏の存在だ。そんな自分たちが結婚なんて誰が聞いてもおかしいと言うだろうし、快くも思われないだろう。

 昔の女苑なら二つ返事で結婚し、いざとなったら捨てることも出来た……でも黒原の優しさに触れ、彼と育んできた愛を前に女苑はまた視線を落とす。

 

「女苑は何かを忘れているね?」

「え?」

「ここは幻想郷だよ? 幻想郷は全てを受け入れる……恐ろしくも素敵な場所さ」

「っ!?」

 

「疫病神と福の神が結婚……大いに結構じゃないか。妖と人が結ばれたり、妖精に人間の恋人がいたりするのに、どうして僕らは結ばれちゃ駄目なの? 女苑は何を怖がっているの?」

「…………」

「君を幸せに出来るのは僕しかいないと思うな」

 

 なんの恥ずかしげもなく、笑顔で言い放つ黒原。

 すると女苑はいてもたってもいられず、黒原の胸に飛び込んだ。

 黒原は「おっと」と余裕そうに声をこぼしながら、そのままゴロンと女苑に押し倒されるようにして寝転ぶ。

 

「いっぱいいっぱいワガママ言うよ……?」

(結婚したら今以上に甘えるから!♡)

「これまで通りだね」

 

「私のワガママに応えられなかったら捨てるよ……?」

(私との時間をもっと増やしてくれなきゃ嫌!♡)

「全部応えるよ」

 

「それから、えっと……えっと……♡」

「ねぇ」

「な、何?」

「返事をもらえないかな?」

 

 ニコニコと分かりきっている答えを求める黒原。

 でもその笑顔の前に女苑も頬がふにゃふにゃに緩む。

 

「私をお嫁さんにしなさい!♡」

「うん、喜んで」

 

 こうしてここに疫病神と福の神のなんとも不思議な夫婦が誕生した。

 しかしそんな夫婦を幻想郷の人々は温かく祝福したというーー。




依神女苑編終わりです!

久々なのでちょっと説明文が多くなってしまいましたが、ご了承ください。

ともあれ、久々の甘いお話、お粗末様でした☆


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紫苑の恋華想

恋人は紫苑。


 

 天界ーー

 

 誰しもが平穏無事に過ごす天界。

 たまに比那名居家の娘が起こす騒動はあるものの、それも慣れてしまえば天界人はどうということもない。

 

 そんな天界には一年程前に新しい住人が増えた。

 最凶最悪の双子の姉である依神紫苑だ。

 

 例の異変後、紫苑は天子に気に入られて行動を共にし、晴れて人間界から嫌われてしまう。

 そんな縁で行く宛のない彼女は天子に言われるがまま天界にやってきた。

 比那名居家の当主(天子の父)に天子が『この子、住むところもないし私の友達だから住まわせるわよ』と強引に話をまとめ、誰も使っていない比那名居家の離れに住まわせたのだ。

 

 しかし紫苑は貧乏神。

 どんなに行き届いた比那名居家の離れも、たちまち妹に掻っ攫われ、天界でも家なき子になってしまう。

 そんな紫苑がとぼとぼと宛もなく天界を彷徨っていた時、紫苑は運命の出会いをした。

 

 足場である雲と雲の割れ目から、大きな大きな白銀の龍が現れたのだ。

 突然のことに驚いた紫苑は足を踏み外し、雲から落ちてしまう。

 そんな紫苑を龍は背で受け止め、そのまま紫苑を背に乗せて安全な場所まで運んでやった。

 

 やがて龍は天界でも一際美しい景色と神湖(じんこ)へとやってきて、そこで紫苑を降ろす。

 紫苑は一生懸命助けてくれたことへの礼を龍に伝えた。

 すると龍が眩く光りを放ち出す。

 紫苑はすぐにまぶたを閉じた。

 やがて光りが弱くなり、紫苑がまぶたを開けると、そこには細い身体でありながら長身の壮年男性が立っていた。

 

 その男性は濃くもあっさりと整った目鼻立ちで、肩まである白銀色の髪を頭の後ろで金の紐でまとめ、琥珀色をした瞳を持ち、純白の着物を着用している。その髪や着物は光りを反射してキラキラと輝き、紫苑はそんな男性に……自分とは全く住んでいる世界が違う男性に目を奪われた。

 

 口を開いた男性は名を幸白(こうはく)と言い、幸せの象徴である幸龍(こうりゅう)だと告げる。

 そしてこの神湖は自分の住処で、その証拠に湖の片隅に小さくも立派な祠が建っていた。

 

 幸白との出会いは紫苑の放つ負のオーラが招いた奇跡的な出来事。

 紫苑自体、圧倒的な幸オーラに眩しくて溶けるかと思ったが、幸白の少年のような笑みと無邪気さを前に毒気を抜かれた。

 

 そして二人で気ままに話をしていると、紫苑のこれまでの経緯に幸白は哀れに思い、好きなだけ自分の所に居てもいいと約束。

 紫苑は最初は断ったが、本気で自分を心配してくれる幸白の誠意に負け、住まわせてもらうことにした。

 勿論、お世話になった天子にもありのまま告げ、天子もそういうことならと快く頷いたという。因みに紫苑が住んでいた離れを掻っ攫った女苑は天子と衣玖によって人間界へ強制送還されたとか。

 

 ーーーーーー

 

 そしてそんな出会いから半年程が経過したある日、

 

「幸ちゃん……遅いな……」

 

 紫苑は今、龍同士の定例会議に向かった幸白の帰りを湖を眺めながら今か今かと待っている。

 

 幸白の元での生活はこれまで紫苑が過ごしてきた生活を一変させた。

 清潔で綺麗な着物、整った寝床、三食の食事……そして、いつも笑顔をくれる人。

 これまで貧乏神として生き、どんな不幸なことも仕方ないと思ってきた。

 そこへ幸白が現れ、手を差し伸べてくれた……そして二人は今恋仲の関係にあり、それも幸白が『お前を放っておけねぇや、だからずっと俺の隣に居ろ』とプロポーズ並みの告白で今に至る。

 

「幸ちゃん……幸ちゃん……」

 

 湖の水面を見ながら、待ち人の名前を呼ぶ紫苑。

 今回はいつものよりも帰りが遅く、紫苑に不安が募っている。

 すると、

 

「何、彼氏の名前を何度もつぶやいてんの、あんた」

 

 背後から声をかけられた。

 その声の主は天子で、その手には何かを包んでいる風呂敷を提げている。

 

「幸ちゃんの帰りが遅いの……」

「そりゃあ、龍神様だもの。会議となればそれなりに遅くなるでしょ」

 

 そもそも神様って基本ノロマだし……と嘲笑うように付け加える天子だが、紫苑に至っては「でもいつもより遅いもん」と頬を膨らませて不満の色を見せた。

 

「毎日毎日あんだけイチャついてるくせに……あぁ、だからか。幸龍様依存性ってやつ」

 

 天子はそう言って紫苑の膨れた頬を軽く指で突く。

 紫苑は恋仲になってから、天子が言うようにいつも幸白に引っ付いていて、天界でも有名なバカップルなのだ。

 

「そ、そんなんじゃない、もん……」

「お耳まで真っ赤にしてか〜いい♪」

「ふんだ」

 

 プイッとそっぽを向く紫苑だが、天子はお構いなしで紫苑の隣に座った。

 こういうのももう慣れっこなので、紫苑は黙って視線を水面に戻す。

 

「はい、これ。お父さんが龍神様と仲良く食べなさいって」

「桃?」

「あんたたちと違って、天界人は桃しか食べないわよ。あ、ちゃんとお父さんには言っておいたから」

「何を?」

「仲良く食べなさいって言わなくても、あの二人は口移しで食べるわよってね!」

 

 ドヤァとにんまりして言う天子だが、そのドヤ顔が紫苑の神経を逆撫でていると知らない。寧ろ確信犯である。

 しかしそこで怒っては天子の思う壺……なので紫苑は「そう……」とだけ返すと、天子は欲しかった反応と違ってつまらさそうに口を尖らせた。

 なので、

 

「じゃあ、龍神様と私があんたの目の前で口移しで桃を食べちゃおうかな〜?♪」

 

 天子はわざとらしくそんなことを言って紫苑がどんな反応をするか様子を見る手に出る。

 しかしそれはなんとも浅はかさなことだと、天子は次の瞬間に思い知ることとなった。

 何故ならーー

 

「やれるもんならやってみろっ!!」

 

 ーー紫苑がぶちギレたから。

 紫苑はかなりの喧嘩口調で天子を射抜かんばかりに鋭い視線で見つめ、負のオーラが青く立ち込め、紫苑の周りにある草花が枯れ始めていた。

 

「じょ、冗談よ、冗談! 天界人のおしゃれな天界ジョークよ!」

 

 天子が慌てて取り繕うと紫苑のオーラは元に戻り、その場にまた平穏が訪れる。

 天子は自分でやっておいて、

 

(今、私は天界を救った!)

 

 などと勝手に自画自賛していた。

 すると湖の水面が大きく揺れ動く。

 ズザザァと湖の水が左右に割れ、その割れたところから紫苑お待ちかねの幸龍が登ってきた。

 

 すぐに人の姿になった幸白が紫苑たちの元へ降り立つと、

 

「おかえりなさい♡」

 

 紫苑は彼の胸にギューッと抱きついて、顔をスリスリと擦り当てる。

 それはまるで飼い主の帰りを待っていた愛犬状態で、仮に尻尾があればブンブンと千切れんばかりに振っているだろう。

 

「ただいま、少し時間が掛かっちまって悪かったな」

「うん、もう平気♡」

 

 ご機嫌の紫苑の頭を軽く撫で、幸白はやっと天子を見た。

 

「おう、比那名居の嬢ちゃん」

「どうも。桃持ってきたからあとで二人で食べて」

「そいつぁいい。ご両親に礼を伝えておいてくれ」

「はーい。それじゃ私は行くわね。二人揃うと私は胸焼けするから」

 

 天子はそんなことを言うと、ピューンと帰っていく。

 そんな天子を見送った後、幸白は未だ胸に引っ付く紫苑を受け入れながら、桃が包まれた風呂敷を拾って住まいへと入った。

 

 ーーーーーー

 

「幸ちゃん、どうして今回は遅かったの?」

 

 土間で桃を器用に包丁で剥く幸白。そんな幸白の背中にしがみつき、左肩に顎を乗せる紫苑は遅かった理由を訊ねている。

 

「いやぁ、会議は早く終わったんだけどよぉ、ちっと捕まっちまってな」

「私の幸ちゃんを汚い手で触ったのは何処の誰!?」

 

 幸白の言葉を聞いた途端、紫苑はまた物凄い負のオーラをまとって問いただす。

 しかし幸白は違う違うと首を横に振った。

 

「ほら、俺とお前が恋仲になって初めての会議だったろ? だから、みんなに恋人とはどうなんだって質問攻めされたのさ。天界ってのは変化が無ぇから、こういう話題はみんな好きなんだ」

「そうなんだ……なんて訊かれたの? 貧乏神なんかと別れろとか?」

「お前は相変わらず後ろ向きだなぁ……」

 

 紫苑のネガティブ思考に思わず苦笑いすると、幸白は隠すことでもないのでどんな質問をされたか話した。

 

恋人が居ると周りに薔薇が見えるって本当か?

これまでの世界が明るくなるって本当か?

可愛いのか?

ABCで言うならどこまで行ったのか?

可愛いのか?

 

 その話を聞き、紫苑はカァーッと顔が熱くなる。

 何しろ幸白はそんな質問に平然と答えていたから。

 

「可愛いのか、なんて訊かれても可愛いに決まってんじゃんか、なぁ?」

「なぁ、って言われても……♡」

 

 身体を巡る全部が火照りながらも、紫苑はデレデレと幸せに頬を緩めて言葉を返していた。

 そして、

 

「私ね、幸ちゃんと出会えて幸せ……これからも離さないでね?♡」

 

 紫苑は幸白の耳元で愛を囁く。

 これまでの紫苑からは想像も出来ない甘いおねだりに、

 

「まだ俺がお前を手離すとでも思ってんのか?」

 

 ニッと笑って質問を返した。

 それに紫苑は「思ってません♡」とだけ返し、幸白と桃よりも甘い口づけを交わすのだったーー。




依神紫苑編終わりです!

ちょいヤンデレっぽくなりましたが、お互いが好き同士なら問題ないよね?ってことで!

お粗末様でした♪


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天空璋
エタニティラルバの恋華想


恋人はエタニティラルバ。

前々からコツコツと更新に向けて書いていたので毎日1話ずつ更新します。
無理はしていないのでご心配なく(*´∀`)


 

 地底ーー

 

 夏も過ぎ、厳しい冬が訪れた幻想郷。

 レティやチルノは時期が時期なので毎日楽しそうに過ごしているが、寒さが大嫌いな神に近づく蝶の妖精にして真夏のアゲハ蝶の妖精のエタニティラルバ(以降ラルバ)は厚着をして地底のとある場所へと向かっている。

 

「あぁ〜、地底に来たけどまだまだ寒い! マフラーや上着が無きゃ死んでるわ!」

 

 これまでのラルバであれば、冬は外出せずに魔法の森にある洞穴奥深くの別荘に行き、部屋を夏らしく模様替えしては春が来るまでひたすらにゴロゴロしていたはず。

 それがわざわざ寒さにも耐えて向かった場所とはーー

 

「ふぇ〜、やっと着いた〜!」

 

 ーー旧都の温泉郷内に数多くある温泉宿。その中でもこの小さな小さな温泉宿がラルバのお目当ての場所。

 普段仲良くしている妖精たちに言われて訪れ、太陽の日差しはないが何より静かで温泉で暖かくてすっかり気に入ってしまったのだ。

 そして何よりラルバがここをご贔屓にしている理由は、

 

「おぉ、いらっしゃい、ラルちゃん」

 

 恋人がこの宿を経営しているから。

 

 ラルバの恋人は一見、人間に見えるがその背中にはラルバみたいに羽がある。ラルバみたいと言ってもラルバのように色鮮やかではなく、鋭く大きい透明な羽が左右に二枚ずつあるのみ。

 この青年は最猛勝(さいもうしょう)と言われる八大地獄に付属する十六小地獄のひとつ、膿血地獄にいる虫の精であり、名は血狩(けっか)

 シュッとしたシャープな顎ラインに小さな鼻、そしてくっきり二重に赤く大きい瞳を持ち、黄色と黒のメッシュの髪。髪型は外の世界で言うところの長めのスポーツ刈りでさっぱりとしており、蜂のような触覚が額から生えている。

 

 見た目は若いがこれでも数千年の時を生き、旧地獄が今ある地獄へ移る際に亡者を拷問する任を引退し、慣れ親しんだこの場所で温泉宿をほそぼそと営んでいるのだ。

 ほそぼそとはいうものの、地獄で働いた関係で実際のところは閻魔や死神、獄卒らが休暇で訪れたりお忍びで泊まりにきたりと結構繁盛している。言うなれば知る人ぞ知る宿。

 

 ラルバはふらっと立ち寄ったこの宿が気に入り、しかも血狩の人柄に惹かれちょくちょく訪れるようになり、今ではこうして恋仲となったことで余計に訪れる回数が増えている。

 

「寒かった〜!」

「おぉ、よしよし……寒くてもこうして来てくれて儂は嬉しいよ」

 

 ムギュッと抱きついてくるラルバを優しく受け止め、優しい言葉をかける血狩。対するラルバは彼の胸板にグリグリと顔を押しあてて久々に会えた喜びを爆発させている。

 久々と言っても前に訪れたのはほんの二日前だが……。

 

「血狩さん、ちょっと確認してほしいことがあるですが……」

 

 そこへ宿の従業員の女(鬼)が帳簿を持ってやってきた。

 血狩はラルバに待っててというように頭を軽くポンポンと叩くと、女の元へ行って「どれどれ……」と帳簿を確認する。

 

「すみません、恋人さんがお越しなのに空気が読めなくて……」

「よいよい、時間はたっぷりあるでの。それよりどこじゃ?」

 

 ほんわかと笑って確認してほしいところを指すよう促す血狩。すると女は「ここなんですけど……」と言いながら指差した。

 

「………………」

 

 そんな二人をラルバはじーっと射抜かんばかりに見つめる。

 何しろ女の方が血狩の肩にピッタリとくっついているので、ラルバとしては面白くない。しかも血狩もそれを咎めようともしないのだからラルバの不満は増す一方。

 

(私の血狩なのになんなのあの女。私よりほんの少し……ほんの少〜〜〜し、スタイルがいいからって!)

 

 身体の凹凸が女性らしい女が恨めしいラルバ。ラルバは妖精なのでこればかりは仕方ないが、恋する乙女にとってはこれもかなり重要なことなのだろう。

 

「うわっ、なんか凄く睨まれてるんですけど……やっぱり邪魔したからですかね?」

 

 ラルバの鋭い視線に気がついた女は震えた声で血狩へ耳打ちする。

 血狩はそれに「大丈夫大丈夫」とのほほんと笑って返すが、そうしている間もラルバの嫉妬心は募っていく。

 このままでは橋姫が嗅ぎつけてやってくるほどの嫉妬心だが、鈍感な血狩には分からない。

 

「あ、あ〜、そろそろ先輩が戻ってくる頃です! あとは先輩に聞きますから、血狩さんは恋人さんとゆっくりしてください!」

 

 なので先に女の方が音を上げ、ラルバの視線から逃げるようにして去っていく。

 血狩はそんな女をポカンとしながら見ていたが、ふと腰ら辺に軽い衝撃が伝わった。

 

「?」

「………………」

 

 くるりと軽く首をひねって感触が伝わる箇所を見ると、ラルバが黙ったまま自身を睨みながら引っ付いているではないか。

 血狩はどうしたのだろうと思い小首を傾げるが、どんなに考えてもラルバに睨まれる理由が見つからなかった。

 なので血狩はそのままズリズリとラルバを引きずるように、いつもラルバが泊まる部屋へと運んだ。

 

 ーー

 

 ラルバが泊まる部屋は宿の宿泊部屋ではない。

 恋人になる前からラルバは血狩が普段寝泊まりしている宿の屋根裏部屋に泊まるのだ。

 どうしてかというと、ラルバはお金を持っていないから。

 一番最初に宿へやってきた時も同じで『お金はないけど泊めてください!』と正直に、それでいて元気に言ったので血狩は『なら儂の部屋に泊まりなさい』と屋根裏部屋へ上げたことがきっかけで今に至る。

 

「着いたぞい、ラルちゃん?」

「…………知ってる」

 

 部屋に着いたものの、やはりラルバは血狩から離れようとしない。しかも先程よりもギューッとしがみついており、血狩は頭を悩ました。

 

「儂は何かラルちゃんの気に障るようなことをしてしまったのかのぅ?」

 

 なので血狩は素直にラルバへ訊ねてみた。

 

「分からないんだ?」

「恥ずかしいことじゃがな」

「血狩ってホント鈍感よね」

「お耳が痛い話じゃのぅ」

「私じゃなきゃ、すぐに振られちゃってるよ?」

「ラルちゃんが恋人で儂は幸せ者じゃな」

 

 その言葉を聞くと、ラルバの羽はバッサバッサと羽ばたく。鈍感な彼にやきもきし、鈍感な彼のなんの変哲もない言葉に機嫌を直すラルバ。

 ラルバは自分で自分が単純だと思ったが、自分の好きな相手はこうして自分と恋人であることを幸せと感じている……それが何やり嬉しかったのだ。

 

「血狩のバ〜カ♡」

 

 なのでラルバはそれだけ言って許してあげた。

 言葉はあれだがその口調は喜びに弾み、表情もキラキラと輝いて、腰に回している両手もキュッと甘く結ばれている。

 一方、血狩は「かっかっか!」と愉快そうに高笑った。

 

「バカって言われて笑ってるとか、変な血狩♡」

「それはラルちゃんも同じであろう?」

「え〜、どうしてよ〜?」

「そんなバカと付き合っているじゃろう」

 

 血狩は優しい声色でゆっくりと告げると、ラルバの頭を優しく優しく撫でる。

 その優しさに包まれたラルバはカァーッと顔が熱くなり、「し、知らない!」と照れ隠しに赤くなった顔を血狩の腰に押しあてて隠した。

 

「本当にどこまでも愛らしい恋人よ……願わくばこれからも儂の隣に寄り添っていておくれ」

「…………そんなの言われなくたっているもん♡」

 

 消え入りそうな声で言葉を返すラルバ。するとラルバはヒラヒラと舞い上がり、血狩の真ん前に移動する。

 真ん前まで行くと、今度はギューッと正面から血狩に抱きついた。それはまるで"もう離れない"と言っているようで、血狩もラルバの背中に両手を回して応える。

 

「私、血狩のこと好き♡」

「儂もラルちゃんを好いておるよ」

「今日からここに住む♡」

「それは喜ばしいことじゃなぁ」

「えへへ、でしょう?♡ あ、でも夏は太陽の光を浴びに地上へ行くから、その時は血狩も一緒にくること!♡ 拒否権無しだから!♡」

「これは困ったことになったのぉ」

 

 血狩はそう言うが、全く困っている風ではなかった。

 

 後、血狩は夏場はラルバと太陽の畑で幽香の許可を得て養蜂場を開業し、ラルバと末永く甘い生活を送ったーー。




エタニティラルバ編終わりです!

エタニティラルバは妖精なのでセーフということで!

お粗末様でした!


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ネムノの恋華想

恋人はネムノ。


 

 妖怪の山ーー

 

 今日も幻想郷は何事もなく、平穏な時が過ぎていく。

 そんな平穏な昼下がりの中、射命丸文は妖怪の山上空から自身の新聞のネタ探しをしていた。

 

「椛に聞いたらここら辺だと聞いたんですがねぇ……はてさて、どこにいるやら」

 

 文はとある人物を探して山の上空をフラフラと飛び回る。

 その探している人物とは山姥の坂田ネムノ。

 ネムノは種族間で不可侵条約を結んで、妖怪の山で独自に生活している妖怪。

 自分の縄張りに入ってくる者を嫌い、その者は開きにして天日干しにする……などと山姥らしい言動を使っては追い払うが、それは単に脅しているだけで自分が気に入った相手には親切にするらしい。

 現に哨戒任務を行っている椛や他の白狼天狗たちとは笑顔で挨拶を交わしたり、時々食事にご招待されることもある、と椛はいう。

 よって文は上手くお近付きになってあまり世に知られていない坂田ネムノの密着記事を書こうとしているのだ。

 

(しかし一向に見つかる感じがしませんね……やはり普通に歩いて探した方がいいのでしょうか? しかし無闇に縄張りに入ればお近付きなるどころではありませんしねぇ……)

 

 文がそんなことを考えていると、ふと木々の隙間に人影を見つけた。

 その人影はよく見ると若い人間の男で背中に大きなかごを背負っている。顔は中性的、しかしどこか憎めないようなのほほんとした中肉中背で妖怪の文から見ても好青年だ。

 すると文は椛から聞いた話がふと脳裏によぎった。

 その話とはーー

 

『坂田さんを探している際に人間の男を見つけたら、絶対に声をかけないように』

 

 ーーとのこと。

 

 聞いた時はそんな人間はいないだろうと文は心の中で笑っていた。

 何しろ今文がいるところは守矢神社とはかけ離れた場所で、人間が通っていいとされる山道とはかなり外れた場所。

 なのに椛の言う通りのことになっている。

 

 よって、文としては記者として『どうしてこの青年がここにいるのか』訊ねてみたくなった。

 文はすぅっと高度を下げ、青年に声をかける。

 

「どうも、はじめまして。私は『文々。新聞』の記者をしています、清く正しい射命丸文と申します。二、三お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 営業スマイルで文は訊ねたが、青年は妙に口をパクパクさせているのみ。

 そんなに驚かせちゃったかな?ーーと文は心の中で首を傾げる。

 

「確かに私は妖怪ですが、別に貴方を取って食うことはしませんよ。ただ私はどうして人間がこんな山奥に一人でいるのか疑問に思って声をかけただけなのです」

 

 青年を安心させようと笑顔で語りかける文。

 しかし青年はただただおろおろと後ずさるのみ。

 

(そんなに私って怖いですかね? 人里にもしょっちゅう出入りしてますし、こんなに怯えられるとは……)

 

 幻想郷に人と妖の隔たりが無くなって随分経つ。なのにこの怯え様。

 文はこんなに怯えられたのは久しいと思いながら、どうしようかと思案する。

 

 ドドドドド……!

 

「?」

 

 すると何処からか音が聞こえてきた。

 その音はまるで鬼が怒り狂って走っているような、文の背筋に嫌な寒気がするほどの音。

 音が段々と文たちの元へと近づいてくると、

 

「な、うちのおどごさ()何してんだ、鴉天狗!」

 

 それはあのネムノ。

 ネムノは文も驚くほどの速さで青年との間に割って入ると、青年を庇うようにして愛用の(なた)の先を文に向けた。

 

「あやややや! ちょ、ちょっと待ってください!」

「いいや、待てねぇべ……その前にあんたをこの鉈で切り刻む!」

 

 ネムノの気迫に押されて動きが鈍った文はネムノに組み伏せられる。

 そしてネムノが鉈で文の羽を切り落とそうとした時、

 

「………………!」

 

 青年がネムノの鉈を持つ手を両手で掴み、必死に首を横に振った。

 

「でも、おめぇ……」

「…………」

 

 ネムノは青年の目を見ると、ふっと小さく息を吐き鉈を持つ手をゆっくり下ろす。

 青年はネムノを文の上から退かすと、文を座らせ、服についた土や落ち葉を払い落としたあとで必死に文に向かって頭を下げた。

 何が何やらちんぷんかんぷんの文を見、ネムノは今度は大きなため息を吐く。

 

「はぁ……もう埒があかねぇべ。おい鴉天狗、特別にうちらのねぐらに連れてってやる。話はそれからだべ」

 

 そう言うとネムノは青年を肩に乗せてのしのしとねぐらまでの山道を歩き、文はそのあとをふよふよと飛んで追うのだった。

 

 ーーーーーー

 

 ネムノのねぐらに着いた文。ねぐらは熊か何かの獣が使っていた洞穴で薄暗く、ろうそくの火が辺りを不気味に照らしている。

 それも文にとってはかなり注目すべきことであったが、それよりも目を引くものがあった。

 それはーー

 

「ん〜、よしよし……たんとうちに甘えるんだよぉ♡ ご苦労さん♡」

「…………」

 

 ーーネムノが青年を甲斐甲斐しく膝枕して、先程とは全く違う甘い声色で甘やかしているのだ。

 ネムノ本人はデレデレした顔で青年の頭を撫でくり回しているが、青年の方は文が見ているからか狼狽して恥ずかしそうにしている。

 

「あの〜、坂田さんとその方はどういうご関係なんです?」

「あん、見て分からねぇのけ? 恋仲さ決まってるべ」

 

 さも当然のようにネムノが言うので、文は「え」と驚きの声をあげた。

 何しろ文が聞いた話によるネムノに人間の恋人がいるんなんて思ってもみなかったから。

 

「…………お二人の馴れ初めをお訊きしても?」

 

 恐る恐る文が訊ねると、ネムノはほんのりと頬を赤く染めて「恥ずかしいけんど、これも何かの縁だし話してやるべ」と話してくれた。

 

 ーー

 

 ネムノの話によると恋人の青年の名は「クチナシ」という名前で、その理由は本人が言葉を喋れないことから彼の両親が名付けたという。

 クチナシは産まれつき発話障害で話すことが出来なかった。それでもクチナシの両親はクチナシを優しく愛情深く育てた。

 しかしクチナシの両親は彼が成年する前に不慮の事故で他界。クチナシは両親が亡くなった悲しみに暮れる暇もなく、自身の食いぶちを稼がなくてはいけなかったが話すことが出来ない彼に仕事は無く、借家の賃金も払えなくなって追い出されるように山の奥に入っていった。

 山の中なら木の実や山菜で餓死はしないだろうと思っての選択で、彼自身も両親と共に何度も訪れた経験があったから。

 それでも山で暮らすというのは普段から山に慣れ親しんでいないクチナシの想像を絶した過酷なものだった。

 

 そして行き倒れていたところをネムノが救い、ネムノは自身の中に隠れていた母性本能が芽生え、自分に甘えてくれるクチナシを愛すようになり、今に至るんだそうな。

 

「なるほどなるほど……しかし、よく彼の生い立ちをそこまで調べることが出来ましたね」

「うちだって人里に行くことはあるべ。そこで色々と話を聞いて回っただけだ」

「人の不幸は蜜の味と言いますしね……そういう話は皆さんよくしてくださいますでしょう」

「あぁ……色々と尾ひれもついてたが、うちが今話したのが真実だと思ってる。こいつも何も否定してないし」

 

 な?ーーと付け加えつつ、ネムノがクチナシに視線をやるとクチナシはコクコクと頷いた。

 

「ふむふむ……」

(これはいい記事になりそうですね。見出しは大きく『山姥、人間の男とねんごろ!』という感じでしょうか?)

 

 そんなことを考えながら、文は記事の構成を頭に思い描く。

 するとネムノが「あのよぅ」と声をかけてきた。

 

「はい、なんでしょう?」

「あんた新聞記者なんだべ?」

「はい……あ、申し遅れました! 私はーー」

「捏造新聞の射命丸だべ? 椛がよく愚痴をこぼしてるの聞いてっから分かる」

 

 言葉を遮られてネムノから放たれた言葉に文はズコッと仰け反った。

 

「こほん……椛が何を言っているのかは聞きませんが、私は捏造なんてしてません。ただ読者の方々に楽しんでもらい、日頃の話題をご提供していましてーー」

「椛から聞いたが、外の世界には()()()()なんて言う言葉があんだべ? あんたもそう言われないようにあんま脚色せんで書いた方がいいんでないの?」

 

 ネムノの正論が文の清く正しい胸に突き刺さる。

 

「これはうちのお節介かもしれねけんど、脚色して物事を大袈裟にするよりは、ありのままを書いた方が身近に感じてもらえる思うんだわ」

「……そ、そうですかね?」

「んだ。だって脚色出来るってことはそれだけあんたの筆が走ってる証拠だべ? そんだら脚色せんでもそれだけで人を引きつける文章が書けるとうちは思うんだぁなぁ」

 

 ネムノの言葉に文はこれまで自分が忘れていたジャーナリズム道の心を再び思い出させてくれた。

 

「ありがとうございます、坂田さん! 私は次から脚色していない真っ当な記事を書いて人々へ話題を提供します!」

 

 文はそう誓うと、こうしてはいられないと風の速さでその場をあとにするのだった。

 

「鴉天狗は相変わらず騒がしくて敵わん……」

「…………」

 

 苦笑いでネムノがぼやくと、クチナシがちょんちょんとネムノの服を引っ張る。

 

「? どうしただ? おっぱいが?」

「!!!」

「そげに怒るでねぇ、ほんの冗談だべ♡」

「…………」

 

 ネムノはそう言ってクチナシの頭を軽く叩くように撫でるが、クチナシからはプイッと顔を逸らされてしまった。

 

「あぁん、そげなつれない態度は止してほしいべや……うち、悲しい」

 

 なのでネムノは謝ってクチナシの頬に自身の頬を擦り寄せる。

 するとクチナシが『反省してる?』と言うような目を向けた。

 

「うん、十分に反省しただ! もう変な冗談は言わない!」

「……♪」

 

 クチナシはネムノに向かってニッコリ微笑むと、起き上がってネムノへ向かって両手を広げる。

 これは二人の仲直りの合図で、

 

「ひひひ、大好きだべ!♡」

「…………♪」

 

 このようにひしっと抱きしめ合うのだ。

 

「なぁ……」

「?」

「もう、山菜も採り終えたんだべ?♡ そんだら、もう何処にも行かんでいいし、うちとイチャイチャの時間だべ?♡」

 

 ネムノのおねだりにクチナシがコクリと頷くと、ネムノはクチナシを押し倒すように覆い被さり、

 

「クチナシ〜、しゅき〜♡ ちゅちゅっ♡」

「……っ……!」

「いいでないの♡ 今日はキスの日にしよ♡」

 

 うんと甘い時間を過ごすのだった。

 因みに出ていったはずの文はいつの間にか戻ってきており、しっかりとその光景を写真に収め、一面にして脚色せずに報道した。

 しかし余りにも甘過ぎた内容だったのでいつものように脚色したのだろう、と殆どの者たちから思われたという。

 しかししかし、その新聞を読んだネムノはーー

 

「うひゃ〜、うちらのこと記事にしてるわ……もっと甘く書いてもいいのにねぇ〜」

 

 ーーと妙な不満をもらしたとか。




坂田ネムノ編終わりです!

ちょっと甘さ控えめになりましたが、ご了承を。

ともあれお粗末様でした♪


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あうんの恋華想

恋人はあうん。


 

 博麗神社ーー

 

 今日も平和に時が過ぎ、人々が寝静まった頃。

 高麗野あうんは霊夢が寝ている間、今宵も狛犬の務めとして神社の鳥居から入ってすぐ近くで見張りをしていた。

 

「くぁ〜……人の姿になって随分経ちますが、やはりここに座っている時が一番落ち着きますねぇ」

 

 新しく作ってもらった台座(勇儀作)に座り、あくびを噛み殺しながら元あった姿の時と同様に背筋を伸ばすあうん。

 流石に雨や雪の時は霊夢が中で寝るように言うが、晴れている日や曇の日なんかはもっぱらここがあうんの定位置だ。

 そもそも狛犬であるあうんとしてはここにいるのが当たり前なのだが、人の姿になったことで霊夢があうんを一人の人として気を配るため最初の頃は問答無用で布団の中に押し込まれていた。

 霊夢としてはいくら神使(しんし)とは言え、実際に命ある姿になったあうんをそのまま外に置いておくのには良心が痛むのだ。それに只でさえ博麗神社は悪い噂が絶えないのに、『博麗の巫女は女の子を外にほっぽり出している』なんて言われては余計に参拝客の足が遠退くと思ってのことだった。

 しかしあうんが『狛犬としての務めを全うしたい』と強く訴えたので、霊夢が天候が悪くない日の夜間ならいいということにし、今に至る。

 

(朝になったら境内の落ち葉拾いして、霊夢さんや翠香さんを起こして、クラピちゃんたちと山菜採りに行って……)

 

 やることがたくさんで大変ですねぇ……とあうんは笑った。

 人の姿になったことで他人と交わることが出来るようになったのがあうんは嬉しい。なので今の姿にはとても満足し、毎日充実している。

 そして何よりーー

 

「"びゃくだ"さんが今夜は会いに来てくれるから、楽しみだなぁ♡」

 

 ーー人間と同じように恋焦がれることが出来るようになったのが、あうんの日々に更なる彩りを与えていた。

 

 あうんの言う『びゃくだ』とは守矢神社の境内の地下に住む、あうんと同じく神使の白蛇のこと。

 フルネームは「上水(かみみず)びゃくだ」で、あうんとは違い、神社と共に幻想郷にやってきた神使で幻想郷に来たことで人の姿になることが出来るようになった者。ただ、それだけでなく霊力によって途方もないほどの大きさの大蛇へ化けることも出来る。

 普段は水神様の使いとして守矢神社の敷地内でニョロニョロと気ままに散歩し、日向ぼっこをしてのんびり生活しているが、例の異変によって狛犬が人の姿になったことを耳にしてびゃくだがそれに興味を引かれて夜にあうんの元を訪ねたのが二人が恋仲になるきっかけだ。

 

 人の姿のびゃくだはあうんより頭一つ分大きい背丈で、人間としては小さめ。しかし絹のように白い肌と腰まである長く白い髪を持ち、瞳は真紅色という誰もが見惚れる容姿を持つ。

 よってあうんはその神秘的なびゃくだに一目惚れし、びゃくだもびゃくだであうんの明るい人となりに惹かれ、恋仲の関係になるのにそう時間は掛からなかった。

 

 そして二人の逢瀬はもっぱら夜。昼間でもお互い会うのは可能だが、恋は神をも堕落させるため、その身を固めるまでは互いに節度ある関係を保とうとしているのだ。

 

「びゃくださん、びゃくださん♡」

 

 あうんは懐からびゃくだの写真(撮影:文)を取り出し、その写真に笑顔で話しかける。因みにびゃくだはあうんの写真を持っていて、自分の寝床に飾っているんだとか。

 

「次の宴会の時は文さんに頼んで一緒のとこを撮ってもらおかな♡ あ、でもびゃくださんは私と一緒のとこは写りたくないかな……」

 

 先程まではデレデレした顔のあうんだったが、すぐに眉尻を下げて悲しげな表情になる。これも一重に乙女心というものだろう。

 

「何ひとりで勝手な想像して勝手に悲しんでるの?」

 

 するとそこへあうんの待ち人、びゃくだが大物のアオダイショウくらいの姿で鳥居をくぐってきた。

 そのびゃくだの姿を見た途端、あうんの表情は桜が咲いたかのように明るく咲き乱れ、ものすごい速さでびゃくだの元へとやってくる。

 

「びゃくださん、いらっしゃい!♡ 会いたかったです!♡」

 

 恥ずかしげもなくあうんはそう言い、蛇姿のびゃくだを持ち上げてその胸にギューッと抱きしめた。

 

「あうんは相変わらず可愛い性格してるね」

(僕も会いたかったけど、そこまでストレートには言えないなぁ)

 

 びゃくだはそんな言葉を返しながら、心の中で苦笑い。何せ何千年もこのような気持ちになったことがなかったので今更感が強く、あまり口には出来ないのだ。

 しかしびゃくだの体はちゃんとあうんの腕に優しく巻き付いているので、体は正直である。

 

「えへへ、びゃくださんに可愛いって言われちゃった♡ 嬉しいなぁ♡」

「それくらいでそんなに喜ぶことかい?」

「はい!♡ だってびゃくださんのこと大好きですから!♡」

「そ、そうかい……」

 

 びゃくだはあうんの真っ直ぐな言葉に思わず胸がときめき、声が上ずってしまった。

 

「あ、びゃくださん今照れたでしょ?♡」

「は、はぁ? 何を根拠に言ってるんだい?」

「だってびゃくださんって照れてる時は言葉がたどたどしくなるもん♡ 今だって目が泳いでるし♡」

「そ、そんなことにゃ……ないぞ?」

 

 言葉を噛んでも尚認めようとはしないびゃくだ。

 するとあうんは「はは〜ん」と含み笑いした。

 

「な、なんーー」

 

 ーーだい、と言葉を返そうとしたびゃくだであったが、それはあうんによって遮られる。

 何故ならあうんがびゃくだの顔をペロリと一舐めしたから。

 

「な、な、なななな!」

 

 壊れたからくり人形のようにガタガタと震え、盛大に狼狽するびゃくだ。

 しかしそんなびゃくだにお構いなしのあうんは何度も何度もびゃくだの顔を優しく、自身の舌でペロペロと転がしていく。

 

「あ、あうん!? 何してるの!?」

「ん、何って……ペロッ……びゃくださんが素直じゃないから、です……ペロペロ♡」

「あふん……っ、や、止めてくれ! ひゃっ、耳はダメ!」

 

 びゃくだはあうんの舌で撫でられ、あられもない声をあげる。

 普通、蛇は爬虫類なので何処を撫でられても気持ちのいい箇所はないのだが、びゃくだは人の姿になれるようになったのが原因でそれ相応の感覚があるのだ。

 

「えへへ、びゃくださんって普段はしっかりしてるのに、こういう時は可愛いですよね♡」

 

 やっとペロペロ攻撃が終わる。あうんは相変わらずニコニコしているが、びゃくだはぐったりと体をあうんから垂れ下がっていた。

 

「勘弁してくれよ、あうん……」

「だってびゃくださんが素直じゃないんだもん♡」

 

 こうなるとあうんは強い。普段ならば何かと後手に回るのはあうんなのだが、こうした恋人同士のイチャイチャになるとびゃくだはめっぽう弱いのだ。それもこれもそれだけびゃくだがあうんに首ったけという証拠でもあるが、本人はそれを認めない。

 

 ーー

 

 それからびゃくだも人の姿になると、二人は鳥居の上に肩寄せ合って座る。

 あうんはびゃくだの左腕にぴたっとくっつくき、足や尻尾をパタつかせてご満悦だが、びゃくだの方は先程まであうんに舐め回された余韻が消えずに頬を桜色に染めていた。

 

「びゃくださん、びゃくださん♡」

「はいはい、ここにいるよ」

「わふ〜♡」

 

 まるでマーキングでもするかのようにびゃくだの体に自身の体を擦り付けるあうん。

 びゃくだはそんなあうんが可愛くて、恥ずかしいと思いながらも好きにさせている。

 

「びゃくださんはひんやりしてて気持ちいいですね♡」

「そうかい?」

「はい!♡ あ、でも今は照れてるから温かいですね……いや、熱いかも?」

「そ、そう……」

「素直じゃないとまた舐めちゃいますよ?♡」

 

 妖しく笑って舌なめずりをするあうんに、びゃくだは慌てて「あ、あうんと一緒だから!」と言葉を返した。

 

「わふ〜♡ そう言ってもらえて嬉しいです♡」

「そ、それなら良かったよ……」

「はい!♡」

 

 その後も二人の逢瀬は夜明けまで続き、びゃくだはあうんのストレートな愛情表現に此度もてんやわんやさせられるのだった。

 因みにあうんとびゃくだが揃っていると、他の妖怪たちはその甘々空間に砂糖を吐き、悪さをするどころの騒ぎではなくなっているんだとかーー。




高麗野あうん編終わりです!

狛犬ですが、妙に犬っぽくなっちゃいました。
でも可愛いからいいよね?

お粗末様でした!


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成美の恋華想

恋人は成美。


 

 魔法の森ーー

 

 雲ひとつない晴天に恵まれた幻想郷。

 そこには人や妖怪といった様々な種類が共存し、暮らしている。

 ここ魔法の森にも妖精たちや白黒の魔法使い、七色の人形使いなどが暮らし、そして地蔵の生命体として矢田寺成美もここに暮らす。

 

「今日はお日様の光もポカポカで絶好のお散歩日和ね♡」

「はい、そうですね」

 

 日向があたる切り株に座る成美のすぐ横には、一人の青年が成美と肩寄せ合って座っていた。

 真っ赤な色をした肩まである髪。その毛先は逆立ち、黒い毛もチラホラ見えてメッシュのよう。しかし顔立ちは優しく、どこか儚げで、病的なまでに白い肌をしている。そして更に目を引くのは爪で、その爪は禍々しい程の紫色で斑模様をしているのだ。

 

 この青年の名は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。別名、彼岸花。

 青年はあの彼岸花が人の姿になったもので、人の悲しみが彼岸花に募ってこの世に生を受けた花の妖怪のような存在だ。

 人々には死神と呼ばれ、魔法の森からは重大な用事がある以外は出ない。

 死神と呼ばれる理由は彼の爪。彼の爪は誰でも苦しむことなく殺すことの出来る毒の爪で、しかも彼岸花の妖怪とあっては人々としては恐怖の対象なのだ。

 しかし曼珠沙華本人はとても温厚で自ら進んで人々を殺して回ったりはしない。縁あって閻魔である映姫に頼まれた時のみ、その能力を振るう。

 その時とはその者が酷い病で耐え難い苦しみを受けて死を待つ時や感染力の高い疫病にかかってそれが拡大しないようにする時で、その時は映姫自らが曼珠沙華の元へやってきてお願いをしている。

 それは曼珠沙華が映姫も呆れるほど人々を慈悲深く愛しているからで、それほど愛している人々を自らの手で殺すという苦行のような役目を頼んでいるからだ。

 

 そんな曼珠沙華が成美と共にいるのは、二人が恋仲の関係にあるから。

 成美は魔法の森に佇んでいた地蔵で、その傍らに曼珠沙華(当時はただの彼岸花)が寄り添うように咲いていた。

 そして例の一件で成美は生を受け、それから少しして曼珠沙華も生を受け、二人は生きて会うことが出来、このような関係に落ち着いたのだ。

 

「まんちゃん♡」

「なぁに?」

「キスしていい?♡」

「え、こんな日の高い内から?」

「うん♡」

「い、いくら成美ちゃんの頼みでも、それはダメだよ」

 

 頬を桜色に染め、キスを断る曼珠沙華。

 対して断られた成美は「えぇ」と不満顔で曼珠沙華を見つめた。

 

「どうして〜? 魔法人間の魔理沙は恋人同士はしょっちゅうキスするものだって教えてくれたよ?」

「そ、それはほんの一部の恋人同士の話だと思うな〜」

「じゃあ、私の心がまんちゃんへの愛でいっぱいになったからキスしていい?」

「今"じゃあ"って言ったよね? 今思い付いたよね?」

「むぅ、細かいなぁ。まんちゃんは私とキスしたくないんだ?」

「べ、別にそういう訳じゃ……」

 

 成美の言葉に今日も曼珠沙華はてんやわんやさせられる。

 しかしこれが二人の日常で何度も繰り返される幸せな時間。

 

 そんな二人の元へ、

 

「お天道様の目のある時に堂々と何をしているのですか、あなた達は……?」

 

 閻魔の映姫が青筋を立て、眉間にシワを寄せ、こめかみをピクピクさせながら現れた。

 

「え、映姫さん!? こ、これはですねーー」

「どう見たって私とまんちゃんのラブラブイチャイチャタイムです! 邪魔しないでくれます?」

 

 成美が狼狽える曼珠沙華の言葉を遮ってさも当然のように言い返すと、映姫はガクッと頭を下げる。

 

「…………あなた達が日頃仲睦まじく過ごしているのは私も存じております。しかしーー」

「えぇ〜、閻魔様ともあろうお方が私達のラブラブを監視してるんですか〜? きゃーこわーい!」

 

 どこまでも煽っていくスタイルの成美に映姫は我慢ならずに手にする悔悟の棒で成美の頭を殴った。

 

「全く……あなたのような方が地蔵と言われて困ります。こんなだから人々から"地蔵ポルノ"だの"エロ地蔵"だの"たわわ地蔵"と呼ばれるんですよ」

「イタタ……私は地蔵だけど、あなたみたいに菩薩じゃないもん。ただの石の地蔵だもん」

「多くの人は地蔵=菩薩と思っているんですよ! あなた個人が菩薩でなくても、それ相応の振る舞いをなさい!」

「おーぼーだ!」

「恨むなら地蔵のあなたに生を与えた者を恨みなさい!」

 

 ワーギャーと言い争う成美と映姫。しかしこれも今に始まったことではなく、曼珠沙華はもう現実逃避するかのように日向ぼっこに専念していた。

 空は青いなぁ、などとほのぼのとしながら……。

 

 ーー

 

「これに懲りたら、己の行いを悔い改めなさい!」

「………………」

 

 やっと成美と映姫の話は終結した。

 しかし成美はあれからも幾度となく映姫から悔悟の棒で頭を叩かれ、流石の成美も伸びてしまっている。

 そんな成美を曼珠沙華は優しく介抱していた。

 

「……それで、あなたに用があるのですが」

 

 ふと視線を曼珠沙華に移した映姫が話しかけると、曼珠沙華は思わず映姫から視線を逸らす。

 わざわざ映姫が自分のところにやってきた……即ちそういうことだと曼珠沙華は察したのだ。

 

「ダメよ! まんちゃんにもうあんなことさせないで! この鬼! 悪魔! 閻魔!」

 

 成美は即座に復活して曼珠沙華を庇うように抱きかかえ、映姫へ罵声を浴びせる。

 しかし映姫は「私は閻魔です」と冷静にツッコミながら、静かに言葉を続けた。

 

「今日はそういうことでやってきたのではありません。小町が全く戻って来ないので心当たりがないか休憩がてら尋ねて回っているのです」

 

 映姫の言葉に曼珠沙華はホッと胸を撫で下ろし、成美も少しだけ曼珠沙華から離れる。しかし成美の両手はしっかりと曼珠沙華に回されていた。

 

「小町さんですか? 少なくとも僕は見かけてませんね……」

「私も……あ、でもいつだったか魔理沙の家で寝てたのを見たことが……」

 

 成美が思い出したことを映姫にそのまま伝えると、映姫は「そうですか、ご協力感謝します」と告げて鬼のような形相ですっ飛んでいく。

 それを見送った二人は心の中で小町に手を合わせるのだった。

 

 ーー

 

 映姫が去ってから暫くの時間が過ぎた。

 日も傾き、二人もそろそろ別の場所へと移ろうかとしていた頃。

 

「良かったね、まんちゃん」

 

 成美がふと曼珠沙華へそんなことを言った。

 曼珠沙華はどういう意味で言われたのか理解出来ず、ただ小首を傾げるばかり。

 すると成美は「……バカ」と小さくつぶやいた後、自身の胸に曼珠沙華の顔をムギュッと収めた。

 

「え、ちょ、成美ちゃん?」

 

 いきなりの抱擁……そして顔中に伝わる成美の大きくたわわな成美山脈の感触に、曼珠沙華は思わず狼狽える。

 すると、

 

「悲しいことをしなくて済んで、良かったね」

 

 成美は優しい声色で曼珠沙華の耳にぽつりと言葉をかけた。

 

 曼珠沙華は人をこよなく愛す彼岸花の妖怪。

 しかしその思いとは裏腹に彼の仕事はその人々を殺すこと……映姫が来た時はほぼそのこと絡み。

 なのに今回はそうでなかった。

 成美は誰よりも人間を愛す優しい心を持つ曼珠沙華の心が、また深い傷を負わずに済んだことを『良かったね』と彼へ伝えると同時に、また自分にも大好きな彼が傷付かなくて『良かった』と言ったのだ。

 

「成美ちゃん……」

「必ずまんちゃんがやらなきゃいけない日が、この先も何回もあると思う。でも私がいつも側にいて、まんちゃんの心の傷を少しでも一緒に背負ってあげるから」

「……ありがとう、成美ちゃん」

 

 曼珠沙華がニッコリと微笑んで成美へお礼を言うと、成美はニコッと愛らしい笑みを返して、次の瞬間には曼珠沙華の唇を奪った。

 ちゅっ……と小さく甘い音が響き終わると、曼珠沙華は顔を真っ赤にして硬直。

 そして、

 

「もう夕方だからキスしたって問題ないもんね♡」

 

 成美はテヘッと可愛らしく舌を見せて、してやったりといたずらな笑みを浮かべる。

 その笑顔はとても素敵で、曼珠沙華は思わず頬を緩めてしまった。

 そんな曼珠沙華が愛しく思い、成美はその後も日が完全に静まで、何度も何度も彼の唇を啄んだというーー。




矢田寺成美編終わりです!

お地蔵さんと言えば彼岸花かと思ってこんな感じにしてみました!

お粗末様でした!


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舞の恋華想

恋人は舞。


 

 後戸の国ーー

 

 薄暗い空間の中に巨大な緑色をした木質の扉が多数浮かび、なんとも奇妙な空間が広がる後戸の国。

 その深部では摩多羅隠岐奈とその部下、二童子の丁礼田舞と爾子田里乃が今では主にのほほんと暮らしている。

 先の四季異変を終えてから、幻想郷がちゃんと機能していること知った隠岐奈はその後は定期的に八雲紫と情報交換しつつ、これまでと何ら変わりない生活をしていた。

 少しだけ変化があったとすれば、隠岐奈自身も舞も里乃も後戸の国を出て幻想郷へ遊びに行くようになったこと。

 隠岐奈は紫が築くネットワークの(スーパー)女子会に参加したり、舞や里乃はあの異変で友達になったチルノや他の妖精と妖怪たち、博麗の巫女や白黒の魔法使いの元へ行っている様子。

 因みに超女子会のメンバーはーー

 

 八雲紫:西行寺幽々子:風見幽香:八意永琳

 レミリア・スカーレット:古明地さとり

 八坂神奈子:聖白蓮:豊聡耳神子:茨木華扇

 四季映姫:へカーティア・ラピスラズリ:純狐

 

 ーーと、そうそうたる面子が揃う。

 

 そうした中、隠岐奈は最近気になることがあった。

 それはーー

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 ーー二童子の一人である舞が近頃はずっとご機嫌で、このように鼻歌を歌っている時もあれば、

 

「……はぁ」

 

 このように時折、虚空を見つめてため息を吐くのだ。

 しかもため息を吐いているのに、その表情はとても恍惚としており、両頬も桜の花のようにほんのりとピンク色に染まっている。

 そして極めつけは、

 

「それではお師匠様、里乃、僕は幻想郷へ遊びに行ってきます! あ、もしかしたら帰らないかもなので、ご心配なく!」

 

 こうして毎日のように幻想郷へ遊びに行くことだ。

 

 隠岐奈自身、舞が幻想郷へ行くことに関してはなんら問題と思っていない。寧ろこれまでが遊びに割く時間がなかったので、それまでの時間を取り戻すように遊んでほしいと思っている。

 しかし幻想郷には妙な輩も少なからずいることも事実で、紫も霊夢たちへ常に警鐘を鳴らしているくらいだ。

 舞はバカではないがおっちょこちょい……故に隠岐奈は舞が何か知らず知らずの内に罪の片棒を背負わせているのではないかと心配しているのである。

 

「心配だ……」

 

 舞を見送ったあとでぽつりと隠岐奈がこぼすと、里乃が「まぁ、確かに心配ですよね。粗相をしてなきゃいいんですけど……」と苦笑いを浮かべた。

 

「やはり、里乃も心配しているのだな?」

「はい。何しろお相手は神使(しんし)様ですから……」

 

 里乃の口から出た神使とのワードに隠岐奈は「ん?」と首を傾げる。

 

「あれ、お師匠様は舞から聞いてませんか? 幻想郷に恋人が出来たと」

「それは聞いている。なんでも優しくて温厚で包容力の塊みたいな方だそうだな。舞はおっちょこちょいだからな、あの子のそういったところも優しく包み込んでくれる方がいたのはとても良いことだ」

 

 うんうんと頷きながら舞から聞いた恋人のことを語る隠岐奈。

 すると、

 

「ですから、その恋人が神使様なんです」

 

 里乃がハッキリと伝えると、隠岐奈は「んんん?」と首を傾げた。

 そして冷静に舞から聞いた話と里乃の言葉を理解していくと、

 

「舞の奴は神使と恋仲になっていると言うの!?」

 

 驚愕の事実が判明し、思わず椅子から転げ落ちる。

 

「だ、大丈夫ですか、お師匠様!?」

「大丈夫よ! それよりなんでもっと早く言わないの!?」

「いやぁ、舞も話しているみたいだったのでご存知なのかと……」

「私は舞から『優しい彼氏が出来ました。はーと』としか聞かされていない!」

 

 里乃はそれを聞くと、舞は相変わらずおっちょこちょいだなぁ、と苦笑い。しかも『はーと』ってなんやねんと心の中でツッコミを入れてしまった。

 

「まさかあの子が神使と恋仲になっているなんて……どうしてそうなったのよ。そもそもそれだけ大物なら挨拶しないといけないじゃない」

 

 ブツブツと早口で思案する隠岐奈。隠岐奈自身も秘神であるが、自分以外の神の使いということで慌てているのだ。

 神と神の間で争いが起これば幻想郷どころの騒ぎではない……なので隠岐奈は予想外のことに頭を悩ますことになった。

 

「お師匠様が気にしているようなことにはならないと思いますよ?」

 

 里乃の言葉に隠岐奈が「んんんんん?」と再度首を傾げると、

 

「一度あちらからご挨拶にいらしましたから」

 

 更に紡がれた里乃の言葉で隠岐奈は白目を向く。

 

「ほら、この前舞がお牛さんを連れてきたじゃないですか? あの方が神使様のお牛さんですよ?」

「どうしてもっとそれを早く言わないの!?」

「だって知ってると思ってたんですよ! 知ってるからこそ、お師匠様はよその神使様相手にも堂々としておられると思ってたんです!」

「知らないから喋れる牛の妖怪としか見てなかったのよ! 神使ならばあんな風に腹をベシベシしたり、背中に乗せてもらったりしなかったわよ!」

 

 あぁ、もう早く支度して謝りに行くわよ!

 人里で菓子折りやなんかも買うから付いて来なさい!

 

 隠岐奈の悲鳴にも近い叫び声がこだまし、里乃は急いで支度をするのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、舞はというと、

 

「えへへ、とっしーに後ろからギューッてされるのしゅき〜♡」

「あはは、そう言ってもらえて何よりだよぉ」

 

 玄武の沢のほとりで人間の姿となった神使の牛と逢引の真っ最中で、恋人があぐらを掻いた足の隙間に舞が座って後ろから抱きしめられている。

 

 青と白の狩衣を身にまとい、体が大きくのほほんとした丸顔に細い目、そして低い鼻に耳や額も出た短い髪をしている癒やし系青年が舞の恋人。

 牛の神使で名を天宮 牛満(あまみや としみち)と言う。その証拠に牛満の頭の両側面からは雄々しい牛角が生え、袴からはちょこんと牛の尻尾が見えている。

 

 彼は天界に暮らす火雷神様の使いであり、学業の神様の使いでもある。

 舞が幻想郷を遊び回わっていた際に空を散歩する彼とぶつかり、それを彼が優しく笑って許したことにより、お近づきになったのがきっかけだ。

 それから舞は彼の優しい人柄に惹かれ、幻想郷に来た時には必ず会うことにしていた。

 牛満は普段、天界でのんびりと暮らしているのだが、舞がいつも会う約束をするのでいつも約束通りに幻想郷へやって来ていた。

 そしてつい最近、舞からの告白で二人は恋仲となり、今では最初に出会った玄武の沢が二人の待ち合わせ場所なのだ。因みに牛満はちゃんと火雷神様の許可を得て舞とお付き合いしている。

 

「ねぇねぇ、今日は何する?♡」

「僕は舞ちゃんと一緒ならなんでも嬉しいよぉ」

「それが一番困るんだよね〜♡」

 

 舞はそう言うが、牛満からそう言われるのが好きなので表情や声色は相変わらずデレデレ。

 対して牛満は「ん〜、でも本当のことだしぃ」と相変わらず間延びした言葉を返している。

 

「じゃ、僕がこれから朝までちゅうしよ、って言ったらしてくれる?♡」

「もちろんだよぉ。舞ちゃんがそれで笑顔になれるなら、断る理由がないからねぇ」

「ちゃんととっしーも喜んでくれなきゃやだよ?」

 

 舞がそう言うと、牛満は小さく笑って舞の頭を大きな手でワシワシと撫でた。

 

「んぁ、もう、何〜?♡」

「そんな心配してる舞ちゃんが可愛くてねぇ」

「か、可愛いって……♡」

 

 好きな人からそんなことを言われ、舞はつい頬が緩む。

 すると牛満は更にこう続けた。

 

「僕はねぇ、舞ちゃんと会えるだけで幸せなんだぁ。だから舞ちゃんがそんな心配しなくてもぉ、舞ちゃんが側にいるだけでぇ、僕は喜んでるんだよぉ」

 

 相変わらず間延びした話し方ではあるが、その目の色に嘘も偽りもない。

 それを見た舞は自身のお腹ら辺に回されている牛満の手を払い除け、クルンと体を牛満と向かうようにした。

 

「とっしーはいつも僕を喜ばせるからずるい♡」

「ごめんねぇ」

「許さない♡ だから僕の気が済むまで今日はちゅうしてようね♡」

「いいよぉ」

 

 こうして二人はちゅっちゅっと沢のせせらぎにも負けない甘い音を響かせた。

 

 ーー

 

「お師匠様、この空気は流石にぶち壊せないですよ?」

「〜〜……!」

 

 一方、ご挨拶に来た隠岐奈と里乃は二人のその光景に割って入ることが出来ず、口の中をジャリジャリさせながら後戸の国へ退散したという。

 後日、ちゃんと隠岐奈は牛満が住む天界に出向いて「舞のことをよろしくお願い申し上げます」と深々と頼んだそうなーー。




丁礼田舞編終わりです!

舞ちゃんはこんな感じにしました!

お粗末様でした!


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里乃の恋華想

恋人は里乃。


 

 後戸の国ーー

 

 今日も後戸の国は薄暗く、無限の時が刻まれる。

 例の異変以降、隠岐奈とその二童子たちは前のようにこの後戸の国で穏やかに過ごしていた。

 しかし、近頃の後戸の国は少し華やかになっている。

 

「お師匠様、この花をあちらの方へ植えてもいいでしょうか?」

 

 二童子の一人、爾子田里乃は白と淡いピンク色をしたジギタリスと青いアジュガの花束を見せて隠岐奈に訊ねる。

 

 そう、近頃はこの里乃が幻想郷の人里に行くと毎回のように花を買って帰ってくるため、文字通り華やかになっているのだ。

 後戸の国は不気味と言われているが、今では里乃の手によって日陰でも育つ花々たちで埋め尽くされている。

 隠岐奈も花は好きだし、里乃が言うので好きにさせているが、この花の量は流石の隠岐奈も異変レベルに思えた。

 

「いいけどな、里乃よ。その前にちょっと話がある」

「はい、なんでしょうか?」

 

 なので隠岐奈は里乃へそう切り出し、訊ねてみることに。

 

「お前は近頃、人里へ行っては必ず花を買ってきているが……何故だろう? ここが嫌になったか?」

「そ、そんなことありません!」

 

 ハッキリと否定した里乃の言葉に隠岐奈は内心ホッとしながら、改めて「では何故?」と訊ねる。

 すると里乃は何やらモジモジと身をよじり、顔を伏せてしまった。その伏せられた顔は妙に赤く火照っており、それを見た隠岐奈は我が子の成長を感じる親のような心境を覚える。

 里乃も元は人の子。何年も自分の側にいたとしても、人里に出入りするようになれば恋心も芽生える。隠岐奈は里乃が恋をしていることを悟り、ニッコリと微笑んだ。

 

「言葉が無くとも、仕草が全てを物語っている」

「あぅぅ……」

「別に私は恋をするなとも、人と付き合うなとも言わぬ。里乃が見初めた相手だ……私も応援してやるぞ?」

「…………」

 

 子をあやす母親のように里乃の頭を撫で、優しく語りかける隠岐奈。

 対して里乃は頬を更に赤く染め、どう話そうかと思案していた。

 するとそこへ、

 

「たっだいま〜!」

 

 二童子のもう一人、舞が無数の扉の一つから元気に帰ってくる。その手には何やら御札のような物が握られていた。

 

「おぉ、おかえり、舞」

「お、おかえり、舞……」

 

 にこやかに声をかける隠岐奈と頬を赤くしながら声かけてくる里乃。二人の表情が違うことに舞は小首を傾げながらも、舞は里乃の元までトテトテと駆け寄る。

 

「帰る前に花屋の兄ちゃんとこでお茶ご馳走になったんだけど、その時にこれを里乃に渡してって言われた! だから渡すね!」

 

 舞はそう言うと里乃の手に自分が持って帰ってきた御札のような物を手渡した。

 それは御札ではなく押し花の栞で、中央に押し花を置き、その両端には何やら達筆な文字が並んでいる。

 

「ほう……これはまた情熱的な」

 

 書いてある文字を読み、隠岐奈はニヤリと笑って里乃のことを見た。

 しかし里乃も舞もこの言葉の意味が分からずにいる様子なので、隠岐奈はガクッと頭を下げる。

 

「なんて書いてあるの? 達筆過ぎて僕には読めないよ……」

「えっと……『君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思()ぬるかな』……?」

 

 里乃が声にしてその文字を読み上げるも、やはり二人共に小首を傾げるばかり。

 なので隠岐奈は「これは短歌だ」と告げたあとで、その短歌を解説した。

 

「この短歌を今の私達の話す言葉に変換するとだなーー」

 

あなたに会うためなら、死んでも惜しくないと思っていた命ですが、あなたに会えた今では、いつまでも長くあってほしいと思うようになったものです

 

「ーーということになる。加えてその押し花に使われている花はヒメリュウキンカという花で、この花言葉は『あなたに会える幸せ』・『会える喜び』という」

 

 隠岐奈の説明をふむふむと真面目に聞いている舞であるが、一方の里乃はカァーッと鬼灯の実のように真っ赤で隠岐奈の説明どころではない様子だった。

 

「愛されているな、里乃」

「は、はひぃ……」

「あはは、里乃ったら真っ赤っか〜♪ 縁日で見たりんご飴みたい♪」

「う、うるさいなぁ……」

 

 里乃が最近花を買って帰ってくる理由が分かった隠岐奈は、今度その者へ挨拶しに行こうと考えながら里乃の背中をポンッと叩く。

 

「ほら、せっかく素敵な贈り物を頂いたんだ、お礼の一つでも言いに行ってきなさい」

「え、でももう幻想郷は夕方ですし……」

「善は急げ、だ。なんなら帰ってこなくてもいいぞ?」

 

 まさかの隠岐奈の泊まってこい発言に里乃はボンッとまた真っ赤になる。

 しかし隠岐奈や舞に背中を押され、半ば強引に扉の中に押し込められま里乃は恋人の元へと向かうのであった。

 

「さて、赤飯の用意でもしておくか」

「やった〜! お赤飯お赤飯!」

 

 赤飯を用意する隠岐奈の意図を知らず、舞は無邪気に赤飯が食べられることを喜んでいた。

 

 ーーーーーー

 

 里乃の恋人は人里で小さな花屋を営む半人半妖の青年で名は『桂 椿(かつら つばき)』と言う。

 紺色の菱文模様の着流しを着、父親譲りの赤い髪と緑色をした髪の肩くらいまであるツートンカラーのストレートヘア。目は母親譲りの黒く澄んだ色で、奥二重をした女性らしい目つきの塩顔の細身で長身。

 父親が古椿の霊という花の妖怪と人間の母親の間から産まれた。

 今の幻想郷では人間と妖怪の隔たりも無くなり、里乃の恋人のように半人半妖も珍しくないのである。

 しかし人間と妖怪の間ではなかなか子宝に恵まれず、その数は少ない。

 

 里乃が幻想郷の人里に舞と遊びにきた際、舞が好き勝手に赴くまま行動するので里乃は舞とはぐれてしまった。

 そんな時にふと立ち寄ったのが椿の営む花屋で、彼も里乃から事情を聞いて、好きなだけいてもいいと快く受け入れてくれた。

 舞が戻ってくるまでの間、里乃は椿から彼自身のことや花のこと、花言葉のことと色んなことを教えてもらった。

 そうしている内に里乃は椿の人となりに恋心を抱き、最近になって椿からの告白で恋仲になったという。

 

「うぅ……言われるのがまま来ちゃったけど、もう夜だよぉ」

 

 恋人の住む家の玄関前まできた里乃であったが、彼女は訪ねられずに立ち往生していた。

 何故なら扉から出た場所が博麗神社だったので、いくら飛べるといっても人里に着いた頃には日が沈んでしまったからだ。

 

 因みに椿の家は彼が営む花屋であり、店舗となっている表の戸はもう閉まっているため、里乃は裏にある玄関にいる。

 

(こんな時間に押し掛けたら絶対迷惑だよね……でもお師匠様に言われた手前、お礼言わなきゃだし私もお礼言いたいし……でもでも、お仕事で疲れてる椿さんを考えると……)

 

 ぐわんぐわんと思考が回る里乃。

 すると、

 

「里乃ちゃん?」

 

 ガラッと玄関の戸が開き、恋人の椿が顔を覗かせた。

 

「あ、こ、ここ、こんばんにゃ!」

 

 突然のことに狼狽し言葉を噛む里乃であったが、椿の方は小さく微笑んだあとで「立ち話もなんだし、中へどうぞ」と優しく手を引く。

 椿は普通に話していたのだが、里乃にはそれが甘く響き、まるで花の蜜に誘われる蝶のようにふわふわとした気持ちで中へいざなわれていった。

 

 ーー

 

「今飲み物を持ってくるよ。お茶でいいかな?」

 

 居間の座布団へちょこんと座らせられた里乃は、椿の言葉に「は、はひ……」と夢見心地で返す。

 何しろ彼の家……店ではなく完全にプライベートな空間にお邪魔したのはこれが初めてだったからだ。

 

 それから椿がお茶の入った湯呑を持って戻ってくると、椿は里乃へ何も訊かずに彼女の真正面に腰を下ろした。

 

「…………」

「…………っ」

 

 バツが悪そうにソワソワしている里乃とは違い、椿は相変わらずニコニコしながら見つめてくる。

 

「あ、あの……どうして訪ねてきたとか、聞かにゃ……聞かないんですか?」

 

 頬を赤くしながら震えた声で訊ねる里乃。

 すると椿はゆっくりと首を横に振る。

 

「理由なんてなんだっていい。君が僕を訪ねてきてくれた……それだけで僕は幸せなんだ」

 

 優しい声色で嘘偽りない言葉を返す椿。

 里乃はまるで耳元で囁かれているように感じ、ゾワゾワと全身に甘い波が押し寄せた。

 

「おおおお、押し花の栞を頂いたので、そのおれ、お礼に……」

「気にしなくていいのに……でも、あれを贈れば、里乃ちゃんが会いに来てくれるかなって下心もあったから、嬉しい」

「うぅ……♡」

 

 椿の言葉一つひとつが里乃の残機を減らしていく。

 

「そんなに可愛い反応しないで……君を帰したくなくなってしまうよ」

 

 はにかんで椿がそんなことをこほすと、里乃はありったけの勇気を振り絞って椿の隣に行き、ぽすっと彼の胸に抱きついた。

 

「…………帰ってあげないって言ったら?♡」

 

 潤んだ目をし、上目遣いで里乃が訊くと、

 

「喜んで♪」

 

 椿は笑顔で里乃の背中に両手を回す。

 

「ん、にゃぁ……椿しゃん……好きぃ♡」

「僕も里乃ちゃんのことが好きだよ」

「うん……ずっとずっと好きでいて♡」

「里乃ちゃんもね」

「は〜い♡」

 

 こうして里乃は椿の家で夜を明かした。

 夜のクレイジーバックダンス(意味深)はしなかったものの、(しとね)(添い寝)を共にした二人の恋は更に愛を育んだ。

 

 因みに朝になって里乃が後戸の国へ帰ると隠岐奈たちが赤飯を炊いて待っていたので、里乃は顔を真っ赤にして「まだそんなことになってません!」と叫んだというーー。




爾子田里乃編終わりです!

おっとり系だとのことで、こんな感じにしてみました!

お粗末様でした♪


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隠岐奈の恋華想

恋人は隠岐奈。


 

 人里ーー

 

 青く澄み渡る空。人や妖たちで活気のある人里。人々の穏やかな笑い声。

 今日も幻想郷は美しく平和な時が過ぎている。

 

 そんな人里の外れに小さな小さな甘味処がひっそりと佇む。

 立地条件が最悪で経営が成り立っているのか不思議なところだが、ここには心強い常連客がいるので潰れることはない。

 

 その常連客の一人はーー

 

「ん〜、ここのたい焼きはいつ食べても美味しいわ♪」

 

 ーー八雲紫である。

 紫だけでなく今日は藍と橙も一緒で、八雲家揃ってたい焼きでおやつ時を過ごしていた。

 

「どんどん焼きますから、好きなだけ食べて行ってください」

 

 店の厨房からは店主である太った男が笑顔で紫たちへ声をかけると、紫たちも笑顔を返す。

 

 店主の名は沖野新左衛門(おきの しんざえもん)

 目鼻立ちがハッキリとした強面の人間の青年であるが、見た目とは裏腹に気弱で温厚な性格をしている。

 怖い顔に加えて長身で図体も図太く、ダボシャツに股引を履き、どんぶり(腹掛け)を着用。

 そのため、人里の一部からは妖怪みたいに怖がられているので店を開けていてもなかなか客は来ない。

 しかし紫たちのように物好きな妖怪たちが常連客としているのだ。

 

「こんにちは」

「邪魔するよ」

 

 するとそこへ茨木華扇と摩多羅隠岐奈の二人が来店。

 この二人も店の常連客であるが、

 

「あらあら、通い妻のご登場ね」

 

 紫は隠岐奈を見るなりふふりと鼻を鳴らす。

 

「べ、別に通い妻ではない……こんな人間如きが私の夫になるなんて……」

 

 隠岐奈は紫に言葉を返そうとするが、最後の方は言葉に詰まって赤くなった顔を逸らした。

 

「まあまあ、それより注文しましょうよ」

 

 華扇がフォローすると隠岐奈は小さく頷いて暖簾をくぐり、ちょこちょこと新左衛門に一番近いいつものカウンター席に座る。一方、華扇は紫たちのいるお座敷のところに相席させてもらった。

 

「いらっしゃいませ、隠岐奈さん、華扇さん」

 

 新左衛門は笑顔で隠岐奈たちへ挨拶する。

 華扇はいつものように気さくに軽く手を振って笑みを返すが、隠岐奈の方はバツが悪そうにプイッとそっぽを向いた。

 

 新左衛門と隠岐奈は恋仲の関係にあり、それを知る紫たちが一緒なので隠岐奈は素直に新左衛門と会話が出来ないのだ。

 

 隠岐奈が例の異変以降、自ら人里に出歩くようになったことで新左衛門が経営する甘味処に入ったことが事の始まり。

 隠岐奈は二童子の二人には異変以降は自由な時間を与え、二人は素直に遊びに行き、時間を持て余す隠岐奈は二童子の後釜候補を探すついでに幻想郷を散歩することが日課になっていた。

 そこで新左衛門の甘味処に入り、彼の人柄が気に入って度々訪れるようになり、いつしか忘れた恋心が芽生え、告白はどちらからもしてはいないがお互いに懇ろな仲睦まじい関係を築いているので、今では紫が言ったように隠岐奈が新左衛門の"通い妻"と化しているのだ。

 

「お先に華扇さんのですね。まだまだ焼きますから、おかわりの時は言ってください」

「えぇ、ありがとう」

 

 熱々のたい焼きと冷たい抹茶……これがこの店の定番メニュー。

 華扇はたい焼きのひとつを手に取ると、豪快に頭からかぶりつき、「ん〜♪」とご満悦の表情を浮かべた。

 それを見る新左衛門は嬉しそうに頷き、厨房へ引っ込もうとしたがーー

 

「ふんっ」

 

 ーーゲシッ、と隠岐奈からローキックを食らわされて「うぎゃっ」と悲鳴をあげる。

 しかし新左衛門は隠岐奈を怒ろうともせず、相変わらずヘラヘラと隠岐奈へ笑顔を返して厨房に戻った。

 

「えらくご立腹の様子ですね……」

「たい焼きのお兄さん、可哀想……」

 

 藍と橙は新左衛門に同情の眼差しを送るが、

 

「……ぷくくっ……」

「相変わらず難儀ですね」

 

 紫は声を押し殺して肩を震わせて笑い、華扇は隠岐奈へ苦笑いを浮かべている。

 

 あれは隠岐奈のヤキモチで、恋人が華扇に優しく微笑んでいたのが面白くなかったが故のローキックだったのだ。

 それを知る紫と華扇だからこそ、藍たちとは違う反応を見せたということ。

 なので藍たちは紫たちの反応に揃って首を傾げているが、

 

「はい、隠岐奈さんのです。いつものでいいですよね?」

「っ……えぇ、ありがとう♡」

 

 隠岐奈が新左衛門から声をかけられて満面の笑みを浮かべると、藍の方はやっとヤキモチだったと察して肩をすくませた。

 

「今度はニコニコしてますね……どうしてですか?」

 

 ただ橙にはまだまだ分からない。

 なので藍は「隠岐奈様は新左衛門殿が大好きということだよ」と簡単に教え、橙は「なるほど!」と納得してまたたい焼きをエラから頬張った。

 

 ーーーーーー

 

 それから夕刻になり、八雲家一行と華扇はお勘定して店を去っていく。

 すると一人残った隠岐奈はそそくさと甘味処の暖簾を仕舞ってしまった。

 

「隠岐奈さん、どうして暖簾を仕舞ってしまうんです?」

 

 当然、新左衛門は隠岐奈の行動が分からず質問する。

 

「夕刻だから。どうせもう誰も来ないだろ……こんな立地条件が悪いところは」

「確かにそうですが……」

「それに華扇の奴が馬鹿食いしてったからもう材料も残り少ないだろ?」

「まぁ……」

「日頃から稼ぎが少ないのに好きなだけ食わせてみみっちぃ料金で済ませて……だからもう店仕舞いなさい」

「はぁ、分かりました」

 

 新左衛門は隠岐奈に言われるがまま従い、暖簾を受け取って表の戸を閉めた。

 

「ほら、店仕舞いも終わったなら、こっちに座る!」

 

 隠岐奈は新左衛門にそう言うと、厨房の奥のお座敷に上がって自身の座した隣ら辺の畳をペシペシと叩く。

 それに新左衛門は素直に従い、隠岐奈の隣に座った。

 

「まだ厨房で洗い物とかがあるんですが……」

「恋人を放置してた罰よ……私はずっとこうしたかったんだから♡」

 

 すると隠岐奈は新左衛門の腕に自身の腕を絡め、頭を彼の肩に預ける。

 新左衛門は甘えん坊になった隠岐奈に思わず苦笑いしながら、空いている手で彼女の頭を優しく撫でた。

 

「んっ……あ……はふ♡」

「隠岐奈さんは相変わらず二人きりになると甘えん坊になりますね」

「う、うるさい……そもそも紫たちの前でこんな態度取れるか、馬鹿」

 

 手痛い指摘に隠岐奈は思わず顔を赤くして反論するも、体はもっと撫でて言わんばかりに擦り寄っているので新左衛門はそんな彼女を愛らしく思う。

 幻想郷を創り上げた賢者の一人とあっても、心を許し、惚れた相手にはこうも甘えるのだ。

 

「どこかで紫さんがスキマからは覗かれているのでは?」

「別に側で見られてなければいいもん……それより今は紫のことなんて考えてないで私を構え、馬鹿者!♡」

 

 またまたヤキモチを焼く隠岐奈。新左衛門はこれ以上彼女がヤキモチをこじらせないよう、「仰せのままに」とわざとらしい言葉を返して今度は彼女の肩に手を回し、自分の体の方へ引き寄せる。

 隠岐奈はそのまま身を任せると、彼があぐらを掻く太ももに頭を乗せられた。

 

「むぅ、子ども扱いされた気がするぅ♡」

「お姫様扱いですよ」

「この私をお姫様扱いする馬鹿な奴はお前しかいないな♡」

 

 言葉は素直でない隠岐奈であるが、その声色は甘く、表情もフニャフニャに蕩けている。

 

「いいか、勘違いするなよ?♡ 私はお前にしかこのように甘えないんだからな?♡ お前のように誰に対してもヘラヘラと笑いかけないんだからな?♡」

 

 ムフンと何やら自慢げに鼻を鳴らす隠岐奈。

 しかし新左衛門の膝でゴロゴロと甘え、耳や頬を撫でられてご満悦の声をあげる隠岐奈の姿は愛猫そのもの。

 なので新左衛門はただただ可愛いなぁ、と隠岐奈を構う。

 

「お前がこの甘味処を辞める時は、特別に私の下僕になることを許可してやるからな♡ 本当なら今からでもそうしたいが、私の善意で今の状況に甘んじてやってることを忘れるなよ?♡」

「はい、俺は幸せ者です」

「お前がこの家業を終えた時……その時が真の家業に就く時だ!♡ 永遠に私の側に侍るのだぞ!♡ 泣いて頼んでも開放なんてしてやらんからな!♡」

「はい、俺のこの身は永遠に隠岐奈さんのものです」

 

 新左衛門がそう誓うと、隠岐奈は満足げにうんうんと頷きーー

 

「な、ならば、今夜は私をここに泊めろ……♡ 主の命令だ♡」

 

 ーーポッと頬を赤らめて大胆な命令をした。

 

 その夜、隠岐奈はめちゃくちゃ新左衛門とryーー。




摩多羅隠岐奈編終わりです!

ツンデレとのことで、こんな感じのオッキーナ様にしました!

そして新作の方も全員書き終えたので、改めてここに終わりを宣言致します!
これから出るであろう新作キャラのお話もリクエストを頂けば考えますが、出来ない場合もありますのでその時はご了承ください。

にわかファンの筆者ではございますが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!
それではまたいつの日かお会いしましょう!
お粗末様でした☆


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