捻くれた少年と強がりな少女 (ローリング・ビートル)
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WHITE ROAD

 ジリリリ……ジリリリ……。

 目覚まし時計のベルが騒がしく鳴り響く。

 

「お祖母さま……あと、5分……5分でいいから」

 

 目覚まし時計を止めるべく、手を伸ばす。

 ああ、もう……このっ!

 ガンッと何か違う場所を叩いた。

 

「あうっ」

 

 ど、どうやら違う物を叩いたみたい……。

 ヒリヒリとした痛みで目が覚める。

 

「っ~~。何なのよ、もう」

 

 なんて理不尽な痛みなの……。

 とりあえず起きて、必要なくなった部屋の明かりを消す。

 

「……はぁ……高校生になっても怖いままなんて……恥ずかしくてお祖母様には言えないわね」

 

 やはり暗闇は恐ろしい。何なら亜里沙に隣で寝て欲しいレベル。あの子なんで暗闇が平気なのかしら。ハート強すぎじゃない?

 まあいいわ。それ以外のところで姉らしさを見せて、プラマイゼロね。

 時計を確認する……あれ?

 

「よ、よっ、四時!?」

 

 どうやらセットする時間がずれていたようだ。お、おかしいわね。

 

「……寝よ」

 

 これはこれでラッキーかもしれない。あと2時間たっぷり寝よ♪

 

「お姉ちゃん?」

 

 亜里沙がドアを開け、こちらを見ていた。

 

「あら、どうしたの?」

 

 チェンジ!姉モード!

 

「お姉ちゃんこそどうしたの?さっきから騒がしいけど……」

「え?ああ、少しストレッチしてただけよ。うるさくしてごめんね」

「さっきお姉ちゃんがポン……」

「え?ポン酢がどうしたの?」

「……なんでもない」

 

 亜里沙はドアを閉めた。

 ふう……何とか誤魔化せたわ。

 姉としてのささやかな尊厳を失うところだったわ。

『かしこい、可愛い、エリーチカ』

 お祖母さまの言葉を思い出す。元気にしてるかなぁ。

 ……もうひと眠りしよ。

 

 *******

 

「お兄ちゃん、おかえりー!無事に高校2年を始められたね!」

「お兄ちゃんが学校生活楽しくないみたいに言うな」

「楽しいの?」

「…………」

 

 一言も言い返せねえ。いや、いじめられてなんかないろ!

 

「高校ではお兄ちゃんに素敵な出会いがあると思ってたんだけどなあ」

「いや、俺を養ってくれる人なら大学で探せばいいだろ」

「ゴミぃちゃん。いつまでも馬鹿言ってないで手を洗ってくれば?」

「へいへい」

 

 我が妹は今日も世話焼きである。

 

 *******

 

「もう少し、きちんと内容が説明できる段階で持ってきてもらえるかしら」

 

「……ダメね。もう少しまともな案はないの?」

 

 厳しい言葉を突きつけるだけになってしまった生徒会会議が終わる。

 

「エリチ」

 

 副会長の希が話しかけてくる。その声のトーンから、こちらを気遣っているのがわかり、申し訳ない気持ちになる。

 

「お疲れ様。でも、気持ちはわかるけど、カリカリしすぎやよ」

「……ごめん。今日はもう帰るわ」

 

 私は逃げるように生徒会室を後にした。

 

 *******

 

「あ~~~!私ってば何やってんのよ~!もう少し言い方があるでしょ~!!?」

 

 ベッドの上を、制服姿のままゴロゴロと転がる。埃が散ったが、今はまったく気にならなかった。

 

「はあ……」

 

 廃校問題。

 その事が心に影を落としていた。

 何とかしなきゃ……お祖母様のためにも。

 

 *******

 

 違う街で違う日常を送る二人。

 そんな二人が出会うまであと3日間



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春を愛する人

「お姉ちゃん、早く!」

「亜里沙。あんまり急ぐと危ないわよ」

 

 私は亜里沙に連れられて千葉に来ていた。

 おそらく廃校の問題で悩んでいる私を気遣ってくれたのだろう。

 知り合いに会う可能性の低い場所を選ぶ気遣いがいじらしい。まったく誰に似たのかしら?……私かしら?

 

「わ~、綺麗な方ですわ~」

「本当だね、お姉ちゃん」

 

 声がした方を見てみると、中学生と小学生くらいの姉妹らしき二人組がこちらを見ている。一人は長い黒髪が、もう一人は赤みがかったツインテールが印象的で可愛い。

 私は周囲を念入りに見回し、その褒め言葉が自分に向けられたものかどうかを確認する。昔、自分に向けられたものだと勘違いして手を振ったら、背後のポスターの女性に対してのものだ、なんて黒歴史がある。ああ、思い出すだけでも恐ろしい…………。亜里沙も同じ目に合わないように教えておいた方が良さそうだ。

 自分を褒めてくれたのだと確信した私は、姉妹に向かい、小さく微笑んだ。我ながら上手い控えめスマイルだ。しかし……

 

「……いない」

 

 そこにはもう誰もいなかった。

 …………。

 ま、まあ、いいわ……気を取り直そう。

 ていうか、亜里沙に何を言われるか……いえ、先に話しかけて、別の話題で畳みかけよう。

 

「亜里沙」

 

 返事がない。 

 

「亜里沙?」

 

 あれ?おかしいわ。さっきまでその辺りに……はっ、まさか!

 

「亜里沙が……迷子になった」

 

 *******

 

「ほら、お兄ちゃん。シャキッとして」

「……おう」

 

 休みの日の惰眠すら許されない俺は、小町の三歩後ろを恭しく歩く。まさに未来の専業主夫に相応しい立ち振る舞いである。

 

「ん?どうしたのかな?」

「いや、眠いんだよ」

「違うよ。ゴミぃちゃんじゃなくて」

「さりげなくゴミぃちゃん言うな」

 

 見ろよ、この扱い。これでたまにメチャクチャ可愛いから始末に負えない。いや、いつも可愛いな。うん。

 

「ほら、あそこ」

「……外国人観光客か?」

 

 小町の視線の先には、金髪のポニーテールが特徴的な、外国人と思われる女性がいる。年は少し年上くらいだろうか。辺りをキョロキョロと落ち着かない。

 

「お兄ちゃん、GO!」

「いや、何言ってんの、お前?」

 

 俺はポケモンじゃねーぞ。

 

「何言ってんの、女の子が困ってるんだよ?チャンスだよ」

「何のチャンスだよ」

 

 俺が声をかけても、不審者扱いされるのは目に見えている。ピンチはチャンスという名言があるが、状況次第でチャンスがピンチに早変わりする事をそろそろ学校で教えた方がいい。地味系の可愛い女子と教室で二人きりになった時に、いけると思い、声をかけたが、リア充系女子とは比較にならないくらいの拒絶をされた事がある。うっかり死ぬところだった。

 

「俺は日本語しか喋れんぞ」

「そんな時はボディタッチだよ!」

「…………」

 

 おそらくはボディランゲージだろう。初対面の女子にボディタッチは割とガチで嫌われそう。

 小町にぐいぐいと押し出された俺は、金髪美女の真ん前に立たされた。

 彼女は俺に気づき、何故かはっとした表情になる。

 そして、覗き込むように俺の目をがっつり見つめてきた。

 そのまま、ぽーっとしたような表情で呟いた。

 

「……ハラショー」

 

 え?ロシア語?



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HAPPINESS


  


 はっ!いけないわ、絵里。

 可愛い妹が迷子になっているというのに……いくら目の前の男の子の目が素敵だからといって、見とれている場合じゃないわ!

 

「あ、あの……どうかしましたきゃ?」

 

 噛んだようだ。

 か、可愛い!可愛いわ!……って、ち、違うでしょ、絵里!しっかりしなさい!

 かしこい、可愛い、エリーチカはどこへ行ったの?

 ここはいつも通り、冷静沈着に振る舞わないと……。

 

「ありがとうございます。でも大丈夫でしゅ」

 

 噛んだーーーーー!

 

「あ……そうすか」

 

 私が日本語を喋れると知って安心したのか、男の子は胸を撫で下ろす仕草をした。噛んだ事はバレていないみたい。セーフ。

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

 そこでいきなり、迷子になったはずの亜里沙が肩を怒らせながら歩いてくる。

 

「あ、亜里沙」

「もー、何迷子になってるの!?」

「え?何言ってるの?迷子になったのは亜里沙じゃ……」

「違うよ!私は目的のお店に着いたのに、振り向いたらお姉ちゃんがいないんだもん!」

「……あら」

「あら、じゃないよ!いきなりポンコツ発揮しないでよ!」

「ポ、ポンコツ?」

 

 あれ、可愛い妹から酷い事を言われたような……。

 

「あ、じゃあ、俺達はそろそろ……」

「すいません、うちのお姉ちゃんが……」

 

 可愛い妹にポンコツ扱いされた……可愛い妹に……。

 心に尋常じゃないダメージを受けながら亜里沙の方を見ると、我が妹も素敵な目の男の子に見とれていた。

 

「ハラ……ショー……」

 

 あれ、亜里沙-?お姉ちゃんはこっちよー?

 

 *******

 

 どうやら姉妹は再会できたようだ。

 さて、何事もなく万事解決。めでたしめでたし。あとはこの場をクールに去るだけだ。

 

「お二人は千葉は初めてなんですか-?」

「…………」

 

 回れ右しようとすると、無駄にコミュ力高めの我が妹は、臆する事なく美人姉妹に話しかけていた。何やってんの?

 

「は、はい!そうなんです!」

 

 何故かぽ~っとしていた妹の方が、慌てて小町に答える。あれ?姉の方は……。

 

「む~」

「うわっ!」

 

 いつ移動したのかわからないが、姉の方は俺との距離をかなり詰めて、こちらを覗き込むように凝視していた。

 だが一流のぼっちたるこの俺は、パーソナルスペースを人よりかなり広めにとってある為、思わず飛び退いてしまう。

 

「あ、ごめんなさい!」

「い、いえ、べ、別に……」

 

 何、この距離感。海外の血が為せる技か。

 ……すごい甘くていい香りが。

 しかも近すぎて腕に胸が当たりそうだった。当たりそうで当たらないっていうのがもうね。いっそ当てて欲しいぐらい。変な意味ではなく。本当だよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「あの、さっきは声かけてくれてありがとう。嬉しかったわ」

 

 丁寧に礼を言われる。その優雅な立ち振る舞いから、隠しようのない育ちの良さを感じてしまい、ほんの少し萎縮する。

 

「あ、いや、どういたしまして」

 

 実際に礼を言われる筋合い等ない。

 むしろ、どちらも噛んで恥を晒しただけだ。この人も華麗にスルーしたけど……美人すぎるだけに、余計に軽いポンコツが目立っちゃうパターン。大抵の男子はこういう天然に弱い。だが俺はあー!また距離詰めてきたー!何この人、俺の事好きなの?

 

「ど、どうかしました、か?」 

「あの……連絡先聞いていいかしら?」

「……は?」

 

 不敵に笑う金髪碧眼ポニーテール美人の言うことを上手く飲み込めなかった俺は、きっと間抜け面をしていた事だろう。

 ……ていうか何でドヤ顔?



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誘惑

 あれ、おかしいわね。嫌がられてるのかな?見た目にはそこそこ自信があるのだけれど……。

 いえ、怯んではダメよ絵里!!!

 せっかく亜里沙がくれたチャンスだもの。

 花の女子高生生活。厳しい生徒会長のイメージのまま過ごすなんて真っ平ごめんだわ。

 ちょっと離れた距離にいる彼でも、それはそれでロマンチックじゃない。え?亜里沙が彼に一目惚れ?亜里沙……恋は戦争よ。ハリケーンよ。

 ここは……日本の伝統に従うわ。

 私は彼に対して、さらに距離を詰める。

 彼はその分だけ後ずさる。少し傷つくわね。うん。

 しかし、ここまでは計画通りよ。

 やがて彼は背後の壁にぶつかる。

 その顔はやけに真っ赤だ。

 ふふふ。覚悟しなさい。

 右手を彼の顔の真横の壁に突き出す。

 ドンッと重い音が鳴り響く。

 これぞジャパニーズアプローチの一つ、壁ドンよ。

 マンガやアニメであんなにやってるんだから、効果は抜群のはずよ!

 でも……

 

「いったぁ~い……」

 

 な、何これ?痛いよぅ。周囲の視線も含めて二重の意味で痛いよぅ。

 彼の顔を見たら、割と本気で怖がっていた。あれ?こんなはずじゃ……。

 

「お姉ちゃん……何してるの」

「や、やばいよ。小町の想像の遥か斜め上を行くお姉ちゃん候補が……」

 

 *******

 

「大変申し訳ございませんでした」

 

 金髪ポニーテールに頭を下げられる。あー怖かった。壁ドンが苦手な女子の気持ちが分かっちまったよ。

 

「お姉ちゃんがご迷惑をおかけしました」

 

 金髪妹が頭を下げてくる。妹の方がしっかりしているようだ。まるで比企谷家じゃないですか。思わずシンパシーを感じちゃったよ。

 

「いえいえ、うちの兄も滅多に女の子と話さないから、いい思い出になりましたよ!」

 

 決していい思い出などではない。胸が肘に当たったとか、いい匂いがしたとかそれだけだ。

 

「私、比企谷小町といいます!お二人の名前を聞いてもいいですか?」

 

 うわぁ……何か自己紹介始めようとしてるよ。俺もう帰ってよくない?

 

「私は絢瀬亜里沙です!こちらの……頭を下げているのが、姉の絢瀬絵里です」

 

 まだ、絢瀬絵里さんとやらは頭を下げ続けている。

 

「あ、あの……もう、本当に気にしてないんで……」

 

 また、人目を集め始めている。冷たい視線に慣れている俺はまだしも、小町はガチで居心地が悪そうだ。

 

「本当!?」

「っ!」

 

 だから近いっての!

 自然と距離をとってしまう。ぼっちのパーソナルスペースの広さは異常。そしてこの人の距離の詰め方も異常。普段から人が近づいてこないから、慣れもあるのかもしれない。

 

「え、絵里さんはどうしてお兄ちゃんの連絡先が知りたいんですか?」

 

 小町がやや引き気味に尋ねる。こいつのこんなテンションは本当に珍しい。つまり、俺がこの人を怖がっているのも、自然な流れ。

 そして、その質問の答えは俺の度肝を抜いた。

 

「一目惚れ!」

 

 ……………………は?

 

 



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グロリアス

 時が止まった。

 そんな錯覚を初めて体験してしまった。

 声も出ないし、体も動かない。

 自分が呼吸している事と、カップの水面が僅かに揺れてる事で、何とか時が流れている事を確かめる。

 

「どうしたの?」

 

 のんきな声が届いてくる。

 

「私、おかしな事言った?」

 

 当の本人は何事もなかったようにケーキを頬張っている。クリーム口についてますよ。ぽけーっとした表情と圧倒的な美しさのギャップが凄まじい。なんつーか、女子からももてそう。めちゃモテ委員長。努力を惜しんでいないのだろうか。

 

「信じられない……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」

 

 隣で小町がボソボソと独り言を呟く。どうやら思考回路がショートしているようだ。

 

「ハラショー……」

 

 絢瀬妹も姉の奇行にポカンとしている。正しいリアクションだと思う。いきなり姉が見ず知らずの目の腐った男に公開告白しだしたのだから、気が気じゃないだろう。

 考えている内に衝撃も和らいでいき、BGMのジャズがまともに聞こえてくる。

 正直、相手が何を考えているのかわからない。つーか怖いのでドッキリなら、仕掛け人にさっさと出てきて欲しい。お願いします。

 

「とりあえず、連絡先交換しましょう!」

「え?ああ……その……」

 

 やばいよやばいよ!このままじゃ押しきられちゃう!つーか、さっきからテーブルの上に豊満な胸が乗っかってて、非常に目のやり場に困ってしまう。

 

「私……魅力ないかしら……」

 

 そこら辺の宝石なぞ比べ物にならないくらいに綺麗な碧の瞳が、微かな涙で潤んで、さらに美しく輝く。俺は心臓が跳ね上がるのを何とかして押さえつける方法を探した。

 

「あれ、生徒会長?」

 

 背後から声が聞こえる。もちろん俺に向けられたものではない。

 

「あら、あなた達…………」

 

 やはり絢瀬さんの知り合いのようだ。

 あれ?雰囲気変わってない?正直言えば、さっきから悪い人ではないけれど、頭のネジが何本か外れた人のイメージしかなかったのだが、どうやらめちゃモテ生徒会長のようだ。

 

「お疲れ様です!」

 

 同じ生徒会の役員だろうか、真面目そうな女子二人が絢瀬さんに頭を下げる。

 

「あなた達。ここは学校じゃないんだから、そんなに畏まらないで。あと出来れば名前で呼んで欲しいわ」

 

 そういって優雅に微笑む。はて、さっきまで俺が見てたのは幻覚だったかな。

 

「会ちょ……絢瀬さんも千葉に来てるなんて偶然ですね」

「もう、同い年なんだから、敬語はいらないのに……まあ、たまにはと思って」

「あの……」

 

 一人の女子の目がこちらをチラリと見た。

 

「この人は……」

「もしかして絢瀬さんの……」

 

 俺が違うと言いかけたその時……

 

「さあ、どうかしらね。ご想像におまかせするわ」

 

 そんな事を言って、ドラマの中の女優のように微笑んだ……って、おいおい。何、交際を匂わせちゃってんの?

 



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pure soul

 絢瀬さんの発言により、女子二人が俺に好奇の眼差しを向ける。うわー、しんどい。どうやら今、俺は採点されているらしい。まあ、この場で採点できるものと言えば、顔とファッションくらいだろう。なので、男子より採点システムが発達している女子は二つのポイントなぞすぐに採点を終えてしまう。

 

「へぇ」

「…………」

「こらこら、あなた達。初対面でそんなにジロジロ見ちゃ失礼でしょ?」

 

 あなたも初対面でわけのわからない展開に俺を引きずり込んでいるんですが……。

 

「あ、ごめんなさい!」

「私達はもう行きますね!」

 

 二人は足早に店を出て行った。果たして、俺は『絢瀬絵里の彼氏』として、どのような評価を下されたのだろうか。まあ、実際に付き合う事はないから大して気にはならないが、あえて予想するなら決して芳しいものではないだろう。まず絢瀬さんの思わせぶりな言葉をどう受け取るかにもよるが、仮に彼氏と見られたとしても、『まあ、絢瀬さんは自分が美人だからあまり理想が高くないのよ』みたいに思われているだろう。実際、この人と並んで様になる奴といえば、同じクラスになった、学年どころか学校一のモテ男・葉山隼人くらいしか知らない。葉山の事も全然知らないけど。

 

「……ふぅ」

 

 どう逃げようか考えながら絢瀬さんに目を向けると、何故か頭を抱え、項垂れていた。その動作のせいで、胸がさらにテーブルに押し付けられ、パラダイスな眺めになっている。生まれて初めてテーブルになりたいと思ってしまった。

 その姿勢のまま絢瀬さんは口を開いた。

 

「どうしよう……見栄をはってしまったわ……」

「「「…………」」」

 

 残念極まりないその言葉に、俺も妹コンビも冷めきった視線を向けてしまった。

 

 *******

 

「じゃあ、呼び方はどうしましょうか」

「いや、何の事でしょうか?」

「私は八幡君って呼ぶわね。それとも……八幡の方がいいかしら?」

「お、お兄ちゃん……小町はそろそろ……」

「いや待て行くなお願い一人にしないでマジで」

 

 『あとは若いふたりに任せて』みたいなノリで帰ろうとする妹を引き留め、溜息をつく。

 色々とおかしい。どこがおかしいかと聞かれれば、この人と出会ってからの全てだ。まともな箇所が存在しない。

 常識がないとかではなく、さっきも言ったように、頭のネジがぶっ飛んでいるというか……

 

「ねえ。それじゃあ友達以上恋人未満から始めない?」

「友達は超えてるのかよ……」

「不満なの?」 

 

 絢瀬さんは少し頬を膨らます。何で無駄に可愛いんだよ。

 

「いや、なんつーか、初対面でしゅから……」

「あ、噛んだ♪可愛い♪」

 

 あーもう!ペース狂うじゃねーか!噛んじゃう俺も俺だが。

 

「じゃあ今からデートをしましょう」

「は?」

「デートよ!初対面なのが問題なら、今からお互いを知ればいいのよ!」

「…………」

 

 …………まじか。

 俺は自分で自分の太股を抓った。微かな痛みだけが、これが夢じゃない事を教えてくれた。



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pure soul ♯2

「それじゃあ、今日はどこ行こっか。八幡君?」

「いや、色々おかしい気が……」

 

 何で普通に名前呼びになってんだよ。さらに何度もデートしてるみたいな言い方してんだよ。1話進んだだけでこれとか、10話進んだら子供が出来ていそうだ。絶対無いけど。

 

「ねぇ、八幡君。私、甘いものがたべたいなぁ~」

 

 だあ~!聞いてねぇ~!精神が肉体を凌駕してんのかよ。天元突破してんのかよ。しかもさっきケーキ食べたじゃねえか!

 

「というわけで。さ、行きましょ♪」

 

 するりと腕を組まれ、ふわりと甘い香りが漂い、むにゅりと豊満な胸が押しつけられる。思わず「あうっ」とか気持ち悪い声が出そうになってしまった。この柔らかな感触について、本人に言うべきか、言わざるべきか。

 

「私、スタイルには自信があるの」

 

 ……わざとかよ。てかドヤ顔すげえな。

 あと本当にこのままデート始まっちゃうのん?

 

 *******

 

 YES!

 やるじゃない私!

 出会って数秒で虜にするなんて凄すぎるわ!ハラショーよ!

 じ、実はアイドルの才能とかあるんじゃないかしら?

 隣りにいる彼の顔を見上げると、照れくさそうにそっぽを向いていた。あらあら、お可愛いこと♪

 

「あ、あの……」

 

 彼はそっぽを向いたまま声をかけてくる。とにかく緊張しているのが伝わってきた。

 私は努めて声のトーンを柔らかくした。

 

「どうしたの?」

「い、いえ、少し離れていただけると……」

「どうして?」

「やっぱり照れくさいといいましゅか……」

「あ、噛んだ♪」

 

 可愛いなぁ!!抱きしめたい!!!

 まあ、ここは離れてあげようかしらね。お姉さんの余裕ってやつよ。

 

 

「それと絢瀬さん……」

「絵里って呼んで?」

「クリーム付いてますよ」

「……」

 

 ま、まあ、こういうミスもたまにはあるわよ。

 あと名前呼びさりげなくスルーされたわね。

 

 *******

 

「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ」

「ごめんね。うちのお姉ちゃんが……」

「あっ、いいのいいの!あんな綺麗な人がうちのお兄ちゃんをもらってくれるのは小町大歓迎だから。ただ……」

「ただ?」

「絵里さんって行動がまったく読めない……」

「うん……そこが悩みなんだよ……」

 

 *******

 

 小町達が背後にいるのを感じながら、絢瀬さんと並んでショッピングモール内を歩く。頭は少々アレだが、その圧倒的な美貌に数多の視線が吸い寄せられていた。同時に俺へのヘイトも。

 

「おい、見ろよ、あの美人……」

「う、美しい!」

「モデルさんかな?」

「何であんなボッチと……」

 

 何で見ただけで俺がボッチとかわかるんだよ。おかしいだろ、おい。当たってるけどな。

 絢瀬さんはそんな視線など気にも留めず、笑顔を向けてきた。

 

「八幡君は部活は何かやってるの?」

「いえ、何も」

「じゃあ私と一緒ね。気が合うわね。運命ね」

「えっ、あ、いや、運命はともかく、そっちも部活入ってないんですか?」

「ええ、本当はチアか新体操やりたかったんだけどね」

 

 こ、このルックスで、このスタイルで……。

 健全な男子の習性で、良からぬ妄想が溢れ出してくる。

 

「あ~いやらしい事考えてる♪」

「そ、そんな事ないでしゅ……」

「もう、しょうがないなぁ~」

 

 やばいやばいまたこの人のペースだ!引き込まれるな!

 何とか持ち直そうとしていると、背後からよく通る声が聞こえてきた。

 

「エ~リチ♪」

 

 その声に絢瀬さんがビクッと跳ね上がり、おそるおそる振り返る。どうやら知り合いのようだ。

 

「の、希……」

 

 希と呼ばれた女性は口元に笑みを浮かべ、絢瀬さんと俺を、好奇心たっぷりに交互に見比べていた。



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pure soul ♯3






「奇遇ね。まさか千葉で会うなんて」

「奇遇やね~」

「希は買い物に来たの?それとも気分転換?」

「どっちもやね~」

 

 絢瀬さんの変わり身の速さは異常。それとさっきからちらちらこっちに向けられる視線にプレッシャーを感じる。しかし、迫力を感じるのはそこだけではない。胸部に備え付けられた巨大兵器のせいで、目のやり場に困る。こういう兵器はもっと厚着で隠すべきだろう。

 

「八幡君、何を見とれているのかしら?ちょっと失礼」

「はい?」

 

 頭を掴まれ、視線を絢瀬さん側に固定される。え、何?何なの?

 

「うん。これでよし」

「あの……」

「これでよし」

「つーか、その、お友達ですか?」

「あ、紹介してなかったわねこの子は……」

「うちは東條希。エリチと一緒に生徒会やってるんよ。よろしく~」

「……比企谷八幡です」

「へ~、比企谷八幡君か~」

 

 東條さんは身を乗り出して、こちらの顔を覗き込んでくる。垂れ気味の目とぽってりと厚いくちびるがやけに色っぽい。絢瀬さんのような健康的で開放的な色気とは違い、しっとりとした仄かに漂うものだ。

 ……さっきこちらに身を乗り出してきた時に、胸が揺れてたような……!

 

「むむむ……!」

「ん~♪それにしてもいい天気やね~」

 

 東條さんは絢瀬さんを横目に、思いきり伸びをする。

 春物の薄手の生地がさらにその胸を強調し、すれ違いざまに見た男が、連れの女性にどやされていた。俺?俺は紳士なので3秒しか見ていない。3秒ルールである。違うか。違うな。

 

「の、希?何をしているのかしら?」

「うん?ただ伸びをしただけやよ~」

「そう……」

「ところで、比企谷君はエリチとはどんな関係なん?」

「…………初対面「で恋人になりました」」

「…………」

 

 東條さんがポカンとして、俺達二人を交互に見比べる。

 

「エリチに恋人?」

「ええ、そうなのよ」

 

 そうなのよじゃねーよ、と言おうとしたら、再び腕を組まれる。あああ、またかよ~!ダレカタスケテェ~!

 

「ふ~ん、あのエリチに……」

「あ、あのって何よ!私だって恋人くらい……」

「比企谷君は乗り気じゃなさそうやけど」

 

 あれ?もしかしてこれ、逃げ出すチャンスじゃね?

 もしかしたらこの人は地上に舞い降りた最後の天使なのだろうか。君の瞳は百万ボルトなのだろうか。

 

「いえ、そんな事ないわ。むしろ彼の方が乗り気なくらい」

 

 おい。新しい捏造事実作ってんじゃねーよ。火のない所に煙を立たせるとかスゴ技すぎるだろ。

 ていうか東條さん。絢瀬さんがこういうリアクションとるのが面白くてやってんだろ。やっぱり悪魔じゃねーか。明らかに絢瀬さんの嘘がばれている。

 すると悪魔は微笑みながら、とんでもない事を言った。

 

「恋人ってことはキスくらいするんやろ?」

「は?」

「…………」

「ふふっ、冗談冗談♪二人はただの初対面なんやろ?」

 

 からかい終わって、実はわかってました-♪みたいな流れになろうとしていた時、隣の絢瀬さんは俯き震えていた。

 

「……絢瀬さん?」

「エリチ?」

 

 俺はこの後の事は生涯忘れられない。

 彼女は真っ赤にした顔を上げたかと思ったら、力の限り俺を引き寄せ……

 

「…………っ」

「…………ん」

「…………おお」

 

 俺の顔を両手で挟み込み、自分の唇を俺の唇に押しつけていた。

 柔らかい唇の感触に理解が追いつく前に2、3秒で彼女からすぐに離れていった。

 そして、しばらく見つめ合う。あまりの出来事に思考回路はパンクしてしまっている。潤んだ瞳がさっきとは違う甘やかな輝きを見せていた。

 絢瀬さんは、口元に手を当て、ふるふると小刻みに震えていた。さっきまで自分の唇があそこに重なっていたと思うと、こちらもさらに落ち着かなくなる。

 やがて彼女の唇が動いた。

 

「エ、エ、エリチカおうち帰る!」

 

 そのまま回れ右をして逃げ出した。

 彼女の言葉は耳の中を通り抜け、虚しく空気を震わせていった。



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口唇

 私は玄関の扉を開けると、全速力で自分の部屋に飛び込んだ。

 だが、ベッドに駆け寄る途中で右足の小指をタンスの角にぶつけてしまう。

 

「っつ~~……」

 

 いった~い、何なのよ~もう……。

 そのままバランスを崩し、別の棚にぶつかり、上から写真立てが落ちて、頭にコツンと当たる。

 

「いたっ!くぅ~……!」

 

 そのまま勢いに身を任せ、ベッドに倒れ込む。痛い!すっごく痛いわ!何なのよ、本当に!

 しかしすぐに立ち直り、唇を指でなぞる。まだ熱い何かがそこに残っているような愛しい感触。だが……

 

「な、な、何やってんのよ~~~!私は~~~~!」

 

 ベッドの上をゴロゴロ転がる。先程の自分の行動が恥ずかしすぎて消えてしまいたくなる。

 

「テンパっちゃってファーストキスを……ファーストキスを~!!ファーストキス……えへへ」

 

 思い出していると、ふにゃあっと顔がにやけてしまう。初恋の人とファーストキスかぁ……すっごくロマンチックかも。初恋は実らないとは何だったのか……

 

「はっ!ち、違うでしょ!賢い可愛いエリーチカはどこへいったの!?目を覚まさなきゃ!ていうか、まだ正式に恋人になってないし!」

 

 枕に自分の頭をぶつけ、何とか自分の目を覚まそうとする。しかし、顔はにやけたままだ。

 

 *******

 

「お、お姉ちゃんが壊れちゃった……よし、私が何とかしなきゃ!」

 

 *******

 

「……はっ!俺は……何を……?」

 

 何で自宅のベッドの上に寝ているんだろうか。さっきまで千葉のショッピングモールで、小町と買い物していた気がするんだが。

 ひょっとして夢だったのか。夢の中で妹と買い物とかどんだけシスコンなんだよ。

 ……とりあえず喉がかわいたから、水でも飲もう。

 のろのろと冷蔵庫まで行くと、ソファーで携帯をいじっていた小町が顔を上げた。

 

「あ、お兄ちゃん起きた!」

「おう、おはよう。つい昼過ぎまで寝ちまった」

「は?何言ってんの?」

 

 小町が呆れたような顔を向けてくる。

 

「どうしたんだよ」

「お兄ちゃんが絵里さんにキスされてからずっとぼーっとしてたから、小町が手を繋いで連れて帰ったんだよ?」

「ああ、キスね……は?」

 

 この子、今何て言いました?キス?魚?

 何故か顔が火照ってきた。

 

「小町ちゃん……どういう事でしょうか」

「えっ……本当に覚えてないの?」

 

 小町は大きな溜息を吐き、ソファの空いた場所をぽんぽん叩き、俺に座るよう促した。

 水を一杯飲み、隣りに腰掛けると、小町はハキハキした声で何があったかを丁寧に語り出した。

 

「思い出した?」

「…………」

「お兄ちゃん?」

「…………まじか」

「マジ」

「…………ガチか」

「ガチ」

 

 小町から話を聞いて、ぽつぽつと記憶が鮮明になる。

 そして、唇の辺りが何だか熱い気がした。

 生まれて初めての感触。

 年をとっていく内にいつかは経験すると思っていた出来事。その瞬間が今日突然降ってきたのだ。顔が離れた時の絢瀬さんの紅く染まる頬も、潤んだ瞳も今になって鮮明に脳内で再生される。

 

「…………」

「お兄ちゃん、おめでとう!」

 

 俺はその言葉に何と返事すればいいのかわからなかった。



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口唇 ♯2

「お姉ちゃん!」

「あ、亜里沙。どうしたの?」

 

 いきなり部屋に入ってきた亜里沙は、やけに真剣な面持ちでベッドの縁に腰掛け、私をしっかり見据えてくる。

 

「お姉ちゃん、本当に比企谷さんと付き合ってるの?」

「そ、それは……」

 

 そ、そ、その予定と言いますか……。

 

「付き合ってないんだよね」

「…………はい」

 

 や、やっぱり妹に嘘はいけないわよね!かしこい、かわいい、エリーチカの名が廃るわ!

 

「でもキスしたんだよね」

「……はい♪」

「な、何ニヤニヤしてるの、お姉ちゃん!」

 

 あ、いけないいけない。甘いひとときを思い出してつい頬が……。

 

「と・り・あ・え・ず!」

 

 亜里沙の顔がずいっと目の前に迫る。

 その勢いに思わず仰け反ってしまった。

 

「比企谷さんとちゃんとお付き合いしないと!あんな素敵な目をした人中々いないよ!」

「そ、そうよね……」

「まずは比企谷さんの事を知らないと!」

「でも……そんないきなり、そんな事を聞くなんてはしたないわ」

「今さらそんな冗談はいいから!はやく電話するよ!」

 

 え?本当に?

 

「キスまでしたんでしょ!?」

「……そうよね!」

 

 亜里沙……ありがとう!お姉ちゃん頑張るわ!  

 

 *******

 

「はい。もしもし!あ、え、絵里さん!?」

「小町ちゃん。いきなりごめんね?聞きたい事があるの」

 

 *******

 

 俺はベッドに寝転がり、東條さんの言葉を反芻していた。

 

『ごめんねぇ。ウチがからかいすぎたもんやから』

『でも、あの子本気みたいやから………』

『向き合うだけ向き合ってあげて』

『その上で決めて…………ね』

 

 最後の笑顔に有無を言わさない迫力があったのは気のせいではないだろう。まあ、言われるまでもない。あんな事があったというのに、一晩寝たら忘れました、なんて事になるわけがない。一度話し合う必要はある……と思う。

 ただ向き合うという事がどういう事なのか、この場合どうする事が正しいのかはわからない。

 なんせこんなご都合主義の少年漫画のような展開が自分の身に起こるとは思いもしなかった。あんな金髪グラマー美少女と……。

 

「はぁ……」

 

 頭をがしがし掻きながら、布団を被る。

 唇にはまだ絢瀬絵里さんの唇の熱が確かに感じられる。

 そしてそれは、俺を夢みたいなフワフワした感覚へと引きずり込んでいた。

 

 *******

 

 新しいクラスでも、相変わらずのぼっち生活が続き、少なくとも学校内では心の平穏が保たれていた。学校が終わればさっさと家に帰ればいいだけだし。

 ふわりと春の温かな風を感じながら、校門まで自転車をのんびりと押していく。

 しかし、校門で異変を発見した。

 何やら人だかりができている。それは何かを遠巻きに見ているように見えた。

 まあ、この手の事には関わらない方が賢明だ。

 そのまま人ごみをすり抜け、自転車に跨がろうとすると、聞き覚えのあるハキハキした声が響く。

 

「比企谷くーん!」

 

 ……俺じゃないよな。比企谷って名前、他にあるよね。

 

「比企谷くーん!」

 

 声のする方におそるおそる目を向ける……まじかよ。いや、待て。あんなのは俺の知り合いにはいない。いたとしても知らない。

 

「比企谷くーん!」

「…………」

「比企谷くーん!」

「はぁ……」

 

 何故か総武高校校門前に、プリキュアの恰好をした絢瀬絵里さんがいた。

 ……やべえ、男子達がドキドキなスマイルにハートキャッチされてやがる。



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口唇 ♯3

「八幡君!見て見て!」

 

 プリキュアがこちらに駆け寄ってくる。子供っぽい衣装を抜群のスタイルで着るものだから、周りの男子は目のやり場に困っている。おい、そこ。前かがみになってんじゃねえよ。

 

「どう!?この恰好!小町さんから、八幡君がプリキュア好きって聞いたから着てみたの!」

 

 だあぁぁぁぁぁぁぁ!!大声で何言ってくれちゃってんの!?周りの総武校生徒の俺を見る目が、変態を見る目に変わる。

 

「まじかよ。あんな美人と……」

「う、羨ましい……」

「彼女にあんなコスプレさせるなんて……」

「きっと恐ろしい変態よ」

「ぱねぇな」

「だな」

「っべーわ。てか、あれ俺らのクラスのヒキ……ヒキタニ君じゃね?」

「ちくしょう……ただのぼっちのくせに」

 

 あいつら……誰だか知らんが聞こえないように言えっての。つーか、同じクラスの奴がいるみたいだ。あと早くもぼっち認定されてやがる。いつもの事だ。

 

「ほら八幡君!感想は?」

 

 この前と同じように、ずいっと顔を寄せてくる。近い近い近いい香り近い近い!

 

「そ、その恰好で電車に乗って来たんですか?」

 

 なるたけ平静を装いながら訊ねる。

 

「え、ええ…………」

 

 絢瀬さんは少し気まずそうな顔になり、頬が赤く染まった。そして、そのままぽつぽつと語りだす。

 

「いや、貸衣装屋でこの衣装を借りて、秋葉原まではよかったのよ」

 

 秋葉原でもそんなにコスプレしている奴はいないような……。

 

「その勢いで電車に乗ったら、コスプレしているのが私だけで……」

 

 当たり前だろ。何考えてんだ。

 

「最初はすごくジロジロ見られて恥ずかしかったんだけど、県境を越えた辺りで私も色々と乗り越えちゃって♪」

 

 乗り越えんなよ。引き返せよ。あと上手い事言ったみたいな顔してんじゃねえよ。……ダメだ。出会ってからこの人のまともな所を殆ど見ていない。この人、本当に生徒会長なのだろうか。俺の中学時代の妄想が具現化した何かじゃなかろうか。

 

「わ、私、八幡君の頼みなら、どんなコスプレだってするから!」

「あ、俺そろそろ……」

 

 ここは逃げるが勝ちである。つーか、それ以外に手がないまである。

 

「ま、待って!私のコスプレ似合ってない?どこかおかしい所ある?」

「いや、おかしいといいましゅか……」

 

 この場においておかしいのは間違いなく絢瀬さんの頭だろう。つーか、何度見ても、このプリキュア無駄にエロい。これをプリキュアと認めていいのだろうか。

 

「そう……何かが足りなかったのね。何がいけなかったのかしら」

「あ、ああ、はい」

 

 絢瀬さんはしゅんとしてしまう。その姿さえも様になる程に、やはり彼女は綺麗だ。見とれていると、周りの視線がどうでもよく……ならねーよ。やばいよ。野次馬がこんなに……。

 

「はあ、仕方ないわね……。じゃあ、これだけ受け取って」

「は?……っ」

 

 突然の感触に、体中が痺れるような驚きで満たされ、指1本動かない。

 

「…………」

「…………んくっ」

 

 俺と絢瀬絵里は、二回目の邂逅で二度目のキスを交わしていた。

 




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口唇 ♯4

「…………!」

 

 今起こっている出来事にようやく理解が追いつき、慌てて体を離す。

 目の前には潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる絢瀬さんがいる。さっきまで重なっていたぷるんとした柔らかい唇は、微かに震えていた。雪のように白い頬は、何かが噴火しそうなくらいに紅く染まっていた。

 そんな絢瀬さんを見ながらも、自分の顔が熱くなっている事に気づく。多分、俺の顔も赤くなっている事だろう……つーか……。

 な、なななな何やってんの、この人!!?

 周りの生徒達はただただ呆気にとられていた。

 突然目の前で起こった昼下がりの情事(?)に口をパクパクさせたり、顔を真っ赤にさせたり、隣の奴と頬を抓りあったりと動きは様々だが、表情はどこか呆けている。まだ現実が飲み込めていないみたいだ。

 ……これは逃げ出すチャンス……ではないな。

 さすがにこのキュアハートをここに置いていくのは気が引ける。この恰好をしているのは俺には一切関係ないが、一応俺に会いに来たのだ。…………やっぱり帰りたい。

 まあ、今より状況が悪化する事はないだろう。さて、頭が冴えてきたところで、この状況をどう切り抜けようか……。

 

「あ、おった!エリチ~!」

 

 GameOver。

 頭の中にそんな文字が浮かんでくる。

 

「あ、比企谷君!」

 

 破壊神オーラのある紫がかった長い黒髪を揺らしながら、東條希さんが小走りでやってくる。

 うわぁ……この人苦手なんだよなぁ。普段から人の裏を読もうとする習性があるせいか、この手の何を考えているかわからないタイプに対しては、より強い警戒心を抱いてしまう。

 そんな俺の心情を察してか、東條さんはイタズラっぽく笑いながら、速度を緩め、こちらに近づいてくる。一応断っておくが、プリキュアじゃない。

 

「ま、まじかよ。もう一人美人が……」

「あんなグラマーな……ちくしょうっ!」

「あんのぼっちがぁ!」

「まだ彼女がいるなんて……」

 

 東條さんはチラリと周囲の反応を確認し、絢瀬さんの肩を叩く。

 

「すっごい恰好やね♪」

「の、希……」

 

 いきなりのご登場に気を取られて気づかなかったが、絢瀬さんは固まっていたようだ。そして、今我に返ったと見える。

 

「ち、違うの!ふざけてるわけじゃないのよ!」

 

 むしろこれを真面目にやれるメンタルの方がやばい気がするのですが……。

 

「……はぁ」

 

 東條さんは呆れたような溜息をつき、こちらへつかつかと歩み寄る。……その笑い方恐いからやめて!全く良い予感がしないの!

 

「じゃ、比企谷君。プリキュアさんはほっといて帰ろっか」

 

 ……悪い予感ほどよく当たる。

 



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口唇 ♯5

 周囲が再びざわめく。

 今度は東條さんがするりと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。そして、絢瀬さんよりも豊満と思われる感触がふにゅりと腕に押しつけられる。

 

「希っ!?な、な、何やってるにょ!?」

「ふふっ、だってこっちの方が面白そう……エリチの可愛いリアクションが見れるやん♪」

 

 今言い直す意味ありましたかねぇ!アンタ本当に何しに来たんだよ!

 

「の、の、希ぃ~~~~!!!!」

 

 絢瀬さんが俺と東條さんを引き剥がす。やっとあの温かくて柔らかい胸が離れてくれた。べ、別に寂しいなんて思ってないんだからね!

 

「人の彼氏を何誘惑してんのよ!」

 

 あなたの彼氏になった覚えはありません。てか本当に、プリキュアの姿で大声で言うの止めて?

 

「あれ~、比企谷君。エリチと付き合ってんの~?」

 

 東條さんがニヤニヤしながらこっちを見る。

 それと同時に、絢瀬さんが不安そうな目をこちらに向けてきた。

 

「八幡君。うぅ~……」

 

 そんな捨てられた子犬みたいな目で見られましても……。

 

「…………うぅ」

 

 その目が再び潤み始めた時、俺の体は自然と動き出していた。これ以上ないくらい華麗なロケットスタートである。

 

「きゃっ!」

「おぉっ!」

 

 俺は絢瀬さんの手を引き、全力で駆け出した。

 

 *******

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……は、八幡君?」

 

 やっと人気のない所まで来れた。

 片手でチャリを引きながら、さらに絢瀬さんと手を繋いで走ったので、かなり疲れた。自分の意外な火事場の馬鹿力に驚いてしまう。

 しばらく走って頭を空っぽにしたせいか、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。

 

「……なんて恰好してんすか」

「うっ……ごめんなさい」

 

 制服の上着を脱ぎ、絢瀬さんに渡す。

 そしてそれをたどたどしい手つきで受け取るのを見て、背を向ける。

 すると、背後から声をかけられる。

 

「あの、ご、ごめんなさい!」

 

 振り返ると、キュアハート……絢瀬さんが頭を深く下げていた。……やっぱりシュールだ。ヒーローから謝られるとか。

 

「お、怒ってるよね?」

「いや、別に……」

 

 別に怒るほどの事はされていない。ただ人前でプリキュアの恰好をした金髪ポニーテールに告白され、グラマーな似非関西弁から修羅場に陥れられただけだ。何の事はない。何の事は……ない……はず。

 

「あの……」

「何?」

「絢瀬さんは……その……どうして、俺なんかを好きになったんですか?」

 

 これに関しては、全く理由がわからない。俺はそこそこ整った顔を自負しているが、一目惚れされるほどのルックスではない。それなのに何故ここまで……。

 

「わからないわ!」

「……は?」

「わからないわよ!初めてなんだもん!でも……あなたと出逢ってから……体が妙に熱くて……温かくて……」

 

 絢瀬さんは涙をぽろぽろ零しながら、いつの間にか距離を詰めていた。その唇を見ると、さっきの事を思い出し、頭に血が上ってしまう。

 そして、蕩けるような甘い囁きを口にした。

 

「あ、あの、その……何度でも言うわよ。あなたが……大好き……」

 



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BE WITH YOU

 その目はあまりにも純粋で真っ直ぐだった。

 こんな綺麗な瞳を生まれて初めて見た。

 その瞳に吸い込まれそうな感覚と、世界に二人だけしかいないみたいな感覚が、俺を捉え、彼女から目を逸らせないでいた。

 

「…………」

「…………」

 

 何か言わなければならないのに、音を立てる事が許されないような沈黙。

 そんな時間が、どのくらい経っただろうか。やっとのことで口を開く。

 

「…………俺も」

「…………」

「……俺もわからない」

 

 絢瀬さんは表情を崩さずに、目を潤ませたまま、俺の言葉を聞いていた。

 

 

「その……絢瀬さんみたいな……から、告白されるなんて……思ってなかったですし」

「…………」

「それに、絢瀬さんの気持ちも……何かの勘違いじゃないかって思う自分もいますし」

「…………」

「だから……まあ、その……何て言えばいいのか、わからない」

 

 傍から見れば、優柔不断の馬鹿野郎でしかないだろう。誠意が足りないと罵られるかもしれない。しかし、今の俺に出せる精一杯の答えがこれだ。いや、これは答えではない。ただ答えを先延ばしにしようとしているだけだ。

 俺はいつの間にか俯いていた絢瀬さんの言葉を待った。

 

「……じゃあ、いい考えがあるわ」

「……はい」

「仮恋人にならない!?」

「……はい……は?」

 

 俺は絢瀬さんの顔を見る。そこには満面の笑みを浮かべたキュアハート、もとい絢瀬さんがいる。

 

「私知ってるわよ!日本にはガールフレンド(仮)という関係があるのよね?」

「…………」

 

 あれ?シリアスな空気が霧散していってるような気がしますが……。カラスの鳴き声が「アホー、アホー」なんて聞こえてくる。うわぁ、まじか。

 

「そうね。いきなりじゃ比企谷君も困るはずだわ。何事にも準備が必要だものね」

「あの……」

「よし、比企谷君!私、頑張るわ!」

 

 話、聞いてねぇ。

 

「あの…………っ」

「…………ん」

 

 本日2度目。累計3回目のキスが唐突に交わされる。

 こちらが何か考える前に、柔らかな唇は離れていった。

 

「……い、いきなり、何を……」

「もちろん期限を設けるわ」

「……期限?」

「あなたに10回キスをします」

 

 絢瀬さんは顔を真っ赤にして、唇を震わせている。

 

「じゅ、10回目のキスまでにあなたが私の事を好きにならなかったら、私は諦めるわ」

「はあ……」

 

 何が何だかよくわからないままに頷く。つーか、この人プリキュアの衣装だから、改めて考えると、さっきまでのシーンもシリアスではなくシュールだ。無駄に似合うからタチが悪い。プリキュア好きの俺が言うから間違いない。

 とりあえず、気になる事を聞いた。

 

「あの……もう既に3回してるんですが、それは……」

「含めないわ!」

「えっと……それは……」

「認められないわ!」

 

 どうやら異論・反論は許されないらしい。

 こうして俺と絢瀬絵里の奇妙な関係が始まった。



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BE WITH YOU ♯2


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 恋人(仮)の契約を交わした後、俺は総武高校の制服を着用した絢瀬さんを、恋人(仮)らしく気だるげに駅まで送り届けた。絢瀬さんの服の色のバランスが悪すぎて、人目を引くのはアレだが…………まあ、さっきよりは穏やかな時間が流れた。

 

 駅前で絢瀬さんは、俺の制服を指さして言う。

「あの……本当にもらっていいの?」

「いや、あげませんから……」

 むしろ、早く返品してくださいね。制服の替えがあと1着しかないんだから。

「…………」

「…………」

 微笑む絢瀬さんに見つめられ、言葉に詰まってしまう。疑いようがないのは、例えプリキュアの恰好をしてようが、その上に俺の制服を着てようが、頭のネジが数本外れてようが、彼女はとても綺麗だった。

「目を閉じて」

 言われるがままに目を閉じる。くっ!こんな時に逃げずに目を閉じちゃう自分の律儀さが恨めしい!

 だが、やってきたの唇の感触ではなかった。

「…………?」

 俺の唇には、絢瀬さんの人差し指があてがわれていた。

「ふふっ。キスが来ると思った?」

「……別に」

「貴重な10回だからね。大事に使わせてもらうわ」

 そう言って、耳元に顔を近づけてくる。

「だから今回はおあずけよ♪」

「なっ!?」

 心をドロドロに溶かしてしまうような甘い囁きに、慌てて一歩後退る。

「じゃあね」

「……は、はい」

 絢瀬さんはこちらをちょくちょく振り返りながら、改札の向こうへ姿を消した。何だか台風が過ぎ去ったような気分だ。

 この胸を締めつけるような感覚に蓋をして、俺も帰路に着いた。

 

「…………♪」

 やった!やったわ!

 私は心の中でガッツポーズをした。

 しかも最後のセリフ、かなり決まったわね!

 っは~~~~~!!でもキスしとけばよかったかしら?いえ、待つのよ絵里!これは……駆け引きよ!

「ママ~、キュアハートがいるよ~」

「しっ!見ちゃダメ!」

 さて…………次はどんなシチュエーションを…………。

「ママ~、何で電車の中にキュアハートがいるの~?」

「だから見ちゃダメって言ってるでしょ!」

 ……コスプレはしばらく止めた方が良さそうね。早く秋葉原に着かないかしら。

 でも、彼の制服…………温かい。

 

「ただいま」

「あ、お帰り。お兄ちゃん!あれ?制服どしたの?」

「プリキュアの恰好した絢瀬さんに貸した」

 冷蔵庫からMAXコーヒーを取り出し、手に冷えた缶の感触を馴染ませる。今日一日、色々ありすぎたせいか、家に帰ってきてからの安心感がハンパない。

 小町はポカンと俺を見ていた。

「どした?」

「そ、それほんと?」

「ああ……」

 俺は今日の出来事を掻い摘まんで小町に話した。キスの事や恋人(仮)の辺りはもちろん伏せておいた。

「うわぁ、すごいね」

「すごいな」

 もうそれしか言いようがない。あの人は色々と天元突破している。行動力とか頭の中とかスタイルとか。

「いやぁ、昨日電話でお兄ちゃんの好きな物聞かれたからプリキュアって答えたけど、まさかそんな事に……」

「小町ちゃん。さらっと何言ってるの?」

 やっぱりお前か。俺は溜息を吐き、風呂に入る事にした。明日、学校でどんな事が起こるかなど、未知すぎて想像もつかない。

 

 





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BE WITH YOU ♯3

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「ど~~~~~ん!!」

 家に着くなり、自分の部屋に駆け上がった私はベッドに飛び込んだ。衝撃で少し痛いけど、衣装代の出費に比べればちっとも痛くない。あら、ちょっと上手い事言ってしまったわ。

「♪♪♪」

 枕を抱き、ゴロゴロと転がる。

 喜びが体から溢れ出ているせいだろうか、体が自然と動き出してしまう。胸の中がぽかぽかと温かい。

 デ、デートはいつにしようかしら。あ、でも今週は生徒会が忙しかったから……。

「お、お姉ちゃん……」

「亜里沙~。ただいま~♪」

 ドアの隙間からひょっこり顔を覗かせた亜里沙は、怪訝そうな目をこちらに向けている。やっぱり今日も可愛らしい小動物みたいだ。 

「帰ってくるなりどうしたの?はしゃぎすぎだよ、お姉ちゃん」

「いつも通りよ~」

「な、何?比企谷さんと何かいいことがあったの?」

「ふふ…………へへ…………」

「お姉ちゃん、その残念な笑い方やめて」

「はい」

 亜里沙は腰に手を当て、ジト目を向けてくる。私は機嫌を損ねないように、起き上がって亜里沙の目を見た。

「それで…………何があったの?」

「私……八幡君のガールフレンド(仮)になったの!!」

「…………ごめん。もう1回言ってくれる?」

「私……八幡君のガールフレンド(仮)になったの!!」

「本当にそのまま言わなくても……しかも(仮)って何?」

「日本にはそういう関係があるのよ、亜里沙にはまだ早いかもしれないわね」

「クラスの男子がやってたゲームのタイトルだったような…………」

「…………」

 え?そうなの?ゲームのタイトル?

 …………ま、私と八幡君からすれば大した問題ではないわね。

「大丈夫よ、亜里沙。わざわざ彼の好きなプリキュアのコスプレをして、彼の通う学校の校門前で…………キス…………したんだから」

「全然大丈夫じゃないからね!?」

 よし!今から廃校阻止の為の案を用意して、その後でデートに着ていく服とデートコースを考えましょう。長い夜になりそうね。

「お姉ちゃん、聞いてる!?なんか色々と天元突破してるよ!」

「当たり前よ!私を誰だと思ってるの!?かしこい、可愛いエリーチカよ!」

「無駄に格好いいけど、墓穴しか掘ってないよ!」

「墓穴掘っても掘り抜けて…………」

「ストップ!ただでさえ感想欄でメタいって言われまくってるのに、それ以上はダメ!」

「そうね……とりあえず自重するわ」

「はあ…………比企谷さん、大丈夫かなぁ」

 

「…………」

 居心地が悪い。

 別に嫉妬に狂った男子から殴られたり、女子から変態と罵られたりとかはしてない。朝からいつも通りのぼっちライフだ。

 しかし視線が突き刺さるのと、時折「おい、あれ……」とか「ねえ、あの人……」などと言ったヒソヒソ話が聞こえてくるのが鬱陶しい。まあ、中学時代に比べればマシな噂かもしれないが。

「あ……」

 曲がり角で誰かとぶつかりそうになる。向こうは俺をじっと見ているが、俺は相手の事を知らないので、会釈してそのまま通り過ぎた。あとはこのまま噂が小さくなるのを待つだけ…………

『2年F組比企谷八幡。至急職員室へ』

 …………ダレカタスケテェ。

 

 




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BE WITH YOU ♯4


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「それで、昨日の件だが……」

「な、何の事でしゅか……」

 すらりと長い脚を組む平塚先生に気圧されながら、何とか言い訳を試みる。だが出だしから躓いてしまった。

「ふぅ……あくまで白を切るつもりか。君は自分の彼女にアニメキャラのコスプレをさせ、校門前まで呼び出し、キ、キ、キスをしてだな…………」

 キスって言うくらいで顔を赤くして照れないでもらえませんかねぇ。ちょっと可愛いとか思ったじゃないですか。早く誰かもらってやればいいのに…………。

「それにその後やって来た浮気相手と修羅場を演じたそうじゃないか」

「いや、あれは…………」

 くっ!噂話に尾鰭が付いてる感じはあるが、あの場面は端から見ればそう見えてしまうのかもしれない。

「ちなみに浮気相手の方は去り際に『ようやく希編始まったから、よろしくな~♪』なんて意味不明な言葉を残していったそうだよ」

「それは本当に意味不明ですね」

 だからメタ発言は止めろとあれほど…………。

「まあ、とにかくだ。放課後、もう一度私の所に来たまえ」

「…………え?」

「仕方ないだろう。ここは仮にも学校だぞ。あのような騒ぎを起こした以上、お咎めなしというわけにはいくまい」

「…………」

 まじか。

 俺は朝から肩に重い疲れを感じながら、職員室を後にした。

 

 生徒会室で朝から雑務を片づけていると、希がニヤニヤしながら入ってきた。

「エーリチ♪」

「の、希!……ふん」

 私は昨日の事を思い出し、つい冷たい態度を取ってしまう。たまには反省させないとね!

「昨日はどうやった~?」

「お、教えてあげないわよ!……えへへ」

「よかったみたいやね。うんうん」

 くっ!バレてしまったわ!仕方ないじゃない!

 私は…………ガールフレンド(仮)になったんだから。

「ほら、無駄話してないで手伝ってよ」

「はいはい」

 希も鞄を置き、副会長としての仕事を始める。

「そういや、エリチ。廃校阻止の件なんやけど」

「あ、それなんだけど、私もいくつか案が……」

「二年生達がなんか面白い事始めとったよ」

「二年生?…………この前の?」

 確かこの前辛く当たってしまった子達だわ。…………本当にこの性格なんとかならないかしら。

「スクールアイドルやって、学校の知名度を上げるんやって」

「それ、大丈夫なの?」

 今からいきなり始めても遅いような気が…………。まあ、気持ちは嬉しいし、行動に移すのは素晴らしいけど。

「エリチもやったら?」

「わ、私?やるわけないじゃない!」

 昔から、というかバレエで挫折してから、何かを継続的に頑張るのは苦手だ。失敗してなくすのが怖いのだろうか。中途半端に器用で、大抵の事はそつなくこなせるのも理由の一つかもしれない。

「比企谷君も喜ぶと思うんやけどな~」

「…………え?」

 

 





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BE WITH YOU ♯5


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 音ノ木坂学院、放課後、生徒会室。

「よく来てくれたわね」

「「「…………」」」

 高坂さん、園田さん、南さんの二年生・三人組が固まっている。…………この前の事を気にしているようね。まずは私が謝らないと。

「この前はごめんなさい」

 くっ!思ったより冷たい声が出てしまったわ!いけない!皆の表情が強張っている…………。少し部屋の温度が下がったのを感じながら、私は話を始める。あ、笑顔を作るのを忘れないようにしないと。

「あなた達、ス、ス、スクールアイドルやるのよね?」

「こ、怖い……」

 失礼な!

 これでも頑張ったんだからね!

 …………おかしいわね。八幡君の前なら自然に振る舞えるのに。

「はい、そうです。まだ3人しかいないので、部として正式な承認は得られませんが、新入生歓迎会の際に、何かが出来ればと思っています」

「そう…………」

 よし、言うのよ絵里。私もスクールアイドルやりたいって…………いえ、さすがにそれは…………。

 私は3人の顔を見る。学校の為に必死になってくれている素敵な子達。この子達は純粋な思いでスクールアイドルをやろうとしている。そこに私が不純な動機で入るなんて…………。

「あの……生徒会長?」

「どうしたのかな?」

 いや、私がスクールアイドルに入って廃校を阻止すればいいのよ。そうよ!バレエの経験があるからそれをダンスに生かせばいいじゃない!おまけに私は顔はいいし、スタイルも抜群だって八幡君が言ってたような(言ってない)。

「う、海未ちゃん……生徒会長どうしちゃったの?」

「わ、わかりません。さっきから一人で悲しんだり、笑ったりしてますが」

「こ、こわいよぉ……」

 はっ!そういえば……。

 信じがたい事ではあるけれど、まだ私と八幡君は恋人同士ではないのよね。2回もキスをしたから忘れそうになってたわ。そ、それにあと10回も…………えへへ。

「あの、生徒会長……」

「名、何?キ、キスはあと10回残ってるわよ!」

「何の話ですか!?」

 おっといけない。心の声が口から出てきたわ。

 私は三人をじぃっと見る。

 むぅ。私ほどではないけどかなり可愛いわ。

 八幡君が浮気しないかしら。

 高坂さんは快活な雰囲気が周りまで明るい雰囲気にしてくれそうな女の子だ。ぱっちりした目が本当に可愛い。

 園田さんは大和撫子というイメージを具現化したような清楚な佇まいが魅力的な女の子だ。艶のある長い黒髪に魅了される男子は多いだろう。

 しかし!!

 この二人には足りないものがあるわ!

 それは…………胸よ。

 やっぱり男の子は大きな胸が好きなのよ。

「ふっ」

「な、何?」

「今、少し不愉快な気分になりましたね…………」

 ということは、私のライバルは……この子ね。

 南ことりさん。

 変わったサイドポニーが印象的なふわふわした雰囲気の女の子。この子のスタイル…………中々ね。これは要注意だわ。きっと脱いだらすごい事になるでしょう。

 …………少し話が逸れたわね。

「いいわ。部活として承認します」

「え!?本当ですか!?」

「いいんですか?」

「わぁ~♪」

「ええ、ただ人数を合わせる必要があるわね」

「?」

 ついに言う時が来た。よし、家で亜里沙を相手に何度も練習したから完璧なはず!

 私は思いきり土下座をして言った。

「お願いします!私もスクールアイドルに入れてください!」

「「「…………」」」 

 





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SOUL LOVE

 総武高校、放課後。

 俺は平塚先生により、校内一の有名人と思われる雪ノ下雪乃が一人で読書をしているだけのよくわからない教室に連れて来られていた。

 

「君にはこの部活で人格を矯正してもらう」

「……俺は品行方正なつもりなんですが」

「君の彼女に聞いてみたいものだな」

「いや、だから彼女じゃ……」

「違うのか?」

 

 ガールフレンド(仮)とか言えるわけない。

 

「先生、そこの……キス谷君は、一体……」

「おい、初対面から変なあだ名つけてんじゃねえよ。つーか、俺の名前知ってんの?」

「ええ、もちろんよ。だって校内一の有名人だもの」

 

 雪ノ下は肩にかかったその美しい黒髪を軽く払いながら言葉を続けた。

 

「校門前で彼女にコスプレをさせて、盛大にキスをして、浮気相手と修羅場を……」

「ち、違うっての……」

 

 どうやら校内での共通認識となっているらしい。俺は大きく溜息をつき、窓の外の夕陽に赤く染まるグラウンドに目をやった。

 このままぼーっとしてやり過ごせないか、なんて考えていると、平塚先生が俺の肩に手を置く。

 

「まあ、安心したまえ。私も君がそんな極悪非道な人間とは思っていないさ」

「はあ……」

「ただ雪ノ下の発言通り、君の一件は校内中に知れ渡っている。もちろん教師にもだ。なので朝も言ったように、お咎めなしという訳にもいかないんだよ」

「先生。ちょっとまってください。彼を入部させる気でしょうか」

「不満かね?」

 

 雪ノ下は俺の方を見て、体を庇う姿勢になった。俺を見る目は警戒心に満ち溢れている。

 

「正直不安です。二人きりになれば、彼の歪んだ性欲をぶつけられそうなので」

「あー、それは絶対に無いから安心しろ」

 

 その慎ましすぎる胸に欲情などするはずがない。

 俺は右肘辺りに残る絢瀬さんの柔らかい感触を思い出した。べ、べ、別に意識してないんだからね!

 

「……今、何故かあなたに殺意を感じたわ」

「まあまあ、落ち着きたまえ。とりあえず比企谷は仮入部でいい。奉仕部として、2、3件の仕事をしてくれれば後は好きにしてくれていい」

「奉仕部?」

 

 聞き慣れない単語につい反応してしまう。

 その後俺は、雪ノ下と平塚先生に奉仕部の活動内容やら何やらを聞かされ、帰る頃にはグラウンドで部活をしていた生徒も帰り支度を始めていた。これもまた、青春の在り方なのだろう。

 帰宅部だった俺はその見慣れない光景を横目に、自転車を押しながら校門を出た。

 昨日の一件が原因で部活に仮入部させられたわけだが、不思議と絢瀬さんに対する不快感等は一切感じなかった。むしろ……

 

「……っ」

 

 思考を中断させ、頭をかく。

 彼女は一体何を考えているのだろうか。

 

 *******

 

「せ、生徒会長!土下座なんてしなくていいですから!」

「あ、頭を上げてください!」

「わわっ、ど、どうすればいいの?」

「エリチ……さ、さすがにそれは……」

 



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SOUL LOVE ♯2

「ほらエリチ。2年生が困っとるやろ」

 

 いつの間にか私の傍に立った希が肩をポンポンと叩いてくる。

 私は顔を上げ、2年生の顔を見た。

 ……うわぁ。昨日の亜里沙みたいな顔してるわ。

 昨晩の亜里沙とのやり取りを思い出す。

 

『亜里沙、ちょっと付き合ってくれる?』

『どうしたの?お姉ちゃん』

『土下座の練習をしたいから付き合って欲しいの』

『土下座…………土下座!?何でなの!?』

『もちろん必要だからよ♪』

『…………う、うん……ダメだお姉ちゃん、早く何とかしないと……』

『どうかしたの?』

『な、何でもないよ』

『よし、始めるわよ!』

 

 ……亜里沙がもの凄く哀しそうな顔をしていたのが気がかりだわ。今日はプリンでも買って帰ろう。

 

「し、しかし、生徒会長……いいのですか?」

「あら、私では不満?」

 

 私は立ち上がりながら膝についた埃を払い、開き直る事にした。

 

「いえ、そんな事は……」

「もちろん希も差し出すわ!」

「ウ、ウチも既に頭数に入っとるんやね。まあ、ええよ」

「私は大賛成!!」

 

 高坂さんがしゅばっと手を上げ、園田さんに向き直る。

 

「皆でやった方が楽しいよ!」

「ほ、穂乃果がそう言うなら……」

「生徒会長さんはダンスの経験はあるんですか?」

「昔、バレエをやっていたから、柔軟性には自信があるわ」

「あとでエリチのバレエやってる動画見せてあげるよ」

「……何故そんな動画を持っているのかしら」

「この前、家に遊びに行った時にこっそり……」

「ああ、そっちね。ならいいわ」

「他に何かあるの?」

「いえ別に何もないわよ」

 

 ふぅ……焦ったわ。この前福引きで炊飯器が当たった時、生徒会室で一人きりで歓びの舞いを踊ったのがバレたのかと思ったわ……セーフ。

 

「まあ方向性は違えど、経験者がいてくれるのは助かりますね」

「それに美人でスタイルいいから、女性ファンも獲得できるかもだね♪」

「そ、そうかしら……」

 

 あと100回くらい聞きたいわね。

 

「エリチ。にこっちの事はどうするん?」

「考えがあるわ」

「にこっちって誰ですか?」

 

 高坂さんが聞いてくる。

 

「実はこの学校には既にアイドル研究会があるの。ただし、現在は部員は一人しかいなくて、部室があるだけの状態なんだけど」

「このままほっとくつもりやないんやろ?」

「ええ、もちろん!」

「ど、どうするつもりなんですか?」

「決まってるわ」

 

 私は南さんの肩に手を置き(少し引き気味な顔をしているけど気のせいよね?)、その場にいる皆に告げた。

 

「私達、スクールアイドル部とアイドル研究会が合体すればいいのよ!」

「「「「…………は?」」」」



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SOUL LOVE ♯3

「じゃあ、ウチらがアイドル研究会に入って、再び部として復活させるって事でええかな」

「はい!」

「そうですね」

「じゃあ、早速行きましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 話を勝手にまとめようとしている四人に対して、『待て待て待てーい!』とばかりに両手を広げて押しとどめる。

「はいはいエリチ、そんな方法メンドイだけやろ」

「さすがに非効率かと…………」

「むむ……」

 

 合体はロマンだと思うのだけれど……まあ仕方ないわね。希に逆らうと変な過去をほじくり返されかねないわ。……今度希の携帯を調べられないかしら。

 

「よし、皆でアイドル研究会に入るわよ!」

「ねえ、海未ちゃん……生徒会長ってあんな感じだったっけ」

「わ、私には何とも……」

「私は明るくていいと思うな……明るくて」

「たまにウチの想像を遥かに超えるからね」

 …………そういえば日頃のキャラを忘れていたわ。

 

 *******

 

「はあ!?あ、あんた達が入部!?」

「ええ、お願いできるかしら」

 

 アイドル研究会の部室にて、突然すぎる申し出に矢澤さんはひたすら驚愕している。彼女の事は一年の頃から知っているが、こうやってきちんとした会話をするのは初めてだ。

 

「な、何だってそんな急に……しかもあんた達二人は三年生じゃない!」

「あら、何か問題かしら?」

「あるわよ!大ありよ!ただの思い出作りで引っ掻き回されるのは迷惑だわ!」

「ウチらはそんなつもりじゃないんよ」

「あの……私達は廃校阻止の為に!」

「廃校阻止の為だけにやるっていうの?仮に廃校阻止したら、ハイ終わりってわけ?」

「ち、違います!」

 

 高坂さんが目を見開き、反論する。

 

「どーだか」

「矢澤先輩の言いたい事はわかります。しかし、今は何とかして学校を……」

「だからといって思いつきでスクールアイドルやって成功すると思ってんの?」

 

 その真剣な眼差しを見て、彼女のアイドルへの一途さが本物だとわかる。自分が昔捨ててしまったひたむきさを彼女は持っている。

 

「…………」

 

 園田さんもその視線に押し黙ってしまう。

 希はほんの数秒間瞑目した。私と同じように、過去の事を思い出したのだろうか。

 沈黙の時が流れるのをしばらく見届けて、私は口を開いた。

 

「じゃあ、どうすれば認めてもらえるかしら?」

「え?」

「要するに、スクールアイドルへの本気度が確認出来ればいいのよね?」

「ま、まあ、そうね」

 

 高坂さんも一歩前に出る。

 

「じゃあ、来週の新入生歓迎会でパフォーマンスをします!そこで判断してください!」

「……わかったわよ」

 

 矢澤さんは小さく頷いた。

 こうしてスクールアイドルとしての特訓が始まったのである……。

 

 *******

 

「というわけなのよ!」

「はあ……」

 

 俺は絢瀬さんから、今日の出来事を聞かされたのだが、色々とツッコミどころが多すぎる。まず、妹相手に土下座の練習とかアレすぎるし、生徒会室で一人で舞うのもアレすぎる。

 

「八幡君、応援よろしくね!」

「あ、はい……」

「あ、もうこんな時間!明日から朝練あるからもう寝るわね!じゃ、お休み!」

「え?あ……切れた」

 

 こうして唐突にかかってきた電話は唐突に切られた。

 ……一体何だったんだ……俺も寝るとするか。



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SOUL LOVE ♯4


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 金曜日、夜。

 俺はまた絢瀬さんと電話越しに会話していた。

「え、八幡君も部活に入ったの?何部?」

「…………奉仕部です」

「へえ、ボランティアとかやるの?」

「まあ、似たようなもんですかね」

「似たような?」

「なんつーか、アレです。誰かの問題解決をするんじゃなくて問題解決の仕方を教える、みたいな活動ですよ」

「へえ、素敵な内容ね。ちなみに部員はどれくらいいるの?」

「俺を含めて二人ですね」

「ふ、二人?へえ、男の子二人っていうのも寂しいわね」

「いや、もう一人は女子でそいつが部長です」

「…………八幡君、それは本当なのかしら」

「はい」

「もう一度よく考えてみて、それは八幡君の妄想が生み出した、八幡君にしか見えないものかもしれないわよ」

「いや、ないですから。どんだけ欲求不満なんですか、俺は」

「ど、どど、どんな子?」

「…………クールで口が悪い、ですかね?」

「クールか……私と被るわね」

「…………」

「見た目はどんな感じかしら?」

「な、何故そんな事を……」

「ガールフレンド(仮)として念の為よ、念の為。言わないと月に代わってお仕置きするわよ」

「そっちの方が金髪で被ってるじゃないですか………顔は学校で一番美人って言われてますね」

「また被ってるじゃない!」

「……すげえな、この人」

「あとはそうね…………スタイルはどうかしら?」

「そこまでがっつり見てないんですけど、いいんじゃないですかね。スラリとしているって表現がしっくりくるタイプかと」

「……中々の伏兵ね」

「いや、伏せられてた訳じゃないと思いますが。それに興味とかないですよ」

「ならOK」

「切り替えはやっ!」

「八幡君、今月末にデートしましょう」

「いきなり話題も変えてきましたね」

「場所は……遊園地とかどうかしら?」

「えーと、じゃあその内……」

「わかったわ。当日は迎えに行くわね」

「聞いてねえ……」

「私、お弁当作っていくから!」

「……料理出来るんですか?」

「し、失礼ね!出来るわよ!」

「じゃあ……よろしくお願いします」

「既に色んなシチュエーションを考えてあるわ」

「そ、そういうのは口に出さない方がいいんじゃないですかね」

「あら、そうかしら。じゃあサプライズが沢山……むしろサプライズしかないぐらいだから、楽しみにしておくといいわ」

「言ったらサプライズじゃないですよ」

「…………」

「…………」

「エリチカもう寝る!」

 今夜もまた、いきなり電話が切れた。

 俺は溜息を吐き、ベッドに寝転がる。

 まだ出会ってそんなに経ってないはずなのに、自分にしては自然と会話が成り立っている気がする。たまに絢瀬さんは人の話を聞かないけど……勝手に予定を入れられたけど……。

 ただこの春の嵐にこれまでの日常を引っ掻き回されるのは、決して悪い気分ではない。それだけは断言できる。……さすがにプリキュアの恰好で会いに来るのはやめて欲しいけど。

 





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SOUL LOVE ♯5


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「なあ、エリチ」

「何?」

 昼休み。生徒会室でお弁当を食べていると、希が神妙な面持ちで話しかけてくる。

「何でエリチって比企谷君の事が好きなん?」

 突然の質問に驚き、咳き込んでしまう。

「げほっ!げほっ!」

「ご、ごめんごめん。だから米粒こっちに飛ばさんで」

「いきなり希が変な質問するからでしょ…………あー、死ぬかと思ったわ」

 こんなみっともない所を比企谷君に見られたらどうするのよ。

「ええやん、このくらい。休日返上の準備の合間の息抜きやろ」

 今日は土曜日で授業はないのだが、午前中は新入生歓迎会の準備。そして、これからスクールアイドルとしての活動が始まる。

「いや、エリチの行動のインパクトが凄すぎて聞くの忘れとったんやけど」

「……て、照れるじゃない。もう……」

「いや、褒めとらんよ」

「そ、そう……」

 そんな白けた目を向けなくてもいいじゃない。まったく……。

「それで、何で好きになったん?」

「目!」

「そ、即答やな……しかも目って……」

「好きな事に理由なんて必要かしら?」

 私はポニーテールを指で弄りながら堂々と答える。

「うわあ、何やろ。ウチがなんか悪い事聞いとるみたいやな」

 希が少し疲れた表情を見せる。どうかしたのかしら?

 私は一つの答えに行き当たる。

「でも何で急に……ま、ま、まさか、あなたも比企谷君の事が……」

 こ、これは由々しき事態だわ。あ、あの胸で比企谷君を誘惑されたら…………

『あ、あかんよ、比企谷君。君にはエリチが……』

『あんたが悪いんだよ。そんないやらしい胸で誘惑するから……』

『もう、少しだけやで』

『希さん……!』

「ああ、それはないよ。ほら、変な妄想してないで。鼻血拭いて」

 希がティッシュで私の鼻をぐしぐしと拭く。な、何変な妄想で鼻血出してるのよ、私は!

「エリチ、こっち向いて」

「はい?」

 カシャッと音がする。

「何を撮っているのかしら?」

「妄想して興奮して鼻血をだすスケベ生徒会長・絢瀬絵里」

「消しなさい」

「いや♪」

「消しなさい!」

「今から亜里沙ちゃんに送るから待って」

「やめて!お願いします!」

 最近、亜里沙の私を見る目が冷たいの!

 『お姉ちゃんは本当にしょうがないなあ』って言われる事が多くなった気がするの!

 これ以上はお姉ちゃん耐えられない!

「じゃあ、教えて?今、比企谷君をどう思うか」

 希は薄く微笑みながらこちらを見た。

 駄目だ…………逃げられない。

 私は数秒間瞑目し、今思ってる事を素直に言う事にした。

「…………可愛いの」

「うんうん…………可愛い?」

「彼、本当に可愛いのよ!私がキスした後の照れた顔とか!こっそり胸を盗み見る時の目とか!」

「は、はあ……それ、可愛いの?」

「っかぁ~~わかってないわね~~もう、本当に可愛いのよ、比企谷君!きゃ~~~!!!!」

「あ、あかん。エリチが…………壊れてもうた」

 

「っくしゅっ!…………な、何だ?寒気が…………」

 

 





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とまどい


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 4月末の日曜日。俺と絢瀬さんはデスティニーランドに来ていた。春の陽気が心地良く、行楽日和という事もあって、園内は大勢の客でごった返していた。

「わぁ~♪私、実はここに来るの初めてなのよ!」

 絵里さんが飛び跳ねそうな勢いで言う。一応言っておくが、プリキュアの恰好はしていない。普通の私服だ。着てくる物まで警戒しなけりゃいけないとは……。

「八幡君は来た事あるの?」

「俺は…………小さい頃に来たくらいですかね」

 正直言えば記憶が遠すぎて、初来園といってもいいくらいだ。

「よし、今日は楽しむわよ!!」

「……うす」

 絢瀬さんのガッツポーズに、小さく握り拳を掲げて返す。いかん、早くも絢瀬さんのペースに飲まれている。理性を保て、比企谷八幡。いくらこの人がぼっち三原則が通じない人だとしても。

「ほら、何ぼーっとしてるの?はやくはやく!」

 油断した隙に腕を組まれる。だぁ~~!あんまりこっちに体重かけないで!なんか腕の辺りで柔らかい物が潰れてるから!

 すれ違う人、前を横切る人等をかき分けるように進みながら、目的のアトラクションへと歩く。こりゃあ、行列がしんどそうだな……。

「う~ん、やっぱりこっちの方が恋人らしいかしら」

「は?」

 絡まれた腕が解かれ、今度は指が交わる。彼女はその繋がれた手を見て、うんうんと満足そうに頷いた。

「あ、あの……」

「ふふっ。その照れてる顔、好きよ」

「…………」

 覗き込むような視線についあらぬ方向を向いてしまう。

「そういや…………ファーストライブ成功、おめでとうございます」

「ありがとう。今や部員も約9人になるのよ」

「何ですか?その、約ってのは」

「まだ正式な入部はしてないけど、多分あと一押しで入ってくれそうな子達がいるのよ」

「へえ」

「そっちはどう?浮気とかしてない?」

「活動内容じゃなくて、そっちかよ……してませんよ。特に依頼もないですし……」

「あら、そうなの?仕方ないわね。じゃあ、私が……」

「学外の生徒はご遠慮願います」

「むぅ、ケチ」

「はいはい」

「じゃあ、八幡君には私がご奉仕してあげる♪」

「一気に話がずれた気が…………」

 前より会話が滑らかになっているのに、少し……ほんの少しだけ、気持ちが和らいだ気がした。

 

 幾つかのアトラクションに乗り、12時を回ったところで、昼食をとる事にした。

 …………実は一番不安な時間である。

 あの普段のぶっ飛んだテンションからどんな料理が飛び出してくるのか、見当もつかない。胃薬準備した方がよかっただろうか。

「はい、沢山食べてね♪」

 俺はゆっくりと視線を弁当の方に向ける。

「…………おお」

 そこには彩りも鮮やかな、和洋折衷の美味しそうな品々が並んだ弁当箱があった。

「すごいですね……」

「はい、あ~ん♪」

 絢瀬さんは箸で摘まんだ卵焼きをこちらに差し出している。ひとまずスルー推奨で。

「じゃあ、いただきます」

 えーと、箸はどこかな?

「はい、あ~ん♪」

「あの、箸は……」

「はい、あ~ん♪」

「…………」

「はい、あ~ん♪」

 駄目だ。笑顔も姿勢もずっとキープされている。

 …………腹、減ったな。空腹には勝てそうもない。

 恐る恐る卵焼きを頬張った。

「……んぐ」

「美味しい?」

「……はい」

「よかった♪じゃあ、次は、ウインナーかしら」

 その喜びに綻んだ笑顔には一点の曇りもなく、こんなに幸せそうに笑う人を初めて知った気がした。





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とまどい ♯2

 アマガミは高橋先生一択です!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 濃密な時が流れた昼食を終え、再びアトラクションへと足を運ぶ。ちなみに……全部絢瀬さんに食べさせてもらいました、はい。近くにいたカップルが真似したり、男子のみの集団が羨ましそうな目で通りすぎたりと、とにかく落ち着かない時間だった。

 …………でも、滅茶苦茶美味かったな。うん。

「どうかした?」

「い、いえ、何も」

「あ!も、もしかして……デザート、食べたくなっちゃった?」

 絢瀬さんは自分を指さしながら言う。……やはり喋ると残念だが。

「…………」

「ちょ、ちょっと!いきなりそんな無表情で歩き出さないでよ!」

「はいはい」

「今度、愛妻弁当届けてあげよっか」

「さりげなくジョブチェンジしないでください」

「つれないなぁ……あ、御飯粒ついてる」

 絢瀬さんは俺の口元についていた米粒を取り、それをそのまま口に運んだ。

「…………っ」

 一瞬で顔が赤くなったのがわかる。だから、いきなりそういう事を…………ん?

「やったわ!さっきこっそり御飯粒つけておいたのが正解ね♪」

「聞こえてますよ……」

 

 その後は特にぶっ飛んだ展開もなく、穏やかなペースでアトラクションを楽しんだ。これまでがこれまでだけに、ありきたりなデートが珍しく思えてしまう。

 …………そういや、俺は今日が人生初デートでした。

 

 日が暮れ始め、空から青さが消えた頃、俺達は観覧車の列に並んでいた。遊び尽くして足には少し疲れが溜まっている。

「あの……絢瀬さんは、大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「えっと……足……」

「あー、全然大丈夫よ!ありがと♪」

 その笑顔を見る限り、嘘ではないようだ。体力も兼ね備えているらしい。

「そうっすか」

「ふふっ、照れなくてもいいのに」

「いや、別に照れてなんか……」

「ここでキスするわよ」

「いや、せめて言葉のキャッチボールくらいしましょうよ…………え?」

「ここで1回目のキスをします!」

 絢瀬さんが無駄に真剣な顔で言い放ったのに対し、俺はポカンとするだけだった。

「…………」

 チクチクと周りの視線が突き刺さる。

 まあ、来るとわかっていれば心の準備をすればいい。

 ベタだが、一番高い所でキスされるのだろう。

 胸の高鳴りを無視して、いかに場の空気に流されないようにするかを考えた。

 やがて順番が来て、係員の指示に従い、ゴンドラに乗り込む。絢瀬さんの対面に座ろうとすると、強く腕を引かれ、体勢を崩しそうになる。

「どうしまし……っ」

「…………ん…………んんっ」

 絢瀬さんに隣に座らされると同時に、今、キスされているのだと認識する。

 体中に火照りを感じながら、俺はぴくりとも動けずにいた。

 上昇していく視界の端に、唖然とする係員と女子四人組がはしゃいでいるのが見えた。

「うお~、すっげえ!」

「ちゅーしてるのん!」

「あわわ……これが都会……」

「お、落ち着いてください、こまちゃん先輩!皆がやってるわけじゃないです!」

 

「…………んく」

「…………んんっ!」

 四分の一も行かない内に息が苦しくなった。

 それを察したのか、絢瀬さんはキスする場所を首筋にずらす。

「はあ……はあ……あ、絢瀬さん」

 首筋を舐めるように這う唇にゾクゾクした感触を覚え始めていると、また唇を重ねられた。

 そのじゃれ合うようなキスがひたすら繰り返される。呼吸とは別の問題で頭がクラクラしてきた。このままでは理性など吹き飛んでしまいそうだ。

 額に、頬に、絢瀬さんが刻まれ、一つになっていく気がする。形而上と形而下の狭間を彷徨っている内に、ゴンドラはようやく下に到着した。係員が扉を開けると同時に唇が離され、つぅっと糸を引いた。

 周りの音が判断できないくらいに蕩けた思考回路はしばらく機能しそうもない。 

「はあ……はあ……」

「はあ……はあ……」

 汗だくで息の荒い俺と絢瀬さんを、係員は顔を赤くして見送った。




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とまどい ♯3


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「大丈夫?」

「ええ……」

 二人でベンチに腰掛け、絢瀬さんが濡らしたハンカチで顔を拭いてくれる。唾液やら何やらでベタついた顔を、すれ違う人がギョッとした顔で見るので、かなり気まずかった。

「昨日思いついた時はいい考えだと思ったんだけど……濃密な1回目になるし……」

「え?アレって1回だけになるんですか?」

「そうよ」

 あっけらかんと言い放つ絢瀬さんに、何も言い返せなくなる。……実際に俺も色々とヤバかった。まだ毛布のような温もりや、甘い香りが体に残っている気がした。

「満足した?」

「……ノーコメントで」

「むぅ、何よ……さり気なく胸触ってたくせに」

「え?俺、そんな事は……」

「ウ・ソ♪」

 何だよ、嘘かよ。ホントに触っちまうぞ。つーか、してやったり、みたいな顔が無駄に綺麗なのも腹立つな。

 仕返しにポニーテールにデコピンをかます。こんな時もおでこに仕返しできない自分のヘタレ具合が情けない。

「ふふっ。可愛いことするじゃない」

 絢瀬さんが顔を近づけてくる。慣れたように思えたその覗き込むような視線は、相変わらずこちらの心に不安定な揺らぎを与える。空振りする自分のデコピンを引っ込め、俺の左手はベンチの背もたれを掴んでいた。

「じゃあ、もう一度……」

 唇がいつの間にか触れ合う寸前になっていた。そして、そのまま時間が止まったように動かない。

「…………」

「…………」

 これはおそらく試されているのだろう。このまま本能的な欲求か、場の空気に流されてしまうのはそれはそれでいいのかもしれない。

 ただ…………それは恋愛感情ではない。似ても似つかぬ何かのように思える。

 俺は絢瀬さんの肩をゆっくりと押し戻す。

「あ…………」

 その寂しそうな顔に少し罪悪感を覚えたが、今の俺にはこれが精一杯の誠意だ。

「…………」

「まだ……ダメかぁ」

 空を仰ぐ絢瀬さんの顔はもう笑顔に戻っていた。

「あの……」

「いいのよ。今日、八幡君のいいところを一つ見つけられたから」

「……そ、そうすか」

「君は……優しい」

「…………」

「私、こんな気持ち初めてだから、正直言って何をどうすればいいかわからないの」

 そっと手を握られた。だがさっきまでと違う感触がするようだ。

「それで……少し暴走しちゃって」

「少し?」

「う、うるさいわね……でも、君は付き合ってくれる」

「…………べ、別に」

「ありがとう♪」

 礼を言われる筋合いはない。思考回路を使い、様々な理由を挙げようとすると、耳に直接、甘い言葉を吹き込まれた。

「大好き」

 





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とまどい ♯4

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「今日は楽しかったわ」

「そ、そうですか」

「どうかした?」

「いや、どうかしたも何も……」

 俺は一呼吸おいて言った。

「駅の構内で抱きつくのは止めてくれませんかね……」

 通りすがりの女子学生がこちらを見てキャーキャー言ってたり、野郎集団が舌打ちしたりと、ここ最近何度も見たような光景を見ながら、絢瀬さんを押し戻そうとする。しかし、今度は絢瀬さんも引かなかった。

「ダ~メ!次いつ会えるかわからないから充電させて」

「…………!」

 絢瀬さんが抱きつく力がさらに強くなる。

 その豊満な胸が強く押しつけすぎて潰れていようとお構いなしだ。

「あ、胸が当たってるのはご褒美ね」

「ぐっ……」

 わざとかよ。じゃあ、ありがたくそのままにしておきます!

「よし、充電完了!」

 仕方ないからその柔らかさを堪能しようとした瞬間、絢瀬さんはぱっと離れた。べ、別にあと少しだけ、なんて思ってないんだからね!

「じゃあ、次は………ゴールデンウィークにデートしましょう!」

「……もうすぐじゃないですか」

 充電とはなんだったのか。

「八幡君、どーせヒマでしょ?」

「さらっと失礼ですね……いや俺だって家族旅行とか」

「八幡君は絶対に家族旅行に行かないって小町さんが言ってたわ。コナン君が犯人を逃がすくらいあり得ないって」

 もっとマシな例えはないのかよ。お兄ちゃん恥ずかしいんだけど。

「スクールアイドルの活動はいいんですか?」

「もちろんやるわよ。でも二日間くらい休みを入れるから。……ふふっ、楽しみにしてて♪」

 それだけ告げると、スキップしながら改札をくぐり抜けていった。俺が同じ事をすれば頭のイタい馬鹿に思われるだろうが、絢瀬さんは好意的な視線を集めていた。

 おい駅員。ニヤニヤしすぎだっての。一番右の改札トラブってるぞ。

 

「ヒッキー、本当に付き合ってるんだ……」

 

 絵里さんの指摘通りに、ゴールデンウィークは何事もなく時間が経ち、今日を含めてあと二日しか残っていない。確か今日か明日にデートをするとか言っていたが、連絡が来ないという事は、二日間ゆっくり休んでね!という事だろう。実に素晴らしい。

「……朝飯でも食うか」

 あと二日しかないないのなら、その短い時間を有効に使うのが一番だ。それを朝食の時間に考えよう。

「あ、八幡君おはよう!朝御飯できてるわよ!」

「お兄ちゃん、おはよ~」

「お兄さん、お邪魔してます」

「ああ、おはよう…………は?」

 何故か台所にはエプロンをつけた絢瀬さんが立っている。そしてソファには、小町と並んで絢瀬さんの妹が座っている。

「あの……これは……」

「八幡君、二日間よろしくね♪」

「…………はあ!?」

 驚く俺を前に、ニコニコ笑顔の絢瀬さんを見ながら確信した。

 やはりこの人の行動は読めない。

 

 




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とまどい ♯5

 セイレンは先生が一番好きです!

 それでは今回もよろしくお願いします!


「あ、忘れてたわ」

 絢瀬さんはぽんっと手を叩き、俺の隣へ来る。

「おはよ、八幡君♪……んっ」

 また朝の挨拶かと思ったら、左頬に絢瀬さんの唇の感触が来た。

「なっ!?」

「ええっ!!!!!」

「お、お姉ちゃん!?」

 俺とシスターズの驚愕一色の声に、絢瀬さんはキョトンと首を傾げる。

「あら、ただの挨拶だけど」

「お姉ちゃん、い、いきなりすぎるよ!今までそんな事……」

「しっ!」

 絢瀬さんは唇の前に人差し指を立て、小さく怒った表情を作る。その唇を見ると瑞々しい色気を感じ、朝から顔が熱くなりそうだ。あれ?まだ夢の中だったかな?

「お兄ちゃんが……もう、小町の知らないお兄ちゃんに……」

 小町は盛大に勘違いしているようなので、後でしっかり事実を教えよう……いや、待て。観覧車での事とか絶対に言えない。 

「あの、ちなみにこれは二回目……」

「認められないわ!」

「いや、でも……」

「唇じゃないチカ。観念するチカ」

「何ですか、その語尾は……しかも何故ドヤ顔?」

「お姉ちゃん……」

 ほら、可愛い妹が残念なものを見る目になってますよ。

「それより、朝食冷めちゃうわよ」

「あ、はい……」

 変な語尾と朝食で誤魔化されたが、まあ仕方ないのかもしれない。最初に細かいルール設定をしなかった自分にも落ち度はある。今さら細かなルールを作るのも、何だか男としては見苦しい気がする。

「おはよ~」

 休日だというのに、仕事に行く準備を終えた母ちゃんが、リビングの扉を開けて入って来た。

「おはよう。今日も仕事かよ」

「ええ、ゴールデンウィークで若いのが休み取ってるからね」

 そこで自分が周りの分も働くとか社畜精神凄まじすぎるだろ。

 …………はあ、やっぱり働きたくねえなぁ。

「はい、これお弁当です」

 絢瀬さんが母ちゃんに弁当を手渡す。何故にこの人は初めて上がった家にこんなに馴染んでいるんだろう。

「ありがと♪でも本当にどうしてこんな超絶美人がうちのバカ息子なんかを……」

 俺が聞きたいくらいだ。いや、聞いたけど……ねえ?

「学校では生徒会長やってて、成績優秀・スポーツ万能。おまけに料理も上手いなんて…………」

「いえ、それほどでは……」

 改めて聞くと、確かにスペックはすごい。そして性格はその何十、何百倍もすごい。というかポンコツだ。 

「さっきお父さんもデレデレしながらお弁当持って行ったわ」

 あの親父……女には気をつけろって俺に言ってたじゃねえか。

「絵里ちゃん!八幡を……よろしくね」

「お任せください!」

 母ちゃん、泣くな。なんか俺が虚しい気持ちになるだろ。あと二人して勝手に任せるな。任されるな。徳川軍ばりに外堀と内堀を効率よく埋められている気がする。

「じゃあ、行ってきま~す!」

「傘持ったのか?今日、午後から降るらしいぞ」

「あ、そうなの?ありがと!」

 皆で母ちゃんを送り出した後、俺は朝食を摂る事にした。……やっぱり美味い。

 

「お兄ちゃん、洗い物私がやっとくから、二人でいちゃついてていいよ~♪」

「さり気なくとんでもない事言うな。休みくらい俺がやっとくよ」

「じゃ、お願い!」

「あ、私が手伝うわ」

 いや、今あなたと台所に並んで立つとですね、色々とよからぬ妄想をしてしまいそうになるので、止めていただきたいのですが…………などと言う事はできず、共同作業をする事になる。

「初の……共同作業」

 俺が洗った食器を拭きながら、絢瀬さんが頬を染める。……いきなり変な事言うなよ。茶碗落として割るとこだったぞ。

「意味深な言い方しないでください」

「ねえ、八幡君」

「?」

 俺は絢瀬さんの方は向かずに、洗い物に集中する。専業主夫を目指すだけあって、家事に対する集中力は自信がある。

「私ね、八幡君の良いところ、もう一つ見つけちゃったかも♪」

「……そうっすか」

 洗い物から目を逸らしていないけれど、頭の中で、また悪戯っぽい笑顔を浮かべている絢瀬さんを容易に想像出来た。

 




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Together

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「とりあえず……今からどうしますか?」

 洗い物を片付け、ソファーに座りながら絢瀬さんに尋ねる。

「そうねぇ……」

 絢瀬さんは、俺の隣……というか俺に肩を密着させながら座ってくる。もう、あまりにも自然過ぎてツッコむ事すら躊躇われる。この人に俺のツッコミが効いた試しがないので、もう諦めかけてはいるんだけど。

「午後からは雨が降るらしいし……やっぱりツイスターゲームかしらね」

「…………」

 果たしてこれはツッコミ待ちなのか?ていうか、俺はそれほどツッコミキャラでもないんだけど。新八じゃねーんだから。

「ほら、八幡君やってみない?」

 だあぁぁ!!!本当に持ってきてやがった!

「お姉ちゃん、落ち着いて。飛ばしすぎ」

「うん」

 絢瀬さんは大人しくツイスターゲームを鞄に仕舞う。

 今後、彼女に対しては手荷物検査が必要かもしれない。

「お兄ちゃん。絵里さんってガンガン来るね」

 小町が小声で話しかけてくる。

「ああ……」

「……頑張って!最初で最後のチャンスだよ!」

「おい」

 訳のわからない応援メッセージを受け取っていると、絢瀬さんが何か思いついたように手を合わせる。

「じゃあ、八幡君のアルバム見せて!」

「絶対に嫌です」

「絵里さん、これです!」

「ありがと♪」

「私も見た~い♪」

「…………」

 強制的にイベント突入してしまった。

 俺は溜息を吐きながら、冷蔵庫まで行き、全員分の飲み物を用意する。まあ、すぐに飽きるだろう。

「可愛いわね」

「うん!」

「こんなピュアな頃があったんだねえ」

「あれ?小学生までしかないみたいだけど」

「ああ、それはですね、お兄ちゃんが中学生になったぐらいから極端に写真に写るのを嫌がるようになって」

「そうなの?」

「ええ、まあ……」

 飲み物をテーブルに置きながら、自然と苦虫を噛み潰したような顔になる。何でだったか理由はわからない。もしかしたら中二病の影響かもしれない。

「じゃあ、これから作ればいいのよ!」

「何をですか?」

「あなたのアルバムよ!」

「いや、別に俺は……」

 絢瀬さんはスマホのカメラを起動させて、俺と肩を組む。最近、胸を押しつけられるのに慣れてきている自分が怖い。

「お姉ちゃん、私が撮るよ!」

「お願いね」

 絢瀬妹は絢瀬さんからスマホを受け取ると、少し距離をとり、小さな手で構えた。

「行くよ~、はいチーズ!」

 絢瀬妹の合図と共に、また左頬に柔らかな温もりが触れる。

「っ!!」

「「ええっ!?」」

 左を向くと、吐息がうっすらとかかるくらいの距離に絢瀬さんの顔がある。空想の世界の海のように綺麗な碧眼が、真っ直ぐに、それでいて柔らかくこちらを見つめている。

「今日から素敵な思い出を残していきましょう♪」

「…………」

 何も言えない。

 その瞳に不覚にも見とれてしまっていた。

 時間が止まるような感覚に、俺は体中を支配されていた。

 

「あのー、おふたりさーん?」

「あはは……お姉ちゃん、凄い」

 




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Together ♯2

「お兄ちゃーん。冷蔵庫の中何もないから、雨が降る前に買い物行ってきてくれない?」

「え?あ、ああ……」

 

 小町の声で我に返る。……危ねえ。うっかり場の空気に流されるところだった。

 俺は特に意味もなく、首筋をぽんぽん叩きながら立ち上がる。

「じゃあ、私も行くわ」

「いや、俺一人でも……」

「遠慮しないの」

「……はい」

 

 絢瀬さんのスクールアイドル活動の話を聞いていたら、割とすぐにスーパーに到着した。

「じゃあ……買うわよ!」

 止めて!静かにして!

 何故か気合いの入った絢瀬さんと僅かに距離を取りながら(しかし、すぐに詰められる)、買い物カゴをカートにセットする。すれ違いざまに、お年寄り夫婦が微笑みながらこちらを見ていた。……入店早々ダメージを受けてしまった。他には何もないよな?

「…………」

「どうしたの?キョロキョロして……」

「いえ、何でも……」

 俺が総武高校に通っているのは、中学時代のクラスメイトと同じ学校に進学したくなかったからだ。なので、基本的に俺の生活圏内で総武高校生と出会う事はない…………はずである。だが、もしもの可能性がある。二人で買い物をしているところなんて見られたら……………。

 いかん。警戒しすぎだ。不安定な精神状態で犯罪係数が上昇しているかもしれない。近くに執行官はいないだろうか。

「…………」

 気がつくと、絢瀬さんもキョロキョロしている。まさか本当に執行官が……!なんて事はなく、その視線の先には家族連れの客が何組かいた。

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもないわ。行きましょう、あなた」

「ああ、はい…………今なんて?」

「どうしたの?あ・な・た♪」

「…………どうしたんですか?次は何ですか?」

 くっ!また斜め上な事をやろうとしてんな。

「あなた、今日はお義父さんとお義母さんは帰り遅くなるの?」

「聞く気はないんですか。そうですか」

 無理だ。話の通じる相手じゃない。

「ほら、やっぱりいついかなる時でも爪跡を残す努力をしないと」

「お笑い芸人じゃないんですから……」

 あなたぐらい爪跡を残されると、こちらは引っかき傷だらけになるんですが。いや、もう既に満身創痍なんですが。

 しかし、あまり誤解を生む訳にはいかない。ここはガツンと言うべきだろう。ワイルドに吼えるぜ!

「あの……絢瀬さん」

「ちょっとだけ家族を思い出しちゃった」

 少し離れた所にいる家族連れを見つめる絢瀬さんの表情に、僅かに翳りが見えた。雲が月を覆うように訪れたその翳りに、俺は自然と口を噤んでいた。

「実は私の家族って、亜里沙以外は皆ロシアにいるの」

「…………」

「あ、ごめんなさい!いきなりこんな話……」

「別にいいですよ……それより……俺に、料理でも、教えてください」

 自分でも何が言いたいかが分からぬまま言葉にした。

 しかし絢瀬さんは、クスッと笑って、俺の左腕にしがみついてきた。

「もちろんよ!あなた♪」

 ……どう考えてもその笑顔は反則だと思う。

 

 



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Together ♯3


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「これを……入れていいんですか?」

「そうよ。ふふっ。緊張してるの?固くなっちゃって。可愛いわね♪」

「そりゃ初めてですから」

「そう。いいわ、お姉さんに任せて」

「ちょっ……いきなり弄られるとドバッと出ちゃうじゃないですか!」

「これは大丈夫よ。はやく全部出して♪」

「わ、わかりました」

 

 俺は絢瀬さんの指示に従い、恐る恐る調味料を入れていく。ボルシチを作っているのだが、初めて作るので、自然と体が固くなる。

「「…………」」

 何故か小町と絢瀬妹が、顔を赤くしながらこっちをチラチラと見ている。そんなに心配なのだろうか。

 買い物から帰ってきてすぐに、俺は絢瀬さんから料理の指導を受ける事になった。一流の専業主夫への第一歩を歩み始めたのだ。違うか?違うな。

 絢瀬さんは小町のエプロンをつけ、鼻唄を口ずさみながら、流麗な手つきで食材を一つの料理へと変えていく。…………数日前、プリキュアの恰好をしていた人とは思えん。うっかり惚れそ……失礼、噛みました。

 俺は見とれてしまわないように、料理に集中する事にした。

 

「ごちそうさま!お義姉さん!美味しかったよ♪」

「お口に合ってよかったわ」

「小町ちゃん、お兄ちゃんも頑張ったんだけど……」

 それとお義姉さんは止めようね。

「八幡さんもお疲れ様です!」

「お、おう、ありがとう…………絢瀬妹」

「な、何ですか、その呼び方?私の事は亜里沙でいいですよ」

「……わかった。……亜里沙」

 すんなりと呼ぶ辺りがあんまり自分らしくない気はしたが、今日くらいはいいかもしれない。絢瀬妹は遭遇率も低いし。天使だし。

「は、八幡君。私は?」

「どうしました、絢瀬さん」

「うぐぅ……」

 いや、確かにそのキャラクターも天使なんだけどね。

 

 その後はゲームをしたり(ツイスターゲームは封印)、雑談したりして、それなりに楽しく時間が過ぎていった。普段の自分はもっとパーソナルスペースが広いはずなのだが、それを忘れるくらいのものだった。

 しかし、その日の夜。ハプニングが起こる。

 夕飯の後、ついうたた寝をしてしまい、寝ぼけていた。

 寝ぼけ眼で時計を確認し、8時を過ぎていたから、風呂に入ろうかと思った。ところが…………

「え?」

「は?」

 風呂場の扉を開けると、スカートはまだ装着しているが、背中が丸出しの絢瀬さんがいた。

 その雪のように儚い白さと程よい弾力のありそうな芸術的な背中に、思わず視線が釘付けになる。

「は、八幡君?」

 その言葉で我に返る。

「す、すいません!」

 慌てて扉を閉める。脳が一気に覚醒した。

 そして呼吸が荒くなっている気がする。

 さらに顔が熱い。

「八幡君、もういいわよ!」

 ひとまず顔を洗って熱を冷まし、煩悩を退散させよう。

 そう思いながら扉を開けた。

「…………」

 何故かタオルを巻いただけの絢瀬さんが、ドヤ顔で腰に手を当て、仁王立ちしていた。

「え、あ……はぁ!?」

「さ、いいわよ!」

「な、何がいいんでしゅか!?」

「私に背中を流して欲しいんじゃないの?」

「どこをどう読み取ったらそうなるんでしょうか……」

 顔をあらぬ方向に向けながら話しているが、あのタオルの下は…………

 観覧車の時のように、何かが爆発するような気持ちになりながら、扉を閉める。

 しかし、すぐに半分ほど開かれ、肩を掴まれる。

「観念するチカ。い、一緒に入るチカ」

「い、いや入りませんよ…………」

 しかも、あなた少し恥ずかしがってるじゃないですか。

 俺は少し勢いをつけて、この場から去る事にした。

「きゃっ!」

 俺の肩を強く握っていたせいか、絢瀬さんが脱衣所から飛び出してくる。

「あ、すいませ…………あ」

 絢瀬さんの体から、タオルがはらりと落ちると同時に、俺の意識も落ちた。





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Together ♯4

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「絵里さん、すいません。うちの兄が……」

「大丈夫よ。このくらい」

 八幡君に膝枕をしながら、小町さんに何でもないとばかりに微笑む。……はい、私のせいです。八幡君は私の裸を見て気絶しました。

 ちょっと悪ふざけが過ぎた事を反省しながら、八幡君の髪を撫でる。くせのある真っ黒な髪が可愛らしい。もちろん、この無防備な寝顔も。

 ……さすがに裸を見られるのは恥ずかしいわね。

 彼が目を覚ましたらどんな顔をして会えばいいのかしら。

「絵里さん、どうかしましたか?顔赤いですよ」

「え?あ、八幡君可愛いなあって……」

 ちなみに小町さんには、八幡君が転んで頭を打った事にしてある。義理の妹になるかもしれない女の子に『あなたのお兄さんを裸で誘惑しようとしたら、彼ったら、鼻血を出して気絶しちゃったのよ』なんていえない。だって、女の子なんだもんっ♪

「ふふっ」

 小町さんが小さく吹き出した。

「そんな事言ってくれるの絵里さんだけですよ」

「そう?」

「二人共~、ココアできたよ~♪」

 亜里沙が御盆にカップを3つ載せて、てくてく歩いてくる。料理は壊滅的だけど、ココアは美味しく作ってくれる。

「ありがとう」

「ありがと♪」

 カップに口をつけると、程よい甘さが温かく口の中に広がっていく。その感覚が体中に広がるように、ゆっくりと喉の奥へ流し込んだ。

「よしよし♪」

 亜里沙が八幡君の頭を撫でる。ま、まあ、このぐらいなら許してあげるわ。

「♪」

 次第にその手が頬へと伝っていく。

 それは止めておいた。

「八幡君が起きちゃうでしょ」

「は~い」

「はあ、お兄ちゃんったら幸せ者なんだから……」

「小町ちゃんもだよ」

「え?」

「八幡さんみたいな優しいお兄ちゃんがいるんだもん!」

「ま、まあ……優しいけど」

 小町さんは顔を赤くして照れている。この子は間違いなくブラコンだ。八幡君はシスコンだし……。

 急に色々と聞き出したくなった。

「ねえ、もっと八幡君の話聞きたいわ」

 私の言葉に小町さんは少し驚いた顔をしたが、すぐにぱあっとした笑顔になる。

「そうですね!じゃあ、小町がお兄ちゃんの一から百、いや千まで語りましょう!」

 小町さんはココアを飲み干し、胸を張る。

 私も小町さんに倣って、ココアを飲み干した。

「あっつ……」

「お姉ちゃん、夜までポンコツ発揮しないで」

「え?亜里沙、今何か言った?」

「何も言ってないよ♪」

 

「……ん」

「あ、起きた」

 ぼんやりとした視界の中、絢瀬さんの顔が次第にはっきりと形になっていく。後頭部にはいつもより柔らかい感触がある。あれ?枕の質が高く……

「……!すいません……」

「いいのよ。私のせいだし」

 起き上がろうとすると、押さえつけられる。そんなに強い力ではなかったが従っておいた。

 しかし……私のせい?

 はて、何の話だ?

「…………」

 記憶を掘り返していると、ぽつぽつと気を失う前の記憶が蘇ってくる。

 確か、真っ白な……!

「……すいません」

「どうかした?」

「俺……その……」

 寝起きだからか、刺激的すぎるあの姿で心臓が跳ね上がっているからか、上手く言葉が結べない。

「あれは……私が悪かったわ。調子に乗りすぎちゃった。ごめんなさい」

「俺は……別に……」

「じゃあ、おあいこね」

「それはそれで……」

 起き上がり、絢瀬さんの隣に座り直す。

 そこで時計が十時を回っている事に気がついた。

「俺、風呂入ってきます」

「ええ、私は小町さんの部屋にいるわね」

「はい」

 ウインクして背を向ける絢瀬さんが何だか少し大人びて見える。目が慈愛に満ちているというか、何というか。一歳だけとはいえやっぱり年上なんだな、と思ってしまう。普段はアレだけど。

 後頭部に絢瀬さんの膝枕の感触が残っているのを感じながら、俺はのろのろと風呂場へと向かった。

 




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Together ♯5

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「…………んん?」

「すぅ……すぅ……」

 苦しい。やけに呼吸がしづらい。

 あと視界が暗い。

 な、何だこれ?

 顔が何か柔らかいものに圧迫されているみたいだ。

 もしかしてまだ夢の中だろうか。夢でもし逢えたら素敵な事なのだろうか。誰とだよ。

 俺は苦しみから逃れようと手を伸ばそうとすると、むにゅっと何か柔らかいものを掴んだ。

「……んっ」

 妙に艶のある声が漏れ聞こえる。

 ……どこか聞き覚えのあるような、ていうかこの声は間違いなく……。

 俺は体を捩らせ、頭をがっしりとホールドしていた彼女から逃れ、起き上がる。さっきまで視界を塞がれていたので気がつかなかったが、もう既に陽は昇っている。

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 やっぱりか……いつの間に侵入してきたんだよ。

 すやすや安らいだ寝息をたてる絢瀬さんの顔を眺める。その寝顔は思ったより幼くて、自然と口元が緩んでしまう。

「……さま……」

 小さい寝言が漏れてきたので、少しだけ顔を近づけて耳をそばだてる。

「……おばあさま」

 その言葉には甘えるような響きがかなり含まれていた。不覚にも今ならどんな願い事でも叶えてやりたいとか思ってしまった。……反則すぎんだろ。

 そっと手を伸ばし、金色の髪を撫でる。さらりとした優しい感触が気持ちいい。同時に甘い香りがふわふわ漂ってきて、気持ちが和んでくる。

 待てよ……そういや俺、さっき絢瀬さんの…………。

 急いで手を離し、さっきの事を思い出すように見つめる。えっと、こんな感じだったっけ?い、いや、やらしい事考えてるんじゃないよ?現場検証だよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

「ん……ん~」

 絢瀬さんがどうやらお目覚めのようだ。

 目をうっすらと開け、ゆっくり寝返りをうつ。

 どうでもいいすが、スタイルいい割に、無防備な恰好しすぎじゃないですかね。

「あら、八幡君、おはよ」

「何でここで寝てるんですか?」

「間違えちゃった♪」

 寝ぼけ眼のまま、ペロリと舌を出し、悪びれもせずに言う。タンクトップの左肩の方がズレ落ちてるのはわざとでしょうか?

「いや、そんなんじゃ……っ」

 いきなり唇を強く塞がれる。湿った温もりがうねるように絡んでくる。

「……ん……んくっ……ぁっ……んんっ」

「……っ……っ……っ……っ」

 絢瀬さんの舌が口の中で暴れ始め、こちらには為す術もなくなり、完全にこの場を支配された。

 舌と舌が絡みあい、唾液が注がれてくる。

 そのまま仰向けに倒れた後も、絢瀬さんはしばらく覆い被さっていた。

 数秒後、ようやく離れる。

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 何だか運動したような気分になりながら、二人してぐったりする。

 やがて、絢瀬さんが口を開いた。

「私ね、昨日小町さんから色々と聞いたのよ」

「……何をですか?」

「あなたの事よ」

「…………」

「あなたが小町さんの為にしてあげた色んな事……ご両親に対しての捻くれた優しさ……」

「捻くれたって……」

「私ね……」

 絢瀬さんが手をきゅっと握ってくる。

「家族想いなあなたが好き」

 その言葉も表情も何もかも、朝聞くには甘すぎて、胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。

 

 

 

 

 

  

 




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GLOBAL COMMUNICATION

「八幡君、体の力抜いて?」

「絢瀬さん……」

「緊張しなくていいのよ。焦らずゆっくりやればいいわ」

「じゃあ、いきます」

「ええ…………来て」

 

 *******

 

 2時間前。

 

「じゃあ、私と亜里沙ちゃんは出かけてくるから♪」

「お姉ちゃん、八幡さん、お土産期待しててくださいね」

 

 先程の出来事の刺激を引きずったまま、のろのろと階段を降りると、小町と亜里沙がもう出かける寸前だった。あれ?お兄ちゃんはお留守番なのかな?かな?

 

「二人共、気をつけるのよ」

「うん、行ってくるね」

「お兄ちゃん、絵里さんと仲良くね!」

「え?あ……」

 

 俺の返事を聞く事もなく、あっという間に外へ出て行った二人を呆然と見送りながら、さてどうしたものか、と頭をかいていると、絢瀬さんがぴょんっと俺の前に立った。

 

「ひとまず朝食にしましょ♪」

 

 そんなにニコニコされても、何か企んでいるような気しかしないんですが……だが、さっきの出来事を思い出すと、あまりその顔を見れない。

 そして食後……。

 

「ひとまずツイスターゲームにしましょ♪」

 

 やはりおかしな事になってきた。

 

「あ、あれは封印したはずじゃ……」

「封印は解かれたわ!」

 

 絢瀬さんが手をばっとかざそうとして、テーブルにがんっと強かにぶつける。

 

「いったぁ~……」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 たまにこういうポンコツかますんだよな、この人……。

 

「う~、ポンコツって言ったぁ」

「心を読まないでください」

「ツイスターゲームするの~!」

 

 近寄ってきて、手をジタバタさせる。この姿を亜里沙にも見せてやりたい……少し可愛いけど。

 まあ、いくら可愛くても、それとこれとは話が別である。

 

「いえ、やめときます」

「胸触ったくせに……」

 

 絢瀬さんの言葉に、体がびくぅっと跳ね上がる。それと同時に、右手にさっきの感触が蘇ってきた。

 

「い、いや、あれはですね……」

「八幡君になら……何されてもいいんだけどね」

 

 いいのかよ……あんまそういう事連発すんなよ……さっきの唇の感触はまだ鮮烈に刻まれているので、あまり刺激しないで欲しい。

 表情は演技だろうが、しゅんとされると、やはり強くは出れない。思春期男子の性である。

 

「……じゃあ、少しだけ」

 

 *******

 

 そして今に至る。紛らわしい?何の事でしょうか。

 

「さあ、来て……」

「は、はい……」

 

 俺は絢瀬さんの胸…………の付近の緑色へ手を伸ばす。

 す、す、少し腕が当たっているような気がするが、気のせいですよね……わ、わざとじゃないですよ?

 いらん事を考えたせいでギリギリの態勢が崩れ、そのまま絢瀬さんを押し倒してしまう。

 

「「…………」」

 

 目の前に絢瀬さんの顔がある。

 少し驚いているその顔は、やはり綺麗だ。

 宝石のような青い瞳が僅かに潤んで、しっとりとした色気がある。

 さっき重ねたばかりの唇もやはりそこにあった。

 絢瀬さんには普段のノリが見られず、リビングには静謐な空気が流れる。

 いつにもまして……なんかこう……。

 

「「…………」」

 

 数秒間の沈黙の後、お互いはっとして離れる。

 

「す、すいません」

「いいのよ!ち、ちょっとびっくりしちゃった!」

「……そろそろ止めますか」

「いや、もうちょっと続けるわ。…………これは中々おいしいわ……ふふ」

 

 …………さっきのときめきを返して欲しい。

 

 



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GLOBAL COMMUNICATION ♯2

「ただいま~」

「二人共、アイス買ってきたよ~……どしたの?」

 

 シスターズが揃って怪訝そうな目を向けてくる。

 

「いや……何でも……」

「そ、そうよ……何でも、ないわ……」

 

 あの後、20回もツイスターゲームをしたので、体力が残っていない。普段使わない筋肉を使ったせいか、疲労感が半端じゃない。体の柔らかい絢瀬さんでも割としんどかったようだ。…………何より絢瀬さんがタンクトップに短パンだから、色々と目の毒だし、結構体が触れ合って心臓に悪い。やはりそう簡単に慣れるものではない。リトさんを見てみろよ。

 

「もしかして絵里さんに変な事してたの?」

「し、してねーし」

 

 むしろされてる側のような気がする。

「ごめんなさい、八幡さん。ウチのお姉ちゃんが……」

「亜里沙、待ちなさい。何故真っ先に私を疑うの?」

 

 あぁ、体痛い。

 

 *******

 

「そういえばお姉ちゃん。そろそろ帰らなきゃね」

「「え?」」

 

 アイスを食べ終えた亜里沙が言うと、二人が驚いた反応を見せた。ちなみに二人とは言うまでもなく、アイスを美味しそうに頬張る絢瀬さんと小町である。

 

「もう少しいてもいいんじゃない?」

「そ、そうよ!まだやりたい事が……」

「お姉ちゃん、明日から朝練があるんでしょ?」

「はい……」

「それに、あんまり恥ずかしい姿見せてたら、タイトルが『捻くれた少年とポンコツ可愛い少女』になっちゃうよ?」

 

 それはもう手遅れな気がする。

 

「亜里沙がポンコツって言った……はあ、このままカマクラちゃんとこの家で養われていようかしら」

 

 絢瀬さんは比企谷家のペットな彼女になろうとしていたが、そうはいかない。

 

「残念ながら、それは俺のポジションです」

 

 安々とこのポジションを譲るわけにはいかない。

 

「そんな事堂々と宣言しないでよ、ゴミぃちゃん」

「あはは……」

 

 シスターズは割とガチでドン引きしていた。

 しかし絢瀬さんは俯いて、何やらブツブツ呟いている。

 

「なるほど……なら将来はなるべくお給料の高い仕事について……」

 

 ……聞かなかった事にしておこう。

 美人で俺を養ってくれるとか、このままじゃ本気で惚れてしまいそうだ。気を確かに、八幡!

 

「あの……」

 

 亜里沙がおずおずと手を上げる。

 

「どした?」

「実は来月、私の誕生日なんです」

「え、そうなの!?」

「なので、良かったら、今度は二人が泊まりに来ませんか?」

「わあ、行きたい行きたい!いいよね、お兄ちゃん!?」

「……まあ、その時にならんとわからんが、祝うぐらいはしたいな……」

 

 あまりいい予感はしないが、こうして小町も仲良くしてもらっているし、祝いたい気持ちはある。

 

「ほら、お姉ちゃんも!」

「え~っと、就職先は千葉がいいかしら?いや、都心でもここから通えるかしら?」

「「「…………」」」

 

 駄目だこの人……はやく何とかしないと……。

 



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GLOBAL COMMUNICATION ♯3

 何事もなく……はないが、ゴールデンウィークを終え、再び学校生活が始まる一昨日から昨日までが騒がしかったせいか、やけに穏やかに晴れた朝だ。周りの生徒達がゴールデンウィークに起こった出来事などを話し合ったりして賑やかだが、それすらも小鳥の囀りみたいに聞こえる。周りに誰もいなければ、両腕を広げて深呼吸をしたい気分だ。

 来月…………か。

 絢瀬姉妹からお泊まりの誘いを受けたが、どうしたものか。いや、行くしかないだろう。どうせ絢瀬さんの事だから、行かないなんて言ったら、またこっちに泊まりにくるだけだろうし。

 

「ヒッキー、おはよう!」

 

 またツイスターゲームをやるのだろうか。あれ、結構しんどいんだけど。まだ体が痛いし。

 

「ねえ、ヒッキー!」

 

 また……キス……するのだろうか。

 

「ヒッキーってば!」

 

 いきなり背中をバシッと叩かれる。衝撃で前につんのめりそうになった。

 

「……てて。はあ?」

「無視しないでよ!朝の挨拶は大事だよ!」

 

 そう言ってぷんすか怒る女子は腰に手を当て、こちらを軽く睨んでいる。…………誰だっけ?

 茶髪、お団子……胸……やっぱり見覚えはない。胸を見る限り、絢瀬さんの変装とかではないようだ。こんな心配しなきゃいけなくなるとか、あの人どんだけなんだよ……。

 

「ジ、ジロジロ見るなし!この変態!」

「うるせえよ、このビッチ」

「な…………ビッチじゃないし!マジありえない!」

 

 由比ヶ浜の声が割と大きいせいか、周りの視線がこちらに集中する。ヒソヒソと話す声も聞こえてきた。

 

「また、あいつかよ……」

「本当に巨乳好きね……乳谷君と呼んで上げようかしら」

「ちくしょう……ぼっちの癖に」

「まただわ!また修羅場よ!」

 

 俺は人の視線に晒される事については耐性が少しはあるが、由比ヶ浜はそうでもないらしく、頬を赤く染める。

 

「と、とりあえず来て!」

 

 いきなり手を掴まれ、すたこらさっさとその場を後にした。

 

 *******

 

「むむっ!」

 

 今、ポニーテールが反応したわ。

 まあ、それは冗談として……

 今、彼の方から良からぬ気配がしたわ……。

 それも中々の戦力ね。

 

「どうしたんですか?絵里」

「いえ、胸なら私の方が大きいわ」

「何の話ですか!?」

「絵里ちゃん、ダメだよ!海未ちゃん、気にしてるんだから」

「ほ、穂乃果まで……あなただって大して変わらないでしょう!?」

「あんた達、まだまだ子供ねえ。女の魅力はそこだけじゃないのよ」

「「ほっ……」」

「なぁによ!!そのリアクション」

「ねえ、私達本当に大丈夫なの?」

「絵里ちゃん……あんなキャラなんだ……」

「第一印象と違いすぎるにゃ~」

「ふふふ……次はどんなサプライズをしかけようかしら」

「エリチ、はよせんと遅刻するよ」

「はい」 



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GLOBAL COMMUNICATION ♯4

 由比ヶ浜は俺の手を引き、すたすた歩いていく。人目を避けるための行動がかえって人目を集めているが、最早お構いなしのようだ。

 やがて、階段下の人目につかないスペースへ辿り着く。

 

「ふう……な、何かごめんね?」

「……いや、いい。それよか、何だ?」

 

 こんな場所まで連れてきたのなら、何か人前では言いづらい用があるんじゃなかろうか。カツアゲとかじゃないよね?ね?

 

「あ、うん。ちょっとヒッキーに聞きたいことが……」

 

 そう言って、由比ヶ浜は胸の前で左手をきゅっと握りしめ、俯いた。俺はこの気まずい間を埋める為に、鞄を掛け直した。

 やがて由比ヶ浜が顔を上げる。

 

「あの……ヒッキーって……やっぱりあの金髪の人と付き合ってるの!?」

「…………」

 

 正直答えづらい質問だ。

 まさかガールフレンド(仮)なんて言うわけにもいかない。 

 それ以外になんて言えば……

 

「……あー、まあ、あれだ。色々あんだよ」

 

 結局それしか言えなかった。

 そんな曖昧模糊とした言葉に、由比ヶ浜はふむと考え込むように頷く。

 

「付き合ってるなら付き合ってるって言うよね……」

 

 何かボソボソと独り言を呟いているが、こちらには聞こえない。

 

「よし!」

 

 いきなり意気込んだ由比ヶ浜に、驚いて飛び退いてしまう。

 

「ど、どうした?」

 

 由比ヶ浜は俺の問いには答えず、いきなり駆けだして行った。

 

「…………」

 

 どうして俺の周りには、俺の話を聞かない奴が多いのか……。

 

 *******

 

「むう……やはり何か感じるわね」

「エリチ、どうしたん?」

「う~ん、八幡君の周りに希以外の良からぬ気配が……」

「エ、エリチはウチの事を何と思っとるん?」

「それはさておき」

「おいとくんかい!」

「電話してみようかしら。いいえ、いけないわ絵里。そう安々と夫……いえ、旦那……いえ、恋人の浮気を疑うなんて」

「エリチ、全部口に出とるよ」

「あら、いけない」

 

 希に言われて口を慌てて両手で閉じる。……あまり意味のない行動だったわ。

 

『先日、熱愛が発覚したアイドルグループSのMさんがグループ脱退を発表しました』

 

 ショーウインドウの内側から、こちらに向けられて備えつけられたテレビが、最新のゴシップを流している。

 アイドルグループという単語に反応して、にこと花陽が立ち止まり、ニュースを食い入るように見始めた。

 

「はあ、もったいないわね。せっかく売れ始めたのに……」

「仕方ないですよね……アイドルですもんね……」

 

 あれ?何故かしら?ギクリとしてしまったわ。

 

「そういえばスクールアイドルも恋愛禁止なのかなぁ?」

 

 穂乃果が首を傾げながら呟く。

 

「当たり前でしょ!私達はアイドルなのよ」

「そ、そうですよ!やっぱりいけません!」

「それに……高校生で恋愛なんて……早過ぎます!」

「そ、そうかなあ?」

 

 反対意見が多数のようね。ことり、頑張って!!

 

「ま、私はどっちでもいいけど……」

「真姫ちゃんは声かけづらいから大丈夫にゃ~」

「し、失礼ね!ナンパくらいされた事あるわよ!」

 

 わ、私だってあるわよ!

 

「エリチはどう思うん?」

 

 希がニヤニヤしながら聞いてくる。くっ、この借りは希編で必ず……!

 

 私は咳払いをして、頭の中から言葉を引きずり出した。

 

「そうね、私は……こだわる必要はないと思うわ」

 

 やっぱり皆キョトンとしている。

 

「ア、アンタ何言ってんのよ!」

「そうですよ、絵里!」

「高校生活は一度きりなのよ。私は……で、出会いを大切にしてもらいたいわ……うん、青春だもの。アオハライドしなきゃ」

『…………怪しい』

 

 私は学校に着くまで、皆の疑惑の視線に晒された。

 



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GLOBAL COMMUNICATION ♯5

「えへへ~」

「「…………」」

 

 最近クラスメイトの様子がおかしい。

 先日奉仕部に新しい部員が入ってきた。

 そいつは俺のクラスメイトで、スクールカーストのトップに所属している由比ヶ浜結衣だ。

 自己紹介を交わしたその日に、由比ヶ浜が奉仕部の部室に入ってきて……

 

『由比ヶ浜結衣です!奉仕部に入部させてください!』

『……どうすんだ?』

『え、ええ、平塚先生にも確認してみるけど、大丈夫だと思うわ』

 

 その日の内に部員として承認されたのだが……

 

「なあ、やっぱりこの机小さくないか?」

「ええ、そうね。少し息苦しいわ」

 

 これまで俺と雪ノ下は机を使わずに適当な椅子に腰掛けていた。しかし、今は中途半端な長さの机を3人で使っている。肩と肩が触れそうな距離はさすがに居心地が……悪くはないし、いい香りがするんだけど……。

 

「ほら、やっぱり仲良くなりたいじゃん!……ね?」

「「…………」」

 

 そんな子犬のような目で見つめられると、無碍に出来ないのですが……最近の俺は女子に押しきられすぎだろ。

 

「ゆきのん、趣味とか教えてよ」

「……わかったわ」

 

 どうやら先に女子二人が親交を深めるようだ。なら俺は邪魔にならないように置物として……!!

 

「ふふっ……♪」

 

 な、な、何をしてらっしゃるのでしょうか、由比ヶ浜さん。

 由比ヶ浜は雪ノ下と話をしながら、右手を俺の太股の上に置いている。さり気なさすぎて雪ノ下は気づいていない。な、何やってんだこいつ。危うく変な声出すところだったぞ。

 そのまま右手をさすさすと滑らせている。や、やばい……ぞくぞくして変な気持ちになってきた。

 

「……♪」

 

 由比ヶ浜の目が一瞬だけこちらを向く。その目は悪戯っぽく細められ、この状況を楽しんでいるように見える。ま、まさか、本物のビッチだったとか?

 その混乱を遮断するかのように、ポケットの携帯が震えた。

 何だろう……今度は寒気が……。

 恐る恐るメールを確認する。

 

『チカ』

 

 …………。

 くっ!相変わらず俺の想像の斜め上を行きやがる。

 チカって……Aqours結成は数年後……いや、止めておこう。

 

「どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

 

 どうかしてんのはお前と絢瀬さんだ。そろそろ止めないと勘違いしちゃいそうなんですけど。

 再び携帯が震える。

 今度はちゃんとしたメッセージだろう。

 

『もしかして浮気中?浮気は許さないチカ!』

 

「ふぅ……送ってしまったわ。私とした事が……」

 

 まさか、自分がこんなに嫉妬深いなんて……。

 

「絵里ちゃん!どうしたの?」

「な、何でもないわ!さ、休憩上がったら、もう10セット行きましょう!」

「多いよ~!」

「そんなんじゃ観客は魅了できないわよ!さあ、早くやる!」

 

 でもやっぱり嫉妬しちゃう!だって……女の子なんだもん!

 ……今晩、電話で謝ろうかしらね。



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サバイバル

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 それでは今回もよろしくお願いします。


 夜。絢瀬さんから電話がきた。

「八幡君、はろはろ~」

「まだ出てきてない方の挨拶をとらないでください」

「じゃあ……とぅっとぅる~♪」

「……まあ、それでいいですよ」

「今日は……ごめんね?いきなり変なメールを送って……」

「あ、え、別にいいですけど……」

「八幡君が浮気なんてするはずがないものね」

「う、浮気?」

「ええ、私のボーイフレンド(仮)でしょう?」

「そうでしゅね……ボーイフレンド(仮)でしゅね」

「……八幡君?」

「はい、何ですか?」

「よかったわね。胸が大きな女の子と仲良くなれて♪」

「な、仲良くなってなんかないれすよ?同じ部活になっただけです」

「あ~!嘘ついてる!」

「いや、嘘なんか……」

「観念するチカ。浮気は止めて結婚するチカ」

「あの、絢瀬さん?少しヤンデレてらっしゃる?」

「明日……待ってるチカ」

「絢瀬さん?…………やべえ」

 

 次の日。

 さすがにベッドの中に絢瀬さんがいるとかいうTo LOVEるはなく、ひとまず無事に朝食を終える。

 しかし、真に警戒すべきはこれからだ。

「やっはろー、ヒッキー!」

「……うす」

 由比ヶ浜が肩を叩いて挨拶してくる。トレードマークのマークのお団子はバッチリ決まっていて、茶色い髪が朝のそよ風に微かに揺れている。

 こういった気軽なスキンシップは、中学時代の俺ならば間違いなく勘違いしていただろう。しかし、今はそれどころではない。

 由比ヶ浜をじっと見つめる。

 ……胸は昨日と同じ大きさだ。つまり、絢瀬さんが変装しているわけではない。

「ヒ、ヒッキー?」

「何だよ」

 由比ヶ浜が体を隠すように身を捩る。少し頬が赤く、何かを恥じらっているようだ。

「そ、そんなに胸ばかり見ないでよ!変態!」

「え?見てねーよ!」

「見てたし!食いつくように見てたし!」

「食い入るように、な」

「そう、それ!って話を逸らさないで!」

「…………」

「あ、無視した!…………人前じゃなかったら……いいんだよ?」

 

 登校中……セーフ。

 平塚先生か……。

 胸は絢瀬さんより僅かに大きい。

 背も高い。

 絢瀬さんの変装の可能性はなきにしもあらずか。

「比企谷、ちょっと」

 授業が終わり、平塚先生に呼ばれる。

 そのまま人気のない場所まで連れて行かれた。

 何か授業中に粗相をしてしまったのかと思い、落ち着かない気分になる。

 すると平塚先生は振り返り、顔を赤らめ、もじもじしていた。

「き、君が年頃なのはわかるが、その……あんなに胸ばかり見られると、授業に集中できないではないか……」

「は、はあ……」

 途切れ途切れに呟かれる言葉を聞いて思った。

 俺の先生がこんなに可愛いわけがない。

「い、いや……変装してないかと……」

「そんな言い訳があるか!」

 午前中……セーフ。

 いかん。俺とした事が……警戒しすぎだ。

 落ち着け。わざわざ学校をサボってまで来るわけがないだろう。頭はぶっ飛んでいるが、一応優等生だったはずだ。

 昼休み……セーフ。

 午後……セーフ。

 そして部活中……

「ゆきのん……えへへ♪」

「あ、あまりくっつかないでもらえるかしら?」

「…………」

 今日も由比ヶ浜が俺の太股に手を乗っけているが、今は大して意識してない……ごめん、やっぱ無理。

 しかも今日は話を振ってくる時に、やたら顔を近づけてくる。ふわりとフルーティーな香りが漂い、心臓に悪い。

「…………」

 雪ノ下はその状況を怪訝そうな目で見ていた。

 

 気疲れでへとへとになりながら、無事に部活動を終え、校門を出る。今日みたいな日は自転車を漕ぐのも面倒くさい。だが、学校の敷地から出て、やっと新鮮な空気を吸えた気がした。

 もしかして絢瀬さんは家に来ているのだろうか。まあ、それなら騒ぎにはならないから……。

 そこで背後から声をかけられる。

「あら八幡君、偶然ね」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはファッション雑誌から出てきたようなモデル、もとい絢瀬さんが立っていた。

「な、何故ここに……」

「たまたま通りかかっただけよ!」

 絶対に嘘だ。

「それより……八幡君!」

 いきなり腕を組まれる。胸が強く押しつけられ、体が強張る。

「一緒に帰りましょ♪」

「は、はあ……」

「ちょっと待ったぁ!」

 由比ヶ浜が俺と絢瀬さんの間に割って入る。

「誰かしら?」

「ヒッキーは今日は私と帰るんです!邪魔しないでください!」

「いや、お前こっちじゃないだろ……」

「なるほど……あの悪い気配はあなただったのね」

 絢瀬さんと由比ヶ浜の鋭い視線が交錯し、周囲にぽつぽつといる人達の注目が集まる。

「…………」

 俺のガールフレンド(仮)とクラスメイトが修羅場すぎるとか、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。




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サバイバル ♯2


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 ピリピリとした空気にごくりと唾を飲む。

 絢瀬絵里と由比ヶ浜結衣。睨み合う両者を見て思う事はただ一つ。

 ……どうしてこうなった。

 落ち着け、比企谷八幡。

「あの……ヒッキーとはどういう関係なんですか?」

 だあぁ!こっちが状況を整理する前に始めやがった!

 由比ヶ浜の言葉に絢瀬さんは、ピクッと反応する。もう既に嫌な予感しかしない。

「まあ、あれだ……色々……「フィアンセよ!」は!?」

 絢瀬さんの方を見ると、汗が一筋流れ落ち、目が泳いでいる。多分、『勢いでフィアンセとか言っちゃったけど、どうしようかしら』とか考えているんだろう。

「フィ、フィアンセ!?」

 由比ヶ浜が驚愕の表情を見せる。……まじか。信じやがったよ。

 アホの子・由比ヶ浜が将来騙されやしないかと心配していると、その表情を見た絢瀬さんが得意げな顔になる。……変わり身はえぇな。

「そうよ!なんてったってキスまですませてるんだから!」

 あなたはなんてったってアイドルなんだから、そういう事、人前で言うのは止めましょうね。

「キスしたからって結婚するとは限らないじゃないですか!」

「甘いわね。それだけじゃないわ!」

 それだけじゃない?一体何を言う気だろうか…………まさか。

 絢瀬さんがこれから言おうとしている事に思い至った俺は、絢瀬さんを止めようとするが、間に合わなかった。

「八幡君は私の裸を見ているわ!」

「ええぇぇぇ!?」

 またもやあっさり信じる由比ヶ浜。いや、事実なんだけど。

 いつの間にか周囲にできていた人だかりから、変な歓声が聞こえてくる。恥ずかしいから止めて欲しい。そして絢瀬さんはこの状況で何故ドヤ顔を浮かべる事ができるんだろう。

「は、は、裸……」

 由比ヶ浜はわなわな震え、顔を真っ赤にしている。

「う、羨ましい……」

「あんな美人と……」

「うわ~、あの人すっごく綺麗」

 周囲も俺にはあまり、いや全く興味がない様子で、絢瀬さんが視線を独り占めしていた。……何故だろう。今、野郎共の方に苛立ちを感じている。俺らしくもない。

「二人共、場所変えよう」

「え?いいけど……」

 絢瀬さんはキョトンとしながらも、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。しかし、絢瀬さんだけではなかった。

「ていっ!」

 由比ヶ浜も空いている左腕に絡んでくる。体全体でしがみつくようにしているので、色々と柔らかい。

「お、おい……」

「むむっ!」

「よし、場所変えよう!」

 由比ヶ浜は俺に返事する事なく、ずんずん歩き出した。自然と俺の体も前へ進む。

「あ、あなたが何で腕を組むのよ!」

「こっちの方が動きやすいからです!」

「嘘でしょ!認められないわ!」

「そ、そっちだって!フィアンセなんて嘘ですよね!」

「…………」

「あ、やっぱりそうなんですね!」

「こ、これからなるのよ!」

 止めて!仲良くして!あと左右から豊満な膨らみが挟んできて、かなり心臓に悪いから離して!

 俺は為す術もなく、二人にどこかへ引き摺られていった。

 背後からは、男の怒りの叫びが夕焼け空に響いていた。





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サバイバル ♯3

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「なあ……」

「「何?」」

 二人して返事した後に睨み合う。あれ、何だろう?火花が飛び散っているんだけど、錯覚かしら。

「そろそろ自分で歩きたいんだけど……」

「「嫌……なの?」」

「実は二人共、仲いいんですよね?そうなんですよね?」

 左右からそんな切なそうな声をかけられては、あまり強く出れない。というわけで胸が当たってるのも仕方ないよね!いや、それより……

「今から何をするんでしょうか……」

 どちらに聞くでもなく疑問を口にする。すると、二人はピタリと足を止めた。

「「…………」」

 どちらも考えていないようだ。この二人、裏で繋がってたりしないよね?

「見~つけたっ♪」

 明るい関西弁と共に、背後から柔らかな衝撃がくる。

「だ、誰ですか?」

「の、希!?」

 絢瀬さんのを表情が驚愕に染まる。どうやら一緒に来たわけではないらしい。

 しかし……そうか、この背中の凄まじい柔らかさは……。

「ど~んっ♪」

 背後に気を取られていると、正面から小柄な女の子が抱きついてくる。この色素の薄い金髪は……

「……亜里沙か」

「えへへ~」

 亜里沙は俺にしがみついたまま、にっこりと笑顔を見せてくる。……発展途上だな。今後に期待といったところか。も、もちろん身長の話だよ?

「八幡君、モテモテやなぁ~♪」

「どういう事なの?八幡さん♪」

 言い方のニュアンスからして、この状況を楽しんでいる気がするが、それはさておき……動けない。

 自分がモテ期に突入したんじゃないかと、勘違いしてしまいそうなこの感触。混ざり合った甘い香りで、頭の中がクラクラしてくる。これを読者に詳しくお伝えできないのが残念なくらいだ(棒読み)。

 これは幸福なのかもしれないが、たまに通り過ぎる人の冷たい視線にそろそろ耐えきれそうにない。既に明日の登校が不安で仕方ない。

「あの……そろそろ……」

「ふふっ♪」

「は~い」

 東條さんと亜里沙がぱっと離れ、数秒経ってから、渋々といった表情で絢瀬さんと由比ヶ浜が離れる。

 ようやく体が自由になった事に安堵し、腕を軽く回してストレッチをする。べ、別に名残惜しいとか思ってねーし!

 体に残る柔らかさに静かな別れを告げながら、ひとまず現状を理解する事にした。

「えっと……二人は何でここに?」

「エリチが練習終わったら途端に全速力でいなくなったから、何かしでかすと思ってついてきたんよ」

「私も……お姉ちゃんが帰ってくるなり、ものすごい速さでシャワー浴びて、勝負服着て出かけるから……」

「え?私、そんなに速かったかしら?い、いつも通りよ!」

 部活動やってから来たのか。どんだけ速いんだよ。

「ヒ、ヒッキー……その人達は……」

 そういえばまだ絢瀬さんと由比ヶ浜ですら自己紹介していない。

 俺は溜息をつき、紹介を済ませる事にした。




 今日の夜にまた更新します!

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サバイバル ♯4


 ガウリールドロップアウトが面白いです!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

 簡単な紹介を終え、その場に何とも言えない空気が流れる。斜陽がその場にいる全員をほのかに赤く照らしていた。

 由比ヶ浜が意を決したように口を開く。

「あの……二人も、ヒッキーの事が……好きなんですか?」

 その質問に東條さんは穏やかな笑みを浮かべる。

「好きか嫌いか、と聞かれたら好きやけど……由比ヶ浜さんの言うてる好きとは違うから安心してええよ」

 そう言いながら、由比ヶ浜に向けてウインクをする。「私も……そうですね。私はお姉ちゃんを応援しているだけですよ!」

 亜里沙はそう言いながら、絢瀬さんの腕に抱きついた。その際に一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされた。

「そう……なんですか」

 由比ヶ浜は少し呆けたような表情をして、二人と俺を交互に見た。

「希……」

 絢瀬さんは微笑みながら東條さんの肩に手を置く。

「てっきり愛人の座を本気で狙ってるのかと思ってたわ」

『…………』

 この空気で真面目にそんな事を言い出せる絢瀬さん、マジぱねぇわ。

「お姉ちゃん、帰ったらお説教ね」

「え?何で……」

「エリチ……」

「なあ、由比ヶ浜」

 話が逸れる前に由比ヶ浜に声をかける。

「な、何?」

 いきなり俺が真面目な声を出したので、少し驚いているようだ。

「お前は何の用があったんだ?」

「え、えっと……」

 手をもじもじさせながら、視線をあっちこっちに動かす彼女の顔がほんのり赤いのは夕陽のせいなんだろうか。俺にはわからない。

 ふわりと微かな風が通り過ぎていった後に、こちらに一歩踏み込み、言葉をぶつけてきた。

「あ、あたしもヒッキーが好きなの!」

「…………は?」

「おお、ストレートやね」

「ラ、ライバルだよ、お姉ちゃん……って、どうしたの、お姉ちゃん!いきなり白鳥の湖なんて踊らないで!」

 ……いきなりすぎて思考が追いつかない、なんて言ってる場合でもないようだ。

 しかし……

「何で、俺なんだ?」

 最近、そこのバレリーナのおかげで悪目立ちはしたが、スクールカースト最底辺に変わりはない。トップクラスカーストの由比ヶ浜に好かれる理由等思いつかない。

「ヒッキー……入学式の日、犬助けてくれたでしょ?」

「……ああ」

「あの犬……私が飼ってるやつなんだ……」

 入学式当日……俺は道路に飛び出した犬を助けて、車に撥ねられた。結果として入院する程の怪我を負った。入学ぼっちはこの時に確定したが、入院しなくてもぼっちだったように思える。

 しかし、飼い主が由比ヶ浜だったとは……世界は案外狭い、なんて思えてくる。

「さ、先に謝らなきゃだよね。……ごめんなさい。それと……ありがとう」

 由比ヶ浜はぺこりと頭を下げた後、柔らかく微笑んだ。この笑顔が見れたんだから、あの日の事故も無駄ではなかったんだろう。

「……あたしね。あれから……ヒッキーの事、気になってて……頭から離れなくなって……」

 俺は先の言葉を何となく予想してしまい、何故かはわからないが、ある女の子の顔が頭の中をよぎった。色んな表情が浮かんだ。

 やがて由比ヶ浜の口が動く。

「好きです」

 真っ直ぐすぎる言葉。

 不思議と冷静な自分がいて、なら精一杯の誠意は尽くそうと思えた。

「…………悪い」

 由比ヶ浜に頭を下げる。

 経験した事のない不思議な沈黙が生まれた。

「……そっか」

 小さい呟きの後、地面を蹴る音が聞こえた。

 そうやって少しずつ足音が遠ざかるのが聞こえる。

 完全に聞こえなくなってから俺は頭を上げた。もう由比ヶ浜の背中も見えなかった。

 東條さんは優しく微笑み、亜里沙は溜息をついている。

「♪~♪~」

「……はあ」

 俺も溜息をつき、ひとまず絢瀬さんを正気に戻す事にした。 





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サバイバル ♯5

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「小町ちゃん、八幡さん!いらっしゃい!」

「亜里沙ちゃん!お誕生日おめでとう!」

「……誕生日おめでとう」

 6月。すっかり梅雨入りして、普段なら休みの日は絶対に外に出ないのだが、今日は小町に引きずられ、東京までやってきた。幸い、今日は曇り空だが雨は降っていない。これも普段の行いのおかげだろうか。俺、グッジョブ!

「あ、八幡さんはお姉ちゃんの部屋に行ってください!」

「……何か……あるのか?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ!さ、はやくはやく!」

「あ、ああ」

 俺はゆっくりと階段を上がり、『絵里』と書かれた可愛い標識がぶら下がったドアの前で立ち止まる。

 この前は公園で踊りっぱなしの絢瀬さんを止めるのに必死だったな……。

 そんな悲しい過去を思い出しながら、軽くノックをした。

「絢瀬さん、比企谷ですけど……」

「あ、八幡君?いいわよ、はやく入ってきて!」

 いつものハキハキした声が聞こえてきて、ガタッと椅子から立ち上がるような音が聞こえた。

 意を決してドアを開ける。

 そこにはもちろん絢瀬さんがいた。

 …………水着姿で。

「どう?」

 俺はドアを閉めた。さて、荷物はどこに置けばいいのかな?

「ちょ、ちょっと、八幡君!」

 絢瀬さんが水着姿のまま飛び出してくる。

「何で感想も言わずに閉めるのよ!」

「……そんな事言われましても」

「ほら、この水着!次のPVで着るのよ!どう?似合う?」

「あー、世界一可愛いです」

 小町をあしらう時に使うフレーズで誤魔化しておこうと思い、出来るだけ棒読みですらすらと言った。

「え?え?…………チカぁ」

 絢瀬さんが顔を真っ赤にしながら、その場にへたり込む。……もしかして真に受けてしまったんだろうか。

「あ、あの……絢瀬さん?」

 絢瀬さんに近寄ると、ばっと自室へ飛び退き、布団をかぶった。

「どうかしましたか?」

 俺が部屋に足を踏み入れると、丸まった布団から、頭部だけ出した。金髪のポニーテールが少し崩れて、目は潤んでいるように見える。

「も、もう!バカ!いきなりそんな事言わないでよ!恥ずかしいじゃない!」

「す、すいません」

 滅多に見せない恥じらいに、思わず胸が高鳴る。

 普通のラブコメなら、『あれ、こいつ……こんなに可愛かったっけ?』とかなっているだろう。つーか、俺もそう思ってしまいそうになった。

「もしかして八幡君、今『あれ?絵里さんってこんなに可愛かったっけ?』なんて考えてた?」

 この残念な発言がなければ。

「……はやく服着てくださいよ」

「あっ……ちょっと!」

 バタンとドアを閉める。

 この前の逆で、今度は比企谷兄妹が絢瀬家に泊まる事になっている。家に上がって約10分。わかっているのは、ものすごく前途多難という事だ……。




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天使のわけまえ

「そういや、今からどうするんだ?」

 

 午前10時。雨も降っていない事だし、出かけるにはちょうどいいのかもしれない。ただ、雲はいつ雨を降らすかわからないくらいにどんよりとしていた。

 

「ボウリングよ!」

 

 服を着て、出かける準備万端の絢瀬さんがドアを開け放ちながら言う。もちろん普通の洋服だ。しかし、その下の体のラインを思い出して、なんか変な気分になるんですけど……。さっきエキゾチック胸キュンパンチを喰らって、LOVE微炭酸が溢れちゃってるのかもしれない。……気のせいだよな。

 

「あ、いいですね!私も久しぶりに行きたいです!」

 

 小町が立ち上がり、フォームチェックを始める。

 

「……亜里沙はいいのか?」

 

 もう既に確認はとっているのかもしれないが、今日の主役という事で、一応聞いてみる。

 

「あ、はい!実は私が行きたいって言ったんです」

「そうか」

「実は私とお姉ちゃん、ボウリング初めてなんです♪」

「お、おう……」

 

 亜里沙はともかく、絢瀬さんからは嫌な予感しかしない。何であんなにドヤ顔出来るんだよ。うっかり経験者かと思ったじゃねーか。

 いや、この人はこれでかなりのハイスペックではあるから、案外すぐにストライク連発するかもしれない。

 

「こうして……こうよね!……きゃっ!」

「っ!」

 

 小町みたいにフォームチェックをした絢瀬さんが盛大にずっこけたので、慌てて支える。幸い倒れずに済んだ。

 

「……大丈夫ですか?」

「え、ええ……ありがとう」

 

 鼻先に熱い吐息がかかり、落ち着かない気分になる。青い瞳が生きた宝石みたいに輝きながら震え、いつまでも見ていたいような気持ちにさせられた。ぞっとするほどの美しさは、人を金縛りにさせるらしい。

 やがて艶のある唇が小さく動く。

 

「合格ね」

 

 そう、合格…………何の事?

 

「い、今のは八幡君の反射神経をチェックするテストだったのよ!まあ、今のは及第点ね!」

「…………」

 

 体勢を立て直した絢瀬さんは胸を張り、堂々と宣言するように言い放つ。ここまでドヤ顔が似合う金髪はこの人かギルガメッシュくらいだろう。

 

「本当なら私が転ぶ前に受け止めて欲しいところだけど」

「いや、それ予知能力テストになってませんか?」

「じゃあ、さらに前に抱きついてもかまわないわ」

「それ反射神経関係ないですから。ただ俺が暴走しただけじゃないですか」

 

 ……この胸のときめきを返してください。

 なんか映画のタイトルっぽい、とかしょうもない事を考えながら、深い溜息を吐いた。

 

「さあ、行くわよ!」

「はいはい」

「やっぱり絵里さんって、いつ見てもすごいよね……色々と……」

「はあ……肝心なところでポンコツ発揮しちゃうんだから」

 



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天使のわけまえ ♯2

「ハラショ~♪」

 

 亜里沙が初めての光景に目を輝かせる。

 徒歩20分程度の場所にあるボウリング場は比較的空いていた。不規則なリズムでボールが転がりピンを倒していく音や、シューズが床にきゅっきゅっとなる音が響き、おそらくボウリング場らしい空気というものを演出していた。

 

「絢瀬さん、まずこっちです」

「も、もちろん知ってるわよ!」

 

 ボール片手につかつか歩き出す絢瀬さんを止めて、昔の記憶を確認しながらカウンターへ行き、1ゲーム分の料金を払い、シューズのレンタルを済ませる。

 

「小町。亜里沙と一緒にボール選んでやってくれ」

「りょ~かい♪」

「八幡君、私はどれにすればいいの?」

「え~と、まあその……持ちやすくて重すぎない奴がいいですよ」

 

 そんな当たり前の事しか言えない。

 あれ?俺ってボウリング初めてじゃないはずなのに、何でこんなに慣れない気分になるんだろう。

 ……謎は解けた!

 そういや俺が最後にボウリングやったのって小学生の時に家族で行った時でした。てへっ。

 

「これくらいかしら」

 

 絢瀬さんが棚の下の方に置かれているボールを取ろうと、前屈みになる。

 すると季節的なものだろうか、胸の谷間が割としっかり見えてしまう。本人の表情からすると、これはわざとじゃなさそうだ。

 

「…………」

 

 さりげなく絢瀬さんを隠すような立ち位置に変える。どうしてこうも無防備なんですかねぇ。そして視線をあらぬ方向に向け、気になるのを必死に堪えた。別の事を考えるんだハチマン!このボール二つで東條さんと同じサイズになるかなぁ、んなわけないか~。

 

「どうしたの、八幡君?」

「えっ?あ、な、何でもないろ!」

「そう、私に惚れたならいつでも言ってね」

「いや……そんな、具合悪いなら言ってね。みたいに言われましても……」

「ふふっ♪」

 

 ウインクする絢瀬さんに言い返す言葉が見つからないまま、俺はさっき見たものを忘れようとするように頭をがしがしと掻いた。

 

 *******

 

 空きレーンを一つ挟んで左隣のレーンでは、女子高生くらいの……一人だけ小学生みたいなのがいるな……4人組が、今まさにゲームを始めようとしていた。

 

「まったく……何で秋葉原まで来てボウリングなのよ」

「まあまあいいじゃん、かがみ。せっかく店長から無料券もらったんだから使わないと。あ、もしかして自信ないとか?」

「なっ……や、やってやるわよ!」

「こなちゃん、お姉ちゃん、がんばれ~」

「ふふっ、じゃあそろそろ始めましょうか」

 

 賑やかだな~。つーか、こっちは男一人女子三人だからか、何となく浮いてる気が……いや、意識しすぎか。

 

「じゃあ、誰から投げる?」

 

 絢瀬さんと亜里沙が早く投げたそうにしているが、ここは経験者が一回お手本を見せた方がいいだろう。

 

「は~い!小町行きま~す♪」

 

 アムロみたいなノリで宣言しながら、小町が立ち上がる。そうか。小町なら友達と一緒に行った事がありそうだ。さすが我が妹。ただのアホの子だと思ったら大間違いだ!

 こうして、絢瀬姉妹人生初のボウリング大会が幕を開けた。



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天使のわけまえ ♯3


 風邪でダウンしてました。
 申し訳ないです!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「ふふっ」

 不敵な笑みを浮かべた絢瀬さん。

 そのしなやかな腕、無駄のない流麗なフォームからボールが放たれた。

 上手い具合に回転がかかったボールは徐々にスピードを増し、ピンを薙ぎ倒していく。

 モニターにstrike!と表示され、賑やかな映像が映し出され、思わず拍手してしまう。

「ハラショ~♪」

 その結果を満足げに見送った絢瀬さんが手を掲げ、こちらに戻ってきた。

 俺も手を上げ、パンッと合わせる。

「ボウリングってこんなに楽しかったのね!」

「いや、初めてなのに上手すぎでしょ」

「すごい!お姉ちゃん!」

「絵里さん、かっこいい~!」

「ありがとう、次は亜里沙ね」

「うん!」

 現在の順位は、1位がダントツで絢瀬さんで、あとは俺、小町、亜里沙の順番で拮抗している。こっちも久しぶりでかなり不安だったが、持ち前のそこそこの運動神経で何とか兄の面目を保っていた。まあ、実際のところ、順位はあまり気にせず楽しめているのだが。

「も、もっと褒めてもいいのよ?」

 隣に座った絢瀬さんが、ぐいぐい寄ってくる。ええい、うっとうしい柔らかい可愛いいい香り……。

「ああ、凄いです凄いです。凄いから少し離れてください」

「つれないな~」

「……いや、まあ何というか」

 甘えるような顔に、つい照れくさくなってしまう。

「…………ん」

「は!?」

 頬にふわりと柔らかい感触がきて、思わず飛び退く。

「ふふっ」

 絢瀬さんは悪戯っぽく笑うだけで、もうレーンの方に視線を向けてしまった。……これでカウントされないとか卑怯すぎやしないですかね。

 溜息を一つ吐いて、席に座り直すと、どこかから視線を感じた。

「?」

「……っ」

 二つ隣のレーンのツインテールの女子が慌てて目をそらす。どうやら見られていたようだ。千葉じゃなくて本当によかった。いや、待て。絢瀬さんは仮にもスクールアイドルだ。あまりこういうシーンは見られないようにした方がいいだろう。

 一応、仮恋人なのでしっかり言っておこう。

 ……カリコイって新連載始まんねーかな。ジャンプとかで。

「絢瀬さん」

「何?」

「人前であまりこういうのは……ほら、絢瀬さん、スクールアイドルですから……」

「……そ、そうね」

 この表情から察するにすっかり忘れてたな。

 しかし絢瀬さんは、何か閃いたような顔をして、手をポンと叩いた。

「それって、二人きりの時はいくらでもOKって事よね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「観念するチカ。ちょっと向こうまで一緒に行くチカ」

 何しようとしてんの!?

「もしも~し」

「お二人さん。見てるこっちが恥ずかしいから」

 

「あ、あ、あれは……絵里?」

「どうしたの、海未ちゃん?」

「いえ、何でもありません!」





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天使のわけまえ ♯4

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 それでは今回もよろしくお願いします!


「あ~楽しかった♪」

 亜里沙が気持ち良さそうに伸びをする。2ゲームやってあまりスコアは奮わなかったものの、その顔は非常に満足そうで、ボウリングという競技を心から楽しんだ事が窺える。

「う~ん、体を動かしたらお腹が空いてきたね~」

 小町がお腹を軽くさすりながら言う。確かに1ゲーム追加したので、もう時刻は正午をかなり過ぎてしまっている。

「じゃあ、そこにあるファミレスにでも入りましょう」

「そっすね」

 しかし、予想外の出来事が俺達を待ち受けていた。

 

「あら、エリチ」

「な、な……絵里、アンタ……」

 俺達が入ろうとしたら、ちょうど東條さんと下級生っぽい女子が出てきた。黒髪と短いツインテールが何となくあざとい。

「亜里沙ちゃんもこんにちは」

「こんにちは!」

「それと比企谷君も。……そっちの子は?」

「俺の妹です」

「比企谷小町です。いや~綺麗な人ですね~♪こっちの……女の子も可愛い~♪」

「ちょっとアンタ。今、私の事を子供だと思わなかった?」

「え?そ、そんな事はないですよ?」

「にこっちが小さくてごめんね?この子、これでもウチとエリチの同級生なんよ」

「の、希!何言ってんのよ!頭を撫でるんじゃないわよ!」

「それじゃ、ウチらは行くから」

「ええ、二人共、また学校でね」

「…………」

 俺も二人に軽く頭を下げる。

 そして入れ替わるように店の中へ……

「って、ちが~~う!」

 いきなりの怒声に皆がビクッとなる。

「何で私の紹介とか省いて、じゃなくて!絵里!何でアンタ、男といるのよ!スクールアイドルの一員でしょ!?」

「にこっち、どうどう」

「にこ、落ち着きなさい」

「…………」

 ひとまず全員で店の中へと入っていった。

 

 店内は外のジメジメした空気とは無縁で、空調で快適な湿度に保たれていた。お昼のピークを過ぎていて、客がまばらなのもいい。

 俺は亜里沙と全員分のお冷やを運び、席に着く。

「亜里沙ちゃん、お兄ちゃん、ありがと」

「はい、どうぞ♪」

 端っこの方に目を向けると、絢瀬さんとにこっちさんが向かい合って座っている。東條さんはにこっちさんの隣で二人を面白そうに眺めている。

 当の二人は……にこっちさんは怒っているようだが、絢瀬さんは涼しい顔をして、その怒りを受け流している。随分余裕すぎやしませんかね……。

「ちょっとそこのあなた」

 にこっちさんにジトッと視線を向けられる。

 俺は絢瀬さんの隣に座り、話を聞く態勢に入る。

「絵里とはどういう関係なの?」

 いきなり聞かれ「フィアンセよ!」言っちゃったよ。

「えぇぇぇぇ~~~~!!!?」

 店内ににこっちさんの叫び声が大音量で響き渡った。

 




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天使のわけまえ ♯5


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「ア、ア、アンタ……」

 にこっちさんはわなわなと震え、口をパクパクとさせている。言葉が上手く音にならずに、戸惑っているようだ。そりゃそうだろう。俺も驚いている。いや、これが初めてじゃないんだけど。

 しかし、絢瀬さんは余裕の態度を崩す事はない。

「あら、にこにはいないの?フィアンセ」

 そう言いながら、するりと腕を絡めてくる。……ちょっと前に似たようなシチュエーションがあったような気がしますが……。

 絢瀬さんの青い瞳が自信満々に輝き、スクールアイドルという立場をものともしていないのがわかる。おい、いいのかよ。てか、何故フィアンセの有無の確認?

 しかし、にこっちさんにその挑発は有効だったようだ。

「そ、そりゃあ、にこくらいになれば、沢山お誘いが有るわよ!で、でも?にこは皆のアイドルだし?」

 視線をキョロキョロさせ、身振り手振りが大げさで、明らかに嘘くさい感じはあるが、まあそこはスルーで。

「って、話を逸らさないで!」

 にこっちさんは思い出したように、絢瀬さんの方へ身を乗り出す。

「ア、アンタ……に言っても意味なさそうね。なんか謎なテンションになってるし。……そこのアンタ!」

「あ、はい……」

「本当に絵里のフィアンセなの?」

「違います」

「即答!?」

 絢瀬さんが驚愕のあまりSD化して、肩をポカポカ叩いてくる(気のせいのはず)。

「ひどいチカ!ひどいチカ!」

「フィアンセではないですが……」

 俺は全員の視線を浴びながら、一呼吸おいて、口を開いた。

「恋人(仮)です」

『…………』

 店内が静寂に包まれる。

 心なしか温度が少し下がったような……冷房効きすぎなんだろうか。

 さらに女性店員が通りすがりにゴミを見るような目を向けてきた気がするが、気のせいだと信じたい。

「お兄ちゃん……」

「あー、まあ、複雑やね?」

「あはは……」

「な、何よ(仮)って!ねえ、絵里!って……」

 隣の絢瀬さんに目を向けると、顔から湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にして、フラフラしていた。

「こ、こ、恋人……チカァ」

 フィアンセと堂々と宣言するくせに、何故そこで赤くなるんだよ……。

 とはいえ俺もかなり恥ずかしい。だが、この前の由比ヶ浜の件で、自分のはっきりしない態度が生んだゴタゴタを繰り返すのは嫌だった。隣で固唾を飲んでいた亜里沙もホッとした顔をしていた。

「にこっち。エリチも本気やから許してあげて」

「……わかったわよ。ただし!」

 にこっちさんは再び俺をビシィッと指差した。

「節度を持った交際を心がける事!μ'sはこれからどんどん知名度を上げていくんだから!うっかり熱愛写真なんて撮られたら承知しないわよ!」

「え?μ'sのメンバーなんですか?」

「今さら!?」

 いや、まだ本名すら知らない状態ですし……。

 この後、互いの自己紹介を済ませ、亜里沙の誕生日パーティーに二人が加わる事になった。唯一の男の俺としてはさらに肩身が狭いが、何も言わないでおこう。

 矢澤さんが『にっこにこ』とかなんかやろうとしたら、東條さんから店内という事で止められた。確かに地雷っぽいから、出来るだけ触れないでおこう。

「恋人……恋人……チカァ」

 絢瀬さんは亜里沙が正気に戻すまで、10分くらいかかった。





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ここではない,どこかへ


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 俺達は必要な買い物だけ済ませ、絢瀬家へと戻った。

 空は相変わらずどんよりとしていて、いつ雨を降らせるかもわからないぐらいに薄暗い。

 しかし、絢瀬家のリビングはやたら賑やかだった。やはり女子が六人も集まると、一人が口を開けばどんどん話が広がっていく。

「しっかし、あの絵里がねぇ~」

「そんなに意外かしら」

「まあ、エリチやしね」

「ちょ、ちょっと、希まで……」

「絵里さんって学校ではどんな感じなんですか?」

「目つき鋭くてきっつい感じしかしなかったわよ」

「にこ!」

「だって本当じゃない。他の生徒会役員とかも最初怖がってたわよ」

「うっ……」

「3年になってから急に雰囲気変わったから、皆驚いていてるわよ」

「え、そうなの?」

「あはは……やっぱりお姉ちゃん、学校ではいつもと違ってたんだね」

「学校でもたまに素が出る事もあったんよ。前に福引きで何かが当たった時も、誰もいないと思って一人で踊ってたし」

「希!変な事ばらさないで!」

「ア、アンタ……さすがにそれは痛いわよ」

「お姉ちゃん……」

「絵里さん……」

「二人共、そんな哀しそうな眼を向けないで!」

「…………」

 俺は安定の黙って話を聞くポジションを確保して、絢瀬さんのちょっと痛々しい話を苦笑いで聞く。……どこでも舞うとかボン・クレーじゃねえんだから。

 まあ、あまり笑うのもあれだ。

「飲み物のお代わり持ってきます」

「あ、私も行くわ!」

 俺を追いかけるように絢瀬さんが立ち上がる。嫌な予感がして、絢瀬さんの方へ一歩踏み出すと、案の定ずっこけた。

「きゃっ!」

「っと!」

 慌てて受け止める。

「あ、ありがとう」

「……はい」

 青い目が照れながら、こちらの顔を覗き込んでくる。正気に戻ってから、こんな感じで長く見つめてくるので、どうしたものかと反応に困ってしまう。何か言いたそうに唇が動きかけるが、結局何も紡がれる事はない。

「あの~、にこ達がいるんですけど」

「「!」」

 矢澤さんの言葉に反応して、絢瀬さんから手を離す。

 僅かに息苦しく、だけど不快ではない空気は霧散して、賑やかな空気が戻ってきた。

「にこっちにはまだ早かったね」

「何でいきなり子供扱いするのよ!」

「二人共、はやくくっつけばいいのに……」

「うん」

「「…………」」

 二人して逃げるように飲み物を取りに行った。

 

「……どうかしたんですか?」

 談笑する小町達を見ながら、絢瀬さんに尋ねる。

 しかし絢瀬さんはこっちを見ずに、指をもじもじさせ、顔はさらに赤くなっていた。

「八幡君、しゃがんで」

「はい?」

「いいから」

 言われた通りにしゃがむ。すると絢瀬さんもしゃがんで……

「……ん」

「……っ」

 こちらが反応する余裕もないくらいに素早く、火照った唇を熱く押しつけられた。

 





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ここではない,どこかへ ♯2

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 絢瀬さんは俺の頭を挟み込むように持ち、そのまま啄むように口づけてくる。その熱い感触だけが鮮明で、近い距離にいるはずの小町達の話し声がやけに遠く聞こえた。

「……ん……んく」

「…………っ」

 自然と手が絢瀬さんの髪へと伸びる。金髪の髪は滑らかに指と伝い、いつまでもそうしていたいような感覚に包まれる。

 頭がぼんやりしてきて、もうこのままどうなってもいいような気分になってきた。

 そのまま欲求に任せ、絢瀬さんの胸へとゆっくり手を伸ばす。

「二人共、どうしたん?」 

「「!」」

 からかうような東條さんの声に反応し、ばっと離れると、もう既に近くでニヤニヤしていた。……新しいオモチャを見つけた子供の様な顔をしていて怖い。あと怖い。

「え~と、の、飲み物はどこだったかな」

「いや、冷蔵庫から取ればええやん」

 東條さんは冷蔵庫から飲み物を出す。そりゃ誤魔化すのは無理だ。ここからでは毛利小五郎すら騙せない。

「どうかしたの?」

「エリチが飲み物零しただけよ」

「もうお姉ちゃんってば、またポンコツ披露して……」

「あ、亜里沙……」

 絢瀬さんは両手をついて落ち込んでいた。

「それにしても、二人して……元気やね」

「いや、顔を赤らめながら言わないでくださいよ……」

「…………」

 いつもなら真っ先に反応するはずの絢瀬さんが黙っているので振り向くと、頭を抑えて俯いている。

「……どうかしましたか?」

「…………」

 何かボソボソ呟いているが、全く聞き取れない。耳を少しだけ近づけようとすると、いきなり顔を上げた。

「髪……撫でてくれた」

「え?」

「もう一回」

 そのまま頭をこちらに向けてくる。

「は、はい?」

「もう一回」

「…………」

 俺は絢瀬さんに言われるまま、頭を撫でる。さっきみたいに髪の感触を確かめながらじっくりと頭の曲線をなぞった。そこにはさっきと同じ感触があるが、少し温度を増しているように思えた。

「……もういいですか」

「まだ」

「…………」

「……ん」

 目を細めるその表情が猫っぽくてつい頬が緩んでしまう。さすがにカマクラと一緒にするのは失礼か。

「じゃあ、そろそろ終わります」

「そういえばさっき胸を触ろうとしてたでしょ」

「…………」

 ……やばい。気づかれている。

 でもね、その場の空気ってものがあると思うの!だって男の子なんだもん!

「触ろうとしてたでしょ♪」

「何で嬉しそうなん……。ほら二人共、もうええやろ」

「「はい」」

 思う事はただ一つ。

 とんでもない弱みを握られた気分だ。

「まさか、こんな衝動的に3回目を使うとは思わなかったわ。次はちゃんとセッティングしないと」

 その言葉を聞かなかった事にして、俺は飲み物をリビングへと運んだ。




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ここではない,どこかへ ♯3


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「そろそろツイスターゲームでも始めようかしら」

「やりませんよ」

 皆でソファでまったりと寛いでる時に何を言い出すかと思えば……。

 何で恒例行事みたいになってんの?まだ一回しかやってないんだけど。それにこの男女比率でツイスターゲームとか、ダンジョンで出会いを求めるくらい間違っている。

「面白そうやけどなぁ」

 東條さんが悪戯っぽい目を向けニヤニヤしている。あんたまた楽しもうとしてますよね。そうですよね。

「絵里さん、さすがに兄には刺激が強いかと」

「な、何言ってんのよ!男とツイスターゲームなんて!変なとこ触られたらどうすんのよ!」

「…………」

 その小町と変わらんロリ体型に触りたい箇所などない。

「何よ。何か言いたい事があるなら言いなさいよ」

「大丈夫よ、にこ!」

 絢瀬さんが矢澤さんの肩に手を置く。

「貧乳はステータスよ!希少価値よ!」

「アンタ、喧嘩売ってんの!?」

 絢瀬さんから言われても嫌味にしか聞こえないだろう。矢澤さんが自分自身で声を高らかにして言えば名言っぽく聞こえたんだが……。

「絢瀬さん、意外とそういう知識あるんですね」

 前々から思ってはいたのだがこの人。もしかしたら材木座ばりのオタクなんだろうか。どうしよう、中二病まで発症しちゃったら……。

「さ、そろそろ夕御飯の準備を始めましょ♪」

「…………」

 さらっと躱された。今さら隠す必要もないだろうに。

「あ、私も手伝いますよ~♪」

「そんな、悪いわ。お客様なのに」

「いえいえ。絵里さんは未来の姉候補筆頭ですから!気にしないでください!過激すぎるアプローチはアレですが」

「ありがとう。でもそんなに過激かしら」

「一体どんなアプローチしたのよ……」

「あはは……」

 亜里沙が苦笑いをしている。まあ、姉のアレな姿を見せつけられてるからな。俺も小町がプリキュアの恰好をして学校に行ったら、男子全員に催涙弾をぶち込まなきゃいけなくなる。もちろん写真には残しておくけど。

 結局、夕食は絢瀬さんと小町が作る事になり、残ったメンバーは誕生日パーティーの準備を始めた。

 

「なあ、比企谷君」

「何ですか?」

 東條さんがこっそり耳打ちしてくる。いきなり顔が近くに来たので、驚いて変な声を出すところだった。

「そろそろエリチに惚れそうやろ?」

「…………」

「実はな、エリチってこの前までアニメとか全然知らんかったんよ」

「え?」

 それだけ告げると、東條さんはぱっと離れた。その言葉の意味する事に気づけないほど鈍感ではない。

 小町と料理をする絢瀬さんの後ろ姿が、いつもの絢瀬さんと違って見え、どうしたものかと頭をがしがし掻いた。

 




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ここではない,どこかへ ♯4


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「お誕生日おめでと~う!亜里沙ちゃん!」

 小町の祝いの言葉に続き、クラッカーの音が破裂する。景気のいい音に、場の空気が一層明るくなった。それと同時に、久しぶりに聞いたクラッカーの音にビクッと体が跳ねてしまった。誰も気づいていないのが幸いだが、結構恥ずかしい。

「亜里沙、おめでとう!」

 絢瀬さんが亜里沙の頭を優しく撫でる。亜里沙が絢瀬さんを怒る場面ばかり目撃しているせいで普段は忘れがちだが、やはり亜里沙の『姉』である。

 他のメンバーもそれぞれ祝いの言葉を送るのに混じって、俺も無難に『おめでとう』とだけ呟く。くっ!これが経験値の差か。

 それでも絢瀬姉妹にはしっかり聞こえていたらしく、極上の笑顔を返してくる。

 そして亜里沙が立ち上がった。

「皆さん、ありがとうございます!」

 その目の端には小さな煌めきが咲いていた。

 

 プレゼントも渡し終え、再びまったりとした時間が流れ始めた頃、絢瀬さんがポツリと呟いた。

「何かやりたいわね」

 ……碌でもない案しか出て来なさそうなので、止めようとしたら東條さんに先手を打たれた。

「ポッキーゲームとかいいんやない?」

 ニヤニヤしながらこっちを見たので、何が狙いかは一目瞭然だ。

「それある!」

 絢瀬さん……まだ登場してない人のセリフを取らないでください。

 つーか、そんなアホな大学生ノリのゲームは死んでも御免だ。野球拳や一気飲み対決程ではないが、どちらにしろしょうもない。

「ちょ……何言ってんのよ!やるわけないでしょ!」

「安心して。にこっちはウチとやから」

「それはそれで恐いんだけど……」

 東條さんが手をワシワシさせながら矢澤さんに近づいていく。少しゆるゆりな展開を期待してしまうが、それどころではない。

「じゃあ、俺は洗い物でも……」

「ん~」

 スタンバイO.K.

 そう言わんばかりに絢瀬さんはポッキーを加え、目を閉じていた。もちろんこちらを向いている。

「じゃ、小町達は後片付けをしよっか」

「うん、そうだね」

 シスターズはささっと台所へと逃げていった。

 そして隣では東條さんが矢澤さんに……何も言うまい。

「んっ、んっ」

 絢瀬さんがくちばしのようにポッキーを突き出してくる。しかもご丁寧にチョコのついた方をこちらに向けてるときた。

「んんん~」

 おそらく『はやく~』と言ったのだろうか。目を開け、俺の肩に手を置き、膝の上に乗っかってきた。

 さっきより距離が近くなったせいで、ポッキーを加える唇がやけにこちらの緊張感を煽る。青い目はやたらとにこやかに俺を見据えていた。

「…………」

 途端にスイッチが入ったようにポッキーを囓ってしまう。そのまま絢瀬さんの肩に手を置き、ゆっくりと距離を詰める。

「「…………」」

 真ん中くらいで止まり、至近距離で目と目が合う。

 数時間前と同じ状況で、吐息が混ざり合い、口元が生温かい。

 そして、さっきよりふわふわとした気分で体が自然と距離を詰めようとした、が……

「~~!!」

 変な呻き声を上げた絢瀬さんがポッキーを折って、俺から顔を背けた。

「え?何?わ、私、どうしたの?」

 さっきとは比べ物にならないくらいに耳まで真っ赤になり、ブツブツと何か呟いている。とはいえこっちも膝の上に乗られた時点で顔が熱くなり、思考回路は狂いっぱなしだ。今はポッキーを咥えたまま、肩透かしを喰らったような間抜けな面をしている事だろう。

「エ、エリチカお部屋行ってくる!」

 ドタバタとリビングを出て行く絢瀬さんの背中を、そのまま見送る事しか出来なかった。





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ここではない,どこかへ ♯5

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 それぞれ適当に遊んでいる内に時間が過ぎ、もう寝る準備に入っていた。小町は亜里沙の部屋で、残りのメンバーは絢瀬さんの部屋で寝るようだ。もちろん俺の寝る場所はリビングである。

 無事(?)に風呂を済ませ、リビングの隅に布団を敷き、薄暗い部屋の中でのっぺりとして見える天井を見ていた。比企谷家の時みたいに風呂場で何も起こらなかったのは意外といえば意外だが、別に冴えない彼女を育てているわけではないので、お約束については特にどうという事もない。

 どうでもいい事を考えながら、眠りがやって来るのを待つ。

 この男女比で女子の家に泊まる事になるとは思わなかったが、まあ……楽しかった。

 ただ、ちょっと前から絢瀬さんの様子がおかしいのだが……。

 目が合ってもすぐに逸らされるし、話しかけてこない。

 でも、隣にはいる。

 ふぅ、と溜息を一つ吐き、目を閉じる。俺なんぞが時間をかけて考えても意味がない事のような気がした。

 そうこうしている内に、やがて心地良い眠りへと誘われていく。

 

『絵里って呼んで』

 ぼんやりとした闇の中で、やけにはっきりとした絢瀬さんの声が聞こえてくる。夢の中のシチュエーションとはいえ、すぐ隣に本人がいるみたいな感覚だ。

『絵里って呼んで』

「絵里」

 その声に応じるように呟く。

「っしゃ!!」

「わっ!え、ええ!?」

 耳元で鳴った大きな音に体が跳ね上がる。

 慌てて電気を点けると、そこにはキョトンとした顔で手はガッツポーズの絢瀬さんがいた。

「どうしたの?」

「いや、それ俺のセリフですから」

 ほっとしたせいか体が脱力し、自然とまた仰向けに寝転がる。

 ……何で絢瀬さんから声をかけられた事に少し安心してんだろうな。

「さっき……どうかしたんですか?」

「さっき?」

「いや、その……何かおかしかったといいますか……」

 改めて考えると、口に出すのは恥ずかしい。自分と目が合ってすぐ逸らしたからといって、何かおかしいと考えるなんて、自惚れもいいところだ。

 しかし、絢瀬さんは何か思い当たる事があったようで、申し訳なさそうに笑う。そんな小さな笑いも深夜のリビングには響き渡っているように思えた。

 そして電気を消して、俺の隣に寝転がりながら言う。スムーズに何やってんだ。 

「八幡君も私の事、好きなんだなって思ったら恥ずかしくて♪」

「…………はい?」

 あれ?何か部屋の静謐な空気がコントのセットみたいに思えてきた。

「だ、だって……あんな物欲しそうな目で私を見るんだもの……ドキドキするじゃない」

「…………」

 ……何を言ってるんでしょうか、この人は。ハチマン、ワカラナイ。ワカリタクナイ。

「いや、前からそういう視線はたまに感じてたのよ?私が屈んだ時に胸をこっそり見たり、短いスカートの時とか……」

 止めて!それ以上言わないで!だって思春期だもの!

「それじゃあ……ハグ、しよ?」

「しません」

 脈絡がなさすぎる。

 あとそのセリフは色々まずい気が……。

「冗談よ。ねえ、話でもしましょう」

「……な、何の話ですか?」

「そんなに警戒しなくても……普通の話よ。この前、八幡君の事が少しわかったから、今度は私の事を知って欲しいの。何なら朝までつまらない話をしていたいわ。そして朝には亜里沙から叱られるの」

 そこも含まれるのかよ、と心中でツッコむと、絢瀬さんはさらに近寄ってきた。肌が少し触れ合う。

「好きな食べ物とか好きな音楽とか。小さな事からしってもらうの。そして……」

 その笑顔は暗闇の中でも確かな輪郭があった。

「あなたの事、もっと好きになる」

 シリアスの似合わない二人は他愛ない事をぽつぽつ語り始めた。




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Blue Jean


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 7月7日、七夕。

 季節はすっかり夏に突入した。青空はさらにに色濃く感じられ、太陽の光はより強く降り注いでくる。こんな突き抜けるような晴天の日は家でクーラーの吐き出す冷気を思う存分浴びながら、ゲームをするに限る。

 しかし、中々そうもいかないようで……

「あの……」

「何?」

 絢瀬さんが夏の暑さをものともしない笑顔を向けてくる。

「……暑いので離れていただきたいのですが」

「やだ」

 絢瀬さんはさらに腕をホールドしてくる。腕を組むというより、腕に抱きついているといった感じだ。春とは違い、薄着なので色々と困る。

「いや、暑いから……」

「やだ」

「だから……」

「チカ」

「…………」

「観念するチカ。……お願いチカ」

「…………」

 潤んだ瞳に対して、何も言えなくなってしまう。

 何故絢瀬さんがこんなになっているかというと、先日絢瀬家でのお泊まりを終えてから、今日までずっと会っていなかったからだ。絢瀬さんの所属するμ'sは着々と知名度を上げ、毎週ライブが開催できるぐらいの人気を獲得していた。このまま行けば、LOVELIVE出場も夢ではないらしい。

 ちなみに奉仕部は通常運行。大した事はしていない。由比ヶ浜との関係も全く気まずくないわけではないが、それでも以前と同じで、どこか気楽な接し方ができるようになっていた。

「ていうか、変装はそれだけでいいんですか?」

 離れさせる事は諦めて、今日のファッションにツッコんでみる。

 伊達眼鏡をかけているだけで、トレードマークの金髪ポニーテールはいつものままだ。

「平気よ。芸能人じゃないんだから」

「でもアイドルじゃないんですか?」

「スクールアイドルは知名度は上がってきてはいるんだけど、まだそこまでじゃないわ。A-RISEぐらいになれば別だけど」

「そうですか。まあ、絢瀬さんが良けりゃそれでいいですけど……」

「違うでしょ?」

「……何が?」

「呼び方よ。絵里でしょ絵里。あなたの賢く可愛い絵里♪」

「行きましょう、絢瀬さん」

「あ~!無視した!」

「いや、そんな約束……」

「してないけど、この際ついでよ!」

「……絵里さん」

「え?今、何て?」

「絵里さん」

「よろしい♪じゃあ、次の段階ね」

「?」

「絢瀬八幡……ちょっと違うわね。比企谷絵里……うん、こっちね♪」

 また何かおかしな事を始めようとしている。嫌な予感どころか、何をしようとしているかがはっきりわかっていて恐い。

「八幡君」

「何ですか?」

「私……婚姻届は財布の中に入れてるから、必要な時はいつでも言ってね!」

「……は?」

「だって今日は七夕よ!」

「いや、何の関係もない気が……」

「離れ離れになってた二人が再会するのよ!籍入れるくらいはいいじゃない!!」

「人生最大の分岐イベントの一つを容易く起こさないでくださいよ」

「私の初めてを奪ったくせに……」

「それキスの話ですよね。しかも奪われたの俺だし……」

「あなたはとんでもない物を奪っていきました。私の心です」

「……それでいい話になるとでも?」

「いいじゃない。名前書いて判子押して、一緒に暮らすだけよ」

「いや、まだ年齢的に無理ですから。つーか、まだ、そんな関係じゃないですから!」

「むう、手強いわね。でも今あなたは重要な事を言ったわ」

「はい?」

「まだ無理って言ったのよ。ま・だ・無・理って!つまり数年後はOKって事よね!」

「数年後ってどんなアニメが流行ってるんですかね?」

「話を逸らさないで!子供の名前はどうしようかしら。八絵とかどう?」

「嫌です」

「も~、つれないわね」

「いやそんな無理矢理繋げなくても、別の名前で……危ねえ。真剣に考えるところだった」

「ふふっ、その調子よ」

「てか、そろそろ離れてくださいよ」

「そう言いながらも絵里の胸の感触を楽しむ八幡であった」

「勝手なナレーションをつけるの止めてくださいね……」

「私、今日はつけてないの」

「…………」

「ほら、チラ見した」

「……行きますよ」

 くっ!なんか一ヶ月前よりぶっ飛び具合が進化している気がする。ジェノバなんぞ比較にならん進化だ。

 だが久しぶりに会ったからか、電話で話す時よりテンポよく会話をしながら、夏の秋葉原を並んで歩く。空にはいつの間にか飛行機雲が伸びていた。

 絢瀬さんは腕からは離れたが、手は繋いだままだった。

 





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Blue Jean ♯2


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 それでは今回もよろしくお願いします。


「やっぱり浴衣買えば良かったかしら」

 周りの女子の浴衣着用率を確認した絵里さんが呟く。小町達に上手くはぐらかされ、二人で花火大会の会場まで来たのだが、やはり人が多い。そして、ここぞとばかりに浴衣を着ている女子が多くて、絵里さんが少し羨ましそうだ。

「八幡君はどっちがいい?」

「今から家に帰る」

「も、もう!まだ夕方よ!その……嬉しいけど、まだ色々と早いわよ!」

「すいません。その切り返しは予想外でした……」

 何か色々と残念すぎる。自分も残念さには定評があるので多少の残念さには同類相憐れむ事は出来るが、ここまで来るともう……手後れだ。金髪ポニーテール繋がりで、どっかの素晴らしい世界のドMクルセイダーぐらい手後れだ。

「あれ、違ったの?」

「違います……」

「まあ、花火を見ずに帰るのももったいないわね」

「いや、花火を見たら普通に自分の家に帰りますからね。何もしないですからね。本当に何もしないですからね」

 大事な事なので二回言ってしまった。つーか、本来なら俺はそこまでツッコミキャラじゃないと何度言えば……。

「え~、本当に?」

「明日学校あるんですが……」

「FINAL ANSWER?」

「唐突に懐かしいっすね」

「あ、綿菓子!八幡君、行くわよ!」

 ポニーテールをぴょこぴょこ跳ねさせながらはしゃぐ絵里さんは少し幼く見えた。

 

 予定時刻になると、夜空をバックに花火が打ち上がり始めた。大勢の観客が咲いては消えての繰り返しをその目に焼き付けていた。

 何となく俺は絵里さんの横顔を確認すると、花火に見とれている青い瞳も、夜の闇に映える金髪も、陶器のような白い肌も、今まで見てきた何よりも鮮やかに世界を彩っているような錯覚に陥る。……おかしい。これは絵里さんのはずだ。いつもはハチャメチャなトラブルメーカーで、人の話なんて聞いてなくて、割と天然で……

「八幡君」

 突然名前を呼ばれ、隣を見ると……

「…………ん」

「…………」

 絵里さんはこの前より優しく、それでも熱い何かを伝えるようなキスをしてきた。

 人混みの中という事もあってか、ほんの数瞬の口づけだったが、回を重ねる毎にそこから伝わってくる温もりみたいなものが変わってきている気がする。そして、前はもっとふわふわした感覚に捕らわれていたが、今は甘さの割合が増しているようだ。

「ねえ……」

 絵里さんは火照りを隠そうともせずに笑いかけてくる。周りの喧騒はどこか遠い。

「来年もあなたとこうして花火が見たい」

 花火がどんなに破裂していても、その声が掻き消される事はなかった。




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Blue Jean ♯3


 待ちに待った水着回です!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

 夏休み。ぼっち生活を始めてから幾星霜、夏休みは殆ど家の中で過ごしてきた。しかし、今年は……

「八幡君、お待たせ!」

 背後から声をかけられ、振り向くと……

「どう、似合う?」

 特にポーズを決めている訳でもないのに、モデルのような立ち姿に見えてしまう絵里さんが、夏に映える爽やかな笑顔を向けてくる……白ビキニで。

 だがここは絵里さんの家ではない。ちゃんとした公共の施設、プールである。……普通ならこんな事、確認するまでもないんだがな。絵里さんなら仕方がない。

「ほら、どう?」

 俺の考えている事などその辺に置いておけ、と言わんばかりに絵里さんが腕を絡めてくる。……やばいよやばいよ!普段より直に胸が肘にくっついてきてやばいよ!

「ほらほら赤くなってないで。世界一可愛いって言ってごらんなさいよ♪」

「……世界一可愛い」

「ちょっ……そっぽ向いて棒読み!?」

 そう言いながら肘にぐいぐい柔らかいものを押しつけるのを止めてくれませんかね。思春期が極めて健全な方向に爆発しそうなんですが……。

「二人共、相変わらず仲良しやね~」

 声のした方を向くと、破壊神じみた紫のオーラを纏い、紫のビキニを着用した東條さんがいた。

 何……だと……。

 水着姿だとその胸は……「痛い痛い!」

 絵里さんから脇腹を抓られる。

「私の時と反応が違うチカ!チカ!」

「いや、ほら新鮮さといいますか……」

「むむむ!」

「はあ、これだからゴミいちゃんは……」

 小町が溜息を吐きながら俺の肩にぽんと手を置いた。この前、家で散々みせびらかしていた黄色い水着は、かなり似合っている。

「お姉ちゃんも落ち着いて。」

 最後に現れたのは亜里沙だ。緑色の水着より先に胸の辺りを注視した自分が恥ずかしいくらいに、透き通る白い肌が眩しい。うん、大丈夫!小町よりは大きくなるはず!姉の遺伝子もある事だし?

 俺達は今年開園したばかりの大型プールに遊びに来ていた。何と亜里沙が商店街の福引きで5人分の無料券を当てたのだ。さすが天使。小町共々、ネトゲにはまりドロップアウトしない事を祈る。人の為に祈るあたり、どうやら俺も天使のようだ。オレ、天使。

 ふと周りを見回すと、やはりこの5人は周囲の目を引いていた。

「うわ、すげえ。見ろよ」

「ねえねえ、あの金髪の子、モデルかな?」

「紫の水着の子……やばい」

「あの八重歯の子も可愛いぞ」

「あの緑の水着の子、お人形さんみたい!」

「男、うらやましすぎんだろ」

「ちくしょう、ぼっちのくせに……」

「天罰がくだりますように」

 何か久しぶりに登場した奴がいるじゃねえか。

「おい、あっちもすげえぞ!」

 その声が指し示す方向を見ると、そこには見覚えのある奴らがいた。

「あら、こんにちは」

「あ、ヒッキー!」

 夏真っ盛りだというのに涼しげな雪ノ下と、いつも通り笑顔を向けてくる由比ヶ浜と……

「こ、こんにちは」

 半袖のパーカーを着たショートカットの美少女がいた。

 





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Blue Jean ♯4

「あ、比企谷君だ」

 

 ショートカットの美少女は俺の方を見ると、トコトコと駆け寄ってきた。……誰だったかしら。記憶にないんだけど。

 その謎の美少女は、ある程度近づいてきたところで滑ったのか、こちらに倒れ込んでくる。

 

「わわっ!」

「っと」

 

 受け止める、というより巻き込まれた形だが、何とか堪えた。

「ご、ごめんね」

「ああ……大丈夫だ」

 

 顔を上げた美少女がはにかんだ。

 それと同時にふわりと甘い香りが漂ってくる。絵里さんのより甘めの香りだ。胸は……ないな。間違いなく雪ノ下よりも小さい。そう思いながら雪ノ下を見ると、何故かきつく睨まれた。

 

「今、物凄く不愉快な視線を感じたのだけれど」

「気のせいだろ」

 

 胸のせいだろ。

 

「あ、あの……」

 

 少し固めの声が聞こえて、美少女の肩に手を置いたままなのに気づいた。

 

「あ、悪い!」

「いや、こちらこそごめんね」

「むむっ!」

「エリチ。どうどう」

 

 後ろのやり取りはとりあえず置いておこう。

 

「え~と、誰だっけ?」

 

 俺の言葉に由比ヶ浜が反応する。

 

「嘘!?信じらんない!!同じクラスになってもう何ヶ月も経っているんだよ!」

「いや、ほら……俺、クラスの奴らあまり知らないし」

「八幡君……」

「可哀想に……」

「はあ……まあ、知ってたけど」

「は、八幡さん!元気出してください!」

「ぐっ……ほ、ほっとけっての」

 

 余計にダメージを受けた気がする。からかい役の東條さんまでドン引きしている辺りが特に……。

 忸怩たる思いを胸の奥底に仕舞い込み、俺は全力で話を先へ進めた。

 

「いや、ほら男子ですら大して知らないのに女子とか……」

「さいちゃんは男の子だよ」

「男の娘?」

 

 そっかぁ。最近流行りだからなぁ。盲点だったわー。

 

「何やら視線がいやらしいわね」

「んな事ねーよ」

「あはは。僕、男の子です」

「そ、そうか。え~と?」

「戸塚彩加です」

「……ひ、比企谷、八幡だ」

「あたしの時より緊張してる……」

 

 あ、危ねえ。マイナスイオン全開の笑顔にちょっとときめいてしまった。

 すると、絵里さんが俺と戸塚の間に割って入ってきた。

 

「初めまして。絢瀬絵里です」

 

 戸塚に対抗してか、己の美貌をフル活用した笑みを向けている。はっきり言って嫌な予感しかしない。

 

「は、初めまして。比企谷君の彼女さん、ですよね?」

「妻よ!」 

 

 な、何だってー。

 ……いや、何かしょうもない事言うとは思ってたけどさ。あまりにも嘘くさすぎる。

 

「あ、おめでとうございます」

「いや、信じなくていいから」

「え?」

「い、いや、事実ではないし……」

「あはは……絢瀬さん、相変わらずだね」

「……凄いわね。色々と」

 

 くだらないやり取りを交わしていると、再び視線を感じた。

 さっきと同じように辺りを見回すと、やはり……

 

「おい、見ろよ」

「女が増えてやがる」

「あの黒髪の子、めっちゃ美人だよな」

「いや、あの茶髪の子のスタイル見ろよ」

「ショートカットの子、最高だよな」

「……ったく、ぼっちのくせに」

「やっぱり、はやはちだよね」

 

 あいつ、まだいたのかよ。

 いや、それよか『はやはち』とかいう謎の単語も気になる。

 

「何なら一緒にどう?」

 

 絵里さんの提案に三人は顔を見合わせ、すぐに頷いた。

 まあ、別に5人も8人も変わりはない。男女比はあれだが。嫉妬の視線は気になるが。

 

「八幡君、行きましょ!」

 

 絵里さんに促された俺は、これから訪れる出来事に特に思いを馳せるでもなく、どうやって時間を潰そうかを考えていた。

 



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Blue Jean ♯5


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「あははっ!」

「ぼよーん……」

 アイドルのPVのようにはしゃぐ絵里さんの胸を見て、雪ノ下が恨めしそうに呟く。

「それっ♪」

「ぼよよーん……」

 皆に水をかける東條さんの胸を見て、雪ノ下が悔しそうに呟く。

「ていっ!」

「ぼよーん……」

 やり返すように水をかける由比ヶ浜の胸を見て、雪ノ下が哀しそうに呟く。

「きゃっ♪」

「…………」

 かかってくる水にはしゃぐ亜里沙の胸を見て、雪ノ下が警戒するような視線を送る。

「あはっ♪」

「うんうん」

 嬉しそうに絵里さんの腕にしがみつく小町の胸を見て、雪ノ下が嬉しそうに頷く。

「もー、絢瀬さん」

「うんうん」

 絵里さんから集中放水を浴びている戸塚の胸を見て、雪ノ下が満足げに頷く。

 ヤバいよ!ゆきのん、胸に執着しすぎだよ!男子の戸塚と比べるあたりが末期的である。

「ふう……疲れたわね」

 何がどう疲れたのかわからない雪ノ下を見ていると、背中に軽い衝撃がきた。

「あら~、ごめんなさい」

 振り向くと、黒髪のショートカットのおっとりした雰囲気の美人が、俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「あ、いえ……」

 大学生くらいだろうか。ふんわりと柔らかな笑みに見とれそうになりながら、顔が赤くなる。決してコミュ障ではないつもりなのだが、モデルみたいな年上の美人、しかもスタイル抜群の水着姿とあっては、女子とあまり話さない俺には色々と難しい。

「顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」

「っと!」

 いきなり誰かが顔を覗き込んできたので、慌てて飛び退く。そこには、いつの間に距離を詰めてきたのか、銀髪の美人がいた。

 腰まで届く長い銀髪と、心の内側まで読み取られてしまいそうな澄んだ瞳がミステリアスな雰囲気を漂わせる美人だ。こちらもスタイルが良く、モデルといっても差し支えなどない。

「だ、大丈夫でしゅ……」

 噛んでしまった。

 しかし何事もないので、その場からいち早く立ち去ろうとすると、今度はぷくっと頬を膨らました絵里さんがいた。関係ないけど、雪ノ下の胸もこんな風にあっさり膨らんだらいいのに。

「八幡君……ナンパ?」

「いえ、違います」

「なら、OK!」

 一瞬で笑顔に戻った。これはこれで心配である。この人の将来が。

「あらあら比企谷君も好きやね」

「ヒッキー、ホントいやらしいんだから」

 何故この二人は俺がいやらしいという前提で話すのか。いや、否定はしないんだけどさ。

「ええ、比企谷君は本当にいやらしいわね。さっきから大きな胸ばかり見ているものね」

「お前は俺じゃなく、大きな胸に物申したいんだろ。そうなんだろ?」

 さっきからチラチラと見知らぬ美人二人の胸をチェックしてんじゃねえよ。俺はしたけど。

「あずささん、貴音さん。ここにいたんですか」

 今度は黒髪ストレートの同年代の女子がきた。クールな雰囲気のある佇まいと、落ち着いた声と、どこか物憂げな瞳が印象的な美少女だ。

「律子さんが呼んでました……っ!」

 その美少女の目は二人だけではなく、絵里さん、東條さん、由比ヶ浜を見た。そして、自分の胸元を見て、悔しそうに……

「「くっ!」」

 何故か雪ノ下と共に口元を歪めた。

「「…………」」

 おい、そこ。親しげに見つめ合って変な共感をするな。





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真夏の扉

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 雪ノ下の哀しい一面を見てしまった気がするが、気にしないでおこう。

 美女達が去って、しばらくしてから俺達はウォータースライダーに乗ることにした。同年代の連中で混み合っているので、20分程待たされたが、こちらの連れが賑やかな分、そこまで長くは感じなかった。

 

「二人一組か……」

 8の字型の浮き輪に二人で乗るという、あまりぼっちに優しくない仕様になっているが、今日の俺にはちっとも怖くない。

「よし、戸塚「八幡君、行くわよ!!!」は、はい……」

 ほら、こうやって組んでくれる相手がいるんだぜ!…………ふう。

 しかし、絵里さんとこれに乗るのは危険な気がする。俺が。

 雪ノ下と由比ヶ浜。小町と戸塚。東條さんと亜里沙。俺と絵里さんの順番で滑る事になった。

 皆が順番に滑るのを見送っていると、絵里さんがそっと手を握ってきた。その手はまだ濡れていて、いつもとは違う熱を持っていた。隣に目をやると、そこにあるのはいつもの笑顔だ。

「どう、楽しい?」

「……まあ、そこそこ。けっこう疲れますけど」

「ふふっ。楽しんでるなら良かった♪」

「……何よりタダですからね。楽しまないと損でしょう」

「え?私と一緒だから?も、もう!照れるじゃない!素直なんだから!」

「…………」

 どこをどうツッコめばいいんでしょうか。

「とりあえず、頭の方か。耳の方か」

「残念ね。どっちも至って正常よ!」

「絵里さんが残念なのはわかりました。とりあえず自覚症状はないみたいですね」

「むむっ!八幡君の思考回路を読んだだけなのに。しかもツッコミきついわね」

「あ、次ですよ」

「こら、話を逸らさないの!」

「話が通じないよりマシですよ」

「ご、ごめんってばぁ~」

 係員に誘導され、俺と絵里さんは浮き輪に乗っかった。

 

 俺が後方に乗り、足の間に挟みこまれる形で、絵里さんが寄りかかってくる。普段より肌が剥き出しになっている分、この密着具合は危険だが、考えている内に滑り出してしまった。

「ふふっ。楽しいわね!」

「え、あ、はい……」

 絵里さんから声がかかるが、それどころではない。

 いや、別に怖いわけではない。

 日常では体験できない疾走感。跳ねる水飛沫の清涼感。その感覚を共有できる一体感。どれを取っても楽しいと言えるだろう。しかし……

「あはっ♪」

 そう、俺の意識の半分以上を持っていってるのは、前方ではしゃぐ絵里さんの……胸だ。

 絵里さんは前にいるのだが、このウォータースライダーはそこそこの角度があるので、こちらからは絵里さんの胸を覗き込むような角度になってしまう。

 水着を着ている状態だから、常時胸の谷間は開放している状態なんだが、正面から見るのと、上方から覗き込むように見るのは全く違う。しかも、僅かな震動で胸が揺れる。さっきから色々とやばいです。はい。

 目のやり場に困るのではなく、刺激が強すぎて、目が離せない。おかしい。この前、事故とはいえ、裸を見たはずなのに……いつもと違う何かがあるのだろうか。こう、背徳感みたいな。

「……!」

 やばいやばいやばい。

 いくら俺がぼっちだろうが、自意識強かろうが、行動が理性的だろうが、思春期男子には変わりない。

 興奮すれば、体に変化は現れるわけで……

「!」

 そして密着している絵里さんはそこに気がつくわけで……

「も、もう、八幡君ったら♪」

 絵里さんは耳まで真っ赤にしながら、笑顔を向けてきた。

 だあぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!!!!!




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真夏の扉 ♯2


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「は、八幡君!楽しかったわね!」

「…………」

 死にたい。最悪すぎる。

 しかし、絵里さんは特に責めるでもなく、ひたすらピッタリと寄り添ってくる。そして、その状態から離れる気力もなく、皆の後ろをとぼとぼ夏バテした犬みたいに歩いていた。

 当事者以外誰も知らないのが幸いである。もし知られていたら、その場で舌を噛み切るところだった。

「もう、元気出して!気にしてないから!」

「いや、そうは言われても……」

 絵里さんのそんな優しい慰めも、今は少し辛い……いや、何を嬉しそうな顔してるんですかね、この人は。うわぁ、絶対にこの先ずっとネタにされてしまう。顔を赤くしながらも悪戯っぽく目を細めた笑顔を向けてくる絵里さんは、ちょっとだけ背伸びして、こっそり耳打ちしてきた。

「ねえ、ちょっと二人きりにならない?」

「…………」

 一応、同意を求めようとしているが、目はそうではない。その宝石のように綺麗な碧眼はこう告げている。

 

 観念するチカ。

 

 いや、待て。いくら目は口ほどに物を言うとはいえ、それだけで勝手に判断するのは早計に過ぎるのではなかろうか。絵里さんも鬼ではない。きちんと話し合えばわかってくれる。

「あの、絵里さん……」

「観念するチカ」

「いや、でも……」

「観念するチカ」

「だから……」

「観念するチカ」

「…………」

「チカ」

 どうやら話は通じないらしい。

 ならば他の奴に話しかけて、二人きりにならなければいいだけだ。

「なあ、と……」

「はあ、背中が何か痛いわ。さっきウォータースライダーで何か当たったかしら?」

「はい、すいません。ごめんなさい」

「よろしい。まあ、既に離れているんだけどね」

「は?」

 前方をキョロキョロ見渡すと、確かに小町達はいなくなっていた。話している内に、歩くペースを緩めていたからだろうか。

「いつの間に……」

「さあ、いつかしらね」

「…………」

「さ、こっち来て!」

 そのまま為す術なく、絵里さんに手を引かれるまま、とぼとぼと歩いた。

 

「はい、あ~ん」

「…………」

 施設内にある飲食店にて羞恥プレイ。

 ちなみに俺が食べさせている。

 そこそこオシャレな店内という事もあってか、客の割合はカップルが7割以上だが、男から食べさせているのは俺達だけだ。しかし、複雑な表情で目つきの悪い男が、金髪美女にふぉーくで一口一口食べさせているというのは、些かシュールに映るらしい。さっきから、視線を感じる。まあ、単に絵里さんを見ているだけかもしれないが。

「ほら、早く!あ~ん」

「は、はい……」

 俺は考える事を止め、絵里さんの口にオムライスを運び続けた。

 

 





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真夏の扉 ♯3


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

 食事を無事に終え、何とか皆と合流した。まあ、見てくれはいいので(性格に癖のあるのが殆どだが)、目立ちやすい。それに俺のようなステルス機能も持っていない。

「もう、ヒッキーと絢瀬さんったら急にいなくなるから!」

「二人共、どこ行ってたん?」

「ちょっとね」

「…………」

 絵里さんはキラキラと満足げな笑顔を見せ、亜里沙の頭を撫でている。片や俺は小町に怪訝そうな目を向けられていた。真似して頭を撫でようとしたら拒否された。

「お兄ちゃん、何してたの?」

「察してくれると助かる……」

「うん、わかった」

 俺と絵里さんを見比べて何かを察したのか、小町は苦笑いを浮かべ、俺の肩に手を置いた。さすがは可愛い妹。お兄ちゃんの気苦労を労ってくれるなんて。

「お兄ちゃん、そろそろ覚悟を決めちゃいなよ!」

「…………」

 前言撤回。

 可愛い妹は割とこの状況を楽しんでいた。

「そっちは昼飯はすんだのか?」

「うん!午後からはまだまだ遊んじゃうよ!」

「比企谷君!」

 戸塚がぴょこんと横に並んでくる。

「おう、どした?」

「急にいなくなっちゃったからびっくりしたよ」

「そ、そうか。悪い……」

 俺が謝ると、戸塚は切なそうに上目遣いを向けてきた。

「ちょっと寂しかったかな……」

 うわ、何この健気な美少女ぶり。危うく恋に……

「あ、エリチ!?」

「絢瀬さん!?ダメだよ、流れるプールをバタフライで逆走しちゃ!危ないから!迷惑だから!」

 東條さんと由比ヶ浜の言葉に反応し、プールに目を向けると……うわ、マジかよ。

「比企谷君、捕まえて!」

「え、俺?」

「もちろん♪」

「くっ……」

 俺は流麗なフォームで人並みをかき分けながら泳ぐ絵里さんを捕獲に向かった。

 

「はぁ……どうしたんすか、いきなり……」

 何とか絵里さんを捕まえ、休憩所のベンチで一息つく。

 幸い大した騒ぎにはならなかった。周りの人間は、『美しい』とか『可憐だ』などと見とれて、自然と道を空けていた。むしろ、絵里さんを捕獲した俺が不審者みたいな目で見られてしまった。おい、どういう事だよ。

「だって……八幡君が戸塚君に見とれてるから」

「いや、そんな事は……」

「男の子だと思って油断していたわ。でも、八幡君だもん。油断は禁物よね」

「あの、いらん誤解を招くような事を言わんでください」

「じゃあ、戸塚君の事どう思う?」

「……可愛い」

「私には言わない癖に……」

「いや、あのですね……」

「( ̄^ ̄)」

「その……絵里さんは……いと思います」

「聞こえな~い」

「……絵里さんは可愛い……」

「……っ」

 絵里さんの顔が紅くなる。

「ポンコツですけど」

「……っ!」

 さらに紅くなるが、これは別の感情だろう。

 すると、すかさず唇を塞がれた。

「……んっ」

「……っ」

 今までで一番短い口づけは僅かな温もりを残して離れていった。

 少し物足りなさを感じたのはきっと気のせいだろう。

「ちょ……こ、こんな場所で」

「ポンコツって言ったお返しよ」

「ぐっ……」

「それと、今日で半分ね」

「……そう、ですね」

「折り返しはどんな激しいのにしようかしら……ふふっ」

 俺はキスの回数よりも、絵里さんと出会ってからの時間の経過に驚きながら、皆の元へ戻った。

 

 

 





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真夏の扉 ♯4


 今年も既に6分の1が終わりました。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

 夏休み最終日。

 まだ暑い日は続くが、夜になると、少しだけ秋の気配を感じるようになった。この時期の心地良く頬を撫でていく夜風は割と好きだ。

 夏休みの間は、毎週のように絵里さんに連れ回され、賑やかだったが、最終日くらいは静かに過ごすのもいい。

 そんな事を考えていたら、スマホが震え、着信を告げた。

 こんな時間に電話をかけてくるのは一人しか思いつかない。

「あ、もしもし、八幡君ぁぁっ!」

「…………」

「あたたた……」

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫よ。テーブルに脛をぶつけて、床に買ったばかりの化粧水をばらまいて、少し落ち込んでいるだけだから……」

「そりゃあ、ご愁傷様です」

「まあ、済んだ事をいっても仕方ないわね。それより……夏休み最終日はどうだった?」

「別に……特にやる事もありませんよ。宿題は8月に入る前に終わらせましたし、出かける気にはならないし」

「さすが八幡君ね」

「褒めてるんですか?皮肉ですか?」

「もちろん、どっちもよ♪」

「まあ、そうでしょうね。そういや、何か用ですか?」

「声が聞きたかっただけよ」

「そうですか。じゃあ、目的は達成って事で……」

「ええ、一緒に楽しくお喋りしながら9月を迎えましょう」

「……拒否権は?」

「認められないわ!」

「はあ……まあ、いいですけどね。どーせ、あんま眠くないですし」

「ありがと♪」

「…………」

「…………」

「あの……」

「ご、ごめんね!何も考えずに電話しちゃったから、何を話せばいいかわからなくて!」

「そうですか……」

「あ、そういえばいい話題があるわ!八幡君の学校は文化祭はいつなの?」

「確か9月末だったような……」

「何でうろ覚えなのよ」

「いや、ほら……」

「ああ、わかったわ。ごめんなさい。でも元気を出して。私がいるから人生バラ色よ」

「いや、勝手に黒歴史にしないでもらえますか」

「違うの?」

「確かに楽しんだかと言われれば答えはNOです。しかし、殆ど参加していないという事は、殆ど働かずに済んだという事です。エネルギーを節約したという点におはいては、学校一の勝者はこの俺です」

「ハラショー……そういう考え方もあるのね」

「ええ。勝利の形なんて人それぞれなんですよ」

「納得はしたくないのに、これといって批判する要素がないわね」

「も、もうその辺の話はいいでしょう。てか文化祭がどうしたんですか」

「もちろん観に行くためよ」

「それは無理です」

「なぁんでよ!?」

「それ、矢澤さんの……それはさておき、流石にまずいでしょう。μ’sも有名になってきましたし」

「う~……」

「その……俺のどうでもいい文化祭より、絵里さんが一生懸命やってる事の方が大事なんじゃないかと……」

「え?あ、うん……そんな可愛い事言われたら、言うこと聞くしかないじゃない」

「ええ、それじゃあ……」

「あ、待って!次は……」

 お互いに自分勝手なテンポで進める会話は意外と弾み、気がつけば深夜2時を過ぎていた。





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真夏の扉 ♯5

 彼と出会って約半年。

 そこには、これまでの人生にはなかった全く新しい何かが詰まっていて、時間の流れも周りの風景も何もかもが違った流れ方をしているように思えた。

 μ’sと同じくらい大事な宝物のような思い出を振り返ってみる。

 

「どうしたの?お姉ちゃん。さっきから……」

「亜里沙、静かに」

 

 初めて目を合わせた瞬間、二人は恋に落ちた。

 

「いや、お姉ちゃんが一方的に片思い始めただけだよね」

「いえ……あ、うん……も、もしかしたらよ!」

「そうだね。もしかしたら、だね!さすがはお姉ちゃん!」

「褒められた気がしないわね……まあ、いいわ」

 

 キスまでの距離は決して長くはなかった。

 

「出会ってから1時間も経ってないもんね」

「キューティーパンサーを発揮しちゃったわね」

「お姉ちゃん、ドヤ顔になっちゃってるよ」

 

 そして、2回目は彼の学校の校門前でのキス。

 

「皆忘れてるかもしれないけど、プリキュアの格好してたよね」

「に、似合ってたからいいでしょ!」

「希先輩からプリキュア姿でのキスシーンが送られてきたよ」

「亜里沙、それ私にも送って。今すぐ。お願いします」

「お、お姉ちゃん、顔怖いよ……」

「ふふっ。この写真を見せた時の八幡君の反応が楽しみだわ」

「…………」

 

 その後、二人はもう一度キスを交わし、ある約束を交わした。

 その約束もあって、私はあと5回のキスの間に彼に好きになってもらわなければならない。果たして、彼は今私の事をどう思っているのだろうか。

 

「周りはもう付き合えばいいのにって思ってるけどね」

「亜里沙、何か言った?」

「何も言ってないよ」

 

 観覧車でのキスは体力を使ったなぁ。観覧車一周って案外時間がかかるわね。

 

「え?な、何、お姉ちゃん……そんな事してたの?」

「若気の至り、かしらね」

 

 まあ、そんな感じで既に5回を終えている。

 果たして、私は正式に彼の恋人を名乗れるのだろうか。

 

「由比ヶ浜さんにはフィアンセとか言って、戸塚さんには妻とか言ってたけどね」

「ぐっ……さ、さて、そろそろ寝なくちゃ!」

「うん、おやすみ。それと……猛アタックもほどほどにね」

 

 ****

 

「何……だと……」

 

 眠りから覚めると、あり得ない事が起こっていた。

 

 文化祭実行委員 比企谷八幡

 

 あれ、まだ夢の中だったろうか。ほら、周りのクラスメイトは俺の事など気にもかけずにはしゃいでいるし。ああ、いつもの事だったな。自分で言ってて哀しすぎる。

 また新しい騒動の予感を仄かに感じさせながら、2学期が幕を開けた。

 

 



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RAIN

「あら、比企谷君」

「おう……」

 

 文化祭実行委員会が行われる教室の扉を開けると、雪ノ下がいた。相変わらず冷たい雰囲気を身に纏ってはいるものの、以前よりは柔らかくなった気がする。満面の笑みを見せられたら惚れて『チカ』……な、何だ?頭の中に聞き慣れた声が響いた気が……。

 

「どうかしたの?」

「いや、何でも……」

 

 俺はなるべく目立たないような席を選んで座る。端っこ過ぎず、程よく人に隠れられるような席だ。しかし、それも無駄な抵抗のようだ。

 

「おい、あいつ……」

「ああ、校門前で……」

 

 やはり完全に皆の記憶から消えたわけではないらしい。まあ、悪口とかではないので、少し騒がしい物音だと思っていれば……

 

「確か百人切りのヒキタニだよな」

 

 おい、こら。尾鰭付けすぎだろ。98人は誰なんだよ。

 

「あの平塚先生も含まれているらしいぜ」

 

 ……断じて許しがたい噂だ!

 

「金髪のコスプレーヤーとか金髪のモデルだけじゃねえのかよ」

 

 その二人は同一人物だけどな。

 

「バッカ、当たり前だろ。由比ヶ浜とか戸塚もいるだろうが」

 

 マジか。戸塚と知り合ったのは最近なんだが。

 

「次は葉山を狙っているらしいぜ」

 

 言った奴、絶対に消す。

 

「「すげえな、ヒキタニさん」」

 

 火のない所にもくもくと立つ煙を眺めながら、会議の始まりを待つ。とりあえず放っておけばいい。しばらくすれば誰も興味なくなるだろう。実際、俺も学校生活には大して興味ないし。いや、それとは違うか。

 考えている内に誰かが入ってきて、ホワイトボードの前に立つと、お喋りの声もトーンダウンしていき、やがてなくなった。

 

 *******

 

 殆ど顔合わせだけの会議が終わり、明日からの準備に暗澹たる気持ちを抱いていると、ポケットの携帯が震えた。確認すると、絵里さんからのメールだ。

 

『送ってみただけ~』

「…………」

 

 うわ、うっぜえ。どうせなら胸の谷間の写真でも添付してくりゃいいのに。何て気の利かない。

 くだらないメールのはずなのに、何故か口元を緩めながら、空メールを返信しておいた。

 

 *******

 

「むむ、愛が足りないわね」

「絵里、何が足りないのですか?」

「え?あ、いや、その……海未の胸は十分足りていると思うわ。その慎ましい感じがいいんじゃない?」

「貴方は私の胸に何か恨みでもあるのですか!?」

「エリチ、失礼よ。そんな事言うとったら、凛ちゃんや……にこっちは……」

「それは凛達に失礼にゃ~!」

「私の時は何でそんなに哀しそうなのよ!」

「さあ、皆!胸の話なんてしてないで、練習始めるわよ!」

『…………』 

 



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RAIN ♯2

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「ふぅー……」

 熱めの湯に浸かり、眉間の辺りを指で揉む。大して効果は無いとしても、そうでもしないと、この疲れは消え去ってくれそうにはなかった。

「お兄ちゃん、お疲れだね」

「おう……」

 ドア越しに話しかけてくる小町に、殊更疲れを強調して返事をした。

 かなり面倒な事になっている。

 相模の『皆も文化祭を楽しもう』発言により、文化祭実が自分のクラスを手伝うようになり、それに比例して、こちらの仕事が増えている。はっきり言って、文化祭実行委員会の運営は破綻寸前だった。

 まともな点を上げるとすれば、普段体育でペアを組む材木座が手伝ってくれている事だ。武士の情けとかなんとか言っていたが、大方クラスで手持ち無沙汰なんだろう。さり気なく小声で『我も此奴についていけば、コスプレしてくれる彼女が……!』とか言ってたし。そんな上手い話はない。仕方ないから、文化祭が終わったら絵里さんに頼み込んで、セイバーのコスプレをしてもらい、『問おう。貴方が私のマスターか』と言ってもらおう。あれ?これって結構なご褒美のような……やっぱり俺だけに言ってもらおう。いや、ここで借りを作ると後々……

「八幡君、疲れてるみたいね。背中、流そうか?」

「いえ、大丈夫です」

「遠慮しなくていいのよ」

「いえ、お構いなく。……てか、いつからいたんですか?」

「八幡君が私でいやらしい妄想をする前からよ」

「し、してませんよ。何の事ですかね」

「問おう。いやらしい妄想はしてないのか」

「はい、すいません」

「もう、仕方ないんだから……」

「いや、そんな事言いながら、さり気なく入ってくるの止めてもらえます?」

「大丈夫よ。小町ちゃん公認だから」

「流石にそれだけでは……」

「あとカマクラちゃんも認めてくれたわ」

「絶対に嘘ですよね」

 体にバスタオルを巻いた絵里さんが無駄のない動作で湯船に入り、体を寄せてきた。風呂場の湿った空気と甘い香りが混ざり合い、上手く思考回路が働かなくなる。

「ねえ、八幡君」

「は、はい?」

「タオルの下……見たい?」

 絵里さんはタオルに手をかけた。

「…………っ!」

 夢だった。どうやら湯船で寝てしまっていたらしい。湯船で寝るというのもアレだが、何より内容がやばすぎる。

「…………」

 隣のぽっかり一人分空いたスペースに誰もいない事を確認してから、のろのろと風呂から上がった。のぼせ気味の体を冷ますのに30分くらいかかった。

 

「お姉ちゃん、何してるの?」

「変装の準備よ」

「……捕まらないでね」

 

 




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RAIN ♯3


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 文化祭当日。

 開催までに間に合わなくなる危険性があったが、何とかなった。うん、きつかった。正直に言えば、このまま間に合わずに中止にでもなってくれて構わないのだが、奉仕部部長の雪ノ下が相模から依頼を受けている以上、仮部員の俺としては、逃げるのも後味が悪い。

 幸い、前回の会議で皮肉をぶつけてみたら、委員会が再び機能しだした。反感は買ったものの好感度など最初からないようなものだ。

 とりあえず、開会式で相模が色々と躓いた事以外は、無事に運営出来ている。

「ヒッキー、お疲れ!」

「あ、ああ」

 由比ヶ浜から飲み物をパスされ、何とか落とさずに受け取る。

「私、受付やっとくからヒッキー遊んできていいよ」

「そんな体力残ってねーし、そこまで見たいものもねーよ」

「あー、ヒッキーらしいね……」

「ほっとけ」

「あれ?何か向こう騒がしいね」

 由比ヶ浜の視線を辿った先には、ちょっとした人だかりが出来ている。全て女子のようだ。黄色い歓声が何とも恨めしい。

「芸能人でも来てるのかな?」

「さあ、どうだかな」

 ぼんやり見ていると、人だかりをかき分けるように、その中心となっている人物が姿を現す。

「ごめんよ。通してもらえるかな?」

 そいつはかなりのイケメンだった。

 口調はやたら気障ったらしいが、それが様になる整った顔立ち。背は特別高くはないが、足は長く、葉山と比べても差し支えないレベル。

 そして、一番印象的なのはその美しい金髪碧眼。

「「…………」」

 何やってんだ…………絵里さん。

 そう、それは間違いなくポンコツ可愛いエリーチカこと絢瀬絵里だ。金髪碧眼だからってだけじゃない。なんかこう、わかってしまう。あれは間違いなく絵里さんだ。髪を上手く帽子の中に纏め、胸にさらしをまいているのか、スタイルを誤魔化しているが、顔立ちと歩き方とかがそこそこ一緒にいたせいで、気づいてしまった。

「あれ、絢瀬さん?」

「ああ、間違いない」

 由比ヶ浜も気づいたようだ。確かめるようにしっかりと見ている。

 すると、向こうが俺達に気づいた。

「ちょっといいかしら……いいかな?」

 さっそくボロを出しかけながら、気取った立ち振る舞いで話しかけてくる。

「はあ、何でしょうか?」

「このクラスは何をやっているのかな?」

「演劇……ですね。今は上映中なので、待ってもらう事になりますけど……」

「そう、じゃあ文化祭を案内してもらえるかな?」

「お断りします」

「そっか、ありがとう!」

「え、いや、ちょっ……」

 絵里さんは男装している事を早くも忘れたのか、普通に腕を組んできた。いつもの感触がない事が何故か寂しい。

「きゃ~っ!」

「カ、カメラ準備しないと!」

「ひ、比企谷君が隼人君以外の男子と!ぶはぁっ!」

 嫌な声援を浴びながら、俺と絵里さんはそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 





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RAIN ♯4


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 人気のない場所まで連れて行かれ、ようやくひと息つく。……この人なんで校内を迷う事なく移動できるんだ。

「それで、どうしたんですか?絵里さん」

「な、何の事かしら?……かな?」

「いや、もういいですから。ごまかせてませんから」

「何……ですって……」

 いや、そんな腕組まれた状態で言われても……。

 絵里さんも俺の視線に気づいたのか、俺からぱっと離れ、視線をあらぬ方向へ向ける。

 そして数秒後、花が咲いたような笑顔を向けてきた。

「来ちゃった♪」

「…………」

「あれ?も、もしかして怒った?」

「いや、その……」

「?」

「絵里さんは、やっぱり絵里さんだなって……つい、安心しただけですよ」

「そ、そうかしら……これって褒められてるのよね?」

「ええ、かなり」

「……ありがとう。それじゃあ……」

 絵里さんはポケットから何かを取り出した。

「こ、ここにサインと判子をお願い。時期が来たら、私が出しておくから」

「いや、さらっと何言ってんですか。書きませんよ」

「お願い!判子だけでいいから!」

「いや、押さないから。持ってないから!」

「観念するチカ。何なら自分で書くチカ」

「ちょ、何やってるんですか!」

「あの~比企谷君?」

 突然現れた声に目を向けると、そこには顔を引き攣らせた城廻先輩と、生徒会の連中がいた。その視線が捉えているのは言うまでもなく、知らない人から見れば男にしか見えない絵里さんと、彼女の手を捕まえている俺。

 絵里さんの手から離れた婚姻届が、城廻先輩の足下に落ちる。

 何、この最悪な流れ。

 それを拾った城廻先輩の表情は、案の定ドン引きだった。それでも一瞬で笑顔に戻す辺りは、流石なのかもしれない。

 彼女は笑顔のまま無言で婚姻届を返して……

「何て言えばいいのかな……やっぱり比企谷君って最低だね」

 そう言い残して、その場を立ち去った。あとにはぽっかりと沈黙だけが残った。

「「…………」」

 

「ごめんなさい」

「いや、別にいいですよ」

 ひたすら謝ってくる絵里さんの肩をポンと叩き、大丈夫だと告げる。

「で、でも私のせいで八幡君に変な噂が……」

「もう既に立ってますから大丈夫ですよ」

「えっ……」

「いや、いきなり引くの止めてもらえます?すごい傷つくんですけど」

「冗談よ。じゃあ気を取り直して、屋台巡りでも……」

 その声を断ち切るようにスマホが震えた。

 画面に目をやると、平塚先生からだ。

「はい、もしもし…………相模が?」

 開会式の失敗のせいで、これまで必死に守ろうとしていた面子やプライドやらが潰れたのか、相模が逃げ出したらしい。逃げてどうこうなるものではないが、それでもそうするしかない人間も確かにいるのだ。

「すいません、ちょっと……」

 駆け出そうとする俺に、絵里さんは柔らかく微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 その言葉に、少しだけ顔を熱くして、俺は柄にも無く駆けだした。

 





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RAIN ♯5

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 相模が隠れていそうな場所はすぐに見当がついた。とは言ってもこの場所じゃなく、女子トイレの個室とかだったらどうしようもないわけだが。

 そして、その場所に辿り着いた俺は、錆びついてギイギイ鳴るドアを開く。

「……っ」

 やはり相模はそこにいた。

 驚いた顔はすぐに落胆の色を見せる。どうやら来て欲しかったのは俺ではないらしい。まあ、わかる。だが、今はそんな事はどうでもいい。

「おい、そろそろ戻れ」

「嫌よ」

 あぁ、まあこうなるわな。

 数回同じようなやり取りを交わして、お互いに苛立ちだけが積み重なっていく。……手詰まりか。さて、どうしたものだろうか。

 すると、相模は思ってもない事を口にした。

「女が皆、アンタの事好きだなんて思わないでよね」

「……は?」

「金髪の彼女がいるってのに、雪ノ下さんや結衣ちゃんに手を出して、次は平塚先生や事務員にまで……」

 事務員さんは五十代のおばさんだ……!!

「次はウチ!?すけこましのすけ谷とはよく言ったものね!」

「お、おい……」

「ふん!アンタなんてお断りよ!」

「あ、おい!」

 そう。この時の俺は判断ミスをした。

 本来ならこのまま相模を行かせてもよかったのだ。だが、その時は柄にも無く誤解を解こうとしてしまった。

 相模に話かけようとして駆け寄ると、慌てていたせいか、足がもつれてしまう。

 そして、相模を巻き込んで転倒した。

「っと!」

「きゃっ!」

 痛みはあまりないが、相模の顔が近くにある事に焦ってしまう。

「な、何よ……」

 危ねえ。叫ばれるかと思ったが、どうやらその様子はない。じゃあ、早くどこう……

「相模さ……ん」

「さ、さがみん!」

「あ、こ、こいつ!あの、有名な……」

 相模を探しに来たらしい葉山と相模の友人二人がこちらを驚いた顔で見ている。……何故だろうか。冷たく乾いた風が寂しげに吹き抜けていった気がした。

「ひ、比企谷……何をやってるんだ」

「……俺もよくわからん」

 ひとまず相模からどいて制服を整える。

 それとほぼ同時に相模は立ち上がり、友人の元へと駆け寄っていった。

「ウチ……ウチ……!」

「さがみん、大丈夫?」

「ほら、あんなケダモノほっといて行こ?」

 あっという間に相模達はいなくなり、葉山も俺に背を向けた。

「どうして……そんなやり方しかできないんだ」

「いや、いつもこんな事やってるわけじゃ……てか、何もやってないんだけど」

 葉山は俺の言葉が聞こえなかったのか、そのまま立ち去っていった。

「…………」

「八幡君、お疲れ様」

 いつの間にか背後に立っていた絵里さんに肩を叩かれ、思う事は一つ。

 ……なんか納得いかない。

 

 




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BEAUTIFUL DREAMER

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「八幡君……」

 絵里さんが切なそうな顔をして、俺の正面に立つ。

 立ち入り禁止の屋上に、他校の生徒会長。しかもクォーターの美人が男装して立っているのは、かなりシュールだ。

 絵里さんの言葉を待っていると、急に笑顔になり、ガッツポーズをしてきた。

「ナイスな作戦ね!他の女の子を押し倒したのはマイナスだけど、100エリー上げるわ」

「……何すか、その謎のポイント」

「八幡君が私を自由にできるポイントよ」

「初耳ですね。今、何ポイントですか?」

「8万ポイントよ!」

「いや高すぎでしょ。……待ってください。もしかして俺の名前にちなんで8万ポイントとか、そんなつまらないギャグですか?」

「…………」

 少し顔を赤らめながら、こちらを不安そうに窺う絵里さんを見ていると、元気づけてくれようとしているのが伝わってきた。

 その事が微笑ましかったのか、頬が緩みそうになる。

「……ありがとうございます」

「…………んっ」

 一歩踏み出して来たかと思えば、いきなり唇を重ねられる。

 あまりの不意打ちに全身の力が抜け、壁に押しつけられてしまう。

「……っ」

「……んく」

 絵里さんはこちらを限界まで押しつけて、ゆっくりと離れていった。

 二人の唇が離れる際につぅっと糸を引き、体がやけに火照っていた。周りの空気が甘さで満たされている気がした。

「……いきなり、ですね。つっても、これまでもそうでしたけど」

「ご褒美よ。本当にお疲れ様」

 最初から最後まで予想外の事しか起こらない文化祭。

 まあ、これはこれでよかったのかもしれない。

 ちなみに、相模を押し倒した件は、男装版絵里さんと手を繋いでいた件と共に、瞬く間に広がり、同時に周りの人間との距離がさらに広がった気がした。

 

 文化祭が終わり、10月に入ると、もう季節はすっかり秋だった。夏の暑さに別れを告げ、冬の厳しい寒さの足音が近づいてくるこの季節は割と好きだ。独書の秋というから、独書好きのぼっちには過ごしやすい季節だろう。漢字が違う?まあ、気にしないでくれ。別に平塚先生の真似じゃない。

「えー、先日一身上の都合により帰国したルーシー先生に代わる新しい英語の先生を紹介します。どうぞ……」

 のんびり考え事をしている内に、どうやら授業が始まっていたようだ。そういや海外から来ている先生が帰国したから、今日代わりの先生が入ってくるとか……。

 ぼーっと黒板の辺りを見ていると、新しい先生とやらが教室に入ってきた。

 そして、その姿に俺は…………体がギクリと反応した。

 何とその先生は見事なまでの金髪碧眼だった。

 ……一瞬、絵里さんかと思ったじゃねえか。

 その金髪先生(読み方だけ少し紛らわしい)は少し不慣れな手つきで、黒板に自分の名前を英語で書き、振り返って、ニコリと笑顔を浮かべた。近くにいる男子二人のテンションが目に見えて上がっている。

「エレン・ベーカーです。ヨロシク、お願いシマス」

「あー、皆。エレン先生はまだ日本に来て日は浅いが、日本の事についてはかなり勉強してきているらしい。皆も色々と話してやってくれ。休み時間にな」

『はい』

「それと比企谷」

「?」

「エレン先生に手を出すなよ。絶対だぞ!絶対だからな!」

「え?あ、はい……」

 やたら血走った目の英語教師に、つい頷いてしまう。やだ何この展開。

「お前らもしっかりエレン先生を守るんだぞ!」

『はい!!!』

 おい、何だよ。このいらない包囲網。いつからこんな協力関係が生まれたんだよ。教壇前の席の福島とか『あいつの授業ツマンネ』とか言ってたじゃねーか。

 エレン先生はドン引きしているかと思いきや、こちらをニコニコと見ている。……気を遣ってくれているのかもしれない。彼女は何かに納得したように頷き、俺の方に向かって言った。

「ヒキガヤ君、デスネ。覚えマシタ」

 ……こんな形で覚えられたくない!

 

 その日の夜。

「そういや今日、海外から新しい先生がきました」

「へえ、どんな先生かしら」

「金髪碧眼の……」

「ファッ!!!!?」

 

 




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BEAUTIFUL DREAMER ♯2


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 エレン先生が海外から赴任してきて、早くも三日が経った。彼女のフレンドリーな人柄と、拙い日本語の絶妙な可愛らしさは、すぐに学校中の人気を獲得した。

 だが一つ問題があった。

「ヒキガヤ君、手伝ってもらえマスカ?」

「……はい」

 先日の自己紹介の際、俺の悪印象が植えつけられたと思ったが、何が面白かったのか、ちょくちょく話しかけてくるようになった。

「っべーわ」

「ヒ、ヒキタニ君……トムの事はいいの?」

 戸部と海老名さんの言葉は無視して、エレン先生と共に教室から出る。誰だよトムって。この前の男装版絵里さんの事か。うん、それしかないな。

 まあ、こんな感じで冷たい視線を浴びながらの雑用をさせられたりもする。

「むぅ……」

「チッ……」

 視界の端で、頬を膨らます由比ヶ浜と舌打ちをする相模が見えた気がしたが、恐らく二人共、英語が苦手なんだろう。

「ヒキガヤ君は人気があるのネ」

「いえ、そんな事はないです」

 実際、ただ悪目立ちしているだけである。友達ができたわけではない。その証拠に、昼休みになっても『比企谷!一緒にメシ食おうぜ!』とか言って、机をくっつけてくる奴もいないし、この前校舎内の曲がり角で肩がぶつかった一年の女子から『すいません。先輩が男女問わず口説くのが上手いからといって、肩がぶつかったくらいで惚れると思わないでください。ごめんなさい』とか言われてしまった。

「ふふっ。照れてるのネ」

「い、いや、そんなんじゃ……」

「あ、そういえば平塚先生から聞いタのだケド」

 少し顔を寄せられ、緊張で体が固くなる。ふわりと漂う爽やかな香りの中には、確かな大人の色香があり、教師ではなく女性と意識せずには「チカ」はい、ただの教師と生徒の関係です。

「どうかシタ?」

「あ、いえ、ぼーっとしてたんで……」

「ダイジョウブ?」

「あ、はい。それで何の話でしたっけ?」

「ヒキガヤ君はアニメやアイドルに詳シイと平塚先生から聞いたのだケド」

「はあ」

 何だ。何を吹き込んだんだ。

「それで、今度秋葉原を案内シテくれるカシラ」

「あーすいません。その日は外せない用事が……」

「まだいつかも言ってないワヨ」

 ジト目で見られる。

「いえ、流石に生徒と教師が……」

「大丈夫よ。平塚先生とはラーメンを食べに行ったんデショウ?」

「まあ、そうですけど……」

 言い淀む俺に、エレン先生はウインクをした。それはアイドルのウインクとはまた違う何か秘密めかした大人の魅力が「チカ」すいません。くっ!絵里さんや東條さん、平塚先生のせいだろうか、年上には逆らえない。

「よし、キマリネ!それとアリガトウ!」

 俺が運んだプリントを受け取り、エレン先生はさっきよりも明るさを増して職員室へと入っていった。

 しかし、秋葉原か…………秋葉原?

『チカ』

 思わず叫び声をあげそうになる。

 やべえ。すっかり忘れてた……。

 

「むむっ!」

「どうしたん、エリチ?」

「今、嫌な気配が……ちょっと総武高校に行ってくるわね」

「エリチ」

「はい」

 

 

 

 





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BEAUTIFUL DREAMER ♯3


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「八幡君、私に何か隠している事はないかしら」

「……何も」

「しっかり目を見て言いなさい!」

「いや、電話じゃ無理ですから」

「むう……そういえば、新しく赴任してきた先生とは上手く距離をとっているかしら」

「いや、何で距離をとるんですか……まあ、普通ですよ」

「普通……普通ね。まあ、いいわ。でも、何で金髪なのよ!碧眼なのよ!私と被るじゃない!一つの物語に同じ属性は二つも要らないのよ!」

「そんな事言われましても……」

 このまま深夜まで理不尽とメタ発言のダブルパンチを喰らい続けた。

 

「オハヨウ!」

「……おはようございます」

 待ち合わせ場所にした千葉駅に到着すると、エレン先生は既に到着していて、俺を見つけると笑顔で手を振ってきた。一応、変装のつもりだろうか、伊達眼鏡とベレー帽を装着している。

 まさか、休日に海外から来た年上金髪美人と秋葉原に行く日が来るとは……問題児たちが異世界からやって来るくらいありえないんですけど。

「フフフ……ドウ、この変装ハ?」

「……まあ、いいんじゃないですか」

 

「最近は皆オーバーワーク気味ですから、今日はこれまでにしておきましょうか」

「あ、じゃあ皆で甘いもの食べに行こうよ!」

「さんせーにゃ~!」

 

 電車に乗って早10分。

 仕事疲れからか、エレン先生は眠っていた。

 ……俺の肩に頭を預けて。

 ふわりと漂う甘い香りに落ち着かない気持ちでいると、エレン先生は目を覚ましたようだ。

「あっ!Sorry……」

「だ、大丈夫です」

 意識しないように、電車がガタンゴトンと動く音や、周囲の人達の会話に耳を澄ませる。景色が流れていく度に、変な不安に胸を締めつけられた。

 

「ここが秋葉原デスネ!」

 駅を駆け足で出たエレン先生は、秋葉原の街を見て楽しそうにはしゃいでいる。その姿は年より幼く、跳ねる金髪はどっかの誰かさんを思い出させた。

 ……神様、疚しい事などありません。どうか何事もなく一日を終えられますよう……

「ヒキガヤ君、ハヤクハヤク!」

 背中をバシバシ叩かれ、不安を胸に秋葉原の街へと一歩一歩、重い足取りで歩き出した。

 

「ことりちゃんが働いてるお店なら安くなるかな?」

「え~、ならないよ~!」

「あはは、さすがに悪いよね」

「絵里、どうしたの?」

「う~ん、なんか感じるのよね……」

 

「……はい、撮りますよー」

 メイドと並んだエレン先生に告げて、携帯の撮影ボタンを押す。メイドと金髪美人教師の豪華な組み合わせは、かなり豪華な組み合わせに思える。こんな眼福を味わえるのなら、まあ悪くない休日かもしれない。そして今度はガソガルとかいうキャラクターのコスプレをした綺麗なお姉さんとの写真を撮影した。

 

「かなり撮りましたね……」

「アハハ……Sorry……」

 気がつけば1時間近く経っており、エレン先生の携帯のギャラリーには、沢山のコスプレ少女とのツーショットが並んでいた。

「疲れたデショウ?あのお店に入りマショウ!オゴルワヨ!」

 

「あ!そういえばあのお店、最近新作のパフェができたんだって!」

「じゃ、じゃあ、行ってみましょうか……何かしら。この胸騒ぎは……」

 





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BEAUTIFUL DREAMER ♯4


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 店内はそれほど混み合っておらず、すぐに座る事ができた。しかし、軽く食事をして終わりかと思ったら、そうではなく、エレン先生がデザートまで注文し始め、奢りという言葉に釣られ、俺も頼んでしまった。

 ……この選択が後の修羅場を生む事になるとは知らずに……

「ヒキガヤ君のケーキ、一口チョウダイ」

「……どうぞ」

 エレン先生に向けてケーキを皿ごと差し出すと、フォークで少しだけ削り取っていった。そのまま美味しそうに頬張る姿を眺め、それに倣い、自分もケーキを頬張る。……か、間接キスとか意識してないんだからね!

「ドウカシタ?顔赤いワヨ」

「な、何でもないれす」

「フフ。その顔、キュートね」

「……は、はあ」

 噛んだりしながら、しどろもどろになる俺に、エレン先生は優しく微笑み、自分のチョコレートパフェをスプーンで掬う。

 そして、それをこちらに差し出してきた。

「はい、ア~ン」

「え、あ、いや、さすがにそれは……」

「こういうのは日本語でゴホウビって言うんでショウ?」

 その笑顔からはあまりからかいの色は見られず、純粋に俺を労ってくれているようだ。これを断るのは流石に失礼な気がする。いや、失礼だ!失礼に違いない!べ、別に変な意味とかねーし?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 意を決した俺が口を開いたその時……

「は、八……幡……君……」

「は、はい?」

 そこには驚愕の表情を浮かべた絵里さんがいた。

「あれ~比企谷君やん?」

 その後ろには東條さんを始めとしたμ'sメンバーがいる。何という偶然。つーか、東條さんのニヤニヤ顔が怖い。だっていいネタ見つけたって顔してるんだもん。

「あ、あんた……!」

 矢澤さんの表情は険しい。……まあ、この光景を見られたらこうなるのも無理はないか。

「絵里ちゃん、知り合いなの?」

 サイドポニーの女子……高坂さんだったか……が、絵里さんに尋ねた。

 すると絵里さんは踵を返し、すたすたと店を出た。

「ありがとうございましたー」

 ウエイトレスさんの挨拶が聞こえ、数秒後にまた入ってきた。

「いらっしゃいませー」

 再び俺の前に立ち、その顔を驚愕に歪める。

「は、八……幡……君……」

 また踵を返し、店を出た。

「……ありがとうございましたー」

 ウエイトレスさんが不審そうな目で見送り、μ'sメンバーは顔を見合わせ、エレン先生は小首を傾げる。

 数秒後、またまた入ってきた。

「い、いらっしゃいませー……」

 ウエイトレスさんはかなり対応に困っている。

 そして、俺の前に立ち……

「は、八……幡……君……」

 そして、また……

「エ、エリチ!落ち着こ!な!?」

「ど、どうしちゃったの!?絵里ちゃん!」

「ダ、ダレカタスケテェ……」

「こ、壊れたにゃ……」

 俺はこの状態をどう説明したものかと考えながら、内心の焦りのようなものを撫でつけるように抑えた。

  





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BEAUTIFUL DREAMER ♯5

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「八幡君」

「……はい」

 隣に座った絵里さんからどす黒いオーラをバシバシ浴びせられながら、何とか返事をする。や、やべえ……怖い。怖すぎる。

 体感温度はやたらに低く、何故か外の景色が非常に恋しい。金髪美女二人と相席できる幸福などを噛み締める余裕もなかった。恐らく傍目から見たら修羅場なのだろう。ウエイトレスさんの視線が冷たい。

 さらに、背後からμ'sメンバーの視線を感じるのは気のせいじゃないだろう。

「ねえ、絵里ちゃんの恋人かな?修羅場かな!?」

「だとしたら、あの方は浮気を……な、なんてハレンチな!」

「ふ、二人共、落ち着いて……」

「にこちゃんと希は知ってたの?」

「さあ、どうやろね~」

「ぐっ……」

「うーん、怪しいにゃ~」

「り、凛ちゃん!ダメだよ、そんな事言っちゃ」

 皆さん、そういう話は本人の聞こえない所でやってね。うっかりダメージ喰らう時があるから気をつけようね。

 とりあえず最初から説明しようと、口を開きかけると、先にエレン先生が絵里さんに話しかけた。

「もしかしてヒキガヤ君の彼女?」

「いいえ、私は八幡の妻です!」

 楽しそうな感じで聞くエレン先生に、絵里さんはキッパリと返した。ここまでくれば、ある種の尊敬の念を覚える。納得はしないけど。

「妻…………エエェーーーー!?」

「いや、違いますから。素で驚かないでください」

 この際、さり気なく呼び捨てになっちゃってるのはスルーしよう。どうせ年上だし。

「ア、アナタ達は高校生デショウ?」

「それはそれ、これはこれです!!」

「ほ、本当ナノ?」

「証拠を見せます!」

 そう高らかに宣言すると、俺の顔を強引に引き寄せ、火照った唇を重ねてきた。

「……!?」

「……んん……んく」

「Oh!」

「えぇ~!!?」

「え、絵里、何をしているのですか!?」

「わぁ~……」

「絵里ちゃん!?」

「キ、キスしてるにゃ!!」

「ちょっ……イミワカンナイ!!」

「はぁ、何やってんのよ」

「あらら、どうしようか?」

 せめて東條さんだけでも助けてくれと思いながらも、体の力が抜け、どうしようもない。手を握ってくる強さの分、責められているような気がした。

 座席に押し倒され、むせ返るような甘い香りに包まれながら、何とか意識を保とうと必死になった。

 視界の端でウエイトレスさんが顔を赤くしているのが見えたが、今はどうでもよかった。

 

「えぇ!?浮気じゃない!?」

「エエ、本当よ。私が頼んで案内してもらったノヨ」

「言ってくれればよかったのに……」

 ジト目で見られる。

「聞いてくれればよかったのに……」

 ジト目で返す。

「うぐっ……ごめんなさい」

「いえ、その……俺も……言わなかったから……」

「いいえ、その……いつも、ごめんなさい。みっともない所ばかり見せて……」

「それ嫌味ですか?そんだけハイスペックでみっともないなら、俺とかどうなるんですかね?」

「それもそうね……」

「いや、そこは納得するんですか」

「そうよ、そんな少しダメ人間で、とても優しいあなたが好きなんだから」

「……本当にダメ人間になったらどうするんだっての」

「何か言った?」

「いえ、別に……」

「それよりどうしよう……もう8回目じゃない。こうなったら寝ている時に……」

「聞こえてますから……」

「絵里」

 突然会話に割り込むように、黒髪ロングの……園田さんだったか……が会話に割り込んできた。表情こそ笑顔だが、目が笑っていない。

「話……聞かせてくれますよね?」




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ピーク果てしなく ソウル限りなく

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 それでは今回もよろしくお願いします。


「さて……説明してもらいましょうか」

「う、海未。どうしたの?もしかして……怒ってるの?」

「当たり前です!何を考えているのですか!私達は仮にもスクールアイドルなのですよ!公衆の面前で、キ、キ、キスなど!誰かに見られたらどうするのですか!貴方だけはまともだと思っていたのに……」

 園田さんは耳まで真っ赤にしながら絵里さんを叱りつける。そういや学校では猫を何匹もかぶっているんだっけか。喫茶店で音ノ木坂の生徒から話しかけられていたが、別人が降臨していた。ガヴちゃんも真っ青の変わり様だった。

 園田さんのあまりの剣幕に、絵里さんはしゅんとして頭を下げる。

「ごめんなさい……」

「…………」

 素直に謝る絵里さんに、園田さんは何を言おうか迷っているようだ。

 まあ、あれだ。今回に関しては俺も当事者だ。何も言わずにいるのも居心地が悪い。

「あー、その……」

「何でしょうか?」

 ギロリと向けられた鋭い視線に体の芯から縮み上がりそうだ。怖っ!こいつ本当にアイドルかよ!防御力下がったじゃねーか!

「いや、その……今回は俺も悪かった。普段からこんな事をやってるわけじゃ……」

 言っている内に、これまでの事が思い出される。

 これまでの数回は、今日よりダントツでヤバイ奴ばかりじゃん……校門前とか観覧車とか。

 自然と口が回らなくなる。

「な……い……」

「どうしたのですか?もっとハキハキと喋りなさい」

 すると、絵里さんが割って入ってきた。

「海未は私達のお付き合いに……反対?」

「……私は交際に反対しているわけではありません。しかし、高校生である以上は節度ある交際を心がけて欲しいのです」

 確かにその通りだ。反論の余地など全くない。むしろ俺もその方が……いや、正式な付き合いではないけど。

 絵里さんはいきなり立ち上がり、はっきりとした声で告げた。

「わかったわ!彼から外で求められても、ちゃんと断るから!」

 おい。後で覚えてろよ。

「……わかりました」

 いいのかよ。こっちはいいけど。

 意外とあっさり全てが丸く納まろうとしたその時。

 高坂さんがいらぬ一言を呟いた。

「海未ちゃん……もしかして羨ましいの?」

「はぁ!?」

 驚愕に顔を歪める園田さんを余所に、今度はエレン先生が口を開く。

「ねえ、比企谷君。これが日本で言うシュラバ?彼女もアナタの事がスキナノ?」

「はあぁ!?」

 止めて!二人共黙って!園田さん凄い怖い顔してるから!ほら、右手で幻想どころか現実までぶっ壊しちゃいそうだから!

「二人共、な、何をバカな……ふざけた事を言わないでください!」

「そうだよ!海未ちゃんは公園で抱き合ってるカップルを見たら、恥ずかしがって目を背けちゃうくらいピュアなんだから!」

「こ、ことりまで!」

「そういえばコンビニのエッチな本のコーナーの前は絶対に行かんよね」

「作詞でも恋愛系の歌詞は書いていないわね」

「た、確かに!μ'sにはアイドルの王道であるラブソングがありません!」

「あ、え、そ、そんな事は……うぅ」

 止めたげて!園田さんのHPはゼロだから!

「仕方ないじゃない。海未にはまだ恋愛経験がないから」

「なさそうだにゃ~」

 ……な、何なんだ。皆薮蛇すぎんだろ。それどころか藪鬼だぞこれ。

「…………」

 園田さんが俯き、何も言わなくなった。それと同時に辺りが静まり返り、張り詰めたような緊張感で息苦しくなる。

 やがて彼女はゆらりと立ち上がり、その顔を上げた。

「貴方達……覚悟はいいですね」

 その後の事は思い出したくもない。

 




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ピーク果てしなく ソウル限りなく ♯2


 このすば……三期来ないかなぁ……。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「むぅ……」

 どうしましょう……。

 勢いに任せて8回目のキスをしてしまったわ。しかも誤解だったなんて……ああ、悔しい!悔しいわ!

「絵里……どうかしたのですか?」

「な、何よ!そう簡単にキスなんてしないわよ!」

「だから何の話ですか!?」

 あら、いけない。海未だったわ。

「まったく……休憩中だからといって、気を抜きすぎです」

「エリチは恋に突っ走る乙女やからね」

「そういえば絵里ちゃんと比企谷君って、どっちから告白したの?」

「もちろん彼よ!」

 あ、口が勝手に動いちゃった♪

「ど、どんな感じだったんですか?」

「しょ、初対面でいきなり唇を奪われたわね……」

「え~~!!すごいにゃ~~!!」

「ハ、ハレンチです!そのような事をいきなり……!」

「い、意外だね……そんな人には見えなかったけどなぁ」

「あ、甘いわよ、皆。男はオオカミなのよ。気をつけなさい。SOSなんて出すヒマはないんだから」

「「…………」」

 希とにこの視線が冷たい。ど、どうしましょう。

 

「体育祭?」

「うん、そうなんだよ。最後だから盛り上げたくて」

 奉仕部には生徒会長・城廻めぐり先輩が来ていた。

 どうやら最後の体育祭を盛り上げたいらしい。

「では、私達はひとまず会議に参加して、競技の案を出せばいいわけですね」

「うん、お願い!あ、比企谷君」

 城廻先輩は俺の方へ身を乗り出してきた。くりくりとした目がいきなり間近にきて、思わず仰け反る。

「エッチなのはダメだよ?約束だからね」

「は、はあ……」

「城廻先輩。それは難しいかと。猫だって日本語を話せないのですから。比企谷君が卑猥な言動を止めるのは期待するだけ無駄です」

 そんなとんでもない事を言う雪ノ下に、由比ヶ浜もうんうんと頷く。おい。

「いや、しないから。した事ないから」

「「「…………」」」

 体育祭の成功の前に、俺の信頼を取り戻すのが先のようだ。

 

「ねえ、絵里ちゃんと比企谷君に色々と質問して、今度の新曲の参考にしようよ!」

「確かにいいかもしれませんね。絵里のお慕いする方なら信用できますし」

「絵里ちゃんのどこに惚れたか聞くにゃ~」

 やばいやばいやばいやばい!やばいわ!穂乃果ったら、何て事言うの?

「そ、そんなの彼に聞くまでもないわよ!」

「じゃあ、どこなの?」

「全部よ!」

『…………』

「な、何よ……」

 どうやって誤魔化そうかしら。ていうか、何故いらない見栄を張ったのかしら。いえ、違うわ、絵里!嘘は本当にしてしまえばいいのよ!

「「…………」」

 私は希とにこの冷たい視線を無視して、改めて覚悟を決めた。

 

 





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ピーク果てしなく ソウル限りなく ♯3


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「八幡君……いえ、八幡」

「何ですか?絢瀬さん」

「な、何で名字呼びに戻るのよ!」

「いえ、俺の危機感知センサーが反応したもので」

「な、何でよ!ちょっとお願いがあるだけよ!」

「はあ……」

「今度μ'sの皆の前で、熱いキスを交わした後、『さすがは俺の惚れた女、絵里。今日も世界一綺麗だ』って言って欲しいのよ!」

「……お休みなさい」

「ま、待って!色々と大変なのよ!」

「まあ、大変な状況なのも変態な本性も何となくわかりました」

「へ、変態!?」

「いや、大声でリピートしないでください……」

「失礼ね!私は至ってノーマルよ!」

「性癖で話を広げなくていいから。つーか、しばらくは無理ですよ。体育祭の実行委員会の手伝いがありますから」

「へえ、八幡君って意外とお祭り男なのね」

「いや、違いますから。むしろ休みたい」

「じゃあ、μ'sの皆で応援に行くわ!」

「……マジで止めてください。想像したけど、後でまた厄介な事になりそうなんで……確かクラスにもファンとかいたんで」

「ち、ちなみに八幡君の学校では誰が一番人気なのかしら?」

「矢澤さんです」

「ち、ちなみに八幡君の学校では誰が一番人気なのかしら?」

「矢澤さんです」

「もう一度聞くわよ」

「矢澤さんです」

「…………」

「…………」

「八幡君の推しメンは誰かしら?」

「いきなり何ですか?」

「何というか、その……もちろん知ってるわよ?でもこういう形で聞くのもたまにはいいじゃない」

「……A-RISEの優木あんじゅ」

「八幡、正座」

「いや、電話越しに言われても……」

「まだ希の胸ならわかるわ……でも、よりにもよってA-RISEの胸!?認められないわ!」

「何で胸しか見てない前提なんですか。そんな胸好きアピールした事ないんですけど」

「この前、由比ヶ浜さんと会議を開いて、そういう結論に至ったのよ」

「仲良くなるのは素晴らしいですが、俺の性癖なんかで盛り上がるのは止めてくださいね……」

「有意義な時間だったわ……って、それよりどういう事よ!この浮気者!」

「そういや、だいぶ話が逸れましたね」

「誤魔化そうとしてるわね」

「た、頼みって、結局何だったんですか?さっきのは冗談ですよね」

「いいえ。さっきの通りよ。熱いのをお願いね。何ならハンコを持ってきてくれても構わないわ。体育祭はこっそり応援するから。チアガール姿で」

「……俺のガールフレンド(仮)がこんなに残念なわけがない」

「この素晴らしいガールフレンド(仮)に祝福を!の間違いでしょ?」

「…………」

 





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ピーク果てしなく ソウル限りなく ♯4

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 体育祭当日。

 体育祭は文化祭に比べれば、格段に負担が少なかった。力仕事は増えたが、文化祭の時のようにのべつまくなしに仕事を押しつけられていたあの状況よりは遥かにマシだ。自分から実行委員長に立候補した相模も、自分から進んで色々やっていた。ただ、相模が俺に仕事の指示を出しに来た時、取り巻きの女子が割って入り、結局そいつから指示を貰う事が何度もあった。……女子の連帯感の怖さを改めて知りました。

 まあ、何はともあれ、雲一つない青空の下、無事に本番を迎えられたのは運がいい。

 10月後半という事もあり、少し肌寒さを感じるが、動いている内に気にならなくなるだろう。

「比企谷君、おはよう!」

 太陽の眩しさに目を少し細めた城廻先輩が、朝からめぐりっしゅ成分を振りまきながら、にこやかに話しかけてきた。

「おはようございます」

「今日は頑張ろうね!」

「まあ、やれるだけやってみます」

「あはは、相変わらずだね!じゃあ、今日もよろしく!」

 活を入れるように背中をポンポン叩いて、テントの中へと入っていく。後は赤組が優勝するだけか。……難易度たけーな。向こうには葉山がいて、やたら士気が高い。

「葉山君頑張って~!」

「こっち向いて~!」

 学外からも応援かよ。しかもこっち向いてってアイドルかよ。黄色い声援に控え目に応える葉山は男から見ても好印象だ。

「女子から声援を受ける葉山君に嫉妬の混じった視線を向けるヒキタニ君……ぐふふふ」

 アレは無視しておこう。地表に露出した地雷ってのも珍しい。

「ヒキガヤ君頑張って~!」

 エレン先生の黄色い声援と共に、男子の憎悪がこちらに向き、やる気と不安が同時に湧いて、プラマイゼロになった。ゼロだよ!悔しいじゃん……。

「ヒキタニ、お前からエレン先生を取り戻す!」

「ぼっちの癖に……チッ……」

「由比ヶ浜と相模……目を付けてたのに!」

「戸塚戸塚戸塚戸塚……」

「私の材木座君まで……」

 呪詛のような言葉は、聞こえなかったふりをしておこう。絵里さんに鍛えられた俺のスルースキルはこの程度では動じない。早くもカオスになりかけている体育祭だが、とりあえず無事に終わればいい。

 

 

 始まってみれば、やはり赤組がやや劣勢だった。どうにか逆転の芽を摘まれないように、城廻先輩や由比ヶ浜が応援し、男子が気力を振り絞っているが、やる気だけで身体能力は上がらないのが、現実の残酷なところだ。しかし、それだけで決まる競技ばかりではない。

「続いては、借り物競走でーす!」

 反対を押し切りねじ込んだ競技。

 これなら徒競走に比べれば、運動神経の差を気にせずに済む……かもしれない。

 

「おい、比企谷の野郎にこのカード引かせてやろうぜ」

「ああ、いい気味だな」

「…………」

 

 こちらの意図が上手く働いたのか、赤組も割と善戦している。

「ヒッキー頑張れ!」

「頼んだわよ」

「……おう」

 由比ヶ浜と雪ノ下の声援を受け、スタート位置につく。スターターの平塚先生が頑張れよと言わんばかりに、ウインクをしてきた。こっちは少し気恥ずかしいので、軽く首肯するだけにしておく。

 程なくしてスタートし、自分のレーンの紙を取り、内容を確認する。

「は!?」

 カードに書かれていたのは……

『アニメキャラのコスプレをした金髪美人』

 こ、こんなの誰が書きやがった……。

 辺りを見回すと、白組のモブモブしい奴がニヤニヤこっちを見ていた。どうやら奴らの嫌がらせのようだ。

 だが今はそれどころではない。制限時間は5分。エレン先生にコスプレをお願いしても時間オーバーだし、何よりコスプレの衣装など持ち合わせていない。

 手詰まりかと頭にちらつき始めた時、応援席からざわめきが聞こえてきた。

「お、おい……」

「何だあれ?」

 皆の視線を辿ると、そこには騎士の格好をした金髪ポニーテールがいて、そいつはこっちに全力疾走で向かって来ている。

 お、おい……。

 女騎士は俺の前に立ち止まり、無駄に格好良く地面に剣を突き刺し、定番の台詞を高らかに告げた。

「問おう。貴方が私のマスターか!!!」

『…………』

 突然の出来事の連続にしんと会場が静まり返る。

 通りすぎた風がやけに冷たかった。

 ……うわぁ……マジかよ……絵里さん。

 なんでこの状況でドヤ顔できるんだよ。

 

 




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ピーク果てしなく ソウル限りなく ♯5


 セイレン……今日子可愛いですね!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「さあ、マスター!」

「え?……あ、ちょっ……!」

 セイバー……ではなく、絵里さんは俺の手を引き、思いきり駆けだした。てか、力強ぇ!足速ぇ!こちらはついていくのでやっとだ。正直照れくさい。

「セ・イ・バー!セ・イ・バー!」

 応援席も謎の美少女騎士の登場に盛り上がっている。いや、俺への応援はなしかよ。別にいいんだけどさ。

 そのままぶっちぎりの1位でゴールテープを切り、絵里さんは満面に笑みを浮かべた。

「ハラショー♪」

「……ハラショー」

 どちらからともなく拳を突き合わせる。

「いつからいたんですか?」

「もちろん朝からよ!」

「その恰好は?」

「……な、何かに使えるかな~って思ったのよ!」

「その……助かりました」

「たまたまよ。希が八幡君のカードに細工をしている男子を見つけたの」

「東條さんもいるんですか?」

「ほら、あそこ……」

 絢瀬さんが指差した方向に目を向ける。

「ほら、あんま無理したらあかんよ?」

「ひゃ、ひゃい!」

「ふふっ。頑張り屋さんなんだから」

「は、はい!あざっす!」

 救護班にそれは見事なエロドクターがいた。つーか、誰かツッコめよ。

 東條さんがミニスカートから伸びた脚をすらりと組み替え、大きく伸びをして胸を強調すると、男子達は途端に中腰になる。何ともわかりやすいごまかし方だ。

 さらに向こうでは、ヘッドスライディングをして、わざと擦り傷を作ろうとしている輩がいる。おい、体育教師。混じってんじゃねえよ。……教頭もいるだと?校長も羨ましそうに見てんなよ。

 女子達はそちらにゴミを見るような目を向けていた。葉山も苦笑いで、中腰の大和とヘッドスライディングをしている大岡を見ている。ちっ!葉山が中腰になるか、スライディングでもやって擦り傷作ろうとしていれば、笑えたのに。赤組の奴が多いから笑うに笑えない。

「さあ、それではセイバーさんのステージですっ!どうぞ!」

「は?」

「え?」

 放送席を見ると、城廻先輩がグッと親指を立てている。……あれか。絵里さんの登場を俺が考えたサプライズとか思っちゃってんのか。俺にとってもかなりのサプライズなんだが。

「絵里さん。城廻先輩には俺から言っときますんで……って、あれ?」

 絵里さんはいつの間にかお立ち台の上に立っていた。

「皆ー!楽しんでるー!?」

『イエーイ!!!!』

 何故かノリノリの絵里さんは、無駄に上手く、無駄に似たような声で、『only my railgun』を歌いきり、その場を去って行った。

 





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SPECIAL THANKS

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 かなりカオスだった体育祭は無事に終了した。

 結果は赤組の負け。最後の競技である棒倒しで、俺の反則が見つかってしまった。どうやら、俺がのびのびと競技を楽しむには棒倒しのルールは窮屈すぎるようだ。

 ちなみに絵里さん達はライブを終えた後、無駄に格好良く去って行った。

『八幡……貴方を……愛している』

 遠い夢を見ていた……訳ではないので、色々と後が面倒だった。

 まあ、色々とあって擦り傷を結構作ってしまったので、こうして保健室に絆創膏を貰いに来た。

 保健の先生はいなかったが、すぐに消毒液と絆創膏を見つけ、処置を終える。

 そこでふと思い至る。今日の盛り上がりの立役者である絵里さんに、電話をしておこう。もう、帰っているらしいが、見送りは出来そうもないので。

 ベッドに腰掛け、カーテンを閉め、絵里さんの番号を選択する。

 

「あ、絵里さん……」

『八幡、お疲れ様!』

「いや、それはこっちの台詞で……その、お疲れ様です」

 

「あ、比企谷君?さっき入って行くのが見えたんだけど……寝てるの?」

 

『私は楽しかったからいいわ。比企谷君も意外と頑張ってたわね。どこかで寝てるかと思ったわ』

「いや、寝ませんから。実行委員会ですから」

 

「そ、そう。真面目だね。体育祭終わったのに」

 

『ふふっ。何だかんだ真面目だもんね。本当にお疲れ様。そろそろ専業主夫の夢を見るのも終わりにして働く覚悟を決めたら?』

「いや、それはまだ始まったばかりですよ」

 

「何が!?ていうか何してるのかな?カーテンを閉め切って」

 

『そういえば走ってる時、顔真っ赤だったわね。今さら?』

「そこは察してくださいよ。こっちも年頃の男子なんですから」

 

「え!?な、ななな……いや、でもいきなり声をかけたのは私だもんね。ごめんね?で、でも、学校でそういう事しちゃダメだよ……うぅ、比企谷君が真面目か不真面目かわからなくなっちゃうよ」

 

『後で何か言われなかった?罰をおしつけられたりとか……』

「……何なら一緒にどうですか?」

 

「しないよ!もう、比企谷君のばか!それに君には恋人がいるんでしょ!?」

 

『ごめんね。埋め合わせは必ずするから!じゃ、じゃあ、この前私の裸を見たのをチャラにするわ』

「いや、それとこれとは話が別ですから」

 

「べ、別って……ダメだよ!彼女さんが可哀想だよ!タダでさえ比企谷君は女の子だけじゃなくて、男の子にも節操ないって言われてるんだから」

 

『そうよね……じゃあ、何か考えておいて。それと……来週にハロウィン前のライブイベントと、私の誕生日が重なってるの……だから……』

「じゃあ、皆で盛大に祝いましょう」

 

「何言ってるの!?ひ、比企谷君!おかしな事言わないの!」

 

『珍しいわね。まさか八幡から……』

「まあ、その……仮ですが、恋人ですからね」

 

「こ、恋人!!?君と私が!?あわわ……」

 

「じゃあ、そろそろ戻ります」

『ええ、今日は楽しかったわ』

「そりゃ、よかった」

 

 カーテンを開くと、目の前にいきなり城廻先輩が現れた!こちらは駆け出そうとしていたので、勢いよくぶつかり、そのまま押し倒してしまう。あれー?To LOVEるの予感がしますよ?

「す、すいません……」

「比企谷君……」

 そのままの態勢で見つめ合っていると、ガヤガヤと話し声が聞こえてきた。

「いやー、棒倒し疲れたわー。材木座君、意外と力強かったわー」

「ほんとそれ。思いきりぶっ飛ばされたわ」

 廊下から聞こえてくる話し声はどんどん近くなり、予定調和のように扉がガラッと開く。

「……ヒ、ヒキタニ君。ちーす……」

「おう……」

「比企谷君……わ、私……」

 戸部やその他の連中は静かにドアを閉めた。

 翌日、また新たな噂が飛び交ったのは言うまでもない。

 

 

 

 




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SPECIAL THANKS ♯2


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「お兄ちゃん、早く早く!」

「おう」

 人が溢れ行き交う秋葉原の街を、誰にもぶつからないようにしながら歩く。時折ポケットの中に入っている、絵里さんへのプレゼントを気にしながら。最近の朝は風も冷たく、冬はすぐそこまで近づいていた。

「わあ、やっぱりコスプレ凄いね!さすが秋葉原!」

「ハロウィンっぽさはあまりないけどな」

 周りにはアニメキャラが溢れて、二次元に迷い込んだ気分だ……とはならないが、かなり賑やかだ。視界の端に、材木座らしき中二病の戦国武将がいるが、見なかった事にしておいた。

 待ち合わせしていた建物の前まで行くと、いきなり変な奴から声をかけられた。

「八幡!小町ちゃん!」

「こんにち……は?え、絵里さん?」

「あ、絵里さん……何のコスプレですか?」

「いえ、これは変装よ」

 サングラスとマスクでその派手な美貌を隠した絵里さんは、コスプレではなかったら、ただの不審者にしか見えない。今日は残念可愛いエリーチカさんである。

「さ、こっちへ来て!」

「「…………」」

 俺達の視線など気にもせずに歩き出す絵里さんの後について、とりあえず目的地へと急ぐ。全速前進ヨーソロー!と行きたいところだが、スピードは変わらなかった。

 

「俺が控え室とか入って大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。あまり他の女の子を見なければ」

「でもちょっと心配だね。最近、お兄ちゃんの女性関係がだらしないから」

「いや、何もしてねーから。一応、仮恋人がいる身なんでな」

「「…………」」

「……何だよ」

「ふふっ。まあ、いいわ」

 絵里さんがノックをして「皆、入るわよ」とドアを開けると、そこにはμ'sのメンバーがいた。

 美少女達の視線が一気にこちらを向いたので、萎縮していると、絵里さんが紹介の為に間に立った。

「八幡、小町ちゃん。もう知ってるとは思うけど、μ'sの皆よ」

「……どうも」

「初めまして!わあ、映像で見るより可愛いですね!」

「え、そ、そんな事……」

「あ~!花陽ちゃんに凛ちゃんだ!可愛い~!」

 小町はそのコミュ力を以て、早くもμ'sメンバーと打ち解けていた。

「絵里ちゃん!その人が?」

「紹介します。彼が私の比企谷八幡君です」

「関係とかじゃくて、いきなり所有権の主張ですか」

「あ、ごめん!私の旦那の比企谷八幡君です」

「だ、旦那?」

「夫の比企谷八幡君です」

「さっきと変わっていませんよ」

「フィアンセの比企谷八幡君です」

「フィアンセって紹介する人、初めて見たよ」

「恋人の比企谷八幡君です」

「あの……」

「…………」

 絵里さんが『何も言うな』という視線を送ってきたので、黙っておく事にする。

「ねえ、比企谷君!」

「は、はい……」

「絵里ちゃんのどこに惚れて告白したの?」

「え?」

 高坂さんの問いに、絵里さんが「忘れてた!」と呟いた。

「だって比企谷君から告白したんでしょ?すごいなぁ。あのクールな絵里ちゃんを」

 クールな絵里ちゃん?ああ、学校ではそうなのか。いや、それより……

「あの……告白って」

「さ、さあ、皆!円陣!気合い入れるチカ!」

 絵里さんは動揺しているのか、語尾がおかしくなっている。そういやこの前、変な要求をされたな。まあ、この状況からして、嘘をついて引っ込みがつかなくなったとかだろう。

『…………』

 皆のしらーっとした目が絵里さんに集中する。

「え、円陣するチカ!」

『…………』

 突き刺さりまくりの冷たい視線に、最初は身を捩るだけの絵里さんだったが、やがて数秒間瞑目し、かっと目を見開いた。

「あぁ、もう!わかったわよ!」

 そして、顔真っ赤・涙目のコンボを決めながら、叩きつけるように喋りだした。

「そうよ!私が八幡を好きになったのよ!一目惚れよ!あまりに素敵な、可愛い目をしてたからよ!そんでキスしちゃったのよ!ショッピングモールのど真ん中とか、八幡の高校の校門前とか、観覧車とか、ファミレスとか、色んな場所でディープな奴かましたわよ!全部私からよ!だって好きだもん!大好きだもん!デートしていく内に優しくって、楽しくって……たまに頼りになって……手を繋いだら温かくて……とにかく!……私は……比企谷八幡が大好きだーーーーー!!!」

 その叫びは耳を通り、鼓膜を揺さぶり、脳を奮わせ、心の奥深くに突き刺さった。

 何度も何度も聞いたはずなのに、今までに無い響きを聞いた気がした。





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SPECIAL THANKS ♯3


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 ハロウィンライブは想像を超える熱狂ぶりだった。μ'sは贔屓目なしに見ても、トップクラスの盛り上がりを見せたように思う。俺みたいなのでも、つい手拍子をしてしまった。

「お兄ちゃん、まだ顔真っ赤だね」

「ほ、ほっとけ」

 まだ先程の絵里さんの言葉が頭の中で反響したままだ。どうしてなのかはわからない。いや、わかってはいるんだ。ただ、俺が目を逸らしてきただけだ。

「お兄ちゃん」

 小町がそっと手を握ってくる。

「お兄ちゃんはね、いつもだらしなくて、目つきと性格が悪くて、捻くれてて……」

「いきなり何だよ……」

 お兄ちゃん、傷つくんだけど。

「でも、たまにすっごく優しい世界一のお兄ちゃんだよ」

「…………」

「だからさ。自信持って」

「……ありがとな」

「何々?もう一回言って?」

「言わねーよ」

 小町から目をそらし、辺りを見渡すと、祭りの盛り上がりは最高潮に達していた。うわぁ、あの4人組のコスプレのクオリティ高ぇ。まるで異世界から来たみたいだ。

「カ、カズマ!見ろ!まるでお前みたいにいやらしい視線をした、むくつけき男達が変な機械を向けてくるぞ!こ、この辱め……たまらん!!」

「バカヤロー!少しはこの状況に疑問を持て!何さっそく発情してんだ!このド変態!」

「カズマ、カズマ!向こうに見えるやたら高い塔は何ですか!?魔王の城ですか!?爆裂魔法で木っ端微塵にしていいですか!?」

「おい、止めろ!この世界に魔王なんていないから!つーか、この世界で爆裂魔法は使用禁止な」

「カズマー。ここ秋葉原でしょ?すた丼食べに行きましょうよ!」

「んな事言ってる場合か!金持ってねえだろ!くっ……悪そうな金持ち見つけてスティールするしか……」

「カ、カズマさん……いきなり泥棒を働くのはちょっと……」

 何だアレ……コントか?

 

 控え室の近くで待っていると、絵里さんが駆け寄ってきた。

「……お疲れ様です」

「八幡、見ててくれてありがとう。どうだった?」

「あー、やっぱり……すごいっすね」

「そ、そう?」

「普段の絵里さんに見せてやりたいですね」

「あれー?褒められてるのか、馬鹿にされてるのか、分からなくなってきたわね」

 そう言いながら、じりじりとにじり寄ってくる。

「え?ち、ちょっと待ってください。さすがにここは……」

「誰も来ないチカ。観念するチカ」

 絵里さんは狩りをする獣のように、鋭い動きで間合いを詰め、唇を重ねてきた。

 甘い香りと感触が混ざり合い、周りの音がシャットダウンされる。

 回を重ねる毎に、心の震えは大きくなり、抗いがたい欲求が、その爪を研ぎ澄ましていた。

「…………ん」

「…………」

 そして、いつもなら離れていくその瞬間……

「は、八幡?」

 思いがけない力で絵里さんの手を強く握っていた。

「絵里さん……その……」

「うん……」

 絵里さんは柔らかく微笑んで、俺の言葉を待ってくれていた。その青い瞳を見つめ、さっきの小町の言葉を思い出し、なけなしの勇気を振り絞る。

 自分でも何を言えばいいか分からないまま口を開きかけたその時……

「きゃっ!」

「うおっ!」

 誰かがぶつかってきた。

 突然すぎて、対応できなかった。絵里さんが誰も来ないように細工をしたみたいなので、安心しきっていた。

「ごめ~ん。大丈夫?」

「…………」

 うっすら目を開くと、そこにはA-RISEの優木あんじゅがいた。

 さらに、俺の手の平には、優木あんじゅの豊満な胸が乗っかっていた。後頭部の痛みよりもそちらの柔らかさに気を取られていた。

 それは2、3秒で離れていった。べ、別に名残惜しいだなんて思ってないんだからね!

「ごめんね?でも君もいい思いしたからおあいこね」

 そう言いながら、デコピンをしてくる。

「え、あ、はい……す、すいません」

「それじゃ、バイバイ」

 優木あんじゅはひらひらと手を振りながら、足早に去って行った。その優雅な立ち振る舞いに、こちらも自然と手を振り替えしてしまう。まじか。俺の身にあんなギャルゲーみたいなラッキースケベが……。

「ふ~ん、嬉しそうじゃない」

 その声にはっとして向き直る。やべえ、つい……。

 目の前にはプルプル震える絵里さんがいた。

「いえ、今のは事故で……」

「チカーーーーーーーーーー!!!!!」

 絵里さんから怒りのエクスプロージョンを喰らう羽目になった。





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SPECIAL THANKS ♯4


 最終回が少しずつ見えてきました。

 それでは今回もよろしくお願いします。


「…………」

「…………」

 絵里さんの方をチラ見する。

 すると、こちらを見ていたらしい絵里さんは…べっと小さく舌を出し、そっぽを向いた。かと思えば、チラチラと横目でこちらを窺ってくる。頬はほんのりと紅いままだ。

「ねえ、あの2人どうしたの?」

「見てるこっちが恥ずかしいにゃ~」

「ふふっ。まあ、仲良さそうやからいいんよ。そっとしておこう?」

「あはは……ですよね」

「むぅ~、もう付き合っちゃえばいいのに」

「ほ、穂乃果!いきなり何を言い出すのですか!」

「はあ……あとちょっとだと思うんだけどなあ」

 色々と言われているが、あまり気にしないでおこう。それよか今は絵里さんだ。

 別に険悪な空気はない。

 ただ、お互い気恥ずかしいのだ。

 今までの関係性が変わろうとしているその事実に、今さらながら戸惑ってしまっている二人がそこにいた。

「絵里さん」

 彼女だけにしか聞こえないように小さく呼びかける。あまり引き延ばしたら、言葉がどこかに逃げてしまいそうな気がした。

「な、何?」

「その……俺、今度修学旅行で京都に行くんですよ」

「うん……」

「帰ったら……お土産渡しに行きます」

「……楽しみにしてるわね」

「その……それと……言いたい事があります」

「……ついでなの?」

 不満そうに頬を膨らます。

「いや、そういう訳じゃなくて!」

「ふふっ、冗談よ。ちゃんと聞かせてね。……あなたの本当の気持ち」

 どこか満足そうに微笑んだ絵里さんはほんの一瞬だけ、手をきゅっと握り、メンバーの輪の中へと戻った。

 握られた手には、微かな温もりとひんやりした感触の二つが、何の矛盾もなく残っていて、心を何度も揺さぶっていた。もう一度、その手に触れたい衝動に駆られながら、ポケットに手を突っ込み、その気持ちを宥めた。

「…………」

「!」

 そんな俺の様子を絵里さんがこっそり見ている事に気づき、つい焦って、あらぬ方向を向き、平静を装う。

 や、やべえ。今さらになって、絵里さんを意識しすぎている。つーか、さっきまでの俺はどこへ行った?

「うんうん。青春やね、少年」

 いつの間にか近くにいた東條さんがうんうんと頷いていた。

「うおっ、びっくりしたぁ……い、いきなり何ですか?」

「いや、比企谷君がエリチみたいな顔しとったから、ついからかいたくなっただけやよ」

「全然似てないっすけどね」

「似とるよ。もう、お互いにメロメロやね」

「メロメロって……」

 東條さんはそっと俺の腕をとる。豊満すぎる胸が押しつけられ、体がびくっと反応した。な、何だよ、この感触……。

 東條さんは悪戯っぽい笑みで絵里さんの方を指差す。

「それにほら、あんないい顔しとるやろ?」

「え?」

 絵里さんはこちらを涙目で睨みつけていた。

「ふんっ!」

 また絵里さんの怒りを買ってしまったようだ……東條希~~~~~!!!

 





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SPECIAL THANKS ♯5


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 それでは今回もよろしくお願いします。


「八幡、八幡、八幡、八幡、八幡!」

「は、はい……」

 電話の向こうでやたら絵里さんがはしゃいでいる。

 11月に入り、絵里さんのテンションがやたらと高いです。マイナスの駅にも余裕で突っ込んで行きそうなくらいです。

 まあ、こんな感じで、先月のテンションのまま、お互いに11月に突入した。ハロウィン以来会えてはいないが、どちらかが取り決めをするでもなく、毎晩電話をするようになった。

「明日から修学旅行ね!」

「は、はい」

「楽しんできてね。準備は大丈夫?」

「小町がしっかりとやってくれました」

「くっ、抜かったわ!事前に聞いておけば、私が愛妻弁当まで用意したのに……!」

「いや、遠慮しときます」

「そ、そうよね!結婚したらいくらでも……」

「もしもーし、絵里さん?」

「子供の名前は、二人の名前から取って里八とかどうかしら?スポーツは何を……」

 おい、ネーミングセンス何とかしろ。それと脳内でさっそく親バカになろうとするな。なんかこの人、通常攻撃が全体攻撃で、2回攻撃できるお母さんになりそう。

 心のどこかで、話を終えるのが惜しいと思ってしまい、翌日は修学旅行だが、深夜2時までこの話を聞かされる羽目になった。

 窓の外に目をやると、三日月が鋭くとんがって、いつもより明るく見えた。

 

 京都に着いてからは、穏やかに時間は過ぎて行った……と言いたいところだが。

「とべっちと姫菜、いい感じだね」

「ああ、そうだな」

 修学旅行の間、奉仕部に依頼が舞い込んだ。それは、戸部の告白のサポートだ。正直、成功率は低いと思う。それに加えて、海老名さんからその告白を阻止するように頼まれた。こちらははっきりとした依頼があった訳ではなく、それとなく暗示するような言い方だった。この依頼も難しいといえば難しい。戸部のあの勢いと、葉山のあの表情から察するに、告白を思いとどまる事はないだろう。……しばらくは戸部のサポートに徹して、様子を見る事にしよう。

 碑文を読んでいると、由比ヶ浜が話しかけてきた。

「そういえばさ、ヒッキー」

「どした?」

「最近、絵里さんとはどう?」

「まあ、ぼちぼち……」

「答える気ゼロだっ!まあ、いいんだけどね。割と想像つくし……」

「え、まじで?ど、どんなイメージが……」

「んーとね、ヒッキーが押し倒されてるイメージ」

「そろそろ行くか」

「あ、逃げた!てゆーか図星なんだ!」

 全く否定できなかった。

 シリアスな空気は京都の街のどこかへ霧散して、しばらくは戻ってこなかった。

 

「エリチ……」

「何かしら、希」

「さすがに修学旅行にこっそりついて行くのはどうかと思うんやけど」

「何の事かしら?私は亜里沙を京都に連れて行きたいだけよ」

「お姉ちゃん……私を言い訳に使うなんて。自分が八幡さんと会いたいだけでしょ?」

「え?八幡は今京都にいるの?知らなかったわ」

「「白々しい!」」

「まったく、しょうがないわね~。せいぜい上手くやんなさいよ」

「あら、にこ。いたの?」

「いたわよ!てゆーか、アンタ達が誘ってきたんじゃない!」

「ほら、にこ。富士山よ」

「わぁ~、本当だ♪って誤魔化し方雑すぎない!?ったく、学校のアンタと本当にテンションが違うわね」

 

 学校

『絢瀬先輩!おはようございます!』

『おはよう。ほら、前見ないと転ぶわよ?』

 

『あ、絢瀬さん。ここの問題教えてくれない?』

『いいわよ。あ、この問題はね……』

 

『生徒会長、こんにちは!』

『こんにちは』

『わぁ、相変わらず美人でクールだね!』

『ふふっ。ありがとう』

 

 プライベート・八幡関連

『観念するチカ。目を閉じるチカ』

 

『痛い!痛いわ!タンスの角に小指ぶつけたの!』

 

『問おう!貴方が私のマスターか!……決まったわね』

 

「「「…………」」」

「何よ?」

 

 そして修学旅行はさらに騒がしくなるのです。

 

 

 





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逢いたい気持ち

「さあ、京都に着いたわ!」

「お姉ちゃん、落ち着いて」

「はい」

 

 つい大きな声を出してしまい、亜里沙から窘められる。おっといけないわ。いつものかしこい、かわいいエリーチカのキャラが崩壊する所だったわ。

 

「もう既に崩壊してる件について」

「希、心を読まないで」

 

 駅は多くの人では混み合っていて、ひっきりなしに人が出入りしていた。さすがは日本最大の観光都市といったところだ。やっぱり伏見稲荷大社と清水寺は行っておきたいわね。それと龍安寺あたりも……。

 あれこれ考えていると、こちらに対する視線を感じる。

 目をやると、同い年くらいの女子達がいた。楽器のケースらしき物を持っている。部活帰りかしらね。

 

「わぁ~、綺麗な人ですね~」

「モデルさんかなぁ?なんか見た事あるような……」

「そうだねー(私も高校生の間にあのくらいは……)」

「久美子、どうかしたの?」

「いや、何でもないよ」

 

 モ、モデルなんて……もう、正直なんだから!

 つい嬉しくなって、ウインクしてみたら、ちょうど中間地点を人が通り、その人にウインクしてしまった。怪訝そうな目を向けられて気まずいわ。

 

「そういやエリチ。その黒くて細長い鞄は何なん?」

「これ?乙女の嗜みよ」

「な、何なのよ……」

「乙女の嗜みよ」

『怪しすぎる……』

 

 これは……その……秘密兵器です。

 

 *******

 

 いきなり体がぶるりと震える。あれ、おかしいな?今日はまだそこまで寒くないはずなのに。風邪もひいていないはずなんだが。

 

「どうかした?」

「いや、今なんか寒気が……」

「もしかしたら、あなたが泣かせてきた女性達の恨みかもしれないわね」

 

 雪ノ下が気遣いと罵倒の中間で話しかけてくるが、まず反論しておきたい事がある。

 

「人を女たらしみたいに言うんじゃねえよ」

「あら、違うのかしら?」

「一応、これでも品行方正を心がけてるんでな」

「……校門前」

「ぐっ……」

「それと屋上」

「ぐぐっ……」

「品行方正の言葉の意味を間違えてないかしら」

「……お前、そろそろ行かなくていいのか」

「そうね。そろそろ行くわ。じゃあ、また後で」

「ああ」

 

 雪ノ下は颯爽とした足取りで、自分のクラスの集団へと戻っていった。

 その背を眺めていると、視界に少し痛い行動をしている方が目に入る。

 

「ひ、平塚先生!もうそろそろ……」

「ま、まだだ!ペットボトル一杯に、この霊水を!」

 

 もう、誰かもらってやってくれよぉ……。

 

 *******

 

「エリチ、何でさっきから、そんなこそこそしとるん?」

「な、何となくよ!今出くわしても何も出来ないじゃない!」

「あ、比企谷君」

「ぴぎゃあっ!」

「あははっ、冗談やって」

「お姉ちゃん、驚きすぎ」

「はあ、まったく……何やってんだか。ほら、さっさと行くわよ」



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逢いたい気持ち ♯2


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「おい」

 一人で川辺に佇む葉山に声をかける。その哀愁漂う表情は京都の街に溶け込んでいて、こんな場所でも『みんなの葉山隼人』は健在だった。

 葉山はゆっくりこちらを振り向き、小さく微笑む。

「君はすごいな周りの評価なんかに左右されずに、周りを変えていく」

「…………」

 あれ、そんな大層な事したっけ?

「いや、さっぱり分からないんだけど」

「結衣はしっかりと自分を主張するようになった。相模さんも……変わったよ」

「おい、今相模の所、適当にごまかしただろ」

「…………」

 こいつ、クールにスルーしやがった!

「君には頼みたくなかったんだが……」

 葉山が悔しそうな表情で目を伏せる。その目は俺より向こう……遠い過去を見ているようだった。頭の中に一瞬だけ雪ノ下がちらついたが、それを口に出す事はしなかった。俺は京都の街を焦がす落陽に目を向け、これから起こる事に思いを馳せながら、葉山に背を向けた。

「お互い様だよ、馬鹿野郎……」

 

「は、八幡が……何をするのかしら」

「う~ん、今の会話だけやと、ようわからんね~」

「お姉ちゃん、あんまり怪しい行動はやめようよ」

「甘いわ亜里沙。そんな事だから未だに亜里沙編が始まらないのよ」

「言ってはいけない事を……」

「そんな事言ったらあかんよ……にこっち編なんて……」

「ア、アンタ達さっきから何を意味不明な事を言ってんのよ!」

「にこっち……ドンマイ」

「にこ……元気を出して」

「にこ先輩、元気出してください」

「何なのよ一体!」

 

 夜になり、約束の時間が訪れた。

 関係者一同は緊張の面持ちで、この場に臨んでいた。葉山グループの男子達も、さっきまでの無責任な囃し立てはなく、固唾をのんで見守っている。

 これはただの作戦だ。

 自分がこれからやろうとしている事に対し、必死に言い訳を捻り出している。一ヶ月前ならなんてこともなかったのかもしれない。しかし、今は……

「あ、姫菜来たよ!」

 由比ヶ浜の声に前を向くと、もう既に二人が向かい合っていた。それを見て、体が自然と動き出す。

 俺は奉仕部の二人と隠れていた場所から飛び出した。

「ヒッキー!」

「比企谷君?」

 全速力で駆け出し戸部に並ぶ。打ち合わせにない出来事に戸部は驚き、海老名さんは俺の意図に気づいたようだ。よし、何も考えるな。ただ、機械的に告白して終わるだけだ。

 絵里さんの顔が何度もちらつくが、心の奥底に仕舞い込んだ。

 そして、俺が二人の気を引いたその瞬間……突然、後頭部に衝撃がきた。

 





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逢いたい気持ち ♯3


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 数分前……。

「むう……比企谷君はどうやら告白を止めるつもりやね」

「…………」

「エ、エリチ。何を準備しとるん?……ラ、ライフル?」

「安心して。弾はコルクよ」

「いや、そういう問題やなくて。な、何故?」

「八幡の行動くらいお見通しよ」

「この場に亜里沙ちゃんがいなくてよかった……」

「見てなさい、八幡。……狙撃!」

 

 謎の衝撃に態勢を崩した俺は、二人を巻き込んで倒れた。

 戸部と海老名さんも何が起こったかわからない、というような顔をしていた。本当に何だ、今のは。

 さらに、口を開こうとした瞬間、どこかから自分の声が聞こえてくる。

『二人共。俺と付き合ってくれ』

 その言葉に、戸部は青ざめ、海老名さんは顔を赤くした。わあ、リトマス試験紙みたい!って何だよ、今のは!

「ヒ、ヒキタニ君!?俺そっちの趣味はねーし!」

「ヒキタニ君がとべっちと私に告白……道ならぬ複雑な三角関係……嫉妬する葉山君……ぶはぁっ!」

 興奮が最高潮に達した海老名さんの鼻血が竹藪に舞う。観光名所を汚すな。

『…………』

 海老名さんの気絶により、場に白けた空気が流れる。

 これは依頼達成という事でいいのだろうか?

 

 皆が気を取り直し、戸部が海老名さんを背負って宿まで帰る事になった。これはこれで、戸部大勝利ではなかろうか。

「すまない。君はこんなやり方しかできないと知っていたのに……」

 いや、俺も想定外の事が起こったんだが……つーか、お前これを想像してたの!?凄すぎだろ!

 葉山はゆっくりと歩き去って行った。相模の時といい、こいつは天然なのだろうか。

「ヒキタニ君、ぱねぇわ」

「ぱねぇな」

 大岡と大和もそれに続き、去って行った。

 俺も戻ろうとすると、目の前に奉仕部の二人が立ちはだかる。

「比企谷君」

 雪ノ下はにっこりと笑いながら言った。

「あなたが非常に性に対する好奇心が強いのは知ってるわ。でもね……あなたのやり方、嫌いだわ」

 由比ヶ浜は顔を真っ赤にしながら言った。

「ヒッキー、あたしよりとべっちが好きだったなんて……てか、あたしの前でとべっちと姫菜に同時告白するなんて……バカッ!……人の気持ち考えてよ!」

 二人はそれだけ言い残し、さっさとその場を後にした。あれ?……な、納得いかねえ。

 

「八幡、元気出して」

「絵里さん……」

 いきなり背後から聞き慣れた声がする。ああ、全ての疑問が一瞬にして解決した。つーか、何でライフル背負ってんだこのポンコツ可愛い生徒会長は。

 ひとまず絵里さんのほっぺを両側から引っ張る。自然とそうしていた。

「ふぁひ?ふぁひ?」

「いや、何となく……」

「いふぁい、いふぁい」

 絵里さんは俺の考えなどお見通しだったのだろうか。

 じゃあ、後で思いきり謝ろう。絵里さんが許してくれるまで。

 そう思いながら、しばらく頬の柔らかさを堪能した。

 

 





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逢いたい気持ち ♯4

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「それで、何であんな事やろうとしてたの?」

 京都の街の片隅で正座する俺。かなりシュールだ。

 先ほどのほっぺた攻撃から一転、俺は謝る態勢をとっていた。誰も通らないのが幸いである。

「いや、何と言いますか……止むに止まれぬ事情と言いますか……」

「…………」

「ごめんなさい」

「許すわ」

 頭を下げると、絵里さんは軽く溜息を吐き、俺の腕を引き上げて、しっかりと立たせた。青い宝石のような瞳は、僅かな灯りに照らされ、儚く輝いていた。

「……早くないですか?」

「まあ、八幡が決めた事だから……条件付きで許すわ」

「条件?」

「キスの件……あと10回に……」

「それはさすがに……てか、いつからこっちにいたんですか?」

「今日来たところよ。たまたま京都に来たら、八幡を見かけたの」

「え?今さらそこを偶然で押し通すんですか?」

「偶然チカ」

「そうですか」

「チカ」

 どうやら何を言っても無駄らしい。まあ、今に始まった事ではない。

「告白の時の声は?」

「声真似よ」

「は?」

「好きな人の声真似くらいできて当然でしょ?」

 そんなの聞いた事ねーよ。本当に無駄なハイスペックである。

「…………」

「…………」

 二人の間にこそばゆい沈黙が訪れる。時間が止まったんじゃないかと錯覚するくらいに物音一つ聞こえなかった。

「ねえ、まだ時間ある?少し歩かない?」

「…………」

 時間はそこそこやばいと思うが、今はどうでもよかった。

 俺は何も言わず、絵里さんの隣に並ぶ。

 今はそれが心地良かった。

 

「素敵な場所よね」

「……はい」

 人の流れに紛れ、改めて街のあちこちを見ていると、確かにそう思えてくる。

「私達は修学旅行で沖縄に行ったのよ」

「へえ」

「陽射しが強くてあなたの苦手そうな場所だけど」

「失礼な。観光地ぐらい見て回りますよ」

「ふふっ」

「今日は誰と来たんですか?」

「亜里沙と希とにこ」

「…………」

「今日の作戦は私の発案だけどね。このライフルも」

「え?まじで?俺、これで狙撃されたの?」

「安心して。コルクよ」

「いや、普通によろめいたんだけど」

「今度の決めゼリフは『狙い撃つぜ!』とかどうかしら?」

「……次があるんですか?」

「あなた次第よ」

「いや、怖い笑みを浮かべないでくださいよ」

「それよりお腹が空いたわね」

「話を逸らした……どっかで食べて行きますか」

「亜里沙達と合流してからにするわ。そっちはそろそろ時間でしょう?もう、行くわね」

「……送りますよ」

「いいわよ。待ち合わせはすぐそこだし」

 絵里さんは小さく微笑み、少し早歩きになる。俺は立ち止まり、ぼんやりと眺めていた。

 何故かその背中を黙って見送る事はできなかった。

 今、言わなければいけない気がした。

 そう思った俺は、その背中に自然と言葉をぶつけていた。

「……俺……絵里さんが……好きなんですけど」

 




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逢いたい気持ち ♯5

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「……………………え?」

 絵里さんが振り返り、ポカンとした表情を見せる。そして、その表情のまま距離を詰めてきた。

「今、何て言ったの?」

「……絵里さんの事が……好きなんですけど」

「もう一回言って」

「……絵里さんの事が……好きなんですけど」

「ん?何か言った?」

「今日はもう部屋に戻って眠りたいです」

「ごめんなさいごめんなさい!つい何度も聞きたくなったのよ!」

「そ、そうですか……」

「やっと……言ってくれた……」

 その目には涙が煌めいている。金色のポニーテールは冬の夜風にさらさらと揺れ、淡い香りを撒いていた。白く細い指は胸の前で組まれ、時折震えていた。

 落ち着かない気分のまま言葉を搾り出す。

「その……返事は?」

「もちろん、OKよ…………それに……」

 絵里さんは俺の首筋に手を回した。

「私をこんな気持ちにさせておいて、私以外の誰かのものになるなんて……」

 見慣れたはずの瞳は、いつもより蒼く、妖艶に輝いていた。

「……認められないわっ……」

 静かに唇が重なる。何もかもが今までと違い、優しく深い。温かな気持ちが流れ込んでくるみたいだ。

 このまま一つになってしまうんじゃないかという幻想がちらついて、現実と混ざり合う。

 やがて夢のような時間は途切れた。

 離れていくその瞬間が名残惜しい。

「あの~、お二人さん?」

「「!」」

 いつの間にか近くにいた東條さんと亜里沙と矢澤さんが、ニヤニヤしながら顔を赤らめていた。

「……いつからそこに」

「二人が修学旅行の話してた時やね」

 ほぼ最初からじゃねーか。気がつかなかった俺も大概だが。

「お姉ちゃん、おめでとう!」

 亜里沙は絵里さんに抱きついた。

「ありがとう、亜里沙。本当にありがとう」

「八幡さんも、不束な……ほんっとうに不束者の姉ですが、どうかよろしくお願いします!」

 俺に向き直った亜里沙は180度に頭を下げる。おい、髪が地面に着いてるぞ。

「あ、亜里沙?そこまでされると、お姉ちゃんかなりショックよ。落ち込むわよ」

 頬をひくつかせる絵里さんの肩に、矢澤さんがそっと手を置いた。

「まあ、よかったじゃないの。でも、アイドルとしての自覚も持っていてね……ぐす……おめでとう」

「にこっち、感動しすぎやろ……」

「ふん!目にゴミが入っただけよ!」

 そのやり取りを微笑ましく見ながら、時間がかなりやばい事に気がついた。

「じゃあ、俺はそろそろ……」

「ええ、またすぐに会えるものね」

「ええ……もちろん」

「それじゃあ……んっ!」

 突然、絵里さんが目を閉じ、ほんのり赤い唇を突き出す。

「はい?」

「ん!」

「あの……」

「ん~~!」

 俺はそこまで鈍感じゃない。

 今、絵里さんが何を求めているかはさすがにわかる。しかし……周りに人がいるんですが。チラチラとこっちを見ている観光客がいるんですが。

「比企谷君、女の子に恥をかかせたらいかんよ!」

「八幡さん、お願いします!」

「ああ、もう!男ならサクッといっちゃいなさいよ!」

「…………」

 さっきの絵里さんに倣い、唇を重ねる。正直かなり下手くそだと思うが、今はこの幸せに浸る事にした。

 やはり、自分からするのは初めてだからか、足がガクガクと震える。周りからは外国人観光客の囃し立てる声が聞こえてきた。

 ……こうして、俺と絢瀬絵里は恋人同士になった。




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ALL STANDARD IS YOU


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

 これまでの人生で、最大級のイベントが起こった修学旅行は、無事(?)に終わりを告げた。最終日は俺へのヒソヒソ話の絶えない一日だったが、大して気にはならなかった。どうも不思議な感覚に支配され、京都にいる事すらどうでもよかった。それぐらい非現実的な出来事が起こったのだ。

 しかし、時間が経つにつれ、実感が湧いてくる。

 あの絵里さんと恋人同士になったのか……。

 去年までクラスの片隅にて、誰かと交流を深める事もなかった俺が、どういうわけか、他校のスクールアイドルで元生徒会長のポンコツクォーター美少女と付き合っている。

 恋人の関係になった途端、これまでの事を思い出し、つい頬が緩む。かなり色んな事をした……されたな。

「…………」

 向こうの席にいる戸部と目が合った。

「ひいっ!」

 ……にやけるのは自重しよう。

 

「お兄ちゃん、おめでとう!!」

 玄関の扉を開けるなり、小町が抱きついてきた。珍しく、カマクラも出迎えてくれている。

「ど、どうかしたか?」

「またまたとぼけちゃって~。亜里沙ちゃんから聞いたよ!とうとう絵里さんと恋人同士になったんだよね!灰色の青春に光が差したんだよね。寂しいぼっち生活が終わったんだよね!」

「おい、そこまで……いや、その通りか」

「いやぁ、小町嬉しいよ。お兄ちゃん、大事にするんだよ?」

「あ、ああ……」

 目の端の涙を拭う小町に戸惑い、頷きながら、その頭を撫でる。

 ……今後はこの可愛い妹の心配の種を少しでも減らしてやろう。じゃないと兄の面目が立たない。

 

 翌日は日曜日だったので、お土産を携え、午前中から絵里さんの家を訪ねた。

 呼び鈴を押すと、出てきたのは亜里沙だ。

 亜里沙は俺の顔を見ると、にこっと笑って、とんでもないフレーズを口にした。

「あ、お義兄ちゃん!いらっしゃい!」

「がはっ!」

 いきなり心臓を撃ち抜かれた。あれ?何だこの胸の高鳴り……。

「ど、どうしたんですか?どこか具合が悪いんですか?」

「い、今何て言ったんだ?」

「どこか具合が悪いんですかって……」

「その前の前ぐらいだ……

「お義兄ちゃん、いらっしゃいって言いました……」

「ぐあっ!」

 再び大きなダメージを喰らう。いい意味で。

「ど、どうしたんですかっ!」

「な、何故、お義兄ちゃんなんだ?」

「だって、八幡さんはお姉ちゃんの大事な人ですよ!お義兄ちゃんって呼ばないわけにはいかないじゃないですか!!」

 亜里沙は目をキラキラ輝かせながら言ってくる。

「そ、そうか……」

「ダメ……ですか?」

 今度は上目遣いで不安そうに聞いてくる。

「いや、大丈夫だ」

 俺とした事が即決即断とか……しかも、実妹いながら妹萌えとか……さすがは亜里沙。

「八幡」

 義兄としてのささやかな幸せに浸っていると、冷たい声が飛んできた。恐る恐る亜里沙の後ろに目をやると、金髪ポニーテールが腕を組んで、覇気で俺を震えあがらせた。

「何をしているチカ」

「あ、朝の挨拶を……」

「ふぅ~ん?亜里沙に性的な目を向けていた気がするけど、気のせいかしら?」

「め、滅相もございません」

「八幡、私の部屋へ来なさい」

「はい」

 交際が始まってから初の家デートは、絵里さんの説教からスタートした。





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ALL STANDARD IS YOU ♯2


 絵里編、劇場版の所までやります!
 誤解があったようで、申し訳ないです。

 それでは今回もよろしくお願いします!


 

「まったく、八幡はいやらしいんだから……」

「いえ、これは下心などではなくてですね、純粋に可愛い生き物を愛でるといいますか……」

 そう。これはまさに不可抗力。亜里沙から『お兄ちゃん』と呼ばれて、心が震えない男などいるだろうか。いや、いないはずだ。そして、俺は合法的にその権利を手にしただけであって、そこに疚しい事など何一つない。

「頭の中で言い訳をこねくり回しているようね。ふぅ~ん」

 キューティーパンサー絵里さんのジト目に体が震える。あれ?この前の甘い空気はどこへ行ったの?いや、俺が悪いんだけと……。いや、ここは心の平静を保つ為に、幸せな事を……

『お義兄ちゃん』

「あ、今いやらしい事考えた」

「そ、そんな事は……」

「観念するチカ」

「す、少しだけ……」

「チカ~!!」

「すいません!」

 ひたすら謝る俺に、絵里さんは腕を組み、溜息を吐いた。

「……しょうがないわね。私が言ってあげる」

「は?」

 今、聞き捨てならない事を言ったような……

「……お義兄ちゃんっ!」

「え~と、これがお土産なんですけど……」

「何かしら、その反応は?」

「……ふっ」

「な、何よ!私頑張ったのに!」

 あ、危ねえ。何とか誤魔化せた。

 やはり絵里さんが妹ぶるのはまちがっている。

 

 その後は、しばらくお互いのお土産交換と、旅先での出来事を語り合った。まだ午前中という事もあり、時間を気にする必要もなかった。

 そんな中、突然絵里さんが言いにくそうに、もじもじしている。

「ねえ、八幡」

「?」

「私達……こ、恋人になったのよね」

「……はい、なりましたね」

 俺の返事を聞くや否や、絵里さんが唇を押しつけてくる。

「…………っ」

「…………んん」

 息が止まるくらい甘く、気持ちが通じ合うくらいに深い時間に埋もれ、絵里さんを抱きしめる。

「こ、こんな風に何度もキスできるのよね!?制限なんてないのよね!?」

「……はい」

 当たり前の事にしっかり頷くと、再びキスを交わし、お互いに抱きしめ、ベッドに転がる。その柔らかな笑顔を見ていると、自然とこちらも笑みが溢れた。

 窓から射し込む朝の光に照らされた青い瞳が静かに揺れ、長い睫毛は少しだけ濡れている。

 そして、胸の豊かな膨らみが、呼吸に合わせ、浅く上下して、こちらの欲求を掻き立てる。

「ふふっ。朝から何をやってるのかしらね。私達は」

「ま、まあ、誰も見ていないわけですし……」

 もう一度キスをしようとすると……

「お姉ちゃん、そろそろいい?」

「「…………」」

「あの……ドア、開けっ放しだよ」

 次の瞬間、絵里さんの『チカァ~!』という叫び声が、家中に響き渡った。





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ALL STANDARD IS YOU ♯3

 今年も4分の1が終わりました。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 12月。

 1年の終わりが近くなり、街はそこはかとなく慌ただしさを見せる。雲がかかった空は今にも雪を降らせそうなくらいにどんよりとしていた。

 絵里さんと付き合いだした俺は、その事を奉仕部のメンバーにさり気なく報告した。ちなみにこの二人への先日の修学旅行での誤解はちゃんと解いてある。

 

「そっかぁ~!おめでとう、ヒッキー!」

「おめでとう。これでもう、これまでみたいな事は出来なくなるわね」

「おい。これまでのは……多分……何かの間違いだ」

「それで、今日はどうかしたの?まさかノロケに来ただけではないのでしょう?」

「……依頼がある」

 そう。俺にはやらなければならない事がある。

 この学校内に蔓延する悪い噂の駆除だ。

 ……いや、事実といえば事実なのか。

 しかし、最近になってから、俺が城廻先輩に告白したなんて噂もある。どうしてこうなった。お陰で、城廻先輩は目が合う度に逃げられるので、結構なダメージである。

 俺の話を聞いた雪ノ下は、目を伏せ、冷たい声音でぼそっと言った。

「なるほど、彼女ができたから、過去の女を捨てたいという訳ね」

「お前、話聞いてた?誰とも何もしてねーよ。まあ、俺が悪い部分が多くをしめてるんだが……」

「なら、あなたが一人でやるべきではないかしら」

「まあ、確かにそうだよな……」

「ゆきのん、違うよ!こうなってるのはヒッキーのせいだけじゃないよ!だって……私も悪いもん!」

「今さらになって言うのね。あなたも……ずるいわ」

「いや、待て。そういう話をしに来たんじゃねえよ」

 そう、俺はただ安心したいのだ。安らぎを得たいのだ。

 彼女がいる身で、あまり変な噂が立ちすぎるというのも、絵里さんに申し訳ない。

「俺は……俺は……」

 雪ノ下の目を見て、心を込めて言った。

「平穏が欲しいっ……」

「…………」

 ゴミを見るような目で見られた気がするが、今は気にしてなどいられない。

「ゆ、ゆきのん、ヒッキーもこう言ってる事だし……」

「あ、あなたも自分の噂をさり気なく消そうとしてるわね。あなたってやっぱり……ずるいわ」

「さ、ヒッキー、どうするか考えよー!」

「ああ」

「…………」

 

 話し合いの結果、これまでの悪評を消すには、言葉だけでは足りないという結論になり、俺自身の良い評判を作り出す事になった。もちろん、中身のあるしっかりしたものだ。というわけで、学業の面で高みを目指す事になった。雪ノ下曰く『私ほどでなくていいから、葉山君を追い越しなさい』との事だ。……総合学年2位かよ。数学を真面目にやるのは、かなりしんどい事になるだろうが、腹をくくるしかないようだ。

 他にもいくつか命じられたのだが、それは後ほど語る事にしよう。

 

「は、八幡……これっていい話なのかしら?そうでもないのかしら?」

「いや、俺にもよくわからないですね……」




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ALL STANDARD IS YOU ♯4


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 生徒会長 雪ノ下雪乃

 

 副会長 由比ヶ浜結衣

 

 書記 一色いろは

 

 庶務 比企谷八幡

 

 廊下に張り出された紙にはこう書かれていた。

 通りかかる生徒は上から順番に眺め、最後に書かれた名前を見て、顔を僅かに顰めながら通りすぎていく。まあ、そのリアクションも仕方ないだろう。

 というわけで、これが汚名返上大作戦その二・生徒会活動だ。学校内で目につきやすい生徒会活動を頑張る事によって、周りの見る目が変わるだろう、という実に安直な作戦である。いや、この際だから何でもやるけどさ……でも、ゆきのん!庶務って何さ!何で俺だけ役なしなの!?哀しそうな顔で『ごめんなさい。これが限界だったわ』なんて言わないで!

 ……そんなこんなで、俺は生徒会役員の一人になった。

 

「そう、八幡も生徒会に入ったのね」

「ええ、一応……そういや絵里さんも意外と生徒会長でしたね」

「い、意外とって何よ!こう見えても優秀な生徒会長として先生方に褒められてたんだからね!」

「いや、ほら、絵里さんの事だから、人前で転んだり、読む事にしていた紙を間違えたりとか……」

「大丈夫。私、失敗しないので」

「そ、そうですか」

「私、失敗しないチカ」

「わかりました……」

 

 翌日。新生徒会メンバーは、生徒会室の模様替えを行っていた。由比ヶ浜と一色の趣味で、女子感満載のカラフルでポップな部屋になったが、そこはご愛嬌って事で。

 そして、城廻先輩の荷物を運び出し終えた後、彼女はこちらに向き直った。

「比企谷君……生徒会をよろしくね」

 やたら哀しそうな顔で、城廻先輩がこちらを見てくる。近い近い近い近い近い!なんて考えていると、突然距離を取り、背を向けた。

「比企谷君に彼女ができても私……いいえ、いけないわ、めぐり。ここで断ち切るのよ」

 何やらブツブツ呟いた城廻先輩は頭を左右にブンブン振った後、意を決したような表情で、もう一度俺を見据えた。

「比企谷君……頑張って。それじゃあ……ね」

「は、はい」

 言い終えると、城廻先輩は俺に背を向け、駆け出し、そのまま振り返らなかった。

「……お疲れ様です。城廻先輩」

 何かに一つ区切りがついたような気持ちになりながら、俺は生徒会室へと戻っていった。

 

「八幡、八幡!」

「今日はやけにテンション高いですね。何かあったんですか?」

「ラブライブの関東大会決勝の会場が幕張メッセになったのよ!」

「……おお。急に会場の規模がでかくなりましたね」

「そうなのよ。これがどういう意味かわかる?」

「?」

「は、八幡が……スタッフとして参加できる可能性があるのよ!」

「……そこですか」

 

 





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ALL STANDARD IS YOU ♯5


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「「ラブライブ~!?」」

 由比ヶ浜と一色が驚きの声を上げる。ちなみに、この二人が出場するわけではない。

 そんな二人に向け、平塚先生は丸めた書類で肩をぽんぽん叩きながら説明する。

「ああ、そうだ。まあ、簡単な作業を近辺の高校生ボランティアにやってもらい、との事だ」

「会場抑えるのに金かかって人件費節約しなきゃいけないから、とりあえず高校生ボランティア集めようって事ですか?」

「うむ、そんなところだ」

「「「…………」」」

 俺と平塚先生のやり取りを聞いて、雪ノ下はこめかみを軽く抑え、由比ヶ浜と一色は『うわぁ……』という顔になった。

「それで、生徒会でボランティアを募集しろという事でしょうか?もちろん私達は強制参加で」

「ああ、頼む。実は私も強制参加でな。いや~、クリスマスにデートの予定が入れられなくて困ったな~」

 ここで『最初から予定なんて入らないくせに~』なんていうのは野暮だろう。……もう、誰かもらってやってくれよぉ……。

「え~、クリスマスは予定が~」

「一色さん」

「も、もちろんやらせていただきます」

 どうやらこの二人の間では、謎の上下関係が出来上がっているらしい。何があったかは、怖いので聞かないでおこう。

「ヒッキー」

 由比ヶ浜が肘でちょんちょんつついてくる。

「どした?」

「よかったね」

 何の事を言っているのかはすぐにわかった。

「ああ」

 

「ハラショ~~~~!!!!」

「ど、どうしたのかな、絵里ちゃん!」

「愛しの彼にいいところ見せられるからよ。全く、はしゃぎすぎなんだから」

「でも絵里ちゃん。可愛い~♪」

「ハラショ~~~~!!!!」

「エリチ」

「八幡、見ててね!必ず優勝するから!」

「エリチ」

 突然、頭をはたかれた。

「どうしたのよ、希?」

「嬉しいのはわかったから、こんな所で叫びながらクルクル回らんで」

「あらやだ」

 理事長から幕張メッセでのラブライブ関東大会決勝の話を聞いてから、喜びが隠せてないわ。昨日、亜里沙からも『お姉ちゃん、リビングでスノハレ熱唱しないで!眠れないじゃん!』なんて言われたし。自重しなきゃいけないわね。ここ廊下だし。

 少し離れた所から、1年生の女子がこちらを見ていた。

「生徒会長、たまにおかしなテンションになるよね」

「いや、あれはトレーニングの一環よ。生徒会長がおかしなテンションになるわけないじゃん」

 私は慌てていつもの笑顔を取り繕い、周りの生徒達へ、なるべくクールに笑いかけた。

「が、頑張ってください!」

「応援してます!」

「ありがとう。頑張るわね」

 μ'sのメンバーは『うわぁ……』って顔をしていたが、ここは仕方ない。今さら大胆なキャラ変するのは気が引ける(面倒くさそう)。きっときらりんレボリューションやT.M.Revolutionばりの革命になるわね。あと約3ヶ月だし、このまま行かせてもらうわ。

「さ、皆!練習始めるわよ!」

『…………』

 私はいつもより大きな歩幅で、屋上までの道を急いだ。

 





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ずっと二人で…

 廊下にボランティア募集のポスターを貼っていると、変な奴に遭遇した。

「我が名は材木座義輝!総武高校二年C 組随一のラノベ作家にして、いずれラノベ業界を席巻する者なり!」

「あー、はいはい。わかったから」

 二年C組限定かよ。やけに絞ったな。……自信あるのかないのか……ないんだろうなあ……そんなわけで、声だけは無駄に格好いい材木座の登場である。

「お前、最近書いてたのか」

「貴様にも渡したはずだが!?」

「冗談だよ、冗談。でもお前、雪ノ下に推敲してもらってるんだろ?よく心折れないよな」

「何故心を折られる前提なのか……し、しかし、あの罵倒もあれはあれでクセになるのでな……」

 雪ノ下の罵倒が材木座にとって最高のときめきエクスペリエンスのようだ。顔を赤らめているのが、正直不快である。

「つーか、そろそろいいか。用があるんでな」

「ボランティアを探しているのだろう!安心するがいい!」

 材木座はやたらドヤ顔を見せつけながら言った。

「我が来た」

「…………」

 お前、それが言いたかっただけだろ。

 

「やあ、比企谷」

「お前が来るのは予想外だったな」

 生徒会室には葉山隼人が来ていた。今日も相変わらずリア充イケメンオーラが眩しく、一刻も早く、成績を蹴落としてやりたくなる。

「君には迷惑かけたからな。このぐらいはやるさ」

 予想だにしていない事を言う葉山にどう答えたものかと考えていると、雪ノ下が口を挟んできた。

「あら、気にしなくていいのよ。彼は自分の本能の赴くままに行動しただけなのだから」

「いや、いい話になりかけてたのに、そんな事いうの止めてくんない?」

「ははっ、そうかもしれない。しかし、どんな意図があったにせよ君は周りを変えたんだ。それに……」

 葉山は雪ノ下の方を見て、小さく微笑んだ。

「俺も変わりたいんだよ」

「そう……」

 雪ノ下も同じように小さく微笑んでそれに応えた。

 この二人の間に何があったかは知らないし、知る事もないのだろうが、今がよりいい方向へと変わっていく小さな予感のようなものを微かに感じた。それはただの気のせいかもしれないが。

 ……それにしても今日はゆきのんモテモテじゃねーか。

「比企谷君、いきなりニヤニヤしないでくれるかしら。訴えるわよ」

 

「そう。八幡の生徒会活動も順調のようね」

「つっても、俺が何かしたわけじゃないですけど」

「確かに」

「そこは否定する所じゃないんですかね……」

「八幡はお世辞で喜ぶタイプじゃないでしょう?」

「いや、まあ、確かに」

「私が順調だって思ったのは、八幡が自分から何かをやろうとしている事についてよ」

「順調……なんですかね」

「私を信じなさい」

「はい」

「あなたが信じるあなたじゃない。私が信じるあなたを信じなさい」

「アニキ……」

「誰がアニキよ!!」

 



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ずっと二人で… ♯2

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 ラブライブ当日。

 空からは深々と雪が舞い降り、クリスマスムード漂う千葉の街を白く染め上げていた。会場へと向かう人々は、かじかんだ指をそれぞれに温めながら、ぞろぞろと移動していた。皆一様に吐く息は白く、今日は昨日に比べて一段と寒い気がした。

 昨日の内に座席の準備等をを終えた俺達は、今日は陽も昇りきらない内から、雪かきをしていた。まるで小型のブルドーザーにでもなったつもりで、懸命に雪を端っこへ押しやった。

 作業途中で絵里さんがこっそりと近寄ってきた。

『ありがとう』

 声には出さずにそう言って、すれ違いざまに、そっと手を重ねて会場へと向かっていった。

 とてもひんやりとしていた。

 しかし、確かな温もりを分け合えた。

 今日の絵里さんの雰囲気はいつもと違う。

 スクールアイドル・絢瀬絵里が100パーセントの状態でそこにいた。

 やっぱ流石だな。今もファンに手を振って……ファン?

 絵里さんが手を振る方を見ると、そこには雪かきが終わったと合図を出しているボランティアがいた。

 ……あぁ、もう。せっかく決まってたのに。ほら、ボランティアの人が気まずそうにしてるじゃんか。

 絵里さんは耳まで真っ赤にして、μ'sのメンバーと共に会場入りした。どうやらからかわれているようだ。

 俺は、その危なっかしくも凛とした背中に、今日の幸運を祈った。

 

『ありがとうございましたー!!!』 

 μ'sのメンバーが深く一礼し、観客に手を振る。割れんばかりの拍手は止む気配も見せず、パフォーマンスの凄さを物語っていた。

「すごい……」

 そんな由比ヶ浜の誰に言うでもない呟きにつられ、つい頷いてしまう。

 普段のポンコツは健在だったが、やはりステージに立つと、それを感じさせる事はなかった。まあ、要するにμ'sのステージは最高だったという事だ。

「「…………」」

 そして、さっきからチラチラと葉山や一色の視線を感じる。おそらく、プリキュア事件等の犯人がバレたようだ。まあ、この二人ならバラさないと思うが。

 絵里さんは色んな方向に満遍なく手を振り、最後にこっちを向いた。

 その姿は、今までで一番綺麗で、カメラなどなくても、脳内に焼き付いていく感覚がした。

 俺はμ'sがステージからいなくなっても、しばらく拍手を送り続けた。

 

 絵里さんに呼び出され、μ'sの楽屋まで行く。

 彼女は一人で待っていた。おそらく東條さんあたりが気を利かせてくれたのだろう。

 絵里さんの目はまだ潤んでいて、優勝の興奮の余韻があった。

「お疲れ様です」

「あなたも」

「……おめでとうございます」

「こういう時くらいは明るいテンションになりなさいよ」

 そう言いながらも微笑む絵里さんは、どこか満足げで、しかし何かを欲しがっているようだ。今の関係を考えると、気づかないふりなどできないし、するつもりもない。

 そして、自然と距離は縮まり、周りの音は波のように遠ざかっていった。絵里さんの紅く染まる頬に胸が高鳴り、自分がこの人を心から好きなんだと再認識する。

「…………」

「…………」 

 ようやく俺達は約1ヶ月ぶりのキスを交わした。




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ずっと二人で… ♯3


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「お義兄ちゃん。お姉ちゃんの巫女姿楽しみでしょ?」

「……あ、ああ。まあな」

 やはりまだ『お義兄ちゃん』の威力は絶大のようだ。胸がきゅんと「チカ」いや、しっかりしろ俺。

 小町の受験勉強のこともあり、年末年始は家で過ごそうと思っていたのだが、当の小町から絵里さんの巫女姿を拝んでこいと言われてしまった。

 絵里さんは大晦日限定で東條さんのバイト先の神社を手伝っているらしい。まあ、小町の頼みだし……仕方ねーな。脳内に焼き付けるとしよう。

「そういや、亜里沙の友達は?」

「そろそろ待ち合わせ場所ですよ。あ、いた!」

 亜里沙の声に気づいたその友達はこっちに駆け寄ってきた。

「亜里沙!あ、絵里先輩の彼氏の比企谷八幡さんですよね?私、亜里沙の友達の高坂雪穂といいます」

「あ、ああ……どうも」

「お義兄ちゃん、同級生と声が似てるからって慌てないで」

「…………」

「あ、そういえば、私も生徒会の人と声が似てるんですよね……せんぱ~い」

「よし、それまでだ。亜里沙」

 変な所がポンコツな姉に似てきたようだ。

 亜里沙にはこのまま真っ直ぐ育ってほしい。

 

 神田明神は想像以上に混んでいて、危うく回れ右をして帰りそうになった。こんなに大量に人がいるのに、この中から俺みたいな謙虚な人間が新年の幸運を掠め取る事など不可能だ。いや、俺みたいに普段から端っこで生きてる謙虚な人間だからこそ……だめだ。今年は……

『八幡♪』

 ……これまでの人生で一番良いことがありすぎた。

 

「お姉ちゃん!」

「…………!」

 仕事中の絵里さんを見つけた亜里沙は、子犬のように駆け寄り、思いきり抱きつく。その光景は、とても微笑ましいもので、このまま写真撮影してコンクールに出せば、

 俺は言葉を失っていた。

「亜里沙。ふふっ、来てくれたのね」

「絵里先輩、こんばんは!」

「こんばんは、雪穂さん」

「…………」

「八幡?」

「…………」

「は、八幡、どうしたの?」

「え?あ、いや……」

 やばい。

「顔、赤いわよ?風邪?」

 似合いすぎている。

 金髪と巫女服の組み合わせなのに、イロモノ感がなく、清楚な佇まいを保っていた。しかし、そのスタイルの良さから、やはりどこか扇情的で、目を逸らす事ができない。

 絵里さんは不安そうな顔で、俺の額に手を置き、自分の額との温度を比べる。その手の冷たさが、冬なのにやけに気持ち良かった。

「熱は……ないわね」

「……大丈夫ですよ。それより……」

「?」

「すごく……似合ってると思う」

 絵里さんは俺の言葉に、ポカンとした表情になった。

 しかし、数秒後……

「~~~~!」

 顔を一瞬で真っ赤にして、あたふたし始めた。

「も、もう!亜里沙や雪穂さんもいるのに!いきなり何言い出すのよ!」

「いや、絵里さんには言われたくないんですが……」

 人前でプリキュアの恰好してキスしてくる人が今さら……

「むう……確かに」

「ねえ」

「どうしたの?」

 亜里沙がスマートフォンの画面を見せてくる。

「二人共、もう新年迎えたよ」

「「あ」」





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ずっと二人で… ♯4





 

「明けましておめでとう」

「……明けましておめでとうございます」

 お互いに頭を下げる。周りも新年を祝う声で賑わっていた。周りを見渡すと、誰もが寒さなど忘れたかのように大事な人とまた過ごしていけることに思いを馳せていた。

 絵里さんも頭を上げ、青い瞳と微笑みを向けてくる。

「末永くよろしくお願いします」

「今年も、じゃないんですか?」

「そうだったかしら?」

「まあ、別にいいですけど」

 一応、こっちもそのつもりだ。

「エリチ」

 振り向くと、巫女姿の東條さんと矢澤さんがいた。

「何やってるのかな~」

「いつまでいちゃついてるのよ」

 からかうような表情の東條さんと呆れたような表情の矢澤さんに、絵里さんは慌てて仕事に戻ろうとした。

「ご、ごめん!」

「ふふふ……このまま二人を眺めるのも面白そうなんやけど」

「ちょっ……希!この忙しいのに!」

「じゃあ、二人共。もうひと頑張り!」

 そう言うなり東條さんは、絵里さんと矢澤さんを連れ、仕事に戻っていった。

「お義兄ちゃん、私達も行こ?」

「ふふっ。いつまで絵里さんに見とれてるんですか?」

「……行くか」 

 

 初詣をすませた後、高坂の家に行く二人と別れ、俺は適当にぶらぶらしながら絵里さんを待とうと思っていたが、絵里さんから家で待つよう言われたので、絢瀬家のリビングで何をするでもなく彼女を待っていた。

 やがて玄関の扉が開き、リビングへ駆けてくる足音が聞こえる。

「ただいま!」

「おかえりなさい……何故、巫女姿なんですか?」

「特別に借りたのよ!八幡が似合うっていってくれたから!早く見せたくて、全力疾走で帰ってきたわ!」

「…………」

 朝焼けの街並みを巫女姿で全力疾走する金髪。

 ……シュールすぎる。

「どう?」

「いや、どうって……」

 やばい。

 さっきは人目もあったが、今は二人きり。

 そんな状況に後押しされ、俺は絵里さんを抱きしめていた。

「え?あ、き、気に入ってもらえたの?」

「……ああ」

 そのまま唇を重ねる。

「…………っ」

「…………ん」

 そして、胸に手を伸ばした。柔らかいだけではなく、弾力のあるその部分は、欲求不満をさらに刺激した。

 何度も接触した部分なのに、初めて触る気がした。

「は、八幡……!」

 絵里さんから僅かな拒絶の意思を感じたが、それでも止める事ができなかった。

 少し乱暴に前を開き、白い柔肌を見たところで、絵里さんと目が合う。

「……んっ……っ」

 彼女は少しだけ泣いていた。

 

「あの……」

「…………」

 絵里さんは何も言わない。

「ごめんなさい。すいませんでした」

「…………」

 土下座で謝るが、正座して向こうを向いたままの絵里さんには届かない。

「な、何でもします」

「…………」

 絵里さんは真っ赤な顔のまま振り向いた。

「その……私が悪い部分があるのはわかっているのよ?行き過ぎたアプローチを何度もしてたし……」

「はい」

「即答しないでよ!」

 そんな事言われても……

「ふぅ……そ、それでね?八幡が私を欲しがってくれるのはとても嬉しいんだけど、もう少し待ってくれる?その時が来たら……」

 絵里さんは青い瞳を潤ませ、それでもしっかりと告げた。

「全部……あなたにあげるから」

 甘すぎる囁きは、外の雪を溶かしてしまいそうなくらい熱くて、俺の耳の奥深くにしっかりと焼き付いた。





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ずっと二人で… ♯5


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「…………」

「…………」

 二人してソファーに腰掛け、何も言わずに寄り添っていると、意外なくらいに長い時間が過ぎた。お互いに何かを修復していたような、ひっそりとした時間だった。

 外はいつの間にか、クリスマスの時よりも多くの雪が舞い降り、心の火照りを冷ましてくれている気がした。

「ねえ……」

 絵里さんが手を握ってくる。

「雪……綺麗ね」

「……そうですね」

「去年、こんな風に雪を見てた時は、こんな出会いがあるなんて思わなかったわ」

「俺もですよ」

「あの日、千葉に行って本当によかった」

「……仮に……」

「?」

「あの日、千葉で会わなくても、何かの用事で、俺が東京に行って……出会っていたと思います」

「……わかりやすく言うと、あなたは私を必ず見つけてくれるって事?」

 絵里さんの方は見ずに頷く。

「……あなたって本当に可愛いわね……いっそこのままどうにかしたいぐらい」

「どうぞ」

「絶対に出来ないと思ってるでしょ?」

「はい」

「まあ、その通りね」

 肩にかかる重みが少し増した。

「私……八幡の前じゃ、もう強がれないわ」

「……別にいいんじゃないですか」

「どうしよう……これからあなたに……八幡にいっぱい甘えちゃうかも」

「出来る範囲で善処します」

「……そういう時は『絵里、わがままくらいいくらでも言ってくれ。絵里のわがままなら大歓迎さ』ぐらい言ってよ」

「……それは止めときます。しかも、その口調で俺が話すのが想像できない。呼び捨てになってるし」

「あ、じゃあお願いがあるんだけど」

「?」

 耳元で誘うような声が響く。

「絵里って呼んで?」

「すぅ……すぅ……」

「そんなんじゃ騙されないわよ?」

 頬を抓られる。

「わ、わふぁりまふぃふぁ……」

「さ、いつでもいいわよ!」

 俺の絵里さんは、何故か目を閉じ、俺が呼び捨てで呼ぶのを、今か今かと待ちわびている。さっきあんな事があったのに、どうしてこんな無防備になれるんですかね、この人は。

 隙ありと言わんばかりに、一瞬だけ唇を重ねた。

「え?あ、八幡?」

「……どうかしたんですか……絵里」

「……ずるい」

「何の事でしょうか」

「八幡ったら、意外と積極的になったわね。もしかしたら、卒業式の日に二次元キャラクターの恰好で、校門前で待ってたりするのかしら」

「しませんよ」

「私、ラッキーマンとか結構好きなんだけど」

「絶対にしませんよ」

 運気は上がりそうだが。

「絵里さん」

「聞こえない」

「ぐっ……絵里。さっきまでの真面目な空気はどこに行ったんですかね」

「私はこっちの方が好きよ」

「……そうすか」

「強がる必要もないし」

「……それはタイトル回収の為に言ってるんですか?」

「だってこのままじゃポンコツとか残念で終わるじゃない」

「…………」

「八幡」

「何ですか?」

「これからもよろしく」

「……こちらこそ、よろしく……絵里」

 





 あと、バレンタイン、卒業式、劇場版で終わります!

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HOWEVER


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「はい、お兄ちゃん!これ!」

 朝食中、小町が何かを差し出してくる。我が妹からもらうにしては、やけに丁寧にラッピングされた可愛らしい箱だ。

「……何だ、これ?」

 小町の性格からして、何か面倒な頼みがあるのかと、つい身構える。

 すると、小町はニッコリと無邪気な笑顔を見せた。

「バレンタインだよ!普段もらえないからって忘れちゃダメだよ。今年は彼女からもらえるんだから」

 その彼女とは、間違いなく絵里の事だろう。

 昨日、電話で楽しみにしていてと言われたので、かなり想像が膨らんでいるのだが。いや、やらしい事じゃないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

「ほら、朝からニヤニヤしないで!」

 小町が俺の手にチョコレートの入った箱を置く。

「ありがとな……何だ、これ?」

 箱に何やら紙がくっついている。

 広げてみると、こんな事が書かれていた。

『小町へのホワイトデープレゼントリスト』

 ……中身を見るのは後にしておこう。

 

「ヒッキー、これ!」

「同じ部活のよしみだものね。はい」

「……ありがとう」

 さらに二つの義理チョコを獲得。去り際に『ホワイトデー楽しみにしてる』との事だそうです。……その頃には春休みだったっけ?いや、この二人から逃げるのは難しそうだ。いや、お返しぐらいするんだけどね。

 

「はい!お義兄ちゃん!」

「エリチがお世話になっとるからね~」

「はい、私からも上げるわよ!」

「あ、ありがとうございます」

 千葉駅付近の喫茶店にて、亜里沙と東條さんと矢澤さんからチョコレートを渡される。

「学校は……ってお二人はもう自由登校でしたね」

「あとは来週のラブライブ全国大会だけやね」

「ま、このにこに~がいるから……ちょっと聞いてんの?」

 そういやこの三人は卒業するのか。

 同じ学校ではないし、亜里沙はまだ中学生だが、妙に感慨深いというか、何故か寂しい気持ちになった。

 それにしても、今年は思ったより沢山の戦利品が……来月は小遣いを前借りする必要がありそうだ。

「私は学校があったけど、今日はいつもより早かったから、こうしてお義兄ちゃんに会いに来たの!」

「そっか……ありがとう」

 やはりまだ『お義兄ちゃん』の威力は絶大である。

 いや、それよりも……

「あの……絵里は?」

 この3人がいるのに、何故この場にいないのだろうか。何か急用でもできたのだろうか。

「あぁ、エリチは準備に時間がかかるから、後から行くって……」

「多分、直接お義兄ちゃんの家に行くんじゃないかなあ」

「そ、そうか……」

 準備……これまでの事を考えると、嫌な予感しかしない。

 

 

 





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HOWEVER ♯2

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「た、ただいま……」

 恐る恐る玄関の扉を開ける。

 亜里沙達と別れて自宅に戻ったはいいが、何が仕掛けられているかわからない。

 我が家だというのに一歩一歩慎重に足を運びながら、なるべく音を立てないよう、細心の注意を払う。

「絵里……」

 何故かぼそっと小さな声で呼びかける。もちろん返事はなく、ぽっかりと穴が空いたような静寂しかない。これはこれで不安だ。果たして何が待ち受けているのだろうか。

 いや、待て。これでは絵里に失礼な気がする。

 そうだ。絵里がそんな変な事するわけないじゃないか。

 そもそも普通にチョコレートを渡しに来ただけじゃないのか?

 自分の考えを改めた俺は、ゆっくりとリビングの扉を開ける。

「…………」

 リビングにはプリキュアやサンタやメイドの衣装が散乱していた。

 いきなり予想の斜め上を行かれた。

 どうしたものかと考えていると、今度はポケットの中でスマホが震える。

 絵里からだろうか。

『チカ』

 くっ、相変わらずすぎて何も言えねえ!

 リビングにいないとなると、場所は一つしかないだろう。

 俺は自分の部屋へと駆け上がった。

 

「…………」

 俺のベッドにはでかい袋が置かれていた。

 それは人がすっぽり入るくらいに……いや、もう何も言うまい。

 その袋の紐を解くと、中からはいつもの金髪ポニーテールに私服姿の絵里さんが出てきた。

「……八幡」

 何故か浮かない表情で正座している。ずっとこの状態で待っていたのだろうか。

「……どうかしましたか?」

「……思いつかなかった」

「何が?」

 真っ赤な顔になった絵里は俺の肩を揺さぶりながら言った。

「思いつかなかったのよ!あなたにチョコを渡す最高のシチュエーションが!!」

「……ふ、普通に渡せばいいんじゃ……」

「ダメよ!そんなの……そんなの……」

 絵里は涙に濡れた目をさらに見開いた。

「インパクトに欠けるじゃない!」

「いや、もう十分だから。あなた出会った時からインパクト炸裂しすぎだから」

「そ、そうかしら……」

「それと……それに……」

 少し間を置き、濡れた青い瞳を見つめ、はっきり言う。

「来てくれるだけで嬉しい」

「じゃあ……」

 絵里がベッドにちょこんと座ったまま、こちらに上目遣いを向けた。その姿は何だか幼く見え、思いきり頭を撫でてやりたい気分になる。

 しかし、その口から出てきた言葉は、甘ったるい響きを持っていた。

「好きなだけ……キスしていいから」

 そう言って彼女は唇を突き出し、目を閉じた。

 この前みたいにならないように注意しながら、そっと唇を重ね、肩に手を回す。絵里の手も俺の肩に置かれ、互いの熱を共有している気分になった。

「……んく……っ」

「……っ……」

 絵里の舌が口の中を這い回り、ザラザラとした感触を満遍なく伝えてくる。

 その動きに合わせ、自然とこちらも舌が動き、舌を絡め合った。

 絵里の口の中の感触とともに、甘い香りもこちらの理性を刺激してくる。

 長く深いキスが終わるまで、密度の高い時間が過ぎていった。

 日常のドタバタ劇も、こんな甘いひとときも、もっと重ねていきたいと、心から思えた。

 

 唇を離した後、絵里さんは何ともいえないような笑みを浮かべた。視線もどこか遠くへ向けられている。

「ねえ、八幡……」

「?」

「どうしよう……チョコ、家に忘れて来ちゃった」

「……そ、そうすか」

 




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HOWEVER ♯3


 サクラクエスト、エロマンガ先生、恋愛暴君。
 春アニメも面白いです。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「あ、八幡。今、電話大丈夫?」

「……こんばんは。大丈夫ですよ」

「もしかしてもう寝る所だった?」

「はい、そんな所ですが」

「むう……そういう時は『いや、絵里の事を考えて眠れなかったよ』ぐらい言いなさいよ」

「いや、絵里の事を考えて眠れなかったよ」

「今、棒読みしたわね」

「そ、それよか、どうかしましたか?」

「八幡、この前はごめんね」

「何の事ですか?」

「バレンタインの事よ」

「いや、大丈夫ですよ。ラブライブに集中しといてくれれば」

「お詫びに今度、体中にチョコレートを塗りたくってくるわ」

「いや、それは本気で止めてください」

「冗談よ。そんな事をしたら、八幡は色々とおかしくなっちゃうものね」

「てか、随分余裕ですね。ラブライブは5日後じゃないんですか?」

「だからこそ、恋人に電話をかけたのよ。鈍感、捻くれ、八幡」

「八幡が悪口になってんだけど……」

「むしろ八幡から電話してきてもいいのに」

「す、すいません。邪魔しちゃいけないかなと……」

「ふふっ。言ってみただけよ。八幡のそんな所はわかってるから」

「……悪い。観に行けなくて」

「大丈夫よ。その代わり、しっかり祈っていてね」

「は、はい」

「そして、優勝が決まったらステージ上でプロポーズを……」

「ほ、本当にごめんなさい。行けなくて申し訳ないです」

「い、いえ、私も本音が出すぎたわ。さすがにプロポーズはまだ早かったわね」

「いや、問題はそこじゃ……」

「な、何よ!こ、子供は女の子と男の子が一人ずつが希望だけど何か!?」

「それは俺もそう思います……じゃなくて。何か話が際限なくずれていってんですけど」

「いつも通りの流れね」

「自覚はあったんですか」

「最近、学校はどう?」

「いきなり話変えて来ましたね……しかも質問が母ちゃんじゃないですか」

「あなたに学校で悪い虫がつかないか警戒しているのよ」

「悪い虫とかつきようがないですよ」

「どうかしらね。八幡だし。それに、八幡はよく騒ぎを起こすから」

「その騒ぎの9割以上に絵里が関わっている件について」

「……あ、そろそろ眠くなってきたから寝るわ」

「そ、そっか。ラブライブの前日は電話大丈夫ですか?」

「もちろんよ。待ってる」

「じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 

「あ、お姉ちゃん。もう寝るの?」

「ええ、そうだけど」

「……あの事、お義兄ちゃんに言わなくていいの?」

「……ラブライブが終わってから言うわ」

「そう……お姉ちゃんがそう決めたなら、私はそれでいいよ」

 





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HOWEVER ♯4


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「え?」

 時間が止まったような感覚がする。

 しかし、今はあの甘い香りはない。

 背中に嫌な汗を感じる。

 口の中は渇き、喉の奥はヒリヒリしていた。

 今いる場所が現実なのかどうかも疑いたくなる。

 そんな俺の視線の先にはスマートフォンの画面があり、そこにはある物が映っていた。

 朝に届いたメール。

 差出人は東條さん。

 メッセージは添えられていない。

 そこにはロシア行きのチケットと、ロシアの大学のパンフレットが映っているだけだ。

 どういう……事だ?

 

 μ'sがラブライブ全国大会で優勝し、電話越しに喜びを語り合った。

「おめでとうございます」

「うん、ありがとう!!」

 祝いの言葉に、絵里は涙混じりの声で応えた。他には矢澤さんや高坂さんをはじめとしたメンバー全員の喜びの声が漏れ聞こえてくる。

 不覚にも、こっちの涙腺まで緩んでしまった。

「本当に、おめでとう」

「あれ?八幡、泣いてる?」

「いえ、違いますよ。そういや、卒業式は明後日ですよね」

「ええ、それさえ済めば落ち着いて八幡の部屋に連泊できるわ」

「それは俺が落ち着かないのでちょっと……」

「観念するチカ。何なら春休み中、こっちに泊まるチカ」

「本当に、おめでとう」

「あ、数秒前に戻った!」

 

「…………」

 絵里さんは電話に出ない。

 おかしい。

 昨日は普通に会話をして、春休みの予定を話していたのに……。

 そういえば絵里さんはどこの大学に進学するか、明言しなかった。

『そ、その内、教えるわ!』

 ……ロシアに帰るつもりだったのか。

 何で……。

 超特急で準備して、俺は家を飛び出していた。

 

「誰もいない……か」

 呼び鈴を何度か押したが、絵里さんも亜里沙も出てこない。

「待つか……」

 その日、日が暮れるまで待ったが、誰も帰ってくる事はなく、誰とも電話が繋がる事はなかった。

 

「お姉ちゃん、本当に言わなくていいの?」

「ええ、まだ……」

「お姉ちゃんが言わなくたって……いずれはわかるんだよ」

「そうだけど!……やっぱり、辛いじゃない……」

「絵里。アンタとアイツの間の事に口出しする気はないわ。でも、親友としてアンタに言わせてもらう……後悔だけはしないで。ちゃんと……まずは自分自身と向き合って。辛いのはわかったけど……」

「にこ……」

「エリチ……ウチはエリチの決めた事を応援するから」

「希……」

「お姉ちゃん、私がついてるよ!」

「亜里沙……」

 

「あなた……やけに嬉しそうね」

「そりゃそうさ。どんな事情であれ、久々に可愛い娘達に会えるんだから」

 

 

 

 

 





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HOWEVER ♯5


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 卒業式当日。

 総武高校も卒業式の為、学校全体が厳かな空気に包まれている。

 しかし、俺はもう既に終わってからの事を考えていた。

 終わったら、速攻で学校を飛び出し、何がなんでも絵里に会いに行く。電話が繋がらない以上、直接会うしかないのだから。

 東條さんとも電話が繋がらなかったので、向こうの状況はわからなかったが、さすがに卒業式には出るだろう。

 このまま離れたくないという気持ちが妙に心を揺さぶり、さっきからどうも落ち着かない。

 たまに冷たい視線をもらうが、気にしてなどいられなかった。

「ヒッキー、どうかしたの?さっきから」

「……いや、何でもない」

「そっか、そんなに気になるなら行ってくれば?」

「いや、そりゃそれが一番だが……は?」

 心の中を読んでいるかのような由比ヶ浜の一言に、思わず見返してしまう。由比ヶ浜は当たり前の事だと言わんばかりの表情と口調で伝えてきた。

「どーせ、絢瀬さんの事でしょ?」

「…………」

「何があったかは全然わからないんだけどね」

「……いや、今行くのは無理だろ。一応、生徒会だし」

「ほら、やっぱり何かあるんじゃん」

「ぐっ……」

 な、何て事だ……。

 由比ヶ浜の誘導尋問に引っかかるなんて……。

「ほら、後の事は私とゆきのんといろはちゃんで何とかするから!」

「今、さり気なく巻き込まれた気がするのだけど……」

「ですよね……まあ、別にいいですけど。頑張るのは雪ノ下先輩ですし」

「一色さん、今聞き捨てならない事を言わなかった?」

 雪ノ下は俺の方をジロリと睨む。

「あなたは何故ぼーっとしているのかしら?自動販売機じゃないんだから、あなたが突っ立っていても、何の利益もないのだけれど」

 正論すぎる。今の俺では弱音ぐらいしか吐き出せそうにない。

「あーっ!そういえば……」

 いつの間にか傍にいた平塚先生が、わざとらしく大声を出す。

「忘れ物をしたから取りに帰らなければいけないな、うん。さあ、車を使ってひとっ走りしてくるか」

 平塚先生は俺の腕を取り、有無を言わさず車へと連行していった。

 ……何だよ、こいつら。最高じゃねーか。

 

 平塚先生に駅まで送ってもらい、そのまま電車に乗り、秋葉原まで向かう。

 窓の外には、絵里との約一年の間に、すっかり見慣れた景色が流れていた。

 それと同時に、色んな思い出が頭の中を巡った。

 俺はただ、その二つの景色を眺め続けていた。

 

「エリチ、大丈夫?」

「ええ。……希、にこ……私、八幡には会わずに、ロシアに行くわ」

「え!?本当にええの!?」

「うん、やっぱり……甘えちゃうから……」

「……そっか」

「……ほら、もう式が始まるわよ」

「そうやね。ほら、エリチ……今は式に集中しよう?」

「……そうね」

 

 

 





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I'm in love


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「…………」

 音乃木坂学園の近くで、どうしたものかと考える。

 突入するべきか否か。

 いや、普段の俺ならここで待つし、そうするのが無難だろう。しかし、絵里が別の門から出たら?人に紛れて見えなかったら?……実は来てなかったら?

 嫌な想像が次々と頭の中で輪郭を結び、また焦りが生まれる。

 それと同時に、侵入が難しいという現状も確認する。

 今の俺は総武高校の制服姿。

 加えて、ここは女子高。

 はっきり言って、このまま突入するのはやばい。勢いだけで行動するとか、俺はぼっち以外にマダオの才能もあるかもしれない。

 気を取り直し、校門周辺を見たところ、門番的な誰かもいないし、この辺りは人通りも少ない。

 しかし、今日は卒業式当日という事で、校内には沢山の保護者がいるだろう。ヘタすりゃ取り押さえられる可能性がある。

「……絵里」

 考えている内に自然と口から名前が零れる。

 その瞬間、ポケットの中のスマートフォンが震えた。

 縋るような気持ちで差出人を確認してみる。

「……東條さん?」

『卒業式の会場は講堂。場所はここ』

 校内の地図が添付されていて、どこからが侵入しやすいかが書かれていた。

 

「アルパカ?」

 東條さんが教えてくれた場所から、金網を乗り越えて侵入して、しばらく歩くと、意外な生き物が出迎えてくれた。

 や、やべえ。可愛い……くっ!写真に撮って小町に送りたいが、今はそれどころじゃない。少しだけ後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

 

 東條さんの指定したルートを辿ると、確かに誰もいなかった。これがスピリチュアルの力か。今度神社に、千円くらいお賽銭を入れとこう。

 変わったところは特にはないが、女子校というだけで、どこか違って見える。

 絵里がここで3年間過ごしたのかと思うと、何ともいえない気持ちになり、歩幅がおおきくなった。

「あれか」

 視界の奥の方に、少し大きめの扉があり、中からは少しだけ音が漏れている。

 さらにペースを速め、余計な思考を遮断し、躊躇などしないように、そのまま突き進んだ。

 講堂の扉を開くと、多くの視線が突き刺さり、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

「な、何?」

「誰?不審者?」

「ねえ、あれどこの学校?」

「ウソ、ここ女子校だよ!」

「なんかのドッキリ?」

 案の定、講堂内が微妙な空気になっているが、構わずに前に出る。

 どうやら絵里は、今まさに送辞を読もうとしていたところらしく、こちらをポカンと見つめていた。

「は、八幡?」

 思いきりその名前を呼ぶ。

「絵里!」

 周りの教師達から捕まる前に、全力疾走で絵里の元まで行く。周りの生徒達は、何が起こっているのかわからないような表情だった。

「あら~」

「マ、マジで?」

 途中で東條さんと矢澤さんがこちらを見ているのに気づき、軽く頭を下げた。卒業式台無しにして、ごめんなさい!

 転びそうになりながらも、何とか壇上の絵里の元へ辿り着く。

「八幡……どうして?」

 おい、そんな驚いた顔してんじゃねーよ。

 目の前にその姿がある事にほっとしながら、少しだけイラついてしまった。

「……このまま離れたくないから」

「え?」

 そのまま一歩踏み出し、

 絵里を引き寄せ、

「…………」

「……ん?……っ!?」

 総武高校の校門前の時のような、ムードもへったくれ

もない キスを交わした。

 会場は割れんばかりの歓声がキャーキャー聞こえるが、それも知ったこっちゃない。

 唇を離すと、青い瞳は驚きに揺れていた。

「は、は、はち、八幡!?」

「文句言うな。こっちだって校門前でされたんだから。これでおあいこだ。だから少し黙ってろ」

「は、はい!」

 何故か微笑みながら、青い瞳が涙で潤み、小さく輝く。

 誰も動きを見せない事に安心して、絵里の手を握る。

「その……どんな事情があってロシアに帰るのかはわからないが……ここまで……好きにさせておいて、黙っていなくなるとか……ふざけんな」

「え?あの……八幡?」

「俺と結婚しろ」

「…………え?え、え?えぇぇぇぇーーーー!!?」

「周りは絶対に納得させる。ロシア語だって覚える。だから、一年待っててくれ」

「あの……八幡?」

 絵里が何か言おうとするが、割り込ませる事なく、話を進める。

「それで……プロポーズの返事は?」

 自惚れではなく、返事はわかりきっていた。

 その瞳も、顔の火照りも見てきたから。

 これからも何度だって重ねていくから。

「……はいっ!」

 絵里が思いきり抱きついてきたので、こちらも負けじと抱きしめ返す。甘い香りがふわりと弾け、このまま溶けていきそうだ。

「え、絵里ちゃ~ん!おめでと~!」

「言ってる場合ですか!」

「あはは……卒業式……どうしよっか?」

 聞き覚えのある声や、拍手の音が会場内をひたすらに飛び交い、気分が高揚するのを感じながら、こうしていられる幸せを噛み締めた。

 

 ……はい、こってりと搾られました。

 理事長やら何やら、お偉いさん達から、そりゃあもう。

 ひたすら謝り倒して、何とか許してもらえた……と思う。

 音乃木坂の廊下を二人で歩いていると、絵里が吹き出した。

「もう、いきなりすぎてびっくりしちゃったわ」

「いや、それはこっちのセリフだっての。いきなり何も言わずに帰るとか」

 俺の言葉に、絵里はまたさっきのようなポカンとした表情を浮かべる。

「……帰らないわよ」

「は?」

 間の抜けた声が出る。

「だって、航空券とロシアの大学のパンフレットが」

「あれは、その……両親から、来年までに何とかしないと、ロシアに戻すぞって言われて……」

「来年まで?どういう……」

 導かれるように、一つの答えに行き当たる。

「も、もしかして……」

 絵里はしばらく目を伏せ、躊躇う様子を見せたが、やがて、覚悟を決めたように顔を上げて、事実を告げた。

「実は私、浪人生になりました」





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I'm in love ♯2


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「あー、なるほど。それで本番で実力が発揮できなかったと」

「うん……」

 絵里が恥ずかしそうに俯く。

 どうやらこのポンコツ残念な彼女は、受験日を間違えていたらしい。前日を二日前と勘違いしていたとか。二日前に完徹で勉強して、前日はアニメを見てゆっくりするつもりだったらしいが、一日ずれて、完徹でそろそろ寝ようとしていた時に、亜里沙に叩き起こされ試験会場へ。受験中は眠さとアニメの事で頭が一杯で、その出来は散々だったようだ。

「電話出なかったのは何でですか?」

「……ショックだったから。ちなみに亜里沙は雪穂さんの家に電話を置き忘れていたらしいわ」

「……じゃ、じゃあ、チケットとパンフレットは?」

「受験に失敗した事を両親に報告したら、一年は許すけど、次失敗したら、こっちの学校に入学しろって……それとお祖母さまが会いたがってるから帰ってこいって」

「…………」

 東條さん……騙しやがったな。

 いや、写真送ってきただけだが、これは紛らわしすぎる。狙ってただろ、絶対に。

「あはは……心配させてごめんね」

「まったくだ」

 絵里の頭をがしがしと撫で、金色の髪をわしゃわしゃ混ぜっかえす。

「こ、こらぁ。やめなさい!」

「すんません。もう少しだけ」

「もう……しょうがないんだから」

 頬を赤らめる絵里の表情に、ついついいつまでもこうしていたくなる。

「ねえ、八幡」

「はい」

「わ、私って……もう、比企谷絵里なのかしら?」

「……あ、ああ」

「今……躊躇わなかった?」

「いえそんなことはありませんとも」

 結局、ただの浪人生活スタートだったわけだし。

 つーか、さりげなく立場が入れ替わっている。

「あ~!『結局ただの浪人生活スタートだったわけだし。』とか考えたぁ!ひどい!」

 いきなり俺を近くの部屋に押し込み、さらに押し倒して馬乗りになった。

「っ!ちょ、ちょっと、おい、絵里?」

「観念するチカ。このまま最後までいくチカ」

 や、やばい。この人、目がいってる。

「あの~、新婚さん?そろそろええかな?」

「「!?」」

 そこにはμ'sのメンバーが集結していた。

 

「まったく……せっかく許してもらったんだから、いきなり問題起こすんじゃないわよ」

「はい……」

「そういえば絵里ちゃん、浪人するんだよね。じゃあ、大学で私達と同級生に」

「やめてやめてやめて~!」

 絵里は両耳を押さえ、ポニーテールを暴れさせる。何かこう……不憫だ。かしこいエリーチカは当分の間、使われはしないだろう。

「絵里……い、一緒に頑張りましょう」

「大体、欲張りすぎなんよエリチは。一人で色んな属性つけて」

「な、何の事?」

「ポンコツ」「残念」「人妻」「浪人生」

「……か、かしこい、可愛いは?」

 全員がサッと目を逸らした。てか自分で言いやがったよ、この人。

「チカ~~~~~!!!!!」

 ポンコツで残念な人妻浪人生(クォーター)の絶叫が音乃木坂学園の校舎内に響き渡った。

 

「あの……皆、そろそろいいかしら」





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I'm in love ♯3


 最終章突入しました!

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

『ニューヨーク!?』

 理事長の言葉に、μ'sメンバーが皆一様に驚きを口にする。μ'sに直接の関係がない俺も、内心驚いていた。

 まず舞い込んできたニュースはラブライブの東京ドーム開催。

 こちらは、前回優勝のA-RISEと今大会優勝のμ'sの活躍によるものが大きいらしい……優木あんじゅさんは元気だろうか『チカ』いや、何でもないです、はい。

 次に、東京ドーム開催をより盛り上げる為に、さらなる知名度アップを狙っての海外ライブ。

 これを世界中に配信して、スクールアイドルをさらに多くの人々に認知してもらうという狙いがあるようだ。

 理事長の方へ、メンバーが身を乗り出す。

「ほ、本当にタダで行けるんですか!?」

「ええ、そうよ」

「ライブをする場所は私達で決めていいんですか!?」

「ええ、そうよ」

「ひ、人妻浪人生も参加していいんですか?」

「エリチ」

「アンタ……」

 止めて!もう残念感のある発言はしないで!本当にポンコツだと思われちゃうから!

「だ、大丈夫じゃないかしら?」

 理事長さんの目がこちらに向く。何故かμ'sのメンバーの目もこっちを向いた。おい、やめろ。こっちに振るな。いや、人妻とか言い出したのは俺の責任だけど。

 どうやら、まだまだ騒がしい日々が続きそうだ。

 

 とりあえず、絵里の家へ向かう事にした。

「ロシア行きはどうするんですか?」

「ラブライブ関連の事が終わってからにするわ。さすがに私一人だけ何もしないとか……寂しいじゃない」

「…………」

 正直に言ったな……。

「八幡。新婚旅行はまだ先になりそうね」

「そ、そうですね……」

 いきなりの話題変更に戸惑いながら、少し先の未来へ思いを馳せる。行き先はロシアになるのだろうか。まあ、それも悪くない。一人なら絶対に行かないだろうから。寒そうだし。MAXコーヒーないし。

 結婚に関する話で、ある事を思い出した。

「そういや……」

「何?」

「悪い……指輪、まだ買えそうもない」

 プロポーズした割に、指輪の事を考えていなかった。しかし、思い出したからといって、すぐに買えるものでもないのだが。高校生の小遣い程度では、本当の安物しか買えない。

「ふふっ。別にいいわよ。その代わり……」

 絵里は俺の左腕にしがみつき、耳元に唇を寄せた。

「今日は……ずっと傍にいてね?」

 体だけではなく、心をくすぐるような甘い囁きに、鼓動が跳ね上がり、外だという事を忘れて、抱きしめたくなる。

「……あんまりそういう事言われると、抑えきれなくなるからな」

「い、いいわよ?どんと来なさい!」

「お、おう……」

 俺が言うのもなんだが、もっとムードのある言葉は選べないのだろうか。前振りまではよかったのに……。

「どうしたの?ニヤニヤして」

「いや、何でもない」

 まあ、こっちの方が俺達らしいのかもしれない。

 

 

 





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I'm in love ♯4


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「お姉ちゃん」

「はい」

 腕組みをする亜里沙の前で正座する絵里。

 お姉ちゃんの威厳は遙か彼方へと吹き飛んでしまい、見ているだけで切なくなる光景がそこにはあった。

 絵里の表情は親に叱られる幼い子供そのもので、怒られる準備万端といった感じだ。言い訳をしない潔さは認めてもいいと思うの。

「お姉ちゃん、私に何か言う事あるでしょ?」

「はい」

 何だ?まだ何か問題を抱えているのだろうか?

 余計なお世話と思いながらも、つい口を挟んでしまう。

「な、なあ……一体……」

「お姉ちゃん、私のプリン食べたでしょ!?」

 そうか、プリンかそりゃ大変だ……は?

「ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 絵里は両手を合わせて何度も謝る。

「でもね、亜里沙。これは事故みたいなものなのよ。浪人が決まってショックを受けていた時に冷蔵庫を開けたら、美味しそうなプリンがあったの。そして、気づいたら食べてたのよ!仕方ないのよ!お風呂上がりだったのよ!」

「…………」

 確かμ'sは芸術を司る9人の女神らしいが、一人くらい駄女神が混じっているのかもしれない。おい、先週の甘々な稲妻が迸ったような空気はどこへ行った?

 亜里沙もドン引きしていた。

「ま、まさかここまで残念とは思ってなかったよ」

「止めて!残念とか言わないで!もう最終回近いのに、ポンコツとか誤解されちゃうじゃない!」

 もう手遅れな件について。

「なあ、亜里沙。そろそろ許してやってくれ、な?後でプリンぐらい買ってやるから」

「え、本当に!?」

「あの、私の分も……」

「お姉ちゃん!」

「べ、別にそれぐらいなら構わん」

「もう……あ、そうだ!二人共、結婚おめでとう!」

「亜里沙……うん、ありがとう!」

「え……」

 何故知ってる?正座したまま祝福の言葉を受ける絵里はさておき、真っ先に疑問が浮かぶ。

「雪穂の家にスマホを取りに行ったら、こんなデータが……」

 亜里沙がスマホを操作して、画面をこちらに向けた。

『俺と結婚しろ』

 そこからは聞き覚えのある声が響いてきた。

「はあ!?」

「グッジョブよ、亜里沙!」

 絵里が亜里沙を抱きしめた。

「亜里沙。あなたって本当に可愛いわね。最高の妹よ。今すぐ、クリームプリン買ってくるわね。だから、その音声を至急私の携帯に送ってくれるかしら」

「本当に!?ありがとう、お姉ちゃん!」

「ちょ、ちょっと待ってください……」

「観念するチカ。証拠を残すチカ」

「嫌チカ、恥ずかしいチカ」

 俺の必死の抵抗むなしく、東條さんが録音したらしいあの音声は、結婚式で使われる事になった。一体いつ録ってたんだよ。つーか、プリンの話の方が先だったが、もしかしてそっちの方が重要だったのかしら。

 そこで、自分が手ぶらなのに気づく。

「そういや俺、何の準備もしてないから、今日は泊まれねーな」

「八幡、着替えは奥のタンスに一式揃えてあるから」

「お義兄ちゃん、歯ブラシやお箸も揃えてますから、安心してね」

「……あ、ああ」

 問題解決。じゃあ、心おきなく泊まろう。

 あとは総武高校の奴らに、礼を言わなければいけない。

「八幡、はやくプリンを買いに行くわよ」

「はいはい」

 そういや、絵里は一週間後にアメリカに行くんだっけ。全世界にライブを配信とか、東京ドームとか、俺には想像もつかない。

 普段はポンコツな癖に、やっぱりすごい人だ。

 そんな彼女の隣に、胸を張って立てる自分でいたいなんて、柄にもなく考えてしまった。

 まあ、まずは束の間の休息を、より充実したものにしてやりたいと思いながら、絵里の手をそっと握った。





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I'm in love ♯5


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「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「どした?」

 小町がやや興奮気味の笑顔を向けてくる。

「海外旅行なんて初めてだから緊張するよ!小町テンションMAXだよ!」

「そっか。じゃ、今の内に寝とけよ。時差ぼけで眠くなるぞ」

「お、お兄ちゃんはいつも通りだね」

「ばっか、お前。俺だってテンション上がってるっての。だからこうやって、体力温存してるんだよ」

「おお、お兄ちゃんがまともな事言ってる!」

「どうせ、3年になったら受験勉強で毎日ローテンションで過ごすからな」

「やっぱりいつも通りだ……てゆーか、お兄ちゃんは受験があろうがなかろうがテンション低いじゃん」

 離陸まであと少しの飛行機の中で、小町と仲良し兄妹的なやり取りを交わしながら、初のアメリカに思いを馳せる。

 別に、アメリカに行くまでの経緯が他のシナリオと被るからって省略したわけじゃないんだからねっ!

 はい、とりあえず絵里に内緒でついていってます。

 親父と母ちゃんは隣で寝ています。

 μ'sのメンバーは後ろの席に座っています。

 今期の春アニメで一番好きなのは『サクラクエスト』です。

「どしたの、お兄ちゃん?」

「いや、今変な電波を……」

「……アメリカに行ってまで、変な事しないでよ?」

「…………」

 この前の事や、絵里と出会ってからの事を考えると、どうも反論しづらい。いや、9割ぐらい巻き込まれた話なんだが。

 

 離陸してからしばらく時間が経ち、機内にリラックスした空気が流れ始めると、μ'sメンバーのひそひそ話が聞こえてきた。

「そういえばエリチ、比企谷君と二人っきりの時はどうなん?」

「あ、それ気になる!」

「そうねえ……」

 ……東條さん、後で覚えてろよ。ちなみに十中八九この人は俺の存在に気づいている。空港でもわざと近くに来て、『貯金を八万円下ろした』とか、わざとらしく呟いていったから。

 俺の存在になど全く気づいていない絵里は、数秒の思考の末、得意げな声で言った。

「よく膝枕をねだってくるわ!」

 さっそく盛りやがったよ、この人……ねだった事なんて……な、ないよね?多分……。

「へえ、意外やね」

「何か可愛い♪」

 小町が『え?この兄、そんな恥ずかしい真似してんの?』みたいな目を向けてくるのがつらい。俺がそんな甘えん坊に見えるのだろうか、見えるのだろう。

 あとでどうしてくれようか……。

「ハ、ハレンチです!」

「いや、膝枕だけでしょ」

「ほ、他には何かあるの?」

「う~ん、そうねえ。ご飯の時……」

「!?」

 眠くなるまでの僅かな間、緩やかに羞恥の時間が流れていった。

 

 





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I LOVE YOUをさがしてる


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 それでは今回もよろしくお願いします。でも


「今、八幡の匂いが……」

 そんなはずないのに。

 私ったら、早くもホームシックになってるのかしら。はあ……八幡も来れたらよかったのに。いえ、駄目よ絵里!今の私はスクールアイドル。八幡への気持ちは胸の奥に仕舞っておかないと……いや、それも今さらよね。それに……

「やっぱり八幡の匂いがするのよね……」

「エリチ。アメリカに着いて早々、頭のおかしな事言わんで」

「そう?至って普通の事だと思うのだけれど」

「いや、普通の人は恋人の匂いを嗅ぎ分けたりせんから」

「ふふっ。希はまだ子供ね。恋をしたらわかるわよ。恋をしたら、ね」

「あれ?今、エリチを殴りたくなったんやけど……」

「アンタら、くだらない事言ってないで早く行くわよ。まったく、海外ぐらいではしゃいじゃって。子供ね~」

「おっと、どこまでも子供がなんか言ってるわね」

「マスコットやなかったっけ?」

「どういう意味よ!」

 やっぱり……女子旅も悪くないわね。

「皆、早く行くよ!ほら、私みたいにしっかりしなくちゃ!」

「穂乃果ちゃん、そっちじゃないよ」

「あれ?」

「ま、まま、まったく……ほ、穂乃果は何をやっているのですか。海外だからといって、う、浮かれすぎです」

「海未ちゃんは緊張しすぎにゃー」

「ダ、ダメだよ、凛ちゃん!海未ちゃんだって頑張ってるんだから!」

「ねえ、どうでもいいから早く行きたいんだけど」

 

「お兄ちゃん、ばれなくてよかったね」

 小町が笑いを堪えながら、悪戯っぽい笑みを向けてくる。終始ノリのいいμ'sメンバーの掛け合いが面白かったのだろうか。

「ああ。てか俺ってそんなに匂うのか……」

 おかしい。ぼっち時代の習性で、清潔感にはかなり気を配っているはずなのだが……。

「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん!小町はお兄ちゃんの事、たまにゴミぃちゃんって呼ぶけど、あれは匂いとかじゃなくて、お兄ちゃんのどうしようもない性格とか行動に対してだから!」

「なあ、それってフォローなんだよな……」

「ほら、アレだよ!絵里さんにしかわからない匂いだよ!絵里さんってかなり特殊だし!」

「まあ、そうだろうな」

 だって絵里だし。

「ほら、バカ兄妹!さっさと行くよ!」

「…………」

 親父と母ちゃんがお待ちのようだ。特に親父が嫉妬の視線で睨んでくるのが気になる。わかったって。思う存分、小町と親子の時間を過ごせよ。

 ……さて、絵里にはどんなタイミングで会うべきなのか。やっぱり何か演出みたいなのは必要だろうか。サプライズはここに来ている時点で成立しているのだが。

 それと、プレゼントは何を用意すればいいのか……。

 アメリカに来たという感動もそこそこに、頭の中はただ一人の事で塗りつぶされていった。





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I LOVE YOUをさがしてる ♯2

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 それでは今回もよろしくお願いします。


「ハラショ~」

「お兄ちゃん、文字だけだと紛らわしいから止めて」

「はい」

 ホテルに荷物を置き、ニューヨークの街へ繰り出すと、ついついロシア語が口から飛び出した。ここはアメリカなんだけどね!

 時期的なものもあるのだろうか、大学生っぽいグループをちらほらと見かける。

「よし、じゃあ俺はそろそろ……」

「あんた、本当に一人で大丈夫?」

「小町もついて行こうか?」

 一人になろうとすると、母ちゃんと小町から心配そうな声をかけられる。まあ、海外だしそりゃそうか。親父は……巨乳美女をチラ見していた。おい、母ちゃんに叱られても知らねえぞ。

「大丈夫だよ。別にそんな遠くにはいかねえし」

「そう。じゃあ、集合時間は守るのよ」

「おう、そっちもな」

「それと、絵里ちゃんへのプレゼントなんだから、ちゃんとした物選ぶのよ」

「うん、そこが一番心配だよ。お兄ちゃんだし」

「…………」

 仕方ねえな。あとでその認識を改めさせてやろう。

 

「……わからん」

 意気込んだはいいが、果たして何を渡せば最大限喜んでもらえるのだろうか。

 正直に言うと、絵里の場合何でも喜んでくれそうだから、だからこそ判断に困る。

 多分、そこの露店で売っているような髑髏の指輪を買ったって……

「わあ♪この指輪、とってもオシャカルトじゃない!」

 とか言って喜びそうだ。自信過剰とかではなく、そういう優しい人なのだ。だからこそ、最大級のプレゼントをしたい。

 さて、どうしたものか……。

 考えている内に、誰かが背中にぶつかってきた。

「ごめんなサイ…………!」

「いや、こちらこそ……」

 慌てて振り返ると、そこにはモデルばりの美女がいた。

 顔立ちからして外国人なのは間違いないが、カタコトの日本語が少し微笑ましい。多分年上だろうか。

 それ以外に気になる事といえば、その頬がやたらに赤く、目が少し潤んでいる事くらいだ。……この感じはどっかで見たことあるような……。

「あの……お名前と……レンラクサキヲ……」

「え?あ、いや……」

 いきなりな展開に、絵里と初めて出会った時の事を思い出す。そういや、初めて出会ったのも確か……あ。

「ダメデスカ?」

「す、すいません……」

 その場を立ち去ろうとすると、腕をがっちりとホールドされた。

「え?あ、ちょっ……」

「素敵な目……デスネ」

 またどこかで聞いたような言葉と、甘い香りと感触に戸惑っていると、低めの声が響いた。

「アナスタシアさん、そろそろ……」

 スーツ姿に長身の、強面の男が立っていた。どうやらこのお姉さんの連れらしい。

「あ、ワカリマシタ……」

 アナスタシアと呼ばれた女性は、俺からパッと離れる。しかし、一体どんな組み合わせなのだろうか。二人はそのまま歩き出した。

 その様子を何となく見送っていると、彼女はこちらを振り返り、小さく手を振った。

「それじゃあ、マタネ」

「あ、はい……」

 顔が熱くなるのを感じながら、何とか手を振り返す。

 そして、その背中が人混みに紛れた頃に、軽く溜息を吐いた。いや、下心など微塵もない。年上の綺麗な女子に話しかけられて緊張するのは、思春期男子からすれば当然の習性で……

「何をしているのかしら、八幡?」

「は?」

 そこには般若も真っ青の怒りの形相を浮かべた絵里がいた。

 

 




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I LOVE YOUをさがしてる ♯3


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「え、絵里……」

「…………」

 絵里がこちらにスタスタと早歩きで駆け寄ってくる。その一歩一歩が死へのカウントダウンのような気がして、背中を冷や汗が伝い、足は動かない。あれ?

俺、何かしたっけ?

 動けずに戸惑っていると、絵里が目の前で立ち止まる。

「お、おう……」

「…………バカっ!!」

 そう怒鳴るように言って、絵里は俺に背を向け……

「あうっ!」

 転んだ。

 

「な、なあ、さっきのは別に浮気じゃないんだよ」

「……ふんっ」

「絵里さーん、もしも~し」

「……つーん」

 どうしたものかと頭を抱える。

 小さなベンチに二人で並んで座っているものの、絵里はこっちを向いてくれない。絵里曰く、さっきの女子にデレデレしていたそうだ。

 何となくと絵里の方に目をやると、こっちをチラ見していたらしく、またさっと向こうを向いた。その動作はこちらの気配を窺う猫のようだ。

 多分、絵里も早く仲直りしたいのだと思う。

「なあ、絵里。その……謝るから許して欲しいんだが。その……せっかく二人でいるなら……笑顔が見たい」

 言葉を慎重に選びながら、不器用に紡いでいく。付き合う前後から謝ってばかりなので、だいぶ効力は薄れているかもしれないが。

「むぅ、仕方ないわね」

 今回はどうやら許してくれるらしい。

 彼女はそのまま距離を詰めてきて、肩に寄りかかってくる。金髪がさらさらと風に小さく揺れ、俺の首筋を優しく撫でていた。それを少しくすぐったく思いながら、手を重ねる。

「絵里」

「?」

「帰ったら……婚姻届にサインとハンコ押していいですか?」

「……もっとロマンチックな言い方はできないのかしら」

「わ、悪い……ただ、忘れてたなって思って」

「もう……でも、最高のプレゼントね。ありがとう」

「そりゃよかっ……っ」

 こちらが心の準備をする時間すら与えずに、強引かつ乱暴に唇を塞いでくる。

「……ん……ん……っ」

 そのまま口の中を舌が暴れ回り、次第に鼻や頬や首筋にも、貪るようなキスを重ねられる。

「……い、いきなりだな」

「おまじないよ」

 絵里はトロンとした瞳で、俺を撫でるように見た。

「誰にも鼻の下を伸ばしたり、顔真っ赤にしたりしないようにする為の、ね」

「そうですか……」

 どちらからともなく顔を離し、荒い息を整える。

 勢いで言ったが、人目がなかったのが幸いだ……人目?そういえば……

 今、ふと湧いた疑問を口にする事にした。

「ふう、八幡成分補充完了!」

「そういや、絵里……」

「どうかした?ま、まだ陽があるから、ここから先は……」

「もしかして、迷子になってた?」

「…………」




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I LOVE YOUをさがしてる ♯4

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 どうやら絵里は、どこかから俺の匂いがしたらしく、それを辿っている内に皆とはぐれたらしい。……絶対に頭おかしい。

「あ、いた!」

 絵里の指し示す方角を見ると、μ'sのメンバーが集まって辺りをキョロキョロと見回していた。

 二人でいた時間、μ'sのメンバーが絵里を探していたと思うと、かなり申し訳ない。俺も絵里と一緒に頭を下げよう。

「いた!エリチ~!比企谷く~ん!」

 こちらに気づいたらしい東條さんが手をぶんぶん振っている。つーか、あのリアクション。あの人やっぱり気づいてたんじゃねーの?

 皆を見つけたのがよほど嬉しかったのか、絵里が小走りに駆け出す。

「みんな~!」

「何をやっていたのですか!」

 突然の怒声に、絵里がピタリと立ち止まる。その迫力に俺まで体がびくっと震えた。

 その声の主は園田さんのようだ。彼女は心配そうな表情を浮かべ、頬は真っ赤に染まっている。

「海未……」

「こ、ここ、こんな所でも恋人と陰でこっそりイチャイチャするなんて……ハレンチすぎます!」

「海未……」

「…………」

 なんか話の方向がおかしい。はぐれた事はどうでもいいのだろうか。園田さんってこんなんだったっけ?顔はやたらと火照っているし、目の焦点が合っていないような……。

「ふ、二人で……物陰で……イチャコライチャコラ……ふふ……ふふふ……」

「う、海未ちゃ~ん!しっかりして!戻ってきてよ~!」

「ムダだよ、ことりちゃん!海未ちゃんは最近、作詞の為に恋愛小説を読みすぎて、すぐ妄想の世界に入り込むようになっちゃったんだから!」

「ダ、ダレカタスケテアゲテェ……」

 ……どうしてこうなった。

「絵里……もしかして、絵里の影響か?」

「し、失礼ね!何で私が変な影響与えたみたいになってるのよ!」

 しかし、他に理由が見当たらない。いや、これが理由っていうのもおかしな話かもしれないが。絵里のキャラ崩壊の影響がここまで及んでいようとは……恐るべし。

 

「それじゃあ、また日本に帰ってから……うぅ」

「いや、どうせすぐ会えるから。泣かないでいいですから」

 涙ぐむ絵里の頭をポンポン撫で、なんとか宥める。

 μ'sの方は予定が詰まっているらしく、こっちで会える時間を作るのは無理らしい。まあ、最初から予定にはなかったのだし、仕方ないだろう。むしろ、短時間でも会えただけマシだ。

「だってぇ……だってぇ……」

「いや、それにこっちには用事があって来てるんだろ?」

「うん……」

「ほら、エリチ行くよ」

「アンタのせいで予定狂ったんだからね。きっちり取り返すわよ」

 両サイドからガッチリとホールドされ、それがしばしの別れの合図になる。

「そんなぁ、せめてキスくらい、キスくらい~!」

 絵里はそのまま同級生2人に、ずるずると引きずられていった。

 なんかこう、アメリカに来ても相変わらずなオチというかなんというか……まあ、なんか楽しい空気だからいいや。

 その後は、珍しく家族4人であちこち見て回り、それなりに楽しく温かい時間を過ごした。

 

 数日後、絵里より一足先に日本に帰った俺は、μ'sのライブ映像を観て、大きな衝撃を受けた。

「マジか……」

 まさか絵里がセンターだとは知らなかった。てゆーか、あれ?ポンコツ感がない。曲の始まりの色気とかはないの!本当に絵里だよな……そうか、髪を下ろした時が本気か。衣装もかなり似合っている。

「……もう一回観るか」

 この後、百回以上繰り返して観てしまった。




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I LOVE YOUをさがしてる ♯5

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「ただいまぁ!!」

「っ!」

 玄関の扉を開けた途端、笑顔の絵里が思いきり抱きついてきた。その勢いに危うく倒れそうになるが、しかし男の意地で堪えた。

「ただいまぁ!会いたかった、会いたかった、会いたかった!」

 yes!、じゃなくて……

「お、落ち着いてくだふぁい……」

 豊満な胸を惜しみなく顔に押しつけてくるせいで、呼吸がしづらい。あまりの柔らかさと甘い香りに、このまま色々と越えてしまってもいいような気が……

「お二人さ~ん、玄関でいちゃつくのは、色々と気まずいので止めてもらっていいですか~?」

 小町の困ったような声に、二人してそっと離れた。

「お、おう……」

「ごめんなさい……」

 はい。またしても安定のおあずけである。

 

 ひとまずリビングでコーヒーを飲み、落ち着いてから、絵里に話をふる。

「そういや、大丈夫だったんですか?帰って来た時とか」

「ええ。サインするのに、かなり時間かかっちゃったけどね」

 アメリカから帰って来る日に空港まで迎えに行こうとしたら、絵里から『今来たらパニックになるから、家で待ってて』というメールがきたので何事かと思ったら、空港はμ'sのファンで埋め尽くされていたらしい。

「八幡が来てたら大変な事になってたわね」

「確かに、な……」

「危うく芸能人でもないのに、婚約記者会見を開くところだったわ」

「え?何の心配?」

 昨日も散々秋葉原でファンに囲まれたらしいが、意外と大丈夫そうだ。

 アメリカでのライブが起爆剤になったのか、テレビでもこの前のライブや過去のライブが放送され、全国大会優勝チームであるμ'sは、爆発的に知名度を上げ、次のライブが期待される状態だ。しかし……

「μ'sは活動終わるんだろ?」

「ええ……皆と決めたの」

「……そっか」

 絵里は少しだけ俯き、寂しそうな顔を見せた。μ'sで重ねてきた時間は、決して長いとはいえないが、その密度はかなり濃いものだったのだろう。その事に、少しだけ嫉妬してしまう自分がいたが、それ以上にμ'sが続かない事を残念に思う自分がいた。

 しばらくリビングが静謐に包まれ、物音をたてるのも躊躇われたが、ゆっくりと顔を上げた絵里が、自らその空気を破った。

「実はね……最後に一日だけライブをする事にしたの。秋葉原の街で……全国のスクールアイドル達と……」

 絵里がそっと手を重ねてきたので、応えるように握り返す。自分が思ったよりも強い力で。

「……絶対に観に行く」

「あ、八幡。スタッフお願いしていい?」

 二つの青い瞳を見ながら告げると、絵里はあっさりとした口調で意外な事を言った。

「へ?」

「いきなりのライブで人手不足なの……お願い!」

 絵里は手を繋いだまま、ぴったりと体が密着するくらいに距離を詰めてくる。

 ……いや、別に上目遣いとか胸の谷間チラ見せとかしなくてもやるけどさ。

「べ、別にいいですけど……」

「その、出来れば……」

「ああ、生徒会の奴らに声かけときますよ」

 上手くいけば、雪ノ下経由で葉山グループを巻き込めるかもしれない。人手が増えれば、その分楽ができる。そして、俺がゆっくりステージを観る時間が増える……よし、やる気が出てきた。

「八幡、悪い顔になってるわよ」

「またロクでもないこと考えてそう……」

 




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BE LOVED


 ラスト3話です!

 それでは今回もよろしくお願いします。



 

「八幡よ。悪くないものだな、皆で祭りを盛り上げるのも」

「ああ、冒頭からお前の台詞じゃなきゃ、もっとよかったな」

 ライブ当日。

 空は雲一つ見当たらない澄んだ青空で、陽の光が秋葉原の街全体に優しく降り注いでいた。風も頬をそっと撫でていくくらいの柔らかい風で、何かの始まりを演出するにはぴったりの春の晴天に思えた。

 俺と材木座は、荷物を運んだり、重い物を持たされたり……力仕事でこき使われていた。

 正直かなりしんどいが、ここで頑張っておけば、絵里の……μ'sのライブが見れる。生徒会メンバーには賄賂を渡しておいたので、きっと大丈夫なはずだ。

「は、八幡。目が血走っておるぞ」

「気のせいだ」

 これでラストか。最近、運動を日課にしておいてよかった。

「「「お疲れ様です!」」」

 ひと息ついたところで、聞いただけでシャキッと背筋を伸ばしてしまうような凛とした声が、幾つか重なって響く。

 声のした方を向くと、そこにはA-RISEがいた。3人共、ステージ衣装に着替えて準備万端のようだ。

 そこで3人の視線が俺ではなく、材木座の方を向いているのに気がついた。

「あら、剣豪将軍」

「おや、剣豪将軍じゃないか」

「あら、剣豪将軍ね」

 ……何……だと……。

 なんでA-RISEの3人が材木座に親しげに声をかけた!

 え?何、この展開。最終回直前に、こんな謎展開いらないんですけど。

「……え?ちょ、いきなり声かけんなよ」

 テンパった材木座は素の口調に戻ってしまった。お前はお前で何なんだよ。顔真っ赤だぞ。

 その光景に呆気にとられていると、優木あんじゅの視線がこちらに向いた。

 彼女はそのイメージに違わぬ優雅な微笑みを見せ、こちらに一歩踏み出して、覗き込むようにこちらの顔を見る。

「あなたは確かハロウィンイベントで……」

「ど、どうも……」

「ふふっ、また私が転んだら助けてね?」

「……あ、はい」

「チカァ!!」

 金髪のポニーテールが割って入ってきた。

「八幡、何してるチカ」

「いえ、何も。いや、本当に」

「あら、絢瀬さん。ごめんなさいね。そんなつもりじゃないのよ」

「八幡、こっち!」

「あ、はい!」

 何が何だかわからないままに、俺は絵里によって連れ出された。

 

 外はスクールアイドルでごった返していて、特に目立つ事もなく移動できそうだ。

 絵里はというと、腕を組んで頬を膨らましている。

「まったく!八幡はまったく!」

「な、何かすいません」

「八幡は私というものがありながら「また、会えましたネ!」な、何!?」

 今度は、アメリカで偶然出会った謎の女性が俺の腕にしがみついてきた。

「これは運命デスネ!」

「チカァ!そうはさせないわよ!」

 

「八幡、あの子とはどんな関係なのかしら?」

「いや、何も」

 絵里にびくつきながら後退ると、後方を確認しなかったせいで、誰かにぶつかった。

「あ、すいません……」

「いえ、こちらこそ……ひゃわわっ!」

「どうかシタノ、美羽?くっ、あの目はすごいわネ!いけないわ、私ったら。ユウタという人がいながら……」

 ぶつかったのは小学生くらいの女の子だ。しかし、かなり整った美貌をしており、風に靡く長い金髪は、見た目とは不釣り合いな色気を感じた。

 一方、母親らしき女性は明らかに海外の女性で、モデルのような容姿をしていた。こちらも腰まで届くくらいに長い金髪だ。

 何故か二人して、顔を真っ赤にしてモジモジしている。

「あの、お母さん……私……」

「行きなさい、美羽!恋愛に年齢は関係ないワ!」

「チカァ!させるかぁ!」

 今、ライブ前なんだよな……。

 いつも通りの絵里に苦笑しながら、その姿はやけに頼もしかった。

「八幡、うまくまとめようとしてるけどムダよ。アフターストーリーでしっかりケジメをつけるわよ」

「……はい」

 





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BE LOVED ♯2

「じゃあ、行ってくるわね」

「ああ」

 

 絵里の振り返りざまのウインクに小さく頷く。

 開演10分前になってからは、さっきまでのポンコツ感は消え去り、スクールアイドル・絢瀬絵里がそこにいた。

 これが最後のライブなんてことは、あえて考えないようにした。

 すると、絵里はこっちに戻ってきて、手をきゅっと握ってくる。その表情は優しくもあり、寂しげにも見える。

 

「……しっかり、見ててね」

「しっかり、見てる……誰よりも」

 

 *******

 

 ライブが始まってからは、一つ一つを目と心に焼き付けようと、周りの風景も含めてしっかりと見た。

 SUNNY DAY SONGという曲に相応しい青空の下、μ'sのメンバーを中心に、感情の波が押し寄せてくる。よく見れば、亜里沙もスクールアイドルの衣装に身を包んでいた。……今、こっちにウインクしてきた。

 μ'sのメンバーも、A-RISEや他のスクールアイドル達も、心からの笑顔を浮かべ、観客に楽曲を届けていた。

 そして、スクールアイドルが彩り鮮やかに秋葉原の街を飾り、一つの繋がりを生んだ祭りは、その音楽が終わるまで続いた。

 

「ヒッキー、あたし達は片づけ終わった事、報告してくるね!」

「ああ」

 

 これで、本当に終わったか……。

 ライブが終わり、スクールアイドル達が余韻の中で感動を分かち合っている間、夕焼けに赤く染まる空を眺め、絵里と出会ってからの一年間のことを考えた。

 あの宇宙人に出会ったかのような衝撃的な一日。

 校門前での衝撃的なキス……やっぱり、あの人にはサプライズしかねーな。それに、振り返るにはまだ早いか。

 多分、これから先もその突飛な言動に驚かされる事になるのだろう。

 そして、そんな驚きを一番に見れる場所にこれからもいたい。

 

「八幡」

 

 絵里の呼びかけに振り向くと、その目は涙で濡れていた。頬は夕陽のように赤く、さっきまで泣いていたことがわかる。

 ポケットからハンカチを差し出すと、それを受け取った絵里はそっと涙を拭った。

 

「ありがと。ふふっ、もう出しきったと思ってたのに」

「…………」

 

 濡れた青い瞳にかける言葉が見つからないまま、ポケットのなかに入れていたあるものを、絵里に強引に手渡す。

 

「これ……指輪?」

「この前、アメリカで……」

 

 本音を言えば、もう少しちゃんとした物を買いたかったが、今はこれが限界だった。

 

「その……安物で悪いんだが……いつか、必ず……っ」

 

 絵里に唇を塞がれ、続きは言えなかった。

 至近距離で見つめ合いながら、彼女は囁いてくる。

 

「私の世界一大事な人からのプレゼントをそんな風に言わないで」

「……はい」

 

 俺の返事に頷くと、そのまま手を引っ張るように歩き出した。

 

「さあ、この勢いで行くわよ!」

「え?どこに……」

「東京ドームよ!」

「すっげえドヤ顔……じゃなくて、何故?」

「サプライズよ!μ'sから応援してくれた皆への!」

「お、おう……」

 

 またサプライズかよ……まあ、これがまた絵里らしい。ドヤ顔はおいといて。

 

「八幡!」

「?」

「ずっと……見ててね」

「……ああ、もちろん」

 

 どちらからともなく並んで、なるべく同じ歩幅になるように歩く。

 そっと吹き抜けた優しい風が、どこまでも運んでくれる気がしていた。

 

「あ、そうだ!……八幡。ちょっといい?」

「どうかしましたか?」

「指輪……お願い」

「……了解」

 

 俺は彼女のしなやかな指に、できるだけ優しく、少し緊張しながら、彼女の指に誓いの証をはめた。

 



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BE LOVED ♯3

 あれから1年後……。

 

「引っ越し完了!八幡は荷物が少ないから、思ったより早く済んだわね」

「そりゃどうも」

 

 俺と絵里は無事に東京の大学に合格し、在学中は絢瀬家に住まわせてもらう事になった。もちろん、絵里の両親には挨拶を済ませてある。まあ、色々あった1年だったが、いつか話す時が来るかもしれない。

 まあ今のところ、絵里の両親は仕事でロシアを離れられないから、3人暮らしになるのだが、この二人相手ならそこまで気兼ねすることはない。

 

「さ、そろそろ小町ちゃんも買い出しから戻ってくるから、皆でどこか食事にでも行きましょうか」

「そうっすね。あー、疲れた」

 

 自分で肩を揉む俺を見ながら、絵里は小さく笑う。最近はポニーテールにはせず、金髪を下ろしているが、俺が褒めちぎったのを小町から聞いたのだろうか。

 

「ふふっ、運動も本格的にやってみたら?大学では何かサークル活動はする予定なの?」

「いや、そんな予定はない」

「言うと思った。あ、希からだわ。そろそろ来るって」

「そっか。じゃあ、先輩に挨拶するとしますかね。二人で」

「八幡。そこに直りなさい」

「すいません、冗談です」

「まったく……」

 

 ちなみに現役で受験したμ'sメンバーは全員無事に合格したようだ。パリへ留学した南さん以外の二人は、同じ大学になる。学部が違うけど、もしかしたら構内でばったり会うかもしれない。

 総武高校の生徒会メンバーも無事に進学した。

 なんとあの由比ヶ浜が、雪ノ下と同じ大学に合格した。学科は違うようだが、アホの子の影はもうどこにも……いや、その辺りはあまり……。

 ちなみに葉山と三浦も同じ大学で、こちらは雪ノ下と同じ学科になるらしい。こちらはこちらで、騒がしい毎日になりそうだ。

 材木座は……誠に遺憾ながら、同じ大学になってしまった。流れ星に三回以上祈っても、戸塚に変わる事はなかったので、これが現実なのだろう。

 

「にこが来れないのは残念ね」

「まあ仕方ないですよ。忙しい身だし」

 

 矢澤さんは大学に通いながら、プロのアイドルとして活動している。μ's時代の活躍もあり、A-RISEと同じくらいの知名度は獲得している。確か765プロとかいう事務所に所属していて、この前は同じ事務所のアイドルと料理番組に出ていた。

 

『うっうー♪』

『にっこにっこにー♪』

 

 ……どちらも割と癖になりそうだ。

 

「うっうー!ほら、どう?八幡」

「さてと、じゃあリビングで皆を待つとしますか」

「む、無視しないでよ!」

 

 そう言いながら、後ろから抱きついてくる絵里の手を握る。甘い香りにひんやりとした白い手。このまま眠ってしまいそうなくらいに安らいだ気持ちになる。

 

「八幡、どうかした?」

「絵里、その…………好きだ」

 

 少し間を空け、何度も重ねてきた言葉を告げる。

 そして、何度も重ねていこうと誓った。

 きっとその言葉は幸せをよんでくれるから。

 振り向くと、絵里はいつものように青い瞳を輝かせ、優しく微笑んだ。

 

「……私もよ。八幡」

 

 *******

 

 1時間後……。

 

「そういや比企谷君、この前、外国人の女の子にナンパされよったね。顔赤くしとったやん?」

「いや、その……それは……」

「チカァ!!」

 



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AFTER STORY


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 ある休日の朝。

「八幡!もう朝よ、起きなさい!」

「…………」

「返事がなくても屍じゃないのはわかっているわ。起きなさい!」

「…………寝てる」

「起きてるじゃないの!今日は待ちに待った私とのデートでしょ?ほら、起きなさい!」

「zzz……」

「そんな表記じゃ騙されないわよ!」

「いや、あなた昨日も一日中遊園地ではしゃいでましたからね……」

「今日には今日の風が吹くのよ!」

「じゃあ、俺は寝るってことで……」

「起きるチカ。起きてさっさといちゃつくチカ」

「いや、昨晩も……」

「ふふっ、な~に?いくじなしの八幡君?」

「ぐっ…………もう寝る」

 昨晩のあれこれを思い出す。

 いや、頑張ったんだよ?でも……まあ、その……はい、絵里に恥をかかせてしまいました。割とガチでショックでした。絵里は笑って許してくれたけど、亜里沙に叱られました。てか、何で知ってんだよ。

 気がつけば、絵里は部屋からいなくなっていた。まあ、今日はゆっくり休めということだろう。

 なんて考えた途端にドアが勢いよく開いた。

「え、絵里さん?」

 そこにはいつぞやのキュアハートがいた。

「愛をなくした哀しい八幡!このキュアーチカがあなたのムラムラ、取り戻してみせる!」

「…………」

 なんか微妙に変えてるところがイラッとくるが、似合いすぎて何も言えない。サラサラと輝く金髪が眩しい。そして、本家よりもアレなスタイルがこちらの鼓動を、否が応にも加速させる。

「届け!マイスイートハート!」

 助走をつけた絵里がベッドに飛び込んでくる。

 何とかして受け止め、勢いに任せて抱きしめてみた。

「ふふっ、どう?可愛い?」

「……ああ」

 髪を撫で、背中をぽんぽんと叩き、その柔らかな温もりを味わう。絵里の家で暮らし始めてから半年が経つが、まったく飽きることも、満たされることもない。

 どちらからともなく唇を重ねる。

「…………」

「……っ……ん」

 完全に意識が覚醒し、身体の動きが明確になる。じゃあ、あとはこのまま……

「おっ二人さ~ん♪」

「「っ!?」」

 突然の呼び声に驚き、ビクンッと跳ね上がる。

「の、希!?」

「……ど、どうも」

「朝からお盛んやなぁ~。もしかしてウチとの約束忘れとった?」

「あ……」

「エリチ……」

 この人、俺をデートに誘ってましたよ?

 しかし、絵里は気を取り直し、シャキッと背筋を伸ばして、賢い可愛い表情を浮かべる。

「さ、出かけましょうか。希」

「絶対忘れとったな。しかもその格好で出るつもり?」

「あっ……」

 まあ、何というか……いつも通りだな。 





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AFTER STORY ♯2


 明けましておめでとうございます!
 今年もよろしくお願いします!


 

「これは……」

 私は手にした物を見て、震えが止まらなかった。

「こ、これは……男の子のベッドの下にあるという生活必需品ね……」

 ついに見つけてしまったわ……ちなみに今は八幡の部屋の掃除中。つい手を伸ばしてしまったのよ……好奇心って恐いわね。

「それにしても八幡ったら、私というものがありながら……どんな女の裸を……」

 私は表紙を確認してみる。

「なになに……『旅館の3人娘末っ子の淫らなご奉仕』、『ピアニスト美少女の甘い旋律』、『競泳水着が似合うあの子と裏の特訓』、『ロリっ子との7日間』、『方言娘~人気のないお寺で~』、『中二病美少女に夢中!』、『サーフショップの店員の特別サービス』、『金髪巨乳ハーフ美少女とのテンションMAXな夜』、『黒髪ロングの真面目な生徒会長の乱れ狂う一日』……」

 やけに数が多い……それに、全然違う属性……こ、これはまさか!?

 私は頭の中は、あっという間にある答えに辿り着く。

「私へのリクエストね!?」

 まったくもう!こんな遠回しにお願いするなんて、本当に八幡ったらシャイボーイなんだから♪

 私は参考までに、その本の中身を確認し始めた。

 

「お姉ちゃんが……エッチな本読んでる……!」

 

 *******

 

 あれ?

 材木座の奴から無理矢理預けられた本がない。

 今度渡さなければいけないのだが……まあ、いいか。

「八幡、帰ってたずらか?」

「ああ……ん?」

「どうかしたずらか?」

 ま~た何か変なものに影響受けやがったな、このポンコツさんは。

「絵里……今度は何があった?」

「くくく、我が闇の力にかかれば、キャラ変更など造作もなき事……って今度はって何よ?今度はって!」

 絵里は頬を膨らまし、ウェットスーツを見せびらかす。何かもうわけわかんねえぞ。

「八幡、ごめんなさい……」

「な、何がでしょうか?」

「あなたの要求、全部飲むのは無理だったわ」

「…………」

 

 *******

 

「なるほど、材木座君のだったのね」

「ああ」

 絵里はほっと胸をなで下ろしている。いや、ヒヤヒヤしたのは俺だからね?ついに彼女のポンコツが天元突破したかと思ったからね?最近、落ち着くどころかレベルアップしている気がする。

「やっぱり八幡はキュアーチカの方がいいわよね」

「まあ……そうかもしれん」

「じゃあ、今から好きなのを選んでいいわよ」

・絵里を抱きしめてスマイルチャージする♡

・絵里にキスをしてラブリンクする♡

・絵里にサイン付きの婚姻届を渡してプリンセスエンゲージする♡

「これは……てか、最後のはまだ色々と……」

「嫌なの?」

「♡を付けて誤魔化してる感が……」

「♡をつければかわいかろう?」

「…………」

 すっげえドヤ顔してやがる。よくもまあ、ここまでごちゃ混ぜにできるもんだ。

「絢瀬絵里はかわいかろう?」

「…………」

 絵里のドヤ顔が次第に距離を詰めてくるのを見ながら、こりゃ勝てないと、俺は苦笑し、さらさらの金髪を撫でた。

 





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チッカチカにしてやんよ

 

「ふぅ……」

「どした?」

「いえ、ちょっと……ううん、何でもないわ」

 

 物憂げに溜息を吐く絵里は、今日はアンニュイな気分なの、とばかりにテーブルに突っ伏す。普段のやたらテンションMAXなポンコツが鳴りを潜めるだけで、こんなにも美人度が上がるとは……やっぱ普段の言動って大事なのね。

 とはいえ、自分の彼女が悩んでいるのを放っておくわけにはいかない。

 俺は彼女に寄り添い、声をかけた。

 

「絵里……どうかしたのか?」

「ありがとう。本当に何でもないのよ」

「前も言ったが、そう言って本当に何でもなかった奴を俺は知らない」

「八幡……」

「まあ、無理にとは言わんが、話せるなら話してくれ。俺は……絵里の、彼氏だから……」

 

 絵里は頬をぽっと赤らめ、上目遣いにこちらを見上げてくる。だが、彼女より俺が顔を真っ赤にしている可能性が非常に高い。我ながら恥ずかしいことを口にした。こういうのは未だに慣れない。

 こちらの気恥ずかしさを感じ取ったのか、絵里はクスッと微笑み、俺の手を握り、口を開いた。

 

「実はね……」

「ああ……」

「次のコスプレが思い浮かばないの「おやすみ」ちょっと、逃げないでよ!」

 

 はあ……長い前振りだったぜ……。

 絵里は頭を抱えながら呻く。

 

「やばいチカ……八幡のためのコスプレネタが思い浮かばないチカ……」

「ちょっと何言ってるのかわかんないんですけど」

「何でわかんないのよ!」

 

 ガバッと抱きついてくる絵里に、台詞と行動が合ってないというツッコミは一旦置いといて、とりあえず頭を撫でておく。

 

「まあ、別に気にすんな。やっぱりそのままが一番だし」

「だって……インパクトがなきゃ忘れられるじゃない」

「……何の話かさっぱりなんだが……」

「ほら、ことり編はあと10話以内には終わっちゃうし、花丸ちゃん編が終わったら、次は千歌ちゃん編か鞠莉ちゃん編が始まっちゃうし……」

 

 メタいメタいメタいメタいメタい!!!

 

「どんどん時間が流れていく中で、いかに私という存在を強烈にアピールするかが大事なのよ」

「はあ……」

「というわけで八幡」

「な、何でしょうか?」

 

 この先の展開は容易に想像がつく。

 

「今からデートに行くわよ」

「……何故?」

「チッカチカにしてやんよ」

「もう夜7時なんですけど……」

「チッカチカにしてやんよ」

「わ、わかったから……あんま遠くは無理だけど」

「チッカチカに……えっ、本当に!?」

「ああ。亜理沙も高坂妹のところに泊まりに行ってるし、たまにはいいだろ」

「じゃあ、早く出かける準備するわよ!」

「はいはい」

 

 一人だったら、こんな時間から出かけるなんて、面倒くさいだけだが、彼女とならつい何かに期待し、つい出かけてしまう。

 その何かに気づく日はいつのことやら……今はただ彼女と過ごす時間にただ感謝しながら、その笑顔を見つめていたい。

 きっと、それはこの世で一番素敵なことだから。



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明けましておめでとうございますチカ

 これは、絵里の家で暮らし始めてから初めて迎えた正月の出来事である。

 初詣を終え、大晦日から絵里のハイテンションに振り回された俺は、疲れて眠ったのだが……。

 

「ん……んん……」

「…………」

 

 ……なんだろう。

 唇に違和感を覚える。

 普段なら「まあ、気のせいか……」ともう一度眠るところだが、直感で自分の身に何が起こっているか察した俺は、すぐに目を開けた。

 すると、そこには見慣れた青い瞳がこちらに熱い眼差しを送っていた。

 その瞳は宝石以上に輝いて見えるのだが、いきなり至近距離に現れると、ぶっちゃけ怖い。

 とりあえず、少し距離をとると、鮮やかな金髪に青い瞳が印象的な美女、絢瀬絵里が不敵に微笑んだ。

 

「あ・け・お・め・こ・と・よ・ろ♪」

「……明けましておめでとうございます……一応聞いておきますが、何やってるんですかね……」

「新年の挨拶だけど?挨拶は基本よ基本」

「いや、俺がおかしいみたいな方向に持っていかないでくださいよ。まあ、何かしてくるとは思いましたけど……」

「あら、そんなに期待してくれてたの?嬉しいわ。さすが八幡ね」

「新年早々ポジティブシンキングっすね……少しくらいは見習いたいです……」

「ちなみに新年初キスはさっきすませたわ!」

「……新年早々アクティブっすね……」

「当たり前じゃない。人生は止まらずに進んでいくのよ。だからこうしてしっかり八幡を全身で感じなきゃ」

「お、おう……」

 

 なんだよ、八幡を全身で感じるって。むしろ俺がどんな存在なんだろうか。神にでもなったのだろうか。

 そうこうしているうちに、すっかり目が冴えてしまったが、まあいいだろう。どうせ冬休み中だし。寝ようと思えばいつでも寝れる。

 絵里はこちらの胸元に額を当て、さっきとは違う落ち着いた声音で囁いた。

 

「ねえ、八幡。今年もたくさん色んなもの見て、色んなことしましょう。一緒に、ね」

「……はい」

 

 彼女との仲を深めた日々は、不思議なくらい驚きの連続で、彼女といれば、これからもこんな騒がしい日が続くと確信してしまうくらいに。

 新年早々、こんな気持ちに気づかせてくれる彼女を見ていると、胸の中にまた一つ、温かな灯がともった。

 こんな時、柄にもなくふと思ってしまうのだ。

 世界中が幸せでありますように、と。

 そんな事を考えながら、俺は絵里をそっと抱き寄せ、今度は自分から唇を重ねた。

 

「ん……今日はやけに積極的ね……はっ、もしかして!八幡、まだ二度目のプロポーズは早いチカ!」

「語尾がまた変に……とりあえず、もう少し静かにしないと、亜里沙が起きて、また叱られると思うんだが……」

 

 俺は、一人でMAXハイテンションな絵里を宥めながら、そろそろ起きてくるであろう、亜里沙のお叱りを受ける心の準備をした。



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