ショーン・ハーツと偉大なる創設者達 ( junk)
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第1章 ショーン・ハーツと魔法学校 プロローグ

 少年には四人の霊が取り憑いていた。

 少年は初めに「パパ」と「ママ」という言葉を発した。その後、少年は四人の名前を覚えた。両親はそれを聞いて、何処でその名前を覚えてきたのか不審に思った。

 やがて自我が芽生えた頃、少年は度々その四人の話をした。最初は少年の妄言だと思っていた両親も、その話のあまりのリアリティから、少年の話を信じる様になっていった。

 やがて少年が六歳になった頃。両親はある実験をした。

 実験は非常に簡単なモノだ。箱の中に何かしらの物を入れておく。少年にその中身を当ててもらう、という内容だ。

 はたして、少年は見事に正解した。

 どうして分かったんだ?

 少年はこう答えた。彼らが教えてくれたんだよ、と。少年は空を指差す。そこにはただ壁があるだけだった。

 

 ほとほと困り果てた両親は、霊能力者を雇った。評判の霊能力者だった、テレビにだって出た事がある。

 霊能力者は答えた。お代は結構です、私はこの霊達と関わりたくない。こんなに強い霊は見たことがない。それが複数取り憑いている。

 困った両親は、少年を孤児院に送った。

 何故ならその頃には、少年は宙を歩いたり、手を触れずに物を動かす様になっていたからだ。

 両親は少年を愛していないワケではなかったが、そんな少年と暮らすことに耐えられなかった。

 

 孤児院に送られた少年は、平穏に暮らす様になった。

 自身に取り憑く幽霊の話を他人にするのは、良くない事だと学んだからだ。

 少年は完全に、幽霊の話をしなくなった。今でもその幽霊達が彼に取り憑いているのか、それを知るのは、彼一人……

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 困った。非常に困った。

 ショーン・ハーツは頭を抱えていた。

 両親に捨てられてから五年、波風を立てない様慎重に生きてきた。

 もう誰かに奇異の目で見られるのはゴメンだし、慣れ親しんだ住処を追われるのも出来れば御免被りたい。だから今まで視界の端をチョロチョロするこいつら(・・・・)の事は極力無視したし、必死に幻覚だと思い込む様にもしていたし、誰にも話さなかった。なのに、なのに――

 

「ほーら言ったでしょう! 貴方ならホグワーツから招待状が来るって! 流石私のショーンです」

 

 薄い胸をふんすと張って誇らしげにする、一人の美女。

 腰まであるやや青みがかった髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。

 少し細めの眼は紅く妖艶に輝いており、色香を感じさせる。

 身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。右手の人差し指には、ルビーの指輪が輝いている。

 間違いなく、百人が百人振り返る美女だ。ただし、この美女が大通りを歩いたとしても、振り返るのはショーンただ一人だろう。何故なら彼女――ロウェナ・レイブンクローは、ショーン以外には見えない幽霊なのだから。

 

「誰がお前のショーンだ、バカ女」

「なっ!? 世紀の大天才であるこの私に向かって、言うに事欠いてバカ女ですってぇ!」

「それよりショーン。ホグワーツに入学するのなら、準備をしなくてはならないな。特別な者には特別な物が相応しい。私が選んでやるから、早くダイアゴン横丁に買い物に行こう」

 

 そんな金ねえよ。その言葉をグッと堪える。万が一幽霊とやり取りをしているところを見られたら……そう考えるだけで恐ろしい。

 ショーンを買い物に誘った幽霊、名前をサラザール・スリザリンという。

 病的なまでに白い肌、どんよりとした灰色の目、痩せこけた頬、肩まである髪は乱雑にセットされている。普通の人間なら気味が悪くなりそうだが、彼の場合、何処か高貴で神秘的な雰囲気がした。

 

「こら、こら。みなさん、ショーンに話しかけるのはお辞めなさい。彼は人前でわたくし達と話すのを嫌っているのですから」

 

 二人を諌めたのは金髪の少女、ヘルガ・ハッフルパフ。

 濃い金色の髪を三つ編みにし、纏めてシニヨンにしている。

 眼は翠色に輝いており、強い光に照らされたエメラルドの様であった。

 全体的に小柄だが、胸は比較的大きい。

 その姿には一片の穢れもなく、神聖な印象を受ける。

 

「でも真面目な話、ショーンはホグワーツに行くべきだよ。あそこなら、僕らが見える程度で迫害されたりしないさ。何せ、ホグワーツ魔法魔術学校だからね。不思議は常識だ。そうだろう?」

 

 最後に、ゴドリック・グリフィンドール。

 紫色の目に、眩いプラチナブロンド。細身の体だが、筋肉は程よくついている。正に王子様、という容姿をしていた。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校。正しくそれが、ショーンを困らせている原因だった。

 ショーンは普通をこよなく愛していた。

 自分にしか見えない幽霊のせいで親に捨てられたのだ。無理もないだろう。だからショーンは今まで、ひたすら普通を心掛けてきた。

 しかし、魔法魔術学校から入学案内が来るのは、どう考えても普通ではないだろう。事実、孤児院にいるショーン以外の子供にはこんな手紙届いていない。

 いや、兆候はあったのだ。

 四人の幽霊達がこぞって「進学するならホグワーツだ」と言っていた。

 ホグワーツなんて学校、近所どころかイギリスの何処にもない。だが、四人が言う事は大体当たる。当たってしまう。恐らく自分は確実に、ホグワーツ魔法魔術学校とか言うわけのわからない学校に通うことになってしまうだろう。

 

 ショーンは周りに誰もいない事を念入りに確認した後、それでもなお小声で幽霊達に話しかけた。

 

「なあ、ホグワーツってどんなところなんだ?」

「それは勿論、魔法を学ぶ為の学舎です」

「選ばれた者が集う場所だ」

「誰にでも等しく、学ぶ機会を与える所ですよ」

「勇気と友情、愛情を知るところだよ」

「頼むから統一してくれ……」

 

 ショーンがつぶやくと、四人は声を上げて自分達の主張をぶつけ合った。

 

「ホグワーツ“魔法魔術”学校なんですから、魔法を学ぶ事が重要でしょう!」

「そんな事、名前を聞けば誰でもわかる。それより“誰が”学ぶか、だ」

「何を、誰が、そんな事はどうでもいいじゃありませんか。学舎がそこにあり、若者に向けて開かれている。その事実だけで十分です」

「いや、いや。思春期の男女が集まるんだよ? 大人になってからでは学べない事を学ぶべきさ」

 

 また始まった……ショーンは頭を抱えた。

 この四人は大変優秀だが、優秀過ぎるせいか、個性が強く、良く衝突していた。

 一度こうなってしまうと、お互いが疲れ果てるまで止まらない。早くホグワーツについて知りたいショーンとしては、勘弁してもらいたかった。

 

「ショーン! 貴方にお客様です、応接室に来なさい」

「はい、ママ」

 

 ママ――つまりこの孤児院の保母に呼ばれ、応接室に向かう。身嗜みを整えてから、ノックを四回。ママの返事の後部屋に入ると、とても厳格そうな女性が一人座っていた。

 サラザールの教育のお陰で、ショーンは完璧な所作を身につけていた。優雅な足取りで対面のソファーに向かい、座る。ママはそれを見届けると、そそくさと部屋を出て行った。

 

「初めまして、ショーン・ハーツ。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で副校長を務めています」

「ご紹介ありがとうございます、マクゴナガル教授。ご存知のようですが、改めて自己紹介させていただきます。僕はショーン・ハーツ。歳は11です。よろしくお願いします」

「よろしく、ハーツ」

 

 マクゴナガル教授と握手を交わす。手のひらは歳相応に萎れているが、その反面驚くほど指が固い。教師という職業柄、ペンを握る事が多いからだろうか。

 

「もう手紙を読んで知っていることと思いますが、貴方にはホグワーツ魔法魔術学校に入学する権利が与えられました。とは言ってもホグワーツ魔法魔術学校がどの様な学校か分からないでしょうから、私がここに説明しに参ったのです」

「丁度その事で困っていました。ありがとうございます」

「ちょっとショーン、私が説明して上げたじゃないですか!」

「ロウェナ、少し静かにしてようか」

 

 ゴドリックがロウェナの襟を掴み、部屋の隅の方まで引っ張って行く。その気遣いは有り難かった。

 少しでも多くホグワーツの情報が知りたいという事もあったし、もし話に集中してなかったら、きっとマクゴナガル教授は恐ろしいだろうと思った事もある。

 

 マクゴナガル教授の話によると、ホグワーツは普通の学校とそこまで変わらないらしい。ただ全寮制で、行われている授業が完全に魔法を学ぶ為のカリキュラムだという事だ。

 魔法を学んだ者は当然、魔法に携わる仕事に就く。ホグワーツを卒業したとしても、こちらの世界(マグル界)では学歴がないからだ。

 つまりホグワーツに入学するということは、一生魔法界に身を置くという事である。

 

「お話ありがとうございます」

「構いませんよ。仕事ですからね」

「一つ、質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「ホグワーツには幽霊はいますか?」

「変わった事を聞きますね。ええ、当然居ますよ。たくさんおりますとも。イギリスで最もゴーストがいる場所でしょう」

 

 それを聞いて、ショーンは嬉しくなった。幽霊が当たり前の存在なんて、ホグワーツはなんて素晴らしいところだろう!

 ……ちょっと待てよ?

 

「マクゴナガル教授、ホグワーツにいる幽霊は誰にでも見る事が出来るのでしょうか?」

「? ええ、通常ゴーストとはそういうものですから」

 

 再び頭を抱えたくなった。

 マクゴナガル教授にはショーンに取り憑く四人の幽霊が見えていない。つまり、ホグワーツにいるゴーストとは全くの別物なのだろう。希望が打ち壊された気分だった。

 いや、しかし――普通の学校よりは、幽霊に取り憑かれていても不自然ではないだろう。大丈夫だ、希望はまだある。

 

「ああ、一つ伝え忘れていました」

「なんですか?」

「ホグワーツに入学した場合、四つの寮のどれかに入っていただきます。それぞれホグワーツ創設者達の姓を冠した、素晴らしい寮です。個々の特徴はあれ、優劣はありません」

「なるほど。その創設者達の名前は?」

「ゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン、ヘルガ・ハッフルパフ」

「!?」

 

 ちょ、まっ、ええ!?

 急いで幽霊達の方を見る。四人揃ってコクリと頷いた。つまり、そういう事だろう。

 

「魔法界では知らない者はいない有名な名前です。覚えておきなさい」

 

 覚えておきなさい?

 物心ついた時から覚えている。

 

「どうかしましたか?」

「いや、あの……なんでもない、です」

 

 マクゴナガル教授は動揺するショーンを少し訝しんだが、結局気にしないことにした様だ。

 

「明日、もう一度来ます。その時までに入学するかしないか、決めておきなさい」

「はい。マクゴナガル教授」

 

 マクゴナガル教授は杖を一振りし、あっという間にコートやカバンを引き寄せた。

 

「ホグワーツの説明をして、魔法を見せてくれとせがまなかった子供は貴方が初めてですよ、ハーツ」

 

 チクリとした嫌味があった。もしかしたらマグル生まれの子供に魔法を見せて驚かすのを、マクゴナガル教授は楽しみにしていたのかもしれない。

 しかし、ショーンはもっと別の事に頭を使っていた。

 横でショーンがどの寮に入るべきかで揉める、偉大なる創設者達。彼らをどうやって宥めるか、ショーンの頭はそれで一杯だった。



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第1話 ダイアゴン横丁

 ダイアゴン横丁。

 それは普通の横丁ではない。魔法使い達の横丁だ。

 ショーンはここに買い物に来ていた。

 最初にマクゴナガル教授が来た次の日、彼女は約束通りやって来た。

 元々あまり物を持っていなかったショーン。幽霊達の熱心すぎるアドバイスもあり、前日のうちにすっかり出発の準備を終えていた。しかしそれはあくまで服やお気に入りの枕といった、普通の用意だ。

 これも幽霊達から聞いていた事だが、魔法使いの学校に行くにはそれなりの用意がいる。何故なら今から行くのは普通の学校ではなく、魔法使いの学校。普通の学校ならノートとペンを使うところを、魔法使いの学校では羊皮紙と羽根ペンを使用する、という具合に、必要な教材が異なるのだ。当然それらの道具はマグルの世界で買うことは難しく、魔法使い達の商店街で買わなければならない。

 しかしショーンは魔法使い達の商店街は知らないし、魔法界のお金もない。

 当然ホグワーツはそういった実情を理解しているので、先生を一人派遣し、魔法界の説明と共に買い物をさせるのだ。

 

「ハーツ。ここがフローリシュ・アンド・ブロッツ書店です。ホグワーツに通ってる限り、少なくとも一年に一回は訪れる事になります。良く覚えて置くと良いでしょう」

「はい。マクゴナガル教授」

 

 外から内装を覗いただけで気が遠くなるほど、本が高く積み上げらていた。ロウェナは「本! 本! 本! ああ、私が死んでいる間にこれだけの本が出ているなんて! 全て読み切るのに何年かかるか、今から楽しみです!」と感激していたが、あまり読書が好きではないショーンからすると、そこまで気分が高まる光景ではなかった。

 同じホグワーツの学生だろうか、店内には人集りが出来ていた。しかし、やけに女の子が多い。というより、ほとんど女の子しかいない。魔法界は女性進出が進んでいるのだろうか。

 

「何でしょうね。わたくしが見に行きましょうか?」

 

 ヘルガの提案に、首を縦に振る。本当は口に出して返事をしたいが、何かと鋭いマクゴナガル教授の前では辞めておいた方が無難だろう。

 

「どうやら、著名な作家が握手会を開いているようです。貴方の先生でもあるみたいですよ」

 

 握手会にこれだけのファンが集まる人が、自分の先生になる! きっと偉大な魔法使いに違いない!

 戻って来たヘルガの話を聞いて、ショーンはワクワクした。

 ショーンはまだ11歳、有名人には目がないお年頃だ。

 

 何処と無く書店に入りたくなさそうにしているマクゴナガル教授を急かす形で、ショーンは書店の中に入る。すると入ってすぐ「ハリー・ポッターだ!」という歓声が上がった。

 

「ハリー・ポッター?」

「10年ほど前、例のあの人と呼ばれる悪の魔法使いを倒した魔法界の英雄です。ホグワーツの二年生、つまり貴方の先輩にあたります。“少々”問題児ですが」

「それって可笑しいんじゃないですか? 僕の一つ上で、10年くらい前に悪の魔法使いを倒したってことは、赤ん坊の頃倒した事になる」

「そう言ってるのです」

 

 ぴしゃりとマクゴナガル教授が言った。これ以上話す気はない、という事だろう。

 ショーンは気分を切り替えて、握手会の方を見た。ハンサムなブロンドの男が白い歯を存分に見せながら、反対にどんよりした顔をした男の子と肩を組んで写真を撮られている。

 まさか、あれがハリー・ポッター?

 魔法界の英雄というのだから、真っ黒な長いローブを来て、天井まである長いとんがり帽子を被った、得体の知れない男だとばかり思っていた。

 しかし、どこから見ても普通の男の子だ。何なら、孤児院にいたいじめっ子のチャックの方が強そうですらある。

 

「ショーン、その魔法界の英雄が何処の寮か聞いてくれ」

 

 サラザールの言葉を聞いて、ショーン自身もその事が気になった。

 

「マクゴナガル教授、ハリー・ポッターは何処の寮に所属してるんですか?」

「グリフィンドールです。ちなみに、私が監督する寮でもあります。余談ですが、去年度はクィディッチ優勝杯はすんでの所で逃しました……本当は優勝していましたが。しかし、ええ、寮杯は獲得しました。ですが、今年度は間違いなく両方獲得するでしょう」

「それは……おめでとうございます」

 

 寮杯はともかく、クィディッチ杯は何のことかサッパリだったが、とりあえず頷いておいた。どうやら正解だったらしい、マクゴナガル教授はすっかり機嫌を良くしていた。

 

「良し! ほらね、やっぱりグリフィンドールだ」

「あーはい、はい。スポーツが強いからってなんなんですか? 頭が良い方が、結局就職有利なんですからね。精々学生の間だけ威張ってるといいですよ」

「何をやってるんだ、私の寮生達は……グリフィンドール如きに遅れを取るとは。まったく、嘆かわしい。ショーン、今年はお前が我が寮を優勝に導くのだぞ」

「サラザール。そうやってショーンを勧誘するのはお辞めなさい。あくまでショーンの意思で、そう決めたでしょう」

 

 反対に、こちらは邪険なムードが漂っていた。しかしもう慣れたもので、特に反応することもない。

 マクゴナガル教授は教科書を持ってくると言って、店の奥へと向かって行った。その間、好きに本を見ていいらしい。

 

「待て、ショーン!」

「うわ!?」

 

 突然、サラザールが大きな声を出した。人目が集まったので、ショーンはとりあえず本につまづいて声を出してしまった風を装った。

 心配してくれた魔女に「何でもありません」と言った後で、サラザールに抗議の声を上げようとしたが、彼の雰囲気からただ事ではないと察し、声を潜めた。

 

「あの男、非常に邪悪なマジック・アイテムを持っている。気をつけろ、今のお前では触っただけで呑み込まれかねん」

 

 サラザールの指差す先、輝く様なプラチナブロンドなのに、何処か暗い雰囲気を感じさせる男が居た。

 ローブのポケットに入っているボロボロの本。ショーンには普通の本にしか見えないが、サラザールが言うのならかなり危険な本なのだろう。

 何となくその男を目で追っていると、燃える様な赤髪の男と口論した後、その娘らしき女の子の大鍋――どうして大鍋に教科書を入れてるんだ? 魔法界では鞄の代わりに鍋を使うのか?――に入った教科書を取り上げ、戻した。

 

「なあ、今……」

「ああ、入れたな」

 

 教科書を大鍋に戻した際、件の本を女の子の教科書に紛れ込ませて居たのを見てしまった。あのプラチナブロンドと赤髪の一族が、交換日記をする様な関係でない事は明らかだ。その娘に呪いの本を渡したという事は、つまり――

 

「おい」

 

 プラチナブロンドの男に声をかける。

 女の子に優しくあれ、不正を許すな、ゴドリックとヘルガに口を酸っぱくして言われた言葉だ。

 

「今あんた、その女の子の教科書の中に、自分の本を入れただろ」

「何だと!? ルシウス!」

「……これは、これは。どうやら、私の本が誤って紛れ込んでしまったらしい。ドラコ! 帰るぞ、急げ」

 

 ルシウスと呼ばれたプラチナブロンドの男は、サッと本を取り上げると、人混みに紛れながら店の外へと出て行った。

 

「待て、ルシウス! クソッ、逃げたか。呪いの品だったに違いない。しかし、子供達に手を出すとは! 今度会ったらタダじゃおかないぞ!」

 

 相当頭にきてるらしい。男は髪の毛と同じくらい顔を赤くさせて怒っていた。

 ショーンはその隙に、とっとと逃げることにした。ああいった熱血漢は、人間としては好きだが、話すのは苦手だったからだ。それに、ルシウスとこの男は有名人らしく、人目を引いていた。ショーンは人目が嫌いだ。それも物凄く。

 

「ショーン。マクゴナガル教授が戻ってきましたよ。左後方です」

 

 ショーンの意図を察したロウェナが、マクゴナガル教授の位置を知らせてくれる。

 何か嫌な事でもあるのか、好都合なことに、マクゴナガル教授は早くこの書店から出て行きたいらしい。ショーンはマクゴナガル教授から教科書を受け取ると、サッサと書店から出た。

 教科書の山の一番上の本の表紙。先ほどのハンサムな男が、ショーンに向けて惜しげも無く白い歯を見せつけていた。それが気味が悪いというと、マクゴナガル教授は機嫌良くドラゴン革の黒いブック・カバーを買ってくれた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 沢山の物を買った。大鍋、秤、制服、羊皮紙、羽根ペン、他にも色々。これらの珍品が一体授業にどう役立つのか、今からワクワクしてきた。

 

「最後ですが、魔法使いの杖を買います」

 

 流石に足が悪い人が使う様な杖でない事は分かった。恐らく、マクゴナガル教授が初めて来た時に使った、あの小ぶりな杖だろう。

 マクゴナガル教授の説明では、一部を除き、魔法は基本的に杖がなければ使えないらしい。ショーンはそれを聞いて、どうしてマクゴナガル教授の指があれ程まで硬かったのか理解した。

 杖は何でも良い訳ではなく、自分に合った杖を選ばなければならない。自分に合った杖を見つけるのは難しく、その専門家に任せるのが一般的。今から行く店は、イギリスで一番の杖売りの店だと言う。

 

「おい、おい。ホントかよ? まだオリバンダーの店があったのか。僕が杖を買った店だぞ。もう何年になる?」

 

 創業紀元前382年。

 ゴドリックがそう言うということは、看板に偽り無しということだろう。

 『オリバンダー杖店』、マクゴナガル教授が最後に案内した店だ。

 ショー・ウィンドゥには紫色のクッションの上に乗った杖が飾られている。

 店の中にはケースに入れられた杖が棚にギッシリと詰め込まれていた。

 店に入るとドアに着いていた鈴がチリンチリンと鳴り、店の奥から灰色の目をした老人がやって来た。

 

「1000年前と変わらないな。これを伝統と言うのか、古臭さと言うのかは疑問だが」

「……流石に、私達に杖を渡したオリバンダーさんとは別なオリバンダーですね。オリバンダーさんまで変わってないのかと、ちょっとドキドキしましたよ」

 

 あまり実感が湧かないが、実は物凄く歴史的な会話を聞いてるんじゃないか? ふとそんな気がした。

 

「これは、これはマクゴナガル先生。ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌よう、ミスター・オリバンダー。今日はこの子の杖を買いに来ました」

「承知しておりますとも。坊ちゃん、お名前は?」

「ショーン・ハーツと言います、オリバンダーさん」

「礼儀正しい子だ。さあ、杖腕を出して」

 

 利き腕の事ですよ、とロウェナが耳元で囁いた。

 右腕を出すと、長さを図られたり、ベタベタと触られたり、耳を当てられたりした。くすぐったくて堪らなかったが、少しでも動いたらいけない気がして我慢した。

 やがてオリバンダー老人はチョイと考え込むと、店の奥へ行き、やがて一つの杖を持って来た。

 

「ほら、振ってみて」

 

 促されるまま、ショーンは杖を振った。店内と床や壁、天井、果ては家具からも木が生え広がり、青々しい草をおい茂らせた。中には果実を実らせているものもある。

 同時に、ショーンの中に不思議な感覚が駆け巡った。自分の中に堰きとめられていた悪い物が外に流れ出し、代わりに新鮮で良い物が流れ込んでくる様な、そんな感覚だ。

 

「おー、一発で正解の杖を持って来るとはね。流石はオリバンダー、と言ったところかな」

 

 ゴドリックが拍手した。他の幽霊達もそれに続く。

 

「決まりですな。無花果の木、芯は吸血鬼の髪、長さは16センチ。多様な顔を持つ」

 

 もう一度杖を振ってみる。今度は特に何も起こらなかったが、その分この杖の振りやすさを改めて感じられた。



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第2話 奇妙な少女

 杖を買った後、魔法界に慣れる意味で、ショーンはホグワーツが始まるまでの二週間ばかりの時間を、ダイアゴン横丁で過ごすことになった。

 住んでいる場所は『漏れ鍋』である。

 ここはダイアゴン横丁の入り口であると同時に、ホグワーツと提携している店でもあり、夏の短い間だけ生徒を無料で泊めているのだ。その代わり、泊まっている間その生徒は、店の手伝いをしなくてはならない。

 それはショーンも例外ではなく、今日も朝は早くから仕込みの手伝いをしていた。

 

 ショーンは最初、楽勝だと息巻いていた。

 孤児院は自給自足の場所。当番制とはいえ、食材を仕入れる所から盛り付けまで、当たり前にやっていた事だったからだ。

 しかし、蓋を開けてみるとトンデモナイ。ここは魔法界、食材もまた魔法の食材だったのだ。

 走り回るカブをどうにか鍋の中に放り込み、空中を泳ぎ回る魚を三枚におろし、ギャーギャーと喚く林檎と口論しながら剥き終える頃には、すっかりショーンは疲れ果てていた。

 それでもなんとか作業を終える事が出来たのは、ヘルガの助言によるところが大きいだろう。

 

 ヘルガは魔法料理が得意だったらしく――ホグワーツのメニューを考案したのも彼女という話だ――ショーンに的確な助言をしてみせた。

 また料理は出来ないが、舌が肥えているサラザールは一流の味見をしてくれたし、美的センスに優れるゴドリックは盛り付けの神様だった。

 一方で、ロウェナといったら酷い有様だった。

 

 彼女どうも完璧にレシピ通りでないと気が済まない性格らしく、500グラムと書いてあったら少しの誤差もなく500グラム、弱火で3分と書いてあったら1秒の誤差もなく3分焼かないと我慢ならない様だった。

 お菓子作りをするならともかく、パブの仕込みでそんなことをしていたら、明日になったって今日の仕込みが終わらない。

 しかも店主であるトムの手書きレシピに「塩をひとつまみ」だの「焦げ目がつくまで」だのと書かれていた日には「もっと正確に表記しなさい!」と顔を真っ赤にさせた。

 

 どうにかこうにか朝の仕込みを終えたショーンは、遅めの朝食、あるいは早めのお昼ご飯を食べた。

 メニューは、何だか良く分からない魚と得体の知れない野菜のスープ、見たことも聞いたこともない肉を焼いたもの。

 食べてみると、意外と美味しかった。やはり、疲労と空腹は最高のスパイスだ。

 

「さて、何処に行こうかな」

 

 あてがわれた部屋で、魔法使いのお金――ガリオン金貨――をコロコロ転がしながら、ぽつりと呟いた。

 働きぶりが良かったから、ということで、トムから少しの給金と暇を貰えたのだ。

 しかし、ショーンは魔法界どころか、マグル界でだってあまり遊んだ事がない。さあ、自由にしていいですよ、と言われると逆に困ってしまう。

 

「本屋に行きましょうよ、本屋! 自分の見聞を広める――ああ、何とも素敵ではありませんか」

「却下」

「ええ!?」

 

 ロウェナは直前までしていた「どうです、私の完璧なプランは!」というドヤ顔を引っ込め、一転して涙を目に浮かべながらその場にうずくまった。

 

「なら、クィディッチ専門店に行こうよ」

「クィディッチ? そういえば、マクゴナガル教授も言ってたな、それ」

「魔法界のとてもメジャーなスポーツだよ。と言うより、魔法界にはクィディッチしかないけど。簡単に言うと、箒に乗って飛びながらやる変則的バスケットボールってところかな」

「へえ。箒で飛ぶなんて、ちょっと面白そうだな」

 

 箒で飛ぶ。いかにも魔法使いらしくて、それでいて楽しそうだ。ショーンはすっかりその気になった。助言したゴドリックも嬉しそうにしている。

 

「まあ待て。クィディッチは確かに面白い遊戯だが、一学年時は禁止されている。それに箒は高価で、仮に買ったとしても未成年は大人の監督無しには乗ることが出来ない」

「そうなの? あーでも、誰でも箒に乗って空を飛んだら、車みたいに交通事故を起こしそうだもんな」

「左様。頭の回転が早い、流石ショーンだ」

「一々褒めなくていいよ。くすぐったいから」

「私は思った事を口に出しているだけだ、他意はない。……まあ良い。そこでだ、ショーンよ。マジックアイテムを買いに行こうではないか」

 

 マジックアイテム。魔法界についてほとんど知らないショーンでも、それが魔法がかけられた特別な品だ、という事くらいは分かった。

 

 サラザール曰く、マジックアイテムと言っても、ショーンが想像しているような、例えば時間を操る時計から、朝になると本物の鳩が出て時間を告げてくれるような下らない目覚まし時計まで、ピンキリらしい。

 ホグワーツでは機械の類が正常に機能しない、弱い魔法でもいいから何か魔法がかかった品を買って持ってくといい。

 ただ一つ言えることは、マジックアイテムは一つとして同じ物は無く、一度気に入れば無二の物になるだろう、という事だけだ。

 そう聞いては、マジックアイテムを買わないわけにはいかない。サラザールは実にプレゼンが上手だった。

 

 ダイアゴン横丁に出ると、そこは既に人でごった返していた。ホグワーツ開校前という事で、ひっきりなしに生徒と親が買い物に来ている様だ。

 これから暫く会えなくなる息子――あるいは娘――にちょっとした物を買ってやるか。そう考える親は少なくないだろう。目敏い商人達がそれに気がつかないはずもなく、ダイアゴン横丁は賑わいを見せていた。

 ショーンはとりあえず、ウィンドゥ・ショッピングをする事にした。買えないにしても箒には興味があったし、少し開けた所では魔法を使った大道芸もやっている。これを見ない手はない。

 しかし、一人で回るというのも味気ない。

 フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーでサンデーという名のお供を誘い、一緒に回る事にした。

 

「あんた、凄いの憑けてるね」

「……それ、俺のこと?」

「そうだよ。心当たりあるでしょ」

 

 心当たりがある、どころではない。

 ダイアゴン横丁の隅の方、歩き疲れたショーンが休憩していると、奇妙な女の子に話しかけられた。

 腰まで伸びたダーク・ブロンド、銀色に光る大きな瞳、魔女というよりは道化師の様なアクセサリの数々、女の子の持つ雰囲気も合わせて、全てが奇妙だった。

 

「私はルーナ・ラブグッド。あんたは?」

「ショーン・ハーツ。歳は11」

「ふーん。それじゃあ同い年だね。これから7年よろしく」

「……よろしく」

 

 ルーナと握手を交わす。彼女の手は小さく、冷たかった。

 

「ルーナ、お前は俺に憑いてる幽霊が見えるのか?」

「うん。何と無くだけどね、目は良い方なんだ」

 

 ルーナの大きな目はショーンの左後ろ、幽霊達が居る方に向いていた。

 ……不味い。

 背中にダラダラと汗が流れ始めた。幽霊が取り憑いてるなんてことバレたら、学校で気味悪がられるに違いない。

 

「ルーナ。その……俺に憑いてる幽霊の事は、秘密にして欲しいんだ」

「うん、いいよ。約束だね。指切りする?」

「いや、その必要はないよ」

 

 そう言いながら、チラリとヘルガの方を見る。

 

「安心していいですよ。彼女は嘘をついていません。ほんとうにわたくし達のことを話す気はない様です」

 

 ヘルガは人の心を読むことが出来る。彼女が太鼓判を押したのなら安心だ。

 しかし、そうなると、ルーナ・ラブグッドという女の子はトンデモなく真っ直ぐな心の持ち主という事になる。四人も幽霊が取り憑いてる奴がいたら言いふらしたくなるし、出会ってすぐのやつとの約束なんて守る義理もない。しかし、ルーナは守るといった。

 

「君っていい奴なんだな」

 

 ショーンがそう言うと、ルーナは大きな目を更に見開いた後で、真っ白な肌を少しだけ赤くした。

 

「俺、魔法界に来たのつい最近なんだ。もし良かったら、案内してくれないか?」

「うん、いいよ。でも私もほとんど知らないんだ。だって普段はお家にいるもん」

「家……魔法使いの家か。どんな風なんだ? ガスコンロじゃなくて、暖炉とか使ったりしてるのか?」

「ガスコンロ……?」

「ああ、ガスコンロっていうのはな――」

 

 何と無くの雑談をしながら、ダイアゴン横丁を歩く。

 ルーナの父、ゼノフィリウス・ラブグッドはルーナを溺愛していた。そのためほとんど家から出さず、ずっと二人きりで過ごしてきた。ルーナは父親を愛していたし、父親の話す奇想天外な動物と発明の数々はとても心惹かれたが、もう11年も一緒だと流石に飽きが来てしまう。

 そんなルーナにとってショーンとの会話は刺激的で、興味深いものだった。

 また自身に取り憑く幽霊達以外とはほとんど話した事がないショーンにとっても、ルーナとの会話は刺激的だった。刺激的過ぎて頭がこんがらがるほどだ。

 後ろでサラザールが「その娘は魔法界でもかなり異端に位置する」と言ってくれなければ、ショーンにとって魔法界は、見えない妖精が絶えずイタズラを仕掛け、奇妙な動物達が闊歩する摩訶不思議な世界になるところだった。

 

「あ、もうこんな時間だ。パパと待ち合わせてるんだ」

「それなら送って行くよ」

「ううん。パパって男の子が嫌いだから、一緒にいるところを見たら頭からペプシーを出しちゃうと思うんだ」

「……そりゃあ大変だ」

「でも変だよね。パパも男の子だった頃があるはずなのに、どうして男の子が嫌いなんだろ?」

「父親ってのは色々あるんだよ、きっと。それじゃあ、親父さんと待ち合わせてる場所の一つ前の路地まで送ってくよ。何かあったら、それこそ親父さんに殺されちゃう」

「……ありがとう。多分、こっち」

 

 ダイアゴン横丁の外れの方を指差す。

 

「多分?」

「うん」

「……どうやら、ご尊父様とは待ち合わせているのではなく、はぐれてしまったようですね」

 

 これまで「偶には私達以外とも話すべきだ」という事で口を挟まなかった幽霊達――ヘルガが補足説明をした。

 

「うーん。でも多分、この娘が指差してる方向の先、お父さんはいると思うよ」

 

 ゴドリックの勘はよく当たる。

 実際、ルーナの後をついて行くと、遠くにルーナを成長させて男にした様な奇妙な男が立っていた。

 魔法なのか、勘なのか……何だかよく分からない。

 まったく、奇妙な女の子だ。ショーンだけでなく、幽霊達もがそう思った。



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第3話 ホグワーツ特急

 ああ、これは夢だな。

 目の前の光景を見て、ショーンは直ぐにそのことを理解した。何せもう五年間の間、同じ様な夢ばかり見ているのだ。慣れてしまうのも無理はないだろう。

 

「嘘じゃない! 本当にいるんだよ!」

「じゃあ証拠を見せてみろよ!」

 

 近所の子供と、昔の自分が口論している。内容は自身に取り憑く幽霊達のことだ。

 彼らは実在していると、俺は何としても認めさせたかった。

 物心ついた頃から彼らが見えていた俺にとって、彼らは親同然の存在だった。そんな彼らが他人から否定されたのなら、それを撤回したくなるのは当然のことだ。子供というのは我慢を知らない。

 しかし、同世代の子供から見れば俺は嘘ばかり言ううざったい奴だったし、大人から見れば妄想と現実の区別がついていない馬鹿なガキだった。そんな俺はどんどんと孤立していき、遂には――

 

 自意識が出てから、両親に捨てられるまでの約六年間。

 ショーンはその六年間の何処かの夢をよく見た。見る場面はランダムだが、必ず幽霊達の事で争った時の場面である。

 夢は記憶の整理だという説があるが、もしかしたらショーンが昔の夢を見るのは、まだその時の整理が出来ていないせいだからかもしれない。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「……ショ……ン………おき……下さ…い」

 

 耳元で声がする。

 安心する声だ。声自体が美しいと言うこともあるが、聞き慣れた声だということもあるし、声の主が本当に自分のことを愛しているということが伝わってくる、という事実も大きい。

 ショーンはそんな心地よい声を聞いて、

 

「うるさい」

「んぎゃ!」

 

 拳を横に突き出した。

 ベッドに潜り込み、耳元で囁いていたロウェナの鼻頭にクリーンヒット。ロウェナは鼻を押さえてのたうち回った。

 

「寝起きのショーンに近づくからだ、バカ女」

「ひゃれがバカ女ですってぇ!」

「いつも耳元で囁いて鉄拳を食らってるのに、懲りずに繰り返す奴はバカに決まってるだろ」

「ふふん。そんな事言って、本当は羨ましいんでしょう。でも今更になって「私が起こしたい」だなんて言えないんですよね。純血のサラザールちゃんは!」

「……喧嘩売ってるのか?」

「こっちのセリフですよ」

 

 ロウェナとサラザールが取っ組み合いの喧嘩を始める。魔法を使え、魔法を。

 ゴドリックはそれを笑いながら見つめ、ヘルガはどこ吹く風とマイペースに新聞――魔法界の新聞と、マグルの新聞両方。幽霊達の要望で両方取っている。ちなみにサラザールはマグルの新聞は読んでおらず、ショーンはミニコラムだけ――を読んでいる。

 そんないつもの光景を見ながら、今日の予定を思い出す。

 ショーンは朝に滅法弱く、こうやって時間をかけながらでないと、ベッドから抜け出す事が出来ないのだ。

 ええッと、今日は店の手伝いはしなくていいんだったな……。

 ん、なんでしなくて良いんだっけか。

 

「あっ」

 

 目覚めてから10分後、やっと思い出した。

 

「今日からホグワーツ!」

「やっと思い出したの、白雪姫」

「うるさい、ホーンテッド」

 

 ゴドリックの軽口を受け流しながら、出発の準備を整える。

 まだ時間的には余裕があるが、ショーンはいつだって余裕を持っていたいタイプの人間だった。早い話、失敗したくないのだ。

 持っていくべきものはロウェナが完璧に覚えていたし、整理整頓に於いてヘルガの右に出る者はいなかった。素早く効率良く持ち物をトランクに詰めて、最後に借りていたシーツや掛け布団――枕だけは愛用の物を使用した――をトムに返して準備万端だ。

 まだ朝だっていうのに『漏れ鍋』には多くの魔法族がいた。魔法使いって奴は定時出勤の概念がないらしい。魔法使い達は多くの新入生を見送っていて、ここで働いていた事で知名度の高いショーンは、沢山の言葉を投げかけられた。

 

「しかし、魔法使いの学校に行くのに普通のプラットホームから出発なんて、変な話だな」

「昔は馬車だったんだがな。これも時代か……」

「言うことがおじさん臭いですよ、サラザール」

 

 サラザールがロウェナに蹴りを入れた。

 それを横目で見ながら思う。サラザールの歳は、没後も入れれば軽く1000を超えているわけだ、おじさん臭いとかそういう次元ではないだろう……。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 キングス・クロス駅。

 人通りが多いここに、ショーンは来ていた。というのも、ホグワーツ行の列車がここから出発すると言われていたのだ。しかし――

 

「9と4分の3番線なんてないんだけど……」

 

 ボケたのかあのババア(マクゴナガル)。ショーンは悪態をつかずにはいられなかった。

 そう、指定されたプラットホームである9と4分の3番線が何処にもなかったのだ。9番線の次は10番線だし、9番線の前は8番線だった。

 その上、駅員に聞いたら、うんざりした顔で「お前も俺をからかってるのか、クソガキ!」と怒鳴られたのだ。文句の一つでも言いたくなる。

 

「あそこですよ、ショーン」

 

 ヘルガが指差したのは、9番線のプラットホームにある柱。四つあるうちの三つ目、なるほど4分の3だ。

 

「……ふむ。ホグワーツに着いたら、魔力の痕跡を辿る訓練を致しましょうか。これほどの大魔法が付近にあって、何も感じないというのは少々良くないですわ」

 

 周りに人が多いため、声を出さず首を動かして返事をする。ヘルガの言うことはいつだって正しい。ヘルガが訓練した方が良いと言うなら、した方が良いのだろう。

 

 しかし、9と4分の3番線があの柱にあることは分かったが、一体どうやって入ったら良いのだろうか……?

 柱の前に立って、切符を見せるのか? それとも、見えないドアでもあるのだろうか?

 いやそもそも、周りの人間(マグル)に見られないようにしながら、柱の中に入っていけるのか。まさかこのプラットホームにいる全員が魔法族という事はあるまい。

 

 とりあえず例の柱を観察していると、自分と同じ大量の荷物を持った学生とその家族達が、柱に突撃して行くのが見えた。彼らは柱にぶつからず――なんと、柱の中に吸い込まれていったのだ。

 周りを歩いているマグル達は、一家族丸々柱の中に入っていったにも関わらず、少しも気がついていないようだった。

 いや、それだけではない。

 他の柱には寄りかかっている人や、待ち合わせの目印にしている人が多いのに、その柱だけには近付く人すらいないのである。

 これはもう決まりだろう。

 ショーンは早速カートを押し、柱の中へと飛び込んだ。

 一瞬の静寂と、冷んやりとした感覚。

 次の瞬間、温かい空気と人のざわめきがやって来た。

 

「ヒュウ」

 

 ワザとらしく口笛を鳴らす。

 真っ赤な列車――ホグワーツ特急。正に圧巻の一言。列車オタクでもなんでもないショーンだが、目を魅かれるものがあった。

 

 周りにはお見送りをする家族や、一緒にコンパートメントに座る約束をしている友達を探す人達で溢れていた。

 しかしあいにくとショーンにはお見送りをしてくれる家族もいなければ、一緒に過ごす友達もいない。いるのは嫌でも憑いてくる幽霊だけである。なのでショーンは、サッサと列車に乗ることにした。慣れた事とはいえ、惨めは惨めだ。

 誰もいないコンパートメントに入り、本だけ取り出して、荷物を手早く仕舞う。

 最初は本なんかには興味なかったのだが、ロウェナの薦めで試しに読んでみると、これが存外に面白い。特に今読んでいるコレ、ギルデロイ・ロックハート シリーズ。章ごとに貼られているギルデロイの写真――それも顔のドアップ――を拝まなければならない事以外は、大変に愉快だった。

 ちなみに、他の教科書には読んで数ページでノックアウトされた。特に変身術と魔法薬学の教科書はハードパンチャーだった。

 

 『トロールとのとろい旅』――第3章・トロールの脳みそは2グラム以下――を読んでいると、コンパートメントの扉がノックされた。扉の向こうには、印象深いダーク・ブロンド。

 

「ねえ。ここ空いてる?」

「勿論。君のために取っておいたんだ」

「あんたって友達思いなんだね」

「……それジョークで言ってるのか? ちなみに、俺のはジョークだぞ」

 

 相変わらず掴み所がない彼女――ルーナ・ラブグッドは、いつも通り普通じゃなかった。

 

「荷物、上に上げてあげるよ」

「ありがと、ショーン」

 

 ルーナの荷物を上に上げる。

 一体何が入ってるんだ!

 ルーナのトランクはかなり重く、また中から何かが動く気配がした。色々な意味でスリルがある。

 

「荷物を上に上げる前に、旅に必要なものを聞いて、先にトランクから取り出すかどうか聞かなきゃ。一点減点だよ、ショーン。それから、上に上げてあげる(・・・)って言い方も良くないな」

 

 女の子の取り扱いマナーについて、ゴドリックがアレやコレやと口を挟んでくる。サラザールやロウェナに比べると文句や要求が少ない彼だが、こう言った点はうるさかった。

 ルーナがショーンの対面に座る。するとすぐに、窓ガラスの所にルーナの父親――ゼノフィリアス・ラブグッドが張り付いて来た。

 この時ほどThe apple never falls far from the tree(蛙の子は蛙)という言葉を実感した時はなかった。

 しかし話してみるとルーナ同様気さくな人で、お近づきの印にザ・クィブラーという新聞をくれた。これは彼が発行している新聞で、日刊預言者新聞と違って雑誌の様なものらしい。付録としてレンズがピンク色の虫眼鏡が付いて来た。何に使うかはサッパリ分からない。

 

 やがて列車が出発する時刻になると、コンパートメントにまた一人飛び込んで来た。

 

「はあ、はあ……このコンパートメント、空いてる?」

「空いてるよ」

 

 入って来たのは、燃える様な赤髪の少女だった。

 何処かで見たことがある様な……。

 

「あ」

「あ」

 

 二人揃って声をあげる。

 

「この間助けてくれた! えーっと……」

「ショーン・ハーツ。ホグワーツの新一年生だ、よろしく」

「よろしく。私はジネブラ・モリー・ウィーズリー、みんなはジニーって呼ぶわ。改めて、この間は助けてくれてありがとう」

「いや、別に。俺こそ、碌な挨拶もせずに帰って悪かったな」

「ああ、うん。お父さんがお礼が言えずに残念だったって言ってたわね。もしよかったら、夏休みにでも遊びに来てよ」

 

 魔法使いの家、かなり惹かれる響きだ。

 それに、サラザールからウィーズリー家は魔法界の名家だと聞かされていた。きっと魔法的なお屋敷に違いない。

 

 さっきのゴドリックのアドバイスに従い、何かトランクから出しておきたい物を聞いてから、丁寧に荷物を上に置く提案をする。ジニーは圧縮されたサンドウィッチの様なものを取り出した。

 ショーンが荷物を上に置いてる間に、ジニーとルーナは自己紹介を済ませていた。

 ショーンの対面にルーナ、その隣にジニーが座る。全員が席に着いたちょうどのタイミングで、列車が出発した。

 

「あれ、ロンとハリーが来てない」

「ハリーって、あのハリー・ポッター?」

「そう。あの、ハリー・ポッターよ。ロンっていうのは私の兄貴で、なんとね、ハリーの親友なの。一緒にこの駅に来て、さっきまで後ろにいたんだけど……」

 

 二人の話を聞きながら、ロウェナに目配せをする。彼女は頷くと、直ぐにコンパートメントを出て行った。

 幽霊達の射程は大体10メートルほど。それ以上はショーンから離れる事が出来ない。しかしロウェナの場合、自分の体の一部を変身させ、使い魔にする事でより遠くまで見ることが出来る。

 

「プラットホームには居ませんでした。男の子二人ですし、妹と一緒のコンパートメントが恥ずかしかったんじゃないですか?」

 

 そんなもんか。心の中で相槌を打つ。流石に11年も一緒に居ただけあって、以心伝心である。

 

「そんなに気にすることもないんじゃないか。汽車の中は人でごった返してるから、はぐれたって可能性もあるし、仮に汽車に乗り遅れたとしても、なんらかの措置があるだろ。魔法族って時間にルーズだから、遅刻するやつの一人や二人珍しくないさ」

「……まあそうね。ロンはともかく、ハリーは変なことしないだろうし。うん、きっと大丈夫ね。それより、その言い方的に、ショーンはマグル生まれなの?」

 

 しまった。心の中で悪態を吐く。

 サラザールから言われて居たことだが、魔法界の中には純血主義という思考があり、マグル生まれを嫌悪をする人が一定数いるらしい。純血主義の者は魔法界に対して強い権力を持っている者が多く、マグル生まれであることを隠して置くのが無難――だったか。

 

「ああ、勘違いしないで。別に差別しようって言うんじゃないわよ。ただ、マグル生まれだと色々と不便な事が多いでしょ? 魔法界の常識とか、その辺。だから何か困った事があったら、いつでも聞いてねって言おうとしたのよ」

「……ありがとう」

「私も力になるよ。もしニフラーに取り憑かれたなら、直ぐに言って。効果的な対処法を知ってるんだ」

 

 ジニーの頭の上に「?」が浮かんでいた。やはり、ルーナは魔法族の中でも特異な存在らしい。

 それから三人で他愛もない話をしていると、何度か訪問販売が来た後、ホグワーツ到着まで後10分というアナウンスが鳴った。

 会話に夢中で気がつかなかったが、なるほど、窓の向こうには大きな城が見えていた。

 あれが、ホグワーツ。幽霊達が作った学校……。

 ずっと聞かされていた故郷を初めて目にした様な、不思議な感覚がショーンの中を駆け巡った。



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第4話 組み分け

 新たに友人となった二人の少女と話しながらホグワーツを目指すショーン。偉大なる創設者達はその光景を見ながら、あることを考えていた。

 それは勿論、愛するショーンが自分達が建てた学校であるホグワーツに入学する事への喜び――ではない。

 彼らが考えているのはショーンがどの寮に入るのか、あるいはどうやって自分の寮に入れるか、それのみである!

 

(ヘルガに自寮への勧誘は禁止されていますが……ふむ、それなら正攻法で勧誘すればいいだけの話ですね。

キチンとレイブンクロー寮の素晴らしさを語っていけば、間違いなくショーンはレイブンクロー寮に惹かれる事でしょう。なにせ、私が作った寮ですからね。何より、私とショーンの仲ですし。問題は――)

(ヘルガに自寮への強引な誘いは禁じられているが……それなら、ヘルガに気がつかれない様裏から手を回せばいい話。

この腐れ縁の中で最も狡猾と謳われた私だ、その気になればいくらでも思考の誘導は出来る。そもそも、何もしなくてもスリザリンを選ぶ可能性も高いがな。問題があるとすれば――)

(――ヘルガ自身!)

(――ヘルガの妨害!)

 

 二人は知っていた。

 ヘルガがルールにとても厳しいことを。

 二人は知っていた。

 ヘルガは怒ると怖いことを。

 二人は知っていた。

 ヘルガの開心術を誤魔化す術はないことを。

 二人は知っていた。

 ヘルガもなんだかんだ言ってショーンを自寮に入れたがってることを。

 二人は知っていた。

 ヘルガはいつもショーンに頼られていることを。

 

(下手な勧誘をした場合、貴女がしたなら平等にする為に私も、ということで勧誘をさせてしまう口実になりかねませんね。そしてその場合、ショーンからの心象も良いものとなる……)

(少しでも下手を打てば、たちまちヘルガに発覚してしまうことは間違いない。しかし、あまりに回りくどい手の場合、ヘルガとショーンの信頼を超えることは出来ないか……)

(ゴドリックは動く気配なしですか。彼は昔ヘルガにこっぴどく叱られてますし、まあ問題ないでしょう)

(あの男は参戦しないか。生来楽観的な性格だしな、それで全て上手くいってるというのだからタチが悪いが……今回に限っては僥倖か)

 

 二人がアレヤコレヤと考えている中、新入生達は進み、湖に差し掛かった。

 これまでの道中、植わっている植物など昔とすっかり変わっていたが、湖付近の光景は1000年前とほとんど変わらないままだ。

 ホグワーツに近づけば近づくほど、昔と変わらないところが増えてくる。

 道や城壁、一つ一つに思い出が詰まっている。

 四人が感傷に浸っていると、ジニーが二人に向かって質問を投げかけた。

 

「ところでショーン、ルーナ、貴方達はどこの寮がいいと思ってるの?」

「俺は……どこでもいいや。あーでも、勉強はあんまり好きじゃないし、レイブンクローはないかな」

 

 ロウェナは白目を剥いてその場に倒れた。

 少しも動きたくなくなった。

 世界が滅んで欲しいとも思った。

 ショーンから10メートル以上は離れられないので、死体のように脱力したままズルズルと引き摺られていく。

 それを見たゴドリックが、無駄に良い声で「ドナドナ」を歌った。

 それを聞いて、ロウェナを引き摺っている――半ば強制だが――ショーンは、とてもいたたまれない気持ちになった。

 

「私はレイブンクローかな。だってお母さんもレイブンクローだったんだもん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ガバッと立ち上がり、満面の笑みを浮かべて耳元まで寄っていく。

 

「ショーン、ルーナはレイブンクロー寮にするそうですよ。賢そうな子ですから、間違いなくレイブンクロー寮に入れるでしょう。ええ、間違いありません。そこでですよ、ショーン。お友達と一緒の寮の方が良いでしょう? 貴方もレイブンクローにしなさい。した方がいいです。して下さい。お願いします」

 

 友人の前、ついでに不安定なボートの上ということで振り払えない事をいいことに、普段より体を密着させながら迫る。

 こんな事をすれば、後でヘルガに説教される事は分かっていた。

 しかし、ここしかないのだ。

 ショーンのレイブンクロー寮に入る意欲は薄い。興味を持たせるには、今偶々ルーナが作ってくれたこのチャンスを生かす他ないのである。だからロウェナは必死だった。

 だが――悲しいことに――ショーンはどうやって組み分けを行うのかも知らないのだ。

 どんなにお願いされても、知らないモノはどうしようもない。

 

「……寮はどうやって決めるんだ?」

「知らない。フレッドとジョージ――三つ上の兄は、トロールと腕相撲させるって言ってたけど、多分嘘だと思う。だってそれが本当なら、今頃ロンは生きていないもの」

「私はモモクリケットみたいな試験だって聞いてるよ」

「まず、モモクリケットがなんだよ……」

 

 一応、ジニーの方を見る。首を横に振った。モモクリケットは魔法族でさえ知らないらしい。

 

「私は多分、グリフィンドールかな。お父さんとお母さん、兄弟全員がそうだし。うん、絶対グリフィンドール。でももし、もしも違ったらどうしよう……特に、スリザリンだったら」

「おい、この小娘スリザリンを侮辱したぞ」

「少し静かにしてなよ。ショーンが会話を聞き漏らしちゃうかもしれないだろ?」

「貴様、グリフィンドール贔屓だからと庇っているな」

 

 ゴドリックとサラザールが火花を散らす。

 そんな二人をよそに、新入生を乗せたボートは順調に進み、対岸に辿り着いた。荘厳な城が姿を表す。

 

「どうですか、ショーン。私達が建てた学校は」

 

 返事はない。しかし十分すぎるほどショーンの感動が伝わってきた。

 苦労して造ったモノを褒められるのは、いくつになっても嬉しいものだった。例えそれが1000年前のモノでも。

 

 ホグワーツに入ると、新入生達は小部屋に押し込められた。扉の向こうからは沢山の人の気配がする。先輩方や教授達がいるに違い。

 

「ゴーストだ!」

 

 ショーンの心臓が飛び上がった。

 しかしどうやら、自身に取り憑く幽霊のことを言ってるのではないらしい。

 壁をすり抜けて、半透明の人間が部屋に入って来た。

 

(これがホグワーツのゴーストか。ヘルガ達と随分違うな。半透明だし、なんていうか……死んでる感が強い)

 

 創設者の幽霊は、浮かんでいること以外はほとんど生きている人と変わらない。子供の頃のショーンが、普通の人間と間違えるくらいだ。

 そこへ来てゴースト達は、いかにもゴーストだった。オマケに、ゴースト達には幽霊の姿は見えていないらしい。正直言えば期待外れだった。

 

 やがてマクゴナガル教授が戻ってくると、寮の仕組みについて話をした。

 いよいよ組み分けの儀式が始まる。

 マグゴナガル教授の引率に従い、大広間に入る。

 

 ――そこには素晴らしい(Fantastic)が広がっていた。

 

 宙に浮いた爛々と輝く蝋燭。

 ただそこにあるだけで存在感のある金の食器達。

 そして何より――天井一杯に広がる美しい夜空。

 親に捨てられてからというもの夜空を改めて見つめる、なんて事をしている暇も余裕もなかった。なるほど、次からは路上に落ちている小銭を探す以外の時間の潰し方をするのも悪くないかもしれない。

 この美しい光景を毎日見られるのなら、それだけで入学した価値がある。

 新入生達はこれから始まる組み分けの儀式と、期待と好奇の眼差しを向ける教師と先輩達のことも忘れて、すっかりと魅入っていた。

 

 たっぷりと堪能した後で前を見ると、いつの間にか四本足の椅子が置いてあった。その上には見すぼらしいとんがり帽子が乗っている。

 なんだろう、あの帽子は。ひどく汚いし、ヨレヨレだ。

 そんな事を新入生達が考えていると、帽子に刻まれたシワが動き出し、人の顔の様な形になった。そしてあろうことか、美しい声で歌い出したのだ。

 

 勇敢で騎士道を志すならグリフィンドール。

 忍耐強く平和を愛するハッフルパフ。

 狡猾で友を大切にするならスリザリン。

 叡智を求めるならばレイブンクロー。

 大きな闇が近づいている、四つの寮は団結すべし――

 

 やがて歌い終えると、大広間中が拍手に包まれた。

 歌い手は新入生の寮を決める帽子――『組み分け帽子』である。

 

「僕が造った帽子だ」

 

 ゴドリックが自慢げに言った。

 他の三人は少し不満げだ。特にロウェナなどは「私なら手足を生やして踊りも出来る帽子を作れました……」とボヤいている。

 そうこうしていると、いよいよ組み分けが始まった。

 三人の中ではハーツ(Hearts)がトップバッターだ。

 

「ハーツ・ショーン!」

 

 直ぐにショーンの番になった。みんなが注目する中歩いていくのは、注目されるのが嫌いなショーンにとって苦痛だった。

 椅子に座って帽子をすっぽり被ると前が見えなくなり、頭の中に直接唸り声が聞こえて来くる。

 

「うーむ……何ということだ……。まさか、こんな日が来るとは……」

 

 帽子はウンウン唸っている。

 みんな、直ぐに決まっていた。早くして欲しい。

 辛抱切らしてショーンが帽子に早くしろと言おうとしたちょうどその時、後頭部に何かが当たった。

 

「いて! 何だよ、コレ……」

 

 取り出したのは、真っ赤なルビーが飾り付けられた、銀の剣だった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 サラザールとロウェナが争っている。ヘルガも本当は加わりたいのに、我慢してる。

 そんな三人の様子を見ながら、ゴドリックは思う。今回の戦い、僕の勝ちだな、と。

 

 ヘルガ・ハッフルパフ以外の創設者達は、それぞれ自分の遺産をホグワーツに隠した。

 例えばゴドリック・グリフィンドールの場合、それは剣と帽子である。

 最初は、組み分け帽子に語りかけ、ショーンをグリフィンドール寮に入れさせようと思っていた。しかし、念話を飛ばしても応答なし――つまり、幽霊の身では会話をすることが不可能だったのだ。

 そこでゴドリックは考えた。

 真のグリフィンドール生にしか抜けない、自分の剣。それを抜かせてしまえば、ショーンをグリフィンドール生として認める他ない。

 完璧なプランだった。

 後はそれを悟られないよう、ひっそりと息を潜めておくだけだ。

 

 これは別にゴドリックが計画的だとか、狡猾だったわけではない。

 偶然なのだ。

 彼が持つ生来の運。豪運。生まれついての勝者。

 偶然にゴドリックが組み分けの儀式のギミック担当になり、なんとなく組み分け帽子から自分の遺産が出るように魔法を施し、偶々それが今生きている。

 ゴドリックはいつだって、ここ一番というところでは勝者だった。そしてそれは今日も変わらない。

 

「グリフィンドール!」

 

 勝利を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

「髪飾り、髪飾りを使う」

「バジリスク! 急いで大広間に来い!」

 

 二人が何やら騒いでいるが、後の祭りである。

 もう勝者は決したのだ。

 組み分けの儀式に再審はない。

 

「ゴドリック」

 

 ぽん、と肩を叩かれる。

 振り向けば、満面の笑みを貼り付けたヘルガ・ハッフルパフ。

 ヘルガは心を読む天才。順当に行けば、ショーンはハッフルパフを選ぶことを知っていたのだ。それを横から奪われた怒り、計り知れるものではない。

 

「言い訳があるのなら、今の内に聞いておきます。口が動かせなくなるでしょうから」

「……そうだね。グリフィンドール寮は騎士道精神に溢れる者の寮――」

「何が騎士道精神かっ!」

 

 ……こうして、ショーン・ハーツはグリフィンドールに決まったのである。



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第5話 宴

 史上最高の魔法使いは誰か?

 数え切れないほど論じられてきた議題だ。

 魔法界に生まれた者なら、誰もが一度は「偉大な魔法使い名鑑」を片手に、自分の思う最強の魔法使いを熱弁した事だろう。

 

 ペベレル三兄弟。

 ゲラート・グリンデルバルド。

 アルバス・ダンブルドア。

 ヴォルデモート卿。

 そして――ホグワーツ創始者達。

 

 誰も彼もが魔法界のオリンピック級アスリート達。

 この中の誰が最強に選ばれたとしても、納得がいくだろう。

 しかし、アルバス・ダンブルドアは思う。自分はまだまだ彼らと肩を並べるには程遠い、と。

 晩年のゴドリック・グリフィンドールが残したとされる『組み分け帽子』は、言って見れば『開心術』に特化させたマジックアイテムだ。

 心だけではなく、身体能力や潜在能力、果ては血の歴史まで読み取る事が出来る規格外の魔法が込められているが、とにかく広い分類をすれば『開心術』なのである。

 更には明確な自我までもが付与されており、驚くべきことに1000年たった今でも魔法が衰える気配はない。

 果たして、自分はこれほどのマジックアイテムを作ることが出来るだろうか?

 答えは否。

 共同開発とはいえ賢者の石を作ったダンブルドアでさえ、組み分け帽子を再現することは不可能だった。

 それどころか、組み分け帽子の『開心術』を逃れる事すら出来ないのが現状である。

 それが、しかし――

 

「もう一度聞くがの、本当にあの一年生が貴方の『開心術』に対抗したと」

「左様。私はあのショーン・ハーツという少年から何も読み取れなかった。こんなことは、私の帽子生では一度しかなかったことだ」

 

 信じられないほど強力で複雑なプロテクト。

 例えるなら、イギリス中をランダムで瞬間移動し続け、見つけたとしてもダイヤモンドの鎧に覆われている上に、ドラゴンの群れに守られている様な感じだ。

 ショーンの心はそのレベルで保護されていた。

 組み分け帽子の『開心術』では、ショーンの心が何処にあるのかも分からなければ、護りに傷をつけることも出来なかったのである。

 

「過去の一度は……」

「ホグワーツ創始者のお方々の一人、ヘルガ・ハッフルパフ様だよ。あのお方の『閉心術』を破れる方は、一人としていなかった。私は勿論、創造主であられるゴドリック様もだ」

 

 ホグワーツ四強の1人、ヘルガ・ハッフルパフ。

 魔法界史上最高の治療者として知られる彼女だが、心術系魔法の名手だったという記録も残っている。

 その彼女と同等の心術使い?

 それも一年生で?

 あり得ない事だ。

 しかもその少年は今まで、マグルの世界で過ごしていたときている。

 

「加えていうなら、ゴドリック・グリフィンドール様の剣――あれも一般に知られている方法で取り出されたモノではない」

「ふむ。つまり……」

「当然のことだが、アレはゴドリック様の所有物。真のグリフィンドール生に抜けるとはいえ、それはあくまで貸し出しに過ぎぬ。だがあの小僧は……ゴドリック様にしか出来ない、正規の抜き方であの剣を得た。

 そうだな。図書館で本を借りて読むのと、本屋で買って本を読むくらいの違いがある。結果は同じ様に見えても、その所有権の強さは比べ物にならん」

 

 例えばの話だが、真のグリフィンドール生が同時に二人いたとしよう。

 片方がゴドリックの剣を抜いた後、もう片方もまた剣を抜けるのか?

 答えは抜ける、だ。

 あくまで所有権は得ていない為、他の真のグリフィンドール生が抜こうとすれば手元を離れ、他者の元へと行ってしまう。

 しかし、真の所有者であるゴドリック本人が剣を持っていた場合はどうか?

 答えは否。

 本人に貸し出しの意思がない限り、何人たりともその剣を持つことは出来ない。

 小鬼の製法で作られた記憶する剣は、所有者をも記憶しているのだ。

 

「つまり、あの剣の所有者はゴドリック・グリフィンドールではなく、ショーン・ハーツに移ったと?」

「そこまでは分からない。再三言うが、私はあの子から何も読み取れなかった。私は賢い帽子、確証が持てぬことへの明言を避ける」

 

 それだけ言うと、用は済ませたと言わんばかりに、組み分け帽子は口を閉ざしてしまった。顔の形をしたシワも、ただのシワに戻ってしまう。

 両親との確執。

 孤児院暮らし。

 途轍もない魔法の才能……。

 似ていた。

 まだ話した事はなく、マクゴナガルから聞いた人相も大分異なるモノであったが……経歴だけを見ると、ショーン・ハーツは“あの生徒”によく似ていた。

 見極めなくてはならないだろう。

 あの少年の本質を。

 ダンブルドアは己のこめかみに杖を当て、白い靄……記憶を取り出した。それを『憂いの篩』と呼ばれるマジックアイテムの中に注ぐ。

 映し出されるのは、ショーンが組み分けの儀式を終えた直後の光景。

 ダンブルドアはその中に身を投じた――

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ミネルバ・マクゴナガルはホグワーツ教師陣でも一、二を争うほど優秀な魔女である。

 まだ学生だった頃からその才能を遺憾無く発揮し、主席や満点は当たり前、それどころかイギリスに七名しかいない正式な動物もどき(アニメーガス)にさえ名を連ねたのだ。

 そんな紛れもない天才である彼女だが、しかし決して苦労を知らないわけではない。

 

 優秀なクィディッチ選手であったが、大きな怪我を負い辞めなくてはならなかったし、同僚や先輩達との確執から転職した過去を持つ。

 だが彼女はそんな過去を背負いながらも、現在は一教師としてホグワーツ魔法魔術学校で教鞭を取っている。

 それは彼女の生来の強さか、あるいはダンブルドアという恩師のお陰か、あるいは今は亡き最愛の者への愛故か……ただ一つ確かな事は、数々の試練を乗り越えた今のマクゴナガルは“強い”という事だ。

 しかしそんな彼女をして、この状況はお手上げだった。

 

「あの、なんか出ちゃったんですけど……」

 

 申し訳なさそうに剣を持ってくる、一人の生徒。

 なんか出ちゃった、ではない。出すな、帽子の中に戻して来い。そう言いたかった。しかし立場が許さない。

 聡明なマクゴナガルは知っていた。

 これはグリフィンドールの剣。

 真のグリフィンドール生のみが抜けると謳われていながら、誰も抜いた事がなく、もし抜いてしまった場合、真のグリフィンドール生か学校か文化遺産にすべきか、誰を所有者にするのがいいのかずっと議論されてきた剣。

 要はとても面倒な剣である。

 

「ハーツ、貴方の寮はグリフィンドールに決定した様ですよ」

「いや、あの……コレ………」

「どうしました? 寮席はあちらですよ」

「それは分かってるんですけど、コレどうしたら――」

「イングラム・ロックウッド!」

「!?」

 

 無視して次の新入生の名前を呼びあげる。

 申し訳ない気持ちはあったが、どうしていいか分からなかったのだ。

 これならまだ組み分け帽子が「アズカバン!」と叫んだ方がマシである。

 結局ショーンはトボトボとグリフィンドール席まで歩いて行き、壁に剣を無造作に立てかけた。隣に座っている上級生が「貰えたんだからいいじゃん。取られるよりは、な?」という何だかよく分からない言葉を投げかけていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ダンブルドアが一言二言告げた後、食事会が始まった。

 ショーンの隣にはジニーが座っている。

 彼女は組み分け帽子が触れるか触れないかというところで、直ぐにグリフィンドールに決まった。

 

「変ね、ハリーがいないわ……あ、あとロンも」

「ロンて確か、お前のお兄さんだろ。もうちょっと気使ってやれよ」

「いやよ。むしろ、ロンが私にもっと気を使うべきだわ! ロンの無神経具合ときたら、ほとんどトロール並よ!」

 

 何だかジニーがいきり立っていた。

 それを見ながら、有難いと思う。

 彼女はショーンがこの剣に関する話題をして欲しくないのを察して、他愛もない話をしてくれているのだ。これで次の話題がロックハートの白い歯についてでなければ完璧だっただろう。

 

「私の行方不明の娘がゴーストになっていた」

「何それ怖い」

「発見を依頼した男爵も血みどろでゴーストになってる」

「何それもっと怖い」

「ついでに私も幽霊だ」

「何それ俺も」

 

 チラリと後ろを見れば、ロウェナとサラザールが揃って現実逃避していた。

 その少し横ではゴドリックとヘルガが『反省会』を開いている。

 ヘルガにお説教されたゴドリックは、グリフィンドール寮のゴーストであるほとんど首無しニックとほとんど見分けがつかなくなっていた。

 

「僕はパーシー・ウィーズリー、よろしくショーン。君を我が寮に迎えられた事を誇りに思うよ。おっと、その剣を抜いた君に、“我が寮”なんて大それていたかな。でも、なにせ僕は監督生なものでね。

 さてさて、本題に入るけど……それ、ゴドリック・グリフィンドールの剣だろ! ホグワーツの歴史っていう本で読んだことがあるんだ! 少し触らせてくれないか!?」

「いいよ。さっきステーキ切るのに使ったから、少し汚れてるけど」

「ステーキを切るのに使っただって!? 君はこれがどれだけ価値あるものか知ってるのかい!?」

 

 勿論知ったことではない。

 そっちこそ知っているのか、俺がどれだけレアステーキを愛しているのかを。出来るなら彼女を毎晩ディナーに招待したいくらいだ。

 

「ちょっとパーシー! 貴方いまどれだけ空気を読めてないか分かってる?」

「ああ、ジニー。グリフィンドール寮に決まってよかったね。母さんと父さんに手紙を出してあげるといいよ。きっと二人とも喜ぶだろうからね。だけど、人と人が話してる時、横から割り込むのはよくなイタァッ!」

 

 言い切る前に、ジニーが思いっきりパーシーの右足を踏みつけた。

 パーシーはガールフレンドであるペネロピー・クリアウォーターに付き添われながら、早速マダム・ポンフリーの元へと向かった。記念すべき、最初の患者である。流石は監督生だ、率先して生徒が嫌がる事をするとは。

 

「ああ、なんてこと! ハリー!」

 

 ジニーがほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 手には『夕刊予言者新聞』が握られている。

 記事を見てみると……なになに、空飛ぶフォード・アングリア、訝るマグルと見出しがあった。

 驚く事に新聞に掲載された写真は動いていて、誰が撮ったのか、空飛ぶ車が見事なアングルで撮影されている。なるほど、ハリーとロンの二人はこれに乗って何処かへ旅立ったらしい。その行き先までは書いてないが、きっとホグワーツだろう。

 魔法界には空飛ぶ車があるのか、今度乗せてもらえないか頼んでみよう。

 

 どうやらその新聞はパーシーのものらしい。彼は寮席に戻ってくると、神妙な顔で新聞を読み始めた。

 

「なんて事を! あの二人は……まったく、ロンのやつときたら! 母さんがどれだけ心を傷めるか。いや、父さんがクビになったら……。とにかく、校則だけでなく法をも犯したんだ。あの二人は間違いなく退学だアゥチ! 何をすヘェゥアッ!」

 

 退学の二文字を聞いた瞬間、ジニーは「そんな、ハリー!」と言って泣き出してしまった。

 それを見たフレッドとジョージが、それぞれの足を踏みつけた。しかも、右足に至っては包帯を巻いてる上からだ。

 というか、ロンは君のお兄さんだろう。心配しなくていいのか……? まだ会ったこともないロナルド・ウィーズリー少年に、ショーンはなんだか愛着が湧いた。

 

 まあ、そんなことは今どうでもいい。

 今大事なのは食事、それのみだ。

 実はショーンは生まれてこの方、満腹になった事がなかった。

 両親と暮らしていた頃は緊張で食事が喉を通らず、またお代わりを要求出来る空気でもなかった。孤児院に入ってからは言わずもがなである。

 

 肉、肉、肉、ポテト、肉、肉、ワイン、肉肉肉……一心不乱に肉を食らう。

 思うに、肉というのは反則だ。

 他のどれだけ上品に着飾った料理より、ただ焼いただけの肉の方が遥かに本能を刺激する。

 個人的な好みを言えば、舌に乗った瞬間溶けてしまうような霜降り肉よりも、しっかりと噛み応えのあるヒレステーキの様な肉が好きだ。

 焼き方はレア、これに限る。表面だけ焼けて、中はまだ赤く血が滴っているくらいが好ましい。

 そして味付けだが、ガーリックが効いている強烈な味付けより、少量の塩と胡椒で薄く味付けされた肉本来の味が引き立つものの方が良い。

 その点、ホグワーツの料理は完璧だった。

 よっぽど優秀なシェフがいるらしい。今度厨房に行って、結婚を前提にお付き合いしてもらうのもいいかもしれない。

 

 やがて宴は終わり、後は各寮に移ってそれぞれ楽しむこととなった。

 フレッドとジョージはたくさんのお菓子を手に、ジニーを励ましながら寮に向かって行った。その後を所謂“イケてる女の子達”がついていく。あの二人はモテるらしい。

 ショーンは金の皿にステーキを三枚重ねで乗せ、その隣にマッシュポテトを添えて持ち出した。ワインをボトルごと確保することも忘れない。

 しかし、ゴドリックの剣は忘れそうになった。

 手が塞がっていたので、仕方がなく脇に挟んだ。ヒンヤリしている。

 

 寮で騒いでいると――ウィーズリー家の双子はパーティーを盛り上げる事に関して天才だった――扉が開かれた。

 

「ハリー!」

 

 ソファーに座っていたジニーが大声を上げて立ち上がる。

 その一瞬後で、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに座った。

 大広間の扉から書店で見かけたハリー・ポッターと、ジニーと同じ髪色――生まれた順で考えれば、ジニーの方がロンと同じと言うべきか――の冴えない少年が入って来た。

 二人は栗色の髪の少女の方へ真っ直ぐ進み、三人でヒソヒソと話し始めた。

 

「我らのヒーローのご到着だ!」

「ご心配めされるな、ヒーローとは遅れて来るもの!」

「「さあ、我らがヒーロー、駅に残った男の子ロナルド・ウィーズリーに盛大な拍手を!」」

「ちょっと、ハリーが迷惑してるでしょ!」

 

 笑いの対象にされてるロン。

 反対にハリーは心配する声が多く上がっている。

 もし次があれば、俺くらいは真っ先にロンを心配してやろうと決めた。












ダン爺「なんか変なやついるな。退学にするか」
獅子「誰が」
穴熊「誰を」
蛇「退学にするって?」
鷲「私のセリフは!?」

ここまで読んで下さってありがとうございます。
話の進みが遅くてすみません……
どうしても日常風景を描きたくなっちゃうんですよね。

それから、沢山の評価、感想、お気に入り登録ありがとうございます。
後、誤字報告!
結構見直してるつもりなんですけど、結構見落としてましたね……
お詫びとして、ドビーの両腕をアイロンで焼いておきました。


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第6話 忍び寄る影

 ショーンはグリフィンドール寮に入った事を後悔していた。

 魔法薬学の担当教諭であるスネイプ教授から難癖をつけられるのも、マグゴナガル教授が何故かちょっと距離を置いてるのも、パーシーが毎日毎日グリフィンドールの剣がいかに貴重なものか説法するのもいい。魔法薬学と変身術のレポートが毎晩寝かせてくれないのだって、この際我慢しよう。

 では何が問題かというと――同じ寝室になったコリン・クリービーである。

 

 彼は朝起きてから夜寝るまで、飽きもせず「今日のハリー・ポッター情報」をショーンに語った。孤児院にある壊れた目覚まし時計ほどうるさいものはこの世にないと思っていたが、コリンに比べたら死ぬほど不機嫌な時のスネイプより静かだ。

 その上一緒に授業を受けているジニーまで「夏休みのハリー・ポッター情報」をご丁寧に教えてくれるものだから、ショーンはすっかりハリー・ポッターに詳しくなっていた。一度も話したことがないのに、だ。

 

 メンタリストという職業――正確には職業ではないが――があるが、もしハリー・ポッターと話す機会が出来たら、それを偽ってやるのも面白いかもしれない。

 貴方の好物は……アップルパイ? ニシンのパイ? ああ、何も仰らないで! もう分かりましたから、答えは糖蜜パイでしょう?

 馬鹿馬鹿しい。

 まだウィーズリーの双子が仕掛けるイタズラの方が有意義だ。

 

 そんな事を考えながら、グラウンドに向かう。

 今日は待ちに待った飛行術の授業、その初日なのだ。

 魔法界生まれの級友が、どれだけ自分が箒に乗るのが上手いか自慢するたびに、ショーンはこの日に恋い焦がれる様になった。

 更に嬉しいことに、この授業はレイブンクローと合同なのだ。去年まではスリザリンと合同だったらしいのだが、一つ上の先輩が大怪我をした為、スリザリンとは別の日に行った方が良いということになったらしい。

 ハリーの事もロックハートの事も話さないルーナは、この上ない癒しだった。尤も、マトモな話をしているかと聞かれると、それもまたちょっと疑問なのだが。

 

「ねえ、知ってる? ハリー・ポッターは最初の飛行術の授業で、とびっきりの飛行を見せたんだ! その時偶々通りかかったマグゴナガル先生に見初められて、シーカーになったんだよ!」

「コリン、知ってるか? 今日でその話題十二回目だ。しかも、ジニーも八回くらいその話をしてる」

「ああ、僕がその場にいたらな。絶対にベストアングルで写真を撮ったのに! でも、チャンスが無くなったわけじゃない。今度のクィディッチの試合で、最高の写真を撮ってみせるよ」

「……ルーナ、君が意味不明な会話をしてる時、大体こんな感じだ。よく見ておいてくれ」

 

 馬鹿話をしていると、飛行術の教師であるマダム・フーチがやって来た。

 箒から落ちない杖の持ち方と、股を痛めない乗り方を教えてくれた。それから、突然箒が飛び上がっても決して慌てないこと、と口を酸っぱくして言った。どうやら、過去に良くないことがあったらしい。

 

「さあそれでは、箒に向かって上がれ! と言ってください」

「上がれ!」

 

 ショーンが上がれと言った瞬間、箒の柄の部分が額を叩いた。額を抑えてその場にうずくまる。

 

「ショーン、もっと柔らかく言うんだ。急に命令口調で怒鳴られたら、君だって反抗したくなるだろう?」

 

 幽霊の中で最も箒に乗るのが上手いゴドリックがアドバイスをしてくれた。

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 ショーンは怒りを鎮め、「大丈夫ですか?」と寄ってくるロウェナを脇に置き、勤めて優しい口調で箒に上がってくれと言った。

 箒はコロコロの地面を転がるだけで、一センチとだって宙に浮きやしない。それを見て一言、

 

「経験で分かる。こいつは不良品だ」

「この箒がボロな事は否定しないけど、悪いのは君だ」

 

 悔しいが、ゴドリックが言うのならそうなのだろう。

 気を持ち直して、再び「上がれ!」と言う。即座に額を叩かれた。さっきよりも強い力で、だ。

 

「痛っ! クソが!」

 

 悪態をつきながら、箒を蹴っ飛ばす。すると箒は一人でに浮かび上がり、プロ野球選手の様なスウィングでショーンの額をかっ飛ばした。

 こうなっては意地だ。

 ショーンは杖を取り出し、箒に向かって習ったばかりの『浮遊呪文』を放つ。

 向こうが大人しく浮かばないのなら、俺が魔法で浮かせてやる!

 反対に箒は、意地でも浮かんでやるか! と地面の中にもぐりこもうとした。

 

「何やってるのよ……」

 

 呆れた顔でジニーが見てくる。

 ――!?

 驚くべきことに、ジニーの手には箒が握られていた!

 いや、ジニーだけではない。ルーナもだ! というか、ショーン以外の全員が箒を手にしていた。コリンだけは箒に脛を叩かれ続けていたが、彼は己のプライドと相談した結果除外する事にした。

 

「ああ、違う! そうじゃないったら! どうして箒と決闘するハメになるんだ!」

「分かる、分かるぞショーン。私にはお前の気持ちが良く分かる」

「若い頃のサラザールも、よくああして無様にケンカしてましたからね」

「……あたかも自分は乗れたみたいにお話してますけど、ロウェナが一番箒に乗れていませんでしたからね? お、降ろして下さい誰か! とか泣きながら仰ってましたよ、貴女」

「ギャー! 何でその事ショーンの前で言うんですか! 私のクールで知的なイメージが崩れちゃうでしょう!」

「……知的でクールな女性は「ギャー!」と叫ばないと思いますよ」

 

 一発で見事なアクロバット飛行を披露したゴドリック。

 箒と取っ組み合いのケンカをし始めたサラザール。

 運動神経ゼロという事を見事に証明してみせたロウェナ。

 何故か箒が勝手に気を遣って飛んでくれたヘルガ。

 ホグワーツの歴史には載せられない過去だ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 思いがけず最悪な授業となった飛行術だが、次の闇の魔術に対する防衛術に比べればマシかもしれない。

 最初の頃はまだ良かった。

 ギルデロイ・ロックハートについてのミニテスト――ハリー・ポッターについてのテストだったら満点を取れるとショーンは思った――は別として、その後に行ったピクシー妖精との戦いは最高にスリリングだった。

 しかしその後は、ギルデロイ・ロックハートの為のギルデロイ・ロックハート劇場が始まった。

 

 先ずはギルデロイ・ロックハートの小説を開く。

 本の中ではギルデロイ・ロックハートが満面の笑みを浮かべている。

 次に前を向く。

 ギルデロイ・ロックハートが満面の笑みを浮かべている。

 ショーンは満面の無表情を浮かべた。

 そして彼は言った。自分の様な勇敢な魔法戦士になるには、お勉強だけでなく、実戦同様の訓練が大事だ、と。

 ショーンもその通りだと思った。血気盛んなグリフィンドールの一年生達も、何が始まるのかとワクワクしている。

 そして始まったのは……劇だ。

 ギルデロイ・ロックハートの小説を元にしての劇。しかも生徒がやらされるのは冴えないトロールだとか、間抜けな吸血鬼の役ばかりだ。肝心の主役は、ギルデロイ・ロックハートその人が演じている。

 

「教師を馬鹿にしてます! 教師というのは、学びたいと願う若者に叡智を授ける者です! (まかり)り間違っても、自分の自己顕示欲を満たす為のモノではありません!」

 

 多くの生徒が不満を口にしていたが、その中でもロウェナの怒り様と言ったら凄まじかった。

 どうやら、ロウェナは教師という職業に何かこだわりがあるらしい。

 普段どこか抜けてるイメージのある彼女だが、この時ばかりは彼女もまた偉大なる創設者なのだと思い知らされた。

 

 それからもう一つ驚いた事として、ロウェナ・レイブンクローはショーンが思っていたよりずっと偉大な人物だった、という事がある。

 闇の魔術に関する本でサラザール・スリザリンの名前を見たり、英雄譚でゴドリック・グリフィンドールの名前を見たり、薬草学の便覧でヘルガ・ハッフルパフの名前を見る事は、実に多かった。

 しかし、ロウェナ・レイブンクローの名前を見た数は、ちょっと比較にならないほど多い。

 ロウェナ・レイブンクローの研究を元に……

 ロウェナ・レイブンクローの論文によれば……

 ロウェナ・レイブンクローの言葉から引用すると……

 教科や分野を問わず――料理とクィディッチに関するモノは除くが――ロウェナの名前はいたる所に掲載されていた。しかも古い本だけでなく、最新の研究にも彼女の理論が使われているというのだから驚きだ。

 

 彼女がただの調子に乗り易い間抜けな女ではないことを、ショーンは11年経ってようやく理解した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ある朝の事である。

 胃を若さで黙らせて、朝からステーキを食べているショーンの元に手紙が届いた。

 隣に座るジニーが何の手紙? と聞いてきたが「歯磨き粉のフレーバー一覧だよ。イチゴとメロンは失敗だったな……」と言って誤魔化した。

 この手紙に書かれていることは、ショーンがここ数週間を費やして練った計画、その最終段階を記すモノなのだ。いつか明かしてもいいかもしれないが、今はまだ“彼”と自分、ただ二人――勿論、幽霊達は除く。何故なら彼らは人ではないからだ――の秘密に留めておきたい。

 

『喜べ! 昨日、ついに奴が罠にかかった。奴も賢かったが、俺とお前さんの方が賢かったわけだ。もう準備は済んでる、今日の五時にでも来いよ』

 

 ショーンは手紙を読み終えると、直ぐにビリビリに破いて捨てた。

 

 いつもの如くスネイプに減点され、マグゴナガル教授の複雑な板書を写し、薬草学で土まみれになり――遂に約束の時間が来た。

 普段ならこの後、ルーナとジニーと三人で話をしたり、ボードゲームをするのだが、今日は違う。

 ショーンは駆け足でホグワーツ城を抜け、少し外れた所にある小屋へと向かった。

 

「やあ、ハグリッド!」

「よく来たな、ショーン! 来るころだろうと思っとったぞ」

 

 出迎えたのはホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドである。

 手には大きな鹿肉がぶら下がっていた。手紙によると、今日獲れたての代物だ。

 二人は固い握手を交わすと、直ぐに準備に取り掛かった。

 先ず石を円型に並べ、簡単なカマドを作る。その中に藁を敷き詰め、上に枯れ枝、その上に枯れ木と置いていく。最後に湖から持って来た平たく大きな石を置けば……完成だ。

 

「さあ、見せてくれや」

「勿論! 魔法薬学はトロール並みだけど、こっちにはちょっと自信があるんだ。――インセンディオ!」

 

 杖の先から、火になった魔力が放たれる。

 それは見事に藁を射抜き、カマドに火を灯した。

 

「綺麗な火だ」

「だろう?」

「ああ、大したもんだ。これなら美味い肉が焼けるだろう。しかしお前さんも変わっちょるな、石焼の鹿肉が食べたいなんて」

「俺からしたら、ハグリッドの方が変わってるよ。こんなに新鮮な食材が採れるんだ、もっとグルメになるべきだよ」

 

  そう、ショーンが企んでいたこと、それは新鮮な鹿肉の石焼ステーキだ。

 ちょっとした事件があり、ハグリッドと仲良くなったショーンは、ハグリッドの生活ぶりを聞いて今回の作戦を思いついた。

 ステーキの石焼は前に一度やろうとした事があるのだが、いざ探してみると肉をしけるほどの大きい平石は中々見つからず、また外で火を扱える場所も少なかった。

 そこへ来て、ハグリッドの小屋の前は完璧な立地だった。

 オマケに、ハグリッドは食べる物を自分で獲って食べているという。つまり、養殖じゃない、本物のジビエだ。これはもう石焼をするしかないだろう。

 ハグリッドに計画を話すと、快く承諾してくれた。

 ハグリッドは森で美味そうな鹿を狩り、ショーンは火をつける魔法を習得する事にした。

 この話を聞いたゴドリックが大笑いしながら稽古をつけてくれたため、ショーンは直ぐにこの呪文を覚えた。調理方法は呆れながらも教えてくれたヘルガ直伝だ。

 

 熱された石の上に鹿肉を乗せると、パチパチと油が音を立ててはね出した。気化した油が二人の鼻孔をくすぐる。

 ある程度したら一度ひっくり返す。いい焼き目がついている。

 どうせ使い捨ての鉄板(拾った石)だ。後片付けを考える事なく、たっぷりと山羊のチーズをかける。ついでに、マッシュルームもチーズに絡めて焼いた。

 

「なあハグリッド。そろそろいいんじゃないか?」

「うん。俺はもう待てん」

 

 ハグリッドが巨大な口の中に、鹿肉のステーキを放り込んだ。

 直ぐにショーンも続く。

 牛肉よりも噛み応えがある。赤身を更に赤くした感じだろうか……ショーンは豚や牛といった家畜よりも、鴨や鹿といったジビエの方が好きだった。

 

「うん、うん。美味いな」

「たぁーんと焼こう。まだまだ沢山あるからな」

 

 直ぐに平らげて、次を焼く。何せ鹿一頭分あるのだ、いかに二人が大食いとはいえ、一日で食べ切れるような量じゃない。

 しかしそれでも半分以上食べたというのだから驚きだ。どうやら美味い物を食べるときは、胃が大きくなる魔法がかかっているらしい。

 

「そういえば、もう明日はハロウィーンだな。お前さんは肉ばかり食っちょるが、かぼちゃはどうなんだ」

「好きだよ。ああ、でもハロウィーンとなると、絶対コリンがうるさいだろうな……。何かイベントがある度に写真を撮るんだ。それも一枚や二枚じゃない」

「それじゃあ、そのコリンとやらにはこの光景は見せない方がいいかもしれんな」

 

 ハグリッドが指差す先、大きなかぼちゃ畑に生えた超巨大なかぼちゃは、どれもハロウィーン仕様になっていた。

 ジャック・オー・ランタンの形に掘られたかぼちゃの口の中で、蝋燭がぼんやりとした灯りを放っている。

 これほど綺麗な光景は、普通に暮らしていたのでは一生見ることが出来ないだろう。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ハロウィーンパーティーが終盤に差し掛かった頃、ショーンは一人トイレに行っていた。

 そしてその帰り道、ロウェナがジトっとした目で語りかけて来た。

 

「ショーン、貴方来る前はあーだこーだ言ってたのに、いざホグワーツに来たら満喫しきってるじゃないですか」

「うっ……」

 

 ショーンはギクリとした。

 思い当たりが多すぎたからだ。

 今だって、ハロウィーンの宴用の仮装をしている。いや、違うんだ! これはウィーズリーの双子に誘われたから……! という言い訳は出来ない。

 何故ならロウェナには知られてしまっているのだ。

 最初こそ誘われたから、という形だったものの、計画を立てているうちに楽しくなってしまい、最後にはノリノリになっていたことを。

 

「学業ばかりに専念しろ、とは言いませんわ。多感な時期ですから、ハメを外す事の楽しさと、それに伴う後悔も学ぶべきでしょう。ですがショーン、その比重がおかしくはなっていませんか? ギルデロイ・ロックハートのような善ではない者に傾いてはいませんか? もう一度、よくお考えなさい」

 

 ヘルガの言葉は、鋭くショーンの胸に突き刺さった。

 確かに最近勉強時間より遊ぶ時間が増えたし、闇の魔術に対する防衛術については何も学んでいなかった。ルーナは独学で学んでいるのに、だ。

 

「……ショーンよ、お前の気持ちも分かる。同世代の友人が今まで少なかったからな。楽しいのだろう? しかし、時には先のことを考えて行動しなければならん。もっと狡猾であれ」

「――そうだな。うん、その通りだ。最近の俺、ちょっと浮かれてた」

「自分の非を認めるのはそうできる事じゃない。それが出来ている内は大丈夫さ。さあ、宴に戻ろう。ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、今日くらいは楽しむべきだ」

 

 何故このタイミングで言ったのか。ショーンには幽霊達の意図が分かった。

 いかにパーティーとは言え、ハメを外し過ぎるな……と言いたかったのだろう。確かに今のままでは、取り返しのつかない事をしてしまっていたかもしれない。本当はもっと早くに言いたかったに違いない、しかしせっかくのパーティーだからと終盤まで待ってくれたのだ。

 ショーンは四人に深く感謝しながら、大広間へと戻ろうとし――そして、出会った。

 

『秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 血塗られた壁と、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている、ミセス・ノリス。

 そしてそれを見上げる――ハリー・ポッターに。












キングクリムゾンッ!
“魔法薬学”、“変身術”、“妖精の呪文学”の授業風景を飛ばした……
授業を受けたという“結果”だけが残る……

ここまで読んでいただきありがとうございます。
真面目な話、その辺りの授業風景は書いても特に面白くないモノになっていたので、飛ばしちゃいました。
作中ショーンが自分で言っていた通り、今のショーンはあまり勉強する気がありません。その上、マグル生まれなので魔法に関する知識もないです。
なのでよくあるスネイプの意地悪問題に颯爽と答えたり、一発で変身呪文を成功させたりと言った事はありません。普通にその辺の人と変わらないです。
詳しく言うなら、魔法薬学が苦手、変身術はちょっと得意、くらいです。

【お詫び】
その類稀な特性上、ほぼ全てのハリポタ二次創作に登場する「ハンナ・アボット」がこのSSには登場していないとのご指摘がありました。
魔法省はこれを重く受け止め、シリウス・ブラックの刑期を大幅に伸ばすことに決定いたしました。
改めて、深くお詫び申し上げます。


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第7話 最初の犠牲者

 ホグワーツに入学したのなら、どれだけ平和に生きていても、最低十回くらいは不思議で神秘的な光景を目にするだろう。

 その中から一つ最高の景色を選べと言われたら、ショーンとしては毎朝来るフクロウ便の光景を推したい。

 最初の一羽を皮切りに、色とりどりのフクロウ達が雪崩の様に入り込んで来る。彼らは迷う事なく手紙の受け取り人を探し当て、彼――あるいは彼女――の元に手紙を綺麗に落とすと、あっという間に飛び去っていくのだった。

 そして最後にウィーズリー家の老フクロウであるエロールが、ジニーが食べようとしているマッシュポテトの皿に見事な胴体着陸を決め、大団円を迎える。

 そう、そんな光景――つまり、今だ。

 

「わあ、凄い! これで二十日連続だ! 写真を撮らせてよ!」

 

 ジニーの了承を得る前に、コリンは光の速さで写真を撮った。

 

「……笑ったら蝙蝠鼻クソの呪いをかけるわよ」

「それは大変だな。笑ってるやつがいないか、よく見ておくよ」

 

 ジニーの目があまりに本気だったので――実際杖を取り出しかけていた――ショーンは寸前まで飛び出しかけていた笑顔を、胸の奥の方へと大事にしまい込んだ。寝る前にでも開けることにしよう。つまり、思い出し笑いだ。

 ショーンがなんとか心を落ち着かせ、朝のステーキにかぶりつこうとしたその時である。

 フクロウの群れに紛れて、箒が飛んできた。

 奴はショーンの元へと迷いなく飛来し――額にぶつかった!

 飛行術の授業でケンカして以来、あの箒はあの手この手でショーンの額を叩こうとした。そしてその企みは大体上手くいった。

 

「やった、これで三十日連続だ! ハイ、チーズ!」

 

 了承を得るそぶりさえみせず、コリンが写真を撮った。

 

「……笑ったら浮遊呪文でシャンデリアに吊るす」

「勿論笑ったりなんかしないわ。友達の不幸を笑うほど、落ちぶれてないつもりよ」

 

 ショーンの目があまりに本気だったので――実際杖を取り出しかけていた――ジニーは寸前まで飛び出しかけていた笑顔を、胸の内のどっかその辺に乱雑にしまった。ショーンがいなくなった瞬間開けよう。つまり、言いふらすつもりだった。

 

 二人は恐ろしいほどの真顔で、揃って大広間を出た。

 ジニーの手にはマッシュポテト塗れのエロールが、ショーンの手には狂った様に暴れまわる箒が握られている。

 二人がいなくなった大広間では、コリンが鼻から蝙蝠のフンの様な鼻くそを吹き出しながら、シャンデリアに吊るされていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ジニーはエロールを戻してくると言って、フクロウ小屋の方へ行ってしまった。

 ルーナにでも会いに行こうか。レイブンクローの授業はなんだったか……ショーンがそう考えていると、サッと行く手を遮ってくる者が居た。

 

「おや、おや。これは大変だ」

 

 病的なまでに青白い肌、輝く様なプラチナ・ブロンド。パーツだけ見ればヘルガに近いが、受ける印象は全くの別だ。

 何処かで見た事ある様な……そう思ったが、結局思い出す事は出来なかった。

 その男の子はニタニタと笑いながら、ショーンの方へと近づいて来る。いやらしい目つきで、ショーンが手にしている箒を見ていた。

 

「一年生が箒を持ってる。非常に悲しいことに、校則違反だ」

「これは俺のじゃない。ホグワーツの備品だ」

「備品を持ち出すことも、立派な校則違反だという事をご存知ないのかな?」

「勿論知ってる。そして、知ってるかな? この箒は俺が持ち出したんじゃない、勝手に俺の所に来たという事を」

「へえ……。あのグリフィンドールの剣みたいにってことかい?」

 

 男の子はせせら笑った。

 

「僕なら――僕なら、真のグリフィンドール生なんかに選ばれた日には、恥ずかしくて外にも出れなくなるけどね。それってつまり、真の間抜けって事だろう」

「……何が言いたいんだ、あんたは」

「おや、気分を悪くさせたかい? ごめんよ」

 

 その男の子が少しも悪いと思ってないことは、誰の目から見ても明らかだった。

 ショーンはグリフィンドールの剣を抜いたことで、グリフィンドール生に良くされる事が多かったが、同じくらいスリザリン生に目の敵にされる事が多かった。

 今のように突っかかられた事も、一度や二度ではない。

 

「あー、手札の左から二番目のカードはなんだったっけっかな……」

「ハートのキング」

「スペードの6」

「クローバーのエース」

「やめてくれ! ホントに! どうか頼むよ、嘘を言わないでくれ。えーっと、それで……」

 

 上級生に少し厭味を言われた程度で保護者が出張らなければならない程、ショーンは子供ではないし、創設者達も子供の批判に一々腹をたてるほど子供ではない。

 

 四人の幽霊達は御構い無しに『空想トランプ』というゲームをしていた。そこにトランプがあるという仮定で、トランプゲーム――今やっているのはOld Maid(ババ抜き)――をする遊びだ。実際には何もないので、全てのカードを記憶していなければならない。

 ゲームの様子を見ると、珍しくサラザールが劣勢の様だった。

 

「それより、気をつけたほうがいい。もし僕がスリザリンの後継者だったら、真っ先に狙うのは君にするよ。ハリー・ポッターでもいいけど、あいつは残念ながら、本当に残念ながら……純血だからね」

 

 スリザリンの後継者。

 現在、ホグワーツ校内はその話題で持ちきりだった。

 サラザール・スリザリンが遺したとされる秘密の部屋を開き、隠されていた怪物を使役する存在。継承者の敵――つまりはマグル生まれを皆殺しにするのが目的だと言われている。

 

 しかし、ショーンは当の本人であるサラザールから、直接話を聞いていた。

 確かに他の創設者達に内緒で部屋を作ったし、その中に怪物も隠した。しかしその怪物は非常に高い殺傷能力を有しているが……猫を石に変える力はない。大方、継承者を騙った偽物だろう、と。

 継承者の偽物――行き過ぎた純血主義を掲げる、スリザリン生の誰かだろうとショーンは睨んでいた。

 

 余談だが、その話を聞いてヘルガは勝手にホグワーツの内装を変えたことと、危険な生物を学校に持ち込んだ事を怒っていたが、ゴドリックとロウェナは自分も同じ様な事をしていたので怒らなかった。

 むしろ、自分のちょっとしたイタズラがバレた時の事を考えて、サラザールを弁護したくらいだ。

 

「せいぜい気をつける事だ」

 

 プラチナ・ブロンドはそう言うと、マントを翻して去って行く。

 そして振り返りざま……チラリとショーンの方を見た。

 ショーンは背筋に寒い物が走るのを感じた。あの眼……普通ではない。

 スリザリン生は「真のグリフィンドール生」を目の敵にしてるのであって、「ショーン・ハーツ」を目の敵にしているのではなかった。しかし、あのプラチナ・ブロンドの少年は……。

 

 後に合流したジニーによると、あのプラチナ・ブロンドの男は「ドラコ・マルフォイ」というらしい。

 ショーンはようやく思い出した。

 『……これは、これは。どうやら、私の本が誤って紛れ込んでしまったらしい。ドラコ! 帰るぞ、急げ』

 本屋でジニーを助けた時、少しだけ見かけたあの少年だ。

 あの時、俺が奴の父親の邪魔をするのを見ていたんだ! ショーンは再び背筋に寒いモノが走るのを感じた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 大広間で、ショーンはルーナと魔法界のチェスをしていた。

 実を言うと、ショーンは中々にチェスが上手い。というのも、チェスが好きなサラザールに、手解きを受けていたからだ。

 幽霊達の中でチェスのルールを理解しているのはサラザールとロウェナしかおらず、しかもそのロウェナも強過ぎて相手にならない――チェスの盤面パターンを全て暗記している――ので、相手としてショーンを育成することにしたのである。あるいは、単にショーンと遊びたかっただけかもしれない。

 故にチェスにはちょっとした自信があったのだが、その自信は魔法界のチェスに容易く蹴散らされた。

 

 ショーンは白陣営なのだが、大革命が起き、キングは自陣のナイトに討ち取られてしまった。

 今はナイトが王様を勤めている。しかし王に就任した最初の頃は誠実だったナイトなのだが、クィーンに唆され、今は悪政を敷いていた。

 その現状を嘆き、再び革命を起こそうとしたビショップだったが、ポーンの一人が裏切り密告。今は敵国(黒陣営)に亡命している。

 ショーンはその現状をどうにかしようと、クィーンに賄賂を渡してみたのだが、すげなく突き返されてしまった。どうやらクィーンは嘘の恋愛を演じている内にナイトを本当に愛してしまい、もうどうしていいのか自分でも分からなくなってしまっている様だった。

 

 ルーナの黒陣営では文明開化が起きていた。武力は放棄している。その上王政ではなく、民主政治になり、王ではなくポーンが取り仕切っていた。

 仕事を無くしたキングとクィーン、ナイトは隅の方で無職暮らしをしていた。

 上流階級の駒達が職を無くしてしまった事を嘆いたルーナは、ルークと一緒にハローワークを開設しようとしているようだ。

 

「クィーンはfの2へ」

「ダメ! 今の私に、あの人の近くに行く資格はない!」

「キングはhの8へ」

「ワシは働きとうないッ!」

 

 ショーンのクィーンはオイオイと泣き崩れ、ルーナのキングは寝っ転がって尻をかいた。

 二人が呆れ返っていると、待ち人来たり、ジニーがやって来て。

 

「お待たせ! ……チェスをやってたの?」

「やってたというか、やらされていたというか」

「でも、とっても面白かったよ」

「そう。それじゃあ、今度ロンとやるといいわ。あいつの数少ない特技よ」

 

 こんな訳のわからない遊びが得意なんて、なんて凄い人なんだろう!

 ショーンの中でまた一つロンに対する評価が上がった。

 

 合流した三人は、競技場に向けて歩き出した。

 今日はクィディッチの試合、それも宿敵スリザリンとの試合だ。グリフィンドール生として応援しないわけにはいかなかったし、そもそもジニーに少しでも関わった人間なら、ハリーを応援しなければならなかった。でなければ、ハリー・ポッター教の最も敬虔な信者であるジニー――二番手はコリン――が、躊躇なく呪いをかけにくるからだ。

 

「コリンはどうしたの?」

「あーなんか、ハリーをベストアングルで撮るって言って、何処かに行ったわね。多分、競技場に忍び込んだんじゃないかしら……」

 

 ジニーの予想は正しかった。

 競技場に着くと「ほら、あそこだよ」と言ってゴドリックが指差した先、ピッチの端の方でカメラを構えていた。

 

 拍子抜けするほどアッサリ、グリフィンドールはスリザリンに勝利した。

 序盤こそブラッジャーがハリーに襲いかかり続けるというアクシンデントがあったが、ハリーはグリフィンドール生らしい勇気を見せた。ウィーズリーの双子の加護から抜け、一人果敢に戦ったのだ。

 それまでにグリフィンドールは40対0という屈辱的なスコアをつけられていたが、そこからは順調に盛り返し、直ぐに追い抜いた。

 そしてニンバス2000に乗ったハリー・ポッターを止められる選手は、喜ばしいことにスリザリンにはいなかったのである。

 

 その後ハリー・ポッターの右腕の骨が無くなるという些細なアクシンデントが起きたが、試合の後だったので特に問題はない。

 

 試合が終わった後、大雨の中を三人が走っていると、マクゴナガル教授に呼び止められた。

 応援のしすぎで喉がカラカラだったので、出来れば勘弁してもらいたかったが、マクゴナガル教授は交渉の席にはついてくれなかった。

 通された先は、意外なことに保健室だった。

 もしかしたら今から体罰を受けることになるのかもしれない。その後直ぐに治療出来るようにここに……? ショーンはそんな事を考えていた。

 

「少しショックを受けるかもしれませんが……」

 

 すっかり怒られると思っていた三人は、マクゴナガル教授が出した優しい声に面食らった。

 

「最初の犠牲者です。恐らく……あなた方に合流しようとしたところを襲われたのでしょう」

 

 保健室の中では、マダム・ポンフリーがベッドの脇に立ち“誰か”を甲斐甲斐しく世話していた。

 その“誰か”とは、ハリー・ポッター教の二番目に熱心な信者であり、ショーンを寝不足にしている原因の人物だった。

 つまり、襲われたのはコリン・クリービーだったのだ。












今世紀最高の魔法使いであるダンブルドアが恐れるショーンが恐れるドラコ・マルフォイ。
やっぱりマルフォイなんだよなぁ……。

次回から少しシリアスです。


オマケ、不死鳥の騎士団編のドローレスが様々な条例を作るのをを見て、こんなのあったらいいなと思って書きました。
【フレッド&ジョージ・ウィーズリーの禁止されたイタズラリスト】
第1条 イタズラグッズを持ち込んではならない。
第2条 イタズラグッズを校内で作ってはならない。
第3条 森と庭でも禁止。
第4条 トイレの便座をネックレスの代わりにしてはならない。
第5条 フィルチ管理人を痩せたトロールと言ってはならない。
第6条 トロールを太ったフィルチと言ってはならない。
第7条 魔法生物に〇〇のフィルチというアダ名をつけてはならない。
第8条 アルバス・ダンブルドアの名を語りフィルチ管理人に解雇通知を送ってはならない。
第9条 アルバス・ダンブルドアの名を語りフィルチ管理人に恋文を送ってはならない。
第10条 フィルチ管理人の靴に歩くとブタの鳴き声がする様魔法をかけてはならない。
第11条 馬の鳴き声も同様である。
第12条 新入生にスネイプ教授は実は吸血鬼だという嘘を刷り込んではならない。
第13条 新入生にグリフィンドールの遺産だと言ってクソ爆弾を渡してはならない。
第14条 禁止とは紛れもなく禁じられ止められているという意味であり、隠れてやれという意味ではない。
第15条 特定の生徒の臀部にヒッポグリフの刺青があるという嘘をついてはならない。
第16条 教室にたどり着けず困ってる新入生に「この廊下は全裸にならなきゃ通らないんだぜ」と嘘をついてはならない。
第17条 マグゴナガル教授の名を語り弟に恋文を書いてはならない。
第18条 マグゴナガル教授の名を語り弟に交際を申し込んではならない。
第19条 マグゴナガル教授の名を語り弟に婚姻届を送ってはならない。
第20条 マグゴナガル教授の名を騙ってはならない。
第21条 マグゴナガル教授が猫に向かってにゃーと言っていた事を言いふらしてはならない。
第22条 第21条を言いふらしてはならない。
第23条 新入生にスリザリン生は純潔主義の潔癖症だと教えてはならない。
第24条 クソ爆弾をフィルチ管理人に向かって投げてはならない。
第25条 フィルチ管理人をクソ爆弾に向かって投げてははならない。
第26条 監督性と書かれたバッジを生産してはならない。
第27条 スネイプ教授の黒いローブを巨大な虫眼鏡で観察してはならない。
第28条 クィディッチのプレー中に偶然を装ってスリザリの観覧席に向かってブラッジャーを叩きつけてはならない。
第29条 ハグリッドにドラゴンの卵を買わせようとしてはならない。
第30条 ホグワーツで働く屋敷しもべ妖精達に「卵と鶏どっちが先に産まれたと思う?」などの哲学的質問を投げかけてはならない。



【アーガス・フィルチ管理人事務所前掲示板より抜粋】


※破るとセドリックの成績が下げられます。


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第8話 後継者

この話からちょっとシリアス。
原作の様に前半コメディ、後半シリアスと言った感じです。
コメディだけを目当てに読みにきていただいてる方にはちょっと申し訳ない……
ですが、どうかお付き合い下さい。





 ショーンは今見ているのこの光景が夢であるという事に気づくのに、多大な時間を費やした。

 何せ、いつも見ている五歳の頃の夢ではなく、どころか自分が今まで一度も見たことがない光景だったのだ。

 

「私は反対だぞ、ゴドリック……」

「いいや、ダメだ。いくら君が反対したとしても、これは曲げられない」

 

 何処か見覚えのある部屋で、サラザールとゴドリックが言い争っていた。

 サラザールは青白い肌を真っ赤にさせ、髪をいつもよりも更に乱雑にしている。ゴドリックはいつもの余裕ある態度から一変、とても冷たい表情をしていた。

 いつもの軽い言い争いではない。

 

「いいか、忘れたとは言わせないぞ! 大勢死んだ……大勢だ! 全員、良く知ってる奴らだった! ……何故死んだ? マグルを守ったからだ! にも関わらず、マグルどもは我々を迫害した……」

「マグルの全員がそんな奴らではないさ」

「ああ、知っているとも。ヘルガの様な奴も、中にはいた。しかしな、それは綺麗事だ! 良い奴らもいるから……そんな曖昧な信頼で、どうして危険を迎え入れられる? この城の場所をマグルに教え、どうして襲撃されないと言える? お前は同胞を見捨てる気か?」

「仲間を見捨てる気はないけど……新しい仲間を拾う気はある」

「その結果、仲間達が傷つくかもしれないんだぞ?」

「そうだね。でも、ならないかもしれない」

「何故だ、どうしてお前はそんなに簡単に、大の為に小を切り捨てられる……?」

 

 サラザールは喘ぐ様な声を出した。

 彼がここまで弱っているところなど、ショーンは見たことがなかったし、想像も出来なかった。そして、それを見てゴドリックがなおも主張を曲げないことも、ショーンには信じられないことだった。

 

「確かに、魔法族の発展にはマグルを受け入れた方が効率がいいのだろう。しかし、私はやはりそれに賛同できない。私にとっては大事なのは、見ず知らずの大多数ではなく、良く知った小数なんだ」

「そうか……。君なら、そう選択すると思っていたよ。もし戻って来たくなったら、いつでも戻って来るといい。アレだけ啖呵切って戻って来たの? て笑いながら歓迎するよ」

「……強いな、お前は。なあ、聞かせてくれないか? どうしてそんなに強くいられる?」

「それは、僕が――」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 突然、目が醒めた。

 辺りからはまだ寝息が聞こえて来る。どうやら、まだ朝は来てないらしい。

 パジャマは汗を吸って、ビッショリと濡れていた。吸水性の高いモノだが、吸い取りきれず、シーツや掛け布団までもが濡れている。

 内容は覚えていないが、どうやら、酷い夢を見たらしい。

 元々ショーンは寝つきが良い方ではなかったが、ここ最近は特に酷かった。

 理由はハッキリしていた。

 どうにも、最初は鬱陶しくて仕方がなかった「今日のハリー・ポッター情報」が、いつの間にか心地良い子守唄になっていたらしい。

 つまり、端的に言ってコリン・クリービーという少年が好きになっていたのだ。

 

 もしコリンが居なければ眠れない身体になっているとしたら、夏の間どうしたらいいんだろ。今のうちにコリンの声を録音しておいた方がいいか? そんな少々同性愛者臭いジョークを考えながら、ベッドを出ようとした。

 横ではロウェナがぐっすり眠って居たので、出来るだけ慎重にベッドを出る。他の幽霊達はぷかぷか浮かびながら寝ていた。空で寝るというのを少しだけ羨ましく思ったが、そのために死んで幽霊になろうとは思わなかった。

 

「痛っ!」

 

 ……射程範囲を超えてしまったので、ロウェナはショーンの方へ引っ張られてベッドから落ちてしまった。こんな簡単な事に気がつかないなんて、どうやら頭がまだ覚醒しきってないらしい。

 

「ぅん……。こんな夜遅くにどうしました、ショーン?」

「別に、どうもしないよ」

「……そうですか。それなら、どうもしないんでしょうね」

「分かった、降参だ」

 

 ロウェナが口を尖らせたのを見て、両手を上げる。世界共通の降参のポーズは、1000年前の幽霊にも無事通用した様だった。

 二人はベッドルームを出て、こっそりと談話室へと降りていく。

 当たり前だが、談話室には誰もいない。

 暖炉の前にある真っ赤な二人がけソファーに腰を下ろす。

 

「インセンディオ」

 

 ショーンの杖から出た火は、数秒とかからず暖炉に火を灯した。

 

「お見事です」

「お世辞はやめてくれ。この程度、ロウェナにとっては息をするようなものだろう」

「そうですね……でも、美しく息をするって難しいと思いませんか。ショーンの火はとても綺麗です」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 パチン! という薪が弾ける音が、二人しかいない談話室に響いた。

 

「ロウェナ」

「なんですか?」

「分かってるんだろ、何が起きてるのか」

「……予想はついています、とだけ。完璧とは言えませんが……なにせ、私はショーンから離れられませんから。貴方の身の回りで起きた事しか分かりませんので、あくまで推測の域を出ません」

「秘密の部屋を開いた、スリザリンの後継者……」

「サラザール曰く、それは無いそうですけどね。秘密の部屋の怪物には、石にする能力はない。ただ強い殺傷能力があるだけ、でしたか」

 

 ロウェナの声には含みがあった。

 しかし、それを問いただすことは出来ない。何故なら同じかそれ以上に、ロウェナの声には悲哀が含まれていたからだ。

 

「ショーン、少し昔話をしましょうか。遠い遠い、本当に遠い昔の事です――」

 

 

 ――大きな危機が迫っていました。私達の世界にも、マグルの世界にもです。

 あの頃の世界は今より未知が多く、またその分だけ闇もありました。それらが徒党を組み、人類を襲ったのです。

 私達魔法族は戦いました。同族を守る為という事も勿論ありましたし、マグルを守る為という事もあります。あの頃は今の様な差別意識はなく、同じ“人”という仲間でした。

 私には僅かに魔法の才能がありました。様々な武勲を上げたものです。そして必然的に、同じくらい武勲を上げていた――ゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンに出会いました。

 

 それから月日は流れ……一部の賢いマグルが、世界の異変に気が付いたのです。昔は今の様に魔法省などの管理組合はありませんでしたから、それも当然と言えるかもしれませんね。

 彼らは私達に協力してくれました。魔法は使えませんでしたが、彼らには彼らの戦い方があったのです。しかし中には魔法の才能に目覚める者もいました。そしてその中で最も優れていた者こそ――そう、ヘルガ・ハッフルパフです。

 

 彼らの協力があったこともあり、やがて戦いは終わりました。

 人類の勝利です。

 私達は多くの犠牲を払いましたが……勝利したのです。

 勝利した私達が次に着手したのは、次世代の育成でした。次に同じ様なことが起きた時、より多くの犠牲を出さないように、です。それがホグワーツでした。

 何故ホグワーツの階段や廊下がアレほど複雑か知っていますか? 実は、敵の侵入を阻む為なんですよ。

 ……余談は置いておきましょう。ホグワーツの話となると熱くなっていけませんね。

 

 ホグワーツがほぼ完成した時期になって、多くのマグルの方々が私達を襲いました。いくら魔法が使えるといっても、信頼してる相手に突如襲われては、ひとたまりもありません。

 襲った理由は……魔法が使える私達への嫉妬、人類を追い込んだ闇の生き物達と同じだけの力を持つ私達への恐れ、大切な友を失ったことへの行き場のない怒り、戦いに身を置きすぎてそれ以外の生き方が分からなくなってしまった困惑、様々でしょう。

 私達はマグルから身を隠し、絶滅こそ逃れましたが、魔法族の数は再び大きく減ってしまいました。

 そこでゴドリックが提案したのです。一部のマグルを、私達の仲間に引き込むことを。当然反対する者が多く出ましたが、ゴドリックには大きなカリスマがありました。彼が力強くやると言えば、みんなが首を縦に振りました。

 しかし、一人だけ頑なに反対する者が居たのです。

 そう、サラザールです。

 

 彼は仲間を失う悲しみに耐えられませんでした。

 再びそうなるかもしれないと考えるだけで、夜も眠れない、そう言ってました。

 ショーン、今の貴方のようにです。

 彼はとても頭が良い人です、魔法族発展の為にはマグルを受け入れた方が良い事も分かっていました、それでも仲間の安全を選んだのです。そして――

 

 

 

「――マグルから魔法族を守る為に秘密の部屋を作った」

 

 壮大な話だ、ショーンはそう思った。

 今まで身近にいすぎて実感が湧かなかったが、彼らは偉大な魔法使いであり、今のショーンの何倍もの人生を送っている。そして――最期を迎えたのだ。

 当然そこには数々のドラマがある。

 その一端に触れ、ショーンは改めて彼らの偉大さを思い知った。

 

「恐らく、サラザールは自分が出来る最高の守りを施したでしょう。1000年以上持続し、かつ対象がマグルと魔法族どちらなのか見抜き、非常に殺傷能力の高いナニカ――予想はしていましたが、確信したのは貴方がハグリッドという森番に出会った、あの事件です」

 

 ハグリッドとショーンが出会ったあの事件――雄鶏惨殺事件。

 散歩していたショーンは、惨殺された雄鶏が大量に捨てられているのを発見した。それを二人で埋葬し、美味しい蜜月を交わす仲になったのだ。

 

「雄鶏を弱点とする怪物――それは、バジリスクをおいていません。また殺傷能力に於いても、アレほど優れている生物はそういないでしょう」

 

 バジリスク。

 直視すれば即死する魔眼を持ち、牙から滴る毒はほとんど治療法のない必殺の毒牙。分厚い鱗はほとんどの魔法を弾き、また何処に隠れようと鋭い嗅覚で必ず獲物を見つけ出す。

 その寿命は非常に長く、900年以上生きた個体が発見されているほどだ。

 これほど条件に合う怪物はいないだろう。

 

「コリン・クリービーはカメラを持っていました。中身が溶けていた事から考えて、カメラのレンズ越しにバジリスクの眼を見たのでしょう。ネコは水に反射するバジリスクの眼を……あの時、廊下は濡れていましたから。

 バジリスクの眼を直視ではなく、間接視した場合即死ではなく石化する、というのをサラザールは知らなかったのでしょうね。危険すぎて実験は出来ませんし、またする必要もありませんから」

「流石ロウェナだ。これだけの僅かな情報で、真実にたどり着くなんてな」

「いいえ、まだまだです。結局、犯人も分からなければ、秘密の部屋の位置は分かりませんから。恐らく、ショーンがまだ一度も行ったことがない場所にあるのでしょうが……」

 

 まだ一度も行ったことがない場所。

 もし秘密の部屋の入り口がスネイプの部屋にあるなら、発見は絶望的だ。

 

「そう言えばロウェナは、マグルを受け入れる事についてどう思ったんだ?」

「……私は当時、人を数字としてしか見れませんでした。勿論、賛成しましたよ。そちらの方が、効率が良かったですから」

 

 ロウェナは寂しそうに笑った。

 

「さあ、もう寝なさい。明日、サラザールに秘密の部屋の場所を聞きましょう。そこに犯人がいるとするなら、秘密の部屋の場所を先生方に教えてこの件は終わりです」

 

 ロウェナはショーンの頭を抱き、自分の膝の上へと乗せた。

 どうやら、コリンの声を録音する必要はないらしい。ショーンは直ぐに眠り、また朝まで眼を覚ますこともなかった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 昨日の夜最高の寝つきかたをしたショーンは、今日の朝最悪の目覚め方をした。

 談話室のソファーでスヤスヤ眠っていたところを、ジニー・ウィーズリーに引っ叩かれたのだ! 目覚めの悪いショーンでも、流石に眠気が吹っ飛んだ。そういう意味では、ジニーの選択は正しかった。

 

「なんだよ、クソっ! また箒の野郎か!」

「貴方の愛しい恋人()じゃなくてごめんなさいね、私よ! そんなことより、新しい犠牲者が出たの!」

 

 眠気だけでなく、怒りまでもが吹き飛んだ。

 

「誰だ?」

「ロンよ! ハリーとハーマイオニー、それから嘆きのマートルも!」

 

 今度は意識が吹き飛びそうになった。

 

 ハーマイオニーと嘆きのマートルとやらは知らないが、ハリー・ポッターと、それからあのロン・ウィーズリーがやられたというのは、にわかには信じられなかった。

 そこでようやく、ショーンは昨日ロウェナとした会話を思い出した。

 秘密の部屋の怪物はバジリスク――コリンとミセス・ノリスが助かったのは偶然だった。それなら、新しい犠牲者達は……?

 

「四人はどうなったんだ!?」

「分からない、分からないの……。ハーマイオニーとマートルは石にされたって聞いた。でも、ロンとハリーは行方不明なのよ! ただ、壁に血文字が書いてあったって」

 

 それを聞いた瞬間、ショーンは走り出した。

 ジニーは半狂乱になって何か叫んでいたが、振り返る事はない。

 

「ロウェナ、他の三人に説明してやってくれ!」

 

 職員室を目指しながら、ロウェナに頼む。

 ショーンは体力には自信がある方だったが、全力疾走しながら懇切丁寧に説明できるだけの余裕はなかった。

 話を聞いたサラザールは怒り狂った。秘密の部屋は魔法族が危機に瀕した時だけ使うモノであり、己の私利私欲の為ではない、と。

 

「正直ショーンにはあの部屋には入って欲しくはないが……そういう事情なら仕方がないだろう」

 

 秘密の部屋には、晩年のサラザールの顔像がたくさん置いてあった。あの時はそれが不気味でクールだと思っていたのだが……今にして思うと、マーリンの髭である。

 

 職員室に入ると、先生達が青ざめた顔をしていた。

 何でも、理事会から強制召集がかかり、ダンブルドア校長がこの学校を去ってしまったらしい。名目上の理由は、魔法界の英雄であるハリー・ポッターを危険な目に遭わせたことへの処罰である。

 これはいよいよ不味いことになった。

 ショーンは慌てて先生方に説明した。

 秘密の部屋の怪物はバジリスクであること。

 今までの被害者達はバジリスクを間接的に見たから石になる程度で済んでいたであろうこと。

 このままでは間違いなく死者が出るだろうということ。

 

「なるほど、話の筋は通ってる。だがしかし、何故お前がそんな事を知ってる?」

 

 話し終えると、スネイプが疑問を呈してきた。

 しかし、ショーンも馬鹿ではない。ちゃんと言い訳を用意して置いた。

 

「グリフィンドールの剣です。アレが教えてくれました。組み分け帽子みたいなものです」

 

 グリフィンドールの剣に選ばれたのはショーンただ一人、他の者には確かめようがない。

 もし後継者と入れ違いになった時のことを考え、スネイプだけは残り……道案内のショーン、元決闘チャンピオンのフリットウィック教授、ダンブルドア校長がいない今事実上の最高責任者であるマグゴナガル教授の三人で、秘密の部屋に入る事となった。

 闇の魔術に対する防衛術の教師であるギルデロイ・ロックハートは果敢にも、トランクを持ってたった一人で城外の見回りに向かった。

 

「どうやら、ホグワーツは大規模な工事をしたらしい。秘密の部屋の入り口が変わっている……しかし、本質は変わらない。こっちだ」

 

 サラザールの指示に従い、秘密の部屋を目指す。その後ろを先生方がついてくる。辿り着いたのは――女子トイレだ。

 先生方はショーンに疑問の眼差しを向け、ショーンと幽霊達はサラザールに侮蔑の眼を向けた。

 

「もし秘密の部屋への入り口が便器だったら、俺は行かないぜ」

「さっきも言っただろう、工事があったと! 私のせいではない! まったく、何を考えて工事したんだ!」

 

 幸いな事に、入り口は便器ではなかった。

 

「ここは、グレンジャーとマートルが被害に遭った場所です」

 

 マグゴナガル教授が声を震わせた。

 どうやら、マートルというのは幽霊のことらしい。恐らくお花を摘みにきたハーマイオニーは、マートル越しにバジリスクを目撃してしまい、石になったのだろう。

 サラザールが言った奇妙な言葉――蛇語を真似た。ショーンに口真似の才能はないらしい、秘密の部屋が開かれるまで、七回もかかった。

 

 先ずフリットウィック教授が降り、次にショーン、最後尾を守る形でマグゴナガル教授が降りた。

 道中バジリスクの抜け殻と思われるモノがあったり、たくさんの白骨があったが、足を止める者はいなかった。そんなことのちっぽけな恐怖より、大きな勇気と怒りがあったからだ。

 

 やがて、再び大きな門に差し掛かった。

 ショーンがまた蛇語を唱え――今度は三回目で成功した――扉を開けた。

 そこにはサラザールの言った通り、彼の往年の姿を掘った像があった。そして像の目の前――病的なまでに青白い肌、輝く様なプラチナ・ブロンド、何処までも冷たい目をした男の子、ドラコ・マルフォイが立っていたのである。












【分かり辛すぎる伏線解説のコーナー】
ショーンが必要以上にマルフォイにビビってたことのほか、こんなフラグがありました。
クィディッチの試合で本来は
60対0
という点差をつけられるところ、
40対0
に止まっていました。
これはマルフォイがクィディッチのチームに参加していないので、スリザリンチームの箒がニンバス2001ではないためです。
分かるか!って感じですよね、すみません。

さて、ここまで読んで下さってありがとうございます。
話は変わるのですが、「ショーン・ハーツと偉大なる創設者達」が累計入りしました。わーい。
読者様方には、本当に感謝しております。
感謝の気持ちを込めて、作るだけ作ったはいいが、何処で使うんだコレ?となっていた、四人の創設者達の本当にどうでもいいプロフィールを、ランキング形式でちょっとだけ紹介しようと思います。

【食べるのが早いランキング】
1位 ヘルガ・ハッフルパフ
2位 ゴドリック・グリフィンドール
3位 サラザール・スリザリン
4位 ロウェナ・レイブンクロー

【寝つきが悪いランキング】
1位 サラザール・スリザリン
2位 ロウェナ・レイブンクロー
3位 ヘルガ・ハッフルパフ
4位 ゴドリック・グリフィンドール

【ホグワーツ城に自分の遺産を多く残しちゃったランキング】
1位 ゴドリック・グリフィンドール
2位 ロウェナ・レイブンクロー
3位 サラザール・スリザリン
4位 ヘルガ・ハッフルパフ

などなどです。
あんまり長くなってもアレなんで、この辺で。
設定厨なんで、こんなどうでもいいプロフィールたくさん考えちゃうんですよね……


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第9話 紅茶

 秘密の部屋に入ったショーン達を迎えたのは、ドラコ・マルフォイだった。

 ――いや、ドラコ・マルフォイではない。

 ドラコ・マルフォイの皮を被った、別のナニカだ。

 それが簡単に分かるほど、マルフォイの中の“彼”は存在感を放っていた。一年生のショーンは勿論、歴戦の先生方でさえ、彼の一挙手一投足から目が離せないでいたほどである。

 

「お久しぶりです、マグゴナガル教師、フリットウィック教師も」

 

 男は優雅なお辞儀をした。

 その動きはとても美しく、一瞬ここが薄暗い地下室である事を忘れさせるほどだった。

 それが、とても恐ろしい。

 こちらは最大限警戒してるはずなのに、まるで音も無く近づいてくる蛇の様に、いつの間にかスルリとこちらの心の中に入ってくる。

 

「ふざけるのはやめなさい、ミスター・マルフォイ!」

「心外だな……ふざけてなんていませんよ。それより、お疲れでしょう。紅茶でもどうです?」

 

 男が杖を振ると、豪華な机と椅子、綺麗なティーセットが現れた。

 彼は慣れた手つきで紅茶を四人分並べていく。お茶請けには、ドライフルーツが練り込まれたクッキーが用意されていた。

 良い匂いがする。そう言えば、朝から何も食べてないな……。ふと、そんな事を考えている自分に気がついた。敵地で「紅茶とクッキーが美味しそうだ……」などと考えるなんて、正気ではない。

 

「紅茶が淹れ終わりましたよ。さあ、席について」

「我々をからかっているのですか? 貴方が出したものなど、口に入れるわけがないでしょう!」

「やれやれ、何をそんなに警戒してるんです? そんな事、まったくの無意味なのに。いくら警戒しようが、しまいが――」

 

 男は呆れた様に言った。

 

「――僕がその気になれば、直ぐに決着はつく」

 

 男はパチン! と、指を鳴らした。

 すると何処からともなく、ハリー・ポッターが現れた。顔に生気はなく、また手にはナイフが握られている。ハリーはそのナイフを、自分の首に向けていた。

 

「ポッター!」

「自分に向けて失神呪文を撃って下さい。でなければ、ハリーには死んでいただくことになる。僕の紅茶を断ったんだ、時間はもうありませんよ。3……2……1……」

 

 赤い閃光が二つ輝いた。

 直後に、人が倒れる音が二つ。

 頼りにしていた先生方は、あっけなくやられてしまった。

 しかし、意外にもショーンは冷静だった。

 

 ショーンが真に頼りにしているのは、先生方ではなく四人の幽霊達、その一人が遺した物を見つけた者なら、先生方くらい簡単に倒すかもしれないと覚悟していたからだ。

 どうするべきか……ショーンは考える。

 この男を自分一人で倒す、というのは無理だろう。ならば、時間を稼ぐというのはどうだろうか。あの抜け目ないスネイプなら、何かしらの異変を感じとり、ダンブルドア校長に連絡してくれるかもしれない。

 確認の意味を込めて、四人の幽霊達を見る。

 ……彼らが頷いてくれたということは、問題ないということだろう。

 

「おや、君は自分に魔法を撃たないのかい、ショーン君」

「……失神呪文はまだ使えないんでな」

「なるほど。それなら仕方がないな。それじゃあどうだい、一緒にティータイムを楽しまないか?」

「悪くない。実は朝から何も食べてないんだ」

「おや、そうなのかい? それじゃあクッキーだけじゃなくて、もっとしっかりした物を用意しておけば良かったね」

 

 くっくっくっ、と喉を鳴らす。

 何がおかしいのかサッパリ分からなかったが、とりあえずショーンも笑っておいた。

 

 ショーンが席に着くと、男は恭しく給仕してくれた。綺麗に並べられたクッキー、完璧に淹れられた紅茶、孤児院でも週に一度くらいはティータイムがあったが、ここまで立派なものはなかった。

 

「毒は入っていませんわ。それどころか、良い茶葉を完璧にお淹れになっています。道具も素晴らしいものばかり……」

 

 ヘルガが感心した様に言った。

 マルフォイ家は相当な良家だと聞いている。マルフォイに憑依している“彼”は、その財産を惜しみなく使っているのだろう。

 

「こんな話を知ってるかな?」

 

 ショーンは答えない。しかし、男は楽しそうに続きを話し始めた。

 

「――――イギリス人は、アメリカ人が紅茶を捨てているところを見て、戦争を仕掛けたという歴史がある。

 一七七三年。俗に言う、ボストンお茶会事件という奴だ。その背景には、イギリス政府がアメリカに対して課した重い税金への抗議の意思があって、ただ無闇に捨てたというわけでは無いんだけどね。

 ……まあそんな事はどうだっていい。

 ここで面白いのは、イギリスという国への反抗として、紅茶を捨てるという行為が使われたことだ。飲み物を捨てる事が象徴だなんて、そうあることじゃないだろう?

 仮に僕がミネラルウォーターを捨てたって、フランス人は激怒したりしない。だけどボストンお茶会事件に限って言えば、紅茶を捨てられたのが原因で戦争が勃発しているわけだ。当時のアメリカ人達は実に的を射た行動をしていた、ということになる」

 

 男は紅茶に口をつけ、愉快そうに笑った。

 

「随分マグルの歴史に詳しいんだな。嫌いなんじゃ無いのか?」

「嫌いさ。嫌悪している。でも、だからこそなんだよ、ショーン君。敵と戦うには、敵を知らなければならない。君はまだ一年生だったね? 三年生からは選択科目がある。マグル学は取るべきだよ、あれは実に面白い授業だ」

「参考にさせてもらうよ。もし、ここを生きて出られたら、の話だけどな」

「あっはっはっは。ククク……確かに。生きて出られたら、の話だね。

 打てば響く、と言うのかい? 君とは実に会話が弾むよ。僕が学生だった頃のお友達は、みんなユーモアに欠けていてね。僕が右と言えば右、左と言えば左としか言わない人達ばかりだったよ」

「俺だって右と言われたら右と言う。ただし、お前から見て右なのか、俺から見て右なのかは知らないけどな」

 

 再び、男は愉快そうに笑った。

 

「話を戻そうか。僕にとって紅茶とは、つまりは純血なんだよ。普段当たり前の様に享受していても、余所者が粗末に扱っているところを見ると、腹わたが煮えくりかえりそうになる。

 ボストンお茶会事件以来、アメリカ人は紅茶を飲まなくなり、コーヒーだけを飲むようになった。

 マグルにもそうして欲しいんだ。紅茶には口をつけず、苦いコーヒーだけを飲んでいて欲しい」

 

 男の話を聞きながら、ショーンは彼が淹れた紅茶を飲んだ。なるほど、美味しい。砂糖を多めに入れているのだろう、落ち着く味わいだ。温度も完璧、薄汚い地下室のせいで冷えた身体を、心地よく温めてくれる。

 

「ショーン君、君には才能がある。本屋でルシウスの邪魔をしたのだって、偶然本を入れるのが見えていたからじゃないんだろう?

 僕の方から見える右と、君の方から見える右を一緒にしようじゃないか」

「……そうだな。それも悪くないかもしれない。最近気づいたんだがな、俺もどうやら、身内が悪く言われると頭に来るタチらしい。そういう意味では、俺とあんたの見てる方向は一緒だ。ただな――」

 

 頭をよぎるのは、石になったコリンと、怒りに震えるサラザールの顔。

 

「――俺にはあと四つ、別の視点があるんだよ」

 

 テーブルを思いっきり、男の方に向かって蹴り上げる!

 男は優雅に椅子に座っていたにも関わらず、最小限横に動くだけでそれを避けた。

 しかし、それもショーンは織り込みずみ。自分の座っていた椅子を持ち上げ、渾身の力で横に振る!

 

「おっと!」

 

 男が屈んで避けた。

 すかさずポケットから杖を取り出し、低い姿勢をしている男に向ける。

 

「良いのかい、ハリー・ポッターがどうなっても」

「……さっき思い出したんだが、俺だけはハリー・ポッターではなく、彼を心配すると決めていた。ロナルド・ウィーズリーはどこだ?」

「は?」

「――インセンディオ!」

 

 ショーンが覚えている呪文の中で、最も殺傷能力の高い呪文を男の顔に向けて放つ!

 どうせここでショーンが抵抗しようとしまいと、この男はハリー・ポッターを殺す。ヘルガからそう聞かされていた。それなら、短期決戦で勝負を着けるまでの話!

 ショーンの杖先から、人一人焼くのに充分な火が放たれる。しかしそれは男に届く事なく、空中でみるみるうちに消えてしまった。

 

「改めて名乗っておこうか。君も誰に殺されたかくらいは知っておきたいだろうからね。僕はトム・マールヴォロ・リドル。スリザリンの後継者だ。それより――─」

 

 男――トム・リドルは、ショーンがテーブルを蹴った際床に散らばった紅茶を指差した。

 

「――─開戦だ」

 

 スリザリンよ、ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ。

 

 蛇語だったためショーンには、トム・リドルの言葉が聞き取れなかった。しかし、その言葉が何を意味するものかは分かった。

 トム・リドルの背後にあった巨大なスリザリンの石像、その口が開き、想像も出来ないほど巨大な蛇が這いずり出て来たのだ。あの蛇が散歩途中に偶々通りかかった、育ちすぎのガラガラ蛇だとは思えない。

 

「……サラザール。お前がマメな奴なのは随分と前から知ってたが、まさか蛇をここまで大きく育てるとはな」

「ジョークを言ってる場合か! サッサと目を閉じろ!」

「何を独り言を言っている……。まあいい。バジリスクは運動不足なんだ、しっかり運動させてやってくれ。少なくとも、ポリジュース薬なんて面倒なモノを飲んでまで、態々僕の所に来てくれた間抜けなハリー・ポッターよりはね」

 

 ポリジュース薬なんて薬は見た事も聞いた事もなかった。しかしここは強気で行くべきだと思ったので「ポリジュース薬か……アレは厄介極まりない、危険な薬だ………」と言っておいた。

 

「しかし真面目な話、どうやって戦えばいい?」

「わたくしがバジリスクの心を読みます。どちらに動けば良いのか指示しますので――右!」

 

 言われた通りに右に避ける。左の頬の近くを、何かが通る感覚がした。

 右に、左に、前に後ろに……ショーンはひたすら避けた。偶に火炎呪文を放っても見たが、バジリスクの分厚い鱗の前ではマッチほどの役目も果たさなかった。

 

「良くやる……だけどね、相手はバジリスクだけじゃない。僕もいる」

 

 トム・リドルが杖を抜こうとしていた。

 冗談じゃない!

 バジリスクだけで手一杯、今生きてるのだって奇跡みたいなものだ!

 もうこれ以上は、ネズミ一匹だって相手する余裕はない!

 ショーンが焦っていると、何処からともなく歌が聞こえて来た。

 美しい歌だ。

 ショーンは心が温まる思いがしたが、反対にトム・リドルは顔を歪めた。

 

「不死鳥だな……フォークスか?」

 

 フォークスと呼ばれた不死鳥は、金色の爪に組み分け帽子を引っ掛けていた。それをショーンの手元に落とすと、虚ろな目をしたハリー・ポッターの肩に止まった。

 そして労わるように、彼の頬に擦り寄った。

 

「不死鳥の涙――万能に効く癒しの力」

 

 発見者、ロウェナ・レイブンクロー……ショーンは最近読んだ本のことを思い出した。

 不死鳥の宝石のような瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。それはハリー・ポッターの頬に落ち、流れ、口の中に吸い込まれて行った!

 次の瞬間、ハリー・ポッターの目には生気が宿り、息を吹き返す!

 

「ハリー! ハリー・ポッター! 糖蜜パイと庭小人退治が好きなハリー・ポッター! 今の状況を理解してるか?」

 

 バジリスクの尻尾の薙ぎ払いを避けながら、ショーンが叫んだ。

 ハリーはフラつきながらも、しかししっかりと立ち上がった。

 

「分かってる! 意識はあったんだ。ただ、体が動かなかった。マルフォイをぶっ飛ばせばいいんだろ? 前からやりたいと思ってたんだ。今ここに、邪魔するスネイプはいない。……ねえ君、どうして僕が糖蜜パイと庭小人退治が好きな事を知ってるんだ?」

「メンタリストだからだ! だけど……よし! これで二対二だぞ、トム・リドル!」

 

 そして、ショーンの手にはグリフィンドールの剣が握られていた。

 

「なるほど。ヴォルデモート卿とハリー・ポッター。スリザリンの怪物と真のグリフィンドール生というわけか……」

 

 トム・リドルがせせら笑った。

 フォークスが気絶したマクゴナガル教授とフリットウィック先生を抱えて、再び飛び去っていった。彼の歌が聞こえなくなった瞬間、三人は一斉に魔法を放ち、蛇の王は牙を剥いた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 トム・リドルは焦りを感じていた。

 ハリー・ポッター……伝説的な英雄とはいえ、所詮はマグル育ちの二年生。大したことはない。決闘クラブで友達のロン・ウィーズリーと戦っているところを、物陰からこっそり見ていたが、やはり警戒するような実力ではなかった。

 しかし、しかし何だコレは……?

 

「何故だ、何故僕の魔法が通用しない!」

 

 トム・リドルの魔法は悉く逸れて行き、ハリー・ポッターに擦りさえしなかった。

 そしてハリー・ポッターが放つ呪文、初級の呪文ばかりだが、その鋭さは大人の魔法使いと比肩しうるほどだ。

 

「バジリスク! 何をモタモタしている! サッサとかたをつけろ!」

 

 あっちはもっとおかしい。

 たかが一年生が、バジリスクと渡り合っている。有効打こそないようだが、それはお互い様だった。

 

「どうした、トム? 随分焦ってるみたいじゃないか」

「黙れ! ダンブルドアの腰巾着め。今回だって彼がいなければ、君は何も出来ずにやられていた!」

「でも、ダンブルドア先生は僕達に助けを寄越してくれた。君が一番強大だった時でさえ、彼には手出しする事も出来なかった。今だって君は彼を恐れている。こんなに地下深くに隠れているのに」

 

 トム・リドルの顔がより一層醜く歪んだ。

 ――勝てる。

 ハリーはそう思い始めていた。トム・リドルは誰の目から見ても明らかに冷静さを欠いているし、それでなくたって何故か彼の魔法はハリーに通用しなかった。

 ――その時だった。巨大な破壊音が地下室に鳴り響いたのは。

 破壊音の正体は、ショーンだった! 彼がバジリスクの尻尾の強烈な一撃をもらい、柱に叩きつけられている音だったのだ!

 

「イイぞ、バジリスク! さあ、あの有名なハリー・ポッターは闇の帝王と蛇の王、二つの王をどのようにして捌くのか……お手並み拝見といこうか」

 

 トム・リドルはせせら笑った。

 反対に、ハリーは顔を歪めた。

 

「ショーン!」

 

 無駄だと思いつつも、声を張り上げる。

 その声に呼応するかのように、ガラリと瓦礫を退ける音が聞こえてきた。声をかけた本人であるハリーでさえ、目を剥いた。

 

「馬鹿な……」

 

 トム・リドルは喘ぐような声を出した。

 しかし直ぐに思い直し、バジリスクに蛇語で指示を出す。不思議と、ハリーにはその言葉が理解出来た。

 

「いや、そいつは死に損ないのはずだ! 直ぐに噛み付いて、毒で殺せ!」

 

 バジリスクは直ぐにショーンに襲いかかった!

 ハリーは助けに行こうとしたが、箒に乗っていないハリーは風のように早くは移動出来なかった。

 ヤられる! 味方であるはずのハリーでさえ、ショーンの死を確信した。

 

 しかし予想に反し、血を流したのはバジリスクの方だった。

 

 バジリスクの恐ろしい悲鳴がこだまする中、ショーンはバジリスクの血に濡れたグリフィンドールの剣を握りしめ、堂々と立っていた。

 

「ショーンは眠ったよ。だからここからは……僕がやる。本当はサラザールがやるべきなんだろうけど、優しい彼にはバジリスクは殺せないだろうからね。

 トム・リドル。君はさっきホグワーツ四強で最も強い者はスリザリンと言ったけど、本当の最強が誰かということを、その身に刻み込んであげるよ」

 

 トム・リドルは再び立ち上がった彼を見て、強烈な悪寒に襲われた。



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第10話 真のグリフィンドール生

 トム・リドルの行動は速かった。

 即座にバジリスクに『視覚不可呪文』と『消音呪文』をかける。まだまだトム・リドルの力は弱く、その為出来れば魔法を使いたくなかった――マクゴナガルとフリットウィックを自滅させたのもその為――が、そんな事を言ってる場合ではない。

 透明になり、音も立てなくなったバジリスク。例えその姿が見えずとも、目が合えば即死させる能力が健在であることは、実証済みだった。

 本来はダンブルドアを殺すために用意した策であり、何処にあの抜け目ない男の“目”があるか分からない以上、出来れば使いたくなかったが……今のトム・リドルには、ダンブルドアよりもショーン・ハーツの方が恐ろしかった。

 トム・リドルの鋭敏な感覚が告げていたのだ。

 自分は狩る側から、狩られる側になったのだ、と。

 

「おっと」

 

 突如、ショーンがその場で屈んだ。その数瞬後に、頭上をバジリスクの毒牙が通過する。

 馬鹿な、あり得ない! 探知魔法を使っているわけでもないのに!

 

「何をした、ショーン・ハーツ!」

 

 ショーンは答えない。

 代わりに、近くにあった石をトム・リドルに向かって蹴った。標的は――眼だ!

 石はトム・リドルの眼に向けて、真っ直ぐ飛んできた。先程のジョークばかり言っていた少年とは違う、こっちを本気で殺しにきている!

 

「つぅ!」

 

 咄嗟に頭を振り着地点をずらすが、完璧には避けきれず、額に石が当たってしまう。

 一瞬の隙。

 天才的シーカーであるハリーは、その隙を見逃さない。

 

「エヴァーテ・スタティム!」

 

 エヴァーテ・スタティム――宙を舞え。

 二年生でも使える簡単な呪文である。トム・リドルはその反対呪文を千は知っていたが、そのうちの一つも使えないまま無様に宙を舞った。

 しかし、やはり十二歳の少年が使う魔法。大したダメージにはならない。

 だが、心は別だった。

 偉大なるサラザール・スリザリンの血を引き、将来は偉大な闇の帝王となる自分が、たかが額に傷があるだけの二年生に土をつけられた!

 トム・リドルは直ぐに立ち上がり、できるだけ受けると痛い呪文をチョイスして放つ。残念ながら今の弱った状態では『許されざる呪文』は使えないが、トム・リドルは人を痛めつける呪文の知識に関しては誰にも負けなかった。

 

「フラグレート!」

 

 焼印をつける呪文。

 トム・リドルが放ったそれは素早く、そして威力もまた高いモノだった。

 しかしそれを受けてもなお、ハリーの肌は綺麗なままだ。

 

(いや、今のは僕も悪い……。流石に直線的過ぎた。原因は分からないが、ハリー・ポッターに僕の魔法が効かないのは事実。悔しいが、それは認めなければならない。バジリスクと相手を交代するか? いや、あるいは……)

 

 トム・リドルは考える。

 傾向と対策。この二つを着実にこなせば、超えられない壁はないことを、トム・リドルは知っていた。

 直線的魔法が通用しないのなら、搦め手を使うまで。冷静になって考えてみれば、例え魔法が通用しなくとも、歳が四つも上のこちらの方が身体的能力も上のはず。何も慌てることはない。

 

「フリペンド!」

 

 近場にあった石に向けて魔法を放つ。

 ショーンの様に、何メートルも離れた敵に向かって正確に石を蹴り上げるという芸当は出来ないが、魔法を使えば話は別だ。

 魔法を受けた石は、パンパンに膨らんだ風船が穴を開けられた時の様な勢いで、ハリー・ポッターの方に向かっていった。

 この間の試合以降、ウッドに嫌という程ブラッジャーを避ける訓練を受けさせられていたハリーは、訓練以上の動きを見せ、済んでの所で石を避けた。しかし頬に掠ってしまい、僅かに血が出てしまう。

 

「血が出たな……。ということは、今の攻撃は有効だったわけだ。なるほど、読めてきたよ」

 

 トム・リドルは愉悦の笑みを浮かべた。

 短期決戦で決めようと、直接魔法ばかり撃っていたのが悪かったのだ。攻略法さえ分かれば、後はどうとでもなる。

 杖を振り、近くにあった石を全て剣やナイフに変える。一つや二つではない……これが全て刺されば、ハリーの姿が見えなくなるほどの剣の山。

 

「オパグノ」

 

 全ての剣が、ハリーに向けて襲い掛かる。

 ハリーも諦めたわけではなかった。呪文を飛ばし、いくつかを弾き飛ばす。しかし、焼け石に水。ほとんど全てがハリーへと向かった。

 ――死。

 その恐怖が、実態を持って襲って来たようにすら感じた。

 だが、しかし。

 無数の剣は、ただの一つもハリーに擦り傷さえ負わせることができなかった。

 たった一振りの剣を持った男が、全てを叩き落としたのだ。

 地面に落ちた剣を踏みつけながら、ハリーとトムの間にショーンが立ち塞がった。

 

「馬鹿な、あり得ない……バジリスクはどうした? 未だ五分と経ってないんだぞ………」

 

 ショーンは答えない。

 ただ無言で、トム・リドルに向かって歩いて来る。

 トム・リドルは思いつく限りの呪いを放ったが、その悉くが剣の煌めきへと消えていった。

 あれほどの魔法が、全て。

 

「いいのか! 精神は僕でも、体はドラコ・マルフォイほんに――」

 

 その言葉は続かなかった。言い終わる前に、ショーンがトム・リドルの杖腕――右手を切り落としたからだ。

 薄暗い地下室に、絶叫がこだまする。

 しかし、ショーンは手を緩めない。

 更に一歩踏み込み、ドラコ・マルフォイの首を斬り落とそうと剣をふるう!

 銀の刃がマルフォイの首を一センチほど切った所で、ショーンは剣を止めた。

 殺すのを躊躇したから……ではない。中身――トム・リドルが首を斬りとばす寸前に、マルフォイの体から抜け出したからだ。

 ショーンは即座に反応し、追って斬りつけようとするが、トム・リドルは宙高く舞い上がり、剣が届かないところに避難した。

 

「はあ、はあ……流石はゴドリック・グリフィンドールの剣といった所か。まさか、中身の僕ごと斬り落とすとはね」

 

 宙を漂うトム・リドルの体には右腕がなく、また首から僅かに血を流していた。

 

「悔しいが、君達の勝ちだ。ククク……でも、それでいい。君達がここに来た時点で、僕の勝ちは決まっていた。あわよくばここで殺せればと思ったが……まあいい。試合には負けたが、勝負に勝つのは僕だ」

「どういう意味だ、トム・リドル!?」

 

 ハリーが叫んだが、トム・リドルはそれに答えず、そのまま飛んで秘密の部屋を後にした。その直後、扉が閉まる音。

 閉じ込められたのだ。

 ここに来た時点で、僕の勝ちは決まっていた――こういう意味だったんだ! ハリーは答えに行き着いたが、もう遅かった。

 

「ショーン、どうする? ショーン……? ショーン!」

 

 ショーンは剣を手にしたまま、その場に倒れ伏していた!

 慌てて駆け寄る。よかった、息はある! ただ、土砂降りの中でクィディッチの試合をした後みたいに、疲れ切っていた。

 

「ハリー・ポッター、良く聞いてくれ」

「聞く、聞くよ! でも、体が!」

「大丈夫、死にはしない。ただ僕の動きにこの体がついてこれず、筋肉が切れただけだ。まだ11歳だからね、無理もない。それより、だよ。彼を止めなきゃいけない」

 

 それはハリーにも分かっていたし、出来ればそうしたかった。しかし、戦い方も分からなければ、ここから出る方法もない。

 

「今の彼は恐らく、無敵に近い。ロウェナ程の技量があれば話は別かもしれないけど……普通は本体である“ナニカ”を壊さなければダメージを与えられない。でも抜け目ない彼のことだ、本体は厳重に隠されているだろう。時間をかければ見つけられるかもしれないけど、残念ながら時間はない」

「じゃあ、どうすればいい?」

「この剣を使ってくれ。これで霊体を斬りつければ、それで倒せる」

 

 ハリーは力強く頷き、剣を受け取ろうとした。

 しかし――何故か掴めない。いや、掴んだ端から零れ落ちてしまう。

 

「ショーン、剣が!」

「分かってる。ハリー、帽子を」

 

 ハリーはショーンが大広間でこの剣を抜いたという話を思い出し、直ぐに組み分け帽子を持って来た。中に手を入れ、剣を取り出そうとするが――中は空洞。何もなかった。

 当たり前だ。僕は勇敢でも何でもない、ただのハリーだ。真のグリフィンドール生足り得るはずが無い……。ハリーは無力な自分を呪った。

 

「そんな風に思う必要はない。僕が保証しよう。ハリー、君は勇敢だ。でも、それだけじゃあ足りない。本当の意味で剣は抜けないんだ」

 

 ショーンはハリーから組み分け帽子を受け取り、胸に抱えた。

 

「少し、昔話をしよう。昔僕は、信念と理想に満ち溢れていた」

「ショーン?」

 

 明らかに雰囲気がおかしいショーンに戸惑ったが、それ以上に何故か話を聞かなければならない、という気持ちになった。

 

「だけどね、世界は厳しかった。一人の親友か、大勢の新たな仲間か選ばなければならなかった。他の人には選べなかった。だから、僕が選んだ。

 ショーンの組み分けの時、彼がどの寮を選んでも必ず不和が起きた。だから、僕が卑怯な手段を使って引き入れた。

 まだ若い君達に、学友殺しの罪を背負わせるわけにはいかない。だから僕が殺そうとした。

 バジリスクは僕の親友の、大切な友達だった。でもホグワーツで人を殺してしまったし、多くの人を恐怖に陥れた。改心したからといって、犠牲者やその家族は許すと思うかい? 魔法省がそんな危険生物を生かしておく事を許可すると思うかい? 折角助けた友達が死ななければならないと知ったら、彼はどんな気持ちになる? だから、僕が殺した。

 ハリー、僕が思う騎士道とはね、つまりそういう事なんだ。

 君が勇敢に戦うときはどんな時だい? 友達を守る為? 誇りを守る為? なるほど、それもいいだろうね。それじゃあもし、友達を守るために誇りを捨てなければならなかったら? 僕は捨てたよ。それが僕の騎士道なんだ。

 “他とは違うグリフィンドール”と言うけれどね……“他”とは誰のことだと思う? ハッフルパフ? レイブンクロー? それともスリザリン? 随分と小さな“他”だとは思わないかい?」

 

 その言葉は、本来ハリーには意味が分からない言葉の筈だった。

 ショーンの組み分けの時――ショーンは君のことだろう?

 バジリスクが友達の親友? 一体誰のことを話しているんだ。

 そんなことを思うはずだ。しかしその言葉は、何故かハリーの心に響いた。

 

「ショーンは、無意識的にその意味を理解していた。何にも縛られることなく、自由に生きている。だから抜けた。今度は君の番だ。さぁ、教えてくれないか。君の思う騎士道とは何だと思う?」

 

 ハリーは答えなかった。

 その代わりに、組み分け帽子の中に手を入れ――煌めく銀の剣を抜いた。

 

「……合格だ。流石は僕の寮生」

「貴方は、もしかして……?」

「ホラ、迎えが来たみたいだ。ナンダカンダ言って、彼もショーンが好きみたいだね」

 

 どこからともなくやって来たのは、いつもショーンの額を叩きに来る、あの箒だった。

 

「君は箒の名手なんだろ? その腕前を見せてくれ。僕は――正確に言うと僕ではないけど――あの少年の腕をくっつけて、バジリスクの毒を解毒してあげなきゃならない」

 

 ただの少年は――真のグリフィンドール生は箒に乗り、秘密の部屋を飛び去って行った。

 ショーンとマルフォイの事が気にはなったが、それが彼の成すべき事だったからだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 その頃大広間で、セブルス・スネイプは死にかけていた。

 

 念の為という事で、ホグワーツの全生徒は大広間に避難していた。そこを突如現れたトム・リドルに襲われたのだ。

 彼が放つ呪文は強く、しかしこちらが放つ呪文は悉くすり抜けていった。その上、背後には大勢の生徒達。歴戦の猛者であるスネイプも、これでは流石に分が悪い。

 セブルスと同程度の技量を持つマクゴナガルとフリットウィックの助力は期待出来ない上に、他の先生達も生徒の避難で手一杯。

 セブルス・スネイプは、静かに死を覚悟した。

 

 しかし、そこに一人の少年が現れた。

 顔は埃まみれ、ローブは泥に汚れている。オマケに、乗ってる箒はボロボロ。煌めくようなトム・リドルと比べると、非常にお粗末だ。

 だが顔はどこまでも決意に満ち溢れ、手に持つ剣はどこまでも美しく輝いていた。

 そして何より――眼だ。

 セブルスがかつて愛したリリー・エバンズ。彼女とそっくりな眼だった。

 

「トム・リドル。君は僕が倒す」

「なるほど……その剣は確かに僕に効く。でも、出来ると思うかい? たかが二年生の君に! 僕はもう、君への対処法を知っているんだぞ」

「出来るか出来ないか、じゃない。やるんだ。それが成すべき事だから。だから、僕は君を倒すんだ」

 

 トム・リドルの背筋が凍った。

 地下室で対峙したショーン・ハーツ。彼と同じ雰囲気を、ハリー・ポッターから感じたからだ。

 

「……改めて名乗っておこうか。僕はトム・マールヴォロ・リドルであり、そして――」

 

 空中に文字が浮かび上がった。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE

 

 もう一度杖を一振りすると、文字は並び方を変えた。

 

 I AM LORD VOLDEMORT

 

「――闇の帝王、ヴォルデモート卿なのだ」

「君の名前なんて関係ない。僕はただのハリーだ。“他”の誰でもない、ハリー・ポッターだよ」

 

 トム・リドルが呪文を唱え、ハリーは剣を振るう。

 二人が動いたのは同時だった。

 決着は直ぐに付いた。

 “他”の誰でもないハリーは、成すべきことをやり遂げたのだ。



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エピローグ

「うぎゃあああぁぁあああ!」

 

 ある朝、ショーンは情けない悲鳴と共に飛び起きた。

 手足と胴体が切断された様な痛みを感じたからだ。

 

「ぶへぇ!」

 

 ついでに寄り添って寝ていたロウェナも、その衝撃でベッドから落とされ、顔から床に突っ込んだ。

 鼻頭を抑えながら立ち上がる。幸い、鼻血は出ていない様だ。鼻血なんか出した日には、自分の優雅で知的なイメージが崩れてしまう。ロウェナは身嗜みを整えてから、ベッドの上でもがくショーンを見た。

 手足はスッポリとギプスに覆われており、他のほぼ全ての部分にも包帯が巻かれている。

 そんなショーンの姿を見て、ロウェナは思わずホロリと涙を流した。出来れば代わってあげたい、とさえ思った。

 ショーンはそんなロウェナを見て、泣くほどホグワーツの床が固かったのか、と戦慄した。俺はベッドから落ちないようにしよう。

 

「あー、なんか体が死ぬほど痛い。その上記憶もない。ヘルガ、説明してくれ」

「畏まりました」

 

 困ったときはヘルガに言うのが一番。

 ヘルガはコメカミに人差し指を当てると、白濁に光る靄の様なモノ――記憶を取り出した。

 記憶を憂いの篩などのマジックアイテムを通さず、他人に移植する事は大変な危険を伴う――記憶の混同が起こり自分が誰か分からなくなるため――が、ヘルガは御構い無しにショーンの頭の中に自身の記憶を注ぎ込んだ。

 彼女の心術系魔法は、現代魔法の常識を軽く凌駕する。

 

「……なるほど。そんなことがなぁ」

 

 バジリスクに敗北した自分に代わり、ゴドリックが戦った。ゴドリックはバジリスクを倒したが、黒幕であるトム・リドルは逃走。それをハリーが追いかけ討伐。

 その後ハリーは疲れ果てた体を引きずり、秘密の部屋の場所を案内、ショーンと奥の部屋で囚われていたロンを救出した。

 そこでハリーにもとうとう限界が訪れ、糸が切れた人形のように倒れ伏した。というか、ついさっきまでショーンの隣のベッドで寝ていたらしい。

 

「貴方が寝ている間に、わたくしが記憶の改竄をしておきました。寝ている貴方の意識が、そう仰っていたので」

「ありがとう。起きてる俺から感謝の言葉を送っておくよ」

 

 ショーンとヘルガが笑いあっていると、保健室の担当医、マダム・ポンフリーがやってきた。

 

「起きたのですね、ショーン。貴方の筋肉へのダメージは生半可じゃありません。治すのに地獄を見ますよ」

「うへぇ」

「それにしても、こんなになるまでブリッジをし続けていたなんて……一体何を考えているんですか?」

「!?」

 

 慌ててヘルガを見る。

 一体どんな記憶を植え付けたんだ!?

 

「……無茶をした罰ですわ」

 

 ぷい、とそっぽを向くヘルガ。

 そういえば、ヘルガは普段は冷静に振舞っていても、結局は一番心労を負ってる事が多かったな。ショーンはふとそんな事を思い出していた。

 そうか、そんなに心配をかけていたのか……。それなら、このくらいの罰なら潔く受け入れようじゃないか!

 

 そんな風に考えるショーンはまだ知らない。

 ヘルガがお見舞いに来たジニーとルーナにどんな記憶を植え付けたのかを。

 ジニーがそのトンデモナイ“怪我の理由”を嬉々として広めている事を。

 英雄ハリー・ポッターがそれを「真実だ」と証言してしまった事を。

 

「で、この二人はどうしたんだ?」

 

 マダム・ポンフリーがいなくなった後で、さっきからずっと気になっていた事を訪ねる。

 ショーンが指差す先には、ほとんど原型を留めていないゴドリックと血みどろサラザールが居た。問われたヘルガはコホンと咳払いして、助けを求める様にロウェナの方を見る。

 

「……そうですね、私から説明しましょう。簡単に言いますと、あの二人がいつもの様に喧嘩して、それを見たヘルガが「ショーンが起きたらどうするんだぁ!」と怒って、今に至る感じです」

「あー……」

 

 それこそ、親の顔より見た光景だ。

 

「いや、悪かったよショーン。君の体でちょっとばかり――いや、ちょっとでは無いかもしれないけど――無理をして」

「まあ私も……なんだ。自分のプライドから秘密の部屋の存在を隠していたことを詫びよう。それでお前を危険な目に合わせたわけだからな」

「いや、良いよ、別に。実際、今回俺は何もしてないしな」

 

 そう、今回の件で自分は何もしていない。

 秘密の部屋を見つけたのはサラザール、バジリスクを倒したのはハリー・ポッター。

 今回ショーンがした事と言えば、トム・リドルと一緒に紅茶を飲んだことくらいだ。紅茶を飲んだのが活躍と言えるのなら、イギリス人は全員毎日午後3時くらいには英雄になれる。

 

「そう言えば、マルフォイはどうなったんだ。思いっきり腕斬ってたけど」

「わたくしが治療致しました。身体的には何の不足もございません」

 

 ヘルガが治療したということは、死んではいないだろう。

 

「……ですが、心の方に大きな傷を負ってしまわれました。また、ご両親も強く影響を受けられたようで、ご家族揃って聖マンゴという病院に送られたと聞き及んでいますわ」

「そうか」

 

 意外にも、ショーンは冷たかった。

 普通の十代の子供なら、それが親しい人間でなくとも、精神病院に送られたと聞けば心を痛めそうなものだが、特に気にした様子はない。

 ショーンは他人が居なくなる、ということに慣れていた。勿論両親に捨てられたこともそうだが、孤児院に住んでいた時、仲良くなった子供が引き取られていく事も少なくなかったのだ。

 

「しかしね、今回の事で一つハッキリした事がある」

 

 (おもむろ)にゴドリックが口を開いた。

 

「ショーンはやっぱり、グリフィンドールが似合う! 一年生でトム・リドル相手にあの態度、正に勇敢そのものだ」

「はぁ!? ゴドリック、貴方バジリスクの呪いで脳が石になってるんじゃないですか? 今回の件でのショーンの大活躍を冷静に考えて見てくださいよ! 敵の力量が高いと見るや、即座に時間稼ぎに移る機転の良さ! 模範的なレイブンクロー生と言えるでしょう」

「お前こそ、客観的に結果を見ろ。ほとんど自分の力を使わず、他人にバジリスクとトム・リドルを殺させたではないか。正しく、狡猾そのもの」

「なあ。その言い方だと、俺凄く悪い奴になってないか?」

「サラザール……?」

「ああ、いや、ヘルガ。私はそんなつもりで言ったんじゃ……」

「やーい! 怒られてやんのー!」

「ロウェナ、貴様は後で殺す」

 

 ヘルガに頭を下げながら、横目でロウェナを睨みつけるサラザール。本当に器用な奴だ、とショーンは思った。

 

「へえ……。貴方ごときの腕で出来ると思ってるんですか?」

「自分の遺産を娘に持ち逃げされた分際で調子にのるな」

「ぐぁ!」

 

 ロウェナがその場に倒れ伏した。シクシク泣いている。これは自分が慰める事になりそうだな、とショーンは思った。

 

「そ、そっちこそ意気がらないでくださいよ! 秘密の部屋なんていう訳のわからない部屋作った上に、その中に自分の巨像作って、しかも入り口が女子トイレにあるサラザールちゃん!」

「ぬわぁ!」

 

 頭を抱えるサラザール。

 こいつら馬鹿だな、とショーンは思った。

 

「……そう言えばショーン。貴方、食べ物を粗末にしていましたね?」

 

 思い出されるのは、紅茶とクッキーが乗った机を蹴っ飛ばした時のこと。ショーンはダラダラと汗をかいた。ヘルガは食べ物のことになると、いつもの数倍厳しい。

 

「いや、アレは仕方がなくないか?」

「……」

「だって、アレがアレだったし……」

「……」

「ああしないと、紅茶とクッキーは守れてたけど、俺は守れてなかったっていうか……」

「……」

「ごめんなさい」

「素直に謝ったのならよろしい。――とでも言うと思ったか?」

「ぎゃあああぁぁぁあああ!!!」

 

 ショーンの療養生活は、こんな感じで過ぎ去って行った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ――─冬。

 ホグワーツにも冬がやって来た。

 12月24日の朝は、アイスピックで地球を突いたら、良い感じに二つに割れるんじゃないかと思うくらい寒かった。

 

 最初ショーンは、冬休みは孤児院に帰って過ごそうかと思っていたのだが、怪我の具合が悪く、ホグワーツに居るように、とマダム・ポンフリーに釘を刺されてしまったのだ。

 保健室でマダム・ポンフリーに逆らえる人間は、この世にはいなかった。あの世にはもしかすると居るかもしれないが、死んでいる人間は保健室に来る必要はない。不幸にもショーンは生きていたし、保健室の世話になる必要があったので、マダム・ポンフリーに従わざるを得なかった。

 

 冬休みが始まって二週間――スッカリ怪我が良くなったショーンは、湖に来ていた。理由は勿論、釣りである。

 湖の中央、箒に座りながら糸を垂らす。柄の部分にはいくつか袋がぶら下がっていた。一つは釣った魚が入っており、もう一つには鹿肉のジャーキーが入っている。

 

「ふんふんふふーん」

 

 鼻歌を歌いながら、ジャーキーを一つ取り出して摘む。

 ジャーキー特有の噛み応えのある食感と、鹿肉特有の野生の味。これだよ、これ。保健室で出される病院食は控えめに言って美味しくなかったし、薬はバジリスクの毒より不味かった。

 やはり肉だ。

 そう思っていると、また一匹魚がかかった。

 この湖の魚は警戒心が無いのか、入れ食い状態だった。たまに釣れてしまう水中人(マーピープル)と殴り合いのケンカになる事以外は、最高の釣り場である。

 

「……一つ食べるか?」

 

 ヘルガが物凄い目でジャーキーを見ていたので、一つ食べるかと提案する。彼女の食欲が幽霊達の中で一番強いことは周知の事実ではなかったが、五人の中ではとてもよく知られていることだった。

 しかしショーンが差し出したジャーキーは、ヘルガの元には行かず――横から来たフクロウに掻っ攫われてしまった。

 フクロウは一つの手紙を持っていた。

 ショーンはそれを受け取ると、封筒を開けて直ぐに中身を読んだ。

 

『――─ショーン兄さんへ』

 

 小綺麗な丸文字。ショーンは孤児院に残して来た妹分の事を思い、少し心が温かくなった。

 

『ぼーいふれんどが出来ました』

 

 一気に心が冷えた。

 

『というのはじょーくです。いっつあ妹じょーく、いぇあ』

 

 昔は素直で良い娘だったのに、いつからこんなジョーク好きになってしまったんだろう。誰かは分からないが、きっと身近に悪いお手本がいるに違いない。孤児院に帰ったらそいつを見つけ出してぶっ殺してやろう。

 

 手紙の送り主――アナ・サマーズキルはショーンと同じ孤児院で暮らす、一つ下の少女である。

 彼女は常に無表情なため、周りから気味悪がられていたが、話してみると素直な良い子で、ショーンは気に入っていた。また彼女もショーンを兄のように慕っている。

 

『――─本題ですが、お誕生日おめでとうございます。冬休みは帰って来られないとの事でしたので、手紙で祝いの言葉を贈らせていただきました。拙い物ではありますが、ぷれぜんとも同封しております』

 

 12月24日。何を隠そうこの日こそ、ショーン・ハーツがこの世に生を受けた日である。

 四人の幽霊達は勿論お祝いしてくれたが、彼らはその類稀なる性質上プレゼントを用意することが出来ない。なので、これが唯一にして無二のプレゼントだった。

 

 もう一羽フクロウがやって来る。

 足にはデコレーションが施された、赤い袋を持っていた。

 袋を開けて、中身を取ろうと手を伸ばす。

 ぬるん。

 手から不快な感覚が伝わってくる。

 

『ショーン兄さんの好きなすてーきです』

「せめて焼けよ!」

 

 袋の中身は生のステーキ肉だった。相変わらず何処かネジが緩んでる子だ。

 ステーキ、ステーキかあ……。

 充分嬉しいが、欲を言えば食べ物ではなく、何か形に残る物が良かった。

 お返しに大量の生魚が入った袋に軽量化の魔法をかけ、フクロウに渡す。フクロウはちょっと嫌そうな顔をした後、飛び去って行った。

 誕生日が来たと言うことは、冬の終わりが近いと言う事だ。それはつまり、テストが近いということ。ショーンは魔法薬学のテストの事を思い、憂鬱な気分になった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 控え目に言って、今年のホグワーツは最高だった。

 それにはいくつかの要因があるが、一際良かったことは期末試験が無くなったことだろう。もしトム・リドルを倒す事で来年も期末試験が無くなるのなら、毎年来てもらいたいものだ。

 問題といえば、三週間ばかりの筋肉痛と、ローブに染み付いた蛇の血の臭いくらいのものである。魔法薬学と魔法史のテストに比べれば、何の苦でもない。それどころか、美味しい紅茶とクッキーが出る分トム・リドルの方がスネイプよりも優しいとさえ言える。

 

「サラザール。もう秘密の部屋は無いのか? 秘密の部屋2があって、そこにはヒュドラが隠してあるとか」

「そんなものは断じてない」

「そうか、そうか……他のみんなは?」

 

 創始者達は首を横に振った。

 どうやら、ホグワーツで起きる騒ぎは今回で最後らしい。創始者達が何も遺していないなら、また事件が起きるということはないだろう。

 

「はーい、ショーン」

「ようジニー」

 

 大広間でぼーっとしていると、ジニーが話しかけて来た。

 

「何してるのよ?」

「勿論、君を待ってたんだよ」

 

 サッと立ち上がり、手櫛で髪をオールバックにしながら、キザな微笑みを浮かべてジニーの頬を撫でる。

 

「ンフッ。ん、んん……ありがとう。嬉しいわ」

 

 ジニーは一瞬笑いそうになってから、直ぐにうっとりした表情を作った。

 ――パシャリ。

 聞き慣れたシャッター音が響く。

 

「僕が石になってる間に、二人はそんな関係になってたんだね……」

「二人とも、おめでとう」

 

 慌てて二人がそっちを向くと、呆然とするコリンと何故か拍手をしているルーナがいた。

 ショーンとジニーはアイコンタクトを交わし、一瞬でどうするか決めた。

 杖を取り出し、コリンに向ける。平和的交渉術だ。

 

「そのカメラを渡しなさい」

「ついでに脳みそも渡せ。記憶を消してやるから」

「脳みそ渡したら、僕死んじゃうよ!?」

「マダム・ポンフリーなら、脳みその一つや二つ生やせるだろ」

「無理だと思うな……」

 

 ルーナが呆れた様に言った。

 コリンがカメラを抱えて、脱兎のごとく逃げていく。

 ショーンとジニーは杖をやたらめった振りながら、それを追いかけていった。

 そのまま四人はホグワーツ城を走り抜け、沢山の生徒を追い抜き、ホグワーツ特急に滑り込んだ。肩で息をしながら、手頃なコンパートメントを探して座り込む。

 

「はあ、はあ……コリンの癖に、今日は粘るじゃない」

「ぜえ、ぜえ、そりゃあ、命の、危機だからね……」

 

 まだ言い争っている二人を尻目に、ルーナに話しかける。

 

「荷物、上に置くよ」

「ありがと」

 

 ルーナから荷物を受けとる。

 ……?

 

「行く時より軽い気がする。忘れ物でもしたんじゃないか」

「してないよ。いくつか無くしちゃっただけ」

「……そうか」

 

 少し違和感を感じたが、ルーナがしてないと言うのならしてないのだろう。直ぐに気持ちを切り替えて、ジニーの荷物も上に乗せる。

 

「でも、ハリーって凄いよね」

「おい、おい。またその話か?」

「だって、誰一人死人を出さないでバジリスクとスリザリンの後継者を倒したんだよ! 僕はバジリスクを実際に見たんだけど……僕が3ダースいたって敵わないよ」

 

 またいつものハリー・ポッター話が始まった。

 ショーンはサッサと寝ることにした。前に分かったことだが、コリンのハリー・ポッター話は子守唄に最適だ。

 

「誰一人じゃないわ。スキャバーズ――ロンのネズミがあの日以来見当たらないのよ。きっとバジリスクの餌になったんだわ……」

 

 ジニーが震えながら言った。

 ペットのネズミなんかには興味がなかったショーンは、ゆっくりと意識を失っていった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 これは夢だな、とショーンは思った。

 何故なら、前にそっくりな夢を見たからだ。それを自覚すると、どうして今まで忘れていたのか信じられないほど、その時の記憶をハッキリ思い出した。

 

「確かに、魔法族の発展にはマグルを受け入れた方が効率がいいのだろう。しかし、私はやはりそれに賛同できない。私にとっては大事なのは、見ず知らずの大多数ではなく、良く知った小数なんだ」

「そうか……。君なら、そう選択すると思っていたよ。もし戻って来たくなったら、いつでも戻って来るといい。アレだけ啖呵切って戻って来たの? って笑いながら歓迎するよ」

「……強いな、お前は。なあ、聞かせてくれないか? どうしてそんなに強くいられる?」

「それは、僕が――君達を愛しているからさ。あの時から、ずっと」

 

 

 

 遠い遠い、昔のことだ。

 夢と希望に溢れた、一人の少年がいた。

 彼には特別な才能があった。

 それは万物と話せるという才能だ。人に決して懐かない生き物も彼には寄り添い、言葉を知らない静物ですら彼に語りかけた。

 彼はその才能を使い、一匹の蛇と友達になった。

 やがて青年となった少年は、立派な魔法使いとなった。

 青年には人を惹きつける、特別な魅力があった。

 沢山の友達に囲まれる様になった青年を見て、蛇は願った。人間になりたい――と。

 

 同じ頃。遠い東の地で、一人の魔女がある魔法を創り出した。

 後に動物もどき(アニメーガス)と呼ばれる魔法である。

 彼女は叡智を求める者には、誰にでも魔法を授けた。例えそれが、人以外の生き物だったとしても。

 

 

 

 蛇の名はサラザール・スリザリン。

 世界で最初に産まれた、人間の動物もどき(アニメーガス)である。












とりあえず、この話を持って『ハリー・ポッターと秘密の部屋』編はおしまいです。
次回からは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』編の始まりです。
多分二次創作では誰もやっていないであろう展開を考えているので、楽しみにしていて下さい。でもハードルは上げないで下さい。楽しみにしつつ、期待はしない感じでお願いします。

それと、オリキャラの「アナ・サマーズキル」ですが、本編には出ない(手紙やショーンの回想でのみ出演)ので覚える必要はないです。
ショーンに妹分が居るんだな、くらいに思っておいて下さい。


話は変わるのですが、ファンタスティックビースト見てきました!
凄く面白かった(小並感)
面白かったのはいいんですが……とてつもない問題が二つ起きました。

一つ、クイニー・ゴールドスタインが好き過ぎて生きるのが辛くなった。
一つ、考えていたヘルガの設定とクイニーのキャラ設定がそっくり過ぎる。

先にファンタスティックビースト観てた人は「ヘルガのキャラ、クイニーのパクリじゃん」とか思っていたのでしょうか……
何の偶然か、ホントに八割くらいの設定が被ってるんですよね。うーん、困ったなぁ……


【秘密の部屋編ボツ設定のコーナー】
最大の変更点をあげるのなら、ショーンがハリー達の一つ下になったことでしょう。
実は初期設定ではショーンはセドリック世代でした。
チョウが好きだけど気持ちを上手く伝えられないセドリックと、セドリックが気になりつつもまだ好きと言うほどではないチョウの間に挟まれる、苦労人系主人公でした。
しかしとある問題にぶつかりハリー世代へ。

ハリー世代となった場合、オッチョコチョイな主人公でした。先者の出会いも、トレバーを踏み殺してしまう所から始まります。

ハー子「ネビルのヒキガエル知らない?」
ショーン「……俺の靴底が知ってるかも」
ハー子「さっきまでは見つかることを願ってたけど、今は見つからないように祈ってるわ。どうかカエルチョコでありますように!」
靴底「残念! これが現実!」

こんな感じです。
しかしここでも問題にぶつかり、一つ下に。そうして今に至ります。


あとはバジリスク関連ですね。
最終的にバジリスクはサラザールの友人、あるいは後輩なのですが、初期設定ではサラザールの息子でした。
これだとゴドリックが畜生過ぎるのと、話が重過ぎて変更しました。


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第2章 ショーン・ハーツはアズカバンの囚人 プロローグ

 住めば都、という言葉がある。

 最近ショーンはこの言葉の意味を深く実感していた。

 ここに来るまではどれだけ恐ろしい場所なんだろう、と珍しく怖がっていたのだが、いざ来てみれば、なるほど快適とは言い辛いが、そう悪い場所でもなかった。

 同居人は毎時間「おはよう!」と声をかけてくれるし、管理人は目覚めのキスをしようと毎日来てくれる。12歳、思春期真っ只中のショーンは恥ずかしさからかキスを拒否していたが、受け入れるのも時間の問題かもしれない。

 右の隣人と左の隣人は、何の偶然か親戚同士の様で、世間は狭いなあと思った。問題は二人の仲が多少悪い事だが……まあ仲が良過ぎて自分の居場所がないよりはいい。

 

「おい、ショーン。生きてるか?」

「死んでるよ」

「そうか、元気そうで良かった。こないだ来た奴は、三日目の朝ポックリ逝ってしまったからな」

「知ってるさ。未だここに死体がある」

「あー、それは何というか……お気の毒だな」

 

 右の隣人とのちょっとした朝の会話を終えると、左の隣人がすかさず話しかけて来た。

 

「ショーーーン! 起きたのかぁい?」

「起きてるよ。さっきの会話、聞こえてただろ」

「はっ! 血を裏切った者との会話なんて聞こえないよ。それよりどぉだい、ここは慣れたかい? え?」

「今ちょうどその事を考えていたところだ。住めば都っていうけど、ホントだな」

「……へえ、そうかい。それは残念だねえ。やっとあんたの悲鳴が聞こえると思ったのに」

「俺の悲鳴が聞きたいなら、簡単なやり方があるぞ。実は俺はステーキが怖くてな。もし目の前に置かれたら、悲鳴を死ぬほど上げる」

「ああ〜。それなら、いい肉を知ってる。腐った犬の肉だ。ここを出たら、直ぐ出してあげるよ」

「おい、それはもしかして私のことを言ってるのか?」

「さあ、どうかな?」

「……覚悟しておけよ、ベラトリックス。ここを出たら、真っ先にお前に呪いをかけてやる」

「おーこわっ! でも、でも、でも! それは無理なはなしさ。私が先にあんたを殺すからねえ。シリウス・ブラック――血を裏切る者め!」

 

 愉快な同居人だ。

 この二人の命のやり取りは、見ていて飽きない。というか見ていないと、うっかり流れ弾に当たって死にそうだ。

 

 二人がいつものごとく言い争いをしていると、人間の看守が四人やって来た。そのうち三人は守護霊の呪文を唱えていて、最後の一人は手に持っていた新聞をシリウス、ショーン、ベラトリックスに手渡した。

 

「ありがとう」

「何、気にすんな。お前も未成年のうちからこんなところに入れられて、可哀想に……刑期は二年だったか」

「同情するなら、この死体を持ってってくれないか。鼻は詰まってるからいいんだけど、同居人のこいつが食べようとするんだ」

「おはよう!」

 

 同居人の、名前は……まあいい。とにかく同居人が朝のあいさつをした。というより、この男は朝のあいさつ以外の言葉を発しない。どういうわけかは知らないが。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう。それで、死体は……行っちゃったよ」

 

 看守の彼は、いつの間にか姿を消していた。

 嫌われちゃったかな。ショーンは一つため息をしてから、新聞を広げた。両隣からも新聞を開ける小気味良い音が聞こえてくる。この時間は邪魔をしない、三人の間では暗黙の了解が出来ていた。

 新聞には愛すべき級友である、ジニー・ウィーズリーが映っていた。宝くじを当てて、エジプトに行ったようだ。楽しそうに手を振っている。

 ショーンが暖かい気持ちになっていると、

 

「ふん。血を裏切る者め!」

 

 ベラトリックスが金切り声を上げた。実に台無しな気分だ。もし目の前の鉄格子が無かったのなら、ベラトリックスの所まで行ってぶん殴って、また刑期を伸ばしていただろう。

 

「おい、ベラトリックス! ジニーは俺の友達だし、ロナルドさんは俺が尊敬している人なんだ。あんまり悪くいうなよ」

「ロナルドぉ? はっ、この冴えないガキの事かい? 尊敬するならこんな奴じゃなくて、あのお方――闇の帝王にしておきな。あんたなら、闇の帝王にも気に入られるよ」

「ああ。去年闇の帝王に会った時、確かに勧誘されたな」

 

 ショーンは事実を言ったのだが、二人は「またいつものジョークか……」とそっぽを向いてしまった。日頃の行いが悪いせいだ、とショーンは思った。

 何せ、イギリス魔法界最悪とされる監獄に収容されているのだ。右を向けば殺人鬼、左を向けば闇の帝王の右腕。そして真ん中の自分。日頃の行いが良いとは言えないだろう。

 

 そう、ショーンは今現在、イギリス魔法界最後の監獄――アズカバンにいた。

 ちょっとした重犯罪をしてしまい、厳正なる裁判の結果、イギリス魔法界アズカバンに収容されてしまったのだ。

 住めば都。

 こんな夏休みもそう悪くない、ショーンはそう思った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンの朝は早い。というより、早くせざるを得ない。どういうわけかショーンは全くと言っていいほど“彼ら”の影響を受けないのだが、他の大多数の人はそうでもないようで、毎晩悪夢にうなされているのだ。流石にこうも悲鳴がうるさいと、心ゆくまで惰眠を貪るのは難しかった。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう。お前はいつも元気だな」

「おはよう! おはよう!」

 

 まったく、朝のあいさつに余念がない同居人である。

 ショーンはやれやれと頭を振ってから、朝の日課を始めた。

 

「シリウスー! ベラトリックスー! 朝だぞ、起きろ!!」

 

 二人の名前を叫びながら、牢屋の壁を蹴る。

 ベラトリックスにとって悲鳴は子守唄で、シリウスは慣れたらしい。故に二人は、ショーンが半強制的に起こされた後も、気持ち良さそうに眠っていた。

 早起きは三文の徳。

 せっかくこの素晴らしい早朝の恵みに預かっているのだ。愛すべき隣人に、少しでもこの恵みを分けて上げたい。ショーンは慈悲の一心で、大声を上げ、壁を蹴り続けた。

 

「ショーン。せっかくいい気持ちで寝てたのに……お前は本当に、良い奴だな」

「ありがとう」

「皮肉で言ったんだ」

「知ってるよ。俺も皮肉で言ったんだ」

 

 先ずシリウスが起きた。眠い目をこすりながら、ショーンに感謝の言葉を述べてくる。ショーンはニッコリ笑った。

 

「よし、次はベラトリックスだ。手伝えパッドフッド(犬の肉球)

「良いだろう、シニークス(皮肉屋)

 

 イタズラ人としての名前で呼び合い、袖捲りをする。ベラトリックスはシリウスにとって大嫌いな従姉妹であり、出来れば関わり合いたくないが、同胞に言われては仕方ない。

 仲間外れは許さない、それがアズカバンの掟である。あるいは死なばもろとも、ともいう。

 二人がありったけの騒音を出すと、ベラトリックスはゆっくり起き上がり、シリウスと同じく二人に感謝の言葉を述べた。ショーンとシリウスはニッコリ笑った。

 

 さて、二人を起こしたはいいが……起こしたからと言って、特にやることがあるわけではない。

 

「シリウス、ベラトリックス。暇だ」

 

 そこで先輩達に意見を伺うことにした。

 ベラトリックスは「死ねばあの世の裁判で忙しくなる」という素晴らしいアドバイスをした後、そっぽを向いてしまった。頼みの綱はシリウスのみである。

 

「なら、クロスワードでもやるか」

「少しジジ臭いが、そうさせて貰うよ」

「ジジ臭い? クロスワードはジジ臭いのか……」

 

 落ち込んでいるシリウスを尻目に、ショーンは新聞に載っていたクロスワードを始めた。

 日刊予言者新聞はマリー・レイントンというライターが書く強烈な批判記事――今回掲載されていたのは「ファッジのファックな政治」という記事だった――以外読むところが無かったのだが、新たに読むところが増えた。クロスワードを「読む」というかは、少し疑問だが。

 ショーンは魔法薬学と魔法史の才能には恵まれなかったが、少しばかりの機転はあったようで、順調にクロスワードを埋めていった。しかし、ショーンはマグル生まれのため、魔法界の常識を問われる部分には弱かった。

 

「誰でも知ってる、最も偉大な魔法使い、か……」

「それは僕だね」

「私だろう?」

「私ですよ。間違いありません」

 

 すかさず、幽霊達が名乗りを上げる。周りに人がいるので彼らと話せないショーンの代わりに、ヘルガが嗜めた。

 最初ショーンがここに来た時「もっと危機感を持て!」だのなんだのと言っていたが、結局彼らもいつも通りだった。

 

「なあ、最も偉大な魔法使いって誰だと思う?」

「ダンブルドアだろうな」

「いいや、ヴォルデモート卿に決まってるね」

「おはよう!」

 

 シリウスとベラトリックスがまた喧嘩を始めた。人を挟んで言い争うのは辞めてほしい。ショーンは他人に迷惑をかける奴が好きではなかった。

 しかし、最後のは論外として、実際のところ誰だろう。ダンブルドアもヴォルデートも、ここには当てはまらない気がする。

 

「あっ、ハリー・ポッターか」

 

 ショーンが答えを言うと同時に、二人の言い争いがピタリと止んだ。

 

「ハリー・ポッター! あいつをこの私が殺せたら、どれだけ名誉なことか!」

「辞めとけベラトリックス。また刑期が伸びるぞ」

「実はな、ショーン。私はあの子の後見人なんだ」

「ハリー・ポッターの後見人くらいで自慢するなよ。俺はロナルド・ウィーズリーさんの後輩だぞ」

「そうか、君はハリーの一つ下だったか……ハリーのこと、聞かせてくれないか」

 

 まさかコリンの「今日のハリー・ポッター情報」がここで役に立つことになるとは。ショーンは自分の知り得る限りのハリー・ポッターについての情報を、シリウスに聞かせた。勿論、冬休みの前にあった女子トイレでの大冒険も。

 

「そんな事があったのか……。しかし、闇の帝王の記憶を前にして、犠牲無く済んだ事は幸運だったな」

「犠牲無く? とんでもない! ロナルドさんの飼いネズミが犠牲になったよ。もう10年以上生きてる、ご長寿ネズミだったのに」

「――10年以上生きてるネズミだと?」

「ああ。妹のジニーがそう言ってた」

「まさか、いや、そんなはずは……そのネズミに、左手の人差し指はあったか?」

 

 そんな事、知るわけがない。友達の兄のペットのネズミの左手の人差し指なんて、一々覚えてるわけがなかった。しかし――

 

「確かになかったですね」

 

 ショーンには一人、絶対の記憶力を持つ幽霊が取り憑いていた。

 

「なかったよ。確かだ」

 

 それを聞いた瞬間、シリウスは大声で笑い出した。ついに狂ったか、ショーンはそう思った。友達の兄のペットのネズミの左手の人差し指が無かった事にこんなに笑うなんて、どう考えても普通ではない。

 

「決めたぞ、ショーン! 私はここから出る!」

「私は無罪だって言ってたのに、脱走だなんて、いよいよ大量殺人鬼じみて来たな」

「ジョークじゃない! 本気だ! 君も来るかね、ショーン――いや、シニークス!」

 

 ショーンは少し考えてから、光の速度で首を縦に振った。正直、ここの生活には飽き飽きしていた。

 住めば都?

 ナメクジ喰らえだ。

 

「よし、決まり――」

「待ちな!」

 

 シリウスの声を、ベラトリックスが遮った。

 

「私も連れて行きな」

「私がお前を連れて行くと思ってるのか!」

「連れて行かなかったら、次に看守が来た時脱走のことをバラすよ。それに、あんた達ここの構造を理解してるのかい? 行くあては?」

「ぐっ……」

 

 ベラトリックスの指摘は的を射ていた。

 

「その点、私はここの構造を熟知している。レストレンジ家の別荘はいくらでもあるんだ、衣食住にも困りやしない。ただ、ここから出る手段だけがない……。そう悪い話じゃないだろぅ?」

「しかし……」

「いいんじゃないか、シリウス。仲間は多い方がいい。そっちの方が愉快だからな」

「ピクニックじゃないんだぞ」

「おはよう!」

「ああ、お前を忘れてたな。一緒に来るか?」

「おはよう!」

 

 相変わらず「おはよう!」としか言わなかったが、頷いてるようにも見えた。

 

「はあ。分かった、良いだろう。ただしベラトリックス、お前が少しでも妙なことをしたら、直ぐにその喉元を噛みちぎるからな」

「パッドフッド。レディに向かって噛み付くとか言わない方がいいぞ」

「なんだい。あんた、私を女としてみてたのかい?」

「我が親愛なる従姉妹が、ふた回りほど違う男の子に色目を使うとはね、ショックだよ」

「あぁん?」

「やるのか?」

「おはよう!」

「おい、喧嘩するな」

「しかしな、ショーン。そこの女が……」

「聞いておくれよショーン。あいつが……」

「分かった、分かったから。娑婆に出たらいくらでも聞いてやる。だから今は、脱走のプランを四人で立てよう」

 

 ――こうして、四人のアズカバン脱走計画が始まったのである。












ショーンが唯一さん付けで呼ぶ男、ロナルドさん。



ここまで読んでくださってありがとうございます。
第1章のタイトルは全く思い浮かばなかったのですが、第2章のタイトルは直ぐに思い浮かびました。
ホグワーツを離れるどころか、アズカバンに収容される主人公は(多分)ショーンだけ! いや、まったく自慢になりませんが……
組み分け帽子「アズカバン!」が実現してしまったわけです。
まあそんなわけで、第2章はアズカバンよりお届けします。



【オマケ:ハリーと同世代だった時のショーンのハロウィン】

ショーン「ハーマイオニー!」
ハー子「私を慰めに来たの? でも、無駄よ。私ってホント最低の奴なんだわ……」
ショーン「本当は慰めに来たんだけど、今は別に言いたいことがある。
一つ、ハーマイオニーのいる女子トイレに入ったこと。
二つ、その事にかすかな悦びを覚えていること。
三つ、後ろにトロールが立ってること。
どれが一番ヤバいと思う?」
ハー子「私から言いたいことは、たった一つよ。二人とも出てって」

メンタルが強いショーンと、キツイ物言いのハー子は相性が良さそう。
なお、本編ではまだ一度も話した事がない模様。


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第1話 絶対絶命

 脱獄を決めてから約三ヶ月。未だショーンとシリウス、ベラトリックスの三人はアズカバンに居た。ホグワーツ開校に間に合うどころか、ハロウィンも過ぎてしまったのである。まったくお笑いだ。

 その主な原因は、ベラトリックスにある。

 シリウスの計画は動物もどき(アニメーガス)になる事で吸魂鬼の影響を受けにくくするというものなのだが、ベラトリックスが動物もどき(アニメーガス)の習得に手こずっているのだ。

 純血主義の中でも殊更プライドの高い彼女は、自分が人間以外の姿になることが我慢ならないらしい。理屈では分かっているのだが……というやつだ。

 ちなみにショーンも動物もどき(アニメーガス)を習得していないが、何故だか吸魂鬼の影響を一切受けないので問題ない。

 

「早くしろよ、ベラトリックス。俺の刑期が終わっちゃうぜ」

「うるさい! ちょっと待ちな」

「そのセリフ何回目だよ……」

「ショーン。覚えておくといい、女の「ちょっと待って」ほど長いものはない」

「シリウス、あんたはここを出た瞬間殺す」

「なら殺されないよう二人で出るか、ショーン」

「ちょ、待ちな!」

「おはよう!」

 

 ショーンは一つため息をついてから、クロスワードを再開する事にした。

 次の問題は、なになに……動物もどき(アニメーガス)を作り出した人物か。随分とタイムリーな話題だ。時事問題というやつだな。

 

「はいはいはーい! それ私、私です!」

 

 ロウェナがニッコニコしながら手を挙げた。ロウェナ・レイブンクロー、文字数も合っている。これで正解らしい。

 

「馬鹿、と」

「なんで馬鹿って書くんですか!? 文字数とか合ってないじゃないですか!」

「すまん、癖で」

「癖!? まさかショーン、今まで私のことを頭の中で「馬鹿」と呼んでいたのですか?」

「ははははは」

「笑って誤魔化された!?」

 

 なんだか、いつもよりロウェナのテンションが高い。室内犬は小まめに散歩に連れて行かないとストレスが溜まって煩くなると聞いたことがあるが、その類だろうか。

 早くここを出なければならない。ショーンは改めてそう思った。

 

「……ん、待てよ。ロウェナがこの魔法を作ったのなら、なんかこう、良い感じに出来るんじゃないのか?」

「なんです、そのあやふやな言葉は。でも、そうですね。出来ないことはないと思いますよ。ただ……」

「ただ?」

「杖がありません」

「確かに」

 

 しかし逆に言えば、杖さえあれば出来るということだ。

 当然のことだが、ショーンの杖は取り上げられている。二年経てば出れるので、折られては無いと思うが、何処にあるのか分からない。

 相変わらずシリウスと口喧嘩しているベラトリックスに話しかける。

 

「ベラトリックス!」

「おはよう!」

「お前じゃない。ちょっと静かにしてろ。ベラトリックス!」

「このクソい――なんだい、ショーン」

「俺の杖が何処に保管されてるか分かるか」

「あ〜あ、分かるよ。よく知ってる」

「よし、教えろ」

「一度しか言わないから、一回で覚えな」

 

 案の定ショーンは一度で覚えられなかったが、試しにお願いしてみると、三回までは教えてくれた。

 

 ベラトリックスによると、現在ショーンが居るのはアズカバンの三階、真ん中よりやや北に位置する場所だという。

 囚人達の私物が預かられているのは一階の最東端。そこに行くには、南と西にそれぞれ一つずつある階段のどちらかを下り、一階へ行かなくてはならない。

 また一フロアにつき二人、闇祓いが巡回しているので、そちらにも気をつけろ、とのことである。

 また私物が保管されている部屋は管理人室に隣接しており、常に三人程度の闇祓いがいるらしい。またその部屋に入るには、鍵も必要だということだ。

 

「分かった。なら、杖を取ってくる」

「気は確かか? 脱出するだけならともかく、厳重な警備を掻い潜って杖を持ち出すのは不可能だ。それに気がついてないかもしれないが、我々は牢屋に閉じ込められている。ディメンターの食事中に逃げるならともかく、今は無理だろう」

「どうかな?」

「おまえ、どうやって……?」

 

 鉄格子の外、シリウスの目の前にショーンが立っていた。ショーンはシリウスの疑問に答える前に、アズカバンの奥の方へと駆けて行った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 アズカバンの薄暗い闇を走りながら、ショーンはほんの少し後悔していた。

 ベラトリックス・レストレンジ――闇の帝王の右腕である彼女とは、とりあえず手を組んでいるものの、心底からの仲間ではない。外に出た瞬間殺される可能性だってあるのだ、あまり手の内を見せるべきではないだろう。

 さっきはサラザールの力を借り、一時的に蛇になる事で牢屋を出た。その光景を直接は見ていないだろうが……。

 

 またここの住人は全員魂が破壊されているか、弱っている。その為ヘルガの開心術が上手く機能しないのだ。いかに優れた技を持っていようと、無いモノは開きようがない。

 杖があれば話は変わったかもしれないが、残念ながら今ショーンの手元にあるモノと言えば日刊予言者新聞くらいのものである。

 とにかく、心が読めず何を考えているのか分からないのだ。

 ただでさえ力量はあっちの方が上、加えて向こうの思惑も分からない。今の状況を例えるなら、教科書がないまま魔法薬学の授業を受けるようなものだ。つまり『(トロール並)』である。

 

「やれやれ。こんなのは俺のキャラじゃないんだけどな……」

 

 人を疑い、神経を尖らせながら行動するなんて、らしくない。ショーンは自分でそう思っていた。

 いや、しょっちゅう人は疑っている――特に悪友のジニーなどは信用したことがない――が、それとはまたちょっと違う感じだ。

 まあ魔法薬学が『(トロール並)』なのはショーンらしいと言えばショーンらしいが。

 

「おいショーン。なんでお前外にいるんだ? それともこれは幻覚で、とうとう俺の頭がイかれちまったのか……」

「多分そうだ」

「そうか。頭がイかれちまったのか! 教えてくれてありがとな!」

「いや、気にするな」

 

 アズカバンの囚人仲間が、牢屋の外にいるショーンを見て話しかけてくる。彼の名前は確か……そう、ラバスタン・レストレンジ。ベラトリックスの義理の弟だったか。

 他にも色々、どいつもこいつも凶暴そうな面が並んでいる。

 しかしそんな彼らよりも、シリウス・ブラックとベラトリックス・レストレンジの方が凶悪犯らしい。その二人の間に挟まれている自分は一体なんなのか、ショーンはちょっと疑問に思った。

 

「ショーン。次の角から見回りの看守が来るよ。そんな気配がする」

 

 ゴドリックのアドバイスから数秒後、足音が聞こえてきた。

 相変わらず化け物じみた直感だ。最早魔法の類に近い。

 

 どうするか……ショーンはちょっと頭を悩ませた。

 もう一度蛇になればいいではないか、とも思うかもしれないが、去年ゴドリックの力を少し使っただけで筋肉がズタボロになったのと同様、サラザールの力を使うと、恐ろしく魔力を消費するのだ。

 体の方は最近アズカバンでの貴重な時間を割いて鍛えているのだが、年齢と共に成長する魔力の方はどうしようもない。

 少し焦りながらあたりを見回すと、ちょうどいい隠れ蓑を見つけた。

 

「ちょっと失礼」

 

 近くを漂っていた吸魂鬼のマントの中にお邪魔する。手土産も何も持ってないが、だいぶ臭いがキツイのでイーブンだろう。

 

 ショーンは同じ方法で看守達の目を掻い潜りながら、順調に進んで行った。そしてとうとう一階――保管室前へと辿り着いたのだ。

 そこから先は簡単だった。

 看守達は守護霊を使役しており、吸魂鬼の影響を受けていない。つまり、ヘルガの能力が有効なのだ。心を読んで、死角を移動する。鍵の場所もすぐに分かった。

 あっけなく、ショーンは自分の杖を手に入れたのである。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 牢屋の中に戻ったショーンは、ベラトリックスに動物もどき(アニメーガス)の魔法をかけようとしていた。

 しかし正面切って魔法をかけてしまっては、何でお前はそんな魔法を知ってるんだ、と言及されてしまう。そこで夜中にこっそり、隣の牢屋から壁を貫通させて魔法を唱える事にしたのである。同居人はぐっすり寝ているので、心配はないだろう。

 

「ではショーン。左腕を私の制御下に」

「はいよ」

 

 ロウェナの左腕がショーンの左腕の中に入ってくる。すると自分の意思とは関係なく、左腕が動き出した。

 ショーンの杖腕――もとい利き腕――は右腕なのだが、ロウェナの杖腕は左である。どうやらそれは憑依された時も変わらないらしい。ロウェナは左腕を振るい、ベラトリックスに魔法をかけた。

 キラキラとした何かが、杖から出て、壁の向こうへと吸い込まれていった。

 

「ぎゃああああ!」

 

 直後に、ベラトリックスの悲鳴が聞こえてくる。

 

「おい」

「いえ、私に限って失敗はあり得ません」

 

 ロウェナがふんすと薄い胸を張りながら言った。その直後、隣の牢から獣の声が響いてくる。

 

「にゃー」

「おい」

「……説明なく動物もどき(アニメーガス)にした場合、変異の感覚を掴めず、人間への戻り方が分からない事が稀にあります」

「おい」

「あー、こほん。前向きに行きましょう! ともかく目的は――」

 

 ロウェナの声を遮るように“ビー、ビー!”とサイレンが響き渡った。同時に、赤いランプが点灯する。

 

「おい」

「……そういえば、ショーンはまだ未成年でしたね。あはは……“臭い”に引っかかっちゃいました」

 

 “臭い”。

 それは大昔にロウェナが開発した、未成年魔法使用者探知呪文。

 この魔法があるお陰で、イギリス魔法界は他の魔法界とは比べ物にならないほど未成年者の風紀が乱れていない――他国の魔法を知ったマグル生まれの子供のほとんどは、こっそり魔法を使い事件を起こす――のだが、今回に限っては邪魔もいいところだ。

 

「ショーン! 一体何の騒ぎだ!」

「おはよう!」

「にゃー!」

「やばい事になった! ベラトリックスが戦力外になった上に、俺が杖を持ってるのがバレた!」

「何をやったらそんな事になるんだ……」

 

 シリウスが愕然としているのが、壁越しでもヒシヒシと伝わってくる。

 

「こうなったら、今から脱獄するしかない」

「よしきた!」

 

 直ぐにサラザールの力を借り、蛇になる。そして格子の間をくぐり牢を出て――力尽きた。

 

「やばい、魔力が切れた」

 

 全身に力が入らない。その中でも特に左腕、ピクリとも動かなかった。

 

「おいショーン! クソ、今行くぞ!」

 

 慌ててシリウスが犬になる。しかし――

 

「わん!」

 

 大型犬のシリウスでは、格子の間をくぐれない!

 牢屋の中からシリウスの遠吠えが、虚しく聞こえてきた。

 それに混じって、遠くの方から複数人の足音と声が聞こえてくる。ショーンは何とか逃げようと体を這わせるが……1メートルも移動出来ない。

 

「わん!」

「にゃー!」

「おはよう!」

 

 正に絶対絶命。終わりである。

 力の入らなくなった左腕から、杖がコロコロの転がって行く。

 脱獄しようとしたのがバレたら、一体どのくらい刑期が伸びるか……そんな事を考えながら、ショーンはゆっくり意識を失っていった。







【オマケ:ショーンがハリーの同級生だった時の初めての授業】
ショーン「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ハー子「……どうして羽じゃなくて私のスカートの裾が浮かんだのか、納得出来る説明をしていただけるかしら」
ショーン「ふむ。魔法には強く精神のありようが関わっている事は、今更言うまでもない。
 恐らく、私の中の君への強すぎる思いが、この様な結果を生み出したのだろう。これは痛ましい事故だ、僕は悪くない」
ハー子「そう。それなら、私が今から使う魔法で貴方がどうなっても、それも痛ましい事故という事ね」


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第2話 プリズンブレイク

 ジニーは眠い目をこすりながら、大広間に向かっていた。

 狙いはもちろん、朝食である。

 ダイエットとは無縁な彼女は、大広間ではいつだって獰猛な獅子だった。

 大広間に着くと、見慣れた金髪が見えた。

 一年のうち半分以上もここにいるのだ。指定席の一つや二つも出来てくる。ジニーは自分のために空いているその先に、迷いなく腰を下ろした。

 

「はあい、コリン」

「おはよう、ジニー」

「あのバカは?」

「まだ帰って来てないよ」

「そう……」

 

 ホグワーツにバカは多いが、二人の間でバカと言ったら魔法史と魔法薬学が壊滅的なあのバカしかいない。

 ここ最近のショーンはおかしかった。いや元々頭はおかしいのだが、それとはまたちょっと違ったおかしさだ。

 夜になるとベッドを抜けて何処かへ出掛け、朝になっても帰ってこない。日課の釣りも最近は滅多にやっていないみたいだ。それだけならまたいつもの下らない企みか、とも思うかもしれないが……。あの様子を見ると、そうは思えない。

 

「おはよう、二人とも」

 

 噂をすれば、というやつだろうか。

 いつの間にかショーンが立っていた。

 髪はボサボサ、目の下には分厚いクマが出来ており、肌は青白い。一目で不健康とわかる。

 帰ってくるたびにやつれていくのだ、どう考えても普通じゃない。

 

「何してたの?」

「色々」

 

 いつもなら「君へのプレゼントを買いに」の様なジョークの一つでも返ってきそうだが、それだけ短く言ってショーンは席に着いた。そして野菜と肉をバランス良く急いで食べてから、また何処かへ行ってしまう。お別れの言葉もなしだ。

 別に女らしく扱えとは言わないが、この扱いは流石にちょっとあんまりだ。

 ジニーはふんと鼻を鳴らし、コリンは心配そうにカメラのシャッターを押した。珍しいものがあったら写真を撮る、コリンの使命である。

 

「最近、誰かに会ってるみたいなんだ」

「えっ?」

「前にこっそり後をつけていったんだけど――」

「あんた、意外と度胸あるわね……」

「誰かと熱心に話してた。それで言い争いになって、ショーンが大きい声出しちゃったから、慌てて逃げたよ」

「口論、ねえ……」

 

 ショーンの交友関係は狭くない。むしろ、ホグワーツの生徒の中では相当広い部類に入る。ジニーやコリンが知らない友人の一人や二人、当然いるだろう。しかし、である……。

 

「尾行する?」

「えっ?」

「だから、あのバカを尾行するのよ。私達に隠れて何をしてるのか、突き止めてやろうじゃないの」

「……分かった。僕も気になってたし」

「それじゃあこれからは……そうねえ、私達は『ジニー・探偵団』よ」

「了解ホームズ」

「貴方、自分がワトソンになれると思ってるの?」

 

 こうして、二人きりの探偵団が結成されたのである。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 かの偉大なる大英雄ギルデロイ・ロックハートは、記念すべき――あるいは懸念すべき――第一回目の授業でこう問うた。

 

 ギルデロイ・ロックハートの好きな食べ物は何か?

 

 その頃にはもうすっかり答える気をなくしていたショーンは、ミミズのはった様な文字で『アンモナイトのつぼ焼き』と答えた。

 その後答え合わせの様な事をしていた気がするが、残念ながらその時はヒジをどうやったらアゴにつけられるか、という人類史に残る難題に挑戦していたため、結局答えは闇の中である。

 まあそんな事はどうでもいい。

 ここで大事なのは答えではなく、質問それ自体だ。

 さて、ここはかの英雄に倣い、一つ質問を出してみよう。

 

 ショーン・ハーツの好きな食べ物は何か?

 

 ショーンを知っている人物なら、百人中九十九人が「ステーキだ」と答えるだろう。

 しかし残りの一人、つまり彼の妹分は違う答えを出すはずだ。

 兄さんのお好きな食べ物は、すてーきかちーずふぉんでゅです、と。

 

 孤児院に支援してくれている富豪の一人が開いたチャリティー・イベントに参加した時のことである。

 ショーンは、真っ赤な大鍋に溜まった蕩けるチーズの湖に出会った。

 彼は導かれる様にそれに近づき、パンをそっと入れた。

 その時、ショーンは一つの答えにたどり着いたのである。

 かの有名な童話――『金の斧銀の斧』。

 あれはチーズフォンデュの話だったのだ。斧とはつまりフランスパンのこと、そして金の斧とはチーズを絡めたフランスパンのことだと、ショーンは理解した。

 結局ショーンがチーズフォンデュを口にしたのはその時が最初で最後だったが、その時のことは生涯忘れないだろう。

 食べたいなぁ、チーズフォンデュ……。

 

「チーズフォンデュ……」

「何を寝言を言ってるんだ、ショーン! サッサと起きろ!」

 

 人間に戻ったシリウスの叫びが、虚しく牢内に響く。

 しかしショーンはまったく起きるそぶりを見せない。

 

「ショーン! おい、ショーン!」

「にゃーん」

 

 ベラトリックスはもう諦めたように、牢の奥へと引っ込んでいってしまった。

 シリウスでさえ、心のどこかで諦めている。

 そんな折、一筋の光がショーンを貫いた。

 それは看守たちが放った魔法――では無い。

 “エネルベート 活きよ”。

 “ステューピファイ 麻痺せよ”の反対呪文である。その効果は活力を与え、対象の意識を取り戻させること。

 ショーンはゆっくり、しかししっかりと立ち上がった!

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう」

 

 目の前にいるのは、転がっていったショーンの杖を拾い上げた同居人。

 彼はジェスチャーで、ショーンに『退け』と告げた。それに従わない理由はない。

 強烈な破壊音。

 彼の魔法により、牢屋は粉々に破壊された。

 

「お前、今まで朝を告げるニワトリくらいにしか思ってなかったけど、こんなに有能だったんだな」

「おはよう!」

 

 続いてシリウスの牢、ベラトリックスの牢屋を破壊していく。

 二人は急いで牢から出るが――しかし、看守や吸魂鬼も追いついてしまう。

 同居人の彼は直ぐさま杖を振り、コウモリの形をした“白い靄”を出した。

 それはショーンが知りもしない、高度な呪文。

 “エクスペクト・パトローナム”。

 コウモリ達の群れは吸魂鬼に襲いかかり、いとも簡単に撃退していく!

 

 再び杖を一振り。

 ショーン、シリウス、ベラトリックスの三人――あるいは一人と二匹――の体が浮かび上がり、彼の方へと吸い寄せられて行った。

 同時に、彼の体が黒い靄に覆われ――ふわりと浮かび上がる。

 それは闇の帝王が創り出した、彼とその忠臣しか使うことの出来ない箒を使わない飛行術。

 幸運なことに、同居人の彼はその魔法の数少ない使い手であった。

 

 それを見た看守達が慌てて失神呪文を放つが、無数のコウモリ達がそれを阻む。

 当たればほぼ必殺である失神呪文は、確かに高い効果を持つが、その対象はあくまで一人のみ。

 今回のように無数の小動物相手では分が悪い。

 

「おはよう!」

 

 高速で飛行し、アズカバンの廊下を突っ切る。

 警報がガンガンなるが、御構い無しだ。

 このまま逃げ切れるか……そう思ったが、やはり一筋縄ではいかない。

 ショーン御一行が犯罪者のエリート集団だとすれば、最低でも守護霊の呪文が使えなければ配属されないアズカバンの看守達もまた、看守の中のエリート。

 

「やばい! いつの間にか囲まれてる!」

「杖をよこせ!」

「おはよう!」

「鈍っててくれるなよ……ボンバーダ・マキシマ!」

 

 同居人が、シリウスに杖を投げ渡す。

 シリウスが放った呪文は、看守達の壁にほんの少しの穴を作り出した。すかさずそこを潜り抜ける。

 

「どうだ、見たか! 私もまだまだ、捨てたものではないだろう!」

「シリウス、後ろ後ろ!」

 

 珍しくジョークもなしで、ショーンが注意を喚起する。

 

「おっと! プロテゴ! ははは、私も鈍った――」

「だから、後ろ!」

 

 先ほど突破した看守達が追いつき、背中から無数の呪文を撃ってくる。

 シリウスがすかさず盾呪文を張ることで難を逃れるが……流石にこの数は不味い。

 周りを取り囲むコウモリ達の数も少なくなってきている。

 

(――っ!? 通路が分かれてる。どっちに進む!?)

 

 進行方向には、二つの階段。

 上に行くか、下に行くか。

 上に行けば屋上から飛び立っていけるし、下から行けば正門を出て海に出れる。

 どちらが良いのか……そこで、はたとショーンは思い出した。

 

「下に行け!」

 

 言われた通り同居人は直ぐさま進路を変更し、言われた通り下へと降りて行く。

 

「シリウス! あそこの牢をぶっ壊せ!」

「よしきた!」

 

 よしきた! ではない。

 凶悪犯を解き放つ事に、少しは疑問を持たないのだろうか。自分で指示しておきながら、ショーンはシリウスの無鉄砲が少し不安になった。

 シリウスの魔法が牢屋に直撃した。

 壊れた牢から出てきたのは……ラバスタン・レストレンジである。

 吸魂鬼に幸福を吸われ過ぎたせいで頭がおかしくなった彼に、ここから出るだけの能力はない。そして――

 

「あーーー! 俺たちの仲間にして、リーダー的な存在のラバスタン様が落下した! えっ、俺がここで看守達を皆殺しにする? それじゃあお願いします!」

 

 そう大声で叫んだ。

 我ながら小悪党じみてると思うが、今の自分はアズカバンに収容された紛れもない悪党である。ラバスタンもどうせ極悪人だし。なのでまったく問題はない。後でヘルガに死ぬほど怒られること以外は……。

 ラバスタンはショーンと目があった一瞬、微笑みながら親指を立てた。ただし、下にだが。

 

「確保ォ!」

 

 直後、看守達がラバスタンに殺到する。

 その背後で、ショーン達はアズカバンを突っ切っていった。

 とうとう正門を抜ける。

 久しぶりの娑婆の空気が、四人を迎えた。

 

 ――同時に、千にも届こうかという吸魂鬼達も。

 

 看守達の数が少ない理由はここにある。

 例え外に出ても、待ち受けているのは無数の吸魂鬼。

 アズカバンが脱出不可能な理由がこれだ。

 

 動物に変身しているシリウスとベラトリックス、元から影響を受けないショーンは問題ない。しかし、ショーン達三人を引っ張りながら、魔法で空を飛ばなければいけない彼は別だ。

 吸魂鬼達の“食事”に無防備に晒されてしまう。

 

「おい! お前、大丈夫なのか!?」

 

 ショーンの叫びに、彼は笑って返す。

 その間も、吸魂鬼達は彼に殺到していた。

 幸福を吸われ、絶望の記憶だけが残る。

 ショーンにはその感覚が分からないし、彼にとっての絶望が何かも分からない。

 改めて考えてみると、もう四ヶ月ほどの付き合いになるのに、彼のことはまだほとんど知らなかった。

 

「教えろ! あいつらに有効な呪文はないのか!」

 

 ショーンは問いかけた。

 人前で幽霊達と話す。

 その禁忌を約7年ぶりに解いたのだ。

 ショーンの問いに、ゴドリックが口を開く。しかし、その顔は、声色は、ショーンの期待するものではなかった。

 

「……エクスペクト・パトローナム、という呪文がある。パトローナス(守護霊)を出す呪文で――とにかく、吸魂鬼を退ける事が出来るモノだ。使いこなすには大きな幸福が必要になる、高等呪文だけどね」

 

 パトローナス(守護霊)がどうのこうのというのはショーンにはよく分からなかったが、肝心なのは吸魂鬼を追い払えるかどうかだ。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 杖を振り上げ、高らかにその呪文を告げる。

 ――しかし、何も起こらない。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 何度やっても結果は同じ。

 動物の形をした強いパトローナス(守護霊)どころか、不安定な靄のようなものすら出ない。

 

 理由は二つ。

 一つは単純に、ショーンの技量が足りないこと。

 タダでさえホグワーツ一年分の教育しか受けていないショーンでは、守護霊の呪文という高等呪文を使えるようになるには、あまりにも技量が足りていなかった。

 

 二つ目。

 これも単純に、ショーンにこれといった幸福な記憶がないことである。

 ステーキを食べた時、釣りで大物を釣り上げた時、初めて魔法を使った時、友人達と遊んだ時、幽霊達と話している時、妹分と一緒にいる時……なるほど、細かい幸せならあるだろう。

 しかし、これといった大きな幸せが彼にはない。

 幼少期、両親に捨てられた悲しみは、彼の人生に大きな影を落とした。小さな幸せは感じられても、大きな幸福を感じる事は出来ないのだ。

 

 ――故にショーン・ハーツには、守護霊の呪文が使えない。

 

 それが分かっていたからこそ幽霊達は、この呪文の事を教えたくなかった。

 自分の愛する者に、誰が「お前の人生には大きな幸せがない」などと言えるのか。

 ショーンの叫び声と共に、四人は海の上を渡っていく。

 そして転移妨害呪文範囲外に出た瞬間、姿くらましを使い、彼らは魔法界から姿を消した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 まるでゴム管の中にギュウギュウに詰められた様な感覚が、ショーンを襲った。

 同時に景色がグルグル回り始める。

 やがて体を襲う圧迫感が弱まって行き、景色も落ち着き始めた。

 

「ぷはっ!」

 

 圧迫されていた体が解き放たれる。

 先ほどまで潰されていた肺の中に新鮮な空気が入る、心地よい感覚がした。

 あたりを見渡してみれば、何処かの屋敷の様だ。

 足元は真っ赤なカーペット、天井には見事なシャンデリア、部屋中に見事な調度品が飾られている。

 ここは事前に場所を教えられていた、ベラトリックス家の屋敷の一つ。

 ――お前ら、大丈夫か?

 ショーンはそう声をかけようとした。しかし――

 

「ショーン!」

「ぐはっ!」

 

 幽霊の声のあとすぐ、腹部を強打される。

 先ほど取り入れた新鮮な空気が、肺から飛び出していった。

 床の上を数バウンドして、壁際まで飛ばされる。

 腹部を襲う激痛を堪えながら、なんとか目を開く。

 

(何が起こった――!?)

 

 痛みを堪えて目を開けば、見えたのは取っ組み合うベラトリックスとシリウス。

 なるほど、どうやら自分達は騙されていたらしい。ベラトリックスは最初から、自在に動物もどき(アニメーガス)を操れていたのだ。

 そして自分の屋敷に招き入れた所で、俺たちを殺す。

 彼女の策略に、まんまとハマっていたのだ。

 

「おはよう!」

 

 怪我をしたショーンを心配して、彼が直ぐ駆け寄ってきてくれる。

 近くで見ると、目に生気がない。身体も崩壊しかけている。

 無理をしているのがありありと分かった。

 

 それでも、彼が心配そうに覗き込んでくる。

 だがショーンは、別の物に心奪われていた。

 彼の背後に、ショーンは奇妙なモノを見た。茶色くて小さい、シワシワな生き物だ。正直言って気味が悪い。

 アレはなんだ?

 ショーンが疑問を口に出す前に、奇妙な生き物――屋敷しもべ妖精が指を鳴らした。

 再び、あのゴム管に詰められた様な感覚がショーンを襲う。

 

「おえええ!」

 

 慣れていない姿くらましを連続して行った事で、三半規管が耐えきれず、ショーンはその場で嘔吐してしまった。

 その間に屋敷しもべ妖精は三度指を鳴らして、何処かへ行ってしまう。

 不味い。

 よくわからないが、何か良くないことが起きてる。

 よろめきながら、辺りを見回した。

 乱雑に並べられた金品の数々……ここは一体どこだ?

 

「これは、不味いな……。ここはグリンゴッツ銀行の金庫の中、それも最奥に位置するところだ」

「そりゃあ最悪だな。ところで、グリンゴッツ銀行ってどこだ?」

 

 貯金どころか、今日を生きる金にも困っているショーン。銀行とは無縁である。

 

「あっ、そうだ! お前……は………」

 

 その時、ショーンは人生で最も驚いた。

 ここまで自分を助けてくれた、頼りになる同居人の彼。

 四ヶ月を共にした、あの彼の体が……崩壊していたのだ。

 ショーンが急いで駆け寄る。その間にも、彼の体はまるで砂の様になっていってしまう。

 そしてショーンが彼の元に辿り着く前に、彼の体は塵となり消えてしまった……。

 ショーンは膝をつき、彼の塵をすくい取った。どう見ても人の体ではない。

 塵。

 ただの、塵だ。

 

「なんだよ、これ……」

「……貴方の所為ではありませんよ、ショーン。彼の体は、ずっとある呪いに侵されていました。元々、こうなる運命だったのです」

「呪い?」

「ユニコーンの血の呪いです。それを口にした者は一時的に永遠の命を与えられますが、同時に永遠の呪いをその身に受けます。彼はその呪いに侵されていたのです」

 

 ――一年前。

 彼は闇の帝王の最も近くにいる臣下であった。

 闇の帝王の復活のため賢者の石を狙い、それに気がついたハリー・ポッターによって滅ぼされた。いや、滅ぼされたと思われていた。

 しかし実際にはユニコーンの血の効力――あるいは呪い――により延命していたのだ。塵となりながらも、生きていたのだ。それに気づいたダンブルドアは賢者の石を使い、彼の体を錬金した。

 ヴォルデモートに使われた哀れな彼に、最後の時を、と。

 体は新しくなったが、呪われた魂は別。彼はゆっくり、呪いに蝕まれながら、死に向かっていった。

 

 そんな時、彼はショーンに出会うことになる。

 呪いにより言語能力が低下した彼に、普通の人のように接してくれたショーン。

 学生時代ですらマトモな友人の一人も居なかった彼が、それにどれほど感謝したのか、ショーンは知らない。それどころかショーンは、彼がどんな人間で、どんな人生を歩んできたのかも、名前さえ知らない。

 それでも、彼は幸福だったのだろう。

 彼は最後の最後、ショーンの望みを叶えるために、己の最後の力を使った。

 闇の帝王に従っていた時の様にではなく、自分の意思で。

 

 

 ――クィリナス・クィレル、死亡。











クィレルがあの時死んでなかった事への根拠は、ハリーがセドリックの死を見るまでセストラルが見えなかった、という事です。
──と言おうとしたのですが、セストラルを見る条件は「死を見たことによる悲しみ」らしいですね……。この作品のプロットを書く段階では、知りませんでした。
ま、まあそこまで矛盾はしてないし、独自解釈&独自設定の範囲で収まるよね?

クィレルが空を飛ぶ魔法を習得している理由は、映画版の戦闘シーンを見てです。一年生と半年ヴォルデートと一緒に居たんだし、どっちにしろそのくらいは教えてもらってるかなーと。

【オマケ:ショーンがハリーと同世代だった時のスネイプの授業】
ショーン「ここでヤマアラシの針を――」
ハー子「入れないから。まず火から下ろすの、わかる?」
ショーン「今のはお前を試したのだよ。おめでとう、免許皆伝だ」
ハー子「免許皆伝? ご冗談を。こんな簡単な薬の調合で失敗する人なんて、貴方以外いるのかしら」
スニベルス「報告します! ネビル・ロングボトムが失敗しましたぁぁぁ!!!」
ショーン「何か俺にいう事は?」
ハー子「ごめんなさい……。ちょっと待って、どうして私が謝ってるの?」


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第3話 クリーチャー

 ベラトリックス・レストレンジ、シリウス・ブラック、クィリナス・クィレルが未成年の魔法使いを一人連れてアズカバンから脱獄した。

 そのニュースは瞬く間に英国魔法界全土に響き渡った。当然、ここホグワーツにも。

 それを聞いた生徒達の感想はこうだ。

 

 ――ハリー・ポッターを殺しにくるに違いない。

 

 ベラトリックスとシリウス、クィレルの三人は、例のあの人の忠臣として有名だ。

 帝王亡き後も彼の邪悪な意思を継ぎ、戦い続けた。

 ベラトリックスはロングボトム夫妻を廃人に変えたイかれた魔女で、シリウスはマグルを大量に殺した凶悪犯である。

 クィレルがホグワーツに入り込み、例のあの人の為に賢者の石を持ち出そうとした事も記憶に新しい。

 その三人が、例のあの人を滅ぼしたハリーに復讐しに来ないわけがない。

 

 ダンブルドアもこの三人の事を相当警戒しているらしく、吸魂鬼が学校を警備するのを許したほどだ。

 しかし、吸魂鬼の目を盗みアズカバンを脱獄したのなら、また同じようにホグワーツに侵入されるのでは? そんな噂が、生徒達の間で細々と語られていた。

 ハロウィーンの頃とは一変、ホグワーツは恐怖のどん底にあった。

 

「――なのに、あのバカはどうして毎夜毎夜ベッドを抜け出してるわけ?」

「さあ? でも、トイレってわけじゃないだろうね」

 

 ジニーは強く苛立っていた。

 それもこれも、あのバカのせいだ。

 放課後は一人で図書館にこもり、アレコレと何かを調べ、夜はベッドを抜け出して何処かへ行っている。

 フラッと戻って来たと思ったら、ジニー達のことはそっちのけでハリー達四人の周りをうろちょろ。

 何故か成績は良くなっている為先生達からの評判は良いが、ジニーにしてみれば面白くない。まったくもって面白くない。

 何をしてるのか尻尾を掴んでやろうと探りを入れてみたが、全て徒労に終わった。驚くほど、彼は用心深くなっていた。1年前の自由奔放な彼とは大違いだ。まるで人が変わったような……。

 

「ちょっと待って」

「待ったはなしだって――」

「チェスの話じゃないわよ! 去年、マルフォイは操られて奇行に走ったのよね? 似てると思わない、この状況」

 

 コリンがハッとした様な顔をした。

 そう、その通りだ! まるで人が変わったような……本当に変わってるとしたら?

 彼がもしシリウス・ブラックやベラトリックス・レストレンジ、クィリナス・クィレルに操られていたとしたら、全ての辻褄が合う。だって本人だとしたら、三人を警戒する必要など何処にもないのだから。

 

「先生に――」

「よう、久しぶりだな」

 

 ジニーは心臓が何処かへ飛んで行ってしまうんじゃないか、というほど驚いた。

 よく見知った、しかし何処か昔とは違う声。

 振り返るとそこには――ショーンが居た。

 

「何の話してたんだ?」

「……乙女の秘密よ」

「乙女の秘密をコリンと話してたのか?」

「そ、そうよ。文句ある?」

「いや、ないけど……」

 

 素っ気ない。

 前はもっと元気よくツッコミを入れてくれていた気がする。

 やはり……。

 疑い出すと止まらない。ジニーはショーンの正体を掴むことを、改めて決心した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 グリンゴッツ銀行に閉じ込められてから、大体三日ほどが経過した。

 孤児院で暮らしていた頃は一日一食しか食べられないことなどザラにあった。そういうわけで、ホグワーツでの大食漢ぷりからは想像もつかないが、ショーンは断食が割と得意だ。

 しかしいくら得意だと言っても限界がある。主に生物としての。

 食べ物どころか水もないこの状況では――魔法を使えばどうにかなるかもしれないが、“臭い”がある為使えない――どうしようもない。死を待つばかりである。そしてショーンは死を待つのがあまり得意ではなかった。

 

「なあ、ほんとに来るのか……?」

「なんだ、私達の言葉を疑うのか?」

「そういう言い方するのは止めろよ……」

 

 サラザール曰く、そろそろ迎えが来るらしい。

 ショーンが思っている以上に、ベラトリックスの魔法使いとしての技量は高い。その気になれば、パンを焼くよりも気軽に、ショーンなど殺せる――勿論実際には幽霊達がいる為そうはならないが――らしい。

 しかしそれをせずこの金庫に送ったということは、何かまだ利用価値があると判断したからという事に他ならない。であれば、餓死する前にここに来るはず……というのが幽霊達の見解だった。

 

「今は弱らせてるのかもね。僕なら監視の目をつけて、弱った頃を見計らって拉致する。ベラトリックスもそう考えてるのかも」

「サラッと怖いこと言うなよ」

「もしそうなら、向こうから見れば今は独り言をブツブツ言ってる状態だし、だいぶ弱ってるように見えるんじゃない?」

「大丈夫ですよ、ショーン。監視の目など何処にもありませんわ。ゴドリックも、からかうのはお止めなさい」

「分かったよママ」

「誰がママか」

 

 ゴドリックがからかうように笑い、ヘルガも満更でもなさそうにした。

 こいつら、元気だなあ……。生きてる俺より、死人のこいつらの方が元気って、なんかおかしいだろ。そんなことを考えていると、腹部が生の渇望の音を響かせた。端的に言って、お腹が鳴ったのだ。

 

「いや冗談抜きに、飲み物くらいは飲まないとマジで死ぬ」

 

 “臭い”がどうのこうのと言ってる場合じゃない。

 ショーンは財宝の山を掛け分け、適当なカップを探し出し、そこに水を注いで飲んだ。水があれば、一週間はしのげる。

 

「――あっ、それわたくしのカップ……」

「ん?」

 

 見て見れば、なるほどヘルガのシンボルであるアナグマが彫られている。

 

「ショーン、気をつけろ。そのカップ、呪われているぞ。去年戦ったトム・リドルの日記と同質のものだ」

「早く言えよ!」

 

 水入れて普通に飲んじまった!

 ひょっとしてドラコ・マルフォイの様に体を操られてしまうのだろうか、ショーンはダラダラと背筋に汗をかいた。

 

「いや、そこまでの力はない。込められた魂の量が違いすぎる。精々、死ぬほど不健康になって、死ぬほど不機嫌になる程度だ。死にはしない。晩餐会には使えんがな」

「これ以上不健康になったら、俺死ぬぞ」

「その心配はございません。元々そのカップには注いだ水を清め、同時に活力を与える効果が付与されています。呪いの効果と足し引きゼロ、今はただのカップですわ」

「……というか、貴方達の遺品好き勝手使われすぎじゃないですか? サラザールの秘密の部屋は女子トイレに移された挙句バジリスクは手駒扱い。

 ヘルガのカップはレストレンジ家の金庫にある上に呪われている。

 ホグワーツの偉大なる創始者ともあろうものが、まったく嘆かわしいことです……」

「お前の遺品はそれ以前に、娘に持ち逃げされたがな」

「ぐへぇ!」

「しかも髪飾りって……。何で女子限定?」

「ぐわぁ! で、でも込められている力は凄いですから! それに失われているが故に、悪用される心配もないですし!」

 

 きっと悪用されてるんだろうなあ……何となく、ショーンはそう思った。

 まあそんな事はどうでも良い。もうあれだ、幽霊達の遺品が悪用されるのには慣れた。そんな事より今は食事だ。お腹が空いた。

 そんな事をお腹で考えていると、ポンと言う音が金庫に響いた。

 ショーンをここに連れてきた生き物――屋敷しもべ妖精だ。だが、前に見たあいつとは、何処か違う気がする。目が細くて、シワシワ……何というか、年老いてる感じだ。

 

「ご主人様からのご命令で参りました」

「やっとか。別に急かすわけじゃないけど、死にかけたよ」

「ああ、何ということ! 穢れた血がこのクリーチャーに話しかけて来た!」

「斬新な自己紹介をありがとう、クリーチャー」

「名前まで呼ばれた! 奥様が知ったら、どんなに嘆かれることか……」

「じゃあ何て呼べばいいんだ、親愛なる友よ」

 

 クリーチャーはショーンの言葉に答えず、手を掴んでサッサと姿くらましした。

 まったく、最近ジョークが――というか会話そのものが――通じないイかれた奴ばっかりだ。ショーンはゴム管の中に詰められながら、そんな事を思った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 姿あらわししたのは、ベラトリックス家の屋敷ではなかった。噂に聞く叫びの屋敷の様な、薄暗い屋敷だ。

 目の前の長テーブルには出来立てのご馳走が並んでいる。

 ――それも、二人分の。

 しかしここにたどり着けたのは、ショーン一人だ。

 

「これ食べていいのか?」

「ご主人様が食べる様に、と仰っていました」

 

 吐き捨てる様に言うと、クリーチャーは何処かに歩いて行った。

 正直ありがたい。

 食事している最中に「ああ、穢れた血がフォークを使っている! ナイフまでも! あまつさえスプーンまで!」などと叫ばれては、流石のショーンもほんの少し食べづらい。

 ショーンが二人分の(・・・・)料理を平らげると、直ぐにクリーチャーがやって来て食器を下げた。きっと穢れた血(ショーン)が使ったものを直ぐに綺麗にしたいのだろう。その勤勉さには頭が下がる。

 

「なあ、ここは何処なんだ?」

「なんと、ここを知らないと? まったく嘆かわしい。由緒正しき、ブラック家のお屋敷です。本来なら穢れた血が入ることなど……」

「ブラック家? それじゃあここは、シリウスの家か?」

「ええそうです。今はご主人様がこの屋敷の持ち主ですとも。少しの誇りもないあの方が当主になられて、どれだけ奥様が嘆いたことか」

 

 ワケが分からない。

 ここがシリウスの家なら、シリウスは何処に行ったんだ? ベラトリックスは?

 クリーチャーに尋ねようとすると、彼は「ご主人の悪口を言った。クリーチャーは自分を罰しなければならない」と言って両足の小指をタンスの角に打ち付けていた。

 もっとワケが分からない。

 

「あー、変わった趣味だな。楽しいか、それ」

「ふん」

 

 クリーチャーは鼻を鳴らすと、ショーンを無視して食器を集め始めた。同時に、無造作に手紙を放ってよこす。シリウスからの手紙だ。

 

 ――手紙によれば、シリウスは今ホグワーツにいるらしい。

 ベラトリックスに襲われたシリウスだったが、彼が残したコウモリのお陰で辛くも助かり、姿くらましでこの屋敷へ。

 態勢を整えたシリウスは、恐らくハリーを殺しに行ったであろうベラトリックスを追い、ホグワーツに向かったそうだ。

 

「シリウスのやつ、本当に無実だったんだな」

 

 前から私は無実だ無実だと言っていたが、本当に無実だったとは……。アズカバンでは、大抵の囚人が無実の罪で収容されていた。勿論、自称無実の罪だが。シリウスもその一人だと思っていたが、違ったようだ。

 さて、どうしたものか。

 普段のショーンなら、シリウスが帰って来るまで、この家でのんびりと過ごした事だろう。たまに散歩をして、ご飯をよく食べて、寝る。それだけだ。しかし――

 

「助けに行くか」

 

 ――シリウスを死なせたくない。そう思った。

 

「クリーチャー、俺をホグワーツまで運んでくれ。コレやるから」

 

 取り出したのは、ヘルガ・ハッフルパフのカップ。

 クリーチャーは目を見開き、受け取ったカップを撫でまわすと、猫なで声を出してショーンに擦り寄った。

 

「悪いな」

「構いませんよ。わたくしのカップ一つで命が救えるのなら、これ以上の事はありません。それに貴方よりも彼の方が、物を大切にする性分の様ですから」

 

 これが他の創設者だとあーだこーだとうるさかっただろうが、ヘルガだと話が実にスムーズだ。

 ショーンはクリーチャーと共に、ホグワーツへと姿くらましした。







【ショーンがアズカバンでやってはいけない事のリスト】
第1条 看守に囚人達が大脱走を企てていると嘘を吹き込んではならない。
第2条 営倉行きはプライベート・ルームを与えられたという意味ではありません。
第3条 牢の検問の際に検査官が何か触るたびに「呪われた呪われた。ウヒヒヒヒッ」と言ってはならない。
第4条 確かにベラトリックス・レストレンジとその夫との間に子供が出来てはいませんが、それが実は彼らが同性愛者だという事の証明にはなりません。
第5条 朝起こしに来た看守に向かって「死体ごっこ」なるものを仕掛けてはならない。
第6条 「錯乱してた」は万能の言い訳ではありません。
第7条 新しく収容された囚人に向かって「あの看守はゲイだ」と嘘をついてはならない。
第8条 本当にゲイであったとしても、道徳的な観点から、その事を暴露してはならない。
第9条 自分はフリーメイソンの一員だから捕まった、と吹聴してはならない。
第10条 週に一度のフクロウ便でストリッパー及び娼婦を呼んではならない。
第11条 遺体安置所を良く冷房の効いた部屋と呼んではならない。
第12条 看守から罰を受けている時に「実は僕はマゾヒストなんだ」と笑いかけてはならない。
第13条 看守の髪を指して「イエズス会の熱心な信者なんだな」と言ってはならない。
第14条 ロナルド・ウィーズリー感謝祭なる謎の祭りを開催してはならない。
第15条 ロナルド・ウィーズリー収穫祭も同様です。
第16条 「来てくれ! 犯罪者がいる!」と叫んではならない。
第17条 尿検査の直前に、大量の赤色着色剤を服用してはならない。
第18条 長く収容されている女性の囚人に向かって「外ではノーパン&ミニスカが流行ってる」と言ってはならない。
第19条 吸魂鬼にリップクリームを渡してはならない。
第20条 お願いですから、自分の刑期が終わった時のために二代目を育てようとするのをやめて下さい。
第21条 説教する看守に向かって「お前は俺の父親か?」と尋ねた後に「まさか……本当に………?」と言ってはならない。
第22条 貴方の上目遣い顔には、怒りを収める効果はありません。むしろ逆効果です。
第23条 ショーン・ハーツのアズカバン体験ツアーなるもののチケット販売を即座に中止して下さい。
第24条 牢の柵を使ってポールダンスを踊ってはならない。
第25条 踊らせるのも禁止。
第26条 新入りの囚人に「看守を悦ば(・・)せれば直ぐ出れる」と言ってはならない。
第27条 女性の囚人が来るたびに「よく来たねお嬢ちゃん。グヘヘヘヘ」と歓迎してはならない。
第28条 子供だから、と貴方を罰しなかった看守を職務倦怠で訴えてはならない。
第29条 食事の不味さを理由にアズカバンの事を英国の中で最も英国らしい所、と称してはならない。
第30条 囚人どうしての喧嘩を止める際、適切な言葉は「金的だ!」ではありません。


※破るとファッジの支持率が上がります。


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第4話 吸魂鬼のキス

 ――─時は少しだけ巻き戻る。

 ショーンがホグワーツへと向かう、三日ほど前……ちょうど、シリウス達の脱獄が知れ渡った時のことだ。

 

 ハリーは偶然にも、シリウス・ブラックが自分の両親の仇であることと、ベラトリックス・レストレンジがネビルの両親の仇である事を知ってしまった。

 また同じタイミングで、フレッドとジョージがハリーに忍びの地図を渡してしまう。二人は、ハリーが復讐の為にシリウスを探しているなどとは、夢にも思わなかったのだ。むしろその逆で、もしシリウスやベラトリックスがホグワーツに忍び込んだとしても、忍びの地図さえあればハリーは逃げれるだろうと思っての事だった。

 

 そしてそれから三日後……毎日の様に忍びの地図を睨んでいたハリーは、ついにシリウス・ブラックの名を見つけてしまう。

 早速ハリーはシリウスを倒しに行こうとしたが、ふと思いとどまった。頭の中をよぎるのは、去年対峙したトム・リドル。

 自分一人の力で、はたして彼は倒せただろうか?

 きっと無理だっただろう。

 教師の力と偶然のお陰だ。自分の力なんて、ほんの後押しに過ぎなかった。

 それなら、今回もそれを頼ればいい。ハリーは闇の魔術に対する防衛術の教師である、リーマス・ルーピンを頼った。彼はこれまでの闇の魔術に対する防衛術の先生と違って頼りになったし、個人的にも仲良くしてくれた。

 

 忍びの地図を見たリーマスは、驚きの声を上げた。

 それはシリウス・ブラックがホグワーツに侵入していたから……ではない。むしろそのすぐ近くにいるピーター・ペティグリューを見てのことだった。

 ――リーマスは聡明だった。

 あれだけジェームズと仲が良く、心の強かったシリウスがどうして裏切ったのか?

 残ったのはたった指一本、地図に記されたピーター・ペティグリューの名前、バーテミウス・クラウチの横暴な裁判……カチリカチリと、今まで自分の中に渦巻いた“ズレ”が正しい形へと姿を変えていく。

 シリウスは初めから裏切っていない。そう、裏切り者はピーター・ペティグリューだったのだ!

 直ぐに答えに行き着いたリーマスは、ハリーと共に駆け出した。

 その時、彼は決定的な過ちを犯してしまう。

 ピーター・ペティグリューとシリウス・ブラック、それからベラトリックス・レストレンジの名が記載された忍びの地図を、机の上に置いたままにしてしまったのだ……。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ――─同時刻。

 シリウスはピーター・ペティグリューと再会していた。

 ベラトリックスを追ってここまで来たが……嬉しい誤算だった。何の因果か、ピーターもまたホグワーツに来ていたのだ。

 シリウスはアズカバンで幸福な記憶のほとんどを吸い取られてしまっていたが、ピーターの臭いだけは忘れていなかった。ジェームズとリリーが生き返りでもしない限り、彼はその臭いを永遠に忘れないだろう。

 

「ピーター!」

「や、やあシリウス。つ、杖を降ろしておくれよ……仕方なかったんだ! 分かるだろう? 例のあの人の恐ろしさが……」

 

 ピーターは身を震わせた。

 同時に、シリウスも体を震わせる。

 尤もピーターのそれは恐れから、シリウスのは怒りからくるものだが。

 

「いいや、分からない! 我々なら死を選んだ!」

「なら、今死んでもらおうか」

「――!?」

 

 シリウスは背中から強い衝撃を受け、吹き飛んだ。

 地面に倒れ臥すシリウスの元へ、ベラトリックスが甲高い笑い声を上げながら近寄って来る。

 

「あ〜あ、いい様だねシリウス・ブラック」

「ベラトリックス!」

 

 罠だったのだ。

 シリウスは必ず自分を追ってホグワーツへやって来る。そう読んだベラトリックスは、怨敵であるピーターを餌に使い、シリウスの油断を誘った。

 結果は見ての通り。

 ベラトリックスの読み通り、シリウスはブラック家の末裔である前に、どこまでもグリフィンドール生だった。

 

「ふん。殺したくて殺したくて堪らなかったよ。ただ、あの時はあの子がいたからね」

「あの子……ショーンの事か! どうしてお前はあいつにこだわる?」

 

 シリウスはそれがずっと疑問だった。

 ベラトリックス・レストレンジは残虐性という一点だけを見れば、闇の帝王以上の人物である。それがショーンの前では薄れ、殺したくて堪らない相手である筈のシリウスとさえ話をした。

 いや、疑問はそれだけではない。

 そもそも、闇の帝王に完全に心を蝕まれていたクィレルが自我を持ったのも、吸魂鬼が大人しくなったのも、全てショーンが来てからの話だ。

 彼らだけではない。

 普通なら、シリウスももっと弱っていたはずだった。それこそ、鉄格子の隙間よりも痩せ細るほどに。しかし、それがどうして……。

 

「尊い血から……ブラック家から距離を置くからさ。だからあの子の本質に気がつかない! あの子は――」

 

 言い終わる前に、突如ベラトリックスは杖をふるった。

 次の瞬間、何もない空間から閃光が飛んで来る。それはベラトリックスの杖から出た魔法とぶつかり合い、相殺された。

 ――学生時代に、呆れ果てるほど見た光景だ。

 シリウスは素早く犬に変わり、ベラトリックスの腕を一噛みしてから、そちらの方に駆け出した。

 

「ジェームズ!」

「僕、ハリーだよ」

「ああ、すまん。昔の癖でつい……。しかしその透明マントをよく使いこなしてるところを見ると、顔だけでなく、中身まで随分お父さんに似てるようだ。ただ目だけは――」

「お母さんに似てる?」

 

 シリウスは大きく目を見開いてから、ゆっくりと微笑んだ。

 釣られてハリーも笑った。

 初対面のはずなのに、ハリーはもうすっかりとシリウスの事が好きになっていた。長い間一緒にイタズラをしてきた悪友のようでもあるし……もし父親がいたら、こんな感じなのかな、とも思った。

 

「シリウス、すまなかった……」

「リーマス! 我が友よ、会いたかった」

 

 二人はがっしりと抱き合った。

 

「長い間、パッドフッド、君が裏切り者だと思っていた」

「ムーニー、私もあの時、お前がそうだと思っていたさ。これでおあいこだ」

 

 そして二人は、杖をベラトリックスとピーターの方へと向けた。

 

「一緒に殺ろう」

「ああ、勿論だ」

「僕も――」

「ハリー、君は下がってるんだ。いいね?」

 

 ルーピンが毅然とした態度で言った。ハリーは「でも……」と言葉を繋ごうとしたが、それは出来なかった。

 ベラトリックスが呪いを放ったのだ。

 黒い靄の様なものが、ハリー達目掛けて飛んで来た。靄が通った後の植物は、まるでダドリーが夏休みの自由研究で育てたアサガオの様になった。

 ルーピンが透明の盾でそれを防ぎ、直ぐさまシリウスが反撃する。

 ピーターはずんぐりとした見た目からは想像もつかないような身のこなしでそれを避け、シリウスの足元目掛けて呪文を走らせた。

 地面が唸り、沼のようになってハリーの足を飲み込んでいく。

 シリウスが杖をタクトの様に振るうと、地面は固まり、逆にベラトリックスに向かって隆起した。しかしベラトリックスの杖の一振りで、地面が割れる。

 ――とてもじゃないが、割って入る隙なんてない。

 ハリーは唇を噛み締めながら、戦いの行く末を見守った。

 その時だ、今まで無言呪文ばかりだったベラトリックスが、大声で呪文を唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 眩いほどの緑の閃光が、ベラトリックスの杖から迸った。

 その瞬間――呪文の進行方向先に、何故かショーンが現れた!

 ショーンはその呪文に直撃し、バーン! という音を立てて吹き飛んだ。

 

「ショーン!」

 

 ハリーは慌てて駆け寄った。

 この一年、彼にどれだけお世話になったか分からない。さっきの呪文が何かハリーは知らなかったが、少なくともハリーが知ってるどの呪いよりも強力な呪いだろう。

 もしかしたら、死んでしまうかもしれない……!

 そんなハリーの心配を他所に、ショーンはあっけなく起きあがった。

 

「……こんな強烈な歓迎は、去年俺が孤児院に帰った時妹にされたアレ以来だ。アズカバンの歓迎だってもう少し優しかったぞ」

「馬鹿な、あり得ない……」

 

 ピーターが喘ぐ様な声を出した。

 ――アバダ・ケダブラ。

 死の呪文。それを受けて生き残った者は、魔法界の長い歴史の中でも一人しかいない。それを受けて平然としている、などということは……。

 

「ふん。ゴミもゴミなりに役に立ったみたいだね」

 

 ベラトリックスの言葉を聞いて、ピーターはやっと納得した。

 死の呪文は初めからショーンに当たっていなかったのだ。どうやら、ショーンをここまで連れてきた、老いた屋敷しもべ妖精に当たったらしい。

 死の呪文は強烈無比な呪いだが、対象は一人だけだ。余波で吹き飛んだとしても、直撃していないのなら死は訪れない。

 

「クリーチャー……」

 

 ショーンが呟いた。

 ドビーと良く似ている生き物が、ショーンの近くに横たわっていた。彼が、ショーンの身代わりになったのだろう。

 ショーンはピクリとも動かなくなった彼を、呆然と見つめていた。

 

「大丈夫だよ、マダム・ポンフリーならきっと――」

「ハリー」

 

 慰めの言葉を掛けようとしたが、ルーピンが肩を掴んで止めた。

 ……なんとなく、ハリーにも分かっていた。あの屋敷しもべ妖精は、あちら側にいってしまったのだろう。

 

「こいつとは、長い付き合いじゃなかった。

 ……ただ、ご飯をご馳走してくれたんだ。物凄くお腹が空いている時にご飯をくれる奴ってのは、時に十年来の友人に勝る」

 

 その経験はハリーにもあった。一週間絶食の罰をダーズリー一家に課せられた時、どうしてかこっそり飴玉をくれたペチュニアに恋しそうになった。罰を課してるのもペチュニアだと思い出して、すんでの所で思いとどまったが。

 

「――リーマス? リーマス!」

 

 シリウスが叫び声を上げた。

 そちらを見ると……月明かりに照らされていたルーピンが、恐ろしい唸り声を上げながら、何かに変身していた。

 顔や体が大きくなり、背中の比率が上がり、長い牙と爪が生えてきている。そこにいるのはハリーの知るリーマス・ルーピンではなかった。

 狼人間だ!

 どうしてスネイプがあれ程厳しく狼人間について学ばせようとしたのか、ハリーは今やっと分かった。

 

 シリウスは何とかルーピンをなだめようとしていたが、ベラトリックスとピーターに邪魔されていた。

 彼等はどうしてかショーンを気にしていたので、強い呪いを撃てないでいる様だったが、それでも一対二だ。シリウスは汗をびっしょり掻きながら杖を振っていた。

 やがて完全に狼人間になったルーピンが――こっちに向かって駆け出してきた!

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハリーは呪文を放ったが、いとも容易く撃ち落とされてしまう。

 魔法生物の皮膚は硬く、呪文は通り辛い。一般に効果的とされているのは……思い出せない! どうして僕はスネイプの宿題をちゃんとやっておかなかったんだ!

 ハリーはやけくそになって、杖を腰にしまってファイティングポーズをとった。

 しかし――なんと――狼人間はハリーの横を通り過ぎていった。見向きすらしなかった。そして――驚くべきことに――ショーンに向かって一直線に走って行ったのだ!

 ショーンはすんでの所で横に飛んで避けた。それでも狼人間は諦めようとしなかった。体勢を立て直し、再びショーンに飛びつく!

 

「おいウスノロ犬! こっちだ!」

 

 ハリーが叫んだ。

 狼人間は見向きもしない。まるで何かに取り憑かれた様に、ショーンを狙っていた。

 ――当たる!

 ハリーはそう思った。クィディッチでスニッチを掴む時の様に、時間がゆっくり流れた。狼人間の鋭い牙が、ショーンの喉元にかぶりつこうとしているのが見える。だけど、どうする事も出来ない。

 

「きゃいん!」

 

 一瞬のことだった。

 突如目にも留まらぬ速さで動いたショーンは、膝を狼人間の顎に当て、舌を思いっきり噛ませた。そのまま裏蹴りを後頭部へ。狼人間は甲高い声を上げながら二、三歩後ろに下がった。

 

「ハリー。君は彼を手伝って上げてくれ。僕はこっちを済ませるから」

 

 それだけ言うと、ショーンは森の中へと駆けて行った。

 彼の足は驚くほど早く、あっという間に姿が見えなくなってしまった。そのすぐ後を狼人間がついていく。とてもじゃないが、あの二人のスピードについて行けそうにない。

 追いかけたい、追いかけたいけど……今出来る最善を尽くそう。

 ハリーは杖を構え、ピーター・ペテグリュー目掛けて呪文を放った。

 

「エクスペリアームス!」

 

 完全な不意打ちだった。

 ピーターの腕に呪文が当たり、彼の杖は茂みの中へと吹き飛んで行った。

 

「いいぞジェームズ!」

 

 シリウスが嬉しそうな声を上げた。

 今度はベラトリックスに呪文を撃とうとしたが、ベラトリックスから放たれた反撃の一撃で、ハリーは完全にノックアウトされてしまった。意識だけは残っているが、呪文はおろか、立ち上がることも出来そうにない。

 ――シリウスとベラトリックスの一騎打ちが始まる。

 そして決着はすぐに着いた。

 一対二で戦っていたシリウスは息切れを起こし、直ぐに負けてしまったのである。

 

「あははは! クルーシオ!」

 

 ベラトリックスの歓喜の声と、シリウスの絶叫がこだました。

 ハリーは何とか止めようとしたが……体が上手く動かない! 這いずる事さえ困難だった。泥にまみれながらシリウスの元へ行こうとするが、少しも進まない!

 

「シリウス!」

 

 そう叫ぼうとしたが「コヒュ」と空気が漏れる音しかしなかった。そうしている間にも、シリウスは呪いをかけられ、身体中を蹴られていた。

 散々シリウスを痛ぶったベラトリックスは、とうとうシリウスにトドメを刺そうとした。あの屋敷しもべ妖精を殺した、恐ろしい呪文を撃とうとしたのだ。

 しかし――その時だった――ハリーが夢にも思わなかったことが起きたのである。

 

「ベラトリックス・レストレンジ!」

 

 茂みから誰かが出来て、ベラトリックスを押し倒したのだ!

 拷問に夢中になっていたベラトリックスは、無防備にタックルを受けた。拷問狂である事、それが彼女の唯一の弱点だった。

 月明かりに照らされたその姿は……ネビルだ。ネビル・ロングボトムだ! 手には、あの忍びの地図が握られている。

 

「父さんと母さんの仇!」

 

 ネビルはベラトリックスの喉元に杖を突き立てた。

 ベラトリックスの杖は、タックルされた時の衝撃で遠くに飛んでいた。シリウスを痛ぶった事で息が切れていた彼女には、反撃の手が残っていない。

 ――ネビルは、ずっとこの時を待っていた。ベラトリックスが脱獄した事を知り、ハリーを狙ってこの学校に来ると知った日から、この時を待っていた。

 そして偶然にも今日、宿題で分からなかった所を聞きにルーピンの研究室を訪ね、忍びの地図を発見し……今に至ったのだ。

 

「呪文は知ってる! お前が、父さんと母さんに使った呪文だ!」

 

 狂気じみた顔でネビルが叫ぶと、ベラトリックスは恐怖に顔を引きつらせた。

 彼女ほどあの呪文に詳しい人間はいない。

 故に、その恐ろしさが身に染みているのだろう。

 

「そうか、君はロングボトム家の……。それなら君には、そいつをそうする権利がある」

 

 シリウスがそう言った。

 ネビルは少しシリウスを見た後――彼からすればシリウスは少し前まで犯罪者だった――二、三度深呼吸をし、ベラトリックスを見た。

 

「シリウス!」

 

 ネビルがその呪文を唱える前に、ハリーが叫んだ。指で上を指している。

 ――吸魂鬼だ。

 大量の吸魂鬼が、ハリー達を取り囲んでいた。

 先ずシリウスが倒れた。ハリーに出会い、リーマスとの誤解が解けた事で、これまで自分を支えていた執念が無くなっていたのだ。

 次に、最大級のトラウマを抱えるハリーが倒れた。

 そして――ネビルは、人生で最も辛い記憶、両親との記憶を思い出していた。

 赤ん坊の自分を抱えながら、にこやかに笑う写真の中の二人。

 その横で、虚ろな目をしてベッドに横たわる二人。

 それはネビルにとって辛い過去だったが……辛いだけではなかった。

 クシャクシャになったアメの包み紙を受け取るたび、どうしようもなく辛い気持ちになりながら、両親の暖かさを感じていた。

 それは決して幸福な記憶ではない。

 だが、それだけではなかったのだ――

 

 

 ネビルはベラトリックスの喉元から杖を降ろした。

 そして、彼女を吸魂鬼に引き渡した。

 見た者は目を背けずにはいられないという、吸魂鬼のキス。

 しかしネビル・ロングボトムは、一度も目を背けず、それを見届けた。

 

 

 ――ベラトリックス・レストレンジ、死亡。



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エピローグ

「凶悪犯ベラトリックス・レストレンジの逮捕への貢献、及び学校内で暴れ出した狼人間捕縛を讃えた恩赦、ねえ……。これで僕の刑期が無くなるんですか?」

「おや、なにか不服かね?」

「いえ、何もありません。ただ、少し僕に都合が良すぎるかな、と」

「ふむ。君はこの一年、多大な苦労を強いられた。この位の褒美はあっても良いじゃろう」

 

 あー、世間にはアズカバンに収容されて、弱ったところを人質として凶悪犯に連れ去られたことになってるんだっけ? それならまあ、マグルに呪いをかけた罪ぐらい見逃されるのか? ショーンはそう思った。

 去年の夏、ショーンは偶然にも人を強制的に笑わせる呪い――リクタスセンプラという呪いを知った。そしてある人物からの後押しもあり、その呪いを妹に使ったのだ。

 そして故意にマグルに呪いをかけたとして、捕まってしまった。

 

「――さて、こんなところかの。大まかな流れは」

 

 あの夜から二日、ショーンは校長室に居た。

 あれからショーンは森の中で一晩中狼人間と追いかけっこをし続け、とうとう朝を迎えたのだ。その後人間に戻ったルーピンを担ぎ学校へ。そこで“偶然にも”ダンブルドア校長に遭遇した、というわけだ。

 

 あの日起きたことを、ショーンは今説明されていた。

 ベラトリックスはシリウスとハリー、ネビルに負け、吸魂鬼のキスを受けた。

 吸魂鬼のキスを受けた者は魂を抜かれ、やがて吸魂鬼になるらしい。つまり、事実上の死だ。

 吸魂鬼達は気絶したシリウスやハリーをも襲おうとしたが、たまたま散歩で通りかかったダンブルドア校長が守護霊の魔法で追い払い、その後医務室に。命に別状はないが、疲労困憊の為今は絶対安静とのこと。

 ……それから、ピーター・ペティグリューだが、彼はドサクサに紛れて何処かへ逃げ去ってしまった。結局シリウスの無罪は証明出来ず、この数時間後吸魂鬼のキスを執行される事が決まったらしい。

 

「……どうにかならないんですか?」

「わしは他の者より少々賢く、また発言力も強いが、それでも難しい。魔法省にも沽券というものがあるのじゃよ。誰も処刑せず終わり、という事には出来なんだ」

「そうですか……」

 

 ショーンは何かを考え始めた。

 もしかしたら、また犯罪者になってシリウスを助けよう、とでも考えているのかもしれない。

 

「おっと、忘れておった。こんなこともあろうかと、ある生徒――グレンジャーは知ってるかね?――のついでに頼んでおったのじゃった」

「……?」

「君はこの一年、本来過ごせる筈であった友人達との掛け替えのない日々を犠牲にした。君にその気があるのなら、それを取り戻せる。上手くやれば、罪なき者の命をも救えるじゃろう」

「すみません、話が見えてこないんですが……」

「今回の一件は、強い偶然に支えられている。君は偶然にもリクタスセンプラの呪文を知り、ハリーが偶然にも両親の仇の事を知り、ネビル・ロングボトムが偶然にも忍びの地図を手にし、偶然にも居合わせたわしが吸魂鬼からハリー達を護れた。偶然とは何とも恐ろしいものじゃ。そう思わんかね?」

「ええ――はい――そうかもしれませんね」

 

 ショーンには、強く思い当たる節があった。

 リクタスセンプラの呪文は、ふくろう便で来た手紙で知ったのだ。そこには驚くほど細かく、呪文の使い方と効果が書いてあった。あれは一体誰からだったのか……。

 

「これは逆転時計(タイム・ターナー)というマジック・アイテムでの、過去に行く事が出来る」

 

 ショーンはハッとした顔をした。反対に、ダンブルドアが朗らかな顔を浮かべる。

 そうだ、あの筆跡、ずっと見覚えがあると思ってたんだ!

 そして――そう――幽霊達の反応。マグルに呪いをかければ捕まることを知りながら、何も言わなかった。最初から分かってたんだ。

 

「六度ほど回せば、ちょうど君が逮捕されたあの一件の少し前まで行けるじゃろう。そこで君は数々の“偶然”を起こし――後はわかるじゃろう?」

 

 ダンブルドアはイタズラっぽく笑った。

 早速ショーンは逆転時計(タイム・ターナー)を回し――過去へと飛んだ。その時、後ろの扉が開き、誰かが入って来る音がした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ピーター・ペティグリューは、森の中を駆けていた。

 ベラトリックスが死んだ。シリウスもじきに処刑されるだろう。

 学生時代シリウスには下に見られ、死喰い人になってからはベラトリックスに虐待されてきた。

 しかし――結局――生き残ったのはこの私だ!

 ピーターはネズミのまま、歪な笑みを浮かべた。その時だ――横から光が走り、ピーターの姿がネズミから人へと戻った。

 

「……お前だけ逃げてはいさようなら、てわけにはいかないだろ? クィレルや――そしてどんな形であれ――ベラトリックスだって命を賭けていたんだ。お前もそうしろ」

 

 そこに居たのは、時を戻り、そしてこの日の為に……一年間! ジニーやコリンが別人かと疑うほどの勉強と訓練を積んで来たショーン・ハーツである。

 過去の自分にリクタスセンプラを教え、ハリーに人伝にシリウスのことを伝え、ネビルを誘導し――そして来る日も来る日も幽霊達に魔法を教わり、そしてそれを生かす為に体も鍛えあげてきた。

 一年前とは比べ物にならない速度で杖を構え、呪文を撃つ。

 

「インセンディオ!」

「アグアメンディ!」

 

 ショーンの放った火炎呪文は、だが――しかし――ピーターの放った反対呪文によってあっけなく掻き消えてしまう。

 そして、それで良いと思った。

 一つずつ、四人の幽霊達に学んだ事を思い出して行く――

 

『レッスン1 戦闘中は一つの事しかしないこと。人間の脳は同時に二つの事が処理出来る様にできていない。だから、戦いの間はジョークどころか、会話もしないこと。ただ静かに、相手を殺す事だけを考えるんだ』

 

 火と水がぶつかり合い、水蒸気になる。

 ショーンはその中に突っ込んで行った。

 

『レッスン2 とにかく反対呪文を覚える事です。確かに盾の呪文は万能ですが、魔力効率が良くありません。向こうは大人、魔力量ではこちらが圧倒的に不利、だから少しでもその差を補う為に、とにかく反対呪文を覚えましょう。何事も効率良くです』

 

 ピーターが電撃を放った。

 近くの岩を避雷針に変え晒し、その電気を纏った岩をピーター目掛けて飛ばす。

 

『レッスン3 相手の心を読み、嫌がる事をしなさい。そして相手の心を読むコツは、相手になりきる事です。その為に、相手を愛し、相手を知りなさい』

 

 マクゴナガル教授に頼んで、ピーターの学生時代の事を教えてもらった。

 ジェームズやシリウスが愛用していた呪文は、彼にとって一瞬判断の遅れる嫌な呪文だ。

 

『レッスン4 一つ、得意な形を作れ。お前はまだ知識も体も発展途上。普通にやったのでは、大人の魔法使いには絶対に勝てない。敵の苦手部分をお前の得意とし、そこで戦え』

 

 ピーターの反応が遅れた瞬間、武装解除を放つ。

 当然、それは容易く盾呪文で止められる。

 しかし、それで良い。

 円を描く様に、ピーターの周りを周りながら呪文を撃つ。

 そしてピーターが気がつかない様に、少しずつ、少しずつ距離を縮めて行く。

 

『普通の魔法使いの決闘の間合いは8メートル前後……。この距離だと、魔法を見てから悠々と反対呪文を撃てる。つまり、魔法使いとして戦うのに適切な距離なわけだ。

 だから俺は、敢えて3メートル前後の距離に近づこうと思う。そこなら向こうも慣れてないはずだし』

『分かってると思うけど、近距離での撃ち合いになったら、単純な呪文の力で負けるよ?』

『分かってる。だから俺は、魔法使いとして戦わない』

 

 ピーターとショーンの距離が2メートルほどになった時……ピーターが素早く呪文を飛ばした。

 ショーンの手から、杖が吹き飛ぶ。

 ――勝った!

 ピーターがそう勝利を確信した瞬間、ショーンは一歩踏み込み、拡大呪文をかけたポケットの中に忍ばせていたゴドリック・グリフィンドールの剣で斬りつけた!

 

「ぅ、腕……私の腕がああぁぁぁあああ!!!」

 

 斬り落とされた杖腕から、血が噴水の様に溢れる。

 ショーンはもう片方のポケットから釣竿のリールを取り出し、予めかけておいた魔法を起動させた。自動でリールが巻かれていき、釣り糸が巻いてあった杖が戻って来る。

 釣り糸とリールを使った、簡単な仕掛け。

 ショーンは元々、呪文を受けて杖を飛ばさせるつもりだったのだ。

 そこで絶対に隙ができる、そう読んでいた。

 そもそも、ピーターは長い間ネズミだった。頭の方はともかく、素早い動きには体がついてこれないはずだ。だからショーンは、魔力のほとんどを使い、予め自分に身体能力を上げる魔法をかけていた。初めから接近戦狙いだったのだ。

 もしも魔法の打ち合いになっていれば、三発ともたずショーンは負けていただろう。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

 

 石化呪文を放ち、ピーターを石に変える。

 これなら出血死の心配もないし、バジリスクの毒も回らない。後はこいつを校長室に持っていけば終わりだ。

 

「……しかしまさか、最初の“得意”で終わっちまうとはな」

「人が相手ですから、意外とそんなものです。あ、後処理はちゃんとして下さいね」

 

 実はここから少し行ったところは、全てイタズラグッズで作った地雷原になっている。他にもハグリッドに頼んで貸してもらった獰猛な魔法生物が何匹も待ち構えているし、もしもの時の為に箒だって用意してある。

 他にも沢山、この一年で出来る限りの準備をしていた。

 その八割近くが無駄になったのだ。こう言ってはなんだが、もっと抵抗して欲しかった。釣り糸とリールの仕掛けだって、こんなトドメを刺す為だけに用意したのではない。苦渋の思いで一本しかない釣竿を解体したのだから、もっと活躍させたかった。

 

 ショーンが石になったピーターを担ぎ上げると、息を切らせたジニーとコリンが飛び出してきた。

 

「ショーン!」

「ん? なんだジニー、こんなところで。奇遇だな」

「あんた今、何してたの?」

「……ネズミ取りだよ、ただのな」

 

 ショーンはそう言って笑った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ピーター・ペティグリューは、セブルスが嬉々として作った真実薬を飲まされ、全ての罪を告白した。

 少々裁判は長引いたものの、結果としてシリウス・ブラックは無罪を勝ち取り、ピーター・ペティグリューは即座に吸魂鬼のキスを受けることとなった。

 それから、ショーンが恩赦を得る為に、暴走した狼人間の捕縛――つまりルーピンが狼人間であることを――を功績として世間に公開しなくてはならなかった為、ルーピンはこの学校を去った。

 そして今、ホグワーツ特急――

 

「ショーン、ありがとう! 君のおかげで、僕、シリウスと暮らせるんだ! うん、確かにちょっと屋敷は最高とは言えないけどね。屋敷しもべ妖精の首が飾ってあったり、金切り声を出す肖像画はあるし……。でも、自分の部屋も出来るし、何よりシリウスと暮らすんだ!」

「こんな事、伝説的な英雄に言いたくはないけどね、ポッターさん」

「ハリーって呼んでよ!」

「ああ――うん――ハリー、その話は今日だけで君から五回、シリウスから八回も聞いてるんだ。だから、その……端的に言ってうるさい」

 

 ごめんね、とハリーはにっこり謝った後、ウキウキした顔でショーンの隣に座った。向こうの方で、ジニーとコリンが狼人間の様な顔でショーンを見ている。

 

「やあ、ハリー。聞いてくれよ、またチャドリー・キャノンズがまた負けたんだ! それも980対30で! 連敗記録どころか、最大点差を更新しちゃったよ。ハリー、君がキャノンズのシーカーだったらな……」

「ふーん」

「ウィーズリーさん!」

 

 ハリーが興味なさそうにする横で、今度はショーンがウキウキとした様子でロンの話を聞きに行った。

 ロンは、あまりショーンのことが好きではなかった。まるで三流記者の様に、ロンの言葉を一々メモに取るのだ。

 ショーンと話したいハリーと、ハリーと話したいロンと、ロンと話したいショーンの堂々巡りは、ホグワーツ特急がキングズ・クロス駅に着くまでずっと続いた。

 

「さよならウィーズリーさん! 後、ジニーとコリンとルーナと……ハリーも」

 

 ショーンはそれだけ言うと、走って駅を出て行った。

 あれから一年、体感的に二年妹に会っていないのだ。ショーンは二段飛ばして階段を上がった。笑顔を浮かべる妹の元へ。












やったー!なんとか年内に終わらせられた!
そして次からは炎のゴブレット編!
炎のゴブレット編では、打って変わって超王道展開をやる予定です。具体的には熱い友情だったり、恋愛だったりです。というか、炎のゴブレット編が書きたくてこのSSを書き始めたまであります。実のところ、私が一番楽しみにしてます。
そういう意味では、ここまで全部プロローグといってもいいかもしれませんね。

あ、活動報告に【没ネタ】と今後の展開? というか注意事項的なの載せておきました。もし良かったら読んでください。
では、良いお年を!


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第3章 ショーン・ハーツの青春 プロローグ

 英国に来た多くの旅行者が困る事は主に二つだ。

 同じ英語圏の民であるアメリカ人と比べて、イギリス人が実に繊細で寡黙――つまり面倒くさい性格――であることと、まともな食事が食べられないことだ。

 代表的な料理であるフィッシュアンドチップスにしても、本場イギリスで食べるよりも他国のファースト・フードで食べた方がよほど美味しい。

 だから大抵の観光客は、パンフレットに載っている有名なパブでイギリス料理の味を存分に楽しんだ後、次の日からは大人しく他国料理のチェーン店に足を運ぶ様になる。

 

 しかし、イギリスにも二つ、世界に誇れる食文化がある。

 それは勿論、中国料理とスコーンなどのお菓子だ。

 イギリス人はとにかく紅茶とお菓子を愛し、その文化のみを発達させて来た。もしもイギリス人で「お菓子が好きではない」などと言ってる奴は、よほどダイエットが成功してる女の子か、ソ連からのスパイかのどっちか――つまりいないということ――だ。

 そして彼女……ジニー・ウィーズリーもまた、お菓子を愛する繊細で寡黙な少女である。

 

「うーむ、どうしましょう。クソ暇だわ……」

 

 夏休み。暇になってダイアゴン横丁に来てみたものの、金もなければやる事もない。

 何がいけなかったのかしら……ジニーは考える。

 最初に寄ったカフェでプリンを二つ食べてしまったせいか、それとも今手に持ってるトリプルアイスのせいか、ちょっと奮発して買った香水のせいか、とにかくお金がない。

 

「そう言えば、あのバカはどうしてるのかしら」

 

 正直夏休みは結構暇で、あのバカでも誘って遊ぼうかと思った事は少なくないのだが、自分から誘うのがなぜだか無性に恥ずかしかった。

 

「……クィディッチ・ワールドカップにでも誘ってみようかしら。パパにも友達を連れて来なさいって言われてるし。ロンもハリーとハーマイオニーを誘うって言ってたし、アリね。あーでも、あいつってクィディッチに興味あるのかしら?」

 

 魔法族はほとんど例外なくクィディッチを付き合いたての恋人の様に愛しているのだが、マグル生まれはどうもそうではないらしい。最初こそ物珍しさから興味を持つのだが、ルールを知れば知るほどフットボールの方が優れてると主張する様になる。

 もし誘って「興味無いから」と返事が来たら……ジニーが頭を悩ませていると、ふと歓声が聞こえて来た。

 見てみると、街の角に人集りが出来ている。大道芸でもやってるのだろうか。やる事もないので、ジニーはそれを見に行く事にした。

 

「やすいよ、やすいよー」

「いつもより多めに回してお「おとくだよー」……ルーナ、今俺が喋ってるから」

 

 そこにいたのはバカその1とバカその2だった。というかショーンとルーナだった。

 ショーンがナイフをジャグリングし、ルーナがシルクハットでお金を集めている。

 もうどこからツッコミを入れていいか分からない。先ず大道芸の集金で「やすいよ、やすいよー」や「おとくだよー」はどう考えても適切ではない。

 

(それからショーン、あんたジャグリング無駄に上手過ぎでしょ……)

 

 今回してるナイフの数は八本。

 しかも四本で縦の円を描き、別の四本で横の円を描いている。本当に、無駄に上手い。

 さて、最初はどこにツッコミを入れるべきか……ジニーは一瞬考えてから、大声を上げて乗り込んだ。

 

「面白そうなことするんなら、私も混ぜなさいよ!」

 

 突然の乱入に驚いたショーンの腕にナイフが刺さるまで、残り2秒。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 夏休みに大道芸をしていたら友達が乱入して来て腕を切った。

 「お詫びになんか奢るわよ」と言われカフェに入ったら「ごめん、今金なかったわ」。妹以外にここまでコケにされたのはこれが初めてだ。そして妹以外にここまでコケにされた場合、ショーンは容赦なく怒る。

 

「いやマジで悪かったとは思ってるのよ。でも今ほんとにお金がないの。なんなら、か・ら・だで払いましょうか?」

「よーし、是非そうして貰おう。マスター、こいつ今日からここでバイトしたいらしいですよ」

「マスター、アップルパイお代わり」

「ルーナ、貴方がアップルパイを愛してるって事は十分伝わって来たわ。でもアップルパイは貴方が嫌いだそうだから、これ以上頼むのは止めてあげて」

「いや、アップルパイもルーナの事が好きらしいぞ。今朝の日刊預言者新聞に書いてあった。喜べ、相思相愛だ。仲介人はジニーが務めてくれるってよ」

「ダーリン?」

「なんだい、ハニー」

 

 ジニーが青筋を浮かべながら、ショーンの腕を掴んだ。ショーンもにっこりと笑みを返す。ルーナはアップルパイを頼んだ。

 

 お互いの友情を英国騎士風に確かめ合ってから、ショーンはジニーに事の経緯を説明した。

 先ず第一に、今のショーン及びショーンの孤児院は金がまったくない。

 第二に、ショーンは奨学金を借りてホグワーツに通っているのだが、それを返す目処が立っていない。

 第三に、妹の志望校には奨学金制度がなく、その為にお金が必要になる。

 

 そもそも、ショーンの孤児院は『パパ』と呼ばれていた子供好きのお人好しが開いたものだ。当時、気味悪がられていたショーンを快く受け入れた唯一の人でもある。

 しかし三年前、彼は交通事故で帰らぬ人となってしまった。

 そこでその奥さんが孤児院を引き継ぐ事になったのだが……その人は子供が大嫌いだったのだ。

 ただ『パパ』の事は愛していたようで、彼が遺したものだから、と一応の面倒は見てくれている。しかし、学費を出してくれるほどの良い関係ではない。彼女がしてくれるのは、あくまで寝床とある程度の生活費の提供と、子供ではどうにもならない書類手続きの請け負いだけだ。

 ただ、それでも孤児院にいる子供達は『ママ』に深く感謝していた。『ママ』も最近では子供達をほんの少しは気にかける様になってきた様ではある。

 

「――そこで、夏休みの間はああやって自分で稼ぐ事にしたんだ」

「ふぅん。ウチも結構大変だけど、あんたのとこも大変ね。大道芸はどこで覚えたの?」

「孤児院に出資してくれる様な人間は、何故か子供が歌ったり、楽器を鳴らしたり、芸をしたりするのを見るのが好きでな。幸い身近(・・)に良い先生がいたから、教えて貰ったんだよ」

「じゃあ他にもなんか出来るの?」

「手品と楽器を少々」

「マスター、アップルパイお代わり」

 

 七つ目のアップルパイがルーナの元に届く。そろそろジニーは冷や汗が止まらなくなって来た。

 

「でもそういう事なら、とびっきり稼げる場所があるわよ」

「というと?」

「クィディッチ・ワールドカップの会場よ! 私のパパが招待されたの。世界中から人が集まるわ。そこで何かやれば、結構儲かると思うけど」

「なんだ、ジニーにしてはマトモな案だな」

「あんたの中の私の評価、低すぎじゃない?」

「マスター、アップルパイお代わり」

 

 八つ目のアップルパイがルーナの元に届く。

 

「……ねえ、私マジでここの代金バイトして返すの?」

「まあそうなるな」

「…………く、食い逃げとか、無銭飲食に興味ない?」

「アホか」

「マスター、アップル――」

「ストップ! これ以上は本当に身体を売る事になるわ! 私の初めては、おでこにチャーミングな傷がある人のものなの。わかる?」

「あ、ジニー。私もクィディッチ・ワールドカップ一緒に行っていい?」

「あー! この会話が噛み合わない感じ、懐かしさを感じると共にイライラする! 勿論良いわよ!」

「やったー」

「――おっと、仕事の時間だ。漏れ鍋にいるから、バイトが終わったら遊びに来いよ」

「りょーかい」

「ルーナはどうする? 一緒に来るか、それともまだアップルパイ食べてるか」

「ショーンと一緒に行くよ。ショーンが料理してるとこ見るの好きなんだ」

 

 ショーンとルーナはカフェを出て行き、ジニーはその場に残って働いた。

 アップルパイ八つ、スコーン四つ、紅茶三杯。ジニーはお金を稼ぐことの大変さを、身を以て知った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 夜。

 ヘトヘトになったジニーは、約束通り漏れ鍋へとやって来た。

 昼の雰囲気とはガラリと変わって、夜のパブらしい盛り上がりを見せている。

 

「ジニー。こっちだよ」

 

 端っこの方に座っていたルーナが、ジニーを呼んだ。

 

「間に合ってよかったね。今ショーンがかぶのスープを作り初めたところだよ」

 

 ルーナの指差した先、そこには『かぶ』に食い殺されそうになっているショーンがいた。葉っぱの部分が蔦のようにショーンの体に絡みつき、『かぶ』が口を開けて食べようとしている。

 酔っ払い達がそれを見て「やれー!」とか「そこだー!」とどっちを応援しているのかよくわからない野次を飛ばしていた。その野次に応えるように、ショーンが塩胡椒を振りかけて『かぶ』の味を整えて行く。この大胆なパフォーマンスには店中が湧いた。

 

 やがてかぶのスープを作り終え、配膳し、チップを貰ったショーンがジニーとルーナの席へとやって来た。今日の業務はアレで終わりらしい。

 

「お疲れ様」

「カッコよかったよ」

「ありがと。……マグルだった頃は、まさかかぶのスープを作って褒め称えられるとは、思いもしなかったな。飲み物と料理を頼んで来るけど、なんか飲むか?」

「美味しいものがいいな」

「私ドンペリ」

「……バタービール二つでいいな?」

「ん、悪くないわね」

 

 ショーンは席を離れると、カウンターで慣れた風にウェイターに話しかけ――ウェイターはアジア人風の美人で、ショーンと親しげだった――メニューに一度たりとも目をくれずに、いくつかの料理を注文した。

 番号札を持ったショーンが戻って来た瞬間、二人は矢継ぎ早に質問した。夏休みの間に、仲の良かった男の子が美人と知り合いになっている。このことは二人の好奇心を大いに駆り立てた。

 

「あの人はチョウ・チャン。俺のちょっとした知り合いのガールフレンドで、あー……なんというか、色々とお世話になってる。その、なんだ、妹への機嫌の取り方とか。最近思春期なんだ。思春期の女の子のM.o.M(Ministry of Magic)はXXXX位あるだろ? つまり、専門家の協力が必要だったんだよ。それで色々アドバイスを貰って、夏の短期のバイト先を探してたから、お返しにここを紹介したんだ」

「面白みがないわねえ。起きたらベッドで一緒に寝てたとか、そんなエピソードはないの?」

「どうしてそのことを知ってるんだ!?」

「えっ? ちょ、まさか……」

 

 ショーンが驚いた顔を作った。

 地雷を踏んだかとジニーは一瞬慌てたが、ただからかわれただけだと直ぐに気がついた。

 ショーンがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 ジニーはにっこりと微笑み返し、その直ぐ後掴みかかった。

 かぶのスープとの連戦じゃなければ勝てた。後にショーンはそう語った。

 

「はあ、はあ……冗談はさておき、あんた今ガールフレンドはいるの?」

「はあ、クソ――疲れた。あー、なに? ガールフレンド? いや、今はいない」

今は?

「失礼。今も、だ」

 

 ショーンが慌てて訂正した。

 それでも、ジニーは疑いの目をショーンに向けたままだった。

 

 去年度から急に成長期に入ったのか、大分背が伸びたし、大人っぽくもなった気もする。今着てるドラゴン皮のジャケットも悪く無いし、左耳にしてるカラスの羽の形をした黒い小さなピアスもまあダサくはない。

 こういう言い方をするのは癪だけど――他に言葉が思い浮かば無いから言うけど――今のショーンはカッコ悪くない。少なくとも、ジニーにはそう思えた。ガールフレンドがいてもおかしくはないだろう。

 

「そう言うお前はどうなんだ。ハリーとは上手く行ってるのか?」

「手紙は出してるわ。確実に前より親しくなってる、とは思うんだけど、うーん……ハリーってもしかしたら、同性愛者かもしれないわね。彼ったら、貴方とシリウスの話しかしないんだもの」

「そのジョークはちょっと笑えないぞ」

 

 実はショーンもハリーから頻繁に手紙をもらっていた。彼の名誉のために内容は伏せるが、もしショーンが女の子だったら、ハリーはかなりのプレイボーイになっていただろう。

 

「ルーナはどうなのよ?」

「ボーイフレンド? 後二日で二ヶ月目だよ」

「「嘘ォ!?」」

「うん、嘘。ショーンを真似てみたんだ」

「……どうしてママが子供の頃の私にフレッドとジョージを近づけたがらなかったのか、今理解したわ」

「フレッドとジョージに悪影響があるからか」

「逆よ、逆! わ・た・しに悪影響があんのよ!」

「ははは。面白いジョークだ、気に入った。ウチに来て妹をファックしていいぞ」

「いつか泣かす」

 

 三人が取り留めのない話をしていると、料理と飲み物が運ばれて来た。

 それらはイギリス料理としては失格の味をしていた、つまりとても美味しかったのである。よく食べ、よく飲んだ三人はすっかり良い気持ちになり、肩を組んで街に出た。

 夜のダイアゴン横丁を、大声で歌いながら練り歩く。

 クィデッチ・ワールドカップに向けて、明日からはショーンとルーナが隠れ穴に来る。きっと毎日が楽しいに違いない。ジニーはそう思った。












更新遅れてしまってすみません。
年始が忙し過ぎて、移動中の電車で書ける短編はともかく、原作片手に書くハリポタは中々筆が進みません……

そういえば、ショーンの容姿は一切書かれてないと思います。
これは伏線でも何でもなくて、ただ「オリ主の容姿とか誰も興味ないだろ」という私の考えによって書かれてないだけです。


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第1話 隠れ穴

 朝起きると、いつも通りロウェナの顔が目の前にあった。実を言うと子供の頃は結構ドキドキしていたりしてたのだが、今ではもうすっかり慣れたものだ。稀に妹が潜り込んで来たときは、まだ慣れないが……。

 しかし改めて見ると――改めて見るまでもないが――本当に整った顔立ちをしている。絶世の美女、という言葉がこれほど相応しい人物を、ショーンは他に知らない。

 ただし、このアホ面を見なければの話だ。

 口を半開きにして眠るロウェナの顔と言ったら、マヌケこの上ない。ふと思いついて鼻と口を抑えてみると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。

 

「ぶへぇ!」

 

 豚の鳴き声のような声を上げて、ロウェナが飛び起きる。ショーンは寝ぼけた顔でそれを見ていた。

 

「うるさいな、こっちはまだ寝てるんだ」

「朝くらい静かに出来んのか」

「優雅な朝が台無しですわ」

「……貴方方には「道徳」と「思いやり」を教えてさしあげる必要がある様ですね」

 

 ロウェナが青筋を立てながら袖をまくった。

 

「ふわぁ〜」

 

 四人がマグル式の喧嘩をしてるのを見ながら、ゆっくり意識を覚醒させていく。

 まだ半開きの目で見ると、ロウェナがサラザールに関節技をかけられ、ゴドリックがヘルガにアームロックをかけられていた。賭けてもいいが、今の四人を見て、偉大なるホグワーツ創設者達だと当てられる人はいないだろう。

 それからなんやかんやとあって、30分後には、結局いつも通りゴドリックだけが生き残っていた。彼はショーンがボサボサ髪のままリビングに行こうとするのを見ると、スネイプがショーンを叱る時の様な声を出して引き止めた。

 

「おい、おい。年頃の女の子が近くにいるってのに、その格好はないだろ」

「年頃の女の子なら、常に孤児院にいただろ」

「そういう事じゃないんだよ。いいかい? オシャレや身嗜みをバカにする人が偶にいるけど、それは大きな誤りだ。君たちはティーンズという最も感性が豊かな時にこそ、よく遊び、感性を育てなくてはならない。勉強で学力が上がる様に、遊びや恋で感性が豊かになるのさ。オシャレはその第一歩。その辺りを疎かにすると――ああなる」

 

 ゴドリックが指差した先には、白目をむいてひっくり返っているロウェナの姿があった。

 まあ確かに、ロウェナのファッションセンスは屋敷しもべ妖精とどっこい程度である。

 ゴドリックは言うまでもなく趣味がいいし、それとは全く違うベクトルのサラザールも貴族風で優雅だ。ヘルガの洋服はいつも素朴な物が多いが、それが返ってヘルガ自身の魅力を引き立てている。

 そこへ来てロウェナは、いつも「いかにも魔女」と言う様な藍色のローブととんがり帽子ばかり身につけていた。

 

「ぐぬぬ……。私を反面教師にしないで下さいよ」

 

 目を覚ましたロウェナが悔しそうな声を出した。彼女は幽霊達の中で最も“ショーンの教師”としてのプライドが高い。その為、その辺りをからかわれると割と本気で悔しそうにするのだ。

 

「ゴドリック、人に指を指すものではありませんよ」

「おっと失礼」

「そこですか!?」

「冗談はさておき――さあほら――そこに座った座った。アドバイスはしてあげるから、自分で髪を整えるんだ」

 

 冗談をおいたら、喋ることがなくなっちまうよ。そんな事を思ったが、まだ口がうまく動かなかった。黙って髪を整える手を動かす。

 後ろで幽霊たち四人がああでもない、こうでもないとそれぞれ意見を言っているが、ゴドリックのモノ以外は無視した。

 

 ショーンは今、『隠れ穴』――より正確に言うなら、長男であるビルの部屋――に居候していた。

 ルーナも来ようとしたが、父親が許してくれなかったそうだ。

 ちなみに妹のアナは「兄さん友達居たんですね」と言って普通に送り出した。それはこっちのセリフだ。お前こそ早く友達を作れ。ショーンはそう思ったが、しかし友達が出来るとそれはそれで複雑な気持ちになる事に気づいたので何も言わなかった。

 

 さて、孤児院に負けず劣らず騒がしいこの家だが、今は物音一つしない。というのも、朝に弱いショーンを家に残して、ウィーズリー家のみんなはハリーとシリウスを迎えに行ったからだ。そうでなければ、こうやって幽霊達と話す事も出来なかっただろう。

 前は妹以外周りにいなかったが、今は違う。

 ショーンに友達が増えたことは、幽霊達にとって嬉しい反面、寂しくもあった。

 

 身嗜みを整えたショーンは、朝ごはんを食べることにした。

 炊事洗濯掃除を手伝ったショーンは、すっかりとウィーズリーおばさんに気に入られていた。特にキッチンでは、フレッドとジョージはおろか、ウィーズリーおじさんよりも権限が大きい程だ。

 朝食は、好きな物を好きな様に調理して食べていい、と言われていた。

 ビルの部屋は最上階にある。

 リビングは一階。

 幽霊たちにここから先は話しかけて来ないよう言ってから、階段をノソノソと下っていると、ジニーの部屋から誰かが飛び出してきた。

 

「あら、貴方も残ってたの?」

「俺がいなくなったら、誰が隠れ穴を守るんだ?」

「一体何から守るのよ……」

 

 ハリーの友人である、ハーマイオニー・グレンジャーだ。

 彼女も朝には弱いらしい。二人は無言でリビングへと降りて行った。

 

「朝食を作るけど、食べるだろ?」

「お願いしようかしら。何か手伝う事ってある?」

「大人しく座っててくれれば十分だ」

「お言葉ですけど、私はフレッドやジョージと違って3秒毎にキッチンを吹き飛ばしたりしないわ」

「ホントに? ジニーから聞いてた話と随分違うな。あいつったら、君を産卵期のドラゴンか何かの様に言ってたぜ」

 

 ちょっとジョークを言ったら思いの外怒られたので、直ぐさまジニーを盾にした。言ってから気がついたのだが、自分でも驚くほど良心は痛まなかった。

 

「何か嫌いな食べ物はあるか?」

「イギリス料理」

 

 ハーマイオニーは即答した。

 

「失礼。何か嫌いな“食べ物”はあるか? 生ゴミじゃなくて」

「特にないわ」

「ん」

 

 フライパンにオリーブオイルを敷き、そこにたっぷりのベーコンを並べる。いくつか卵を落として蓋をして、その間にトーストを焼いて……

 ウィーズリー家は大所帯だが、孤児院に比べれば少ない。ショーンはそのうち帰ってくるであろうウィーズリー家全員分の朝食もついでに作った。

 

「……貴方の方こそ、聞いてた話と随分違うわね。ロンは貴方の事――多分いつもの冗談だと思うけど――何か喋るたびに一々メモしてくるイカレタ男だって言ってたし、ジニーは……これは聞かない方がいいわね。きっと嘘だから」

「なんだそりゃ」

 

 心当たりは山の様にある。

 ショーンは内心汗をかきながら、なんでもなさそうに答えた。

 

「そうよね。貴方ってゴドリック・グリフィンドールの剣に選ばれた、真のホグワーツ生だし。うん、貴方のこと誤解してたわ」

「ああ、真のグリフィンドール生……そんなのもあったな。いやこちらこそ、君を産卵期のドラゴンだと思っていたことを謝るよ」

 

 ショーンのジョークに、ハーマイオニーは今度は笑った。

 どうやら彼女はズバズバ言うし真面目な性格ではあるが、パーシーの様にまるっきりジョークが通じないわけではないらしい。

 

「そういえば、ショーンは今年から三年生よね」

「ホグワーツに着いた途端、留年を言い渡されなければ」

「……貴方って「YES」か「NO」で素直に答えられないの?」

「NO」

「何ちょっと上手いこと言ってるのよ。まあいいわ。

 今年から選択授業になるけど、占い学はやめておいた方がいいわよ。ハッキリ言って勉学を冒涜しているもの。逆に数占いはオススメよ、断然ね。マグル学も中々面白いわ。勿論、私は今年度も両方取るつもりよ。貴方さえ良ければ、後で私の去年度の教科書を貸しましょうか?」

 

 めんどくさい事になったな、ショーンはそう思った。

 ショーンは勉強が好きではない、というよりむしろ大っ嫌いだ。正直言えば、ハーマイオニーのお誘いは断りたい。

 ただ、これから暫くの間同棲する事になる、この気難しい女の子と気不味い間柄になりたくない。それに、友達のお兄ちゃんの友達という微妙な立場にいる先輩の誘いは、中々断り辛かった。

 

「後、朝食美味しかったわ。ご馳走様。洗い物はやっておくわね」

「いや、俺がやるよ。ここガスが通ってないみたいで、水が溜め水な上に冷たいんだ。女の子がやったら、手が荒れるだろ」

「そ、そう。ありがとう。貴方って意外とちゃんとしてるのね。少なくとも、ハリーとロンよりは気遣いが出来てるわね、うん。勿論、あの二人が出来なさすぎてると言うこともあるけど。それじゃあ、先に上に行ってるわ。教科書の用意をしておくから、洗い物が終わったら来て」

 

 口の中にベーコンを詰め込んでいたので、ショーンは手のひらを振って返した。

 やっと勉強好きの友達が出来ました、と横で何故かロウェナが歓喜していた。

 

 この後、ショーンは約束通りハーマイオニーの元を訪ねたのだが……正直言えば、ハーマイオニーはバジリスクよりも厄介だった。

 彼女は、ついウッカリ漏らしてしまったショーンの境遇を聞いた途端、何かよくわからない使命感に駆られだし、ショーンに勉強を教える事に心血を注ぎ始めたのだ。それが善意からくるものだと分かっていたから、ショーンには断れなかった。

 楽しい夏休みは、あっという間に勉強漬けの日々に変わったのである。ジニーはそれを眺めては楽しそうに笑っていた。お返しにウィーズリーおばさんにジニーのした悪行のほんの一端を教えておいた。

 後日、ジニーと、それから悪影響を及ぼしたとしてフレッドとジョージが揃って怒られていた。勿論、ショーンはそれを眺めては楽しそうに笑っていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 魔法界には不思議が満ちているが、これほど不思議な光景は、そうそう見れないだろう。

 

 ウィーズリー家の面々に、ハリー、シリウス、ショーン、ハーマイオニーの四人を加えた大所帯は、隠れ穴のリビングに収まりきらなかったのだ。そこで、外庭で夕飯をとる事になったのである。

 クルックシャンクスが庭小人を退治して綺麗にした外庭。ショーンとウィーズリーおばさんが腕によりをかけて作った料理が、机の上に所狭しと並んでいた。フレッドとジョージ、ついでにシリウスがつまみ食いをしたせいで所々減っているが、それはまあご愛嬌だろう。

 

 問題は席だ。

 

 ロンの隣に座りたいショーン。

 ショーンの隣に座りたいハリー。

 ハリーの隣に座りたいジニー。

 付け加えると、シリウスもハリーの隣を狙っているし、昔クィディッチ選手だったチャーリーもハリーを気にかけている様だった。

 更に言えばビルはショーンを気に入った様で、今日こそショーンを銀行マンにすると息巻いていたし、その隣で、何故かハーマイオニーが教科書の山を持って来ていた。どうやら彼女は、ショーンを自分の後継者にするつもりらしい。

 フレッドとジョージはいつも通りだったが、この二人はいつも通りが一番厄介だった。パーシーが食べようとした料理に、ことごとく呪いをかけたのだ。熱心にクラウチ氏の話をしていたパーシーはそれに気づかず、料理を平らげる頃には、トロールの様な顔になっていた。

 

「もうたくさんです!」

 

 とうとうウィーズリーおばさんの堪忍袋の尾が切れた。

 

「もうたくさんって、全然食べてないじゃないか」

「料理のことじゃありません! 貴方方の態度のことです!」

 

 フレッドの野次で、ウィーズリーおばさんは益々顔を真っ赤にさせた。

 激怒したウィーズリーおばさんは、それぞれ席を指定して座らせた。もし指定した席以外に座れば、クィディッチ・ワールドカップの席も無くなる。ウィーズリーおばさんはそう締めくくった。

 ショーンの左隣にはハーマイオニーが、右隣にはハリーが座った。

 

「クィディッチの選手募集をやる予定なんだ。ほら、ウッドがいなくなったから。勿論受けるよね、ショーン」

「いいえ、そんな野蛮なスポーツなんて、ショーンはやりません」

 

 ハーマイオニーはピシャリと言った。

 

「貴方の成績について、ジニーに聞いたわ。魔法薬学は良くなって来てるけど、魔法史はまだまだね。あっ、別に貴方の頭が悪いって言ってるんじゃないのよ? ただ、努力が足りないだけだわ。目標は――少なくとも――E以上ね」

「魔法史だって!?」

 

 ハリーが金切り声をあげた。

 

「魔法史なんて、何の役に立つって言うんだい」

「そのセリフは、キチンと魔法史を勉強してから言ってほしいものですけどね」

「だったら君だって、クィディッチをやったことが無いだろう」

「本で散々読んだわ」

「君が賢いのは知ってるけどね、ハーマイオニー。今回は言わせてもらうぞ! 本でクィディッチを学べると思ってるなら、大間違いだ!」

「どっちもやらないって選択肢は――分かった、分かったからそんなに睨むなよ」

 

 助けを求めて対岸のジニーを見ると、彼女はトロールの様な顔をしたパーシーにクラウチ氏の話を死ぬほどされていた。もしホグワーツにクラウチ()という科目があったら、きっとジニーの成績はOだろう。

 

「よーし、今日はボク、たくさん食べちゃうぞー!」

 

 ショーンは諦めて、ステーキを食べる事にした。ナイフも入れずに、丸ごと口の中に放り込む。

 うん、美味い。

 ショーンは一心不乱にステーキを食べた。ステーキはハーマイオニーとハリーよりも遥かに静かだったし、ショーンに魔法史もクィディッチもやらせようとしなかった。

 

「俺、君とずっと一緒にいたいよ。誰も来ない様な辺境の丘の上に小さな木の家を建てて、そこで静かに暮らすんだ」

 

 ショーンはポツリと呟いた。心なしかステーキも「私もそうしたいわ、ショーン」と言いたげな表情をしている気がした。きっと気のせいだろう。好きな子の言葉は、大抵好意的に聞こえてしまうものだ。

 ショーンはブンブンと首を振ってから、きっと俺の勘違いだ、と自分に言い聞かせた。

 

 結局ショーンは、魔法史の勉強とクィディッチの練習、両方ともみっちりやる事になった。












遅すぎる展開速度な上に、原作展開にショーンが加わっだけという。
ちゃうねん。
ホグワーツ着いたらやりたい話があって、その為に必要やねん。

あ、今更ですが、映画版・日本語書籍版・英語書籍版のハリー・ポッターが私の頭の中で混同している為、若干口調に違和感があると思います。特にルーナとか。


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第2話 クィデッチ・ワールドカップ

 ウィーズリーおばさんは途方に暮れていた。

 他のみんなは――あのロナルドでさえ――起きたのに、ショーンがまったく起きないのだ。このままではクィディッチ・ワールドカップに遅刻してしまう。

 そう。何を隠そう、今日はクィディッチ・ワールドカップの開催日なのである。

 昨日「俺、朝は弱いんだ。吸魂鬼がおはようのキスしたって早起きは無理だよ」と言っていたが、みんな本気にしていなかった。しかし、彼は珍しくジョークを言っていなかったのだ。

 

「こうなったら、ショーンは本当に起きないよ。なんせ――前にあんまり起きないんで――ゴブリン製の金で頭を叩いてみたんだけど、それでも起きなかったくらいだ。だからお昼になったら、僕が付き添い『姿現し』で持ってく(・・・・)よ」

 

 同じ部屋で暫く暮らしていたビルが、ショーンの言葉の潔白さを証明した。

 ウィーズリーおばさんは、ビルが付き添い『姿あらわし』を上手く出来るのか心配していたが、一際大きなショーンのイビキを聞くと、結局折れてリビングに戻っていった。

 

「昨日ハリーがクィディッチの練習を、もう1時間短くしてればな……」

 

 ビルが呟いた。

 すかさずチャーリーが反論する。

 

「いや、ハーマイオニーだろ。あの子がもう少し勉強熱心じゃなかったら、ショーンはもうちょっと平和でいられたさ」

 

 チャーリーは肩を竦めた。

 

「もしくは、ジネブラが女の子だったらだな。おっと、ジネブラは女の子だったか。パースより男らしいから、すっかり忘れてたよ」

 

 ジニーは最近、如何にショーンを困らせるかに心血を注いでいた。そしてそれは、だいたい上手くいった。尤も、ジニーも毎回やり返されていたが。

 兄としては、ボーイフレンドの一人も作らずに、イタズラばかりしている妹が少し心配だった。それに、段々フレッドとジョージに似て来た気もする。ウィーズリーおばさんはフレッドとジョージに、ジニーを悪の道に引きずり込むなとしつこく言っていたが、それは無駄に終わっていた。

 フレッドとジョージ以外にも、悪いお手本が居るに違いなかった。

 

 ビルとチャーリー、パーシー、ショーンを除いた面々は、ウィーズリーおじさんの引率で、移動キー(ポートキー)へと向かって出発した。

 それをみてパーシーは「やっと仕事に集中出来る。もし僕が少しでもミスをしたら、大変な不味いことになるし、クラウチさんも非常に残念がるだろう。だから……」とみんなのいるリビングで、ワザとらしく漏らした。正確に言えば、今も漏らし続けている最中だ。

 

「知ってるか? ドラゴンってのは共存しない生き物なんだけどな、チャイニーズ・ファイアーボール種は三匹までは仲間の共存を認めるんだ。パース、そんな風だと、君はチャイニーズ・ファイアーボール種にだって仲間に入れてもらえないぜ」

「僕はドラゴンじゃない!」

「だろうね。そんなに鍋の厚底を気にしてるドラゴン、いるわけない。いやでも、そんなに鍋の厚底を気にしてる人間も、パース以外見たことがないな。ゴブリンだって、鍋を作るときは底よりも、むしろ『とって』の部分を気にするよ」

「僕以外の人が気にしなかったから、僕が今こうして気にするハメになったんだ!」

 

 ビルとチャーリーが笑うと、パーシーは耳を真っ赤にして上に上がっていった。どうやら今起きた様で、ちょうどのタイミングでショーンが上の階から降りて来た。

 すれ違い様、手を挙げて挨拶する。

 

「おはよう、パーシー」

「おはよう? 今は昼だ!」

 

 パーシーは怒鳴った後、音を立てて部屋の扉を閉めた。

 

「賭けてもいい。鍋の底が“欠けてもいい”って誰かが言ったんだろ」

「いや、生理中なんだ。ガールフレンドの、なんだったか――ほら――ええっと、ガールフレンドの……そう、ペネロピ・クリアウォーターと別れたばっかりでね。ご無沙汰ってやつさ」

 

 チャーリーのジョークに、ショーンとビルは大いに笑った。ウィーズリーおばさんだけはしかめっ面をしていた。

 

「――ところでショーン。クィディッチ・ワールドカップの会場にはいつ行く?」

「そりゃあ開催日だろ」

「うん、それ今日だ」

「……ホントに?」

「ホントだよ」

「神に誓って?」

「勿論。なんなら銀行マンらしく、誓約書()に誓ったっていい」

 

 それを聞いた途端、ショーンは走って階段を上り、部屋から大荷物を持って、やっぱり走って降りて来た。

 

「おい、おい。まだ寝ぼけてるのか? 今から行くのはホグワーツじゃなくて、クィディッチ・ワールドカップだよ。そんな大荷物、どうするっていうの?」

「違う。今から行くのはクィディッチ・ワールドカップじゃなくて、大道芸広場だ」

「ほらみろ。ハーマイオニーが勉強させ過ぎたんだ」

「別にイかれたわけじゃない。ちょっとした事情があるんだよ」

 

 ショーンは、ビルとチャーリーに奨学金のことと、妹の学費のことを説明した。すると彼らは気前良く、ショーンを今すぐクィディッチ・ワールドカップ会場に連れて行ってくれるばかりか、大道芸を手伝ってくれる約束さえしてくれた。

 ビルとチャーリーとショーンの三人は、直ぐにクィデッチ・ワールドカップの会場へと『姿現し』した。

 

 チャイニーズ・ファイアーボール種は三匹までは仲間の共存を認める。しかしパーシーは別。パーシーはその後一人、遅れて『姿現し』をした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 夜――つまり今――ショーンは、クィディッチ・ワールドカップの貴賓席に来ていた。

 ショーンにとってのメインイベントは、昼の大道芸であり、それはもう終わったので、後はゆっくりクィディッチ・ワールドカップを見て、寝るだけである。ちなみに、稼げる事には稼げたが、妹の学費を払うにはまだまだほど遠かった。これから少しの間、冬と夏はバイトに明け暮れる事になりそうだ。

 

「やあショーン! 君も来てたのかい」

「ああ。魔法省大臣閣下直々のお誘いでね」

「それじゃあ僕と同じだ」

 

 ショーンとハンサムな男――セドリック・ディゴリーは、お互いのジョークにちょっと笑ってから、硬い握手を交わした。

 去年、本気でショーンが勉強していた頃。

 ほぼ毎日図書室にいたショーンは、ほぼ毎日図書室で出会うセドリックと話すようになった。

 セドリックはショーンに魔法のアドバイスをし、ショーンはセドリックに恋のアドバイスをする。ショーンが勉強を続けられたのはセドリックのおかげだったし、セドリックがチョウ・チャンと交際出来たのはショーンのおかげだった。つまり、二人は対等な友達なのだ。今も頻繁に手紙のやり取りをしている。

 

「確か、チョウも来てるんだろ? 一緒に観戦しなくていいのか?」

「勿論、そうしたいよ。でも父さんが、ね?」

 

 ディゴリー氏は、まるでマーリン賞でも自慢するように、セドリックの自慢をしていた。

 正直言えば、もし息子がセドリックだったら、俺だって自慢したくなる、とショーンは思った。それにしてもディゴリー氏は、ちょっと行き過ぎだが。

 

「そのうち、お父さんにプロポーズされるぜ、お前」

 

 ジョークを言うと、セドリックは笑うどころか、かなり顔を引きつらせていた。

 ショーンとしてはもっとセドリックと話していたかったが、ウィーズリーおじさんにもう試合が始まる、と呼ばれたので、自分の席に戻る事にした。

 ショーンはそれほどクィディッチに興味がなかったので、一番見やすい真ん中の席は喜んでロナルドさんに譲って、自分は端っこの方に座った。隣は、同じくクィディッチにあんまり興味がないハーマイオニーだった。

 

「ハーマイオニー。こんな時くらい、読書はやめた方がいいぜ」

「本じゃないわ、プログラムよ。ここが図書室かクィディッチ・ワールドカップの会場かの分別くらいつきます」

 

 ハーマイオニーはピシャリと言った。

 

「読み上げるわね。えーっと、試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります」

 

 マスゲーム――つまり、チーム毎に国有の魔法生物をマスコットとして連れて来て、パフォーマンスをすると言う事だった。

 解説実況のルードが拡声呪文を使ってから、それぞれのチームを紹介をしていく。最初はブルガリア・ナショナルチームだった。

 

「ヴィーラだ!」

 

 誰かが叫んだ。

 ショーンはそのヴィーラの事を少しも知らなかったが……直ぐにそんなことはどうでも良くなった。

 

「あの子達、凄くクールだ!」

 

 ショーンは立ち上がって大声を出した。

 しかも、それだけでは収まらなかった。

 上着を脱ぎ、良く分からないポーズを決めて、ヴィーラにありったけアピールしたのである。

 

「……だから私は言っただろう。あの時、ヴィーラは全滅させるべきだった」

「今回ばかりは貴方に同意です」

 

 サラザールの言葉に、ロウェナが同意した。

 

「ただ、あの時はヴィーラに誘惑される貴方が面白くて……」

 

 サラザールは青白い顔を真っ赤にさせた。

 

「ショーン! 貴方、何してるの!?」

 

 ハーマイオニーは思いっきりショーンの脛を蹴った。

 その時、ショーンは思った。きっとハーマイオニーがキックボクシングかフットサルをやったら、世界がとれる、と。そのくらい強烈な蹴りだった。

 我に返ったショーンは、パンツにかけていた手を止め、キッチリ服を着なおしてから、毅然とした態度でハーマイオニーに聞いた。

 

「何してるかって? 逆に聞くけど、何をしてると思う?」

 

 ハーマイオニーはロンとハリーを指差した。

 

「アレよ」

 

 二人はそれぞれ「僕は最年少でクィディッチのナショナルチーム入りをしたんだ!」、「僕なんか優勝した!」と叫びながら、ボックス席から身を乗り出していた。

 

「流石首席だ。満点だよ」

 

 ショーンは諸手を上げた。

 

 次に、アイルランド・ナショナルチームのマスゲームが始まった。

 金と緑。二色の光が、彗星の様に空を駆け巡る。二つの彗星は一旦別れて、それぞれゴールの両端に行ってから、近づき、ぶつかって、合体し、一つになった。

 合体した光はアイルランド・ナショナルチームのシンボルである三つ葉のクローバーの形を作ると――ショーンに言わせればむしろここからが本番だったが――最後に、金貨の雨を降らせた。

 

「やったぜ! 金だ、金だ! そこを退けお前ら!」

 

 誰よりも早く、ショーンはボックス席を飛び出して金を集めた。

 

「……ついでに、レプラコーンも全滅させるべきだったな」

 

 サラザールがひたいに手を当て、嘆かわしそうに言った。

 反対に、ショーンは満面の笑みで山ほどの金貨を抱えていた。

 

「それは偽物ですわ。直ぐに消えてなくなります」

「なんだって? それじゃあ、今直ぐ使ってくる」

 

 ショーンは直ぐにボックス席を離れようとした。

 

「それ詐欺罪で捕まるわよ」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 ショーンは肩をがっかり落としてから、再び席に着いた。未練がましく、偽の金貨を指で転がしている。

 

 ヴィーラへの雄叫び、レプラコーンへの歓声、サポーターの応援で、たちまち会場は爆音に包まれた。そんな中、ルードが精一杯声を出して選手達の名前を呼び上げていく。

 正直言えば、昼にロナルドさんから教わった『ビクトール・クラム』以外の選手は一人も知らなかったが、選手の名前が呼ばれるたびに、周りに合わせて叫んだ。こういうのは楽しんだもの勝ちだ。

 そして――とうとう――クィディッチの試合が始まった。

 もっと退屈なものかと思っていたが、いざ試合が始まってみると、ショーンは直ぐに試合の虜になった。

 

「今のはハーフ・レンジ・ターン……僕が開発した技だ!」

 

 横で、絶えずゴドリックが解説をしてくれる。

 恐らく、クィディッチの試合を楽しめた要因の半分以上は、ゴドリックの解説だろう。彼は説明上手だったし、スポーツを盛り上げるのが得意だった。

 やがてクラムがス二ッチを掴み、試合が終わって、クラムが負けた。勝負に勝って、試合に負けた、というやつだ。

 イギリスとブルガリア、それぞれの魔法大臣がクィディッチ優勝杯をブルガリア・ナショナルチームに渡すのを見て、ショーンはほんの少し、クィディッチに興味が湧いた。












今更ながらに、章タイトルがダサい。
話の大筋は決まっているのですが、章タイトルやサブタイトルは決まっておらず、毎回その場で考えています。いつもしっくり来ません。途中で変えるかも。
最初炎のゴブレットと掛けて『ショーン・ハーツと炎の青春』にしようかと思ったのですが、ダサすぎる上にクレヨンしんちゃんの映画タイトルみたいだったのでやめました。


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第3話 三大魔法学校対抗試合

 ショーンはホグワーツ行きの特急に乗っていた。

 同席してるのはジニー、ルーナ、コリン――つまり、いつものメンバーだ。

 本当はロナルドさんと相席が良かったし、ジニーもハリーの隣に座りたがっていたが、ハリーとロナルドさんとハーマイオニーのトリオの結束は硬かった。

 最後の空いた一席。

 自分だけそこに座って、片方だけ別のコンパートメントに行かせるのは忍びない……などと考えるショーンとジニーではなかった――むしろお互い蹴落とし合っていた――が、残念ながら最後の一席は新しい闇の魔術に対する防衛術の先生に取られてしまった。

 

 コンパートメント内では、ルーナがサンドウィッチを両手で持ってかじり、ジニーは雑誌を読み、ショーンはドレスローブを縫い、コリンは日刊預言者新聞を読んでいた。

 ドレスローブ――社交ダンスの授業でもあるのか、今年から必要になるらしい。ショーンはお金がないので、自分で縫っていた。

 

「『例のあの人』の配下、再び現れる。魔法省は負傷者無しと発表したが、果たしてそれは死傷者が出たという噂を打ち消すに足りるのか。魔法省への不信感募る――かあ。これホントかな? 死傷者が出たって」

「コリン。私のお父さんを疑うっていうの? いい度胸ね」

「えっ?」

「負傷者無しと発表したのは、アーサー・ウィーズリー氏だ」

 

 ジニーの言葉を、ショーンが補足した。

 コリンは慌てて謝ったが、ジニーはふんと鼻を鳴らしただけだった。

 

 クィディッチ・ワールドカップの夜。

 泊まっていたサポーター達は、例のあの人の配下の格好をした集団に襲われた。その時ハリーとクラムのプレイについて熱く語っていた――ジニーに言わせれば良い雰囲気だった――所を邪魔されたので、彼女は酷く不機嫌なのだ。その後父アーサーが休日出勤させられた事も拍車をかけているだろう。

 

「待った。どうしてジニーのパパがインタビューに答えてるの? これ現地取材だって書いてあるよ。ジニーパパって、警備係じゃないでしょ?」

「えっ?」

「それに、どうしてショーンがそのことを知ってるのさ?」

「ふむ」

「それはね、二人が一緒にクィディッチ・ワールドカップを観に行ったからだよ。ハリー達もいたんだって。私も行きたかったなー」

 

 ショーンとジニーがジェスチャーで必死に「黙れ!」と言っているのに、ルーナは御構い無しだった。どのくらい御構い無しかというと、それはもう御構い無しだった。

 

「……僕、誘われてないんだけど」

「ほら、窓の外を見てごらんジニー。ヤギの群れがいるよ」

「まあ、ホントね。とってもキュートだわ。動物を見てると、とっても心が安らかになるわね。あっ、見てショーン。山だわ」

「うん。わあ、とっても大きな山だなあ……自然の雄大さを感じるね」

「「ははははは」」

「誤魔化し方が下手すぎるよ!」

 

 パシーン!

 二人はコリンに頭を叩かれた。

 流石に今回は自分が悪いと思ったのか、素直に非を認める……二人ではなかった。

 

「何すんのよこのクソガキ!」

「上等だボケェ!」

「クソガキって……僕らは同い年だろ! そしてショーン! 上等なのはこっちだ! ハリー・ポッターさんもいたなんて!」

 

 外では『におい』があるせいで殴り合いのケンカばかりしていたが、ここでは違う。彼らは魔法使いだ。三人は杖を構え――やっぱり殴り合った。直接殴った方がスッキリするし速い。

 

「お兄ちゃん、何やってるの……?」

 

 トイレから戻ってきたコリンの弟のデニス・クリービーが、信じられないものを見る表情で三人を見た。

 きっとコリンは、家では大人しいに違いなかった。実際、ジニーやショーンといる時以外の彼は、カメラのシャッター音がうるさい事に目を瞑ればただの気の良い男の子だ。

 

「お、おほほほほ。これは違うのよ、坊や。ほ、ホグワーツではこれが習慣なの。ねえショーン」

「うぇ!? ああ、勿論。ホグワーツではこうやって友情を確かめ合うのさ」

「そんなの貴方達だけです」

 

 ロウェナがジト目でこっちを見ていたが、全力で無視した。

 

「君たち、デニスに変な事吹き込まないでね」

「変な事とはなんだ」

「そうよ。これは崇高なる「ねえ」――ルーナ、今私がジョークを言う所だから。それで、どうしたの?」

「もしかして、クィディッチ・ワールドカップの事言ったらダメだった?」

「えっ? ああ、うん。ダメっちゃダメだったけど、今その話題はもう終わったと言うか……なあ?」

「ここで私? まあそうね。いや実際、コリンの事は誘おうと思ったのよ。ただショーンを誘った後に、フレッドとジョージがリー・ジョーダンを誘おうとして、パパにこれ以上テントに入らないからって断られてるのを見ちゃったのよね」

「へえ、そうだったんだ。それなら仕方がないのかな?」

 

 三人はすっかり毒気を抜かれた様だった。

 大人しく椅子に座りなおし、コリンは新聞を読むのを再開し、ジニーは再び雑誌に目を落とし、ショーンもドレスローブの製作に戻った。

 デニスはコリンの膝上に座る。

 そんな二人を見て、ふとジニーがこぼした。

 

「そういえば、コリンとデニスってホント似てるわよね。若干キモいわ」

「キモいってなんだよ!? 似てたって良いだろ、別に」

「似てる似てないって言えば、ショーンとショーンの妹さんはあんまり似てなかったね」

「えっ、もう僕と弟の話題終わり?」

「そうね。コレに似なくて良かったわ」

「――確かに。ショーンと違って、可憐というか儚いっていうか……」

「コリン、お前妹をエロい目で見たら殺すからな。言っとくがマジだ。刑務所に入った時用の書き置きは既に出来てる」

 

 いつものじゃれ合いじゃない。

 ホンモノの殺気を感じ、コリンは冷や汗をかいた。

 

 ショーンの妹であるアナは、お見送りをする為にキングス・クロス駅に来ていたのだ。

 ショーンは自信満々に妹を紹介した後、アナに「こいつらとは関わっちゃダメだぞ」と言い聞かせていた。するとアナはこう言った。

 

「そんなことを言ってはいけませんよ、ショーン兄さん。ご学友は大切になさってください」

 

 これには一同――ルーナでさえ――かなり面食らった。

 ショーンの妹と言うのだから、ジニーを二百回殴った様な女の子が出て来ると思っていたのだ。実際出てきたのは、ジニーを二百回更生させたような女の子だった。

 

「あっ、ホグワーツが見えて来た」

「ホント!?」

「嘘」

「!?」

「って言うのが嘘で、ホントに見えてきたよ」

「!?」

 

 ルーナがからかうと、デニスは目を白黒させた。

 

「「あれ、絶対お前(あんた)の悪影響だよな(よね)」」

「は?」

「あ゛ぁん?」

「……二人とも、馬鹿なことやってないで。着替える時間だよ」

「あんたに仕切られると、なぁんか腹立つわね」

「酷くない!?」

「ルーナ、着替え手伝ってやろうか?」

「良いの? じゃあお願いしようかな」

「さりげなくセクハラしてんじゃないわよ」

「うるせえな。お前はトイレかどっかで着替えて来い」

「むきー! 私にもセクハラしなさいよ! あんたの事は男の子として見てないけど、私が女の子として見られないのは頭にくるわ」

「良し。好きな人を言ってみろ」

「ハリー」

「……セクハラしがいがないな、お前は」

「じゃあどうしろって言うのよ」

「お手本を見せてやろう。コリン、お前の好きな人を言え」

「えぇ!? む、無理だよ。こんな人がたくさんいるところじゃ……他のコンパートメントの人が聞いてるかもしれないし。今日寝る前に、二人の時なら……」

「ほら、お前の恋仇はちゃんとセクハラしがいがある」

「コリンに負けた……」

「恋仇って――僕の好きな人はハリーじゃないよ!?」

「「「え?」」」

「ルーナまで!?」

 

 非常に文化的かつ建設的な話をしていると、列車は段々と速度を落としていき、やがて完全に止まった。

 デニスは一年生なので別の方へ行き――コリンとデニスは、まるで今生の別れかの様に別れた――ショーン達は一足先にホグワーツへと向かった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「三大魔法学校対抗試合……嫌な記憶が蘇りますね」

 

 たらりとロウェナが冷や汗をかいた。

 横ではサラザールがいつもの倍ほど不機嫌そうにしている。あのいつも明るいゴドリックにしても、顔色を悪くしていた。唯一変わらないのはヘルガだけだが、彼女の心情を表情から読み取るのは、いつだって不可能だった。

 

 三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)

 三大魔法学校とはホグワーツ魔法魔術学校・ダームストラング専門学校・ボーバトン魔法アカデミーの三校を指す。

 三大魔法学校対抗試合とは、その三校で競技を行い、その年の最も優れた魔法学校を決める戦いのことである。

 

 しかし死者が多発、そのあまりの危険性から近年では廃止されていたが――『例のあの人』が滅びた後の復興のきっかけとして、十分な安全への配慮の元、再開されることとなった。

 そして今、その記念すべき再開後の第一回三大魔法学校対抗試合がここホグワーツで、それも今年開催されることがダンブルドア校長の口から明かされたのだ。

 ほとんどの生徒達が大喜びしているのだが――幽霊達はそれとは正反対の反応をしていた。

 

「一体何だってそんなに気落ちしてるんだ。フレッドとジョージなんて、嬉しさのあまりリーの髪を燃やしてるくらいなんだぜ? お前達が暗いと、俺が喜び辛いんだけど」

 

 歓声の中、ほとんど唇を動かないようにしながら、小声で問いかける。

 それを聞いたゴドリックが、青い顔をしながら答えた。

 

「いいかい、ショーン。フットボールは元は、1ゲームやる度に死者が何人も出る、危険な競技だったんだ。それが長い歴史の中で、ルールが洗練されて行き、安全で楽しいものへと変わったのさ。つまり、トライウィザード・トーナメントも同じだったってこと」

「……あの当時の事は、今でも鮮明に覚えています。いえ、私が絶対的な記憶能力を持っていることは別でしょう。

 ボーバトンからは初代フラメル、ダームストラングからは狼人間と巨人のハーフがそれぞれ出場しました。ダームストラングの代表選手は第三競技の最中に戦死。ボーバトンの代表選手はクリアこそしましたが……あれのせいで、彼は研究を続けることが困難になり、賢者の石の完成に漕ぎ着く事が出来ませんでした」

 

 顔からさあっと血の気が引いた。

 さっきまで賞金につられて出場しそうになっていたが――トンデモナイ! 命あっての物種だ。

 

「ちなみに、昔は毎年行われていた。私も、ゴドリックも、ロウェナも、ヘルガも当然出場している。ゴドリックとロウェナ、私は優勝。ヘルガの時は……残念ながら無効試合となってしまった。他の代表選手の片方が死に、片方が消えてしまったのでな」

「ええ。アレは不思議な体験でした。ドラゴンに囲まれたボーバトン代表選手の方が、焦って杖を振るった瞬間、パッと消えてしまったのです。周りにいたドラゴンと地面ごと。代わりに何故か、生魚が大量に落ちていました」

 

 ああ――現代に生まれてよかった。神よ、感謝します。

 

「ショーン! 私は絶対に応募するわ! 貴方も勿論するわよね?」

「いや、俺は……アレだ、足が痛いからやめとく」

「はあ? あんたなに、怖気付いてるわけ?」

「いやホント、足が痛いんで……」

 

 呆れた、と、ジニーは頬杖をついてつまらなさそうにした。

 なんだかんだで、イベント事はいつも一緒にこなしてきた二人である。相方であるショーンがいないと、イマイチ気分が乗らないのだろう。

 チクリと胸が痛んだが、あんな話を聞かされた後では、例え一億ガリオンやると言われたってやる気が起きなかった。

 

 その後、ダンブルドア校長から成人した魔法使いのみ参加出来ることが告げられた。

 成人した魔法使いの知り合いなんて――学生では――セドリックしかいない。セドリックはとびきり優秀だ。彼なら、絶対に死なないだろう。

 ショーンは少し安堵した。

 

「さて、では次に――新しい闇の魔術に対する防衛術の先生をご紹介しよう。ここ最近の時の人であり、もしかするとわしよりも今や名が知れてるかもしれんの。みな、拍手を持って迎えるよう! 新任のシリウス・ブラック先生じゃ!」

 

 大広間中から盛大な拍手が聞こえてきた。

 ショーンも出来る限り大きな拍手をして、口笛まで吹いた。

 そう、シリウスは今年から、闇の魔術に対する防衛術の先生として、ホグワーツに就任したのだ。本人は隠しているつもりだったが、正直バレバレだった。

 

 入り口から教員先までの道の途中、シリウスのハンサムな顔がこっちに向いて、茶目っ気たっぷりにウィンクをした。

 

「私に向かってしたのかしら!?」

 

 隣でパンジー・パーキンソンがそう叫んでいたので、ウィンクは彼女に譲った。

 彼女以外にも、シリウスは大広間を通る間に、何人かの――あるいは何十人もの――女の子を虜にしたようだった。「彼って結構クールね」ジニーもそうなりかけていた。ロックハートの時もそうだったが、彼女は案外ミーハーな部分がある。

 もしゴドリックを紹介したら、彼女はどうなるのか……ショーンはとてつもない好奇心に駆られた。

 

 最後にダンブルドア校長がボーバトンとダームストラングが10月頃にホグワーツに来るから、仲良くするようにと言って宴は終わった。

 いつもは最初の宴の帰りは新入生の話題になるのだが、新入生の事を気にしてる奴なんて、誰もいなかった。弟がいるコリンでさえ三大魔法学校対抗試合の話をしている。

 

「ショーン。もうそれ以上ステーキを持っていくのは無理よ」

「もうここ二週間くらいマトモな飯食ってねえんだ。見逃してくれ。それに、彼女達も俺にずっと会えなくて寂しかったはずだ。そうだろ?」

 

 一方トライウィザード・トーナメントの事なんてどうでもいいショーンは、皿にどれ程多くのステーキを盛れるかを考えていた。

 

 ――そうして、今年もホグワーツが始まったのである。












後、三大魔法学校対抗試合が最初に開催されたのは700年前なので、本来ゴドリック達は参加していません。その辺は大筋には関わってこないので、多めに見てください。

今更ですが、原作を読んでて思いました。
ジニーのキャラが乖離してる……と。
アンチ・ヘイトタグ案件なんだろうか?


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第4話 結成

 グリフィンドール談話室。

 ショーン、ジニー、ハーマイオニーというちょっと珍しいメンバーが集まっていた。

 ショーンはなんでもないという風にソファーで新聞を読んでいる。ハーマイオニーはその横で死ぬほど不機嫌そうに本を読みながら、時折何かを羊皮紙に書き込んでいた。

 一方、ジニーはというと――

 

「あー、もう! むかつくむかつくむかつくむかつく! むかつくぅ!」

 

 クッションを振り回して、暴れ回っていた。

 

 ジニーが腹を立てている理由……それは以下の通りだ。

 ダームストラングからはビクトール・クラム、ボーバトンからはフラー・デラクール、ホグワーツからはセドリック・ディゴリー……先日、ついに三大魔法学校対抗試合の代表選手が選ばれた。

 そこまでは良い。

 問題はここからだ。

 実はもう一人、代表選手に選ばれた生徒がいた。

 そう――何を隠そう――ハリー・ポッターである。

 彼は未成年であるにも関わらず、というかそもそも既にホグワーツからもう代表選手が出ているのに、どうしてか炎のゴブレットから名前が出て来たのだ。

 そして炎のゴブレットから名前が出た以上、対抗試合に出場するほかない。

 

「僕は炎のゴブレットに名前を入れてない!」

 

 ハリーはそう強く主張したが、大半の生徒は信じていなかった。それどころか、多くの生徒――特にスリザリンとハッフルパフ――が「目立ちたがり屋だ」とハリーを蔑んだのだ。

 自他共に認めるハリーファンのジニーとしては、まったくもって面白くない。

 ちなみに同じくハリーファンでもコリンは「誰も年齢線を越える方法を思い浮かばなかったのに、やっぱりポッターさんは凄い!」と息巻いていた。

 どうやら同じハリーファンでも、ハリーがダンブルドア校長を出し抜いた派とハリーを信じる派、それぞれ派閥がある様だ。

 

 それに、問題はもう一つある。

 

「ロンは、ハリーがこっそり自分でゴブレットに名前を入れたと思ってるのよ」

 

 ハーマイオニーは熱く語った。

 

「勿論、ダンブルドア先生が書いた年齢線を越えることがどれほど難しい事か、懇切丁寧に説明したわ。ハリーではそれが不可能なことも。でも、知らんぷり。貴方以外の男の子って、どうしてああ意固地なの?」

「さあ? でもハーマイオニー、その辺の男の子より、正直君の方が意固地だと思うぜ」

 

 ハーマイオニーは少し顔を赤くした。

 

「でも、何とか出来ないかしら? 勿論、本当は私が取り持つべきなんでしょうけど……一応、二人の親友ですから。だけど――」

「今まで友達がいなかったから、どうしていいか分からない?」

「……うん。まあ、そうね。ねえ、もう少しオブラートに包んで下さらない?」

「あー……君、シャンプー変えた?」

「変えてません」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 

「ショーン。あんた何か、上手い事考えなさいよ。ロンの馬鹿との仲はどうでもいいけど、ハリーが他の生徒から卑怯者呼ばわりされてるのは、心の底からむかつくわ」

「そんな事言われてもなあ……」

 

 ショーンはちょっと頭をひねって考えてみた。

 問題は二つ。

 親友であるロンとハリーが喧嘩していること。

 周りの人間がハリーを卑怯者だと蔑んでいること。

 この二つの問題の根幹は、似ている様で違うところにある。

 

 確かに、ハーマイオニーは理路整然とロンに説明したのだろうが……それじゃあダメだ。彼も本当は、頭では分かってるに違いない。ただ、心が追いついていないのだろう。

 昔――行き場を無くした頃――ショーンもそういう状態になって、ヤケを起こした事がある。もしハーマイオニーに、自分が意固地じゃない理由を説明するとしたら、それを捨てる必要があったから、と言うだろう。理屈じゃない、要は心のありようの問題だ。

 

 一方で、ハリーを卑怯者と罵っている者達の場合。

 これは実際、大半の者達がお祭り気分で騒いでるだけだろう。

 三大魔法対抗試合という特大のお祭り。浮き足立っている所に、ハリーの代表選手入りという燃料が投下されたのだ。燃え上がらないわけがないし、鎮火する術もないだろう。

 解決するには、三大魔法学校対抗試合と同じくらい話題になる事で話題をそらすしかしかない。

 

 サラザールに言ってもう二、三匹バジリスクを連れて来てもらって、それをハリーとロンに退治させる。

 二つの問題を一遍に解決するには、このくらいしか思い浮かばなかった。

 

「――無理だな」

「まあ、そうよね……」

 

 ジニーががっかりした風に言った。

 きっと彼女も、噂を鎮火させようと色々やって、結局無理だったのだろう。

 

「さて、ショーン。何か気がつかないかしら?」

「シャンプー変えたか?」

「だから、変えてないわよ! そうじゃなくて、お勉強の時間よ。今日は魔法史と呪文ね」

「ハーマイオニー。君ってあんまりジョークを言わないけど、たまに言うときは抜群に冴えてるよな」

 

 ハーマイオニーがにっこり笑った。

 ショーンも笑った。

 ジニーだって笑った。

 

「え、嘘だろ? だって三大魔法学校対抗試合が始まってるんだぜ?」

「授業だって始まってるわ。さあ、図書館に行きましょう」

 

 ハーマイオニーはショーンの首根っこを掴んだ。

 ショーンは上目遣いでジニーを見た。

 

「……なに?」

「子犬の様な顔」

「言っておくけど、全然助けたくならないわよ。むしろ若干頭にきたわ」

 

 ロウェナとサラザールは大体これで行けるのに……やっぱり二人ともグリフィンドール生だな。ハーマイオニーに引きずられながら、ショーンはそう思った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「――ロウェナ・レイブンクローは、知恵者であったと共に、非常に冷酷な人間だったとしても知られている」

「ぶっ!」

 

 思わずショーンは吹き出した。

 

「どうしたの?」

「いや、ロウェナ・レイブンクローはさぞかし冷酷だったんだろうな、と思ってね」

「? 続けるわね――例えば彼女には娘がいたとされているが、育児を放棄し、親友であったヘルガ・ハッフルパフに託したという逸話がある」

「んふっ」

「今度はなに?」

「ごめん、本当に何でもないんだ」

「……はあ。集中出来てないみたいだから、一旦休憩するわね」

「やったぜ」

 

 ハーマイオニーとショーンは、図書館で勉強していた。

 分厚い教科書の中から、テストに出そうな所をハーマイオニーが選んで、ショーンがそれをメモする。

 それが終わった後は、それをひたすら暗記して、ハーマイオニーの作ったミニテストを受ける。合格点が取れるまで、それの繰り返しだ。

 

「……なあハーマイオニー」

「なに?」

「君、ダームストラング生にも勉強を強要してるのか?」

「してません」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 

「じゃあ、あれは何だよ?」

 

 ショーンが目で指した先。

 そこには、分厚い本を読んでいるふり(・・)をしながら、ハーマイオニーとショーンを見つめるクラムがいた。

 ハーマイオニーがそちらをチラリと見る。一瞬目が合うと、クラムは顔を赤くして目をそらした。

 

「もうなにも言わなくて良い。大体事情はわかった」

「そ、そう」

「相当恨まれてるみたいだな」

「何も分かってない!?」

「む。じゃあどう言う事なんだ?」

「だから彼が私の事を――」

 

 そこまで言うと、ハーマイオニーは顔を赤くした。

 それを見てショーンが意地悪く笑う。

 ハーマイオニーは魔法史の教科書でショーンを叩いた。

 

「……」

「……」

 

 見ている。

 クラムが物凄くこっちを見ている。

 もう本を読むふり(・・)をするのも忘れていた。

 

「君が魔法省大臣になった時のボディーガードは決まったな。あの調子じゃ、アリ一匹見逃さないぜ」

「時給が大変な事になるでしょうね。彼、ナショナルチームのエースだし」

「賭けてもいい。タダでも喜んでやると思うね。もしスニッチに後少しで届くって所でも、文字通り飛んでくるぜ」

「ファイアボルトで?」

「ファイアボルトで」

「ファイアボルトといえば、ハリーは残念だったわね」

「あー。シリウスにファイアボルトを買ってもらったんだっけ? セドリックへのリベンジ用に。でも今年はクィディッチが……な………い……」

「……ショーン?」

 

 ショーンは顎に手を当てて、何かを考え始めた。

 ハーマイオニーが心配そうに覗き込んだ瞬間、ショーンはバッと顔を上げた。

 

「思いついたぜ」

「何を? 私としては、魔法史の素晴らしさを希望するのだけど」

「いや、そんな下らない事じゃあない。ハリーとロナルドさんを仲直りさせつつ、学校中の生徒をハリーの味方にするたった一つの冴えたやり方さ」

「本当に!? それで、どうするの?」

「ああ、先ずは……」

「先ずは?」

 

 ショーンは溜めてから、ゆっくりと言葉を発した。

 

「ハーマイオニー、君のおっぱいをこの場で揉む」

 

 それを聞いたハーマイオニーは即座に答えた。

 

「分かりました。法廷で会いましょう」

「ちょ――待て、待て。いやマジで、本当にそれで全部解決するんだって」

「それじゃあ弁明を聞きましょうか、被告人」

「せめて案と言ってくれ、検察官殿」

 

 ――そしてショーンは説明した。

 何故自分がハーマイオニーのおっぱいを揉むことが、ハリーとロンを仲直りさせる事になり、あまつさえ全生徒がハリーの味方をする事になるのか。じっくり、ねっとり、そして時に熱く、説明した。

 

「――なるほど……」

 

 ハーマイオニーはポツリと呟いた。

 認めたくないが、確かにショーンの案はハリーとロンを仲直りさせ、全生徒がハリーの味方になるたった一つの冴えたやり方だった。

 

「理解してくれたようだな。それじゃあ早速――」

「待って、ちょっと待って!」

 

 ハーマイオニーは手をブンブン振った。

 ショーンは手をワキワキ動かした。

 

「あの、ちょっとよいですか?」

 

 二人がじゃれ合っていると、遠くからこっちを見ていたビクトール・クラムが話しかけてきた。

 その瞬間、ハーマイオニーは素早くショーンと肩を組んだ。反対に、ショーンはつまらなさそうだ。

 

「何かしら?」

「イキナリごめんなさい。でも、どうしても聞きたいことがあったのです。お二人は、付き合ってるんですか?」

「いいえ。まあ仲は良いわ」

「あー、まあそんな感じだ」

「そうですか。付き合ってるわけではないのですね」

「ええ、付き合ってはないわね」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、クラムの耳に顔を近づけ、囁くように言った。

 

「でも、少し気になってるのよね。彼、とってもクィディッチが上手いのよ。クィディッチが上手い人って、セクシーだわ」

 

 クラムが顔を白黒させた。

 

「ヴォクもクィディッチ上手です」

「ホント?」

「ホントです」

「それじゃあ――そうね、彼と試合したら勝てる?」

「勿論です。絶対に勝ちます」

「ですって。どう思う?」

「良し、望むところだ。二週間後、ホグワーツとダームストラングで試合をしようじゃないか。親善試合、という形をとれば先生方も納得するだろう。三大魔法学校対抗試合の本当の目的は、国際交流な訳だしな」

「……分かりました。その試合受けます。待ってて下さいね、ハーム・オウン・ニニー」

 

 そう言うと、クラムはノッシノッシと歩いて図書館を出て行った。

 

 ……ショーンの考えた作戦はこうだ。

 最近、ショーンとハーマイオニーはクィディッチ・ワールドカップを見に行った。その時、正直クィディッチに興味がなかった二人でさえ、クラムのプレイに惹かれ、ファンになった。会場にいた多くの人間が、きっと同じ思いを抱いた事だろう。

 それと同じ事を、ハリーにやって貰えばいい。ショーンはそう考えた。

 しかし今年はクィディッチ・トーナメントがない。

 ではどうするか?

 クィディッチ・トーナメントはないが、ビクトール・クラムはいる。ワールドカップ経験者である彼と、ただの学生であるハリーが戦えば、間違いなく生徒達の関心を集められるに違いない。ショーンはそう推測した。

 問題は、どうやってクラムに試合の約束をさせるか。

 そしてショーンは言った。

 ――ハーマイオニーのおっぱいを揉む、と。

 ハーマイオニーに惹かれている彼なら、絶対にそれで釣られる。

 実際にはそうなる前に、向こうの方から声をかけてきたわけだが。

 

「――冷静になって考えてみたら、明らかに胸を触らせる必要はないわね。今回は挑発したみたいな形になっちゃったけど、普通にお願いすればよかったわ」

「まったく、ハーマイオニーはそそっかしいな」

 

 ハーマイオニーは再びショーンを本で叩いた。

 

「それで、どうするのよ」

「何が?」

「クラムと戦う約束は取り付けられたけど、ただ試合をしたんじゃ意味がないわ。勝つか、最悪でも惜敗しなくちゃならないわよ」

 

 そう、目的はあくまで、ハリーの味方を増やすこと。

 ハリーがクラムにぺしゃんこにされたのでは「やっぱりクラムすげー」という事にしかならない。

 

「集めるさ」

「え?」

「クラムと――ダームストラングと戦えるメンバーを、ホグワーツ中から集める」

 

 先ずは勿論、ハリー・ポッター。

 そして友人であるセドリック・ディゴリー。

 その恋人であり、バイト仲間であるチョウ・チャン。

 他にも色々……寮という枠を外せば、様々な選手がホグワーツにはいる。

 

「結成しようぜ、ホグワーツ・オールスターチーム」

 

 ショーンは心から楽しそうに笑った。



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第5話 控え室のオールスター

 さて、先ず誰を誘おうか……ショーンは一人、考え事をしながら廊下を歩いていた。

 

 ショーンとハーマイオニーは一旦別れて、それぞれ分担して仕事をすることにした。

 ショーンの仕事はメンバー集め。

 他方ハーマイオニーは競技場の借り出し申請や、練習場の予約等、色々な手続きをしに行っている。そちらについては、ショーンは微塵も心配していなかった。クィディッチ狂いのマクゴナガル先生なら、間違いなく二つ返事で了承するに違いない。

 

「やっぱり、最初はセドリックだな」

 

 最も親しく、最も頼りになる友人。

 加えて、今はホグワーツの代表選手でもある。

 この試合はただやるだけではダメなのだ。全生徒に見てもらわなくてはならないし、劇的な勝利を収めなければならない。

 セドリックなら実力もあるし、話題性も抜群だ。これほど相応しい人物もいないだろう。

 

 暫く歩くと、中庭の端っこの方でセドリックを見つけた。

 幸いな事に、誘おうと思っていたチョウも隣にいる。

 しかし不幸な事に、二人はぴったりくっついて耳元で囁き合っていた。この間に割って入るのは、中々勇気がいる。

 

「やあ、二人とも」

「おっと。やあショーン」

「はーい、ショーン君。今日も元気そうね」

 

 ショーンが話しかけると、セドリックは顔を赤くして頬をかいた。一方、チョウはからかうように微笑んでいる。

 

「でもショーン君。学校で習わなかった? 恋人同士が仲良くしてる時は、話しかけちゃイケナイのよ」

「悪かったよ」

「うん、よろしい。ちゃんと謝る子は好きだよ、私は」

 

 ショーンは両手を上げて降参のポーズをとった。

 チョウは今まで出会って来た女の子の中で誰よりも大人びている。彼女に会うたびに、男の子は女の子に敵わないという普遍の真理をショーンは味合わされた。

 

「で、どうしたんだいショーン。何か用事があったんだろう?」

「勿論。ちょっと長い話になるんだけど、いいかな、チョウ?」

「どうして私に聞くの? 好きに話せば良いじゃない」

「ああ……うん、そうだな。実は――」

 

 ハリーのために、という部分は伏せて、クラム――もといダームストラング――と試合する事になったことを二人に説明した。

 

「――というわけで、ホグワーツ・オールスターチームを結成しようと思うんだ」

「それで僕達に声をかけた、と」

 

 セドリックはほとんど間をおかずに、直ぐに笑顔で答えた。

 

「うん、良いね! ちょうどクィディッチが無いのを残念に感じていた所だし、実は前々からショーンとプレイしたいと思ってたんだ。勿論、僕は参加させて貰うよ」

「私もオーケーよ。喜んで参加させて貰うわ。レイブンクローには沢山タクティクスがあるんだけど……チームワークが無くて、いっつも上手くいかないのよ。オールスターチームでは、是非その辺りをやり遂げたいわね」

「良し! 二人がいれば百人力だ!」

 

 右手でチョウと、左手でセドリックと拍手をする。

 

「それで。僕たち以外には誰か決まってるの?」

「俺がセドリックとチョウを差し置いて、他の誰かを誘うわけないだろ」

「嬉しい事を言ってくれるね」

 

 セドリックとショーンはハイタッチした後、硬く抱き合った。チョウが横で「男の子のノリねぇ」と笑っている。

 

「という事は僕とチョウ、ショーンで……後四人か。誰を誘う?」

「ハリー。ハリー・ポッターを誘いましょうよ。あの子は良い選手よ。勿論、貴方の次に、だけどね」

「気が合うな、俺もハリーは誘おうと思ってたんだ」

「これで四人。後三人か……」

 

 三人で誰を誘うか考えていると、チョウが妙案を出した。流石はレイブンクロー生、といったところか。

 

「人数より、ポジションで考えましょうか。私は元々オールラウンダーだし、無難にチェイサーをやるとして、シーカーは――」

「僕もチェイサーをやるよ。ハリーはシーカーしかやった事がないだろうからね」

「――となると、チェイサーが一人、ビーターが二人、キーパーが一人空いてる事になるわね。ショーン君は、どのポジションにつくの?」

「俺はキーパーだ。ウッドの代わりって事で、この夏ハリーにみっちりシゴかれたからな」

「うん。反射神経のいいショーン君にピッタリだと思うわ。それじゃあ残りはチェイサーだけど、グリフィンドールのアンジェリーナか、スリザリンのロジャーあたりかしら」

「それが鉄板かな。となると、ビーター……。ホグワーツで一番上手いビーターっていうと……」

「まあ、あの二人ね」

「あの二人か……」

「あの二人のコンビネーションは最高だけど――敵にすると最悪だ。でも今回は味方だから――最高だ、うん」

 

 ともかく、ビーターも決まった。後はチェイサーが一人だけだ。

 

「アンジェリーナかロジャー……甲乙つけ難いわね。審査会でも開く? レイブンクローのキャプテンの私と、ハッフルパフのキャプテンのセドリック。グリフィンドールのキャプテンになる予定のハリーがいるんだから、人はいくらでも狩り出せるわ」

「うん、そうしようか」

 

 簡単な模擬戦のようなものをしてもらう。その成績が優秀だった方がオールスターチームに入る。これなら後腐れ無く選手を選べる、良い案だ。

 これで行こう、と意見が固まった時、ショーンが口を開いた。

 

「――なあ、審査会を開くんだったら、もう一人参加させても良いか?」

「いいけど……あの二人に対抗できる選手なんていた?」

「さあ? ただ……」

「ただ?」

 

 ――面白そうな事するんなら、私も混ぜなさいよ!

 

「約束したんだ、親友と」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「練習場が使えない?」

「ええ、そうなの。試合当日は何とか融通を利かせて貰ったのだけど……練習まではって。私もマクゴナガル先生も必死で説得したんだけど、どうしても無理なんですって。本当にごめんなさい……」

「ハーマイオニー、君が謝る事じゃない」

「ショーン、でも――」

「いや、いい。俺が何とかする」

 

 ――そうは言ったものの、今回ばかりはちょっとお手上げだった。

 

 規則で定められている為詳しくは話せないが、クィディッチ競技場は三大魔法学校対抗試合に使うらしい。

 今はそのための“下地”を魔法でしている最中で、試合当日の一日だけならともかく、何日も借りる……という事は難しいそうだ。

 オールスターチームとはいえ、今のところチームワークはほぼ皆無。練習しなくては話にならない。

 さて、本当にどうしたものか……。ショーンはハーマイオニーと別れて、一人散歩をしながら考えた。

 

「ごほん、ごほん」

 

 禁じられた森の上に輪っかを浮かして、擬似的な競技場を作るか?

 意外と悪くない気がする。

 ただ、森の更に上に作るため、標高が高過ぎて空気が薄くなりそうだ。

 

「えふん、えふん」

 

 あるいは、湖の上ならどうだろうか。

 箒の操作を誤った瞬間、巨大イカや水中人(マーピープル)がいる極寒の湖に落ちるという“ちょっとした”デメリットはあるが……。

 

「おほん、おほん!」

 

 他には――

 

「ちょっと、無視しないで下さいよ!」

「ああ、まだいたの」

「ずっと居ますよ! それこそ、貴方の産まれた時から!」

 

 ロウェナは腰に手を当てて、ぶんすかと怒っていた。

 

「で、どうした?」

「ありますよ、クィディッチ競技場」

「それが使えないから困ってるんだろ、アホか」

「辛辣過ぎる!?」

 

 一旦、ロウェナはシクシクと泣きながらイジケ出した。相変わらず表情豊かな死人だ。

 

「悪かったよ。本当は頼りにしてる。案があるんだろ? 聞かせてくれないか」

「ねえ、聞きたいですか? ねえ聞きたいですか!?」

 

 今度は子犬のようにはしゃいでいる。頭に手刀を落とすと「うー」と涙目で頭をこすりながら、質問に答え出した。

 

「サラザールが遺した秘密の部屋ですが……実は! この私も、同じ様に部屋を遺していたのです!」

「「「!?」」」

 

 他の創設者達が驚愕する中、ロウェナはこれ以上ないほどのドヤ顔で語った。

 

「その名も「必要の部屋」! これは本当に自信作ですよ! 床、壁、天井、扉――ありとあらゆる場所に魔法をかけました。貴方が「これが必要だ」と思った物は何でも! その部屋が提供してくれます。ええ、何でもです。例えばそう、クィディッチの競技場でも」

「――マジで?」

「マジです」

「ロウェナ、結婚しよう」

「謹んでお断りします。だって私……死んでますから」

 

 ロウェナとショーンは笑いあった。

 その後ろで、ヘルガが拳を握りしめていた。

 さようなら、ロウェナ。ショーンはそっと別れを告げた。

 

 良し、これで競技場は手に入れた。

 そして最高のメンバーも。

 後は……。

 

「久しぶりだな、相棒」

 

 いつの間にか、ショーンは目的地にたどり着いていた。

 そこはホグワーツの隅にある、寂れた物置きの前。

 一年と半年ぶりに会う相棒は、早速ショーンのひたいを叩いた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、自分の情け無さを痛感していた。

 自分の親友二人、彼らを仲直りさせてる為に、全力で奔走してくれている一つ下の後輩。

 一方、自分は何の役に立っているだろうか?

 やり方を考えたのも、メンバーを集めたのも、練習場を見つけてきたのも彼だ。

 ――胸の一つくらい、触らせてあげるべきかしら?

 そんな馬鹿な事を考えるくらいには、ハーマイオニーは悩んでいた。

 何が出来るだろうか――出来れば胸を触らせる事以外で――ハーマイオニーは考える。

 考えたハーマイオニーは、とりあえず図書館に来ていた。

 とりあえず図書館。

 それが彼女のライフワークである。

 

「やあ、ハーマイオニーちゃん。悩んでるみたいだね」

「チャン先輩……」

「チョウで良いよ。イギリス人には発音し辛いでしょ?」

 

 図書館には、羊皮紙と睨めっこするチョウ・チャンの姿があった。

 話した事はなかったが、ショーンの知り合いだという事で、お互い存在を知ってはいた。

 彼女は「隣、座りなよ」とハーマイオニーを誘った。

 断る理由はない。

 ハーマイオニーは素直に隣に座った。

 チョウはちょっと微笑んだ後で、再び羊皮紙に目を落とした。羊皮紙にはびっしりと、チョウが書いたと思われる図や文字が書いてある。

 

「……一体何をしてらっしゃるんですか?」

「んー? クィディッチのタクティクスだよ。他はともかく、ビクトール・クラムは本当に強い。正直、ウチのビーターだけじゃ開始五分でスニッチを取られちゃう。さて、どうしたものかねえー」

 

 良く見ると、チョウの目の下には隈が出ていた。

 いつもメイクをバッチリ決めて、爪の先までスキが無いチョウらしく無い。

 練習と作戦考案――チョウは、ずっと戦っているのだろう。

 来る日も来る日も厳しい練習が続いていると、ショーンやハリーが言っていた。

 

「私にも、」

 

 羨ましい、と。

 そう思った。

 肩を並べて戦えることが羨ましい。

 だから、ハーマイオニーは言った。

 

「私にも作戦を考えさせて下さい!」

「……ん、いいよ。というより、喜んで、かな? 君の優秀さはかねがね聞いてる。実は隣に座ってって言ったのも、これを狙ってだったりするんだ」

 

 チョウはイタズラっぽく笑った。

 ああ、この人には敵わない。ハーマイオニーは強く思った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ――そして試合当日。

 選手達は控え室に集まっていた。

 全員――選手では無いハーマイオニーも含めて――マクゴナガル先生が特注してくれた、背中にホグワーツの校章が入ったユニフォームを着ている。

 

「――ここ最近、練習を通じて思った事があるんだ」

 

 静まり返る控え室の中、セドリックがポツリと呟いた。

 

「僕ら四寮は、正直言ってそこまで仲が良いわけじゃ無い。クィディッチトーナメントに寮杯。僕らはいつも競い合って来た。競い合うどころか、時には憎み合った事さえある。だろ?」

 

 これには一同、即座に同意した。

 

「だけど、組み分け帽子は言った。敵が来たときは、ホグワーツ一丸となって立ち向かえって。ここ最近、いつも感じてたよ。ライバルとして、敵として戦ってたみんなが仲間になると、こんなに頼もしいんだって。今なら分かる。僕らはハッフルパフでも、グリフィンドールでも、スリザリンでも、レイブンクローでもない。ホグワーツなんだ!」

 

 セドリックの言葉に、みんなが大きな声で同調した。同時に、外から雄叫びのような叫び声が聞こえて来る。どうやら、ダームストラングの選手達の入場が始まったようだ。

 何だか生徒全員がセドリックの言葉に同調した様で、縁起が良い。

 

「にしても、スゲエ声だな」

「ダームストラング、ボーバトン、ホグワーツ。三校のほぼ全員の生徒が集まってるんじゃないのか?」

 

 ビーターの二人が言った。

 それとまったく同じタイミングで、控え室の扉が勢い良く開く。

 

「僕とルーナが必死にPRしたからね」

「コリン、ルーナ!?」

「ヤッホー、ショーン。それからみんなも」

 

 入って来たのは、コリンとルーナだった。

 いつの間に撮ったのか、手にはオールスターチームの写真が握られていた。写真の中のショーンが変顔している。

 

「次に何かやるんなら、僕も誘えって前に言っただろ。まったく、君は酷い友人だ。だから今回は、自分で参加したよ」

 

 コリンはやれやれといった顔で、ショーンに拳を差し出した。

 ――ごつん!

 二人の拳がぶつかり合う。「痛ぁ……」コリンは拳を抱えてその場に倒れ込んだ。

 

「コリン。動く魔法の写真、出来る様になったんだね」

「ポッターさん! 覚えて……覚えて、くれて――!」

 

 コリンは何故か泣き出してしまった。

 大袈裟なやつだ。ショーンは肩を竦めた。

 

「さて、私の素敵なボーイフレンドであるセドリックが素敵なスピーチをしてくれたわけだけど、キャプテンであるショーン君から素敵なお言葉はないのかな?」

「え? 待って、チョウとセドリックって付き合って――」

「ハリー。今は黙って」

「はい」

「――たった今ここで、一つの青春が崩れたわけだが……」

 

 ショーンはそう前置きした。

 ハリー以外は笑った。

 

「俺たちの青春は一つじゃない。ここ二週間ほど、四寮力を合わせて練習をした。そこにも青春があったと、俺は思う。きっと、きっと……ホグワーツ創設者達も、こんな風に笑いあっていたさ」

 

 ショーンの言葉には、不思議な説得力があった。

 選手達はお互いの顔を見て、少し笑い合った。

 

「――それではいよいよ、我らがホグワーツ・オールスターチームの選手紹介に移りたいと思います!」

 

 外からリーの実況が聞こえてくる。

 「時間だ……」誰ともなく呟いた。

 

「チームの頭脳にして紅一点! レイブンクロー寮所属、チョウ・チャン! ポジションはチェイサー!」

「あら。レディー・ファーストなんて、気が利いてるわね」

 

 まるでチョコレートを食べに行くかの様な気軽さで、チョウはピッチへと向かっていった。

 

「去年度ホグワーツ・クィディッチトーナメントMVPとの呼び声も高いハンサム男! ハッフルパフ寮所属、セドリック・ディゴリー! ポジションは同じくチェイサー! ちなみに、チョウ選手のボーイフレンドでもあります」

「ショーン。君だな? 紹介文に余計な一文を足したのは」

 

 相変わらずの爽やかな笑顔を浮かべながら、セドリックはピッチへと向かっていった。

 

「アンジェリーナとロジャーを下し、見事にチーム入りを果たした期待のスーパー・ルーキー! グリフィンドール寮所属、ジニー・ウィーズリー! ポジションは同じくチェイサー!」

「……私もいるのに、何でチョウが「紅一点」なわけ?」

 

 ショーンをいつもの様に睨みながら、ジニーがピッチへと向かっていった。

 

「やはり、この二人は同時に紹介するのがいいでしょう! グリフィンドール寮所属! フレッド・アンド・ジョージ・ウィーズリー! 二人は俺の親友だ! お前ら、頑張れよ! ポジションはビーター!」

「「その紹介じゃどっちがフレッドでどっちがジョージが分からないじゃないか」」

 

 足並みを揃えて、フレッドとジョージはピッチへと向かっていった。

 

「トライ・ウィザードトーナメント、まさかのフォースチルドレン! 今ホグワーツで最も注目されている生徒と言っても過言ではないでしょう! 百年ぶりの一年生シーカー! グリフィンドール寮所属、ハリー・ポッター! ポジションはシーカー!」

「……ロンは、この試合観てるかな?」

「……もし観ておられなかったら、君は戦わないのか?」

 

 ちょっと驚いた顔をした後、微笑みながら、ハリーはピッチへと向かっていった。

 

「……チョウに聞いたぜ。徹夜で作戦考えてくれたんだってな」

「ただの徹夜じゃないわ。三徹よ」

「どうりであんなクレイジーな作戦が出来るわけだ。深夜のノリって奴だな」

「今回ばっかりは認めるわ。マトモなら、あんなの思い浮かばないもの」

「違いない」

 

 二人は静かに笑い合った。

 ――一瞬の後、静寂が訪れる。

 

「……なあハーマイオニー」

「……なあに?」

「勝ったら……もし勝ったら――」

 

 ――おっぱい触らせてくれないか?

 

「え? これをマジで読むの? 本人の強い要望? あー……こほん。ロナルド・ウィーズリーさんの後輩! グリフィンドール寮所属、キャプテンのショーン・ハーツ! ポジションはキーパーです!」

「台無しよ! 色々と!」

 

 ハーマイオニーの叫び声を聞きながら、ショーンはピッチへと向かっていった。

 グラウンドでは、仲間達と――そして、ビクトール・クラムが待ち構えていた。

 

「キャプテン同士、握手して下さい」

 

 主審のマダム・フーチの合図で、ショーンとクラムはゆっくりと、そして驚くほど優しく握手をした。

 

「……そんなオンボロな箒でやるんですか?」

「ああ。相棒なんでな」

「ダームストラングでそんな箒を持ってたら、みんなに笑われます」

「かもな。でもそんな箒の奴に負けたプロ選手がいたら、一生笑われるだろうぜ」

 

 笛が鳴り、選手達が宙に浮かんだ。

 ――試合開始だ。












カリスマが溢れすぎてるチョウ・チャン。
今のところリドルさんとツートップをはれるレベルのカリスマ。
これはハリーが惚れるのも納得。


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第6話 その味は鉄

 試合開始の合図を受けて、空に浮かび上がる。

 一瞬、箒に頭を叩かれるのでは? という考えが浮かんだが、箒はしっかりと空中でショーンの体重を支えていた。

 普段いがみ合っている者が味方になると、途端に頼もしく感じる事があるというが、この箒は正にそれだった。なんとも言えない安心感を与えてくれる。

 

 思えば、この箒とも長い付き合いだ。この試合が終わったら、何か名前をつけてやるのもいいかもしれない。

 そうだな、ロナルド――ショーン――ショーナルド。

 ショーナルドという名前はどうだろうか? ジョークばかり言う子に育ちそうだ。

 

「ショーン!」

「おお、我が義妹よ」

「はぁ!?」

 

 ジニーがありったけの侮辱の目を向けながら、ショーンにクアッフルを投げた。

 おっと、集中しないと。

 ショーンはクアッフルをキャッチしながら、ピッチを見渡した。

 

 ダームストラングの選手達は、少々面食らっているようだった。

 最初にボールを持った選手が、後ろにボールを送る事は、フットボールでもよくある事だ。むしろ定石と言ってもいい。それでも流石に、キーパーまで戻すと言うのは、ほとんどない。

 

 彼らにとって予想外だった事は、それだけではなかった。

 ホグワーツ側のコートには――ジニーとショーンを除いて――ホグワーツ側の選手が、すっかりいなくなっていたのだ。

 ダームストラングの選手達は――もちろん、観客もだが――ホグワーツ側の選手達を、私服姿のルーナを見るような目で見ていた。

 

 しかし流石によく訓練されているようで、ダームストラングの選手達は直ぐに気を取り直して、ショーン目掛けて飛んで来た。そのうち何人かは、ホグワーツ側の作戦を見抜いてさえいるようだった。

 

「ジニー」

「はいはいっと」

 

 右上(・・)を見ながら、左下(・・)にパスを出す。

 ダームストラングの選手達は右上のパスコースを塞いだが、それは無意味だった。

 ジニーだけが左下で、しっかりとショーンのパスを待ち構えている。

 

 ダームストラングの選手達は急いでジニーの方へと向かっていったが、それもまた無意味だった。

 ジニーはクアッフルに手も触れず、即座に箒の柄の部分でクアッフルをショーンに打ち返していたのだ。

 

 ショーンは突如、豪速で飛んでくるクアッフルを当たり前のようにキャッチした。

 そしてそのまま、急上昇していく。

 慌てて目で追ってしまったダームストラングの選手達は、ショーンの後ろでサンサンと輝く太陽を見て、目をやられてしまう。

 その間に、いつの間にかショーンの下に待機していたジニーに、クアッフルを投げた。またしてもパス成功だ。

 

「行くぞ、ゴールまで一直線だ!」

「作戦バラしてんじゃないわよ!」

 

 ショーンとジニーの会話を聞いたダームストラングの選手達は、慌てて自陣のコートまで戻って行く。

 しかし、ショーンとジニーは、一歩も動いていない――箒に乗っているのに「一歩」という表現はおかしいが――とにかく、その場にとどまっていた。

 

 ここまでくると、ダームストラングの選手達は、流石にホグワーツ側の作戦に気づいた。

 そう――何を隠そう――ホグワーツ・オールスターチームは最初から、点を稼ぐ事を諦めていたのだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ホグワーツ・オールスターチーム、それから候補生たちは、一つの教室に集められていた。

 黒板の前には、ハーマイオニーが立っている。

 彼女は赤い眼鏡をかけ、髪の毛を後ろで纏めて、それから教鞭を持っていた。どうやら彼女は、形から入るタイプらしい。

 

「えー、これからホグワーツ・オールスターチームの作戦会議を始めたいと思います。何か質問がある方は、挙手をしてから発言してください」

「一体いつからハーマイオニーはマクゴナガル先生になったんだ?」

 

 ハリーがそう言うと、ハーマイオニーはチョークを浮かべて、スニッチのような速さで飛ばした。

 ハリーはチョークがトラウマになった。

 

「今回の試合は、普段ホグワーツで行われている試合とは、大きく異なる部分があります。それがなんだか分かりますか? はい、ショーン」

「えっ、挙手制じゃないの? あー、えっと……ハーマイオニー、今日の髪型オシャレだな」

 

 ショーンはチョークがトラウマになった。

 

「普段のクィディッチ・トーナメントでは、勝ち点を上げる為に、出来るだけ多く点を取った状態でスニッチを獲得し、試合を終わらせます。これはナショナルリーグでも同様です。ところが、今回の試合は一回限り。つまり、」

「つまりサッサとスニッチを取ればいいんだ!」

「挙手を!」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 しかし興奮したハリーの耳には、届いていない様だった。

 

「ですが、そのくらい相手も気がついてるはずです。恐らくクラム選手はその気になれば、五分とかからずにスニッチを捕まえられるでしょう」

「僕だってやろうと思えば出来る」

「そうでしょうとも。そうでなくては困るわ」

 

 ハーマイオニーの発言に、みんな首を傾けた。それを見て、ハーマイオニーは楽しそうに笑った。

 ハーマイオニーが重度の教えたがりである事を、ショーンは見抜いていた。しかし彼女の元にチョークがある限り、ショーンはそれを言うことはないだろう。

 

「我々は、点を取る事をしません。三人いるチェイサーの内二人――セドリックとチョウ――には、ずっとクラムをマークしてもらいます。更にそこに、フレッドとジョージを加えた四人がかりで、徹底的に妨害してもらいます。そして150点の差がつく前に、」

「僕がスニッチ取る!」

「挙手を!」

「ああ――うん――挙手ね」

 

 ハリーが挙手の事を少しも考えてないことは、誰の目から見ても明らかだった。頭の中はクラム一色だ。

 

 しかし……チェイサーを一人だけにするとは、思い切った事をしたものだ。

 クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。つまりセドリックとチョウは、スニッチが目の前にあっても、何もする事が出来ない。あくまで、ただクラムの妨害をするだけ。

 

 人数の少ないクィディッチという競技で、四人もの選手を点に関わらせないというのは、正気の沙汰ではない。

 

「それで、ゴールキーパーのショーンと――それからもう一人のチェイサーの――二人でクアッフルを回し続けてもらいます。150点差をつけられない様に。そうなると――必然的に――もう一人のチェイサーは技量よりも、ショーンと息が合うかどうかで決めます」

「ハーマイオニー、その作戦には、決定的な穴があるわ」

 

 ジニーが手をあげながら、重々しく言った。

 

「ショーンと息が合う奴なんて、この世界のどこを探してもいないわ」

「ジニー。貴女は挙手をしたとしても、発言は許しません」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 

 その後、面々は『必要の部屋』に向かった。最後のチェイサーを決めるテストを、今からしようと言うのだ。とは言っても、候補生は片手で数えられる程度しかいない。

 

 先ずスリザリン生は「他の寮の奴ら――特にハリー・ポッター――となんて一緒にプレーできるか」と――チョウに気があるスリザリンチームキャプテンのグラハム・モンタギュー以外――参加してくれなかったし、レイブンクロー生はそもそもクィディッチがあまり好きではなかった。

 

 結局集まったのはほとんどがグリフィンドール生とハッフルパフ生だが……ジニーとアンジェリーナを超える選手がこの中にいるとは、到底思えなかった。

 それでも一応、テストをやらないわけにはいかない。もしかしたら、逸材が眠っているのかもしれないのだ。

 

 中央で行われているチェイサー選抜テスト。

 その一方で、コートの端の方では、既にスタメン入りを果たした選手達が練習していた。

 

 シーカーであるハリーを、セドリックとチョウがひたすら妨害しながら飛び、ハリーはそれを躱しながらスニッチを追いかけている。

 二人にマークされてるだけでも辛いのに、更に時折、ビーターであるジョージとフレッドの妨害が入るのだ。

 それを見事にさばいているハリーは、やはり天才的なシーカーだとショーンは思った。尤も、チョウと身体が触れ合うたびに飛びあがらなければ、だが。

 

 テストをして見て改めて感じた事だが、アンジェリーナは素晴らしい選手だし、ジニーもショーンとのチームプレーという観点から見れば悪くない。モンタギューもチームワークには若干の疑問があるが、冴えたプレイをしていた。

 盛り上がればそれでいいと思っていたが、案外本当に勝てるかもしれない。ショーンはそんな事を、のんきに考えていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「タイム!」

 

 一応のキャプテンであるショーンが、タイムをかける。

 選手達は地上に舞い戻り、ハーマイオニーの元に集結した。

 

「選手交代だ。ジニー、アンジェリーナ」

「分かったわ」

「オーケー」

 

 ダームストラングの選手達は、早くもジニーとショーンのトリックプレーに慣れ始めていた

 現に、ポツポツと点が入り始めている。

 

 トリックプレーのジニー。

 正統派のアンジェリーナ。

 ラフプレイのモンタギュー。

 この三人を使い回す事で、相手に『慣れさせないこと』それが重要なのだ。

 もちろん、これも今回一回限りというルールだからこそ出来る作戦である。

 その作戦は、今のところ上手く言っていた。問題は……。

 

「ごめんなさい、限界に近いわ……」

「実を言うと、僕もだ」

 

 クラムをマークしている、チョウとセドリックの方だった。

 二人は汗をびっしょりとかき、まさに満身創痍という風だった。援護のフレッドとジョージにしても、三人が速すぎて、追いつけていない。

 

「ハリー」

「うん、分かってる」

 

 ハリーも良いプレーをしていた。

 しかし相手のビーターが予想外にうまく、自由にさせてもらえない。

 

 みんな作戦通りに、良いプレーをしている。

 ――それでも、それでもなお引き離されていく。

 単純に実力の差。

 両者の間には、大きな隔たりがあった。

 

「ん、そろそろ試合再開だ」

「うへぇ。世界で一番短い十分間だった」

「違いない」

 

 軽口を叩きながらも、地面を蹴って空に上がっていく。

 観客達は熱狂を持って、選手達を迎えた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ……試合は、一瞬のまばたきも許されない程の速さで進んでいった。

 

 ジニーのトリックプレーも、アンジェリーナの実力も、モンタギューのラフプレーも瞬く間に通用しなくなった。

 今ではもう、パスは通らないし、クアッフルをキープしようとしても、あっという間に掠め取られてしまう。

 現に、もう130対0だ。

 

 セドリックとチョウの方はもっと悪い。

 クラムは速い。世界最速の箒ファイヤボルトの力を、恐らく誰よりも見事に引き出しているだろう。またフィジカルも申し分なく、その姿はまさに炎の雷といったところか。

 そんなクラムに、セドリックとチョウはスピード、パワー、テクニック、コンビネーション、あらゆるものを総動員して、なんとか食らいついている。だがそれももう限界だ。

 恐らくあと五分も経たないうちに、セドリックとチョウは飛べなくなるだろう。

 

 フレッドとジョージも奮闘してはいるが、焼け石に水。いや溶岩に水と言った方がいいかもしれない。とにかく、上手くいってない事だけは確かだ。

 

 

 そんな惨状にあって――ハリー・ポッターは笑顔を浮かべた。

 

 

 やろうと思っている事ができない。

 敗北が迫り、焦燥感にかられる。

 そう、久しく忘れていた感覚だ。

 

 初めてクィディッチの試合に出た時。チェイサー達は目で追えないほど速く感じた。相手も強大に見えたし、練習で習った事は、そのほとんどが上手くいかなかった。

 しかしハリーには、才能があった。

 直ぐに試合に慣れ、あっという間にスター選手になった。

 気がつけば、ハリーと対等に戦えるのは、セドリックだけになっていた。だがそれも、個人の話で、チーム全体としては、グリフィンドールとハッフルパフには大きな隔たりがあった。

 

 それに比べて、この試合はどうだろう。

 昔と同じだ。

 チェイサーは速く、相手は強大で、やろうと思った事は何一つ上手くいかない。

 懐かしい。

 そう、懐かしい。

 このチーム一丸となって、強大な相手と戦うこの感覚。

 背後から迫り来る対戦相手の息遣い。

 全てが懐かしい。

 

 改めて思う。

 ああ、やっぱりクィディッチは面白い、と。

 ハリー・ポッターは、クィディッチが大好きだ、と。

 

「また止めたァ! まるで後ろに目があるかのようなプレイング! 急に動きが良くなりました、ショーン・ハーツ!」

 

 リー・ジョーダンの実況に、観客達が湧いた。

 ショーンはここにきて、何度もスーパー・セーブを決めていた。まるで本当に、背中に目があるかのような動きだ。

 

 そういえば、この試合は彼がセッティングしたものらしい。

 ハーマイオニーがこっそり教えてくれた。

 ハリーの為に、この試合を組んだのだと。

 学校中が敵視しているハリーの為に、ダームストラング校と交渉し、先生方に許可を取り、選手を集めてくれたのだと。

 

「……ありがとう、ショーン」

 

 気がつけば、ハリーはショーンの方を向いて礼を言っていた。

 そして……ショーンのやや下、そこに、スニッチを見つけた。

 

「――――ッ!」

 

 瞬間、ハリーの中の血が大爆発した。

 これまでに溜めていた力を、一気に解き放つ!

 スニッチまで、後20メートルッ!

 その20メートルを全力で駆け抜けるッ!

 

 ハリーが風になったその時……ハリーの横を、何かが猛烈なスピードで走り抜けて行った。

 

「クラム!」

 

 ビクトール・クラムだ。

 彼は見た事もない速度で、ハリーを追い抜いて行った。

 

(全力じゃなかった……全力じゃなかったんだ! 僕たちを油断させる為に、今まで手を抜いてたんだ!)

 

 ハリーが気がついた時には、もう遅い。

 そもそも、箒の性能に圧倒的な差があるのだ。

 一度抜かれてしまっては、もう二度と追いつかない。それどころか、差は広がるばかりだ。

 セドリックとチョウも慌てて追いかけるが、その速度はハリーよりも遅い。

 誰もが、負けを悟った。

 しかし……、

 

「……えっ?」

 

 スニッチの真横に、ショーンがいた。

 偶然に?

 違う。

 クラムを妨害する為に?

 違う。

 では何のために?

 彼が何をしようとしているかは、その姿を一目見れば分かった。

 

 クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。

 では手でなければどうだろうか?

 例えばそう……箒で打つとか。

 

 ショーンは箒に跨っていなかった。代わりに箒を、まるでバットの様に構えている。

 あの箒は、ファイヤボルトとは比べ物にならないほど鈍く、またボロい箒だ。しかし、何かを叩く事に関しては、誰にも負けない。

 

 “カコーン”とスニッチを叩く音がした。

 猛スピードでスニッチに向かっていたクラムは、同じく猛スピードで迫ってくるスニッチに反応出来ない。

 スニッチは、クラムの背後にいたハリーの口の中に、吸い込まれていった。

 口の中に広がる鉄の味……本当に、懐かしい……。

 でもこれで、これで勝ち! 勝った!

 ハリーはそう思いながら、スコアボードを見た。

 

「……ん?」

 

 ――150対160。

 そこにはそう書かれていた。

 

「キーパーがゴールから離れてどうすんのよ、このバカァ! 点取られ放題じゃない!」

 

 ジニーの声が、虚しくピッチに響いた。













次回からダンス・パーティー編。
ショーンの相手とか、今後の展開を予想出来たら神。


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第7話 祝賀会

 クィディッチのゴールは小さい。

 クアッフルがちょうど通れるくらいの大きさしかないのだ。

 その為あまり角度をつけすぎると、クアッフルをゴールに入れる事が出来なくなってしまう。故にチェイサーはシュートする時、ほぼ真正面からシュートしなければならない。

 このままでは、キーパーがゴールの前に立っているだけで、必ずセーブ出来てしまう。

 そこで三つ、ゴールが用意されているのだ。

 必然的に、どのゴールを狙ってくるのか、どのゴールを守ってくるのか。それを読み合うのが、キーパーとチェイサーの駆け引きになる。

 

 キーパーは相手の視線や仕草から思考を探り、狙うゴールを割り当てる。

 チェイサーは逆に、己の狙いを悟らせない様、全力を尽くす。

 要は騙し合いだ。

 しかし、しかしもしも、騙し合いの場で相手の思考が読めたとしたら?

 それは即ち、最高のキーパーではないだろうか。

 

「ショーン。右をお守りください」

「了解っと」

 

 ショーンから見ると、相手のチェイサーは左を狙っている様だったが、少しの疑いも挟まず、右を守る。数秒後には、ショーンの手にクアッフルが収まっていた。

 

 いや、最初は真面目に頑張っていたのだ。

 ゴドリックから学んだ「相手の目線の見方」だとか、

 サラザールから学んだ「相手の思考の読み方」だとか、

 ロウェナから学んだ「戦術」だとかを駆使して、真面目に頑張っていた。

 しかし……それももう限界だった。

 相手のチェイサーが乗っているファイア・ボルトが速すぎるのだ。とてもじゃないが、マトモに相手をしていられない。そこで思いついたのが、コレ。

 ヘルガに相手の思考を読んでもらって、それ通りに守る。

 卑怯だとは思う。

 相手がプロを目指してずっと練習して来た相手で、その上国際試合にも使われている様な箒に乗っているとしても、偉大なる創設者の力を借りる事は、卑怯に他ならない。

 そう頭では分かっている。分かっているのだが……。

 

 ――勝ちたい。

 どうしても、勝ちたい。

 

 勝ちたいという気持ちが、後から後から溢れてくる。

 二つ返事で協力してくれたセドリックが、頑張ってくれている。

 いつも余裕たっぷりなチョウが、汗を流して必死にクラムに食らいついている。

 いつもジョークばかり言うフレッドとジョージが、懸命に戦っている。

 悪友のジニーも必死だし、アンジェリーナはもちろん、宿敵スリザリンのモンタギューでさえ勝利の為に最高の力を振り絞っている。

 そして、ハリーも……。

 

 盛り上がればいい。

 もしかしたら、勝てるかもしれない。

 

 そんな気持ちは、とうに消えていた。

 勝ちたい。

 今はただ、その一心のみ。

 卑怯だとかなんだとか、そんな事はどうでもいい。使えるモノは使う。それだけだ。

 

 ハリーの為に始めたこの試合。

 最初はどうかと思ったが……やって良かった。

 ショーンはふと、ハリーの方を見た。

 

「……ありがとう、ショーン」

「えっ?」

 

 何故かハリーもショーンの方を見ており、更には礼まで言っていた。

 意味不明だ。

 と思った瞬間、ハリーがこっちに向かって突撃して来た。

 意味不明だ。

 と思った瞬間、クラムがこっちに向かって突撃して来た。

 意味不明だ。

 

「スニッチ! 下、下!」

「ショーン、早く行け!」

 

 ゴドリックとサラザールの言葉を聞いて、慌てて下を見る。

 そこには、キラキラと光るスニッチがあった。

 ついにウチのシーカーは、スニッチを見つけたのだ!

 勝った! オールスター戦完!

 ……とはならなかった。目の前で、ハリーがクラムに追い抜かれたのだ。

 

 負け……このままでは、負けてしまう。

 次の瞬間、体が勝手に動いていた。

 箒から飛び降り、スニッチの元へ。

 そして落ちて来た箒を掴み、握り締める。

 

 “カコーン”。

 クリーンヒットした感覚が、手を伝わった。

 スニッチは吸い込まれるように、ハリーの口の中へと入っていった。

 勝った、今度こそ勝った!

 

「キーパーがゴールから離れてどうすんのよ、このバカァ! 点取られ放題じゃない!」

「……あ」

 

 気がついた時にはもう遅い。

 スコアボードには、150対160と表示されていた。

 

「し、しまったぁぁぁああああ!!!」

「おいバカ、ショーン! 箒から手を離すな!」

「落ちてます、貴方落ちてますよ!」

 

 ショーンはつい野球の時の癖で、バットがわりに使った箒を、ほっぽり投げていた。

 箒も慌ててこっちに戻って来ているが、もう遅い。あの箒は、打つのは抜群だが、速度には難ありだ。

 死にはしないだろうが……両足骨折。最悪、腰までやるかもな。

 ショーンが覚悟を決めたその時――

 

「おっと。ダイジョーブですか?」

 

 こっちに猛突進していたクラムが、ショーンを空中でキャッチした。

 

「貴方は、とても勇敢でした。ヴァレヴァレは、勇敢な者には、敬意を払います」

 

 そう言って、いつも無表情なクラムは、ニッコリ笑った。

 ショーンも笑った。

 そして地上では、鬼の形相をしたジニーが待っていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 必要の部屋に、オールスター戦に出場した選手達と、その親しい友人が集まっていた。

 所謂、祝賀会というやつである。

 

「みんな、グラスは持った?」

「いえー!」

「声が小さい! お前ら、グラスは持ったかァ!?」

「いえーーー!!!」

「それじゃあ乾杯! 今日は私のおごり! 飲め飲め!」

 

 チョウの音頭で、みんながグラスをぶつけ合った。

 

 必要の部屋は、グラスや机は用意出来ても、飲み物や食べ物は用意出来ない。

 そこで『漏れ鍋』でバイトをしているチョウに頼んで、様々な飲み物を用意してもらったのだ。バタービール、ワイン、ウィスキー、蜂蜜酒、ポリジュース薬、シャンパン、なんでも揃ってる。

 では、食べ物はというと……。

 

「オムレツちょうだい。チーズとベーコンと、マッシュルームのやつね」

「はいただいま!」

 

 ジニーの注文通りに、オムレツを作る。

 料理の方は、ハグリッドから分けてもらった素材で、ショーンが作っていた。

 今回の試合、MVPがクラムなら、逆MVPはショーンだ。そこでショーンがコックをする事になったのである。ケータリングしても良かったのだが、金銭面と、時間の都合でそれは却下された。

 代わりといっては何だが、ショーンだけ参加費ゼロになっている。

 

「私ステーキ。ミディアムね」

「はいただいま!」

「パスタちょうだい。ペペロンチーノがいいな」

「はいただいま!」

「ピザまだ?」

「はいただいま!」

「僕は――」

「コリン、てめえは自分で作れ。それか靴でも食ってろ」

「!?」

 

 必要の部屋がドデカイキッチンを出してくれたが、それでも手は二つしかない。魔法で作れればいいのだが、残念ながら、それはまだショーンには出来なかった。

 

「ショーン、魚が! 魚が歩いて逃げてます!」

「不味いぞ、ショーン! 塩が後二分で爆破する!」

「伏せろ! カブがツルを伸ばしてきた!」

「うーん……そうですね、もうひとアクセント加えましょうか。オリーブはどこです?」

 

 上からロウェナ、サラザール、ゴドリック、ヘルガ。

 幽霊達がアドバイスしてくれていたが、それでもなお忙しい。

 ふと向こうの方を見ると、ハリーとロナルドさんが肩を組んで踊っていた。どうやらいつの間にか、仲直り出来ていたようだ。

 違う方を見れば、クラムとハーマイオニーが楽しそうに話し込んでいる。

 ……みんな楽しそうだ。いかん、涙が……。

 

「ショーン」

「お、ルーナ。どうした、混ざらなくていいのか?」

「うん。そんな事より――」

 

 まさか、手伝ってくれるのだろうか。

 ショーンは淡い期待を描いた。

 

「そろそろデザートが食べたいなって」

「うん、お前はそういう奴だよな。分かってた」

 

 淡い期待は、本当に淡かった。

 

「ティラミスとかケーキは無理だぞ、時間がかかるから。作れるのはデザートピザか、クレープくらいだな」

「デザートピザがいいな」

「オッケー」

 

 ピザ生地を広げて、その上にバターを塗り、クリームチーズとブルーベリーを山ほど乗せて、砂糖を振りかけてから、竃に入れる。これで五分ほど焼けば完成だ。

 

「ショーンは、何か食べたの?」

「……そういえば、まだ何も食べてないな。この会が終わったら、後片付けでもしながら、ゆっくり食べるよ」

 

 今は少なくとも、何かを食べている余裕はなかった。

 両手とも、大忙しだ。

 

 ルーナはデザートピザを持って、ジニー達が座っているテーブルに向かった。するとあっという間に食べ終わってしまったようで、更に二つ、追加オーダーが入った。

 さらに忙しくなる中、一人の意外な人物が、手伝いに来てくれた。

 

「……あの、何か手伝いましょうか?」

「クラムさん……いや、ビッキー!」

「その呼び方はやめてください」

「はい」

 

 そう――何を隠そう――本日の主役ビクトール・クラムその人である。

 ただ、クラムは恐ろしく不器用だった。パスタを茹でるという、失敗しようがない作業でさえ、とてつもない大失敗をした。彼はまさに『炎の雷』。それは厨房でも変わらない。そして厨房に火はともかく、雷も炎もいらなかった。

 

「クラム、今ハッキリした。君の戦場はキッチンではなく、クィディッチのコートだ」

「はい。ごめんなさい……」

 

 クラムは巨大な体を小さく丸めて、トボトボ歩いて行った。申し訳ない気持ちはあるが、それをフォロー出来るほどの余裕は、今はなかった。

 代わり番こで、今度はハーマイオニーが来た。

 

「ご注文は?」

「そうね……時間かしら」

「オーケー」

 

 時間、時間ね。

 難しいオーダーだ。とりあえず時計の形をしたオムレツを作ってみるか。

 

「多分、貴方はとてつもない勘違いをしてるわ」

「何だ、卵は苦手か?」

「そうじゃなくて! ちょっとお話ししましょう、って意味で言ったのよ」

「ああ、そういう事か。じゃあちょっと待っててくれ。このパスタとピザとグラタンを仕上げれば、とりあえず今来てるオーダーは捌けるから。ああ――揚げ物もあったか」

「……はぁ。もういいわよ。ちょっと詰めて。私も手伝うから」

「いや、いや。気を遣わなくていいって。これはこれで結構楽しいから」

「でも……」

「分かった。じゃあ少しウェイトレスをやって貰おうか。ホラ、これを向こうのテーブルに持って行ってくれ」

 

 ハーマイオニーに料理を押し付けて、クラムがいるテーブルに送り返した。彼女はちょっと不満げだったが、結局向こうに行った。

 

「いいんですか、ショーン」

「ロウェナ、お前は何も分かってないな。ハーマイオニーに口を開かせたら、次の言葉はこうだ。屋敷しもべ妖精って不当な扱いを受けてると思わない? 今の貴方なら、それが良く分かると思うの」

「貴方がそう言うのでしたら、私は何も言いませんが……」

 

 そう言いつつも、本心はもちろん違う。

 ハーマイオニーと話すよりも、今は少し一人になりたかった。もっと言えば、料理を作る事に没頭していたかった。

 今回の試合の敗因は、自分にある。

 ショーンは責任を感じていた。もちろん他の人間はそう言わないだろうし、思ってもないだろう。そう分かってはいるのだが、心の中でどうしても引っかかるのだ。

 もし今会話に参加しても、盛り下げてしまうだろう。食欲もわかない。だから今はこうして、何も考えずに作業していたい。多分チョウはそれが分かっていたから、この役を自分に託したのではないだろうか?

 

 ふとチョウを見ると、ウィンクを返された。

 まったく、何年かかっても彼女には勝てそうにない。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「来なさい、ショーン!」

「よっしゃオラァ!」

 

 ――とか思ったが、結局湿っぽい感じは1時間も持たなかった。

 楽しそうにはしゃぐ面々を見ていたら、自然と混ざりたくなってしまった。年頃の男の子の心は、変わりやすいのだ。

 ショーンがそういう気分になると、すぐにチョウがやって来て、テーブルの方へと引っ張って行ってくれた。みんなも待ってましたと言わんばかりに出迎えてくれる。

 今はジニーと「爆発スナップ」をひたすら全力で投げ合うという、謎の遊びをしていた。

 

「ギャァ! 眉毛が、右の眉毛が燃えた! 代わりにあんたの右眉毛を寄越しなさい!」

「寄越せるか!」

「そうね。でも私だけ燃えてると癪だから、やっぱりあんたのも焼くわ!」

「させるか! 必殺コリンバリア!」

「ウワァー! 僕の両眉がぁー! ルーナ、助けてー!」

「うん。今眉毛書いてあげるね。メイクは得意なんだ」

「そういう事じゃなくって!」

「よし、そろそろ集合写真を撮りましょうか」

「こんな眉毛で!?」

「? コリン、貴方はカメラマンだから写りの心配はしなくていいわよ」

「チクショウ! ここに来てカメラマンキャラがあだになりやがった! ハイ、チーズ!」

 

 また別のテーブルでは、

 

「誰かクラムと賭け腕相撲やらないか?」

「早い者勝ちだぜ!」

「フレッド、ジョージ。君達バカかい? そんな負けが見えてる勝負、誰もやるわけないだろう」

「セドリック、そうは言いつつも?」

「もちろんやるさ! ホラ、五ガリオンだ!」

「そうこなくっちゃ! 流石セドリックだ!」

「よーい、スタート!」

「ぬわぁー!」

「うわぁ……やべえ、クラムの力やべえ。あのセドリックが瞬殺された。生きてるか、これ……」

「まさか腕相撲で死人が出るとはな。恐ろしいぜ、兄弟……」

「君達、私のボーイフレンドに何をしてるのかな?」

「あ、いや、チョウ、これは……」

 

 また別のテーブルでは、

 

「ロン、ハリー。仲直り出来て良かったわね」

「うん」

「それで、私に何か言う事があるわよね?」

「あー、ご迷惑をおかけしました」

「ありがとう、ハーマイオニー」

「よろしい。それじゃあ、この話は終わりにして、飲みましょうか!」

「……しばらく話さない間に、君随分性格変わったなぁ」

 

 様々な祝賀会が開かれていた。

 次の日、後片付け役のショーンが酔い潰れた事で阿鼻叫喚になったのは、また別の話。












話が進まなくてすみません!
次からはちゃんとダンス・パーティー編に入るから許して!

【オリキャラ紹介】
・ショーナルド
命名 ショーン
相棒と言いながらも、実はショーンのものではなく、未だ学校の備品。
飛ぶことはあまり得意ではないが、何かを叩く――特にショーンのひたい――はとても得意。
ショーンの卒業祝いにプレゼント出来ないかと、マクゴナガル先生がダンブルドア校長とフーチ先生にこっそり交渉している。

・戦績
対ショーン・ハーツ 勝ち
対トム・リドル 勝ち
対ビクトール・クラム 勝ち


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第8話 グダグダ・クリスマス・パーティー 前編

三年生以下は先輩と一緒でないとダンスパーティーに参加出来ないという設定はコンフリンゴしました。


 ショーン、ジニー、コリン、ルーナ。

 いつもの四人は、普段集まっている大広間ではなく、ハグリッドの小屋に集結していた。

 これには、ハグリッドが四人にとって愛すべき隣人だという事以外に、もう一つ理由がある。

 実は――何を隠そう――ショーンとジニーが、有名になりすぎてしまったのだ。

 

 ハリーの名誉を回復させ、ロナルドさんと仲直りさせようという、ショーンの目論見は上手くいった。いや、上手くいきすぎてしまった。

 あの試合に出た選手は、みんな漏れなく、囃し立てられた。もちろん、いい意味でだ。尤も当人達にとっては、あまりいい意味とは言えなかったが。

 その上、大声援を受けたハリーとセドリックが、第一の課題で揃って満点を取ったのだから堪らない。

 ホグワーツ・オールスターチームは、益々もって注目されるようになった。

 

 そして先日――最悪な事に――クリスマス・ダンスパーティーの開催が告げられたのである。

 チョウやセドリック、ハリーはもちろん、ジニーとショーンですらが、毎日熱っぽい視線を受けるようになった。

 

 ちなみに。

 唯一対抗馬になれそうだったクラムは、ハーマイオニーと踊る事になっていたので、蚊帳の外。尤も、まだ何名かのファンは諦めていないようだったが。

 

「君達はいいよね」

「なにが?」

「その相手が好ましいかどうかは別としてさ、誘ってくれる人がいる。僕なんて、もう三回も断られてるんだ」

「ふーん」

「……ねえ、もうちょっと興味を持ってくれても良くない? 友達が落ち込んでるんだよ?」

「今のジニーに何を言っても無駄だぞ、コリン。今日ついにあの人を誘えたもんだから、有頂天になってるんだ」

「それってまさか……」

「ああ、おでこにチャーミングな傷がある彼だ」

「ウワー! ジニー、それって凄く、凄い事だよ! もし僕がジニーの立場だったら、ホグワーツ中に自慢して回っちゃうな」

「もしコリンが「ハリーと踊るんだ」って自慢してたら、錯乱呪文をかけられてるって思われると思うな」

 

 ルーナが呆れた風に言った。

 ちょうどその時、ハグリッドが「朝食が出来たぞ」と言って、巨大なフライパンを机のど真ん中に置いた。中には作りたてのベーコンエッグが山盛りに入っている。

 四人はそれを、自分が取りたい分だけ自分の皿によそった。コリンだけは半熟の黄身が固めになるまで待っているようだ。

 

「そういえばショーン」

「ん?」

「ショーンはもうパートナー見つけた?」

「なんだ、言ってなかったか。とっくに見つけたぞ」

 

 コリンは当然として、ジニーとルーナまで驚いた。

 ショーンと仲の良い女の子は、ここに集まっている二人を除けば、ハーマイオニーとチョウしかいない。しかしその二人には、既にパートナーがいる。だからてっきり、ショーンはパートナーがいないと思ったのだ。

 驚く三人をよそに、ショーンはなんでもないという風に、ベーコンエッグを頬張った。

 

「ベーコンはやっぱりカリカリだな。流石だよ、ハグリッド」

「おめえさんは普段は気のいい奴だが、肉の事となるとうるさいからな」

「ベーコンなんざ今、どうでもいいのよ! 誰、誰とペアを組んだの?」

「今は朝だぞ? 朝食以上に大事なものなんてあるもんか。

 それで、パートナーが誰かって話だけど、それは言えない。向こうの要望なんだ。サプライズがしたいんだと」

 

 ガミガミと噛みつくジニーもなんのその。ショーンは構わず朝食に手をかけた。

 いつものように争う二人を見ながら、コリンが小声で話しかける。

 

「ショーンの相手って、もしかして君?」

「違うよ」

 

 ルーナは即答した。

 

「じゃあ、誰だろう?」

「分かんない。でも、聞かれたくない事を詮索するのって、よくないと思うな。だって私がされたら嫌だもん」

 

 まったくもってその通りだ。

 しかし――それでも――コリンは未だ、ショーンのパートナーが気になって仕方がないようだった。

 

「ところでルーナは、もうパートナーは見つけた?」

「うん。ネビルと踊るんだ」

「へえ――うん――それは良かったね」

 

 口では祝福しながらも、コリンはかなりショックを受けたようだった。

 もしかしたら、ルーナを誘おうと考えていたのかもしれない。それに、仲良し四人組の中で、とうとう自分だけが仲間外れになってしまった。それは全くもって良くないことだ。

 

「――だから、セドリックとチョウが踊ってる所を、ハリーにしっかり見せるのよ。それで、ハリーにすっぱり諦めてもらおうってわけ。分かる?」

「ああ、分かる。分かるよ。冴えてるぜ、ジニー。トロールの三倍は冴えてる」

 

 ショーンとジニーの会話はいつの間に「いかにジニーがハリーを射止めるか」の話に変わっていた。

 しかしショーンはジニーの恋愛話よりもベーコンエッグに夢中だったし、ジニーにしてもショーンに話すというよりは自分に言い聞かせている様だった。相変わらず噛み合ってるのか噛み合ってないのか、よく分からないペアである。

 

「おっと、もう時間だ」

「なんの?」

「ダンスレッスンの。パートナーがうるさいんだ。失敗するわけにはいかないって」

「あっ、コラ待ちなさい!」

 

 ジニーの制止も聞かず、ショーンは小屋を出て行った。

 口の中には、コリンが育てていたベーコンエッグが、いつの間にか入っていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ロナルド・ウィーズリーはこれ以上ない程焦っていた。

 

 例えるなら、ホグワーツに最初に来た時に似ている。あの狭い部屋に押し込められて、どの寮に組み分けされるかドキドキしていた時だ。もしかしたらグリフィンドールに入れないのでは? もしかしたらフレッドとジョージの言っていた通りトロールと腕相撲するのでは? 色んなことが頭に浮かんでは、その度に落ち込んだものだ。

 ただあの時はハリーがいた。自分と同じ、迷える子羊が。しかし今回は違う。自分一人の力でなんとかしなければならない。

 何故ならこれは、ロナルド・ウィーズリー、たった一人の戦いなのだから。

 

「まだパートナー決まってないの、ロン」

「まあ――そういう見方もあるかもね」

「そういう見方しかないわ」

 

 そう――パーティー当日だと言うのに――ロンはまだダンスパーティーの相手を誘えずにいた。

 ハリーもハーマイオニーも、あのネビルですら、とっくにパートナーを決めているのに、だ。

 ハリーとハーマイオニーがロンのパートナーを見つけようと、アレコレ手を回してくれているのが、逆に辛い。

 

「ロナルドさん! 例の物をお持ちしました」

 

 談話室に、一人の少年が飛び込んで来た。

 三人とも、よく知っている人物だ。とは言っても、ハリーとハーマイオニーが知ってる彼とは、だいぶ声色が違うというか、ウキウキしていたが。それに、ニッコニコだ。

 少年はまるで卒業証書でも渡す様な丁寧さで、荷物をロンに渡した。

 

「ああ、ありがとう」

「滅相もございません! 好きでやらせていただいてることですので。また何かお困りになりましたら、何なりとお申し付けください。それでは、ご歓談中の様ですので、私は失礼いたします」

 

 少年は恭しく頭を下げると、急いで何処かへ走っていった。

 

「それ、なに? ていうか、あれ誰?」

「これは僕のドレスローブ。ホラ、マクゴナガルとお揃いみたいなデザインだったろ? だからあいつに縫い直して貰ったんだ。自分のローブも自作してるみたいだったし。そしてあいつは、お馴染みショーン・ハーツだ」

「……彼ったら、私への挨拶が無かったわ。それにロン、ショーンを小間使いみたいに使うのはやめて」

 

 ハーマイオニーがイライラした風に言った。

 

「うわぁ。正直あんまり期待してなかったけど、これは中々いいな――うん――悪くない、悪くないぞ」

 

 封を開けると、ほとんど別物になったドレスローブが出て来た。

 レースはもちろんないし、袖がヒラヒラしてもいない。どちらかと言うと、シックなモノに変わっていた。ロンはこれが、大層気に入った様だ。ハリーから見ても、良い物の様に思える。

 

「いいドレスローブね。素敵だわ。問題は、見せる人がいない事ね」

「ほっとけよ、ハーマイオニー」

 

 今度はロンがイライラする番だった。

 そんなロンを無視して、ハーマイオニーが話を振った。

 

「そういえば、結局、誰がショーンのパートナーか知ってる?」

「知らない。でもだいぶ前――ダンスパーティーの告知があったその日のうちに、誘われたらしいよ。毎日ダンスの練習に付き合わされてるって、前愚痴をこぼしてた」

「そりゃあ大変そうだな。でもちょっと、羨ましいや。このままだと僕、練習どころか、本番でも踊れそうにない」

 

 ここに来て、とうとうロンは弱気になっていた。

 ハリーは右肩に、ハーマイオニーは左肩にポンと手を置いた。

 

「そうだ、まだコリンもパートナーを見つけてないらしいよ」

「ハリー。その情報が、一体何の役にたつって言うんだい?」

「ロン、クラップとゴイルもまだパートナーが決まってないわ」

「だから、それが何だってんだよ!?」

 

 ハリーとハーマイオニーは、イタズラっぽく笑った。

 最近二人は、妙にジョークを言う様になった気がする。

 

「そろそろ失礼するわ。ドレスを着なきゃ」

「ハーマイオニー、勉強のしすぎで目が悪くなったのか? まだパーティーが始まる三時間前だぜ?」

「ロン、貴方はもうちょっと女性の扱いを学ぶべきだわ。だから――」

 

 相手がいないのよ、という言葉を、ハーマイオニーは何とか呑み込んだ。

 

「それじゃあ、ビッキーによろしくな」

「ビクトール! ロン、あの人をそんな風に呼ばないで!」

 

 ハーマイオニーは髪を逆立てながら、女子寮の中に消えた。

 ロンは「ああ、またやっちゃった……」としょげている。ハリーはなんて声をかけていいのか、まったく分からなかった。少なくとも「僕は今から君の妹と踊るんだ」ではないだろうが。とにかく、二人の間には、気まずい沈黙が流れた。

 結局ロンは、ハリー目当てで近寄って来たパーバティ……の妹の、パドマ・パチルと踊る事になった。パドマはかなりの美少女だったが、ロンは別の女の子が気になって仕方がない様子だった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 談話室には、ドレスやドレスローブを着た人で溢れかえっていた。みんな着飾っていて、普段一緒に授業を受けている学友だとは思えないほど様変わりしている。

 ジニーは談話室のど真ん中で、ハリーを待っていた。

 燃える様な赤い髪を纏めてシニョンにし、それによく映える黒いドレスを着ている。胸元がちょっと大胆に割れていて、ハリーはドキッとした。ジニーは、こんなに可愛いらしい女の子だっただろうか……?

 

「やあ、ジニー」

「あら、ハリー。ごきげんよう」

 

 いつものイタズラな笑みではない、優しい笑顔をジニーは見せた。ハリーに会えたのが、本当に嬉しいという風だ。

 

「ああ――何ていうか――素敵なドレスだね」

「ありがとう、嬉しいわ。本当はネックレスをつけたかったんだけど、ママが許してくれなかったの」

 

 妖艶に微笑みながら、ジニーは首元をさすった。ジニーの肌って、あんなに白かっただろうか。それに、思ったよりも、指が白い。

 

「さあ、行きましょうか。エスコートしてくださる?」

「うん」

「ふふ。ハリー、手を繋ぐんじゃなくて、組むのよ。ホラ、こう」

 

 ジニーはハリーの腕に絡みついた。そして上目遣いで「なんなら、手を回しても良いわよ」と微笑んだ。

 どうして……どうして僕の顔はこんなに熱いんだろう。どうして? ジニーは親友の妹なのに……。

 

 クリスマス・パーティーの前。

 ハリーは中々、誰かをパーティーに誘えないでいた。それに、誘う気もあんまりなかった。唯一、一緒に踊りたいと思った相手は、とっくにセドリックに取られていたからだ。

 そんな時、ジニーに誘われた。

 ジニーは今やハリーと同じく、有名人だ。一度も話した事のない相手からすら、ウンザリするほどパートナーの申し込みをされている様だった。そしてそれは、ハリーも同様だった。

 ジニーとは気心の知れた仲だし、お互い早くパートナーを見つけて解放されたいという所で、利害が一致していた。

 それに……それに、ジニーとだったら話が弾むと思った。

 だからハリーはお誘いを受けた。なのに、どうして?

 

「……」

「……」

 

 さっきから、まったく会話が出来ない。

 なのにジニーは、これ以上ない程楽しそうだ。

 それから不思議な事に、ハリー自身もそんなに悪い気がしなかった。

 

「ハリー。おいハリー!」

「……ん? ああ、ロン。それからパドマも」

「さっきから何度も話しかけたんだぞ。……ジニー、そのドレスちょっと大胆過ぎじゃないか? いくらハリーがパートナーだからって――ちょっと――その……」

「あら、いいじゃない。一年で一回きりの、クリスマスパーティーなんだから。ハリーも素敵って言ってくれたのよ。ね、ハリー?」

 

 ロンが責める様な目で、ジニーが縋る様な目でハリーを見てきた。どちらを立てるべきか迷ったあげく、結局ハリーは曖昧な返事しか出来なかった。

 

「そういえば、ハーマイオニーはどこだろう」

 

 ロンがポツリと呟いた。

 その時、パドマが感嘆の声を上げた。

 

「わあ、あの人綺麗……」

 

 そこにいたのは、ハリーの知らない綺麗な人だった。

 もしかしたら、ボーバトンの生徒かもしれない。

 

「あれ、ハーマイオニーだ」

「えっ?」

 

 ロンがそう言った。

 確かによく見れば、面影がある。それに、隣にいるのはクラムだ。確かに、クラムのパートナーはハーマイオニーのはずだ。いや、しかし……。

 ハリーとパドマは、信じられないものを見たといった表情で、ハーマイオニーを見た。唯一ジニーだけは、当然よ、という顔をしている。

 ロンは……少々人には言えない様な顔だ。

 

「こんばんは、ハリー! こんばんは、ジニー! それからロンとパドマも!」

 

 ハーマイオニーが挨拶をした。楽しくて仕方がないという風だ。

 三人は何か返事をしようと口をパクパクさせたが、結局挨拶を返せたのはジニーだけだった。

 

「代表選手はこちらへ!」

 

 マクゴナガル先生の声が響いた。

 正直、助かったとハリーは思った。この場にいるのは、なんだかとても気まずい気分だったからだ。

 代表選手達は、全員が着席してから一列になって入場する様に言われて、扉の前で待たされた。

 

「やあ、ハリーにジニー」

「はぁい」

 

 それから少しして、セドリックとチョウがやって来た。

 チョウは相変わらず綺麗だったが、前ほどではない気がする。

 ハリーがセドリックと話し始めると、チョウとジニーは何やらコソコソと話し始めた。チョウの声はまったく聞こえなかったが、ジニーからは時々「言われた通りにやったら……」、「アドバイスありがとう……」という声が聞こえた。

 

「代表選手は全員集まった様ですね」

「フラーがまだいません」

「彼女は――その、なんと言いますか――遅れて来ます。本来はこんなことは許されないのですが、校長方が許可を出したのです……」

 

 マクゴナガル先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 一体フラーは何をしたのか激しく気になったが、聞けばマクゴナガル先生の怒りを買う事は、容易に想像出来た。

 

 その後直ぐに、選手達は一列になって入場した。

 先頭はセドリックとチョウ、その次にクラムとハーマイオニー、最後にハリーとジニーだ。

 みんなセドリックとチョウを羨望の眼差しで見た後、ハーマイオニーを見て腰を抜かしていた。

 

 ダンスの前に、食事をする事になっていた。

 代表選手達は、みんなおんなじ席だ。

 ハリーは最初、オールスター戦の後の祝賀会の様な、つまりみんなで和気藹々と話す様なパーティーを想像したが、セドリックとチョウは二人きりの世界に入り込み、クラムとハーマイオニーも何やら話し込んでいた。

 

「ハリー、何を頼みましょうか。それとも、お腹すいてない?」

「ううん、ペコペコ。実はロンに付き合って、今日のお昼は何にも食べてないんだ」

「そう。それじゃあたくさん食べなきゃいけないわね。ダンスの最中に倒れられたら、一体私は誰と踊ればいいの?」

 

 ハリーはまたドギマギした。

 そんなハリーを見て――何が楽しいのか――ジニーはクスクス笑いながら、注文をした。どれもハリーの好物ばかりだ。

 一体目の前の女の子は誰で、僕は誰なんだろう?

 好物ばかりだったはずなのに、少しも味わえないまま、いつの間にか食べ終わっていた。そしてとうとう、ダンブルドアが立ち上がり、ダンスの開催を告げた。

 

「みなに紹介しよう。今宵素晴らしい演奏をしてくれる事になった「妖女シスターズ」――」

 

 ダンブルドアの紹介と共に、「妖女シスターズ」がステージに上がった。

 みんな着ているローブを、荒々しく破り、ブーツを履いている。

 

「――withミス・デラクール&ミスター・ハーツじゃ」

「!?」

 

 ジニーが口をあんぐりと開けて、フォークを落とした。先ほどまでの優雅でちょっと背伸びした雰囲気は、何処かへ去ってしまった。

 「妖女シスターズ」の最後尾……確かにショーンがいる。ドレスローブをパンクロック風に破き、サングラスをかけ、やたらと尖ったギターを背負っているが、紛れもなくショーンだ。

 そしてその横に、真っ暗なドレスを着たフラーがいた。一人だけ正装をしているが、それが悪い意味ではなく目立っていた。

 

 「妖女シスターズ」の真ん中にマイクを持ったフラーが立った。そしてその横にショーンが立っている。

 そしてその見た目からは想像もつかない程ゆっくりで、物悲しい演奏を始めた。同時に、フラーが歌い出す。

 ショーンの演奏は上手く、またフラーの声も素晴らしい。みんな驚きつつも、聞き入っていた。もちろん、ハリーもジニーも。

 

「そういえば、前チャリティ・イベントで楽器を演奏するとかなんとか言ってたわね……」

 

 ハリーはすぐに勘付いた。

 ここずっとショーンが練習に付き合わされていたのは、ダンスではなく、演奏だったんだ!

 

「踊らないと……私達、踊らないと!」

「う、うん」

 

 思い出した様にジニーが言った。

 ハリーとジニーは、少々出遅れて踊り出した。と言っても、クラムとチョウ以外はみんな面食らっていたので、結局足が揃っていた。

 こうして、グダグダ・ダンス・パーティーが始まったのである。












オールスター戦編はクラム、
ダンスパーティー編はフラーメインという感じです。
次話はオールスター祝賀会から、ダンスパーティーまでをショーン視点で書こうと思います。


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第9話 グダグダ・クリスマス・パーティー 後編

 はたして、最高の目覚めとは何だろうか?

 例えば愛しい人を腕に抱いて寝て、その人の息遣いで目覚める。

 例えば素晴らしい朝日と共に、小鳥の囀りによって目覚める。

 例えばこれ以上寝ることが出来ないというほど寝てから、グダグダと目覚める。

 どの目覚め方も間違いなく、その日を素晴らしい物にしてくれるだろうが、ショーンとしては、肉の焼ける音と匂いと共に目覚めるか、愛しい妹の声で目覚めたいところだ。

 さて。ここで結局何が言いたいかと言いうと、最高の目覚めというのは色々とあるだろうが、これは間違いなく違うだろうという事である。

 

「くせぇ……」

 

 祝賀会の後。

 不快感と冷たさを感じ、目を開くと、ジニーのゲロに浸っていた。これには朝に弱いショーンも、堪らず飛び起きた。改めて言おう、くせえ。

 眠たい目をこすりながらあたりを見渡すと、スポーツマンであるクラムだけが起きて、みんなの為に水を汲みにいっていた。最高のシーカーと謳われる彼に、我々ホグワーツ一同は一体何をさせているのだろうか。

 

 いや、よくよく見るとクラムだけではない。

 セドリックとチョウの姿も見当たらなかった。恐らくみんなが寝る前に、こっそり抜け出したのだろう。何故抜け出したのかは、聞くだけ野暮というものだ。

 

 ショーンはクラムに挨拶をしてから必要の部屋を出て、寮監督生が使う、バスルームへと向かった。

 前に「ここを使うといい」とセドリックに紹介されて以来、度々つかりにいっているのだ。

 そういうわけでショーンは、大浴場でのんびりしていた。

 

「ふぅ……お前達って基本ロクなことしないけど、この大浴場を作ったのは中々だな」

「ありがとう、ショーン」

「うむ。もっと敬うがいい」

「いえ、それほどでもありませんわ」

 

 三者三様の答えが返ってくる。ショーンは彼らと、軽快なハイタッチを交わした。

 

「いやいやいやいや! これ作ったの全部私ですから! みなさん、なにちゃっかり自分の手柄にしてるんですか! そしてなに当たり前のようにショーンも受けいれているんですかっ! ショーン、私を、私だけを褒めてください! さぁホラ、ハリー・アップ!」

「ふん。貧困な発想だな。ホグワーツは我々全員で作り上げたもの、そうだろう?」

「自分の寮の場所さえ隠してる人に言われたくないんですけど……」

 

 その言葉が癪に触ったのか、サラザールはロウェナを無視した。それに対しロウェナは、後ろから足払いをかける。

 ドテン!

 サラザールがこけた。

 直ぐに立ち上がり、ロウェナを押し倒す。

 二人はそのまま揉み合いになり、風呂の中に落ちていった。

 おお、その御業を見よ。ホグワーツ創設者のなんたる偉大な事だろうか。

 アホらしい。

 ショーンはアホ二人を無視して、ヘルガに話しかけた。

 

「ヘルガ、久しぶりに髪洗ってくれないか」

「いいですよ。それでは、そこにお座りなさい」

 

 元治癒師のヘルガは、手が動かない病人の為に髪や体を洗っていた。その為、髪を洗うのがとてもうまい。そのうまさたるや、狼人間もポメラニアンになるほどである。

 少々幼いと思われるかもしれないが、ショーンはヘルガに髪を洗ってもらうのが好きだった。美容院にも通えない彼の、せめてもの贅沢だ。

 

「そういえば、城は基本的にロウェナが作ったんだよな?」

「ええ、まあ。基本的にと言いますか、ほとんど全てですが。ゴドリックは組み分けなどのちょっとしたギミック、サラザールのアホは完全に自分の寮だけ、ヘルガは保健室と庭ですね。後は私です」

「なあ、何で廊下と階段をあんな馬鹿な作りにしたんだ?」

「? 何故馬鹿なんです? 一分の隙もない、完璧な作りだと自負していますが……」

 

 本気で分からない。ロウェナはそんな顔を浮かべた。

 

「あー、それについては僕が説明しよう」

 

 ゴドリックは心底めんどくさそうに言った。長い付き合いだからわかる。恐らく、何度もこの説明をさせられたのだろう。

 

「動く廊下と階段だけどね、その動きを全て把握出来れば、ほとんど歩かずに城中を移動出来るんだよ。まあその動きを全て把握出来るのは、よっぽどの天才だけなんだけどね」

「また、またぁ〜。そんな事言って、ゴドリックも城のギミックを使いこなしてたじゃないですか」

「言っておくけどね。僕のは単純に、全て運だ。テキトーに歩いたら、いつの間にか目的地に着いてただけだよ」

「お前達ってほんと、馬鹿だよなぁ」

「コラ! 髪を洗ってる最中に口を開けない!」

「はい」

 

 多分この中で一番馬鹿なのは、14にもなってそんな事を注意されているショーンだろう。ヘルガを除く誰しもがそう思ったが、誰も口には出さなかった。何故ならその辺りのことを口にすると、ヘルガが割と本気で怒るからだ。

 髪を洗って貰って、トリートメントを受けて、最後に指圧マッサージをしてもらう。

 

「そういえばサラザール、結局スリザリン寮は何処にあるんだ?」

「それが知りたければ、スリザリン寮に入る事だ。今入寮すれば、バジリスクの生み出し方も教えてやるぞ」

「それ誰も喜ばねえから」

 

 頭の中でハグリッドがウィンクした気がしたが、きっと気の所為だろう。

 

「僕の寮の優秀な生徒を勧誘しないで貰おうか、サラザール」

「やれやれ。お前も貧相な発想だな。ホグワーツは我々全員で作り上げたものだろう」

「……うん。はたから見ると笑えたけど、直接言われると思いの外腹立つな」

「黙れ。ショーンをお前の寮に取られたことの方が、何倍も腹が立つ」

 

 これを言われると、ゴドリックは弱かった。途端に他の二人も、サラザールの味方をする。ショーンとしては現状割と満足してるので、ノーコメント。

 

「……」

 

 五人の間に、穏やかな時間が流れた。

 ……ふと、思う時がある。

 もしホグワーツに来ていなかったら、幽霊達とずっとこんな風に、穏やかな毎日を送っていたのだろうか。

 今の生活が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。

 それでもたまに、考えてしまう。

 人目を憚って幽霊達と自由に話せない生活は、窮屈だと。

 だからたまに訪れるこんな平穏が、たまらなく――

 

「ボンジュール!」

「うおおおお!?」

 

 突如として、大浴場にブロンドの女が入って来た。ブロンドの女は総じて馬鹿だと言う話を小耳にした事があったが、それは本当らしい。先ほどまでのしんみりとした雰囲気が台無しである。

 

「ちょっとあなーたに用があります」

「待て待て! 服、服! 今俺全裸だから!」

「服くらいちゃんと着てくださーい」

「人を露出狂みたいに言うな。風呂場で服を着てる方が変だろ」

 

 ブロンドの女は「やれやれ」という風に肩を竦めた後、杖を優雅に一振りした。途端に髪が乾き、体に付着した水滴が消え、更には服が飛んできて勝手に着られていく。

 

「これで問題あーりませんね」

 

 ブロンドの女はショーンの都合も聞かず、グイグイと引っ張った。普段のショーンなら、文句の一つや百つでも言っていただろう。しかしブロンドの女――フラー・デラクールがあまりに美人だったので、なされるがままだった。前にヴィーラに魅了された時のことは、すっかり忘れていた。失敗からなにも学ばない男である。

 幽霊達はそんなショーンを見て、深いため息をついた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンが連れてこられたのは、ボーバトンが乗ってきた巨大な馬車の中にある小部屋だった。どうやらここは、デラクール姉妹の部屋らしい。

 目の前にはフラー・デラクール……はおらず、代わりに妹のガブリエル・デラクールがいる。フラーは妹にショーンを任せて、何処かへ行ってしまった。

 

「あの、すみません。またお姉様が無茶を言ってしまったみたいで……。紅茶はお好きですか?」

「ああ、いえ、お構いなく」

「どうかそう仰らずに。せっかく英国に来たので、紅茶を美味しく淹れる練習をしてるんです。良ければ私のために、練習相手になってもらえませんか?」

「そういうことなら……」

 

 ガブリエルのお願いは、姉のフラーとはまた違った意味で断りづらい。

 なんというか、マトモな女の子に対する耐性が、ショーンには絶望的になかった。

 

「待たせましたー!」

 

 その時、“バーン!”と扉を開けて、フラーが入って来た。

 これだ、このノリだ。この方が最早落ち着く。

 

「お姉様! お客様を勝手にお呼びだてして、あまつさえ――」

「ガブリエル。細かい事を言うのはやめなさーい」

 

 ガブリエルはまだ何か言いたそうにしていたが、結局フラーに何か言うのは諦めて、ショーンに頭を下げた。

 

「とある筋から聞きました。あなーたは、アリーとヘドリックとヌラムのために、あの試合を開催したそうですね」

「お姉様、ハリーさんとセドリックさんとクラムさんです」

「……それで?」

「他の選手ばかりズルイです。わたーしにも、何か目立つイベントを用意しなさい」

 

 意味が分からない。

 ショーンがそう言う顔をすると、フラーはこうなった経緯を、まくしたてる様に説明した。

 

 三大(・・)魔法学校対抗試合なのに、ダームストラングとホグワーツだけイベントを組んでもらってずるい。私……もといボーバトン用にも何かイベントがあるべき。それでこそ平等だ、フラーはそう考えた。

 その旨を伝えたところ、アレは一人の生徒の提案で行われたもので、学校側はあくまで許可を出しただけである。学校側としては、確かに不平等ではあると思うが、三大魔法学校対抗試合の準備で手一杯で、これ以上何かする余裕がない。やるなら勝手にどうぞ。そんな返事が返ってきた。

 そしてフラーは思った。

 それならあの試合のセッティングをした生徒に、イベントを企画して貰えばいい、と。

 つまりたらい回しにされて、ショーンにお鉢が来たのだ。いい迷惑である。

 ショーンは当然、断った。するとフラーは、まるで「俺は同性愛者だ」とでも言ったかの様な目でこっちを見てきた。本当に、いい迷惑である。

 

「どーしてですか!?」

「いやだって、俺たち初対面じゃん」

「おー! これだから英国人は嫌いでーす! 淑女に対する礼儀というものを知りませーん!」

 

 ……思うに、女の子というのは卑怯だ。こっちには少しの落ち度もないのに、礼儀知らずと叫ばれるだけで、途端に立場が悪くなる。

 

「あの、お姉様はこんな風に仰ってますが、断ってもらって構わないので。後で私の方から言っておきますから……」

 

 そう言われると、却って断りづらい。

 それにどうやら二人は仲良し姉妹らしい。ガブリエルはそう言いながらも、フラーの願いを聞いてもらいたいという雰囲気を醸し出していた。

 ショーンは気が弱い女の子に弱かったが、それ以上に、妹のお願いに弱かった。

 ……断じて言っておくが、シスターコンプレックスを患っているわけではない。

 

「オーケー。分かった、手伝うよ」

「最初から素直にそう言えばいいのでーす」

「お姉様! すみません。でも、ありがとうございます!」

 

 フラーの言葉でまた若干やる気が下がったが、ガブリエルの太陽の様な笑顔で、差し引きゼロだ。

 

「よし、早速だが一つ思いついた」

「おー。あなーた、中々有能です。それで、どんな?」

「ああ。フラー、君の美貌を活かそう」

「分かってますね! 私の祖母は、ヴィーラでした。つまりこの美貌は、祖母譲りなのです。そして祖母は、私の誇りでーす」

 

 どうやらフラーにとって自らの美貌は、最大の誇りのようだった。その美貌こそショーンの立てた作戦、その最大の(かなめ)だ。これはもしかすると、思ったより事はスムーズに進むかもしれない。

 

「大広間を借りて、フラーがストリップをするというのはどうだろうか。間違いなく――いいか――間違いなく盛り上がる。そしてその日はタダで見せるが、次の日からは会員制という事にして――」

 

 そこまで言ったところで、ショーンはフラーに引っ叩かれた。ついでに、軽蔑の眼差しを向けられた。ガブリエルも、顔を真っ赤にしてショーンを睨みつけている。

 

「オーケー。別の案で行こう」

「そうして下さーい」

「私もそれがいいと思います!」

 

 二人は再び、期待の眼差しをショーンに向けた。

 ……ヤバい、何も思い浮かばない。いや、思い浮かぶには思い浮かぶが、全て公序良俗に反しそうなものばかりだ。

 というかそもそも、だ。

 フラーの言う様な大掛かりなイベントは、もう無理だろう。あのオールスター戦だって、相当無理を言って、かつマクゴナガル教授の強い後押しがあって初めて成り立ったものだ。

 会場も日取りも、もう埋まってるだろうし……いや待てよ。既にあるイベントを、ジャックすると言うのはどうだろうか。少々規模は落ちるだろうが、ダームストラングとホグワーツの注目度を奪えるなら、フラーはきっと満足するだろう。

 よし、それなら……。

 

「フラー。君、楽器は得意か?」

「ヴァイオリンなら出来まーす。後は歌ですね。ヴィーラは、歌で人を魅了しまーす。そして私の祖母は、ヴィーラなのです。だから私も、ヴィーラの血を引いているのです。そして祖母は、私の誇りでーす」

「お姉様、そのお話は二回目です!」

「よし。歌、歌な。これで一応の方針は決まった。いいか――」

 

 先生方に却下されるといいな。

 ショーンはちょっとそう思いながら、二人に作戦を伝えた。

 二人は大いに賛同し、早速先生方へ話を通しに行った。

 

 結論から言えば、ショーンの案はすんなりと通った。通されてしまった。

 案というのは、簡単に言えば、クリスマス・ダンスパーティーで歌を歌おうという、それだけの事だ。

 ただしそれが、魔法界で屈指の人気を誇る「妖女シスターズ」の生演奏でとなると、話は変わってくる。

 素晴らしい演奏の中歌われるヴィーラの末裔(フラー)の歌は、きっと多くの人間を魅了するだろう。他の代表生達への注目をかっさらうほどに。

 

「――よし。これで必要な許可は全部とったな。それじゃあ、後は頑張れよ」

 

 これで役目は終えた。

 ショーンはやりきった顔をして、立ち去ろうとした。しかし――

 

「待ちなさーい」

「……まだ何か用かい、お嬢さん」

「? お姉様はハーツさんより歳上だと思いますが……」

「分かってるよ。ジョークで言ったんだ、ジョークで」

「あっ、冗談で仰ったんですね。すみません」

 

 そこで謝られても困る。まるで自分がスベったみたいじゃないか。

 

「あなーた、わたーしとペアを組みなさい」

「なんの?」

「馬鹿、ダンスパーティーのでーす! わたーしは、サプライズにしたいのです。事情を知ってる男の子は、あなたしかいませーん。ここまで来たら責任を取るのが、紳士というものです」

「ここまで来たっていうか、連れて来られたんだけど……」

「ハーツさん、どうかお願いします」

 

 心底申し訳なさそうに、ガブリエルが頭を下げた。フラーにしても、微塵も断られるとは思っていない顔をしている。

 ……まあ正直、ダンスパーティーのパートナーになってくれそうな女の子も、思い浮かばなかったところだ。別に断る理由もないか。

 

「……よろしく、フラー」

「レディ・ファーストでよろしくお願いしまーす」

「自分で言うな」

 

 ――この日から、血の滲むような特訓が始まった。

 平日は朝と放課後、時間の許す限り合わせの練習をし、夜は個人練習に励む。

 土日は先生方監修の元――特にフリットウィック教授とシリウスは、この事にかなり協力的だった――学校を抜け出し「妖女シスターズ」と共に練習をした。

 その最中、英語の歌に合わせて、フラーの英語教育も行われた。ショーンは人にモノを教える事に慣れていなかったが、幸い身近(・・)に教育について一家言ある人物が多くいたので、これはスムーズに進んだ。

 

 途中、かなり苦労もした。ボーバトンとホグワーツ、学年どころか学校さえ違う二人は、中々時間が合わなかったし、そもそも性格もあまり合わなかった。

 特に第一の課題でフラーが最下位だった時などは、かなり荒れたものだ。

 そのたびにガブリエルが二人の間に入り、仲を取り持ってくれた。

 正直途中でふと「俺何してるんだろう……」と何度も思ったが、その一方でこんなのも悪くないと思う自分もいる。結局ショーンは、なんだかんだ言って最後まで付き合った。

 

 そしてついに、ダンスパーティー当日――

 

「お姉様、ショーンさん、頑張ってくださいね! 私も及ばずながら、応援してますから!」

「もちろんよ。妹の期待に応えない姉はいないわ、ねえショーン」

「ああ。任せておけよ」

 

 ガブリエルはキラキラとした目で、ショーンとフラーを見上げた。

 それに対し、二人は親指を立てて返す。

 

 フラーは流石代表選手に選ばれただけあって、直ぐに英語を覚えた。今ではもうあのエセ外人言葉ではなく、本来の淑女らしい優雅な言葉遣いになっている。

 

「おーい二人とも! サッサと準備しろ!」

 

 「妖女シスターズ」の長女――長女と言っても、実際の長女ではない。「妖女シスターズ」はバンドメンバーを入った順に長女、次女、三女と呼んでいた――が、二人に声をかける。

 フラーはマイクを、ショーンはギターを持って合流する。

 舞台の表には、沢山の人の気配。いよいよ始まるのだ。妙な緊張感が、二人を包んだ。

 

「……フラー。最後に一ついいだろうか」

「ん、なぁに? 愛の告白以外ならなんでも聞くわよ」

「トイレ行きたくなって来た」

「肌が汚れることはしない主義なのだけれど、頭をぶん殴りたくなったわ」

 

 二人がアホなやり取りをしていると、表でダンブルドア校長がバンドの紹介をし始めた。

 

「――withミス・デラクール&ミスター・ハーツじゃ!」

「なんでフラーの紹介が先なんだ」

「昔言ったでしょう。レディ・ファーストよ」

 

 そして二人は、舞台の上へ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「……ム…ニニー……ハーム……ハーム・オウン・ニニー!」

「ひゃあ! えっと――な、何しら?」

「……飲み物を取って来ましょうか?」

「え、ええ。ありがとう、お願いしようかしら」

 

 クラムはノッシノッシとウェイターの方へと歩いて行った。

 そのたくましい背中……ではなく、熱狂の渦のど真ん中。最初の穏やかな曲とは程遠い、テンポの良い曲を歌うフラーと、彼女と背中合わせでギターをかき鳴らすショーンをぼんやりと見る。

 

 最初はなんて刺激的で楽しいんだろうと思っていたダンスパーティーも、そう楽しいものではなくなってしまっていた。理由は……よく分からない。綺麗になった自分を鏡で見た時、それを見てハリーやロンが目を白黒させた時までは、楽しかったのに……。

 

 とにかく今は、踊る気にも、騒ぐ気にもなれなかった。パートナーであるクラムには悪いと思うが、どうしても気分が乗らない。

 それどころか、何故だか少し、泣きたくなった。

 

 少しすると、ショーンが人の輪を外れ、はじの方へとはけたのが見えた。そして何やら、キョロキョロ辺りを見渡している。

 何となくそっちを見ていると、バッチリ目があった。嬉しそうに手を振りながら、こっちに歩いてくる。

 

「ハーマイオニー! よかった……さっきからまったく知り合いに会わないんだ。間違えて他の学校のダンスパーティーに来ちゃったかと思ったぜ。それに――待った――君、ハーマイオニー……だよな? 随分とオシャレになった」

「ふふ。ちゃんとここはホグワーツ魔法魔術学校よ。それに、私もちゃんとハーマイオニー・グレンジャーよ。まあ、分からないのも無理ないわ。何たって、三時間もメイクに時間かけたんですもの」

「そりゃあ大事件だ。君が勉強以外の事に、三時間も費やすなんて。それで、見事に変身した君を置いて、パートナーはどこに行ったんだ?」

 

 ハーマイオニーはちょっと悩んでから、少し嘘をついた。

 パートナーは私を置いて、何処かへ行ってしまった、そんな嘘を。

 理由は……やっぱりよく分からない。

 その時、向こうの方からフラーの声が聞こえて来た。彼女の声は、よく通る。

 

「ショーン! そろそろ来なさい! 次の曲行くわよ!」

「分かった! あー、悪いけど、そういうわけだから――」

「待って!」

 

 フラーの方へ行こうとするショーンの腕を、ハーマイオニーは掴んで止めた。

 そして杖を一振り。

 ギターは自分を自分で演奏しながら、フラーの方へと走って行った。

 

「これで……これで貴方が、あの人の元へ行く必要はなくなったわ」

「……そしてこれで、君が飲み物を待つ必要もなくなったわけだ」

 

 そう言ってショーンは、ポケットからシャンパンが入った小瓶を取り出した。

 まあ何とも簡単な話で。

 ハーマイオニーもフラーといるショーンを見ていたし、ショーンもクラムといるハーマイオニーを見ていた。そしてお互い、まったく同じ事を考えていたわけだ。

 

「なあ、ここはちょっとうるさいと思わないか?」

「その原因は貴方と、そのお友達ですけれどね」

「おっと。痛い所を突くな。ところで君、シャンプー変えた?」

「だから、変えてないわよ! 相変わらず誤魔化し方が下手ですこと。でも、ここがうるさいっていうのは同感ね。少し席を外しましょうか。フラーとクラムには、手紙を残しておくわ」

「賛成。今まで君が出した案の中で、最も冴えた案だ」

「ちょっと! クィディッチの作戦も冴えてたでしょ!」

「確かにそうかもな。だけどこれだけは言える。屋敷しもべ妖精解放案よりは、確実に冴えてる」

「はぁ、もう何でもいいわ。……そういえば、覚えてるかしら? その――約束をしたじゃない。貴方が勝ったら、む、胸を……」

「ああ、もちろん。おっぱいを触らせてほしいってやつだろ。でも負けた」

「直接的に言わないで! あのね。確かに、試合には負けたわ。だけど、勝負には勝った。みんな言ってるわ。勝者は貴方よ。だから――」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 はたして、最高の目覚めとは何だろうか?

 例えば愛しい人を腕に抱いて寝て、その人の息遣いで目覚める。

 例えば素晴らしい朝日と共に、小鳥の囀りによって目覚める。

 例えばこれ以上寝ることが出来ないというほど寝てから、グダグダと目覚める。

 例えば――

 

「……ぅん」

 

 何かに濡れる不快感と、腕への重みで、ショーンは目を覚ました。

 昨日何をしたんだっけ……?

 シャンパンの飲み過ぎで痛む頭を、何とか動かして隣を見ると……一人の女の子が寝ていた。

 ――例えば、出来たばかりのガールフレンドと一緒に目覚める。

 はたしてこれは、最高の目覚めと言えるだろうか。










削りに削ってんですが、結局8,000字以上になってしまった。前編・中編・後編に分けるべきだったかも。

削ったところを具体的に言うと。
12月24日はショーンの誕生日なので、妹からの誕生日プレゼントとか手紙とか、色々と書いたんですが、テンポの都合でカット。
3人の校長にダンスパーティーで歌うこと伝えに行くシーンを、特に面白くなかったのでをカット。
「妖女シスターズ」との練習風景を、オリキャラが増えるという理由でカット。「妖女シスターズ」のメンバーの設定が無駄になってしまった……いつか使えたらいいな。
空白部分のハー子とショーンのアレコレ、流石にやばいと思ってカット。

ちなみに、ホグワーツメンバーには誕生日を告げてないので、プレゼントの類は無しです。クリスマス・プレゼントも、お返しが出来ないという理由から、受け取っていません。

それとどうでもいい事なんですけど、イギリスの魔法と、他の国の魔法は違うと思うんですよね。
フランス語の発音とかかなり独特だし、原作一巻で言っていた発音云々が大事という情報から考えて、イギリスにはイギリスの魔法が、フランスにはフランスの魔法があると思うのです。


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第10話 猥談をしよう

 ショーンの部屋は、コリンとの二人部屋だ。

 部屋の中には実に様々な物が置いてある。

 先ずはベッド脇に置いてある二つの大きな水槽。

 これは釣ってきた魚の泥抜き用で、現在合計五匹の魚が入っている。

 それと魚に混じって巨大なカエルが一匹。こっちは食用ではない――ペットだ。前にハグリッドから譲り受けたもので、名前をハロウィーンという。由来は特にないし、特技もなければ、ついでに可愛くもない最悪なペットである。

 周りの人間――特にジニー――からはフクロウか何かを買い直した方がいいと言われているが、それでも……それでもショーンとコリンだけはハロウィーンを信じていた。なんかこう、いつか凄いことをしてくれると。賢者の石を守るとかバジリスクを倒すとか、冤罪の死刑囚を助けるとか、闇の帝王を倒すとかそんな活躍を。

 

 続いて右手をご覧ください。

 ステーキです。

 ステーキの山です。

 

 

 

 “理想とは……食べたいと思った時に肉が食べられる状態を指す。

 

 

                 ショーン・ハーツ”

 

 

 

 そんな彼の哲学的思考の元作られた、雄大なステーキスペース。

 壁一面、隙間なく鉄製のハンガーが生え出ており、そのほとんどに堂々とステーキが掛けられている。

 また各種調味料も幅広く揃えられている……が、ショーンはニンニクなどの強いスパイスが苦手なため、ほとんど使われていないようだ。

 更にステーキスペースには防腐呪文、保温呪文、防臭呪文が掛けられている。ちなみに、防腐呪文はショーン担当、保温呪文・防臭呪文はコリンが担当した。

 学校の備品を(勝手に)借りて自分達で作った物なので、掛かった費用は0に近い。

 

 その隣には、燻製器が置いてある。

 ハグリッドのお手製で、ショーンが釣ってきた魚、猟ってきたジビエ用。

 最早コリンの防臭呪文では防ぎきれないほど臭いを発しており、いつか隣の部屋から苦情が来るのではないかとビクビクしている。

 

 対面には、コリンが製作した写真スペース。

 コリンが撮った膨大な写真の数々が、年代や人物ごとにファイル分けされて収納されている。

 普通の写真を動く写真にする加工もここでおこなわれる。

 壁にはコルクボードが取り付けられており、お気に入りの写真が貼られている。

 今はショーン・コリン・ジニー・ルーナのフォーショットと、オール・スター戦の時の記念写真、それとハリーとコリンのツーショット。

 最後に「ハリー・ポッターを大統領に!」という旗を持った弟との写真が貼られている。両親が見たら泣くぞ。

 しかし一年生の時はここにハリーの盗撮写真が加わったのだから、コリンも随分と大人になったものである。

 

 後はテキトーに作った簡易キッチンやら箪笥やらなんやらが置いてある。

 コリンはともかく、ショーンはほとんど服やおもちゃなどの私物を持っていないので、収納スペースはほとんど必要ないのだ。

 しかし借りた学校の備品が数多くあるのでプラスマイナスゼロ……いや、ちょっとプラスか。

 

 そして今――夜、寝る前。

 いろんな物に囲まれたベッドに潜り込み、ショーンとコリンは寝ようとしていた。

 

「ねえ、ショーン。ちょっといいかな?」

「なんだ? いや、待て。当ててみせよう。ステーキ……ステーキ祭りか? ステーキ祭りだな!? いやっほほぉぉぉおう! 祭りだぁぁぁ!!! そぉーーれわっしょい! わっしょい!!!」

 

 ショーンはベッドから飛び起きると、一旦全裸になってから、壁にかかっているステーキをひったくり、口の中に突っ込んだ。

 ええぇ……。

 

「ふぅ」

 

 ゴクン。

 彼はステーキを食べ終わると、口を拭って服を着てからベッドに入り直した。

 

「それじゃあお休み」

「どうしよう、この10秒間が濃すぎてツッコミが追いつかないや」

「……」

「なに寝ようとしてるんだよ! ちょっといいかなって言ったよね、僕!」

「……すまん、静かにしてもらっていいか?」

「本気で寝ようとするなよ! もっと僕に構ってよ!」

「ほーらよしよしよし。それじゃあお休み」

「犬か! 僕は」

「はあ……。ふう……。えー…………、なに?」

「うわー、ダルそう」

 

 ショーンはベッドから出て燻製されたチーズと鹿肉、それからワインを取った。

 長年の付き合いだ。

 あっ、この話は長くなるな、という事くらい分かる。

 

「で、なんだ?」

「うん、猥談をしよう」

「そうか、お休み」

 

 明日は変身術と闇の魔術に対する防衛術が連続である日だ。

 マグゴナガル教授はオール・スター戦の失敗以降俺に厳しいし、シリウスはやたらと当ててくる。大変な一日になりそうだ……。

 

「……君が昔フラーの盗撮写真を僕に依頼したのを、グレンジャーさんに言うよ」

「よっし! 猥談するか! 今日は寝かさないぞー」

 

 せっかくの親友からのお誘いだ。

 断るという選択肢はない。

 しかしこいつ、なんでこんなに猥談したいのか。ハリーのファンだったり石像になったり、昔から変な奴だったが、最近益々頭がおかしくなっていってる気がする。きっとジニーの影響を受けたのだろう。おのれ、ジニー・ウィーズリー!

 

「ぶっちゃけさ、どうなの? グレンジャーさんとは。仲良いのは知ってたけど、割とあっさり付き合ったじゃん。あの人身持ちが固そうなのに」

「あー……、それか。まあお前には話してやるけど、他の奴には秘密だぞ」

「オッケー」

 

 ピン。

 ショーンは人差し指を立てた。

 

「先ず一つはな、酒だ」

「ええぇ……」

「あの日な、妖女シスターズのメンバーにしこたま飲まされて、死ぬほど酔ってた。それでこう、ムラっときたわけだ。近くには妖女シスターズとデラクール姉妹がずっといたからさ、抑圧されてたのが一気に来たんだな」

「それで勢いで、と。うーん、控え目に言って最低?」

「それだけじゃない!

 二つ目に――これは多分向こうもそうだが――嫉妬したんだ。

 俺はクラムに、向こうはフラーに。まあクラムはともかく、フラーはまったく俺には興味なかったが。

 とにかく、「他人に取られるかもしれない」ってのが、俺たちを焦らせたんだな」

「なるほどね」

「第三に――」

 

 ショーンは人差し指・中指・薬指を立てた。

 

「脚だ。俺は脚フェチなんだ。あのドレスから見える脚が魅力的でな……。それでつい」

 

 ショーンはうっとりした風に言った。

 

「……ふーん、脚ね。まあ、いいんじゃない? その程度で満足出来るなら」

「なんだと……?」

「僕はね、おっぱい星人なんだ。おっぱい聖人と言ってもいい」

 

 まるで将来の夢を母親に語るような柔らかさで、あるいは敬虔な女聖徒が聖母像に朝の挨拶をするような清らかさで、コリンは語った。

 

「おっぱいに貴賎なしというけれどね……僕は大きければ大きいほどいいと思うんだ。だってそのぶん、愛でる部分が大きくなるって事だからね」

「……コリン、俺はな貧乳好きなんだ。巨乳は、着衣の時のバランスがどうも悪く感じる」

「へえ、そうかい……」

 

 二人の間に鋭い空気が流れる。

 ――性癖が違う。

 武道に於いて三つ段位が違えば生物が違うというが、それは性癖にも当てはまる。

 性癖が違えば、生物が違う。

 つまりそういう事だ。

 

「クルーシオ!」

「アバダ・ケダブラ!」

「悪霊の火よ!」

「何かこう、すごい奴!」

「モモ蹴り!」

「目潰し!」

「ステューピファイ!」

 

 バーン!

 コリンは失神呪文を受け、ベッドに倒れ込んだ。

 おっぱいが負け、脚が勝った。

 つまりそういう事だ。

 

「はあ、はあ……ふぅ。猥談に付き合うのも楽じゃないぜ」

「これは猥談じゃない、うん。絶対違う」

 

 ショーンの右上、ゴドリック・グリフィンドールがぷかぷかと現れた。

 

「そうだ、僕が本物の猥談というものを教えてあげよう」

「辞めておけ。こいつの若い頃の話は、本当にロクでもない!

 取っ替え引っ換え少女を誑かすわ、それでいて後始末は考えないわ――特に神父の娘と関係を持った事は間違いなく魔女狩りを広めた原因の一つだ――まあとにかく、最悪だ」

「それだけモテたって事さ。

 それより最悪なのは、君の方だと思うけど。君はまったくモテないじゃないか」

「私は尊き血を重んじ、連れ添う女性を一人と決めていただけだ。貴様のような偽りの安い愛とは違う」

「む。僕だって真実の尊き愛を持ってるよ。それが多いだけさ」

 

 サラザールとゴドリックは取っ組み合いのケンカを始めた。

 ショーンが多少――そう、多少――荒っぽいのは、この辺に影響されてのことかもしれない。

 

「あー、ロウェナはどうなんだ?」

「私にその話振ります?

 夫とは殺し合い、娘には遺産を持ち逃げされた私の話を聞きたいと、そう仰るのですね? ええ、ええ。いいでしょう。たっぷりと聞かせてあげましょう、たっぷりと!」

「ふーん。ヘルガは?」

「もうちょっと私に興味を持って!」

「いや、レイブンクローさんのお話長いんで……」

「そんな「近所のやたら絡んでくるおばさん」みたいな扱いをしないで下さい!」

「で、ヘルガはどうなんだ?」

「ここまで来て無視!? あれ、でもちょっと嬉しいかもしれません。胸に湧き上がるこの気持ちは一体……」

「わたくしは……そうですね、ついぞ恋をした事はありませんでした」

「つまり処女って事さ」

 

 とびきりハンサムな顔でゴドリックがウィンクした。

 次の瞬間ヘルガの右ストレートが顔面に炸裂し、顔が陥没した。

 単純なパワーでは、ゴドリックよりヘルガの方が高かったりする。

 

「ゴドリック、貴方のせいで手が汚れました」

「あのねえ……」

 

 四人の話を聞き流しながら、ショーンは目を閉じた。

 今日は良く眠れる気がする……。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンは夢を見ていた。

 その光景はこれまでの人生で一度も見たことがない光景であったが、何せもうこれで三回目なのだ。流石にこれが夢である事は直ぐにわかった。

 目の前にいるのは、可愛らしい女の子。

 ショーンの知る姿よりも大分幼いが、既にその面影は十分にある。

 

「ヘルガ……」

 

 声をかけてみるも、当然、ショーンの声は彼女に届かない。

 ここは夢の世界。

 ここの住人に干渉する事は出来ないのだ。

 そう、目の前にいたのは若かりし頃のヘルガ・ハッフルパフであった。

 今のショーンと同じか、少し幼いくらいだろうか。

 

「ヘルガ、君を愛してる。僕と結婚してくれ」

 

 ショーンの知らない一人の若者が、ヘルガに求婚を申し出た。

 一目見た印象だが、彼は好青年そうだ。どことなく、セドリックに似た雰囲気がある。

 それに……それに、何よりのこととして。

 彼がヘルガを愛しているということが、痛いほど伝わってきた。本当に、痛いほど。しかし――

 

「申し訳ございません。わたくしは、貴方一人のモノになる事は出来ません」

 

 ――ヘルガもまた、彼を愛していた。

 長い付き合いだ、そのくらい分かる。

 しかしヘルガが愛していたのは、彼だけではない。

 彼も彼女も、野や山も、鳥や穴熊も蛇も獅子も、そして闇でさえも、全てを深く愛していた。

 そう、全てを平等に愛していたのだ。

 自分だけを見てくれ、何人もの人間が彼女にそう願った。

 結果は全て同じ。

 彼女はどこまでも平等だった。

 平等に愛した。

 

 ――故に、ヘルガ・ハッフルパフは苦悩する。

 

 ヘルガは何処までも人を愛していた。人も彼女を愛していた。しかしヘルガが誰か一人を特別に見ることはないと知ると、途端に人は離れていくのだ。

 悩めど悩めど、それはどうしようもないことで、解決策はなく、また一つの真理であった。

 全てを愛し、全てに愛され、しかし誰とも交われない彼女は、はたしてどこへ向かうのだろうか?

 

「ヘルガ……」

 

 その事が辛くて、ショーンは手を差し伸べた。

 当然それは、届くはずがない。しかし、そうせずにはいられなかった。

 そうしなければヘルガが、何処か遠くへ行ってしまう気がした。

 ……その時だった。

 一人の若者が現れた。

 何処かで見たことがある気がするが……しかし、詳細は思い出せない。

 

 彼は何かをヘルガに囁いた。

 その声は小さく、良く聞き取れない。

 ショーンは近づいて、その内容を聞き取ろうとしたが――

 それを拒絶する様に、ヘルガが振り向き、ショーンを見た(・・・・・・・)

 

「……ここから先は、貴方にはまだ早い。いつかまた、貴方が貴方の真実に到達した時、あらためて来なさい」

「えっ?」

 

 その瞬間、周りの景色が溶けた。文字通り、まるで水彩絵の具で描いた絵を水につけたかのように、世界が溶けた。

 そして全てが混ざり合い、やがて黒へと還っていく。

 ショーンもまた夢の世界から元の世界へと還り――

 

 

 ――眼が覚めると、ヘルガ・ハッフルパフが消えていた。












【オリキャラ・オリ用語解説】
・ハロウィーン……ショーンのペット。フルネームは「ハロウィーン・H・ハッピーマンデー」。とてつもなくブサイクな顔をしており、見る者をイラつかせる。
 どうでもいいけど、カエルをペットにしてるオリ主ガチのマジで0人な気がする。


・ステーキスペース……意味不明な造語。肉的な宇宙ではなく、肉的な空間。このssが流行ると同時にこの造語が広く認知される事で、30年後くらいのセンター試験でこの言葉が出たらいいな。


さっきふと思ったんですけど、このssってまったくスネイプが喋ってないんですよね、人気投票1位なのに。多分後書きで書いた

ショーン「ここでヤマアラシの針を──」
ハー子「入れないから。まず火から下ろすの、わかる?」
ショーン「今のはお前を試したのだよ。おめでとう、免許皆伝だ」
ハー子「免許皆伝? ご冗談を。こんな簡単な薬の調合で失敗する人なんて、貴方以外いるのかしら」
スニベルス「報告します! ネビル・ロングボトムが失敗しましたぁぁぁ!!!」
ショーン「何か俺にいう事は?」
ハー子「ごめんなさい……。ちょっと待って、どうして私が謝ってるの?」

しか喋ってない。ごめんスネイプ先生……。
後ついでに言ったら、授業も箒の授業しか書いてない。なんだこのハリポタssは(驚愕)


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第11話 保健室で睡眠を

 遠くで大砲の音が鳴った。

 どうやら二つ目の試練が始まったようだ。

 

「……見に行かないのかい?」

「ん、ああ。気分じゃない」

 

 ショーンは湖とは離れた、学校の北塔にいた。

 

 最初はショーンを人質として起用する案も出たのだが、各校代表選手全員とそれなりに交流がある為、全員が助けようとしてしまう可能性があり、見送られた。

 それなら応援する側に回ればいい……のだが、どうにも気のりしない。

 勘違いしてもらいたくないのだが、応援したい気持ちはある。

 ただ、たくさんの人間に混じって、声を上げて騒ぐ気分じゃないだけだ。それに湖に行くと、また水中人と喧嘩になる。それは勘弁願いたい。

 

「少し雑談でもしようか」

「雑談にそんな前置き入れるやつ、初めて見たよ」

「そうだなぁ、誰が優勝すると思う?」

「……クラムは流石プロ選手だけあっていざって時強いし、フラーも英語を覚えた事で図書館を使えるようになった。ハリーも最年少ながら第一の課題はトップ通過――だけど、やっぱりセドリックじゃないか?」

 

 ハリーとセドリックが第二の課題に向けて『泡頭呪文』の練習をしているところを見たが、やっぱりセドリックは呪文の習得が早い。順当に行けばやはりセドリックだろう。

 なんにせよ、全員ショーンより実力は上なのだ。下からの推測ほど不確かなものはない。

 

「なあ、ヘルガは――」

「さっきも言った通り、その事について僕たちから言う事は何もない」

「そうかよ」

 

 こういう風に言う時のゴドリックは、絶対に自分の意見を曲げない。

 それならショーンに甘いサラザールやロウェナに聞けばいい、と普段なら思うのだが、その二人も今回だけは口を割らなかった。

 ヘルガを探そうにも、ヒントもなければ当てもない。

 何かしなくては。

 でも何を?

 いいや、何も。何も出来はしない。

 ただ、言い知れぬ焦燥感にジリジリと身を焦がすだけだ。

 

「――つぅ!」

 

 頭を抑えてその場にうずくまる。

 ヘルガがいなくなってから、頭痛が止まらない。それに何だか、耳鳴りというか、複数の人間が常に耳元で囁いている気がする。

 加えて先程から、まるで真綿で首を絞められてるような、何とも言えない圧迫感までして来た。

 いつもオールAの健康診断も、今回ばかりは引っかかりそうだ。

 

「セドリック・ディゴリー、一位通過! みなさん、拍手でお出迎え下さい!」

 

 遠くから、セドリックがゴールした放送と、歓迎の声が聞こえて来た。

 続いてフラー、クラム、ハリーとゴールしたようだ。

 

 もう直ぐ生徒達が学校に戻って来る。

 祝賀会だってやるだろう。

 きっとまたジョージとフレッドあたりに、ジニーと組んで何か芸をやれと言われるに違いない。

 それまでに、何とか回復しなくては……。

 

(……あれ?)

 

 突如、目の前に壁が現れた。

 いや違う、これは床だ。

 倒れたんだ、地面に。

 幽霊達の心配する声が聞こえる。

 だけど、遠い。ずっと遠い。

 物凄く遠くから声をかけられてるみたいだ。

 

「……しょ………ショーン、ショーン! おい、大丈夫か!?」

「ん……シリウス?」

「ああ、私だ。待ってろ、今医務室まで運んでやる」

 

 いつの間にか、シリウスがそばに立っていた。

 彼はショーンを抱き抱えると、保健室を目指して一目散に駆け出した。

 

「悪いな、シリウス」

「これくらいなんて事ない。それより、ブラック教授と呼べといつも言ってるだろう」

「ああ、悪い」

「……そう殊勝に謝られると、調子が狂う。本当に大丈夫か、ショーン」

「平気だ。ステーキを食って、寝れば……」

「ステーキ!? そんな物、許しません!」

 

 半狂乱のマダム・ポンフリーが会話に割って入って来た。

 ああ、いつの間にか保健室にたどり着いていたのか……。本当にどうしちゃったんだ、俺は。早く元気にならないと、何処かにいるヘルガも心配するだろうしな。

 ショーンはベッドに横になりながら、そんな事を考えた。

 そして眠りについた。

 安らかな眠りだ。

 

 その日、彼が起きる事はなかった。

 次の日も、また次の日も。

 

 ステーキでも顔に乗せれば直ぐに起きるだろう、普段の彼を知る面々はそう楽観していたが……三日が過ぎ、四日が過ぎ、一週間が過ぎても、彼が目覚める事はなかった。

 流石にこの頃になってくると、楽観視する者はそう多くはいなくなっていた。 

 ルーナやハグリッドなど、中にはあまりに唐突過ぎて実感を得られない者もいたが、栄養補給の為に身体につけられた管を見ると、途端に痛ましい顔をした。

 

 原因は一切分からない。

 マダム・ポンフリー曰く、体にはまったく問題がないそうだ。

 しかし目覚めない。

 その上、時折苦しそうに頭を抑える。

 どう見ても異常なのだが、何が異常なのか分からない。

 マダム・ポンフリーはおろか、お見舞いに来たアルバス・ダンブルドアにさえ。

 

 そしてショーンが目覚めないまま時は流れ……遂に第三の課題が始まった。

 

「ショーン、聞こえるかしら? 随分盛り上がってるみたいね」

 

 医務室には、ハーマイオニーだけが残った。

 他のメンバー――ジニーやコリン、ロン、ルーナ――なども残ろうとしたが、それは彼女が力強く断った。

 二人が交際している事は、コリン以外知らなかったが、今回の件で色々と察したようだ。尤も、事態が事態なだけに、その事について深く言及する者はいなかったが。

 

「騒ぐのが好きな貴方が誰よりも静かだと、なんだか変な感じね。みんなもしっくり来てないみたい。

 ……でも、私はこんな風にしてるのが好きだわ。

 だからダンスパーティーの時、華やかなダンスホールを離れて、ゆっくり話せたのは……楽しかったわ。

 変かしら? ダンスパーティーに行って、ダンスホールを離れてた時が楽しいなんて」

 

 また、大きな歓声が聞こえて来た。

 どうやら向こうはだいぶ盛り上がっているようだ。

 

(……?)

 

 それにしては、様子がおかしい。

 歓声と言うよりはむしろ……悲鳴に近いような。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 トップバッターであるセドリック・ディゴリーは、迷路の中を駆け抜けていた。

 彼の頭の中にあるのは、会場で応援してくれているガールフレンドのチョウと、ベッドに横たわる友人のショーンのことだ。

 

 ……最初、ゴブレットに名前を入れた時。

 あの時は軽い気持ちだった。友達やチョウに言われての事だったし、まさか選ばれるとは思っていなかった。

 だけど、今は違う。

 オールスター戦の時、ショーンが真っ先に頼って来たのは、僕だった。

 去年度優勝チーム・グリフィンドールのエース、ハリー・ポッターではなく、僕だった。

 ショーンは、ほとんど“人に頼る”という事をしない。過去に頼ってた人が自分のせいで死んでしまって以来、ちょっとしたトラウマになっているのだと、昔話してくれた。

 だからその時になってようやく、どれだけ自分が頼られているのか、期待されているのかを知ったんだ。

 僕は勝たなくてはならない。

 ショーンが目覚めた時「君の応援がなくても余裕だったよ」と笑って言うために。

 

 それから、チョウが「優勝したら“特別な夜”を過ごさせてあげる」って言ってくれたから……。

 

 リラックスしている証拠……と取れなくもない。

 セドリックがそんな事を考えていると、

 

「ステューピファイ!」

「おっと! プロテゴ!」

 

 後ろから魔法が飛んできた。

 放ってきたのは、二番手で迷路入りクラムだ。流石、足が速い。もう追いついたのか。

 

 しかしいくら足が速くとも、魔法使いとしての技量としてはセドリックが上回っている。強固な守りに阻まれて、追い越す事は出来ない。かといって引き離しても、直ぐに追いつかれてしまう。このままでは満足に探索できない……それなら、今倒してしまうか?

 そうセドリックが考えた瞬間、何かが横をすり抜けて行った。

 

 アレは……ハリーとフラーだ!

 ハリーが箒を操り、その後ろに乗ったフラーが防御魔法を展開している!

 同点だった彼らは、確か同時に迷路入りしたはず。僕とクラムを追い抜くまで、手を組んだのか!

 

 セドリックが思考を張り巡らせている間に、クラムは既に決意を固めていた。

 直ぐさまセドリックの追撃を諦め、空中に道を作り、最短ルートを駆けていく。

 気がついてみれば、一番に迷路入りしたセドリックは、最下位だ。

 

(……ハリーとフラーの様に、良いパートナーを見つける機会はもうない。かといってクラムの様に運動神経がいいわけでもないし、直ぐさま決断できるわけじゃあない。

 認めよう、出遅れた。だからと言って、無い物ねだりをしてもしょうがない。それなら彼らの様に、僕も僕の持ち味を活かせばいい!)

 

 セドリックはまず、足を止めた。

 次に深呼吸。

 先を行く選手達に追いつく事はもう出来ないだろう。しかし、これは迷路。速く進めばそれで良いというものではない。

 ハッフルパフ生の持ち味は、地道な努力。セドリックは一つずつ、迷路を細かく調べる事にした。

 

 魔法の痕跡を調べる事は、大人の魔法使いにとってとても大切な作業だ。特に魔法省――ひいては闇祓いにとっては。

 ここは一つ、メタ的に考えてみよう。今回の主催者の一人は、かつて闇祓い一の過激派だったバーテミウス・クラウチだ。それなら、闇祓いにとって必要な資質を試す試練を、組み込んでいるはず……。

 

「あった!」

 

 この広大な迷路も、元は小さなクィディッチ会場。それなら間違い無く、大規模な拡大呪文がかけられているはず。

 セドリックの読みは正しかった。

 拡大呪文の痕跡を、見事発見したのだ。

 後はこれを逆算して、縮小した図を思い浮かべればいい。

 

 手早くそれらの作業を済ませると同時に、セドリックは駆け出した。

 迷路の終点……中央へ。

 

「ビンゴ!」

 

 道の先には、怪しげな光を放つ優勝トロフィー。

 ゴールへ向けて、一直線に走る。途中巨大グモが脇から出てきたが、そんな物なんの問題にもならなかった。

 そしてセドリックが優勝トロフィーに手を触れた瞬間……とほぼ同時に、別の道から出てきたクラムと、上から飛来したハリーとフラーもまた、トロフィーを掴んだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 この感覚――前にもどこかで。

 そうだ、クィディッチのワールドカップを見にいった時の……。

 

「そうか、優勝トロフィーがポートキーになっていたのか」

「でも、妙だわ。ここって表彰台ってよりも、墓場よね。それともイギリスの表彰式はこれが一般的なのかしら?」

「まさか。ここは墓場だよ、イギリスでもね」

 

 そう。セドリック達が飛ばされたのは華々しい表彰台ではなく、不気味な墓場だった。

 

「いたっ!」

「ハリー。大丈夫ですか?」

 

 ハリーがひたいの傷を抑えて座り込んだ。

 あの傷は、確か『闇の帝王』につけられた……。

 ふと頭の中を、管に繋がれたショーンがよぎった。

 突如倒れたショーンといい、ハリーの傷といい……嫌な予感がする。とてつもなく悪い事が起きる、そんな予感が。

 

「速くここを離れよう。嫌な予感がする」

「あら、墓参りはいいの?」

「フラー、ふざけてる場合じゃない。みんな、もう一度一斉に優勝トロフィーに触れるんだ、そうすれば――」

 

「それは困るな、セドリック・ディゴリー」

「!?」

 

 墓場の陰から、一人の男が現れた。

 男は邪悪な笑みを浮かべながら、セドリック達を舐めるように眺めた。

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニア!」

 

 ハリーが叫んだ。

 ハリーは憂の篩の中でクラウチを知っていた。彼が死喰い人である事も、闇の帝王の深い信奉者であることも、強力な闇の魔法使いであることも。

 

「あの方の計画には、お前達が必要不可欠なのだ。四人ともがな。お前達を揃って優勝させるのに、こちらも色々と苦労したんだ。もうしばらく、ここにいてもらおう」

「はっ。イギリスはナンパの仕方も遅れてるのね。そんな誘いは願い下げ――」

「フラー!」

 

 クラウチは直ぐさまフラーに向けて呪いを放った。

 直ぐさまセドリックが止めに入る。

 

「ぐぅ……!」

 

 盾の呪文が貫かれ、セドリックの肩が深々と切り裂かれる。

 強い……。たった一つ呪文を受けただけで、セドリックはクラウチの力量を嫌という程分からされた。

 クラウチはセドリックの傷ついた肩を見ると、下卑た笑みを浮かべた。彼は人が傷ついてる様を見るのが――いや、人を傷つけるのが好きなのだろう。

 

「ふむ。あの方は生存している状態でと仰ったが、状態は指定なさらなかったな」

 

 ゾワッとした感覚が、四人を襲う。

 第一の課題で戦ったドラゴンの殺意とはまた違う、ドス黒い悪意。

 

「ああ、受けて――」

 

 ハリーは杖を構え、クラウチと戦おうとした。

 それを制したのは……意外なことに、セドリックだ。ハリーを庇うように、前に一歩飛び出た。

 

「ハリー。それからフラーにクラムも。ここは僕を頼ってくれ」

「でも、セドリック」

「大丈夫。もしもの時のために練習しておいた、とっておきがあるんだ」

 

 ウィンクを一つ。

 不気味な墓場に不釣り合いなほど、綺麗なウィンクだ。場違いにも、ハリーはそんな事を思った。

 

「ああ、相談は済んだようだな。それじゃあ――」

「三人とも、離れてくれ」

 

 セドリックは直ぐさま三人を離れさせた。

 それはクラウチが放った無数の呪いから逃れさせるため――ではない。自分が今から使う魔法の余波によって、三人を殺させないように、だ。

 三人が10メートルほど離れたのを確認してから、セドリックはその呪文を唱えた。

 

「――悪霊の火(Fiendfyre)よ」

 

 轟!

 と、熱風が吹き荒れる。

 かなり離れたのに、ハリー達はその熱によってジリジリと肌が焦がされた。

 

 悪霊の火(Fiendfyre)――それは最も強い魔法の一つ。

 燃やせない物がないと言われてるほどの破壊力を持つ反面……時として術者本人をも燃やしてしまう、危険な闇の呪文。早い話が、学生に使える様な魔法ではないのだ。

 使えない、そのはずだ。それが、なんだ。これは?

 

「……馬鹿な、あり得ない」

 

 目の前に立つのは、火で形取れた巨大なアナグマ。

 その腕の一振りは、クラウチのあらゆる呪文を焼き払った。

 間違いない!

 セドリック・ディゴリーは完璧に、悪霊の火を使いこなしている!

 

「僕は負けられないんだ」

 

 セドリックはひたいに、大粒の汗をいくつも浮かべていた。

 膨大な魔力消費、悪霊の火から受ける熱風、そして操作するための精神力――セドリックの疲労は並大抵のものではないだろう。

 それでも、セドリック・ディゴリーは負けない。

 

「終わりだ」

 

 殺すわけじゃない。

 ただ、再起不能にはなってもらう。

 

 悪霊の火で出来たアナグマは、その巨体からは想像もつかない程の速度で走り出した。

 クラウチは杖から大量の水を放出したが、足止めにもならない。

 アナグマの剛腕はクラウチに振り下ろされた!

 

「そこまでにしてもらおう」

 

 果たして、それは止められた。恐ろしいほどに呆気なく。

 同じく、悪霊の火で出来たヘビによって。

 

「なんで、そんな……。お前がここに!」

 

 傷が痛むのだろう。

 ハリーが苦しそうに声を出した。

 ハリーの見ている先……そこには一人の男がいた。黒いローブを纏った、一人の男が。

 

「俺様の部下の非礼を詫びよう。許せ、お前達を傷つけるつもりは毛頭なかったのだ。そして讃えよう、セドリック・ディゴリー。その歳で悪霊の火を使いこなすとは、才能に加え努力もしたのだろう。故に、俺様はお前を讃えよう」

 

 そこに立っていたのは、闇の帝王――ヴォルデモート卿だった。












ハリー、ロン、ハー子ジニー、フラー、クラム、ショーンの7人で魔法の人生ゲームをするという謎の話を書いたはいいけど、完全に入れるタイミングを逃した。


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第12話 静かな墓場

 セドリックのアナグマと、ヴォルデモートのバジリスク。

 悪霊の火で出来た二匹の獣がぶつかり合う。

 

 きっとわざとだろう。

 ヴォルデモートは魔法を調整して、セドリックと同じくらいの火にしていた。

 それなのに、両者の間には明確な違いが現れている。

 

 セドリックが攻めようと一歩踏み込めば、ヴォルデモートは一歩下がり、攻めさせない。

 セドリックが距離を取ろうと一歩下がれば、ヴォルデモートは一歩踏み込め、距離を取らせない。

 セドリックが何をしても有効打にならず、逆にヴォルデモートが一手動くたびにどんどんセドリックは追い詰められていった。

 

 たまにセドリックがほんの少しだけ有利になる時があるが、結局後になって、それが悪手になってくる。

 技量や経験もあるだろうが……狡猾。

 そう、狡猾だ。

 相手の嫌な事を察知し、戦略を立てるのが異常なほどに上手い。

 

「くっ……!」

 

 ついにセドリックには、何もできる事がなくなった。

 攻撃が来る。

 そう分かっているのに、防ぐ手立てがない。

 両の手は塞がれ、足はもつれている。

 詰みだ。

 遂にバジリスクの牙が、アナグマの喉元に食らいついた。

 

 ただの一撃で、あれほど轟々と燃え盛っていたアナグマは呻き声を上げて倒れた。

 ハリーにはよく分からなかったが、恐らくさっきの僅かな攻防の間に、セドリックはかなり消耗させられたのだろう。そういう攻め方(・・・)を誘導させられていたのだ。

 セドリックは肩で息をしながら、片膝をついた。滝のように汗をかき、髪がひたいに張り付いている。

 

「はあ、はあ……くっ、まだだ――」

「そう無理をするな。悪霊の火は取り扱いが難しい。その状態でもう一度使えば、自らを焼く事になる」

 

 方やヴォルデモートの方は、たった今シャワーでも浴びたばかりのような、まるで疲労感がない様子だ。

 

 セドリックが終われば、次はハリー達だ。

 三人は杖を構えた。

 勝てないだろう……、そうハリーは悟っていた。セドリックに勝てないハリーで、彼を圧倒するヴォルデモートをどう倒すというのだ。

 それでも、戦わないわけにはいかない。

 しかし予想に反し、ヴォルデモートはまるでマッチについた火を消すように杖を振り、悪霊の火を消した。

 

「先ずはお前の傷を治そう。クラウチよ、近くに寄れ」

 

 クラウチはその言葉を聞くと、神託を受けた狂信者のような顔をした。

 ヴォルデモートが彼の頭を杖で叩くと、クラウチの傷はすっかりと癒えた。

 

「有難き幸せです、我が君」

「良い。部下の労をねぎらうのもまた、主たる俺様の役目だ。そしてゆくが良い、我が忠臣よ。お前の役目を果たせ」

「はっ!」

 

 クラウチは深々と頭を下げると、何処かへ姿くらましした。

 

「待たせたな。それでは話し合いをするとしよう。疑問に思っているだろう? 何故俺様が復活しているのか、何故お前達をここに招待したのか……など。その疑問に全て答えよう」

 

 ヴォルデモートは杖を振り、椅子と机、それからお菓子と紅茶を出した。

 

「どうした座らないのか?

 ……ああ、そうか。警戒しているのか。先ほども言った通り、俺様にお前達を害する気はないのだがな」

 

 ヴォルデモート卿はそう言いながら、人数分の紅茶を淹れた。風に乗って、良い匂いがこっちまで漂って来る。ここが墓場だという事を忘れてしまいそうになるほど、良い匂いだ。

 

「早く席につけ。冷めてしまうぞ。それにお茶請けに、お前達の好物を用意した。人の好きな物を当てるのは、俺様の得意とする所なのだ」

 

 テーブルの上には、ササミを甘く煮たものとチーズを乗せたクラッカー、糖蜜パイ、それからジンジャークッキーが並べられていた。

 他の食べ物は知らないが、糖蜜パイは確かにハリーの好物だ。

 

「……分かりました。貴方の話を聞きましょう」

「フラー!?」

 

 信じられない事に、フラーが席に着いた。

 

「この人が私達を殺そうと思ったなら、すぐにでも殺せるわ。それをしないということは、“私達に用がある”という部分は本当なのでしょう。あくまでその部分だけは、だけどね。それに、私チーズが大好物なのよ」

「聡明だな、麗しき乙女よ」

 

 ヴォルデモートは非常に満足そうに言った。

 フラーは席に着いた後、ハリー達を手招きした。

 クラムは少し考えた後、その場に跪くセドリックを抱えて、席に着かせた。魔力を大きく失った場合、休息や食事――特に甘い物――が有効的とされている。その事を鑑みたのだろう。

 

 三人の後は、当然ハリーだ。

 目の前にいるのは両親の仇……そう頭では分かっているのに、どうしても心からの憎しみは湧いてこない。両親のことをあまり知らないからか、はたまたヴォルデモートがこちらに殺意や憎しみをぶつけてこないからだろうか。頭はまだズキズキと痛むが、逆に言ってしまえばそれだけだ。

 

 結局ハリーは、席に着いた。

 

「話の前に――セドリック・ディゴリー。お前の不調を正すとしよう」

 

 ヴォルデモートはまた杖を振った。

 次の瞬間、セドリックの呼吸は落ち着き、更には汗まで消えた。しかもご丁寧に、服まで整えられたようだ。

 

「さて。それでは疑問に答えるとしよう。

 俺様が復活したのは、今から約半年前のことだ。ハリーは知っていようが、俺様は生きていた。尤も全盛期の力はカケラもなく、霞のような存在であったが……生きてはいた。

 復活するのには闇の魔術を使った。必要なのは俺様の肉親の骨やしもべの肉――他にも様々な闇の品があるが、一番必要だったのはハリー・ポッターお前の血だ」

「僕の血? でも、僕はそんな物、お前に与えてない!」

「いや、与えていたのだ。お前は知らないだろうが、血を抜き取る魔法は無数にある。しかしダンブルドアが常に目を光らせ、それを許さなかった。

 転機は半年前だ。俺様は幸運にもお前に近しい人物を手元に置く事が出来た。ダンブルドアが警戒していなければお前から血を掠め取るなど、造作もない」

 

 ヴォルデモートは小瓶を一つ取り出した。

 中には赤い液体が並々と入っている。

 

「復活した俺様は考えた。

 何故俺様はお前に敗北したのか?

 答えを得たのは、お前と俺様の日記との戦いの顛末を、ピーターから聞いた時だ。若い頃の俺様の魔法がことごとく逸れたときいて、ピンと来た。お前の母親は俺様に殺される前に、お前に究極の護りの魔法を授けたのだと。それがある限り、俺様はお前に手出しが出来ん。故に――俺様は諦めたのだ」

 

 そう言うとヴォルデモートはまた杖を振った。

 ヴォルデモートの姿は若い頃の姿――トム・リドルの姿へと戻っていた。

 

「俺様は不老だ。そしてやろうと思えば、いくらでも人に好かれる事ができる。そして俺様の部下には、魔法界に強い影響を及ぼす事が出来る純血が数多くいる」

「まさか……」

「賢しいな、セドリック・ディゴリー。

 そうだ、俺様は次期魔法省大臣となる。今代で世界を征服するのは諦めた。しかし、次世代はどうだ? 俺様に逆らう者が寿命で死んだ後ならば、征服は容易い。

 教育によってマグルへの嫌悪感を擦り込み、その上でマグルを殺す法案を合法的に通す。非難する者は表れようが、しかし俺様は正規の手段に則ってことを成す。誰も咎めることは出来ない。何せ罪を犯していないのだから」

「でも、お前は数多くの罪を既に犯している!」

「そうだ。ヴォルデモート卿はそうだとも。しかしトム・リドルはどうだ?」

 

 絶句した。

 確かにそうだ。

 闇の象徴はヴォルデモート卿であって、トム・リドルではない。

 トム・リドルがヴォルデモート卿である事を知っている人物など、それこそほんの一握りしかいないのだ。

 

 ここに来てハリーは、ようやく何故ヴォルデモートが殺意や悪意を向けてこないのかを理解した。

 既に決着がついているのだ。

 ハリーは負け、ヴォルデモートが勝った。

 既に敗北している者に対して、殺意を向ける事は必要はない。

 

「もちろん、お前達は息子や娘に対して「トム・リドルを信用するな」と言うだろう。しかし実際に俺様が悪事を成しているところを見た事がないお前達の子は、俺様を強く警戒出来るか? いいや、不可能だ。子供というのは、親の言葉よりも、自分で見聞きしたものを信じる。

 加えて実際の俺様が善政を敷けば、子は俺様ではなく、むしろお前達に猜疑心を募らせるだろう」

 

 一年生の時。

 ハリーはダンブルドアの忠告を聞かず、賢者の石が隠されている部屋に行った。

 二年生の時も、いくつも校則を破った。

 ハリー自身が、ヴォルデモートの言葉の生きた証人だ。

 

 ヴォルデモートの言葉には自信と、確かな裏付けがあった。

 彼がそうしようと思えば、いくらでも「多くの人間が満足する世界」を作れるだろう。だが……。

 

「お前の言う人間には、マグルの人達が入っていない!」

「その通りだ、セドリック・ディゴリー。逆に聞こう、何故入れる必要がある?」

「……人間として破綻してる」

「またしても、その通りだ。そして再び聞こう、何故正常でなくてはならない」

 

 その時、バーテミウス・クラウチが姿表しで戻って来た。

 彼はヴォルデモートにかしずき、こう言った。

 

「我が君、ダンブルドアの殺害に成功しました」

 

 ……え?

 その場にいた誰もが――ヴォルデモートを除いて――嘘だと思った。

 いや、嘘だと思おうとした。そんな事はないと、信じたかった。

 

「またマクシーム、カルカロフ両名の殺害も滞りなくすみました」

「良くやった、クラウチよ。お前には後で褒美を出さねばなるまいな」

「嘘だ……嘘だ! ダンブルドア先生は、お前よりもずっと強いんだ! お前なんかに、殺されるわけがない!」

「ああ、そうだ。奴は俺様の上を行っているだろう。しかしな、ポッター。アルバス・ダンブルドアの弱点は魔法使いとしての部分ではなく、その心なのだ。

 奴は愛の信奉者だ。だが愛を授けた事もなければ、授けられた事もない。お前達は知らぬだろうが、肉親からは疎まれ、親友とは決別したのだ。

 人は自分に無いものを求める。

 奴は愛を知らないが故に、それを信奉するのだ。

 だが憧れは眼を曇らせる」

 

 そこまで言われてハリーは、気がついた。気がついてしまった。

 

「そうだ、ハリー・ポッター。俺様はお前達を人質として扱ったのだ。

 奴は俺様を倒すのは自分ではなく、ハリー・ポッターとリリー・ポッターの愛だと信じたかったのだ」

 

 ――故に奴は死んだ。

 

「本当に俺様を滅ぼしたいのなら、賢者の石を使い永遠の命を得る事で俺様と同じ土俵に立ち、ハリー・ポッター(大英雄)自ら(指導者)の手で擁立し、対抗馬にすべきだったのだ。

 しかしあやつは「過去に永遠の命を得ようとして親友と決別したから」などと言うくだらない理由で、それを捨てた。

 おかげで俺様は最大の壁を難なく取り壊し、更には奴のみが知りえた俺様の不老の秘密までもを隠す事が出来た。

 感謝しよう、四人の競技者達よ。お前達が好奇心に負け、のんきにお茶を飲んでいたおかげで、俺様は世界を総べるのだ」

 

 ヴォルデモートは笑った。

 見た者を虜にするような、ゾッとするほど優しい笑みを浮かべた。

 

「ふざけるな!」

 

 ――最初に動いたのは、クラムだった。

 目にも止まらない速度で、ヴォルデモートに向かって拳を振り抜いた。

 対して、ヴォルデモートの動きは緩やかだった。拳を見てから動き出し、顔に届く前に進行上に手を添え、簡単に軌道をそらす。そしてその後手首を捻り上げ、その場で倒した。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 首筋に杖を当てて、呪文を唱える。

 クラムの体は一瞬ビクリと震えた後、完全に動かなくなった。

 

悪霊の火(Fiendfyre)!」

 

 次に動いたのはセドリックだ。

 瞬時に悪霊の火を出す。

 自分とハリー、フラーを守るように動かしながら、先ずは隙を見て――

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 ヴォルデモートの呪文は轟々と燃える悪霊の火の、針の穴のように細い間を縫ってセドリックに直撃した。

 セドリックの体が吹き飛び、地面に倒れる。

 

「共に優秀な魔法使いであった……。彼らの子は将来、俺様に多大な貢献をした事だろう。故に、俺様は哀れもう。有望な若者の死を」

 

 ヴォルデモートは涙を流した。

 たった今、自分で殺した二人の人間の死を悲しんで。

 

「……ハリー・ポッター。私が時間を稼ぎます、お逃げなさい」

「いやだ! フラー、一緒に戦おう」

「いいえ、二人で戦っても一人で戦っても、そう変わらないでしょう。だから、貴方は逃げ延びなさい。ダンブルドア亡き今……光の象徴となれるのは貴方しかいないのよ。クラムとセドリックと……それから私の死を無駄にしてはいけないの。だから今は逃げて。逃げて、生き延びなさい。さあ早く!」

 

 フラーが杖を振ると、ハリーの体は浮かび上がり、優勝トロフィーに向けて飛んで行った。

 

「いやだ、待って! フラー!」

「――妹のガブリエルに伝えて下さい。愛していた、と」

 

 フラーは振り向き、ヴォルデモートと向き合った。

 

「フラァァァアアア!」

 

 ハリーは一人優勝トロフィーをつかみ、転移した。

 

「……随分簡単に逃がしてくれるのね」

「先も言ったであろう。俺様に敵対の意思はない。降りかかる火の粉を払うだけだ」

「あら、私も逃げれば良かったわ」

「そう言いながらも、俺様を殺そうと油断なく隙を伺っているな。そう言った狡猾さは嫌いではないぞ」

「……女の子に開心術を使うなんて、嫌われるわよ」

「開心術ではない。仕草や癖から心を読むなど、俺様には造作もない事。故にダンブルドアは秘密主義者になったのだ」

「そう。それなら、私が今から言うことも分かるのかしら?」

「さぁ、どうだろうな。試しに言ってみるが良い。答え合わせをしてやろう」

「――くたばれ、クソ野郎」

 

 二、三度光が上がった。

 その後何かがぶつかる音がした後、墓場は再び静寂を取り戻した。



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第13話 屋敷しもべ妖精と鼻血の帝王

 ヴォルデモートの杖から大量の火が放たれ、フラーの下半身を焼き尽くした。

 支えの無くなった上半身が、ポトリと地面に落ちる。

 

「久しぶりの運動だった故、ついやり過ぎてしまったな。ここまで損傷が激しいと、亡者には使えぬか」

 

 フラー・デラクールは思いの外優秀だった。よく戦ったと言えるだろう。しかしよく戦ったと言っても、学生にしては、という程度だ。学生の頃からフラー以上に優秀であり、更にそこから長い年月をかけて研ぎ澄してきたヴォルデモートとは、大きな差がある。事実、ヴォルデモートの体には傷一つ付いていなかった。

 杖を振り、呪文を打ち合った余波で剥がれた地面を直す。ダンブルドアの目が何処にあるか分からない以上、魔法の痕跡は出来るだけ残したくない。

 ……地面を直す時ふと、ヴォルデモートはセドリックの死体を見た。

 そして――気づく。

 

「……何処からだ?」

 

 ヴォルデモートは一人つぶやいた。

 当然、返事をする者はいない。いないはずである。しかしヴォルデモートはもう一度、今度は吠える様に問いた。

 

「何処からだ!」

 

 やはり、返事はない。

 ヴォルデモートはそれに一層腹を立て、激昂した。

 怒り狂いながら杖を自分のこめかみに向け、呪文を唱える。

 次の瞬間、世界が歪んだ。

 歪みは更に激しくなり、やがて完全に折れ曲がった。

 パリン、と。まるでお気に入りのティーカップが手を擦り抜け、落ちて破れた時の様な音が響く。

 事実、破れたのだ。歪みきった世界が。

 

 世界が歪みから解放された時、目の前にあったのはテーブルと紅茶だった。

 席についているのはハリー・ポッター、セドリック・ディゴリー、ビクトール・クラム、フラー・デラクール。全員無事な姿で、スヤスヤと眠っている。

 

「……流石です。わたくしの魔法に気づくとは」

 

 セドリック・ディゴリーの口から――否、その背後から声が聞こえてくる。

 安らぎを与えてくれる、鈴の様な声が。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 ヴォルデモートが死の呪いを唱える。

 しかし、杖からは何も出ない。

 ――不発。

 そんな事あり得るだろうか。確かに死の呪いは難易度の高い呪文だが、ヴォルデモートは誰よりもその呪いに精通している。疲労困憊の状態ならともかく、今の様な平時なら失敗する可能性はゼロに近いだろう。

 つまり、ヴォルデモートは呪文を失敗したのではない。

 させられた(・・・・・)のだ。

 

「まあまあ、そう声を荒げずに。この子達が起きてしまいますから」

 

 セドリック・ディゴリーの顔が徐々に変わっていく。

 いや、実際に変化しているわけではない。

 ヴォルデモートの心象が変化しているのだ。

 

「この子達は今、みな同じ夢を見ています。貴方に挑み、知恵と勇気と友情によって打ち勝つ。そんな幸福な夢を」

 

 セドリックの顔は今や、完全に別の物へと変化していた。

 柔らかなブロンドヘアをシニヨンにした、何処か神聖な空気を持つ女性――ヘルガ・ハッフルパフの顔へと。

 

 ――簡単に言えば、今までの事は全てヘルガが見せた夢だったのだ。

 夢、と言ってもただの夢ではない。

 全員の思考、能力を読み取った上で見せた、事実に限りなく近い夢だ。ただし……結末だけは、それぞれ夢を見る人間の理想になる様調整してある。人は自分にとって有利な事は、ほとんど疑わない。例えそれが多少不自然だったり、自分にとって有利に運び過ぎていたとしても。事実、ヴォルデモートも本当に代表選手やダンブルドアを始末したと思っていた。

 違和感に気づいたのは、セドリックの死体を見た時である。

 ヴォルデモートは誰よりも死の呪いについて詳しい。当然、その呪いを受けて死んだ人間も山の様に見てきた。

 反対に、攻撃魔法が使えないヘルガは死の呪いなど使った事さえない。故に、その死体の再現がやや甘かったのだ。

 ヴォルデモートはそのわずかな異変から状況を推理し、自身に非常に強い閉心術をかけたのである。

 

「子供達を起こさないよう願いますわ。ヴォルデモート卿」

 

 ヘルガはニッコリと微笑んだ。

 ヴォルデモートの様な、演技の笑顔ではない。

 彼女は本気で、ヴォルデモートにお願いする様に笑ったのだ。

 

「貴様……」

 

 ヴォルデモートは人の心を読むことに長けている。故に、彼はヘルガが今、自分をどう思っているか察知していた。

 ヘルガ・ハッフルパフは――ヴォルデモート卿を愛していた。

 それこそ、恋人や娘といった、近しい者とそう変わらないほどに。その上で、ヘルガ・ハッフルパフはヴォルデモートを――殺そうとしているのだ。

 

 ヘルガ・ハッフルパフは全てを愛す。

 故に、彼女にとって全ての者は平等である。

 ヘルガ・ハッフルパフは全てを愛す。

 故に、彼女にとっては生者も死者も変わらず隣人である。

 

「ぐっ……ぬぅ………!」

 

 ヴォルデモートは何かしらの呪文でヘルガを攻撃しようとした。

 しかし、思考が纏まらない。

 先ほど、ヴォルデモートが死の呪文を放とうとした時と同じだ。死の呪文には、高度な技術の他に、強い殺意が必要になる。守護霊の呪文と同種、と言えば分かりやすいだろうか。

 開心術に長けたヘルガ・ハッフルパフは――その思考を取り除く事ができる。更に本気を出せば、思考の一切を奪うことすら可能だ。事実彼女の呪文は益々強くなり、ヴォルデモートは今や普通の呪文ですら唱えられなくなっていた。

 ヘルガは攻撃魔法の類を一切使う事が出来ない。ヘルガには一切『敵意』の類が無いからだ。しかし彼女もまた、他の創設者と同じく一千年前の激動を戦い抜いた一人である。

 

「貴方……分霊の呪文をなされていますね? その様な脆い心では、わたくしの魔法は防げませんよ」

 

 ヘルガの魔法が、また一層強くヴォルデモートの心を縛る。

 呪文を唱えるどころではない。

 体が完全に動かなくなった。

 脳と体を分離させられたのだ。

 

「無理をして呪文を唱える事はおよしなさい。頭が耐えきれなくなって死にますよ。そも、この世界が本当の世界だという保証がどこに? 貴方の目の前にいるわたくしは、本当のわたくしではないかもしれませんよ」

 

 ヴォルデモートを心配する様に、ヘルガは投げかけた。

 そして一歩近づき、ヴォルデモートの顔に自分の手を添える。

 

「ショーンと結びつきが強く、また非常に模範的なハッフルパフ生であるセドリック・ディゴリーの体を使っているとはいえ、長くあの子の体から離れる事はショーンにとって負担になります。今頃は体力の限界を迎え、床に伏している事でしょう。早く戻らねばなりません。なので……終わらせましょう」

 

 ヘルガはそっと、ヴォルデモートの体を抱きしめた。

 そして優しく、耳元で囁く。

 

「最後に、何か遺言はございますか?」

「――ヘルガ・ハッフルパフ。いや、貴様だけではない。共にいる創設者達よ」

「はい。なんでございましょう」

「かつて、俺様は貴様等に憧れた。ホグワーツを築いた偉大な魔法使いだと、心から尊敬していたのだ」

 

 その言葉は、ヴォルデモートの本心からの言葉だった。

 誰であろう、心を読めるヘルガがこそが証人だ。

 そしてヴォルデモートは、こう続けた。

 

 ――それがなんだ、この有様は。

 

 ヴォルデモート――というよりもこの時はトム・リドルだが――はかつて、創設者達を誰よりも尊敬していた。それこそ、かのアルバス・ダンブルドアよりも。

 トム・リドルが『死』を克服しようとした時、彼はありとあらゆる死因への対抗策を考えた。その時、ふと思ったのだ。何故あれほど偉大と謳われた創設者達は、死んだのか。その死因を調べ、克服する事は非常に大切なのではないか、と。

 しかし、予想外に創設者達の死因を特定する事は困難だった。

 何故か、その死因を記した書がほとんどないのだ。それどころか、それぞれのメンバーが同じ様に死んだのか、あるいは全く別の時期に死んだのか。それさえ分からない。事が起きたのは今から一千年も前。記述が少なくて当たり前なのだが、それにしても少な過ぎる。生前の逸話が数多く残っているだけに、益々不自然だ。誰かが意図的に隠しているとしか思えない。

 真実は意外な所に落ちていた。

 ロウェナの娘、灰色の淑女(ヘレナ・レイブンクロー)である。

 トム・リドルがホグワーツの教師になりたいと直談判しに行った際、彼は親しかったヘレナに聞いた。母であるロウェナの、そしてその盟友である創設者達の死因を。

 ヘレナはトム・リドルに教えた。あれほど強力だった創設者達がどうやって死んだのか――いやどうやって殺されたのか(・・・・・・・・・・・)を。

 そしてその先も――つまり『今』も。

 創設者達の真実を、ヴォルデモート卿は知っていた。

 故にこそ、ヘルガはヴォルデモートを殺すために、わざわざリスクを冒してまでここに来たのだ。

 

「貴様等はその醜い内をひた隠しにし、たった一人の少年に擦り寄っているが……あの小僧――名をショーンと言ったか。いつか絶望するだろう。貴様等が一体どの様な存在なのか、何故あの小僧にまとわりついているのか、それを知った時が見ものだ」

「そうはなりませんよ。わたくし達は永遠に、あの子と共にあります」

 

 ヘルガはヴォルデモートの頬に添えた手を、少しずつ下へ……首まで来たところで、グッと力を込めた。

 いかに魔法使いとして優れていようと、体は人間のそれである。

 ゴキリ、と。呆気ないほど簡単に、ヴォルデモートの首はへし折れた。

 

「おっと。悪い子です」

 

 ヴォルデモートの体から、次なる分霊箱(身体)へ逃げようと魂が飛び出してくる。

 ヘルガはそれをキャッチすると、押し潰して完全に消した。

 

「身体の方は――埋めてしまいましょうか。植物の栄養になるでしょうし……なりますよね?」

 

 ヘルガはスコップを魔法で作ると、丁寧に穴を掘ってヴォルデモートの遺体を埋めた。

 その後、魔法使い式でヴォルデモートの葬式を執り行った。

 

「さて、そろそろ本当に帰らねばなりませんね。ここも大変居心地の良い場所だったので、離れるのは大変心苦しいのですが……」

 

 トム・リドル・シニアの墓を「大変居心地の良い場所」と言ったのは、ヘルガが最初にして最後だろう。

 

「……んぅ………」

 

 子供達の方から身じろぎする様な声が聞こえた。

 そろそろ夢から醒める時期だろう。

 彼らは、夢を見ていた。夢の中で、彼らは知恵を出し合い、そして友情と勇気によってヴォルデモートに打ち勝った。実際にヴォルデモートが倒れ、その場にいた者の記憶が揃っているなら、それは真実となる。

 

「昔はよく、こうしてゴドリックとロウェナの尻拭いをしたものですね」

 

 戦争をしていた頃、ゴドリックとロウェナは辺り構わず強力な魔法をぶっ放しまくっていた。その度に、ヘルガがマグルの記憶を消し、サラザールが辻褄を合わせていた。余談だが、魔法省の『魔法事故惨事部』はこれが元になったと言われている。

 

「アクシオ、優勝トロフィー」

 

 四人が目覚めたタイミングで、優勝トロフィーを呼び寄せて触らせる。

 いとも簡単に、四人と1ゴーストは夜の墓地を後にした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 校長室にて、代表選手四人は説明した。

 優勝トロフィーがトム・リドルの墓場直通便になっていたこと。

 ヴォルデモートが何故かハリーの血を持っていて、彼が復活したこと。

 なんやかんやあって四人で逆にヴォルデモートをやっつけたこと。

 

「なるほど、そんな事が……」

 

 話を聞いたショーンがつぶやいた。

 

「ショーンの方も、大変だったみたいだね。倒れたって聞いて、心配したよ。呪いか何か?」

「いや、何の魔法的問題もない。多分、昨日食べたハーマイオニーの料理のせいだな。墓場にあのキノコスパゲティを持って行ってヴォルデモートと一緒に鍋に放り込んでれば、もっと楽に倒せただろうよ」

「えっと、つまり、ただの食あたりってこと?」

「ただの食あたりじゃない。弩級の食あたりだ。あるいは今世紀最高の食あたりとか、近年で最高の食あたりと言い換えてもいい」

「何処のボジョレー・ヌーボよ」

 

 すかさずジニーがツッコミを入れた。

 ハーマイオニーはボディーブローを入れた。

 

 代表選手四人は、当然ながら墓地から帰った後説明を求められた。

 各校の校長とミネルバとシリウス、そしてスネイプ――ハリーはヴォルデモートについての情報をスネイプに言うのを、歯医者に行きたくない子供の様に嫌がったが、ダンブルドアが説得した――が集まり、さあ説明しようと言うところで、マダム・ポンフリーが転がり込んで来たのだ。ハーツが目覚めましたよ、と。

 もしかしたらショーンも呪いをかけられていたのかもしれない。ヴォルデモートが倒されたから、今起き上がったのでないだろうか。そんな意見が浮かび上がった。

 生徒に言う事を渋る者もいたが、結局知れ渡るから、とダンブルドアが全員を説得した。

 ショーンについて来たジニー、ハーマイオニー、ロン。この四名を迎え、トム・リドルの墓探検ツアーのプラン説明が行われ、そして今に至る。

 

「ところでダンブルドア校長」

「何かね、ミスター・ハーツ。君とハグリッドがたびたび開いている素敵な夜会に、ついに私を誘ってくれるのかの?」

「あー……それはまたの機会に。それより、今杖はお持ちですか?」

「もちろんだとも」

「良かった。それじゃあ言いますが、この場に裏切り者がいます。というかシリウスが裏切り者です。捕まえて下さい」

「ほお」

 

 その場にいた人間の動きは速かった。

 先ず動いたのは、シリウスだ。ある程度こうなる事を予想していたのだろう。杖を取り出しながら、猛スピードで扉へと駆けた。

 次に動いたのはダンブルドア――ではなく、スネイプだった。彼のニックネームがビリー・ザ・キッドではないのが不思議な程の早撃ちで、シリウスの背中を撃ち抜いた。

 しかし、シリウスもまた負けてはいない。即座に対応し、盾呪文を貼る。

 だが、それでいいのだ。一瞬の時間さえあれば。この部屋には、今世紀最高の魔法使いがいる。彼が杖を抜く一瞬の時間さえあれば、全てのことは上手くいく。

 

「ヒュウー」

 

 ゴドリックが感心した声を出した。

 彼が褒める程に、ダンブルドアの呪文捌きは上手かった。あっという間に、それも無傷でシリウスを捕らえた。

 

「状況から見て、ブラック教授が裏切り者なのは明白じゃ。しかし、この哀れな老いぼれと、周りの者に説明してくれるかな。何故彼が裏切り者だと分かったのじゃ?」

「先ず言っておきます。外見はシリウス・ブラックかもしれませんが、中身はきっとシリウスじゃない」

 

 それを聞いて、ロンとハーマイオニー、そして顔面蒼白のハリーはハッとした。

 ――ポリジュース薬。

 かつて三人が使い、痛い目を見た薬だ。それを使えば、大体の人間を欺ける。

 

「シリウスは僕と二人でいる時、必ずある呼び名で僕を呼びます。ですが、ここ最近は一切呼びませんでした。最初は教師になった責任感からかと思っていましたが、シリウスはそんな事を気にする性格だろうか、と不思議に思っていました。なので確証を得たのはついさっきです。ヴォルデモートは何故かハリーの血を持っていた――一緒に住んでいた人間なら、その位簡単に出来るだろうな、と。心当たりはあるか、ハリー」

「……確かに、家にいた時、チョコレートの食べ過ぎで鼻血を出しちゃった事がある。チョコレートを持ってきたのは、シリウスだった……。だけど、でも、それはおかしいよ。だってシリウスは、最初はシリウスだったんだ。いつ入れ替わったって言うの? 僕はずっと一緒にいたよ」

「ふむ。それはわしが答えられそうじゃ、ハリー」

 

 ダンブルドアはシリウスのポケットに素早く手を入れた。

 取り出したのは――ロケットだ。

 見事な装飾がなされた、蛇の紋章が刻まれたロケット。

 

「あれは私のだ」

 

 サラザールが呆れた様に言った。

 物持ちの良い彼にとって、自分の物をあんな形で使われるのは心外なのだろう。

 

「これには非常に強い呪いがかけられておる。それ以前に、品自体が高価で希少性が高い物じゃ。先ず普通にしていては手に入らんじゃろう。心当たりはないかね、ハリー」

「えっと、良く覚えてます。シリウスの家は、凄く荒れてました。それで片付けよう、って事になったのですが、シリウスの家にいた屋敷しもべ妖精が死んでしまっていて……僕達が自分の手でやる事になりました。その時、シリウスがそのロケットを見つけたんです。凄く気に入ったって言ってて、肌身離さず持っていました」

「ブラック教授は非常に強い魔法使いじゃ。しかし、これ程に強い呪いを持った品を持ち続ければ、心は壊れ、闇の者が入り込む隙を作るじゃろう。のう、トム・リドルや?」

「まったくその通りです、先生」

 

 返事をしたのはシリウス――否、シリウスの中の誰かだった。

 

「付け加えさせていただければ、強い魔法使いだからこそ、より上質な餌になります。シリウスの持つ魔法力と魂は強く、僕の力を強くしてくれた。ブラック家というのもいい。血統が近いからか、この体は良く馴染む。見てください。僕とこれだけ密接なのに、シリウスの体はクィレルの様にまったく綻びてない」

 

 秘密の部屋で対峙した声より大人びていて、そして墓場であった彼よりも若い声。

 魂を切り裂き、分霊箱に入れた時期の闇の帝王――つまり全盛期のヴォルデモート卿がそこにいた。

 無論、力はほとんど取り戻して居らず、シリウス・ブラックの体を依り代に辛うじて存在している程度だが、その場にいる全員を黙らせる『圧』があった。対抗出来るのは、精々ダンブルドアくらいのものだろう。

 

「あー、少し質問してもいいか?」

 

 いや、もう一人いた。

 もちろん、ショーンである。

 この程度の『圧』は、生まれた時から受けていた。

 

「自分の復活の為に、ハリーの血を採取したんだよな、鼻血を。自分の復活に鼻血を使うのってどうなんだ? だって、鼻血だぞ。鼻水とか、ハナクソとか混ざってる。嫌じゃないのか。ハナクソで出来た闇の帝王だぞ」

「もちろん、嫌だよ。でも僕はちょっとした理由でハリーを傷つけられないし、傷つけたらダンブルドア校長にバレてしまうからね。鼻血を使った事は、あっちの僕には内緒にしといてくれると嬉しいよ」

「う〜む。わしはクリスマスプレゼントには、厚手のウール靴下が欲しかったのじゃが、君達の会話を録音したレコードでも良いかもしれんの」

「だったら俺はハリーとスネイプ教授の会話ディスクに一票」

「それなら僕はマクゴナガル先生とロン・ウィーズリー君に一票」

 

 空気が緩む。

 あまりにも緩み過ぎるとそれはそれで問題だが、先程の張り詰め過ぎた空気よりはいい。でないと、不意をつかれたとき何も出来なくなってしまう。

 うっかり会話に乗り、こちらに不利な状況を作ってしまったかな。トムはそう考える。ショーンがそれを意識的にか、それとも無意識的にやったのかは分からないが。ともかく、時間はトムの味方ではない様だ。

 

「さて。そろそろお暇させていただくとしようか。ダンブルドア先生が物凄い勢いで僕を拘束してる呪文を強めてるからね、これ以上は流石にちょっと良くない」

 

 その場にいた全員が、杖を構える。

 もちろん、トムよりも強いダンブルドアも。

 しかし、トムの余裕は消えない。

 

「この学校にいる間に、何匹か躾けておいたんだ」

 

 『姿現し』により、二十人近い屋敷しもべ妖精が姿を表す。

 フレッドとジョージは、シリウスと仲が良かった。そして、双子は屋敷しもべ妖精が何処にいるかを良く知っていた。

 

 ――屋敷しもべ妖精が一斉に『悪霊の火』を出した。

 

 『悪霊の火』を出すのは、そう難しいことではない。トム・リドルの様な非常に優秀な魔法使いからマンツーマンで教えを受ければ、直ぐに出せる様になるだろう。

 しかし、『悪霊の火』はだからこそ禁術なのだ。

 出すのは簡単だが、使いこなすのは非常に難しい。ましてや人間ではない屋敷しもべ妖精が無理矢理出したのなら……。

 

 自らの身を焼きながら、屋敷しもべ妖精達は『悪霊の火』を出し続けた。

 

 彼らは恐怖によって支配されているのではない。

 トム・リドルという甘い毒に唆され、彼に心から忠誠を捧げているのだ。

 暴走する『悪霊の火』。

 いかな教師陣と言えど、そう簡単に対処出来る物ではない。ましてや生徒を守りながらでは、余計にだろう。唯一なんとか出来そうなダンブルドアも、屋敷しもべ妖精を犠牲にして良いならいくらでも手立てを思いついていたが、彼の良心がそれを許さない。

 トム・リドルは、火の中を屋敷しもべ妖精の『姿くらまし』で抜け出そうとしていた。

 

「トム・リドル! シリウスの体を返せ!」

 

 そんな中、ハリーだけが持ち前の動体能力を駆使し『悪霊の火』の間を走り抜けて行く。

 間に合うか、間に合わないか……ダンブルドアでさえ判断が難しい。

 そしてどちらの方が良いのかは、ハッキリしていた。ハリーが間に合わない方が、明らかに好手だ。トム・リドルに追いついたところで、共に『姿くらまし』するだけ。その先に何があるのか、まったく分からない。

 追いつけなかった時――ハリーは『悪霊の火』の中心で孤立する。だが、トム・リドルと二人で行き先不明の旅行に行くよりかは救いがあるだろう。

 それを分かっているからこそ、トム・リドルは待つ。

 慌ててるフリをして、もたついてるフリをして、ハリーを待つ。

 

「やれやれ、だ」

 

 ゴドリックがショーンの体に乗り移る。

 ――刹那。

 その場にいた誰もが視認出来ない速度で、ハリーに追いつく。そのまま襟を掴み、床が壊れる程の脚力で跳躍。天井を突き抜け、一気に屋外へと出た。ハリーが何がなんだか分かってない間に、ハリーのローブを屋外の装飾に結びつけ、また一瞬でもといた位置に戻る。

 明らかにショーンの身体能力を超えた動き。筋肉痛にして一ヶ月くらいか。天井も素手で破壊してしまったので、うっかり骨も折れてしまったが、それはまあご愛嬌。ついでにヘルガが魔力を使いすぎてるせいで栄養失調とかにもなってしまうかもしれないが、まあ誤差の範囲内だ。

 

「流石だね」

 

 ただ一人、ヴォルデモートだけがショーンを見ながら、微笑んでいた。

 次の瞬間、ヴォルデモートは『姿くらまし』によって姿を消した。












みなさんお久しぶりです。
これからは出来る限り、投稿スピードを元に戻そうと思っているのですが、途轍もない問題が発生しております。
それは「次の章のタイトルが思いつかない」です。昔もこんなようなこと言ってた気がしますね、はい。でも思い浮かばない物はしょうがない。内容はもう全部決まってるんですけどね。具体的に言うとドローレスでアンブリッジな感じです。章タイトルもドローレスでアンブリッジな感じにしようかな、もう。


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エピローグ

 食堂に、生徒が一堂に会していた。

 ダンブルドアが一連の事件に関して説明しようと集めたのだ。

 ボーバトン、ダームストラング、ホグワーツ。三つの学校の全生徒が集結しているというのに、食堂は非常に静かだった。全員が話しを聞くのに必死なのだろう。

 三大魔法学校対抗試合は、全校生徒が注目を集めていたイベントだ。それが今年は三人ではなく四人、その上四人共が同時ゴール。加えて、あの闇の帝王と最後に戦った、というのだ。気にならない方がおかしい。

 

「さて。真実を明らかにする前に――みなが気になる、もう一つの真実を明らかにしよう。ミスター・クリービー、何故君の髪型はアフロになっているのかね?」

「はい、校長先生。ホグワーツは素晴らしい学校だと思いますが、たった一つだけ足りない物があります。それは床屋です。生徒間で髪を切り合うこの風習を、僕は悪だと断じます」

「貴重な意見をありがとう、ミスター・クリービー。わしはてっきり、その髪型が若者の流行りなのかと……」

「こほん、校長」

「失礼ミネルバ」

 

 クスクスと、周りから笑い声が起こった。

 コリンの髪は控え目に言ってアフロ、大袈裟に言ってアフロであった。ヒップホップ生まれのヒップホップ育ち、本物のリリックがここにはある。その隣にいるのは、全身黒焦げのショーンとバツの悪そうな顔をしているジニー。

 普段はショーンがコリンの髪を切っているのだが、今は腕の骨が折れているので、ジニーがコリンの髪の毛を切る事になった。ただ切るだけじゃ面白くないわね、魔法でやりましょうか。髪を切るのに面白さなんていらないよ、普通に切って。お願いだから。そんなやり取りの末、何故かパーマもかけようという事になり、火の魔法を使った結果、そこには本物のリリックが産まれた。芸術とはこういう事なのだろう。

 

 軽い前置きで空気が柔らかくなったところで、ダンブルドアは最後の試練で起きた事について説明した。

 シリウスが裏切り者ではなく、ヴォルデモートに連れ去られた、という風になっていたが、それ以外の部分についてダンブルドアの説明は驚く程正確だった。

 

 ――ヴォルデモートが復活した。

 

 小さくない衝撃――というと完全に過小表現だが――が生徒達に走った。

 マグル生まれの人間はイマイチピンと来ていない様だが、魔法界で育った者はそうはいかなかった。失神する者や呆然とする者、発狂寸前の状態になった者までいたくらいだ。少なくとも、コリンのアフロよりは驚く生徒が多かった事は確かだ。

 

「『例のあの人』が戻ったなんて、そんな、信じられるもんか!」

 

 生徒の誰かが叫んだ。

 

「何故かね?」

「何故って……だって、ハリー・ポッターが『例のあの人』を滅ぼしたんだろ!」

「そこにいるハリーが今よりもずっと幼い頃、ヴォルデモートを倒したというニュースは信じられたのに、今やホグワーツの代表選手として立派に成長したハリーの言葉は信じられないのかね。あれほど真摯に戦った代表選手達の言葉が虚言であると、誰が言えようか。無論、わしにも不可能じゃ」

 

 誰も、何も言えなくなった。

 

「良いかね? 一つの行動は、千の言葉に勝る。わしや魔法省がどれだけ言葉を並べようとも、代表選手達が勇敢で素晴らしい行いをしたという事実は曲げられないのじゃ。ヴォルデモートが復活した事に絶望するのではなく、復活したヴォルデモートを退けた者達に賞賛を! そーれ拍手!」

 

 万雷の拍手、とは行かなかった。

 行かなかったが……拍手の音がチラホラと聞こえて来た。拍手していない者も、先程と比べると、いくらかマシになった様に思える。

 

「言葉より行動とか言ってんのに、結局言葉で納得させてんじゃねえか」

「ショーン、校長先生のお話は黙って聞きましょう」

 

 ロウェナがやんわりと、ショーンに注意する。

 他の生徒は全員、ダンブルドアの話に夢中な様だった。だから珍しく、人前で――もちろん小声ではあるが――幽霊と話す。

 

「嫌だ」

 

 一刀両断。

 完全にロウェナの方が正しいのだが、ショーンは何故か強気に言った。自分が正しいのだから、強く言い返せばいいのに、何故かたじろぐロウェナ。それを見かねたヘルガが、ため息をつくように言う。

 

「ショーン」

「……はあ。分かったよ、ヘルガ」

「ちょっと! なんですかこの扱いの差は!」

「まあ、ロウェナだし」

「ロウェナだからな」

「ゴドリック、サラザール……貴方達ねえ! いいでしょう、誰が四強で最も優れた者なのか、貴方方にご教授して差し上げます! 今! ここで!」

 

 ロウェナがワナワナと怒りに震えながら、手を高く突き上げた。

 ここにショーン以外に幽霊が見える人間がいれば、なおかつその人間が高い技量を持つ魔法使いだったら、感激の涙を流していただろう。その位ロウェナが練り上げた魔法は無駄がなく、かつ美しい物だった。

 対してゴドリックは、そこらにあったフォークとナイフで武装。

 サラザールに至ってはチョコクッキーを武器にした。

 完全におちょくっている。

 ロウェナは激昂し、二人に襲いかかった。

 校長先生の話、お前らの戦闘音で聞こえねえよ。ショーンは白けた目で三人を見た。

 

「ここに座らせていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろん」

 

 そう提案したのはヘルガだ。

 今更ながらに、ヘルガ・ハッフルパフは幽霊である。いかにホグワーツの屋敷しもべ妖精が精鋭揃いだとしても、幽霊の席を用意した屋敷しもべ妖精は居なかったようだ。

 ヘルガはショーンが座っている席に、背中合わせになる形で座った。

 

「ごめんなさい、ショーン。急にいなくなったりして。とても取り乱していた、と聞きました」

「まあ、な。正直言って寂しかったし、傷ついたよ」

 

 ショーンは正直に言った。

 ヘルガは嘘をつかない。また、見栄も張らない。何処までも素直な言葉を、ショーンに投げかけてくる。だからショーンも、ヘルガの前では素直だ。

 

「でも、許すよ。こうやって帰って来てくれたんだし」

「いつだって最後には、貴方の隣にいますよ。わたくしだけではなく、ゴドリックもサラザールもロウェナも」

 

 ヘルガが向けた視線の先。

 そこには素手の取っ組み合いをする三人がいた。先ほどの見事な魔法は何処へ行ったのだろうか。

 

「そういえば、何処へ行ってたんだ?」

「ラスベガスで休暇を取っていました」

「そりゃいい。お土産はないのか」

「ロゴ入りTシャツとご当地キティちゃんを差し上げましょう」

「アメリカ人は何処へ行ってもTシャツだな」

 

 ショーンが肩を竦めたと同時に、ダンブルドアの話が終わった。

 いよいよこれからメインイベント、食事会だ。三大魔法学校対抗試合あとという事で、今日の夕飯はとびきり豪華だ。周りの目をあるという事で、ショーンは会話を切り上げた。

 

「まさか、チョコクッキーにそんな使い方があったなんて……」

「今回ばかりはやられたよ、まったく」

「はあ、はあ……ふっ。また勝利してしまった」

 

 視界の端では、チョコクッキーを巧みに使ったサラザールが勝者になっていた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ――時は流れ。

 遂に、ボーバトンとダームストラングの生徒達が帰る日になった。

 最後の夕食の時、デザートを食べていると、向こうの席からクラムがやって来た。既に涙ぐんでいる。

 

「……寂しくなります」

「俺もだよ」

 

 ショーンも立ち上がり、クラムと熱い抱擁を交わす。

 

「最初、僕はここに来たくありませんでした。気候や言語が違うし、愛する学校の敷地ではないからです。でも、とても楽しい日々を送らせてもらいました。代表選手として手強いライバルと戦い……とても楽しいクィディッチの試合をさせてもらいました。ありがとう」

「俺の方こそ、ありがとう。最初はいけすかない筋肉とか呼んでたしな」

「次からはクィディッチが出来る筋肉と呼んで下さい」

「それでいいのか、お前」

「構いません。君に覚えてもらえるなら」

 

 あの試合は、普段クラムがプレイしているナショナルリーグと比べれば、ほんのお遊びの様な物だっただろう。

 しかし、誰もが『勝ち』に真剣だった。

 ナショナル・リーグでは――実際クラムが最近した様に――負けると分かっていても、点差が広がる前にあえてスニッチを取って試合を終わらせる事がある。何故ならその一試合だけではなく、その次にも試合があり、総合得点で勝負しているからだ。

 だが、あの試合は一度きり。

 たった一回。

 点差が広がる前に、とか。

 出来るだけ点数を稼いでおこう、とか。

 そんなことを考える余地はなかった。

 昔はみんな、全部の試合に本気だった。それがいつからか、次の試合や個人成績の事を考えて、純粋なプレイが出来なくなっていた。

 クラムにはあの試合がたまらなく懐かしくて、楽しかったのだ。

 

「私もお呼ばれしたかったわ」

 

 やって来たのは、フラー・デラクールだ。

 横には、妹のガブリエールが付いて来ていた。フラーはいつも通り優雅だが、ガブリエールは顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣きじゃくっている。

 

「私だって、クィディッチには多少の覚えがあるのよ。ボーバトンだって試合をしたかったわ」

「勝手にやってくれ」

「嫌よ! 貴方、私のマネージャーでしょ。ちゃんとセッティングしてよね」

「誰がマネージャーだよ!」

「じゃあギタリスト?」

「よーしいい度胸だ。コリン、俺のギター持ってこい」

「受けて立ちましょう。ガブリエール、マイクを」

「あ゛い゛、お゛姉゛様゛!」

 

 泣きながら、ガブリエールがマイクを持って来る。

 フラーはマイクを受け……取らず、ガブリエールの顔をハンカチで拭った。

 

「ガブリエール。貴女に淑女として一つ、大事な事を教えます」

「……」

「悲しい時こそ笑いなさい。楽しい時こそ憂いなさい。貴女を放っておく人間はいなくなるでしょう。そして涙は、一筋だけ静かに流す物です。分かりましたね?」

 

 ガブリエールは涙を拭きながら、力強く頷いた。

 

「ではガブリエール、貴女にもう一度命じます。私にマイクを」

「はい、お姉様」

 

 まるで王冠を女王に渡す従者の様に……

 

「合格です」

「ありがとうございます」

 

 そしてフラーもまた、気高き女王の様に。

 

「準備はいいですね、ショーン」

「ここが茶化す所じゃないくらい、流石の俺も分かるさ」

 

 言葉は要らなかった。

 これが最後の別れだと、全員が理解していた。

 ショーンがゆっくりとイントロを弾き始める。

 フラーは大きく息を吸い……たった一筋の涙を静かに流した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「音楽とは、どんな魔法にも勝る素晴らしい魔法じゃ」

 

 演奏が終わると、大きな拍手をしながらダンブルドアがやって来た。

 テーブルクロスの様な大きなハンカチで、何度も涙を拭っている。

 

「君達は魔法界の誇りじゃ。最初、わしは三つの魔法学校が力を合わせるなど、無理だと思っておった。そうあれと願いながら、またそうあれと言いながら、何処かで無理だと思っておった。この哀れで醜い老人を笑っておくれ。君達は、わしの予想を遥かに超えていった」

 

 ショーン、クラム、フラー、セドリック、ハリー、ジニー、コリン、ルーナ、ハーマイオニー、ロン、ガブリエール、チョウ。

 中心にいる十二人に向けて、ダンブルドアは語りかける。

 

「どうかこの老いぼれに、君たちを写真に撮る名誉を任せてはくれんかの」

「喜んで、校長」

「ありがとう、ミスター・クリービー」

 

 コリンが愛用のカメラを渡す。

 コリンは、あのカメラを本当に大切にしていた。他の人――ショーンやジニー、ルーナにさえ――触らせた事がない。

 ダンブルドアは老人だと思えないほど、ピンと張った背筋でカメラを構えた。

 

「3――2――」

 

 1を数え切る前に、カメラが光った。

 ダンブルドアが不思議そうにカメラを見つめた。

 

「ふぅむ。どうやら、今の一枚でネガが切れてしまったようじゃの」

「はぁ!?」

「ちょっと、私絶対半目だったわ! 撮り直しよ、撮り直し!」

「オォ! ホグワーツの校長は写真一枚上手に撮れないデスカ!」

「お姉様、昔の英語が出てますよ」

「私はバッチリキメ顔だったからそれでいいわ」

「流石チョウだね……」

「私もだよー」

「ルーナってキメ顔とか、そういう概念あったんだね」

「老いぼれめ……」

「コラ、ショーン!」

「殴るなよハーマイオニー!」

 

 ――カシャ!

 全員が言い合っていると、またカメラの音が鳴った。

 

「今度こそ、最後の一枚じゃ。君達らしくて、大変よろしい」

 

 にっこり、ダンブルドアが笑った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「ひっどい写真ねえ」

 

 帰りの電車で。

 現像された写真を見ながら、ジニーがボヤいた。

 

「ま、一番酷いのはあんただけどね」

「ほっとけ。お前だって半目になってるぞ」

 

 ハーマイオニーに立ち位置を指示されてるショーンと、半目で微妙なピースをしているジニー。どっちが悪いかと言われると、どっこいどっこいだろう。

 

 四人の代表選手達が真ん中でトロフィーを持ち上げ、それを囲むように他の人間が立っている一枚の写真。

 チョウとフラー、セドリック以外は全員まともな顔をしていない。

 もう一枚は更にひどい。全員が言い合いをしていて、もうグチャグチャだ。魔法で動く写真にすると、更に酷い。ボージン・アンド・バークスに置いてある呪われた品のようだ。

 

「でもさ、今年は楽しかったよね」

「そうだねー。毎年楽しいけど、今年はもっと楽しかったって思うな」

「来年は、ボーバトンもダームストラングもいないなんて、信じられないよ」

「うん。寂しいな」

「しみったれてるわねえ、あんた達。来年になったら来年になったで、また新しい楽しみが見つかるわよ」

「コリン以外はな」

「なんで僕だけ例外!?」

「むしろ、来年もホグワーツに入れるか怪しいわね」

「むしろ除外!?」

「ばいばいコリン」

「ルーナ、それは冗談で言ってるんだよね? 僕を除け者にしようと思ってるんじゃないよね?」

「あははははは」

「笑って誤魔化さないでよ!」

「コリン、うるさい」

「誰のせいだよ!」

「あんたのご両親」

「それじゃあもうどうしようもないな!」

 

 騒がしくする三人を眺めながら、ショーンはクラムとフラー、ガブリエールとの別れを思い出していた。

 また試合をしよう、と約束したクラム。

 次会う時までごきげんよう、と笑ったフラー。

 きっとまた会えますよね、と涙を溜めながら言ったガブリエール。

 

「お前達に大事な事を二つ、言っておこう。

 一つ、友情は永遠に。

 二つ、一つ目に言ったことは本心だ」

 

 そう言って別れた。

 だがきっと、もう二度と会う事はないだろう。

 いや運良く会えたとしても、本物のプロであるクラムと試合出来るなんて事はありえない。

 フラーとステージで歌うことも、怒るフラーをガブリエールと慰める事もないのだ。

 今年は楽しかった、とコリンが言っていた。

 ジニーの言う通り、来年も今年と同じくらい楽しめるだろうか……。

 

「きっと楽しめますよ」

「ロウェナ……」

「そうとも。なんたって、僕達が作ったホグワーツだからね」

「まあ、お前達と意見が合うのは癪だが。ホグワーツは素晴らしい学校だ、それは間違いない」

「でも、いくらホグワーツが素晴らしくても、ただ立っているだけでは面白くありませんよ。結局は貴方の気の持ちようです」

「……そうだな」

 

 ありがとう。

 心の中でそう呟いてから、ジニー達の話に加わる。

 来年への憂鬱な心を吹っ飛ばすくらい、今から遊ぼう。

 そう考えるショーンを乗せて、ホグワーツ特急はキングス・クロス駅へと向かっていった。












このキャラどんな口調なんだっけなあーとか思って過去の話を読み直していたのですが、初期ジニーの性格が優し過ぎてやばい。なんだこの可愛い女の子は(驚愕)。
そしてコリンが不憫になり過ぎてヤバい。こんなに不憫なコリンが見れるのはこのssだけ! ……まあ、コリンが出てくるssってほとんどないし、元々不人気キャラだけど……。
ルーナは――変わらないね。うん。話す事なし!

まあ、というわけで、第3章は終わりです。クラムとフラー、ガブリエルとはお別れ。結構好きなキャラだったので、彼らを動かせなくなるのは残念です。
それでは、また次の章でお会いしましょう。


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第4章 ショーン・ハーツと不死鳥の記者団 プロローグ

 朝。

 ショーンは中々目を覚まさなかった。

 朝に弱いのはいつもの事なのだが……今日は少し事情が違う。

 

 自らの学費、そして妹の学費。幽霊たち以外の誰にも言ってないが、孤児院にも少なくない額を振り込んでいる。

 ホグワーツにいる間も内職系のバイトをしているが、それではやはり稼ぎが少なく、夏の間はその遅れを取り戻す為にかなりの時間働いていた。

 なんだかんだ言ってもショーンの年齢はまだ十五、長期間の労働はこたえる。

 元々朝に弱いこともあって、最近はお昼を過ぎても目覚めない事が多いのだ。

 

「本当はもう少し寝かせてあげたいのですが……そろそろ時間ですね」

 

 ショーンの頭を撫でながら、ロウェナが呟いた。

 夜中、いつも働いているパブだけではない。この夏はバイトを増やし、お昼どきにも別の場所で働いていた。なのでそろそろ支度を始めないといけないのだが……

 

「待て、ロウェナ」

「はい? なんでしょう、サラザール」

「何故お前が起こす」

「いや、何故って……だって起こす時間じゃないですか。ショーンが遅刻してもいいんですか?」

「無論、それは良くない。高貴な者は常に時間に余裕を持って行動するべきだ」

「それじゃあ早く起こしましょうよ」

「待て。もう一度言う、待て」

「一体なんなんですか、さっきから」

「最初に言っただろう。何故お前が起こす」

「?」

 

 まるで意味が分からない。

 ロウェナはそういう顔をした。

 

「いやいや、いつも起こしている私が起こすのが筋といいますか、いつもの事でしょう」

「嘆かわしい。いつからお前は安定を求めるようになった」

「いやいやいや、私達だいぶ安定した生活送ってますから。なんならむしろかけがえのない日常に重きを置いてますから。ていうか、毎回起こす度に新しい事してたら疲れるでしょう」

「毎回は、な。私が思うに、今こそ転換期だと感じるのだ。だから今日は貴様ではない、別の者がショーンを起こす」

「はっはーん。分かっちゃいましたよ、サラザール。貴方、ショーンを起こしたいんでしょう!」

「違う! 私はただ……あれだ、寝起きにお前の顔を見たら、ショーンが自殺するのではないかと心配でだな」

「照れ隠しに信じられない程の暴言を吐かれた!?」

「それは一理あるね。僕だったら、寝起きに隕石が降って来た方がまだマシだ」

「天災と比べられる顔って、どんな顔なんですか、一体。ハッ! まさか天才と天災をかけて――」

「ロウェナ」

「はい」

「それ以上いけない」

「はい」

 

 サラザールとロウェナ、ゴドリックが戯れている間に、ヘルガがこっそりと近づき、ショーンを起こそうとした。それに済んでの所で気がついたロウェナが、肩を掴んで止める。

 

「流れ無視ですか、貴女は!」

「いえ、本当にそろそろ起きないと不味い時間ですので」

「だから、私が起こすと言ってるじゃないですか!

 いいですか、先ずは私が優しく声をかけます。セリフはこうです。私のショーン……こんなになるまで働いて。貴方は私の誇りです。ここで私は涙を流します。その後、こう続くのです。ですが、そろそろ貴方を起こさなくてはなりません。本当はこんなにも頑張っている貴方にこんな事したくはないのですが――うぅ、本当にちょっと泣けて来ました。最近涙もろくていけません。歳ですかね?」

「アホか」

 

 サラザールがバッサリ切った。

 まあ確かに、一千歳を超えている人間が「歳ですかね?」は自覚が遅いにも程があるだろうが。

 

「アホとはなんですか、アホとは。昨日夜中にこっそりショーンを起こす練習をしていた人間に言われたくはありませんよ」

「貴様――何故知っている」

「えっ?」

「ん?」

「えっと、今当てずっぽうで言ったのですが。……もしかして本当に?」

「ぐっ。私としたことが……」

「やーい! やーい! マヌケでやんのぉ!」

 

 小学生並みの煽りを言いながら、ロウェナは奇妙なダンスを踊った。運動神経が皆無なロウェナの踊りは、ハッキリ言って低レベルなのだが、それがかえって腹立たしさを感じさせると評判の踊りである。

 

「おい。朝から随分とご機嫌だな、ロウェナ」

 

 ガシッ、と。そんなロウェナの後頭部を、誰かが掴んだ。

 奇妙なダンスポーズのまま、ピタリとロウェナの動きが止まる。首筋にはダラダラと汗をかいていた。

 

「お、おはようございます、ショーン」

「おはようロウェナ」

 

 ショーンはにこりと笑った。

 ロウェナも笑った。

 ゴドリックもヘルガもサラザールも笑った。

 きっとスネイプだって笑っただろう。

 

「爽やかな朝だな」

「ええ、本当に。一つ歌でも歌いたくなりますね」

「はっはっはっは。それはいいな」

「あははは。我ながら名案だと思います」

「ロウェナ」

「はい」

「何か言いたいことは?」

「許してくれ、とは言いません。ただ一つ――」

 

 ロウェナは頭を下げながら言った。

 

「出来るだけ痛くしないで下さい!」

「却下」

 

 朝は騒がないようにしよう。

 ショーンのお仕置きを見て、幽霊達はそう強く誓った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 チーズがたっぷりと入ったオムレツ、完璧に裏ごしされたポタージュ、焦げなど一つもないパン。そして最後にお手製のフルーツ・ケーキと香り深い紅茶。

 ショーンはヘルガが作った完璧な朝食を食べていた。

 あの最高とも言えるホグワーツの料理レシピを作ったのはヘルガだ。つまりヘルガがいれば、ホグワーツの料理をいつでも再現出来るという事になる。一家に一人ヘルガ・ハッフルパフ。今ならついでに心も読んでくれる。

 料理を食べている間、後ろでゴドリックが髪を整えてくれていた。

 その横でサラザールが今日ショーンが着る服を一生懸命選んでいたが、ショーンがサラザール・チョイスを着る事はないだろう。サラザールの服の趣味は、あまり良いとは言えない。というより、最悪だ。

 ロウェナは隅っこの方に転がっている。動く気配はないようだ。

 

「あー、働きに行きたくねえ」

 

 フルーツ・ケーキを噛み締めながら、ショーンが呟いた。

 夜のパブは、ショーンにとってそう苦ではない。ショーンには魔法薬学の才能はないが、幸い接客業の才能はあったようだ。お客さんと話す機会が多いので、働いているという気がしない。

 それに比べて昼の仕事――フローリシュ・アンド・ブロッツでの仕事は、苦痛でしかなかった。

 本とは無縁のショーンが何故本屋なんかで働いているのか……事の経緯はこうである。

 

 夏休みが始まって以降、ショーンとハーマイオニーは毎日マグル式の電話で話していた。

 ある時ハーマイオニーが「夏休みなんですから、何処かへ遊びに行きましょうよ」と言った。ショーンとしては遊びに行くのは大歓迎だったが、財布の方はちょっと大歓迎とはいかなかった。むしろ籠城戦の構えと言っていい。

 その事を遠回しに伝えると、ハーマイオニーは「じゃあ私も一緒に働きます」と言った。

 悪い話ではない。

 パブの方ではチョウと一緒に働いているが、友人と働くのは思いの外楽しい体験だった。

 

 こうして一緒に働く事が決まったのだが、ハーマイオニーもパブで、という風にはならなかった。

 魔法使いのパブには、沢山の危険がある。

 例えば豆のスープとかフィッシュ・アンド・チップスとかチキンサラダとか。調理中、何度死にかけたか分からない。

 他にも、袖口に杖を隠しておき、こっそりと魅了の呪文をかけるなどの、悪質なナンパの手口などがある。幽霊達の協力もありチョウ一人ならショーンが守れるが、二人となるとちょっと怪しい。

 そこでハーマイオニーの提案で本屋で働く事になったのだが、これがショーンの人生最大の失敗だった。

 

 書庫の整理や品出しはまだいい。

 面白くない事には違いないが、それでもまあ許せる。

 問題はお客さんに話しかけられた時だ。

 

「カエルの卵と魔女の長爪に関しての本を探してるんですが、何かありませんかえ?」

 

 もう何を言ってるのか、2ミリも分からない。

 それに大量の在庫抱えとなったギルデロイ・ロックハート・シリーズと毎日目を合わせなくてはならないのも苦痛だ。百人のロックハートが同時にウィンクしてくるのは、正に圧巻。もちろん悪い意味で。

 それでも完璧な記憶力を持つロウェナがいるのでなんとかなっているが、慣れてくると逆にそのロウェナが問題になった。

 蘊蓄(うんちく)が酷い。

 魔導書一冊につき、平均して三時間以上の解説がある。特に魔導書にミスなんか見つけた日には、ロウェナ・レイブンクローの大講演会の始まりだ。きっとその道の人にとっては物凄く為になる公演なのだろうが、ショーンにとってはハエの羽ばたきと変わらなかった。

 

「やあハーマイオニー」

 

 待ち合わせの場所に行くと、既にハーマイオニーがいた。

 待ち合わせの時間には、ギリギリ遅刻していない。きっかり時間通りだ。

 

「おはようショーン。貴方大丈夫? 顔色が悪そうというか、だいぶ元気がなさそうだけど」

「ショーンさんは朝に弱いと、わたくしめは聞き及んでおります」

「誰に聞き及んだのよ。貴方の事でしょ」

「ハーマイオニー・グレンジャーはショーンさんにもう少し気を使うべきと、そう聞き及んでおります」

「だから誰によ」

「ここで告白しますが、ショーンさんはとても眠いと聞き及んでおります」

「聞き及ばなくても、見れば分かるわよ。ちょっと大丈夫? これから働くんですからね。ほら、しっかりして」

「ハーマイオニー様は鬼でございます。そう聞き及んでおります」

「誰よ、そんな嘘の情報を流したのは」

「ショーンさんでございます」

「貴方の個人的な感想じゃない!」

 

 ハーマイオニーはショーンの背をピシャリと叩いた。

 

「ハーマイオニー様は鬼でございます! ハーマイオニー様は鬼でございます!」

「ショーン」

「はい」

「そのキャラウザいからやめて」

「よぉーっし! 今日も元気に働いちゃうぞ! 頑張ろうね、ハーマイオニー!」

「唐突な『昔から仲の良い元気系幼馴染みキャラ』はなんなのよ。ウザいからそのキャラやめてって、別のキャラにしてって意味じゃないんですからね」

「あ、あはは。また私、一人で突っ走っちゃったかな……」

「よくあるシリアスシーンを再現しないで」

「そ、そのだな。お、おでは、ハーム・オウン・ニニーが喜ぶとおもて」

「えーっと、今度は『舌ったらずだけど心は綺麗なキャラ』かしら」

「キャハハハハ! 楽しませてくれよ、ハーマイオニーちゃあん!」

「はい、はい。次は『戦闘狂系キャラ』ね。もう、すっかり元気じゃない。心配して損したわ」

「心配してくれてたとは、初耳だな」

「いつだって心配してるわよ。貴方の頭の方を、ね」

「ハーマイオニー様は鬼でございます。そう聞き及んでおります!」

「初期のキャラに戻らない。ふふ。もう、馬鹿ね」

 

 ハーマイオニーが笑いながらショーンのおでこを突っつくと、ショーンは両手を上げて肩をすくめた。

 その後二人で特に話をするでもなく、黙って歩く。

 ショーンからすればジニー達、ハーマイオニーからすればハリー達と歩いている時はいつもうるさいのだが、二人でいる時はこうして黙って歩いている時がままあった。

 

「着いたわよ」

「着いちまったな」

 

 ショーンが悲壮感たっぷりに言った。

 それを聞いて「あんまりネガティブな事を言わない!」とハーマイオニーはショーンを叱ろうとした。しかしショーンの顔を見て――もっと言えばやる気に満ち溢れたショーンの顔を見て、その言葉を呑み込んだ。

 そう、そうなのだ。何だかんだ言っても、働くのならそれ相応の敬意を払う。彼はそういう人間だ。

 なんだかその事が無性に嬉しくて、ハーマイオニーは笑った。

 

「よし、やりますか」

 

 ショーンが伸びをしながら言った。

 

「今日は確か、品出しからよ」

「うげえ! じゃあ俺が運ぶから、君は指示してくれ。本のリストを見てると、頭が痛くなってくる」

「それでいいの? 私だって、女の子の中だったら結構力持ちよ」

「だろうな。あんなにペンを握ってる子、他にはいない」

「貴方はちょっと握らな過ぎよ。あっ、そうだわ! ペンと言えば、夏休みの宿題は終わったの?」

「あー……君シャンプー変えた?」

「変えてません。これが終わったら、みっちり宿題をやりますからね」

「僕この後もバイトなんだけど……」

「じゃあその後です!」

 

 ハーマイオニーはピシャリと言った。












今回はやばい。
何がやばいって、めちゃくちゃ難産だったんですよ。
なんとですね、ボツになった文字数が驚異の『9549文字』でございます(ちなみに完成系は4888文字)。
バイト風景をがっつり書いたり、いきなりホグワーツ特急の中からスタートしたり、不死鳥の騎士団の会議風景を書いたり、新一年生の視点からショーン達を書いてみたり……本当に試行錯誤の繰り返しでした。章タイトルもまったく決まりませんでしたし。

そんな感じで不穏なスタートを切った『不死鳥の騎士団編』ですが、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。


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第1話 ドローレス・アンブリッジ着任

 今年のホグワーツ行き超特急は、快適とはちょっと言えなかった。

 ダンブルドアが「ヴォルデモートが復活した」と言い回り、日刊預言者新聞がそれをこきおろしているからだ。今年はホグワーツに行くな、とまで言った親もいるらしい。

 嫌な空気が漂う列車の中――その中でもこのコンパートメントは、最悪の空気だった。

 

「ねえ、あの二人どうしたの?」

 

 ルーナが小声でコリンに尋ねた。

 ルーナとコリンの目の前に座る二人。即ちジニーとショーンは、あからさまに不機嫌だった。ショーンは酒をがぶ飲みしているし、ジニーは今にも人を殺しそうな顔をしている。ここまで不機嫌な二人は見たことな――いや、ちょくちょく見るが、それでも開校初日からこうなってるのはちょっと珍しい。

 

「ジニーの方は分からないけど……ショーンはグレンジャーさんと別れたんだって」

「また? えっと、これで――」

「三週間ぶり八回目だよ」

 

 コリンが呆れたように言った。

 あの二人は基本的には仲の良いカップルなのだが、事あるごとに喧嘩別れするのだ。コリンが知る限りでは短いときで十五分、長いときでは二週間も口を聞かないことがあった。それでも結局は基本いつのまにか仲直りしているのだから、やはりと言うべきか根本的な相性はいいのだろう。

 

「それで、ジニーはどうしたの?」

 

 ルーナが尋ねると、ジニーは眉毛を八の字に歪めたまま、渋々と言った感じで答えた。口に出しづらい話題だが、話したい、あるいは相談したいといったところだろうか。

 

「……今から言うことは絶対他の人に言っちゃダメよ、分かった?」

「もちろん」

「私が言いたいことは、いくつかあるわ」

 

 ジニーはそう前置きした。

 

「先ずはね、あの裁判のことよ」

 

 どの裁判?

 と聞き返す人間はいなかった。

 ここでハリーの裁判だと思い当たらない人間は、トロール以下だ。

 

「マグルの住宅街に吸魂鬼が出て、それを追い払った。讃えられるべき行為だわ。なのに魔法省は、吸魂鬼を野放しにした自分を棚に上げて、ハリーを批判したのよ! クソッタレな預言者新聞も! 許せないわ!」

 

 爪が手のひらに食い込むほど、ジニーが強く拳を握る。

 ポッター教の熱心な信者であるコリンも憤りを感じていたが、ジニーのそれはちょっと次元が違った。

 まるで子供を傷つけられた雌獅子のようだ。

 

「それにね。ダンブルドアは今『例のあの人』に対抗するために、軍団を組織してるのよ」

 

 コリンとルーナはその『軍団』について少なくない興味を持ったが、ジニーは御構いなしにがなりたてた。

 

「本拠地は――非常に光栄な()ことに――私の家なのよ。そう、私の家! それなのに、私達には何をしてるのかすこっしも教えてくれないの! 魔法薬学以外のことを聞いたときのスネイプだってもう少し教えてくれるっつーのよ!

 いいえ。私だけならまだいいわ。納得は出来なくても我慢出来る。でも、ハリーにも何も教えて上げないのはあんまりよ。彼ったら、父親であるシリウスのことが気になって、たまにうなされてるのよ? それなのに、何も教えてくれないってのは心底気にくわないわ! 一番功績を挙げてるのに!」

「それはな、ジニー。ハリーが『閉心術』を会得してないからだ」

 

 意外なことに、ショーンが答えを出した。

 彼はあまり成績は良くないほうだが、たまに意外な知識を持っている。

 

「閉心術って?」

「心を閉ざす呪文だ。対になる開心術って呪文があって、心を読める。熟練者だったら気がつかない間に生まれたときから今までの記憶を抜き取ったり、嘘の記憶を差し込んだりできるらしい。ヴォルデモートが開心術を知らないってのは、ちょっと希望的観測すぎるだろうな」

 

 ふん、と。ジニーが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ジニーは聡明だ。閉心術を使えない人間に情報を与えることがどれだけ危険か、すぐさま理解したのだろう。しかし、感情の方は直ぐに変えられるわけではない。ジニーは苛立しそうに杖をいじっていた。

 

「蝙蝠鼻くそくらえ!」

「なんで!?」

 

 そしてそのままその杖でコリンに『蝙蝠鼻くその呪い』をかけた。

 

「これからホグワーツだって言うのに、いつまでもこんな暗澹(あんたん)たる気分は良くない。そう思ってよ」

「僕を気分転換に使うなよ! もうすぐホグワーツなのに、僕の鼻から蝙蝠の鼻くそが止まらないよ。これどうするんだよ!」

「安心してコリン。私呪いをかけるのは得意だけど、解呪はまるっきり出来ないわ」

「それの何を安心しろと……?」

「――フッ、やれやれ」

「ショーン!」

 

 ショーンがめんどくさそうに杖を取り出した。

 やはり頼りになるのは男の友達!

 なんだかんだ言っていつも助けてくれる、そう彼こそが僕の親友ショーン・ハーツ!

 

「ウィンガーディアムレヴィオーサ」

 

 ショーンはコリンを宙に浮かせ、そのまま窓から放り投げた。

 

「嘘だろおおおおぉぉぉぉぉ──……」

 

 窓の外で、コリンは浮遊していた。もちろん、鼻くそを噴出させながら。

 

「コンパートメント内が汚れるから、そこに居てくれ」

「やっぱりね。やっぱりね! どうせこんなことだろうと思ったよ!」

「安心してくれ。俺は集中力がないから、人みたいに重い物を長時間持ち上げてるのは苦手だ」

「本格的に何を安心しろと!? 死ぬよ、君が落としたらシンプルに僕は死ぬよ! 鼻くそを撒き散らしながら死ぬよ!

 だいたいさ、ワンパターンなんだよ、君らはさ! 一年生の頃から毎回毎回僕に呪いをかけて! もっと別のことで攻めて来いよ! ほら、どうした!? かかって来いよ! ――あ、ちょっと待って! 窓を閉めないで! 閉めるな! お願いします、窓を閉め――」

「外から鼻くそが入ってくる可能性があるから、窓を閉めておいたわ」

「ご苦労ジニー・ウィーズリー」

「お褒めの言葉ご光栄ですわ」

 

 ショーンとジニーがそんな会話する中、ルーナはにこやかにコリンに向かって手を振っていた。

 

「あんたは実際どう思う、不死鳥の騎士団について」

「どうって……いい名前だと思うぜ。語呂がいい。だけど、不死鳥ってのは良くないんじゃないか? まるで一回壊滅するみたいだ」

「馬鹿。名前のことじゃないわよ。もっとこう、あるでしょう」

「語彙力皆無か、お前は」

「うっさい!」

 

 ジニーが足を思いっきり踏みつけようとしてきた。すんでのところで足を上げて、なんとかかわす。まったく凶暴な女である。ゴリラの幽霊にでも育てられたのではないだろうか。

 

「避けるんじゃないわよ」

「じゃあ蹴るなよ」

「嫌よ」

「あのなぁ。今日はイラつき過ぎじゃないか?」

「生理よ」

「そんな大っぴらな生理があるか」

「本当よ。見る?」

「見ねえよ、汚ねえな」

「は?」

「あ?」

「見なさいよ!」

「見ねえよ気持ち悪い! じゃあお前、俺の見るか!?」

「望むところよ。見せ合いっこしようじゃない」

「よーしいいだろう。そこまで言われたらしょうがない。ルーナ、お前審判な」

「二人とも倫理観的に負けだと思うな。だって普通じゃないもん」

 

 ジニーがスカートのホックに、ショーンがズボンのベルトに手をかけた瞬間、ホグワーツ特急が停車した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ホグワーツに着いてから組分けの儀式を行い、それが終われば思いっきりご馳走にありつく。恒例となったこの流れを、ショーンは愛していた。

 ただ、今回ばかりはそうはならなかった。

 先ず組分け帽子の歌が少し変だった。四つの寮は団結して大きな敵に立ち向かえ――そんな風なことを歌った。製作者のゴドリック曰く、あの帽子流行に敏感で――帽子のデザイン自体は流行遅れもいいところだが――時事ネタを盛り込んだ歌を歌うようになっている。その機能が不穏な空気を察知し、あんな歌を歌ったのだろう、という事だった。

 

 組分けが終われば、いよいよお待ちかねの食事だ。

 ショーンは今まで、食事をする際のシュチュエーションにこだわったことはない。飯が美味ければそれでいい、と思っていたからだ。だが今日、シュチュエーションは非常に大切なのだと思いしらされた。

 

 原因は今年から赴任して来た『闇の魔術に対する防衛術』の教師であるドローレス・アンブリッジだ。

 ピンク色の太りすぎたガマガエルのような彼女は、人を妙にイラつかせる高音の声で語りかけて来た。

 内容は五歳児に語りかけるような物で――正直言えば癪に触った。

 だがしかし、そこまではまだいい。100歩譲って耳障りな咳払いも許すとしよう。

 問題はここからで、あの女はこれからは魔法省がホグワーツの教育に干渉する、と言ったのだ。

 もちろんこれを良しとする生徒は少なかったが、彼女はもう赴任してしまっているし、唯一対抗出来そうなダンブルドアも最近は魔法界に対する影響力を失ってきているように見える。どうしようもないのが現状だ。せめてあのピンクのカーディガンが今日だけのコーディネートであることを祈るほかない。

 

「ぶっ殺してやる……」

 

 隣でジニーが静かにそう言った時、ショーンは首筋に冷ややかな汗をかいた。

 

 どこか盛り上がりきらない夕食会。

 こんなことはホグワーツ始まって以来初めてだった。今年から来た新一年生に「これがホグワーツか」と認識されると思うと、腹立ちすら感じる。特に去年が盛り上がっただけに尚更だ。

 まあしかししょうがないと気を取り直し、コリンとハリーとロナルドさんはどちらが優れているかについて話していると、一通の手紙が送られてきた。

 手紙が届くことは少なくはないが、初日からというのは初めてだった。クラムだろうか? フラー? それともガブリエル? 手紙を開けると、なんとダンブルドア校長からだった。

 

『君と話がしたい。今直ぐに。三階のトイレの前で待つ』

 

 なんとも素敵なデートのお誘いだ。トイレの前で待ち合わせというのが、ことさらロマンティックだと思う。

 

「コリン、少し出てくる」

「トイレ?」

「大当たりだ。ステーキとポテトを俺の部屋に運んでおいてくれ」

「了解」

 

 嘘は言ってない。

 ショーンは席を立ち、大広間を出た。

 

 トイレの前に行くとダンブルドア校長が既に立っていて、ほがらかな笑みを浮かべていた。

 

「連れションのお誘い光栄の至りです、校長」

「わしは『おまる』がないと用を足せなくてのう。連れ立っては出来ぬじゃろう」

 

 ダンブルドア校長はそう言いながら手招きした。

 どうやらトイレに入るわけではないようだ。ショーンは素直に着いて行った。

 黙って歩いていると、不意にダンブルドアはローブのポケットから一枚の紙切れを取り出した。かなりの年代物のように見える。紙には「1000年前のここに俺はいる」と書き殴られていた。

 

「これに見覚えはないかの?」

「ないですが……どうしたんですか、これ」

「今日の朝、急にフォークスが持って来たのじゃ。わしが調べてみたところ、この手紙は本当に1000年前に書かれたことが分かった」

 

 1000年前――――それはショーンにとってゆかりのある年だ。

 横目でチラリと見ると、幽霊達はなんとも言えない奇妙な顔をしていた。何処となく見覚えはあるが、ハッキリとは思い出せない、というところだろうか。

 

「しかし、それ以上のことが分からない。誰が書いたのか、何故書いたのか……まったく分からんのじゃ。君ならもしかして、と思ったのじゃが」

「何故僕なら分かるとお思いで?」

 

 ショーンに1000年からの知人がいることは、誰にも話していない秘密だ。いかなダンブルドアとはいえ、知らないはずだが……

 

「そこはほれ、勘じゃよ」

 

 ダンブルドアはほがらかに笑った。

 

「まあそれはジョークじゃ。筆跡がの、君に似ておる」

 

 1000年前に書かれたとは思えないほどしっかりとしたその文字は、たしかにショーンの筆跡と似ていた。しかし似てるとはいえ、ショーンも極端に筆跡に特徴があるというわけではない。他人の空似、ということも十分にあり得る。

 ともかくショーンに覚えはない。

 ショーンは紙を丁寧にダンブルドア校長に返した。

 

「ふぅむ。まったく、不思議な事もあることじゃ。これだからホグワーツの校長は辞めらなんだ。

 さあ、もうお休み。老人とのつまらないお話は終わりじゃ。そーれ駆け足!」

 

 そう言うとダンブルドア校長は、走って何処かへ行ってしまった。

 角を曲がるまできっちり見届けてから、幽霊に話しかける。

 

「で、これはどう言うことだ?」

 

 ショーンが聞くと、幽霊達は顎に手を当てて悩みだした。

 

「うーん……なんか見覚えがあるような、無いような。ロウェナ、どうだい?」

「私もイマイチ思い出せないんですよね。頭にモヤがかかったような、なんというか――そう、開心術か何かで記憶を操作された感じです。それも雑に。何か覚えはありませんか、ヘルガ」

 

 絶対の記憶力を持つロウェナが思い出せない、というのはどう考えても不自然だ。記憶を操作されている可能性が高い。ならばその道のスペシャリストであるヘルガに聞けば何か分かるかもしれない、と思ったのだが、ヘルガは残念そうに首を振った。

 

「お力になれず申し訳ありません。わたくしも何も分かりませんわ」

 

 こうなってはお手上げだ――とはならなかった。

 今この場にある証拠だけで、サラザールが推理を始めた。

 

「……しかしあの紙きれは間違いなく、私達の時代の物だ。ただの紙を1000年まで保存するなど、並みの魔法使いでは不可能。相当の技量を持つ者の犯行になる。そしてあの時代の有名な魔法使いを、私はほとんど知っている。

 更にだ。今になってダンブルドア(あの小僧)に渡ったということは、未来を予想していたか、何かしらの条件を満たしたのかになる。つまり、だな」

「つまり?」

「分からないか、ショーン。今目の前にいるだろう。紙を1000年後まで保存出来る魔法の技量があり、今のホグワーツに縁がある女が」

「――――えっ、私ですか?」

 

 サラザールが指したのは、ロウェナ・レイブンクローだった。当の本人はきょとんとした顔で、サラザールとショーンを交互に見つめている。

 

「そもそも、貴様の記憶が乱れるなどあり得ん。加えてヘルガでも修復出来ない乱れとなれば、益々持って不自然だ。貴様が関わっているか、あるいは犯人にゆかりがあると考えるのが自然だろう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんですか、犯人て。ダンブルドア校長にちょっとわけのわからない手紙が届いただけでしょう。それを犯人だなんて、善意でやってたなら失礼でしょう。推理するなら差出人の方じゃなくて、手紙の意味の方を考えて下さい!」

「ふん。それは直に分かるだろう。わざわざ1000年から手紙を送って来たにもかかわらず、内容は短く、誰にも真意が分からない。つまり、今意味を伝える気がないのだ、そいつは。条件が揃えば、分かるようになる」

「じゃあ結局、今はどうしようもないってことか?」

「まあそうなるな」

 

 サラザールが不機嫌そうに言った。

 推理したり、謎を解き明かしたりといったことが彼は好きだ。だから柄にもなく、今回は張り切っていたのだろう。ショーンがやりたいと言えば、今は分からないと言った手紙の意味も解き明かそうとしたかもしれない。

 

「じゃあ帰ってステーキ食うわ。後、コリンに誰が一番優れたグリフィンドール生か教えてやる」

 

 しかしショーンの頭には、ステーキとロナルドさんのことしかなかった。












【オマケ・ショーンとハーマイオニーがケンカした理由】
 ハーマイオニーがショーンのために朝食の目玉焼きを作っていたら突然、ショーンがキッチンに飛び込んで来て、叫び始めた。

「気をつけて……キヲツケテ!もっとバターが必要だよ!ああ、だめだ!君は一度にたくさん作り過ぎだよ。作り過ぎだよ!
 ひっくり返して!今ひっくり返して!
 もう少しバターを入れて!あーあー!バターがもうないじゃないか!くっついちゃうよ!気をつけて……キヲツケテ!気をつけてって言っているのが分からないのか!
 君は料理をしている時は、絶対俺の言うことを聞いてないね!いつもだよ!ひっくり返して!はやく!どうかしているのか?おかしくなったんじゃないのか?塩を振るのを忘れないで。
 君はいつも目玉焼きに塩をするのを忘れるから。塩を使って。塩を使って!塩だよ!」

 ハーマイオニーはショーンをにらみつけた。

「一体何があったのよ?私が目玉焼きの一つや二つも焼けないと思っているわけ?」

 ショーンは穏やかに答えた。

「俺が勉強を教わってる時どんな気持ちか君に教えたかったんだよ」


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第2話 チーズフォンデュ

 やはり、と言うべきか。

 アンブリッジの授業は最悪だった。

 魔法省が定めた厳正な審査によれば――――と実技を廃止し、完全に筆記だけの授業を敢行したのだ。魔法歴史学のような授業なら分からないでもないが、闇の魔術に対する防衛術はむしろ筆記よりも実技のほうが重要なはずなのに。

 

 ロックハートのようにからっきしの無能というわけではない。なのに何故こんな質の低い授業を行うのだろうか。多くの生徒が首を傾げた。

 答えは簡単で、そもそもの話アンブリッジの目的は『闇の魔術に対する防衛術を教えること』ではない。むしろその逆『生徒の質を下げること』こそが彼女の目的なのだ。

 

 加えてダンブルドアとハリーの信用をなくし、ヴォルデモートが復活したという噂を消そうとしている。いや、こっちのほうがメインと言っていい。

 とにかく、アンブリッジに勉強を教えようという気など毛頭ないのだ。

 

「行動を起こすべきだわ!」

 

 それに真っ向から意を唱えたのが、ハーマイオニー・グレンジャーだ。

 勉強に対する意欲と誠実さ。そして親友であるハリーが毎日罰則を受けていること。

 アンブリッジと敵対する事は、半ば必然だった様にすら思える。

 

「そうね。それで、どうやって殺る?」

「殺らないわよ」

 

 これに同調したのが、ジニー・ウィーズリーだった。

 もっともハーマイオニーは自分達で勉強する方向、ジニーはアンブリッジを始末する方向で話をしていたが。

 

 ドローレス・アンブリッジは最近『ホグワーツ高等尋問官』なる役職に就き、かなり好き勝手やっていた。その上ハリーを毎日悪どいやり方で罰している。ジニーがまだアンブリッジの首に杖を突き立てていないのは、奇跡と言って良かった。いやもしかしたら突き立てようとしたものの、贅肉のせいでどこが首なのか分からなかったのかもしれない。

 

「ロンはどう思う?」

「事故に見せかけるのがいいんじゃないかな?」

「あんた、たまにはいいこと言うわね」

「だから殺らないわよ」

 

 ハーマイオニーが呆れたように言った。

 とはいえ、では具体的にどうするのかと言われても、何も思い浮かばないのが現状だ。

 ハーマイオニーとジニーとロンは、三人で頭を抱えた。

 ちなみにここにいないメンバー――ハリーはアンブリッジの懲罰の最中で、ショーンはコリンとルーナと何処かに出かけている。

 

「視点を変えましょう」

「視点?」

「そう、視点よ。たしかにアンブリッジはムカつくけど、最大の問題はそこじゃない。正しい闇の魔術に対する防衛術を学べないこと、それが一番の問題だわ。だからアンブリッジがいたままでも、闇の魔術に対する防衛術が学べればそれでいいのよ」

「そりゃあ君は図書館で勉強すれば身につくだろうけど、他の人間は君じゃないんだぜ?」

「ご親切にどうも。分かってるわよ、そんなことは。先生を立てましょう。本物の闇の魔術に対する防衛術を教えてくれる先生を」

「ルーピン? でもあの人がホグワーツまで来て勉強を教えてくれるってのは、ちょっと安全面に配慮してないんじゃないか?」

「馬鹿ロン! ハーマイオニーよりも相応しい闇の魔術に対する防衛術の先生がいるでしょう! 子供の頃にヴォルデモートをぶっ殺して、つい最近もはっ倒した人が!」

「ああ、ハリーか」

 

 ロンはようやく合点がいったという顔をした。

 その後でそれが素晴らしい名案に思えて来たのか、顔を真っ赤にして笑った。

 次の瞬間、談話室のドアが開く音が聞こえた。ハリーとダンブルドアのことを信じている人間は、グリフィンドール内ですら少ない。三人は息を潜めたが、入って来たのはショーンだった。

 

「うーっす。今帰ったぞ」

「あら、お帰りなさい。寝室はあっちよ」

「おう。俺は一足先に眠らせてもらうわ――っておい。俺も話に混ぜろよ。寝かせようとするな。寂しい気持ちになるだろ、ジニー」

「だからその上目遣い顔やめなさい。まったく、腹立たしいわ」

 

 ジニーが早速ハーマイオニーの名案を伝えようとしたが――ハーマイオニーがそれを止めた。そしてほとんどささやくような声で、二人に告げた。

 

「これをショーンに告げるのは、もっと計画がまとまってからよ。いい?」

「どうして? あいつほど悪巧みに向いてる奴は、ウチの兄貴を除いていないと思うけど」

「それは――えっと」

 

 いつもハキハキしているハーマイオニーが、初めて言い淀んだ。それを見たジニーは――わざとらしく――大きなため息をつき、小さく「分かったわよ」と言った。

 

「今グリフィンドール・チームのキーパーについて話してたのよ。ほら、ウッドが辞めたでしょう? だから空きが出来てるじゃない。それでロンがやればいいんじゃないかって」

そりゃあいい!

 

 ショーンはその日一番の大声を出した。

 

「是非やるべきだと思いますよ、ロナルドさん! 練習相手が必要になったら、絶対に僕を使って下さい! きっとお役に立ってみせますから」

 

 ショーンはロンの手をつかみ、ブンブンと嬉しそうに振った。それを尻目に、二人はコソコソと話を進める。

 

「私が準備は全て済ませておくわね。スケジュールとか、連絡方法とか、使う教室とか。だからジニーは、ハリーを説得してくれる?」

「任せなさい」

 

 ジニーは薄い胸をドンと叩いた。根拠はない――ついでに胸もない――が、ジニーは自信に満ち溢れていた。彼女を見ていると、不思議と上手く行きそうな気がしてくる。なるほど、普段ショーンが頼りにしているのも分かるというものだ。

 二人はテーブルの下で、硬い握手を結んだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ある日の土曜日。

 ショーンとハーマイオニーの二人は、ハグリッドの小屋の中にいた。

 ハグリッドは今年度、何か騎士団の仕事をしているようで、ホグワーツにいない。ショーンはハグリッド不在の間、ファングの世話と小屋の管理を任されていた。報酬はハグリッドの小屋にある食料である。

 今日はそこで一緒に夕食を取ろうと、ハーマイオニーを誘ったのだ。

 

 小屋に入るとショーンは、不格好だが大きくて頑丈そうな大鍋を何処からか引っ張り出してきて、魔法で綺麗にしてから暖炉の上に吊るした。

 そこにホールのエメンタールチーズを丸々入れて、少々ワインを入れてから、アルコールが飛ぶまでじっくり煮込む。煮込んでいる間、しっかりおたまでかき回すのがコツだ。

 普通ならおたまでかき回している間そこにいなくてはならないが、ショーンは魔法使いである。おたまに魔法をかけ、自動でかき回すようにした。

 手ぶらになったショーンはフライパンと鍋を取り出し、やはり同じように火にかける。

 

「何か手伝いましょうか?」

「いや、君はファングでも撫でてゆっくりしててくれ。今回は俺が誘ったんだ。おもてなしの心得くらいあるさ」

 

 ショーンがせわしなく動いているのに自分はくつろいでいるのが落ち着かないのか、ハーマイオニーはそう提案した。しかしショーンはそれを制し、一人で作業を進める。

 

 取り出したフライパンに油をしき、ぶつ切りにした鳥の胸肉とマッシュルーム、それから小さめのソーセージをいくつも投げ入れていく。

 もう一つ取り出したチーズが入っていない方の鍋にはたっぷりの水を入れ、グツグツと沸騰して来たらブロッコリーと、丁寧に皮を剥いたジャガイモとニンジンを入れる。

 これでこっちは完了だ。

 ショーンは再びチーズのほうに戻った。

 

「ぐへへ――チーズちゃんよお。早く溶けきらないと、肉と野菜が出来上がっちゃうぜ。

 ――やめてぇ! 具材が早めに出来上がったら、我慢出来なくて先に具材だけで食べる気なんでしょう! それでお腹いっぱいになっちゃうんだわ!

 残念だったなぁ! 前にそれで痛い目見たから、今回は時間配分完璧だぜェ!

 ――いやぁ! 野菜の茹で時間も計算してるなんて、この卑怯者!

 お嬢ちゃんが悪いんだぜ。見た目に反して、溶けるのが遅いから!」

「貴方……料理する時いっつもそうやって小芝居してるの?」

「プロの料理人とかがたまに言ってるだろ。食材の対話する事が、美味い料理を作る上で大事だって」

「それそういう意味じゃないと思うけど」

「やれやれ。これだからマグル生まれは」

「貴方もマグル生まれでしょう」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 

「そろそろ出来たかな」

 

 野菜を入れた大鍋を火から取り上げ、中身をザルの中にぶちまける。程よく煮えた野菜を、ショーンは大皿の中央に品良く盛り付けた。

 次に焼けた肉類を、野菜の周りに綺麗に敷き詰めていく。

 最後に四角く切っておいたフランスパンを添えて完成だ。

 最初に吊るした大鍋の中のチーズは、ショーンの読み通りしっかりと溶けていた。

 

「ショーン特製チーズフォンデュの完成だ」

 

 ハーマイオニーに串を渡しながら、ショーンが言った。

 一つの暖炉を見ながら、二人で一緒のソファーに腰掛ける。ハーマイオニーは自然に少し詰めた。

 

「相変わらず、変な所で器用ね」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない――わけじゃないわね、今回は。ごめんなさい、つい条件反射で……」

 

 ショーンは肩を竦めた。

 バツの悪そうな顔をしてから、ハーマイオニーは串をブロッコリーに刺そうとした。それを慌てて手を掴んで止める。

 

「最後の仕上げ、ムード作りだ。――ノックス」

 

 ノックス――ルーモスの反対魔法である、光を消す魔法だ。

 ショーンがそれを唱えると、小屋の中の灯りが暖炉の火を残して消えた。

 ゆらゆらと、暖炉の火が誘うように二人を照らす。

 

「ショーン――これって、とってもロマンチックだわ………」

「だろう? 少なくともアンブリッジの授業よりは」

「貴方の失言は今に始まったことじゃないけど、今回はまったく減点にならないわね」

 

 ハーマイオニーは本当に感激しているようだった。

 今回、このサプライズのためにちょっとした時間を費やした。その甲斐はあったようだ。

 大きな喜びと、少しばかりの気恥ずかしさを感じる。

 

「さ、食べようか。いただきます」

「いただきます」

 

 先ずはオーソドックスなフランスパンから。

 串に刺したパンを、たっぷりのチーズに絡める。

 先ずは表面をコーティングしているトロけたチーズが舌に広がり、大人な味を教えてくれた。

 次に弾力性のあるパンを強く噛むと、中からチーズがこれでもかと溢れ出てくる。冷めたフランスパンが、熱々のチーズを絶妙に強調していた。

 チーズとパン。一般的にもよく食べられている組み合わせだが、これが最もお互いを引き立てる食べ方だと自信を持って言える。素材の味を楽しむ、というのはこういうことをいうのだろう。

 

(簡単に言えばクソ美味えな……)

 

 次に大本命とも言える肉――ソーセージを食べてみる。

 皮が裂けた所から肉の脂が溢れ、チーズフォンデュに浮き上がる。この時点で既に美味いという確信があった。

 パリッとしたソーセージの食感と、柔らかいチーズのハーモニー。

 味は言うまでもなく絶品。

 

「これ本当に美味しいわね……ううん、ちょっと喋ってるのが勿体無いくらいだわ」

 

 口が小さいのか、いつもお上品に食べているハーマイオニーが、ひたいに汗を流して食べていた。

 口直しにブロッコリーやニンジン。変わり種でジャガイモ。メインとなる肉類に――原点に戻ってフランスパン。少し作りすぎたと思っていたのだが、二人はぺろっと平らげてしまった。

 

「お粗末様でした」

「ご馳走さまでした。とっても楽しいお夕食だったわ」

「そりゃあ良かった。洗い物だけしてくるから――」

「私がやるわ」

「……じゃあ君は食後の紅茶でも淹れておいてくれ」

 

 ショーンがそう言うと、ハーマイオニーは渋々といった感じでヤカンで水を沸かした。

 洗い物を光の速さで終わらせ、再びソファーに腰掛ける。

 夜も深まり少し冷えてきたので、二人はタオルケットを膝にかけた。

 

「こういう言い方はなんだけどさ、ハグリッドがいなくて良かったよ」

「……ショーン」

「いや、あいつがいたらスペースがないだろ? それに、後大鍋三つ分はチーズを溶かさなきゃいけない」

 

 ハーマイオニーはショーンを睨んでいたが、本気で怒っているわけではないことは明白だった。

 

「――で、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか」

「なにを?」

「この期に及んでまでとぼける気か?」

「はぁ……バレてないと思ったんだけど。仕方がありませんから見せてあげます。私が立てた、ドローレス・アンブリッジ対策の方法を」

 

 ハーマイオニーは『企画書』と書かれた羊皮紙の束をショーンに渡した。

 ちょっとしたエッセイくらいの分厚さのそれを、ショーンは早速読み進めた。読書はあまり好きではないが、こういうのは大好きだ。

 

「本当は全部完成してから見せて、貴方を驚かせたかったのだけれど。こうなったら仕方ないわ。ハリーが先生、ジニーがそのサポートをやるから、二人で裏方の運営をしましょう」

「ふーむ、なるほどねえ……」

 

 ショーンは羊皮紙の束を読み終えると、疲れたようにため息をついた後、ゆっくり紅茶を飲んだ。

 

「似た者同士だな」

「貴方とジニーが?」

「なんでだよ。俺とあいつは――暴れ柳とマンドレイクくらい似てないだろ」

「それ結構似てるんじゃないかしら?」

「ジョークはさておいてだね、グレンジャー君。君はたしかに才能溢れる魔女だが、君が持ってない才能がたった一つだけある」

 

 ショーンはもったいぶって言った。

 

「いいかね、グレンジャー君。君に足りないもの、それは先生に反抗する才能だ」

「そりゃあ、私は誰かさんみたいに毎回騒ぎを起こさないもの」

「いや、君だって騒ぎは起こしてるだろ、毎年。特に去年――クィディッチの試合であんな恐ろしい作戦を立てたのは誰だ?」

「こほん。それはまあいいでしょう。それで、何が言いたいのかしら、ハーツ君」

「うん。まああれだ、実は俺もアンブリッジを殺す方法を考えてたんだ」

「だから殺さないわよ! ってあれ、これはジニーに言ったんだったかしら」

 

 二人の発言が似ているせいか、最近はどっちが何のセリフを言ったのか曖昧になっている気がする。

 

「それでだ。正直言って君のやり方はぬるい。先生が縛り付けて来たから、抜け道を探してこっそりやります、ってのはティーンズのやり方だぜ」

「お忘れなら教えて差し上げますけど、私達まだティーンズですからね」

「方便だよ。やり方が幼いって言いたかったんだ。俺ならもっと上手くやる」

「具体的には?」

 

 ショーンはやっぱりもったいぶって言った。

 

「そうだな――俺が本気を出せば、ここでチーズフォンデュを食いながらでも、アンブリッジを退職させられるんだぜ?」












【オマケ・ショーンとジニーがケンカした時】
コリン「ショーンとジニーがケンカしたら「やんのか?」とか「殺すわよ」なんて言わないよ。
 ケンカの時は「は?」と「あ?」これを連呼し合う。
 交互にやっていくに連れて語尾が長くなる&ドスが効いていく。
 こんな感じ」

ショーン「は?」
ジニー「あ?」
ショーン「はぁ?」
ジニー「あぁん?」
ショーン「はあぁぁぁあああ?」
ジニー「あ゛あ゛ぁぁぁん?」
ショーン&ジニー「ギャフベロハギャベバブジョハバ」

コリン「酷い時はこのあと――」


※この後もインタビューを続けようとしたのですが、何処からか現れた男女二名がコリン氏を連れ去った為、ここで打ち切りとさせていただきます。代わりにこの後は、アンブリッジ教授の寝顔をノーカットでお楽しみ下さい。


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第3話 さようなら、アンブリッジ先生

 ドローレス・アンブリッジは、お気に入りのベッドの上で目を覚ました。

 彼女の持つ家具のほとんどは、オートクチュールの一点物だ。例えば枕一つ取っても、舌が分厚く、また首が短いアンブリッジが寝ている間に窒息死しないよう、大きめの作りになっている。色もこだわり抜いたカーネーション・ピンクだ。

 アンブリッジが起きたことに気がつくと、壁にかけられている皿の中のねこ達が可愛らしい声を上げた。

 魔法界のねこは賢い。

 “徹底的”に教育すれば、望む通りの反応を見せてくれる。

 

「おや? おや、おや。お返事がない子がいますね。私が起きたらちゃあんとおはようの挨拶をしましょうね。出来ない子には罰を与えますよ」

 

 右下の方にぐったりとしたねこがいた。目ざとくそれを見つけたアンブリッジは、猫なで声を上げながら杖を振るう。途端にねこは窒息したような苦しい声を出し、前足で首のあたりを引っ掻いた。もちろん本当に首輪があるわけではないので、鋭い爪が引っかかり皮膚を傷つけてしまう。

 

「んっんー! なんて素晴らしい朝でしょう」

 

 猫を“可愛がって”上機嫌になったアンブリッジは、ベッドから跳ねるように起き出た。

 お気に入りのふわふわスリッパを履いて、ローズヒップティーとクロワッサンで朝食を済ます。

 本来朝食は大広間で食べるべきだが、こんな気持ちの良い朝に子供の顔など見たら台無しだ。

 

 子供。

 そう、生徒たち。

 アンブリッジは子供が好きではない。というより、嫌悪している。

 特にハーマイオニー・グレンジャーのように自分が賢いと思っている子供や、ハリー・ポッターのように自分が人気者だと思っている子供は論外だ。

 それだけに、あの勉強会を禁止した時の顔と言ったらもう!

 アンブリッジは自分の口角が自然に上がってしまうのを感じた。

 

「それにしても、ねえ。お勉強会だなんて。何を考えているのかしら。気味が悪いわ」

 

 ポッターとグレンジャーは有志の人間を募り、勉強会なるものを始めた。

 彼らはちゃんとした闇の魔術に対する防衛術を学びたい、などと言っていたが、アンブリッジはちゃんと彼らの目的を見破っていた。

 彼らの真の目的――それはダンブルドアの手先として力を付け、魔法省に対抗することに違いない。

 

「でもまさか、一度断られたくらいで諦めたりしないわよねえ。そうでしょう、子猫ちゃん達?」

 

 子猫達は全員、声を揃えて鳴いた。

 それに気を良くしながら、グレンジャーが持って来た勉強会を開きたいという嘆願書を見る。

 

 アンブリッジは新しい校則を作った。

 簡単に言えば『あらゆる団体はアンブリッジの許可なく活動してはならない』というものだ。

 ポッターとグレンジャーが開いていた勉強会もこの規定に引っかかり、解散した。しかし彼らは諦めなかったようで、涙ぐましくも許可申請書を出してきたのだ。

 申請書を却下するのは、大変に気持ちが良かった。まためげずに、もう一度申請書を出して欲しい。

 

「通らない申請書を頑張って書いていると思うと、自然に笑っちゃうわね。

 あら、私って性格悪いかしら?

 でも仕方ないわよねえ。あんな子達のお勉強会なんて、碌な事じゃないに決まってるんだから。どんな企みがあるのか……怖いわねえ」

 

 アンブリッジは自分の冗談で、大きな声を出して笑った。あんまりにも笑いすぎて、部屋の中でアンブリッジの声が反響してしまったほどだ。

 

「これもお部屋が狭いせいね」

 

 早くあの狂った老人を校長の座から引きずり降ろし、自分がその席に座りたいものだ。そうすればこんな狭い部屋ではなく、あの広い校長室を思いっきり使えるようになれるのに。

 既に筋書きは出来ている。後は待つだけなのだが、楽しみとは早く訪れれば訪れただけいいものだ。

 

 校長室をどういう内装にしたものかと考えていると、部屋のドアが叩かれた。

 親衛隊か、あるいは他の教師だろうか。直接嘆願に来たポッターやグレンジャーなら愉快なことになりそうだが、それはないだろう。

 どうぞ、と返事をすると、意外な人物が入ってきた。

 

「まあ、魔法大臣閣下。こんな所までわざわざご足労頂いて。ご用がお有りでしたら、わたくしの方から出迎いましたのに」

「いや、それには及ばない。というより君は、二度と私の元を訪れないでくれ」

「はい?」

 

 何を言ってるのだろうか、この男は。

 こんな所に派遣され、孤軍奮闘している自分を労いに来たのではないのか?

 

「ええっと、魔法大臣閣下。わたくしの耳がおかしいのかしら。わたくしのことをクビにする、そういう風に聞こえたのですけれど」

「そう言ったんだ! もう私の前に二度と姿を見せるな」

 

 わけが分からなかった。

 後少し、後少しでダンブルドアを退職させる所まで来ているのに。あのダンブルドアをここまで追い込むなど、自分以外の者に出来るだろうか?

 否、そんな者は私を置いて魔法省にいない。

 実際ファッジとて、この間までは絶賛していたではないか。

 それがどうして、こんな……

 

「何故、何故なのですか大臣。わたくしは、日々魔法省のために――」

「ああ、そうか。君はずっとここにいたから、外が今どうなっているのか知らないんだな。私は大変な苦境に立たされている間も、君はのうのうと過ごしていたわけだ。

 たった三日で、支持率が12%も落ちた。たった三日でだぞ?

 私はもう終わりだ」

 

 椅子に座りながら、ファッジは疲れたように言った。

 最後に会った時の「ダンブルドアを倒す!」という気概はすっかり失せ、元の情けない、保身だけが取り柄の初老に戻っている。

 

「全てはこれが原因だ。三日前からイギリス中の魔法使いの家に投函された」

「――拝見しても?」

「ああ、好きにしたまえ。なんなら差し上げよう。今それは、イギリス魔法界に溢れかえっているからな」

 

 ファッジが渡したのは、『 INSIDE(内部) 』と書かれた雑誌だった。

 丸く太い指を器用に使い、雑誌をめくる。

 『 INSIDE 』の内容は、タイトルの通り内部の事情についてだった。内部事情――そう、ホグワーツの内部事情についてだ。

 アンブリッジが杖を使わせない授業をしていること、生徒に発言を許していないこと、自主的に勉強しようとする生徒達を妨害したこと、果てはハリー・ポッターに違法な呪いを使った罰則を与えたことまで。全て証拠(写真)付きで掲載されていた。

 ページをめくるたびに嫌な汗がドッ、と吹き出てくる。

 

「大臣、これは……」

「私は君にここまで命じた覚えはない。断じてだ!」

「ですが大臣、貴方様は遠回しにこうしろとおっしゃいましたわ」

「君がしたことと、私は一切関係ない。いいな?」

「そんな、大臣!」

 

 アンブリッジは震えた声で、ファッジにすがりついた。

 魔法省をクビになる、それはつまり、全てアンブリッジが勝手にやったことにするという意味だ。自分勝手なルールを定めただけならともかく、違法な罰則まで与えてしまった。後ろ盾がなくなれば、アズカバンだってありえる。

 

「すまないが、君を擁護する事は出来ない。ホグワーツOBのほとんどが、魔法省に山の様な吠えメールを送って来ているのでね」

 

 『 INSIDE 』の非常に上手い所は、アンブリッジの授業と他の教師の授業が対比になる形で掲載されていることだ。

 マクゴナガルの授業を見て昔懐かしい気持ちになった後、アンブリッジの授業を見れば、卒業生は絶対にいい顔をしないだろう。

 しかも最悪なことに、少し前の『日刊預言者新聞』で魔法省は「ホグワーツの教育にメスをいれる」と発表してしまっている。メスを入れた結果これでは、批判は免れない。三流手術もいいとこだ。

 

「最悪なのはこれだけじゃない。

 最近行われたクィディッチ・ナショナルリーグでMVPを取ったビクトール・クラムが、インタビューでこの記事について答えてしまった」

 

 ファッジはもう一冊、別の『 INSIDE 』を取り出した。

 そこにはクラムのインタビューが、しっかりと載っている。

 

 “試合で勝ったことはとても嬉しく、また名誉なことですが、僕の心は晴れ晴れしいとは言えません。何故なら今、ホグワーツにいる素晴らしい友人達が苦しんでいるからです。

 去年僕がいた頃の、あの居心地の良かったホグワーツはありません。今のホグワーツはみんなで集まることも、杖を使うことも、スポーツを楽しむことすら禁止されているのです。僕はこの事が痛ましくて仕方がありません。

 理由はハッキリしています。ホグワーツの友人からの手紙によれば、魔法省から来た新しい教師が、様々な校則を作ったからです。クィディッチの世界で新しくルールを作るなら、何人もの人で吟味し、そしてゆっくり定着させていきます。急にいくつもルールを作ったら、みんなが混乱するからです。そしてホグワーツのみんなは、今混乱しています。

 もう一度言います。私はホグワーツがこのような状況におかれていることが、残念でなりません”

 

 ここまでで四分の一、といった所だ。ここからも更に、クラムの嘆きは続いている。しかしアンブリッジはそれ以上読む気になれず、『 INSIDE 』を机の上に置いた。

 

「私は今、ブルガリアの魔法省から強く責められている。クラムが不調になり、試合に負けたらどう責任を取るのだ、とね。

 最近ではフランス魔法省までもが私を批判し出した。フラー・デラクールが社交界の場でビクトールと同じようなことを言っているらしい。彼女に気に入られるために、世の男どもは私を批判するというわけだ」

 

 イギリス魔法界は『例のあの人』を輩出したため、他国の魔法界に頭が上がらない。

 ファッジはおそらく、イングランドとフランスを行ったり来たりして、頭を下げ続けていたのだろう。

 

「更に今、一番話題になっているのはこれだ」

 

 ファッジが指差したのページに記載されていたのは、アンブリッジが却下した申請書だった。

 

「勉強がしたいという熱意に溢れてるこの申請書が、どうして通らないんだ! 空き教室の確保や日程表だって完璧じゃないか! ……という旨の吠えメールだけで、魔法省は埋まってしまいそうだよ」

 

 勉強をしたい生徒が、それをさせてもらえない。

 紛争地域ならともかくここは先進国で、しかも学校内での出来事だ。

 批判を集めないはずない。

 更にハーマイオニーが書いた志望動機は、多くの心を打った。

 世間はいつだって、頑張る少女に弱い。

 特に今回のように、泣きそうな生徒達の写真と、厭らしい笑みを浮かべるアンブリッジの写真が一緒に飾られていれば、世間がどっちを味方するかは言われるまでもない。

 

「で、ですが大臣。日刊預言者新聞に、この記事は出鱈目だと言う記事を掲載すれば、まだ持ち直せると思いますが」

「それは無理だ」

 

 ファッジはまた、別の『 INSIDE 』を取り出した。

 最早怒りさえ感じながら、アンブリッジはそれをめくった。

 書かれていたのは、日刊預言者新聞がハリー・ポッターの裁判を一切掲載しなかったことについてだ。

 

 マグルの世界に吸魂鬼が出現し、ハリー・ポッターがそれを退けた。魔法省はそれを違法だとし、ハリー・ポッターを起訴した。

 普通に考えれば、馬鹿げたことだ。

 事実ハリー・ポッターは無罪になった。

 普通に考えれば、これは大ニュースだ。イギリス魔法界中が騒ぎになっていてもおかしくない。

 しかし、そうはならなかった。

 何故か?

 新聞が裁判を記事にしなかったからだ。知らなければ、騒ぎようがない。

 

 裁判の記録は誰でも閲覧出来る。裁判があったという証拠は隠しようがない。

 なのに何故新聞は何も書かなかったのか?

 ちょっと考えれば誰でも予想がつく。

 魔法省が圧力をかけたからだ、と。

 事実魔法省は、新聞社に圧力をかけた。

 『日刊預言者新聞』の信頼は地に落ちただろう。

 

「こ、こんなふざけたものを書いたのは誰ですか!? いいえ決まってますわね、ダンブルドアでしょう! わたくしが今すぐ――」

「ダンブルドア? それはない。ダンブルドアの動きは、全て監視している。小さな動きならともかく、こんな大々的に雑誌を発行すればすぐに分かるはずだ」

「では誰が……?」

 

 これほどホグワーツの内部事情に詳しいということは、犯人は内部の人間に違いない。

 しかしダンブルドアでないなら、一体誰が……?

 ファッジは『 INSIDE 』の最後のページを開き、記者の名前欄を指差した。

 そこには小さく『S』と、そう書いてあった。

 編集長の所にも、同じ名前が書いてある。

 

「『S』――まさかセブルス?」

「それはない。彼はこういうことをしないだろう。

 私は出来る限りの力を尽くしてこの記者を探したが、発見には至らなかった。

 いや、この記者が誰かなどもうどうでもいい。それよりこれからの事だ。君には今から、記者会見に出てもらう」

「い、今からですか? 魔法大臣閣下、でもそれは――」

「反論は許さない。もう魔法省に大勢の記者が詰めかけているんだ。君はそこで、私が勝手にやりましたと証言しなくてはならない。これはもう決定事項だ!」

 

 頷くことは、当然出来なかった。

 ここで頷くことは、これまでのキャリアを全て捨てるのと同義だからだ。

 しかしそんなアンブリッジの葛藤を無視して、ファッジはアンブリッジを無理やり立たせた。巨体を揺らして抵抗するも、後から部屋に入って来たファッジのSPによって連行されてしまう。

 煙突ネットワークを使い、アンブリッジは魔法省に戻された。あれだけ戻りたがっていた魔法省だが、今はこの世で一番来たくない場所だった。

 

「いやです、いやですわ大臣。ご冗談でしょう? ねえ、そう言ってくださらない? わたくしは長い間、貴方にお仕えしてきたというのに、これはあんまりだと、そう思いませんか?」

「……後十五分で記者会見が始まる。そこで私の望む通りの答えをしなければ、君はキャリアを失うばかりか、ハリー・ポッターを呪った罪でアズカバン行きとなる。よく考えて答えることだ」

 

 ファッジは冷たく言い放つと、アンブリッジを控え室に押し込め、さっさと出て行ってしまった。

 あの男は無能で気弱だが、保身のためなら頭が回り、そして非情になれる。今まではその恩恵を受ける側だったのが、切り捨てられる側に回った。言うなればそれだけのことだ。

 最大の敵は無能な味方。散々自分達がしてきた事のツケを、今払う時が来たのだ。

 

「は、ははは……」

 

 一人になったアンブリッジは、頭を抱えた。

 昨日まで――いやつい三時間前までは、自分は人生の絶頂にいたはずだ。それが何故?

 分からない。

 まったくもって理由が分からない。

 アンブリッジには誰かの陰謀としか思えなかった。

 

「失礼します。お水をお持ちしました」

 

 待合室に誰かが入ってきた。

 帽子を深くかぶっているので顔は見えないが、どうやら青年のようだ。

 アンブリッジは答えなかった。

 答える余裕がないし、そもそも何かが喉を通る気もしない。

 しかし青年は、感じ良さげにアンブリッジに声をかけ続けた。

 

「そう落ち込まないでください。アンブリッジさんの立場、よく解ってるつもりです。その上で申し上げさせていただきますが、ここが最後の踏ん張りどころだと思いますよ。

 この記者会見で本当に悪いのが誰なのかハッキリさせれば、また返り咲けるではありませんか」

 

 何を馬鹿な。

 誰にも私の気持ちなど分かるはずがない。

 しかし、一理ある気もしないでもない。

 悪いのは自分ではなく、ダンブルドアやポッターなのだ。それを大臣や世間の人間にきちんと教えてあげれば、きっと世間は見直すだろう。特に大臣など私に感謝して、昇進させてくれるかもしれない。

 そうだ、あの広い校長室を自分のものにしようと決めたばかりではないか!

 

「その意気です!

 さ、お水を飲んで。カラカラの喉では、上手く喋れませんよ」

 

 ひったくるようにコップを取り、一気に中身を飲み干す。

 よく冷えた水は喉を潤した。

 これから大一番が始まる。アンブリッジは発声練習をした。

 

「ェフ、ェフ! ん、ん。あーーー!」

「オェ。――おっと失礼。いやぁ、いいお声です! きっと歴史に残る記者会見になるでしょう!」

「ありがとう。ところで貴方、お名前はなんていうのかしら? 魔法省には最近入ったの? 聞いたことのないお声だけれど」

「私など、名乗るほどの者ではありませんよ」

 

 ……?

 この男、どこか変だ。

 違和感を感じ、アンブリッジは立ち上がろうとした。

 しかし体に力が入らず、立ち上がれない。

 ――コップに映った自分の顔。

 トロンとしたその表情には、見覚えがあった。過去何度か、アンブリッジは敵対する人間に『真実薬(ベリタセラム)』を飲ませた事がある。そのとき、飲ませられた人間はこんな表情をしていなかっただろうか……?

 

「貴方、まさか――『S』?」

 

 アンブリッジの意識は、そこで途切れた。

 水を持って来た青年は――物凄くいやな顔をしながら――アンブリッジを抱え上げ、記者会見の席に運んだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「オエェ! アンブリッジの臭いがまだ染み付いてやがる」

 

 変装道具である帽子を外しながら『S』――ショーン・ハーツは魔法省の中を一人歩いていた。

 みんな記者会見のほうに行っているのか、廊下には誰もいなかった。

 この分なら逃走用の暖炉の確保も楽勝だろう。もっとも来たときに使った暖炉をそのまま使うだけなので、元から簡単なのだが。

 

 ショーンの仕事はもうこれで終わりだ。

 後は記者団の中に紛れたジニーが、『 INSIDE 』の記者として魔法省の悪事を全て暴いてくれる。

 『真実薬(ベリタセラム)』を使ったことは犯罪だが、それが明るみに出ることはないだろう。

 何故ならそれを認めれば、アンブリッジの証言は全て真実だったと公言することになるからだ。

 今ならまだ、アンブリッジの狂言だと言い張ることができる。

 もっともそれを世間が信じるかは、また別の話だが。

 

「私に感謝しろよ、ショーン」

 

 とびっきり人の悪い笑みを浮かべながら、サラザールが言った。

 今回の案、発案者はショーンだが、細かい流れを決めたのはサラザールだ。とはいえショーンが頼み込んだのではなく、むしろサラザールのほうから望んで参加したのだが。

 彼らにしてみれば、ホグワーツにあんな教師がいること自体我慢ならないのだろう。もしバジリスクが生きていたら、今回こそ秘密の部屋を開く本当の機会だったのかもしれない。

 ちなみにロウェナは地団駄を踏むほどキレていて、ゴドリックは「ちょっと抱くのは無理かな?」と直感で破滅するのが分かっていたのか余裕顔、ヘルガは「愛すべき人ですね」と平常運転だった。

 

 しかしまさか、こんなにスムーズに事が進むとは思っていなかった。

 今回の件でショーンがしたことは、驚くほど少ない。

 雑誌の作り方はルーナが教えてくれたし、写真を撮ったのはコリンだ。

 記事を書いたのはショーンではあるが、事実を書けばいいだけなので簡単だった。それにアンブリッジへの悪口なら、自分の名前を書くより簡単に書ける。

 後はまあ二通の手紙――クラムとフラー宛――を書いた程度である。

 

「でもでも、ショーン。今回は私も活躍しましたよね? ね、ね? 褒めてくれても、いいんですよ……?」

 

 ロウェナは絶対的な記憶能力で、魔法使い達の住所をほぼ覚えていた。だからあれほどまでにスムーズに、雑誌を魔法界中に送ることができたのだ。

 『逆探知不可呪文』を掛けてくれたのも大きい。

 ロウェナの技量を持ってすれば、例えダンブルドアであっても魔法の痕跡をたどることはできないだろう。

 

「待った! 僕の功績も忘れてもらっちゃ困るな。アンブリッジとかいう小娘――サイズは小と言えないけど――を倒したことより、君のガールフレンドにステキなデートをプレゼントしたことのほうが、よっぽど大きい功績じゃないか」

 

 ハグリッドの小屋でのデートは、ゴドリックがプロデュースしたものだ。

 流石生粋の女誑し(おんなたらし)というべきか、ショーンから見てもロマンチックだったと思う。

 それにあのデートのおかげでハーマイオニーの口が緩くなったから、今回更に上手くいったのだ。ゴドリックには大いに助けられたと言える。

 

「待ってください。デートの件を持ち出すなら、わたくしも少なくない貢献をしたと自負していますわ。あのチーズフォンデュのレシピは、ホグワーツ史に残るものですとも。ああっ、料理とはどんな魔法よりも優れた魔法です」

 

 実は創設者達の中で最も食いしん坊なのがヘルガだ。

 そんなヘルガは、いつも料理に関することで素晴らしいアドバイスをくれた。

 ……レシピを試行錯誤していたとき、四回もチーズフォンデュを平らげてしまったのはまあ誤差の範囲内だろう。

 

「ま、今回はみんなに感謝してるぜ。もちろん、ロウェナも」

「なんで私だけ『みんな』の枠から外されたのか分かりませんが、褒められました! わーい、わーい!」

 

 ロウェナがぴょんぴょん飛んで喜ぶ横で、ゴドリックとヘルガはお互い無言で拳をぶつけ合った。

 サラザールが一人静かに笑っている。

 カッコつけすぎだ、とショーンがサラザールのお尻を叩いた。

 

「おいやめろ。私はお尻が弱いんだ」

「そんな情報いらねえよ……」

 

 ショーンとサラザールが軽口を叩きあっていると、目の前の暖炉が急に燃え上がった。

 ここにいることがバレるのは不味い。

 咄嗟に身を隠したが――出てきたのはハリーだった。












ハリポタで書くのが難しい人ランキングの一位二位は間違いなくアンブリッジとトレローニーだと思います。
アンブリッジ、原作通りに書けてましたかね?

【オマケ・ダンブルドアの日常】
 ある日、ダンブルドアはふとちょっとしたいたずらを思いついた。
 校長室に入るには合言葉が必要なのだが、それを『開いてにゃん』にすれば、あのマクゴナガル先生やスネイプ先生の『開いてにゃん』が聞けると思ったのだ。
 ダンブルドアは早速、ウキウキした気持ちで扉の合言葉を変え、職員会議で発表した。
 みんな嫌そうな顔をしていたが、校長室に来るには合言葉を言うしかない。
 ダンブルドアは楽しみに訪問者を待った。


 最初に来たのはアンブリッジだった。
 ダンブルドアは直ぐに合言葉を元に戻した。


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第4話 神秘部

 逃走用に確保した暖炉から出てきたのは、意外なことにハリー・ポッターだった。

 

「おっと。奇遇だなハリー、こんなところで。散歩か?」

「ジョークを言ってる場合じゃない! 緊急事態なんだ! 説明はあと、とにかく着いてきて」

 

 ハリーは手を掴むと、急いで走り出した。

 同時に後ろの暖炉から、どんどん生徒達が出てくる。

 セドリック、チョウ、ハーマイオニー、ロナルドさん、ネビル、フレッド、ジョージ、ルーナ、コリン――ホグワーツで仲良くしてる生徒勢ぞろいだった。就活で忙しいはずのセドリックとジョージ、フレッドまで来ている。

 

「なんだ一体、みんなでゾロゾロと。魔法省探検ツアーのお知らせなんかあったか?」

「夢で見たんだ」

「なにを?」

「シリウスがこの先にいる!」

 

 説明としてはまったく要領を得ていなかったが、ショーンはすぐにピンと来た。

 ハリーは時々、ヴォルデモートに関連した夢を見る。

 今年の初め、それでロナルドさんの父親を助けた。

 今回もその類なのだろう。

 話を聞いてみると、ハリーの夢では、シリウスは自分の精神力でヴォルデモートの支配を振りほどき、魔法省の地下まで逃げ込んできたそうだ。

 魔法省といえば、幸いショーンが前もって行き方を見つけていた――アンブリッジの部屋にある煙突ネットワークだ――ので、それを使って来たらしい。

 

「なんで先生方に言わない?」

「いなかったんだ! みんな記者会見のほうに呼ばれちゃってて」

 

 そう言えば、ホグワーツ教師陣は重要参考人として呼ばれていた。

 今ホグワーツに残っている大人といえば、フィルチくらいのものだ。

 フィルチがヴォルデモートに対抗できそうなところといえば、髪の毛の量くらいしかない。それだって最近はちょっと不安だ。彼が育毛剤を買っているのを、ショーンは度々見たことがあった。

 

「早く行かなくちゃ!」

「待て。ハリー、待つんだ。都合が良すぎる」

 

 魔法省の役人達が空っぽで、なおかつホグワーツの教師達がいない日に、シリウスがたまたまヴォルデモートの支配から抜け出す……いくらなんでも出来すぎだ。

 ヴォルデモートはシリウスの魂を、かなり侵食していると言った。シリウスのフリをするくらいわけないだろう。

 ヘルガを横目で見る。

 彼女なら即座にハリーの記憶を抜き取り、真偽を確かめてくれるだろう。

 

「そうなのよショーン。私も罠なんじゃないかって言ったんだけど――」

「ハーマイオニー! まだそんなことを言ってるのか?」

 

 食ってかかったのは、ロナルドさんだった。

 

「ハリーが見たって言ったんだ。忘れたのか? 僕のパパは、ハリーのおかげで助かったんだ。シリウスがパパと同じように苦しんでるなら、助けなくっちゃ。罠だったら、僕たちが間抜けだったってだけさ。僕が間抜けだなんて、今更だろ?」

「よっし。それじゃあ行きますか」

 

 即座に思考を切り替え、突入することを決意する。

 ロナルドさんが「是」と言えば「是」なのだ。

 冷静な判断?

 そんな物はイギリス料理以下だ。

 

「待って。お願いだから待って! やっぱり先生に知らせるべきだわ」

「でも今、シリウスはいるんだ! もたもたしてたら、あいつに見つかるかもしれない」

「でもハリー! いいえ、でも、ええ、そうね――――それじゃあチームを分けましょう。コリン、ルーナ、ショーン。貴方達は一学年下だわ。だから、先生と闇祓いの方々を呼びに行って」

「正気か、ハーマイオニー。そんな事したら、僕らがたくさん校則を破ったことがバレるじゃないか」

「黙って! 死ぬよりはマシよ。もし罠だったら、責任取れるの? 私――――私、戦うわよ?! この条件が守れないなら、ここで貴方達と戦うわ!」

 

 ハーマイオニーはロナルドさんの喉元に杖を突きつけた。その手は震えているが……彼女は必要になれば間違いなく呪文を唱えるだろうと、そう確信させる迫力があった。

 

「オーケー、わかった。ショーン、ルーナ、コリン。君たちは先生達の所に行ってくれ」

 

 ハリーの命令に、ショーンは答えに詰まった。

 ここにいる誰もが知らないが、ショーンにはとっておきがある。もしこれが罠で、この先にヴォルデモートが待ち受けていたとき、自分以外の誰がみんなを連れて帰るのか。

 この秘密は絶対に知られたくないことだが、ここにいるみんなの命には代えられない。ショーンはここにいる全員に、秘密を打ち明けても良かった。しかし誰も信じないだろう。

 どうすれば……どうすればいい?

 どうすればこの場を切り抜けられる?

 

「ショーン、お願い……お願いだから、言う通りにして………」

 

 ハーマイオニーが懇願するように言った。

 同時に、全員の目がショーンに向く。

 セドリックとチョウがいればなんとかなるだろうか……いや、それはあまりに希望的観測だろう。

 二人はたしかに優秀だ。ショーンよりはるかに高い所にいる。しかし所詮は学生レベルだ。大勢の死喰い人相手に、ましてやヴォルデモートを相手に何かできるとは思えない。

 

「ショーン、ここは頷いておいて。後は僕たちがなんとかする」

 

 ゴドリックが囁いた。

 ゴドリックはショーンが知る中で、最も頼りになる人間の一人だ。

 それでも、それでも今回ばかりは……。

 

 ハリーを真っ向から見据える。

 後ろで幽霊達が何か話し合っているのを気配で感じた。一体何を話しているんだ――ヘルガはハリーの心を読んでくれたのだろうか。ゴドリックの勘が何を感じ取った? それともサラザールとロウェナには、なにか作戦があるのだろうか?

 

「行きましょう、ハリー」

 

 ハリーの肩を引きながら、ハーマイオニーが冷たく言った。

 これ以上何も言うことはないという雰囲気だ。

 最初にセドリックが振り返った。

 それを皮切りに一人、また一人と、神秘部への方へと歩みを進めていく。

 最後にハリーとハーマイオニーが振り返り、走って行ってしまった。

 

「私達も行こう、ショーン」

 

 今まで聞いたことがないほど優しい声で、ルーナが囁いた。

 ショーンは悟った。自分は乗り遅れたのだ、と。

 ハーマイオニーの決心は固かった。ハリーもだ。静かにしていたセドリックだが、彼も誰も死なせないという確固たる信念も持っていた。セドリックはいつだって、本当に大事なことは心の中で静かに眠らせている。

 しかし、他のメンバーはどうだっただろうか。

 他のメンバーなら、あるいは説得出来たかもしれない。そうすれば多数決に持ち込んで……

 他にもあの場でハーマイオニーをはっ倒して、自分が代わりに行くという手段もあった。

 後悔は募るばかりだ。

 後からどれだけ「ああしておけばよかった」と考えても、実際にはそうはならなかった。彼らはもう行ってしまったのだ。

 

 今出来ることは、一刻も早く教師達に現状を伝えることだけだ。

 ショーンは振り返り、大理石の廊下を走り出した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 魔法界にしては珍しい機械音を鳴らして、エレベーターは止まった。

 標識には『神秘部』と書いてある。

 ハリーが実際ここに来たのは初めてだったが、夢では何度もここを訪れた。

 進んでみると、どの景色も夢で見た通り――やはりあの夢はただの夢ではなかったのだ、と確信した。

 後ろの方から、誰かがすすり泣く音が聞こえた。きっとハーマイオニーだろう。その気持ちはよく分かった。ハリーだって、あの時の裏切られたようなショーンの顔を思い出すと、胸が締め付けられる。

 それでも、彼は置いていかなければならなかった。

 この先には危険が待ち構えている可能性が高い。本音を言えばハリーは、誰もここに連れて来たくはなかった。

 

「ここだ。この辺りにシリウスが居るはずなんだ……」

 

 神秘部の最も奥の方――半透明の水晶玉が並んでいる棚に囲まれた場所で、ハリーは立ち止まった。

 ここはまさしく、ハリーが夢でシリウスを見た場所だ。

 しかし、誰もいない。

 否、誰かが居た形跡さえも見当たらない。

 

「シリウス!」

 

 ハリーが叫んだ。

 声はずっと遠くの方までこだましていった――もし誰かがこの部屋にいれば、絶対に聞こえたはずだ。

 それでも、返事はない。

 

「シリウス!!!」

「ハリー……」

「セドリック、君も声をかけて。それかみんなで手分けして探した方がいいかもしれない」

「ハリー、誰もいない。ここには誰もいないんだ」

 

 そんなわけない! とハリーは否定したかった。

 しかし現実として、シリウスはここにはいない。

 セドリックの灰色の瞳が、ハリーを見つめた。その目は悲しみに満ちている。全て分かっている、とハリーに語りかけているようだった。

 

「ハリー、ここに君の名前がある」

 

 ロンが不思議そうな声を出した。

 慌てて見てみると、棚に飾られた水晶玉の下に、たしかに『闇の帝王 そして ハリー・ポッター』と書かれた名札が吊るされていた。

 何故自分と闇の帝王の名前が書かれた水晶玉が、魔法省の『神秘部』なんかに置いてあるのか。セドリックもハーマイオニーにも、誰にも分からないようだ。自分のことなのに、ハリーにだって分からない。

 ハリーが気になって水晶玉に手をかけようとすると、セドリックが腕を掴み、ハーマイオニーが鋭い声で注意した。

 

「ハリー、やめて。それに触らないで」

「どうしてだい? だって、僕の名前が書いてある。僕に関連する物じゃないか」

「分からないの? これは罠よ! ヴォルデモートは夢を使って、貴方をここに誘い込んだ。その場所に貴方とヴォルデモートの名前が書かれた物がある。どう考えても不自然よ。きっと貴方に、それを取らせたいんだわ」

 

 ハリーはハッとした。

 言われてみればそのとおりだ。

 さっきショーンが言ったとおり、なにもかも都合が良すぎる。

 それを自覚してから、ハリーの心臓はかつてないテンポで鳴り出した。喉もまるで直接日光に当てられたみたいに、急速に乾いている。

 これが罠だとすれば……連れて来たのはハリーだ。

 勝手な推測でみんなを巻き込んだ。冷静になれと、止めてくれた人は何人もいたのに、誰の言葉にも耳を貸さなかった。

 

 ハリーが涙ながらに謝ると、ロンがすぐさま反論した。

 

「違うぜ、ハリー。君が僕らを危険な目に合わせたんじゃない。僕らが危険な目に合ってる君を救うチャンスを得たんだ。

 賢者の石の時も、秘密の部屋の時も、君は一人で頑張ったじゃないか。一回くらいミスしたって、誰も君を責められやしない。もしそんな奴がいたら、僕がぶっ飛ばしてやる!」

 

 ロン……!

 情けないと分かりながらも、ハリーは目から溢れ出る涙を止められなかった。

 そんなハリーの肩を、ロンががっしり掴んだ。

 みんなも、温かい目でハリーを見つめてくれる。

 こんなにも愚かな自分を、誰も責めようとしない。

 友人達への感謝と、自分のしたことへの後悔で、もうハリーは、なんと言っていいか分からなかった。

 

「――チッ」

 

 感動する気持ちを遮るように、暗闇から不機嫌そうな舌打ちが鳴った。

 闇が人の形を持っていく――否、黒いローブをまとった死喰い人が、姿を現した。

 それに呼応するように、周りから何十人という死喰い人が出てくる。

 囲まれている……全員円になり、四方八方に杖を向けた。

 ハリーは先頭に立ち、代表で出てきた死喰い人と対面する。

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニア……」

「いかにも、ポッター」

 

 一歩。

 クラウチは距離を詰めた。

 ハリーは一歩下がる。

 その時、真後ろに立っていたセドリックの肩に当たった。

 

「ポッター。見てわかる通り、君は囲まれている。

 ドロホフ、クラップ、ゴイル、ノット、アバスタン、ジャグソン、マクネア、エイブリー、ルックウッド、ロドルファス――そして私。他にもまだまだいるぞ? みな君たちを遥かに上回る力量を持っている上に、数も多い」

「何が言いたい?」

「おや、怒らせてしまったかな?

 死ぬぞ、と君にご忠告して差し上げたいだけなのだ。もちろん、善意で」

 

 ジリジリと、クラウチは距離を詰めてくる。

 ハリーはそれを恐れて下がるふりをしながら、セドリックに小声で指示を出した。合図をしたら周りにある棚を全て倒せ、と。セドリックが他のメンバーに指示を伝えているのが、ぼんやりと聞こえた。

 

「そこで素晴らしい提案をしよう。素直に従えば、君たちは二時間後にはベッドの中でスヤスヤ寝れる」

「なんだ、何が望みだ?」

「その水晶玉――『予言』を渡せ」

「自分で取ればいいじゃないか」

「それが出来れば苦労はせんよ。『予言』はそれに携わる者にしか取れない。つまり、君と闇の帝王だけが手にする権利を持っている」

「じゃあヴォルデモートが自分で取りにくればいいじゃないか」

「我が君の名を貴様ごときが口にするな!」

 

 クラウチは大声を出して激昂しかけたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「失礼。少し取り乱したね。

 話を戻そう。わざわざ魔法省が我が君の復活を隠してくれているのに、姿を表すのは愚か者のすることだ。

 ならばどうするか――我が君は考え、そして君を利用することを思いつかれた」

 

 やはり罠だったのか、とハリーは少し動揺した。

 しかし先ほどのロンの言葉のおかげか、直ぐに精神が沈静する。冷静になったハリーは、この場をどう切り抜けるか、高速で思考し出した。

 

「君は良くやってくれた。闇の帝王は、君の働きに褒美を出しても良いとお考えになられた。

 その『予言』になにが告げられているのか、知りたくはないかね?

 何故君のご両親は我が君に狙われたのか、何故幼子だった君が栄華を極めておられた闇の帝王を退けられたのか、そしてその傷の意味――全てがそこにある」

 

 クラウチはチラリと『予言』を見たが、ハリーはクラウチをまばたきもせずに見つめていた。

 

「――焦ってたんだ」

 

 ハリーの言葉に、クラウチは首を傾げた。

 

「ヴォルデモートは焦ってたんだ! 日刊預言者新聞じゃない、ちゃんと真実を報道してくれる素晴らしい新聞が出来たから! 自分の復活が知れ渡るのも、もうすぐだって焦った。そうだろう?」

 

 余裕たっぷりだったクラウチは、初めて苦い顔をした。

 

「今日ここには、ダンブルドア先生がいる。ヴォルデモートが勝てなかった唯一の人が。その上、記者会見の防備のために配置された闇祓いの人達だって沢山いる。

 僕の夢にしても、もっと時間をかけて何回も見させられていたら、好奇心に負けて直ぐに『予言』を取っていたかもしれない。

 でもそうはならなかった。お前の計画はめちゃくちゃだ!

 もっと時間をかけるべきだったな、ヴォルデモート。お前は焦りすぎた!」

「このガキが! 下手に出てれば調子に――」

「今だ!」

 

 ハリーの号令と同時に、セドリック達が『粉砕呪文』を解き放った。

 天井高くまで(そび)えていた棚が倒れ、水晶玉の雨が降り注ぐ。同時にフレッドとジョージが『インスタント煙幕』を炊き、あたりは一切見えなくなる。

 

 ――戦いが始まった。












主人公とは一体……?


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第5話 強さ

 喧騒の中、ハリーは自分の『予言』を抜き取り、ローブの中に入れた。代わりに『粉砕呪文』の衝撃で棚から落ちた、ひびの入った水晶玉を置いておく。少しでもクラウチの目を誤魔化せればいいが……

 

「こっちよ!」

 

 ハリーの腕を誰かが掴み、引っ張った。声からしてチョウだろうか。

 

「いたぞ、ポッターだ!」

 

 『インスタント煙幕』を抜けると、ハリーを見つけた死喰い人が呪文を撃ってきた。

 チョウはそれに気がついていないようだ。

 

「危ない!」

 

 咄嗟にチョウを押し退けて、『失神呪文』を撃ち込む。

 ハリーの呪文と、死喰い人の呪文が激突した!

 物凄い力で押されているような感覚が、杖から伝わってくる。ハリーはそれをなんとか押し返し、杖を思いっきり前に突いた。

 紅い閃光が緑の閃光を突き破り、死喰い人を引き飛ばす。死喰い人は壁に激突し、動かなくなった。

 

「上手い!」

 

 叫びながら、チョウが杖を振るった。

 二人が走っていた先の扉が、吹き飛ぶように開く。二人はほとんどスライディングになる形で、部屋の中に飛び込んだ。

 ハリーは辺りを警戒し、その間にチョウが扉に接着呪文をかける。

 

「みんなを置いてきちゃった!」

「いいえ、違うわ。私達話し合って、チームを分けることにしたの。セドリックとハーマイオニーちゃんのチームに。他のみんなが、注意を引いてくれてる。君はその間に、私と一緒に逃げるの。いい?」

「そんなこと許さ――」

「ハリー危ない!」

 

 今度はチョウが、ハリーの事を吹っ飛ばした。

 次の瞬間、さっきまで立っていたところを三本もの閃光が走り抜けた。

 さっきチョウが閉めた扉とは別の扉から、死喰い人達が押し寄せている。

 迂闊だった!

 普通に考えれば、扉があれだけじゃないことくらい、簡単に分かったのに!

 

「アクシオ! 机!」

 

 死喰い人達が次の呪文を撃つよりも、チョウの方が一瞬早かった。死喰い人達の後ろにあった机が、一斉にこっちに向かって飛んでくる。

 二人は咄嗟に屈んで避けたが、一人は後頭部にモロに机が当たり、動かなくなった。

 一人やった!

 残りは二人!

 これで一対一だ!

 しかし残りの二人は直ぐに体制を立て直し、呪文を撃って来た。

 おそらくハリーよりも、少し早い。

 咄嗟にチョウが沢山の机を死喰い人とハリーとの間に滑り込ませ、盾の様にして攻撃を防いだ。

 

「乗って!」

 

 机の一つが、ハリーの所に飛んでくる。

 ハリーが言われた通り飛び乗ると、直ぐにチョウも同じ机に飛び乗ってきた。

 次の瞬間、机が猛スピードで発進した。死喰い人が何やら呪文を撃ってきていたが、他の机が盾になり、それを阻んでいる。

 

「コンフリンゴ!」

 

 二人の死喰い人のちょうど真ん中で、呪文は炸裂した。

 再起不能とはいかないだろうが、しばらくは動けないだろう。

 空飛ぶ机はハリーとチョウを乗せたまま、神秘部の中を駆けた。

 

「ああっと。こりゃあ不味いわね……」

 

 途中まで順調に進んでいたのだが、三つほど部屋を超えたところで、クラウチとセドリックが戦っている所に遭遇してしまった。

 『悪霊の火』で作り出した大熊と大蛇を、激しくぶつけ合っている。

 木製の机でこの中を突っ切るのは、少々良くないだろう。

 

「ハリー! こっちよ!」

「ジニー!? どうしてここに?」

「説明は後! チョウ、ハリーをこっちにパスして!」

 

 一瞬迷ってからチョウは机から降り、ハリーだけを残した。

 背を向けながら、チョウが最後の言葉を語りかける。

 

「いい、聞いてハリー。貴方は私達の中で唯一、『例のあの人』を倒せる可能性も持つ人間なの。だから生き残るべきだわ。

 そのことを話したら、みんなで一瞬の迷いもなく頷いてくれた。みんな貴方が好きなのよ。

 私はここまでだけど……絶対に生き残りなさい!」

 

 そんな価値が自分にあるとは、ハリーには到底思えなかった。

 むしろこんな自分に付き合ってくれるみんなの方が、よっぽど生き残るべきだ。

 ハリーはそう反論しようとした。

 だがそれより速くチョウが杖を振り、ハリーを机ごと吹き飛ばしてしまった。

 名前を呼ぶ暇もなく、扉の外へと弾き出されてしまう。

 

 チョウはここに残り、セドリックの応援に行くようだ。防火の呪文を机にかけて、死喰い人へと向かって行った。

 ハリーの目線の先……

 チョウもセドリックは頑張っていたが、優勢とは言えなかった。机が次々と溶けてなくなり、大熊の炎も最初ほど燃え盛っていない。

 反対に死喰い人が出す炎の勢いは、増すばかりだ。

 このままじゃ危ない!

 助太刀に行こうとしたハリーの腕を、しかしジニーが掴み、反対方向へと走らせた。

 

「ジニー! 二人を助けなくちゃ――」

 

 言い切る前に、ジニーはハリーの頬を引っ叩いた。

 分かっている。

 ああ、分かっているとも。

 あの二人はハリーよりもずっと優秀で、むしろハリーがいては、足手まといになるかもしれない。

 それでもハリーは、二人のところに行きたかった。

 だがジニーが、それを許さなかった。

 ハリーの腕を引き、新しい扉へと走った。

 

「ごめん、ジニー」

「いいってことよ、とは言わないわ。貸しにしとくわね」

「うん。でも、どうしてジニーがここに?」

「私だけじゃない。ショーンもルーナもいるわ! ルーナはネビルと双子の兄貴と一緒に、ショーンはハーマイオニーとロンと一緒に戦ってる」

「それは分かったけど、でもどうして!?」

「長い話になるんだけど――」

「ステューピファイ!」

「コンフリンゴ!」

 

 角を曲がったところで、死喰い人と出くわした。

 向こうは面食らったようで完全に出遅れていたが、ハリーとジニーは即座に魔法を唱えた。ハリーの呪文で失神した死喰い人が、ジニーの呪文で吹っ飛んで行く。間違いなく骨の二、三本は折れているだろう。

 ホッとしたのも束の間、直ぐに後ろから足音が聞こえてくる。

 ハリーとジニーは真横にあった部屋に入り、息を潜めた。二人とも肩で息をしていたため、呼吸音がうるさかったが、偶然にもここは逆転時計(タイムターナー)の保管室であり、時計の音で誤魔化された。

 

 二人は床に耳を当て、音を聞いた。

 足音は通り過ぎていったが、直ぐに出ない方がいいだろう。

 辺りを警戒しながら、ジニーが息を潜めて言った。

 

「あのね、ハリー。落ち着いて聞いて」

「なに?」

「闇祓いや先生達は助けに来れないわ。だから私達が代わりに来たの」

「なんだって?」

 

 ハリーは耳を疑った。

 誰も助けに来ない?

 そんな馬鹿な。

 それじゃあ、みんなはどうなる?

 何故助けに来れないのか――ハリーが聞くと、ジニーが渋い顔で答えた。

 

「ホグワーツが襲撃されたの」

「えっ、それってどういう――」

「誰もいなくなったホグワーツを、死喰い人が襲ったの。

 だから記者会見は途中で打ち切り、みんなホグワーツの方に行ってしまったわ。今コリンが呼びに行ってるけど、いつになるか……」

 

 絶望的な知らせだった。

 確かに今、ホグワーツの守りは手薄かもしれないが、攻撃する理由など何一つない。賢者の石もなければ、ハリーもいないのだから。つまり意味することは一つ――陽動だ。

 

「とにかく、今は行きましょう。暖炉まで行けば、ホグワーツに戻れるわ。貴方だけでも送り返さないと」

 

 肩を掴み、ハリーを立たせた。

 扉の前に立ち、息を潜めて辺りの様子をうかがう。

 何の音も聞こえない……

 

「誰もいなさそうね」

「それじゃあ行こう。1、2、さ――」

 

 「3」をハリーが言い終わる前に、強烈な破壊音が鳴り響いた。

 

「ああ、嘘でしょ神様のクソッタレ……」

 

 ジニーが嘆くのも無理はない。

 なにせ天井が壊れ、上から巨大な『脳みそ』が落ちて来たのだから――!

 脳みそと一緒にロン、ハーマイオニー、ショーンも落ちてくる。

 ロンは脳みそに絡み取られ身動きできないでいたが、ショーンとハーマイオニーは落下しながらも、死喰い人と戦っていた。

 

「さあ行って! ハリー!」

 

 ジニーがハリーを蹴っ飛ばして、部屋から出した。

 次の瞬間、ついに脳みそが地面に落ちた!

 轟音が鳴り響き、落石で扉は崩れ、中の様子はまったく分からなくなってしまった。

 

「――行かなくちゃ」

 

 ここまで全員が、ハリーのために戦った。

 彼らに勇敢さに報いる為には、何をすればいいのか――戻って共に戦う?

 違う。

 ハリーは逃げなくてはならない。

 例えそれがハリーが最も選びたくない選択肢であっても、ハリーは逃げなくてはならないのだ。

 それが、彼らの望みだから。

 

 故にハリーは走った。

 その途中悲鳴や戦いの音が聞こえても、ハリーは走り続けた。

 悔しくて涙が出ても、後悔で何度も振り返りそうになっても、ハリーは走った。

 走って、走って、走って――

 気がつけば『神秘部』を抜け、暖炉がある大ホールにたどり着いていた。

 何処をどう走ったのか、まったく分からない。

 

「はあ、はあ、はあ……ホグワーツ行きの暖炉はどれだ?」

 

 暖炉がたくさん並んでいて、どれがホグワーツ行きの暖炉だったか思い出せない。

 こんなところで足踏みなどしてる場合ではないのに!

 

「教えてあげようか?」

 

 すると、声が聞こえた。

 まるで今から歌でも歌うかのように上機嫌な声が。

 ――コツン、コツン。

 次に、大理石を歩いてくる音が聞こえてくる。

 

 魔法省の中を悠然と歩く“ソイツ”を見た瞬間、ハリーの中の血が爆発した。

 身体中が、火でもつけられたみたいに熱い!

 ひたいの傷も、狂ったように痛み出した!

 体が告げているのだ! 目の前に立つ“ソイツ”こそが己が宿敵だと! みんなが必死にハリーをここへたどり着かせてくれたのは、“ソイツ”を倒すためだったのだと!

 ハリーは“ソイツ”の名を口に出した。誰もが畏れる、その名を!

 

「ヴォルデモート――!」

「やあポッター。ご機嫌麗しゅう」

 

 ヴォルデモートが、人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。

 まるで古くからの知人の様に、ハリーを見ている。

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハリーは今までにないくらいの速度で、『武装解除』を撃った。

 ヴォルデモートは一切の抵抗もせず、それを受けた。

 それどころか呪文の効果で杖が放物線を描いて飛んで行くのを、呑気に眺めている。しかも手を叩いて、ハリーを褒めた。

 

「お見ごと」

「馬鹿にするな!」

 

 ヴォルデモートに大股で詰め寄り、その場で押し倒す。

 ハリーは馬乗りになり、喉元に杖を突きつけた。

 しかしそんな状況にあって、ヴォルデモートの余裕はなくならない。

 

「僕を殺す?」

「ああ、お前が望むならそうしてやる!」

「それもいいだろうね。でもお忘れかな、この体は誰のものかを」

 

 ヴォルデモートの――というより若かりし頃のトム・リドルの――顔が歪み、シリウスの顔へと変化した。

 普段は魔法でトム・リドルの顔を貼り付けているが、実際は変わらずシリウスの体なのだ。

 ハリーは杖を突きつけたままだったが、先程までの激情がぱったりと消えたのが、ヴォルデモートには手に取るように分かった。

 

「はははははは! やはり弱いな、君は。こんなのが英雄だなんて、いっそ喜劇だよ!」

「黙れ!」

「黙らせてみなよ! 君の手でさ。まあ無理だろうがね!」

 

 またヴォルデモートは、大きな口を開いて笑い転げた。

 ハリーは杖を強く喉に突きつけ、ありったけの声で叫んだ。

 ――なんだ、何なのだこれは。

 ヴォルデモートの手には杖が握られておらず、ハリーの手にはある。体勢的に見ても、有利なのは明らかにハリーだ。それなのに、ハリーは追い詰められていた。自分の下で狂った様に笑うヴォルデモートが、心底不気味に思えた。

 これも、自分が弱いせいなのだろうか?

 ヴォルデモートの言うように、自分が弱いから――

 

「――昔に教えたはずじゃ、トム。『強さ』とは魔法の技量だけに使う言葉ではないと」

 

 ヴォルデモートの笑い声がピタリと止んだ。

 

「随分早かったじゃないですか、先生。やはりあの程度では、貴方の足止めにはなりませんでしたか」

 

 ドクン、とハリーの胸が高鳴った。

 手の節々にまで熱が満ち、先程までの弱い気持ちが消え、あり得ないほどの高揚感が駆け巡る。

 ほがらかに微笑む“彼”を見た瞬間、ハリーはここが世界一安全な場所にすら思えた。

 

 ――暖炉のすぐそばに、アルバス・ダンブルドアその人が立っていた。

 

 ダンブルドアは少しも恐れることなく、大股でヴォルデモートへと向かって行った。

 その足取りは、彼が老人であることを少しも感じさせない。

 むしろ今世紀最高の魔法使いという称号にふさわしく、パワーに満ち溢れている。

 

「両親の仇であるお主を憎む気持ちよりも、後見人であるシリウスを大切に思う気持ちが優った。ハリーが強い証拠じゃ」

「そう僕を笑わせてくれるな、ダンブルドア。腹がよじれそうだよ」

 

 口ではそう言いつつ、ヴォルデモートは少しも笑っていなかった。

 むしろ少しの油断もなく、ダンブルドアを見つめている。

 

「それじゃあ――ダンブルドアが言うには――強いハリー・ポッター。これを防いでみろ!」

 

 ヴォルデモートはハリーの袖を掴んだ。

 咄嗟のことで、ハリーの体は一瞬硬直した。

 その隙を見落とすヴォルデモートではない。箒を使わない飛行術で一気に天井まで飛び上がり、急降下してハリーを叩き落とす!

 

「アレストモメンタム!」

 

 地面に当たる直前、ダンブルドアが呪文を唱えると、ハリーの動きがピタリと止まった。

 否、止まっただけではない! ハリーの体は滑空し、ダンブルドアの隣に着地した。

 強烈な安心がハリーの体を包む。ダンブルドアの持つ力強く暖かい雰囲気が、ヴォルデモートの冷たい狂気から守っているのだ。

 

 ヴォルデモートは冷えた目でハリーを一瞥(いちべつ)してから、鋭い目をダンブルドアに向けた。そしてローブから、新しい杖を取り出す。先程ハリーが吹き飛ばした杖は、ダミーか予備だったらしい。

 

「そらみろ。貴様に守ってもらわねば、小僧は今の一撃で死んでいた。やはり弱いではないか」

「先程も言ったであろう。『強さ』とは魔法の技量にあらず。心の『強さ』にこそ相応しい言葉じゃ。ハリーは弱くない。むしろわしやお主なんかよりも、ずっと強い心を持っておる。取り消すのじゃ、トム。この子を弱いと嗤うことは、このわしが許さん」

「ハッ! 滑稽だなダンブルドア。例え心がどれほど強かろうと、力がなければ何も出来はしない!」

 

 ヴォルデモートが緑色の閃光を放った。

 その光の大きさと速さは、これまでハリーが見たどの呪文よりも強大だった。

 ダンブルドアが杖を振るうと、空中から黄金の戦士像が出現し、盾でそれを防いだ。戦士像はそこで止まらず、ヴォルデモートへと走っていき、剣で斬りつける。

 やった! とハリーは思った。

 しかしヴォルデモートはヒラリと身をかわし、半透明なベールで戦士像を包んだ。戦士像の動きは急にスローになり、遂には止まってしまう。

 止まった戦士像をヴォルデモートが杖で小突くと、あれほど頑丈そうだった戦士像は、飴細工のようにいとも簡単に砕けてしまった。

 

「悲しいことだダンブルドア。かつて貴様は、確実に僕――俺様よりも優れていた。

 しかし貴様は老い、俺様は若い姿で舞い戻った。全盛期を知っている俺様からすれば、力を失った貴様はいっそ哀れにすら映る」

 

 ヴォルデモートは飛翔し、魔法省の中心へと降り立った。

 両手を上げると、窓ガラスや水、果ては床までもが、呼応するように浮かび上がる。

 ヴォルデモートが唱えているのは、ハリーでも使える初級呪文――浮遊魔法だ。しかし彼ほどの技量があれば、それは必殺の魔法となる。

 

「死ね、老いぼれ」

 

 あらゆる物体が、高速でダンブルドアとハリーに襲いかかった!

 しかしダンブルドアは、簡単な杖の所作で、それを防いでしまう。

 全ての物体が空中で無に帰した。

 

「逆じゃよトム。わしが得難き物を手にし、お主が失ったのじゃ。

 もしも逆の立場であれば、お主はわしに立ち向かえるか? 傷ついた生徒を守りながら、格上の敵に立ち向かえるか?」

 

 今度はダンブルドアの番だった。

 新たに七体の黄金像が、ヴォルデモートを取り囲むように躍り出た。

 だが、ヴォルデモートも負けてはいない。

 飛翔魔法と『姿くらまし』、それからアバダ・ケダブラを乱発し、直ぐに像を瓦礫に変えてしまった。

 

 守る像のいなくなったダンブルドアを、ヴォルデモートが嗤いながら見据える。

 ダンブルドアはその圧に負けず、いや一層の迫力を持って押し返した。

 

「わしは立ち向かえる! むしろ喜んでこの役を引き受けようとも! これは心から言えることじゃ。何故じゃと思う?」

「しれたこと。貴様が偽善者だからだろう。足手まといを切り捨てられぬからよ!」

「否! 断じて否じゃ!」

 

 ダンブルドアの背後から、不死鳥の形をした黄金の炎が燃え上がった!

 呼応するように、ヴォルデモートの背後からも巨大な蛇の形をした暗黒の炎が燃え盛る!

 お互いが激突し、周囲を溶かし尽くす――!

 あまりの熱風でハリーは目を覆ったが、ダンブルドアとヴォルデモートはしっかりとお互いを見つめ合っていた。

 

「トム、わしはのう。夢のような時間を過ごした。ここ数年、本当に楽しい時を過ごさせてもらった。他ならぬ生徒達にじゃ。来年は何があるのかと考えただけで、ワクワクして寝れもせん。若かりし頃の理想――夢よりも、今の方がずっと楽しい証左じゃろう。

 そんな楽しいひと時を過ごさせてくれる生徒達のためなら、弱いわしはこんなにも勇敢になれる!

 歳ゆくことは人なら当たり前のこと、むしろ進歩じゃ! それを逸脱し不老となったお主は、停滞したに他ならん!」

 

 ダンブルドアの不死鳥がヴォルデモートの蛇を食い破り、ヴォルデモートへと飛翔した!

 今度こそ決まった! とハリーは思った。

 しかし寸前――ヴォルデモートは恐ろしいまでの速度で『姿くらまし』を練り上げ、ハリーの真隣へと『姿表し』したのだ!

 

 ヴォルデモートの杖が、ハリーへと向き、光った。

 その所作は流麗で、ハリーの身体能力を持ってしても、捉えることが出来ないはずだった。

 しかし、たしかにハリーは見た、聞いた。ヴォルデモートの口が開き――せせら笑うように言ったのを。

 

「ならば守ってみせろ」

 

 強い衝撃が響き――ハリーは何か、生暖かい物を全身にかぶった。

 血だ。

 おびただしいほどの血を、ハリーは浴びたのだ。

 だが、ハリーは少しも傷ついていなかった。

 ではこの血は、一体誰の……?

 

「グ、ウゥ……!」

「ダンブルドア先生!」

 

 ハリーを庇うように覆い被さっていたダンブルドア。

 その右腕――杖腕が、肘から切り落とされていた。












ダンブルドア「腕がとれた……っ!」
ハリー「腕の一本くらいなによ、人間には二本も腕があるのよ!」
ショーン「出番は?(´・∀・`)」


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第6話 戦死

「ダンブルドア先生!」

「下がっておるのじゃ、ハリー!」

 

 ダンブルドアの右腕――世界一の右腕だ!

 それを、それを自分なんかのために!

 ハリーはとてつもない後悔に襲われた。

 やはりここに来るべきではなかったのだ。

 もし、もしもダンブルドア先生が――

 

 ――ダンブルドア先生が死んだら。

 

「下がっておれ!」

 

 ダンブルドアが左手を動かすと、ハリーは強い力で後ろの方に飛ばされた。

 先程までハリーが立っていた所に、ヴォルデモートの黒いオーラが広がる。

 ハリーの代わりにそれを受けたダンブルドアは、まるで木の葉の様に軽々と吹き飛んだ。

 

 痛みか、あるいは深手を負って動けないのか、その場でうずくまるダンブルドアに、ヴォルデモートが高笑いしながら近づく。

 残った左腕で、ダンブルドアは這うように逃げた。それをあざ笑うようにヴォルデモートが『姿表し』で近づき――あろうことか、ダンブルドアの頭を踏みつけた!

 仮にもかつての師であるダンブルドアを、足蹴にしたのだ!

 後悔や手加減など一切ない!

 あるのはかつての強者をいたぶる薄汚れた快楽のみ!

 

「ふははははは! やはり魔法の技量こそが唯一にして絶対の『強さ』よ。なあダンブルドア!」

 

 高笑いするヴォルデモートを見たハリーは血が出るほど歯をかみしめた。

 ダンブルドアの腕が切断されたとき、右腕と一緒に杖が飛んで行ってしまった。

 だから無抵抗に、ダンブルドアはやられているんだ!

 ヴォルデモートもそれを分かってて――!

 甚振っているんだ!

 偉大なダンブルドア先生を!

 

 ヴォルデモートに激昂する一方で、冷静なハリーが考える。

 杖は――いやダンブルドア先生の右腕はどこだ? 杖を持って行きさえすれば、ダンブルドア先生はまだ戦える、いや勝てる!

 

(杖……杖は、どこにある。杖さえあれば!)

 

 普段スニッチを探しているのが役に立った。ハリーの動体視力は、いとも簡単にダンブルドアの右腕を探し出したのだ。

 だが呼び寄せ呪文は唱えられない。ヴォルデモートに気づかれ、反対呪文で相殺されるのがオチだろう。

 その後彼は喜んで、右腕ごと杖を燃やすに違いない。

 どうすれば、どうすればヴォルデモートに気づかれないように杖を取れる?

 

 ――その時、ハリーは閃いた。

 たった一つの冴えた策を。

 

 賭けになる。

 大きな賭けに。

 しかしやらないわけにはいかない。

 ダンブルドアのために、そしてハリーをここまで導き、今も戦ってくれているみんなのために!

 

「ヴォルデモート! 僕が相手だ!」

 

 広間の中央へと、ハリーは躍り出た。

 ピタリと、ヴォルデモートの動きが止まる。

 本来のヴォルデモートなら、ハリーなど歯牙にもかけないだろう。杖をほんの少しだけ動かせば、ハリーなどたやすく倒せるのだから。

 しかし、それが彼には出来ない。

 何故ならハリーの手にはヴォルデモートが欲して止まない物――予言が握られているからだ。

 アレを壊す可能性がある間は、ハリーには手出しできない。

 

「ダンブルドア先生から離れろ。でなければ、これを叩き割る!」

「なるほど、考えたなポッター。この闇の帝王を脅すか」

「いいから離れろ!」

 

 ハリーが一瞬予言を砕き割るフリをすると、ヴォルデモートの目は予言に釘付けになった。

 いいぞ……その調子だ。もっとこっちを見ろ。

 ハリーは自分を必死に鼓舞した。

 これから起こる恐ろしいことに耐えるために……

 

 ――次の瞬間、ハリーは予言を空中に投げた!

 

 自分を守ってくれる唯一の盾を、ハリーは自ら手放したのだ。

 しかしその甲斐はあった。

 目論見通りヴォルデモートの目がハリーから外れ、空に浮く予言に移ったのだ。

 

「エクスペリアームス!」

 

 その隙を見逃さず、ハリーは武装解除を唱えた。

 ヴォルデモートがほとんど条件反射で、対抗呪文を唱える。

 しっかり準備して呪文を唱えたハリーと、咄嗟に唱えたヴォルデモート。

 本来ならハリーが勝つのだろう。だが両者では、実力に差があり過ぎる。ハリーの呪文は一瞬食らいついたものの、ヴォルデモートの呪文に打ち負けてしまった。

 

「プロテゴ!」

 

 盾呪文を唱え、ヴォルデモートの呪文を受け止める。

 万全の状態ではない呪文、しかも一度ハリーの武装解除とぶつかり合っている。にも関わらずヴォルデモートの呪文は、盾呪文ごとハリーを、彼方まで吹き飛ばした。

 

(これでいい……!)

 

 骨が軋み、芯から体が痛む。

 だがハリーは、笑った。

 これこそがハリーの策!

 迂闊にもヴォルデモートがハリー飛ばした先――そこには、切断されたダンブルドアの右腕があった!

 ハリーが取りに行けないのなら、ヴォルデモートに運んでもらえばいい!

 弱らせたヴォルデモートの呪文に、自分を運ばせたのだ!

 

「貴様!」

 

 予言をキャッチしたヴォルデモートが、冷静さを取り戻し、ハリーの策に気がついた。

 飛翔魔法を使い、一気に距離を詰めてくる。

 

「エクスペリアームス!」

 

 ヴォルデモートの呪文が、ハリーから杖を奪った。

 杖は宙を舞い、ヴォルデモートの手の中に収まってしまった。

 

 飛翔魔法の勢いのままヴォルデモートがハリーの胸ぐらを掴み、その場に押し倒した。

 喉元に、杖が突きつけられる。

 まさに絶体絶命。

 勝利を確信したヴォルデモートは笑い、遠くで見ているダンブルドアでさえが負けを悟った。

 

 しかしハリーは、それでもなお余裕だった。

 

「さっきと逆だな、ヴォルデモート」

「なに?」

「こうなってよく分かったよ。お前は有利なようで、全然有利じゃない。僕を倒すことしか考えられないからだ」

「貴様、どういう意味だ……」

「お前が今吹き飛ばした杖を見てみろ!」

 

 ヴォルデモートは、先程ハリーから奪った杖を見た。

 ダンブルドアの杖ではない……

 最初にハリーにわざと取らせた、自分のダミーの杖!

 

「お前の『負け』だヴォルデモート! 僕の『勝ち』だ!」

「ぬぅ――!」

 

 本物の杖はどこにあるのか……?

 聞くまでもない。

 誰にでも簡単に使える初級呪文――浮遊魔法。

 それをハリーが使えぬ道理はない。

 背後に強い気配を感じ、ヴォルデモートは冷や汗をかいた。

 

 ――ヴォルデモートの背後に、杖を持ったダンブルドアが立っていた。

 

 先程ヴォルデモートに攻撃され、全身傷だらけだが、その全身からは前よりも一層エネルギーが迸っている。

 何故立てる?

 人を壊すには十分の攻撃を与えたはずだ。

 それなのに何故――

 これが精神の『強さ』だとでも言うのか……?

 

「左様。お主の負けじゃよ」

 

 ダンブルドアの言葉は静かだった。

 しかしヴォルデモートでさえ総毛立つような、確かな恐ろしさを感じさせた。

 

「アバダ――」

「エクスペリアームス!」

 

 ヴォルデモートの体は宙を舞い、床に激突した。

 いかな不老である闇の帝王とて、体は人間のそれだ。

 ダンブルドアの全力の一撃に耐えられるはずもない。

 

 強い衝撃で予言を手放してしまい――床に落ちて予言は砕けてしまった。

 

「手を貸そうか、ハリー」

「いえ、大丈夫です。自分で立てます」

 

 自力で立ち上がり、ヴォルデモートへ杖を向ける。

 ダンブルドアも今度は「下がれ」とは言わなかった。

 もう守られる存在ではない。ハリーはダンブルドアの肩を並べて戦う強者へと、進化したのだ。

 

「おのれ! ――おのれおのれおのれッ! 許さんぞポッター!」

 

 全身から憎悪を溢れさせながら、ヴォルデモートが立ち上がる。

 もう予言は失われた。

 敵は二人。

 力もかなり消費している。

 しかし、引くわけにはいかない。

 偉大なる闇の帝王である己が、たかが15の小僧に負けたまま、引き下がるわけにはいかないのだ!

 そしてダンブルドアの言う精神の『強さ』などは戯事だと、己の信じる『強さ』こそが真の『強さ』であると、証明しなくてはならない!

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 ――ヴォルデモート卿が炸裂した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 三人の戦いは熾烈を極めた。

 ダンブルドアの呪文が舞い、ハリーが駆け、ヴォルデモートの閃光が照らす。

 このまま戦い合えば、どちらが勝者なのか分からなかっただろう。

 しかし決着はついた。

 当人達の手ではなく、第三者の手によって。

 

「我が君!」

 

 死喰い人を引き連れたバーテミウス・クラウチ・ジュニアが乱入した。

 最初ヴォルデモートは鬱陶しそうにクラウチを見たが、しかし彼の手に握られているそれを見て、表情を綻ばす。

 セドリック、チョウ!

 ロン、ハーマイオニー!

 ネビル!

 ルーナ、ジニー、コリン!

 フレッド、ジョージ!

 全員捕らえられている!

 

 ……いや、全員じゃない。

 ショーンは?

 彼は一体どうしたのだろうか?

 まさか――

 

 最悪の予感がよぎったが、ハリーはそれを慌てて否定した。

 きっと何処かに隠れて、機会を伺っているだけだ……

 そうに違いない。

 彼がそんなに簡単にやられるものか!

 しかしそんなハリーの願いは、ヴォルデモートの問いによって否定されることになる。

 

「……一人足りぬようだが、あいつはどうした?」

「死にました」

 

 ショーンが、死んだ……?

 そんな馬鹿な!

 違う! と否定してほしかった。

 死喰い人の嘘だと、そう言ってほしかった。

 しかし全員が泣くばかりで、何も言ってはくれない。

 

「嘘だ!」

「嘘ではない。あの小僧はコイツを庇い――」

 

 死喰い人はハーマイオニーを指差した。

 

「我が呪いを受け、吹き飛んだ。不幸なことに、奴が飛んだ先にあったのはタイムターナーの保管庫であった。小僧が着地した衝撃でタイムターナーは一斉に起動し、小僧ははるか過去へと飛ばされた。あそこには年単位の物まで保管されている。100年や200年ではきかぬだろう。つまり、戻ってくる可能性はゼロだ」

 

 ショーン達が戦っていたのは、確かにタイムターナーの保管庫付近だった。

 辻褄は合っている。

 しかし、死体がないのも確かだ。

 まだクラウチの嘘かもしれない。

 だが冷静なハリーが囁く。

 忠実なしもべである死喰い人が、ヴォルデモートに嘘の報告をするだろうか、と。

 

 ハリーの思考を邪魔するように、ヴォルデモートは高笑いした。

 

「そうか、奴は死んだか!

 あの小僧は呪いにより、俺様でさえ手を出せぬ。しかしそうか、過去へと送ったか――なるほど、良い手だ。

 ドロホフ! 貴様には褒美を取らせよう」

「有難き光栄です」

「して、ダンブルドア。お主はこの状況をどう切り抜ける。多くの人質を前に、貴様がどうするのか、見ものだな」

 

 死喰い人達が、ダンブルドアを指差して笑った。

 悔しかった。

 実力では勝っているのに、こんな卑怯な手で負けるのが、ハリーはたまらなく悔しかった。

 

「いいや。時間切れじゃよ、トム」

 

 だがダンブルドアは、落ち着き払っていた。

 ダンブルドアの声と同時に、魔法省にあった暖炉が次々と燃え盛る。

 ルーピン、トンクス、ムーディー、ウィーズリー夫妻、キングズリー――不死鳥の騎士団の面々が勢ぞろいしていた。

 更には魔法省の役人や、闇祓いまでいるではないか。

 死喰い人達が一瞬たじろぐのを、ハリーは確かに見た。

 

「そんな、まさか――」

 

 沢山の護衛に囲まれたファッジが、ヴォルデモートを見て信じられないとばかりに目を見開いた。

 ファッジだけではない。

 魔法省勤の役人のほとんどが、ヴォルデモートを見て驚愕している。中には腰を抜かしてしまい、その場で倒れ込んでしまう者までいた。

 

「トム。今宵は引いたほうが賢明だと察するが、いかがかな?」

「そうだな……」

 

 ヴォルデモートの蛇のように鋭い目が、魔法省中を舐めた。

 

「お前との決着は、一対一でつけるとしよう。下手なケチが入ってはつまらん」

 

 ヴォルデモートがマントを翻すと、次の瞬間には消えてしまった。

 死喰い人達も主君を追って、次々と『姿くらまし』していく。

 最後の一人が消え去り――魔法省には再び沈黙が訪れた。

 長い長い、沈黙が。

 

 いつまで待っても、いつも沈黙を破ってくれるショーンは――姿を現さなかった。












ショーン「オイオイオイ……死んだぜ俺」
ジニー「ほう主人公抜き展開ですか……大したものですね」
コリン「なんでもいいけどよォ。相手はあのヴォルデモート卿だぜ?」

 というわけで6話でした。
 「ショーン・ハーツと偉大なる創設者達」は主人公が死んだので打ち切りです!
 次からは「ロナルド・ウィーズリーと偉大な偉業」スタート!
 ……とはならないんですね、残念ながら。
 あともう少しだけショーンの物語は続きます。


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第7話 ショーンを追って

 ショーンが死んだことで、世界は少し静かになった。

 

 彼は有名人ではない。

 血の繋がりがある家族もいない。

 しかし紛れもなく、彼は良き隣人であり、友人であり、恋人であり、家族だった。

 

 ――ショーンが死んだことで、世界は少し静かになった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは一人、部屋で呆然としていた。

 彼女はしばらく泣きじゃくった後、その場にへたり込んだ。その後は呆然とするばかりで、誰が話しかけてもなんの反応もない。

 意識の奥底で、彼女は一人考えていた。

 

(ショーンがいた孤児院に連絡を入れなくちゃ。なにせ妹さんと、随分と仲が良かったみたいだから……

 お葬式の段取りも、私がしたほうがいいかもしれないわね。彼に肉親はいなかったから。妹さんはまだ幼いみたいだし、院長は子供がお嫌いだって話だもの)

 

 そんなことをつらつらと考えていたが、実行に移すことはない。

 彼女はただ、本当に考えなくてはいけないことを考えないために、思考を埋めているだけなのだから。

 

 そんな彼女をダンブルドアは連れ出し、校長室に運び込んだ。

 多少強引であったが、誰も止めなかった。

 全員程度の違いはあれ、みんなハーマイオニーと同じように、塞ぎ込んでいたらからだ。

 特にジニーなどは、目を離したら消えてしまうのでは、と思わせるほどだった。

 

 校長室でダンブルドアとハーマイオニーは、一対一で座っていた。

 普段のそれよりも一層優しい声色で、ダンブルドアが語りかける。

 

「先ずは飲むのじゃ。心が落ち着く」

 

 彼が杖を一振りすると、完璧なティーセットが出て来た。

 良い匂いの湯気が立つ紅茶に、焼きたてのスコーン。

 誰が見ても一流の品だと分かる。

 しかしハーマイオニーは、どれにも手をつけなかった。

 ダンブルドアの記憶が正しければ、彼女が教師の話にまったく耳を貸さなかったのは、今回が初めてだ。

 

「なるほど、どれも喉を通らぬか。無理もないじゃろう。愛する者を失う痛みは、想像を絶する。あらゆる楽しみを消し、暗い未来が目を覆い、甘い過去が蓋をしてしまう。人の死とは、そういうものじゃ」

 

 ダンブルドアの言葉も、今のハーマイオニーには遠かった。

 だがダンブルドアは、構わず話を続ける。

 

「しかし、君がそうなる必要はない。なにせショーンは、まだ生きているのだから」

 

 その時初めて、ハーマイオニーは動きを見せた。

 信じられない、という顔でダンブルドアを見つめている。

 ようやく目が合うと、ダンブルドアはほがらかに笑った。

 

「いや、それには語弊があるじゃろう。生き返らせれる、というべきか。

 これも適切な表現ではない気がするのう。なにせ彼はまだ死んでいないのじゃから。

 まだ連れ戻せる――うむ、これならしっくりくる」

「それはどういうことですか?」

「やっとわしの存在に気がついてくれたようじゃな、ミス・グレンジャー。先ずは紅茶を飲み、心を落ち着かせなさい。話はそれからじゃ」

 

 次の瞬間ハーマイオニーは、机の上にあった紅茶を一瞬で飲み干した。

 それでいいのか、という感じだが、ダンブルドアは満足気な顔をして話を再開した。

 

「では質問に答えるとしよう。ショーンは我々が思っているよりずっとユーモラスで、ずっと賢かった」

「お言葉ですが校長、ショーンはいつもユーモラスで賢いです」

「うむ。それは疑いのない事実じゃろう。彼はいつだって、新鮮で愉快な驚きをくれる。おお、ついこないだも、彼に驚くべきプレゼントをもらったばかりじゃ」

 

 ダンブルドアが取り出したのは、一通の古ぼけた手紙だった。

 「1000年前のここに俺はいる」。

 簡素に、それだけが書かれている。

 しかしハーマイオニーにとって、それは正に希望の福音だった。

 何度も勉強に付き合ったから分かる。間違いない、ショーンの字だ!

 

「これを持って来たのはフォークスじゃ。不死鳥であるフォークスには、寿命がない。1000年前にも、生きておったじゃろう。

 1000年前に飛ばされたショーンはそこでフォークスを見つけ、この手紙を託したのじゃ! 1000年後の今、この手紙をわしに渡すように!」

「つまり、つまりショーンは……」

「その通り! ここにおる! 1000年前のここに!」

 

 カッと、体の中の血が熱くなるのを感じた。

 ショーンは、変わらずここにいる。

 例えそれが1000年前だろうと、ここにいるのだ!

 

「幸い、わしは他の人間より遥かに高い魔法の技量を持っておる。魔法省のタイムターナーは失われてしもうたが、アレの真似事くらいは出来ようとも」

「それじゃあ、先生がショーンを助けに行ってくれるんですか?」

「わしに彼を連れ戻す権利を与えてくれるなら、喜んでそうしたじゃろう。

 しかしできぬのじゃ。わしはこの時代に残り、目印とならねばならぬ。何せ1000年という遥か悠久の彼方じゃ。この手紙を媒体に遡れたとしても、目印がなければ帰ることはできなんだ」

 

 ダンブルドアが何を言おうとしてるのか、ハーマイオニーは理解しかけていた。いや、ほとんど理解出来ていた。だが、彼女は待った。ダンブルドアの口から、その言葉を聞くのを。

 

「わしの力及ばず、過去へ飛ばせるのは精々が一人――では誰を送るか?

 高い魔法力を持つスネイプ先生やマクゴナガル先生?

 あるいはヴォルデモートを退けたハリーも良いか?

 最も古い友人であるジニーではどうじゃろうか?

 否、彼らではショーンを連れ戻せぬじゃろう。

 愛とはいかなる時も、魔法よりずっと素晴らしい力を持ってる。故にミス・グレンジャー、君が最もショーンを連れ戻せる可能性が高い。わしはそう信じておる。どうかな?」

 

 ダンブルドアはほがらかに笑った。

 答えは言うまでもない。

 ハーマイオニーは即座に頷いた。

 

 ダンブルドアが左手で杖を振ると、ハーマイオニーの周りに無数の――それこそ正にタイムターナーの中身のような――歯車が作られた。

 歯車が高速で回り出し、光を放つ。

 光は輝きを増し、やがて校長室全てを覆った。

 

 ――ハーマイオニー・グレンジャーは過去へと飛んだ。

 

 旅立つ折、ダンブルドアは言った。

 期限は一週間。

 一週間経ったちょうどその時、ハーマイオニーは現代へと戻る。

 その時までにショーンを見つけ、彼に触れていなければならない、と。

 余裕だ、とハーマイオニーは思った。

 何せショーンは、ここにいるのだから。

 

 しかし彼女は、致命的なミスを犯したと言える。

 タイムターナーがそうであるように、ダンブルドアの魔法もまた場所を変えずに、時だけを戻す。

 故にハーマイオニーが飛んだ場所は、1000年前のこの場所ということになる。

 ――1000年前。

 一口に1000年前といっても、一年間もの時間がある。

 その間のどの時間にショーンが飛んだのか、ハーマイオニーは知らない。

 更に言えばショーンが飛んだ場所は魔法省であり、ホグワーツにたどり着けたのだとしても、それはかなりの時間を要したことだろう。

 

 ――結論から言おう。

 ハーマイオニー・グレンジャーは失敗した。

 ショーンが飛んだ年代と近い、しかし少しだけズレた時間に彼女は飛んでしまったのだ。

 そしてもう一つ。

 彼女が飛んだその時代。まだホグワーツ魔法魔術学校は創設前。つまり彼女は、普通の民家の中に飛んでしまっていた。

 

「ここはどこ……ショーンは?」

 

 そんな事情を知らないハーマイオニーは、自分がまったく見知らぬベッドの上に立っていることに困惑していた。

 内装は古く、脆く、そして木製だ。どう見てもホグワーツ城の美しいそれではない。

 何より、ショーンの姿が見当たらない。

 

「早く出た方がいいかしら――」

 

 とにかくホグワーツでないなら、ここを出た方がいい。自分は今、誰も自分を知らない見知らぬ時代で、不法侵入しているのだから。

 ハーマイオニーはそう思考し、部屋をぐるりと見渡した。

 どうやらここは、何処かのベッドルームらしい。なんとなくの予想を立てる。

 部屋には一つ、木製の扉があった。

 あの扉から出よう。

 そう考えた瞬間、なんと扉が開き――

 

 ――全裸の男が入って来た。

 

 それも両脇に美女をはべらせて。

 

「あれ、君は誰だい? まあ、名前なんかどうでもいいか。うん、君は容姿がいい。合格だ! 今日は三人でする予定だったはずだけど、三人相手でももちろん大歓迎だよ。何せ僕は、ゴドリック・グリフィンドールだからね!」

 

 茶目っ気たっぷり男が言うと、両脇の美女がうっとりした顔をした。

 ゴドリック・グリフィンドールは勇敢な騎士のような性格だと、昔読んだ本に書いてあった。

 偉人の伝記本なんか嘘っぱちだと、ハーマイオニーは一つの真実を知った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ――ハーマイオニーが飛んだ時代とは、少し異なる時代。

 ショーンはだだっ広い草原に立っていた。

 起きたらここにいた彼は、とりあえず一通り混乱した後、逆にテンションがちょっと上がり、ダンスを色々踊ってみたり歌を歌った後、やっぱり鬱になった。

 

「オー、ウェイウェイウェイ! ちょっと待て、おい。これどういうことだよ。ここどこだよ。ヘルガ! ゴドリック! サラザール! ついでにロウェナも! そろそろ隠れんぼをやめてもいい時間じゃないか?」

 

 大声を出して見ても、なんの返事もない。

 さっきまで一緒にいたジニーとハーマイオニー、ロナルドさんは愚か、生まれた時から一緒にいた幽霊達までいない。

 これがドッキリか何かなら、悪趣味もいいとこだ。ジニー発案に違いない。

 

「うーむ……ここに来る直前、俺は何してたっけな?」

 

 頭に強い衝撃を受けたらしい。

 どうも頭がガンガンして、記憶が朧げだ。

 確か神秘部での戦いに乱入して、その後ハーマイオニーを庇って――

 

「あっ、タイムターナー」

 

 そうだった。

 自分はタイムターナーによって飛ばされたのだった。

 そっか、タイムターナーで過去に飛ばされたのか。それじゃあみんながいないのも無理ないな。

 しかし、一体ここは何年前だ?

 タイムターナーは場所を変えず、時代だけを変える。

 魔法省から過去に飛んだはずだが、ここには魔法省どころか、気の利いたバーの一軒さえない。

 

「アクシオ! ハーマイオニーのブラジャー!」

 

 とりあえず、呪文を唱えてみた。

 なんの反応もない。

 どうやらハーマイオニーが生まれる前――少なくとも15年よりも前のようだ。

 あるいはもしかしたら、ハーマイオニーはブラジャーを着けたことがないのかもしれない。彼女のカップ数なら、十分にあり得る。

 

「アクシオ! マクゴナガル教授のパンツ!」

 

 まったく反応がない。

 マクゴナガル教授は今年で60歳だ。

 驚くべきことに、60年以上も前らしい。

 あるいはマクゴナガル教授が、ノーパン派だという可能性もある。普段厳格な人ほど解放的な趣味を持つというし、その類なのだろう。

 

「アクシオ! ダンブルドア校長の髪の毛!」

 

 やっぱり反応がない。

 つまり、114年よりもずっと昔ということになる。

 あるいはダンブルドア校長は、実はずっと前から髪の毛がなかったのかもしれない。最近ストレス溜まってそうだもの。フィルチ愛用の育毛剤を、今度プレゼントしてやろう。

 

「アクシオ、ロウェナの下着」

 

 最後にないと思いつつも、ショーンは呪文を唱えた。

 これで呪文が成功したら、ここは1000年も前という事になる。

 そんなことあるわけないがない。

 ショーンの全財産と、ついでにジニーの全財産賭けたっていい。

 

 ――ショーンの眼の前に、ショーツとブラジャーが落ちてきた。

 

 すまないジニー。

 君の全財産は無くなった。

 そして我が愛すべき妹よ。

 君を学校に入学させるのは、もうちょっと待っててくれ。

 

「――そこの君」

 

 後ろから声が聞こえた。

 ショーンが知るそれよりも少し幼く、そして冷たい声色の声が。

 振り返ると、そこには――ロウェナ・レイブンクローが立っていた。

 ショーンが知る彼女は大人の姿をしているが、そこに立っているロウェナはショーンより少し年上、という容姿をしている。

 

「何の目的で盗ったか分かりかねますが、差し支えなければ私の下着を返していただけますか?」

「失礼レディ。俺の杖がいたずらしたようだ。許してやってくれ、普段は紳士的で、気のいいやつなんだ」

「いえ、君が呼び寄せ呪文を使ったことは知っています。なぜ嘘を?

 それから、杖に感情はないと記憶していますが」

「……」

「……」

 

 ロウェナが冷たい目でじっとこっちを見てくる。

 ジョークなどまるで通じない、という雰囲気だ。

 ……そういえば、昔どこかで読んだ気がする。

 ロウェナ・レイブンクローは冷酷な人間だった、と。

 偉人の伝記本は意外と信用できると、ショーンはまた一つ賢くなった。



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第8話 黒歴史

 つま先から頭のてっぺんまで、ロウェナの目がショーンを舐めた。

 なにをそんなに警戒しているのだろう……と思ったが、冷静に思い返すと、自分は今、ただの下着泥棒だった。

 しかもただの下着泥棒ではない。

 1000年後からわざわざ来た下着泥棒だ。こんなスケールで下着を盗んだのは、きっとショーンが初めてだろう。男――否、漢としてわずかばかり格を上げたが、変態度もグンと跳ね上がった。

 警戒されて当然である。

 しかしロウェナは、それとは違った観点からショーンを見ていたらしい。

 

「君は――この時代の人間ではありませんね?」

「なんで分かった?」

「魔力の雰囲気です。この時代の物とは異なりますので」

 

 魔力の雰囲気と言われても、ショーンにはまったくピンとこなかった。

 そういえば昔にヘルガやダンブルドアが魔力の痕跡云々と言っていたが、それを感じたことは一度もない。

 世の中には湿気や天気に敏感な人間がいるというが、その類だろうか。

 

「隠すことでもないから言うが、1000年後から来た」

「1000年――それはまた随分と長旅でしたね。こんな時、普通は労うのでしょうか?」

「1000年後では、ポールダンスをして労うのが一般的だな」

「そうですか。後で屋敷しもべ妖精に手配させておきます」

「待て。今のは冗談だ」

 

 ショーンとてまだ若い男の子である。

 たまにはちょっとイケない妄想をすることだってある。自分の性癖がオーソドックスだと主張する気はサラサラない。

 だが屋敷しもべ妖精のポールダンスに興奮するほど、特殊な性癖を持ち合わせてはいなかった。

 

「それでは私はこの辺で」

「待て!」

「はい、待ちました」

「よーしいい子だ。俺はたった今、この時代に来たばかりだ。行きつけのカフェどころか、今日住む場所さえ決まってない」

「つまり?」

「養って」

「私に何のメリットもないので、却下します。それではまた」

「もうちょっと待って!」

「……なんですか、もう」

「どうして何のメリットもないと思う?」

「逆に聞きますが、貴方の面倒をみることによって生じる、私のメリットを教えて欲しいものです。今のところ、私が君に何かを与えるばかりで、私はなにも受け取っていません」

「夜寝る時、子守唄を歌ってやろう」

「それでは失礼します」

「今ならココアを淹れるサービス付きだぞ」

「そうですか。それは他の方に振舞ってあげて下さい」

「クッ、ヘルガならこれで釣れるのに……!」

 

 ショーンの言葉を聞いた瞬間、ロウェナの眉毛が――ほんの数ミリだが――ピクリと動いた。

 彼女は顎に手を当てて、何かを考えているようだ。

 やがて考えがまとまったのか、彼女は口を開いた。

 

「二つほど、尋ねたいことがあります」

「はいはい、なんでしょう」

「貴方は1000年後から来たと言っていましたが、何故私やヘルガを知っているのですか?」

 

 来たか、と思った。

 この問いに答えることは、非常に難しい。

 素直に答えるなら「自分に幽霊として憑いているから」だ。

 だがそんな風に答えるのは、正直言って、イギリスに料理目当てで旅行するくらい愚かなことだとショーンは思う。

 ショーンが知るロウェナは、過保護でぎゃあぎゃあ直ぐ叫ぶ、側から見たら行政が保護してあげないといけないタイプの人だ。そこへ来て目の前にいるロウェナは、ほとんど別人である。きっとこの後、彼女の価値観を壊す“何か”があるのだろう。その未来を消してしまうのは、あまり良い選択肢ではない。

 

 かと言って完全に嘘をついたとして、その嘘を破綻させないほど自分の頭を信用していない。

 ヘルガがいれば開心術でちょちょいと、サラザールがいれば完璧な嘘を考えてもらえるのに……

 ショーンはちょっと頭をひねってから、口を開いた。

 

「1000年後では、ロウェナ・レイブンクローとヘルガ・ハッフルパフはかなり有名人になってる。どんな風に有名なのかは、未来を変える可能性があるから言えない。

 まあ少なくとも「人類史上最も貧乳な魔女」として有名なわけじゃないから、安心してくれ」

 

 昔サラザールが言っていた。

 嘘をつく時は、真実を織り交ぜて語るのが良い、と。

 幽霊達の言葉はいつも受け流しているが、下ネタ、悪い話、料理についての話題の時だけは、何故だか耳が良くなる。

 

「嘘ですね」

「嘘じゃない。貧乳だったことはそこまで有名じゃない、俺を信じろ」

「そ、そこではありません!

 私たちが有名だから知った、という部分です」

 

 ロウェナはあっさり見破ってきた。

 そういえば、他の幽霊はともかく、サラザールの話は喋り方が気障ったらしくて全部聞き流していた気がする。彼は良き先生かもしれなかったが、ショーンはいい生徒ではなかった。

 

「先ほど君は、ヘルガのことをまるで知っている風な話し方をしました。本で知る偉人への態度ではない」

「書き手が良かったのさ。良い小説を読んだ時、登場人物がまるで友達のように感じることがあるだろ? まさにそれだ」

「私は小説は読まないので分かりませんが、そういった話を聞いたことはあります。とりあえず、君の話を信じておきましょう」

 

 表情一つ変えずに、ショーンは嘘をつき通した。

 ロウェナに嘘をつく――数少ない特技の一つだ。十何年も欠かさず磨いてきたこの技は、かなり洗練されていると自負している。最近では「逆立ちしながら食事すると健康に良い」という意味不明すぎる嘘を信じさせるまでになったくらいだ。

 その日の夜、ロウェナは泣きながら熱々のパスタを逆立ちして食べていた。

 まあもっとも1000年後のロウェナは、ショーンが何を言っても「へえ、そうなんですか! 流石は私のショーンです、物知りですね。やっぱりレイブンクロー寮が相応しいのでは?」と簡単に騙されたが。

 

「次の問いです。私は脳に異常があり、記憶を司る部分が人より多い代わりに、感情を司る部分が極端に少ない。

 本で道徳の勉強は一通りしましたが、やはり完全には理解できませんでした。私はもっと、ヘルガのように感情豊かな人間になりたい。

 君は先ほど「ヘルガなら……」と言いましたね。その言葉に嘘はありませんか?」

 

 真っ直ぐに、ロウェナはショーンを見つめた。

 それを受けて、ショーンはちょっと考えてから、肩をすくめた。

 

「俺の長所を知ってるか?」

「嘘をつかないことですか?」

「いや、料理が上手いところだ」

「え? なら何故、今こんな問いを……」

「つまりだ。俺が嘘つきかどうかはどうでもいいのさ。会話をもっと楽しめよ。すぐに答を出そうとするから、お前はそんななんだ」

「初対面の歳下に“そんな”呼ばわりされる覚えはありませんが、一理あります。ですが私は、会話をほとんどしたことがありません」

「今してるじゃないか」

「む」

 

 確かにそうだ。

 親友であるヘルガとでさえ、ここまで長く話したことはなかった。

 いや、あるにはあるのだが……ヘルガがいつも一方的に話しかけてくるだけで、ロウェナは相槌を打つだけだった。

 それがこの青年相手だとどうだろう。

 自分でも驚くほど、スルスルと言葉が出てくる。

 

「さっきの問いに俺が「イェス」と答えたら、きっと「ヘルガに倣って、私も君を助けることにしましょう」とか言ってたんだろう。でもさ、それって結局、教科書を読んで勉強してるのと変わらないんじゃないか」

「確かにそうかもしれません。ですが、私にどうしろと?」

「さっき言ったな。俺がお前に対して何ができるか、と。俺が教えてやるよ。感情とユーモアを。それに今なら、寝る前の子守唄とココア付きだ。どうする?」

「……いいでしょう。君を養ってあげます」

「子守唄とココアに釣られたか」

「そう思われるのは心外です」

 

 このとき、意外にもショーンは喜んでいた。

 これまで創設者から頼られたことは一度もない。

 今まで受けるばかりだった、多大な恩。それを少しでも返したいと、前から思っていた。もっとも恩を受けるのは、これから大分先の話なのだが。

 それに……ショーンもいい加減気になっていた。

 自分と創設者達の縁を。

 何故自分に憑き、そして自分にだけ見えるのか。

 ベラトリックスやヴォルデモートが言っていた「呪い」の意味。

 現代の創設者達が語らなかったことを、ここでなら直接見聞きできるかもしれない。

 

「さて、レッスンをやる前にロウェナ」

「はい、なんでしょう」

「腹が減った。飯にしてくれ」

「何故君は初対面の私に、そう図々しくいられるのですか。

 それと私は君より歳上なので、ロウェナではなく、レイブンクローさんと呼びなさい」

「ロウェナ、めし」

「……」

「……」

「……」

「ふええ。ろうぇなあ、おなかすいたよぉ〜」

「おぇ、気持ちわる」

「おい。感情がない設定どこいった。ふつうに気持ち悪がってるんじゃねえよ」

「なんと。君のおかげで感情が湧いてきました。具体的には喉の奥から、少し酸っぱめのやつが」

「うん、それは吐き気だな」

「見てください。君の上目遣いと赤ちゃん声のせいで手の震えが止まりません」

「そんなにか。俺の甘え方はそんなにか」

「失礼、嘔吐します」

「報告口調で言うな。ちょっとおもしれえじゃねえか。それに今吐いたら、全部前にいる俺の顔にかかるぞ」

「そうすれば君の顔を見なくて済む……? オェ」

「わざと吐こうとするなよ、汚ねえな! 喉に手を突っ込むんじゃないよ」

「私の今日の朝ごはんはセロリのスープでした。セロリはお好きですか?」

「かける気か。セロリを俺にかける気満々か」

「失礼、セロリが可哀想ですね」

「セロリ以下か、俺は」

「失礼な。セロリと君が人質に取られていたとして、どちらか一人しか助けられないとしたら、迷いつつも君を助けるくらいには大事に思ってますよ」

「そこは迷う余地ないだろ」

「生きなさい! 君のために犠牲になったセロリの分まで!」

「何のドラマ性もないわ!」

「ふぅ、やれやれ。そんなに声を荒げないで下さい。耳と目がやかましいです」

「誰のせいだ、誰の」

「…………」

「どうした、無言で杖を見つめて」

「いえ、あまりに不快でしたので目と耳を潰そうかと」

「うぉい! お前俺のこと嫌いすぎるだろ! ちょっとビックリしたわ!」

「礼節を欠いた人は嫌いです」

「……はあ。レイブンクローさん、お腹が空きました」

「はい、よろしい。それでは行きましょうか」

「何処へ?」

「決まってます。ここら辺でご飯を食べるといったら、ヘルガの店を置いて他はありません」

 

 そう言って杖を一振りし、ロウェナは大鴉と二羽のカラスを創り出した。

 ロウェナを先頭に、大鴉に乗り込む。

 二羽のカラスは何かロウェナから言葉を聞いた後、それぞれの方向に飛んで行った。

 片方は店の予約か何かだろうか。

 だとするともう一羽の方はなんだろう……ショーンは質問しようとしたが、大鴉が勢いよく飛び立ったせいで、結局聞けずじまいだった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンとロウェナを乗せた大鴉が、地面の上に降り立った。

 近くにある丘の上に、木造の小さな家が建っている。看板には手書きの文字で『ごはんやさん』と書かれていた。

 

「うおお……。流石ヘルガ。シンプルすぎるだろ、名前が」

「そこが彼女の良いところです」

「それには同意する」

 

 ヘルガの持つ独特の空気というか、素朴な包容力は人を穏やかにさせる力がある。昔ショーンが荒れていたときは、何度もお世話になったものだ。他の面々は包容力とはかけ離れているし、余計にそう感じるのかもしれない。特にゴドリックは、ショーンが知る限り最も父親に向いていないと思う。

 ショーンは大鴉の席から飛び降りた。

 長い飛行で固まった体をほぐす。

 十分なストレッチをしてからヘルガの店を目指そうとして、ふと違和感を覚えた。

 ロウェナが付いてきていないのだ。大鴉の上にまだ座っている。

 

「えっ、なに、行かないの?」

「ふと思い出したのですが、私は低所恐怖症でした」

「日常生活にえらく支障をきたしそうな恐怖症だな、おい。ていうかさっき普通に地面歩いてただろ。本当はなんだ」

「あの……あれです。君が歩いた大地に立ちたくないです」

「どんだけ俺のことが嫌いなんだよ! 同じ星に住んでるんだから、それくらい妥協しろ! いやもうそれも嘘だろ!」

 

 ショーンは大声を上げながら、大鴉に乗ったままのロウェナに詰め寄った。

 そして手を掴み、無理やり降ろそうとする。

 暴力反対とか、女性の権利を守ろうとか、そんな言葉が産まれるのはもっと先の話だ。つまり今ならやりたい放題。

 

「ちょ、やめ、やめて下さい! 身体中の血を抜き取りますよ!」

「こわっ!」

「あっ」

 

 物騒なことを言うものだから、ショーンは思わず手を離してしまった。

 引っ張られる力に対抗していたロウェナは当然、支えを失うことになる。

 

「ぷぎゃ」

 

 ロウェナは大鴉から落っこちた。

 顔面から。

 それはもう見事に。

 顔面から落ちたのである。

 

「…………」

「…………」

「さっ、行きましょうか」

 

 ローブについた土煙を払い、ロウェナは何事もなかったかのように歩き出した。

 

「いやいやいや、待て待て待て。今だいぶ間抜けな事件が起きたぞ。なんで何事もなかったかのように歩いてんだよ」

「はい?」

「おおう。あまりにも見事なすっとぼけ具合に、流石のショーンさんもびっくりですよ」

 

 そういえばだいぶ前に、こんな話を聞いたことがあった。

 ――ロウェナ・レイブンクローは運動音痴である。

 箒に乗って落っこったり、杖を振ろうとしてすっぽ抜けたり。そんなことがあったと、前にサラザールが言っていた。

 まさか……さっき大鴉から降りなかったのは、あの高さから降りれなかったから?

 いやまさか。だって大鴉だって言っても、胴体と陸は一メートルくらいしか離れてないんだぞ。流石に降りれるだろ、そのくらい。

 

 どてっ。

 そんな風に考えていると、目の前を歩いていたロウェナがすっ転んだ。

 よく見ると、脚が震えている。

 

(ちょ、ちょっと地面から足が離れてただけでバランス感覚が死んでやがる……! どれだけ運動音痴なんだ、こいつ!)

 

 ショーンは戦慄した。

 突如1000年前に飛ばされても平然としていたショーンが、ここに来て初めて戦慄していた。

 

「何を止まってるんですか。早く行きますよ」

 

 そして再び何事もなかったかのように立ち上がるロウェナ。

 彼女も大概である。

 ちょっとため息をついてから、ショーンはロウェナの後ろを歩き出した。

 

「はあ……。手でも繋いでてやろうか?」

「えっ、手フェチなんですか? ちょっと待っててください、手首を切り落とすので」

「違えよ! 転ばないようにだよ! 100善意からの提案だわ! そんで手首切り落としてまで繋ぎたくはねえよ!」

「転ぶ……? 誰がです?」

「うん、もういいわ。さっさと店に入ろうぜ」

 

 なんとかこうにかヘルガの店にたどり着いた――と言ってもただ歩いただけだが――二人は、店のドアを開いた。

 チリン、とドアベルが鳴る。

 すると奥の方からドタバタと音がなり、少女が出て来た。

 ショーンが知るよりもだいぶ幼い姿。ロウェナの場合は若いロウェナの方が大人びているまであるが、その姿はまさに少女のそれだった。

 

「まあ、ロウェナ。ごきげんよう。お久しぶりですね」

「はい、ヘルガ。何度も訪ねたいとは思っていたのですが……」

「いいんです。こんなご時世ですもの」

 

 そう言って彼女――ヘルガ・ハッフルパフは微笑んだ。

 

「それでえっと、あなたの隣にいる少年は誰かしら?

 あなたがお友達を連れてくるなんて初めてだから、わたくし気になってしまって。ロウェナのお友達なんですから、きっと素敵な男の子なのね。ご紹介してくださるかしら?」

「この少年と私の関係を端的に表すなら、被害者と加害者です」

「えっ?」

「この少年が私から下着を無理やり奪いました。その後色々あり、この子をしばらく養うことになったのです。今日ここには、この子がお腹が空いたというから寄らせてもらいました」

「あ、あの、ごめんなさい。何をおっしゃっているのか、まったく分からないのですけれど……

 わ、わたくしの理解力がないのかしら。ごめんなさいね、ロウェナ」

 

 ロウェナの説明に、ヘルガは目をくるくるさせていた。

 それも無理はない。

 今の説明を良いか悪いかで判断すれば、最悪だと思う。

 なのにロウェナは言うべきことは言い終えたと言わんばかりに、ヘルガを置いて席に着いた。

 

「いやいや。説明下手か。ヘルガ置いてかれてるから」

 

 前に言っていた通り、ロウェナは本当に口下手らしい。

 しょうがないと、ショーンはヘルガに説明し始めようとした。

 

「む、ん……」

 

 唇が接着されたみたいに開かない。

 ロウェナの方を見ると、机の下で杖を振っていた。

 なんだよ、という非難の意味を込めてロウェナを睨む。

 彼女は視線に気がつくと、人差し指を唇に当てて「喋らないように」というポーズをとった。

 

(おい)

(すみませんが、ここは黙ってて下さい。君の発言によっては、未来を変えてしまう可能性があります。私がなんとかしますから)

 

 そう言われては仕方ない。

 腑に落ちない点はあるが、黙っておくことにした。

 ヘルガに気がつかれる前に、アイコンタクト会議を切り上げる。

 

「とにかく彼は性犯罪者なのです」

「最低ですね」

 

 結果、ヘルガにまでジト目で睨まれることになった。

 当たり前である。

 やっぱりちょっと腑に落ちなかった。

 

「けれどロウェナが許したのなら、わたくしが口を出すことではありませんね」

 

 ヘルガはそう言って、にっこり微笑んだ。

 やはりどの時代でもヘルガは癒し。

 ショーンはそう思った。いや、もはや感じた。海を知らない少女が初めて海を見たときのような、極めて文学的な表現でしか表せない何かを、ショーンは感じたのだ。

 

「ええ。私は懐が広いので、懲役五百年で許すことにしたのです」

「それ全然許してないから」

 

 そしてどの時代でもロウェナはうざい。

 海を知らない少女が初めて見た海が、小麦色に肌を焼いた筋肉隆々な漢達で埋め尽くされていたときのような、強い不快感を感じさせる。

 

「それで、何をお食べになりますか?」

「俺はミートパイで」

「私は何か野菜系のものを」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 

 そう言ってヘルガは、奥の方へと歩いて行った。

 彼女一人でこの店を切り盛りしているのだろうか。席数は少ないとはいえ、大変そうだ。魔法でどうにかしているのだろうか。

 しかしもしかしたら、ヘルガのあの丁寧な口調は店員だった時の名残なのかもしれない。

 昔のヘルガを見て、ショーンはちょっとこそばゆい気持ちになった。

 

「なんです、そんな顔でヘルガを見つめて。性犯罪はほどほどにして下さいね」

「決めつけが速え! 本で見た偉人が歩いてるから、ちょっと感動しただけだよ」

 

 どうだか、と言わんばかりの目でロウェナが睨んで来る。

 一瞬こぶしを握りかけたが、やめた。

 さっきのあの様子を見る限り、ちょっと小突いただけでロウェナは死ぬかもしれないと思ったのだ。

 

「ところで君は、この時代についてどのくらい知ってますか?」

「あー、そうだな……」

 

 マグルの歴史では、それまで色々な勢力が争っていたイギリスがやっと纏まったと思ったら、他の土地の人間が攻めてきたところ。

 魔法使いの歴史では、ホグワーツ創設者を筆頭とした魔法使い達が闇の勢力と戦っている時代だったと記憶している。

 ハーマイオニーだったらもっと詳しく知っているのかもしれないが、残念ながらさほど勉強熱心ではないショーンではこのあたりが限界だ。

 

「簡単に説明しておきますが、私達は今戦争中です。状況は劣勢、というよりほとんどもう負けています」

「は?」

 

 創設者達の強さは誰よりも知っているつもりだ。

 特にゴドリックなんかは、負けるところが想像できない。

 なのにどうして……?

 

「たしかにゴドリックは強い。私が知る人間の中では一番でしょう。ですがそう、彼よりも強い者が向こうの陣営にいるのです」

「嘘だろ……」

「本当です。人類史はここで終わる――少なくともブリテン魔法界は滅ぶと、私も諦めていました。ですが『1000年後から私達を知る人間が来た』ということは、私達は勝つのでしょうね。その未来を、些細なことで揺らしたくはない」

 

 未来で勝つことが決まってるなら、ここは手を抜いていいや。

 そんな些細な思考の変化が、未来に多大な影響を及ぼしてしまう。

 ロウェナはそれを恐れたのだろう。

 

「しかし、そうですか。私達5人(・・)は勝つのですね……」

 

 思わず、と言った風にロウェナが安堵のため息をついた。

 なんてことのない、普通の独り言。

 しかしショーンには、どうしても聞き逃せない一言があった。

 

「5人? ちょっと待て、お前たち創設者はよに――」

「伏せろ!」

 

 突如男の叫び声が聞こえて来た。

 さっきその辺で転んでいた女性と同じ人物とは思えないほど素早く、ロウェナは机の下に滑り込み、ショーンの手を引いて自分の胸元に引き寄せた。

 杖を手に、あたりを油断なく警戒している。

 ショーンも杖を抜き、周りを見た。

 ロウェナは言っていた。

 今は戦争中である、と。

 そして劣勢だと。

 詳しい情勢は分からないが、ここも安全ではないのかもしれない。

 今踏み込んできたのが、さっきロウェナが言っていたゴドリックより強い“ナニカ”だとするなら――

 

「ふわーっはっはっはっ!

 馬鹿どもめ! 何を本当に伏せておる! 冗談に決まっているだろう!

 いやこの私が来たのだから、伏せて当然というところは大いにあるがな!」

 

 よく知ってる声だった。

 というかサラザールだった。

 凄く情けない気持ちになった。

 

「サラザール……」

「はっ! そこにいるのはロウェナではないか! なんだ貴様もいたのか。偶然にも私に会えたことを、存分に感謝するがよい」

「今日はあなた達以外のお客様もいらっしゃってますよ」

 

 奥から出てきたヘルガが、ショーンの方を会釈しながら言った。

 サラザールと目が合う。

 ピタリと彼の動きが止まった。

 せわしなく目が動き、ダラダラと汗をかきながら唇をヒクつかせている。

 

(こいつ内弁慶だ!)

 

 ショーンは一瞬でサラザールの内面を見抜いた。

 昔からなんとなくそんな気はしていたが、なにせ1000年後の創設者達はショーンにしか見えない。試す機会がなかったのだ。

 だが今日、ハッキリした。

 サラザールは内弁慶である。

 そんなショーンの内心を察してか、ロウェナがアイコンタクトを飛ばしてきた。

 

(気がつきましたか)

(そりゃあ気がつくだろ。さっきとの落差がヤバすぎる。見ろ、今なんてすごいキョロキョロしてるぞ。ちょっと前まで死ぬほど浮かれてたのに。もうなんか、悲しい……)

(良かったですね、サラザールは。あの性格が後世に伝わってなくて)

(ロウェナの貧乳と違ってな)

(そ、それは伝わってないと言ってたでしょう!)

 

 机の下でロウェナが脛を蹴ってきた。

 だがロウェナのノロマな蹴りに当たるショーンではない。ひょいと足を上げてかわした。

 ロウェナがニコッと笑った。

 ショーンも笑った。

 

(当たりなさい!)

(当てられないのが悪いんだ)

 

 両足を使って脛――どころか避けづらい太ももまで狙ったが、ショーンは全部器用に避けた。

 な、なんてすばしっこい奴!

 流石にゴドリックとまではいかないが、ロウェナが見た人間の中では二番目に速い。

 

「なにやってるの、二人とも。お料理ができたわ。それにサラザールも。そんな隅っこに座ってないで、ご一緒しましょう。わたくしもお昼休憩をとりますから」

「う、うむ」

 

 顔を赤らめながら移動してくるサラザール。

 肌が白いからか、赤面しているとよく分かる。まったく分かりたくないが。

 また無駄な知識が増えてしまったと、ショーンはちょっと気持ち悪くなった。

 

 簡単な自己紹介をしてから――ショーンにとっては今更もいいところだが――席に着き、ヘルガの音頭でいただきますの号令をした。

 ヘルガが持ってきたミートパイは、実にシンプルなものだ。

 ショーンが料理を習った相手は、誰あろうヘルガである。ある意味お袋の味、と言えるかもしれない。とはいえ生身のヘルガの料理を食べるのはこれが初めてだった。

 もしかしたら、1000年前に来て一番良いことかもしれない。

 何気ない幸運に感謝しながら、ひとくち口に入れた。

 

「こ、これは!」

 

 思わず立ち上がってしまった。

 周りが見てくるが関係ない。

 

「美味い!」

 

 今までヘルガから教わってきたことはなんだったのか――

 ヘルガに教わりながら作ったショーンの料理と、実際のヘルガが作った料理。レシピは同じはずなのに、どうしてこうまで違うのか!?

 今まで食べてきたどんな料理よりも、ヘルガがちょっとの間で作ったミートパイの方が美味しかった。

 気がつけばショーンは涙を流していた。

 

「大げさな奴だ」

「きっとヘルガに媚びてるんですよ」

 

 皮肉屋と嫌味な奴が何を言っても気にならない。

 パイを切り分けもせず、フォークでひっ掴んであっという間に平らげてしまった。

 

「ごちそうさん!」

「はい。いい食べっぷりでしたね。わたくしも見てて楽しいほどでしたわ。お代わりはお持ちしましょうか?」

「是非! いや、待ってくれ。調理するところを見せて欲しい。俺もその、なんだ。料理をやる方なんだ。参考にさせてくれ」

「うわっ。その顔で料理するとか……

 どう思います、サラザール」

「吸魂鬼が温かい家庭を築く様なものだな」

 

 一瞬こぶしを抜きかけたが、なんとか堪えた。

 

「ええ。構いませんよ。というより、こちらから提案したいくらいですわ。誰かとお料理するのは、とっても楽しいことですもの。ふふふ。

 他の方は、その辺少し疎くて……」

 

 ヘルガが悲しそうに目を伏せた。

 さっきまで騒いでいた外野が、バツの悪そうな顔をしている。

 どうやらこの時代でも、力関係は変わらないらしい。

 

「ふっ――」

 

 なんだかそのことが無性に嬉しくて、つい笑ってしまった。

 

「なんですか、今の「ふっ」って笑い方。サラザールといい、男の子は根暗なのがカッコイイとでも思ってるんですか」

「根暗筆頭の貴様にだけは言われたくない」

「はっ。根暗筆頭はあなたではないですか。この間本を読みながら一人で笑ってましたよね?」

「貴様、何故そのことを知っている!? いつ見ていた!」

「えっ、本当にしてたんですか」

「なに……?」

「…………」

「…………」

「杖を抜け、決闘だ」

「望むところですよ」

 

 そう言って二人は店を出て行った。

 

「わ、わたくし達は中でお料理をしましょうか」

「ああ」

「えっと、ああ見えてあのお二人は頭がいいんです。本当ですよ?」

「知ってるよ」

「ほ、本当ですからね!」

「だから、知ってるって」

 

 なんだかなあ、とショーンは思った。








【一方過去に来たハーマイオニー】
ゴドリック「それで、いつデートする?」
ハー子「しないわよ」
ゴドリック「約束したじゃないか」
ハー子「してないわよ!」
ゴドリック「いいや、たしかにしたね。君は僕とデートすると言った」
ハー子「言ってないわ! 何年何時何分何秒、地球が何かい回った時言ったのよ!」
モブA「こいつ地動説信者だ!」モブB「神を冒涜している! ひっ捕らえろ!」


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第9話 5人目の創設者

 ショーンは厨房で、ヘルガが料理するところを見ていた。

 見たところ普通だ。

 昔ヘルガから教わったレシピとなにも変わらない。

 なのに美味い。

 自分が作る物より格段に。

 この違いはなんだろうか……

 考えたが、よく分からなかった。ヘルガだから、としか言いようがない。

 諦めてヘルガと二人でお茶をすることにした。

 作り置きですが――と持ってきたスコーンもショーンが作るものより美味しく、なんだか理不尽にさえ思えてきた。

 

 外ではロウェナとサラザールが決闘している様で、先程から聞いたこともない凄まじい轟音が響いてくる。

 窓から見れば二人の闘いぶりが分かるかもしれないが、価値観が壊れそうでやめた。

 

「ん、音が止んだな。二人ともくたばっちまったか?」

「こら! 冗談でもそんなことを言ってはいけませんよ」

「ごめんなさいお母さん」

「わたくしはまだそんな年齢ではありません!」

 

 ショーンは肩をすくめた。

 その後扉が開き、ロウェナとサラザールが泥だらけで入ってくる。

 二人を見るとヘルガは杖を振り、汚れを落とした。ティーポットを浮かして紅茶も淹れている。

 やっぱりお母さんじゃないか、とショーンは思った。

 

「お帰りなさい。温かい紅茶を淹れたので、お二人もどうぞ」

「ふっ。勝利の一杯というやつだな」

「何を言ってるんですか。私が圧勝したでしょう」

「まあまあ。二人とも勝った、でいいではないですか」

「二人とも負けた、でもいいぞ」

 

 ロウェナとサラザールが睨んできた。

 二人の手には、まだ杖が握られている。

 ショーンも臨戦態勢を取ったが、この家の中で争うことは許しません、というヘルガの一声で三人とも杖を引っ込めた。

 

「さあさあ。みんなで仲良くしましょうね」

「幼稚園児か、私達は」

「誰かさんの頭の中はまだ幼稚園児なようですけど」

「たしかに。誰かさんの頭は幼稚園児並みだな」

「ははははは。そうだな。たしかに幼稚園児並みだ」

 

 サラザールとロウェナとショーン、三人はお互いを見ながらほがらかに笑った。

 そんな三人にちょっと呆れながら、ヘルガがそれぞれに紅茶とお菓子を配る。

 先ほどまでとは一変して、四人はゆっくり紅茶を飲んだ。

 

「――で、本当のところ、二人して何話してきたんだ」

 

 ピタリと、笑い声が消えた。

 一瞬鋭い空気が流れた後――サラザールが緩やかに話し始めた。

 

「何を言っている。ちょっと身の程を知らない小娘を懲らしめて来ただけだ」

「俺に嘘は通用しない。お前たち三人が俺に内緒でなんかやってんのは分かってんだよ」

 

 またも空気が凍った。

 少しの間沈黙が流れたが、舌打ちした後、サラザールが口を開いた。

 

「貴様には『呪い』がかけられている。『呪い』の場所が奥底過ぎて他の人間では気がつかぬかもしれぬが、私達からすれば一目瞭然だ。

 その『呪い』、闇の魔術に詳しい私ですら初めて見る。そして私が知るどの『呪い』より強力だ。

 本来であれば、貴様は生きているどころか、周囲全てを二度と生命の誕生しない死の土地に変えていてもおかしくはないのだぞ」

「なるほど。サラザールがここに来たのは偶然ではなく、ロウェナが呼んだわけか。自分でも分からない『呪い』を、専門家であるあいつに診てもらおうって思ったわけだ」

 

 あの時ロウェナが飛ばしたもう一羽のカラスは、サラザールへ向けたモノだったらしい。

 

「ヘルガのとこに連れて来たのも、心を――俺の過去を読んで原因を特定しようとしたからだろ。違うか?」

「いいえ、何も違いません。全て君の言う通りです。もっとも何かしらの要因で、ヘルガでさえ君の心を読めなかったようですが」

 

 最初に出会ったときと同じくらい、いやそれ以上に冷たい声でロウェナが告げた。

 サラザールもバツが悪そうに顔を逸らしているし、

 ヘルガも困り顔だ。

 

「あー……なんか勘違いしてるみたいだけど、別に怒ってるわけじゃない。考え事をしていたせいで口調が荒くなっちゃっただけで、むしろ逆なんだ。俺の『呪い』を、解く手助けをしてもらいたい」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ショーンの読みでは、なんらかの要因で自身にかけられた『呪い』を封印するために、創設者四人が自分に憑いているのだと推測している。

 『呪い』を解いてしまうと創設者達がいなくなってしまう可能性もあるが――サラザールの言う通りだとすれば、この『呪い』はかなり危険なものだ。

 いざという時のために解ける方法を探しておくことは、決して無駄にはならない。

 

 ただ分からないのは、どうして1000年も先の人間であるショーンの『呪い』を封じるために過去の人間である創設者達が出てきたのか。

 そもそも何故マグル生まれでなんの変哲もない自分にそこまで強力な『呪い』がかかってしまったのか。

 それから創設者が5人いたとするなら、どうしてその5人目はショーンに見えなくて、しかもその存在が後世にまったく伝えられていないのか。

 この辺りが不明な点だ。

 

 ただ一つ、この時代に来たことで分かったことが一つある。

 それはこの『呪い』をかけた人物だ。

 サラザールでも知らない『呪い』、それを掛けたのは――さっきロウェナが言っていた闇の陣営にいるという『ゴドリックより強い者』なのではないだろうか。

 

「その可能性は高いな。そもそも闇の魔術とは、闇の生き物が使う魔術を人間が使えるようにしたものだ。ならば必然、私より闇の生き物の方がよりその分野に詳しい」

「それで、なんて名前なんだ。向こうの親玉は」

「私達も知りません。名前があるのかどうかさえ。なにせ敵同士ですから。ただ私達はアレをこう呼んでいます。闇の勢力の王、つまり『闇の帝王』と」

 

 ヴォルデモートと同じ称号――いや、ヴォルデモートが参考にしたと考えるべきだろうか。

 あいつはホグワーツ創設者達を尊敬していたらしい。それならこの時代についての本を読み込んでるだろうし、その過程で『闇の帝王』を知ったとしても不思議ではない。

 そしてヴォルデモートが『闇の帝王』を知っていたのなら、『闇の帝王』の『呪い』を知っているのも自然なことだし、ショーンを見てその『呪い』だと分かったのも当然のことだ。

 問題はその『闇の帝王』の『呪い』が何故、自分に掛かっているのか。

 

「他の者にも意見を聞けたら良いのですが……」

 

 他の者というと、ゴドリックと例のもう一人の創設者だろうか。

 ロウェナにアイコンタクトで説明を求める。

 

「この戦争で指揮を執っているのは五人。

 内三人はここにいる私達です。

 もう一人はゴドリック・グリフィンドール。下半身に忠実な男で女遊びばかりしていますが、勘と戦闘センスは他の追随を許しません。

 それから――私は運などという不確実なものは信じていませんが――かなりの豪運を持っていると言われていますね」

 

 これはショーンの知識通りだ。

 というか知っている通りすぎる。過去も未来もあの男はクズらしい。

 問題はもう一人だ。

 

「もう一人の名は――」

 

 その名前を聞いて、ショーンは今までにないほど衝撃を受けた。

 もう一人の創設者の名前。

 

 ――ウィリアム・ハーツ。

 

 と、言うらしい。

 ハーツという姓名は、そこまで珍しいものじゃない。

 だけどこんな偶然あるだろうか?

 どうしても考えてしまう。

 ウィリアム・ハーツ。

 そいつはもしかしたら……自分の先祖なのではないか、と。

 

「魔法使いとしてはそれほど優秀ではないですが、愛嬌があり他の者達に慕われています。私達は人間性にやや欠陥があるので、彼にはよく橋渡し役になってもらっていますね」

 

 ロウェナの言葉を聞いた瞬間、全てがつながった気がした。

 

 ウィリアム・ハーツ――つまり自分の先祖はこの後の戦いで『呪い』を掛けられ、それが隔世遺伝のような形で自分に降りかかった。

 創設者達はそれを予見しており、対抗呪文を前もって掛けておいた。

 ウィリアムの名前が後世に伝わらなかったのは、誰かが下手にちょっかいをかけて『呪い』が暴走するのを防ぐため……

 全て仮説だし、まだまだ分からない所は多いが、大まかにはこんな感じだろうか。

 

 解けてしまった。

 こんな簡単に、長年の疑問が解けてしまった。

 いや、これで本当に合っているのだろうか。

 まだ何かが間違っている気がする。

 何かを見落としているような気が……

 いやでもこれは、テスト後に絶対合ってる答えを書いたのに間違ってると思い込んでいるハーマイオニーみたいなもののような気もする。

 

 考えても分からない。

 

「それから一応、私の婚約者でもあります」

 

 またも驚かされた。

 もしウィリアムが自分の祖先なら、ロウェナと超遠縁であるが、親戚ということになる。

 

「てことは二人は、恋人ってことか?」

「違います。レイブンクロー家とハーツ家は共に名門の家系。特に今は戦争中ですから、強い遺伝子を残すのも重要な役割のひとつ。

 なので恋仲ではありませんが、将来的に子供を残すために、婚約してるのです。

 それに私個人としても、強い興味があるので」

「セ◯クスに?」

「違います!」

 

 ちょっとジョークを言ったら、思いのほか強く言われて少し驚いた。

 

「私は愛が知りたいのです。

 愛――それ故に強くもなり、それ故に弱くもなる。小さな家庭にさえあるのに、時には国を滅ぼすほどのものともなる。私はそれを知りたい。

 子供は愛の結晶と言うではありませんか。子供を持てば、私でも愛を知れるかもしれない。だから結婚したいと考えました」

 

 叡智を求めるレイブンクローらしい理由だ。

 しかしなるほど。未来のロウェナがああなったのは、子供ができたからだったのか……

 実際に見たわけじゃないから、たしかとは言えないが。

 み、見てみたい。

 この時代にとどまって、このキツめのロウェナがああなっていく過程を、じっくりみてたい。ショーンはそう思った。

 

 いやとにかく、今は『呪い』の話だ。

 これを解く方法を調べなければならない。

 さっきからどうしても、話の間にジョークを挟んでしまう。

 

「サラザール、呪いってのは術者を倒せば解呪されるもんなのか?」

「そうでないものとそうなるものがあるが、解呪されないものの方が圧倒的に多い」

 

 『闇の帝王』を倒せば良いのかとも思ったが、そうではないらしい。

 いやそもそも自分の時代に『闇の帝王』は生きてないのだから、当たり前と言えば当たり前か。

 自分の命を捧げて呪いを、という話もよく聞く。

 

「『呪い』というのは錠前のようなものだ。それごと壊すことも出来なくはないが、それより鍵で開ける――つまり反対呪文で無効化した方が遥かに早く効率が良い」

「サラザール」

「ん?」

「お前例え話がうまいな」

「そ、そうか? こほん。小僧、存外に見る目があるではないか」

 

 サラザールがまた赤面した。

 もうホント、やめてほしい。

 

「話を戻すけど、反対呪文はないのか?」

「うむ。これほどの『呪い』を解く呪文はない。新たに開発しなければなるまい。が、今の技術では難しいな」

「となると、壊すしかないか」

「それもかなり難しい。先ほどの錠前の喩えで言うなら、その錠前は頑丈すぎる。可能性があるとすれば……」

 

 サラザールがロウェナの方を会釈した。

 

「そこの女は、常人離れした魔力量を有している。なんでもありの戦闘で言えばゴドリックのやつが上だろうが、単純に魔法使いとしては我々の中で頭ひとつ飛び抜けているだろうな」

「あなたが素直に私を褒めるなんて……

 今日私は死ぬのですか?」

「きっとかなり珍しい死に方をするぞ。隕石が頭に偶然降ってくるとか、地割れに巻き込まれるとか」

「貴様らなぁ……」

「サラザール、あなたいつのまにかそんな素直な子に。わたくしは嬉しいです……」

「何故貴様は泣いてるんだ!」

 

 よよよ、と泣くヘルガ。

 それをみてわたわたとするサラザール。

 ヘルガはサラザールにだけ見えない角度で、舌を出してウィンクした。

 

「それで話を戻しますけれど、その『呪い』が私に壊せるか、という話ですが、不可能です。私の魔力全てを使えば出来ないでもないかもしれませんが、杖か君の体、どちらかが先に壊れてしまう」

「使えねえな」

「使えますよ、私は!」

 

 その返しはどうなんだろう。

 

「ゴドリックとウィリアムをここに呼んで、意見を聞くことは出来ないのか?」

 

 ゴドリックには超人的な直感があるし、

 ウィリアムはもしかしたら自分の祖先かもしれない人物だ。

 会っておいて損はないだろう。

 というかショーンが個人的に会いたい。

 

「二人とも難しいですね。ゴドリックは特定の住処を持たず、女性の家をフラフラと渡り歩いているので、足取りが掴めません」

 

 今更もうその程度のことでは驚かない自分がいた。

 

「ウィリアムですが、こちらはそもそもブリテンにいません。『闇の帝王』を倒すために、情報収集の旅に出ている最中です」

「そうか。それなら――」

 

 その先を言おうとしたが、言えなかった。

 肺の中の空気が全部出たからだ。

 何故?

 ヘルガに押し倒されたから。

 なんでヘルガは、俺を押し倒している?

 それにヘルガの家が壊されて――

 

 ショーンの思考は、そこで途絶えた。

 あまりにも強い衝撃を受けたせいで、意識が一瞬飛んでしまったのだ。

 

「ヘルガ、防護呪文を張れ!」

 

 意識が戻ると、目の前でサラザールが叫んでいた。

 サラザールだけではない。ヘルガとロウェナも、ショーンを取り囲むように立っている。

 防御陣を築く四人の周囲を、大型の黒い犬が這い回っていた。

 

 むかし創設者達に教えられて、ショーンはその生き物を知っていた。

 ――死霊犬(グリム)だ。

 さっきの衝撃は、こいつらがヘルガの家を襲って来た時のもの、か?

 朦朧とする意識の中で、ショーンはなんとか推理を組み立てた。

 それと同時に、昔ロウェナから聞いた、死霊犬(グリム)の知識を引っ張りだす。

 

 『現代で死霊犬(グリム)は、観ると24時間以内に死ぬ魔法生物だと伝えられていますが、それは大きな間違いです。

 恐らく長い歴史の中で、事実がほんの少しずつ間違って伝えられていったのでしょう。まあそれも仕方のないことで、本物の死霊犬(グリム)は私達が絶滅させたので、今の魔法使い達が死霊犬(グリム)だと思っているのは、ちょっと魔法力を持った普通の犬なんです。

 なので現代の魔法使い達では、事実を確かめようがありません』

 

 たしか大事なのはこの後だ。

 

『正しくは死霊犬(グリム)を観ると二十四時間以内に死ぬのではなく、二十四時間以内に死霊犬(グリム)に殺される、です』

 

 魔法使いは普通の人間よりはるかに強い力を持っているが、身体能力は人間のそれだ。

 死霊犬(グリム)は非常に高い運動能力を持っている。

 並の人間では戦うどころか、存在に気がつく前に死ぬだろう。

 また当然死霊犬(グリム)は普通の犬よりも格段に鼻がよく、イギリス全土くらいなら特定の人物を追うくらいわけない。

 普通の魔法使いでは絶対に、死霊犬(グリム)に勝つことはできない。

 

 今回はロウェナが前もって張っていた『敵感知呪文』に引っかかったためなんとか初撃を回避できたが、逆に言えばそれで精一杯。

 ちなみにロウェナの『敵感知呪文』の範囲は1キロ弱。つまり死霊犬(グリム)はその程度の距離なら、一瞬で詰められるということになる。

 

 こんな情報、思い出さなきゃよかったなぁ。

 ショーンは自分の墓を掘って、神への懺悔を済ませながらそう思った。

 

 とはいえショーンの近くにいるのはいくら若いといっても後の創設者達。

 そう簡単にやられるわけがない。

 

「悪霊の火よ、我に囁きたまへ」

 

 サラザールの杖から、大蛇の形をした火が出てきた。

 それも一匹ではない。

 六匹もの大蛇が、サラザールの前に揃った。

 一匹、一匹が昔見た『秘密の部屋』のバジリスクと同じかそれ以上に大きい。

 

「やれ」

 

 サラザールの命令と同時に、炎の大蛇が死霊犬(グリム)に襲いかかる。

 防護呪文の内側にいるおかげで熱風こそ飛んでこないが、大地の水が蒸発しヒビ割れ、空気中の水分が一瞬で消し飛ぶあの熱量。死霊犬(グリム)と言えど触れればただでは済まない。

 しかし大蛇の動きは遅くはないが、目視できる程度だ。死霊犬(グリム)から見れば止まって見えるくらいだろう。

 

死霊犬(グリム)の『時』を遅くしました。これなら逃げられない」

 

 火を避けようとした死霊犬(グリム)達の動きが途端に鈍くなる。

 そこに悪霊の火による絶対的な攻撃。

 これではひとたまりもない。

 なんとか火をかいくぐってこちらを攻撃してくる死霊犬(グリム)もいるが、ヘルガの防護魔法はビクともしなかった。正に完璧な布陣だ。

 

「おい、あそこ! 死霊犬(グリム)がどっか走ってくぞ!」

 

 ショーンの視線の先、動物的な本能で負けを悟ったのか、走り去ろうとする死霊犬(グリム)の姿があった。

 遅くなった時の中とは言え、それでも速い。

 いかにロウェナといえど、呪文の範囲にも限界はあるだろう。

 ここから走って逃げられたら、人里の方へ行くかもしれない。

 そうなったら不味いことくらい、ショーンにだって分かる。

 

 なんとかしなければ――そう思い、咄嗟に杖を引き抜いた。

 だがショーンが呪文を飛ばすより速く、死霊犬(グリム)はロウェナの呪文の範囲外に出てしまった。元の速さを取り戻した死霊犬(グリム)は、一瞬でショーンの視界から消え失せた。

 

「サラザール!」

「いや、追わなくていい。あれを見ろ」

 

 死霊犬(グリム)が走りだした先に、青年が立っていた。

 青年はローブのポケットに手を入れて、眠そうにあくびまでしている。

 普通なら助けに行ったり、危ないと叫ぶところだが、四人は何もしなかった。

 

「おっと危ない」

 

 青年が何もない空間に向けて、脚を蹴りだした。

 吹き飛ぶ死霊犬(グリム)のクビ。

 彼は正確に、あれほどの速度を持つ死霊犬(グリム)の動きを捉えたのだ。

 

(あ、ありえねえ……)

 

 今度は青年の手がブレた。

 掴みかかろうとした死霊犬(グリム)の牙を掴んだのだろうか――青年の手には死霊犬(グリム)の牙が、頭ごと握られていた。

 死霊犬(グリム)は押したり引いたりなんとか引き離そうとしているが、ビクともしない。

 青年はそのまま片手で死霊犬(グリム)を持ち上げ、ぶん投げた。

 

「きゃうん!」

 

 投げられた死霊犬(グリム)は別の死霊犬(グリム)に当たり、二匹とも動かなくなった。

 

 その後も青年は素手のまま、あっという間に死霊犬(グリム)を殺し尽くしてしまった。

 返り血の一滴もついていないし、

 汗ひとつかいていない。

 こいつは本当に人間だろうか。

 

 この青年――ゴドリック・グリフィンドールは。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 死霊犬(グリム)に襲われたものの、ゴドリックがあっという間に片付けてしまった。

 やっぱりどう考えても、こいつより強い奴など存在しない。

 ショーンはそう思った。

 

「あ、君だね。やっと見つけたよ」

 

 ゴドリックはショーンと目が合うと、笑いながら近寄ってきた。

 この時代ではまだ面識がないはずだが……

 

「ちょっと頼まれてね。君のガールフレンドから伝言だよ」

「ハーマイオニーが来てるのか!?」

「いや、ヴァネッサって子が来てたよ」

「だれだよ!」

「ははは。ちょっとしたジョークさ」

 

 ゴドリックはこれ以上ないキメ顔でウィンクした。

 ショーンが恋に恋する乙女だったら心臓が初恋を知らせる高鳴りをして原因不明の胸の痛みに苦しんだりしたかもしれないが、実際には怒りしかこみ上げて来なかった。

 

「まあ彼女、もう帰っちゃったけどね。一週間って制限付きだったみたいでさ。ほんの二日前に帰っちゃったんだ。で、僕が伝言を頼まれて、やっと君を見つけたってわけさ」

 

 そこまで言ったところで、この先をヘルガとサラザールに聞かれると良くないと思ったのか、ロウェナがゴドリックとショーンを離れたところに連れて行った。

 二人が見えなくなってから、ゴドリックは説明を始めた。

 1000年前に行ってしまったショーンを連れ戻すために、ダンブルドアの力を借りて、ハーマイオニーが一週間という限られた時間だけこの時代に来たこと。

 偶然ゴドリックと出会い、彼が面倒を見たこと。

 しかし彼女が来たのは一週間と二日前で、ショーンとすれ違いになってしまったこと。

 そしてハーマイオニーはこの時代を去る時、伝言を残していったこと。

 

「ハーマイオニーちゃんはね、君にただこう一言伝えてって」

 

 『もう一度、もう一度だけでもいいから会いたい。』

 その言葉だけを残して、ハーマイオニーが現代に戻ったこと……

 それをゴドリックの口から聞いた。

 ショーンは少し黙ってから、ちょっと目元を拭いて、話し始めた。

 

「先ずはゴドリック、お前にお礼を言いたい。この物騒な時代で、あいつを守ってくれてありがとう」

「うん、どういたしまして。君が女の子なら対価をもらうところだけど、僕は男同士の友情には誠実だ」

 

 とびっきりの笑顔で、ゴドリックがウィンクした。

 なんていい奴なんだろう。

 ショーンは友情の証として、手を差し出した。

 ゴドリックは微笑みながら「女の子以外とは手は繋がないよ、気持ち悪いな」と言った。

 死んでほしかった。

 

「どうするんですか、君は」

 

 そう問いかけたロウェナの顔が泣きそうだったのは、見間違いだろうか。

 まあそれも無理はない。

 側から見れば、ショーンはたった一人、だれも知らない土地に飛ばされた少年なのだから。

 

「俺は――」

 

 ――この時代に留まりたい。

 

 そういう気持ちがどこかにあった。

 

 ショーンに取り憑く幽霊達は、ショーンにしか見えない。

 幽霊達と一緒に、他の奴らと話せたらな。そう思ったことは少なくない。

 

 現代に戻れば孤児院の面倒を見なくちゃいけないし、働いてお金も稼がなくちゃいけない。それを苦痛に思ったことはないけど、ちょっと疲れたな、と思ったことは何度もあった。

 だけどここにいれば人目を気にせず創設者達と話せるし、人の面倒を見ないで自由に生きれる。

 

 普通の子供として生きることは、昔からのちょっとした憧れだ。

 

 戦争中かもしれないけど、こいつらと一緒なら怖くない。いやむしろ、自分が手助けしてやれる瞬間だってくるかもしれない。

 もし俺がいたおかげで未来が変わって、創設者達の未来が少しでも良くなるなら、一生をかける価値は充分にあると思う。

 

 それに楽しそうだ。

 いや、絶対に楽しい。

 みんなで馬鹿やりながら、一緒に戦って。

 勝った時はそれゃあもうどんちゃん騒ぎで、

 逆に負けた時はみんなでだれが一番足手まといだったか押し付け合いだ。

 ああそれに、自分の祖先かもしれないウィリアムにだって会ってないし、このロウェナが子育てに四苦八苦するところも見てみたい。

 

 ゴドリックと好みの女の子の話をして、

 ロウェナと一緒に本を読んで、

 サラザールとチェスをして、

 ヘルガに料理を教わって。

 そんな風に生活するのも悪くない。

 

 ――この時代に留まりたい。

 

 そんな気持ちが、どこかにあった。

 だけど今、やっと分かった。

 

「俺は現代に帰るよ。

 やっぱり俺の居場所はここじゃなくて、向こうだから」

「そう、ですか……」

 

 現代で待ってくれている人がいる。

 もしショーンが何かして未来が変わってしまったら、現代の友人達が居なくなってしまうかもしれない。

 未来を変えるのは、その時代を生きる人間にだけ許される。

 

「ですが君を帰す手段が、その、この時代にはないのです」

「はっ。んなもん現代にもねえよ。1000年タイムスリップなんて、普通に考えれば無理だろ」

 

 ショーンは悪い笑みを浮かべながら、自分の頭を人差し指で突いた。

 

「ただし俺以外の人間なら、だ。俺がちょっと頭をひねれば、1000年タイムスリップするなんざわけねえ」







活動報告にボツになったゴドリックとハーマイオニーの会話を載せておきました。
よければ読んでやって下さい。


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第10話 ショーン・ハーツと賢者の石

 例えばだが……。

 逆転時計で戻った時間がたったの二分程度なら、その場で二分待てば元の時の流れに戻ることができる。

 つまり極端な話、1000年前に飛んだとしても、その場で1000年待てば元の時代に帰れるのだ。

 

「というわけで、この場で1000年待つ」

「そうですか。白骨死体も残らないでしょうが……頑張って下さいね」

 

 だが――――1000年。

 そんな時を生きれるほど人の寿命は長くない。

 人の寿命はどれだけ長生きできたとしても精々が120年。魔法使いならそれより長く生きてはいれるが、やはり1000年という時間はあまりにも長すぎる。

 

「まあ待て。本題はここからだ。あるんだよ、1000年生きたままこの場で待てる方法が」

 

 こんな話を聞いたことがあるだろうか。

 ダンブルドアとニコラス・フラメルは『賢者の石』を共同開発した。

 それによりニコラスは永遠の命を手に入れた、と。

 現実としてフラメルは669年もの間生きている。

 

 だがここで、ちょっとした疑問が出てくる。

 ダンブルドアの年齢は114。

 仮にダンブルドアが産まれた瞬間からフラメルの研究を手伝い、一年かからず『賢者の石』完成させたとしても、フラメルは555歳まで自力で生きていたことになる。

 それはちょっと不自然だ。

 そこでこんな仮説ができる。

 

 『賢者の石』の雛形は昔からあったのではないか?

 

 考えてみれば当たり前の話だが、何かを造るとき、いきなり完成品ができることはまずない。普通最初に失敗作ができて、そこから悪いところを直していき、最後にやっと完成品ができる、という流れが大半ではないだろうか。

 つまりはこういうことだ。

 『賢者の石』の『完成品』はダンブルドアとの共同開発で造られた。しかし『賢者の石』の『未完成品』はずっと昔からあり、不完全な『命の水』の効能で永遠の命とまではいかなくとも、寿命を延ばすことはできていた……

 

 そしてもう一つ、こんな疑問もある。

 その道の専門家であるフラメルが500年もの歳月をかけて研究し続けた『賢者の石』。それをいかに天才とはいえ、錬金術師でもなかった若かりし頃のダンブルドアが何故完成させることが出来たのか。

 それはダンブルドアが、錬金術師とはまったく異なるアプローチをした結果なのではないかとショーンは思う。

 つまり全然違う研究をしていたら、うっかりそれが『賢者の石』を完成させる材料だった、という具合に。

 

 ダンブルドアの最も偉大な発見はなにか?

 ショーンの時代に住む人間なら誰でも知ってる。

 即ち、ドラゴンの血液に関する発見か、不死鳥についての研究だ。

 ドラゴンの血液には様々な効能があるし、不死鳥なんかは凄く関係がありそうな気がする。

 

 そして三大魔法学校対抗試合のとき、ロウェナが言っていた。

 当時の私の対戦相手は初代フラメルで、その時怪我を負ったせいで『賢者の石』を完成させることが出来ませんでした、と。

 つまりあるのだ、この時代に。

 既に『賢者の石』の未完成品が。

 

 これだけヒントが揃っていても、ショーンでは『賢者の石』を完成させることはできない。

 フラメル自身にヒントを伝えて石を完成させてもらうという手もあるが、それでは歴史が変わりすぎてしまう。

 だが目の前にいる四人の創設者なら……。

 

「まあ、出来なくはないですね」

 

 ロウェナはあっさり頷いた。

 希望的観測というわけではなく、ある程度の仮説を立てた結果、出来ると、彼女はそう思ったのだ。

 

「賢者の石の雛型も、サラザールなら簡単に盗めるでしょう。

 何せ彼は、昔盗賊でしたから」

「へえ」

「この辺のことは、後世には伝わってないのですか?」

「聞いたことないな」

「それでは教えてあげましょう」

 

 ロウェナは張り切りだした。

 この頃から、既に教えたがりだったのだろう。

 

「当時のことを言うと怒りますが、彼は名のある盗賊団の団長でした。

 とある貴族の家に盗みに入ったのを最後に、盗賊団は解散、彼も足を洗いましたが」

「何があったんだ?」

「その家のどら息子一人に、ボコボコにされたんですよ。全員揃って」

 

 盗みに入った貴族の家名はグリフィンドール。

 つまりは、そういうことだ。

 それ以来サラザールは、ゴドリックを倒すために修行の日々を送ったらしい。

 結末を知っているショーンからすれば、なんとも言えない所だ。

 

(……ん? 昔見た夢だと、サラザールがまだ幼い蛇の時、ゴドリックと出会った話じゃなかったか)

 

 しかしプライドの高いサラザールのことだ。

 自分の過去をロウェナに語ってない可能性がある。

 そこで初めて会った、と彼が語ったのなら、そこに口出しすべきではない。

 

「ドラゴンと不死鳥に関しても、ゴドリックならなんとかなるでしょう」

「まあ、三日もあれば二つとも捕まえてくるよ」

 

 ドラゴンは熟練のドラゴンキーパー十人掛かりで捕まえてくるとかいう話を聞いたことがある。

 それをたった一人で……。

 しかも三日。

 それも不死鳥付きである。

 相変わらずどうなってるんだろか、この男は。

 

「ロウェナ、ドラゴン運ぶような荷車か何か作ってもらえる」

「構いませんよ」

 

 杖を振って、巨大な荷車を出した。

 これだけで重量的に何十キロもありそうだが、普通な顔をしてゴドリックは引いている。

 

「自分で出さないのか?」

「僕は二種類しか魔法が使えないからね。やらないんじゃなくて、出来ないんだよ」

「二種類だけ?」

 

 そんな話は聞いたことがなかった。

 

「一つは愛の魔法さ。愛とは何物にも勝る魔法だからね」

 

 ゴドリックはキメ顔でウィンクした。

 

「そういうのいいから」

「おっと。辛辣な反応だね。ストレスでも溜まってるのかい? それともアッチの方が溜まってるのかな。どれ、僕が何人か紹介してあげよう」

「そういうのいいから」

「あ、うん。それで、もう一つの魔法だけど。命を作れる。実際してみせよう」

 

 ゴドリックが、近くの草に向けて杖を振った。

 草がムズムズと揺れた後、やたらファンシーな目と口が生えてきた。

 本当に命が生まれたようだ。

 

 草は地面から抜け出すと、その辺をうろちょろと歩いて――近くの草に口を当てた。

 接吻である。

 どうみてもキスしている。

 草なのに燃え上がるようなキスをしている。

 この男は、魔法までも下品であった。

 

「インセンディオ」

 

 躊躇なく、ショーンは草を燃やした。

 草むしりの罰則は何度も課せられたことがあったが、ここまで清々しい草むしりは初めてであった。

 

「ゴドリック、あなたはさっさとドラゴンと不死鳥を捕まえて来てください」

「もっとねだるように言って欲しいな。ゴドリックぅ、お願いですからぁって」

「そういうのいいですから」

「あ、はい」

 

 ドラゴン用の巨大な荷車を肩に担いで、ゴドリックは歩いて行った。

 きっと何処かの英雄譚にあるような、女の子をドラゴンから救って恋に落ちる的な展開をやるのだろう。それかワザとそういうシュチュエーションを自分で作るかもしれない。

 後世に残っているゴドリックの英雄譚のほとんどが、奴の自作自演という可能性すらある。

 あの男ならやりかねない、とショーンは思った。

 

「では、サラザールとヘルガにも事情を説明して手伝ってもらいましょうか」

「いいのか? タイムパラドックスとか、色々起きちゃうだろ」

「構いません。タイムパラドックスというなら、私と君が出会った時点で既に起きています。なので元々、事が終わればヘルガに君に関わる記憶を全て消してもらおうと思ってました。他三人の記憶も、消せば同じことです」

「じゃあ今の内に思いっきりバカにしても、忘れてくれるってことか。やーい、ひんにゅ――」

「そうですね。なので次私をバカにしたら、忘れない内に報復します。ところで、今何か言いかけてませんでしたか?」

「ううん、僕何も言ってないよ」

「そうですか」

 

 二人は何の喧嘩もせず、極めて平和的にサラザールとヘルガの元まで歩いて行った。

 

 

   ◇

 

 

 ショーン、ロウェナ、サラザール、ヘルガの四人は、フラメルの研究室に来ていた。

 狙いはもちろん、賢者の石である。

 

 ショーンの事情を話すと、ヘルガは直ぐに協力すると言ってくれた。

 一方サラザールは物凄く渋っていたが、ロウェナが「じゃあいいです。私達だけでやりますから」と言うと、簡単に態度を改めた。やっぱり顔を赤らめながら。

 手伝ってもらう立場ではあるが、気持ち悪かった。

 

「とりあえず、私一人で侵入してくる。貴様等はそこで待っていろ、お茶でもしてな」

「まあ。それでしたら、お茶の準備はわたくしがさせていただきますね」

「皮肉で言ったのだ、皮肉で!」

 

 サラザールは怒りながら、フラメルの研究室に向かおうとした。

 しかしショーンが待ったをかける。

 

「合言葉を決めた方がいいんじゃないか」

「合言葉?」

「ああ。予め決められた合言葉を、サラザールが叫んだら三人で助けに行くんだ」

「魔法でいいだろ、そんな物は」

「魔法が妨害されてる可能性だってある。それにこういうのは、気分が大事だろう」

「……まあ、よい。で、合言葉は何だ?」

 

 サラザールが言葉を促す。

 未来の傾向から見て、彼が合言葉とか秘密の暗号が好きなことはお見通しだ。

 ショーンは一拍おいて。

 

「合言葉は『貧乳』だ」

 

 と告げた。

 

「ちょっと待ってください」

「もう一度言うぞ。貧と、乳だ」

「待ちなさいと言っているでしょう!」

「なんだよ」

「その合言葉は、特定の人間を著しく貶しています」

 

 なんのことだか分からない。

 ショーンはきょとんとした顔をした。

 

「いやいや。どうしてそこまで無垢な顔が出来ますか。悪意の塊でしょう」

「いや、ちょっと分かんないです。僕マグル生まれなんで。勘弁して下さいよ。へへっ」

「どうして私が絡んでるみたいになってますか」

「ロウェナ」

「なんです、ヘルガ」

「私は貧乳も好きですよ」

「そうですか。ところで、ヘルガ」

「はい、なんでしょう」

「少し黙ってて下さい」

 

 ロウェナは、ヘルガを睨みつけた。

 顔を睨んだ後、視線を少し下げる。

 自分のそれとは違い、そこには服の上からでもわかるしっかりとした膨らみがあった。

 

「くっ!」

 

 知らず知らずの内に、手に力がこもる。

 どうして世界はこんなにも理不尽なのだろうか。

 こんな格差があるから、きっと戦争は無くならないのだろう。

 

「……おい。いつまでふざけてるつもりだ。私はもう行くぞ」

「暗くなる前には帰って来いよ」

「おつかいか!」

 

 サラザールはマントを翻して、屋敷へと向かっていった。

 しばらくしてから「貧乳! 助けに来い!」という声が悲鳴と共に聞こえてきたが、ロウェナは頑なに助けに行かなかった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ロウェナ・レイブンクローの工房は思いの外小さい。

 いや、今小さいというだけで、必要があれば大きくするのだろう。もっとも、胸の方はいつまでも小さい様だが。

 ともかく、工房の大きさはグリフィンドールの談話室ほどしかなかった。

 部屋の中には、フラスコや秤などが所狭しと並んでいる。

 中央では、椅子に座ったロウェナが何か作業をしていた。サラザールが盗ってきた賢者の石をゴドリックが持ってきた材料を使って錬金しているようだ。

 随分と集中している様だったが、ショーンが工房に入ると直ぐに手を止めた。

 

「おや。トロールの痰が入ってきたと思ったら、君でしたか」

「どんな間違え方だ。せめてもうちょっと人に寄せた勘違いをしろ」

「失礼。君かと思ったら、トロールの痰でしたか」

「違う。確かに人に寄せた勘違いになったが、正解が有り得ない速度で離れていった」

「それで、今日は何の用ですか。衣装タンスの場所でしたら教えませんよ」

「おい。下着泥棒に来たんじゃないぞ」

「今日は強盗ですか」

「俺の犯罪性を格上げするな」

「もしや怪盗?」

「変態性の方をあげるな」

 

 『怪盗・下着泥棒』の称号は、まだ十代のショーンが背負うには重すぎた。

 

「下着が目的ではないとすると、どうして君はここに?」

「いや、下着以外が目的で来ることもあるだろ」

「なんと、驚きました。君にもまだ、下心以外の感情が残っていたんですね」

「お前の中の俺、変態性が高すぎるだろ。あとちょっとで人の心失いそうじゃねえか。変態界のカリスマか、俺は」

「またまた、ご謙遜を」

「変態界のカリスマでさえ謙遜してるレベルなのか、俺は」

「ゴドリックより2レベル上くらいです」