HAPYMAHER~NO ANSWER DREAM~ (サバ缶12号)
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不思議の国にご招待
量子論のティーパーティー


お目汚し御免


プロローグ

 

「どうもしなくても大丈夫だよ。僕に任せてくれればいいんだ。」

 

 真っ白い空間の中で意識がふわふわ浮いている感覚に包まれながら、

 

「不幸や幸せ、悲しいこと、辛いこと、楽しいことや嬉しいことも意外と自分じゃわかってるつもりで、わかっていないんだから」

 

身体の感覚はないにも拘らず頭の中に声が響いてくる

 

「だけど僕は全部知ってるから、全部見てるから」

 

 その声は、いつも聞いていたはずで、だけどなぜか懐かしくて、 

 

「『―――』はなにも悪くないし、間違ってない。僕がそう宣言する。」

 

 懐かしいと、そう感じることが悲しくて、

 

「誰があなたを責めても、たとえあなたがそれを受け入れようと、それは僕が否定する。」

 

 その言葉は、自分には決して受け入れられないように感じられて、だけどどうしてかは思い出せなくて、

 

「大丈夫。他にも友達(やくしゃ)はいるからさみしくないよ。」

 

 言葉の意味が分からなったが、それは許されないことだと思えて、

 

「だからどうかこのままでいてほしい。この夢の中なら全部思いの通りになるんだから。」 

 

理由はわからないが強烈に感情が沸き上がった、しかし言葉にすることはできなかった。

どうにかするべくもがいている内に唐突に意識が霧散していくのがわかった。

 

「このさめない夢の中で」

 

 三々五々散っていく意識の中で既に何を言っているかは理解できないが、聞こえた声は悲しそうに寂しげだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第一話「量子論のティーパーティ」

 

「……ん?」

 

 気が付くと、豪奢な部屋の中だった。

 調度品はどれも豪華、華美、贅を凝らした一級品であると一目で判別が出来るものばかり。今まで生きてきた中でこんなにも高級感あふれる空間に入ったことはないが、それでも部屋全体の雰囲気や空気といったものがそういった感覚をさせるのは明らかだ。しかし、色合いだけは受け入れがたかった。壁や天井の照明、それから高級そうなソファや毛足の長い絨毯と言った物すべからくして鮮やかな赤や紫、青や緑と、他の色合いも綺麗ながらも目にはかなり刺激的に映る色合いばかりで、目の前にある香しい香気を立てる紅茶や美味しそうなお菓子がずらりと並んでまさにティーパーティの真っ最中と言わんばかりのセッティングで少しも寛げるビジョンは浮かばない。どうやら部屋の外は夜間らしく余計に照明がまぶしくさせる。なんとも色々と自分には過ぎた空間である、と意識できた。

 

「はて…?」

 

 俺自身先ほどまで何をしていたかを全くと言っていいほど思い出すことはできないが不思議と慌てることはない。まるで自分の中で何かしらの着地をしているかの如く心が波打つことはない、自分で平然としすぎている、なんて認識を持っていることに異常を感じてはいるが、みっともなく取り乱すよりはマシかと一旦そのことは意識の隅に寄せておく。とにかく今はどうするか、である。

 彼は、部屋の中を見て回り、窓やそこから覗けるテラス、彼が入ってきたであろう大きな扉と見て触ってはみるもののどうやら鍵でもかかっているのか開くことはないようだ。

 部屋の出入り口である大扉の正面の大窓、つまりはテラスにつながる窓になるわけだが、外には夜空を覆い隠すほどの森のような草木が茂っており、その草木のどれも部屋の中と同じように鮮やかな色合いで目がちかちかするほどだったのだ。照明の明かりでは森の奥までは見通すことはできなかったが、夜間でこれほどなら日中は、と考えるだけで気が萎える。

 

「さすがに目にくるな…。」

 

 ひとまず彼は、慌てたところで仕方なしと、窓には背を向ける形でソファに座り、紅茶やお菓子に手を付けて始めた。既に注がれている紅茶に遠慮なく手を付けるあたり彼の性格といったものが現れていると言っていいだろう。紅茶に口をつけながらティーテーブルに広がるお菓子の一つを手に取りそれも口に運んだ。

 

「あ、美味しい。」

 

 

 

 一人っきりのティーパーティをどのくらいの時間楽しんだ頃か、正面の大扉がギィギィと音を立てながら開いた。

 彼は悪戯を見つかった子供のようにびくつきながら入ってくる人影を視界にいれた。散々飲み食いしておいて肝が据わっているのやらいないのやら。

 

「あっーー!」

 

 と、声を上げながら扉から入ってきたのは可憐な少女であった。空のような水色を基調とした青いミニスカートのドレス、モンブランのような茶色の髪に黒のリボンと綺麗な蝶を模した髪飾りといった装いで、首から鎖骨胸元にかけて露出しているのを除けばいかにも不思議の国のアリスの主人公アリスがモチーフなのは明らかであるように見えた。

 

「のわっ!」

 

 そんなコスプレ美少女に意識を取られているうちに、いつの間にやら対面のソファに見知った男女が突然現れた。本当に突然の出来事だった。瞬き一つしていなかったのにも拘らず映像のコマとコマの間に挟み込まれたかのように唐突にである。しかもそれが見知った相手ともなればなおさらだ。

 

「内藤と、蓮乃…か?」

 

 状況が急に変わって思わずといった様子で尋ねたが、

 内藤と呼ばれた彼は、どうやら意識が無いようでその彼の肩に寄りかかる少女ともども安らかに寝息をたてていた。

 見知ったというか自らが受け持ったこともあるし進行形で受け持っている二人の生徒の寝息を確認することで落ち着いた彼は、未だに混乱してどうしたら良いのかワタワタと困っている少女に話しかけた。

 

「どうやら、この二人がこうなっている状況となにか関係があるようで教えて貰いたいのだけど、君は?」

 

「え、えっと、そのあたしはアリスって言います!

あなたは、えーと、二人の知り合い?ですか?」

 勢いで答えてしまったと言わんばかりの彼女の様子が少しおかしくてクスリと微笑む。

 

「私は、黒木誠。学校で二人の先生をやっているものさ。」

 

 簡潔に落ち着かせるようにアリスに答える。

 

「えーっ!ふたりのガッコウの先生!?どうしてそんな人が、ここに…」

 

 彼女は本当に不思議そうにしている。どうやら自分がここにいることは大分おかしなことらしい。

 

「そうだね。まずは俺のことを話すから、そしたらそこで寝ている二人について聞かせてもらえるかな。」

 

 そういって、今に至るまでを簡単にアリスに伝えた。

 

「…というわけさ。はっきり言ってしまうと何故俺がここに居るのかは皆目検討もつかないよ。困ったことにね。」

 

 そういってお手上げといった様子で両手をあげる。

 

「えーと、誠先生がどうしてここに来たのかはあたしもわからないです。ごめんなさい。」

 

 と、彼女は理由が説明出来ないことに負い目を感じてしまったのか。謝ってしまっていた。

 

「ああ、いや、すまないね。アリスを責めたわけではないよ。

ひとまず私の事は置いておいて、この二人がどういったわけでこうなっているのか教えてくれると助かる。」

 

「えと、じゃあ、最初にですけど、ここは…」

 

「なんだ、これ…」

 

 彼女が、話しかけたところで内藤が目を覚ました。

 

「あ、起きた」

 

「うわぁあああ!?なんだ有栖!いや、いつからだ!どこから見てた!?どうせ見てたんだろ!?」

 

「えーっとごめん。はい、一通り見てました。」

 

 内藤が起きた瞬間からなにやらコントめいた緊張感のないやり取りが始まってしまった。

 内藤が慌てて身を引いてため蓮乃の頭が肩から外れ、もたれるように内藤に倒れ込む。膝枕のような体勢になるが蓮乃はそれでも目を覚まさないようだ。

 蓮乃をどう扱えばいいのかわからないのか内藤がアリスを指さして口をパクパクと動かす。

 

「いや!あたしだって見るつもりなかったんだって。だけど見えるものは仕方ないじゃない?」

 

「ま、それはそれとして。寝てるうちにやっちゃおっか。

先生!話はその後で!」

 

 アリスがそういったことで初めて内藤はこちらに気づいたようだ。

 

「え”っ、黒木先生!?なんでここに!?」

 

「おう内藤、おはよう。とりあえずアリスが蓮乃に何かするみたいだから先にそちらを向きなさい。」

 

 アリスは、ハート形の鋏をどこからともなく取り出すと、それを蓮乃の胸元にある薔薇の花に押し当てる。

 あれって薔薇の飾りとかではなかったのか。

 

 内藤は薔薇を切る動きに口を出すことはしないようで、

 

「ふふん♪ Off with his head!なんてね。」

 

 アリスなのに、赤の女王なんて悪趣味な、なんて思うのもつかの間。

 ショキン、と軽い音をたてて薔薇が落ちたが、落ちた花弁はそのまま空気に溶けるように消えてしまった。

 

「酷いわ、あんなキスでごまかすなんて。咲ちゃんが覚えていたら怒るんじゃないかしら」

 

そんな声がまた唐突に響く。

 声の主は、俺たちから少し離れたところで紅茶を飲んでいた。いつの間にか机の上のカップが一つ減っていた。いつの間に…。

 

「君!こんなところにのこのこと!」

 

 今にも飛び掛かりそうなアリスを内藤が押しとどめる。

 矢継ぎ早に移り行く状況に俺はもう頭がついていかずにパンクしそうなので、なぜか冷めていない紅茶を飲んで状況を見守ることした。

 

「…そしたらそのまま怒られるよ。」

 

 内藤が話を続ける。

 

「ふふ、ほんと酷い。だけど、咲ちゃんがそれでいいって言うならわたしも許してあげるわ。」

 

 アリスの服装が不思議の国アリスなら、突然現れた紫の衣装の少女はそのクスクスと笑う表情も相まってチェシャ猫だった。

 

「だけどまさか、このままでいいなんて思ってないでしょ?」

 

「…分かってる」

 

「ふふ、分かってる、ね。だけど理解していても出来る訳じゃないものねぇ?」

 

 チェシャ猫の少女の言い分に内藤は苦し気に顔を歪める。

 するとアリスがその物言いに我慢できなくなったのか、つかつかと歩き出し、内藤と彼女の間に割って入った。

 

「人の嫌がる事をわざわざ言わない。透も咲ちゃんも人がいいから許しちゃうみたいだけど、それに甘えないの」

 

 ひしっ、と鋏のないほうの手で指さす。

 

「―――人の弱さに甘えるのは、誰かしらね」

 

 ここでチェシャ猫の少女はアリスに向けて苛立ちを含んだ表情と声を出した。

どうやら向けられたアリスも戸惑っているようだった。彼女はすぐに表所を戻すと意地悪い笑みを内藤に向けて、

 

「それじゃ。咲ちゃんの言う『覚悟』でもなんでも、決めたらどんな形でもちゃんと言いなさいね」

 

「――咲ちゃんもそうして欲しいって思ってるから。ねぇ、兄さん♪ふふ、あはははは!」

 

そう告げて、くるりと回るとそれに合わせて世界もくるり、と回った。

 

「のわぁああああああああああ!」

 

 回る世界が暗闇で、急な浮遊感に包まれた俺はただただみっともなく悲鳴をあげて落ちることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 飛び起きるようにベッドから起き上がる。

 カーテンの隙間からは朝日の光が差しており、かけ布団を握る手から伝わる汗と寝巻きにじわりと感じる脂汗が眠気を吹き飛ばす。

あの空間で感じた落下中特有の浮遊感と落ちた時に感じるであろう衝撃が夢の中であったことを思い起こさせどうにか気は落ち着いた。いや、落ち着いてはいなった。

 なぜなら夢の中に内藤や蓮乃、アリスやチェシャ猫の少女達のことが鮮明に思い出せてきたからである。誠にとって夢の内容とは起きたら忘れるものである。寝ている内は楽しかったり恐かったり悲しかったりを感じるが起きたならソレがどういった内容なのかは覚えていることが出来ないもの、だった。あれが夢の中での出来事だったと、背中に張り付く寝間着とべったりと滲む手汗が教えてくれる。改めて夢であったことに誠は安堵した。 

 とりあえず誠は、布団を出て浴室に向かう。なにはともあれまずは体をさっぱりさせたかった。

 

 シャワーを浴びて時刻を確認した誠は、いつもより早く目が覚めたこともあって、昨晩の残り物で適当に作った朝食をとりのんびり出掛け支度をしていた。髪を整髪料で整え銀縁長方形な眼鏡をかける。

シャツを着替え、Yシャツに腕を通し、ズボンを穿いてお気に入りの水色と白のツートンカラーネクタイを締める。上着を羽織れば、教師姿の完成である。

 

「よし、今日も決まってるな。」

 

 はたから見ても、教師というよりサラリーマンに見えてしまうことは気にしない。

むしろまじめに見せられるなら儲けもの。そんなポリシーのもとでいうなら彼の教師姿は、決まっているのだろう。

 

「行ってきます。」

 

 誰もいない部屋に向かって声をかけ、彼は自宅を出た。

鍵がかかってるかチェックして駐輪場でスポーツバイクで出勤が日常である。大体15分も走れば彼が勤務する私立翠京学園が見えてくる。学校が近づけば登校する生徒も見えてくる。おはよう、と挨拶すれば元気に返してくれる徒歩の生徒たちの間を抜け行く。

 

 

 私立翠京学園は、付属と本校合わせて6年制の学園で北と南で校舎が分かれている。職員室や特別教室のある特別棟は2つの校舎に挟まれるように建てられ居て移動にいちいち靴の履き替えをする必要はない。

しかし、教師が付属と本校でそれぞれ別々に分けられているわけではなく、担任以外にも担当授業の都合で2つの校舎を行ったり来たりすることになる。

 部活動、主に運動部などは付属と本校の生徒が合同で基礎練習を行うことになっている。そのため設備などは充実していて文化部も当然その恩恵にあずかっている。

 そんな立派な学園の付属3年の担任教師を勤め、付属と本校の英会話の授業も一部担当し、またちょっとした縁から科学部の顧問も務めるのが教師歴6年の黒木誠である。

 

 

 時刻は飛んで、1日の授業も終わり、ホームルームを終えた誠は、昨晩の夢が原因で若干上の空だった。今日は放課後に時間を作るために緊急の書類や提出物は昼休みのうちにまとめておいた。放課後の科学部で部員である内藤透に相談をするためである。

 誠が帰りのあいさつを終え、教室を出ようとしたところで女子生徒に呼び止められた。

 

「黒木先生。」

 

 そう言って彼を呼び止めたのは、平坂景子だった。

 平坂景子、彼女はこの翠京学園の理事長の娘さんで、成績優秀容姿端麗、だけれども人付き合いを自分から避けてる上にほかにもいろいろと問題を抱えている問題児なのであった。

 

「出されていた課題です。」

 

 そういって数枚のプリントを渡してくる。

 誠はプリントをさらさらと眺めたうえで視線を彼女に向けて、

 

「はい、問題に間違いはありません。すみませんね。平坂さん。」

 

「いえ、課題はそこまで難しくなかったですし、問題ありません。」

 

 そう、淡々と返す彼女。

 

「それではこれで失礼します。」

 

 平坂景子は軽く礼をして教室出ていった。

 

 誠としては彼女のスタンスに口を出すつもりはなく、むしろ好ましいのだが、教師としては、協調性が皆無な彼女がクラスで浮いている、孤立していることで悩んでいた。

 彼女は、良くも悪くもその精神が自立しているのだ。誰かと隣り合うことなく寄りかかることなく、孤高と言えば聞こえはいいが結局は、思春期特有の他人嫌いである。他人の評価をあてにしない、他人にどう思われようが興味がない。けれども自分はここにいると叫んでいるように思えて彼女の、平坂の後姿を見て誠はいつも不安に駆られるのだ。

 

 気を取り直して誠は科学部への道を急ぐ。特別棟の科学室に入ると既に活動している生徒たちがいて、こちらに気が付きお疲れ様です、と声をかけてくる。それに返しながら少し活動を見回り作業中の副部長に声をかける。

 

「敷島君、部長と内藤君は来てるかい?」

 

 敷島君は作業しながら、

 

「ああ、二人ならもう準備室にきて図面書いてますよ。」

 

と答えてくれた。誠は、お礼を伝え、なにかあったら声をけるようにといってその場を離れた。

 

 準備室の扉を開けると、そこにはいつも通りの二人が居た。いや一名はいつも通りとは言えなかったが、扉を閉めて椅子を寄せてデスクを囲んでいる二人に混じるところで誠も気が抜ける。

 

「おうっ!今日もご苦労様だな、二人とも。」

 

 眼鏡を胸ポケットにしまって口調も他の生徒の前では決してしないくらいに崩す。髪型も崩したいがそれは我慢。

 

「ハーイ♪誠センセッ、おつかれ~。」

 

「あ、どうもお疲れ様です。」

 

 肩の力が抜けるような挨拶を返してくるのが本校3年で科学部部長の弥生・B・ルートウィッジ、それに続く様にいつもはダル気な様子を一層しんどそうにして返してくるのが、昨晩の夢の相談相手内藤透である。

 

「どうした内藤、いつもよりも顔色悪いぞ。ところでなんの話してたんだ?内藤が大分やられてるけどルートウィッジお前また内藤で遊んでいたんじゃないだろうな」

 

 いったん立ち上がってコーヒーを入れるために湯を沸かす。カップは二人と同じくビーカーだ。

 

「センセってば、またそんなこと言って、微塵もそんなこと思っていないくせにー。あ、私もコーヒーお替り!プリーズ!」

 

「はいはい。内藤はいるか?」

 

「あー、じゃあ俺のもお願いします。」

 

 本気で体調が芳しくないのか、返事に元気がない。むしろ俺が来たことでなんかもう諦めて悟った顔してる。

 

「内藤、本当に体調悪そうだな。

今日はお前に用事があって来たんだが、また今度にするかな。」

 

 そんなことをぼやきながら、湯をビーカーに注いでいく。

 

 今朝の不安な気持ちは、放課後までにだいぶ楽になったからこそである。

 

「…大丈夫ですよ。黒木先生、それで相談って?」

 

 手渡したコーヒーを飲みながら内藤が聞いてくる。

 

「誠センセ、それって私が聞いてもいいやつ?」

 

「うーん、そうだな。ま、大丈夫だとは思うが、お前はだめだと言っても食いついてきそうだから構わん。だが内藤があんまし、したくない類の奴だな。

夢の話だよ。」

 

がたっ

 

 椅子の傾く音がして見てみれば内藤が驚きの表情で俺を見ていた。

 

「…先生それって…」

 

いつもの調子で話してくれるようだが、本人の体調が悪そうなのは変わらない。むしろ今ので悪化したのか、大分動揺しているのが見て取れる。

 

「昨日、内藤と蓮乃が夢に出てきた。」

 

 そういったところで内藤が机に崩れるように椅子に座りこんだ。腕でどうにか体を支えながらといった具合でけれども視線は俺を突き刺さんばかりだ。

 

「続きを話すぞ。昨晩の夢に内藤と蓮乃とほかに二名ほど、たぶんウチの生徒じゃない女史が出てきた。俺が夢を覚えているのも含めてあまりにも普通とは言い難い内容だったからな。今朝起きたときは混乱したぞ。」 

あまりシリアスな空気が得意ではないので、つとめて深刻にならなさそうに話してみるが、

 

「先生は、どこまで覚えているんですか?」

 

 内藤はあくまで真剣に聞いてくる。その様子にちょっとため息をつきながら、

 

「大体、全部だ。あの部屋に入ってしたことから最後のごたごたまで、な。アリスに話を聞くつもりだったが直後に色々あって結局目が覚めた。」

 

 アリスの名前が出た時点で内藤は確信したのだろう。突っ伏してしまった。

 

「トールも誠センセも通じてるようだし、聞くけど、そのアリスって誰よ。不思議の国のアリス?」

 

 ここまで珍しく静かに聞いていたルートウィッジが聞いてくる。

 

「いや、本人も自分のことがよくわからないって言ってましたけど。気づけば夢の中にいるとかなんとか。」

 

「ほう、そうなのか。ところで蓮乃は夢の中の事を覚えていたのか?俺が見た限りでは夢の中で眠っていたが」

 

コーヒーを飲みながら聞いてみる。

 

「完全ではないですが覚えているようです…。」

 

若干言葉を濁して内藤はそういった。

 

「ひとまず、部長、先生、あくまで夢の話ですからね?」

 

「ええ勿論分かってるわ。」

 

俺も首肯で返す。

そこで内藤は、おおざっぱだが、自分が見る悪夢の事、アリスや悪夢の花の話。どんな夢を見たのかは分からないが蓮乃と同じ夢を見ていたという話。そしてそれは誠自身も見たということ。

ただ、チェシャ猫の少女や蓮乃との間で何があったかという話は出てこなかったあたり、かなり個人に踏み込んだ部分になるのだろう。そのあたりは触れなかった。

 

「はっきりとは言えませんが俺も最近までは、毎回同じ部屋で有栖が出てくるなんて夢は見たことがなかったんです」

 

「ま、それより女子として今興味深いのは咲ちゃんとトールが同じ夢を見ていた事よね」

 

興味津々で私気になりますという雰囲気を隠す気なく笑みを浮かべるルートウィッジ。

 

「正直俺としては、夢の内容がここまで明確に一致している以上、今後の事を『もしかしたら』と考えてしまう。」

 

「また同じ夢を見るかもしれないって事よね。」

 

ルートウィッジのセリフにその通りという意味を込めて頷く。

 

「明らかな確証があるわけじゃないが、ここにいる奴で『ありえない』、なんて言える性格でもないのはわかるよな。」

 

「状況的にも不確定なことばっかりですけどね」

 

辟易したように言う内藤に俺は、

 

「とにかく俺が言いたいこと、相談したいことってのは今後夢の中でまた内藤たちに会ってしまったらだよ。どうすればいいのか、どうしたら良いのかが全く分からないからな。」

そう、あの空間に行ったときに俺はどう動くべきか動かざるべきか、これが最重要案件だ。内藤に協力すればいいのか、どうかだな。

 

「とにかく夢から抜け出す方法を考えましょう。」




中途半端で御免


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