0から始まる2週目の物語 (雨扇)
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4月ー①

【3月21日】 

 

 俺の名前は「鳴上 悠(なるかみ ゆう)

 

 

 今日、稲羽での戦いが全て終わり仲間とのしばしの別れをした。

 

 

 電車に乗り込み、追いかけてくる仲間の姿が見えなくなると俺は席に座り、しばし寝ることにした。

 

 

 

 

 目覚めるとリムジンのソファで座っていた。目の前にはマリーとマーガレット、そしてこの「ベルベットルーム」の主、イゴールがいた。

 

 

「神様さえも倒して真の真実を掴みとるとは……流石、と言ったところかしら」

 

「もう、俺はここにくることはないのか」

 

「そうね」

 

「……色々と、ありがとう」

 

 

 イゴールにはペルソナの合成を手伝ってもらったし、マーガレットにはペルソナ全書でペルソナの登録とか呼び出しとかしてくれた。マリーとは一緒に出掛けたりした。記憶を取り戻した今、また出掛けたいが、また今度だ。

 

 

 お礼を言うと、イゴールは首を横に振った。

 

 

「いいえ。ご客人。まだ、貴方の戦いは終わっていないようだ」

 

 

 どういうことだ? イゴールに訊くがこの部屋のルールで「問い」に対しての「答え」は教えてくれない。

 

 

 ただ、妙な呟きがマリーの方から聞こえた。

 

 

「……やっぱり、覚えてないんだ。……一瞬だったもんね」

 

 

 すぐに消えてしまうくらいの呟きだったから、特に気にしないことにした。マーガレットが喋ろうとしたため、俺は意識をマーガレットの方に向ける。

 

 

「貴方はワイルドの力をなくし、少々変わられた“別世界”でもう一度、あの町で1年、過ごすことになるわ」

 

 

 ワイルドーーペルソナがいくつも使える力。確かにアレは便利だった。それが使えなくなる、つまり俺のペルソナは「イザナギ」だけだ。

 

 

「目を開けたら少し変わったことがすぐにわかるハズよ。……さぁ、貴方は“この世界”では事件に関わっても、関わらなくてもいい。どう過ごすのか、楽しみにしているわ」

 

「ベルベットルームには自由に入れるから。……客じゃなくなるけど、私が必死に頼んだ。だから、遊んでね」

 

 

 マリーが顔を赤くして言った。マーガレットを見るとクスクスと笑っている。その様子だとマリーにしては珍しく頑張ったんだな。

 

 

「あぁ。また遊びに行こう」

 

 

「時間のようだ。それでは、ごきげんよう」

 

 

 

 

 

【2011年 04/11 月】

 

『まもなくー 八十稲羽ー八十稲羽ー』

 

 

 どうやら電車に座って寝ていたようだ。マーガレットに言われた通り、ゆっくり目を開ける。

 

 

「あっ、兄さん。ナイスタイミングで起きたね」

 

 

 目の前に俺に似た少女がいた。……成る程。わかった気がする。

 

 

 俺は寝ぼけた演技をした。

 

 

「えっと、八十稲羽で1年間過ごす。俺、鳴上悠と……」

 

 

 目で訴えると気づいて寝ぼけた(フリ)俺に教えてくれた。実際、目の前の少女の名とか、関係はわからないから結局はいつかは訊くしかない。

 

 

 まぁ。関係に関しては予想がつく。

 

 

「私、妹の「鳴上 奏(なるかみ かなで)」 16歳、明日から八十神高校1年生なのだ」

 

「……ご苦労」

 

 

 どうやら俺の妹はボケに付き合ってくれるタイプらしい。陽介とあうかもしれない。

 

 

 俺の演技、りせには負けるが中々のものだと自負している。妹にならいけるな。

 

 

 そしてマーガレットが言ってたこと。俺にはもうワイルドの力はない。ペルソナを使うためには、みんなみたいに自分の「シャドウ」と向き合わないといけない。

 

 

 もしかしたら、妹の奏が1週目の俺の立場ということかもしれない。今日、ガソリンスタンドで人間の姿のイザナミと握手し、力を手にいれるということだろう。

 

 

 マーガレットの言う通り、確かにこの世界では俺は必要ないかもしれないな。ふむ、どうするか。料理でも極めてみようか、みんながテレビの中に行く日とかに振る舞ってみよう。

 

 

 俺はみんなの前では「何も知らない一般人」で貫き通すことにする。その代わり、リーダーは奏に任せた。……大丈夫かな、意外とリーダーは辛いからな。

 

 

 

 

 色々と考えていると、駅に着いた。駅を出ると俺たちを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「おう、写真より男前で、妹は可愛いじゃねぇか。お前らを預かることになってる堂島 遼太郎(どうじま りょうたろう)だ。ようこそ稲羽市へ」

 

「はじめまして。鳴上悠です」

 

「妹の鳴上奏です!」

 

 

 俺たちも自己紹介する。俺にとってはつい1時間ほど前に別れの挨拶で会ったばかりなのに、また会うなんて若干恥ずかしい。“勇気”は5だが、流石に辛い。

 

 

「ははっ。はじめまして……か。オムツ替えたこともあるんだがな」

 

 

 すみません。はじめましては嘘です。そして「オムツ替えた」発言2回目なのでそろそろ真面目に恥ずかしくなりました。

 

 

「こっちは娘の菜々子だ。ほれ、挨拶しろ」

 

「……にちは」

 

「はは、こいつ。照れてんのか?」

 

 

 お、菜々子が堂島さんの尻を叩いた。

 

 

 ……可愛い。マジで可愛い。電車でよく見たが奏も可愛かったが、やはり菜々子は別物だ。

 

 

 いかんいかん。ただでさえ1週目で引くくらい「シスコン」だと陽介に言われ続けていたのだ。これ以上言われてたまるか。

 

 

 

 

 

 車の中ーー

 

 

「しっかし、義兄さんと姉貴もあいかわらず仕事一筋だな。1年限りとはいえ、親に振り回されてこんな田舎まで来ちまって、子どもも大変だ」

 

 

 俺は「慣れてます」そう答えた。実際1週目の時もかなり引っ越ししてきたし、既に1年堂島さんの所で住んだ。これは2つの意味を込めての「慣れている」だ。

 

 

 奏も俺と同じ意見なのかうんうんと頷いている。

 

 

「ま、ウチは俺と菜々子の2人だしおまえらみたいのがいてくれると俺も助かる。これからしばらくは家族同士だ。気楽にやってくれ」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「お世話になります」

 

 

 奏は元気よく返事したが、俺はわざと堅苦しく言った。

 

 

 別に恨みとかそんなんじゃない。これは多くの転校で身に付いたことだ。相手と適度の距離を保って生活すること。ただ俺の場合は少しずつ距離を近づける。

 

 

 理由は2つ。

 堂島さんに変な疑いをかけられないため。そしてもう1つ。今度こそ、菜々子をテレビの中に入れられる前に助けること。

 

 

 全てはそのためだ。そのためなら、俺はバックアップにいくし、奏達「特別捜査隊」を利用することだって覚悟している。

 

 

 俺の返答がかなり堅苦しかったのか、若干不機嫌そうだ。何かかなり悪いことをした気がする。

 

 

「……あー固い固い。気ぃ遣いすぎだ。見ろ。菜々子がビビってるぞ」

 

「……」

 

 

 いや、堂島さん。別に菜々子はビビっている訳ではないです。それに菜々子はこれしきのことではビビらん。

 

 

「もう1度言うぞ。これからは家族だと思って生活してくれよ。……どうした?」

 

 

 やっと菜々子の異変に気づいた堂島さん。すると堂島さんの発言に被せて奏がデリカシーない言葉を発した。

 

 

「菜々子ちゃんトイレ?」

 

「……!」

 

「いてっ」

 

 

 菜々子が堂島さんの腕を叩いた。堂島さん、奏がご迷惑かけました。

 

 

「奏、デリカシーない」

 

「はっ!? ゴメンよ菜々子ちゃん!」

 

「だいじょーぶ」

 

 

 流石菜々子。器が大きいな。

 

 

 さて、もうすぐガソリンスタンドに着くはずだ。店員をどう奏の方に向けさすか、だな。俺が握手して力もらっても、もうワイルドではなくなるのだから完全無意味だ。

 

 

 仕方ない。店員が来る前に少しガソリンスタンドから離れよう。幸いにも堂島さんはタバコを吸いにいくはずだから時間はある。本屋に行くか。まぁ、本はほとんど読破してしまったが。

 

 

 

 

 ガソリンスタンド。

 菜々子がトイレに行き、堂島さんはタバコを吸いに行った。

 

 

「奏。少しそこの商店街歩いてくる」

 

「私も行く!」

 

「奏まで来ちゃったら誰が荷物守るんだ」

 

「うー」

 

 

 奏はあれか? 「兄さん大好きっ子」的なアレか? 俺が言うと変態みたいだからこれ以上は言わないが、さて……どうする。奏がここにいて店員ことイザナミと話してくれないと物語事態進まない可能性がある。それだけは避けたい。

 

 

「頼む。今度一緒に見て回ろう。な」

 

「うん。……あと肉じゃが作って」

 

「わかった」

 

 

 ふぅ。何とかクリア。条件に肉じゃが作ってって……俺はよく奏に作ったのか? 主夫だ、と陽介辺りにツッコミされそう。

 

 

 本屋に行く前にベルベットルームがあるかどうか調べた。どうやらまだ入れないようだ。たぶん奏が入れるようになったら入れるかもしれない。その時、もう1度見に行くとしよう。

 

 

 本屋に入り見て回った。ーー!?

 

 

「『弱虫先生シリーズ』の番外編!?」

 

 

 俺が一番好きなシリーズだ。読むと“寛容さ”が上がる気がするのだ。1週目にはなかったが、まさか番外編が読めるとは……!

 

 

「『弱虫先生釣りをする』あの先生釣りを始めたのか。……気になるな」

 

 

 所持金を確認する。ギリギリ買える額だ。俺は迷わずその本を買う。流石に今日は荷物整理とかで疲れるから、明日読もう。絶対読もう。

 

 

 フフ、かなりの得だ。

 

 

「ん? お前もそのシリーズ好きなのか?」

 

 

 急に声をかけられた。左の方からかけられたので左を向いてみた。

 

 

「ーー!! あ、あぁ」

 

 

 ……陽介だ。花村 陽介(はなむら ようすけ)がいた。何故だ? 1週目ではいなかったと思うが。と、とりあえず落ち着いて、対応だ。

 

 

「俺も好きなんだよ。……ってそれ番外編じゃねぇか! マジでか」

 

「俺もビックリした。ついに釣りを始めたらしい」

 

 

 陽介はかなり驚いていた。どうやら2週目の陽介はいきなり話が合う様だ。出会いが自転車の事故とかなくてある意味よかった。良かったな、陽介。ゴミバケツに頭から突っ込まなくて。

 

 

「今日から妹と1年間、叔父さんの家に住む鳴上悠だ。明日から八十神高校の2年生。よろしく」

 

「お、同い年じゃん。つか俺も半年前に引っ越してきたんだ。花村陽介、よろしくな」

 

 

 俺と陽介はお互い握手した。この世界ではまだ知り合い程度だが、また陽介と会えたことは喜ばしいことだ。

 

 

 陽介とまた明日と約束し、別れた。俺はそろそろか、とガソリンスタンドの方に戻った。

 

 

 

 

 ちょうど、奏とイザナミが握手していた。数秒後、奏がよろめく。1週目の時の俺と同じように少し具合が悪くなったのだろう。俺は奏に声をかける。

 

 

「奏、大丈夫か?」

 

「乗り物よい? ぐあい、わるいみたい」

 

 

 菜々子もいいタイミングで戻ってきた。

 

 

「……」

 

 

 ……? イザナミが俺をチラッと見てきた。まぁ、気にすることでもないか。

 

 

 奏の具合が少しよくなった所で喫煙から戻ってきた堂島さんの「行くぞ」の声で、俺も車に戻った。

 

 

 

 

 この物語は、ワイルドの力をなくしバックアップに勤める1週目元リーダーと、ワイルドの力をもった妹・奏と2週目の特別捜査隊が怪奇連続殺人事件の“真実”を求めることになる。

 

 

 かけがえのない、仲間達との1年間の“もう1つ”のお話。



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4月ー②

奏の部屋は1週目では物置だった(設定)部屋です。
ちなみにストーリーは基本漫画、たまにアニメとなっております。
マリーちゃんは絡みません。記憶復活してるので。ただ鳴上兄達と遊ぶためだけに出てきます。


【04/12 火】

 

 目覚めると1週目と同じ部屋だった。ちなみに奏は1階の1週目では物置だった部屋だ。たぶん奏はあの夢を見たのだろう。

 

 

 横を見ると無惨にも積もっている段ボールの山。……早く片付けなければ。

 

 

 

 

「おはよ……あさごはんできてるよ」

 

 

 下に降りると既に菜々子が朝ごはんの用意をしていた。流石菜々子、早起きだ。

 

 

「ひとり? お父さんは?」

 

「ジケンだって……。いつものことだから」

 

 

 うつむく菜々子。

 

 

「ふぁ~ おはよう兄さん、菜々子ちゃん」

 

「……まだパジャマなのか」

 

「おはよ。今日から学校でしょ? とちゅうまでおんなじ道だから、いっしょに行こ」

 

 

 俺たちは朝ごはんを食べ始めた。俺は既に制服を着ていてバックも用意していた。そんな俺とは逆で奏は学校に行く用意を何もしていなかった。

 

 

「早くしてくれ。遅れるぞ」

 

「ま、待ってぇ~! に、兄さん! リ、リボンどこ!?」

 

「そこだよ」

 

「ありがと菜々子ちゃん~!」

 

「……はぁ」

 

 

 何故だろう。ため息しか出ない。かなりの慌てん坊と見た。

 

 

「兄さん髪結んだ方がいいかな!? そしてリボンどうやんの!?」

 

 

 ……助けるべきか「自分でやれ」と厳しくするべきか。奏の髪は俺と同じ色で長さが腰まである。

 

 

「結んだ方が楽なんじゃないか? リボンのやり方は俺にもわからん」

 

「うぅ……。おっ、リボン出来た」

 

 

 出来るじゃないか。これなら髪を結ぶのは流石に自分で出来るだろう。

 

 

 俺と菜々子は先に学校に向かうことにした。奏にはゆっくり結びながら来いと伝える。

 

 

 

 

 河川敷。天気は雨だった。

 

 

「学校、あそこの道まっすぐだから。わたしはこっち……。それじゃあね」

 

 

 菜々子と別れて1週目ぶり、八十神高校への道を進む。ここを進むのはとても新鮮な気持ちだ。

 

 

 それにしても奏遅いな。女子の髪結びって時間がかかるものなのか?

 

 

「兄さんー!」

 

 

 あ、来た。ーー? 髪を結んでない。

 

 

「髪結ばないのか?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 まさか、まさか。違うよな? 奏は女子だぞ? 流石にこれを俺には“勇気”が5あろうと無理だ。それに今日は雨。やるには学校内の必要がある。

 

 

「やれと?」

 

 

 違ってほしい、と思いながら訊いてみる。

 

 

「……えへっ」

 

 

 舌をペロッと出しにっこりした。「えへっ」じゃないよ。何てことさせるんだお主は。

 

 

「……学校着いてからな」

 

「はーい」

 

 

 ……妹ってホントはこんなに辛いのか。菜々子、改めてスゲェ。よし、今度ジュネス連れていってやろう。

 

 

 

 

 八十神高校。到着すると下駄箱の端っこで髪を結ぶ。こんなこと1週目ではしたことなかったから戸惑った。だけど“知識”が5のお陰なのか意外とすんなり出来た。ふむ、どこからこんな知識手に入ったのだろうか。……恐らくりせ辺りかもしれない。

 

 

「あの2人どんな関係なんだろう……」

 

「恋人? 兄妹……?」

 

 

 変なヒソヒソ声が聞こえてくる。とても恥ずかしい。俺は終わるとすぐに奏と職員室へ向かった。

 

 

 もちろん、ヒソヒソ声をした生徒の近くで俺を「兄さん」と奏に呼ばせるのを忘れずに。

 

 

 

 

 2ー2組。諸岡先生ことモロキンについていき教室に入る。1週目と同じ席順で少し安心した。

 

 

「ただれた都会からへんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れなヤツ。いわば落武者だ」

 

 

 誰が落武者だ。助けてやらんぞ。夏に哀れに死んでいけ。

 

 

 ……冗談だ。

 

 

「わかるな? 女子は間違っても色目などは使わんように」

 

 

 自己紹介を促されたので半分仕方なく名を名乗る。

 

 

 正直早く終わらせたい。陽介や里中、天城とお話ししたい。何なら1週目より早めに完二と喋ってみたい。

 

 

「鳴上悠です」

 

 

 ちゃんと名乗ったのにモロキンは何か言ってきた。特に訊く気がなかったため忘れた。でも里中が助け船を出してくれたのは覚えてる。俺は里中の隣の席に座った。すると里中が話しかけてくる。

 

 

「最悪でしょアイツ。あ、あたしは里中 千枝(さとなか ちえ)ね。ヨロシク! まー このクラスんなっちゃったのが運のツキ。1年間がんばろ」

 

 

 俺は小さく頷く。

 

 

 

 

 帰りのHRが終わると放送が流れた。

 

 

『全職員・生徒にお知らせします。学区内で事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています。それに伴い緊急会議を行いますので至急職員室までお戻りください。また全校生徒は各自教室で待機、指示があるまで下校しないでください』

 

 

 放送が止まるとモロキンは一言言って教室を去った。すると天城と里中が話だす。

 

 

「はー……いつまでかかんだろ」

 

「さあね」

 

「あ、そういえば雪子前に話したヤツやってみた? 「雨の夜中に……」ってヤツ」

 

「あ、ごめんやってない」

 

「ハハいいって。けど隣の組の男子、俺の運命の相手は“山野アナ”だー! とか叫んでたって」

 

 

 こそこそと陽介が里中に話しかける。……あぁ、アレか。陽介、御愁傷様。骨は拾ってやる。

 

 

「あ、えーと里中……さん」

 

「何よ花村。なんで“さん”づけよ」

 

「この前借りたDVDスゲーおもしろかったです。技の繰り出しがさすがの本場っつーか……。申し訳ない! 事故なんだ! バイト代入るまで待って! じゃ!」

 

 

 さて、面白そうだからここで少し1週目とは違うことをしてみよう。

 

 

 俺は教室から出ようとする陽介の肩をつかむ。陽介が振り向く。俺は真顔で言った。

 

 

「教室から出るなって言われてただろ。……何となく予想はつく」

 

「……じゃあ離してクレナイ?」

 

「骨は拾ってやる」

 

「お前そんなキャラだったっーーふげぇ!!」

 

 

 あ、蹴られた。俺は心の中で合掌しておいた。

 

 

 それと陽介。俺はそんなキャラだ。覚えとけ。

 

 

「あたしの“成龍伝説”があぁぁ!」

 

 

 俺は天城の近くに戻って言う。

 

 

「……なんか楽しいお友だちだね」

 

 

 天城はクスリと笑って「そうね」と俺に同意した。

 

 

 そうこうしてる内に帰っていいと放送が流れた。里中と天城は倒れている陽介を避けて帰る。他の人は前の方から出ていく。

 

 

>そっとしておこう……。

 

 

 まるでそんな声が当たり前のように心の中で響いたのであった。

 

 

「いや無視しないで!」

 

「……生きてたか」

 

「骨拾う発言もしかして……」

 

「……」

 

「……」

 

「嘘に決まってるだろう」

 

「で、デスヨネー」

 

 

 俺は鞄を持ちついでに陽介が倒れた際に弾かれた鞄を陽介に投げた。陽介は若干慌てながらもキャッチした。ナイスキャッチだ陽介。

 

 

「帰るぞ、花村」

 

「お、おう」

 

 

 流石に出会って2日目で「陽介」呼びは不味いだろう。しばらくは名字呼びに徹するしかないかもしれん。

 

 

 俺は1階で奏を拾って3人で帰った。ちょっと陽介が戸惑っていたけど、まぁ平気だろう。ついでにメルアドと電話番号を交換しておいた。

 

 

 ちなみにこれは寝る間際に知ったが、あの陽介の戸惑いの理由は「奏が俺にくっつきすぎ」だということだった。言わばりせみたいな感じだ。

 

 

 ……1週目でのりせの対応に慣れてしまったのが原因だな。

 

 

 

 

 

 

 夜。夜ごはんを食べてる最中に堂島さんが帰ってきた。菜々子にニュースにしてくれと頼む堂島さん。不満げに菜々子はニュースに変える。

 

 

 すると第1発見者である女子生徒のインタビューが流れていた。顔は映ってないがあれは俺や陽介にはわかる。陽介の思い人。「小西 早紀(こにし さき)先輩」だ。

 

 

 ついに物語が本格的に始まる時がきたと今実感する。まぁ、俺はテレビの中に入るつもりはないし、今のところ何処かの探偵王子みたいにわざとテレビに映って生田目のヤロウに無理矢理入れられる気もない。

 

 

 ……ゴメンな直斗。直斗は悪くないよ、ウン。直斗のお陰で事件はまだ終わらなかったってことが知れたんだから。

 

 

 明日は里中からマヨナカテレビの噂話を教えてもらう日だ。奏を必ず誘って聞かせなければ。

 

 

 俺は今日早めに寝ることにした。……もちろん、荷物を片付けてから。




主人公がとんでもないギャグキャラになっていく……。


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4月ー③ 前編

視点が陽介→悠→陽介になります。


【04/13 水】

 

 俺の名前は花村陽介。親の仕事の都合で都会から越してきた。現在絶賛ピンチ中である。

 

 

「と……ととと。お……お? ブレーキ……ブレーーキ! おわッ!!」

 

 

 今ではすっかりこんな田舎町での生活にも慣れて……。慣れて……。

 

 

 何やってんだよ俺。昨日滑ってチャリ滑らして股間打ったばっかなのに……。昨日打った後遺症でも残ってんのかっての……。

 

 

 昨日と同様、今度はゴミ捨て場に突っ込んでしった俺。まさかのゴミバケツに頭からすっぽりと入ってしまい、自力では出られない状態になってしまった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「おお、すまねぇ」

 

 

 急に視界が明るくなったと思ったら、誰かが助けてくれた。ってあれ、鳴上じゃん。

 

 

「ありがとな! って鳴上。サンキューな」

 

「いや、正直そっとしておこうって思ったけど……あまりにも哀れだったから」

 

「そっとしておこうって思ったの!?」

 

「冗談だ」

 

 

 コイツ……真顔で冗談言う奴だったのか。気を付けねぇとな……。

 

 

「花村、行かないと遅れる」

 

「お、じゃあついでに一緒に行くか」

 

 

 ……あれ? 何か足りない。

 

 

「なぁ鳴上。奏ちゃんは?」

 

「……」

 

 

 な、何だこの重苦しい雰囲気は……っ。しかもため息までしている。

 

 

「ただの寝坊だ」

 

「……寝坊?」

 

「寝坊」

 

「今のため息はナニ?」

 

「雰囲気出てただろ?」

 

 

 コイツ……! こんなにもボケなのかっ。しかもまた真顔でだ。

 

 

 俺は無言でチャリを押しながら学校の道のりをすたすたと歩いて行く。後ろから鳴上が俺の雰囲気を察したのか「……悪い。何か奢るか?」と言ってきた。流石にやり過ぎてしまったか。

 

 

「今日空いてるか?」

 

「……あぁ」

 

「今日の礼に奢るぜ」

 

 

 助けてくれた礼だしな。それにさっきの無言オーラはやり過ぎた。

 

 

 俺は続きは放課後することを鳴上と約束して、学校に向かった。ちなみに、奏ちゃんは普通に遅刻したそうだ。それを聞いた鳴上の目、少々怖かった。これならボケてる時の真顔の方がまだマシだと思った。

 

 

◇◇◇

 

 

 流石にあのジョークはボケし過ぎたと思った。アレ以降、少し陽介が話してくれなかった。

 

 

 意外と寂しいんだな。話しかけてくれないのって。

 

 

 俺は陽介に「……悪い。何か奢るか?」と言う。すると陽介は笑って「俺が奢る」と言ってくれた。陽介……何ていい奴なんだっ!

 

 

 

 

 教室。授業が終わり昼休みになった時、奏のクラス、1年1組の担任がやってきた。どうやら奏は普通に寝坊で遅刻したらしい。……かなり呆れてしまった。その時の俺の目は意外に怖かったらしい。陽介情報だ。

 

 

 仕方ない。どうせジュネス行くのに奏も連れていく予定だったし、その時に説教することにしよう。

 

 

「花村」

 

 

 奏の担任から話を聞いたあと、俺は陽介を呼ぶ。

 

 

「今日、奢ってくれるって花村言ったよな?」

 

「おう。助けてくれた礼だしな」

 

「奏も連れてく予定だったんだが」

 

「だが?」

 

 

 説教の代わりに奏には罰ゲーム的なヤツをお見舞いしよう。恐らく戦闘でいう「体制を崩しました」的なアレになるだろう。

 

 

「奏には奢らなくていいから」

 

「お、おう……」

 

 

 ちなみにこの時も俺の目は怖かったらしい。これを聞いたのは明日の昼だった。直接ではなく、メールで。

 

 

 

 

 放課後。“成龍伝説”のお詫びとして里中にも奢ることになった陽介。天城は1週目と同じく家の手伝いでパス。1年1組で奏も連れていき、俺たちは陽介の父親が店長のジュネスにやってきた。

 

 

 ジュネス店長の息子ってことを陽介は俺と奏に説明してくれた。俺はその話を聞き流しながら視線を横にやる。……1週目通りだ。陽介の思い人、小西早紀先輩がいた。

 

 

 助けることは上手くいけば出来るだろう。だが今の俺はペルソナは自分の影と向き合わないと現れないし、テレビに入る力は元はイザナミからの貰い物だ。ワイルドはこの世界では奏のモノ。俺はもうここでは“特別”ではないことが容易に考えられた。

 

 

 さらに言えば、助けようとすると小西先輩を落とした足立さんに目をつけられることになるかもしれない。それは絶対に避けたいことだ。生田目ならまだいい。あの人は正直驚異にはならない。生田目に関しては菜々子を助ける際にまた考えることにする。

 

 

 小西先輩には悪いが助けられるかはどうかはわからない。陽介にも悪いことだと思う。もしも俺が1週目からきたってことがバレだら怒られるかもしれない。陽介にならいいと思う。これは、俺の“勝手な判断”で動くことだから。

 

 

 もう1つ言えば陽介のペルソナは小西先輩の死が鍵となってると俺は思う。小西先輩にこれでもかって程にフラれて、自分のシャドウと向き合う。陽介のペルソナ「ジライヤ」はきっとこうして生まれるのだと、昨夜考えたのだ。

 

 

 ……陽介が小西先輩に気づいて向かった。そろそろ俺たちに話がくる。俺は意識を陽介達の方に戻した。

 

 

◇◇◇

 

 

 小西早紀先輩。家は商店街の酒屋さんで、実家のほうの経営が苦しくてウチのとこでバイトをしている。

 

 

 どこか申し訳ない気持ちもあるが、先輩は気にしないでこんな俺を弟のようにかわいがってくれている。ホント、いい人だ。

 

 

「あの子たち……転校生?」

 

「ああ。なんか親の都合で転校してきたって。なんか共感できるっつーか」

 

「もう、お節介なんだから」

 

 

 小西先輩は鳴上兄妹のところに近づき話しかける。先輩、冗談も言ったりしていた。とても恥ずかしかったけど、悪い気はしなかった。

 

 

 休憩が終わったらしく先輩は戻っていった。その姿を見ている俺を里中がにやけながら見ていた。若干ムカついたので、せっかく奢ってやった(元はと言えば俺が悪いのだが)たこ焼きを1つ食べてやった。……見事に思いっきり蹴られた。

 

 

 すると、里中が話を変えてきた。珍しく少しシリアスなオーラを出して。里中は俺たちの視線が集まると静かに言い出す。

 

 

「ねぇ、『マヨナカテレビ』って知ってる?」

 




ちなみに前編、後編形式なのは同じ日だからです。


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4月ー③ 後編

視点は悠→奏


「『マヨナカテレビ』って知ってる?」

 

 

 里中がかなりのシリアスオーラで話し出した。

 

 

「雨の夜の午前0時に消えてるテレビを1人で見るんだって……で画面に映る自分の顔を見つめていると、別の人間がそこに映ってる……ってヤツ。それ、運命の相手なんだってよ」

 

 

 俺と陽介は信じられないという表情で顔を見合う。本当は「マヨナカテレビ」を知っているのだが、「映ってる人が運命の相手」ではなく「人の『知りたい』という願望を映し出す」だということなのだが、今は黙っておく。

 

 

 実際俺たちも最初の方は勘違いしていたからだ。「映ってる人がテレビの中に入れられて殺される」と思っていた。

 

 

 奏は既にクラスの女子から噂話を聞いていたらしく、同じ内容だと里中に同意していた。

 

 

「なんだそりゃ? 何言い出すかと思えば……よくそんな幼稚なネタでいちいち盛り上がれんな」

 

「よ……幼稚って言った! 信じてないでしょ!?」

 

「信じるわけねーだろが!」

 

 

 信じてる里中と信じてない陽介。口喧嘩していて正直うるさい。

 

 

「あの、それじゃご提案が」

 

 

 急に奏が喋った。陽介と里中も奏の方を向く。

 

 

「天気予報では今晩あたりからまたしばらく雨だって言ってましたので、みんなで今夜0時! やってみましょー!!」

 

「はぁ!? まさか奏ちゃん信じてるの? まさか鳴上も……?」

 

 

 急に話を振らないでほしい。かなりビックリしたじゃないか。……仕方ない。ここは妹の話に乗ろうじゃないか。

 

 

「信じてるわけではないけど、面白そう」

 

「ホラ、転校生くんもそう言ってることだし! 花村も! いいね! 絶対だよ!」

 

「鳴上ね」

 

 

 こうして、俺たちは今夜0時「マヨナカテレビ」を見ることになった。俺にとっては久しぶりのマヨナカテレビだ。ちょっとドキドキありワクワクありだ。

 

 

 

 

 午後11月59分。あと1分でマヨナカテレビの時間だ。俺は電気を消し雨が降ってるのを確認。テレビの前に座り準備完了だ。今ごろ奏も自室のテレビの前に座っているのだろう。一応5分前に起きてるか確認したから、大丈夫の筈だ。

 

 

 そして午前0時。しばらくするとマヨナカテレビが映った。これを見るのは2回目だ。相変わらず少し気味が悪い。

 

 

 映っているのは女の人。髪型から見ても小西先輩だとわかる。俺はわかってるが一応手をテレビに近づける。

 

 

「行けるわけ……ないよな。ーー!!?」

 

 

 この時、俺は勘違いしていたのだ。ベルベットルームの人たちは「鳴上悠は『ワイルド』の力がなくなった」とだけ言った。

 

 

 イザナミから貰った力は「イザナギ」と「テレビの中に入る力」の2つ。ペルソナのことはたぶんシャドウの件で何とかなるかと思う。そして問題のテレビの中に入る力。これを失ったとは1度も(、、、)言われてなかった。

 

 

 そう、見事に腕が“テレビの中”に突っ込んでいたのだ。流石にこの大きさは入りきらない。一旦諦める。

 

 

 布団に横になりしばらく考える。奏も同じなら今ごろ腕がテレビの中に突っ込んで驚いていると思う。そして明日辺り言ってくる。そしてジュネスのテレビで初めてのテレビの中に入ることになる。

 

 

 俺は「知らない一般人」でいこうと決めた身だ。明日はテレビの中に行かない。けど、ちょっと行く場所はある。一応、“小西先輩を助ける”ことにする。高校生の俺に何が出来るのかはわからないが。

 

 

◇◇◇

 

 

 午後11月59分。「マヨナカテレビ」を見る準備が終わりテレビの前で待機する。さっき兄さんが私が起きてるか確認しに来てたから、兄さんも今ごろ待機中だろう。流石私の兄さんだ。

 

 

 兄さんは料理が出来て、折り紙も器用にいろいろ折れてしまう。しかも外見もカッコいい。自慢の兄だ。それに比べ私は元気でいることしか取り柄がない。だがら、少しでも兄さんに心配されないように私はずっと元気でいれるよう、健康には人一倍気を付けてるつもりだ。

 

 

 おっと、もう数秒で0時だ。私は暗くなってるテレビの画面を見つめる。

 

 

「ーー!!?」

 

 

 ザザーと砂嵐の音が聞こえ、ぼんやりとだけど人が映っていた。女の人で、八校の制服を着ていた。

 

 

「……うっ! 頭が……」

 

 

 急に頭が痛くなり、少しよろめいてしまった。私はテレビの画面に手をつく。

 

 

「!! えっ! ちょっ!」

 

 

 私の腕が画面に突っ込んでいた。画面はそのまま腕を飲み込んでいる。テレビが小さかったお陰なのか頭は少ししか入らなかった。不幸中の幸いと言ったところだろう。だが不幸は結局訪れることになった。

 

 

 画面に少しだけ突っ込んでいた頭を引っこ抜いた反動で尻餅をつき、そのまま勢いよく首が後ろにいった。首の行き先は机のちょうど当たると痛い横の部分だった。

 

 

「~~っ!!」

 

 

 痛すぎて声も出なかった。今の音で兄さんや菜々子ちゃん起きなかったか心配だったが、誰もノックしてこないところを見ると大丈夫のようだ。

 

 

 そして私は再びテレビを見る。マヨナカテレビは終わったのか暗いままだった。

 

 

 明日、起きたら兄さんに相談してみよう。そう決めてから私は布団に潜った。しばらくぶつけた首が痛かったのはとても辛かった。



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花村陽介編
4月ー④ 前編


【04/14 木】

 

 朝。起きると珍しく奏が早起きして朝ごはんを食べていた。理由を訊いたら「早く目が覚めてしまった」とのこと。まあ、理由はわざとらしく訊かなくてもわかる。“マヨナカテレビ”のせいだろう。確かに初めてテレビに腕が突っ込んだ時は俺も驚いた。

 

 

 さらに珍しく用意も終わっていたので1日ぶりに一緒に学校に向かった。昨日は奏が寝坊したから一緒に行けなかったから正直少し嬉しい。

 

 

「ねえ、兄さん」

 

 

 急に奏が呼んだ。深刻な表情だった。俺は1週目での戦いで鍛えられた勘ですぐにマヨナカテレビのことだと察した。……勘を使わなくても昨日の時点で話してくるかと思ったが。

 

 

「テレビに腕が突っ込んだって言ったら……信じる?」

 

「信じるよ」

 

 

 俺は素直に答えた。奏は驚いた顔をする。

 

 

 俺は朝ごはんを食べてる最中に考えていた。もしも奏が俺のこと信じて話してくれたら……どう反応するのか、と。

 

 

 俺も1週目の時は陽介や里中に話した。二人は最初は信じてくれなかったが見せたらあっさり信じた。一瞬イリュージョンかと思われたけどな。

 

 

 奏にとっては16年間一緒に過ごした家族だとしても、俺にとってはまだ2日くらいしか過ごしてないから、奏のことなんて全然わからない。だから、正直どう妹と接したらいいのかよくわかってない。

 

 

 仲間の中に妹がいる人なんていないから、聞こうと思っても……って確かマーガレットが「妹がいる」と話していたような。忘れてしまったが。

 

 

 それでも、奏が俺の妹なのは事実だ。だったら、兄として大切にしないといけない。

 

 

「そんなにすぐ、信じてくれるの?」

 

「だったら訊くけど。俺が奏と同じこと言ったら、信じる?」

 

「もちろん!」

 

 

 奏はすぐに答えた。これはとても嬉しい。

 

 

「それと同じ。マヨナカテレビの結果、俺が花村と里中に話しておく。放課後、ジュネス行くぞ」

 

「わかった!」

 

 

 ちょうど学校に着いたので奏と別れ、俺は階段を上って教室へと向かった。

 

 

「……さて、どうしたものか」

 

 

 俺は呟く。「小西先輩を出来れば助けたい」と思ったまではいい。誰だって思えることだ。でも問題は「どうやって助ける」かだ。俺はいつ生田目と話すのか。そしていつテレビに入れられるのかわからない。足立さんにテレビに入れられるまでに助けないと難易度がとても難しくなってしまう。

 

 

 今の俺はテレビに入ることしか出来ない。ペルソナ出して戦闘とか無理だ。ちゃんと手順を行う必要がある。

 

 

 1週目で初めてクマと会ったときの口ぶりからするに、小西先輩が入れられたのは俺たちがテレビの中の世界から帰ってきたあとだと考えられる。だとすればだ。花村たちがテレビに入ったあと、鮫川河川敷に行ってみれば会えるかもしれない。

 

 

 1週目で生田目は鮫川で小西先輩と話したと言っていた。……これはスピード勝負になるな。小西先輩が生田目と離れて警察署に行ってしまわれたらおしまいだ。

 

 

 うまく奏たち3人で入ってくれればいいのだが。

 

 

 

 

 

 教室。俺は朝のHRの前にさっそく陽介と里中に話した。

 

 

「え……じゃあおまえも、奏ちゃんも見たのかよ?」

 

 

 陽介が驚いて疑問系で返してきた。俺は頷く。

 

 

「でも見えたのが、みんな同じ女の子ってのはどうなのよ」

 

「つか運命の相手が女ってどゆこと。髪の毛が肩くらいでフワっとしてて、ウチの制服着てて……小西先輩に似てたかも。そういえば事件の第1発見者って小西先輩らしいね」

 

「ああ。だから元気なさそうだったのかな。今日学校来てないっぽいし……」

 

 

 陽介が若干落ち込んでいた。かなり心配なのだろう。

 

 

 俺たちが話していると天城が先に帰った。どうやら最近忙しいようだ。確か山野アナが泊まった旅館、天城の所だったな。そのせいかもしれない。

 

 

「しっかしおまえ……」

 

 

 急に陽介が話をふってきた。奏がテレビの中に吸い込まれた件についてだった。陽介は「寝ぼけてた」という意見だ。……1週目のときの俺は寝ぼけてたってことはなかったが、今となって奏が寝ぼけていたかどうかなんてわからない。

 

 

「いや、寝ぼけたってことはないと思う。今日、珍しく早起きだったから」

 

 

 それに昨日と比べると明らかに元気がなかった。それだけでも奏が寝ぼけてたとは考えにくい。

 

 

「けど夢にしてもおもしろい話だねそれ。“テレビに小さいから入れない”とか変にリアルっつかくだらないというか。もし大きかったら……」

 

 

 

 

「なんてウチのとこまで見に来たわけだけど、まーたそんなくだらん話信じてるのかよ」

 

 

 確かめることになり、ジュネスの家電製品売り場にやってきた俺、奏、陽介に里中。また“あの”テレビの前にやってきた。

 

 

 陽介と里中が試しにテレビに触れてみる。もちろん、何も起こらない。2人は横のテレビの方へと歩いていってしまった。

 

 

「兄さんは触らないの?」

 

「俺は……いいや。ちょっと行くとこあるから」

 

 

 触れる訳がない。ちょっとでも触れてみろ。奏に色々とバレてしまう。

 

 

「奏。触れてみたら?」

 

「う、うん」

 

 

 緊張した表情で奏は1歩前に進む。テレビの画面に指先を近づける。伸ばしている腕は緊張のせいなのかブルブルと震えていた。

 

 

「ーー!! やっぱり……兄さん、入る」

 

「中に空間があったりしてな」

 

「そういえば鳴上。おまえんちのテレビ……て……おい。奏ちゃんの腕……刺さってない?」

 

 

 ここでようやく腕突っ込んでいる奏に気づく。陽介と里中はかなりパニックになってるようだ。奏はどんどん奥に進んでいく。2人は俺のことを忘れたかのように奏の方に走っていく。

 

 

 客が来るのかかなり焦っているようだ。

 

 

「ってちょ! まっ!! うわあああああ」

 

 

 ……俺が手を貸すまでもなく落ちていったな。かなり綺麗に。ある意味スッキリした転落だった。

 

 

「……さあ、急いで鮫川河川敷に行かないと」

 

 

 俺はジュネスをあとにして、鮫川へと走った。



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4月ー④ 中編

 朝。昨夜のマヨナカテレビのせいで珍しく早起きしてしまった。普段の私なら2度寝するのだが、何故か今日はこのまま寝れる気がしなかった。

 

 

「おはよう。今日はめずらしくはやいね」

 

「おはよう菜々子ちゃん。私だって、たまには兄さんより早く起きるときだってあるんだよ」

 

「そうなんだ。すごいね」

 

 

 菜々子ちゃんは純粋に信じてくれた。偉いなあ。椅子に座るとちょうどいいタイミングで兄さんが降りてきた。早起きが兄さんにとっては珍しいのか理由を訊かれた。菜々子ちゃんの前でマヨナカテレビのことを言うのは不味いと思った私はとっさに半分嘘半分本当のことを言った。

 

 

 マヨナカテレビのことは通学路を歩くときに言おう。画面に吸い込まれた、なんて信じてもらえないかもしれないけど、兄さんには嘘はつきたくないから。

 

 

 

 

 

「ねえ、兄さん」

 

 

 私は前を歩く兄さんを呼び止める。兄さんはいつも通りの優しい笑顔で「何?」と訊いてくる。私は誰にだって優しい兄さんが大好きだ。

 

 

 

「テレビに腕が突っ込んだって言ったら……信じる?」

 

「信じるよ」

 

 

 ……え?

 私はとても驚いた顔をした。信じてくれることは嬉しい。でも、何故そんなにすぐ「信じる」と言い切れるのだろう。

 

 

「そんなにすぐ、信じてくれるの?」

 

「だったら訊くけど。俺が奏と同じこと言ったら、信じる?」

 

「もちろん!」

 

 

 私は即答で答える。兄さんはいつも嘘はついたことがない。……いや、ボケるときに少々嘘は言ったりするが。

 それでも悪意をもって嘘を言ったことはなかった。だから、もしも兄さんが私と同じことを言ってもすぐに信じる。私はそんな自信があった。

 

 

 

「それと同じ。マヨナカテレビの結果、俺が花村と里中に話しておく。放課後、ジュネス行くぞ」

 

「わかった!」

 

 

 そこでちょうど学校に着いた。私は靴を上履きに履き替え、階段を上がって2階にいく兄さんと別れた。私は1階の1組の教室に入った。

 

 

 

 

 

 兄さんのいう通り放課後ジュネスへとやってきた私、兄さん、花村先輩に里中先輩。

 

 

 まずは花村先輩と里中先輩がテレビの画面に触れてみる。画面はウンともスンとも言わない。「やっぱな」と言わんばかりの表情をしたあと、2人は隣のテレビのコーナーに行ってしまった。

 

 

 私と兄さんが取り残された状態になった。

 

 

 

「兄さんは触らないの?」

 

「俺は……いいや。ちょっと行くとこあるから。……奏。触れてみたら?」

 

「う、うん」

 

 

 私は画面に指を近づける。少し怖いのか、腕が震えている。私は「大丈夫」と言い聞かせてもう少し近づける。あれは夢だったんだ。そう信じていた。

 

 

「ーー!! やっぱり……兄さん、入る」

 

 

 夢ではなかった。何故か私はテレビに入れるのだ。

 

 

「中に空間があったりしてな」

 

 

 当事者である私がかなり驚いているのに、兄さんはいつも通りの口調だった。兄さんはこういうときでもクールに対処する。カッコいいのか、鈍いのか。妹の私でもよくわからない時がある。今がその一例だ。

 

 

「そういえば鳴上。おまえんちのテレビ……て……おい。奏ちゃんの腕……刺さってない?」

 

 

 ここで花村先輩が私に気づいた。つられて里中先輩も気づく。何故か私より慌てていた。どうやら客が近づいてくるらしい。だったら尚更だ。飛び込んでやる。

 

 

 2人は私に向かって走ってくる。慌てすぎたのか2人の体同士ぶつかって私の方に倒れてくる。これはもう入り込むしかない。

 

 

「ってちょ! まっ!! うわあああああ」

 

 

 花村先輩に里中先輩がそう叫ぶ中、私だけ少しドキドキしながら落ちる先を見つめていた。ここだけは、きっと兄さんに似たのかも。そう思ったりした。

 

 

 

 

 

「ぐえ……! つーーケツを……モロにっ!」

 

「な……なんなのいったい」

 

 

 地面に着地した私たち。……花村先輩にお尻からドスっといってしまったらしいけど。

 

 

 そんな私たちを待ち受けていたのは一面の霧だった。何も見えない。かろうじてわかるのは……

 

 

「どこ……ココ?」

 

 

 ここは“テレビの中の世界”だということだった。



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4月ー④ 後編

視点は悠→奏→悠→陽介


 鮫川河川敷に到着した俺は辺りを見渡す。ここは結構静かな所で釣りが出来る。1週目の時から俺はよくここに来ていた。

 

 

「……いないか。ん? あの人影……まさか!」

 

 

 俺が見間違える訳がない。何せ特別捜査隊の頭脳担当。現役高校生探偵の「白鐘 直斗(しろがね なおと)」だったからだ。しかし、かなり早めの登場だな。

 

 

 だけどこれは少し好都合かもしれない。直斗に訊けば小西先輩がもうここに来たのかどうかわかる。

 

 

「……ねえ」

 

「はい、何でしょう?」

 

 

 この反応はキツい。何か心にグサッとくる感じだ。壁を作ってる直斗は、アレだ。「可愛いげがない」ってヤツだ。

 ……いかん、本題にいかないと。

 

 

「小西早紀って人、ここで見なかった? 八校の人なんだけど……」

 

 

 俺は小西先輩の特徴を丁寧に、細かく直斗に伝えた。1週目初期ステータスの俺だったら無理だが、伝達力MAXの今の俺なら楽勝だ。

 

 

「……なるほど、それにしても貴方は伝える能力が高いようですね。とても分かりやすいです」

 

「ありがとう」

 

 

 ……ふっ。探偵に誉められた。とても嬉しい。お世辞だとしても嬉しい。

 

 

「ええ。見ましたよ。何やら男の人と揉めていた感じでした。気になったので別れたあとその小西早紀さんを尾行していたら、刑事に呼び止められたらしく警察署に歩いていきました」

 

 

 ……!! 遅かったか。まさかここまで足立さんの行動が早いとは。すまない、陽介。どうやら俺には止められなかったみたいだ。

 

 

「わかった。ありがとう。……えっと、名前訊いてもいいか? 俺は鳴上悠。高校2年」

 

「僕は訊かれたことを答えたまでです。ですが、貴方と会えたことは僕にとっても刺激になりました。鳴上さん、こちらこそありがとうございます。僕は……白鐘直斗です」

 

 

 そうか。まだこの時点では直斗は八校生じゃないのか。鳴上“さん”か。悪くないな。

 

 

 俺と直斗は互いに握手し合うと、別れを言って俺は鮫川から離れた。意外と時間は経過していたらしく、まもなく奏たちがテレビの中から帰ってくる時間になっていた。

 俺は急いでジュネスの家電製品売り場に戻った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 辺りを見渡すと不思議な場所だった。霧が1面広がっていて全然見えない。とても不安にさせる所だ。私だけじゃない。里中先輩も花村先輩も不安がっていた。……兄さんなら、ここでもクールに振る舞っていたのかな。

 

 

「何ここ……どこかのスタジオ? ジュネスのテレビがこんなところにつながってるなんてビックリ。何かのアトラクション?」

 

「……なわけねーだろ。わけわかんねーよ。つかどうなってんだ?」

 

「……どうするの?」

 

 

 里中先輩が不安丸出しで訊いてくる。花村先輩も辺りを見渡していた。「どうするの?」と訊かれれば答えは1つ。

 

 

「調べてみるのが1番手っ取り早いのではないですか? 出入り口……見当たらないみたいですし」

 

 

 そう言うと里中先輩はもう1度キョロキョロ見渡して「……ほんとだ」と呟いた。花村先輩も同意してくれて私たちは行けそうなところから行ってみることにした。里中先輩は最初はビビっていたが私たちが先行して先に行くのを見ると後ろからついてきた。

 

 

 行き着いた先はマンションのような建物。道のりに進むとある部屋だけドアが開いていた。

 

 

「見るからに怪しいわね……」

 

「入るぞ」

 

「え…… そんななんのためらいもなく」

 

「里中先輩、覚悟決めましょう。進めそうなとこ、ここしかなさそうですし」

 

「そーいうこった。行くぞ」

 

 

 相変わらず怯えている里中先輩を説得しつつ、部屋に入っていく。というか、今回花村先輩がとても頼もしい。唯一男子が先輩だということもあるけど、これに限っては兄さん並みにとても頼れる。

 

 

「花村先輩、私初めて先輩頼もしいと思いました」

 

「お、好感度アップ的な? いいぜ、惚れちゃっても」

 

「兄さんはそういうこと言いませんよ。花村先輩とは圧倒的に違うとこですね」

 

「真顔で言うなよ」

 

 

 少し砕けた話をしているととある部屋についた。携帯を見るが圏外。電話やメールをしようにも出来ない状況だ。辺りを見渡す花村先輩。入ってきたドア意外に出入り口はなく、若干焦っていた。

 

 

「……ちょっと。周り……」

 

 

 里中先輩の震えた声がした。私と花村先輩は周りを見る。壁1面に誰かのポスターがあった。でも、顔の部分が切り取られていて誰だかわからなかった。かなり恨んでいたのだろうか。

 

 

 そして真ん中には椅子とロープがあった。あからさまにアレだとわかり、みんなこれにはもう話をふれることはなかった。

 

 

「……いや。戻ろうよ……気分悪くなってきた。さっきんトコ戻って違う道探してみようよ。私……こんな場所いたくない」

 

 

 里中先輩はもう限界のようだった。……それにしても、里中先輩の言う通りちょっと私も気分が悪い気がする。この部屋の光景のせいなのか、いつもの元気が出ない。これには花村先輩も同意し一旦戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

「……何かいる」

 

「何か? 何かって何!!」

 

 

 先ほどの広場に戻ると真ん中に何かいた。霧のせいでよく見えないので、それが余計怖さを引き出していた。

 

 

「おい里中……。おまえ行けよ、お得意のカンフーでさ」

 

「なんでアンタはこういうときは逃げ腰なのよ……。いいけどさ」

 

 

 里中先輩は何やら技を繰り出すのだろうか。構える。……てかさっきまで怖がってたの里中先輩なのに、今は花村先輩が怖がっちゃってる。攻守逆転ってやつなのかな?

 

 

「たぁーっ!!」

 

「グエーッ」

 

 

 ……喋った? 今、「グエーッ」って。

 

 

「な……何これ。着ぐるみ? サル……じゃない。クマ?」

 

「なんなんだこいつ」

 

 

 クマの着ぐるみが里中先輩の蹴りのせいで倒れている。よく見ると……意外とかわいい。兄さんって裁縫出来るかな? 出来るならこれのストラップ作ってほしいな。

 

 

「キ……キミらこそ誰クマ?」

 

「……喋りましたよ。クマの着ぐるみが」

 

「しゃべった!?」

 

「おもいっきしグェとか言ってた気がしたけどな……」

 

 

 喋るんだこの子。……「誰クマ?」とか訊いてきたけど、あれから数秒このクマは喋ってない。何でだろう?

 

 

「……」

 

「起こして」

 

 

 あ、自分で起きれないんだ。私は手を差し出してクマを起こす。場所の雰囲気にかなりミスマッチな外見だ。私はクマにここはどこなのか、キミは何者なのかを訊いてみた。

 

 

「クマは、クマだクマ。ココにひとりで住んでるクマ。ココはボクがずっと住んでるところ。名前なんてないクマ。とにかく……キミたちは早くアッチに帰るクマ」

 

「だから! こっちもそうしてえんだっつの」

 

「最近誰かがココに人を放り込むからクマ迷惑してるクマよ。誰の仕業か知らないけどアッチの人にも少しは考えてほしいって言ってんの!」

 

 

 誰かが……ココに? それに“アッチの人”とか……意味わかんない単語のオンパレード。私そんなに成績よくないから難しい話しないでほしい。

 ……って花村先輩に里中先輩。かなり落ち着かないご様子。私が変なのかな? 私は別に普通なんだけど。ここも兄さんに似てるってよく言われるなあ。

 

 

「そっちのほうが私たちを引き込んでたりするんじゃないの? こっちのが迷惑だっつーの! 何がどうなってんのっ!?」

 

「ひぃっ!」

 

「……せ、先輩方。少し落ち着きましょ? クマ、怖がってますから……」

 

「と……とにかく早く帰ったほうがいいクマ」

 

「でもクマ、出方わからないよ?」

 

「だから、クマが外に出すって言ったクマ!」

 

「……聞いてねーよ」

 

 

 するとクマは真ん中で床を足でトントンと叩く。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 ポム、と3段に積み上げられたテレビが現れた。ここに入れば戻れるらしい。

 

 

「さー行って行って行ってクマ。ボクは忙しいクマだクマ!」

 

「ちょ、いきなり何無理だって! 押すな! 入らないって!」

 

 

 

 

 

 

「いってぇ~ あのクマ無理矢理過ぎなんだよ……」

 

「あいたた……」

 

「も、戻れた?」

 

 

 辺りを見るとジュネスの家電製品売り場だった。そして、近くには兄さんが少しビックリした表情をしていた。

 よかった。どうやら無事に戻ってこれたらしい。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 奏たちが入っていったテレビの前に着いた。奏たちの姿はない。間に合ったようだ。

 

 

「いてっ! ……戻ってきた? ってもうそんな時間かよ」

 

 

 陽介が流れた放送を聞いて呟く。俺は3人に声をかける。すると奏が抱きついてきた。かなり怖かったらしい。何故か陽介と里中の顔が若干赤くなっていたが、気にしないことにした。

 恥ずかしさより、妹をとる。陽介に1週目のころ言われまくった“シスコン”をなめないでもらおう。

 

 

「ーー! 花村先輩……あれ」

 

 

 奏が俺の背中に隠れたまま陽介に呟いた。目線は演歌歌手「柊みすず」のポスターだった。……いいのか、俺の前で。いくら呟きでも俺にガッツリ聞こえているぞ。

 

 

「……ああ。そうか」

 

 

 陽介が俺に気づきそれ以上は何も言わなかった。別にテレビに入るところを見たわけだし、言ってくれてもいいと思うのだが。

 

 

「わーわー! やめやめ! 俺今日のことまとめて忘れることにする! なんかもーハート的に無理だから。うん!」

 

「帰ろっか」

 

 

 ……何か強制終了された気がする。俺がいるから? 目撃者だったのに? 寂しいな、これ。あとで陽介に古いイタズラでもしてやろう。そうしよう。

 

 

「……奏、俺たちも帰ろうか」

 

「あ、うん」

 

 

 これは声をかけるべきなのか……? 兄としてやらなければならない試練なのか? ……やってやろうではないか。

 

 

「別に無理矢理聞こうとはしないよ」

 

「ーー!」

 

「花村があんな様子ってことはそれほどヤバかったんだな。俺が聞いてもたぶん無駄だと思うな。だから、何も聞かない」

 

「……ありがと、兄さん」

 

 

 図星だった。よかった。兄としてレベルアップだな。1週目でステータス全MAXにしといてよかった。まさかここで役立つとは。

 

 

 さて、今日も雨か。1週目では疲れて見る気が起きなかったが今は違う。そもそも入ってない。だから今日は見ようと思う。……マヨナカテレビを。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「わーわー! やめやめ! 俺今日のことまとめて忘れることにする! なんかもーハート的に無理だから。うん!」

 

 

 

 

 

 なんて強がってみたところでーーあんなおかしな出来事を忘れられるはずもなく……俺はその日の晩。どうしても気になり“マヨナカテレビ”を見ることにした。

 

 “テレビ”はさもそれが当然のように映り、俺も驚くこともなく、“テレビの中”には前に見たのと同じ小西先輩に似た女性が映っていた。

 

 その姿はとても眩しくて鮮明で、何かに苦しんでいるようで、俺はどこか胸のあたりが熱くなるのを感じながら。その姿をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 ーー翌日。

 山野アナの第一発見者である小西早紀先輩は山野アナと同様に変死体となって……遺体の姿で発見された。 



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4月ー⑤ 前編

視点は悠→陽介→悠


 全校集会が終わったあとの休み時間。俺と里中は窓に寄りかかって話していた。すると陽介が近づいてきた。

 

 

「あ……花村……」

 

「……なあ、おまえら。昨日、あの夜中のテレビ見たか?」

 

「あのさ……人が死んでるのに何言ってるの? しかも被害者は」

 

「見た。小西先輩だよな。映ってたの」

 

「鳴上くん!?」

 

「……そういや、おまえだけだよな。“テレビの中”に入ってないの」

 

「奏ちゃんから訊かなかったの?」

 

「言いたくなさそうだったから」

 

 

 正直、別に知ってるからいいとか言えないし、何故か2人が丁寧に教えてくれたので俺は驚くふりをした。

 ……ぶっちゃけこの演技はりせに勝てると思っていないとは言えない。

 

 俺への説明が終わったところで話を戻し、陽介の考えを聞くことになった。陽介は先輩が死んでとてもショックだったのかいつもの落ち着きがないように見えた。

 

 

「……頼むよ。鳴上、奏ちゃんの力借りたいんだ。奏ちゃんがいないと“テレビん中”に入れないんだ。俺、どうしてもあっちの世界に行ってたしかめたいんだ。先輩に関係する場所もあるかもしれない。なんで先輩が死ななきゃなんなかったのか、知っときたいんだよ!俺、ジュネスで待ってるからさ」

 

 

 「ジュネスで待ってる」。そう言うと陽介は先に帰った。ちょうど俺たちももうすぐ下校。ついでに1年の教室によろうと階段に向かう。

 

 

「鳴上くん、奏ちゃんに言うつもり?」

 

「……花村があんなに真剣なんだ。奏もわかってくれるし、最悪“俺も行く”」

 

 

 

 ただテレビの中に行くことしか出来ない俺が行ったって足手まといになるだけだが、里中を説得出来ないと奏のところに行けないかもしれない。それは正直言ってめんどい。かなりめんどい。

 

 だから、“最悪”俺も行く。なのだ。本当に最悪じゃないと行かない。そういう意味だ。

 

 本音を言えば里中なら肉でつられるんじゃ……と思ったりして。陽介にやらせてみようかな。……いや、1週目で陽介が1回やった気がする。いつだろう?

 

 

「……わかった。もうすぐモロキンくるから急ぎなよ」

 

「ああ」

 

 

 説得成功。俺は駆け足で1年1組に向かった。

 

 

 

 

 

 1組。探すのがめんどくさいので近くにいた女子に呼んでもらった。急に2年が来たから若干俺に視線が集まったのだが気にせず奏を廊下に連れ出す。

 

 

「奏。花村が“ジュネスで待ってる”って。……向こうから教えてもらった。昨日のこと」

 

「……そっか。わかった、すぐ行く。兄さんは、どうするの?」

 

 

 考えてなかった。でも流石にジュネスまでは行かないと里中に怒られるよなあ。……行ってから考えよう。

 

 

「とりあえず、ジュネスには行くよ。俺はあっちの世界は見たことないからわからないけど、気を付けて」

 

「……うん!」

 

 

 何故か奏は元気に返事した。ちゃんと伝わったか、とても心配だ。一応遠回しに忠告しといたんだが。例えば……シャドウとかシャドウとかシャドウとか……。

 

 それにこのあとは確か陽介のシャドウ戦になるかもしれない。というかそうなる。だからなあ……と俺は本当に心から心配している。

 

 

「じゃあ、教室戻るから」

 

「またね兄さん」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ーー俺はこのとき、自分のこの胸の高鳴りを抑えられないでいた。

 

 

「来てくれたのか!!」

 

 

 ロープとゴルフクラブを持って待っているとこちらに歩いてくる3人がいた。鳴上兄妹に里中だ。

 

 

「バカを止めに来たの! あんたの言ってるようなことが仮にマジだったりしたらあんたの身にも何が起きるかわからないんだよ。向こうで何があっても知らないんだからね」

 

 

 ……そんなの、わかってる。でも、“それでも”行かないといけないんだと思う。里中は本気で心配してくれている。それはとても嬉しい。だからって「はいそーですか」で「やっぱりやめときます」って訳にはいかない。

 

 奏ちゃんは俺と里中の会話を心配そうな表情で聞いていた。口喧嘩だと思って心配しているのかな、と俺は少し恥ずかしくなる。

 

 そんな妹とは反対の表情、いや無表情なのかと疑う感じの表情をしているのが兄の鳴上悠だ。鳴上はホントたまに何を思ってるのかわからないときがある。いきなりボケたり、さりげなく厳しいツッコミをやったり。謎の男だ。

 

 兄妹で違うところと言えば妹はテレビの中に入れる、という不思議な能力をもっている。兄にはそれはない……のか? そう言えば、昨日俺と里中はテレビに触れたけどこいつだけ触れていなかったよな。まあ、いいか。

 

 

「鳴上くん……もうこのバカになんか言ってやってよ」

 

 

 里中は「命綱あるから大丈夫」と言った俺に呆れたのか鳴上に話をふる。

 

 

「おまえも放っておくことはできないよな? ……奏ちゃん、頼む!」

 

「……わかったよ。奏、協力してやってくれ」

 

「ずっとそのつもりだったよ兄さん。花村先輩、行きましょうか」

 

「ああバカだ、こいつらバカだ。鳴上くんと奏ちゃんがそんな人だとは思わなかったよ……」

 

 

 悪い、里中。

 俺は心の中で謝り、鳴上に里中と一緒に留守番するよう頼んだ。鳴上は快く快諾してくれた。

 

 

「戻ってきてよ絶対に!!」

 

 

 里中は渋々了承してくれた。

 

 

 

 

 

 ーーそれは、先輩が死んだことへの悲しみなのか憤りなのか、犯人への怒りなのか。はたまたただの好奇心からくるものだったのかわからないが。

 

 

「キ……キミたち……なんでまた来たクマ?」

 

 

 なんにしても、これがこれから忘れられない1年間を共にする相棒と、

 

 

「へへへ……ちょっと真実をつかみにね」

 

 

 自分の意志での初めての事件探索になったっつーことは、紛れもない事実だな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ジュネスの家電売り場で待っている俺と里中。たまにくる客の視線が痛かったが頼まれたので我慢して待っていた。

 ざっと考えて向こう(テレビの中)の2人がまだクマと話している時だった。

 

 

 里中は切れたロープを手に持ちながら座って待っている。心配なのか何も言葉を発しなかった。俺も、ただただ何も話さず待っていた。

 

 

 今の俺は……“昔の俺”そっくりだと思う。きっと1週目の陽介が見たらそう言うに違いない。

 

 

『今の相棒、初めて会ったときとそっくりだ』

 

 

 そんな感じで。何て言うか……寂しいんだろうな。隣に里中がいるけれど、何かが違う。

 

 

 ……ああ、わかった。きっと、陽介が俺じゃなくて、奏のことを「相棒」と言ってしまうかもしれないって思っているからだ。

 

 

 俺は陽介に“相棒”と呼ばれることで「陽介は一番の親友だ」って思っていたんだろう。それが“当たり前”になっていたのだ。いつの間に。

 

 

 だからきっとそれがない。それが一番寂しくて悲しい。

 

 

 もちろん、相棒じゃなくたって陽介は話しかけてくれる。でも、事件に関わらない俺と、関わっていて相棒の奏とじゃあ話す量が違う。

 

 

 これは、ただ私情。それはわかってる。それにこれだとちょっと危ない。一応言っておく。これは「恋」ではない。あれだ。「嫉妬」だ。……どっちもどっちだな。

 

 

 ……とにかく、これは“嫉妬”。俺は関わらないと決めた身だ。あまり陽介たちに関わっちゃ駄目だ。

 

 

 これ以上関わってしまったら、きっとこう思ってしまう。思い続けていたらもしもテレビの中に入ってしまったとき、シャドウに利用されてしまう。

 

 

 でも、駄目だ。本当に、駄目なんだ。“この世界”は、2週目であり、1週目とは変わった世界なのだから。

 

 

【ワイルドの力を失わず、鳴上奏という存在がいなくなればいいのに】

 

 

 俺は、このとき久しぶりにーーと言ってもたぶん数分くらいなのだがーー里中に声をかけた。

 

 

「悪い里中。俺、ちょっと気分が悪い。鮫川で休んでくる」

 

「気を付けてね」

 

「すぐ……戻るから」

 

「駄目だったら、帰っていいからね」

 

「ああ」

 

 

 俺は駆け足でジュネスを出る。出て人通りが少なくなった瞬間、俺は走っていた。

 

 

 

 

 

 俺以外を“相棒”と呼ぶ陽介なんて見たくない。

 

 俺以外を“センセイ”と呼ぶクマも見たくない。

 

 俺だけ仲間はずれなんて嫌だ。

 

 もう一度みんなのリーダーをやりたい。

 

 2週目なんて……来たくなかった。

 

 

「何で……こっちに来させたんだ。ベルベットの人たちは」

 

 

 気がつけば、俺は家に戻っていた。「帰ってもいい」そう里中に言われたので遠慮なく俺は家に帰る。

 

 菜々子が心配そうな顔で俺の顔をのぞいてくるので「大丈夫」と言って部屋に戻った。戻る前に、夜ご飯いらないと伝えて。

 

 部屋の時計を見る。そして布団にねっころがる。

 

 

 気がついたら、俺はもう寝ていた。これは、奏と陽介が向こうの世界でクマと話している辺りから……シャドウ陽介との戦闘している辺りまでの話だ。




鳴上兄めっさ最後暗いですが奏のこと嫌いではないので態度が変わったりはしません。ただの嫉妬ってことです。


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4月ー⑤ 中編

視点は奏


 テレビの中に入るとすぐにクマがいた。すると私たちを指差し何故かどや顔で言ってきた。

 

 

「わーかったっ! 犯人はキミたちだクマ! キミたちはココに来れる……。他人にムリヤリ入れられた感じじゃないクマ! よって一番怪しいのはキミたちクマ! キミたちこそ、ここへ人を入れてるヤツに違いないクマァアッ!!」

 

 

 ……なんだろう。すっごくムカついた。私たちが人を入れてる? 入れると知ったの昨日なのに。

 

 

「っざけんなッつーの! 俺たちはその犯人ってヤツを突き止めに来たんだよ! そうじゃなきゃ、わざわざこんな帰れるかもどうかもわかんねーところにまた来るかっての!!」

 

 

 ほらあ。花村先輩、クマの頭つかんで怒鳴ってる。

 

 でも、クマが私たちを急に疑うのもわかる気がする。初めて私たちがここに来たとき、クマは「ここに住んでる」って言っていた。

 

 なのに急に人が落とされたりーーまだそう疑っているだけーー人が来たり、クマにとっては自分の家を荒らされた感じだと思う。

 

 ……と、私が思ってるときも花村先輩とクマは言い争っていた。クマが「証拠あるクマ?」と訊いてきて花村先輩は急に少し黙る。流石の花村先輩も証拠を訊かれてしまえばお手上げ、といったところか。……仕方ない。後輩の私が助け船をだしてあげよう。

 

 

「……もし、犯人だったら。このゴルフクラブでキミをボコボコにしてるところだよ」

 

 

 私は花村先輩に護身用にとくれたゴルフクラブを野球のバットの構えでクマに向ける。少し怖いのかクマの表情が強ばっていた。ちなみに、少しスイングしてみると横の花村先輩も怖がっていた。どこが怖いのだろう? 私はあとで聞いてみようと記憶の片隅によせておく。

 

 

「キミも私たちに危害を加えてこない。だから、信用できる。それじゃあ、ダメ?」

 

「そっか」

 

 

 そんなりあっさりいいんだ。

 

 

「……おい。俺んときとずいぶん態度が違うじゃねぇか。納得したのかよ」

 

「まだ疑いは晴れてないクマけど、この人クマのこと起こしてくれたクマ。信じていいよ。……でも、その代わり言ってるとおりに犯人を探し出してほしいクマ。クマは……ただ、前みたいに静かに暮らしたい……だけ……クマ。もし言ってることが本当じゃなかったら……」

 

「じゃなかったら……?」

 

「ココから出してあーげないっ!」

 

 

 クマってとても表情豊かで可愛いねぇ。……触っていいかな? いいよね? 約束するんだもの。

 

 

「クマっ!? 何するクマか!?」

 

「何……やってんの奏ちゃん?」

 

「何って、触ってるだけですよ花村先輩。……ああ、あと。命綱のつもり“だった”ロープ。切れてますよ」

 

 

 花村先輩は気づかずずっと巻いていたことに言いたかった。けどいきなりクマが腹が立つことを言ってきたので言えなかった。でもやっと言えた。私は結構すぐに気づき取っておいたが気づかないままの花村先輩は腰にまだ巻き付いていた。

 

 花村先輩はやっと気づき腰に巻いていたロープを取る。

 

 

「だから、クマ。約束する。私たちは必ず犯人を見つけ出すって」

 

「言われなくても犯人見つけてやるから、きちんとこっから俺たちを出してもらうからな!!」

 

 

 仕方なく花村先輩も約束したようだ。時を見計らって私はクマに訊きたかったことを訊いた。

 

 

「1つ訊いてもいいかな? あの番組“マヨナカテレビ”ってここのスタジオで撮影されてたりする?」

 

「バングミ? サツエイ? ココは元々こういう世界クマ。誰かが何かをトルとかそんなのないクマよ。でも、そっちがこっちに干渉するからこっちの世界、どんどんおかしくなってるクマ」

 

 

 クマは喋りながら話し出す。前に放り込まれた人が消えた場所に案内してくれるらしい。放り込まれた人と言えば……小西先輩しかいない。私と花村先輩はクマの話を聞きながら歩いてく。

 

 クマはココについても話してくれたけど、私たちにはよくわからない内容だった。私たちの世界で“霧が出る日”はこっちにとっては“霧が晴れる日”。そして霧が晴れると“シャドウ”というのが暴れて危ない。

 

 

「でもクマ。私たち何も見えないよ? 歩いてるのでやっとなの。よくそんなスタスタ歩けるね」

 

「仕方ないクマね。コレをかけるクマ!!」

 

「なんだよ……メガネ?」

 

 

 私たちは恐る恐るかけてみる。

 

 

「わっ……。ハッキリ見える!」

 

「すげぇ。濃い霧がまるでないみたいだ……。つか、ここって町の商店街にそっくりじゃんか。けど、ここがウチの商店街と一緒ならこの先は……」

 

「“コニシ酒店”……小西先輩の両親のお店ですね」

 

 

 見てるだけで恐ろしい雰囲気。たぶん、先輩はここで消えたのだろう。花村先輩が近づいてみる。

 

 

「ま……待つクマ! そこにいるクマ! やっぱり襲ってきたクマ!」

 

 

 急にクマが慌てる。何か恐ろしいのが近づいてくるのだろうか。怯えているようにも見える。

 

 

「……? いるって、何がだよ」

 

「シャドウ!!」

 

 

 店の出入り口から黒い影が2つ、現れた。花村先輩は不意打ちで攻撃を受けたらしく肩に傷が出来ている。これがクマが言ってた“シャドウ”。確かに、住んでるクマが慌てるのもわかる。

 

 

「普段は身を潜めてるけど、1度暴れだすと手がつけられないクマ!!」

 

「先輩はこいつらに殺されたってことかよ」

 

「はあっ!」

 

 

 私はゴルフクラブを思いっきりシャドウに叩きつける。

 

 

「へ……」

 

「無理だクマ!! シャドウに普通の攻撃は通用しないクマ!!」

 

 

 ゴルフクラブは見事にぐにゃぐにゃに曲がり使い物にならなくなった。攻撃したシャドウが私に襲いかかる。

 

 

「いやっ!! に、兄さん……」

 

 

 “助けて”。そう言おうとしたけど私は口を閉じた。今ここに兄さんはいない。外で里中先輩と帰ってくるのを待っているのだ。私は思わず目をつぶる。

 

 

 

 

 

「ようこそ……我がベルベットルームへ」

 

 

 老人の声が聞こえて目を開けるとリムジンらしき車の中にいた。奥のソファに先程の声の主の老人、右に綺麗な女性、左に私と同い年くらいの少女がいる。

 

 

「私はイゴール。お初にお目にかかります。ここは何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。今、まさに貴方の運命は節目にあり、もしこのまま謎が解かれねば未来は閉ざされてしまうやもしれません」

 

「未来……つまり死ぬってこと?」

 

「私どもは“答え”は言いませぬ。しかし、私の役目はお客人がそうならぬよう手助けをさせていただくことでございます。これは貴方の未来を示すタロットカード。……おやおや、どうやらおもしろいカードをお持ちのようだ」

 

 

 イゴールがカードを隣の女性に渡すとそれを今度は私に渡してくる。

 

 

「願わくば……。貴方が何事にも惑わされず、前に進めるよう。……“彼”のようにね」

 

 

 “彼”……? 誰だと訊こうとしたが意識はその前に現実に戻ってきた。そう。あのシャドウに襲われる寸前の危機的な“現実”に。 



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4月ー⑤ 後編

視点は奏


 現実に戻ってきた私は絶望的な状況だった。目の前にはシャドウが今すぐに襲いかかるところ。

 

 

「ーー!」

 

 

 私の手のひらには光ってるカードが。いきなり現れたことに隣にいたクマや花村先輩がとても驚いていた。

 

 私は頭に思い浮かんだ言葉をゆっくりと口にする。

 

 

「……ぺ……ル……ソ……ナ」

 

 

 そして思いっきり握りつぶす。すると背後に巨大な何かが現れた。私が口にした言葉、“ペルソナ”。もしかしてこれのことだろうか。

 

 

 私のベルソナーーナキサワメは両方に刃がついた武器で華麗にシャドウを倒しまくっていた。

 

 

「これが……私の、ベルソナ……」

 

 

 気がつくと、襲ってきた全てのシャドウが倒された。私は状況の整理がついてなかったのか、しばらくボーッとしていた。クマの声が聞こえ、私はハッと意識を2人の方に戻した。

 

 

「センセイはすごいクマね。クマはまったくもって感動した!!」

 

「セ……センセイ?」

 

 

 いきなりクマに「センセイ」と呼ばれ動揺した私。花村先輩もこのクマの豹変した態度に若干引いてるようだ。

 

 

「こんなすごい力を持ってたなんてオドロキね! な。ヨースケもそう思うだろ?」

 

「何急に俺だけタメ口になってんだ。チョーシ乗んなよ」

 

「むぎゅ! ……スンマセン」

 

 

 花村先輩がクマに肘で攻撃……。

 

 

「先輩、クマが可哀想だから止めてあげて下さいっ。兄さんならもっとほんわかに言いますよ! ……肘攻撃は別にいいと思いますけど」

 

「肘はいいんだな」

 

「センセイには兄がいるクマか?」

 

「うん。鳴上悠って言って自慢の兄さんなんだよ」

 

 

 「自慢の兄さん」ーー私は簡単に、一言でクマに教えた。何をするにも器用で何でも出来てしまう。凄い兄さん。だから、私にとっては“自慢”なのだ。

 

 それを聞いたクマは「じゃあセンセイのお兄さんは……ジョウシ(上司)?」とか言って結局また花村先輩にツッコミという名の肘攻撃をされた。

 

 

「クマ。兄さんをセンセイって言ったら? 兄さんはこっち1人で来れないけど、今度紹介するよ。……花村先輩より器が大きいから」

 

「何故毎度毎度俺で比べる」

 

「否定出来ます? 兄さんより器が大きいって大きな声で言えます?」

 

「……否定出来ないのが若干悲しい」

 

 

 どうやらクマも決めたらしく、1人で……てか1匹? で納得していた。兄さんを“センセイ”。私をシショウ(師匠)と呼ぶそうで。

 

 

「何でシショウ?」

 

「何となく、クマ!」

 

「いや、どや顔で言うなよ。奏ちゃんはそれでいいのか?」

 

「何かかっこいいのでオケです」

 

 

 

 

 

 クマの私や兄さんへの呼び方が決まったところで再び私たちはコニシ酒屋の方を見る。

 

 

“ジュネスなんて潰れればいいのに……”

 

 

「ーーなっ!」

 

 

 急に女性の声が聞こえた。ここら辺に住む主婦の方とかだろうか? 色んな人の声がいろいろ聞こえてきた。



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