こちら調査兵団索敵班 (Mamama)
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一話

小説を書くのはほとんど初めてですのでアドバイス等ありましたらよろしくお願いします。


 人としての尊厳とは一体なんなのだろうか、と私ことナディア・ハーヴェイは考えることがある。

そんなことを考えるのは私だけではないだろうが、大抵の人間はそんなことを考える間もなく死んでいくから、私のような思考を持つものは実質少数派だろう。

 

死にたくない、と言いながら絶望の表情を浮かべて彼らは死んで行くけれど、あるいはそれも幸せの一種なのではないかと最近思うようになってきた。

死ねばこれ以上苦しむことがないからきっと幸せ。

巨人の口の中に同僚が放り込まれていく様子を見ながらそんな思考がナチュラルに出来るあたり、大分私の思考もイカれてきてるらしい。

 

まあ、生きていることが罰ゲームだという事実は覆りそうにないけれど。

 

そんな風に愚痴る私に決まって突っかかってくる同期のリヴァイーーー今は上司だがーーーの言葉を借りるなら、『ならなんで生きているんだお前は』。

生きることが罰ゲームならさっさと死ね。何とも益体のない言葉だ。矛盾のない人間などいるわけがないというのに、上背のないチビは器も小さいという典型例だろう、私の方が小さいけど。リヴァイが潔癖性のチビであることに違いはない。

 

生きることは本能だ。

死ぬことを恐れるのは本能だ。

理由なんて特にないけれど死にたくない。生きるための理由なんてそんなもので十分だろう。

だから私も特に理由はないけれど、何となく全力で生きている。

そんな言葉遊びでもしないと、余裕ぶっていないと自分を保てないのだ。私が選んだ職場は間違いなくブラック。人生難易度はベリーハードを通り越したヘルモード。

ああ、と上を仰ぎもはやどうにもならない人生を振り返る。冗談抜きに回顧録でも書こうかと考えている。

 

『前方に7メートル巨人発見!距離はおよそ600!』

 

『各員立体機動に移れ!背後から叩くぞ!』

 

『死ねぇ!!巨人どもぉぉぉぉぉ!!』

 

『救護班!おい救護班!こっちに人回せ!』

 

『い、嫌だ!死にた・・・あ、ご、ぎゃあああああ!!』

 

ーーー職場選び、間違ったかなあ・・・。

あ、因みに前世では日本でリーマンしてました。

 

 

 

 

 今から百年ほど前、殆どの人類は巨人に食い尽くされた。残ったわずかな人類は巨人が超えることのできない壁を築き巨人の侵攻を食い止めた。

これが今現在生きている者にとっての常識だ。

どこのファンタジー世界だよ、と初めて聞いた時はげんなりしたが。

巨人の侵攻を食い止めた壁だが、それはいつ崩されるか分かったものではないし、百年安全だったからといって、千年後まで安全という保障はどこにもない。だから調査兵団なんてものが創設されたのだ。そんなことを念頭に置いていればこんな命が幾つあっても足りないような職場で働くようなこともなかったのだが。

結局はたいして考えもせず選択したのは私なのだから、自業自得なのだけれども。

 

訓練を卒業した者には基本的に3つの選択肢が与えられる。

壁の強化に努め各街を守る駐屯兵団。

犠牲を覚悟して壁外の巨人に挑む調査兵団。

王の元で民を統率し秩序を守る憲兵団。

新兵から憲兵団に入れるのは成績上位10名まで。250名中13位という何とも不吉な番号にあぶれた私は駐屯兵団に配属希望したが、突如現れたチビに名をつけられ、あれよあれよといううちに調査兵団に配属。

座学の成績が良かったから開発班とかどうです?という私のささやかな自己主張はないものとして扱われた。リーマン生活送っていると理不尽な目にあうことなんてザラにある。そこにジャパニーズ的な諦観が混じったのか大した反発もせずヘラヘラ笑いながら『はいはい調査兵団に入ればいいんでしょう入れば』などと爺臭く腰を上げたことがそもそもの間違いで、そこが私の人生の分水嶺だった。

最初の壁外遠征で死亡する割合が5割とかただの脅し文句だよねとか余裕ぶっこいてた当時の自分を殴り飛ばしてやりたい。いや本当、冗談抜きにぽこぽこ死んで行くのよ。

巨人に喰われてあの世に召されていく同僚を目撃するなんてもはや日常茶飯事だ。慣れというものが恐ろしいのか、単純に私が冷血な人間なのか分からないが、数年経つと断末魔程度ではビクともしない程度の精神力は手に入れた。もうね、人生って割り切ることが大事よ。寧ろパニックに陥った指揮官なんて場合によっては巨人以上に厄介だから率先して見殺しにしてる。大丈夫、貴方が死んでも代わりはいるもの。

とは言うものの、別に感情を無くしてしまったという訳ではない。リーマン時代の癖か任務中は無理に笑顔作っているけど内心一杯一杯で時には自室で泣いているし。

泣いてようやく生きていることが実感できるなんて平和ボケしている私も随分とスレた性格になってしまったようだ。

 

 

 

 

 私としては巨人とかいう意味不明な人喰いクリーチャーが跋扈している壁外に生身で特攻するなんて真似はしたくはない。転属届けが受理されないから仕方なしに籍を置いているだけだ。戦功立ててのし上がってやるぜ!などという野心も持ち合わせておらず、巨人討伐数を稼ぐよりも前線部隊のサポートに回るように任務を行ってきた。

基本的なこととして、巨人に最も効果的な戦術はそもそも戦わないということだ。不要な戦闘は極力避けるのがセオリー。前世からのチキンぷりを遺憾なく発揮した結果、私は生き残る技術とサポートに特化。気配察知とサポート能力に関しては調査兵団の中でもトップクラスだと自負している。

正直な話、今でも巨人に接近することは怖い。接近してうなじを切り落とすとかは大体人任せだ。私の仕事はその巨人を発見すること、有利な戦闘条件を整えること。細かく言えばまだまだ沢山あるが、大体はこの仕事がメインだ。弱そうな巨人をちょこちょこ討伐していたりもするが。

 

私が調査兵団に入って数年が経った。

それなりに経験を積んで一人前と呼ばれる腕前になった。

ああ、これなら生き残れるかも・・・などと不要な死亡フラグをおっ立てたのがいけなかったのだろうか。

 

846年 領土奪還作戦

領土奪還を賭けた総攻撃を敢行。結果はもちろん失敗。

ウォール・ローゼから外側、シガンシナ区は放棄され、人類の領土の3分の1と人口の2割を失った。

 

ぶっちゃけると口減らしだ。ウォール・マリアが巨人によって突破されたことにより食糧問題が加速。ぶつくさ文句を言う住民達に向かって『じゃあお前らが戦ってこいよ』と言わんばかりの作戦である。勿論そんなことを公言したわけではないが、誰が考えたって同じ結論にたどり着く。

現実問題として食糧が足りないという現状がある以上、人口そのものを減らすことが一番手っ取り早い。倫理を無視すれば中々いい作戦であると言えるだろう。残酷なようだが、戦略としては間違っていない。だがそれは切り捨てる側の一方的な意見であり、切り捨てられる方の弱者は到底納得できるものではない。

 

領土奪還作戦、口減らしフルコースと揶揄されたトンデモ作戦。

装備も馬も高価なものだ。ズブの素人をそのままポイ捨てするのも世間体が悪く、必要最低限度の訓練は施された。だが幾ら訓練を積んでも所詮は実戦経験皆無の素人集団。

だから彼らを率いるのは実戦経験のある調査兵団員になるのは自然な流れだった。

だが当然ながらそんな貧乏クジを引きたがるような自殺志願者は誰もいなかった。

そこでお鉢が回ってきたのが何故か私だった。

 

ナディア・ハーヴェイ

討伐16体

討伐補佐77体

長距離索敵陣形を用いた作戦において索敵班として高い戦績を誇り、気配察知と隠密立体機動を得意とする

 

プロフィール的に考えれば確かに指揮官向きだと言えるだろう。というか私を勝手に選抜した誰かも分からない馬鹿はプロフィールだけで判断したに違いない。

調査兵団の犠牲者を抑えたいからといって人数減らしていきなり私に大隊指揮権を預けるとかどう考えてもこの作戦の立案者は頭がイカレてる。最終的にピクシス司令がゴーサイン出したんだろうけど、出来れば止めて欲しかった。

実はエルヴィン団長も止めようとしたらしいのだが、いかんせん本部の最終決定を覆すには力が足りなかったらしい。すまない、と頭は下げられたけどエルヴィン団長はリアリストだし、私の出陣が取りやめになったところで他の誰かが犠牲になるだけだろう。

 

死んだな、これは。あー短い人生だった。

何しろあのリヴァイが同情の視線を向けてくるほどの作戦内容である、その酷さは推して知るべし。抵抗虚しく、私は地獄への片道切符を手に入れたのだった。

 

さすがに死ぬことを覚悟したが、悪運には恵まれていたのか、私は生還した。

私の精神衛生上、あまり詳しく語るつもりはないが、覚えている限り25回ほどの命の危機があったとだけ言っておく。

私が指揮した大隊はほぼ壊滅。分隊規模まで縮小された私の部隊と、途中合流した部隊を合わせ生き残った50名ほどの連合部隊が帰還。一時は300超の私の指揮する部隊は7体の巨人を討伐することに成功した。素人に毛が生えた程度の部隊としては破格の戦果である。

私はその戦績が認められ分隊長に昇進した。

・・・いえ、昇進はどうでもいいので憲兵団とかに移れませんか?無理?ははは、そうですか。じゃあ私はこれでーーーえ?新兵の壁外遠征で分隊指揮を私が?しかも初列四・伝達?ははは御冗談を。

・・・・・・・え、マジで?

 

回想終了。こういった、自分でもよくわからない道を辿り私は分隊長に昇進したのである。

あーあ・・・。

 

 

 

 

新兵の5割が死ぬといわれる壁外遠征を3日後に控え、新兵達はすでに青ざめ始めていた。演習での陣形を頭に叩き込み、講義演習を終えた今日、彼らの命を預けることになる指揮官が現れる。

 

「初めまして。今回の壁外遠征で初列四・伝達の指揮を任された者です」

 

柔らかい笑顔に鈴を転がしたような嫋やかな声。現れた指揮官は容姿から仕草に至るまで血生臭い戦場とはどこまでも不釣合いに見えた。単純な一部の新兵は指揮官の登場によって僅かに元気を取り戻したようだが、大半は期待を裏切られたような感情を持った。

外見だけで指揮官の力量が決まるわけではないが、頼もしさという点では及第点に満たない。何しろ自分達と然程年齢も違うそうにない小柄な女性である。指揮経験が豊富なようには見えない。まして彼らが今回担当するのは初列四・伝達である。本来であれば、荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間に配置されるはずなのだが、領土奪還作戦によって兵層が薄くなったため、一部の新兵が前線に回されることになったのだ。一番外側の索敵班は危険度が非常にたかいポジションだ。無能な指揮官は全滅を招く。

 

「調査兵団分隊長、ナディア・ハーヴェイといいます。宜しくお願いします」

 

「ーーー!」

 その失望は驚愕に塗り替えられた。

ナディア・ハーヴェイ。調査兵団分隊長。人類最強と名高いリヴァイ兵士長の右腕と呼ばれる才女。

奪還作戦において戦果を残し、最も多くの兵を帰還させた指揮官。一定の戦果を残しながらも彼女の指揮下の兵の生存確率は抜きん出ているらしい。

まさか、こんなに若い女性だったとは・・・。

 

「最初に言っておきますがーーー」

 ぐるりと新兵達を見渡し言葉を紡ぐ。

 

「3日後に行われる壁外遠征で、間違いなくこの中から死亡者が出るでしょう。これは確定事項です。誰も死なないなどと楽観的なことは言いたくありません」

 全員無事に生還するなどと夢物語だ。この世界はどこまでも残酷なのだから。

当たり前のことである。

当たり前のことであるが、そのどうしようもない事実は新兵達の心を深く抉る。

 

「ねえ、貴方の名前を教えてくれませんか?」

 ナディアは前列中央の新兵に近寄り声をかける。

 

「は、はっ!自分はシガンシナ区出身、グラッド・ポプキンスです!」

 まだ少年と言ってもいいぐらいの歳であろうグラッドは己の心臓を捧げる敬礼をする。

 

「おや、私と同郷ですね。・・・ポプキンス君、君はどう思う?」

 歌うように、ナディアは語りかける。

 

「怖い?恐ろしい?死にたくない?君はどう思う?正直に答えて?」

 

  聞くまでもない。心臓に合わせた右腕は震えていた。

 

「自分は・・・こ、怖いです。死にたくありません!」

 その怯えようは尋常ではなかった。シガンシナ区は数年前、巨人に襲撃された地域だ。家族が犠牲になったのかもしれないし、人が食い殺された現場を実際に見てしまったのかもしれない。半泣きのグラッドの顔を見たナディアは何故か嬉しそうに笑みを深めた。

 

「ええ、そうですね。それが当たり前の感情です」

グラッドから離れ、再び新兵をぐるりと見渡す。

 

「恐怖とは人間に与えられた根源的なものです。恐怖を感じない人間はもはや人間ではありません。恐怖に震える貴方はまっとうな人間であると、私が保障しましょう」

息を継ぎ、続ける。

 

「巨人と戦う上で重要なことは恐怖に打ち勝つことだ、と習ったと思います。けれど、恐怖に打ち勝つことが出来なければ戦えないというわけではありません。巨人に刃を向けることだけが戦いではないのですから」

 あくまで、私の個人的な意見ですが、と付け加える。

 

「索敵班に必要とされるのは臆病であることなのですよ。今回の壁外遠征で私達に求められる役割はいち早く巨人を発見することなのですから。そして戦闘が必要とされる奇行種に関してはーーー」

 

「おいナディア、お前まだ話してんのかよ」

 

話の途中、いきなり一人の男が割り込んできた。上官の話しを遮るなど無礼以外のなにものでもないが、ナディアは僅かに顔をしかめ、溜息を一つ吐くだけだった。

 

「オルオ、まだ話の途中だったのですよ?」

 

「どうせ必要以上に新人ビビらせてるだけだろうが。もうあんまり時間がねえんだ。陣形の最終確認しておくぞ。索敵班は性質上、隊列が乱れやすーーー〜〜!!」

 

何故かオルオはいきなり悶絶し、口を押さえはじめた。

 

「毎度思いますが、貴方の舌噛みはいっそ芸術的ですね」

 

「・・・へ、俺が芸術的に恰好いいって?こんなところで口説くなよ」

 

「いえそんなことは言っていませんが・・・」

 

いきなり始まったコントにどう反応したら分からない新兵達は微妙な表情でその光景を眺めていた。

 

「あー、彼はオルオ・ボザド。こう見えてもベテランでとても頼れる兵士ですよ、いや本当」

 

「は!誰にもの言ってんだ?俺様は巨人討伐数30を越える大ベテランだぜ?・・・おうふ」

 悶絶しながら言うその姿は誰がどう見ても格好悪かった。

 

「ーーーおいおいオルオぉ。テメエなーにやってんだぁ?」

 不機嫌そうな声色で言ったのは幾人かの兵士を引き連れた三十路ほどの男。悠然と歩いてくるその様子は確かな自信に満ちている。

 

「今度は貴方達ですか、アジド・・・」

 

「イヤぁもう陣形確認の時間っすから迎えにきたんすよ、姉御」

 

「だから姉御はやめてくださいとあれほど・・・まあいいです。新兵の皆さんに紹介しましょう。この方達は今回討伐援護を担当するアジド班の皆さんでーーー」

 

 

 

「っく!俺の封印された左腕がもう限界だ・・・!暗黒龍の奴め、封印を力技で解こうとして暴れやがる・・・!」

 

「巨人殺す巨人殺す巨人殺す巨人殺すころころころ殺す殺す・・・ク、クヒヒヒ・・・!」

 

「あ〜私が死んで〜も、貴方〜は私〜を覚えてくれますか〜♪」

 

「おらぁ!静かにしろてめえ等!姉御がまだ喋ってるだろうが!」

 

 

 

・・・。

 

「ーーーとても、頼りになる方々ですよ」

とてもそうは見えなかった。

 

「・・・短い人生だったな、俺ら」

新兵の一人がポツリと呟いた言葉は何故かよく新兵達の心に浸透した。

 




※ちょっとトラブル発生しまして一度削除しました。申し訳ありません。
5月7日、読みづらいという指摘がありましたので改行、一部加筆を行いました。
貴重なご意見、ありがとうございます。


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二話

この作品はシリアスな笑いを目指しています。


 ブラック企業に勤めているんだが、もう私は限界かもしれない。

前世でのデスマーチなど可愛いもので壁外遠征はリアル命懸けの文字通りデスマーチである。核の炎に包まれた後の暴力がすべてを支配する世界と五十歩百歩、違いはモヒカン軍団が人喰い巨人にとって代わられたぐらいか。

 

しかも今回の遠征は分隊に新兵が混じっている。ただ単にビビるだけならいいのだが、パニックに陥った新兵は時としてとんでもない行動に出たりすることがある。不安要素が積み重なり、ストレス性の胃痛がえらいことになっているが表情には出さず、なんとか分隊を指揮しているのだが―――、

 

「分隊長!北西に7、8メートル級巨人一体!距離およそ600!」

 

 あああああああああああああ!!こんな時に限ってまたか!!

 

「ウラド班は左翼!私は右翼に回り様子を見ます!散開開始!ポプキンスは信煙弾を打ちなさい!」

 

「「「了解!!!」」

 

 散開にかかった時間はほぼノータイム。何故か吹っ切れた様子のグラッドも落ち着い信煙弾を上空に打ち上げる。左右に別れた私達は巨人を包み込むように旋回、これでただの普通種ならどちらに飛びついてくれるのだが、神様は大分私のことが嫌いらしい。

 

「っ!分隊長!巨人は我々を無視し中央に向かっています!奇行種です!」

 

 見ればわかるよそのぐらい。でもペトラ、貴方は可愛いから許す。貴方が私の心のオアシスです。

さて、ふざけた話は置いておくとして、ちょっとまずい状況だ。私達の後方部隊である次列四・伝達が突破されると索敵援護班に接触されることになる。そこを荒らされると最悪右翼の陣すべてが機能不全に追い込まれることになる。しかも遠目で確認する限り巨人の足は結構速い。早めに対処しなければ被害は増えるだけ。

 

「ポプキンスは黒の信煙弾を!左翼はそのまま旋回し私達の背後に回りなさい!右翼はこのまま巨人の後方に回り込み仕留めます!」

 

 最悪一歩手前。

こんな時に限ってアジド班は他の班の援護に行っているし、他の連中は索敵特化型の奴らがほとんど。さすがに新兵に向かって奇行種狩ってこいよなんていう外道発言はできない。いやあ言えないこともないけど、それがエルヴィン団長に伝わったら事だしね。エルヴィン団長にビビってるわけじゃないから、いや本当。

平野部では立体機動が生かせないうえ、落馬することになる。単純な討伐よりさらに難易度が増すという危険行為。危険手当付けろよ、労働組合に訴えてやろうか。

 

あーやりたくない。私のようなか弱いオトメが命かけなきゃならないとか、ほんと世の中残酷。

だが分隊長として巨人を見過ごしておけないというのも事実だった。というか新兵がいるのにノコノコ恥知らずに撤退などできない。日本人って恥の文化だしね。

一度深く深呼吸し、覚悟を決める。ずるりと引き抜く刃の重さには今でも慣れない。というか慣れるべきじゃないんだよこんなものは。視線の先にはもっさり髪のクリーチャー。いっちょ前にアフロっぽい髪形しやがって、ピクシス指令に植毛してやろうか。

 

「オルオ!私が腱を削いで動きを止めます!貴方はうなじを!ペトラ!私の馬をお願いします!」

 

 さらりとオルオに危険な役割を押し付ける。いや危険度でいえば私も危ないけれどね、奇行種とは行動が予測できない故の奇行種だから。

 

「おうよ!」

 

「はい、了解です!」

 

 普段は馬鹿にしか見えないが、実際のところオルオは相当優秀な兵士である。少々応用が利かない部分があるがそこさえ直せば分隊長くらいなれると思う。

巨人の足が地を踏む瞬間を見計らいワイヤを射出。勢いよく放たれた鉄線は巨人のアキレス腱あたりに深く食い込む。馬から飛び降り、足で地面をがりがり擦りながら巨人へ接近しワイヤの部分ごと腱を削ぐ。

巨人と人間の身体的構造は生殖器がなかったりする点を除けばほとんど同じだ。弱点であるうなじ以外を削いでもすぐに再生するが、単に動きを止めるだけなら問題はない。アキレス腱が切断されたことにより巨人はバランスを崩し、前のめりに倒れる。

 

オルオは意外と華麗な馬捌きで巨人を躱し、流れるような動作で倒れ伏した巨人の首にワイヤを射出する。遠心力を利用し、空中へ飛んだオルオは体を捻り勢いをつけ、巨人のうなじを切り飛ばした。

一度びくんと気持ち悪く痙攣したのち、その巨人は息絶える。

ミッションコンプリート。

 

「ひゅー!これで討伐数33!こりゃあ40の大台も近いぜ!」

 

「討伐数だけで兵の善し悪しは測れませんよ。・・・少し中央・指揮とズレが生じているようですし、直ぐに態勢を整えます!索敵散開隊形終了!通常隊形にシフトしてください!」

 

「「「了解!!」」」

 

―――なんとか成功したか。

私は指揮をしながら安堵の溜息を吐く。こんな命の危機が普通に何度もあるのが壁外遠征なのである。初めての遠征の時などビビりまくって震えているぐらいだったし、先輩の背中に張り付いていくことで精一杯だった。

失禁した時のために下着の替えは余分に持って行ったほうがいいよ、と出発前先輩がニヤニヤ笑いながら言っていたのはマジの忠告だったのだ。その時は忠告を装った高度なセクハラだと勘違いしていた。結局その先輩は私の初陣でマミってしまったから感謝のしようがないけれど。

実際のところリアル失禁を経験する者は案外いるらしく、オルオとペトラのスプリンクラーを彷彿させるダブル空中散布にはだいぶ笑わせてもらった。オルオにも可愛い時代があったのよ、1期しか違わないけどね。

 

そんな風に当時ガチ泣きの醜態さらした私やオルオ達に比べ、今回の新兵達は中々胆が据わっていると言えるだろう。

私に言わせれば、初陣など自分の涙腺と尿道の緩さを確かめる野外ワークみたいなものだ。

青ざめながらもなんとか追いすがってくるなど傍から見れば情けなく見えるが、新兵にそれを要求するのはかなり高いハードルなのだ。リヴァイとかは初陣から普通に巨人狩ってたらしいけど、あのロールシャッハもどきは例外だ。アイツの正体って絶対1,6メートル巨人だよ。

 

一体目の巨人に遭遇した時遮蔽物のせいで発見が遅れ何人か喰われたが、それ以外の損害はない。これならなんとか今回も生き残れそうだ、と私は内心安堵していた。道中青ざめて失神しかけている新兵に声をかけたりしながらも、今年の新兵は優秀そうだな、と私の顔には自然に笑みが広がっていた。なんか少年マンガ臭い決意の表情を浮かべている連中は無視しておこう。関わると面倒なことになりそうだし。

 

 

 

―――恐ろしい恐ろしい恐ろしい、ただひたすらに恐ろしい。

理屈ではないのだ。それは本能に直接ナイフで刻まれたような原初の恐怖。

覚えている、あの光景を。巨人が街に侵攻したときの様子を。まだ訓練兵の時、人手不足で後方支援に回っていた。けれども、遠目から見てしまったのだ。巨人がどのようにして人を喰らうのかを。

自分の命が危機に晒されているわけではない。けれども、まるで己の身に降りかかる出来事のように鮮明に。

眼を塞げ。

視線を逸らせ。

受け入れるな。

脳はそう命じていても体は動かない。

恐ろしくて仕方がないはずなのに、体は動かない。

状況も色も全てがリアリティに溢れたパノラマのような、そんな夢を今でも見る。

 

 

―――ならば何故己は調査兵団に入ったのだろうか?

 

 

恐怖に溢れる中、僅かに残った冷静な部分が疑問を発する。あるいはそれは現実逃避だったのかもしれない。

巨人に喰われたくないというならば調査兵団など入らなければいい。駐屯兵になることも可能だったはずだ。なのに、何故?

分からない。理由は分からない。故郷への思いか復讐か、深層心理か気まぐれか。

わからないけれどもう道は決まってしまったのだ。

己の手で、そう決めてしまったのだ。

 

後方に退路はなく、光一筋見えない真っ暗なトンネル。

恐ろしい恐ろしい恐ろしい、ただひたすらに恐ろしい。

けれど、抗おうと決めた。

恐怖に震える調査兵団など役立たずだと、陰口を叩かれることもあったけれど。

きっと、この道は間違いではなかったのだろう。

ああ、だって―――

 

『恐怖とは人間に与えられた根源的なものです。恐怖を感じない人間はもはや人間ではありません。恐怖に震える貴方はまっとうな人間であると、私が保障しましょう』

 

そんな言葉に救われた。

彼女にとってみれば、一つの演説に過ぎなかったのだろうけれども。

恐怖に打ち勝つことは必ず必要ではないのだと、臆病であることが必要なのだと、そう言ってくれたのだ。

 

体が震える。ああ、巨人がやってくる。人を喰らう、あの化け物が。

だが恐怖に勝てなくてもいい、ただ向き合うと決めた。

怯えてもいい。けれどどんなに無様でも、自分の役目だけはこなしてみせる。

 

「「ウラド班は左翼!私は右翼に回り様子を見ます!散開開始!ポプキンスは赤の信煙弾を打ちなさい!」

 

「「「了解!!!」」

 

 震える手で信煙弾を上空に放つ、ただこれだけの任務。

信頼も信用もなにもない、新兵なら大抵経験するこの役目。

今はまだ力が足りない。けれど、いつかは。

それがグラッド・ポプキンスの決意であり、新兵達の総意だった。

戦場で微笑みを浮かべる誰よりも優しい彼女の背を守りたい、と。

 

とんだ思い違いである、と一概に断言することはできない。

ナディア・ハーヴェイに対する憧れは理解と一部リンクしている。だがそこに圧倒的な温度差があることに彼らは気づいていなかったし、これからもおそらく気づくことはないだろう。

 

けれど、そこになにか問題が生じるだろうか。

 

ナディアは新兵達に期待をかける。

新兵達はそんなナディアの背に追いすがろうと、ただ前進する。

双方にとって幸せならば、これが望むべくもないベスト。

虚像は実像足りえないと一体誰が決めたのか。

誰が決めたわけではない、ただそういうものだという固定観念があるだけだ。そしてこの世界に固定観念ほど価値のないものはない。壁の安全神話など、いとも簡単に崩れ去ってしまったのだから。

故に、虚像が実像を超える余地もまた、十分にあり得るのだ。

 

 

 

 

 

 新兵が最初の壁外遠征で生き残る確率は5割。

運よく生き残った者も今後絶対に生き残れるという保証はどこにもない。そういった意味で私がまだ生き残っている可能性は奇跡に近いのではなかろうか。

これでも私は多くの兵が死んでいくのを見てきた。

生き残るために誰かを見殺しにしたこともあった。外面はともかく、内面はかなりブラックでロクでもない人間なのだろう。

指揮官足りうるものは悪の心を持たなければ務まらないと聞いたことがある。

指揮官なら非情な命令を出さなければならないこともある。

自分の部下に死ねと命じなければならないこともある。

私に追いすがる新兵達を見てふと思う。

そんな時、私は新兵達に死んでくれと、命令を下すことができるのだろうか。

 

・・・。

 

・・・うん、意外とできるな。今すぐでもいける。

むしろ今だからこそいける、といったほうがいいかもしれない。特別に親しい友人関係にあるものもいないし。

私の交友関係は案外狭い。友人と呼べるのは10人ぐらいしかいないのではないだろうか。

感情は判断を鈍らせる。

一瞬の判断で生死が決まる戦場では、あまり親しい者を作りたくないのだ。ドライな性格だと理解しているが、積極的に親しい友人を死地に送り込みたいわけではない。

私だって親しい者を失うのは辛い。

だから私は親しく思っている人以外の大抵の人に関しては平等に優しくしている。

平等に優しいということは誰にも優しくないと同じ、まあそんな理論で私に好感情も嫌感情を抱かせないようにコントロールしてきたのだ。その策が効果的なのか、今のところ上手く距離を保てている。アジド達に関してはすでに諦めているが、それ以外は良好だ。

おお、もしかしたら私には軍師の才能が眠っていたのかもしれん。

 

ナディアの稚拙な策モドキは外見上成功しているように見えたが、残念ながら彼女の見当違いである。その勘違いの対価は近い将来、彼女が身を削って支払うことになるのだが、今現在の彼女の知るところではない。

 

 

 

 

 ナディア索敵班が奇行種と接触したおよそ15分前。

最右翼を担当する初列六・伝達。指揮をしているのはベテラン兵士のエルド・ジン。オルオとペトラの初陣においても同じ班で参戦し、二人の空中散布の被害をまともに受け、後片付けという名のスカトロプレイを強要された運のない男である。

 

「エルド班長!西より巨人を3体確認!距離はおよそ700!」

 

「ちっ!3体もか!ついてねえな畜生!ブレンダン!信煙弾打て!」

 

「了解!」

 

「・・・距離およそ600!まっすぐこちらに接近しています!」

 

「速すぎる!なんだ!奇行種か!?」

 

 おそらくその3体の巨人の速度は馬の最高時速を超えている。こうなってくると奇行種だろうが普通種だろうが討伐するしかない。奇行種なら当然として、普通種だとしても馬が振り切れない速度で迫ってくるのだ。強制的に相手をすることになる。

 

「まだ遠目ですのでわかりません!ですが・・・!」

 

「おいエルジンどうした!」

 

 いきなり言葉を切った部下に訝しむエルド。

 

「隊長!巨人を・・・巨人を見てください!」

 

「あ!?いきなりなん・・・!」

 

 先頭のエルドは体を捻らせ向かってくる巨人を見る。その姿は―――

 

「―――――――3体ともモヒカン、だと・・・!?」

 

 世界はどこまでも残酷にできている。

 

 絶望が、歩いてやってきた。

 




感想へ返信はしていませんが、全て大事に読ませてもらっています。
次回は少し遅れるかもしれませんが、応援よろしくお願いします。


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閑話一

※不意に思いついた閑話です。本編とは多分関係ありません
※筆者はモヒカンに対して特別な感情を持っていないことをここで明言しておきます
※読者の方にモヒカンスタイルの方がいましたら、今回の閑話で不快に感じるかもしれませんがその点はご了承ください
※原作何年前?という質問がありましたが、筆者の頭の中では原作2年前という設定になっています


「―――しかし巨人の実験とはどういうものですか?」

 

巨人に変身できるという稀有な能力を持ったエレンが巨人の生態調査を担当しているハンジにそんな疑問を投げかけてしまったことが彼にとって最大の不幸だった。彼は今夜ジェットコースターが頂上に向け登っていくような恐怖を味わうことになる。

思えば気づくべきだったのだ。話を振ったときの周りのメンバーの反応を。無言で立ち去っていく先輩達の様子を。

 

「あぁ・・・やっぱり。聞きたそうな顔してると思った・・・」

 

眼鏡の奥の瞳が怪しくギラリと光った、そんな錯覚をエレンは感じた。

 

 

 

 

 

「―――私は思うんだ。本当は・・・私達に見えている物と実在する物の本質は・・・全然違うんじゃないかってね」

 

己の解釈も交え、ハンジは一旦話を止める。喉を渇きを癒すためにすっかり温くなった紅茶を口に運んだ。

 

「憎しみを糧にして攻勢に出る試みはもう何十年も試された。私は既存の見方と違う視点から巨人を見てみたいんだ。空回りで終わるかもしれないけど・・・ね」

 

その考えが万人に理解されるわけではない。謂れのない誹謗中傷もあった。けれどハンジ・ゾエという人間の在り方は変えられないのだ。

 

「でも・・・私はやる」

 

言いきったその表情は力強いものだった。折れることができない己の信念。必ずやり遂げようという覚悟。方向性は違えど、その在り方はエレンと酷似したものだった。

エレンは素直にハンジを尊敬した。いや、正しく言うと「調査兵団」という組織そのものに敬意を覚えた。変革を求める人間の集団、それこそが調査兵団なのだと。

 

だからこそ。

だからこそ、エレン・イェーガーは選択を間違ってしまったのだ。

 

「よかったら実験の話をもっと聞かせていただけませんか?」

確定している未来が変わることは決してない、それでも知らない方が幸せというものもある。知らないが故の無自覚な蛮勇は結局のところ、己の身を滅ぼすだけだ。自分が今現在地雷原を走り抜けている途中だという自覚はエレンにない。

変革を求める人間の集団、それこそが調査兵団。その認識は間違いではない。間違いではないのだが、認識不足だったのだ。調査兵団とは変人の巣窟でもあるということをエレンは知らなかった。

 

ハンジにとってはエレンの言葉はまさに悪魔が耳元で囁いたような甘い甘い言葉。自分の考えに理解を示してくれた者に対する嬉しさ。

 

「2年前―――」

 

 唐突に、そして静かにハンジは切り出した。

 

「とても興味深い報告があったんだ。エルドが発見した3体の巨人、普通の巨人にはありえないことにその3体は仲間意識を持っていた・・・少なくとも報告を見る限り、群れの概念があることに間違いはない。・・・奇行種はこういった普段あり得ない行動をするものだけど、その3体の巨人の外見には共通した特徴があったんだ。なんだと思う?」

 

「目で見て分かる特徴ですか?・・・俺には単純に身長とか、外見が似ていたぐらいしか思いつきませんが・・・」

 

「髪型だよ。その巨人はね、3体ともモヒカンだったんだ」

 

「・・・モ、モヒカンですか?」

 

 意外すぎるその答えにエレンの声が若干裏返る。その髪型はエレンも知っている。住居区で何度かガラの悪そうな男がそんな髪型をしていたのを見たことがある。

 

「そう、これは驚くべきことなんだよ!未だかつて!モヒカンの巨人が確認されたという報告はない!しかも3体同時に3モヒカン!わかるかいエレン!?巨人の生態の一端が!モヒカンという特殊な髪型に隠されているかもしれないんだよ!?もしこの仕組みを解明することができれば巨人の行動メカニズムの研究も大きく進む!ああ!モヒカン最高!!」

 

 既にモヒカンがゲシュタルト崩壊しそうな連呼ぶりだった。

 

「は、はあ・・・」

 

 突如として身を乗り出し興奮したように力説するハンジに若干引いたエレンは適当に相槌を打っておく。

 

「ああ!明日の実験が待ちきれないよ!」

 

 恍惚とした表情で言うハンジの言葉にエレンは違和感を感じた。

『明日の実験が待ちきれない』?

 

「・・・あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

 おそるおそる、エレンは聞く。どうか違って欲しいと願いながら。

 

「もしかして俺もモヒカンにしなければならないとか?ははは、そんなわけありませんよね」

 

「え?いやだなあ、なにを言ってるんだいエレンは―――」

 

 hahahaと朗らかに笑い、ハンジは続ける。

 

「―――もちろんするに決まってるじゃないか」

 

「」

 

そうだ・・・オレは・・・欲しかった

新しい信頼を あいつらという時のような心の拠り所を・・・

もうたくさんなんだ 化け物扱いは・・・

仲間外れじゃもう・・・

だから・・・仲間を信じることは正しいことだって・・・そう思いたかっただけなんだ

・・・そっちの方が都合がいいから

 

「ビーンとソニーは既にセット済みだよ。わざわざ美容師を招いたかいがあったね!いやあ、さすがの私も髪型に着目するという発想はなかったんだよ。その点ナディアには感謝だね。彼女は私達とは違う観点を持っている。サポート能力のみならず、思考も中々にアクロバティックに奇天烈で、加えて発想力に富んでいる。さすがに巨人煮込んでスープ作りだそうと言い出した時はドン引きしたけどね―――エレン?どうして泣いてるの?」

 

―――ミカサ・・・お前・・・髪が伸びてないか・・・?

 

 

 

 

 

夜明け前、薄暗い街中を疾駆する三つの影があった。

アニ・レオンハート

ライナー・ブラウン

ベルトルト・フーバーの3人組である。

 

「もうすぐ着くわよ」

 

「ああ。・・・ベルトルト、お前は見張りを頼む」

 

「分かった」

 

 無駄のない動きで時折周囲を散策しながら進む。3人の目的は捕らえられた2体の巨人の暗殺である。彼らが用いている立体機動装置も自分達のものではない、巨人進行の際に死んだ兵達のものを再利用するという周到ぶり。

 

「見張りが交代する隙を見計らって殺るわよ、タイムリミットは30秒」

 

「十分だ」

 

 声を潜め、作戦の最終確認。周囲を窺うベルトルトの合図でアニとライナーは一気に標的へと接近する。そして構えた刃を振りおろそうとし―――

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・ねえ、ライナー」

 

「・・・なんだ」

 

「どうしてこいつらモヒカンなの?」

 

 しかもご丁寧に肩パット付き。そして何故か傍らには特注サイズのヘルメットが置いてあった。まったくもって意味が分からない。

 

「・・・俺が知るかよ」

 

「それもそうね。・・・さっさと終わらせましょうか」

 

「・・・そうだな」

 

 緊張感が溢れていたはずの現場が弛緩する。それほどまでにモヒカン巨人の光景はシュールだった。

 

 




二話のあとがきにおいて遅くなると書きましたが、三話の投稿が遅くなると思います。
今のところどういう風に話を進めていくのかは頭の中で大体まとまっていますのでもう少しお待ちを
お気に入り登録が200を超えました。自分の作品が受け入れてもらえるか不安でしたのでうれしく思います。これからも応援よろしくお願いします。


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三話

三話、四話とシリアスが続きます。
巨人に関して原作でも明かされていない部分が多くあり、もしかしたら独自設定的な要素があるかもしれません、ご注意を。


「―――――口頭伝令だ!!ロレンス!うちの援護班だけじゃ数が足りん!機動力を重視の援護班を引っ張ってこい!中央・指揮にも連絡!他の奴らは密集体形をとって風の抵抗を少しでも減らせ!あのモヒカン共を振り切るぞ!」

 

 エルドは声を張り上げ素早く命令する。緊急事態だが焦りを見せず、ベテランに相応しい姿だった。

 

「「「了解!」」」

 

 班で随一の駿馬を駆る伝令係のロレンスが一人隊から単騎駆けするのを見送り、400メートル程に迫った3体の巨人を見据え、副官であるエルジンに問う。

 

「・・・エルジン。あのモヒカン共、振り切れそうか」

 

「難しい、と言わざるを得ないでしょう。振り切れたとしても他の班が標的にされてしまったら終わりです」

 

 伝達班、特に初列はどうしても他と比べて巨人と遭遇する確率が高い。追ってくる巨人を避けるため、また他の部隊に口頭伝令を行う場合もあるため、他の班と比べて駿馬が多い。最も機動力のある伝達班ですらじりじり距離を詰められてきているのだ。他の班と接触したら目も当てられない状況になる。

巨人にも体力があり、体力を使い果たすと動きは著しく鈍る。

なのでこういった状況であれば馬の体力を無視しトップスピードに乗り、巨人の体力が尽きたところで速力を緩め、馬の体力回復に努めるというのが定石だが、未だ猛スピードで追ってくる巨人を見ると今回に関しては期待できそうにない。なんつう体力馬鹿共だ、とエルドは悪態ついた。

 

「打って出る・・・ではいくらなんでも無理だな、この人数では」

 

「そうですね、現実的ではありません」

 

 距離はおよそ300メートル、こうなると巨人の様子もはっきり確認できる。3体とも15メートル級巨人だ。立体機動が生かせない平野部で巨人3体を相手取るなどただの自殺行為。立体機動が最大限に生かせる市街戦でもかなり困難を極めるだろう。打ち上げた信煙弾を見て、初列六・伝達の援護班はすぐに駆けつけてくるだろうが、頭数が足りなさすぎる。戦場で生き残るコツは自分と相手の戦力差を精確に測ることだ。その点でいえばエルドは優秀だった。ここで突っ込むのは無謀なだけだとわかっていた。しかし―――

 

「ま、援護班が間に合わないか、追いつかれたらそれでもやるしかないんだがな」

 

 ポツリと呟くようにエルドは言う。例え敗北が必至だとしても、調査兵団として果たさなければならない責務がある。だができるならそんな事態は勘弁して欲しかった。

 

「これは時間との勝負だな・・・」

 

 伝令係のロレンスを思い出す。馬術に関してはずば抜けて優秀な頼りになる部下を。

今はその部下を信じようとエルドは思う。

信じることしか、できなかった。

 

 

 

 

 初列五・伝達。そこには何故か初列四・伝達の援護班であるアジド班の姿があった。

5メートル級奇行種の発見が遅れ、半壊しかけていた初列五・伝達の援護に向かっていたためである。立体機動が使えそうな民家跡を発見し、何とか奇行種を撃破。今はズレてしまった走路の軌道修正中である。奇行種討伐が終了した時点で速やかに初列四・伝達の定位置に戻ろうとしたが、後方、おそらく初列六・伝達から黒の信煙弾が上がるのを見て、念のため初列五・伝達に留まっていた。嫌な予感をひしひしと感じていたアジドだが、その予想は見事的中することになる。

 

「口頭伝令です!初列六・伝達が3体の巨人の襲撃を受けています!援護をお願いします!」

 

 憔悴したような伝令係の様子を見てついてねえ、とため息を一つ。初列五・伝達の援護班はほぼ全滅している。緊急事態で最寄の部隊に援護の要請を出したのだ。アジド班が出張るしかない。

 

「本当、ついてねえなあ。・・・お前らぁ!また仕事だ!覚悟はいいか!?」

 

「度重なる困難、避けられぬ戦い。それは闇の世界から堕ちた俺の因果であり俺の罪だ。暗黒龍を身に宿した時点でまともな人生を歩めないことなど既に分かっている・・・。ぐっ!落ち着け、神剣バルムンク!またお前に血を吸わせてやるからな・・・!」

 

「ク、クヒヒ!クヒヒヒヒヒヒヒ!また殺せる?また殺せるの?またころ、殺ころころ殺ころころ殺殺殺・・・!」

 

「あ~♪儚き~我が人生~♪いつしか~夢は~♪さめるもの~だから~♪」

 

「――――――聞くまでもなかったなぁ!!気合入れていくぞ手前等ぁ!」

 

 頼りになるが同時によく頭を痛めさせる戦友達に激を飛ばす。戦い前の悲壮さはそこにはなかった。

 

 

 

 

「エルド班長!増援部隊、三班が到着しました!」

 

「よし!間にあったか!」

 

 残り距離はおよそ150メートル、何とか首の皮一枚繋がった。だが繋がったのはあくまで首の皮一枚だけで、決して楽観視できるものではない。むしろここからが正念場である。

 

「増援の援護班は班ごとに分かれて巨人の注意を引いてくれ!奴らを分裂させる!エルド班はそのまま直進!」

 

「「「了解!」」」

 

 三つの班が三方向から巨人に接敵する。まずは3体の巨人を分裂させようとするが―――

 

「駄目です!増援部隊のは目もくれません!直進してきます!」

 

「一目もくれないだと!?クソ!分かってはいたがやっぱり奇行種か!腱は削げないか!?」

 

「速度が速すぎてタイミングが掴めません!できたとしても一度に3体は不可能です!」

 

「やっぱり無理か。・・・援護班は一度集合してくれ!」

 

 残り距離は100メートル。巨人の速度は徐々に落ちているが、それはこちらの馬も同じだ。

最悪だ。最悪だが、最悪程度で絶望する程度の者などに初列・伝達など務まらない。ここにいる者は既に心臓を捧げた猛者達。絶望程度では、絶望足りえない。

 

「―――――――打って出るぞ」

 

 静かにエルドはそう言った。 放置すれば被害が出る。ここで振り切ったとしても後続の部隊に被害が出る。なにをどうしても被害が出る。ならば調査兵団に所属する者として為す事はなんなのか。

決まっている、あの巨人を殺すことだ。勝率は低い。だが分の悪い賭け、博打などいつものことだ。

 

「200メートル先に民家跡があるな。セプティス、グラディナ、お前ら索敵班は馬を率いて先に行っとけ。指揮はエルジン、お前だ。言いだしっぺの俺が先陣きらないとな。あと増援部隊の奴らはこんな事に付き合わせてしまってすまない」

 

「なぁに、今度酒の一杯でも奢ってくれりゃぁ十分でさぁ!」

 

 ケラケラ笑いながら言うのはアジド。エルドに非難の声をあげるものは誰もいなかった。怯えた表情をした者は誰もいなかった。皆、戦士の顔をしていた。そんな兵達の様子を見てエルドは僅かに笑った。

 

「・・・ああ、そうだな!今日生き残ったらこの場にいる全員に酒奢ってやる!」

 

 一転、顔を引き締め指示を飛ばす。

 

「立体機動装置を起動させろ!」

 

 ワイヤが射出され、エルドを含めた援護班総勢20名は民家の屋根に飛び移る。

 

「総員、戦闘準備!まずは目と腱を狙って動きを止めるぞ!俺の班はサポート、他の班は背後から強襲だ!あのモヒカン共の毛根を死滅させてピクシス指令のお仲間を増やしてやれ!」

 

 軽口を叩きながら、二対の柄を握り構える。巨人達との距離は50メートルほどに縮まっていた。

 

「――――――迎撃するぞ!!」

 

「「「応!!」」」

 

 

 

 

 

 

 アジド・ダハカという人間は訓練兵時代を経験した、いわゆる正規兵ではない。元々は単なる農業生産者だった。アジドの人生の転機は二年前の領土奪還作戦で徴兵されたことまで遡る。要するに人身御供にされたわけだから彼の内心は最悪の一言に尽きた。しかもアジドの部隊を率いるというのが自分より一回りは歳が違いそうなナディア・ハーヴェイという女だ。

装備は中古、ガスの補給は難しく、錬度は調査兵団とは比べものにならないほど低く、ついでに士気も低い。とどめにその出陣前から崩壊しかけている部隊を率いるのは経験の浅そうな指揮官。

――――――あ、これは死んだわ。

アジドがそう思うのは無理はない。なにしろ部隊の指揮官であるナディアですら同じことを思っていたのだから。いくら経験を積んだといっても元は単なる生産者である。実戦でいきなり戦えるのなら苦労などない。巨人に会う機会などこれまで一度もなかったアジド達一般人で9割構成された部隊は初めて巨人に遭遇した時点でパニックに陥り、あっという間に5割の兵が巨人が腹に収まることになった。

巨人が人間を貪り食らうそこは「世界」というものを端的に、そして正確に表していた。

弱肉強食、弱いものは強者に淘汰されて死ぬ。

幾度となく巨人と遭遇し、時には逃げ、時には戦い、多くの命が失われた。

そこには暗い暗い絶望しかなく、殆どの者が生きる希望など無くしてしまっていた。たった一人ナディア・ハーヴェイを除いて。

アジドは奇跡的に生還を果たし、そのまま調査兵団に入団した。

 

アジドにとってナディアはそれほどまでに鮮烈な存在だった。領土奪還作戦に参加して良かったと思えるほどに、希望を捨てないナディアの姿に心を奪われたのだ。それは恋愛感情などではなく、尊敬の念だった。巨人に喰われて死ぬことはなぜか恐ろしくなかった。おそらく領土奪還作戦で死線を彷徨い続けてしまったせいで壊れてしまったのだろう。そんなものよりもナディアに向ける感情の方が圧倒的に上回っていた。

それは狂信などではなく、唯の一途な想いであり。彼女に救ってもらった命は彼女のために捧げると誓った。

 

 

 

 

 

 

――――ふと、目が覚めた。

 

 状況から判断するに意識を失っていたのは一瞬の事なのだろうが、随分と長い夢を見ていた気がした。過去の軌跡をなぞるそれはそれは走馬灯のようで、事実それはおそらく走馬灯なのだろう。起き上がろうとすると失敗する。見ると、右腕の肘から先がなかった。噴水のように流れていく血は現実と乖離した出来の悪い夢のようだが、絶え間なく襲う激痛が現実だということを教えてくれる。片手では巨人を殺すことができない。だから左手で刃を抜き、その刃を右手の肘に直接押し込んだ。痛みは既に臨界点を突破、アドレナリンの異常分泌で痛みをあまり感じなくなっていることに感謝する。

立ち上がると、すぐ傍にモヒカンの巨人が蒸気を上げて消滅していた。血の流しすぎで体が冷える。震える身体を叱咤し、無理やり動かす。

戦いは、まだ続いているのだから。

 

気づくと巨人が眼前に迫っていた。立体機動のワイヤを数メートル先の地面に突き刺し、なんとか躱した。突進の隙をついて一人の戦友が巨人の足の腱を切り裂いた。けれどその巨人は意にも反さない様子で自分の足の腱を切り裂いた下手人を掴み上げる。骨が砕ける音がした。血を吹きだす様子を何故か他人事のように眺めている。戦友の意識は途絶えていなかった。

 

「・・・暗黒、の、氷の刃、全てを、飲み込め。エターナルフォースブリザード、相手は、死ぬ・・・」

 

 喰われる最後まで、己を貫く。その言葉の直後、頭が食い破られた。

戦わなければ死ぬ。戦わなくては死ぬ。戦友が食い殺される様子を見て、そんな当たり前の事を思い出した。ワイヤを巨人の後ろ首に射出。体が宙に浮き、そのGだけで意識が飛んでいきそうだった。うなじに迫る。刃を埋め込んだ右腕と左腕に力を籠め、巨人のうなじを無理やり削ぎ落した。

巨人が倒れた事によって体が投げ出される。態勢を整えるほどの体力もなく、そのまま地面に叩きつけられた。意識が混濁する中、何かに持ち上げられた。それがなんであるかなど今更問うまでもない。

巨人の顔が迫る。顎が開かれ、口の中に運ばれても恐ろしくはなかった。けれども、と思う。

せめて最後にもう一度だけ会いたかったな、と。

 

―――――姉御、俺は姉御の役に立てましたかねぇ・・・。

 

 直後、断頭台のギロチンのように落ちてきた歯に押しつぶされ、全ての感覚が消え失せた。

 

 




読者の方に質問なのですが、原作キャラの性格改変についてはどうお考えでしょうか。
原作である進撃の巨人では登場キャラがほいほい死んでいくので、しゃべり方や性格が掴みづらいことがあります。ですのである程度自分の脳内で「こいつは普段こういう性格なんじゃないかな」と想像して書いている部分があります。現状、扱いに困っているのはミケさんです。この人、すぐにお亡くなりになったものですので、かなり性格が掴みづらいです。自分の想像としては、
人の体臭を嗅いで鼻で笑う、巨人の接近を嗅覚で察知できる→嗅覚が非常に優れている→嗅覚が優れていてぱっと思いつき、ミケに合いそうな人物は?→ジミー大西
・・・どうしましょうかね、これ。


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四話

この一話で壁外遠征編を終らせようとしましたが、予想外に分量が多くなってしまいました。


 初列六・伝達、およびその援護班が半壊状態にあり、撤退補助と援護を命じられた私率いる初列四・伝達は一部の兵を残し、初列六・伝達の位置へと後退していた。私達が駆け付けた時には遅く、そこは一面血の海だった。

地面に深く突き刺さったブレードは墓標のようだ。血の匂いを嗅ぎつけてきたのか、巨人の食べ残した残りものにカラスが群がっていた。そのカラスを追い払い、周囲を確認してからカラスが先ほどまで啄んでいたものを拾い上げる。

それは腕だ。

巨人によって噛み切られ、カラスの啄みによって骨がむき出しになったソレ。それでもブレードを握りしめていたアジド・ダハカの腕。その腕を丁寧に麻袋へと入れる。回収できそうなものはそれしかなかった。ついでにアジドのブレードも血を拭い腰に差す。一応これも形見の品になるのだろうか。

 

「ポプキンス、回収できそうなものはありましたか?」

 

「い、いえ。これで、全部です」

 

 さすがに新兵にこの光景は辛かったのか、新兵達はそろいもそろって顔を青ざめさせている。けれどこんな光景に慣れてしまわなければ調査兵団でやっていくことはできない。

 

「20名中15名が死亡、戦果は巨人2体ですか。・・・オルオ、エルドの容態はどうですか?」

 

「一応応急措置は済まして衛生班に回しておいたぜ。生き残るかどうかはアイツの体力次第だな」

 

「生き残った巨人は?」

 

「方角は北西。距離は大体2キロってとこだな。体力の限界が近いのか動きは鈍いが、体力が回復したらまたカチ合うことになるかもな。進路上では巨人の近くを通ることになりそうだが」

 

 なるほど、理解した。要点だけをまとめた簡潔な報告は今の荒みきった心にはありがたい。

 

「ペトラ、ここの部隊の穴埋めはできていますか?」

 

「はい、中央指揮から人員が補充されますので、初列六の人員に関しては問題ありません」

 

「・・・そうですか、とりあえず私達も戻りましょう。長居していては行軍にズレが生じてしまいますし、中央指揮からの伝令もあるはずです」

 

「だな。おい新兵達!適正位置に戻るぞ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 オルオの言葉に返事をする新兵達。この現場から解放されることを喜んでいるのか、わずかな喜色が見える。それが何故か無性に腹立たしかった。

 

 

 

 

 

 

 

次列中央・指揮。

長距離索敵陣形の核となる場所に調査兵団団長エルヴィン・スミスはいた。右翼に3体の巨人の攻撃を受けたという口頭伝令を受けてからも彼の顔に焦りはない。その泰然自若とした様子が兵達に安心感と信頼を与えている。

 

「――――来たか」

 

 ポツリ、と呟くと同時荒々しい馬の足音が聞こえてきた。10名弱の少数精鋭部隊、それを率いているのは人類最強と名高い兵士長、リヴァイ。そのリヴァイに付き添うように馬を走らせているのは分隊長であるハンジ・ゾエにミケ・ザカリアスだ。リヴァイ達は普段次列中央・指揮を適正位置としている。中央に置き、有事の際には遊撃部隊として動いてもらうという形だ。初列六・伝達が交戦状態に入った際には左翼の援護に行っており、増援として出すことができなかった。

 

「右翼に襲撃を受けたと聞いたが、状況はどうなっているエルヴィン」

 

「先ほど連絡があったが、20名中15名が死亡、戦果は巨人2体だ。もう一体いたのだが、巨人2体が討伐されたと同時に逃げ出したという報告を受けた」

 

「逃げた?巨人がか?」

 

 疑うような顔で言うリヴァイ。巨人は基本的に人を喰らうだけで、およそ知能と呼べるものはない。巨人3体の襲撃であれば部隊の損害は尋常なものではなかったはずだ。疲弊しきった残りの部隊で到底太刀打ちできるものではないだろう。

 

「ああ、初列四・伝達の索敵班が到着する前に離脱したそうだ」

 

「・・・巨人が索敵班の到着を感知し、分が悪いと判断し撤退したとお前は言いたいのか?」

 

「分からん。ただの偶然かもしれないし、知能を持った巨人かもしれない。ただ確かな事はその巨人を放っておくわけにはいかないということだ」

 

 言葉と共に信煙弾を上空へ打ち出す。色は進路変更の緑。進路を僅かに北西にずらす。

 

「長距離索敵陣形の戦術と反するが、その巨人の討伐に踏み切ることにした。交戦場所は巨大樹の森、入口付近まで巨人を誘導し一気に叩く。リヴァイ、お前達には念のために援護班として行ってもらう。彼女達が苦戦するようならば援護に入ってくれ。」

 

「援護班だと?掃討班ではなく、か?」

 

 リヴァイの疑問は最もだ。攻撃力の最も高いリヴァイ達が先行して巨人を狩った方が確実で速い。わざわざ援護班とする理由がない。

 

「ああ、掃討班には初列四・伝達に行ってもらう、今後の布石も含めてな」

 

「初列四・伝達だと?・・・そういうことか」

 

 リヴァイは僅かに考え、答えを出す。

 

「リヴァイ、なんで理解できたんだい?私にはわからないけれど」

 

 一方ハンジは分からなかったようだった。隣のミケも分からない、と言うように首を横に振る。

 

「初列四・伝達はナディアの班だ。巨大樹の森で交戦するならアイツ以上の適任はいない」

 

「いやナディアの班っていうのはわかるけどね。彼女、サポート特化型だろう?討伐任務は荷が重すぎるんじゃないかな」

 

 そのハンジの答えにリヴァイは合点がいったようだった。

 

「そういえば、お前達はナディアが戦っているところを見たことがなかったな」

 

 そう言い、口を歪めて笑う。猛禽類を連想させる獰猛な笑みだ。

 

「アイツの戦い方は恐ろしいぞ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジド・ダハカという人間が私にとってどういう立ち位置の存在であったかのか、それを一言で語るのは難しい。恋心を抱いていたわけではないし、戦友ではあったが友人かどうかといわれるとそれも首を捻らざるを得ない。アジドと交友関係はあったのだが、なんというか、友人という言葉がしっくりこないのだ。

 

声がでかい、背がでかい、デリカシーに欠けている、大雑把すぎる、私生活がだらしない、洗濯物はたたまない、酔っぱらっては私の私室に忍び込みルパンダイブを敢行する、ゲロを吐くな誰が掃除すると思ってるんだ。とりあえず思いつく限りのアジドのこれまでの悪行を思い出してみるが、口が裂けても性根の清らかな善人などという評価は言えない。けれども。きっと親愛の情は抱いていたのだろう。

人生難易度はルナティック。生れ落ちれば死んだも同然。それが調査兵団などという日本のブラック企業が裸足どころか全裸で逃げ出すような職場ならば尚更だ。人が死ぬのは別に珍しいことではない。人が死ぬのは割り切ったつもりなのだが、思うところがないわけではない。親しい者が死ねば悲しい。けれども悲しさよりも沸々と湧いてくるのは別の感情だ。

ああなんだ、と私は納得する。

つまるところ、私はアジド達を食い殺した巨人に対して復讐してやりたいのだ。

いつもならばぶーたれて内心ではマシンガンの如く文句を言っていただろうが、今回ばかりはエルヴィン団長に感謝する。私達は今、巨大樹の森にいた。

 

巨大樹の森。

壁の内外を問わず各所に点在している樹高80mにもおよぶ巨木の森。かつては観光地として整備されていたが、ウォール・マリア陥落以降は荒れるままになっており、かろうじて道が残っている程度。 立体機動の真価を発揮できるため、調査兵団にとっては巨人に対抗するための重要な拠点である、というのが主な概要か。

 

初列四・伝達に戻るや否や中央指揮からの指示。今は陣を離れ、班の中から腕利きを選び私を含む5人の兵士が入口付近の巨大樹の枝に待機していた。逃げていた奇行種の討伐のためである。

 

「しかしエルヴィン団長も思い切った事をするな、積極的に巨人の討伐に乗り込むとは」

 

 若干気障っぽいしゃべり方で私に語りかけてくるのはオルオだ。ペトラ曰く、昔はしゃべり方が違ったそうなのだが、どちらにせよ刈り上げブロッコリーが女性にモテる日は来ないだろう。ちなみにペトラは初列四・伝達の指揮を任せている。オルオとペトラ、どちらをとるか迷ったのだが、単純にフィニッシャーとしての役割だけでいうならばオルオの方が適任だ。

 

「それだけそのモヒカン巨人を脅威に感じているのでしょうね、今回に関しては願ったり叶ったりですが」

 

「・・・おいナディア、早まった真似はするなよ」

 

「するわけないじゃないですか。15メートル級巨人のうなじは私の力では切り飛ばせませんし。何のためにあなたを連れてきたと思っているんですか」

 

 自分で言うのもなんだが外も内も冷静だ。怒りの感情に任せて突撃をかますほど私は勇敢ではない。というか私では15メートル級巨人を殺すのは不可能だ。私の身長は151センチ、体重は調査兵団最軽量、持ち味は隠密立体機動に索敵だ。それだけに特化していると言ってもいい。巨人に近づくのは怖いし逃げ足でも鍛えておこうというビビり癖が遺憾なく発揮された結果である。それなりに戦果をあげ、嘘か真か今では索敵猟兵という専門の兵科を創設するという話が出てきているらしい。私が倒せる巨人は8メートル級巨人くらいだ。それ以上のサイズになると討伐は無理。だから逃げます。

自分に出来ることと出来ないことを明確にしておくことで自分の為すべき役割も見えてきます、などと酒の席でエルヴィン団長に語った際には何故かえらく感心された。今考えるとあれがなんらかのフラグのようにしか思えない。

 

「そうか、ならいいんだがな」

 

 私の言葉を聞いたオルオは照れ隠しをするように頭を掻きそう漏らす。口は悪いがなんだかんだで面倒見の良い男だ。心配してくれたのだろう。

 

「しかし今言うべきことではないとは思いますが、今回の作戦は成功するのでしょうか。報告を聞く限り、僅かながら知能が垣間見える奇行種ということですが」

 

 そう不安げな表情で言うのはヴィヴィアン・キャンセラー。大柄な体躯に反比例するようにその気性は気弱だ。実力はあるのだが、いまいち自分の力量に自信が持てないのだという。ここで主人公が張れる熱血キャラなら『絶対に大丈夫だ!だから仲間を信じようぜ!』という少年漫画のような熱い台詞を吐けるのだが、私には無理だ。指揮官としては士気を下げないために言う必要があるかもしれないが、ぶっちゃけ作戦が始まった段階で私達がどうこう言っても仕方のない話。  

 

「成功するかもしれませんし、失敗するかもしれません。けれどどうなろうと私達は最善を尽くすだけです」

 

 結局のところそれしかないのだ。最善は尽くす。けれどその結果がどうなるのか、それは誰にもわからない。

 

今回の作戦はうろついているモヒカン巨人を陽動班が私達のいる場所まで引き付けて討伐という流れだ。モヒカン巨人の陽動を担当する陽動班、付近の他の巨人を見つけ現場から引き離す索敵班、その護衛を担当する援護班、そして私達掃討班という40人体制の大がかりな作戦だ。最悪木の上に逃げれば巨人は手出しできないが、演習なしのぶっつけ本番の作戦だ。当然、危険も大きい。しかもこの作戦群の中で階級が一番高いのは私だからなにかあったら私の責任だ。

 

「結局いつもと同じことをやるだけですね・・・そういえばワルターとアニエスは?」

 

 気づくと残り二人の面子が足りないことに気付く。

 

「あ?あいつ等ならあそこだ」

 

 オルオが指差す先は今私がいる枝より5メートルほど上。見るとワルターとアニエスの二人が肩を並べて座っていた。

 

「あの二人は・・・。ちょっと注意してきます」

 

 合図はまだないがもう作戦中だ。配置につくように言おうと二人に近づき――――

 

 

 

 

「アニエス。この戦いが終わったらさ、結婚しないか?」

 

「え、ええ!?それってまさかプロポーズ!?だ、駄目だよこんな場所で・・・」

 

「ああ、生きて帰って改めて告白する。今のは決意表明みたいなものだよ」

 

「そ、そっか。じゃあ頑張って今日勝たないとね」

 

「訓練通りやれば巨人にだってきっと勝てるさ。それにここは巨大樹の森、巨人だってそう手出しはできない。大丈夫だよ、僕が君を守るから」

 

「ワルター・・・」

 

「死んだ親父が言ってたんだ。惚れた女は絶対守れって。今日がその時だ。・・・その、迷惑だった?」

 

「・・・ううん、勇気でたよ。さっきまで怖かったけど大丈夫、もうなにも怖くない」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 




感想はすべて大切に読ませてもらっています。応援ありがとうございます。


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五話

 私は何も聞いていない。私は何も知らない。死亡フラグ?なにそれ食えんの?ごめんわたし肉より魚派だから。

 

「あーお二方。もう作戦中ですので集中して下さいね。私達が今回の作戦の肝なのですから」

 

 私がそう声をかけるまで、ワルターとアニエスは私の存在など忘れ二人の世界にどっぷり浸かっていたようだ。ビビッて二人共々下に落ちそうになった。いっそそのまま落ちてしまえばよかったものを。

 

「ハ、ハーヴェイ分隊長!?今のもしかして聞いて・・・!?」

 

「聞いてませんよ。聞いてませんから真面目にやってくださいお願いします」

 

「す、すいません!あ、でもその前に報告したいことが」

 

 おい馬鹿やめろ私を巻き込むな。

 

「ア、アニエス?今は作戦中ですから、ね?」

 

「この作戦が成功したら、私、ワルターと結婚します。調査兵団も辞めます。開拓地でワルターと一緒につつましいけれど幸せな家庭を築いていきます。それが、私の夢ですから」

 

 アニエスはそう言いながら自分の腹をゆっくり撫でる。愛おしさを感じさせる手付き。既に女性ではなく、母の顔をしていた。

 

「アニエス、まさか・・・」

 

「うん、最近体も怠いし、胸も張ってきたから間違いないと思う」

 

「―――――!そ、そうか。僕がついに父親に・・・・」

 

「ふふふ、気が早いんだから。・・・私達はハーヴェイ分隊長に命を救われ、ここまでやってきました。本当に感謝しています」

 

「ソ、ソウデスカ・・・」

 

 次々と量産されていく死亡フラグ。私はただそれを黙って見ていることしかできなかった。こいつらはどうしてこんなにナチュラルに死亡フラグを建てられるのだろうかと僅かに感心していしまっている自分がいる。

三矢の教えに従って考えてみればこいつらの死亡フラグをへし折るのはもはや不可能なのではないだろうか。二桁に届きそうな死亡フラグなど私には到底折れそうにない。

不安を残したまま作戦は決行される。いやな予感は未だ途切れない。

 

「そうだ。これを持っててくれないか?」

 

「・・・これはブレードの欠片?」

 

「ああ、一度命を救ってくれたお守りだよ。ちょっと無骨かもしれないけど」

 

「ううん、すごく嬉しい。ありがとう」

 

 こいつらはどれだけ死亡フラグをおったてれば気が済むのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 15人からなる陽動部隊、それを5人3つのグループで分けた各陽動班は接敵機動を行っていた。距離は巨大樹の森入口、目標場所より数キロほど離れた場所だ。陽動部隊をまとめるのは第一班班長であるネス。バンダナと口髭が特徴の男だ。

 

「ネス班長!モヒカン巨人です!距離はおよそ800!」

 

 ネスの部下であり副班長を務めるシスがそう声を上げる。

 

「よし!うまい具合に近づいてくれていたな!」

 

 簡易報告によると、今回の討伐対象であるモヒカン巨人の足は馬の最高時速でも中々振り切れないほどの速度らしい。森と距離が近ければその分逃げ切れる可能性も高まる。

作戦決行の合図である黒の信煙弾を上空に放つ。信煙弾を見た第二、第三の陽動班がすぐさま駆けつけた。

 

「それでどうしますか?いまいち巨人の反応が薄いですが」

 

「まだ体力が戻りきっていないのか、それとも奇行種故の奇抜な行動の表れなのか、それは分からんが巨人であることに変わりはないだろう」

 

 確かに奇行種であろうと巨人であるという事実は変わりない。その本質とは「人を喰らう」という一点だけだ。陽動そのものは理論的に言えば可能である。

 

「やはりギリギリまで近づいて引き付けますか?危険度は高くなりますが・・・」

 

「・・・いや、俺に一つ策がある」

 

 巨人を見据えたまま、ネスがそう言う。さすが新人の教育を任されているだけはある。頼もしいその姿に場の緊張感が若干和らぐ。ネスは自分の愛馬であるシャレットに括り付けられた携帯用バッグから何やら薄っぺらいものを取り出す。数を数え、それを一人二枚ずつ手渡した。

 

「よし、全員一人二枚ずつ行き渡ったな」

 

「・・・ネス班長。一体これは?」

 

 不可解なものを見るようにシスは自分の班長を見つめる。プラスチックのような軽い材質、顔にちょうどフィットするように凹凸がつけられ、目の部分だけが見えるようにくり抜かれている。表面には無駄に精緻な女性の顔が描かれている。目の部分がないが、その造形が美しいことが見て取れる。

 

「ナディア分隊長のお面だ」

 

 その場に冷たい空気が流れた。

 

「・・・あの、これのどこが策だと?」

 

 シスの言葉にネスは『おいおい馬鹿だな、そんなことも分からないのか?』というように溜息は吐いて肩をすくめた。その仕草にシスはイラっときた。

 

「いいか、まずはこのお面を被る、お前らもやってみろ」

 

 それはいい。お面の用途など被る以外にない。だがそれになんの意味があるというのか。

 

「被りましたが・・・」

 

 その場にいる全員15名がお面を被る。同じ顔が勢ぞろいする様はシュールを通りこして気持ち悪いだけだ。というか本当に気持ち悪い。

 

「残りの一枚を自分の馬に被せろ」

 

 意味が分からない。人間用のお面が馬にフィットするはずもなく、お面の下の方から馬の鼻が飛び出している。もはや新種の化け物。

 

 

「か、被せましたが、このお面に何の意図が?」

 

 シスの言葉が震えている。切れる一歩手前である。上官でなかったらもう殴り倒している。

 

「いいか、巨人は男型だ。・・・男である以上ナディア分隊長を追わずにはいられないだろう?」

 

「アンタ馬鹿じゃねえの!?」

 

 シスがとうとうぶち切れた。敬語すら使っていないことから怒り心頭具合が伝わってくる。

 

「ほら見ろよ!皆引いてるじゃねーか!どうしてくれんだこの空気!」

 

 セスはそう怒鳴り他の班員達に呼びかけるが――――

 

「ナディアさんのお面・・・つまり俺は今ナディアさんと一心同体になっている・・・?」

 

「ハァハァ・・・ナディアたんprpr」

 

「うろたえるな貴様ら、平常心を忘れるな。・・・うっ・・・ふう。」

 

「――――――お前らに期待した俺が馬鹿だったよ!!」

 

 残念ながら、シス以外の班員は作戦どうこうの以前に目先の欲望に囚われているだけだった。頭を抱え唸る。なんかもうあのモヒカン巨人に特攻でもして現実逃避したかった。当然巨人がそんなものに反応するはずもなく、

 

「ネス班長!巨人に動きあり!こちらにまっすぐ向かってきます!距離およそ700!」

 

「嘘だろ!?」

 

 何故か反応した。シスが見ると本当に巨人がこちらに向かってきていた。本当に意味が分からない。え、なに?本当にこのお面に反応してんの?などとセスが困惑しているうちにネスが班員達に指示を飛ばす。

 

「よしお前ら!二列縦隊隊列をとれ!これより誘導作戦を実行する!」

 

「「「応!!」」」

 

 ネスの呼びかけに陽動班の面々は力強く返答する。戦士の雄叫びの如く響く咆哮、戦場の雰囲気は顔面のお面がすべてぶち壊していた。ナディアの顔が30並び、それをモヒカン巨人が追随する。色々な意味でこの世の光景とは思えなかった。シスを除く総勢14名の変態の陽動劇が幕を開ける。その場の空気は致命的に狂っていた。

 

「よーしお前ら!今日の作戦が成功したらナディア分隊長のスペシャル抱き枕カバーを進呈してやる!」

 

「なんでそんなもの持ってるんだよ!?」

 

 

 空気は狂っているが、それでも戦いの幕は上がる。強ければ生き残れない、残酷な戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナディア・ハーヴェイは他と隔絶するような才能を持って生まれたわけではない。むしろ凡才といってもいいだろう。小柄な体躯は長所にも短所にもなりうるし、立体機動では調査兵団の中でもトップクラスだが、速度を上げるために筋肉をつけるというよりも余分な肉をそぎ落とすという選択をしたため、腕力は下の下。8メートル級以上の巨人になると単独では逃げに徹するしかないというなんとも極端なスペック。

だが、それを自分でも自覚しているが故にナディアは強くはないが強かなのかもしれない。

巨人のうなじをそぎ落とすことだけが戦いではない。むしろ、そこに至る過程こそがナディアは重要ととらえていた。討伐補佐77体という圧倒的な数字がそれを表している。

今回巨人のうなじを切り飛ばすのはオルオ。他の討伐班4名は徹底的にサポートに回る。

 

陽動班が黒の信煙弾が打ち上げた。それを確認した討伐班メンバーの顔が引き締まる。戦いの狼煙が上がり、彼らは戦士の顔になった。

 

「それでは手筈通りに。オルオ、タイミングはあなたに任せます」

 

「ああ」

 

 陽動班がこちらに近づいてくるのが目視できる。陽動班の姿は精神安定上できるだけ視界に入れないようにした。心が静まっていく。研ぎ澄まされた集中力は頭の中をクリアにしていく。

ナディアにとって真っ白な空間に放り込まれるようなこの感覚だけが実戦の中で唯一の楽しみだった。

 

「――――――それでは狩りを始めましょうか」

 

 そう言い微笑を携えていく。戦いの場においてのソレは子供の無邪気な残酷さと酷似していた。邪気も悪気もなく、蟻の手足をもぎ取って楽しそうに笑う子供、そんな姿とナディアの姿が重なった。

班員や友人関係にあったものが殺され、その弔い合戦をする時のみ見せるいつもより深い笑みは他の班員の背に言いようのない悪寒を感じさせた。ずるり、と刃を鞘から引き抜く。鈍い光沢を放つブレードはナディアの鋭い犬歯を映している。

 

巨人と戦闘する際のステップとしてはまずは足の腱を削ぐなりして動きを止め、その後にうなじを切り飛ばすという手法が一般的だ。今回もその手順は変わらない。平野部とは違い、立体機動が最大限に生かせる環境だ。一撃離脱を繰り返すことも容易い。

先陣を駆るのはナディア。調査兵団で最も隠密機動に優れているという評価は伊達ではない。

巨人が入口を通り過ぎ、木の陰に隠れるように潜伏していたナディアは巨人の背後から距離を詰め、そのまま右足の腱を切り飛ばす。だが頭を吹き飛ばしてもすぐに再生する巨人の再生力は並大抵のものではない。足の腱程度の傷は数秒で再生する。  

しかし実戦においてその数秒こそが命取りだ。僅かに態勢を崩した一瞬の隙、その隙を狙って残り三人が三方向から巨人に襲い掛かる。ここで巨人が前のめりに倒れてくれればそのままうなじを狙えたのだが、斜め方向に倒れた巨人は巨木に頭を叩き付けるだけに終わった。巨人は直ぐに態勢を立て直すが、既に三人が肉薄している。

 

ワルターとアニエスはそれぞれ左右の腱を切り飛ばす。ナディアと同じ様に後方から急襲するヴィヴィアンは右腕の付け根を深く切り裂き、そのままもう片方のブレードを右目に突き立てた。三人が巨人を切りつけている間にナディアは最寄の巨木にワイヤに射出。小さな弧を描き、左腕の付け根を切り飛ばし、そのまま左目と早くも再生しかけていた右目にブレードを叩き付ける。構造上最も柔らかい眼球はナディアのブレードを容易く受け入れる。

 

「ア、アアアアアアアアァァァアアァァァァ!!!」

 

 巨人の叫び声が耳に障る。水晶体を貫通し、硝子体に達したブレードを傷を深くするように腕を捻りながら抉り出す。透明なゼリー状の硝子体が眼球から溢れ出した。ナディアがブレードを眼球に叩き付けている間にヴィヴィアンは巨人の顎の下に移動し顎の下からブレードを上に向かって叩き付ける。上顎骨と下顎骨を縫い付けるように放たれた一撃に巨人は苦悶の声を漏らすが、ナディアに声帯を削ぎ落とされ、その声も途中で消えた。この間にかかった時間はナディアが腱を切り飛ばしてから僅か10秒足らず。連続して腱を断ち切られ、巨人はまともな抵抗もできていなかった。

 

ナディア達の戦い方は特におかしい戦い方をしているわけではない。足の腱を断ち、腕の腱を断ち、眼球を潰す。いずれも巨人と戦う上では基本的な戦術だ。だがそれは異常ともいえる速度だった。まるで巨大な獲物に蟻が群がるような戦闘光景。圧倒的ともいえる機動力を用いた超短期決戦、それがナディア班の特徴だった。とはいえこれは巨大樹の森、もしくは市街地だけで使用できる戦術だ。戦術の核となるナディアが巨人に接近することを嫌がるという事もある。だがそれでも弱者が強者を食い潰さんとするこの光景は圧倒的過ぎた。

 

巨人のうなじにワイヤが射出される。ほぼ無抵抗な巨人にオルオの止めの一撃が襲いかかる。身体を回転させ遠心力をプラスした一撃。一撃でブレードが歪むほど力の籠った一撃は巨人のうなじを綺麗に切り飛ばした。

 

「やったか!?」

 

「なんだ、大したことなかったわね」

 

「・・・二人とも、油断しないように」

 

 ワルターとアニエスの発言をナディアが諌める。 死んだ巨人の肉体は気化するように朽ちて消滅していく。モヒカンを入れると15メートル級巨人だけあって蒸気の量は多い。白い煙幕じみた気体が辺りに充満し、

 

―――――――――巨人の剛腕がワルターとアニエスに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身を襲う激痛で目を覚ました。目を覚ましたといっても未だ意識は混濁としている。初めて馬に乗って酔ったときのように身体がぐるぐると揺さぶられているような奇妙な感覚が気持ち悪い。身体は起こせない。まるで全身が鉛のようになってしまったかのようにひたすら重い。かろうじて動かせるのは首くらいか。

 

「キャンセラー!大丈夫か!?」

 

「そんなヴィヴィアン・・・私達を庇って・・・」

 

「オルオ!索敵班に衛生兵がいたはずです!今すぐ連れてきなさい!」

 

「おう!」

 

 そんな会話が遠くなりつつある耳が捉える。ああそうだ、ワルターとアニエスを庇ったんだった、と他人事のように思い出す。ほとんど反射的だった。考えるよりも身体が先に動いた。あの巨人の最後の一撃だったようでもう巨人の姿は見えない。よかった、と安心した。ふと視界の端に上司であるナディアが映った。いつものような微笑はなく、顔の筋肉が硬直したかのような無表情。親しい者を亡くす時の貌だった。

そんな貌をさせて申し訳ないという思いがある反面、それを嬉しいと感じている自分もいた。

ああ、私は彼女にとっての特別になれたのだ、と。長身故に苛められた経験もあって良い人生とは言えなかったけれど、自分の最期を悼んでくれる人がいるということがただ嬉しい。

ゆっくりと意識が遠のいていく。耳元で語りかけてくる言葉も何を言っているか判断がつかない。

最期に。最期に一つだけ言葉を残すとしたらどういう言葉がいいだろうか。

そうやって思いついた言葉は酷く凡庸だったけれど、自分の気持ちを率直に表しているものだと思う。

 

「あ・・・り・・・が、とう・・・」

 

 喉の奥から発せられた声は信じられないほど弱弱しく途切れ途切れだったけれど、きっと伝わったと思う。

手が不意に暖かいものに包まれた。自分の手より遥かに小さい手。

ノイズまみれの聴覚に確かにその声は聞こえた。

こちらこそありがとう、という柔らかい声が。

 




ワイヤを使った戦術を考えてましたが、オリジナル設定が多くなりそうなのでやめました。


次回のエピローグで壁外遠征編は終了します。
いい加減104期生とも絡ませたいですね。

ネタが今不足しているのでこういう話が読みたい、という要望やこういった展開はどうか、という意見ありましたら感想で書いてくれるとありがたいです。


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六話

璧外遠征編エピローグ。ちょっと短いです。


璧外遠征帰還から1日が経過した。

 

「――――以上で報告は終わりだ」

 

 新兵はともかく班長以上の階級になると報告書作成などのデスクワークがあり、簡単に休暇は得られない。それはリヴァイも同様でエルヴィンの私室でモヒカン巨人討伐戦についての報告を済ませていた。索敵班の中のグンタ班にまぎれて様子を窺っていたことの全てを口頭で伝える。

 

「ふむ、犠牲は討伐班のヴィヴィアン・キャンセラーのみか。単純な戦果でいえば文句のつけようがないが」

 

 渋面を作り、エルヴィンは言う。あの奇行種相手に犠牲者一名で済んだのだから戦果としては十分なものだが、それは単に書類上の話に過ぎない。

討伐班ヴィヴィアン・キャンセラー殉職。実際に様子を見ていたリヴァイにしてみれば彼女の死は十分避けられたものだと考えている。そういった意味で言えば彼女の死は全くの無駄と言える。勿論その責の全てがナディアにあると責めるつもりは毛頭ないが、問題はナディア自身がどう考えているかだ。

 

「ペトラが言うには、表面上は普通に振る舞っているという話だがな」

 

 内面までは分からない、そういう話である。

 

リヴァイにとってナディア・ハーヴェイの評価は『不可解』の一言に尽きる。

弱いようで強く、強いようで弱く。全く兵士に見えないようで、ナディアは確かに兵士だった。

単純な兵士としての力量は―――巨人を殺す能力という点では―――落第点。なにしろ8メートル級巨人以上のサイズになると倒せないのだ。

そのくせ索敵においては調査兵団トップクラス。頭の緩い男の兵士はナディアのことを天使だの女神だの言っているが、リヴァイは本能的にナディアがそんな単純な人間ではないと感じとっていた。

ナディアの本質がどういうものなのか、そこまでは分からないが、彼女の心に獣がいることをリヴァイは確信していた。自分でスカウトしておいてなんだが、リヴァイはナディアの事を信用してはいなかった。いつも貼り付けている笑顔の仮面が本質を隠すためのペルソナのように思えたからだ。

とは言うものの嫌っているというわけでもなく、寧ろナディアとの会話を楽しんでいた節もあるし、背中を預けるに足る戦友であるとも思っていた。そういったことを全部ひっくるめての『不可解』という評価だ。

 

「大事の前の小事と言うつもりはないが、必要な犠牲だったと割り切るしかないだろう。そのあたりは彼女も理解しているはずだ。残念ながら調査兵団に所属する以上避けられない事でもある」

 

 エルヴィンの言葉は残酷なようだが事実だった。そしてそんな言葉が言えるが故にエルヴィンは団長になることができたのだろう。変革者は犠牲を恐れてはならない。犠牲を恐れては何物をも為すことはできないのだ。調査兵団に所属する兵士がエルヴィンを信頼する理由もそこにある。少なくともエルヴィンの下で戦えばただの無駄死ではなく、意義のある死に昇華される。

 

「・・・エルヴィン、一つ聞きたい」

 

「なんだ?」

 

 書類に目を通しつつ、エルヴィンは返答する。

 

「何故ナディアを討伐班に抜擢した?確かに奴の班は巨大樹の森では無類の強さを誇るかもしれないが、右翼側から接敵するよりも最前列にいたグンタの方が速い。そもそもあの作戦で40人は多すぎた。半分に減らしてもあの作戦は機能していたはずだ。それにお前は言ったな、『今後の布石』と」

 

 ピタリ、とエルヴィンの書類を捲る手が止まる。僅かに考える素振りを見せ、引出しから一枚の書類を取り出した。

 

「読んでみろ」

 

「・・・索敵猟兵科の設立、それに伴い分隊長ナディア・ハーヴェイを索敵猟兵兵士長に任命、か。以前酒の席で話していた与太話がまさか現実になるとはな。つまりナディアを使ったのはデモンストレーションのためか」

 

 ナディアは分隊長ではあるが、戦闘能力は同じ分隊長であるハンジやミケと比べると格段に落ちる。それは索敵特化型なので当たり前だが、一部の兵はナディアの実力を疑問視するような言動もあったという。必要以上の人数を使ったのもナディアの実力をより多くの人数に見せることを目的をしたものだった。

 

「しかし、まさか奴が兵士長になるとはな」

 

「あくまでまだ構想の段階だ。ピクシス指令は索敵猟兵科の設立に好意的だったが、資金を出すのはピクシス指令ではないし、出来たとしても試験期間が設けられることは間違いないだろう」

 

 内地勤務を志望するナディアが聞いたら発狂しそうなことを言い交わし、再び書類を引出しに入れる。

 

「これは極秘情報だ。内密に頼む」

 

「ああ、分かっている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォール・ローゼ南区、街を離れ森が広がる地区にナディアはいた。

調査兵団の制服ではなく私服、肩に掛けたバッグにはアジドの片腕が血痕が付着したままのブレードと一緒に麻布に包まれて入っている。

アジドには家族がいない。もしかしたら血縁関係にある親族がいるのかもしれないが、記録上一人暮らしだったアジドには遺体の引き取り先がなかった。

本来ならば集合墓地に入るところをナディアが名乗りを上げ、腕だけの遺体を取得した。せめて埋葬だけは自分の手でしたかった。

実のところ、目的地という目的地は特にない。

この辺りに足を運んだのはあの男はサボる時は決まって木の上に隠れていたから、森の近くに埋葬しよう、という単純な考えだ。

ふと、大きな木が目に入った。周りの木より一回りほど大きいその木の幹は太く、一際存在感を放っていた。幹と同じく太い枝は人が一人寝ころがれそうなほど太い。ここに決めた。

バッグからスコップを取出し根本の近くを掘る。予想以上に土は柔らかく、案外簡単に掘り進めることができた。数十分後、腕が埋まるだけの楕円形の穴が完成した。麻布にくるまった腕を丁寧に穴の中に置き、その上から優しく土をかぶせる。最後に軽くならし、血まみれのブレードを墓標代わりに突き立てた。

 

「こんなもの、かな」

 

 墓標代わりにブレードが突き立てられた簡素な墓だ。けれど巨人の胃に収まっていく兵士の事を考えると墓があるだけ幸運なのかもしれない。

手を合わせ祈る。目を瞑り視界が黒で覆われた中思う。人の死は悲しいが乗り越えられない壁ではない、と。人の死を背負うなど、そんなことができるのは物語の主人公か、リヴァイのように圧倒的な実力を持った者にのみ許された特権のようなものだ。少なくとも自分には該当しないし、できたとしてもその重圧に押しつぶされてしまうだけだろう。

兵士として戦ってきて多くの者が死んだ。親しい友人もその中にはいた。一番最初に死んだ親しい友人は誰だっただろうか、と思い返すが浮かんでこない。つまり、その程度の存在だったのだ。

たかが数年程度で忘れてしまう程度の悲しみは悲しみのうちに入るのだろうか。

それは悲しみではない、とナディアは思う。それはきっとただの過ぎ去った過去の1ページに過ぎない。

アジドは死んだことに対する感情は、感傷であって悲しみではない。数年経てば忘れてしまうことだ。

そう、思うことにする。

 

祈りを止める。ブレードを一瞥すると来た道を辿り帰路に就く。もう振り返りはしない。あの場所にはもうどうにもならない過去しか残っていないのだから。麦わら帽子越しに太陽の視線を感じる。空を仰ぐと鬱陶しいほどの青空が広がっていた。 

 

 

 




とりあえず一区切り。これから日常編に入ります。人は死にません、多分。
こんな話が読みたいという希望がありましたら是非感想で書いてください。


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七話

下品なネタ注意。


 真面目であったり責任感の強い人間は鬱病を始めとする精神疾患にかかりやすいといわれている。

責任の二文字から放たれるプレッシャーであったり、真面目であるが故に周りに当たり散らすこともなく、自分の内にストレスが蓄積されていく。

人生に限らずバランスというものは大事で、適度なガス抜きをインターバルに挟まなければならない。

膨らまし続けた風船は遠くないうちに爆発するだけだ。が、それを知りつつもガス抜きができない者もいるというのは事実だ。調査兵団に所属するグンタ・シュルツもその中の一人である。

 

「・・・体、きついな・・・」

 

 ぼそりと呟く声に覇気はない。壁外遠征終了から二日後経ち、グンタはようやく報告書の山から解放されたのだ。

ずば抜けてタフな調査兵団といえども二徹は辛すぎる。モヒカン巨人討伐作戦において索敵班班長を務めた彼は通常の報告と並行して通常報告書を書き上げていたのだ。単純計算で分量は二倍。

しかもグンタの部下は意味がよく分からない変態紳士であったり、男にも関わらず同性のグンタにネットリとした視線を向ける変態であったり、突如として頭を搔き毟って発狂する変態であったり、単純な戦闘力という点でいえば頼りになるが、それ以外ではてんで役に立たない変態達なのだ。

というか部下にそんな変態しかいないという状況が既に泣けてくる。

新人達の哀れむような視線が今でも忘れられない。

 

同じ姿勢でずっと椅子に座っていたせいか、体を捻ると骨がごきごきと音を立てる。

哀愁漂う背中は世間の厳しさに苛まれる単身赴任中のサラリーマンのようだった。多分大体間違っていない評価だろう。

ともあれ、久しぶりに掴んだ休暇である。今日はゆっくり寝ようと心に決める。

街が動き出し始める朝日の中、太陽の眩しさに目を細めながらそう考えるが、残念ながら彼に安息の日々が来ることはなかった。

あるいは、彼はそういった不幸の星の下に生まれたのかもしれない。

彼にとっては悲劇だが見る分には喜劇。

のろのろとした足どりで隊舎の自室に向かう。一刻も早く惰眠を貪るために。しかし、

 

 

「そ、そんな馬鹿な・・・これは間違いだ、何かの間違いだ!こんなことはあってはならない!ありえない!」

 

世界はいつだって残酷だ。手を伸ばしても幸福には手が届かないのに不幸は唐突に訪れる。世界は残酷で不平等で大抵救いようがない。グンタにとってもそれは変わりない。

 

「抜け毛が増えているだと――――!?」

 

 隊舎の自室で鏡を見ながらわなわなと震える。

グンタ・シュルツ、二十代にして毛根の危機である。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう、なんで俺だけがこんな目に・・・!」

 

 朝っぱらから酒をかっくらう駄目人間の姿が酒場の片隅にあった。あまりのショックに眠気など吹き飛んだグンタはどうにもならない感情を胸に抱きながらの自棄酒だった。

 

「俺は悪くねえ、悪いのは全部は班員達なんだ・・・」

 

 随分酒が入っているのか、空のエールジョッキを枕にブツブツ言葉を漏らし続ける。近くに座っていたオッサンがあまりの気味の悪さに席を移動した。

 

「利権構造の社会が俺をこんなに駄目にしたんだ・・・。弱者が強者に蹂躙されるなんて巨人と変わりねえ。大体王政なんて腐敗の温床じゃねえか。一般市民が見ていないのに清廉潔白な政治なんてやってるわけねえだろ。糞醜い金の亡者のために俺は戦ってるわけじゃねえんだぞ、豚風情がぁ・・・粛清してくれようか」

 

 髪の悩みから随分と物騒な事を言い出した。憲兵団がこの場にいたら国家反逆罪で逮捕してもおかしくはない。そのうち『僕は新世界の神になる』ぐらいは言ってのけそうだ。

普段真面目だからこそタガが外れた反動は大きなものになる。

酒場のマスターの不愉快そうな視線を軽くスルーし、今度は赤ワインを煽る。朝っぱらくだをまいて危険思想を垂れ流すいかにも危険そうな男に近づきたくないのか、店内の数少ない客は傍観を決め込む。

たった一人の例外を除いては。

 

「なんじゃお前さん、朝っぱらから荒れとるのぉ」

 

 ワイン瓶片手にグンタに話しかける勇者。

ツルッぱげの初老の男だ。ビンごとワインを煽り、グンタの隣の席にどっかりと腰を下ろす。

 

「・・・なんですか、俺は誰かと酒飲む気分じゃないんですよ、どっかいって下さい」

 

「ふむ、毛根の悩みかの?」

 

「!?」

 

 驚愕する。自分の悩みを一発であてられたのだ。しかも一言も話したことのない相手が。グンタは初老の男を見つめる。頭の中に一人だけヒット情報が出るがその可能性を否定する。まさか、あの人がこんな場末の酒場に来るはずがない。

 

「な、なんで分かったんですか?」

 

「まあ儂も一度は通った道だからのう。それにこう見えても儂はとある組織で結構な役職に就いておってな、人の顔を見るのは得意なんじゃよ」

 

 一度は通った道。なるほど確かに男の頭は髪一つない、綺麗につるつるだ。

 

「ならば、何故あなたはそれほどまでに悠然と構えていられるのですか?我らにとって髪は命なのですよ!?」

 

「・・・成程、少しばかり価値観の相違があるようじゃな」

 

 かつては儂もそうだった、とかつて過去を思い返すような顔。グンタが今直面している事はとうの昔に男が乗り越えた道だという。己が経験したことだからこそ、悩める若人を導きたい、と。

 

「のう、悩める若人よ。儂に君を傷つける意図はない。だが結果として君の心が傷を負ってしまうかもしれん。それを承知で問おう。―――――ハゲとは悪なのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

「悪ではない、そうじゃろう?ハゲは決して排斥されるものではない。儂の頭もこの通りツルッぱげじゃ。だが、この頭を恥に思ったことはただの一度もない。何故だかわかるかの?」

 

 男の問いかけのグンタは首を横に振る。男は自分の息子に語るように切り出す。

 

「これは儂が努力した証なのじゃよ。先駆者とは排斥される運命にあってのぉ・・・儂も度々謂れのない中傷を受けた。だがそれでも儂は進み続けた。前進し続けたのじゃよ。・・・いいかね若人よ、儂の髪の毛が後退したのではない、私が前進しただけだったのじゃ。髪の毛がないのは儂にとって先駆者であったことの誇りなのじゃよ」

 

 強い意志だ。きっと自分の歩んだ道に後悔など欠片もないのだろう。そんな風に自信を持って生きられたら髪の悩みなどあってないようなものだろう。けれど、グンタにはその道を行く勇気がなかった。

 

「勘違いしてほしくはないのじゃがな、儂は何も君にもハゲであることを強要しようとは思わんよ。ただ、自分の頭がどうなったとしても受け入れるだけの心の強さが必要なのじゃよ」

 

悩みはいまだ晴れない。含蓄の深い知識人の言葉だったが、そんな言葉だけで救われるほどグンタは浅い人間ではなかった。けれど確かに、気持ち気分は楽になっていた。口に運ぶワインは先ほどより美味しく感じた。

 

「・・・人生って残酷ですねぇ・・・」

 

「まあ、の。大抵の人間にとっては残酷極まりない」

 

「でも戦わなくちゃいけないんですよね・・・」

 

「ああ、欲しいものがあるなら自分の手で掴まなければならん。労せず手に入る幸福などに価値はない」

 

酒をあおり、しんみりとした雰囲気に包まれる。そんな二人の中、割って入る一人の猛者がいた。

 

「――――すまない、先ほどの話、私にも聞かせてもらえないか?」

 

 二人が振り返ると、そこにはワイングラスを片手に持ったハゲ頭の男性が一人立っていた。

104期生教官、キースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なるほど、お主も苦労しておるのう・・・」

 

「ああ、若人を導くという重要な役割を担っていることは理解できるが、何分ストレスがな。気が付くと綺麗なハゲ頭ができあがっていた」

 

「わかりますよキースさん。親の心子知らずといいますか、やきもきする気持ちは普段から俺も味わっています」

 

 

グンタ、初老の男、キースを加えた毛根死滅トリオは既に宴会状態だった。前後不覚の状況に陥っている三人にもはや正常な判断などできはしない。実は結構ありえない組み合わせの三人が集結しているのだが、べろんべろんに酔っぱらっており、そのことに気付く者は誰もいない。愚痴を肴に普段の鬱憤を晴らすかのように酒を飲む。

 

「確かに教官ともなるとストレスもたまるからのう、儂もその気持ちはよくわかる。今ここで愚痴はすべてぶちまけてしまったほうがよいぞ」

 

「そうですよキースさん、愚痴なら俺達が聞きますから」

 

「・・・そう、か。では一つ、愚痴というか相談になってしまうが、よろしいか?」

 

「ええ、勿論」

 

「応、なにかの縁じゃ。付き合おう」

 

 そしてキースは語り始める。

 

「私の教え子のブ・・・いや、少女の話なのだがな。天真爛漫というか天然極まりないというか、とにかく私の度肝を抜くようなことばかりしでかすのだ」

 

 具体的には調理場から蒸かした芋をパクって教官の前で堂々と食ったりである。よくよく考えてみるととんでもないことをしでかしている。

 

「それだけならまだいいのだが、一つどうしても無視できない事案が発生してな・・・」

 

「と、いうと?」

 

「放屁だ」

 

・・・・・・・・・・・・・・。

 

「え?」

 

「は?」

 

 一瞬、時が止まったのち、世界が再び動き出しかのような、そんな錯覚を味わった。言葉の一瞬後、後ろの席でシチューを食っていた客が予想外過ぎるその言葉に反応し、盛大に咽た。

 

「だから、放屁だ」

 

「一応確認しますけど放屁というと、屁のことですか?」

 

「ああ、食堂のドア越しまでモノを地面に叩きつけるような轟音が響くわたる豪快な屁だ」

 

「いやそれはもう屁とかいうレベルじゃないじゃろ・・・」

 

 それが本当なら腸が異常なほど発達してしまった何か別次元の生き物だ。もしくは大砲。

 

「ともかく、屁をしたのは事実のようだ。本人も否定していないようだしな。・・・慎みを覚えろと言っても聞かぬし、教導云々ではなく、一般的な女性としてなっていない行為だろう。どうにかしたいのだが」

 

 なんとも酷い無茶振りである。数分ほど沈黙が流れる。

 

「ふむ、お前さんは放屁を品のない行為ととらえておるが、ここは短所ではなく、長所としてとらえてみてはどうじゃろうか」

 

「長所?」

 

「うむ、長所と短所は表裏一体であることが多いのじゃよ。放屁も観点を変えれば長所になりえるかもしれん」

 

 臆病な性格は逆に言えば慎重に物事を進めることができる、とも言える。とらえようによっては何事も長所になりえるのだ。実のところ、男の苦し紛れの言葉だったが、この言葉が後に件の少女の運命を大きく変えることになる。

 

「なるほど、一理ありますね。小柄な体躯は戦闘では不利ですが、立体機動には有利ですし。ですが放屁の長所とはなんなのでしょうか」

 

 そんなものはない。当たり前のことだが、酔っぱらって頭が適度にイカれた三人にそこまで考える思考力は残されていない。

 

「・・・そういえば、他の訓練生が言っていたな、『サシャなら放屁で空を飛べるかも』と」

 

 よくよく考えると、というか普通に考えてもそんなことはありえない。訓練生の誰かが冗談交じりに言った言葉だろう。だが今この場にいるのは三人の酔っぱらい。しかもただの酔っぱらいではない。一人は調査兵団のエリート、一人は駐屯兵団の司令、一人は104期生教官。なにかをしでかすには十分すぎるだけの面子だった。

 

「なんと!?その者は放屁で空が飛べると!?」

 

「放屁で空を飛ぶなんてことリヴァイ兵長にだってできませんよ。つまり彼女はリヴァイ兵長よりも希少な才能を持っているということに・・・」

 

 都合の良い部分にだけ反応する、それが酔っぱらいクオリティ。そして生来の変人と揶揄された男がそんな面白そうなことに反応しないわけがなかった。

 

「つまり、放屁で空を飛べる彼女は立体機動装置は不要だと?」

 

「いやちょっと待ってください。その話が本当ならば彼女の屁をガス代わりに利用することも可能かもしれません」

 

「つまり彼女一人で補給部隊を兼ねることができると!おお!これはすごいの!ハンジに実験させて確かめねば!」

 

 それはどう考えても実現が不可能であることを除けば、中々に夢の広がる話だった。二人よりも比較的酔いの浅いキースは場の異常な盛り上がりに戸惑い、落ち着くように声をかけるが残念なことにこの男・・・ドット・ピクシスのフットワークは軽すぎた。

 

「すまん!やることができた!代金はここに置いておくぞ!」

 

 言うなり、ポケットから銅貨を数枚取り出し机に放り投げ、初老とは思えないスピードで走り去ってしまった。残されたのは状況がよくわかっていないグンタとぽかんと口をあけているキース。走りさっていく男の後ろ姿を見て、初めてその姿がドット・ピクシスだと気付いた。遅すぎである。

 

私が無能なばかりに・・・・・!!ただいたずらにブラウス訓練生を社会的に死なせ・・・・!!

放屁の正体を・・・!!突き止めることができませんでした!!

 

後悔後先に立たず、覆水盆に返らず。気付いた時には全てが遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、訓練兵団に調査兵団が数人現れた。調査兵団を率いていたのはハンジ・ゾエ。新しい実験用モルモットを発見したかのような、表現が憚れるほどの笑顔だったという。

彼女達がなんの目的で訓練兵団を訪れたのか、そして訓練兵団で何をしたのか。それは今回の被害者である彼女の名誉のため、あえて記載しない。

 

ただ一つ、104期生サシャ・ブラウスは芋女の称号を捨て、放屁女として正式に再誕したことをここに記述しておく。

 




サシャ・ブラウス
歴代でも類を見ない逸材との評価は妥当(放屁)

書きたかったネタを投下。次は感想であったリクエストの話を書きたいと思います。
何か読んでみたい話等ありましたら、感想にてお願いします。


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閑話二

一か月も放置してすみません。色々実家がごたついていたものですから。

今回はイアンさんとリコさんマジかっけえ、という感想からできた小話。
次こそはリクエストされたものを書きますから。


 駐屯兵団の主な役割とは巨人が発生したときの防衛戦だ。3年前、超大型巨人によってウォール・マリアが破られた際にも駐在兵士によって多くの住民の命が救われた。調査兵団とは違い、住民の目に見える範囲で職務に当たっているため、近隣住民からの評判はそう悪いものではない。また三つの兵団の中では最大規模の軍勢を誇るというのも特徴だ。

 

そんな駐屯兵団だが、壁上から巨人達の動向を探る彼らには通常の防衛任務とは違うレベルの緊張感に包まれていた。理由は簡単で、現在調査兵団が壁外遠征を行っているからだ。遊撃として最も高い錬度を誇る調査兵団は人類の主戦力、それを欠いての不安だった。特にそれは兵士達の間で『小鹿』と揶揄されるキッツ・ヴェールマンは顕著で、極度の緊張でひきつけを起こしたかのようにびくんびくん痙攣する姿が度々目撃された。

 

3年前に超大型巨人に壁を破られてもなお気楽でいられる脳内ファンタジー兵士はさすがにいない。巨人の恐ろしさを目の当たりにした彼らがいつも以上の緊張感を持つのは仕方のないことだ。

 

いつ超大型巨人に強襲されるか分からない恐怖と戦いながら緊張感を保つ。そんな彼らの精神的な戦いが終わったのは調査兵団が遠征に繰り出してから何度目かの太陽が昇ろうとした時だった。

 

遠方に調査兵団の一団を確認した駐屯兵団の間に僅かに弛緩した空気が流れる。それはウォール・ローゼ南端の突出区画トロスト区を警備していたリコ班、ミタビ班、イアン班も同様だった。

 

「調査兵団が帰ってきたか・・・」

 

「ああ、遠征中に巨人が湧いてくることもなかったな」

 

「二人共、まだ任務が終了したわけではないぞ、気を抜くな」

 

 

 イアン、ミタビの会話にリコが注意を促す。とはいっても険のある声ではなく、リコも緊張を解いているのだろう。注意したのも形式的な側面が強い。

 

「私はそろそろ隊長を起こしてくる。他の班員は持ち場を離れるな」

 

 言いつつ、リコが立体機動装置を使って持ち場を離れていく。リコの命令を聞いたリコ班の面々は師事に従い、定位置で警戒にあたる。

 

「キッツ隊長、また失神したのか」

 

「ものすごく今更なんだが、あの人が隊長やっていて大丈夫なのか?正直なところイアン、お前の方が適任なような気がするんだが」

 

「あの人はあの人で指揮官としては優秀なんだがな。確かに少々柔軟性に欠ける部分があるが、俺達は防衛戦がメインだ。打って出るよりも現状維持の方が望ましいだろう」

 

 無駄話に花を咲かせていると、後方から悲鳴じみた金切り声が聞こえた。二人の上司である、キッツ・ヴェールマンのものだ。

 

「・・・なんだ今の声」

 

「リコがキッツ隊長に冷や水ぶっかけたか、右ストレート喰らわした音だな。もしくはシャイニングウィザード」

 

「・・・一応、上司なんだが」

 

 過激すぎる女傑の行動にイアンは冷や汗が止まらなかった。

 

「そうでもしなけりゃ起きないんだからしょうがないだろ。リコの奴もストレスが溜まってるからな」

 

 自分の上司をストレス解消の捌け口にされていると堂々と明言された。現在進行形でサンドバックにされている上司に内心で祈りを捧げておく。それでどうにかなるような問題でもないが。

 

「しかし、リコにストレスが溜まっているのか?俺はそんな風には感じなかったが」

 

「そりゃあ、お前にはそんなそぶりは見せないだろう。というかお前本当に気づいてないのか」

 

「どういう意味だ?」

 

 イアンの疑問にミタビは頭を掻き毟りながら、言葉を選ぶように言う。

 

「最近リコが、そのなんというか、挙動不審だったりしたことはなかったか?」

 

「リコが挙動不審?そうだな、そういえば――――」

 

 腕を組んで思い出す。そういえば、あの時のリコは様子がおかしかったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

駐屯兵団の班長室。そこでリコはコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。新聞や文庫本を読んでいる姿はよく見ていたが、雑誌を読んでいるのは初めて見た。しかも何故か若干締まりのない、だらしない顔をしている。例えて言うなら、自分の世界に浸っているとか、妄想しているようなそんな顔だった。偶然通りかかったイアンはそれに物珍しく思い、声をかけたのだ。

 

『珍しいな、リコ。なんの雑誌を読んでいるんだ?』

 

『い、イアン?あ、いやこれは・・・』

 

 普段の冷静さはどこにいったのか、しどろもどろだった。両腕で隠すように持っていた雑誌を隙を見て抜き取る。リコが冷静さを欠いた状態だからこそできる芸当である。

 

『ちょっ!や、やめてよ・・・!』

 

『見られて困るようなものでもないだろう。それで、なんの雑誌だ?』

 

 なんとか取り返そうとするが、いかんせん体格が違いすぎる。リコが必死にジャンプしても雑誌には手が届かない。観念したリコは恥ずかしげに頬を染め、視線を反らしながら言う。

 

『・・・・・・ゼ、ゼクシィ』

 

 ウェディングドレスの女性が表紙のブライダル雑誌だった。

 

『なんだリコ、結婚するのか。知らせてくれれば祝うのに』

 

『け、結婚するわけじゃない!ただ、なんというか、そういうのに興味があるだけだから・・・』

 

 言葉がどんどん尻すぼみになっていく。視線を背け、言い訳のように言葉を重ねるその姿は親に怒られた子供のようだった。

 

『あー、すまない。なんといか、こちらが無神経だった』

 

 謝罪をしながら、雑誌を返す。リコはそれを宝物のように両腕で抱きかかえる。

 

『別にいい。けど、一つだけ聞きたい』

 

『ん、なんだ?』

 

『もしもの仮定だ。もしも私が結婚するというなら、その、なんだ。う、嬉しい、か?それとも寂しいか?』

 

『?何を言っているんだリコ。それはもちろん――――』

 

 言葉を切り、リコの顔を見据える。

 

『嬉しいに決まっているだろう。友人だからな』

 

 ぶち、と切れてはいけないものが切れてしまう嫌な音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・それで、どうなったんだ?」

 

 イアンの話しを聞いていたミタビが顔面をヒクつかせながら聞く。

 

「どう、と言われてもな。機嫌が急に悪くなったな。あとその日以降からリコの机にゼクシィが常備されるようになった」

 

「・・・奥手にもほどがあるだろ、あとそのアプローチの仕方はどう考えても間違ってるって・・・」

 

 ぼそりといったミタビの言葉はイアンの耳には届かなかった。

 

「最近はゼクシィの他にたまごクラブとひよこクラブも混ざるようになったな」

 

「そ、それはなんとも・・・」

 

 あまりの飛躍っぷりに言葉が見つからない。ミタビは自分の顔面が引きつっているのが分かった。

 

「他になにかないのか?」

 

「ああ、そういえばリコに『付き合ってくれないか?』と言われたことはあったな」

 

 イアンのカミングアウトにミタビのみならず、二人の会話を盗み聞きしていた他の班員全員が盛大に吹いた。

 

「そ、それで、お前はなんて答えたんだ?」

 

「リコには普段から世話になっているからな、『買い物ぐらいならいつでも付き合う』と言った」

 

・・・・・・・・・・・・・。

 

「ミタビ班、集合」

 

「「「了解」」」

 

 ミタビの呼びかけに班員が一斉に集結する。それは尋常ではない速度だった。何故か班員達と肩を組みスクラムを形成したミタビ班をぽかんとした顔でイアンが見ていた。

 

「おいおいどうすんだよ、リコまたブチ切れるぞ」「もう早くくっつけよ」「リコたんprpr」「もげてしまえ鈍感野郎」「いっそ俺がイアンさんを掘るというのはどうでしょう」「いや、自分がイアンさんと穴兄弟の誓いを」「リコさん、俺を罵ってください・・・!」「まあ、あれですよ兎にも角にも最初にやることは決まってますよね」「ああ、そうだな」「やれ、班長である俺が許可する」

 

 会議というか男のみっともない部分をさらけ出した話し合いが終わる。スクラムで篭った声はイアンまで届かなったのか、状況がつかめていないような表情をしている。

 

「知っているかイアン、『リア充爆発しろ』という言葉を―――」

 

 ミタビの怨念の篭った声にイアンは思わず背筋が震えた。彼女いない歴=年齢のミタビにとってイアンの所業は看過することができなかったらしい。凄まじい笑みを浮かべながらミタビ班がイアンの周囲を包囲する。イアン班とリコ班は関わりを持ちたくないのか、見て見ぬ振りを決め込むらしい。

 

リコが定位置に戻ってきた時に見たのはイアンが固定砲台の砲弾代わりに砲身に詰めかけられており、さすがにまずいと感じたイアン班とリコ班が必至になって止めようとしている光景だった。そんな彼らを怒鳴りつけながらも、リコの口はほんの少し弧を描いていた。こんな馬鹿騒ぎができる幸せを味わいながら。

 

願わくば、もう少しだけ陽だまりのようなこの時間を――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士とは結局のところ消耗品の使い捨てだ。もし死んでしまっても補充されるだけで、名も無き兵士がいなくなってしまっても、それだけで世界が終わってしまうわけではない。なにも変わらず、世界は回っている。

けれども、命を投げうってまで得た功績そのものが消えることはない。

人類が初めて巨人に勝った。その日、その功績を決して忘れることはないだろう。誰かが欠けていては成功しない作戦だった。誰もが人類の糧となった。今日この場で戦っていた誰もが、世界を救った勇者だった。

 

「――――皆・・・死んだ甲斐があったな・・・」

 

 嬉しいという気持ちは確かにある。初めて人類が巨人に勝ったこの瞬間に立ち会えたことに誇りを感じてだっている。それでも死を悼み、悲しいと思うのは、彼らの死を侮辱しているということなのだろうか。

 

 




イアンさんは鈍感系主人公。
進撃中学校ではイアンさんとリコさんがフォークダンスでぺア組んでましたし、原作でも恋仲に発展することは十分あり得たんじゃないかなと思います。

しゃべり方がおかしい、という部分が一部あるかもしれませんが、自分の中では普段はああいうしゃべり方じゃないのかな、と妄想しながら書きなぐっている弊害です。ご容赦ください。


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八話

※進撃中学校ネタあり。
※全編に言えることですが、あまり難しいことを考えずに読んでください。


 ナディア・ハーヴェイの前世は日本人である。

最近は本人ですら忘れかけているが、彼女には確かに日本人としての経験が脳に刻まれている。

だが正直なところ、彼女の前世の記憶が役に立ったことなどただの一度もない。

 

日本人然とした倫理観などこの無慈悲な世界ではむしろ足枷だし、リーマンだった頃のエコノミックアニマル的な知識は既に乏しい。「前世の知識を動員してチートしてやるぜ!」などという中二臭いことは細かい策を弄したところでそれを軽々と破る規格外の化け物があるので無理。そして当然ながら彼女に近代兵器に関する知識などありはしない。普通の日本人ならなくて当然だが。

 

ぶっちゃけた話、巨人がスナック感覚で人を食ってるような世界に前世の記憶持ち程度ではどうもできないのだ。いっそのこと記憶などなければよかったのに、とことあるごとにナディアは思う。

そして最もナディアを苦しめているものが前世での食生活である。

 

洋食和食中華なんでもござれの日本で育ったナディアにとってこちらの貧相な食生活は中々耐え難いものがある。舌の肥えた日本人には辛い環境が、溜まり溜まった食生活に対するストレスが生け捕りした巨人で出汁を取るという凶行に及ばせるのだが、それはともかく。

 

そんなナディアだったが、あるときを境に彼女の食生活に対するストレスは僅かではあるが抑えられることになる。それはナディアが訓練生時代の話だった。

 

週に一度与えられる休暇日にナディアは街をほっつき歩いていた。訓練生というのはおよそ十代前半から後半の少年少女で構成されている。思春期真っ盛りである彼ら―――大半の男子の一部の女子―――がナディアを見逃すはずがなく、結構な頻度でデートのお誘いがあったのだ。断り文句を言うことすら面倒になっていたナディアは休暇日になると、朝一で麦わら帽子を被って夕方まで外出するというのが日課になっていた。

 

時間帯はおよそ昼。そろそろなにか昼食でも、と考えていたナディアの鼻腔に前世でよく嗅いだ匂いが入ってきた。まさか、と思い人混みを縫うようにして匂いの元を辿ると、一つの看板が目に入った。その看板にはこう文字が書かれていた。

うまかっちゃん、と。

 

――――――マジでか。

 

ナディアはその時初めて放心するという経験を味わった。

 

 うまかっちゃん(偽)は本物に比べると幾分か味が薄く、麺のコシが足りていなかったが、そんなことより誰がこれを作ったのかということである。作っていたオッサンは中央から派遣された雇われ店長のようで店長自身も作り方をレクチャーされただけで製造元は知らないとのことだった。

 

この世界では貴重な塩を多く使っていたため、庶民には中々手が出ない高価な代物だったが、その斬新な味は住民の心を鷲掴みしたようで、うまかっちゃん(偽)が浸透するのに大きな時間はかからなかった。その後、さっぽろいちばん(偽)やでまえいっちょう(偽)というどこかで見たような、というか明らかにパクッた看板を見てもうどうでもよくなった。人生、諦めが肝心である。

 

一体このスープにどんな怪しげな物質が入っているか気にはなったものの、どうせいつ死ぬか分からない身だし、と無理やり納得させる。

 

おそらく自分以外の前世の記憶持ちがいるのだろうが、会ったところでどうしようもないし、縁があれば会えるかも程度として考え、放置している。

 

訓練生時代からおよそ二月に一度の割合でうまかっちゃん(偽)に訪れるナディア。壁外遠征を終えた二日後、ひと段落したところ、彼女は店に足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 104期訓練生であるエレン・イェーガーとその親友であるアルミン・アルレルトはウォールマリア南端、シガンシナ区を散策していた。訓練兵団生である彼らだが、休日と僅かばかりの給金が与えられている。少年期という多感な年ごろを考慮した結果なのか、はたまた精神衛生上の問題なのかわからないが、前日のうちに教官に申請しておくことで外出も可能だ。

 

「ねえエレン、ミカサを置いてきて本当に良かったの?」

 

「だってミカサの奴、普段から俺達にべったりじゃねぇか。休日の時くらい他の女子と交流した方がいいだろ、そっちの方があいつのためになる」

 

 『死にたがり』と揶揄されるほど巨人を殺すことに執着を見せるエレンだが、性根そのものは優しい。若干荒っぽい言動で誤解されることもあるが、普段はきちんと心配りもできる少年である。

 

「うん、いやまあ、そうなんだけどね・・・」

 

 一緒に居たいというミカサの気持ちも分かるし、ミカサの社交性を心配するエレンの気持ちも分かる。後日繰り広げられるであろう痴話喧嘩もどきを想像してアルミンは早くも胃が痛くなった。なまじ二人とも両者のことを慮っているからタチが悪い。

 

「アルミンは心配しすぎじゃないか?大丈夫だって」

 

「・・・うん、そうだね」

 

 結局元の鞘に戻るからこその幼馴染であり、親友なのだろう。朗らかに笑う友人の顔を見ると、アルミンは自分の顔が緩んでくるのがわかった。そしてなにも可笑しくないのに二人同時に吹き出した。

 

「いい匂いがしてきた。もう着くな」

 

「あ、本当だ。前に食べたのはいつだっけ?」

 

「訓練兵団に入る前にミカサと三人で食べたのが最初で最後だっただろ。二年間コツコツ給金ためてやっと一食って、やっぱりうまかっちゃんは高いな」

 

「給金自体もちょっとしたお小遣い程度だしね、でも最近は『さっぽろいちばん』とか『でまえいっちょう』とか他のラーメン店が出てきて競争が起こってるからちょっと値段も下がってるって聞くよ」

 

「そういえば他の味も出てたんだっけ。でもやっぱりうまかっちゃんこそが至高だろ」

 

「確かに他の味も食べてみたいっていう気持ちもあるけど、やっぱり僕もあの味をもう一度味わいたいっていう気持ちが強いかな」

 

 目指すラーメン店はすぐそこ。二年間の苦悩が報われる時がやってきたのだ。そう、至高の幸福は手を伸ばせば届く距離にある―――。

 

「あれ?なあアルミン、あれってライナーとベルトルトじゃないか?」

 

「本当だ。二人ともうまかっちゃん食べに来たのかな?二人共うまかっちゃん好きだって言ってたし」

 

 しかし、十全に物事が通る人生など存在しないのだ。努力は実らないし、正直者は馬鹿を見る。そんなことは当たり前のように横行している。巨人の侵攻をを身をもって知っているエレンとアルミンにだってそんな事は分かっている。幸福など、あっさり吹き飛んでしまうことを。けれど信じたかったのだ、同じ部屋で語り合った大切な友人を。

 

ライナーとベルトルトはエレン達と同じように談笑しながら歩を進めている。距離にして十メートルもないほどだが、二人がエレン達に気づく様子はない。そしてついにラーメンエリアへと到着する。そしてライナーとベルトルトはうまかっちゃんに入ることなく素通りする。二人が足を止めたのは二軒先にあるラーメン屋、『さっぽろいちばん』だった。

 

「―――おい、待てよ」

 

 エレン自身が驚くほど冷淡で低い声が出た。エレンの声に気付いた二人は振り向き、エレンの顔を見てそのまま固まった。

 

「エ、エレン。なんでお前がここに・・・」

 

「なあライナー、お前がくぐろうとしている暖簾の字を見てみろよ。『さっぽろいちばん』だぜ?お前さぁ...疲れてるんだよ。なぁベルトルト、こうなってもおかしくねぇくらい訓練が大変だったんだろ?」

 

 懇願するように、エレンは言う。その姿は神に裏切られたような聖職者のようだった。男子寮で『うまかっちゃん』について語り合った、あの思い出は嘘だったのだろうか。普段は犬猿の仲であるジャンですら『うまかっちゃん』が至高であるという自分の意見に賛同してくれたのに。それにライナーもベルトルトも頷いてくれたではないか―――。様々な考えがエレンの脳裏を駆け抜けてゆく。

 

 

 

 

 ライナーは後悔していた。あの時、周りに合わせて流されてしまったことを。あの時は「空気読めよ」「さっぽろいちばんとか情弱じゃね?」と突っ込まれることを恐れ、同調してしまった。そしてその結果、友人に対してこんな顔をさせてしまった。

 

―――俺達はガキで・・・何一つ知らなかったんだよ。『うまかっちゃん』が好きな奴らがいるなんて知らずにいれば・・・俺は・・・こんな中途半端なクソ野郎にならずにすんだのに。

 

これは逃げたツケだ。だから今度こそ立ち向かわなければならないのだろう。ライナーを一度空を仰ぎ、鬼のような形相の友人に声をかける。覚悟を決めたのだ。

 

「もう俺には...何が正しいことなのかわからん・・・。ただ・・・俺がすべきことは自分のした行いや選択した結果に対しラーメンマニアとして、最後まで責任を果たすことだ。だから言おう―――『さっぽろいちばん』こそが至高であると」

 

「このッ・・・裏切りもんがああああああああ!!!」

 

 リアルファイトになった。

 

 

 

 

一方その頃のアルミンとベルトルト。

 

「・・・」

 

「ア、アルミン?」

 

「男が一度やるって決めたらなぁ・・・もう後には引けねぇんだよ!!」

 

「アルミン!?」

 

 修羅が覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒がしい街並みのとある一角、そこはまるで葬式のようなどんよりとした空気だった。その空気の発生源はミカサ・アッカーマン。ミカサの両隣にいるアニ・レオンハートとサシャ・ブラウスはその影響をまともに受けていた。

 

「エレンがいないと力が出ない・・・」

 

 ミカサはエレンと長時間離れてしまうと、身体能力が著しく低下し、どんよりとした空気をまき散らしてしまう特異体質なのだ。いやそれはおかしいだろ、と突っ込む訓練生は104期生の中にはいない。

 

「お父さん、私生きて帰るって言ったけどちょっとその決心が揺らぎそうだよ・・・。私、なんで生きてんだろ・・・」

 

「私は数多くの芋を食すことで、万物の祖である芋神様から神の啓示を受けたのです。『人は何故芋を食すのか』という私の長年の疑問にも芋神様から答えをいただきました。芋とは世界創造の礎であり、万物の根源でもあります。そして調理の方法も様々であり、煮物、天ぷら、勿論単に蒸かしただけでもおいしくいただけます。もはや我々の体は芋で構成されているといっても過言ではないでしょう。我々はごく自然に芋を口に運んでいますが、これは我々の脊髄の奥深くに刻まれた原初の本能なのです。つまり芋とは好き嫌いというものを超越し、全人類が食すことを運命づけられた存在とも言えるでしょう。さてここで『人は何故芋を食すのか』という疑問に戻りますが、これは先ほども言及したように本能なのです。呼吸が自立神経で制御されているように、反射が思考を通さず、脳より直接的に命令がされるように。呼吸するように~~~する、という表現があるように、我々にとって芋を食することはごく自然なことであり、芋を目の当たりにした時、己の欲望を抑えきれないことは当たり前のことなのです。そして芋神様を信奉することで我々人類は次の段位へ上ることができるのです。恐れる必要はありません、全ては芋神様の名の元に―――」

 

 なんというカオス。前者はアニ、後者はサシャである。アニはともかく、サシャは斜め上すぎる。ある意味平常運転とも言えるが。

 

「!!」

 

 突如としてミカサが顔を上げる。キョロキョロと辺りを見渡し、鼻をひくつかせる。

 

「・・・どうしたんだい」

 

「エレンの匂いがする」

 

「・・・」

 

 もはや何も言うまい。

 

「ちょっと行ってくる・・・!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 アニが引き留めようとするも、ミカサは人混みをかき分け駆け抜ける。トリップしたサシャを放っておくわけにもいかず、溜息を吐きながらアニはサシャを正気に戻すべく、頭にチョップを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このッ・・・裏切りもんがああああああああ!!!』

 

 そんな声が聞こえたのはナディアが『うまかっちゃん』のカウンター席に座った直後のことだった。いきなりの怒声にちょっとびっくりしたナディアだったが、店員や他の客は『また始まったか』と言いたげな顔をしているだけだった。

 

「あの、喧嘩みたいですけど・・・」

 

「ん?ああ、そうみたいだな。嬢ちゃんは初めてかい?どのラーメンが旨いかでよく喧嘩が起こってんだよ。こんな朝っぱらからは確かに珍しいけどな」

 

 近くに座っていた客に声をかけるとそんな答えがかえってきた。いちいち止めるのも面倒で、あまりの多発ぷりに憲兵団すら匙を投げている状況だという。そこで迷惑をかけないなら喧嘩もOKという暗黙の了承ができてしまったらしい。

 

「・・・私、止めてきますね」

 

「嬢ちゃん、憲兵団所属かい?」

 

「いえ、調査兵団です。でも一応緊急時にはそれなりの権限を与えられていますから」

 

 真面目だなあ、という客の声を背後に聞きながらナディアは外に出る。

もしも。もしもナディアが今から外で起こることに一言コメントを残せるなら、彼女は空を仰ぎ、こう言うだろう。

 

―――――やっちゃったよ、私。   

 

 

 




男が一度やるって決めたらなぁ…もう後には引けねぇんだよ!!
中の人ネタです。

次回更新はいつか、というより今後どんな展開にするかも決まっていませんが、のんびり待ってください。合間になにか他の二次創作を書くかもしれません。


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改訂版・1話

ギャグを書く才能がないのだと、ようやく気が付きました。
今回の話はお試し版というか、改訂版を書くとしたらこんな感じになりますよ、という告知。
わりと別物になっているので、ご注意を。


鉄が錆びたような不快な臭いが辺り一面に漂っている。

死が蔓延っている。

絶望が蔓延している。

苦悶と嘆きの声が溢れている。

そこは端的に言ってしまえば地獄という一言に集約される。現世で存在するありとあらゆる苦痛を凝縮してそれを具現化したような、奈落の果て。

 

そんな場所に一人の少女が歩いていた。散歩するような軽い足取りに嫋やかな微笑を浮かべている、シャギーカットの10代後半ほどの少女。名前をナディア・ハーヴェイという。

その光景は正しく異常だった。

血に彩られた庭園をゆっくり歩いていく様はまるで日溜りの中にある日常を過ごしているだけのようで、どこまでもその場の雰囲気とかけ離れている。

整った顔立ちに陶磁器のような白い肌は角度によっては精緻な人形のようにも見え、童話の絵本の1ページを子供が戯れに赤の絵の具で塗りつぶしたようだった。

 

血生臭い戦場に反するように、そのナディアはどこまでも透明だった。

触れてしまえば消えてしまうような、触れようとするとその手が突き抜けてしまうような。

無個性というわけでもなく、幽霊のように儚いというわけでもなく。

確かにそこに存在するのだと断言することはできても、まるでナディアだけ位相をずらした別の世界に肉体が存在するかのように。

 

見えているが手が届かず、憧れるだけで自分には手に入れることができないもの。

そういった意味で言うのであればナディアは間違いなく高嶺の花と言えるものだった。

手に届かないこそ、美しいのかもしれない。

けれどその実、ナディアはもはや修復が不可能なほど壊れていた。

 

人が死ぬ。

人が死んでいく。

意味のある死ではない。価値のある死でもない。

無意味に死に、無価値に死ぬ。

先ほどまで生きていた人間は、今ではただの肉塊だ。

ナディアは今更そんなものを見てもなんの感慨も湧かなかった。生きている人間は恐ろしいが、死んでいる人間は恐ろしくない。結局それはもう動くことのない生肉の塊だからだ。

 

泣いた。叫んだ。慟哭した。吼えた。絶叫した。

それはもう数え切れないほどに。けれど人間というものは繊細なようで酷く大雑把、何度も経験することで慣れてくる。けれど、助ける声になにも思わなかったというわけではない。外見を取り繕うことが上手くなったとしても感情がなくなったというわけではないのだから。

助けてと懇願する声を無視した。

足を掴む手を蹴り飛ばした。

怨嗟の声に耳を塞いだ。

どうしようもないことなのだと、自分に言い聞かせながら。

ナディアは年齢の割に達観しており、同年代よりは精神年齢が上だったかもしれないがそれでもこの仕打ちはナディアの精神を確実に蝕んでいった。

心が摩耗し、精神崩壊寸前までいった時、自己防衛のために脳は一つの考えをナディアにもたらした。

『死は日常の延長である』

死というものは誰にも等しく訪れる。人間の行き着く先は須らく死であり、絶対不可避なものだ。

日常とは誰もが経験することであり、ありふれた事柄を指す。

だから、死というものも日常とそう変わりはない。

そして人が死ぬという結果には原因が必要だ。つまり人が死ぬに至った原因も日常とそう変わりない。

――――つまり死亡率が非常に高い巨人との戦闘も日常とそう変わりはない。

 

ナディアは一種の認識障害を患っている。それは最早欠落といってもいい。

日常と非日常の認識不可。日常と非日常の区別がつかなくなっている。

巨人との戦闘と自宅での読書。助けを求める声と大通りの客引きの声。

どちらもあまり大差ないのだ。

 

故に彼女は『透明』になった。

悲愴も憤怒もありとあらゆる激情は存在しない。

無論感情そのものが消失してしまったわけではない。

けれど感情の揺らぎ、幅は間違いなく狭まっていた。

 

 

 

 

「アジド、被害の方は?」

 

 血だまりの中、ナディアが傍らの補佐官に問う。辺りに生きているのか死体かわからないものが転がっているが、こちらはどうみても手遅れだ。

 

「さっきの戦闘で4人の死亡が確認されてやす。ここに転がっているのが6人で、碌に治療もできませんからねぇ、諦めた方がいいっす。後確認できないのが3人。こっちも無理っすね」

 

アジドと呼ばれた男の方は20代後半ほどの長髪の優男。見た目は軽薄そうな男だが、ナディアの補佐を担当している。

 

「分かりました。偵察部隊の方は?」

 

「一応出しときましたぜ。この時間帯ですからねぇ、大丈夫とは思いやすけど」

 

 時刻は夕時、巨人は夜には行動しないというのは周知の事実だ。

 

「隊長も死んでしまいましたね。いてもいなくても大して変わりませんからどうでもいいんですけど」

 

「自分を見失って錯乱した指揮官なんて巨人よりも厄介ですからねぇ。ま、あの人も俺達を生かすために死んでくれたんですから、本望じゃないっすか?」

 

「あの人がいなかったらそもそも巨人に襲われるなんてなかったと思いますが。どのみち隙を見計らって首を削ごうと思っていたので、手間が省けたと思っておきましょう」

 

 アジドは辛辣な口調で足元の元隊長だった物体Xをげしげし蹴りつける。

指揮官のくせに指揮をほっぽりだして巨人を見て先走りし、あっさり殺されたというなんとも間抜けな最期だった。おそらく極度の緊張とストレスで情緒不安定になっていたのだろうが。

ナディアに殺人に対する忌避感はない。死ぬべき人間と死んではならない人間は存在する。彼女にとって死は日常だが、それを甘んじて受け入れるというわけでもない。

だから死んでも問題ない馬鹿を巨人の囮にする程度の非情さは持ち合わせていた。

 

「やれやれ、調査兵団の兵士は私だけになってしまいましたね」

 

 今回の任務は少数の調査兵団団員と短期の訓練を行った錬度の低い元一般人の混合部隊で行われている。ついに一番下っ端だったナディアにそのお鉢が回ってきた。

 

「姉御もついに部隊長に昇進っすね」

 

 冷やかすようにアジドが言った。

 

「今にも瓦解しそうな部隊の部隊長なんてしたくはないんですけどね。タダで貰えるものは全て貰っておく主義ですが、面倒事はご免です」

 

「こんな戦場に放り込まれた時点で面倒事も何もない気がするんですけどねぇ・・・」

 

 ぼやくようなアジドの言葉はまったくの正論だった。渡されたチケットは地獄の片道切符。遠回しに死んで来いと言われたのだから、その時点で面倒事どうのこうのという次元でない気がする。

 

「そうですね、実にウィットに富んだ斬新な自殺方法だと思います。傍から見る分でしたら他人事で済んだのですが」

 

 肩を竦め、ナディアはそう言った。

 

「現状、残っているのが45人。ガスと刃の都合、怪我でまともに戦闘できるのが23人で馬は17頭。ここが巨大樹の森であることを差し引いても、複数の巨人と戦闘になったら全滅の危険性は十分にありますね―――おや?」

 

 軽い発砲音。見上げると赤い軌跡を描く信号弾。巨人発見の合図だ。

 

「やれやれ、言ったそばから・・・。アジド、他の方を連れて木の上に避難してください。戦える見込みのある怪我人を優先。半死人の方は後回しで」

 

 通常時であれば木の上に避難してやり過ごすのがセオリーだが、立体機動装置の数の不足、10名を超える怪我人の存在ですぐさま木にも登れない。もう予備のガスなんてものは無くなってしまったため、できるだけガスの消費を抑えたいという思いもあった。

故に、取るべき行動は避難完了までの時間稼ぎか、巨人の討伐である。

立体機動装置を最大限に生かせるこの巨大樹の森がバトルフィールドなら、勝算の薄い勝負というわけではない。

 

「いやぁ、そんな時間はないみたいっすよ」

 

 ほら、とアジドが指を向けると数百メートルほど後方に内股走りの巨人が一体。その巨人が追っているのは4名からなる偵察部隊だ。

 

『ハーヴェイさん!巨人でs・・・」

 

 言葉を言い終わる前に巨人の腕が派遣した偵察部隊の隊長の足を掴み、口に運ぶ。数回の粗食音の後、絶叫は止まった。よくある風景である。

 

「こんな時に言うのもあれですが、部隊を分散して陽動するなりできなかったんでしょうか」

 

「そりゃ無茶ぶりってやつですよ。そこそこ経験積みましたが、素人の付け焼刃ですからねぇ、俺達」

 

 巨人が人を喰らう時に足は止まる。数を9人に減らした偵察部隊は何とか逃げ切ることに成功した。

 

「ハ、ハーヴェイさん!巨人です!巨人が!」

 

「見ればわかりますよ。私にも目ぐらい付いてますから」

 

 パニック気味の偵察部隊の報告を笑顔のまま面倒くさそうに聞く。

 

「とりあえず偵察部隊の方々は避難の誘導を。アジドはカシムを連れてきてください。私と3人で時間稼ぎです。可能なら討伐も視野にいれます。では散開」

 

 ワイヤを射出。木に深々と突き刺さったことをしっかり確認すると、後方、巨人の方へ飛んだ。

巨人のサイズは6メートルほど。巨人の大きさとしてはそれほど大きなものではない。また一番最後列の人間を捕まえ、足を止めて捕食したという行動から奇行種というわけでもないだろう。

つまり、とるに足らない相手だ。

 

一般の巨人には知能と呼べるものはない。ただひたすら人を喰らうだけの怪物だ。そんな巨人に人類がなぜこんなにも苦戦しているのかというと、それはその巨躯と腕力に起因する。

ただ大きいというのはそれだけで脅威だ。知能はないが、こちらを捕食しようと伸ばした手が偶然ワイヤを引っ張っただけで死んだと思った方がいい。機動力を失った人間などただの餌だ。

だから最も重要なことは機動力と制空権の確保だ。

それだけを保守できれば、少なくとも死ぬことはない。逆に言えばそれを失えば殉職まっしぐらだが。

 

「なんともまあ、いかにも頭が足りていなさそうな顔ですね」

 

 距離にして50メートルほど。そこまで来ると大よその顔の造形は見てとれる。

 

「6メートル級美少女巨人なら俺もヤル気が出るってもんですがねぇ」

 

 ナディアの言葉はぼやくようなもので、誰に言ったわけでもなかったが、追いついたアジドは軽口を返してきた。

 

「6メートルの美少女が全裸でこちらを食い殺そうと向かってくるってのも随分猟奇的な話ですけどね」

 

 アジドの言葉に反応したのはアジドの隣に立っている20代前半ほどの若い男。なよなよとした外見だが今現存する部隊の中で、ナディア、アジドに次ぐ実力者だ。

元々猟師だけあって目は非常に良く、冷静沈着。状況判断にも優れている。

 

「目の保養になる1.5メートル級美少女なら目の前にいるでしょう?やる気出してください」

 

「胸のサイズが足りてませんねぇ、それはそれで一定の層にゃ受けるんですが―――ってうおぉぉい!!」

 

 ヘラヘラと笑っていたアジドの顔面にナディアが無造作に振るった刃が迫る。アジドはそれを仰け反るようにしてなんとか躱した。

 

「なにするんですかねぇ、姉御ぉ!」

 

「知らないんですか?馬鹿は死ななければ治らないんですよ?貴方の馬鹿さを治してあげようと思って殺そうとしたんです。なのに貴方はなにを避けてるんですか?感涙して頭を地面に擦りつけるくらいやるのが筋ってものでしょう」

 

「アグレッシブすぎやしませんかねぇ!?」

 

「いやアジドさん、あんたもいい加減学習しなよ・・・」

 

 戦いの空気はそこにはない。あるのは街の喫茶店でのんべんだらりとした空気。

彼らの肝っ玉が常軌を逸脱して太い、というのもある。けれどそれだけではない。

 

援軍もない。補給も僅か。部隊は素人の寄せ集めで、碌な連携も取れない。装備品は破棄寸前の廃棄品だ。

そんな絶望下に置かれた人間はどうなるのか。

簡単に言えば、目の前に広がる現実を受け入れることができず、たやすく精神は変調をきたすというケースが多い。。

当たり前だ。今回の作戦に参加した多くは調査兵団でも、正規の訓練を積んだ兵士でもないのだから。

 

巨人という人間の死を具現化した怪物に対して恐怖を抱くのは人間として当然のことだ。

巨人と交戦する機会のある調査兵団団員も恐怖と常に戦っている。

巨人と相対して恐怖を抱かない人間など、人類を超越した実力者か、精神疾患を抱えた病人だけだ。

ナディア達の場合は後者の方に該当する。

要するに、ナディアを始めとして、アジドもカシムも最早普通の精神状態ではないのだ。

どこかしら人間として欠落してしまっている、欠陥人間。

 

「さて、ふざけるのもそろそろお終いにしましょう。まだ避難も済んでませんし、殺しておきましょう」

 

 とりあえずいつもの布陣で、とナディア。ブレードを構え迫りくる巨人に一直線に飛ぶ。

その一瞬遅れ、アジドとカシムが左右に道を僅かに外れるように展開する。

ナディアと巨人との距離はおよそ10メートル。

普通種の『目のついた人間を喰らう』という本能に従い、飛翔するナディアに向かって右手が伸びる。

捕まる一瞬前に後方にワイヤを張り、後方に方向転換を行う。巨人の腕はなにも掴むことなく空を切った。

手を伸ばし何かを掴むという動作をするためには一度足を止め、踏ん張る必要がある。身体の構造が人間に似ている巨人もそれは同様だ。

 

「カシム!」

 

「了解です!」

 

 右方向から地面を縫うような低い軌道で現れたカシムが向かったのは巨人の急所であるうなじではなく、動くための重要な場所のアキレス健。踏ん張っていた左足のアキレス健を削ぎ、次いで右足。一瞬の早業を披露したのち、素早く上空に逃れる。その一瞬後、巨人は緩慢な動作で地面に倒れ伏した。

巨人は再生能力を有している。弱点となるうなじ以外を攻撃しても、すぐに復活するのだ。

けれど、一瞬の隙ができればそれで十分。

うなじの丁度上にはアジドが待機している。

 

機動力に優れるナディアが囮役。攻撃力に優れたアジドとカシムが左右に展開し、動きの止まった足に近い方がアキレス健を切り飛ばす。お役御免となった方はすぐさま上空へ移動し、巨人が倒れた瞬間を見計らって落下スピードをプラスした一撃をうなじに叩き込むというのが、いつもの布陣。

 

「死になデカブツ!」

 

 アジドがそう叫ぶと同時、遠心力を加えた回転切りが巨人のうなじを切り飛ばした。

時間にして僅か10秒ほどの攻防だった。

 

 

 

 

その1週間後、ナディア率いる現存部隊はウォール・ローゼの帰還を果たした。

846年、領土奪還作戦が行われて1か月後の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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